【Without a Trace】ダニー・テイラー萌え【小説】Vol.13
Super!Drama TVでシーズン2、NHKBS-2でシーズン3放送中の「FBI失踪者を追え」
ダウンタウン出身ダニー・テイラーを元にしたエロネタ小説のスレ
現在、書き手1と書き手2にて創作中。
新しい書き手の参加も大歓迎です。
ダニー・テイラー役、Enrique Murciano HP
http://www.imdb.com/name/nm0006663/
はと‐さぶれ【鳩さぶれ】
一つの事に異常に執着し、病的な態度を示す人。メンヘラー。自演狂。じえんきょう。
[約束]
・荒らしと叩きは相手にしないようにしてください
・アンチを見つけてもスルーしてください
・このドラマの他の関連板に感想などを書くのは控えてください
・このスレッドのURLをこのドラマの他の関連板に書くのは控えてください
・このスレッドの書き込みを他の関連板に貼り付ける事はしないでください
[注意書き]
同性愛的要素、過激な描写を多く含みますので、不快を示す方は閲覧をお控え下さいますようお願いします。
これらを理解してストーリーを楽しんで下さる方のみ閲覧お願いします。
注意事項を守らず不快な思いをされてもこちらは一切責任を負いません。
あくまでも自己責任・自己判断でお願いします。
書き手1=おせち=メンヘルさん=鳩さぶれのやおいエロ小説っす。
書き手1=鳩さぶれ劇場
その1
779 :書いていた人 :2005/07/01(金) 00:12:12 ID:nsRPx1UV
もうお好きにお書きください。
あちこちで規制されまくっているので、
2chから去ります。
一人の書き手を葬り去ったということを
お知らせします。
804 :奥さまは名無しさん :2005/07/01(金) 00:34:49 ID:nsRPx1UV
>>802 ほらイジメ根性まるだし。
ここの住人ってタチ悪いね。
「書いてる人」がかわいそうになってきた。
書き手1=鳩さぶれ劇場
その2
865 : :2005/08/06(土) 04:05:15 ID:j1cxGbqN
書き手2さん、いつも楽しく読ませていただいています。
夏季休暇中、書き手1さんにがんばっていただいて飢餓状態を脱したいと
思います。お体ご自愛ください。
866 :書き手1 842の続き :2005/08/06(土) 23:14:55 ID:j1cxGbqN
声を荒げて留守電に伝言を入れたマーティンに、ダニーはあえて
コールバックしなかった。俺はどうせ信じてもらえないキャラなんやな。
あんなに大切に思っている相手の信頼も得られないなんて、俺は生活破綻者
なんやろか。ダニーはまっすぐ矢のように飛んでくるマーティンの攻撃に
半ば辟易しながらも、自らの生活を反省していた。
それにしても、なんでバレたんやろか。
おせち
703 :奥さまは名無しさん :2007/03/30(金) 01:11:33 ID:???
>>701 あの集中力がもっと生産的な事に活用されたらいいのにね。
私も鳩=書き手1=おせちと書かれてびっくりしました。
鳩さんとは違うと何度も言ってるのに信じてもらえないんだなぁと
悲しかったです。
書き手1さんみたいな文才は正直あったらいいなと思います。
鳩さぶれ分身の術
鳩さぶれ
ダニー萌え
書き手1
おせち
鳩さぶれおせちに憧れるファン
鳩さぶれキャラ
ダニー萌え腐女子
初代スレに登場、本スレで暴れてダニー萌えスレに隔離されるが
ダニー萌えスレでエロ小説を連載、自演して書き手1(自分)を擁護
自演発覚(自爆)、祭りとなる、別名自爆たん
本スレにいない設定
毎日オナニー小説の更新を怠らずにつづけててえらいじゃん!
823 :奥さまは名無しさん:2007/07/17(火) 16:52:30 ID:???
それは言いすぎだよ。
毎日隔離の更新を怠らずにつづけててえらいじゃん。
書き手1
ダニー萌えスレにエロ小説を連載、自作自演がばれて自爆
鳩さぶれと発覚
エロ小説スレにしかいない設定
鳩さぶれ
本スレに一回登場、おせちは別人、面識が無い設定
>おせちさんとは面識はありません。もしかしたら私が外部でやっているコミュニティーのメンバーか
>Moderatorを勤めているFORUMのメンバーの方かも知れませんが、直接存じ上げません。
2chのどのスレにも一切書いていない設定(だが書き手1として毎日怠らずエロ小説更新中)
>また、私は2chのどのスレッドにも一切書き込みはしておりません。今回が最後に
>なるでしょう。それについても、誤解を解いておきたいと思います。
おせちは別人の設定だが、おせちとネカマチャットスレの削除依頼を出す
おせち
昨年末登場、本スレで毎晩ネカマとチャットする、巨乳の腐女子
会社オーナーで白人の彼氏がいるそうです
鳩さぶれと書き手1は別人設定
>私も鳩=書き手1=おせちと書かれてびっくりしました。
>書き手1さんみたいな文才は正直あったらいいなと思います。
>もう何度もその質問を受けたが気がしていますが
>鳩さんではありません。
>どうしてそういう疑いがかけられるのかも分からないです。
メンヘルさん
749 :奥さまは名無しさん:2007/06/07(木) 20:36:33 ID:???
言われる前に言っとくけど、自分は鳩じゃない。
ただ心療内科に通ってる者だとだけ言っとく。
766 :奥さまは名無しさん:2007/06/07(木) 21:13:18 ID:???
>>748=749だけど、
>>747は書いてない。
そんなにメンヘルが憎いのか?
767 :奥さまは名無しさん:2007/06/07(木) 21:15:13 ID:???
鳩みたいな高層マンションに住みたい!
uho-
541 :魅せられた名無しさん:2007/07/24(火) 01:33:19
この世知辛い世の中で、ダニーの存在だけが生きる支え。
我ながら情けない。でも他に救いを見出せない。
ダニーとボスが支局に戻るとマーティンが退屈そうに待っていた。ダニーを見つけた瞬間に顔がほころぶ。
「おかえりなさい。メイン州はどうだった?」
「なんや陰気臭いとこやったけど、でかいロブスターはうまかったわ。ねえ、ボス?」
「ああ。もっと大味かと思ったが最高だった」
「いいなー、僕も行きたかったのに・・・」
「あのな、オレとボスは遊びで行ったんやない。お前はまた今度や」
「今度っていつさ?」
口をとがらせたマーティンはダニーとボスをじとっと見つめる。
19 :
書き手2:2007/08/30(木) 23:48:14
「ねえ、いつ?」
「わかったわかった、帰りにメアリーズ・フィッシュ・キャンプに連れて行ってやる。上に書類を置いてくるから二人とも地下で待ってろ」
「やったー!」
マーティンはうれしそうに両手を挙げて叫んだ。
「あほ、お前はマシ・オカか!」
ダニーはくくっと笑いながらデコピンを数発お見舞いした。マーティンもやり返してお互いに痛がりながら額を押さえる。
「お前たち、いい加減にしろ。子供じみた真似をするんじゃない」
ボスが呆れたように言う。
二人はボスをチラ見してにんまりと視線を交わした。
20 :
書き手2:2007/08/30(木) 23:48:56
地下のガレージに降りると、ボスの駐車スペースにレクサスの新車が停まっていた。
「あれ?ここ、ボスの場所やんな。車買い替えたんかな?」
「ん、たぶん。でもチャイルドシートがないよ」
「あかんあかん、それは禁句やな」
「だね」
うっかり口にしようものなら機嫌を損ねてどんなとばっちりを受けるかわからない。
お互いに確認するように同時に頷く。それにボスをむやみに傷つけたくなかった。
21 :
書き手2:2007/08/30(木) 23:50:12
排ガスのよどんだ空気の中、ボスの車だと思われるピカピカの車体を二人並んで眺める。
マットな質感の黒がスタイリッシュだ、などと感想を言い合っているとボスがあらわれた。
「この車、ボスのっすか?」
「そうだ。散々迷ったが、結局原油高に負けた」
「いいっすね、ボスによう似合いますわ。オレもいつか乗りたいな」
ダニーが褒めるとボスがキーを投げてよこした。両手でキャッチしていそいそと運転席に座る。
「ボス、僕も前に乗っていいですか?」
マーティンが遠慮がちに言うとボスは軽く頷き、自分は後部シートに乗り込んだ。
ごく自然に二人が手をつなぐのを見ても何も言わなかった。
22 :
書き手2:2007/08/30(木) 23:51:07
一時間あまり並んでようやくテーブルに着いた。ちょうどいいぐらいにおなかが減っている。
マーティンはお目当てのロブスターに、ダニーとボスはクラムフライや生牡蠣にがっついた。
半ダースの生牡蠣を軽く食べ終え、何度も追加オーダーする。ここはいつ来ても期待を裏切らない。
「これさ、オスとかメスとかどうやって見分けるんだろ。雌雄同体なのかな?」
マーティンは生のクラムを並べて見比べた。バカバカしいぐらい真剣に観察している。
「これはな、こっちがメスでこっちがオスや。ほらここ見てみ、生殖器の長さがちゃうねん」
ダニーがもっともらしいことを言いながらフォークでクラムをつつく。
「へー、そうなんだ。ここの長さか、忘れないようにしなきゃ」
マーティンの頬はワインのせいで上気している。ほてった頬がSEXのあとのようだ。
23 :
書き手2:2007/08/30(木) 23:51:42
「お前、またダニーにからかわれてるぞ。バカだな」
ボスは苦笑しながらシュリンプカクテルをつまんだ。
当の本人は騙されたのにダニーと一緒にけたけた笑っている。
あまり認めたくはないが、あの憎たらしいヴィクターの息子なのにかわいくて仕方ない。
「ん?」
きょとんとしたマーティンが不思議そうに見つめ返してくる。
「そろそろロブスターロールを頼むとするか。お前たちはどうする?」
もちろん返事は訊くまでもない、食べると言うに決まっている。
二人の答えを待ちながら、ボスはメニューをぱたんと閉じた。
ジョージがLAから戻ってきた。
今晩会えると思うと、ダニーの頬は思わず緩んでしまう。
「ダニー、何かいつもと違うね。良い事あったの?」
マーティンが訝った顔をして尋ねる。
「別に、何にもないけど?」
「ふうん」
マーティンをだますのも大変だ。
近くにいるから余計に気を使ってしまう。
定時になり、ダニーが帰り支度をしていると、マーティンが寄ってきた。
25 :
書き手1:2007/08/31(金) 00:32:42
「ねぇ、晩御飯食べようよ」
「ごめん、今日は約束があんねん」
「そうなんだ・・」
「ごめんな、埋め合わせするから」
「いいよ、じゃあまた明日」
マーティンはダニーの椅子をバンと叩いて帰って行った。
明日はやっかいや。今日はちゃんと家に帰ろ。
ダニーはそう心に決めて、ソフトアタッシュを手に取った。
26 :
書き手1:2007/08/31(金) 00:33:52
ジョージとの待ち合わせは、チェルシーの「230フィフス」にした。
エンパイヤ・ステートビルディングが正面に見えるルーフトップバーだ。
やしの木が風に揺れてまるで南国のリゾートにいるような錯覚を覚えた。
「ごめん、待たせちゃったね」
ジョージがハンチングにサングラスで現われた。
「お前、十分怪しいな」
「そうかな」
げらげら笑うジョージの笑顔が愛おしい。
ここで押し倒したいくらいだ。
27 :
書き手1:2007/08/31(金) 00:34:55
「シャンパン頼んだけどええか?」
「うん、もちろん」
「LAどうやった?」
「暑かったよ〜。NYの方がいいね」
「CMはどんなん?」
「だめ、ダニーにも言えないんだ。契約だから」
「そうか、仕方ないわな」
「ごめんね」
「ええよ、すぐにTVで見られるんやから」
「うん」
二人はメニューを見て驚いた。
「マレーシア料理だよ」
「ほんまやな、試そや」
バー・メニューの中から、スパイシー・シュリンプとベジタブル・カレーパフを頼んだ。
28 :
書き手1:2007/08/31(金) 00:36:18
「この後どうする?」
「この近くに鉄人シェフがオープンした和食があるんだよ」
「それ、ええな」
「じゃ、そこにしようよ!」
ジョージが携帯で予約を入れた。
二人は歩いて「モリモト」まで出向いた。
ドアでホールマネージャーが深く御辞儀をしている。
ジョージが誰か知っている印だ。
二人は、人目につきにくい2人用のラウンジに通された。
「お前、来たことあんの?」
「ううん。モデル友達から聞いた。すごく美味しいって」
「そか」
ダニーはふっと息をついた。ジョージの私生活が気になってたまらない。
29 :
書き手1:2007/08/31(金) 00:37:26
二人は「モリモトオマカセ」をお願いした。
カンパチのタルタル、フォアグラの茶碗蒸し、ロブスターのてんぷら、季節野菜の煮浸し、そしてカリフォルニアロールに赤出汁とデザートだ。
二人は豆腐のチーズケーキとマンゴーティーを選んだ。
「やっぱり鉄人シェフはすごいな」
ダニーが満足した顔でジョージに尋ねた。
「うん、ヘルシーだし、いいよね。でも何食べててもダニーと食べるのが一番美味しいよ」
「アホ!LAでも旨いもん食ったんやろ?」
「でもダニーがいなかった」
二人はテーブルの下でぎゅっと手を握った。
30 :
書き手1:2007/08/31(金) 00:38:40
「今日、うちに来る?」
ジョージが上目遣いで尋ねた。
「ああ、泊まれへんけどな」
「大丈夫、僕が送るよ」
「サンキュ」
「本当にこの1週間が長かった。もう出張はやめようかな」
ジョージがつぶやいた。
すまん、俺はその間にヨシと寝てしもうた。
「ねぇ、ダニー、どう思う?」
「俺は我慢できるで。お前の仕事が広がるならええやんか」
「そうかな」
「エージェンシーからはヨーロッパ行けって言われてるんやろ」
「うん・・・」
「お前がチャレンジしたいならすればそれもええしなぁ」
「僕が我慢できないよ、ダニーと離れたくないもん」
「そか。わかった。とにかく、家に帰ろ」
「うん!」
二人は「モリモト」を後にした。
警視庁に戻ったヨシからメールが届いた。
口語調のない文語体の硬い文章が彼らしい。
捜査同行のお礼がつらつら書かれた後に「最高の夜をありがとうございました」と書いてあった。
いかにもヨシだ。二人にはこれで十分通じる。
プライベートのメルアドも書かれていたので、ダニーは家にメールを転送し、履歴を消した。
32 :
書き手1:2007/09/01(土) 00:59:27
スタバのカレービーンラップをかじりながら、最近の事件の情報を洗いなおす。
どれも動きがない。暑さで、失踪者も蒸発か。
ダニーは苦笑しながら、カレービーンラップを食べ終えた。
「ねぇ、ダニー」
マーティンが話しかけてくる。
「何や?進展あったか?」
「そうじゃなくてさ、今晩食事どうかと思って・・」
「ええよ、旨いもん食おうや、お前決め」
「うん、約束だよ!」
にっこり笑うマーティンの笑顔がまぶしすぎた。
俺がヨシと寝たことを知ったらどんなに傷つくだろう。
ダニーは今日は、マーティンの言うことをすべて聞くことに決めた。
33 :
書き手1:2007/09/01(土) 01:01:10
定時に仕事が終わり、二人はぱたぱたと机の上を片付けた。
「用意はええか?」
「うん、用意できた」
二人はまだ残っているサムとヴィヴにお先にと声をかけて外へ出た。
まだ歩道から上がって繰る照りかえしの熱気が熱い。
「どこ行く?」
「久しぶりに焼き鳥がいい」
「じゃ、リトル・ジャパン行くか」
「うん!」
二人はミッドタウンウェストにオープンした「炙りやキンノスケ」に入った。
34 :
書き手1:2007/09/01(土) 01:04:48
二人はカウンターに通された。
すぐにお通しの海ぶどうがやってくる。
「これ、何やろ?」
気持ち悪がりのダニーが、お箸でつついた。
マーティンは、すぐにぱくっと食べた。
「ぷちぷちしてて美味しいよ。海草かな?」
ダニーもこわごわ口に入れた。
「ほんまや、うまいな、今日は何飲むか?」
「シャブリ?」
「ええな、すいません、シャブリお願いします」
二人は長々としたメニューを一読し、七輪で焼く野菜焼きと、
ツクネ、ネギマ、鶏もも、軟骨、ぼんじり、砂肝を頼んだ。
35 :
書き手1:2007/09/01(土) 01:06:19
七輪が席に届き、マーティンがおっかなびっくり、野菜を焼き始めた。
「お前、ほんまかわいいな」
「よしてよ、そんな年じゃないもん、それより、随分ヨシと仲が良かったじゃない?」
「あーあいつな、インターポールに転職しようとしてんのや」
「そうなんだ?じゃ、転職相談受けてたの?」
「そんなとこや」
「なーあんだ、心配してすごく損したよ」
「ごめんな」
ダニーは心の中でも深くマーティンに謝った。
36 :
書き手1:2007/09/01(土) 01:07:53
マーティンは焼き鳥を25本食べた。
ダニーは12本で、腹が膨れた。
「ね、一風堂のラーメン食べない?」
「今からか?」
「まだやってるよ」
ダニーはマーティンに連れられて一風堂に行った。
さすがに行列なく、すぐにテーブル席に案内された。
マーティンはここでも、替え玉2枚とご飯を難なく食べた。
ダニーはラーメン一杯だけで、もう胃袋が破裂しそうだった。
37 :
書き手1:2007/09/01(土) 01:09:17
「ダニー、小食だね?」
「お前に比べたら、誰でも小食や」
「そうかな?ねぇー、うちに寄る?」
マーティンの目が誘っている。
「・・・今日はやめとくわ。俺、最近素行が悪いとボスにマークされてるから」
「そうか、わかったよ。でも素行悪いの?」
「悪いわけないやろ?お前が一番知ってる事やん」
「そうだけど・・・」
「とにかく、今日は楽しかった。またな!」
「うん、気をつけて!」
「ああ」
ダニーはブルックリンまでタクシーを飛ばした。
ヨシに返事を書かなければ。
家に戻ると、アランから留守電が入っていた。
「急な話なんだが、その・・ジャネットが週末来る。都合がよければ、家で一緒に食事をしてくれないか?
遅くてもいい。電話待ってる」
ダニーは、急いでアランに電話をかけた。
「アラン、俺」
「ああ、ダニーか。留守電、聞いてくれたか?」
「ジャネット来るんやて?」
「ああ、僕らの事を話していないんだ。姉さんには心配かけたくないし。
ほら、あの気性だ。お前に何かするかもしれない」
そう言ってアランはくくっと笑った。
「わかった、ほなら、明日何時に行けばいい?」
「ジャネットは7時に来るから、6時に来てくれると助かるな」
「わかったわ、絶対行くから」
「ああ、ありがと」
「ええよ、そんなん。それじゃ、おやすみ」
「おやすみ、ダニー」
39 :
書き手1:2007/09/02(日) 01:15:25
ダニーはシャワーを浴びて、普段着に着替えると、PCのスウィッチを入れた。
ヨシのプライベートアドレスにメールを入れる。
「俺も本当に楽しかった。ヨシ、ありがとう。君が警視庁に残っても、インタポールに行っても、
素晴らしい捜査官になるのは間違いない。がんばれ。またメールする」
さすがにメールで残る文章に感情を書けない。
ダニーは送信のボタンを押した。
40 :
書き手1:2007/09/02(日) 01:16:36
明日は、あのジャネットとの食事だ。
ダニーは胃薬を飲んで、早めにベッドに入った。
すると携帯が鳴った。
「ダニー、僕」
「マーティン、どした?」
「今、家?」
「そうや、もうベッドの中」
「ごめん、僕、心配しちゃって」
「アホ!あんなに食ってどっかに出かけられるか!」
「そうだよね、僕ってばかだ」マーティンが安心したような声を出した。
「それじゃ、俺、寝るで」
「うん、おやすみ」
「おやすみ」
41 :
書き手1:2007/09/02(日) 01:17:33
ダニーは翌日、洗濯と掃除を済ませて、スクランブルドエッグとクロワッサンのブランチを食べた。
昨日、大食漢マーティンに付き合ったおかげで、胃もたれがする。
夜は絶対にアランがご馳走を用意しているはずだ。
少しでも胃腸を休ませたかった。
5時半になり、マスタングでマンハッタンに向かう。
久しぶりのアッパー・ウェストだ。
捜査で来るのとは違った気分で、セントラルパークを横目で見ながら、アランの駐車場に車を停めた。
42 :
書き手1:2007/09/02(日) 01:24:28
ブザーを押す。
「アラン、俺」
「ははは、自分の鍵で入れよ」
ダニーは合鍵を出してセキュリティーを開錠した。
「いらっしゃい、急なのに良く来てくれたね」
アランがぎゅっとダニーを抱き締める。
懐かしいシャネルのエゴイストの香りだ。
43 :
書き手1:2007/09/02(日) 01:25:30
「俺も料理手伝うわ。メニューは何?」
「いや、今日はケータリングを頼んだよ。最近、仕事が多くて、へばっている」
見るとアランの薄い眼の下にくまが出来ていた。
「大丈夫?」
「あぁ、お前は?」
「いつもと同じや」
「そうか、それはよかった」
ケータリングはインド料理だった。
サモサの盛り合わせにタンドリーチキンとラム、レンズ豆のカレーとシュリンプカレーにサグマトン、
サフランライスにガーリックナン、デザートはマンゴーチーズケーキだった。
44 :
書き手1:2007/09/02(日) 01:26:37
「うわぁ、完璧やん、どこの店?」
「ミッドタウンの「アッマ」という店だ、美味いらしい」
ブザーが鳴った。
「ジャネットのおでましだ、用意はいいかい?」
アランがウィンクする。
「ラジャー!」
ダニーが敬礼した。
アランは「姉さん、どうぞ上がってきて」とインターフォンに答えた。
「ジャネット、元気?」
「元気よ、アランは?」
「同じだよ」
二人が抱擁しあうのをダニーは眺めていた。
「ダニーも変わりない?」
「ええ、ジャネット、お久しぶりです」
ダニーもジャネットと抱擁した。
3人のディナーが始まった。
ダニーはワインとブランデーを飲みすぎて、アランのアパートに泊まった。
「はっ」と目を覚ます。どうやら抱かれた様子ではない。
アランが隣りですやすや寝ていた。
ダニーはまた目を閉じた。昼過ぎにダニーは起こされた。
「ダニー、ブランチ食わないか?」
「うん」
アランはメキシコ風の卵料理とパンを用意していた。
「うわ、故郷に戻ったみたいや」
メキシコ料理とキューバ料理は共通点が多い。
「喜んでくれて嬉しいよ。サルサソースはたくさんあるからな」
「ありがと」
ダニーはサルサソースにハラペーニョを乗っけて卵料理を食べた。
46 :
書き手1:2007/09/02(日) 23:27:31
「今日は、どうする?」
アランがさりげなく尋ねた。
「俺、買い物があるから」
「そうか・・・また食事に誘ってもいいか?」
「もちろん、当たり前やん、アラン、何で遠慮するん?」
「お前にもいろいろあると思ってね」
「俺は、普通や。アランこそ何もないんか?」
「ああ、お前が欲しくてたまらない」
「ごめん、今はそんな気は・・」
「そうだな」
ダニーは、ブランチをご馳走になり、自宅に戻った。
47 :
書き手1:2007/09/02(日) 23:28:59
留守電にジョージから伝言が入っている。
「FBIはレイバーデーは休みですか?休みなら僕はインディアンフェスティバルが見たいです。
電話ください」
すぐさまジョージに電話をする。
「レイバーデーは休みや。お前も?」
「うん、休みもらえた」
「じゃ、ブルックリン来るか?」
「うん、行ってもいい?」
「当たり前やん、来い」
「分かった、じゃ、月曜日に行くね」
「ああ、待ってる」
レイバーデーは、ブルックリンの大通りを遮断して、ウェストインディアンの人たちのパレードがある。
屋台も出て、かなり盛り上がるイベンドだ。
ジョージはそれを一般人として見たいのだろう。
48 :
書き手1:2007/09/02(日) 23:30:04
ダニーは、グローサリーの買い物を済ませて、ためていたドラマの再生を見る。
今のお気に入りは「デクスター」だ。
鑑識が連続殺人犯なんてありえへん。
そう思いながら、出身地のマイアミを描いてくれているので、見逃せない。
登場人物たちが自分と同じ訛りで話したり、スペイン語を交えて会話するのが懐かしくてたまらない。
ダニーにとっては、帰りたくない故郷だが、懐かしさには変わりなかった。
49 :
書き手1:2007/09/02(日) 23:31:23
ブー、ブザーが鳴った。
「はい?」
「あ、僕、マーティン」
「何や、上がって来いや」
「ありがと!」
突然の訪問に驚いた。ジョージがいなくて良かったと幸運に感謝した。
マーティンはデリの大きな紙袋を持ってやってきた。
「暑いね〜」
「お前、汗だくやな。シャワーするか?」
「いい?」
「ああ」
マーティンは紙袋をキッチンに置くと、バスルームに入った。
袋の中をダニーが覗くと、スナック菓子の袋が何種類も入っている。
下の方にデリの料理がありそうだ。
時計を見ると、もう5時だ。
そろそろええか。
ダニーは冷蔵庫からクアーズを出して飲み始めた。
50 :
書き手1:2007/09/02(日) 23:32:42
マーティンが出てきて「あー!」と叫んだ。
「何や?」
「ずるいよ、一人で始めるなんて!」
口をとがらすマーティンがかわいらしくて、ダニーは近付いて、キスを始めた。
「ちょ、ちょっと・・」
「ええやん、ベッドに行こ」
こくんと頷くマーティンを抱き締めながら、ベッドルームに連れて行き、バスタオルを剥いだ。
もうマーティンのペニスは立ち上がり、先走りで濡れている。
「お前、エッチな」
「ダニーがいけないんだよ」
ダニーはペニスを口に含んで上下させ、舌でしごいた。
「あぁぁん、だめだ、出ちゃうよ・・」
マーティンは体を弛緩させた。
51 :
書き手1:2007/09/02(日) 23:33:38
ダニーはぐったりしたマーティンの上にまたがると口を開けさせ、
自分のそそり立つペニスを飲み込ませた。
顔を紅潮させながら、一生懸命舌を動かすマーティンが愛おしい。
ダニーはひとしきりマーティンの口を蹂躙すると、引き抜き、マーティンの足を開かせた。
52 :
書き手1:2007/09/02(日) 23:34:37
期待でマーティンの青い目が濡れている。
ダニーはローションを塗って、一気にマーティンの中に押し入った。
「あぁ、狭いわ」
「ダニーの大きいよ・・」
「あかん、俺もイク」
ダニーは体を震わせると、マーティンの上に倒れこんだ。
二人で、顔を見合わせて、ふふっと笑った。
月曜日になり、ジョージがやってきた。
「すごいね、もう人が集まり始めてるよ」
「そりゃ、30万人だかが集まるんやから大変やぞ」
「でも、その方がいいよ。人に紛れられるもん」
「そやな、変装グッズは完璧か?」
ジョージはベースボールキャップとサングラスをダニーに見せた。
「パレード見たいんやろ」
「うん!」
「ほなら、1時頃出よ。屋台で何か食ってな」
「うん、うん、パレード大好きだよ!」
ジョージは子供のように目を輝かせた。
54 :
書き手1 :2007/09/04(火) 00:09:10
見るとユニクロで買ったカーゴパンツを履いている。
「待っててな」
ダニーもおそろいのパンツに履き替えた。
「わ、ペアルックだね」
「人が多くて下半身なんか見えへんやろ、ええやんか」
「なんだか嬉しいね」
笑うジョージが見たくて着替えたダニーだった。
二人で、パレードのあるイースタン・パークウェイとユーティカ・アヴェニューに向かった。
後から後から、どんどん人が増えてくる。
55 :
書き手1 :2007/09/04(火) 00:10:19
「ダニー、あそこに屋台が出てる」
「ほんまや、何か買お」
二人は、ジャークチキンとコーンブレッドを買った。
食べながら歩くのも楽しい。
さぁ、パレードが前を通る。
ジャマイカ、トリニダード・トバゴ、ハイチなど、
カリブの島々の文化や伝統を祝うパレードだ。
レゲエやカリプソなどの音楽を流す大きな山車と、
羽根を飾った華やかな衣装のカリビアンたちが踊り、
出身国の旗を持って練り歩く。すごい迫力だ。
56 :
書き手1 :2007/09/04(火) 00:12:02
「ダニーもカリプソとか踊れるの?」
「少しだけならいけるで」
「すごい、ダニーのダンス見たいな」
「あほ、恥ずかしいわ」
しばらく見ていると、またお腹がすいてきた。
「ねぇ、もっと何か食べようよ」
「そやな、妙に腹が減るな」
二人はパンフライド・キャットフィッシュにフライド・グリーントマトを買い足して、
ビールを手にした。パレードはまだ続いている。
「楽しいか?」
ジョージに尋ねると「うん、初めて来たし、すごく楽しい」と即答が返ってきた。
57 :
書き手1 :2007/09/04(火) 00:13:09
「レイバーデーは、今まで休みが取れなかったから」
「そやな、デパートはかきいれ時やもんな、よう休み取れたな」
「ふふふ、病欠しちゃったんだ」
ジョージはペロっと舌を出した。
「ずるか!」
「そうだよ、だってダニーと一緒にいたいもん」
「あほ!照れるやん」
ダニーはたまらなく幸せな気分になった。こんな晴れやかな気分は久しぶりだ。
ジョージといると心が癒される。ダニーはこの出会いを神様に感謝した。
58 :
書き手1 :2007/09/04(火) 00:14:21
二人はさらにジャークチキンとクラブケーキにビールを買って、公園に避難した。
公園も座る場所がなかなか見つからないほど人が出ている。
やっとのことで、空いている芝生を見つけ、腰を下ろした。
「お前さぁ、普段、どんな風に過ごしてる?」
ダニーは一番聞きたい事を、さりげなく聞いた。
59 :
書き手1 :2007/09/04(火) 00:15:24
「どんな風って・・・クライアントのパーティーに出ることが増えたけど、そうじゃない時は家にいるよ」
「ふぅん、パーティーってどんなん?」
「普通のパーティーだよ。違うのはゲイが多いってことかな?」
「誘惑されへんの?」
「そりゃ、いろいろあるけど、僕には付き合ってる人がいるから」
そう言って、ダニーの顔をじっと見た。
60 :
書き手1 :2007/09/04(火) 00:16:41
「だから、付き合いが悪いって業界では言われてるんだ。でも気にしない」
「そか、お前がそうならええんちゃう?」
二人を照らす陽光が夕日に変わった。
「食べ終わったら、家に帰ろか」
「そうだね、パレード楽しかったね」
ダニーは人に気がつかれないように、後ろで手を握った。
ジョージがぎゅっと握り返してくる。
二人は顔を見合わせて、にんまり笑った。
連休明けの火曜日、ダニーはトリプルエスプレッソとエッグマフィンを片手に出勤した。
昨晩のジョージとの激しいセックスで、体がだるいし、筋肉もあちこち痛かった。
「おはよ、ダニー、昨日出かけてたの?」
マーティンが顔を見せるなり、話しかけてきた。
「あぁ、パレード見に行ってたわ」
「僕、ダニーんちに行ったんだよ!」
ダニーはドッキリしたが、顔には表さず「そんなら連絡してくれればいいやんか」と言い放った。
「いるかと思った僕がバカだったよ」
そう言うとマーティンはぷいっとそっぽを向いて席についた。
やれやれ、休み明けからこれかい!
ダニーは肩をすくめると、残りのエッグマフィンにかじりついた。
62 :
書き手1:2007/09/05(水) 00:27:38
ランチになってもマーティンの機嫌は直らなかった。
「おい、ボン、そんなにパレード見たかったんか?」
「だってダニーの家のそばじゃん」
「ごめんな、気が利かなくて。来年は誘うから」
「約束だよ」
「ああ、約束や」
来年の9月1日の俺がどうなってるかなんて、わかるかい!
ダニーは心の中でそう思いながら、マーティンに笑顔を見せた。
やっとマーティンも笑って、クリームチーズのペンネを食べ始めた。
63 :
書き手1:2007/09/05(水) 00:29:15
午後は事件発生でチームに緊張が走った。
精神療養施設から患者が失踪したという。
15歳の少年だ。マーティンとヴィヴィアンが施設に向かった。
ニュー・ジャージー州トレントンまでの間、ヴィヴィアンがボスと状況のやりとりを携帯で行っていた。
「ヴィヴ、どんな患者?」
運転しながらマーティンが尋ねた。
「強度の躁うつ病だって。投薬で抑えていたんだけれど、ベッドの下から飲んでいない薬が大量に発見されたらしい」
「それじゃ、今は?」
「どっちでも危ないね。躁でもうつでも」
64 :
書き手1:2007/09/05(水) 00:30:29
トレントンの施設は古い建物だが、警備はしっかりしているように見えた。
監視カメラが正面ゲート、裏ゲート、建物の入り口、廊下の四方に取り付けてある。
ここから、どうやって失踪できたのだろう?
担当医が出てきた。
「ジョー・サントスの主治医のデイヴィスです」
「こちらフィッツジェラルド捜査官、私はジョンソンです。いつ不在に気が付かれたのですか?」
「朝食です。ジョーは個室ですので、配膳係が持っていくんですが、その時に分かりました」
「監視カメラのビデオをすべてお借りしたいのですが・・」
マーティンが尋ねた。
65 :
書き手1:2007/09/05(水) 00:31:46
「院長の許可をもらいませんと・・」
「一刻を争うんです。よろしくご協力お願いします」
ヴィヴィアンの力強い言葉に押され、デイヴィス医師は、警備室に二人を案内した。
「警備責任者のアンカーです」
「ビデオを全てお借りしたい。それと昨日の夜勤の警備員ともお話したいですね」
マーティンの言葉に「夜勤はグリフィスです。自宅にいると思います」とアンカーは答えた。
ヴィヴィアンとマーティンはビデオをオフィスに置きに行き、代わりにダニーとサマンサがグリフィスの自宅に向かった。
66 :
書き手1:2007/09/05(水) 00:32:57
「200人も収容してる施設の夜勤が1名なんて少なすぎない?」
サマンサが尋ねるとダニーも頷いた。
「監視カメラがあったって見ている奴が手薄じゃしょーもない」
グリフィスの家に着いた。
「グリフィスさん、おられますか?」
返事はない。
「FBIです。開けてください!」
中から寝起き顔の中年男が出てきた。
「何ですか、寝たばかりなのに」
「あなたの勤務先からジョー・サントスが失踪しました。お話を聞かせてください」
グリフィスは面倒くさそうに「じゃあ、中へ」と二人を案内した。
グリフィスは、執拗なダニーとサマンサの質問に、しぶしぶ、夜勤の間、転寝をしていたのを認めた。
それが数分なのか数時間なのか。
グリフィスは1時間ほどだと言うがどうだろう。ダニーは疑った。
「お願いだ、アンカーには報告しないでくれないか。クビになったら、別れた女房への慰謝料が払えなくなる」
「それはあなたの問題ですよ、グリフィスさん。ジョー・サントスとは関係ない」
二人はグリフィスの家を出た。
68 :
書き手1:2007/09/06(木) 01:29:44
「これで空白の時間が出来たわね」
「けど、サム、誰か協力者がいなけりゃ、あんなへき地からどこにも行けへんで」
「確かにそうね」
「オフィスに戻って、ビデオの様子を見よ」
二人はマンハッタンに向かった。
オフィスで情報を整理する。
ジョー・サントス。ヒスパニック系男性。15歳。
母親は5歳の時交通事故で死別。
父親は貿易業でほとんど自宅にいない。
ドラッグ依存症歴あり。
69 :
書き手1:2007/09/06(木) 01:31:12
「エグザイルやな」
ダニーが吐き捨てるように言った。
「まったく。一人息子なのに、見向きもしない父親。費用だけ出して施設にまる投げ」
ヴィヴィアンも頷いた。
ボスが総括した。
「躁うつ病患者の場合、躁の時は、自分が何でも出来るような気持ちになり、金遣いも荒くなる。
一方、うつの場合は、自分がこの世にいるのが罪悪のように思えて、自らの命を絶つまで追い込まれることがある。
いずれにしても、大変危険だ。すばやく行動するように」
「了解っす」
「はい!」
皆、口々に返事をして、持ち場についた。
70 :
書き手1:2007/09/06(木) 01:32:30
テックと一緒にビデオをリサーチしていたダニーとマーティンのところに、サムがやってきた。
ジョーの父親の家族クレジットカードが使われたのを突き止めたのだ。
それも30分前にマンハッタンの5番街だ。
セレクト・ショップで600ドルの買い物をしている。
「完全に躁の状態やな、大盤振る舞いや」
ダニーの言葉に皆が頷いた。
ボスが「周辺の高級ホテルを当たれ。ティーンエイジャー一人では泊まれない。
サムはセレクト・ショップに行ってこい」と指示を出した。
71 :
書き手1:2007/09/06(木) 01:33:35
ホテルを当たるうち、ザ・プラザからそれらしい少年の連絡があった。
大声で暴れる少年をなだめていた中年男性が一緒だという。
「行くぞ」
ボスの一言で、ダニーとマーティンがアッパーイーストサイドに向かった。
ザ・プラザの支配人と話をつけ、マスターキーを預かる。
「ジョン・スミス、もっと気の利いた偽名はないのかよ!」
ダニーが苛立って声を荒立てた。
「スミスさん、すみません。開けていただけませんか?」
マーティンが温和な声を出してドアをノックした。
72 :
書き手1:2007/09/06(木) 01:35:05
ガチャ、ドアがあく音がし、バスローブを来た中年の男が出てきた。
「FBIです。捜査にご協力をお願いします」
ボスが有無をも言わせず、中に入る。
ベッドにぐったりした少年が寝ていた。
「息子は疲れて、寝ているんです」
「はぁ、それにしてもこの写真に似てますが!」
ダニーが男にジョーの写真を突きつけた。
逃げようとする男の足を蹴り、マーティンが取り押さえた。
73 :
書き手1:2007/09/06(木) 01:36:10
「お前、レイプしたな!」
「あいつが持ちかけてきたんだよ。インターネットで。
この街一の男娼だって。確かに可愛いし、服装も小奇麗だったから・・ヤク中なんて知らなかった」
「だから、施設からの逃亡を手伝ったのか!あとは支局で聞くから来るんだ」
マーティンが男に手錠をかけ、外に出した。
74 :
書き手1:2007/09/06(木) 01:38:05
ダニーがジョーを揺り動かした。
「ジョー。起こしてごめんな、俺、ダニーや、一緒に来てくれへんか?」
「僕、起きたくない。一生ここにいたい。」
枕に顔をうずめたままうなるように話す。うつの兆候だ。
「じゃ、俺がおぶってやろう。まずは服を着ような」
ダニーは脱ぎ散らかされた服をジョーに優しく着せた。
「また施設に戻るの?」
「その話は、ゆっくりしよな」
ダニーはジョーをおぶった。
ボスに頷き、二人はホテルの部屋を後にした。
ニューヨーク・ファッションウィークが始まり、またジョージと会えなくなった。
「クライアントのパーティーが増えたけど・・」
月曜日に公園でジョージに聞いた答えが頭の中をこだまする。
今晩もパーティーなんだろうか。飲みすぎてないだろうか。
ヤクなんぞに手を出してないだろうか。一番は誰にも誘惑されてないだろうか。
ダニーは、テイクアウトの中華を食べながら、ぼんやり考えていた。
あの賢いジョージがそんな事をするはずがないのに、どうしても考えてしまう。
76 :
書き手1 :2007/09/06(木) 23:56:08
俺より魅力的な相手がジョージに言い寄ったら?
ダニーは思わず箸で春巻きをつぶしてしまった。
パラパラと衣のかけらがダイニングに飛び散る。
「ちくしょう!」
ビールを一口飲んで、ティッシュでテーブルをふき取った。
その時、携帯がふるえた。
「テイラー」
「あ、僕だよ、あのね、どこにいるかわからない」
ジョージだった。ろれつが回っていない。
「何やて!何があった・・」
「わかんない、でも体が痛い」
「何が見えるか言うてみ、通りの名前は?」
ジョージはやっとストリートアドレスを言った。
アッパー・イーストサイドだった。
ダニーはすぐにマスタングのキーを持って車を出した。
77 :
書き手1 :2007/09/06(木) 23:57:37
ジョージの名指しした場所に着くと、街灯にもたれかかるようにしているジョージが見えた。
服装が乱れている。一見、酔っ払いのようだ。
一体何があったんや?
ダニーはすぐに車を降り、ジョージをかかえると、助手席に乗せた。
「大丈夫か?」
「だめみたい。僕、やられたみたい」
ダニーは意味を理解した。
しかし、市立病院にこんなセレブを連れて行くわけにはいかない。
ダニーはふと思いつき、セントラルパークに入った。
78 :
書き手1 :2007/09/06(木) 23:58:52
「あ、俺。今から行ってもええか?緊急事態なんや」
携帯でアランに電話をかける。
「何だ?分かった。待ってるよ」
ダニーはアランのアパートにジョージを担ぎこんだ。
アランが1階のロビーで待っていた。
「おい、ジョージか?何があった?」
「ようわからん、けど怪我してるらしい」
「早く部屋へ行こう」
二人でジョージをゲストルームのベッドに横たわらせた。
そろそろと洋服を脱がせる。
79 :
書き手1 :2007/09/07(金) 00:00:53
「何や、この傷!」
胸にXの大きな切り傷がついていた。
「どうやら縄か鞭で打たれたようだ。皮膚の傷が深いな。
ジョージ、後ろを向かせるからね」
アランが優しく声をかけた。
思ったとおり、トランクスの後ろが血で染まっていた。
「ジョージ・・・」
ダニーは言葉を失った。
「ダニー!ぼうっとしてないで、トランクスを脱がせろ」
アランの厳しい声が飛ぶ。
「あ、わかった」
80 :
書き手1 :2007/09/07(金) 00:02:49
アランが局部を診察した。
「ひどい裂傷だ。何か道具でやられたんだろう」
アランは救急キットから消毒液を取り出し処置し始めた。
ジョージは意識が朦朧としていて、何をされているのかも分からないらしい。
「誰がこんな・・・」
「お前、ジョージのエージェンシーに連絡とれ、明日の仕事は無理だ」
ダニーはアランの指示に従った。
81 :
書き手1 :2007/09/07(金) 00:04:13
「アイリス、ダニーやけど、ちょっとジョージに事故があった。うん、来てくれる?」
「マネージャーが来るって」
「薬物検査は出来ないが、強い鎮静剤かコカインでも打たれたようだな」
20分してアイリスが飛んできた。
ジョージの姿を見て、泣き崩れる、が、気を取り直し、ダニーに向かって言った。
「ここに連れてきてくれたのはダニー?」
82 :
書き手1 :2007/09/07(金) 00:05:23
「ああ」
「感謝するわ、病院に行っていたら、とんでもないスキャンダルだわ。
明日のショーは風邪ということでキャンセルさせます。私、事務所に帰って連絡とるから。後はまかせられる?」
アランが答えた。
「僕は外科医のライセンスがありますので、ご安心を」
「それでは、お願いします。」
アイリスはあたふたと帰って言った。
一体、ジョージに何が起こったんや!ダニーは、抱き締めたい気持ちを抑えながら、心の
83 :
書き手1 :2007/09/07(金) 00:06:20
一体、ジョージに何が起こったんや!
ダニーは、抱きしめたい気持ちを抑えながら、心の中で叫んでいた。
「アラン、ありがと」
リビングでぐったりしているアランにダニーは声をかけ、隣りに座った。
「一体、何があった?」
「家にいたらあいつから電話があったんや。アッパーイーストで見つけた。それもあんな姿で・・」
ダニーはこぶしを握った。
「お前は賢明だったよ。ジョージのような有名人がERに運んだら大変だ。よく僕をあてにしてくれたね」
「アラン、ほんま、ありがと」
「いいんだよ、スコッチ飲むかい?」
「うん、飲む」
アランはイータラのグラスにシーバス・リーガルを注いで持ってきた。
85 :
書き手1:2007/09/08(土) 00:58:13
「これからは?」
「ジョージは、睡眠薬を投与したから朝まで眠るだろう。お前がいたいならいてもいいんだよ」
「うん、俺、泊まってもええかな」
「ああ、明日ここから出勤すればいい」
「本当に・・」
「もう礼ならよせ」
二人は静かにスコッチを飲んだ。
その夜、二人は同じベッドで眠ったが、ダニーは寝付かれなかった。
アランの寝息を聞きながら、隣りの部屋で寝ているジョージを思っていた。
86 :
書き手1:2007/09/08(土) 00:59:38
翌朝、アランの煎れたコーヒーを飲んでいると、ダニーの携帯がふるえた。
アイリスからだ。知り合いのクリニックに移すという。
ダニーも四六時中一緒にいられるわけがない。
アランにも本職があるし、これ以上世話にはなれない。
ダニーはアランに迎えが来ると告げた。
アランは「そうか、じゃあ午前の診療の準備をしようかな」とカウンセリングルームへ去って行った。
行きかけて振り返ったアランが言った。
「ダニー、今度は、緊急事態じゃない時に来てくれないか?」
アランの目は真剣だった。
「うん、そうする、アラン、ほんまにありがとう」
「これは貸しだからな」
アランはウィンクをして出て行った。
87 :
書き手1:2007/09/08(土) 01:00:50
ダニーはすやすや眠るジョージを見に行き、額にキスをした。
オフィスに電話をかけ、午前中休みを取る。
10時に担架を持った看護師が二人やってきた。
「テイラーさんですか?」
「はい、そうですが・・」
「これを渡すようにアンダーソンさんから言いつけられました」
クリニックの名刺だった。
「ありがとう。よろしくお願いします。俺も下まで行きます」
「それでは、どうぞ」
ダニーは黒のリムジンを見送った。
88 :
書き手1:2007/09/08(土) 01:02:40
遅くなったダニーは、ホットドッグスタンドでサルサチーズドッグを2つとコーヒーを買って、オフィスに現われた。
早速、ボスに呼ばれる。
「ボス、すんませんでした」
「何かあったのか?」
「ちょっと食あたりしまして」
「それならいいが、何か悩みがあるなら、話を聞くぞ」
「そんなんじゃないんで」
ダニーは「失礼します」とオフィスを去った。
89 :
書き手1:2007/09/08(土) 01:04:21
マーティンがじとっと見ている。
「何や、ボン」
「何でもない。具合悪そうだね、そんなの食べて大丈夫?」
「ああ、腹は治った」
ダニーはそそくさと、ホットドッグを食べ始めた。
仕事が定時で済み、ダニーは急いで名刺にあるクリニックを訪れた。
ミッドタウンのこんなオフィスビルが?と思うような場所だった。
レセプションで名刺を見せるとIDを見せるように言われた。
FBIのカードを出す。
「訪問予定者リストにあります。中へどうぞ」
威圧的ではないが、なかなかのセキュリティーだ。
90 :
書き手1:2007/09/08(土) 01:05:46
ダニーは渡された紙に従って、番号の病室のドアを開けた。
ジョージが上半身を起こし、テレビを見ていた。
「あ、ダニー!来てくれたんだ!」
ジョージがダニーをぎゅっと抱き締めた。
「元気か?」
「まだちょっと痛い」
「そか・・」
それ以上ダニーは尋ねなかった。
話したければジョージから話すだろう。
「何見てる?」
「ファンタスティック・フォーの前作、見逃したから」
「俺も一緒に見てええか?」
「うん、もちろん」
二人は、液晶の最新テレビの画面に見入った。
91 :
書き手1:2007/09/08(土) 01:07:40
DVDが終わった。
「もっといて欲しいか?」
ダニーが尋ねた。
「ううん、ダニー寝てなさそうな顔してる。明日は、ラルフ・ローレンのショーだし。
ダニーありがと。僕のこと嫌いにならないでね」
「あほ!お前の事、嫌いになんかなれるか!」
ダニーはジョージを抱き締め、熱いキスを交わした。
「本当?僕に何があったとしても?」
「ああ、早く休め、そして早く治すんや」
「わかった、おやすみ、ダニー」
ダニーは病室を後にした。
ダニーはアランに電話をかけた。
「あ、俺。なぁ、昨日はほんまにありがと。今晩暇?」
「これからか?」
「食事でもどうかと思って」
「ちょうどデリバリーを頼もうと思っていたところだ。ポモドーロにでも行こうか?」
「ああ、ええな。15分で着くと思う」
「じゃ、現地で」
ダニーは、アランに大きな借りを作ってしまった。
とにかくお礼をしたかった。
93 :
書き手1:2007/09/09(日) 00:58:16
トラットリア・ポモドーロは、平日だというのにほぼ満席だった。
顔なじみのオーナーが、奥の席をあけてくれた。
カンパチのカルパッチョにハーブサラダ、ポルチーニ茸とウズラのタリアテーレ、
ミックスグリルにキャンティーでディナーだ。
「見舞いに行ったんだろ?」
アランがサラダを取り分けながら尋ねた。
94 :
書き手1:2007/09/09(日) 00:59:36
「うん。意外に元気そうやったけど、無理してる感じやったわ。明日から仕事やて」
「そうか・・本人が話すまで真相は闇の中だな」
「ああ、俺も聞けへんかった」
「心配だろう」
「うん」
「分かるよ、僕だってお前にあんな事があったらいても立ってもいられない」
「アラン・・」
「お前の心の揺れが分かるからね」
アランはダニーのジョージへの気持ちを知っていながら、応急措置を施してくれたのだ。
ダニーはアランを傷つけてしまったと心の底から後悔した。
95 :
書き手1:2007/09/09(日) 01:01:05
「俺たち・・」
「このままでいいじゃないか。時が解決する場合だってあるさ」
アランは片頬で笑い、キャンティーを飲んだ。
ダニーは車で送るというアランの申し出を断り、地下鉄でブルックリンに向かった。
自分のいい加減さが嫌になった。
角にあるバーに入る。普段は立ち入りたくもない場末のバーだ。
客待ち顔の娼婦が何人もいる。
「テキーラ」
ダニーはバーテンダーに言いつけた。
ダニーのそばをすり抜ける娼婦たち。
ダニーはテキーラを3杯あおり、バーを出た。
96 :
書き手1:2007/09/09(日) 01:02:17
アパートに着き、鍵をあけると、電気がついていた。
「あ、ダニー・・」
ソファーで寝ていたマーティンが目を覚ました。
「お前、来てたんか?」
「どこ行ってたの?」
「食事や」
「うそだ、酒臭い」
「バーでひっかけて帰ってきた」
「辛いことでもあったの?」
「そんなことあらへんで」
「そうかなぁ」
「ごめん、俺、もう眠いんや、寝かせてくれ。話は明日聞く」
「僕も泊まっていい?」
「ああ」
ダニーはとにかく眠りたかった。
97 :
書き手1:2007/09/09(日) 01:03:11
シャワーもせず、スーツを脱ぐと、トランクス一枚になってベッドに入った。
マーティンがシャワーを浴びて、ベッドに入る頃にはいびきをかいて寝ていた。
「ダニー、一体、何があったの?」
マーティンはダニーの寝顔に声をかけて、目を閉じた。
朝、目を覚ますと、目の前にマーティンの顔があった。
昨晩の記憶がふっとんでいる。
ダニーはマーティンを起こさないように、そっとベッドから出るとシャワーを浴びた。
今日が休みでよかったわ。
ダニーは、コーヒーメーカーをセットして、パンを買いに外に出た。
あいつに焼きたてを食わせてやろ。
顔なじみのベーカリーでクロワッサンを6個買う。
99 :
書き手1 :2007/09/10(月) 00:10:48
家に戻ると、マーティンが起きていた。
「ダニー!心配したんだよ!」
「何で?」
「だって、いないんだもん」
「アホ!コーヒーも煎れてるやんか。俺が失踪してどうする?」
ダニーは心配顔のマーティンの額にキスをした。
「今から卵料理作るから、待ってろ」
「うん」
ダニーはメキシコ料理の目玉焼きランチェロをささっと作り、皿に移した。
「出来たで」
「心配しすぎてお腹すいたよ」
「お前が腹すかせてない時なんてあるか?」
「ダニーはいじわるだ」
食べ終わり、皿やマグカップをキッチンに運んでいると、マーティンが後ろから抱きついてきた。
「おい、皿落としそうになったやん」
「ダニー、何かあったの?」
「何で?」
「昨日、すごい酒臭かったよ」
マーティンなりにダニーを心配しているのだ。しかし理由は言えない。
「最近、仕事の調子が出えへんから、むしゃくしゃしてた、ごめんな。心配かけたな」
「それだけ?」
「そや、それだけや」
「わかった。何かあったら、言ってよね」
「ありがとな」
するとマーティンの携帯がふるえた。
「やば、父だ」
マーティンは急いでベランダに出た。
「マーティン、外泊か?家に留守電を入れたんだぞ」
「すみません。父さん。テイラー捜査官のところです。捜査の話が深夜に及んだのでそのまま泊まりました」
「心配かけるな。今日、NYに行く。ディナーを予約したから。フォーシーズンズに7時だ。わかったな」
「はい、父さん」
マーティンが渋い顔で戻ってきた。
「親父さん、何やて?」
「今日一日がどんよりになっちゃった。ディナー食べないと」
「親父さんかて、お前が心配なんや。気持ち汲んでやり」
「あ、僕、部屋散らかしてるから、掃除しなくちゃ!ダニー、朝ごはんありがと!」
マーティンはバタバタと帰って行った。
あいつ、親父さんとなかなかうまくいかへんなぁ。
ダニーは苦笑した。
すると今度はダニーの携帯がふるえた。アイリスだ。
「ダニーです。おはようさん、え?今晩?わかったわ、行くから」
ラルフ・ローレンのショーが今晩だというのに、ジョージの様子が変だという。
ダニーはジョージに電話をかけた。
「俺。今日仕事やろ?その前に会えへんか?そか、一人がええか。俺、会場に行くから。大丈夫やて。お前はプロやん。な。じゃ、今晩な」
6時になり、ダニーは会場のセントラルパークの特設会場を訪れた。
VIP席をアイリスが用意してくれている。
「あの子、ぶるっちゃって、大丈夫かしら」
「平気や、あいつ、プロやもん。俺、信じてるわ」
「じゃあ、とにかく後で」
アイリスは楽屋へ去って行った。
ショーが始まった。ジョージの出番が来た。
ひときわ拍手が大きくなる。
ジョージの体がふらっと傾いた。
ダニーは思わず声を出したが、ジョージはひらりと体をターンさせ、ステップのようにごまかした。
次からは元の調子を取り戻し、無事に舞台を終えた。
ダニーは楽屋に急いだ。
ぐったり席にすわっているジョージを見つける。
「おい、よかったで!」
「あ、ダニー!僕・・」
「大丈夫や。な、これから飯でも食わへんか?」
「ごめん、明日、朝いちでDKNYなんだ。午後はマイケル・コースもあるし。食欲もないから、このまま帰る」
「そか、送ろか?」
「アイリスがリムジン手配してるから大丈夫。ダニー、休みなのにありがとう」
「そんなんええんや。お前の顔が見られて嬉しいしな」
「ファッション・ウィークだけは失敗できないから、テンぱっててごめん。終わったら、ご飯一緒に食べてね」
「ああ、もちろんや、ほながんばりや」
「うん、ありがと、大丈夫だよ」
ダニーは大勢の人でごったがえす楽屋を後にした。
ジョージを抱き締めてやりたかった。
人前でそれが出来ないのがこんなに悔しいとは思わなかった。
ぐっすり寝ていたダニーはけたたましい携帯の音で起こされた。
「ふぁい、テイラー」
「えっ、まだ寝てるの?もうすぐミーティングが始まるよ」
ねぼけていたダニーはマーティンの心配そうな声で完全に目が覚めた。
サイドテーブルに転がった目覚まし時計はまもなく9時になろうとしている。
「うわっ、あかん!ボスにはちょっと遅れると言うといてくれ」
少し寝汗をかいていたがシャワーを浴びている時間などない。
急いでパジャマを脱ぎ捨て、歯磨きだけしてブリーフケースを引っ掴むとアパートを飛び出した。
支局に着くとみんながデスクワークをしていた。
「おはよう、ダニー」
「…おはよう」
全員に愛想よく声をかけられたものの肩身が狭い。ダニーはこそこそと自分の席に着いた。
「あら、手の甲にクラブのスタンプ!ダニィは彼女とデートで寝坊したのかな?」
サマンサがにやにやしながらからかった。マーティンも何気なく気にしているのが視線でわかる。
「どうなのよ?」
「そんなんちゃう。それにダニィって呼ぶな!」
「いいでしょ、ダニィって呼ぶぐらい」
「はいはい、二人ともそこまで。ダニーはボスがオフィスに来いと言ってたわよ。寝癖を直してから行きなさいね」
「サンキュ、ヴィヴ。さてと、嫌やけど行って来るわ」
ダニーはくしゃくしゃの髪を手櫛でなでながら席を立つ。
「ウニ頭!」
しつこくからかうサマンサの声を背中に聞きながら、渋々ボスのオフィスへ向かった。
小言から解放されてオフィスから出ると、少し離れた廊下でマーティンが待っていた。
マグカップを持ったままうろうろしている。何か言いたそうなのに話しかけようとしないのがもどかしい。
「コーヒーか?」
ダニーは自分から声をかけた。
「ん」
「貸してみ、オレが淹れたるわ。お前はミルク出して」
コーヒーのために手を洗う振りをしながら手の甲を強く擦る。完全には消せなかったが、スタンプはうっすらと輪郭を残すだけだ。
「あのさ・・・」
「うん?」
マーティンは言いにくそうにマグカップに視線を落とした。ダニーはこの間に訊かれそうな質問の答えを考える。
「あのさ、昨日は誰と一緒だったの?」
思っていたとおりの質問に、余裕でチャーリーと一緒だったと答える。
架空の友達のチャーリーにはいつも世話になっていて、いまや本当に実在しているかのような嘘の肉付けがなされていた。
「僕も会ってみたいな」
「え?」
「チャーリーにだよ。マイアミにいた頃のダニーの話とか聞きたいじゃない。僕は全然知らないから」
マーティンはそう言うとはにかんだ笑みを浮かべる。
「そやな、今度会う時に三人でメシでも食おう」
「いいね、楽しみだ」
「あんまり変なこと訊ねたらあかんで。オレにも恥の概念はあるんやから」
「ん、わかってるよ」
嬉しそうにこくんと頷くマーティンに笑い返しながら、ダニーは心の中でチャーリーに別れを告げた。
今度作る架空の友達は、もう少し設定をあっさりしたものにしなければならない。
ダニーは、ジョージにだまって日曜日もマイケル・コースのショーを見に行った。
昨日よりリラックスしてランウェイを歩いているジョージの姿を見てほっとする。
帰りにアイリスに会った。
「あの子の出番は、あとは火曜日のカルバン・クラインと水曜日のトミー・ヒルフィガー。
それでおしまいよ。ねぇ、ダニー。あの子の世話頼めない?」
「もちろんや、何かあったんか?」
「ボディーガードつけたんだけれど、逆効果みたいで。貝みたいに口を閉ざしちゃって、何も話してくれないの」
「わかったわ。水曜日にショーが終わるんやな?」
「そう。よろしく。うちの看板だもの。才能にあふれてるのに失いたくないわ」
「まかせとき」
ダニーは自信はなかったが、アイリスを安心させるためにそう答えた。
ダニーは月曜日のジョージのオフの日に電話をかけた。
「オルセンです。ご用件をどうぞ」留守電だ。
「俺、ダニー、木曜日にビッグ・ママの店で飯食わへんか?返事待ってるで」
夕方になり、メールが入ってきた。
「木曜日、楽しみにしてる。早く会いたいよ」
ダニーも気持ちは同じだった。
木曜日、ジョージがインパラでフェデラルプラザにやってきた。
誰もこんな大衆車にセレブが乗っているとは思うまい。
「ありがとな」
ダニーが乗り込むと、すかさずジョージがキスをした。
「すごく会いたかった」
「俺も。ほな出かけよか」
「うん」
ビッグ・ママの店のバレット・パーキングに停めて、二人で入店する。
「久しぶりじゃないかい!どうしてた!」
ビッグ・ママが巨体を揺らして厨房から出てきた。
「元気だよ。ママもまた綺麗になったんじゃない?」
「まったくこの子ったら!ダニー、ようこそ!さあさ、奥のテーブル取ったから座りなね」
「ありがとな」
二人は今日のおすすめメニューからフライド・オクラ&ズッキーニにスカンピのシチュー、
ライスサラダに鶏とソーセージのガンボを頼んだ。
どれもジョージのふるさとの味だ。
「何だか家に帰ったみたい。でも家のママよりビッグ・ママの方が料理上手だけどね」
ジョージはにこにこしながら、料理を食べていた。
食欲がないと言っていた土曜日が嘘のようだ。
「体調、よさそうやん」
ダニーはこわごわ尋ねた。
「うん、ファッション・ウィークの間は食事制限あるからね。今日からはもりもり食べられるよ」
「そか」
「ダニー、本当はそんな事聞きたいんじゃないんでしょ?」
ジョージの茶色い瞳がダニーを見据えた。
「お前の方が捜査官らしいや」
ダニーは苦笑した。
「ああ、あの夜の事・・」
ジョージはシャルドネをぐいっと飲んで話し始めた。
バーニーズを買収した国の外交官のパーティーに呼ばれたのだと。
気が付いたら、アッパーイーストエンドに立っていた。
ダニーが見つけた姿だ。
「その間の事は覚えてへんの?」
「だめ、ダニーにも話せない。ダニー、きっと僕を嫌いになる」
「そんな事あらへんて!俺を信じろ。何された?」
「アラブ人が4人いて、僕の手足の自由を奪ったんだ。シャンパンに何か入ってたみたい。
体が動かなかった。それで、レイプされた。入れ替わり立ち代り・・」
ジョージは目に涙を溜めていた。
「ひどすぎる!」
ダニーはジョージの手をぎゅっと握った。
「治外法権なんでしょ?レイプテストも受けてないし、それに僕、誰にも知られたくない」
「確かに治外法権や。でもお前がほんまに報復を考えるなら、手はあるで」
ダニーは鋭い目で言い放った。
「だめだよ。連邦捜査官のダニーがそんな事しちゃいけないよ。僕はダニーがいれば大丈夫なんだから」
ジョージは、ガンボをすくってダニーに食べさせた。
「ね、僕は大丈夫」
「ジョージ・・」
「もうこの話はよそうよ」
「そか、ごめんな、辛い話させて。俺、どうしてもお前をヤった奴が知りたかった」
「うん・・わかるよ。ダニーは正義の人だから」
ダニーは胸が締め付けられた。
仕事柄、金で動く人間を何人も知っている。
だが、ジョージがそれを望まないのだ。
自分の無力さにダニーは打ちひしがれた。
ダニーはブルックリンの自分の家にジョージを招きいれた。
「シャワーしていい?」
「ああ、先にしい」
ジョージがシャワーを浴びている間、ダニーはジョージを抱いた方がいいのか考えていた。
心の傷の深さを測りかねていた。
自分の愛情を示したい。しかし逆効果になったら?
