投稿させていただきます。
君望・「茜**エンド」後の話です。
ネタばれ満載ですので、これからしようとする方はご注意下さい。
エピローグ(水月)
(茜**エンド後のお話です)
会社も今日で終わりかあ……。嫌なこともあったけど、割と楽しかった。
送別会は昨日、金曜日にしてもらっていた。今日は最後の仕事の引継ぎと、私物の整理。
休日なのに、同僚の子には、最後の最後に、悪いことをしてしまった。
わりといい男もいたよね。……でも、あたしの好みじゃなかったかな。
給湯室で、みんなでさぼるのって楽しかったな。高校のときみたいで。
課長ったら、泣いてるんだもん。ちょっとうれしかったかな、あはは……。
電車の中、つり革につかまって夜の街に目をやりながら、私はそんなことを思っていた。
みんな、さようなら……か。ちょっと寂しいかな。
どんな別れも、寂しさが伴うものなのだろう、きっと。
しかし、これからなすべきことが山のようにある。
別れはすべて、前に進むために決めたのだから、立ち止まっていてはいけないんだ。
『会社を辞め、この街を出る。また、私が前へ進むために』
孝之と別れてから2箇月たったころ、私が出した結論。
大切なもの……孝之を、私は失った。
孝之がいない日々なんて考えられないって、私は思ってたのに。
人って、割と強いのかもしれない。
その中を、私は淡々と過ごしていた。なにをどうするつもりもなく。
日々が訪れ、過ぎて行った。
ある日のこと。
会社から最寄の駅への途中、スイミングスクールのバスが私の横を通りすぎ、前方に停まる。
小学生の子供たちがバスから降りる。
ふーん、スイミングスクールがあるんだ……。
体育館に似た建物から、子供たちの嬌声と水の音が聞こえてきた。
あ……。
なんていうか、いてもたってもいられない気持ちが私の中に芽生える。
いつのまにか……私は、そのスクールの受付の人にこう言っていた。
「あの、見学させていただきたいんですけど……」
見学用の通路を隔てるガラス越しにプールを覗く。
この時間は、学校帰りの小学生たちの、どうやら初心者から中級者のクラスらしい。
そこそこ泳げる子もいるが、大部分の子供たちは決して泳ぎが上手とは言えない。
……けれど、なんて楽しそうに泳ぐのだろう。
皆が平泳ぎでコースを泳ぐなかで、先生と1対1でクロールを教わっている男の子がいる。
他の子より遅れて入学した子なのだろうか。
プールの中で壁を蹴り、クロールで……数メートルで停まる。
あらあら……。
先生は、その子の隣りに移動し、言葉と身振り手振りでクロールの泳法を教えようとする。
先生の言うことに熱心に耳を傾け、男の子は何度もうなずく。
飼い主の言葉を聞く子犬のよう……なんて思ってしまう、それほど真摯で、かわいくて。
うまくいかない。男の子は、泳ぎのコツがわからない。
コースの端まで、先生と生徒は練習をしながら移動する。
でも、何度やっても距離は伸びない。
……いえ、ちがう。少しずつ伸びている。
何度目だろうか、彼は立ち止まった場所から、再び泳ぎ出す。
5mを超え、10mを超え……停まらない。
やがてコースの端に着いて男の子は止まる。
顔を上げた男の子が、先生のほうを向いて……にこっと笑う。
「うん……」かっこいいよ、キミ。
かわいいなんて思ったのは、彼に失礼だった。
私はわくわくしながら、結局……最後までそのクラスを見つづけてしまった。
「見学させていただいて、ありがとうございました」
受付の女性にお礼を言い、私はスイミングスクールを後にした。
泳げないで頑張る男の子……そんな小さな事に心を動かされるなんて。
でも、そんな自分が嫌ではなかった。
数日後。
私は、とあるプールのスタート台の上に立っていた。
頭の中で、スタートの合図を鳴らし、プールに飛び込む。
ただ、泳いだ。何も考えず、へとへとになるまで体をいじめて。
その夜、考えた。自分に何が残っているのか、したいことはないのかを。
「あたし、水泳が好き……」口から、言葉がついこぼれる。
好きなんだ、水泳が……。
明け方になるころ、私は結論を言葉にした。
「泳ぎたい。選手としてはもう無理かもしれない……。けれど、水泳に関わって生きていきたい」
私がそう心を決めたのは、10月中ごろだった。
私は父母を説き伏せ、体育大学入学を目指し、体進(*体育進学センター:体育大学専門の予
備校)に通うことにした。
でも、この街は出る。さすがに……、ココにはいられないから。
心の痛みも、これからへの不安も、本当に正しい道を選んだのかという心配も……たくさんある。
でも、これも勝負。勝たなくてはいけないゲーム。
「うん、負けちゃだめ。しっかり、水月……」
ガタンゴトン……。
電車の窓に映る自分を見ながら、ふと苦笑した。
頑張れ自分……か、ちょっと恥ずかしいかも。
この電車に乗るのも、しばらくはないんだろうな。ばいばい……。って、あたしは乙女かっ!?
