水谷「え?三橋って米じゃないの?」

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512fusianasan
うだるような暑さが続く夏の真っ只中、彼はもぬけの殻だった。
だって仕方がない。まさか地区大会の初戦で負けてしまうなんて、誰が思っただろうか。
しかも前回は優勝したのに。
今年は甲子園で、もっと、勝ち上がるはずだった。
そして彼は三年だ。もう先はない。
大会が終わり、夏が終わり、このまま引退して、後に一体何が残るというのだろうか。
気が狂ったような蝉の鳴き声に、頭がどうかなりそうだった。

このまま野球から離れて、受験に向かって、自分の気持ちを置き去りにしたまま夏が過ぎてゆく。
後輩達は皆、来年を見据えて動き出しているというのに、自分一人だけが動けないままだった。
何もかもが、空っぽになってしまった。
あの夏の敗北と共に、自分の中から自分が失われてゆく。
そう、思っていた。…あれを、見つけるまでは。

彼は自宅の鍵を開けた。
あれは大人しくしているだろうか。
父と母は、今日からしばらく旅行だ。兄も、サークルの合宿で当分いない。
自室に入り、昼間なのに薄暗い部屋に向かって彼は声をかけた。
「…ただいま、いい子にしてたか?」
部屋の灯りをつけると、床にうずくまっていた少年が、涙目で彼をにらんだ。

「…ひどい、よ、島崎さん…なんで、こんなこと…?」