「さっぱりした。ありがと」
ジョージがバスローブを着て出てきた。
「狭くてごめんな。お前んとこと違うから」
「そんなのいいんだよ。僕、ダニーの家大好きだもん」
「何か飲むか?」
「水ある?」
「コントレックスでええか?」
「完璧!」
ジョージはごくごく喉を鳴らして飲んだ。
ダニーもシャワーを浴びる。
浴び終えてリビングに戻るとジョージがいなかった。
「ジョージ?」
「こっちだよ」ベッドルームから声がした。
「お前・・」
「今日は静かに寝てもいい?1週間仕事して、疲れちゃったから」
「もちろんや」
ダニーはジョージの隣りに体を横たえた。
抱き締めたくてたまらない。
しかしジョージが拒絶したら?
ダニーは、抑制して目を閉じた。
ジョージはすでに寝息をたてている。
隣りに愛している相手がいるのに、キスも出来ない。
ダニーは無力感にさいなまれた。
翌朝、ダニーが目覚めると、ジョージがいなかった。
「ジョージ?」
キッチンから声がした。
「ここだよ。ツナサンド作った。コーヒーも入ってるよ」
「あ、ありがとな」
「いいんだよ。昨日泊めてもらったお礼」
ダニーはシャワーを浴び、スーツに着替えた。
「やっぱり、ダニーのスーツ姿が一番好きだ」
ジョージが言う。
「照れるやんか」
「それ、この前買ったヴァレンチノでしょ?」
「ああ、お前の見立てでな」
「やっぱりよかったね。すごく似合うもん」
ああ、この場で押し倒したい!
「お前さ、この鍵預かってくれ。スペア作ったら、オフィスに届けてくれへんか?」
ダニーが言った。
「え。ここの鍵でしょ?いいの?」
「当たり前やん」
「すごく嬉しいよ。今日一日スニーカーに羽が生えたみたいに歩けそうだ!」
ジョージはにっこりして鍵を受け取った。
「それじゃ、サンドウィッチはお持ち帰りで、僕はダニーをオフィスに送ります」
「何や、急にコンシェルジュに戻ったんか?」
「うふふ、ダニー専属だよ」
フェデラルプラザで二人はいったん別れた。
お手製のサンドウィッチを見て、マーティンが一言言った。
「もとに戻ったの?」
「そやない」
「ふうん」
ランチタイムにジョージが現われたので、マーティンは真相を知った。
サマンサがすかさず立ち上がり、立ち話を始めた。
珍しくヴィヴィアンもレジーのためにサインをねだっていた。
奴は子供のヒーローでもあるんやな。
ダニーはジョージの人気の高さを改めて知った。
「ランチに出る」
ダニーが言うと、マーティンが「僕も一緒に行く」と言い出した。
ダニーは拒まず、3人でいつものカフェに出かけた。
「ジョージ、少し痩せた?」
マーティンがオマールのリングイネを食べながら尋ねた。
「先週、ファッション・ウィークだったから節制してました」
ジョージは季節野菜のアラビアータを食べながら静かに答えた。
「仕事は順調なんだ?他の事も順調?」
マーティンの詰問が続く。
「ええ、ナイキのCMも撮りましたし。またしばらくはバーニーズで仕事です」
あえて私生活の話題を避けている。
「今度買い物に行くね。よろしく」
「それはどうも。お待ち申し上げております」
二人の間に火花が散っているようで、ダニーはロブスタービスクを上の空で口に入れた。
スターバックスでコーヒーを飲むというダニーとジョージと別れ、マーティンは先にオフィスに戻った。
二人の絆が深まったような雰囲気がしていたたまれなかったのだ。
思わず携帯を取り出し、ドムに電話をかける。
「はい、シェパード」
「今、勤務中?マーティンだけど」
「はい、捜査でブロンクスにおります。また後ほど」
マーティンはゴミ箱を蹴飛ばし、サマンサの叱責を浴びた。
「私生活は持ち込まないで!」
「ごめん・・」
マーティンはしゅんとしてスナックコーナーでチョコバーを買った。
コーヒーを手に席に戻ると、ダニーも戻ってきていた。
チョコバーをばりばり開けてほおばる姿に驚いている。
「お前、あのランチじゃまだ足りへんの?」
「お腹がすくんだよ!」
「はいはい、二人とも、仕事仕事!」
ヴィヴィアンが手を叩いて、二人に注意した。
夕方になり、マーティンの携帯が鳴った。
「はい、フィッツジェラルド。ああ、うん、大丈夫だよ。それじゃ、今晩会おう」
「マーティン、デート?」
サマンサがすかさず尋ねる。
「いや、男友達だよ」
「怪しいもんだわね〜」
ダニーもちらちらとマーティンを見ていたが、マーティンは無視をした。
僕にだって思ってくれる人はいるんだ。
マーティンはミッドタウンの「Bスミス」を予約した。
コンテンポラリーなアメリカ料理を出してくれる。
ドムもきっと気に入るだろう。
ドムがフェデラルプラザの入り口で待っていた。
ダニーが目ざとく見つける。
「おい、ドム、久しぶりやん?元気か?今日は何?」
「マーティンと食事なんです」
「そか、あいつ金持ちやからええもんおごってもらい。それじゃな!」
マーティンも楽しんでるんやないか!
ダニーはちょっと機嫌悪くなり、地下鉄の駅に急いだ。
マーティンが降りてきた。
「今、テイラー捜査官に会いました」
「ふうん。どうしてた?」
「普通でしたよ」
ダニーのバカ!気が付けよ!
マーティンは心の中で悪言を吐いた。
Bスミスでは、二人はロブスターラビオリと季節野菜のパスタ、ラムチョップになまずのフライを頼んだ。
「盛況ですね!」
次から次へと入ってくる客にドムが驚いている。
「ここは女性シェフが有名なんだよ」
「へぇ〜。すごいな。とても美味しいです」
ドムはすっかり気に入ったようだ。
「今日は僕が・・」
チェックをお願いしようとするドムをマーティンは制した。
「年上のメンツをつぶすなよ」
「ごめん・・」
「今日、これから家に来ないか?パンプキンタルトがあるんだ」
「うん、行きます」
二人はタクシーに乗った。ドムがマーティンの手をぎゅっと握った。
ドムがパンプキンタルト以外を期待しているのは明らかだ。
マーティンの家に着き、ドムをソファーに座るよう薦めると、ドムは静かに従った。
フォションのアップルティーがあったはずだ。
マーティンは、紅茶を入れたポットとティーカップセットを手に現われた。
ドムは借りてきた猫のようだ。
「もっとリラックスしなよ」
「だって、広いから・・」
「タルト持って来るね」
「うん」
二人は、タルトと紅茶でさらに腹を満たした。
「マーティン・・僕の事、どう思う?」
「どうっていい友達じゃないか」
「それ以上じゃないの?」
「それ以上になりたい?」
「僕、だって、マーティンとしか寝られなくなっちゃったから・・」
ドムは頬を染めた。
「彼女は?」
「いないっていったでしょ僕と付き合ったらまずいの?」
「お互い秘密にしないといけないよ」
「うん、でも・・僕、マーティンと一緒にいたい」
「ドム・・」
ドムはマーティンに体を預けた。
「ドム・・それじゃ、ベッドに行く?」
「うん」
二人は手をつないで、ベッドルームに入っていった。
朝、マーティンが目を覚ますと、ドムの姿はなかった。
サイドテーブルにメモが置いてある。
「マーティン、前に進んでもいいですか?ドミニク」
マーティンは頭を抱えた。確かにドムは可愛い。
それに自分が最初の男だ。
だが自分は・・・ダニーが忘れられない。
誰と寝てもその事実が変わらない。
歯磨きを終えて、考え事で髭剃りの手が滑った。
シンクに血が流れる。
ドムを利用した僕への罰だ。
マーティンは、バンドエイドを貼った。
出勤すると、すぐダニーに見つかった。
「何や、お前、初めて髭剃りしたんか?」
くすくす笑っている。
「ダニーは本当にいじわるだよ」
マーティンはどさっと席に座った。
「怒ったか?ごめんな。今日晩飯おごったるわ」
「約束だよ」
「ああ。久しぶりに回転寿司行こ」
「OK」
事件が発生した。
マンハッタンの名家で知られているマドックス家の長男が失踪した。
まだ17歳の若さだ。
ダニーとマーティンがテックを連れて家に行く。
誘拐の可能性もある。母親はショックで寝込んでいた。
父親が仕事を休んで家にいた。
「ピーター君が家出をするようなそぶりは?」
「あの子に限ってそんな事はありえん」
顔が赤い。高血圧のようだ。
「マドックスさん、落ち着いてください。誘拐事件の可能性もありますので、電話に逆探知装置をつけさせて頂きます」
ダニーは、交渉をマーティンに任せた。
金持ちに苦手意識がどうしてもある。
「学校の友人で親友はいますか?」
「それなら妻のほうが詳しい」
ベッドルームで休んでいる夫人に質問する。
「家にはほとんど連れてきませんが、メールのやりとりはよくやっていました」
マーティンが早速PCにアクセスする。
「このマックス・リーという名前は?」
父親が眉をひそめた。
「あいつ、まだつきあっていたのか。リトル・コリアのレストランの息子です」
「レストランの名前を・・」
ダニーはメモした。
テックを一人張り付けて、二人はリトル・コリアに向かった。
「ノブリキ」がレストランの名前だ。
オーナーの父親に話を聞く。
「マックスですか?学校のはずです」
「それが、無断欠席のようで」
マーティンが優しく話した。
「何か問題でも?」
ダニーが畳み掛ける。
「名門校に入れたのが間違いだったのかも。人種差別がありましてね・・」
今度は学校に行く。NYきっての名門校だ。
「我が校に人種差別はありません」
剣のある学長が金切り声をあげた。
「ピーター・マドックスとマックス・リーの仲はどうでした?」
「水泳部で一緒です。ピーターがキャプテン、マックスが副キャプテン。うまく部をまとめていました」
サマンサから連絡が入った。
ニュー・ジャージーのコンビニで二人が保護されたと。
「今、ヴィヴとボスが向かってるわ」
「了解」
マーティンとダニーは顔を見合わせた。
「反抗期にちゃ、遅くないか?」
「理由がありそうだね」
オフィスに戻ると、二人がヴィヴに連れられて取調室に入るところだった。
二人は奥の部屋で様子を聴く。
「僕たち、愛し合ってるんです」
ピーターが言った。
「でも両親は僕がゲイだという事実が受け入れられなくて、転校させようとした。だから・・」
「僕ら、二人でカリフォルニアに行こうと思って」
マックスが続けた。
二人はデスクの上で手を握り合っている。
「1000ドルじゃ、どのみち無理よ」
ヴィヴは二人を諭した。
マーティンは食い入るように二人の様子を見ていた。
「真剣に愛し合ってて駆け落ちしようとしたんだ・・祝福されないのに」
「マーティン、入れ込むな。続きは飯の時に聞くわ」
「うん、そうだね」
二人は奥の部屋から外に出た。
お気に入りの回転寿司に来たというのに、マーティンの元気がない。
ダニーは、マーティンの好きなハマチや中トロの皿を取りながら、そっと尋ねた。
「どうしたん?」
「あの子達、幸せになれるかな」
「さっきの2人か?まだ俺たちの半分の年やぞ。いろいろこれからあるわ」
「そうだけど・・ピーターが転校したらマックスが悲しむよね」
ダニーは天狗舞をグラスに注ぎながら、「お前、どうしてそんなに入れ込んでる?」と聞いた。
「実はね、僕もあれ位の年の時、家出したんだ」
「お前が!?意外やな。なんで?」
「僕が好きだった人がマサチューセッツに行っちゃったから。追いかけようとした」
「で、どうなった?」
「ポート・オーソリティーで父さんの部下につかまったよ。間抜けな話だよね」
マーティンはぐいっと日本酒をあおった。
「好きだった人って?年上か?」
「うん、高校の2年上の人。初恋だった。MITに進学したんだ」
「初恋なんてそんなもんや。うまくいくもんやないで」
「うん、そうだね」
マーティンはやっと皿を取り始めた。
調子付いたのか、カンパチやイクラをどんどん食べ始めた。
メランコリック・マーティンは去ったか?
ダニーも安心して、皿を取り始めた。
真鯛にヒラメ、エビの皿を重ねる。
二人で30枚皿を重ね、天狗舞も5本あけた。
「ねぇ、ダニーの初恋ってどんなの?」
「俺か?中学2年やったかな。同じキューバの出身で可愛い子やったわ。もう結婚して3人の子持ちやけどさ」
「初めてだね、ダニーが昔話してくれたの」
「そか?」
ダニーはごまかした。他は辛い思い出ばかりだからだ。
里親からランチ代がもらえなくて、クラスメートをかつあげして手に入れた小銭で買ったホットドッグ。
ドラッグ中毒になって出て行ったラフィのことで責められた毎晩の折檻。
マーティンに話しても、一生理解できないことだろう。
よく自分でも出直しが出来たと思っている。
ロースクールにも行けたし、FBIにも入局できた。
俺は一生、孤独でいる方があってるのかもしれへん。
珍しく悪酔いしたマーティンをタクシーに押し込める。
「うーん、一緒に来てよ」
「あぁ、すんません。アッパーイーストお願いします」
マーティンはぐったり眠っていた。
こいつをほっておけない自分がいる。
「ジョン、久しぶりやな」
ドアマンに挨拶して、マーティンのアパートに上がる。
ベッドに寝かしつけようとすると、ベッドメイクがされていない。
サイドテーブルにあるメモが目に入った。
「マーティン、前進してもいいんですか?ドミニク」
こいつ、ドミニクとそんな関係なんか!
ダニーは冷蔵庫から水、洗面台の棚からタイレノールを出して、メモの上に置いた。
ぐったり寝こけているマーティンをそのままにして、ダニーは部屋を去った。
二人の間に一番溝が出来ているような感覚がダニーの頭の中をぐるぐる回っていた。
マーティンは昼過ぎに目を覚ました。
頭が割れるように痛む。
日本酒って残るな・・・
目をこすりながら、サイドテーブルを見ると、ミネラルウォーターとタイレノールが置いてあった。
それもドムのメモの上に!
ダニー、見たんだ。ダニーがこれを見たんだ!!
マーティンはばたばたと立ち上がり、心を落ち着けようとシャワーを浴びた。
ダニーが自分とドムがベッドを共に過ごしたのを知ったのは確実だ。
正直に言うしかない。ダニーには隠し事が出来ない。
ありのままの自分をダニーに知ってもらい、それでも好きになってもらいたい。
都合がよすぎる話だが、自分にはその方法しか思い浮かばなかった。
そうだ、ランチを買って、ダニーのところに行こう!そして正直に話そう。
マーティンは心に決めて、ディーン&デルーカでデリを調達し、タクシーでブルックリンに向かった。
ブザーを鳴らす。
「はい?」ダニーの声だ。
「僕、マーティン」
少し時間があいて「入って来いよ」という返事があった。
合鍵でドアを開ける。
「お昼買って来たよ!あ、ジョージ・・・」
「こんにちは、マーティン」
ダニーとジョージはダイニングでランチを食べていた。
「・・・もうお昼食べてるんだ・・」
「あぁ、ジョージが作ってくれるっていうから来てもらった」
「いろいろお世話になってるからお礼なんです」
「そう。じゃ僕、帰るよ」
「ええやん、お前も食ったら?美味いで。ジョージのチーズ・リゾット。ハーブサラダもあるし」
「いや、帰る」
マーティンは、紙袋を手にしたままダニーのアパートを後にした。
ダニーだって、土曜日の昼間っからジョージと会ってる!
マーティンは紙袋を路地に寝ていたホームレスのそばに置いた。
「ダニー、マーティン、平気かな」
ジョージが心配顔で尋ねた。
「ええんや。ほんま美味いな、お前の料理・・」
「ダニー、ごまかさないでよ、何かあったんじゃない?」
ダニーはジョージの勘のよさに観念した。
「あいつ、NYPDの巡査と寝てんねん」
「へぇ〜、そうなんだ」
ジョージが意外そうな顔をした。
「俺も共通の友達やったのに、もうそんな気持ちになれへんわ」
「ダニー、そんなにかっかすると血圧上がっちゃうよ」
ジョージが立ち上がり、ダニーを後ろから抱き締めた。
「ほんま腹立つわ」
「うん、分かった。ご飯終わったら、マッサージしてあげるからさ」
「約束やぞ」
「僕が破ったことある?」
「ないな・・」
ダニーはやっと表情を和らげた。
ダニーは静かに目を開けた。
隣りにジョージの寝顔があり、安心する。
あの事件以来、まだ二人はセックスしていない。
それでも、こうして昼寝したり、夜眠るのが心地よい。
ジョージが自分のそばですやすや眠ってくれるのが何よりも嬉しい。
もう陽が落ちかけていた。
「ジョージ、起きろや」
「うぅん〜」
ジョージが目を覚ました。
「お前、今日、どっかのクラブに行きたいて言うてたやんか」
「あ、今、何時?」
「5時ちょっと過ぎ」
「うわ、大変だ!ダニー、起きてよ」
「俺は起きてるて」
ダニーは思わず笑った。
二人は11番街にあるクラブSOLに出かけた。
今日はバスケットボールフリースタイルコンテストなのだ。
ジョージの友達が出場するという。
クラブの前には長い行列が出来ていた。
ジョージがバウンサーに顔を見せるとすぐ中に通される。
中は黒人6割白人4割といったところか。
二人はVIPシートに案内された。
「こちらオーナーからです」と大きなカナッペ皿とドン・ペリニオンが持ち込まれる。
女たちが一緒に座りたそうにウロウロしていた。
ジョージはまったく無視しているが、ダニーは思わず露出度の高いドレスの彼女たちに目がいってしまう。
俺、あかんわ。欲求不満や。
「お前の友達って何て奴?」
ダニーがカナッペをつまんでいるジョージに尋ねる。
「ビート・ブレイカー。ビートボックスしながらボールをジャグリングするんだよ」
「そりゃ、すごいな」
「優勝候補なんだよ」
二人はステージに注目した。
2時間のコンテストが終わり、見事、ジョージの友達が優勝した。
ジョージはシートに友達を招いた。
「こっち、僕の友達のダニー」
「よー、ダニー、俺の技に越し抜かしたろ!」
随分うぬぼれの強い奴だ。
「ああ、びっくりや。優勝おめでとう!」
「これからが大変なんだ。全米大会があるからな。また練習だよ」
ドレッドヘアと顔のタトゥーで、もっとこわもてかと思っていたが、意外と話すと素直な男だった。
自分の技に命をかけているらしい。
「ジョージ、来てくれてありがとな」
「いいんだよ、お世話になったんだから」
「また会おうぜ。これからクラブのオーナーとギャラの話があるから」
「じゃあね」
二人はクラブを出た。
「どこで会った友達なん?」
「僕がNYに出てきたばかりの時のルームメイト。あ、彼はね、ストレートだからね」
急いで言い訳するジョージが可愛い。
ダニーはぎゅっと手を握った。
「さて、何食いに行く?」
「ハバナ・クラブに行こうよ」
「え、それでええの?」
「うん、たまらなく豆料理が食べたくなった」
「じゃ、行こか」
二人はタクシーでチェルシーに移動した。
ハバナ・クラブも土曜日の夜とあってごったがえした。
やっとテーブルを見つけて、ブリトー2種類と黒豆のライスサラダと焼きとうもろこしを頼んだ。
「やっぱり、テキーラだよね!」
ジョージがツーショット注文する。
ダニーはまだ見ぬ故郷のキューバを思い浮かべられるこのクラブが大好きだった。
サルサの音楽が心を高揚させる。
「またダンスする?」
ジョージがウィンクした。
「お前のが旨いからなぁ」
「いいじゃない、踊ろうよ」
二人はフロアに出た。
ジョージのブラックがかったサルサのダンスはいつも注目を浴びる。
普段控えめなジョージが本当の自分を表現するのは、ランウェイとダンスフロアなのかもしれない。
ダニーは一緒に踊りながら、ジョージのエネルギーを感じていた。
二人は深夜までクラブで過ごして、ブルックリンに戻った。
「明日は寝坊しよな」
「ねえ、ダニー、マーティンに電話しなよ」
「お前には関係ないこっちゃ、おやすみ」
「おやすみ、ダニー」
二人は、仲良く並んでベッドに入った。
定時になり、皆が帰り支度を始めた。が、ダニーには遅刻の代償として残業が待っている。
「それじゃお先に」
「しっかり残業するのよ、ウニ頭」
ヴィヴィアンとサマンサがくすくす笑いながら席を立った。
「ああ、お疲れ。また明日な」
「明日は遅刻するんじゃないわよ」
「うるさいなー、早よ帰れ」
ダニーはやれやれと苦笑しながら二人を見送る。
わざとゆっくり帰り支度をしていたマーティンがイスごと近寄ってきた。
「手伝おうか?」
「いや、ええわ。お前も先に帰り。終わったら行くから」
「ううん、待ってるよ」
「あかんて。お前がうろちょろしてたら支局の連中に怪しまれるやん。アパートで待っとき」
「やだ」
「嫌だやない。ほら、これ持ち。先にメシ食べといてええからな」
ダニーにブリーフケースを押しつけられ、マーティンはあきらめてオフィスを出た。
一人で食事をするのも味気なく思いながらぶらぶら歩いていると、向かいの通りをアーロンが歩いているのが見えた。
顔を合わせたくなくて、急いで地下にあるバーに駆け込む。
とりあえずビールを頼んで周囲を見回すと、いつものバーと全く違う異様な雰囲気に包まれていた。
店内にいるのは全員男で、手を握りあったりいちゃついたりしている。
男同士が堂々とキスしているのを見て、ここはゲイバーだと気づいた。
公然といちゃつく男たちを前に、ゲイバーになど来たことがないマーティンはうろたえた。
落ち着けと自分に言い聞かせながらポケットをまさぐっていると、カウンターにいた男にいやらしい視線でじろじろ見つめられて慌てて目をそらした。
あの視線は明らかに誘っている。あんな男に話しかけられたくない。
チェックを済ませて逃げるようにドアを開けると、丁度アーロンが入ってくるところだった。
「マーティン!ここで会うなんて嬉しいな。もう帰るの?」
「違う!僕は・・・僕はただ間違えただけだ!」
アーロンを強引に押しのけ、全速力で階段を駆け上がる。後ろからアーロンが追いかけてきたが無視して走り続けた。
マーティンは息を切らしながら数ブロック走り抜けた。振り返ってもアーロンの姿は見えない。
ようやく立ち止まり、荒い息を整える。汗ばんだ背中にワイシャツが貼りついて気持ち悪い。
ニューヨーク図書館の階段に座って汗を拭いながら深く息を吐いた。
さっきのゲイバーの様子を思い出すと頬が自然に熱くなる。
自分の居場所はあんなところじゃない。僕には無縁の場所だ。
立ち上がって歩きかけたものの、地下鉄に乗る気力もなくてタクシーを停めた。
シャワーを浴びてリビングでぼんやりしているとダニーが帰ってきた。
「マーティン?」
「ん?」
「ただいま。なんやお前、電気もつけんと」
ダニーは明かりをつけて隣に座った。湿った髪をくしゃっとして抱き寄せる。
「どうしたん?さっきのこと怒ってるんか?」
「ううん」
マーティンはダニーの肩に頭をもたせかけた。さらに指も一本ずつからませて手をつなぐ。
「ダニィ大好き」
「なんや変な奴やな。まあ、お前らしいけど」
ダニーはぷっくりした頬にそっとキスをした。きつく抱きしめて今度は唇にキスをする。
キスの後は静かに抱きしめながら無防備な背中をなで続けた。
二人は昼過ぎまで眠りをむさぼった。
ジョージが先に目を覚まし、ベッドから立ち上がった。
ダニーも目が覚め、後ろをむいてごそごそしているジョージを眺めていた。
ジョージはまだダニーが寝ていると思っている。
ジョージがこっちを向いた。
トランクスの前が大きく膨らんでいる。
朝立ちを隠したがってるんや、あいつ。
何もなかった二人だったら、ダニーはすぐさま起き上がり、ジョージのペニスを口に咥えるだろう。
しかし、この前の事件がまだダニーを躊躇させていた。
早すぎる。あいつから俺を求めてくるまで待とう。
ダニーはそう決めていた。
するとジョージが、タオルケットの上からダニーの体に覆いかぶさった。
「うぉっ、重たい!」
「寝ぼすけダニー、起きる時間だよ!」
「まだええやん」
「だめ!今日は遊びに行くんだから」
ジョージに計画があるらしい。
ダニーは今目覚めたような顔をしてベッドから出た。
「シャワー、先に浴び」
「ありがと、ダニー」
ジョージがバスルームに去った。
ダニーはキッチンでコーヒーメーカーをセットし、歯磨きした。
ジョージの見事な体がシャワーカーテンごしに見える。
ニックがジョージと寝ようとして泣かれたのを思い出し、思わずダニーはにんまりした。
ジョージは俺のもんや。
気が付くとジョージがびっくり顔でダニーを見ていた。
「何にやにやしてるの、ダニー、変だよ」
「ちょっと思い出し笑いや」
二人は場所を交代した。
ジョージがしゃかしゃか歯を磨く音がする。ダニーは尋ねた。
「なぁ、今日、どこに行くん?」
「ロワー・イーストサイドだよ」
「何や?買い物か?」
「違う、でもダニーも楽しいと思う」
ジョージが急ぐというので、コーヒーだけ飲んで、電車に乗った。
サングラスにベースボールキャップ姿のジョージは、背がぬきんでて高いのを除けば普通の人だ。
それが本人は楽しいらしい。
地下鉄を乗り継いで、グランド・ストリートで降りる。
「何や、この人手は!」
ダニーは目を丸くした。
ブルーム・ストリートまでの道が歩行者天国になっており、ライブバンドの音がする。
道端は屋台だらけだ。
「今日はね、インターナショナル・ピクルス・デーなんだよ」
「そんな日あったか?」
「とにかくいろんな国のピクルスが食べ放題なんだって」
見ると各屋台に国旗が飾ってある。
「ねぇ、ハンバーガー買おうよ」
「そやな、腹へった」
二人はドイツの屋台に寄った。
大きなきゅうりのピクルスとハンバーガーをもらい、紙コップを受け取った。
「ワインだ、ドイツワインだね」
ジョージは心から楽しんでいる風だった。
二人はその後もイギリス、フランス、イタリアと屋台を制覇した。
ビールやワインを渡され、次第にいい気持ちになってくる。
ライブの音がひときわ大きくなった。
ジョージがまた踊りだす。ダニーもつられてステップを踏んだ。
「あ、テイラー捜査官!」
急に声をかけられてダニーは足を止めた。
声の方を見ると、ドムとマーティンがホットドッグを持って立っていた。
「お前らも来てたんか」
自然に剣の立った声になってしまう。
「マーティン、紹介してください。僕、ジョージです」
ジョージがすっと後ろから出て、ドムに握手を求める。
「ドミニクです、あれ、もしかして、ジョージ・オルセンさんじゃないですか?」
「わかっちゃいましたか?」
ジョージが照れ笑いを浮かべた。
「すごい!!友達なんですね」
ドムはすっかり興奮していた。
「感激だなぁ。ねぇ、マーティン、4人でこれから食事しない?」
マーティンへの馴れ馴れしい口調がダニーの気に障った。
「ダニーたちの都合がよければ・・」
マーティンがおずおず言った。
「僕たち、後の予定ないですから、ぜひ一緒に行きましょう、ねダニー?」
ジョージがダニーを促した。
そして、4人は近くのビストロに入った。
4人が入ったビストロはイタリアン・フレンチの店だった。
ダニーとマーティンの間の緊張を察して、ジョージが「僕がメニュー決めていいですか?」と切り出した。
皆一様に頷いてオーダーをジョージに任せた。
ドムはダニーになんでジョージと知り合いなのか質問を繰り出していた。
オーダーを終えたジョージが頭をかきながら説明する。
「僕がナンパしちゃったんです」
「え?どういうこと?」
ドムが目を丸くしした。
「僕、ずっとダニー担当のコンシェルジュをしてるんですよ。
バーニーズで。一目ぼれです。でも、ダニーはストレートだから、僕の片思い中」
そう言ってジョージはウィンクした。
「テイラー捜査官、こんなセレブが片思いしてるのにいいんですか?」
ドムの直球の質問に、ダニーは困り果てた。
「今は友達やからなぁ。でもジョージは出会った時のジョージと変わらんもん」
ジョージがにっこりした。
「ドムはご職業は?」
ジョージが分かっていながら尋ねる。
「ハーレムの分署で巡査をしています。捜査犬担当なんです」
「へぇ、ワンちゃん。賢いんでしょうね?」
ジョージのおかげで会話がスムーズに運ぶ。
ドムはひとしきりロージーの自慢をした。
料理が続々と運ばれてくる。
ジョージはシャブリを選んでいるので、肉料理にも魚料理にも完璧だ。
トリッパとレンズ豆のオーブン焼き、クレソンサラダ、サラミの盛り合わせ、
ラザニアに秋刀魚とアンディブのフェットチーネを食べ終わった。
ドムはクラブに行こうと騒いでいるが、ダニーがしかめっ面をしている。
ジョージが言った。
「明日が朝早いので今日は失礼します。ドム、マーティン、よろしければまた食事しましょう!」
ドムが舞い上がった。
「はい、喜んで!!ジョージ、よければサインください」
ジョージは照れながらドムの差し出したメモ帳にサインした。
「それじゃあ、ここで」
「おやすみなさい」
二組は店の前で別れた。
「ダニー、眉間にしわよってる」
ジョージが心配顔だ。
「彼が、マーティンの相手なんだね?」
「そや、あいつや」
「そんなに露骨だとドムも気が付くよ」
「あいつはお前に夢中で俺なんか見てへんかった」
「とにかく家に帰ろうよ」
「俺、疲れたからお前送って帰るわ」
「僕はひとりでも大丈夫だよ」
「だめや。FBIの言うこときけ」
「はい、わかりました」
自分を心配しているのが心から分かるジョージだった。
タクシーでリバーテラスのジョージのコンドミニアムの玄関に着く。
二人でいったん降りて強くハグをした。
「ねぇ、ちょこっとキスして」
ジョージの懇願にダニーが優しく答えた。
その時、フラッシュが焚かれた。
「パパラッチや!」
車が去っていく。
「どうしよう!ダニーの顔が見えてたら・・」
ジョージがたちまちおろおろし始めた。
「大丈夫やて、こんな顔どこにでもあるから」
ダニーはそう言ってまた強く抱き締めた。
「またな!」
「うん、何かあったら電話して」
「わかった、おやすみ」
ダニーはタクシーを近くの地下鉄の駅まで回してもらった。
パパラッチの影響は翌週すぐに現われた。
サマンサが出勤したてのダニーの元に血相を変えて近寄ってきた。
「ねぇ、このゴシップ雑誌なんだけど・・まさかダニーじゃないわよね?」
「ふん、「セレブ・フラッシュ」?こんなん読んでんのか?」
「いいじゃない。とにかく表紙からすごいのよ」
確かに「ジョージ・オルセンの恋人発見!」という大見出しが踊っていた。
中身をパラパラ見ると、確かにダニーとジョージが抱き合い、キスしている写真が載っている。
後ろ向きに写っているので、ダニーとは断定できない。
「俺のわけないやんか。あほやな〜」
「それならいいんだけど・・」
サマンサは席についた。
思ったよりはっきり撮れてたな。
ダニーはパパラッチの腕に感心した。
ダニーの携帯がふるえた。ジョージからメールだ。
「今日、会える?」
ダニーは返事を保留にした。
支局内で何か言われる可能性もなきにしもあらずだ。
それに備える方が先だ。
「ダニー、オフィスまで来い」
早速ボスに呼ばれた。
「了解っす!」
ダニーは何事もないかのようにボスのオフィスに入った。
ボスのデスクの上には例のタブロイドが乗っていた。
思ったよりよく売れている雑誌らしい。
「まさかとは思うが、お前はゲイではないよな?」
「何ですか、朝から。俺はちゃいますよ」
「バイでもないか?」
「ええ、何がおっしゃりたいんで?」
「広報担当官からこの写真の男がお前に酷似しているという報告が入った。聞いたまでだ」
「信用してくださいよ、ボス」
「わかった。下がっていい」
「了解っす」
席に戻ってため息をつく。
マーティンが寄ってきた。
「ボスに質問されたの?」
目的語はないが質問の意図は明白だ。
「あぁ、俺やないからな。他に言いようがないわ」
「そうだよね・・」
マーティンは席に戻っていった。
ゲイあるいはバイだと知れたら、NY支局などにはいられない。
いや、FBIにいられない。
やっと手に入れた連邦捜査官の地位を絶対に失ってはならない。
ダニーは、心配しているであろうジョージにメールを打った。
「今日、家に寄る」
「待ってる。すごく心配してる」
「大丈夫、美味いもん食わせろ」
ダニーはメールを切った。
ボスがコーヒーコーナーの掲示板に
「この写真は当失踪者捜索班のメンバーに酷似していますが、別人との証明がなされています」と紙を張ってくれた。
それだけでもありがたい。
ダニーは、ボスのオフィスを訪れた。
「お心遣いありがとうございます」
「お前がいなくなったら大きな戦力ダウンだ。ただし、身辺には気をつけろ」
「了解っす。失礼します」
「ご苦労」
ダニーは、気が軽くなってリバーテラスにタクシーを飛ばした。
パパラッチらしい車が数台停まっている。
「ジョージ、俺。タクシー降りられへん。今日は無理や」
「わかった、ごめんね。迷惑かけて」
「ええんや、またほとぼりさめたら会おう」
「うん、寂しいよ」
「俺もや」
ダニーはタクシーを近くの地下鉄の駅に走らせた。
ダニーはソファーに寝転がり、ジョージと電話で話していた。
会えなくなって、毎晩、長電話している。
ジョージは、ダニーを失職の危険にさらした事で、
電話してこずにはいられないのだ。
「ねぇ、僕、もうリバーテラスから引っ越そうかな?」
「でも、お前、気に入ってるんやろ?」
「うん、だけど、バレちゃったし」
「もったいないやん。それにお前がどこに引っ越そうとパパラッチは来るで」
「そうか・・」
「そこはセキュリティーも完璧だし、住んどき。俺もハドソン川の眺めが大好きや」
「ダニーも気に入ってるんだ」
「ああ」
「わかった、考えなおすよ。次はいつ会えるんだろう、僕たち」
「もう少し時間を置こ、その方が楽しみも増えると思い」
「うん、そうだね。それじゃね、おやすみ。愛してる」
「俺もや。おやすみ」
ダニーは電話を切り、冷めたピザを一口かじった。
気の抜けたクアーズの缶をあおり、ダニーは残りのピザを箱ごとゴミ箱に捨てた。
幸い支局ではボスが声明を出してくれたお陰で、あれ以上問題にならなかった。
ダニーは有名人と付き合う恐ろしさをあらためて実感した。
電話が鳴った。
ん?またジョージか?
「はい、テイラー」
「あぁ、やっと通じた。マーティンだよ」
「おぉ、どうした?」
マーティンは咳払いした。
「ここんとこ僕ら、ぎくしゃくしてるじゃない?」
「ま、そうかもな」
「やり直したいと思ってさ、ディナーでも食べながら」
「ディナーか」
ダニーはピザの箱を見つめた。
「ええな、ディナー」
「よかった!本当に毎日電話してたんだからね、一体誰と話してたの?」
「通販のオペレーターや」
ダニーはとっさに嘘をついた。
「通販?ダニーが?」
マーティンがゲラゲラ笑い出した。
「何や、そんな可笑しいか?」
「まるで女日照りのオタクみたいだよ」
確かに女日照りや、俺。
「とにかく、そんなの買ってるとすぐにカードの限度額一杯になるからね」
「わかったわ、でディナーはいつ?」
「明日はどう?」
「そやな、そうしよ」
「約束だよ!」
「ああ、分かった、おやすみ」
「おやすみ、ダニー」
確かにマーティンがドムと一緒にいるところに鉢合わせして以来、
職場でも必要最小限の事しかしゃべらなくなっていた。
そろそろ心を割って話し合った方がいい。ダニーもそう感じていた。
二人は仕事を終えて、コリアンタウンの「ウォン・ジョー」に出かけた。
マーティンは肉がっつり派なので、彼のチョイスはだいたいこういう店かハンバーガーレストランだ。
ビールを頼み、お通しで出てくる8品の肴をつまみにした。
マーティンがすぐさま肉を焼き始める。
「それで、何から話す?」
ダニーが肉を裏返し、ミディアムレアのところでマーティンに取り分ける。
「僕とドムのこと・・」
「うん、それで?」
「僕とドムは寝てる」
「知ってる」
「でも僕からじゃない、ドムが誘ったんだ」
「ほんまか?俺の時はお前、襲ってきたやんか?」
ダニーはサンディエゴの夜を思い出して笑った。
「あの時は本当にダニーを抱きたかったんだよ。ごめん。ドムは自分がゲイか分からなくて、僕に試して欲しいって言って来たんだ」
「で、結果は?」
「ゲイだってわかったみたい。でも僕としか寝てないんだ。どうしよう」
「どうしよう言われてもな。ドムはお前に本気みたいやんか?」
「うん・・」
「しばらくつきやってやり」
「え?」
「初めての男にすぐに捨てられたら、生涯のトラウマになるで」
「ダニー、いいの?」
「俺かてお前に許可もらってることやし」
ダニーは暗にジョージのことを切り出した。
「そうだね、ドムのことも考えないと」
「そや、ほら、また肉が焼けてるで」
「わ、大変だ!」
マーティンは急いで箸を動かした。
月曜日の朝、ボスがミーティングを召集した。
「急な話だが、今日の午後はLA支局から講師を招いた講義を2時間聞いてもらう。
講師はコルビー・グレンジャー特別捜査官。FBIの前はアフガニスタンで諜報活動に
ついていた経験があり、今は犯罪分析専門官だ。場所は4階の中会議室。
2時から開始する。遅れるな」
「やけに急な話やな、一体何やろ?」
ダニーが隣りのマーティンに話しかけたが、マーティンはぼっとしており答えがなかった。
ダニーは肩をすくめると、席に戻った。
マーティンはやっと我に返り、コーヒーを取りに行った。
へんな奴。
ダニーはマーティンの後姿を見送った。
ランチの時も心ここにあらずの様子のマーティンに、ダニーが尋ねた。
「なぁ、お前、どうかしたんか?朝からおかしいで」
「あのね・・午後の講師の捜査官さ」
「グレンジャー捜査官か?」
「もしかしたら、僕の初恋の人かもしれない」
「何やて?」
「だって、コルビーなんて珍しい名前でしょ。苗字もおんなじだし・・」
「けどMITに進学したんやろ?そんな経歴の人が軍の諜報活動担当官やるかいな」
「でも・・」
「ま、その時はその時やん、しゃあないやんか。明るく挨拶し」
「うん・・・」
午後2時になり、失踪捜査班の面々が中会議室に集まった。
グレンジャー捜査官が紹介される。マーティンが息を呑んだ。
ダニーはマーティンの予感が当たったのだと悟った。
尋問の方法論についての難いお題目だったが、グレンジャー捜査官は時にはジョークを交えながら、
2時間の講義を終えた。
質疑応答もスムーズに交わし、グレンジャー捜査官は机の上の資料を片付け始めた。
「グレンジャー捜査官・・」
「やぁ、マーティン、会えると知って楽しみにしていたよ」
コルビーはにっこり微笑んだ。
ダニーは二人を会議室に残し退室した。
ダニーの予想通り、マーティンはそそくさと帰り支度をすると、「お先に」と帰って行った。
さしずめグレンジャーと飯食うんやろ。勝手にせい。
ダニーも、デスクの上の書類をしまい始めた。
マーティンは、コルビーとピーター・ルーガーに出かけた。
「やっぱり、お前もまだ肉が好きか?」
コルビーがビールを飲みながら尋ねる。
「うん、魚も食べるけど。コルビーは?」
「俺も肉だよ。二人でよくレスリングしたな」
「うん・・でもいつもコルビーに負けてた」
「お前のおかげで全米チャンプになれたと思ってる。ありがとう」
二人はTボーンステーキと付け合せのポテトを早々に平らげた。
ワインも空き、沈黙が走る。
「ねぇ、コルビー・・」
「俺、ブロードウェイのエンバシー・スイートに泊まってる。来るか?その、お前さえよければだけど・・」
「うん、もちろん行く」
二人はタクシーに乗った。
マーティンがおずおずコルビーの手を握った。
コルビーがぎゅっと握り返して、にっこり笑った。
コルビーの部屋は、ブロードウェイの裏に面した静かな側にあった。
キッチネットの上に、食べかけのマフィンが乗っていた。
「ごめんな、汚れてて。ロスからの飛行機が遅れて、ランチを食い損ねたんだ。何か飲むか?」
「水がいいな」
「了解!」
コルビーがミニバーからミネラルウォーターの瓶を出して、マーティンに渡した。
「ありがと」
「さぁ、座って」
座る場所は、ベッド以外にない。
マーティンはベッドの端に腰掛けた。
「お前もたくましい体になったな、15歳とはぜんぜん違う。でも顔はそのままだ」
コルビーがマーティンの肩に手をかけ、自分の方に向かせた。
熱いキスが始まる。
17歳のコルビーよりずっと巧みで、舌でマーティンの唇をこじあけた。
マーティンは我慢できず、すぐに勃起してしまった。
「こんなもの早く脱げよ」
マーティンはベルトをはずし、パンツごとトランクスを脱いだ。
「わぉ。立派になったな」
「恥ずかしいよ」
コルビーはペニスを口に含んだ。
「あぁ・・」
「初めて寝た時もそんな声出したな」
コルビーもパンツをトランクスと一緒に脱いだ。
大きなペニスが前を向いている。
「コルビー、すごいね」
「お前こそ」
二人は、ジャケットとYシャツを脱いで、ベッドの中に入った。
「ねぇ、コルビー、どうしてMITに行っちゃったの?」
「奨学金が良かったんだよ。俺はその頃遺伝子学に興味があったし。お前も来るかと思ってたんだ」
「僕は、父さんに言われてハーバードにしか行けなかった。すごく会いたかったんだよ」
「ごめんな、でもこうして会えたじゃないか」
「うん・・」
「お前、ローション持ってるか?」
「うん・・」
「悪い子だ!」
コルビーがマーティンにでこピンした。
携帯用容器からマンゴーのローションを手に取った。
マーティンは自分の局部とコルビーのペニスに塗りたくった。
「早く欲しくてたまらない」
「俺もだ、マーティン」
コルビーがマーティンの足を広げると、腰を入れた。
少しずつ進める。
「もっと頂戴!」
「わかった」
コルビーは一気に中に押し入った。
「わぉ、マーティン、お前の中すごいな。動いてる。何だこのローション?」
「秘密だよ」
「お、俺、我慢できない」
コルビーは出し入れの速度を早め、「あぁ〜」とうなると、マーティンの中に果てた。
マーティンはコルビーの痙攣を感じ取り、さらに締めた。
「おい、すごすぎるよ、お前、どこで覚えたんだよ」
「前に寝たのってもう20年も前だよ。僕だって大人だ」
マーティンはコルビーの熱を感じながら自分で処理した。
「ごめんな、俺ばかり楽しんで」
「教えてくれたのは、コルビーだから」
「お前、女はどうなんだ?」
「僕?ぜんぜんダメだよ。ずっとゲイのまま」
「そうか・・」
「コルビーは?」
「女とも寝てみたけど、お前とのセックスが一番楽しかった。そんな思い出ばかりだよ」
「明日、早いんでしょ?」
「ああ、朝一番のシャトル便だ」
「じゃあ、僕、もう帰るね」
「まだいいじゃないか?」
「だめだよ、離れたくなくなるから」
マーティンは急いで洋服に着替えると、水を飲んだ。
「また会えるのかな?」
「同じ組織だからな、縁はあるさ」
マーティンは立ち上がったコルビーに抱きついた。
「15の時、追いかけて家出したんだ」
「ごめんな、だまって行ったからな。俺だって辛かったから」
「もう一回キスして」
コルビーはマーティンに熱いキスを施した。
「それじゃ、また会おう。LA来る用事があったら寄れよ」
「ありがと、コルビー」
マーティンは、コルビーの部屋を出た。
涙が後から後から流れて出てくる。
タクシーのドライバーに怪訝そうな顔をされたが、乗せてくれた。
「アッパーイーストサイドまでお願いします」
ダニーが抱きしめていると、マーティンのおなかが鳴った。
「まだメシ食ってないん?」
「ん、腹ペコだよ。何か頼もうか」
「そやな、でもピザも中華も飽きたな。今やったらまだイーライズも開いてるし、何か買ってくるわ」
ダニーはそう言うとおでこにキスをして立ち上がった。
「待って、僕も行く!」
「ほな待ってるから早よ着替え」
「ん」
ダニーが玄関で待っていると、手早く着替えたマーティンが戻ってきた。おっさんくさいポロシャツを着ている。
それはボスのシャツかと言いかけて口をつぐんだ。ぐずぐずしていたらイーライズが閉まってしまう。
閉店間際のイーライズのデリにはほとんど何も残っていなかった。
半額になっていたフォカッチャとコーンブレッドをとりあえずカートに入れる。
マーティンはクレイジーソルト味のベーグルチップスもカートに放り込んだ。
「なあマーティン、今日はステーキにしよか?」
ダニーはふと思いついて言ってみた。それならすぐに食べられる。
「ダニーが焼くの?」
「そうやけど、別にお前が焼いてもいいんやで?」
「僕には無理だよ。黒焦げになっちゃう」
「それかアパートを燃やすかやな」
「ひどいよ、ダニー」
二人はけたけた笑いながらステーキ肉を選び、クレソンやパプリカをカートに入れてレジに向かった。
ぽっかりと浮かんだ青白い月を眺めながらのんびり歩いていると、スタウトを散歩中のCJに出会った。
「二人で買い物?」
「ああ」
CJに余計な関心を抱かせたくなくて、ダニーはじゃれつくスタウトの相手をしながら短く答えた。
「フィッツジェラルド捜査官、素敵なシャツですね。僕の父と趣味が合いそうだ」
「・・・・・・」
「今日は自分で散歩させてるん?」
マーティンが黙りこくったままなので、ダニーが話を引き継ぐしかない。
「まあね。アーロンが残業で僕が先に帰ったから」
残業だって!こいつ、何も知らないでやんの!お前の筋肉バカは今頃ゲイバーで浮気の真っ最中さ!
ダニーと話しているCJを見つめながら、マーティンは心の中で嘲笑った。それぐらいCJが嫌いだった。
薄笑いを浮かべたマーティンに困惑していたダニーは、アパートに帰るとじっと顔を覗き込んだ。
「ん?」
「さっきのお前、めっちゃ性悪そうな顔してたで」
「そうかなぁ」
きょとんとしているマーティンはさっきとは別人のようだ。ダニーはわけがわからず肩を竦める。
「こっち見て性悪い顔してみ」
「えー、こう?」
マーティンはしかめっ面で口をとがらせた。
「それはチューしてくれってオレにねだる時の顔やろ」
マーティンがまた困った顔に戻るのに笑いを堪えながら、ダニーは唇に軽いキスをした。
ビールを飲みながらステーキを焼いていると、マーティンが後ろからぴとっとくっついてきた。
「あのさ、ちょっと聞いてくれる?」
「何?」
「帰りに前からアーロンが歩いてくるのが見えてね、会いたくなかったから地下のバーに行ったんだ」
マーティンはそこでいったん黙った。続きを話すのをためらっている。
「それで?バーがどうしたん?」
話している途中で黙ったマーティンは面倒くさい。言いかけたことを考え直してやめようとする。
ダニーは火加減を見ながら続きを促した。
「そしたらさ、その…そこってゲイバーだったんだよね」
「ゲイバー?!!すごいな、それ」
「ん、そうなの。でね、びっくりしてすぐに出たらさ、入り口でアーロンと会っちゃった。だから残業なんかしてないんだよ」
「ふうん、アーロンが浮気か。おもろいな。オレはCJ嫌いやねん。なーんか胡散臭いわ、あいつ」
「僕も。スタウトはいいんだけどね」
「そや、デブちん犬はかわいいけど飼い主が気に入らんわ。アーロンももっと浮気して他の相手を見つけたらいいんや」
「ねえ…ダニーも浮気してるんじゃないだろうね?」
マーティンはダニーのペニスをぎゅっと掴んだ。
「痛たたた、浮気なんかしてへんて!そんなに掴んだら後で泣くのお前やぞ」
「んー、僕が入れるから問題ない」
「あほ、生々しいことを言うな。罰としてお前には肉やらへん」
「やだよ」
二人はじゃれあいながらちりちりと肉が焼けていくのを眺めていた。
翌朝、ダニーがスタバのカフェラテとソーセージサンドを持って出勤すると、マーティンがすでにデスクでPCを叩いていた。
「ボン、早いなぁ、もう仕事か?」
「昨日、少し早く帰ったから」
一心不乱にPCに向かうマーティンに、それ以上言葉をかけるのをやめて、ダニーはソーセージサンドを食べ始めた。
マーティンはこの支局の誰よりも早くコルビーに講義のお礼メールを打ちたかったのだ。
コルビーの心に自分のしるしを残したかった。
昼になり、オフィス近くのカフェに出かけた。
いつもより静かにボンゴレロッソを食べるマーティンに、ダニーは尋ねた。
「昨日、グレンジャー捜査官と一緒やったのか?」
「うん」うつむきながらパスタを食べている。
「ピーター・ルーガーに行ってね」
「それからホテルか?」
「え?」
「ええんや、20年近く会ってなかったんやろ。当たり前やん。よかったか?」
「そんなの言えないよ」
マーティンは頬を赤らめた。
「よかったって答えやな」ダニーは思わず笑った。
「お前、ああいう文武両道タイプが好きやったんやな。俺なんかと全然違うやん」
「ダニーはダニーで特別なんだよ」
「そか」
ダニーはマーティンの返事に、満足そうにゴルゴンゾーラのペンネを口に入れた。
ふと窓の外を見ると、トラックの側面を使ったナイキの一面広告が見えた。
ジョージが陸上トラックの脇のベンチに腰掛けている。
「Nobody is a loser」
そう書かれていた。
みとれているダニーにマーティンが声をかけた。
「ねえ、会いたいんでしょ」
「そりゃな。でも今度見つかったら、俺、クビやから」
「そうだね、ハイリスクだよね。ねぇ、じゃあさ、男同士のディナーってことでドムと4人で会わない?」
「ドムとか?」
ダニーは少ししかめっ面をした。
でもジョージには会いたい。
「ええな、そのアイディア。日時はジョージに聞いとくわ。場所頼んだで」
「うん」
ダニーはジョージに連絡を入れた。
「はい、オルセンでございます」
「今日はバーニーズか?」
「さようで」
「明日とか晩飯食わへんか?カモフラージュでマーティンとドムも一緒や」
「それは素晴らしいお話で」
「じゃ、時間と場所決まったら連絡するわ」
「いつもありがとうございます」
コーヒーコーナーでマーティンに会ったので「明日なら大丈夫やて」と告げた。
「それじゃ、予約するね」
「楽しみや、場所教えてや」
「うん、わかった」
マーティンもあのディナー以来、ジョージに会わせろとドムに懇願されていたので好都合だった。
マーティンはピーター・ルーガーから独立したウルフガング・グリルのトライベッカ店を選んだ。
ジョージにもアクセスがいい。
翌日、店に4人が集まった。
ドムはまだ慣れないのか、ジョージにぽーっと見とれている。
奥のテーブル席を用意されて、4人はまずコッポラの赤のリザーブを頼んだ。
「4人用のステーキがあるよ」
ドムがメニューを読み上げる。
「おもろいやん、それにしよか」
「僕、野菜食べたいです」ジョージがダニーにお願いした。
「それじゃ、ウルフガングサラダにアスパラガスとほうれん草のソテー頼み。俺はオニオンフライや」
ドムとマーティンは仲良くポテトを頼んだ。
「見ましたよ、ナイキのトラック。街中にあふれてる」
「恥ずかしいですよね」
「でもあなたは本当に綺麗だから」
ドムが頬を染めた。
「ねぇ、ドムってゲイなんですか?」
「うん、ついこの間自分自身知りました」
「そうなんだ。今まで辛かったでしょうね」
「なんだか中途半端な気分でしたね」
「今は幸せそうだ」
「うん、もう迷うことないから」
そう言ってドムはマーティンを見つめた。
マーティンも見つめ返す。
デザートの時間になった。
ジョージは季節のフルーツ、ダニーはアップル・ストローデル、
マーティンはチョコレートムースケーキ、ドムはピーカンパイを頼んだ。
4人は店の前で別れた。
「それじゃ、それぞれタクシーで帰ろか。ごめんな、ドム、いろいろあってな」
「わかってます。ジョージ会えて嬉しかった」
「僕も」
二人は握手して、それぞれタクシーに乗って去った。
ダニーが家に戻ると留守電が点滅していた。
再生するとジョージだった。
「ダニー、すごくキスしたかった。あとね、たぶんダニーの気に入らない仕事したから今から謝っとく。電話ください」
すぐに電話をかけた。
「ジョージ?俺かてめちゃキスしたかったわ。お前のあそこに。照れるなよ。それで、気に入らない仕事って何や?」
「あのね、ウォッカの雑誌広告なんだけど、また僕、ヌードなんだ」
「もうそれには慣れた」
ダニーは思わず苦笑した。
「今度は正面からのショットだから」
「はぁ!?」
ダニーは大声を出した。
「でもあそこはウォッカの瓶で隠してるからね。多分、今週発売の雑誌から載り始めるから、怒らないでね」
「分かったわ。見てから話そう」
「うん、わかった」
二人はひとしきり話をして電話を切った。
ダニーはGQとエスクワイアは絶対に買おうと思った。
翌日、仕事帰りにミッドタウンの「バーンズ&ノーブル」で男性誌をあさる。
2冊買い込み、家に急いだ。
地下鉄の中では読めないだろうと思ったからだ。
着替えるより先に、ソファーに座って、雑誌のページをめくる。
あった。アブソルート・ウォッカの広告だ。
ジョージが真っ白なベッドの上で両手を首の後ろで組み、美しい胸を突き出し、脚を開いてみだらに座っていた。
局部にはジョージの言ったとおりウォッカの瓶がおいてある。
「ABSOLUTE HUNK」コピーはそれ一行だった。
人を誘惑している挑発的なジョージの表情に驚いた。
それにぎりぎりでジョージの局部が見えそうではないか!
