【タイトル:タクスタスク 〜the final mission〜】
(ルートC・三日目 AM10:00 D−7地点 村落)
火災の鎮火を完全に終えた時点で生き残ったレプリカは九体。
うち、破損少なく、機動/思考に差し障り無いのは六体。
Dシリーズは予定通り全滅している。
この、当初の予想を上回る損耗は、二点の予想外の事態を主要因としていた。
原因の1―――
四機のレプリカが作戦最初期の最も人手の要る状況下で原因不明の消失を遂げたこと。
原因の2―――
本拠地の破壊放棄の為に森林全体を俯瞰したオペレーティングが出来なくなったこと。
「まあ、どちらもオリジナル殿に足を引っ張られたということか。
まったく【自己保存】とは度し難い」
本拠地破壊廃棄の経緯は言わずもがなであるが、今の代行は
初期の四機のロストについてすらも、一部始終を把握できていた。
P−4及びN−48、N−59の三機が、原隊復帰したためである。
クラック時の記憶を残していた彼女らの証言によって、
オリジナルの陰謀は明るみにでることとなったのである。
その、N−48とN−59も、既にスクラップと化していた。
「さて代行殿。状況の検証が終わったところで、次なる指示を頂きたいのだがね?」
「Yes、そうだな……」
哨戒型レプリカP−4に促された代行機N−22は、集う八体の顔を順に眺める。
眺め終えて発した指示は、おおよそ司令官の分を超えた理不尽な指示であった。
支援
「N−53、111、116の三機を、破壊することにしようか」
不思議なことに、動揺もどよめきも発生しなかった。
壊す側も壊される側も、従容として受け入れた。
「壊れるなら完璧に壊れなければね。
またぞろ良からぬ事を企むオリジナル殿などに、
決して再利用されないように」
なぜならば、レプリカ達の最優先事項は【ゲーム進行の円滑化】。
自己保存の欲求も、同僚への友誼も、全ての評価点はそれを下回る。
故に代行のこの命令は破綻していない。
機械には機械のルールがある。
これは決して残酷な話ではない。
「Yes、代行殿。当然の判断だね」
破壊は、拾った石にての殴打という、非常に原始的な手段で行われた。
分機たちは、二挺の銃を持っていたにも関わらず。
樹木の伐採に用いた、斧や鉈が揃っていたにも関わらず。
理由があった。
代行が指示を出さずとも、残存全智機は次なる行動を予測していた。
同一の思考ルーチン、同一の優先事項を抱く分機たちにとって、
予測の一致は必然であり、確定であった。
恐らくはそれが最後となる、ミッション。
ゲーム進行を円滑化させる為の、最後の戦い。
その為に武器の類を消耗させてはならぬと、認識は統一されていた。
しえん
「代行殿。センサーに反応あり。接近者、二名」
「固体識別は可能かな?」
「プレイヤー12・魔窟堂野武彦と、38・広場まひるだね」
「Yes。ならばこのままファイナルミッションに移行する。
―――演目開始!」
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(ルートC・三日目 AM10:15 D−7地点 村落入り口)
駆けている。
魔窟堂野武彦と広場まひるが道路をひた走っている。
彼らが村落へと向かっているのは、意識を失いし戦友・高町恭也の
治療継続に不可欠な医療用品を収集する為であった。
「あのさ、じっちゃん」
「なんじゃまひるちん?」
互いの呼称に変化が生じたのは結束と信頼を深めたが為。
命を預けあい、一つの戦いを乗り越えた彼らの間には、
確かな絆と気安さが芽生えていた。
「たぶんね、村に、ロボ智たちがいるよ」
天使という名のケモノ所以の超嗅覚・千里眼。
まひるのその高性能レーダーが、村落の北端付近に活動する
レプリカ智機たちの存在を、敏感に捉えたのである。
シエン
「やれるかの?」
「所詮ロボ子、恐るるに足らず!」
野武彦の問いに、まひるは自信ありげに答えた。
瞳は揺るがず、口許には笑みすら浮かべていた。
昨晩のケイブリス戦にて、理性を失わずに戦う自信を獲得したが故に。
しかも、敵は人間に非ず、生物に非ず。機械である。
傷つけるのではなく壊すだけである。
であれば、まひるに恐れる理由は無い。
野武彦は腰の45口径を引き抜いた。
まひるは前傾姿勢で右手を前に伸ばした。
「敵襲ッ!」
しかし、奇襲は失敗した。
まひるが超野性を備えるのに同じく、智機たちもまた超科学を備えている。
ソナー・レンズの倍率は、人間の十倍以上に値する。
まひるの察知に先んずること2秒。
レプリカ智機たちもまた、野武彦とまひるの接近に気づいていたのである。
「No! この損耗著しい時にか!?」
「バッテリーは行けるか?」
「バトルモードで3分強!」
「Yes、ならば戦闘だ!」
リーダーと思しき一機が、腕を振り上げ、戦闘指揮にかかる。
しかし、その号令に従う機体は皆無であった。
しえん
「No、代行。その命令は無効だ。我等の最優先すべきタスクは何だ?
その大事なスイッチを、無事オリジナル殿に届けることだろう!」
「Yes!だからこそ私はプレイヤーどもにスイッチを奪われぬ為に、
迎撃を命じているのだが?」
「重ねてNoだよ代行殿。残念ながら我々の戦闘力では、
あの二人を撃退できない可能性が非常に高いと試算されている」
「では、どうしろと?」
五体のレプリカが二歩、前に出た。
横一列に整列した彼らの隊形は、リーダーらしき機体を匿う壁の如しであった。
「「「「逃げろ、代行殿!」」」」
すぐさま総力戦が始まると予測していた野武彦とまひるにとって、
この戦局の変化は予想外であった。
予想外故に機先を制される――― かと思いきや。
分機たちもまた意思の不疎通により、機を掴み損ねていた。
「しかし……」
「No、貴機だけは逃げ延びねばならないのだよ。
オリジナル殿にスイッチを渡さねばならないのだから」
「さあ行き給え。オリジナル殿が待つ灯台跡まで。
我らを代表して、そのタスクを達成してくれ給え」
「その為に我ら四機、盾となろう!」
「P−4、ジンジャーは2台ある!
最も乗り慣れている貴機が代行殿に併走し、万一の護衛となり給え!」
「Yes。行くぞ、代行殿!」
シエン
壁となっていた五機のうち一機が後方へと退き、逡巡を見せる代行の手を引いた。
引いた先の民家の壁には、二機のジンジャーが立てかけてあった。
「……貴機らの献身、無にはしないよ!」
「お達者で、代行!」
胸に去来する思いを振り切ろうとしているのか。
代行と呼ばれた機体は、四機の背を順に眺め。
伸ばしかけた手を引き下げて。
深く排気して。
横一列に並んでいる僚機たちに背を向けた。
P−4がすぐさまカスタムジンジャーを代行に差し出し、代行は無言でそれを受け取り。
二機は並んで村落の東へとジンジャーを走らせる。
「じ…… じっちゃん! ロボ智さん逃がしていいの?
大事なスイッチとかオリジナルとか言ってたけど……」
「そうじゃな…… そのスイッチが何の為にあるのかはわからんが、
決してわしらの為にはならんモンじゃろて。 しかし……」
鉄の壁となるを決意している四機のレプリカ達は、
その手に斧や鉈を持って、野武彦たちへと詰め寄ってくる。
野武彦はその四機とまひるとを交互に見やる。
眼差しには不安と心配が宿っている。
それを、まひるは断ち切った。
「加速装置…… あれ使えば間に合うよね?」
「しかしまひるちん、一人で四機の相手とは……」
「レベルアップしたまひるちんのパゥア、甘く見んなぁ?」
「……すぐ戻ってくる。無茶はするなよ!」
「一度は言ってみたかったこのセリフ!『ここはあたしに任せて先に行け!』」
支援
まひるの表情に不安の色が無いことを察した野武彦は、
カチリと奥歯を噛み合わせ、風と同化し、消えた。
人ならざるペンタグラムの瞳を持つまひるの動体視力を以ってしても、
加速状態にある野武彦のうしろ姿は捉えられなかった。
「N−55、59、魔窟堂を止めろ!」
「おっと! じっちゃんは追わせないよ!」
獣ではない。昆虫の姿勢で。
まひるがN−55の背後に回り込む。
ざわめく異形の爪が猫のそれの如く、じゃきりと伸びた。
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数々の激戦の舞台となった病院跡の付近。
最高速40Km/hを誇る二台のカスタムジンジャーは、
島唯一のアスファルト舗装を施された道路を東へとひた走る。
その後方からタン、タンと。
グロック特有の軽く乾いた射撃音が響き渡った。
「四機が二人を抑えてくれているようだね」
「Yes。 彼女らの犠牲を無駄には……」
出来ないね、と。
そう続くと思われたP−4の言葉はかき消された。
454カスールの発した、獰猛な咆哮によって。
「確かにお前さんのジンジャーは速かった……」
しえん
P−4の搭乗するジンジャーは緩やかに速度を落としつつ道路を外れ、
運転者を振り落とすと同時に、横転した。
P−4の胸からは白煙。
拳より大きな穴が、その胸に穿ちぬかれている。
「だが日本じゃあ二番目じゃな」
「……な?」
代行の走る前方に、魔窟堂野武彦がいた。
代行の進路を塞ぐが如く、仁王立ちしていた。
夕焼けの書割をバックに、銃口の硝煙に息を吹きかけ、カッコつけていた。
往年の、親友の仇討ちに燃える万能名探偵になり切っていた。
その余裕に、遊び心に。
代行は、自らの運命を悟った。
「加速装置、か……」
「いかにも」
「万事窮す、か……」
「いかにも」
「で、あれば……」
代行は胸ポケットから分機開放スイッチを取り出すや、それを大きく振り上げる。
「……いっそ!」
敵の手に渡るくらいならばと思い余って。
振り下ろし、叩き付け、破壊してしまおうとしている。
代行の動きをそう受け取った野武彦は、再び奥歯を噛み鳴らす。
シエン
空間が白黒反転する。音と臭いが消える。
野武彦ただ一人しか入門できない、超加速の世界が幕を開ける。
野武彦はコールタールに浸かったかの如き緩やかな動きを見せる代行機に、
数多の残像を残しながら詰め寄って。
振り下ろし始めたばかりの代行の手から、見事スイッチを奪い取る。
「ズズズズバっバっバっバっとととと参上参上参上参上!!!!」
音声すらコマ送りに、空間に置き去りに、野武彦はそのまま五、六歩走りぬけ。
姿勢反転、代行N−22に再び向き直ったところで、加速の世界は幕を閉じた。
「ズバっと参上!」
N−22の腕は何も握らぬまま、ただ空気を地面に叩き付けていた。
スイッチを奪われたことに気付いたN−22は、絶叫と共に野武彦に踊りかかる。
野武彦は、既に中腰にて454カスールを構え終えていた。
「それを返せええええ!!」
「ズバっと解決!」
決め台詞と共に、轟砲一声。
代行機の、人であれば心臓があろうかという位置が、左腕ごと吹き飛んだ。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
「じっちゃん、間に合ったみたいだね!」
「おお、まひるちん! やつらはどうしたのじゃ?」
「ザ・瞬☆殺!」
支援
しえん
「いやはや、ほんとうにレベルアップしたのう!
