【Without a Trace】ダニー・テイラー萌え【小説】Vol.10
ダニーは、毎日のようにマーティンにせっつかれたので、ジョージと3人での食事の日取りを決めた。
ジョージに電話をすると珍しく「場所は僕が選んでいいですか?」と言う。
「ああ、ええで。頼むわ、それじゃ、明日な、店に8時に行くわ」
「わかりました。それじゃ明日」
いよいよ翌日になった。まるで戦場に行くような表情をしているマーティンを連れて、
ダニーはバーニーズの正面玄関で待っていた。
ダッフルコートのジョージがやってきた。
「お待たせしました。ダニー、マーティン、ごめんなさい」
「今来たばかりやから、大丈夫やで」
「それじゃ、お店に行きましょう」
ジョージはタクシーを拾った。
「イースト・ヴィレッジお願いします」
「どんなとこや?」
「僕の故郷の味の店です。気に入ってくれるといいんですけど」
マーティンは終始無言だった。
ダニーと二人でいる時と明らかに話し方を変えている。
ほんま、よく頭の回る子や。
ダニーは安心した。
イースト・ヴィレッジで降り、少し歩くと「ガンボ」というネオンが見えてきた。
「あそこです」
3人はこじんまりとしたレストランに入った。
「おやおや、ジョージ、久しぶりだね」
大柄の黒人のおばさんが、エプロン姿で現れた。
店の中は、ほぼ満席だ。
「僕の大切なお客様を連れてきたんで、気をつけてね、ビッグ・ママ」
「そうかい、はじめまして。店主のマリアです」
「こっちは、ダニー、それからマーティン」
「気楽な店だから、楽しんでってね、はっはっはっ!」
マリアは高らかに笑いながら、キッチンに下がった。
席に座ってメニューを見た。
ケイジャン料理とクレオール料理が並んでいる。
「へえ、お前ってニューオリンズ出身なの?」
「はい、大学までそこにいて、それからNYに来ました」
「何がおすすめなのかなぁ?」
マーティンはメニューを上から一つ一つ読んでいた。
「この際、ジョージにまかせよ」
「そうだね」
二人に言われて、ジョージが選び始めた。
マーティンがじっとジョージを見つめている。値踏みしているかのようだ。
シュリンプのハーブマリネに、ロックフェラー・オイスター、クレオール料理の名物だ。
それから鶏とソーセージのガンボとかにとシュリンプのガンボ、ケイジャン料理の名物、
いや、ニューオリンズの代表料理だ。それにガーデンサラダを頼んだ。
「ビールがいいですか?ワイン?」
「3人やからワインいこか?」
「ビッグ・ママ、あのワイン出して」
「あいよ!」
ビッグ・ママが持ってきたのは、バタール・モンラッシェのボトルだった。
マーティンが思わず息を飲む。
「こんなすごいワイン!」
「そんなにすごいんか?」
「300ドルはするよ!」
「おい、ジョージ、俺たち、そんな上流階級やないで」
「いいんです。特別な友達が出来たら開けようと思って、ビッグ・ママに預けておいたものなので」
「ちょいちょい!もう開けるから、だまって!」
ビッグ・ママに制されて、3人は静かになった。
グラスに蜂蜜色のワインが注がれる。
3人は緊張しながら乾杯した。
「それじゃ、ジョージのあほな選択に乾杯!」
「かんぱーい!!」
ジョージがげらげら大笑いしている。
オードブル二品も普通のフランス料理店以上の味だ。
「あのおばはん、すげーな」
「本当、すごく美味しいよ」
マーティンの緊張が緩んできた。
ガンボが並べられる。ライスもタップリのスパイシーでとろみのあるスープだ。
マーティンが美味しい、美味しいと大喜びしながらがっついている。
「美味しいですか、マーティン?」
「すごいよ、この店、びっくりだ!!」
「実は、ザガットで高得点なんですよ」
「どうりで」マーティンは深く頷いて納得した。
メインを食べ終わり、ワインも終わった。
「じゃあ、デザートいきますね」
「うん!」
「バナナ・フォスターって食べたことあります?」
首を横に振る二人。
