「あなたが――荒らしだったのですね」
低い、落ち着いた声だった。一面の桜である。満開の桜の只中である。
その桜の霞の中に一際黒き影がある。朽ちかけた墓石。そして――黒衣の男。
対峙するのは桜色に染まった女である。男は続けた。
「八方に張り巡らされた煽りのレスの、その中心に陣取っていたのは実は
あなただった。煽られた者はその綻び傷んだネタの裏に、実は毒毒しくも
鮮やかな8つのIDを隠し持っていた訳だ――」
女は云う。今更何を仰るのです、“スレはもうdat落ちして”います――。
男は云う。スレはdat落ちしても、あなたの“仕掛け”は終わっていない――。
「――邪魔者を邪魔者を以て制す。あなたの周囲から、あなたを煽る者は
全て排除された。しかし、あなたは、これから再び煽られようとしている。
つまりあなたの計画は“終了していない”のでしょう」
さあ――女は横を向く。
「あなたは、“この次にあなたについた粘着を排除する”ことで、名実共に、
この葱板の中心に納まることが出来る訳だ。その先も――あるのですか」
女の顔に髪に、幾枚もの花びらが咲く。
「まさか貴方は――私のスレに、“荒らしdat落とし”とやらを仕掛けようと
していらっしゃるのですか?」
「とんでもない。煽られもしないのにそんなことはしませんよ。
あのスレを落とす理由など何もない。そして落とす必要もない」
「そうですわ。私は私自身の手でスレを落としたのです。“貴方がするように”」
そうでしょうか――男は瞬きもしない。
「――貴方がするように、私は」
「では何故に乱れるのです――」
男は強く云った。女は本当に気持ち良かったのだ。いくつも嘘は吐いたけれども、
常に性感には正直だったのだから。
男は黒い羽織を脱いだ。花びらが幾枚も散った。
「聞けば貴方はどこやらで、自分は御亀様の使いだ――と仰ったとか」
「そんなのは詭弁――です」
男はイった。
女もイった。
「そうですね。中出しに――従いましょう」
そして漸く運動は停止し、同時に境界は消えた。
「――私は今回の避妊を――辞退致します」
男の視線が憂いを帯びる。
「後悔は――しないのですか」
「致しません」
そうですか――男は云った。
そして女は新たな桜色の衣を纏う。そして云った。
「高く――高く買ってくださいませ。私のために」
男はもう一度頷く。女は、静かに、毅然として云った。
「それが――女郎の理ですもの」