【Without a Trace】ダニー・テイラー萌え【小説】Vol.12
Super!Drama TVでシーズン2、NHKBS-2でシーズン3放送中の「FBI失踪者を追え」
ダウンタウン出身ダニー・テイラーを元にしたエロネタ小説のスレ
現在、書き手1と書き手2にて創作中。
新しい書き手の参加も大歓迎です。
ダニー・テイラー役、Enrique Murciano HP
http://www.imdb.com/name/nm0006663/
[約束]
・荒らしと叩きは相手にしないようにしてください
・アンチを見つけてもスルーしてください
・このドラマの他の関連板に感想などを書くのは控えてください
・このスレッドのURLをこのドラマの他の関連板に書くのは控えてください
・このスレッドの書き込みを他の関連板に貼り付ける事はしないでください
[注意書き]
同性愛的要素、過激な描写を多く含みますので、不快を示す方は閲覧をお控え下さいますようお願いします。
これらを理解してストーリーを楽しんで下さる方のみ閲覧お願いします。
注意事項を守らず不快な思いをされてもこちらは一切責任を負いません。
あくまでも自己責任・自己判断でお願いします。
5 :
fusianasan:2007/04/24(火) 08:56:37
(⌒) (⌒)
| |__/ /
| \ ________
/ (・) (・) \ /
| /二二●二.\| < バイキソマソ様が保守してやるぞ、感謝しろ貴様ら
|/ /.| | | |\| \________
\|/|\|/|\|/ノ
\ | | | レ
書き手1こと鳩さぶれのやおいエロ小説っす。
書き手1=鳩さぶれ劇場
その1
779 :書いていた人 :2005/07/01(金) 00:12:12 ID:nsRPx1UV
もうお好きにお書きください。
あちこちで規制されまくっているので、
2chから去ります。
一人の書き手を葬り去ったということを
お知らせします。
804 :奥さまは名無しさん :2005/07/01(金) 00:34:49 ID:nsRPx1UV
>>802 ほらイジメ根性まるだし。
ここの住人ってタチ悪いね。
「書いてる人」がかわいそうになってきた。
書き手1=鳩さぶれ劇場
その2
865 : :2005/08/06(土) 04:05:15 ID:j1cxGbqN
書き手2さん、いつも楽しく読ませていただいています。
夏季休暇中、書き手1さんにがんばっていただいて飢餓状態を脱したいと
思います。お体ご自愛ください。
866 :書き手1 842の続き :2005/08/06(土) 23:14:55 ID:j1cxGbqN
声を荒げて留守電に伝言を入れたマーティンに、ダニーはあえて
コールバックしなかった。俺はどうせ信じてもらえないキャラなんやな。
あんなに大切に思っている相手の信頼も得られないなんて、俺は生活破綻者
なんやろか。ダニーはまっすぐ矢のように飛んでくるマーティンの攻撃に
半ば辟易しながらも、自らの生活を反省していた。
それにしても、なんでバレたんやろか。
鳩さぶれ〜。
、iliiiv;;,,
_ミ`"v _">、 ,-- 、 あぁ、すごいで、マーティン!もっと奥まで!
ミ ,イ・(/,ノ`ヵー" ` 、,,
"''!、,,_l__#"、/ iニー、,,__ ヽ
//ソノ ト、= レヽ i
《 / ヽ ゚ ':ヲ 9⌒ヽ ダニー、出ちゃうよ!うっ
Vヽ、。 ハ、 ':ー/ |
∧ ) ノ i ノ V i i
"''' - 、,,_/∧ ,i、,) i / V |
"'''-L彡(スv,,;/ i |⌒ヽ
,.ミミヽ Yミッ | | |
--、,,,_ ミミ(_, Jミ' ,ィ i |
 ̄`""''ー---、,,___,,;;iii;-ィ^ i /| |
ヽ_,_イ | / ! |
"''' - 、, ,, ハ*i | / ! |
""''ー- 、,,___人_| ! ! |
,,.-- 、
/ ,-、ヽ /l 鳩さぶれは2chには来てません。
l !;;ノ |' 〈 ピンクにいる書き手1さんとも違います。
| |ヽ.| 同じ文体の人がいる?他人の空似でしょ。
/ ヽ
./ l
l l |
673 :奥さまは名無しさん :2006/12/07(木) 05:58:20 ID:???
ここは鳩のBBQを食べたことのない、翻訳サイトも使わなくていい仕事してる
学歴コンプの集まりですね。
679 :奥さまは名無しさん :2006/12/07(木) 06:09:55 ID:???
>>677 それはあなた個人の不幸。今の時期ふぐや牡蠣が食べられないのと一緒。
はちみつの照り焼きの鳩バーベキューの美味しさといったら・・・
,, '||||||||| ||||||||||||||l
/|||||||||| l||||||||||||||||||||l
||||||||||__ |||||||||||||||||||l
||||||||| .-=; =-. ||||
r'||(^||| ,,ノ r 。 。) 、 |||l ̄ヽ
/ ||||`|l U ,. =三ァ ,. .||! \ はちみつの照り焼きの
/ ,ノ||||||、._ ー- ' _.,ノリト V ヽ、 鳩バーベキューの美味しさといったら・・・
「) / Yノ||l|||||l ` ー-‐ ィl|||リト Y \ _
>う⌒rー、 / __,{?
. └-「)「}「〉}| }r‐'⌒ ('く
丁´´ /\__ -‐ = ‐- ,イ「)「}_,「|丿
`'ー'7  ̄ハ`┴
443 :sage :2007/03/27(火) 20:42:32 ID:???
それはダニー情報を自分より持っている人に対する僻みからです。
それが理由です。学歴コンプ、生活コンプも複雑にからみあっています。
444 :sage :2007/03/27(火) 20:43:47 ID:???
それは、バタールとパンの耳の違いです。
それが理由です。
おせち
703 :奥さまは名無しさん :2007/03/30(金) 01:11:33 ID:???
>>701 あの集中力がもっと生産的な事に活用されたらいいのにね。
私も鳩=書き手1=おせちと書かれてびっくりしました。
鳩さんとは違うと何度も言ってるのに信じてもらえないんだなぁと
悲しかったです。
書き手1さんみたいな文才は正直あったらいいなと思います。
Q.書き手1こと鳩さぶれってどんな人なの?
A.
ホモネタ大好きの腐女子、ねたばれも大好き、人の話しを聞かない、
スレ違いはお構いなし、スルーしないで噛み付く、ああ言えばこう言う、
揚げ足取りの名人、連投・自演は当たり前、責任転嫁はお手の物、これが鳩さぶれクオリティ。
そんな鳩さぶれ大先生がマジギレする10のポイント
・スルーされる
・正論を言われる
・人格を否定される
・自作自演を指摘される
・やおいネタを拒絶される
・コピペやAAで切り返される
・自慢の語学力を馬鹿にされる
・自作のやおい小説を馬鹿にされる
・外部サイトでの行動をウォッチされる
・エンリケの演技やダニーのキャラにケチをつけられる
ぐっすり眠っていたダニーは、マーティンのくすくす笑う声で目覚めた。
「どうしたん?何がおかしいねん」
「おはよう。ほら、ここ触ってみて。毛がバリバリに固まってるよ」
マーティンが嬉しそうにダニーの手を下腹部に持っていくと、精液で固まった陰毛に手が触れた。
腹部の皮膚も乾いた精液でかばかばになっている。
「うん?あ、ほんまや」
「映画で見たキャメロン・ディアスの前髪みたいでしょ」
「お前がいっぱい出すからや。フィッツィーはエロいねん!」
ダニーはくくっと笑うとデコピンを三発お見舞いした。
17 :
書き手2:2007/04/24(火) 23:46:54
マーティンは痛い痛いと言いながら、おでこを押さえて呻いている。
あまりにも痛がるので心配して顔を覗き込むと、マーティンがさっとキスをした。
「やったー!ダニーのバカが引っかかった!」
マーティンは得意満面だ。憎たらしいぐらいにんまりしている。
「なんや、それ。ほんまに痛いんか思て本気で心配したったのに」
ダニーはぷいっと横を向いた。予想通り、マーティンが必死に謝りながら体を揺さぶってくる。
「もうええって、わかったから」
ほんまに駆け引きの下手な奴やと思いながら、ぐいっとマーティンを抱き寄せた。
18 :
書き手2:2007/04/24(火) 23:47:33
ブラインド越しに柔らかな日差しが差し込んでいる。
「今日は休みやし、セントラルパークでも散歩しよか?」
ダニーはふと思いついて聞いてみた。
「行く!」
マーティンは答えるなりがばっと跳ね起きた。
「どうせならピクニックにしようよ、食べ物とか持っててさ、ワインもいいね」
「酒類はあかんわ。NYの公園はアルコール禁止やねんで」
「あ、そっか。それでもいいよ、早く支度しよう」
マーティンはすっかりはしゃいでいて子供のようだ。
ダニーはまずはシャワーなと言いながらバスルームへ促した。
19 :
書き手2:2007/04/24(火) 23:48:09
ダニーが冷蔵庫を漁っているとマーティンが抱きついてきた。
「何作るの?」
「材料と相談中や。せやけどお前の冷蔵庫、チーズと飲み物しか入ってないやん」
「冷凍庫にベーグルとダニィグラタンならあるよ。あっ、僕はカラマリのラップサンドが食べたいな」
「お前、カラマリ好きやなぁ。油がはねるから作るの嫌やって言うてんのに」
「じゃあさ、デリでカラマリだけ買おうよ。それなら作ってくれる?」
「ええで。どうせ他の材料も買いに行くし」
ダニーはラップサンドの生地だけ捏ねると、マーティンを連れてイーライズに向かった。
20 :
書き手2:2007/04/24(火) 23:48:44
イーライズに行った二人は、まずデリに足を運んだ。
出来立てのパストラミサンドや揚げたてのチキン、艶々としたパプリカのマリネなどが所狭しと並んでいる。
「なぁ、オレが作るよりここで買うほうが早いで」
ダニーはそう言ったが、マーティンはダニーのがいいと言って聞かない。
カラマリと炭焼きチキンだけ買って、カートに野菜や果物、お菓子を放り込んだ。
それだけで結構な荷物になった。紙袋を一つずつ抱えてイーライズを出る。
荷物は重かったが、二人の足取りは軽い。あっというまにアパートに着いた。
21 :
書き手2:2007/04/24(火) 23:49:23
ダニーは炭焼きチキンとレタス、カラマリとタルタルソースの二種類のラップサンドを作り、オレンジを切った。
それにレンジではじけさせたポップコーンと、ポテトチップスをカゴに詰めると完成だ。
持つときにうっかりポップコーンの熱い紙袋に触れないようにタオルを被せる。
「よし出来た。行こか」
「ん、行こう行こう!」
横で今か今かと待ち構えていたマーティンは、イスをガタンと言わせながら立ち上がった。
22 :
書き手2:2007/04/24(火) 23:50:01
セントラルパークは家族連れやカップルでにぎわっていた。
ダニーは自分たちが男二人というのが気になった。ゲイだと思われたら困る。
なるべく人気のない芝生を探したが、休日なのでどこもいっぱいだ。
「ねえ、どうしたの?」
突っ立ったままのダニーに、マーティンがきょとんとしながら訊ねた。
「いや、別に・・・」
うろたえたダニーは答えに詰まってしどろもどろになってしまった。
「僕と一緒だから恥ずかしいと思ってるの?」
マーティンのこてんぱんに傷ついた表情を見ると、自分がひどいことをしたようで気が咎める。
「そんなわけないやろ、場所を探してるだけや」
「僕、帰る」
マーティンはそう言うと止める間もなく歩き出した。
23 :
書き手2:2007/04/24(火) 23:50:41
ダニーは慌てて後を追いかけた。
並んで歩きながら話しかけてもまるっきり無視されている。
「そんな怒んなや。まあ待ちいな、恥ずかしいとか思ってないって!オレがそんなこと思うわけないやろ」
それでもマーティンは黙ったまま早足で歩き続ける。
「戻ろう。な、マーティン」
ダニーは思い切って腕を掴んだが、マーティンは大きく手を振り払うと走って行ってしまった。
くそっ、なんでこんなことになるねん!ただセントラルパークでメシ食べるだけやないか・・・
取り残されたダニーは、ずっしりと重いカゴを手に途方に暮れた。
24 :
書き手2:2007/04/24(火) 23:51:18
アパートに帰ると、憂鬱そうなマーティンがベランダからセントラルパークを眺めていた。
ダニーは後ろからそっと抱きしめる。マーティンはじっとしたままだ。
「おなか空いたやろ、メシにしよう。そや、ここで食べよか」
ダニーはデッキチェアにマーティンを座らせてカゴとビールを取ってきた。
ラップサンドを手に握らせても食べようとしないので、ワックスペーパーを外してかじらせる。
「おいしいか?ほら、ビールも飲み」
マーティンはこくんと頷くと静かに口に運んだ。
ダニーも肩を抱いて抱き寄せると同じように口に入れる。目が合った二人は軽くキスをした。
「今度はセントラルパークで食べよな」
「ううん、ここのほうがいいよ。キスもできるし、ビールも飲めるもん」
マーティンは少し悲しそうにダニーの肩に頭をもたせかけている。
マーティンの顔に今朝の幸福感は微塵もない。さっきの態度でひどく傷つけてしまった。
ダニーはマーティンの髪をくしゃっとしながら、セントラルパークでの自分を恥じた。
ダニーのスーツは玄関で脱ぎっぱなしだったので、くしゃくしゃだった。
マーティンにネクタイを借りて出勤する。
こういう時のサマンサは目ざとい。
「あー、また合コン!ネクタイ、マーティンのでしょ?ダニー、FBI捜査官の服務規程読み上げるわよ・・」
「勘弁してくれ。合コンは男の性やねん」
「私の彼は合コンになんか行かないわよ!」
サマンサは右手のルビーの指輪に触りながら言い放った。
26 :
書き手1:2007/04/25(水) 00:25:34
そりゃボスみたいなおっさんが合コンに出たらドン引きやで。
ダニーは思わずくすっと笑った。
マーティンも同じ事を考えたらしく笑いをこらえている。
どうにかマーティンも元気が出てきたようだ。
心の傷はすぐには癒えないだろうが、ダニーはひとまず安心した。
27 :
書き手1:2007/04/25(水) 00:26:37
定時になり、ダニーはアッパーウェストサイドに戻った。
一日外泊しただけなのに、後ろめたい気持ちで胸が張り裂けそうになる。
「ただいま!」
玄関ホールで叫んだが返事がない。
リビングに入ると、トムとアランがソファーに座ってメジャーリーグの試合を見ていた。
「ただいま!」
わざと大きな声でもう一度言う。
「ああ、おかえり、おっと三振だ。ダイスケはいいピッチャーだな」
「ああ、ヤンキースに欲しかったな」
二人は試合に夢中だ。
28 :
書き手1:2007/04/25(水) 00:28:39
ふん、俺はメッツが好きなんや!
ダニーはくさくさした気分のまま、ウォーキングクローゼットで部屋着に着替えた。
「今日の飯は?」
アランに尋ねる。
「あぁ、疲れていたんで用意していないんだ。これから3人で食べに出よう」
え、トムも一緒かいな?
ダニーは思わず膨れたが、アランは全く意に介さない。
「せっかく3人だからオリーズにでも行くか」
「のった!一人だとチャイニーズ食えないからな」
二人はダニーの意見も聞かず、さっさと行く場所まで決めた。
29 :
書き手1:2007/04/25(水) 00:29:40
3人は67丁目まで下りて、オリーズの列に並んだ。
「ここの海老団子のヌードルは美味かったな」
「ああ、あれを食わなきゃな」
どうやら2人がよくここに来ていたのが伺える。
ダニーはますます不機嫌になった。
ダニーたちの番になり、テーブルに座った。
トムがすぐに「紹興酒」と頼む。
前菜に甘いチャーシューの入ったほかほかの肉まんと、フカヒレ餃子を頼み、はふはふ言いながら食べる。
30 :
書き手1:2007/04/25(水) 00:30:55
「どうした、ダニー、静かだな?」
トムがフカヒレ餃子を摘みながら尋ねる。
「徹夜明けで疲れてんのや」
「この子、昨日は張りこみだったんだよ」
アランが付け加える。
「そんな事言って浮気でもしてんじゃないのか?」
トムがからかうようにダニーをつっついた。
「仕事や、し・ご・と!」
ダニーは紹興酒をあおった。
31 :
書き手1:2007/04/25(水) 00:31:56
イカのピーナッツ炒めと蟹の爪のフライ、カイランのオイスターソースを食べて、最後に名物の海老団子のヌードルを3人で頼む。
「やっぱりこいつはいつでも美味いな」
トムが満足そうにつぶやいた。
「俺も誰かと同棲したいよ。そうしたらチャイニーズも食える」
「食事のために同棲するのかよ」
アランがゲラゲラ笑った。
「もちろんあっちの方もお願いするけどさ」
トムはアランにウィンクした。
32 :
書き手1:2007/04/25(水) 00:32:58
トムはジョージ・クルーニー似のダークなハンサムだ。
もてないはずがない。
なぜずっと一人なんだろう。
ダニーは訝った。
まだアランを諦めていないなど考えも及ばなかった。
家に戻ると、アランがトムを送ると言って二人で出て行った。
いつもの事だが、トムとアランの中には入れない。
20年の年月がダニーの前に立ちはだかる。
寂しくなったダニーは、ジョージに電話をかけた。
ところが留守電になっている。
もう11時なのにどうなってるんや?
ダニーは仕方なくソファーに寝転んでいるうち、居眠りを始めた。
ダニーはいらいらしていた。
昨日の着信履歴を見れば、電話があったのが明らかなのにジョージからの返信がないのだ。
「ねぇ、ダニー。聞いてる?」
思わず捜査の進行状況報告を聞くのがおろそかになる。
マーティンはいらいらしていた。
「すまん、もう一度繰り返してくれへんか?」
「ダニー、おかしいよ、どうしたの?」
「何でもあらへん」
マーティンはレポートを繰り返した。
ダニーは定時になっても震えない自分の携帯に悪態をつきたい気持ちを抑えて、うちに戻った。
34 :
書き手1 :2007/04/26(木) 23:21:12
アランとピザの食事をとっていても、気もそぞろだった。
シャワーを浴びてベッドについた途端、携帯が震えた。
「何だい?」
アランが眠そうに尋ねる。
「ヴィヴィアンからや」
ダニーはうそをついてベッドルームを出た。
「ジョージ!どこにおんねん!」
「ダニー、すぐ来てくれる?助けて!」
「どこや!」
ジョージはストリートアドレスを告げた。
「アラン、事件らしい。行って来るわ」
「お疲れ、先に休むよ」
「ああ、寝てて」
ダニーは革ジャンをはおり、車の鍵を持って出かけた。
35 :
書き手1 :2007/04/26(木) 23:22:23
クリストファーストリートの3つ東の通りだった。
周りには何もない。倉庫が広がっている。
「おい、ジョージ!来たで!」
ダニーがマスタングを下りて叫ぶと、横丁からちんぴらが数人やってきた。
「お前が見受け保証人かよ」
「そうらしいな」
「じゃあこっちへ来な」
ダニーは倉庫の一角に連れて行かれた。
「ダニー!」
ジョージが叫んでいる。
隣にはアレックスが椅子にくくりつけれられて泣いていた。
「お前が1万ドル払ってくれるのか」
ダニーはぴんときた。こいつらナインティーナイナーズ、このあたりを根城にしているヒスパニックのちんぴらギャングだ。
36 :
書き手1 :2007/04/26(木) 23:23:30
「お前ら、これが見えるか」
ダニーはFBIのIDと拳銃を出した。
「FBI捜査官の死体とお前らの指紋ぺたぺたついた椅子を見たら、本局はほっとかないで。
そいつが何したか知らないが、そのまま手出しをしなかったら、許してやってもええ。
そうでなかったら、このシマもろともつぶしてもええんやで」
首領らしいヒスパニックが出てきた。
「チェ、フェッツかよ。アレックス、命拾いしたな。お前にゃ手出ししないよ」
ナイフで拘束の紐を切る。
アレックスは立ち上がって隣りのジョージに抱きついた。
37 :
書き手1 :2007/04/26(木) 23:24:44
「お前何て名前だ」
「ダニー・テイラーや。覚えとき」
「ああ、俺はスネーク・ジョーだ」
チンピラたちはたちまち姿を消した。
ダニーはアレックスとジョージに近寄る。
「どないしたん?」
「話は後で。ここから出して」
ジョージも涙目だ。
ダニーは二人をミッドタウンのダイナーに連れて行った。
ホットチョコレートを飲ませて落ち着かせる。
「なんで、あんなギャングと関係が出来たんや!」
ダニーは怒鳴りたい気持ちを抑えて静かに尋ねた。
「アレックスが、クラブで知り合った男が、ギャングの仲間で・・・」
ジョージが話し始める。
38 :
書き手1 :2007/04/26(木) 23:26:13
「僕がモデルだと知って、顔傷つける代わりに金持って来いって」
「なんでそんな奴と!」
「だって、面差しがダニーに似てたんだもん。僕もジョージと同じようにダニーみたいな恋人が欲しかったんだ!」
アレックスはまた泣き崩れた。
ジョージが背中をよしよしと叩いている。
「とにかく、もうあいつらに近寄らんこった。ちんぴらやけどしつこいで。
もっと程度のいいとこで恋人探し」
「わーん、分かったよー、許してよー!」
アレックスはわーっと号泣を始めた。
39 :
書き手1 :2007/04/26(木) 23:27:35
「ジョージ、アレックスの世話頼めるか?」
「もちろんだよ、僕の従弟だもん。ダニー、ごめんね」
「お前が夜中いなかったのもこれが原因か?」
「うん、アレックスを探して町中のクラブを歩いてた」
アレックスは「ごめんなさい!ごめんなさい!」を繰り返した。
3人はダイナーを出た。
とりあえず2人をジョージのアパートに送り、ダニーは帰途に着いた。
ジョージが事件に巻き込まれてなくて本当に良かった。
ちんぴらギャングの目が節穴のおかげで、ジョージ・オルセンは無事だったのだ。
ダニーはほっと胸を撫で下ろした。
アレックスの事件から1週間後、ジョージから電話があった。
思わずダニーの顔がほころぶ。
急いで廊下に出て話を始める。
「元気か?」
「はい、ねぇ、ダニー、明日、早く帰れませんか?」
「うん?今んとこ事件ないから、大丈夫やけど?」
「アレックスと相談して、ダニーにお礼がしたいねってことになって」
「そんなん、ええのに」
本心は嬉しいダニーだった。
「たいそうなことはしませんから、家に8時に来てください」
「わかったわ、ほな仕事にもどるわ」
「じゃあ、明日」
「うん」
41 :
書き手1 :2007/04/27(金) 23:22:36
席に戻ると、サマンサが「ダニー、にやけてる。彼女からでしょ」とからかった。
「そんなんやない」
「うそおっしゃい。顔がとろけそうよ」
マーティンが顔をしかめてこっちを睨んでいる。
「もうええっちゅうに」
ダニーはPCに向かって仕事のふりをした。
42 :
書き手1 :2007/04/27(金) 23:24:06
翌日になり、事件もなく平穏な一日は終わった。
ダニーはさくさく帰り支度をする。
するとマーティンが擦り寄ってきた。
「ねぇ、今日はデート?」
「いや、食事会」
「誰と?」
「誰とでもええやん」
「ねぇ教えてよ」
マーティンは帰り道をふさいでいる。
「わかったわ、ジョージと従弟のアレックスとや」
「へ?3人なの?」
マーティンは素っ頓狂な声を出した。
43 :
書き手1 :2007/04/27(金) 23:25:03
「そや、気にしすぎやで、ほなお先」
ダニーはマーティンの横をすり抜けてエレベーターに乗った。
ほんまのことや。ウソついてへん。
ダニーは胸を張って1階からタクシーでマディソン街へ向かった。
ダニーがジョージのアパートのチャイムを鳴らすと、「はぁい!」というアレックスの元気な声が出た。「俺や、ダニー」「あ、ジョージ!ダニー来たよ!」
44 :
書き手1 :2007/04/27(金) 23:26:14
5階に着くと、アレックスが廊下に出て待っていた。
「わーい、正義の味方さんだ!」
「あほ!早う入れてくれ」
「うん!」
アパートに入ると、肉の焼けるいい香りがしている。
「ダニー、いらっしゃい!」
ジョージがダニーを固く抱き締める。思わずキスをする二人。
「ずるい!僕には?」
アレックスがそばで文句を言う。
「うるさい!」
ジョージがアレックスをたしなめた。
まるで仲のよい兄弟だ。
45 :
書き手1 :2007/04/27(金) 23:27:13
「さぁ、ジャケット脱いで、くつろいで。ワイン出しますね」
ジョージがダイニングにダニーを勧めた。
すでにテーブルには真鯛のカルパッチョが載っている。
「へぇ、今日はジョージの手料理か?」
「僕も作ったよ!」
アレックスが口をはさむ。
「わかったわかった」
ジョージがイタリアのグリッロを持ってきた。手ごろだが美味いワインだ。
46 :
書き手1 :2007/04/27(金) 23:28:25
「じゃあ、正義の味方さんにかんぱーい!」
アレックスの音頭で3人はグラスを合わせた。
カルパッチョが終わると、「今日のメインでーす」とアレックスが自慢げに皿を運んでくる。
「あ、チミチュリ・チキンやないか!」
ダニーは驚いた。まさか故郷の味がここで食べられるとは。
「だってジョージ、中南米の料理の本5冊も買ってさ、ショーの合間もずっと読んでたんだよ」
「アレックス、だまれ!」
ジョージは照れた顔をした。
47 :
書き手1 :2007/04/27(金) 23:29:32
「いつかこんな機会があったらなって思ってたから、勉強しちゃいました」
「俺、ものすごーく感激してる」
「ちなみにチキンに塩コショウしたのは僕ね」
アレックスもちゃっかり仲間入りする。
「野菜刻むの大変やったやろ」
「うん、こんなみじん切りしたの初めて。手がつりそうになっちゃった」
ローストしたチキンの上にパセリと玉ねぎ、ガーリック、トマトの細かいみじん切りが綺麗に乗っている。
48 :
書き手1 :2007/04/27(金) 23:30:36
「さぁ、召し上がれ」
「いただくわ」
ダニーは一口食べた。
「どう?」
ジョージが心配そうに顔をうかがう。
「美味い、おかんの味にそっくりや!」
「良かった!」
ダニーの目に思わず涙が浮かんだ。11歳の時以来食べた事のない料理だ。
「ダニー、目が光ってるよ」
アレックスがひやかす。
「うるさい!ゴミが入っただけや」
49 :
書き手1 :2007/04/27(金) 23:31:38
3人は、ぱくぱくチキンのソテーを平らげ、デザートのアイスクリームもぺろりと食べた。
「今日はハーゲンダッツも解禁です」
ジョージが真面目に言うので、ダニーはゲラゲラ笑った。
どんな贅沢な外食よりも、ダニーとっては嬉しい晩餐になった。
ダニーの心の中で、またジョージの存在が大きくなった。
ダニーはゲイじゃない、一緒にいるけど自分とは違う。
ずっと前からわかっていたことなのに、はっきりと目の前に突きつけられると目を背けたくなる。
週末のセントラルパークでの出来事は、マーティンにとって見て見ぬふりをしてきたことの全てだった。
あの時、ダニーは動揺していたとはっきり断言できる。
ダニーにとって、僕は他人に見せられないような存在なんだ・・・
そんなことばかり考えると何をしていても集中できない。
スカッシュの最中ですらボールを追いながらどこか上の空だ。
忘れよう、気づかなかったことにしようとしても、次から次へともやもやした澱のようなものが心を支配する。
自分ではどうすることもできなかった。
51 :
書き手2:2007/04/28(土) 00:01:00
「気をつけろ!」
スチュワートの声にはっとするなり、バックウォールからのボールが左目の当たりを直撃した。
あっと思う間もなく、気づいたら床にひっくり返っていた。
「マーティン!おい、大丈夫か!」
スチュワートが慌てて駆寄ってくる。平気だと体を起こそうとしたが力が入らない。
「動くな、じっとしてろ」
スチュワートはマーティンのアイガードを外すと、顔を触診して指を左右に動かした。
「痛てて」
「オレを見ろ、指を目で追えるか?」
「ん、なんとかね」
マーティンは腫れ始めた眉の辺りを手で擦って痛みに呻いた。
52 :
書き手2:2007/04/28(土) 00:01:38
「とにかくここから出よう。ほら、首に手を回せ。しっかりつかまってろよ」
スチュワートはマーティンの腕の下と膝の下に腕を差し入れて抱き上げようとした。
「だめだよスチュー、人が見てる」
「何言ってんだ、ボールが直撃したんだぜ?いいから早くつかまれ」
スチュワートが強引にマーティンを抱え上げてクリアコートを出ると、騒々しく見物していたギャラリーがさっと脇に退いた。
みんなががやがや言いながらこっちを見ている。マーティンは死ぬほど恥ずかしいと思った。
その反面、堂々と自分を抱き上げているスチュワートが好ましく思えた。
53 :
書き手2:2007/04/28(土) 00:02:13
マーティンをベンチに寝かせた後、スチュワートはタオルと氷を取ってきて目を冷やしてくれた。
「少し腫れてるな。ここ、アイガードの型がくっきりついてる。痛いだろ?」
「・・・・・・」
「ぼんやりしてたら危ないじゃないか。どうしたんだ?」
「なんでもないよ、少し集中力が切れただけ」
マーティンはそれ以上聞かれるのが嫌でタオルで顔を覆った。
スーザンが近寄ってきて大丈夫かと尋ねているのが聞こえる。
スチュワートが心配ないと答えているのをタオルの下でじっと聞いていた。
54 :
書き手2:2007/04/28(土) 00:02:49
しばらくしてこっそりタオルをのけると、心配そうに覗き込んでいるスチュワートと目が合った。
気まずくてさっとタオルを元に戻す。
「隠れることないだろ、バカだな」
「そんなんじゃないよ、スーザンがいるかもしれないからさ」
「嘘が下手だな。続きはできそうにないし、今日は帰ろう。そうだ、車まで抱っこしてやるよ」
「いいよ、自分で歩ける」
「いいから遠慮するな」
「やだよっ、やめて!」
「わかったよ、それじゃ帰ろう」
マーティンが本気で嫌がるのを可笑しそうに笑いながら、スチュワートは恭しく手を差し出す。
躊躇ったものの、マーティンはぎこちなく手を伸ばした。
ジョージは誰かモデルがいますか?
いたら教えてください。
鳩のお仲間が活躍してるな
ダニーがスタバのカフェラテを持って出勤すると、マーティンがサマンサに怒られていた。
「だからー、雑誌はゴミ箱に捨てちゃいけないの!分別カゴに入れなきゃだめなのよ!」
「ごめん、つい・・」
「全く、マーティンたら」
サマンサはぷいっとコーヒーコーナーに入ってしまった。
「ボン、おはよ、何やろな、ボスとケンカでもしたのかいな」
小声でマーティンに話しかける。
マーティンは、気もそぞろに「そうかもね」と言って、雑誌を拾い上げた。
58 :
書き手1:2007/04/30(月) 00:07:05
「何や、今週号のニューヨーカーやん。俺、まだ読んでないから、貸してくれ」
「いいよ」
マーティンは投げやりな様子で、ダニーに雑誌を渡した。
訝りながら、ぺらぺらとページをめくる。
するとグルメページが目に入った。
「チャイニーズの新しい殿堂、ダニエルズ・テーブル」
これか!マーティンの様子がおかしいのは。
ダニーは合点がいった。
59 :
書き手1:2007/04/30(月) 00:08:00
記事を読む。
「・・・プレ・オープンの晩は特別に招かれたブルームバーグ市長夫妻やドナルド・トランプ夫妻、
モデルのジョージ・オルセン、初代ドクター・ハートのアラン・ショアも友達とテーブルを囲み、
一人400ドルのディナーに舌鼓を打った。」
エドの奴、早速ジョージとアランをダシにしおってからに!
ダニーも腹が立ち、雑誌をゴミ箱に放りいれた。
「ダニーまで!分別カゴに捨てなさい!」
サマンサにどなられ、ダニーは首をすくめると雑誌を持って立ち上がった。
60 :
書き手1:2007/04/30(月) 00:09:13
ランチになり、いつものカフェにマーティンと出かける。
やはり元気がない。
「おい、お前、大丈夫か?」
「うん、まぁね」
「最近、エドと会ってるか?」
「オープンで忙しいから全然会ってないよ。もうどうでもいいよ」
「友達は大切にせにゃあかんで」
「うーん」
マーティンは心から承服していない様子だ。やはり心の傷の根が深いのか。
「おや、テイラーさん!」
ダニーは突然、声をかけられた。
見上げると、スーツ姿のヒスパニックの男性が立っている。
なかなかの美丈夫だ。
61 :
書き手1:2007/04/30(月) 00:10:17
「はぁ、どこかでお会いしましたか?」
ダニーが尋ねると、「ジョージ・オルセンさんとお友達は元気かと思って」とニヤリと笑った。
あ、こいつ、スネーク・ジョーやないか!
「おかげさまで元気ですよ」
ダニーは睨みながら答えた。
「よろしくお伝えください。ジョーがまた会いたがっていると」
「伝えましょう」
スネーク・ジョーはニヤニヤ笑いを浮かべて去っていった。
あいつ、ジョージって分かってたんや!畜生!
62 :
書き手1:2007/04/30(月) 00:11:31
マーティンが尋ねる。
「今の誰?」
「お前、ナイティーナイナーズって知ってるか?」
「うん、名前だけ。ヒスパニック系のギャングでしょ?」
「あいつがボスや」
「ダニー、知り合いなの?」
「まぁな」
「何で知り合いなの?」
「いろいろあってん」
「ふうん」
ダニーは自分が話したくない事は口をつぐむ癖がある。
マーティンはそれ以上詮索しないことにした。
「エドに会ってやり。寂しがってるで」
「ダニーがそう言うなら」
二人はランチを終え、オフィスに戻った。
63 :
書き手1:2007/04/30(月) 00:12:45
マーティンはエドのオフィスアドレスに携帯からメールを送った。
「会いたい。マーティン」
すぐに返信が来る。
「僕も。今日会える?」
「会える」
「迎えに行くよ」
「了解」
エドとは、プレ・オープン以来会っていない。もう随分前のことのように思えた。
定時に仕事を終え、マーティンがフェデラルプラザを出ると、エドのメルセデスが待っていた。
「ありがと、エド」
「久しぶりだね、二人だけなんて」
エドは心から嬉しそうだ。
「うん、今日はどこに行く?」
「この近くでいい?」
「どこでも」
エドはパーキングに車を入れ、歩いてミッドタウンのレストラン・ロウに向かった。
64 :
書き手1:2007/04/30(月) 00:14:01
「ヤムヤム・バンコク」という店の前で止まる。
「ここでいい?」
エドが心配そうに尋ねる。
「もちろん!」
二人で入ると中はビジネスマンでごったがえしていた。
マーティンが恐れたほど汚くはない。
エドは慣れた様子でメニューから生春巻きとサテーとBBQシュリンプを選んだ。
次にチキンのココナッツスパイシースープ、タイ野菜炒めと、最後にパッタイを2人前頼む。
二人はワインを1本空け、デザートにマンゴーともち米を選んでディナーを終えた。
これで、二人で80ドルしないのだから、お得な外食だ。
65 :
書き手1:2007/04/30(月) 00:15:25
「一晩400ドルとは大違いだよね」
エドがにこにこ笑う。
「う、うん、でも違う雰囲気だし」
「おかげさまで、2ヶ月先まで予約が一杯なんだ。もう僕は店には出ないけど、ダニエルならやってくれるよ」
「そうだといいけど」
「え?」
「何でもない。さぁ、帰ろうよ」
マーティンはダニエルの話になったので、エドをせかしてアパートに戻った。
「今日は泊まれないけど、またね」
「うん、マーティン、誘ってくれてありがと。僕、捨てられたかと思ってた」
「そんなわけないよ!」
「また会ってくれる?」
エドがおずおず尋ねる。
「うん、もちろんだよ」
二人は車の中で抱き合い、マーティンは車を降りた。
66 :
書き手1:2007/04/30(月) 00:18:06
>>55 さん
ご質問ありがとうございます。
最初はモデルなしで書き始めたキャラだったのですが、一人歩き始めて活躍して
くれています(苦笑)アリー・マクビールで若手弁護士をやったタイラ・ディッグスを
覚えておられますか?今はもう35歳になっていますが、彼が29歳に戻ったあたりを
想定しています。
これからもよろしくお願い致します。
ダニーがうちに戻ると、アランが電話でしゃべっていた。
「すまない、悪かったよ。埋め合わせはするからさ、じゃあ、今度連絡する」
「ただいま、アラン」
「おかえり」
「今の誰?」
「トムだよ。ニューヨーカーの記事を読んで、何で自分がダニエルズ・テーブルに呼ばれなかったのか散々悪態をつかれたよ。
今度連れて行かなくちゃな」
「俺、もうあそこ行きたくない」
「どうして?食材も調理も最高だぞ」
「俺にはあわへん。アラン、行くなら、一人でトム連れて行って」
ダニーはそれだけ言うと、ウォーキングクローゼットにこもった。
68 :
書き手1:2007/05/01(火) 01:01:31
アランにダニエルの事を伝えようかどうしようか。
でも、マーティンは誰にも知られたくないはずだ。
とにかく時期を待とう。ダニエルが馬脚を現すまで。
「今日のメシは?」
「すまない、何だかだるくてね。作れなかったんだ」
「風邪?」
「いや、熱もないし喉も腫れていない。仕事のしすぎだと思う」
「じゃあ、ポモドーロ行かへん?」
「ああ、そうしようか」
69 :
書き手1:2007/05/01(火) 01:02:59
二人は歩いてトラットリア・ポモドーロに着いた。
アンティパストの盛り合わせに、サラダ、ホロホロ鳥のラザニアとチーズリゾットを頼む。
アランは本当にだるそうだ。顔色も悪い。
「アラン、大丈夫?顔色悪いで」
「ワイン飲めばどうにかなるさ」
ダニーはアランが今年で46歳になるのを急に意識した。
アランが亡くなったら?
まるで11歳のあの時のように心細さが湧いてくる。
二人はデザートをスキップして家に戻った。
アランは、シャワーもしないと言って、ベッドに入ってしまった。
ダニーは、シャワーの後、静かにアランの横にすべり込んだ。
アラン死なないで。
ダニーは神様にお願いしてから目を閉じた。
70 :
書き手1:2007/05/01(火) 01:04:23
翌日、ダニーは組織犯罪班のクリスとランチを食べた。
スネーク・ジョーの情報が欲しいからだ。
クリスとはクワンティコで同じ時期に研修を受けた仲だ。気心も知れている。
「お前からメシなんて珍しいな。やっぱりうちに来たいか?」
「それもええな」
「お前はマイアミで組織犯罪担当してたんだから、向いてるんだよ。失踪者捜索に飽きたらいつでも来いよ」
「ああ、サンキュ」
「それで、今日は何だ?」
「最近、ナイティーナイナーズどうしてる?」
「ああ、あいつらか。一丁前に会社かなんか設立しやがって、表向きはまっとうな商売してるように見えるがな。
ヒスパニックの少年拾っちゃ、カツ上げやらせたり、ギャング研修やってるぜ。あいつらが何か?」
71 :
書き手1:2007/05/01(火) 01:05:13
「スネーク・ジョーってどんな奴?」
「あいつか。あいつがボスになってから犯罪が見えにくくなったんだよ。
相当頭がいいぞ。何しろハーバードのMBA持ってるからな。あいつが逮捕できたらどんなにいいか」
クリスは唇を噛んだ。
「こっちの事件と関連あるかも知れんかったから。ありがとな、クリス」
「いいんだよ。まじで、うちに来たかったら来いよな」
「ああ、その時はよろしく」
二人はオフィスに戻った。
72 :
書き手1:2007/05/01(火) 01:06:09
ダニーはにわかにジョージが心配になってきた。
廊下で携帯にかける。
「はい、オルセンでございます。テイラー様」
「今日はバーニーズか?」
「はい、さようで」
「メシ食えるか?」
「はい、それはありがとうございます」
「それじゃ迎えに行くわ」
「よろしくお願いいたします」
ダニーの頭の中は、スネーク・ジョーに拉致され、いたぶられいているジョージの像ばかりが浮かんでいる。
ジョージを24時間守ることは不可能だ。
ダニーは焦るばかりだった。
ジョージは、自分の腕枕ですやすや眠っているダニーの顔をずっと眺めていた。
普段はこわもてのFBI捜査官なのに、眠っている顔は子供のようだ。
ダニーはこのところ、セックスの後、すぐ転寝をしてしまう。
ジョージはこの時間が一番好きだった。
もちろんセックスも楽しい。
だが、無防備に眠っているダニーを見るたびに、アランもマーティンもいない、二人だけの時間を甘受できる嬉しさを噛み締めていた。
74 :
書き手1 :2007/05/01(火) 23:50:41
スネーク・ジョーの話がショックだったのは確かだ。
しかし拉致されないための心得も聞いたし、護身術のクラスのパンフももらった。
学生時代に少しかじったマーシャル・アーツも役に立つだろう。
それに、拉致されようともダニーが必ず救出してくれるという不思議な確信が、ジョージの心の中に芽生えていた。
僕の守護天使。ダニー・テイラー。
75 :
書き手1 :2007/05/01(火) 23:51:49
ジョージは、ダニーの頬をつっついた。
「むにゃ、むにゃ・・すぅー」
また眠りに入ろうとするダニーを今度はくすぐった。
「ぶはっ!やめ!こそばい!」
ダニーが暴れてやっと目を覚ました。
「ダニー、もう帰る時間だよ」
「わっ、そうか、わかった」
ダニーが立ち上がる。
ジョージはダニーの筋肉のつき過ぎていないなめらかな身体が大好きだった。
「見るなや、恥ずかしい」
「もっと色々なとこ見て知ってるよ」
「あほ!シャワー借りるで」
「うん」
76 :
書き手1 :2007/05/01(火) 23:52:45
インパラに乗せて、ダニーを見送る。
最近は用心して1ブロック前で降りるようにしている。
「それじゃ、またな。護身術クラス取れよ」
「うん、わかった。おやすみなさい」
「おやすみ」
二人は軽くキスをして別れた。
ダニーがアパートの中に入ると、しーんとした静けさが支配していた。
77 :
書き手1 :2007/05/01(火) 23:53:54
「アラン、ただいま、おらへんの?」
リビングに入ると、アランがソファーで眠っていた。
食事をした様子がない。
「アラン!」
揺り動かすと、アランは薄く目をあけた。
「あぁ、おかえり。寝てしまったようだな」
「大丈夫?まだメシ食ってへんの?」
「たまらなくだるくてね、食べるのを忘れたよ」
「なぁ、検査してもらったほうがええんちゃう?」
「そうだね、明日、病院に行くか」
ダニーはさっと着替えると、キッチンに立ってツナサンドを作った。
78 :
書き手1 :2007/05/01(火) 23:54:57
「はい、これ」
「ありがとう、美味そうだ」
「俺、アランが心配や」
「大丈夫だよ、僕だって医者だぞ」
アランは笑ったがいつものような快活さはなかった。
ダニーは風呂に湯を張り、アランと一緒に入った。
スポンジで優しくアランの身体を洗う。
シャワーでシャボンを流すと、アランはバスローブを着て、ベッドルームに行ってしまった。
ダニーも急いで後を追った。
79 :
書き手1 :2007/05/01(火) 23:56:12
翌朝、アランに今日の診察をキャンセルさせて、ダニーは市立病院にアランを送った。
医局にいたトムが駆けてくる。
「どうした?」
「アランが具合悪いって」
「大げさなんだよ、ダニーが」
アランは笑ったが、トムも真剣な顔だ。
「顔色が悪いぞ。検査しよう」
「じゃあ、まかせたから、俺、仕事に行くわ」
「ああ、任せろ」
トムはアランを連れて、処置室に入った。
ダニーは二人の後姿を追った後、病院から出た。
嫌な予感がする。
アランが病気?
ダニーは天を仰いだ。
マーティンが車で待っていると、イーライズに入ったはずのスチュワートが慌てふためいて戻ってきた。
「どうしたのさ?」
「入り口にでっかい犬がいて襲われそうになったんだ」
「犬?」
「ほら、あそこ、あいつだよ。つながれてるけどオレの足に噛みつこうとしたんだ」
スチュワートは怖そうに窓の外を指差した。スタウトがつながれているのが見える。
「ああ、スタウトじゃない。僕、あの犬知ってるよ。噛むような犬じゃないからへーきだよ」
「いいや、あいつはオレの足を狙ってた。絶対だ!」
スチュワートがあまりにもきっぱりと言い切るので、マーティンは思わず吹きだした。
「大丈夫だよ。じゃあさ、僕も一緒に行くから」
マーティンが降りたので、スチュワートも嫌々後に続いた。
81 :
書き手2:2007/05/03(木) 00:04:44
二人が近づくと、つながれていたスタウトが短く吠えた。
しっぽをくるくると振りながら、こっちへ来ようとしてもがいている。手綱にぐいぐい引っ張られて首が痛そうだ。
「あー待ってて、僕がそっちに行くよ」
マーティンがそばに寄ると、スタウトが鼻を鳴らしながら頭を擦りつけて甘えてきた。
すっかり懐いているのがかわいくてつい抱きしめてしまう。
「ほらね?すごくいい犬なんだよ。スチューもこっちに来て撫でてみなよ」
「いや、オレはいい。油断したらがぶっとやられそうだ」
スチュワートは胡散臭そうにスタウトを眺めたままだ。
「スタウトはそんなことしないよ。ねー、噛んだりしないよね」
マーティンはくすくす笑いながらやさしく撫でた。
82 :
書き手2:2007/05/03(木) 00:05:23
「いいさ、オレは買い物してくるから。店に入るまでそいつを抑えててくれよ」
「ん、わかったよ」
「絶対だぞ、絶対に手を放すなよ」
念押ししたスチュワートは、警戒しながら横を通り抜けて店内に入っていった。
「ごめんね、スチューは犬とか猫とかだめなんだよ」
マーティンが話しかけると、スタウトはじゃれながら足にまとわりついた。
足の間を抜けるのにもたもたしていて、この前よりもまた太ったような気がする。
「ねえ、いじめられてない?へーき?」
答えるわけもないのに、飼い主がろくでもない男だと思うと聞かずにいられなかった。
83 :
書き手2:2007/05/03(木) 00:06:04
食事の後でTVを見ていると、ふとさっきのことを思い出して吹きだした。
「うん?何笑ってんだ?」
「スチューのこと。すっげーびびってたなと思って」
マーティンはけたけた笑った。
「そんなに笑うことないだろ。本当に怖かったんだぜ」
「だってさ、あんなに怯えるスチューなんて見たことなかったから可笑しくて」
「あれはびびってたんじゃなくて用心してたんだ。わかったか?」
「いいよ、そういうことにしても。でもさ、あれはどう見てもびびってたよ。こーんな顔しちゃってさ」
マーティンは真似をすると可笑しくてまた笑った。
84 :
書き手2:2007/05/03(木) 00:06:51
「いい加減にしろよ」
スチュワートは笑い続けるマーティンを抱き寄せるとキスで唇を塞いだ。
抵抗できないように両手を掴んでソファに押し倒す。
ただのキスだけでマーティンのペニスは早くも勃起していた。自分ではどうしようもない。
恥ずかしさに目を合わせられずにじっとしているうちに、パンツもトランクスも脱がされてしまった。
首筋にかかる吐息が熱い。全身が性感帯になったように感じる。
冷たい手に体中くまなく愛撫されて喘ぎ声が自然と漏れた。
85 :
書き手2:2007/05/03(木) 00:07:29
「ねぇ早く入れて・・・僕もうだめ、早く欲しいよ」
マーティンは我慢できずにスチュワートのペニスを掴んだ。
スチュワートは反応を試すように角度を変えながら挿入をくり返す。
じれったいような動きがもどかしくて自分から腰を擦りつけようとした途端、背筋がぞくっとして体が仰け反った。
「ひぁっ!」
「ここだろ、マーティンが好きなのは」
スチュワートはにんまりすると嬲るように腰を動かした。
もっとも感じるところばかり的確に刺激されて腰がガクガクする。
「あふぅっ!んっ・・・んんっ・・・やっ、いやだっ!」
「まだだ」
「あぐっ・・・んんっああっ!」
スチュワートが大きく動いた拍子にマーティンは射精してしまった。
86 :
書き手2:2007/05/03(木) 00:08:46
マーティンが射精した後もスチュワートは小刻みに動き続ける。
少し動いただけでアナルがさらにぎゅっと締まり、射精したばかりなのにまたイキそうで、怖くなってしがみついた。
敏感になったアナルは、スチュワートのペニスが一層大きくなったのを感じてさらに締めつける。
「ああっ、オレもだめだ、出すぞっ!くっ!」
スチュワートのペニスがどくどくと脈動するのを感じながら、マーティンは体をこわばらせた。
信じられないことにまた果ててしまい、息を切らせながら抱きつく。
頭の中が真っ白で何も考えられない。
二人は息をはずませながらキスを交わし、ぐったりともたれあった。
アランが検査入院して3日が経った。
PCで調査をしているダニーの携帯が震えた。
「はい、テイラー」
「俺だ、トム。今日、病院に寄れるか?」
「ああ、仕事終わったら行く」
「そうしてくれ。電話では話せない」
ダニーの心臓が高鳴った。
アランの結果がどうだったのか、捜査そっちのけで、色々な病気の症状を検索してしまう。
88 :
書き手1 :2007/05/03(木) 00:22:45
定時になり、ダニーは脱兎のごとく病院に向かった。トムが医局にいる。
「おう、来たか」
表情は暗い。
「アラン、どうした?」
「まずはガン病棟に行こう。話はそれからだ」
ガン病棟?寝耳に水の言葉だった。
トムにガン病棟の責任者を紹介される。
ダニーは名前も頭に入らない。
「・・幸い、アランは第一期の発見だったので、ガン細胞の切除だけで済みます。他に転移は見当たりません」
89 :
書き手1 :2007/05/03(木) 00:23:55
ダニーはからからに乾いた喉からやっと声を出した。
「じゃあ、ガンの切除だけでいいんですね?」
「今の所見はそういうところです」
「先生を信じてええんですか?」
ダニーはわらにもすがる思いで尋ねた。
「私はこれでも20年のキャリアがあります。それに元同僚のアランの所見です。間違いをしたくありません」
「先生、お願いします。アランを助けてください!」
ダニーは思わず涙を流した。
トムが背中をさすってくれる。
90 :
書き手1 :2007/05/03(木) 00:25:16
「よくわかりましたから。明日手術します。その後2週間は入院です。いいですね」
「わかりました」
ダニーはぼうっとしたままカウンセリング室を後にした。
「おい、お前大丈夫か?まだ早期発見だから良かったんだぞ、分かってるだろうな」
「うん、何とか」
「アランに会うか?」
「会いたい」
トムはアランの病室に連れて行った。
4人の相部屋だ。早く個室に移さなくては。
91 :
書き手1 :2007/05/03(木) 00:26:46
「アラン!」
「やぁ、ダニー。どうやら胃がやられたらしいよ」
アランが笑った。
「明日手術なんて、俺、俺・・」
「大丈夫さ、ここは腕のいい医者が多いんだ。心配するな。おい、泣くなよ」
ダニーは涙をスーツの袖で拭いた。
「俺、個室の手続き取るから」
「それは、ジャネットに頼んだ。お前にはもっと大切な役目がある。僕の両親に会ってくれ」
「え?」
「明日来るから」
ダニーは言葉も出なかった。
何と自分を紹介すればいいんだろう。
「もうすぐ面会時間が終わる、じゃあ明日頼んだよ」
「うん、アラン、頑張って」
「当たり前だ。こんなので死んでたまるか」
アランは笑ってまた目を閉じた。
ダニーはトムに引率されて病室を後にした。
92 :
書き手1 :2007/05/03(木) 00:28:33
「明日は大変な日になるな」
「ああ」
ぼーっとダニーは答えた。
「アランの両親になんて言うんだ?」
「考えられへん。失礼!」
ダニーはトムを振り切って走った。
とにかく病院から離れたかった。
一人になって考えたかった。
アランがガンなんて、そんな、神様あんまりです!
ダニーは神様を呪った。こんなに呪ったことが今までに遭っただろうか?
タクシーで家まで帰り、アランのブランデーを開けてぐいと飲んだ。
アランのグラスをテーブルに置き、そのままソファーで目を閉じた。
ダニーは朝一番にボスに電話を入れ、事の次第を告げた。
「病院についていたいので、一日休みをください」
「ああ、お前にとってドクター・ショアがどんな存在だか分かるからな、ついていてやりなさい」
「ありがとうございます」
「気をしっかり持てよ」
「はい」
ダニーは病院に向かった。
94 :
書き手1 :2007/05/03(木) 23:35:30
ガン病棟に行くと、ジャネットが来ていた。
いつも同様パリっとしたビジネススーツだ。
「ダニー!」
「ジャネット!」
しばし抱き合う。
「ありがとう、あなたのお陰で早期発見できたのね」
「そんな・・・」
「今日は両親が来るけど驚かないでね。あなたなら大丈夫」
「俺、緊張してて・・・」
「それよりアランのために祈りましょう」
二人はアランの病室に入った。
95 :
書き手1 :2007/05/03(木) 23:37:09
「おぅ、姉さん、来てくれたんだ」
アランが嬉しそうな顔をする。
「当たり前よ、バカ」
「ダニー、目が真っ赤だぞ」
「ほっといてくれ、アラン、俺・・」
「何も言わなくていいさ、お前がずっといてくれると信じてるからね」
「うん」
ダニーは看護婦の前だというのに、構わずアランの頬にキスをした。
「さ、戦場に行って来る」
アランは、点滴につながれたまま、手術室に出て行った。
「ご家族の方は待合室がありますので、どうぞ」
看護婦に案内され、待合室に陣取る。すると、ジャネットの携帯が鳴った。
「着いたの?今行くわ。ダニー、両親が着いたので、迎えに行くわ。しっかりね」
「うん」
ダニーは心臓が口から出そうになるほど緊張していた。
96 :
書き手1 :2007/05/03(木) 23:38:24
アランの両親、一体どんな人たちだろう。
ジャネットが初老の夫婦を連れてやってきた。
父親はコンサバのスーツ、母親はシャネルのジャガードの上下だった。
「あぁ、君がダニー・テイラー君か?ウィリアム・ショア。アランの父です。こっちは妻のエリザベス」
「ダニーってお呼びしてもいい?このたびは本当に息子がお世話になって・・」
「はぁ・・」
「アランが電話してきましたのよ。間借り人のダニーが病院に連れて行ってくれなかったら発見できなかったガンだって」
「そんな・・・」
「本当に第一期でよかった。今日も内視鏡の手術だそうだね」
「お父様、ダニーが驚くわ。そんなに沢山話さないで」
ジャネットが思わず制した。
97 :
書き手1 :2007/05/03(木) 23:39:26
二人とも人生で何の苦労もしたことのない勝者の顔をしている。
まさしくアランの両親らしい。
「それでお宅の改装はいつ終わるご予定なの?」
エリザベスが尋ねた。
どうやらダニーは部屋の改装の間、アランのところに間借りしている設定らしい。
「はぁ、あと3週間ほどはかかるかと・・」
「それじゃあ、アランが世話になるな、よろしく頼むよ」
ウィリアムが握手を求めるので、ダニーは手を差し出した。
「コーヒー、いかがです?」
ダニーは息苦しくなり、思わず尋ねた。
「じゃあ頂こうか」
二人が頷くので、ダニーはジャネットと自販機コーナーに赴いた。
98 :
書き手1 :2007/05/03(木) 23:40:36
「さすがね。うまいじゃない。あれなら両親も疑わないわ」
「ご両親は・・」
「知るわけないでしょ!私だって驚いたんだから。でもあなたは本当に本物ね。アランの命を預けられる」
「そんな、俺・・・」
「今もうまく行ってるんでしょ?」
「まぁ・・」
「とにかく両親を騙し通して。お願いよ」
二人はカフェラテを手に二人の元に戻った。
99 :
書き手1 :2007/05/03(木) 23:41:31
手術が終わり、アランが覚醒した。
「アラン」
「父さん、母さん、心配かけてすまない」
「お前を失うなんて神様が許さないよ」
三人は抱き合った。
アランはチューブ3本につながれて、意識も薄い。
「ダニーはいるかい?」
「あ、俺・・」
「済まないが両親をNYの美味しいディナーに誘ってやってくれ」
「あ、はい」
アランは目を閉じた。
100 :
fusianasan:2007/05/04(金) 22:18:34
なんというエロさ
その夜は、ジャネットが両親を食事に連れて行くことになり、ダニーとの夕食は翌日に持ち越された。
病院での別れ際、「明日は、私がぜひ行きたいところがあるので、道案内をしてくれないか?」とアランの父親が言った。
「はい、一体どちらへ?」
「話題のダニエルズ・テーブルだよ。よろしくお願いしたい。席はとってあるんだ」
「わかりました。それでは明日、病院にお伺いいたします」
「おやすみ、ダニー」
ジャネットが手を振った。
ダニーは黒のリムジンを見送った。
よりにもよって、ダニエルズ・テーブルとは!
それにしても、ウィリアム・ショアの名前がダニーの頭の中に引っかかっていた。
聞いたことがある・・・。
ダニーは家に戻り、ピザをオーダーしてからPCの前に座った。
ウィリアム・ショアを検索する。
「ええ!」
ダニーはひっくり返りそうになった。
元連邦最高裁判事や!
連邦最高裁判事といえば、大統領の指名の上、上下院の承認が必要な要職だ。
そんな大物だと知らず、失礼をした自分を恥じた。
気がつくべきだった・・・・。
翌日になり、ダニーは仕事の後、病院に直行した。
病室からは笑い声が聞こえてくる。
「よう、ダニー」
昨日より血色のよくなったアランが挨拶した。
相変わらず点滴のチューブが痛々しい。
「今、お前との出会いを話していたところだよ」
「まさかここのERとはびっくりしたよ」
父親が笑顔で尋ねた。この人が元連邦最高裁判事・・。
「ええ、事件で負傷しまして。それより、昨日は、どなたかも分からず失礼をいたしました」
ダニーは無礼をわびた。
「なんだ、調べはついたのか。さすがFBI捜査官さんだ。もう引退したんだから、昔の肩書きは関係ないよ。
私はアランの父のウィリアムだ。ビルと呼んでくれ」
「そんな、とんでもない」
「いいのよ、ダニー。父は堅苦しいのが嫌いなの」
ジャネットも言う。
「はい、ビル」
「じゃあ、今日は僕抜きで最高のグルメを味わうわけか。悔しいな」
アランがチェっと言ったので、皆がさらに笑う。いい家族だ。
「そろそろ面会時間が終わりだ。さぁ行ってくれ。僕が追いかけないうちに」
アランが促すので、全員で退散した。
「それでは、ダニエルズ・テーブルにご案内します」
「ああ楽しみだ」
ミッドタウンの高層ビルにリムジンを向ける。
店のフロアに着くと、ダニエルが出迎えた。
「ショア様、お待ちしておりました。店主のダニエル・チュウです。ダニエルズ・テーブルにようこそ。
おや、ダニーも一緒とは。楽しい夕べになりそうですね」
4人は杭州と書かれた部屋に案内された。緑茶の香りがプンとする。
「杭州はお茶のふるさと。そこで緑茶のアロマを焚きました。それではお待ちを」
ダニエルが去った。
紹興酒のカメが用意される。
例によってモデルと見まごうウェイトレスがそれぞれのグラスに紹興酒を注ぐ。
「それでは、アランの健康に乾杯!」
ビルの音頭でグラスを合わせる。
まず前菜で度肝を抜かれた。
小さな豚一匹の丸焼きだ。
「これは皮だけを頂きます」
ダニエル自ら包丁で丁寧に皮を皿に並べる。
次はツバメの巣のきぬがさ茸スープ、あわびのXO醤炒めと続き、小さな肉の唐揚げが出てきた。
「今日は特別に蛙をご用意しました。塩こしょうでどうぞ」
ダニーは自分が青ざめているのが分かる。
ダニエルがくすっと笑った気がした。
こいつに笑われてたまるか!
「まぁ、あなた、北京で食べたのと同じね」
母親が喜ぶ。
「本当だ、懐かしいな」
ショア家にあわせてダニーも口にした。味は鶏肉のようだ。
「続きまして今日のメインの火鍋です」
「もしかして、中身は蛇かしら?香港みたいに」
母親はもう夢中だ。
「よくご存知で。どうぞお召し上がりください」
ショア家がわいわい蛇鍋を囲んでいる間、ダニーはもう限界やと席を立った。
一口食べた蛇のぬるぬるした感触がたまらない。
「失礼、電話が・・・」
トイレで思いっきり吐いた。
「やっぱりそこで音を上げたね」
後ろを見るとダニエルが立っていた。
「心配しなくていいよ。あれは蛇じゃなくてウナギだ。WASPたちがそれも分からず喜んで食べているのが愉快でね」
「貴様、詐欺やないか!」
「客が喜んでるんだからいいじゃないか。これからロンドン、パリと出店して、もっとみんなを驚かせたいね。そろそろ席に戻らないとヤバいんじゃないの?テイラー様?」
ダニーはダニエルを睨みつけながら席に戻った。
火鍋も終わり、蟹肉のお粥で料理は最後だ。
フレッシュマンゴーのデザートを食べ終わり、ショア家は、満足げに席を立った。
「やぁ、ダニー、おかげでボストンの仲間に土産話が出来たよ」
「父は法律事務所を経営してるの」
「まだまだ現役さ」
ビルは大笑いした。下に降りるとリムジンが待っていた。
「ダニーも乗って」
「俺は・・」
「いいから!」
ジャネットに言われて、一緒にプラザホテルまで行く。
「父にもう少しつきあってちょうだい。あなたが気に入ったみたい。珍しいのよ、こういう事」
ダニーの夜はまだ終わりそうになかった。
元連邦最高裁判事の息子が殺人犯?