「バナナにシナモンをかけてバターでソテーしたものなんですけど、
それをコニャックでフランベしてアイスと一緒に食べるんです」
「美味しそう、それ!」
マーティンは目を輝かせた。
コーヒーを飲んで、すっかり満腹になった3人はすっかり緊張が解けていた。
「お前の故郷って美味いもんだらけやな」
「ありがとうございます。2人を顔見てたら僕も嬉しくなりました」
「こちらこそ、ありがとう、ジョージ。また買い物に行くね!」
マーティンはジョージの肩を叩いて笑っている。
ダニーは、肩の荷が下りた思いがした。
ジョージのおかげで、危機が去った。
この調子なら、もう俺らの仲を疑わへんやろ。
店でタクシーを呼んでもらう。
ビッグ・ママは「全く、こんないい男ばかりの食事でなんか寂しいねぇ、
今度は彼女を連れてきなさいよ!」と送り出した。
3人はえへへと笑いながら、タクシーに乗った。
ジョージの家で彼を降ろし、3人は別れを告げた。
「これからもバーニーズをごひいきに!おやすみなさい!」
「おやすみ、ご馳走様、ジョージ!」マーティンが大声で叫んだ。
「サンキュな、また寄るわ」
「はい!お待ちしています」
ダニーとジョージは内緒で目配せをした。
二人は寄るのが店ではないことを理解していた。
「ジョージって本当にいい奴だね。ごめんね、仲疑ったりして」
マーティンが謝る。
「もう過ぎたことやんか、わかったやろ」
ダニーの心の中がチクっと痛んだ。
ごめんな、マーティン、でももう始まったことなんや。やめられへん。
ダニーがクリニックへ行くと、会うなりジェニファーがすまなさそうに謝ってきた。
もう会えないと言われるのかと思い、顔がこわばる。
「ごめんなさい、突然で。電話すればよかったんだけど」
「電話?」
ダニーには意味がよくわからない。
「あ・・オレに会うのも嫌やってこと?」
「え?それ何のこと?私、さっき生理になっちゃって。だから・・」
「ああ、そっか、ごめん。そんなん全然平気や、寝たいだけとちゃうから」
―あー、よかった・・・
別れ話ではなかったことに安心したダニーは、ジェニファーを抱き寄せると強く抱きしめた。
「生理用品あるん?オレ、買ってこよか?」
ダニーの申し出にジェニファーがけたけた笑い出した。
「何で笑うん?そんなにおかしいか?」
「だって、そんなこと言う男なんて初めてなんだもの」
「オレかて買うたことなんかない。ジェンは特別やから。生理用品でもストッキングでも、いぼ痔の薬でも買いに行くで」
「じゃあ、いぼ痔の薬をお願いしようかな」
「おう、オレは行くで。止めても無駄や」
二人はくすくす笑いながら戸締りをし、クリニックを出た。
セックスする気はなかったのに、食事の後ベッドで話ながらいちゃついているうちに、どちらともなくその気になってきた。
ダニーがコンドームに手を伸ばそうとすると、ジェニファーが止めた。
「ダニー、コンドームはいらないわ」
「でも・・」
「あなたも私も病気は持ってないもの」
「・・わかった」
ダニーは息を大きく吐いた。今まで誰にも生で入れたことはない。緊張で胸が高鳴る。
ペニスを押し当てると、先が触れただけでイキそうなぐらいぞくぞくした。
ゆっくりと慎重に奥まで挿入して目を見つめる。
「痛くない?」
「ん、大丈夫。動いてもいいわよ」
「いや、もう少しこのままでいいんや」
ずっとこのまま交わっていたい、別れたくない、ダニーは何度もキスしながらそれを願った。
気を遣いながら動き、ジェニファーが息をはずませるのを見ながら、ダニーは自分も限界を感じた。
強く締めつけられてこれ以上はもたない。今にも射精しそうだ。
「っ・・ジェンっ、オレもイキそう・・」
「中に出して」
「えっ!でも、そんな・・オレ・・」
「いいから早くっ」
「ああっ!出るっ・・んっ!」
ダニーは我慢できずに膣内に射精した。ペニスがドクドク脈打ち、お互いの粘膜が絡み合っている。
