【Without a Trace】ダニー・テイラー萌え【小説】Vol.11
[約束]
・荒らしと叩きは相手にしないようにしてください
・アンチを見つけてもスルーしてください
・このドラマの他の関連板に感想などを書くのは控えてください
・このスレッドのURLをこのドラマの他の関連板に書くのは控えてください
・このスレッドの書き込みを他の関連板に貼り付ける事はしないでください
[注意書き]
同性愛的要素、過激な描写を多く含みますので、不快を示す方は閲覧をお控え下さいますようお願いします。
これらを理解してストーリーを楽しんで下さる方のみ閲覧お願いします。
注意事項を守らず不快な思いをされてもこちらは一切責任を負いません。
あくまでも自己責任・自己判断でお願いします。
鳩さぶれのやおいエロ小説っす。
書き手1=鳩さぶれ劇場
その1
865 名前: [] 投稿日:2005/08/06(土) 04:05:15 ID:j1cxGbqN
書き手2さん、いつも楽しく読ませていただいています。
夏季休暇中、書き手1さんにがんばっていただいて飢餓状態を脱したいと
思います。お体ご自愛ください。
866 名前:書き手1 842の続き [] 投稿日:2005/08/06(土) 23:14:55 ID:j1cxGbqN
声を荒げて留守電に伝言を入れたマーティンに、ダニーはあえて
コールバックしなかった。俺はどうせ信じてもらえないキャラなんやな。
あんなに大切に思っている相手の信頼も得られないなんて、俺は生活破綻者
なんやろか。ダニーはまっすぐ矢のように飛んでくるマーティンの攻撃に
半ば辟易しながらも、自らの生活を反省していた。
それにしても、なんでバレたんやろか。
書き手1=鳩さぶれ劇場
その2
779 :書いていた人 :2005/07/01(金) 00:12:12 ID:nsRPx1UV
もうお好きにお書きください。
あちこちで規制されまくっているので、
2chから去ります。
一人の書き手を葬り去ったということを
お知らせします。
804 :奥さまは名無しさん :2005/07/01(金) 00:34:49 ID:nsRPx1UV
>>802 ほらイジメ根性まるだし。
ここの住人ってタチ悪いね。
「書いてる人」がかわいそうになってきた。
翌日、マーティンは休みをとった。
ニックが心配で離れられないのだ。
アランの携帯に電話する。
「はい、ショア」
「アラン、僕、マーティン」
「おはよう、どうした?」
「ニックが大変なんだ。今日、診てくれませんか?」
「ニック・ホロウェイか?ちょっと待て。ああ、午前中にキャンセルがあるから11時なら大丈夫だ」
「それじゃ、連れて行くから、よろしくお願いします」
9 :
書き手1 :2007/01/22(月) 23:36:40
マーティンは嫌がるニックをフェラーリに乗せ、運転席に座った。
慣れないスポーツカーの運転で、クラクションを何度も鳴らされる。
ニックは終始無言だ。
アランのアパートにつき、地下駐車場に入れさせてもらう。
ニックの手をとって、アランのアパートに連れて行くマーティン。
アランが、待合室で待っていた。
10 :
書き手1 :2007/01/22(月) 23:37:51
「マーティンはここで待っていてくれるか?」
「はい、わかりました」
アランはニックの背中を押しながらカウンセリングルームに入っていった。
1時間後、ニックは出てきた。処方箋を持っている。
「どうだったの?」
マーティンが尋ねる。
「やっぱりうつ病だとさ。軽症だけどな。2週間分の処方箋をもらった。これでどうにかしてみるよ」
「お酒沢山飲んじゃだめだよ」
マーティンは自分のアル中の時期を思い出していた。
「あぁ、俺の天使の言う事には逆らわないよ、さ、飯食いに行こうか」
少し元気が出ている感じがする。
11 :
書き手1 :2007/01/22(月) 23:39:02
二人はトラットリア・ポモドーロに行き、ランチを取った。
アルコール抜きで、サンペリグリーノを頼む。
「僕、今日はニックと一緒にいるからね」
「仕事、いいのか?」
「ズル休みしたからさ」
ニックが少し笑った。
帰りはニックが運転した。危なっかしいマーティンの運転と雲泥の差だ。
アパート近くの薬局で薬を買うと、二人はアパートに戻った。
12 :
書き手1 :2007/01/22(月) 23:40:17
ニックはだるいと言って、すぐにベッドに入ってしまった。
する事のないマーティンは、テーブルの上に無造作に置かれているニックの作品を見始めた。
そのほとんどがケンの写真だった。
顔をさらして全裸になっているものまである。
かなり扇情的でものすごくエロティックだ。
ケンのみだらな息使いが聞こえてくるような緊迫感がある。
マーティンはショックを受けた。
この二人、絶対寝てる・・・・。
13 :
書き手1 :2007/01/22(月) 23:41:49
マーティンはいたたまれなくなった。
「急用が出来たので帰るけど、何かあったら電話ください。マーティン」とメモをベッドサイドに置いて、アパートを出た。
あのケンがニックと寝てる。僕ってニックにとって何なんだろう。
マーティンはタクシーを拾って、自分のアパートに戻った。
たまらなく寂しくなり、スコッチウィスキーに手が伸びる。
14 :
書き手1 :2007/01/22(月) 23:42:35
ストレートでぐいっとあおると、パジャマに着替えて、ベッドに入った。
思わず涙があふれてくる。
僕って誰にとっても中途半端な存在でしかないんだ。僕だって一番愛されたいのに、何で無理なんだろう。
そのうち、眠気が襲ってきて、マーティンは転寝を始めた。
携帯には、ダニーから着信が8件入っているというのに。
15 :
書き手1 :2007/01/22(月) 23:43:33
夜になり、マーティンは目が覚めた。キッチンから音がする。
思わず拳銃を手にとり、キッチンに向かった。
キッチンに入ると、ダニーが、大なべを火にかけている最中だった。
「ダニー!」
振り向いたダニーが爆笑した。
「何や、俺を侵入者と思ったんか?撃たれないでよかったわ!今日はどうした?」
16 :
書き手1 :2007/01/22(月) 23:44:34
「色々あった・・・」
「目が腫れてるで、シャワーしてき。もうすぐポトフが出来るから」
「うん・・・」
マーティンは部屋着に着替えて、ダイニングに戻ってきた。
ダニーがハーブとラビオリのサラダをボールに盛っている。
「今日のポトフはドイツ風やから、じゃがいもとキャベツとソーセージや、ええか?」
「うん!」
17 :
書き手1 :2007/01/22(月) 23:45:38
マーティンは、ワインセラーから白ワインを選び、ダイニングに並べた。
バケットの薄切りのガーリックトーストが食欲をそそる。
「マスタードもいるやろ?」
ダニーはがさごそディーン&デルーカの袋からディジョンのマスタードの瓶を出した。
二人の食事が始まった。
18 :
書き手1 :2007/01/22(月) 23:46:48
ダニーが詳細を尋ねないのがありがたい。
「明日は出勤できそうか?」
「うん、もう大丈夫」
「心配したで。電話にも出えへんし」
「電話してくれたの?」
「あぁ、もう10回はしたで」
マーティンは嬉しくなった。
僕を心配してくれる人がここにいる!
「ダニー、ポトフすごく美味しいよ!」
「ソーセージ1本につきサラダ三口食え」
ダニーは笑いながら、サラダを取り分けた。
マーティンは心の中が温まった思いがした。
19 :
書き手1 :2007/01/22(月) 23:49:46
食事を終え、二人は「007カジノ・ロワイアル」のDVDを見た。
マーティンが違法ダウンロードしたものだ。
ジェイムズ・ボンドが水着姿で海から上がって歩いてくる姿に、
マーティンは思わず、ピクっと反応した。
20 :
書き手1 :2007/01/22(月) 23:51:31
「なんや、フィッツィーはこのシーンがお気に入りなんやな」
ふざけてダニーが何度も再生する。
「違うよ!続き見ようよ!」
しかしマーティンのパンツの前はすっかりテントだ。
「じゃあ、このもっこりは何や」
ダニーがげらげら笑っている。
21 :
書き手1 :2007/01/22(月) 23:53:33
「もう、ダニーなんか嫌いだよ!」
マーティンはさっさとベッドルームに向かって行ってしまった。
「おいおい、冗談や!怒るなや」
ダニーは急いで、マーティンの後を追った。
今日は泊まれへんけど、あいつが寝るまでいてやろ。
翌日、マーティンは普通に出勤してきた。
ダニーはほっとする。
マーティンが寝付くまでベッドにいたが、一緒に夜を過ごせなかったのが心配だったのだ。
「大丈夫か?」
「うん、もう平気。ありがと、ダニー、これ」
スタバの袋を渡される。
中にはブルーベリーマフィンが入っていた。
「ありがたく頂くわ、じゃあ、コーヒー入れるな」
ダニーがコーヒーコーナーに去った。
23 :
書き手1 :2007/01/23(火) 23:19:03
マーティンの携帯が鳴る。ニックからだ。
「お前、ケンの写真見ただろう」
「・・・・」
「誤解するな、お前は俺の天使だ。他の誰も俺の天使になれない。許してくれ」
「ニック・・・」
「お前が会いたくなったら電話くれ。本当にすまない。火遊びだった」
ガチャっと電話が切れた。
ダニーがマグを二つ持って戻ってきた。
「マフィン、半分食うか?」
「僕のもあるから」
マーティンはスタバの袋をダニーに見せると、席に向かった。
24 :
書き手1 :2007/01/23(火) 23:20:03
あのニックが謝ってきた。本気なんだろうか。
頼んだらもうケンと寝ないでくれるだろうか。
マフィンを食べながら、マーティンはぼんやり考えていた。
「マーティンたら!」
「え?」
サマンサがそばに立っている。
「またマフィンこぼしてる。オフィスに蟻が出たら、マーティンのせいよ」
「ごめんなさい」
マーティンは渡されたガムテープで必死になって、マフィンのかけらをくっつけてゴミ箱に捨てた。
25 :
書き手1 :2007/01/23(火) 23:21:00
事件が発生した。
バッファローの高校のバスケットボールコーチが3日前に失踪した。
高校は私立で、バスケットボールでは全国大会レベルだ。
「プレッシャーで逃げたんやないやろか?」
ダニーがミーティングで言った。
「それも一つの可能性だ。とにかく本人を知れ。私とサマンサは自宅に行く。
ヴィヴは金の流れと通話記録、ダニーとマーティンは高校へ聞き込みだ」
「了解っす!」
「はい!」
ボスの指示で皆動き出す。
26 :
書き手1 :2007/01/23(火) 23:22:52
車の中でふとマーティンが聞いた。
「ダニーの高校ってどんなとこだったの?」
「俺みたいな移民のガキと黒人がとにかく多かったな。
荒れ果ててたで。毎日ケンカとかかつあげとか女遊びが絶えなかったわ、お前は?」
「僕?私立の男子校だよ。刺激がなくてつまらなかったよ」
「ははん、おそろいの制服なんか着てすましてた生徒だったんやろな、想像つくわ」
「そんなんじゃないよ!」
ダニーは声をたてて笑った。
27 :
書き手1 :2007/01/23(火) 23:24:04
高校に着いた。校長に話を聞くがらちがあかない。
ダニーは同じスポーツ部門のコーチたちに聞き込みを始めた。
やはり、全国大会を目前にして、思うようにチーム作りが出来ず、焦っていたらしい。
フットボールコーチが「ちょっと・・」とダニーを呼んだ。
「何すか?」
「あくまでもウワサなんですが、賭け事に手を出してたっていう話があってね。校長には内密にしてくださいよ」
「有力な情報、ありがとうございます」
28 :
書き手1 :2007/01/23(火) 23:25:16
ボスとサムの方からは、夫婦仲は壊れて、妻は3ヶ月前に子供を連れて実家に戻った事が分かった。
部屋の中はウィスキーのボトルがごろごろころがっていたらしい。
とりあえずオフィスに戻る。
ヴィヴは通話記録から、ブックメーカーをつきとめていた。
1ヶ月前に5万ドルの現金が口座から引き出されていた。
29 :
書き手1 :2007/01/23(火) 23:26:06
ボスはダニーを連れてブックメーカーを訪れた。
「エディー・サマーズ?あぁ、あの追い詰められた奴か。よく覚えてますよ。
最初、自分のチームに賭けてたんだが、1週間前に相手チームに変えたいと言ってきてね。
もう遅いと断ったんですがね」
ブックメーカーのオフィスを出るとボスが言った。
「これは、まずいな。モルグか病院を当たろう」
ヴィヴに連絡を取り、周辺のあらゆるモルグと病院を当たり始める。
30 :
書き手1 :2007/01/23(火) 23:27:18
該当者が出た。市立病院だ。
ダニーがトムに電話をする。
「エディー・サマーズ?ああ、睡眠薬たんまり飲んで、ぐっすりお休み中だぜ。なんだ、失踪者か?」
「そうなんや、これからそっち行くわ」
「わかった。待ってるよ」
ボスとダニーは市立病院に行った。
「ドクター・モナハン、どこで発見されたんですか?」
トムがカルテを見る。
「搬送記録によるとマディソン・スクウェア・ガーデンのエントランスに倒れていたそうです。
かなり危険な状態でしたが、どうにか蘇生させましたよ」
31 :
書き手1 :2007/01/23(火) 23:28:20
「それはご苦労さまでした」
「そちらこそ、大変ですね、マローン捜査官」
「仕事ですから」
「お互いに」
二人は握手して別れた。
「試合が行われるひのき舞台の前で死にたかったんだな。さぁ、オフィスに戻って奥さんに連絡だ。
実家に帰ったとはいえ、まだ夫婦だからな」
ボスがダニーに指示する。
「了解っす」
「それにしても本当にお前は医者と仲がいいな」
ボスがおかしそうに笑った。
「ねぇ、ケンてさ、マッコーリー&サンズだよね」
マーティンが急にダニーに聞いた。
「そやけど、何や、誰かに訴えられたのか?」
目が笑っている。
「違うよ、ちょっと話したいだけ」
「名刺あるで」
ダニーが名刺を渡すと、マーティンは住所を書きとめた。
ランチにオフィスを抜け出して、ケンのオフィスに赴く。
ミッドタウンの最新鋭ビルの10フロアーを占拠する巨大法律事務所だ。
33 :
書き手1:2007/01/25(木) 00:27:03
「すみません、ケン・ヤマギシをお願いしたいんですが。マーティン・フィッツジェラルドと申します」
マーティンは受付嬢に申し出た。
「おかけになって、少しお待ちを」
内線で連絡している。
「アーチー、フィツジェラルド様がお待ちよ」
ケンが口を紙ナプキンで拭きながらやって来た。
ランチの途中だったらしい。
「マーティン!珍しいね。どうしたの?」
「ちょっと話がしたくてさ」
「じゃあ、こちらにどうぞ。短くてもいい?20分後に打ち合わせなんだ」
「ああ」
34 :
書き手1:2007/01/25(木) 00:28:04
応接室からは摩天楼が見渡せた。
NYの成功者しか見られない景観だ。
「ねぇ、なんでアーチーなの?」
ケンは笑い出した。
「ダニーと同じ事聞くんだね?CSIってドラマ見てる?」
「時々ね」
「それに出てくる中国人のラボの男に似てるんだって。だからアーチー。それで、今日は何の用?僕、民事は専門じゃないんだ」「僕は訴えられてないよ。ニックのことだよ」ケンの顔が曇った。
35 :
書き手1:2007/01/25(木) 00:29:40
「ニック、元気にしてる?」
「いや、かなり悪い。ケン、一体ニックに何したんだよ!」
マーティンが珍しく声を荒立てた。
ケンが観念したように話し始めた。
「僕らが寝てた事、もう知ってるよね」
「あぁ」
マーティンは渋い顔をした。
36 :
書き手1:2007/01/25(木) 00:31:15
「二人とも行くとこまで行っちゃってさ、どっちかが死ぬまでセックスしそうになってたんだ」
「はぁ?」
「ゲイならわかるでしょ、緊縛プレイだよ。僕の首見て?」
Yシャツの第一ボタンをはずし、ナプキンで拭うと、ひもで絞った跡がくっきり出てきた。
「コカインを唇やペニスやアヌスに塗って、お互い舐めあったり、もう考えられるプレイは何でもやった。本当に死ぬかと思ったよ」
「どうしてそんな事になったんだよ!」
「理由なんてないよ、そうなっちゃったんだもん。ニックも多分怖くなったんだと思う。それで僕と会うのをぴたりと止めたんだ」
37 :
書き手1:2007/01/25(木) 00:32:01
「そうなんだ・・・」
「それに、僕がいくらセックスでニックに尽くしても、ニックの頭の中は、マーティンで一杯だし」
「そんな事あり得ない」
「ニックはへそ曲がりだから言わないだろうけど、相当本気だよ。一緒にいられないのが寂しくてたまらないみたい。
でもマーティンはダニーが好きなんだもんね」
マーティンはだまった。
38 :
書き手1:2007/01/25(木) 00:33:00
「ねぇ、ファンデーション、塗ってくれない?見られちゃ困るから」
ケンは小さなクリームを差し出した。
マーティンはケンの首に残った跡を丁寧に消してやった。
「ありがと、僕、ニックの事、好きだったんだ。でも仕方ないよね」
「好きなら、何で普通につきあえなかったの?」
マーティンが尋ねた。
「同じゲイでも、マーティンと僕は違うんだよ。マーティンが太陽で、僕は月だ。決して同じにはなれない。それじゃ、もう時間だから」
39 :
書き手1:2007/01/25(木) 00:33:57
ケンは応接室のドアを開けた。
二人はレセプションで握手をして別れた。
「また食事でもしようよ」
ケンがいつもの屈託のない笑顔を見せる。
「あ、そうだね」
マーティンの心は複雑だった。
ニックは本当に僕に本気なのかな。でも、僕には無理だ。
ニックは好きだけど、一番好きなのはダニーだもの。
40 :
書き手1:2007/01/25(木) 00:34:51
街角のホットドッグスタンドで2本買って、オフィスに戻る。
「なんや、ボン、ランチの後で、まだ食うのか?」
ダニーが大笑いしている。
僕の気も知らないで・・・。
「いいだろ、僕の勝手だよ」
「何やご機嫌斜めやな、夜、またヌードルプレイス行くか?」
「今日は違うところがいいや」
「わかったわ、じゃ、帰り、飯食って帰ろ」
「そうだね」
41 :
書き手1:2007/01/25(木) 00:35:54
二人は、1階で待ち合わせて、ダニエルズに行った。
マーティンの大好きなバーガーレストランだ。
ダニーはアボカドバーガーにポテト、マーティンは特大チーズバーガーに大盛りポテトとオニオンを頼んでいる。
「ケンと何話した?」
ダニーが尋ねる。
「ねぇ、ダニーって、もしかしてニックとケンが寝てたの知ってたの?」
ダニーはため息をついてから答えた。
「ああ、お前に言いへんかった」
42 :
書き手1:2007/01/25(木) 00:36:43
「もう二人は別れたって。ニック、うつ病なんだよ。僕の助けが必要らしいんだ」
「お前どうするん?」
「え、出来るだけ力になりたいと思ってる」
「浮気されたのにか?」
「僕だってダニーと寝てる」
「そりゃそうやけど、お前と俺との仲は浮気ちゃうやろ」
「・・・・・」
43 :
書き手1:2007/01/25(木) 00:37:38
「あほ!お前、俺らの絆考えてみい。毎日、お互い命を守りながら仕事してんのやで、一緒にされてたまるか」
「ごめんなさい。でも、とにかくニックの力になりたいんだ」
「分かったわ。助けてやり。ニックは幸せやな」
ダニーはチリバーガーをかじりながら、しばし考えていた。
この心の中の嫌な気持ちは何やろ。そや、俺、めちゃニックに嫉妬してる。
ダニーはビールをぐいっと飲んだ。
マーティンは2週間の間、帰りに必ずニックの家に寄った。
自炊が出来ないので、二人で、ディナーを外食し、翌日の朝ごはんとランチをデリで買って帰る毎日だ。
ニックは沈みこむ時間が極端に減り、ディナーを食べながら、ジョークを言うまでに回復した。
マーティンは、酒量のチェックとドラッグ探しも徹底的に行った。
45 :
書き手1:2007/01/25(木) 23:01:56
「お前、いいメイドになれるぜ」
ニックが舌を巻くほどマーティンは完璧にやってのけた。
「ねぇ、アリソンに言ってさ、メイド雇ったら?」
「俺、知らない奴に家に入られるのは嫌なんだ、面倒くさい」
メイド案は簡単に却下された。
46 :
書き手1:2007/01/25(木) 23:02:42
ついに2週間最後の日になった。
ニックが奢りたいというので、二人でジャン・ジョルジュのステーキハウスに出かけた。
今日一番のお勧めのTボーンステーキを選び、ソースはフォンドボーソースにしてもらった。
前菜のサーモンといくらのマリネを平らげ、グリーンサラダを摘みながら、ステーキを食べ始める。
47 :
書き手1:2007/01/25(木) 23:03:35
ワインはニックがこだわって、シャトー・ムートンロートシルトを2本空けた。
それだけで600ドルだ。
ニックがデザートの代わりにチーズとブランデーを楽しんでいる間、
マーティンはチョコレートムースとカプチーノでディナーを終えた。
48 :
書き手1:2007/01/25(木) 23:04:48
「すごいディナーだったね」
「お前がこの2週間、俺にしてくれた事のお礼だよ。これでも足りないくらいだ」
「そんな事、気にしないで」
「浮気したこの俺をどうしてお前はそんなに優しく包んでくれるんだよ」
「ニックが好きだから」
「テイラーよりもか?」
マーティンは思わずだまった。
「いいんだよ、分かってるから。俺はお前の返事を待つ。でもその間、モデルもやってくれよな」
ニックがにんまりと笑った。
49 :
書き手1:2007/01/25(木) 23:05:48
「え、また?」
「あぁ、新年の展示会をすっとばしたからな。ギャラリーがおかんむりなんだよ。新作が欲しいんだ」
「顔写さないよね」
「ああ、約束する」
「分かった」
「お前でないと決定的なショットが取れないんだ、ありがとう」
へそ曲がりのニックに素直にお礼を言われて、マーティンは頬が赤くなった。
50 :
書き手1:2007/01/25(木) 23:06:40
「今日は泊まってくれるか?」
「え?僕?」
「お前と・・・その・・したいんだよ」
この2週間、禁欲の生活だった。マーティンも限界だった。
「分かった。でも朝着替えに帰るよ」
「ああ、送る」
二人はアパートに帰った。
51 :
書き手1:2007/01/25(木) 23:07:55
無機質なシャワールームに二人で入る。
ふざけあいながら、ボディーソープで身体を洗いあう。
二人のペニスは爆発寸前だった。
「俺、ここでもイケるぜ」
「待ってよ、ベッドに行こうよ」
「お前ってコンサバな」
「僕はそうだよ」
マーティンはわざとケンとの違いを明確に表した。
二人は裸のままベッドルームに上がった。
52 :
書き手1:2007/01/25(木) 23:09:07
マーティンは、仰向けに寝て脚を広げた。
「ねぇ、ローション塗って」
「ああ」
ニックがミントローションを指に取り、マーティンの中に塗りこむ。
「あぁ、僕ももうイっちゃいそう」
「お楽しみはこれからだぜ」
ニックは、乱暴にマーティンの脚を広げると、腰を進めた。
ペニスが入り口で遊んでいる。
「じらさないで、入れて!」
「あぁ、お前の懇願するその顔が最高だよ!」
ニックはやっと挿入した。
53 :
書き手1:2007/01/25(木) 23:10:22
ゆっくり動き始める。
そのうちマーティンもニックのリズムに腰を合わせて動かし始めた。
「あぁ、いい。やっぱりお前が最高だ」
「もう、僕イっちゃいそう、あぁ、だめだ、出ちゃう!」
マーティンはニックの胸に射精した。
「俺ももう我慢できない、いくぞ」
ニックはスピードを上げ、腰を打ちつけた。
「ニック、すごいよ!」
「あぁ、俺もイク!」
ニックのペニスがマーティンの中でひくひく動く。
「すごかったね!」
「あぁ、お前の身体がすごいんだ」
ニックは精液がつくのも気にせず、マーティンを抱き締めた。
54 :
書き手1:2007/01/25(木) 23:11:39
「ちゃんと送ってやるから、このまま眠らないか?」
「うん、眠いや」
二人は、腕を絡ませたまま、眠りについた。
朝、6時になり、マーティンは目を覚ました。
シャワーを浴びて、すやすや寝ているニックを起こす。
「ねぇ、送ってくれる?」
「ん、行くか」
ニックもシャワーを浴び、簡単に着替えると、フェラーリをアップタウンに回した。
マーティンが降り際、ニックが言った。
「お姫様、また会えるよな、俺たち」
「あぁ、もちろんだよ、ニック。今日、アランの診察忘れないでね」
二人は車の中でディープキスを交わして、別れた。
「マーティン、ちょっとここで待っとき」
ダニーはまだ食べているマーティンをカフェに残してフラワーショップへ入っていった。
フラワーショップの店員がアレンジメントを作っていた手を止めて出てきた。
「お客様、贈りものですか?当店では配送も承っております」
「いや、ミリオンバンブー10本。適当に大きさ変えて。そのくるくるのも。そやな、ラッピングもしてもらおかな」
「はい、少々お待ちください」
ダニーはてきぱきと包まれていくミリオンバンブーを眺めた。
あいつのアパートに花瓶なんかあったっけ?と考えながら、すっかり見違えたミリオンバンブーを受け取って店を出た。
56 :
書き手2:2007/01/26(金) 00:38:07
カフェに戻ったダニーは、ミリオンバンブーを無造作にテーブルに置いた。
「・・お前に」
「え?」
「花よりええやろ」
マーティンはきょとんとしていたが、プレゼントだとわかって手に取ると目を閉じた。どうやら感激しているらしい。
「ありがとう、大切にするね。絶対に枯らさないよ」
「まあ、水さえやっといたら枯れへんわ。そろそろ帰ろう」
ダニーは苦笑しながらチェックを済ませた。本当は明日のランチデートの罪滅ぼしなのだから。
57 :
書き手2:2007/01/26(金) 00:38:46
マーティンのアパートに花瓶などあるはずもなく、ダニーはペットボトルを切り落として間に合わせた。
マーティンは終始にこにこしながら様子を見守っている。
「今度の休みに買いに行こな。このままやったら不恰好やから」
「ううん、このままでもいいよ」
「なんで?」
「ダニーが作ってくれたから」
それが当然だと言わんばかりに言ってのけるマーティンを、ダニーは曖昧な笑みを浮かべながら抱き寄せた。
マーティンを愛している気持ちに嘘はない、それは本当だ。ただ少し温度差があるだけで。
58 :
書き手2:2007/01/26(金) 00:39:25
翌日、昼休みになり、ダニーはこそこそしながら支局を抜け出した。
マーティンに気づかれないように出られてホッとしながら通りを駆けぬける。昼休みは一時間しかないのだ。
ぜーぜー息を切らしながらクリニックに入ろうとすると、後ろから肩を掴まれた。
驚いて振り向くとスチュワートがにんまりしながら立っていた。
「やあ、テイラー捜査官。具合でも悪いのかな?」
「・・トロイ」
ダニーはどう答えればいいのか一瞬何もわからなくなった。自分が唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえる。
「何も言わなくてもいいさ、オレじゃなくて眠り姫に会いに来たんだろう?」
「・・・・・・」
「どうぞ。入るんだろ?」
スチュワートにドアを開けられ、ダニーは躊躇したものの思い切って中に入った。
59 :
書き手2:2007/01/26(金) 00:40:01
同時に入ってきた二人を見たジェニファーは、素っ気なくスチュワートにおかえりなさいと言った。
ダニーは微かに嫉妬しながら後ろを振り向き、スチュワートと目が合う。
「ただいま。テイラーが話があるらしいぜ」
スチュワートはそういい残すと診察室に入っていった。
ジェニファーは訝しそうに後姿を見送ると、不安げな眼差しでダニーを見た。
「私たちのこと、ドクター・バートンに知られてるの?」
「・・うん」
ダニーはジェニファーの顔を見るのが怖くて視線をそらしたが、ジェニファーは落ち着いた声でそうと言っただけだ。
肩透かしな態度に戸惑いながら、ダニーのほうが情けないぐらいうろたえていた。
60 :
書き手2:2007/01/26(金) 00:42:16
「ジェン・・オレ、どうしたら・・オレとはもう会わへんの?」
ジェニファーは呆然と立ち尽くすダニーの手をそっと取った。
「ダニーがしたいようにすればいいわ」
「でもオレ・・・」
「いいから。大丈夫よ、落ち着いて」
あやすようになだめられ、ダニーは子どもみたいに頷くのが精いっぱいだ。
「知られたなら仕方ないわ、時間は戻せないもの」
淡々と言ってのけるジェニファーに、冷静さを欠いてしまった自分を恥じた。男なのに情けない。
ジェニファーは落ち着いていた。これ以上ないぐらいに・・・
たった二つの年の差なのに、もっと開いているような気がしていたたまれなかった。
診察室からスチュワートが出てきたので、ダニーは慌ててつないでいた手を離した。
「それで?話はついたのか」
「いや、その・・」
「今日で終わりにしろ。ジェニファーも結婚してるんだろ、いい加減にしろよ。ティムに知れたらどうするんだ」
ジェニファーは何も答えずにじっと足元を見つめている。
「お前らが不倫をやめないならジェニファーには辞めてもらう。ごたごたはたくさんだ」
「なんでやねん!そんなん全然関係ないやろ!」
「うるさい!オレの話は以上だ」
ダニーは抗議したが、スチュワートは聞く耳を持たない。冷めた目で二人の顔を交互に見ると診察室に戻っていった。
62 :
書き手2:2007/01/26(金) 22:56:53
「オレ、行ってくる。トロイにちゃんと説明してくるから。ジェンはここで待っといて」
「待って、ダニー」
「でもあいつが・・・」
「いいから。時間だからそろそろ戻ったほうがいいわ」
ジェニファーは今夜話し合いましょうと言うと、ジップロックを持たせてダニーを帰した。
正直、どうやってここまで歩いてきたのかもほとんど覚えていない。
一緒に食べるはずだったアボカドシュリンプサンドを眺めながら、ため息をついた。
これからどうなっていくのか、とても予測がつかない。
スチュワートにクビにされても自分を選んでくれるのか不安でたまらない。
はっきりと思い知らされたのは自分が子どもだったということだけだ。
「くそっ!」
不甲斐なさに苛立ちが募る。何よりも今夜会って答えを聞くのが怖かった。
63 :
書き手2:2007/01/26(金) 22:57:28
「どうかした?」
いつのまにか戻っていたサマンサに独り言を聞かれていた。
「なんもない」
「そんなわけないでしょ。あら、それ何?お手製みたいじゃない」
サマンサはジップロックを取り上げてからかった。
「やめろや!」
「ふ〜ん、こんなの作ってくれるお相手ができたんだ?ねえ、どんな子?かわいい?」
ダニーはジップロックをひったくって取り返すと、黙って食べ始めた。
サマンサが何を聞いても無視してむしゃむしゃがっつく。
ダニーが一切答えないので、サマンサもあきらめて自分のデスクに戻った。
64 :
書き手2:2007/01/26(金) 22:58:02
長い午後がようやく終わり、ダニーはのろのろとブリーフケースを手に立ち上がった。
マーティンが待ってと言いながらめちゃくちゃに帰り支度をしている。
ダニーはしゃあないなと思いながら立ち止まる。こっちはこっちで大切なのだ。
「ごめんね、ありがと」
「いや」
ダニーは、今夜は一緒に帰れない理由をどう言おうか考えながら歩いた。悟られるわけにはいかない。
65 :
書き手2:2007/01/26(金) 22:58:39
いつものようにジムに行くと言おうとしたとき、支局の前に停まっていたTVRからスチュワートが降りてきて、マーティンに乗るように言った。
「ん?僕、約束してたっけ?」
「いいから乗れよ。メアリーズ・フィッシュキャンプに行こう。クラムチャウダーが食べたいんだ」
「でも僕・・」
「ああ、それならテイラーも一緒に来ればいい」
ためらうマーティンにスチュワートは平然と言ってのける。ダニーはもちろん断った。
「オレは本気だからな。さっさと終わらせろ」
そう耳元でささやかれ、ダニーは唇をかみ締めて歩き出した。
スチュワートがわざとマーティンを迎えに来たのもわかっている。自分たちの行き先まで丁寧に言い残したのも。だが、そんなことは余計なお世話だ。
66 :
書き手2:2007/01/26(金) 22:59:28
マーティンは遠ざかっていくダニーの様子が気になった。
時々天を仰ぐように立ち止まっているのはよくないしるしだ。
「ねえ、ダニーに意地悪したの?ケンカしたとか?」
「いいや」
「なんかさ、さっきのスチュー、すっげー意地悪だったよ」
「気のせいさ。オレがそんなことするわけないだろ。今日は寒いから早く座れるといいな」
なんとなく釈然としないものを感じながらも、マーティンはこくんと頷いた。
窓の外に目を凝らしても、ダニーの姿はもう見当たらなかった。
エレベータホールでマーティンはダニーに会った。
「おはよう」
「ああ、おはよう」
ダニーはマーティンの目の下に浮かんだくまを見逃さなかった。
この2週間、全く一緒にディナーを食べなかった。
これまでなかった事だ。
ダニーはこの2週間のマーティンの生活が知りたかった。
ニックと一体どうなったのか、心の底から聞き出したかった。
68 :
書き手1:2007/01/26(金) 23:24:08
ダニーは席につくなり、PCを立ち上げ、マーティンにメールを打った。
「捜査会議希望@貴宅」
マーティンがびっくりしているのが見えた。
「了解。8時」
よかった。またニックのとこに行くかと思ったわ。
ダニーは「よっしゃ!」と掛け声をかけ、事件ファイルに目を通し始めた。
69 :
書き手1:2007/01/26(金) 23:25:14
定時に仕事が終わり、ダニーはすぐにオフィスを出た。
ディーン&デルーカで極上のデリを用意したかったのだ。
カートの中に、オシュトラのキャビア、クラッカー、野菜各種、ローストビーフを入れて、レジに並ぶ。
「今日はお祝いですか?」
店員がにこにこと声をかける。
「まぁ、そうやね」
ダニーはクレジットカードで払うと、アッパーイーストサイドに急いだ。
70 :
書き手1:2007/01/26(金) 23:26:36
合鍵で入ると、マーティンがすでに帰っており、部屋着を着て、エスクワィアを読んでいた。
「おかえり、ダニー」
「ただいま、マーティン」
二人は自然に抱き合って、キスを繰り返した。
「だめや、これじゃ、やめられへんわ」
「僕、お腹すいたよ」
「そやな、飯食おか」
ダニーは、手早く、キャビアのカナッペとハーブ野菜サラダにローストビーフと温野菜を並べた。
71 :
書き手1:2007/01/26(金) 23:27:30
「うわ〜、すごいね!今日はお祝いか何かなの?」
「久しぶりやんか、二人で食うの」
「そうだけど、ご馳走過ぎるよ」
マーティンは驚いた顔をしている。
「ワイン、最初は白だね」
マーティンはイタリアのグリッロを選んだ。
お互いにカナッペを食べさせあって、笑い合う。
72 :
書き手1:2007/01/26(金) 23:28:26
「サラダも食べんとあかんで」
「はい、わかりました!」
トングで野菜をどっさり皿に盛る。
「お前、野菜好きになったの?」
「少しはね。ニックに野菜食べさせるの大変だったから」
ほら、もうニックが出たで。
ダニーは覚悟した。
73 :
書き手1:2007/01/26(金) 23:29:24
「それで、奴、どやねん」
「随分元気になったよ。仕事への意欲も湧いたし、自分でご飯食べられるようになったって言ってた」
「何や、お前が食わせてたのか?」
「うん、自炊できないから夜は外食、朝と昼はデリを用意して、出勤してたんだ」
ダニーはそれほど献身的にマーティンがニックに尽くしていたとは、想像できなかった。
74 :
書き手1:2007/01/26(金) 23:31:21
白ワインが空き、モンダヴィの赤が開く。
「うわ〜、このローストビーフ、すごく美味しそう」
「そやろ?ベストの肉買ってきたんやで、グレービーソースもたんとかけ。ホースラディッシュもな」
「うん、わかった」
ダニーは一番気になる事を口にした。
「それで、あれはどやねん、エッチいっぱいしたか?」
「ばかダニー!そんなわけないでしょ。昨日だけだよ。2週間の終わりの日だから」
「そか」
ダニーは、自分のバカさ加減に呆れた。
自分もうつ状態の時、何も出来なかったじゃないか。
75 :
書き手1:2007/01/26(金) 23:32:17
「多分、今日、アランの診察受けてるよ。聞いてごらんよ」
「アランは守秘義務守るからなぁ」
「あ、そうか」
マーティンは満足そうにローストビーフを食べている。
ダニーはその表情を見ているだけで、幸せな気分になってきた。
「なぁ、ニックとこれからも付き合うんか?」
「またモデルやってくれって言われてるから・・」
マーティンは言葉を濁した。
76 :
書き手1:2007/01/26(金) 23:33:27
ニックが自分に本気だなんてダニーに言えない。
「今度はちゃんと顔、隠せよ」
「うん、わかってますって」
「なぁ、エドはどうしてる?」
ダニーはもう一人のライバルの名前を口にした。
「まだ中国から帰ってこないよ。合併事業の話進めるの、大変みたいだね」
「さよか」
「ダニーはどうなのさ?ジョージと食事してるの?」
思わずダニーはつばを飲み込んだ。
77 :
書き手1:2007/01/26(金) 23:34:30
この2週間は、マーティンが気になって連絡も取っていない。
「ここんとこ会ってないわ、元気してるかな?」
「この間のガンボ料理、最高だったね」
「そやね、あそこは美味いわ」
「今度、二人で行こうよ」
マーティンは乗る気だ。
「またビッグ・ママに言われるで、「また男同士で来て、何やってるのよ、全く!」」
ダニーの南部なまりのマネに、マーティンは笑い転げた。
78 :
書き手1:2007/01/26(金) 23:35:59
「あ、デザート忘れたわ」
ダニーがしまった!という顔をした。
「大丈夫、僕がタルト買ってきてあるから。コーヒーも入れるね」
すくっと立ち上がり、キッチンへ去るマーティン。
ダニーは、マーティンが随分変わったと思った。
もう俺の助けなんていらへんのかも。
頼もしいと思う反面、たまらなく寂しくなった。
マーティンが遠くに行ってしまった感じがした。
ダニーは、携帯の音で目を覚ました。
「テイラー」
「ダニー、どこにいるんだい?」
アランだった。
「ごめん、連絡できへんで。張り込みしてて寝てしもうた。今日は家に帰られへんわ」
「わかった。心配したぞ」
「ごめん、じゃ仕事に戻るから」
ダニーは小声で電話を切った。
80 :
書き手1:2007/01/28(日) 00:03:52
隣りでは、マーティンが軽いいびきを書いて眠っていた。
食事の後、ソファーでいちゃいちゃしていたら、そのままベッドインしてしまった。
二人とも二回イってそのまま眠ってしまったのだ。
よかった、明日が休みで。
ダニーは携帯をベッドサイドテーブルに置くと、また目をつむった。
81 :
書き手1:2007/01/28(日) 00:05:00
朝になり、ダニーは下半身に違和感を感じて目が覚めた。
見るとマーティンがダニーのパジャマとトランクスを下ろして、ペニスをしゃぶっている。
「おい、お前!」
「おはよー、ダニー。ここ元気だよ」
マーティンは口を離さない。
ダニーは快感に悶え始めた。
「あぁ、このままやとイってしまうで」
「だめだよ、僕に入れて」
マーティンの下半身は既に裸だった。
自分で蛇のローションを塗りこんでいる。
82 :
書き手1:2007/01/28(日) 00:06:02
「あぁ、ダニーがほしいよ」
「よっしゃ!待ってろ」
ダニーも蛇のローションをペニスに塗って、マーティンを後ろ向きにし、四つんばいにさせた。
「いくで」
「うん!」
ダニーは腰を進めた。
「あぁん、すごいよ、ダニー!」
「俺もや、お前が腰動かすとすぐに出てしまう」
「そんなのいやだよ、もっと動いて!」
ダニーは頭の中で数字を数えながら、腰を動かした。
83 :
書き手1:2007/01/28(日) 00:07:00
「あ、はぁ、は、いい、すごすぎる!」
「マーティン、俺もうだめや!」
ダニーは身体を弛緩させた。
マーティンも合わせてシーツに射精する。
ダニーはマーティンの上に覆いかぶさった。
「お前、エロすぎやで。どこでこんなの覚えた?」
「ネットだよ。実践してるのは、ダニーとだけだよ」
マーティンは荒い息をつきながら答えた。
ダニーはマーティンの隣りにごろんと横になった。
84 :
書き手1:2007/01/28(日) 00:08:08
「まだ早い。も少し寝よ」
「うん、眠いね」
マーティンは自分のザーメンをタオルで拭いて、ダニーの方を向いた。
「何やねん」
「僕、ダニーが好きだよ」
「あほ!そんなの分かってるわい」
「ダニーも僕のこと、好き?」
「ああ、好きや」
マーティンは満足したように目をつむった。
人一人の介護を2週間してきたわりには、本人の本質は変わらへんものやな。
ダニーは苦笑と同時に安心して、目を閉じた。
85 :
書き手1:2007/01/28(日) 00:09:38
次にダニーが目を覚ますと、コーヒーの香りがしていた。
ベッドルームを出て、リビングへ向かう。
「おはよう、ダニー。コーヒー入れたから、シャワー浴びてきなよ」
「おお、ありがとな」
ダニーは、まだマーティンの変化に驚かされていた。
いつも、俺がやってたことやん。
シャワーの後、預けていた部屋着に着替えると、ダイニングについた。
86 :
書き手1:2007/01/28(日) 00:11:02
マーティンがキッチンで何かしている。
「あいた!」
「どうした?」
「指切っちゃった」
「あほ!見せてみ」
包丁で、ローストビーフサンドを切っているところだったらしい。
左の人差し指の先から血が出ている。
ダニーはすぐに口で血を吸った。
「バンドエイドするからな、あとは俺がやるわ」
「ありがと、ダニー」
ダニーは、消毒してやり、バンドエイドを巻いて、残りのローストビーフサンドを切った。
87 :
書き手1:2007/01/28(日) 00:12:16
不ぞろいな前半部と綺麗に揃った後半部がおかしい。
ダニーはランダムに並べなおして、皿に置いた。
「はい、ボン、食おう」
「うん、僕も少しは包丁が使えるようになったでしょ?」
マーティンが自慢げに言う。
「そやな。指切らなければ100点満点やったのにな」
「点数辛いんだね」
「当たり前や。俺なんか25年以上も包丁握ってんのやで。お前は?」
「えっとこのところ数週間・・・」
88 :
書き手1:2007/01/28(日) 00:13:19
「ほら、キャリアが違うんやて、無理すんな」
「わかった。それにしてもこのローストビーフ美味しいね。高かったでしょう?」
「気にすんなて。お前と久しぶりのディナーやったから、奮発しただけや」
「ありがと、ダニー」
「ええって」
89 :
書き手1:2007/01/28(日) 00:14:22
「今日、もう帰るんでしょ?」
痛い質問だ。
「ああ、帰らないとな」
「僕もニックが心配だから見に行ってくる」
またニックかいな!
「もう、ええんちゃう?大丈夫言うてんのやろ?」
「あのニックが本心を言うと思う?きっと無理してるよ」
「さよか、それなら行けよ」
「怒った?」
「いや、怒ってへんよ」
「怒ったよ」
「怒ってへんてば!」
二人は顔を見合わせて笑い出した。
ダニーがスーツ姿で、アランの家に帰ったのは、もう土曜日の夕方だった。
「ただいま」
わざと疲れた声でドアを開ける。
「おかえり、ダニー」
「ダニー、久しぶり」
「お疲れ!」
3人の声がダニーを迎える。見ると、リビングにギルとケンが座っていた。
何やの、これ?
アランが紅茶を持って、キッチンから現れた。
「疲れただろう、寝るか?」
「ううん、大丈夫や、どないしたん?」
「僕ら、また付き合うことになったんです」
ケンが嬉しそうに言う。ギルは隣りでただただ笑っている。
「そりゃ、おめでとうございます」
「着替えておいで。二人の土産でもらったタルトを食べるから」
「うん」
ダニーは、ウォーキング・クローゼットに入った。
ケンの奴、また何か企んでるんやないんか?
ダニーは翻弄されるであろうギルが気の毒でならなかった。
92 :
書き手1 :2007/01/28(日) 23:20:04
部屋着に着替えて、お茶の仲間に入る。
ココナッツスフレタルトの甘さが、疲れたダニーの身体に心地よい。
「ダニー、今日は4人でディナーでもいいかな?」
「ああ、もちろん。二人の話も聞きたいしな」
ダニーはケンを見つめて答えた。ケンはにっこりしている。
ああ、こいつ、全然こたえてへんわ。
お茶が終わり、一旦、場はお開きになった。
93 :
書き手1 :2007/01/28(日) 23:21:26
「それじゃ、「ローザ・メキシカーノ」で7時にな、”運動“してて遅れるなよ」
アランがギルにウィンクした。
「ああ、気をつけるよ、それじゃ、ダニー、また後で」
「失礼しました!」
二人が去った後、すぐにダニーが尋ねる。
「なぁ、あの二人どうなってんの?」
「さぁな、なんでもケンが平謝りに謝ってきたそうだ。ギルも嫌いになって別れたわけじゃないから、
折れたんだとさ」
「ふうん、あのケンがなぁ」
「そう言うなよ。今度は奴を信じてやろう」
「どうやろなぁ」
94 :
書き手1 :2007/01/28(日) 23:22:30
7時まで2時間あった。
「アラン、俺やっぱ、寝るわ」
「その方がいい。目の下にくまが浮いてるぞ」
「ほんま?」
昨晩から3回もセックスしたのだから当然だ。
ダニーはぱたぱたとベッドルームへ消えた。
6時半にダニーは起こされた。
「さぁ、そろそろ支度しなさい」
「うぅん」
95 :
書き手1 :2007/01/28(日) 23:23:27
ダニーは目をこすりながら、シャワーを浴び、グッチのシャツとセーターに着替えた。
パンツはエンポリオ・アルマーニだ。
アランは、ヒューゴ・ボスのシャツにジャケットを引っ掛けている。
パンツもヒューゴ・ボスでそろえていた。
「じゃあ行こう」
96 :
書き手1 :2007/01/28(日) 23:24:28
ジャガーで「ローザ・メキシカーノ」の駐車場に止めると、ギルのBMWが既に止まっていた。
窓際のテーブルでケンが手を振っている。
2人は席についた。
テーブルの上で、ギルとケンは手をつないでいた。
「ああ、もう暑いわ、なんでやろ、冬なのに」
ダニーがにやりと笑いながら言うと、二人はあわてて手をテーブルの下に隠した。
97 :
書き手1 :2007/01/28(日) 23:25:19
4人なのでパーティーコースを頼んだ。テカテビールで乾杯だ。
「二人の幸せに乾杯!」
アランの音頭で4人はビールをぐいっと飲んだ。
ホットナチョスをつまみながら、ギルとケンの話を聞く。
たまたま法廷で顔を合わせたのがきっかけだったそうだ。
それからケンの三顧の礼が始まり、とうとうギルが承諾したというのが、
目の前の熱々の二人の再会だった。
98 :
書き手1 :2007/01/28(日) 23:26:30
「それじゃあ、法廷で会わへんかったら、なかったんやな」
「そうだな、でもケン以上の相手を探すのが無理だって分かったよ」
ギルは目を細めてケンを見つめる。
ケンはにこにこ笑っている。
「僕も、もうギルが恋しくて、毎晩泣いてたから、法廷で会った時は運命だと思いました」
何言うてんのや、こいつ。ニックとめいっぱいエッチしてたくせに。
ダニーはほとほと呆れた。
99 :
書き手1 :2007/01/28(日) 23:28:06
サボテンのサラダの後、チーズエンチラーダス、ビーフとチキンのソフトタコスと続き、
最後は、ミックス・ファヒータだ。
熱々の鉄板の上で、ダニーが次々にビーフ、シュリンプ、チキンを焼いて行く。
玉ねぎとピーマン、にんじん、なすも一緒に焼いて、皆の皿に配る。
「ダニーって、いい奥さんになれると思わないか?」
ギルがアランに尋ねる。
「ダニー以上のパートナーはいないよ」
アランもにんまり答えた。
「そう言えば、この間、ジャック・ラズロが尋ねてきたぞ。あいつ戻ってきたのか?」
ギルが尋ねた。
「ああ、僕の近所で開業したそうだ」
「いいのか?今からでも訴えられるぞ」
「現金を全額返済してきたよ。それにもう、過去のことだ。
僕が過去を振り返らないのは知ってるだろ?それに僕にはこいつがいるし」
アランはダニーの肩を抱いた。
ダニーはジェニファーの手を握ったままぼんやりしていた。
かれこれ一時間、二人はこうしてソファに座ったままだ。
「ダニーがしたいようにしていいのよ」
ジェニファーはまたそう言ってダニーの方を向き直った。意志の強そうな目だ。
「オレが続けたいって言うたら、トロイのとこやめるってことなん?」
「そういうことになるわね、かなり怒ってたもの」
ジェニファーはあっけらかんと言い切った。
ダニーはジェニファーの暮らしを何も知らない。
普段はどういう生活をしているのかわからないのに、簡単にやめてほしいとは言えない。無責任に関係を続けたいと言えるはずもない。
気まずさを払拭するために紅茶を入れ直し、テーブルに置いた。
ジェニファーはありがとうと言うとカップを手にした。
ダニーもつられるように紅茶を啜る。二人はゆっくりと時間をかけて紅茶を飲んだ。
「そろそろ帰らなきゃ」
「また会える?」
思いがけずせっぱつまった声になってしまった。
「会えるって言うてくれな帰せへん」
「バカね」
ジェニファーは困ったような顔でダニーにキスして帰っていった。
いつかはジェニファーと別れなければならない。
頭ではわかっていたはずだった。でも今はそんなこと考えられない。
ジェニファーはもう家に着いたのだろうか。
夫の前でどんな顔をして遅くなった理由を説明しているのだろう。
おかえりと言われながらハグされているかもしれない。
さらには、ジェニファーもハグを返してお互いの今日を話しあっているかも・・・
ダニーは孤独だった。考えれば考えるほど孤独になって悲しかった。
マーティンは屋上で星を眺めていた。今日の夜空はすごく綺麗だ。
Meade社の天体望遠鏡は天体自動導入装置がついていて、いくつもの星を次々に観察できる。
ここに来ると寒いのも忘れてつい夢中になってしまう。自分の持っている天体望遠鏡とは大違いだ。
「なぁマーティン、オレと暮らさないか?」
「え?」
突然話しかけられ、驚いて振り向くと、スチュワートが真剣な顔でこっちを見つめていた。
白い息を吐きながら、寒そうに身を縮めている。
「ここならいつだって星が見れるし、犬だって飼えるぞ」
「急にどうしたのさ?」
「いや別に・・ただ一緒に暮らしたくなっただけさ」
そう言って自嘲気味に話すスチュワートだが目は笑ってない。
「スチューは犬なんて嫌いじゃん。生き物はだめだって言ってたでしょ?」
「そうだけど、好きになる」
「どうかしたの?なんかヘンだよ」
「何でもないって言ったろ。オレ、先に寝るよ」
スチュワートは頭のてっぺんにキスすると部屋に戻ってしまった。
残されたマーティンは、どこかおかしいと思いながら冷たいデッキチェアにもたれかかった。
ダニーもスチュワートも何かを隠している。
それが何なのかよくわからないのがもどかしかった。
アランは、ジャックからの再三のディナーの誘いを断り続けていたが、
ついに言い訳のネタが尽き、しぶしぶ承諾した。
勤務中のダニーの携帯が鳴る。
「テイラー」
「ダニー、僕だ。今晩はジャックと食事するから遅くなる。すまないな」
「わかったわ、俺も何か食って帰るから」
マーティンからメールが届いた。
「捜査会議OK?」
すばやいなぁ。
ダニーは舌を巻きながら返信した。
「OK@場所追って連絡」
ダニーは久しぶりに一風堂に行きたいと思っていた。
定時に終わり、1階で待ち合わせた二人は、タクシーでリトル・ジャパンに出かけた。
相変わらず、店の前に列が出来ている。
「しゃあないな。寿司にするか?」
「僕、ヌードルがいいよ」
「じゃあ待つか」
15分ほどして、二人は店内に案内された。
「いつもありがとうございます」
顔見知りになった店員がお辞儀している。
二人もつられて、お辞儀した。
テーブル席で楽チンだ。コートを脱いで、生ビールを飲む。
おつまみにチャーシューを頼んで摘みながら、麺が出来上がるのを待った。
「今日、アラン、外食なんだ?」
マーティンが尋ねる。
「ああ、あいつと一緒や、ジャック・ラズロ」
「ああ、あの感じのいいドクター。仲がいいんだね」
「昔のアランの恋人や」
「え、ダニー、それでもいいの?」
マーティンが目を丸くした。
「ああ、俺、アラン信じてるから」
マーティンはすぐに羨ましそうな顔を浮かべた。
「誰かを信じられるって幸せなことだよね」
「何や、お前、俺を信じてへんの?」
「ダニーは怪しいからなぁ」
そう言ってにやっと笑った。
「俺って信用ないのな、最悪やん」
ダニーはジョージを思い浮かべながら、薄笑いを浮かべた。
ラーメンがやって来た。
ダニーは1枚、マーティンは3枚替え玉をお代わりする。
ライスもダニーは1杯、マーティンは2杯だ。
「お前、やっぱ食いすぎやて」
「いいんだよ、もうダイエット諦めたんだから」
マーティンはがつがつライスを食べた。
「それじゃ行こうか?」
二人はタクシーを拾ってアップタウンに向かった。
「今日は俺、帰るわ」
「わかった、また明日ね」
寂しそうなマーティンだったが、ダニーはアランより先に家に着きたかった。
アパートに着いて、部屋に入る。
思ったとおり、アランはまだ帰っていなかった。
するとダニーの携帯が鳴る。アランからだ。
「アラン、今どこ?」
「残念だったね、ジャックだ。アランを迎えに来てくれないか?ただし居場所は秘密だ」
ガチャ。
冗談やろ!
アランの携帯にかけ直す。電源が切られていた。
ダニーは、アランの書斎をくまなく探した。
確かジャックがアランに共同ビジネスの提案をしてたはずや。
その書類が残っていれば。
やっとアランの走り書きのメモが見つかった。
もっとアップタウンのコンドミニアムの住所が載っている。
ダニーは拳銃とFBIのIDを持って、マスタングで出かけた。
ドアマンのいないオートロック式コンドだった。
部屋番号を押す。
「こんなに早いとは、意外と優秀なんだな、さあ入れよ」
ジャックの冷たい声がする。
ダニーは35階に上がった。
フロアー全部がジャックの持ち物らしい。
こんな金どこから工面してんのや。
ダニーは拳銃を手にそろそろドアに近寄った。ドアを開ける。
「FBI!」
「やぁ、ダニー、久しぶりだね。今日はお願いがあって呼んだんだ。アランを説得してくれよ」
見ると、アランが椅子にくくりつけられ、顔を下に向けていた。
「お前、アランに何した!」
「ちょっとした薬物を注射しただけだ。生死には関係ないよ。今のところはね」
「ダ、ダニー、お前は来るな」
「アラン!大丈夫か!」
ジャックは高笑いした。
「感動的だね!恋人同士の会話っていうのは。お前さえいなければ、俺がその場所にいたはずだったのに」
ジャックは声色を変えた。
こいつ狂ってる。ダニーは直感した。
「アランがどうしても共同ビジネスの契約書にサインしてくれないんだよ、
どうかサインさせてくれないか?」
どこから現れたのか、男二人がダニーの両腕をつかんで拳銃を捨てさせた。
「何すんねん!」
「君を存分に可愛がれば、アランも納得してくれると思ってね」
ダニーは首筋に注射され、気を失った。
しかし、その前に、ポケットの中の携帯のマーティンのメモリー番号を押したのに、
誰も気がつかなかった。
ダニーが気がつくと、アランと同じように椅子にくくりつけられていた。
しかしアランと違ってダニーは全裸だった。
「ダニーは、007の新作を見たかな?俺、あれの中で一番興奮したのが、007が拷問を受ける場面だったんだ。
ダニーは水着シーンか?あれを実践できるのが楽しみだよ」
ジャックは先に固結びを作った太い縄を手にしていた。
「練習もしたんだ。いつかお前に使ってやろうってね。それじゃ、行こうか」
バシーン!