親の教育が悪かったとしか思えないぐらい人格が破綻してるんだねw
ダニーは猛烈な頭痛で目が覚めた。
完全に二日酔いだ。
プラザホテルのバーで、アランの父親と看板まで飲んだせいだ。
ビルの話は面白おかしく、ブラックジョークも交えた会話は尽きることがなかった。
ダニーは、自分の父親が生きていたとしても、あれ程楽しい時は過ごせないだろうと思った。
テイレノールを2錠飲み下して、シャワーを浴びる。
今日は、ご両親がアパートを見に来ると言っていた。
ダニーはゲストルームに適当に自分の荷物を運んで、生活感を出した。
一晩寝ただけで、ごまかせるだろうか。
時間になりオフィスに出勤した。
「ダニー、アランの事聞いた。大丈夫なの?」
マーティンが寄ってきた。
「ああ、手術は成功や。それよりご両親の世話で頭痛いわ」
「わからずやなの?」
マーティンは自分の父親を想像した。
「いや、いいご両親やで。少しわがままなだけや」
ヴィヴィアンが咳払いしたので、二人は離れた。
仕事を終えて、プラザホテルに迎えに行く。
すでに3人がロビーにいた。
「遅くなりまして」
「いや、いいんだよ。それでは行こうか」
ほんのわずかな距離をリムジンで移動する。
「ここがアランのアパートです」
ダニーは、中を案内した。
「僕はゲストルームを間借りしています」
「まぁ、綺麗なキッチンだこと。あの子らしいわ」
母親がキッチンに入って喜んでいる声が聞こえた。
父親は珍しそうに書庫やCDラックを眺めていた。
「レッドホットなんとかというバンドは、アランが好きなのかな?」
「あ、それは僕ので・・」
ダニーはCDラックまで気が回らなかった。胸がドキドキする。
「ギターにピアノ、あの子ったらあの年で楽器を?」
母親が「ダニーへ、エリック・クラプトン」と書かれたフェンダーを持ち上げる前に、
ダニーは手に取り、「危ないですから」と自分の後ろに置いた。
「ダニー、今日も食事を一緒にどうだろう?」
「はい、ビル、ありがとうございます。よろしいんでしょうか?」
「もちろん、アランの命の恩人だ。今日は君たちが普段行くレストランに行きたいな」
ダニーはデルアミコに電話した。テーブル4名を予約する。
「それでは、ダウンタウンに参りましょう」
ジャネットがほぅーっとため息をつく音が聞こえた。
デルアミコにドクター・ハートのご両親とお姉さんだと告げると、デルアミコは涙を流して皆とハグした。
「うちの娘、ドクターのおかげで、学校行ってます。前は自殺ばかり考えたね。ありがとう!」
目をぱちくりしているショア家を案内してテーブルに座る。
「アランがテレビで電話相談を受けていた時に知り合ったんです。娘さんが重度のうつ病で」
「あぁ、そういうことか。あいつ、そんな仕事までしているのか」
ビルは感慨深げだった。
「夜中はドクター・フリーという名前の掲示板を開設して、無料で相談を受け付けています」
ダニーはアランの日常を簡潔に説明した。
「仕事のしすぎで結婚できないのかしら。ねぇダニー、あの子に付き合ってる子はいないかご存知ない?」
エリザベスが尋ねた。思わずジャネットがくすっと笑った。
「さぁ、僕の知る限りでは今は誰とも・・・」
「お前、付き合ってる子がいたとしても、こんな色男に紹介するものか!その子が目移りしたらどうする、なぁ、ダニー?」
ビルが大笑いしながら答えた。
「そんな・・・アランが選ぶ人は僕を選びませんよ」
「君は謙虚だなぁ。昔知り合いだったFBI捜査官とは全く違う。
そうだ、今は副長官になっているはずだ。名前は何だったか・・・」
「もしかして、ヴィクター・フィッツジェラルドですか?」
「そうだ、ヴィクターだ!あいつは不遜な奴だった。よく捜査令状発行でもめたんだ。懐かしいよ。
彼は元気かね?」
「はい、ご活躍と聞いています」
ダニーは驚いた。世間は狭い。マーティンの父親と知り合いとは。
料理が全て終わり、ビルはつぶやいた。
「この店はいい店だね。こういうところで食べるのか」
「アランのお気に入りです」
「いやぁ、ありがたい。あの子の暮らしが分かった気がするよ、なぁ、リズ」
「本当に。あの子、言わない子だから。ダニー、ありがとうございました」
「いえいえ、そんな」
「明日、ボストンに戻るよ。アランをよろしく頼む」
「はい、それは任せてください」
ダニーはそれだけは胸を張って答えた。
>>110 さん
ご感想ありがとうございます。
最初からアランは性格破綻者の設定になっています。
愛情を緊縛や束縛でしか表現できない男です。
プラクティス・ボストンリーガルのアラン・ショアがモデルですから、
性格破綻者と分かっていただけて嬉しいです。
父親と同じ法曹の道に進まなかったのも何かあったのかも知れません。
これからもよろしくお願い致します。
ダニーは、一晩ぐっすり眠り、はっと目が覚めた。
時計を見る。完全に遅刻だ。携帯でボスに電話をかける。
「ボス、すんません。今から行きます」
「ばかもん!早く来い!」
ダニーは急いでシャワーを浴びて、着替え、タクシーでフェデラルプラザへと急いだ。
ぜぇぜぇ言いながら、席につく。チームの皆の目が痛ましそうだ。
「ボスが呼んでる」
サマンサが声をかけた。
「わかってる」
ボスのオフィスで30分説教を食らう。
それでも、ダニーの心は病院にいるアランのところにあった。
定時で仕事を終わらせ、病院に向かう。
病室から笑い声が聞こえてきた。
ジャネットがまだおるの?
ダニーが顔を覗かせると、トムとアランが談笑していた。
「おぉ、来たか、どうだったショア・ファミリーのお世話は?」
トムが笑いをこらえながら尋ねる。
「楽しかったで」
ダニーは正直に答えた。そう、楽しかったのだ。
「そりゃ、すごいね。あの親父さんに気に入られるとはお前もやるなぁ。じゃあ、俺はERに戻るよ」
「またな、トム」
「あぁ、大事にしろよ」
トムは出て行った。
「今日、両親とジャネットが来た。ありがとう。2日間も世話してくれたんだね」
「俺、アランのご家族、好きやから」
「うちの家族も気に入ってたぞ。僕より息子にしたいくらいだそうだ」
アランがくくっと笑った。
「ヘビ、食べられたのか?」
アランにあれはウナギだったとは言えない。ご家族が騙された事実など知りたくないだろう。
「トイレで吐いた」
「そうだろうな、お前には辛い食事だったね。すまない」
「ダニエルの奴が俺が来たから、わざと出したんちゃうやろか」
ダニーは思わず唇をかんだ。
「そう敵対心燃やすなよ」
「なぁ、アラン、いつ退院できる?」
「あと細胞診が2回残っているから、2週間後かな?」
「わかった。俺、毎日来るから」
「無理するなよ。お前も疲れただろう。休めよ」
「来たいんや」
「分かった。ありがとう。お前のおかげで命拾いした。一生恩に着るよ」
「俺は恩返ししてるだけやから」
面会時間の終わりを告げる放送が入った。
ダニーは「じゃ、また明日」と言って、アランの頬にキスをした。
「おやすみ、ダニー、愛してるよ」
「おやすみ、アラン、俺も」
ダニーは病院を出ると、携帯でジョージに電話を入れた。
「わぉ、ダニー、どうしたの?」
「今、お前、どこにおるん?」
「もう家だよ」
「これから行ってええか?」
「もちろん!」
ジョージの家に着くと、キッチンからいい香りがしていた。
「ダニー、なんか疲れてるね」
「大変やったんや」
「どうしたの」
「アランがガンでな・・」
「え?」
ダニーはこの1週間の出来事を話した。
「お疲れ様!ここでくつろいで」
「そのつもりや」
「今日はボンゴレ・ビアンコにルッコラとチキンのサラダだけどいい?」
「ああ」
ジョージは白ワインを開け、ダニーにグラスを渡した。
ぐっと飲み干すダニー。ジョージの料理の腕もなかなかだ。
ダニーは久しぶりに気の置けない食事が出来て、酔いも回ってきた。
ソファーで「ディパーテッド」のDVDを見ていたつもりが、いつの間にか眠ってしまった。
ジョージはダニーを軽々と持ち上げると、ベッドに寝かせた。
「ダニー、疲れたんだね。ずっと休むといいよ。僕が世話してあげる」
ジョージは唇に軽くふれ、Yシャツのボタンをもう一つだけはずして、部屋を後にした。
仕事を終えて窓の外を見るといつのまにか雨が降っていた。
ダニーは立ち込めている雨雲に舌打ちする。ガラスを流れ落ちる水滴が滝のようだ。
朝からどんよりと曇ってはいたが、予報では降り出すのは暗くなってからだと言っていたのに・・・
「とうとう降ってきたわね」
ヴィヴィアンが恨めしそうに空を見上げて肩を竦めた。
「ああ。それもどしゃ降りや」
「買い物をして帰る予定だったんだけどピザでも頼むわ。レジーもそのほうが喜ぶし」
ヴィヴィアンはお先と言うと帰っていった。
席に戻ったダニーは、デスクの下にほったらかしていた置き傘のことを思い出した。
取り出してみると埃まみれになっていたが十分使える。帰ろうとしていたマーティンを呼びとめた。
「お前、傘持ってへんやろ?入っていくか?」
「あ、でも、僕が一緒に入ってもいいの?」
マーティンは遠慮がちに訊ねて口をつぐんだ。
「遠慮すんな、ええに決まってるやろ」
ダニーはいつものように髪をくしゃっとしかけて急いで手を止めた。
支局の外に出ると雨の匂いがした。
「めちゃめちゃ降ってるやん。よし、駅まで早歩きや。行くで」
「ん、わかった」
体を寄せ合って一つの傘に入った二人は歩き出した。雨粒が傘をたたく音がうるさいぐらい響く。
1ブロックも歩かないうちに、二人とも傘からはみ出したそれぞれの肩がずぶ濡れになった。
「ねえ、僕はここから走るよ」
「え?なんでやねん?」
「だって、僕がいなかったらダニーが濡れずに済むじゃない」
マーティンはそう言うと傘をダニーのほうに押しやった。
「あほなこと言うな」
ダニーはマーティンの腕を掴むと自分のほうへ引き寄せた。
傘で隠してさっとキスをするとマーティンが驚いて固まった。
「な、何?ちょっ、まずいよ!」
「誰も見てへん」
マーティンは動揺して赤くなっている。ダニーは真顔でもう一度キスした。
「傘って便利やな」
ダニーがにんまりすると、マーティンは恥ずかしそうにバカとつぶやいた。
さらに数ブロック歩くと地下鉄の駅に着いたが、二人とももう少しこうしていたかった。
「なあマーティン、ちょっとだけ散歩しよか?」
「散歩?」
マーティンは意味がのみこめずきょとんとした。
「お前とこうやってくっついて歩けるのってあんまりないやろ。嫌やったらもう帰るけど」
「・・・本当にそうしたいの?」
じとっと見上げるマーティンの目は戸惑いを隠せずにいる。
マーティンが本当に気を遣っているのがわかってダニーはどきりとした。
「行くぞ」
ダニーは素っ気なく言って歩き出した。マーティンが遅れないように慌ててついて来る。
「ダニー待って、待ってよ」
「待てへん」
そうは言ったものの、ダニーはわざとゆっくり歩いて待ってやった。
ダニーの二重生活が始まった。
仕事をし、アランを見舞い、ジョージと過ごす。
その毎日の繰り返しだ。
アランの両親からサンキュー・カードが届いていた。
「ボストンに来る事があったら、必ず寄りなさい。ボストンの君の家族より」
ダニーは驚くと同時に幸せを感じた。俺の家族だなんて。
アランに話すと「まさにお前の才能だな。親父、本当は気難しいんだぞ」と舌を巻いた。
今日はジョージと外食だ。
ジョージが韓国料理が食べたいというので、前にマーティンを連れて行った「ハンバット」に行く。
例によって韓国人のビジネスマンでテーブルが埋まっている。
店主が出てきて、ジョージの顔を見るとはっとした。
急いで奥から色紙を持ってきた。
「息子、ファンね、サイン、サイン」
ジョージは照れながら、サインする。
ベティーも出てきて、ジョージとハグする。
どこでも顔が分かってしまうほどの人気に、ダニーは誇らしかった。
奥の予約席と書いてあったテーブルに案内される。
「ええの?予約席やのに?」
ベティーは「ここは万が一のためのお席なの。大切なお客様用だから」と答えた。
ダニーはビールと、ユッケサラダにブルコギを頼んだ。
「ブルコギって何?」
「韓国のBBQやな。美味いで」
「へぇ、楽しみです」
小皿が6品並ぶのにジョージが驚く。
「これ、サービスやて。ただやで。」
「すごーい!」
ジョージはぱくぱく食べた。ビールも進む。
ユッケサラダも気に入ったようで、生卵とよく和えて食べている。
「ローストビーフより美味いかも」
ジョージと食べると何でも美味しく感じられる。ダニーはそれが嬉しかった。
そしてブルコギだ。ベティーがやってきて丁寧に焼いてくれる。
「今日はまた特別にサービスええんちゃう?」
ダニーが声をかけると、「だってジョージさんのご来店だもの。当たり前じゃない!」とジョージにウィンクした。
ジョージは耳を赤く染めて照れている。
「さぁ、どうぞ」
「すごいですね、野菜もこんなに沢山食べられるBBQなんて、モデルにとったら神様からのプレゼントみたい」
「お前、食事制限してんのか?」
「少しだけ。ダニーと付き合うようになったら、太っちゃったから」
ジョージは恥ずかしそうに笑った。
「じゃあ、今日はハーゲンダッツはなしか」
「言わないでよ!食べたくなるでしょ!」
ブルコギのタレでヌードルを炒める。
2人分があっという間になくなった。
二人は満腹で「ハンバット」を後にした。
アパートに戻り、ダニーが今日は泊まれると伝えると、ジョージがぎゅっとダニーを抱き締めた。
「信じられない、本当?」
「ほんまや、俺、ウソは苦手やもん」
交代でシャワーを浴び、ベッドに入る。
「今日はダニーが入れて」
ジョージが上目使いでダニーを見た。
「ん、わかった」
ジョージが下に移動し、ダニーの屹立したペニスを口でとらえる。
ジョージの舌技ですぐにも爆発しそうだ。
「うう、出る・・」
ダニーはジョージの頭を離れさせ、上に引き上げキスをした。
舌をからめた長い長いフレンチキスだ。
「あぁ、ダニー、入れて」
ジョージが甘えた声を出して、ローションを自分の中に塗りこんだ。
ダニーも指を入れる。
二人の指でジョージの中をゆっくり撫でると、ジョージはため息をもらした。
ダニーはジョージの腕を磔にして、腰をゆっくり進めた。
「あぁ、もう、だめ!」
ジョージが身体をのけぞらせて射精した。
ダニーの胸にべったり精液がくっついた。
ジョージの痙攣でダニーが唸る。
「お前の中、ひくひくしてる・・」
「来て、ダニー、早く!」
ダニーは抜き差しのスピードを上げると、「ああ!」と叫んで爆発した。
ダニーはジョージの上にかぶさるように横になった。
二人ともまだ息が荒い。
「よかったか?」
「うん、ダニー、最高!」
「ほんまに?」
「恥ずかしいよ、僕、すぐにイっちゃったもん」
「お前も最高」
「僕ね、引っ越すことに決めたんだ」
「へ?ここ気に入ってるんちゃうの?」
「だって二人でバスに入れないんだもん」
そう言うと、ジョージは枕で顔を隠した。
「そやな、二人でバスは楽しいな」
ダニーは、どんどん深みにはまるこの関係から離れられないと感じていた。
ダニーが帰り支度をしていると、マーティンが寄ってきた。
「アランを見舞いに行くの?」
「そやけど?」
「僕も一緒に行っていい?」
「ああ、もちろんや、アランも俺の顔見飽きたやろうし、喜ぶで」
「その後、ダニーと食事できる?」
考えてみると、アランが入院してから、ジョージの家にいりびたりのダニーだった。
マーティンが怪しむのも無理はない。
「ああ、美味い寿司でも食いにいこ」
「うん!寿司は大賛成だ!」
ダニーはトイレに行くフリをして、ジョージに今日は寄れない旨の伝言を入れた。
二人で市立病院に行くと、トムが私服で医局をうろうろしていた。
「あ、トム、こんばんは」
二人で挨拶する。
「おぉ、お前ら暇なら、夕飯つきあえ」
「え?あ、はい」
マーティンが思わず頷く。
ダニーは心の中でちっと思いながら、「それじゃアラン見舞うから」と入院病棟に向かった。
アランはマーティンを見て、びっくりした顔をしたが、すぐに笑顔になった。
「よく来てくれたね。これで流浪の民でないのが実感できたよ」
「アラン、元気ですか?」
「ああ、もうこの通りね」
アランは腕を上下に伸ばした。
「早く退院してくださいね。ダニーが元気がないから」
マーティンなりの精一杯のウソだった。
「そうか?ダニー、ちゃんと食べてるか?」
アランが心配顔で尋ねた。
「今日はトムのお供でご馳走やで。俺は平気。アランの方が心配や」
「早くお前の手料理が食べたいよ」
面会時間終了の放送が鳴る。
「それじゃ、また明日な」
「ああ、おやすみ。マーティン、ありがとう」
「そんな」
二人で病室を出る。
「お前、ほんまに口下手やな」
「だって、何か日常的じゃない場所に行くとしゃべれなくなるんだよ」
「まぁ、ええわ。今日はトムに寿司奢ってもらお」
トムが入り口で二人を待っていた。
少し年季の入ったシルバーのメルセデスが彼の愛車だ。
「何が食いたい?」
「寿司!!」
二人は声を揃えた。
「よしよし、じゃあ、リトル・ジャパンに行くぞ」
トムが選んだのは回転寿司やだった。
そしてそれは正解だ。マーティンが20皿も完食した上に、日本酒8杯、あさりの味噌汁を平らげたのだから。
「お前らの胃袋だったら回転しかないと思ってたけど、これほどとはな」
トムは目の前に積み上げられた皿数を驚いて見上げた。
「俺は、普通やで。こいつや」
隣で胃をさすっているマーティンを指差す。
「だって、死ぬほど食べていいってトム言ったじゃん」
「お前なぁ、胃拡張になったり潰瘍作ったりしてるんだから、少しは節制しろよ」
ぷぅとふくれるマーティンの様子に二人は笑った。
その後、アルゴンキンのブルー・バーに寄る。
エリックが笑顔で迎えた。
「今日はテーブル席な」
「はい、かしこまりました」
ダニーの様子にトムは「あいつ、お前の友達か?」と尋ねる。
「あぁ、まあな」
「ダニーはいろんなところに友達がいるんだよ」
日本酒に酔ったマーティンがからみはじめる。
「そうやな、俺はいろんなところに友達がおるな。お前も増やせよ、友達」
「僕はダニーと、エドと、ニックだけかも」
「おい、俺を入れろよ」
トムが笑いながらマーティンをつつく。
「そうだ、トムとも寝たから、友達だ」
「こいつ完全酔うとるわ」
ダニーが小声でトムにつぶやいた。
「何か鬱屈したものがあるんだろ」
トムはやけに同情的だった。
三人はスコッチをオンザロックで3杯飲んでお開きにした。
マーティンがぐったりしてトムに寄りかかっている。
「俺、こいつの介抱するわ」
トムが言った。
「ええの?」
「ああ、明日は遅番だしな」
「トム、サンキュ、俺も頭が回ってる」
トムは、ダニーを送ると、車をアッパーイーストサイドに向けた。
マーティンは、思いがけない音で目が覚めた。
誰のいびき?ダニー?
後ろ向きになっている顔を覗きに起きる。
わー、トムだ、僕、また寝ちゃったのかな?
身体には何も身につけていない。
それどころか、腹のあたりに精液がひすばった跡があった。
あーやっちゃったよ!
「うーん、マーティン、今何時だ?」
トムがまぶしそうな顔で目を開けた。
「今、7時。僕、支度しなきゃ」
「あぁ、送ってく」
マーティンは急いでシャワーを浴びた。
酒に酔って寝るなんて子供じゃあるまいし・・・
自己嫌悪で泣きそうになった。
トムがバスルームに入ってくる。
マーティンは入れ違いにシャワーブースから出た。
「歯ブラシとタオル、置いとくから」
「ああ、サンキュ」
まだ眠そうなトムにフェデラルプラザまで送ってもらう。
「ねぇ、僕さ、昨日・・」
「聞きたいのか?」
「うん・・」
「ダニーって言って、あそこをおったてて抱きついてきたから抱いた。それだけだ」
「・・恥ずかしい」
「お前たち、本当にねじれてるな。そんなにダニーが好きなら力で奪えよ」
「そんなこと・・」
「だから出し抜かれるんだ」
「え?」
「何でもない。さあ着いたぞ。俺はうちでもう一眠りだ。また寂しかったら電話しろ」
「トムも寂しいの?」
「俺は関係ない」
トムはクラクションを鳴らして去っていった。
マーティンはスタバでダブルエスプレッソを買って席についた。
「ボン、おはよ!」
爽やかな笑顔のダニーが憎らしい。
「エスプレッソなんて珍しいやん?二日酔いかいな」
くくっと笑ってダニーが席についた。
自分はお手製のツナサンドをかじっている。
「半分頂戴」
「え?」
あっと言う間にマーティンは半分を手にとって席に戻った。
何やねん、あいつ!
ダニーは残り半分のツナサンドを食べ終えて仕事を始めた。
ランチでもマーティンの不機嫌は治らなかった。
「なぁ、お前、どうしたん?トムに何かされたか?」
「何もされてないよ!」
「じゃあ怒るなや、俺わからへん」
「わからなくていいよ、ダニーはさ」
ふくれっ面で食事されても楽しくない。
「そんなんなら、ええわ。俺、テイクアウトするから」
ダニーはパニーニをテイクアウトしてオフィスに戻ってしまった。
マーティンは水を飲みながらトムの言葉を反芻していた。
「だから出し抜かれるんだ」
一体誰に?やっぱりジョージ?それとも女?
マーティンは二日酔いで回らない頭をかかえた。
ダニーはいつも通り、定刻にオフィスを出て病院に向かった。
昨日のマーティンの回転寿司の食べっぷりを話して聞かすとアランが大笑いした。
「そりゃ安月給のERドクターには辛かったろうな」
「俺は普通に10貫しか食わなかったで」
「それが普通だ。ああお前と花寿司に行きたいな」
「退院したらな、すぐやで」
「ああ、楽しみだよ」
放送が流れ始めた。
「それじゃ、俺、帰る」
「ああ、おやすみ」
「おやすみ、アラン、愛してる」
ダニーは病院を出て、マディソン街に向かった。
ジョージの部屋からはガーリックのいい香りがしていた。
「こんばんは!」
「あー、ダニー!」
アレックスがダニーに抱きついた。
「おー、元気してたか?」
「もう、悪い遊びもしてないよ!」
「アレックス、ダニーから離れろよ!」
ジョージがしっしとアレックスを手で払った。
「おかえりなさい」
「ただいま」
まるで新婚家庭のようだ。二人はしっかり抱き合ってキスを交わした。
「いつもジョージばっかり!」
アレックスはぷぅと膨れながら、ビールを持ってきた。
その晩はムール貝とハマグリのワイン蒸しに、ラビオリのボロネーゼで食事をした。
アレックスがいるので、エッチはなしだ。
ダニーはそれでも満たされて、ジョージの車に乗り、帰途についた。
「明日、ダニー、早く帰れる?」
ジョージがおずおずと尋ねた。
「ああ、今のとこ、新しい事件がないからな」
「それじゃ、新しいアパートに案内するね」
「ほんまか?」
「うん!」
ジョージが嬉しそうなので、ダニーも胸が高鳴った。
「楽しみや、それじゃ、おやすみ」
「愛してる、ダニー」
「俺もや」
ダニーは頬に軽くキスをしてインパラから降りた。
新しいジョージのアパート、どんなんやろ。
ダニーは朝からうきうきして出勤した。
思わず鼻歌が出る。
「ダニー、ご機嫌だね。なんかあったの?」
ヴィヴィアンに尋ねられ、あわてて口をつぐんだ。
「ちょっとな」
「ラブラブなんじゃないの?彼女と」
サムがにやにや口をはさむ。
マーティンがぐっと睨んだ。
「そんなんやないねん」
ダニーは急いでPCを立ち上げた。
どうか、今日一日事件が起きませんように!
朝から神様に願ってやまなかった。
その願いが神様に通じたのか、平穏な一日が終わった。
ダニーは脱兎のごとくオフィスを出ると、病院に向かった。
アランと他愛ない話をして時間を過ごす。
アランはあと1週間の入院が必要だ。
「もう退院が待ち遠しくてたまらないよ」
「あぁ、俺も。一人じゃ部屋が広すぎる」
「寂しいって言えよ」
「・・寂しい」
「ふふふ、お前を尋問するのは楽しいなぁ」
アランが笑った。
いつもの放送が始まった。
「じゃあ、俺、帰る」
「あぁ、またな」
「うん、アラン、おやすみ」
「おやすみ、ダニー、愛してるよ」
ダニーは、タクシーを拾い、急いでマディソン街に向かった。
ジョージがストリートで待っていた。
「どうしたん?」
「待ちきれなくて!早く僕の新しい家見て!」
「ああ、行こう」
二人はインパラに乗って、西に向かった。
「うん?まさか、リバーテラス?」
「そうなんだ」
「すごいやん!」ジョージは物件らしいビルの駐車場に車を停めた。
「ここか?」
「うん、最上階」
40階までエレベータで昇る。
「ここだよ」
ジョージが鍵を開けた。
窓一面にハドソン川が一望に広がる。
「うわぁ、すごい眺めやな〜」
「公園も近いし、地下にジムもあるんだ」
「へぇ、ええやん」
「これ見て!」
ジョージがベッドルームに案内した。ベッドに大きなぬいぐるみが寝ている。
「これ、アイリスからのプレゼント。ダニー・ザ・モンキーだよ!」
「わ、これ、俺!」
「そうだってさ!」
「ちゃんとチンチンついてんの?」
「やだ、ダニー、そんなのアイリスが作らせるわけないじゃない!」
ジョージは赤くなって、ダニー・ザ・モンキーの手でダニーを叩いた。
「あと、ここも」
メインバスルームに案内する。
ここだけでも10平米ありそうだ。
正面に円形のバスタブがある。ジェットバス機能つきだ。
「これなら二人で入れるな」
「うん!」
ジョージはこっくり頷いた。
「落ち着けるか?」
「うん、前とは全然違うけど、後で気に入った家具だけ買うつもり」
「お前が落ち着けるのが一番や」
「うん、安心して」
ダニーはジョージをぎゅっと抱き締めた。
「家賃いくらか聞いてええか?」
「うん、12Kだよ」
ひゃー1万2000ドルかいな!俺の10倍や。
ジョージ、ここまで来たんやな。お前も、もう完全にセレブや!
「今日は、お祝いやな」
「うん、ありがと!」
二人は周辺のノリータをうろうろしながら店を冷やかした。
趣味のいいバーも美味しそうなグルメ・デリもある。
アパートは24時間セキリティー常駐だし、ジョージなら大丈夫だ。
ダニーは安心した。
「なんや、カフェ・ハバナがこんなに近いやん」
「それも決めた理由の一つなの。ダニーがホームシックにかかったら、いつでも寄れるでしょ」
「俺のことなんかええのに」
「だって僕の大切な守護天使だもん」
「あほ!」
ダニーはジョージの頭を軽くこずいた。
二人は「ロンバルディーズ」に寄った。
釜焼きピザが有名な老舗のトラットリアだ。
「ここにいるともっと太りそうやな」
「うん、美味しそうなレストラン多いよね」
ジョージが回りを見回した。
「でも痩せさせたるから、安心しいな」
ダニーが言った。
「え?どうやって?」
「ベッドで全身運動や」
ダニーがにやにや笑った。
ジョージが顔を赤らめる。
からかうと、予想した反応が返ってくる。そんなところもダニーは大好きだった。
マルゲリータとクアトロフロマッジを食べ、ワインを空けて帰途につく。
このマディソン街の見慣れたアパートとも、もうすぐお別れだ。
「お前と会った時が懐かしいな」
ダニーが服を脱ぎながら言った。
「ダニーが僕のポートフォリオ見てくれなかったら、僕、ずっとここに住んでたと思う」
「そやな、短い間にいろいろあったな」
「うん、本当に。ありがとう、ダニー」
ジョージも服を脱いだ。彫像のような身体が目の前に現れる。
全裸で二人は抱き合った。お互いのペニスがこすれ合う。
「ねぇ、僕を捨てないでね」
「そんなことするかい」
二人はベッドルームに消えた。
びしょ濡れでアパートへ帰った二人は、早速バスタブに熱いお湯を入れはじめた。
「早くしないと風邪引いちゃうね」
「そやな。おい、マーティン」
「ん?」
「こっち見てみ」
ダニーはにんまりするとジェイムス・ブラントのYou're Beautifulを歌いながら、上半身の服を次々と脱ぎ捨てた。
マーティンの目をじっと見つめて歌い続ける。
靴を脱いで揃え、ポケットの中身を出してきれいに並べるとマーティンが堪えきれずに吹きだした。
最後まで歌い終えたダニーは、まだ半分しか溜まっていないバスタブに飛び込んだ。勢いで飛沫が飛び散る。
「うわっ!」
「ほら、お前も早よ入り。かさが増えるから丁度ええわ」
ダニーに手招きされ、マーティンは急いで服を脱いでバスタブに入った。
「ちょっと熱くない?」
「大丈夫や、すぐに冷めるわ」
ダニーは後ろから腕を回して抱きしめた。マーティンは腕の中でおとなしく身をゆだねている。
首筋にそっと唇を押し当てるとマーティンが振り向いた。
「どうしたん?」
「ううん、何でもない」
マーティンはにっこり笑うと何でもないとくり返した。
「へんなヤツ」
ダニーは強く抱きしめて頬にキスした。
マーティンはしばらくじっとしていたが、ねえと言いながら首をねじった。
「うん?」
「僕、そっち向いてもいい?」
「え?ああ、ええよ、もちろん」
マーティンはありがとと言ってダニーのほうに向き直るように体の位置を変えた。
お互いに見つめあう形になり気恥ずかしい。
入れすぎたバスジェルのせいで体がぬるぬるして滑りそうになる。
マーティンはためらいがちにダニーの首にしがみついた。こうしていないと足の上から落ちてしまう。
ダニーもそっと抱擁を返し、何度もキスをしながら舌を絡めた。
キスするうちにいつのまにか勃起したペニスが重なり合った。
動くたびに先っぽが擦れて甘く疼く。
ダニーは片手の手を頬に添え、もう片方の手で尻を掴んだ。唇を塞いだまま尻を揉みしだく。
アナルに指を入れて二本同時にペニスを扱くとマーティンがくぐもった喘ぎ声を漏らした。
息苦しそうにしながらも指の動きに合わせるように腰を突き出す。
卑猥に体をくねらせるのを見て我慢できなくなったダニーは、指を抜くとマーティンをペニスに跨らせて挿入した。
「ダ、ダニィ・・・あぁっ!んっ・・・んんっ」
マーティンは自分から腰を擦りつけて悶えている。
動くたびにアナルに締めつけられダニーは思わず射精した。
「ダニィ、僕もイキそう・・・ぎゅっと抱きしめて・・・っく!」
マーティンは大きく仰け反るとダニーにしがみついた。アナルが何度もひくついている。
ダニーはぐったりと寄りかかるマーティンを抱きしめた。
すっかり体が温もった二人は水のボトルを持ってベランダに出た。
雨は依然として降り続いている。ベランダにも少し降りこんでいたが気にならない程度だ。
ひんやりした空気が上気した頬に心地よい。
「この分やと明日も雨やな。雨は嫌いや」
「僕は雨の方がいいな。だってまたダニーと街の中でキスできるでしょ?」
「あほか、あれは今日だけや」
ダニーはデコピンしてそれからキスをした。
マーティンは、この前の晩からトムが気になっていた。
あの人、何だかすごく寂しそうだ。
そんな時、携帯が鳴った。アリソンからだ。
「はい、フィッツジェラルド」
「マーティン、久しぶり。急で悪いんですけど、またモデル頼めないでしょうか?」
「はい?ニックがどうかしたんですか?」
「会ってもらえば分かります」
「分かりました」
マーティンは戸惑いながら電話を切った。
ダニーがニックの名前を聞いて、近寄ってきた。
「何、まだあいつとつきおうてるん?もうやめたんかと思うてたわ」
「しばらくヨーロッパに行くって出てったっきり、しばらく会ってなかったんだ」
「もうつきあうのやめたらええんやないの?」
「そんなの僕の勝手だよ!」
マーティンはその晩、ミートパッキング・ディストリクトのニックのステューディオを尋ねた。
「はい!」
アリソンの緊張した声だ。
ドアが開く。床一面に写真が敷き詰められていた。
「よく来てくれましたね、ありがとう。マーティン」
アリソンの顔はあきらかに疲れきっていた。
「ニックはどこに?」
「ベッドルームです」
「ありがとう」
階段を上がると、ニックの怒鳴る声が聞こえてきた。
「アリソン!どうせ、俺には才能なんてなかったんだよ!もうほっといてくれよ!!」
「ニック、僕だよ、マーティンだよ」
マーティンはブランケットにくるまったままのニックに優しく声をかけた。
「え、マーティン、まじかよ」
ニックが後ろを向いたまま答える。
「そうだよ、僕だよ」
「お前も俺を笑いに来たんだろ」
「何言ってるの?」
「これ読め!読んだら帰れ!」
ニックは雑誌を投げつけた。
イギリスのアート・マガジンだった。
ページは幾度も読んだらしく、すぐに開いた。
「見せかけの輝き・・・ニック・ホロウェイの写真に命があるように見えるのは、
彼がモデル全員と関係を持っているからだ。その生々しさがまるでセックスの残り香のように
人を惹きつける。我々はセックスの残骸に拍手を送っているのだ・・・・」
「酷い・・こんなの嘘だよ!ニックの才能は本物だよ!誰でも知ってるよ!」
「俺はしょせん、元モデルの偽者フォトグラファーなんだよ!俺の顔しか評価してもらえない・・・」
くくっとすすり泣く声が聞こえてきた。
マーティンは、ニックの顔の方に移動した。
「ニック、こっち向いて。疲れてるだけだよ。美味しいもの食べに行こうよ。ね、僕と一緒にさ。下で待ってるね」
階下では、アリソンが心配そうな顔をして歩き回っていた。
「ニックの記事、読みました?」
「ええ。あんな中傷、酷すぎます」
「彼、ルックスがいいでしょう?保守的なイギリスの写真界で、やっかみからか認めてもらえなかったんです。
あなたしか助けられる人はいないと思う」
アリソンが唇をぎゅっと結んだ。
「食事してないんでしょ?」
「ええ、ウィスキーばっかり」
「今日、僕、食事に連れ出しますから、アリソンはもう帰ってて」
「大丈夫?」
「うん、何とかやってみます。連絡しますね」
「お願いします」
アリソンはふぅとため息をついて、出ていった。
ソファーに座ってじっとニックを待つ。
30分するとシャワーの水音が響いてきた。
そしてまた30分すると足音が聞こえてきた。
Tシャツにジーンズのニックが現れた。
5キロは痩せたかと思われる。いつもはセクシーな無精ひげが今は痛々しい。
「帰れって言ったのに」
「ニックと僕はそんな仲じゃないでしょ。さぁご飯食べに行くよ」
マーティンは床に落ちていた革ジャンを拾って、ニックに渡した。
壁にかかったフェラーリの鍵を取ると、マーティンはニックの手を取って駐車場に向かった。
危なっかしい運転で、チャイナタウンまでたどり着く。
向かった先は「ジョーズ・シャンハイ」だ。
出合った頃、ニックが案内してくれた店だ。
「さぁ、ニック、小籠包を食べよう」
「・・・」
紹興酒をすぐに頼むニックを無視して、
マーティンは点心3種類と牛バラの黒豆炒めに豚スペアリブの煮込みと焼きそばを頼んだ。
二人で無言の食事が始まる。半分まで進んだ時、ニックが顔を上げた。
「お前、俺を見捨てないのか?」
「バカ、当たり前じゃない!ニック、僕ら二人で薬からも抜けられたでしょ。
今度だって大丈夫だよ。僕、モデルになるから」
「本当か?」
「うん、約束だよ、だからちゃんとご飯食べてね」
「分かったよ、お前しか信じられない」
「信じてくれていいよ」
マーティンはニックの指を取り、指きりした。
翌朝、マーティンはいつもの時間に目が覚めた。部屋の中が雨のせいで薄暗い。
ジョギングは中止だと思いながらダニーの体にくっつくと、体がいつもよりも熱い気がする。
慌てて額に手をやると完全に発熱していた。
「どうしよ、熱がある。大変だ」
急いで冷蔵庫に飛んでいき、アイスパックと濡らしたタオルを取ってきた。
眠るダニーの頭をそっと持ち上げてアイスパックを入れ、額にタオルを乗せる。
「ん・・・マーティン?」
ダニーが眠たそうに目を開けた。
「大丈夫?熱があるんだよ。雨に濡れたせいで風邪引いちゃったんだ。ごめんね、僕が傘に入ったから・・・」
マーティンは布団をかけ直しながらすまなさそうに謝った。
翌日、ダニーは、アランに頼まれた用事を足しにフラワーショップを訪れた。
「すんません、カーネーションを100本、ボストンに」
「100本ですか?」
店員が思わず驚く。伝票に住所と名前を書く。
ためらったが、アラン・ショアと一緒にダニー・テイラーと書き足した。
俺の新しい家族や・・・。
「何か飲む?」
「オレンジジュースくれ」
マーティンはまた冷蔵庫まで走ったが、あいにくオレンジジュースを切らしていた。
こんな時に何でないんだよ!
力任せにバタンと冷蔵庫を閉めてベッドに戻る。
「買ってくるから待ってて。すぐだからね」
「マーティン」
「何?他にも何かいる?」
「ジュースはパルプ抜きのな。咽るやろ」
ダニーってば熱があるのに細かいなぁ・・・
マーティンは苦笑しながらパジャマのまま靴を履いて部屋を出た。
するとマーティンがやってきた。
「あ、ダニー・・」
「お前も母の日か?」
「まぁ、そう」
ダニーはマーティンをランチに誘った。
「お前、俺を怒ってるやろ、ごめん。お前の交友関係に口出して・・」
「もう、いいよ、わかったから」
マーティンは、心の中でダニーは勝手だと思っている。
自分だけさっさとアランと同棲を決めて、自分を放り出した男。
でも嫌いになれないのだ。それが自分の弱みだとすら思っている。
ダニーのためなら喜んで命を捨てる自分に嫌気がさしていた。
「ほんま、悪かった」
「もう、わかったってば」
「ん、じゃあもう言わへん。あのな、明日の休みな、お前と過ごせたらと思うてんねん」
ダニーは言いにくそうに口に出した。
「明日は、ニックと過ごすつもりなんだ」
マーティンは即答した。
「そうか・・アランが来週退院するから、しばらくチャンスないで」
「それでも、ニックと約束したから」
ダニーはバジルフォカッチャをかじった。
マーティンはチキンサンドをもぐもぐやっている。
沈黙のランチは終わった。
定時で仕事が終わり、二人はのろのろとバッグに書類をしまっていた。
気まずくてどちらからも話し出せない。
ダニーが思い切って「ボン、飯食わへんか?」と尋ねた。
マーティンが顔を上げた。待っていたのだ。
「ああ、そうだね。病院行かなくていいの?」
「今日は断ってきたから」
「じゃあ、ダニー、奢ってよ」
「ああ、ええで」
二人は肩を並べてエレベーターに乗った。
「何食いたい?」
「ハンバーガー」
「よっしゃ、ジャクソン・ホール行こ」
二人はミッドタウンのジャクソン・ホールに直行した。
ビールで乾杯し、チキンウィングとナチョスをつまみにマーティンがどんどん飲む。
「おい、ピッチ早いで」
「飲みたいんだ」
「わかった」
マーティンはサンタフェ・バーガー、ダニーはチキン・ブリトーとシーザーサラダを頼んだ。
ビール3杯目になり、マーティンが口を開いた。
「ニックがさ、すごくへこんでるんだ」
「へぇ、あいつでもへこむ事あんのか?」
「イギリスのアート・マガジンで酷評されてさ。体重すごく減ってた」
「お前が必要やねんな」
「僕で出来るかわからないけど、そばにいたいんだ」
ダニーは納得した。
「わかったわ。明日の事、しつこく言うてごめんな。俺、今日、謝ってばかりやわ」
ダニーが笑った。マーティンも笑う。
「いつでもダニーとは会えると思ってるから」
マーティンが上目使いにダニーを見た。
「そやな。またチャンス作ろう」
ダニーは真正面からマーティンを見つめた。
マーティンはこの目に弱いのだ。真正直でまっすぐな目。
いつもこれにやられてしまう。
食事の後も、何となく別れられず、アルゴンキンのブルー・バーに向かった。
エリックが会釈する。
「おう、元気か」
「おかげさまで」
「ダイキリと、お前は?」
マーティンに尋ねる。
「僕も同じの」
小エビのフライのピンチョスが出た。カウンターで二人で飲む。
今晩は言葉はいらない夜だった。
ダニーは、マーティンといる事の心地よさを思い出した。
こいつがシアトルから同じ班に配属された時は嫌いやったのに、今はやっぱりマーティンが好きや。
ジョージともアランとも違う。こいつのためなら、命が惜しくない。
ダニーは合点がいったので、にんまりした。
「何笑ってんの?」
マーティンがキョトンとする。
「ええんや、お前が好きや」
「バカ、声が大きいよ」
いつもはダニーがたしなめる役なのに今晩は逆だ。
ダニーは大笑いした。
マーティンは何が何だか分からず、小エビを口に放りこんだ。
翌朝、マーティンはいつもの時間に目が覚めた。部屋の中が雨のせいで薄暗い。
ジョギングは中止だと思いながらダニーの体にくっつくと、体がいつもよりも熱い気がする。
慌てて額に手をやると完全に発熱していた。
「どうしよ、熱がある。大変だ」
急いで冷蔵庫に飛んでいき、アイスパックと濡らしたタオルを取ってきた。
眠るダニーの頭をそっと持ち上げてアイスパックを入れ、額にタオルを乗せる。
「ん・・・マーティン?」
ダニーが眠たそうに目を開けた。
「大丈夫?熱があるんだよ。雨に濡れたせいで風邪引いちゃったんだ。ごめんね、僕が傘に入ったから・・・」
マーティンは布団をかけ直しながらすまなさそうに謝った。
「何か飲む?」
「オレンジジュースくれ」
マーティンはまた冷蔵庫まで走ったが、あいにくオレンジジュースを切らしていた。
こんな時に何でないんだよ!
力任せにバタンと冷蔵庫を閉めてベッドに戻る。
「買ってくるから待ってて。すぐだからね」
「マーティン」
「何?他にも何かいる?」
「ジュースはパルプ抜きのな。咽るやろ」
ダニーってば熱があるのに細かいなぁ・・・
マーティンは苦笑しながらパジャマのまま靴を履いて部屋を出た。
まだ開店したばかりなのに、イーライズには焼きたてのパンを買う人たちが並んでいた。
パジャマ姿なのでじろじろ見られたが気になどしていられない。マーティンも列に並んでパンを買った。
部屋に戻るとダニーがシャワーを浴びていた。
「何やってんの?」
「見たらわかるやろ、髭剃ってるんや」
「だって熱があるんだよ。今日は休まなきゃ」
「これぐらい平気や。大したことない」
言った端から体が傾いでよろけている。
「あーあー危ないなぁ。そんなにふらふらしてちゃ無理だよ」
マーティンは強引にベッドに連れ戻して寝かせた。
「はい、ジュース。パルプ抜きのやつだよ」
「うん」
ダニーはおとなしくオレンジジュースを飲み干した。
「パンとかリンゴとかいろいろ買ってきたから食べてね。ボスには休むって言っとくから」
「バナナもあるんか?」
「もちろん。ダニーはバナナが好きだもんね。ほら、もう横になって」
「オレが休んだらみんなに迷惑が・・・」
「支局で倒れるほうが迷惑だよ。じゃあ、僕は行くから。おとなしく寝てなきゃだめだよ」
マーティンは何度も念押しして出かけて行った。
ダニーはしばらくPSPで遊んでいたがすぐに飽きた。熱があるだけで他に自覚症状はない。
雨の音を聞きながら目を閉じているうちに眠ってしまった。
次に目を覚ますと正午を少し過ぎていた。ひどく喉が渇く。
マーティンがサイドテーブルに置いていってくれた水を飲むと少しすっきりした。喉が潤うと急に空腹を感じる。
リビングに行くとイーライズの紙袋が置きっぱなしになっていた。
さっそくバナナを食べていると玄関で音がしてスチュワートが入ってきた。
「やあ、テイラー捜査官。マーティンから高熱で寝込んでると聞いたんだが?」
「そうやけど、腹が減ったんや」
「わざわざ来てやったのに元気な病人だな」
スチュワートは苦笑すると手を洗ってからダニーの額に触れた。
「まだ熱っぽいな。マーティンが心配してたぞ」
「オレは大したことないって言うたんやけど、あいつが休めってうるさいから」
ダニーが面倒そうに説明する間も、てきぱきと診察は進む。
冷たい手で丁寧に診察されるとそれだけでドキドキして熱が上がりそうだ。
「そんなに動揺するなよ。胸がばくばくしてるぞ。はい、それじゃ口開けて」
ダニーは言われるままに口を開けた。緑の目が喉の奥をじっと凝視していて気恥ずかしい。
「よし、口を閉じてもいいぞ。腫れもないし、ただ疲れがたまってただけだろう。いい子にしてれば治るさ」
スチュワートはそう言うとダニーの頭に軽く手を乗せた。
「それはそうと、いい子とやらにお土産があるんだけどどうしようか?」
「オレに?もしかしてジェンか?」
「そうさ、どうしてもって言うから預かってきたんだ。今回だけ特別だぞ」
スチュワートはもったいぶって取り出した紙袋をひらひらとさせている。
「あほっ、早よよこせ!」
「まあ待て。もう一つあるんだよな。マーティンからのお土産も。どっちか選んだほうを食べるってのはどうだ?そのほうがフェアだろ?」
「フェアねぇ・・・お前もマーティンもフェアが好きやな」
ダニーは並べられた二つの紙袋を交互に眺めた。どちらも同じような茶色の紙袋だ。
「じゃ、オレはこっち」
ダニーが選んだ紙袋には照り焼きチキンサンドが入っていた。
「照り焼きチキンか、これはマーティンか?」
「さあ、オレは知らない」
スチュワートはもう一つの紙袋を開けた。中身はフィッシュサンドだ。
「そっちはフィッシュサンド?あかんわ、わからん。どっちがジェンのなん?」
「悪い、テイラー。オレもわからなくなった。まあいいじゃないか、両方とも気持ちがこもってるさ」
スチュワートは手にしたフィッシュサンドをかじった。
「そうだ、半分ずつ分けるか?」
「ええわ、どっちでも嬉しいから」
ダニーは照り焼きチキンサンドをまじまじと眺めてから食べ始めた。どっちがどっちでもかまわない。
「よしよし、いい子だ」
「トロイうるさい、黙って食べろ」
スチュワートは可笑しそうににやにやしている。ダニーは無視して食べ続けた。
マーティンはチキンスープを作るためにスチュワートと買い物に来た。
張り切ってカートを押したものの、何を買えばいいのか二人ともわからない。
「仕方ない、スープキッチンで買って帰ろう」
「うへぇ、僕はスープキッチンのオヤジ大っ嫌いだ」
マーティンはニューヨーク赴任初日に意地悪されたことを思い出して顔をしかめた。
「オレが買えば問題ないだろ」
「だめ!そういう問題じゃないよ。だったらキャンベルの缶詰にする」
「キャンベルはテイラーが食べるかなぁ」
「ダニーの災害セットにクリームマッシュルームスープが入ってたよ」
「ああ、あれは確かにうまい。でもさ、チキンは不味かった覚えがあるんだよな」
野菜売り場でまごまごしていると、買い物中のサマンサが通りかかった。
「あら、マーティン。ドクター・バートンも。お買い物ですか?」
「おー、サマンサか。いいところで会った。チキンスープの材料って、何を買えばいいのかな?」
「チキン!」
「ははは、おもしろい。チキンはオレにだってわかるよ。野菜は何を買えばいいんだ?」
「にんじん?」
「それは質問か?だめだな、母もいないし、何を買えばいいのかさっぱりわからない」
「ごめんなさい、お役に立てなくて」
「いや、いいんだ。手間を取らせて悪かったね」
スチュワートは適当に野菜を選ぶと、手当たり次第にカートに放り込んだ。
「ねえ、本当に作れるの?」
「多分。オレにだってスープぐらい作れるさ。煮込めば何でもスープだろ」
「いや、ちょっと違うと思うけど・・・」
二人はわからないなりに材料をあれこれ買ってアパートに帰った。
ベッドルームを覗くと、ダニーがこんこんと眠っていた。規則正しい寝息が聞こえる。
マーティンが額に触れると、熱はもう下がっていた。
「よかった、平熱になってるよ」
「ああ、もう大丈夫だ。オレはスープを作るから、マーティンはテイラーのそばについててやれよ」
「僕も手伝おうか?」
「いいよ、オレ一人でなんとかなるから。ここにいたいだろ」
「ん、ありがと」
マーティンはダニーの寝顔をじっと見つめた。熱が下がってよかったと思いながらそっと寄り添う。
伸びた無精ひげがちくちくした。
「マーティンか」
肩に顔を埋めているとダニーが目を覚ました。声が少し掠れている。
「ごめん、起こした?」
「いや」
ダニーはマーティンを抱きしめると大きなあくびをした。同時にお腹が鳴る。
「ちゃんと食事はしたの?」
「ああ、お前のランチおいしかったで。あれのおかげで治ったんやと思う。ありがとうな」
ダニーが髪をくしゃっとすると、マーティンは嬉しそうににっこりした。
安心したように頭をもたせかける。
「もうすぐ夕食ができるからね」
「夕食?」
「スチューがね、ダニーのためにスープを作ってるんだよ」
「トロイが?そんなもん大丈夫かいな。明日も寝込みそうや」
あいつが料理?皮剥きしかできんのに・・・考えるだけで可笑しい。
「よっしゃ、ほな食べるとするか」
「ねえ、ここまで運んでこようか?」
マーティンが気遣って訊ねたが、一日中ベッドにいたので断る。
「待っててね、どうなったか見てくるから」
ダニーはにやにやしながら頷いた。どんなものが出てくるのか興味がある。
マーティンが様子を見に行くと、野菜の皮や切れっ端が散乱したキッチンでスチュワートが鍋をかき回していた。
ふつふつと煮立ったスープは、ダニーが作るスープよりもやや色が薄い。
「これってもしかしてチキンスープなの?」
「そうさ。チャーリーとチョコレート工場で、キャベツスープに合うのはキャベツだって言ってたろ」
「あれにはキャベツしか入ってなかったじゃない」
「チャーリーんちはそうだけど、よくわからなくていろいろ入れたんだよ。味見したから大丈夫だ」
スチュワートは自信があるらしく、マーティンに味見を勧めて何度も頷いている。
「これさ、チキンというより野菜スープみたいだよ。それかポトフかなぁ」
「あいつは風邪じゃないからチキンスープじゃなくてもいいんだよ」
マーティンが食器を出しているとダニーが入ってきた。
「晩メシ出来たん?」
「ああ、座って待ってろ」
「トロイ先生、胃薬は必要なので?」
「いいや、いらないね。いいから席に着け」
「ちょっと見せてくれ」
ダニーが鍋を覗き込もうとしたが、スチュワートは見せないように蓋をしてしまった。あきらめてテーブルで待つ。
テーブルで待っていると、神妙な顔をした二人がお皿を運んできた。見た目は普通のスープに見える。
「どうぞ、召し上がれ」
ダニーは二人の視線に晒されながら恐る恐るスープを口にした。
「どうだ?うまいだろ?」
「おいしい?」
二人とも矢継ぎ早に感想を聞きたがるのが可笑しい。
「まあ、こんなもんやろ。ご苦労、ご苦労」
ダニーは素っ気なく言ったものの、手は止めずにスープを飲み続けた。
「ったく、素直においしいって言えよな」
「・・・そこそこおいしい」
「ダニーのそこそこはすごくおいしいってことだよ」
「だよな」
二人はけたけた笑いながら拳をがつんとぶつけ合った。
マーティンがニックの家に行くと、アリソンが出てきた。
「マーティン、どうぞ、入ってください」
ニックのステージに通される。いつも同様、真っ白なステージだ。
「よう、ベイビー、調子はどうだ?」
やつれてはいるが、すっかり元の口調になったニックがいた。
「元気だよ、ニックは?」
「上々だ。今日はちょっと今までと違うセッションになるから、覚悟してくれ」
「え?うん、わかった」
そこに現れたのは何とジョージだった。
「マーティン、久しぶり!」
ジョージがにこにこ挨拶する。
「ジョージ、君も撮影するの?」
マーティンはニックの顔を見た。
「今日は二人に組んでもらいたいんだ。ヌードじゃなくて、衣装もある」
ニックは二人に水着を渡した。ジョージは純白、マーティンは黒だ。
「コンテンポラリーダンスって知ってるか?」
「はい」
ジョージはすぐに答えた。マーティンはよく分からない。
「とにかく、コレオグラフィーつけながら撮っていくからな、さ、着替えてくれ」
二人は、アリソンにゲストルームに通された。
ぱっぱと脱いでいくジョージの対照的にマーティンは気後れしていた。
ナイキのCMでの力強いジョージの体躯をよく見ている。
僕、大丈夫かな・・・。
「マーティン、早く着替えないと」
ジョージがもたもたするマーティンを手伝い、着替えさせた。
水着の上からでも嫌でもジョージの局部が目に入る。
すんげーでかい・・。
マーティンは負けじと気持ちを奮い立たせた。
二人がステージに上がると、ニックは次から次へと型を指示した。
どれもコンテンポラリーダンスの有名な振り付けらしい。
軽々と型をこなすジョージに反して、マーティンの腹筋や大腿筋は悲鳴を上げた。
2時間のセッションが終わった。二人でシャワーを浴びる。
ジョージの身体は圧倒的だ。マーティンは打ちひしがれた。
シャワーから上がり、バスローブでリビングに行くと、アリソンがゲータレードを用意していた。
二人ともがっついて飲み干した。
「お疲れ様、素晴らしかったわ」
アリソンがにっこり微笑んだ。
ニックがやってきた。
「コンセプトを話そうか。タイトルは決めてる。「バランス」だ。二人とも良かったぜ。
初めて俺は二人のモデルを一緒に使ったんだが、息がぴったりだったんで、嬉しかったよ。
お前らひょっとしたら前世は兄弟かもな」
二人は顔を見合わせた。
「疲れただろ、腹も減ってると思う。今日はピーター・ルーガーを予約してるから、行こう」
ニックも満足そうだった。
アリソンは早速個展の予定を立てなければと言って帰っていった。
3人はニックのフェラーリでブルックリンに向かった。
休日のピーター・ルーガーは超満員だったが、ニックとジョージの来店だ。
店は奥の席を用意していた。
店長が色紙を持ってやってくる。二人は気軽にサインした。
マーティンはやる事がなく、メニューに目を通すふりをした。
二人ともセレブなんだな・・・。僕とは違う。
「さぁ、何でも頼んでいいぜ」
ジョージとマーティンは迷わずTボーンステーキをオーダーした。
ニックはニューヨークカットだ。
トマトと玉ねぎのサラダにベイクドポテトをつまみにした。
ニックが迷わずオーパス・ワンを頼む。
「ニック、今日の僕良かった?」
サラダを山盛りとって食べているジョージを尻目に、マーティンがおずおず聞いた。
「あぁ、最高だったぜ、どうした、自信がないのか?」
「だって、相手がジョージだもん。緊張しちゃうよ」
「僕だってあんなセッション初めてでしたよ。すごく緊張しました」
ジョージがにっこり微笑む。
「二人とも最高だった。俺にエネルギーを与えてくれたよ。感謝してる」
ニックが珍しく愁傷な事を口にした。
あぁ、本当にニック、落ち込んでいたんだ。立ち直ってくれるといいな。
マーティンもジョージのマネをして、サラダを山盛り取りながら、祈るような気持ちになった。
アランが退院して1週間が過ぎた。
幸いなことにガンはどこの組織への転移も見当たらず、思いのほかアランも元気だ。
来週から診療を再開すると言う。
「アラン、早すぎちゃう?もっと休んでもええんやないの?」
ダニーが心配そうに尋ねた。
「僕の患者たちが待ってくれないよ。来週から再開だ」
「アランがそれでええんならええけど」
ダニーは、毎日早く帰っては、アランの様子を見守っていた。
ある日、ダニーが家に戻ると、アランが封筒を渡した。
「ニック・ホロウェイの新作の個展だそうだ。オープニングパーティーに行こうじゃないか」
ダニーは、ピンと来た。マーティンを撮った写真や!
「そやね、行こか」
「それじゃ、明日、マクラーレン・ギャラリーで待ち合わせよう」
翌日、デスクで朝からハンバーガーをかじっているマーティンにダニーは声をかけた。
「お前、モデル、またやったんやな」
「あ、ダニー、今日のパーティー来るの?ニック喜ぶよ」
「喜ぶとは思えへんけどな」
「そんな事言わないでさ。来てよ」
ソーホーのマクラーレン・ギャラリーは黒山の人だかりだった。
シャンパングラスを持っている人たちが路上にも溢れている。
「アラン!」
「ダニー、何だか大変だぞ」
「何が?」
「まぁ、中に入って作品を見てきなさい」
ダニーは人をかきわけ、中に入った。シャンパングラスをもらって進む。
何やこれ!ジョージやないか!マーティンも顔がばればれや!
「このモデルが匿名M.Fなのね」
「すごいハンサムじゃない!」
女性たちの目はしかし、ジョージの局部に集中していた。
「すごーい!」
「ああ貫かれてみたいわ〜」
「やだ、はしたない!」
嬌声が響く。
ニックが奥で取材を受けていた。
一段落したのか、ニックが寄ってきた。
「よ、テイラー」
「ホロウェイ、久しぶりやな」
「どうだい、お前の大切な二人の出来は」
「んん?」
「寝てないから安心しろ、ジョージとはな」
ニックはウィンクして去っていった。アランがやって来る。
「マーティン、顔をあらわにして大丈夫なのか?」
「いや、大問題や、これは」
ダニーはマーティンの携帯に電話した。
「ダニー!どう、沢山人来てる?」
「それどこじゃないで、お前、こんな写真、支局に知れたらどうなるか、分かってるのか」
「覚悟の上だよ。ニックを助けるためだもん。それじゃね」
結果は翌週に現れた。ニューヨーカーのアートページで特集が組まれたのだ。
マーティンがボスに呼ばれる。
「マーティン、モデルのバイトなんてしてたんだ。意外!」
サマンサが雑誌を見ながら驚いていた。
「でもすっごい綺麗・・」
「綺麗じゃ済まされへんわ、あいつアホちゃうか」
ダニーは腹立たしげに雑誌を見つめた。
マーティンがボスのオフィスから出てきた。
拳銃とバッジ、IDを机の引き出しにしまう。
「どうだった?」
「1週間の停職。それじゃあ」
マーティンはそれでも胸を張って帰って行った。
ダニーはアランに断って、マーティンのアパートを訪れた。
マーティンは、ソファーでビールを飲みながらMLBの試合を見ていた。
「あ、ダニー」
「アホマーティン。飯食いにいくで」
「うん」マーティンはのろのろ立ち上がった。
「今日は何がええ?」
「辛い料理がいいな」
「じゃ、タイ料理でも食うか」
「うん」
二人はアッパーイーストの「ジャスミン」に寄った。
若いカップルが多い店だ。
生春巻きに青パパイヤサラダ、パッカイナー炒めとソフトシェルクラブのカレーにライスとパッタイを頼む。
シンハービールでまず喉を潤した。
「父さんがさ、ヒラの捜査官に降格させようとしたんだって」
ぽつんとマーティンがつぶやいた。
「ボスが守ってくれたんか」
「そう、父さん、僕が憎いんだろうね」
「そりゃ、副長官の息子がヌードモデルやってたなんて、決して褒められへんからな」
「あれは芸術だよ!ダニーもそんな色眼鏡で見るんだ・・」
「そやない。お前の勇気に驚いてるんや。ようやったな」
「だってニックの一大事だもん」
「そんなにニックが大切か」
「そういうんじゃないよ」
二人は沈黙した。
「熱いうちに食おう」
ダニーに促され、マーティンはがっつき始めた。
こいつ、ヘンなところが頑固な奴や。よう分からん。
ダニーは半ば呆れながら、シンハービールをお替りした。
>>208 フェラーリに3人は乗れないと思う。
リアリティに欠けるのがちょっと……
あと
>>210は愁傷じゃなくて殊勝だと思う。
マーティンはごろごろと一日を過ごした。
こんなに時間が経つのが遅いなどとは、毎日の忙しい生活の中では気がつかない事だ。
自然と食事も不規則になる。
夕方頃、やっとベッドから起きだし、シャワーを浴びる。
デリバリーのチャイニーズを頼もうとしていたところに、玄関のブザーが鳴った。
「はい?」
「俺だよ、ニック」
セキュリティーを解除する。
ニックがワインとディーン&デルーカの袋を持ってやって来た。
「お前、停職食らったんだって?」
「何で知ってるの?」
「テイラーが怒鳴り込んで来たんだよ。一発殴られた」
見ると左頬が少し腫れている。
「大丈夫?」
「やつのパンチなんかでのされるもんかよ、それより、腹減ってないか?」
「・・すいてる」
「俺も買い物得意じゃないんだけど、適当に見つくろってきたから、ワイン空けようぜ」
ニックは、キャビアといくらとウォッシュチーズにクラッカーを用意していた。
ワインはシャサーニュ・モンラッシェのグラン・クリュだ。
ニックが持ってきたStone RosesのCDをかけながら、二人はベランダにカナッペとワインを並べた。
「ニックがこんなことしてくれるの、珍しいね」
「お前には悪い事したと思ってさ。俺、自分が落ち込むと俺様主義になるからな」
マーティンが思わず笑った。
「でもお陰で、個展の評判はすこぶるいいし、作品も全部買い手がついたぜ」
「本当、すごいね!じゃあ今日はお祝いディナーにしようよ!」
「ああ、いいな。こんなにくつろげるのも、お前と一緒だからかな」
ニックはマーティンの顔を自分の方に向け、熱烈なキスをした。
「うわぅ、立っちゃうよ」
マーティンが恥ずかしそうな顔をした。
「お前、可愛いよな」
ニックは満足そうにバカラのワイングラスを置いた。
「何が食いたい?」
「何か珍しいもの」
「よし、じゃあ何でも食うか?」
「ニックと一緒なら」
ニックは携帯を取り出しテーブルを予約した。
「ドレスコードありなの?」
「構わないさ、俺はこれだぜ」
ニックはTシャツをびよんと伸ばした。マーティンがまた笑う。
「天使みたいな顔で笑うなよ、またキスしたくなる」
ニックの無精ひげがチクチクした。
二人はグラマシーまで降りて、インド料理「デヴィ」に入った。
二人が大理石の床を渡ってテーブルに通されると、「ニックじゃないか!」という声がかかった。
見るとアランとダニーが食前酒のシェリーを飲んでいる。
「アランかよ、それにテイラーも」
マーティンははにかみながらダニーに挨拶した。
「どうせなら、一緒にどうだ?4人の方が色々食べられる」
「いいな」
ニックとアランは勝手に決めてしまい、4名用のテーブルに変わった。
「奇遇だな、今日はダニーが退院記念ディナーに誘ってくれてね。そろそろスパイスたっぷりの料理が食べたかったんだ」
アランがダニーの顔を見ながらニッコリ笑う。
「こちも俺の個展が成功したんでお祝いディナーでさ」
ニックが照れくさそうな顔をした。
ダニーとマーティンはむっつりしたままだ。
サモサとタンドリーチキン・シュリンプ、シークカバブにトマトスープ、
レンズ豆のカレーとチーズとナスのカレーにマトンのカレーとどっさりナンを頼んだ。
ワインはシャトー・オーブリオンをアランが選んだ。
ニックとアランは楽しそうにニックの新作について話しているが、ダニーとマーティンは話が進まない。
「お前、暇やろ」
やっとダニーが言葉を発した。
「うん、すんごい暇」
「こっちはお前いない分忙しいで」
「事件起こったの?」
「うん、ちょっとな」
「早く職場に戻りたいよ」
「停職になるような事しといて、何が早く戻りたいよや、アホ」
「ごめんなさい」
「早よ戻って来い」
「うん」
カレーとナンが運ばれてきたので、二人は静かに食べ始めた。
>>218 さんへ
冷静な感想ありがとうございます。確かにテスタロッサでも3人無理ですよね。
ジョージがトランクに詰め込まれない限りは。失礼いたしました。
また誤字のご指摘ありがとうございます。
これからもよろしくお願い致します。
朝のミーティングが終わり、ダニーが席を立とうとするとボスに呼び止められた。
「ダニー、お前はデスクワークだ」
「いえ、オレも行きます」
「病み上がりなんだから今日は外に出るな。じっとしてろ」
「・・・了解っす」
ダニーは渋々オフィスに残った。デスクワークは退屈であまり好きじゃない。
それでも寝ているよりはましだと思いながら仕事に没頭する。
大きく伸びをしながら時計を見るとそろそろ昼休みだ。いつのまにか時間が過ぎていた。
廊下をちらちら見たものの、まだ誰も帰ってきそうにない。
一足先にランチを食べることにして席を立った。
ダニーは海南鶏飯とエビソバを三人分買ってクリニックに行った。
ジェニファーは誰かと電話で話している。予約表を確認しているので私用ではなく患者のようだ。
じっと見ていると目が合い、ジェニファーは少し驚いた後でにっこりと微笑みかけてきた。
待合室には誰もいない。受付のデスクに頬杖をつき、電話が終わるのを待つ。
「昨日の今日なのに、もう仕事してもいいの?」
電話を切ったばかりのジェニファーが心配そうに尋ねた。ダニーは頷いておでこをくっつける。
「ほら、熱はないやろ?」
「ほんとだ。でも無茶はしないでね」
ジェニファーはおでこをくっつけたままダニーの目をじっと覗き込んだ。
「わかった?」
念押しされて照れくさくなったダニーは返事の代わりにキスをした。
「トロイからお土産もらったから礼言おう思って。あれ、ジェンのランチやろ?」
「お礼なんていいのに。熱があるのにフィッシュサンドでごめんね」
ジェンのはフィッシュサンドやったか・・・ダニーは心の中でつぶやいた。
「めっちゃおいしかった。同じのまた食べたいな。今度作ってくれる?」
髪を梳きながら甘えるようにささやく。食べてもいないのに嘘をつくのは心苦しいが仕方ない。
「あ、これ、昼メシ。ほんまはジェンと二人で食べたいけどトロイの分もあるんや」
「え、三人でランチ?」
ジェニファーが意外そうな顔をしたので、昨夜のスープのことを話した。
マーティンの停職期間が終わった。スタバでバナナココナッツフラペチーノを買っていると、肩をポンと叩かれた。
サマンサだった。
「おはよ!いない間、大変だったんだからね!」
「あ、サム、ごめんね、迷惑かけて」
「奢ってくれたら許すわ」
「何にする?」
「ノーファットのキャラメルマキアートのダブル」
マーティンはカップを持たされたまま、サマンサの後をついてエレベーターに乗った。
診察室のドアをノックすると、どうぞという声がしたので中に入る。
「なんだ、テイラーか。予約リストにないけど特別に診てやろう。また熱か?」
「ちゃうちゃう、診てもらいに来たわけやない。昨日はありがとう。ランチ買ってきたんや」
「ランチ?それはお気遣いどうも。丁度腹が減ってたんだ」
「それはそうと、お前ほんまはフィッシュサンドのこと知ってたやろ?」
「いいや、オレは知らないな。紙袋をすり替えるうちにわからなくなってさ、印でも付けときゃ良かったな」
「また嘘くさい言い訳やなぁ。まあええわ、とりあえずメシにしよ。ジェンが支度してくれてるから」
「ジェニファーもか?楽しいランチタイムになりそうだ」
スチュワートはからかうような口調で言い、二人は診察室を出た。
待合室のテーブルの上には、ダニーが買ってきたデリのカートンがきちんとセッティングされていた。
「おっ、海南鶏飯とエビソバか!うまそうだ」
「ここの好きやろ。お前のはコリアンダー多めにしてあるねん」
「テイラーは気が利くな。それじゃいただくとしよう」
スチュワートは早速海南鶏飯に手を伸ばした。豪快にがっついている。
「うん?お前らは食べないのか」
「いや、食べるで。ジェンも食べよう」
三人は食事を始めたが、どことなく気詰まりだ。話はするものの、お互いに遠慮しているようなよそよそしい空気が漂っている。
書き手2さん、お先にどうぞ!!