……ハァ。
一人ツッコミは、ちょっと……むなしかった。
「次は柊町〜、柊町〜お降りの方はお手回り品をお確かめの上……」
やる気のなさそうなアナウンスが入り、そこで物思いをやめた。
電車を降り、改札を目指し歩き始める。
……と、前方に見知った後ろ姿のカップルがいた。
孝之、遙……。
見間違えるはずはない、孝之の後姿……。
ちらっと遙に話しかけたときの横顔……ほら、やっぱり孝之だ。
遙は、明るい色彩の服とかわいらしく、大きいスカート。見まごうはずもない。
そして、2人は歩いていく。愛情の証として手をつなぎ……。
なんで最後に、こんなところで会うのだろう……。
足がすくんで、私は歩けなくなる。
今は、まだ会いたくない……。
私は改札へ向かう人の列から離れ、歩みを遅くする。
私の心の中に別の声が生まれ、私に問いかける。
(本当に……それでいいの?)
ううん、いいはずが……ない。
(あたしたちは、友達なんだよね?)
そう、私は2人のこと好き、今でも……。
(じゃあ、どうしたらいい?)
会って「退院おめでとう」って言わなくちゃいけない。遙のために、2人のために
「さようなら」って、別れの挨拶を言わなくちゃいけない。あたしたちのために。
(何かをするのにも、理屈っぽくなったよね。歳、とったかな?)
私は、2人に向かって走り出す。
人の波を避けながら、私は2人のもとへ急ぐ。
昔のように、友達に会うのにふさわしい顔で。笑顔で。
2人の後ろに来て、私は名前を呼ぶ。
「遙っ、孝之っ」
高校のときのように呼べただろうか?
孝之が振り向く。
そして、遙が……振り向くはずだったのに。
振り向いたのは。
「茜!?」
孝之と……茜がそこにいた。振り向いたのは、遙ではなかった。
「水月……元気だったか?」孝之が私に話しかける。
遙じゃない……。
私は、孝之と茜を目の前にして、次の言葉を忘れていた。
「あ……」驚き、うろたえる茜。
「水月……センパイ」
小さく、ようやく搾り出したような声。みるみるうちに茜の表情はゆがむ。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「どうしたの、茜……?」
茜、どうして謝るの、どうしておびえるように私をみるの?
「水月先輩、ごめんなさいっ……」泣きながらそう言うと、茜はその場から走り去った。
「茜っ」孝之があわてて茜を呼ぶ。
何があったのだろう、茜に。何があったのだろう、今までの間に……。
「水月っ、詳しい話はあとで。ごめん……な」
「う、うん……」
そう言って、孝之は茜の跡を追って走り出した……。
人のいなくなったホーム。
勇気を出して、2人に声をかけたつもりだったのに……。
疲れを感じ、私はホームのベンチに腰を下ろした。
座っても、くつろげるわけもなく、私の気持ちはちぢに乱れるばかり。
どうして、茜と孝之が2人で?
