阿部「三橋!今日こそ結婚すんぞ!」

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578fusianasan
窓から覗く真っ赤な夕日。さっきまでの雨が嘘のようだ。
軒下からぽたぽたと落ちる雫だけがその余韻を残している。
窓を開けた瞬間に少し湿った風が頬を撫で、遠くの建物が反射している光が俺の視界を奪った。
柔らかなオレンジ色の光がガラスという物質を介すだけで随分と鋭利な光線となってしまっていた。
本質は変わらないのにそれが少し物悲しい。
ぽつり
水滴が頭上に落ちた。
ゆっくりと頭皮を伝わってこめかみから流れ落ちる。むずむずとした感触。
瞬きを繰り返すうちにそれは顎の先まで流れてきていた。
冷たいような生暖かいような。
こそばゆくはあったけれども俺はどこかそのリアルな感触を求めていた。
これが現実である、と。

しゅるりと衣擦れの音が部屋に響いた。
背後の影が動く気配がした。
窓を開け放したままに俺が振り向く。
夕日の残像が残る俺の目に映ったのは柔らかな金色で。
オレンジ色に染まった少し薄暗い部屋でそれはきらきらと光っていた。
この部屋で明らかに異彩を放つそれは、白目がちの目を擦りながらゆっくりと上体を起こしている途中だった。
「やっと起きたのか。」
俺の言葉に少しだけ目を開いたそれは、頭を傾げて焦点の定まらない瞳で俺を見上げている。
口端からだらりと垂れた液体がとにかく間抜けだ。でも愛しい。
「夕飯すぐ作るから顔洗って来い。」
こくり、と頷いてそれは洗面所へと駆けていった。
動作が一々大袈裟だ。一歩進むごとに畳の床が悲鳴をあげた。
築何年かなんて考えるだけで虚しくなる数字が頭を過ぎる。
薄暗い部屋にぶら下がった裸電球と日に焼けた柱と壁。少し埃っぽい匂い。車が通るだけで部屋全体が大きく揺れ、風の一吹きで窓がかたかたと声を上げる。
ここはそんな部屋。年代物、と言ってしまえばそれまでだけれど、俺はここが気に入っていた。
家賃が安いというのもある。でもそれ以上に大事なものがここにはある。ここは
俺と三橋が暮らす部屋。