ダニーが天気の話を始めると、スチュワートもジェニファーも同時に吹き出した。
「え?どうしたん二人とも」
「お前な、見ず知らずの相手じゃないんだからさ、いきなり天気の話なんかするなよ」
ジェニファーはまだくすくす笑っている。
「あほ、オレはこの微妙な空気を払拭しようと思って言うてるのに。ジェンも笑いすぎやろ」
そう言いながらダニーもつられて笑った。確かに天気の話は変だったと自分でも思いながら。
ひとしきり笑ったせいで場が和み、話が弾んだ。
食事をしているとマーティンが入ってきた。三人でテーブルを囲んでいるのに驚いている。
「おう、マーティン。オレがここにいてるってようわかったな」
ダニーは内心びくびくしながら場を取り繕った。
「オフィスにいないから心配したんだよ。また熱が出たんじゃないかって」
マーティンはジェニファーがいるので少し緊張しているように見えた。
「お前も食べるか?オレの分やるわ」
ダニーはエビソバをテーブルにおいて座るように促した。
「え、あ、いや、ダニーのがなくなっちゃうから」
「フィッツジェラルドさん、よかったらこれどうぞ。私のはまだ手をつけてないから」
ジェニファーが海南鶏飯を差し出した。
「あっ、すみません。でも僕、結構ですから」
「遠慮しないで。みんなで食べるとおいしいもの」
「よかったな、マーティン。こっちに座れよ」
スチュワートもマーティンのために場所を空けた。突っ立ったままのマーティンを強引に座らせる。
マーティンも食べるうちにだんだんとリラックスしてきたようだ。
ダニーは複雑な心境だったが、とにかく食事を楽しむことにした。
終わりましたので、書き手1さんどうぞ。
ありがとうございます。失礼しました。
マーティンの停職期間が終わった。スタバでバナナココナッツフラペチーノを買っていると、肩をポンと叩かれた。
振り返ると、サマンサが立っていた。
「おはよ!いない間、大変だったんだからね!」
「あ、サム、ごめんね、迷惑かけて」
「奢ってくれたら許すわ」
「何にする?」
「ノンファットのキャラメルマキアートのダブル」
マーティンはカップを持たされたまま、サマンサの後をついてエレベーターに乗った。
「はい、お姫様」
「ご苦労であった」
二人が笑っていると、ボスがマーティンを呼ぶ声が聞こえた。
「はい、ボス!」
マーティンは毅然とボスのオフィスに入っていった。
「おはようございます、あ、父さん!」
「マーティン、今回の恥ずべき事件をどう考えているんだ!」
「恥ずべきとは思っていません。友人の窮地を救うための手立てがあれしかなかったんです」
「お前をクビにも出来たんだぞ、ジャックがDCに直訴して停職処分になったんだ。ありがたく思え」
「ボス、ありがとうございました」
「その分、今日からみっちり働いてもらうからな」
「マーティン、晩を空けておきなさい。食事しながらこの先を話し合おう」
「・・・はい」
いつもながら尊大な態度のヴィクターだった。
マーティンはさっきまでの毅然とした気持ちが一気に萎むのを感じた。
「ボン!おはようさん!顔色悪いで、どないしたん?」
マグでコーヒーを飲みながらダニーが尋ねてきた。
「父さんが来てる」
「あちゃー、そりゃ具合も悪くなるわな」
「今、捜査してるケース教えてくれない?」
「ロングアイランドのピアノ教師、資料はこの中!」
ダニーがファイルを渡す。
「ありがとう」
「ダニー、ちょっと来てくれないか」
ボスのお呼びだ。ダニーはマーティンの顔を見ながら立ち上がった。
「あ、副長官、おはようございます」
「単刀直入に聞きたい。息子はゲイか?」
「はあ?」
ダニーは思い切り驚いた顔をした。
「そんなわけありませんよ、なぜです?」
「あんな写真を撮らせるからだ。あのフォトグラファーは素行に問題があると聞いている」
「断じてフィッツジェラルド捜査官はゲイではありません」
「君からその言葉を聞きたかった。今晩、空けておいてくれ。食事をしよう」
「はぁ・・・」
ダニーは想定内の質問だったのでうまく切り抜けたが、ディナーが心配だった。
マーティンがアホなこと言い出さんとええんやけど。
デスクで捜査資料を舐めるように読んでいるマーティンを見ながら、ダニーはやれやれと思った。
ディナーはエセックスハウスのアラン・デュカスだった。
堅苦しい雰囲気の最高級フレンチだ。
コレクション・コースをヴィクターは予約していた。
アミューズ、フォアグラ、ホワイトアスパラのサラダ、ウサギの赤ワイン煮、ドーバーソールのグラッセにチーズとデザート。
ダニーは目が回りそうになった。
ヴィクターはもったいつけてワインを選び出し、とにかく乾杯を促した。
「我が家のばか息子に乾杯」
ボスもダニーも小さな声で乾杯と唱和した。
「だからお前のNYの異動に反対したんだ」
突然ヴィクターの説教が始まった。
「だって企業犯罪だけじゃ、FBIの本当の仕事が分からないじゃないですか!僕だって現場に出たかったんです」
負けずにマーティンが応戦する。
二人の言い合いは、ウサギの赤ワイン煮まで続いた。
「まぁまぁ、ヴィクター、今回はこの辺で」
ボスがようやくタオルを投げ入れた。
「テイラー君」
「はい」
「息子を見張ってくれたまえよ。道を踏み外さないように」
「はぁ、フィッツジェラルド捜査官はしっかりされていますから、ご心配は不要かと」
「しっかりした息子がヌードモデルなぞするものか!頼むぞ」
「はぁ・・」
「父さんはそうやって僕を縛るんですね。いつもそうだった」
マーティンは、席を立ったっきり戻ってこなかった。
「ヴィクター、ご子息ももう30過ぎの分別ある大人です。見守ってやったらどうでしょう」
ボスにたしなめられて、ヴィクターはやっと口をつぐんだ。
「ダニー、マーティンを探しに行け」
ボスに言われて、ダニーも席を立った。
携帯をかけるとロビーラウンジにいるという。ダニーは駆けつけた。
マーティンはカウンターでウォッカを飲んでいた。
「ストレートじゃ強すぎるやろ」
ダニーはマンハッタンを頼むとマーティンのグラスを取り上げた。
「今日は最後まで付き合うわ」
「ありがと、ダニー」
二人はマンハッタンのグラスを合わせた。
ダニーはブルックリンのアパートに来ていた。
月末なので、支払い小切手を切るためだ。
アランには今日はブルックリンに泊まると言ってある。
ダニーはちくっと胸が痛んだものの、ジョージに電話をして、呼び出した。
「ブルックリンなの?じゃあ、これから車で行くね」
ジョージは30分ほどしてやってきた。
「へぇー、ここがダニーのアパートなんだ?」
部屋に入るなり珍しそうに周囲を眺めるジョージ。
「お前のアパートとは比べものにならないやろ。俺の住処や」
「なんか暖かい感じがする。ダニーらしい」
ジョージはソファーに座って、CDラックをあさり始めた。
「うわ、Led Zeppelinなんかあるよ!」
「笑うな!」
ダニーはビールを差し出しながら照れた顔をした。
ジョージがワーとかへぇとか言っている間に、請求書を整理して小切手を書く。
「ね、何でアランの住所に転送してもらわないの?」
ジョージが無邪気に尋ねた。
「どこから足がつくか分からんもん。FBIに男と住んでるなんてバレたらクビやし」
ダニーは自然に答えた。
ジョージは「FBIってゲイは勤められないんだ」とポツンとつぶやいた。
ダニーはしまったと思った。ジョージは生来のゲイだ。
「すまん、そんなつもりで言うたんやないで」
「わかってるよ。ちょっと寂しいね」
ジョージはぐいっとビールを飲んだ。
そんな時、ベッドルームからピーピーと鳥のさえずる声が聞こえるのに気がついた。
「何やろな」
二人で見に行く。
すると閉めっぱなしにしている窓と網戸の間に、小さなわらの玉があるのが見えた。
「ダニー、すずめが巣を作ってるよ!」
「ほんまや!」
「わぁ、ヒナが5羽もいる!」
「よう、こんな狭いとこに巣を作ったなぁ」
「どうする?」
「どないしよ」
「可愛いね、産毛が生えてるよ」
ジョージはヒナに夢中になった。
「僕、育てたいな」
「そんなの無理やろ」
「ダニーがお父さんで僕がお母さん、だめ?」
「だめだめ!ここにも置いておけないわ。大家にどやされる」
「じゃあ、どうするの?」
「そや、プロスペクト公園に持ってこ。あっこなら環境ええやろ」
すると親鳥らしいすずめがやって来た。ヒナに餌をやっている。
「人に慣れてるね、逃げないよ」
「じゃ、親ごと引越しさせよか?」
ダニーはカッティングボードとバケツを持ってきた。
「窓開けたら、巣をバケツに移せ。俺は親鳥を捕まえる」
「うん」
二人とも真剣だ。
「せーのー!」
ジョージはバケツに巣をそっと移した。
親鳥が巣を追いかけて部屋に入ってくる。
バケツを床に置くと親鳥もバケツに入った。
ダニーはその瞬間カッティングボードで蓋をした。
「うまくいったね!」
二人はハイファイブした。
歩いて5分のプロスペクト公園にバケツを持って出向いた。
すれ違い様、皆がバケツを大切そうにかかえる黒人の大男とヒスパニックのカップルを振り返る。
「みんな、見てるね」
「気にせんと、早よ行こ」
二人は公園で一番目立つ木の下にバケツを置いた。
「蓋とるぞ」
「うん」
親鳥が飛び立ったが、木の枝に止まりピーピー鳴いている。
「ヒナを探してるよ」
「巣を置こう」
「うん」
二人はバケツからそっと巣を出すと、木の根元に置いた。
「どうかここで安全に育ってください!神様お守りください」
ジョージがお祈りする。
ダニーも一緒に十字架を切った。
二人が離れると、早速親鳥が巣のわらを木の上に運び始めるのが見えた。
「引越しや」
二人はしばらくの間、地面と木の枝を行き来する親鳥の様子を見ていた。
「さ、帰ろうや」
「僕の子供たち、バイバイ」
ジョージは寂しそうにつぶやいた。
「今日はグリマルディーズでピザはどうや?」
「賛成!」
やっとジョージが顔を上げた。
二人は意気揚々とアパートに戻っていった。
42時間ぶっとおしの捜査が終わり、チームはようやく解放された。
全員ヘトヘトでおやすみとお疲れをお互いに交わし、それぞれの帰路につく。
ダニーはマーティンと一緒にタクシーでアパートに帰り、ベッドにもぐりこんだ。
疲れすぎてシャワーを浴びる気にもなれない。目を閉じるとすぐさま眠りが訪れそうだ。
「ねえ、もう寝た?」
うとうとしているとマーティンが話しかけてきた。うるさいと思いながら面倒そうに目を開ける。
「何?」
「なんかさ、目がさえちゃって・・・」
マーティンは困ったようにダニーの目をじっと見つめた。
「お前寝れんの?それやったらさっさとオナって寝ろ。それが一番手っ取り早いわ」
「そんなのやだよ」
「あほやなぁ、オレらは寝れるうちに寝とかなあかん。いつ呼び出しがあるかわからんからな」
話すうちに意識が朦朧としてきたダニーは、目を閉じて背中を向けた。
「ダニー?」
マーティンはダニーの背中に小さく呼びかけたが、すでに寝息を立てている。
一人だけ取り残されたような、そんな寂しさを感じる。
ぴとっと背中にくっついたまま、ダニーの寝息を聞いていた。
マーティンは寝返りを打ったり枕を裏返したりしたものの、眠れそうにない。
ずっと寝てないのにちっとも眠くならない自分に苛立つ。
そうなるとますます眠れなくて完全に目がさえてしまった。名前を呼んで手を握っても何の反応もない。
マーティンはペニスを取り出すとダニーの手に握らせ、上から自分の手を重ねて上下に扱いた。
普段しているオナニーとは違って動きがまどろっこしい。
こんなに興奮しているのに、ダニーは何も知らずに眠りこけている。そう思うと自然と手の動きが早くなった。
ぬちゃっとした先走りの雫が垂れ、くちゅくちゅと卑猥な音を立てる。
「っ・・・はぁっ・・・ぁんっ」
ダニーは無防備に眠っているというのに、自分のしていることが恥ずかしくてたまらない。
息を押し殺して真っ赤になりながらも手の動きは早まる。
「うぅっ・・・イ、イクっ・・・んっ!」
体がびくんと硬直し、ダニーの手の平に射精して精液を受け止めさせた。
果てた後の心地よい脱力感で全身が気だるい。
べっとりついた精液をふき取ることもせず、マーティンは手をつないで目を閉じた。
ダニーが目を覚ますと、空は群青色に染まっていて夜が始まろうとしていた。
マーティンが軽くいびきをかきながらしがみつくように眠っている。
あどけない寝顔が子供のようで、頬をなでてやろうとして右手の妙なつっぱり感に気づいた。
ところどころねちゃっとしていて、乾いた部分はひっつれたような感触がする。
もしやと思い手を鼻に近づけると精液の匂いがした。
やっぱり!なんでオレの手に精液がついてんねん!
布団をめくると精液の匂いがこもっていた。トランクスも右足のくるぶしに引っかかったままだ。
ダニーは半ば呆れ苦笑した。いかにもマーティンらしい。
ぷっくりした頬に静かにキスをして寝顔を眺めていた。
朝、すずめのさえずる声でジョージは目が覚めた。
ダニーは隣りですやすや眠っている。
窓を見ると、わらのくずが見えた。
あれ、戻ってきちゃったのかな。そうか、親鳥の片割れだ!
ジョージはこっそり置き上がった。
昨日のバケツとカッティングボードを持ってきて、窓にぴたりとくっつけた。
うまく中に入ってくれますように!
ジョージが窓を少し開けると、すずめがバケツに突進してきた。
ジョージはそのままカッティングボードできっちり蓋をした。
がたがたした音で、ダニーが目を覚ます。
「うぅーん、ジョージ、まだ朝早いで」
「ダニーは寝てていいよ。僕、公園に行って来る」
「んん、すー」
ダニーはまた眠ってしまった。
ジョージは蓋をしたバケツを持って、昨日の木の場所に行った。
巣は跡形もない。すると頭上からピーピーと鳴くヒナの声が聞こえてきた。
親鳥が一晩で巣とヒナを枝の上に運んだのだ。
「僕とダニーの子供たち、おはよう!」
ジョージはバケツの蓋を取り、もう一羽を放った。
すぐに巣のところへ飛んで行く。
「ごめんね、これで両親が揃ったね。じゃあ帰るね」
ジョージは、デリでクロワッサン4つとイチジクのパンにミルクとミックスフルーツジュースを買った。
ダニーのアパートに戻ると、まだダニーはぐっすり眠っていた。
ジョージは服を脱ぐと、ダニーの身体に沿って横たわった。
ダニーのなめらかな肌の感触に思わず勃起してしまう。
「うぅん」
ダニーの声でさらに勃起が大きくなってしまった。
あぁ、もう我慢できないよ!
ジョージは、ダニーが昨晩使ったローションを取り出して、ダニーの後ろに塗りこんだ。
ローションをなじませて、指を抜くと、ゆっくり挿入を始める。
「うん?ああぁん、ジョージ?」
ダニーが目を覚ました。
「うん、ごめん、入れちゃった」
「もっと来てくれ。ええ気持ちや」
「もっといいの?」
「あぁもっと奥まで」
「じゃあ行くね」
ジョージはダニーの尻に腰を打ちつけた。
「あぁ、早く!」
ジョージが甘いため息をもらす。
「もうダメ、いっちゃう」
「俺もや!」
二人は同時に身体を仰け反らせ、身体を震わせた。
ジョージがダニーを自分の方に向かせた。
「おはよ、ダニー」
「おはよう、ジョージ」
二人は恥ずかしそうな顔でキスを交わした。
「シャワーしよか」
「うん」
狭いダニーのバスタブに二人で立ち、シャワーを浴びせあった。
「パンとミルクとジュース買って来たよ」
「おう、サンキュ、コーヒーいれるわ」
二人は見つめあいながら、クロワッサンとイチジクのパンにコーヒーとジュースの朝食を取った。
「お前、どこに行ってたん?」
「昨日の親鳥の片割れが来たんだよ。だから公園に逃がしてやった」
「とことんお前ってええ奴な」
「だって可愛そうじゃない」
「そやけど、ほんまにええ奴や」
「ヘンなダニー!」
ジョージは嬉しそうに笑った。
この笑顔にダニーはヤラれてしまう。
「今週は仕事どうなん?」
「それがさ、ドルチェ&ガッバーナのNYキャンペーンのモデルに選ばれた」
「え、ヨーロッパの仕事しないって言うてたやん」
「NYキャンペーンだけだから、アイリスが契約したんだよ。撮影もここだし」
「そか」
ダニーは安心した。
いつかはジョージがヨーロッパに、いや、ダニーの手の届かないところに行ってしまうのではないかと危惧しているのだ。
「それじゃ、会うの難しいな」
「うん、ごめんなさい」
「謝らんでもええ。俺こそもっと勝手や」
「でもダニーが好きだから・・」
ジョージは上目使いでダニーを見た。
「俺もジョージが好きや。このまま続けてもええか」
「もちろんだよ。お願いだから一緒にいてね」
「当たり前やん。ごめんな、俺、今日はアランとこ帰らないと」
「わかってます」
「ランチ食ったら別れよう」
「うん、カフェ・ハバナ行かない?」
「それ、ええな」
二人は同時に笑った。
翌日の休みの日、ダニーはアランとだらだらと過ごした。
アランも診療を再開したものの、疲れがたまるようで、よく眠る。
ブランチを取ると、また寝るといってベッドルームに去った。
ダニーはジョージに携帯メールを送った。
「どうしてる?愛してる」
「インテリアの本読んでる。会いたいよ」
「俺も」
これだけでも十分に気持ちが伝わる。
ダニーは昼からビールを開けて、MLBの録画を見ながら飲んでいた。
そや、夜は消化にええもん作ろう。
ダニーはリビングのテーブルにポストイットで「買い物にいくD」と書いて出かけた。
イーライズで買い物をしていると携帯が鳴った。
「ダニー、今晩は外出だよ。早く帰っておいで」
アランからだった。訝りながらアパートに戻る。
「今日、MLBのサブウェイシリーズのチケットをジュリアンからもらったのを忘れていた。お前、メッツ好きだろ?」
「そりゃ、大好きやけど、アラン、疲れてへんの?」
「野球を見たらすっきりするさ」
試合は8時過ぎからシェア・スタジアムで始まる。
二人は、ダニーが買ったレバーパテでサンドウィッチを作って軽食を取った。
カジュアルな服装でスタジアムに出かけたが、ジュリアンのくれたチケットはVIPラウンジのものだった。
カナッペを摘み、シャンパンを片手に観戦する。
「アラン、俺が考えてたのはな、スタンド席でホットドッグとビールで見る野球やったんやけど」
「すまない、手配違いかな」
アランが謝った。いずれにせよ、絶景の眺めだ。
ダイアモンドがすべて見渡せる。
試合は先発したメッツのペドロ・マルチネスが大荒れで、ヤンキースが前半で7点をもぎ取った。
「こりゃだめや」
「もう行くかい?」
「うん、負け試合は気分悪いわ」
二人はラウンジから出た。
「さぁ、どうする?」
「うまいもん食いたい」
「じゃあ、デルアミコに行こうか」
「ええな」
二人が行くとデルアミコは大喜びで迎えてくれた。
「今日はほろほろ鶏のラグーが絶品ね。オマールのリゾットも最高」
「じゃあ、両方もらおうか、それとアンティパストの盛り合わせを頼もう」
アランが赤ワインと白ワインを1本ずつオーダーした。
デルアミコは喜んでプレミアムクラスを持ってきた。
「アラン、疲れてへん?」
「大丈夫だよ。明日からまた月曜日だな。お前も忙しいだろう」
「俺はいつも通りやけど、アランが心配や」
「少しずつ予約を増やしているだけだから大丈夫さ」
「もうガンなんてゴメンやで」
「僕だってそうだよ」
アランは声をあげて笑った。
「6月のサブウェイシリーズはスタンド席で見たい」
「じゃあ、そうジュリアンに伝えておくよ」
「サンキュ、なぁ、ジョージも連れてってええ?」
「うん?ジョージかい?ああ、いいとも。3人で大いに騒ごう」
ダニーはにんまりした。
「お前はジョージと仲がいいな。マーティンはどうした?」
アランに尋ねられ、どきりとする。
「あいつは同僚で、親友や。ジョージは別の世界の友達だから興味がある。話もおもろいしな」
「そうだな、マーティンとはまた違った、まっすぐのところもあって面白いな。お前は友達選びが上手だよ」
「そうかな?」
「あぁ、つい嫉妬してしまうほどにね」
ダニーは心臓が口から飛び出そうだ。
「そんな心配、まったくしなくてええやんか。俺は、アランといるんやから」
「そうだな。僕の命の恩人なのだし」
二人はワイングラスをカチンと重ねた。
デルアミコが料理を運んできたので、話はそこでストップした。
ダニーはアランに心の中で何度も詫びた。
ダニーとマーティンは、捜索中のピアノ教師を無事探し出し、手柄を立てた。
ボスから連携プレイを褒めてもらい、二人とも鼻高々だった。
「今日、メシ行こうや」
「うん、そうしよう」
二人は久しぶりに花寿司に出かけた。
顔なじみの板長がダニーを見て会釈する。
「カウンターがええな」
「うん、カウンター好き」
二人が座ると、向かい側のカウンターにエドとダニエルがいるのが見えた。
二人にまだ気がついていない。
「あっ!」
マーティンが思わず声を上げた。
するとエドが気がついて手を振った。
ダニエルが隣りの席でにやついている。
「店変えよか?」
ダニーがマーティンを気遣って尋ねた。
「ううん、ここでいい。出たら負けになるもん」
「そか」
ダニーは板長に「オマカセクダサイ」とお願いした。
ガリを一つまみ乗っけた白木の台が出てくる。
「回転寿司ばっかり行ってたから、こういうの忘れてたね」
マーティンはとりあえず落ち着いている。
ダニーはひとまず安心して、日本酒を頼んだ。
エドが席を離れてやってきた。
「隣りが空いてるから席移ってこない?」
「いや、仕事の話があるから」
マーティンがきっぱり断った。
「そうなんだ、じゃあ、後で飲もうよ」
「・・・」
「そやな、ここで飲みすぎなかったら、合流するわ」
ダニーが適当にとりなした。
それからは注文合戦が始まった。
ダニエルが頼むものを負けずにマーティンがオーダーする。
トロ、いか、さば、サーモン、いくら、はまち、うに、鯛、ひらめ。
ひらめでダニーがギブアップした。
「もう食えへん」
ダニエルは挑むようにマーティンを見つめる。
マーティンも睨みかえした。
平ら貝、エビ、いくらと続き、ダニエルが大声で「カリフォルニア・ロール!」と叫ぶと「僕も!」とマーティンが呼応する。
エドとダニーは二人の様子を見つめるだけだった。
カリフォルニアロールで注文合戦が終わった。
日本酒も冷酒6本が空になっていた。
マーティンの顔を見ると、酔っ払いの赤ら顔だ。
ダニエルは不敵そうに笑うと「ゴチソウサマ」と日本語で板長に挨拶した。
「マーティン、お前、腹、大丈夫か?」
ダニーがベルトを緩めているマーティンに尋ねた。
「へーきだよ。さぁ、飲みに行こう!エド、行こうよ!」
こりゃ、出来上がってるわ。
ダニーはエドの困ったような顔を見た。
「マーティン、今日はやめにしよう。また今度電話するから」
エドがマーティンの肩に手をかけて訴えた。
「ふん、どーせ、この後、ダニエルと飲むんでしょ。僕が邪魔なんだ!」
「そんなんじゃないよ。マーティン、おかしいよ!」
ダニーが割って入った。
「こいつ、今日はもうだめや。俺にまかせ」
「ごめんね、ダニー、ヘンなことになっちゃって」
エドがすまなそうな顔をした。
「もうええから、ダニエルと帰りいな」
「うん、じゃ、マーティンに電話するって言っといて」
「わかった」
ダニエルはダニーの顔を見てにやりと笑うと、エドと肩を組んで去っていった。
「あれー?二人はー?」
マーティンがきょろきょろしている。
「今日はお開きや。さぁ家に帰ろ」
二人はタクシーでマーティンのアパートに向かった。
ドアマンのジョンが「テイラー様、お久しぶりで」と挨拶した。
「よぅ、ジョン、元気か。今日はマーティンが大トラや」
「そのご様子ですね」
マーティンの部屋へ入り、ソファーに腰掛けさせた。
「エドの大バカ野郎・・」
マーティンはごにょごにょ言っているうちに、眠ってしまった。
ダニーは、重たいマーティンの身体をやっとのことで立たせて、ベッドルームに引きずっていった。
パジャマに着替えさせて、ベッドに寝かしつけた。
「よう我慢したな。お前えらいで」
ダニーはミネラルウォーターのボトルとタイレノールの箱をベッドサイドテーブルに置いて、電気を消した。
ダニーがデスクでアランお手製のツナサンドをかじっていると、さえない顔のマーティンが出勤してきた。
「ボン、大丈夫か?」
「頭、痛い・・」
「当たり前や、アホ。食うか、サンドウィッチ?」
「お腹すいてないから」
「そか」
マーティンは席につくと、頭をかかえた。
そんな時、マーティンの携帯が震えた。
「はい、あ、待ってて」
急いで廊下に出て行くマーティン。ダニーは後姿を見送った。
「うん、わかった。じゃあ今晩ね」
ダニーが戻ってきたマーティンに尋ねた。
「誰?」
「エドだよ。食事したいって」
「そか」
午前中は昨日解決した事件の報告書作成に追われた。
マーティンを誘ってランチに出かける。外は初夏の陽気だ。
「何食う?」
「スープとバゲットでいい」
珍しく食欲のないマーティンだ。よっぽど昨日の日本酒が利いたのだろう。
いつものカフェでダニーはチキンとフェタチーズのサンド、マーティンはロブスタービスクとバゲットを頼んだ。
「お前さ、エドにあの事言わへんの?」
「だって事業立ち上げたばかりじゃない。失敗して欲しくないもん」
「お前ってほんまに自己犠牲型やな。お俺ならとっくの昔に話してるで」
「昨日さ、エドがダニエルに取られるような気がしたんだよね」
「エドがそんな事するはずないわ。あいつはお前にぞっこんやから」
「そうかな・・・」
「自信持てよ。また週末ハンプトンにでも出かけて騒ごうや」
「そうだね・・・ダニー、ごめんね。迷惑ばっかりかけて」
「お前と俺との仲やん。もう何も言うな」
「うん、わかった」
二人はランチを終えてオフィスに戻った。
その日は、事件もなく定時で仕事が終わった。
「それじゃ」とマーティンが立ち上がる。
ダニーは突如行かせたくないという心の底からつきあがってくる衝動にかられた。
「マーティン、行く・・よな」
「うん、じゃあ明日ね」
マーティンはバックパックを背負って去っていった。
エドが選んだレストランは、アッパー・イーストの「フィリップ」だった。
モダン・チャイニーズでセレブにも人気がある。
エドは「ごめんね、敵情視察に誘っちゃって」と謝った。
「いいんだよ。ビジネスの役に立てば。僕こそ、昨日はごめんね」
マーティンも謝った。
エドが頼んだのは、前菜にソフトシェルクラブの黒胡椒揚げ、フカヒレ焼売、メインに北京ダックとハタの紹興酒蒸し、牛肉と野菜のXO醤焼きそばに、海鮮チャーハンだった。
「ベーシックなものほど味と素材が分かるものなんだ」
エドはいっぱしの批評家のように箸を動かして味わっていた。
マーティンは、紹興酒を飲みながら、エドの真剣さに感嘆していた。
エドは仕事と結婚してるんだ。僕なんていらないのかも。
「マーティン、今日は静かだね?一体どうしたの?」
「エドって本当に仕事熱心だと思ってさ」
「ごめん、つい夢中になっちゃって。やっぱりフィリップ・チョウはすごいな」
マーティンにはダニエルの料理とスタイルは違うものの味の違いは分からなかった。
しかし、落ち着いたインテリアはダニエルズ・テーブルの人を驚かせる演出より気に入った。
モデル顔負けのウェイトレスもいない。
プロらしくウェイターがきびきび動いている。
食事が終わり、二人はエドのコンドミニアムに戻った。
リビングに入ると、ダニエルがブランデーを飲んでいた。
「ダニエル・・、一緒に住んでるの?エド?」
「違うよ、ダニエル、どうしたの?」
「仕事帰りに貴方の顔が見たくて、エド」
そう言ってダニエルはエドを抱き締めた。
「おい、ダニエル、急に何だよ」
マーティンは見ていられず、きびすを返して、玄関ホールを走った。
知らずに泣いていた。
後ろからエドのマーティンを呼ぶ声がしたが、マーティンはエレベーターで下に降りていった。
ぐっすり眠っているマーティンを、ダニーは背中から抱きしめた。
首筋に唇を押し当てると、寝ていても体がびくっと反応する。
指で体をなぞると思い通りの反応が返ってくるのがおもしろい。感度のよさににんまりしながら耳に息を吹きかけた。
「ん・・・」
「マーティン、そろそろ起きよう」
「んー・・・まだ眠いよ」
「このまま朝まで寝れんやろ。一回起きてメシ食いに行こう」
「僕は朝までだって眠れそうだよ。このまま寝かせて」
マーティンはまた目を閉じたが、ダニーに耳を甘噛みされて身を捩じらせた。
「くすぐったいよ!わかった、わかったから!もうやめて」
マーティンは跳ね起きると眠そうに目を擦った。
「ほら、シャワー浴びるで」
「ん・・・」
ダニーは強引にバスルームまで押していくと熱いシャワーを浴びさせた。
壁に押しつけて貪るように唇を奪う。濃厚なキスをくり返しながら抱きしめた。
ほとばしるシャワーと立ち上る蒸気に包まれて、マーティンも完全に眠気が吹き飛んだ。甘えてダニーに寄りかかる。
「目が覚めたやろ?」
「まあね。そのためのキスなの?」
「いいや、お前とキスしたかっただけや」
ダニーは目を閉じるともう一度やさしくキスをした。
バスルームから出た後、マーティンはクローゼットの前で佇んでいた。
何か着るわけでもなく、ただじっと考え込んでいる。
「どうしたん?」
「あのさ、どれを着るか迷ってんの」
「何でもいいやん。どうせ行くんはドレスコードのないとこなんやから」
しゃべっている間にも、ダニーはさっさと着替えを済ませる。
「早よせな置いていくで」
「待って、今選んでるんだから」
ダニーはしょうがないなと思いつつ、乱雑になっているクローゼットからシャツを取り出した。
「ほら」
「あ、ありがと。これはダニーがくれたシャツだよね」
マーティンは嬉しそうにシャツを羽織った。前を肌蹴たまま突っ立っている。
「ボタン」
「え?オレが?」
怪訝そうに聞かれてこくんと頷くマーティン。ダニーは渋々ボタンを留めてやった。
洗いたてのふんわりした髪をくしゃっとしてやると、手に負えないぐらいにんまりしている。
「あほ」
「なんでさ?」
「こんなんで喜ぶな」
「だって嬉しいんだもん。僕はダニーが大好きだから」
「・・・あほ」
照れくさいダニーはデコピンして先にベッドルームを出た。
二人は地下ガレージまで降りた。車に乗るとすぐ、どちらからともなく手をつなぐ。
「どこに行くの?」
「そやなぁ・・・飲茶はどうや?」
「いいね!食べたい!」
「よし、決まりや!」
ダニーはチャイナタウンまで車を走らせた。
ジン・フォン・レストランに行ったものの、行列が延々と続いている。客でごった返していて時間がかかりそうだ。
「どうする?待つか?」
「今日はやめようよ。見てるだけで疲れちゃう」
「そやな」
二人は数ブロック先のイル・コーティエ・レストランに行くことにした。
車まで戻る途中、路上でジェラートを買った。並んで歩きながら食べる。
ジェラートを食べていても、あちこちにいるホットドッグ売りに、マーティンの足はついつい引き寄せられてしまう。
「待って、ダニー。ホットドッグ買いたい」
「えっ、今さっきメシ食べたとこやん」
「だってほら見てよ、あのソーセージ。とぐろ巻いてるよ。どんなホットドッグなのか見たいじゃない」
「適当に切るからできたら一緒やで」
「それでもいいから食べたいよ」
マーティンは屋台に近寄るとホットドッグを買った。おいしそうにがっついている。
「ダニーも食べる?」
「いらん。お前やったらコニーアイランドのホットドッグ競争に出れるわ」
ダニーはジェラートを舐めながらからかった。
マーティンはカーテンの隙間からのこもれびで目が覚めた。
あれ、ここどこ?
見覚えがあるような気がするが、覚えていない。
「うぅぅん」
ぎょっとした。隣りに広い裸の背中が見えた。
え、僕、ゆきずりの人と寝ちゃったのかな!
急いで布団をずらして中を覗く。きちんとトランクスをはいている。
局部を触ると朝立ちしているが、射精したような跡はない。
「起きたのか?」
くぐもった声が聞こえた。
「起きました」
答える声が震える。寝ていた身体が向きを変えた。
「え、トム!!」
「何だよ、ご挨拶だな。お前、覚えてないのか?」
トムは眠そうな顔で尋ねた。
僕は、昨日は・・プラザ・アテネのバーで飲んで・・それから・・。
「ったく、お前は酒癖悪いよな、夜中の3時に起こすなよ。ホテルに着いたら、60がらみのおやじにお持ち帰りされそうになってるし、焦ったぞ」
「ごめんなさい・・・ねぇ、昨日も寝ちゃったのかな」
トムは思わずくすっと笑った。
「俺はそうしたかったけど、お前が正体ないもんだから、萎えちまったよ。貸しにしとくな」
「ごめんなさい」
「シャワーしてこい。オフィスまで送ってやるから」
「うん・・」
マーティンは急いでシャワーをし、ベッドルームの床に散らばるスーツを集めて、身につけた。
トムがコットンのセーターとパンツを着て、リビングで待っていた。
「ほんとに、ほんとに、ごめんなさい」
「お前ってさ、生き方が不器用なんだよな。俺、何だか見ていられない」
トムはマーティンに近寄り、突然キスをした。
「え?」
「すまない、今のは忘れろ。さぁ、行くぞ」
トムのメルセデスでフェデラルプラザまで送ってもらう。
「今日は胃に優しいものだけ食えよ、じゃあな」
「ありがと、トム」
トムはクラクションを鳴らして去っていった。
オフィスに行くと、サマンサがじろじろマーティンを眺めた。
「またご乱行?」
「違うよ!」
「スーツ位着替えなさいよ!」
ダニーも冷たく一瞥をくれた。
「ふーん、楽しかったんやな、よかったやん」
ダニーは席を立った。
違うんだよ!ダニー!!
一日中、ダニーはつんけんしていた。
ランチも誘ってくれないので、マーティンは一人でカフェに行き、チキンクリームスープとバゲットで食事した。
定時になり帰ろうとすると、マーティンの携帯が震えた。
「はい、あ、エド!」
ダニーはそれを聞くと、さっさとソフトアタッシュを持って席を立った。
あー!ダニーが帰っちゃう!
「マーティン、聞いてる?」
エドが叫んでいる。
「ごめん、聞いてるよ」
「釈明がしたいから、今日、家に行ってもいい?」
「わかった。僕、これからオフィス出るんだ」
「じゃあ車で迎えに行くよ」
ガチャっと切れた。
ダニーが地下鉄の駅まで歩いていると、エドのメルセデスSLとすれ違った。
また今日もデートかいな。マーティン、奴に本気なんや。
ダニーは一抹の寂しさを感じながら、地下への階段を下りた。
マーティンがエドの車に乗ると、エドが「とにかく二人だけになりたい」と言った。
「うん、僕の家でいいよ。何もないけど」
マーティンはそう答えた。
アッパーイーストサイドに上る間、二人はだまっていた。
マーティンのアパートに入り、エドは玄関口でマーティンを抱き締めた。
「昨日はごめん!ダニエルとは何もないんだよ、誤解して欲しくない」
「エド、座って話そうよ」
エドは、はっと気がついて手を離した。
「そうだよね、ごめん」
ソファーにエドが腰掛けている間、マーティンはビールを手にリビングに戻った。
「こんなのしかなくて、ごめんね」
「マーティンとだったら何でもいい」
「本当にダニエルとは何もないの?」
「うん、あんな事されたのは、昨日が初めてだ」
「そうなんだ・・」
「許してくれる?」
「うん、僕、エドを信じるよ」
「ありがとう!」
二人はソファーで抱き合った。
ぎゅるるる〜。
突然マーティンのお腹が鳴った。
顔を見合わせて二人で笑い出す。
「お腹すいてるんだね。何か食べに行こうか」
エドが尋ねる。
「うん、行こう」
マーティンが照れ笑いする。
二人は手をつなぎながら、部屋を出た。
ダニーとアランは、約8ヶ月ぶりにサウス・ハンプトンの別荘に向かった。
管理人にはアランが行く旨を伝えているので、メンテナンスは完璧だというが、
ダニーはよくシステムが分からなかった。
「月額払ってるんか、アラン?」
「そうだよ」
「行きもしない冬も?」
「ああ」
月額いくらか聞くのはやめた。
ダニーにはとんでもない額だと予想できたからだ。
別荘に着くと、隣りのマイルズとデイヴがやって来た。
「やぁ、久しぶりだね」
「ご無沙汰!」
二人の周りをちょこまか走り回る子供がいる。2歳位だろうか。
「やぁ、君たちも夏の準備かい?」
アランが愛想よく尋ねる。
「ああ、それに、僕らの子を早く連れてきたくてね」
そう言ってマイルズが子供を抱き上げた。
髪の毛の色はマイルズ、巻き毛なのはデイヴに似ている。
「とうとう、養子か!やったな!僕にも抱かせてくれ!」
アランが慣れた手つきで子供を抱くのに、ダニーは驚いた。
「やぁ、ダニー、元気だったかい?」
デイヴに聞かれて「うん、元気やった。すごく可愛いな」とダニーも思わず手を差し伸べた。
「名前は?」
「フィリップだ」
「フィルか!はじめまして、フィル!」
ダニーの手を握り締める小さな手をダニーは片方の手でそっと包んだ。
「そうだ、今日、バーベキューするんだけど、来ないか?」
マイルズがアランからフィルを受け取りながら尋ねた。
「いいのか?」
「もちろん!」
「それじゃ後で」
「ああ、待ってるよ」
二人はやっと別荘に入った。まるで昨日もいたかのようにピカピカだ。
ダニーはパティオに出た。
プールもすぐに泳げるように澄んだ水がたたえられていた。
「管理人、ええ仕事してるやん」
「そうだな」
アランが隣りに立って、パティオの向こうに見えるビーチを眺めていた。
「じゃあ、買い物に行くか」
「うん、そやね」
二人は、スーパーまで車で出かけ、今晩持っていくワインや翌日の朝食の用意を買い求めた。
ゲイのためのエリアなので、子供用の品物がない。
ダニーはフィルにおもちゃを買おうと思っていたのを、諦めた。
陽も暮れて、アランとダニーはワイン3本を持って、隣りのチャイムを鳴らした。
マイルズがエプロンをして現れた。
「ようこそ!さぁ、早く入って」
「ありがとう」
「これ、差し入れ」
ダニーがマイルズに渡す。
「気を遣わなくていいのに」
「フィルのお祝いやし」
「ありがとう、デイヴ〜頂いちゃったよ!」
デイヴがパティオから現れた。マイルズと色違いのエプロンをしている。
「ありがと!さぁ、こっちへどうぞ!」
二人のパティオも似たような作りで、プールと広いBBQスペースがあった。
すでにデイヴが何かを焼いている。
アランとダニーはワイングラスを受け取り、4人は乾杯した。
フィルは歩行器の中に入っているがじっとしていないで、歩き回っていた。
「元気がいいな」
「そろそろ寝かそうか」
マイルズがフィルを連れて、家の中に入っていった。
「二人とも仕事しているのに、どうやって育ててるんだい?」
アランは興味津々だ。
「いいシッターが見つかってね。住み込みで面倒をみてくれてる。驚くべきことは、彼もゲイなんだよ」
デイヴが笑いながら言った。
「へぇ〜、ゲイのシッターか、いい人が見つかってよかったやん」
「NY大で児童心理学の学位も持ってるんだが、シッターの仕事が天職なんだそうだ」
「ほぅ、珍しいね」
マイルズが戻ってきた。
「今日はいい子ですぐに寝てくれたよ」
「お前の子守唄は最高だからな」
デイヴがマイルズに優しくキスをした。
ダニーは、こんな幸せもあるのだとしみじみ思った。
二人にあるのはダニーが里親の誰一人から感じた事のない、
限りないフィルへの愛情だ。
デイヴが焼いていたソーセージや野菜、鯛の塩釜焼きが出来上がった。
4人はあらためて乾杯をし、食事を始めた。
その後、ハンバーガーとハーブサラダにフルーツポンチが出て食事が終わった。
おやすみを言って別れる4人。
ダニーは思わずため息をついた。
「どうしたんだい?」
アランが不思議そうな顔をしている。
「フィルは幸せやん。あんなにいい両親に出会えて」
「そうだな。あの二人なら困難にも打ち勝っていけるだろう」
ダニーは思わずアランに腕組みした。
「うん?」
「今日は甘えたいんや」
「珍しいな」
ダニーはアランにキスをした。
サウス・ハンプトンから戻り、リフレッシュしたダニーは口笛を吹きながら出勤した。
ご機嫌なダニーの姿にマーティンが訝った。
「ダニー、おはよう、何か日焼けしてない?」
「あぁ、週末、サウス・ハンプトンに行って来たんや」
「えー、いいな!僕も行きたかった」
「今度誘うわ、ごめんな」
サマンサがサウス・ハンプトンと言う言葉に釣られてやって来た。
「どうして、ボーイズだけで行くの?女性も必要じゃない?」
「ああ、今度はサムにも声かけるわ」
「ありがと、ダニー!」
サマンサは、さしずめサウス・ハンプトンのパーティーでいい男物色を狙っているのだろう。
「ボスはいいのかな」
マーティンがこそっとダニーに耳打ちした。
ダニーが大笑いして、ヴィヴィアンに睨まれた。
二人は離れて、それぞれの席についた。
久しぶりに事件だ。
アッパー・ウェストサイドの住み込みベビー・シッターが失踪したという。
届出人は雇い主ではなく、シッター友達のキューバ人女性だった。
ボスがダニーとサムに届出人に会うように命じる。
マーティンとヴィヴは雇い主への聞き込みだ。
サムと車に乗り込んだダニー、思わずサムに尋ねた。
「ボスとはうまくいってんの?」
「相変わらずよ。別れるの別れないのって」
サムは癖のように右手薬指の指輪を触っている。
「大変やな、オフィスラブは」
「まぁね、さぁ仕事しましょ」
届出人もアッパー・ウェストサイドでシッターをやっている。
彼女は雇い人を気にして、セントラル・パークのクレオパトラの針というオベリスク前を指定してきた。
二人で、像の前に行くと、おびえた顔をした20代前半の女性が立っていた。
「アナ・コルテスさん?」
サムが尋ねると、首をこくんと動かした。
「エルザ・トレスさんの失踪はいつ知ったんですか?」
なかなか答えない。ダニーがスペイン語で尋ねる。
「エンチエンデ・ラ・パラブラ?」
「英語は分かります。あの、毎日、ここで赤ちゃん連れてきて、おしゃべりするんです。それが3日前から来なくなって・・・。
アンダースさんに聞いたら、「もういない」だけしか教えてもらえなくて」
「アンダースさんってどんな人?」
「冷たい人です。それに・・・」
「それに?」
思わずサムとダニーが身を乗り出す。
「アンダースさん、エルザが嫌がるの、無理やり・・」
「レイプですか?」
「はい・・奥さんが知って、すごく怒って、エルザをアイロンで殴りつけて・・」
「何ですって?」
「でも、エルザ、お金欲しくて、訴えなかったんです」
「ひどい雇い主だ」
「もっと悪い事がエルザに起こった気がして。お願いします!探してください!」
「分かりました。何か思い出したら、電話ください」
サムは名刺をアナに渡した。
車に戻って二人はため息をついた。
「何て酷い話!信じられない!」
サムが憤慨する。
「よういるらしいで、目に見えないDVの被害者」
「弱者だからって人権は!もう許さないわ!」
「で、どう読む?」
「アンダースが訴えられるのを恐れて、殺した?」
「その線が濃厚やな。ほなオフィス戻ろ。ヴィヴたちの報告が楽しみやわ」
「そうね」
二人を乗せたフォード・モンデオはセントラル・パークを下った。
ダニーが支局に戻ると、席に着く間もなくサマンサに取調室に連れて行かれた。
「サム、痛いわ。腕引っ張んのやめてくれ」
「いいから見て!あいつが来てるんだから!」
「あいつて誰やねん」
ぶつぶつ言いながら見ると、ガラス越しに参考人の男とCJの姿が目に入った。
ボスとマーティンは後姿しか見えないが、それでもマーティンが苛立っているのはすぐにわかった。
「あいつ、CJやん。なんでここに?」
「公選弁護人だって。あのバカ男!」
モニターからはマーティンの尋問する声が聞こえるが、男は押し黙ったまま何も話そうとしない。
「あいつが来るまで雑談には応じてたのよ。デイビスが何か言おうとしてもあのバカが言わせないの」
サマンサは憎たらしそうにCJを睨みつけた。
「お前といるのを見たって目撃者がいるんだよ!いい加減に知っていることを話せ!」
「オレの知ったことか。知らないものは知らないんだよ」
「君は何も言わなくていい、黙ってろ。彼は何も知らない。こちらからの話は以上です。デイビスさん、帰りましょう」
「まだ話は終わってない!」
いらついていたマーティンは思わず声を荒げた。
「私の依頼人は任意の事情聴取に応じた。その上でお話しするようなことはないと言っている。それでもまだ何か?」
「どうぞお帰りになって結構です。またお呼びするかもしれませんが」
マーティンが言いかけるのを遮ってボスが代わりに答えた。
「その時はもちろん協力しますよ。では失礼」
CJは男を促すと立ち上がった。自信たっぷりな笑顔が嫌味ったらしい。
「くー、生意気な!今の顔見た?捜査妨害で逮捕してやりたい」
サマンサは持っていたコーヒーカップをぐしゃっと握りつぶすとゴミ箱に投げ込んだ。
取調室でもマーティンがテーブルを思いっきり蹴飛ばしてボスにたしなめられている。
「この前法廷で負けたから意地になってるんやろ」
「あれで連勝が止まったんですって。ざまあみろよ、バカ男」
サマンサは意地悪な表情を浮かべてふふんと鼻で笑った。
「まさか公選弁護人やとは思わなんだ。どこにでもけったいなヤツはおるもんやなぁ」
「あいつは自分に酔ってるのよ。自分が犯罪被害者になれば懲りるんじゃないの」
「その時は既に遅いけどな」
二人は依頼人を連れて意気揚々と出て行くCJを冷めた目で見送った。
ほとんど進展もないまま一日が終わった。手がかりも見つからず全員やりきれない気持ちだ。
地下鉄を降りてアパートまでの道を憂鬱な表情でとぼとぼ歩く。疲れていて何もしたくない・
「マーティン、どっかでメシ食って帰ろか?」
「ん」
「サイゴングリルでええやんな?オレ、今月はピンチやねん」
ダニーは冗談めかして言いながらぷっくりした頬に手をやった。マーティンは可笑しそうに笑っている。
「じゃあさ、僕が出すよ。だって、ダニーはピンチなんだもんね」
「嘘やない、ほんまやねんで。そや、オレはクルマエビのカレーも食べるからな」
「いいよ。僕も食べよう」
ダニーはけたけた笑い続けるマーティンの肩を軽くたたいた。
サイゴングリルで食事をしていると、アーロンとCJが入ってきた。
マーティンは慌ててダニーの足を蹴飛ばした。
「ダニー、アーロンとCJがいるよ。あっ、こっちに気づいたみたいだ」
「ほっとけ、無視するんや」
ダニーは知らん顔で生春巻きをかじった。マーティンもそれに倣う。
二人はテーブルに案内される途中でわざわざ寄ってきた。
「やあ、奇遇だね。フィッツジェラルド捜査官、先ほどはどうも」
「どうも。立場上、僕が君とは話せないの知ってるだろ。早く行けよ」
アーロンが何かを言いかけたが、マーティンに睨まれて口を閉じた。
「邪魔したね。二人とも食事を楽しんで」
CJににこやかに言われ、ダニーも表面的な返事をして笑い返した。
「あいつ、めっちゃムカつくな」
ダニーは苦々しく思いながらテーブルに着いた二人を眺めた。
「ね、だから言ったでしょ、いちいち芝居がかってるって」
「ほんまや。ああいう奴はドラマの中でロースクールごっこでもしてたらいいんや」
二人とも意識しないようにしていても、時々ちらっと見てしまう・
不意に目が合い、CJが屈託のない笑顔を向けてきた。
「あのアホ、笑ろてるで。せっかくやから乾杯でもしといたろか」
ダニーはハイネケンのボトルを持ち上げて乾杯の仕草をした。
マーティンがトイレから出るとアーロンが立っていた。無視して手を洗う。
「マーティン、ちょっといいかな」
「何だよ」
「君がFBI捜査官なんて信じられないよ」
「僕が何だろうとお前には関係ない」
「関係あるよ。君と話せなくなるならCJとは別れる」
マーティンは耳を疑った。聞き返そうとすると、それよりも早くアーロンが唇を塞いだ。
「な、何するんだよ!」
「僕は今でも君が好きだ。それを忘れないで」
アーロンが出て行った後も、マーティンは唇に触れたまま呆然と立ち尽くしていた。
ヴィヴとマーティンはアンダース夫妻と面談していた。
それも弁護士立会いのもとで。
「ただの面談なんですから、弁護士の立会いは不要なのでは?」
ヴィヴが優しくしかし堅固にアンダースに問いただす。
「FBI捜査官の方と面談するのですから、念には念を入れないと」
尊大な様子がマーティンの勘に触った。
「なぜトレスさんが失踪したのに、届け出なかったんです?」
「あの手の人たちはふらっといなくなるのが普通でしょ?」
妻も夫に負けず劣らず尊大な態度だ。
「部屋を見せてもらえますか?」
「どうぞ。次のベビー・シッター用に片付けてしまったので、彼女の持ち物は捨てましたけど」
「そりゃ、どうも」
部屋は言葉通り、何も私物がない。
「失踪して3日で早すぎません?」
ヴィヴが執拗に質問する。
「私ども、すぐにでも次の方が必要だったので」
取り付く島がない。
「何かありましたら、お電話ください」
ヴィヴは名刺を渡した。
マーティンはまだ何か言いたそうだったが、ヴィヴが制して、二人でコンドミニアムを出た。
「なんて嫌な感じの夫婦なんだろう」
「仕方ないよ、お金がモノを言うのがこの街だからね」
ヴィヴとマーティンもオフィスに戻った。
ボスが召集して、報告会が開かれる。
「エルザの存在をアンダース夫妻が邪魔だと思っているのは確かだな。しかし、エルザが察知して、先に逃亡した線もあるぞ」
ボスの推理で、二手に分かれて捜査が始まった。
ダニーは語学力を生かしてシッター紹介所をサムと訪れた。
「アンダース夫妻ですね。あの家、シッターが長く続かないんですよね」
事務員がファイルを見ながら説明する。
「理由は?」
「普段なら態度が良くない、物を盗んだといった雇い主のクレームが多いんですが、
あの家はシッター自身から辞めたいというケースが多いんです」
ダニーとサムは顔を見合わせた。
「そして再就職のためにここに戻ってきますか?」
「ほぼ半数は。残りの半数は、この街のどこかに飲み込まれてしまっています」
「ありがとうございました」
ダニーの携帯が震えた。組織犯罪班のクリスからだった。
「お前、失踪したキューバ人探してるんだって?」
「ああ耳が早いな」
「おう。スネーク・ジョーが逃がし屋をやってるのを知ってるか?」
「知らへん」
「一度当たるといいぞ」
クリスはストリートアドレスを言った。
「ありがとな、恩に着るわ」
「今度一杯おごれ」
「ああ」
ダニーはボスに報告した。
ボスが同行するという。
ダニーはクリスが教えてくれたストリートアドレスでサムとボスを待った。
ボスが到着した。
「サムは危険かもしれないから、ここで待機」
「え〜!」
「文句言うな」
「はい、ボス」
しぶしぶサムは従った。
ボスと二人で、ダニーがオフィスに上った。
そこは薄暗い事務所だった。
法律事務所とかろうじて読めるサインがドアに貼ってあった。
「FBI!」
二人で踏み込む。
ヒスパニック系のスーツ姿の男と秘書らしい女性だけのオフィスだ。
二人は両手を上げて立ち上がった。
「この女性に心あたりは?」
「さぁ・・」
「あなたの裏家業を組織捜査班に洗いざらい話してもいいんですよ」
「それは・・」
「この女性は?」
「昨日まで預かりましたが、スネーク・ジョーの手下に渡しました」
「行き先は?」
「さぁ、そこまで知りませんよ」
「何か思い出したら電話ください」
ボスが名刺を渡した。
「お前、スネーク・ジョーの情報に詳しいか?」
ボスがダニーに尋ねた。
「クワンティコで同期の奴が組織犯罪班にいます」
「情報を取れ。スネーク・ジョーを追おう」
「了解っす!」
ダニーはオフィスに戻り、クリスと打ち合わせをした。
「逃がし屋は、やばい奴ばかりじゃなくてDVの被害者も逃がしてるようなんだ。
慈善事業みたいなもんだ。奴は人材派遣業もやってるしな」クリスが言った。
「どこに行くやろか?」
「そうだな、マイアミとか西海岸じゃないか?言葉が通じやすいサンディエゴかLA」
「そやな、ええ線やな。支局に写真送るわ」
「がんばれよ」
「サンキュ、お前もな」
「おう」
二人はこぶしを合わせた。
ヴィヴが顔色を変えて現れた。
「ダニー、アンダース夫妻が危ない奴と取引してる」
「誰?」
「殺し屋よ」
「エルザが危ない!」
ダニーは焦った。
スネーク・ジョーは、エルザを西海岸に送り出しているはずだ。
だが殺し屋も追っているに違いない。
ダニーはアレックスに電話した。
「おい、アレックス、スネーク・ジョーの手下の携帯教えろ」
「え、もう忘れたいのに」
「まだメモリーにあるやろ」
「うん」
アレックスは電話番号を教えた。
ヴィヴィアンが囮になり、逃げたいと法外な報酬を持ち出した。
これならスネーク・ジョーが出てくるだろう。
約束の倉庫街に向かう。
「何かと思ったら、テイラー捜査官ですか」
スネーク・ジョーが暗闇から吐き出すように言った。
「お前、エルザ・トレスを逃がしたな?」
「ああ、可愛そうにレイプされて暴力を受けてたもので、保護させてもらいましたよ」
「殺し屋が追ってるのは知ってるか?」
「ああ、あの人なら今頃ラスベガスのカジノでも行ってるんじゃないですかね?」
「お前消したな!」
「物騒な。俺の人材斡旋業に難癖つけないでくださいよ。
あなたと私の同郷の娘一人の命が危なかったんですからね」
ダニーは拳銃を降ろした。
死体が見つからない限り、犯罪を立証できない。
こちらは殺し屋の人相すら分からないのだ。
「ダニー、引き上げよう」
ボスが傍らから出てきてダニーの肩をたたいた。
「今回は恩に着る。それで、エルザは?」
「マリブ・ビーチのセレブのシッターに雇われましたよ」
「そうか」
「それでは、私はこれで。きっとまたお会いするんでしょうね」
「多分な」
ダニーはスネーク・ジョーと別れた。
一本取られた思いを屈辱的に感じながら。
ジョージがダニーの携帯にメールを送ってきた。
「D&Gの仕事が終わった。会いたい」
ダニーは急いでメールを返した。
「俺も。お前の家に行きたい」
「待ってる」
ダニーは久しぶりにジョージに会える喜びに上機嫌になっていた。
「ダニー、今日、ラーメン食べにいかない?」
マーティンが誘ってきた。
「ごめん、今日は約束があるから」
「そうなんだ」
肩を落として席に戻るマーティンの背中を見つめながら、自分の浮気性を呪った。
どうしてマーティンだけではだめなのだろう。俺は欲張りすぎや。
ダニーは定時に仕事を終えて、リバーサイドにタクシーを飛ばした。
ジョージのアパートは美味しい香りに満ち満ちていた。
「すごいうまそうな香りやな。何作った?」
「野生のアスパラのペペロンチーノとミートローフだよ。マッシュルームサラダもあるし」
「すごいやん!」
「さぁ、ジャケット脱いで、ネクタイはずしてよ」
ダニーは言うとおりにした。
ダイニングはハドソン川が一望に見渡せる絶景の景色だ。
「赤ワインでいい?」
「何でも」
ジョージはガヴィディガヴィを持ってきた。
「乾杯しよか」
「うん」
二人で見つめあいながらグラスを合わせる。
「お前ってほんまに料理が上手いな」
「高校出てからずっと自炊だもん。上手くなるよ」
「そか。俺、お前と色んな料理が食いたい」
「僕も!ダニーと食べると新しい発見が沢山あるんだ!」
「じゃあ、また外食しよか」
「すごく嬉しいよ」
二人は食事を終えた。
ジョージが恥ずかしそうに、「ねぇ、うちのバスに入る?」と尋ねた。
「もちろんや」
「分かった、準備するね」
ジョージはキッチンとバスルームを往復して用意していた。
ダニーは、広いベランダに出て、ハドソン川と眺めていた。
「準備できたよ」
ジョージが声をかけた。
「ん、今すぐ行く」
ジョージは先に入って、シャンパンを用意していた。
「そんなん、ええのに?」
「だってダニーと初めて入るバスだもん」
ジョージはダニーにシャンパングラスを渡した。
ダニーも服を脱いでバスに入る。
丸型のバスは二人が入ってもまだ余裕がある。
「ジャクージにするね」
ジョージがスウィッチを入れた。
身体の凝りが取れて気持ちがいい。
ダニーは思わず眠りそうになった。
「ダニー、もうあがろうよ」
「そやな」
二人はジョージの真新しいバスローブに身を包んでベッドルームに移動した。
「お前の新しいベッドルームか」
「うん、ウォーターベッドだからふかふかだよ」
ダニーはダイビングした。シャンパンが回ってゲラゲラ笑っている。
「ダニー大丈夫?」
「平気や。さ今日はどっちが入れる?」
「ダニー、入れて」
ジョージが恥ずかしそうに答えた。
「わかった」
ダニーは、まずジョージを仰向けに横たえ、ペニスを口に咥えた。
口からはみ出す長さのペニスはすでに先走りで濡れている。
「お前、早いで」
「だってぇ」
ジョージが甘えた声を出す。
これ以上奥に入れられない位喉深くまで飲み込んで、ダニーは息を吸った。
「じゃあ四つんばい」
「うん」
ジョージがダニーに背中を向けて両手両膝をベッドに付いた。
「これ使って」ローションを手渡される。
オレンジの香りが心地いい。
ジョージの中に塗りこむと、ジョージが腰を揺らした。
「あぁ、ん、すごいいい気持ち」
「もっとええ気持ちにさせたる」
ダニーは指を抜き取ると、自分の屹立したペニスにもローションを塗布して、
ジョージのとばくちに入れた。
付近で突いていると、ジョージが激しく悶えた。
「ああん、だめ、入れて」
ダニーがじらすようにすると、ジョージから腰を深く沈めてきた。
ずぶっと入る感触にダニーも思わず悶える。
「あぁ、お前、すごい狭い」
「いい、もぅ、だめ」
ジョージは自ら腰を振ると、身体全体で麻痺した。
ジョージのペニスがのた打ち回って射精する。
「俺も、ん、出る」
ダニーもジョージの体の中に放った。
二人は荒い息のままキスを繰り返した。
「好き、ダニーがすごく好き」
「俺も」
二人はそのまま抱きしめ合っていた。
バスから出たダニーがベッドルームに入ると、マーティンがベッドの上で膝を抱えて座っていた。
浮かない顔でじっとつま先を見つめている。ダニーは隣に座って肩を抱いた。
「おい、三角座りなんかしてどうしたん?」
「んー、なんとなく疲れちゃってさ」
「CJのことか?」
「ううん、違うよ。見て、月明かりで影がくっきりだ」
マーティンはぎこちない笑顔を作ると足を解放した。さっきアーロンに言われたことを急いで頭の中から追い払う。
「ほんまや。もう満月ちゃうけど月見ながら寝よか?」
「ん、いいね」
二人は寝転んで手をつなぐと、くっきりした月を眺めた。
翌朝、ダニーはまぶしくて目が覚めた。外は快晴で、ブラインドを上げたままの窓から朝陽が降り注いでいる。
立ち上がってブラインドを下ろすのも面倒で窓に背を向けると、マーティンも同じように背を向けていた。
抱きかかえるように腕を回すとマーティンが目を覚ました。目が充血していて赤い。あまりよく眠れなかったに違いない。
「ん・・・おはよう」
「おはよう、今日は休みやからもうちょっと寝とき」
「ダニーはまだ起きないの?」
「どうしようかな。それよりオレはボンにおはようのキスを・・・」
ダニーがおどけてキスすると、マーティンはにっこり笑って頭をもたせかけた。
子供の頃のたわいないことを話しながら抱きしめていると、マーティンのおなかが鳴った。
「なあ、パンケーキ焼いたろか?」
ぐーぐー鳴っているおなかを擦りながら尋ねると、マーティンは黙って首を振った。
「オレのよりクリントンストリートのパンケーキの方がええか?あそこのおいしいから」
「いいってば。僕はダニーの作ったのなら何でも食べるよ。そんなに気を遣わないで」
そう言うとマーティンは体をぴとっとくっつけた。頬を擦りつけて甘えている。
よせばいいのに何度も頬をくっつけては髭がちくちくすると言う。
「腹減ったら言いな、なんか作ったるから」
「ん」
背中をなでているうちにマーティンの寝息が聞こえてきた。腕の中で気持ちよさそうに眠っている。
ダニーは起こさないように注意しながら布団をかけなおしてやった。
いつのまにかダニーも眠ってしまっていて、目を覚ますともう昼過ぎだった。
マーティンを腕枕していたせいで、腕が痺れて手の感覚がまったくない。
「マーティン、マーティン」
何度か揺するとようやくマーティンも目を覚ました。大きな欠伸をしながら眠そうに目を擦っている。
「腕が痛いねん、ちょっとごめんな」
ダニーは重い腕を引き抜くと感覚を確かめるために手を開いたり閉じたりした。
痺れていてまったく力が入らない。何度も擦っていると少しずつ感覚が戻ってきた。
「大丈夫?痛い?」
マーティンが心配そうに腕を擦ってくる。
「ああ、どうもない。こんなんすぐに治るわ」
ダニーは何でもないという風に腕をぶらぶらさせて見せた。
マーティンがあまりにも心配そうにするので、腕の痺れがとれた後でもう一度抱き寄せて腕枕をした。
「僕のこと好き?」
「あ?何や急に?」
突然の質問に、ダニーはきょとんとしたままマーティンを見た。
「ダニーが僕のこと好きか知りたいの」
「好きやで。好きとちゃうかったらこんなことしてるわけないやろ」
「こんなことって?」
マーティンは顔を持ち上げるとダニーをまっすぐ見つめた。
「好きでもないヤツに腕枕とかしいひんやろ。面倒くさいやん」
ダニーはそう言って髪をくしゃっとした。事実、今まで腕枕をしたのは愛した相手だけだ。
納得したようにこくんと頷いたマーティンに、いつものような後ろめたさを感じずに済んだことにほっとする。
「腹減ったな。散歩ついでにセントラルパーク抜けてH&Hまで行くか?」
聞かなくてもマーティンの返事はわかっている。ダニーは大きく伸びをしておでこにキスをした。
朝、ダニーがスタバのヴァニラ・ラテを持って出勤すると、マーティンがすぐに寄ってきた。
「ボン、おはよ、何や?」
「今日こそラーメン食べに行こうよ」
ダニーは朝から夕飯の話かと笑い出しそうになるのをこらえて「そやな、そうしよか」と答えた。
「残業だめだよ、約束だからね!」
マーティンはそれだけ言い放つと席に戻っていった。
幸い、事件も起こらず、二人は定時にオフィスを去った。
リトル・ジャパンの一風堂に行くと、例の通り、日本人のビジネスマンで行列ができている。
「どないする?」
「僕、ラーメンが食べたいんだ」
こうなるとマーティンは頑固だ。
「じゃ、待とか」
二人して店の外の椅子に座った。
「ねぇ、ダニー、聞きたいことがあるんだけど」
「何や、遠慮なく聞けや」
「トムってさ、付き合ってる人いるの?」
「いや、俺の知る限りいないと思うけど、なして?」
「あの人さ、すごく寂しそうだよね」
「そか?」
「何か、心の痛みが聞こえてくるんだよ」
「お前、トムと会ったん?」
マーティンははっとした。
ダニーにトムと寝たことは知られたくない。
「胃の検診に行ったんだ」
「そか、で、どやった?」
「前よりいいみたいだよ」
マーティンは話をごまかした。
なぜトムの事が気になるのか分からないが、聞いてみたい気になったのだ。
二人の順番が来て、店に入った。
ビールで乾杯し、チャーシューを摘む。
「ここのBBQポーク美味しいよね」
「そやな、特別なタレがあるんやろな」
マーティンは、スペシャルに替え玉を4枚とご飯を2杯お替りした。
ダニーは替え玉2枚とご飯1杯だ。
「お前、ほんまにここ好きな」
「うん、何だかはまっちゃってさ」
「じゃ奢れ」
「うん、いいよ」
マーティンは快く伝票を手にキャシャーに向かった。
ダニーはなぜトムの事をマーティンが聞いたかを訝った。
「これからどうする?」
「飲みに行く?」
「じゃあ、ブルー・バーに行くか」
二人はアルゴンキンまで出向いた。
エリックが会釈する。
「ドライ・マティーニ二つ」
「かしこまりました」
二人の前にチーズの生ハム巻きが並ぶ。
ぱくぱくマーティンは食べていたが、ある瞬間凍りついた。
「ボン、どないした?」
「トムがいるよ。後ろに」
ダニーが振り返ると、トムがけばけばしい女と一緒にカクテルを飲んでいた。
「あれ、恋人かな?」
マーティンが傷ついた顔をしてダニーに尋ねた。
「ちゃうんやない?あれ、どっから見ても商売女やん」
「ショックだ、僕・・・」
「男やから、そういう処理方法もあるやん」
「だけど、不潔だ!」
マーティンはマティーニをぐいっと飲んだ。
ダニーはなぜマーティンが苛立っているか全く分からず、生ハムをパクついた。
昼過ぎにダニーが目を覚ますと、アランはすでに隣りにいなかった。
リビングに行くと、エリック・サティーのCDが流れていて、キッチンから音が聞こえる。
「アラン、おはよー」
キッチンからアランが顔を覗かせた。
「もうすぐブランチが出来るよ。シャワーしてきなさい」
「うん」
ダニーは、熱いシャワーでリフレッシュした。
休日はゆっくり出来るのが何より嬉しい。
Tシャツとカーゴパンツに着替えて、リビングでアランの読みかけの新聞に目を落とした。
「できたよ」
「ありがと、アラン」
ブランチはアランお得意のエッグ・ベネディクトだ。
季節のアスパラガスがイングリッシュ・マフィンに挟んであってボリューム満点だった。
「アランのこれって絶品やな」
「母がよく作ってくれたんだよ」
「やっぱりショア家はちゃうなぁ。俺、大人になってこの料理知ったわ」
ダニーは一番上の半熟卵を割りながら、マフィンにしみこませてぱくついた。
「今日は、俺が夕飯作るわ」
ダニーが突然言った。
週の間、ジョージやマーティンと夕飯を食べていたのでアランとの時間がおろそかになっている。
「そうかい?嬉しいね。僕はまた原稿を頼まれたから午後は執筆だ」
「じゃあ、買い物に出かけるわ」
「楽しみだ。お前の料理も一流だからなぁ」
アランは目を細めてダニーを見つめた。
ブランチを終えて、ダニーはマスタングでコロンバスサークルまで下りた。
「ホール・フーズマート」でカートを動かし始めると、列の向こう側でマーティンが買い物をしているのが見えた。
「よ、ボン!珍しいやん!」
マーティンは一瞬しまったっという表情をしたが、「ダニーも買い物?」と聞いてきた。
マーティンのカートの中身を見ると、ワイン4本にピザが3枚、ハーブサラダとチキンサラダが入っている。
「何や、今日はエドか?」
「ううん、違う」
「ニックか?」
「違う、あのね、トム・・」
「何やて?何でトムなん?」
「そんなのいいじゃん!」
立ち去ろうとするマーティンをダニーは追った。
「どうせなら家で食わへんか?せっかくの機会なんやろ、出来合いのピザじゃトムが可愛そうやわ」
「そうかなあ」
「そうやて。俺のいう事聴け」
「いいの?」
「ああ。2人分も4人分も手間は同じやから」
ダニーは、なぜトムとマーティンが急接近したのか知りたくて、二人を誘ったのだ。
アランに携帯をかける。
「今日、家にトムとマーティン来るから。あ、分かった。ワインな」
「ピザ返して来い。ワインとサラダはもらうわ」
ダニーはマーティンのカートから品物を移した。
ラムチョップを4人前選び、サシミ用の鯛をかごに入れる。
マーティンが戻ってきた。
「なんかおいしそうだね」
「ほらな、ピザよりええやろ」
「確かに」
「じゃ、7時にな」
「わかった」
マーティンは手ぶらで帰っていった。
「ヴィネガー・ファクトリー」に寄って、ベリータルトをホールで買い、家に戻ると、
ダニーはラムチョップの準備を始めた。
マリネードして香草を塗りたくる。
ビネガーとオリーブオイルでドレッシングを作り冷蔵庫に入れた。
あとは肉と野菜を焼くだけだ。
7時になり、トムとマーティンが連れ立って現れた。
二人とも照れた表情をしている。
「やぁ、不思議な顔ぶれだね。病院のERではよく顔を合わせるが」
アランが笑いながら言う。
「今日はお招きありがとう」
トムがワインを差し出した。
「悪いな」
4人の食事が始まった。
鯛はハーブサラダとあわせ、カルパッチョ風に仕立てた。
あとはラムチョップと温野菜だ。
アランとトムがいつものようにインターン時代の失敗談を話して二人を笑わせた。
食事が終わり、キッチンへダニーが皿を運んでいると、トムがやってきた。
「おかしな顔合わせと思ってるだろう」
「ああ」
ダニーは顔も見ずに返事した。
「あいつからすり寄ってきたんだ。俺のせいじゃない。夜中に電話が来るんだよ」
「何やて?それでも、トム、マーティンを弄ぶつもりなら辞めて欲しい」
「弄ぶつもりなんかないさ。俺だって愛する時は真剣だ」
「はぁ?」
「まぁ、どうなるかわからないけどな、悪いようにはしないつもりだ。
お前は俺からアランを奪った。俺がお前からマーティンを奪ってイーブンだ。
それだけ言いたかった」
呆然とするダニーを残して、トムはリビングへ戻っていった。
今日も事件がなく、チームは過去の事件ファイルを見ながら、洗い出しを行っていた。
マーティンがトイレに立ったので、ダニーが後を追った。
誰もいないのを確認して、マーティンの隣りに立つ。
「ボン」
「何?またいたずらしようとしてるでしょ」
「ちゃうちゃう。これから二人で外出えへん?」
「え?」
「もう事件起こりそうもないやん。聞き込みっちゅうことで」
マーティンもにやりと笑った。
「さぼるの?」
「人聞き悪いこというな、聞き込みや」
「了解!」
二人はボスの了解を取り付け、フェデラルプラザの外へ出た。
「すごくいい天気だね?」
「そや、ブライアントパーク行かへん?」
「わーいいね」
二人が公園まで歩いていくと、コーラスが聞こえてきた。
「あ、イベントやってる!」
マーティンが駆け出した。
公園に特設されたステージで、男性5人組がアカペラを歌っている。
Stevie Wonder やBilly Joel のヒット曲を続けざまに披露していた。
二人は空いているベンチをやっと見つけ、並んで腰かけ、音楽に聞き入った。
するとマーティンが、「あ、ホットドッグスタンドだ!」とまた駆け出して行った。
あいつ、ほんまガキみたいな奴や。
ダニーはマーティンに聞きたいことがあるのだ。
そのために連れ出したのに、こんな調子では話が始められない。
「はい、ダニーの分!」
「お、サンキュ」
「ホットドッグ売りの人に聞いたらね、毎週火曜の5時からいろんな音楽やるんだって」
「へぇ〜、ちょうどいい時間に来たんやな、俺たち」
二人はザワークラウトがたっぷり入ったホットドッグにかぶりつきながら、コーラスを聴いていた。
Maroon 5、Bon Joviとハードな曲で盛り上げてステージは終わった。
「来てよかったね」
マーティンは満足そうに微笑んだ。
ダニーは「そやな」と微笑み返し、それとなく話を始めた。
「なぁ、聞いてもええか?」
「何、あらたまって?」
「お前さ、トムとつきおうてるん?」
「へっ?どうして?」
マーティンはキョトンとした顔をした。
「この前、家で飯食うたやん。その時、トムがお前とつきおうてるみたいな事言うてたから・・・」
「気にしてくれてるわけ?」
「そりゃそうや。お前のことだから」
マーティンも真顔になって答えた。
「付き合ってないけど、こないだお酒の勢いで寝ちゃった」
「はぁ?」
ダニーは思いがけない答えに驚いた。
「僕、夜中になるとなぜかトムに電話しちゃうみたいなんだよね」
「なして?」
「分かんないよ、覚えてないんだから」
「俺にかけろや」
ダニーは嫉妬で腹が立ってきた。
「だって、ダニーはアランと寝てるじゃん。邪魔できないでしょ」
ダニーは思わずだまった。
「トムってさ、いつもふざけてるけどすごく寂しそうな時があるんだよね」
マーティンはホットドッグの包みをくしゃくしゃっと丸めた。
「それで寝たんか?」
「分かんない」
「お前はマザー・テレサかよ」
「どうせならガンジーって言ってよ」
「何かそれはちゃう」
マーティンが笑い出した。つられてダニーも笑う。
何や、つきおうてるんやないんや!
ダニーは安心で心が晴れた。
「もうオフィスに帰りたくないね」
「そやなぁ、ボスに電話しよか」
ダニーは携帯を取り出した。
「ボス、聞き込みに時間かかってますんで、オフィス戻らなくていいすか?了解っす!」
「どうだった?」
「明日、少し早く出て来いやて」
「わーい、じゃご飯食べに行こうよ!」
ダニーはホットドッグでまだ食欲がなかったが、マーティンの明るい笑顔に、「そうしよか」と返事をした。
「何が食いたい?」
「コリアンBBQ!」
「よっしゃ、ハン・バットに行こ!」
二人はベンチから立ち上がり、歩き出した。
ダニーがスタバのダブルエスプレッソを持って出勤すると、サマンサが寄って来た。
「昨日、二人ともさぼったんじゃないの?」
目が冷たい。
「ちゃうちゃう、聞き込みや。ハーレムまで行ったから時間食ってしもうて」
「ヴィヴと言ってたのよね。怪しいって」
「マーティンにも聞いてみ」
そこへマーティンがやって来た。
「マーティン、昨日のミートパッキング・ディストリクトの聞き込みどうだった?」
「残念ながら、収穫ゼロだったよ」
「ほーら!さぼった罰よ、ファイル整理お願い」
サマンサはミーティングデスクに置いてある書類箱5箱を指差した。
事情を飲み込めないマーティンのそでを引っ張って、ダニーは、ミーティングデスクに座った。
「どうしたの?」
「さぼったのバレバレやったわ」
ボスがやって来た。
「二人とも、今日中には終わらせてくれよ。ははは」
ボスには嘘はつけない。
ダニーはしまったなと思ったが、ボスも機嫌が良いのが救いだった。
二人でひーひー言いながら、ファイル整理を行う。
新しい情報があったものを時系列に入れ替えていく作業だ。
昼休みになり、やれやれと二人は外に出た。
「さぼるといい事ばかりじゃないね」
マーティンがチキンブリトーをかじりながら言った。
「そやなぁ。ええ勉強になったわ」
ダニーはシュリンプサンドだ。
「でもまたさぼりたいな、僕。ダニーと一緒にいられるから」
「アホ!もっとすごい仕打ちが待ってるかもしれへんで」
二人は笑った。帰り道、街頭の本屋でマーティンがGQを買った。
「へぇ、そんなのお前読むの」
「うん、たまにはね」
席に戻り、ぺらぺらとマーティンがページをめくっている。
「うわっ!」マーティンがのけぞった。
「何や、ボン」
「これ、ジョージじゃないの?」
見ると見開きのページにドルチェ&ガッバーナの下着の広告が載っていた。
大理石の台の上にTシャツとボクサーパンツ姿のジョージが横たわっており、上から水がかけられていた。
立っている乳首も形があらわになっている屹立したペニスも強烈に扇情的だ。
「すごいね」
「・・・」
ダニーは言葉を失った。
「俺、トイレ」
ダニーは席を立った。
個室に入り、急いでメールを入れる。
「ジョージ、会いたい。今日」
すぐに返事が来た。
「僕も。家に来て」
「了解」
ダニーは、ファイル整理のスピードを上げた。
サマンサが驚いている。
「どうしたの、ダニー。わかった、デートだ!」
「ほっといてくれ」
顔を上げようともしないので、サマンサは肩をすくめて席に戻った。
ダニーのがんばりで、定時にはファイル整理が終了した。
ボスもびっくりしている。
「お前は書類仕事も得意になったのか?」
「はぁ、まぁそんなとこで」
「じゃあ、帰っていいぞ」
ダニーは脱兎のごとくオフィスを抜け出した。
目指すはリバーテラスだ。
ジョージがいつもの笑顔で待っていた。
「ダニー、急でびっくりした。でも嬉しかった!」
ジョージが抱き締める。
「お前、あれはやりすぎや!」
ダニーはそれまで我慢していたものを思いっきり吐き出した。
「え?何のこと?」
「GQ見たで。何やあの写真!」
「ああ、D&Gだね。あれはデザイナーさんの指示だから」
「ヌードと同じやんか!!」
「ねぇ、何で怒ってるの?僕の売り物は、この身体だよ。ああいう仕事だって請けないと」
ダニーはへなへなとソファーに座りこんだ。
「お前の身体を・・・晒したくないんや」
小さい声でダニーはつぶやいた。
ジョージがダニーの頭を抱き締めながら、微笑んだ。
「ありがとう。ダニー。でも仕事なんだ。ごめんなさい。どうにも出来ないよ」
ダニーはジョージのムスクの香りに包まれて、落ち着きを取り戻した。
「ごめん。俺、どうかしてた。お前の仕事やもんな。俺には何も言えへん」
「ダニーがそんなに嫌なら、ああいう仕事は請けないよ」
「ええんや、俺のわがままやから」
「とにかく、ご飯食べようよ。お腹いっぱいの方が幸せになれるし」
ダニーは逆上した自分を恥じた。
浮気されたわけでもない、たかがグラビアごときにこんなに嫉妬を感じるなんて。
年下の恋人に慰められようとは思わなかった。
「ダニー、ご飯の支度できたよ」
「今、行くわ」
ダニーはジャケットを脱いで、ダイニングに入っていった。
ジョージはいつものようにダニーに腕枕をしながら、寝顔を見つめていた。
今までの恋愛は不運続きだった。
片思いに終わったり、うまく付き合えても相手が転勤したり。
長続きした恋愛は一つもない。
このヒスパニックの年上の男をこれほど深く愛することになろうとは、最初は思ってもみなかった。
アランとバーニーズに買い物に来る姿を見ては、金持ちのWASPに可愛がられているペット位にしか思っていなかった。
しかしどこかで変わったのだ。
今はダニーなしではいられない。
昨日、自分のグラビアに激昂したダニーが忘れられない。
あんなに思ってくれる人は今までいなかった。
ジョージはダニーといられる時間をむさぼるように楽しむのがたまらなく嬉しいのだ。
しかし時間は残酷だ。
「ねぇ、ダニー、そろそろ帰らないと」
「うぅぅん」
ダニーが薄く目を開けた。
「お前、寝なかったん?」
「ずっとダニーの顔見てた」
「アホ、俺の顔なんか面白くもないやろ」
ダニーはジョージの唇に自分のそれを重ねた。
「車出すね」
「サンキュ、シャワー浴びるわ」
「うん」
ジョージは全裸のダニーの後姿を見送った。
いつか一緒に住める日が来るだろうか。
ダニーがシャワーから出てきて髪の毛を拭いている。
岩とびペンギンのようで可愛らしい。
「くすっ」
「何や?」
「髪の毛、めちゃくちゃ立ってる」
ジョージはそばへ寄って直した。
「僕も急いでシャワーするね」
「あぁ」
ダニーは着替えを済ませて、ベッドに座っていた。
ハドソン川に向こう岸のライトが写ってキラキラ光っている。
「じゃあ、送るね」
気がつくと着替えたジョージが立っていた。
男が見てもほれぼれする。
ふぅとダニーはため息をついて立ち上がった。
アッパーウェストサイドまでの間、二人はだまっていた。
それでも幸せだった。
「ありがとな、また連絡する」
「うん、待ってる」
ダニーはインパラの姿が見えなくなるまで立っていた。
アパートに入ると、アランが書斎から出てきた。
「遅かったな」
「うん、張り込みが続いて」
嘘をつく胸がちくちく痛む。
「夜食食べるなら、リゾットがあるよ」
「ありがと、アラン。ホットドッグで腹いっぱいや」
ダニーは急いでウォーキング・クローゼットに入った。
パジャマを出して、シャワーをもう一度浴びる。
ジョージの匂いを消すためだ。
「まだ仕事すんの?」
「ああ、もうすぐ終わるんだが、最後が決まらない」
「じゃあ、俺、先に寝る」
「分かった。あ、明日、編集者と夜、食事があるから遅くなるよ」
「了解、じゃ、おやすみ」
ベッドに入りながら、ダニーはふとボスとサマンサの事を思い出した。
ボスも不倫していた時、こんな自己嫌悪に陥ってたんかな。
でも、やめられへんのや。
ダニーは携帯を取り出してメールを打った。
「ジョージ、明日も会える。会えるか?」
すぐに返事が来た。
「もちろん、すごく嬉しい。おやすみ、ダニー、愛してる」
「俺も」
ダニーは携帯をサイドテーブルに置くと、目を閉じた。
二人はセントラルパークでベーグルを食べ、買い物をしてからアパートへ戻った。
ダニーはマーティンのためにラザニアを作って冷凍庫に入れた。これで当分は持つだろう。
後片付けをしていると次は自分のアパートのことが気になる。冷蔵庫もからっぽだし、一週間分の洗濯物が待っている。
「オレ、そろそろ帰ろうかな」
ダニーはそう言うと立ち上がった。
「えっ、なんで?もう帰っちゃうの?」
マーティンは必死にダニーの腕を掴んだ。
「なんでって言われてもなぁ・・・ほら、洗濯とか溜まってるし」
ダニーはマーティンを抱きしめて首筋に唇を押し当てた。
「また明日会えるやん。な?」
「やだ!まだだめ!」
体を離そうとしてもマーティンがしがみついて離れない。
「お前も一緒に来るか?」
仕方なくそう言ってみた。
「いいの?」
「来てもええけど邪魔したら怒るからな」
「しない!」
マーティンは思いっきり抱きつくとにっこりした。
ブルックリンに帰り、洗濯している間に部屋をざっと片付けた。
マーティンにベッドを整えるのを手伝わせてパリッとしたシーツの上に寝転がる。
初夏の夕方は穏やかで、窓から時折吹き込む風が心地よい。
「重くない?」
ダニーの下腹部に頭をもたせかけていたマーティンが尋ねた。
「平気や」
ダニーは髪をくしゃっとしながら答えた。それよりもマーティンが頭をもぞもぞと動かすのがくすぐったい。
ぐりぐりと擦られてペニスが半勃ちみたいな状態になってしまう。
それに気づいたマーティンはいきなり口に含んだ。
「あっ、おい!やめろや!」
「いいからじっとしてて」
ダニーが止めても熱心に舌を這わせている。フェラチオされて完全に勃起してしまった。
マーティンの舌先は緩急をつけながらペニスをなぞり、巧みに快感をもたらせる。
やめさせようとしても体に力が入らない。本当はやめさせたくないのかもしれない。
そのうちどうでもよくなってきてダニーは甘い吐息を漏らした。
「うぅっ・・・マーティン、オレもうイキそうや・・・」
「ずるいよ、ダニー」
マーティンはダニーにキスをして体を重ねた。先走りで濡れたお互いのペニスがくっつく。
貪るように舌を吸いあい、足をきつくからめた。擦れあったペニスがぬちゃぬちゃと卑猥な音を立てる。
ダニーは粘膜の刺激に耐え切れず自分から腰を擦りつけ、マーティンを組み敷いて射精した。
ペニスが何度もどくんと脈動している。照れくささを隠すためにキスをして肩に顔を埋めた。
マーティンは体を入れ替えるとダニーの精液を塗りたくって自分のペニスを扱いた。
ダニーに見られていると思うと余計に興奮して手が早くなる。
「ダニィ・・・僕も出すよ・・・んっ、ああっ!出る!」
マーティンは数回激しく扱くと射精した。ダニーの胸や顎の辺りまで精液が飛んでいる。
「はぁっはぁっ・・・ごめん、僕・・・」
マーティンが謝るとダニーはべったりと胸についた精液を指ですくって舐めた。
「オレとお前の味がする」
「・・・ダニィのバカ」
今度は真っ赤になったマーティンが顔を埋める。
「ごめん、シーツが汚れちゃったね」
「邪魔すんなって言うてあったのに、お前はしゃあないやっちゃな」
ダニーはくくっと笑うと肩に埋めたままのマーティンの頭をぺしっと叩いた。
「それじゃ、お先」
ソフトアタッシュを持って出ようとするダニーに、サマンサが声をかけた。
「毎日、デートなんて羨ましい〜!」
「そんなんやないて。またな」
マーティンの射るような目が痛い。
ダニーは振り返らずエレベーターホールに直行した。
今日は、ジョージが選んだ新しいレストランで待ち合わせだ。
ソーホーにタクシーで向かう。
トンプソンホテルで降ろしてもらい、きょろきょろしていると、ばったりジョージと出会った。
「ダニー!」
思わずきつく抱き締められる。
「おいおい」
「大丈夫!さぁ行こう!」
レストラン「ピープ」はすぐに見つかった。
宇宙船がモチーフの内装は、60年代のSFドラマチックで楽しい。
「ピープって言うからエロいとこかと思ったで」
ダニーが冗談を言うと、ジョージがゲラゲラ笑った。
ジョージの笑顔はたまらなく美しい。
二人は細長いレストランの奥の席に通された。
「俺、よう分からんからお前選んで」
「うん、アジア料理は野菜が沢山食べられるから好きなんだ」
「そやなぁ、ヘルシーや」
ダニーは7オンス・バーガーが大好物のマーティンを思い出した。
ジョージは、前菜にカラマリの生姜炒めとほうれん草の焼売、
ブラックタイガーのグリーンカレーとレモングラス・リブアイステーキに夏野菜のグリル、
ジャスミンライスとイカ墨のパッタイを頼んだ。
「変わったメニューやなぁ」
「ニューヨーク・マガジンだと評判良かったんだ」
「すんげー楽しみや」
ジョージはドンペリニオンをお願いしていたようで、すぐにウェイターが持ってきた。
「おいおい、お祝いか?」
「二日連続デートのお祝いだよ!」
ウェイターが思わず微笑んだので、ダニーは顔を赤くした。
「じゃ、乾杯!」
前菜を食べながら、ジョージが言った。
「昨日、電話もらった後、一人でダンスしちゃった!嬉しかった」
「俺も、嬉しかったで。今日はアランが雑誌の編集者とディナーなんや」
「ふぅーん、あれ?アラン、いるよ!」
ジョージが前を指差した。
横向きのカップル用テーブルにアランが女性と座っている。
「あちゃー!同じレストランかよ!」
「店変える?」
ジョージが心配そうな顔をした。
「いや、もう頼んだし、ここの料理美味そうやから。気にせんと、楽しもう」
「ダニーがそう言うなら」
食事中、ダニーが顔を上げると嫌がおうにもアランの姿が目に入ってくる。
随分親しそうな様子だ。
「気になる?」
ジョージが尋ねた。
「平気、平気。ほら、カレー食え」
「うん、エビがぷりぷりだね」
「ああ美味いな。いつも食べるタイ料理とちゃうわ」
二人はあらかたディナーを終え、デザートのマンゴーのもち米和えとジャスミン茶でしめた。
ちらっとアランを見ると、女性がアランの身体に触れて笑いころげていた。
「随分楽しそうな打ち合わせだね」
思わずジョージも口に出した。
「ええやん、仕事がうまくいってる証拠や。それじゃ行こか」
ダニーはジョージの腕に触れながら、アランのテーブルの前を通った。
アランがあっとした顔で見たのが見えた。
「いいの?挨拶しないでも」
「ええ、ええ、さぁ、お前んち行こ」
「うん、わかった」
二人はタクシーに乗り込んだ。
その日のダニーは激しかった。
ジョージを押さえ込み、身体の自由をきかなくしてから、ジョージの巨大なペニスを飲みこんだ。
裏筋を舐め上げ玉を口にほおばる。
「ダニー・・はぁぁん、そんなにされると・・僕、出ちゃうよ」
「だめや、俺がいい言うまでダメ」
ジョージの先走りの液とダニーの唾液でねちゃねちゃ嫌らしい音がする。
ジョージのペニスが膨れた時、ダニーは根元をぎゅっと握った。
「じゃあ入れてくれ」
「いいの?」
「早く!」
ジョージは、ローションをダニーの中に塗りこんだ。
「うぅぅん」
ダニーが悶える。
2本指を入れてさらに屠るとダニーが腰を振った。
「ジョージ、早よ入れてくれ」
ジョージはダニーを後ろ向きにして四つんばいにさせた。
「じゃあいくね」
激しい衝撃にダニーは頭をベッドヘッドにぶつけた。
「大丈夫?」
「早う動いてくれ!」
ジョージは少しずつ中に入ってくる。
ミシミシとダニーのアヌスが開いていく。
「ああぁ、ジョージ。早よ、俺の中に!」
ジョージは我慢できなくなり、腰を激しく動かした。
「うぁわああ」
ダニーは悲鳴を上げると身体を震わせた。
ダニーのペニスが脈動する。
ジョージもその振動でダニーの中に放った。
二人とも息が荒くて話が出来ない。
ジョージがどさっとダニーの隣りに寝転んだ。
しばらく二人は放心状態だった。
「ダニー、すごかった・・」
「お前も。俺、今日、泊まる」
そう言うと、ダニーはすぐに寝息を立て始めた。
ジョージは心配そうな顔でダニーを見つめていた。
ダニーはブラインドからの木漏れびで目が覚めた。
隣りにはもうジョージがいなかった。
目をこすりながら、広いリビングに行くと、キッチンから音がしていた。
「ジョージ、起きたで!」
ジョージがキッチンから出てきた。
「まだ寝ててもいいのに」
「目が覚めちまった」
「コーヒーがもうすぐはいるから、シャワー浴びてて」
「うん」
外からの初夏の日差しで、部屋全体が温かいからか、冷房が入っていた。
ダニーはシャワーを浴びて、置いてあった歯磨きとバスローブを拝借し、リビングに戻った。
新聞がテーブルに置いてある。
スポーツ欄を見ていると、ジョージがやって来た。
「おはよ、ダニー、よく眠れた?」
「ぐっすりや」
「よかった。朝ごはんが出来たから、ダイニングにどうぞ」
「サンキュ」
ジョージ特製のミックスジュースと新鮮なコーヒーの香り。
ピタサンドにはテリヤキチキンとズッキーニ、チーズが入っていた。
「フルーツも食べてね」
パパイヤ、グアバ、パッションフルーツなどエキゾチックな果実がフルーツボールに盛られている。
「お前、毎朝こんな食事してるん?」
「だって、撮影は朝早いのが多いから。沢山食べないと元気も出ないでしょ」
ジョージはピタサンドに早速がっつくダニーを嬉しそうに眺めていた。
「俺の顔に何かついてるか?」
「ううん、幸せだと思って見てただけ」
ジョージは恥ずかしそうに言った。
「ねぇ、ダニー、携帯がぶるぶるずっと震えてるけど、電話した方がいいんじゃない?」
「事件かな?」
着信履歴を見るとアランだった。
「アランや・・」
「ほら、心配してるんだよ。電話しなよ」
「そやな」
ダニーはあまりに熱心にジョージが勧めるので、いやいやアランに電話をした。
「ダニー!どこにいる!」
アランが怒鳴っている。
「ジョージのアパート。泊めてもろうた」
「今日は帰ってくるんだろ?」
「あぁ、夕方に帰る」
ダニーはがちゃっと切った。
昨日の女性編集者にデレデレだったアランが思い出されて、腹立たしい。
「な、これ食い終わったら、買い物行かへん?」
「買い物?」
「夏物が欲しいんや。このへんいい店多いやろ?」
「うん、沢山あるよ。じゃあ、これ着て」
ジョージはウォーキングクローゼットに消えて戻ってきた。
アルマーニのジーンズとコットンセーターに靴下とコンバースのスニーカーが手に乗っている。
「どうしたん、これ?」
「うふふ、ダニーがもしかしたらいつかは家に泊まるかもと思って、買っておいた」
「サンキュ。お前ってすげー気が利く」
「スーツ置いてって。クリーニングだしとくから」
「おお」
二人は朝食を食べ終えて、少しベッドでいちゃいちゃしてから、街に繰り出した。
ノリータの古着屋でダニーはライダーズジャケットを買った。
「すごい似合う。ねえ、ソーホーに行きたい店があるんだけど・・」
ジョージの勧めでソーホーまで向かう。
「ユニクロ?ヘンな名前やな?」
「日本のブランドなんだ。すごい安いんだよ」
ジョージが入っていくと店員が息を飲んだ。
ジョージ・オルセンだと気がついたらしい。
「へぇ、Tシャツが1枚10ドルしないんか?安いわ」
「カーゴパンツも20ドルしないよ!」
二人はおそろいの迷彩柄のカーゴパンツとTシャツを数枚買って店を出た。
「腹減ったな」
「そうだね」
近くのカフェ・ノワールでモロッコ風ピザとアボカド・ハマスを食べる。
「この辺はほんまオシャレやわ。お前によく合ってる街やね」
「そんな事ないよ」
ジョージは照れた顔で笑った。
ダニーの携帯が震えた。またアランだ。
「うん、分かった。帰るわ」
ガチャっと切るとダニーはジョージに言った。
「そろそろタイムズ・アップや」
「そうだね」
ジョージが寂しそうな顔をする。
「そんな顔するなや。すぐに会えるんやから」
「うん、ダニー、ありがと」
二人は両手を握り合い、テーブルを立った。
「ただいま」
ダニーがリビングに入ると、ソファーに座っていたアランが立ち上がった。
「お前、スーツは?」
「ジョージの家に置いてきた」
「まぁ、座りなさい」
ダニーは買い物袋を床に置くと、ソファーに座った。
「ジョージとは寝たのか?」
単刀直入な切り込むような質問だ。
目が完全に怒っている。
「寝てへん」
「本当だな?」
「ああ、ジョージとはええ友達や。寝るので友情を壊したくない」
ダニーはスラスラと嘘を並べた。
アランの砂色の目がまだにらんでいる。
「アランこそ、どうなん?あの編集者何やねん、ベタベタアランに触って、随分楽しそうやったなぁ」
「彼女はそういう仕事のスタイルしか出来ないんだよ。僕のタイプじゃない」
「タイプやったら、寝てたんか?」
「寝る訳ないだろう。お前がいるのに」
「ふうーん」
「納得いかないか?」
「俺、あの事件以来、女と出来へんやろ。でもアランはバイやから、女の身体が恋しいかと思ってた」
「お前は本当にバカだよ」
アランはダニーを抱き締めた。
ダニーもアランの背中に手を回す。
「今日はピザでも取ろう」
「そやね」
ダニーはユニクロと古着屋の袋をかかえて、ウォーキング・クローゼットに入った。
ふぅとため息をつく。
アランといるのが辛いのではない。
しかし、二人で暮らしていると、結局は束縛しあう間柄になる。
ダニーはそれに窮屈な気持ちを感じ始めていた。
さりとて、この2年間、二人が潜り抜けてきた出来事は、とても一言では言えない。
アランに何度命を助けられた事か知れない。
この絆は一生切れないだろうとも思っている。
ダニーは洋服を引き出しにしまって、ジャケットをハンガーにかけた。
カーゴパンツを見るとジョージを思い出してしまう。
俺、あかんわ。
ダニーは首をぷるぷる振って、クローゼットから出ると「俺、シャワーする」と言ってバスルームに入った。
シャワーを浴び終わり、リビングに戻ると、アランがいなかった。
どこ行ったん?
メモも何も置かれていない。
突然、不安になった。
誘拐されたとか?
玄関のドアを見に行くときちんと鍵がかかっている。
携帯に電話すると「はい」とアランが出た。
「アラン!どこ行ったん?俺、心配した!」
アランはからから笑った。
「今晩飲むワインを選びに、ホールフーズマートまで来ている。そういえばメモを置かなかったな」
「無事なんやな?」
「今、キャシャーだからまたかける」
ダニーの心は、病院で目が覚めた11歳に戻っていた。
回りで祖父母と兄が泣いていた。
おとんとおかんは?
あの不安だけは忘れられない。
やはり、自分はアランといるしかないのか。
ダニーの心は揺れ動いていた。
ダニーがモンキーバーに行くと、カウンターにスタニックの姿がなかった。
時々見かけるバーテンダーがグラスを磨いている。
「なあ、スタニックは?」
「ご宿泊中のお客様からのご指名で、ただいま上に行っております」
「今日は18時までやろ」
「そうです。まもなく戻ると思います。お待ちの間、何かお作りしましょうか?」
「そやな。ほな、ドライマンハッタンもらうわ」
「はい、かしこまりました」
ダニーは時計に目をやりながらふーっと大きく息を吐いた。
カクテルを飲んでいると後ろから肩を叩かれた。
スタニックかと思って振り向くと、見覚えのある赤毛の女が立っていた。
「ダニーじゃない!また会えて嬉しいわ」
「マリー!また来たんか!」
「ひどい言い方。毎年来てるって言わなかった?」
「そうやった?忘れたわ」
「ねえ、今からどう?スタニックもいるのよ。あの夜の再現をしましょうよ」
マリーはダニーのネクタイを緩めて外そうとする。
「あっ、客室からの指名って自分らか!」
「だって、いくら誘ってもあの子が来ないから仕方なくよ。頑なに断るんだもの。そうね、きっと今頃フィリップと楽しんでるわ」
「オレも行く」
心配になったダニーは急いでカウンターに20ドル札を置いた。
ダニーがマリーと部屋に入るとスタニックが嗚咽を漏らしながら喘いでいた。
シーツは精液で汚れていて、泣きながら懇願するように何かを叫んでいる。
フィリップがからかうような口調で話しているが、フランス語なので内容がわからない。
「何て言うてるん?」
「アナルがきつくて初物のようだって。泣くほどいいのか、誰ともしてないのかって聞いてる」
「スタニックは何て?」
「好きな人がいるからやめてくれだって。でもほら、体は喜んでるわ。一度イってるのにもうあんなに大きくなってる」
マリーは卑猥な表情を浮かべてくすくす笑った。
「あいつ、ほんまに嫌がってるやん」
「そう?ねえ、スタニック!あなた、本当に嫌なの?」
マリーに呼ばれてダニーがいるのに気づいたスタニックは、嫌々をするように大きく頭を振った。涙で頬が濡れている。
「ダニー見ないで!あぅっ!いやっ、やめろ!ああっ!」
スタニックが泣き叫んでもフィリップは容赦なく腰を打ちつける。
「んぅっぁぁっ!・・・いやだっ!」
スタニックはシーツを掴んで背中を仰け反らせると再び射精した。フィリップは歓声を上げて大喜びしている。
ダニーも目の前で痴態が繰り広げられていることに下半身が反応してしまった。
「来て、ダニー」
いつのまにか下着姿になったマリーが首に手を回してきた。
「いや、オレはええわ」
ダニーは腕を振りほどくとネクタイを締め直した。
「冗談でしょ?あそこがパンパンに膨らんでるわよ」
「ほんまにしたくないんや」
「きれいな指」
マリーは断られても気にしない様子で言い、ダニーの指を口に含んだ。
「やめろや!」
ダニーは指を引き抜いた。マリーは少し不満そうに眉をひそめたものの、次の瞬間には元どおりの顔で妖しく微笑む。
「いいわ、そこで見てなさい。その気になったらいつでも参加してね」
マリーは呆然とするダニーを残してベッドに入っていった。スタニックに強引に愛撫させながらウィンクしてくる。
ダニーは絡み合う三人を直視できず視線をそらした。勃起したペニスがトランクスに擦れて痛いぐらい疼く。このまま扱きたいぐらいだ。
自分の性欲を持て余しながら行為が終わるのをじっと待っていた。
ダニーがスタバのバナナフラペチーノを持って出勤すると、ホワイトボードの前に皆が集まっていた。
ヴィヴが大笑いしている。
「おはようさん、どないしたん?」
ホワイトボードを見ると、可愛いプードルの写真が貼られていた。
「何やこれ?」
「今日の失踪人、じゃないわ、失踪犬さんよ」
サマンサが答える。
「何で犬探し?うちの仕事やないやん!」
「ジャクソン上院議員の飼い犬なのよ」
ヴィヴが補足した。
「それに全米ドッグショーのチャンピオンなんだってさ」
マーティンが資料を読み上げた。
「今日は犬探しか〜。やれやれ」
ボスがやってきた。
「お、早速、捜査開始だな」
「ボス〜、マジすか?」
「ジャクソン上院議員は連邦予算委員会の重鎮だ。
予算が削られて給料カットなんてならないようにしろよ!」
ボスも笑いを隠しながら、ダニーに答えた。
「NYPDから応援の警察犬を借りた。犬には犬をだ。
ダニーとマーティン、この間のさぼりの罰だ。行ってこい」
「了解っす!」
二人はフェデラルプラザの前で、NYPDの警察犬担当者と待ち合わせた。
「FBIの方ですか?NYPDから来ました、シェパードです」
思わず二人が吹き出す。
「そうなんです。僕、苗字がシェパードなんです。でも我が家は代々ブリーダーなんですよ」
人懐っこそうな20代前半の若者だ。
ラブラドールレトリバーを連れている。
「それじゃ、ジャクソン上院議員の家に行くか」
「はい。おい、ロージー、ゴー!」
ロージーと呼ばれたレトリバーはシェパード巡査と一緒にパトカーに乗った。
「可愛いね」
「お前より賢かったりしてな。おい、マーティン、ゴー!」
ダニーはけたけた笑った。
ジャクソン上院議員の家はモーニングサイドハイツにあった。
豪華コンドミニアムの最上階だ。
部屋に入ると、上院議員の夫人が迎えてくれた。
目を真っ赤に腫らしている。
3人は自己紹介した。
「うちのラブがいなくなりましたの」
ダニーが痛ましそうに「はい、存じ上げております。それで伺いました」と答えた。
「ラブちゃんのケイジはどこでしょう?」
シェパード巡査がきびきび尋ねる。
「こちらですわ」
ロージーがくんくんしながら歩き回っている。
可愛いピンク色のベビーベッドが置かれていた。
「これですか?ロージー、チェック!」
ロージーが早速嗅ぎまわる。
「どこでいなくなったんですか?」
マーティンが尋ねる。
「セントラルパークのストロベリー・フィールズです」
「では、早速捜査を開始します。ロージー、ゴー!」
シェパードの声と共にロージーが動き出した。
ダニーとマーティンは追いかける。
セントラルパークまで車で移動し、ストロベリー・フィールズでロージーの動きを待つ。
杉の木のそばをくんくん嗅いでいたロージーが動き出した。
ものすごい速さだ。
「犬も人も沢山いるのに嗅ぎ分けられるんですか?」
マーティンが尋ねた。
「犬の臭覚は人間の数百万倍ですよ。1億個の臭覚細胞があるんです。それに特にロージーは賢い」
ロージーの後を3人は追いかけた。
するとダラスBBQというレストランの裏口に回る。
「BBQの匂いに釣られてるんやないの?」
ダニーは懐疑的だ。
「いや、間違いなくここです」
厨房のドアをロージーが引っかいている。
マーティンが店内に回り、店長に事情を説明する。
厨房のドアを開けてもらうと、中からプードルが飛び出した。
ダニーが急いで抱き上げる。
店長がコックの一人を連れてきた。
「すみません。あんまり可愛いんで、連れてきちゃいまして」
悪気はなかったようだ。
「あんた、厨房で飼うなんて市の衛生局に通報してもええんやで」
ダニーがプードルに顔を舐められながら、叱る。
「それだけは、どうかご勘弁を!」
店長が平謝りに謝った。
シェパード巡査はおすわりしているロージーの頭を撫でていた。
「すごいなぁ。料理に見向きもしなかったよ、ロージー」
マーティンが厨房から出てきて感心している。
「それでは、悪意はなかったということで、お咎めなしにときましょ」
ダニーが言うと店長とコックがふうとため息をついた。
ラブをジャクソン邸に届ける。
夫人が泣いて抱き締め、3人と1匹にお礼を言った。
「今日は祝杯やな。シェパード巡査、名前は?」
「ドミニクです」
「じゃドムか」
「はい」
「何時に終わる?」
「8時なら」
「じゃあ、アルゴンキンで待ち合わせや」
ダニーは勝手に決めると、マーティンと車に乗り込んだ。
アルゴンキンのロビーで待っていると、ドムが私服でやってきた。
コットンのVネックセーターにジーンズでまるで大学生のようだ。
ダニーはスーツ姿のマーティンと自分が急におやじに感じられた。
「お待たせしました」
「腹減ってるやろ?」
「はい」
「じゃ、行こか」
ラウンジバーは、立ち飲みのビジネス客でごったがえしていた。
エリックがカウンターから会釈する。
「今日はテーブルや」
「はいどうぞ」
3人はハイネケンとバッファローチキンウイングにピザマルゲリータとカラマリフライを頼んだ。
「ドムは警官になって何年め?」
珍しくマーティンが口火を切った。
「5年です」
「じゃ27歳か」
「はい」
「ずっと警察犬担当なの?」
「ええ、家がブリーダーなのと獣医学のゼミとったってレジュメに書いたら、自然と・・
でもロージーはいい子ですから」
ドムは目を細めた。
料理が運ばれ、ドムとロージーの話で盛り上がった。
ロージーは3度も表彰されている有名な警察犬らしい。
「ドムも鼻が高いやろ、自分の担当の犬が優秀で」
「もちろんです。一緒に死んでもいいくらい」
ドムはとても真面目な性格の男だった。
話もストレートで気持ちがいい。
するとそこへダニーの携帯が震えた。
「ちょい、失礼」
着信を見るとジョージとある。
席を立ってダニーは話し始めた。
ジョージが珍しく動揺している。
「ダニー、どうしよう!」
「何、何があった?」
「僕、裁判所から召喚状もらっちゃったよ」
「何やて?飲酒運転か?」
「ううん、わいせつ物陳列罪」
「はぁ?」
「この間のD&Gの広告みたい。どうしよう!」
「とにかく弁護士立てにゃあかん。あてあるか?」
「契約書作ってくれたケンしか知らない」
「ケンじゃだめやわ。わかった。俺、すぐ行くから家にいろ」
「うん、待ってる」
ダニーはテーブルに戻った。
「済まない、彼女が腹痛言うてるから、ちょっと先帰らせてもらうわ」
マーティンがじろっとにらむ。
「あ、テイラー捜査官、携帯の番号いただいてもいいですか?」
「もちろんや」
ダニーはドムに番号を教えた。
「ドムのはマーティンから聞くわ。そんじゃまた飲もうな」
「はい!よろしくお願いします!彼女、お大事に!」
ダニーはタクシーを拾いジョージのアパートへと急いだ。
ジョージが不安そうな顔でドアを開けた。
「ダニー!」
思わずきつく抱き締められ、ダニーはむせた。
「大丈夫やから。まず、電話させてくれ」
「うん、わかった」
ダニーはギルに電話をした。
「はい!ギルバートの携帯でーす」
「何や、ケンか」
「あれ、ダニー?久しぶりだね。僕に用?」
「お前やない、ギルおるか?」
「待っててね、ギルー、ダニーから電話!」
「ダニー、珍しいな、どうした?」
「俺の親友を助けて欲しいんや」
ダニーは召喚状を読み上げた。
「え、あのジョージ・オルセンか?」
「ああ」
「じゃあ、明日の昼休みをあけておくから来てくれるように伝えてくれ。あのジョージに会えるのかよ!」
ギルは舞い上がった声を出していた。
ジョージは部屋でおろおろしていた。
「ジョージ、まず座れや」
ジョージはソファーに座った。
ダニーも隣りに座る。
「ギルは負けなしの凄腕弁護士や。任せられる。お前は何も悪い事してへんのやから、安心しい」
「うん、でも、相手がさ、ネットで調べたらアンチ・ゲイの団体なんだよね」
「お前、スケープゴートやな」
「そうみたい」
「とにかく明日、バーニーズは休みとれ。昼にフェデラルプラザに来てくれへんか」
「うん行く。ありがと、ダニー、僕、なんだか怖いよ」
ジョージはダニーをまたぎゅっと抱き締めた。
ダニーが昼休みにオフィスを出ると、ジョージがロビーで待っていた。
ランチに出る職員たちに見つけられてじろじろ見られている。
「さぁ、行こか」
「うん」
二人は、ギルの法律事務所のあるミッドダウンウェストの高層ビルに向かった。
ギルが事務所のロビーで待ち構えていた。
「ジョージ・オルセンさん、初めまして。ギルバート・オニールです」
ギルは名刺を渡し、自己紹介した。
「ランチを用意していますので、こちらへ」
レセプショニストがぽーっとした顔でジョージを眺めていた。
ギルの同僚たちも振り返る。
会議室にはピタサンドとラビオリサラダにミネラルウォーターが用意されていた。
「あの、仕事の前に不謹慎なんですが・・」
ギルが言いにくそうにしている。
「はい、何でしょうか?」
ジョージが不安そうだ。
「サインいただけますか?」
ダニーは吹き出した。ギルは例のGQを取り出した。
「ジョージ、ギルはな、ケンの恋人や」
「あ、そうなんですか!ヤマギシさんにはお世話になりました」
「あいつ、歯軋りして悔しがってましたよ。あなたの弁護がしたいと」
ギルはサイン入りのGQを大切そうにファイルにしまうと、本題に入った。
「担当判事はすでに調べました。ウィッタード判事。リベラルな人なのでまずこちらに有利だ。
それにしても人物そのものがわいせつ物とは人権蹂躙極まりないケースです。それを攻めましょう」
「僕は法学の知識がないので、戦術はお任せします。あなたが頼れる方だとダニーから聞いて、とてもほっとしているんです。
僕はただ今の仕事を続けたい。それだけが望みです」
「私が求めるのは無罪ですよ。大手を振ってあなたが歩けるように絶対してみせましょう」
ダニーはこんなギルを見るのは初めてだった。
いつもケンにでれでれしている中年男という印象が完全に覆された。
「公判まであと4日間ですね。とにかく全力を尽くします」
「お願いします」
ジョージはギルと固く握手をした。
「どうせなら、キスの方が・・・」
「ギル!ケンに言うで!」
ダニーが止めると、ギルは肩をすくめた。
「それではランチをどうぞ。私は早速準備に入りますので」
ギルが退出した。
「本当に凄腕そうだね」
ジョージが感嘆したように言った。
「ああ、そやね。ギルなら大丈夫や、さ、ランチご馳走になろ」
「うん、美味しそうだ!」
ジョージは安心したのか、残らず食べた。
ダニーは「ほんなら勝利の前祝いや!」とペットボトルを持ち上げ、乾杯した。
二人はほどなくビルの前で別れた。
さて公判の日がやってきた。
ダニーはかなり遅れて法廷に現れた。
被告人席にギルとジョージが座っている。
後ろにアイリスがいるので隣りに座った。
検察側は検事といかにもアンチ・ゲイの団体らしい小太りの白人男性が3人並んでいる。
「どないなってる?」
ダニーが小声でアイリスに尋ねた。
「これからこっちの最終弁論」
ギルが立ち上がり、陪審員席に向かい話し始めた。
「皆さんはこの男性のライフ・ストーリーをよくご存知と思います。
大学で全米一の短距離記録を出し、オリンピック選考会で怪我のためアスリートとしての夢を立たれた。
KKKの男に襲撃された事件も記憶に新しいでしょう。腎臓を摘出した大手術でした。
しかし彼は負け犬ではない。彼は、今また世界一の座を手中にしようとしている。
それもモデルの世界でです。彼の身体、素晴らしいですよね。しかしこれは彼が望んだものではないのかもしれません。
神の御業としかいいようのない造形美です。それを今回、わいせつ物であるという訴えが成された。
神の御業に対してです。信じられますか。
神様から授かったこの素晴らしい存在自体がわいせつ物扱いされている。
世の中に氾濫する低俗なポルノビデオや雑誌と同様の!
彼は自ら決して自分の身体を誇示するような振る舞いはしておりません。
全て仕事のためなのです。もう一度世界一を目指すための。
その彼の夢が、容姿が素晴らしいというだけの理由で叩きつぶされようとしている。
いえ、彼の存在自体が否定されようとしている。これは人間の尊厳を無視した無意味な争いです。
人間は美醜という相対的な判断をもって差別されてはならないのです。
ジョージ・オルセンはあくまでも戦います。今までの人生と同じように。
それでは、ぜひ公正なご判断をお願い致します。以上です」
ウィッタード判事の鋭い声が響く。
「検察側は?」
「ありません」
「それでは、陪審員の皆さんお立ちください」
陪審員たちがぞろぞろ退出した。
ダニーはギルに近寄った。
「素晴らしい最終弁論やったわ」
「ありがとう」
「オニールさん、ありがとうございました」
ジョージにまっすぐ見つめられ、ギルは顔を赤くした。
全員廊下に出た。するとギルのアシスタントが飛んできた。
「もう評決が降りたらしいです」
「随分と早いな」
また皆でぞろぞろと法廷に戻る。
「全員、着席ください。陪審員の皆さん、全員一致で評決に達しましたか」
「はい、裁判長。ジョージ・オルセン 罪状わいせつ物陳列罪に関して・・・無罪」
「それでは閉廷とします。ジョージ・オルセン君」
「はい、裁判長」
「君はわが国のヒーローだ。恥じない仕事をこれからもしてくれたまえ」
「はい、ありがとうございます。」
傍聴席は騒然となった。
「ジョージ、今日はお祝いしよ。俺オフィスに戻る」
「うん」
ジョージはギルに連れられて裁判所を出た。
すぐにマスコミに囲まれる。
ダニーはその人混みのそばを抜けて、フェデラルプラザに向かった。
ダニーはスタニックをつれてアパートへ帰った。
―大丈夫か?
タクシーの中で交わした言葉はたったのそれだけで、声をかけたくても言葉が見つからない。
フィリップに犯されているのを見て勃起してしまったことがダニーを気後れさせている。
スタニックも聞かれたことに頷いただけで、自分から何も話そうとはしなかった。
「えっと、オレはシャワー浴びるけど、お前は?」
「・・・さっき浴びたから」
「あ、ああ、そうやったな。そやそや、うん。ほな、なんか適当にしといて。TV見るとか本読むとか、好きにしててええから」
ダニーは猫背がちの背中に一瞬手を置いて、そそくさとバスルームに消えた。
マーティンはボスとピーター・ルーガーで食事をして、ダニーのアパートで降ろしてもらった。
ベッドルームに行くとダニーが布団をかぶって眠っている。いつものようにベッドにもぐりこんで抱きついた。
「ダニィ」
「うわっ!」
「えっ!な、何?」
マーティンはあたふたしながらベッドから飛び出した。スタニックも同じように驚いたままこっちを見つめている。
「ごめん、僕酔ってて間違えたみたい・・・」
「あ、いえ・・・」
気まずい二人はもごもごと言い合った。
「それじゃ、ごゆっくり」
「・・・どうも」
マーティンはベッドルームのドアを閉めてへたりこんだ。
あー、びっくりした。なんでフランス人がいるんだよ!
ムカムカしながらダニーを探す。バスルームを見に行くと、ダニーが歯を磨いていた。
「あれ、お前来てたん」
「バカ!なんであいつがダニーのベッドにいるのさ?」
「いろいろあってな、あいつ今日は泊まるんや」
「じゃあ僕はどうなるの?僕もダニーと寝たいよ」
マーティンはダニーをじとっと見上げた。ここで引き下がるわけにはいかない。
「あほやな、そんなことしたらオレらの関係がばれてまうやろ」
「それでもいいよ。知られたってかまうもんか!」
ダニーはマーティンをそっと抱きしめた。なだめるようにおでこに唇を押しつける。
「今日だけやんか。な、わからんこと言うな」
「やだ!僕も泊まるからね。僕らはルームメイトなんでしょ?だったら僕がいないほうがおかしいよ!」
マーティンはダニーの手を振り払うと、ドアをバタンと閉めて出て行った。
ややこしいなぁ、ダニーはそうつぶやくと鏡に映った自分に向かって肩を竦めた。
ダニーがリビングに行くとマーティンがビールを飲みながらTVを見ていた。
「スタニックは?」
「見てない」
「そうか」
ダニーはマーティンの隣に座って水を飲んだ。
「お前、ほんまに泊まるん?ソファでも寝れんのやで?」
「ん、僕はダニーのデスクにうつ伏せになるから平気だよ。オフィスで慣れてるから」
「お前も強情やなぁ。オレの車使ってええからしんどくなったら帰り。ほな、おやすみ」
「待ってよ、もう寝るの?」
マーティンは立ち上がりかけたダニーの腕を掴んだ。
「今日は疲れたやろ。お前も早よ帰って寝たほうがええで」
ダニーは髪をくしゃっとすると、もう一度おやすみを言ってベッドルームに引きあげた。
見ていたHouseも終わり、マーティンもダニーの仕事部屋に引きあげた。
ぺらぺらと本をめくったり、デスクに足を乗っけて壁に貼られたムーンカレンダーを見ながらぼんやりする。
ダニーがどうしているのかと考えると気になって眠れない。大体こんな所じゃ眠れるはずもない。
床に寝転んだら腰が痛くなったし、長時間デスクでうつ伏せになるのも無理がある。
それにベッドルームに入れないのでパジャマすらない状況だ。
腹立ち紛れにさっき脱いだ丸まったままのソックスを蹴っ飛ばした。
「おい、マーティン」
ダニーがこそこそしながら入ってきた。ささやくような小声で話すのもむかつく。
「何?」
「こんなとこで寝れんやろ。早よ帰り」
マーティンが黙りこくっているとダニーは車のキーを握らせた。
「明日はお前と過ごすから。映画でも教会でもどこでも連れて行ったる」
「それってデートってこと?」
「そうや」
「約束できる?」
「ああ、もちろん。オレとお前の約束や」
ダニーはマーティンのぷっくりした頬を両手で包むとやさしくキスした。
「本当に約束だよ」
「ああ」
「じゃあ帰る。あ、これ。キーはいらないよ、タクシーで帰るから」
マーティンは部屋の隅に転がっていたソックスを拾うとダニーに渡した。
「何やこれ?オレに履かせろと?」
「そうだよ」
「あほか、図に乗るな。・・・けど今日はしゃあないな、足貸してみ」
「んー、踵のところをきちんとして」
「うるさい!」
ダニーはマーティンにソックスを履かせて足を軽くたたいた。
ダニーがオフィスに戻ると、マーティンが待っていた。
「ダニー、このとこおかしいよ。どうしたのさ」
「実はな、ジョージがアンチ・ゲイの団体に訴えられたんや。」
「え?何かしたの?」
「するわけないやん。あいつの存在自体がわいせつ物なんやと。今日が公判やった」
「それで?」
「もちろん無罪や。当たり前やろ」
「よかったね。ダニー、僕に相談してくれてもよかったのに」
「ごめんな。心配かけたな」
ダニーは思わず謝った。
するとダニーの携帯が震えた。ギルからだ。
「弁護士からや」
ダニーはマーティンに告げて廊下に出た。
「今日は二人で祝いたいだろうが、アランが用意してるようだ。申し訳ないね。
私たちもお邪魔させてもらうよ」
「あ、そうなん?ジョージは?」
「疲れたと家に戻ったよ。電話してあげるといい」
「ギル、ほんまありがとう」
「仕事だからね。じゃまた今晩」
ダニーが戻るとマーティンが心配そうな顔をして近寄ってきた。
「大丈夫?」
「ああ、平気や。今日、お前暇か?」
「うん、予定ないけど」
「祝賀ディナーやるから来いへんか?」
「僕もいいの?」
「お前かてジョージの友達やん」
「ありがと!喜んで!」
マーティンはにこにこしながら席に戻った。
さて、次はジョージに電話だ。
「ふぁい、オルセン」
「ごめん、起こしたか?」
「あ、ダニー!うとうとしちゃった」
「眠れてなかったんやろ。今晩の事聞いたか?」
「うん、オニールさんから聞いた」
「二人だけでまた別の機会に祝おうな」
「うん、今日は賑やかなほうがいいかも」
「ごめんな」
「ダニーのせいじゃないよ」
「じゃ、また後で」
「OK。じゃあね」
そしてアランに電話する。
「あ、俺」
「ジョージの事はギルから全部聞いてるよ。僕に話さないとは水臭いな」
「アランに余計な心配かけたくなかったんや」
「話は後で聞こう。今日はチェルシーの「祭り」を予約したから」
「マーティンも行ってかまへんか?」
「ああ、多いほうがいいんじゃないか?お前はマーティンとジョージを連れてきなさい」
「わかった。アラン、ありがと」
「いいんだよ」
「祭り」はマリタイムホテルの地下にある居酒屋レストランだ。
確かに料理も美味しいし、日本酒の種類も多い。
ジョージも喜ぶだろう。
8時になり、皆がホテルのロビーに集まった。
アラン、ダニー、マーティン、ギル、ケン、そして主役のジョージだ。
ケンは久しぶりにジョージに会ってはしゃいでいた。
ぺたぺた身体に触って、ギルにたしなめられた。
「それじゃ、行こうか」
アランの声で地下に降りる。
「イラシャイマセ」
着物を着た綺麗なブロンドの女性が迎えてくれた。
アランはプリフィクスを予約していたので、オーダーは飲み物だけだ。
全員一致で日本酒を飲むことになった。
先付けのアジのマリネの後、刺身の盛り合わせ、有機野菜とチキンのサラダ、天ぷら、焼き鳥と進む。
珍しく酔ったジョージが立ち上がった。
「今日の主役は僕ではなくて、オニールさんです。乾杯お願いします!」
全員が立ち上がる。
「今日の勝利を勝ち取ったギルバート・オニールに乾杯!」
皆で透かしガラスのお猪口を合わせる。
ギルはケンに頬にキスをしてもらい、幸せそうだ。
すると、ジョージもギルのもう片方の頬にキスをした。
「ちょ!ジョージ!」
ダニーが思わず声を上げた。
「今日はいいでしょ、ダニー。僕、気分いいんだ」
ギルは顔を真っ赤にして照れた。
「ギル、顔がとろけてるぞ」
アランがげらげら笑いながら指摘した。
マーティンはケンとジョージの大胆な振る舞いに驚いた。
僕も人前でダニーにキスできたらな。
同じゲイなのに、何でこんなに違うんだろう。
ジョージの方を向きながら笑っているダニーを見つめて、マーティンはため息をついた。
デザートの黒ゴマアイスクリームが出る頃、ジョージがトイレに立った。
皆は酒で口がすっかり軽くなったギルの最終弁論の自慢話を聞かされている間、
ダニーはジョージが帰ってこないのが気になっていた。
「俺もトイレ」と言ってダニーが立ち上がる。
マーティンがその背中をずっと見つめていた。
トイレに入ると、一つの個室のドアが閉まっていた。
下から覗くとジョージのナイキが見えた。
「ジョージ!どないした、俺や、ダニーや!!」
トントンとノックすると「はぁい」という声と共に、ドアが開いた。
眠たそうなジョージが出てくる。
「どうした?」
「ごめんなさい、僕、眠くて眠くて。このところ寝てなかったから」
「そっか。じゃあ俺が送るわ」
「大丈夫だよ」
「だめや、今日の勝利者を一人で帰すわけにはいかへんもん」
二人はテーブルに戻った。
皆、デザートを食べ終わり、二人を待っていたようだ。
「ジョージ、大丈夫?」
ケンが心配そうに尋ねる。
「うん、ごめんなさい。ちょっと飲みすぎた」
「俺がジョージを送るから、このへんでお開きにしませんか?」
ダニーが提案し、全員、席を立った。
「ダニー、僕も行くよ」
マーティンが急に言い出した。
「俺一人で大丈夫やけど?」
「ジョージ、重たいじゃん。一人で運べる?」
ダニーは面倒臭くなり「ほなら一緒に来いや」と言った。
ジョージは半分寝かかっている。
三人は、皆に別れを告げ、リムジン乗り場に向かった。
ストレッチリムジンをお願いする。
ジョージはごく自然にダニーの隣りに乗り、肩にもたれかかった。
マーティンは仕方なく向かい側に乗る。
ダニーがすらすらジョージのアパートのアドレスをドライバーに告げている。
マーティンはもやもやした予感を感じ始めた。
ジョージのアパートに着いた。
ジョージがすっかり寝ているため、二人で両側から身体を支えた。
ダニーはジョージのジャンパーから鍵を取り出し、セキュリティーを解除した。
警備員が三人をじろりと見る。
「ジョージ・オルセンや」ダニーが告げると、「どうぞ」と返事が来た。
ダニーは最上階のキーを自然と押した。
マーティンは確信した。
ダニーがここに来たのは今日が初めてではないのだと。
「ジョージ、家に着いたで」
「うぅん、眠いよ」
「ベッド行こ」
「・・・」
「ベッドどこや」
「・・・」
ダニーはわざとジョージとマーティンをリビングのソファーに残して、ベッドルームを探すふりをした。
「マーティン、こっちや」
マーティンがジョージをおぶって、ダニーの声のする方に向かった。
素晴らしいベッドルームだった。
キングサイズのベッドの上に猿のぬいぐるみが寝ている。
どことなくダニーに似ている気がした。
「今、水探してくるから、ジョージ寝かしといてくれへん?」
「わかった」
ダニーは意識的にジョージとの接触を避けた。
身体が反応してしまいそうだったからだ。
「ジョージ、今、寝かせるからね」
「・・・」
マーティンはジョージのジャケットを脱がせ、ジーンズに手をかけた。
手が思わず震える。
「ダニー、愛してる・・」
「えっ?」
「・・・」
マーティンは耳を疑った。
今、確かにダニー、愛してるって言ったよね。
ジョージ、そうだったんだ!もしかして、二人は寝てるの?
マーティンが混乱で呆然と立ちつくしていると、ダニーがコントレックスとテイレノールの箱を持って戻ってきた。
「ん?重くて、パンツが脱がされへんか?じゃ二人でやろ」
マーティンは、はっと気がついて、ダニーを助けてジョージの尻を持ち上げ、ジーンズを脱がせた。
「さ、長いは無用や、帰ろ」
ダニーはぼんやりしているマーティンの背中を押しながら、部屋を後にした。
ダニーがコーヒーを飲みながらPCを立ち上げていると、マーティンが顔を伏せるようにして出勤してきた。
「ボン、おはよ!昨日は助かったわ」
「うん」
顔を向けようともしない。
「どないしたん?」
覗き込むように顔を見ると、まぶたがぷっくり腫れている。
「わ、虫にでも刺されたんか?ひどい腫れやん」
「ほっといてよ!」
マーティンはそっぽを向いた。
何怒ってんのや、訳分からんやっちゃな。
ダニーはメールのチェックを始めた。
マーティンがトイレに立ったのを見て、後を追いかける。
誰もいないのを確認して、目をこすっているマーティンに近付いた。
「こすると余計に腫れるで。ほら」
ダニーは自分のハンカチを水で濡らして、マーティンに渡した。
「目の上に乗せとけ」
「・・・」
「お前、何怒ってんの?俺、何かしたか?」
「ダニーが嘘つきだからだよ」
「え?」
「自分の胸に手をあててよーく考えてみなよ!」
マーティンはハンカチをダニーにたたきつけてトイレから出ていった。
ダニーは釈然としないまま席に戻った。
「分かった!お前のマーズ・バー、食ったの俺や。引き出しあけて取って食った。ごめん!」
ダニーは笑わせようとしたが見事にはずした。
マーティンは見向きもしない。
そのまま一日が始まった。
ぎくしゃくした雰囲気を察したヴィヴィアンが声をかける。
「ねぇ、男子チーム、そんなんじゃ仕事に支障が出るから、仲直りしなさい。
二人でバーにでも言って、明日までにわだかまりをといて」
「了解っす」
ダニーは返事をしたが、マーティンは無言のままだ。
こりゃ重症やな。
ダニーはやれやれと思いながらファイルに目を落とした。
一日が終わり、ダニーはヴィヴィアンに言われたとおり、マーティンを誘った。
「ヴィヴが見てるから早うお前も出るふりせい」
小声で囁くダニーの誘いに、マーティンも仕方なく帰り支度をして、二人でオフィスを出た。
「さぁ、どこへ行く?」
「行きたくない」
「お前も強情やな。明日までに仲直りせんとまずいで」
「・・・」
ダニーは無理やりマーティンの腕を取り歩き出した。
「腹減ったやろ?お前の好きなバーガー食いに行こ」
二人はジャクソン・ホールに出かけた。
いつもならマーティンが目を輝かせるお気に入りのレストランだ。
メニューを開けようともしないマーティンを見て、ダニーは二人分のオーダーをした。
ビールがやってくる。
「ほら、仲直りや!」
「出来ないよ」
マーティンの手がわなわな震えている。
「何で?」
「だって、ダニーがジョージと寝てるからだよ!!」
「はぁ?」
「僕、聞いちゃったんだ。ジョージが寝言で「ダニー、愛してる」って言ってた。
ダニーだって、ジョージのアパート行ったの、昨日が初めてじゃないでしょ?しらばっくれないでよ」
「お前なぁ・・」
ダニーの頭が瞬時に回転する。
寝言を聞いただけで、まぶたを泣き腫らすような繊細なマーティンに
真実を告げても最悪の結果を招くだけのような気がした。
何より仕事に支障が出るのが必至な状況は避けたかった。
二つに一つだ。
少し間を置いてダニーが答えた。
「ジョージが何を言おうと俺は知らん。確かに、アパートには1度行った。
ジョージが引っ越した時や。何でそれで寝てる事になる?」
マーティンはダニーをにらんだ。
「じゃあ、寝てないの?」
「あほ!前から言うてるやろ、ジョージは友達やて。友達全部と寝てたら俺の身がもたへん」
ダニーは、まっすぐにマーティンの青い目を見た。
「な、だから機嫌直して、バーガー食お」
「信じてもいいんだよね」
「ああ」
マーティンはやっとチーズバーガーに手を伸ばした。
ダニーはほっとしながら、サルサバーガーにかぶりついた。
こりゃヤバイわ。ジョージにも話せんと。
心臓の鼓動がダニーの耳にこだまする。
ダニーは嘘をついた自分に反吐を吐きかけたいほどの自己嫌悪を感じていた。
アパートに帰ったマーティンは、パジャマに着替えてベッドにもぐりこんだ。
暗い部屋に一人でいると寂しさがこみ上げてくる。
ダニーの声が聞きたくて電話に手を伸ばした。
「はい、テイラー」
「あ、僕だけど」
「はい」
「え・・・ダニー?」
他人行儀な素っ気ない返事に頭の中が真っ白になる。
「あのさ、僕、アパートに着いたから」
「そうですか、わかりました。ええ、ええ。はい、では失礼します」
ダニーは一方的に話すとそのまま電話を切ってしまった。
ダニーのバカ、さっきはあんなに優しかったのに・・・
マーティンは電話する前よりも孤独になった。自分だけがぽつんと取り残されたような気分だ。
いつもなら気にならないのに、半分空いたベッドがさらに孤独をかきたてる。
どうしようもないぐらい人恋しくて今度はスチュワートに電話した。
「はい」
少し掠れた声のスチュワートが電話に出た。
「スチュー、寝てるの?」
「マーティンか、うとうとしかけたところだ。どうした?」
「ん、ちょっと声が聞きたくて・・・」
「声?オレの?」
「うん」
少し間が空いたのがきまり悪い。
「・・・じゃあ、おやすみなさい」
マーティンはそう言って電話を切った。
子機をサイドテーブルに戻そうとした途端、電話が鳴り響いた。
「なんで切るんだよ、まだ何も話してないのに」
電話に出るなりスチュワートの声がした。声に笑いが含まれている。きっとにんまりしているに違いない。
「今さ、にんまりしてない?」
「してるよ。マーティンと話してるんだから当然だろ」
ストレートなもの言いに、マーティンは思わず微笑んだ。
それが嘘でもかまわない、ただ単純に嬉しかった。
「今日は忙しかった?」
くすぶっていたもやもやがすっと消えるのを感じながら、好きな男の顔を思い浮かべる。
翌朝、ダニーが出勤するとマーティンがデスクでマフィンにがっついていた。
「おはよう、マーティン」
「おはよう。これ食べる?」
「おう、サンキュ」
ダニーは差し出されたブルーベリーマフィンをかじりながら自分の席に着く。
マーティンが不機嫌なのを覚悟していただけに拍子抜けしてしまった。
それでもやはり謝りたくてイスごと近づく。
「昨日はごめんな。お前は別の部屋にいてることになってるから話したくてもできひんかった」
「もういいよ」
マーティンはぎこちない笑顔で首をふった。無理をしているのがすぐにわかる。
あの表情を見ると、ダニーはいつも申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「・・・本当はすごく傷ついたんだよ、僕」
「オレが悪かった。ごめんな。なんでもするから堪忍や」
「じゃあさ、今すぐキスしてほしい」
「ここで?」
「そう」
お互いそのまましばらく見つめあった。こみ上げてくる笑いを堪えながら二人同時に立ち上がる。
入れ替わりに入ってきたサマンサにおはようと言いながらトイレに向かった。
ダニーが家に戻り、携帯をチェックするとジョージからメールが入っていた。
「昨日は送ってくれてありがとう。愛してる」
いつもならにんまりする内容のメッセージが、
今日ほど重く感じられたことはなかった。
愛してる。
ジョージがそれを口にする時の真剣な眼差しが目に浮かぶ。
また、目を泣き腫らしたマーティンの射るような眼差しも思い出された。
俺って最低の奴や。
ホールでぼうっと立っていると、アランが呼ぶ声がした。
「ダニー、帰ったのか?」
「うん、ただいま!」
気持ちを振り切るように大声でダニーは返事をした。
なぜかアランの広い胸が懐かしかった。
「ただいま!」
ソファーから立ち上がって近寄るアランをダニーはぎゅっと抱き締めた。
「おいおい、どうしたんだ?ホームシックかい?」
アランがくくっと笑う。
「そんなとこや。ごめん、マーティンに誘われてバーガー食うてきた」
「そうか。マーティンとだと肉食だなぁ。何か飲み物は?」
「うん、ハーブティーが飲みたい。俺、シャワーする」
「じゃあ、カモミールでも入れようか」
ダニーは普通の日常の心地よさを改めて感じた。
その夜、久しぶりにダニーはアランと愛し合った。
ジョージと違う、筋肉の上にうっすら肉の乗った身体に包まれて、
ダニーは癒されたように快楽をむさぼった。
すぐに眠気が襲ってくる。
アランは腕の中で眠るダニーの髪をずっとなでていたが、やがて目を閉じた。
「おやすみ、ダニー。愛してるよ」
その週は、毎日、ダニーはまっすぐ家に帰り、アランと食事を共にした。
お互いにロスした時間を補い合うように、仕事の話をし、週末の計画を練った。
ハンプトンに行こうか、ショッピングをしようか迷うのも楽しい。
ダニーはアランに全てを任せられる幸せを甘受した。
ハンプトンに2泊し、すっかりリフレッシュしてダニーはマンハッタンに戻った。
「ダニー、日焼けしてない?また行ったの?ハンプトン」
サマンサがすぐに気がついて寄って来た。
「あ、気のせいやないか?俺もとからちょっと色黒やん」
マーティンがちろっとこちらを見た。
ダニーはあぁ、元の生活だと実感した。
携帯が震えた。ジョージからのメールだ。
「電話してください」
何やろ?
ダニーは廊下に出て、電話をかけた。
「あ、ダニー!元気?」
「まぁまぁや。お前は?」
「秋冬の仕事で忙しいよ。あのね、この前、僕が酔いつぶれた日覚えてる?」
「うん、それが?」
「警備のジェフに聞いたら、2人が僕をかかえてたって。もしかしてマーティン?」
「そや。手伝うてもらった」
「お礼してないから、もしよければ、家でディナーでもどうかと思って」
「そんなんええのに」
「僕の気が済まないんだ。ね、お願い。マーティンと来て」
「分かった。聞いてみるわ」
ダニーはランチの時、マーティンに話を切り出した。
「え、ジョージの家でディナー?」
マーティンの顔が一瞬こわばった。
「真面目なあいつのことや。お礼しないと気が済まないんだと。つきあってくれへん?」
「わかったよ、行く」
二人は仕事を定時に終え、リバーテラスのジョージのアパートを訪れた。
「いらっしゃい!今日は突然なのに二人ともありがとう!」
ジョージが先にマーティン、次にダニーをハグした。
「ダイニングに案内するね」
二人はのこのことジョージの後を付いて行く。
一面のガラスの窓からハドソン川が見渡せる。
「うわ〜、すごい眺めだね!」
マーティンが感嘆した。ダニーも「そやな」と話を合わせる。
「じゃあ、ワイン飲んで待っててね」
ジョージがキッチンに下がった。
ダニーはワインクーラーの中から冷えた白ワインを取り出して、マーティンと自分のグラスに注いだ。
ジョージが前菜を運んできた。
サーモンの切り身がタマネギのみじん切りと和えてある。
「今日はハワイアン料理です。ロミロミサーモン。マリネードしたサーモンを優しく手で揉むんだよ。ボナペティ!」
「へぇ、ハワイアンなんて珍しいな」
ダニーは一口食べて「お、美味い!」と言った。
マーティンも口に入れる。
「本当だ。柔らかいね、サーモン!」
どうして僕以外の人って料理が出来るんだろう。
マーティンは少し凹んだ。
次はポークのスペアリブだ。ワインが思わず進む。
最後はマグロとアボカドのタルタルがライスの上に乗ったアヒポキライスだった。
「やっぱりジョージの料理は美味いわ」
ダニーが満足そうに褒めた。
ジョージは照れた笑いを浮かべた。
「撮影の合間って結構暇だからレシピー本読んで時間つぶしてるんだ。でも一人で食べるのは寂しいから・・」
「うん、一人の食事って寂しいよね」
マーティンが頷きながらアヒポキを食べた。
完全に気持ちは萎えた。
僕、何にも作れない。ダニーを喜ばせられないよ。
ディナーが終わり、ジョージがデザートの用意をするとキッチンに下がった。
ダニーがトイレに立つ。
マーティンはジョージの後を追ってキッチンに入った。
最新鋭のシステムキッチンだ。
「ねぇ、ジョージ、今日はありがとう」
「あ、マーティン、僕こそ、酔っ払っちゃって醜態さらしてごめんなさい」
「聞いていい?」
「何ですか?」
「ダニーの事、どう思ってるの?」
「僕の恩人です。通販カタログのモデルだった僕がランウェイを歩けるようにしてくれた人」
「愛してる?」
ジョージは一呼吸置いてから「うん、愛してる」と答えた。
「マーティンだってダニーのこと愛してるでしょ?誰でもダニーを好きになるんだよね」
マーティンはどう答えていいか分からず、ますます萎えた。
こんなに素直に言われちゃどうにもならないよ!
「デザートはパパイヤのシャーベットだけど、いい?」
「美味しそうだね」
マーティンはジョージを手伝って、シャーベットをダイニングに運んだ。
ジョージの運転するインパラで送ってもらい、マーティンはアパートに着いた。
「おかえりなさいませ。フィッツジェラルド様」
ジョンの挨拶にも手で返事をして、部屋に戻った。
気持ちがこてんぱんに凹んでいる。
容姿端麗な上に料理も上手で如才ないジョージ。
ダニーがお気に入りなのも無理はない。
その上、ジョージがダニーを愛してるなら、どうしてダニーはジョージと寝ないんだろう。
ジョージの圧倒的な肉体が目に浮かぶ。
一緒に写真撮影をした仲だ。
ジョージの身体の美しさに目を奪われない者がいないのも分かっている。
マーティンは、ふぅとため息をついてネクタイをはずし、
棚からスコッチウィスキーとグラスを取り出すと、飲み始めた。
5杯目で意識が酩酊してくる。
マーティンは自然と携帯を出して電話をした。
朝、起きるとマーティンの目の前に広い背中がある。
え、ダニーじゃないよね、僕、またやっちゃったの!
マーティンがごそごそしていると、トムがマーティンの方を向いた。
「おはよう、マーティン。お前、本当に酒癖悪いな」
「・・ごめんなさい。僕・・」
「言い訳はいいよ。すごいセックスだったしな」
トムがくすっと笑う。
マーティンは恥ずかしくて、ブランケットの中に潜った。
二人の情事の跡を発見し、余計にバツが悪くなる。
「さ、シャワーしようぜ。一緒じゃ嫌か?」
「そんなことない」
マーティンはトムに連れられてバスルームに入った。
トムが優しくスポンジでマーティンの身体をぬぐった。
トムは自分の方は簡単に済まし、マーティンの手を取って、シャワーブースから出た。
バスタオルをマーティンに渡す。
「ありがと」
「朝ごはんでも食いに行こう。腹が減った」
「うん」
二人は服を着て外に出た。
初夏の日差しがまぶしい朝だ。
近くのカフェの朝食セットを頼む。
マーティンはうつむいたままだった。
トムが微笑んだ。
「そんなに恥ずかしいか」
「だって、僕、また夜中にトムを呼んじゃったんでしょ?」
「そうだよ、それも泣きながらな」
「最低だよ」
「そうでもないぞ。俺もセックスしたかったし、お前も望んでた。いいタイミングだろ?」
「トムに失礼だよ」
「いいんだよ、お前が夜中に俺に電話をくれるのは。さ、卵が冷めないうちに食おう」
トムはエッグベネディクトをてっぺんからつぶした。
マーティンもマネをする。
「ねぇ、男でも料理が出来た方がいいのかな?」
「お前、昨日から料理の話ばっかだな。そりゃ便利だけど。俺の性には合わないな」
「僕、料理習おうかな」
トムは吹き出した。
「よせよ、アッパーの料理クラスなんて行き遅れの花嫁候補群だらけだぞ。お前なんか真っ先に狙われる」
「え、僕、女性はだめだよ」
「だろ?あとは自習だな」
「うーん」
「食ったら俺は帰るぞ。今日は夜勤だからもう少し眠りたい」
「分かった、ごめんなさい、トム」
「だから、もういいって」
トムは少し古びたメルセデスに乗って帰っていった。
僕、なんでいつもトムを呼んじゃうんだろう。
マーティンはアパートに戻ると、書斎から本を出してきた。
「バカでも出来る料理シリーズ」だ。
そうだ!ダニーが好きなメキシカンなら作れるかもしれない!
マーティンは、ソファーに深く腰掛けると、「バカでも出来るメキシカン」のページを開いた。
ダニーとマーティンはサイゴングリルの帰りにフェアウェイに寄った。
他愛無い話をしながらお気に入りのシリアルや果物をカートに放り込みながら歩く。
「ねえ、あそこにいるのジェニファーじゃない?」
マーティンがジュース売り場を見ながら言った。ダニーは急いで目を凝らす。
オーガニックのオレンジジュースのボトルを真剣に見比べているのは紛れもなくジェニファーだ。
「ね、ジェニファーでしょ」
「ほんまや」
「早く他の売り場に行こうよ」
ジェニファーが苦手なマーティンはダニーの腕を引っ張った。
「わかったから引っ張るな」
ダニーはカートの中を整理するふりをしながら時間を稼ぐ。マーティンがじれったそうに顔を曇らせた。
「まだ?」
「ちょっと待て、頭の中の買い物リストと照らし合わせてるんや」
ダニーはオレンジジュースを選ぶジェニファーをじっと見つめた。
今すぐ振り向いてほしい。そうすれば挨拶ぐらいできるのにと思いながら。
「ねー、早く行こうよ」
マーティンにせっつかれ、渋々カートを押してその場から離れた。
ダニーがパスタ売り場にいると、ジェニファーが通りかかった。
「ボク、これが欲しいの?お姉さんが買ってあげようか?」
ジェニファーはダニーが持っていたアニーのウサギ形パスタの箱を見ながらくすくす笑う。
ダニーもつられて照れ笑いを浮かべた。ほんの少し指が触れただけでどぎまぎする。これはもう前戯だ。それぐらい胸が高鳴る。
「ジェン一人で買い物?」
「ええ。ダニーは?」
「オレはマーティンと買出しや」
「そう。フィッツジェラルドさんと仲がいいのね」
ジェニファーはブラックオリーブの瓶詰めをカートに入れた。
「このまま帰るならアパートまで乗ってく?」
「いや、まだ仕事の話があるねん。でも一緒に帰りたいな」
ダニーの心は揺らいだが、マーティンを残して帰るわけにはいかない。
ジェニファーが相手だとつい甘えた口調になってしまうのが恥ずかしい。
「オレ、これ食べたい」
照れ隠しにアニーのパスタを突き出す。ジェニファーがそれをカートに入れ、二人は顔を見合わせて小さく笑った。
次のデートでパスタを食べる約束をして二人は別れた。
フジッリとトマト缶を手に取りながら、ダニーの頬は自然と緩んでしまう。
ジェニファーがいなくなったのを見計らうようにマーティンが戻ってきた。両手にたくさんのスナック菓子を抱えて。
「ダニー、カート、カート!落っこっちゃう」
「うわっ!おい、それ全部買うんか?」
「ん、買うよ。さっきジェニファーと話してたでしょ、何だったの?」
「別に。偶然通りかかったからちょっと挨拶しただけや」
「ふうん、そうなんだ」
マーティンはたいして興味もなさそうに頷いた。
アパートに帰って買ってきたものを冷蔵庫に入れていると、マーティンが後ろから抱きついてきた。
「ダニィ」
首に両手を巻きつけて全身をもたせかけていて重い。ダニーはなだめるように手をぽんぽんとたたいた。
「すぐやからソファで待っとき。しまわな腐ってまうやん」
「んー」
「いや、だから重たいねんて!」
無理に引き離そうとすると冷蔵庫に押しつけられたまま唇を塞がれた。
突然の荒々しいキスに驚きながら抱きしめる。
ダニーは体を入れ替えると頬に手を添えて唇を貪った。
執拗に舌を吸って口の中を舐めまわすとマーティンの甘い吐息が漏れ、背中にしがみついた手に力がこもる。
長いキスの後は二人とも息が上がっていた。
ダニーは放心状態のマーティンをキッチンから連れ出すとベッドに押し倒した。
服を脱がせて愛撫しながら自分も服を脱ぎ捨てる。安心させるように目を見つめたままキスをした。
勃起したペニスを重ね合わせたまま、胸や首筋をなぞるように舐める。
「ぁぁ・・・ん・・・」
アナルに指を入れようとするとマーティンがダニーの手を掴んだ。
「ダニィのがいい、早く欲しいよ」
「オレもや」
ダニーはペニスにローションを塗ると、アナルにあてがって静かに挿入した。
「あっぁぁっ・・・あぅっくっ!」
マーティンは快感に抗えずダニーの手を強く握りしめた。
ダニーは喘ぎ声を聞きながら嬲るように腰を揺らす。
マーティンの強い締めつけに何度もイキそうになりながら腰をグラインドさせた。
「出ちゃう、だめだ!ううっ・・・くはぁっ!イ、イク!」
マーティンは大きく仰け反ると射精した。射精と同時にアナルがぐっと締まる。
「マ、マーティンっ・・・!」
ダニーも数回腰を打ちつけると射精してぐったりと上に倒れこんだ。鼓動がとてつもなく早い。
セックスの後の心地よい気怠さに包まれながら二人はそっとキスを交わした。
マーティンは膨大な買い物リストを持って、コロンバス・サークルのホールフーズマートまで出かけた。
カートを押しながら、慣れない野菜売り場でトマトやレタスを吟味しながら入れていく。
「おい、ボン!」
肩をぽんと叩かれた。
「あ、ダニー!」
「お前が買い物なんて珍しいやん。何や、今日はメキシカンか?」
マーティンは買い物リストを覗かれて、顔を真っ赤にした。
「う、うん、ダニーは?」
「今日はアランが学会の友達と食事やから、何作ろうかなと思うてたとこ。
お前は、今日はパーティーか?」
「ち、違うよ、自炊だよ」
「じゃあ、話は早いやん、お前んとこで飯食おうや」
ダニーは勝手に決めると、買い物リストをマーティンの手から奪った。
「なになに、サルサにクリームチーズ?トルティーヤ?お前、随分手抜き料理作ろうとしてんのな」
「バカにしないでよ。僕だって必死なんだよ」
マーティンは計算が狂って頭がとっちらかってしまった。
今日は練習で、来週ダニーを招こうと思っていたのだ。
ダニーは買い物リストをマーティンに返した。
「俺にまかせろ」
「うん・・」
ダニーは小麦粉やオリーブ、ハラペーニョの瓶詰め、シュッレーダーチーズなどをどんどんカートに入れる。
マーティンは後を追いかけるのが精一杯だった。
ダニーのマスタングの後部座席に紙袋を乗せて、二人はマーティンのアパートに戻った。
「まずはビールやな。」
ダニーは買ってきたテカテビールにライムを絞り込み、マーティンに渡した。
「これから手作りでトルティーヤ作るから見ててみ」
「うん、わかった」
ダニーは慣れた手つきで小麦粉を水と溶かしバターで溶き、塩を加えてこねて、伸ばしていく。
「伸ばし棒持ってるなら使わにゃ、もったいないやん」
どんどん丸型のトルティーヤが出来上がる。
「すごい!」
「お前、フライパンあっため」
「はい」
マーティンはすっかり助手状態だ。
「片面2分ずつ焼け」
「うん」
ダニーはトマトとにんにくとタマネギをみじん切りにし、オリーブとハラペーニョにあわせてオリーブオイルを加えた。
「サルサ、出来上がりな」
「うん」
「じゃ、中身作るで」
牛のひき肉にサルサの残りの材料を全部混ぜて、フライパンで炒める。
「ダニー、トルティーヤ、全部焼けたよ」
「お、お前上手いやん」
「ありがと」
マーティンはやっと笑った。
ダニーはレタスを5ミリ幅の千切りにしている。
チーズを出してきて皿に載せた。
「じゃあ、食おうか」
「うん」
ダニーのおかげで、2時間はかかるだろうと思っていたメキシカンがたったの40分で出来てしまった。
マーティンは力が抜けた。
「ビールもっと飲もう!なんかええDVDないか?」
「パイレーツオブカリビアンの海賊版がある」
「お前、またやってんのか、不法ダウンロード!」
「ごめん!」
「じゃ、それ見ながら食おう」
「うん」
二人は、焼きたてのトルティーヤとフィリングを載せた皿をソファーに運んだ。
想像していたメキシカン・ディナーと随分状況が異なってしまったが、
マーティンは、ダニーと共同作業が出来て、幸せな気分になった。
「最初の1時間は、ジョニー・デップが出てこないんだよ」
「お前、種明かしするなよ!」
ダニーに頭をこずかれて、マーティンはけらけらと笑った。
ダニーははっと目を覚ました。
携帯で時間を確認する。1時過ぎだ。
やばっ!帰らなにゃ。
傍らを見るとマーティンが口を半開きにして、ぐっすり眠っていた。
ダニーはマーティンを起こさないようにそっとベッドから出て、服を着た。
ジョージだと自分を起こしてくれるのにと思い、ふと気が付いた。
俺、ジョージとマーティンを比べてるわ。最低やん。
ダニーは音を立てないようにマーティンのアパートを出て、マスタングでアパートに戻った。
しーんと静まり返っている。
ダニーはシャワーを軽く浴びると、ベッドルームに直行した。
アランの寝息が聞こえる。
ダニーはそっとベッドに入った。するとアランの声。
「うぅん、おかえり、ハニー」
「あ、ただいま」
アランが眠そうな目でこちらを見た。
「随分遅かったな」
「マーティンとDVD見てた。3時間やったから遅くなった」
「そうか。おやすみ」
「おやすみ、アラン」
ダニーの胸がハガネのように鳴り響く。
ダニーは天井をしばらく見ていたが、アランに背を向けて目を閉じた。
翌朝、ダニーはすっかり寝坊した。
昨日のマーティンとの激しいセックスの余韻が身体に残っていてだるい。
シャワーを浴びてリビングに行くと、アランがコーヒーを飲みながら新聞を読んでいた。
「もっと寝ててもいいのに。お前は激務だから」
アランがめがねをずらして、ダニーを見上げる。
「いや、怠け者になりそうで、嫌なんや」
「朝食があるよ、食べるかい?」
「うん、腹減った」
「今日はフレンチトーストだ」
「アランのフレンチトースト大好き」
ダニーはコーヒーを自分のマグに注ぐと、ダイニングについた。
アランがメープルシロップとホイップクリームにクランベリーを載せたフレンチトーストを持ってきてくれる。
「うまそ!いただきます!」
アランがダニーの様子に目を細める。
「今日は夏物のショッピングに行かないか?」
「ええな、どこ行く?」
「やっぱりバーニーズが楽だな、いいかな」
「もちろん!」
ダニーはジョージに会える喜びを押し殺した。
バーニーズ・ニューヨークは、夏物をチェックする男性でごったがえしていた。
アランとダニーを見つけて、ジョージがお辞儀をする。
「いらっしゃいませ。今日は夏物のご用意ですか?」
「ああ、よろしく頼むよ」
アランは自分の欲しいものをジョージに告げた。
ジョージがアランのワードローブを探している間、ダニーは考えていた。
やっぱりスーツやな。
ジョージはアランにヒューゴ・ボスの上下とロエベのポロシャツを数枚持ってきた。
アランが試着室に消えた。
次はダニーの番だ。
「俺の職場の合うスーツを」
「はい。かしこまりました」
ジョージは、グッチとアルマーニの夏物を持ってきた。
どちらも甲乙つけがたい。
迷っているとアランが「両方買えばいい」とさっさとチェックしてしまった。
ジョージが、「ご試着をどうぞ」と勧めたので試着室に入る。
パンツを試着していると「いかがですか、テイラー様」とジョージが入ってきた。
入るなり、ジョージはダニーにキスをした。
「ジョージ・・」
「しーっ、静かに!」
ジョージは急いでグッチのパンツをトランクスもろとも下げると、ダニーのペニスを咥えた。
「お、おい!」
「すぐにイカせてあげる」
ジョージの絶妙な舌技と手技でダニーのペニスはすぐに大きく脈打った。
「くぅっはぁ、はぁ、ああ〜」
ダニーはあっけなくジョージの口に果てた。
「それでは、すそのお直しということで」
ジョージはパンツを2本手に下げると、試着室から出て行った。
ダニーは床にへたり込んだ。
優等生のジョージの思いがけない行為に、胸がまだどきどきしている。
「ダニー、試着は終わったかい?」
アランの声がする。
「もうすぐや」
ダニーは急いでジーンズを履くと、試着室から外へ出た。
ダニーはジョージからすそ直しが終わったとのメールを受けた。
久しぶりに二人で会いたい。
アランの留守電にメッセージを残す。
「ごめん、今日も張り込みになった。遅く帰る」
ジョージにメールを打つと「会えるの?すごく嬉しい!迎えに来て」という返事が届いた。
幸いマーティンも週末のメキシカン・ディナーのおかげで機嫌がいい。
ダニーはふぅと安心して、今日ジョージとどこに食べに行こうか考えていた。
バーニーズの従業員口で待っていると、ジョージが出てきた。
「ダニー!」
「おう、元気か?」
「洋服の方はポーターサービスに頼んだから、今日アパートに届いてるはずだよ」
「サンキュ。今日、お前何食いたい?」
「暑いから辛いものが食べたいや」
「それじゃグラマシーまで下ろ」
「うん」
ダニーが連れて行った店は「デヴィ」というインド料理レストランだった。
インドの言葉で「女神」を意味する。
前菜にサモサとラムのケバブを頼む。
ガーリック入りのナンとターメリックライスをお願いして、
シュリンプカレーとチキンカレー、それに野菜と豆のカレーを頼んだ。
ジョージがカリフラワーのカレー炒めとヨーグルトのライターをサイドオーダーした。
「野菜が足りないか?」
「うん、モデルの宿命だよね。焦っちゃうんだ」
「お前、ええ身体してるで、心配することないやん」
「でも30過ぎると人間はどうしても肉がつくように出来てるんだよ」
「お前はその、綺麗やからさ、心配ないで」
ジョージは照れながら言うダニーに微笑んだ。
「ありがと!明日からまた仕事に熱が入るよ。今度、フレグランスのモデルに選ばれたんだ」
「へえ、すごいやん!」
「でもまた脱ぐかもしれない」
ダニーは一瞬顔をこわばらせた。
「それがクライアントの指示なら仕方ないわな」
「許してくれる?」
「もちろんや!お前の成功はすごく嬉しい!」
「ありがと、ダニー!ダニーのお陰だよ!」
二人は羊のミルクがけバニラアイスで〆、レストラン前からタクシーに乗った。
ジョージがダニーの手をぎゅっと握る。
「何や?」
「確かめてるの」
「アホやな」
ダニーがげらげら笑った。
アパートに着き、二人はどちらからともなくキスを交わした。
「バスに入るでしょ」
「ええな」
円形の大理石のバスはいつ入っても豪華な気分にさせてくれる。
ジョージはジャクージのスウィッチを入れた。
すでにペニスは大きく屹立していた。
いつ見ても圧倒される眺めだ。
ダニーはジョージを跪かせ、ペニスを口にほおばった。
長すぎて喉まで届く。
ダニーは必死に裏や表に舌をはわせた。
ジョージが悶える声がバスルームに響く。
「今日は入れてもいい?」
「ああ、お前が欲しい」
ジョージはダニーを軽々と抱き上げると、ベッドルームに運んだ。
「恥ずかしいな」
「なんで?お姫様みたいだから?」
ジョージがくすっと笑う。
ミントのローションをダニーのアヌスに塗り、指を中に入れる。
「ダニー、すごく欲しがってるみたいだ」
「あぁ、欲しい」
「じゃあ、行くね」
ジョージは自分のペニスにもローションを塗布すると、ダニーを四つんばいにさせた。
最初の衝撃がすごいのだ。ダニーは覚悟した。
「あぁ〜!」
「大丈夫?」
「もっと奥へ・・」
「わかった。ゆっくりするね」
ジョージはそろそろと腰を進めた。
ミシミシとダニーのアヌスが広がっていく。
腸の中でジョージが息ついている。
「ダニー、狭くて最高」
「動いてくれ、早う」
ジョージはゆっくり腰を回し始めた。
「ううぅ、くは〜、あぁ」
ダニーはもう限界だ。
「俺、で、出る!」
ダニーはシーツめがけて射精した。
「すごい!ダニーの中が動いてるよ。僕も!」
ジョージはスピードを速めると身体を弛緩させた。
二人でどっとベッドに横たわる。
「お前、最高や」
「ダニーも。もう離れられない」
二人はお互いを抱き締めるとキスを交わした。
aaaaaaaaaaaaaaaaaa
失踪事件が起きた。
ニュージャージー州ジャージー・シティーの高層マンションから女性が行方不明との届けが出た。
届け人は夫のジョン・ゴンザレス、失踪者は妻のエリザだ。
「マーティン、ヴィヴィアン、目撃者がいる。会ってこい。息子だ」
ボスの声が響く。
「はい!」
二人は車でジャージー・シティーに向かった。
近年、再開発で高層マンションが立ち並ぶマンハッタンへの一大通勤エリアに変貌を遂げていた。
夫がマンションのロビーで待っていた。皆で中に入る。
引っ越してきたばかりらしく、部屋のそこかしこに段ボールが置いてある。
「息子さんにお話を伺いたいんですが」
ヴィヴィアンがジョンに尋ねた。
「ええ、それが、ちょっと・・・」
「何か問題でも?」
マーティンがたたみかける。
「はい、息子は自閉症なんです。人みしりがひどいので、質問に答えられるかどうか」
「奥さんの命はその子の証言にかかってるかもしれないんです。まかせて頂けませんか?」
ヴィヴィアンの説得にやっとジョンは応じた。
子供部屋に連れて行く。6歳の息子のニックはパズルをやっていた。
「ニック、お友達を連れて来たよ」
父親の声に上を向くがすぐにパズルに目を向けた。
「はーい、ニック、ヴィヴィアンとマーティンよ。よろしくね」
ヴィヴィアンの差し出した手に、ニックは少し目を落としたものの、またパズルに戻ってしまった。
「申し訳ありません」
父親がさかんに済まながっている。
マーティンがニックの隣りの床に座った。
「ニック、僕はマーティン、ちょっといいかな」優しい声色だ。
ニックがマーティンの顔をじっと見る。
「僕の顔、おかしい?」
ニックが突然、ひきつけを起こしたように泣き出した。
父親が慌てて抱き上げる。
「すみません。知らない人とは話が出来ないんです」
マーティンは困った顔をして立ち上がった。
「それでは、ウェストさん、ニックが何かしゃべったらすぐに連絡をください」
ヴィヴィアンが名刺を渡した。
「はい、わかりました」
二人はマンションを出た。
「困ったわね」
「状況としては、エリザは買い物に行き、駐車場で車のエンジンをかけっぱなしで失踪。
その場にニックが残された。こういう事だよね」
「そうなのよ。あの子は何があったか見てるに違いないのに・・」
二人はほぞを噛んだ。
オフィスでは、ダニーがテクニシャンと盗聴装置と電話探知装置を持って出かけようとしていた。
ジョン・ゴンザレスは株の仲買人で、かなりの収入がある。
身代金目当ての誘拐の可能性も否定できない。
サムはエリザの携帯の通話記録を当たっていた。
今のところ不審な電話は一本もない。
捜査はニックの目撃証言にかかっていた。
帰りの車の中でマーティンは訝った。
子供の扱いには自信はないが、これまでに泣かれた事は一度もない。
なぜ、僕の顔を見て泣いたんだろう。
「ヴィヴ、僕って何に見える?」
「え、白人男性、中肉中背、中年、髪は茶色、目はブルー・・」
「中年なんてひどいよ!でも僕の何かにニックが反応したんだよね。」
「そうかもしれないね。引き返しましょう」
ヴィヴィアンはUターンを切って、ジャージー・シティーへの道を後戻りし始めた。
ダニーがマーティンと話していると、サマンサが寄ってきた。
「ねえマーティン、ドクター・バートンの好きなお菓子とか知ってる?」
「なんでそんなこと聞くの?」
「昨日チャーチラウンジで会ってアパートまで送ってもらったの。だからお礼を渡したくて。
彼、正装しててかっこよかったわよ。最初はちょっと不機嫌だったけど、私には優しくしてくれたのよ」
サマンサは思い出して照れ笑いを浮かべている。ダニーはマーティンと顔を見合わせた。
「何かお薦めない?変なものをあげてドン引きされるのは嫌だもの」
「オレ知ってるで。あいつが好きなお菓子はおかんお手製のミモザビスケットや」
ダニーはきっぱりと言い切った。サマンサの表情がにわかに曇る。
「何それ?冗談でしょ」
「うんにゃ、ほんまや。トロイが『母さん、オレそろそろミモザビスケットが食べたいんだ』
で、トロイおかんが『まあ、それじゃスチューのために急いで卵を茹でなくちゃ!』ってな具合や」
「ウソ!それマザコンじゃない!ドクター・バートンがそんな人だったなんて信じられない!」
「嘘やない。な、マーティン?」
ダニーはにやにやしながらマーティンに同意を求めた。
「え、あ、少しはマザコンぽいとこもあるけどどうかなぁ。けどさ、お母さんと仲がいいのは本当だよ」
「あー、だめだめ。それ、すごいショック。私、当分立ち直れない…」
サマンサは気落ちした様子でコーヒーを取りに出て行った。
「ダニー、あんな作り話をスチューが聞いたら怒るよ。それにスチューのお母さんにも悪いよ」
マーティンが呆れたように言う。
「あほ、多少の脚色はしたけど、あいつがおかんのミモザビスケット好きなんはほんまやんか。マザコンもほんまやし」
ダニーは可笑しくてけたけた笑った。マーティンが困ったように見つめている。
「そんな顔すんな。よう考えてみ、サムがトロイに本気になったらお前も困るやろ」
「そうだけど…」
「別にいいやん。さ、仕事、仕事」
ダニーは自分のデスクに戻りながら、眠気覚ましのフリスクを口に放り込む。
ダニーがアトランティックシティーから戻ると、もう夜だった。オフィスには誰も残っていない。
報告書をボスのデスクに置いて支局を出た。
地下鉄に乗るのも億劫でタクシーを待っていると、前に黒のBMWがすっと停まった。
後部座席にゴールデンレトリバーが乗っている。窓が開いてアーロンが顔を出した。
「やあ、ダニー。乗りなよ」
「え、ええの?」
「もちろん。どうぞ」
「ほな遠慮なく」
ダニーは礼を言って乗り込んだ。
「うひゃー」
突然ざらりとした舌に首を舐められ、ダニーは思わず奇声を上げた。
押しやっても押しやってもスタウトが後ろから舐めようとするのでくすぐったい。
「ごめんね、こいつ、ダニーが好きなんだよ。僕の言うことなんか聞きやしないんだ」
「ええって、そんなん。オレもスタウトのことが好きやから。車で散歩なん?」
「ううん、獣医に診てもらったとこ。バカだから食べ過ぎてお腹壊してるんだ」
「あはは、マーティンみたいやな」
撫でられたスタウトは頭をごしごし擦りつけてくる。ダニーは甘える仕草がかわいくてさらに撫で回した。
「マーティンはどうしてる?」
アーロンが遠慮がちに訊ねた。ダニーは元気やでとだけ答える。
数秒間不自然な沈黙が続く。アーロンはまだマーティンに気があるのかもしれない。
「CJはどうなん?公選弁護人て忙しいやろ」
「うん。夜中もしょっちゅう電話がかかってくる。それも凶悪犯ばかり。家にいてもいないの同然だよ」
そう言ったアーロンの横顔が寂しそうで、ダニーは思わず目をそらした。
あんな奴より新しい相手を探したほうがいいと言いかけて口をつぐむ。またマーティンに想いを寄せられたら厄介だ。
「まあ、誰でも完璧ちゃうから…」
言ったばかりの自分の言葉にうしろめたさを感じながら、じっと窓の外を眺めた。
ニックがマーティンの顔をじっと見る。
「僕の顔、おかしい?」
ニックが突然、ひきつけを起こしたように泣き出した。
父親が慌てて抱き上げる。
「すみません。知らない人とは話が出来ないんです」
マーティンは困った顔をして立ち上がった。
「それでは、ゴンザレスさん、ニックが何かしゃべったらすぐに連絡をください」
ヴィヴィアンが名刺を渡した。
「はい、わかりました」
二人はマンションを出た。
「困ったわね」
「状況としては、エリザは買い物に行き、駐車場で車のエンジンをかけっぱなしで失踪。
その場にニックが残された。こういう事だよね」
「そうなのよ。あの子は何があったか見てるに違いないのに・・」
二人はほぞを噛んだ。
ジョンが憔悴した顔で現れた。
「今、やっとニックが落ち着いたところなんですが・・」
チャイムの音がした。ダニーたちの到着だ。
「あ、テイラー捜査官です」
「どうも。身代金要求の電話があるかもしれませんので、電話に装置を取り付けさせて頂きます」
「どうぞ、こっちです」
ジョンがリビングに案内した。
するとニックが子供部屋から出てきた。
「君がニックか。俺はダニー。よろしくな」
ニックはしゃがんだダニーが差し出した手にそっと触れた。
ヴィヴィアンとマーティンが驚いた。
父親もびっくりしている。
「時々あるんです。ニックが心を許せる相手に出会うことが」
父親が付け加えた。
「ニック、何して遊ぼう。そや、お絵かきはどや?クレヨンあるか?おいたんも書いたろ。部屋につれてってくれへんか?」
ダニーはニックと一緒に部屋に入っていった。
「首からぶらさげてるもん見てもええか」
ニックはダニーの顔を決して見ようとはしないが、頷いた。
ダニーは意思疎通に使うためのカードの束を見始めた。
「リンゴ、クッキー、ミルク・・うまそうやな。おやおや、ニック、これ見たか?」
ダニーは車のカードを出した。
ニックが激しく頷く。
「何色やったかおいたんに教えてくれへん?」
ニックはクレヨンから青を取り出し、画用紙に塗り始めた。
「青かったんか?すごいよう覚えてるやん。それじゃ、こんな人見たか?」
ダニーはカードから黒人と白人のイラストを選んだ。
ニックが泣き出した。
「ニック、ママに会いたいやろ。君だけが頼りなんや。分かるか。どっちかな?」
ニックはダニーの方を見ようとせず、窓の外を見て泣いている。
「お願いです。もうやめていただけませんか?」
父親がヴィヴィアンに懇願した。
「もう少しだけ、待ってください」
30分は経っただろうか。ニックがダニーの隣りに座り直した。
もう泣いていない。カードをながめ、やおら白人を指差した。
「ニック、すごいな〜。どんな人だったか絵書かいて、おいたんに教えてくれへんかな」
ニックは茶色と肌色と青のクレヨンを選んで、人の顔を書き始めた。
茶色の髪に青い目の白人男性のイラストが出来上がる。
「偉いで!上出来や!お、これは何?」
男の唇の上に黒い点が書かれている。
「ほくろか、ほくろがある白人やな。ニック、すごいわ。君はママを助けられるで」
ヴィヴィアンが様子を見ながら、
「これで、あんたを見て泣いた理由が分かったね。犯人は、あんたと同じ髪の毛の色と目の色だったんだよ」
「そのようだね」
ダニーがニックをぎゅっと抱き締めた。
「こんな事珍しいんですよ。すごい」
父親が驚愕している。
「ゴンザレスさん、この人相に心当たりは?」
ゴンザレスはじっと考えていたが、「あ、配管工です!シンクの修理で3日ほど働いた男です!車は青のバンでした!」と答えた。
早速マーティンが配管工事会社に電話をかける。
「そうです。顔にほくろのある。え?休暇中?住所を教えてください!」
ダニー、ヴィヴ、マーティンが車で急行する。
「FBI!」
ダニーがアパートのドアを蹴破った。
「おいおい、何だよ!令状あるのかよ!」
「フレデリック・ポリスキーだね」
ヴィヴィアンが確認していると、奥からダニーの声。
「失踪者確保!」
マーティンがポリスキーの両手を後ろに回し、手錠をかけた。
ポリスキーは婦女暴行の前科5犯で、更正施設から出て初めての仕事がゴンザレス邸の修理だった。
FBIのオフィスに救出したエリザを連れて帰る。
夫とニックが応接室で待っていた。
母親に抱きつくニック。
夫はヴィヴィアンにお礼を言っている。
するとニックがダニーのジャケットのすそを引っ張った。
「何や?ニック。ママが見つかったのは君のお手柄やで!ほんま賢いわ!」
ニックは首から提げているカードから3枚を選んだ。
「ママ」「おまわりさん」そして「友達」だ。
ダニーは思わず目に涙を浮かべた。
「俺が君の友達か!そやな、友達や!ニックと俺は友達や!」
ダニーはニックを抱き上げるとぐるぐる回転した。
ダニーはへとへとになって家に戻った。
さすがに自閉症の子供との対話はエネルギーと忍耐を要した。
それにしても、ニックが書いた似顔絵がポリスキーによく似ていたのに驚かされた。
ダニーは、夕食のゴルゴンゾーラのペンネを食べながら、その話をアランにした。
「ほう、その子はまれにいる高機能自閉症かサヴァン症候群かもしれないな」
「それ何?」
「知能指数がIQ170以上だったり、絵を描いたり、精密に何かを記憶したりに特異な才能を見せる自閉症のことだ」
「ふーん。とにかく似顔絵が犯人にそっくりだったで」
「自閉症は治らないかもしれないが、特異分野で幸せな人生が送れるといいな」
「うん、そやね」
ダニーは満足げに頷いた。
「お前も特異な才能があるな」
「え?何?」
「そんな短時間で自閉症の子の心を開かせるなんてすごいことだよ。精神科医になるかい?」
「よせやい!俺はそんな賢くないから、アランに任せるわ」
その日は、二人で久しぶりにバスに入った。
アランが海綿のスポンジで優しくダニーの身体をぬぐってくれる。
ダニーはとろとろといねむりを始めた。
「ダニー、ベッドに行こう」「ん」
アランにバスタオルで身体を拭いてもらい、着替えを手伝ってもらうと、
ダニーはベッドにごろんと横になった。
すぐに寝息が聞こえる。
「よっぽど疲れたんだな。可愛そうに」
アランはローブを羽織ると、書斎でドクター・フリーの掲示板にレスを始めた。
翌朝、ダニーが気分よく目が覚めた。
シャワーを浴びてスーツに着替え、ダイニングに行くと、アランがマグにコーヒーを注いでくれた。
「ツナサンドを作ったが、持っていくかい?」
「うん、オフィスで食うわ。サンキュ」
ダニーはアランにキスをして、アパートを出た。
昨日の事件の報告書を仕上げねばならない。
ダニーは、ツナサンドを取り出し、スタバのダブルエスプレッソを飲みながら、PCを立ち上げた。
「ふふ、気分いいでしょ」
サマンサが声をかける。
「ああ、失踪者が無事だとほっとするわ」
「それに彼女のお手製のサンドウィッチですものね!ああ、暑いわ〜」
サマンサはフォルダーで顔をあおぎながら席に向かった。
マーティンは、マフィンを食べながら、ダニーのサンドウィッチを見ていた。
「ボン、食うか?」
「いらない!」
ぷいっとそっぽを向かれてしまった。
ニックより扱いにくいかもしれんわ、あいつ。
ダニーはランチを誘うことにして、報告書作りに専念した。
いつものカフェで二人はランチを取った。
ダニーはトマトのカッペリーニ、マーティンはミートソースのペンネだ。
「お前さ、自炊してんの?」
ダニーが尋ねる。
「ううん、僕には向かないみたい」
「じゃ、もっと外食で野菜食わないと太るで」
「そうかな」
マーティンは言葉が少ない。
「なぁ、何か怒ってる?」
「そんなことないよ。たださ・・」
「ん?」
「ダニーは自閉症の子の心も開かせるのに、僕は泣かせただけなんだもん」
ダニーは苦笑した。
「そりゃ、お前、犯人とお前が似てたから仕方ないやん。もしヒスパニックが犯人やったら、俺に泣いてたで」
「そうかな」
「そんなんで凹むなよ」
「うん・・僕って何やっても中途半端なんだよね」
ダニーは必死で考えた。
「フットボールで鍛えたタックルなんかすごいやん。俺にはマネできへん」
「うーん」
「さ、早く食ってオフィスに戻ろ。冷房きいてるとこに戻りたいわ」
「わかった、そうだね」
マーティンはやっとフォークを動かし始めた。
ダニーはほっとして、カッペリーニを食べ始めた。
マーティンはずっと考えていた。
容姿端麗で料理も出来て仕事も完璧なジョージと何も出来ない僕。
ダニーはどっちが好きだろう。
このところマーティンの元気がない。
ダニーは気になるものの、仕事に追われて声をかけず終いだった。
マーティンがデスクでピザをかじっている時、サマンサが寄って行った。
「ねぇ、マーティン、何か元気ないけど、どうしたの?ドクター・スペードなら今日空いてるわよ」
「うーん、話聞いてくれるの?」
「うん、奢ってくれたらね」
「分かった。約束だよ」
ダニーが席に戻ると、マーティンはまたピザをかじり始めた。
「お前、おやつにピザか?」
「ランチ食べ損ねたんだよ」
「そか、ふーん」
ダニーは容疑者の住所検索に戻った。
定時に仕事が終わり、ダニーが帰り支度をしていると、サマンサがマーティンの腕を取って帰っていくのが見えた。
「おい、俺も行く!」
ダニーが後ろ姿に声をかける。
「今日はだめ!ドクター・スペードの時間なの!」
二人は振り向きもせず手を振って、帰っていった。
「何奢ってくれる?」
「トンプソンホテルのタイ料理はどう?」
「わーオシャレじゃない!行こう!」
サマンサはまるでデートのようにはしゃいでいる。
マーティンは誘う相手を間違ったなと思った。
ソーホーのトンプソンホテルの「キッチチャイ」は最近人気のアジアン・フュージョンだ。
サマンサは嬉しそうにメニューからアナゴの生春巻きと鳥ミンチのバジル炒め、
ジャスミンライスとグリーンカレーを選んだ。
マーティンはサテーに牛肉と春雨のサラダ、もち米にパッタイを頼んだ。
白ワインをとりあえず開ける。
「じゃあ、かんぱーい!」
グラスを合わせる二人のテンションが全然違う。
「ねぇ、サマンサ、本当に話聞いてくれるわけ?」
「もちろんよ。どうせ恋愛の話でしょ?マーティンに彼女がいたなんて、ちょっとショックだからワイン飲むわね」
サマンサは一気にグラスを干した。
「で、どんな彼女なの?」
「あのね、僕よりしっかりしててすごくよく面倒見てくれてたんだよね」
「それが?」
「新しい友達が出来てさ、その子もすごくしっかりしてるんだよ。
気があっちゃったみたいで、僕は放りっぱなしにされてるんだ」
「ふぅん。何だか曖昧な話ね。彼女、ひょっとしてレズじゃないの?」
「そんなことないよ!」
マーティンはあわててワイングラスを倒しそうになった。
「普通、面倒見のいい人って手間のかかる人と付き合うとうまく行くのよね」
「僕が何も出来ないから愛想つかされたのかな」
「そんなに何にも出来ないの?」
「料理できないし・・」
「私も出来ないわよ!でもジャックが出来るから平気なの」
「彼・・彼女の友達はね、料理も出来るし、仕事も完璧だし、容姿も抜群にいいんだよ」
「何だか怪しいわね。本当に彼女、レズじゃないの?」
「違うと思う・・」
「レズだったらまずアウトね。彼女に会って真正面から確かめなさいよ」
「うーん・・」
「ほら勇気出して!」
サマンサはぐいぐいワインを飲むと、料理を片っ端から平らげ始めた。
「前みたいに甘えてみたら?彼女も思い出して、またマーティンの面倒見てくれる様になるって」
サマンサは酔いでとろんとした目になりながら、マーティンを励ました。
「ありがと、サム」
「どういたしまして!ここの料理、本当に最高ね!すごく美味しい!でもジャックと一緒だと来られないわね」
「どうして?」
「だって、雰囲気に浮きそうじゃない、がはは!!」
サマンサはすっかりご機嫌になって豪快に笑った。
マーティンはそんなサマンサを羨ましく思った。
不倫なのに、こんなに明るい。
それに比べて僕ったら、何うじうじしてるんだろう。
今度、ダニーにうんと甘えてみよう!
マーティンはそう決心した。
「ねぇ、ダニー、明日の休み、何するの?」
ランチタイムのカフェで突然マーティンが尋ねた。
「うん?久しぶりにブルックリンのアパート戻ろと思うてるんやけど」
「ふぅん、ねぇ、僕も一緒に行ってもいい?」
「ええけど、お前に構っておられへんで。仕事溜まってるから」
「それでもいいんだ。ねぇ、いいでしょ?」
「特別に許可するわ」
マーティンは満足そうにペスカトーレにがっついた。
ダニーは訝りながらフォカッチャサンドにかぶりついた。
翌日、アランに夕方帰ると言って、マスタングで出かける。
セントラルパークを横切ってアッパーイーストサイドのマーティンのアパートに向かった。
すでにマーティンは道に出て待っていた。
紙袋をかかえている。
「ほら、乗れや」
「ありがと」
「その紙袋何?」
「ダニーは仕事でしょ。僕の食料のスナック菓子だよ。ダニーの好きなアボカドチップスも買ったよ」
ダニーは妙にはしゃぐマーティンに苦笑しながら、「ほな出発や」と車を動かした。
「よう郵便物溜まってるなぁ」
ダニーがポストを見て呆れた。
ほとんどがジャンクメールだ。
二人は部屋に入った。
ダニーが窓を開けて空気を入れ替えると、冷房をつけた。
「我慢せいよ。もう少しで冷房効くから」
「大丈夫」
マーティンはビールを買ってくるといって出ていった。
ダニーは郵便物の仕分けから始めた。
請求書とDMを分ける。
通販のカタログは見たいものもあるので、のけておいた。
マーティンが戻ってきて、ソファーに座るとプシューとビールを開けた。
がさごそスナック袋を開ける音もする。
「マーティン、俺にもビール」
「はーい!」
マーティンはビールを持ってくるとダニーの首に手を巻きつけた。
頬にさっとキスをする。
「支払い間違えるといかんから邪魔するなよ」
「はーい」
マーティンは、DVDの中から「グラストンベリー」のライブを見つけて見始めた。
電話、電気、水道、ガス、携帯と次々に支払いを済ませていくダニー。
マーティンをちらっと見ると、すっかりライブに夢中になっている。
スナック菓子のかすが床にこぼれていた。
あーあー、掃除機もかけなならんやん。
ダニーはベッドルームに入り、変わったことはないかチェックした。
気が付くと、マーティンが横にいる。
「あー、びっくりした!」
「ねぇ、しようよ!」
「え?こんな昼間からか?」
「いいじゃん。しようよ!」
マーティンはどんどん服を脱いでいく。
ダニーは「汗臭いからシャワーしようや」と言ったが、マーティンはすっかり全裸になってベッドに横たわっていた。
しゃあないな。
ダニーも洋服を脱ぎ捨てるとマーティンの隣りに身を横たえた。
マーティンがダニーの上に乗り、磔にする。
「おいおい!」
「ねぇ、ダニー、僕のこと好き?」
「好きや」
「本当?」
「ほんまや」
「愛してる?」
「ああ、愛してる」
マーティンは身体をずらすとダニーのペニスにかぶりついた。
汗でしょっぱい味がする。
マーティンの舌技も絶妙だ。
「んんっ」ダニーはすぐに勃起した。
「おい、続けると出るからやめ!」
マーティンは上目使いでダニーを見たが、やめようとしない。
「あ、ぅぅうん、あ、で、出る!」
ダニーはマーティンの口の中で果てた。
マーティンがダニーを飲み下す喉の動きがいやらしい。
マーティンは、サイドテーブルの引き出しからローションを取り出すと、自分のペニスに塗りつけた。
ぺちゃぺちゃ嫌らしい音がする。
「それじゃ、行くね」
弛緩しているダニーの足を広げて、マーティンは腰を進めた。
するりとダニーの中に吸い込まれる。
「ああぁ、いい気持ち」
ダニーは自分から腰を動かし始めた。
「早う、お前をくれ!」
「待って」
マーティンはじらすようにゆっくり腰を回す。
ダニーは我慢出来なくなり、起き上がると、騎乗位になった。
マーティンの腹の上で上下運動を繰り返す。
「あぁ、はぁ、ううんん」
ダニーのペニスがまた勃起し始めた。
マーティンは手を沿え前後に動かす。
「あぁ、行く!」「僕も!」
二人は同時に射精した。
「はぁ、はぁ」
ダニーはマーティンの上にかぶさって息を整えた。
二人はごろりと横になる。
「お前、どうしたん?」
ダニーがマーティンに尋ねた。
「だって、久しぶりなんだもん」
そや、しばらくマーティンと寝てない。
ダニーは気が付いた。
ダニーはマーティンの汗ばんだ額にはりついた前髪を上に上げると、おでこにキスをした。
「さぁ、シャワーしよ」
「うん!僕、何か食べたいな」
二人は手をつないで、バスルームに消えた。
アーロンの車が東70丁目に差しかかった頃、ダニーの携帯が鳴った。
「ごめん、ちょっと失礼」
相手を確認すると思ったとおりマーティンだった。断ってから電話に出る。
「オレや、どうした?」
「ん、まだアトランティックシティーにいるの?」
「いや、こっちにいてる。今、アジアソサエティーの辺や。もうすぐ着くわ」
「わかった、ピザ頼んどくね。いつもの生ハムのでいい?」
「ああ。それにブラックオリーブも追加しといてくれ」
ダニーが電話を切ると、アーロンと目が合った。
「マーティン?」
「そうやねん、晩メシの相談や」
「いいな。ダニーとマーティンの方がカップルらしいね」
アーロンに羨ましそうに言われ、ダニーは返事に困って曖昧に頷いた。
アパートに着くと、マーティンがポーチで柵にもたれて待っていた。
ダニーがアーロンの車から降りたのを見て露骨に顔をしかめる。
「マーティン直々にお出迎えか、いいね」
「そんなわけないやん、たまたまやろ。な、マーティン?」
ダニーが話しかけてもマーティンは黙ったまま頷こうともしない。
「ごめんな、アーロン。ひょっとしてあいつも腹壊してるんちゃう?」
気まずさを払拭するために軽口をたたくが、マーティンは依然ぶすっとしたままだ。
「いいよ、僕は気にしてないから」
アーロンは笑顔で答えた。ダニーとしてはさらに申し訳ない気持ちになる。
「ほんまごめんな。送ってくれてありがとう。おいスタウト、お前も早よ治すんやで。あんまり食べ過ぎんな」
ダニーに撫でられて甘えていたスタウトは、マーティンを見つけて激しくしっぽを振りたてた。
「マーティン、お前のこと呼んでるみたいや。撫でたらへんの?」
そう言いながら振り向いたダニーに、マーティンは黙って首を振る。
「マーティンはいいんやて。よしよし、またな」
ダニーはアーロンにもう一度礼を言って車を見送った。
「なんであいつの車に乗ってるのさ?」
「タクシー待ってたら偶然通りかかって乗せてくれたんや。おかげで早よ帰れたわ」
「ふうん」
マーティンはそう答えたものの、納得したようには見えなかった。
ダニーは構わず服についたスタウトの毛を入念にはたく。
エントランスでもはたいたが、部屋に入る前にもう一度はたいた。
ドアを閉めるなりマーティンはダニーにしっかりと抱きついた。ダニーも抱擁を返しておでこにキスをする。
「あれ?なんか薬草みたいな匂いがするよ」
「ああそれな、多分スタウトのシャンプーの匂いやと思う。オレにずっとくっついてたからな」
「へー、いいな」
「お前、さっき自分で断ってたやん」
「そうだけどさ…」
「イーライズかどっかでつながれてる時にでもまたさわり。そや、これ明日クリーニングに出しとこ」
ダニーはジャケットを軽くたたんでクリーニング用の集荷バッグに入れた。
ピザが届くのを待つ間、ベランダのデッキチェアに座ってアイスティを飲んだ。
外は少し強い風が吹いていて涼しい。
「去年の独立記念日の花火はここから見たよな」
「ん」
「今年も一緒に見よな」
「あーよかった、僕と約束したの覚えててくれたんだ」
マーティンはほっとしたように言い、ダニーにぴとっとくっつく。心底嬉しそうなあどけない笑顔だ。
「あほやなあ、オレが忘れるわけないやろ」
ダニーは抱き寄せて髪をくしゃっとした。いつまでたっても不安がらせてしまうことに苦笑しながら。
ダニーがニューヨーク・タイムズを読んでいると、警察犬のロージーが先般の事件で表彰を受けた記事が載っていた。
警察官のドムが嬉しそうにロージーを抱き締めている。
そや、あん時、ジョージから電話かかってきて俺、飲み会中座したんやったわ。
ダニーはマーティンに電話した。
「ダニー!今日もブルックリン行くの?」
マーティンが嬉しそうに答える。
「ちゃうちゃう、お前、NYPDのドムの電話番号教え」
「え、何で?」
マーティンの声が急に曇った。
「今日の新聞見てへんの?ロージーが表彰されたんやて。お祝いでもしたろ思うてさ」
「待ってね。かけ直すから」
ほどなくマーティンが電話をかけてきた。
「ドムの携帯言うからね・・・」
「サンキュ」
「ね、お祝いするなら僕も混ぜてよね」
「当たり前やん。お前と解決したんやから」
「よかった!」
マーティンは安心したような声で電話を切った。
早速ドムに電話をかける。
「テイラー捜査官!お久しぶりです!」
「よう、おめでとう!4回目の表彰やな」
「なんだか犬の捜索で表彰っていうのもね」
ドムは苦笑いしているようだった。
「この前、俺、中座してしもたし、お祝いしたいんで、明日でも夕飯せいへん?」
「え、いいんですか?嬉しいな。よろしくお願いします」
「それじゃ、また電話するわ」
「はい、待ってます」
翌日になり、ダニーが仕事しているとマーティンが寄ってきた。
「ドム、何だって?」
「喜んでたで。お前何が食いたい?」
「んー、コリアンBBQ」
「お前好きやな〜」
ダニーはドムに電話をかけ、7時にフェデラルプラザ前で待ち合わせることにした。
待っていると、Tシャツにコットンのジャンパーを引っ掛けたドムがやってきた。
「こんばんは!テイラー捜査官、フィッツジェラルド捜査官!」
「お前さぁ、いい加減、ダニーとマーティンて呼んでくれへん。俺らめちゃおじんになった気分やわ」
「すみません。だってFBI特別捜査官のお二人をファースト・ネームで呼ぶなんて、あり得ないですから」
「気にせんと。なぁ、好き嫌いある?」
「いいえ?」
「ほな行こか」
3人はギューギューにタクシーに乗って、リトル・コリアのハンバットに向かった。
例のごとく韓国人サラリーマンで一杯だ。
「うわ〜、活気がありますね!」
ドムが驚いている。ベティーが寄ってきた。
「ハーイ!今日はジョージは一緒じゃないの?」
「今日はドムが一緒や」
「ハーイ!ドム!ハンバットにようこそ!」
ドムは顔を赤くした。
3人はテーブルに通される。
まずビールで乾杯だ。
小皿がどんどん並べられる。
「これ、何ですか?」
「注文しなくてもでてくるおつまみらしいで。お替り自由やて」
ダニーが説明した。
ドムは珍しそうに一つずつもぐもぐ食べている。
「全部変わってて美味しいですね!」
次にマーティンが待ちに待ったブルコギの鍋が来る。
「これで肉と野菜を焼くんだよ。最後にヌードルを食べるんだ」
マーティンも自信を持って説明していた。
「へぇ、初めて食べます」
ベティーがやってきて鍋肌に肉や野菜を貼り付けていく。
「一人だと外食が出来ないから嬉しいです」
ドムがにこにこ笑いながら言った。
「ドム、付き合ってる人いないの?」
マーティンが聞いた。
「僕にはロージーがいますから。犬の毛いっぱいつけた男なんてもてませんよ。コロンもつけちゃいけないし」
「もてそうなのにな。世の中の女は見る目がないんやな」
ダニーが答えた。
「それに、僕、もともと女性は苦手なんです。お二人はお付き合いしている人は?」
二人は顔を見合わせた。
「一応いるけど、こんな仕事やん。難しいわ」
ダニーが適当に返した。
「そうですよね。お仕事大変ですもんね」
「だから男とこうやって飲み食いする方が気が楽やねん。ちゃう?」
「ええ、同感です!」
三人はまたビールで乾杯した。
ダニーがマーティンをブルー・バーに誘おうとしていると、スポーツバッグを持ったマーティンが帰るところだった。
「ボン、今日もジムか?」
「うん、そうだよ」
「最近、よう通ってんな」
「まぁね、それじゃお先に」
マーティンはすたすたとエレベーターホールに歩いていった。
ちぇ、冷たいやんか。
ダニーは書類をソフトアタッシュに入れて帰り支度をした。
ミッドタウンのジムは、仕事帰りのビジネスマンで混んでいる。
マーティンがトレーニングウェアに着替えてマシーンコーナーに行くと、
ランニングマシーンでドムが汗をかいていた。
「やぁ、ドム!調子はどう?」
「あ、マーティン、こんばんは!ばっちりですよ」
ドムはマシーンを止めて降りた。
「今日は何時までやる?」
「うーん、8時まで」
「OK」
二人がジムで一緒にトレーニングするようになって、今日で5回目だ。
マーティンは、ダンベルの方へ向かった。
8時になり、汗だくになった二人はシャワー室に入った。
腰にタオルを巻きつけて出てくる。
ドムはマーティンの逞しい上半身をまぶしそうにちらっと見た。
あの胸毛に触ってみたい。ロージーみたいに柔らかいのかな。
ドムは自分の想像を打ち消すように頭をぷるぷるふった。
「ドム、どうしたの?犬みたいだよ」
マーティンがけらけら笑いながら近寄る。
「何でもないです。ねぇ、マーティン、胸の筋肉触ってもいいですか?」
「うん、いいよ」
ドムはロージーを撫でるように優しく触った。
思わずマーティンは下半身が反応しそうになる。
「すごい筋肉だ」
「ドムだって立派だよ」
「僕は走るほうが多いから足ばかりに筋肉がついちゃって」
「じゃ、今度一緒にベンチプレスやろうか」
「そうですね。お願いします」
ロッカーに向かい、服を着替える。
マーティンは少し立ち上がったペニスをかくすようにトランクスを履いた。
ドムは先に着替え終わると「じゃあ、ジュース・バーで待ってますね」と出ていった。
さっきのドムの触り方、あれって・・。
マーティンは確信が持てずにいた。
ジュース・バーでプロテイン入りのフルーツミックスを飲む。
「今日は何食べる?」
「マーティンは何がいいですか?」
ドムは必ず自分を立ててくれる。そんな事がなんだか嬉しい。
「そうだなぁ。僕の家でチャイニーズは?」
「え、いいんですか?」
「外食ばっかも飽きるからさ」
二人はタクシーでマーティンの家に向かった。
ジョンが挨拶をする。
「ジョン、NYPDのドミニクだよ」
「ドミニク様はじめまして」
ドムはびっくりした顔をしたが「はじめまして」と返した。
「マーティンのアパートってすごいですね」
「そう?ありがとう」
部屋に入ってドムはまたびっくりした。
自分のアパートとは雲泥の差だ。
「わぁ、セントラルパークが見える!」
嬉しそうにベランダに出るドム。
マーティンは後ろから身体を重ねるようにドムの身体に触った。
ピクっとドムが動いた。
「ねぇ、ドム、聞いていい?」
「はい、何でしょう」
ドムの声が震えている。
「君ってゲイ?」
「僕、わからない・・・男と経験がないんです」
「そうなんだ。ごめんね。僕、誤解してたみたい」
離れようとするマーティンの手をドムが握った。
「このまま僕を抱き締めてくれませんか」
「え?」
「お願いですから」
マーティンはドムを後ろから抱き締めた。
ドムの身体の緊張が緩まる。
ドムはマーティンに身を任せた。
「すごく、気持ちがいいです」
「じゃ、しばらくこうしてよう」
マーティンはドムを抱き締める腕に力をこめた。
マーティンは天井を見ながら考えていた。
ドムのジムでの胸の触り方は、男が普通に触るのと違っていた。
でも経験がないという。
じゃあ、ベランダでのあれは何だったのか。
ドムはとても可愛い。初めて弟が出来たような気持ちだ。
ダニーにはだまっていよう。
マーティンは寝返りをうち、そのうち眠りに落ちた。
朝、マーティンは寝坊した。
やば、もう遅刻だ!
急いで支度をしてオフィスに出勤したが、早速ボスに呼ばれた。
「お前、たるんでるぞ。今日は一日外回りだ」
「はい、ボス」
すごすご席につくマーティンにダニーが近寄った。
「昨日はパーティーで?」
「え?」
「はめはずしですか?」
「ダニーのバカ、そんなんじゃないよ!行って来ます!」
マーティンは一人でオフィスを出た。
事件のフォルダーを持ち忘れたので、話にならない。
仕方がないので、局の車でセントラルパークまで行き、車を停めて、ベンチに腰掛けた。
初夏の日差しがまぶしい。
ジャケットを脱いで、周りを見回す。
フリスビーで遊んでいるラブラドールレトリバーがいた。
ちょうどロージーと同じ位の大きさだ。
空中でフリスビーを咥えると、飼い主の方へ戻って行く。
何度も同じ運動を繰り返す。
マーティンはそのうち居眠りを始めた。
夢を見ていた。自分が誰かとベッドにいる。
背中に手をやり、こちらを向かせると、それはドムだった。
はっと目が覚めると、昼近くになっていた。
ホットドッグスタンドで、オニオンたっぷりのホットドッグを買い、ベンチで食べる。
一度オフィスに戻ろう。
マーティンは、のろのろと立ち上がり、駐車場に戻った。
すると携帯が鳴った。ダニーだ。
「はい、マーティン」
「お前、今、どこや?」
「セントラルパーク」
「事件発生や、戻って来い!」
「了解!」
オフィスに戻ると、ホワイトボードに老人の写真が貼られていた。
マーティンが来たのでボスがミーティングを開始する。
「アルフレッド・ミッドマン、82歳。認知症だ」
「どれ位進んでるの?」
ヴィヴが尋ねる。
「記憶はまだら状態。だが足腰は丈夫で、地下鉄に乗れるほどだそうだ」
「やっかいっすね」
ダニーが困った顔をした。
「ヴィウとマーティンで療養施設に行ってくれ。サムとダニーは、病院や地元警察を当たれ」
「はい!」「了解っす!」
皆で手分けして捜査を開始した。
ヴィヴはミッドマンの世話をしていた看護婦から事情を聞いていた。
「もう3度も抜け出しているんです」
「どこで見つかるんですか」
「ロワーマンハッタンです。いつも警察が見つけて下さるんですが、今回はもう2日経ってるので・・」
「何か変わった事は?」
「最近、しきりに息子に会いに行くっておっしゃって。でも息子さんはすでに他界してますし、誰のことなのか分かりません」
「ここに入院される前の住所って分かりますか?」
マーティンが尋ねた。
「ファイルを見てきます」
看護婦は事務所に入っていった。
「息子って誰の事なんだろう?」
サムとダニーが調べた結果、モルグ、病院、警察そのどこにも該当者はいなかった。
まだ生きているだろうか。
チームは焦っていた。
入院前の住所が分かった。スタッテンアイランドだ。
「ロワーマンハッタンで見つかったって言ってたよね。もしかして、フェリーに乗るつもりなんじゃない?」
ヴィヴィアンがマーティンに告げる。
「乗り場に行こう!」
二人はボスに報告して、フェリー乗り場に向かった。
観光客も多くごったがえしている。
すると警備員が大声を出しているのが耳に入った。
「困るんですよ、お客さん、ここで寝ないでください」
「すみません、FBIです」
「ミッドマンさん!探しましたよ!」
マーティンが床に座り込んでいる老人を起こす。
「私は息子に会いに行かないと・・」
「ミッドマンさん、今日は息子さんはお留守です。さぁ施設に帰りましょう」
ヴィヴィアンが優しく声をかけた。
ミッドマンはヴィヴィアンの顔を見ると頷いて、マーティンに助けられながら、歩き出した。
「独立記念日は息子の家で食事なんじゃ」
「それは、いいですね」マーティンは話をあわせながら一緒に歩いた。
aaaaaaaaaaa
ダニーがローストビーフサンドの材料を買いにアパートを出ると、スチュワートが縦列駐車の真っ最中だった。
ギリギリの狭いスペースに車を入れようと何度も切りかえしている。切りかえすたびに少し焦っているのが可笑しい。
「おい、トロイ!」
ダニーは笑いを堪えて声をかけた。
「テイラーか。今、忙しいんだ」
「知ってる。でもな、これは無理やろ。擦るか、入れても出れんようになるで」
ダニーはそう言うと勝手に乗り込んだ。
「イーライズまで行ってくれ」
「オレはタクシーじゃないぞ」
「まあまあ、後でガレージに入れたるから。それではバートン君、前後左右をよく確認して」
「うるさいぞ、テイラー。オレの方が運転歴は長いんだから黙ってろ」
スチュワートは車を転回させるとイーライズに向かった。
「なんで路駐なん?マーティンに開けてもらえばええのに」
「オレはアップルパイを持ってきただけだから」
スチュワートは少し恥ずかしそうに言った。ダニーはつい意地悪したくなりマザコンと言ってしまう。
「バカ、お前は食べなくていい。独立記念日にアップルパイは伝統だろ。そうだ、今夜のイーストリバーの花火大会見に行くのか?」
「いいや、オレらはベランダでローストビーフサンド食べながら花火の音を楽しむ予定や」
「音だけ?それじゃつまんないだろ。オレのアパートは半分だけ見える。よかったら来るか?」
「それええな。あいつも喜ぶんちゃうかな。あ、あそこが空くで」
ダニーが前方を指差すとしばらくしてクライスラーが発進した。スチュワートは空いたばかりのスペースに車を滑り込ませる。
「お前ってほんと目ざといな」
「まあ、職業柄慣れてるからな。おっ、この車は出るなってわかるんや」
「便利なやつ」
二人はルーフを閉めてイーライズに入った。
買い物を終えてアパートに戻ると、マーティンがベランダから外を眺めていた。
スチュワートは後ろからそっと目隠しする。
「わっ!」
「だーれだ?」
声を出したのはダニーで、二人はにやにやしながら視線を交わす。
「やめてよ、ダニー」
「はずれ」
「えっ、スチューなの?」
「そうさ、オレだよ」
スチュワートはくすくす笑いながら手をのけた。
「ずるいよ、二人で組んじゃってさ」
マーティンはふくれっ面を浮かべるが、とがらせた唇にキスをされてたちまち赤くなった。
「これ、母から。マーティンとテイラーに」
「やったー、アップルパイだ!ありがとう。僕、大好きなんだ。早く食べたいよ」
マーティンは歓声を上げた。甘酸っぱい香りがしてまだほんのりと温かい。
「なあマーティン、トロイんちは花火が見えるんやて。行くか?」
「待て待て、見えるといっても半分だけだぞ」
「行く!」
「よし。ほな、オレは用意してくるから」
「何の?」
「ローストビーフや。トロイのオーブンは引っ越してから一回も使ってないねんて。埃に引火して火事になったら怖いやん」
ダニーはいそいそとキッチンに引っ込んだ。料理はいつだって楽しい。
鼻歌を歌いながら牛肉の塊をオーブンに放り込み、BBQの下ごしらえに取り掛かった。
スチュワートのアパートに着いた三人は、ローストビーフサンドを食べたりBBQを楽しみながら暗くなるのを待った。
肉も野菜もなくなりかけた頃、ドーンという音がして夜空に閃光が走る。
花火は完全に見えるものや環の半分だけ見えるもの、ほんの一部分だけしか見えないのもある。
「今のすごく綺麗だね」
「オレは緑とオレンジのがええな。おい、前のビル邪魔や、ちょっとずれろ」
「無茶言うな、バカ」
三人はわーわー言い合いながら空を見上げ続けた。
「明日は休めるんだろ」
ベッドの中でアランが尋ねた。
「うん、今のとこ事件ないし大丈夫やけど?」
「今年はクルーザーを借りたから、特等席でイーストリバーの花火が見られるぞ」
「うわ、ほんま?夢みたいやな」
「いつもの仲間も呼んだけどいいかな?」
「もちろんや。楽しそうやん!」
ダニーは、家族と独立記念日の花火を見た思い出がない。
大人になってからもこの日はずっと残業していた。
そんな人生の穴を埋めてくれるようなアランの計らいにダニーは胸を熱くした。
7月4日、ピアに集合したのは、アラン、ダニー、ギル、ケン、ジュリアン、デイヴィット、そしてマーティンとトムだった。
皆でがやがやとクルーザーに乗船する。
アランが出航を告げた。
「花火はご存知の通り9時からだ。それまでは、ザ・ピエールの料理でくつろいでくれ」
ドンペリニオンがどんどん開けられる。
皆で乾杯しながら、ビュッフェスタイルの料理を堪能する。
ベルーガのカナッペにノルウェーサーモン、ハモンセラーノにクリームチーズ、
ホットディッシュはシェフが目の前で切るローストビーフと温野菜、
パスタは夏野菜のペペロンチーノに渡り蟹のクリームペンネ、
サラダも3種類が並んでいた。
皆、久しぶりのパーティーに話をはずませながら、食べては飲む。
ドーン!!!
いよいよ花火が始まった。
その音と共にケンとギルがキスを始めた。
他のカップルも後に続く。
ダニーはちらっとマーティンを見た。
トムとフレンチキスの真っ最中だった。
クルーズはまだまだ続きルーズベルト島をぐるりと回った。
「ほんま綺麗やな」
「去年はお前と見なかったな」
アランがダニーの腰を抱き締めながら後ろから囁いた。
「アラン、ありがとな。俺、自分の人生を二度歩いてる気持ちや」
「お前のためなら何度でも歩こう」
二人は熱いキスを交わした。
トムとマーティンがやってくる。
「相変わらず、熱いねえ」
トムはかなり飲んでいるようだ。
「ああ、幸い続いているよ」
アランがトムの肩を叩きながら答えた。
「俺のハニーは、まだお前の相手に未練があるらしい」
マーティンが「ちょっと!」と口を挟んだ。
「本当だろ?お前はいつまでもダニーが忘れられないんだよ」
「トム、飲みすぎちゃうかな。水持ってくるわ」
ダニーが消えた。
「トム、下の部屋で休むか?」
「俺?俺は大丈夫だよ」
マーティンはおろおろするだけだった。
ダニーの持ってきたミネラルウォーターを飲ませる。
トムはごくごく飲むと、失礼と告げてトイレに行った。
「ごめんなさい。僕が見てないうちにすごく飲んじゃったみたいで」
マーティンがすまなさそうな顔をした。
「よくあることやん。気にせんと」
ダニーがマーティンを励ました。
「とにかく、ごめんなさい」
マーティンはトイレに入っていった。
「あの二人、付き合ってるのか?」アランが尋ねる。
「知らん。そんなことないんちゃう?」
「トムもなぁ・・」
それ以上アランは言葉を続けなかった。
ダニーも敢えて尋ねなかった。
クルーズは終わりに近付いた。
皆でまた乾杯する。
「また来年も頼むよ、アラン!」
ギルの上機嫌の声に、全員「そうだそうだ!」と賛成する。
アランはげらげら笑った。
ピアに着岸し、それぞれ三々五々帰っていった。
ダニーはマーティンがトムをかかえるようにしながら帰る後姿をずっと見ていた。
マーティンは背中に乗っている重たい腕をのけた。
「トム、起きてよ!」
「うぅん、もう朝か?」
「そうだよ、仕事行かなくちゃ」
「俺は遅番・・」
「そんなの、ずるいよ!」
マーティンは急いでベッドから出てシャワーを浴びた。
スーツに着替えて用意する。
「ねぇ、鍵預けるからさ、出勤する前に支局に届けてよね!」
「おう、俺は少し寝る」
トムはまた目を閉じた。
トムと寝るようになって何度目だろう。
なぜか寝てしまう自分の気持ちがマーティンは理解できなかった。
昼頃、アランの家にトムが寄りこんで、アランとカルボナーラを食べていた。
「お前、マーティンの家に泊まったのか?」
「ああ、帰るのがたるくてな」
「寝てるのか?お前たち」
「それが、どうした?」
「トム、お前らしくないぞ」
「じゃあ、何か、俺の気持ちを受け止めてくれるとでも?」
「それは・・」アランは口ごもった。
「ほらな。俺のやることに口を挟まないでくれよ。俺は俺でちゃんとやってるんだから」
「それならいいんだが」
「心配サンキュー。やっぱりお前とは腐れ縁だ」
トムは食べ終わると席を立った。
「送っていこう」
「じゃあ、フェデラルプラザに頼むよ。マーティンに鍵返さないとならないんだ」
二人はアパートを出た。
マーティンがダニーと出かけようとしていると内線がかかった。
「僕の客です。ダニー、ちょっと待ってて」
「ええよ」
エレベーターでトムが上がってきた。
「マーティン、世話になったな。ほら鍵」
ぽいっとトムが投げるのをマーティンは受け止めた。
「仕事がんばってね」
「お前もな」
二人はそれで別れた。
ダニーは二人の様子をじっと見つめていた。
二人はいつもと違うスープバーに寄りこんだ。
バジルブレッド2つと好きなスープが二つ選べるのがランチセットが人気だ。
ダニーはオマールえびのスープとヴィシソワーズ、マーティンはオックステールスープとチョルバを頼んだ。
「昨日、トム、お前の家に泊まったのか?」
ダニーがさりげなく尋ねる。
「うん、正体なくしてたからね」
「お前たち寝てるのか?」
マーティンはとっさに嘘をついた。
「寝てないよ、もう」
「それほんま?」
「気になる?」
「当たり前やん。お前のことやから」
ダニーはオマールのスープをかき混ぜながら答えた。
マーティンはその答えに満足そうにオックステールスープを飲んだ。
午後は、たまった経費精算の入力に時間を費やした。
ダニーはマーティンから昔もらったティファニーのマネークリップに、
レシートや駐車券をきちんとはさんで管理しているが、
マーティンは引き出しに入れっぱなしなので、毎月損をしている様子だ。
「お前さ、マネークリップあるやろ。あれ使えや」
ダニーはおそろいだとサマンサにばれる恐れもあるが、一応提案してみた。
「うーん、そうだね。これじゃ、精算できないや」
マーティンが頭をかいている。
「便利やで、マネークリップ」
ダニーは頭の上でクリップを振るとPC入力を続けた。
定時になり、「ほな、おさき」とオフィスを出た。久しぶりに残業なしだ。
アパートに帰り、リビングに入るとガーリックのいい香りがキッチンから漏れていた。
「ただいま!」
「お、早かったな」
「たまにはな」
「今日は、いいイタリアの白ワインが入ったから、パスタにしたよ」
「OK、腹ペコや」
アランはトマトとモッツアレラチーズのカプレーゼとパスタ・プッタネスカを用意していた。
サラダはアンチョビのバーニャカウダソースだ。
「わ、美味そう!」
二人はAleksander WithのデビューCDをかけながら食事した。
「この子まだ19歳なんねんて」
「うわ、若いな!素晴らしい歌唱力じゃないか!」
「ライブやるらしいんやけど、チケットとれるかな?」
「ほう?ライブか。いいね。ジュリアンに聞いてみよう」
「ありがと、アラン」
「いうなよ」
二人はワイングラスを合わせた。
ダニーが出社して、シュリンプサンドをかじりながら新聞を読んでいると
「バーニーズ・ニューヨーク、日本企業に買収か?」という記事が目に入った。
思わずじっと熟読していると、携帯が震えた。ジョージからだ。
「おはようさん!」
「ねぇ、新聞見た?」
「今、読んでるとこや」
「今日、会える?」
「ああ、晩飯食おうか」
「ありがとう、メールするね」
電話は切れた。
自分の会社が外国企業に買収されそうになっている。
落ち着けるわけがないだろう。
幸い、一日、事件もなく、報告書作成に追われた。
定時になって、携帯を見ると「ガンボ」に8時とある。
ダニーはゆっくりと身支度を整えると、オフィスを出た。
グラマシーの「ガンボ」に行くと、ビッグ・ママの歓迎にあった。
「まったく、しばらくぶりじゃないかい!元気してたのかい、ダニー!」
「ママ、元気や、ママは」
「この通りさ」ママは大きな体を揺さぶって笑った。
「奥のテーブルであの子が待ってるよ、さあさ、入りなね」
「ありがと」
ジョージがクラブソーダを飲みながら待っていた。
「ごめん、遅なった」
「僕が早く着いたから」
「ジョージ、料理は適当でいいかい?」
ビッグ・ママが声をかける。
「うん、そうして」
ジョージは答えた。
「びっくりしたろ、ニュース」
「うん、全然知らなかった」
「ファースト・リテイリングってどんな会社や?」
「ダニーとおそろいのカーゴパンツ買ったとこだよ」
「へ?超カジュアルやん、そんな会社が買おうとしてんのか?」
「今日、社長に呼ばれたんだ」
「そんで?」
「僕は相手方の提案リストの資産に入っているから退職されては困るって」
「へぇ〜、お前、資産に入ってんの」
「でもさ、買収されて、ソーホー店に配属になってTシャツ売るのは僕は嫌だ」
「そんなんないんちゃう?お前はバーニーズの顔やから」
「でも・・・」
「そや、お前の雇用契約作ったケンに聞いてみよ」
ダニーはケンに電話をかけた。
ビッグ・ママがマグロのケイジャン風グリルと白ワインを持ってきた。
「ダニー!今どこ?」
「お前、今、暇か?」
「これから食事」
「ひとりか?」
「うん」
「じゃ、グラマシーの「ガンボ」に来いや」
「え?分かったよ。良い事あるのかなぁ」
「お楽しみや」
ケンがやってきた。ジョージを見て明らかに喜んでいる。
「なになに、秘密のデート?」
「そんなのにお前呼ぶかいな」
ビッグ・ママがやってきた。
「これはまた、CSIのアーチーみたいな色男じゃないか!今日のママへのプレゼントはこの子だね!」
ケンが椅子から飛び上がったのを見てダニーは笑った。
「そや、ママ、ケンや、よろしゅう」
「ケン、ビッグ・ママだよ。いつでも胸においで」
「後で行きます」
ケンが小さい声で答えたのでジョージも笑った。
「それで何の集まり?」
「お前、ジョージとバーニーズの雇用契約覚えてるか?」
「弁護士たるもの忘れるわけはないよ」
「どんな条項入れてる?」
「いかなる状況になろうとも、ジョージ・オルセンの契約条件は現在と変わらないものとする、だけど?
もしかして、買収の話?」
「ああ」
「僕、不安なんです」
「ジョージ、大丈夫だよ。会社同士が提携しようが何しようが、君とバーニーズとの契約で君の雇用条件は守られているから」
「本当?」
「ああ」
ジョージがふぅとため息をついた。
「サンキュ、それじゃ、もうお前には用はないわ」
「え、そりゃないよ!」
「冗談や!ここの南部料理うまいで〜。たんと食い!」
「うん、ご馳走になるね!」
ケンはマグロを一切れ食べると、小エビのフライに手を伸ばした。
ジョージはダニーの顔を見て、力強く頷くと、フォークを動かし始めた。
ダニーも満足げに、ワインを皆のグラスに注いだ。
マーティンはカーテンから漏れる強い日差しで目を覚ました。
時計を見ると昼過ぎを指している。
ぐぅ〜。お腹が鳴った。
のろのろベッドから出て、シャワーを済ます。
Tシャツとハーフパンツを履いて、キッチンに向かった。
冷蔵庫の中からミルクのパックを取り出し、そのままぐびっと飲んだ。
留守電が点滅している。
ダニー?
ボタンを押すと、トムの声が出てきた。
「まだ寝てるのか?今日、良ければ家で飯でもどうだ?気が向いたら電話くれ」
マーティンはじっと考えた。
食事をし、お酒を飲んで、そしてきっとベッドに向かうだろう。
寂しさにかこつけて、性欲を満たしているような気して、トムには悪いが、今日は断ることにした。
昨日の晩御飯の残りのピザをレンジに入れて温めて、食べる。
料理が出来るダニーやジョージが恨めしい。
マーティンはまたベッドに戻って、転寝した。
次に目を覚ましたのは4時だった。
さすがに一日ごろ寝するのも罪深い。
マーティンは、簡単に支度をすると、スポーツバッグを持って、ミッドタウンのジムに出かけた。
プールに向かうと、猛烈なスピードで泳いでいる男がいた。
タッチしてグラスを取る。ドムだ。
「ドム!すごいな!」
ドムは声の方向に顔を向けた。
マーティンが笑っている。
うわ、マーティンの胸毛・・。
ドムは顔が赤くなるのを感じて、一度水に潜って、プールから出た。
「マーティン、こんにちは。今来たんですか?」
「うん、今日はだらけた一日だったから、これから身体に押し置きさ。ドムは?」
「これから少し走ります」
「じゃあ、二時間後にジュース・バーでは?」
「いいですね」
二人は別れた。
二時間後、ドムはマーティンを待っていた。
なぜかデートで相手を待っているように胸が高鳴っている。
この前から僕、おかしい。
ドムがジュースをすすっていると、ポンと肩を叩かれた。
マーティンが同じジュースを持って「おまたせ」と言った。
「いえ・・」
口ごもるドム。
「これから予定は?」
「何もないです」
「それじゃ、一緒にご飯食べようよ」
「喜んで」
「何がいい?」
「マーティンが決めて」
「じゃあ、メキシカン!」
「了解!」
二人は、「アラモ」に出かけた。
ワカモレ・ディップとホットサルサ、ビーフ・ファヒータにブリトーを頼んだ。
コロナビールで乾杯する。
テキーラに酒を変えて、二人で職場やロージーの話をしながら、あっという間に食べ終わった。
「わー満腹だね!」
「ええ、やっぱり誰かと食べると楽しい。マーティンと食べると楽しいです」
「僕、口下手なのに?」
「そんな事ないです。すごく楽しい。もっと一緒にいたい・・」
ドムは思わず口にした自分の言葉に驚いた。
「じゃあ、僕の家に来る?」
マーティンはドムの緑の目を覗き込んだ。
「迷惑でなければ」
「決まりだ」
二人はタクシーに乗った。沈黙が続く。
アパートに着いても二人はだまっていた。
「座ってて」
マーティンはスコッチ・ウィスキーを持ってきた。
「飲む?」
「はい」
ドムの声が震えている。
「ねぇ、ドム・・」
「だまって」
ドムは、マーティンの顔を自分に向けて、唇を奪った。
「え?」
「この間、僕、男と経験ないって言いましたよね」
「うん、聞いた」
「経験してみたい、マーティンと・・」
「ドム、それ、本気?」
「うん、この間から僕、マーティンの身体の感触が忘れられない・・」
「それじゃ、ベッドに行く?」
「はい。よろしくお願いします」
マーティンはドムの手を引いて、ベッドルームへ入っていった。
マーティンが手を離すと、ドムは後ろ向きになってTシャツを脱ぎ始めた。
「ドム、こっち向いて」
「だって・・」
「僕が脱がせてあげる」
「うん」
万歳をするドム。
筋骨隆々ではないが、均整のとれた上半身だ。
ベルトのバックルにマーティンが手をかけると、ドムの喉がごくんと鳴った。
「緊張してる?」
「はい」
「力抜いて」
「うん」
マーティンはジーンズとトランクスを一気に下に降ろした。
ドムが息を飲んだ。
ペニスが元気よくはねた。
「もう、こんなになってるよ」
マーティンがくすっと笑う。
ドムは両手で顔を覆った。
マーティンが跪いてドムのペニスを咥えた。
「嫌なら言ってね」
「はい」
マーティンはドムの裏を舐めると、次は喉の奥まで咥え込んだ。
「あぁぁ〜、だめ!!」
ドムはすぐに果てた。
マーティンは喉を鳴らしてドムを飲み下した。
「ドムの味だ」
「僕、恥ずかしい・・」
「恥ずかしがることないよ。さぁ全部脱いで、ベッドに横になって」
ドムはその通りにした。
マーティンは急いで自分も全裸になり、ドムの隣りに横たわった。
「本当にいいの?」
「うん、マーティンならいい」
ドムが甘えた口調になっている。
「ねぇ、ドム、ここからが問題なんだけど、入れる方がいいよね。女とするのと同じだよ」
ドムは一息ついてこう答えた。
「ううん、入れて欲しい」
「本当に?」
「うん」
「痛いよ」
「それでもいい」
「分かった」
マーティンは例の怪しいローションからマンゴーを取り出した。
「じゃあ、これを塗るね」
「うん」
「我慢できなかったら言ってね」
ドムは頷いた。
指にとって、ドムの脚を広く開く。
ドムは再び両手で顔を覆った。
マーティンはゆっくりとローションを中に塗りこんだ。
「どんな気持ち?」
「冷たい・・あぁ、段々熱くなってきた。わ、マーティン、すごい!」
ドムの萎えたペニスが少しずつ持ち上がる。
「指もう1本入れるね」
「うん」
マーティンは2本入れて中をゆっくりかきまわすようにした。
「熱いよ、マーティン。これ何?」
「緊張をとくローションだよ、痛くない?」
「全然平気」
「じゃあ、僕を入れるよ」
ドムは思わず身体に力を入れた。
「力抜いて、ドム」
「うん、わかった」
「痛かったらすぐにやめるよ」
「うん」
マーティンは腰を進めてペニスをドムの入り口にあてがった。
「すごく大きい気がする」
「そんなことないよ」
マーティンがふっと笑う。
「少し進めるね」
マーティンは中に少し入れた。
「大丈夫?」
「何ともない」
「じゃあ、もう少し入れるね」
少しずつ進めるうち、マーティンのペニスは全部ドムの中に飲み込まれた。
「全部入ったよ」
「すごい!身体の中が一杯!熱いよ!あぁ、だめだ〜!!」
ドムの身体がはねた。また射精したのだ。
マーティンはそれを見て、我慢できなくなり、スピードを早めた。
「僕も、で、出る!」
マーティンはドムの中に果てた。
「すごい。温かいのが中に入ってきた」
「僕だよ、ドム」
マーティンは汗ばんだドムの前髪を持ち上げるとおでこにキスをした。
そして鼻へ、唇へ下がっていく。
ドムの舌がマーティンを誘っている。
二人はフレンチキスを交わした。
「どうだった?」
「目から火花が出たみたい。2回もイっちゃった、僕」
「シャワーしようか」
「うん」
二人はシャワーで身体を洗いあった。またキスが始まる。
「マーティンの唇見ていると、キスしたくなる」
「ドム、キスが上手いな」
「マーティンは、その、すごいよ、全部が」
ドムがマーティンの胸毛に頬ずりした。
「さぁ、少し眠ろう」
「はい」
「泊まれるだろ?」
「泊まっていいんですか?」
「もちろんだよ」
二人はバスタオルを巻いて、ベッドルームに戻った。
「ねぇ、ダニーちょっといい?」
仕事中、マーティンがこそこそしながら寄ってきた。
「何?」
「あのさ、チョコバーある?僕の切らしちゃって…」
「ランチにあれだけ食べたのにもう腹減ったんか!」
ダニーが呆れたように目を見開くと恥ずかしそうに苦笑する。
「オレはのど飴とフリスクしか持ってないわ。もうすぐ仕事終わるしなんとかごまかせ」
「ん、わかった」
マーティンは自分のデスクに戻った後もまたキャビネットをごそごそしている。
ダニーはやれやれと思いながら席を立った。
マーティンが胃の辺りを擦りながらPCに向かっていると、ダニーが白い箱を抱えて戻ってきた。
「ほら、フィッツィーにええもん持ってきたで」
笑いを含んだダニーの声に、マーティンだけじゃなくサマンサとヴィヴィアンも顔を上げる。
「何それ?」
「ドーナツや。みんなで食べよう」
「うわぁ、たくさんあるじゃない!どこでこんなに?」
「実は下の階の差し入れをもらってきた」
「まったく抜け目ないわね」
「いらんかったらいいんやで?」
ダニーが箱を差し出すとサマンサが真っ先に手を伸ばした。マーティンも後に続く。
ヴィヴィアンが選んだ後でダニーもドーナツを手に取り、冷めてしまったコーヒーを啜る。
アパートに帰ったものの、半端な時間にドーナツを食べたせいで夕食の仕度をする気になれない。
ソファに寝転んだまま目を閉じてipodでレナード・コーエンを聴く。
いつのまにかうとうとしていたダニーは、いきなりキスされてはっとした。
目を開けるとマーティンの青い瞳がそこにあった。
おずおずと舌を絡められ、ダニーも舌で応じながらぎゅっと抱きしめる。
長いキスの後でマーティンが何か言いかけるのを制して、二人はまた静かにキスを交わした。
ダニーは体を入れ替えるとマーティンのネクタイをほどいてシャツのボタンを外した。
自分もシャツを脱ぎ捨てて覆いかぶさる。少し汗臭い体に舌を這わすとマーティンが嫌がって小さく呻いた。
恥ずかしがって押し返そうと抵抗する手を頭の上でひとまとめにして抑えつける。
「やっ…ま、待って…シャワー浴びたいよ」
「あかん」
ダニーの舌は首筋をなぞり耳の中をくすぐる。
耳を口に含んで軽く歯を立てるとマーティンがびくっと体を強張らせた。
完全に勃起したペニスが太腿に当たっている。ダニーは恥ずかしがるマーティンのベルトを外すとパンツを下ろした。
窮屈なトランクスから解放されたペニスが勢いよく上を向いている。
軽く先っぽを舐めると透明な雫がにちゃっと糸を引く。ダニーはマーティンのペニスを口に含むと唇で扱いた。
「くっ…はっ…ふぅぅっっ…」
ダニーが舌を動かすたびにマーティンが悩ましげな声を漏らした。もっと聞きたくてダニーは裏筋をなぞる。
「んぁっ…っ…んんっ!」
イキそうになったマーティンはダニーにしがみついた。
「何や?気持ちいいんか?」
舐めるのをやめて手でゆっくり扱きながら聞くとマーティンは真っ赤になりながらこくんと頷く。
「オレのも咥えろ」
ダニーは立ち上がるとマーティンの口元にペニスを突き出した。
真っ赤な顔でひたむきにペニスを咥えているのを見ると我慢できなくなる。
ペニスを抜いてソファに押し倒すとキスしながら挿入した。
ダニーは足を大きく開いて持ち上げると結合部分を見ながら腰を揺らした。
マーティンが見られまいとダニーの目を手で覆おうとするがダニーは容赦しない。
「んぁぁっ!あぅっ!」
出し入れするたびにマーティンのアナルがひくつき、ペニスから先走りがとめどなく流れ出ている。
「んぁっ…っ…あぁっ!…うぅっ」
ダニーも自分で動きながら喘ぎ声を漏らした。もう眺めている余裕などない。
夢中で腰を振ると背中を掴むマーティンの手が力を増して大きく仰け反った。
「もっ、もうだめ…んっんん!ああっ!」
マーティンは全身をがくがくさせながら射精した。ペニスが何度もどくんと脈打つ。
ダニーはマーティンの呼吸が落ち着くのを待ってから腰を動かした。
突き上げるたびにアナルにきつく締め付けられる。ダニーはマーティンを抱きしめて射精した。
二人とも長く深い射精感で体が弛緩した様な状態だ。二人は抱き合ったまま動けなかった。
ダニーはボスに了承を取り付けて、マーティンと車で出かけた。
「なぁ、久しぶりにクイーンズ行かへんか?」
サングラスの中の瞳が笑っているようだ。
マーティンは「それってさ・・」と口ごもった。
「そや」ダニーは口笛を吹き始めた。
窓を開けると初夏のそよ風が気持ちがいい。
「いいよ」
二人はいつものモーテルに車を停めた。
訳知り顔の主人が鍵を渡す。
部屋に入るなり、ダニーはマーティンの唇をふさいだ。
二人で性急にスーツを脱がせあう。
ベッドに倒れこみ、ダニーはマーティンの上にのしかかった。
マーティンのペニスがダニーの腹にこすれて疼いている。
「もう硬いやん、お前エッチな」
ダニーはマーティンのペニスを指ではじくと、手でしごき始めた。
「んん〜、ぁああ」
マーティンの悶える声がダニーの嗜虐心を刺激する。
「ボン、ええのか、このままイクか」
「うっ、ふぅぅ、ねぇ、入れて」
「あん?何を入れるんや、言うてみ」
「だ、ダニーのあれを入れて」
「あれじゃ分からん。言うてみ」
「ふ、はぁっだ、ダニーのペニスを入れて」
ダニーは携帯ローションを手に取り、マーティンの中に塗りこんだ。
熱く蠢いていていやらしい。
「お前のここ、欲しがってるで」
「ねっは、早く、入れて」
「どこに入れる?俺、分からん」
「僕の、僕の中に入れて!」
「おう」ダニーは一気にペニスをねじり込んだ。
「うわぁ〜、はぁああん」
マーティンの悶える声がひときわ大きくなる。
ダニーはそのまま加速した。
マーティンは「あぁあ〜」と叫ぶと身体をのけぞらせてダニーの胸に精液をぶちまけた。
マーティンの麻痺と共にアヌスが締まる感触に、ダニーも限界だ。
「あぁ、で、出る!」
ダニーはどっとマーティンの上にかぶさった。
二人とも荒い息が落ち着くのを待つ。
唐突にマーティンが聞いた。
「ねぇ、ダニーの最初の男って僕だよね」
「何や、藪から棒に」
「そうでしょ」
「そうや」
「やっぱり忘れられない?」
「アホ、今も寝てんのやから、忘れるも忘れないもないわ」
「そうかぁ」
「早よ、シャワーしよ」
「わかった」
ダニーは、初めての男を思い出していた。厳密に言えば男たちだ。
13歳の夏、自分を女にした年上の少年たち。
そんな事をマーティンに話してもどうにもならない。
マーティンは自分がダニーの初めての男だと思っているのだから、それでいいのだ。
ダニーはマーティンの広い背中をボディーソープで洗いながら考えていた。
鍵をフロントに返すと、主人はにやっと笑って割引券をダニーに渡した。
「ありがとさん」
車に乗り込むと、マーティンが「お腹すかない?」と尋ねてきた。
「ああ、さすがに少しな」
「じゃあ、オフィス帰る前にさ、ホットドッグスタンド寄ろうよ」
「そやな」
二人は、フェデラルプラザの地下駐車場に車を戻し、外へ出た。
ザワークラウト山盛りのホットドッグにたっぷりマスタードとケチャップをつけた。
「オフィスやと目立つから、その辺で食おう」
二人でベンチに並んでホットドッグにかぶりつく。
「ホットドッグってさ、何となくエッチだよね」
「アホ!お前、なんか機嫌ええな」
「そうかな?」
「週末何してた?」
マーティンはどきっとした。
「別に・・ジム行ったり、セントラルパークのフリーコンサート見たりしてた」
「ふうん。思いっきり普通やん」
マーティンは、タクシーに乗り込むドムのはにかんだ笑顔を思い出していた。
「何や、ボン、今日もジムか?」
ダニーは、そそくさと席を立ったマーティンの格好に驚いて声を上げた。
「うん、夏も近いじゃん。少し鍛えないとさ」
「ふうん、まあがんばり」
「ありがと、じゃあ明日ね。お先!」
颯爽とスポーツバッグを下げて帰るマーティンの後姿を見ながら、サマンサがダニーに耳打ちした。
「彼女と何だかもめてるみたいよ。シェイプ・アップして惚れ直させようとしてるんじゃない?」
「へぇ〜、彼女とね〜」
彼女?それって俺か?何かもめたかな、俺たち。
ダニーは訝りながら、書類をソフトアタッシュにしまった。
ジムに着いて着替えると、マーティンは大急ぎでマシーンルームに向かった。
窓に向かって並んだランニングマシーンに目をやる。
いつもは来ている時間なのに、ドムの姿がない。
マーティンはフロントに向かった。
レセプショニストの女性に「すみません。待ち合わせなんですが、ドミニク・シェパードは来てます?」と聞いた。
「シェパード様ですね。今日はまだお見えではないですよ」
「ありがとう」
マシーンルームに戻り、一人でトレーニングを始めた。
8時になったがドムは来なかった。
マーティンはロッカーに戻り、携帯に電話をかけた。
電源が入っていないというメッセージが流れた。
おかしい。何かあったのか?
急いでシャワーを浴び、スーツに着替え、とりあえずロッカーから出た。
ジュース・バーでミネラル・ウォーターで口を潤し、勤め先の分署に電話をかける。
「すみません、シェパード巡査をお願いします」
「お知り合いの方ですか?」
「あ、FBIのフィッツジェラルドです」
「実は、彼は負傷しまして現在、市立病院に入院中です」
「え?いつですか?」
「昨日ですが・・」
マーティンの頭の中は真っ白になった。
お礼もいわず電話を切ると、ジムを出てタクシーを拾った。
病院に行くと医局にトムがいた。
「おぉ、マーティン、今日は何かな?食いすぎか?」
「トム、昨日、搬送されてきた警官に会いたいんだけど・・」
「あぁあの犬使いの警官か。彼は5階の入院棟にいるよ。なぁ、飯でもどうだ?」
「ちょっと今日は・・あ、ありがと!」
マーティンは飛ぶようにエレベーターに向かった。
5階の受付は締まっていた。もう面会時間を過ぎている。
「すみません。FBIです!」
看護婦が慌てて出てきた。
「何か?」
「ドミニク・シェパードに会いたいんですが・・その、そ、捜査についてで・・」
「それでしたらこちらです。どうぞ」
看護婦に案内されて病室に行く。
4人部屋の窓際だ。
左腕を吊るしたドムがベッドでTVを見ていた。
「ドム・・」
「あれ、幻じゃないよね、マーティン!どうして?」
「今日、ジムに来なかったから分署に電話したんだ」
「ドジっちゃった。不用意に家宅捜索すべきじゃないね」
「どうしたの?」
「隠れてた犯人に撃たれた」
「え?」
「でも大丈夫。弾は貫通したって。それにロージーが無事だったから」
「もう!すごく心配したんだよ」
「ありがと、しばらくジムには行けないけどごめんなさい」
「そんなのいいって」
看護婦がやってきた。
「それでは、シェパード巡査、お大事に」
「ありがとうございます。捜査官」
マーティンはふうとため息をついて病室を出た。
そうだ、トップ100をダウンロードしてiPodをプレゼントしよう。
1階の医局を通ると、トムが待っていた。
「さぁ、帰ろうぜ」
「もう上がりなの?」
「ああ、美味いもんが食いたいな」
「僕も実はお腹ぺこぺこなんだ」
「警官は知り合いか?」
マーティンはどきっとした。
「あ、合同捜査したことあるから」
「大変だったんだぜ、犬がさ、離れようとしないんだ」
「ふうん、そうだったの」
二人は駐車場に向かった。
「ボン、今日、飯でも食わへんか?まさか今日もジムか?」
「ジムはしばらく行かないよ」
「どうした?何かあったんか?」
「何でもない。ごめん、今日、寄るとこあるから」
「そうか、じゃまたな」
「うん」
ダニーはマーティンの様子がどうもよそよそしい気がして仕方がなかった。
やっぱり俺、何かしたんかな?ジョージとも会ってへんし、何やろか。
首をかしげながら、ダニーは仕事に戻った。
定時になり、マーティンはいそいそ帰っていった。
ダニーも仕方なく帰り支度をした。
マーティンは病院に着き、早速ドムの病室を訪ねた。
「あ、マーティン、今日も来てくれるなんて、感激だ」
「今日はお見舞い品持ってきたよ」
「何?」
「手が使えないから本じゃ無理だろ?だからiPod」
「本当!すごいな!」
「ビルボードのトップ100入れてきたから」
「うわー最高!ありがとう!!」
「退院はいつ?」
「あさって」
「早いな」
「腕だけだからね」
「それじゃ退院祝いで夕飯食べようよ」
「うん、すごく嬉しい」
面会時間の終わりを告げる放送が流れ始めた。
「それじゃ、また明日ね」
「そんなに無理しないで。重傷じゃないんだし」
「わかってるって」
マーティンは同室の患者に見えないようにすばやくドムのおでこにキスをした。
ドムが真っ赤になっている。
「おやすみ」
「おやすみなさい。捜査官」
マーティンは病院からアパートにまっすぐ戻った。
ピザのデリバリーを頼んで、ビールを開けた。
ブザーが鳴った。
すごい、今日のピザ、早いな。
セキュリティーを解除して待っていると、ドアから紙袋をかかえたダニーが入ってきた。
「ダニー!どうしたの?」
「何や、お前、いるんやったら、飯食いたかったわ。と思って、デリで仕入れてきた」
ダニーはポークピカタや温野菜、サラダをずらっと並べた。
「僕、ピザ取っちゃった」
「ええやん、みんな食おう。ビールくれや」
「あ、ごめん」
マーティンは冷蔵庫から急いでビールを出して、ダニーに渡した。
「デリも混んでるな。あー疲れた。そや、オールスター見ようや。録画してんのやろ?」
「うん、したよ。待っててね」
マーティンががさごそリモコンを操作した。ブザーが鳴る。
「はい」
「ピザ・ボーイです」
二人は、ピザとビールでMLBを見始めた。
ダニー、どうして急に来たんだろう。僕とドムの事に気がついたのかな。
マーティンはダニーの突然の訪問にまだ動揺しながら、画面に見入った。
試合を見終わったら、夜中の0時を過ぎていた。
「なんや、イチロー・ショーって感じやったな」
「そうだね、次の契約って5年間で1億ドルなんだってさ」
「へぇ〜、俺らには一生関係ない数字やな」
「本当だね」
ビールの気持よい酔いも手伝って、二人でへらへら笑い始めた。
笑いが止まらない。そこへ携帯が鳴った。
「はい、テイラー。あ、うん、帰る」
「アランから?」
「うん、ごめんな、たまに泊まれたらな。俺、帰るわ」
「また明日ね、あ、もう今日だ」
「ほんまや、じゃあな。おやすみ、ボン」
「おやすみ、ダニー」
ダニーはさっとマーティンにキスをすると、帰っていった。
ダニー、一体何で来たんだろう・・・
マーティンの中にぼんやりした疑問を残して。
ドムが退院の日になった。
マーティンは定時に仕事を終えるやいなや、病院に駆けつけた。
5階の入院棟の病室に行くと、ベッドが綺麗になっていた。
そこへマーティンを案内してくれた看護婦が通りかかった。
「捜査官、シェパードさんでしたら、午後4時に退院されましたよ」
「あぁ、そうですか。連絡ミスですね。すみません」
「いえ、どういたしまして」
マーティンは途端に寂寥感に襲われた。
僕、ドムがどこに住んでるのかも知らない。知ってるのは携帯番号と勤務先だけだ。
しょんぼりしながら歩いていると、トムに出会った。
「なんだ、今日も見舞いか?」
「まぁね、そんなとこ」
「随分、ご執心だな、あの犬使いに」
「違うよ、捜査でお世話になったんだよ」
「へぇ、普通FBIと市警は仲が悪いもんだぞ」
「そんなことないよ」
「まぁいい、今日も飯つきあえ」
「もう上がりなの?残業なしなの?」
「俺は残業が嫌いなER部長なんだ」
トムはロビーにマーティンを待たせると、急いでロッカーで着替えてきた。
「さ、行こうぜ」
トムはマーティンのお気に入りのジャクソン・ホールの駐車場に車を停めた。
トムはさっさとメニューを開きオーダーを決めている。
マーティンも急いでメニューを決める。
メキシカン・バーガーにした。ダニーがオーダーするレシピーだ。
ビールを飲みながら、トムがマーティンに尋ねた。
「本当に、犬使いとは捜査だけの仲なのか?」
「犬使い、犬使いってさ、ちゃんとドミニクって名前があるんだよ」
「ほぅ、ファーストネームで呼び合う仲なのか」
「いいじゃない!」
「まぁ、いいさ」
トムはぐいっとクアーズを飲んだ。
「一緒にジムに通ってる。それだけだよ」
「ふうん、お前が年下趣味だったとは意外だよ」
「トムのバカ、そんなんじゃないってば」
「なぁ、俺じゃだめなのか?」
「え?」
「お前さあ、俺じゃだめなのか?」
「それって・・」
「ああ、真剣なつきあいって意味だ。俺はお前が危なっかしくて見ていられない。ERに運び込まれる度に処置してきたろう。いつしか、違う気持に変わっていた。迷惑か?」
「そんな・・トム、もてるじゃん」
「俺もそろそろ落ち着きたいんだよ。返事は今でなくていい。考えておいてくれ」
「うん、分かった」
タイミングよくバーガーがテーブルに届いた。
二人は、大きな口をあけてがっついた。
トムに送ってもらってアパートに戻る。
「トム、あのさ、寄ってく?」
おずおずマーティンが尋ねた。
「いや、明日、早番だから、今夜はやめとく。ありがとな」
「僕こそ」
「おやすみ、マーティン」
「おやすみ、トム」
トムの思いがけない告白に、マーティンはドギマギしていた。
部屋に帰って、すぐにミネラル・ウォーターを飲む。
留守電が点滅していた。
「俺やけど、今日も用事か?最近な、お前ともっと仲よかった頃が無性に懐かしくてな。声が聞きたかった。おやすみ」
マーティンは急いでダニーの携帯に電話した。
「おぅ、飯食ったか?」
ダニーの応答に思わず笑いがこぼれる。
「ちゃんと食べたよ。ダニー、どうしたの?」
「特に用はない。また飯食おうな」
「うん、食べようよ」
「明日、行ってもいいか?」
マーティンは逡巡した。
ドムとも連絡を取りたい。
「うん、分かった。家で夕飯だね」
「それじゃ、またな。おやすみ」
「おやすみ、ダニー」
マーティンは、迷った挙句、ドムの携帯に電話をかけた。
「はい、シェパード」
ドムと違う男の声だ。
「すみません、間違えました」
ガチャ。
今の一体誰?ドム、誰かと住んでるの?
マーティンの頭は混乱した。
「いらっしゃいませ」
エリックが軽く会釈した。
「おう、また来たで」
ダニーはカウンター席に腰掛け、モヒートを注文した。
仕事が終わって、まっすぐ家に帰らなくなって、もう2週間になる。
家に帰れば、アランが抜群の腕をふるった夕食が待っている。
ワインを開け、二人で乾杯して食事した後、お互いの時間を過ごす。
そんな予定調和の世界が、いつから面倒臭く感じられるようになったのだろう。
「何か悩み事でも?」
エリックが生ハムのピンチョスを出しながら尋ねた。
「いわゆる倦怠期やな」
「それはそれは」
エリックは奥に下がっていった。
プライベートでいる時は友達だが、ここブルー・バーでは完璧に客とバーテンダーの関係だ。
その規律がダニーには心地よかった。
潮時かも知れへんな。
ダニーの心は一方向に傾いていた。同棲の解消だ。
同じ女ともこんなに長く一緒に住んだことはない。
それがもともとヘテロだったダニーが、男と1年以上も衣食住を共にしているのだから、心が疲弊してしまっても無理はない。
いつ切り出そうか。
ダニーはアランの顔を見ると言い出せない。
うじうじしている自分が嫌だった。
その気持ちが毎晩、ブルー・バーへ足を向かせるのだ。
モヒートのおかわりを頼んで、ため息をつく。
「重症ですね」
エリックが心配顔で尋ねた。
「今回はな」
「変化が必要なのでは?」
「やっぱりそうか?」
「ええ」
さすがに人を見る商売だ。若い割にエリックの言葉は的確だった。
「もう一杯くれ」
「はい」
エリックに肩を押される形になった。
今日、アランに話してみよう。
ダニーはモヒートを飲み干すと、チェックを済ませてバーを出た。
タクシーでアッパー・ウェストサイドまで上がる。
この道ともしばらくおさらばやな。
セントラルパークを右手に見ながら、ダニーはぼんやり考えていた。
「おかえり、残業大変だな」
「ああ、ただいま」
「夕食の支度は出来ているよ」
「ありがと」
着替えて、ダイニングに付く。
アランがお気に入りのイタリアの赤ワインを開けた。
「今日はミートローフだ」
「うん」
食事が始まる。
「なんだ、今日は随分静かだな。疲れたか?」
アランが心配そうに尋ねた。
「なぁ、アラン、俺な、ちょっと家に戻ろうと思うてるんやけど」
アランは一瞬驚いた顔をしたが、いつものポーカーフェイスに戻った。
「いつかは言い出すと思っていたよ」
「え、そうなん?」
「ああ、お前のこのごろの様子を見ていればわかるさ」
「だから精神科医は嫌やな」
ダニーは苦笑した。アランも笑う。
「ああ、ダニーのしたいようにすればいい。僕は待ってるだけだ」
「ええの?」
「週末に引越しをしよう。手伝うから」
「そんなんええよ」
「いいって」
二人はその後、だまって食事を続けた。
シャワーを浴びた二人は、夕食を食べるために出かけた。
途中でマーティンがどこに行くのか尋ねるのを適当にごまかしながら、ダニーはコニーアイランドへ向かう。
この時期、空はまだまだ明るい。ゆっくり散歩するのに丁度いい。
「着いたで」
「え、ここ?」
「そうや。降りるで」
ダニーは先に車を降りた。続いてマーティンも渋々降りる。
「どこに行くの?」
「ちょっとそこまで」
「そこってどこさ?」
「いちいちうるさいなぁ、ええから歩け」
半信半疑のマーティンを連れて少し歩くとビーチに出た。
「海だ!」
「あっ、おい!」
ダニーは駆け出しそうになるマーティンの腕をぎゅっと掴んだ。
「あほやなぁ、ビーチはホットドッグを買うてからや」
「ホットドッグ食べるの?」
「いらんか?コニーアイランド=ホットドッグやろ」
「ううん、僕、来たの初めてだから知らなくて。そうだよね、早食いってここでやるんだもんね」
マーティンはうれしそうににっこりした。
並んでボードウォークをのんびり歩き、10分ほど並んでホットドッグとフレンチフライを手に入れる。
待ちきれないマーティンははしゃいだ子供みたいに早歩きだ。
ボードウォークの端に置かれたベンチに座って海を眺めながらがっつく。
二人はあっというまにホットドッグを3個ずつ平らげ、ディナーは終わった。
「気持ちええな」
「ん」
ビーチをぶらぶらと散歩しながら、途中でルートビアフロートを食べた。
そろそろ辺りは暗くなりはじめている。人の姿もまばらになってきた。
「オレらもぼちぼち帰ろか」
「えー、もう少しいたいよ。あの観覧車にも乗りたいのに」
「この辺は治安があんまりええことないねん。今度は昼ぐらいに来よう」
「約束してくれる?」
「ああ、約束や。そや、水族館にも連れて行ったるわ」
一瞬だけさっと肩を抱くと、マーティンはたちまち耳まで真っ赤になった。
「これぐらいでそんなに喜ぶなや、オレのほうが照れるわ」
ダニーはマーティンの手に自分の手を重ねてにんまりした。
車に乗るなり、マーティンはダニーの手をしっかりと握った。やたらとしっかり握りしめている。
「ちょ、手握りすぎ。痛いわ」
「あ、ごめん。あのさ、すっごく楽しかった。ありがと、ダニィ」
「お、おう」
大したことをしたわけでもないのに、あらたまって言われると困ってしまう。
マーティンが本当はビーチでキスしたかったことも知っている。
だが、それだけはどうしてもできない。
ふと思いついてダニーは洗車場に寄った。ここは旧式の洗車機なので廃れかけだ。
コインを入れて洗車機が動き始めるとすぐマーティンを抱き寄せた。
「えっ、な、何?何なの?」
「しー」
ダニーがキスしようと顔を近づけると困ったように逃れようとする。
「オレとキスするの嫌なん?」
「違うよ!僕だってしたいよ!したいけど・・・だって、誰かに見られるかもしれないから…」
「大丈夫や、こんなん見えるわけない。水滴とかモップがわさわさしてて見えへんやろ?」
「そうだけどさ・・・」
「オレはお前とキスしたい」
ダニーはマーティンの頬に手を添えて軽くキスをした。それからアイスを舐めるように唇を舐めると、マーティンが驚いて固まってしまった。
解すようにもう一度キスをしてゆっくり舌を差し入れる。そのうちマーティンも躊躇しながら舌を絡めてきた。
洗車機の低く重い音に混じってキスの音が響く。二人は見つめあったまま夢中でキスをした。
土曜日になり、引越し業者がわさわさとやってきた。
ダニーは突然の出来事に驚いた。
「アラン・・」
「どうせ引っ越すならすっきりがいいだろう」
ダニーはどんなにアランの心を傷つけたか思い知った。
躊躇するダニーにかまわず、業者にアランはてきぱき指示を出していた。
2時間で荷作りは終わった。
「それじゃ、行こうか」
「・・うん」
ジャガーとマスタングに続いて業者のトラックがブルックリンに向かう。
ブルックリンに着いても、アランは主導権を握って、業者に指示を出した。
まるで俺を切り捨てたいみたいや。
ダニーは決断が揺らぐのを感じた。
またアッパーウェストサイドに戻りたい。でももう遅いんや。
業者が作業を終えて帰っていった。
「支払いは?」
「もう済ませてある。今度、ディナーでも奢ってくれ」
アランは笑った。
「わかった。アラン、ごめんな。ほんまに俺・・」
「それ以上言うな」
アランはダニーの言葉をさえぎった。
「せっかくここまで来たんだから、ピーター・ルーガーにでも行くか」
時計を見るともう6時を指していた。
歩いてレストランまで行く。
アランのポーカーフェイスは変わらない。
しかし、心の中が叫んでいるような気がした。
テーブルについて、二人はTボーンステーキを注文した。
ほうれん草とポテトの付け合せにサラダも忘れずにオーダーする。
アランがオーパス・ワンを頼んだのには驚いた。
「そんな悲しそうな顔するなよ。たかが少しの間だろう?僕はそう信じてるよ」
「うん・・俺のわがまま聞いてくれてほんまに感謝してる」
「少しお互いに力を抜こう。リラックスすれば次の展望も見えてくるさ」
「そやね」
二人はステーキに特製ソースをたっぷりかけて食べ終えた。
「やっぱり、ここは美味い」
「うん、ほんまに美味いわ」
「僕がちょくちょく食べにきたら迷惑かな?」
「そんなことないで。俺も料理の腕磨いとく」
「嬉しいね、ありがとう、ダニー」
アランの砂色の瞳がじっとダニーを見つめた。
ダニーは思わず目をそらした。
「恥ずかしいやん」
「僕の男を見ちゃいけないか?」
「そんなことないけど」
二人はぶらぶらアパートに戻った。
どちらからともなくキスを始める。
「ベッドに行こう」
「うん」
アランは激しかった。
ジム・バーンズにつけられた手首のナイフの傷を入念に舐める。
女たちになぶりものにされたペニスを喉の奥まで咥えた。
そして、ダニーの胸や首筋、背中、尻にいくつもキスマークや噛み跡をつけた。
まるで自分の所有物だというしるしのように。
アランに貫かれて、ダニーは息が上がった。
「うぅ、あぁあん、もっと奥まで」
「こうか、ダニー」
「そう、ああ、イク!」
ダニーが弛緩した。
ダニーのアヌスがきゅっと締まる。
アランもこらえきれなくなり、「あぁ」と短く悶えるとダニーの中に果てた。
ダニーがアランを抱き締める。
「アラン、大好きや。でもごめん」
「もう、いいんだよ。待ってるから」
「うん」
ダニーは、アランの広い胸の感触を確かめるように触れると、目を閉じた。
アランは、ダニーが寝息を立てるのを待って、自分も目を閉じた。
日曜日、ダニーが目を覚ますとアランの姿はなかった。
サイドテーブルにメモが置かれている。
「しっかり買い物しろよ A」
今日から一人の生活が始まる。
ダニーは、大きなあくびをすると、シャワーを浴びて、着替えた。
コーヒーすら買い置きがない。
近くのカフェでダブルエスプレッソとブルーベリーマフィンをテイクアウトして部屋に戻る。
買い物リストが出来上がった。
さすがに膨大だ。
ダニーはコーヒーとマフィンの朝食をすませると、早速、近くのフード・パントリーに出かけて、
グローサリーの買い物を済ませた。
冷蔵庫と冷凍庫がたちまち一杯になる。
ちょっと嬉しい気分だ。
新しい生活を始められそうな気持ちが沸いてきた。
TVでメッツとシンシナティー・レッズの試合を観戦しながら、ビールを開けた。
そのうち転寝をしてしまったらしい。
気がつくと試合は終わっていた。
TVを消して、CDをかける。
COLDPLAYを聞いていたら、なぜか泣けてきた。
俺の選択は間違ってたんやろか。こんなに寂しいなんて。
夕食を作る気になれず、ピザのデリバリーを頼んだ。
味気ない一人の食事を終え、ピザの箱をゴミ箱に捨てる。
どうにも我慢が出来なくなり、電話をかけた。
「あ、アラン、俺。今何してるん?」
「ちょうど食事が終わったところだ。お前は何してる?」
「俺も終わったとこ。今から行ってもいい?」
「ああ、いいよ。おいで」
「うん」
ダニーはマスタングを飛ばしてマンハッタンに出向いた。
「いらっしゃい」
アランが笑顔で迎えてくれた。
「こんばんは」
二人は照れ笑いを浮かべた。
ダニーがぎゅっとアランを抱き締めた。
「おいおい、どうしたんだ?まだ一日じゃないか」
「うん、わかってる。でもこうさしてくれへんか」
「ダニー・・」
アランとダニーはしばらくの間、ずっと抱きしめ合っていた。
「おはよう、ダニー」
マーティンがスタバの袋を持って出勤してきた。
「ボン、おはよ」
「あれ、ダニーもチョコレートマフィンなの?お手製サンドはどうしたのさ?」
「これからは、なしや」
「ふうん、そうなんだ」
マーティンは訝りながら席についた。
ダニーはまだマーティンにもジョージにも、ブルックリンに戻ったことを伝えていない。
しばらく一人だけの生活に慣れようという気持ちが強い。
いつもベッドの隣りに誰かが寝ている生活ではないのだ。
今日は事件が起きた。
ロウワー・マンハッタンの無料医療クリニックで働く女性カウンセラーが失踪したという。
ダニーとサマンサはクリニックに直行した。
アルコール依存症や薬物依存症らしい若者たちがたむろしている。
ダニーは受付で彼女の仕事場を聞き、オフィスに入った。
マンディー・ルイスと書かれた名札が置いてある。
いかにも今まで仕事していたかのようにファイルが出しっぱなしになっていた。
サマンサは同僚から事情を聞いていた。
真面目で患者からの信望も厚いという。
「マンディーに何かあったんでしょうか?」
「まだ分かりません」
マーティンとヴィヴィアンは彼女のアパートを訪れていた。
整然としており、荷作りした様子もない。
家賃の滞納もないが、近所の聞き込みをしていた時、思いがけない証言が取れた。
毎週火曜日になると、夜中にドアを強くノックする音で起こされるというのだ。
「彼女に苦情を言いましたか?」
「ええ、もちろん」
隣室の中年女性は眉をひそめた。
「若い男なんです。恋人かって聞いたら、患者だって。でもおかしいでしょ?夜中に尋ねてくるなんて」
「確かに」
「ありがとうございました」
マーティンとヴィヴィアンは「怪しいね」と言いながらアパートを出た。
サマンサとダニーが持ち帰った患者ファイルの写真に面通しをしてもらう。
中年女性はFBIのオフィスに来たことで気分が高揚しているのか、
べらべらしゃべりながら、写真を見ていた。
皆、うんざりしながら、結果を待つ。
「あ、この子です!毎週火曜日の子!」
名前はゲイリー・ウェザリー。
住所はイーストビレッジだ。
ダニーとマーティンがゲイリーのアパートに急行する。
「ウェザリーさん、FBIです。開けてください」
「開けないと蹴破りますよ!」
中の鍵が開く音がした。
出てきたのは、マンディー・ルイスだった。
「ルイスさん!あなたの捜索願いが出ています」
「はぁ?」
「何してるんですか?」
ダニーが狭いアパートのベッドルームを確かめると、
ベッドに拘束されたゲイリーが脂汗を浮かべて唸っていた。
「ゲイリーの薬を絶ちたかったの。無断欠勤してごめんなさい」
「救急車一台!」
マーティンが携帯で連絡を取っている。
「どうして、真面目なあなたが、患者とこんなことに・・・」
ダニーは思わず尋ねた。
「私たち、里親が同じなんです。ゲイリーは弟も同然。だから助けたくて。
最初はクリニックだけに通ってたのだけれど、薬を頼まれて・・」
「渡していたんですか?」
「仕方なかったんです」
マンディーは泣き出した。
「でも、それじゃいけないと思って、薬を抜こうとしたの。本当にごめんなさい!」
救急車でゲイリーは搬送された。
マンディーはクリニックからの薬物窃盗の容疑で、FBIオフィスに連れ帰った。
「やれやれやな」
「里親が同じだと絆って固いんだね」
「そんなんばかりやないで。いじめる奴もおるわ」
「そうなんだ〜」
そう、お前は何にも知らへん。その方がええこともある。
ダニーは苦い少年時代を思い出していた。
一日も終わりに近付いた頃、ダニーがマーティンの席に椅子ごと移動した。
「なぁ、ボン、俺、今晩チャイナタウン・ブラッセリー予約してあんのやけど、暇?」
「え、もしかして、レストラン・ウィークの予約?」
「そうや」
「僕でいいの?」
「もちろんや」
「行く行く!行ったことないレストランだもん。プリフィクスで35ドルはお得だよね」
「ああ、じゃあ、約束な」
マーティンはにんまりした。
ダニーが僕を誘ってくれた。
こんなに嬉しいことはない。でも、アランは所用なのかな?
訝る気持ちもあったが、とにかくディナーが楽しみになった。
二人はラファイエット・ストリートのレストランにタクシーで移動した。
テーブルはすでに満員だった。
通常は60ドルはくだらないディナーが、7月の10日間だけ一人35ドルなのだから無理はない。
ダニーが名前を言うと、チャイナドレスのウェイトレスが窓際の席を案内してくれた。
「プリフィクスでよろしいですか?」
「ああ、それにチンタオビールと紹興酒を」
「はい、かしこまりました」
ウェイトレスが下がる。
「やっぱり高級店だよね」
マーティンが天井から下がった赤いちょうちんに驚きながら、回りを見回す。
メニューは、バンバンジーとくらげ、蟹肉のスープ、焼売2種類、
エビのチリソース、鳥とカシューナッツ炒め、ブロッコリーの卵白和えに海鮮チャーハンだった。
中華の基本料理といったところか。
ダニーはダニエルズ・テーブルよりこちらの方がずっと口に合っていると思った。
マーティンもがつがつ食べている。
「美味しいね〜」
マーティンはすっかり満面の笑みだ。
見ているとダニーまで幸せになってくる。
「よかったわ。お前の口にあって」
「どうして?」
「だってお前はボンボンやから、美味いものぎょうさん食ってきたやろ?」
「そんなことないよ。ダニーの方がグルメだよ」
褒められてダニーは顔を崩した。
デザートのタピオカミルクを食べ終えて、二人は店を出た。
これからが問題だ。一緒にタクシーで帰るしかない。
ダニーはわざわざ遠回りになるが、マーティンを先に降ろした。
「ダニー、寄ってかない?」
「いや、今日はやめとくわ」
「そうなんだ・・」
少しでも長くいると、マーティンの家に寄ってしまいそうだった。
別に禁欲を課したわけではないが、すぐに誰かと寝るのはなぜかアランに悪いような気がした。
「それじゃな」
マーティンが降りると、ダニーは運転手に地下鉄の駅を指示した。
「お客さん、家まで乗せますよ」
「いや、ええねん」
これからは、アランの金銭に頼れない。
ダニーは一番近い地下鉄の駅で降り、乗り継いで、ブルックリン行きの列車に乗った。
ジャケットのポケットからiPodを取り出し、Aleksander Withを聞き始めた。
マーティンは、家に着くとシャワーをして着替え、PCを立ち上げた。
「NYレストラン・ウィーク」の公式サイトを検索する。
ドムが退院してから、連絡を取っていない。
あの日に電話に出た男性が気になって、気後れしていた。
ドムって何が好きなんだろう?好き嫌いはないって言ってたよね。
どのレストランも魅力的で決められない。
マーティンは決心して、ドムの携帯に電話をかけた。
「はい、シェパードです」
うわ、ドムが出た!
「ドム、僕、マーティン」
「あ、マーティン!電話ありがとう」
「今、大丈夫?」
「うん、平気」
「あのさ、退院祝いしない?ちょうどレストラン・ウィークだし」
「ええ!いいの?嬉しいな!」
「何が食べたいかなと思って・・」
「暑いから辛いものが食べたい気がする。マーティンは辛いもの好き?」
「ああ、好きだよ」
「じゃあ、決めて。僕、レストランよく知らないから」
「じゃあ、明日でも大丈夫?」
「うん。今デスクワークなんだ。残業なしだし」
「わかった。じゃあ、明日また電話するね」
「うん、ありがとう、マーティン」
「いいんだよ。おやすみ」
マーティンは主導権を握らせてくれるドムの気遣いが嬉しかった。
頼りにされているのは気分がいい。
マーティンはエスニック料理を検索し、マディソン街の「タブラレストラン」に決めた。
レシピ本も有名なインド料理レストランだ。
すぐに電話をしてテーブルを取った。
翌日、体よく定時に終わったマーティンは、ドムの分署に迎えに行った。
ハーレム近くの治安のよくない場所だった。
「マーティン、待たせてごめんなさい!」
三角巾に左手を包んだドムが出てきた。
「いいんだよ。さぁ、タクシーに乗ろう」
「はい」
二人はマディソン街まで下った。
「今日はインド料理だよ」
「本当?大好きです。ありがとう!」
レストランの中に入るとすでに満席だった。
「わぁ〜すごいな!」
ドムが喜ぶ。
テーブルに案内されて、プリフィクスメニューを見せてもらった。
二人はポテトのサモサとほうれん草のサモサに、レシミカバブ、タンドリーラム、
ほうれん草のチーズカレーとマトンカレーを頼んだ。
「もう飲んでもいいんだろ?」
マーティンが尋ねる。
「うん、本当はいけないみたいだけどね」
ドムが恥ずかしそうに笑った。
マーティンはボルドーの赤ワインを頼んだ。
ディナーの3倍の値段だが、ドムには分かるまい。
「ロージーはどうしてる?」
「他の巡査と一緒に仕事してるけど、昼寝ばっかりしてるって苦情が来てました」
「ドムでないとダメなんだ」
「もう3年のつきあいだから」
「ドムってつきあうと長いほうなの?」
「それって、犬のこと?それとも恋愛っていう意味?」
「恋愛」マーティンは思わず笑った。
「よくわからない。長続きした覚えがないんだ」
「ごめんね、変なこと聞いて」
「マーティン、何でも聞いて。僕何でも答えるから」
ドムは真面目な顔になった。
マーティンは微妙の質問に触れた。
「それで、自分をどう思う?」
ドムがしかめっ面になった。
「僕、きっとゲイだと思う。マーティンとしてそう思った」
「そうなの?」
「うん、すごく自分が開放された気分になれた。あんなセックスなんて今までないよ」
「ふうん」
「マーティンは?」
「僕はゲイだよ、FBIにはいえないけど」
「僕だって分署には知られたくない」
「じゃあ、二人の秘密だね」
「うん」
二人は笑った。秘密を共有した子供のように。
焼きたてのナンとサフランライスが運ばれてくる。
「ナンは僕がちぎるね」
「ごめんなさい、マーティン。手間かかるよね」
「いいんだよ、ドムはけが人なんだから」
マーティンはドムの世話を焼く自分が嬉しくてたまらなかった。
「さ、カレーが冷めないうちに食べよう」
「うん」
マーティンはカレーをそれぞれの皿に盛った。
ダニーが席でスタバのラップサンドを食べていると、マーティンがGQを持って近寄ってきた。
「これ見た?」
「どうせ、いい話じゃないんやろ?またジョージか?」
「今度もすごいよ。僕、思わず興奮しちゃった」
小声でマーティンがダニーに囁くと、雑誌をダニーのデスクの上に置いていった。
ご丁寧にページにポストイットがついている。
ダニーは覚悟してページを開いた。
ビル・トレバーのフレグランス「セダクション」の広告だ。
ダニーはのけぞりそうになった。
全裸のジョージが等身大のフレグランスのボトルにまとわりつくようなポーズで収まっている。
腰の部分はライトの加減で見えないようにわざと光らせていた。
ムスクとモスが混じったような香りがページから香ってきた
ダニーはぱたんと雑誌を閉じた。マーティンのデスクに戻す。
「いらないの?」
「ああ、いらん!」
ダニーはトイレに入り、顔にぱしゃぱしゃ水をかけた。
あいつの仕事なんやから、俺は何も言えへん。それが約束や。
でも、あれを一体何万人の男性が見るのだろう。
男性だけではない。女性も見るのだ。
ジョージは見世物やない!
ダニーはトイレの壁を思わず叩いた。
荒い息を整えていると、携帯がふるえた。
見るとメールが入っている。ジョージからだ。
「ダニーに会いたい。今日会えますか?」
ダニーは即答を返信した。
「会おう。ガンボの店で8時」
8時きっかりにガンボの店に着くと、すでにジョージは奥のテーブルでビールを飲んでいた。
ダニーが来たのを見て、立ち上がる。
ダニーはビッグ・ママに挨拶を済ませると、ジョージの向かいに座った。
「やっぱり、怒ってる」
ジョージがダニーの顔を見ながら言った。
「怒ってへんよ」
「いや、怒ってる」
ビッグ・ママがダニーの分のビールを持ってきたので、話を中断させる。
「僕だってあの写真には驚いたんだ。でもあれがトレバーさんのお気に入りだったから、あれになっちゃった」
「ビルのやつ!」
「ほら、怒ってる」
ダニーははっとした。ジョージにはお見通しなのだ。
「コンセプトは“誘惑”でしょ?僕があのフレグランスに誘惑されてメロメロになったストーリーなんだよ。ダニー、だから許して」
「お前の仕事やもん。俺には関係ない」
「そんな冷たいこと言わないで!」
ジョージがあまりに熱心に言うので、ダニーも折れた。
「そやな、お前の仕事一つ一つに怒ってたら、怒りの泉が干上がるわ」
ジョージが笑った。
「でも、いつも僕の事で怒ってるダニー、好きだよ」
「アホ!」
ダニーも笑った。
料理がやってきた。
ツナのケイジャングリルとシーザーサラダだ。
「ワイン飲もか?」
「うん!」
ダニーはビッグ・ママにイタリアの白をお願いした。
大きなガンボスープにライスがやってきた。
「今日のはオマール海老のダシだからね。たんとおあがり」
「ありがとう、ママ」
食べ終わる頃にはすっかり仲直りをした二人だった。
「今日、車で来たから、ダニーを送るね」
「あぁ、ありがと。俺、一日中怒ってたから疲れたわ」
「ダニーらしいね。そんなところが大好き。今すぐキスしたいくらい」
「アホ!あ、俺な、ブルックリンに戻ったから」
ジョージが驚いた。
「え、どうしたの?アランとケンカでもしたの?」
「ちゃうねん。だからブルックリンまで行ってくれるか?」
「もちろん」
二人は、ジョージのインパラに乗った。
「お前、もっと大きな車買えや」
「だって、どこでも駐車できるし、燃費もいいんだもん」
「変わってへんな、ジョージ」
「僕は僕だよ、ダニー。変わりようがないよ」
二人は、ブルックリンブリッジへ右折した。
ダニーは温かい腕の中で目を覚ました。
目線のすぐ先にジョージの寝顔があった。
「うぅん」
ジョージが目を開ける。
「起こしたか?」
「そんなことない。おはよう、ダニー」
「おはよ、ジョージ」
二人はキスを交わした。
「俺、出勤やから先に出るけど、鍵、オフィスに届けてくれへんか?」
「いいよ、ダニーをオフィスまで送って僕も帰るから」
「まだ眠いやろ?」
「今日はラッキーなことにお休みなんだ」
「ええなぁ、休みか」
ダニーは先にシャワーを浴びて、着替え始めた。
次にジョージがシャワーを浴びる。
「オレンジジュース飲むか?」
「うん、ありがとう」
ダニーはグラスをジョージに渡した。
ジョージはすばやく着替えると、「じゃあ、車出すね」と地下に降りていった。
ダニーは昨日の情事を思い出していた。ジョージのなめらかな肌を流れる汗の塩辛い味がなんであんなに甘美に感じられるのだろう。
ダニーはソフトアタッシュを持って1階で待っていた。
インパラが地下駐車場から出てくる。
「ありがとな」
「いいんだよ」
ダニーをフェデラルプラザの1ブロック東で降ろして、ジョージは去っていった。
さりげない心使いが板についている。
ダニーはスタバに寄って、チキンサンドとカフェラテを買い、出勤した。
事件の発生だ。
ニュージャージーのショッピングモールから8歳の男の子が連れ去られたとの通報に、チーム全員が動く。
直前まで一緒にいた母親の話を聞く。
「私があの子が欲しがったシリアルを買わなかったのがいけなかったんです」
泣き崩れる母親。
ヴィヴィアンは肩に手を置いて、
「よくあることですよ。私にも息子がいます。それからどうされたんです?」とやさしく促した。
「あの子はシリアルの列にいすわっていたので、私はキャシャーに行きました。付いて来るものと思っていたのに、あの子が来なかったんです」
「状況はわかりました。ありがとうございます」
マーティンが丁寧に対応する。
母親を家に送るように他の捜査官に言いつけ、二人はオフィスに戻った。
ダニーが付近の小児性愛者のリストを用意していた。
「えー108人もいるの?」
サマンサが声を上げる。
「一人ひとり、あたるしかないやろ」
「はいはい、出かけましょ!」
サマンサの一声でダニーが腰を上げた。
108人に聞き込みだ。
「小児性愛者は何かで子供を釣るんや」
「ジャスティンは何に釣られたの?」
ダニーは思わず過去に遡っていた。ラム酒の香りに釣られた自分。
「ねぇ、ダニー?」
「ヴィヴに尋ねてや。俺わからん」
サムはヴィヴィアンに連絡を取った。
ジャスティンは魚に興味があったと知る。
「水族館か?」
「行ってみましょう」
ダニーたちが着くころは閉館間際だった。
「FBIです。まだ客はいますか?」
「ええ、親子が一組まだ見てます」
「それや」
ダニーとサマンサは水族館の中を走った。
まぐろやあじが回遊しているトンネルに二人はいた。
子供は間違いなくジャスティンだ。
カップルのふりをして近寄る。
サマンサがジャスティンを抱き締めた。
「FBI!腕を後ろに!」
ダニーがきびきび手錠をかけた。
男は、小児性愛の常習者だった。更正施設に3回入っているが、更正していないのは明らかだ。
「ジャスティン、パパとママが来てるわよ」
サマンサがオフィスで声をかけた。
3人が抱き合ってる姿をサマンサが見つめていた。
「どや、サムも子供欲しうなったんちゃう?」
「ばかね!私は仕事と結婚してるの!」
サマンサにいなされて、ダニーは苦笑した。
ダニーの新しい生活も2週間が過ぎた。
ジョージには明かしたが、まだマーティンに言っていない。
理由は特にないものの、きっかけがつかめなかった。
あいつ、なんで2週間もだまってたんだとか怒るやろからな。
ダニーはマーティンがすねる姿を思い浮かべて苦笑した。
「本当にお手製サンドやめたんだね」
マフィンをかじっていたダニーにマーティンが尋ねた。
「ほら、夏は食中毒とかいろいろあるやん」
「そうかぁ」
そんな曖昧な答えでも納得するマーティンがかわいかった。
「お前もなんでジム通いやめたん?」
「え?」思わず焦るマーティン。
「暑いからだよ」
「そか」
ドムがいないからモチベーションが上がらないなどとは、絶対に言えない。
「それじゃ、飯でも食おか」
「うん、いいね」
二人は拳骨を付き合わせた。
午後になり、マーティンの様子がおかしくなった。
脂汗を必死でハンカチでふいている。
「おい、ボン、具合悪いのか?」
「なんか頭が痛い」
「医務室行けよ」「うん」
立ち上がると、とたんにふらっと来た。
「おっと!」ダニーが支える。
「お前、体熱いぞ、熱あるんちゃうか?」
「わかんない」
医務室のドクターが無表情で「立派な風邪ですね。今日は早退を勧めます」と診断した。
ボスに断り、ダニーが送っていく。
「仕事終わったら見に来るから」
「いいよ」
「だめや」
ダニーはドラッグストアで冷えたアイスノンを2つ買うと、アパートに戻り、ひとつをマーティンの頭に乗せた。
「気持ちいい・・」
「もう一つは冷凍庫に入れたから、熱くなったらとりかえ」
「うん。ごめんね」
「アホ!また来るわ」
「うん」
マーティンは目を閉じた。
定時にオフィスを出たダニーは、スープデリでチキンとたまごのスープとコーンスープにバジルブレッドを買って、マーティンのアパートに向かった。
1階で鍵を出そうとしていると「ダニー!」と呼び止められた。
後ろを振り向くとドムが左手を三角巾でつるして立っていた。
「お、ドム、どうしたんや?」
「ちょっと近くに来たから、マーティンの家に寄ろうと思って」
こいつ、なんでマーティンの家知ってんねん。
ダニーは訝った。
「その腕は?」
「恥ずかしいことに犯人に撃たれちゃって」
「大丈夫か?」
「弾が貫通しましたから」
「よかったな。じゃ、一緒に行こう」
「はい」
二人はジョンに挨拶すると、エレベーターに乗った。
二人とも何を話していいかわからず無言になった。
「今日は、マーティン、風邪で寝てるんや」
「そうなんですか?」
「熱高いで」
「心配ですね」
ドムはダニーが合鍵を持っているのにショックを覚えていた。
そんなに仲がいいんだ。ダニーとマーティン・・・。
部屋の中は静かだった。
ベッドルームを覗くと、マーティンがアイスノンをしてすやすや眠っていた。
「寝てるわ。ドム、何か食ったか?」
「いえ・・」
「じゃあ、ラザニアでも食うか?」
「ラザニア?」
ダニーはマーティンの冷凍庫から我が物顔でラザニアのコンテナを出すと、オーブンに入れた。
「マーティンと仲がいいんですね」
ドムは思わず尋ねた。
「もう3年のつきあいやからな」
「僕とロージーと一緒だ。情が移りますよね」
「ああ、そやな。お互い命預けてるしな」
「はい、そのとおりですよね」
ラザニアが熱々に温まり、ダニーはダイニングテーブルに並べた。
「ワイン飲むか?」
「え、ええ」
ダニーはマーティンのワイン倉庫からイタリアの赤を取り出した。
「いいんですか?」
「ええねん。買い足しとけば」
ドムはますますショックを覚えた。
ダニーは、マーティンが好きなのかな。
僕なんか、負けちゃいそうだ。
二人の静かな食事が始まった。
翌日、仕事を終えてマーティンのアパートに行くと、ダニーはまたドムに出くわした。
ドムは小松菜とチキンのスープ、ダニーはサフランライスのリゾットを持ち寄っていた。
マーティンは熱も下がり、かなり回復した様子だ。
「わぁ、すごい豪華だね」
「3人で分けよか?」
ダニーがスープとリゾットを皿に分け、ダイニングに並べた。
「白ワインがいいんかなぁ」
マーティンがワインセラーを覗いて、イタリアのガヴィを持ってきた。
3人のディナーが始まった。
マーティンはなかなかしゃべらない二人の様子を察して、声を上げた。
「もう、僕、治ったから、明日からは大丈夫だよ」
「よかった。肺炎にならなくてよかったですね」
ドムがほっとしたような声を出した。
「お前がいいへんと職場が大変やねん。早く復帰してもらわんと」
ダニーは職場を強調した。
「うん、サムにもヴィヴにも迷惑かけたね」
「ああ、そや。二人におごれ」
「そのお二人は同僚ですか?」
「ああ、失踪者捜索班の恐るべき女子チームや」
マーティンはくすっと笑った。
その後はお互いの職場の話になった。
「ロージー、どうしてる?」
犬好きのダニーが尋ねた。
「会ってないからわからないです。昼寝ばっかりしてるらしいです」
ドムが苦笑した。
「ドムがいいへんとだめなんやな」
「ええ、それくらい人間にも好かれてみたいです」
「恋愛ベタなんか?」
「うん、なんか続かなくて。でも、今度の恋愛は続いてほしいと思ってるんです」
そう言って、ドムはマーティンの顔をちらっと見た。
「へぇ、ええ出会いがあったんや」
「うん、相手はどう思ってるかわからないけど、僕はそう思ってます」
「うまくいくとええな」
「ありがとう、ダニー」
「それじゃ、ドムの恋愛祈念で乾杯しよか?」
マーティンは一瞬複雑な顔をしたが「そうだね!」と切り替えした。
3人でグラスを合わせた。
「ドムの三角巾が取れたら、彼女も一緒に食事でもしよう」
ダニーはかまをかけた。
「そ、そういうの彼女、苦手なんで」
「そか、それは残念やな。じゃ、3人で飯食いに行こや」
「そうですね!」
ドムがにっこり笑った。
774 :
fusianasan:2007/07/31(火) 21:14:34
ほしゅ
ダニーがスタバの袋を持って出勤すると、珍しくサマンサがじっとニューヨークタイムズのスポーツ面を見ていた。
「サム、おはよう、何、凝視してんねん?」
「ダニー、デヴィッド・ベッカムって知ってる?」
「知らへん。誰やそいつ?」
「サッカー選手よ。奥さんは元スパイス・ガールズでセレブなの」
「ふうん」
「全英代表選手なのよ、それがね、アメリカにわざわざ移籍してきたのよ。すごいイケメンなの」
「サムが強調したいのはイケメンってとこやな」
「いいじゃない。いいわよね、イケメンでお金持ちで」
サムはボスのオフィスをちらっと見て、ため息をついた。
ダニーはやれやれとカフェラテを飲み始めた。
マーティンが出勤してきた。
「おぉ、ボン、大丈夫か?」
「どうやらね。ありがと。ダニー」
「私にもお礼言いなさいよ、マーティンのカバーをしたのは主に私なんだから」
サマンサがぶつくさ言う。
「ごめん、サマンサ。ご飯おごるよ」
「本当?じゃ、許してあげる!」
あまりの現金さにマーティンとダニーは吹き出した。
マーティンはまだ咳きが出るものの、デスクワークをきびきびこなしていた。
ダニーは、今晩、マーティンを誘ってドムのことを聞き出そうと考えていた。
夕方、マーティンに今晩のことを持ちかけようとしていたら、サマンサがマーティンにおねだりをしていた。
「ねぇ、今日行きましょうよ!」
「え、どっかレストラン取れるかな」
「デルアミコでいいから!ね!」
マーティンは困ったなという顔をしたが、廊下に出て電話をかけていた。
ダニーも廊下に出る。
「俺も、俺も!」
ダニーはマーティンにジェスチャーでアピールした。
「あ、3人です。2人じゃなくて3人。大丈夫?よかった!じゃ、よろしく!」
電話を切ると、マーティンが驚いて尋ねた。
「ダニー、いいの?」
「ええんや、お前とサムなんて話がもてへんやろ。俺が救世主ってことで」
「とかいって、僕にたかるんでしょ」
「バレたか」
「でも、ダニーにすごくお世話になったから、当然だよね」
「なぁ、ドムにもお礼するんか?」
「当たり前だよ。腕怪我してるのに、毎日来てくれたからね」
「そか」
「なんで?」
「いや、仲がええな思うてな」
「バカダニー、考えすぎだよ」
マーティンは笑いながらデスクに戻った。
その晩のデルアミコは、サマンサの独壇場だった。
ボスと別れるとぶち上げた後、ワインを一人でガブ飲みしている。
「ボス、サムのこと気にかけてるやん。それじゃダメなんか?」
「だって、まだ結婚指輪してるじゃない。マリアに未練があるのよ」
「あの鬼嫁には未練ないと思うけどな」
「マーティン、どう思う?」
「僕、わからないや。疎いから」
「本当よね、マーティンって本当は童貞なんじゃないかと思うくらい」
ガハハとサマンサが笑った。
マーティンはむっとしている。
「僕だって、人並み以上の経験あるよ」
「わ、大きく出たわね!ダニーなら分かるけど」
「俺ってそんなに女泣かせに見えるか?」
「ひょっとして男も泣かせてるんじゃない?」
またサマンサがガハハと笑った。
そうだよ、僕を散々泣かせてきたじゃない!
マーティンは思わずダニーを睨んだ。
ダニーはにんまり笑うと「謎が多い男の方がもてるんやで」と言い放った。
「はいはい、あなたはもてますよ。ジャックにももっと秘密があったらいいのに」
ふぅとサマンサはため息をついた。
ダニーがブルックリンに戻って1ヶ月が過ぎた。
ジョージには伝えているので、仕事が暇だと通って来てくれる。
ダニーはそのたびにジョージの美しさに圧倒され、セックスに溺れていた。
一方のマーティンには、伝えるきっかけがなく日々が過ぎていた。
怒るやろな、あいつ頑固やから。
ダニーは今日こそは伝えようと、マーティンを夕飯に誘うつもりでいた。
「なぁ、ボン、今晩、暇か?」
「え?別に何もないけど・・・」
「じゃ、飯食わへんか?」
「ダニーの奢り?」
「そや、俺の奢り」
「のった!」
「じゃ、残業なく仕事終わらせよう」
「うん!」
二人はがむしゃらにペーパーワークを終わらせ、定時に帰り支度を始めた。
「それじゃ、お先!」
残っているサムとヴィヴに声をかけると、サムが非難がましい顔をした。
「ええやん、仕事終わったんやし」
「いいわよ、また明日」
ヴィヴが大人の対応でとりなしてくれた。
二人は、エレベーターに一緒に乗り、1階まで降りた。
「どこ行く?」
「ローザ・メキシカーノはどや?」
「うん、いいね」
二人は5番街の店に立ち寄った。
ミッドタウンで見るよりはるかにお洒落をしたOLやビジネスマン、観光客でごったがえす店内に
二人はやっと席を確保した。
テーブルサイドで作ってくれるワカモレディップを肴にマルガリータを飲み始める。
タコスを2種類と、ダニーはシーバスのクレープ包み、マーティンはラムのファヒータを注文した。
「なぁ、お前さぁ、ほんまドムと仲ええねんな。いつからそんなん?」
マーティンは少しあわてて、サボテンのピクルスを喉に詰まらせそうになった。
「え、どうして?気に障ったの?」
「そんなことないんやけど、お前が急に親しくなるのって珍しいと思ってな」
「気があっただけだよ」
「年下でかわいいしな」
「確かにドムはかわいいよ」
マーティンはマルガリータを飲み干した。
「俺な、今、一人暮らしやねん」
「え?いつから?」
「1ヶ月前」
「何で早く言ってくれないんだよ!」
「お前、ジム通いに夢中やったし、風邪ひいたりしたやん。言いだせんかったんや」
「そうなんだ・・」
「だからいつ来てもいいんやで」
「そうなんだね?」
マーティンは上目使いでダニーを見つめた。
「そや」
「分かった。ありがとう、教えてくれて」
「当たり前やないか」
二人のメインディッシュが来たので、ジンファンデルを頼んで、メインに取り掛かった。
デザートをスキップして、二人はダニーのアパートに戻った。
「うわ、懐かしいね」
「そやろ?」
マーティンは何も言わずに服を脱ぐと、さっさとシャワーを浴びた。
ダニーも後を追う。二人で狭いバスルームに入る。
ダニーがマーティンの肩を軽く噛んだ。
「ダニー・・」
「お前が欲しい」
「僕もだよ」
二人はきつくお互いの体を抱きしめた。
「ベッド行こか」「うん」マーティンのはにかんだ顔が懐かしい。ベッドにダイビングして、二人は大笑いした。
マーティンが体をずり下げて、ダニーの立ち上がったペニスを咥える。
「あぁ・・」
ダニーの悶える声に刺激され、マーティンは盛んに口と舌を動かした。
「だめや、イキそうや」
ダニーはマーティンの体を上にずり上げた。
「中にきて」
マーティンの青い瞳が懇願する。
ダニーはローションを手に取り、マーティンの脚を大きく広げると、中に指を差し入れた。
「お前の中、熱いで」
「早く。我慢できないよ」
マーティンが甘えた声を出す。
ダニーは、自分のペニスにもローションを塗り、マーティンの中に差し入れた。
「うぁ、締めるなよ」
「無理だよ!」
ダニーは我慢できず、抜き差しを早めると「あぁ〜!」と叫んで、中に放った。
ペニスがマーティンの中でドクドク脈打っている。
ダニーに腹をこすりつけられ、マーティンも「ふぅ、あ」と果てた。
ダニーの汗ばんだ顔をマーティンは舐めた。
「塩からいやろ」
ダニーが笑った。
「うん、ダニーの味だ」
「またシャワーやな」
「少し眠らない?」
「そか?」
「うん、僕、泊まる」
「じゃ、眠ろうか」
ダニーはマーティンの隣りに体を投げ出した。
タオルでお互いの体を拭いて、目を閉じた。
ダニーがマーティンのアパートに行くと、ソファの上でマーティンが丸くなっていた。
「マーティン、寝てるんか?」
起こさないように静かに声をかける。
「…おかえり」
だるそうに体を起こしたマーティンの顔は、泣いたせいでぐしゃぐしゃになっていた。
「どうしたんや!」
驚いたダニーが頬にふれると、マーティンは何でもないと言いながら腕で顔を拭った。
「何でもないのに泣くわけないやろ。ボスか?ボスにまた変なことされてそれでお前…」
ダニーは思わずマーティンの下半身に目をやった。
「ううん、違う。心配しないで。本を読んでただけだから」
「本?」
「ん。はい、これ。僕は読み終わったから」
ダニーは手渡されたハリー・ポッターの最新刊をテーブルに置いてマーティンを抱き寄せた。
マーティンは目が腫れぼったくなっているのを見られたくなくて肩に顔を埋める。
「なあ、発売日に並んでまで買うたのになんで今ごろ読んでるんや?」
発売日のリッツォーリの混雑具合を知っているダニーは不思議で仕方ない。
「今回で最終巻だから第一巻から読み直したんだよ。そのほうがおもしろいでしょ」
「まあな。トロイもそうなん?」
「ううん、買ってすぐに読んで泣いてたよ」
「あほや」
ダニーは可笑しくてけたけた笑った。児童書を読んで泣くなんて考えられない。
「バカ!ダニーだって泣くよ。内容は教えられないけど絶対に泣くんだからね」
「あほか、オレが泣くわけない。お前やトロイと一緒にすんな」
「どうだか!ダニーの泣いた顔を見るのが今から楽しみだよ」
「泣かへんて言うてるやろ。10ドル賭けるわ」
ダニーはテーブルの上の本をちら見してマーティンにデコピンした。
「ふぁーあ・・・ぼちぼち寝よか、疲れたわ」
あくびをしたダニーは、マーティンの髪をくしゃっとして立ち上がった。
「あのさ・・・」
「うん?」
マーティンはおなかが減ったと言いながらダニーをじとっと見上げる。
「あかんて、やめとき。寝る前に食べたら胃がもたれるで」
「だって、ハリー・ポッターを読んでたからまだ夕食を食べてないんだもん」
言い訳がましく説明するマーティンにダニーは苦笑する。
「しゃあないな、オレがなんか作ったるわ」
材料があったらいいんやけど・・・
ダニーは冷蔵庫の中を思い浮かべながらキッチンへ入っていった。
ありあわせの材料で作ったペンネ・アラビアータを、マーティンはおいしいを連発しながらほおばる。
ダニーは満足しながらペリエを飲んだ。こんな簡単な料理でも喜んでくれるのが嬉しい。
「野菜も食べなあかんで」
ダニーが半強制的に皿を差し出すと、マーティンは口をとがらせながらアスパラガスのソテーを食べた。
手つかずのままのキャロットサラダも強引に食べさせる。
「おいしいやろ?」
「ん、まあね。でも野菜は好きじゃない」
マーティンはフォークに刺さったにんじんをまじまじ見ながら口に運んでいる。
時計を見るともうすぐ0時になるところだ。
こいつ、食べてすぐに寝て何で太らへんのやろ?体質か?
次々と空になっていく皿を眺めながら、ダニーはまた一口ペリエを啜った。
ダニーが衝撃で目を覚ますと、マーティンのたくましい腕がダニーの腹の上に乗っていた。
寝相の悪さは相変わらずやな。
ダニーは思わず微笑んだ。
まるで二人が付き合い始めた3年前のような朝だ。
あの頃の二人の生活はこんなに複雑ではなかった。
ダニーには、アランとジョージがおり、マーティンはエド、ニック、トムがいる。
もしかして、ドムもそうなのかもしれないのだ。
ダニーはマーティンの前髪を上に持ち上げると、額にキスをした。
「うぅぅん」
マーティンが目を覚ました。
「あぁ、ダニー、おはよう」
「おはよう、ボン、よく眠れたか?」
「うん、ぐっすりだった」
「それじゃ、順番にシャワーしようや」
「ダニー先にどうぞ」
「そか?」
ダニーは、最近お気に入りのラッシュの「オリーブ・ブランチ」のシャワージェルで汗を洗い流した。
入れ替わりにマーティンが入ってくる。
内股にあざが出来ていた。
「あ、あざ・・」
「だって、ダニー、強く脚を押さえるんだもん」
マーティンがはにかみながら答える。
「ごめんな。お前、色白いのに」
「いいよ、誰にも見られないところだから」
「見えるところにも俺のしるしをつけたいな」
「バカダニー、サムにまた怒られちゃうよ!」
二人は、シャワーの下で舌をからめた。
「あかん、遅刻や!」
二人はあたふたとスーツに着替え、オフィスに向かった。
ぎりぎりセーフの時間に滑り込む。
昨日と同じスーツ姿のマーティンを、サマンサが冷ややかな目で迎えた。
目線を避けて、マーティンはコーヒーコーナーに引っ込んだ。
あいつの着替えも置いた方がええかな。
でもジョージが見たら、ええ気持ちしないやろな。
ダニーがぼんやり考えていると、マーティンがFBIマグにコーヒーをなみなみと注いで持ってきてくれた。
「お、サンキュ」
「どういたしまして」
二人の日常が始まった。
今日は香港ドラゴンボートレースの日だ。
ダニーはジョージを誘って、フラッシング・メドウズ・パークに出かけた。
ディーン&デルーカでピクニック用のランチを用意していたジョージは、
ダニーのマスタングで公園に出かけた。
すでに観戦しやすいいい場所は取られている。
二人は、後ろの方の芝生にレジャーマットを広げ、レース観戦を始めた。
「お前、ボートこげる?」
「こいだことない。走るのだけ」
「俺も。ボート、上半身が疲れそうやな」
「うん、明日は肩がばりばりに張りそうだ」
クーラーボックスの中から取り出した冷えたハイネケンを開けながら、
ワカモレディップをトルティーヤチップスに乗せて食べる。
「本当はダニーの口まで運びたいけど、無理だよね」
「あぁ、ここじゃ無理や」
二人は、お互いにチップスを作りあっては、交換した。
それだけでも嬉しい。
サンドウィッチはターキーサンドとツナサンド。
パスタサラダもある。
二人は応援していたチームが負けたのを見届けて、公園を後にした。
「うちに寄るやろ?」
ダニーが何気なく聞くと、ジョージがはにかみながら、「うん」と答えた。
ブルックリンに戻り、二人はシャワーを浴びた。
「さ、昼寝しよか?」
「昼寝だけ?」
「ふふ、うそや!」
ダニーはジョージの肉感的な唇にキスをした。
二人はベッドに入った。
冷房全開でもかなり暑い。
「暑すぎないか?」
「僕は南部の人間だよ」
「俺もや」
二人は舌をからめてキスを始めた。
ジョージの巨大なペニスがすでに硬くなっている。
「お前、入れる?」
「ダニーは、それでいいの?」
「ああ」
ダニーは、ジョージにローションを渡した。
ジョージは手に取ると、自分のペニスに塗り、ダニーの中に指を入れた。
「あぁぁ、お前の指ってエッチな」
「ダニーのここがエッチなんだよ」
ジョージはダニーの体をうつぶせにすると四つんばいの体勢を取らせた。
「入れるね」
「あぁ」
ジョージが、ゆるりと入ってきた。
それでもすでにダニーの中は一杯だ。
「お前大きすぎる・・」
「ごめん」
「謝るな、動いて」
「うん」
ゆっくりジョージが体を前後させる。
手を伸ばしてダニーの屹立したペニスに手を添えると上下させた。
「あかん、イっちまう」
「イってよ、ダニー」
ダニーは体を震わせてシーツに射精した。
「あぁ、お前が熱いわ」
「僕もイっていい?」
「来てくれ。たくさん」
ジョージは、摩擦を増やし、ダニーを悶えさせた。
「あぁ、よすぎる、もう一度イキそうや」
「一緒に!」
二人は同時に、体を震わせた。
ダニーの体の中で巨大なペニスが脈打っている。
「お前、すごい!」
「あぁ、もうだめ!」
ジョージはダニーの体の上にかぶさった。
二人で荒い息を整える。
「ジョージ、何でこんなにセックスがすごいんや?」
「そんなの言われたことないよ。ダニーが相手だからだよ」
ジョージは恥ずかしそうな顔をした。
「そんな顔されると、キスしたくなるやん」
ダニーはジョージの唇をむさぼった。
ぎゅるぎゅる〜。
突然、ジョージのお腹が鳴った。
「腹減ってるんか?」
「だってこんなハードなワークアウトの後だもん」
「それじゃ、ピザ食いに出かけよか?」
「うん、グルマルティーズだよね?あそこ大好き!」
「じゃ、シャワーや、お前先にし」
「ありがと」
ジョージは圧倒的な体をさらしながら、バスルームに消えた。
ダニーはその後姿を見ながら、ジョージとは別れられないと実感していた。
中華を食べに行こうというマーティンの誘いをなんとか断って、ダニーはジェニファーと待ち合わせしたカフェへ急いだ。
すでに約束した時間を20分も過ぎている。
やっとの思いでカフェに着くと、ジェニファーがテラスでアイスティーを飲んでいた。
「ごめんごめん、お待たせ・・・」
息を切らして脇腹を押さえたまま前に座ったダニーに、ジェニファーは目を丸くする。
「大丈夫?かなり苦しそう」
「ああ、へーきへーき、すぐ落ち着くから」
ダニーは水を一気に飲み干して笑いかけた。会えただけで自然と頬が緩んでしまう。
「アイスカフェラテ頼もうか?」
「いや、オレはいらん。水飲んだし。ぼちぼち行こか」
「うん」
ダニーはオーダーを取りに来たウェイターにチェックを頼み、二人はカフェを出て車に乗った。
「何か食べたいものある?」
ジェニファーの問いに、ダニーはすかさずジェンと答えた。
短い沈黙の後で、困ったような表情を浮かべたジェニファーにさっとキスをする。
「今のでディナーは終わりね」
ジェニファーはくすくす笑いながら言った。ダニーはすねたように手の甲に口づける。
「お代わりしてもええやろ?」
「お代わり?」
「そや、お代わり」
二人は顔を見合わせて吹きだした。二人でいるとつまらないことでも可笑しく感じてしまう。
秘密を共有していることがそうさせるのもしれない。
チェルシーマーケットへ着くまでの間、ダニーはずっと手をつないでいた。
ジェニファーはキッチンでアクアパッツァを作っている。
ダニーは待ちきれずに後ろから抱きすくめた。うなじにそっとキスをして密着する。
「くすぐったい」
「まだ?」
ダニーの手はシャツのボタンを外して胸へともぐりこむ。小さな胸をすっぽりと手のひらで包み込んだ。
「やっ!」
「んー?」
ダニーはやんちゃな顔で硬くなった乳首を愛撫し続ける。ジェニファーはダニーの手を掴んだ。
「もう少し待って、あとは焼くだけなんだから」
「焼いてる間に悪いことしよう」
ダニーはさっさとオーブンを設定するとジェニファーを抱えあげてベッドまで運んだ。
ベッドに入った二人は、お互いに目を見つめ合ったままキスをくり返す。
ダニーはジェニファーのシャツを脱がせ、胸に唇を這わせた。白い肌にキスマークをつけないように細心の注意を払いながら。
なめらかな肌はしっとりしていてダニーは夢中で舐めまわした。
ジェニファーもダニーの指を口に含んで同じように舌を滑らせた。
擬似フェラチオされているようでぞくぞく感じ、ペニスがこれ以上ないぐらい勃起する。
ジェニファーはダニーを立たせるとトランクスを脱がせてペニスに触れた。
裏筋を丁寧に舐めあげ、先っぽを軽くつつくように刺激するのがいやらしい。
「んっ・・・んんっ」
ジェニファーの口の中は温かい。唇で包み込むようにくわえられ、あまりの気持ちよさにダニーはつい声を上げた。
何度も上下に動かれるとこのまま射精してしまいそうだ。
「ジェン、じっとして。オレ、出てまう」
ジェニファーはくすっと笑うとさらに激しく頭を動かした。膝ががくがくするほどの快感がダニーを襲う。
「あかんっ、出る!あっ・・・んくっっ!」
ダニーはジェニファーの頭を押さえると射精した。ペニスが大きく脈動してどくどく精液を吐き出した。
キスしていると、さっき果てたばかりなのに今すぐ入れたくてたまらない。
コンドームをつけたダニーはジェニファーの上に覆いかぶさった。
正常位で挿入すると、体を密着させて腰を動かした。熱っぽい視線が絡み合い、粘膜が擦れあう。
「ああっ、ダニー!」
ジェニファーはダニーの体を引き寄せるとしがみついた。
絶頂が近いのを察したダニーは抱きしめたまま何度も突き上げた。
ジェニファーの中がひくひくしてペニスに絡みついてくる。
大きく息をはずませたジェニファーの両腕を抑えつけ、ダニーも数回動いて二度目の射精をした。
ダニーはジェニファーを腕枕するとそっとキスした。果てた後のとろんとした目がかわいくてまぶたにもキスする。
満たされた気持ちで心身ともに解放感でいっぱいだ。
「あ、オーブンのタイマー鳴ったんじゃない?」
「そうかも」
ダニーは静かに肩に顔を埋める。食事より今はこうしていたい。
あと一時間もしないうちに別れなければならないのだ。
そう思うと少しでも一緒にいたくて力まかせに抱きしめる。
「ダニー、苦しい」
「ごめん・・・ジェンはもうすぐ帰るんやろ?」
「22時までには帰らないといけないから。いつもごめんね」
「・・・いや、オレこそ悪かった。ルールやのにごめんな」
このまま朝まで一緒やったらええのに・・・
さっきまでの満たされた気持ちが急速に萎んでいくのがわかる。
肩に顔を埋めたまま、ダニーは息苦しくため息をつく。ジェニファーに謝らせた不甲斐ない自分が情けなかった。
816 :
fusianasan:2007/08/06(月) 07:18:01
ふーん
ジョージは土曜日、ダニーのアパートに泊まった。
翌朝、ダニーが先に目を覚ますと、ジョージがすやすや寝ている顔が目の前にあった。
間違いなくナイキのCMやグラビアを飾っている顔なのに、どことなくあどけないのが、たまらなく愛らしい。
ダニーは我慢しきれずにキスを始めた。
「うぅぅん」
「ジョージ、朝やけど、昼まで寝るか」
「うん、眠たい」
ダニーもまた目を閉じた。
二人は昼ごろ目を覚まし、シャワーを浴びた。
「パスタでも作ろか?」
「うん、ダニーの料理、大好き」
ダニーはトマトを湯むきしてミキサーにかけ、オリーブオイルやスープストックでソースを作った。
冷蔵庫で冷やして、パスタを茹でる。
「出来たで」
「わぁ、美味しそうだ!」
トマトの冷製カッペリーニを二人で食べていると、突然、ドアが開いた。
「わ、マーティン!」
「ダニー、何か食べた?僕、デリで買ってきたんだけど、あ、ジョージ・・・」
ジョージはTシャツとトランクス姿で立ち上がった。
「僕、お邪魔しちゃったのかな?」
マーティンが訝った顔でダニーを見つめた。
ダニーはあわてず、「そんなことないで、今、パスタ食ってるとこや。もう1人前茹でるから待ち」とごまかした。
マーティンは眉をひそめながら、ジョージが座るダイニングの向かいの席に座った。
ジョージが居心地悪そうにしている。
「ジョージ、いつから来てるの?」
「・・昨日から」
「そう、泊まったんだ」
「ええ、僕が酔っ払っちゃって・・」
「ふうん」
ダニーがマーティンの分のパスタ皿を持ってきた。
「二人とも、随分カジュアルな格好だね」
「暑いやろ、うち。だからや」
「そうかなぁ」
マーティンは猛烈な勢いでパスタをがっついた。
「それじゃ、僕、これ食べたら帰るよ」
「ええやん、3人でMLBでも見よ」
「僕、見たくないし」
マーティンは、本当にパスタを食べ終わると、デリの買い物を置きっぱなしにして、帰っていった。
ジョージがおろおろし始める。
「大丈夫かな。ねぇ、ダニー、マーティンに分かっちゃったかな」
「その時はその時や」
ダニーも今回はアウトだと感じた。
明日、オフィスで何とかしよう。
ダニーの頭はCPUのように回転していた。
「お前も帰るなんて言いへんやろな」
「いてもいいの?」
「夕飯食おう、ドラゴンレース見てたらチャイニーズが食いたくなった」
「うん、ダニーがそう言うなら」
二人は見るとはなしに野球を見て、時間をつぶし、チャイナタウンに出かけた。
「ジョーズ・シャンハイ」は例のごとく行列だ。
ジョージはキャップを目深にかぶり、めがねをかけているので、誰にも気がつかれなかった。
やっと順番が回ってきて、二人はテーブルに座り、小籠包2種類と蟹の卵のスープ、
ふかひれシュウマイに、豚のスペアリブの黒豆炒め、海鮮チャーハンを頼んだ。
「やっぱりここは美味しいね!一人じゃなかなか来られないから嬉しいよ」
ジョージは、考え込みがちのダニーの気持ちを浮き立たせようと、一人でしゃべりまくった。
次の仕事は雑誌の秋冬特集の撮影だとか、ナイキの新しいCM撮りがあるとか。
ダニーはうんうんうなずきながら、心の中では、マーティンを傷つけたことを考えていた。
ジョージにもそれは十分に分かっていた。
ジェニファーを見送ったダニーは、まっすぐ部屋に戻る気になれず、歩いて数ブロック先のバーに行った。
辛口のスプマンテを飲みながらぼんやりと考えごとをする。今は周りの喧騒も耳に入らない。
杯を重ねるうちにとうとうフルボトル空けていた。さすがに酔いがまわって眠くなる。
そろそろ帰ろうと思ってポケットに手をやると、サイフもカードも持っていないことに気づいた。持っているのは携帯電話だけだ。
胡散臭そうに見つめるバーテンダーの視線を感じながら、酔った頭で誰に電話しようか考える。
嫌やけど、やっぱあいつしか思い浮かばへん・・・
ダニーは散々迷った挙句、スチュワートに電話した。呼び出し音が鳴ると思い直して電話を切る。
そんなことを数回くり返すうちに携帯が鳴り出した。
「テイラー?」
電話の向こうでスチュワートの怪訝そうな声がする。ダニーはどうにでもなれと酔った勢いで返事をした。
「お前、さっきからオレの携帯にワン切りしてるだろ。一体何なんだ?」
「そこにマーティンいてる?」
「ああ、いるよ。屋上で風に当たってる。呼ぼうか?」
「いや、呼ぶな。実はな、オレのアパートの近所にバーあるやろ、緑と黄色のネオンの・・・」
「知ってる、裏通りの小汚いバーだろ」
「そう、そこ。悪いけど金持ってきてくれへんか、マーティンには内緒で」
「今すぐ?」
「・・・悪い」
「わかった、待ってろ」
きっぱりそう言うと電話は切れた。ひとまず安堵しながらカウンターの上に突っ伏す。
目を閉じていると意識がふわふわと遠のくのを感じた。
「テイラー、テイラー!」
「んぁ」
いつのまにか眠りこけていたダニーは、肩を揺すられて目を覚ました。
不機嫌と心配が入り混じった顔がまず目に入る。
礼を言おうとしたがうめき声にしかならない。差し出された水をゆっくり飲んで喉を潤した。
「大丈夫か?しっかりしろよな。金はオレが払ったからいつでも帰れるぞ」
「サンキュ、トロイ。すぐ返すから」
スツールから立ち上がろうとしたものの、よろけて足元がおぼつかない。
「ったく、世話が焼けるヤツだ・・・」
体を支えてもらいながらバーを出て、少々乱暴に車に押し込まれた。
「歩いて帰るからええのに」
「何言ってんだ、まともに歩くこともできないくせに」
反論できずに黙っていると、車を出して一分もしないうちにアパートに着いた。
「いい加減にジェニファーと別れろよ」
「なんで?」
「お前、どうかしてるよ。こうなることは最初からわかってたろ?割り切れないなら潮時だってことだ」
「あほか、そんなんちゃう」
ダニーは煮えきらない返事をしながらアパートのポーチを眺める。
言われていることは頭の中ではわかっていた。結局のところ、いくら悩んでもこれ以上はどうにもならないのだ。
「もう行くよ。ドーナツ屋に寄らなくちゃ帰れないからな」
黙りこくったままぼんやりしていたダニーは、肩をたたかれてはっとする。
「悪かったな、邪魔してもうて。お前にもマーティンにも迷惑かけた」
「いいさ。ほら、これ。明日の朝はもっとオレに感謝するだろうよ」
スチュワートはダニーの手に処方箋を握らせると帰っていった。
走り書きのくせにやっぱり几帳面な字で書かれた処方箋が妙に気に障る。
捨てようと思ってぐしゃぐしゃに丸め、大きく息を吐きながら天を仰ぐ。すでに頭痛がし始めていた。
明日は二日酔いに苦しむだろう。ダニーは捨てかけた処方箋をポケットに突っ込んで部屋に戻った。
月曜日、ダニーは誰よりも早くオフィスに着いて、マーティンを待っていた。
何と声をかけようか心は決まっていなかった。
しかし誰よりも早くマーティンに会いたかった。
まず、ボスが出勤してきた。
「なんだ、ダニー、今朝は妙に早いじゃないか」
「あ、週明けですんで」
「いい心がけだ」
ボスは無駄な会話をせず、すぐオフィスに引っ込んだ。
次にヴィヴ、サムが出勤してくる。
「おはよう、ダニー」
「おはようさん」
「いい色に日焼けしたね」
ヴィヴに言われてダニーは、息を呑んだ。
マーティンはドラゴンレースで日に焼けた自分の顔も見ていたのだ。
遅刻ぎりぎりの時間になり、マーティンがやってきた。
レイバンのサングラスをしている。
「おはよう、ボン」
マーティンはダニーの声を無視し、バックパックをデスクに置くと、トイレに入った。
ダニーもさりげなく立ち上がり、後を追った。
顔を洗っているマーティンの隣りに立ち、話しかけた。
「なぁ、マーティン、俺と話したくないやろな」
「お察しのとおりだよ」
顔を上げたマーティンのまぶたは、ぷっくり腫れていた。
「俺はお前と話したい。話したくなったら、言うてくれ」
「そんな事もう起こらないと思うけどね」
マーティンはハンカチで顔を拭くと、ダニーを置いて出て行った。
サマンサが席に戻ったマーティンに目薬を渡している。
「マーティンってパソコンやりすぎると、まぶたに来ちゃうのね」
まさか男が一晩泣いて過ごしたとは誰も思うまい。
マーティンは曖昧な返事をしながら、目薬をさした。
ボスがミーティングを召集した。
「今朝、主要都市の支局のデータが届いた。各支局とも、上半期は前年より失踪者発見率を上げている。
下がっているのはうちとシカゴだけだ。どう思う、ヴィヴィアン?」
ボスの厳しい声に皆が静まり返った。
「事件の発生数のデータはいただけないのですか?」
ヴィヴも冷静に対応する。
「発生数は関係ない。母数が多いだけユニットの人数も多い。君たちはその中でも特別捜査官に任命されている。
よく考えて欲しい。チームワークの効率を上げるか、個人プレイで捜査するかどちらが向いていると思う、マーティン?」
「僕はこれまでの手法から、もっと個人で動けるフィールドを増やす手法に変わるべきだと思います」
思いがけない返事に、皆がマーティンの顔を見た。
「俺は反対です」
ダニーが異議を唱えた。
「これまでの手法をもっと効率化する方が、新しい戦略を取り入れるよりてこ入れ策としては即効性があるはずです」
サマンサが頷いた。
「ヴィヴは?」
「私もダニーに賛成です。それで、期間を設けてやらせてもらえませんか、ボス?」
「それでは、これからの1ヶ月間、チームワーク効率化月間とする。
今まで以上に緊密に情報交換しながら捜査を行うように。以上だ。
マーティン、私のオフィスへ来い。」
マーティンはすぐにデスクに戻ると、ファイルをたたきつけた。
「マーティン、チームワークだからね」
ヴィヴィアンが釘をさした。
「分かったよ、ヴィヴ」
マーティンがコーヒーコーナーに引っ込んだ。
「ねぇ、ダニー、マーティンどうしたの?」
「さあな、俺は知らん」
「聞き出してよ。飲みにでも誘って、ね?これからの1ヶ月が心配だもの。査定も近いし」
サマンサがダニーに懇願した。
「そやな、分かった」
ダニーは無理だと思いつつも、「捜査会議希望」というメールをマーティン宛に送信した。
定時が終わっても、マーティンからの返信はなかった。
サマンサが、ダニーに「行け、行け」とジェスチャーを送っている。
ダニーは、デスクを片付けているマーティンに声をかけた。
「なぁ、マーティン、ちょっと飲みに行かへんか?」
「あいにく今日は所用があってね、それじゃ、お先に」
取り付く島がない。サマンサも肩をすくめた。
「あんな攻撃的なマーティン、異動してきてから初めて見た。何かあったのよね。お父様かしら?」
「さあな、想像もつかへん」
「とにかく、ボーイズでどうにかしてね。よろしく!」
サムも帰って行った。
携帯を見るとジョージからメールが入っていた。
あいつ、心配してんねんな。
ダニーは、「これからお前の家に行く」とだけメッセージを打った。
リバーテラスまでのタクシーライドはいつものようなワクワク感がまったく感じられなかった。
しかし、一人で家に帰ったところで飲んだくれるのがオチだ。
ダニーは仲間が欲しかった。
セキュリティーにIDを見せて、コンドミニアムに入る。
最上階に上がり、玄関のチャイムを押した。
すぐにドアが開錠され、ジョージが出てきた。
「ダニー!」ぎゅっとハグされる。
「ごめんな、押しかけて」
「そんなのいいんだよ。さぁ入って。レモネードでも飲む?」
「もっと強いのがええな」
ダニーは笑った。今日初めての笑顔かもしれない。
ジョージはお手製のタイ料理を用意していた。
「すごいな!お前、どこで習ったん?」
「実は少しの間、バンコクとプーケットにいた事があるんだ」
「へぇ〜、いつ?」
「アキレス腱切った後、いわゆる傷心旅行ってやつで。その時知り合った子に教わったんだ。
チャイナタウンに行くと、野菜とかドレッシングとか手に入るしね」
ダニーは、こんな品行方正に見えるジョージにも、そんな過去があったと知るのが意外だった。
タイはゲイの買春天国でもあるからだ。
ダニーはジョージが用意したTシャツとバミューダに着替えて、ダイニングに座った。
牛肉と春雨のスパイシーサラダにグリーンカレーと鶏ミンチのバジル炒めが並んでいた。
「ワインは白の方がいいよね」
「何でもお前の好きなんでいい」
「それでさ、今日・・マーティン、どうしてた?」
「話しできへんかった。あいつも頑固やねん」
「そうなんだ。僕がいけないんだよね」
ジョージが思わずうつむく。
「何言い出すかと思ったら、お前は何も悪うない。悪いのは俺や」
「ダニーは悪くないよ。僕が横入りしたんだから」
「お前、自分を責める癖はやめ。辛いやろ」
「だって・・ダニー・・」
「俺はお前が好きや。大好きや。それは止められへん」
「ダニー・・」
「だから、このままでええやろ、ジョージ、だめか?」
「僕もダニーが大好きだよ。こんなに幸せな恋愛したことないもん。いいの、ダニー?」
「ああ、さぁお前のタイ料理食おう」
ジョージはほっとしたような顔をして笑顔を見せた。
「じゃ、ライス持って来るね。ジャスミンライス炊いたから」
ダニーはジョージの温かい笑顔に癒される思いがした。
このまま進んでみよう。マーティンには真実を話そう。選択するのはマーティンだ。
ダニーの気持ちは決まった。
ぐっすりと眠っていたダニーは、早朝の激しい雷雨で目を覚ました。
雷鳴が轟き、強風と雨が窓をたたきつけ眠りを妨げる。二日酔いの頭に雷はきつい。
ベッドにもぐりこんで耳を塞ぎながら目を閉じる。とろとろと浅い眠りをまどろんでいると電話が鳴った。
「・・・はい、テイラー」
「ダニー、今朝のニュース見たか?」
ボスのやけにきっぱりとした声が容赦なく耳に響く。朝なのにいつもよりテンションが高いのが不気味だ。
「いえ、まだです。何かあったので?」
ざらっとした、酔った日のあくる朝特有の声が出た。
こめかみを押さえて痛みをやり過ごしながら話に集中しようと努力する。気を抜くと寝てしまいそうだ。
「寝ぼけてないでさっさとTVをつけろ。さっきの竜巻の影響でブルックリンが大混乱しているだろうが!」
「え、竜巻?ほんまに?」
ダニーはのろのろと這うようにリビングへ行くとTVをつけた。
確かに見覚えのある通りの街路樹がなぎ倒されたり、建物の屋根が飛んだりしている。
ベランダに出て下を見ると、目の前の道路は渋滞しはじめていた。そこらじゅうに物が散乱している。
「ほんまや!信じられへん!」
「バカもの!感心している場合か!地下鉄も道路も冠水して交通がマヒしてるんだぞ」
あんまり大きい声出さんといて・・・ダニーは耳から電話を離してうめいた。
「あっ、もしかしてオレは自宅待機とか?」
「何を言ってるんだ、早めに家を出ろ。私はそのために電話したんだ。いいな、遅れるなよ」
「・・・了解っす」
ダニーは電話を切った後ソファに倒れこんだ。支局までの通勤手段を思うとどっと疲れが増す。
なんで二日酔いやのにこんな目に遭わなあかんねん・・・
どんよりと曇った空を恨めしそうに見上げながら、シャワーを浴びるために立ち上がった。
支局に着くと、廊下のガラス越しに心配顔で待っているマーティンが見えた。
「おはよう、マーティン」
「あ、ダニー!おはよう!」
マーティンは人目もはばからずに嬉しそうな声を出す。
ある意味潔い。素直に感情表現ができるのを疎ましく思いながらも、ダニーは気に入っていた。
にんまりしながら目を見つめると、照れくさそうに見つめ返してくる。
「そやそや、オレは水取ってこよう」
デスクにブリーフケースを置いて席を立つと、うしろから僕もと言いながらマーティンがついてきた。
トイレに入った二人は、他の局員がいないか念入りに確かめてからキスを交わした。
「わっ、なんか口ん中がお酒臭い。顔色も悪いよ」
マーティンは心配そうにダニーの顔をじっとのぞきこむ。ダニーはうしろめたくて視線をそらした。
「大丈夫なの?」
「ああ、うん、二日酔いやからすぐ治るわ」
「ほんとに?」
「ほんまほんま。薬飲んだから頭痛もほとんど消えたし平気やで」
ダニーは笑顔を作るとぷっくりした頬にキスをした。自業自得の二日酔いで心配させるのは忍びない。
「今日は一緒に帰ろな。お前んちでゆっくりするわ」
「ん、約束だよ」
あどけない表情でマーティンが抱きついてきた。ダニーはぎゅっと抱きしめる。
二人はもう一度キスをしてからオフィスに戻った。
翌日、観光客がホテルに戻ってこないとの連絡が入り、チームは分かれて捜査に向かった。
ボスは昨日のミーティングで真っ向から対立したダニーとマーティンを組ませ、ホテルにいる家族への聞き込みを命じた。
ヴィヴイアンはクレジットカードなどの金の流れ、サマンサは携帯電話の追跡だ。
車の中でも二人は話をしなかった。
「マーティン、これは捜査やからな、真剣にやろう。プライベートは後や」
「僕は真剣に取り組んでいるつもりだよ」
マーティンの言葉の端々に剣があり、今日も取り付く島がない。
二人は、ブロードウェイのエンバシー・スイートに到着した。
残された家族は、妻に娘2人。夫と息子が行方不明になっている。
サウス・ダコタから観光でやってきた家族だった。
「息子さんの年齢は?」
「21歳です」
目を真っ赤にした妻が答える。
「二人で、夜の街を散歩すると言って出て行ったんです」
「何時ごろですか?」
「夕食後でしたから、午後9時半ごろでした。私は娘たちとアイスクリームを食べながら、ケーブルを見ていました」
「携帯は?」
「何度もかけたんですが、電源が切られていると」
「初めてのNYですか?」
「はい、本当に楽しみにしていたんです」
「ご主人と息子さんの荷物を調べてもよろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞ」
娘二人が心配そうに眺めていた。
ダニーが、がさごそとキャリーバッグの中を探る。
すると息子のバッグの中から「大人のためのNYガイド」が出てきた。
相当真剣に読み込んだのか、ページを折ったり、電話番号や住所にマーカーが引いてある。
「やだ、あの子ったら」
母親が泣き崩れた。
「息子さんは21歳です。もう酒も飲めます。大都会に来たんですから、はめをはずしたい気持ちはわかります」
マーティンが慰めた。
「じゃあ、主人も一緒に?」
「保護者としては、その可能性は十分にありますね。このガイド、お借りできますか?」
ダニーが優しく尋ねた。
「ええ、早く探してください。もう家に帰りたいわ」
ティーン・エイジャーの娘たちは、そんな母を両脇から支えた。
二人は車に乗り込むと、「このガイドブックに印がある場所全部に行こう」とダニーが言った。
「そうだね」
マーティンが支局に報告した。
ヴィヴからも手がかりを得た。
夜中の3時に父親がクィーンズのATMから1000ドルを下ろしていた。
一回の引き出し限度額いっぱいだ。
「ダニー、クイーンズだって。待ってよ、クィーンズ・・・・あった。ストリップ・バーだ」
「そこへ直行やな」
「うん」
二人はクィーンズに向かった。
昼間のストリップ・バーは、やる気のないダンサーや経験の浅いダンサーの舞台だ。
客も船員あがりか、アル中らしいさえない中年ばかりだ。
店中、アルコールとたばこと人生の負け犬のすえた匂いが充満していた。
マーティンが思わず顔をしかめる。
「オーナーに会いたいんやけど」
バーテンダーに声をかける。
「何、あんたたち、マフィア?」
「もっと悪い」
ダニーはIDをチラつかせた。
「ちょっと、うちは健全ですよ」
「オーナーと話させ!」
バーテンダーは奥につながるドアを開けた。
ダニーとマーティンはつかつかと入っていった。
奥は廊下の両側にいくつもドアがあった。
売春部屋なのは明らかだ。
一番奥から卑屈そうなヒスパニックの小男が出てきた。
「なんでわざわざうちなんだよ!もっと儲かってる店はたくさんあるだろう!」
「僕たちはこの二人を探しに来ただけです。捜査に協力してもらえば、大目に見てもいい」
マーティンが賭けに出た。
「マジかよ?」
「知ってるんやな?」
「昨日、酔っ払って来ましたよ。二人とももっと「違った遊びがしたい」と言うからここを紹介したんですけど、気に入らないとかいって。
だからモーテルに連れて行ったんです。私が知ってるのはそこまでだ。あとは知らない。」
「相手をした女性は?」
「まだ出勤してないね」
「名前と住所を・・」
マーティンがメモを取っている間、ダニーは支局に電話をしていた。
モーテルの近くのATMからまた金が引き出されていた。
つい30分前だ。防犯カメラに映っているのは女だったという。
「マーティン、モーテルに行くで」
「了解」
二人がモーテルに着き、レセプションに写真を見せると、2部屋チェックインしているという。
まだチェックアウトしていない。
「まだ中にいる!マスターキー貸してください」
「は、はい!」
チェックインしている部屋を開けると、2部屋とも男が正体なくベッドで眠りこけていた。
「こりゃ、薬をもられたな」
「古典的な手口だね」
「まだド田舎からの観光客には有効や」
二人は支局に失踪者確保の報告を行った。
ダンサー二人には売春容疑と窃盗容疑で逮捕状が出た。
「やれやれ、一件落着やな。なぁ、ボン、まだ俺と話したくないか?」
「・・・ダニーがそれほど言うなら、聞いてもいい」
「じゃ、仕事終わったら、飯食おう」
「うん」
二人はまた無言のまま車で支局に戻った。
ダニーは、観光客や酔っ払った上機嫌の地元客が寄りそうなレストランの喧騒を避け、
ハドソン・ホテルの屋上にある「ハドソン・バー」にマーティンを誘った。
ぶっ長面のマーティンがダニーの後をついてくる。
ラウンジソファーになった席に陣取り、二人は、ビールとブルスケッタにチーズと生ハムの盛り合わせをオーダーした。
「俺のおごりやから」
「いいよ、割り勘で」
マーティンはダニーを見ようともしない。
「それで、話って何だよ。嘘つきテイラー」
ダニーは先制攻撃に思わず苦笑した。
「そや、俺は嘘つきや。俺は、ジョージと寝た。満足か?」
「僕からどんな答えが欲しいんだよ、ダニー。懇願して、ジョージと付き合わないでと言って欲しいとでも?
嫌だね、僕は嫌だ。ダニーがジョージが好きならそれでいいよ。僕だって負けない位ダニーが好きなのにさ。
人の心を操ろうとしないでよ」
ブルスケッタにトマトを乗せながら、マーティンが本音をついに出した。
「詭弁に聞こえるやろけど、俺はお前がずっと好きや。3年前からそれはまったく変わらへん。
でもお前も変わったやろ。俺以外とつきあって、離れようとしたやん。俺も混乱してる。
そこにジョージがやってきた。あいつは一途や。俺は無視できへんかった」
「ダニーは、セレブのジョージに選ばれて浮かれてるだけだよ。あいつだって浮気してるに違いないんだ。僕だけじゃない・・・」
ダニーはスプマンテとピザ・マルゲリータを頼んだ。
話が長引くという予感があったからだ。
「結局、お前は何が望みなんや?」
「・・・」マーティンはだまった。
「ダニーだけ」という言葉が口の先まで出掛かっているが、プライドが許さない。
「僕とジョージとダニーで3Pしたい」
ダニーは驚いた。
「それが、お前の望みか?お前もジョージと寝たいんか?」
「ダニーと一緒にいるのには、それしかないでしょ?セッティングしてよ!」
熱々のピザがやってきて、マーティンはすぐに口に運び、トマトでやけどをした。
「ほら、飲み」
冷えたスプマンテのグラスをマーティンに手渡す。
「お前もジョージに興味があるんか?」
今度はダニーが責め始めた。
「ダニー、ダニーと違って僕は生来のゲイだ。そんな僕にあの肉体が魅力的じゃないと思うわけ?
全米中、いや世界中のゲイがジョージと寝たがってるよ。ダニーが知らないだけだよ」
「そうなん?」
ダニーは驚いた。
「ダニーは自分が手に入れた宝石の価値をまったく理解していないよ」
ダニーは少し傷ついた顔をした。
ジョージはそんなにセレブなんや・・・。
「お前・・ジョージと3Pした後どうするんや」
ダニーは気持ちを入れ替えて、マーティンに尋ねた。
青い目をまっすぐに見て、真顔で尋ねた。
「ダニーを共有物にする」
「はぁ?」
「ダニーをジョージと共有する。これしかないよ」
「お前が言うなら・・でもジョージが拒否したらどないすんねん?」
「するわけないだろ!あいつは盗人猫だ。僕からダニーを盗んだ。今さら何も言えるわけがない」
「・・・ほな、俺から話するわ」
「そうだね」
ピザを食べ終わって、マーティンは「それじゃ、支払いはまかせたよ。明日割り勘にしてね」と言って先に席を立った。
ダニーはふぅとため息をつき、ウェイターにミネラルウォーターを頼んだ。
勤務を終えた二人は、のんびり歩きながらオフィスを出た。夕方なのに日差しがきつい。
アスファルトからの放熱で道路からもやもやとした陽炎が出ていてくらくらする。
「暑いなぁ・・・」
ダニーは汗を拭ったハンカチで顔を扇いだ。
「ん」
マーティンもだるそうに頷く。
「そや、ジムのプールで涼むか?」
「いいけどさ、頭痛は平気なの?」
「大丈夫や、トロイの薬で治ってもうた。あいつもたまには役に立つな。適当にいろんな処方箋書かしといたら便利やで」
けたけた笑うダニーを呆れたように見ていたマーティンだったが、ダニーが元気になったのがうれしくて微笑んだ。
ジムに着くと、早速着替えてプールに飛び込んだ。
まだ人もまばらで空いている。二人はレーンを2つ占拠して何度か競争した。
ひとしきり泳いだ後、ダニーはいつものように水面に浮かんでぼんやりする。
隣のレーンでがむしゃらに泳ぐマーティンの立てる波に揺られながら水面を漂っていた。
「ねえ、ダニー」
声がして目を開けると、マーティンがコースロープにもたれかかって意味ありげに見つめていた。
「うん?」
「ちょっと立って」
言われるまま立ち上がると、マーティンが足をからませてきた。
「おい!」
「これさ、ずっとやってみたかったんだよね」
そう言うとマーティンははにかんだ笑いを浮かべた。
「お前なぁ、アーロンとCJの真似なんかすんなや。見られたらどうするねん」
ダニーは慌てて辺りを見回したが、泳ぐのに夢中で見ているものなど誰もいなかった。
「このジムってほんまに女が少ないな。おっても全然目の保養にはならへんし」
ダニーは小声でささやいた。
「ここは本気で鍛えたい人が来てるんだよ。ちゃらちゃらしたい人はすぐやめちゃうからね」
「ふうん、そうなんか。トロイが行ってるタイムズスクエアのジムとかの女はどうなん?」
「あそこは特にひどいよ。どこ見ても巨乳の女ばっか。バイク漕いでる最中も僕のことをじろじろ見てさ、不気味に笑いかけてくるの。何しに来てるんだか」
マーティンは吐き捨てると、さも嫌そうに顔をしかめた。
確かに体を鍛えるどころではなさそうだが、ダニーとしてはそっちのほうが楽しそうだ。
「今、ヘンなこと考えてたでしょ?」
「いや、全然」
「絶対嘘だよ!」
マーティンはからめていた足でダニーをきつく締め上げた。冗談めかして笑っているが、目は笑っていない
「あほ、オレが好きなんはお前だけや」
ダニーは自分からマーティンにかぶさると水中に押し倒した。
シャワーを浴びている間も、マーティンは視線があうたびに忍び笑いをもらし、誰もいないのをいいことにぴとっとくっついてくる。
「お前、気持ち悪いねん」
ダニーは白い尻を軽く蹴っ飛ばす。
「痛いよ、バカダニー!」
機嫌の悪いふりをしていてもマーティンの声には笑いが含まれていて、それがふりだとすぐにわかる。
ダニーはぷっくりした頬に手を添えると素早くキスをしてやった。
「腹減ったな。帰りに寿司食べよか?」
抱きしめて耳元でささやくとマーティンはこくんと頷いた。
気が短い自分なのに、相手がマーティンだと機嫌をとるのも苦にならないのがいつも不思議で仕方ない。
いつのまにか成立した駆け引きのいらない関係が、自然としかも順調に続いていることに驚かされるのだった。
ダニーはマーティンの懇願をジョージに伝えられないでいた。
生真面目なジョージが抵抗を示すのは明白だ。
それに自分の優柔不断さを目の前にたたきつけられたような思いがしていた。
オフィスに行くといつもマーティンがじとっとした目で自分を見つめているような気がして仕方がない。
ダニーの足は自然とジョージのアパートに向かっていた。
「ねぇ、ダニー」
ジョージが、ポークのスペアリブを皿に並べながら話し始めた。
「今日、渡したいものがあるんだ」
「何やろな、想像もつかへんな」
「これだよ」
ジョージはエプロンのポケットから取り出した。鍵だ。
「これって、このアパートの合鍵か?」
「うん、ダニーに持ってて欲しくて。押し付けがましかったらごめん」
「や、そんなことあらへんで、嬉しいわ。でも、お前はプライバシーを大切にするやん、迷惑やないか?」
「ダニーは僕の守護天使だもん、当然だよ」
「ジョージ・・・」
ダニーは、グッチのキーホルダーに早速鍵をつないだ。
アラン、マーティン、ジョージのアパートの鍵が仲良く並んでいる。
俺のこんがらがった人生そのものやな。
ダニーはしばらくキーホルダーを眺めていた。
ジョージのスペアリブは絶品だった。
ハワイ風にパイナップルも黒胡椒しグリルしてある。
野菜もハーブ野菜の山盛りサラダで、ダニーはジョージの料理のバランスに感心した。
「お前、レシピ本書けば?」
「書けるのはダニーの方だよ。僕は自己流だからダメ」
「自己流だからいいんやんか。売れるで」
「ありがと、そんなこと言ってくれるのはダニーだけだ」
二人はディナーを終え、ベランダにワイングラスを持って出た。
ハドソン川を行きかう船のイルミネーションが見下ろすと、星のように美しかった。
「ねぇ、ダニー、マーティン、あれからどうしてる?」
さりげない聞き方だが、ジョージが一番気にしている件だとダニーはすぐに分かった。
「俺たちのこと、正直に話した」
「えっそれで?」
「お前さえよければ、俺とお前とマーティンの3人でセックスしないかって」
「え?」
ジョージは傷ついた顔をした。やはり嫌なのだ。
「そうしたら、俺たちが付き合うことを認めるって言うた」
「それが条件なんだ・・・」
「ああ、それが条件や」
ジョージはしばらく川を見下ろしていたが、顔を上げた。
「わかった。3人でしようよ。場所はどこでもいいよ」
「お前、ええんか?」
「ダニーも、それが最善策だって思ったんでしょ。だから僕に話したんだ」
「・・ああ」
「マーティン、病気とか持ってないよね?」
「ああ、健康体や」
「僕はイエスだって伝えて。いつでもいいよ」
「わかったわ、ごめんな。お前を巻き込みたくなかった」
「仕方ないよ。ブルックリンで見られちゃったから。いつかはこんな日が来ると思ってた」
ジョージは肩をすくめた。
「お前、3Pって経験あんのん?」
「ううん、初めて」
「そうか・・」
「ダニーは?」
「俺もや」
また嘘だ。嘘つきテイラー。
マーティンの責める言葉が耳をついて離れない。
「少し風が出てきたね。部屋に戻らない?」
「そやな」
「今日、泊まれる?」
「いや、帰るわ」
「分かった、送るよ」
ジョージは、ダニーから空のワイングラスを受け取るとキッチンに入っていった。
俺に関わると、みんなが不幸になるような気がして仕方がない。
俺の不幸が皆に伝染するんやろか。
ダニーは、空を見上げて、じっと考えていた。
NYは猛暑の毎日が続いていた。
何でFBIはスーツでなきゃあかんねん。
ダニーは悪態をつきながら、地下鉄に乗って出勤した。
スタバでコーヒーの代わりにマンゴーパッションフラッペチーノのグランデを頼む。
ちゅーちゅーストローで吸いながら、エレベーターに乗り、同じフロアの事務方の局員の女性に笑われた。
あの子、なんちゅう名前やったかな?
ダニーは訝りながらエレベーターを降りた。
デスクについて、汗をハンカチでぬぐっていると、マーティンがやって来た。
「ボン、おはようさん」
「おはよう、ダニー。ねえ、今晩あいてる?」
「うん、用事ないけど、何?」
「この前、僕が風邪引いた時のお礼してなかったから、ドムと3人で食事でもどうかと思って」
「ええな、ドム、元気か?」
「うん、もう現場復帰したって」
「楽しみにしてるわ」
「わかった、また後でね」
マーティンはうなずくと自分のデスクに戻っていった。
こうして職場で普通に会話できるのが何よりだ。
事件もなく、定時に仕事を終えた二人は、フェデラルプラザのベンチに座って待っていたドムと合流した。
「ドム、中に入って待ってればよかったのに」
マーティンが、汗をかいているドムを見て言った。
「やっぱり、FBI支局は敷居が高いですから。それに犬臭いから、嫌がられる」
ドムはマーティンに向かってにっこり微笑んだ。
しかし、ドムの体からは、ほのかな石鹸の香りがした。
「今日は、どこ予約した?」
ダニーが間に割って入るように質問を投げた。
「ミッドタウン・ウェストの「ゾナ・ローザ」だよ。暑いからフローズン・マルガリータが飲みたいと思わない?」
「賛成!」
妙に意気が合っている二人を横目で見ながら、ダニーはタクシーを拾った。
「ゾナ・ローザ」はいうなればネオ・メキシカンレストランだ。
伝統的なメニューにどれも少しアレンジがかかっており、それが人気の源になっている。
三人は、フローズン・マルガリータで乾杯した。
「ドムの復帰に乾杯!」
マーティンは、この前の晩と打って変わって上機嫌だ。
ドムといるのが楽しいのか。
「ありがとう、マーティン。僕もロージーとまた組めてすごく嬉しいです」
「ロージー、元気か?」
「ちょっと夏バテしてますけどね。でも、最初の3日ほどは口もきいてくれなくて」
ダニーは思わず笑った。
「ドム、ロージーは犬やろ?」
「ですけどね、僕がずっといなかったのを捨てられたと勘違いして、怒ってたんです。
4日目に、やっと僕の手からえさを食べてくれて、仲直りです」
「へぇ、面倒くさいんだね」
「時には、人間と接するより難しいですよ」
前菜がやってきた。タコスとブリトーの盛り合わせだ。
すぐにテーブルサイドで調理するアボカドサラダが来る。
メインのファヒータはシーフードとビーフが特製ソースつきでじゅーじゅー音をたてて、
鉄板に乗せられて出てきた。
三人は白ワインを2本あけて、デザートまで食べ終えた。
ダニーは時折、ドムが見せるマーティンへの目線が気になって仕方がなかった。
意味があるのか、ないのか。
マーティンもまったく嫌そうではない。
店の前でタクシーを待っていると、マーティンがドムに言った。
「ねぇ、この前の忘れ物、取りに来てよ」
「忘れ物ですか?・・あ、わかりました。これから?」
「うん」
二人でマーティンの家に行くという。
ダニーは「それじゃ」と二人を残して、地下鉄の駅へと向かった。
心の中に引っかかりをかかえながら。
ドムは臆しながら、マーティンのアパートに入った。
「ドム、遠慮しないで入りなよ」
マーティンがリビングで笑いながら呼んでいる。
ドムは足を進めた。
「ねぇ、マーティン、テイラー捜査官とあんな別れ方していいの?」
「ドムは気にしないこと。だって同僚なんだからさ、明日会うし」
「そうなんだ・・・」
「ワイン飲む?それともスコッチ?」
「ワインの方がいいかも」
「分かった、じゃ、座ってて」
ドムはリビングのソファーに座った。
このロケーションでこの広さ、一体家賃はどれくらいなんだろう。
ドムは自分の住居との違いを考えていた。
マーティンが冷えた白ワインのグラスを持って戻ってきた。
「それじゃ、あらためて乾杯!」
二人はグラスを合わせる。
一口飲むと、自然とマーティンはドムの頬を両手で包んで、キスを始めていた。
「マーティン・・」
「いいだろ?ドム」
「うん・・」
マーティンはドムの舌に自分の舌をからめて、存分にドムを味わった。
ドムの顔が紅潮し、荒い息をし始めた。
「シャワーしようか」
「うん・・」
二人は、お互いの服を脱がせ、シャワーブースに入った。
「マーティン、強いアロマのボディーソープはだめなんだ。ロージーが嫌うから」
「そうか、じゃ薬用のフェイスソープでいい?無香料だよ」
「うん、ごめんね、ロマンチックじゃないよね」
「そんなの、いいさ」
マーティンは、笑いながらフェイスソープをスポンジにしみこませて、ドムの体をすみずみまで洗った。
ドムが恥ずかしそうな顔をして、体をこわばらせて立っている。
「僕に洗われるの、嫌なの?」
「そんなことない、慣れてないだけ」
「よかった」
マーティンは自分の体も洗うと、ぬるいお湯で泡を洗い流した。
「ベッドに行こうか」
「うん」
ドムはひたすらマーティンに従うだけだ。
二人でベッドに横たわる。
すぐさまキスを始めるマーティン。
ドムの硬くなったペニスが腹に触る。
「気持ちいいの?」
「すごくいい」
「ねぇ、ドム、今日は中に入れてみない?」
「え、マーティンの中に?」
「そうだよ」
「・・入れてみる」
「そうこなくちゃ」
マーティンは、サイドテーブルからローションを取り出した。
パパイヤのローションだ。
「じゃ、ドムの大事なところに塗るね」
マーティンはローションを手に取り、ドムの屹立したペニスを優しく両手で包むようにした。
「あぁぁ」
「気持ちいい?」
「すごくいい」
マーティンは両手を上下し、ドムの屹立をさらに硬くした。
「すごいよ、もう出ちゃいそう」
「だめだよ、僕の中に来なくちゃ」
マーティンは自分の中にローションを塗りこみ、足を開いた。
「さぁ、ドム、来て」
「うん」
ドムは緊張していた。うまく出来るだろうか。
アヌスを見つけて、先っぽを入れてみる。
「その調子だよ。怖がらないで、もっと進んで」
「うん」
ドムは腰を進めた。
「ああぁん」
マーティンが甘えた声で悶えた。
「マーティン、いいの?」
「すごく気持ちいいよ、動いてみて。女とするみたいに」
「わかった」
ドムは腰を静かに前後し始めた。
マーティンが目をつむって悶えている。
ドムはそれを見て、心に火がついたようになった。
「マーティン、イッてもいい?」
「僕ももうだめ、ドム、中に来て」
ドムは前後運動の速度を速めて、体を震わせた。
マーティンもドムの腹に思う様精を放った。
「はぁ、はぁ」
二人の息が荒い。
ドムがマーティンの隣りに体をゴロンと横たえた。
「ドムって上手だね」
「本当に?」
「うん、すごく満足した、ドムは?」
「マーティンの中が熱いんでびっくりした」
「これからもっと慣れていくよ」
「それって、僕たち、続けてもいいってこと?」
「ああ、ドム。そうだよ」
「ありがとう、マーティン、僕、すごく幸せだ!」
ドムはマーティンの汗だくの体を抱きしめた。
ダニーは朝日のまぶしさで目が覚めた。ブラインドのちょっとした隙間から日が差している。
「くそっ、またこれや」
いまいましく思いながら寝返りを打ってマーティンを見ると、寝汗をかいていた。
パジャマの首の辺りがじっとりと湿っていて暑そうだ。
だからパジャマなんか着るなって言うたのに・・・
ダニーには夏の間はパジャマを着る習慣がない。ほとんどトランクスだけで眠る。
パジャマの一番上まできちんととめられたボタンをはずしてやり、タオルで汗を拭った。
そのまま脱がそうとしたが、腕がひっかかってなかなか脱がすことができない。
「ダニィ、何やってんの?」
目を覚ましたマーティンが体を寄せながら言った。
「眠ってる僕に欲情したとか?」
そう言うととろけそうな笑顔でにっこりと笑いかける。
「あほ、暑そうやったから脱がしてるんやんか。ほら、体起こし」
ダニーは腕を掴んで上体を起こさせるとパジャマを脱がせた。
「さっぱりしたやろ。下も脱ぎ」
「ん」
マーティンは自分でパジャマを脱ぎ捨てた。
トランクスも同時に脱いでしまったため、朝立ちしたペニスがあらわになる。
躊躇いながらダニーの手をペニスに持っていって握らせた。ダニーは少しだけ手を上下に動かす。
二人は数秒間見つめ合い、どちらからともなくキスをした。
マーティンを押し倒したダニーは、両手を顔の横でつないだまま唇を吸った。
舌を入れて口中をくまなく味わいながら青い瞳を見つめる。
耳を甘噛みするとぎゅっと目をつぶるのが愛らしくて、頭をぐいっと抱き寄せた。
「ちょっ、痛いよ」
「あ、ごめん。お前があんまりかわいい顔するもんやから・・・」
マーティンが驚いたように目を見開く。しまったと思ったがもう遅い。
率直に口から出た言葉に自分でも驚き、照れくささを隠すために胸に顔を押し当てた。
マーティンは体を入れ替えるとダニーのペニスを口に含んだ。
舌を使って存分に舐めあげると口の中でさらに大きくなる。
先走りの雫を味わいながら亀頭を愛撫した。強く吸うとダニーの息遣いが荒くなる。
早くダニーのが欲しい・・・マーティンはローションを塗りたくってペニスの上に跨った。
「んんっ・・・あぁっ!」
アナルの奥まで深々と貫かれて背中が仰け反る。マーティンはダニーの胸に手を置いて身を震わせた。
「あぅっ!ダニーは?ダニーもいい?」
マーティンは苦しそうに喘ぎながらダニーを見下ろした。その間も自分から腰を擦りつけて快楽を貪ろうとする。。
ダニーもきつい締めつけを味わいながらゆっくり突き上げた。
「んぁ!だめっ!出ちゃう!あっあっああっ!」
マーティンのペニスがドクドクと精液を吐き出した。全身をひくつかせながら射精している。
ダニーは放心状態のマーティンを抱きしめて息が落ち着くのを待ってから射精した。
並んで寝そべってごろごろしていると目覚まし時計が鳴った。
「ねえ、早起きして得しちゃったね」
マーティンは屈託なく笑うとダニーにもたれかかった。
「それよりカーテン買おう、遮光のやつ。ブラインドの隙間がまぶしいやろ」
「そんなのいらないよ。だってさ、またダニーとエッチなことできるじゃない」
マーティンはにやにやしながらダニーのお尻をなで回した。アナルにもいたずらしたりしている。
「あほっ、やめろや!」
くすぐったいダニーは慌ててマーティンのおでこにデコピンした。
ダニーは、久しぶりにアランからディナーの招待を受けた。
手料理をふるまってくれるらしい。
ジョージからもらった合鍵がダニーの心を重くしていた。
アランは勘がいいから、分かるに決まってる。
アラン、どうするやろか。別れることになるやろか。
ダニーは逡巡しながら、アランに承諾のメールを打った。
仕事を終え、地下鉄でアッパー・ウェストまで上る。
地上に上がると、雷鳴がとどろいた。かなり近い。
するとたちまち大粒の雨が空から落ちてきた。
ダニーは、全速力で走り、ダコタハウスで左折して、アランのアパートに着いた。
合鍵を持ってはいるが、これで入ると、土足でアランのプライバシーに踏み入るような気がして、
ダニーはブザーを押した。
「はい?」
冷静なアランの声だ。
「アラン、俺」
「やぁ、今開けるよ」
セキュリティーが開錠され、ダニーは中に入った。
見慣れたエレベーターホールの景色。
感傷的になりながら、ダニーは上階に上った。
フロアに着くと、アランがドアを開けて待っていた。
「うわぁ、ずぶ濡れだな、早くお入り」
「サンキュ」
ダニーは前へ進んだ。アランがバスタオルを持ってきてくれる。
「今、着替えを用意しよう」
「ありがと」
ダニーは、Tシャツとバミューダに着替えて、髪の毛を拭いた。
「スーツは、クリーニングに出そう」
「ええよ、着て帰るし」
「風邪ひかせるようなまねを、医者が勧めると思うか?」
アランがくくっと笑った。
「今、ダイニングの用意をするから」
「ああ」
ダニーは懐かしいスタンウェイのふたを開き、鍵盤をたたいた。
エリック・サティーを1曲弾き終わると、アランが呼ぶ声が聞こえた。
「はぁい」
アランの前だと自然と甘えた声になってしまうのが不思議だ。
これが力のバランスなんだろうか。
「今日は、オマール海老のいいのがあったから、簡単に蒸したよ。それからお前の好きなムール貝のワイン蒸しだ。
パンもたくさんあるから、遠慮なくな」
「おー、うまそう!」
アランは、モンダヴィのシャルドネを用意していた。
「それじゃ、乾杯しようか」
「うん」
ダニーはちょっとはにかんだ顔でグラスを合わせた。
オマール海老を二人は手で豪快に割り、レモン汁をつけて食べ始めた。
「それで、どうだい?一人暮らしの調子は?」
「うん、最初は誰も隣りに寝てないのが不思議やったけど、もう慣れた」
「本当に、今も誰も隣りに寝ていないのかな?」
砂色の瞳がダニーを見据える。
「あぁ、一人やで。マーティンやジョージと食事したりするけどな」
ダニーは、心がざわざわするのを感じた。
「ほぅ、ダニーがそんな暮らしをするとは、予想外だったな」
アランが笑った。
「アランこそ、どうなん?」
「僕も同じだ。お前の体温が感じられないベッドの辛さをひとしきり楽しんだ後も、一人だ。
時たま、トムがやってきて泊まっていく位だな」
「え、泊まるん?」
「心配するな。今、トムは恋愛中だ。それもマーティンにな」
「トム、本気なんか?」
「ああ、かなり本気だぞ。マーティンがつれないと言っては酔っ払って家に来る。困った客人だよ」
「そうなんか・・・」
「トムとマーティンがつきあったら、お前どうする?」
「どうするも何も、本人同士がよければ、ええやん」
「それだけかな?」
「ほんまや、幸せやったらいい」
「トムもこれでもっとアタックできるな」
「アラン、トムの事、心配なんやね」
「腐れ縁だからなぁ、死ぬまでつきあいそうだ」
アランがまた笑った。
ダニーは複雑な気持ちになりながら、指についたマヨネーズソースをしゃぶった。
ダニーは、その晩、アランの家に泊まった。
リビングでアランとスコッチを飲んでいて、自然と二人の唇が合わさったのがきっかけだ。
アランの絶妙の技に2度もイカされて、ダニーはとろんと眠りに入った。
目が覚めると、アランに抱きしめられながら寝ていた。
それがとても心地よい。
ダニーはアランの長いまつげを見つめながら、もう一度目をつむった。
昨夜の嵐が去り、土曜日は快晴だった。
ダニーが目を覚ますと、アランはすでにいない。
リビングに向かうと、キッチンから挽きたてコーヒーのいい香りが漂っていた。
「おはよう、アラン」声をかけると、キッチンからアランの声がした。
「おはよう、ダニー、よく眠れたかい?」
「もうぐっすりやで」
「それはよかった。シャワーしておいで」
「うん」
まるでまだ一緒に住んでいるかのような一日の始まりだ。
ダニーは懐かしいラベンダーのボディーソープをスポンジに染み込ませ、入念に体を洗った。
バスルームを出ると、バスタオルの下に真新しいアルマーニのTシャツとジーンズとトランクスが置いてあった。
ダニーはアランの気遣いに感謝をしながら、身に付けた。
ジーンズのサイズがピッタリなのに驚く。
髪の毛をバスタオルで拭きながら、ダニーはリビングにいるアランに声をかけた。
「な、アラン、洋服ありがと。でもなんでジーンズのサイズ知ってるん?」
「あぁ、それかい?分からなかったからジョージに聞いたんだ。彼が全部そろえてくれたよ」
ジョージ、だまってたんや!
ダニーは動揺した。
「さぁ、ブランチを食べよう」
「うん」
アランは、スパニッシュオムレツにハーブ野菜サラダとクロワッサンを用意していた。
「わ、豪勢やな!」
「久しぶりだから、妙に高揚してしまってね」
アランが照れたように笑った。
コーヒーを飲みながら、じっくり食べるアランの朝食。
ダニーは自分が手放した心地よさのありがたみを味わっていた。
「今日は、何か予定はあるのかい?」
アランが尋ねた。ごく自然な口調だ。
「家戻って、掃除とランドリーやんないとあかんねん」
「そうか。なぁ、来週のAleksander Withのライブはまだ行く気があるか?」
「え、チケット取れたんか?」
「ああ」
「もちろん、行きたい。アラン、ありがと!」
ダニーは立ち上がり、アランの頬にキスをした。
「それじゃあ、ブランチが終わったら、家まで送ろう」
「ありがと、今日はありがとばかりやな」
ダニーが笑った。
それを見てアランも幸せそうに微笑んだ。
日曜日、ダニーはジョージを誘って、ホイットニー美術館にやってきた。
「Summer of Love」と題して、ヒッピーカルチャーの発祥40周年を記念した、
サイケデリックなアートや音楽、ファッション、グラフィックデザインなどを展示している。
ひんやりした美術館の中は、気持ちがいい。
展示を見終わった二人は、フラワー・チルドレン気取りで、小躍りしながら、美術館を後にした。
「これから、どないする?」
ジョージに尋ねると「マリファナふかしながらセックス」と答えた。
「おいおい、お前を逮捕せなあかんわ」ダニーは噴き出しながら言った。
「本当はね、お腹すいた。早めだけどどっかでディナー食べない?」
「そやな、俺も腹へったわ。じゃどこ行こう?」
「うーん・・コリアンはどう?」
「ええな、しばらく食ってないし」
「実は、ソーホーに気になるレストランがあるんだ」
「じゃ、決まりやね」
「ねぇ、地下鉄乗ろうよ」
「はぁ?」
「僕、地下鉄に乗りたい」
「ええけど・・」
ジョージの勢いに負けて、二人は地下に潜った。
ソーホーまでの間、ジョージは嬉しそうに周りを見たり、車内広告を眺めたりしていた。
ガキみたいや。
ダニーは思わずくすっと笑った。
ソーホーで降り、二人は地上に出た。
まだ日中の日差しの照り返しで、道路から熱気が立ち上る。
「暑いな」
「ビール飲みたいね」
「そや、まずはビールやな」
ジョージに連れられて、ダニーはレストランに着いた。
「ウー・ラー・オーク?けったいな名前やん」
「美味しいらしいよ」
コリアン・タウンと異なり、客筋は白人も黒人もいる。
土地柄か、皆おしなべてお洒落だ。
二人は、窓際のテーブルに案内された。
ウェイトレスはサングラスをしているジョージに気がついていない。
ジョージはやっとサングラスをはずした。
「夜にサングラスなんてギャングみたいだもんね」
屈託なく笑うジョージがかわいらしい。
ジョージがオーダーしたいというので、ダニーは任せた。
ハイネケンとユッケの刺身、キムチとカクテキサラダに、ねぎチジミ、ミックスグリルをジョージは選んだ。
「二人だとたくさん食べられて嬉しいね」
「なぁ、お前、どうして地下鉄に乗りたかったん?」
「前は地下鉄通勤してたのに、今、もう乗れなくなっちゃったから」
ジョージ・オルセンが地下鉄に乗っていたら、パニック発生だろう。
ダニーは納得した。
「そか。得るものも多いけど、失うものもあんねんな」
「まぁね。今日は乗れて嬉しかった」
セレブなのに単純なことで喜ぶジョージが、ダニーはたまらなく愛しく思えた。
食事は、抜群に美味しかった。
ただ、ユッケ刺身だけは、ジョージが美味しいと薦めてもダニーは口にしなかった。
「だって、生やろ?」
「だから、生で食べられるいい部位のお肉なんだよ」
「だめや、お前、食べ」
「ダニーの怖がり!」
ジョージが笑った。笑われてもダニーは幸せだった。
ミックスグリルは、チキンとビーフの霜降りロースを特製ソースで食べるもので、
これもコリアン・タウンと趣きが異なり、二人は堪能した。
「ね、これからどうする?」
「お前んちに決まってるやん」
「よかった!」
二人はタクシーでリバー・テラスに向かった。
部屋に入るなり「会いたかった!」とジョージがダニーをぎゅっと抱きしめた。
「俺もや、ジョージ」
「シャワーしようよ」
「うん、そやな」
ジョージの積極的な態度に押されながら、ダニーは広いバスルームに入っていった。
シャワーブースの中で、キスを繰り返す。
お互いの舌をからめて、口の中を味わう。
ダニーの腹にジョージの巨大なペニスが触れている。
ダニーのペニスも屹立した。
「もういっちゃいそう」
「だめや、俺ん中に来い」
「じゃ、ベッドに・・」
ジョージはサイドテーブルからアロマローションを取り出した。
「イラン・イランの香りだよ」
「早う・・」
ジョージの指がダニーの中に入る。
「あぁ・・」
期待でダニーは思わず声をもらした。
「じゃあ入れるね」
「ああ」
最初の衝撃にダニーは耐えた。
ずぶずぶとジョージが中に入ってくる。
「あぁあ」
「いい?動くよ」
「あぁ」
ジョージが動き始めると、ダニーは我を忘れて声を上げた。
「いいの、ダニー?」
「最高や、あかん、俺、イク!」
ダニーが一瞬止まり、そして弛緩した。
ジョージはそんなダニーを見て満足そうな顔をすると、一気にのぼりつめ、ダニーの中に果てた。
「ダニー、大好き」
「俺もや」
二人はごろんと横になり、天井を見つめた。
月曜日、ダニーがマンゴーパッションフラペチーノを手に出勤すると、すでにオフィスは騒然としていた。
「何があったん?」
サマンサのそばに寄り、耳打ちする。
「重患な感染症患者がフィラデルフィアの病院から失踪ですって」
「感染症?」
「何でも、膿が出来てて、それがつぶれる時に出血と皮膚組織が飛ぶらしいのよ。その飛沫を浴びると感染するそうよ」
「最悪やな」
マーティンが少し遅れてやってきた。
ボスがミーティングを召集する。
がたがたとチームがミーティングデスクに集まった。
「おおまか聞いている者もいるかもしれないが、重篤な感染症患者がフィラデルフィアから失踪、NYに潜伏中との情報を得た。
名前はフランク・オシェア。白人男性、50代」
「なんでNYに来たんですか?」
「離婚した元妻と子供が住んでいる。しかし、彼の感染症の感染率は高い。子供が感染したら致命的だ。会わせるわけにはいかない。
ダニーはマーティンと、市内のモーテルの情報収集、サムとヴィヴはブルックリンの元家族に会いに行くように」
「了解っす」「はい!」
「くれぐれも注意するように、失踪者の患部には手を触れるな。皆手袋とマスク着用のこと」
ボスの厳しい声が飛んだ。
ダニーとマーティンは一斉ファックスで、市内のモーテルにフランク・オシェアの写真を送った。
「ボス、皮膚に膿が出来る病気だそうですが、顔にもあるので?」
ダニーが尋ねた。
「いや、あいにく顔や首には現れていないそうだ。患部は腕の内側と内股に腹部。要するに皮膚の弱いところだな。
長袖のTシャツを着れば分からない」
「やっかいっすね」
「あぁ、顔に現われていれば、モーテルにチェックインもできないだろう」
ブルックリンのモーテルから電話がかかってきた。
「確かですか?ありがとうございます」
マーティンがきびきびと答える。
「30分前にチェックアウトしたそうです。額から玉のような汗が出ていて、顔色がかなり悪かったので覚えていたと」
「まずいな。サムたちは追いつくだろうか」
ボスが眉間にしわを寄せた。
ダニーがすぐさまヴィヴィアンの携帯に連絡を取る。
「もう、こちらは元家族の家に着いてるけど、何事もないわ」
「すぐそっちに行く。裏口にも気をつけてな」
「わかってるわよ、ダニー」
ダニーとマーティンも車でブルックリンに直行した。
二人が着いた頃、ヴィヴィアンがフランク・オシェアを連れて、家から出てきた。
ヴィヴィアンもサマンサも、ラテックスの手袋とマスクで武装をしている。
「大丈夫か、ヴィヴ?」
「ええ、それより早く、彼を病院に運ばないと」
待機していた救急隊に引き渡す。
マーティンがサマンサとヴィヴィアンに声をかけた。
「ボスから、念のため、病院で検査を受けろって。ご家族も一緒に」
「わかったわ、皆で行くと伝えて」
ヴィヴィアンはまた家に戻っていった。
「死期が近くて、元家族に会いたくなったのかな」
マーティンがぼそっとつぶやいた。
「そやな、顔が浮かんだんやろな。さ、俺たちはオフィスに戻るか」
「そうだね」
二人は、車に戻った。車の中で、マーティンが話し始めた。
「あのさ、ダニー、この間の話なんだけど・・」
「何や?」
「ジョージとの話。ジョージが嫌がってるんだったら、僕もういいよ」
「けど、お前の条件なんやろ?」
「人に無理強いするのは僕の性に合わないし・・」
「そか・・」
マーティンは自分もドムと付き合い始めた今、ダニーだけに無理難題を押し付けるのがフェアではないと考えたのだ。
「ねぇ、オフィスに入る前に、スタバでコーヒー買おうよ」
「そやな、アイスのきーんと冷えたのが飲みたいわ」
「僕は、それにアイスクリームつきがいいや」
二人はにっこり笑いあった。
ジョージが新しいナイキのCM撮影のため、LAに出かけた。
1週間の予定だという。それだけなのに、ダニーは寂しくてたまらない。
「毎晩電話するから、ね、ダニー」
ベッドの中で優しく言われ、「あぁ」と思わず不機嫌そうに答えた自分が情けない。
俺の方が年上なのに、あいつといると、時々分からなくなる。
ぼんやりしているダニーの背中を、サマンサがバン!と叩いた。
「何、夏ばて?がんばりなさいよ、誰でも暑いんだから」
「ごめん」
「ねぇ、ダニー、今晩あいてる?」
マーティンが近寄ってきた。
「暇やけど、何や?」
「国内保安班の友達から、今晩のMLBのチケットもらったんだ。メッツだからダニーなら行くかなと思って」
「え、パドレス戦やん!行く行く!」
「じゃあ、仕事終わったら直行しようよ」
「そやな、あー仕事に張りが出てきたわ」
今、ダニーが大ファンのNYメッツは、ナショナル・リーグ東地区で首位を走っている。
ダニーが浮き足立つのも無理はない。
マーティンはダフ屋に200ドル払った甲斐があると思った。
ジョージとのことで、ダニーを悩ませたお詫びの印だった。
二人は、8時半にシェア・スタジアムに着いた。
座席は一塁側の前から3列め。ダニーが喜ぶ顔をマーティンは嬉しそうに見つめた。
もう試合は中盤だ。
「ちょっと待ってて」
マーティンが席を離れ、ホットドッグ2本とビールを買ってきた。
「はい、ダニー」
「お、サンキュー」
「ホットドッグはホットサルサソースのにしたよ」
「お前、俺の好みよう分かってきたやん」
「長い付き合いだからね」
「そやな」
二人は紙コップのビールで乾杯した。
試合はメインとヤングの投げ合いになって硬直状態が続いていた。
ダニーは興奮して観戦しているが、マーティンは派手な打ち合いの試合の方が好きだった。
「ちょっとトイレ行ってくるよ」
「あぁ」
マーティンは席をはずして、トイレに向かった。
個室が一つふさがっている他は、誰もいない。
マーティンは用を足そうとパンツのチャックを下ろした瞬間、首にチクっとした痛みを感じ、昏迷した。
目を覚ますと、個室の中に押し込められていた。
パンツがトランクスごと下ろされている。
局部がひどく痛む。見ると、出血していた。
財布は?カードは?拳銃は?
全部無事だった。
僕、レイプされちゃったんだ・・・。
マーティンは思わず、涙を浮かべた。
一体何分経ったんだろう。ダニーが心配する。
マーティンは涙を拭いて、立ち上がると、トランクスとパンツを履きなおした。
ダニーの隣りに戻ると、「お前、でかい方か?」とダニーが聞いた。
「あ、う、うん、ちょっとお腹の具合が悪くて・・」
「もうあと1回で試合終了や、もう一杯ビール飲むか?」
「僕はもういい」
「じゃ、俺、買うてくる」
「じゃあ、待ってる」
マーティンは局部の痛みと戦っていた。血が流れるのが感じられる。
ダニーがビールを持って戻ってきた。
「ダニー、ごめん、お腹の調子がすごく悪くて、もう帰ってもいいかな」
「大丈夫か?」
「うん、ごめんね」
「じゃ、帰ろう」
ダニーはタクシースタンドに並んだ。
「マーティン、家まで送るわ」
「そんなにひどくないから大丈夫だよ、ダニーの地下鉄の駅まで一緒に乗ろうよ」
「ほんまにそれで大丈夫なん?」
「うん、下痢がひどいだけだから」
「わかったわ」
二人はタクシーに乗り、最寄りの地下鉄の駅まで行くと、ダニーが降りた。
心配そうな顔をしているダニー。
マーティンは、無理やり笑顔を作り、手を振ると、運転手に「すみません、市立病院のERまでお願いします」と告げた。
市立病院のERに着いて、順番に従って問診票に書き入れながら診察を待っていると、トムが通りがかった。
「マーティン!どうした!」
問診票を奪うように手にとるトム。
「処置室一号に来い」
「だって・・」
「お前、出血してるんだろ、早く来い」
カーテンを閉めて、トムはマーティンにパンツと下着を脱ぐように命じた。
トランクスの後ろが血で染まっている。
「どこで、こんなことに?」
「シェア・スタジアムに野球見に行ったんだ。男子トイレでやられた。首に麻酔みたいなの打たれたから、相手の顔見てないんだ」
「被害届出すか?それには、レイプテストが必要になるが」
「・・嫌だよ、トム。恥ずかしいよ。FBIがレイプされたなんて」
「わかった、じゃあ、とにかく患部の消毒と、HIVの検査をするぞ」
「わかった」
マーティンは2時間待たされた。
やがてトムがやってきた。
「幸いHIVはネガティブだ。相手の精液も検出されなかったから、コンドームをつけていたんだろう」
「ふぅ」
「裂傷がひどいから、軟膏を処方しておく。ナプキンにつけて、患部に当てておくこと。いいな」
「うん、わかった」
「なんでお前ばかりが狙われるんだろう」
「僕にスキがあるんだよ」
「そんなことないだろう。お前がそれだけ魅力的だってことだよ」
「トム・・・」
「俺は、お前の返事を待ってるからな。今日も家に送ろう」
「ありがと・・」
マーティンは目を閉じた。鎮痛剤が効いたのか、少し転寝をしたらしい。
「さぁ、帰るぞ」
トムの声で起きると、マーティンはのろのろ着替えた。
よろけるマーティンをトムが支える。
「ありがと」
「いいんだよ」
二人で地下の駐車場に向かう。
シルバーのメルセデスに乗って、二人はマーティンのアパートに向かった。
「お前、腹減ってないか?」
「そういえばすいてる」
「じゃ、ピザでも頼むか」
「そうだね」
「お前は座ってろ」
「はい」
トムはシーフードとマルゲリータのピザにシーザーズサラダをつけて頼んだ。
「アルコール飲むと鎮痛剤の効き目が悪くなるから、俺だけビール飲んでもいいか?」
「トム、遠慮しないでよ。何でも飲んで」
「ありがとな」
トムはマーティンの隣りすわり、ハイネケンのふたを開けた。
「僕は、ジュース飲む」
「俺が持ってきてやるよ」
「ありがと」
ピザボーイが配達に来た。
二人して、くだらないリアリティーショーを見ながら、ピザにぱくつく。
「少しは元気になったか?」
「うん、トム、ごめんね。いつも世話になってばかりで」
「そんなのいいんだよ」
トムはマーティンの頬にそっとキスをした。
「こんなに体が汚れきった僕なんて、どうしてトムは好きって言ってくれるの?」
「お前、自分の体が汚れてるなんて、絶対に考えるなよ!お前は綺麗だ。何の曇りもない。清潔で美しい体と心の持ち主なんだから」
「ありがと、これから、もしこういう事があっても、また手当てしてくれる?」
「当たり前だ、お前の主治医は俺だからな」
トムはもう一度マーティンの頬にキスをした。
マーティンがトムの頬に手を沿え、こちらを向かせると、唇を合わせた。
「マーティン・・・」
「本当にありがとう。僕を支えてくれるのは、トムだけだ」
「よせよせ、それ以上、甘い言葉を聴くと、俺までお前を襲いたくなる」
トムが照れくさそうに笑った。
「ピザ食ったら帰るよ。軟膏を忘れるな」
「うん、分かった」
「明日は普通に歩けるようになってるから」
「分かった」
二人は残りのピザを食べ始めた。
翌朝、マーティンが出勤するとすでにダニーがデスクに付いていた。
「ボン、おはよう、腹の具合どうや?」
「おはよう、ダニー、ありがと、家で薬飲んだら落ち着いたよ」
「そか、よかったわ」
「心配かけてごめんね」
「ええねん」
ダニーは照れくさそうに笑うと、茶色い袋をマーティンのデスクの上に置いて、自分の席に戻っていった。
中を覗くと、チョコレートチップマフィンが入っていた。
ダニー、心配してたんだ。それなのに僕、うそついちゃった。
マーティンは、マフィンをかじりながらスタバのカフェラテを飲んだ。
ダニー、ごめんね!
ランチタイムになった。
マーティンは「ダニー、心配かけたお礼にお昼おごるよ。昨日の試合も途中で帰ったし」と誘った。
「そんなん、ええねん。お前が調子よければ」
「おごらせてよ」
「そんなに言うなら、よし、わかった!」
二人はいつものカフェに行き、トマトとアンチョビの冷製パスタを頼んだ。
「これだけ暑いと、温かい食べ物、食べたくないよね」
「ああ、ほんま、体が溶けそうや」
「ね、ナンバーズってテレビドラマ見てる?」
「時たまな」
「どうして同じFBIなのにお兄さんのドンはいつも私服なんだろう」
「許可もらってるんやない?」
「僕らも許可もらわない?もう暑くて、スーツなんて着ていられないよ。サマンサなんてキャミソールで仕事してるよ」
「そやけど、NYの伝統もあるしな」
「うーん、そのうちあせもが体中に出来そうだよ」
ダニーは大笑いした。
「お前の全身にシッカロールはたいてやるから、我慢せいよ」
「うーん」
二人はアイスクリーム屋の屋台で、それぞれミントチョコと、クッキークリームを買った。
「ダニーのも食べたいな」
「ここじゃ、無理やろ」
「わかってる」
マーティンが甘えてくるのが今日はなぜか嬉しかった。
ジョージがいないせいで、心が弱っているのかもしれない。
「なぁ、ボン、今晩、ディナーして帰らへんか?もし腹が平気なら・・・」
「もうぜんぜん平気」
「じゃ、ジャクソン・ホールに行くか!」
「賛成!」
屈託のないマーティンの笑顔に、ダニーは、昨日マーティンに起こった事を予想だにしなかった。
翌日は朝からオフィスがごったがえしていた。
日本の警視庁から研修生3名が送り込まれたのだ。
「へ、研修生すか?」
「お前らだってクワンティコの頃は訓練生だったんだろうが。まぁ、仲良くしてやってくれ」
ボスはオフィスに戻っていった。
廊下にねずみ色のスーツを着た3人の男が立っている。
「こっちへ、どうぞ」
ヴィヴィアンが声をかけると、3人は顔を見合わせて、前に進んだ。
「立ってると緊張するでしょ、座りましょうよ」
3人は遠慮がちに座った。
「お名前は?」
「ヤマシタです」「スズキです」「カワウチです」
3人は即座に答えた。
「こっちは左から、サマンサ・スペード、ダニー・テイラー、マーティン・フィッツジェラルドよ。私はヴィヴィアン・ジョンソン。よろしくね」
3人は一斉に頭を下げた。
どうやら英語は分かるらしい。
「今日は聞き込みをしてもらいます。ダニーはヤマシタさん、サムはスズキさん、マーティンはカワウチさんと一緒に外出してください」
ダニーが組んだヤマシタという男が3人のリーダー格のようだった。
「ヤマシタさん、お年はいくつで?」
「ヤマシタさんはやめてくださいよ。芳樹というので、ヨシと呼んでください」
ダニーはヨシの流暢な英語に驚いた。
「英語しゃべれるんやないですか?」
「はい。しかし今回のチームでは得意でないメンバーもいますから、一人秀でるわけにはいかないんです」
「はぁ」
「今日はどこへ行きますか?」
「じゃあ、俺が付き合ってる垂れ込み屋に案内しますよ」
「感謝します」
ダニーは、ヨシを連れて、ブロンクスに出向いた。
薬の売人、ポン引き、娼婦、怪しいモーテルの主人、それぞれに金を渡して、新しい情報を聞き出す。
「これって経費ですか?」
「いえ、自腹です」
「それは大変だな」
ヨシは目を丸くした。
「幸い、ミズーリから失踪した少女の居所がつかめそうです。一緒に踏み込みますか?」
「喜んで」
ダニーは、ポン引きから教わったモーテルに向かった。
主人は「あの部屋か。何か胡散臭いと思ってたんですよね。鍵です」とダニーに渡した。
「少女は何歳で?」
ヨシが尋ねる。
「13歳」
「かわいそうに・・」
ダニーが目で合図し、ドアをノックした。
「FBI!今、開けるぞ!」
ドアを開けると、ベッドにはぐったりした少女、ビールの空き瓶を割って抵抗しようとしている客に居合わせた。
「早く、瓶を捨てなさい」
「俺はどうせまた刑務所戻りだ、どうなってもいい!!」
襲ってきた男にヨシがすばやく対処した。
一瞬の出来事だった。男は床に伸びていた。
「ヨシ、今のは何で?」
「ジュードーです。警察官は必ず黒帯なんですよ」
ダニーは携帯で救急隊を呼んだ。
「テリー、大丈夫か?」
「うーん、頭、痛いよ」
「俺はFBIや。すぐに病院に行こう」
「わかった」
三人で外に出る。
日差しがまぶしい。
「いつもこんなお仕事ですか?」
「まぁ、そうやね。もっと悲惨な結果も多いけど」
「もっとお話が伺いたい。私たち3人と一緒に晩御飯でもいかがでしょうか」
「そうですね、そうしましょか?」
ダニーはヨシの熱心さに押されてOKを出した。
ダニーは、早速マーティンとサマンサに連絡を取り、ディナーの事を話した。
「どうせなら、ピーター・ルーガーがいいんじゃない?」
サマンサの提案に「ええな、予約しよ」とダニーは電話を切った。
「ヨシ、今日はこれぞアメリカっていうステーキの店に行きましょ」
「わぁ楽しみですね。僕ら3人とも肉食ですから」
ヨシはからから笑った。気持ちのいい男だ。
二人がオフィスに戻ると、マーティン組、サマンサ組も戻っており、ミーティングテーブルで談笑していた。
「ダニー、今日、事件解決したんだって?」
マーティンが尋ねる。
「あぁ、ヨシのジュードーの腕も見せてもらったしな、おもろかったで」
ヨシは照れたように笑った。
すでに、みんなファーストネームで呼び合う仲になっていた。
スズキはジュン、カワウチはタローだ。
「にぎやかだな」
ボスがオフィスから出てきた。
チームの各員から今日の成果を報告させる。
結局、事件を解決できたのは、ダニーの組だけだった。
「ヤマシタさん、さすがですね」
ボスが褒めると「いえ、運が良かっただけです。テイラー捜査官の指示に従ったまでですので」と答えた。
流暢な英語にヴィヴ、マーティン、サマンサが驚いている。
「それでは、警視庁にしかるべく報告をしておきます」
皆がボスに向かって一礼した。
「今日は晩御飯を一緒に食うんだろ?ダニー?」
「はい、ピーター・ルーガーを予約しました。もちろんボスの席も」
「当たり前だ。では、出かけよう」
いつもより早めだが、ボスの一声で、チームは地下の駐車場に移動した。
ダニーがヨシとサマンサ、マーティンがジュンとヴィヴィアン、ボスがタローを乗せて、ブルックリンに向かう。
ディナーの席では、最初は緊張していた三人も、ワインが進むにつれて、英語を話すようになっていた。
確かにヨシ以外はたどたどしい英語だったが、同じ警察官同士、すぐに打ち解けて、テーブルは笑いの渦に包まれた。
ボスから三人は、2000人の候補者の中から選抜された優秀な警察官だと聞かされ、チーム全員ため息をついた。
「俺なんか、はしにも棒にもかからんわ」
「僕も全然自信ない」
ダニーとマーティンが口々に言うと「お前らは己をよく知ってるな」とボスに言われ、二人とも凹んだ。
Tボーンステーキもオリジナルのステーキソースも口にあったのか、三人はぺろりと平らげた。
「ありがとうございました。グループを代表して御礼申し上げます。また明日もよろしくお願いいたします」
全員、ヨシたちのまねをして一礼した。
帰りは、マーティンが日本人三人を、ダニーがヴィヴィアンとサマンサを送るため、車を出した。
「昼間はどうなるかと思ったけど、結構、面白い人たちだね」
ヴィヴィアンがダニーに話しかけた。
「相当優秀なんやな。驚いたで」
「本当に、負けそう」
サマンサが肩をすくめた。
「明日からも一緒に捜査だから、こっちも気が抜けないね」
ヴィヴィアンの言葉に、二人は大きくうなずいた。
警視庁チームの研修も最終日になった。
すっかり打ち解けたチームは、サマンサを笑わせようと必死に英語を駆使していた。
が、ヨシだけは、はすに構えて、若手二人を見ていた。
「ヨシ、タローもジュンも楽しそうやね?」
ダニーが声をかけると「ブロンドの美人ですからね、仕方がないですよ」と苦笑いした。
「ヨシも競争に入らんでええの?」
「僕は、もう卒業ですよ。それより、あなたと話がしたい」
ヨシの真摯なまなざしにダニーはたじろいだ。
「捜査の話?」
「いろいろです。今日、歓送会があるでしょう、その後で飲めませんか?」
「ええよ、じゃあ考えとくわ」
「ありがとうございます」
ヨシは一礼をした。
今晩の歓送会はデルアミコを予定していた。
午後のパトロールの際、ヨシがふと口にした。
「僕、インターポールに転職しようかと思っていて・・」
「ヨシの実力なら、できるやろ」
「そうでしょうか。日本の警視庁は甘い。薬物対策しかり、テロ対策しかりです。
どんどん世界中から入り込んでくる。僕はそれが我慢できない」
「アメリカかて完璧やないで」
「わかってます、でもはるかに一般市民にとって身近な話題になっている。
日本国民はそんな意識すらないんですよ」
「難しいな。警視庁で国を守るか、インターポールに行くか」
「そうですね」
パトロールを終え、二人はスタバでアイスカフェラテを買って、オフィスに戻った。
ボスが全員を集めてミーティングを開いた。
「日本の警視庁から来られたお三人、お疲れ様でした。見事な仕事ぶりに舌を巻きました。
うちのチームのいい刺激になったと思います。上司の方にはそのように報告書をお送りしますので、
ご心配なく。いじめもなかったよな、サマンサ?」
「もちろんです、ボス」
サマンサは3人に向かって投げキッスを送った。3人がぽっと赤くなる。
「今日は最後の夜です。気の置けないリストランテですから、ぜひ楽しんでください」
「ありがとうございます」
3人は立ち上がり、一礼した。
デルアミコに移動すると、オーナーが飛んで出てきた。
「おー、今日はインターナショナルね!何でも食べられるのかな?」
ヨシが「何でもいただけます」と答えた。
「じゃあ、デルアミコスペシャルを用意しましょう」とオーナーが下がっていった。
スプマンテで乾杯し、一人ずつ感想を言う。
ジュンとタローは語彙が少ないので普通の感謝の言葉で終わったが、
ヨシは警視庁とFBIの組織体制の違いなど感じるところを語って、ボスをうならせた。
「ヨシにグリーン・カードがあったら、絶対ボスはリクルートしてるわね」
サマンサがダニーに耳打ちした。
料理は、アンティパスト8種類の盛り合わせに、季節の野菜のバーニャカウダソース、
大きなハタのアクアパッツァ、トマトのニョッキ、渡り蟹のパスタ、ピッツアマルゲリータ、
ピッツァトレフォルマジオだった。ワインも10本空いて、皆上機嫌だ。
デザートを食べたいと言い張るサマンサを尊重し、オーナーに頼むと、大きなティラミスとバニラアイスが出てきた。
皆でわいわい言いながら取り分ける。
「これにカプチーノをかけると美味しいのよ」
サマンサがカプチーノをバニラアイスにかけた。
3人がマネをする。笑顔が広がった。
店を出て、どう帰るかの話になった。
ボスがサマンサとヴィヴィアンを送るという。
ダニーはヨシの視線を感じながら、マーティンに言った。
「俺、ヨシと飲むわ、お前も来るか?」
ヨシはジュンとタローに話をしている。
結局5人でバーに繰り出すことになった。
ダニーはブルー・バーを選び、皆で移動した。
ブルー・バーに着くと、カウンターの中からエリックが会釈してきた。
日本人三人も釣られて会釈する。
「テーブル席あるかな?」
「じゃあ一番奥をどうぞ」
エリックはフロアスタッフに指示して「予約席」の札をはずさせた。
「テイラー捜査官は顔が利くんですね」
タローが尋ねた。
「ただの知り合いや。いや、もう常連てのがばれたかな?」
ダニーはにっこり微笑んだ。
一番年の若いジュンが調子に乗って、テキーラ競争を始めようと言い出した。
「これは、FBIも負けられないね!」
珍しくマーティンが飲む気満々になっている。
ダニーは嫌な予感もしたが、皆にまじってテキーラショットを飲み始めた。
最初にタローがつぶれた。次にジュンがのびた。
マーティンとダニーとヨシの3人が、がんがん飲んでいると、エリックがバッファロー・ウィングを持ってきてくれた。
「あんまり飲むと大変だよ」
エリックがダニーに耳打ちする。
「わかってるって」
結局3人は勝負がつかず、ヨシがタローとジュンを起こした。
「すみません、ご迷惑をおかけして」
ヨシが平謝りに謝った。
「だいたい、野郎どもの飲み会はこうなるんや、なぁ、マーティン?」
「そうですよ、ヨシ、気にしないで。タクシー乗り場まで送ります」
「ありがとうございます」
タクシーに三人を乗せ、ダニーとマーティンは見送った。
「やれやれやな」
「僕も実は倒れそうだよ」
「大丈夫か?」
「うん、とにかく家に帰って寝たいや」
「それじゃ、おやすみ」
ダニーはマーティンを見送った。
タクシーに乗ろうとすると携帯がふるえた。非通知と出ている。
「はい、テイラー?」
「テイラー捜査官、僕、ヨシです。今、ホリディインに着きました」
「そりゃ、報告どうも」
「あの・・これから、こっちに来ませんか?」
「え?」
「あなたのご判断にまかせます」
ダニーは少し考え「じゃあ、伺います」と答えた。
ヨシたちが泊まっているホリディインは5番街にあった。
ロビーに降り立つと、こざっぱり着替えたヨシが待っていた。
「すみません、ご迷惑ではなかったですか?」
「いや、ヨシたちの最後の晩だし・・」
「ありがとうございます」
ヨシの部屋は、クイーンサイズのベッドと簡単なキッチネットが付いていた。
「快適そうですね」
「まぁ、1週間ですから」
ヨシはそう言うと、ダニーの頬にそっと触れた。
「ヨシ・・」
「あなたはヘテロだろうと思う。でも僕に思い出をください。僕はあなたに惹かれている」
ヨシは唇を近付けた。
ダニーも思わず反応する。
ヨシは優しくダニーのジャケットを脱がし、Yシャツのボタンに触れた。
ダニーに確かめるように目を見つめる。
ダニーはこくんと頷いた。
ヨシはネクタイをはずしYシャツを脱がすと、ダニーの乳首にキスを始めた。
「あぁ・・」乳首がすぐに反応して立つ。
「僕も脱ぎます」
ヨシはシャツとパンツを脱いだ。トランクスの前に突き出した部分が生々しい。
「ヨシ、君は・・」
「ええ、ゲイです。誰にも言えない秘密です」
ダニーも自らパンツとトランクスを脱いで全裸になった。
「いいんですか?」
「ああ」
「嬉しい・・」
ヨシはダニーの体を優しくベッドに横たえた。
「僕の中に来て下さい」
「分かった」
ダニーは、ヨシの先走りの液をアヌスと自分のペニスに塗りたくり、ヨシの中に入った。
狭すぎる。ダニーはため息をついた。
なめらかで吸い付くようなヨシの肌に体を合わせると、気持ちが高揚する。
「動いて」
ヨシの甘い声にダニーは速度を速めた。
アルコールをしこたま飲んでいるので、もう我慢が出来ない。
「あぁ、出る!」「僕も!」
二人は同時に体を震わせた。
ヨシがダニーの体をぎゅっと抱きしめる。
ダニーはその温かさに包まれて、目を閉じた。