戦う愛らしき女装少年! よいよい!」
「うがーっ! 少年じゃないんだってばさ!」
N−22は、まだ壊れ切っていなかった。
とはいえ、自発的な行動は不可能。
唯一生きている聴覚を以って野武彦たちの会話を拾うのみである。
「あれ、ノートPCなんて持ってたっけ?」
「このリーダー椎名の荷物じゃ。何かよい情報でも入っておれば良いがな」
スイッチを奪われ。
武装を奪われ。
PCを奪われ。
一矢すら報いることなく。
脅威すら与えることなく。
同胞を犬死にさせ。
今、P−22は、終わりのときを迎えようとしている。
しかし、彼女の胸を満たすのは敗北感でも後悔の念でも無い。
達成感、である。
(我々からのギフト、心置きなく活用してくれ給え……)
オリジナル智機が覚醒するキーとなる分機開放スイッチを守らせ、
残存するアイテム群やゲーム裏情報ををプレイヤーに譲り渡す。
これこそが、分機たちのファイナルミッションであった。
代行は演算した。
これまでの智機本機の策謀やプレイヤーたちへの関わり方をシミュレートした。
結果、プレイヤーたちには自分の言葉は信用されないとの解が返された。
シエン
素直に託そうとしたならば、プレイヤーは拒絶するであろう。
理を語り言葉を尽くして交渉しても、事は同じであろう。
仮に受け取って貰えたとしても、猜疑心は拭えないであろう。
であれば。奪わせればよい。
野武彦とまひる。
この二名が相手であったことは、代行らにとって僥倖であった。
小屋組の中で単純、かつお人良しのツートップである彼らであればこそ、
レプリカ達の愚にも付かぬ三文芝居にまんまと騙され、
戦闘の手を抜かれたことにも気付かぬまま、
ほくほく顔で物資を略奪していったのであるから。
代行の手の平の上で、完璧に踊ってくれたのであるから。
(魔窟堂野武彦はスイッチを叩き壊す行為を見過ごさず、わざわざ奪い取った。
これはオリジナル殿に使用させないように、守ってくれることの証明だね。
Yes! もう、後顧の憂いは一切無くなった!)
代行の胸中に気付くことなく、幸せな二人は現場に背を向ける。
二人が手にしているのはカスタムジンジャー。
つい先刻までN−22とP−04が搭乗していた電動高速移動機である。
「わわっ、これ結構スピード出るね!」
「智機たちへの追撃はタイムロスとなるかと思うとったが、
ジンジャーの移動速度を考えれば、逆に時間短縮になりそうじゃな。
なんともありがたいプレゼントを遺してくれたもんじゃ」
「ホントホント!」
二人の声が、ジンジャーの軽快な疾走音と混ざり合い、遠ざかってゆく。
その音が完全に聞こえなくなった、代行の耳に。
支援
じゅ、と。
熱した鉄板に水を差すが如き音を、代行の耳が捉えた。
自らの胸の孔の奥から、鮮明に聞こえた。
それは、マザーボードに漏れた冷媒が侵食し、回路短絡を起こした音であった。
機械としての死を告げる音であった。
(これにてファイナルミッション、無事にコンプリートだ)
こうして、椎名智機のレプリカ170機最後の一体が、沈黙する。
プレイヤー達が見事に主催者達を殲滅し、ゲームが円満終了する確信を抱いて。
↓
しえん
(ルートC)
【現在位置:E−6 病院前道路 → E−7 廃村】
【魔窟堂野武彦(元12)】
【スタンス:廃村で市販薬品をかき集める】
【所持品:454カスール(残弾 3)、鍵×4、簡易通信機・小、
軍用オイルライター、ヘッドフォンステレオ、まじかるピュアソング】
【広場まひる(元38) with 体操服】
【スタンス:廃村で市販薬品をかき集める】
【所持品:せんべい袋(残 19/45)】
※レプリカ智機は全滅しました
※灯台跡に主催者たちが潜伏しているらしいと知りました
※以下の道具を、レプリカ達から入手しました。
※グロック17(残弾 16)×2、手錠×2、斧×3、鉈×1
※モバイルPC、USBメモリ、簡易通信機素材(インカム等)一式×3
※カスタムジンジャー×2、分機解放スイッチ
※USBメモリ、モバイルPCの中身は未確認です
(ルートC・3日目 AM11:00 J−5地点 地下シェルター)
椎名智機は憤慨した。
ザドゥたちは確かに自分の戦略を受け入れたのだ。
―――仮称「小屋組」を崩壊させること。
―――28・しおり他一名を残すこと。
―――この二名にて決戦させること。
にもかかわらず、今、自分は蚊帳の外で。
ザドゥとカモミール芹沢は勝手に戦術を練っている。
それは、愚かな戦術であった。
それは、勝ち目の少ない戦術であった。
故に智機は力説した。
バカな子供にでも分かるように、小学校の教師の如く
辛抱強く、平易な言葉で、繰り返し教え込んだ。
―――馬鹿げている。
―――根性論に過ぎる。
―――捨て鉢だ。
―――実効性が低い。
だのに、ザドゥは聞き流した。
だのに、芹沢はザドゥに倣った。
無論、智機のコメントは批判のみに留まらぬ。
建設的に、積極的に、代替の策も提示していた。
シエン
―――離間の計
―――ハニートラップ
―――透子の瞬間移動を用いた暗殺
―――仁村知佳人質作戦
それすら、ザドゥは聞き流した。
それすら、芹沢はザドゥに倣った。
故に智機の怒りは頂点に達した。
トランキライザが許容する限界の怒りが持続状態となり、
机に拳を、ザドゥに言葉を叩きつけた。
「だから、果し合いなどナンセンスだと言っている!」
そう。ザドゥと芹沢は。
小屋組に果たし状を叩き付け、策も陰謀も罠もなく、
全戦力を全戦力を真正面からぶつけ合って、
正々堂々と決着をつけようと、主張しているのである。
この主張、決して玉砕覚悟の特攻に非ず。
煩悶と懊悩を経て純化されたザドゥの、揺ぎ無い自負心の表れである。
小ざかしい策を弄すを排して、圧倒的な暴で捻じ伏せるのみ。
当然の如くそれが成ると確信している。
「首魁は俺だ。 従えぬなら出て行け」
支援
芹沢は、そのザドゥの自信に同調している。
果し合いという、明快で正統な手段を好ましく思っている。
その上、芹沢には士道に根ざした潔さと、淋しがり由来の甘っちょろさが同居している。
智機の示す卑怯・陰険な策略は感情的に許容できぬ。
「だってだって、ともきんの策ってずっこいんだもん〜」
故に、智機の思いは、理は、決して二人に届かない。
小煩い蝿の耳障りな羽音にしか聞こえていない。
それでも智機は食い下がり、論理的に反駁する。
「No。 既に我々の管理者権限は失われているのだよ。
であれば私が貴君の命令を受ける謂れがないのは自明だと思うのだが?」
「そうか、では勝手にしろ。 俺たちは俺たちで勝手にする」
ザドゥは言い捨て、智機から目線を切った。
誰の目にも明らかな拒絶の態度に、人生経験の少ない智機は気付かない。
切り口を変えて態度は変えずに、しつこく説得を継続する。
「貴殿らは、ご自身の身体の状態を本当に理解しているのか?
そして仮称【小屋組】の実力を正当に評価できているのか?」
「黙れ椎名」
「Noだ。 誰の目から見ても明らかにNoなのだよ。
その戦力差を覆す為には、入念な下準備と策が必要不可欠となる」
「俺は黙れと言ったぞ」
「その為の策を用意できていると―――」
「そろそろさぁ、ともきん。お口チャックしとこっか〜」
見かねたカモミールが智機を止めに入った。
芹沢は敵との戦闘を好む性質ではあるが、味方同士の争いを嫌う性質でもある。
つまりは。
芹沢にとっては、智機とて、未だに輪の内側なのである。
守るべき対象であり、出来れば仲良くしたい相手なのである。
お友達は大切にするのである。
仮に、芹沢に。
智機のことを好きなのかと問えば、即座に『嫌い〜!』と答えるであろうが、
それでも智機が敵なのかと問えば、即座に『味方だよ』と答えるであろう。
カモミール芹沢とは、そういう気性の女なのである。
現存するただ一人の智機の味方なのである。
だというのに。
智機は、芹沢を拒絶する。
「濡れ落ち葉の君は黙っていてくれ給え。
私はザドゥ殿とのディベートで忙しいのだよ」
智機には判らない。
芹沢の言動は智機への邪魔立てなどではないことが。
智機とザドゥの溝を決定的にさせぬが為の配慮であることが。
智機には判らない。
芹沢がいかに他者への愛に満ち、偏見を抱かぬ人格を持っているのか。
愛されたいという宿願に近づく鍵となりうる人物であるのか。
「ああ〜っ、もぅ! そう思ってるのはともきんだけなのにぃ!