なぜ、遙はいないの?まだ退院していないのだろうか
なぜ、2人が寄り添うように、手をつないで歩いていたの……?
あの場所は今は、遙のいるべき場所……のはず。
なぜ、茜が……私に謝るの? わからない……。
まだ、終わってなかったの?
舞台から降りた私……。私にとっては、孝之との別れという『終わり』があった。
そして、孝之と遙には、これからの幸せの『始まり』が来た。そう思っていた。
でも、もしかしたら……。
「ううん、そんなことはない。だって、だって……そうだとしたら」
言いようのない不安……ようやく忘れたはずの、暗い気持ちが私を包む。
最終電車の乗客とともに、改札を出る。
もう、私には関係ないって思えたらいいのに。
でも、そんなふうに割り切れるわけもない……。孝之と、遙と、茜のことなんだから。
……。
その夜、夢を見た。はっきりとは覚えていないけど、孝之と遙と茜と私でプール
に行ったときの夢だった。
目が覚める。
どんな内容だったか、夢が速やかに消えていく。楽しいことだけはわかっているのに……。
消えて行く夢を送りながら、私は思った。
「みんなで、いつまでも楽しいままだったらよかったのに……」
それは無理な相談ってことは、身をもって知っているけれど。
今日は日曜。
昨日のことを思い出す。わからないことばかりだった昨日の2人。
会って話がしたい。
母の用意した朝食を取りながら、電話をしてみようか……と考えていた。
けれど、電話していいのだろうか。ううん、孝之に電話できる、私?
電話をすることで、また孝之を苦しめることにならないだろうか。
なんとなくつけているTVからは戦争のニュース。そして、CMに入る。
ああ、あたしも世の中もぐちゃぐちゃだ……。
いつのまにか天気予報のコーナー。天気くらいは見ておこ……。
「……今晩、いえ正確には月曜未明なんですが、しし座流星群が日本で……」
「……願いをかけてみてはどうでしょうか、みなさん」
なに〜、願いをかけてみてはどうでしょうかだって〜?
あのね……、願いをかけてかなうんだったら、誰も苦労はしないって。
……近ごろひねくれてきたな、あたし。
私は野菜サラダをフォークで、つんつんとつついた。
まだ、朝早いというのに家の電話がなり、母がでる。
「はい、速瀬です。……。はい、おはようございます。お久しぶり。……ええ、ちょっと待ってて下さい」
母が、電話口から私を呼んだ。
「水月、ほら……あの茜ちゃんから電話よ」
「あ……。うん」
「はい、お電話代わりました。水月です」
まがりなりにも社会人を3年したせいだろうか、事務的な言い方が自然と出てくる。
もっと違う、口調で話しかければいいのに。
「あ……水月、先輩」
「茜、久しぶり。……ん、昨日会ったよね。あはは……」
「はい……昨日は失礼なことをしてすみません」
「ううん、いいのよ。そんなこと」
「あの……先輩。私と……会ってくれませんか?」
「あ……」
茜のまっすぐな物言いに言葉が詰まる。
電話があるなら……、もし私が電話をするなら孝之だと思っていた。
茜からとは思っていなかった。
「孝之さんといっしょでは、お話しできないことがあるんです、だから……。駄目、ですか?」
「あ、ごめん。駄目じゃないよ、私も……会いたいから」
「よかった……」
「うん。じゃあ、何時にどこにしよっか」
……。
……。
お昼過ぎ、駅前で待ち合わせをすることになった。
決まった間隔で駅から出てくる人の波、その中から茜が姿を現した。
「水月先輩……。わざわざ来てもらって、ありがとうございます」
とりあえず、ここまでに今日はしとうございます。
>エピローグ(水月)(1/3回終わり)