二人は荒い息を吐きながら抱き合った。どちらも胸の鼓動が痛いぐらい早い。
シーツの中でもぞもぞと足をからませながら、ダニーはしっとりした肌に指を滑らせた。
血と精液の混じりあった匂いの中、下腹部を擦りながら余韻に浸る。
「思ってたより今までいい子だったのね」
ジェニファーにやさしく頬をなでられて照れくさい。
ダニーは首を竦め、返事をする代わりにキスをした。
少し眠そうな表情がかわいくて、腕をぐいっと引っ張って抱き寄せるとキスをくり返す。
この女はNYに来て初めて真剣に愛した女だ。どうしても手放したくない。
ダニーの別れの決意はまたもやあっさりと崩れた。
ジェニファーを見送った後、シーツに残った血液の染みをそっと指でなぞり、
しばらくそうしてから引っ剥がして洗濯機に放り込んだ。
窓を開けて空気を入れ替え、新しいシーツを敷く。
「オレ、あかんわ」
パリッとしたシーツの上に寝転んだまま、ダニーは独り言を言った。
独り言なのにきっぱりと室内に響いた声がきまり悪い。
さっきまで横にいた、二歳年上の女のことを思い出しながら枕に顔を埋めた。
ダニーは、どんどんジョージにのめりこんでいく自分が止められなくなっていた。
屈託のない柔らかい笑顔、すました時の整った顔、自分のペニスを一生懸命咥える時の一心不乱の顔、すべてが忘れられない。
まずいわ、俺、恋に落ちたのかも。
アランと暮らしながら、マーティンとも付き合っている上にジョージに惹かれている自分の浮ついた性分が許せない。
しかし、もう始まってしまったことなのだ。ダニーはため息をついた。
ランチをマーティンと一緒に食べながらも、話がはずまない。
「ねぇ、ダニーってば、どうしたの?元気ないじゃん」
マーティンがピザ・マルゲリータをぱくつきながら、話しかけてきた。
「何でもあらへん」
「そんな事ないよ、ダニーがため息沢山ついてるの聞こえるもん」
「気のせいやろ、俺はこの通りピンピンしてるで」
ダニーは力こぶを作ってみせた。
「ふーん、それならいいけどさ」
マーティンは腑に落ちない顔をしながら、最後のピザの一片を口に運んだ。
ジョージは自分からは決して連絡してこない。
いつもダニーが連絡して、食事をし、ジョージのアパートに行く。
怪しまれないように、最近は泊まらないようにして、アランのアパートに帰っていた。
アランとのセックスも、マーティンの家で見た怪しい蛇ローションのおかげで、充実している。
俺、欲張りすぎなんや。
隣りで静かに眠っているアランの横顔を見ながら、ダニーはまたため息をついた。
張り込みだと偽って、ダニーはジョージに連絡を取った。
「ダニー!今日は遅番だから、11時になら会えるけどいい?」
「ああ、ブルー・バーで待ってるわ」
「わかった。仕事終わったらすぐに行くね」
ブルー・バーで、カクテルを重ねながら、ダニーの心は揺れていた。
ジョージとの付き合いは、まるでよくつくす女との付き合いのようだ。
いずれ飽きるのだろうか。今は、考えられない。
エリックが用意してくれたつまみの小エビのフリッターを口に運びながら、ダニーは考えていた。
「お待たせ!」
ジョージが11時ちょっとすぎにやってきた。
息が切れている。タクシー降り場から走ってきたのが明白だ。
「そんなに焦らんでも、大丈夫やのに」
「だって、ダニーを待たせちゃ悪いでしょ」
ジョージはジントニックを頼みながら答えた。
「飯まだなんやろ?一風堂にでも行くか?」
「うん、僕、あそこ気に入っちゃった。行きたいな」
甘えるように答えるジョージが可愛い。
二人は、チェックを済ませリトル・ジャパンでラーメンを食べた。
いつものようにチャーシューをおつまみにビールで乾杯をする。
スペシャルを頼み、お代わりの替え玉を1枚ずつ頼んだ。
「今日は食べないのな」
「うん、今日は顧客がランチに招いてくれたからお昼が多かったんだ」
ダニーは急に気になった。
「お前、そういう事多いん?」
「そんな事ないよ、それにおじーちゃんだから心配しないで」