ね、ザッちゃん、ちょっと待って。
あたしがともきんに言って聞かせるから」
しえん
芹沢は気付いている。
人一倍人の顔色を伺うに敏感な彼女は、気付いている。
ザドゥの纏った空気が剣呑なものになってきていることを。
いつの間にか拳が握りこまれていることを。
そもそも彼が、智機を仲間などと思ってはいないことを。
「もういい芹沢。 埒が明かん」
ザドゥは意を決した。智機を物理的に黙らせると。
芹沢は悟った。これ以上の仲裁は無駄な足掻きにしかならぬのだと。
智機は勘違いした。ザドゥが話を聞く姿勢を見せたのだと。
その、破壊行為を伴なう断絶が表面化しようとした刹那。
絶妙のタイミングで。
もう一名の元主催者が、音も無く帰還した。
「ただいま」
レプリカ智機・N−21に共生した、御陵透子である。
芹沢は魔剣を担いだ救世主の思わぬ登場に笑顔で応え、手を振った。
「トーコちん、おっかえりー」
「ん」
今の透子は、御陵透子なる人間の肉体を失っている。
亜麻色の柔らかな髪も焦点の合わぬ大きな瞳もない。
変わりに得たのは椎名智機のレプリカボディである。
銀色の硬質な擬似毛髪とルビーの質感の三白眼しかない。
それでも。
透子にあって智機に無い、不可思議な透明感がある。
透子にあって智機に無い、茫とした佇まいがある。
透子にあって智機に無い、間延びしたアンニュイ感がある。
透子にあって智機に無い、ひび割れたロケットがある。
それら透子をあらわす記号と、脳の認識能力に直接作用する何かの影響で。
ザドゥも芹沢も、N−21=透子の図式を当たり前に受け入れていた。
そういうものなのだから仕方ないのだと、否応なしに納得させられていた。
「カオっさんもおつかれさーん」
《はいっ、そこでセクシーポーズ!》
「うっふ〜〜ん♪」
芹沢と駄剣の間の抜けたやり取りに、緊張感は失われる。
ザドゥは毒気を抜かれ、深く溜息をつき。
智機も肩を竦め、大げさに首を振る。
芹沢はさらに二人の意識を逸らすべく、透子に問いかけた。
「ねねねトーコちん、皆の様子はどうだったぁ?」
その言葉と同時に、ザドゥと智機が透子に向き直る。
透子の言葉を待つ姿勢に移行する。
参加者どもの動向を探って来い―――
ザドゥは透子に命じていたのである。
これに応じた透子は、島内の情報収集に出向いていたのである。
「ん」
シエン
透子は最短の返答と共に、白衣の内ポケットから無造作に紙束を差し出した。
おそらくは口頭にて報告するのが面倒だったのであろう。
どこかの民家のプリンタを用いて印刷した紙束には、
透子の【空間の記憶/記憶】検索能力によって集められたここ数時間の情報が、
箇条書きに羅列されていた。
重要箇所を抜粋すれば、以下の通りである。
―――プレイヤーは無傷でケイブリスに勝利
―――高町恭也、意識不明の重態。薬品切れか
―――東の森、完全鎮火
―――レプリカ智機、全滅
―――魔窟堂野武彦、分機解放スイッチ他を入手
―――仁村知佳、起床間近
―――しおり、さおりの遺骸を求めて放浪中
「この短時間で、これほどの情報量とは……」
ザドゥが嘆息する。
なにしろ透子が情報収集に出発して10分程度である。
にも関わらず、レポートには全生存者の近況が網羅されている。
(これが…… 人の頭脳を脱した透子様の処理能力か……)
智機の読みは正しい。
人の身であった頃の透子の空間検索といえば、
情報一つの意味・発信者・時制を理解するのに、数秒の時間を要していた。
しかも、目を通さねば、その情報が必要なものか否かも、
既に目を通した記録か否かすらも、判別できぬものであった。
脳という記憶装置もまた、容量、記憶力共に低スペックである。
覚え違い、物忘れのリスクも常に付きまとう。
支援
対して、今は。
機械の体を得ることで、情報処理能力が劇的に向上していた。
漂う記録を片っ端からクラス化し、パラメータを付けてリストに挿入する。
その処理にコンマゼロ一秒も掛からない。
しかも、それを自由にマージ・ソートし、アウトプットできる上に、
記録の重複判定も、クラスに登録したインデックスにて高速で行える。
機械としての長所を、徹底して生かしている。
ザドゥら三名が情報の一通りを吟味し終えたのは、
透子が収集に掛けた時間の倍にあたる20分後となった。
「高町が倒れたか……
であれば、実質戦力は、ランス、魔窟堂、広場の三人でしかない。
俺一人でも殲滅できよう」
「あーん、独り占めは駄目だよぅ、ザッちゃん」
ザドゥと芹沢、二人の口許から不敵な笑いが同時に漏れる。
一度ならず死線を潜り抜けた身ならではの覚悟が、そこにある。
共に苦難の道を歩んだ連帯感が、そこにある。
「ふん」
「えへへー」
二人は目線を交わし、拳と拳をごつりと打ち合わせる。
それは、計画に変更が無いことを確認する儀式であった。
果し合いの場への参加表明の合図であった。
そこに。
拳がもう一つ、へにょりと重ねられた。
しえん
「おー」
気合の抜けた声で唱和したのは御陵透子。
その意外な乱入者に、ザドゥは息を呑み、智機は絶句した。
「トーコちんも戦うのぉ!?」
「ん」
「まったく、どういった風の吹き回しだ?」
ザドゥの無防備な問いに、透子は答える。
己の言葉で。
焦点の合った瞳で、ザドゥと芹沢の顔をまっすぐに見つめて。
「もう」
「傍観者でいる意味は喪われた」
「勝たないと願いが叶わないなら」
「戦う」
「それだけ」
二人を包むのはさらなる驚愕であった。
透子が、これほど長く話すとは。
透子が、これほど熱く語るとは。
しかしその驚愕は二人にとって決して不快なものではなかった。
むしろ好感を持って迎え入れるべきものであった。
「そっか、そだね♪ トーコちん、一緒に頑張ろうね!」
「いえす」
「ま、良かろう」
シエン
一方。
先ほどまであれほど果し合いの却下に食い下がっていた智機であったが、
今は不気味なほどに沈黙を貫いて、傍観者に徹していた。
透子には逆らわない―――
智機の【自己保存】の本能がそう結論を下している故に。
透子が果し合いに参加するのであれば、最早智機に嘴は差し挟めぬのである。
悔しげに下唇をかみ締めつつ、三白眼でザドゥらを見つめるのみである。
「じゃあさあじゃあさあ、場所と時間、決めよっか」
「場所は学校の校庭でよかろう。 時間は……」
「明日の晩」
ザドゥの言葉に間髪入れず飛びついたのは透子であった。
透子にとってこの【明日の晩】という時間は切実に重要であった。
その時間からの開始が願望の成就に最適であると結論付けていた。
根拠となるデータと論理演算がある。
透子はザドゥに命じられた参加者動向とは別に、個人的な記録収集を行っている。
それは、撒き餌の如く散らされた、最愛のパートナーの記録ではない。
ルドラサウムとプランナーの記録/記憶を追跡・記録・分析しているのである。
そのデータから透子が判ずるに。
今、ルドラサウムは一人で楽しんでいる。
この島から回収した魂の記憶を反芻し、取り込んでは吐き出し。
おもちゃにして。
死者の魂を味わっている。
それに強く関連付けられているのが、プランナーの、この記録である。
支援
【これであと二日――― いや、一日半程度は保ちますね】
あまり検索に引っかからないプランナーのこの思念だけは、
なぜか明瞭な形を伴って、透子の検索網に掛かっていた。
それを透子は、自分へのメッセージと読み取った。
すなわち。
(鯨神が魂いじりに飽きた頃に)
(最高の娯楽を提供する……!)
それが、『主を楽しませなさい』という金卵神の神託を全うする、
最良の選択枝であると、結論を下したのである。
「ほう、明晩か……」
ザドゥにしても、一日半の猶予とは一考に価する提案であった。
ザドゥの【正の気】による治療は、それなりに効果があった。
最低限の体力や免疫力は確保できた。
いくつかの箇所の今後来る破損を、未然に防ぐことができた。
しかし全身を覆う火傷や傷、発熱を完治させるには至っていない。
それが治せるまでの時間が一日半であるのか?
否、である。
発熱を引かせるのすらそれだけの時間では足りぬし、
そもそも火傷や傷の多くは一生治らぬ類の深度であった。
では、ザドゥは何ゆえ一日半の時間を欲するのか?
