阿部「三橋には、やっぱナマがイイね！」

うちのエースはちょっと変わってる。
最初のミーティングの時からかっ飛ばしてた。
軽く投げてみろって言われただけでマウンドに蹲って号泣。
周りみんな初対面だぜ。しかもオレら高校生だぜ。
まあ、その時は入学したてだから殆ど中学生みたいなもんだけどさ。

それでもあいつなりにみんなと打ち解けてきて、最近では自信もついてきたみたいだ。
何言われてもビクついて泣いてたのに、相手によっては反撃してる。
でかい声も出せるようになったし、笑い顔だってみせるようになった。
そしたら、結構かわいく見える時あるんだ。基本キモイんだけどさ。
まあとにかく部員の殆どは、そんなエースを保護者みたいな気持ちで温かく見守ってる。がんばれー、とか、成長したなー、とかまあそんな感じ。

でもさー、オレはつまんないんだよね。
あいつが顔ゆるめて笑うたびに、その顔ぐしゃぐしゃにゆがめてーなって思っちゃうんだ。
中学時代のイザコザで、萎縮して歪んじゃってたあいつが立ち直って、段々普通の幸せ手に入れようとしてるところを奈落へ叩き落してやりてーなって思っちゃうんだ。
きっとさ、すげーイイ顔すると思うんだよね。
マウンドで蹲って号泣してた時の何倍も。


妄想は日増しに膨らんでいって、とうとうオレはそれを実行に移すことにした。
あいつ、えーと三橋って言うんだ。
三橋はあんまり頭よくない…っていうより対人関係が小学生で止まってるから人の言葉をわりと素直に受け取る。
素直っていうか言葉の裏が読めないっていうのかな。
だから、オレが練習中に「相談あるから残ってて。誰にも内緒な」って耳打ちしたときも素直にぶんぶん頷くだけだった。

部室の鍵はキャプテンが持ってる。
ちょっと一人で居残りしたいからって言ったらすんなり鍵貸してくれた。
普段三橋をべったりマークしてる阿部っていううぜー捕手も、今日は通院日で早退。
他の部員もなんとかごまかして、三橋と二人で部室に残ることに成功した。ちょっと怪しまれたかもしれないけど、そのくらいどうってことない。
オレの妄想が実行できればいいんだ。