558 :
月光症:
十五夜なんだって?
東京で一人暮らししている兄貴の部屋に望遠鏡があったんだ。
たまたまそれを見つけたもんで、俺は家のドアを音を立てないよう、静かに静かに開いたんだ。
空の向こうに浮かぶ月は蛍光灯みたいに明るかった。
川岸には俺の他、だれの姿もない。
ちょっと前まではカップルやら、打ち上げ花火の赤黄色やらで賑やかだったもんだけど、
この肌寒さだもんな、誰も好きこのんで深夜の水辺にやってきたりはしないんだろう。
俺の背丈と同じぐらいの葦が真っ黒く棘を生やして、その向こう側からサラサラと水の流れが聞こえてくる。
月明かりが強いとはいえ足下はよく見えないので、俺は石の上に三脚をのっけちまわないよう注意深く地面を探っていた。
ガチャンとやって壊したら兄貴から貰うのはゲンコツどころじゃすまない。高いんだぞ、スイス製なんだ、と公爵を垂れる兄貴の自慢げな顔を思い出す。
ん?と俺は顔を上げた。
はっはっはっはっ
どこからともなく定期的な息づかいが聞こえる。
地面を手探るのを中断して頭を上げ、周囲を見回してみたが特に何も見あたらない。
と、思ったが、ちょっと土手を上がったところで何か、蛍光色っぽいキミドリが光っている。
ああ、犬か、と合点した。あれだな、深夜に散歩中の犬が車とかの不注意に見舞われないように、首輪につけるやつ。きっと風の具合で遠くの物音がここまで届けられたのだろう。
そう納得してまた座り込み、三脚が正しく土の上に設置されたことを確認すると、
「やだああぁぁぁっっっっ!!!」
ぞっとするような悲鳴が、俺の耳に飛び込んできたので、俺はあやうく望遠鏡を取り落としそうになってしまった。