それは、馴染む為の時間であった。
急激な肉体の変化に、それまで体を動かしていた記憶というものは
即時には対応/変更しきれぬものなのである。
例えば、身長が急激に伸びた為に制球力を失う高校球児がいる。
例えば、体重が急激に減った為に打撃力を失うボクサーがいる。
それと同じである。
全く健常であった頃の過去の運動能力と、
引き攣りや炎症の上にある今の運動能力。
過去のイメージで体を動かせば、今の体は付いてこない。
ギャップに惑えば、感覚が狂う。
ザドゥは、過去と現在の肉体記憶の最低限の摺り合わせに、
少なくとも一昼夜は必要であると判じたのである。
故に、ザドゥの返答は。
「いいだろう」
こうして、果し合いの全てが、決定した。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
(ルートC・三日目 AM11:15)
「ふんふーん、らんらーん、しゅぱしゅぱ〜♪」
カモミールの能天気な鼻歌が、シェルターに響いている。
彼女が腕を振るう毎に、墨汁の雫が周囲に飛び散る。
果たし状をしたためているのである。
しえん
「ほう…… 意外と達筆なのだな」
「えへへ〜♪ これでもカモちゃんさんはモノノフの端くれだも〜ん♪」
ザドゥと芹沢との間に連帯感があることは、智機も以前から判っていた。
しかし、今やそれだけではない。
《実は儂も筆使いは上手なんですよ? 女体に対しては》
「駄剣は無駄にエロい」
その輪の中に、魔剣・カオスと御陵透子までが含まれているのである。
無生物の分際で。
智機と同じ外装の癖に。
人間の輪に入って、笑顔で軽口を叩き合っているのである。
それは、団欒であった。
それは、和気であった。
一人、離れた位置から眺める智機には、眩しすぎる光景であった。
妬ましすぎて切なすぎる光景であった。
「血判いっちゃう?」
「ふん、好きにしろ」
「困った、血が無い」
《トーコちんはオイルでええじゃろ》
智機がこれまでに幾度と無く感じてきた隔絶感。
それがこれまでより切実に智機の胸を締め付ける。
(遠い…… 彼らと自分とは、かくも遠い)
シエン
智機は人を蔑む。
時に強すぎる感情に思考を支配され、期待値を下回る行動をとる存在故に。
智機は人を羨む。
時に強すぎる意志で本能を凌駕して、期待値を上回る行動をとる存在故に。
内部処理キューの履歴を辿れば。
彼女が何度、感情的な発言や行動を取ろうとしたか判るだろう。
何度論理演算回路に否決されたか判るだろう。
(わたしなんか…… 見向きもされない)
眩しくて愚かしい矛盾する存在を見つめ、
憧れの想いを侮蔑の意思で覆い隠し、
高まる情動波形をトランキライザで相殺して。
智機は、智機であるを望まぬまま保ち続ける。
↓
(ルートC)
【現在位置:J−5地点 地下シェルター】
【刺客:椎名智機】
【所持品:スタンナックル、改造セグウェイ、グロック17(残17)×2、Dパーツ】
【スタンス:@【自己保存】
A【自己保存】の危機を脱するまで、透子には逆らわない
B【自己保存】を確保した上での願望成就可能性を探る】
支援
【グループ:ザドゥ・芹沢・透子】
【スタンス:待機潜伏、回復専念
@プレイヤーとの果たし合いに臨む】
【主催者:ザドゥ】
【スタンス:ステルス対黒幕
@プレイヤーを叩き伏せ、優勝者をでっちあげる
A芹沢の願いを叶えさせる
B願望の授与式にてルドラサウムを殴る】
【所持品:なし】
【能力:我流の格闘術と気を操る】
【備考:体力消耗(大)、全身火傷(中)】
【刺客:カモミール・芹沢】
【スタンス:@ザドゥに従う(ステルス対黒幕とは知らない)】
【所持品:虎徹刀身(魔力発動で威力↑、ただし発動中は重量↑体力↓)
魔剣カオス(←透子)】
【能力:左腕異形化(武器にもなる)】
【備考:体力消耗(大)、腹部損傷、左足首骨折、全身火傷(中)】
【刺客:御陵透子(N−21)】
【スタンス: 願望成就の為、ルドラサウムを楽しませる】
【所持品:契約のロケット(破損)、スタンナックル、改造セグウェイ、
グロック17(残17)】
【能力:記録/記憶を読む、『世界の読み替え』(現状:自身の転移のみ)】
※ザドゥと芹沢は素敵医師のまっとうな薬品、及び、ザドゥの気による治療継続中
しえん
果たし状
明晩、月光冴える折
始まりの場所にて待つ
ザドゥ
カモミール芹沢
御陵透子
↓
(ルートC:3日目 AM12:00 D−6 西の森外れ・小屋3)
気付いた時には、そこにあった。
嘘偽りも誇張もなく、本当に、誰もが気付かぬ間に。
玄関の扉に画鋲で以って、無造作に掲示されていた。
果たし状、である。
シンプル極まる文面で、墨汁によって記されたそれには、
ザドゥ、カモミール芹沢、御陵透子の連名と血判が為されていた。
「言っとくが俺様はちゃんと見張ってたからな」
紗霧のケツバットを恐れてか、ランスが主張する。
野武彦とまひるが薬品調達に出発してから今に至るまで、
彼は小屋の外で、周囲の警戒にあたっていた。
玄関周辺で。
時に暇すぎてあくびをしたり、ユリーシャの尻を撫でたりもしたが、
彼には研ぎ澄まされた野性の嗅覚がある。
接近する人間を見過ごす程、耄碌はしておらぬ。
「て、ゆーことは、ですよ?」
まひるが何かに心当たったのか、言葉を紡いだ。
彼のみでは無かった。
誰もが、この怪異を為すことのできる人物を思い浮かべていた。
その名を、書面に認めていた。
御陵透子。
音も無く忍び寄り、明確な気配を感じさせず、
告げたいことだけを告げ質問を受け付けぬ女。
シエン
しかし、今の彼女から、神秘の仮面は引き剥がされている。
為せる超常がテレポートだけだと、ネタが割れている。
レプリカ智機から奪ったUSBメモリ。
そこに、主催者の近況がメモ書きで記されていたのである。
―――素敵医師とケイブリス、死亡
―――ザドゥとカモミール芹沢、重度の火傷
―――御陵透子、能力制限でテレポートしか使えず
―――オリジナル椎名智機は、臆病者
―――四人全員が、灯台地下のシェルターにいる
―――レプリカ智機、残り六機(野武彦とまひるが壊したので、全滅)
これまで、虚実入り混ざった情報戦を繰り広げてきた相手である。
紗霧は、記されている内容を鵜呑みにはしなかったが、
実際にこのデータを奪ってきた野武彦にとっては、そうでもないらしい。
顎に蓄えている髭を撫でて、思慮深げに呟いた。
「果たし状に素敵医師と椎名智機の名が無い。
ということは、この情報は信用に足るんではないのかのぅ?」
「可能性は高まりましたね。鵜呑みにはできませんが」
紗霧は野武彦に一定の理解を示しつつも、一方で短慮を諌めた。
実に虚を混ぜ込むことこそ、騙しの極意。
九割の実に一割の虚。
その、密やかに差し込まれた虚を見破ることが肝要と紗霧は考えている。
それは、深読みである。
なぜならば。紗霧は知らぬことなれど。
レプリカ達は、プレイヤー側のサポーターであった故に。
主催者を鏖殺させてのゲーム終了を目論んでいた故に。
記された情報は、100%の真実である。
支援
強いて情報の虚を上げるのならば。
透子の能力から【N−21の体に疑問を持たせない】ことが漏れているが、
それはレプリカにとって与り知らぬことであり。
また、紗霧ら小屋組にとっても些事である。
情報の価値を何ら損ずるところは無い。
「まあ、データが本当かどうかは置いといてさ。
この三人をやっつければ、ゲームって終わるのかな?」
この果し合いにおける最も重要な点をまひるが指摘した。
紗霧と野武彦が頷き合い、資料の真贋問題を棚に上げる。
その直後であった。
―――かしゃん。
背後から。食卓から。
突如、聞きなれぬ音がしたのである。
「あれ? あんな戦利品あったか?」
「いいや、わしは知らん。紗霧殿が出したのでなければ……」
音とは、トレイに差し込んであった用紙がプリンタに供給された音であった。
インクジェット式の、家庭用プリンタであった。
既に電源が入っており、ウォームアップも終わっていた。
先ほどまで紗霧らが覗き込んでいたノートPCに繋いであった。
つい数秒前まで、この小屋には存在しなかったプリンタであった。
「御陵透子というのは、案外おちゃめなんですかね?」
しえん
否。茶目っ気に非ず。透子は不精なだけである。
口頭で質疑応答を受け付け、沢山喋るのが面倒臭い故の手抜きとして、
印刷で済ませているだけなのである。
じゃわじゃわと、A4のコピー用紙はプリンタに飲み込まれてゆく。
しゅんしゅんと、紙面にインクが吹き付けられていく。
印刷されたのは、今、皆が口々に発していた疑問への回答であった。
『−回答−』
『貴方達が智機の分機から奪った情報は、信用してもいい。
素敵医師は、死んだ。ケイブリスは、貴方達に殺された。
だから残存主催者は、私たち三名に椎名智機の、計四名』
『この果たし合いは主催者と参加者との最終決戦などではない。
ゲームの運営とは関係ない。
警告を無視して団結し、本拠地に侵入し、あまつさえケイブリスすら倒して
私たちの管理をしっちゃかめっちゃかにした貴方達が気に入らない。
そう感じた私たち三人が、貴方達に対して叩きつけた私的な書状に過ぎない。
貴方達以外の参加者には届けていない。
参加者の一グループ、対、主催者の有志という構図』
『その有志に、椎名智機は入らなかった。戦うのが怖いと引きこもった。
だから、貴方達も全員揃わなくてもいい。
有無を言わさずにこんなゲームに引っ張り込んだ私たちが許せない人、
主催の全滅でのゲームクリアへの近道だと考える人、
単に戦いたい人だけが、果し合いに参加すればいい。
誰が来てもいい。 何人来てもいい。
来た全員を私たち三人で相手する。
これは、そういう戦い』
シエン
『だから、万一、貴方達が完全勝利したとしても、
残る椎名智機を破壊しなくては、ゲーム自体はクリアにならない』
印刷されたものは回答のみでは無かった。
無駄を極限まで削ぎ落とした果たし状に対する補足説明も、
そこには追記されていた。
『−補足−』
『果し合いを受ける気概があるならば、以下四条を遵守してもらう』
『ルール1――― ルール適用の期間は、果し合いの終了時点までとする』
『ルール2――― ルールは、果し合いに参加しないメンバーにも適用される』
『ルール3――― 期間中、互いに敵対的行動を取らないこととする』
『ルール4――― 現場への仕込みは不可とする』
まずは紗霧が。
次いでランスと野武彦とまひるが競い合うように。
最後にユリーシャが印刷物に目を通した。
通し終えた。
その、頃合を見計らって。
御陵透子は、姿を現した。
「受ける?」
「つっぱねる?」
支援
誰もが彼女を意識し、誰もがいずれ現れるであろうと予感していた。
故に衝撃は走れども混乱は発生しなかった。
透子の姿が、智機の姿に変わってしまったこともまた、彼らを心乱さなかった。
その違いを認識しながらも、その違いは当たり前のこととして受け入れられた。
「参加メンバーは今この場で伝えなくてよいのですよね?」
「いえす」
「いいでしょう。受けて立ちましょう」
月夜御名紗霧は首肯した。透子を一瞥するなり決定した。
仲間たちの意見を伺うことなく、即座に勝手に返答した。
「でぇええ!?」
「即断とな……」
野武彦とまひるの驚愕に含まれる、若干の非難の色が、紗霧に対して訴えていた。
考える時間が、相談する時間が、落ち着く時間が、必要なのだと。
それを、ランスがばっさりと却下した。
「いい機会じゃないか?