ジョージは笑った。
俺、何ヤキモチ焼いてんのやろ。
ダニーは自分の心の動きに驚いていた。
ラーメンを食べ終わり、ジョージの部屋に急ぐ。
二人でシャワーを浴びて、ベッドに移動した。
ジョージがダニーのバスローブを脱がせ、ペニスを咥える。
すぐに息があがり、イキたくなるダニー。
「お前、上手すぎや、俺もうだめ」
「いつでもイっていいから」
ジョージはフェラチオを止めない。
ダニーは「あぁ〜」とあえぎながら、身体を弛緩させた。
「ダニーのは、いつも美味しいから好きだ」
ジョージが顔をあげて満足そうに言う。
「さぁ、入れてくれ」
「いいの?」
ジョージは必ず前に尋ねる。
「ああ、お前がほしいんや」
ジョージはごそごそローションを取り出して、自分に塗布すると、ダニーの中にも優しく塗りこんだ。
「ダニーってバイなのに受けが好きなんだね?」
「お前と付き合うようになってからやで」
ダニーは自分の嗜好の変化にも驚いていた。
今は、ジョージの圧倒的な力に抑え込まれたい。
そういう欲求が生まれている。
ジョージがいつも同様そろりと入ってきた。挿入はいつもソフトだ。
その後、絶対的な力でダニーを征服する。
ジョージが動き出した。
「あぁ、ええわ」
ダニーは悶えながら腰を動かした。
ジョージは、柔らかく腰を動かし「あぁ、ふぅうう」といいながら果てた。
「ダニーの中っていつも熱くて蠢いているから、僕、我慢が出来ないよ」
ジョージが笑う。
「俺もや、お前が入ってきたら、俺、もう、降参や」
二人は笑いながら、キスを交わした。
ダニーはシャワーを浴び、タクシーを呼んでもらった。
「いつも慌しくてごめんな」
「いいよ、アランといるの知ってるから。それでも僕はいいんだ」
ジョージはコントレックスの瓶を渡しながら答えた。
「マーティンと寝てても構わない。僕はダニーが大好き。この気持ちを継続させて」
ダニーは瞬間答えられなかった。
「ごめんな、俺って悪い男やな」
「いいんだよ、全部ひっくるめてダニーが好きだから」
タクシーが来た。
ダニーはジョージの唇にキスをすると「また、連絡するわ」と言って、アパートを出た。
ジョージ、まるで麻薬のようや。こんなにつくされたことなんて、正直、女との付き合いでもない。
ダニーは、アッパーウェストに向かいながら、ぼんやり考えていた。
マーティンは久しぶりにニックに呼び出されて、アパートを訪れた。
インターフォンを鳴らすと、「入れよ」という声が聞こえた。
シーンとしている室内。いつもはロックが流れているのに静かなのが不気味だ。
「ニック、マーティンだよ!」
ベッドルームからニックが降りてきた。半裸の肢体がまぶしい。
「アンドリューは?」
「また母親のところに帰した。俺といるとあいつにいい影響を与えられない感じがしてさ」
やさぐれているニックが心配だ。
「ニック、どうしたの?ご飯でも食べに行こうよ。どうせ食べてないんでしょ?」
「お前は勘がいいな。あぁまたアルコールを常食にしてる俺だ。何か食わせてくれ」
「わかった、じゃあ、出かける用意して」
マーティンが待っていると、ニックはTシャツの上にレザーのジャケットを羽織って出てきた。
「そんな薄着で大丈夫?」
「ああ、何食わせてくれる?」
「リトル・ジャパンのヌードルショップに行こうよ」
「面白そうだな」
二人はフェラーリで出かけた。
パーキングに止めて、少し歩く。
「寒くない?」
「大丈夫だよ、お前が一緒だから」
珍しく一風堂にすぐ入ることが出来た。
カウンターに通されて、ニックは驚いている。
マーティンは「注文はまかせてね」と言って、スペシャル2つにチャーシューご飯とビールを頼んだ。
「どうして食べなくなっちゃったの?」
マーティンが尋ねる。
「またスランプだよ。俺、もしかしてうつ病かな?定期的に何も出来なくなるんだ」
片頬で皮肉っぽく笑う。
「そしたら、アランのとこに行ったら?」
「あいつんとこか?相性悪いからなぁ」