「うわぁー!」
ダニーが悲鳴を上げた。一発目で気絶寸前だ。
「ジャック、やめてくれ、共同ビジネスの契約書にサインをするから」
意識朦朧のアランが反応する。
「もう音を上げるのか?アラン、あれだけ抗ったのに。つまらない。まだ俺は満足できないよ」
二発目がダニーを襲う。
「うわー!」
ダニーは冷や汗と涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、一息ついてこう言った。
「そんなもんかよ、お前の力。こんなんじゃかゆいところにも届かへんわ」
「ふん、言ってろ!」
三発目。
「うわー!」
「ジャック、お願いだから、ダニーを解放してくれ!」
「まだまだ、お楽しみはこれからだ」
その時だ。ドアが蹴破られ、マーティンが飛び出した。
「FBI!皆、動くな!」
「マーティン、仲間が・・」
ダニーの言葉に、マーティンは機敏に反応した。
用心棒らしい二人の一人を拳銃で殴りつけ、もう一人にタックルして気絶させた。
「おやまぁ、ベッド仲間の登場か」
「FBIだ、動くな。縄を捨てろ」
ジャックはぽいっと後ろに縄を捨てた。
マーティンがジャックに近寄って手錠をかけようとすると、ジャックが窓に向かって全速力で走り出した。
あっという間だった。
縄を拾ったジャックはそれで窓を破り、そのまま35階から下の舗道にまっさかさまに落ちていった。
マーティンは携帯で救援を呼ぶと、ダニーとアランの拘束を解いた。
「大丈夫?」
ダニーが真っ青な顔で答える。
「お前、よく気がついてくれたな」
「だって、ダニーの電話だもん。出ないわけないじゃん。へんな会話が聞こえたからGPS機能で追いかけたよ」
マーティンはダニーに自分のコートを着せた。
アランは薬で朦朧としていた。
「アラン、大丈夫ですか?」
「あぁ、多分」
アランはそのまま倒れた。
救急隊が二人を市立病院に搬送する。
マーティンはトムに電話をかけた。
「今からダニーとアランが行きますので、よろしくお願いします」
「またアル中か?」
「もっとひどいです。とにかく処置を」
「わかった、待ってるよ」
マーティンもタクシーで市立病院に向かった。
アランは解毒剤を注射され、点滴につながれた。
ダニーは、裂傷縫合の後、睾丸のレントゲンを取り、局部を冷やしながら、鎮痛剤と睡眠薬で眠った。
「どうして、こんな事になったんだよ!」
トムが意気を荒げてマーティンに食ってかかった。
「ジャック・ラズロです。自殺しましたが」
「あいつ、やっぱり疫病神だったんだな」
トムは苦々しい顔をした。
「もう今晩は二人が起きることもないから、マーティンは帰れ」
「でも・・・」
「いても仕方がないんだよ」
「分かりました」
マーティンは後ろ髪が引かれる思いで、病院を後にした。
翌日、ダニーがアランに車椅子を押されながら、オフィスに現れた。
局員がぎょっとする。ボスが応接室に案内した。
「ジャック・ラズロは即死でした。一体、何があったんですか?」
「ジャック・ラズロは、ある種の薬を1人分以上処方し続ける違法行為をやっていたんです。
それも議会の上層部や企業幹部などのVIPクラスだけに。たとえば、ヴァイアグラや
メリディア、デプロメールなど人に知られたくない処方薬です。
そして法外な費用を要求していた。口止め料を含めてね。
依頼人が増えすぎて、そのビジネスに僕を巻き込もうとした。
僕が断ると、テイラー捜査官をおびき寄せて、彼を拷問した。卑劣な奴です」
アランは冷静に説明した。
「ダニー、大丈夫か?」
「もうあんな思いは二度としたくないっすよ、ボス。まだちゃんと歩けませんわ」
ダニーは笑った。
「それじゃあ、休め。きちんと歩行できるようになったら、出てくること、いいな」
「了解っす」
「ドクター・ショア、ご協力ありがとうございました。お大事になさってください。あとダニーの面倒を・・」
「いつも通りやりますよ、マローン捜査官。すみませんが、フィッツジェラルド捜査官を呼んで頂けますか?」
二人は握手した。
マーティンが応接室に入ってきた。
ダニーを見て、痛ましそうな顔をしている。
「ボン、ありがとな、おかげで俺のタマは二つとも無事やったで」
アランも「君が来るのが遅かったら二人とも命がなかった。本当にありがとう」と礼を言った。
「それじゃあ、失礼」
「またな、ボン、ボス、失礼します」
ダニーはまたアランに車椅子を押してもらって、オフィスを出た。
「恥ずかしいもんやな、車椅子って」
「慣れるしかないだろう、もうしばらくはお世話になるんだから」
「わかったわ」
二人が去る姿をマーティンは寂しそうに見送っていた。
ダニーはろくに眠れないまま身支度をしてアパートを出た。
頭をしゃきっとさせるためにスタバでダブルエスプレッソを買って出勤すると、すぐにマーティンが寄ってきた。
「ダニー、おはよう。ちょっといい?」
「ん?どうしたん」
ダニーはあくびをしながらダブルエスプレッソを啜った。今になって眠気が襲ってくる。
「スチューと何があったの?僕のことでまたケンカしてるの?」
「別に」
「またそれだよ。二人とも同じことしか言わないんだから」
マーティンがじとっと恨めしそうに見つめてくる。ダニーはそんなん知らんと言い切った。
ベーグルを食べている間もマーティンは何度も同じことを訊ねてくる。
「何でもないって言うてるやろ、しつこいな!」
声を荒げたダニーに一瞬怯んだマーティンだったが、まだしつこく質問をくり返してきてうざったい。
「ねえ、僕が原因ならそう言ってよ」
「だから、ちゃうってば。オレもトロイもケンカなんかしてへん。もう一回同じこと訊いたらしばくからな」
ぴしゃっと言い放ち、朝食に専念する。マーティンはムッとして自分の席に戻っていった。
マーティンに悪気がないのはわかっていたが、これ以上聞かされるのはうんざりだった。
勤務を終えてもマーティンはまだぶすっとしていた。
ダニーは帰って寝るつもりだったものの、どうしても放っておけなくて夕食に誘った。
マーティンは黙ったまま帰り支度を続ける。
「なんや、行かへんのか?それやったらオレ帰るから。ほな、また明日」
ダニーはブリーフケースを手にして立ち上がった。振り返らずに歩き出す。
「待って、僕も行くよ!」
後ろからマーティンの声が追いかけてきて、ダニーはくくっと笑いながらエレベーターのボタンを押した。
モンスーンでベトナム料理を食べているうちに、マーティンはすっかり機嫌を直した。
料理にがっつきながら、ダニーの話に無邪気にけたけた笑っている。
ダニーはそれがうれしくてたまらない。マーティンにはいつだって笑顔でいてほしい。
いつも隣で笑っているのは当たり前ではないのだ。
ダニーは激甘のベトムコーヒーを飲みながら、邪険に扱ったことを深く反省した。
アパートまで歩いて帰る途中、イーライズの前を通りかかると、店の横につながれていたゴールデンレトリバーがしっぽを振ってきた。
「あれ?このでぶちん、スタウトちゃうか」
「ん、そうかも」
犬はマーティンにも大きくしっぽを振っている。
「やっぱりそうだよ。僕らのこと知ってるみたいだもん」
マーティンはよしよしと頭を撫でた。
「かわいいよね、こいつ。人懐っこいしサイコー。また太ってるのもかわいいよ」
「ほんまや。アーロンは中で買い物か?こんなとこにつないで誘拐されへんのかな」
ダニーは心配そうに辺りを見回した。
「ダニー、スタウトにヘンなことするんじゃないだろうね?」
「ヘンなことって?」
「ほら・・だってこいつ、大きな犬だからさ・・その・・」
マーティンはもごもごと口ごもった。言いながらだんだん赤くなっている。
ダニーはマーティンが獣姦を心配しているのだと思うと、笑えるのと同時に情けなくなってきた。
「あほか!お前な、オレがそんなことするわけないやろ!」
「したら怒るからね!」
「するか!」
ダニーは苦笑いしながらマーティンの二の腕にパンチをお見舞いした。
ダニーが仕事に復帰して、2週間が過ぎた。患部も治癒し、ダニーは仕事に燃えていた。
ジャック・ラズロ事件は、ワシントンDCにも激震をもたらした。今や、ダニーとマーティンは
FBIではウワサの的だった。
月曜日の朝、ダニーがスタバのカフェラテを持って、エレベータに乗っていると、サマンサが走りこんできた。
濃いアイメイクでカバーしているが、まぶたが腫れているのが分かる。
ダニーと目が合って、サマンサは、さっと顔をうつむけた。
何やろ、ボスと何かあったんかいな。
ダニーは訝りながら、フロアに下りた。
「サム、おはよう」声をかけてみる。
「おはよう、ダニー。結膜炎になっちゃたのよ」
サムは機先を制してきっぱり言うと、デスクに向かった。
マーティンが走りこんできた。遅刻ぎりぎりだ。ネクタイが曲がっている。
「ボン、トイレいって鏡見てき」
「うん?わかった」
相変わらず素直なやっちゃ。
ダニーは思わず微笑む。
ネクタイを直したマーティンが、デスクについた。
「あれ、サム、目が腫れてるよ」
こいつ、あほやな!地雷踏みよったわ!
「結膜炎!」サムは怒ったようにそれだけ言って、書類に目を落とした。
ダニーは、ポストイットに「あほ!低気圧警報発令」と書いて、マーティンの目の前に貼った。
「はっ」マーティンが大きく息を飲む音が聞こえた。
あいつ、ほんまにニブチンやなあ。
定例ミーティングになった。ボスを中心に皆、席に着く。
やはりサムの様子がおかしい。
ダニーは事件がなければ、定時後、サムを誘おうと決めた。
珍しく静かな月曜日だった。
帰り支度をしているサマンサに、ダニーは「サム、ちょっと相談あるんやけど、つきおうてくれへんか?」と声をかけた。
「ドクター・スペードは今日は休診よ」
「そう言わへんで、な、何でも奢るから」
「それならちょこっとだけね」
二人はあっけにとられるマーティンを置いて、オフィスを出た。
エレベータの中で、「本当は相談なんてないんでしょ、ダニー、ありがとう」とサマンサが言った。
「ええねん、さ、何食うか、考えてや」とダニーは答えた。
結局二人は、デルアミコに行った。
今や二人にとって一番気のおけないリストランテになっていた。
「おお、お二人さん、またハッピーカップルね、カップルシートあいてるよ」
デルアミコが当然のようにペアシートに二人を案内した。苦笑する二人。
「さ、何でも頼み」
「まず飲みたいわ」
サムがきっぱり言った。
「よっしゃ、オーナー、スプマンテ1本な」
「はいはい〜」
きんと冷えたスプマンテが用意された。
二人は自然とグラスを合わせた。
「いかとセロリのマリネとカプレーゼがいいわ、ダニーは何がいい?」
「俺、ここの鍋食ってみたいんやけどどう?」
「そうね、冬ですものね、メインはそれにしましょ、じゃあ前菜にトリッパの煮込みを足していい?」
「もちろんや、美味そう」
二人は前菜を食べながらオフィスのうわさ話など他愛のない話をした。
デルアミコが小さなガスコンロを持ってきた。
テーブルで煮込むらしい。
鍋の中では、オマールエビ、渡り蟹、鯛、ジャガイモ、にんじん、かぶがトマトソースにひたひたと浮いている。
すでに調理済みのようだ。
「これ、温かいままがおいしいね、だから弱火つけとくよ」
デルアミコが火の調節をした。
スプマンテが空になったので、ダニーは白ワインのグリッロを頼んだ。
マーティンの家で飲んで以来、最近お気に入りのワインだ。
「それで、今日どうした、サム、話すと楽になるで」
「ありがと、ダニー。誰かに聞いてもらいたかったのよね。ジャックがね・・」
やっぱりボスか!
「別れようって言い出したの」
「はぁ?クリスマスに寄り戻したばかりやん」
「結局、保身なのよ。ヴァン・ドーレンには一度バレてるし、二度目でアウトだと思ってるみたい」
「男らしくないな、結婚する気はないんか?」
「それは私がだめ。一回失敗してるから、もう離婚とかごたごたは沢山だわ」
「そうか、バレないようにすればええだけやん」
「そう言ってやって、ジャックに」
「俺からは言えへんわ」
「そうよね、あはは、ごめん、酔ってきたわ」
「今日はもっと酔え。俺が最後まで送ったるから」
「ありがとう、本当にダニーって優しいわよね」
二人はもう1本ワインをお代わりし、サマンサはデザートのフルーツグラタンまでしっかり食べた。
「今日はグラッパなしやからな」
「はぁーい」すっかりサマンサは酔っ払っていた。
ダニーがチェックをしている間、店の前の通りで、ステップを踏んで踊っていた。
今日は吐かなさそうやな。
ダニーは安堵した。
タクシーを拾ってアパートに送り届ける。
「寄ってかない?」
サムは無造作に言った。見るととろんとした目が怪しくぬれて誘っている。
「だめや、もう俺たち、もうあれっきりの約束やろ」
「あぁ、そうだった、ごめんなさい。それじゃ、また明日ね。おやすみ」
サマンサは靴を脱ごうとして、身体をぐらつかせた。
しゃあないな。
ダニーはまた、サマンサをお姫様だっこすると、ベッドルームに連れて行った。
「ありがと、あとは自分でやれるわ」
「ほな、おやすみ。そのまま寝るなよ、風邪引くで」
「はい、お兄様」
ダニーはアパートを後にした。
翌日、サマンサは二日酔いで頭痛に悩まされていたが、さっぱりした顔で出勤してきた。
ダニーは安心した。
おかしなもんや。俺、ずっと昔はサムと付き合うこと考えた時期もあったのにな。
マーティンが転勤して来てから、すべての世界が変わっちまった。
ダニーはふと懐かしく思った。
サマンサがトイレに立つとすかさずマーティンが寄ってきた。
「ねぇ、昨日、サムとご飯食べたの?」
「そうや」
「僕も行きたかったよ」
「あぁ、すまんかったわ。今度3人で何か食いに行こうな」
「そうして」
マーティンはぷいっとデスクに戻っていった。
まったく、サムにもヤキモチかいな。
ダニーは少しうっとうしく、また嬉しく感じながら、PCの電源を入れた。
ダニーはマーティンをランチに誘って、いつものカフェに出かけた。
「なぁ、ニックどうしてる?」
チキンアボカドサンドを食べながら、何気なく聞いた。
「うーん、普通かな。アリソンが結構付き添ってるから、安心してるんだ。薬もお酒も注意してもらえるじゃん。
それに個展の打ち合わせしてるしね」
「そか、じゃお前はお役ご免やな」
「それがさ、撮影が入ってるから・・・」
「あぁ、忘れてたわ、どうしてもお前じゃないとダメなんか?」
「そうらしいよ」
まったくいまいましいニックめ!マーティンを開放せいよ!
ダニーは腹立たしそうに水を飲んだ。
「そういや、ケンがな、またギルと付き合い始めたで」
「本当!じゃあ、もうニックとは寝ないよね!!」
マーティンが大喜びした。
それを見て、またダニーは腹が立った。
「お前、そんなに嬉しいんだ」
マーティンははっと気が付いた。
「ごめんなさい」
「ええんやで、別に謝らんでも」
マーティンが食べ終わると、ダニーはすくっと立ち上がり、チェックを済ませてすたすた歩き始めた。
「待ってよ、やっぱり怒ったんでしょ」
「怒ってへんて、しつこいやっちゃな」
二人は言い合いながらオフィスの席に戻った。
ダニーの内線が鳴った。
「テイラー。あ、俺の客や。通してください」
エレベータが上がってきて、ジョージが降りてきた。
不安そうな顔をしたが、ダニーを見つけてにっこりした。
ダニーが駆け寄り、二人で応接室に入る。
マーティンは訝しそうに様子を見ていた。
「ダニー、病気とかじゃなかったんだね」
「ごめんな、連絡せんで、忙しくてな」
「いいんだよ、わかってるから。でもちょっと長かったから心配になっただけ。
元気な顔見たら安心しちゃった」
「それで来てくれたのか?」
「うん、でも昼休み短いからもう戻らないと」
「忙しくなくなったらすぐに連絡するから、また飯食おうな」
「うん、嬉しいよ、じゃあ、ダニー」
ジョージはぎゅっとダニーをハグした。
やばい、モニターされてんのに!
ジョージは手を振りながら帰っていった。
今度はマーティンが寄ってきた。
「ジョージ、何だって?」
「春物の内覧会の招待状持ってきた。それだけや」
「そんなの郵送すればいいじゃん」
「えやないか。それもサービスやから」
「何で僕のはないのさ?」
「さぁな、別の日に来るんちゃう?」
ダニーは何とかごまかして、席についた。
考えてみれば、マーティンのニック介護、自分の病欠ともう1ヶ月以上ジョージと会っていなかった。
自分の中にあったほのかな恋心もすでになくなっていた。
俺って飽きっぽいんかな。
ダニーは、ジョージの携帯に「次の早番の日に飯食おう」と伝言を入れた。
ジョージからテキスト・メッセージが戻ってきた。
「早番は明日です」
明日はまた残業やとアランに言おう。
ダニーは心に決めて、仕事に戻った。
ダニーは8時きっかりに、バーニーズ・ニューヨークの正面エントランスに立っていた。
ジョージが走ってくる。
グレーのダッフルコートに赤のマフラーが似合っている。
「寒かったでしょ、中で待っててもいいのに」
「そんなん目立つやん。お前かて顧客と親しくするとまずいんやろ」
「あ、そうか。ダニーの事ばっかり心配しちゃって忘れてたよ」
「あほ!」
やっぱりこいつ可愛い!ダニーは思った。
「今日は何食べるの?」
「コリアン・タウンでも行くか?」
「わぁ、行ったことないや」
NYやLAのような大都市では黒人と韓国人の仲が悪いのは有名だ。
ジョージも一人では行けないだろう。
二人はタクシーを拾って、「チョー・タンゴル」で降ろしてもらった。
ダニーがまずドアを開ける。
「いらっしゃいませ」とフロアマネージャーが愛想よく挨拶したが次にジョージが入ってくると、顔を曇らせた。
「気にせんと、入ろう、ええか?」
「うん、楽しみです。初めてだから」
ダニーはメニューの中から、キムチの盛り合わせと、チョギレサラダとサンゲタンにチゲ鍋を頼んだ。
ビールでまず乾杯だ。
「心配かけてごめんな。もうそんな心配はかけへんからな」
「いいんだよ、仕事忙しいの想像付くから。だって僕の彼はFBIなんだもん」
ジョージがにっこりした。
キムチがやってきた。赤さに驚くジョージ。
「唐辛子とか魚のソースで漬けたピクルスや、辛いで」
「ドキドキするな」
ジョージは白菜と大根を小皿にとって、口に入れた。
「へぇ、変わったピクルスだね。でも美味しいよ」
チョギレサラダは、気に入ったらしく、パクパク食べた。
次にサンゲタンがやってきた、鳥が丸ごと入っているのに驚いている。
「中身をくりぬいて、もち米やら韓国の野菜が入ってるんや。あ、朝鮮人参が入ってるから要注意やで。精力がつくんやて」
ジョージがゲラゲラ笑った。
「僕も知ってるよ、ほら韓国人のモデルの友達がいるって言ったでしょ」
「そやったな」
ダニーも笑う。二人で鳥を解体して、綺麗に食べ終わる。
スープも美味しそうに飲むジョージを、嬉しそうにダニーは見ていた。
最後にチゲ鍋がやってきた。
「うわ、真っ赤だ!」
「これは辛いから気をつけ、少しずつな」
「うん、わかった」
ジョージは豆腐や肉や白菜を器にとって、一口入れた。
「あ、美味しい。出し汁がすごい味だ。初めての味だよ!」
最後にゆずシャーベットを食べて、ディナーは終わった。
フロアマネージャーもジョージの喜びように驚いたのか、最後はにこにこ送り出してくれた。
「今日、時間あるの?」
ジョージが不安そうに尋ねた。
「ああ、あるで。早く家に行こう。寒くてかなわんわ」
「わあい!」
二人はジョージのアパートに行った。
ドアを閉めた瞬間、ジョージがダニーを抱き締め、ディープキスを始めた。
二人でキスを繰り返しながら、服を脱がせあう。
トランクス一枚になった二人。
ジョージの前はこれまでにない位盛り上がっていた。
「ねぇ、今日はダニーが入れて」
「お前、それでええんか?」
「うん、ダニーのが欲しいんだ」
二人はベッドに直行した。
「朝鮮人参のせいかな、俺、めちゃ固くなってるわ」
「僕もだよ、もう出そうだ」
「待てよ、俺に入れさせ」
ジョージはローションを手に取ると、自分の中に塗りこんだ。
ダニーも指を入れる。周囲を屠ると、ジョージが悶えた。
「あぁ、すごくいい気持ち。ダニーの指、綺麗だから大好きだ」
「ほな、行くで」
「うん、早く来て」
ジョージは脚を大きく広げた。
しかし、ダニーの睾丸の傷を見つけ、動きを止めた。
「どうしたの、これ?」
「あぁ、誘拐犯が俺のタマをつぶそうとしただけや」
「ええ!」
ジョージの目にみるみる涙がたまる。
「そんなのってひどいよ、どんなに痛かったか」
ジョージはタマを口に含んだ。優しく舐める。
「ジョージ・・」
「おまじないだよ、もうそんなことが起こらないって」
涙をためながら無理やり笑う。
ダニーはたまらなく愛しくなった。
そして、ダニーはジョージの脚を広げ、腰を進めた。
陸上をしていたせいか、中がすごく狭くて締まっている。
「お前、狭いな。少し動いただけで俺出そうや」
「静かに動いて。僕のペニスは気にしないで」
ジョージは自分の手でペニスをしごき始めた。
「あぁ、いいよ、ダニー、僕もうイキそう」
「イク時は一緒や、ほな、行くで」
ダニーはスピードを増した。
「わぁ、すごい!ダニー、すごいよ!」
ダニーはぶるっと震えてジョージの中に射精した。
それを見て取ると、ジョージも手の動きを早め、ダニーの胸めがけて果てた。
すごい量だ。ダニーはジョージのザーメンがつくのも気にせず、抱き締めた。
「お前、してへんかったの?」
「一人ではしてたけど、ダニーの他にする人いないもん。すごく幸せだよ」
恥ずかしそうに告白するジョージ。ダニーは思わずキスをした。
「お前、可愛いよ」
「僕もダニー大好き、じゃあお先にシャワーどうぞ」
ジョージのシャワールームは狭いので二人は無理なのだ。
ダニーがシャワーから出ると、バスタオルと歯ブラシが置いてあった。
いつもの心遣いだ。入れ違いでジョージが入ってくる。
「ミネラル・ウォーター、テーブルに置いといたから」
「ありがとな」
ダニーはスーツに着替えながら、水をぐびぐび飲んでいた。
やっぱりジョージは可愛い。
それにあの身体の中の狭さに参ってしまった。
俺やっぱりこいつと別れられへん。
ジョージが出てきた。セーターを着ている。
「送っていくね」
「そんな、ええよ」
「送らせてよ」
「わかった」
二人は離れがたく、ソファーでキスを繰り返していた。
「またベッドに戻りたくなっちゃうね」
「また今度な」
ジョージのインパラで送ってもらう。
「それじゃ、またな」
「うん、元気でね」
「ああおやすみ」
二人はキスをして別れた。
ダニーは、翌日もジョージと食事し、アパートに寄った。
テーブルの上においてあるファイルを手に取る。
「これ何?」
「ポートフォリオだよ、モデルの書類審査用」
「お前、なんか、めちゃださいな」
「そう言わないでよ、お金がなくて、いいカメラマンが雇えないんだもん」
ダニーはふと思い浮かべた。
「お前、ニック・ホロウェイに撮ってもらえ、それがええわ」
「ええ!あの人、有名すぎるよ、僕なんか相手にしてくれないよ」
「俺にはコネがあんねん」
ダニーはマーティンに頼もうと思っていた。
「え、ジョージの写真撮るの?」
マーティンが目を丸くした。
「ええやん、あいつプロのモデルなのに金の都合がつかへんのやて。だっさい写真しかないんや。
お前が言ったら、ニックも撮るやろ」
「うーん、わかったよ。頼んでみるよ。ダニー、僕にいっぱいいっぱいお返ししてよね」
「もちろんや、楽しみにしてや」
ニックも元オリンピック候補選手の黒人に興味が湧いたのか、承諾してくれた。
早速ジョージに連絡する。
「え、うそでしょ!?」
「ほんまや。土曜日休みとれ、俺が迎えに行くから」
「うん!ありがとう!」
土曜日になり、ダニーはマスタングでジョージのアパートに行った。
「ダニーらしい車だね」
「古いけどな」
「大切に乗ってるのが分かるよ」
二人で、ニックのステューディオに向かう。
珍しくニックがすでにステージの用意をして待っていた。
「ほう、こいつか、テイラーのこれは」
小指を立てる。
「そんなんやないて!ほら、何すればいいか指示してくれ」
「まず裸になってくれ。筋肉が見たい」
ジョージは恥ずかしそうにトランクス一枚になった。
「それも脱げ」
一糸まとわぬ姿でステージに立つジョージ。
「すげーいい身体してるな。筋肉の筋が綺麗だ。じゃあ、ポージングいくぞ」
それから二人は3時間、休まず撮影し続けた。
ダニーは最初は見ていたが、そのうちソファーで転寝していた。
ジョージに揺り動かされれる。
「ダニー、終わったよ」
「ううん?」
「テイラー、こいつ、すごい化けるかもしれないぜ、エージェントは誰だ?」
「そんなのいません」
「お前、考えとけよ、ミラノやパリでもいけるかもしれない」
「ほんま!」
「俺の写真のお陰でな」
ニックは片頬で笑った。
「じゃ、俺、現像に入るわ。ジョージ、お前の住所に送るから」
「ありがとう、ホロウェイさん」
「ニックでいいよ」
ニックは照れくさそうに笑った。
二人はニックの家を去った。
「撮影、どやった?」
「すごい緊張感のある撮影でした。初めてだった。ダニー、ありがとう。すごい人を紹介してくれて」
「お前が俺にしてくれてる事のお礼やて、さ、何食おう?」
「ビッグ・ママに報告したいんですけど、いいですか?」
「ええで」
二人はガンボの店に出かけた。
「ジョージ!よく来たね!あ、この間の色男と一緒かい!もしかしてこのママに紹介するつもりだね?」
ビッグ・ママは陽気に言った。
「今日はすごい仕事したんだ。僕の将来が変わるかも。だから祝杯」
「まかしとき!」
ビッグ・ママはシャンパンを持ってきた。ヴーヴ・クリコだ。
「これもお前がキープしてたんか?」
「うん、良い事が沢山おきますようにっておまじないだよ」
二人は乾杯した。
オイスターシューターとシュリンプマリネを摘みながら、撮影の話をする。
「どんな写真撮った?」
ジョージは顔を赤らめた。
「ダニーには言えないような写真だよ」
「あいつの写真、エッチやからなぁ」
「でも、沢山褒めてくれた。あんなにカメラマンに褒められたの初めてだよ」
「へえ〜」
ホロウェイの奴、褒めながらモデルを乗せていくんやな。
マーティンにはどんな言葉で褒めてるんやろか。
またマーティンがエロ写真撮られよったらどないしよ。
「ねぇ、ダニー、聞いてる?」
「ごめん、ごめん」
「今日のガンボはシーフードとチキンとどっちがいい?」
「そやな、チキンにしよか?」
二人はヴーヴ・クリコを空けて、次の白ワインに移った。
何を話していても楽しい。
ガンボを食べ終わると、ビッグ・ママが「ちょっと、待ってな」と言って、大きなパイを持ってきた。
シナモン・アップルパイだ。
「わー、僕の大好物だ!」
「いくらでもお食べ!」
「でも太っちゃうよ」
二人の会話はまるで本当の親子のようだ。
ふとダニーは羨ましくなった。
アランと自分の間にない、温かさがここにはあった。
デザートを食べ終えた二人は、マスタングに乗った。
「ごめん、ダニー、今日、僕、疲れちゃった」
「当たり前やな、それじゃ、家まで送るわ」
「ありがと」
「ええねん」
マスタングはそのままマディソン街の方へ走り去った。
書き手1さんはマーティンがお嫌いなんですか?
いくらなんでもマーティンに自分の浮気相手の撮影を頼むのはひどいと思います。
傷つけられてばかりのマーティンが不憫です。
ダニーがだんだん嫌な性格になっているようで寂しくなりました。
二人がスタウトとじゃれていると、アーロンとCJが大きな紙袋を一つずつ抱えて出てきた。
「やあ!」
「おう。こいつ、やっぱりスタウトやんな。誘拐されへんか心配で見てたんや」
「それはどうも。でも心配しなくても大丈夫ですよ、こんなデブ犬なんて誰も狙わないから」
CJはそっけない言い方をしたが、革紐をほどかれたスタウトは安心したように足に顔をこすりつけている。
応えるようになでてやるCJの手は限りなくやさしい。
「それじゃまたね」
「ああ」
アーロンとCJは手をつなぐと、足元にまとわりつくスタウトを連れて帰っていった。
「・・いいな」
遠ざかる二人と一匹を見ながらマーティンがぽつんと言った。横顔が寂しそうだ。
ダニーは気づいたが、ここではどうすることもできない。
「ボン、アイス買うて帰ろか」
「あ、うん」
「オレはバナナミルクにしよ。お前は?」
「んー、僕はチョコにしようかな」
「お前、いっつもチョコやん」
「いいんだよ、僕はチョコが好きなんだから。ダニーだってまたバナナじゃない」
「オレはいいんや」
「なんでさ?」
二人は言い合いながら後戻りしてイーライズに入った。
お風呂上りにパジャマに着替えているとき、マーティンが痛っと呻いた。
「どうしたん?」
「あっ、さっきダニーが殴ったとこが青くなってる・・・」
二の腕をさすりながらじとっと見上げられ、ダニーはきまり悪い。
「お前がヘンなこと言うからや。オレがスタウトを犯すとかな」
「違うね、ダニーがあんな変態DVD見てるからいけないんだよ」
マーティンはそう言うと大げさに腕をさすった。
「ごめんな。でもあれはオレのやない、ボスのや」
ダニーはマーティンのパジャマを脱がせると、うっすらと内出血した腕に舌を這わせた。
バスルームから出たばかりの上気した肌は、なめらかでつややかだ。
青い瞳をじっと見つめたまま、ダニーは舌を這わせ続ける。
「も、もういいから・・・」
「しーっ!ええからじっとしとき」
マーティンの唇を指でなぞりながら愛撫を続けた。
口の中に指を入れるとためらいがちにおずおずと舐めてくる。
ダニーは唾液でべたべたになった指を引き抜くと、にんまりしながら自分の口に含んだ。
見せつけるように舐めると、さっと赤くなったマーティンがかわいい。
ダニーがトランクスに手を入れると、ペニスの先っぽがじっとり濡れていた。
手の平で包んで上下させると、マーティンは体を強張らせて目を閉じている。
ダニーは指で亀頭をいじりながらキスで唇をふさいだ。
「んぁ・・・ぅぅん・・・」
「ここか?」
マーティンが漏らす吐息に合わせながらやさしく撫で上げると、ペニスはとろとろとあふれ出た先走りでとめどなく濡れてくる。
ローションをつけてアナルに指を入れながら、さらに口の中をねっとりと舐めまわした。
「ひっ・・っ・・あぅっ・・・」
中をかきまわされ、マーティンはたまらずダニーの首にしがみついた。腰ががくがくして今にも射精してしまいそうだ。
「ダ、ダニィ・・・」
「ん?」
「僕もうだめ、イカせて・・・」
「ん、ちょっと待ってな」
ダニーは素早くコンドームを被せるとマーティンの中にそっと挿入した。
両手をつないだままゆっくり挿入をくり返す。しっかりと握り返してくるマーティンの手が痛いぐらいだ。
「んっ!」
ダニーが首筋を噛むと、マーティンは大きく仰け反って射精した。荒い息を吐きながら抱きついてくる。
耳元で響くマーティンの荒い息遣いと、自由に動けないもどかしさに興奮したダニーは、強く抱きしめたまま腰を揺らした。
果ててぐったりしていると、胸に頭をもたせかけていたマーティンがコンドームに気づいた。
「ねえ、どうしてコンドームなんかつけてるの?」
そう訊ねるマーティンの顔は少し不満そうだ。
「これか?またシャワー浴びるの面倒やん。ただそれだけや」
「本当にそれだけ?」
「それだけや。いつもは生でしてるやろ。今日はしんどいから特別や」
ダニーはコンドームをティッシュに包んで捨てると、まだ不満そうなマーティンを抱き寄せた。
「そんな顔すんなや。他意はないんやから」
キスされたマーティンはこくんと頷くとまた頭をもたせかけた。ダニーは目を閉じるとあっというまに眠りに落ちた。
「ダニィ?あれ、もう寝ちゃってるよ」
軽くいびきをかきながら完全に眠りこけているダニーは、少しくらい揺すっても起きそうにない。
―しょうがないなぁ・・・
マーティンはペニスを舐めてきれいにするとトランクスをはかせた。
手こずりながらもなんとかパジャマを着せ、きちんとボタンを留める。
「ダニー、おやすみなさい」
マーティンはダニーの体にぴとっとくっついて目を閉じた。
日曜日、ダニーはアランにブルックリンで郵便のチェックやら済ませてくると言って、家を出た。
マスタングをアッパーイーストサイドに回す。
道ばたでは、ドアマンのジョンとしゃべるマーティンの姿があった。
「すまん、待ったか?」
「そんな事ないよ」
マーティンが乗り込むと、ジョンが「行ってらっしゃいませ、フィッツジェラルド様」と
深々とお辞儀をした。
「ドライブしたいとこやけど、ここんとこ忙しゅうてブルックリンに帰れへんかったから、家でもええか?」
「ダニーと一緒ならどこでもいいよ」
マーティンは上機嫌だった。久しぶりのデートだ。心がはやる。
アパートに着き、ダニーはヒーターをつけた。
「何か飲むか?」
「僕、何か甘いもんが食べたいから買ってくる」
マーティンはそう言うと、飛ぶように外へ出て行った。
ダニーは郵便物をチェックする。
請求書とジャンクメールを仕分けて、請求書をまとめる。
そや、コーヒーいれとこ。
コーヒーメーカーを仕立てると、ダニーは、小切手帳を取り出して、支払い作業を始めた。
マーティンが戻ってきた。大きな箱を持っている。
「お前、何買ったん?」
目を丸くするダニー。
「だって、全部美味しそうだったんだもん」
箱をあけると、タルトとチーズケーキが6個入っていた。
「こんなに食えへんで」
「いいじゃん、一口ずつでも」
子供の頃、一個のケーキを兄と分け合って食べていたダニーは、今の言葉が信じられなかった。
俺とボンの違いや。違いすぎるわ。
「コーヒーがもうすぐ入るから待っててな。CDでも聞くか?」
「うん」
マーティンはダニーのCDラックを探し始めた。
「あ、カサビアンだ!」
「へぇ、お前知ってんの?」
「うん、ニックの友達だから」
また、ニックかよ!
ダニーはいまいましい思いを抱きながら、小切手にサインをしていた。
コーヒーが入ったので、小休止して、タルトとチーズケーキを取り出す。
皿に乗り切らないので、箱を切って代用した。
本当に一口ずつ食べるマーティン。
ダニーは、マーティンの育ちを羨ましく思った。
「ねぇ、小切手切るのもう終わる?」
「何や、飽きたんか?」
「うん、ダニーと早くベッドで遊びたいよ」
「お前、エッチやなぁ、昼間っからそんなん考えてるんか?」
「だって、久しぶりじゃん。これだって持ってきたし」
マーティンはコートのポケットから蛇イラストのローションを出した。
この前のと色が違う。
「また新製品が出たんだよ」
「エロいボンやなぁ。副長官が知ったらどひゃーやな」
「父のことは言わないでよ!」
ぷいっと怒るマーティン。
「わかった、わかった、すまんかったわ」
二人でケーキを食べ散らかして、ダニーは最後の請求書を片付けると、
「さぁ、ボン、終わったで、何する?」にやりと笑うダニー。
「決まってるでしょ」
マーティンは、ダニーを立たせて、セーターを脱がせ、シャツのボタンをはずし始めた。
ゆっくりじらすようにパンツのホックに手をかける。
ダニーのペニスは期待で半分立ちかけていた。
一気にトランクスと一緒に降ろすと、マーティンは跪いて、ペニスを口に含んだ。
「あぁ、ええわ、お前のそれ、最高やな」
ダニーはため息まじりに言った。
「もう、我慢できへんわ、ベッド行こ」
「うん!」
ダニーはトランクスをわっか脱ぎして、マーティンの手を取り、ベッドルームに向かった。
マーティンも急いで服を脱いだ。
セーターとTシャツを同時に脱いでもがいているので、ダニーが笑いながら手伝った。
確かに前に比べてウェスト周りがたぷたぷしている感じがする。
「お前、腹がやばいで」
「言わないでよ、自覚してるんだからさ」
ダニーはマーティンを組み敷くと、首筋にキスをした。
胸、腹とどんどん下がり、見事に立ち上がっているペニスを咥えた。
「あぁん、すごい、いいよ、僕出そうだ」
「待ち、俺、お前に入れたい」
マーティンはローションを手に取って、自分の中に塗りこんだ。
中がびちゃびちゃいやらしい音を立てる。
「あぁ、なんかすごいよ、これ」
ダニーもペニスに塗る。
「ああ、もうギンギンやで」
ダニーはマーティンの脚を大きく開いて、腰を押し込んだ。
「お前ん中で何かが動いてるで」
「僕じゃないよ、中が勝手に動いちゃう」
「あぁ、もう我慢できへんわ、出る!」
ダニーは身体をぶるぶる震わせた。射精がまだまだ続く。
マーティンも「あ、僕もイく!」マーティンも身体を弛緩させた。
二人でベッドにごろんと横になる。
「このまま二人でずっといたいよ、僕」
「ほんまやな」
マーティンの満足そうな顔を見ながら、ダニーの胸はちくちく痛んでいた。
>>181 さん
感想ありがとうございます。決してマーティンが嫌いなわけではありません。
むしろ可愛いキャラクターだと思っています。ここでのダニーとマーティンの
関係は一対一ではなく、複数がからんだ関係になってしまっており、ダニーも
マーティンがニックと寝ているのを承知しているので、ジョージの撮影を頼んだ
次第です。複数がからんだといっても、核はダニーとマーティンの絆を書いていく
つもりです。ダニーが嫌な性格になってるととらえらえたのは、こちらの筆力
不足と思います。決してそんな意図はありません。これからもよろしくお願い致します。
ダニーがデスクで事件ファイルを整理していると、携帯が鳴った。
「テイラー」「あ、ダニー、僕です、ジョージ」
「おう、どうした?」
ジョージが電話してくるのは初めてだ。
「今日の夜あいてますか?」
「ああ、事件がなければ大丈夫やけど?」
「ホロウェイさんから写真が届いたんですけど、一人じゃ選べなくて」
「わかったわ、また連絡する」
「お願いします」
マーティンが訝しそうな顔をしている。
「ジョージや。写真が出来たんやて。お前も見に来る?」
「行ってもいいの?」
「人が多い方が色んな意見が出てええんちゃう?」
「わかった、予定しとく」
ダニーはどうしてもジョージとの関係を、マーティンに悟られたくなかった。
そのためにはこの仮面舞踏会を済まさなくては。
ジョージに電話をかける。
「今日な、マーティンも一緒でええか?」
「え・・」
ジョージは絶句した。
「ごめんな、どうしても必要があるんや、俺たちのために」
「わかりました。食事は3人分ですね」
「ありがと」
「それじゃ、また後で」
文句を言われるかと思ったのに、あくまでもジョージは従順だ。
ダニーは何だか自分が悪人になった気がした。
定時になり、二人はバーニーズに向かった。
正面エントラスで待っていると、いつものようにジョージが飛んできた。
「お待たせしましたか?」
「いや、今、来た」
「良かったです。じゃあ、タクシーで僕の家でいいでしょうか?」
「ああ」
二人だけの時と違う言葉使い。この子は完璧だ。ダニーは舌を巻いた。
マディソン街をまわって、ジョージの家に着く。
「へぇ、ここがジョージの家なんだ」
マーティンが古びたアパートを見上げる。
「そやなぁ」
ダニーも初めて来たような様子で一緒に見上げた。
「どうぞ、こちらへ」
3人で一杯になるようなエレベータでがたがた上がる。
ジョージが部屋に入ると、すぐヒーターにスウィッチを入れた。
「すぐに温まりますから。食事なんですけど、チャイニーズのデリバリーでいいですか?美味しい店があるんです」
「ええよ」「うん」
二人はコートを脱ぎ、ソファーに座った。
テーブルの上には、茶色い封筒が置いてある。
「ジョージ、これか?」
「そうです。どうぞ見てみてください」
ダニーが写真の束をごっそり取り出した。
まず一枚目で息を飲んだ。
完全に後ろ向きのジョージが座っている図なのに、呼吸が聞こえてくるようなのだ。
身体にオイルを塗ったのか、光沢が妙に色っぽい。
二枚目、三枚目とめくるうち、ダニーとマーティンは、写真の迫力に飲まれていった。
「なんか、すごいね」
「ほんまやな、もう芸術やで、これは」
ジョージはハイネケンの瓶を二人に渡した。
「なんだか、恥ずかしいですね」
「これ、ほんまにお前?」
「そうだと思いますけど」
ジョージは笑った。
デリバリーが来たので、ジョージが席を立った。
ダニーは、ニックが言った「こいつは化けるかもしれない」という言葉はあながち嘘ではないと確信し始めた。
「お二人とも、ダイニングテーブルへどうぞ。食事してから見てください」
二人はダイニングに移動した。
ジョージは、バンバンジーにホタテとアスパラガスの炒め、蟹シュウマイ、
白菜のクリーム煮と海鮮焼きそばに牛肉とレタスのチャーハンを頼んでいた。
「3人分頼むなんてないから、頼みすぎちゃったかもしれません」
ジョージが照れくさそうに笑う。
「大丈夫や、こいつの胃袋底なしやから」
ダニーはマーティンのお腹をぽんぽん叩く。
「やめてよ!ダニーのばか!」
ジョージはそんな二人を羨ましそうにちらっと見たがすぐに、にこにこ笑顔に変わった。
食べ終えた3人は、ソファーに移動した。
「なぁ、お前さ、あそこ見られるのや嫌やろ?」
「恥ずかしいです」
「じゃあ、写ってる写真ははずそ」
ダニーが分類を始める。
マーティンはジョージの局部が写っている写真に釘付けになった。
す、すごい!こんなの見たことないや!ダニーは何にも感じないの?
僕、身体の中が動いちゃいそうだ・・・
写真が半分に減った。
3人の合意で、後ろからのショット2枚と、前からのショット2枚、顔のアップ2枚を選び出した。
「ありがとうございました。お陰で、次のオーディションの申し込みに間に合います」
「へぇ、誰の?」
マーティンが興味を覚えたようだ。
「ビル・トレバーです」
「ええ!ビル・トレバー!」
ダニーとマーティンは声をそろえて驚いた。
「どうしたんですか?」
「俺ら、ビルとは知り合いやねん」
「ええ?本当ですか?でも、僕、コネでは勝負したくないから」
ジョージはきっぱりと言った。
「わかったわ、お前がそういうなら何も言わへんわ」
「今日はありがとうございました。お二人を送りますね」
ダニーとマーティンは、ジョージのインパラに乗ってアップタウンに上がった。
「マーティンのお宅は確かイーストサイドでしたよね」
マーティンが道案内する。
アパートの前で降ろしてもらい、さよならを言う。
「ジョージ、幸運を祈ってるね」
「ありがとうございます、それじゃあ」
セントラルパークを横切りながら、ダニーはジョージの手を握った。
「今日はすまなかったな」
「いいです。マーティンもいい人だし」
「いい人はお前や」
ダニーはアパートの前で車を停めてもらい、急いでキスをした。
「今度は二人でな」
「うん、連絡待ってる」
ジョージのインパラをダニーは見送った。
ダニーは、ジョージの写真を見て以来、マーティンの写真が気になってきた。
どんなポーズとってんのやろ。あいつ乗せられやすいから、すごいことになってんやないやろか。
PCの前で、ぼーっとしているとサマンサに肩を叩かれた。
「ほら、ぼんやりしないで、捜査、捜査!」
「はいはい!」
そうこうするうちに、家にニックから個展の招待状が届いた。
今回はイースト・ヴィレッジだ。
「アラン、行く?」
「そうだなぁ、出かけてみようか?」
二人して、オープニング・パーティーの日に出かける。
ギャラリーは前回の2倍以上の広さがあったが、人、人、人でごったがえしている。
最初はベルリンやロンドンの風景が並んでいた。
綺麗だが心に訴えるものがない気がした。
奥の部屋に行くと人がむらがっているコーナーがあった。
シャンパンを片手にダニーは一通り見ようと思い、列に並んだ。
最初が「傷を負った黒いアキレス」ジョージだ。
アキレス腱切断の手術跡をあまなく見せ、立ち尽くしている図だった。
ジョージ、綺麗や。
ダニーは思わずため息をついた。
次は「匿名M.F−挫折」
マーティンが正面を向いて椅子に逆方向に座っている。
椅子の背もたれの間からペニスが見える。
頭をたれ、考え込んでいる図だ。
静かなポーズなのにこの前のよりずっと扇情的だ。
ペニスが見え隠れしている構図のせいだろうか。
次に「愛と憎しみ」と日本語で書かれたポートレートが出てきた。
お面をかぶっているケンが2枚の写真の中で、踊っている。
一枚は柔らかい優しい踊り、もう一枚は嫉妬に狂う激しい踊りだ。
匿名M.Fはまだまだあった。
マーティンの美しい肩甲骨を見せた「天使」が人気があるようですでに売約済みになっていた。
「休息」「あきらめ」「歓喜」と作品は続いていた。
ニックにとってマーティンが特別な存在だと作品が知らせている。
ダニーは、ニックの前でこれほどまでに、自分をさらす3人に嫉妬を覚えた。いや、ニックに嫉妬している。
アランは、だまってずっと鑑賞していた。
人に囲まれていたニックがやっとこっちにやってくる。
「やぁ、お二人さん、どうだい?」
「大盛況だね、また売れるな、これは」
アランはにこやかに言った。
「今度は正規の収益だからな」
ニックは皮肉っぽく笑った。
「テイラー、珍しく静かじゃないか?」
「俺、圧倒されてんねん。お前、やっぱすごいわ」
「やっと気がついたのかよ、ありがとさん」
ニックはアリソンに呼ばれてまた奥に引っ込んだ。
「びっくりしたかい?」
アランが声をかける。
「うん、俺が知ってる奴らとは別人みたいや」
「それがニックの視点なんだよ。奴は才能がある。人の内面をさらけ出せるんだ。精神科医と一緒だよ」
「すげー」
「今回は買わなくて済みそうだな」
アランが笑った。
「うん、マーティンもポーズが上手になってるわ」
ダニーは感心した。
二人は、ギャラリーを出て、イースト・ヴィレッジのブラッセリーで食事をした。
簡単にスープとメインの魚料理にパンで済ませた。
「なぁ、お前、この頃、残業が続いてるけど、大丈夫か?」
アランが尋ねる。
「え?大丈夫や、残業いうても、いつも現場に出てるわけやないし・・・」
「それならいいんだが。それにしても、バーニーズのジョージの写真には驚いたな。
あいつ、マーティンに頼んだんだろうか?」
「そやないの?マーティン、スーツ何着も買ってたから」
「あれならプロのモデルで稼げるだろう。驚いたよ」
「ほんまやね、俺も驚いた」
ダニーの心臓はばくばくいった。
とにかく、マーティンにしてもケンにしても、ジョージも驚くほど大胆に自分をさらしている。
ダニーはそれを引き出せるニックの才能が羨ましくなった。
食事が終わり、2人はジャガーで家に戻った。
ダニーはなぜだかふさぎこんでしまった。
「ハニー、どうした?」
「何か、疲れたわ、俺」
「じゃあ、先にバスに入って寝るといい。僕は原稿書きがあるから」
アランはメガネをかけて書斎に行ってしまった。
ダニーは、自分の知っている3人に仲間はずれにされた気がして、妙に寂しくなったのだ。
バブルバスで、身体を洗いながら、俺もモデルになれないかなと痩せた体にスポンジを這わせながら思った。
ダニーは目覚まし時計のアラームで目が覚めた。
裸のまま寝たはずなのにパジャマを着ている。一番上までボタンが留められているのが窮屈だ。
―こいつが着せてくれたんやな
くくっと笑いながらボタンを一つ外し、マーティンのおでこにキスした。
「おはよう、ボン」
「ん・・・おはよう」
マーティンはもぞもぞ起き上がると眠そうに目を擦った。眠そうにぼーっとしている。
ダニーは背中から抱きしめると首筋にキスした。青ざめてぷっくりしたほっぺが幼い。
このあどけなさがたまらなく愛おしい。耳元でそういうと、マーティンは寝起きにもかかわらず耳まで赤くなった。
もう少しこのままでいたかったが、二人とも寝癖で髪がくしゃくしゃだ。
ダニーは甘えるマーティンの手を引いてバスルームへ連れていった。
オフィスで朝食のベーグルをかじっている間も、マーティンはまとわりついてくる。
今朝のことがよほどうれしかったらしい。
「ちょっと!今のダニィって何よ?」
出勤してきたサマンサが聞きつけて、マーティンを見て眉をひそめた。
「えっ・・そ、その、これはさ、なんていうか、えーっと」
―あかん、やばいっ!
「いや、こいつな、なんか知らんけどさっきからオレの彼女の真似してんねん。朝から嫌がらせすんなっちゅーねん!」
ダニーはマーティンが説明しようとしたのを遮るように答えた。
「ふうん、ダニーは彼女にダニィなんて呼ばれてるんだ?ダニィねぇ・・・」
薄笑いを浮かべたサマンサの視線が痛い。嫉妬半分てとこだ。
「もうええやろ、仕事仕事!」
「はいはい、ダニィ〜」
サマンサはげらげら笑いながらマグカップを持っていってしまった。
「あほ!」
「・・・ごめん」
マーティンはしゅんとして自分の席に着いた。
ダニーは仕事中も素っ気なかった。それがフリだとわかっていても寂しい。
昼休みにダニーとランチに行こうとしたら、今日は別行動のほうがいいからとさっさとどこかへ消えてしまった。
オフィスでの軽率な態度を反省しながら窓辺に佇んでいると、おいと声をかけられ、振り返るとボスが立っていた。
「どうした、昼メシに行かないのか?」
「あ、いえ、後で行きます」
「早く行かないと食いっぱぐれるぞ」
ボスはマーティンの肩をぽんとたたいた。どことなく元気がないのが気になる。
「タイガー・ウッズの限定生産アイアンセットを買ったんだ。今度試すんだが、お前も一緒にどうだ?」
「本当?あれは1004セットしかないのに。いいな、僕も欲しいな」
「そうだろ、ナイキストアの店員に頼んで手に入れた。お前にも貸してやる。とにかくメシに行って来い」
「はい」
ぼんやり歩いていくマーティンの尻に視線をやりながら、ボスはフリスクを噛み砕いた。
―いいケツだ、最近あいつと寝てないな
ふと手元のフリスクケースを見てにんまりする。
「おい、マーティン!」
不思議そうに振り返ったマーティンを呼び戻してトイレに入った。
「ボス、なんですか?」
「ああ、ちょっとな」
ボスはそう言いながらトイレの個室に誰かいないか慎重に調べ、身障者用トイレにマーティンを連れ込んだ。
「よし、パンツを下ろして壁に手をつけ」
「えっ!」
「早くしろ」
マーティンは渋々パンツを下ろした。ボスの手がアナルに触れて体が強張る。
すぐに手が離れて安心したのもつかの間、手が離れたのに中が熱くてジンジンする。
「どうだ?」
「んっ、何?なんか中が熱いよ・・・」
「フリスクをいくつか入れてみた。何もしてないのに前も感じてるじゃないか。いやらしいな、お前は」
ボスにペニスをねちっこく扱かれて呻いてしまい、慌てて声を押し殺す。
「何だ、私がほしいのか?そうかそうか、いい子だ」
ボスはジッパーを下ろすとマーティンに咥えさせた。すでに涙目だ。
嫌がりながらせわしなくフェラチオするのを見ていると、嗜虐心がそそられて興奮してしまう。
いつもより硬くなったペニスに満足しながら内ポケットからコンドームを取り出した。
マーティンがぎょっとして目を見開いた。何度も嫌々をするように首を振っている。
「大丈夫だ、ジェルがたっぷりついてるタイプだから。じっとしてろ、すぐに終わる」
マーティンが声を立てないように口を押さえ、ボスは背後から挿入した。
腰をがっちり掴んで前立腺を嬲るように動き、マーティンと自分の性感を高める。
途中で動くのをやめると、マーティンが自分から腰を擦りつけてきた。
自分が仕向けたとはいえ、その動きはとても淫らだ。
ボスはペニスに手を回して上下に扱きたてた。その度にアナルがひくついてたまらない。
口を押さえている手にマーティンの息が漏れる。感じているせいか、足もがくがくだ。
暴れそうになるのを押さえつけながら腰を振ると、マーティンが突然果てた。
アナルがぐぐっと何度も収縮し、ボスも我慢できずに射精した。
「さあ、メシに行こうか」
「ええっ、そんな無理だよ。だって、このままじゃ・・・」
「黙って早くしろ!」
ボスはぴしゃっと言うと身支度を済ませ、先に身障者用トイレから出て行った。じゃーじゃー手を洗っている音が聞こえてくる。
マーティンは壁に飛び散った精液を拭きとってトイレに流しながら途方に暮れた。
ダニーは、うつうつと眠れぬ夜を過ごした。
翌日、出勤したマーティンに声をかける。
「なぁ、今日さ、夕飯食わへんか?」
マーティンが笑い出した。
「何、朝から夕飯の話?ダニーって面白いね、いいよ、どっか場所探しとくね」
「あぁ、よろしく」
二人はそれぞれ席についた。
ダニーの頭の中には、ギャラリーで見たマーティンの写真がちらつく。
あんなあいつ、俺、見たことない。
マーティンを見ると、ファイルから書類を落として、サマンサに怒られていた。
やっぱ、いつものあいつやねんけどなぁ。何で写真だとああなんやろ。
ダニーは気分転換にコーヒーを取りに行った。
仕事が定時に終わり、二人は1階のロビーで待ち合わせた。
「どこ行く?」
「ソーホー」
マーティンはすでに決めているようだった。
タクシーでソーホーに着くと、カフェ・ハバナの前だった。
「え、お前、ここ知ってんの?」
「ダニーが元気なさそうだったからさ」
二人で降りて店の中に入る。
キューバン・ミュージックが流れる陽気な店内だ。
空いているテーブルに陣取り、ハイネケンで乾杯した。
黒いご飯がいっぱいつまったチキンブリトー、豚肉ローストと炊き込みご飯、タコスサラダを頼む。
「俺、元気なさそうだった?」
「うん、いつもと違ってたもん、僕にはわかるんだ」
マーティンが自信ありげに言った。
「さよか」
「どうしたの?」
「ホロウェイの個展、見に行ってん」
「へぇ、どうだった?」
「すごいで、前の人の数倍集まってたわ、あ、お前の「天使」が初日で売れてたで」
「え、本当?」
マーティンは嬉しそうな顔をした。
「やっぱり、自分の写真が売れると嬉しいか?」
「うん、何だか自分の子供が巣立っていくような感じ。あんなに一生懸命撮影したんだもん」
「なぁ、お前の撮影の時って、ホロウェイ、どんな感じ?」
「どんな感じって、カメラ覗いて、ポーズの指示してシャッター切ってるって感じ」
「言葉で褒めたりせいへんの?」
「あぁ、それもあるかな。でもほとんど無言だよ」
ダニーは、ニックとマーティンの関係にめちゃくちゃに嫉妬した。
言葉もなくあんな写真が撮れるなんて!