ダニーは、GQを床にたたきつけた。
冷蔵庫からコントレックスの瓶を取り出し、がぶ飲みした。
今、ジョージに電話したらとんでもない事を言いそうな自分の怒りが恐かった。
ペットボトルを置いて、ダニーはシャワーを浴びた。
水を一口飲んで、深く呼吸をしてから受話器を握った。
「俺や、広告見たで」
「怒ってる?」
「おさまった」
「嘘だよ、ダニーは瞬間湯沸かし器だし、しばらく冷めない。ねぇ、僕、そっちに行っていい?」
「外出しても大丈夫か?」
「もうパパラッチもあきらめたみたい」
「そか、待ってる」
ジョージは自分のインパラに乗って、やって来た。
「途中で買ってきた」とタイ料理のテイクアウトをダイニングに広げる。
「まだ何も食べてないでしょ?」
「ああ」
さっさと皿にパッタイや生春巻きにヤムウンセン、鶏のバジル炒めとタイライスを並べ、
白ワインをジョージは開けた。
「ご飯食べながら話しようよ」
「そやな」
ジョージの選んだタイ料理は絶品だった。
チェルシーの店だという。
「今度、行ってみようよ」
「うん、美味そうや」
「でさ、広告見てどう思った?」
「腹が立った」
ダニーは正直に話した。
「と同時にあそこがおったったわ」
「そうなんだ・・それが広告主の狙いなんだよね。僕、男にも女にも好感度の高いモデルに選ばれてるらしくてさ、
これからもこういう仕事あるかもしれない。でも、ダニーは嫌いだよね?」
上目遣いでジョージが尋ねる。
「嫌いやけど、お前の仕事やもん、受け。好感度が高いモデルなんてすごいやん」
「本当?そう思ってくれるの?ありがと!」
ジョージは席を立ってダニーを抱き締めた。
「ね、今日、泊まっていい?」
「ああ、もちろんや」
「それって、抱いて欲しいって事だよ」
「え?お前・・・」
「ダニーに抱いて欲しいんだ」
「わかった。それ込みで泊まってええ」
「ヒヤッホー!」
ジョージが喜んでいるので、ダニーはもうジョージの仕事の事は言うまいと思った。
ダニーがシャワーを浴びて、ベッドルームに入ると、ジョージはすでにタオルケットの下にいた。
「本当にええんか?」
ダニーが念を押す。
「うん、ダニーとじゃなければ嫌だから。それが知りたいんだ。抱いて」
「ああ」
ダニーもベッドに入る。ジョージが体を預けてきた。
ダニーは優しく抱き締める。
舌で唇をこじあけてジョージの舌とからめる。
「あぁ・・」
ジョージが甘い吐息を吐いた。
下半身を押し付けると、ジョージの巨大なペニスがすでに硬く持ち上がっていた。
「お前が入れる?」
「ううん、ダニーのが欲しい」
二人は69の体勢を取り、お互いのペニスを咥えた。
ダニーの喉の中はジョージのもので一杯だ。
思わずむせそうになるのを我慢して、ダニーは舌でジョージの裏筋を舐め、優しく噛んだ。
「あぁん」
ジョージが甘えた声を上げた。
ダニーもジョージの絶妙の舌技で、もうイキそうだ。
「あかん、それ以上やられたら、俺、我慢できへん」
二人は体勢を変えた。
ジョージが四つんばいになり、局部を見せた。
ダニーはサイドテーブルのローションを手に取り、ジョージのアヌスに塗りこんだ。
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫・・」
ダニーは、そっとジョージの中に入った。
中は熱くこれほど狭いのかと驚くほどの締め付けだった。
ダニーはゆっくり動いた。
「あぁ、あぁ、あぁ」
ジョージが感極まった声を上げる。
ダニーはその声に刺激を受けて、中を縦横無尽に動き回った。
「僕、だめ、いっちゃう!」
ジョージの大きな背中が震えた。
シーツに大量の精液が飛び散る。
ジョージの振動にダニーも我慢が出来なくなり、「俺も、出る!」とジョージの中に果てた。
ジョージの背中に横たわるダニー。
二人の息はまだまだ荒い。
見るとジョージが肩を震わせて泣いていた。
「どうした?痛かったか?」
「ううん、嬉しくて。またダニーと愛し合えた・・」
「そや、俺はいつでもお前のそばにいるんやから」
「ダニー。愛してるよ、心から」
「俺もお前を愛してる」
二人はタオルケットで汗と精液を拭き取り、新しいタオルケットを出して、眠りについた。
朝、ダニーが起きると、ジョージがいなかった。
「??」
リビングに行くとキッチンからコーヒーの香りだ。
「おはよ、ジョージ!」
ダニーがキッチンで朝食を作っているジョージを後ろから抱き締めた。
「おはよ。もうすぐ出来るから、シャワーどうぞ」
「ありがとな」
ジョージは、ダニーの好きなメキシコ風目玉焼きとアスパラガスのソテーを用意した。
イングリッシュマフィンも焼けている。
「美味そうや!」
ダニーは、ぱくぱく食べる。
その様子をジョージは嬉しそうに眺めていた。
「お前、食わへんの?」
「ダニーを目で食べてるから」
「ヘンな奴やな」
「ふふふ」
二人は朝食を終えた。ダニーはスーツに着替える。
「もう秋やな」
「そうだね、でも僕は、春夏の撮影しなくちゃ」
「そか、大変やな」
「ダニー、支局まで送るね」
「お、サンキュ」
二人はフェデラルプラザで別れた。
「まぁ!ジョージに送ってもらうなんて、ダニーったらすごいじゃない!」
またサムに見つかった。
「昨日、奴と夜中までDVD見てたから泊めたんや」
「ねぇ、ジョージってゲイでしょ?身の危険は感じないの?」
「あほやな、友達やで。恋愛の対象とはちゃうんやない?」
「そうかしら。あんなに仲がいいのに。ちょっと怪しい」
「俺、スタバでコーヒー買うから」
サムは訝りながらビルに入っていった。
いつものカフェにマーティンを誘った。
マーティンはチーズラビオリ、ダニーはボンゴレビアンコを頼んだ。
「ねぇ、昨日、ジョージと過ごしたの?」
ラビオリをつっつきながらマーティンが尋ねる。
「そや、DVD見てたら遅くなったから奴が家に泊まった」
「ふうん、よかったね。普通に会えるようになって」
そやそや、俺、こいつに借りがあんねん。
「ディナー設定ありがとな。おかげでジョージに会えたし、もうパパラッチもあきらめたみたいや」
「じゃあ、自由に会えるんだ」
「そりゃ、お互い仕事あるし、あんな状況やん、自由やないけどな」
「でもよかったね、前より会えるんだ」
マーティンはつぶやくように言った。
「お前はドムとどうなん?」
「僕たち、そんなに頻繁に会わないし・・」
会話はそこでストップした。
「ここ、俺がおごったるわ。この前のお礼や」
「ありがと」
二人は気まずい雰囲気のままオフィスに戻った。
デスクにつくとメールが来ていた。
「今晩、暇ですか?日本酒はどうですか?」
ジョージからだった。
ダニーはマーティンにすまないと思いながら、「どこで何時?」と打ち返した。
定時になって、ダニーはジョージが指定したミッドタウン・イーストの和食レストラン「リンゴ」に向かった。
レストランに着き、ジョージの名前を言うとカウンターに通された。
ジョージは先に来ており、カウンターの中のウェイターとしゃべっていた。
「よ、元気か?」
「ダニー、急にごめんね。どうしてもこのイベントに来たくてさ」
「イベント?」
「ジョイ・オブ・サケ、日本以外では世界で一番大きい日本酒の試飲イベントなんだ。
300銘柄が選べるんだよ」
「へぇ、すごいな」
「チケットの売り上げの一部は、全米日本酒協会に寄付されるんだ」
「じゃ、チャリティーなんか?」
「まぁ、産業起こしみたいなものだよね」
「お前、そういえば経営学部卒業やったもんな」
「もう昔のことだよ、今はダニーのことが大好きなただの酒飲みだよ」
二人はウェイターに説明を聞きながら、メニューを選んだ。
チリ味の枝豆にムール貝の酒蒸し、揚げ出し豆腐サラダと鮭の味噌漬けにラムの醤油焼きだ。
「ほとんどの銘柄がまだ輸入されてないんだって」
「お前、こういうのめちゃ詳しいな」
「だって、撮影の合間って暇だから、ネットやってるんだよね」
ジョージは照れ笑いした。
二人は、合計で20種類の銘柄を試飲して、すっかりいい気持ちになった。
「今日、どうする?」
ジョージの茶色い瞳が濡れている。
「お前んとこ行くか?」
「うん!」
二人は、店の前からタクシーを広い、リバーテラスへと向かった。
ダニーは体をゆすぶられて起こされた。
「な、何や?」
「ねぇ、出かけようよ」
ジョージが言うが、まだ時刻は6時だ。
「こんなに早くどこに?」
「ロックフェラーセンター」
「はぁ?」
「とにかく起きてよ」
ダニーはジョージに体を押されてバスルームに入り、歯を磨いた。
まだ寝ぼけた状態だが、ジョージが着替えを手伝ってくれる。
わけの分からないまま、ダニーは地下鉄に乗って、ロックフェラーセンターに向かった。
駅を降りると、黒山の人だかりだ。
「何、これ?」
「ブルース・スプリングスティーンの無料ライブなんだよ」
「え?あのザ・ボスか?」
「そうだよ!」
ジョージは目をきらきらさせている。
ロックフェラーセンターの中央のプラザは人で一杯だった。
やっと二人分のスペースを見つけて、ライブを待つ。
「お前よく知ってたな」
「前からチェックしてたから。来週はアニー・レノックスも来るんだよ」
「へぇ、すごいやん」
ライブが始まった。
時間は短かったが、アリーナではなく、こんな狭い場所でブルース・スプリングスティーンが見られるとは思っていなかった。
Born in the USAを大合唱してライブは終わった。
時間を見ると出勤にちょうどいい頃合だった。
「サンキュ、これでばっちり目が覚めたわ」
「僕も。今日はバーニーズなんだ」
「泊めてくれてありがとな」
「いつでもどうぞ」
二人はロックフェラーセンターで別れた。
ダニーはスタバでダブルエスプレッソとブルーベリーマフィンを頼んで席についた。
考えてみると、こうしてジョージと時間が過ごせるのも、マーティンがお膳立てしてくれたおかげだ。
奴に俺、礼も言ってへんわ。
ダニーは今晩、マーティンをディナーに誘おうと決めた。
オフィスに出勤すると、マーティンがすでに席についていた。
「おはよ、ボン、元気か?」
きょとんとした顔でマーティンが答える。
「元気だよ・・・急に何?」
「や、今日さ、夕飯でも一緒にどうかと思うてな」
「うん、いいね」
「それじゃ、お前、場所決め、俺がおごる」
「ヘンなダニー。でもありがとう。場所探しとくよ」
「頼むわ」
二人はお互いのデスクに向かった。
定時になって、二人が帰り支度をしていると、ボスがオフィスから出てきた。
サマンサもヴィヴィアンもすでに帰っていた。
「マーティン、ダニー、事件だ」
「はい、ボス!」二人の顔に緊張が走る。
「ディナーは延期やな」
「うん、そうだね」
「アルコール中毒のリハビリハウスから一人女性が行方不明だ。ブロンクスに行ってくれ」
「了解っす!」
二人がリハビリハウスに向かうと、パトカーが何台か止まっていた。
「何だろう?」
「リハビリハウスや、何でもありや」
二人がFBIのIDを見せて中に黄色のテープが貼られた箇所に向かう。
リハビリハウスのちょうどわきの路地のゴミ箱の中に、女性の死体が入っていた。
「ジョアン・ハートや」
「事件は終わったね」
「ああ、後はNYPDに任せよう」
二人はボスに報告した。
報告書は来週でいいと言われ、二人はフェデラルプラザの地下駐車場に車を戻し、外に出た。
「ディナー、間に合うか?」
「ううん、キャンセルしちゃったよ」
「じゃ、ブルー・バーにでも行くか」
「そうだね」
失踪者が死亡しているケースが一番、捜査官にはこたえる。
二人は無言のまま、アルゴンキンホテルに向かった。
スニッフ
shin
じえじえ
失礼
だーまま
さとー
さとみん
ショコラ
Sue
しゅうしゅう。
SAUZA
さくら
修羅
*茶織*
しーちゃん
siberian_tiger
サチ~-~
しまりす
しほりん
さよ
すか
シャイニーC♪です。
さとうさんた
じょん
ダニーは目を覚まし、あまりの頭の痛さに目をつむった。
濃いブロンドの頭が見える。
ブルー・バーで閉店まで飲んだのは覚えているが、その後の記憶がない。
マーティンであってほしい。
そう思って、裸の背中に触ると男がこっちを向いた。
マーティンだった。
ほぉ。ため息をついた。
ジョージと付き合い始めて浮気したい気持ちが消えている。
果たして、マーティンとセックスしたのか。
ダニーは自分の局部を見た。陰毛がよれて硬くなっている。
あぁ、俺、やってもうた。
マーティンがううんと動くとその向こうにブロンドの髪の毛が見えた。
何や!あいつ、誰や!
ダニーはバタバタと起き上がり、マーティンを起こした。
ブロンドの男も目を開ける。
「もう朝?」若い声だ。
「昼や、なぁ、お前、その、誰?」
「やだなぁ、忘れたの?僕はクリストファー、あなたじゃない、僕を誘ったの」
アチャー、ダニーは絶対ジョージには知られたくたいと思った。
ゆきずりで3Pなんて最悪だ。
「う〜ん、クリス、おはよう」
マーティンは意外にも冷静だった。
「マーティン、ダニーが僕の事覚えてないみたいなんだよ」
「ごめんな、お詫びにこれから何か食いにいかないか」
「いや、僕、バイトがあるから、失礼するよ。二人ともすごかったよ、昨日。燃えちゃった」
クリスはウィンクをして洋服を着ると、アパートから出て行った。
「あぁ、俺、最悪や。この年で3Pかいな」
「ダニー、昨日は本当に凹んでたもん。すごく酔っ払って、止める間もなく、あの子に声かけちゃって。
仕方ないじゃん。あの子も了解済みのことなんだしさ」
「自己嫌悪で、俺、死にたい」
「シャワー浴びなよ。気分も変わるよ」
ダニーは熱いお湯にあたった。
シャワーブースから出ると、パンツとYシャツ、ジャケットが置いてあった。
あいつ、俺の長居を避けてるな。
「マーティン、サンキュな」
「いいんだよ」
「今日は何か用事でもあるんか?」
「実は、ドムが家具買いたいっていうから、ジャージー・シティーまでおともなんだよ」
「IKEAか、ええ買い物できるとええな」
「うん、そうだね」
「じゃ、俺、帰るわ」
「ごめんね、あわただしくて」
「ええんや、そんなん。また月曜日にな」
「ね、昨日の約束、生きてる?」
「ああ、もちろん」
「そうしたら、ドムも一緒に食事どうかな。ジョージも一緒に」
「そやな、聞いてみるわ」
「ありがと、じゃ気をつけて」
ダニーは出勤の服装でアッパーイーストサイドを下った。
ドムと付き合うマーティンがやっぱりどこかひっかかる。
嫉妬か。俺が嫉妬か。その上、ゆきずりの男ひっかけたりして、俺どうかしてる。
ダニーは地下鉄の窓の外をながめながら、反芻していた。
家に帰ると留守電が点滅していた。ジョージだった。
「残業ですか?お疲れさま。ダニーに何もないならいいけど、心配です。電話ください」
すぐに電話をかえす。
「ジョージ、俺、昨日は夜中に事件が起こったから、ごめんな」
「ダニーが無事ならそれでいいんだよ。ねぇ、今日の映画のこと覚えてる?」
そうだ、「ブレード・ランナー」のディレクターズ・カットの上映日だった。
「ああ、大丈夫や、行けるで」
「じゃあ、映画館の前で待ち合わせしようよ。6時半ね。」
「そやな」
ダニーはジョージの声を聞いて、胸がちくちく痛んだ。
ジョージが珍しく映画の時間を間違えていた。
上映開始が9時からなので、近くのダイナーに二人は入った。
「ごめんね。時間確認し忘れちゃった」
「お前にしちゃ珍しいな。でもこうして食事できるからええやん」
「ダニーって怒らないんだね」
「お前の仕事では怒るで〜」
「そうか」
ジョージが苦笑した。
ジョージはアボカドチーズバーガー、ダニーはサルサ・ハラペーニョバーガーに
二人でシーザーサラダをシェアした。
山盛りのフレンチフライとフライオニオンを摘みにビールを飲む。
本当のダニーはジョージの目をまともに見られない。
ジョージへの済まなさで一杯だ。
「ダニー。今日は寡黙だね、どうしたの?」
「昨日の事件な、失踪者、殺されてゴミ箱に捨てられててな」
「うわぁ、ひどいね」
「ああ、アルコール依存症から立ち直りかけてたらしいのに、人の命がこんなに軽いとはな」
「僕、ダニーに何かあったら、迷わず後を追うよ」
「アホ!お前にはお前の未来があるやろ」
「ダニーと一緒じゃなければ僕の人生の意味がないもん」
ダニーの心はますます痛んだ。
二人は映画館に戻った。
ニューヨーク・フィルム・フェスティバルのプログラムなので
すでに数週間前にチケットは売り切れだ。
ジョージはお約束のキャラメルポップコーンとコーラを買って、座席についた。
映画も終盤に差し掛かり、ハリソン・フォード演じる捜査官のデッカードとルトガー・ハウアー演じるレプリカントのロイ・バッティとの会話で、
ジョージが泣き出した。
ダニーは思わずジョージの肩を抱いて自分の方に引き寄せた。
ジョージは泣き続けている。
銀幕にジ・エンドが出た。
しばらく席から立てないほどショックを受けているジョージ。
ダニーは付き合って一緒に座っていた。
「そろそろ帰ろか?」
「うん、今日、僕の家に泊まってくれない?」
「ああ、そうしよか?」
二人はリバーテラスに戻った。パパラッチの姿はない。
二人は安心してアパートに入った。
「お前、めちゃレプリカントに感情移入してたな」
「だってさ、人間そっくりの知覚も感情もあるのに、彼らは淘汰されなければならない人造人間なんだよ。
人間が行けない遠い惑星系に行ったり、星の誕生を見たり、そんな思い出を後世に残せないなんてさ、
まるでゲイのカップルが自分たちのDNAを後世に伝えられないのと一緒だよ」
ジョージはそこまで話して、また泣き始めた。
ダニーはジョージの涙の意味を理解した。
「わかったから、もう泣くのよし。俺がおやつ作ったる」
「えっこんな夜中に?」
「泣き虫にはおやつや」
ダニーはジョージのキッチンの棚からマシュマロとオールブランを出した。
オールブランで小さな山を作り上にマシュマロを載せる。
「オーブントースターで5分やからな」
「じゃ、紅茶入れるね」
「ん」ダニーはトースターの前で待った。
オールブランのマシュマロ焼きが出来た。
ちょうどマシュマロが溶けてオールブランを固めている。
二人は、それをつまみながら、ジョージが入れたローズヒップのハーブティーを飲んだ。
「これ、すごく美味しい。でも太っちゃうかな」
「お前はもう少し太っても平気ちゃう?」
「それはダニーの方だよ」
「俺、太らない体質やねん。それじゃ、シャワーして寝よか?」
「うん、僕、泣き疲れちゃった」
「じゃ、先に入り」
「うん」
ジョージの後姿を見ながら、まだダニーは後ろめたさで身を隠したい思いだった。
ダニーが目を覚ますと、隣りにアイマスクを顔に乗せたジョージが寝ていた。
思わず、声を出して笑ってしまう。
「うぅん、ダニー、目が覚めたの?」
「ああ、お前、大丈夫か?」
「顔見てみて」
「確かにぷっくり腫れてんな」
「あぁ、最悪だ。今日もダニーと遊びに行こうと思ってたのに」
「はぁ、今日は何の日や?」
「ダニーの地元でアンティークフェスティバルがあるんだよ。僕、何か欲しくてさ。アンティーク」
「そか、じゃあ、お前のまぶたの腫れが取れたら、出かけるか」
「うん!」
「じゃ、シャワーして、何か作るな」
「ありがと、ダニー」
またジョージはアイマスクを乗せてあおむけになった。
ダニーは簡単にパンケーキと目玉焼きとハムを焼いた。
ジョージには野菜が必要なので、ルッコラとアンディーブのサラダを用意した。
コーヒーメーカーはセットしてある。
ジョージがやっと起きてきた。
「僕の顔、醜い?」
「醜いわけないやんか、アホ!」
ダニーはちゅっと軽くキスをして、朝食を並べた。
「ダニーのご飯て美味しいよね」
「お前こそすごい腕前や」
「二人でレストラン開いたらイケルかもよ」
一昔前に誰かから同じ話を聞いたな。
ダニーは思い出した。だが、今度はうまくいきそうな予感がした。
「そやな、お前がモデル引退して、俺がFBI退職したら、やるか」
「それじゃ二人ともいい親父だよ」
「ええやん、親父二人でやってるビストロなんて温かい感じするで」
「そうかな」
ジョージは考えていた。
「僕、よくセレブがやってる資金だけ出してオーナーになるタイプの外食は嫌いなんだよね。
自分で厨房に立ちたいんだ」
「いかにもお前らしいな」
ダニーは笑った。ジョージもにんまりした。
二人は、ブルックリンに向けて地下鉄に乗った。
「ヒックス・ストリートと4番街のあたりが一番店も多そうやな」
「回ろうよ。歩いても10ブロックくらいだし」
「そやな、ぐるっと回ろ」
二人はその間、サラミの試食やホットドッグを食べながら、アンティークを物色していた。
「ねぇ、これどうだろう、家の玄関に」
「けったいなポーズとった象やな」
「象、インドでは神聖な神様の遣いね。真鍮製。お買い得」
インド人の店主が勧める。
「これにする」ジョージが決めたようだ。
「いくらや?」
「200ドルね、安い安い」
「高すぎやん。150ドルにせいへんか?」
「200ドル。でも家に無料配送サービス付けるよ」
ダニーは200ドル払った。
「僕が買ったのに・・」
「いつもお前が俺にしてくれてるののお礼の一部や」
「ありがと、ダニー!」
心からジョージは嬉しそうだった。
DHLの伝票に住所と名前を書く。
幸いインド人の店主はジョージを知らないようだった。
2時間ほどぶらぶらして、二人は、全部の店を回った。
ダニーもトルコの小さな絨毯の敷物を買った。
「これから、どうする?」
「ダニーがお腹すいてたら、晩御飯にしない?脚がだるくなってきた」
「そやな、どこ入ろうか?」
二人は飛び込みで「ベドウィン・テント・レストラン」に入った。
ラムのローストの香りが店内に満ちている。
どうやらラム料理の専門店のようだ。
二人は、ラムのラザニアを前菜にラムチョップとバケツサイズのグリーンサラダとほうれん草とチーズパイを頼んだ。
ジョージとご飯を食べると、ヘルシーなチョイスになるのが嬉しい。
ダニーは、濃厚な赤ワインをワインリストから選び出し、乾杯した。
ラム料理は予想以上に美味しくて、当たりのレストランだった。
「たまには、ゼガットとかに頼らなくて足で歩いてレストラン探すのもいいかもね!」
ジョージが満面の笑顔でダニーに告げた。
ダニーは心の緊張がほぐれていくのを感じた。
ダニーとジョージは食事の後、別れた。
また新しい週が始まるから、それぞれ準備の時間が必要なのだ。
純粋に愛してくれているのにさらっとしていてベタベタしたところがない。
そういうジョージを気に入っていた。
アランともマーティンともまったく別のタイプだ。
一番一緒にいて心地いいのかもしれない。
ダニーは天井を見ながら、そんな事を考え、やがて目をつむった。
朝、携帯で起こされた。
「はい、テイラー」
「ダニー、事件だ。早めに出勤できるか?」ボスだった。
「了解っす!」
ダニーは手早くシャワーして、オフィスに向かった。
途中の屋台でラズベリーマフィンとコーヒーを買う。
スタバなど行ってはいられない。
出勤すると、サマンサがホワイトボードに写真を貼っていた。
「おう、サム、早いな」
「ボスと一緒にいたから」
小声でサマンサは答えるとタイムラインを書き始めた。
ダニーは写真を見てぎょっとした。
金曜日の夜にナンパしたクリストファーの写真だった。
マーティンがやってきた。同じく写真をみて驚いている。
二人はトイレに入った。誰もいないのを確認して話し始めた。
「足取り洗ったら、ブルー・バーから僕の家なんてすぐわかっちゃうよ」
マーティンが真っ青な顔になっている。
「俺に考えがある。少し金がいるけど俺たちを守る金や」
「わかった」
ダニーは聞き込みとボスに言って、エリックのアパートを訪問した。
「ダニー、何だよこんな朝早くから。この前はずいぶんご機嫌だったけど」
遅番のエリックは起こされて不機嫌の様子だ。
「それなんやけどな」
ダニーはエリックに持ちかけた。
「じゃ、この子がダニーとマーティンと一緒に帰らなかったと証言すればお金もらえるの」
「そういうことや」
「犯罪性は?」
「俺たちFBIやぞ」
「わかった、ダニーの言うとおりにするよ」
「よろしくな、恩に着る」
予想通り、バイト仲間の証言から週末はアルゴンキンのブルー・バーではめをはずすのがクリストファー・レヴィンの癖だったと判明した。
ダニーとサマンサが聞き込みにあたる。
「ああ、この子ね、よく覚えていますよ。中年の金持ちそうな男性にいつも話しかけてたな」
エリックが証言した。
「先週末は?」
「すごく忙しくて覚えてません。多分同じ事の繰り返しじゃないですか?」
ふぅ、ダニーは心の中でため息をついた。
一方、マーティンはオフィスのタイムラインと別にPCにクリストファーの足取りのチャートを作っていた。
僕の家を昼前に出たんだから、どこに行ったんだろ。
すでに3日目に入っている。
生存の可能性はカウントダウンのように少なくなっていた。
クリストファーが職場で喧嘩していた証言が挙がった。
相手の男をオフィスに呼び出した。黒人のウェイター仲間だ。
「あいつがチップをいつも騙し取ったから、ヤキを入れただけだよ」
「それだけか?」
ボスの眼光は鋭い。
「俺のダチがもしかしたら、やったかもしれない」
「そのダチとやらの住所を書け」
ハーレムの荒れ果てたアパートだった。
子供の泣く声が響いている。
「この部屋です」
ダニーがボスに合図する。
「FBI、開けろ!」
マーティンは裏に回って待っていた。
予想通り容疑者が非常階段を下りてきて、マーティンに取り押さえられる。
部屋に入ると、ベッドにくくりつけられたクリストファーが気を失っていた。
まだ息はある。
「救急班を早う!」
ダニーが指示する。ダニーは部屋を出た。
ボスがクリストファーを助けるだろう。
自分は顔が見られないようにするのが一番だ。
ダニーはボスに「オフィスで報告書書きますわ」と連絡して、車を出した。
ダニーもマーティンの今回の事件では震撼した。
この広いNYなのに、人がいつどこでどういう風につながるか想像がつかない。
「ごめんな、マーティン、俺が軽はずみなことして」
「共犯だよ。僕ら、不良FBIだね」
「そやな」
ダニーがにやっと笑ったのに、マーティンはショックを受けた。
僕なんてびびってたのに、ダニーには平気なヤマなんだ。
「そや、明日の晩なら、ジョージも夕食一緒に出来るて言うてたわ」
「本当?ありがと。もうさ、ドム、ジョージに夢中なんだよ。アイドルみたいな感じ?すごく喜ぶと思う」
「そんじゃ店とかお前に任せてええか?」
「うん、まかせといて」
ダニーはマーティンにげんこを突き出して挨拶した。
マーティンは気分を入れ替えようと深呼吸した。
ダニーは帰りにブルー・バーに寄った。
エリックが「いらっしゃいませ」といつも通りの挨拶をしてくれる。
「モヒートくれ」
「はい、ただいま」
ダニーの前にイタリアンサラミのオードブルが並ぶ。
「今日入荷したものなので生ハムみたいですよ」
エリックなりの気持ちの示し方らしい。
「ありがとな」
「ブロンドの彼、どうなりました?」
「今、市立病院に入院してるわ、ほんま助かったわ」
「そんな・・」
エリックは頬を染めて奥に下がった。
エリックが性悪でなくてよかったと、ダニーは幸運に感謝した。
ダニーは3杯ほど飲んで、家に戻った。留守電だ。
どうせジョージだろう。再生してみる。
「僕、なんだか今日眠れそうにないんだ。ねぇ、行ってもいい?」
マーティンだった。ダニーは電話を返した。
「お前さ、ディーン&デルーカかどっかでデリ買ってきてくれへん?俺、飯まだなんや」
「うん、分かった。ありがと、ダニー」
40分してマーティンがやってきた。
大きな紙袋2つを抱えている。
「何やその紙袋?全部デリか?」
「だって閉店間際って安いでしょ。沢山買った」
ノルウェーサーモンのマリネに、ポークピカタ、ローストビーフのかたまり、アスパラガスソテー、オリーブ入りのフォカッチャ。
「十分すぎるわ、食おか?」
「うん、お腹すいた」
ダニーは手早くホットディッシュを温めて、皿に盛った。
コールドディッシュをすでにマーティンがつまみ食いしている。
「こら!」
「ごめん。もう昨日から眠れないし食べられないし」
「じゃ、たんと食べ」
「うん、ダニーといると食べられるんだ」
マーティンはがつがつ食べ始めた。
「お前、サラダ残ってなかったんか?」
「ウォルドルフサラダがあったけど嫌いだから・・」
「もっと野菜食べ。メタボリック症候群になるで」
「大丈夫だよ!」
マーティンは肉だけ選んでは口に運んでいた。
ダニーは半ば呆れながら、アスパラガスとローストビーフを皿に載せた。
「今回の5000ドルだけどさ、あれで大丈夫なの?」
「安心せい。あいつに今日も会ってきたから」
「そうなんだ・・ダニーって何でも出来るよね。僕は足がすくんだよ」
「マイアミ市警にいた頃についた垢が体にこびりついてるんや。お前はちゃう」
「そうなんだ・・・・。クリストファーもいい子になるといいね」
「ああ、まったくな。あれならいつか殺されるか病気を移されるかや。最期はわかってる」
「うん、素直な子なのにね」
ほとんどクリストファーとの会話がふっとんでいるダニーはただ頷くしかなかった。
「しばらく、ブルー・バーに行かない方がいいね」
不安そうな顔でマーティンが尋ねる。
「そうやな、二人して行くのはよそう」
「どっか気軽に寄れるバー探さないとね」
「それはお前の役目や、検索してや」
ダニーは、ふぅとため息をついた。
今晩は、ドムが待ちに待ったジョージとのディナーだった。
昼間、マーティンにかけてきた電話では、ジョージが来るかどうかの心配ばかりしていたと、
マーティンがダニーにこぼしていた。
「しゃーないやん。ドムにとっちゃジョージはアイドルなんやろ?」
「ちゃんと来れるかな、あいつ」
ダニーはマーティンがドムを「あいつ」呼びしたのに少し嫉妬した。
場所は55番通り東でマディソン街近くのシーフード「アクアヴィット」だった。
スカンジナビア風の上品な味付けが人気の店だ。
ダニーとマーティンが店に着くと、すでにジョージとドムがテーブルに付いていた。
半円形のソファーになっており、ドムはジョージに体をすりつけて、笑い転げていた。
マーティンが思わずむっとした顔をした。
「あ、ダニーとマーティン、こんばんは!」
ジョージが立ち上がって挨拶する。ドムもつられて立ち上がった。
「ごめんね、先にカールスバーグ飲んでた」
ジョージが謝る。
「ええやん、二人とも楽しそうやな」
「だって、ジョージの撮影の話がおかしくて」
ドムが思い出してまた笑い始めた。
ジョージはダニーの顔を見て安心したような表情を見せた。
左から、マーティン、ドム、ジョージ、ダニーが並ぶ形で座る。
メニューはプリフィクスで選びやすかった。
各人、違うものを選んで、少しずつ食べ分けることにした。
前菜は、オイスター、ハマチの刺身、ロブスターロール、ニシンの酢漬けだ。
メインは、シーフードシチュー、サーモンの蒸し焼き、まぐろのタタキ、
マーティンだけ鹿肉ステーキを頼んで、皆の笑いをとった。
「ダニー、サラダ頼んでいい?」
ジョージがダニーに向かって尋ねる。
「ああ、もちろんや、お前の好きなの頼み」
「うん、じゃあビーツサラダお願いします」
ドムが不思議そうにジョージに聞いた。
「ジョージって必ずダニーの了解とってませんか?」
ダニーとジョージは顔を見合わせた。
「それは、ダニーが僕のキャリアの恩人だし、尊敬してるから」
ジョージが如才なく答えた。
「キャリアの恩人って?」
「僕、半年前まではただの通販雑誌のモデルだったんです。
ダニーがいい写真家を紹介してくれて、僕のポートフォリオを撮り直した。それが今の始まり」
「へぇ、通販雑誌のモデルだったなんて信じられない!今じゃ、ナイキの顔だし、バーニーズの看板だし、
ショーにも沢山出てるでしょ?」
「人生ってひょんなことで変わるものだって思いました」
「それって、僕にもわかる気がする。僕もゲイって分かったお陰で人間関係が変わったし」
ドムはマーティンの顔を見る。マーティンは困った顔をした。
「さあさ、料理が冷めちゃ魚たちがかわいそうや。食おう!」
ダニーが皆に薦めた。
「それで、鹿肉はどうや?」
「十分やわらかいよ。なにか上に膜みたいなのがついてるんだけど、何だろう」
「どれ?味見させてみ」
ダニーは一片もらって口に入れた。
「あぁ、片栗粉や。これ振ってソテーすると肉が柔らかいままで焼けるからな」
「ダニーって物知りですね」ドムが驚いた。
「ダニーは凄腕のシェフでもあるんだよ」
ジョージが自慢げに話す。
「ジョージもなかなかのもんやで」
ドムが笑い出した。
「何だか二人ってつきあってるみたいですよ!」
「おいおい、そんなんやない。友達やって言うてるやんか」
ジョージはだまって笑っていた。
308 :
fusianasan:2007/10/05(金) 20:36:37
ホシュ
その晩は解散してそれぞれ家に帰った。
ダニーは、次回はきっとドムがジョージをクラブに誘うだろうと思った。
バスに入り終わり、コントレックスを飲んでいると電話がかかってきた。
「はい、テイラー」
「ダニー。僕だよ」ジョージだった。
「おぅ、今日はお疲れさん。ドムの世話で疲れたやろ?」
「あの子可愛いよね。マーティンに夢中みたい」
「マーティンはお前に夢中って言うてたで」
「ははは、そんな事ないよ」
ジョージは全然気にしていないようだった。
「何してる?」
「風呂入って水飲んでるとこや」
「会いたいね」
「また週末にしよや。せわしないのが嫌やから」
「そう・・それもそうだね。明日のニューヨーク・タイムズに僕のラルフ・ローレンの全面広告が載るんだ。ちゃんと服着てるから見てね」
「わかった。朝一番に見るわ。お前ほんまに綺麗やからな」
「照れるから言わないで。それじゃ、おやすみなさい。愛してる」
「俺も、おやすみ」
ちょっとした会話なのにダニーはにんまりしてしまう。
ジョージが女だったら、今すぐ結婚を申し込みしそうなくらいだ。
俺が結婚?
ダニーは思わず苦笑した。
初めて結婚を意識したのが男相手とは、ダニー・テイラーらしくない。
「俺はゲイやない。バイや」
自分に言い聞かせるように声に出す。
しかし、女殺人集団のリンチ以降、女性と寝られなくなっているのは事実だった。
ダニーは思考を遮断し、ベッドに入った。
スタバでダブルエスプレッソとソーセージマフィンを買って出勤すると、マーティンがすでに来ていた。
「おはよ、ボン」
「ダニー、昨日はありがとね。ところがさ、またお願いがあって・・・」
「当てよか?ドムがジョージとクラブに行きたがってる」
「何でわかったの?」
「当然の帰結や」
「ジョージ、来てくれるかな?」
「どうやろな。食事と違って、奴、あんまり目立つところに行きたがらないから」
「そうか・・わかった」
「とりあえず聞いてみるわ」
「ありがと、ダニー」
「ドムはお前に夢中やな」
「うーん、何だかジョージに会う口実に使われてる気がしてきたよ」
サマンサが出勤してきたので、二人は話をやめた。
「何?また合コンの打ち合わせ?」
「そんなとこや、サムはどやねん」
「おかげさまで順調です。ありがと!」
右手のルビーの指輪の効果はまだあるようだ。二人は安心した顔をした。
サマンサが不機嫌だと私生活にちょっかいを出されてうるさい。
ボスにぜひともサマンサの面倒を見てくれるよう祈る気持ちだ。
平和な一日が終わり、ダニーは軽く、ブラウンライスサラダと白ワインで食事を済ませた。
電話だ。「はい、テイラー」
「あ、いたんだ、見てくれた?僕の広告」
「ああ、朝一番に見たで。すごいスタイリッシュやんか。お前ほんまに綺麗やな」
「えー実物より写真がいいってこと?」
「そんなこと言うてへん。お前は実物が最高や」
「ダニーも実物が最高だよ」
「アホ。今日は何食った?」
「昨日が重かったからブラウンライスサラダ」
「ははは、ほんまか?俺とおそろいやん」
「本当?気が合うね」
「だから一緒にいるんやろ」
「うん、ダニーと僕は一緒だ」
「なぁ、ドムがお前とクラブ遊びしたいんやて。どないする?」
「クラブかぁ。あんまり今は行きたくないや。それもあの子、ゲイになりたてでしょ。すごく危険だよ」
「じゃ、仕事が忙しいって言うとくわ」
「ありがと、ダニー」
「そんなん朝飯前や」
「また週末会える?」
「ああ、事件がなければな」
「事件がないことを祈ってる。じゃあね、おやすみなさい」
「おやすみ、愛してる」
「僕もだよ」
二人は電話を切った。
幸い週末にかかる事件は発生しなかった。
昼過ぎにジョージからダニーに電話が入った。
「ねぇ、スケートできる?」
「あんまり得意やないけどな」
「今日さ、ロックフェラーセンターのスケートリンクオープンなんだよ」
「へぇ、今日か。早くないか?」
「ねぇ、一すべりして、ご飯食べるのはどう?」
「分かった、何時に行けばいい?」
「5時はどう?」
「了解、スケートなんて何年もしてないから笑うなよ」
「うん、笑わない。じゃプロメテウス像の前で待ってるね」
ジョージはすでに声をたてて笑っていた。
全米陸上チャンプのジョージと競うなんてはなから無理だ。
ダニーはディナーを楽しみに部屋の掃除を始めた。
ロックフェラーセンターのプロメテウス像のところに着くと、ピンクのコットンセーターを着たジョージがいた。
すでに何周か回っているらしく、顔が紅潮している。
「よっジョージ、張り切ってるな」
「あ、ダニー!久しぶりの運動だから」
そういうと、すさまじい勢いで滑り始めた。
こりゃ、俺は全然無理やわ。
ダニーはトロトロと回転したり小さなジャンプをしたりしながら、時間をつぶした。
「ジョージ、まじでスピードスケートいけるんちゃう?」
「選手時代に冬季練習でやってたからね。でもだめだよ。使う筋肉違うし足がガクガクしてる。それにお腹すいた」
「はいはい、今日は何食う?」
「うーんと、和食!」
「ええな、焼き鳥行くか?」
「うん!」
二人はスケート靴を返して、ロックフェラーセンターを出た。
ミッドタウン・イーストに出て「炙りやキンノスケ」に出かけた。
前にマーティンと来て30本以上マーティンが串を平らげた店だ。
七厘もあって自分で炙ることも出来る、ちょっと変わった店だった。
土曜日とあって、まだ早い時間のわりにかなりの賑わいだった。
ジョージが「僕が選んでいい?」と聞いてきた。
「ああ、お前のはハズレがないから、まかせる」
「ありがとう!」
ジョージはササミ、鶏ムネ、ねぎま、砂肝、ぼんじり、皮、野菜焼きの盛り合わせ、
はまぐり、牡蠣、エビを頼んだ。
前菜で温泉卵と蒸し鶏サラダもつけてもらう。
「ほんま、ヘルシーやな〜」
「頼みすぎかな?」
「そんなことないで、どんどん食おう」
「よかった!日本酒も飲みたいね」
二人は久保田を頼んだ。
ジョージが上手にしいたけやはまぐりを焼いていく姿を見て、ダニーは目を細めた。
マーティンと一緒だと、全部自分がやらなければならない。
それも悪くないが、ジョージに世話を焼いてもらうと、心地よい雰囲気に包まれるのだ。
「はい、ダニーのはまぐりが口をあけました!」
ジョージが上手に皿に載せてくれる。
「サンキュ!」
「僕のも焼けました!」
それだけでも嬉しくて二人は笑った。
ジョージはごま油ドレッシングの蒸し鶏サラダが気に入ったらしく、おかわりをした。
最後に鶏の白濁スープの雑炊を食べて、完食だ。
店からサービスでカシスのシャーベットと緑茶が出た。
「美味しかったね」
「うん、満足や」
「今日、どっちに泊まる?」
「お前のベッドの方が広いから・・」
「それじゃ、僕の家だね」
「ええか?」
「もちろん、早く家に帰ろうよ!」
二人は、店の前からタクシーを拾い、リバーテラスに向かった。
ニューメキシコから三日ぶりに戻った二人は、タクシーでマーティンのアパートまで帰った。
シャワーを浴びてパジャマに着替えるとくたくたで何もする気がしない。
ダニーが牛乳をグラスに注ぐと、中身がパステルピンクになっていた。
「あちゃー!おい、マーティン、これ見てみ!」
「ストロベリーミルク?」
「ちゃうちゃう、腐ってんねん」
ダニーは中身をシンクに流すとミルクカートンをゴミ箱に捨てた。
「飲んでたらえらいことになるところや」
「ほんとだ、絶対下痢だよ。明日の朝、僕が買ってくるよ」
マーティンは眠たそうに大きな欠伸をした。ダニーもつられて欠伸をする。
二人は歯磨きをしてベッドに入った。
手をつないで目を閉じていると、マーティンがもぞもぞと寝返りを打ってくっついてきた。
ごそごそしていた左手がパンツの中に侵入してペニスを上下に扱き始める。ダニーはくすぐったくて手を掴んだ。
「こそばいからやめろ。飛行機の中でヤったやろ」
「ただ触ってるだけだよ」
さらに左手を動かしながらダニーの肩に顔を擦りつけた。甘えて額をごしごしと動かす。
「・・・してほしいか?」
ダニーは髪をくしゃっとしながら顔を覗き込んだ。ううんと首を振って照れ笑いを浮かべた頬を両手で挟む。
「ほんまにいいんやな?」
目をじっと見つめながら確認すると、マーティンが恥ずかしそうにうつむいた。
「僕は・・・ダニーがしたいならしてもいいよ」
そう言うとそそくさと背中を向ける。
ダニーはあほと言いながら、耳まで真っ赤になったマーティンを後ろからぎゅっと抱きしめた。
ダニーは首筋に舌を這わせながらパジャマのボタンを外して胸をなで回した。
感じてぷっくりと硬くなった乳首を指の腹でこねくり回す。
「やっ、あぁっ・・・」
執拗に愛撫されてマーティンは体を強張らせた。ダニーはそれでも手を緩めない。
ねっとりと隈なく舌を這わせながら体を支配していく。
マーティンのペニスは痛いぐらいに勃起し、溢れ出た先走りがトランクスに染みを作った。
トランクスの布が亀頭に擦れるたびに甘く疼き、抑えても声が漏れる。
内腿にこちこちになったダニーのペニスが当たっていることもマーティンを興奮させた。
「ダニィ・・・」
マーティンが振り向くとダニーがにんまりしながら頬を舐めた。続けざまにいつもより乱暴なキスをされて鳥肌が立つ。
堪え切れなくて懇願するようにダニーのペニスをつかんだ。
ダニーはアナルにローションを塗りたくるとペニスを押し当てて背後から静かに挿入した。
ペニスが馴染むまで動かずにじっとしたまま抱きしめ、様子を見ながらゆっくりと動かす。
マーティンは快感に喘ぎながらダニーの手を握りしめた。
「ひぁっ!んんっ!!そこだめっ!」
「うん?ここあかんのか?」
ダニーはとぼけながらマーティンの好きなポイントを的確に突き上げた。中の締めつけがどんどんきつくなる。
マーティンはすすり泣くような声をあげながら体をがくがくさせた。アナルががっちりと収縮してダニーのペニスを咥えこむ。
「くぁっ、マーティン・・・そんなに締めんな」
「だってダニーが!あぅっ・・・僕もうだめ、出ちゃう!っ・・・あぁっ・・・んっ!」
マーティンは大きく体を仰け反らせて射精した。苦しそうに荒い息を吐きながら何度も痙攣する。
ダニーもマーティンを抱きしめて射精した。
深い射精感に弛緩しながら抱き合って何度もキスしているうちに呼吸も落ち着いた。
二人とも満ち足りた気持ちでもたれあう。
「寒くない?」
マーティンが頬に触れながら尋ねた。ダニーがちょっとなと言うと脹脛で足を挟む。
「温かい?」
「ぬくいから気持ちええわ。秋冬はオレの湯たんぽやもんな、お前」
マーティンは嬉しそうにこくんと頷いてにっこりした。
「なんか温もったら眠たくなってきた」
「僕も」
二人はもう一度キスすると、どちらともなく欠伸をして目を閉じた。
ダニーは携帯の音で目を覚ました。
隣りで眠っていたジョージも目を開ける。
「ふぁい、テイラー」
「ダニー、日曜の朝で悪いな。事件発生だ。今、家か?」
ボスの声だった。
「あ、はい、自宅です」
「それじゃオフィスにすぐ来られるな」
「了解っす」
電話を切ると、心配そうなジョージの顔があった。
「ボスから?」
「ああ、事件だと。俺出かけなきゃ」
「じゃ、買っておいたアルマーニのスーツ着てよ」
「お前、また買ったんか?」
「うん、ダニーがもっと家に来てくれたらって思って、つい買っちゃった」
ジョージが照れた顔をする。
「シャワー借りるで」
「コーヒーは?」
「オフィスで飲むからええわ、ありがとな」
ジョージも起き上がり、キッチンに走っていった。
ダニーがシャワーを終えてスーツに着替え終わると、ジョージがスターバックスの紙袋を持ってリビングにいた。
「これ、急ごしらえで美味しいかわからないけど、スモークサーモンとチーズのベーグル」
「おう、ありがとな。腹ペコやから助かるわ」
「じゃ、気をつけてね」
「ああ、お前は今日何してる?」
「DVDでも見てるよ。出かけない」
「わかった。電話するから」
「うん、でも無理しないでいいからね」
「ああ」
ダニーはリバーテラスからタクシーでオフィスに向かった。
出勤すると、まだサマンサとボスしかいなかった。
「ダニー、早かったな」
ボスに指摘されて、ダニーは少し慌てた。
「車飛ばしてきましたんで」
「いい心がけだが、スピード違反には気をつけろ」
「了解っす」
マーティンに続き、ヴィヴィアンも出勤してきた。
「今回の失踪者はちょっとややこしいぞ。実はNYPDも彼を探している。5件のレイプ容疑だ」
「はぁ?誰が失踪届けを出したので?」ダニーが尋ねる。
「彼の妻だ。無罪を訴えっている。冤罪だと。DNAと指紋はすでに入手した」
サムがファイルのコピーを皆に配った。
「それではNYPDから隠れるために逃亡したのでは?」
マーティンが尋ねた。
「ありえるな。レイプ事件はあと2日で時効なんだ」
「それじゃ、もうNYにいませんよ、ボス」
ダニーが口を挟んだ。
「だからこそ私たちのヤマなんだ。心してかかれ。2日以内に発見できれば、レイプ事件も解決するかもしれない」
「ボス、早速ATMの記録が出ました。フィラデルフィアです」
ヴィヴィアンがPCを見ながら話す。
「ダニー、マーティン、現地に行ってくれ」
「了解っす!」「はい!」
二人して出張するのは久しぶりだ。
マーティンは何か嬉しそうだった。
「ボン、何、にやついてるねん?」
「ダニーと出張だから」
「そか、この前はいつだったかな。そや、スタバの紙袋にベーグルサンドがあるから食べてもええで。半分な」
「ジップロック?お手製なの?アラン?」
「ジョージや」
「昨日一緒だったんだ・・・」
「ええから食べ。お前も腹減ってるやろ?」
マーティンはベーグルを半分に割ると、むしゃむしゃ食べ始めた。
「ダニーの分あるからね」
「サンキュ。仲良くやろうな」
「わかってるよ」
二人はフィラデルフィアに着いた。
「マーティン、失踪者がデラウェア州のウィルミントンに移動したわ。レンタカー借りた」
サムから連絡が入る。
「2日間、逃げる気やな」
「追いつけるだろうか」
「がんばるしかないやろ」
ダニーとマーティンもレンタカーを空港で借り、ウィルミントンへ急いだ。
ヴィヴィアンがすでにウィルミントンの市警に協力を仰ぎ、
ファックスでモーテルに失踪者、マークス・ジョブスの写真を送ってもらうよう手配していた。
30分もしないうちに市警本部に連絡が入った。
ウィルミントン郊外の安モーテルの一軒に宿泊しているという。
ダニーとマーティンは、早速モーテルに出かけた。
オーナーにお願いしてマスターキーを預かる。
「FBI!ジョブスさん、開けてください!」
答えがない。二人はドアの鍵を開けた。
ジョブスらしき男性がベッドで伸びている。
ベッドサイドにはウォッカの空き瓶と睡眠薬の入れ物が見つかった。
「やばい、自殺や」
マーティンが救急医療班を呼んだ。
近くの病院のERに運び込まれる。
胃洗浄の結果、ジョブスは一命をとりとめた。
「どうして、自殺しようとしたんだろう。時効まであと1日だったのに」
「自分の犯した罪の重さを思い知ったんやないか。彼の娘が2週間前に同級生にレイプされてる。
サマンサから連絡があった」
「ひどいな」
「ああ、まったくや」
ダニーとマーティンはNY行きの便に乗った。
「もうオフィスに戻らなくていいよね」
「一応ボスに連絡入れるわ」
「神様、今日報告書を上げろなんて命令がありませんように!」
マーティンは祈っていた。
「ああ、今日はそのまま帰れやて」
「じゃあ、ご飯食べようよ」
「そやな、ランチ抜かしたからな」
「もうペコペコだよ、僕」
「分かった、ウルフガングに行くか?」
「うん、少し元気になりたいよ」
二人はニュー・アーク空港からレストランに直行した。
Tボーンの最上級「ポーターハウス」が入荷していると知り、沈んでいたマーティンの目が輝いた。
「これにしようよ!」
「そやな。野菜も頼むで。ええな」
「ダニーの言うとおりにするよ」
ダニーはアスパラガスと新たまねぎのソテーにポテトのフライを頼んだ。
またベイビーベジタブルのバルサミコサラダもつけた。
「今日は重ための赤ワインだね。酔いたいよ」
「お前に任せる」
「じゃ、コッポラのロッソお願いします」
久しぶりの二人だけのディナーだ。
お互い照れくさい思いもある。
「お前さ、ドムとどうやねん?」
「うーん、忙しいからあんまり会ってない。あいつさ、僕よりジョージの方が好きなんじゃないかと思って疑ってるんだ」
「疑ってもしゃーないやん。ジョージにその気がないんやから。クラブ遊びは翌日の仕事に差し障りあるから遠慮するって言うてたで」
「あー、ドムががっかりするよ」
「奴は今、ゲイの新しい生活に目覚めて好奇心が旺盛や。ヘンな虫がつかないように、お前見張れよ」
「うん、そうだよね・・・」
「どうした?」
「僕、ゲイライフってよく分からないんだよ」
「そやな、お前じゃな。ドムはゲイバーとか行ってるんやろか?」
「知らない。でも電話がつながらない晩もある」
「病気のことで脅しとけ。自重するやろ」
「それしかなさそうだね。ああやっかいだな」
マーティンは血が滴る肉片を口に運んだ。
「わー、すっごい美味しいね」
「今日は当たりやな」
「うん、ダニーと一緒でよかった」
「何でや?」
「何となく」
マーティンは照れくさそうに笑った。
ディナーを終えて、二人は別れた。
前は一緒に帰ったのに、今はそんな雰囲気ではない。
「それじゃ、また明日ね」
「ああ、月曜日か」
「おやすみ、ダニー」
「おやすみ、ボン」
先にタクシーに乗り込むマーティンの背中をダニーはずっと見つめていた。
ああ、俺はマーティンもまだ好きや。決められへん。
ダニーが家に帰ると留守電が入っていた。ジョージだ。
「今日も残業、お疲れ様です。もし疲れてなかったら電話ください」
ダニーはジャケットを脱いでソファーに腰掛けて電話した。
「ジョージ?俺」
「ダニー!今どこ?」
「ウィルミントンから戻ってきたところや」
マーティンと食事していたなど言えるわけがない。
「え、デラウェアまで行ってたの?大変だったね!」
「ああ、日曜日なのにな。でも失踪者見つけたから」
「すごいね!やっぱり僕の彼は凄腕の捜査官だ」
「アホ!照れること言うな。ごめんな、せっかくの週末やったのに」
「でも土曜日デートできたから」
「あれは楽しかったな」
「うん、今週はね、僕、マイアミ・ファッション・ウィークなんだ。10日間留守にする」
「そんなに長くか?」
「ごめんなさい」
「お前が悪いんやないのにな、こっちこそごめん」
「会いたいね」
「帰ってきたら、うんとエッチしような」
「ダニーったら、僕、立ってきちゃったよ」
「アホ、ほな切るで」
「うん、おやすみ、ダニー。愛してる」
「俺もや、おやすみ」
電話を切ってダニーはふぅとため息をついた。
明日からジョージに会えないんやなぁ。
シャワーを浴びて、ステーキハウスの匂いを取り去る。
冷蔵庫からコントレックスを取り出して、一口飲み、ダニーはパジャマに着替えてベッドに入った。
翌朝、出勤するとマーティンと二人、ボスのオフィスに呼ばれた。
「DNAが一致した。レイプ犯確定だ。お疲れだった。よく短時間で見つけたな」
「ありがとうございます」
「この調子で発見率を上げてくれ。よろしく」
「了解っす」
二人で顔を見合わせてにんまりした。
コロンバス・デーで祝日のため、事務スタッフの半数が休みを取っていた。
家庭持ちのヴィヴィアンも有休だ。
報告書はペーパーワークが得意なマーティンに任せ、ダニーは出張精算の入力をして時間をつぶした。
「なぁ、ボン、今晩暇か?」
「え?今晩はドムと約束なんだけど、ダニーも一緒に来れば?」
「うーん、そやな、お邪魔しよか」
ダニーはマーティンのドムへの気持ちを推し量ろうと考えた。
3人はグラマシーの「デルアミコ」に久しぶりに出かけた。
いつも同様デルアミコの歓待を受ける。
「今日は男3人、寂しいね。ブロンドの彼女はどうした?」
ダニーはサマンサのことだとピンと来て、
「デートやて。俺ら振られてんねん」と答えた。
「じゃ、今日は腕をふるって元気になる料理作る。心配なし!」
肩をぽんぽんぽんと叩かれて、3人はテーブルに座った。
「気さくなオーナーですね?」ドムが驚いている。
「ああ、事件がらみで知り合ったからな。サービスすごくええんや」
「へぇ〜」
頼みもしないのに、シャルドネとアンティパストの盛り合わせが並んだ。
「わ、美味しそう」
その次に真鯛のカルパッチョ、ポルチーニ茸のペンネ、サーモンとレモングラスのリゾット、ミックスグリルと続いた。
ワインもちょうど3本空いた。
「すごく美味しいです。FBIの皆さんはみんなグルメなんですか?」
「グルメなのはマーティンや。新しい店の情報も詳しいで」
「へぇ、連れてってほしいなぁ」
「ああ、今度またどっかに行こう」
「今日はジョージは?」
「あいつ、仕事でマイアミやねん」
「そうなんだ・・・忙しいんですね」
「あぁ、夜遊びは肌に出るからって言うてた。ごめんやて」
「マーティンから聞きました。残念ですけど、仕方ないや」
「お前、クラブとか出かけてるの?」
「まだそんな勇気でませんよ。それに、つきあってる人もいるし」
ちらっとマーティンを見る。
「そか、お前、もてそうやから、クラブは気いつけ。何が待ってるかわからんもん。
俺もマーティンも覆面捜査してひどい目にあっててな」
「そうなんですか?わかりました。それじゃ、行きません」
3人はデザートの特製ティラミスとエスプレッソでディナーを終えた。
ダニーだけ別方向だ。
「それじゃ、おやすみなさい。ダニー」
「ああ、ドム、ロージーによろしくな」
「うわぁ、ロージー喜びますよ!」
3人は地下鉄の駅で別れた。
家に戻ると留守電が入っていた。
ジョージやろ。
ダニーはジャケットを脱ぎながら再生ボタンを押した。
「僕、マーティン。ドムと一緒に帰ったんじゃなくて一人で帰ったことを伝えたくて。じゃ明日ね。おやすみなさい」
何となく気になりマーティンに電話をする。
「おう、ボン、何や、今日はどうした?」
「ダニーのばか!電話の意味がわからないんだ!」
ガチャ。急に切られた。
電話の意味?あいつがドムと寝なかったのが分かっただけやんか。
何か言って欲しかったんやろか。
ダニーがぼうーと考えていると電話がかかってきた。
「はい、テイラー」
「ダニー、僕だよ!」ジョージだった。
「マイアミはどうや。暑いか?」
「そうでもない。動画つきのメール送ったから見てね!今日はどうしてた?」
「祝日やから、犯罪もお休みや」
「よかったね。それじゃ、朝早いからまたね」
「いい子にしてろよ」
「ダニーこそ」
くくくっとジョージが笑った。
パソコンを立ち上げてジョージからのメールを見る。
ジョージがマイケル・ジャクソンの真似をしてホテルの部屋でダンスしまくっていた。
思わずダニーは微笑んだ。