ここらですぱっと決着をつけるのは、アリだぞ」
戦いを日常とする、血に飢えた戦士にとって、
決闘・果し合いなどは茶飯事でしかないのか。
それとも単にくそ度胸の持ち主なのか。
ランスは広場まひると魔窟堂野武彦の如く驚愕することも惑うこともなく、
紗霧の決定をあっさりと肯定した。
紗霧はすかさずユリーシャに確認を取る。
しえん
「と、ランスも言ってますが、ユリーシャさんはどう思います?」
「ランス様が、そうおっしゃるなら」
そう問えば、そう答える。紗霧は判っていて言質を取った。
言質を取って数的有利を確保した。
否。
確保の上で、誰も言い出していない多数決に帰結させたのである。
「はい、三対二。多数決でおっけーです」
紗霧の暴挙は、勝算あってのことではない。
一日半。
この、不戦が約された時間の確保こそを重要視した故にである。
「でも恭也さんは……」
「おばかさんたちは黙って私の言うことを聞きなさい」
紗霧はまひるの心配を遮って、ぴしゃりと諌めた。
片頬に浮かんでいるのは、まひるを馬鹿にするかの如き、冷ややかな笑み。
「……りょーかい」
まひるはそれ以上食い下がらずに同意する。
野武彦も黙して頷いた。
紗霧のその笑みの裏に、何らかの思惑があるのだと勘付いた故に。
それだけで二人は納得して了承した。
ケイブリス狩りでの鮮やかな勝利の記憶が、
彼らの胸中での軍師の地位を不動のものとしていた故に。
シエン
「全員合意」
「果し合いの受諾を確認」
「じゃ」
透子は消えた。音も無く、名残も無く。
契約を交わして、果たし状とプリンタを残して。
沈黙、暫し。
最初に口を開いたのは、月夜御名紗霧。
やはりこの女であった。
この女の言葉を、四者は待っていた。
「さて、一日半の猶予が得られた訳ですが……
この期間内で、私たちがすべきこと決めましょう」
紗霧はまず、仲間たちに意見を求めた。
仲間たちが少しは使える頭を持っているのか、
底意地悪く見定めようとしているのである。
紗霧は女教師の如くまひるを指差し、返答を促す。
「えとー、そのー、寝不足はお肌の敵だし、体休めとく…… とか?」
指差されたことにあたふたしつつ、自信なさげに答えるまひる。
紗霧はうんともすんとも言わずに、指さす先を野武彦に移した。
「ここは知佳殿やアイン殿を探すの一手じゃな。
プリントに書いてあるじゃろ?
貴方たち以外の参加者に果たし状は届けていない、と。
それは即ち、まだ生きておる者がおるということ。
その保護に全力を尽くすんじゃ!」
支援
野武彦の鼻息荒き主張が終わるや否や。
紗霧の指差しを待つことなく、心底あきれた口調で、
ランスが己の考えを吐き捨てた。
「バカかお前ら」
確かにランスは切った張ったも好むが。
面倒ごとは大嫌いでもあった。
ズボラなのである。
裏技ですぱっとカタが付くならそれに越したことはないと思っている。
楽をして美味しいとこ取りしたいと、常に考えている。
「そんなもん、主催者どもの隠れ家に乗り込んで、
ズバッとぶった切って終わりじゃないか」
故にランスは、果し合いのルール3を破っての奇襲を主張するのである。
紗霧はユリーシャを一瞥し、頷く彼女を確認した。
それは、ランスに倣うと、着いて行くと、常の彼女の解答であった。
「ランス、正解」
出揃った解答に、紗霧は合格者を発表した。
まひると野武彦はすかさず異議を唱えた。
「や、でも約束したでしょ?」
「それは道を外れることになりゃせんか?」
それは人としての信義の問題であった。
心根や育ちの問題であった。
それを、紗霧は嫌悪感を隠さずに、唾棄して捨てた。
しえん
「約束だの人の道だのなんだの……
あなたたちは少年漫画の読みすぎで脳がスポンジ化でもしてるんですか?
だから日本は外交下手なんて国際評価がなされるんです。
約束なんて破るためにあるんです。
守っていい約束なんてこっちに利のある約束だけです。
そもそも、破らせたくない約束なら破れない拘束力を掛けておくべきなのです。
それをしなかったのは奴等の落ち度で、そこ突くのは闘争の大原則でしょう?
勝たなきゃならない戦いは、どんな手を使っても勝つ。
そんなことも言わなきゃ判らないんですか、どうですか?」
そう、底意地の悪い濃い影の笑みを浮かべたのと同時であった。
紗霧の側頭部に冷たい筒先が押し当てられたのは。
「ばん」
無表情に発砲音を口真似る御陵透子が右手に握るはグロック17。
紗霧は笑んだまま硬直。
こめかみに細波の如き痙攣が走る。
「拘束力」
透子は銃を握る反対の手で自分を指差し、そう言った。
それはつまり、宣告であった。
ルール違反のペナルティは命であると、伝えたのである。
シエン
今の透子は、ただの監察官ではない。
警告を発するだけで立ち去るメッセンジャーではない。
首輪を渡すだけで帰ってゆく宅配人ではない。
死刑執行人でもあるのだと、行動で示していた。
紗霧の全身は粟立っている。
全ての毛穴から汗が吹き出ている。
枯れた口腔に唾液は分泌されず、
唇はチアノーゼを起こしている。
そんな軍師の絶対死地を眼前に、誰も動かない。
否。動けない。
グロックの銃口もまた紗霧のこめかみを捕らえて離さない故に。
ワンアクション、即、紗霧の死。
全ては透子の胸ひとつ。
状況は、一呼吸の間に、そこまで切羽詰っていた。
「勝負は」
「せいせいどうどうと」
そうして、十秒ほど。
紗霧が過呼吸に陥る一歩手前で、透子は消えた。
今回の行動は、デモンストレーションであった。
こうなる、の具体例を示した、警告であった。
ルールを守らせるための強制力は存在していた。
(どうやって今の会話を聞きつけたのですか?
首輪が無いのに盗聴……?
それ以外のなんらかの監視手段を講じている?
元々小屋に監視カメラでも仕込まれていた?
それともジジイの拾ってきたノーパソに仕込みが?)
支援
卓上からかしゃりと音がした。
音の発生源は透子が置いていったプリンタであった。
プリンタは3枚目の印刷物を吐き出してゆく。
それは、紗霧の問いに関する回答であった。
紗霧が口に出していない。
ただ、心に抱いただけの。
誰も知らないはずの疑問に対する回答であった。
『−回答−』
『なぜ、私が監察官という職に就いていると思う?
それは、私に力があるから。
あなたたちの過去を、現在を、未来を。
あなたたちの行動を、考えを、思いを。
全てを。どこにいても。
見通す力があるから、就いている』
底冷えのする沈黙が、紗霧たちを包んだ。
瞬間移動。
それだけであると、誰もが思っていた。
レプリカの遺した情報に嘘は無い。
透子のそれは、能力ではなく生態である故に。
『世界の読み替え』によるものではなき故に。
「……アレと戦えと?」
震える膝を柔い頬に押し付けて、体育座りのまひるがぼそりと呟いた。
しえん
(ルートC)
【グループ:紗霧・ランス・まひる・恭也・ユリーシャ・野武彦】
【スタンス:主催者打倒、果し合いに臨む】
【備考:全員、首輪解除済み】
【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3】
【ユリ―シャ(元01)】
【スタンス:ランス次第】
【所持品:スペツナズナイフ、フラッシュ紙コップ】
【ランス(元02)】
【スタンス:女の子優先でグループに協力、プランナーの事は隠し通す
男の運営者は殺す、運営者からアリス・秋穂殺しの犯人を訊き出す】
【所持品:斧】
【能力:剣がないのでランスアタック使用不可】
【備考:肋骨数本にヒビ(処置済み)・鎧破損】
【魔窟堂野武彦(元12)】
【所持品:454カスール(残弾 3)、鍵×4、簡易通信機・小、
軍用オイルライター、ヘッドフォンステレオ、まじかるピュアソング】
【月夜御名紗霧(元36)with ナース服】
【スタンス:状況次第でステルスマーダー化も視野に】
【所持品:金属バット、ボウガン、対人レーダー、ナース服(装備中)】
【備考:疲労(小)、下腹部に多少の傷有、意思に揺らぎ有り】
【広場まひる(元38) with 体操服】
【所持品:せんべい袋(残 17/45)】
シエン
【小屋の保管品】
[武器]
指輪型爆弾×2、レーザーガン、アイスピック、小太刀、鋼糸、斧×3、鉈
グロック17(残弾16)×2
[機械]
解除装置、簡易通信機・大、分機解放スイッチ、プリンタ
モバイルPC、USBメモリ、簡易通信機素材(インカム等)一式×3
カスタムジンジャー×2
[道具]
工具、竹篭、スコップ、シャベル、メス、白チョーク1箱、文房具、
謎のペン×15、メイド服、生活用品、薬品・簡易医療器具、手錠×2
[食品]
小麦粉、香辛料、干し肉、保存食、備蓄食料
【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3 → ?】
【監察官:御陵透子(N−21)】
【スタンス: 願望成就の為、ルドラサウムを楽しませる
@果たし合いの円満開催の為、参加者にルールを守らせる】
【所持品:契約のロケット(破損)、スタンナックル、改造セグウェイ、
グロック17(残 17)】
【能力:記録/記憶を読む、
世界の読み替え:自身の転移、自身を【透子】だと認識させる(弱)】
支援
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
(いかんなー、いかん。 紗霧ちゃんもジジイたちも怯え過ぎだぞ)
ひとり小屋を出たランスが、井戸水を汲んでいた。
乾いた喉を潤しに、小屋から出たことになっていた。