「お前まで、プロのモデルになるなんて言わんといてな」
「ダニーのばか、僕はFBIで満足してるんだから、そんな事あるわけないでしょ」
ブリトーをかじりながら、マーティンは真顔で怒った。
「でも、今回は、ジョージの写真見たから、僕、がんばっちゃったかもしれない」
「うん?」
「だって、すごい迫力だったじゃない?あれ見たら、競争心が湧いちゃってさ」
「へぇ、お前にも競争心なんてもんあったんや」
「そりゃ、あるよ」
「ケンは?」
「あいつはもう終わった話でしょ?ジョージは気になるよ」
「あいつは、ホロウェイとは寝たりせいへんと思うけどな」
「そうだといいけどさ」
二人はビールをお代わりし、食事を食べ終わって、店を出た。
「今日、家に寄らない?」
時計を見るとまだ9時台だ。
「そやね」
「わぁい!」
二人はタクシーでマーティンの家に行く。
着くやいなや、ダニーに吸い付くようにキスを始めるマーティン。
「おい、おい」
「だって、時間がもったいないじゃん」
服を脱がせあいながら、二人はベッドルームへ入った。
サイドテーブルに蛇ローションが4本も置いてある。
「お前、これ・・」
「あ、全部買ってみたんだ」
しゃーしゃーと言うマーティン。
ダニーはすぐに手足を押さえつけられ、マーティンにキスされた。
マーティンの顔がだんだん下に下がり、先走りの液でぬれているペニスにたどり着く。
一気に根元まで口に入れられ、ダニーはため息をついた。
「あぁ、気持ちいい、お前のって最高やな」
マーティンはローションの一つを手にとって塗り始めた。
マンゴーの濃密な香りがする。
「これ、おいしいんだよ」
マーティンはまたダニーのペニスを咥え、亀頭から根元まで順番にキスを繰り返した。
「あぁ、俺、このまま出そうや」
「だめ!僕の中に来て!」
マーティンは紫色のローションを自分に塗りこみ、同じものをダニーのペニスに塗布した。
「何や、すげー熱いで」
「僕もだよ、早く来て」
ダニーはマーティンを後ろ向きにして腰を進めた。
「うわーすごいええわ。お前ん中が動いてる」
「僕、もう出そうだよ、ダニー早く動いて!」
ダニーは急いで腰を動かし始めた。
本当はもっとじっとしていたかったのに。
「は、ふぅっ、あ、もうだめや、出る」
「僕も出ちゃう」
二人して身体を震わせ射精した。
マーティンの背中にへばりつくダニー。
天使の背中や。
「お前、こんなんはまってると、やばいんちゃう?」
「そうかな、気持ちいいじゃん、ダニーの事思いながらすることもあるよ」
マーティンは照れくさそうに言った。
「ごめんな、いつも一緒にいられんと」
「もうわかってるからさ、少し寝ようよ」
マーティンに促され、ダニーは目を閉じた。
ダニーがクリニックへ行くと、ジェニファーではない女が受付にいた。
ジェニファーが解雇されたのかと思い、思わず受付に詰め寄る。
「あの、ドクター・バートンは?」
「ただいま休診中です」
素っ気ない女だ。ダニーは女の制止を振り切って、診察室に向かった。
「ちょっ、ちょっと困ります!あなた何なんですか!」
「トロイ!」
「何だよ、テイラーか。ノックぐらいしろよ。あ、キャシー、こいつはいいから戻ってろ」
スチュワートは受付の女に告げて、食べかけのチャイニーズカートンをデスクに置いた。
「お前も食べるか?」
「そんなもん、どうでもええねん!ジェニファーは?お前ほんまに辞めさせたんか!」
ダニーはつかつかとデスクに近づいた。
「ジェニファーには推薦状を書いた。あいつならどこでもやっていけるさ」
スチュワートは事もなげに言うと春巻きをかじった。春巻きのざくっという音に無性に腹が立つ。
「オレの前でようそんな平気な顔してられるな、どういう神経してんねん!」
「大きな声出すなよ。ウソなんだから」
「えっ、ウソ?!!」
「そうさ、ジェニファーは風邪で休んでるだけさ」
「風邪・・・」
「あはは、バカなヤツ。完全に信じてやんの」
スチュワートはダニーを見て可笑しそうに笑った。
ダニーは力が抜けてへなへなとイスに座り込んだ。安堵と共に、どっと疲れを感じる。
「あー、よかった・・・」
「勘違いするな、オレはお前らのことを認めたわけじゃない」
「ああ、うん、わかってる。わかってるで」
「ま、いずれ辞めてもらうことになるかもしれないがな。ほら、食べるだろ」
スチュワートは手をつけていないチャイニーズカートンを渡してくれた。
「・・サンキュ」
ダニーはもごもご礼を言いながら、差し出された箸を割って上海焼きそばを口に入れた。
「お前って単純だよな。でも、そこがお前らしいっていうかさ、お前なんだよな」
スチュワートがダニーをまじまじと見つめながら言った。
緑の瞳にあんまり見つめられると恥ずかしくなる。
「何やそれ、思いっきり意味不明や。わけわからん」
「照れるなよ、テイラー」
二人は顔を見合わせてくすくす笑うと、久々にキスをした。
ダニーがランチを終えてオフィスに戻ると、マーティンの姿がなかった。
サマンサがデスクで熱心に雑誌をチェックしているだけだ。
あいつ、どこに行きよったんやと思いながら廊下を眺める。
「なあ、マーティン知らん?」
「さあ?ダニィの彼女にちょっかいでもかけてるんじゃないの?」
サマンサは可笑しそうにくすくす笑った。
「なんでやねん!それにダニィって呼ぶな!」
「冗談よ、そんなに怒らないで。ねえ、この靴どう思う?ジミー・チュウのなんだけど」
どうやらサマンサは真剣に意見を求めているらしい。
「いいんちゃう?」
「でしょ?決めた!帰りに買おうっと」
ダニーは適当に答えただけなのに、サマンサは大きく頷いて決めてしまった。
昼休みが終わるぎりぎりに、マーティンが息せき切って戻ってきた。
ぜーぜー言いながら自分の席に着く。
「遅かったな」
「あ、うん。店が混んでてさ、遅くなっちゃった」
マーティンはそう言うと黙々と仕事にとりかかっている。
ダニーは、なんとなくマーティンがよそよそしいのが気になる。
遠慮がちな態度はさっきランチを断ったせいかもしれないと思いながら、自分も仕事に戻った。
「ただいま!」
ダニーは久しぶりに定時に家に戻った。が照明が真っ暗だ。
「アラン、いいひんの?」
ダニーはとりあえず部屋着に着替えて、キッチンに向かった。
夕飯の用意も何もない。携帯を鳴らすが電源が切れていた。
ふと冷蔵庫を見るとポストイットが貼ってあった。
「ちょっと所用で出てくる。A」
よかった!事件じゃないんや。
ダニーは安心すると、トマトと玉ねぎとベーコンを取り出し、アマトリチャーナソースを作り始めた。
ルッコラとクレソンとマッシュルームのサラダも作った。
1時間待ってもアランは帰ってこない。
ダニーは、仕方なく、一人前のパスタを茹でて、夕飯を済ませた。
ギターを爪弾いてみるが、なんとも音色が寂しい気がして、ピアノに切り替えた。
2、3曲弾いたら、もう飽きてしまい、ドートリーのデビューCDをリピートでかけながら、ソファーに寝転がった。
ブルー・バーのカウンターで、アランはスコッチ・ウィスキーをストレートであおっていた。
エリックが出したカマンベールチーズと小エビのフリッターのピンチョスにも、全く手をつけていない。
「よう、待たせてすまない」
やって来たのはトムだった。
「こっちこそ、忙しいのに呼び出してすまないな」
「他の誰でもないお前の呼び出しだ、来ないわけにはいくもんか。俺にも同じもの」
エリックは小さくうなずいて奥に引っ込んだ。
「何だ、つまみも食わずにあおり酒かよ。あれか?事件のトラウマか?」
「いや、違う。でも心が痛いんだよ」
アランが皮肉っぽく笑った。
「おいおい、これが俺の知ってるアラン・ショアかよ。一体何があったんだよ!」
「ダニーだ」
「あいつがどうした?あいつがトラウマか?出来なくなったか?」
「違うんだ、最近、やたらと残業が多いんだよ」
「はぁ?」
トムが思いがけない言葉に驚いた顔をした。
「そりゃ、FBIだから残業位多いだろうよ」
「前はそんなでもなかったんだ。だがこの2ヶ月、本当に多いんだ」
「それじゃ、何か?浮気でも疑ってるのか?」
「そう考えざるを得ないだろう。僕とは一回り年も違うし・・・」
「そんな弱気なアランを俺は知らんぞ、ばかだな、考えすぎだろうが。といっても精神分析医に考えすぎるなって言っても無理だがな」
アランはまたスコッチをおかわりした。
「なあ、まっすぐに詰め寄ったらどうだ、ダニーにさ」
「そんなことプライドが許さない」
「今度は誇り高きアランのお出ましか。お前も複雑な性格してるよな。
でも、バーでスコッチあおる位なら、話し合えよ」
「・・・」
アランはグラスを一気飲みした。
「やっぱり12歳離れていると、考えるよな。あいつ、最近、ヘンなローション買ってきて、使いたがるし」
「のろけ話なら聞きたくないぞ」
「とにかく不安で夜もよく眠れない」
「あーあ、精神分析医がこれじゃ世も末だよな。睡眠薬処方してやろうか?」
「うんと強いのにしてくれ」
「はいはい」
アランはさらにおかわりを繰り返した。
だんだん、目がすわってきた。
「そろそろ出ようぜ、お前、やばいわ」
「まだまだいけるぞ、大丈夫だ・・・」
そう言うと、アランはぱたんとカウンターにつっぷした。
「こちらのお客様、時々お見かけしますけど、こんなご様子、初めてですね」
エリックが近寄ってきた。
「タクシー乗り場までご一緒します」
「ありがと、チェックしてくれ」
「はい」
トムはチェックを済ませると、エリックと両側からアランの身体を支え、タクシーに乗り込んだ。
トムはエリックに10ドル札を渡すと、「助かったよ」と礼を言った。
ガチャガチャ、鍵の開く音で、ダニーは目が覚めた。
いつのまにか眠っていたらしい。
「アラン!遅かったやん!」
ホールを走っていくと、トムがぐったりしたアランをかかえてドアを開けているところだった。
「トム!アラン、どないしたん?具合でも悪なったん?」
「ああ、そうだよ、極めて具合が悪いぞ」
トムは怒っているようだった。
ダニーにはさっぱり状況が飲み込めない。
「ほら、手伝え。重くてたまらない」
ダニーも片側からアランを支えて、とりあえずベッドに寝かした。
トムがサイドテーブルに置いてあるローションの瓶に一瞥をくれた。
「水をくれないか」
「わかった」
ダニーがコントレックスを渡すと、トムがぐびぐび飲んだ。
「なぁ、アラン、すげー酒臭いけど、どないしたん?」
「不眠で何も食べずにスコッチをがぶ飲みだ。誰でもへばるさ。なぁ、お前、浮気してんのか?」
急にトムに尋ねられ、ダニーは身体が飛び上がった。
「なんで、そんな事聞くねん。そんなわけないやろ!」
「本当だろうな」
トムの目がきつい。
「本当や」
「あのプライドの高いアランがだぞ、お前が浮気してるんじゃないかって、俺に泣きついてきたんだぜ、よく考えてみろ」
「え?そうなん?」
「お前には絶対に聞けないっていうから、俺が聞いてやる。本当に浮気していないんだな」
「してへんてば!」
「嘘だとばれてみろ、俺はお前を殺すぞ、いいか、アランを不幸にしてみろ。本当に殺すぞ」
「わかった・・・」
「それじゃ、アランの世話を頼む。とりあえず、着替えさせて、寝かしとけ。
そのうち、目を覚ますだろうから、水にアルカセルツァーだ。いいな。
あと腹が減ってるだろうから、なんか食わせろ」
「わかった」
それしか言えないダニーだった。
トムは帰っていった。
ダニーはトムがまだ本気でアランを愛しているのを知った。
それなのに俺ときたら、調子にのって、マーティンはともかくジョージと遊び歩いてた。
何て罰当たりなんやろか。
ダニーは、アランのそばへ行き、洋服を脱がせて、パジャマを着せた。
「うぅぅん」
アランがうなる。
「アラン、何?」
「ダニー、愛してる」
寝言だ。ダニーは涙が出そうになった。
アラン、ごめん、許して欲しい。ダニーは神様にもお祈りをした。
ダニーは、急に残業がゼロになるのも不自然だと思い、ブルー・バーで時間をつぶしてから帰るようになった。
あれ以来、ジョージとは会っていない。
マーティンとの夕飯には付き合うが、定時で帰る日も組み込むようにした。
「最近、よくお見えですね。悩み事でも?」
エリックが話しかける。
「あぁ、人生いろいろあるわな」
ダニーはモヒートを飲みながら、皮肉っぽく笑った。
「それじゃ、帰るわ、ご馳走さん」
チェックを済ませて、タクシーに乗る。
こんな事を繰り返す自分が大ばか者のようで、ダニーは情けなかった。
「ただいま!」
「おかえり、ダニー。今日は早かったな」
「うん、仕事が大分片付いてきたで。もっと早く帰れるようになるわ」
「そうか、それは嬉しいな」
「今日のディナーは何?」
「チキンのクリーム煮込みとガーリックトーストにトーフサラダだ」
「うまそう!」
「早く、着替てきなさい」
「うん」
二人のディナーが始まる。
仕事場の他愛のない噂話や、おかしな患者の話で盛り上がる。
ワインを1本空けて、ディナーを終え、後片付けを済ませると、
ダニーは読書、アランは来月の学会のスピーチ用原稿を書きに書斎にこもった。
ダニーがGQを読んでいると携帯が鳴った。
ジョージだ。急いでベランダに出て話をする。
「ジョージ、どうした?」
「あのね、ビル・トレバーの書類審査が通ったから、お知らせしようと思って」
「そりゃ、よかったやん!次は何や?」
「実際のランナウェーを歩くオーディションだよ、
ねぇ、ダニー、お願いがあるんだけど、前日に僕に会ってくれませんか?僕、不安なんだ」
「え?」ダニーは困ったなと思ったが、「わかったわ、行くわ」と答えた。
「今週の土曜日なんだけど、大丈夫?」
「了解、それじゃな」
ベランダから戻ると、キッチンに水を取りに来たアランとかち合った。
「何だ、電話なら中ですればいいのに、寒かっただろう」
「アランの邪魔しちゃ悪い思うてな。またサマンサが大トラになって電話してきたんや。
酒癖悪い女は最悪やな」
「サマンサも鬱積したものがあるんだろうなぁ、マローン捜査官はどうしてる?」
「別れるとか言って、サマンサをめちゃ参らせてるわ。あのおっさん、あれじゃあかんで」
ダニーは話をすりかえて、ソファーに座った。
「もう少ししたら、風呂入れるけど、一緒に入らへん?」
「いいなぁ、久しぶりだ」
「じゃあ、アランの好きなベルガモットにするわ」
「ありがとう」
ダニーはバスタブにお湯を張った。
ヘンリー・ベンデルのベルガモットオイルとバスジェルを入れる。
泡を立てながら、土曜日の外出の言い訳を考えていた。
そや、サマンサを励ますディナーにしよ。
ダニーは、お湯を止め、バスルームから出た。
土曜日になり、夕方からダニーはジョージのアパートに出かけた。
「ダニー!」
ジョージに力強くハグされる。
「苦しい・・」
「ごめん、会えなかったから、すごく嬉しいんだ」
「ごめんな」
「でも、今日会えた!」
「明日、着る服は決めたんか?」
「うん、ホロウェイさんが個展のモデル代で5000ドルくれたんだよ。
だからね、それで、グッチのTシャツとパンツを買ったんだ。
一番、身体の線が出るでしょう?」
「お前なら似合うやろな」
「ダニーだってグッチはぴったりだよ。マーティンは残念ながら似合いそうもないよね」
くくくっとジョージが笑った。
「さて、今日は何食う?」
「明日があるからあんまり沢山食べられないよ、僕」
「そやな、そんなら、ええとこあるわ」
ダニーは、スパイス・マーケットに連れて行った。
店の中央にある仏像にジョージが驚いている。
「アジアの国に来たみたい」
「腹にたまらんけど、美味いで」
「楽しみだな」
ダニーは、ヤムウンセンとトムヤンクムと空芯菜のオイスター炒めにソフトシェルクラブのカレー炒めを頼んだ。
「ビールは飲んでええの?」
「少しなら」
二人はシンハービールで乾杯した。
「明日の成功のために!」
ジョージが照れくさそうに笑う。
ジョージはどの料理も喜んで食べた。
「僕が知ってるデリバリーの店と大違いだ」
食べ終わり、アパートに戻る。
ソファーに座って、明日の事を考えているうち、どちらからともなくキスをはじめてしまった。
「ダニー、ベッドに行っていい?」
「もちろんや」
二人は服を脱ぎながら、ベッドルームに入った。
「今日は僕が入れてもいい?」
「ああ、ええで」
キスを交わしながら、お互いのトランクスを脱がせる。
ジョージのペニスが引っかかって、なかなか脱げない。
ジョージは恥ずかしそうに、ペニスを上に出した。
ミントのローションをダニーの中に塗りこむジョージの手つきがいやらしい。
「あぁ、お前、エッチな」
「ダニーの方がエッチだよ。中が動いてるもん」
ジョージは自分のペニスにもローションを塗った。
「痛かったら言ってね」
「ああ」
ジョージが腰を入れた。
最初は緩やかだが、どんどん奥まで攻めてくる感覚が、今やダニーを虜にしていた。
「あぁ、上まで来てるで、ジョージ」
「僕もいい気持ち、動くね」
ジョージは優しく腰を動かした。
それだけでもダニーにはすごい衝撃だ。
「あ、あかんわ、俺、出てまう」
ダニーはジョージの腹に射精した。
身体ががくがく震えている。
その振動を受けて、ジョージも「あぁ!」と嘆くと射精した。
どくどくダニーの中に暖かいものが流れ入る。
二人はふぅとため息をつくと、隣あって寝転がった。
ダニーがジョージの頬にキスをする。
「何?」ジョージが尋ねる。
「お前ってやっぱすごいわ」
「相手がダニーだからだよ、さ、シャワーをどうぞ」
ジョージはダニーを促した。
いつも通り、歯ブラシとバスタオルが置いてある。
入れ違いにジョージが入ってくる。
見れば見るほど、ほれぼれする肉体美だ。
ダニーは明日は絶対にうまくいくと確信していた。
脱ぎ散らかした洋服を身につけると、ダニーは時計を見た。
やばっ帰らないと。
「ジョージ、ごめんな、俺、帰るわ。明日は絶対にうまくいくで」
バスルームの中から「ありがとー、ダニー」という声が聞こえてきた。
バスタオルを巻いたジョージが出てきた。
ダニーはジョージを抱き締め、キスをすると、急いでアパートを出て、マスタングに乗り込んだ。
ダニーは帰りに買いものをしてからアパートへ帰った。
自分の夕食はそっちのけで、ジェニファーを思いながらチキンスープに取り掛かった。
根菜をたっぷりと入れ、丁寧に灰汁をすくいながらことこと炊く。
できあがると思わずため息がでた。こんなものを作ってどうしようというのだ。何の意味もない。
不倫の虚しさを実感しながらスープを飲んだ。自分のバカさ加減に呆れる。
携帯をいじるうちに、ジェニファーに電話したくなった。
時計を見ると、とっくに18時を過ぎている。
ルール違反はわかっていた。それでも散々迷った末、声だけ聞くつもりでボタンを押した。
何度もコールしているのに、ジェニファーはなかなか電話に出ない。諦めて切ろうとしたら誰かが出た。
「・・はい」
ガラガラのひどい声だ。一瞬、番号を押し間違えたのかと思った。
「ジェン?」
「ダニーね。ごめんなさい、きたない声でしょう」
「いや、そんなんええよ。風邪引いたんやろ、大丈夫なん?」
「少し熱があるけど平気よ。すぐによ・・」
話している途中でジェニファーがいきなり咳き込んだ。苦しそうな息遣いが聞こえる。
「ごめんね、もう大丈夫だから」
「食べるもんあるん?オレ、ジェンにチキンスープ作ったんやけど・・・」
ダニーはだめ元で言ってみた。食べてくれることなんて最初から期待していない。
「本当?ダニーのスープ飲みたいな」
ダニーはうれしくて息を呑んだ。その言葉だけで十分だ。
「持っていったらやばいかな?スープだけ渡したいんやけど」
「え、あ、ダニーがうちに来るの?」
ジェニファーは少し考え込んでいたが、やがてストリートアドレスを言った。今日は夫の帰りが遅いのだとも。
「わかった、すぐに行くから待っててな!」
ダニーは携帯をポケットに突っ込むと、チキンスープの鍋をカゴに入れてアパートを飛び出した。
たどり着いたトライベッカの高層アパートは瀟洒な建物で、ダニーは外壁を見上げながら通りに佇んでいた。
このアパートをマーティンが見たら喜ぶに違いない。こんなところで鍋を抱えて立っている自分が滑稽に思えた。
思い切ってインターフォンを押すとジェニファーが出た。すぐにエントランスが開く。
これからジェニファーと夫が暮らす部屋を訪ねるのだと思うと、心臓発作を起こしそうなぐらい胸がドキドキする。
45階で降りてきょろきょろしながら歩き出すと、一番奥のドアが半分開いていて、ガウン姿のジェニファーが待っていた。
しーっと人差し指で唇を押さえながら、静かに部屋に招き入れてくれる。
二人はドアを閉めると抱き合った。自然とキスを交わす。
「ごめんね、ご近所に見られちゃうから。迷わなかった?」
ジェニファーはすまなさそうに言うとまたコンコン咳き込んだ。
ダニーはガウンの隙間から見え隠れするパジャマから目をそらした。見てはいけないもののようで気恥ずかしい。
「いや、仕事で慣れてるからすぐにわかった。あ、これ、時間がなかったから鍋ごとなんやけど」
「ありがとう」
ジェニファーは鍋を受け取ろうとしてふらっとよろめいた。ダニーが慌てて体を支える。
「大丈夫か?ジェンの体、めっちゃ熱いで」
「平気よ、このぐらい何でもないわ」
「あかんて!熱があるんやから!オレが運ぶわ」
ダニーはきっぱりと言い切った。
リビングに行くと、大きなソファがまず目に入った。シンプルなのに居心地の良さそうな室内だ。
ここでいつも夫と抱き合ったりするのだと思うと嫉妬でどうにかなりそうだ。意識して邪な考えを打ち消す。
壁際のシェルフに飾られている夫婦の写真を見ないようにしながら、スープの入った鍋をテーブルに置いた。
「眠り姫さま、どうぞお召し上がりください」
ダニーは恭しく鍋のふたを取った。ジェニファーは楽しそうにふふっと笑うと鍋を覗き込んだ。
「わー、おいしそう。すごくいい匂い!でも、眠り姫って何のこと?」
「なんか知らんけどトロイが言うてた。温めなおしたるわ、キッチンどこ?」
「あ、こっちよ」
ダニーは鍋を持ってジェニファーのあとに続いた。
キッチンはすっきりと片付いていて、自分と一緒に買ったキッチングッズの数々が置かれているのがうれしい。
偶然クレート&バレルで会った日に初めてキスしたことを思い出してにんまりした。
あの日以来、自分の世界は一変してしまった。もう戻れない。
「ダニー?」
「あ、ごめんごめん。すぐに温めるから」
ダニーはスープを温めなおしてスープボウルに注いだ。
「さ、これ食べて寝とき。そや、オレが食べさせたろ。口、開けてみ」
「そんなのいいわよ。恥ずかしいし、ダニーに風邪がうつっちゃうもの」
「ええから!ほらほら、あーんして」
ジェニファーはおとなしく口を開けた。とってもおいしいと言うと、咽ないようにゆっくり飲み込んでいる。
ダニーは静かにスープを飲ませながら、自分がこの場所にいることに奇妙な興奮を感じていた。
ダニーは自分の腕の中で身をゆだねているジェニファーにそっとキスした。
不倫相手のベッドでこうして添い寝しているのが、自分でも信じられない。
抱きしめて髪にキスしていると玄関のほうで音がした気がした。
「今の何?」
「大変!ティムだわ!信じられない!」
「ええっ、ティムってダンナやろ?どうしよ!」
ダニーはこれ以上ないぐらいうろたえた。このままじゃ確実に修羅場が訪れる。それもほんの数秒以内にだ。
だが、それでもかまわないと思う自分もいる。来るなら来いという気もした。
わけのわからない感情に翻弄されていると、ジェニファーが急いでベッドの下に入るように言った。
ダニーがベッドの下に滑り込んだのとほぼ同時に、ジェニファーの夫が入ってきた。
床に這いつくばって息を潜めるダニーからはよく磨き上げられた靴しか見えない。
「ただいま。具合はどう?」
初めて聞く夫の声が聞こえてきて、思わず靴を睨みつけた。さっきまで幸せの絶頂だったのに、今や生き地獄だ。
「ええ、今朝よりはよくなったわ。それより今日は打ち合わせが入ってたんじゃなかった?」
「ああ、キャンセルしたんだ。君のことが気になってね。スープナチの店でスープを買ってきたよ」
「あなた、あの店は嫌いでしょ。いけすかないって言ってたじゃない」
「今でも嫌いだよ。でも、今回は緊急事態だからね。それにあのオヤジも近頃は店にいないし」
ベッドが少し軋んで男の靴が視界から消えた。こうしている間にも、上でキスしているのかもしれないと思うと腸が煮えくり返る。
しばらくしてジェニファーの夫はベッドルームから出て行った。こつこつと足音が遠ざかって微かに玄関のドアの閉まる音がした。
「ダニー、もう出てきても大丈夫よ」
ジェニファーに言われ、ダニーはベッドの下から這い出した。
「ごめんね、夫は買いものに行ったわ」
ダニーは返す言葉も見つからず、立ち尽くしたままうなだれた。さっきまでの幸福な高揚感はもうない。
穏やかに話しかける夫の声を聞いてしまったことで打ちひしがれていた。
ジェニファーは何度も謝りながら泣きそうな顔をしていた。こんな悲しい顔は見たくない。
ダニーは黙って首を振ると抱きしめた。それ以外にどうすることもできなかった。
月曜日がやってきた。
ダニーはジョージの審査結果が気になって仕方がなかったが、仕事に追われ、電話できずじまいでいた。
定時になり、マーティンがバーニーズで買い物がしたいと誘ってきた。
気もそぞろで了承しながら、ジョージの事が頭から離れなかった。
二人でバーニーズに行くと、いつもコンシェエルジェデスクにいるジョージがいない。
「ジョージは?」と尋ねると主任らしき中年の男が「本日はお休みを頂いております。代わりにポールがお手伝いします」と
白人の青年を紹介した。
マーティンが「ネクタイを2本ほど欲しいんだけど」と告げるとポールは
「スーツのお色は?」と聞いてきた。
「紺とグレーだけど」マーティンが答えると「ただいま」と行って、売り場に飛んでいった。
ここでコンシェルジェを勤めるのがどんなに大変かダニーは気になった。
ポールは5本のネクタイを持ってきて、マーティンに選ばせた。
「グレーのスーツは小豆色がお似合いです。紺にも合います。また紺にはグラデーションで明るい青色はいかがでしょう?」
マーティンは、小豆色2本と明るいブルーを1本買った。
ダニーは主任に「ジョージは病欠なんかな?」とさりげなく聞いた。
「はい、さようでございます。申し訳ございません」
ダニーは、マーティンがチェックを済ませている間、ジョージの携帯に電話を入れた。
「ジョージです」本人が出た。
「お前、何してんのや、今バーニーズにいるんやで」
「僕、とんでもなことしちゃって」
「何や?」
「恥ずかしくて言えないよ。ダニー、出来たら来て」
ガチャっと電話が切れた。
買い物が終わったマーティンに「俺、ジョージのアパートに行くけど、お前も来る?」と聞いた。
「え、具合悪いの?」
「何かそうらしい」
「じゃ、一緒に行くよ」
二人はバーニーズからマディソン街のジョージのアパートに直行した。
チャイムを数回鳴らす。
「はい」
「俺や、ダニー、開けてくれ」扉がやっと開く。
部屋に入ると、ビール缶に囲まれたジョージがソファーで転寝していた。
「おい、ジョージ、俺や、ダニーや」
「ううんん、ダニー、僕、転んじゃったよ」
「何やて」
「転んじゃったんだよ、だからオーディションはだめ。・・」
また眠りに入りるジョージ。
マーティンはただ驚いて、見守るだけだった。
「そんなことないで、俺がこれから、ビルに聞くからな、それから寝えよな」
ダニーはビル・トレバーの携帯に電話した。
「俺、ダニー、え?アランとこのダニーや。昨日のオーディションな、
ジョージ・オレソンはどないやった?転んだ奴や」
「ああ、あの子ね、素晴らしいから電話をかけてたのに全然でないのよ。
ダニーの知り合い?それなら伝えて頂戴。ビルがあなたを求めてるって。
今週金曜日にアトリエに来てって。」
「そうか。ありがとう」
「ジョージ、起きろ!ビルはお前をメインに使うって言うてるで。ほんまや。だから起き」
「え、嘘だよう。楽屋で仲良くなった黒人がいたのに、あいつ、僕がラナウェーを歩いていたら足を引っ掛けたんだ。ビルの前で。もう無理だよう」
「嘘やないって。お前メインでショー開くって、ビルのおっさん言うてるぞ、ほら立ち上がれ、飯食おう」
「本当?」
ジョージは目を開けるとマーティンがいるので、急に緊張した。
「すみません、醜態をさらして」
「いいんだよ。ビッグ・ママの店にでも行こうよ」
マーティンが提案した。
3人はロワー・マンハッタンのガンボの店に出かけた。
「おやまぁ、またこの3人かい!まぁいいわ、特等席にどうぞ」
ビッグ・ママは奥の席を用意してくれた。
「今日は何のお祝いだい?」
「よくわからないけど、僕の将来のためみたい」
ジョージが答えた。
ビッグ・ママはイタリアワインの極上の白を用意して持ってきた。
「さぁ、これで乾杯おし。私のジョージの船出だからね」
3人は乾杯した。
いい蛸のマリネとオイスター・ロックフェラーを摘みながら、ジョージを励ます。
「ビルがそう言うたんやから、大丈夫や」
「そうだよ、金曜日は自信をもっていけばいいよ」
「ありがと。二人とも。でも僕、ラナウェーで転ぶなんてあり得ないミス冒したんだよ」
「それでも、お前を使いたいってさ」
「ダニー、ありがとう」
「気にすんな」
「じゃあ、僕、金曜日にビル・トレバーのアトリエに行くよ」
「ああ、胸張っていけ」
マーティンは二人の間に、顧客とコンシェルジェ以上のものを感じ始めていたが、口にはしなかった。
ダニーがあの肉体と寝ていたら、僕、太刀打出来ないよ。
マーティンは敗北感に支配されていた。
ジェニファーのアパートを出たダニーは、自分の情けなさに嫌気が差した。
こんなところまでのこのこやって来て、一体何をやっているのだろう・・・
ジェニファーが既婚者だという事実をはっきりと思い知らされただけだ。
不甲斐なくて嫌になる。冷え切った車内で顔を覆いながらため息を吐いた。
今は家に帰りたくない。酒に逃げるよりも、今すぐ誰かに話を聞いてほしかった。
自分の不倫を知っているのは、スチュワートとヴィヴィアンしかいない。
結局のところ、このことを一番話したくないスチュワートしか話せる相手がいないのだ。
散々思い悩んで車を走らせながらグラマシーに向かった。
ドアを開けたスチュワートは、ぼんやりと突っ立っているダニーを怪訝そうに迎え入れた。
「どうしたんだ?具合でも悪いのか?」
「・・・別に」
ダニーは言われる前にうがいと手洗いをすませ、ソファに座った。
「なあ、目当てはセックスか?」
「ちゃうわ!」
「オレたち、昼間キスしたろ?それでオレの体が忘れられなくて来たのかと思った」
「あほか!そんなわけないやろ!」
ダニーは視線をはぐらかすと黙り込んだ。話したくて来たはずなのに言葉にならない。
「なんでジェニファーのこと眠り姫って呼ぶん?」
黙りこくった末、ようやく口をついて出たのはそんな些細なことだ。
「ああ、そのことか。そこにグリム童話があるんだけどさ、その中の眠り姫の挿絵に似てるんだ」
スチュワートは言いながら本棚の下の段を指差した。
ダニーは古ぼけたグリム童話の本を手に取った。色褪せの状態からして、かなり昔の本らしい。
消えかけていたが、子供の字で大きくエドワードとスチュワートとエミリーの名前が書いてあるのが読めた。
半信半疑で眠り姫のページを開くと、確かにジェニファーによく似た挿絵があった。
たおやかなドレスをまとった姿がさっきのジェニファーに重なる。
やりきれなさを抱えたまま本を閉じ、もとの場所にしまった。
「かなり似てるだろ?」
「ほんまや・・・」
ダニーはソファに戻ると無意識にまたため息をついた。
「何だよ、ついにジェニファーと別れる気になったのか?」
スチュワートはダニーの肩をそっと抱き寄せた。さりげない抱き方だったが、気遣いが感じられる。
肩に置かれた手のやさしさに、ダニーはぽつぽつとさっきの出来事を話し始めた。
非難されるとばかり思っていただけに、黙って聞いてもらえたことがありがたかった。
話すうちに、ほんの少し気持ちが落ち着いた気がした。
すべてを聞き終えた後、スチュワートはただ一言どうしてほしい?と言った。
問いかけられた質問の意図がわからずきょとんとする。
「もっともらしいことを言って説得されたいとか、やさしく慰められたいとか、いろいろあるだろ」
落ち着いた口調で言われ、ダニーは顔を上げた。まっすぐな目に見つめられている。
こういう風に見つめられることになれていないせいか、どうしても混乱してしまう。
マーティンのように素直になりたくてもなれない。
「いや、話聞いてくれただけで十分や。ありがとうな。そや、あの本くれ」
「だめだ」
スチュワートは頭を鷲づかみにすると、髪をくしゃくしゃにしてくる。
同じようにやり返していると、満たされない思いもわずかずつながら消えていった。
携帯が鳴り、不意に現実に引き戻された。着信表示はマーティンと出ている。
ダニーはマーティンからやと言いながら電話に出た。
「ダニィ、どこにいるの?」
「トロイんちやけど、もう帰るとこ。どうしたん?」
「ん、雪が降ってるよ」
「待って」
ダニーはブラインドを上げた。雪がはらはらと舞っているが、これならすぐに止むだろう。
「ねえ、スチューと飲んでたの?」
「いや、オレが飲みに行ったらあいつがだるそうにしてたから送っただけや」
ダニーはすぐ帰ると言って電話を切った。
「今のは貸しだからな、テイラー」
「おう」
ダニーは遠慮がちにがっしりした体に腕を回した。やや戸惑いながら抱きしめ返される。それがすごく心地よかった。
翌日、ダニーはすがすがしい思いで出勤した。
ジョージがいよいよビル・トレバーのショーに出るのだ。
わが事のように嬉しくて、気分がはずむ。
鼻歌まで飛び出して、サマンサの顰蹙を買った。
一方のマーティンは、ダニーとジョージの事が頭から離れない。
あの肉体がダニーを組み敷いて、貫いていたらと思うと、いてもたってもいられない思いだ。
意を決してダニーにメールを打った。
「うん?」
ダニーがPC画面に見入る。
かたかた返事を打っている音がする。
「捜査会議OK」
マーティンは、今日こそ真実を聞き出そうと決心した。
定時になり、1階のホールで待ち合わせる。
「どこ行く?」
「僕の家」
「そんなら、食いモン買わな。面倒やん。ジャクソン・ホールでバーガー食おうや」
ダニーに押し切られて、マーティンはすごすご後をついてタクシー乗り場に移動した。
ジャクソン・ホールでは、ダニーはサルサ・バーガーのアボカド入りを、
マーティンはチーズバーガーのダブルデッカーを頼んだ。
オニオンリングと山盛りポテトつきだ。
ビールでダニーが乾杯しようとすると、マーティンが先にぐいっと一口飲んだ。
「おい、乾杯せいへんの?」
「そんな気分じゃないんだ」
「何や、俺、何かお前にしたか?」
「ねぇ、ダニー、ジョージと寝てるんじゃない?」
ポテトにケチャップをつける手が止まった。
「何、言うてんねん。あいつとは友達やて何度も言うてるやんか」
「昨日、すごく親密だったよね。ジョージ、まるでお兄さんに甘えるようにダニーに話してたじゃん。
ダニーも目の色変えて、ビル・トレバーに電話するしさ。」
「酔っ払ってたからやろ、それに大舞台でこけて落ち込んでたんや。誰かに甘えたくなったんやろ」
「本当に信じていいんだよね」
「お前なぁ、しつこいで。お前には分からんやろけど、俺たち有色人種はな、
人一倍努力せいへんと上に上がれんのや。俺が、ジョージを応援してどこが悪い!」
ダニーも段々声が大きくなってきた。
「それじゃ、僕は白人だから仲間はずれってわけ?」
マーティンも負けてはいない。
「お前は元から俺とちゃうやん。俺はほとんどみなしごや。
お前はフィッツジェラルド家の大事な大事な息子やろ。
職場が一緒にならへんかったら、一生会わなかったで」
「そんな言い方ってひどいよ。僕だって、家を選んで生まれたわけじゃないのに」
マーティンの青い目に涙が浮かんだ。
しまった!言い過ぎや、俺。
ダニーはハンカチをポケットから出して、マーティンに渡した。
「泣くなや、俺、すごい悪人になった気分や」
実際、俺は悪人や。マーティンもアランも騙してる。
マーティンは少し落ち着いたのか、オニオンリングを口にした。
「食えそうか?」
「うん、逆にお腹が減ったよ」
そう言うと、ダブルデッカーにかぶりついた。
二人は、ビールをお代わりし、「仲直りの乾杯しよ」というダニーの声に、
マーティンがこくんと頷いた。
「じゃあ、さっきはすまん、乾杯!」
「乾杯・・」
料理を平らげ、ダニーはチェックを済ませた。
マーティンは、まだハンカチを目に当てている。
今日は一緒にアパートに帰ったろ。
ダニーは決めた。
タクシーにマーティンを乗せ、アッパーイーストサイドで一緒に降りる。
ドアマンのジョンに挨拶すると、ダニーは合鍵でアパートに入った。
マーティンはだまったままだ。
「なぁ、お願いやから、もう機嫌なおせや。俺、困るで」
「・・・・」
「ほんまにジョージとは何にもないんやから、な、俺を信じろ」
ダニーはソファーに座っているマーティンの隣りに腰掛け、顔を自分の方に向かせた。
言葉で言う代わりにキスを優しく何度も繰り返す。
マーティンが抱きついてきた。
「ねぇ、僕から離れていかないで、お願いだから」
「わかった、わかった。今日は、お前、疲れてそうやから、もう寝」
ダニーは、マーティンを立たせて、スーツを脱がせた。
ベッドルームに連れて行き、パジャマに着替えさせる。
マーティンは、静かにベッドに入り、ダニーに背を向けて横になった。
ダニーは添い寝しながら、背中をずっとさすっていた。
そのうち静かな寝息が聞こえてきた。
ダニーはそっとベッドから出ると、電気を消して、ベッドルームから出た。
マーティンもほおってはおけない自分をはっきり自覚した。
だがジョージへの気持ちも止まらない。
俺、どんどん自分を追い詰めてるかもしれへんな。
リビングの電気を消して、ダニーはマーティンのアパートを後にした。
ダニーは、仕事帰りにバーグドルフ・グッドマンに出かけた。
バレンタイン用のプレゼントを買うためだ。
さすがに、ジョージの手前、バーニーズ・ニューヨークで買い物するのは気が引けた。
久しぶりに来たバーグドルフ・グッドマンはバレンタイン・セールのせいか人でごったがえしていた。
入った途端に女性用の香水の香りにむっとする。
ダニーはすぐさま売り場から離れ、男性用売り場へと移った。
もう買うものは決めていた。カフス・ボタンだ。
「すみません、ちょっと」
店員を呼ぶ。
「はい、何をお探しで」
獲物が来たというような媚びた目つきがいやらしい店員だった。
「カフス・ボタンを2組欲しいねんけど」
「お色は?」
「ゴールドとシルバー、一つずつや」
「ただいま」
店員が持ってきたセットが気に入らない。
何度も持ってこさせるが、どれもダメだ。
ダニーはいらいらしてきて「なぁ、全部見せてくれへん?」と聞いた。
店員は自尊心を傷つけられような顔をしたが、しぶしぶ全商品を持ってきた。
ダニーは中から、丸いゴールドのセットと、スクウェアなシルバーのセットを選び出し、
「これ、ギフト用に包んでくれ」と言った。
「お二つともですね」
嫌味な言い方やな。
ダニーはジョージの行き届いた接客ぶりが懐かしく思えた。
「赤のリボンがゴールド、青のリボンがシルバーでございます」
「サンキュ、じゃあ、カードで」
勘定を済ませ、タクシーに乗り込んで、アッパーウェストサイドに戻った。
家に帰ると、トムが来ていた。
「あ、トム、こんばんは」
「おい、ダニー、品行方正にやってるか?」
トムは冗談半分本気半分でダニーに尋ねた。
「人聞き悪い。当たり前やん。仕事一筋や。じゃ、着替えてくるわ」
ダニーは、ウォーキングクローゼットの引き出しの中にカフスボタンを隠して、部屋着に着替えた。
「今日は、トムも一緒に食事だよ、ダニー」
アランが言った。
おそらく酔いつぶれた時のお礼のつもりだろう。
「わかった。3人で賑やかやん。手伝うことある?」
「ワイングラスを出してくれないか?あと、冷蔵庫からマリネを頼む」
「了解」
献立は鯛のマリネにドイツ風ポトフだった。
ソーセージの他にたっぷりの野菜と骨つきのすね肉が入っている。
会話は、アランとトムのインターン時代のおかしな患者特集や自分たちの失敗談に終始した。
二人とも心底楽しそうだ。辛口の白ワインが2本空いた。
「いやー、久々にお前の料理、美味かったよ」
「お前は料理はからっきしだめだからなぁ。また食べに来いよ」
「ダニー、アランがそう言ってるけど、お邪魔していいのかな?」
トムがまっすぐダニーを見つめた。
「も、もちろんや。いつでも大歓迎やで」
「ダニーのお許しも出たところで、帰るとするか」
「気をつけてな」
「ああ、お前も。無茶飲みはやめろよ」
「もう言うな」
二人はぎゅっとハグをした。ドキっとするダニー。
「ダニーがにらんでるぜ」
「にらんでへんてば!」
「ははは、冗談だよ。可愛い奴、それじゃな!」
トムは帰って行った。
アランがからかうように「何だ、妬けたかい?」と聞いた。
「もう、二人ともいい大人して、からかわんといて!」
ダニーはぷうっとして、料理の皿を片付け始めた。
「なぁ、14日だが早く帰ってこられるかな?」
アランが尋ねてきた。
「事件さえなければ、大丈夫や。今んとこ抱えてる事件ないしな」
「じゃあ、外食しようか?」
「うん、そやね!」
「予約しとくよ」
「うん」
ダニーは、これが自分の日常なのだと思った。
慣れすぎてしまって、鈍感になってしまった幸せ。
こんなによくしてもらっているのに、まだ心の中には他を求めてしまう自分がいる。
カフスを買って心の中で許しを請おうとしている自分がいる。
ダニーはぼうっと考えていた。
「どうした?飲みすぎか?」
アランが聞いてきた。
「ちゃう。俺、幸せやと思うてぼうっとしてしもうた」
「何、言ってるんだ」
アランは嬉しそうに笑った。
ダニーは、マーティンとの気まずい仲を修復しようと、ランチに誘った。
いつものカフェで、それとなく尋ねる。
「なぁ、まだ俺の事、怒ってるか?」
「え?なあに?」
「ほら、人種の事でお前と喧嘩したやん」
「まだ怒ってるって言ったら?」目が笑っている。
「今日は俺の奢りや」
「それじゃ、怒ってるから、オマール海老のパスタにする」
くくくっと笑うマーティン。ダニーも笑い出した。
「お前、すぐに一番高いの言うたな!」
「メニュー、熟知してるからね!」
よかった、もうわだかまりはなさそうや。
ダニーは安心した。
午後、事件が発生した。
アンソニー・ミルズ、16歳。
おとといから家に帰っていないという。
ミーティングが召集された。
ボスから指示がとぶ。
ダニーとマーティンは学校、ヴィヴとボスは両親、
サマンサは携帯の通話記録とATM調査だ。
「また高校生か。何だか多いね」
「家出したい年頃ちゃう?お前、家出したことある?」
「あるよ」
「へぇ、フィッツィーがなぁ」
「バカにしないでよ。自分がゲイだと分かった時だよ」
「いつ?」
「中学2年。タクシーで行けるところまで行こうと思ったら、ドライバーに怪しまれて、警察に連れて行かれちゃった」
「なんかマヌケな話やなぁ」
「いいじゃん、ほら高校に着いたよ」
担任教師と話し、仲が良かった3人の生徒から話を聞く。
一人が気になる事を口にした。
「バレンタインデーに彼女にあげるものが買えないって悩んでた」と。
「彼女にあげるものって何?」ダニーが尋ねる。
「そこまでは知らないよ」
ヴィヴからの連絡で、家から母親の宝石を盗んで出て行った模様と報告が入る。
「質屋やな」
ダニーは確信した。
サマンサに連絡して、携帯履歴を聞く。
彼女に8回かけていた。
彼女の話では、「絶対に欲しいものをあげるから」と何度も繰り返していたという。
「欲しいものって何?」
マーティンが尋ねる。
「ティファニーのオープンハートのペンダントだって。今の子ってませてるわね〜」
サマンサは呆れた。
質屋街から未成年の男が何軒も指輪を換金しようとして断られているとの通報がNYPD経由で入ってきた。
「マーティン、行くで」
「うん」
質屋街に着き、車を停める。
隅から当たっていこうとすると、ちょうど「出てけ、しつこいな!」と店から追い出された少年がいた。
アンソニーだ。
「おい、アンソニー!待て!」
アンソニーは逃げる。追いかける二人。
袋小路の路地でやっと追いついた。
「俺、何もしてないよ!」
「わかってる。ご両親が捜索願を出したんだよ」
マーティンが優しく言った。
「かあさん、許してくれてるの?」
「それは、これからの話や、さぁ、家に帰ろう」
二人はアンソニーを連れて、オフィスに戻った。
オフィスの廊下で待っていた両親と再会する。
「ばかね!お金ぐらい出してあげたのに」
母親が泣きながら抱き締めた。
「ごめんなさい。どうしてもティファニーが欲しかったんだよ・・・」
「一件落着やな」
「簡単でよかったね」
「お前、バレンタインにプレゼントしたことある?」
ダニーは興味本位で聞いた。
「あるよ」
「へぇ〜、誰に?」
「僕の初体験の相手にだよ」
「え、その話聞いたことないで」
「秘密だよ!」
マーティンは恥ずかしそうにふふっと笑って、デスクに戻っていった。
ボンの初体験の相手ってどんな奴やろ。
ダニーはにわかに気になってしまった。
今度、ベッドの中で聞き出そう。
蛇ローション使えば一発や。
ダニーもふふんと笑って、コーヒーを取りに行った。
バレンタイン・デー当日になった。
朝からサマンサがかりかりしている。
ダニーとマーティンは、そばに近寄らない事にした。
ランチにダニーはマーティンを誘った。
マーティンがいつものカフェの方向に歩いていこうとすると、ダニーが腕をつかんで止めた。
「今日は遠出しよ」
「何で?」
「何でもや」
二人はタクシーに乗り、「デルアミコ」に行った。昼で大盛況だ。
デルアミコも忙しくしているので、ダニーはこれ幸いと、小さな箱をポケットから出した。
「これ何?」
「今日のために買っといた」
「え、うそでしょ?」
「うそで目の前に出すか、あほ」
ダニーは照れて笑った。
「開けていい?」
「もちろんや」
マーティンは不器用そうにリボンとほどくと、ばりばりと豪快に包装紙を破った。箱を開ける。
「わぁ、カフスだ。ダニー、僕がカフスしてるの知ってたの?」
「もう何年一緒にいると思ってんのや、そんなんすぐに気がついたで。変わった奴って」
「カフスっておかしいかな?でも、すごく嬉しいよ。どうしよう、僕、何にも用意してないよ」
「ええやん、今日は男が女にプレゼントする日やから」
マーティンはテーブルの下でダニーのすねを蹴った。
「いて!」
「すごく綺麗なシルバー。僕、大切にするよ」
マーティンは大事そうに箱をなでると、急いでポケットにしまった。
二人はシーザーズサラダとパスタ2種類をシェアして、オフィスに戻った。
マーティンが時々ポケットの中に手を突っ込んでいるのが見える。
それだけ嬉しいのだ。
ダニーはプレゼントしてよかったと心から思った。
本来は贖罪の印だというのに。
昨日の報告書を書き上げる。
事件が単純だっただけに、報告書もシンプルで済んだ。
これで残業なしや。
ダニーは、アランとの約束の時間を気にしていた。
もう一回贖罪の儀式を行わなければならない。
定時になり、ダニーはばたばたデスクを片付けると、さっと飛び出そうとした。
するとボスから声がかかる。
「ダニー、オフィスへ」最悪や!
オフィスに入ると、ボスは椅子を勧めた。
遠慮がちに座る。
「私とサマンサの事を知っているそうだな。サマンサから聞いた」
「はぁ」
「チームの他のメンバーにだまっていてくれてありがとう」
「当然のことっすから」
「今日、サマンサにこれを渡そうと思う」
ボスは小さな箱を取り出した。
ふたを開けると、中には赤い石の指輪が入っていた。
「ルビーっすか?指輪ってすごいやないですか!」
「サムを散々泣かせた罪滅ぼしだ」
ここも贖罪や。
「これで許してくれる位の荒れ具合だったか?」
「朝からかりかりしてましたけど、これで帳消しちゃいますか?」
「そうか、引き止めて悪かったな。お前もデートだろう」
「ええ、まぁ」
「頑張れよ」
「はい」
ボスもええとこあんやん。
ダニーは走ってエレベータホールに向かった。
マーティンがじっとその姿を見ていた。
タクシーがいつもより混んでいる。
今日は、「ダニエルズ」。
キッシンジャー元国務長官やバーバラ・ウォルターズなども通う、シックなニューフレンチレストランだ。
レセプションでアランの名前を言うと、バーコーナーに案内された。
アランはすでに来ており、ドン・ペリニオンを飲んでいる。
「すまん、遅なってしもうて。ボスに呼び止められた」
「いいんだよ」
バーテンダーがすぐにシャンパングラスを前に出す。
「それじゃ、乾杯!」「乾杯!」
二人は見つめあいながら乾杯をした。
そうこうするうち、テーブルに通される。
TVで顔を見知った議員連中や俳優の姿もちらほら見える。
ダニーはもっといいスーツを着てくれば良かったと後悔した。
カフスの事で頭がいっぱいで、ワードローブまで気が回らなかったのだ。
アランがすでにコースを予約してくれていた。
良かったわ、こんな場所でメニューが分からなくて恥をかきたくない。
前菜はレモングラス、リーク、ウニをあしらったカキ、メインはポテトシェルで包んだすずきの赤ワインソース。
どれも食べた事のない新しい味のオンパレードだ。
デザートが供される。
ムース、ガトー、アイスクリーム、全てオールダークチョコレート。
ここのスペシャリティーだという。
ダニーはブランデーを飲んでいるアランの目の前に小さな箱を出した。
「何だい、それは?」
「ええから、開けてみて」
アランはするりとリボンをほどくと、綺麗に包装紙を開いて、ふたを開けた。
「カフス・リンクか!これは素敵だ。ダニー、最高だよ、ありがとう!」
アランはそっとダニーの手を握り、すぐに手を引っ込めた。
「このゴールドがな、アランのブロンドに似合う思うたから選んだんやけど、派手やったかな?」
「いや、嬉しいよ。今度の学会のシンポジウムにしていこう」
「え、スピーチやる日?」
「そうだよ、これにふさわしいスピーチを仕上げないとな」
アランはウィンクした。
喜んでくれた!
ダニーはほっとした。
ディナーを終え、二人は「ダニエルズ」を後にした。
タクシーで帰る間中、アランはダニーの手を握っていた。
ダニーはこれでええんやと思い、握り返した。
ダニーが帰り支度をしていると、サマンサに呼び止められた。
「何?」
「今日はバレンタインということをお忘れ?ダニィの大切な彼女にプレゼントは用意したの?」
サマンサは意地悪そうな笑顔を浮かべている。棘のある言い方だ。
「ああ、用意したで。今日はとびっきりロマンチックな夜を過ごすんや」
「ふ〜ん、さっすがダニィ!」
「その呼び方はやめてくれや、照れるやん」
「何よ、デレデレしちゃって!ねえマーティン、飲みに行きましょうよ」
「ごめんね、僕も予定があるから・・・」
サマンサはさらに気分を害したのか、ダニーの肩にパンチをして帰っていった。
「痛いなぁ、なんでオレがどつかれなあかんねん!」
「しょうがないよ、今夜一人なんて辛いじゃない。サムも花束とか欲しいんじゃないかな」
マーティンはもっともだと言わんばかりに神妙に納得している。
「お前、妙に理解あるやん」
「だって、僕らはロマンチックな夜を過ごすんでしょ?」
「へ?あんなん嘘や」
「ええっ、違うの?さっき言ってたから楽しみにしてたのに・・・」
「オレはそういうの嫌いやねん」
「・・・そう」
じとっと見上げられきまり悪い。とりあえず一緒に帰ろうと取り成し、支局を出た。
アパートへ帰ってピザを食べながら、適当にTVを見る。
普段と何ら変わらない夜だ。
ダニーはぴとっとくっつきながらTVを眺めるマーティンを盗み見た。
HOUSEの皮肉ににやにやくすくす笑っているのが可笑しい。
視線に気づいたのか、マーティンがふと顔を横に向けてくる。
「ん?」
「何やボン?」
ダニーはとぼけて知らん顔をしたが、肩に回した手に心持ち力を入れて引き寄せた。
マーティンのネクタイをほどいてボタンを外し、手をシャツの中に滑り込ませる。
乳首は瞬時に硬くなり、ダニーは手の中の突起を指でくり返し弄くった。
「ねえ、くすぐったいよ」
マーティンがシャツの上から手を押さえつけてくるが、気にせずに弄り続ける。
「本当にくすぐったいんだってば!話がわからなくなっちゃうじゃない」
「録画してあるから心配ない。ややこしいなぁ、じっとしとき」
ダニーはネクタイを引き抜くと、マーティンの両手を縛った。
驚くマーティンの口をキスで塞ぐ。困惑した表情を見つめながら、押し倒してシャツをはだけた。
乳首は弄りすぎで腫れて赤くなり、全体的に白い肌がうっすらと紅潮している。
さらに胸に舌を這わせたダニーは、上目遣いでマーティンを見つめた。
恥ずかしそうに目をそらすのを見ると興奮してくる。
勃起したペニスを押しつけるようにしながら愛撫を続けた。
太腿に触れるマーティンのペニスもすっかり勃起している。
トランクスを脱がせて口に含み、亀頭を丁寧に舐め上げるとマーティンが腰を浮かせた。
ダニーは反応を見ながらフェラチオした。先走りがとめどなく溢れてくる。息遣いも荒い。
「だめっ、出ちゃう!んんっ!」
マーティンは腰を突き出すと射精した。口の中のペニスが何度もびくんと痙攣している。
「はぁっはぁっ・・・ごめんね、出ちゃった」
「あほ、そんなん謝るなや」
ダニーは精液を飲み込むと、息をはずませているマーティンの頬に手を当ててキスした。
「ダニー、これほどいて」
「あ、ごめんな」
縛っていたネクタイをほどくと、マーティンはダニーのパンツをトランクスごと引き下ろした。
立たせたままフェラチオしはじめる。能動的なフェラチオをされ、ダニーは髪をなでながら身を任せた。
いつも見ているぷっくりした頬が、今はとてつもなく卑猥に見える。このままイキそうだ。
「イクでっ!・・・くっ!」
ダニーはマーティンの頭を押さえつけて果てた。マーティンは満足そうに精液を舐め取っている。
二人は乱れた服のまま抱き合った。お互いにキスをして体を重ね合わせる。
「ダニィ、ありがと」
「何のことや?」
「今日のことだよ」
照れくさいダニーは、おうと短く返事をしてまたキスをした。
木曜日、ダニーはジョージに電話を入れた。
翌日は、ビル・トレバーのアトリエに行く日だ。
また緊張しているのではないかと心配でたまらなかった。
「ジョージ、俺や」
「あ、ダニー!」
「今日、早く終わりそうやねん。お前はどうかと思ってな」
「僕も早番です」
「それじゃ、迎えに行くわ」
「ええ!いいんですか?」
「当たり前やん、それじゃ後でな」
定時になったが、ダニーは少し残業して時間をつぶそうと考えた。
「ねぇ、ダニー、ご飯食べに行こうよ」
マーティンが誘ってきたが、「ごめん、今日、俺、これだけは終わらせたいねん」と
ファイルの束を見せて、諦めさせた。
7時45分になりオフィスを出る。
急いで8時少し過ぎにバーニーズ・ニューヨーク前に着いた。
すでにジョージが待っていた。
いつものダッフルコートを着ている。
「よ、お待たせ、寒なかったか?」
「平気だよ、ダニーと会えると思ったら嬉しくて」
「お前、まだホロウェイからもらったギャラあんのやろ?コート買わんでええの?」
「だって、僕の中身は変わってないもん。これじゃあおかしい?」
「これから、ランナウェイ立つモデルが可愛すぎるわ」
ダニーは笑った。一緒にジョージも笑う。
「今日は何食おうか?」
「ダニーの故郷の料理が食べてみたいです」
「スナックみたいなもんやで」
「それでもいいから」
二人は、タクシーでソーホーに降りた。
「カフェ・ハバナ」は今日はライブ演奏が入るようだ。
一番最後のテーブルをゲットし、二人はヘミングウェイが好きだったモヒートを頼む。
乾杯だ。
「何が美味しいの?」
「そやな、定番は、チキンと黒ご飯のブリトーと焼きとうもろこしや。
とうもろこし、美味いで。パルメザンチーズとパプリカかけて食うんやけどな、
あとは黒豆のビーフライスとサルサチップでも食うか?」
「はい!」
二人は早速とうもろこしにかぶりついた。
「本当だ、バターつけるより美味しいや」
「そやろ?」
ブリトーの太さに驚くジョージ。
「一口じゃ口に入らないね」
「お前、今エッチなこと考えたやろ」
「考えてないよ」
顔を赤くするジョージが可愛くて、ダニーはからかった。
黒豆のビーフライスはスパイスの効いたビーフストロガノフが乗った黒豆ライスで、
二人は夢中で食べた。
サルサチップを摘みながら、ビールを飲み、ライブ演奏を聴く。
ダニーは自然にサルサのリズムに身体が動いてしまう。
「ダニー、踊ったら?」
「お前も踊るか?」
「僕?無理だよ、初めてのリズムだもん」
「大丈夫や、さ、行くで」
二人は中央に出る。
ダニーのステップを見よう見真似で踊るジョージ。
さすがに黒人だ。リズム感の冴えが違う。
すぐにサルサのステップを覚えて、それにヒップホップの仕草も取り入れたオリジナルダンスを披露し、皆の喝采を浴びた。
テーブルに戻った二人に店からビールのサービスが来た。
喉を潤す二人。
ダニーは思わずごくんと飲み込むジョージの喉仏の動きに注目してしまった。
汗で光ってなぜかみだらだ。
もう、俺、こいつから離れられへんわ。
チェックを済ませてタクシーを待つ間、ジョージはサルサのステップを踏んでいた。
「初めて踊ったけど、すごく面白かった」
「お前、ダンス上手いな」
「そんな事ないよ、先生が優秀だったから」
決して奢らないジョージの態度がダニーは大好きだった。
「明日の度胸ついたか?」
「あんなに沢山の人の前で踊ったんだもん、ついたよ」
ジョージは愉快そうに笑った。
ジョージのアパートに着いた。
「汗かいたからシャワーしましょう?」
ジョージがバスルームに行こうとする。
その腕をダニーはつかんだ。
「このまましよう、俺、このまましたい」
「だって、汗臭いよ」
「それでも、ええやん」
ダニーはジョージの口をキスでふさいだ。
そのままベッドルームに直行する。
キスを繰り返しながら、お互いの服を脱がせあう。
全裸になり、直立するジョージを見ると「傷ついた黒いアキレス」そのものだ。
ダニーはこの身体は自分のものだという優越感に酔いながら、ジョージをベッドに横たえた。
ダニーは、翌日、ジョージから電話が入ってこないかと心配でたまらなかった。
また致命的なミスを冒していたらどないしよう。
ランチに外へ出て、思い切って電話をかける。
「はい、バーニーズ・ニューヨーク、ジョージでございます」
あかん、仕事中や。
「俺やけど、今話せる?」
「少々お待ちくださいませ」
ばたばた音がした後「ダニー!」という嬉しそうな声が聞こえてきた。
「仕事中ごめんな。昨日どやったかと思うて」
「仮縫い沢山したよ。トレバーさんっていい人だね。もっと気難しいと思ってた。でも沢山身体触られちゃったよ」
ビルの奴!ダニーは苦笑した。
「夏の上顧客向け受注会があるんだって。それに出ろって言われた」
「よかったやん」
「ダニー、いろいろありがと」
「ええんや」
「じゃ、仕事に戻るね」
「またな」
ダニーは街角のスタンドでホットドッグを買って、席に戻った。
「あれ、ランチに行ったんじゃなかったの?」
マーティンが不思議そうに尋ねる。
「今日、俺、めちゃ腹減ってんねん」
ダニーはホットドッグにがっついた。
ボスがマーティンを手招きして呼んでいる。
「お呼びやぞ」
「何だろう」
マーティンがボスのオフィスに入っていくと、ファイルをボスが出した。
「これはお前の担当だったよな」
アンナ・コルテス、20歳。ウェイトレスだ。
「はい、それが何か?」
「モルグから連絡があった。該当しそうな死体が出たそうだ。身元確認に行って来い」
「はい」
マーティンは真っ青になって、オフィスから出ると、ダニーに口もきかないで出て行った。
何やろ。口の周りのマスタードを拭きながら、ダニーは訝った。
モルグのひんやりとした空気はいつ来ても不気味さを増幅させる。
マーティンはダニーに習ったとおり、鼻の下にメンソレータムを塗って、死体安置室の中に入った。
黒のビニールのジッパーが開けられる。
思ったとおり、変わり果てたアンナの他殺死体だった。
「間違いありません」
外の廊下がざわついている。
見ると、アンナの家族全員がこっちを眺めていた。
マーティンが外に出ると、母親がマーティンの胸板を数発叩いて泣きながらわめいた。
「あんたがもっと早く見つけてれば、アンナは死ななくてすんだんだよ!」
「おい、アイリーン、やめろ。もうアンナは死んだんだ。FBIも手をつくしてくれたんだ、ですよね?」
父親が止めに入った。
アンナの幼い兄弟3人が恨めしそうな顔でマーティンを見上げていた。
「本当にご愁傷さまです。申し訳ありませんでした」
マーティンはそう言うのが精一杯で、その場を離れた。
ぞろぞろと家族が安置室に入っていった。
どうやってオフィスまで戻ったのかよく覚えていない。
僕は最善を尽くしたんだろうか。
デスクに座ってぼーっとしていると、またボスに呼ばれた。
「モルグでひと悶着あったそうだな」
「はい」
「大丈夫か?」
「僕がもっとやれていたら救えていたんじゃないでしょうか?」
「失踪したその日に殺されている。無理だったろう」
「でも・・」
「お前がやる事は、これから出来るだけ多くの人を見つけ出すことだ。わかったな。ひきずるな」
「はい、わかりました。」
ボスは入れ替わりにダニーを呼んだ。
「何すか?マーティンですか?」
「ああ、モルグで遺族にひどくなじられたらしい。落ち込んでいるから飲みにでも誘ってやってくれ」
「了解っす」
定時になり、のろのろ帰り支度をするマーティンの背中をポンとダニーは叩いた。
「ボン、飲みにいくで」
「え?」
「さぁ、早く」
せかされてマーティンは、ダニーの後をついていった。
タクシーでリトル・ジャパンの「花寿司」に行く。
カウンターに座って、「オヤジサン、オマカセ」とダニーはオーダーした。
日本酒を飲みながら、静かに寿司を摘む。
「ねぇ、ダニー、僕ってやっぱりダメ捜査官なんじゃない?」
「何、言うてんのや。1回位救えんかったって、その何十倍も救ってんのやで。落ち込むな」
「今日は、僕は撃沈だよ」
日本酒のお銚子が並ぶ。
「そろそろにせいへんか?」
「そだね」
マーティンが珍しく顔を赤くしていた。
酔っている。
タクシーの中でも、恐ろしく静かだ。
合鍵でマーティンのアパートに入ると、「僕、もう眠いよ」と、スーツのまま寝ようとする。
ダニーは、スーツを脱がせて、パジャマに着せ替えた。
ダニーに背中を向けて寝転がるマーティン。
肩が小刻みに震えている。
涙が光るのが見えた。
ダニーは、自分も服を脱いで、Tシャツとトランクスになると、マーティンに添い寝した。
マーティンが振り向き、ダニーを強く抱き締めた。
「お前は悪うない。今日は運が悪かっただけや。明日はいい日やで」
ダニーは背中をさすりながら、耳元でそう囁いた。
マーティンはこくんと頷いて、ダニーにしがみついた。
「さぁ、明日も仕事や、寝ようか」
マーティンはダニーの身体から手をはずすと、背中を向けて眠り始めた。
ダニーはそっとベッドから降り、コントレックスとタイレノールをサイドテーブルに置いた。
アランに電話をかける。
「俺やけど、マーティンが大変やねん。今日は泊まるわ」
「お前、マーティンと寝てるのか?」
「ちゃう、落ち込んでるから、一緒にいてやりたいだけや」
「分かった。信じるよ」
アラン、ごめんな。でもこっちも俺にとっては大切やねん。
ダニーはセントラルパークごしにアッパーウェストサイドを見ながら
ひとりごちた。
マーティンはサマンサと裁判所にいた。午後からの証人尋問は自分が最初だ。
証人として出廷するのは何度経験しても緊張する。
さっき食べたチーズバーガーが胃の中で重い。食べたことを少し後悔しながら深呼吸した。
「マーティン、大丈夫?」
「ああ、へーきだよ」
心配そうなサマンサにしっかり頷いてみせた。ダニーがいればもっと心強いのにと思いながら。
検事にフィッツジェラルド捜査官と呼ばれ、ジャケットのボタンを留めながら証人席に行く。
右手を挙げて宣誓し、気持ちを落ち着かせる。あとは打ち合わせどおりに証言すればいい。
僕は真実を話すだけだ、そう言い聞かせながら質問に備えた。
席に着いたマーティンの目は弁護人に釘付けになった。CJが少女殺しの被告と一緒に座っている。
マーティンは驚いたが、CJは一切表情を崩さずにじっとこちらを見つめていた。
「今の質問に答えてください、フィッツジェラルド捜査官」
「フィッツジェラルド捜査官?フィッツジェラルド捜査官!」
厳しい判事の声にはっとした。CJに気をとられてうっかり聞き逃していた。
検事が怪訝そうに軽く睨んでいる。サマンサが祈るように両手を組んでいるのが見えた。
「すみません、もう一度今の質問をお願いします」
大丈夫、声は震えていない。動揺したのを気取られないように慎重に証言した。
続くCJの反対尋問でこてんぱんにされ、今はサマンサが槍玉に挙げられている。
些細なことでも裁判には命取りなのはわかっている。それでも納得がいかない。
サマンサは徹底的に反論したが、CJはなんなくはぐらかした。
問題にならないようなつまらないことでも、堂々と矛盾点を突く様子は陪審員の受けもよさそうだ。
ここからは検事の後姿しか見えないが、慌しい動きで焦りを感じているのが読み取れた。
以前のスポールディングの時と同じだ。
―このままじゃ僕らは負ける、あいつがやったのは明白なのに!
マーティンはなすすべもなく、思いっきりCJを睨みつけた。
次回の公判期日が申し渡され、本日の裁判は終了した。
マーティンが席を立とうとするとCJが寄ってきた。
「君はFBI捜査官だったんだね。さっきのこと、悪く思わないでほしい。これが僕の仕事だから」
「あらそう、それは結構なお仕事ですこと」
いらついていたサマンサが横から口を挟んだ。
「裁判は勝ったほうが真実だ。依頼人の利益が優先される。そのためなら僕は手段を選ばない」
「何ですって!」
サマンサはCJに掴みかかりかねない。マーティンは思わず腕を掴んだ。
ただでさえ不利な状況なのに、ここで弁護人と騒ぎを起こしたら判事の心証がさらに悪くなってしまう。
「君らには悪いが、状況証拠だけなら陪審員の心を掴んだほうが勝つのさ」
「ふざけないで!証拠はちゃんとあるわ!あんたみたいな弁護士がいるから、いつまでたっても犯罪者がのさばり続けるのよ!」
「サム、よしなよ。彼の倫理観は僕らのとは違うんだ」
マーティンはまくし立てるサマンサを止めた。
「本当は僕だって勝てば無罪とは思ってない。どう考えても有罪だと思うケースだってある。
だが、この国の司法制度では公判で勝つことはすなわち無罪なんだ」
「あんたね、いい加減にしなさいよ!頭がおかしいんじゃないの!でっちあげじゃないってわかってるくせに!」
「もういいから行こう」
マーティンは無理やりサマンサを連れ出した。
「あいつ、許せない!」
「ああいうヤツには何を言っても伝わらないよ」
「それでもガツンと言ってやりたかったのよ」
「あはは、君らしいね。さすがサマンサだ」
「笑いごとじゃないでしょ!」
サマンサは腕を振り払うと早足で歩き出した。マーティンは急いで後を追う。
「あいつと知り合いなの?」
「まあね、家が近所なんだ」
「引っ越したほうがいいわ、思い出しただけでもむかつく!」
「ん、そうだね」
マーティンは生返事をしながらアーロンのことを考えた。
自分が捜査官であることが伝わることは避けられない。それだけはどうしても嫌だった。
オフィスに戻るとダニーとヴィヴィアンが待っていた。
「二人ともおかえり、どうだった?」
サマンサは早速CJのことをボロカスにぶちまけた。ヴィヴィアンがなだめるのに苦労している。
「そう言うけどね、今回はだめかもしれないわ」
「あーあ、またオレらの苦労はアホ弁護士のせいで水の泡っちゅうことか・・・」
「ダニー、そのアホはCJだったよ」
「うそやろ?!!」
驚いたダニーは座っていたデスクから立ち上がった。
「本当だよ。すっげー嫌なヤツでさ、いちいち芝居がかってんの。証拠不十分にされちゃうかもしれない」
四人は顔を見合わせると大きくため息をついた。
家へ帰ると、アランが電話で誰かとしゃべっていた。
「お前の奇抜なデザインのスーツに5000ドル払う気はないぞ。それでもいいのか」
「いいのよ、見栄えがする観客が前にいる方がショーが盛り上がるの。
ああたと坊ちゃんはうってつけなんだから、絶対来てよね」
「わかった、ダニーと相談するよ」
「お願いよ!」
電話を切り、アランはため息をついた。
「ただいま、どないしたん?」
「ビルだよ。新しい夏向けのショーの観客に僕らに来て欲しいとさ」
ジョージが出るショーや!
ダニーは直感した。
「ええやん。おもろそうやし」
「お前はいいのか?じゃあ、次の土曜日だ。行こうか?」
「わかった」
ダニーは部屋着に着替えながら、にんまりした。
ジョージの晴れ姿が見られるのが嬉しい。
土曜日になった。場所はミッドタウンのトンプソンホテルだ。
ボールルームに行くと、プログラムと小さい紙袋を渡された。
中には「ビル・トレバー・フォー・メン」と書かれた香水と腕時計が入っていた。
苦笑するダニー。
アランが名前を言うと最前列の席を案内された。
ショーが始まった。
乗りのいいロックのリズムに乗って、モデルたちが歩いてくる。
プログラムを見ると、衣装の値段が書いてあった。
え、あのスーツが8000ドル?
ダニーには理解不能の世界だった。
見ているといよいよジョージが出てきた。
アランがほぅっと息をついた。
見違えるようだ。堂々としていて、なによりも美しい。
その後、ジョージは3回登場した。
いよいよフィナーレのタキシードの登場だ。
驚いたことに、ビル・トレバーと出てきたのはジョージだった。
黒人がショーのフィナーレでタキシードを着るなど、前代未聞の事だ。
フラッシュが一斉に焚かれる。
ビルはジョージの腕を上に上げ、お辞儀をすると舞台袖に下がった。
ショーは大成功で終わった。
ポンとダニーは肩を叩かれた。
「うん?」振り向くと、ジュリアンだった。
「あぁ、こんにちは」
「ねぇ、ダニー、あの黒人モデルと知り合いなんだって?取材したいんだけど、頼んでくれないかな」
「ええ?どうやろな」
「お願いだよ!」
いつもプレミアム・チケットをもらっている間柄だ、断るわけにはいかない。
ダニーはアランを置いて、ジュリアンと楽屋に行った。
疲れきって放心状態で座っているジョージがいた。
「ジョージ」
「あ、ダニー!」
嬉しそうに顔を上げる。
「こちら、ジュリアン・ヤング。雑誌編集者や、お前のこと取材したいんやて」
「え?僕のことですか?」
「君は今日のショーのセンセーションだよ、ぜひインタビューを」
「あ、はい。わかりました」
ジュリアンがテープを回し始めたので、ダニーはジョージにウィンクすると楽屋を後にした。
アランは席でダニーを待っていた。
「ジョージがなぁ、驚いた」
「本人、放心状態だったで」
「素晴らしいキャットウォークだったよ、さて帰ろうか」
後ろ髪引かれる思いでダニーはボールルームを去った。
翌週の「ファッション・ウィーク」誌はビル・トレバーの特集だった。
思わず、ダニーは出勤途中にキヨスクで買い求めた。
オフィスで記事を読む。
ビルのコレクションが3.5ページ、そしてジョージの記事が半ページを占めていた。
「傷ついた黒いアキレス、再び立ち上がる」
これがタイトルだ。驚いた事にニックの撮った写真まで掲載されている。
ジュリアンの取材能力にダニーは感心した。
「1998年夏、誰もがジョージ・オルセンが陸上短距離でチーム・USAに加わる事を疑っていなかった。
ところが選考会のレースで脆弱になっていた彼の左のアキレス腱が音を立てて断絶した。
チュレーン大学3年生のオルセンの未来は絶たれた。
奨学金も止められ、週に3種類のアルバイトで学費を捻出し、経営学をおさめた彼は、
ニューオリンズから身一つでNYにやってきた。
そして2007年、彼は再びスポットライトの下に戻ってきた。
黒いアキレスが再び立ち上がったのだ。
この黒いセンセーションについてビル・トレバーはこう語る
「肌の色なんて関係ないわ。美しいものは美しい。それが真実よ」・・・」
記事はまだ続く。
「新進気鋭のフォトグラファー、ニック・ホロウェイは語る。
「彼が服を脱いだ時から、とんでもないものになると思った。
「傷ついた黒いアキレス」を売るつもりはない。俺の代表作になるんだからね」
今、その作品には法外な価格がついているという。」
そして記事はこう締めくくられていた。
「これからこの黒いダイヤモンドがどのモデル・エージェンシーに所属するのか
激しい争奪戦が予想される。」
えらいこっちゃ!俺のジョージが大変なことになってる!
ダニーはこれほどの反響があるとは想像もしていなかった。
仕事を終えても、マーティンはまだ裁判のことを気にして落ち込んでいた。
「マーティン、帰ろ」
ダニーはぐずぐずと帰り支度をしているマーティンを誘った。今夜は一緒に過ごしてやりたい。
「どっかでメシ食う?」
「ん、いいね」
いつもと違って力なく頷くのが気がかりだ。
「おい、帰ったらよしよしってしたるからな」
ダニーはこそっと小声でささやいた。
「本当?」
「おう、まかしとき」
ダニーのウィンクに、マーティンははにかみながらこくんと頷いた。
「どこ行く?」
「僕はなんでもいいよ」
―う〜ん、何でもええが一番困るんやけどなぁ・・・
ダニーはそう思いながらどこにしようか考えた。こんな日はいつもと違う店に行きたい気分だ。
「そやそや、トロイのお薦めのくそぼろいチャイニーズレストランがええわ!決まり!」
「えーっ、どうやって行くのさ?」
「そんなんタクシーに決まってるやん」
早速手を上げてタクシーを拾う。丁度通りかかったタクシーが停まった。
ダニーは覚えていたストリートアドレスを告げると、シートにもたれかかった。
コートの下でマーティンの手をしっかりとつなぐ。
「なあ、トロイも誘う?」
マーティンは静かに首を振って俯いた。
「そっか。あいつはまた今度やな」
ダニーが何を言っても、マーティンはぼんやりしていて気もそぞろだ。
「おい、元気出せや」
ぎゅっと手を握られ、マーティンは手を握り返すと窓の外を眺めた。
チャイニーズレストランは、この前来た時よりもボロくなっている気がした。
二人は不安そうに顔を見合わせる。
「えっと、ここやんな?」
「そう思うけど・・・」
ダニーは恐る恐る中に入った。中はこの前のように中国系の人々で活気に溢れている。
ここで間違いない。見覚えのあるウェイトレスのおばさんが寄ってくる。
二人はテーブルに案内され、上海焼きそばとカニの唐揚げをオーダーした。
最初は居心地が悪かったが、料理を一口食べると気にならなくなった。
青島ビールを飲みながらカニにがっつき、二人は視線を交わした。
「うまいな」
「ん、サイコー。僕、お代わりを頼もうっと」
マーティンはカニだけじゃなく、上海焼きそばも追加してにっこりした。
ぎこちない箸使いもいつのまにか上達している。
―やっぱりこいつには食いもんやな・・・
ダニーは笑いを堪えながらビールを飲んだ。
帰りのタクシーを拾うのに苦労して、ようやくアパートに着いた。
寒空の中を立ち尽くしていたせいで、二人とも疲れてしまった。冷え切った体をバブルバスで温めてベッドにもぐりこむ。
ダニーは約束どおり抱きしめてよしよししてやった。マーティンは胸に顔を埋めてじっとしている。
「・・・僕のヘマで無罪になったらどうしよう」
「心配すんな、大丈夫や。今度はヴィヴやからCJなんかいてまうって」
「ん、そうだといいね。でも、あいつはしつこいから・・・」
「心配ない!ヴィヴがあかんかったらオレがいてもたる!」
ダニーはそう言い切るとマーティンを抱きしめた。
不安そうな表情をほぐすように頬をなでながら、おでこにそっとキスをする。
マーティンをここまで凹ませたCJが憎たらしかった。
定時に終わった日の帰り、ダニーはバーニーズ・ニューヨークに寄ってみた。
コンシェルジュ・デスクを見るが、ジョージの姿がない。
「何か御用でございましょうか?」
主任らしき例の中年がダニーに声をかける。
「あの、ジョージは・・・」
「失礼ですがどちら様で?」
「友人や」ダニーはFBIのIDを見せた。
コンシェルジュは顔色を変え「こちらへどうぞ」と案内した。
商品の搬入口から事務所部分に入る。
「こちらです」
小さな部屋の中にジョージがいた。
伝票の整理をしている。ダニーは力が抜けた。
「あ、ダニー!来てくれたんだ!」
ジョージが抱きつく。
「お前、何してんの?」
「あのショー以来、僕が店に出ると、スカウトの人が沢山来ちゃって、仕事にならないからって、お直しの伝票の整理係になったんだ」
「今日、早く帰られへんの?」
「ちょっと待って。あと少しで終わるから帰れます」
「じゃ、飯でも食おうや」
「うん!」
「ここで待っててもええか」
「恥ずかしいなぁ。僕の字、汚いから」
伝票を隠す仕草が可愛い。
15分もすると伝票を整理し終えたらしく、箱に丁寧にしまっている。
外側に今日の日付けを書いておしまいだ。
「着替えてくるから待っててね」
いつものダッフルコートでジョージは現れたが、ニット帽を目深にかぶっている。
「今日は裏口から出ていいですか?」
「ああ、ええよ」
従業員出入り口を開けると、途端にジョージを3人が囲む。
モデル・エージェンシーのスカウトマンだ。
名刺を渡そうとする。
ジョージは丁寧に一枚一枚受け取って、「それじゃ失礼します」とすたすた歩いていった。
ダニーは急いで後を追いかける。
タクシー乗り場まで来て、ダニーは話しかける。
「毎日、ああなんか?」
「最初はもっとひどかったんだけど、今は大分おさまりました」
「久しぶりにしゃぶしゃぶでも食うか?」
「あぁ、あれ、いいですよね、行きたい。僕も店探したんです」
「じゃ、そこ行こうか?」
二人は、グランド・セントラルに出かけた。
「シャブリ」という店だ。大きく松坂牛・神戸牛と書いてある。
「個室ある?」
ダニーがウェイトレスに聞いた。
「あります。どうぞ」
「個室の方がええやろ」
「うん、うれしい」
二人は個室で、松坂牛のコースを頼んだ。
ビールで乾杯する。
「お前、えらい事になってるな。どないすんねん」
「うーん、あまりにも急に物事が変わりすぎて、分からないよ。バーニーズも専属モデルにならないかって言ってくるし、エージェンシーは多いし・・・」
「なんか嬉しそうやないやん、お前の夢やったんやろ。モデルで成功するのが。これから舞台は世界やで。パリ、ミラノ、ロンドン・・」
「だって、そんなことしたら・・」
ジョージは言いにくそうにしている。
「そんなことしたら?」
「ダニーと会えなくなっちゃうじゃない。それが嫌なんだよ、僕」
ダニーは思わず絶句した。
これから輝かしい前途が待っているというのに、自分と会えなくなるのが嫌だって?
初めてジョージの口から出たわがままな言葉だった。
「お前なぁ・・」
「ダニーが言いたい事わかるよ。僕がばかだっていうんでしょ?でも、ダニーが好きなんだもん。離れたくないよ!」
ダニーは困惑した。
「よーく考えてみよか。俺はFBI捜査官や。ゲイやとかカミングアウトできへん。
そんな不安定な関係でもお前ええのんか?一方では、世界がお前を待ってるんやで」
「・・・・」
ジョージは思わずだまった。
「もう終わりなの?」
「そんなん言うてへんやん!お前が忙しくなったって、会えるやろ、
お前がNYに帰ってきたら、いつも会おう、それでもだめか?お前の将来が俺は惜しいんや」
「わかった。僕、NYコレクションだけ出ることにする。そうしたらいつでも会えるよね」
「それでもええんか?ヨーロッパはええのんか?」
「どうせ言葉も通じないし、いいよ。決めた!じゃ、しゃぶしゃぶ食べようよ!」
ダニーは何か釈然としないものを感じながら食事を続けた。
チェックを済ませたダニーをジョージはサルサのステップを踏みながら待っていた。
注目されても中身はジョージのままなのだ。
二人はジョージのアパートへと急いだ。
ジョージが情熱的に唇を重ねてくる。
後ろ向きのままベッドルームまで移動する。
お互いの服を脱がせて、二人は全裸になった。
一層ジョージの身体が綺麗に見えた。
「今日は僕が入れてもいい?」
「ああ」
ダニーは仰向けにベッドに寝転んだ。
ジョージが耳の裏からキスを始め、首筋、乳首、腹に降りてくる。
腹の傷を舐められ思わずダニーはうめいた。
ペニスからは先走りの液がとろりと流れ出ている。
ジョージがペニスを咥える。
「ああ、ダニーの味」
美味しそうに舐めると、さらにフェラチオを続けた。
「あかんわ、ジョージ、俺、出る!」
ダニーは身体を何度も痙攣させた。
ジョージが精液を丁寧に舐め取った。
「それじゃ、いくね。痛かったら言ってね」
「ああ」
ジョージはミントローションを自分のペニスとダニーの中に塗りこんだ。
静かに入ってくる。
「このままでも気持ちいい・・」
ジョージが恍惚とした表情を浮かべる。そして動き出した。
「あぁ、あぅ、すげー」
ダニーは奥まで貫かれてうめいた。またペニスが硬くなる。
「またイキそうや」
「僕も、あぁ、もうだめ!」
ジョージのペニスが跳ねた。
すさまじい衝撃がダニーを襲い、ダニーは射精した。
荒い息をつく二人。
「ダニー、シャワーどうぞ」
いつものジョージだ。
シャワーを浴びながら、ダニーはまだジョージの将来を考えていた。
この関係を続けるべきなのかも。
ダニーは仕事を終えた後、エリックのバーで一杯やった後、ニックのステューデイオを訪れた。
ブザーを押してもなかなかでない。
「はい」面倒くさそうなニックの声だ。
「テイラーやけど、開けてくれ」
開錠され、ダニーは中に入った。
上半身裸にジーンズのニックが出てくる。
「何だよ、お姫様のお迎えか?」「え、マーティン来てるんか?」
「今、上でシャワー浴びてるぜ」
「いや、今日は違う用件や。これから飲みに行けへんかな」
「そりゃ、いいけど、お姫様ほっておけないから一緒だけどいいか」
ダニーは仕方がないと決めた。
「ああ」
「お前からの誘いなんて明日気温が30度にでもなりそうだな」
ニックは、Tシャツとセーターに皮ジャンを着て準備した。
上からマーティンが降りてくる。
さすがに、ばつが悪そうな顔をしている。
「よ」
ダニーはさりげないふりをして、マーティンに挨拶した。
マーティンは顔を赤くしている。
「これから、テイラーの奢りで飲みに行くそうだ」
「そうなんだ」
言葉少なくマーティンは答えた。
3人は歩いていけるシャンパン・バー「カバ」に出かけた。
「ホロウェイ様、ようこそ」
3人はVIPルームに案内された。
ダニーは俺の奢りかと後悔した。
「ドンペリニオンとつまみ適当にお願いするわ」
ニックが頼むとフロアマネージャーはすぐに下がった。
「それで、お前が俺に何の用だよ」
ダニーはマーティンがいるので遠慮がちに話し始めた。
「ほら、ジョージいるやろ?ビル・トレバーのショーの後、大変やねん。
本人はNYにいたいいうし、モデル・エージェンシーはスカウトに押しかけるし、
にっちもさっちもいかへんのや。お前、モデルしてたやろ、話が聞きたくて」
「お前、もしかして、ジョージが付き合ってるってお前の事かよ?」
急に聞かれてダニーはどぎまぎした。
「何のことや?」
「この前、ポージングの途中で、あいつの乳首を愛撫してみたんだよ。
そしたらさ「僕、僕には付き合ってる人がいるんで、だめなんです!」って涙目になっちまってさ。
困ったぜ」
ダニーはかーっと頭に血が登ったが、無理やり鎮めて答えた。
「俺やない。俺は友達や。お前、あんな純情な奴、からかうなんてほんま根性悪いで」
マーティンが心配そうな顔をしている。
「それで何が聞きたい?」
「あいつ、もう若くないやんか。今、世界に出なかったらただのモデルで終わると思うねん。
でも奴はNYにいたいっちゅう。そんなん可能なんかな」
「そうだな、エージェンシーの担当者は歩合制でどれだけモデルをブッキング出来るかで給料が決まるから、
ジョージの場合、めちゃくちゃブッキングしまくるだろうよ。本人の体調も考えずにな。
だからモデルのほとんどがアル中になるか、コカインに手を出すんだよ。
あいつが金にがっついていなければ、NYだけでの活動っていう契約も出来るんじやないか?
それにヨーロッパの奴らえげつないからな。アメリカからの黒人なんて目のカタキだぜ」
「そんなにひどいん?」
「ああ、あっちはアフリカ系、フランス系、イギリス系の黒人がひしめいてるからな」
「ダニー、随分親身だね」
今までだまっていたマーティンが口をはさんだ。
「あいつ、誰にも相談出来ずに、今、伝票係やってんのやで。才能の無駄使い思わへんか?」
「そうなんだ」
マーティンはだまった。
「俺は、またテイラーがあのイチモツを見て興味が湧いたのかと思ったぜ。俺も身体がうずいたもんな」
ニックがキャビアを食べながら言った。
「純粋に友達なんや。困ってる時には助けてやらんと」
「わかったよ、信じるよ、もしもっと助言が欲しけりゃ、一発やらせろって言ってくれ」
マーティンがニックの腕をごんと殴った。
「あ、お姫様がご機嫌斜めだ。失言だった」
3人はドンペリニオンを空けると、店を出た。
「送るぜ」
「いいのか?」
「奢りのお礼だ」
「じゃあ、頼むわ」
3人でニックのフェラーリに乗る。
「まず、マーティン降ろすぞ」
アッパーイーストでマーティンは降りた。
ダニーのことをじっと見つめている。
「ボン、また明日な」
「うん、おやすみ」
その後ウェストに回る。
「お前、本当にジョージの相手じゃないのかよ」
「ちゃうって!へんなこと言わんといてな、サンキュ」
ダニーは降りた。
家に帰るとアランが誰かと電話でしゃべっている。
「ダニー、お前にだよ」
「もしもし」
「あ、ダニー、家に帰ったんだね」
マーティンだった。
「当たり前やん、何や」
「もしかして、ジョージのとこ行ったのかと思って」
「あほ、考えすぎや、早く寝、明日も仕事やで」
「うん、おやすみ」
「おやすみ」
電話を切って、ダニーはため息をついた。
「何だい、マーティンは?」
「仕事の悩みがあるらしい」
「FBIも大変だな」
アランは、また読書を続けた。
「俺、シャワーして寝るわ」
「そうか、おやすみ」
「おやすみ、アラン」
ダニーは、ジョージに何と助言していいか頭の中でまとめながら、バスルームに入った。
マーティンはいつもの時間に目が覚めた。
隣で気持ち良さそうに眠っているダニーを見ていると、ジョギングに行くのをためらってしまう。
このままずっと寝顔を眺めていたい。
そっと体を寄せてぴとっとくっつくと、ダニーの力強い心音が耳に響く。
自分を受け入れてくれただけじゃなく、いつもそばで支えてくれることに感謝してもしきれない。
昨夜だってそうだ、それとはなしに気遣ってくれる。
何かお返しがしたくて、ダニーの好きな焼きたてのライ麦パンを買いに行こうと決め、着替えてアパートを出た。
通りを走っていると、眠そうなアーロンがスタウトを散歩させていた。
自由気ままに動き回るスタウトに勢いよく引っ張られ、慌ててあとを追いかけている。
気づかれないように横を通り過ぎようとしたが、スタウトが突然走ってきて、じゃれながらまとわりついてきた。
ころころと太った体が足元でうろうろするので危うくこけそうになる。
「ちょっ、だめだよ!やめろったら!」
マーティンは仕方なく足を止めて頭をなでた。スタウトはうれしそうに頭をこすりつけてくる。
こんなに人懐っこいのは寂しさの裏返しかもしれない。
―こいつがあんな男に飼われてるなんてあんまりだよ・・・
マーティンはスタウトがかわいそうで悲しくなった。
「やあ、おはよう。ごめんね、うっかり綱を離しちゃって」
アーロンがすまなさそうに話しかけてきた。
マーティンは警戒したが、アーロンの様子はいつもと変わりない。
じゃれるスタウトを制しながら、マーティンも渋々おはようとだけ返事を返した。
ただそれだけなのに、いろいろと話しかけてくるのがうざったい。
アーロンのことだから、またとぼけているのかもしれない。
優しそうな笑顔にはまた裏がありそうでイライラしてくる。
「綱ぐらいちゃんと持ってろ、バカ!」
マーティンは法廷のことを思い出して吐き捨てた。八つ当たりなのはわかっていたが気持ちが抑えられない。
それに今までやられた恨みもある。呆気に取られるアーロンを残してそのまま走り去った。
ダニーはバタンというドアの音で目が覚めた。
あくびをしながら体を半分起こすと、息を切らしたマーティンが足元に突っ立っていた。
汗で髪もシャツもべっとりとはりついている。
「ボンおはよう」
「おはよう、起きてたの?」
「いいや、お前が帰ってきた音で目が覚めた。こんな寒いのにジョギングて、きちがい沙汰やな」
「でもさ、走ってるとすぐに温もるよ」
「まあええわ、何でもええから早よシャワー浴びて来い。風邪引くで」
ダニーはまた布団にもぐりこんだ。冬の朝はどうしても苦手だ。
うつらうつらしていると、マーティンがもぞもぞともぐりこんできた。
ふわっとアフターシェーブローションのやさしいベルガモットの香りがする。
「ダニィ、ライ麦パン食べようよ」
「うぅん・・・そんなもんないやんか」
「あるよ。僕が買ってきた」
「わかった、あとで食べるから・・・」
「だーめ!遅刻したらどうするのさ!またボスに叱られるよ」
マーティンはダニーの頬を両手で包むと、あっかんべーをするように目を開けさせた。
「うわっ、やめろや!」
「早く起きて。起きないともっとしちゃうからね」
「あほ、やれるもんならやってみ!」
ダニーは両手首を掴むと、体を入れ替えた。目をじっと見つめて顔を近づける。
キスされると思ったマーティンは目を閉じた。期待で自然と笑みがこぼれる。
わざと意地悪してやろうかと思ったが、そのままキスをした。
裸足の足をからめながらゆっくりと抱きすくめる。安心したような吐息が耳に心地よかった。
マーティンはトランクスしか履いてない。ダニーは下だけ脱ぐと勃起したペニスを押しつけた。
マーティンのペニスはそれだけですぐに反応してテントになってしまう。
ダニーはマーティンのトランクスを脱がせた。窮屈なトランクスから解放され、ペニスは勢いよく隆起している。
恥ずかしそうなマーティンにキスしながら、乳首やわき腹を順繰りに愛撫した。
ローションをたっぷりとペニスとアナルに垂らす。
ほぐすように指を出し入れさせると、マーティンが喘ぎながら背中を反らせた。
物欲しそうに腰を浮かして自分から擦りつけてくる。
「んんっダニィ、早く僕の中に来て・・・」
ダニーは頷くと、自分のペニスにもローションを垂らして正常位で挿入した。
緩急をつけながら腰を揺らすと、感極まったマーティンが痛いぐらいに腕を掴んでくる。
アナルにも締めつけられてとろけそうなぐらい気持ちいい。
「ああっー!」
マーティンは大きく声を上げてびくんと仰け反った。
生温かい精液が吐き出された後もペニスはひくひく脈打っている。
ダニーは息を弾ませるマーティンを抱きしめて腰を打ちつけると自分も射精した。
ペニスを抜いた後も手をつないでもたれあう。二人はどちらともなくキスをしてほっぺをくっつけた。
オフィスに出勤すると、マーティンが「昨日はごめんなさい」と謝ってきた。
「謝る事なんかないやん」
ダニーはスタバのカフェラテを飲みながら、さりげなく対応した。
確かに昨日はふたりともばつが悪かった。
しかし起こってしまったことは仕方がない。流すしかないのだ。
PCを立ち上げると、マーティンから転送メールが来ていた。
ニックからだ。
「昨日は奢らせた礼に、俺が世話になったエージェンシーを教える。
ここは小規模だが、モデルを人間と扱ってくれるアットホームなところだ。
ジョージには合うだろう。うまく契約できたら一発やらせろって伝えてくれ」
いかにもニックらしい伝言だった。
でもありがたい。
ダニーは名前を住所を書き取って、メールを削除した。
昼休みにジョージに連絡を取ってみる。
ニックの紹介と聞いて安心したのか、会いたいと言ってきた。
ダニーは早速エージェンシーにアポを取り付けた。
翌日、聞き込みだと偽って午後からオフィスをダニーは離れた。
ジョージと待ち合わせ、ミッドタウンのエージェンシーの住所を尋ねる。
随分古びたオフィスビルだった。
確かに「アンダーソン・モデル・エージェンシー」と書いてある。
二人は勇気をふるってフロアに上がった。
大きな待合室は閑散としている。
「すんませーん」
ダニーが声をかけると中からブルーネットの中年の女性が出てきた。
「何でしょう、やだ、あなた、ジョージ・オルセンじゃない?
ママ、ママ、大変よ!とにかく中へどうぞ」
二人は、訳もわからぬうちに中に通された。
60歳を超えてるだろうか、女性が大きな机から立ち上がり、握手を求めてきた。
「ようこそ、アンダーソンへ。あなた、知ってるわよ、ジョージでしょ?どうしてうちに来たの?」
単刀直入な質問だ。
「ニック・ホロウェイさんから紹介を受けました」
初老の女性は声を立てて笑った。
「あのニコラスね。手をかける子だったわ、さて、うちにどんな用件で来たの?」
ブルーネットの中年の女性が同席する。
「あ、こちら、私の娘のアイリス、今は彼女が取り仕切ってるわ」
「よろしくね、ジョージ。あなたは?」
ダニーは問われて困惑した。
「つきそいです」とだけ答えた。
「大手のエージェンシーから引く手あまたのあなたがなぜうちに来たの?」
「僕、NYに出来るだけいたいんです。ヨーロッパ市場は視野においていません。
ここで今まで通りバーニーズの仕事を続けながら、モデルをやりたいんです」
「珍しい子ね。あれだけ騒がれて、それだけの希望なの?何か理由があるのね?」
「ここに僕の大切な人がいます。離れたくないんです」
娘のアイリスが口を挟んだ。
「でも、NYコレクションだけでなくて、LAやマイアミもあるわ。それはこなしてもらわないと」
「あぁ、国内ですね。それは考えています。とにかくできるだけNYにいられれば、僕はそれでいいんです」
「それじゃあ、今の内容で契約書を作りましょう。あなた、弁護士はいる?」
ダニーが口を開いた。
「マッコーリーアンドサンズにいます」
「まぁ、大手ね、いいわ、契約書はお互いの合意が必要だから慎重に作らないと。
それじゃあ、住所と連絡先を教えて」
ジョージは紙に書き込んだ。
「うちを選んでくれてありがとう。ニコラスにもよろしく伝えてね」
オーナーのジュリー・アンダーソンが最後を締めた。
「ありがとうございました」
二人は頭を下げる。
「ところで、つきそいさん、あなたはモデルにはなりたくないの?」
アイリスがダニーに尋ねた。
「は?俺すか?とんでもないっすよ、仕事もありますし、失礼します」
ジョージが隣りでくすくす笑っている。
二人はオフィスを出た。
「ジョージ、これでええのか?」
「十分です。ダニー、ありがとう」
「俺、オフィスに戻らなあかんねん、また連絡するわ」
「はい、本当にありがとう」
二人はビルの前で別れた。
ダニーは、さて、ケンに連絡せにゃーと思っていた。
完璧な契約書を作成してもらい、ジョージの権利を守りたかった。
大きな仕事が一つ済んで、ダニーはほっとしてオフィスに戻った。
そや、悔しいけど、ホロウェイにメールやな。
ダニーは、アウトルックを立ち上げた。
翌週の「ファッション・ウィークリー」誌に早速、ジョージのエージェント契約の記事が踊った。
「2000年に栄華を誇っていたがこのところ名前を聞かなかったモデル・エージェンシーが話題になっている。
アンダーソン・エージェンシーだ。先般のビル・トレバーのショーで鮮烈なデビューを飾ったジョージ・オルセンを
獲得したからだ。副社長のアイリーン・アンダーソンはこう話す。
「ジョージは非常にプライベートな人間です。ある個人的な理由から私たちを彼の方から選んでくれたのです。
当面は、彼の意向に合わせNYを中心とした活動になるでしょう」
ジョージ・オルセンが選んだエージェンシーとして、新人モデルが何人もアンダーソン・エージェンシーの
門戸を叩いているという。古株エージェンシーの復活なるか注目される。」
ダニーは、オフィスでマフィンを食べながら記事を読んでいた。
「やだー、ダニーったらまた「FW」誌読んでる!一体どうしたの?」
サマンサが爆笑している。
「ええやん、俺の友達がモデルやってんねん」
「へぇ〜、そうなんだ。誰?」
「ジョージ・オルセン」
「え、うそでしょー!私CNNで、彼のニュース見たわよ。
元陸上のオリンッピック候補だったんですってね。
「トラックフィールドからランナウェイへの転身」ってすごくいい番組だった。感動しちゃったわ。
ダニーの友達なんだ!」
サマンサはこのオフィスに何度も来たあの黒人が、彼だとは思いもよらなかった。
ダニーは、誇らしい気分になった。
「そやねん。あいつ、これからが二度目の人生の本番や」
マーティンが話に加わっていた。
「僕も友達なんだよ、ジョージとは」
「え、そうなの?何でうちのボーイズは、いい男ばっかと友達なのかしら」と言いながら、
右手薬指のルビーの指輪を回している。
ボスからのプレゼントだ。
ダニーもマーティンもサマンサが落ち着いてくれて、心から良かったと思っていた。
実害を被るのは二人だからだ。
「ねぇ、そういえば、ジョージの契約記念やってないよね?」
マーティンがダニーに話しかける。
ダニーは、もう何度も祝ってはいたが、「そやなぁ、そういえば、やってへんなぁ」とごまかした。
「ねぇ、やってあげようよ。僕、店手配するからさ」
「じゃあ、ジョージに連絡とろか?」
廊下でジョージの携帯に電話をかける。
「はい、ジョージでございます」
「俺やねんけど、今ええか?」
「はい、ご用向きは?」
ジョージは、またバーニーズのコンシェルジュに戻っていた。
300万ドルの契約金を手にしたというのに、店に出たいと主張して、契約条項に加えてもらっていた。
「お前、今日、早番?」
「さようでございますが」
「マーティンが契約記念やりたい言うてんねん、つきおうてくれへん?」
「かしこまりました。それではいつものように」
「ありがとな、ごめんな」
マーティンが予約したのは、ジャン・ジョルジュのステーキハウスだった。
「お前、自分の趣味で決めてへん?」
「いいじゃん、美味しいステーキ食べられるんだからさ」
二人は8時にバーニーズの前に立っていた。
「何かいつもより女の人多くない?待ち合わせかな?」
「さあな」
ジョージが出てきた。
すると二人の周りにいた女性が一斉にジョージに群がった。
「サインして!」
「キスして!」
「キャー、ジョージ!!」
ジョージは、一人ひとりに握手をして、「今日は出かけますから」と言い、ダニーとマーティンを促した。
ジョージについていく二人。
タクシー乗り場で3人で乗り込む。
「どちらへ?」
「あ、ジャン・ジョルジュのステーキハウスお願いします」
マーティンが慌てて告げた。二人はジョージの顔を見た。
「いつもああなんか?」
「あんな感じです。セキュリティーを厳しくしたから店内には入れないんですよ」
「お前もすっかりセレブな」
ダニーはふと寂しくなった。
だが隣りのジョージは相変わらずダッフルコートだ。
「今日はありがとうございます。僕のために」
「何言うてんのや、もっと早うやればよかったのに、ごめんな」
ダニーはマーティンに気がつかれないようにウィンクした。
「今日はもりもり食べようね!」
マーティンの関心は食欲に向いている。ダニーは安心した。
店に着いて、席に落ち着く。
ここはマーティンの出番だ。
グラスシャンパンをもらい、ワインリストからシャトー・マルゴーを選び出し「特別だからね」と言った。
オードブルは小エビとフェネルのサラダ、
そしてメインのステーキは、ニューヨークカットステーキを全員ミディアムレアに焼いてもらう。
ソースはダニーとジョージがわさび醤油、マーティンが焦がしバターソースを頼んだ。
温野菜はアスパラガスとカリフラワーのコンソメ煮がついてきた。
ジョージが「すごく美味しい!」とステーキを口に運びながら、野菜をもりもり食べる。
「ほらな、野菜とらな、ジョージみたいなええ身体にはなれへんのやで」
ダニーがマーティンに言う。
マーティンがしぶしぶ、温野菜を皿に取った。
デザートのクランベリーシャーベットまで、3人はジョージの初仕事の話で盛り上がった。
「じゃあ、お前の走ってる姿が車体の横っ腹に印刷されたバスがNY中を走んねんな」
「ええ、もうすぐだそうです」
ワインも終わり、マーティンがチェックを済ませた。
あとで折半せな。
ダニーは、ジョージと夕飯を食べる回数が多いせいで、最近懐具合が寂しい。
でもその後の二人の濃密な時間を考えれば、お金など関係なかった。
「今日はご馳走様でした。最高のステーキが食べられました。こんなの初めてです」
ジョージが二人にお辞儀した。
「ええねん、ほんまにめでたいな」
「うん、ジョージ、がんばんなよね」
「ありがとうございます」
ジョージはダウンタウン方向、二人はアップタウン方向に分かれて、タクシーに乗った。
「やっぱりいい子だね」
マーティンが感心している。
「ああ、ほんまにええ子や」
ダニーは感慨深げに頷いた。
翌日、ダニーはマーティンを誘って、夕飯を食べた。
一風堂のラーメンだ。
熱いラーメンを美味しそうに食べるマーティンを見ながら、ダニーは言った。
「昨日は、ほんまありがとな」
「なんでダニーがお礼言うのさ?」
マーティンが訝る。
「だって、お前、俺とジョージの仲疑ってたやないか」
「なんかジョージ見てたらさ、ありえない気がしてきたんだよね。疑う自分が恥ずかしくなっちゃって」
「そうなん?俺は?」
「ダニーは限りなく怪しいよ」と言って、マーティンはくすくす笑った。
「どうせ、俺はそうなんやなぁ」
ダニーも麺をすすった。
「ウソだよ。でも、ジョージが付き合ってる人って一体どんな人なんだろうね。すごくいい人なんだろうね」
「あぁ、そやろうね」
「もっと仲良くなったら4人で食事もいいかもね」
「あぁ」
思わず言葉が少なくなるダニー。
「今日は替え玉食べへんの?」
「うん、食べる。替え玉クダサイ。カタメ」
つたない日本語で伝えると、ウェイターは嬉しそうな顔をした。
食べ終わってタクシー乗り場で車に乗る。
「アッパーイーストエンド」とだけダニーが告げると、マーティンが手を握ってきた。
ダニーも握り返す。
二人して、マーティンのアパートに入り、コートを脱ぐと、そのままベッドルームに直行した。
キスをしながら、お互いの服を脱がせていく。
最後のトランクスになって、マーティンが「今日は僕が入れていい?」と聞いてきた。
「あぁ、ええとも」
ダニーがトランクスを脱ぐと、元気なペニスが飛び出した。
「わぁ、ダニー、エッチだね」
「お前のキスのせいや」
先っぽからとろとろと先走りが光っている。
「お前も早よ脱げ」
「うん」
マーティンは、またベッドサイドの引き出しから蛇ローションを取り出した。
今度は真っ赤だ。
「またちゃうやつかい?」
「これ、いちご味で美味しいんだよ」
マーティンはダニーのペニスに塗ると、ぺちゃぺちゃ舐め始めた。
「んんん、なんか熱うなってきたで」
マーティンはぱくっと咥えると本格的にフェラチオをしかけてきた。
「お前、そんなんしたら俺、もたへんよ」
「大丈夫!」
確かににイキたいのに、まだイケない感がある。むずがゆい。
「中にも塗るね」
マーティンはダニーの中に指を入れてかき回した。
「あぁ、かゆい。早よ入れてくれ、マーティン」
「待って、僕も塗るから」
マーティンは自分のペニスにも十分に塗ると、急にダニーの口に突っ込んだ。
「うぐっ」
「ほら、美味しいでしょ」
「ほんまや、いちごの味や」
ダニーも真似してぺちゃぺちゃ舐めた。
マーティンのペニスが反り返る。
「それじゃ、いくね」
「あぁ、かゆい。早う」
マーティンはぐいっとダニーの中に突っ込んだ。
前後左右に動く。
「あぁ、ええわ、ええ気持ちや」
そのまま二人は40分も繰りかえしていた。
「そろそろ、俺、イキたい。マーティン、イカせろ」
「うん、僕も、じゃあいくね」
マーティンはリズムを早めに切り替えて、腰を打ちつけた。
「あぁあぁ、もうだめや、俺、出る!」
ダニーが先に身体を痙攣させた。
腹の上でペニスがぴくぴく動いている。
マーティンも「あぁー」と言うと中で果てた。
マーティンの痙攣がダニーの中に響く。
二人とも汗だくだ。
ごろんと横になるマーティン。
荒い息をついている二人。
「お前、どんどんエロくなるな。誰かとこれ使ってやってんのとちゃう?」
「ばか、ダニーとだけだって言ってるでしょ」
マーティンはむすっとして背中を向けた。
「わかった、わかった、ごめんな、シャワーしよ」
「うん」
二人は、手をつないでシャワールームへと消えた。
ダニーとマーティンは、同時に鳴り響く二台の携帯電話の音に目を覚ました。
電話は支局からで、時計を見るととっくに始業時間を過ぎている。
「あかん、寝過ごした!」
「あのまま寝ちゃったんだ!」
二人は同時に叫んで跳ね起きると、急いで身支度を始めた。
シャワーどころか、ダニーは髭を剃る時間もない。
くしゃくしゃの寝癖頭とうっすらのびて目立つ髭のままアパートを飛び出した。
オフィスに着くと、サマンサとヴィヴィアンが書類の整理をしていた。
「遅いっ!二人とも何やってるのよ!」
「すまん、寝坊した」
「あんたたち、来たらすぐにオフィスに来いってボスが呼んでたよ。早く行きなさい」
ヴィヴィアンに言われ、思わず顔を見合わせる。
「ボスは怒ってた?」
「もうカンカンよ!私、知〜らない」
サマンサのありがたいお言葉をもらい、二人は重い足取りでボスのオフィスに向かった。
ドアをノックすると、入れと言うぶっきらぼうな声が聞こえた。
恐る恐る室内に入ると、見るからに不機嫌そうなボスが待っていた。
「・・・ボス、おはようございます」
「バカもの、揃って遅刻とは何をやってるんだ!それでも捜査官か!」
「すみません」
「順番に説明してもらおうか。マーティン、どうして遅刻したんだ?」
マーティンはなんとか目覚まし時計が止まっていたと嘘の説明をした。
続いてダニーも同じように説明するが、もちろんボスはそんなことを信用してはいない。
退屈な言い訳にうんざりした様子で二人を交互に見つめている。
どんな言い訳をしても、同時に遅刻したことが何よりも物語っているのだから。
ようやく小言から解放されたときには、二人ともへとへとになっていた。
肩身の狭い一日が終わり、ダニーは時々行く小さなバーに立ち寄った。
カウンターしかない半地下の店内は静かで気持ちが落ち着く。
いつ来ても待っていたかのように馴染む雰囲気が気に入っている。
初老のバーテンダーがいつものようにミントジュレップとピスタチオを差し出して後ろに下がった。
考えてみると、こうして一人で過ごすのは久々かもしれない。
いつもマーティンに縛られている気がするが、それはそれで満足している。
ジェニファーとの情事だってうまくこなしているのだ。決してがんじがらめではない。
そんなことを思いながら、ゆっくりとミントジュレップを啜って目を閉じた。
アパートのドアを開けると、マーティンが抱きついてきた。
「おかえりー、遅かったね」
「あ、うん、ちょっとバーに寄ってきた」
そう言いながら抱擁を返す。一人の時間はあっけなく終わってしまった。
苦笑するダニーに、マーティンはライ麦パンを持ってきたのだと言った。
「ああ、今朝のパンか。食べ損ねたもんな」
「でもさ、焼きたてじゃなくなっちゃった。ごめんね」
こういうとき、ダニーはとてもマーティンらしいと思う。バカバカしいぐらい真剣なのだ。
「平気平気、晩メシに食べよか」
そう言うと、マーティンはうれしそうに大きく頷いた。単純でかわいい。
二人は手を洗って、ライ麦パンとバターだけの夕食を食べ始めた。
翌日、ダニーは出勤途中でマーティンと一緒になった。
「ボン、おはようさん」
「あ、ダニー」
「今日な俺、内腿が筋肉痛やねん」
「え、それって」
「そや」
マーティンはみるみるうちに赤くなった。
「お前、あのローションの虜ちゃう?」
「だって、気持ちがいいじゃん」
「何が気持ちがいいの?」
急に後ろから声をかけられて、二人は飛び上がった。
サマンサだ。
「マ、マッサージや、ボンがな、肩こりがひどい言うてたから紹介してやったんや」
とっさにダニーが機転を利かす。
「そうなんだ、上手なわけ?」
「うん、すごく上手だったから、気持ちが良かったんだよ」
「サマンサにも紹介したろか?」
「ううん、私、この頃、マッサージは間に合ってるから」
また右手の指輪をぐるぐる回して、「じゃあ、お先にね」と行ってしまった。
「危なかったな」
「僕、ドキドキしちゃったよ」
二人はオフィスに急いだ。
事件もなく一日が終わる。
「それじゃ、俺、帰るわ。お先」
ダニーは、フェデラルプラザ前の広場に急いだ。
探すがいつものダッフルコート姿が見えない。
すると黒皮のロングコートの男が近寄ってきた。
「ダニー!僕だよ!」
「何や、お前、マトリックスのモーフィアスみたいやな」
「でもスキンヘッドじゃないよ!これスタイリストの人がくれたんだ。似合う?」
「似合いすぎて恐ろしいで、どこ行こか?」
「ビッグ・ママの店」
「よっしゃ、行こ」
二人はタクシーに乗った。
いつものように歓待を受けた後、クリュッグのグラン・キュベが出された。
「またお前買ったんか?」
「うん、家の冷蔵庫じゃワインの保存は無理だから」
「だから、何でもママにまかせておけばいいのさ。ダニーも何かあったら持ってきな」
ビッグ・ママがグラスに注ぎながら言う。
「俺、安酒しか飲まへんからな、また今度な」
「ああ、そうさね」
二人で乾杯する。
オイスターシューターと小エビのガーリック煮込みを摘みながら、わいわい仕事の話をする。
「秋冬のコレクションが8つ決まったから、すごく忙しくなりそう」
「すごいやん」
「それでも数減らしてもらったんだ。バーニーズには休みもらったから、しばらくはデザイナーのアトリエで過ごすことが増えそうなんだ」
「ふうん、それも退屈やな」
「仕方ないよね、それも仕事のうちだから」
お楽しみのガンボは今日はオマール海老と渡り蟹が入ったスペシャルバージョンだ。
「ママ、すごいや、ありがとう!」
ジョージが礼を言う。
「これから頑張って仕事してもらわなきゃならないからね、さあお食べ」
「うん!」
二人は、熱々のソースがかかったライスをがつがつ食べた。
食べ終わり、二人はジョージのアパートに帰った。
ベッドの中で運動した後、二人はふぅと息をついて横になった。
「なぁ、お前、契約金入ったんやし、このアパート引っ越したら?」
「どうして?気に入ってるんだけど、だめかな」
「お前がええならええんやけどさ」
「契約金は両親に送ったから手元にないんだよ」
「え?全額?」
「うん、僕を育ててくれたお礼。そういえば、ダニーのご両親ってどこにいるの?」
「うちか?11の時に交通事故でな」
「えっ、お二人とも?」
「そや、それからは里親と施設の往復やったから、親孝行できるお前が羨ましいわ」
見るとくっくっとジョージが泣いている。
「お前、何で泣いてんの?」
「だって、すごい過去じゃない?ごめんなさい。僕、知らなかった」
「でも、こうやってFBIになれたし、俺は俺なりに幸せなんやで。もう泣くな」
「僕、ダニーをもっと幸せにしたい」
「もう十分幸せやけどな」
「だめだよ、もっともっと幸せにならなくちゃ」
ジョージはそう言うと、ダニーをぎゅっと抱き締めた。
ダニーも勢いにまかせ、ぎゅっと抱き返した。
ライ麦パンとバターだけの夕食の後、二人は一緒にバブルバスに浸かった。
マーティンはダニーの髭をそっとなでて、ふふっと思い出し笑いをしている。
「何や?」
「ん、今朝のこと思い出してた。ダニーの頭がくしゃくしゃでさ、髭も剃ってないんだもん」
そう言うとまた可笑しそうにけたけた笑い出す。
ダニーもつられて朝よりもさらにのびて目立っている髭に触れた。指先がぞりぞりする。
「これ、面倒やから明日の朝剃るわ」
「なんかさ、剃るのもったいないね」
マーティンは楽しそうに髭を両手で包んだ。
「なんで?お前もしかして髭フェチなん?」
「なっ、違うよ!僕は髭が似合わないけど、ダニーはすごく似合うから。フェチとかじゃなくて、ただそれだけだよ」
「そやろ、オレもセクシーやなって自分で思てんねん。男のフェロモン出まくりやし」
「バカ!」
マーティンにばしゃっとお湯をかけられ、ダニーはやり返しながら圧し掛かった。
「マーティン」
「ん?」
ダニーはバスタブの端に圧しつけたまま見つめ続けた。どぎまぎするマーティンを見ているのは楽しい。
こうして眺めているといじめてみたくなる。
青い瞳をじっと見つめると、マーティンは上気させた頬をさらに赤くした。
「ねえ、そろそろ出ない?」
「まだあかん」
「じゃあさ、そんな風に見るのやめてよ。恥ずかしいよ」
「いやや」
「ダニーは意地悪だ」
マーティンはそう言うと、ダニーの目を手で目隠しで覆った。本当に見えていないか覗き込んでくる。
ダニーはぐいっと顔を引っ張ると、キスして舌をこじ入れた。
「ちょっ!んっ、んぅぅ!」
小さく喘ぐのを聞きながら、ダニーは存分に口の中を味わう。
時間をかけてキスしていたが、さすがにのぼせそうになってしまった。
二人はざっと体を洗い流して冷蔵庫に直行した。
ペットボトルのフタを開けるのももどかしいぐらい体が水を欲している。
ごくごくと勢いよく水を飲み、ふーっと大きく息を吐いた。
「もうちょっとでのぼせるとこやったな」
「ダニーが悪いんだからね」
「ごめんな。ほら、これで堪忍や」
ダニーはくくっと笑いながらマーティンの柔らかな頬にペットボトルを押し当てた。
トランクスだけ身に着けて、丁度やっていたローズマリーの赤ちゃんを見ていると、マーティンの携帯が鳴った。
「あれ?サマンサからだ。何だろ?」
「とりあえず出てみ」
ダニーはTVの音を少し小さくした。また失踪事件かもしれない。
電話に出たマーティンは少し話しただけですぐに電話を切ってしまった。
「呼び出しか?」
「ううん、明日は遅刻しちゃだめだって。モーニングコールで起こしてあげようかって言うから断ったんだよ。
次はダニーにかけてくるんじゃない?」
「あほやな、サムはお前のこと狙てるんや。オレにはそんなん言うたことないで」
サマンサの魂胆はわかっていた。だが、それでもやっぱりおもしろくない。
ダニーは少しムッとしながら映画に意識を引き戻した。
マーティンがおずおずと手をつないでくる。嫉妬したのが後ろめたくてしっかりと握り返した。
「このアパートってどこだっけ?見たことあるけど思い出せない」
「ダコタハウスやん」
「あっ、そうだ!いつも見てるのにおかしいなぁ・・・」
マーティンは不思議そうに首を傾げている。
「まあ周りが今より殺風景やからな。最後まで見るんやったらパジャマ着よう」
「ううん、怖いからもういい」
「こんなんで?お前しょぼいなぁ、今どき小学生でもびびらへんで」
ダニーはわざとからかいながらTVを消した。無理強いするほどガキじゃない。
唇をとがらせるマーティンの手を引いてベッドルームに連れて行った。
ダニーが地下鉄の駅に向かって歩いていると、クラクションが鳴った。
黒のBMWからアーロンがにこやかに手を振っている。
「ダニー、乗りなよ」
「いや、でも・・・」
「ご近所なんだから遠慮しないで。さ、どうぞ」
「ほな、乗せてもらうわ」
本当は自分のアパートに帰る予定だったが断るわけにいかない。
仕方なく礼を言いながら車に乗り込んだ。
後部座席にドッグフードの大袋が入った紙袋がいくつもある。
「スタウトの?」
「うん。あいつ、よく食べるんだよ。だからまとめ買いするんだ」
「ああ、デブチン犬やからなぁ」
「もう少し散歩に連れて行ってやれたらいいんだけどね、僕だと手に負えないから」
アーロンは苦笑しながら困ったように説明した。
「CJは自分の犬やのに散歩に連れて行ったらへんの?」
ダニーは思わず聞いた。
「それがさ、朝は弱いし、帰ったら疲れてて行かないんだ。それであんなに太っちゃって」
―あいつ、ほんま最低やで!犬飼う資格なんかあらへん!
ただでさえ悪徳弁護士として軽蔑しているのに、ダニーはますますCJが嫌いになった。
アンナ・ニコール・スミスの遺産など、当たり障りのない話を適当にしているうちにイーライズが見えてきた。
「僕は夕食を買うけどダニーは?買わないなら先に送ってあげるよ」
「いや、オレも買うわ」
二人は路上に車を停めてイーライズに入った。
アーロンは二人分の夕食をあれこれ買っている。
ダニーは特に欲しいものがなかったので、バナナとオレンジジュースだけ買った。
車を出そうとするとアーロンの携帯が鳴り響いた。
「あ、ちょっと失礼」
アーロンは電話を切った後、ふーっと大きくため息を吐いた。
「どうかしたん?」
「CJが今夜は帰らないって。もう少し早く電話くれればいいのに・・・」
無理に笑う横顔が寂しそうだ。
「そうだ、さっきデリでたくさん買ったから、半分持って帰ってよ」
「ええよ、そんなん」
「いいんだよ、明日になるとおいしくなくなるから」
アーロンは強引にデリの袋をダニーの腕に押しつけた。
アーロンと別れてアパートに帰ると、マーティンがピザを選んでいるところだった。
「ただいま」
「ん?今日は自分ちに帰るって言ってたのにどうしたのさ?」
「アーロンに会うてな、アパートまで送ったろって言われて断れなんだ」
「ふうん、そうなんだ。まあいいや、ダニーに会えたから」
マーティンはダニーの体にぴとっとくっついた。
あまりにも嬉しそうに抱きつくので、ダニーは戸惑いながら抱擁を返す。
「あ、ピザはいらんで。晩メシにこれ食べよう」
ダニーはデリの紙袋をテーブルの上に置いた。
スモークサーモンやバッファローウィング、寿司などがいろいろ入っていて、覗き込んだマーティンが驚いている。
「何これ、こんなに買ったの?」
「いいや、アーロンにもらった。CJが帰らんからいらんようになってしもてな」
「あいつさ、きっとヴィヴが証言して不利になったからだよ。また新しい手口でも考えてるんじゃないの?」
今度はあいつがこてんぱんにされる番だ、マーティンは少し意地の悪い表情を浮かべた。
「そうかもしれんな。アーロンには悪いけど、あのアホにはええ気味や」
ダニーは意地悪な顔のマーティンが可笑しくて髪をくしゃっとした。
「ダニィ」
マーティンがにんまりしながら拳を突き出している。ダニーはガツンと拳を合わせた。
それからの3週間、ダニーはジョージと会わない日が続いた。
とにかくジョージが忙しすぎて、時間が取れないのだ。
これがファッション業界なんかぁ。
ダニーは初めてその激務を知った。
マーティンはご機嫌だ。
夕飯に誘えば、いつでもダニーが承諾してくれる。
エドがなかなかシャンハイから帰ってこない今、肌寂しい時はダニーがいてくれる。
マーティンはすっかり安心しきっていた。
ダニーは、珍しくマーティンに誘われなかった夜、シーズ・バーに寄った。
エリックがお辞儀をして迎えてくれる。
「一人や、カウンター頼む」
飲み物が出てくるのを待っていると、奥で、ケンとヒスパニックの長身の男がいるのに気がついた。
見ると男がケンの尻を触っている。
ケンも嫌がるふりがない。
ダニーはいてもたってもいられず、思わず中に入った。
「お待たせ、ケン。こっちの人は?」
「なんだ、相手がいるんじゃないか。誘うなよ」
ヒスパニックの男性は腹立たしげに席を立った。
「ダニー、邪魔しないでよ」
「お前、ギルとより戻したんやないんか?」
「そのギルは、サンフランシスコに出張中なんだよ。ほっておいてよ」
エリックがモヒートを持ってきた。
「ありがとな」
「ダニーこそ、何してんだよ。聞いてるよ。黒人の愛人が出来たって」
「何やて?」
「あのモデルの子でしょ?あの身体見たら、うずくよね」
ケンが一瞬いやらしい表情をした。
「そんなんやあらへん。友達や。ホロウェイやろ、言うたのは」
「うん、ダニーは黒人に夢中って言ってたよ」
「あほホロウェイ!事実を捻じ曲げてほしくないわ」
「じゃあ関係ないの?」
「ああ、友達!覚えておいて欲しいわ」
「わかった、何か安心したな」
「何で?」
「ダニーを黒人に取られたくないもん」
「俺は誰にも取られてないで」
「でもさ、とにかく安心した」
「お前、腹減ってないか?」
「すいてるけど」
「じゃ、ラーメン食いに行こ」
二人は「一風堂」に行った。
ケンは「東京と同じだ!」と興奮している。
ビールを飲み、ラーメンとご飯でお腹を一杯にした。
「ねぇ、僕さ」
話しながらケンが足元をふらつかせる。
「分かった、家まで送るわ」
二人でケンのアパートに寄った。
「僕、眠いよ」
「そやな、鍵出せ、開けるから」
セキュリティーを通って、ケンの部屋に着く。
ケンをどさっとソファーに置いたが直後、ケンがダニーのコートを分け、パンツのホックをはずした。
「お前、何する・・」
あっと言う間に、ケンの口の中にペニスが吸い込まれる。
「あぁ」
ダニーは思わずソファーに座った。
ケンはそのまま跪いてダニーのペニスを舐めまくる。
「だめや、俺、出そう」
「ベッドに行こうよ」
二人はベッドの両端で洋服を脱いで屹立しているペニスをさらした。
「ケン、お前に入れたい」
「来て、ダニー」
ダニーはケンを四つんばいにさせると、腰を入れた。
何度も打ち付けるとケンがあえぐ。
その声にさらに興奮してリズムを早めた。
つるつるのなめらかな肌がダニーの肌にまとわりつく。
「ああ、いくで!」
「僕も!」
二人はほぼ同時に射精した。
ケンの上に寝転がるダニー。
「俺、めっちゃ自己嫌悪やわ。ギルにあわす顔がない」
「秘密だからさ、アランにも言わないし」
「お前、いつかは命落とすで。バーでなんか相手探すな」
「僕、空手5段だよ、大丈夫だよ」
「へ、そうなんか?お前とは殴りあいはよすわ。とにかく浮気の相手は選べ。出来れば、浮気して欲しくない
血液検査してるか?」
「もちろん、定期的にしてるよ。でもさ、それならダニーが相手してくれるの?」
「・・・・・」
「僕はさ、ダニーが寝てくれれば、浮気しないと思うんだ。考えといて」
そう言ってケンはシャワールームに去った。
ダニーは一人、ベッドに残されて、余計にややこしくなった自分の人生を考えていた。
ジョージの不在が6週間に伸びた。
ダニーは気がつかなかったが、いらいらを周りにぶつけていたようだった。
マーティンに「ダニー、何かあったの?」と尋ねられ、初めて気がついた。
「何?俺?何もないけどな」
「最近、いらついてて怖いよ、サマンサも言ってたよ」
「そうか、気をつけるわ」
そんな時、携帯が震えた。ジョージからだ。
「僕、モーフィアスになっちゃいました」
というメッセージとともに綺麗に刈られた頭の写真が送られてきた。
思わず笑うダニー。
「いい知らせ?」マーティンが訝る。
「友達からの冗談メールや」
ダニーは大切そうに携帯をデスクの上に置いた。
すぐに次のメールが入る。
「ダニーはネオだから僕はダニーを守るんだよね。でもダニーが最終的には僕を救ってくれるんだ」
こいつマトリックスオタか?
ダニーはほくそ笑みながらメッセージを読んだ。
いよいよジョージが帰ってくる日が来た。
ダニーはさりげなく携帯に伝言を残した。
「今日は事件がないから早く上がれるけど」
メールが返ってくる。
「会いたい、会いたい、会いたい!アパートで待ってる」
ダニーは、仕事が終わるとがさがさとデスクを片付け、帰り支度を始めた。
「ダニー、今日、ご飯食べない?」
マーティンがいつものように尋ねる。
「今日はちょっと用があるんで、ごめんな」
ダニーはふっとんでエスカレーターに乗った。
マディソン街までなのに遅く感じる。
ジョージのアパートについて、チャイムを押した。
「はい」
「俺や」
「ダニー!」
開錠され、ダニーは上に上がる。
ドアを開けてジョージが待っていた。
まさにモーフィアスのようだった。どんどん洗練されて美しくなっている。
ダニーは息を飲んだ。
「入って!」
「ああ!」二人はドアを締めると、すぐに抱き合いキスを交わした。「会いたかったよ!」「俺もや、お前が恋しかった」
「ご飯まだでしょ?自家製ガンボを作ったから座って」
ダニーはコートとジャケットを脱ぐとダイニングに座った。
チキンとオクラのガンボが用意される。
「ワイン、どうぞ」
見たこともないイタリアの白ワインだった。ダニーは乾杯を待った。
「それじゃ、乾杯」
「おかえり、ジョージ」
「ただいま、ダニー」
二人は微笑み合った。
ジョージのガンボもビッグ・ママに負けない位のこくのある味だった。
「お前、料理上手いのな」
「母の見よう見真似です」
二人は食べ終わり、ソファーに移動した。
ワインを飲みながら、キスを始める。
「俺、もう我慢できへん」
「僕もだめだ」
二人はベッドルームに移った。
急いで服を脱いで全裸でベッドに横たわる。
「え、お前、どうしたん!」
ダニーがジョージを見て驚いた。
35cmのサイズが変わっていたのだ。
「あ、これ、話そうと思ってた。何箇所かのメゾンで僕のこれが大きすぎるってクレームが出たんだ。
だから短くする手術をLAで受けたんだよ。だから帰るのが遅くなったんだ」
「そこまでやらにゃあかんのか?」
「デザイナーの意向だもん。僕も普通のサイズになって嬉しいよ」
といっても25cmはあろうペニスが屹立している。
「ねぇ、僕が入れていい?初めてなんだ」
「ああ、もちろん」
ジョージはミント・ローションをダニーの中に塗りこんだ。
「あぁ、ええ気持ちや」
「もっといい気持ちにさせてあげる」
ジョージは自分のペニスにも塗ると一気に腰を進めた。
「あぁ!すごいで、お前、奥まで来てる!」
「僕も根元まで入れたの初めてだ!」
ジョージは、その後縦横無尽にダニーの中を動きまわった。
「あぁ!俺、もうだめや、出る!」
ダニーはジョージの腹に射精した。
ジョージはダニーの痙攣を感じながら思う存分ダニーの中に精を放った。
ダニーがデスクで新聞を読んでいると、サマンサが寄ってきた。
「おはよう、ダニー。これ、約束のDVD」
「おっ、King of the Hillか?」
「そう。深夜にこれとハーゲンダッツがあれば無敵よ」
「ほんまや。ありがとう、楽しみやわ」
ダニーは受け取ったDVDを早速ブリーフケースにしまった。
DVDを渡し終えてもサマンサは自分の席に戻らず、辺りを窺いながらこそこそしている。
「どうしたん?オレと一緒に見たいんか?」
「やあね、違うわよ。別に見てもいいけどそうじゃないの。あのね、昨日の人を紹介してくれない?」
「昨日?」
「ほら、ヴォーンみたいなイケメンと車に乗ってたじゃない。ダニーと親しいんでしょ?ね、お願い!」
サマンサは照れながら期待に満ちた目を向けてくる。
―うわっ、それってアーロンやん!見られてたんか!
ダニーは言葉に詰まった。大体、サマンサはマーティンを狙っていたはずなのに勝手過ぎる。
「あいつな、マーティンとも知り合いやで。それでもええの?」
つい意地の悪い聞き方をしてしまった後、何気ないふりでサマンサの表情を盗み見た。
さっきまでの照れが消えて思案顔をしている。それがなんとなく打算的に思えてむっとした。
育ちや外見だけじゃなくマーティンの中身をみてほしい。
それにマーティンもアーロンもゲイだ。なんて見る目のない女だろうと思うと逆に気の毒にも思える。
「ねえ、マーティンは怒ると思う?少なくとも気にするかしら?」
「なんで?怒る理由もないやろ。気にするかどうかはオレにはわからん」
ダニーは恋愛に愚鈍な男を演じながらとぼけてみせた。サマンサはまだ考え込んでいる。
結果を知っている身としては、どちらを選んでも無意味だということを教えてやりたかった。
「ねえ、僕がどうかしたの?」
いつのまにかマーティンが席に戻っていた。
「え、あ、いや・・・なぁ?」
「え、ええ」
突然のことで、ダニーもサマンサもしどろもどろになってしまった。
「何?はっきり言ってもらいたいな」
マーティンは機嫌を損ねたらしく、二人を代わる代わる見つめる。
「わかった、言うわ。サマンサがアーロンのことヴォーンに似てるなって言うてただけや」
「ああ、似てるね。それで?どうして僕が関係あるわけ?」
マーティンは素っ気なく言い放った。このままでは引き下がらないという明確な意思を感じる。
サマンサは黙りこくったままだし、ダニーもこれ以上は説明したくてもできない。
やがてボスとヴィヴが来て、三人はそれぞれミーティングの席に着いた。
ランチの時、ダニーは今朝の話をマーティンに説明した。
マーティンはたいして興味もなさそうにふうんと頷く。
「あのさ、それってアーロンより僕が好きだってこと?」
「さあどうやろな、またちょっとちゃう気がするけど。お前、そのほうが嬉しいんか?」
「ううん、僕にはダニーがいるから。どっちにしたって関係ないよ」
マーティンはそう言っていたずらっぽく笑うと、勢いよくチキンサンドにがっついている。
―それに二人ともゲイやからあかんしな・・・
同じように苦笑しながら、ダニーはさすがに気がとがめた。だが、どうなるものでもない。
「サムにはフランス人でも紹介してあげれば?年下だけど問題ないと思うんだ」
「いや、年が違いすぎるやろ。ほら、ポテト食べ」
ダニーは話題を変えながらカーリーポテトを口に入れた。
ダニーとジョージは、ビッグ・ママの店で、夕飯を食べていた。
ジョージの調子がおかしい。額に汗を浮かべて、苦しそうな顔をしている。
「お前、どうした?」
「ダニー、ごめんなさい。あそこが痛い。めまいもする」
ダニーは急いでビッグ・ママに告げてタクシーを呼んでもらった。
「すぐ病院やからな、安心せい」
「うん・・」
ジョージは眉間にしわを寄せて苦しそうにしている。
ダニーは宿直がトムでなければいいなと願っていたが、願いはかなわなかった。
「おう、お前の友達かよ」
「とにかく苦しそうなんや、なんとかしてやって」
トムが処置室から出てきた。
「男の大事な部分が化膿してる。それで発熱したんだ。雑菌が入るようなところにさらしてないだろうな」
「は?どういう意味?」
「たとえば、人体の中とかだよ」
ダニーは質問の意味を理解して反撃した。
「俺とジョージは友達やねん。そんなんあらへん」
「本当だな。お前との約束覚えてるか?」
「ああ、一言一句覚えてる。そんなんやないねん、早く楽にしてやってくれ」
「わかった」
トムは鋭い視線とダニーに向けたまま、処置室に入った。
抗生物質の点滴で明日朝、退院できると分かる。
「俺が迎えにくるから」
「アランは知ってるのか?」
「関係ないやんか」
ダニーはトムに捨てセリフを残して、病院を後にした。
家に帰ると、アランがソファーでブランデーを飲んでいた。
「ただいま」
「おかえり。お前、ジョージと友達になったのか?」
単刀直入な質問だ。
「いつのまにか、そうなってた」
「トムから連絡が来たよ、それで、お前迎えに行くの?」
「ああ、あいつNYで一人っきりやねん。俺、行く」
「そうか。それじゃ僕はまだ原稿の推敲があるから、仕事するよ、勝手に寝なさい」
「うん、わかった」
ダニーは打ち捨てられた気分を味わいながら、着替えて、シャワーを浴びた。
仕方がない。ジョージが好きなのは真実なのだから。
翌朝、背中を向けて寝ているアランを見ながら、ダニーは目を覚ました。
マスタングでジョージを迎えに病院に行く。宿直明けのトムが待っていた。
「病状は安定。抗生物質の投与で治るだろう。本当に、お前は寝てないのか?」
「当たり前や。友達やもん。ありがと」トムの射るような視線から逃れたくて
言葉少なにダニーは答えた。
ふらふらしているジョージをダニーは受け取った。「大丈夫か?」「あぁ、ごめん、
本当にごめんなさい。僕ももう一人で大丈夫だから。」「あほ、家まで送るよ」
マスタングに長身のジョージを納めて、車は発車した。
「今日は仕事休め」「うん、分かった」
「俺が、仕事終わったら家に行くから」
「そんな」「あたりまえやん。お前が心配やん」
「ありがとう、ダニー、本当に」
ジョージはまた目を閉じた。
ダニーは、ジョージを肩にかついで、鍵でアパートに入った。
ベッドに横たわらせ、水のペットボトルを傍らにおいて、
アパートを出、オフィスに向かった。
ニューヨーク・ファッション・ウィークが始まった。
ジョージは抗生物質を投与しながら、8メゾンのショーをこなしている。
ダニーは、ワイアー・イメージの画像配信で、ジョージの活躍を見ながら、過ごしていた。
こんなパーティーにも出てるんや。あいつどんどんビッグになっていく。
ダニーは寂しい思いを感じていた。
幸い、アランもあと1週間にせまった全米精神医学シンポジウムの準備でおおわらわだ。
ダニーも一息ついて仕事に没頭できた。
「ね、今日、ラーメン食べに行こうよ」
マーティンが誘ってくる。
「ごめんな、俺ちょっと忙しいねん、また来週にしてくれへん?」
マーティンは頬をふくらませて「分かったよ」と答えた。
アランのシンポジウムまでの間、家で家事をやろうと決めているダニーだった。
イーライズで、デリを買って、家に帰る。
「ただいま!」するとバスタオルを巻いたトムが出てきた。
「おう、アランなら寝てるぜ」
「ちょ、ちょっとそれ、どういう事?」
「お前が一番よく知ってるだろう」
トムはシャワーを浴びにバスルームに行った。
ベッドルームに入ると、アランがだるそうにまどろみしていた。
「アラン!何してるんや!」
「うーん、寝かせてくれよ」
アランは寝てしまった。
ダニーはこれは罰だと思った。
アランに内緒でジョージと寝ていた罰だと。
トムは身支度を整えて現れてた。
「ダニー、アラン、相当参ってるぜ。どうにかしてやれ。俺が誘ったんじゃないからな」と言って、
ドアから出て行った。
そんなこと言われても、俺、何にもできへんわ。
ダニーはベランダに出て、コントレックスを飲みながら、ため息をついた。
トムと寝ているアランを糾弾することもできない自分が、情けなかった。
こんな形で二人で暮らす意味があるのだろうか。
ダニーは頭をかかえた。
ダニーが支局を出ると、サマンサがダニーと呼びながら追いかけてきた。
「何や?」
「私、マーティンに嫌われたみたい」
「なんで?」
「私と目が合うと急いで逃げちゃった。それにダニーの友達を紹介してもらえなんて言うのよ」
「ああ、そいつな、ええ奴やけど10ぐらい年下やねん。あかんやろ?」
「いいもなにも、私じゃ相手にしてもらえないわよ」
サマンサは寂しそうに肩を竦めて自嘲気味に笑った。
「いい男はみんな結婚してるかゲイなのよね。あーあ、マーティンには嫌われるし・・・」
「そのうち誰か見つかるわ、元気出し」
ダニーはぽんと軽く肩をたたいた。
「今から飲みに連れて行って」
黙りこくったまま歩いていたサマンサが突然言い出した。
「え?」
「いいでしょ、たまには二人で行きましょうよ。私たち、前はよく行ってたじゃない」
「しゃあないなぁ、ほんまに一杯だけやで」
ダニーは何度も念押ししたが、サマンサがすでに飲む気満々なのが恐ろしい。
酔いつぶれた時のことを考えて、トライベッカのバーに行こうと言った。
それならすぐにアパートに送っておさらばできる。
「嫌よ!ダニーの友達がいる店にして。モンキーバーにいるんでしょ?」
サマンサは返事も聞かずに歩き出した。
あの様子じゃ止めても無駄だ、ダニーはやれやれと思いながら後に続いた。
二人がカウンターに座ると、スタニックがカクテルを作っていた。
ダニーを見て、嬉しそうに会釈している。
「あの子かわいい。彼がダニーの友達?」
サマンサはグラスに傘のピックを飾るスタニックを見つめながら訊ねた。
「そうやけど、悪さしたらあかんよ」
「うるさいわね、悪さなんてしないわよ」
サマンサの声が聞こえたスタニックは少し赤くなっている。
「いらっしゃいませ。ご注文は?」
「オレはドライ・マンハッタン。サムは?」
「私はカシスオレンジ」
時間がまだ早いせいか、カウンターに他の客はいない。
サマンサはカクテルを作るスタニックを楽しそうに眺めた。
ダニーは居心地が悪くて帰ることばかり考えていた。ドライ・マンハッタンを啜る間も気が気でない。
「ねえ、お友達に紹介してよ」
小声でせっつかれ、仕方なくサマンサを紹介した。
スタニックは顔に一瞬寂しさがよぎったものの、すぐにいつものはにかんだ笑顔で自己紹介をしている。
「ダニーの彼女ですか?」
「いいえ、違います!」
きっぱりと断言するサマンサに苦笑いするスタニックを見て、ダニーは申し訳ない思いでいっぱいになった。
スタニックの自分への思いは痛いぐらい知っている。
サマンサに勝手に教えたマーティンを少し恨めしく思いながら、ドライ・マンハッタンを口に含んだ。
サマンサはスタニックに興味がわいたらしく、なんだかんだと話しかけている。
スタニックは律儀に答えながらも、少々困惑したようにダニーを見つめてくる。そろそろ止めたほうがよさそうだ。
「お前、今付き合ってる人いてる?」
ダニーは片目で合図しながら聞いた。どうか気がつきますようにと祈りながら。
「ええ、います」
スタニックが答えた途端、隣を見なくてもサマンサががっかりしたのが気配でわかった。
「そうか、よかったな」
ダニーはそう言うと、残りのドライ・マンハッタンを飲み干した。
サマンサはすっかり勢いをなくして手持ち無沙汰そうにグラスを弄んでいる。
「そろそろ帰ろか?」
「そうね・・・」
ダニーはチェックを頼んで、スタニックにカードを渡した。
バーを出た後、サマンサはアメリの男だったのにと何度も悔しそうに嘆いた。
ダニーは慰める言葉も見つからず、ただ黙っていた。サマンサも味気ない日々を過ごしているのかもしれない。
「なあ、King of The HillのDVD返そうか?」
「いいわよ、他のシーズンがあるから。それに今日は笑えないもの」
サマンサはそう言うと黙々と歩き続けた。いつもの気の強さがすっかり消えている。
ダニーはバカなことをするんじゃないかと心配になってきた。
「なあ、蕎麦でも食って帰ろか?オレがご馳走するわ」
「それ本当?行く!行く!」
サマンサは言うなりダニーの手をぎゅっと握った。指を一本一本丁寧に絡めている。
「おいおい、この手は何やねん!」
「今日だけよ!こうすると恋人みたいでしょ」
「やめてくれ、堪忍や」
そうは言ったものの、ダニーはされるがままに手を貸してやった。
蕎麦屋の日本酒で酔ったサマンサは、アパートまで帰る間も楽しそうにダニーの手を握りしめている。
地下鉄を降りてフランクリンストリートを歩いていると、ジェニファーがベーカリーから出てくるのが見えた。
ダニーは慌てて手を振り払おうとしたが、サマンサは離そうとしない。それどころか、さらにきつく握りしめてきた。
ダニーに気づいたジェニファーはにっこりしたものの、サマンサと手をつないでいるのを見て目をそらしてしまった。
―くそっ!最悪や!ジェンに勘違いされた・・・
違うと説明したかったが、ここはトライベッカだ。どこで誰が見ているかわからない。
それにサマンサに知られても困る。あたふたしているうちに、ジェニファーは行ってしまった。
ダニーは途方に暮れたがどうしようもない。今すぐ追いかけたい気持ちを抑えながら、サマンサをアパートまで送った。
昼近く、ダニーが起きると、すでに傍らにアランはいなかった。
ダイニングからコーヒーの香りが漏れてくる。
ああ今日は土曜日なんねんな。
ダニーは、シャワーを浴びにバスルームに入った。
部屋着を着て出てくると、
アランが何事もなかったかのように「コーヒー飲むだろう?」と尋ねてきた。
「うん」
「もうすぐエッグ・ベネディクトも出来上がるから」
いつもと変わらない休日の光景だ。
どう会話していいか分からず、ダニーは、シャーデーのCDをかけた。
ダイニングに座ると、アランがコーヒーマグを差し出した。
ブルーマウンテンの香りが気持ちがいい。
「なぁ、明日、食事会をしないか?」
突然アランが言い出した。
「はぁ、誰と?」
「ジョージには、タブロイドによると付き合っている人間がいるそうじゃないか。
その人物を呼んで、4人でディナーをさ」
ダニーはここで迷っては浮気を確信されると判断した。
「ええなぁ、ジョージの都合聞いてみよか」
「ああ、そうしてくれ」
ダニーは、ベランダに出て、ジョージに携帯で電話した。
「ダニー!この間はありがと!元気?!」
「それがな、お前に頼みがあんねん。明日、アランが食事会したいいうてな。
お前に友達を連れてきて欲しいねん。それもつきあってるような友達を」
「えっ」
思わずジョージはだまった。
しかし勘の働くジョージだ。
すぐに状況を察したのか、「感じのいいのを連れて行きます。ディナーだよね」と答えた。
「すまない」
「いいんだよ」
ダニーは努めて明るい顔で、「ジョージも喜んでたで。明日OKだと」と答えた。
「そうか、それじゃあ家で何か作ろう」
「そやね、それが一番や」
その夜、アランはまだ原稿推敲中というので、ダニーは先にベッドに入った。
トムとアランが寝たベッドだ。
むしゃくしゃして眠れそうにない。
ばたんばたん寝返りをうっているうちに、疲れていつのまにか眠りについた。
翌日、アランとダニーは、イーライズに買い物に出た。
新鮮なハーブに野菜やイベリコ豚のブロック、真だこと鯛の刺身など買い求める。
「今日は赤ワインがいいだろう」
アランが最近お気に入りのコンチリオというイタリアの作り手のワインを4本カートに入れた。
ダニーがフルーツとカスタードクリームを買って、おしまいだ。
二人は、昼に軽くサンドウィッチで食事をすませると、ディナーの支度に入った。
真だこと鯛の刺身はハーブ野菜に乗せてカルパッチオに、
カリフラワーやブロッコリーはコンソメで茹でる。
イベリコ豚のブロックは上から軽く塩コショウして、オーブンに入れた。
ダニーはグレープフルーツとリンゴをカスタード浮かせて、用意する。
準備は万端だ。
7時になり、チャイムが鳴る。
「はい」
「ジョージです」
「どうぞ」
ジョージが連れてきたのは同じ黒人の、ジョージと同様に美形の青年だった。
「アレックスって言います。わぁ、すごい眺めだ!」
アレックスはすぐさまベランダに出てセントラルパークを見ている。
「アレックス、行儀よくするんだ!」
ジョージが怒っている。
アランはふっと笑った。
ダニーは二人にシャルドネを渡すと、アレックスはあっと言う間に飲み干した。
「飲むの早いな」
「ごめんなさい、慣れてなくて」
ジョージが謝る。
「ええねん、ほら」
ダニーはワインを注ぎ足して、ジョージ・ベンソンのCDを静かにかけた。
食事になり、4人は話を始めた。
アレックスもモデルで、ジョージと同じアンダーソン・エージェンシー所属だと分かる。
「ジョージの事が全国ニュースになったでしょ。だから僕も事務所変わったんです」
この子も真面目そうな子だ。
アランが尋ねる。
「カルパッチオはどうだい?」
「すごく美味しいです。こんなの知らないや」
アランは席を立つと、イベリコ豚のローストを持ってきた。
テーブルの真ん中で切り分ける。
中央の部分が少しレアなのが今夜の特別レシピーだ。
「新鮮だから、大丈夫、食べてみてくれ。味は、ハワイのピンクソルトを使ってみて欲しい」
ジョージが手を出した。
「うわ、これ、ポークですか?信じられない!すごいうまいぜ、アレックス!」
「本当だ!すごいや、もっといいですか?」
二人は欠食児童のように食べた。
温野菜もバランスよく食べるのがいかにもモデルらしい。
ダニーは二人の様子に嫉妬した。
このアレックスって誰や?こいつがジョージを見る目、憧れの目やんか!
メインも終わり、アランが「ダニー、デザートを」とあごで指図した。
ジョージの目が光る。
「ああ」
ダニーはオーブンからフルーツの焼きプリンを取り出した。
アレックスがきゃーきゃー喜んでいる。彼は見るからにゲイだ。
「すごーい!こんなのうちで出来るなんて、二人とも天才!」
ジョージは苦笑するしかなかった。
デザートが終わり、アランは二人にブランデーを勧めたが、二人は固辞した。
「明日またショーなんで、飲みすぎるとむくむんです、申し訳ありません。ショア様」
「ジョージ、もう友達だろう。アランと呼んでくれ」
「はい、じゃあ、アラン」
「じゃあね、またご馳走してください!ジョージ帰ろ!」
アレックスはジョージの腕に自分の腕を巻きつけるように組み、ホールを歩いて去っていった。
アランは、ふっとため息をつくと、皿を片付け始めた。
ダニーも無言で手伝う。
食器洗い機に入れ終わると、アランはふとつぶやくように言った。
「僕が間違ったようだ、ダニー、すまない」
「もう、ええねん、それよかアランのシンポジウムの方が心配や」
今週の木曜日から始まる学会のシンポジウムのスピーカーは名誉ある事だ。
ダニーは話題をそらせた。
「あぁ、今日も推敲するから、先に寝てくれないか」
「わかった」
二人は言葉少なく会話すると、アランは書斎へ、ダニーはバスルームへと別れた。
ダニーはサマンサを送ってすぐ、ジェニファーに電話した。
一刻も早く誤解を解きたい。
頼むから電話に出てくれと祈るが、やがて留守電につながった。
味気ない発信音のあとにメッセージを残せるはずもない。無言のまま電話を切った。
地下鉄に乗っている間も、コールバックがあるんじゃないかと携帯ばかり見てしまう。
ふと地下鉄の窓ガラスに映る自分の姿が目に入った。神経質そうに携帯を見ているのが情けない。
―あほや、オレ。そんなんあるはずないのに・・・
踏ん切りをつけるように携帯をポケットに戻し、ふーっと大きく息を吐いた。
アパートに帰るとマーティンが待っていた。
「ダニィ遅いよ!どこに寄ってたのさ!」
「サマンサとモンキーバーや。お前がいらんこと言うたんやろ、しゃあないやないか」
くさくさするダニーはブリーフケースをソファに乱暴に置いた。コートも脱ぎ捨てる。
「それにスタニックはオレの連れなんやから勝手に紹介すんな」
「・・・ごめん」
いつもより荒々しいダニーに驚きながら、マーティンは素直に謝った。
マーティンが気にしているのはわかっていたが、ダニーは言葉を返さなかった。
ベッドに入るとマーティンが遠慮がちに手を重ねてきた。
おずおずとただ重ねるだけでつなごうとはしない。
マーティンが気を遣っているのが手に取るように伝わってくる。
ダニーは何も言わずに手を握った。
マーティンが一瞬手を引き抜こうとするのを強引につなぐ。
さっきは大人気なかったと心の中で反省しながら抱き寄せ、腕の中でおとなしくしているマーティンにそっとキスした。
マーティンは身じろぎ一つしないでじっとしている。
ダニーは足をからめて首筋に唇を押し当てた。
何度もキスしていると、マーティンが腕を回してぎゅっとしがみついてきた。
ダニーは舌をこじ入れて濃厚なキスを仕掛けた。ためらいがちな舌をねっとりと舐めまわす。
口から漏れる吐息を聞きながら、パジャマのボタンを外して手の平で愛撫する。
胸やわき腹にに手を這わせて愛撫し続けると、太腿に当たっているペニスがこちこちに勃起していた。
ダニーはパンツを下ろすとペニスを口に含んだ。先っぽを舐めるととろりとした先走りの味がする。
亀頭を扱くように上下させると、マーティンが無意識に腰を浮かせてきた。
ペニスが喉の奥まで当たって苦しい。涙目になりながらフェラチオを続けた。
マーティンはダニーの股間に手を伸ばしてパジャマの上から撫で擦った。ダニーのペニスもぱんぱんに膨らんでいる。
「んぅぅっダニィ・・・い、入れて、ねぇ・・・」
ダニーは急いでパジャマを脱ぐと、ローションを塗ってアナルにあてがった。
少しずつ腰を進めて奥まで入れ、アナルが馴染むまでキスをくり返す。
「ぁぅっ・・・んぁぁっ・・・」
マーティンが体を引き寄せるようにしがみついてくる。
ダニーは確かめるように動きながらマーティンを抱きしめて腰を揺らした。
耳元で喘ぎ声と荒い吐息を聞くとたまらなく興奮する。二人とも絶頂が近い。
小刻みに動かしてイカせた後、肩を押さえつけて自分も射精した。
ぐったりと倒れこんだまま、何度となくキスを交わす。
抱きしめて背中をなでているうちにマーティンは眠ってしまった。ダニーはなかなか寝つけずにいる。
ダニーが眠れずうつうつとしていると、静かにアランがベッドに入ってきた。
眉間に指をあててマッサージしている。
ダニーは、思わずそっとアランの腕に触れた。びくっとアランが動く。
「寝てなかったのか?」
「しーっ」
ダニーはアランの唇に指を当てて、唇を開かせた。
アランがダニーの指を咥えてしゃぶる。
その行為がダニーの今まで隠していた内なる怒りに火をつけた。
ダニーは、そのままアランの身体の上に馬乗りになった。
「トムは良かった?」
「お前・・」
「トムのが俺よりええの?」
「馬鹿言うな、愛しているのはお前だけだ」
「ほんまに?」
ダニーは思わずアランの首を両手で絞めていた。
「うぐぅぐぐ・・ダ・ニ・・・」
ダニーは、はっと気がつき、手を離した。
「ごめん、俺、どうかしてるわ、ごめん・・・」と身体から降りて、横になり、背中を向けた。
「ダニー・・・。お前を傷つけたんだよな、本当にすまない。大人気なかった。
お前に見せるように、わざとあの時間にトムを呼んだんだ」
「俺・・アランをどうにかしそうやわ」
「そんな事ないさ、今までだって乗り越えたじゃないか、虫のいい話だが、今度もどうか乗り越えてくれ」
アランは後ろからダニーを抱き締めた。
ダニーがすすり泣いている。
「俺の家族やと思ってるのに、アラン、辛い・・・」
「ダニー、どうしたら許してくれるんだ」
「俺から離れないで」
「わかった」
アランはダニーの身体の形に添ってスプーンポジションを取った。
そのまま二人は、眠りについた。
目覚ましで目を覚ますと、アランがいなかった。
コーヒーの香りがする。
ダニーはシャワーを浴びてスーツに着替えた。
アランがそっとマグとジップロック入りのバゲットサンドを差し出した。
「あ、ありがと」
「オフィスで食べるだろ」
「うん」
「気をつけてな」
「うん」
二人は言葉少なく別れた。
ダニーは地下鉄の中でジョージに電話した。
留守電になっていたので空しくスウィッチを切った。
メールで簡単に「昨日はありがとう」とだけ打った。
一日終わってもジョージから返事が来なかった。
ショーで忙しいのだろうか。
何度も携帯を見つめる自分が我ながら情けなかった。
事件もなく、月、火、水といたずらに日にちだけが過ぎていった。
ダニーはまっすぐ家に帰り、食事を作って、アランと食べる。
その繰り返しの毎日を送っていた。
さすがのアランも今度のシンポジウムばかりは神経を使っている。
いよいよ明日が開催日なのだ。
ザ・ピエールのコンフェランスルームが会場だ。
チキンのカネロニを食べながら、アランが尋ねた。
「お前、明日の晩、あいていないか?」
「うん?事件がなければ何もないけど?」
「晩餐会に来て欲しいんだ」
「えっ、それって?」
「そうだ、僕のパートナーとして来て欲しい」
「だって、カミングアウトはしないって言ってたやんか」
「気持ちが変わった」アランの砂色の瞳がダニーを見つめる。
「俺で、ええの?」
「他に誰がいる?」
「アラン・・・」
「お願いだ、来てくれ」
「そんな、急に言われても、俺。考えさせて欲しい」
「ああ、分かった。明日の晩、お前がこなかったら、それが答えだと思うよ」
「そんな・・アラン・・・」
「とにかく、明日の晩だ」
「分かった」
二人はまただまって食事を続けた。
ダニーとアランは通常通りの朝を迎えた。アランが朝食を作り、ダニーに持たせる。
「ほな、行ってくるで」
「ああ、気をつけて」
「アラン、がんばってな」
「ああ」
シンポジウムが始まった。ラストがアランの出番だ。
「犯罪を原因とする心的外傷ストレス障害とその処置例」
これが、アランのスピーチの内容だ。
自分自身をはじめ、マーティンやダニーの症例のこと細かい分析結果をひとつずつ述べていく。
特にマーティンがフランスで強いられた性的奴隷についてと、
ダニーがジャック・ラズロから受けた拷問についての症例は、眉をひそめるオーディエンスが多かった。
プロジェクターを使いながらの説明が終わった。
1時間半があっと言う間に過ぎた。
拍手が起こった。拍手喝采だ。
アランは、やっと緊張がとけ、壇上から降りた。
仲間が寄ってくる。
「大成功じゃないか!」
トムも来ていた。
「冷や汗の連続だったよ」
「素晴らしかった」
皆が口々に賛辞を送る。
「ドクター・ショア」
「あ、ドクター・ジョンソン」
ドクター・ジョンソンは全米精神医学学会の名誉会長だった。
「君自身も被害にあったそうじゃないか。よく冷静に分析したな。君のこれからが楽しみだよ」
「ありがとうございます!」
アランは天にも昇る気持ちだった。
休憩が1時間入り、皆、ザ・ピエールのそれぞれの部屋で晩餐会のための着替えをしていた。
アランも自分にあてがわれた客室で、ベッドにジャンプした。
今日はこれだけではないのだ。
昨晩、勢いで、ダニーに詰め寄ってしまった。
あさはかな自分に嫌気がさしていた。
ダニー、来てくれるんだろうか。
どうせなら事件で来てくれない方がよっぽどいい。
晩餐会が近付いてきた。
アランは、タキシードに着替えて、階下のボールルームのレセプションで待った。
じりじり、時間が迫る。
「ドクター・ショア、そろそろお席に着かれませんと」
レセプショニストに促される。
「ちょっと待っていてくれ」
アランがもう諦めかけて、会場に入ろうとした時、長い廊下を走ってくる男の姿が見えた。
ダニーだ。タキシードを着て走っている。
「はぁ、はぁ、ごめんな、レンタル・タキシードのサイズが合わへんかったから、買うて、仕付け糸で止めてもらってきた」
「ダニー!嬉しいよ」
「さぁ、お二人ともテーブルの方へ」
二人は最後のゲストだった。
余計に目立つ登場の仕方になってしまった。
二人は衆目の中、テーブルについた。
トムも一緒の席だった。ダニーが来たのに驚いている。
トムは金で雇ったのか化粧の濃い女性を連れていた。
乾杯が終わり、スピーチの時間になった、
ドクター・ジョンソンを始め、学会のお歴々が次々に出てくる。
「それでは、そろそろ今日、皆さんの絶賛を浴びたドクターに登場して頂きましょう。NYのドクター・アラン・ショアです!」
アランはすくっと立ち上がり、壇上に上がった。
「今日は私に多大な協力をしてくださった功労者においで頂いております。FBI特別捜査官のダニー・テイラー氏です」
ダニーは突然の事に驚きながら、グラスを上げて、皆に挨拶をした。
「彼のおかげで、私の研究は日の目を見ることが出来ました。彼に拍手を」
皆が惜しみない拍手を送る。
ダニーは戸惑った笑みを浮かべながら立ち上がり、お辞儀をした。
アランが席に戻ってきた。
「こんなん反則やで」
ダニーはアランの腕をつっついた。
「本当の事じゃないか。真実を伝えてどこが悪い」
二人はあらためてシャンパンで乾杯をした。
トムがそんな二人を冷たい目で見つめていた。
晩餐会が終わり、ダニーもドクターたちに囲まれた。
他に研究に協力してくれる捜査官はいないかとも聞かれ、曖昧な笑みで答えた。
二人はやっと人ゴミから離れ、タクシースタンドに並んだ。
ダニーがこつんとアランの腕にパンチした。
「何だい?」
「俺、昨日からずっとカミングアウトの事考えてて、タキシードも新調して覚悟決めて来たんやで。
それがこれ?」
「あはは、僕は慎重派なもんでね」
「ひどいわ、アラン」
「だが、ダニー、今日来てくれた事を返事だと思っていいんだね」
「もうアランなんて大嫌いや、一生つきまとって呪ってやるわ」
アランはにっこり笑った。ダニーも微笑み返す。
「手えつなご」
「ああいいね」
二人は堂々と手をつないで、タクシーを待った。
二人の乗ったタクシーは、アッパーウェストサイドへと向かった。
精神医学学会シンポジウムから2週間がたった。
さすがにパパラッチが目をつけるようなイベンドでないので、ダニーとアランの記事は載らなかった。
その代わり、アランが表紙の専門誌が3つ出た。
ダニーはリゾーリで3冊とも買うと、大事そうにアタッシュにしまった。
今日は久しぶりに仕事が終わったら、アランとブルー・バーで待ち合わせだ。
少し遅れてバーに着くと、アランがエリックと談笑をしていた。
「やぁ」
「遅れてごめん」
「僕も少し前に来たから」
二人でテーブル席に落ち着く。
「外で会うのって何か新鮮やね」
「あぁ、これもいいな」
エリックが二人にドライ・マンハッタンを持ってきた。
「ダニーに渡したくて持ってきたんだ」
アランが小箱を出した。ハリー・ウィンストンの紋章がついている。
「何これ?」
「あけてごらん」
開けると携帯ストラップが出てきた。
ストラップに二つのリングがぶらさがっている。
見ると、裏側に「D.T」「A.S」という頭文字がそれぞれに彫られている。
「悪趣味だったかな?僕もほら」
アランは同じ黒皮のストラップをつけた携帯を見せた。
「すげー、これ高いんやないの?ハリー・ウィンストンなんて、俺なんか店にも入れないで」
「特注で作ってもらったよ」
ダニーは周りの目を気にしながら、自分の携帯につけた。
「これで、一心同体だ」
「ほんまやね」
二人は乾杯をした。
アランが一風堂に行ったことがないというので、今日はダニーが連れて行った。
「ほぅ、ずいぶん日本的だな」
アランは内装に感動したようだ。
チャーシューのおつまみを食べながらビールを飲んでスペシャルを待つ。
「はい、お待ち!」
「アリガト」ネギご飯も一緒だ。
アランは、麺一枚と煮卵を一つお代わりした。
ダニーもマネをした。
「この半熟卵は美味いな」
「俺がアランにおごれるのはこんなもんやで、ごめん」
「何を言うか、ばかだな」
アランはこつんとダニーのおでこを叩いた。
その時、店に二人の黒人が入ってきた。
ジョージとアレックスだ。
「あー、アランとダニーがいるよ!」
アレックスが寄ってくる。
「おう、久しぶりやな」
ダニーが返事する。
ジョージは目を伏せてお辞儀した。
「僕らは終わったから、ここに座るといい」
アランが席を譲った。アレックスはちゃっかりすぐ座った。
「ジョージ、元気か?」
「まぁまぁです」
「また、飯食おうな」
「はい、喜んで」
4人はそこで別れた。
ダニーはジョージのねっとりした目が気になっていた。
ニューヨーク・ファッションウィークが終わったのに、一度も会っていないのだ。
そろそろ連絡しよう思うてたのに、最悪のタイミングや。
ダニーは早く家に着いて、メールを入れたかった。
それにアレックスの存在もずっと気になっている。
あいつ誰なん?
家に着くと、アランは着替えて、シンポジウムの反響で届いた手紙に返事を書くと言って、書斎に入った。
ダニーは、着替えると、ベランダに出て、ジョージに電話をした。
不通だ。メールを入れる。
「会いたい、明日はどう?」
これで返事を待とう。ダニーはシャワーを浴びにバスルームに入った。
シャワーから出ると、メールの返事が届いていた。
「会いたい!明日OK」
ダニーは思わずにんまりして、冷蔵庫からコントレックスを取り出し、一気に飲んだ。
明日はジョージと久しぶりのデートや!
はやる気持ちを抑えながら、携帯の電源を切る。
その携帯には、例のストラップがついていた。
ダニーは帰りに思い切ってジェニファーに会いに行くことにした。
メッセージを残さなくても着信履歴を見ればわかるはずなのに、待っていても電話はない。
それに電話よりも直接会って説明したい。逸る気持ちを抑えながら急ぎ足で歩いた。
扉の前に立って様子を窺うと、ガラス越しに仕事をしているジェニファーが見えた。
ファイルを整理しながら時々無意識に髪をかきあげている。
ダニーの好きな仕草だ。拒絶されるぐらいならこのままずっと見ていたい。
だがここにいつまでも突っ立っているわけにもいかず、深呼吸して扉を押した。
入ってきたダニーに気づいたものの、ジェニファーの態度はいつもよりよそよそしかった。
どう見ても誤解されているのは間違いない。
決して二股ではないとわかってもらいたい、それに嘘はついてない。ダニーは思い切って切り出した。
「いったい何しに来たんやって思てるやろ?オレ、昨日のことを説明しに来たんや」
「いいのよ、説明なんていらないわ」
「サマンサとはそんなんとちゃう。あの時はサムが酔うてて、それで」
「だからいいってば!もういいの」
「黙って聞けや!」
「・・・・・・・・・」
「ごめん、怒鳴って悪かった。でも、ほんまにサマンサが酔うてたから送っただけなんや。
手かって、あいつが勝手につなぎよっただけやし。オレは誓って何もしてない、信じてくれ」
ダニーは真剣にじっと目を見つめた。どうしても信じてほしい、身の潔白を証明したいダニーは必死だ。
そのまま二人は見つめ合っていた。どちらも目をそらさない。
「わかったわ、信じる」
しばらくしてジェニファーが口を開いた。
「ほんま?ほんまに信じてくれるん?」
ジェニファーはうんと頷いてダニーを見上げると小さく微笑んだ。
「あー、よかった!オレ、ジェンに嫌われたらどうしようか思って夜寝れなんだ」
安心したダニーはジェニファーをぎゅっと抱きしめて肩に頭を乗せた。
しっとりとした肌に顔を埋める。どうしてもそうせずにはいられなかった。
「今日はずっと一緒におれる?」
思いがけず甘えた言い方になってしまって恥ずかしい。問われたジェニファーは困ったように首を振った。
「帰らなきゃ」
「そんなん嫌や、帰らんといて」
ダニーは強引にキスした。そうすれば帰らないと言ってくれそうな気がして唇を貪る。
キスの最中にこっそり目を開けると、目を閉じているジェニファーが見えた。
キスをしているときの無防備な顔を盗み見るのはルール違反だといつも思うがやめられない。
このまま帰したくないと思いながらも、子供じみた考えをなんとか打ち消した。
実際、そうするより他にないのだから。
アパートまで送ってもらいながら、ジェニファーの右手をずっと握りしめていた。
ジェニファーの手は爪がきちんと短く切られていてこざっぱりしている。
ブルックリンが近づくにつれ、次第に口数も少なくなった。会話と会話の間がひどく気詰まりだ。
「もうすぐ春ね。セントラルパークのスケートに行った?早く行かないと終わっちゃう」
「ううん、一回も行ってない。・・・ジェンとやったら行く」
「またそうやって困らせるんだから」
「ごめん」
ブルックリンブリッジを渡ってしばらく走るとダニーのアパートはすぐそこだ。
「月がきれい。少し遠回りしようか?」
不意にジェニファーが口を開いた。ダニーは黙って頷く。少しでも長く一緒にいられるならなんでもよかった。
二人はわざと遠回りした後でアパートに着いた。
「送ってくれてありがとう」
ダニーはそうは言うもののまだまだ降りたくない。わざとぐずぐずしながらジェニファーの手の甲を指で擦る。
「もう行かなきゃ」
「・・・うん」
「そんな顔しないで。またすぐに会えるわ」
ジェニファーは自分の右手を握りしめているダニーの手の上に左手を重ねた。
「約束やで」
ダニーは見えなくなるまで車を見送ってから空を見上げた。いびつな月が淡く光っている。
さっきまで一緒に見ていた月なのに、今は一人で見上げている。
離れてても同じ月を見てるんや・・・ダニーは自分に言い聞かせるようにつぶやきながら空を眺め続けた。
「ねぇ、お願いがあるんだけど」
ジョージがおずおずと隣に寝ているダニーに尋ねた。
「何やねん、言うてみい」
「あさって、アトランタに来てくれない?」
「はぁ?ジョージア州のアトランタかいな」
「うん、僕、アキレス腱切ってから初めてフィールドを走るんだ」
「何で?」
「ナイキのCMで」
ダニーはうなった。
幸い、かかえてる事件はない。有休をとってもいいかもしれない。
ジョージが神経質になっている方が心配だ。
「わかったわ、飛行機手配してくれる?」
「実はもうアイリスが手配してるんだ」
ダニーにサイドテーブルの引き出しから出してチケットを渡した。
「そか、お前が走るのか」
「そう、それ見てくれてるだけでいい」
「わかったわ、俺、行く」
ダニーは翌日、私用で有給休暇を申請した。
「珍しいな」ボスがめがねごしに見上げる。
「はい、はずせない用でして」
「わかった、許可しよう」
マーティンが「ねぇ、なんで有休取るのさ」とまとわりついてくる。
「はずせない用事やねん。帰ったら、飯でも食おう」
「うーん、わかった」
マーティンは訝りながら席に戻った。
アランには出張でアトランタに行くと告げた。
「広域捜査なんだね?」
「そうなんや」
「がんばれよ」
「ありがと」
果たしてジョージとダニーは、アトランタ行きの飛行機に乗った。
ナイキが手配したチャーター機だった。
ジョージの前には打ち合わせのクルーが引きもきらずやってきて休まることがなかった。
ダニーはマティーニを飲みながら見守っていた。
アトランタに着くとストレッチリモが待っていた。
わさわさとみんなで乗り込む。
ディレクターらしい男性が、ジョージに手順を説明し、ジョージは一つ一つ納得して頷いていた。
アトランタ一の競技場に到着した。
スタイリストがジョージをロッカーに連れて行く。
ダニーはアイリスと出番を待っていた。
「ねぇ、ダニー、あなたがジョージの思い人なのよね?」
ダニーは苦笑して答えた。
「それはジョージにしかわからへん答えです」
ジョージが現れた。
スターティングブロックのチェックを始める。
本当に陸上選手のようだ。
3回テイクが取られた。
驚くべきことに、ジョージの最高のタイムは10秒58。
アメリカでなければ、国の代表選手に選ばれて当然の記録だ。
ジョージは軽やかなステップを踏んでフィールドを後にした。
あんな晴れ晴れとしたジョージの顔は初めて見たわ。
ダニーは驚いた。
その晩は、スタッフ全員と食事会があり、二人だけになれなかった。
部屋に戻ると、ジョージはすぐベッドに寝転がり、ジャージのまま寝入ってしまった。
ダニーはジョージの額にキスをしてベッドに入った。
スポットCMはすぐに全国放送になった。
「ジョージ・オルセン29歳、職業:モデル。100m短距離記録10秒58。 Run for Life by Nike 」
それだけのメッセージだが、ジョージの本格的な走りとタイムが評判になった。
全米陸上連盟からもカムバックの打診が来たほどだ。
大成功のキャンペーンだった。アジアやヨーロッパでも使われるという。
ダニーは、ジョージが誇らかしくて仕方がなかった。
でも誰にも関係をいえない。
二人はビッグ・ママの店で静かに成功を祝した。
「ダニーがいたから、あんなタイムが出たんだよ」
「お前の実力やで、謙遜すんな。でもなんでアトランタやったん?」
「あの競技場で、僕、アキレス腱切ったから・・」
ダニーは思わずだまった。
ジョージの一度はこなごなに砕けた夢が、違う形で次々と実現されている。
ジョージも感慨深そうにしていた。
二人が乾杯をしていると、通りすがりの車から、ぱぱっとフラッシュが焚かれた。
パパラッチだ。ジョージが追いかけたが無駄だった。
「ごめん、ダニー。僕のせいで、迷惑かけるかもしれない」
「そんなん気にするな。俺はずっとお前のそばにいるて」
そう言いながら、今の写真がどこに露出するのか、想像しながら恐ろしいと感じるダニーだった。
仕事の帰りにマーティンとジムに行くと、アーロンとCJがいた。
コースロープにもたれかかってじゃれあいながら水のかけ合いをしている。
「ねえ、帰ろうよ」
マーティンが心底嫌そうにダニーを見上げるのと同時に、アーロンがこっちに気づいた。
「もう遅い、目が合うた」
ダニーがそうつぶやくとマーティンは一瞬泣きそうな顔をした。
「そんな顔すんな。CJにオレらが逃げたって思われたら嫌やんか」
「・・・わかったよ。でも僕のそばから離れないで」
「心配ない。ほら、泳ぐで」
ダニーはにこやかに手を振り返すとゴーグルをつけてプールに飛び込んだ。
新しいゴーグルは水の中がくっきりと見えた。前のゴーグルよりも視界が広い。
いつもより速く泳げている気もする。
スウェーディッシュゴーグルに買い替えてよかったと思いながら水中を進んだ。
二人の横を通り過ぎるとき、CJがアーロンの腰に足をからませているのが見えた。
両足で抱え込むように巻きつけた足がいやらしい。
ダニーは気がつかないふりをして泳ぎ続けた。
ダニーはレーンを二往復すると疲れてしまった。
後はいつものようにあお向けに浮かんで天井を眺める。何もせずにこうしてただ浮かぶのが好きだ。
水中独特の水の音を聞きながら自然な揺れに身を任せる。
考えごとをしながらぼんやりしていると、水面が大きく揺れて顔に水がかかった。
―うわっ、誰やねん・・・
驚いて足をつけると、隣のレーンでマーティンがバタフライをしていた。
ばしゃばしゃと水しぶきを上げながら勢いよく泳いでいるのが勇ましい。
ダニーはもっとよく見たくてプールサイドに座って眺めた。
ひとしきり泳いだ後、マーティンがコースロープをくぐりながら戻ってきた。
「あー疲れた。背中が痛くなりそうだよ」
そう言いながら隣に座ってゴーグルを首に引っ掛ける。何か言いたそうにしている時の表情だ。
「どうしたん?」
「ん・・・ねえ、あの二人が足をからめてるの見た?」
マーティンはアーロンたちのほうを見ないようにしながら、こそこそと小声でささやく。
「オレも見た。あいつら、すごいよな」
ダニーも二人の方を見ないように答えた。
「じゃなくってさ、僕もしたいよ」
「えっ、あかんて!人に見られたらどうすんねん!」
「ん、やっぱりそうだよね・・・」
「あんなん無理や。ごめんな、マーティン」
「ううん、僕こそごめんね。いつもわけのわからないことばっか言ってさ」
マーティンの横顔が寂しそうでダニーは困ってしまった。
「なあ、代わりに足さわるんはあかんか?」
「どういうこと?」
「オレにドルフィンキックを教えるふりしたらいいんや。それやったら足もケツもさわれるやろ?」
ダニーの思いつきを聞いているうちに、マーティンがはにかんで大きく頷いた。
「そやけど変なさわり方はするなよな?」
「わかってるよ!」
マーティンはダニーを促していそいそとプールに戻った。にんまりしながら嬉しそうに待ち構えている。
二人は壁際でドルフィンキックの練習を始めた。
本当はできるのに、できないふりをするのは意外と難しい。
ダニーは苦心しながら初心者に見えるようにマーティンの指導を受けた。
マーティンは体のあちこちを支えるふりをしながらさわってくる。
ビキニパンツの前が少し大きくなっていて、ダニーは苦笑しながらさりげなく手をかすめさせた。
「んっ!ダニー、暴れちゃだめだよ」
完全に勃起したマーティンは真っ赤な顔になりながらダニーの膝を掴んでいる。
勃起が治まるまで、しばらくプールから出られそうになかった。
1週間が過ぎた。
昼休み、ダニーとマーティンがランチから戻ってくると、サマンサが目の色を変えてやってきた。
「ねぇ、これってダニーじゃないの?」
タブロイド誌のグラビアだ。
ビッグママの店の乾杯の様子が高画質で撮られている。
幸い顔はモザイクだ。
が、ヘアスタイルからスーツまで知っている人なら誰でもダニーとわかるシルエットだった。
ダニーは観念した。
「ああ、俺やけど、何やねん」
「ジョージ・オルセンとゲイの恋人との逢瀬だってよ、ダニーがね〜」
きゃははっと笑いながらサマンサは、ダニーを見ている。
「まさか、サム、信じてないやろな」
「当たり前じゃない。だいたい、FBIにはゲイなんていないわよ。あーら、あたしFBIなのよーなーんてね」と
サマンサはおかまのまねをした。
マーティンが突然「そんなのゲイに失礼だよ!」と大声を出した。
サマンサが驚いている。
まずいわ。
ダニーは取り急ぎ「ボン、お前の平等論はわかってるから。サムもやりすぎやで」ととりつくろった。
ヴィヴィアンが戻ってきたので、3人は離れた。
マーティンはデスクにすわっても、まだわなわなしている。
とりあえずマーティンを夕食に誘おう。
ジョージとの写真の説明もしなければならない。
それで今日は終わりや。
定時になり、「ボン、飯食いに行こか?」と誘った。
「僕より誘いたい人がいるんじゃないの?」
不機嫌そうに、書類を片付けている。
やっぱりこいつ、また疑い始めたわ。
「何言うてんねん。俺は今日、お前と寿司が食いたいねん。奢るから行こ」
「わかったよ」
二人は、リトル・ジャパンの「花寿司」のカウンターに落ち着いた。
「オヤジサン、オコノミオネガイシマス」
その頃、アンダーソン・エージェンシーでは記者会見が行われていた。
タブロイド誌の記者が20名ほど来ている。
アイリスが口火を切る。
「今日は、ご質問はなしです。ジョージ・オルセンからメッセージがありますので、よろしくお願いいたします」
皆がざわめく。後ろのドアからジョージが出てきた。緊張した面持ちだ。
「皆さん、今日は、僕のためにお集まり頂いて恐縮です。
僕はゲイです。それを隠すつもりはありません。
ですが、フラッシュ誌に載った写真の方は、僕の恋人ではありません。
ただの友人ですし、一般人です。これ以上の騒ぎを僕も彼も望んではおりませんし、
この後も追いかけられるような事態が起きましたら、彼の方で法的措置に出るやもしれません。
どうか、その旨ご理解を頂きたいと思います。以上です」
いつも、ぎゃーぎゃーわめかれたり、怒声を浴びせられる事の多いタブロイド誌の記者たちは、
ジョージの落ち着いた、かつ丁寧な説明に、皆うなっていた。
「今日の会見は以上です」
ジョージが奥に引っ込んだ。
記者たちはがやがやと帰って行った。
アイリスが後ろの部屋に戻った。
ジョージが落ち込んでいる。
「ジョージ、どうしたの?」
「本当に付き合ってる人との事を隠さなくちゃいけないんですね」
「だって、それでいいってあなたも言ったでしょ」
「何だか切ないです」
「でもダニーのためにもいい事をしたのよ、ねぇ、ダニーって何してる人?」
「司法省の人です」
「え?そうなの?驚きね。それならなおさら、あなたの今日の声明は喜んでくれるはずよ。
今日は疲れたでしょ、家でゆっくりしなさい。明日は、カルバン・クラインの撮影だから」
「はい、わかりました」
ジョージは思わずダニーに電話をかけた。
圏外でつながらない。
ダニー、会いたいよ。
ジョージはスポーツバッグを手にすると、エージェンシーを出た。
「花寿司」から出ると、マーティンの携帯が震えた。
着信画面を見て、マーティンの顔が輝いた。
「エド!いつ、上海から戻ったの?え、今、空港なの?うん、僕も会いたい。
分かった、じゃ明日ね、行くから、うん」
ダニーは自分の携帯を見た。誰からも着信が入っていない。
ジョージ、どうしてるんやろ。
「何や、エド、帰国したんか?」
「うん、今、空港に着いたって。3ヶ月ぶりだもんなぁ」
感慨深そうにしている。
ダニーの心の中でちろちろ嫉妬の炎が燃えた。
「ええなぁ、お前は明日は3か月分のエッチをしてもらうわけやな。
俺、今日、せっかくお前んちに寄ろう思うてたのに、残念や」
「え?」
マーティンが慌てる。
「寄ってくれないの?」
「だって明日があんのやろ?疲れた顔、エドに見せたくないやろが」
「僕なら大丈夫だよ、ねえ、家に寄ってよ、ダニィー」
甘えた声を出されて、ダニーも「ほなら、ちょっとだけ寄ろうかな」と言って、マーティンを喜ばせた。
マーティンはアパートに入るやいなや、玄関ホールで、ダニーの服をどんどん脱がせていった。
「寒い〜」
「早くベッドに入ろう!」
ダニーはベッドルームに駆け入った。
待っていると、マーティンがトランクス一枚でやってきた。
前がぱんぱんにふくらんでいる。
「お前ってほんまエッチな」
「ねぇ、今日はマンゴー使わない?」
「お前の好きなんでええよ」
「これも美味しいんだよ」
マーティンは引き出しからローションを出すと、トランクスを脱いで、自分の屹立したペニスに塗りつけた。
「ねぇ、舐めて」
ダニーの口の中にペニスを押し込む。
ダニーはむせそうになりながら、マンゴー味のペニスを舐めた。
先走りの液と混ざって不思議な味がする。
マーティンはベッドサイドで仁王立ちになりながら、悶えている。
ダニーの口の中で、一層ペニスが膨らんだ。
「あ、だめ、出ちゃう」
マーティンは急いで口からペニスを引き抜くと、ダニーの半立ちのペニスにローションを塗った。
四つんばいになって、ぺろぺろと犬のように舐める。
ダニーのペニスも硬く勃起した。
「やっぱり美味しいね。ダニーの味もする」
マーティンはそのまま向きを変え、ダニーに後ろを向けた。
「ねぇ、入れて」
「おう」
ダニーはローションをマーティンの中に塗りこんだ。
「あぁぁん、いいよ、すごく気持ちいい」
マーティンのペニスがさらに大きくなって揺れている。
「じゃあ、いくで」
ダニーはマーティンの腰に手を当てると、ペニスをあてがい、そのままずぶりと中に入れた。
マーティンの中が燃えるように熱い。
「ああ、お前の中、動いてる」
「ダニー、早く突いて!」
ダニーは前後左右に動き回った。
「あぁあ、もうだめだ、出る!」
マーティンはあっけなくいった。
ダニーは中に入れたまま、マーティンを仰向けにした。
荒い息をしている放心状態のマーティンの顔をじっと見つめて動きを早める。
「あぁ、ダニー、すごいよ、来て!」
ダニーはマーティンの中で果てた。
二人でベッドに寝転がり、天井を見つめる。
「やっぱり、このローション、すごいね」
「ローションよりお前のがすごいわ、俺もうダメや」
ダニーはうとうとまどろみ始めた。
マーティンはタオルで精液を拭き、ダニーのペニスを口で拭った。
すると携帯が震える音がした。
ダニーのだ。マーティンが思わず見る。
何、このストラップ?