大卒のスーパーモデル、ジョージ・オルセンがこんなにアホだとは誰も思うまい。
ダニーはパソコンの電源を切ると、寝る準備を始めた。
翌朝、ダニーは焼きたてのクロワッサンを買って、ハムとチェダーチーズをはさんでサンドウィッチを2個作った。
出勤して、マーティンのデスクにカフェラテとクロワッサンサンドを置いた。
デスクでむしゃむしゃ食べていると、マーティンが出勤してきた。
「おはよう、ボン」
「もうー、ボンて呼ばないでよ」
デスクの上を見てびっくりしている。
目でこれってダニー?と言っている。
頷いてダニーはPCに向かった。
昼になり、マーティンがダニーを連れ出した。
「何でやねん?」
「朝ごはんのお返しだよ」
「そんなん、構うな」
「そんなわけにいかないよ」
二人は、グランド・セントラル・ステーションのオイスターバーに出かけた。
クラムチャウダーにオイスター・キル・パトリックとフィッシュ&チップスをシェアする。
「お前もシーフード派に鞍替えか?」
「ドムがさ、いろいろ食べたいんだって。だから、ハンバーガーはしばらく我慢するよ」
「じゃ、今晩行こうか?」
「え、本当?」
「ああ、ええで。お前のおごりでな」
「すごく楽しみだよ」
マーティンはにこにこしながら、オイスターを一口で食べた。
ダニーにも好都合だった。
一人だと中華のテイクアウトかピザのデリバリーしか思い浮かばない。
二人は定時にオフィスを出て、マーティンの家の近くの「ジャクソン・ホール」に出かけた。
ダニーはサンタフェ・バーガー、マーティンは一番ボリュームのあるイースト・サイドバーガーを頼んだ。
ポテトスキンとワカモレ・チップを前菜に二人はビールで乾杯した。
「久しぶりやな」
「うん、本当だね」
「サラダ頼んでええか?」
「もちろん」
ダニーはグリークサラダを加えた。
「お前もレタス食えよ」
「わかったよ。ダニーってさ、ジョージと知り合って食生活変わったよね?」
「そか?」
「すごく野菜食べるようになった。うらやましいな。僕もドムもミート派なんだよね」
「お前が変えればええやんか」
「それが、ドムってさ結構頑固なんだよ。僕のが7歳も年上なのにさ」
「7歳か、でかいな」
「うん・・・」
「でもお前の影響力使え。そうでないと、今のドムはどっかに飛んでってしまいそうや」
「僕もそう感じてる。でもそれでもいいかもって思ってるんだ」
マーティンの青い瞳が濡れていた。
「ねぇ、ダニー、今日、家に寄ってかない?」
チョコレートムースを食べ終わったマーティンがおずおずとダニーに尋ねた。
「ん?何か話あるんか?」
「そんなんじゃないけど・・・」
「すまん、俺、家に帰らないと」
マーティンはがっかりした顔をした。
「来週なら寄れるで」
「わかった、ごめんね、無理言って」
「こっちこそ、ごめんな」
「いいんだよ」
二人が店を出ると、マーティンが歩いて帰ると言い出した。
「結構、距離あるやん」
「今日食べ過ぎたから、歩くよ」
「そんじゃな」
ダニーはマーティンの肩をぽんぽんと叩いて、見送った。
マーティンが寂しそうに見えて仕方がない。
ドムとうまくいっていなさそうなのが気になった。
しかし、家に戻らないとジョージから電話が来る。
ダニーは地下鉄の駅へ急いだ。
案の定、家に帰ると留守電が点滅している。
「僕です。今日はトミー・ヒルフィガーの来春用の着たんだけど、すごく着心地よかったから、
ダニーの分もオーダーしちゃった。派手じゃないよ。心配しないでね。電話ください」
ダニーはソファーに座ってマイアミのホテルに電話をかけた。
「ダニー!おかえりなさい!今日は何食べたの?」
「ハンバーガーや」
「珍しいね。もしかして、僕といる時食べ物無理してる?」
「そんなわけないやろ。たまにはジャンクも食うで」
「そっか。僕、今食事制限中だから、NYに帰ったら、ダニーとハンバーガー食べたいな」
「それじゃええとこ探しとくわ」
「うん、ありがと。昨日のメール見てくれた?」
「爆笑したで。お前、アホちゃうか?」
「なんだか一人でスイート泊まってると寂しいんだよね。だからCDガンガンかけて踊っちゃったよ」
「クスリとかやってないやろな?」
「彼氏がFBIなのにそんなことできるわけないでしょ」
「それもそやな」
「それじゃ、またね」
「うん、おやすみ」
ダニーの一日が終わる。さて、今日は長い風呂に入りたい。
ダニーはストレッチするとバスルームにお湯をはりに向かった。
翌朝、寝坊して遅刻ギリギリにオフィスに出勤するとデスクの上にスターバックスの袋が置いてあった。
マーティンがウィンクしている。
「サンキュ」
声を出さずに口でお礼を言って、カフェラテを飲み始めた。
他にクランベリーマフィンが入っていた。
朝食を抜いたのでありがたい。
ダニーはむしゃむしゃ食べ始めた。
「今日はランチおごったる」
「わ、サンキュー」
マーティンの顔が輝いた。
いつものカフェに出かける。
ダニーはスモークダックサラダ、マーティンはペンネ・ボロネーゼだ。
「やっぱりお前は肉がっつりやな」
「うん、エネルギー切れそうな気がしてさ」
「そんなにドムとつきあうのが大変か?」
「やっぱり僕も年だと思うよ」
「お前からそんな言葉が出るとはな」
「でも別れるなんて言えないじゃん。僕が最初の男なんだしさ」
「そりゃそうや。今そんな事口にしたらドム荒れるで〜」
「それが恐いんだよ」
「また来週4人で食事するか?」
「そうしてくれる?助かるよ」
「ああ、ええで。ジョージがいれば、ドムも機嫌かわるやろからな」
「もう上機嫌だよ」
マーティンはちょっとふくれて答えた。
難儀やなぁ。誰の機嫌を最優先にしてらええのか、わからんようになってきた。
ダニーはベッドの揺れで目が覚めた。外はまだ薄暗いのに、マーティンが起きようと努力している。
「おはよう、マーティン」
「ごめん、起こしちゃったね。なかなかベッドから出られなくて」
マーティンは眠そうな顔できまり悪そうに言った。
「まだ早いで。寝とき」
「だって牛乳が・・・」
「牛乳なんかどうでもいいやん。帰りに買えば済むことや」
ダニーはマーティンの腕を引っ張って抱き寄せた。なんとなく腕が痛む。
確かめるように腕を曲げ伸ばしすると、上腕二頭筋に違和感を覚えた。
「どうかしたの?」
「筋肉痛みたいや。飛行機の中でヤった時に変な体勢で壁に手ついたからやと思う」
くくっと苦笑いするダニーにキスをされ、マーティンは機内でしたセックスを思い出して顔が赤くなる。
抱き合ってだらだらしているうちに二人ともまた眠ってしまった。
「うん?何時や・・・嘘やろ!えらいこっちゃ!」
寝ぼけながら目覚まし時計をつかんだダニーは思わず叫んだ。マーティンが驚いて飛び起きる。
目覚ましのアラームを何度か止めているうちに8時を過ぎていた。
「くそっ!オレは二回止めただけやのになんでや!」
ダニーはパジャマを脱ぎ捨てながら悪態をついた。
「ごめん、僕も何回か止めた」
マーティンがすまなさそうに謝る。
「しゃあない、髭剃りはパスや。せやけど、シャワーははずせん。精液でべたべたやからな」
まだ脱ぎ終わっていないマーティンを急かして、ダニーは先にバスルームに向かった。
二人は地下鉄を降りて支局まで必死に走った。閉まりかけのエレベーターに挟まれそうになりながら勢いよく飛び込む。
すでに始業時間を過ぎているため、乗っている人もいつもより少ない。
行き先ボタンを押してネクタイを整えていると、後ろからフィッツジェラルド捜査官と声を掛けられた。
真後ろにOPRのジェイソン・ファレルが愛想笑いを浮かべて立っている。
「どうも、おはようございます。テイラー捜査官とおそろいで遅刻ですか?」
ファレルは話す間も二人の剃られていない髭をじろじろと見ている。
マーティンはダニーと一緒に遅刻したことを変に取られないか気が気でない。また父の耳に妙なことを吹き込まれたら厄介だ。
慎重に考えて言葉少なに返事を返し、ファレルの視線に動揺しないように平静を装った。
ダニーはファレルが大嫌いだ。前回の調査での個人攻撃を忘れてはいない。それが副長官の差し金だったとしても許せない。
「オレの髭がどうかしたので?」
こちらを探るように見つめているファレルにダニーが尋ねた。
「いえ、別に。遅刻の際はよくあることですからね」
ファレルは動じることなく嘘くさい笑顔のまま答える。嫌みったらしい言い方がうざったい。
「オレの無精ひげはセクシーやとよく言われるんすよ。なんかつい見とれるらしくて。ま、主にゲイの人にですけどね」
ダニーはにやにやしながらファレルを見下ろした。
それまで余裕だったファレルが慌てて目を逸らしたのが可笑しくてさらににんまりする。
「失礼、ここで降りますので」
このクソ狸がと心の中で思いながら、ダニーはわざとらしい笑顔で会釈をしてエレベーターから降りた。
「ちょっ、ダニーってば正気なの?余計なことして怒らせたらどうするのさ!」
エレベーターの扉が閉まるなり、マーティンが腕を叩いた。
「あの顔見たか?おもろかったな」
「ダニーのバカ!何考えてるんだよ!」
「何って、あいつがあんまりじろじろ見るから、オレのこと好きなんかなと思って言うたっただけや」
笑いながらうそぶくダニーを、マーティンは呆れたようにじとっと見上げる。
「あのな、あんなヤツはいじってなんぼやねん。先制攻撃でガツンといてまうぐらいで丁度いいんや」
「でもさ、もし・・・」
マーティンは言いかけてもごもごと口ごもった。
「でもやない!あのアホはNYにいてる間、絶対お前のこと見張ってるで。副長官へのゴマすりに使う気や。
オレらのこともしっぽ掴まれんように気つけんとな。そや、トロイにも言うとかなあかん。副長官の腰巾着はほんまうざいわ」
「・・・ごめんね、いつも迷惑ばかり掛けて」
「ええって、お前が悪いんやない。とにかく要注意や。やばいからしばらくオレのアパートには来るな。ランチも別。わかったな?」
「ん、わかったよ」
マーティンは力なく頷くと、ポケットの中の合鍵を握りしめた。
ジョージがマイアミから戻ってきた。
JFKに着いたジョージからメールが届く。
「ただいまです。今着きました。今晩会いたい。家にいます」
ダニーもすぐに返信した。
「俺も会いたい。仕事終わったら、すぐ家に行く」
ダニーが思わずにんまりする姿をマーティンが寂しそうに眺めていた。
チーム全員がデスクで作業をしていると、ボスがマーティンとダニーをオフィスに呼んだ。
「何です、ボス?」ダニーが尋ねる。
「このところ、30代の独身男性の失踪が続いているだろう?」
「はぁ、捜査中ですが?」マーティンが促す。
「失踪者の共通点が分かった。ソーホーにあるゲイバーだ」
「え、まさか?」
「そのまさかだ。潜入捜査をお願いしたい。だが、二人とも潜入捜査で命を落としかけた経験があるから、
私にはどちらに行けという命令が出せなくてな」
ボスが珍しく困った顔をした。
「失踪者は白人が多いですよね」
「ああ、白人4人とヒスパニック2人だ」
「それなら僕が潜ります」マーティンが名乗り出た。
「マーティン、俺がマイノリティーなだけやんか。現場は俺のが経験がある。俺が行きます」
「二人で決めてくれ」
「わかりました」
二人は神妙な表情で、ボスのオフィスを後にした。
目配せをして、トイレに入った。
誰もいないの確認して、話し始める。
「今回は僕がやるよ、ダニーはジョージが帰ってきたばっかじゃない」
「そんなん仕事と関係ないわ。お前こそ食事の約束とかしてんのやろ?」
「うん・・・」
「じゃ、じゃんけんで決めよ」
「せーの」二人は手を突き出した。
ダニーがペーパーでマーティンがシザーだった。
「じゃ、俺な。これから着替えに戻るわ」
「ダニー・・」
「心配すんなて。お前が守ってくれるんやろ」
「もちろんだよ!」
「それなら安心やわ」
ダニーはブルックリンに戻った。
ジョージに電話したが、家の電話も携帯も留守電になっていた。
「俺や、今日から捜査で家あける。ごめんな。会えなくて。
会えるようになったら電話するから、待っとき。愛してる」
ダニーはTシャツにジーンズ、皮のジャケットに着替えて、マスタングで出かけた。
私服姿のダニーを見て、サマンサがひゅーっと口笛を吹いた。
「色男、もしかして潜入?」
「そや。連続失踪の手がかりがつかめたからな。俺の命預けるで」
「まかせて。死なせるわけないじゃない」
サマンサがダニーを鼓舞するように肩を叩いた。
「まかせたわ」
バーが混み合う時間になるまで、ダイナーでマーティンと食事を取る。
ダニーがぱくぱくビーフパイを食べるのを見て、マーティンがびっくりした。
「ねぇ、全然大丈夫なの?」
「腹が減っては戦は出来ぬっていうやん!それに酒にも酔いにくくなるしな」
「分かった。ねぇ、今日は僕も行く」
「ソーホーでその格好じゃ逆に目立つで。今日はベック捜査官がついてるから安心せい」
「うん・・・」
「明日、私服で来いや。お前の私服が楽しみや」
「バカダニー、すごい心配なんだよ」
「わかったから。じゃ、そろそろ行くで」
「わかった。気をつけて」
ダニーはマスタングでソーホーに下りていった。
問題のゲイバー「タイズ」に着くと、金曜日とあって、黒山の人だかりだった。
ベック捜査官がカウンターで飲んでいる。
ダニーもカウンターに止まってクラブソーダを頼んだ。
「一人?」ブロンドの筋肉ばかが近寄ってきた。
「あぁ、まあな」
「クラブソーダなんてしけたもん飲んで、問題でも?」
「ああ、断酒会に通ってる」
「そうか、じゃあな」
何人かに声をかけられたが、普通のナンパで怪しいところがない。
ダニーは飲み物をモヒートに変えて3時間ねばった。
今日はからぶりやな。
ベック捜査官に目配せすると、捜査を終えた。
バレット・パーキングで待っていると、さっきのボーイと違う男がキーを持ってきた。
鍵を受け取る瞬間ダニーは背中にスタンガンを押し付けられ、気を失った。
失踪男性にダニー・テイラーが加えられた。
ホワイトボードに男性7人の写真が並んでいる。
朝早くジョージがオフィスに尋ねてきた。
マーティンが応接室に案内する。
「ダニーと連絡がとれないんです」
「今、機密捜査中だから、言えないよ」
「無事なんですか」
「大丈夫だから、ジョージは家に戻って、ダニーからの連絡を待って」
「・・わかりました」
ジョージの涙目を見ると、マーティンもそれ以上話せなかった。
サマンサがうつむきがちに戻っていくジョージの姿を見ていた。
「ねぇ、ダニーの彼女ってここに来たことないわよね。いつも来るのは男友達」
マーティンが少し考えて答える。
「ダニーは彼女には職場に来るなって言ってるって言ってたよ」
「そうなの?ふうん。とにかく捜査ね。探さなくちゃ」
「うん、早く探さないと、彼女も友達も悲しむ」
一番悲しいのは僕なのに・・・・
マーティンはほぞを噛んだ。
ダニーは湿っぽい暗い部屋の中で目を覚ました。
手足に拘束がなされており、立ち上がるのもままならない。
回りを見ると、同様の男性が6人座っていた。
「皆、ここどこかわかるか?」
赤毛の男が答える。
「コンテナの中みたいだ。港にいるんだと思う。波の音が聞こえる」
「ハングルか中国語みたいな声がする時もあった。僕ら、船に乗せられてるんじゃないか?」
「ちくしょー!」
ダニーは隠し持っているGPSをしこんだジッポのライターに手が届かない。
「なぁ、俺の尻のポケットからライター出してくれ」
「そんな事したら殺される」
ブロンドの男が泣きそうな声で答えた。
6人の顔を見ると顔には怪我はないが、手足に傷を負っていた。
商品の顔は傷つけない。典型的な人身売買の脅しの方法だ。
「お願いやから、誰か俺の尻のポケットをさぐってくれ!」
赤毛が立ち上がり、後ろ手でダニーの尻に触った。
「ふた開けるだけでええから」
「あぁ、ちょっと待て。開けたよ」
「ありがとな。俺、ダニー」
「僕はデニス」
それぞれ7人は自己紹介した。
ダニーは失踪者全員を確認した。
オフィスでは、ダニーからの電波を探知した。
すぐにテックが場所を特定する。
沿岸警備隊に要請し、港から出航する外国籍の船をすべてチェックしてもらう。
「ボス、これです。マニラ行きセント・マリア号。もうすぐ電波が届かなくなる」
「マーティン、行くぞ!」
ボスはヘリコプター出動の許可を得て、セント・マリア号を追った。
捜査官複数も同行する。船室を見るが誰もいない。
沿岸警備隊も追いつき、甲板を逃げ惑う船員を逮捕した。
「ボス、もしかしてコンテナでは?」
「コンテナか?」
「ダニー!!!聞こえたら返事して!!」
声を枯らしてマーティンが叫び続けた。
眠りかけていたダニーが起きた。
「マーティン!マーティン!ここや!ここにおる!!」
ぎぃーという音がして、コンテナが開けられた。
7人とも日差しに目を細めた。
「全員無事か?」
「信じてました。失踪者6名ここにいます」
ダニー以外の6人が脱水症状で市立病院に運ばれた。
ダニーは最後の「商品」だったので、脱水症状も軽い。
ゲイバー「タイズ」のオーナーが人身売買容疑でサマンサとヴィヴィアンが逮捕した。
病院では、トムが点滴のチューブをぷちっと手ではじきながら、「ダニーなら大丈夫だよ」と言った。
マーティンはふぅと深く息を吸う。
「トム、ダニーは?」
マーティンが振り返ると、アランが立っていた。
「背中に軽い火傷。あと軽い脱水症状だ。問題ないよ」
「よかった。マーティン、久しぶりだね」
「ええ」マーティンは上手に話せない。
「明日の退院の手続きは誰がやるんだ?」
トムが二人の顔を交互に見つめる。
「僕がやる」アランが即座に答えた。
「アラン、PTSDも気にしておいてくれよ」
「言われなくても分かってるさ。しばらく観察して様子を見よう」
医者同士の会話に入っていけず、マーティンはただ立ち尽くしていた。
ダニーが月曜日に仕事に復帰した。
オフィスから拍手が起こる。
ダニーは手を振り、投げキッスをしながらデスクについた。
ボスに呼ばれ、オフィスへとダニーは急いだ。
「はい、ボス?」
「今回もご苦労だった。お前の信号が来なかったら解決できなかった事件だ。」
「協力者がおるんですわ。デニス・ブライト。彼がスウィッチをオンにしてくれたんです」
「その彼だが、FBIを志願している」
「はぁ?」
「実は彼の経歴に隠された部分がある」
「はい?」
「海軍特殊部隊SEALS所属だ」
「そんなこわもてが人質ですか?」
「自分のうかつさを認めていたよ。どうだ、彼は?」
「肝っ玉がすわって冷静な様子でした」
「だが、一つ問題がある。彼はあのゲイバーに出入りしていたわけだ。ゲイだと困る」
「もっともです」
「しかし一方ではサンディエゴ支局がテロ対策班の人材を求めていて、チーム主任に頼まれていてね」
「はぁ、それで俺は何をすれば?」
「お前、面接してくれないか?あいつがゲイなのか探って欲しい」
「俺がですか?」
「私が面接しても、認めるわけがないだろう。一緒にランチをとってくれ」
「はい、了解っす」
あのSEALS?あいつも誘拐されて焦ったんやろな。
ダニーは気持ちを想像した。
ランチタイムになり、デニスがダニーに面会希望でやってきた。
デニスがフロアに上がってくると、すかさずサマンサとマーティンのチェックが入る。
「あの人、人質だった一人じゃない?すんごいイケメン!」
「ダニーにどんな用なんだろう」
マーティンは全然別のことを考えていた。
「テイラー捜査官、よろしくお願いします」
「ブライトさん、あなたがそんな経歴をお持ちとは思いませんでした。それじゃあ外でランチでも食いましょう」
「はい、喜んで」
二人はマーティンとよく行くカフェに出かけた。
デニスはパンプキンスープにターキーサンド、ダニーは同じスープにパストラミサンドを選んだ。
「命拾いしましたね。お互い」
ダニーが話を始める。
「バーの酒に薬をもられた上にスタンガン3回ですよ。まだ背中の跡が痛い」
デニスが笑う。まるでアディダスのモデルのようなすがすがしさだ。
「それで、軍からFBIへ転職ですか?」
「ええ、イラク戦争は泥沼です。政権が変わろうとも状況は変わらない。それより国内にいて何かが出来るんじゃないかと思って」
「あなたなら、楽勝で合格ですよ」
「ゲイでもですか?僕はずっと隠してきた。今回で灰色だ。どうなるかと思って」
「それを言うなら灰色の捜査官はFBIにも多い。出来るだけストレートのふりをする。それが生き延びる道ですよ」
二人の間には命を共にした直感的な信頼関係ができていた。
「テイラー捜査官は?」
「俺はバイです。でも仕事場ではストレート、ピリオド。それにテイラー捜査官はやめてくれません?ダニーでいい」
「じゃあ、僕もデニスと」
「ああ、デニス」
「ダニーには僕が付き合ってる人に会って欲しいんです。僕がちゃらちゃらしたゲイではないと認めて欲しい」
「わかりました。じゃあ、俺の友人も呼んで男4人で食事しましょう」
「いいですね」
「じゃあ明日の晩では?」
「都合聞いてみます」
「よろしく」
二人はカフェで別れた。
早速オフィスに戻り、ボスに報告する。
「国に対する忠誠心には一点の曇りもありません。非常に保守的な男です。
あのバーにはゲイの友達に誘われて行っただけだそうです」
「彼がゲイでなければ、うってつけだな」
「テロ対策班なんて、ぴったりやないですか?」
「わかった。ありがとう。ダニー」
「いえ、これも仕事っすから」
ダニーはボスのオフィスを出て、ジョージにメールした。
明日の晩フリーかどうか確かめるメールだ。
「大丈夫。どこでも行けるよ」
男二人と一緒だと打つと、「ダブル・デート?」と聞いてきた。
「仕事の面接や。よろしくな」
「僕がFBIの面接官になれたの?わーい!」
ダニーはやれやれと思いながら、明日の晩を楽しみにした。
翌日の晩、ダニーは騒がしくて忙しいレストランを選ぶようにジョージにお願いしていた。
ジョージが選んだのはトライベッカの「シティー・ホール」だ。
伝統的なアメリカ料理が肉もシーフードも食べられる。
ジョージのアレンジはいつでも完璧だ。
忙しい店内では隣りのテーブルの会話が聞かれる心配もない。
「お前の直感で判断してな。後で感想聞くわ」
「僕でいいのかなぁ」
「お前、人見る目あるからな」
ジョージとダニーが待っていると、デニスとスカンジナビア系のブロンドが現われた。
イケメン2人の登場に思わず周囲のテーブルから注目が集まる。
「うわ、こりゃ、すごい」ダニーがため息をついた。
「やぁ、デニス、こっちはジョージ」
ジョージが初めてサングラスをはずして握手する。
「うそだろ、あのジョージ・オルセン?」
「そのジョージです」
ジョージはにっこり笑った。
「僕は、ポール・ニケルセン。公認会計士です」
簡単な自己紹介を終わらせ、4人はメニューとニラメッコし、
生牡蠣やロブスターのシーフードプラターとグリークサラダにニューヨークカットのステーキを注文した。
「まず白ワインやね」
ダニーがワインリストを渡すとジョージが適当に選んでくれる。
はずれがないのがジョージの才能だ。
「ダニー、ジョージと付き合ってるんですか?」
デニスがすかさず質問した。
「僕の片思いです」
ジョージがいつも通りの答えをしようとすると、ダニーが「ああ、俺の彼や」と答えた。
ジョージがびっくりしている。
「連邦政府で仕事するのにそんなハイリスク、よく選びましたね。
でもジョージなら誰だってつきあいたいと思いますよね」
「デニスもポールといたいんやろ?」
「ええ、ポールがサンディエゴの事務所のシニア・パートナーに選ばれまして」
「そりゃすごい」
4人はグラスを合わせた。
「この間お話した動機より、もっと重要なのが僕はポールと一緒にいたい気持ちなんです。
だからFBIのサンディエゴ支局にアプライしたんですよ」
「ボスが言うてたけど、デニスなら合格やて」
「本当ですか?」
ポールとデニスは手を握り合った。
「その代わり、テロ対策班やから、仕事は厳しいと思うわ。でもSEALSにいたんやったら、最初から特別捜査官で雇われると思う」
「デニス、すごいじゃない」
ポールが目を潤ませた。
「え、デニスさんってSEALSにいたんですか。かっこいい!」
ジョージが初めて聞いたように驚いた。
「あなたこそ、全米チャンプだったし、今やトップモデルだ。こんな有名人と食事できるなんて、光栄ですよ」
「僕の仕事は、ただ洋服をよく見せることだけです」
「そんな・・・ABSOLUT HUNKにはお世話になりました」
ポールがデニスの腕を思わずぶった。
ジョージが意味を理解して、恥ずかしそうに笑った。
ステーキが来てジョージが赤ワインをオーダーした。
やはり4人だと4本はいける。
「もうボスには答えてるけど、あらためてデニスを推薦するわ」
「ありがとうございます」
「丁寧語はやめてくれ。性にあわん」
「わかった、ダニー、ありがとう」
ポールもダニーの手をぎゅっと握った。
「これで、二人でサンディエゴに行ける。すごいことだね!」
二人は心から喜んでいた。
「ほんまやな。ええとこやし、クルーザーでも買うたらええんやない?」
「ええ、実はもうポールがマリーナサイドのコンドミニアムを買ってて」
「すごいね!ダニー、うらやましいね」
ジョージも興奮している。
「それじゃ次はクルーザーやな」
「そうだよな、ポール」
「うん、デニス」
デザートも終わり、2組は分かれた。
「デニス、推薦状は心配いらんから。ポール仕事がんばり」
「ありがとう、ダニー。ジョージ、会えて本当に光栄です」
「こちらこそ、お幸せに」
ダニーとジョージは熱々のカップルを見送った。
「二人ともいい人じゃない。インテリだし、有能で信頼できる感じ。」
ジョージが素直な感想を言った。
「俺もデニスが仲間に入るは、大歓迎や。ポールは賢そうやったな。なぁ、ジョージ、家に来るか?」
「いいの?ダニー、疲れてない?」
「ああ、あんなの見せ付けられちゃな」
ジョージは嬉しそうに「そうだね」と微笑んだ。
二人はタクシーを拾いに大通りに出た。
ダニーが目を覚ますと、隣りにジョージの姿がなかった。
うん?朝から仕事か?
すると、ジョージがベッドルームに入ってきて、ダニーの上にジャンプした。
「ぐぐぅ。重たい・・・」
「朝ごはんの準備出来てます。お寝坊さんのためにテイクアウト用にしましたぁ。さぁ、シャワーの時間だよ」
ジョージに追い立てられるようにダニーはシャワーを浴びた。
スーツに着替え、ダイニングに座ると、ジョージ特製ジュースとコーヒーが待っていた。
「これ飲むとね、一日の野菜の摂取量がまかなえるんだよ」
「ほんまか。美味いな。中なに?」
「トマト、セロリ、にんじん、リンゴ、オレンジ・・」
「お前、おれの冷蔵庫あさったな!」
「ごめん!ちゃんと買い足しておくから心配しないで。今日もアメリカ国民の命を救ってください!」
「はいはい。で、朝ごはんは何や?」
「レバーペーストと目玉焼きのイングリッシュマフィン。オフィスのレンジでチンしてね」
「おう分かった。今日お前は?」
「バーニーズの遅番」
「迎えに行こか?まだどっかで飯食おうや」
「本当!わぁい!毎日ダニーとご飯が食べられるなんて最高だよ!」
「じゃ、俺行くわ」
「行ってらっしゃい!」
ジョージはダニーを送り出し、近くのセーフウェイで買い物を済ませた。
ブルックリンはさすがに物価が安い。
買いすぎで冷蔵庫に入らなくなり、メモに「ごめんなさい。買いすぎました」とメッセージを残した。
ダニーは出勤し、コーヒーコーナーの電子レンジでマフィンを温めていた。
サマンサがコーヒーを取りに寄ってきた。
「ねぇ、ダニー、あの人質の人、どんな用事で来たの?」
「ふふん、秘密や」
「何だか、ダニーって秘密が多そうね。彼女には仕事のこと話してるの?」
「仕事て?」
「私たち仲間のこととか」
「まぁ、適当にな」
「それにしちゃ、紹介してもらったことないわよね」
「内気な子やから、遠慮してるんや」
「ふうん、男友達の面会が多いけど?」
「ええやん、男同士の付き合いには首つっこまんほうがええで、下品やからな」
「まあいいわ」
サマンサが去っていった。
やれやれ、俺も身辺綺麗にしとかんとあかんわな。
ダニーはほかほかのマフィンとコーヒーを持って、デスクに戻った。
マーティンが何か言いたそうな顔をしていた。
「ボン、俺に用か?」
「・・今日ランチ食べない?」
「ええで、いつものとこ行くか?」
「うん」
「分かった」
きっとデニスのことを誤解してるんやろ。
ダニーはそう考えた。
カフェで、マーティンが珍しくターキーサラダを頼んだ。
「お前、ダイエット?」
「ちょっとだけね」
「ほら、前から言うてるやん・・・」
「分かってるよ。野菜でしょ。だから取ってる」
ダニーはチキン・アボカドサンドを頼んだ。
「ねぇ、ダニー尋ねてきた人、人質だったブランクって人だったよね。何の用だったの?」
青い瞳でまっすぐ見つめられ、ダニーも観念した。
「あいつ、今SEALSでFBIに転属したいんだと。だから面接したんや」
「へ?ゲイなのに?」
「お前がそう言うか?だまっとき。助けられる時もくるかも知れへんから。サンディエゴ支局や」
「そうなんだ・・・・」
マーティンは嫌そうにレタスを口に運んだ。
「世の中どんな出会いがあるか分からんで。俺も驚いたわ」
「だろうね」
マーティンはつんつんしている。
「おいおい、誤解するなよ、あいつにはポールっていう恋人がおんねん。二人でサンディエゴに移住だと」
「そうなんだ、羨ましいね」
「ああ、まったくな」
二人はその後無言でランチを終えた。
マーティンが朝、血相を変えてオフィスにやってきた。
「ねぇ、ダニー、お願いがあるんだけど・・・」
「何や?」
「ちょっと来て」
二人でトイレに入る。
誰もいないのを確認してから、マーティンが話し始めた。
「エドが詐欺罪で起訴された」
「え、あのエドが?また何で?」
「食品表示法違反だって」「はん?もしかして、ダニエルの店か?」
「そうなんだよ。ダニエルはすでに国外逃亡。共同オーナーのエドだけが起訴されてる。いい弁護士っていったら、ギルでしょ?頼んでくれない?」
「ギルな・・・」
「うん、アランと住むのやめたから、アランの友達には話し辛いのは分かるけど、彼って凄腕じゃない?」
「確かに、そやな」
ダニーは、ジョージが助けられたのを思い出していた。
「分かった、連絡してみるわ」
「ありがと、すごい恩に着る」
「おう」
ダニーはギルに電話をかけた。
おおまかな話をすると、エドから直接電話をもらいたいと言われた。
「わかった。エドは無実やから」
「ああ、そうだろう。冤罪を立証するまでだ」
ギルはきっぱり答えた。
マーティンにギルのオフィスの直通番号をメモで渡した。
「ギルがエドから状況を聞きたいそうやから、エドに伝えてくれ」
「分かった。本当に恩に着るよ」
「差し出がましいようやけど、お前とエドって・・」
「あぁ、エドが半年、上海に長期出張してたから、あまり会ってないんだ」
「そか・・・」
「でもいい友達だよ」
「そやろな、お前はケンカするタイプやないしな」
マーティンがエドにメールを打ち始めたので、ダニーは会話を終わらせた。
定時に仕事を終えたマーティンは、久しぶりにエドのコンドミニアムを訪れた。
エドは相当参ってる様子だった。
「まさか、ダニエルに裏切られるとは思ってなかった」
一人でスコッチ・ウィスキーをあおっていた様子だ。
「エド、食事まだなんじゃない?何か食べようよ」
「僕はいいよ」
「だめだよ、アルコールは栄養にならないよ」
落ち込んでいるエドを連れ出し、近所のイタリアン「ベラ・ブルー」に入る。
気取らない家庭料理の店だ。
エドがメニューを見ようとしないので、マーティンがアンティパスト盛り合わせと、ラグーのパスタ、生ハムのピザにグリーンサラダを頼んだ。
「ワインを頼むね」
「マーティンが頼みたいなら、何でもいいよ」
投げやりなエドを見るのが初めてなマーティンは、びっくりした。
静かに二人のディナーが始まった。
「ダニエルの奴、最初から狙ってたんだ。裏帳簿も見つかった。これじゃ僕は共犯じゃなくて主犯になってしまう」
「ギルを信用しなよ。民事も刑事も負けなしの弁護士だよ」
「うん、とにかく明日、ギルのオフィスに行くよ」
「裏帳簿ってどれ位無くなってたの?」
「ざっと500万ドル」
マーティンは声を失った。
「その上、会社の株価が暴落した。僕はもうみんなに認められるような実業家じゃないね」
ふふっと自嘲するエド。
「そんなことないよ。異業種で失敗しただけじゃない!本業でがんばればいいんだよ、エド、しっかりしてよ!」
「ああ、どうにかね」
なかなか食が進まないエドにやっとの思いで、腹に溜まるパスタやピザを食べさせ、ワインを1本飲み終えた。
「じゃ、帰ろう」
「うん・・」
マーティンはエドを連れて、歩いてエドの部屋に戻った。
「ねぇ、マーティン、泊まっていってくれない?」
「エド・・・」
「全て忘れたいんだ」
「わかった。泊まる」
「ありがと」
ソファーにぐったり腰掛けるエドの隣りにマーティンは座り、エドの肩を抱き締めた。
紆余曲折の結果、エドはギルの指示に従って司法取引に応じ、
定款から外食産業を削除する事と罰金20万ドルで放免となった。
ダニエルが証拠を隠滅し中国に帰国している以上、
無罪を証明する物的証拠に欠けていたからだ。
訴えていた中国系アメリカ人は、チャイナタウンのドンのような存在で、前からダニエルズ・テーブルを定期的にモニタリングしていたらしい。
今回のウナギを蛇と偽って出したメニューも、雑種のきのこをマツタケと偽って出したメニューも全て調査されていた。
急に人気店に躍り出たダニエルズ・テーブルは、目にあまる存在だったのだろう。
マーティンは資産価値が4分の1に減ってしまったエドが気の毒でならなかった。
しばらくはエドを支えよう。
マーティンはそう決めた。
「ねぇ、ダニー、お願いがあるんだけど」
ランチを聞き込み先で取ってきたダニーに、マーティンが話しかけた。
「何や?また厄介ごとか?」
「そうでもない。ダニーとジョージでさ、エドを励ましてくれないかな。僕一人じゃ役不足で。
エド、ずっと沈みっぱなしなんだよね」
「そか。エドにとっちゃ初めての失策みたいなもんやろうからなぁ。分かったわ。ジョージに予定聞いてみる。
チャイニーズ以外やったら何でもええやろ?」
「うん、チャイニーズ避けてくれれば何でもいい」
「よっしゃ」
ダニーは早速ジョージに相談した。
「それなら、うちのバルコニーでBBQしようよ」
ジョージが提案した。
「アウトドア用のストーブも買ったし、川見ながらBBQなら深呼吸できるでしょ」
「それ、ええな。じゃ土曜日でええか?」
「うん、休みだから大丈夫だよ」
「俺、前の晩から泊まって一緒に準備するわ」
「それってさ、エッチ込みってこと?」
「アホ、ほな切るで」
マーティンに早速内容を伝える。
「ありがと、ダニー。あのコンドミニアムなら落ち着けるよね」
マーティンがほっとした顔をしたので、ダニーも安心した。
「用意は何もいらんから、ただ着てくれるだけでええねん。7時な」
「わかった、土曜日の7時だね」
ダニーは金曜日に残業の後、ジョージのアパートを訪れ、濃密な時を過ごした。
土曜日の朝5時に、ジョージに起こされる。
「うーん、早すぎやろ」
「フィッシュマーケットに行かなくちゃ」
二人は港に隣接する市場を訪れた。
プロ専用の店が並ぶ中、素人でも買える店が数軒ある。
ジョージは顔見知りのようだった。
「よ、ジョージ、今日は何が欲しい?」
「牡蠣と帆立貝とハマグリ、4人前お願いします」
「はいよ」
業者の男が見繕って見せてくれる。
ジョージは頷いて現金払いした。
「後で払うわ」
「気にしないで」
いったん家に戻り、シーフードを冷蔵庫に閉まって、二人はまたベッドに向かった。
10時に起きて、トーストとコーヒーの軽い食事をする。
「次は肉と野菜だね」
ジョージは心底嬉しそうだった。
セイフウェイでポーターハウスとソーセージ、鶏肉に野菜を山と仕入れる。
「僕、BBQ大好きなんだよ」
ダニーは家族でBBQを楽しんだ思い出が欠落している。
「俺もBBQは好きや」
それだけ言って、カートをキャシャーに運んだ。
7時になり、エドとマーティンがやって来た。
確かにエドは顔色も悪い。眠れないのだろうか。
ジョージは如才なくシャンパングラスを配り、チーズのカナッペを出した。
貝類を焼いている間、もっぱら自分のランウェイや楽屋でのバカ話をして、エドを笑わせる。
エドの顔がだんだんほぐれてきた。
完璧なホストや。
ダニーはあらためて感嘆した。
シーフードを食べ終え、肉を焼き始めると、マーティンがはしゃぎだした。
「ね、これってポーターハウスだよね!エド、すごく美味そうだよ!」
ジョージがエドにトングを渡すと、エドが少し笑いながら几帳面に焼きだした。
セラピーは少し進んだかいな?
ダニーはそう思いながら、肉を裏返すエドの姿を見ていた。
すっかり酔っ払った4人は、ジョージの家に泊まることになった。
ゲストルームにジョージがエドとマーティンを案内する。
ダブルサイズのツインになっていた。
「待っててね、今、ベッドくっつけるから」
ジョージがぐいっと押して、大きなシングルベッドにした。
「暴れて間に落ちないでね。バスルームは奥です。歯ブラシ、バスローブとバスタオルもご自由にどうぞ。それじゃ、また明日」
「おやすみなさい、ジョージ。今日はありがとう」
エドが握手をした。
「またやりましょう!僕もすごく楽しかったから」
ジョージは照れくさそうに笑うと、ドアを閉めた。
ダニーがバルコニーの食器をディッシュウォッシャーに入れていた。
「ダニー、メイドにやってもらうから、いいって」
「そうか?今日はありがとな。お前は完璧なホストや」
「本当?あんまり人を招かないから慣れてなくて」
「いや天性なんやろな、お前のその温かさって」
「僕は、今、やっと二人になれて、すごく幸せだ」
ジョージがダニーに抱きついてきた。
「俺もや、さ、風呂入ろ」
「うん」
二人はメインバスルームに入っていった。
翌朝もジョージはおお張り切りだった。
昨日の残りの野菜でスパニッシュオムレツとほうれん草のソテーを作り、ほかほかのイングリッシュマフィンと合わせた。
入れたてのコーヒーの香りがダイニングに香る。
もちろん特製ジュースも供された。
「ミネラルウォーターもオレンジジュースもありますよ」
みなジョージのジュースの美味しさを口々に褒めた。
エドはレシピを教わっている。
すっかりおなかが一杯の豊かなブランチだった。
「それじゃ、僕らは、そろそろ失礼します」
エドが言った。
「まだいいのに、ゆっくりしていけば?」
ジョージが促したが、「家に戻って、会社の建て直し案を練ろうと思って。こんなにやる気が出たのは事件発覚以来初めて。
ジョージ、ダニー、本当にありがとう」とエドが辞退した。
マーティンもジョージを抱き締めた。
「またいつでもやりましょうね、BBQ」
「ああ。それじゃ!」
二人は帰って行った。
「さて、二人きりやで」
「ベッドに戻ろうよ」
「賛成!」
二人は手をつないでベッドルームに戻っていった。
昨日はマーティンが同じアパートで寝ていると思ってセックスを遠慮していたダニーだった。
「ブランチのデザートはお前や」
「うふふ、ブランチにデザートはつかないよ」
「でもええんや!」
ダニーはジョージのシャツとパンツを脱がせて全裸にした。
すでにジョージの巨大なペニスが立ち上がりかけていた。
「今日はダニーが入れて」
「おう」
ダニーもぱっぱと洋服を脱いで、ベッドに腰掛けているジョージの前に仁王立ちになる。
ジョージはダニーのペニスを口いっぱいに含んだ。
「あぁ、お前の舌、めちゃいやらしいねんな」
「じゃあ、やめちゃうよ」
「うそや、もっと」
ジョージは軽く噛んだり舐めたりを繰り返し、ダニーを悶えさせた。
「あぁ、出そうや」
「だめだよ、僕の中で!」
ジョージはダニーを寝かせると、腰にまたがった。
自分で探して、中にダニーを飲み込んでいく。
ぐいぐい入っていく勢いがすごい。
「そんな、締めるな、俺、持たへん」
「だめ!動いちゃうよ」
ジョージはロデオのように腰を上下左右に動かした。
自分のスポットを心得ている動きだ。
「あぁ、ダニー、すごい!」
「俺、もうだめや。出る!!」
「僕も!」
ダニーの胸めがけてジョージが射精した。
どくどくとどんどん流れ出てくる。
ダニーはジョージの中の締まりに悶絶しそうになっていた。
体ががくがく痙攣する。
「はぁ〜」
ジョージがダニーの横に寝転がった。
「僕のこと好き?」
「ああ、大好きや」
ジョージは満足そうに笑った。
勤務が終わると外はすでに暗くなっていた。秋の夕暮れは早い。それぞれさっさと帰り支度を始める。
ダニーが顔を上げるとマーティンと目が合った。じとっとした視線を外して帰り支度を続ける。こんな状態が今日で三日目だ。
「ねえ、みんなで飲みに行かない?」
突然、マーティンが言い出した。ダニーは帰りかけていたサマンサと顔を見合わせた。もちろん狙いは自分だとわかっている。
「悪い、ニューメキシコの疲れがまだとれてないねん」
「ごめん、私もファレルがいる間はやめとくわ。大事な息子を誑かしているとか告げ口されたら僻地に飛ばされかねないもの」
二人は口々に断った。マーティンの寂しそうな様子を見ると可哀想だがやむを得ない。
「よかったらうちの夕食に来る?大したご馳走はないけど量だけはあるわよ」
見かねたヴィヴィアンが誘ったが、マーティンは家族団欒の邪魔をしちゃ悪いからと断る。
「ほら、元気出して。ファレルがいなくなったらお祝いも兼ねて飲み会するから。ね?」
サマンサのフォローにダニーも相槌を打つ。帰ったら布団団子になるやろなと思ったがどうしようもない。
「また明日な」
ダニーはマーティンの肩を軽くたたいて席を立った。
エレベーターを待っているとマーティンが横に並んだ。
「あのさ、地下鉄の駅まで一緒に歩くのもだめ?」
「オレもほんまはそうしたいけど下までにしとこ。約束したやろ」
「・・・ん」
エレベーターのドアが開いて二人は黙ったまま乗り込んだ。
ダニーはマーティンの手をそっと握った。ぎこちなく握り返してくるのをさらに強く握り返す。
下に着くまでのほんの数十秒の間、階数表示を見上げたまま手を握り合った。ドアが開く寸前に手を離す。
「じゃ、また明日」
二人は少し時差を置いて歩き出した。少し遅れて歩くダニーからはマーティンの背中が見え隠れする。
マーティンは振り返らない約束をきちんと守って角を曲がった。
まっすぐ帰るのも退屈に思えて、ダニーは帰りにフルートに立ち寄った。
勤め帰りの人々で混雑しはじめたカウンターで、マーティンのことを考えながらオリーブを一つつまんでスプマンテを啜る。
今夜も電話してやろうと思う。ただ単に電話で話すのじゃなく、こっちから先に電話をかけるのが重要だ。
話すことがなくなってしまってもマーティンはなかなか切りたがらない。そのまま朝を迎えてしまったことも今までに何度もある。
「ダニー?ああ、やっぱりダニーだ」
顔を上げるとジョシュが立っていた。いつもはきちんとしているのにネクタイをだらしなく緩めている。
「なんや、お前か」
「うん、僕。今日はマーティンと一緒じゃないんだね」
「いつも連れて歩いてるわけやない」
ジョシュに悪気はないのはわかっていたがダニーは投げやりに言葉を返す。すでに酔い始めていた。
「ケンカ?ここ、いいよね」
ジョシュは返事を待たずに勝手に隣に座った。
「お前な、どっか違う席に座れや」
「いいじゃない、偶然会うことなんか滅多にないんだから。えー、僕らの再会に」
ダニーが怪訝な顔をしたのもおかまいなしに自分のグラスをカチンと合わせる。
「オレは静かに飲みたいねん」
「よかった、僕も今日は静かに飲みたいから好都合だね」
ジョシュはにっこりすると気にする風でもなくウォッカを啜った。
ダニーが食べているローストビーフサンドを見て同じものを追加で頼む。
オーダーを済ませるとジョシュは静かになった。頬杖をついて目を閉じた横顔は疲れを隠せない。
ジョシュを見つめながらダニーは酔った頭でぼんやりと考える。こいつの強引さにはどこか自分と似通ったものがあると。
「僕に見とれてる?」
目を閉じたまま訊かれて、アルコールで上気した顔がさらに紅潮する。
「あほか、そんなわけないやろ」
思いのほかざらっとした低い声が出た。
グラスの氷を指で弄ぶ白痴めいた仕草が誘っているようにも見えてドキドキする。
やけに響く心音を酔いのせいにして、濡れた靴を履いているようなばつの悪さをやり過ごした。
月曜日の朝、ダニーが出勤するとボスに呼ばれた。
「ボス、おはようございます」
「ああ、ダニー。先週はデニス・ブライトの面接をご苦労だった。サンディエゴから採用の通知が来たことを知らせたくてな」
「ほぅ、良かったですね」
「私も肩の荷が降りた思いだ。本職の方も頼むぞ」
「了解っす」
デニスもポールも喜ぶやろな。
ダニーはにまにましながらデスクに戻った。
マーティンがじっと見ている。
またランチで説明しよう。
ダニーはPCに向かった。
デニスからメールが来ていた。
「お世話になりました。これで晴れてFBI局員になれました。ご恩は忘れません」
本当に律儀な男だ。
ダニーはお返しに「祝!就職」カードを送った。
昼になりダニーはマーティンを誘って、いつものカフェに出かけた。
「エドどうしてる?」
「日曜日はずっとPCとにらめっこで事業計画書書いてた」
「お前、それ見てたんか?」
「CD聞いたり、DVD見たりしてたよ」
「付き合いのええ奴やな」
「エドが元気になってくのが嬉しくてさ。ダニーこそ朝、何にやついてたのさ?」
「この間言ってたデニスな、サンディエゴ支局に決まりだと」
「へぇ、よかったね!」
「まぁ、あのキャリアじゃ断る理由がないやろ」
「ゲイ以外はね」
「ああ・・」
二人とも一瞬静かになる。ところがマーティンが急に目を輝かせた。
「ねぇ、祝賀会やってあげない?」
「デニスのか?」
「だって同じ局員になったんだもん。何時お世話になるかわからないって言ったの、ダニーじゃない?」
「そやけど・・」
マーティンは勝手に決めてしまった。
ダニーはデニスの携帯に電話をかけた。
「はい、ブライト」
「あ、デニス、俺、ダニー」
「ダニー!来週から FBI特別捜査官です」
「おめでとう、それでな、俺の同僚も話聞いて、祝賀会やりたい言うてんねん。迷惑やないか?」
「それはお気遣い頂いて恐縮です。先輩のお誘いなら断れませんよ」
「ポールも連れてきてな」
「はぁ?大丈夫なんですか?」
デニスが急に心配そうな声色になる。
「ああ、奴も仲間やから」
「分かりました。連絡お待ちしています」
マーティンはすでにレストランを決めていた。
グラマシーの「メサ」、メキシコ料理の店だ。
鉄人シェフ、ボビー・フレイが腕を振るうので一躍有名になったレストランだった。
火曜日、定時に仕事を終えて、ダニーはマーティンに連れられて「メサ」に着いた。
「ほんまお前、グルメに詳しいな」
「一度来たかったんだよね」
にっこり笑う。すでにデニスとポールはテーブルについていた。
「デニス、ポール、こちら同僚のマーティン」
「はじめまして。よろしくお願いします」
4人はまずメニューとにらめっこし、ツナナチョスとシーザーズサラダ、チキンタコスを前菜に選んだ。
メインはそれぞれ、チキン、ビーフ、ラム、マヒマヒのステーキと付け合せの野菜を注文する。
デニスがマーティンに尋ねた。
「僕がゲイだとご存知だとか?」
「はい、僕もゲイだからです」
「ポール!先達がいたぞ」
「よかったね、デニス!」
「普段、普通にしていたら誰も気が付きませんよ」
「時たま空想の彼女の話入れたりしてな」ダニーが後押しする。
「SEALSでも隠せてきたので、大丈夫だとは思うんです。でもポールと同居できないのは辛い」
「それだけは、仕方ないですよね」
マーティンがダニーの顔を見た。ダニーも頷く。
「それじゃ、転職おめでとう!ようこそFBIへ!」
4人はシャンパンのグラスを合わせた。
「サンディエゴのテロ対策班のチーフはうちのボスと同期らしいんで、がんばってください」
ダニーが言うと「もちろん!」という力強い答えが返ってきた。
ポールがデニスの手に手を重ねる。
ああ、この二人は大丈夫や。
ダニーは心から祝福した。
翌日の火曜日、マーティンが出勤するなりダニーに言った。
「デニスってすごくいい人だね。誠実そうだし、すごく強そう」
「そりゃSEALSやからな」
「ポールもいい人だったね。サンディエゴが二人に合ってるといいね」
「ほんまやな」
二人はさりげなく会話を終わらせた。
今日はボランティアでホームレスの子供たちの面倒を見ていたジョン・カーティスの捜査だ。
ダニーはマーティンを連れてブロンクスの貧民屈を訪れた。
カーティスの妻が子供たちにホットドッグや飲み物を配っている。
「すみません、FBIですが〜」
ダニーが声を上げると、子供たちが一斉に周囲に蜘蛛の子を散らすように去っていった。
「あの子達、恐がってるんです。ほとんどが里親から逃げてきた子達だから」
「児童福祉局は?」
「数が多すぎて手が回らないんです。それで主人は見つかりましたか?」
「今、手を尽くしています」
「よろしくお願いします。彼は必要な人なんです」
「奥さん、仕事休まれては?」
ダニーが労わるように諭したが、カーティスの妻は首を横に振った。
「飢えて死ぬ子がでるのが恐いし、気が紛れますから」
車に戻り、マーティンがため息をついた。
「あんなにたくさん親に捨てられた子供がいるの?」
「親から逃げた子もおるわ」
「すごい仕事だね」
「ああ、あの夫妻は素晴らしい仕事してるな」
二人はオフィスに戻った。サマンサが二人に寄って来た。
「あの夫婦、とんでもない食わせ者よ」
「何で?」
「二人とも未成年との性交渉で服役してる。2年前」
「じゃ、あの食べ物や飲み物は釣りか?」
「その上、ジョン・カーティスはコカインの売人でもあげられてる」
サマンサがまくしたてた。
「最悪やな。天使がすぐさま悪魔かいな」
「どうする?ダニー?」
「ミセス・カーティスを締め上げるか」
チームはジュディー・カーティスを支局に呼んだ。
「主人の情報があったので?」
「いえ、あなたたちのボランティアについて質問がありまして」
「それなら弁護士を呼んでください」
取調室から出たダニーとマーティンをボスがつかまえる。
「自供は?」
「弁護士呼びましたわ」
「長引くな」
ヴィヴィアンが皆を呼んだ。
「ジョン・カーティスの死体が発見されたわ。ブロンクスのゴミ収集処理場で」
ダニーとマーティンは現場へ急行した。
CSIがすでに捜査を始めている。
「すんません。FBIですが」
「死因は後ろからのナイフの刺し傷よ」
検死官がクールに言い放ち、死体を回収袋に入れた。
二人がオフィスに戻るとボスが待っていた。
「失踪者が死亡では、こちらではケース・クローズだ。あとはNYPDの仕事になる」
「それでいいんすか?」
「仕方がないだろう」
ボスは口をつぐんだ。
マーティンとダニーは心の中のもやもやを持ったままデスクに戻った。
「あいつ、きっと未成年にコカイン売って、性交渉してたよ」
「わかってるて。でも俺らの管轄とちゃう」
「悔しいね」
「ああ」
二人は沈んだ気持ちのまま、オフィスを後にした。
まっすぐ帰る気にならず、チャイナタウンの「バー・フォンタナ」に寄った。
ハッピーアワーで全てのドリンクが3ドルだ。
春巻きとチキンウィングを頼んでカウンターに寄りかかる。
「今日はチャイニーズ食うか」
「そうだね、お腹すいたね」
早速マーティンがジョーズ・シャンハイに電話してテーブルを予約した。
レストランに移動して、カニ肉いり小籠包、スペアリブの黒味噌、チキンのお粥に海鮮焼きそばを頼んだ。
「やりきれんな」
「まったくだよ」
二人の気持ちは事件のせいで暗かった。
「でも明日はきっといいことがあるよ」
「そやな」
マーティンの言葉に気を取り直して、ダニーは紹興酒をあおった。
二人はレストランを出て、地下鉄の駅まで歩いた。
ダニーは出勤早々、ボスに呼ばれてオフィスに入った。
「ボス、おはようございます」」
「ああ、おはよう。ダニー、まだカウンセリングを受けていないようだが・・」
ダニーは人身売買組織の拉致事件の後、カウンセリングを受けることになっていた。
「すんません、今回は軽かったもんで」
「軽いもへったくれもあるか。事件に巻き込まれたらセラピーを受けるのが決まりだ。
ドクター・ショアにアポを取ったから会いにいくように」
ボスは日時のかかれたメモ紙をダニーに渡した。
「・・はい、了解っす」
アランに会うのは何週間ぶりだろう。
ダニーはメモ用紙に目を落としながら、途方に暮れた。
しかしダニーは、ボスの指示通りにアッパーウェストサイドのアランのクリニックを訪れた。
壁の色もカーテンも家具も、何もかもが懐かしかった。
自分がここに属していたことが信じられない思いもよぎった。
変わったことといえば、アランはレセプショニストを雇っていた。
ブルーネットの20代の女性だ。
「ダニー・テイラーさんですね。ドクターがお待ちです。どうぞ」
「はい、わかりました」
ドアをノックし、入っていくと、ブルーのシャツを着たアランがデスクの向こう側に座っていた。
別れた時より随分太ったような気がする。
「ダニー、久しぶりだね」
「アラン、調子は?」
「それが高脂血症と診断されてね、ダイエットの毎日だ」
アランは片頬で笑った。
「それ、重病?」
「いわゆるメタボリックシンドロームだよ。数値さえ下がれば問題ないさ。さぁ僕のことはいいから、カウンセリングしよう」
セッションは1時間で終わった。
「念のため来週も同じ曜日と時間で来てくれ。そうしたらマローン捜査官にレポートを送付しよう」
「助かる、ありがと、アラン」
「それより、どうだ。今日、夕飯でも一緒に食べないか?」
「ダイエット中なんやろ?」
「一日位、掟を破っても死にはしないさ。それに一人ぼっちのダイエット食はわびしすぎる」
「じゃ、後で携帯にメールを」
「わかった。楽しみにしてるよ」
「俺もや。アラン」
オフィスに戻ると、早速アランからメールが来た。
「イーストヴィレッジのハヴェリに8時。待ってる」
ダニーはマーティンに尋ねた。
「お前、イーストヴィレッジのハヴェリってレストラン知ってるか?」
「もちろんだよ。ザガットでもいい評価のインド料理レストランだもん」
「ふうん」
「誰かと行くの?」
じとっとした目で見つめられて、思わず言葉に詰まる。
「あぁ、アランとな」
「へぇ〜、アランなんだ」
「セラピーのお返しや」
「そうか」
マーティンなりに納得したのかデスクに戻っていった。
7時半になり、ダニーはイーストヴィレッジに向かった。
作りは小さいが、マーティンが言うとおり上品なインテリアがインド料理屋と感じさせなかった。
アランが奥の席で立ち上がっていた。
「来てくれたね」
「当たり前やん」
「ここは高級店とまでは行かないがなかなか美味いぞ」
「アラン、俺よく分からんから頼んでくれへん」
「わかった。じゃあ適当に頼もう」
アランは前菜からサモサ、野菜のカレー炒め、メインにタンドリーグリル・ミックスとこの店のお勧めのジャンボシュリンプのグリル、
サグマトン、レンズ豆のキーマカレーにオニオンとガーリックの入ったナンを頼んだ。
「アラン、いつから高脂血症やったん?」
「実は、お前と暮らしてる時からトムには言われていたんだ。だが、お前と食事するのが思わず楽しくてね。享楽をむさぼった。
挙句が体重の急増だよ。ジョージに頼んで秋冬もののスーツやコートを全部選び終わったところだ」
ジョージ、何も俺に言わへんかった。守秘義務か?
