栄口「今日も世界は平和だね、三橋」

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725キネマトグラフ
あの日も、今日みたいに雪が降っていた。


灰色の空から、白い雪がちらちらと落ちてくる。
空をずっと見上げていたら、そのまま自分が吸い込まれてしまうんじゃないかって。
この雪が、全部消してくれればいいのに。嬉しかったことも悲しかったことも。
オレの願いは言葉の代わりに白い息になって空に消えた。
道路に積もった雪は轍や人の足跡のせいで、泥と混じって汚くなっている。
まるで、今のオレみたいだ。みんなからキタナイって言われて邪魔者扱いされる。
そうして、いつの間にか解けて消えてなくなる。誰も気にしない。
「三橋」
後ろから不意にオレを呼ぶ声がしてドキリとした。
振り返るまでもなく声の主はわかっている。叶、君だ。
顔を見ることが出来なくて、オレは叶君の伸びた影に視線を落としたまま、返事をする。
「かのう、くん」
叶君が立ってる場所は誰にも踏み荒らされていなかった。
ずちゃずちゃなオレのとは対照的に、白いきれいな雪にくっきりと叶君の足跡がついている。
少しだけ、昔を思い出した。まだちっちゃかったころ、雪が降ってるのにはしゃいで
おばさんが止めるのも聞かずに二人で飛び出した。
早朝の雪はまだ誰にも踏み荒らされてなくて、オレたちは夢中になって長靴で足跡を
つけて回った。そして、その足跡がついた雪を見て二人で笑った。
…けど、もうオレはそんなきれいな足跡を残せない。