ニックは頭をかいた。
「でも新しい精神科医探すより楽じゃん、アランだってプロだから何か助けてくれるって」
「お前、予約してくれるか?」
「うん、わかった」
マーティンはニックの役に立つのが嬉しかった。
店主がおずおずとサイン色紙を持って現れた。
「サインお願いできますか?」
「ああ、いいよ」
ニックはしゃーしゃーと「ジョシュ・ホロウェイ」と書いた。
「ちょっと!」
マーティンが制する。
「いいんだよ、兄貴も気にしないさ、どうせハワイだし」
マーティンは、ニックの感情が荒れ果てているのが心配になった。
今日は一緒にいよう。そう思った。
食事が終わり、ニックは、「なぁ、俺の友達のライブがあるんだけど行くか?」と聞いてきた。
「ロック?」
「当たり前だろ、ぜひ来いって言われて断れなかったんだよ」
「いいよ」
二人はバウリー・ボールルームに向かった。
パーキングに車を預け、VIPパスで中に入る。
「何てバンドなの?」
「カサビアンってイギリスのバンドだよ、ベルリンで奴らの雑誌取材の写真を撮ったんだ」
「ふうん」
「サージってギターの奴がいい奴なんだよ、紹介するな」
「うん」
ライブは佳境だった。
オーディエンスがボーカルに煽られて手拍子している。
人が宙を舞っている。ものすごい盛り上がりだった。
ライブが終わり、楽屋で待っていると、汗だくのメンバーが戻ってきた。
ニックの顔を見ると、皆、ハグしにやってくる。
「マーティン、紹介するよ、ボーカルのトムだ」
「よー、スーツ。楽しかったか?」
「あ、はい」
「それとサージ、セルジオっていうのが本当の名前なんだ」
「始めまして」
急に強くハグされてマーティンは驚いた。
汗とフレグランスの匂いがマーティンを刺激する。
「気をつけろよ、マーティン、こいつ、いい男と女には目がないから」
サージは照れたように笑った。
名前からしてイタリア系なのだろう。魅力的な男だった。
シャンパングラスを受け取り、乾杯を繰り返す。
今日のライブは大成功のようだった。
セルジオがニックを呼びとめ、次のシングルジャケットの写真の話をしている。
マーティンは、どぎまぎしながら、シャンパンを飲んでいた。
トムが「おい、スーツ、やるか?」と白い粉を持ってきた。
「あ、僕、それはだめなんだ」
「そんな、まじに生きてても楽しくないぜ」
ニックが戻ってきた。
「これからアフター・パーティーやるらしいけど、お前は嫌だろう?」
「うん、僕、苦手」
「じゃあ家に帰ろう」
ニックがパーティーを断るなんて意外だった。
二人は家に戻った。
さっきの元気がウソのようにまた落ち込むニック。
ソファーで頭をかかえるニックを優しく抱き締めた。
「ねぇ、ニック、今日は一緒にいるから、落ち込まないで」
「あぁ、俺の天使、そうしてくれるか?」
マーティンはニックの肩を抱きながら、ベッドルームに上がっていった。
ベッドで枕に顔を伏すニック。
マーティンは、ニックのジャケットとTシャツ、ジーンズ、靴下を脱がせ、トランクス一枚にした。
「パジャマどこ?」
「俺はいつも裸だよ」
くぐもった声が聞こえる。
マーティンはヒーターの温度を少し上げ、自分もスーツを脱いで、
トランクス一枚でニックの横に身を横たえた。
ニックの逞しい背中を優しく撫で続ける。
「何もいらない?」
「・・コカインが欲しい」
「だめだよ、ニック!それだけはやらないで!」
「お前だけだよ、俺の事を心配してくれるのは」
ニックは急にマーティンの方を向くと、ぎゅっとマーティンの身体を抱き締めた。
「もう寝ようよ」
マーティンの声とほぼ同時に、ニックの寝息が聞こえてきた。
マーティンは、抱き締められたまま、目を閉じた。
ぐっすり眠っていたダニーは、ベッドが大きく揺れて目覚めた。
薄目を開けると茶色の髪が鼻先でふわふわしていてかゆい。
「ダニィ、いつまで寝てるのさ」
マーティンが体をぴったりくっつけてきてうざったい。髪でくしゃみが出そうになる。