「それで、お前はどうだ?一人暮らしに慣れたか?」
「あぁ、なんとかなってる。遅刻もしてるけど」
「ははは、お前は熟睡するとなかなか起きないからな」
アランが声を立てて笑った。
「どうだ、また戻ってくる気持ちにならないか?」
急にアランの砂色の目がまっすぐダニーの目を射た。
「・・そんな急には変われへん。やっと一人になれたとこやし」
「そうだな、すまない」
「謝らんといて。俺が悪いんやから」
「お前は悪くないよ。お互い承知の上の話だっだんだから」
アランの優しさが心に染みた。
「そうだ、今度のハローウィンはどうする?」
「予定ないけど?」
「ジョージとマーティンを連れて家に来ないか?」
「聞いとくわ。まさかお菓子だけやないやろね?」
ダニーも微笑んだ。
「はっは、お楽しみに」
二人はレストランを後にし、大通りに出た。
「僕はタクシーに乗るが・・」
「俺は地下鉄」
「わかった。じゃあ、考えておいてくれよ、ハローウィン」
「うん」
アランはダニーをぎゅっと抱き締めて、タクシーの列に並んだ。
昔懐かしいシャネルのエゴイストの香りがダニーを包んだ。
「お仕事お疲れ様です。時間があったら電話ください」
家に帰るとジョージから留守電メッセージが残っていた。
なぜか、ダニーは今日はジョージと話せない気持ちになっていた。
エゴイストの香りがまだ体に残っている。
「ごめんな、ジョージ。今日はだめや」
ダニーは自分に言い訳すると着替えて、バスの準備を始めた。
翌朝、ダニーは携帯で起こされた。
「ふぁい、テイラー」
「ダニー!起こしちゃった?」
ジョージだった。
「あぁ、もう起きる時間やから大丈夫や。どうした?」
「電話なかったから心配しちゃった」
ダニーはあぁ、これが真剣な関係につきまとう責務なのだと感じた。
「すまん、疲れすぎて、すぐ寝てしもうた」
「無事ならいいんだ。ねぇ、今日、夕飯食べられない?」
「事件がなければ大丈夫や。また知らせるわ」
「うん、朝からごめんね。愛してる」
「俺も」
ダニーは大あくびをしてベッドから起き、バスルームに向かった。
ダニーは出勤すると、すぐボスのオフィスに向かった。
「ボス、ちょっとええですか?」
「ああ、何だ?」
「カウンセリング受けてきました。あと1回で終了だそうです」
「そうか。今回はラッキーだったな。お前だったから信頼していたが」
「恐縮です」
「お前に凶悪犯罪班から異動の話が来ている。どう思う?」
「俺はボスのところで今の仕事をこなすのが希望です」
「わかった。ありがとう、ダニー」
凶悪犯罪班は前から興味があった仕事だが、マーティンと離れがたい。
ダニーはまぁええわと一笑に伏し、デスクに戻った。
ランチにマーティンを誘うと、なぜかよそよそしい。
無理やり連れ出して理由を尋ねる。
「お前、何かあったか?」
「聞いたよ。今度は凶悪犯罪班からリクルートだって?」
「お前そういうのだけ早耳やな」
「で、どうするのさ?」
「断ったに決まってるやろ。俺はお前と仕事したいんやから」
暗い表情だったマーティンの顔が急に明るくなった。
「ほんとに?」
「ああ、断った」
「よかった〜。ダニーが他の班になんか行っちゃったら僕どうしようかと思って」
「お前なぁ、心配しすぎやで。そんなん来たらお前に相談するから」
「本当?」
「ああ、相談する」
「ありがと。ダニー」
「お前こそどうなん?」
「僕は企業犯罪とここしか経験ないから」
「そか・・」
「ここで満足だよ」
「それならええやん、さ、ランチ頼も」
「うん、そうだね」
一日、事件もなく書類整理で仕事が終わった。
そやそや、ジョージに電話せにゃー。
「ダニー!待ってたよ。今日はね、アッパーウェストでいいかな?」
「お前の家じゃないんか?」
「ごめん、どうしても食べたいものがあって・・・」
「分かった」
ダニーはレストランの名前と住所をひかえた。
「シャン・リー」
ネットで調べると、チャイニーズの有名店だった。
ダニーはゲテモノでなければいいがと心配しながら、アッパーウェストサイドに上った。
「シャン・リー」はエレガントな内装のチャイニーズだった。
チャイナタウンとはちょっと違う。客層もWASPが多い。
テーブルに案内されると、珍しくジャケットを着たジョージがいた。
「見違えたで」
「ふふ、僕だってジャケット位着るよ。それじゃお願いします」
チャイナドレス姿のウェイトレスが下がっていった。
「もうメニューは決めたん?」
「うん、今しか食べられないものがあるから」
前菜は鳩のBBQにくらげだ。
「何が今の旬なん?」
「まだ、待ってて」
次はフカヒレのスープだった。
そして次に来たのが、小さい赤い蟹だ。
「え、この蟹?えらい小さいな」
「まぁ、カラあけてみてよ」
ダニーは驚いた。身の半分に黄色い黄味がいっぱいだ。
「シャンハイ蟹っていうんだよ。秋しか取れないんだ。この黒いヴィネガーつけて食べてね」
「うわ、美味い!」
ダニーは唸った
黄味の濃厚さがあっさりした蟹肉と一緒に口の中で溶ける感じだ。
その後、シャンハイ蟹の焼売、鴨と栗ときのこの辛味炒めと続き、
蟹肉とレタスのチャーハンにマンゴープリンで終わった。
「お前、よく知ってるな。こんな美味い蟹、初めて食うたわ」
「僕も初めてなんだ。最近友達になったチャイニーズのモデル仲間から聞いたの。
ダニーとなら楽しめると思ったから」
「ありがとな」
ジョージは満面の笑みを浮かべた。
ダニーは昨晩のチャイニーズで食べすぎ、朝ごはんをスキップしてカフェラテだけ飲んでいた。
「今日は彼女お手製サンドはないの〜?」
サマンサがからかうように声をかけた。
「そういう日もあんねん」
「そろそろ秋風かな〜」
「ほっとけ!」
ダニーは手を振ってサマンサを追い払った。
マーティンがじとっとした目で見つめている。
「何や?」
「何でもないよ」
ぷいっと横を向いてしまったマーティンから目を離し、ダニーはPCを立ち上げた。
ランチになり、ダニーは早々と席を立ったマーティンを追いかけた。
「おい、待て、ボン、一緒に食おうや」
「いいけど」
こいつの機嫌はまったくわけが分からん。
ダニーは肩をすくめて一緒にエレベーターに乗った。
さすがに朝飯抜きでお腹がすいている。
ダニーはボンゴレビアンコ、マーティンはミートローフとガーリックライスを頼んだ。
「お前、昼からそんなの食ったら太るで」
「夜を軽めにすることにしたんだ」
「へぇ〜、お前にしちゃ珍しいな。本でも読んだか?」
「ううん、トムと話した」
意外な人の名前が出て、ダニーは驚いた。
「トムと会ってるん?」
「ときたまね。愚痴聞いてもらってる」
「愚痴なら俺も聞くで」
「ダニーはいろいろ忙しいから」
間接的に責められた雰囲気が漂う。
「ごめんな。なかなか相手できなくて」
「いいんだよ。ジョージ元気?」
まさか昨日会ったとは言えない。
「仕事忙しいみたいや」
「そうなの。ねぇ、アランのハロウィン・ディナーの話聞いた?」
「ああ」
「ジョージ連れて行くんでしょ」
言葉に窮した。
「トムが言ってたもん。ダニーはジョージと出るって」
「そか、まだ誘ってへんけどな」
「僕はトムと行くから」
「そうなん?」
「だから遠慮しなくていいよ」
「ああ」
なんとも気詰まりな会話だ。二人はその後無言でランチを終えた。
午後になり、ダニーはアランに廊下から電話をかけた。
「ドクター・ショアはただいま診療中ですが」
新米のレセプショニストが答える。
「患者のダニー・テイラーから電話があったって伝えてくれへん?」
「はい、かしこまりました」
定時終了後アランから電話があった。
「ダニー、どうした?フラッシュバックが起こったのか?」
「ごめん、そんなんやない。今日、アランの家にディナー作りに行こうかと思うて電話した」
「そうか、すまないな。栄養士を雇ったから、大丈夫だよ。心配するな。それよりハロウィーンは来てくれるだろうね?」
「あぁ、伺うわ」
「楽しみにしているよ」
そこで電話が切れた。
ダニーはジョージに電話をかけた。
「あ、ダニー!どうしたの?」
「お前、ハロウィーンの日あいてるか?」
「よく知らない人のパーティーに誘われてるけど行きたくないんだ」
「それじゃ、アランのパーティーに来いへんか?」
「アラン?」
ジョージが不審そうな声を出した。
「ああ、お前と二人を招待したいって」
「ダニーとカップルって意味?・・・それなら行く」
「約束やぞ」
「わかった」
「今日はこれからどうするの?」
「外食続きやったから、家でデリでも食うわ」
「胃も疲れてるかもね。お大事に」
「サンキュ、またあとで電話するわ」
「うん、待ってる」
ダニーはディーン&デルーカで残り物のサーモンサンドとシーザーズサラダに皮付きポテトフライを買って、地下鉄に乗った。
ダニーはジョージとの長電話をやっと切った。
その日に起こった事を全部話したいジョージと違って、ダニーの話はいたってシンプルだ。
長編小説と箇条書き位の違いがある。
ふぁーあと大あくびし、ダニーは風呂にお湯を張りにバスルームに入った。
翌朝、早めに起きてパンケーキを焼き、メープルシロップで食べた。
なぜかアランが作ってくれたクランベリーやブルーベリーにクリームがたっぷり乗ったパンケーキが懐かしくなった。
昨日電話で話したせいや。
ダニーは自分に言い聞かせるようにしながら、パンケーキにがっついた。
オフィスに出勤すると、チームがすでに動き始めていた。
クィーンズの老年女性が失踪したという届けが老女の甥から出されたのだ。
「マーティンとサムはミセス・フォスターの家へ向かえ。ダニーとヴィヴィアンは甥のところだ」
チームがそれぞれ動き出した。
甥の家はブルックリンにあった。
ダニーとは地域が違い、もっと治安の悪いところだった。
汚いアパートの階段を上る。
「グレッグ・フォスターさん?」
もっさりした中年男が出てきた。
「FBIですが・・」
「ずいぶん早いですね。伯母は見つかりましたか?」
「いえ、いろいろお聞きしたいことがありまして伺いました」
ヴィヴィアンが優しく促す。
「どうぞ、中へ」
「お仕事は何をなさってるので?」
「タクシーの運転手ですよ。最近不景気でね」
部屋はどんよりした2DKだ。日当たりも悪い。
「なぜ伯母さんと一緒にお暮らしにならないので?」
ダニーが質問した。
「夜の仕事ですからね、伯母の睡眠の邪魔をしたくなかった。それでなくても老年だ。あちこち病気持ちですから」
「伯母さんとは良く会っておられたので?」
「週に3回は顔を出してましたよ。晩飯を食いにね」
ダニーが質問している間、ヴィヴィアンは部屋の中を見て回っていた。
「何です、酒でも探してるんですか?」
「いえ、失礼しました」
ヴィヴィアンも着席する。
「それでは、フォスターさん、ご連絡などありましたら、こちらの名刺に」
ヴィヴィアンの名刺を手に取り、フォスターは安心したような顔をした。
「失礼します」
帰りの車の中でヴィヴィアンが言った。
「臭いと思わない?」
「ああ、ぷんぷん匂うわ」
「違うわよ、あのアパートの中。たばこのヤニがこびりついてて、台所のシンクには吸殻の山」
「ほんまにあいつが伯母の家に行ってたか分かるかもな」
ヴィヴィアンはサマンサに電話した。
「フォスターさんの家、タバコ臭かった?そう、分かった」
「綺麗なもんだったそうよ」
「きな臭い匂いがぷんぷんや」
ダニーはオフィスへの道を急いだ。
チームが報告をし合う。
マーティンたちは、毎日、ミセス・フォスターの世話をしていたという隣人の話も聞いてきていた。
「お隣りの方がね、玄関に飾ってあった絵画がなくなってるって言ってたの。気になって、特徴を聞いてきたわ」
「念のため、サザビーズのサイトを調べてみてくれ」
ボスがマーティンに命じた。
3時間後、サマンサが「やだ、これ、特徴にぴったり」と言った。
メキシコ人画家ルフィーノ・タマヨの傑作「トレス・ペルソナヘス」で、20年以上前に盗難されたものだった。
時価100万ドルとある。
「甥は生活に苦しそうやった。この絵のこと偶然知ったんやないか?」
ダニーが言うとボスが「グレッグ・フォスターを連行してこい」と命令を下した。
「了解っす」
ダニーとマーティンがグレッグ・フォスターの家のドアをノックすると返事がない。
「蹴破るで」
「うん」
「FBI〜!」
グレッグがごそごそ何かを隠している姿が見えた。
「さ、フォスターさん、絵画から手を離して。伯母さんの居所について聞きたいことがあります。支局までおいでください」
マーティンが後ろ手に手錠をはめて連れ出した。
取調べ室で、伯母に内緒で絵を持ち出そうとしたところを見咎められ、頭を数発殴ったという。
死体はハドソン川に遺棄したと白状した。
「伯母はあの絵が好きだった。手放すはずがないと思ったんだ」
ボスは言い放った。
「一生をかけて罪を償え」
深夜、ダニーはマーティンのアパートへ行った。
アパートの三つ手前の通りでキャップを目深に被り直し、辺りに注意しながら裏通りからアプローチする。
手にしたガレージドアオープナーを押して開くまでの間、無意識のうちに息を止めていた。
こんなところをファレルに見られていたらと思うと腋の下にじっとりと冷たい汗が滲む。
夏の間感じていた街中のだるい空気が懐かしい。
車を駐車スペースに停めてエンジンを切ると、ほっとして全身から力が抜けた。
部屋に入ると室内は静まりかえっていて、暗闇に水槽の明かりだけがぽっかり浮かんでいた。
音を立てないように気をつけながらベッドルームに入ると、湿った空気の中、規則正しい寝息が聞こえる。
ダニーはしばらく突っ立っていたが、そっとベッドにもぐりこんで後ろから抱きしめた。
「マーティン」
小声でささやくとマーティンがもぞもぞと動いた。
「え、ダニー?嘘・・・」
まだ寝ぼけた状態で、マーティンは半信半疑のままダニーの腕に触れた。
「ほんとにダニーだ。信じられない」
「お前に会いとうて、つい来てもうた」
マーティンは寝返りを打つとダニィと何度も名前を呼びながら抱きついた。
ひとしきりキスを交わした後、マーティンが体をもたせかけたまま顔を覗きこんだ。
「ねえ、暗くて顔がよく見えないよ」
「ちょっと待っとき」
ダニーは手を伸ばしてブラインドのポールを回した。月明かりが二人の顔をくっきりと照らし出す。
「眩しい。満月だね」
「せやねん、オレも寝ようとして気づいたんや。満月の日はお前と過ごす約束やったやろ」
「僕との約束を覚えていてくれたんだ」
「当たり前や」
ダニーは甘えるマーティンの髪をくしゃっとして抱きしめた。
ダニーはマーティンのパジャマの中に手を入れた。
「うん?」
ペニスは勃起していないのに先っぽが濡れていて、さらっとした粘液が指にからみつく。
「これって精液か?」
「・・・・・・」
マーティンが黙ったままなので、見せつけるように指を舐めた。微かに精液の味がする。
「やっぱりな。いつもより薄いけどお前の味やわ」
「・・・ダニーのバカ」
消えてしまいそうなぐらい小さな声でつぶやいて、マーティンは布団にもぐりこんだ。
ダニーのパンツのジッパーを下ろして、ペニスを口に含む。
むくむくと硬くなったペニスを存分に舐めて唇で扱いた。
ダニーは布団をめくった。喘ぎながらマーティンをじっと見つめる。
マーティンは意思的にダニーを見つめ返すと、裏筋を舐め上げて亀頭を吸った。
「くっあ・・・うぁ・・・ぅぅっ」
突然の強い快感にダニーは思わず仰け反った。マーティンは腰を掴んで離さない。
「ここ、弱いよね」
さらに強く吸われて腰ががくがくする。マーティンの舌は生き物のように這いまわった。
「は・・・っ・・・マ、マーティ・・・んぅっ!っ・・・ううっ出る!」
ダニーは全身を強張らせてマーティンの口の中に射精した。
頭の中が真っ白になったまま、ダニーは呼吸を整えた。
満足そうに胸の上に横たわるマーティンの背中をいたわるように擦る。抱き合ううちにまどろんでしまった。
はっとして目覚まし時計を見ると4時になろうとしていた。
くっついたまま眠っているマーティンの腕を引き離そうとしたが、しっかりと抱きしめられていてベッドから出られない。
「マーティン、マーティン。おい、起きろ」
「何?どうしたのさ?」
「オレ、帰らなあかんから手離して」
「嫌だ!このまま朝までいたいよ」
マーティンは慌ててダニーのシャツを掴んだ。
「わがまま言うな。何時間かしたら支局で会えるやん。な、手離し」
ダニーはやさしく抱きしめて諭した。渋々手を離したマーティンにキスをする。
「おやすみ」
ベッドを出るとマーティンが追いかけてきた。
「・・・気をつけてね」
「おう。お前も遅刻すんな」
ダニーは部屋を出て夜明け前の空を見上げた。
ダニーとマーティンは絵画一枚のために自分の伯母を殺した男の事件で、気分がふさいでいた。
思わず、「ブルー・バー」に寄り込んでしまう。
「いらっしゃいませ」
エリックが嬉しそうな顔を一瞬見せた。
「テキーラ、ショットで」
「はい、かしこまりました」
バッファロー・ウィングとチーズがついてきた。
「サービスです」
「サンキュ」
二人ともまずはショットを一気飲みした。
自分が原因の交通事故で両親を亡くし、兄一人のダニーにとって、血縁を殺すなど目を背けたい事件だった。
マーティンのおセンチな愚痴を聞きながら、チーズをつまむ。
「とにかくいくらお金のためだからって、伯母さん殺すなんて最低の奴だ!」
マーティンが心底怒っていた。
ダニーはマーティンが両親が留守がちのために叔母さんの家によく預けられていたという話を思い出した。
「そやな。最低の男や」
「極刑だよ。死刑でいいよ」
すきっ腹にテキーラを5杯飲んで、いい加減酔っ払ってきた。
「そろそろ、帰ろ、な、マーティン」
「もっと飲みたいよ」
「それより飯や、何食う?」
「ラーメン!」
ダニーは足元がふらつくマーティンを連れてタクシーでリトル・ジャパンに向かった。
幸いまだ一風堂が開いていた。
「こんばんは!いらっしゃい!」
顔見知りの店長が挨拶する。
二人はカウンターに座っていつもの「スペシャル」にチャーシュー飯を頼んだ。
マーティンはがっつき、替え玉2枚をお替りした。
ダニーは1杯でお腹が満たされた。
「ほな、帰ろ」
「うん、ダニー送ってよ」
「あん?一人じゃ無理か?」
「無理」
ダニーはマーティンをタクシーに乗せて、アッパーイーストサイドを目指した。
「僕、気持ち悪い・・」
「お前、食いすぎや、吐け」
「うん、すごく吐きたい」
アパートに着くなり、マーティンはトイレに駆け込んだ。
ダニーはミネラル・ウォーターを取り出して、自分の胃を落ち着かせた。
真っ青な顔でマーティンが出てきた。
「大丈夫か?」
「うん、全部吐いたと思う。顔も洗ったし歯も磨いた」
「そか」
「ねぇ、ダニー、今日、泊まっていってよ」
マーティンの真っ青な目が懇願する。
「その方がええんか?」
「うん、すごくいい」
「ほなら泊まるわ。シャワーするで」
「うん、わかった」
懐かしいマーティンのバスルームだ。
ここで二人で何度愛し合ったことか。
ダニーはアクアマリンの香りのバスジェルを手にとって体を洗った。
バスタオルを巻いて、バスルームを出ると、マーティンがパジャマ姿でソファーで眠りこけていた。
ダニーは、マーティンのクローゼットからTシャツを出して、自分のトランクスを履くと、マーティンを揺り動かした。
「さ、ベッド行こ」
「んー」
ダニーはマーティンを連れて、ベッドに入った。
すぐにマーティンのいびきが始まった。
こりゃ眠れそうにないわ。
ダニーは苦笑しながら、一緒のベッドに入った。
ブランケットに丸まろうとするマーティンから奪い返し、自分の体を温めて、ダニーはようやく目を閉じた。
翌朝、携帯で起こされる。
「ふぁい、テイラー」
「僕、ダニー、家に留守電したんだよ!」
ジョージだった。
「すまん、張り込みしてたわ」
「よかった。それならいいの」
「なぁ、お前、俺を信用してへんのか?」
「そんな事ないよ、ごめん、切るね」
マーティンがうぅぅんと寝返りを打った。
「んー誰?」
「ジョージや」
「ふぅん、すぅー」
「おい、お前、もう寝ちゃあかん、シャワーしよ」
「眠いよー」
「アホ、ボスの雷落ちる」
ダニーはむずがるマーティンをバスルームに連れて入った。
「ほら、しゃんとし!お前のネクタイ借りるで」
「いいよ」
ダニーはのろのろ着替えるマーティンの着替えを手伝い、二人でアパートを後にした。
ダニーは、どうにか外泊をサマンサに気付かれなかったのにほっとした。
これもジョージがダニーのスーツの色のトーンを合わせてくれるようになったお陰だ。
ダニーは、ミセス・フォスターの報告書を入力しながら、そろそろジョージと会おうかと考えていた。
今までの付き合いは、勝手気ままなものが多かった。
自分の気が向いたら会う。
相手に必要とされたら当然付き合うが、必ず週末を一緒に過ごす約束などしたこともなかったし、
束縛が面倒くさかった。
ジョージは、そこが違う。
束縛とは言わないが、一緒にいるのが当然なような付き合いを求めている。
ダニーは面食らっていた。
しかし、ジョージを思う気持ちは心にあるし、一緒にいて心地よいのも確かだ。
そんな事を考えながら報告書を作っていたので、大幅に残業になってしまった。
「ダニー、週明けには報告書を私のデスクに置いておけ。今日は先に失礼する」
ボスも去り、オフィスに一人になった。
ダニーはジョージにメールを打った。
「明日、晩飯食おう」
いつもならすぐに返事がくるのに、今晩に限ってなかなか返ってこなかった。
ダニーはとにかく報告書を終わらせ、自分のベッドで眠りたかった。
家に戻って電話を確認したが、留守電が点滅していない。
メールも相変わらずノーリプライだ。
何してんねん、あいつ。
ダニーは、イラつきながら、デリで買ってきたラビオリサラダとミートローフで食事を済ませた。
風呂にも入り、いざ寝ようとしていたら、電話がかかってきた。
「ダニー、僕だよ〜」
ご機嫌なジョージの声だ。
「お前、酔ってんの?」
「ちょっとだけね、今日は接待で・し・た!でへへへ」
いつもと明らかに違う。
「今、家か?」
思わず詰問口調になる。
「これから帰りまぁす!メール打とうとしてるんだけど、指が沢山押しちゃうの」
「おい、迎えに行こか?」
「ううん、リムジン来るからダイジョーブ!明日、晩御飯ね、了解でーす!じゃあ、またね」
ガチャ。突然電話が切れた。
ダニーは思わずリバーテラスまで車を飛ばそうかと思ったが、
昨日のマーティンの世話といい、今日の残業といい、くたくただった。
ええいままよ!
ダニーはそのままベッドに直行した。
翌日の土曜日、ダニーは昼過ぎに焼きたてのデニッシュを持って、ジョージのコンドミニアムを訪れた。
セキュリティーに挨拶し、合鍵で玄関を開けて、中に進む。
静かで物音一つしない。
いいひんのか?
ベッドルームのドアを開けると、こんもりしたブランケットの山が見えた。
帰ってたんや。
ダニーはほっとして、ベッドの隅に腰掛けた。
「ジョージ、ジョージ」
少し揺り動かしてみた。
「うぅぅん」
ブランケットの中から手が見えた。白人だ。
え、何や!
ダニーはブランケットを引き剥がした。
ジョージの背中にくっつくようにブラウンの髪の青年が眠っていた。
二人とも衣服は着ている。
これなん?どういうこと?
ダニーはパニクった。
「んんぅぅぅ」
ジョージが目を開けた。
「ジョージ!こいつ誰や!」
「え、誰?ダニー?」
「そや、俺や!こいつは誰や!」
「モデル仲間のジェフリーだよ、泊めてあげたんだよ」
「おい、起きろ、リビングで話そ」
「んー」
ジョージは目をこすりながらダニーの後をついてきた。
ジョージをソファーに座らせ、パンの袋をテーブルに放り投げた。
「なんで、ゲストルームがあんのに、お前のベッドにいるんや」
「よく覚えてない」
「寝たんか?」
「寝てない・・と思う」
「自信ないんやな?」
「寝てません。ダニー、信じてよ」
「そのデニッシュ、ジェフリーとやらと一緒に食え、俺帰るわ」
「ダニー、待ってよ、僕を信じてよ」
「よう分からん」
ダニーは、玄関から外に出て深呼吸した。
そうでなければ、ジョージを殴りそうだった。
家に戻ると、留守電が点滅していた。スウィッチを入れる。
「僕です。本当にごめんなさい。許してくれる気持ちがあったら、今晩7時にセントラル・パークのベセスダ噴水まで来て下さい」
ダニーの目には黒褐色のジョージの体に寄り添うように寝ていた男の像が焼きついている。
やり場のない怒りまかせに、フェンダーを手に取り、ロックをがんがん弾きまくった。
午後6時になった。
そろそろ出かけないと7時にセントラルパークに着かない。
ダニーはTシャツに皮ジャンを羽織り、駅に向かった。
ベセスダ噴水近くまでタクシーに乗る。
夜だというのに、かなりの人出だ。
何、こいつら?
全てがいらだたしい。
ダニーが、噴水に着くと、沢山のカービングされたかぼちゃのランタンの中に、ジョージと男女のカップルが立っていた。
「ダニー!来てくれたんだね!」
「来るだけはな」
「こちら、ジェフリーとフィアンセのアン」
「今朝は、ヘンなところお見せして本当に失礼しました」
ジェフリーが握手を求めてくる。
ダニーはしぶしぶ手を差し出した。
アンとも握手をする。
「ジェフリーはヘテロなんだ。ね、だから何もなかったんだよ」
ジョージが懸命に説明する。
「ジェフリーと私、来月挙式なんです」
アンが付け加えるようにダニーに言った。
「それは、おめでとうございます」
ダニーも仕方なく祝福の言葉を返した。
「だからさ、機嫌直してよ」
「ダニー、本当に何もなかったんですよ」
ジェフリーがアンの肩を抱きながら弁明する。
「わかりました」
「よかった!」
ジョージは思わずダニーに抱きついた。
「おい!」
「あ、ごめんなさい・・」
「それじゃ、お二人仲良く!僕らはこれで失礼します」
ジェフリーとアンは手をつなぎながら去っていった。
ダニーがふぅと息をついた。
「落ち着いた?」
「あぁ、どうにかな」
「ねぇ、かぼちゃのランタン、綺麗だと思わない?」
ぼうっとオレンジの明かりが灯ったランタンの数にダニーも圧倒された。
「ああ、綺麗やな」
「機嫌直った?」
「まだや」
「ごめんなさい」
2メートルあるジョージが小さくなった。
「お前が飯おごってくれて、1ヶ月間、俺の奴隷になるんなら、機嫌直してもええで」
「本当?」
「ああ」
「それでは、ご主人様、レストランにお連れいたします」
心配顔だったジョージがやっと白い歯を見せた。
「ほなら、連れてってくれ」
「かしこまりました!」
ジョージはアッパー・イーストサイドのメキシカン「マヤ」にテーブルを取っていた。
ザガットでベスト50レストランに選ばれた名店だった。
二人は、ワカモレ、エビとチキンのソフトタコス、グリーンサラダに鯛とビーフとチーズのエンチラーダスを頼んだ。
コッポラのシャルドネを開けて、「仲直りしてもらえますように」とおずおずジョージが出したグラスにダニーがグラスを合わせる。
食事が終わる頃には、二人はお互いの話に笑いあっていた。
ジョージは心から安心したような顔をしている。
デザートのブレッド・プディングを食べ終わり、店を出た。
「本日のお泊りはどちらでしょうか?」
ジョージが甘えたような目でダニーを見つめる。
「そやな、お前のところ行って、ジェフリーのマーキング消さんとな」
「もう!ダニーのいじわる!」
ダニーは声を出して笑い、タクシーを拾いに大通りに出た。
マーティンがホワイトボードを消していると携帯が鳴った。着信表示を見るとスチュワートだ。
「あ、僕。待たせてごめん。もうすぐ終わる」
「そろそろ迎えに行こうか?」
「んー、どうしよう」
ふと視線を感じて振り向くと、失踪者の写真をファイルにまとめながらにやにやしているサマンサと目が合った。
「どうした?また行方不明者か」
「ううん、サマンサがね、僕のこと変な顔で見てんの。ねえ、スチューがサムによろしくって」
言った途端、目を見開いたサマンサに腕を叩かれた。ダニーとヴィヴィアンが可笑しそうに笑っている。
「とりあえず迎えに行くよ。下で待ってろ」
「わかった。じゃあ、また後で」
マーティンが電話を切ると、サマンサがひどいと言い出した。
「何がさ?」
「変な顔なんかしてないわよ!ドクター・バートンに誤解されるじゃないの!」
「だって、本当にしてたよ」
「してない!」
「してたよ」
「絶対にしてない!」
なんで女ってこんなに面倒なんだろ・・・マーティンは困った顔でダニーとヴィヴに助けを求めた。
ヴィヴィアンがやれやれと肩をすくめて助け舟を出す。
「ほらほら、早く片付けないと帰るのが遅くなるわよ。さ、仕事、仕事」
マーティンは軽く頷いて消しかけのホワイトボードの続きに取り掛かった。
ダニーが帰る前にトイレに寄ると、少し遅れてマーティンが入ってきた。
誰もいないかチェックしてから話し始める。
「今からハロウィンの衣装を買いに行くんだよ。ダニーも一緒に行こうよ」
「オレはあかんて言うたやろ。もしファレルに見られたら怪しまれるやん」
「そんなの関係ない。去年は三人で楽しかったじゃない。行こう?ね?」
「行きたいけどまた今度な」
「いつもそればっかりだ!」
マーティンは不満げに口をとがらせた。じとっとした視線でダニーを見据える。
「じゃあダニーの衣装はいつ買うのさ?」
「オレは適当。別に買わんでもピンストライプのスーツでギャングもええし。そや、お前の幅広ネクタイでモルダーはどうやろ」
ダニーはおどけてマーティンのネクタイを引っ張って自分の胸元に当てた。思いつきにしてはいい考えだ。
マーティンもくすくす笑っている。ダニーは乱れてしまったネクタイを直してやり、キスをして送り出した。
マーティンが支局を出るとスチュワートはまだ来ていなかった。
登り始めた十六夜の月を見るともなく観察しているとファレルが通りかかった。
「フィッツジェラルド捜査官、デートのお約束ですか?」
脂下がった顔つきに条件反射に顔が強張る。こいつのせいで毎晩独りぼっちだ。
「いえ、友人とハロウィンの衣装を買いに行くので」
「ああ、もうすぐハロウィンでしたね。ニューヨークのパーティーは楽しそうだ」
用もないのにだらだらと話しかけられて辟易する。ダークブルーのTVRが視界に入ったときには駆け出しそうになった。
「失礼、友人が来たのでこれで」
「お気をつけて。いい衣装が見つかるといいですね」
「どうも」
ファレルはマーティンが車に乗ってもまだそこに立っている。
「なんだ、あいつ。気持ち悪いな」
スチュワートはそう言いながらもファレルに恭しく会釈をした。ファレルも会釈を返してくる。
「いいから出して」
マーティンは素っ気なく言うとさっさとシートベルトを締めた。
「あれがテイラーが言ってたアライグマ男だな。あいつのバカ話にぴったりで笑いそうになったよ」
「可笑しくなんかない!僕には笑いごとじゃないよ」
スチュワートはマーティンの手を握って太腿の上に置いた。マーティンの内腿の方へ手を動かしてさわさわと往復させる。
「やっ、ちょっ!」
「オレに会いたくて寂しかったろ?」
返事よりも早く股間が反応してしまい、にんまりされて耳まで赤くなる。
「あっあのさ、どこに行くの?去年連れて行ってくれたところ?」
「いいや、ハロウィン・アドベンチャーよりオレがいつも行くセレクトショップに行こう」
スチュワートはマーティンの内腿に置いた手で円弧を描きながらソーホーへ向かって車を走らせた。
二人はいろんな衣装を試着して、薔薇の名前で使われた修道士の衣装とデッドウッドのセス・ブロックの衣装を買った。
他の店で小物の買い物も済ませ、ババガンプ・シュリンプに行った。久しぶりに一人じゃないディナーに、マーティンは気持ちが高揚するのを感じる。
フォレストガンプを模した店内の雰囲気がおもしろい。
マーティンはダン中尉がマストからロープで降りてくるシーンが好きだ。身振り手振りで再現するとスチュワートが笑い転げた。
「マーティンの衣装はダン中尉に取り替えてこようぜ。車椅子もあるしさ」
「やだよ!僕、正座は苦手だもの」
「オレがガンプの役をやってもか?あそこにガンプのキャップがあるから帰りに買おうか?」
「いらないったら。スチューにガンプなんか絶対似合わないよ」
二人はけたけた笑いながらオーダーした料理を残らず平らげた。
車がアパートまで近づくとマーティンは俯きがちになり、ついには黙りこくった。
「どうした?眠くなったか?」
スチュワートが心配そうに顔を覗きこむ。
「まだ帰りたくない。アパートに着いたらまた一人になっちゃう」
「でも、帰らないとやぱいんだろ?」
「もっと一緒にいたいよ」
マーティンはスチュワートの手を握りしめた。冷たい手を温めるように両手で包みこむ。
「わかった、そこのバーで少し飲もう。ただし、一杯だけだぞ。それ飲んだら帰るからな」
「・・・ん」
スチュワートはバーの前の通りに車を停めた。
重い扉を押して中に入ると、ジャズが流れていて落ち着いた佇まいのバーだった。
カウンターに酔いつぶれて突っ伏している男以外に客はいない。二人はそれぞれダイキリとジントニックをオーダーした。
ちびちびと少しずつ飲むマーティンに苦笑しながら、スチュワートはとっくに飲み終えたグラスを指でなぞる。
突っ伏していた男が苦しそうに呻きながら寝返りを打ち、マーティンは思わず咽た。
「大丈夫か?変な飲み方するからだ」
「ん、ちょっとね」
背中を擦られている間も目が離せない。視線の先のアーロンにスチュワートも気づいたが、特に気にも留めない様子でチェックを頼む。
「ねえ、診てあげないの?」
「なんでオレがそんなことしなきゃならない?」
「だって・・・」
「医者だからか?オレには関係ない。行くぞ」
バーテンダーからクレジットカードを受け取ると、スチュワートはさっさと席を立った。アーロンに一瞥もくれずに歩き出す。
マーティンも慌てて立ち上がった。ぐったりと突っ伏したアーロンを心配しないでもない。
バカバカしい、僕を二回もレイプした男の心配をしてどうするんだ・・・
自分の中の心配する気持ちを打ち消してバーを出た。
日曜日、ダニーは心地よいジョージのベッドで目を覚ました。
ジョージはすでにいない。
シャワーを浴びて、ジョージが用意してくれたシャツとパンツを身につける。
昨晩のセックスのうずくような疲れが体に残っている。
ジョージはタフやな・・
ダニーは思わず苦笑した。
リビングに行くと、キッチンから鼻歌が聞こえる。
SEALの「Kiss From The Rose」だ。
「ジョージ、おはよ!」
「おはようございます。ご主人様」
ダニーがキスをするとジョージが嬉しそうに答えた。
「もう奴隷はええて。冗談や」
「えー、僕、一生ダニーの奴隷でもいいよ」
「あほ!そんなん俺が嫌や」
「なんだ、そうなの?それじゃ、やめるよ」
「それで、何作ってくれてんの?」
「今日は、簡単。エッグベネディクトだから。ちょっと待ってて」
「あぁ」
ダニーはダイニングで新聞を読んでいた。
ジョージがマグになみなみと注いだコーヒーとエッグベネディクトの皿にジュースを持ってきた。
マフィンの上にフライドグリーントマトと卵焼きが乗っている。
「相変わらずうまそうや」
「ありがと、ダニーに言われるの嬉しいな。ねぇ、今日は何するの?」
「決めてへんけど?」
「僕さぁ、お化け屋敷行きたい」
「ジギル&ハイドか?」
「もっと恐いって」
「へぇ、面白そうやん」
「じゃあ、晩御飯食べたら行こうよ。夜のが恐いでしょ」
「お前、平気か?」
「ダニーと一緒だから・・」
「ほなら、そこに行こ」
「わぁい!」
ジョージは早速PCでオンラインのチケットを予約した。
「俺、洗濯するからいったん帰るな」
「分かった。今日、何食べたい?」
「そやな、寿司かな?」
「了解。手配しまーす」
「頼むわ」
ダニーは、晴れ晴れとした気持ちで、地下鉄に乗った。
家事も気持ちが入っているので、いつもよりはかどった。
夕方になり、ジョージから電話がかかってきた。
マディソン街の「寿司田」に予約を入れたという。
ダニーが行ったことのない高級店だ。
ワクワクしてきた。それにお化け屋敷。
いかにもジョージらしいアイディアだ。
ダニーは一度だけ兄ラフィーと父親とサーカスのお化け屋敷に行った思い出がある。
お化け屋敷を楽しみにするなんて、俺もアホやな。
ダニーは笑った。
「寿司田」に行くとカウンターにジョージが座っていた。
二人は前菜にテンプラ、メインに寿司田オリジナル寿司を頼んで、日本酒で乾杯した。
「すごく恐いんだってさ、お化け屋敷」
「ほんまかいな」
「ダニーが悲鳴あげるかもよ」
「俺がそんなんすると思うか?」
「わからないよ」
ジョージがにっと笑った。
お化け屋敷「Blood Manor」は11番街にある。
二人でタクシーで向かうと行列が出来ていた。
先にチケットを手配していたジョージたちはすぐに案内された。
ほんの30分のアトラクションだというのに、ジョージは5回もダニーを抱きつき、足が止まった。
出口でダニーが大笑いした。
「お前、ほんまに恐がりやな〜」
「だって、生首ぐつぐつ鍋で煮たりしてたじゃん」
「あれは科学捜査でもやるんやで」
「え?ダニー、立ち会ったことあるの?」
「・・・ない」
「とにかく恐かったね」
ダニーはジョージに合わせて「ああ、恐かったわ」と頷いた。
「今日、お化けの夢見たらどうしよう」
まじめな顔でジョージが心配していた。
「大丈夫や、俺の腕の力を思い出せ」
「そうだよね。僕には守ってくれる守護天使がいるんだから」
二人は近くのバーで、2杯カクテルを飲んだ。
「明日からまた新しい一週間だね」
「そやな」
「お仕事がんばってね」
「ああ、お前もな」
「うん、ありがとう」
二人はカクテルグラスをカチンと合わせた。
ハロウィーンの日になった。
夜8時にはアランのアパートに集合となっている。
ダニーの心は複雑だった。
ジョージのことだ。気を使いながらも、自分が今の相手だと控えめに主張するだろう。
アランがどう反応するのか予想がつかない。
まだカウンセリングも1回残っている。
しこりを残したくなかった。
事件はまったく起こらず、定時に仕事が終わってしまった。
ダニーがのろのろしていると、マーティンが「?」という顔をしている。
「ねぇ、ダニー、道がパレードで混むから、そろそろ出ようよ」
「あぁ、そやな」
「浮かない顔してるね」
「そうでもないで」
ダニーは何とかごまかして笑顔を作った。
二人は、何台か見過ごして、アップタウン行きの地下鉄に乗った。
仮装をしている乗客もかなり乗っている。
吸血鬼、フランケンシュタイン、かぼちゃの着ぐるみ等など、地下鉄の中から賑やかだ。
「僕らも仮装しなきゃいけなかったのかな」
マーティンが急に不安そうにダニーに尋ねた。
「そんなん聞いてないから平気なんやない?」
「だよね」
自分の答えひとつで安心した顔になるマーティンが愛らしかった。
二人は、最寄の駅で降り、ダコタアパートを左折して、アランのアパートに着いた。
ちょうどフロントでジョージと一緒になる。
「あ、ダニー!マーティン、こんばんは。お元気ですか?」
「ああ、ジョージも元気そうだね」
「うん、絶好調です。今日は楽しみですね」
「そうだね」
二人のセリフのような挨拶を聞きながら、ダニーは気まずい感じでだまりこくっていた。
ブザーを押して開錠してもらう。
アパートに入ると、すっかり温かい料理の香りに包まれた。
「いらっしゃい。みんな。トムは先に来て、バルコニーにいるよ」
アランは皆にシャンパングラスを渡した。
「ディナーはすぐに用意できるから、適当にくつろいでいてくれ」
アランはキッチンに下がった。
ダニーがダイニングをのぞくと6人分のテーブルセットがしてある。
あと一人は誰やろ?
ダニーは訝った。
マーティンはバルコニーでトムと話をしている。
ジョージとダニーはソファーに座ってグラスを合わせた。
Elliott YaminのCDが流れる室内は、快適そのものだ。
「みんな、ダイニングにどうぞ!」
アランの声が響いた。ぞろぞろと4人がダイニングに座る。
すでに、かぼちゃとピーマンのマリネやアンディーブとクレソンのサラダが置いてあった。
「おい、運んできてくれ」
アランがキッチンにいる誰かに声をかけた。
皿を運んできた人物を見て、ダニーは驚愕した。
ロバート、自分を誘惑しようとしたパーソナル・トレーナーだった。
相変わらずブロンドのヘラクレスのようなスタイルで、甲斐甲斐しく皿を運んでいる。
前に自分が身に着けていたアランとおそろいのエプロンをしているのが、気に入らない。
「今日はメインがいくつもあります。これはかぼちゃをくりぬいて、チキンミンチの香草炒めを入れたもの、
カボチャとホウレンソウのニョッキ、カボチャをいれたラタトゥユもあります。どれもカロリーは低めですのでご安心を」
「紹介しよう。僕の健康を管理してくれているロバートだ」
ロバートが皆と握手する。
「お久しぶりで、ダニー」
「ああ」
ダニーは他に言葉が出なかった。
アランは大型液晶スクリーンをダイニングに据えていた。
NY1チャンネルのグリニッジヴィレッジの仮装パレードの中継を写し始める。
「それでは、皆さんの健康に乾杯!」
6人はグラスを合わせた。
ダニーは嬉しそうにアランに笑いかけているロバートの顔をじっと見つめていた。
ハロウィンの朝、ダニーは途中でブラックチョコマフィンを買ってから出勤した。
浮かない顔でコーヒーを飲んでいるマーティンに紙袋を隠して忍び寄る。
「おはよう、マーティン。ちょっと手出してみ」
「ん、こう?」
「そうそう。ついでに目つぶり」
マーティンは言われるまま素直に目を閉じる。
ダニーは隠し持っていたマフィンをそっと手のひらに乗せ、ホワイトチョコのペンでクモの巣を描いた。ついでにちっこい蜘蛛も付け足す。
「なんか甘い匂いがする。お菓子?」
「さあな。よし、見てもええぞ」
目を開けたマーティンはまじまじとマフィンを見つめて笑った。ダニーは自分のマフィンにも同じ絵を描く。
「今日はハロウィンやから特別や。かわいいやろ」
「ん、この蜘蛛サイコー、ウニかバイキンみたいだ」
「あほ、これはbrown recluse spiderや!」
「またマニアックなの描くねぇ。毒蜘蛛じゃない」
マーティンがけたけた笑うのを見ながら、ダニーはマフィンをかじった。
サマンサが廊下から勢い込んで走ってきた。二人は訝しそうに顔を見合わせる。
「聞いて聞いてー!」
「何や一体?」
ダニーが面倒くさそうに訊ねると、サマンサは軽く咳払いをして話し出した。
「エレベーターでジョジーに聞いたんだけど、昨日で調査が終わってファレルが帰ったって!」
「それ本当?」
マーティンは半信半疑で訊ねた。昨夜会った際、ファレルは調査が終わったことなど微塵も感じさせなかった。
「本当よ!私がそんな嘘をつくわけないでしょう」
サマンサは心外だと言わんばかりに眉をひそめる。
「あーよかったー!」
マーティンはふーっと大きく息を吐いて目を閉じた。これで自由になれる。
「よかったな」
ダニーは肩を軽くポンとたたいた。こそこそしなくて済むのは自分にとってもありがたかった。
いなくなった老女を探している間、街で仮装した人をちらほらと見かけた。
「みんな気が早いなあ、まだ昼過ぎやで」
ダニーが呆れたように言った。ニューヨークのハロウィンは浮かれすぎだと前から思っている。
子供はわかるが、大人たちが子供以上に大騒ぎしているのはどうかと思う。
「おい、あのおっさん見てみ。すごいで、コーラの自販機になってるわ。トロイんちもオカンからして張り切ってるし」
「楽しそうでいいじゃない。僕も早く行きたいよ」
「お前が一番楽しみなんは、トロイのオカンのお菓子なんちゃう?」
「それもある」
きっぱりと認めるマーティンが可笑しい。ダニーはうっかりデコピンしかけて手を止めた。
失踪者の老女はなかなか見つからず、マディソンスクエアガーデンで保護されたと連絡が来た時には18時を過ぎていた。
報告書を仕上げてオフィスを出る頃には、仮装した人々が通りをぞろぞろと列をなして歩いていた。
クリニックに行くと、修道士の仮装をしたスチュワートがパンプキンパイにがっついていた。
「遅かったな。腹が減ったから先に食べてるぜ」
「ごめん、仕事が押しちゃって」
「いいから着替えろ。ジェニファーも帰ったからここで着替えてもかまわないぞ」
「ん、でも恥ずかしいからロッカーで着替える」
「テイラーは?」
「あ、オレはこのままやから」
「お前も付き合えよ。一人だけ仮装してないと逆に浮くぞ」
スチュワートはダニーをつれてロッカールームに入った。ごそごそと何かを探してロッカーを引っかきまわしている。
「あった、あった。ほら、これ」
ダニーはいきなり白衣を着せられた。首にはターコイズブルーの聴診器をかけられてしまう。
「いいじゃない、ダニーにすごく似合うよ」
ガンベルトを着けながらマーティンが言った。
「マーキンソンと同じような体格だからサイズも合うだろ。それ、お前にやるよ。変なプレイに使えるだろ」
「やっぱりな。お前は変態やと前から思ってたんや」
「それを言うならSEXに貪欲だと言ってほしいね。変態はお前だろ」
ダニーが着替え終わったマーティンを抱き寄せた。
「お前の感想が聞きたい。どっちが変態やと思う?」
「どうしても答えなきゃだめ?」
困ったように尋ねられ、二人同時に頷く。マーティンは少し黙った。
「どっちも変態だよ。僕にとっては二人とも変態」
「両方か・・・」
二人は両側からマーティンに襲い掛かってキスをした。
マーティンもスチュワートも楽しそうにパレードを見物している。ダニーは不意にいたずらしたくなった。
「なーなー、トロイ」
「うん?」
ダニーはにんまりするといきなり修道士の仮装を下から捲り上げた。
「スカート捲り!」
「うわっ!」
スチュワートが慌てて捲くれ上がった裾を引っ張り下ろす仕草が可笑しい。
「なーんや、下はトランクスだけかと思ったのに、パンツ履いてるんか」
「当たり前だろ!お前、何がしたいんだよ」
「せやからスカート捲りや言うたやろ」
「子供じみたことするな、バカ!」
ダニーは不敵な笑みを浮かべてにんまりした。これだからいたずらはやめられない。
「二人とも、ケンカをやめないと撃つよ。僕は射撃の名手なんだからね」
「撃つのはオレのがうまいで。銃はオレの手元やし」
ダニーは言い終わるまでもなく、マーティンのガンベルトを器用に引き抜いた。
「ちょっ、いつのまに?」
「へへっ」
「お前は今夜お仕置きだ。な、マーティン?」
「ん、絶対だ」
ダニーは笑いを堪えながら素知らぬ顔で少しずれたペニスの位置を元に戻した。
ダニーは翌日、アランのクリニックを訪れた。
カウンセリングの日だったからだ。
レセプションスペースでソファーに腰掛けていると、カウンセリングルームから出てきたロバートとばったり鉢合わせした。
「ロバート、ここで何してる?」
「こんにちは、ダニー。ああ、昨日話さなかったですよね、アランにアシスタントとして雇われてて、今はフルタイムでここで働いてるんです」
「お前、医学部やないやないか」
思わず詰問口調になる。
「僕、理学療法士の資格も取りました。傷害で心を病んでいるアスリートも少なくないでしょ。
ジョージ・オルセンとつきあってるダニーなら良くわかってるはず。だからカウンセリングの手法も取り入れたいとアランに無理を言って、
雇ってもらったんです」
「屁理屈こねるな」
「僕を憎まないでくださいよ。アランの体重はこの1週間で3キロ減っている。
このまま続ければ、生活習慣病も治ります。それじゃディナーの買い物がありますので、失礼」
ロバートはさわやかな笑顔で出て行った。
レセプショニストの女性は二人の応酬に多少引きながら、「テイラーさん、奥へどうぞ」と案内した。
「やぁ、ダニー。昨日は来てくれてありがとう」
アランは手でアランの前のソファーを指した。
ダニーは腰掛ける前にアランの目の前に立った。
「一体、何だ?」
「ロバートをフルタイムで雇ったんやて?」
「ああ、彼は優秀だよ。不服かい?」
ダニーは一瞬ひるんだ。
アランの私生活に踏み込む権利が自分にあるのか。
「あいつ、信用できへん」
「僕は少なくとも信用しているんだ。さあ、カウンセリングを始めよう」
1時間でセッションは終わった。
「これでマローン捜査官に報告書を送っておこう。PTSDの兆候は見られない。タフになったな」
「仕事やから」
「どうだ、今日も家でディナーを食べないか?」
「ロバートの用意したディナーなんてお断りや」
「お前の頑固なところはちっとも変わっていないな」
アランは苦笑した。
「いつでも帰ってきていいんだぞ。ダニー」
「ロバートがいる限り、それはないと思ったほうがええと思うわ。失礼」
ダニーはカウンセリングルームを出た。
なぜか屈辱感が全身を覆っている。
よりにもよって、あんな邪まな男がアランの世話してるなんて、そんなんありなんか!
ダニーは近くのカフェで、カフェラテを飲んで気を落ち着かせた。
テンパった自分が情けない。
深呼吸を3度繰り返し、カフェラテを飲み干すと、地下鉄でフェデラル・プラザに戻った。
早速ボスからお呼びがかかる。
「ドクター・ショアから電話があった。いい結果でよかったな」
「ありがとうございます」
「これからもああいった任務についてもらうだろうが、大丈夫だな」
「はい」
「任せたぞ」
「了解っす」
ダニーはデスクに戻り、ため息をついた。
癒しが欲しかった。ジョージにメールを打つ。
「今日、晩飯食えるか?」
すぐに返事が来た。
「僕の家で待ってます」
ダニーは携帯を置いて、またため息をついた。
「ねぇ、ダウンタウン・テイラー、どうしちゃったのよ?」
サマンサが見るに見かねて声をかけてきた。
「ちょっとプライベートでトラブってんねん」
「またぁ〜?ドクター・スペードは今日なら空いてるわよ」
「サンキュ、今日は一人で考えたい」
ダニーは嘘をついた。サマンサのせっかくの気持ちを傷つけたくない。
「そう?また何かあったら話聞くから」
サマンサは席に戻っていった。
マーティンが外回りをしていて、ラッキーだったとダニーは思った。
こんな弱い自分を見せられない。
ダニーはPCを立ち上げた。
ダニーはジョージのリビングでJames Bluntの新譜を聞きながらくつろいでいた。
ジョージの作ってくれる料理は、決して高級材料を使うわけではないのに、いつも温かい家庭の味だ。
今日は、ジョージお得意の南部料理だった。
フライドチキンにジャンバラヤ、秋野菜のガンボ、全てが美味しかった。
ジョージが皿をキッチンに運び終わり、リビングに戻ってきた。
「ありがとな、ジョージ」
「僕こそ嬉しいよ、毎日ダニーとご飯なんて夢みたい」
ジョージはダニーの隣りに座って、ダニーの胸に顔をこすりつけた。
「なぁ、お前、こんな俺のどこがええのん?」
「え?そんなの考えたことないよ。すぐ恋に落ちちゃったんだもん。全部だよ」
「お前こそ俺の天使やな」
「どうしたの?ダニー、悩み事があるんじゃない?」
精神分析医ばりの洞察力だ。
「昨日会ったロバートな」
「うん、あの綺麗な人だね」
「あいつ、腹黒いんや」
「アランが心配なの?」
「・・・」
「アランは、経験豊富な大人だよ。だまされるなんてことないよ」
「それならええんやけど」
「ダニーって意外と心配性なんだね。アランが心配?僕のことも心配?」
ジョージがダニーの茶色の目を覗くように尋ねた。
「ああ、お前が浮気してへんか、誘惑されてへんか、危険な目に遭ってへんか、きりないわ」
「この間は、ごめんなさいだったけど、僕は大丈夫。元アスリートだもん。節制はよく分かってる」
「それならええんや。お前の華やかな世界と俺の地味な世界が違いすぎるから、時々メン食らうけどな」
「ごめんね。僕がこんなことになっちゃって」
「けど、お前が望んでたことやろ?」
「うん・・」
「なら、ええやんか。人生を思いっきり楽しめ」
「僕はダニーといられるだけで幸せだもん。これ以上のものはないよ」
「そんな小さい幸せでええのん?」
「うん、それに全然小さくないよ」
ジョージがあまりにまじめな顔で言うので、ダニーはジョージを抱き締めた。
「ベッド行こか?」
「うん」
ジョージがはにかんだ笑顔を見せる。
二人は一緒にシャワーを浴びて、ベッドにダイビングした。
「今日はお前が入れて」
「いいの?」
「ああ、俺を夢中にさせてくれ」
ジョージは自分の巨大なペニスを一回しごいて、ローションを塗った。
「今日はパパイヤの香りだよ」
「お前、トロピカルフルーツ好きな」
「うん、エキゾチックでしょ?」
ダニーはジョージにはりつけにされた。
ダニーの立ち上がったペニスにジョージがしゃぶりつく。
「うぅぅ、はぁあああん」
自分の声ではないようだ。
ジョージの舌技に酔いすぎるとすぐに射精してしまう。
「待て、俺、お前と一緒にイキたい」
「うん、じゃ、入れるよ」
「ああ」
ジョージがそろそろとペニスをあてがい、グイっと突っ込んだ。
この衝撃は何度経験してもなかなか慣れない。
ダニーは胃が口から出そうなショックを覚えるのだ。
「あぁ〜、ダニー、狭いよ」
「お前が大きすぎや」
ジョージがゆっくり動き出した。
ダニーの体もジョージのリズムに合わせて律動する。
「あぁああん、俺、もうダメかもしれん」
「待ってて」
ジョージはリズムを早め出し入れのスピードを上げた。
「あっぁあ」
「うくっ」
二人とも同時に体を痙攣させた。
ペニスがうごめいている。
「すごいよ、ダニー」
「お前こそ」
荒い息で二人は抱き合った。
「最高だよ、ダニー」
「俺もや」
ジョージはダニーの横に転がり、息を整えた。
ダニーは、甘い疲れを感じながら、目を閉じた。
「ダニー、ダニー」
ダニーは体を揺り動かされて目を覚ました。
ジョージの顔が真近にある。
思わずキスすると「そうじゃないの!今日、ブランチ食べに行こうよ」というお誘いだった。
「なんや、朝エッチやないんか」
冗談めかして言うと、ジョージは頬を染めた。
「時々いじわるだよね、ダニーって。シャワーして、早く行こうよ!お腹すいちゃったよ、僕」
ジョージにせかされてシャワーを浴び、歯磨き、髭剃りを終えたダニーは、ジョージが用意したカジュアルウェアを着て、出かけた。
アルマーニ・エクスチェンジのコットンセーターに皮ジャンとジーンズだ。
サイズを覚えてもらっているのがありがたい。
二人は、ソーホーのトンプソンホテルにある「キッチャイ」に出かけた。
アジア風のブランチが人気の店だ。
二人はビーフサラダと青パパイヤサラダ、タイ風焼きそばにチキンのお粥、それにバナナの生春巻きにココナッツとマンゴーの盛り合わせを頼んだ。
「オルセン様、こちらはオーナーからのギフトです」
ジョージは辞退したが、フロア・マネージャーが「それでは私の仕事が終わりません」と言ってきかない。
仕方なく、二人はヴーヴ・クリコの白を受け取り、乾杯した。
「シャンパン・ブランチになっちゃったね」
ジョージが照れ笑いした。
「何だかアジアのリゾートにいる雰囲気やな」
「うん、ここは好きなんだ。ねぇ、一緒に休みが取れたら、タイに行かない?」
「タイか?」
「きっとダニーも気に入るよ」
「お前が言うなら、考えてみるわ」
「ありがと、絶対好きになるよ」
二人は、ゆっくりブランチを楽しみ午後3時に店を出た。
二人でまたジョージのコンドミニアムに戻る。
「ほな、俺、アパートに帰るわ」
「わかった。今晩はどうするの?」
「分からん。仕事持って帰ってるしな」
「そうなんだ。わかった。僕は家にいるから、何かあったら電話して」
「了解」
ジョージはダニーを地下鉄の駅まで見送った。
仕事を持って帰っているのはウソだ。
居心地が良すぎてずっとジョージに甘えてしまいそうな自分が恐かった。
同棲すると絶対に関係はダメになる。ダニーは確信していた。
ブルックリンのアパートに帰り、ストレッチする。
やれやれやなぁ。なんか疲れた。
ダニーはローテーブルの上のピザの箱とビールの空き瓶に気が付いた。
ベッドルームを覗くと、案の定、マーティンがブランケットにくるまって眠っていた。
ダニーはそっとクロゼットから普段着を出して着替えた。
ゆっくりベッドの隅から中に潜る。
「うぅん」
ダニーは思いっきりマーティンの体をくすぐった。
「な、何?!ダニー?」
マーティンが驚いた声を出した。
「あぁ、ただいま」
「外泊なんて、考えてなかった・・」
ぷいっとマーティンは向こうを向いた。
「すまん、そやけどお前、来るならそう言い」
「だって、急に会いたい時ってあるじゃん」
「そか」
「お陰でLサイズのピザ、一人で食べちゃったよ」
「お前、ダイエットしてんじゃなかった?」
「いいの!」
「ほら、こっち向き」
マーティンはゆっくりとダニーの方を向いた。
「ごめんな。待ちぼうけは嫌なもんや。今日は俺が食事作ったる」
「本当?」
「あぁ、一緒に買い物行くか?」
「うん!」
二人はセーフウェイに出かけた。
ミートセクションでビーフから目を離そうとしないマーティンを置いて、
ダニーは骨付きチキンを2本買った。
トマト、芽キャベツ、ピーマン、ペンネ、たまねぎをカートに放り込み、サラダセクションで、グリーンサラダを選ぶ。
「おい、マーティン、レジ行くで」
「待ってよ〜!」
スナック菓子を4袋持ったマーティンが現われて、ダニーは大笑いした。
今日は、チキンカチャトレと大盛りパスタの予定なのに、あんなに食うのか、あいつ。
ダニーの笑いは止まらなかった。
食事が終わり、後片付けしていると、マーティンが後ろから抱きついて来た。
「どうした?」
「ダニーの匂いをかぎたくて」
「お前はロージーか?」
ダニーは大笑いしたが、マーティンはくっついたままだ。
「ああ、いい匂い・・」
ダニーはくるっとマーティンの方を向き、優しく唇にキスした。
「今日、泊まるか?」
「・・うん・・」
「じゃあ、先にシャワーし」
「分かった」
ダニーは自分のトランクスとTシャツをバスタオルの上に置いた。
やっぱりマーティンのパジャマもまだ必要やったな。
ダニーは苦笑した。合鍵を返せとは言えない。
これからもこういう事はあるだろう。
一人に決められない自分の欲張り具合が嫌になる時が増えてきた。
いつか抜き差しならないことになるだろう。
ダニーは深呼吸して、マーティンのためにミネラルウォーターを冷蔵庫から出した。
髪の毛を拭きながらマーティンが出てきた。
ペットボトルを渡すと嬉しそうにごくごく飲んだ。
「ダニーって前からこんなに気が利いたっけ?」
「失礼な奴やな。お前のためやのに」
「あ、ごめんなさい」
ダニーのTシャツではワンサイズ小さいのか、立った乳首が透けて見える。
ダニーは自分のペニスが立ち上がるのを感じた。
「俺もシャワーするわ」
「うん、じゃあ、ベッドにいるね」
「あぁ、先に寝ててもええで」
ダニーは、熱い湯を浴びて、心を落ち着かせた。
昨日はジョージで今日はマーティン。
ほんまに俺って、好きモンや。
ベッドにそっと入ると、マーティンがぎゅっとダニーを抱き締めた。
「ダニー、入れて」
「ん、わかった」
マーティンはサイドテーブルの上からローションを取った。
懐かしい蛇のシンボルのローションだった。
「お前、家から持ってきたん?」
思わずくくっと笑う。マーティンが恥ずかしそうにこくんと頷いた。
「これ、すごいから・・」
「そやな、お前好きやもんな」
「ダニーのバカ!」
ダニーはマーティンの顔を自分の方に向け、優しくキスをした。
マーティンが甘い息をもらす。
マーティンの手からローションを受け取り、中身を手のひらにあけて、指先でマーティンの中に塗りこんだ。
「くぅん、あぁ」
ダニーはキスを繰り返しながら、十分にマーティンを湿らせた。
次にマーティンがローションを手に取り、ダニーの立ち上がっているペニスに繰り返し塗布する。
「これ、ほんますごいな」
「でしょ・・ね、早く」
ダニーはマーティンを後ろ向きにして腰を押さえると、ぐいっと一気に中に押し入った。
「あぁー!」
マーティンが悲鳴に近い声をあげた。
「あかん、声下げ。隣りに聞こえる」
「くぅう」
マーティンは唇を噛んで声が漏れるのを我慢した。
ダニーはゆっくり動こうと思っていたが、ローションで熱くなったペニスがスピードを求めている。
「あぁ、俺、もう止まらんで、マーティン、いくぞ」
「うん、来て、早く来て」
ダニーは腰をマーティンに何度も叩き付けた。
「あぁ、出る」
「僕もだ!あぁぁぁ〜」
二人は同時に弛緩した。マーティンの中が怪しく蠢いているのを感じる。
ダニーは深呼吸して息を整えた。
「一体、このローション、成分は何や?」
「わかんない、でもサイトでいつも人気ベスト3に入ってるよ」
「お前、エロいサイトで買い物してんのか?」
マーティンは恥ずかしそうにブランケットの中に潜った。
ダニーはマーティンの胸毛をなでながら、「寝よか」と潜っているかたまりに声をかけた。
頷くそぶりがあった。
ここまま寝てまえ。
ダニーは、目を閉じた。
「マーティン、起き、朝や」
「ぅぅん、もっと寝てたいよ〜」
「今日は、NYシティー・マラソンやん、応援に行こ!」
「寒い・・」
「アホ!ほら起き!」
ブランケットをひっぺがされて、マーティンは体を丸くした。
仕方がないので、くすぐり攻撃を開始する。
「ダニー、ずるいよ〜。起きるからやめてよ〜!」
二人はシャワーを済ませて、沿道に出た。
スタッテン島をスタート地点に、次はブルックリンを走り抜けるコースだ。
毎年4万人近くが参加している。
屋台でホットドッグを買い、沿道でランナーを待った。
「来たで!」
最初のグループがすごい勢いで走りぬける。
世界有数のアスリートなのだろう。
その後ずっと見ていると、中間ぐらいの集団からアマチュアランナーが増えてきた。
「あ、ドムだ!」
マーティンが声を上げた。
紛れもなく、NYPDのドムがゼッケンをつけて走っていた。
「ドム!ドム!」
マーティンの声に気が付き、ドムは手を振った。
「お前、ゴールで待っててやったらどうや?」
「え?」
「ドム、喜ぶと思うで」
「そうかなぁ。じゃ、ダニーも一緒に行こうよ!」
二人は、ダニーのマスタングでセントラルパークを目指した。
交通規制が敷かれていて、なかなか前に進めない。
仕方なく、セントラルパークのずっと手前で路駐し、コンビニでゲータレードを買って、ゴール地点で待った。
しばらく待っていると、見覚えのある集団がゴールインを始めた。
ドムと同じ集団にいたランナーたちだ。
「ドムは?」
「まだ見えんなぁ」
「あ、来たよ!ドム!ドム!」
マーティンが声を枯らして叫ぶ。
ゴールインしてボランティアの人からタオルと飲み物をもらうドムに二人は近寄った。
「完走なんてすごいやん!」
「ドム、すごいよ!僕感動しちゃったよ」
マーティンが目に涙をためている。
ドムはまだまだ息が切れてしゃべるどころではない。
三人は、ベンチに腰掛けた。やっとドムが声を出す。
「びっくりしましたよ。二人がいるなんて」
「はい、これ飲んで!」
マーティンからゲータレードをもらってドムがぐいっと飲む。
「あぁ、爽快でした」
「ドム、これからどないすんねん」
「とりあえず、家で寝ます」
「そやな、ほな送るわ」
「ありがとうございます」
「それじゃ!」
ドムは手を振ってアパートの中に入っていった。
「タフな奴っちゃな」
「やっぱり犬と一緒の仕事だもんね。僕らとスピードが違うんだよ」
「そやな。お前、これからどないする?」
「うーん、お腹すいた」
「俺もや。この辺の店に入るか」
「うん!」
二人は近くの「P.J.クラークス」に入った。
マーティンお目当てのハンバーガーが看板の典型的なアメリカ料理の店だ。
マーティンはチーズバーガーにフライ、ダニーはチリバーガーにマッシュルームソテーとコブサラダを頼んだ。
「サラダ、お前も食い」
「えー」
「ダイエットやろ、野菜は体にいいで」
「わかったよ」
満腹になったダニーは、マーティンを送ってまたアッパーイーストサイドに戻ってきた。
「今晩は食事軽めにせいよ」
「わかった、ダニーもね」
「俺は代謝がええから太らへんのや」
「知らないよ、そのうちお腹出るから」
マーティンは手を振りながら降りた。
さぁ、明日から、また仕事だ。
ダニーはやっと一人になれた喜びを甘受した。
ダニーがオフィスに出勤すると、サマンサが寄って来た。
「ハイ、ダウンタウン・テイラー。プライベートのごたごたは片付いた?」
「まぁまぁや。ええ週末やったわ」
マーティンが肩を震わせて笑っているのが見える。
「良かったじゃない!また何かあったらいつでも相談にのるわよ」
「ありがとな、サムはどうやねん」
「私もまぁまぁ」
今や右の薬指のリングを触るのが癖のようになっている。
「良かったな」
「さぁ、仕事しようっと!」
ダニーがトイレに立つと、マーティンが追ってきた。
誰もいないのを確認して話し始める。
「ねぇ、プライベートのごたごたって僕のこと?」
「まぁいろいろな。でもお前のおかげでええ週末やった」
「本当?」
マーティンの顔が輝いた。
「ああ、ありがとな」
「僕も久しぶりにダニーの料理食べられたし、一緒にいられたから嬉しかった」
他の局員が入ってきたので、二人はそそくさと用を済ませて、手洗いし、トイレを出た。
ボスが二人を呼び止めた。
「ダニー、マーティン、オフィスへ」
二人がボスのオフィスに入っていくと、目を泣き腫らした中年女性が座っていた。
「こちら、ミセス・オースティンだ。娘さんが駆け落ちして困っておられる。
テイラー捜査官とフィッツジェラルド捜査官です」
二人は会釈する。
「娘の居所は分かっているんです。でも、相手が暴力的で、私の力ではどうすることも出来なくて」
「二人にこの案件を任せたいがいいか?」
ボスのこの言い方は命令だ。
「了解っす」
「それでは、オースティンさん、別の部屋で詳しくお話を伺います」
マーティンが優しくミセス・オースティンを立たせて、応接室に案内した。
「娘は、オードリーと言います。まだ16歳なんですが、どこで知り合ったのか、30過ぎの飲んだくれと交際をし始めまして。
女手ひとつで育ててきたのがいけなかったのかしら。年上に惹かれるんですよ」
「その飲んだくれとは?名前はお分かりで?」
「はい、ブレンダン・ウォーカー。車の修理工です」
「居所が分かっておいでなんですよね?」
「ええ、コネチカットのスタンフォードのモーテルにいます。あの子から電話があったんです」
それでFBI管轄になったのか。二人は合点がいった。
「もっと詳しく教えてください。絶対お嬢さんを連れて帰りますから」
「お願いします」
ダニーの運転で、二人は州を越えて、コネチカットのスタンフォードに向かった。
紅葉が美しい景色が広がるが、二人の頭の中は、娘の保護しか頭になかった。
レインボウ・モーテルはすぐに見つかった。
派手な虹のサインが目印だ。
フロントで、部屋番号を聞きだす。
2階の211号室。裏口のない出入り口1箇所だけの作りなのがありがたい。
二人は拳銃を抜き、構えた。後ろを地元警察の巡査たち数人がカバーした。
「ピザのデリバリーです〜」
ダニーが甲高い声を出し、ドアをドンドンノックする。
「うるせい!頼んでねぇぞ〜!」
ウォーカーは中だ。オードリーも一緒なのか?
「おい、オードリー、お前頼んだのか!ええ、答えろよ!」
ボスっと鈍い音がした。オードリーは暴力を受けている。
二人はドアを蹴破った。
「FBI!手を上げろ、ウォーカー!」
オードリーはビール瓶が何本も転がる床の上で震えていた。
「お前、最低の奴やな!」
ダニーがウォーカーを壁に叩き付けた。
「後ろ向け!」
マーティンがウォーカーに手錠をかける。
ダニーはオードリーを抱きかかえるようにして立たせた。
「お袋さんが待ってる。NYに帰ろうな」
オードリーはこくんと頷いた。
「何だよ、お前ら。俺たちこれから結婚するんだぜ」
ウォーカーがまだ悪態をついている。
「お前は犯罪者や。刑務所でどんな目に遭うか楽しみやな」
ダニーはウォーカーに冷たい一瞥をくれると巡査に引き渡した。
帰りもダニーの運転でNYまで車を飛ばした。
オードリーを一刻も早く母親の元に届けたかった。
マーティンのとろとろ運転では、ダニーの気持ちがもたない。
オフィスに戻り、エレベータに一緒に乗る。
今までだまっていたオードリーが口を開いた。
「ママ、私のこと怒ってない?」
「心配してはるで、涙で目を腫らしてはったわ」
「私、ママの言うこと聞かない悪い子だったの」
「やり直しは出来るよ」
「本当?」
「本当だよ」
「ありがとう、捜査官さん、お名前は?」
「マーティンと」
「ダニーや」
「ありがとう。二人とも、本当に。マーティン、かっこいいね」
エレベータがMPUのフロアに止まった。
廊下の椅子にミセス・オースティンが座っていた。
サマンサが付き添っている。
「ママ!」
「オードリー!」
二人は廊下の真ん中で抱き合った。
こういう光景は何時見ても嬉しい。
サマンサは、「やったわね」と二人をねぎらった。
二人はまっすぐボスのオフィスに向かった。簡単に口頭報告を済ませる。
「二人に任せた甲斐があったな、よくやった。報告書は明日でいいぞ」
「ほんとっすか?」
「ああ、今日は早く帰って疲れを取ってくれ」
「ありがとうございます」
二人はボスのオフィスを出て思わずグーで挨拶した。
「ボン、晩飯食おうか?」
「それ、僕も言おうと思ってた。今日はいい気持ちだ」
「お前につきあうで」
「本当?」
二人は書類整理しているヴィヴィアンとサマンサに「お先に」と挨拶して、オフィスを出た。
マーティンは迷わずミッドタウンの「モートンズ」に予約を入れた。
NY一のポーターハウスが食べられる高級店だ。
客のほとんどがビジネス客、それも仕立てのよいスーツを着た連中がほとんどだ。
マーティンが目を輝かせながらメニューを見ている。
「ねぇ、ポーターハウス頼んでいい?」
「ああ、ここは「かっこいいマーティン捜査官」のおごりやし!」
ダニーはどわっと笑った。
マーティンの照れた顔が可愛かった。
ダニーは前菜にサーモンタルタル、マーティンはシュリンプカクテルを選んだ。
付け合せはジャンボアスパラガスのソテー、ポテトのリヨン風、ワイルドマッシュルームのソテー。
ダニーは忘れずにシーザーズサラダも頼んだ。
マーティンがワインを選んでいる。
「今日はソノマ・ヴァレーの赤がいいよね」
「「かっこいいマーティン捜査官」にまかせるわ」
「もう、うるさいなぁ!じゃ、フェラーリ・カラノのシラーズお願いします」
二人は気持ちよくディナーを済ませた。
デザートは名物のグランマルニエのスフレにカプチーノ。もう満腹だ。
「ほんま、ここは美味いなぁ」
ダニーが感嘆する。
「肉が違うよね。ピータールーガーも好きだけど、ポーターハウスないし、あそこに行くとボスに会いそうな気がしてさ」
「ああ、ボス、お気に入りやもんな」
「サムと一緒にいるところなんて会えないじゃない」
「俺らかて、ほんまは職場恋愛なんやで」
「あ、そうか」
マーティンは終始嬉しそうだった。
レストランを出た二人。
あと一杯飲みたいところだが、ダニーはずるずるマーティンを部屋に引きずり込みそうな気がして、心を鬼にした。
こういう腐れ縁のような復縁はよくない。
マーティンは気にしていないようだが、自分は気にする。
「それじゃ、こっから地下鉄乗るわ、お前はタクシーやろ?」
「え、ブルックリンに帰るの?」
「ああ、週の始めやからな」
「わかった。今日はお疲れ様」
「お前もな、相棒」
「え、今、何て言ったの?」
「相棒って言うたんやけど?」
「相棒か・・何だか新鮮だね」
いつまでも話しそうなマーティンを置いて、ダニーは地下鉄の駅の階段を下りた。
「また明日な、ボン」
「おやすみ、ダニー」
ダニーはソフトアタッシュからiPodを出して、Radioheadの新譜を聞き始めた。
ダニーはシャワーの後、ぶらぶらと屋上を散歩した。ここに来るといつもブルックリン植物園を思い出す。
ひんやりとした秋風が火照った体を撫でていくのが心地よい。
デッキチェアに座って水を飲んでいると、マーティンが隣に座った。
「何見てんの?」
「そこのモンステラ。うろ覚えやけど確かそんな名前や。飲むか?」
「ん、ありがと」
マーティンは一口飲むとペットボトルを返した。
「いつまでもここにいると風邪引くよ」
「わかってる。お仕置きが嫌やから逃げてんねん」
「あれは本気じゃないよ。ダニーがいたずらしたから、ふざけてからかっただけだよ」
「さあな、トロイはどうやろ」
ダニーはくくっと笑ってマーティンの肩を抱いた。
二人がベッドに寝転んでいるとスチュワートが入ってきた。マーティンにいきなり白衣を投げる。
「これ着るの?」
「そうさ。今からテイラーの診察をするから」
スチュワートは事もなげに言うと自分も白衣を羽織る。ダニーは慌てた。
「待てや!診察って何の話やねん!」
「スカート捲りのお礼さ。タダで診察してもらえるんだぜ?お仕置きとも言えないよな」
「オレはええって、いらんいらん。健康やし」
「健康に過信は禁物だ。大丈夫、痛くないから怖くない。尿意は?あるならトイレに行ってこい」
ダニーは観念して首を振った。
「よし、それじゃ下だけ脱げ」
「えー、オレだけ脱ぐん?」
「恥ずかしがるなよ、今まで何度も見たろ。今日はマーティンが診るからさ、オレは助手だ」
「えっ、僕が診るの?無理だよ、僕にはできない」
「ちゃんと指導するから心配ない。ジョンズホプキンス仕込みの技を伝授してやる。これ使え」
マーティンは言われるままラテックスの手袋をはめて、不安そうに右手を眺めた。
ダニーは下半身だけ素っ裸になった。マーティンがこっちを見たがわざと視線を外す。
「テイラー、仰向けに寝て膝を抱えろ」
「アホか!ケツの穴が丸見えになるやろ!」
「直腸診なんだから当たり前だろ。早くしろ」
「直腸診!嘘やろ!」
今までそんな検査をしたことがないダニーはうろたえた。
「嫌や、やめてくれ」
「すぐに終わるからさっさと仰向けになれ。お前のケツの穴なんかとっくに見慣れてるよ」
淡々と言われ、ダニーは渋々膝を抱えた。二人が真剣に肛門を覗きこんでいるのが膝の間から見えて死ぬほど恥ずかしい。
マーティンは手渡された潤滑剤を指に塗った。教えられたとおり、ゆっくりと指を肛門に挿入する。
「んっ!」
ダニーは思わず声を漏らした。マーティンに痛くないかと聞かれて目を閉じたまま頷く。羞恥で顔が熱い。
「ええから、早よ終わらせろ」
マーティンはこくんと頷いて指先に集中した。温かい内壁が指に絡みついてくる。
「そうだ、そのまま直腸壁まで指を進めろ」
「こう?」
マーティンはおずおずと指を奥まで差し入れた。
「あ、なんかあるみたい」
「前立腺だ。ゆっくり触って大きさや表面の状態、左右対称かどうか、それに結節の有無を調べろ」
「一度に言われてもわかんないよ。あ、左右対称なのはわかった。腫瘍?とかそういうのもないみたい」
「いいぞ、上出来だ」
スチュワートは嬉しそうにマーティンの髪をくしゃっとした。
「もうええやろ」
ダニーはキスする二人の肩を蹴飛ばした。苦笑しながら唇が離れるのを呆れたように眺める。
「悪い、つい」
「ええから指抜いてくれへんか」
「ごめん」
マーティンはそろそろと指を引き抜いた。入れ替わりにスチュワートの指が入ってくる。
「おい、何すんねん!」
「一応ちゃんと診ておいたほうがいいだろ。深呼吸して力を抜け」
ダニーが文句を言いかけるとマーティンが手を握った。
「ついでだからスチューに診てもらったほうがいいよ。ダニーが病気になったら僕・・・」
「わかった、わかった。とにかく早よ終わらせろ」
ダニーはマーティンの手の甲にキスをして身を任せた。
家に帰ると留守電が点滅していた。
「ダニー、僕です。今週の木曜日あいてますか?電話ください」
ジョージだった。
ジャケットを脱いで、ネクタイを緩め、ソファーに座ってコールバックする。
「ダニー!元気だった?」
「ああ、遅なってごめんな。今日はコネチカットまで行ってきてん」
「そうなんだ!失踪者は?」
「ああ、無事保護したで」
「ひやったー!」
「お前はヒロか!」
ダニーは大笑いした。
「それで木曜日は何やねん?」
「あのね、NYコメディー・フェスティバルにあのデニス・レアリーが出るんだよ。チケット取れたから、ダニー行くかなと思って」
「え、あの「レスキュー・ミー」の消防士か?おもろそやな。行く、行く」
「ブロードウェイのビーコン・シアターに8時だからね」
「よっしゃ。ありがとな」
「早くダニーに会いたいよ」
「俺もや。木曜日楽しみにしてるで」
「じゃあね」
流されていく自分。
ダニーは、バスタブに湯を張りにバスルームへ消えた。
木曜日、ビーコン・シアターの外は当日券が買えなかったファンがダフ屋を求めて騒然となっていた。
頭一つ飛びぬけたハンチング帽のジョージが見えた。
「おーい!」
「あ、ダニー!入ろうよ!」
「そやな」
二人は、最前から5列目の真ん中に陣取った。
「最高の席やん!」
「ありがと。じゃ、今日のディナーはダニーのおごりだね」
「ああ、そのつもりや」
デニスのギャグは冴え渡っていた。
ダニーもジョージもお腹を抱えて笑いまくった。
あっと言う間に90分のステージが終わり、腹ぺこだ。
「今日はお前の好きなタイ料理にしよ」
「わぁ、嬉しい!」
ダニーはアムステルダム街の「ランド」にジョージを連れて行った。
アフター・ステージの客でごったがえしている。
やっとテーブルを確保出来、二人は座った。
「シャンパン飲むやろ」
「うん、笑いすぎてのどカラカラだよ」
二人はシャンパンで乾杯しながらメニューを読み始めた。
前菜は、サテー盛り合わせとチキンミンチのレタス包み、青パパイヤサラダ、
メインは、蟹カレー、ビーフミンチのバジル炒めにジャスミンライスを取り分ける形にした。
ダニーはジョージが話すエキゾチックなバンコクやプーケットの話に魅了された。
今度、有休が取れたら、まじめに旅行を考えようと思い始めていた。
「お前、ほんまにタイ、好きな。ええことあったん?」
「うん、本当の僕が分かったって感じかな。自分が見えたんだよ。ダニーもワット・ポーに行けばわかるよ」
「何か恐いな。お告げみたいなもんか?」
「よく、分からないけど・・」
ジョージは天井を見つめて考えていた。
「お前、ときたま「ロスト」のジョン・ロックみたいやな」
ダニーが声を出して笑った。
「何、それって、イっちゃってるってこと?」
ジョージがおどけた顔で答える。
「そやないけど、まぁ、そんなとこや」
「ひどいよ、ダニー、いじわる」
今度はふくれっつらになる。
そんなジョージの百面相も可笑しい。
さすがにモデルだ。表情の一つ一つに惹かれてしまう。
「ダニー、僕の顔に何かついてるの?」
「あぁ、ごめん、つい見とれてしもうた」
「それって、まだ見飽きてないってこと?」
「ああ、悔しいけどそや」
「すんごい嬉しいな」
ジョージはデザートのタロイモのムースを口に運んでにっこり食べた。
ダニーは思わず正直に言ってしまった自分に照れながら、ハーブティーをすすった。
ダニーは携帯の音で目を覚ました。
「ふぁわい、テイラー」
「ダニー、やばいよ、まだ家?」
ひそひそ声のマーティンだった。
「え?」
「もう時間過ぎてるよ」
ダニーの頭は衝撃で、くるくるフル稼働を始めた。
「俺、聞き込みしてから出勤ってボスに言うといて」
「ええ?!」
「頼むわ、ごめん」
昨日、ジョージのコンドミニアムから戻ってきたのが、午前3時。
念入りに目覚まし時計をセットしたつもりだった。
その目覚まし時計がサイドテーブルの上にない。
見ると床にバラバラになって散らばっていた。
「あぁ、手ではらってしもうたんや」
ダニーはしばらくぼっとしていたが、のろのろとシャワーを浴び、髭そり、歯磨きを終えた。
こうなったら午前中さぼってしまえ。
そう思い切ったら、また眠くなった。
ダニーは携帯のタイマーをセットしてうとうとした。
スタバでチキン&チーズサンドとカフェラテを買い、オフィスに出勤した。
もうランチタイムだ。ボスはいないと思っていたが、低い声で呼ばれた。
「ダニー、ちょっと来い」
「はい、何です、ボス?」
「お前から今朝聞き込みに行くという事前報告は受けてないが・・」
「いやーそれがですね、夜中にタレコミ屋からネタがあると連絡を受けまして、ボスには報告しませんでした。すんません」
「これからは気をつけろ。人事管理がうるさい」
「わかりました」
デスクにもどり、ホットサンドにかじりついた。
マーティンがじとっと見ている。
ダニーがウィンクをすると、マーティンは頬を赤らめて、PCに向いた。
今日は俺が飯おごりやな。
ダニーはマーティンを晩御飯に誘おうと決めた。
メールでマーティンに「今晩、捜査会議希望」と出した。久しぶりの交信だ。
マーティンがおおっとPCを覗き込んでいる。
すぐに返信がきた。
「了解。ホールで7時」
場所はマーティンに任せることにした。
まさかまたポータハウスということはないだろう。
マーティンは国連ビル近くのスペイン料理「アルカラ」を選んだ。
ダニーは来た覚えがないが、マーティンはマネージャーと挨拶をしていた。
「お前、ここ知ってんの?」
「ほら、覚えてない?僕がスペインの外交官と付き合ってた頃・・」
「あぁあぁ、エンリケやったか?」
「そう。彼のいきつけのレストランでよく来たんだ」
「へぇ、じゃお前オーダー決め」
「いいの?」
「ああ、野菜も入れてな」
「うん、わかった」
マーティンは前菜からエビのガーリック炒め、ハモン・セラーノ、サラミの盛り合わせ、
ポテトオムレツを選び、メインからはミックスグリルパエリアとイカの墨煮、野菜ソテーの盛り合わせを頼んだ。
「ワイン、赤でもいいかな?」
「何でもええよ」
「それじゃ、リオハのマルケス・デ・リスカルを」
頼み終えて、マーティンがつぶやいた。
「このワイン、エンリケはケースで買ってここに置いてもらってたんだよね」
「まるで自分のレストランみたいやな」
「外交官は多いみたい。場所も彼らのアパートに近いから」
「そか。お前、エンリケがなつかしいか?」
「そうでもない。それに今は、彼はアメリカ人の奥さんと一緒にモスクワだし」
「そやなー、あいつてっきりゲイかと思うてたのにな」
「うん・・バイの人はいいね。いつか結婚しちゃう。ダニーもしたい?」
「結婚か?よせやい、俺には似合わん」
「ふー。そうか」
マーティンは安堵したのか、ため息をついた。
「今日は俺のカバーでウソついてもらって、ありがとな」
「だって僕たち相棒なんでしょ?」
「そや、相棒やけど、こんなことあると予想してそう呼んだんじゃないんやで」
「わかってるよ」
二人はワインで乾杯した。
家に帰ると留守電が点滅していた。ジョージに決まっている。
「今週の日曜日は暇ですか?電話ください」
ダニーはいつものようにジャケットを脱ぎ、ネクタイを取ると、電話をかけた。
「ジョージ、俺や」
「あ、ダニー。お疲れ様です」
「日曜日は何?」
「あのね、紅葉見物のクルーズツアーがあるんだけど、僕、一回も行った事がなくて・・・一人じゃ乗るの恥ずかしいし」
「その声は、行きたいんやな」
「うん、ダニーの迷惑でなければ」
「よし、つきおうたるわ。チケット予約し」
「わぁい!ありがと!あのね、サウスストリートのピア16から出る船でね、10:30集合だからね。
朝ごはんとお昼のフル・ビュッフェとワイン・テイスティングがあるんだって」
ジョージはすでに興奮している。
「それじゃ、起きたらすぐにピアに向かうわ」
「うん、温かいかっこしてきてね」
「わかった」
「わぁい、ダニーとクルーズだ!じゃあね!」
ダニーもNYに住んで随分になるが、紅葉狩りのクルーズなどまったく無縁の世界だった。
あのジョージが興奮しているのだから、よっぽど内容がいいのだろう。
ダニーは日曜日が楽しみになった。
ジョージと付き合い始めて、NYという街との付き合い方も変わってきた気がする。
今までは、アパートとオフィスとバーかダイナーの往復の毎日だった。
それか家でデリバリーを取って、DVDの映画やケーブルでスポーツ番組を見るのがライフスタイルだった。
ジョージは自分に新しい目でNYを見直すことを教えてくれているような気がする。
そのお陰で、ダニーはこの世界有数の大都市に住んでいる幸せをより一層感じられるようになっていた。
日曜日になり、ダニーはアルマーニエクスチェンジのセーターと革ジャンにカシミアのマフラーを合わせ、ジーンズにブーツを履いた。
一応防寒用のつもりだ。
ピアに着くと、トミー・ヒルフィガーのダウンコートで、もこもこになったジョージがいた。
「ダニー!ここここ!!」
「おはよう、ジョージ!」
「随分薄着じゃない?」
「ん?大丈夫やろ?」
「うん、この船3階建てになってて、デッキだけが寒いみたい。もう僕わくわくしちゃってさ」
「俺もや」
「じゃ、乗船しようよ!」
二人はデッキからかかった橋げたに乗ってがたがたと乗船した。
中は観光客らしいアジア系やヨーロッパ系、着飾った地元カップルが多かった。
クルーズが始まった。早速プログラムの紹介がある。
朝食のあと、キャッシュオンデリバリーのバーが開き、ライブが始まる。
ハドソン川を上る間に、エンパイヤステートビルやクライスラービルを見ながら、イーストリバーに行き、
自由の女神を回って、さらに上に上る予定だ。
それから紅葉狩りをしばらくして、ランチが始まる。
帰りは4:30だという。
ダニーはスペイン語の観光客に話しかけた。
「今のプログラムの説明わかりました?」
「それが・・」
ダニーは流暢なスペイン語で内容を反復してあげた。
家族4人でマドリッドから来ているという。
親父さんがさっそくビールを持ってきた。
ダニーとジョージはスペイン人ファミリーと最初の乾杯を始めた。
ジョージはサングラスをかけているので、誰もジョージ・オルセンとは気が付かない。
ジョージも中年のご夫婦に話しかけていた。結婚20周年の記念らしい。
ダニーとまた乾杯をした。
あっと言う間に朝食の時間になり、ダニーたちは大きな団体になって、ダイニングに集合した。
美味しそうな卵料理が並んでいる。
二人は大好きなエッグベネディクトとソーセージにホウレンソウのソテーで腹を満たした。
その後も友達が増えて、皆とシャンパンやビールの乾杯が続く。
高層ビルや自由の女神は見逃したが、いつでも見られるので未練はない。
さて、これからが紅葉狩りだ。
左右に広がる公園の木々の美しさに皆、無言になり、カメラを取り出し始めた。
「やっと二人になれた」
ジョージが喜んだ。
「今年最後の紅葉狩りクルーズなんだって」
「まるで絵みたいやな」
「本当に。自然ってすごいよね。キャンパスに描かれたどんな名画よりも力強い」
ライブも聞こえ、すっかりいい気持ちになっていく。
「僕、すごい幸せだよ、ダニー」
「俺も、ジョージ、お前のおかげや」
「そんなの、いいよ、ダニーがいることが奇跡なんだから」
「アホ!」
ダニーはジョージの頭を軽くコツンとした。
嬉しそうに肩を寄せてくるジョージ。
ダニーは周りがどう考えようとも、どうでもよくなってきた。
さて、ランチの始まりだ。
カナッペ、サラダ、ローストビーフ、サーモンのクリームソース、温野菜、チーズ、デザートが揃っている。
二人はシャンパンのおかわりをしながら、ランチを楽しんだ。
いよいよ、ブルックリン橋をくぐって、ピアに帰る時間だ。
ダニーもジョージも人目を気にせず、手をずっとつないでいた。
下船の時、写真を撮ろうといろいろな人に言われ、二人はサングラスをして記念写真に納まった。
まさか自分の記念写真の中に、世界のスーパーモデルが写っているとは誰も思うまい。
そう思ったら、ダニーの笑いが止まらなくなった。
ジョージは酔っ払ったダニーを連れて、コンドミニアムに戻ることにした。
ダニーはジョージのキングサイズベッドにダイブした。
「あぁ、気持ちええなぁ。最高の日曜日や!俺、少し寝るぞ〜!!」
そのうち、大きなイビキが聞こえてきた。
ジョージは、ミネラル・ウォーターで体を浄化させて、ホットバスに入った。
早くアルコールを抜く技だ。
多分、8時過ぎまでダニーは目が覚めないだろう。
家にあるもので夕飯を作ろうと思った。
幸い、新鮮な野菜や肉を仕入れたばかりだし、何でも作れる。
ジョージは、ダニーの好きなメキシカンに決めた。
冷凍庫を見ると、トルティーヤもあった。
野菜を刻んで、ジューサーにかけ、ガスパチョを作って冷蔵庫に入れる。
牛肉と鶏肉、レタス、たまねぎを細切り、トマトはざく切りにした。
牛肉と鶏肉とたまねぎは炒めるつもりだ。
チェダーチーズもあるし、サワークリームもサルサソースも買い置きがある。
これで、ブリトーができたも同然だ。
アボカドをくりぬいて、ワカモレディップを作る。
「あ、チップスがないや!」
ジョージはそうっと部屋から出て、近くのコンビニにトルティーヤチップスを買いに行った。
いつも選ぶオーガニックのブラックコーンを2袋買って、部屋に戻った。
ベッドルームを覗くとダニーが大の字になって寝ていた。
いつもと違い、無防備な姿が可愛い。
ジョージは思わずキスしたい衝動にかられたが、怒られそうなのでやめた。
DVDで「バイオハザード3」を見ていると、目をこすりながらダニーが起きてきた。
「俺、どれ位寝た?」
「うーんとね、ざっと3時間」
「お前のベッド、心地よすぎやで」
「ダニーがいい気持ちで飲んでたからだよ」
「シャワーするわ」
「わかった」
「飯どうする?」
「ご心配なく!」
「そか」
ダニーはシャワールームに消えた。
すっかりアルコールもさめたようだ。
「ね、テカテビール飲む?」
「って事は、晩飯はメキシカン?」
「そうだよ」
「ひやったー!」
「ダニーもヒロじゃない!」
「そう、俺がヒロでお前はアンドウ君やな」
「え、僕がヒロでダニーがアンドウ君だよ」
二人は自然とキスを交わした。
缶ビールをこちんと合わせて、ダイニングについた。
ブリトーの材料が目の前に並んでいる。
「お、美味そうや。俺大好きやからな」
「知ってるよ」
「ありがとな。ジョージ」
ジョージはぽっと頬を赤らめ、「気にしないで」と言って、ワカモレディップを乗せたチップスを渡した。
「やっぱビールとこれは止められへんな」
「うん、美味しいよね」
二人はお互いのブリトーを作り、口に入れたりして、遊びながらディナーを楽しんだ。
「外食じゃ出来へんな」
「だから家のダイニングが好きなんだ」
「そやな、お前は名シェフやし」
「ダニーもすごいからね。あ、ガスパチョ忘れてた。飲む?」
「もちろんや」
ガスパチョも絶品だった。辛さの具合がちょうど良い。
「なぁ、さっき何の映画見てたん?」
「え、バイオハザード3だよ」
照れながらジョージが答える。
「お前SF好きな」
「うん、ゲームも好き。それにミラ・ジョヴォビッチ好きなんだ。中性的で強いし」
「そか」
ダニーから見ると彼女は痩せすぎだと思っている。
もう少し胸が豊満であったなら・・・
「ダニー、何考えてるの?」
「え、映画のことや」
「ふうん」
ジョージが訝った顔をしている。
「ウソや、ミラの裸考えてた」
「やっぱりね!だから男って・・」
「何や?」
「何でもないよ」
ジョージはダニーがゲイではないのを思い出した。
いつか自分の下から去って女のところに行ってしまうのだろうか。そんなの嫌だ!
「おい、ブリトー破れてるで」
「うわ!」
ダニーは笑いながらこぼれた野菜を拾った。
ダニーは夜中の12時ごろ、ジョージに車で送ってもらい帰途についた。
「今日は、ほんま楽しかったで」
「僕もだよ、ダニー、つきあってくれてありがとう」
「またなんかして遊ぼうな」
「うん!」
「じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
二人は車内で軽く唇を合わせた。
ダニーはジョージの車が角を曲がるまで見送った。
心地よい疲れが体に残っている。今日はよく眠れそうだ。
月曜日、ダニーははつらつとした気分で出勤した。
スタバで並ぶのも苦にならない。
ソーセージマフィンとダブルエスプレッソを買い、いそいそとオフィスに出向いた。
デスクで早速マフィンにかぶりく。
マーティンが珍しく寝癖のまま駆け込んできた。
早速サマンサに注意されている。
ダニーはキャビネットの中からウォーターグリースを取り出して、マーティンを追い、トイレに入った。
「ボン、どうしたん」
「あー寝坊」
「ほら、これ使い」
「あ、ありがとう」
「おまえのふわふわヘアーにはつけすぎるな」
「うん、わかった」
ダニーはまた席に戻って朝食を終わらせた。
月曜日定例のブリーフィングが始まった。
チーム全員が自分の担当している事件の進捗状況を報告する。
失踪者捜索班の宿命は、長く在籍すればするほど未解決事件のファイルが増えていくことだ。
それぞれの捜査官がまるで十字架のように、それを背負い続けなければならない。
発生から期間が長くなればなるほど生存の確率が減る。
そして、月に一度ワシントンから送られてくる白骨死体から復元されたCGファイルと、
自分の担当している失踪者の顔の照合作業にかかるのだ。
ベテランのヴィヴィアン、割り切ったダニーとサマンサと比べると、
マーティンは、まだ自分の心がその作業に大きく揺さぶられるのを感じていた。
おそらくボスも分かっているだろう。
マーティンは作業のたびにまだ慣れない自分の未熟さを思い知らされていた。
「それでは、今月もファイルとの照合を開始してくれ。以上だ」
ボスの指示に従って、それぞれにDVDが渡される。
終始無言の作業の始まりだ。
昼になり、作業に集中して眉間にしわを寄らせているマーティンの肩に、ダニーがそっと手を置いた。
「飯いこ」
「あ、そうだね」
マーティンは腕時計をじっと見た。
二人でいつものカフェに行く。
「マッチした案件はあったか?」
ダニーが優しく尋ねる。
「まだないや」
「俺もや。今日は飲みに行くか」
「いいね。飲みたい気分だよ」
二人は静かにランチを終わらせた。
定時時刻になり、それぞれPCのスウィッチをオフする。
「お疲れ」
ヴィヴィアンとサマンサが帰っていった。
「俺らも行くか」
「うん、そうだね」
カバンを持って、二人も席を立った。
久しぶりのブルー・バーだ。
エリックが一瞬嬉しそうな表情をする。
「今日はカウンターで」
ダニーが言うと、一番奥に案内された。
チーズの盛り合わせが出てくる。
「いつも、ありがとな」
「とんでもありません。ご注文は?」
「テキーラ」
「僕も」
二人とも強い酒が欲しかった。
「今日はお前んとこで飯食おうか?」
「本当?」
「ピザでもええやろ?」
「うん、何でもいい」
ダニーの心使いが嬉しかった。
二人はショットのお代わりをオーダーした。
「ふぅ〜」
マーティンが額に汗をにじませて、大きく息を吐いた。
上に乗っていたダニーも横にごろんと転がり、同じように息を吐いた。
「ダニー、何だかすごかった」
「お前のおかしなローションのおかげや。あれ、ほんま、安全か?」
「多分大丈夫だと思うけど・・・」
「俺のチンチンが倍に腫れたらどないする?」
「えっと・・・もう一回やる」
マーティンは赤くなりながら、答えた。
「アホ!」
「うふふ」
「それじゃ、このまま寝ちまおうか」
「うん、朝早く起きてシャワーすればいいもんね」
「お前、目覚まし時計は遠くに置け」
「へ?」
「とにかくそうしてくれ」
「わかったよ」
マーティンはしぶしぶサイドテーブルの一番隅に時計を置いた。
「これでいい?」
「完璧や。おやすみ」
「おやすみ、ダニー」
二人はけたたましい目覚まし時計の音で目を覚ました。
「何で、こんなに音が大きいんや?」
「ダニーが不安そうだったから、音量を最大にして寝たんだよ」
目をこすりながらマーティンが答える。
「おかげですっかり目が覚めたわ、シャワーしよ」
「うん」
二人でシャワールームに入る。
マーティンのバスルームは広々としていて二人でも悠々とシャワーが浴びられる。
ダニーが先に出て、歯磨きと髭剃りを済ませた。
ドライアーをマーティンに渡す。
「今日はきちっと寝癖直し」
「もうしないよ」
マーティンは急いで髪の毛を乾かした。
今日は、随分時間に余裕がある。
二人はフェデラルプラザ近くのカフェでブレックファースト・スペシャルを食べて、出勤した。
廊下でこそっとダニーがマーティンに尋ねた。
「昨日と同じ作業やけど、大丈夫か?」
「心配してくれてたの?ありがと、大丈夫だよ」
「そか」
二人はそれぞれのデスクについた。
今日の成果は悲しいことに、ヴィヴィアンとダニーが2件、サマンサが1件、身元照合がマッチしてしまった。
遺族の居場所がNYから行ける住所であれば、チームが出向いて結果を知らせる。
遠い場合は所轄のFBI支局に任せるシステムになっていた。
ダニーのケースはニュージャージーだった。
「僕も一緒に行きます」
マーティンがボスに申し出た。
「そうだな、行って来い」
二人は支局の車で出かけた。
被害者は、4年前に行方不明になった当時21歳の大学生の女性だった。
「ジョンソンさん、FBIです!」
ダニーが玄関のドアをノックする。
母親らしき女性が出てきた。
「お嬢さんのことでお知らせがあります」
「え、無事なんですか?」
女性の顔に希望の輝きが宿る。
「残念ながら、コロラドで見つかったご遺体がお嬢さんと合致しました。心よりお悔やみを申し上げます」
「そんな!何かの間違いでしょ・・・」
女性は崩れ折れた。マーティンが優しく抱き起こす。
「本当に残念ですが、DNAも一致しました。
ここに、ご遺体のお引取りの書類をお持ちしました。
今でなくて結構ですから、ご署名をお願いします」
母親は茶色い封筒を受け取ると、そのまま家の奥に入ってしまった。
ダニーは静かにドアを閉めた。
「何度やっても慣れへんな」
「ダニーは上手だよ。僕はまだ無理だ」
「そんなら、帰ろか」
「うん、そうだね」
帰途は無言のドライブになった。
「今日は、寿司でも行くか?」
ダニーが重苦しい空気を破ろうと明るい声を出した。
「毎日、僕と食事でいいの?」
マーティンが真面目な顔で尋ねた。
「ああ、相棒と食うのが普通やんか」
「あ、そうだね、僕らは相棒だもんね」
二人は支局へ戻った。
ダニーとマーティンが花寿司に入り、カウンターの席に着くと、板長が「いらっしゃい」と挨拶してくれた。
「あれ、ダニー、あっちにアランがいるよ」
マーティンがカウンターの向こうに目をくれる。
アランがロバートと一緒に日本酒を飲んでいるところだった。
二人とも楽しそうだ。
「俺、挨拶してくるわ」
ダニーは席を立ち、二人のそばに近寄った。
「アラン、ロバート、偶然やね」
「ダニー!あ、マーティンと一緒か?」
アランが大げさに驚いた顔をした。
「ダニー。その節はどうも」
「寿司はヘルシーフードなんやろうけど、日本酒はええんか?」
「今日はダイエットからの開放日なんですよ、一緒に飲みますか?」
「いや、あっちで相棒と飲むから、それじゃ」
席に戻ってきたダニーの顔を見て、マーティンが心配そうに尋ねた。
「ダニー、僕なら別の店でもいいよ」
「いや、ここの寿司は美味いからここでええやん」
「だって、ロバートのこと嫌いなんでしょ」
「え?」
「それ位、鈍い僕でも分かるよ」
こそこそ声でマーティンは耳打ちした。
「仕方ないやん。あいつ、今、アランのクリニックのアシスタントなんやて」
「へぇ〜。随分出世したんだね」
「何かやってるで、あいつ」
「アランなら大人だから大丈夫だよ、ねぇ、本当にこの店でいいの?」
「おう、頼もうで。イタサン、オマカセクダサイ」
二人で日本酒も入れて200ドルの食事を終えた。
まだアランとロバートは食事中だ。
「おさき」
ダニーはぷいっと外に出てしまった。
マーティンは「それじゃ、また」と適当に言葉を並べて、ダニーの後に続いた。
「これからどうする?」
「今日は俺、自分のベッドで寝るわ」
「そうだね、疲れたもんね」
二人は地下鉄の駅で別れた。
電車に揺られながら、ダニーはロバートのいかにも屈託のない笑顔を思い出していた。
いつか、あいつの化けの皮をはいでやる。
ダニーの心はぐつぐつ煮え立っていた。
家に戻り、まず留守電のジョージに答える。もはや日課だ。
「ダニー!お疲れ様〜!」
「ああ、疲れたわ」
「どうしたの?」
「今日はな、失踪者の死亡告知を遺族にしてきたんや」
「・・」
思わずジョージが絶句した。
「大変だったね。家に行こうか?」
「ごめん、疲れてるから、もう寝るわ」
「そうだね、元気だしてね」
「ああ、お前の声で元気でた」
ダニーは嘘をついた。
「本当?よかった!」
「お前は何してた?」
「ビル・トレバーさんの香水のグラビア」
「え、また丸裸か?」
「今度のはもっとマイルドだよ。夏バージョンだからさわやかな感じ」
「ふうん、ほんまかな」
「今度、ポラ見せるね」
「おう、俺の検閲や」
「ふふふ、わかりました!それじゃおやすみなさい」
「おやすみ」
ダニーはぬるい湯をバスタブに溜めた。
ラベンダーのアロマオイルをたらし、長湯をする。
体の奥底からだるさが抜けていくようだ。
この習慣を教えてくれたアラン。
そのアランが今はロバートと一緒にいる。
ベッドを共にしているのだろうか。
ダニーは思わず、湯の表面を叩いた。
俺、あかんわ、もう寝よ。
ダニーはバスから上がり、パジャマに着替えて、ベッドに入った。
新しく買った目覚まし時計をサイドテーブルの一番遠くに置いて。
ダニーは悪夢で何度も夜中に目が覚めた。
アランの裸の肩を抱いて、ロバートが高笑いしている夢だ。
じっとり汗をかいている。
明け方の4時にやっと深い眠りについた。
「りりりり」
新しい目覚まし時計が鳴っている。
ダニーは、だらだらと起き出し、シャワーを浴びた。
こんなんや、俺、ダメやな。
自分の心の弱さに苦笑する。
今は仕事や。俺には救いを待っている人がおる。
ダニーは、スーツに着替え、電車に乗った。
スタバに並んで、グリルサーモンサンドウィッチとダブルエスプレッソを買い、オフィスに向かった。
仕事に没頭したい日に限って、事件が発生しない。
今日は凪のような一日になった。
ダニーは、古い事件ファイルの整理と経費精算の入力を終わらせて、定時にオフィスを出た。
マーティンを誘って夕飯というのも考えたが、なぜか今日は一人になりたかった。
ブルー・バーにふらりと立ち寄ると、エリックが会釈をして「今日はお一人ですか?」と尋ねてきた。
「そやねん」
「また悩み事でも?」
「まぁいろいろや、モヒートくれへん?」
「かしこまりました」
マリネードされた小エビのピンチョスが出てきた。
「いつも、サービスしてもらって悪いな」
「いいんですよ、ダニーはお得意様ですからね」
エリックはウィンクをしてモヒートを作り始めた。
ダニーは特に甘い酒が好きというわけではないが、モヒートだけは、両親の祖国キューバを思わせる理由で好んでいた。
それにダニーの好きなアーネスト・ヘミングウェイの愛飲していたカクテルだ。
すきっ腹に3杯のラムは効いた。
ダニーはチェックを済ませると、アルゴンキンホテル前からタクシーを拾った。
久しぶりのタクシー帰宅だ。
アパート近くのデリで下ろしてもらい、残り物のサンドウィッチとサラダを買った。
部屋に着くと、ドアの下から明かりが漏れている。
思わず拳銃に手をかけながら、ダニーは鍵を開けた。
キッチンからいいにおいがしている。
「おーい」
ダニーは声を出した。
「ダニー、やっと帰ってきたね」
キッチンの中から現われたのは、アランだった。
「アラン!何でここに?」
「ご挨拶だな・・・恋人の家を訪ねちゃいけないルールがあるのかい?」
「・・・」
「もうすぐラザニアが出来る。どうせ何も食べていないんだろう。一緒に食べないか?」
「わかった。着替えてくるわ」
「待ってるよ」
ダニーはざっくりしたコットンセーターとジーンズに着替えた。
「何だ、ジャージじゃないのか?他人行儀だな」
くくくっとアランが笑った。
「ごめん・・・」
「さぁ、食事にしよう」
ダニーがダイニングにつくと、テーブルの上にアンディブとクレソンのハーブサラダと熱々のラザニアが並んでいた。
「今日は、解禁の日だから、なぜかお前と飲みたくなったんだ」
アランは冷蔵庫からボジョレー・ヴィラージュを出してきた。
「あ、ボジョレー・・」
「さぁ、グラスを出して」
ダニーはだまってグラスを前に出した。
薄赤いボジョレー特有の色の液体がグラスを満たす。
「それじゃ、乾杯しよう」
ダニーは、アランの気持ちを推し量りながら、グラスをカチンと合わせた。
ダニーはフルートのカウンターでジェニファーを待っている。
待ち合わせの時間を過ぎてもジェニファーは来ない。誰かがドアを開くたびについ振り向いてしまう。。
手元の箱に退屈しのぎにデコピンすると、来る途中に買ったマカロンがかさっと乾いた音を立てた。
今夜はもう会えないかもしれないと思い始めたとき、携帯が鳴った。
「はい、テイラー」ダ
「ダニー、遅くなってごめんね。今どこ?」
電話越しに聞こえるジェニファーの声に、自分が深く安堵するのを実感する。
「フルートで待ってる」
「よかった。あと数分で着くから待ってて」
「ええねん、ゆっくりでかまへん」
ダニーにとって遅刻など問題ではない。ほんの少しでもジェニファーに会えれば満足できる。たとえ寝なかったとしてもだ。
電話を切るとすぐにチェックを頼み、マカロンの箱を抱えて颯爽とバーを出た。
路上で待っていると、シルバーのサーブが勢いよく滑り込んできた。ダニーの前に横付けしてぴたっと停まる。
「危ないなぁ・・・」
ダニーは呆気にとられてつぶやいた。周囲を見回してさっと乗りこむ。
「慌てんでもええって言うたやろ。ジェンは乱暴やなぁ」
からかうように言うと、ジェニファーは恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべた。
「ごめんなさい」
「悪い子にはマカロンはなしや」
ダニーはマカロンの箱をひらひらさせて捨てる振りをした。
「ひどい!今から安全運転するから!」
「しゃあない、約束やで」
ダニーがシートベルトを締めると、ジェニファーはゆっくりとアクセルを踏んだ。
「なあ、手つながへんの?」
「今日は安全運転だからだめ」
二人はふふっと笑うとどちらともなく手をつないだ。
チェルシーマーケットで簡単な買い物をしてアパートに帰り、下味を漬けておいたスペアリブとじゃがいもをオーブンに入れた。
ジェニファーはナタリー・インブルーリアを歌いながらクレソンを洗っている。
氷を出していたダニーは、後ろから抱きしめると首筋に唇を押し当て、シャツの間から手を入れて胸を弄った。
器用にブラのホックを外すとジェニファーは困ったように手を掴んだ。
「オレが嫌か?」
ううんと首を振る頬にキスして顔をくっつける。静かに抱き上げてベッドに押し倒した。
服を脱ぐのももどかしく思いながら唇をふさいで圧し掛かる。
ダニーは我を忘れて行為にのめりこんだ。信じられないぐらいの解放感を味わいながら抱きしめる。
息をはずませてうっすらと紅潮したジェニファーを微笑ましく思いながら頬をなでた。
アランは、息を一つふうとつくと、話し始めた。
ダニーが予想していた通り、ロバートの事だった。
里親に育てられたが、他に10人里子がいる家だったので心の平安が得られなかった事。
ルックスが良かったのが災いして、小さい頃から性的虐待を受けて育った事。
成人してからも、馬鹿なブロンドとしか見てもらえず、正当な評価を得てこなかった事。
ソープオペラのようなお決まりの作り話だ。
一緒にシャワーを浴びたあと、キャビネットを開けたジェニファーの手がふと止まった。
「ねえ、どうして歯ブラシが三本もあるの?」
鏡越しにダニーを見つめるジェニファーの声は、少し怪訝そうに響く。
「ああそれな、白がオレので、ブルーがマーティン、グリーンがトロイのや。ややこしいからあいつらのは目の色に合わせてんねん」
「それはわかったけれど、あの二人のがどうしてここにあるの?泊まったりするの?」
「そやねん、飲み会してそのまま寝てまうときがあるから」
「そう。仲がいいのね」
「そや、ジェンのも置くか?」
ダニーは冗談めかして言いながらも内心どぎまぎした。バイだと知れたら嫌われるかもしれない。
鏡越しに見つめあったまま、頭のてっぺんにキスをした。
アランはそこまで話して、ダニーに尋ねた。
「なぁ、どう思う?」
「え、アランが俺に人物評価を聞いてるってこと?」
「そうなんだ、実は迷っていてね」
「何を?」
「確かに真面目だし優秀な男なんだが、最近、プライバシーの領域に入り込みたい素振りが増えてきた。
この間の花寿司もそうだ。お前の不在を利用しているような気がする。」
「アランがそう思うなら、それでええやん。俺の意見を聞くまでもないやろ?」
ダニーは面を食らっていたし、腹も立っていた。
いつでも冷静沈着に人を見通してきたアランが迷っている。
いつからアランの目は節穴になったんや?
「いや、お前の意見が聞きたい」
アランの砂色の目がダニーをじっと見つめた。
「じゃあ言うわ。生い立ちは作り話と思う。あいつは自分の魅力で人を操る天才や。
俺だったら近寄らない人種やな」
「そう言うだろうと思ったよ。ありがとう、ダニー」
アランは、ワインをぐいっと飲み干した。
「皿は後で片すからそのままでええよ」
「そうかい?今日は泣き言の日で申し訳ない。今度、外で食事でもしよう」
「うん、そやね、それがええと思う」
「それじゃあ、失礼するよ」
ダニーは思わず声を出した。
「アラン、泊まって」
「え?いいのか?」
「うん、ベッド狭いけど・・」
「ありがとう」
ダニーが食器をキッチンに運んでいる間、アランはベランダに出て、葉巻を吸っていた。
後ろ姿が寂しそうで見ていられない。
バスタブにお湯を張り、アランを呼んだ。
「ありがとう」
だんだん口数が少なくなるアラン。
俺のせいや。
ダニーは自分を責めた。
アランの後を追って、ダニーはバスルームへと消えた。
翌朝、ダニーは暖かい腕に包まれながら目を覚ました。
「うん・・もう朝か」
「アランはまだ寝ててええよ。診察10時からやろ。俺、先に出勤するから」
「いや、お前を送るよ」
ダニーはささっと朝の支度を終え、スーツに着替えた。
アランも支度を整えて、車のキーを手に握っている。
フェデラルプラザ前でジャガーを停めてもらい、ダニーは降りた。
「じゃ、今度は外で食事を」
ダニーから言い出した。
「ああ、そうだね。連絡、待ってるよ」
アランが薄く笑い、車を出発させた。
グリーンのジャガーが消えるのをじっと見ていると、後ろから肩を叩かれた。
「おはよ、ダニー、今のってアランだよね?」
マーティンだった。
「ああ、いろいろあってな。昨日は家に泊まったんや」
「そうなんだ・・・より戻すの?」
「そんな簡単なもんやないわ。お前は心配すんな」
「でも・・」
「さ、スタバ行こか。俺、朝抜きやから腹減ってんねん」
マーティンのコートのそでを持って、ダニーはスターバックスの方向に歩き出した。
書き手2 様
昨日はエピソードの書き込みが交錯してしまい、大変失礼をいたしました。
ダニーは昨日のアランの様子が気になって仕方がなかった。
仕事を終え、アパートに戻って、チャイニーズのデリバリーを頼んだ後、アランの家に電話をかけた。
「はい、アラン・ショア宅ですが」
ロバートの声だ。
「アランいてへんの?」
「その声はダニーですね。こんばんは。今、食事が終わったところで、書斎で仕事してますよ。呼びましょうか?」
「ああ、そうしてくれ」
ロバートはわざとダニーに聞こえるように受話器を手で覆わず、大声を出した。
「アラーン、ダニーから電話!」
少しするとアランが電話に出た。
「どうした?」
「なんでロバートがこんな時間までいるんや」
「今日は患者が多くてね、ついでに夜食を作ってもらったんだ」
「ふうん。俺の言う事信じてへんの?」
「そんな事ないさ。でも、一日二日で変えられる問題でもないだろう。
すまない、今、自傷癖の子とチャット中なんだ。もう切るぞ」
一方的に切られてしまった。
ああ、すっかりアランはロバートの罠にはまってしまったんやろか。
そんな予感がして仕方がなかった。
届いたビーフンとカイランのオイスターソースを食べていると、電話が来た。
アランか?
「もしもし・・」
警戒しながら電話に出る。
「ダニー!なんだ、家にいたんだね。元気?」
ジョージだった。
「今、寂しくデリバリー飯食うてるとこや」
「なんだ、夕飯誘えばよかったな。ねえ、明日の夕方って用事ある?」
「別にないけど?」
「クイーンズでね、アーティストの展示会があるんだよ。
100人以上の作品が集まってるんだって。ねぇ、一緒に行かない?」
「ふうん、プロか?」
「そう、みんなプロ。会場自体がアートになってるらしいよ」
「おもろそうやん、どこ行けばいい?」
「Gの地下鉄でね、コート・スクウェアで降りて。僕、駅で待ってるから。4時は?」
「わかった、楽しみやわ」
「僕もだよ、ご飯の途中邪魔してごめんなさい」
ジョージは丁寧な口調で電話を切った。
毎週、なにかしらイベントを探してくるジョージをすごい奴だと思った。
それとも自分がNYという街を知らなさ過ぎるのか?
翌日、4時きっかりに駅につくと改札口でジョージが待っていた。
「ごめんごめん」
「時間通りだよ、すごいね」
「たいしたことやないわ。ほな行こか?」
「うん!」
普段は未公開の5階建てのクレインズ・ストリート・スタジオ全室を、展示品が埋め尽くしていた。
ジョージは早速最初のジュエリーコーナーに立ち止まり、大きなビーズのブレスレットを見ていた。
チャイニーズ系の女性デザイナーが説明している。
ビーズはビー玉で中に中国の古詩が一文字一文字手で彫ってあるという。
「これはどういう意味ですか?」
「それはあなたの将来永劫の美と幸せのお守りの意味です」
「俺は、命守りたいんやけど」
「じゃあ。あなたにはこれを」
ジョージと色違いのビー玉で作られたブレスレットを渡された。
二人は30ドル出してお互いにプレアゼントした。
「お前ってさ、オリエンタルなもんが好きな」
「うん、何でだろうね。僕のルーツはアフリカなのにね」
ジョージがにこっと笑うと、デザイナーの女性がぽっと顔を赤らめた。
その後ブースをぶらぶら回っていると、見覚えのある雰囲気のフォト・ギャラリーに出くわした。
「あ、ホロウェイさんだ!」
ニックが見物客相手に作品の説明をしている。
ジョージとダニーに気がつき、手を振った。
「お久しぶりです」
「元気にしてたか?」
「はい、ホロウェイさんは?」
「貧乏暇なしさ、ロンドン、ベルリン、上海、東京と回ってやっと帰ってきたぜ。
テイラー、お前も一緒かよ」
「ああ、元気そうでなによりやん。珍しいな、お前がこういう展示会に出るのって」
「主催者にぜひと言われてさ、まぁここだと俺の個展に来る客と違う客層に会えるから刺激になる」
「風景写真ばっかりなんですね」
「ああ、今まで撮り溜めた分を全部持ってきた。」
ダニーは感嘆した。破格に安いのだ。
あのニック・ホロウェイの写真が200ドル均一で売られている。
どんどん写真は買われていく。
アリソンが簡単なキャシャーとラッピングを用意していた。
ニックの嬉しそうな顔を見ていると、あの傲慢なキャラクターの底辺にある、
写真が好きで好きでたまらない少年の顔が見えてくるようだった。
「なぁ、マーティン、元気か?」
急に尋ねられて、ダニーは口ごもった。
「あ、ああ、元気やで。電話してやり。喜ぶから」
「そうかな。俺なんて過去の人じゃないのか?」
「電話してみ。わかるから」
「ありがとな、テイラー。電話してみるわ。それじゃ」
ニックはまた接客を始めた。
「ホロウェイさんがあんなに愛想がいいなんて、意外だね」
「あぁ、驚きやな」
「そろそろ行かない?」
「うん?次はどこや?」
「食事!」
「もう6時か。そやな、ここ出よう」
二人はおそろいのブレスレットをして、スタジオ・ビルディングから外に出た。
ジョージがチェルシーにお洒落な韓国料理屋を見つけたというので、行くことにした。
「ハンガウィ」は、マディソン街と5番街をずっと降りてきたところにひっそり建っていた。
「ここってさ、韓国の貴族の人たちが食べてた宮廷料理を出すんだって。それもベジタリアンなんだよ」
「へぇ、おもろそうやん」
どうしても外食やデリバリーの多いダニーにとって、野菜が沢山取れる料理は大歓迎だ。
それにジョージが選ぶのだから、味は間違いないに違いない。
重厚な木の扉を開くと、チマチョゴリのウェイトレスが迎えてくれた。
テーブルに案内され、メニューに目を通す。
二人は木の実と野菜の点心、朝鮮人参と豆腐のサラダ、メインに秋野菜のラップ、スパイシーシイタケ&マッシュルームのソテー、
キムチの石焼ライスとアボカドの石焼ライスを頼んだ。
ナパ・バレーの白ワインを合わせてみると、意外とイケる。
二人は皿を交換しながら、全部半分ずつ平らげた。
「お前が連れてくる店は全部当たりやな」
「ありがと、僕もダニーと付き合うようになってから、積極的に外に出られるようになったんだ」
「そか?お前、前は違ってたん?」
「うん。バーニーズとアパートの往復でしょ。落ちまくるオーディションでしょ。そんな生活で全然刺激がなかった。
今はNYに住んでて一緒に楽しめる人がいて、僕、とっても幸せなんだ」
「それ、俺がこの前考えてたことや」
「本当?」
「ああ、こんなにNYで遊ぶことなんてない生活やったもん」
「神様の思し召しなのかもしれないね。だって黒人とヒスパニックなのにね」
ジョージが嬉しそうに笑った。
「ほんまやな。それにスーパーモデルと連邦政府の公務員やし」
二人はウェイトレスが運んできたアイスクリームとお茶に口をつけた。
アイスの中には朝鮮人参が細かく刻んで入っている。
お茶は妙に香ばしいハーブティーだった。
「すみません、このお茶は何ですか?」
「とうもろこしのお茶です。カンネン・ティーと言います。うちの店で売ってますよ」
「僕、気に入ったから買おうかな」
「俺も買う」
「じゃあまたプレゼントしあいっこだね」
二人はにっこりした。
チェックを済ませ、レストランの売店に行くと何種類ものお茶があり、圧倒された。
二人はお目当ての「カンネン・ティー」のティーバックを買い求め、お互いに渡しあった。
「今日は沢山プレゼントもらっちゃった」
「何か照れるな」
「これからどうする?」
「お前の家が近いから、リバーテラス直行やな」
「はい、了解!」
ジョージは店の前から手際よくタクシーを拾うと、住所を告げた。
二人はコンドミニアムの部屋に着くと、どちらからともなくキスを始めた。
舌でジョージの歯茎を舐め、舌を絡ませる。
ジョージが甘い息を上げた。
「ベッド行くか」
「うん・・」
二人は服を脱ぐのももどかしく、体を絡ませた。
「今日はどうする?」
「ダニーが入れて」
「おう」
ジョージは、サイドテーブルの引き出しからローションを出した。
今度はライチーのローションだ。
ダニーは自分の指に取ると、ジョージを四つんばいにさせ、穴の中に指を差し入れた。
瞬時に指が締め付けられる。
ダニーも自分のペニスにローションを塗りつけ、静かに入り口に当てた。
「ダニーの激しいのが欲しい」
ジョージが懇願する。
「こうか?」
ダニーはずぶずぶとペニスをジョージの中にめり込ませた。
片手を腰に当て、もう片手でジョージの巨大なペニスに触るとすでに先走りで湿っている。
「じゃあ、行くで」
「うん、早く来て」
ダニーはうねるようなリズムで腰を前後に動かした。
「あぁぁん、ひぅ」
「ええ気持ちか?」
「すごく、ああぁ、僕、イっちゃう」
「うぅん、俺もや」
ダニーはジョージのペニスを前後する動きと腰の動きをシンクロさせた。
次の瞬間、ジョージの背中が弓反りになり、大きく痙攣した。
その痙攣の衝撃で、ダニーもたまらず精を吐き出した。
ジョージの背中に乗り、ダニーは荒い息をし続けた。
ジョージが体を動かし、二人は並んだ。
「よかった?」
「最高や」
「僕も」
「じゃ、シャワーしよか?」
「もう少し、こうしていたい」
「じゃあ、こうしてよう」
ダニーはジョージの大きな手をぎゅっと握った。
ダニーが目を覚まし、時計を見るともう昼を回っていた。
あかんな、俺も年やろか。ジョージと寝ると必ず翌朝はこうや。
ダニーは苦笑した。
もちろんジョージの姿はない。
バスを使おうと立ち上がると、リビングから話し声が聞こえてきた。
「お前、何やってんだよ!もう手を切れってこの間言っただろう!」
「・・・・」
相手の声は小さくて聞こえないが、怒声を浴びせているのは、紛れもなくジョージだ。
「もう金は渡せないから。分かったか。それから仕事はキャンセルするな。お前のドタキャンで僕の面目丸つぶれだったんだから」
「分かったよ、ジョージのバカ。頼りにするんじゃなかった!」
ん?アレックスか?