着信画面を見ると「ジョージ」と出ている。
マーティンはそのままダニーを起こさなかった。
ずっと携帯は震えていたがそのうち、静かになった。
ダニーは昼寝をしていた。すると携帯が震えた。
ぴくっとダニーは起きて画面を見た。
「ジョージ」と出ている。
「ジョージ、どうした?」
「ねぇ、ダニー、急で悪いんだけど、今晩空いてない?」
「今晩?別に何もあらへんけど、何や?」
「エージェンシーのパーティーがあってね、ダニーにもぜひ来て欲しいって」
「俺?」
「だって、アンダーソン・エージェンシー紹介してくれたの、ダニーじゃない?
アイリスもアイリーンも待ってるって」
「分かった。どこ?」
「分かりにくい場所だから僕が7時に迎えに行きます。オシャレしてきてね」
「はいはい、それじゃな」
「うん、ありがとうございます」
ダニーは書斎で仕事をしているアランに声をかけた。
「アラン、俺も用事が出来た。ジョージのエージェンシーのパーティーがあるんやて。
俺に来て欲しいって」
「いいじゃないか、行っておいで、いい男が沢山いて目の保養になりそうだな。
僕は老人たちのお相手だ」
アランは笑った。
アランは今晩は全国精神医学学会のお偉方と食事なのだ。
ダニーは二人の信頼関係がここまで戻ったのが嬉しかった。
アランが先に出かけた。
ダニーは、グッチの黒のVネックのコットンセーターを素肌に来て、
上にライダーズジャケットを羽織った。パンツは黒のジーンズだ。
7時になり、チャイムが鳴った。
「はい」「ジョージです」
「今降りるわ」
路上で、ジョージがいつものインパラの中から手を振っていた。
「ダニー、すごいかっこいいよ」
「お前こそ」
ジョージは白いTシャツに黒の皮ジャンに皮パンツだ。
「ジャケットがおそろいみたいだね」
「ほんまやな。今日の場所はどこ?」
「ニルバーナって新しく出来たラウンジ・レストランだそうです。食事が美味しいらしいですよ」
「そりゃ、楽しみや」
二人はバレット・パーキングに駐車して、レストランの中に入った。
さすが涅槃を意味するだけあって、仏像やブッダのイラスト画がそこかしこに飾ってあった。
アイリスとアイリーンが二人を迎えた。
「ダニー!来てくれてありがとう!」
「どういたしまして。お招きありがとうございます」
「あなたはうちの事務所の恩人よ、ほら見て、みんなうちの子たちなの!」
見ると、美男美女ばかりが談笑している。全部で30名ほどだろうか。
ジョージ効果で事務所を移って来た売れっ子たちばかりだった。
「さあさ座って」
二人はテーブルに案内された。全体が見渡せる特等席だ。
「ダニー!!」
アレックスが飛んできて、ダニーのひざの上に座る。
「こら!アレックス!」
ジョージに怒られて、「はーい」とアレックスはどいた。
「ダニー、今日もすごくかっこいいね。うちの事務所に入ればいいのに」
「俺なんてもうおじんやで。それに無理やろ」
「そんなことないよ、すごいイケてるよ、僕、ダニー、大好き!じゃあ、また後でね!」
「あいつったら、失礼な奴でごめんね、ダニー」
「なあ、前から聞こう思うてたんやけど、アレックスはお前の元彼か?」
「え?やだな、そんな風に思ってたの?僕の従弟です。言わなくてごめんなさい」
「そうなんか、従弟なんや」
ダニーは二人の親しげな様子にやっと合点がいった。
嫉妬して損したわ。ダニーは思わず苦笑した。
アイリスがマイクを握った。
「皆さん、今日は日頃のハードワークのお礼です。ウェイトなんか気にせず、どんどん食べていいのよ」
皆が笑う。
「それでは、アンダーソン・エージェンシーの未来に乾杯!」
かちんかちんとシャンパングラスをぶつける音がする。
ダニーもジョージと乾杯した。
見つめ合っていると、そのままキスしてしまいそうだ。
見ると、キスをしているカップルも多い。さすがにゲイが多い。
ええいとダニーもジョージにキスした。
「わ!」ジョージが驚いて、そして笑った。本当に美しい笑顔だった。
「さ、料理とりましょう」
料理は、ビュッフェになっていた。
イイダコのレモングラスのスパイシーサラダ、エビとグリーンマンゴのサラダ、
豚のタイバジルソースがけ、トムヤムクン、鯛と菜の花のソテースパイシーハーブソース、
蛤とスルメイカのグリーンカレー、牛タンと大根のレッドカレー、パッタイにジャスミンライスが並んでいた。
「どれも美味そうやなぁ」
「本当に、珍しいものばかりだ、僕食べたことない」
「俺もや。でも今日はデザートが一番楽しみやな」
「え、まだデザート並んでないけど?」
「あほ、お前のことや」
ジョージはぱっと顔を赤くした。
二人が話していると、「よ!」と後ろから声をかけられた。
「ホロウェイ!」
「お二人さん、相変わらずお熱いねえ」
「お前も招待客か」
「それもVIPだぜ。テイラー。今日はお持ち帰りが楽しみだ」
ニックはウィンクすると去っていった。
ダニーはまずいところをまずい奴に聞かれたと後悔した。
ダニーはバゲットサンドを持たされて、いつものように出勤した。
コーヒーを入れて、サンドウィッチをかじっていると、定時ぎりぎりにマーティンが駆け込んできた。
エドのところから直行したのがばればれだ。
ダニーをちらっと見てばつの悪そうな顔をしている。
「おはよう、ボン、元気か」
「おはよう、まぁね」
マーティンは息を整えて席についた。
ランチをカフェで二人で取っていると、マーティンが「あのね」と話し始めた。
「エドがね、ダニーとアランにお願いがあるんだって。だから明日の晩、食事しないかって言ってた」
「何やろな?」
「いいかなぁ?」
「待て、アランに聞くわ」
携帯に電話するとつながった。
「ハニー、どうした?」
「あのな、明日の晩、エドがご馳走したいらしいで」
「久しぶりだな、帰ってきたのか。いいじゃないか、お招きに預かろう」
「わかったわ、そんじゃ」
「気をつけてな」
ダニーは電話を切ると、「アランはええて言うてるわ、じゃあ、行く」とマーティンに返事した。
「わかった、エドに連絡しておくね」
マーティンはにっこりした。
二人はパストラミサンドを食べ終わり、オフィスに戻った。
翌日、仕事を終え、ダニーは一旦家に戻った。
Tシャツとセーターに着替えてライダージャケットを羽織る。
アランはジル・サンダーのジャケットにオックスフォードシャツだ。
ジャガーでセントラルパークを突っ切り、イーストサイドのエドのコンドミニアムに着く。
マーティンが地下駐車場を開けて待っていた。
「なんかキッチンが大変なことになってるよ!」
「それはいい」
アランは含み笑いをもらした。
3人はエレベーターで階に上がった。
「いらっしゃい!」
3ヶ月ぶりに見るエドは少しふっくらしたように見えた。
中華料理のいい香りがしている。
見るとキッチンで包丁をふるっているのは、中国人だった。
「これ、どういうこと?」
ダニーがエドに尋ねる。
「まずはダイニングにどうぞ」
4人で席に着くと、エドが立ち上がった。
「それでは、今日はどうもお忙しいのに来ていただいて恐縮です。
実は、上海の企業と合弁がまとまりまして、上海ではIT企業を、
NYではチャイニーズレストランをやることになったんです。
今日はその試食もかねて、ご賞味いただこうと思いまして」
紹興酒で乾杯だ。
シェフが大皿の広東式鮮魚のおさしみを持ってきた。
ナッツや香草を一緒にサラダのように盛り合わせて食べるらしい。
次に、キヌガサ茸とフカヒレの姿蒸しスープ、アワビとアワビ茸の煮込み、
伊勢エビと春雨の土鍋煮込みXO醤仕立て、タロイモとチャーシューの香り揚げ、
最後にペキンダックだ。
「全く香港の超一流のレストランにいるような感じだな。
こんな料理を出す店がオープンするとなったら、チャイナタウンの連中が度肝を抜かすぞ」
アランが感想を述べた。
ダニーにはどれも初めて食べるものばかりで、美味しいだけで感想が言えない。
マーティンも同じ様子で、がつがつ食べている。
「それじゃ、合格でしょうか?」
「もちろんだ、なぁ、ダニー?」
アランが話をダニーに向けた。
「あぁ、こんなん食ったことがないわ。マーティンは?」
「こんなのが食べられるなら、毎週通っちゃいそう」
エドが笑った。
「毎週はどうだろう。今日の料理で一人400ドルです。」
アランはともかく、ダニーとマーティンは「ひぇ〜」と声を上げた。
「エド、でも君は外食産業の経験がないんじゃないか?」
アランが質問した。
「はい、なので外食専門のコンサル会社に経営を任せます。僕は株だけ所有します」
そりゃフォーブスの富豪ランキングやもんな、何でも出来るわ。
ダニーは驚きもしなかった。
シェフがデザートのマンゴームースと共に挨拶にやってきた。
「ダニエル・チョウと申します」
綺麗な英語だった。それにかなりいい男だ。
「英語はどこで?」
「実は、プリンストン大学を出てまして」
ダニエルは笑った。
「へぇ〜、それでシェフ?」
「家業ですからね。NYに店を出すのは夢でした。エドのおかげで夢がかないました」
エドとダニエルは顔を見合わせて笑った。
相当親しそうだ。マーティンの顔が思わず険しくなる。
「それじゃあ、今日はもう遅いのでおいとまするよ。成功は間違いなしだね」
アランが二人を励ました。
「ありがとうございます」
二人は頭を下げた。
マーティンも何となくいずらい雰囲気に、ダニーとアランと一緒に出てきた。
「美味かったな」
「ほんまや。あんなチャイニーズ食ったことない」
マーティンはずっと考え込んでいた。
「マーティン、食いすぎで腹でも痛いか?」
「ううん、違うよ。考え事!」
3人は1階に着いた。
アパートに送るというのにいいと断り、マーティンはイーストサイドを歩き始めた。
ダニエルって誰だよ!
マーティンの頭の中はそればかりが浮かんでいた。
マーティンが朝、ジョギングをしていると、ダニエルとエドとすれ違った。
二人でじゃれるように走っていた。
「おはよう、マーティン」
ダニエルが挨拶する。
「おはよう」
「今日は随分早いね」
エドが尋ねた。
「昨日早寝だったから。ご馳走様でした。すごく美味しかったよ」
悔しいが料理の出来ないマーティンはダニエルに完敗だ。
「気に入ってもらえて、うれしいですよ。アメリカ人の味覚に合わせるのに苦労したから」
「僕が教えたんだ」
エドがつけ加える。
「それじゃ」
マーティンは一刻も早くその場を立ち去りたかった。
エドをダニエルにとられてしまったかのようだ。
それに何でこんな早くから一緒に走ってるんだろう?
まさか、エドのところに泊まったの?
マーティンは、むちゃくちゃなスピードでアパートに戻り、シャワーしながら涙をこぼした。
まだわからないじゃないか。エドに聞くのが一番だ。
マーティンはエドの会社のメール宛に「今晩会えないですか?」とメールを流した。
出勤して、まずPCを立ち上げ、メールボックスを見る。
返事が来ていた。
「嬉しい。8時に迎えに行きます」
マーティンは絶対ダニエルとの仲をはっきりしてもらおうと決めていた。
「ボン、怖い顔して。なんかあったか?」
ダニーがお手製のピタサンドを食べながら話しかけてきた。
「ううん、何でもない。今日ね、僕、一緒に夕飯食べられないから」
「あ、そ、朝から怖い顔して夕飯のこと考えてんのか、お前」
マーティンは思わず赤くなった。
ダニーがニヤニヤしながら、仕事を始めた。
ダニーの能天気!嫌いだよ!
定時になり皆が三々五々帰る。
「あれ、ボン、残業か?」
ダニーが声をかけると、「ちょっとね」とマーティンは書類に目を落とした。
内容など頭に入らない。考えているのはダニエルの事だけだ。
「それじゃ、お先」
「また明日」
7時50分になり、フェデラルプラザ下に降りると、エドのメルセデスが停まっていた。
「ごめん、待たせた?」
「いや、今来たとこだから」
「どこに行く?」
「思いっきりアメリカぽいものが食べたいよ」
「じゃ、ピータールーガーにしない?」
「名案!」
メルセデスはウィリアームズバーグブリッジを渡って、ピータールーガーに着いた。
二人は、海老とアボカドのカクテルとTボーンステーキをレアで、
あとトマトとタマネギのサラダ、つけあわせにほうれん草のクリーム煮、フレンチフライ頼んだ。
エドがオーパス・ワンをオーダーし、ワインで乾杯する。
「何に乾杯?」エドが尋ねる。
「エドの新しい事業の成功に乾杯しよう」
マーティンがコツンとワイングラスを合わせた。
Tボーンステーキも半分ほどになった頃、やっとマーティンは意を決して聞き出した。
「ねぇ、ダニエルとエドってビジネスパートナーだけ?」
「だけ?ってどういう意味?」
エドの茶色い瞳に見つめられてどぎまぎする。
「だからそれ以上の関係はないの?」
エドが笑い出した。
「え、ダニエルとの仲を疑ってるわけ?隠さないで言うけど、彼も確かにゲイだよ、
でも一度も寝てない。僕には付き合ってる人がいるって断ったから」
「そうなんだ」
「安心した?」
「うん・・」
「じゃあ誤解がないように言っとくね、今、うちのゲストルームに彼は泊まってる。
アパートが見つかるまでの間だよ。この前、マーティンが泊まった時、
マーティンのあの声がすごいんで羨ましかったって言ってたよ」
マーティンはかーっと顔が赤くなるのを感じた。
「いつまで泊まるの?」
「今日も不動産見に行ってたから長くてあと1週間位じゃないかなぁ」
「わかった、僕が疑って悪かった。ごめんね、エド」
「いいんだよ、3ヶ月、長かったもんね」
「うん、すごく寂しかったよ」
「僕もさ寂しかった」
二人はテーブルの下で手をつないだ。
マーティンがデスクで仕事をしていると携帯がふるえた。
見たことのない番号だ。
「はい、フィッツジェラルド」
「マーティン、ダニエルです」
「あ、こんにちは」
「エドから番号を教えてもらいました。今日、エドが残業なんですよ。一緒に食事でもどうですか?」
マーティンは疑惑も晴れたし、エドのビジネスパートナーなのだから、食事位いいなと思った。
「いいですね」
「僕、フェデラルプラザわかりますから、7時に行きますね」
「あ、ありがとう」
「それじゃ」
ダニーが訝しげに見ていたが、マーティンは「友達からだよ」と言って仕事に戻った。
7時になり、1階のセキュリティードア前でダニエルが待っていた。
コート姿のダニエルは垢抜けていて、とても上海から来たばかりとは思えない。
中国系アメリカ人といっても誰もが信じるだろう。
「どこに行きます?」
マーティンが聞いた。
「僕、ジャクソン・ホールのハンバーガーが大好きなんですよ」
「僕と同じだ」
「じゃあ、決まりですね」
二人はマディソン街のジャクソン・ホールに出かけた。
「ここの7オンスバーガー、最高ですよね」
ダニエルが笑顔で言う。
「うん、僕も大好きです」
「よかった、趣味があって。マーティンが健康おたくならどうしようと思ってた」
「僕、肉食だから」
「僕も」
二人は席につき、生ビールで乾杯した。
マグが凍らせてありきんきんに冷えている。
「乾杯!」
二人は、ナチョスとオニオンリングに、ダニエルはテキサス・バーガー、
マーティンはメキシカン・バーガーを頼んだ。ダニエルは話し上手だった。
プリンストンを卒業して帰国してからのシェフの修行時代の話を面白おかしく聞かせるものだから、
マーティンは心が自然に打ち解けていった。
そこへマーティンの携帯がふるえた。エドだ。
「ちょっと失礼」
マーティンは席を立ち、店の外へ出て話した。
「ダニエルに番号教えちゃってごめんね」
「いいんだよ、今、二人で食事してる」
「そうなんだ、僕もう少し仕事でかかるから家で待ってて」
「わかった」
席に戻る。
「エドだった。まだ仕事がかかるって」
「エドは勤勉ですよね」
「すごいよね、仕事が大好きなんだよね」
「大好きなのはあなたでしょ?」
ダニエルがウィンクした。マーティンは顔が赤くなるのを感じた。
「こ、こないだはごめんなさい。ダニエルがいるって知らなかったから」
「羨ましかったな。エドって上手なの?」
「相性がいいっていうか」
「妬けちゃうな」
二人は生ビールを3杯飲んで、タクシーに乗った。
たった3杯なのにマーティンはやけにふらふらする。
「マーティン、大丈夫?」
「ちょっと横にならせてくれる?」
ダニエルは、ゲストルームの方に案内した。
ベッドに横たわるとマーティンはすぐに眠った。
マーティンは下半身に違和感を感じて目を覚ました。
身体が思うように動かない。
見るとダニエルがマーティンの下半身を晒し、ペニスにむしゃぶりついていた。
「ダニエル、何するんだよ!」
「身体、動かないでしょ。漢方のしびれ薬をちょっとビールに入れたから」
「え?」
「ほら気持ちよさそうだよ、先走りの味がする」
ダニエルの舌技は絶妙だった。
マーティンはいつの間にか悶える声を上げていた。
声を出すまいとして唇が切れた。
「あぁ、あ、あー」
あっけなくマーティンは果てた。
口で綺麗にダニエルは舐め取った。
「これからが本番だよ」
ダニエルがローションを取り出した。
「やめてくれ!お願いだから!」
「嫌だね」
自由がきかない身体でマーティンは逃げようとしたが無駄だった。
がっしりと両手両脚を押さえつけられ、ローションを中に塗られた。
かーっと中が熱くなる。
「やめて・・・」
自然と涙が出てくる。
「わぁお、いいね、その泣き顔、すごくそそられるよ。僕を踏みつけてきたワスプの君を犯せるなんて、こんな幸せはないな」
ダニエルはコンドームを着け、すぐにマーティンに挿入した。
大きい。
「うわー!」
「もっと悲鳴あげたら?」
「お願いだから、やめて・・」
「嫌だ。うわ、すごい締まる、これならエドが喜ぶはずだ」
ダニエルは猛然とスピードを上げ「うっ」っと唸ると、ペニスを痙攣させた。
コンドームをはずすと、マーティンの口に持っていき、ペニスを舐めさせた。
「ご馳走さま、そろそろエドが帰ってくるんじゃない?服着ないとまずくないかな」
ダニエルは笑いながら、シャワールームに入った。
やっと身体が少し動き始めたマーティンは、緩慢な動作で、トランクスとパンツを身につけた。
悔しくて涙が止まらない。
立ち上がって涙を拭いていると「ただいま!」というエドの声がした。
エドには知られたくない!
マーティンはよろよろとゲストルームから出た。
「どうしたの?マーティン、真っ青だよ。唇も切れてる」
エドが歩み寄る。
ダニエルが着替えて出てきた。
「何かに中ったみたいで、ずっと今まで僕の部屋で寝てたんだ」
「大丈夫?」
「僕、帰る」
「じゃ、送るよ」
「うん」
マーティンは、エドのメルセデスで数ブロックを送ってもらった。
「本当に大丈夫?ドクター呼ぼうか?」
「うん、大丈夫だから、今日はごめんね」
「僕こそ遅くなってごめんね、それじゃまたね。明日電話する」
「うん」
マーティンは、アパートへ戻ると一目さんでシャワーを浴びた。
涙があとからあとから流れ出てくる。
抵抗できなかった自分が情けなくて、たまらない。
ベッドに寝転がった後も、まだ涙が止まらなかった。
マーティンがまた遅刻ぎりぎりに出勤した。
「ボン、遅いやん」
ダニーが声をかけたが、顔を向けずに「ちょっとね」と言ったっきりだまって席に着いた。
「何、どうした?」
ダニーが顔を覗き込むとまぶたがぷっくり腫れている。
「ひっどいなぁ」
ダニーは小さな声でつぶやくと、トイレに入った。
「ほら、これ当てとき、少しは引くで」
ダニーは水でぬらしたハンカチをマーティンに渡した。
「ありがと」
ダニーは内心びくびくしていた。
ニックがジョージと俺のこと、マーティンにちくった?
それなら、ダニーに対する態度が違うはずだ。
一体、あれほどまぶたを泣き腫らすほどの事って何やろか?
エドか?ニックか?いや、俺の何かかも知れん。
ダニーはぶつぶつ言いながらPCを立ち上げていたので、サマンサに笑われた。
「マーティン、どうしたの?」
ハンカチを当てている姿にサマンサが声をかけた。
「花粉症みたいでさ。涙が止まらないんだよ」
「あーら、お気の毒ね。セントラルパークの隣りに住んでればやられちゃうわね」
昼になり、マーティンのまぶたは少しましになってきた。
カフェに食事に誘う。覇気がないマーティンが後ろからとぼとぼついてくる。
席に着くなりダニーが尋ねた。
「お前、どうしたんや、ほんま元気ないなぁ」
「うん、ちょっとね」
「そのちょっとねが朝から気になって仕事に集中できへん。ひょっとして俺か?また疑ってるのか?」
ダニーはかまをかけた。
「違うよ」
「ニックか?」
「ううん」
「エド、なわけないわな」
「う、うん、違う」
「またヘンな男につきまとわれたか?」
「違うよ、もう大丈夫だからさ、ランチ終わらせようよ」
マーティンはそういうとチキンラップにがっついた。
ダニーも仕方なくツナサンドをかじった。
午後になったが事件もなく、みな経費精算を入力したりして過ごした。
定時になり、まだ元気のないマーティンの姿に「なぁ、ボン、ジャクソン・ホール行かへんか?」と誘った。
するとマーティンの顔色が変わった。
「あそこは、嫌だ」
「お前の好きな7オンス・バーガーの店やん」
「今日は嫌だ」
あまりの頑固さに、ダニーは「じゃあ、一風堂でラーメンな」と言った。
「うん」
二人は、リトル・ジャパンにタクシーで乗りつけ、順番待ちの列に並んだ。
「大分暖かくなってきたな」
「うん春も近いね」やっとマーティンの態度が普通になってきた。
二人の番が来て、カウンター席を案内された。
いつも通り、チャーシューを肴にビールで乾杯し、スペシャルとネギ飯を頼む。
「カエダマクダサイ」
すっかり覚えた日本語でマーティンがお替りを始めた。
ダニーが2枚食べているうちに、4枚をたいらげ、ネギ飯もお替りした。
「お前、食いすぎちゃう?」
「お腹すいたから」
ダニーにはやけ食いのように見えた。
店から出ると、マーティンが急にお腹をかかえて苦しみ出した。
「ボン、どうした」
「お腹、痛い」
「ほら、食いすぎや」
ダニーが見ると脂汗を浮かべて苦しんでいる。これは尋常ではない。
「おい、病院行くで」
タクシーで市立病院に向かう。
またERの医局にはトムがいた。
「おいおい、もうアル中なんて言うなよ、今度は何だ」
「腹痛や、脂汗浮かべてる」
マーティンは一人で立っていられなかった。
「わかった、胃洗浄して胃カメラだ。お前、待つか」
「ああ」
ダニーは待合室で2時間ほど待っていた。
トムが処置室から出てくる。
「何だよ、あいつの胃、また胃壁から出血がひどいし潰瘍まであるぜ。そんなにストレスためてんのか?」
「わからへん」
「とにかく今日は安静に。明日の仕事は本人次第だ。処方箋書いたから、薬飲ませろ。お大事に」
「サンキュ」
「ああ」
ダニーは麻酔でふらふらしているマーティンをタクシーに乗せて、アパートに連れて帰った。
服を脱がせて、パジャマに着替えさせる。
「歯磨くやろ」
バスルームに連れて行き、身体を支えてやる。
ベッドに連れて行き、横たわらせた。
「ダニー、ごめんね。ありがと」
「お前、また胃がぼろぼろらしいで。気いつけ」
「うん」
「今日は、泊まってやるから、安心して寝ろ」
「わかった、ごめんね」
マーティンは目を閉じた。
ダニーはアランに電話をし、マーティンの様子を伝えた。
「それはひどいな。いてやりなさい」
「あぁ、そうするわ、おやすみ」
「愛してる」「俺も」
ダニーはシャワーをし、歯を磨いて、マーティンの牛模様のパジャマを借りて、マーティンの隣りに横たわった。
すぅすぅ寝息が聞こえる。
こいつ、何でストレスためてんのやろ?
ダニーは天井を見ながら考えていたが、そのうち眠気が襲ってきて、目を閉じた。
マーティンがバスルームから出ると、ダニーが誰かと携帯で話していた。
相手が誰なのかはわからないがかなり楽しそうだ。
ダニーは話すのに夢中で、後ろにマーティンがいることなど気づく様子もない。
必要以上に髪をさわったり、なんとなく甘えたような話し方が気になる。
マーティンは物音を立てないようにじっとしていた。
ダニーの話の端々から相当親しいのが伝わってくる。
相手が誰なのか知りたくて、いきなり抱きついて携帯に耳をくっつけた。
突然のことに驚いたダニーは、マーティンを振りほどいてソファから立ち上がった。
目の前のマーティンは不審そうに自分を見つめ、電話の向こうからはジェニファーがどうしたのと訊ねている。
今すぐ電話を切ったら両方から疑われそうだ。
ダニーの頭はめまぐるしく答えを求めていたが何も思い浮かばない。とっさのことに言葉が出なかった。
マーティンはそんなダニーをますます不審そうに見つめていたが、いきなりバスローブをはだけるとペニスを口に含んで激しく舌を這わせた。
「んんっ!」
ダニーはうっかりもらした呻き声をごまかすように咳払いをし、とりあえず何でもないようなふりをしてジェニファーと話し続ける。
熱い舌でねっとりと舐め上げられ、息が荒くなって来た。まともに返事もできない。
あとでなんとでも言い訳ができるように、コヨーテアグリーの名前を上げてから電話を切った。
「マーティン、なんでこんなことすんねん。オレ電話してたんやで」
ダニーはフェラチオをしているマーティンの頬に手を添えた。
知ってると言っているつもりだろうが、マーティンはくぐもった声でひっへると答える。
ダニーが続きを話そうとすると、速度を上げてペニスを扱き上げた。涙目になりながら奥まで咥え込む。
亀頭を集中的に刺激され、腰の辺りまで快感でぞわぞわしてこれ以上は我慢できない。
「んっああっマーティン・・・ううっっ!」
ダニーはマーティンの頭に手を置くと腰を突き出すように射精した。ペニスが何度も痙攣しながら脈打っている。
マーティンは精液を飲み込むとようやく口を離した。
「ねえ、さっきの誰?」
マーティンはまだ息の整っていないダニーをじっと見据えて問い質した。
「スタニックや、お前の嫌いなフランス人。ほんまはクォーターやけど」
ダニーはそう言うと唾を飲み込んだ。ごくりと動いた喉が後ろめたそうに見えてそうで気になる。
「ふうん、あいつに甘えたりするわけ?」
「あほか!甘えてへんわ!お前な、嫉妬で頭がどないかなってるんちゃう?」
ダニーは可笑しくてたまらないというように声を上げて笑った。
けたけた笑われてもマーティンは憮然としたまま目をそらさない。抱き寄せても拒むように体を強張らせている。
ダニーはかまわず抱き寄せた。首筋を愛撫しながら背中をぎゅっと抱きしめる。
マーティンがぼそっと何かを言ったが、もごもご言うのでよくわからない。
「ん?」
「・・・コヨーテアグリーにはもう行かないって約束したのに」
マーティンは悔しそうに呟き、ダニーの手を振り払うとベッドルームに行ってしまった。
ダニーが慌てて後を追うと、マーティンはベッドの中で丸くなっていた。
「なんかお前の布団団子見たん久しぶりやな。オレも入れて」
冗談めかして言いながら、自分も布団にもぐりこもうと手を入れた。マーティンはダニーが入れないようにさらに布団ごと丸くなる。
「ごめんな、約束忘れてて悪かった。もう行かへんから。な?機嫌直し」
ごまかすための嘘でマーティンを傷つけてしまい、舌打ちしたい気分だ。約束なんてしたことすら思い出せない。
ダニーは強引に中にもぐりこんで体を抱いた。布団の中は湿った熱気で蒸し蒸ししている。
息苦しさに耐えながら、ひたすら抱きしめて唇を押し当てた。
ク ク || プ / ク ク || プ /
ス ク ス _ | | │ //. ス ク ス _ | | │ //
/ ス ─ | | ッ // / ス ─ | | ッ //
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ヽ ヽ 人_( ヾ ヽ `Y⌒l_ノ
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/ / Θ ヽ| /  ̄ ̄ ̄ ヽ-イ
ベッドから追い出されたダニーは、リビングで『マグノリア』を見ていた。
ソファに寝転がって劇中に流れるエイミー・マンを口ずさむ。
この女の歌は自然と胸に問いかける何かがあると思いながら。
ドアの開く音がして体を起こすと、着替えたマーティンが入ってきた。
「服なんか着てどっか行くんか?」
「ん、そう」
「やめとき、今日めちゃめちゃ寒いで」
「いいからダニーも早く着替えて」
「オレも?どこ行くんか知らんけど嫌や、寒い。デリやったら一人で行き」
「だめだよ、コヨーテ・アグリーに行くんだから!」
マーティンは意志の強そうな眼差しで見つめてくる。ダニーがいくらなだめても気持ちは変わらなかった。
根負けしたダニーは渋々着替え、二人はアパートの前でタクシーを待った。
こういう寒い日はなかなかタクシーがつかまらない。
「もう入ろう。また今度行ったらいいやん」
ダニーはいかにも寒そうに手を擦り合わせた。芝居じゃなくて本当に寒い。
マーティンも白い息を吐きながら寒そうにしている。
二人があきらめてアパートに入りかけるとタクシーが近づいてきた。空車のランプが点灯している。
「あっ、ダニー見て!よかった!」
―くそっ!こんな時になんで来るねん・・・
ダニーは心の中で毒づきながらタクシーに乗り込んだ。
マーティンが黙っているのでコヨーテ・アグリーへと告げ、そっと手をつなぐ。
イーストヴィレッジまで着くまでの間、二人は窓の外ばかり眺めていた。
コヨーテ・アグリーは今夜も大賑わいで熱気に満ちていた。
セクシーなバーテンダーがカウンターの上で官能的に踊る度に歓声が上がる。
マーティンはバーテンダーの過激なパフォーマンスに圧倒された。想像以上にすごい。
ダニーは硬直しているマーティンの分もテキーラを頼んだ。
「ほら、これ飲み」
「ありがと」
マーティンは手渡されたグラスに形だけ口をつけた。
「あ、ごめんごめん、テキーラは苦手やったな。ちょっと待っとき」
ダニーはマーティンのためにジントニックをオーダーした。
二人がフロアの隅でひっそりと飲んでいると、後ろから肩をたたかれた。
「ダニーじゃない!嬉しいわ、また会えるなんて!」
聞き覚えのある少し低いその声はテリーだった。
「テリー!」
「久しぶりね。いい男の名前は忘れようにも忘れられないわ。彼はお友達?かわいい!よろしくね、テリーよ」
テリーは初対面のときはあまりしゃべらなかったのに、おかまだとばれてからは喧しい。
一方的にマーティンに自己紹介してにっこりと微笑みかける。
「・・・ねぇ、この人誰?」
呆気にとられていたマーティンがこそっと耳打ちした。
ダニーは正直に話したがマーティンは男だとは信じない。
だが、それも無理はない。どう見ても女だ。それもとびっきりきれいな部類の。
「なぁテリー、ほんまのこと教えたって。頼むわ」
テリーはセクシーに笑いかけながら、マーティンの手を自分の股間に押し当てた。
硬くなったものにあたり、マーティンはぎょっとして手を引っ込める。
「本当に男なんだ・・・」
「そうよ。でも女よりもいい思いをさせてあげる」
テリーはそう言うとマーティンの体にしなだれかかった。馴れ馴れしくマーティンの胸の辺りを手で撫でている。
「ねぇ、三人でどう?ダニーも一度ぐらいやっても損はないわ。行きましょうよ」
「ちょっ、僕できないよ!」
マーティンは慌てて体を離した。助けを求めるようにダニーを見上げる。
「テリー、オレらええわ。ごめんな、どうしても無理や。ほら、あそこにええのがいてるで」
ダニーはフロアで踊っている若い男を適当に薦めた。
テリーは残念そうに首を竦めると、マーティンの頬にキスをしてフロアに去って行った。
「もうええやろ。そろそろ帰ろう」
ダニーに言われ、マーティンはほっとした表情を浮かべてうなずいた。
外に出てタクシーを拾おうとしたが、すでにタクシー待ちの客でいっぱいだ。
「あかんわ、ちょっと歩こう。そのほうが早いわ」
二人は少し歩いたが空車のタクシーは見当たらない。
寒さに震えながらまだ開いていたカフェに入ってカプチーノを飲んだ。
「どうやった?ストリップとかそんなんとはちゃうかったやろ?」
「まあね。でもさ、テリーみたいな誘惑が多いのはわかったよ。本当の女だったら寝てたってことだよね」
マーティンはダニーの足を軽く蹴飛ばした。
「痛っ!あほやなぁ、あの店には女はおらん。女に見えるけど、テリーのお仲間ばっかりやねんで」
「またそんなこと言ってるよ。約束破ったら怒るからね」
じとっと見つめられ、ダニーは指をクロスさせて神妙に頷いた。
二人はタクシーをつかまえることができず、とうとうグラマシーの近くまで来てしまった。
スチュワートのアパートまではあと少しだ。車を借りることにして歩き続けた。
インターフォンを押すと迷惑そうな声のスチュワートが出た。
「あ、マーティンとオレ。車借りに来た」
「車?とにかく入れよ」
エントランスのロックが開錠され、二人はアパートの中に入った。
エレベーターを降りると、スチュワートがドアを開けて待っていた。
疲れた表情を浮かべたまま、怪訝そうに二人を迎え入れる。
「いきなりごめんな。起こした?」
「いいや、仕事してたから。そっちこそ寒いのに何やってんだよ?」
「ちょっとな。な、マーティン?」
「うん・・・」
「何だよ、それ」
二人は言われる前にうがいと手洗いを済ませてソファに座った。
部屋の中は暖かくて適度な湿度が保たれている。この後すぐに外に出るのが嫌になるぐらいだ。
「なあ、泊まってもええ?」
「いいけど、オレが寝る場所をちゃんと空けといてくれよな」
「了解」
「マーティンも早く寝ろよ。それじゃおやすみ」
スチュワートは大きく伸びをすると首を回しながら仕事部屋に消えた。
「よし、寝よ。歯磨くで」
ダニーはコートとニットキャップを脱いでソファに放り投げた。マーティンもそれに倣う。
歯磨きを済ませた二人はパジャマに着替えてベッドに入った。
ダニーは体が温まるとすぐに眠ってしまった。マーティンはなかなか眠れずにいる。
ベッドを抜け出して仕事部屋に行くと、調べ物をしているスチュワートの背中にそっと抱きついた。
「スチューはまだ寝ないの?」
「あと30分ぐらいかかりそうだ。待ってなくていいからさ、先に寝ろよ。こんなとこにいたらテイラーが嫉妬するぞ」
「このまま見ててもいい?」
「だめだ。オレには守秘義務があるから見られるわけにはいかない。さ、ベッドに戻れ」
スチュワートはマーティンの腕をぽんぽんと軽くたたいた。
「だったら目を閉じてる。それならいいよね?」
マーティンは返事を聞かずに首にぎゅっとしがみついた。
「なんだ、またテイラーとケンカしたのか。朝になったら元どおりになってるさ。心配ない」
スチュワートは手を止めるとマーティンの手に自分の手を重ねた。
「早く寝ろ」
「眠くない」
「しょうがないな、マーティンは。反則だけどハーゲンダッツ食べようか?」
スチュワートはマーティンに向き直るといたずらっぽく笑いかけた。
「スチューはやさしいね。僕はこんなひどいことばっかしてるのに・・・」
「好きだから仕方ないだろ、テイラーもマーティンの一部なんだから。それにテイラーのことも好きだから気にすることないさ」
そう言うとごめんと言いかけたマーティンの唇をキスで塞ぐ。
「オレはそんなに強くない。本当はすごく寂しいんだ。マーティンがいてくれればそれでいい。テイラーがいたってかまわない」
じっと目を見つめられたマーティンはスチュワートの真剣な眼差しに何も言えない。
どう答えればいいのかわからずに黙り込んだ。自分はフェアじゃないのだから。
「オレはラムレーズンにしよう。マーティンはチョコレートだろ?」
楽しそうにアイスクリームのフレーバーを尋ねるスチュワートは、すっかりいつものスチュワートだった。
それ以上この話題に触れようとはしない。二人はせーので立ち上がると競争するようにアイスを取りに行った。
リビングのソファに寝そべりながらアイスを食べ、時折お互いのスプーンを交差させて味見しあう。
「これ食べたら寝るぞ」
「ん」
マーティンはだらだらとアイスを食べながらこくんと頷いた。
やっぱりスチュワートの出てくる
書き手2さんのは最高ですねぇ。
私もスチュー大好きです。
書き手2さん、スチューを幸せにしてあげてくださいね!!
>>702、
>>703 ご感想ありがとうございます。
ご期待に沿えるかどうかはわかりませんが、また読んでいただけると嬉しいです。
目を覚ましたダニーは、こっちを見ているスチュワートと目が合った。
マーティンはスチュワートの胸に顔を埋めるようにして眠っている。
「おはよう、テイラー」
「おはよう。お前、後から寝たのに早起きやなぁ」
ダニーは言い終わらないうちから大きな欠伸をした。
「お前の寝言がうるさかったんだよ。ちゃうちゃう、そんなんやないって、一体何が違うんだ?」
可笑しそうに訊ねられてもまったく覚えていない。きょとんとしたまま視線を返す。
「覚えてないのかよ?ったく、迷惑なやつ!」
「そんなん嘘や、オレは寝言なんか言わん」
「いいや、フゴフゴ言ってたさ。どうせまたろくでもないことかなんかして、夢で追体験でもしてたんだろ」
「知るか!オレは寝てたんやから!お前こそ何やねん、首のとこに吹き出物ができてるで」
スチュワートは神経質そうに首に手をやった。指先に吹き出物が触れ、顔をしかめている。
「オレも年だな。寝る前に食ったハーゲンダッツにやられたんだ」
自嘲気味に苦笑しながら何度も指でさわって確認している。よほど気になるらしい。
「心配ないって。ほんまもんのトロイはハゲが進行してるけど、お前はまだまだ大丈夫やし」
「当たり前だ。オレがトロイならまず植毛するぜ。ハゲを放置なんてするもんか」
お互い真顔で無意識に額に触れる。はっとして目が合い、どちらともなく笑い出した。
ひとしきり笑った後でなんとなくキスをした。
二人の間にはぐっすりと眠っているマーティンがいる。
ダニーは躊躇いながらくしゃくしゃになった髪の毛を指で梳き、ぷっくりした頬に触れた。
寂しそうな寝顔だ。昨夜のことが申し訳なくて、そっと頬にキスしながら心の中で詫びる。
いつか本当のことを知ったらどんなに悲しむだろう・・・
「お前は変わんないな」
突然言われて顔を上げた。何か言いたそうな緑の目に見つめられている。
「何が?」
「反省はするのにやめようとはしないだろ。けどさ、あんまり泣かせるな」
スチュワートはマーティンの背中をやさしくなでている。ダニーも黙って手を置いた。
マーティンがもぞもぞと動き、起きる気配がした。二人はとっさに寝たふりをする。
マーティンはただ寝返りを打っただけで、またすぐに眠ってしまった。
ダニーは恐る恐る様子を見ながら体を起こした。
「おい、なんで寝たふりなんかすんねん。疚しいことでもあるんか?」
「お前だってしただろ」
「あほ、オレは目をつぶっただけや」
「オレだってそうさ」
「オレの真似すんな!」
いつのまにか声が大きくなり、マーティンが本当に目を覚ました。
「うるさいなぁ・・・またケンカしてるの?」
寝ぼけ眼のマーティンは呆れたように二人の顔を交互に見る。ばつが悪い二人は口を閉じると目をそらした。
「ケンカなんかしてへん。ふざけてただけや」
先に口を開いたのはダニーだった。マーティンの疑うような視線をやり過ごしてキスをする。
「ほんまや。なぁ、ケンカちゃうやんな?」
ダニーに同意を求められ、スチュワートも大きく頷いた。
「なんかさ、二人ともすっげー怪しいよ」
「怪しくない!」
二人は両側からマーティンを抱きしめると思いっきりくすぐった。苦しそうに身をよじるのをつかまえてキスしまくる。
「わかった、わかったよ!だからもうやめて!漏れちゃう」
「いいや、まだわかってないみたいだ。お前はどう思う?」
「ほんまや、まだあかんわ」
すっかり悪乗りした二人は、けたけた笑いながらマーティンをくすぐり続けた。
ダニーは先に起きて、シャワーを浴びると、水と処方薬を持ってマーティンのサイドテーブルにおいた。
すやすやと天使のような顔で眠っている。
こんなにすこやかそうなのに胃がぼろぼろなんて、可愛そうな奴。
視線に気がついたのか、マーティンが目を開けた。
「あ、ダニー、おはよう」
恥ずかしそうな顔をしている。
「ボン、胃の具合どうや?」
「ちょっと痛む位だよ、本当にありがとう、ごめんね。泊まってもらって」
「お前と俺の仲やん、あほ。今日、出勤できるか?」
「うん、大丈夫」
「ばか食いするなよ」
「わかったよ」
マーティンはベッドから起きてシャワーを浴びに行った。
ダニーは自分にはコーヒー、マーティンにはホットミルクを入れた。スーツに着替えたマーティンがやってくる。
「ミルク?」
「そや、胃にええもん口にせいよ」
「わかった」
「あと止血剤もらったから、ランチ終わったら200ミリ飲めって」
ダニーはタッパーに入った液体を渡した。
「荷物だね」
「しゃあないやん」
二人は出勤した。ランチもダニーはマーティンがばか食いしないように一緒について回り、メニューを選んだ。
「え、僕ペペロンチーノがいいよ」
「だめやて、刺激物はよせ、カルボナーラな」
この調子で週末を迎えた。
土曜日の午後、マーティンが昼寝をしていると、キッチンで音がする。
「ん?」
目を覚まして、キッチンに入ると、ダニーが大量のジップロックコンテナを冷凍庫にしまっていた。
「あ、ボン、起きてたんか?」
「何それ?」
「お前のランチや、トマトソースとバジルホワイトソースのカネロニ作ってきたわ」
「わ、ありがと!」
「デリの飯もスパイス効いてるのがあるからな、気いつけんと。あとな、これから1週間、うちで晩飯食い」
「え、ダニーのうちってアランも一緒でしょ?」
「アランが胃に優しいメニュー考えてるから」
「いいのに・・・」
「お前一人だと何食うか心配なんや。そうせい」
「わかったよ・・」
「あとビール、シャンパン、サイダーはいかんで。胃壁を刺激するんやて」
「はいはい」
マーティンはそう言いながら、ダニーにぴとんとくっついた。
「ダニー、ありがと、こんなに心配してくれてるんだ」
「当たり前やん。お前一人やと何も出来へんやろ。ハラペーニョが沢山載ったメキシカンピザとかオーダーしそうやもん」
マーティンは静かにダニーにキスをした。
ダニーが舌でマーティンの唇を割ると、マーティンが舌をからませてきた。二人の息が上がってくる。
「ねぇ、ベッドに行こう」
「ん」
二人はベッドルームに入ると急いで服を脱いで、ブランケットの中に入った。
マーティンがもぐって半立ちのダニーのペニスを咥える。
「うぅ」
舌でころがすように愛撫され、ダニーは思わず唸った。玉も丹念に舐め、ダニーの傷にキスをする。
「あぁ、いい」
ダニーはマーティンの頭を押さえて固定した。マーティンはそのまま喉の奥までダニーを飲み込んでは前後に動かした。
「あぁ、出るで、ああー」
ダニーのペニスが何度も痙攣する。マーティンはごくりと音をさせ、ダニーを飲み下した。
「今日入れていい?」
「ああ」
マーティンは蛇ローションのパッションフルーツを取り出すと、ダニーの中に塗りこんだ。
「あぁ、熱くなるな、これ」
「うん、すごいよね」
マーティンは大きくなった自分にも塗りたくると、ダニーの両脚を大きく開かせ、腰を進めた。
「あぁ、お前、でかい・・」
「ダニーも狭いよ、もういっちゃいそうだ」
マーティンは深呼吸をすると、静かに動き始めた。
「あぁ、もっと奥まで」
「僕、出ちゃうよ」
「早う、来い」
「イクね」
マーティンは動きを早めて、ダニーの奥まで突きまくった。
「あぁ、だめやー」
ダニーはもう一度射精した。マーティンもダニーの中で果てた。
二人で天井を見上げる。ふとマーティンが漏らした。
「ねぇ、ダニーってこんなに入れられるの好きだったっけ?」
「ああ?そんな時もあんのや」
ダニーはしまったと思った。ジョージとのセックスで入れられる喜びを覚えてしまったのだ。
「そうなんだ、ふうん」
マーティンはダニーにぴとんと張り付いて、「ダニー、大好き」と言った。
「俺もや」
ダニーはジョージの事を考えていた。
ジョージは今日はアルマーニ・エクスチェンジの秋冬の撮影で、ミート・パッキング・ディストリクトの倉庫街に来ていた。
トレーラーの中で、10着ほどの着替えをさせられた。
最後のショットになった。ジョージがポーズを取った時、一発の銃声が鳴り響いた。
騒然とする現場。
アイリスがいち早くジョージを見ると、腹から血を流して倒れている。
「キャー、誰か救急車を!ジョージが撃たれたわ!」
ジョージは市立病院に運び込まれた。
その頃、ダニーはマーティンとカフェで食事をしていた。
今日はバーガーを許してやろう。ダニーはマーティンに「チーズバーガー頼んでもええよ」と言った。
「本当?」
顔を輝かせるマーティン。
そこへダニーの携帯が震えた。トムからだ。
「はい、テイラー」
「おい、仕事中か?」
「食事中やけど、何?」
「ジョージ・オルセンが撃たれた。今、手術中だ。来られるか?お前の名前を呼んでいる」
ダニーの顔色が変わった。
「わかった。行く」
ダニーは立ち上がると、「マーティン、悪い。ボスに早退って伝えてくれへんか?」
「どうしたの?」
「ジョージが撃たれた」
「え?」
「頼むわ」
ダニーは流しのタクシーを拾うと病院に向かった。
医局にいたトムと話をする。
「屋外で撮影中に撃たれたそうだ。あいつだけを狙ったらしい」
「くそっ!」
ダニーは悪態をついた。
「それで、手術は?」
「あと6時間はかかるだろう。待つか?」
「当たり前や」
ダニーは外科病棟の待合室に案内された。コーヒーを自販機で買う手が震える。
ジョージが死んだら俺、どないすればええんや。ダニーは頭をかかえた。
6時間が過ぎた。手術中のサインが消える。ドクターが出てきた。
「ジョージ・オルセンの容態は?」
「ご家族の方ですか?」
「いえ、友人です」
「それではお話できません」
「これでもですか?」
ダニーはFBIのIDを見せた。
「これはこれは。オルセンさんは腎臓を一つ摘出しましたが、命に別状はありません。3週間で退院できるでしょう」
ダニーはひざの力が抜けて座りこんだ。
「本人に会えますか?」
「麻酔で眠っていますよ」
「いいんです」
手術室から点滴につながれたジョージが出てきた。
病室の待合室では、アイリスが待っていた。
「あ、ダニー」
「アイリス、来てたんや」
「当たり前よ、どうなの?」
「命に別状ないって。ただ腎臓を一つ摘出したそうや」
「まぁ、かわいそうな子」
アイリスはダニーの胸を借りて泣き始めた。
「病室は特別室を予約したから、行きましょう」
「ああ」
二人は、ジョージの病室に向かった。
一人部屋で広さも十分にあり、外の景色が美しい。
ジョージはこんこんと眠っていた。ダニーはアイリスがいるのも気にせず、唇にキスをした。
「ジョージ、分かるか、俺や、ダニーや。すぐよくなるさかい、がんばり」
ジョージの点滴につながれている手が動いた。ダニーはぎゅっと握った。トムが入ってきた。
「執刀医のブラックウェルはこの病院一の腕前だ。安心しろ」
「わかった」
「とにかく焦らず養生することだ、本人の目が覚めたら言っておけ」
「わかった」
トムは部屋を出た。
アイリスはスケジュール帳を取り出して、ジョージの予定の調整を始めた。
「アイリス、こいつにすぐ仕事やらせないでください」
「でも秋冬のショーがあるの。どうしても出てもらいたいものだけに絞るわ」
「よろしくお願いします」
ダニーは頭を深々と下げた。
「ダニー、この子に本気なのね」
アイリスがつぶやいた。
「ええ、本気です」
ダニーはきっぱりと答えた。
「よろしく頼むわ。強そうでもろい子だから」
「はい」
「じゃあ、私、予定キャンセルの電話しなくちゃ。事務所に戻るわね」
「ええ」
「まだいるの」
「もう少し」
アイリスが去った後、ダニーはまたジョージにキスを繰り返した。
「俺が犯人つかまえたるからな」
面会時間が終わり、ダニーは病室から追い出された。
アッパーウェストエンドに向かう道が遠く感じられた。
二人が出勤すると、興奮したサマンサが待ち構えていた。
「二人ともこれ見て。すごいでしょ?バワリーストリートでCSI:NYのロケをやってて一緒に撮ってもらったのよ」
サマンサは得意気に携帯を見せびらかした。
男性二人の真ん中でサマンサが嬉しそうににっこりしている。
「うわっ、ホークス先生とドン・フラックじゃない!すごいね、昨日?」
「そう。友達とクラブに行ったらあの二人が目の前にいたのよ。ロケの合間に来たんですって!
二人ともすっごくイケてたわよ。もう最高!ほらここ、私の肩にホークスとドン・フラックの手が載ってる!」
マーティンとダニーがまじまじと見入るのを見て、サマンサははしゃいだ声で説明を続ける。
「マックはおらんの?」
「いなかったと思う。あっというまにすごい人だかりになっちゃって。私たちは撮ってもらえただけラッキーだったのよ」
「どこのクラブ?」
「ミッション」
「ああ、あそこか。くそっ、オレらも行けばよかったな。サム、なんで電話くれへんねん!」
「そんなこと言ってもしょうがないでしょ。それどころじゃなかったんだから。おっと、ヴィヴにも見せなくちゃ!」
サマンサは出勤してきたばかりのヴィヴィアンを見つけると、早速見せびらかしに行ってしまった。
「いいな、サム。僕、ミッションって行ったことないよ」
「別にどうってことない普通のクラブや。入るんに並ばなあかんねん」
「そうなんだ」
「あ、お前は嫌いかもしれん。バーテンダーが女やから」
「セクシーな?」
「うん、まあな」
ダニーは内心ひやひやしながら答えた。また浮気疑惑をかけられてはたまらない。
マーティンは沈んだ顔でじとっと見つめてくる。
「ねえ、浮気してないよね?」
やっぱりそう来たか・・・ダニーはむっとしながら否定した。
マーティンは曖昧に頷いている。ダニーには本当に信用しているのかどうか確信が持てなかった。
ダニーはトイレに行くと、個室に入ってそのまま座った。
多少の窮屈な思いは仕方ないのかもしれないとは思うものの、時々マーティンとの付き合いに正直疲れを感じる。
それでもマーティンが好きだった。束縛にうんざりしても嫌いにはなれない。
突如ドアをノックする音がして、ノックし返そうとすると、テイラー捜査官?と呼ぶマーティンの声がした。
マーティンにテイラー捜査官と呼ばれるのは初対面の日以来だ。
思わずくくっと笑いながらはいと答えてドアを開けると、マーティンが不安そうに立っていた。
何か言いたそうな表情は困っているようにも見える。
「どうしたん?そんな顔して」
心細そうな繊細な表情が痛々しい。
「ううん、何でもない」
「何でもないことないやろ」
ダニーはトイレの中を見回して誰もいないことを確認すると個室の中に連れ込んだ。
「お前がオレのことテイラー捜査官って呼ぶの、なんか笑えるな」
冗談めかしてそう言うと、マーティンも照れくさそうに笑った。
「違ってたら困るじゃない、だからさ」
「めっちゃ可笑しいわ。で、何の用や?言うてみ」
ダニーはマーティンの頬を両手で挟んだ。にんまりしながら顔を近づける。
マーティンがどぎまぎするのを見るのはいつ見ても楽しい。
「あの、さっきはごめんなさい。何もしてないのに疑ってばかりだと気分悪いよね」
「ええよ、そんなん。オレは前科があるからしゃあないわ」
ダニーはあっけらかんと言うとそのままキスした。自分の調子のよさに辟易しながら強く抱きしめる。
だが、マーティンを悲しませないためには、バレないことが何よりも最重要事項だ。
パンツのジッパーを下ろして中を弄ろうとするとマーティンが手首を掴んだ。
「ん?」
「もう行かなきゃ。ミーティングがはじまっちゃう」
「まだ大丈夫やって」
「でもイクまでには間に合わないよ。ボスに遅刻扱いにされたらどうするのさ」
「お前のここ、そんなに長持ちしたっけ?」
ダニーは勃起しかけのペニスをなぞった。少しさわっただけでトランクスの中身が硬度を増すのをからかう。
「・・・バカ」
耳まで赤くなっているマーティンを壁に押しつけ、二人は見つめあったままキスをした。
「はい、時間切れ。惜しいな、続きは帰ってからな」
ダニーはこそっとドアを開けると辺りを窺ってから外に出た。マーティンも慌ててジッパーを上げて後に続く。
二人は時計とにらめっこしながらオフィスに急いだ。
翌日、ダニーがジョージを見舞いに行くと、ジョージが布団にくるまっていた。
「よ、来たで」
「あ、ダニー」
くぐもった声がして、ジョージが布団から顔を出した。
頬に涙の跡がある。
「どうした?」
「何でもないです」
「何でもない奴が泣くか?俺にも話せないんか?」
「僕って、成功の直前で必ずストップがかかる人生なのかと思ったら、泣けてきちゃって・・」
「あほ!お前の今のキャリアはこの先、もっと輝くんやで。信じろ」
「だって・・」
「大丈夫や」
ダニーはジョージの顔を自分の方に向けるとキスをした。
「まぁ、ごめんなさい」
アイリスの声がして、ダニーは急いで離れた。
「こんばんは、アイリス」
「ダニー、毎日ありがとう。ね、ジョージ、誰よりもダニーが来てくれるのが嬉しいのよね」
ジョージはまた布団の中に隠れた。
「ジョージ、1ヶ月先の話だけれど、このショーだけは出て欲しいというメゾンを絞り込んだわ。
ラルフ・ローレン、トミー・ヒルフィガー、これならいいでしょ?」
「ほんまに2つだけやね?」
「ふふふ、いつからジョージのマネージャーになったの?本当よ。無理はさせられないわ」
「いいです」
布団の中からくぐもった返事が聞こえた。
「じゃあ、ブッキングするわ。ラルフもトミーも喜ぶわ。あなたの復活記念よ、じゃあね」
アイリスは忙しそうに去っていった。
「ほら、顔出し」
ジョージが顔を見せた。
「ほんまやろ、お前のキャリアはこれからなんやから」
「うん、わかりました」
「早く、お前と飯が食いたいわ。その後のデザートもな」
ダニーが言うとジョージは顔を赤くした。「僕も」
例の放送が流れる。
「面会時間は終わりです」
「それじゃ、また来るわ」
「ダニー、無理しないで」
「無理なんかしてないで、ほっぺたにキスしてくれ」
ジョージはちゅっと軽くキスをした。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
廊下に出ると、トムがいた。
「見たぞ」
「何を?」
「キスしてたろ?」
「友達のキスや、うるさいなぁ」
「俺は本気だからな、忘れるな」
「ああ、忘れへんわ」
ダニーは内心どきどきしながら病棟から出た。
病院から出ると携帯がふるえた。NYPDの友人からだ。
「ジョージ・オルセン襲撃犯を捕まえたぞ」
「ほんま?これからそっち行くわ」
担当の78分署に着くとすでにマスコミが集まっていた。
ダニーはIDを見せて中に入る。友人のラルフが迎えてくれた。
「誰やった?」
「モデルのショーン・アンダーウッド。ショーのラストの地位を取られた恨みだそうだ」
「それって、ビル・トレバーのショーか?」
「ああ?そんな名前だったな」
あのタキシードや。そんな事のためにジョージを殺そうとしたのか?