しかし、真意は違った。
恐怖に凝り固まってしまった仲間たちの空気が、己に伝染せぬよう
一旦場を離れて冷静になろうと、考えたのである。
(テレポートと読心。それだけじゃないか。
体は智機ちゃんのものみたいだし、武器も銃だけ。
固体としてはよわよわだぞ、アレは)
頭を冷やしたランスの読みは正しい。
小屋組の面々は知らぬことではあれど、昨晩の仁村千佳との戦いで、
透子の弱点は露呈しているし、本人とてそれを自覚している。
(例えば…… まひるかジジイを犠牲にして、
『処刑執行』しようとした瞬間に斬りかかれば―――)
犠牲といっても、確実に殺されるとは限らない。
ランスが思い浮かべる二人は、それぞれ超野性と超速度を備えている。
透子の出現に気を張っていれば、銃撃の回避すら可能かも知れぬ。
(よし、灯台に行こう! まひるとジジイを引きずって)
しえん
井戸桶より柄杓を一掬い。
縁に口を寄せ、ごくりと一口。
喉が鳴るのと同時に。
「おいしい?」
「毒入りの水」
再びの、透子であった。
衝撃的な言葉に、ランスはぶうっと吐き出し、がはげへと咽る。
「これは、じょーく」
「でも」
「次がじょーくとは」
「限らない」
冗句などではない、明確な警告を残して。
透子は今度こそ掻き消えた。
(警告じゃなけりゃ、死んでたな……)
背筋を駆け上る悪寒と共に、ランスは理解した。
処刑の手段は、銃殺だけではないことに。
いくら集団で行動していたとしても、
一人になる瞬間は、どこかで発生するということに。
ふと物思いに沈んだり、気を抜いたりする瞬間が、
誰にでもあるということに。
それは今のランス、そのものであったことに。
シエン
ランスは考える。
強さの多様性について思いを馳せる。
かつてのライバルを引き合いに。
(ケイブリスは確かに強ぇ。無駄に強ぇ。だが……)
体格、体力、筋力、牙、爪、魔法。
殺傷力、破壊力を基準に強さを測るのであれば、
この島において、ケイブリスは最強だと断言できる。
しかし、強さとは、それだけではない。
こと、暗殺という手段を取るのであれば。
向かいあっての戦闘で無いのであれば。
時間制限も無いのであれば。
(……効率的に強いのは、あの女だ)
軽薄なこの男らしからぬシリアスな眼差しが、
透子の存在していた空間を鋭く射抜いていた。
↓
支援
(ルートC:3日目 PM00:30 D−6 西の森外れ・小屋3)
レプリカ智機が遺したUSBメモリ。
そこに記されていたのは主催者の近況だけではなかった。
智機がこの島で為した下準備の全てのデータが、
階層式フォルダにみっちりと記録されていたのである。
レプリカを何機製造して。
島のどの位置に、どのような施設を建設したか。
その設計図。完成図書。写真。
監視カメラの台数と位置。
配布アイテム情報と支給品リスト。
そして―――
【シークレットポイントとスペシャルアイテム】。
グレンに配布され、紆余曲折の末に小屋組が所持することとなった鍵束。
その真の意味が、ここに来てようやく、開示されたのである。
『キーナンバー02、座標J−5、地下シェルター』
ユリーシャが広げた配布地図に、まひるが白チョークでマーキングする。
その座標に、建造物は一つしかなかった。
大灯台。
紗霧と野武彦は思い至った。
灯台跡に潜伏していると目される残存主催者は、ここを利用しているのだと。
しえん
『キーナンバー04、座標C−4、神語の書(一枚)』
紗霧は機密文書であろうと当たりを付け、
ランスはマジックアイテムであろうと予想した。
但し、座標が崩落した敵拠点の近場であることから、
ポイントごと地中に没している可能性が高い。
『キーナンバー03、座標F−5、木星のブルマー』
これには、誰もが頭を痛めた。
木星とブルマーの関連性が見出せない。
ブルマではなくブルマーと言う点に並々ならぬパトスを感じるとは野武彦の弁。
誰もが白い目で彼を見た。
『キーナンバー01、座標F−7、世色癌(10粒)』
痛い当て字だなーとまひるが呟き、紗霧と野武彦が同意した。
ヤンキー御用達で夜露死苦なアイテムを彼らが妄想する中で、
ただ一人、世色癌の真相を知るものがいた。ランスである。
ランスは語って聞かせる。
それは、彼にとってはうんざりするほど見慣れた道具であり、
ランス世界の冒険者にとっての必需品であることを。
ハピネス製菓謹製のこの丸薬は、病状の怪我の深度も関係なく、
全てをHPという単位に統合させたうえで、そのHPを回復させるのだと。
つまりは。
重篤な状態にある高町恭也を必ず癒せるのだと。
シエン
御陵透子の度重なる警告と脅しに屈し、
果し合いのルール四条を飲む格好になった彼らに、
奇襲や闇討ちといった選択枝は失われている。
尋常の果し合いに挑まざるを得なくなっている。
そこで宙に浮いた約30時間。
その最初の数時間を、スペシャルアイテムの捜索/回収に充てることとなった。
強く主張したのは野武彦で、ランスがこれに同意し、
疲労感を露にする紗霧が仕方なしに了承した。
神語の書を、未知への探究心を見せる野武彦が。
世色癌を、その形状を良く知るランスが。
木星のブルマーを、余り籤を引いた格好のまひるが。
それぞれ捜索するのだと、すぐさま決定した。
但し、小屋の守りが必要なので一斉出発はさせられぬと、
紗霧がやる気漲る三者に待ったを掛け。
野武彦が、ランスかまひるの帰投までは小屋に残り、
紗霧と共にUSBメモリからの情報収集に当たることとなった。
ランスとまひるはジンジャーに跨って。
鍵束を解き、対応する鍵を野武彦から受け取って。
それぞれの目的地へと、出発した。
↓
支援
(ルートC)
【グループ:紗霧・ランス・まひる・恭也・ユリーシャ・野武彦】
【スタンス:主催者打倒、果し合いに臨む】
【備考:全員、首輪解除済み】
【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3 → F−7 隠し部屋】
【ランス(元02)】
【スタンス:女の子優先でグループに協力、プランナーの事は隠し通す
男の運営者は殺す、運営者からアリス・秋穂殺しの犯人を訊き出す】
【所持品:斧、鍵(←野武彦)、カスタムジンジャー(←共有物)】
【能力:剣がないのでランスアタック使用不可】
【備考:肋骨数本にヒビ(処置済み)・鎧破損】
【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3 → C−4 隠し部屋】
【魔窟堂野武彦(元12)】
【所持品:454カスール(残弾 3)、鍵×2、斧(←共有物)、
軍用オイルライター、ヘッドフォンステレオ、まじかるピュアソング
カスタムジンジャー(←共有物)】
【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3 → F−5 隠し部屋】
【広場まひる(元38) with 体操服】
【所持品:グロック17(残弾16)(←共有物)、せんべい袋(残 17/45)、
鍵(←野武彦)、簡易通信機・小(←野武彦)】
しえん
【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3】
【ユリ―シャ(元01)】
【スタンス:ランス次第】
【所持品:スペツナズナイフ、フラッシュ紙コップ】
【月夜御名紗霧(元36)with ナース服】
【スタンス:状況次第でステルスマーダー化も視野に】
【所持品:グロック17(残弾16)(←共有物)、金属バット、ボウガン、対人レーダー】
【備考:下腹部に多少の傷有、性行為に嫌悪感(大)】
【小屋の保管品】
[武器]
指輪型爆弾×2、レーザーガン、アイスピック、小太刀、鋼糸、斧×3、鉈
[機械]
解除装置、簡易通信機・大、分機解放スイッチ、プリンタ
モバイルPC、USBメモリ、簡易通信機素材(インカム等)一式×3
[道具]
工具、竹篭、スコップ、シャベル、メス、白チョーク1箱、文房具、
謎のペン×15、メイド服、生活用品、薬品・簡易医療器具、手錠×2
[食品]
小麦粉、香辛料、干し肉、保存食、備蓄食料
【タイトル:SP01:『世色癌』〜優しい俺様〜】
(ルートC:3日目 PM01:30 D−7 村落・民家)
(ちょっとサイズ合わないけど、しょうがないよね)
姿身に映る自身の姿を評価して、溜息をつくのは仁村知佳。
手にした若草色のサマーセーターを身に合わせての感想である。
抱いた感想は的を射ており、着衣のサイズが幾分その身に余っていた。
上半身にはクリーム色のブラウス、下半身には純白のミニスカート。
下着も合わせて、つい先ほど、民家の箪笥の中から拝借したものである。
それまでの着衣は、足元に脱ぎ捨てられていた。
既に衣服としての体を為していなかった。
その全てが千切れ、捩れ、血液で変色していた。
全てが透子との戦いで、自らが流した血液である。
推し量るに、致死量と言わずまでも、
ICU入りは間違いない出血量であると見受けられた。
しかし、その割には。
知佳の血色は、決して悪くない。
グロックに穿ち抜かれた腹部の穴も、既に塞がっている。
魔剣カオスに袈裟斬りにされた肩から胸にかけての裂傷にも、瘡蓋が張っている、
透子からの餞別・素敵医師の薬品群と、背中の羽根による光合成。
それらの相乗効果が、知佳の疲弊を大いに回復させていたのである。
(ぴったりの服は無かったけど、着替えはこれでおしまい。
あとは恭也さんたちを探さないといけないけど…… どこにいるんだろう?