ダニーはわざと目をこすりながら、リビングに続くドアを開けた。
「あ、ダニー・・」
「よう、アレックス、久しぶりやん。何や、随分痩せへん?」
「モデルだから、当然だよ」
ダニーはアレックスの目の動きが落ち着きがないのを見て取った。
ヤク中特有の動きだ。
「ダニー、これは家族の問題だから、シャワーでも浴びててよ」
ジョージが柔らかいが威圧感のある言い方をした。
「おう、アレックス、またな」
「ダニーもね」
ダニーはベッドルームに戻り、バスルームに入った。
いとこがヤク代欲しさに金普請か。
ダニーがシャワーと歯磨きを終えてリビングに行くと、アレックスの姿はなかった。
「ごめんね、ダニー、声で起こしちゃったね」
「お前なぁ、俺に相談し」
「え?」
「アレックス、やってんのやろ、クスリ」
「分かっちゃった?」
「俺を誰やと思うてる。警察には言わへん。その代わり、いいリハビリ・クリニック知ってんねん。そこに連れてこ」
ジョージは顔を覆った。
「恥ずかしいよ。僕がそばにいたのに・・」
「仕方ないやん、お前は忙しい売れっ子やし、ヤク中ちゅうのは、自分の弱さが原因なんやから」
「エージェンシーには言わないと。あぁ、あいつ首になっちゃうかな」
「先の心配より、まずは目の前の問題を片そう」
「わかった。ダニーの言うとおりにする。あいつをクリニックに連れて行くよ。教えてくれる?」
ダニーは携帯のメモリーに入れておいたクリニックの情報を書いて、ジョージに渡した。
やっとジョージの肩から力が抜けた。
「そうだ、僕、リゾット作ったから食べない?」
「ええなぁ、腹ペコや」
ダニーはジョージの作ったブロッコリーとアスパラガスのチーズリゾットをがつがつ食べた。
「美味いわ」
「ありがと」
ジョージがやっと笑った。
「僕、これ食べ終わったら、どういうところなのか見に行きたいな」
「ええよ、二人で行こ」
「いいの?」
「当たり前やん、アホ」
二人はアッパーイーストサイドにあるクリニックを訪れた。
感じのいいレセプショニストが対応する。
「あの、入院の書類を頂きたいんですけど・・・」
「ご本人様ですか?」
「いえ、いとこです」
「まず、ご本人様と面接させて頂くシステムになっております。お支払いはあなた様が?」
「はい、僕が払います」
「それでは後見人様ということで、こちらの書類にご記入をお願いいたします」
ジョージは5枚ほどの書類をもらって、応接に通された。
ダニーもついていく。
「ここって優秀なの?」
「ああ。折り紙つきや。わけありセレブの駆け込み入院にも対応しとる。
俺の知り合い二人がここで更正したで」
「本当?あいつ、生まれ変われるかな」
「アレックスのやる気次第や」
「わかった。明日、僕がここに連れてくるよ」
「今日でええやんか。俺もつきそうから、連れてこよ」
「そうかな」
「早い方がええで」
ジョージは書類をレセプショニストに渡すと、ダニーと二人でイースト・ヴィレッジのアレックスのアパートを訪れた。
鍵が開いている。
「おい、アレックス、いるのか?」
二人で手分けして部屋を探し回る。
「ダニー!」
ジョージの悲鳴が聞こえた。バスルームだ。
血で真っ赤になった水のたまったバスタブの中にアレックスが横たわっていた。
ダニーが急いで抱き上げ、首の脈を探る。
「まだ息はある。ER行くで」
「あぁ、アレックス・・」
ダニーはすぱっと切れた手首の傷の上をタオルできつく縛った。
「俺のが道に詳しい。お前はアレックスを抱いとけ!」
「うん、わかった」
ジョージは泣きそうだった。
ジョージのインパラの後部座席にアレックスとジョージを乗せ、ダニーは市立病院へ急いだ。
「急患です。ドクター・モナハンは?」
携帯で電話をかける。
「モナハンです。そちらは?」
「ダニーや。今から自殺未遂者搬送するから、すぐに手当てしてくれ、すごい出血量なんや」
「よし入り口につけろ。待ってる」
インパラがERに着いた。
トムがストレッチャーを手にした看護士二人と立っていた。
アレックスは処置室に運ばれていった。
ジョージはショックでがたがた体を震わせていた。
「トムはER部長や。腕もええ。俺の命を何度も助けてくれた。信頼して待とう」
ジョージは頷くのがやっとだった。
ダニーは待合室で、ジョージの肩をずっと抱いてやっていた。
トムが処置室から出てきた。
ジョージとダニーが思わず立ち上がる。
「相当量の血液を失ったが、輸血がどうにか間に合った。薬物反応が出ているが・・・念のためにHIVテストもやるか?」
ジョージがすぐに答えた。
「お願いします」
「ジョージ、お前の弟か?」
「いとこです。今年、モデルになりたくてニューオリンズから出てきたばかりで・・・」
「都会の暗黒面に堕ちたようだな。立ち直れるようサポートしてあげなさい」
「はい、ドクター、警察へは?」
「遊びということで大目に見よう。その代わり、絶対立ち直らせろ。テイラー、お前も聞いてるか」
「ああ、聞いてる」
「あんな美しい若者が命を落とすのを見るのはもうごめんだ」
トムは医局に戻っていった。
看護士が呼んでいる。処置室に二人は入った。
点滴で輸血している腕が痛々しい。
「僕がお金を渡していれば・・・」
「アホ!それでどうなった?新しいクスリでハイになるだけやん。遅かれ早かれアレックスはこうなっとったと思うで。
退院したら、すぐにクリニックに入院さそ。本人が嫌がろうともひるむな」
「うん、分かった」
看護士の説明では、処置にあと一日はかかるので、退院はあさってになるとのことだった。
「よっしゃ、俺、あさって休むから、二人でクリニックに連れて行こ」
「ダニー、僕一人で大丈夫だよ」
「あいつが逃げるかもしれへんやん。二人のほうがええ」
「ありがとう・・・なんてお礼言ったら・・」
「そんなん後や。さ、デリでも買うて、家に戻ろ」
「僕の家?」
「そや、迷惑か?」
「ううん、すごく嬉しい」
ジョージはダニーをきつく抱き締めた。
二人は、帰り道にあるインド料理のデリで、カレー2種類とサモサにシシカバブ、サフランライスとナンを買った。
無言でカレーを口に運ぶジョージに、ダニーは話しかけた。
「お前のせいやないて。自分を責めるな」
「でも・・・」
「お前は正しいことをしたんやからな」
二人はソノマ・バレーのシャルドネを飲みながら食事を終わらせた。
「疲れたね・・」
ぽつんとジョージがつぶやいた。
「いろいろある日もあるて。先に風呂入り」
「うん・・」
ジョージはメインバスルームに消えた。
ジョージがバスから出てくると、交代でダニーが入る。
実際、くたくただった。一刻も早く眠りたい。
ダニーがバスから出ると、ジョージがミネラルウォーターを渡してくれた。
「お、サンキュ」
「ごめんね、ダニー」
「もうええっちゅうに」
ダニーはジョージに優しくキスをした。
「お前も疲れたやろ、今日は静かに寝ような」
「うん」
二人はパジャマに着替えて、ベッドに入った。
ジョージが腕をダニーの体にからませてきた。
ダニーはジョージの額に優しくキスをし、「おやすみ、ジョージ」と囁いた。
「おやすみ、ダニー。僕のそばにいてくれてありがと」
ダニーは今度は唇にキスをした。
ジョージは、やっと目を閉じた。
アレックス退院の日、ダニーは風邪だとウソをつき、仕事を休んだ。
市立病院に着くと、ジョージが退院の手続きをしている最中だった。
「ジョージ、おはようさん」
「あ、ダニー!」
嬉しそうな情けなさそうな顔をする。
「そんな顔すんな、早く手続きすまし」
「うん」
「アレックスは?」
「今、病室で着替えてる」
「そか」
二人が話していると、トムが近付いてきた。
ダニーは「これから更正クリニックに入院させますわ」と話した。
「それがいいな」
「ほんまにいつもありがとう」
「ははは、お前はここの上得意客だからな」
トムは声を出して笑うと、医局に入っていった。
ダニーとジョージは顔色の悪いアレックスを支えながら、インパラの後部座席に乗せた。
「アレックス、よーく聞けよ。これから2週間、お前にはクリニックに入ってもらう」
「え、何の?」
「体中のクスリをそこで抜け。元のアレックスに戻れ」
ダニーの強い口調にアレックスは頷き、やがて泣き始めた。
アッパー・イーストサイドのクリニックに着くと、アレックスがぐずぐず言い始めた。
「僕、自分で止められるよ」
「だめだよ、何度もそれは聞いた。でも止められなかっただろ」
ジョージが叱る。
「ジョージ、引きずり出せ」
ジョージとダニーは二人がかりでアレックスを車から降ろした。
両側からがっちりアレックスの腕をつかみ、逃げられないようにする。
レセプションまで行くと、アレックスも観念したようだった。
「ご本人様にご記入頂く書類のご用意は?」
「あ、すみません。忘れました」
ジョージが謝る。
レセプショニストはいやな顔せず、「ではもう一度お願いします」と応接室を指さした。
3人で部屋に入る。
アレックスがボールペンでガリガリ記入している音だけがこだました。
「書き終わったよ。後見人って?」
「僕だよ」
ジョージがボールペンを取り、サインをした。
3人が外に出ると屈強な白衣姿の男性が2人待っていた。
「それでは、よろしくお願いします」
「任せてください。従兄弟さんは生まれ変わって退院しますから。2週間後においでください」
「はい、わかりました」
アレックスが心細そうな顔をして、ジョージを振り返る。
ジョージは思わずダニーの手を握った。
「アレックスならやれるて。待ってよな」
「そうだよね、やれるよね」
ジョージは自分に言い聞かせるように声に出した。
元気がないジョージの様子を見て、ダニーが尋ねた。
「お前、朝飯抜いたんやないか?」
「うん・・食べられなかった」
「ちょっと早いけどランチにせいへんか。俺も腹減った」
「そうだね」
二人は近くの「212」に入った。小奇麗なアメリカン・レストランだ。
ジョージはベイビーアンティチョークとパルメザンチーズのサラダにオーガニックチキンサンドウィッチ、
ダニーはフェタチーズとトマトのサラダにターキーサンドウィッチを頼んだ。
「お前、今日これからどないする?」
サンドウィッチを食べながら、ダニーが尋ねた。
「エージェンシーのオフィスに行って、ご迷惑かけてる謝罪とこれからの事を話し合おうと思ってる」
「それがええな。アレックスかてモデルで活躍したいんやろ?」
「そうだと思う」
「そうしてやり。あいつの未来のためや」
「そうだよね」
「じゃ、俺は家にいるから、何かあったら携帯せいよ。もう秘密はなしや」
「うん・・・分かった」
目の下にクマを浮かべたジョージが不憫でたまらなかった。
今はとにかくアレックスが更正プログラムを終了してくれるのを祈るだけだ。
ダニーが家に戻ると、留守番電話が点滅していた。
ジョージか?
「ダニー、留守か。アランだが、例年通り、感謝祭ディナーをやることにした。
ジョージでも連れて、家に来ないか?返事待ってるよ」
感謝祭?ほんまや、明日やないか。
ダニーはアランに電話をかけた。
「はい」
今日はアランが電話に出た。
ダニーは思わず安堵のため息をついた。
「ダニーやけど・・」
「ダニーか?支局に電話したら病欠と言われたが」
「ああ・・」
「体の具合でも悪いのか?」
「そやない、いろいろあってん。でな、感謝祭行くって言いたくて」
「それは嬉しい返事だな。ジョージも一緒だろう?」
「あいつは来られるか、分からへんけど一応2名にしておいてくれへんか?」
「ああ、分かった、それじゃ明日待ってるよ」
ダニーは夜を待ち、ジョージに電話した。
「なぁ、こんな時に何なんやけど、アランの家で感謝祭ディナーがあってな、誘われたんやけど、お前どないする?」
「うーん、アレックスの事ばかり考えちゃってるから、気分転換したいかも・・」
「それなら一緒に行こ」
「ありがとう、誘ってくれて」
「気にすんな。な、アレックスの事はお前のせいやないんやから」
「うん・・」
「それじゃ、明日な」
「はい、おやすみなさい」
「おやすみ」
ダニーは、ふぅとため息をついて、NYピザに電話をかけた。
翌日、「ハンサム・ロンサム・ボーイズ・クラブ」の面々が、アランのアパートに集合した。
ケン、ギル、ビル、トム、それにマーティンとエドの顔もあった。
ジョージとダニーを入れて、8名。
そして、ホストのアランとロバートで10名だ。
アランはロバートと共にキッチンとダイニングを行ったり来たりしていた。
シャンパンをいそいそと運んで皆に渡しているロバートを、ダニーはずっと見つめていた。
「ダニー、大丈夫?」
ジョージが思わず尋ねた。
「ごめん。ちょっと事件のこと考えたわ」
今日のメニューの説明をロバートが始めた。
バターナッツとスクァッシュのスープ、帆立貝のソテー、ベイビーレタスとチーズのサラダ、
七面鳥のグリル、ワイルド・マッシュルームのリゾットだ。デザートはかぼちゃのタルトだという。
「いっつもここに来ると、お腹いっぱい食べちゃうから困るわぁ」
ビルがロバートに早速話しかけている。
「一応カロリー計算もしてますから、ご安心ください」
「あら、そうなの?すごいじゃない!ねぇ、あなた、モデル?」
「いえ、アランのアシスタントです」
「いやぁだぁ、こんな可愛い子をアランは独り占めしてるのね。あとでお尻つねってやるわ」
ビルはいつもの調子で飛ばしていた。
ケンはジョージの後をくっついて回っていた。
「ねぇ、ダニー、助けてよ」
「いいじゃん、この前の契約書のお礼、まだだし」
「請求書はちゃんと支払いましたよ」
「それだけじゃなくてさ・・ね、ダニー?」
「アホ、お前、いい加減諦めたほうがええで」
そこへ、ギルが加わる。
「またうちの子が、問題起こしてるのか?」
「違うよ、ギルがジョージを裁判所で救った話してたの!」
ケンがごまかして話をでっち上げた。
相変わらず、引っ込みじあんのエドとマーティンは部屋の隅にいた。
ダニーが手招きする。
「エド、仕事はどんな?」
「やっと資産を75%まで戻しましたよ」
「そりゃすごい!」
「もともと、レストランなんて向いてなかったんですよね」
「また何か出来るって」
「ありがと、ダニー」
「お前は大丈夫や」
ディナーが始まった。さすがのダニーも、今晩の料理は満点をつけざるを得ない。
前菜、サラダはともかくとして、七面鳥のグリルが抜群の味なのだ。
グレイビーソースとクランベリーソースがあったが、迷わずグレイビーソースにした。
「美味しいね!」
屈託なくジョージが言うと、ロバートが喜んだ。
「オルセンさんに言われると照れますね」
「ジョージでいいよ」
「わ、気さくなセレブだなぁ!」
ダニーは思わず眉をひそめた。
七面鳥の丸焼きがあっという間に骨になった。
最後のデザートのかぼちゃのタルトも甘さ控えめで、実にヘルシーな味付けだ。
ダニーは正直、負けたと思った。
ロバートが健康管理している間は、アランの体重は減り続けるだろう。
それが何とも悔しかった。
アランも今のところ、ロバートを首にするつもりはないらしい。
「ねぇ、ダニー、このタルト最高だね!」
ジョージがダニーに話しかける。
「うん、絶妙な甘さやな」
「パンプキンが甘いから多分隠し味に塩使ってると思う」
ジョージがレシピーを分析していた。おそらく今度試すつもりだろう。
食事も終わり、またシャンパングラスで歓談が始まった。
ジョージはトムにお礼を何度も言って、トムに笑われていた。
エドもマーティンと楽しそうだ。
気が付くと、アランがダニーのそばに立っていた。
「どうだい、今年の料理は?」
「俺は去年のアランの料理の方が好きやけどな、美味かった」
「やっぱり不機嫌だな。もう少し時間をくれないか?」
「分かってるって」
「ありがたい。我慢させて申し訳ないな」
「いいんや、俺こそ」
ジョージがやってきたので、アランが離れた。
「真剣な話してたみたい・・例のこと?」
「まぁな」
「アランは大丈夫に見えるけど」
「それならええんやけどな」
ダニーはシャンパンをぐっと飲み干した。
感謝祭明けの金曜日は、ほとんどの会社や学校が休みとなり、感謝祭と合わせると4連休になる。
その代わり、街は「感謝祭セール」でどこのデパートや専門店も大賑わいの人出だ。
オフィスでは、家庭持ちのヴィヴィアンが有休を申請していた。
ボスを含めて、残った4人は独り身ばかりだ。
連休をもらっても仕方がない。
ボスの離婚以来、不動の顔ぶれになっており、帰りに皆で食事に行くのも、いわば儀式になっていた。
ダニーはジョージが気になっていたが、セール中は、日曜日までバーニーズで接客のアポが一杯だと聞いていたので、
仕事に専念してくれればいいと願っていた。
今年の幹事は、ダニーだ。
4人だとチャイニーズが割安でちょうどいい。
ダニーは「ゴールデン・ユニコーン」にテーブルを予約した。
仕事が珍しく全員定時に終わったので、早速チャイナタウンに繰り出した。
「今日は「ジョーズシャンハイ」か?」ボスが尋ねる。
「いやー、あそこは去年、行ったやないですか。今年はちゃいます」
ダニーは、ゴールデン・ユニコーンの看板の前で止まった。
4人が入っていくと、中国人、日本人が多く、少数の白人グループが入り乱れた状態の大広間だった。
ようやく予約したテーブルにたどり着き、紹興酒を頼む。
それからは、次から次へとそばを通るワゴンから、飲茶を選ぶだけだ。
サマンサが率先してワゴンを覗き込み、蒸しエビ、餃子3種類、焼売3種類、
鶏の足の煮込み、スペアリブ、腸粉3種類、空芯菜の炒め、豆腐の煮込みとどんどん取っていく。
最後は福建炒飯と呼ばれるあんかけご飯と海鮮焼きそばで〆た。
「やっぱりチャイニーズは大人数じゃないとだめね〜。ああ、美味しかった」
サマンサが人目もはばからずに、お腹をさすっている。
「サム、プーアール茶飲み。脂肪を分解してくれるて」
「それ本当?じゃ、いただく」
サマンサは、ダニーにつがれたお茶を一気に飲み干し、何杯もおかわりした。
これじゃあ、FBI以外の男と付き合うのは難しいわな。
ダニーは思わず含み笑いをした。
ボスは、目を細めて、そんなサマンサの様子を眺めている。
何のかんのとサマンサがこぼしても、この二人はうまくいっている。
ダニーはそう思った。
皆、一様に紹興酒で頬が紅潮している。
サマンサは思わずボスの腕に自分の腕をからめた。
「今日は、ボスに送ってもらうから、ここでね。飲みすぎちゃだめよ!」
ボスは一瞬困ったような顔を見せたが、サマンサに引きずられるように、タクシー乗り場へと向かっていった。
「あの二人、うまくいってるみたいだね」
「どうやらな、よかったわ。こんなんなかったら、サマンサの愚痴の餌食にされるのは俺らのどっちかやからな」
「そうだね。ねぇ、これからどうする?」
「そやな、お前んち、飲むもんあるか?」
「ワインならあるけど」
「じゃあ、行こか?」
「え?ダニー、いいの?」
「何や、迷惑か?」
「そんなことないけどさ・・」
「じゃあ、タクシー拾うで」
ダニーは道に飛び出してタクシーを止めた。
「アッパーイーストサイドまでお願いします」
マーティンがおずおずとダニーの手を握った。
ダニーは顔色も変えずにぎゅっと握り返した。
アパートに着き、ドアマンのジョンに挨拶する。
エレベーターの中で二人は黙り込んでいた。
玄関のドアをダニーが合鍵で開ける。
マーティンが後に続いてドアを閉めた。
「マーティン」
ダニーがマーティンの顔を自分の方に向かせて、唇をむさぼる。
「ちょ、ちょっと、どうしたの?」
「えやろ、俺が嫌か?」
「そんなこと・・ない」
ダニーは次々とマーティンの服を脱がせた。
「寒いよぅ」
「ベッドで待ち、すぐ行くから」
ダニーはエアコンのスウイッチをいれて、ベッドルームに向かった。
マーティンはブランケットの中にすっぽり収まっていた。
ダニーは全裸になると、ブランケットのすそから中に潜っていった。
マーティンの体に手を伸ばし、くすぐり攻撃をかける。
「やだ、やめてよ!くすぐったいよ!!」
「でもお前のここは喜んでるみたいやで」
ダニーは立ち上がったマーティンのペニスの先を優しく手で包んだ。
「あっ、んん!」
「今日はどっちがええか、お前決め」
「僕、ダニーに入れたい」
「そっか。じゃまずこうしよ」
ダニーはブランケットに潜ったまま、マーティンを口に咥え、十分な固さになるまで愛撫を続けた。
「くぅ、も、もう、僕、出ちゃうよ」
「じゃ、お前の例のローションな」
ダニーに渡そうとするマーティンの手を制し、「お前が塗る番や」と命令した。
「はい」
素直にローションを手のひらに取り、ダニーを四つんばいにさせると、
体位を入れ替えて、マーティンは後ろに回った。
ダニーの局部がひくついている。
「ダニー、エッチな感じだよ」
「早う、塗りこみ」
「うん、わかった」
マーティンが2本の指で、ダニーの中を探る。
粘膜とローションが溶け込み、たちまち熱くなっていく。
「あぁ、ええわ、お前、早う入れてくれ」
マーティンは急いで自分のペニスにローションを万弁なく塗り、ダニーの蠢いている局部に押し当てた。
「いくよ」
「ああ・・」
「んっ・・」
「あぁ、すごいわ、お前」
ダニーの息も絶え絶えの声に興奮して、マーティンの頬が紅潮する。
ぐいっと中に押し込むと、やんわりとした力で締め付けられた。
「あんん、ダニー、熱いよ」
「俺に触ってくれ」
マーティンが手を伸ばすと、ダニーのペニスは先から粘液を出して湿っていた。
手のリズムと一緒にマーティンが腰を前後に振る。
「あぁあっ」
「ん、あぁ、俺、もう出る」
ダニーが体を震わせた。
マーティンはその衝撃にたまらずダニーの中に精を放った。
二人の甘い息がベッドルームに満ちた。
「やっぱり、お前の体は最高やな」
「なんだかヘンな言い方。体だけってこと?」
「そやない。相棒としても最高やもん」
「本当に?ジョン・ドゲット捜査官よりも?」
ダニーが笑い出した。
「何や、お前まだ疑ってんの?俺とドゲット捜査官の間には何もないで。尊敬する先輩やし、何よりもあの人はストレートやからな」
ダニーは一瞬、ダニーを貫く時にドゲットが見せる猫のような瞳を思い出した。
「そうだよね。ドゲット捜査官はストレートだ」
「そや。お前こそ、愛するコルビーはどうやねん?」
「それは・・・」
「分かった。もういじめるのよすわ。寝よか」
「うん、明日も仕事だしね」
「おい、目覚まし時計・・」
「もうかけたよ」
「サンキュ」
「それじゃ、おやすみ、ダニー。愛してる」
「おやすみ、マーティン、俺も」
二人は例のけたたましい時計の音で目を覚まし、朝の行事をすべてこなすと、
スーツに着替えて、フェデラルプラザに向かった。
まだ早いので、カフェでブレックファスト・スペシャルで腹を満たす。
カフェイン中毒のダニーは、スターバックスに向かい、マーティンはまっすぐオフィスに向かった。
二人一緒の出勤は怪しまれる。
それにダニーは昨日と同じスーツだ。
幸い、小姑のサマンサはまだ出勤していない。
ボスもまだだった。
マーティンが小声でそうダニーに伝え、二人は思わず、にんまりした。
ボスとサマンサの遅刻は確実の時間になっていた。
書き手1さんは鳩さぶれさんなんですか?
>>779 さん
こんばんは。書き手1です。
そういう話が出ているみたいですが、違います。
ダニーは久しぶりにジョージの見つけてくれるイベントなしの週末を迎えた。
「ニューヨーカー」から何かネタを探そうかと思ったが、一人で出かけるのは億劫だ。
そや、晩飯をジョージと一緒に食おう。
ダニーはジョージの携帯に電話を入れた。
留守電になっているところをみると、接客中のようだ。
ダニーは晩御飯の誘いのメッセージを残し、またベッドに潜りこんだ。
次に目を覚ますと、時計は2時を回っていた。
携帯を見たが、着信がない。
相当忙しいんやなぁ。
ダニーは買い物がてらランチを食べに外出した。
通りのカフェに寄り、チキンポタージュスープとグリーンサラダにパストラミサンドを頼んだ。
すると携帯が鳴った。
「はい、テイラー」
「ジョージ・オルセンでございます」
「何や、売り場か?」
「はい、申し訳ございません。それで先ほどのご用向きですが、ありがたく存じます。詳しいお話はメールでお送りいただけるとありがたいのですが」
「わかったわ。店と時間決めてメールするから、待っとき」
「ありがとうございます。それでは失礼いたします」
ダニーは一人でにやにやした。
あいつ、すっかりコンシェルジュやな。
ダニーは食事を終えて、セーフウェイでグローサリーを適当に買い、アパートに戻った。
PCを立ち上げて、レストラン検索を始める。
そや「スパイス・マーケット」にしよ。あっこならジョージも満足やろ。
ダニーは早速ディナー2名を8時半に予約した。
メールで場所と時間をジョージに知らせる。
ダニーはYシャツの束をドライ・クリーニング店に持っていき、同じだけのシャツを受け取って帰ってきた。
それから部屋の掃除だ。
最近、ジョージと遊ぶのに忙しくなまけていたので、思いの他時間がかかった。
さて、そろそろ、出かける時間だ。
ダニーは、アルマーニエクスチェンジの革ジャンにグッチのTシャツとジーンズを合わせ、ブーツを履いて外に出た。
マンハッタン行きの列車はすいていた。
逆にマンハッタンからの帰りの列車はぎゅーぎゅー詰めの混雑だ。
みな買い物袋をかかえて立っている。
地下鉄の乗り継いで、チェルシーに着き、レストランまで少し歩く。
ドアで名前を言い、ウェイターにテーブルに案内される。
まぁまぁの席だった。ジョージの姿はない。
ダニーは先にシンハービールをオーダーした。
20分ほど待っていると携帯が震えた。
「はい、テイラー」
「僕だけど、遅れてごめんね。もうすぐ着くから」
「ええよ、待ってる」
「ありがと」
すると、ジョージが走りこんできた。
今日は珍しくサングラスをしていないので、すぐにフロアマネージャーが飛んで行った。
ダニーが手を振る。ジョージが頷いて、テーブルについた。
「お前サングラスどないしたん?」
「息で曇っちゃって。だからはずした」
「走ってきたんか」
「だって早くダニーに会いたいもん」
ダニーは思わずジョージを抱き締めたくなった。
「じゃ、何か頼もう。腹減ったやろ」
「うん、今日、ランチ抜きだから、もうお腹と背中がくっつきそうだよ」
「そんなに忙しかったんか。何でも好きなもん頼み」
二人はメニューとにらめっこを始めた。
ジャン・ジョルジュの店だけあって、どれも読んでいるだけでつばが湧いてくる。
前菜にムール貝のレモングラス蒸しとスパイシーチキンウィングとポークサテー、
アボカドとイカのタイドレッシングサラダ、メインはシーフードのラクサと鴨のレッドカレーにジャスミンライスと決めた。
「やっぱりいつも食べるタイ料理と違うね」
ジョージは嬉しそうだ。
「そやな、お前はほんまは、こういうとこのがええんちゃう?」
「そんなことないよ。どこでもダニーと一緒だったら楽しいから」
そう言ってぽっと頬を染める。
「そうだ、今日ね、僕の売り上げが開店以来の記録だったんだって」
「へぇー、なんぼ売り上げたん?」
「15万ドル」
「え、マジで?」
「うん、何だかいいお客様ばっかりでさ、店長も喜んでた」
「そりゃそうやろ。お前ほんまに万能やな、尊敬するわ」
「でも僕には悪者を逮捕できないし」
料理が運ばれ始めた。
二人は、お祝いにドンペリニオンを開けることにしてオーダーをし、早速、笑顔で乾杯をした。
仕事を終えて帰り支度をしていると、サマンサの携帯が鳴った。
少し甘えたように話している様子からしてデートらしい。
電話を切った後で小さくガッツポーズしているのを見たダニーが拳を突き出すと、サマンサが照れ笑いを浮かべたままガツンと拳を合わせた。
「サム、かなり気合入ってるな」
「当たり前でしょ、久々なんだから」
サマンサは行ってくると宣言していそいそと席を立った。
「今度はどんな男やろな。この前は二股で散々やったもんな。ま、こればっかりはデートしてみんとわからんなぁ」
ダニーが言うと、マーティンがうんうんと頷いた。
「外見だけじゃなくてちゃんと人となりを見極めないとだめだよ」
「それが難しいんやないか」
ダニーはしたり顔で言う。マーティンには絶対に言えないが、最初から長く付き合う気がないなら外見が最も重要だと思いながら。
「サムのことより、あんたたちはデートの予定とかないの?」
後ろからヴィヴィアンに尋ねられて二人は顔を見合わせた。
「・・・僕はない」
「しゃあないな、今日はマーティンとデートして帰るわ。メシでも行こか、マーティン」
ダニーは冗談めかしてマーティンの手をつないだ。
「ちょっ、ダニー!」
マーティンの慌てる素振りが可笑しい。つないだ手を振り払われてしまったので、次にダニーはしっかりと腕を組んだ。
「オレら、お似合いやろ?」
「二人でデートを楽しんで」
ヴィヴィアンは笑いながら帰っていった。自分たちが本当に付き合っているとは思いもよらないだろう。
「ダニーのバカ!笑いごとじゃない!」
「あほ、ほんまは嬉しいくせに照れるなや。帰るぞ」
ダニーはさっさと立ち上がってオフィスを出た。振り返らずにすたすた歩く。
マーティンが急いで追いかけてくるのを背中に聞きながら、エレベーターのボタンを押した。
エレベーターが閉まる直前、マーティンが滑り込んできた。
「お前、いつか挟まれるぞ」
「大丈夫、僕が挟まれたらダニーが助けてくれるから」
マーティンは大真面目な顔でそう言ってにっこり笑った。
屈託のない笑顔が素直にかわいいと思う。
「あほ」
照れくさくなったダニーは階数表示を見上げたままつぶやいた。
「ねえ、どこに行く?」
支局を出るなり、マーティンが嬉しそうに尋ねた。
「うん?」
「デートだよ。するんでしょ?」
「ヴィヴに言うたん、真に受けたんか?」
「えー、あれって冗談なの?本当にするんだと思ってたよ」
マーティンは口をとがらせてダニーをじとっと見つめた。本気でデートする気だったらしい。
「ええで、行こう。行きたいとこあるん?」
「ダニーにまかせるよ。外でデートってあんまりしたことがないから。あのさ、ダニーがいつもしていたデートがいいな」
「オレのデートって普通やで。ほとんどクラブばっかりや。あとは買い物ぐらいやし」
「クラブは嫌だよ。ダニーが行きたいならいいけどさ」
「待っとき、考えるから」
クラブ嫌いのマーティンを連れて行っても苦痛なだけだ。楽しめないのに行く意味がない。
「とりあえず地下鉄に乗ろう。駅に着くまでに考えるわ」
ダニーはマーティンを促して歩き出した。
コニーアイランドに行くことにしたダニーは、一度アパートに帰って車に乗った。
運転しながらマーティンの手を握ると嬉しそうに握り返してくる。
くすぐったり指をからめたりするうちにコニーアイランドに着いた。
夏と違って人気がない冬の海を見渡しながら、並んでボードウォークを歩く。
二人はホットドッグをかじりながらアストロランドを眺めた。すでに取り壊しが決まっている。
「アストロランドがなくなっちゃうなんて切ないね」
「ほんまや、寂しいわ。ぼろっちいのも魅力やのに」
「僕さ、あそこのサイクロンが好き。今にも壊れそうで怖いんだよね」
ダニーはけたけた笑いながら頷いた。揺れるタイプの観覧車も同じ意味で怖いがおもしろかった。
「サイクロンは残るらしいで」
「だけど今のと同じじゃない。やっぱり嫌だよ」
「そやな」
二人は無言のままアストロランドを見上げた。
「マーティン、バターミルクワッフルとフライドチキン食べて帰ろう」
弱い風がでてきた。ダニーは砂をはたいて立ち上がった。
ダニーは、スタバのクレームブリュレラテとドーナッツを買って、出勤した。
マーティンが小声で誰かと電話をしている。
「はい、分かりましたよ、父さん。クリスマスには顔見せますから!」
ガッチャと放り投げるように受話器を置いて、マーティンはため息をついた。
「なんや、家庭内のトラブルか?」
「そう、僕が感謝祭の休みに帰らなかったから、父さん気に入ってないみたい」
「じゃ、次のクリスマスには帰ってやり。おふくろさんも心配してるやろ?」
「あの人は共和党の資金集めのパーティー主催で忙しいんだ」
「ふうん、俺にはようわからんけど、大変なんやな」
「うん。来世には、LOSTの島で悠々自適に住むような生活がいいな」
ダニーは思わず笑った。
ヴィヴィアンが出勤してきた。
「ごめんね、連休取っちゃって」
「レジーと話出来たんか?」
「あの年の男の子は難しいわね。私の手から飛び立ちたいみたい」
「そやな、いつまでも「ママー」じゃ済まされへんもん」
「そうだよね、あぁ、また顔にしわが増えちゃった」
ヴィヴはコーヒーをとりに席を立った。
感謝祭ウィークの翌週は、特に失踪者が多い。
それも独り身で、友人がいないタイプが多いのが統計で出ている。
ボスに各々ファイルを渡され、ダニーは目を通した。
マーティンもじっと読んでいる。
「これから冬に入る。失踪者が路上生活して凍死するケースも珍しくない。心してかかれ」
「了解っす!」「はい!」
口々に返事をすると、皆PCの前に座り、担当事件の洗い出しを始めた。
ダニーが担当したのは、ショッピングモールのサンタクロースと記念撮影した後、跡形もなく消えた少年だった。
マーティンの方は、統合失調症を病む40代の女性だ。
マーティンはサマンサと、ダニーはヴィヴィアンとコンビを組んで捜査を開始した。
ショッピングモールにはNYPDも集まっていた。
中にロージーとドムがいた。
「おーい、ドム」
「あ、テイラー捜査官!」
「今日はロージーの鼻が決め手かもしれへんな」
「ところが、サンタが子供たちを次々抱っこしているので、匂いが重なっちゃって。
今、お母さんに家の衣服を持ってきてもらってる最中なんです」
母親が到着した。手に3枚Tシャツを持っている。
嗅ぐやいなや、ロージーが走り始めた。
捜査員全員が後を追う。
モール裏手の路地に出る。
ゴミ箱に向かい、ロージーはドムに3声吼えた。
「ここらしいです」
「じゃ、開けてみよ」
ダニーがNYPDの巡査と共にゴミ箱の重たいふたをあけると、中からすえた匂いがした。
「もう手遅れかしら」
ヴィヴィアンがつぶやく。
「脈があります!救急車を!」
ダニーがドムに向かって、「ロージーお手柄やん」と褒めた。
その言葉に呼応するように、ロージーが体全身の体重でダニーにもたれかけた。
「ロージー。No!」
するとロージーは、またドムの傍らに戻る。
「今日はありがとさん」
「どういたしまして。あの・・マーティンは元気ですか?」
「ああ、今日は別の捜査で動きまわってるわ」
「僕が電話待ってるって言ってたとお伝えください」
「おう、わかった」
ダニーは、ヴィヴィアンと支局に戻り、マーティンたちのバックアップ体制をとった。
「彼女の主治医の処方箋が、コロンバスサークルのファーマシーで使われたわ」
「よっしゃ」
ダニーがサムとマーティンに連絡をする。
二人は、ファーマシーに急行した。
薬剤師に様子を聞くと、かなり錯乱した状態だったらしい。
「引き止めたんですが、セントラルパークの方に走って行ってしまいました」
その時、サマンサの携帯が鳴った。
セントラルパークで倒れている女性発見というNYPDの連絡だ。
マーティンとサマンサも現場の回転木馬に急行する。
救急医療班が搬送しようとしているところだった。
「FBIです、顔を照合したいんですが」
「急いでくださいね。抗うつ剤を大量服用してます」
サマンサが「確認!」とマーティンに伝えた。
女性は市立病院に運ばれた。
「彼女、大丈夫かな」
マーティンが心配そうに救急車を見送る。
「何だか、こういう事件は辛いわね」
二人は、車を停めたコロンバスサークルに戻った。
ダニーとヴィヴィアンは、少年の入院した市立病院を訪問した。
母親が病室の前の椅子に腰掛けていた。
「ゲイリー君のお母様で?」
「はい、あなた方は?」
「捜索にあたりました、FBIのジョンソン捜査官とテイラー捜査官です。容態は?」
「脱水症状と軽い低温症ですが、先生の診察では、翌朝には退院できると」
「それはよろしかったですね。あの、レイプテストは受けられましたか?」
「はぁ?」
「このNYには小児性愛者が大勢住んでいます。もしゲイリー君が顔を見ていたら、犯人逮捕の大きな決め手になるのですが」
「嫌です。これ以上、あの子に構わないでください」
母親は泣き崩れた。
「お気持ちが変わられたら、こちらまでお電話を」
ヴィヴィアンは名刺を差し出した。
母親はうつむいたまま受け取った。
入れ違いに、サマンサとマーティンがやってきた。
「どうしたん?」
「ケイト・ドノバンの胃洗浄が終わった時間だと思って来たんだ」
「そか、俺たちは先にオフィスに戻るわ」
「それじゃあとで」
サマンサとマーティンは並んでERの方に歩いていった。
「ねぇ、ダニー、あの二人ってお似合いだと思わない?」
「そやな、ルックスはええ感じやないか?」
「うちのチームって恋愛に疎い人たちの集まりみたいだから、一人家族持ちで肩身が狭いのよ」
「ええんちゃう。ヴィヴまで不幸せになったら総崩れやから」
ダニーは笑って、ヴィヴの肩を抱いた。
「そうだね。じゃオフィスに戻りましょう」
オフィスに戻って、報告書を上げていると、サマンサとマーティンが戻ってきた。
二人とも暗い表情だ。
結果はすぐにわかった。
マーティンがボスに口頭報告している。
サマンサは、ふぅと息をついて席に座った。
「だめだったんか?」
「うん、抗うつ剤だけじゃなくて、アルコールと睡眠薬も飲んでたわ。もう胃壁がぼろぼろだったって」
マーティンが戻ってきた。
「報告書は明日でいいって。もう帰っていいみたいだよ」
「何だか、まっすぐアパートに帰りたくない。ねぇ、食事に行きましょうよ!」
サマンサが言い出した。
「私は食事作らないといけないから、抜けるね」
ヴィヴィアンは、帰り支度をして、オフィスから去っていった。
「じゃ、3人で行きますか?」
マーティンが言った。
「あ、そうや、今日、NYPDのシェパード巡査がまた活躍してくれたんや、誘ったらどうやろか、マーティン?」
「ドムが?・・それじゃ電話してみる」
マーティンが廊下で電話をかけている。
「ねぇ、マーティンとシェパード巡査って仲いいの?」
「一緒に飲み行ったり食事したりしてるらしいで」
「ふうん。独身?」
「まだ若いで。26やったかな」
「やだ、すっごい年下じゃない。でも可愛いならいいわ」
サマンサは化粧を直してくると女子トイレに消えた。
「ダニー、ドムも来たいって」
「それじゃ、4人でデルアミコにでも行くか」
「そうだね、あそこだと気が楽だし」
ダニーが予約を取り、フェデラルプラザのロビーでドムと落ち合って、グラマシーの「デルアミコ」に出かけた。
デルアミコの主人が全員をハグする。特にサマンサには念入りに。
「今日もおまかせでOK?」
「ああ、頼むわ」
すぐにアンティパスト・ミストとミックスフリットの盛り合わせが運ばれてきた。
次にロブスターラビオリとウサギのミートソースパスタ、グリーンサラダが間に入って、
4種チーズのリゾットとポルチーニ茸のリゾット、最後はピッツァマルゲリータとビッツァデルマーレだった。
ドムはマーティンをちらちらと見ながら、警察犬のことを質問してくるサマンサに対応していた。
「ねぇ、そのロージーって子と、もしかして一緒に寝てるの?」
「いえ、ロージーには自分の家がありますから。僕は一人暮らしです」
「ドム、付き合ってる人は?」
「僕は犬臭いからもてないんですよ」
ドムは照れ笑いをした。
「そんなぁ、すごく清潔な香りがするわよ」
サマンサが犬のまねをしてドムの頭の香りをかいだ。
「サマンサ、あんまり年下をからかうなて」
マーティンはふと思った。
前にドムの家に電話した時に出てきた男は、一体誰だったんだろう。
今まで聞きそびれていた事が急に気になり始めた。
デザートの時間になり、主人がアイス・アフォガートとエスプレッソを運んできた。
サマンサと話を合わせて、屈託なく笑うドムの顔を見ながら、マーティンは胸騒ぎを感じていた。
レストランからの帰り、4人でぶらぶら歩きながら地下鉄の駅に着いた。
「ほな、明日な」
ダニーはすたすた階段を降りて行った。
「私はタクシー乗るから、またね。ドム、楽しかったわ、ロージーによろしく」
サマンサもタクシー乗り場に向かっていった。
ドムが「やっと二人っきりになれたね」と言って、顔を赤くした。
「ねえ、僕、ドムのアパート見たいな」
「え?これから?」
「うん。都合悪い?」
「そんなことないけど・・・」
「じゃあ行こうよ」
躊躇するドムの腕を取り、マーティンがタクシーを拾って、二人で乗り込んだ。
ドムがストリートアドレスを告げる。
行き先はイースト・ヴィレッジだった。
「ここだよ」
ドムが少し古いがしっかりした石作りのアパートを指さした。
「ここの7階」
「ふうん、そうなんだ」
「マーティンの家みたいに公園とか見渡せないよ」
「いいよ、そんなの関係ない」
ドムがドアを開ける。
インテリアは木目調の家具が多く、ドムの人柄のように温かさを感じさせるものだった。
しかし、部屋のあちこちに染み付いたウィスキーとたばこの匂いがする。
「ちょっと待ってて」
ドムがあわてて、奥の部屋に入っていった。
人と言い合っている声がする。
一体誰なんだろう?やっぱり誰かと住んでいるんだ!
マーティンは心臓の鼓動が高鳴るのを聞いていた。
ドムが車椅子の男を伴って出てきた。
マーティンはやっとのことで自己紹介をした。
「初めまして、マーティン・フィッツジェラルドです」
「あんたフェッツなんだって?ドムから聞いた」
「マーティン、僕の兄のジェリーです」
「弟が世話になってるみたいだな、礼言っとくわ」
そう言うとジェリーは器用にくるりと車椅子を反転させて、部屋に戻っていった。
ドムがマーティンに近付く。
「驚いたでしょ」
「うん。ちょっとだけ」
「兄、陸軍少佐だったんだけど、イラク派遣で脊髄を痛めて帰国したんだ」
「じゃあ、足は・・」
「うん、一生歩けない。僕が面倒を見てるんだ。でもそれが分かると軍からの恩給が切られてしまうんだよ」
「そうだったんだ・・」
「ねぇ、何か飲む?といってもアルコール類は、全部兄貴が飲んじゃったみたいだけど」
「お水でいいよ」
ドムはミネラルウォーターのボトルを渡した。
ソファーに二人並んで腰掛け、ミネラルウォーターで乾杯する。
「僕のこと軽蔑してるでしょ。でも、マーティンには嫌いになって欲しくない。僕がマーティンを家に呼べない理由はこれなんだ」
「よく分かったよ。僕こそごめんね。押しかけて」
「ううん。嬉しかった。マーティンがすぐそばにいてくれるんだって思ったよ。僕も、もうマーティンに嘘つかなくてすむんだし」
「これ飲んだら帰るね」
「本当にごめんなさい」
「いいんだよ」
マーティンはPETボトルを飲み干して、テーブルに置いた。
マーティンは、下半身麻痺の兄との生活がどんなものか想像をしようとした。
大変なのは分かるが、体験したことがないから、どれほど大変かが分からない。
そんな自分が歯がゆいと思った。
「お水、ありがとう。今日は帰るね」
「マーティン、また会える?」
「もちろんさ!」
マーティンはドムのダークブロンドの髪の毛をくしゃっとした。
ドムはマーティンの肩に頭をもたせかけた。
「お兄さんには、ドムの事、話したの?」
「元軍人だよ。絶対に認めてくれないよ。だから話せないんだ」
「そうか。僕と同じだね」
「うん、秘密だよね」
「ああ、秘密だ」
二人は軽く唇を合わせた。
ダニーが家に戻ると留守電が点滅していた。
「ジョージです。お仕事お疲れ様です。明日は暇ですか?電話ください」
ダニーはいつもの通り、ジャケットを脱ぎ、ネクタイをはずして、電話をかけた。
「俺やけど、ごめんな遅なって」
「全然OKだよ。今日は仕事は?」
「失踪者を確保したで」
「すごいな、やっぱりダニーは守護天使だ!」
「そんなんやない。それで、明日は何や?」
「あのね、ダニーが好きかどうか分からないけど、NBAのチケットが手に入ったんだ。
NYニックスとミルウォーキー・バックス戦。行かない?」
「そやなぁ、チケット取るの大変なカードやん。行く」
「それじゃマディソン・スクウェア・ガーデンに8時でどう?」
「ええな、楽しみやわ」
「僕もだよ、じゃおやすみなさい」
「おやすみ、ジョージ」
ダニーが家に戻ると留守電が点滅していた。
「ジョージです。お仕事お疲れ様です。金曜日は暇ですか?電話ください」
ダニーはいつもの通り、ジャケットを脱ぎ、ネクタイをはずして、電話をかけた。
「俺やけど、ごめんな遅なって」
「全然OKだよ。今日は仕事は?」
「失踪者を確保したで」
「すごいな、やっぱりダニーは守護天使だ!」
「そんなんやない。それで、金曜日は何や?」
「あのね、ダニーが好きかどうか分からないけど、NBAのチケットが手に入ったんだ。
NYニックスとミルウォーキー・バックス戦。行かない?」
「そやなぁ、チケット取るの大変なカードやん。行く」
「それじゃマディソン・スクウェア・ガーデンに8時でどう?」
「ええな、楽しみやわ」
「僕もだよ、じゃおやすみなさい」
「おやすみ、ジョージ」
翌朝、スターバックスでジンジャーブレッドラテと豆乳バナナマフィンを買って、ダニーはデスクに着いた。
マーティンが朝から特大のチーズバーガーをほおばっているのが見えた。
「ボン、おはよ。そんなん朝から食うてたら、太るで」
「僕は大丈夫!」
マーティンの表情がなんとなく爽快としているのにダニーは気がついた。
昨日、ドムとええことあったんかな?
ダニーはバナナマフィンにかぶりつきながら、考えていた。
サマンサが出勤してきた。
「ねぇ、ボーイズ!昨日はありがと!私、ドムが気に入っちゃった!またセッティングしてよ」
「えー、自分で誘えばええやん」
「だってそれだと物欲しそうな年増女みたいじゃない。そんなのは嫌」
「わがままだね」
「ね、お願いしたからね」
サマンサはコーヒーを取りにスナックコーナーに消えた。
「なぁ、ボン、ドムってあれやろ?」
「うん、あれ」
「サムに言うわけにもいかんしな」
「どうにかなるよ。どうせサムはクリスマス、あの人とデートでしょ?」とマーティンは目線でボスのオフィスを指した。
「そやな、ほっとこか」
「それが賢明だよ」
サマンサが戻ってきたので、二人は椅子を移動させて離れた。
マーティンは昨日の事件の報告書を上げていた。
マーティンの報告書はボスのウケがいい。
ダニーはいつも羨ましく思った。
自分もロースクールを出たというのに、しゃべる以外の意思疎通能力が低いと感じていた。
逆に口下手なマーティンに比べ、自分は弁が立つ。
これが相棒の条件なんだろうか。
昼になり、カフェで何気なくダニーは尋ねた。
「なぁ、今日、晩飯食おか?」
「あ、ごめん。ドムを誘っちゃった」
「そか」
マーティンは、昨日目にした光景が目に焼きついていた。
本当なら快適で清潔なアパートが障害者の兄の世話で、荒れ放題になっている。
せめてドムに美味しいものを食べさせて、元気になってほしいと思ったのだ。
マーティンはドムに携帯をかけた。
「はい、シェパード巡査です」
「僕、マーティン」
「さっきも電話くれたよね。まだ留守電聞いてないんだけど」
「今日、晩御飯食べないか?」
「あ、申し訳ないけど、連ちゃんはダメなんだ。兄貴の機嫌損ねるから」
「そうなんだ・・」
「でも誘ってくれてありがとう。会いたいよ」
「僕もだ」
「それじゃね」
「それじゃ」
今更ダニーに約束がなくなったとは言いにくい。
定時になり、帰り支度をしながら、帰っていくダニーの背中を見つめていた。
振り向かずに去っていくダニー。
今日はジョージとデートなのかな。
急に家にまっすぐ帰るのがばかばかしくなり、ブルー・バーに立ち寄った。
するとカウンターに座って、バーテンダーのエリックと談笑しているダニーが見えた。
きびすを返そうと思っていたら、エリックに見つかった。
「フィッツジェラルドさま、どうぞ」
「あれ?お前、今日は約束やなかったん?」
「振られた」
「そか、じゃ飲もう」
ダニーは同じものとエリックに告げた。モヒートが出てきた。
「男は一人の夜をカクテルで紛らわすことが多いんやで」
「そう?誰が言ったの?」
「オレ」
「ダニーのばか、誰かの格言かと思ったよ」
二人で3杯カクテルを飲み、アルゴンキンの外に出た。
「腹減らへん?」
「ぺこぺこ」
「じゃ、ラーメンでも食いにいくか?」
「賛成!」
二人はリトル・ジャパンの一風堂に来た。
寒くなってきたので外まで行列は並んでおらず、二人はすぐカウンターに通された。
「スペシャルとチャーシュー飯を2つ」
「喜んで!」
いつものようにマーティンは替え玉を3枚、ダニーは1枚お替りした。
「ここに来ると、人の温もりを感じるね」
「それが企業理念なんやろな」
「ヒロ・ナカムラみたいな人もいるのかな?」
「見てみろ、みんなイケメンやで」
「そうだね」
二人はヨタ話に花を咲かせて、店を出た。
「じゃ、僕、タクシーで帰る」
「そか、俺は地下鉄や」
二人は店の前で別れた。
ダニーは残業ですっかり遅くなってしまった。
フェデラルプラザからタクシーを飛ばしてもらう。
「マディソン・スクウェア・ガーデンまで、急いで欲しいんやけど」
「20ドル余計に払ってくれたら、やりますよ」
インド人の運転手が持ちかけた。
「お願いするわ」
タクシーは金曜日の夜の忙しいブロードウェイをジグザグ運転で北上し、33番街で左折した。
「恩に着るわ」
ダニーはさらに10ドル上乗せして渡した。
「こりゃどうも」
正面玄関でひときわ背の高い黒人の立っている姿が見える。
「ジョージ!ごめん、ごめんな、待ったやろ」
「大丈夫。ねぇ、ホットドッグとビール買っていい?」
「俺のおごりや、ごめんな」
「いいってば、早く入ろう!」
二人はコンセッション・スタンドでビールとホットドッグを買い、シートについた。
ジョージが用意した席は、なんと最前列だった。
「ちょっと、お前、これどうやって手に入れたん?」
「実は、ニックスのアイザイア・トーマス・ヘッドコーチが僕のお得意様なの。で、プレゼントされたんだ」
「そか、今、更迭問題でもめてるのに、いいとこあんな」
「すごく紳士だよ。もっとニックスが強いといいのにね」
「このとこ迷走してるからなぁ。今日は勝って欲しいわ」
試合が始まった。
二人は目の前で繰り広げれる2メートル以上の選手たちの肉弾戦に圧倒された。
「今日はディフェンスがいいね」
「おう、フリースローもよう決めるしな」
ダニーが二杯目のビールを買いに行き、席に戻ってくるとジョージがカメラマンに囲まれていた。
「オルセンさん、写真を」
「今日はプライベートですから・・」
ダニーの顔はすでに何度も雑誌に載っている。
今度載ったら、もうボスにもウソが通用しない。
ダニーはカメラマンたちが去るのを待っていた。
「ほい、ビール。お前大丈夫か?」
「うん、スポーツ関係の報道の人だから、パパラッチと違ってた」
「そか、よかったな、なぁ、お前さ、ダンクシュートできる?」
「うん、出来るよ」
軽々と言ってのけたジョージにダニーは嫉妬した。
ダニーもヒスパニックにしては身長が高い方だが、2メートルのジョージとは10センチ以上の差がある。
こいつとはバスケットはやらないことにしよ。
ダニーはビールをぐいっと飲んだ。
試合は、NYニックスの辛勝だった。
「とりあえず、勝ってよかったね」
「ストーブリーグに入ったら、選手の入れ替えが多そうやな」
「名門チームだからね、プレッシャーもきついと思うよ」
「さて、何食おうか?」
「うーんとね、すっごいアメリカ人ぽい気持ちがしてるから、地元料理がいいや。僕の知ってるとこでいい?」
「お前、どうせ調べてきたんやろ?」
「ばれたか」
ジョージはペロっと舌を出した。
マディソン・スクウェア・ガーデンから徒歩の距離に「クォリティー・ミート」はあった。
「なんや、肉屋みたいな名前やな」
「すごく美味しいんだって!」
ジョージが名前を告げると、フロアマネージャーが飛んできた。
「オルセン様、お待ちしておりました。どうぞ」
二人は奥のテーブルに案内された。
まず白ワインを選び、生牡蠣をオーダーする。
その間に前菜のクラムチャウダーとグリーンサラダに二人用のリブステーキに
つけ合わせのポテトとマッシュルーム、アスパラガスのソテーに決めた。
同じ肉料理を選ぶのでも、マーティンとはちょっと違っている。
栄養のバランスをジョージは常に考えているようだ。
リブステーキの大きさにびっくりする二人。
ウェイターがカットしてくれ、それぞれの皿に分けてくれた。
「美味そうやな、すごい肉汁や」
ワインも重ためのフレンチワインに変えて、メインディッシュを楽しんだ。
デザートに季節のフルーツとコーヒーを頼み、ようやく落ち着いてきた。
「ねぇ、ダニー、明日休み?」
「ああ、感謝祭の連休に仕事してたからな」
「それじゃ、僕の家に来る?」
「そのつもりやったけど・・」
ジョージは頬を赤く染めた。
「嬉しいな。すごく会いたかったんだもん」
「俺もや、お前を2回目のデザートで食ったるわ」
「わお!はっきり言われると、ここで立っちゃうよ」
「おい、それだけはするな!」
ジョージは心底嬉しそうに笑った。
ダニーは、ジョージの唸る声で目を覚ました。
時計を見るとまだ夜中の3時だ。
「おい、ジョージ!」
ジョージがはっと目を覚ました。額に汗をじっとりかいている。
「悪い夢みたんか?」
「うん、例のアラブ人が出てきたんだよ。それで、僕をいたぶって・・」
ジョージはくすんくすんと泣き始めた。
ダニーは上半身を起こして、ジョージをぎゅっと抱き締めた。
「もうあれは過去や。今は俺がいるやん」
「分かってる」
「また夢見るようやったら、アランに診てもらい。いい睡眠薬くれるやろから」
「そうだね」
ジョージはやっと落ち着いたようだ。
二人はまた眠りについた。
次に目を覚ました時には、ジョージがいなかった。
「ジョージ!」
「ここだよ〜」
キッチンから声がする。
「待っててね、もうすぐ朝ごはんできるから」
「いつも悪いな」
ダニーはシャワーを浴び、歯を磨いた。
ジョージが用意してくれたナイキのジャージの上下に着替える。
「今日は何?」
「クロック・ムッシュ」
「何それ?」
「食パンの間にハムとチーズはさんで、フライパンで焼くの。上から熱々のベシャメルソースかけて出来上がり」
「美味そうやな」
「ありがと、コーヒーできてるから」
ダニーはいまや自分用になった、ジョージとおそろいで色違いのマグを取り出して、コーヒーを注いだ。
「お前も飲むやろ?」
「うん、ありがと」
ダニーは、ジョージのマグを持って、後ろからぎゅっと抱き締めた。
「わお、手元が狂うよ!」
「お前、昨日すごかったな」
「だって、久しぶりだったじゃない?」
ごめん、ジョージ。俺はそうでもないんや。
「そやな」
「その・・・お尻痛くない?」
「うん、慣れてきたみたいや。潤滑油のおかげかな」
「今度もっといいの探すね」
「なぁ、お前、そういうのどこで買うの?」
「え?ネットだよ」
マーティンと同じだ。
「色々あんのやな、その・・ゲイのショッピングサイトって」
「うん、人口比でももう日陰ではいられない存在に膨れ上がっていると思うんだよね。
早く、ゲイの上下院議員が登場して欲しいよ」
「そやな」
「クロック・ムッシュ、冷めないうちに食べてね」
「よっしゃ」
ダニーはこんがり焼けたトーストにナイフを入れた。
先に食べ終わったジョージが、冷蔵庫から黒いコーヒーゼリーのようなものを出してきた。
「デザートか?」
「うーん、ちょっと違う。ダニーは食べない方がいいと思うよ」
「何で?」
「食べさせたら、絶対怒るもん」
「ええやん、一口食べさせ」
ダニーは無理やりジョージからスプーンを取り上げて、ゼリーを一口入れた。
「うわ、苦!これ何や?ハーブか?」
「知ったら、絶対に怒るもん」
「怒らないから言うてみ」
「亀ゼリーだよ」
「え、亀ゼリー?亀か?あの海で泳ぐ亀か?」
「香港のモデル友達からもらったの。コラーゲンが豊富だから肌にいいんだって」
「ちょっと、トイレ行くわ」
「だから言ったのに・・」
ダニーが真っ青な顔をして戻ってきた。
「ねぇ、大丈夫?」
「ああ、平気や。お前、よくそんなもん食えるな」
「冬は肌が乾燥しやすいんだよ。来週はアップの撮影があるから・・」
「まぁ、分かったわ。すげーな、香港人って。今日の晩はお前のおごりな」
「これからは、ダニーの前では食べないことにするね」
「あぁ、そうしてくれ」
「ダニー、子供みたいだね!」
「アホ、度肝抜かれただけや」
「晩御飯食べられる?」
「平気平気、亀ゼリー以外はな」
ダニーが笑い、ジョージも声を出して笑った。
「じゃ、今日はダニーの好きなカフェ・ハバナに行こうよ」
「それええな!」
二人はにんまりした。
アパートまでの帰り道は、ヴェラザノブリッジを過ぎたあたりから渋滞していた。
ゆっくりとしか前に進まない。ダニーはいらついた時の癖でハンドルをこつこつ叩いた。
「事故かな」
「わからん。一応進んでるから自然渋滞ちゃうか」
ダニーはふーっと大きく息を吐いた。とろとろ走るのは好きじゃない。
「しりとりする?」
「へ?」
「しりとりだよ。退屈でしょ?ドーナツ」
「ガキか、お前は」
ダニーがデコピンしようとすると携帯が鳴ってすぐに切れた。
マーティンが変な顔をしているので携帯を確認すると、サマンサからメールが入っていた。
ロックフェラーセンターのクリスマスツリーの画像が添付されている。
「サムからや。おすそ分けやて」ダニーはマーティンに携帯を渡した。
「あー、ツリーだ!」
マーティンは熱心に携帯に見入った。
「渋滞の原因は多分これやな。オレらもこのまま見に行くか?」
「ううん、いい」
「遠慮なんかいいんやで。今日はデートやし」
「僕はダニーとアパートでくっつくほうがいいから」
マーティンは携帯をぱたんと閉じてダニーのジャケットに戻した。
「ダニィ」
マーティンは甘えながらダニーの右腿に手を伸ばした。
布地ごしにペニスを擦るとすぐに手の中で硬くなる。ぎゅっと握ったまま、何度も上下させて弄んだ。
「おい、オレのチンチンはシフトとちゃうぞ」
「わかってるよ。ダニーも僕のさわる?」
「さわってほしいか?」
「・・・ん」
マーティンは恥ずかしそうにはにかむと手を離してシートにもたれた。
ダニーは苦笑しながらマーティンのペニスに手を伸ばした。硬い固体と化したペニスは誘うように熱を持っている。
「危ないから続きは帰ってからな」
「へーきだよ、危なくなんかない」
「あほ、事故ったらどうすんねん。もうすぐアパートやから我慢しい」
ダニーはマーティンの手の上に自分の手を重ねてそっと握った。
アパートに帰った二人は、何度もキスを交わしながらベッドにもつれこんだ。
もどかしく思いながらシャツを脱ぎ捨て、裸で抱き合う。
ダニーはマーティンを組み敷くと喉仏を舐めあげて耳を軽く噛んだ。
首筋や胸へと愛撫を続けながら、わざとペニスを密着させて甘く疼く感覚を楽しむ。
「くっ・・・はぅっ!」
ペニスの先端を弄りながらアナルに指を入れると、マーティンが我慢できずに小さく声を漏らした。
ダニーはキスで口を塞いで抱きしめた。
頬を上気させてしがみつくマーティンの背中や腰を手のひらでやさしくなぞる。
「ダ、ダニィ、いれて・・・ねぇ・・・」
さんざん焦らされたマーティンは自分から腰を擦りつけてねだった。
ダニーが仰向けになるとマーティンが自分から上に跨った。
「あっ・・・く!んぅぅっ!」
マーティンは声を上げながら腰を振った。見つめられて恥ずかしいのに快感を求めて体が勝手に動いてしまう。
ダニーもマーティンの腰を掴んで下からも突き上げる。
マーティンは苦しそうに呻くと射精してダニーの胸に倒れこんだ。壊れたかと思うぐらい胸の鼓動が早い。
「よかったか?」
ダニーはこくんと頷いたマーティンの髪をくしゃっとして頭を撫でた。
マーティンの呼吸が落ち着くと、ダニーは挿入したまま体を入れ替えた。
足を持ち上げて肩に乗せ、体の奥深くまでゆっくりとペニスを沈める。
精液を垂れ流したままのペニスを弄りながら腰を動かした。
マーティンの目を見つめたまま腰を振る。肌が鳥肌立ってきた。イキそうだ。
「う・・・イクっ!」
ダニーは短くつぶやくと腰を突き出して射精した。
ぐったりして寝転ぶとマーティンが手をつないできた。握り返してキスをする。
「ダニィ」
「ん?」
「なんでもない」
「変なヤツ」
マーティンはダニーの肩に頭を乗せて抱きついた。
ダニーはジョージのインパラでブルックリンの家まで送ってもらった。
「ちょっと寄るか?」
静かに尋ねると、「うん、いい。2日間楽しかった、ありがと、また来週ね」とダニーを気遣う応対が戻ってきた。
「そか。ごめんな、いつもせわしのうて」
「いいんだよ、ダニーは公務員さんだから、規則正しい生活が必要だもん」
「ありがとな」
「カフェ・ハバナ。美味しかったね。あそこの丸焼きコーンと黒豆ライスが大好き」
「お前優しいな」
「本気だよ」
「わかった、ほな、家に入るわ、おやすみ」
「おやすみなさい、ダニー愛してる」
「俺も」
二人は軽く唇を合わせると、ダニーは車から降りた。
去っていくインパラを見送り、アパートに入る。
今日は、どうやら誰もいなさそうだ。
部屋に入り、エアコンのスウィッチを入れる。
思わずため息が出た。
ジョージといる時は、楽しくてたまらないのに、一緒にいすぎると、必ず、窮屈さを感じるのだ。
正直、俺は誰とも住まわれへんかもしれん。
ダニーは、スーツとYシャツをランドリーバッグに入れて、部屋着に着替えた。
思う存分、長湯して、手足を伸ばし、考え事をする。
今年の自分は、激変の1年だった。
アランとの同棲の解消、ジョージとの出会い。
決して性欲や征服欲にかられた行為ではないのだが、マーティンを含め、誰に対しても後ろめたい気持ちが消えない。
夜は思考が悲観的や。もう風呂からあがろ。
ダニーはバスタオルで体をくるみ、パジャマに着替えた。
しゃかしゃか歯磨きを終えて、ベッドに入った。
ああ、ここにマーティンがいたら、あいつの体温でぬくいのにな。
そのうちダニーは眠りに入っていった。
早寝をしたので朝8時に目が覚めたダニーは、焼きたてのパンを買いに、近くのベーカリーに寄った。
エッグ・ベネデクトが食べたい。
イングリッシュマフィンを2つ買う。
家に戻って、コーヒーメーカーをセットし、早速エッグ・ベネディクトの準備を始めた。
クレソンがあったので、軽くソテーする。
あとは目玉焼きだ。
ちょうど半熟あたりで火を止め、オーブンで焼いていたマフィンにバターを塗り、間に目玉焼きとクレソンをはさんだ。
久しぶりの一人だけのゆっくりしたブレックファストだ。
ダニーは、あえてCDをかけたり、TVをつけずに、その静寂を楽しんだ。
洗濯物を片付けた後、近くのスーパーにグローサリーの買い物に出かけた。
紙袋二つかかえてアパートに戻ると、留守電が点滅していた。
ジョージかな?
