しえん
その壁を、Dパーツにて打ち破れるのではないか。
融合したものが、【自身】と判断されるのであれば、可能であるはず。
透子は一体化している漁船ごとのテレポートを、
しおりの沈む海域の上空2メートルの位置に設定し、
見事これを成し遂げたのである。
そして、もう一つの実験もまた。
船上で年甲斐も無く無邪気にはしゃぐ仲間の存在が、成功を証していた。
「おぉ!? これがトーコちんの瞬間移動か〜、すごいねぇ〜ふしぎだねぇ〜」
両手に投網を握った、カモミール芹沢である。
透子のテレポート能力では、人は運べぬ。
自身の手に余る荷物も運べぬ。
しかし、Dパーツで融合した機構が自身だと認識されたのであれば、
その機構に乗り込んでいる人や物資もまた、
自身の力にて持ち運べているのだと認識される筈である。
透子はそう推論し、そしてその推論は正しかった。
(これで、果し合いに於ける私の戦法の幅が広がった。
そして、私たちの勝利の確率も大幅に上昇するはず)
二つの実験の成功に、魂を振るわせることはなく。
十数度にまで傾く甲板にも次々と押し寄せる高波にも顔色一つ変えず。
透子は実験の先にある戦術に、思いをシフトさせてゆく。
その黙考は、数秒で遮られた。
手に持つ投網をぐるんぐるんと振り回す芹沢の言葉によって。
「トーコちーん、ぼーっとしてないでしおりちゃんの居場所を特定してよー。
早くしないと死んじゃうかもなんでしょ?」
シエン
そう。テレポートに関する実験とは透子個人の目的でしかなく。
主催者としての彼女たちの目的とは、瀕死のしおりの救助と確保なのである。
「んー……」
透子は芹沢の要請に従い、漁船との融合を解除。
変わりに無線室にある魚群探知機と融合し、周辺海域にソナーを放った。
反応は、漁船の直下であった。
「網すろー」
「はいはーい♪」
「うえいと10秒」
「おぅけぇー♪」
軽いノリで投網を楽しむ芹沢を尻目に、透子は再び漁船と融合。
ディーゼルエンジンを起動し、ぽんぽんと数メートル前進した。
「お、手応えあった。揚げるね、トーコちん」
《あー、そもそも、水揚げとは芸妓遊女が初めて客と寝所を共にすることを……》
「いやらしいのは、のー」
暇を持て余して付いて来たカオスの懲りない猥談を尻目に、
芹沢はえっさーほいさーと掛け声高らかに投網を地蔵背負いに引き上げる。
はたして彼女の手応え通り、網の底には身を丸めたしおりが掛かっていた。
引き上げた網を開き、しおりは甲板に鮪の如く水揚げされる。
「息してないねぇ…… ひょっとして、間に合わなかった?」
「のー、弱いけど心拍はある。仮死状態」
「じゃあ人工呼吸かな?」
《行けいカモちゃん! 波間に百合の花を咲かせてみせい!》
支援
しえん
なにやら考え事をしつつ呆けている透子を尻目に、
芹沢はしおりを仰向かせ、蘇生行動を開始した。
幕末動乱の時代に血で血を洗う抗争に明け暮れていた芹沢にとって、
心臓マッサージも人工呼吸も、手馴れたものであった。
しかし。
心圧迫の一押し目で、しおりは、口から海水を吹き出した。
十度押して、十度吹き出した。
人工呼吸の為に口をつけても、同じであった。
しおりが飲み込んでしまった海水とは、比喩的表現などではなく、
字義通りの意味で、五臓六腑に染み渡っていた。
常人であれば紛れもない土左衛門状態。
もはや心肺蘇生法でどうこうできる段階では無かったのである。
「……どーしよートーコちん?」
そのことを悟った芹沢が、不安を隠さぬ揺れる眼差しで透子に次なる手を問うた。
それを受けて、透子は。
まるで変わらぬ飄々とした口調で、選手交替を宣言した。
「わたしに任せる」
短くも力強い断言に、芹沢が安堵を憶えたのは束の間に過ぎなかった。
言葉と共に透子が懐から取り出したのが、銃器であった故に。
その筒先が、動かぬしおりに定められた故に。
「ちょ、何するのトーコちん!」
ぱん、
ぱん、
ぱん。
シエン
グロック17の軽快な銃声、三連発。
穿たれのは、しおりの両の肺腑と胃袋であった。
吹き出した鮮血がカモミールの頬を赤く染めた。
透子の表情は、変わらずの無表情であった。
「助けにきたんでしょお!?」
芹沢は、びくんびくんと小刻みに痙攣するしおりと、
波に揺られるに任せゆらゆらと体を揺らしている透子の間に飛び込んで、
しおりをその身で庇うかのごとく、仁王立った。
威嚇の表情で透子を睨み付ける。
透子は少し困ったように眉根を寄せると、短く二言だけ語った。
同時に、カチューシャから伸びる触覚の先が一度だけ点滅した。
「解説員」
「かもん」
自らが装着していたインカムを取り外し、うーうー唸る芹沢に手渡す。
警戒しつつも芹沢はこれを受け取る。
それから数秒。
通信は、遠方の夢見られぬ機械・椎名智機からのものであった。
『Wait、Wait、Wait。
そう短絡的に物事を捉えてはいけないな、カモミール芹沢。
透子様はなにもしおりを害する意図で撃ったのではないのだよ。
むしろこれは救急救命行為であるのだから』
「えぇ〜〜〜〜?」
胡乱げな表情で芹沢は痙攣するしおりを見やる。
三箇所の銃創からは血液が噴き出していた。
しかし、その色は通常の血液と比して随分と薄かった。
支援
しえん
『つまりは、だ。
溺れ、沈んでいたしおりの体内には海水がたっぷりと溜まっており、
これが生命機能を停止させていたのだよ。
ならば、元凶である海水を排水してやるしか方策はなく、
手っ取り早い手段が銃撃だったと言うことだね』
「そうかもだけどぉ〜、ぶ〜ぶ〜!」
智機の解説を、芹沢は理解した。
理解はすれども得心は行かなかった。
故にブーイングとなって表れた。
かわいそう、なのである。
痛そう、なのである。
芹沢とは誠に情緒的な感性を有した、母性溢れる女性なのであり。
効率と確率を理詰めで選択する透子や智機の知性とは、
折り合いがつかないこともままあるのであった。
しかし。
「ううん……」
今回の処方に関しては、透子の判断は正しかった。
芹沢の人工呼吸や心臓マッサージではピクリとも動かなかったしおりが、
呻き声を上げたのである。
顔にもうっすらと赤みが差し、自発呼吸も開始されたのである。
「えふっ…… けふっ……」
「……ね?」
「ね、って、ね、ってさぁ…… 息を吹き返したんだし、いいけどさぁ……」
シエン
芹沢はやはり気持ちのどこかが納得行かぬことを態度にて表しているが。
情に惑わず、適切な処置を施せる。
その機械ならではの強みに、軍配は上がっており。
そのことを、己たちの正しさを主張せずにおられぬのが、
椎名智機なるオートマンの浅はかさである。
『カモミール芹沢、君の不満は実に理不尽だね。知性の不足を露呈している。
いいかね良く聞き給え。しおりとはヒトではない。凶という別種の生物なのだよ?
我々オートマンの論理思考回路は、その点を考慮して銃撃を選択したのさ。
そもそも貴女という人間は……』
なおもねちねと芹沢を見下す発言を連ねる智機に対し、
透子が取った行動は、インカムの電源オフであった。
「くどい」
透子の短い感想と同時に。
現れた時と同じく、何の前触れも無く、漁船は掻き消えた。
揺れる波紋のみを置き去りに、しおりをその背に乗せて。
↓
(Cルート)
【現在位置:A−6 海上 → J−5 地下シェルター付近 海上】
【グループ:ザドゥ・芹沢・透子】
【スタンス:待機潜伏、回復専念
@プレイヤーとの果たし合いに臨む
Aしおりの保護】
【監察官:御陵透子(N−21) with 小型船舶】
【スタンス:願望成就の為、ルドラサウムを楽しませる
@しおりの治療
A果たし合いの円満開催の為、参加者にルールを守らせる】
【所持品:契約のロケット(破損)、スタンナックル、カスタムジンシャー、
グロック17(残弾14)、Dパーツ】
【能力:記録/記憶を読む、
世界の読み替え:自身の転移、自身を【透子】だと認識させる(弱)】
【刺客:カモミール・芹沢】
【スタンス:@ザドゥに従う(ステルス対黒幕とは知らない)
Aしおりの治療】
【所持品:虎徹刀身(魔力発動で威力↑、ただし発動中は重量↑体力↓)
魔剣カオス】
【能力:左腕異形化(武器にもなる)】
【備考:体力消耗(大)、腹部損傷、左足首骨折(固定済み)、全身火傷(中)】
【しおり(28)】
【スタンス:優勝マーダー
@ザドゥに会う】
【所持品:なし】
【能力:凶化、紅涙(涙が炎となる)、炎無効、
大幅に低下したが回復能力あり、肉体の重要部位の回復も可能】
【備考:獣相・鼠、意識不明、両拳骨折(中)、水溺(大)、両肺及び胃に銃創(中)
※戦闘可能まで24時間ほどの休息を必要とします(素敵薬品込み)】
【現在位置:J−5 地下シェルター】
【刺客:椎名智機】
【所持品:スタンナックル、カスタムジンシャー、グロック17(残弾17)×2】
【スタンス:@【自己保存】】