主催者たちの情報、早く伝えないといけないのに)
支援
知佳は、考えを改めていた。
今の彼女は、恭也たちと合流する心算でいた。
透子が戦意を明確に表し、ザドゥと芹沢も目覚めたであろう現在。
いかなXX念動能力者・知佳とはいえ、主催者たちを一人では殲滅し得ない。
複数人で。
一気呵成に。
シェルターを攻め落とすことが肝要であると、知佳は考えた。
で、あれば。
自分を庇って怪我をした、恭也に合わせる顔がないなどと言っては居られない。
心の乱れが、力の暴走が、などといじけている余裕は無い。
優しさや臆病さを前面に出している場合ではない。
(時間が経てば経つほど、戦いは厳しくなる。
ザドゥと芹沢が回復してしまうから)
死闘に次ぐ死闘、裏切りと別離。
それらの経験によって一皮剥けたと言うべきか。
それとも何かが欠落したと言うべきか。
変化についての評価は、現時点では下せない。
ただ、はっきりと言える事は。
優しいだけの少女はもういないことと、
覚悟を持った戦士がここにいることである。
(花園からここにくるまでの間に、東の森の焼け跡は通って来た。
村の中にも誰もいない。
どこに居るんだろう…… 西の森か、港のほうか、山のほうか……)
しえん
結局はぶかぶかのセーターを身に付けた知佳は、
行く先について思案しながら、民家から村落へ。
そこで、ばったりと。
「知佳ちゃん?」
「ランスさん!」
カスタムジンジャーを楽しげにぶいぶい言わせているランスと、
舗装道路と村落の交差点にて、鉢合わせたのであった。
「やあ知佳ちゃん、生きてたんだな! よかったよかった」
「……」
親しげに片手を上げるランスが歩み寄る分だけ、
訝しげに眉根を寄せる知佳が後ずさる。
それもやむない話である。
なぜなら知佳は、ランスと恭也が手を組んでいることを知らぬ。
彼女にとってのランスとは。
知佳と性交渉を持ちたい一心で恭也に切りかかった男であり
同行と協力の申し出を踏みにじった男でしかなかった故に。
殺人鬼。
強姦魔。
そうとしか捉えられぬ行動であった。
危険人物というほか言葉は見当たらぬ。
「前に会ったときより元気になった感じだな。うん、グッドだ!」
「……っ!」
シエン
知佳が自分と距離を措こうとしていることを察したランスの歩みが、
大股なものとなる。
知佳はその動きを受けて、身を翻した。逃げ出した。
「待て待て知佳ちゃん!」
ランスが知佳を止めるべく伸ばした手は、彼女に触れる手前で弾かれた。
念動力の柔き大盾・サイコバリアである。
「うぉっ!? なんだこりゃ?」
ランスもまた、知佳の変化に目を見張った。
ランスの知る知佳とは、一人で歩くのもままならぬほど弱々しく、
可憐で清楚な病弱お嬢様でしかなかった。
しかし、今の知佳は。
灰色の翼をその背に生やしており、謎の半透明の膜を前方に展開していた。
その跡は見当たらぬが、うっすらと血の臭いすら漂わせていた。
しかも、物騒な目で、強気な警告を浴びせるのである。
「あなたと今、戦うつもりはないから、放っておいて」
ランスには分かった。知佳の目を見るだけで判った。
この少女も又、この数日で相当の修羅場を潜り抜けてきたのであろうと。
ここまで生き残り、勝ち抜けるだけの力が備わっているのであろうと。
そこまで分かっていて、尚。
ランスは知佳を見過ごさなかった。
「まあまあ、そんなツンケンするな、知佳ちゃん。俺様と恭也は和解したぞ?
バット使いの紗霧ちゃんや、魔窟堂のジジイ、おかまっ子のまひるも一緒だ」
「うそ……」
支援
知佳はこの場から転進する決意を固めていた。
しかし、ランスの口から発せられた内容が、彼女の足を地面に縫い付けた。
恭也たちとの合流こそ、知佳の目下の目的であるが故に。
その彼らと目の前の暴漢が同行しているというのであれば、
知佳はランスの存在を無視出来ぬのである。
「いやいや、ホントホント。俺様は、あいつらを部下にして、
悪い主催者どもにかっこよく立ち向かっているんだぞ!」
そこで、曇りなきがはは笑い。
知佳にはランスの言は信じられぬ。
しかし確認する術は持っている。
「本当に、恭也さんと一緒にいるの?」
注意深く歩み寄り、バリアを展開したままで。
知佳はランスの裾をそれとなく握る。
「まあ…… うん」
ランスは歯切れ悪く、目を逸らして答えた。
それが嘘でないことを、知佳は読心で読み取った。
それが隠し事なのだと、知佳は読心で読み取った。
【ひでえ怪我で意識不明……てのは、黙っててあげたほうがいいんだろうなぁ】
「酷い怪我って!?」
知佳はランスに詰め寄った。
その勢いにランスは若干飲まれてしまい、問われたことを正直に答えてしまう。
若干の違和感を覚えつつ。
しえん
「ゴツい銃で撃たれた後、傷口を焼いたらしいな。そこが膿んで、な」
【あれ? 俺様、怪我のこと言ったっけか?】
「あの時の……!」
その怪我は、知佳も知っていた。
知佳を庇った故に穿たれた傷である。
知佳の癒えぬ疵でもある。
胸が痛む。締め付けられるように。
その後悔と逃げ出したい気持ちを押さえつけて、
知佳はランスへの確認を継続する。
「お薬は? 化膿止めとか止血剤は?」
「そんなものよりも、だ。
実は俺様、世色癌といういいモンを手に入れてな」
「せいろ、……がん?」
既にランスは、マンホールに偽装したシークレットポイントから、
世色癌の10粒を回収していたのである。
その上、ちゃっかり一粒を飲み込んで、己の傷ついた肋骨と、
失われた体力を完全に回復させていたのである。
「回復量は多くないが、どんな状況でも体力を回復させ……」
【ちょっと待て…… ん!? 来た! ピーンと来たぞ!】
ランスが口篭もり、思案を働かせる。
知佳の胸中に広がるのは、悪い予感の分厚い雨雲であった。
予感は即座に事実の裏づけを得た。
【これ上手くすれば知佳ちゃんとエッチできるんじゃねーの?】
シエン
知佳の表情に露骨な軽蔑が宿ったことにすら気付かず、
ランスは欲望塗れの卑怯な取引を持ちかける。
「そーだなー。知佳ちゃんが一発ヤらせてくれたら、
この大事な世色癌を一粒、恭也のヤツにくれてやろう」
【うへへへ。これは知佳ちゃんも断われないだろう?
なにせ最愛のお兄様が助かるかどうかの瀬戸際なんだからな!】
知佳は落胆し、憤慨した。
(結局、それなんだ。この人には、それしかないんだ)
ランスが恭也と同行していることが事実であった故に、足を止めた。
主催者と戦う意志を見せたが故に、遠慮があった。
しかし、その仲間の命を盾にして下劣な取引を仕掛けるような、
野卑な下種でしかないというのならば―――
(―――奪う)
知佳の目が爛と輝く。
テレキネシスを引き絞り、急所に無遠慮に叩き込もうと、意識を集中する。
そんな剣呑な知佳の思惑にまるで気付かぬどころか
そもそも念動の全貌も知らぬランスは、暢気なことに、
己の欲望を全開にして、さらなる脅し文句を重ねてゆく。
「いやー、これを手に入れるのには苦労したんだぞー」
知佳の狙いは心臓直上。
至近距離からのハートブレイクショットを打つ算段である。
「それを知佳ちゃんにあげようっていうんだ、俺様って優しいだろ?」
支援
スケベ心に正常な嗅覚を鈍磨されているランスは、
下卑た笑顔で、知佳の肩をぎゅっとつかんだ。
その接触した肩から強烈に、ランスの本音が伝わってきた。
【まあ断わられても恭也に世色癌はやるつもりだがな】
その、一回りして意外な本音に、知佳は動揺する。
集中力が乱れ念撃は不発となり、力が萎んでゆく。
(―――え? どういうこと!?)
