阿部「10種類の三橋専用ソース発売決定!」

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125fusianasan
今更だけどコレ、某映画をインスパイアしてます
>>63

「行って、きま す。」
小さな声と共に三橋はドアの向こうに消えた。
ぱたん、と力なく閉じられた扉。三橋の気配がどんどん遠くなる。
三橋は最後まで俺の顔を見てくれなかった。

三橋は現在美術学校に通っている。専攻は絵。
だからただでさえ狭いこの部屋に沢山の画材が押し込まれている。
定期的に換気をしないと油絵の具や固定剤などの臭いが充満して気分が悪くなるのが悩みだ。
三橋の性格をよく表しているごちゃごちゃと散乱した小さなアトリエ。
でも俺はこの空間が気に入っている。
今キャンバスにはデッサン途中の俺の姿。白と黒で描かれたそれは柔らかく微笑んでいる。
見る度に恥ずかしくなるが、それと同時に抱きしめたくもなる。
三橋が俺を想って描いた絵、だから。
三橋のいなくなったこの空間で俺は膝を抱えた。
手元にあったスケッチブックをパラパラと捲ると幾つもの絵。
お世辞にも上手いと言える様な物ではなかったけれど三橋らしい絵だった。

「…なんだよ、コレ。」
スケッチブックの一番新しいページで手が止まった。
そこに描かれていたのは赤のラインが眩しく感じる白球と古ぼけたグローブ。黒のキャップ。
キャップには何かアルファベットの様なものが羅列しているが判読は出来なかった。
抽象的な絵が多い三橋の絵の中で、これらだけがやけにリアルに描かれている。
どうしようもない感情が俺の中で渦巻く。真っ黒などろどろとした感情。
そして俺の手は無意識にそのページを幾重にも引き裂いていた。部屋中に舞い散る紙片が桜の花弁のようだった。
窓の外は、雨。