再生すると「ダニー、いないのかい?」というアランの声が始まった。
「今日、我が家で晩飯でもどうかと思ったんだが・・留守なようだね。それじゃ、また」
ダニーは、すぐに電話を返した。
「はい、ショア」
「俺、ダニー」
「ああ、やっとつかまった。それで、もう夕飯の支度は済んだのかな?」
「これからや」
「それじゃ、家に来ないか?」
「あいつ、いるんやろ?」
「いや、ロバートはいないよ。僕一人だけだ」
「それなら行く」
「じゃあ、7時に待っている」
「分かった」
ダニーはランチを簡単なターキーサンドで終わらせ、6時半にアッパー・ウェストサイドに向かった。
「よく来たね」
アランが温かく迎えてくれた。
玄関ホールで強く抱きしめられる。
リビングに入って、ダニーは思わず周囲を見回した。
「おいおい、捜査かい?ロバートはいないよ」
「ほんまに?」
「ああ、休みをやった」
「そうなん」
「それじゃ、ディナーの支度を手伝ってくれないか?」
ダニーはコートを脱ぐと、キッチンに向かった。
「わぁ、美味そうなミートローフや」
「お前の好物だろう?」
「覚えててくれたん?」
「忘れるわけはないさ、さ、鍋の中のデミグラソースをかけてくれ」
「了解!」
アランは、ハーブサラダとミートローフに温野菜のディナーを用意していた。
コッポラのクラレットを開け、二人だけのディナーが始まった。
アランとのディナーは、それぞれの仕事の話をしているうちに終わった。
「ブランデー飲むかい?」
アランがルイ13世のボトルを出してきた。
「ごめん、明日、早いから・・」
「あぁ、そうだったね。済まない。お前を見ていると、まだここに住んでいるような錯覚に陥るんだよ」
「ごめん、アラン」
「まあ、いいさ。また状況が変わる時が必ず来ると思っているんでね」
アランは肩頬で笑い、自分のブランデーグラスに琥珀色の液体を注いだ。
「それじゃ、帰るだろ?」
急にアランが尋ねた。
「え?」
「引き止めそうな自分が恐いんだ。哀れだろう。46歳にもなって若い恋人に帰るなと請うなんて、
ソープオペラでも最悪の脚本だ」
「アラン・・」
「また、こうやって食事をしてもいいかい?」
「もちろんや、今度は家で俺の飯食うとかは?」
「それもいいな、それじゃあ」
アランはリビングのソファーに深く腰掛けて目をつむった。
ダニーはいたたまれなくなり、玄関ホールを駆け抜けた。
アランはあんなに弱い人間やなかったはずや!
どないしたん、アラン!!
ダニーはブルックリンまでのドライブの間、ぐるぐるアランの疲れた顔が目の前を回るのを感じていた。
家に戻ると留守電が点滅していた。
マーティンか?ジョージか?
「ダニー、ジョージです。何も用事ないんだけど、声が聞きたかった、それだけです。お休みなさい」
ダニーは電話をかけた。
「はい、オルセン」
「俺や」
「あ!ダニー!元気?」
「おいおい、今朝まで一緒やったやんか」
思わずダニーが苦笑する。
「だって寒いから風邪引いたら大変じゃない?」
「そんなんやったらFBI務まらないて」
「それもそうだね。ああ、声が聞けて幸せだよ」
「今週はどんな仕事やんの?」
「ナイキのグラビア撮影と退屈なパーティが3つ」
「忙しいんやな」
「ダニーだって」
「お前も体、気をつき」
「ありがと。それじゃね、ばいばい」
「おう、おやすみ」
月曜日の朝、ダニーは早めにオフィスに着いた。
スターバックスで買ったソーセージマフィンとカフェラテで朝食を済ませる。
するとマーティンが出勤してきた。
手に大きな袋をぶらさげている。
さしずめ朝食のハンバーガーだろう。
「ボン、おはようさん。今日の朝食は何や?」
「え?バーガーだよ、悪い?」
「まだ何も言うてへんのに」
「どうせ言うと思ったから先に返事した」
「そか、お前も学習してんのな」
サマンサとヴィヴィアンが仲よさそうに一緒に出勤してきた。
ヴィヴィアンが皆に伝えた。
「ボスは今日から3日間、ロスに出張だから。気を抜かずにがんばってちょうだい」
ヴィヴィアンは、ボスの転勤問題で、一度はチームのリーダーになった人間だ。
いつもは温和だが、締めるところはきちんと締めてチームを管理するのが、彼女のやり方だった。
ダニーはその緩急織り交ぜたやり方が気に入っていた。
事件は起こらず、手持ちの未解決ファイルの情報アップデートに時間を当てる。
マーティンはペーパーワークが得意で、スピードも速い。
昼になり、もたもたしているダニーを誘って、カフェにランチに出かけた。
「ねぇ、今日さ、事件起こらなかったら、ロックフェラーセンターに行かない?」
マーティンがペスカトーレを食べながら、ダニーに尋ねた。
「何や、そんなにツリーが見たいか?」
「いいじゃん、一年に一回なんだからさ、クリスマス近くになるとすごく混むし・・」
「わかった、事件が起こらなかったらな」
「約束だよ」
ターキーサンドを頬張りながら、ダニーは頷いた。
ダニーがコーヒーを淹れているとボスが通りかかった。
「ダニー、私にも頼む。ダブルミルクで」
「了解っす。砂糖もダブルなので?」
「砂糖はいらん」
ボスはシュガーボトルを横目で見ながら行ってしまった。
ははーん、おっさんはダイエットか・・・
ダニーはくすくす笑いながらコーヒーを淹れてオフィスに持っていった。
「お前、今日暇か?」
コーヒーを置いて出て行こうといるとボスに引き止められた。
「ええ、今のところ予定はないっす。何かあるので?」
「ニュージャージーで今夜、アングラの獣姦ショーがある。お前と行こうと思ってな」
ボスは声を潜めて言うとにんまりした。
「どうだ?いつも見ているDVDなんか子供騙しだぞ」
「でも、オレは・・・」
ダニーはもごもごと口ごもった。見たいけど浮気はしたくない。でも見たい・・・
「見るだけなら」
「よし、勤務が終わったら地下駐車場に集合だ。マーティンには絶対に言うんじゃない、いいな?」
「了解っす」
ダニーは頷き、すたすたと自分のデスクに向かった。
ダニーが地下に降りると、ボスが車でカーナビの設定をしていた。素早く隣に乗り込む。
「マーティンに見つからなかったか?」
「多分」
「あいつに知られたら変態扱いされるな、ダニー」
「ボスもね」
ボスはくくっと笑うと車を出した。耳障りなカーナビの女の声が車内に響く。
ダニーはゆったりしたシートにもたれたまま安定した走りを楽しんだ。
帰宅ラッシュの時間帯で道路は混雑していたが、リンカーントンネルを抜けるころには渋滞も落ち着いていた。
ボスは倉庫の立ち並ぶ一角に車を停めた。少し歩いて古ぼけた倉庫に入るとショーはもう始まっていた。
パイパンの女がラブラドール・レトリバーに股間に舐められて体をくねらせている。
長い舌が執拗に往復して舐めあげ、犬の唾液と女の体液で艶かしく光っていた。
「ボス、なんでいっつも黒い犬なんでしょうね?」
ダニーは前から思っていた疑問を口にした。
「結合部をわかりやすくするための演出だろう」
そのうち、犬が腰を押しつけてそわそわし始めた。女がゆっくりと四つんばいになる。
背中をしならせて足を開き、誘うように犬を見つめると、黒い体が覆いかぶさった。
すでに犬のペニスからぽたぽたと体液が滴っている。
ボスもダニーも生唾を飲みながらじっと見入った。
膣に挿入した犬は狂ったように腰を振り立てた。
がっちりと押さえこまれた女は犬の動きに喘ぎ声を上げながら悶え、激しい動きに体をびくっとさせると拳を握った。犬はさらに腰を振る。
犬の荒く興奮した息遣いもいやらしく、その場にいた全員が女と犬から目を離せない。
ダニーは痛いぐらいに勃起していた。トランクスが湿るのを感じる。恐らくボスもそうだろう。
女は手を伸ばすと犬をより深く挿入させた。ぐちゅぐちゅと音を立てながら犬はペニスを突きこむ。
しばらくすると動きが緩慢になってきた。やがて動きが止まり、女が一際声を上げて悶えた。
行為が終わったのか、女も犬もぐったりしたまま動かない。
「抜かないんじゃなくて抜けないんだ。中でぱんぱんに膨らんでいるから」
後ろのオヤジが誰かに説明しているのが聞こえた。
大勢の警官がいきなり突入してきた。突然のガサ入れに倉庫内は騒然となる。
「警察だ!全員そのまま動くな!公然わいせつと違法薬物の売買で捜索令状が出ている」
外に逃げようとしても警官が取り囲んでいてどこにも逃げられない。
「ボス、やばいっすよ」
ダニーはボスに言ったが、ボスは平然としている。侮蔑した様子の制服警官がこっちにやって来た。
「私にまかせろ」
警官がミランダ警告を読み上げるのを制し、ボスはIDを提示した。ダニーもそれを倣う。
「FBIのマローンとテイラーだ。我々は人身売買の疑いで内偵をしていた。責任者を呼んでくれ」
二人は警部補に事情を説明するとすぐに解放された。
倉庫から出ると、女が犬ごと担架に乗せられて救急車に運ばれていくのが見え、ダニーはまた勃起してしまった。
ダニーはマーティンと、ロックフェラーセンターのスケートリンクを見下ろしていた。
「やっぱり綺麗だね」
黄金の光に飾られた巨大なクリスマスツリーは、まさに圧巻だ。
ダニーは、黄金の輝きに照らされるマーティンの顔を見ていて、美しいと思った。
ジョージのような造形的な美ではないが、
マーティンには、アメリカ人なら誰でも好きにならずにはいられないチャームがそろっている。
ヘテロやったら、ヤリ放題やったろうに。
ダニーは思わず邪な考えを浮かべ、首を振って、打ち消した。
「ダニー、どうしたの?寒いの?」
「いや、何でもない」
「今日は僕の願いを聞いてくれたから、晩御飯おごるよ」
「おぅ、やりー!ほな行こうや」
「え、まだいいじゃん、せっかくなんだから、あと5分だけ!」
「お前、ほんまはスケートやりたいんやないか?」
「・・実はね、でも整理券ないとだめだしさ」
「整理券?」
知らへんかった。ジョージは整理券もゲットしてたのか。
ダニーがぼうっとしていると、マーティンがダニーの腕を掴んだ。
「もう5分たったから、ご飯に行こうよ」
「そやな、どこ行く?」
「ドリームホテルのアマリアにしない?」
「何料理やったっけ?」
「地中海料理だって」
「ふん、それならシーフードもありそやな、そこにしよ」
二人はぶらぶら歩いて、レストランに着いた。
平日なのでテーブルに空きがあった。
早速メニューを物色する。
「俺、このモロッコ風にんじんサラダを前菜にもらう」
「僕は子羊のミートボール」
「あとは、地中海風シーバスのサフラン煮込みな」
「僕はね、チョリソが詰まったチキン」
ワインはマーティンがギリシャの白ワインを選んだ。
ワンボトル$56だから手ごろだ。
「ねぇ、聞いてもらっていい?」
マーティンがグラスを片手にダニーに尋ねた。
「何や?仕事のことか?」
「ううん、ドムのこと」
「はん、それで?」
「ドムね、イラクで負傷して帰国したお兄さんがいるんだよ」
「へぇ、そうなん?」
「一生、下半身不随なんだって。だからイースト・ヴィレッジのアパートで同居してるんだ」
「じゃ、世話もドムがやってるんか?」
「うん、すごく大変そう。でも巡査の給料じゃ介護人雇えないじゃない?」
「まさか、お前、雇ってやるつもりやないんやろ?」
「やっぱり、だめかな?」
「ドムがどんな気持ちでその話をしたかは知らんけど、ドムの自尊心を傷つけると思うで」
「そうだよね・・・何も出来ない僕がもどかしいよ」
「時たま、ドムを外食に連れ出すだけでもええやん、こことか、普段警官が行かへんとこへさ」
「そうかな」
「息抜きが一番必要だと思うで。介護人共倒れの話はよく聞くしな」
「ありがと、ダニーに相談してよかったよ」
「だから、この間、ドムを誘ったのか?」
「うん・・」
「難しいなぁ」
「そうなんだ」
マーティンは一つ答えを得たようで、ため息をついて、ワインをぐいっと飲んだ。
「そやそや、ニックから電話あったか?」
「ううん、ないけど?」
「この間、たまたま街で会ってな、お前に会いたがってた」
「そうなんだ。もう売れっ子で年の半分以上は海外だからさ、難しいんだよね」
「そか、でもせっかくNYに帰って来てるんやから、電話してやり」
「そうだね、わかった」
「お前も大変やな」
「何だかね。ダニーといる時が一番気が楽だよ。」
「俺もや。俺たち長いもんな」
「相棒だしね」
「そや、相棒や」
二人は、ワイングラスをかちんと合わせた。
ダニーは5時に携帯のタイマーで目を覚ました。
隣りでは、マーティンがすやすやと寝息を立てている。
こっそりベッドを抜けて、スーツに着替える。
これから家に戻り、着替えて出勤する予定だ。
「マーティン、ごちそうさん」
ダニーはささやき声で、マーティンに話しかけ、額に優しくキスをした。
「うぅん」
マーティンが寝返りを打った。まだ目を覚まさない。
ダニーはマーティンの目覚ましを確認して、アパートの外に出た。
まだ気温が低い。コートの襟を立て、地下鉄の駅に向かった。
クラブやバーで一晩明かした若者や、夜勤のブルーワーカーで、車両は結構混んでいた。
ダニーは、アパートでシャワーをし、歯を磨き、髭を剃った。
マーティンの柔らかな髭が羨ましかった。
仮眠を取る時間はない。
ダニーは新しいスーツとYシャツにネクタイを出して、着替えると、マンハッタン行きの列車に乗った。
スターバックスでグリルサーモンサンドとダブルエスプレッソを買う。
まだチームの誰も来ていなかった。
ダニーはサンドウィッチを食べながら、キャビネットにしまってある「NY州司法試験模擬問題集」を取り出し、読み始めた。
ロースクールを出たものの、まだ司法試験に受かっていない。
FBIを辞めるつもりはさらさらないが、昨日、マーティンから聞いたドムの兄の話が心に残っていた。
たとえ車椅子になっても、法律家なら食っていける。
ダニーは来年こそは、司法試験を受けようと思っていた。
マーティンがCPAの資格を持っているのも刺激になっている。
奴はFBIを辞めることになっても、大手会計事務所で立派に仕事が出来るだろう。
ダニーは、探偵や警備員に身をやつすのだけは勘弁だと思っていた。
そのうち、チームの皆が出勤してくる。
「おはよう、ダニー、早いね」
ヴィヴィアンがコーヒー片手に席についた。
「ああ、ちょっとな」
マーティンが息を切らしてやってきた。
「おはよ、ボン、どないした?」
「へんな男に追いかけられた」
「はぁ?」
「恐かったから、ダッシュしたんだよ」
ダニーは苦笑した。
マーティンには、人を惹きつけるフェロモンがあるようだ。
本人は迷惑だろうが、羨ましいと思う人間も多いだろう。
ボス不在の二日目も何事もないまま過ぎていった。
「ボスがいないと、事件も起きないね」
ヴィヴィアンがため息交じりにひとりごちた。
「ヴィヴ、まるでボスが事件を呼び込んでるみたいな言い方!」
サマンサが豪快に笑った。
するとその時、ヴィヴィアンの電話が鳴った。
「はい、ええ、すぐ向かいます。住所は・・」
メモを取りながら応対している。
電話を切ると、「みんな、失踪者発生、女子中学生、アリー・メンデス。
サマンサとダニーは両親の家に行って。マーティンは病院やモルグを当たって」と指示を出した。
アリーの家は、リンカーン・タワーズ、アッパー・ウェストエンド屈指の高級アパートだった。
二人は母親から写真と携帯電話を借りた。
「あの子が携帯を持ち歩かないなんてないんです。中毒でしたから。絶対誘拐だと思います」
「それでは、テックを手配して、電話に追跡装置をつけさせて頂きます。別チームが病院などを当たっています」
サマンサがマーティンとヴィヴィアンに写真の画像データを送信した。
マーティンから連絡が入る。
「今、グラマシーのベルヴュー病院。アリーらしき少女を発見」
ヴィヴがすかさず電話をよこす。
「ダニー、サマンサ、病院に直行して」
二人でグラマシーまで車を飛ばし、マーティンと合流する。
「顔写真と照合するのに時間がかかってしまって・・」
マーティンがすまなそうに言った。
「どんな様子なの?」
「昼間、グラマシー・パークでふらふら歩いているところを警官が発見、
状態がひどいので、一番近いこの病院に収容したそうなんだ」
「状態がひどい?」
サマンサが眉を上げた。
「会わせてくれる?」
「今、麻酔で眠ってるけど」
「いいから」
サマンサは、カーテンで仕切られた病室に入った。
マーティンが言いよどんだ意味が分かった。
写真とは似ても似つかないほど、殴られ、片目は腫れで完全につぶれたままだ。
看護婦が点滴を換えている。
「すみません、FBIのスペードですが、この患者の外傷は顔だけですか?」
看護婦は言いにくそうに答えた。
「いえ、レイプされた跡がありました。局部2箇所に。意味お分かりになりますか?」
「ええ」
「それと、これです」
彼女は静かにアリーの処置着の前をはだけた。
「国に帰れ、ビッチ」と腹部にナイフで刻んだ跡があった。
「ひどすぎる・・・」
ダニーはマーティンと共に処置した医師から、負傷の様子を聞いていた。
「とりあえず、ヴィヴィアンに報告や」
マーティンが待合室で携帯をかける。
「両親をここに向かわせるって」
「とんでもない親子の対面やな」
「こんなひどいこと、一体誰が・・」
マーティンが天を仰いだ。
「ヘイト・クライムや」
ダニーが答えた。
メンデスはメキシコ系移民だ。
国とはメキシコを指しているに違いない。
3人は、両親が到着するのを待った。
医師からの説明で、アリーが大量の睡眠薬を注射されていたことが判明した。
「この犯人、これが初犯やないで」
ダニーはつぶやいた。
「え、もっと被害者がいるってこと?」
「ああ、それも移民狙いに間違いないわ」
「でも、僕らの出番はここまでだね」
「ああ、残念ながらな」
両親が病院に到着した。
変わり果てた娘の姿を見て、二人とも言葉を失った。
母親は泣き崩れ、父親が体を支えた。
医師が数日間の入院が必要との旨を伝え、
サマンサが「お嬢さんが後日、事件について話したくなったら、ご連絡ください。力になります」と両親を諭した。
マーティンは一人乗り、ダニーはサマンサを乗せて、フェデラル・プラザに戻った。
サマンサがヴィヴィアンに口頭報告を行った。
ヴィヴィアンが、とりあえずサマンサにねぎらいの言葉をかけた。
「ダニー、マーティン、お疲れ様。報告書は後でいいから、今日は定時に上がっていいわよ」
ヴィヴィアンの言葉に、3人は神妙な顔つきで頷いた。
オフィスを離れ、ダニーとマーティンは、ブルー・バーのカウンターにいた。
エリックがサービスで出してくれたバッファロー・ウィングを食べながら、テキーラをショットで飲んでいた。
「気がめいるね」
「ほんまやな」
会話が続かない。
エリックも特に何も話さず、テキーラを注ぎ続けていた。
「飯、食うか」
「そうだね、食べよう」
二人はチェックを締めて、アルゴンキンを出た。
ちょうど隣りに「dbビストロ」がある。
二人はふらふらと中に入った。
ここは、豪華バーガーで有名な店だ。
サーロインを使った贅沢なパテの中に、牛のショートリブの赤ワイン煮とフォアグラ、
そしてパンにはパルメザンチーズが練りこんである。
バーガーに30ドルも払うのは馬鹿馬鹿しいと思っていたダニーだったが、
今日は、遠くに出かけたくなかった。
二人ともdbバーガーを頼み、ロブスターサラダを前菜にした。
まだアルコールが足りない。
マーティンがワインリストの中から、オーストラリアの重いシラーズを選んだ。
「ねぇ、ダニー、クリスマスはどうするの?」
急にマーティンが尋ねた。
「どうって、何も予定あらへん」
「そうなんだ、僕、NYにいたいんだよね、実家に帰りたくないんだ」
「でも、この間、副長官が電話してきはったんやろ?」
「うん・・」
「クリスマス位、帰ってやり。七面鳥食って、翌日戻ってくればええやん」
「仕事ですってウソついたらどうかな?」
「親父さんのこっちゃ、絶対に、業務日誌チェックするで」
「そうか・・仕方がないね」
「今度ばっかりは諦め。1年に1回のことやろ?」
「だから、余計にダニーと一緒にいたいんだよ」
「おいおい、俺が何たらって言い訳に使うんじゃないで。俺の査定に響くから」
「分かった。ダニーに迷惑はかけないよ」
マーティンはぷぅっと頬をふくらまして、ロブスターをつついた。
大好物のバーガーが来ても、マーティンの機嫌は直らなかった。
しゃあないなぁ。ボンやからなぁ。
ダニーは、バーガーにナイフを入れた。
「なぁ、あんな事件の後や、今日はお前の機嫌とってる余裕ないの分かってくれ」
「・・・ごめんなさい」
二人は食事を終えて、またブルー・バーに戻った。
「お帰りなさいませ」
エリックが笑顔で迎えてくれる。
今晩、必要なのは酒だ。
二人は浴びるほどテキーラを飲んで、ホテルの前で別れた。
翌朝、目覚ましで目を覚ましたダニーの頭の中で象がまるで行進しているような痛みで、思わず頭をかかえた。
あらかじめ用意しておいた、テイレノールとミネラルウォーターをとりあえず飲み込む。
緩慢な動きでバスルームに移動し、シャワーと歯磨き、髭剃りをすませた。
鏡の中にうつるのは、くたびれた男の顔だった。
ダニーは、ジョージがくれた肌を収斂させるローションをぱちぱち顔にはたいてみた。
女のようで奇妙な気がしたが、すーっとして腫れが取れたような気がした。
オレンジジュースだけ飲んで、列車に乗った。
オフィスに着くと、マーティンが青いボールでシリアルを食べていた。
「あ、おはよう、ダニー。頭痛ひどくない?」
声をひそめてマーティンが話す。
「最悪や。頭の中で象の行進やぞ、お前は?」
「それほどでもないよ、ねぇ、シリアル食べる?」
ダニーは、あんなに飲んだ翌朝でも食欲のあるマーティンに驚愕した。
「いや、ありがと、ええわ」
「スナックコーナーの一番上の棚に入れておくから、いつでも食べていいよ。
冷蔵庫にM.F.って書いたノンファットミルクもあるから」
マーティンは朝食の続きを始めた。
ヴィヴィアン、サムと次々に出勤してきた。
ヴィヴィアンがダニーを呼んだ。
「はい、昨日の報告書のことで?」
「あれはサマンサに任せるわ。ねぇ、同様の手口の犯罪がないかどうか、洗ってくれない?」
「もちろん他州も含めてということで?」
「そうよ。お願いね。許せないのよ。犯人が」
「了解っす」
ダニーは犯罪データベースにアクセスして早速洗い出しを始めた。
同様のレイプ事件が、フィラデルフィアとサンディエゴとLAで、この半年の間に起きていた。
被害者はインド人とプエルトリコ人にエルサルバドル人。
犯人は同一人物だとダニーの直感が語っている。
レイプの被害者は自ら口を閉ざしている場合も多い。
ダニーはもっと多くの余罪があると睨んだ。
それぞれの市警から、ケースファイルを送ってもらうことにし、ダニーはマーティンとランチに出た。
ダニーがチキンアボカドサンドなのに対し、マーティンはボリュームのある渡り蟹のパスタをぱくついていた。
「お前ってさ、ほんまに酒強いな。胃が丈夫なんかな?」
「ダニーが食が細いんだよ。だから太れないじゃん」
「俺かて一生懸命食べてるで。でもヒスパニックは年取るとぶくぶく太るんや」
「それは、ヒスパニックの食事してる場合じゃない?ダニーは、ほとんど菜食主義者みたいだよ」
「そうかな?」
暗に魚料理やチキンばかりを頼むダニーを気にしているらしい。
考えてみると、ジョージと食事するようになってから、バカ食いを止めたし、野菜も人より多く摂っている。
「お前こそメタボリック症候群に気をつけ」
「それなら、ロバートに食事メニューを組み立ててもらうよ」
ロバートの名前が出て、ダニーはびっくりした。
「お前、ロバートと会ってんのか?」
「会ってるわけないじゃない。電話くれたんだよ。食事改善の手伝いしますって言われた。
僕の感謝祭ディナーの食べっぷりに驚いたんだって」
「あいつは、やめとき」
「え、なんで?アランのアシスタントでしょ?」
「とにかく、やめとき」
「何だか訳が分からないけど、そんなに言うならやめとくよ。ヘンなダニー!」
午後に入って、ヴィヴィアンに午前中の調査の報告を行った。
「人種差別主義のレイプ常習犯が、今はNYにいるってことね」
ヴィヴィアンは唇をかみ締めた。
「これでFBIの管轄になったわ。ダニー、ありがとう。凶悪犯罪班にレポートを渡してくれる?」
「え?俺たちが追うのではないので?」
「残念ながらね。私たちだって他のチームが失踪者を捜索したら、いい思いしないでしょ」
「それもそうやけど・・」
「凶悪犯罪班を信じて任せましょう」
ヴィヴィアンは席に戻っていった。
ダニーは、またブルー・バーのカウンターにいた。
レイプ犯を自分の手で逮捕出来たら、どんなに胸がすく想いがするだろう。
被害者たちのためにも、一刻も早くそのクソ野郎を極刑で、刑務所送りにしたかった。
「連ちゃんですね」
エリックが、テキーラを注ぎながら尋ねる。
「ああ、嫌な事件があってな」
「今日、パルマの生ハムが届いたばかりなので、いかがですか」
「ああ、悪いな」
エリックは、くるっときれいに巻いたハムとオリーブのピンチョスを出した。
「なぁ、お前の職場でも差別ってあるか?」
小声でダニーは尋ねた。
「そんなの気にしていたら、仕事できませんよ」
エリックは笑って答える。
アルゴンキンは由緒ある歴史的なホテルだ。
ヒスパニックのエリックがここのバーテンダーになるまで、どんな苦労を重ねてきたのだろう。
「ダニーだって、連邦政府じゃ大変でしょ?」
「まぁな」
「でも人一倍努力して認めてもらうしかないんですよね、僕らは。って言っても、僕とダニーを比べちゃいけないけど」
「同じやん。二人して、がんばろうな」
「はい」
エリックは嬉しそうな顔をして、次の客のオーダーを取りに離れた。
「ほな、帰るわ」
クレジットカードで支払いを済ませ、ダニーは外に出た。
風が冷たい。思わず、コートの襟を立て、カシミアのマフラーを首にきつく巻いた。
地下鉄に降りようとすると、携帯に電話がかかってきた。
「はい、テイラー」
「ダニー、僕だよ。何してるの?」
ジョージだった。
「仕事帰りに一杯やって、家に帰るとこや、お前は?」
「クライアントさんのパーティー。大手の顧客だから最後までいろってアイリスから言われてるの」
「そりゃ、疲れるわな」
「ダニーに来て欲しいな」
ダニーはしばし迷ったが「今日はやめとくわ」と答えた。
「またパパラッチの餌食になったら、もう申し開きできへんから。ごめんな」
「そうか、それじゃいいの、また週末に会える?」
「ああ、電話くれるか?」
「わかった、じゃあね、お休みなさい」
「飲みすぎるなよ」
「分かってます」
くふふと笑ってジョージが電話を切った。
ダニーは、アパートに着き、早速、市販の胃薬を飲んだ。
翌朝は、象の行進を頭で聞かないようにと祈る。
冷凍庫に作りおきのエビドリアがあったはずだ。
ダニーは、ドリアをオーブンにほうりこみ、サン・ペリグリーノを開けた。
翌日、ダニーは電話で目を覚ました。
事件か? 思わず緊張する。
「はい、テイラー」
「ごめん、起こしちゃった?僕」
ジョージだった。
「今、何時や?」
「えーとね、12時半」
すっかり半日を棒に振ったダニーだ。
「クリスマスの買い物がしたいんだけど、付き合ってくれる?」
「わかった、どこへ何時に行けばいい?」
「えっとね、3時にグランド・セントラルステーションのクライスラービル側の入り口」
「わかったわ」
「ありがとう、じゃ、後でね」
二日酔いの雰囲気を微塵も感じさせないさわやかな声だった。
アルコールもコントロールしているジョージが羨ましかった。
3時に駅に着くと、ダニーと呼ぶ声がした。ジョージだ。
「ここのギフト・フェアーってバカにならないんだよ。すごくいいものがあるんだ」
「へえ、知らんかったわ」
二人は、ギフトフェアーの会場に行き、ヴェンダーが出している屋台ひとつひとつを覗いて回った。
「僕、これ買う」
ジョージはノイハウスのアソートチョコを2箱買った。
「へぇ〜、チョコ1箱が$50ドルか?」
「ベルギーのチョコは宝物だからね」
「お前さ、クリスマスは何すんの?」
「しばらく家族に会ってないから、ニューオリンズに帰ろうと思って」
「さよか」
「ダニーは?」
「俺は家族いてへんからな、仕事かな」
「よかったら家に来て。うちの両親、ダニーを気に入ってるから」
「ほんまか?」
「僕がウソついたことある?」
「そやなぁ。考えとく」
ジョージはその後もクリスマス・オーナメントを幾つか選んで購入した。
「なぁ、お前んち、ツリーあんの?」
ダニーが尋ねた。
「うん、バーニーズの店長がくれたのがあるの。飾りがなくちゃ可愛そうでしょ?」
「そやなぁ、俺も買うから飾りつけしてもええか?」
「もちろんだよ!」
ダニーも幾つかオーナメントを選んだ。
そのまま、ジョージの家にタクシーで帰る。
「うわ、ほんまや、でっかいツリーやなぁ」
「うちの店長、ちょっと変わってるからね」
「ほな早速、飾りつけやろうや」
「うん!」
二人で、今日の戦利品を並べて、コーディネートを考える。
ジョージの案が完璧だったので、ダニーは素直に従った。
「電気いれてみ」
「ん、どう?」
「すっげー綺麗やん」
「本当だ!前のアパートじゃ出来なかったから、嬉しいな」
二人はチャイニーズのデリバリーを頼むことにし、しばし、部屋中の明かりを消して、
ツリーのライトに見とれていた。
ダニーは、胸を叩かれて目を覚ました。
「んっ何?」
目を開けると、ジョージの太い腕が胸の上に乗っている。
「驚かすな、まったく」
子供のような顔で眠っているジョージを起こして怒るわけにもいかず、ダニーは腕をそっと戻して、ベッドから出た。
キッチンに行ってみると、バスケットの中にパンがない。
そうや、今日は俺が朝食作ったろ。
ダニーは、そろそろとウォーク・イン・クローゼットに入り、
ジョージが用意してくれているTシャツとジーンズに着替えた。
オーバーコートを着て、外に出る。朝陽がキラキラとまぶしい。
ウェストサイド・デリまで歩いて出ると、もう街が動き始めたのが分かる。
焼きたてのパンを買う客の列に並びながら、
ダニーは鴨のスモークとマリボーチーズのスライスとルッコラのサラダを選んだ。
温かなバゲットを1本頼み、キャシャーに並んだ。
アパートに戻り、鍵を開けた途端、ジョージが抱きついてきた。
「おい、どないした?」
ダニーが驚いて声を上げると「だって、起きたらダニーがいないんだもん!」と泣き声を出した。
「アホやな。だまって消えるわけないやん。俺が失踪したとでも?」
ダニーは声を上げて笑った。
「どうせ、僕はアホですよ。あ、バゲットだ!」
「今日は俺が朝飯番するから、待っとき」
「ありがと。じゃあシャワーする」
「あ、俺もシャワーしてへん。一緒にしよか」
二人で、シャワーブースに入った。
「ダニー洗ってあげる」
「照れるな」
ジョージは海綿で出来た柔らかなスポンジに、ミントのバスジェルを染みこませ、
優しくダニーの首筋から肩、両腕、胸、腹をこすっていく。
ダニーのペニスは、昨晩あんなに暴れたというのに、また首をもたげ始めた。
「ダニー・・」
ジョージは手に泡をたっぷり掬うと、ダニーのペニスを両手で静かに洗い始めた。
「うん、あぁ、ええ気持ちや」
ダニーは目をつむって、ジョージのなすがままに任せた。
「あぁ、出る・・」
ダニーはジョージの肩に手を置き、体を震わせた。
ジョージは、その後またスポンジを持って、ダニーの太もも、
内ももから足先までマッサージするようにこすり、シャワーで洗い流した。
「交代な」
「僕はいい、ダニー、朝ごはん作って」
「そうか?じゃ、先に上がるわ」
ダニーがシャワーブースを出た後、ジョージは、急いで体を洗い、泡を洗い流した。
バスローブを羽織り、洗面台の上のキャビネットを開ける。
「鎮痛剤」と書かれたオレンジ色のピルケースから数錠取り出し、水なしで飲み込む。
洗面台に手をかけ、ふぅと息をつくと、ジョージはウォーク・イン・クローゼットからナイキの上下を出して、着替えた。
ダニーは、ジョージがお気に入りのブルーマウンテン・キングNo.1をコーヒーミルで挽き、
コーヒーメーカーにセットしていた。
カフェにいるようないい香りだ。
バゲットにバターを塗り、ルッコラとマリボーチーズに鴨のスモークを挟む。
「わぁ、いい香り!」
「お前のは豆がええからなぁ」
「メニューは何でしょう、シェフ殿?」
「鴨とチーズとルッコラのバゲッドサンドでございます。コーヒーとジュースもただちにご用意いたします」
ダニーもまねをした。
ジョージが、Josh GrobanのCDをBGMにかけた。天使のような歌声だ。
二人はお互いの顔を見て、にんまりし、食事を始めた。
「今日はどうするの?」
「うーん、先週忙しかったから、一旦帰るわ」
「それじゃ、送るね」
「サンキュ、晩飯食おうや」
「本当!すごく嬉しいよ。もうパーティーのカナッペとか、飽き飽きなんだ」
「わかった。それじゃ、俺が6時頃迎えに来るわ」
「最高、ダニー大好き!」
ジョージはダニーの頬にちゅっとキスをした。
ダニーはジョージのインパラで、ブルックリンまで戻った。
先週出したドライクリーニングを取り、日用品の買い物を済ませる。
どうしても12月は外食が多くなりがちだが、仕方がない。
年末にかけては、失踪者が多い。
借金苦で身を隠す者、孤独に苛まれ、死を選ぶ者、どんな理由にせよ、
自分の存在を消そうとしている切羽詰った失踪者が急増するのが、この季節なのだ。
ダニーは常に携帯をチェックしながら、PCでレストラン検索を始めた。
カナッペやパーティー料理だったら、フレンチ、イタリアン、アメリカンは重なるし、
昨日はチャイニーズを食べたから除外だ。
やっぱり、どうしてもアジア料理になってしまう。
そやそや、ジョージ、一人じゃ行けへん言うてたコリアンにしよ。
ダニーはやっとのことで、コリアンタウンの「カン・サー」レストランにテーブルを予約した。
6時きっかりに、ダニーはジョージのコンドミニアムに着いた。
すでにロビーでセキュリティーの男とジョージが談笑していた。
ダニーがクラクションを鳴らすと、嬉しそうな顔で出てきた。
カシミアのマフラーをぐるぐる巻きにして、トミー・ヒルフィガーのダウンでもこもこだ。
思わずダニーが笑うと「同じ南部人なんだから笑わないでよ。寒いんだもん」とジョージは口をとがらせて説明した。
「そやな、ごめん、こっちは暖房高うしすぎて汗かいてるわ」
「今日は何食べるの?」
「コリアン」
「わぁい、ダニーと行ったっきり食べてないから嬉しいな」
「でも、いつものハンバットやないで」
「そうなの?余計にワクワクしてきた」
ダニーは、レストランのヴァレット・パーキングに車を停めた。
「ここ?」
「そや」
「なんだか風情があるね」
「名物料理がいろいろあるらしいで」
「すごく楽しみだ」
二人は、フロア中央のテーブルに通された。
周りは地元の韓国家族、日本人の家族、それと少数白人がちらほらという状態で、満席だった。
「ダニーに任せる」
ジョージがメニューを見ようとしないので、ダニーはPCで調べたデータに従って、
オーボンジックという野菜炒めに、キムチの盛り合わせ、ナムルの盛り合わせ、ソーロンタンという牛の骨で取った白濁スープ、
メインに豆腐チゲ鍋を頼んだ。
「聞いたことのない食べ物ばっかりだ」
ジョージが楽しみにしながら、銀の箸で挟む練習をしている。
まずはビールとおつまみが3種類出て来た。
ダニーは、ジョージに味見させた。
「全部、ダニーが食べられそうなものばっかりだよ」
「ほんまか?亀がトラウマなんやからな」
「ごめんだってば。ここはコリアンだから亀は使わないよ」
そのうち、料理が運ばれてきた。
オーボンジックも、ソーロンタンも、初めて食べる味だが、それぞれ期待以上に美味しかった。
ソーロンタンが気に入ったジョージは最後まで飲み干した。
そしていよいよ豆腐のチゲ鍋だ。
「わー、辛そうだね」
「滋養十分らしいで」
「あ、美味しい。お豆腐もこうやって食べるんだ。サラダしか食べたことがなかった」
「スープもいけるな。キムチ味か」
二人は最後に雑炊を作ってもらい、完食した。
「やっぱり、こうしてダニーと食べるのが一番美味しいや」
「サンキュ」
「来週も、またパーティーが3つあるんだ」
「辛いな、お前も」
「うん、にこにこしてないといけないしね」
「俺には出来ない仕事やなぁ」
「そうだ、あのね、ナイキがね、1年の契約だったのに、3年にしてくれたんだよ」
「すごいな!すっかりナイキの顔やね」
「その代わり、今まで好きだったリーボックとかアディダスが着られないよ」
「仕方ないやん」
「ダニーは転勤とかないの?」
「あー、転勤な。いくつか話はあったけど、全部断った」
「じゃあ、来年も一緒にいられるね」
「ああ、一緒や」
「僕、すごく幸せだよ」
「俺も、ありがとな」
二人はビールのジョッキをカチンと合わせた。
火曜日にダニーがスターバックスのソーセージマフィンとカフェラテを持って出勤すると、
バイク便が届いていた。
「何やろ?」
中を見ると、この間、グランドセントラル・ステーションでジョージが買った、
ノイハウスのチョコレートが入っていた。
「オフィスの女性に配るとウケがよくなるから G」というメモ書きが添えてあった。
ダニーは早速、コーヒーコーナーにアソートチョコの箱を置いた。
たまたま、事務スタッフのナンシーがコーヒーを取り来たので尋ねてみた。
「ナンシー、みんなチョコ好きか?」
「そりゃ、甘いものは大好きですよ」
「俺の差し入れ、ここに置いたから、みんなで分けてな」
「え、テイラー捜査官、ありがとうございます!すごい、ノイハウスだわ!」
ジョージはだから2箱買ったのか。
ダニーは細かい心遣いが嬉しかった。
ジョージも今ごろバーニーズで配っていることだろう。
「ダニー、ご馳走様!」
早速サマンサがプラリネチョコを持って現れた。
「随分気が利いたことやるのね?来年もお願いします。特にチームに手厚くね」
「了解っす」
ダニーがマフィンをかじっていると、マーティンが出勤してきた。
「僕、カンティーンに行ってくる」
コーラのLサイズとピザを買ってきたのに思わず驚く。
「ボン、朝からピザか?」
「お腹がすいてるんだもん」
ボスもロスの出張から戻ってきており、定例のミーティングが始まった。
出張報告は簡単なものだった。
LAはNYと違った意味の人種の坩堝と化している。
国境から入国してくるエルサルバドル人、メキシコ人に地元の黒人がそれぞれギャング団を組織して、
お互いの縄張り争いで、多数の死者が出る毎日だそうだ。
中には巻き添えで命を落とす一般市民も少なくないという。
「NYにもギャングがいるが、彼らにはスタイルや掟がある。LAのようになって欲しくないものだな」
ボスの言葉に皆が一様に頷いた。
ミーティングが終わり、皆が席を立つと「マーティン」とボスが呼んだ。
「はい、ボス」
「コルビー・グレンジャー捜査官が君の事を尋ねていた。LAにポストがあるそうだ。興味はあるか?」
マーティンは、ダニーの顔をじっと見た。
「いえ、僕はNYでボスと仕事がしたいです。そのためにシアトルから異動したんですから」
「そうか。安心したよ。では正式に断りのメールを出そう」
「お手数かけます」
マーティンがトイレに入るのを見て、ダニーは後を追った。
誰もいないのを中腰になって確かめる。
「ボン、お前、ええのん?あのコルビーやろ?」
「だって、もう20年も前のことだもん。お互い変わったし、うまく行くはずないよ」
「お前がそう思うなら、ええんやけどな」
「どうして聞くの?」
「お前に後悔して欲しくないからや」
「ありがとう、ダニー」
ダニーは先にドアから出て行った。
ダニー、どうして行くなって言ってくれないの?
マーティンは洗面台で顔を洗った。
ダニーが席につくと、今度はダニーがボスに呼ばれた。
「はい、ボス」
「・・その、何だ、ちょっと相談に乗ってくれないか」
「捜査の相談じゃなさそうっすね」
「そうなんだ。もうすぐクリスマスだろう」
「ははぁん、サムへのプレゼントっすね」
「去年はルビーの指輪で何とかうまくいったんだが、今度も指輪じゃ芸がないだろう」
「そしたら、ティファニーのペンダントなんてどうです?
確かラヴィング・ハートとかいうデザインが、人気あるらしいですよ」
「そうか、ラヴィング・ハート・・・」
ボスはメモを取っている。
「ありがとう、助かった。女の事はお前に聞くに限るな」
「いえいえそんな・・」
「ティファニーなんて、女房にも買ったことがないな」
ボスは薄く笑った
ダニーの頭の中にあと2週間になったクリスマスのことが、もやもや浮かんでは消える。
マーティンはおそらく、今度こそはワシントンDCの実家に戻るだろう。
ジョージはニュー・オリンズに一緒に行こうと言う。
アランは?アランはどうするんやろ。
去年は、二人でツリーの飾りつけをして、パーティーを開いたのを思い出した。
聞き出しにくいな。
ダニーはぼうぅっと考えていた。
そこへ、バシーンと背中を叩かれ、PCにつんのめりそうになった。
「ダウンタウン・テイラー、また考え事?ははぁん、クリスマスをどの彼女と過ごすかって事か。モテ男は辛いこと。
ドクター・スペードは今日は空いてるけど?」
「そやな、ほな飯食いながら、話聞いてもらうか」
「やった!美味しいところお願いね!」
サムは小躍りして去っていった。
気が付くと、マーティンがじとっとダニーの顔を見ていた。
ダニーは「うそや」と声に出さずに言ってみたが、マーティンに読唇術が通じるだろうか。
ダニーは急いで、予約できるレストランを探した。
年末になるに従って、人気店ほどどんどん予約が取れなくなる。
ダニーはやっとのことでオフィスから2ブロック西の「メグ」にカウンター席を確保した。
定時に終わったので、ダニーはサマンサをエスコートして、オフィスを出た。
背中にボスとマーティンの視線を感じたが、後戻りは出来ない。
「それで、ダニー、今日はどこに連れてってくれるわけ?」
「ここの近所や」
「なーんだ、行ったことある店かしら」
「俺は知らん。ボスが連れてってるかもしれへん」
「メグ」の前に立つと、サマンサがピョンピョン飛び跳ねた。
「どうした、サム?」
「すごく来たかったの!ありがと、ダニー、愛してる」
頬にキスをされて、ダニーは驚いた。
女の唇ってこんなに柔らかかったんやっけ。
二人はカウンターに通された。
といっても隣とはかなり距離がある。
まるでカップルシートのようだ。
サマンサは早速メニューを見ながら、あれやこれやと言っている。
「任せたわ」
「ありがと!」
サマンサは、ロブスターサラダとハマチの刺身、メインに石焼きコーベビーフと野菜の盛り合わせを頼んだ。
ダニーはワインリストからまず、ナパバレーのシャルドネを選んだ。
「それで、今回のお題は、もちろんクリスマスよね!」
「ああ、クリスマス」
「概略を話して」
ダニーは、一人はNYに、二人は故郷へ帰省するが、一人からは同行を誘われていると簡単に話した。
「それで、誰が本命なのよ?」
「それが、俺にもわからへん。去年はな、NYに残ったのと一緒にパーティーした」
「今年はしたくなさそうね」
「そか?」
「ダニーってね、ポーカーフェイスのようでいて、喜怒哀楽が結構出るのよ。長く一緒に仕事してるから、読めるようになったわよ」
「まずいな」
「その一緒に帰省して欲しいっていう彼女とは長いの?」
「今年からの付き合いや」
「ねぇ、今まで彼女の家にクリスマスに行ったことってある?」
「あらへんけど」
「それってね、女からしたら、彼が本命なのよって家族に表明する大事な行事なの。ダニーが本気だったら、一緒に帰省しなさいよ」
「そんな重い意味があるんか?」
「当たり前じゃない!」
二人は前菜を食べ終わり、目の前に並べられた熱く熱した黒い石の上にビーフを乗せた。
「美味しいわね、このビーフ。とろけそうだわ」
ダニーは追加で赤ワインをオーダーして、サマンサの言葉を咀嚼した。
「そうか、一緒に帰省したら、家族として品定めされるんやな」
「そうよ、覚悟なさいね」
「うーん・・」
ダニーは答えに窮してワインをぐいっと空けた。
ボスと車に戻ったダニーはシートにもたれて目を閉じた。今も勃起したままでこのまま静まる様子もない。
さっきの女と犬の赤黒いペニスが脳裏に焼きついて離れない。息遣いさえ今にも聞こえてきそうだ。
余韻にひたっているとボスがいきなりペニスを握ってきた。
上下に扱かれてうっかり声が出てしまい、ボスはにんまりしながらさらに弄ぶ。
「なんだお前、出したくてうずうずしているのか?」
「ボス!やめてください!人に見られたらおしまいや」
「すごかったな、やっぱりアングラは違う。ここまで来たかいがあったじゃないか」
「そやけど危うく逮捕されるとこやった」
「捕まるもんか」
ボスはペニスから手を離すと救急車に向かってあごをしゃくった。
「マチルダとジョンも無事だといいが・・・」
遠ざかっていく救急車を見送りながら、ダニーも同じことを願う。
いったん収監されたら性倒錯者だという情報はどこからともなく洩れる。
間違いなく好奇の目に晒されて嬲り者にされてしまうだろう。ジョンは処分されてしまうかもしれない。
ニューヨークに戻ったボスは、ダニーが嫌がるのもお構いなしにブロードウェイのはずれで娼婦を物色した。
寂しそうにぽつんと立っていた、これといって特徴のない疲れた顔の娼婦を買って近くのモーテルに入る。
女はボスを仁王立ちにさせ、跪いてフェラチオし始めた。
手馴れた無駄な動きの一切ないフェラチオに、ボスは満足そうに深く息を吐く。
「よしよし、もういい。そら、四つんばいになれ。そうだ、もっとケツを上げろ。ダニー、お前も咥えてもらえ」
ボスの巧みな腰使いに女が体を震わせた。娼婦なのに本気で感じている。
無関心を装ってビールを飲んでいたダニーだったが、誘惑に負けそうになってバスルームにこもった。
狭い安モーテルは壁が薄い。女の卑猥な喘ぎ声がここまで響く。
聞くともなしに聞いているうちに手が自然とペニスに伸びた。
パープルのボクサーパンツは先走りで一部分だけ色濃く濡れている。
かちかちになっていたペニスは何度か扱いただけですぐに精液を放出してしまった。
後始末をしてバスルームから出ると、ボスも射精したところだった。
「次はお前の番だ。この女、結構しまるぞ」
「オレはしない」
「しないだと?女とのやり方を忘れたのか?」
ボスは怪訝な顔でダニーを見つめた。ほとんど呆れ顔だ。
「具合でも悪いのか、それともただのやせ我慢か、一体どっちだ?」
「どっちでもない、ただやりたくないだけや」
不安そうにうつむいていた娼婦がほっとしたように目を閉じた。
これからもう一度抱くというボスと別れ、ダニーはタクシーでアパートに帰った。
部屋に入ると、マーティンがダンスの練習をしているところだった。
「なんやそれ、ハイスクールミュージカルか?」
「あっ、ダニー!」
真っ赤になったマーティンはおかしいぐらい慌てふためいた。
「あのさ、今の見なかったことにしてくれる?」
「別にいいやん、悪くなかったで。そやけどなんで練習なんかしてるんや?」
「・・・いつかダニーとクラブに行きたいから」
恥ずかしそうに小声で言うのがかわいらしい。
「オレと踊りませんか?」
ダニーは恭しく手を差し出した。マーティンがおずおずとためらいがちに手を握る。
「ワルツでよければ・・・」
「もちろん。そや、女役はオレやんな」
ダニーはお辞儀をして左肩に手を置いた。しっかりと手をつないで視線を交わす。
「だめだ、なんか照れちゃう」
「あほ、オレなんか女役やねんで」
力強いマーティンのリードで二人はワルツを踊った。
「オレな、お前とワルツ踊るの好きなんや」
「僕も」
ダニーはマーティンを抱き寄せるとまっすぐ目を見つめたままキスをした。
ダニーは、いい気分に酔っ払ったサマンサをアパートまで送り、ブルックリン行きの列車に乗った。
ジョージはそんなつもりで俺を招いたんやろか?
家族の了解を取り付けるために?
家に帰ると、留守電が点滅していた。
「ダニー、僕です。アレックスが無事退院しました。
ついては、祝賀会をやりたいと思ってます。都合をお聞かせください」
ダニーはコートを脱ぐと、受話器を取った。
「俺、ダニー」
「あ、ダニー!お疲れ様です」
「アレックス、無事にプログラム修了したんやな」
「うん、すっかり顔色も良くなって、少し太ったみたい」
「そりゃ、ええ証拠や」
「嬉しくて。だからね、ビッグ・ママの店で食事しようと思ってるんだけど、ダニーは都合いい?」
「お前のが忙しいんやから、日にち決めろや」
「わかった。んーとパーティーがないのは・・・あれ、明日だ」
「じゃ、決まりな」
「時間は追って知らせます。実はアレックスが少しの間、うちに泊まるんだ」
「その方がええな。お前も安心やろ」
「とにかく連絡するね。じゃあね」
「おう」
あのクリニックは優秀やな。
マーティン、ニック、そして今度はアレックスを見事に更生させた。
費用は決して安くはないが、プライバシー守秘ポリシーも、治療も完璧だ。
あとはアレックスが、本当に自分の意志を貫いていけるかどうかだけが気になった。
ダニーはふと、マーティンを誘おうという気になった。
中毒患者の先輩として、何か秘訣を話してくれるかもしれない。
マーティンに電話をかける。
「はい、フィッツジェラルド」
「俺、俺や」
「え、ダニー?どうしたの?こんな時間に」
「サムのお悩み相談や」
「そうか、クリスマス近いもんね」
マーティンは、サマンサがダニーに悩みを相談したように受け取ったらしい。
その方が都合がいい。
「それでな、実は・・」
ダニーはアレックスのいきさつを話した。
「いいよ、僕の経験でよければ、話すよ」
「ありがとな」
「その代わり、その日は僕の家に泊まってくれる?それが条件」
ダニーは一瞬逡巡したが、「わかった。泊まる」と答えた。
翌日は、頭痛で顔をしかめているサマンサにテイレノールをそっと渡し、ダニーは席についた。
マーティンが鼻歌を歌って、ヴィヴィアンに怒られていた。
何事もなく、仕事が定時に終わって、二人はグラマシーの「ガンボ」の店に向かった。
まだジョージとアレックスの姿はない。
「おやまぁ、今日はまず色男二人の登場かい!元気にしてたかね、ダニー!」
「ビッグ・ママ、元気や、覚えてる?マーティン。俺の同僚」
「忘れるもんかね。そんな可愛い顔して。ビッグ・ママがあとで特大のキッスをプレゼントするからね」
マーティンは思わず身を固くした。
その様子にダニーが苦笑する。
「席に着こうや」
「あっちの奥を用意したよ」
「サンキュ、ビッグ・ママ」
そのうち、大きなリムジンが店の前に停まった。
アレックスとジョージが降りてくる。
体格の違いを除けば、ほとんど双子のようだ。
「よう!」
ダニーが声をかけると、アレックスは恥ずかしそうに頷いた。
「ハイ・ファイブは?」
照れながらアレックスは、ハイ・ファイブをした。
食事が始まった。
牡蠣の燻製と豚のリエットに始まり、サーモンのカルパッチョに、牡蠣3種のグリル、そしてシーフードの大なべのガンボだ。
「アレックス、聞いてもいい?」
マーティンが尋ねた。
「何でしょう?」
「もうやる気なくなっただろう。薬」
「ええ、薬を抜くのがあんなに辛いなんて考えてもみなかったです。もう絶対やらないですよ」
「僕もそうなんだよ」
「え?マーティンさんも?」
「うん、もう絶対にやらないって決めている。それが大事なんだよ」
「わかりました、マーティンさん」
「マーティンでいいよ」
「ありがとう、マーティン」
「マーティン、そんなご経験があったんですね」
ジョージが目を丸くして驚いた。
「ああ、決して褒められたことじゃないよね」
マーティンは白ワインを飲みながら、答えた。
アレックスはおずおずと自分の携帯を差し出した。
「あの・・携帯番号教えてもらっていいですか?」
「ああ、いいよ、入力するね」
胸のマーティンの携帯が震えた。
「これで、アレックスの番号もゲットできた」
マーティンがにっこり笑った。
「ありがとうございます。アレックスの支えになると思います」
ディナーも終わり、ワインも尽きた。
ジョージは、「それじゃ、僕、アレックスとリムジンで帰ります」と言って、待たせていたリムジンに乗り込んだ。
「アレックス、がんばり」
「ありがとう、ダニー」
「それじゃ、おやすみなさい!」
リムジンが去っていった。
「さぁ、ダニー、家に帰ろう」
「OK。タクシーで帰ろか?」
「うん、そうだね、やっぱり寒いや」
二人は大通りに出てタクシーを拾った。
「なぁ、ボン、今夜、食事でもせいへん?」
「いいね。ダニーのおごりだよ」
「ああ、了解」
マーティンのリクエストで、トライベッカの「ウルフガング・ステーキハウス」に出かけた。
オイスター1ダースを前菜にして、二人はポーターハウスを平らげた。
ワインはアルゼンチンのカベルネ・ソーヴィニオンが当たりで、マーティンがワイナリーの名前をメモしていた。