ダニーは怒りがむらむら湧いてきた。
「顔見させてくれへん?」
「ああ、来いよ」
ダニーは取調室が見える隣の部屋に通された。ブロンドの美丈夫だ。
「黒人にとられてそんなに悔しかったのか?」取調べの声が聞こえる。
「もちろんよ、だってあの衣装はわたしが着るはずだったんだから。ジョージなんて地獄に堕ちればいいのよ!」
「終始あんな調子だよ」ラルフが首をすくめて言った。
「モデル業界もぶっそうだな。まぁあいつの親はワイオミングで有名なKKKなんだよ。
それにしても、おかま同士のいざこざかよ」
「それは失礼やないか?」
「あ、すまん。被害者はお前の友達だったな」
「とにかくありがとう」
「仕事だからな」
ダニーはラルフに握手をして署から出た。
翌日のニューヨーク・タイムズにジョージ・オルセン襲撃犯逮捕の記事が掲載された。
ジョージは今やセレブだ。扱いも大きい。
ダニーがキヨスクで一部買い、オフィスでコーヒーを飲みながら読んでいると、サマンサが肩を叩いた。
「よかったわね〜。お友達を襲った犯人が捕まって。あんな差別主義者、一生刑務所にいればいいのよ」と苦々しそうに言った。
マーティンも話に加わった。
「ジョージはもう知ってるの?」
「TVのニュースで見てるやろ。奴も安心すると思うで」
「本当だよね。自分が命を狙われてるなんて考えるだけで恐ろしいよ」
マーティンが身震いした。
「さぁ、ミーティングだよ」
ヴィヴィアンの声で3人はミーティングデスクに移動した。
仕事を終えて、ダニーが病院に行くと、アレックスが来ていた。
「あ、ダニーだ!」
飛びつかれ、きつく抱き締められた。
「おいおい、何や」
「だってジョージがいたら独占されちゃうじゃん」
アレックスは離れない。
ジョージは笑いながら「アレックス!ダニーが困ってるから離れろよ」と言った。
「ケチ。それじゃお邪魔そうだから、僕、帰るね」
アレックスはダニーのほおに急いでキスをした。
「アレックス!」ジョージが怒る。
アレックスは点滴につながれていない方のジョージの手にハイタッチをして、病室から出て行った。
「犯人、捕まったね」
ジョージがぼそっと言った。
「知ってる奴か?」
「トレバーさんとこの衣装合わせで会っただけ。僕が彼の一生を台無しにしちゃったんだね」
「お前、そんな風に考えるんか?お前の命を狙ったんやで!」
「だって僕がトレバーさんに気に入られなければ、彼がタキシード着てラスト・ランウェイを歩いていたはずだもん」
「お前なぁ、人がいいのもええ加減にせいよ。犯罪者は悪人や。
裁かれ、罪を償う責任が生じるんや。奴は一生をかけてそれをする。
お前の人生とはもう関係ない、わかったな」
「うん、そう考えるようにする」
「ああ、俺、そういうお前がめちゃ好きや。もう止まらん」
ダニーはかがんでジョージにディープキスをした。
「だめだよ、あそこが立っちゃうよ」
「あ、そか。ごめんな」
「あーら。またまたごめんなさい!」
アイリスが入ってきた。
ダニーはまた急いでベッドから離れて椅子に座った。
「ジョージ、もう一つだけ出て欲しいメゾンがあるの。ビル・トレバーなんだけど。だめかしら?」
ジョージは一瞬考えたが、「いいですよ」と答えた。
「僕の恩人だから」
「ありがとう。ビルがあなたにお詫びしたいって言って来てるんだけど、会う?」
「え?トレバーさんが?もちろん!」
ビルが小さくなって病室に入ってきた。
「ジョージ、あたしのジョージ、ごめんなさい!あたしのせいよね、あなたをこんな姿にするなんて」
ビルは泣いていた。ジョージが困った顔をする。
「トレバーさん。あなたのせいじゃないです。だから泣かないで」
ジョージは自由な手でビルの頬を拭った。
ダニーがハンカチを差し出す。
ビルは受け取って涙を拭いた。
「許してくれるの?」
「もちろんです。あなたは僕の恩人なんですから。ショーも出ます」
「ありがとう。優しい子。アイリス、ありがとうね。じゃ、あたし、帰るわ。ダニー、ハンカチ借りるわ」
ダニーはあんなビルの姿を初めて見た。
独りよがりで調子のいい業界人だと思っていたが、印象ががらりと変わった。
「面会時間は終わりです」
いまいましい放送が鳴った。
「じゃあ、また明日な、ジョージ、考えすぎるな、早く寝ろや」
「うん、ありがと。ダニー。おやすみなさい」
「おやすみ」
ダニーはアイリスに手を振ると、病室を出た。
そしてマーティンとアランの待つアッパー・ウェストエンドに向かった。
仕事中、ダニーは何度もマーティンと目が合った。
あまりにも頻繁に目が合うので口パクでこっち見んなと伝える。
マーティンはわかっていないらしく、にんまりしながらこくんと頷いた。
あかんわ、あいつ・・・
ダニーはやれやれと思いながらマーティンの分もコーヒーを淹れてきた。
「マーティン、これ飲み」
「あ、ありがと」
「あんまりオレの方見るなや。怪しまれるやんか」
「僕、そんなに見てた?」
「めちゃめちゃ見てたがな。さあ、仕事仕事!」
ダニーはそう言うと肩を軽くたたいて席に戻った。
「よし、終わったー!」
何度も時計を見ていたマーティンは、定時きっかりに仕事を終え、いそいそと帰り支度を始めた。
「マーティン、もしかしてデート?」
サマンサが呆れて聞いてもものともしない。あっさり否定して帰り支度を続ける。
「それじゃ、また明日!」
マーティンはさっさとブリーフケースを引っ掴むと、照れ笑いを浮かべたままダニーをちらりと見て帰っていった。
「あれは絶対にデートよ。いいな、ダニィにも彼女がいるし」
「ダニィって呼ぶな」
「そうよね、ダニィって呼んでもいいのは彼女だけだもんね」
「そうや、だから呼ぶな」
ダニーも手早く帰り支度を済ませると待ち合わせ場所へ急いだ。
2ブロック先の角で、マーティンが手を振っているのが見えた。
人目につくので気づいていないふりをしながら足を速める。
「ダニー遅いよ!」
「ごめんごめん、サムがしつこくてな」
「ま、いっか。早く帰ろう」
二人は地下鉄に乗ってアッパーイーストに向かった。
アパートに帰った二人は、服を脱ぎ捨てるとベッドに飛び込んだ。
抱き合ってキスをしながら舌を絡めあい、お互いのペニスを擦り合わせる。
マーティンはダニーを仰向けにすると首筋や鎖骨を舐めまわした。
脇腹や胸もくすぐるようにねっとりと愛撫する。
硬くなったペニスを口に含んで舌で転がすと、ダニーがつないでいた手にぐっと力を込めた。
ペニスの先端はいくら舐めても先走りが次々とあふれてくる。
ダニーの手のひらは汗でじっとりと湿っている。息も少し上がっていて、先っぽを強く吸うと小さく喘ぐ声が漏れた。
「うぅっマーティン・・・」
「待って、そのままじっとしてて」
マーティンはローションのボトルを取ると、自分のアナルとダニーのペニスにしっかりと塗りこんだ。
ふーっと息を吐きながらダニーのペニスの上にゆっくりと跨る。
奥まで入れると二人は手を強く握り合った。ダニーが下から静かに突き上げる。
「んんっ!」
マーティンも自分から腰を擦りつけた。つないでいない方の手でペニスを扱こうとすると、ダニーがさっとその手を掴んだ。
「ん?こうしたほうが締まるから好きでしょ?」
「もう十分締まってる、最高や」
二人は手をつなぎあったまま緩やかな律動をくり返した。
ダニーは下からマーティンをじっと見つめたまま腰を揺らした。
紅潮した頬が快楽の最中にいるのを物語っている。手を離すと腰を掴んで引き寄せるように動かした。
「ダ、ダニィ・・・あぁっ!んっ!」
絶頂が近いマーティンは体を仰け反らせて悶える。
その度にぎゅっと締めつけられてダニーもイキそうだ。
「くっ!」
マーティンが大きく仰け反った瞬間、ダニーは我慢できずに射精してしまった。
どくどくと精液を吐き出すペニスが何度も脈動している。
「あっああ・・・うぅっ!」
マーティンは体を強張らせるとダニーの胸に射精した。
ぐったりと覆いかぶさってきたマーティンをダニーはやさしく抱きしめた。
胸についた精液をすくって唇に塗り、見せつけるように舌で舐め取る。
「お前のおいしいで」
「バカ、恥ずかしいよ・・・」
真っ赤になりながら顔を埋めるマーティンの髪をくしゃっとする。
「僕のこと好き?愛してる?」
「ああ、愛してる。ポケットに入れて持ち歩きたいぐらい好きや」
「ダニィ!」
そう言うなり、マーティンが思いっきりがばっと首に抱きついてきた。苦しいぐらいしがみついてくる。
ダニーは苦笑しながら抱擁を返した。
ジョージが自宅療養に移る日が来た。
ダニーが朝、コーヒーを飲んでいると、アランが言った。
「今日、ジョージが退院なんだって?」
「そうやけど、何で知ってるん?」
「トムが知らせてきた。なあ、家で療養させてやらないか?」
「え?」
ダニーは驚いた。
トムは何をアランに話したのだろう。
「ええの?」
「ああ、実はもうゲストルームの移動の手配が済んでいるんだ。一人暮らしじゃ何かと辛いだろう」
「あいつも喜ぶと思うわ」
「いい奴だからな」
「うん、それじゃ昼に連れてくる」
「あぁ、用意をしておくよ」
ダニーは、地下鉄の駅に行く途中にトムに電話をかけた。
「んー、モナハン」
「トム、起こしてすまん、俺、ダニー」
「あー、どうせなら若い女の声で目覚めたかったよ。何だ?」
「アランに何か言うた?」
「あぁそのことか。ジョージが退院することだけ伝えた。まだ確証がないからな」
「だから、ちゃうって」
「本当にそうなのか?どうせアランが突き止めるさ。じゃあ、寝かせてくれ」
ガチャ。
アランとジョージとの共同生活なんて、考えてもみなかった。
ジョージ、驚くやろな。
昼休み、ダニーはオフィスを出て、タクシーでジョージを迎えに行った。
入り口でジョージが待っていた。
「あ、ダニー!」嬉しそうに笑っている。
「大丈夫か?」
「うん、薬どっさりもらったけど、平気です」
「それじゃ、アッパー・ウェストサイドに行くけどええか?」
「え?どうして?」
「うちでお前の世話したいってアランが言うてる。断ると怪しまれるから、我慢してくれへんか?」
「わかりました。いい子にしてる」
ジョージがウィンクした。
アパートに着くと、アランが1階で待っていた。
「アラン、いいんでしょうか?」
「ああ、遠慮は要らないよ。どうぞ」
アランはすでにゲストルームをジョージ用に模様替えしていた。
「一応医療用ベッドにしたからね。ああ、言い忘れたが、僕も外科医のライセンスを持っているから、安心しなさい」
「はい、お世話になります」
ジョージはぴょこんとお辞儀した。
「部屋にもバスルームはあるから、プライバシーは保てると思う。食事で食べられないものはあるかな?」
「いえ、好き嫌いはありません」
「それは良かった」
「あの、一度家に戻ってとりあえずの物を持ってきてもいいですか?」
「ああ、ダニー、今晩連れていってあげなさい」
「よっしゃ」
「じゃあ、どうぞ、くつろいで」
ジョージがゲストルームに入った。ダニーも付いて行く。
「迷惑やろ、ごめんな」
ダニーは小声でささやいた。
「そんな!こんなところに住めるなんてすごい!」
「お前、ギャラで越せるやん」
「あのアパートから出るのが怖くて」
「そか、じゃあここで訓練やな」
「そうですね」
二人が笑っていると、アランが顔を覗かせた。
「リゾットが出来たから、二人ともおいで」
「はい」
3人のランチだ。リゾットは菜の花と竹の子の醤油味だった。
「日本風にしてみたんだがどうだろう?」
「美味しいです!」
ジョージはがつがつ食べた。
病院食に懲りていたらしい。
ダニーは急いで食べ終わると「俺、じゃあオフィスに戻るわ」と言った。
「ああ、行っておいで」
「行ってらっしゃい」
ジョージが不安そうな顔をしている。
ダニーは、ウィンクをすると出て行った。
これからの共同生活、どうなるやろ。
アランは勘が鋭いから、よっぽど気をつけんとヤバイわ。
ダニーは気を引き締めてかかろうと思った。
ダニーがアランのアパートに戻り、ドアを開けると、誰かが歌っている声がした。
低音でかなり上手い。
「ただいま!」
「ダニー!おかえりなさい!」
ジョージがソファーに座って、SEALのCDに合わせて歌っているところだった。
「今のお前の歌?」
「やだ、聞こえちゃいましたか?腹筋の運動にいいかと思って」
キッチンからアランが出てきた。
「ダニー、ジョージはシンガーでもいけるぞ。アメリカン・アイドルに出そう」
アランもノリノリだ。
「恥ずかしいです」
「ダニー、着替えておいで。ドイツ鍋が待ってる」
「わ、大好物や!」
3人はダイニングテーブルについた。
ジョージがぶつぶつ言っている。
よく聞くと食前の祈りだった。
「それじゃ、食べよう」
アランが、豚のすね肉を大皿に取り、見事なナイフさばきで取り分けてくれる。
「昨日から煮込んでいたから消化にいいと思う。マスタードをつけて食べてみてくれ」
ジョージが神妙な顔つきで、頷いた。
一口、口に入れる。
「すごーい、柔らかいです!美味しい!」
「アイスバインという料理だ。あとは好きに野菜もソーセージもどうぞ」
ジョージの食べっぷりは見ていて気持ちがいい。
偏食もなく、かぶや人参、キャベツもどんどん食べる。
ダニーは思わず見惚れてしまった。
「ダニー、食が少ないな。事件でもあったのかい?」
アランが尋ねる。
「ううん、こいつの食べっぷりに圧倒されてる」
ジョージは赤くなった。
「貧乏性なんで、ごめんなさい」
「俺が悪いんや、ごめん」
トマトの中にツナを詰めたファルシーサラダも一個ぺろりと食べ、ジョージは「満足です」とナイフとフォークを置いた。
「アランてドクターなのにプロのシェフみたいですね」
ジョージが尋ねた。
「僕も食い意地が張ってる方なんでね。趣味が高じてこうなったんだ。ダニーの料理もうまいぞ」
「俺のはアランみたいに正式なん作れへんから、適当や」
「へぇ、ダニーのも食べたいな」
「そのうちにな。さ、今日はお前のアパートに行って、何か取ってくるんやろ?」
「あ、はい、ありがとうございます」
「ジャガーを使いなさい。トランクが広い」
アランがキーを渡した。
「ありがと」
二人は出かけた。
ジャガーが走り出すやいなや、ジョージはダニーの手に手を重ねた。
「寂しかったです」
「俺もや」
「アランにばれないでしょうか?」
「がんばろ。お前なら破綻がないから大丈夫やろ」
「そんな・・気持ちが抑えきれなくなっちゃいそうで」
二人はジョージのアパートに入るなり、ぎゅっとお互いを抱き締めあいキスを交わした。
二人のペニスがむくむく反応する。
「やばいで、まだ無理やろ」
「はい、だめです」
「それじゃ荷造りしよ」
ナイキのスポーツバッグに当面の洋服やCD、読みかけのハードカバーを詰める。
ジョージが大事そうに家族の写真を一番上に入れた。
「あ、そうだ、家族に電話していいですか?」
「お前の家だろが」
「あはは、そうですね」
ジョージはニューオリンズに電話をかけた。
母親らしい女性の嬌声が聞こえる。
「え、あ、ここにいるよ、待ってて」
ダニーに受話器を渡す。
「?」
「母があなたと話したいって」
「えー!えへん、あー、あの、ダニー・テイラーです。いや、そんなお世話なんて、いえいえ、とんでも。
友人が外科医なんで、自宅療養は友人の家で・・ええ、お礼の品?お気遣いなく。あ、お父様ですか、ダニー・テイラーです。
はい、あの、FBI捜査官してます。ええ、はい。クリス?ジョージの弟か?
え、俺がジョージの恋人かって?そうや。よろしく頼むわ」
ダニーはひとしきりしゃべると受話器をジョージに返した。
「ね、僕の話、本当でしょ。でもダニーの職業も名前も秘密だよ。バレたら、ダニー、FBI辞めないといけないから。
うん、僕は元気。また電話する。愛してる」
ダニーはソファーでぐったりしていた。
「うちの家族、遠慮がないんでごめんなさい。ダニーの事沢山話してたんだけど、信じてもらえなくて。
モデルって誘惑が多いからヘンなのと付き合ってないかって心配してたんです。ありがとう。僕の恋人って言ってくれて」
「お前んとこの両親は、お前がゲイでも構わへんの?」
「うん、高校の時、カミング・アウトしたら、そのまま受け入れてくれた。意外とリベラルなんですよ」
「よかったな」
「はい。僕はすごくラッキーなゲイです」
ダニーは、マーティンのことをふと思った。
一生隠さなければならないアイデンティティー。不憫だ。
「それじゃ帰ろ。長居しすぎると、アランが疑う」
「はい、わかりました」
二人は、またキスをすると、荷物を持って、部屋を出た。
773 :
fusianasan:2007/03/30(金) 10:18:52
書き手1さん、3人の同居生活はドキドキするけど何だか不安です。
ジョージがすごくいいコなんで幸せになって欲しいし、アランとダニー
の関係も好きなので複雑な気持ちです。
3人一緒に幸せになるって無理なんでしょうか。
これからの展開を楽しみにしています。
つか、誰かが療養する時は決まってアランの家だね。
朝、ダニーがスタバのカフェラテを持って出勤すると、ふくれっ面したマーティンが近寄ってきた。
「ボン、おはよ。何や、その顔」
「ねぇ、ジョージの世話してるんだって?」
「え、誰から聞いた?」
「トム」
トムの奴、誰彼構わずしゃべるな!
ダニーは苦々しい顔をした。
「アランが言うたんや。うちで世話しよって。俺やない」
「僕もみんなと一緒にご飯食べたいよ。僕だって病人だよ」
マーティンはわざと胃を押さえて痛そうな顔をした。
「神経性胃炎とな、銃で撃たれたんじゃ比較にならへん」
「ねぇ、いいじゃん。今日、僕、行くからね」
そう言うと、マーティンはデスクに戻っていった。
大変や、アランに電話して人数増えた事伝えないと。
ダニーはアランの留守電に「今日、マーティンがうちで飯食いたい言うてる。ごめん、一人分増やして」と伝言を残した。
定時になり、いそいそと帰り支度をするマーティン。
「ねぇ、ダニー、そろそろ行こうよ」
一方のダニーは、のろのろとソフトアタッシュに書類を入れていた。
「え、何?今日飲みにいくの?」
サマンサが二人に駆け寄ってきた。いかにも混じりたそうだ。
「アランの家で食事会やねん、ごめんな定員制やから」
ダニーがすまなそうに言うと、「なーんだ、今度イベントがあったら誘ってよ」と言ってサマンサは帰っていった。
金曜日の夜なのに暇なのだろう。ダニーはサマンサが来たら大変だったとほっとした。
「じゃ、行こか」
「うん!」
マーティンはさっさとエレベーターホールに向かった。
ダニーはトムの魂胆が分かっていた。
衆目の中で、自分とジョージがボロを出さないか監視させる気なのだ。
アパートに帰ると、今日も歌声がする。
James Blunt の You are beautiful だ。
「これ、CD?」
マーティンが尋ねる。
「うんにゃ、驚くで」
リビングのドアを開けると、ジョージがソファーに座って歌っていた。
「あ、おかえりなさい!マーティン、こんばんは!」
「こんばんは・・今の歌ってジョージ?」
マーティンが聞くと「また聞かれちゃった。恥ずかしいですね」とCDをかさこそ片付けた。
「おかえり」
アランがキッチンから出てきた。
「マーティン、いらっしゃい」
「すみません、お邪魔します」
「いや、いいんだよ。食事は人数が多いほうが楽しいからね。ダニー、着替えて手伝ってくれ」
「うん、お前、ジョージと遊んでれば」
「え、あ、うん」
マーティンはコートとジャケットを脱ぐと、ジョージの隣りに座った。
ダニーがキッチンに入るとサフランのいい香りがした。
「ごめんな、アラン。急にマーティンが家に来るいいよって」
「いいさ、そんな時にはやっぱり鍋だ」
アランは大なべの蓋を開けて中身を見せた。
「うわ〜、旨そうなブイヤベース!」
「アイオリソースも作ったぞ。さて、サラダを冷蔵庫から出してくれ」
「うん」
ダニーは、ハーブ野菜とキノコ類のイタリアンサラダのボールを取り出した。
ダニーがダイニングに運ぶと、ソファーでジョージがマーティンに歌を教えていた。
「ほら、出来たで」
二人が近寄ってくる。
「すごく美味しそうですね」
「ジョージ、サラダ好き?」
「僕は何でも好き」
「ふうん」
まるで子供同士の会話のようで、思わずダニーが噴き出した。
アランはキッチンでブイヤベースを皿によそい、残りの大なべをダイニングの中央に置いた。
「すごーい!」
ジョージが感動している。
マーティンは肉党だがそうは言えまい。
「美味しそう!」と席についた。
「今日はイタリアのトレンティーノのシャルドネだ。小さい作り手だが美味いぞ」
4人は乾杯をした。
イータラのグラスを合わせる。
4人とも渡り蟹、オマール海老、帆立貝、ほうぼう、鯛、それに沢山のセロリと玉ねぎのサフラン風味を堪能した。
ワインも4本空いて、腹が膨れたアラン以外の3人はピアノの周りに集まった。
ダニーが久しぶりにスタンウェイを開けた。
「Coldplayでも歌うか?」
「いいですね」
「僕、うまくないよ・・」
「じゃ、マーティン、お前は聞いてろ。歌えるとこだけ歌えばええやん」
Yellow, Trouble, Speed of Sound とヒット曲をひとしきり弾いて、合唱した。
最初は小さな声で歌っていたマーティンも、最後は絶唱していた。気持ちが良さそうだ。
アランが声をかける。
「ハーブティーの時間だよ。それにジョージはそろそろ寝ないとな」
「あ、本当だ、もう11時過ぎてる!」
ジョージは時計を見てはっとした。
4人はダイニングテーブルに戻り、レモンジンガーティーを飲んだ。
「あぁ、口がさっぱりする」
マーティンが満足そうにつぶやいた。
「やっぱりアランはシェフになるべきですよね」
ジョージがマーティンの腕をつついた。
「本当だよね」
マーティンもジョージの腕をつついている。
「やめてくれよ、趣味で十分だ」
アランが苦笑した。
ダニーは、特に問題の起こらなかった晩餐に神様に感謝した。
人の頑なな心を溶かすジョージの話術にも。
明日は土曜日だ。いよいよ1日中3人だけの生活が始まる。
>>773 さん
感想ありがとうございます。今日からマーティンも入って、大混乱はしなかったものの
ますます複雑になっていくダニーの人生です。
ジョージみたいな子がそばにいたら、心が癒されるでしょうね。
応援ありがとうございます。
>>774 さん
理由は3つあります。
1)アランのマンションが豪邸であること。ゲストルームがいくつもあるので
プライバシーを保ちながら療養が出来る。
2)アランが外科医ライセンスを取得しているので、不測の事態にとりあえず対処できる。
3)アランの本職が精神分析医なので、心の病気、特にトラウマ治療に強い。
このために、誰かの療養はアランの家となっています。
ダニーが二週間ぶりのデートに期待しながらクリニックに行くと、入るなり室内が殺伐とした空気に包まれていた。
原因はスチュワートの父親で、たった今、スチュワートが小切手を渡したところだ。
まずいところに来たと思ったがもう遅い。
「ほらこれ。もういいだろ、さっさと帰れよ」
「おう、来月も頼むぞ。なんなら来週でもかまわないからな」
「いいから早く帰れ」
スチュワートはぞっとするほど冷たい目で父親を見据えていたが、ドアの横にいたダニーに気づくとさっと目を伏せた。
「ああ、またなスチュー。よう、FBI!元気だったか?」
「ええ、どうも。バートンさんもお元気そうで何よりっすね」
ダニーの答えに満足したのか、にんまりする笑顔がいやらしい。まだ夕方なのに全身からアルコールの匂いが漂っている。
ドアを開けてやると、スチュワートの父親は上機嫌で出て行った。
「で、お前はどうした?病気か?」
不自然な沈黙のあとで出し抜けに訊ねられ、慌てて首を振る。
見てはいけないところを見てしまった申し訳なさで何も言えなかった。
ジェニファーも黙々とデスクの上を片付けている。
「ああ、デートか。ジェニファー、帰っていいぞ。あとはオレがやっとくから」
スチュワートは淡々と言い残すと、診察室に入ってドアを閉めてしまった。
残された二人はぎこちなく視線を交わした。
せっかく会えた幸福感も今は後ろめたく感じられる。
「ごめん、ジェン。オレ、今日はトロイとメシ食うわ」
「ダニーなら絶対そうすると思ってた」
ジェニファーはそう言うとにっこり微笑んだ。
いつだったかマーティンが、ジェンはHOUSEのキャメロンに似ていると言っていたことをふと思い出した。
「うん?」
「ううん、ちょっと見とれてただけや」
「バカね」
二人は静かに抱き合ってキスした。
長い抱擁のあと、ドクター・バートンをお願いねと言って、ジェニファーは帰っていった。
とりあえず自販機でコーラを買って診察室のドアをノックしたが返事はない。
中に入ると、スチュワートが診察用のベッドにうつ伏せになっていた。
投げやりな様子でリノリウムの床をじっと見つめている。
「ジェニファーは?」
「帰った」
「お前、あいつとデートだったろ。いいから追いかけろよ」
「あほ、オレがお前を置いて帰るわけないやろ」
ダニーはコーラを飲みながらベッドの端に座った。
嫌がられるかもしれないと迷いながら手を握ったが、スチュワートは拒まなかった。
「ほんまはオレよりマーティンのほうがええと思うけど、オレしかおらんから」
「・・・いや、ありがとう」
声にいつもの生意気な強気さが消えていて、ダニーは思わず背中から抱きしめた。
「うわっ、いきなり何だよ?」
「よしよしってしたら元気になるかなと思って。嫌やったらやめるけど」
「だめだ、続けろ」
「ほらな、効き目あるやろ。もうはや高慢ちきトロイに元どおりや」
ダニーはそのまま抱きしめ続けた。
朝、ジョージが目を覚ますと、キッチンから笑い声が聞こえてきた。
一人暮らしではなかった事だ。まるで実家に帰ったみたいだ。
歯を磨いて、パジャマのまま、リビングに出る。
ダニーがダイニングに皿を並べているのが見えた。
「おう、ジョージ、おはよ。着替え、手伝うから待っとき」
「おはようございます。すみません」
ジョージはゲストルームでダニーを待った。
ダニーはゲストルームに入るなり、性急にキスを交わした。
「よう眠れたか?」
「はい、昨日は大騒ぎしちゃったから」
「お前の歌、ほんますごいで。デビューし」
「だめですよ。こんな程度沢山いるもの」
ダニーは右腹の傷に気をつけながら、パジャマを脱がし、シャツとカーディガンを着せた。
下はナイキのジャージだ。
「モデルのジョージ・オルセンも形無しやな」
ダニーが大笑いした。
「でも、家じゃこんなですから」
ジョージは赤くなった。
「朝食出来たから、はよ来い」
「はい」
ダイニングでは、アランがコーヒーを入れていた。
おそろいのマグカップが3つに増えている。
「あ、僕のマグ!」
「ああ、君だけ違うのだと嫌だろう?」
アランが笑った。
朝食メニューは、クロックムッシュだった。
パンにハムとグリエールチーズをはさんで両面をよく焼いたものだ。
その上からグラタンソースがかかっている。
「すごい!アランて何でも作れるんですね」
「いや、今日はダニーの番だよ」
ダニーは少し威張った顔をした。
「うまいで。俺、グラタン系、得意やねん」
コーヒーはハワイ産コナ100%を挽いたものだった。
「美味しいです」
「よかったな、ダニー」
「うん、嬉しいもんやな。ジョージはぱくぱく食いよるから」
ジョージが恥ずかしそうな顔をした。
「今日は、君の体を拭いてあげるから、食べ終わったら、ベッドで待ってなさい」
アランが言い出した。
「え、僕、自分で拭けます」
「何言うか、身体、ねじられへんやろ」
ダニーも言う。
ジョージは観念した。
ゲストルームのベッドで待っていると、たらいにお湯を張ったダニーとタオルを持ったアランが現れた。
「アラン、俺一人で、出来るで」
「いや、傷口も見たいから」
「そか」
ダニーは心の中でチェっと思った。
自分だけならジョージを愛撫できるのに。
「じゃあ、まず上半身からだ。脱いで」
「はい」
神妙な顔つきのジョージ。
大きな脱脂綿が当てられている右脇腹が痛々しい。
「じゃあ、ダニーは左、僕は右だ」
二人に同時にタオルで触れられて、ジョージの身体に電流が走った。
うわ、感じちゃうよ!
首、肩、わきの下、腕、胸と順々に拭かれる。
ジョージの身体が反応し始めた。
「おやおや」
アランが気がついた。
「恥ずかしい!見ないで!」
ジョージは顔を手で覆った。
「恥ずかしがることないさ。男だったら当然の反応だから、気にするな」
アランは機械的に拭いていく。
一方、ダニーは優しく愛撫するように拭いていく。
ジョージは思わず悶え声を上げた。
傷まで降りたアランは、「それじゃ、はがすよ、ジョージ」と声をかけ、脱脂綿をはがした。
大きな縫い傷が残っている。
「これじゃ抜糸はまだだなぁ。消毒しよう」
アランは消毒液を脱脂綿につけると丁寧に傷口を拭った。
新しい脱脂綿と交換したアランは「それじゃ、今度は下半身だ」とジャージを脱がせた。
ジョージのペニスはこれ以上ない位勃起していた。
「君のはなんて立派なんだ。個展の写真でも見たが、身体全体がまさに芸術だよ」
アランがため息を漏らした。
ダニーは静かに局部を拭き、太腿、ふくらはぎ、足へと移った。
ジョージは顔を手で覆ったままだ。
「それじゃ、背中を拭くよ」
アランがベッドのリクライニングを上げた。
大きな逞しい背中をダニーはいとおしむように拭いた。
早くジョージが完治して、この腕でこの身体が抱けるようになりますように、神様、お願いです!
ダニーは祈った。
「さぁ、終わりだ。もう手をはずしてもいいだろ」
アランが笑った。
ジョージが目だけを出す。
ダニーがウィンクした。
「お前も早う慣れろや」
「うん、看護婦さんの時は反応しなかったのに・・」
「はは、それは君がゲイだからじゃないか!」
アランは笑いながら部屋から出て行った。
ダニーは小声で「恥ずかしがることあらへんで、お前はよう我慢した。ご褒美や」と急いでディープキスをした。
ダニーはジョージの着替えを手伝うと、たらいとタオルを持って部屋から出た。
ジョージはふぅとため息をついて、ベッドに横たわった。
緊張したからか、すぐに眠気が襲い、そのままジョージは目を閉じた。
日曜日、ジョージは昼までうつらうつらしていた。
ダニーはゲストルームを覗いては、早く起きないかなと待っていた。
アランは医学雑誌の原稿を執筆中で、書斎にこもっている。
ダニーは、Daughtly のデビューCDをかけて鼻歌を歌いながら、
ゴルゴンゾーラのリゾットとコブサラダを作っていた。
アランに声をかける。
「ランチ出来たで」
「お、ありがとう」
「まだジョージが寝てるんやけど」
「あまり寝かせると夜眠れなくなるかもしれないな、起こしなさい」
「うん」
ダニーは、ジョージのそばによると、鼻をつまんだ。
ジョージがわーと口をあける。
「わっ!びっくりした!」
「もう起きる時間やで。ランチや」
「え、そんなに寝てました?」
「ぐっすりガキみたいやったで」
「見てたんだ」
「ちょびっとな」
ダニーはいたずらっ子の顔をした。
「歯磨きます」
「ああ、着替え手伝うわ」
「ありがとう」
昨日と違うシャツにカーディガン、ナイキのジャージ姿に着替え、ジョージがアランの書斎に顔を出した。
「アラン、おはようございます」
「よく寝たね」
「はい、ぐっすり。ありがとうございます」
「痛みがなくて何よりだよ」
三人のランチだ。
ジョージは、コブサラダの豆とレタスと卵が気に入ったのかバリバリ食べた。
「ほんま、お前の食いっぷり見てると気持ちええな。作ってよかった思うで」
「がつがつしててごめんなさい。病院食って味気ないじゃないですか。それにここの食事は最高だから」ジョージが照れた顔をした。
「今晩はもっと驚くぞ」
「え?何かあんの?」
ダニーもびっくりした。何も聞いていない。
「ゲストシェフを呼んだから。そうだ、人数が多い方が楽しい。マーティンを呼ぼう」
ジョージはダニーの顔をちらっと見た。
「そやね、あいつ、絶対デリバリーばっか食ってるやろうから呼んだろ」
ダニーが「失礼」と立って、リビングでマーティンに電話した。
「ひゃっほう!美味しいものが食べられるんだ!行く、行く!」
マーティンは大喜びだった。
夕方5時になり、現れたのは、エドとダニエルだった。
「病人が二人いると聞いて、今日は薬膳料理を考えました」
ダニエルが人好きのする笑顔でアランに説明する。
エドはナイキのCMの本人に会えて感動していた。
スポーツ・イラストレイテッドのジョージのページを持ってきて、サインをもらっている。
アランとダニエルはキッチンにこもった。
エドとジョージとダニーの三人は、バスケの試合の録画を見ながら、料理が出来るのを待った。
7時になりチャイムが鳴る。マーティンだ。
アパートに上がってきて、エドに会い、驚いた顔をしたが、二人は熱くハグした。
ジョージが小声で「あの二人って?」と聞くので「ああ、関係してる」とだけダニーは答えた。
料理が出来てきたようだ。
ダニエルがキッチンから出てきたのを見て、マーティンの身体が硬直した。
こぶしがワナワナ震えている。
「やぁ、マーティン。久しぶりですね。胃が悪いとか、大丈夫ですか?」
しゃあしゃあと話しかけるダニエルに、マーティンは「まぁね」とだけ答えた。
ダニーは二人の間の緊張を訝った。
料理は、季節の果物とくらげと胡桃の胡麻ソース和え、アガリクス茸入りあわびとなまこの煮物、
冬虫夏草入りフカヒレ姿の蒸しスープ、鹿茸入り海老の蒸しもの、朝鮮人参と牛肉炒め、
海鮮おこげにライチーゼリーだった。
6人はテーブルを囲んで、エドが持ってきた紹興酒で食事を楽しんだ。
ダニーがなまこを嫌がって、ジョージの皿に入れるのをアランはじっと見ていた。
「マーティン、食が進まないな、どうした?」
アランが尋ねる。ダニエルがくすっと笑った。
それを見てマーティンは猛然と食べ始めた。
「おやおや、スウィッチが入ったようだ」
皆が笑う。マーティンはひたすら食べた。
食べないとダニエルに屈服したかようで悔しくなったのだ。
ジョージはいつものように一つ一つの料理の由来を聞きながら味わっていた。「美味しいです!すごいや!」エドが説明する。「いよいよミッドタウンに場所が見つかって、ダニエルズ・テーブルのオープンが決まりました」皆で拍手する。ダニエルが立ち上がりお辞儀する。
「一晩に5組しか予約を受け付けないシステムで、これはダニエルの家に友人が招かれたというコンセプトなんです。
だから人件費も最低限に抑えられるし、その分を食材に当てられるので超一流のチャイニーズが供せます」
「へぇ〜、今からザガットの点が楽しみですね」
「幸い、ジュリアンが記事を書いてくれることになってまして、パブリシティーも高級雑誌だけに限定します。
別にそれほど儲からなくてもいいんです。とにかく、それが、僕とダニエルがやりたい事だから」
アランはさらに拍手した。
「すごいコンセプトだ。名前もいいじゃないか!絶対成功するな」
「すげー驚いたわ。一晩5組なんて。ダニエルの才能もほんまもんや」
ダニーも賛成する。
ダニー、こいつ、レイプ魔なんだよ!
マーティンは心の中でずっと叫び続けていた。
酔いつぶれた二人がぐっすり眠っていると、ダニーの携帯が鳴り響いた。
「ったく・・・テイラー、テイラー・・おい、お前の携帯」
「んぁ・・・誰やろ」
「うるさいから早く出ろよ」
スチュワートはぶつぶつ言いながら頭まで布団をかぶっている。
ダニーは手探りで携帯を掴むと着信表示を見た。マーティンからだ。
「オレや」
寝ていたせいで声がガラガラだ。まだ頭がぼんやりする。
「どこにいるの?」
「今?今はトロイんとこ」
「・・・僕との約束は?」
「約束?」
「・・・・・・」
「マーティン?おい、マーティン!」
マーティンは黙って切ってしまった。かけ直しても電話に出ない。
また約束を破ったようで、それが何のことなのかまったくわからずにいる。
ダニーはうとうとしそうになる目を開き、やっとの思いで体を起こした。
スチュワートが眠っているのを見るとつられて寝てしまいそうだ。
ダニーはなんとか着替え終わると、スチュワートの体を揺さぶった。
「オレ帰るわ。鍵どうしよ?」
「鍵?」
「そうや、鍵や。鍵かけてくれな困るやん」
「いいよ、そのままで」
うるさそうにもぞもぞと布団にもぐりこまれてしまい、ダニーは布団をばしっと叩いた。
「トロイ!ちょっとぐらい起きろや!」
いくら起こしてもスチュワートはもぐりこんだままだった。
「しゃあないな、鍵持っていくから。あと車も借りるで」
ダニーは脱ぎ捨ててあったパンツのポケットからキーを取り出して部屋を出た。
酔いのせいか、外の寒さはそれほどでもない。
眠気を覚ますために窓を全開にしてブルックリンまで帰った。
ベッドルームに入ると、真っ暗なはずの室内が月明かりでうっすらと明るかった。
マーティンが寝転んだままぼんやりと空を眺めている。
「ボン、ただいま」
ダニーは隣に寝そべると、マーティンの髪をくしゃっとした。
「ごめんな、遅なった」
「やめてよ」
マーティンは頭に乗せられた手を鬱陶しそうに振り払った。
「なんや、怒ってるんか?ちゃんと帰ってきたやろ」
「遅いよ!満月の日は僕と過ごすって約束だったじゃないか!」
「わかった、わかったから機嫌直しいな。あんまり大きい声出すな。頭に響く」
ダニーは面倒くさいと思いながら抱きしめた。
浮かない顔をなだめるようにキスして頬をくっつける。
ようやく落ち着いてきたのを感じながら抱きしめているうちに、いつしか眠ってしまった。
「ダニー?」
マーティンが呼びかけても寝息が聞こえるだけで返事はない。
あきらめて汗臭い腋にぴとっと顔を埋めた。こうすると安心できる。
少し動くとダニーが無意識に背中をなでてくれた。
それだけで大切にされているような気がして、何もかもがどうでもよくなってしまう。
今の僕は幸せだ。
すっかりなじんだ匂いを深く吸い込みながら目を閉じた。
ジョージと沢山時間を過ごせる2日間の休みが終わった。
と言っても、アランの目がいつも見ているように感じられて、自由にゲストルームに行き来できず、ほぞを噛んだダニーだった。
朝、スーツ姿でコーヒーを飲んでいると、ジョージがパジャマ姿でやってきた。
「寝ててええのに」
「今日も失踪者をがんばって探してね」
「ああ、がんばるで」
ダニーは力こぶを見せた。
アランが笑っている。
「ほら、遅刻するぞ。バゲットサンドは持ったか?」
「うん、入れた」
アランが自然にダニーに近寄って、キスをした。
思わずジョージは目をそむけた。
「ジョージにもおすそわけや」
ダニーは、冗談めかして、ジョージの頬にチュっとするとアパートを出た。
スタバでカフェラテを買って、デスクに着くと、マーティンが真っ青な顔で、デスクにつっぷしていた。
「おい、ボン、どないしたん」
「ちょっと、胃が・・」
「大丈夫か?」
「ん・・・」
マーティンはトイレに駆け込んだ。後をダニーが追いかける。
マーティンが洗面器に向かって咳をしていた。
胃液と一緒に血が流れ出ている。
「お前、出血してるやん!大丈夫か?」
「い、痛い」
「医務室行こ」
ダニーはビューローの医務室にマーティンを連れて行き、状況を話した。
「また胃に穴があいたかな?」
ドクターが処方箋を出す。
「これを飲みなさい。今日は帰った方がいい」
マーティンは紙をもらい、ダニーと医務室を出た。
「お前、食いすぎか?」
「違うと思う」
「何か俺に隠してるのか?」
「そんなのない」
言葉少ないマーティンが余計に気になった。
ボスに事情を話し、ダニーが送っていくことになった。
車の中でもマーティンは静かだ。
「ボン、ほんまに隠してることないか?」
「ないよ。たぶん、何かのストレスだよ」
マーティンのアパートに入り、ダニーは服を脱がせて、パジャマに着替えさせた。
「薬局行ってくるから、眠り」
「うん」
ダニーが薬をもらって帰ってくると、マーティンが顔をゆがめながら眠っていた。
痛いんや。こいつのストレス源は何やろ?
ダニーは帰りに寄ることにし、薬と水を枕もとに置いてアパートを出た。
定時に終わり、ダニーはアランに電話をかけた。
「それはよくないな。血を吐いたのか?いてやりなさい」
アランに言われ「ええの?」と念を押した。
「友達だろう?」
「ああ、じゃ、そうする。ジョージによろしく言うて」
「わかったよ」
ソファーで電話を聞いていたジョージが尋ねた。
「ダニー、どうかしたんですか?」
「マーティンが職場で血を吐いたそうだ。今日は泊まりで看病だから、帰ってこないよ」
「そうなんですか」
思わず落胆の声をジョージは出した。
「僕だけじゃ、寂しいかい?」
「そんな事ないです!」
「じゃあ、ディナーの支度をするからね」
「僕、手伝います」
「まだ無理だろう。座ってなさい。部屋に戻ってもいい」
アランはジョージ用にパソコンを入れてくれていた。
ジョージは、部屋に戻り、ダニーの携帯にメールを打った。
「マーティンは大丈夫ですか?僕は寂しいけど平気です」
ディナーの時間になり、ジョージはアランに手伝ってもらい、パジャマから着替えた。
「今日はミートローフと温野菜にルッコラとアンディーブのサラダにしたよ」
「大好きです」
ダニー一人がいないだけで、ダイニングに穴があいたようだった。
「聞いていいですか?」
ジョージが尋ねる。
「何だい?」
「ダニーとマーティン、すごく仲がいいですけど、アランは嫉妬しないんですか?」
アランは薄く笑った。
「あの二人、性格が正反対だろ。それだからか、合い寄る魂なんだよ。二人を引き離す事は僕には出来ない」
「二人がもし寝てたら?」
「仕方がないさ。でもダニーは僕のところに戻ってくる。
以前、こっぴどく人に裏切られた事があってね、がさがさしていた心を癒してくれたのがダニーなんだ。僕は信じている」
ジョージは、がっくり落ち込んだ。
この深くて厚い信頼関係は一体何!僕の気持ちなんかまだまだ浅いじゃないか!
でも、僕だってダニーに命を差し出せる位好きなんだ!負けたくない!
ジョージはアンディーブを噛み締めながら、ダニーへの気持ちをさらに強くした。
ダニーがまだ完全に具合がよくなっていないマーティンを連れて、ビューローに出勤する頃、
アランのアパートでは、アランとジョージが朝食を食べていた。
アランのお得意のエッグベネディクトだ。
とろっとした半熟卵の下にはほうれん草のバター炒めが敷き詰めてある。
その下はイングリッシュマフィンだ。
「わー、こんな朝食、ホテルみたいです」
ジョージがいつもの笑顔で食べ始めた。
アランはコーヒーをマグに注いでやりながら、「朝食が済んだら、身体を拭いてあげるからね」と言った。
「え?いいです。ダニーもいないし・・」
急に困った顔をする。
「だめだよ、患部を清潔に保たなくちゃならないだろう?」
「あ、はい・・」
朝食が済み、部屋でジョージはアランを待った。
早く済ませて欲しいので、自ら上半身裸になって待っている。
「おや、用意がいいね」
アランがお湯を張ったたらいとタオルを持って現れた。
「お願いします」
「じゃあ始めるよ」
アランは首から肩を拭くと、突然乳首あたりを柔らかく拭き始めた。
「ん、ん、」
我慢しようにも気持ちよすぎて声が漏れてしまう。
「あぁ、あぁ〜」
「君は可愛い声を出すんだね」
アランはさらに乳首を立たせた後、腹を拭き、ジョージのパンツをトランクスごと脱がした。
半分立ちかけているペニスが立ち上がる。
アランはくすっと笑うとペニスを入念に拭き始めた。
「え、やめて!そんな事されたら、僕、立っちゃう」
「いいんだよ」
アランの繊細な愛撫で、ジョージのペニスは屹立した。
アランは両手を使って優しく上下させ始めた。
「やだ、あぁ、あぁん、イっちゃう」
「イッていいんだ、ジョージ」
アランがスピードを上げると、ジョージは「ああ〜!」と悲鳴を上げて射精した。
アランは何事もなかったように、タオルで後始末をした。
「お湯をかえてこよう」
ジョージは今起きたことが信じられなかった。
アランが新しいお湯を持って戻ってきた。
患部を消毒してもらい、足を拭いてもらった後、アランは背中をマッサージするように拭いて、作業を終えた。
パジャマを着せながら「それじゃあ、午前の診察が始まるから、また昼にな。寝てても、ネットやっていても何でもいいよ」と言って出て行った。
ジョージの胸はまだ高鳴っていた。
ダニーに言えないよ!どうしよう!
ジョージは布団を頭からかぶった。
定時近くなり、ダニーの携帯が震えた。アランからだ。
「どうした?ジョージに何かあったんか?」
「ははは、元気だよ。今日、急患があるから夕食をお願いしたくてね」
「あぁ、そんな事か。わかったわ。まかせとき」
マーティンがじとっとした目で見ている。
「ジョージ、具合悪いの?」
「いや、そやなかったわ。マーティン、すまん、今日は面倒みられへんけどええか?」
マーティンは一瞬傷ついた顔をしたが、「もう大丈夫。こないだもらったカネロニ食べるから」と答えた。
「そか。ごめんな」
ダニーは心底済まなそうな顔をした。今日も一緒にいてやりたかったのだ。
定時になり、ダニーはディーン&デルーカに寄って買い物をした。
ジョージが腹すかせてるやろから早く用意せにゃあ。
アパートにはいると、ジョージがばたばた走ってきて廊下で抱きついた。
「おいおい!」
「アランは診療中だから」
つい小声になる二人。
ジョージは自分からディープキスを始めた。
「そんなに寂しかったんか?」
「うん、ダニーに会いたかったよ」
「美味しいもん食わせるから待っとき」
「はい」
ダニーは、着替えてキッチンに入ると、リビングでColdplayを歌うジョージの声が聞こえてきた。
クリス・マーティンより上手すぎやで。
ダニーは苦笑いすると、ローストビーフをあたため、ワイルドライスサラダを取り分けた。
温野菜はブロッコリーとカリフラワーだ。
ソースを火にかけていると、アランが診療室からやってきた。
「美味しそうだ」
「アラン、お疲れさん」
二人はキスを交わした。
「すぐ出来るで」
「わかった」
ダニーが料理をダイニングに運んでいると、ジョージがやってきた。
「手伝います」
「ありがとな」
「それ位しか出来ないから。わ、ローストビーフだ!」
「好きか?」
「はい!大好き!」
アランがイタリアのピエモンテの赤ワインを選び、3人の食事が始まる。
アランが唐突に話し始めた。
「ジョージはダニーがどれ位好きなんだい?」
「え?」
顔を見合わせる二人。
「最初からわかっていたよ。アレックスは君の彼じゃない。ジョージがダニーを見る目つきは恋した男のものだからね」
「じゃあ、わかってて僕をここに呼んだんですか?」
「ああ、ダニーがジョージを好きなのも分かっている」
ダニーは飛び上がりそうになった。
「アラン、どうして?」
ダニーが尋ねる。尋ねる声がかすれてしまう。
「事は簡単さ。僕もジョージが気に入ったからだ。さぁ、冷めないうちに食べようじゃないか」
ダニーとジョージは見つめあいながら、アランの言葉の真意を探っていた。
翌朝、ダニーはマーティンにたたき起こされた。
しつこく揺さぶられて否応なしに目を開けさせられる。
「やっと起きた。早くしないと遅れるよ」
「んー、もうちょっと」
「だめだったら!ほら、シャワー浴びて」
マーティンはけたけた笑いながら布団を奪い取って急かす。
それでも寝たふりをしていると容赦なくシーツまでひっぺ返されてしまった。
「うるさいなぁ・・・」
ダニーは寒さにうめきながら体を縮こまらせた。
「まだ起きないの?そのままだと寒いでしょ?」
マーティンは可笑しそうで、ほとんど楽しんでいるように見える。
「そや、オレはシャワーええわ。それやったらまだ寝れるんちゃう?」
「僕はいいけど、張り込みの時ぐらい臭うよ。自分でわかんない?」
「ほんまに?嘘やろ、そんなに臭いか?」
「臭いよ」
大真面目にそう言われ、ダニーはあきらめてベッドから出た。
ぐずぐずしていると後ろからマーティンに背中を押され、苦笑しながら身を任せる。
マーティンはしょうがないなぁと言いながら、いそいそとバスルームまで連れて行ってくれた。
シャワーを浴びているとマーティンが首にしがみついてきた。
「ぎゅっと抱きしめて」
ダニーは言われるままに抱きしめると、耳元で昨日はごめんなと謝った。
こくんと頷く頬に手を添えてやさしくキスする。
唇が触れただけのキスでは物足りなくて、強引に舌をねじこませて口の中を味わった。
耳に軽く噛みついたり首筋に舌を這わせると、マーティンのペニスが反応して下腹部に当たっていた。
「オレの欲しいか?」
恥ずかしそうに首を振りながらペニスを隠すのがかわいい。
二人は泡を洗い流すと、もつれ合うようにベッドになだれ込んだ。
ダニーはペニスにローションを塗って寝転んだ。
ゆっくりとマーティンに跨らせ、キスしながら腰を突き上げる。
ダニーが動くのを止めると、マーティンが自分で腰を擦りつけてきた。
真っ赤になりながら、快楽に溺れる様子を下から眺める。
激しく動かれて余裕がなくなってきた。そろそろ我慢できない。
「ああ、ダ、ダニィ!すごく大きくなってるよ・・・んあっん!」
「お前がそんなに動くからや・・・オレもイキそう」
ダニーは腰を掴むと自分からも腰を動かした。
「だめだ、出ちゃう!んんっ!」
マーティンは射精すると息をはずませながらしがみついた。
アナルが何度も収縮してペニスを締めつけてくる。ダニーは数回動いて果てた。
出かけようとして、コートのポケットに見慣れないキーホルダーが入っているのに気づいた。
「これ・・・あっ、これトロイの部屋の鍵や!あちゃー、しもたー!」
「どうしたのさ?」
マーティンはダニーが慌てるのをきょとんとしながら見ている。
「昨日トロイが酔いつぶれてたから、オレが部屋の鍵閉めたんや。これ返さなあかん」
ダニーは新しいハンカチを突っ込んで腕時計を見た。今ならまだ間に合う。
二人は大急ぎで地下ガレージまで降り、車に乗った。
「よし行こう、シートベルトしたか?」
「ん。ねー、手つなごうよ」
マーティンは返事を聞くまでもなくダニーの手を握りしめた。
「ガレージ出るまで待て。この車には慣れてないから危ないねん」
TVRは視界が狭い。ダニーは慎重に左右を確認して車を出した。
事件から1ヶ月半が過ぎ、ジョージの抜糸も済んだ。
アイリスがうずうずしていたらしく、今日アパートに行きたいとダニーに電話をかけてきた。
そや、アイリスに口止めや。
ダニーは、「かけ直す」と言ってフェデラルプラザの外に出た。
「どうしたの、ダニー?」
「いや、お願いがあんねん。俺がジョージと付き合うてること、大家にだまってて欲しいねん」
「アラン・ショアってドクターでしょ?どうして?」
「いろいろ、事情があってな、お願いやで」
「わかったわ。とにかく7時に行くから」
ジョージに電話をかける。
「あ!ダニー!」「元気か?」
「うん、キャットウォークの練習始めたんだ」
「そか、今日な、アイリスがうちに来るで」
「え?大丈夫かな・・」
「俺が口止めしといたから」
「そう?ありがと。アランを怒らせたくないよ」
「俺もや、じゃあな」
「うん、待ってるね」
うちに帰ると、リビングからアイリスとアランの声がした。
挨拶の途中だから、今着いたところらしい。
「ただいま!」
「おかえり、ダニー」
アランが紅茶を出していた。
「どうぞ、おかまいなく。ジョージと打ち合わせしますので」
「どうぞ、リビングをお使いください。ダニー、夕飯の手伝いをしてくれないか?」
「OK。じゃあアイリス、ごゆっくり」
ジョージが不安そうにダニーを見上げている。
ダニーはウィンクして、部屋に着替えに行った。
アイリスは紅茶だけ飲むと忙しそうに「それでは、ごきげんよう」と去っていった。
今日の献立は、クスクスのチキンソースかけとコブサラダだ。
白ワインを開けながらアランが尋ねた。
「復帰のめどは?」
「もう来週から衣装の本縫いです。ショーは2週間後にあります」
「早いもんやな」
「本当にお世話になりました。僕、もうアパートに戻らないと」
アランが答えた。
「どうだろう?ショーの間も何かと忙しいだろうから、まだいたら?」
「え?そんなの悪いです」
固辞するジョージを押し切り、アランは勝手に予定を決めてしまった。
ダニーは内心くそっと悪態をついた。
早くジョージと二人きりになりたい。
それが延期されたのだ。
ショーが始まった。
早速「ファッション・ウィークリー」誌に記事が掲載された。
「黒いアキレス、2度目の復活:元同僚の凶弾に倒れたジョージ・オルセンが、ラルフ・ローレンのオートクチュールで見事な復帰を遂げた。
出番は3回と少ないながら、オルセンがランウェイを歩き始めると、NYのファッション・セレブたちはスタンディング・オベーションで彼を迎えた。
黒いアキレスが戻ってきたのだ」
ダニーは、デスクで記事を読みながら、ジョージがどんどん遠くに行ってしまうような錯覚を覚えた。
うちに帰ると、ジョージがリビングでCDに合わせてキャットウォークの練習をしていた。
「おかえりなさい!!」
ジョージがダニーに抱きついた。
「あれ、アランは?」
「医学雑誌の編集者と打ち合わせとかで出かけてます」
「ベッドへ行こ」
「うん」
二人はジョージの部屋に入った。鍵をかける。
ジョージが性急にダニーのスーツを脱がせる。
ダニーもジョージのTシャツとジャージを脱がせた。
「早くこうしたかったで」
「僕も!」
二人はディープキスを交わした。
ジョージの舌がダニーの口の中でねっとり踊っている。
「咥えたい」
「ああ」
ジョージはダニーのぎんぎんに立ったペニスを咥えると、周りを嘗め回し、玉を口に含んだ。
「あぁ、ええわ」
ダニーは69の姿勢を取り、ジョージの巨大なペニスを口の中に入れた。
いつアランが帰ってくるかわからない。
そのスリルが二人を極度の興奮に導いていた。
「もう出ちゃう!」
「俺も!」
二人は同時に射精した。
ごくりっとそれぞれの精液を飲み込み、にんまりした二人は急いで服を着た。
部屋から出ると、アランがちょうどリビングに入ってきたところだった。
「おかえり、アラン」
「ああ、疲れた。うん?ジョージの部屋で何してた?」
「キャットウォーク教わってた。すまん、夕飯の支度してへんわ」
「それじゃあ外食しようか。ポモドーロはどうだい?」
「そうやね、ジョージ、出かけるで!」
ジョージは部屋の奥から「はーい」と返事した。
3人は、歩いて近くのトラットリアに出かけた。
テーブルに着くと、白人の親子が近寄ってきた。
「すみません、ジョージ・オルセンさんですよね?」
母親がおずおず尋ねる。
「そうですけど?」
「この子、あなたの大ファンなんです。サインいただけますか?」
「ええ、いいですよ。坊や、名前は何て言うんだい?」
ジョージがしゃがんで子供の目線になって聞いた。
「テッド・・」
「この子、小学校の駆け足でいつも1番なんです。あなたのCMを見て、あなたになりたいといつも言うんですよ」
「そうか、1番なんてすごいな、テッド、がんばれよ」
「うん、ありがと、オルセンさん」
「ジョージでいいよ」
ジョージはお絵かき帳にサインをすると、テッドとハイファイブをした。
「モテモテやな」
ダニーがジョージの優しさに打たれながら、からかった。
「あのCMに出て以来、子供からのファンレターが増えました。前はゲイの人からばっかり。
その前は女性ばっかり。面白いですよね」
ジョージは可笑しそうに答えた。
ダニーがランチ後、NYタイムズを読んでいると、マーティンが寄ってきた。
「ねぇ、明日の自然史博物館のチャリティーディナー行くでしょ?」
「うん?そんなんあんのん?俺、何も聞いてへんよ」
「去年も一緒になったじゃん。僕がニックと行っててさ、ダニーはアランと来てた。招待状来てるみたいだよ」
「ふうん、アラン、忘れてるんとちゃう?お前行くの?」
「今年はエドに誘われたから」
「そか」
ダニーは訝った。普段なら用意周到のアランだ。
イベントを忘れるはずがない。
その晩、ダニーは、夕食の席でイベントの事を話した。
「ああ、それか。今回は、ダニー、すまないけど、ジョージを連れて行きたいんだ」
ジョージは驚いてフォークを落とした。
「えっ!ダニーも一緒じゃないんですか?」
「ああ、登録できるのは2名だけなんだよ」
「それじゃ、僕、行きません!」
「ジョージ、僕に恥をかかせないでくれないか。もう君の名前で登録してあるから」
ダニーはショックを受けていた。
アランが俺じゃなくてジョージを選んだ?何で?
「俺、ちょっと出てくるわ」
ダニーは、クロゼットから革ジャンを取り出すと、マスタングのキーを持ってアパートを出た。
何でやねん!こんなんないわ!
アルゴンキンの前で車を止め、バレットボーイにキーを渡す。
ブルー・バーに行くと、エリックが嬉しそうな顔をした。
「今日はお一人で?」
「ああ、テキーラ、ショットで頼むわ」
「かしこまりました」
ポークのリエットとサーモンのカナッペが前に並ぶ。
「いつも、サンキュウな」
「いえ」
エリックはテキーラをそっと差し出した。一気にぐいっと飲むダニー。
「もう一杯」「はい」
何度か繰り返された。
「お客様、今日はピッチがお早いですよ」
「ええんや、飲ませろ」「はい」
エリックは言うとおりにした。
ダニーの頭の中はある考えが逡巡していた。
アランがジョージを好きになった?俺が捨てられる?
そうや、1ヶ月半も二人だけの時間があったんやもん、昼間に何かが起こってても不思議やない。
いやいや、ジョージが俺を裏切るわけない。
あいつに人は騙せない。
アランは?アランは・・・
ダニーの意識が混濁してきた。
ついにダニーはカウンターにつっぷした。
エリックは同僚に早く上がる旨を告げて、私服に着替えた。
カウンターで寝ているダニーをかつぐと、そのまま駐車場に降りた。
ダニーは目を覚ました。天井がぐるぐる回っている。
見覚えのあるようなないような部屋だ。
隣りに誰かいる。ダニーはびくっと身体を動かした。
「うぅん、起きたの?」
エリックは上半身を起こした。裸だ。
ダニーは自分の身体を見る。
トランクス一枚だった。
「エリック!俺、またやったんか?」
「微妙な質問だね。酔いつぶれたかはイエス、寝たかはノーだよ。
それより、ダニーのいびきがうるさくて、眠れないよ。明日、早番なのに・・」
エリックはまた背中を向けて横になった。
時計を見ると夜中の3時だ。もう流しのタクシーもいまい。
ダニーは観念して、目をつむった。
俺って最低や!
考えているうちにまた意識が薄くなり、ダニーは眠りに入った。
次に目が覚めると陽が落ちかけるところだった。
腕時計を見ると5時とある。
サイドテーブルにメモがおいてあった。
「鍵かけたら、ブルー・バーに届けて。エリック」
ダニーは二日酔いでがんがんする頭で、洗面所に行くと、新しい歯ブラシが出してあった。
歯を磨き、シャワーをする。
熱い湯を浴びても意識がはっきりしない。
結局、エリックとは寝たのだろうか。わからない。
ダニーは、タクシーでアルゴンキンに向かった。
ブルー・バーのカウンターの中にいるエリックをちょいちょいと呼び出して、鍵を渡した。
「お客様、貸しですよ」
エリックはにやっと笑うと鍵をポケットに閉まった。
駐車代に50ドルもとられ、マスタングでアパートに戻る。
部屋は静かだ。二人でチャリティーディナーに行ったのだ。
ダニーはもしかして、ジョージが待っていてくれるのではとほのかな望みを抱いていた。
それを無残に断ち切られ、凹みきったダニーは、アランが大事にしているヴィンテージのワインを開けて、飲み始めた。
ピンポーン!
ジョージが帰ってきた?