「んー、もうちょっと」
「だーめ、もうお昼過ぎてるんだよ」
「・・うるさいなぁ、休みの日ぐらいゆっくり寝かせろや」
ダニーは反対側を向いて布団をかぶったが、すぐに布団をはがされてしまう。
「何すんねん!寒いやろ!」
「こっち向いてよ。僕、寂しいよ」
「しゃあないなぁ、ええけどじっとしとけ。そや、iPodやったらそこにあるで。一緒に聴こう」
ダニーはマーティンを抱き寄せた。マーティンは腕の中でiPodをいじりながらおとなしくしている。
「ねえ、これダニーのだよね?」
エリック・クラプトンに聴き入っていると、マーティンが不思議そうにきょとんとして顔を見上げた。
「なんで?」
「だってさ、さっきからヘンなのが混じってるよ。ヴァネッサ・ウィリアムズなんて入ってたっけ?ジャミロもなくなってるしさ」
「ほんま?おかしいな、間違えて消したんかな・・・」
ダニーが見てみると、このiPodは自分のではなくジェニファーのだった。どうやら間違えたらしい。
「ほんまや、あらへんな。あとで入れとくわ」
ダニーは気取られないように言いながら適当に曲を選んだ。
「あっ、ビヨンセはいいよね。この曲好き」
マーティンはビヨンセに気をとられている。ダニーはほっとしながら目を閉じた。
うとうとしていると、またマーティンが揺さぶってきた。
無視しているとペニスを扱いていたずらしてくる。
「ダニィ」
「ちょっと待て、おしっこしたいんや」
ダニーの尿意は限界で今にも漏れそうだ。慌ててベッドを飛び出した。
マーティンがけたけた笑いながらついてくる。
用を足していると、後ろから手を回してペニスを支えながら背中に甘えてきた。
ダニーは手を放してマーティンにまかせる。全て出し終えると向き直ってキスをしてやる。
「起きた?」
「ああ」
「あーよかった。また寝るって言われたらどうしようかと思っちゃった」
マーティンはにっこりするとダニーにしがみついた。あどけなさにつられ、ダニーもにっこりしながらしっかり抱擁を返す。
「今日はどこかに行くの?」
「いや、予定はないんや。どっか行きたいんか?」
「ううん、ダニーと一緒にいられたらそれでいいよ。もちろんダニィが起きてたらの話だけどね」
青い瞳でまじまじと見つめられ、ダニーは苦笑してマーティンの髪をくしゃっとした。
「わかった、出かけよう。家にいてたらまた寝てまうかもしれん」
ダニーは顔を洗って髪をぬらし、寝癖をささっと手櫛で整えた。鏡を見て今日は髭は剃らないことに決める。
「よし、あとは着替えるだけや」
「ねえ、髭は剃らないの?」
「今日はいいんや」
「朝ごはんは?」
「そやな、牛乳だけ飲むわ。どっかで食べよう」
外はよく晴れていて空が高いが空気は冷たい。
ベッドに戻りたい気持ちを押さえつけて地下ガレージまで降りた。
車に乗ると、マーティンが指を絡めてきた。しっかり握り返して車を出す。
ブルックリンブリッジを寒そうに歩く人々の横を通り抜け、とりあえずソーホーを目指す。
マーティンは楽しそうに窓の外を眺め、目につくものにいちいち喜んでいる。
「ねえ、帰りにヴェスビオ・ベーカリーに寄ろうよ」
「ええよ。お前はあそこのパン好きやもんな」
「ん、大好き」
きっぱりと答えるマーティンの単純さが好ましく思えた。
ガラスばりのカフェでシュリンプサンドを食べた後、MOMAデザインストアで月の満ち欠けカレンダーを買ってやった。
マーティンはこれでいつ満月になるかわかると大喜びしている。
満月の日は一緒に過ごして月を眺めるのだと、勝手に思い描いて楽しそうに笑った。
子どもじみた考えだが、ダニーもそうするのはいい考えだと思った。自分も月を眺めるのは好きだ。
ベッドに寝転んで見るのかと訊ねると、瞬時に頬を紅潮させたのがかわいい。
マーティンの世界は自分なしには成り立たないのだ。
なんとなく満ち足りた気分になりながら、ダニーは小さく微笑んだ。
979 :
fusianasan: