SS投稿スレッド@エロネギ板

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628名無しさん@初回限定
投稿させていただきます。
君望・「茜**エンド」後の話です。
ネタばれ満載ですので、これからしようとする方はご注意下さい。
629エピローグ(水月)1:01/11/21 02:19 ID:LroGiir8
エピローグ(水月)
(茜**エンド後のお話です)

 会社も今日で終わりかあ……。嫌なこともあったけど、割と楽しかった。
 送別会は昨日、金曜日にしてもらっていた。今日は最後の仕事の引継ぎと、私物の整理。
 休日なのに、同僚の子には、最後の最後に、悪いことをしてしまった。

 わりといい男もいたよね。……でも、あたしの好みじゃなかったかな。
 給湯室で、みんなでさぼるのって楽しかったな。高校のときみたいで。
 課長ったら、泣いてるんだもん。ちょっとうれしかったかな、あはは……。
 電車の中、つり革につかまって夜の街に目をやりながら、私はそんなことを思っていた。
 みんな、さようなら……か。ちょっと寂しいかな。
 どんな別れも、寂しさが伴うものなのだろう、きっと。

 しかし、これからなすべきことが山のようにある。
 別れはすべて、前に進むために決めたのだから、立ち止まっていてはいけないんだ。
『会社を辞め、この街を出る。また、私が前へ進むために』
 孝之と別れてから2箇月たったころ、私が出した結論。

 大切なもの……孝之を、私は失った。
 孝之がいない日々なんて考えられないって、私は思ってたのに。
 人って、割と強いのかもしれない。
 その中を、私は淡々と過ごしていた。なにをどうするつもりもなく。
 日々が訪れ、過ぎて行った。
630エピローグ(水月)2:01/11/21 02:22 ID:LroGiir8
 ある日のこと。
 会社から最寄の駅への途中、スイミングスクールのバスが私の横を通りすぎ、前方に停まる。
 小学生の子供たちがバスから降りる。
 ふーん、スイミングスクールがあるんだ……。

 体育館に似た建物から、子供たちの嬌声と水の音が聞こえてきた。
 あ……。
 なんていうか、いてもたってもいられない気持ちが私の中に芽生える。
 いつのまにか……私は、そのスクールの受付の人にこう言っていた。
「あの、見学させていただきたいんですけど……」

 見学用の通路を隔てるガラス越しにプールを覗く。
 この時間は、学校帰りの小学生たちの、どうやら初心者から中級者のクラスらしい。
 そこそこ泳げる子もいるが、大部分の子供たちは決して泳ぎが上手とは言えない。
 ……けれど、なんて楽しそうに泳ぐのだろう。

 皆が平泳ぎでコースを泳ぐなかで、先生と1対1でクロールを教わっている男の子がいる。
 他の子より遅れて入学した子なのだろうか。
 プールの中で壁を蹴り、クロールで……数メートルで停まる。
 あらあら……。
 先生は、その子の隣りに移動し、言葉と身振り手振りでクロールの泳法を教えようとする。
 先生の言うことに熱心に耳を傾け、男の子は何度もうなずく。
 飼い主の言葉を聞く子犬のよう……なんて思ってしまう、それほど真摯で、かわいくて。

 うまくいかない。男の子は、泳ぎのコツがわからない。
 コースの端まで、先生と生徒は練習をしながら移動する。
 でも、何度やっても距離は伸びない。
 ……いえ、ちがう。少しずつ伸びている。

 何度目だろうか、彼は立ち止まった場所から、再び泳ぎ出す。
 5mを超え、10mを超え……停まらない。
 やがてコースの端に着いて男の子は止まる。
 顔を上げた男の子が、先生のほうを向いて……にこっと笑う。
631エピローグ(水月)3:01/11/21 02:24 ID:LroGiir8
「うん……」かっこいいよ、キミ。
 かわいいなんて思ったのは、彼に失礼だった。
 私はわくわくしながら、結局……最後までそのクラスを見つづけてしまった。

「見学させていただいて、ありがとうございました」
 受付の女性にお礼を言い、私はスイミングスクールを後にした。
 泳げないで頑張る男の子……そんな小さな事に心を動かされるなんて。
 でも、そんな自分が嫌ではなかった。

 数日後。
 私は、とあるプールのスタート台の上に立っていた。
 頭の中で、スタートの合図を鳴らし、プールに飛び込む。
 ただ、泳いだ。何も考えず、へとへとになるまで体をいじめて。
 その夜、考えた。自分に何が残っているのか、したいことはないのかを。
「あたし、水泳が好き……」口から、言葉がついこぼれる。
 好きなんだ、水泳が……。
 明け方になるころ、私は結論を言葉にした。
「泳ぎたい。選手としてはもう無理かもしれない……。けれど、水泳に関わって生きていきたい」
 私がそう心を決めたのは、10月中ごろだった。

 私は父母を説き伏せ、体育大学入学を目指し、体進(*体育進学センター:体育大学専門の予
 備校)に通うことにした。
 でも、この街は出る。さすがに……、ココにはいられないから。
 心の痛みも、これからへの不安も、本当に正しい道を選んだのかという心配も……たくさんある。
 でも、これも勝負。勝たなくてはいけないゲーム。
「うん、負けちゃだめ。しっかり、水月……」

 ガタンゴトン……。
 電車の窓に映る自分を見ながら、ふと苦笑した。
632エピローグ(水月)4:01/11/21 02:25 ID:LroGiir8
 頑張れ自分……か、ちょっと恥ずかしいかも。
 この電車に乗るのも、しばらくはないんだろうな。ばいばい……。って、あたしは乙女かっ!?
 ……ハァ。
 一人ツッコミは、ちょっと……むなしかった。

「次は柊町〜、柊町〜お降りの方はお手回り品をお確かめの上……」
 やる気のなさそうなアナウンスが入り、そこで物思いをやめた。

 電車を降り、改札を目指し歩き始める。
 ……と、前方に見知った後ろ姿のカップルがいた。
 孝之、遙……。
 見間違えるはずはない、孝之の後姿……。
 ちらっと遙に話しかけたときの横顔……ほら、やっぱり孝之だ。
 遙は、明るい色彩の服とかわいらしく、大きいスカート。見まごうはずもない。
 そして、2人は歩いていく。愛情の証として手をつなぎ……。

 なんで最後に、こんなところで会うのだろう……。
 足がすくんで、私は歩けなくなる。
 今は、まだ会いたくない……。
 私は改札へ向かう人の列から離れ、歩みを遅くする。

 私の心の中に別の声が生まれ、私に問いかける。
(本当に……それでいいの?)
 ううん、いいはずが……ない。
(あたしたちは、友達なんだよね?)
 そう、私は2人のこと好き、今でも……。
(じゃあ、どうしたらいい?)
 会って「退院おめでとう」って言わなくちゃいけない。遙のために、2人のために
「さようなら」って、別れの挨拶を言わなくちゃいけない。あたしたちのために。
633エピローグ(水月)5:01/11/21 02:26 ID:LroGiir8
(何かをするのにも、理屈っぽくなったよね。歳、とったかな?)
 私は、2人に向かって走り出す。
 人の波を避けながら、私は2人のもとへ急ぐ。
 昔のように、友達に会うのにふさわしい顔で。笑顔で。

 2人の後ろに来て、私は名前を呼ぶ。
「遙っ、孝之っ」
 高校のときのように呼べただろうか?

 孝之が振り向く。
 そして、遙が……振り向くはずだったのに。
 振り向いたのは。

「茜!?」
 孝之と……茜がそこにいた。振り向いたのは、遙ではなかった。
「水月……元気だったか?」孝之が私に話しかける。
 遙じゃない……。
 私は、孝之と茜を目の前にして、次の言葉を忘れていた。

「あ……」驚き、うろたえる茜。
「水月……センパイ」
 小さく、ようやく搾り出したような声。みるみるうちに茜の表情はゆがむ。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「どうしたの、茜……?」
 茜、どうして謝るの、どうしておびえるように私をみるの?
「水月先輩、ごめんなさいっ……」泣きながらそう言うと、茜はその場から走り去った。
「茜っ」孝之があわてて茜を呼ぶ。
634エピローグ(水月)6:01/11/21 02:28 ID:zkW/Buwn
 何があったのだろう、茜に。何があったのだろう、今までの間に……。

「水月っ、詳しい話はあとで。ごめん……な」
「う、うん……」
 そう言って、孝之は茜の跡を追って走り出した……。

 人のいなくなったホーム。
 勇気を出して、2人に声をかけたつもりだったのに……。
 疲れを感じ、私はホームのベンチに腰を下ろした。
 座っても、くつろげるわけもなく、私の気持ちはちぢに乱れるばかり。
 どうして、茜と孝之が2人で?
 なぜ、遙はいないの?まだ退院していないのだろうか
 なぜ、2人が寄り添うように、手をつないで歩いていたの……?
 あの場所は今は、遙のいるべき場所……のはず。
 なぜ、茜が……私に謝るの? わからない……。
 まだ、終わってなかったの?

 舞台から降りた私……。私にとっては、孝之との別れという『終わり』があった。
 そして、孝之と遙には、これからの幸せの『始まり』が来た。そう思っていた。
 でも、もしかしたら……。
「ううん、そんなことはない。だって、だって……そうだとしたら」
 言いようのない不安……ようやく忘れたはずの、暗い気持ちが私を包む。

 最終電車の乗客とともに、改札を出る。
 もう、私には関係ないって思えたらいいのに。
 でも、そんなふうに割り切れるわけもない……。孝之と、遙と、茜のことなんだから。
 ……。

 その夜、夢を見た。はっきりとは覚えていないけど、孝之と遙と茜と私でプール
 に行ったときの夢だった。
635エピローグ(水月)7:01/11/21 02:30 ID:zkW/Buwn
 目が覚める。
 どんな内容だったか、夢が速やかに消えていく。楽しいことだけはわかっているのに……。
 消えて行く夢を送りながら、私は思った。
「みんなで、いつまでも楽しいままだったらよかったのに……」
 それは無理な相談ってことは、身をもって知っているけれど。

 今日は日曜。
 昨日のことを思い出す。わからないことばかりだった昨日の2人。
 会って話がしたい。
 母の用意した朝食を取りながら、電話をしてみようか……と考えていた。
 けれど、電話していいのだろうか。ううん、孝之に電話できる、私?
 電話をすることで、また孝之を苦しめることにならないだろうか。

 なんとなくつけているTVからは戦争のニュース。そして、CMに入る。
 ああ、あたしも世の中もぐちゃぐちゃだ……。
 いつのまにか天気予報のコーナー。天気くらいは見ておこ……。
 「……今晩、いえ正確には月曜未明なんですが、しし座流星群が日本で……」
 「……願いをかけてみてはどうでしょうか、みなさん」

 なに〜、願いをかけてみてはどうでしょうかだって〜?
 あのね……、願いをかけてかなうんだったら、誰も苦労はしないって。
 ……近ごろひねくれてきたな、あたし。
 私は野菜サラダをフォークで、つんつんとつついた。

 まだ、朝早いというのに家の電話がなり、母がでる。
「はい、速瀬です。……。はい、おはようございます。お久しぶり。……ええ、ちょっと待ってて下さい」
636エピローグ(水月)8:01/11/21 02:31 ID:zkW/Buwn
 母が、電話口から私を呼んだ。
「水月、ほら……あの茜ちゃんから電話よ」
「あ……。うん」

「はい、お電話代わりました。水月です」
 まがりなりにも社会人を3年したせいだろうか、事務的な言い方が自然と出てくる。
 もっと違う、口調で話しかければいいのに。
「あ……水月、先輩」
「茜、久しぶり。……ん、昨日会ったよね。あはは……」
「はい……昨日は失礼なことをしてすみません」
「ううん、いいのよ。そんなこと」

「あの……先輩。私と……会ってくれませんか?」
「あ……」
 茜のまっすぐな物言いに言葉が詰まる。
 電話があるなら……、もし私が電話をするなら孝之だと思っていた。
 茜からとは思っていなかった。

「孝之さんといっしょでは、お話しできないことがあるんです、だから……。駄目、ですか?」
「あ、ごめん。駄目じゃないよ、私も……会いたいから」
「よかった……」
「うん。じゃあ、何時にどこにしよっか」
 ……。
 ……。

 お昼過ぎ、駅前で待ち合わせをすることになった。
 決まった間隔で駅から出てくる人の波、その中から茜が姿を現した。

「水月先輩……。わざわざ来てもらって、ありがとうございます」
637名無しさん@初回限定:01/11/21 02:33 ID:zkW/Buwn
とりあえず、ここまでに今日はしとうございます。
>エピローグ(水月)(1/3回終わり)