「はい?」
「僕、マーティン」
「おう、上がれや」
マーティンがタキシードを着て立っていた。
マーティンはダニーを抱き締めた。
「苦しい・・」
「あ、ごめん」
「とにかく入れ」
「うん」
「何や?お前、ディナーは?」
「ダニー、すごい酒臭いよ!アランがジョージ連れてきたから、僕、会場から吹っ飛んできたんだよ!」
ワイングラスがぽつんとダイニングに置いてある。
「何か食べた?」
「いや・・」
「ばか!食べなくちゃだめだよ!」
マーティンはピザボーイに電話してクイックサービスメニューを選んだ。
15分でデリバリーが来た。
ピザの箱から直接食べだしたダニーを見て、マーティンは何かが起こったのだと悟った。
「ねぇ、どうしたのさ?いつものダニーらしくないよ」
「そんな日もある。それより、このマルゲリータ美味いな」
マーティンはこれ以上話しても無理と諦め、自分もピザにがっついた。
ダニーが3本目のワインを開ける。
結局、2人でワイン6本を空け、ベッドに移動した。
眠くて目がひっつきそうだ。
マーティンとダニーはそのままベッドに横になり、動かなくなった。
アランとジョージは夜11時過ぎに戻ってきた。
アランは上機嫌だが、ジョージは無言だった。
その姿はまるで主人と召使のようだった。
部屋を開けた瞬間、「何だ、この酒臭さは!」とアランが驚いた。
ダイニングテーブルを見ると、ワインの空き瓶が6本ころがっている。
それもアランが大事にしていたヴィンテージものばかりだった。
「ダニーの奴・・」
ジョージはおろおろしている。
「ワイングラス、2つありますよ」
やっとそれだけ、ジョージは言った。
「相手はだいたい見当つくな。おい、ダニー!!」
リビングにもいない。
アランはもしやとメインベッドルームに入った。
想像の通り、ダニーとマーティンがお互いの身体に腕を回しながら、向き合って眠っていた。
「全く、これだから・・・」
ジョージが追いかけてきて、二人の姿を見、目をそらせた。
わかっていたとはいえ、ダニーが他の男の身体に腕を回して寝乱れている姿など、見たくなかった。
「酔っ払い二人はこのままにしよう。風邪ひくといけないから、布団だけはかけるとしようか。」
アランはクロゼットから布団を出して、二人にそっとかけた。
「ジョージ、今日は、君のベッドで一緒に寝てもいいかな?」
「え?他のゲストルームを使わないんですか?」
「毎晩、ダニーと寝ているだろう。一人で寝るのに慣れていなくてね。」
「でも・・」
「いいじゃないか、広さは十分だし、な、そうしよう。疲れたから、シャワーを浴びるよ」
アランはどんどんジョージの部屋に入っていって、服を脱ぎ始めた。
ジョージはまたおろおろし始めた。
ダニーを起こそうか。でもあの場面はもう見たくない。
ジョージは仕方なく、自分もタキシードを脱いでパジャマに着替え、ベッドに座っていた。
アランがシャワーを浴び終わり、バスローブを着て出てきた。
「さぁ、君の番だよ」
「はい・・」
ジョージは遠慮しながらアランとすれ違い、バスルームに入った。
ベルガモットの香りが充満している。
ジョージはマリンのシャワージェルを選び、スポンジに染ませて身体を洗い始めた。
ああ、どうしたらいいんだ。
アランが身体を求めてきたら?
お世話になった人だし、応じなければならないのか。
ダニー、起きてよ!
ジョージは、バスタオルで急いで身体を拭くと、またパジャマをしっかり着て、バスルームから出た。
アランは向こう向きで横になっていた。
布団の端からパジャマの襟が見える。
ジョージはふぅーっとため息をつき、静かに布団の中に入った。
「眠れそうかい?」
アランが声をかける。
「どうにか・・・アラン、本当に添い寝だけですよね?」
「ああ、そうだよ。人が隣りにいると安心する。じゃあおやすみ」
そのうちアランの寝息が聞こえてきた。
ジョージの胸は、高鳴り続けていた。
もし寝ているうちにアランに何かされたらと思うと、緊張で身体が思わず硬くなり、全く眠れない。
結局、ジョージは一睡も出来ず、朝を迎えた。
ベッドから起きようとしていたその時、ゲストルームのドアが開いた。
眠そうな顔のダニーが顔を覗かせ、アランとジョージが一緒に寝ているのを見て、硬直している。
「ジョージ、お前・・」
「ダニー、誤解です!」
ジョージは飛び起き、ダニーをリビングに連れて行った。
ダニーの身体は怒りでわなわな震えている。
「アランとは何もありません!本当です。僕を信じて!」
ジョージは涙目になって訴えた。
ダニーも落ち着いてきたのか、下を向き、「俺よりアランのがよくなったんやないん?」とぽつんと尋ねた。
「そんなこと、あるわけないでしょ。愛してるのはダニーだけだ!信じてよ!」
するとそこへ、マーティンが起きてきた。
「二人の声で目が覚めちゃったよ。朝から何話してたの?」
「昨日のディナーの事や。料理美味かったらしいで。ごめんな、マーティン、俺たち、ピザで」
ダニーは何とかごまかした。
「シャワー借りていい?頭痛いよ」
「ああ、薬出すわ」
ジョージはパジャマの袖で涙を拭いた。
マーティンがバスルームに入ったのを見計らって、二人はキスを交わした。
「僕、コーヒーいれますね」
「ああ、頼む。俺も頭痛いんや」
「あれじゃあ、飲みすぎですからね」
やっとジョージが笑った。
ダニーもつられて笑い出す。
「そや、ボンの薬」
アルカセルツァーをダニーは口に放り込むと、ジョージがミネラルウォーターを渡した。
「お前もシャワー浴びてき」
「はい」
ダニーはジョージの涙を信じることにした。アランとは何もなかったんや。
鍵と車を返して出勤すると、サマンサがマフィンを食べていた。
「おはよう、ボーイズ」
マーティンの頬が紅潮しているのを見て、からかうような口調だ。
「おはよう」
「ねえマーティン、デートは楽しかった?」
「やだな、僕はデートなんかしてないよ」
「いいわよ、またそうやってとぼけるんだから。それじゃ、ダニィの恋人ってどんな人なの?」
「えっ、ダニーの恋人?えっと・・・あっ、目が青くて髪は茶色」
マーティンはしどろもどろになりながら答えた。
それ、お前やん!
ダニーは思わず吹きだしそうになった。可笑しくてたまらない。
マーティンの説明を聞いていたヴィヴィアンが怪訝そうにこっちを見ている。
ジェンの目は茶色で髪はブルネットなのだからそれも当然だ。
気まずさから逃れるためにコーヒーを淹れに行くと、ヴィヴィアンが後からついてきた。
「あんた、不倫はもうやめたの?」
「いや、まだや」
「まさか他の子まで騙してるんじゃないだろうね?」
咎めるように詰問され、心外だと言わんばかりに顔をしかめる。
「ちゃうちゃう、さっきのはマーティンの勘違いや。そんなことしてへん」
「それならいいけど。ほどほどにしなさいよ」
「わかってる」
そうは答えたものの、ヴィヴィアンの忠告に何の意味も見出せないのだった。
勤務を終えたダニーは、昨日の埋め合わせをするために花を買ってクリニックに行った。
ガラス越しに中を窺うと、丁度顔を上げたジェニファーと目が合った。
自分を見つけた瞬間に浮かべる表情を見ると、いつだって気持ちが爆発的に高揚する。
花束を後ろ手に隠して右手を軽く上げた。
「はい、これ」
恭しく花束を差し出すと、ジェニファーは驚いた後でうれしそうに受け取り、花に顔を近づけた。
「いい匂い!フリージア大好き。どうもありがとう」
「あ、いや」
こんな風にまっすぐに見つめ返されると、恥ずかしいぐらい照れてしまう。
「もう出れる?」
「ええ」
ダニーは神妙にうなずくと、待ちきれず首筋に唇を押し当てた。このまま押し倒したい。
困惑するジェニファーを荒々しく抱きしめて髪に顔を埋めた。
胸に手をもぐりこませようとすると、ジェニファーがさっと手を掴んだ。
「ここだと誰かに見られるわ。それに鍵も掛けてないし」
「待っといて」
ダニーは鍵をかけるとジェニファーを診察室に連れ込んだ。
スチュワートのテリトリーだとわかっていても、体がもう待てなかった。
コンドームを使わずに寝たのは二回目だった。
果てた後、罪悪感に苛まれながら胸に顔をこすりつけた。腹部が精液でべとべとする。
ジェニファーは息をはずませたまま、ダニーの髪を梳きながらじっとしている。
「・・・大丈夫かな」
ダニーは体を起こして訊ねた。
「わからないけど大丈夫だと思う。きっと大丈夫よ」
「ごめん、オレ・・・」
ジェニファーは首を振るとダニーの腕を引っぱり、二人は狭いベッドで足をからめて抱き合った。
どちらも起きる気になれず、お互いに抱き合ったまま時間が流れる。
時間も夕食もどうでもいい、今はこのまま抱き合っていたい。
吸いつくようなキスをしながら二人とも同じ気持ちだった。
ダニーがぐびぐびミネラルウォーターを飲んでいると、アランが起きてきた。
「おはよう、ダニー。久しぶりだね」
「ああ」
ダニーは言葉が見つからなかった。
「誤解しているようだが、お前をディナーに連れて行かなかったのは、連れて行けなかったからなんだよ」
「何で?」尋ねる声がかすれる。
「ジュリアンに頼まれてね。近年、自然史博物館の寄付金が減ってるそうなんだ。それで、ディナーに演出が必要だったんだよ。
今や、ジョージは2度の復活を遂げた全国的なヒーローだ。彼をどうしても引っ張り出して欲しいと頼まれてね」
「そうだったんか・・・」
「お前に説明しようと思ったら、その前にうちを飛び出しただろう?携帯は通じないし、全く心配したよ」
「ごめん・・・」
「それにしても僕のワイン、よく飲んだな」
「それも、ごめん・・・」
「まぁいいさ。ワインはいつでも買える。お前はどっかに行ったらもう取り戻せない」
アランはダニーをぎゅっと抱き締め、唇を押し付けた。
キッチンからマグカップを持ってジョージが現れた。
「アラン、そういうことで僕を連れてったんですね」
ジョージは複雑な表情だった。
「君にも説明しないで済まなかったよ」
「いいんです。わかりましたから。はい、コーヒー」
ジョージは入れたてのコーヒーをマグに注いで二人に渡した。
そこへマーティンがバスローブを着て出てきた。
「マーティンはまず水と薬な」
ダニーが渡す。
「ありがと。僕、エドとこに行かなくちゃ。昨日、急いで帰っちゃったから」
「そやな、コーヒー飲んだら送ってくわ」
「サンキュ、やっぱりまず電話する」
マーティンは、リビングに行って、エドに電話した。
神妙な顔でマーティンが戻ってきた。
「相当怒ってた。どうしよう」
「タルトでも買って、謝りに行こ。俺一緒に行くわ」
「うん・・」
ダニーはコーヒーを飲み終わると、さっとシャワーを浴びて、マーティンを連れてエドのところで出かけてしまった。
ジョージがふわぁーとあくびをする。
「おや、眠いのかい?」
アランが笑いながら尋ねる。
「ちょっと横になっていいですか?」
ジョージはそう言うのもやっとで返事を返した。
「ああ、どうぞ」
ジョージはまたパジャマに着替えると、ベッドに入った。
横になるやいなや寝息を立てて眠り始めた。
アランは、そんなジョージの額に軽くキスをすると、ゲストルームのドアを閉めた。
ダニーが帰ってくると、アランがリビングで一人で新聞を読んでいた。
「あれ、ジョージは?」
「眠り姫になったよ。ぐっすりだ」
「ふうん、俺、見に行く」
ダニーはそっとゲストルームを覗いた。
ジョージの小さないびきが聞こえてきた。
「ほんまや、よう寝てる」
「エドはどうしてた?」
「マーティンの捜索願出すところだったって。失踪班が失踪しでどないすんねんなぁ」
ダニーが笑った。アランもつられて笑う。
「何か俺、突っ走ってあほやな」ぽつんと言った。
「それがお前なんだよ。可愛いよ」
アランはダニーを抱き締めた。
ダニーも静かに抱き締められている。
「サンドウィッチを作っておいたから、食欲が湧いたら食べなさい。今晩は外食にしよう。
それまでちょっと仕事をするからね」
アランは新聞を置くと、書斎に入っていた。
ダニーは忍び足でゲストルームに入った。
口を半開きにして寝ているジョージにキスをする。
するとジョージがはっと起きて飛びのいた。
「あ、ダニーだったの?」
「何や、驚いたか?」
「アランかと思ったから・・」
「お前、もしかして昨日、寝てなかったんか?」
「眠れるわけないじゃない!アランに何かされるかと思ったから」
ダニーはもう一回キスをして、小声で「書斎にアランいてるから、今日は無理や。今度時間作ろ」と言った。
ジョージはこっくり頷いた。
「もう少し寝とき。起こしてやるから」
「はい、おやすみなさい。ダニー大好き」
ジョージはまた目を閉じた。
このところジョージの元気がない。
ダニーがうちに帰っても前のように歌声は聞こえないし、食欲もなく、会話もない。
食事が終わると、すぐに風呂に入って、ゲストルームにこもってしまう。
ダニーが尋ねても「何でもありません。僕に構わないで」と布団から顔すら出さない。
ダニーがため息をついてリビングに戻ってくると、アランが言った。
「まずいな、軽いうつ病だ」
「ほんま?」
「ああ、あの子は自己顕示欲がなく謙虚な男だ。それが急に脚光を浴びて今やセレブじゃないか?
自己像と他人が期待するジョージ像がうまく合致しなくなったんだよ」
ダニーは真剣な顔になった。
「どうすれば、治る?」
「アパートに帰そう。それから彼が有名になる前のところに連れて行って心を癒してやることだ。
あと、抗うつ剤と睡眠薬を処方しよう。ダニー、出来るかい?」
「ああ、出来そうな場所を知ってる」
「僕もジョージにはいささか情が湧いてきてね。可愛い子だから、苦しみから解き放ってあげたい。ダニー、頼むよ」
「よっしゃ、俺、がんばるわ」
ダニーは、ゲストルームに入ると、「ジョージ、うちに帰ろ」と言って着替えさせた。
簡単に荷物をまとめる。
「CDや本は明日、持っていくからとにかくうちに帰ろ」
「はい・・・」
ジョージは、だるそうに歩きながら、アランの座っているソファーの前で立ち止まった。
「お世話になりました」と深々と頭を下げる。
「あ、これを持っていきなさい。今日から服用する薬だよ。無くなったら僕のところに通うこと。いいね」
「え?僕、病気なんですか?」
「大したことない。軽いうつ病だ。すぐに治る。今日が治療一日目だよ。ダニーがあとはやるからね」
アランは優しく声を諭すように話した。
「わかりました。ありがとうございます」
ダニーはジョージを乗せて、マディソン街のジョージのアパートまで戻った。
「久しぶりのうちだ」
ジョージが見上げた。
「さぁ、入ろう」
「はい」
心なしかさっきより元気が出てきたような雰囲気が漂う。
「俺、ミネラルウォーターやら適当に買ってくるから、あがって待て。寝てていいで」
「はい」
ダニーが近くのデリで明日の朝食用のチーズクロワッサンとミルク、ミネラルウォーターにオレンジを買って、
チャイムを押すとセキュリティーがはずれた。
ジョージがドアを開けて待っていた。
「ダニー、ありがと」
「はい、水。薬飲み」
「はい」
「風呂はもういいか?」
「うん、いい」
「俺、お前が寝るまでいてもいいか?」
「明日仕事なのに。いいです」
「遠慮するなて。いたいんや」
「ありがと」
ジョージはダニーをぎゅっと抱き締めた。
身体が小刻みに震えている。
「泣くなや」
「だって、うつ病だって・・・」
「すぐ治るってNY一の名医が言うたんやで。信じいや」
「うん、アラン・ショア、有名だもんね」
「そやで。明日、朝、鍵返しにくるな。そして昼、見にくるわ。仕事終わったら飯食いに行こ」
「うん、本当にありがと」
「大丈夫やから、もう泣くな」
「ごめんね、泣き虫で」
「パジャマに着替えさせよか?」
「自分で出来るよ」
ジョージは泣き笑いのへんな顔になった。
「それじゃ見てるわ」
ダニーの前でジョージは裸になった。
ペニスはぐったりと垂れ下がっている。
うつの時はだめなんやな。俺もそやった。
ダニーは思い出していた。自分の闘病生活を。
パジャマに着替えたジョージをベッドに連れて行き、横にならせる。
「何もしないから、横になるで」
ダニーは布団に入った。
「寝るまでいてやるから。ここならお前は安心や。お前のうちなんやから」
「うん、僕のうち」
「そや、お前のうちやから、何でも出来る。お前はただのジョージや」
ダニーはそう言いながら、静かに背中をなでていた。
ジョージはそのうち、寝息を立て始めた。
ダニーは静かに布団から出て、鍵を閉め、アッパーウェストサイドに戻った。
ダニーがアパートに戻ると、まだアランが起きていた。
「あ、もう寝てるかと思った」
思わず驚くダニー。
「どうだった、ジョージの様子は?」
「自分のうちに戻って、少し元気になったように見えたわ」
「銃撃事件後にすぐ仕事に復帰だし、うちに長居をさせすぎたかもしれないな。
カウンセリングを受けるように説得してくれないか?」
「わかった。俺もジョージに早くようなって欲しいし」
「そりゃそうだろう、ダニーはジョージが大好きなんだから」
「そんなんないで。アラン」
ダニーは心臓が口から出そうだった。
「まぁいいさ。いつでもお前は僕のところに戻ってきてくれるんだから。さぁ、寝ようか」
「うん、疲れたわ。風呂入って寝る」
「そうか。じゃあ先に休むよ」
「おやすみ、アラン」
「おやすみ、ダニー」
アランは俺の気持ちを知っても許してくれるんか?
ダニーは訝った。
風呂に入りながら、ダニーは気弱そうなジョージの事ばかり考えていた。
朝、出勤の前に、焼きたてのデニッシュとカフェラテを買って、ジョージのアパートに寄った。
パジャマ姿のジョージが出てくる。良く眠れたようだ。
「おはよ、ジョージ」
「ダニー、おはよう」
「腹減ったか?焼きたてだぞ!」
「うん、食べる」
「まだ時間あるから二人で食おう」
「うん」
こじんまりしたダイニングで二人はデニッシュにかじりついた。
「食欲でたか?」
「少しだけ」
「昼、俺が買ってくるから何もせんで寝ろ。一番疲れが取れるで」
「うん、すごく眠いよ」
「俺もそやった」
「ダニーもうつ病に?」
「ああ、色々あってな」
「僕だけじゃないんだ」
ジョージがうつむいていた顔を上げた。
「うつ病なんて恥ずかしくも何ともないで」
「わかった」
「じゃ、また昼にな」
「いってらっしゃい」
ダニーは無気力そうなジョージの額に軽くキスをした。
昼はデリでミートローフとサラダを買って、二人で食べた。
ジョージが少し話すようになって、ダニーは嬉しくてたまらない。
「それじゃ、夜、迎えに来るから、外食しよ」
「はい」
ジョージは子供のように頷いた。
昼から戻ると、マーティンが寄ってきた。
「ダニー、一緒にランチしようと思ってたのに!」
「ごめんな、ちょっと用事があって・・」
「誰と食べたの?」
「一人や」
「ふうん・・・」
信じていない風だったが、マーティンは諦めてデスクに戻った。
定時になり、ダニーは風のように去っていった。
マーティンはそんなダニーの後姿をただ見送るだけだった。
ジョージのアパートに着くと、ジョージはまだパジャマを着ていた。
「何や、出かけるんやで」
「だるいよ」
「ちょっと外に出るだけや」
「本当?」
「ああ普段着でええんや。着飾ることはない」
「そうなんだ!よかった」
ジョージはのろのろと着替えを始めた。
おなじみのダッフルコートを出してきた。
「懐かしいな」
「うん」
ダニーは、タクシーをビッグ・ママの店に寄せた。
「あ、ビッグ・ママの店・・」
「そや、今日はここで飯食おう」
「うん」
ビッグ・ママにはダニーが電話で普通に接してくれるようお願いをしていた。
「おやおや、私のジョージかい?よーく顔を見せてごらん!やっぱり私のジョージだよ!」
「ママ、恥ずかしいよ」
「いつものテーブルとってあるからね」
ジョージが一番好きだった窓際のテーブルだ。
ダニーはママにウィンクした。
「今日は俺のおごりやで」
「そりゃ気前がいいねぇ、いい男は違うね!」
ジョージは嬉しそうにメニューに目を通し始めた。
「あ、ソフトシェルクラブがある!」
「季節だからなぁ。俺が選ぼか?」
「うん、字見てたらちょっと疲れた」
ダニーは、ソフトシェルクラブのフリッターとオイスターロックフェラーを前菜に頼んだ。
メインはもちろん、シーフードのガンボだ。クラブソーダで乾杯する。
ジョージの無表情だった表情が少し生き生きしてきた。
料理が来ると、ジョージは、少しずつだがフォークを動かして食べ始めた。
ダニーはここに連れてきて正解だと思った。
4日間、朝、昼、晩とダニーがジョージを見舞う生活が続いた。
5日目の朝、ベーグルとカフェラテを買って、ダニーがジョージのアパートに行くと、ジョージがプラダのメッセンジャーバッグを持って、うろうろしていた。
「おはよ、お前、何してんの?」
「僕、今日から仕事復帰することにしたんで、したく」
「モデルの方か?」
「ううん、バーニーズの方。僕に合ってるから」
「大丈夫なんか?」
「アランも大丈夫だって言ってました」
「ん?アラン?」
「電話くれたんです。そしたら、バーニーズだったらいいだろうって」
「それならええわ、よかったな」
「うん」
「朝ご飯食うか?」
「うん、お腹すきました」
ダニーは二人で食べる朝食がこれが最後だと思うと、少し悲しくなった。
「何かあったら、すぐ俺に電話せいよ」
「はい」
ジョージがベーグルを二つに割り、半分ずつ渡す。
サーモンクリームサンドとチキンバジルサンドだ。
「お前、ほんまようなってきてるな」
「本当ですか?僕もね、頭の中のもやもやがなくなって、すっきりしちゃって」
「よかったわ。今日、晩御飯どこで食う?」
ジョージは、意を決したような顔で言った。
「もう大丈夫。今日は一人で食べてみます。ダニー、本当にありがとう」
「お前と俺の仲やん、礼なんか必要ないで」
「でも、ダニーがいなかったら無理だったかもしれない」
「照れるな」
ふとダニーは口にした。
「なんか寂しいな」
「元に戻るだけだよ」
「そやな」
「また会えるでしょ」
「当たり前や」
ジョージは立ち上がり、ダニーの膝の上に顔を乗っけた。
「本当に大好きだよ、ダニー。忘れないで」
「忘れるわけないやん」
ダニーはジョージを立たせ、キスをした。
ジョージの舌が唇を割って中に入ってくる。
「んん、だめや、遅刻しちまう」
「じゃあ次回のお楽しみですね」
ジョージが笑った。久しぶりに見る笑顔だった。
ダニーは「それじゃ、俺、行くわ」と立ち上がった。
パンツの前がふくらんでいる。
「困ったな」
「深呼吸ですよ」
ジョージに言われて、真剣に深呼吸した。
「じゃあな」
「いってらっしゃい」
二人は軽くキスを交わして別れた。
ダニーはアパートを出て、また深呼吸した。
これでいいのだ。またいつでも会えるのだから。
ダニーにとって、ジョージを介護した4日間は無我夢中だった。
一方ではアランと何を話したか覚えていない。
アラン、俺らに水差したんや。
ダニーはため息を一つついて、タクシーを拾いに大通りに向かった。
ブルックリンにあるこじんまりとしたビストロは、期待はずれであまりおいしくなかった。
「ごめんな。今度はちゃんとしたとこ探しとくから」
車のキーを返しながら、ダニーは謝った。
「いいの、ダニーのせいじゃないわ。それにそんなに悪くなかったもの」
薄暗いビストロを振り返りながらジェニファーはくすくす笑う。
「ねえ、ハロウィンのおばけ屋敷クッキーみたいじゃない?」
そう言って楽しそうに笑うジェニファーに、ダニーはほんまやと返して自分も笑った。
ジェニファーのこういうところが好きだ。一緒にいるとなんだって楽しく思える。
夫にヨガの教室だと嘘をついて不倫しているような女にはまったく見えない。
二人だけの秘密だ。本当のことを夫が知ったらどんな顔をするのだろう?
車のドアを開けてやりながら、ダニーはバカバカしい優越感に浸る。
ビストロから数分走ってアパートに着くまでの間、ダニーは黙って座っていた。
アパートに着いたらジェニファーは帰ってしまう。
そう思うと自然と口数も減ってしまい、さっきまでのバカげた優越感は跡形もなく消えていた。
「どうしたの?」
「んー、いや、何でもない」
ジェニファーは困ったようにダニーを見る。
「いつもの降りたくない病ね。そんな顔しないの」
ダニーは頷くと抱き寄せて長いキスをした。少し元気になれた気がする。
「また会える?」
「ダニーがいい子にしてたらね」
二人はお決まりの言葉を交わすともう一度キスをして別れた。
シャワーを浴びると、早々にベッドに入った。
少しでも今夜の余韻が楽しみたくて暗闇の中で天井を見上げる。
ジェニファーと付き合い始めてから、夜遊びから足が遠のいた。
クラブにも行きたいとは思わない。もちろん娼婦など不要だ。抱く気にもならない。
マーティンが理解してくれればとは思うものの、それは無理だとわかっていた。
月に二度であろうがいつかは終わると決まっていようが、いずれにしてもマーティンは傷つく。
「だからオレは隠すんや」
心の中でぼやいたつもりが口に出していて、ダニーは自分の声に慌てた。
うとうとしていると電話が鳴った。時計を見るとまだ23時を過ぎたばかりだ。
「・・・はい」
「あ、僕。ごめん、起こした?」
マーティンの申し訳なさそうな声がする。
「いや、ええよ。何?何かあったん?」
ダニーは目を閉じたまま話を聞く。
「寝る前にダニーの声が聞きたくなったから・・・」
そんなことかと思ったが口にはしないで相槌を打つ。
マーティンのとりとめのない話は続いていて、一向に終わりそうになかった。
ダニーは今から行くと告げて電話を切ると、パジャマの上からコートを着てアッパーイーストへ向かった。
マーティンはダニーの服装に目をみはった後、嬉しそうに抱きついた。
「すごい格好だね」
ダニーは甘えてくるマーティンをしっかりと抱きしめる。
「今日は特別やからな。いつもこんなんやと思うなよな」
「ん、わかってる。ありがと」
マーティンに手を引かれてベッドに入り、二人は抱き合って目を閉じた。
ダニーがスタバのダブルエスプレッソを持って出勤すると、マーティンがするすると椅子ごと寄ってきた。
「ねぇ、ニューヨーク・タイムズ読んだ?」
「ん?まだやけど?」
「ジョージの事大きく載ってるよ」
マーティンはそう言って紙面をダニーのデスクに広げた。
「黒いアキレス、仕事に復帰」という見出しでジョージがバーニーズグループの会長と肩を組んだ写真が載っていた。
あいつ、また広告塔にされてるわ。
ダニーは苦い顔をした。
「ただし、ジョージ・オルセン氏担当の新規顧客の受付は現在行っていない」
この一行を読んで、ダニーはふうーっとため息をついた。
これなら、とりあえず仕事は増えないはずだ。昼に行ってみよう。
「ボン、記事ありがとな」
「ジョージ、元気そうだね?」
「そやな」
ダニーはPCに見入って仕事のふりをした。
ランチの時間、タクシーを飛ばしてバーニーズに行く。
ちょうどジョージがお客を送り出すところだった。
「あ、テイラー様」
嬉しそうな表情を隠してお辞儀をするジョージ。
「ランチ食えるか?」
「主任に言ってきます」
ジョージは急いで戻ってくると「大丈夫です」と言って、社員用のカンティーンに案内した。
今日のランチはゴルゴンゾーラのパスタとコブサラダだった。
二人して同じものを頼む。
「今朝の新聞読んだで。お前、平気か?」
「幸い、主任もゆっくり復帰していいって言ってくれて、どうにかやってます」
「仕事やない。生活や」
「それは・・・寂しいけど、慣れなくちゃ。いつもダニーが一緒にいられるわけないんだから」
「俺も一緒にいたいんや。わかってくれ」
「わかってるからそれ以上言わないで。期待しちゃうでしょ」
「明日、一緒に晩飯食おう」
「本当?」
「ああ、ほんまや」
「わ、すごい楽しみだ」
ジョージはにっこり笑った。
ランチを食べ終わり、ダニーはネクタイを1本買うと、二人は店内で別れた。
オフィスに戻ると、サマンサが黒地の袋を目ざとく見つけた。
「まぁ、バーニーズで買い物?あ、お友達が復帰ですもんね」
「そや、ご祝儀や」
マーティンは、じとっとその様子を見ていた。
ダニーがPCを見るとマーティンからメールが入っていた。
「今晩捜査会議」有無をも言わさぬメールだ。
ダニーはやれやれと思いつつ、「承諾」とだけ打った。
定時になり、帰り支度をする。
マーティンはさっさと1階に下りてしまった。
ダニーはわさわさと書類をソフトアタッシュに入れて後を追いかけた。
「お前、待っててもええやないか」
「今日はラーメンだからね」
「ああ、何でもお前の言うとおりにするわ」
二人はリトル・ジャパンの一風堂に出かけた。
珍しくすぐに席に案内された。
二人はビールを頼み、スペシャルとチャーシュー飯を頼んだ。
マーティンはがつがつとラーメンの替え玉を4枚お替りした。
ダニーは2枚がやっとだ。
「お前、何か怒ってる?」
「今週、全然一緒にご飯が食べられなかったじゃない!」
「そんな事か」
「そんな事じゃないよ!貴重な時間じゃないか!」
「そやな、ごめんな。来週からはそんな事ないで」
「本当?」
「ほんまや。晩飯もこうして食べられる」
「わかった。ジョージのところに入り浸ってるのかと思ったから」
こいつ、こういう事だけ勘がええねんな。
「あほ!ジョージは仕事に復帰してるやろ。それに普通の友達やって言ってるやんか」
「そうだけど・・」
「お前、考えすぎやで。脳みそがラーメンになってるんちゃうか」
「ばか!」
マーティンはチャーシュー飯をお替りした。
ダニーは仕方なくもう一枚替え玉を頼んだ。
翌日の午後、ダニーはアランの携帯に留守電を残した。
「今日は張りこみで帰れへん、ごめん」
定時になり、ダニーは脱兎のごとくオフィスを抜け出した。
バーニーズの前に行ったがジョージがいない。
きょろきょろしているとセキュリティーに呼び止められた。
「テイラーさんですか?」
「そやけど」
「ご案内します」
連れて行かれたのは、従業員専用の裏口だった。ワンブロック裏に位置している。
「ダニー!」
ジョージがスタジャンを着て待っていた。
「ベン、ありがとう」
「息子へのサインのお礼だよ。ジョージ」
セキュリティーは去っていった。
「表玄関だと人目につくから。ごめんなさい」
「いいんや。それより、お前、学生みたいやな!」
ダニーはぎゃははと笑った。
「チューレン大学じゃダサイ?」
「いや、南部の名門やからええんやない?」
「今日はどこに行くの?」
「実はお前の家で食べたいと思うてんねんけど・・」
ダニーは遠慮がちに言った。押し付けがましくしたくない。
「うん!僕も同じこと考えてた」
「じゃデリで買い物やな!」
二人はディーン&デルーカに出かけた。
ダニーはヴーヴ・クリコとキャビアにクラッカーをまずカートに入れ、
店員に神戸ビーフのローストビーフ、茹でアスパラガスとカリフラワーを頼んだ。
ジョージはハーブサラダを選んでいる。
「ほんまに神戸ビーフやろね?ホースラディッシュもたんとつけてな」
店員がくすっと笑い、「今日はお祝いですか?」と尋ねた。
「そやねん。お祝いや」
ジョージを見るとあるウィンドウに釘付けになっている。
「どうした?」
「僕、食べたいんだけど、アイリスに止められてて」
目の先にあるのはハーゲンダッツのアイスクリームだった。
「ええやん、一日位俺に付き合い」
ダニーはクッキー&クリームをカートに入れた。
ダニーは「チェック急いでな」と店員にお願いして、ジョージと顔を見合わせた。
自然と笑みがこぼれる。
「楽しいお祝いを!」店員もにこやかに二人を送り出した。
二人はタクシーでジョージの家に向かった。
「久しぶりや!」
「ダニー、早くこうしたかった!」
二人はぎゅっと抱き合ってしばらく離れなかった。
キスをかわし始め、服を脱がせあう。
トランクス一枚になって、わーわー騒ぎながらベッドに向かう。
ベッドでは、ジョージがトランクスを脱いで立派に屹立したペニスをダニーに見せた。
「すごいな」
ダニーが思わずため息をつく。
「入れていい?」
「もちろんや」
「嬉しい!」
ジョージはミントのローションをペニスに塗り、ダニーの中に指を入れた。
「あぁ・・」
「いい気持ち?」
「指だけでイキそうやで。早う来いや」
「うん、じゃあ入れるね」
ジョージはゆっくりと腰を入れてきた。
ダニーはペニスの先が入っただけで、悶え始める。
「いい、入れるよ」
「ああ」
ジョージがさらに進む。
「あぁ、ジョージや、これがジョージや」
ダニーが目をつむって悶え続ける。
ジョージがその表情に熱くなる。
「あぁ、狭い、ダニー、もっと大丈夫?」
「ああ、入れてくれ」
「じゃあ最後まで行くね」
「あぁ、ああ〜!」
ダニーは突然身体をのけぞらせ、射精した。
ジョージの腹がべとべとになる。
ジョージはゆっくり動き、動きを止めると、痙攣した。
どくどくとジョージがダニーの中に入っていく。
ダニーの胸も顔も紅潮し、恍惚の表情を浮かべている。
「どうだった?」
「お前は最高や!」
「身体だけ?」
「あほ、全てや、ジョージ、お前を愛してる」
「ダニー、本当?」
ジョージは目に涙を浮かべた。
「泣く奴があるかいな」
「だって・・嬉しくて・・」
「シャワーしよ」
「うん、お先にどうぞ」
ダニーがシャワールームに入ると、ジョージはワーワー泣いた。
最愛のダニーから愛してると言われたのだ。これ以上の幸せはない。
ジョージは至福を噛み締めた。
ジョージもシャワーを終え、二人は、デリの用意をした。
几帳面に皿に料理を並べる癖は自分とそっくりだとダニーは思った。
キャビアのカナッペをお互いに食べさせあい、またキスを繰り返す。
「うわ、生臭いや」
ジョージがヘンな顔をしたので、ダニーが笑った。
ヴーヴ・クリコと抗うつ剤で、ジョージはすっかりハイになっていた。
「ダニー、僕のダニー」
「照れるがな」
「だって僕の事愛してるんでしょ?」
「ああ」
「すごい幸せ。今、時間が止まればいい!」
ジョージが大声を出したので、ダニーはびっくりした。
ジョージの高揚ぶりにダニーは少し違和感を感じ始めていた。
感極まって、思わず愛しいると言ってしまったダニーだった。
俺、何か、一歩踏み出しちまったかな。
朝もジョージに挑まれ、二回イカされたダニーはへとへとになって、アランのアパートに戻った。
アランはすでに起きて、コーヒーを飲んでいた。
「おかえり、張りこみはどうだった?」
「それが、空振りや。俺、疲れたから寝る」
「ああ、休むといい。そのための土曜日だ」
「ありがと」
ダニーはスーツを脱ぎ散らかしたまま、パジャマに着替えて、すぐに寝息を立て始めた。
アランはスーツやシャツや靴下をランドリーバッグに入れようとして、ふとフレグランスが香ったのに気がついた。
ダニーがいつもつけているファーレンハイトではなかった。
フレグランスを変えたのか?
アランは、そのままランドリーバッグに突っ込んだ。
ダニーが起きてきたのは夕方だった。
「良く寝たね」
アランはリビングでモーツァルトのピアノ協奏曲を聞いていた。
「シャワーするわ。腹減った」
「早めに食事にしようか」
「ん」
ダニーはぼんやりする頭で、シャワーを浴びた。
たった4歳の違いとはいえジョージは若い。
あの勢いでいつもセックスを迫られたら、アランにばれてしまう。
ダニーはうなだれたペニスに向かって「頑張れよ」と声をかけた。
部屋で着替えていると床に放っておいた携帯が震えている。
着信表示を見ると「ジョージ」とある。
「はい、テイラー」
「ごめんなさい、声が聞きたくなっちゃって」
「大丈夫か?」
「うん、平気だよ。ダニーは?」
「もうくたくたや」
「ふふふ、ごめん。それじゃね」
ガチャンと切られた。
まだハイの状態が続いているのだろうか。
ダニーは訝った。
「ダニー、今日はチャイニーズはどうだい?」
アランが顔を覗かせた。
「ええな、ダニエルのと食べ比べしよか?」
ダニーは携帯を急いでしまいながら答えた。
「チャイナ・タウンに行くのが面倒だ。どうだい「オリーズ」でもいいかな?」
「行ったことないで。そこ」
「10ブロックほど下るんだ」
「へぇ、そんな近くにあったんか」
「じゃあ、出かけよう」
二人が店に着くと「オリーズ」は行列だった。
しかし、アランが入り口に寄るとマネージャーがお辞儀をして出てきた。
「ショア様お久しぶりで」
「ご無沙汰ですまないね。今日もよろしく頼むよ」
「かしこまりました」
前菜に点心を3種類頼み、イカとピーナッツの炒め、ホタテのガーリック焼き、シャコの唐揚げ、それに名物の海老団子のヌードルスープでしめる。
巨大なシャコにダニーはびびったが、アランが綺麗に皮を剥いてくれて食べられる姿にしてくれた。
「どうだい?ここの味は?」
「俺、ダニエルのよりこっちのが好きや」
「そうだろう?これが現実だよな。これだけ食べて、紹興酒代もいれて70ドル位だろう。
アッパーの住民でも十分に楽しんでいるし。エドは虚飾のチャイニーズを作り上げようとしている。
着飾った客たちで成功はするだろうが、長く続くだろうか、心配だ」
アランはデザートのマンゴープリンを頼みながらそう答えた。
マンゴープリンも果肉が半分を占める本格派でダニーは気に入った。
思わず、ジョージを連れてきたいと心が動いた。
「そうだ、そのダニエルから招待状が来ていたな。プレオープンだそうだ。行くだろう?」
「ああ、エドの事業やもんな」
「人数が多い方がいいな、僕はギルとケンを呼ぶからお前はマーティンとジョージを呼んだらどうだろう?」
「え?あ、ああ、ええんちゃう?」
「じゃあ、ダニエルズ・テーブルに集合だ」
「うん・・」
ダニーは自分の気持ちが隠しとおせるか不安が頭をよぎった。
ダニエルズ・テーブルのプレオープンの日がやってきた。
ミッドタウンの高層ビルの40階がエドが選んだロケーションだった。
アランとダニーは、マーティンを拾い、ジャガーで乗りつけた。
ヴァレットパーキングに駐車し、40階までシースルーのエレベーターで上がる。
「うわーすごい眺めだね!」
マーティンは子供のように下を見下ろしたりしていた。
40階を降りると、ダニエルが待っていた。
「ようこそ我が家へ、さあこちらへ」
まるで最高級のコンドミニアムの中のようだ。
個室のドアが5つある。
すでに客がいるのか、盛り上がっている声が漏れてくる。
「上海」と書かれた個室に入ると、すでにエド、ギル、ケンが座っていた。
エドが立ち上がり、椅子の座り順を案内する。
エド、マーティン、ギル、ケン、ひとつ置いて、アランとダニーだ。
外側の壁全体が窓になっていてNYの高層ビル群が見渡せる。
少し遅れて、ジョージがやってきた。不安そうな顔をしている。
ダニーは抱き締めてやりたかった。
ケンとアランの間にジョージが座る。
「エド、今日はお招きありがとう。他の招待客は誰なんだい?」
アランは興味津々で尋ねた。
「ブルームバーグ市長夫妻のパーティーとドナルド・トランプ夫妻のパーティーです」
ダニーはエドのマーケティングの手腕に舌を巻いた。これならマスコミがすぐに飛びつく。
「すごいな」ギルが思わずため息をつく。ジョージは固まったままだ。
普通の黒のTシャツとジーンズなのにジョージが一番スタイリッシュに見えた。
「それでは、今日のメニューの説明をダニエルからどうぞ」
エドがダニエルを促した。
「今日は、まず上海風真鯛の刺身、ナッツや香草と一緒に特別なタレで頂いていただきます。
次にフカヒレの姿煮込みパイ包みスープ、イベリコ豚の頬肉の煮込みXOジャンソース、
メインはこじき鶏にしました。これは、内臓を取り出した鶏の中にフォアグラ、牛肉、椎茸を詰めて、
ハスの葉で包んだものを、更に粘土や練った小麦粉で包んでオーブンで焼いたものです。
多分NYでこれを出せる店はうちだけだと思います。次にハーブ野菜のクリームソース煮で、
最後はオマール海老の焼きそばをご用意しました。どうぞお楽しみください。」
皆はメニューに圧倒された。
紹興酒の大きなカメが用意される。
チャイナドレスに身を包んだモデルと見まごうような中国人女性が、一人ひとりのグラスにカメからお酒を注ぐ。
「それでは、乾杯!」
エドの掛け声に合わせて皆がグラスを合わせた。
「エド、おめでとう、ここは新しいチャイニーズの王国になるね」
アランが褒めそやす。
エドは顔を紅潮させて、「そうなる事を望んでます」とだけ答えた。
ギルは立ち上がって、ジョージに握手を求めた。
「いやぁ、ジョージ・オルセンと食事が出来るなんてすごいよ」
「そんな・・」ジョージはうつむいた。
「うちの子が君の契約書を手がけたんだって?出来はどうだったかな?」
ギルはケンの肩に手を乗せて尋ねた。
「僕の希望を全部盛り込んでもらえました。ケン、ありがとう」
「いいんだよ、ジョージ。でもお礼のキスがまだだよね」
ケンはウィンクをして、ジョージの局部に手を伸ばした。
「ちょ、ちょっと!」
「ジョージ、どないしたん?」
ダニーが思わず口をはさんで、ケンを睨んだ。
ケンは知らん顔をしている。
マーティンは、次から次へと運ばれてくる料理をどんどん平らげていた。
アランがマーティンをたしなめた。
「マーティン、親の敵じゃないんだから、もっとゆっくり食べないと。また胃が荒れるぞ」
マーティンは、「そんなつもりじゃ・・」と言って、箸を置き、紹興酒をあおった。
ウェイトレスがすぐに次を注ぐ。
こじき鶏の番になり、ダニエルが現れた。
粘土の蓋をとんかちで割る。中からいい香りがしてきた。
手際よく、全員分に分けると、ダニエルは皿を順繰りにおいていった。
マーティンのところで、皆に気がつかれぬよう、背中を一なでする。
「ひっ!」マーティンが飛び上がった。
「マーティン、どうしたん?」ダニーが尋ねた。
「あ、しゃっくり」皆が笑った。
「急いで食べるからだ」アランが微笑む。
その後は主にジョージの仕事の話で、座は盛り上がった。
ビル・トレバーがジョージの身体を触りまくったあたりで、全員が大笑いした。
「ビルらしいな。触らずにはいられなかったんだろう。あいつもずっと一人だから」
ギルが笑いながら言った。
デザートは、中国ハーブのジュレの中にライチの果肉が入ったゼリーだ。
口の中でとろりと溶ける。
紹興酒のカメもほぼ空になり、エド、アラン、ギル、ケンは上機嫌だ。
ケンは何かあるごとにジョージの身体に触れて、ギルに怒られていた。
ダニーはマーティンとジョージの顔をそっと見た。
マーティンはしかめっ面をしてプーアール茶を飲んでいる。
ジョージはケンがじゃれつくので苦笑している。
どうにか過ぎそうや。それにしても、マーティンは一体、どうしたんやろ。
何かおかしい。ダニーは気になって仕方がなかった。
ダニエルが最後に現れた。
「我が家の食事はいかがでしたでしょうか?」
「最高だよ。ダニエル、素晴らしい」
アランが拍手するので、皆も釣られて拍手した。
「ありがとうございました。それでは」
マーティンは部屋から出て行くダニエルの姿をずっと睨んでいた。
月曜日、ダニーはマーティンをランチに誘い、いつもカフェに出かけた。
心なしか、マーティンの元気がない。
「お前、何食う?」
「うーんとね、ペスカトーレ」
「俺、ボンゴレ」
二人はパスタを食べながら捜査の話をした。
話が途切れた時、ダニーは話を切り出した。
「なぁ、お前、昨日さぁ元気なかったで。緊張してるみたいやったし。エドと何かあったんか?」
マーティンはうつむいて「何もないよ。エドはレストランの事で頭一杯だし」と答えた。
「寂しいんか?」
ダニーはマーティンがほっとかれるのが一番こたえるのを知っている。
「違うよ、エドのあのプロジェクトは成功して欲しいと思ってる」
「じゃあ、何やねん?」
「ここじゃ、話せない」
マーティンはパスタを半分残したまま席を立った。
とりつくしまなしやなぁ。
二人はオフィスに戻った。
定時になり、ダニーはアランにディナー断りの伝言を残すと、マーティンをディナーに連れ出した。
「昨日たんまりチャイニーズ食ったから、バーガーはどやねん」
「どこでもいいよ」
どこか投げやりなマーティンが気になった。
二人はジャクソン・ホールに出かけた。
マーティンはチリ・バーガー、ダニーはサルサ・バーガー、シーザーサラダにフライドポテトとオニオンを頼んだ。
ビールをとりあえず飲み始める。
「ここなら、えやろ?話してみい」
ダニーは促した。マーティンは重い口を開いた。
「怒らないでね」
「ああ、怒らへんで。約束や」
「僕、ダニエルにレイプされたんだ」
「ええ!」
ダニーがビアマグをドンとテーブルに置いたので、周囲の目が集まる。
「一体いつ、何で?」
声を潜めるダニー。
「レストランオープンが決まった頃。エドのうちに行ったら、エドが残業でいなくてさ。
ダニエルと食事したんだ。そしたら薬飲まされて、気がついたらレイプされてた」
「あいつ!あんな人の良さそうな顔してんのに、最低な奴やな、俺、しばく!」
「やめてよ!ダニーに話すとそうなっちゃうから話せなかったんだよ。
ダニエルはエドの大切なパートナーだからさ。仕事に影響しちゃうよ」
「お前、それでもええんか?」
「諦める他ないよね。でもそれ以来、ダニエルに会うと緊張しちゃうんだ」
「そうだったんか」
「あいつ、大学で何かあったみたいで、WASPにすごい憎悪抱いてるんだよ。それを聞かされながらレイプされた」
マーティンは悔しそうに唇を噛んだ。
「お前、ずっと言わないで我慢してたんや。よう頑張ったな」
「ダニーはジョージの看病があったじゃない?僕、本当は聞いて欲しかったかも」
マーティンはうつむいてポテトをかじった。
ダニーはマーティンが負った心の傷を思い、胸がぐさっと痛んだ。
「エドにも話さないんか?」
「今は話せない。時期がきたら話そうかと思ってる」
「わかった。じゃあ、もう俺らはダニエルズ・テーブル行くのよそう!
アランには味が合わないとか言うて、俺絶対行かない」
「ダニー、ありがと」
「俺に出来るのはそれ位のもんやから」
二人は残りのバーガーにかじりついた。
「もう一軒行こか?」
「うん・・・」
二人はアルゴンキンのブルー・バーに寄った。
エリックがマーティンがいるので一瞬残念そうな顔をした。
「エリック、ジントニックふたつ頼むわ」
「はい、かしこまりました」
マーティンはピンチョスのタコのマリネとサーモンとクリームチーズのカナッペを食べ始めた。
「さぁ、明日も仕事、頑張ろうな」
「うん、そうだね」
やっとマーティンが顔を上げた。
二人はジントニックを3杯おかわりして、バーを出た。
マーティンを送って、部屋に寄りこむ。
マーティンは体をダニーにもたれかけたままだ。
ダニーはそんなマーティンを抱き締めて、ベッドルームへ連れて行った。
「セックスはしたくない」
マーティンが言った。
「わかった。パジャマに着替えさせるだけや」
ダニーはアメリカン・ヒーロー柄のパジャナを出すと、マーティンの服を脱がせて、着替えさせた。
キスを静かに繰り返す。
「一人でよう頑張ったな、偉いで、お前」
「ありがと、ダニー。もう大丈夫だから」
「ほんまか?」
「うん、また明日ね」
「ああ、また明日」
ダニーはマーティンのアパートを出た。
またアル中に戻る事はないだろうが、マーティンが心配で仕方がなかった。
マーティンはダニーがドアを閉める音を聞いた後、枕につっぷして静かに泣いた。
ダニーがマーティンのアパートへ帰ると、ジョシュが来ていた。
二人で仲良くゲームをしているようで、正直気に入らない。
「あっダニー、おかえりなさい」
目ざとく気づいたジョシュが声をかけてきたが、ダニーは素っ気なくただいまと言っただけだ。
「おかえり。遅かったね」
「ああ、帰りにジムに寄ったから。モノポリー?どうしたん、これ」
「いいでしょ?ジョシュにもらったんだよ。これね、コロラドバージョンになってんの」
「うちの会社のノベルティなんだ。お得意様専用のね。ダニーもいるならあげようか?」
「いや、オレはええわ」
「いいの?ebayではレアモノ扱いなんだけどなぁ」
「そうなん?でもやっぱいらん」
ダニーは着替えてくると言ってベッドルームに入った。気になってベッドをチェックしたが整然としている。
リビングに戻ったダニーは、マーティンの隣に座った。
「ふうん、これがコロラドスプリングスか、寒そうやな」
モノポリーの箱を見ながら、わざと太腿をぴったりとくっつける。
マーティンが戸惑って少し体を離したが、ダニーはさらに太腿をくっつけた。
マーティンがアスペンのスキー場を手に入れた時には思いっきり抱き寄せたりもした。
ジョシュが慌てて目をそらしたのを見て、マーティンがうろたえた。狼狽して顔が赤くなっている。ダニーはそれでもお構いなしだ。
「あ、あのさ、僕、何か飲み物とってくるね」
気まずくなったマーティンはとうとう席を立ってしまった。
「ダニー、やりすぎだよ。マーティンが困ってるよ」
「あほ、あれは照れてるんや」
ダニーは事もなげに言うとジョシュの目を探るように見つめた。
「お前、何か企んでるやろ?ほんまのこと言うてみ」
「やだなぁ、人聞きの悪い。僕は通りで偶然会っただけだよ」
「それがなんでアパートにいてるねん」
「マーティンが誘ってくれたからだよ。僕が言い出したんじゃないからね。僕のこと信じてくれないの?」
ジョシュは傷ついた表情を浮かべてしおらしくうつむいた。ダニーにはそれも演技に見えて仕方ない。
「わかった。けど、もしマーティンに何かしたらその時は・・・」
「わかってる、何もしないよ。ダニーの大切な人だもんね」
ジョシュは従順そうに頷いたが、ダニーはもちろん信用しない。
ジョシュが帰った後、ダニーはドアを閉めるなりマーティンを抱きすくめた。
おでこにキスしながら力強く抱きしめる。
「ダニー?」
「ジョシュなんか家に入れるな!」
マーティンは腕の中で戸惑いながらおずおずとダニーを見上げた。怖いぐらい真剣に見つめられている。
「ちょっ、どうしたのさ?何怒ってんの?」
「怒ってるわけやない。お前はオレのや。あんな奴と仲良くすんな!」
ダニーは乱暴に言い放った。
マーティンは勢いに押されるようにこくんと頷いた。
下半身にはガチガチに硬くなったダニーのペニスが当たっている。
嬉しさと気恥ずかしさがこみ上げてきて顔が熱い。耳まで火照っているのを感じる。
「ダニィ、僕の足に当たってるよ」
「知ってる」
ダニーは赤くなった耳を甘噛みしながらぷっくりした頬をなでた。
マーティンも完全に勃起している。
ダニーはペニスが重なるように押しつけてキスをした。
服を脱がせあいながら狂ったように愛撫していると、コツコツと靴音が聞こえて二人とも我に返った。
お互いににんまりしながら笑いを堪える。靴音が遠ざかるのを待って二人はまた愛撫を再開した。
ダニーは壁にもたれたまま、フェラチオするマーティンを見下ろした。
太腿をぐっと掴まれて亀頭を責められ今にもイキそうだ。
湿った髪をくしゃっとしながら自分からも腰を動かす。
「うぅっ!オレ、もうあかん、出そうや!」
切羽詰ったダニーが上ずった声を上げると、マーティンは口を離してしまった。
「マーティン!オレ、イキそうやったのに!」
「まだだめ!僕はダニーのでイキたいの!」
マーティンはそう言うと太腿に顔をもたせかけた。
「あほ、オレは二回してもよかったんやけどな」
ダニーはくすくす笑いながらマーティンを立たせてベッドルームに連れて行った。
ローションを塗ってゆっくり挿入すると、アナルが馴染むまでキスをくり返す。
マーティンがじれったそうに腰を擦りつけてくるのを待ってやさしく動いた。
「あぁっ!ダ、ダニィ・・・もっと、もっとして」
マーティンが荒い息を吐きながらせがんだ。ダニーも同じ気持ちだ。
穏やかな動きに我慢できなくなった二人は、目を合わせたまま腰を打ちつけた。
射精が近いのか、マーティンがしがみついてくる。苦しそうな表情だ。
ダニーが深く挿入するとマーティンが大きく仰け反って射精した。
アナルが何度もひくひく収縮している。ダニーは抱きしめたまま果てた。
「僕の、いっぱい出てる」
「ん?ほんまや」
ダニーはマーティンの精液を指ですくって舐めた。マーティンは恥ずかしがって胸に顔を埋めている。
やさしく背中をなでているうちに、いつしか二人とも眠ってしまった。
翌朝、ダニーがスタバのダブルエスプレッソを持って出勤すると、マーティンのバッグがデスクの上にあるが、本人がいなかった。
どこ行ってんのやろ?
するとトイレから、ジャケットの襟をぬらしたマーティンが出てきた。
「ボン、おはよ、襟ぬれてるで」
「え、あ、顔洗ってたから」
見ると、まぶたが腫れている。
あぁ、こいつ、俺が帰った後、泣きよったわ。
ダニーは昨日マーティンのところに泊まっていかなかった自分が冷血漢になったようで、自己嫌悪に舌打ちした。
ジャケットの襟をハンカチで拭いていると、サマンサが出勤してきた。
マーティンの顔を見て「なに、マーティンまだ花粉症?目薬貸してあげるから、しゃきっとしなさい!」
有無をも言わせず、バッグから目薬を取り出す。
「ありがと、サム」
「いいのよ」
マーティンは目薬をさして、上を向いたままぼうっとしていた。
「なぁ、ボン、今晩、メシ食いにいこか?」
「ああ、いいけど」
上を向いたままでこっちを見ようとしない。
ダニーは仕方なく仕事を開始した。
夕方、アランの留守電に今日は張りこみで帰れない旨伝言を残す。
俺って根っからの悪人や。胸が痛むが今はマーティンが大切だ。
定時になり、マーティンをせかしてオフィスを出た。
「どこ行くの?」
「ちょっと本で読んだとこ付き合ってくれへん?」
「うん、わかった」
二人は35丁目と6番街の角でタクシーを降りる。
「ここってコリアンタウンの裏側だよね」
マーティンが不安そうだ。
「ああ、このへんらしいんやけど、あ、あったで!」
きらびやかなイルミネーションに囲まれた看板に「ハンバット」と書いてある。
「ここや、ここや」
二人が入ると中は、韓国人のビジネスマンでほぼ満杯だった。
「2人なんやけど」
「ラッキー、最後のテーブルね」
フロアマネージャーがたどたどしい英語で案内する。
「何が有名なの?」
「ブルコギ」
「何それ?」
「さあなぁ」
二人がビールも頼まないうちから小皿に乗った料理が6種類出てくる。
「頼んでへんけど?」
「サービス、サービス!」
見ると周りのテーブルにも小皿が並んで、みんなが摘んでいる。
「ピンチョスみたいなのかな?」
「ビールください!」
ダニーが大声を出す。周りの喧騒で声が通らない。
マーティンはすぐに小皿の摘みを食べ始めた。
「ダニー、キムチとかもやしとか美味しいよ」
「そか?」
ダニーはこわごわ箸をつけた。
「あ、ほんまや。美味いな」
ビールがやっときた。
「ご注文?」
「ブルコギ2人前」
目の前に山なりになった鉄鍋が用意されて驚く。
「BBQじゃないんだね」
「そやな」
ウェイトレスが山盛りの野菜と牛肉を運んできた。
「これは20種類の食材を使ったタレで漬け込んだ牛肉です。あとでヌードルを頼んでくださいね」
ウェイトレスが流暢な英語で説明し、肉を真上に、野菜を回りにくっつけて焼いていく。
肉から出たタレが野菜に染みていく様が見て取れる。
「なんか美味そうやな」
「うん、本当だね」
野菜は玉ねぎ、キャベツ、しいたけ、人参、長ネギだ。
「名前なんて言うの?」
ダニーが焼いているウェイトレスに尋ねる。
「ベティーです。私、NY生まれなの」
そう言ってウィンクする。ダニーは思わずでれっとなった。
マーティンが向こう脛を蹴飛ばす。
「痛い!」
「あ、熱いの飛びました?」
ベティーにおしぼりで顔を拭かれて、余計に上機嫌になったダニーはビールをお替りした。
「さぁ召し上がれ、ヌードルも用意しますね」
ベティーは他のテーブルと行ってしまった。
二人は初めてのブルコギを感動しながら食べた。
この量と味で1人前12ドルなのだから抜群に安い。
ヌードルは、肉汁とタレをからめて食べる。絶品だ。
二人はベティーにチップをはずんで店を出た。
「元気でたか?」
「え、僕のためだったの?」
「俺も食いたかったけどな。なあ、今日、泊まってもええか?」
「え、本当?」
マーティンが目を丸くする。
「ああ」
「じゃ、早くタクシーに乗らなくちゃ!」
二人はアッパーイーストエンドに急いだ。
アパートに入るなり、マーティンがダニーのジャケットを脱がせ、パンツのジッパーに手を伸ばす。
「おい!」
「じっとしてて」
先走りで湿ったトランクスから半立ちのペニスを出すと、口に含みながら、ダニーのパンツを脱がせる。
ダニーの息が上がり、膝から力が抜けていく。
「ベッドに行かへんか」
「うん」
ダニーは玄関でパンツとジャケットを脱ぐと、マーティンに手を引っ張られベッドルームに入った。
久しぶりのマーティンの部屋。全てが懐かしい。
「これ使うね」
マーティンが例のローションを取り出した。パパイヤの香りがする。
マーティンも服を一気に脱ぎ、ダニーの前に四つんばいになった。
「ねぇ、塗って」
ローションを塗りこむとマーティンが腰をくねらせた。
ダニーもぎんぎんに立った自分のペニスに塗って、ずぶっと挿入した。
ペニス全体が何かの生き物に飲み込まれたようだ。
「あぁ、ダニー、すごい大きい」
マーティンは自分から腰を動かし始めた。
ペニスを見るともう腹につきそうに立っている。
ダニーは我慢できなくなり、出し入れのスピードを上げた。
「あん、もう出る!」
マーティンが背中をのけぞらせ射精した。
マーティンの痙攣にダニーも我慢できず、マーティンの腰を抱き締めながら中で果てた。
二人は重なったまま横になった。
まだ息が荒い。
そんな中でマーティンはこう尋ねた。
「ダニー、僕のこと愛してる?」
「ああ、愛してるで、お前が一番大切や」
マーティンは身体の向きを変え、ダニーと向かい合わせになって、ダニーを抱き締めた。
ダニーは良心の呵責に苦しみながら、マーティンを抱き締め返した。