ランスは傍若無人な男である。
唯我独尊の男である。
それでも、世の男の全てを敵視しているのかというと、そうでもない。
「知佳ちゃんがうんと言わないなら、俺様がぜーんぶ飲んでやろうかなー?」
【というか、元々恭也の為に探しにきたようなもんだし】
可愛い女の子に比べて優先度が著しく低いことは通底しているが、
認めざるを得ない相手は認めるに吝かでないし、
上から目線とはいえ、同胞意識も抱くのである。
「ぶっちゃけ俺様は、ヤローの命なんてどうでもいいしな」
【あいつはこんなところで死なせるには惜しいヤツだ】
例えば、ランスが一目置いている部下の一人、
リーザスの赤き死神と呼ばれる青年将軍、リックなどは、
ランスお気に入りの女親衛隊長、レイラとの交際すら
認められているのである。
しえん
「だいたいケイブリスと戦ってるときも、俺様はかっこよく斬り込んだのに、
あいつは後ろのほうからぽいぽいと石ころを投げてただけだったしな」
【俺様が今こうして元気でいられるのも、
恭也のヤツがケイブリスの動きをうまく御してくれたからだしな】
ともに命をかけて、背を預けあって戦えば、それは戦友。
相手が強く、頼もしいければ、なおのこと信頼は強固になる。
「それに……」
【それに……】
気付かぬうちに九死に一生を得たランスが、知佳の瞳をじっと見つめる。
知佳もその瞳を覗き返し、ランスの心の囁きを汲み取ることに集中する。
「いなくなっても俺様は全然困らんわけだ、知佳ちゃん?」
【石頭でうっとおしいところはあるが、嫌いじゃないぞ、うん】
知佳の肩に置かれたランスの手が、首筋経由で頬にスライドした。
いやらしさ全開の動きであった。緩やかに性感を刺激するための指捌きであった。
だが、知佳は顔を顰めない。伸ばされた手を振り払わない。
ランスが『取引』を持ちかけている間は、これ以上の性的刺激を
与えてこないであろうと、半ば確信したが故に。
(この人は、敵じゃない)
なんとしても知佳と性交渉を持ちたいという気持ちも本心ならば、
恭也を気遣い、助けたいという気持ちもまた本心。
相反するようで実は両立している言葉と心理のギャップを飲み込んで、
知佳はランスへの評価を改めた。
決して善人ではない。かといって悪人でもない。
ランスとは、スケールの大きなやんちゃボウズであるのだと。
シエン
(だったら、話し合いで済ませよう)
知佳は思い出す。
ランスとの初邂逅時に自分が取った行動を。
力の反動で心身共に衰弱窮まり、自力歩行すらままならなかった知佳が、
唯一残った読心を駆使して、ランスの情婦たるアリスメンディを誑かし、
まんまと恭也との戦場離脱を成功させた前例を。
やるべきは、それと同じ。
ランスの心を読みつつ、会話を有利な方向に誘導する。
「私、わかってるよ。そんな意地悪を言ってるけど、
本当はランスさん、優しい人なんだって」
極上の、媚びた笑みで以って、知佳はランスの手を握り……
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
【……どうしてこうなった?】
しきりに頭を捻りながら、ランスは二粒の世色癌を知佳に手渡した。
知佳はにっこりと微笑んでそれをピルケースに収納した。
「恭也が寝てる小屋は、西の森の浅いとこにあるから。
空飛んでりゃすぐに見つかると思うぞ」
結局、取引は不成立であった。
ランスにとって誠に不本意ながら、性交渉の確約を取り付けることなく、
知佳に世色癌を譲渡することとなってしまった。
支援
「ありがとう、ランスさん」
相手が悪過ぎた。
読心能力者に、恭也を助けようという思いを見透かされた以上、
ランスに勝ち目は万に一つもなかったのである。
「でも、二粒だけ?」
「まあ、今の怪我を乗り切るにはそれで十分だろ。
今後の戦いのことを考えるとな、無駄遣いはできんのだ」
【透子ちゃんとの戦いで、何粒かは絶対に必要になるからな】
ランスの言葉と思いが一致していた。
口調と眼差しもまたシリアスであった。
「うん、そうだね」
既に、知佳は自分が恭也らと離別してからこちらの小屋組に発生した
おおよその情報を、ランスから巧みに引き出していた。
果し合いのことも、その後の透子の警告のことも、読んでいた。
故に、知佳は食い下がらず同意した。
「ありがとう、ランスさん。あなたが優しい人で、よかったよ」
「俺様の優しさにぐらっと来たか? いつでも乗り換えていいんだぞ?」
【ま、いっか。俺様を優しいとか勘違いしてるみたいだし。
じっくり時間をかければそのうち和姦もいけるだろ!】
「んと、あはは……」
知佳は笑って誤魔化した。心は既にここに無い。
西の森の外れにある小屋へと、そこに眠る恭也へと飛んでいた。
早く会って、早く世色癌を飲ませたい。
想いの全てはその一色に染まっていた。
しえん
「紗霧ちゃんに伝えといてくれ。
斧も鉈も、どうもしっくり来ないから、
ケイブリスの爪を毟ってくるってな」
「うん、わかったよ」
知佳は軽く頷くと、ランスに背を向け、背中の羽根を羽ばたかせた。
砂埃を巻き上げて、浮揚。
旋回、飛翔。
燕の勢いで西の森へと飛び去る知佳の背へと、ランスが言葉を贈った。
「知佳ちゃん、ナイスパンツ!」
「……」
知佳無言のツッコミは軽微な念動波であった。
ランスはそれに膝裏を叩かれて、かっくんと転倒した。
↓
シエン
(ルートC)
【現在位置:E−7 舗装道路・交差点 → E−5 耕作地帯】
【ランス(元02)】
【スタンス:女の子優先でグループに協力、プランナーの事は隠し通す
男の運営者は殺す、運営者からアリス・秋穂殺しの犯人を訊き出す
@ケイブリスの死体を漁り、爪(武器になるんじゃねーか?)を回収する】
【所持品:斧、鍵、カスタムジンジャー、世色癌×7(New)】
【能力:剣がないのでランスアタック使用不可】
【備考:鎧破損】
※世色癌を一粒飲んで、怪我は完治しました。
【現在位置:E−7 舗装道路・交差点 → D−6 西の森・小屋3】
【仁村知佳(40)】
【スタンス:@小屋組に合流し、恭也に世色癌を飲ませる
A手持ちの情報を小屋組に伝える
B手帳の内容をいくつか写しながら、独自に推理を進める】
【所持品:テレポストーン×2、まりなの手帳、筆記用具とメモ数枚
世色癌×2(←ランス)】
【能力:超能力、飛行、光合成、読心】
【状態:疲労(小)、脇腹銃創(小)、右胸部裂傷(中)】
【備考:手帳の内容はまだ半分程度しか確認していません】
支援
【タイトル:SPI-02:『地下シェルター』〜終身願望保険(掛け捨て)〜】
(ルートC:3日目 PM02:00 J−5地点 地下シェルター)
シークレットポイント、02。
スペシャルアイテム、02。
あらゆる天変地異から内部を守る地下シェルター。
智機はそこに、独りであった。
心理的な意味合いのみならず、
空間的な意味合いにおいても。
ザドゥとカモミール芹沢は新鮮な空気と日光を求め、シェルターの外に出ていた。
カオスは芹沢に担がれていった。
御陵透子は、情報収集と監視と警告に赴いていた。
故に、シェルターの中にいるのは彼女のみなのである。
この状態になって、既に一時間余。
椎名智機はずっと検討している。
【自己保存】の欲求を満たしつつ、願望を成就させるための方法を。
(……ザドゥ殿だ。何を於いても、ザドゥ殿だ。
果し合いの勝利は大前提として。
その結果に於いて、彼だけには生存していて貰わねば、
私の願いは叶えられないのだから)
優勝によるゲームクリア時にての生存主催者のうち、
一名の願いを『叶えない』というχ−1のペナルティ。
願望成就の放棄を宣言しているザドゥがその時点で残存していなければ、
残りの生存者との間で貧乏籤の押し付け合いになるは必定。
その局面が訪れた場合、智機は自ら進んで願望を放棄することとなる。
しえん
なぜならば、彼女の最優先事項は【自己保存】。
自らを害しようという相手との戦いは、不可能である。
人間になる―――
智機が抱えるその願望を叶える為には、
前述の彼女の思案どおり、ザドゥを生き残らせることが必須となる。
(But、私の演算では、ザドゥ殿生存の可能性は五割弱。
果報を寝て待つには極めて分が悪いと言わざるを得ないね。
手を拱いて見ている訳にはいかないな)
無論、智機は何も手を打たずにいる心算は無い。
果し合いを止めることはもう不可能であるにしろ、
小屋組への事前準備や離間工作、或いは果し合い時の後方支援等、
ザドゥ生存確率を高める為の策略は十指に余る。
しかし、ここでもまた。
(【自己保存】。全く忌々しきは設計思想の愚かさよ!
この本能を封じねば、自分には何も出来ないのだから!)
結局は、そこなのである。
同僚の悉くに自らの主張が封殺されている今、
事態に介入する為には、己の体にて出張る必要があるのだが、
トランキライザと機械の本能を沈黙させぬ限り、
それすら不可能なのである。
膝を抱えて震えているしかないのである。
【こころ】の封印を解く。
何にも先んじて智機が為さねばならぬのは、それであった。
そしてそれは、彼女単独では為し得ぬことでもあった。
シエン
(透子様と交渉するしかあるまい)
透子は恐ろしい相手である。
決して逆らえぬ相手である。
しかし裏を返せば、それほど頼りになる相手でもあった。
また、感情に支配されているザドゥや芹沢と違い、
今の透子は機械の思考ルーチンを持っている。
であれば、理で以って説得は可能。
その判断で智機は彼女なりの覚悟を決めて、透子へとIMを投じた。
================================================================================
T−00:透子様、お願いがある。今後の戦局を左右するとても重大な頼み事だ。
================================================================================
数秒と待たずに、レシーブは来た。
================================================================================
N−21:ほわっと?
================================================================================
少なくとも交渉に乗る気はありそうだと智機は判断し、
冗長を嫌う透子の機嫌を損なわぬよう配慮しながら、
智機は用件を短く纏め、打電する。
================================================================================
T−00:小屋組が入手した、分機解放スイッチを掠め取ってきて頂けないだろうか?
T−00:透子様の瞬間移動があれば、造作も無いことだろう?
N−21:のー。その行動は果し合いのルール3に抵触する。
================================================================================
(ここからが勝負だ……)
支援
ここまでは、只の前振りである。
ここからが、交渉の開始である。
智機は理を述べねばならぬ。以って透子の考えを否定せねばならぬ。
その結果、直接、生命の危機に至ることはないと演算はされているが、
そこに生じるであろう透子の自分に対する評価の減算は疑い様が無い。
智機のトランキライザが恐怖感を丸めるべくうなりを上げる。
冷媒が体中を駆け巡り、クロック周波数が引き下げられる。
無意識に、深呼吸。一度、二度。
腹を据えた智機が、仮想キーボードのエンターキーを打鍵した。
================================================================================
T−00:ルールとは小屋組に課されたものだろう?
================================================================================
またしても、返答は簡潔にして即座であった。
================================================================================
N−21:のー。相互に課されたもの。私も従う義務がある。
T−00:流石は透子様だ。その義理堅さと高潔さには感心せざるを得ない!
T−00:そしてまた私も、自身の陰謀気質を大いに恥じ、反省しよう!
================================================================================
透子の再反論を受けた智機は即座に己の意見を取り下げた。
取り下げて謝罪し、おべんちゃらを使い、反省して見せた。
結果、透子のIMは止んだ。
不快や遺憾の意は打電されてこない。
(Yes、山場は乗り切った!)
支援
そこまではシミュレートできていた。
これが拒否されることは高確率で予測が立っていた。
そして、ここからが。
智機の真の頼みごとであった。
================================================================================
T−00:では、私のトランキライザの常駐を解除して頂けないだろうか?
T−00:それならば、ルールへの抵触はないだろう?
================================================================================
智機は把握していた。
御陵透子の共生する機体N−21から、トランキライザが常駐解除されていることを。
レプリカの最優先事項、【ゲーム進行の円滑化】が、今は無効化していることを。
透子は推測していた。
それらは、透子の本性、思惟生命体の働きによって選択的に為されたことであろうと。
思惟生命体は、自分にもそれを為すことが可能であると。
分機解放スイッチに拠らずとも、【こころ】を取り戻すことは出来るのである。
智機は、そこに、気付いたのである。
================================================================================
N−21:のー。
================================================================================
透子は素気無く無下に否定した。
理由すら語ることなく却下した。
シエン
================================================================================
T−00:Why? よければその理由をご説明いただけないだろうか?
N−21:怯える智機はいい智機。頑張る智機はダメ智機。
N−21:だって、あなたは保険だから。ザドゥが死んだら必要だから。
================================================================================
透子が考えていたのも、智機の危惧に同一であった。
しかし透子はザドゥの死すら包括して検討していた。
χ−1。
ザドゥが敗北死した場合、願望没収の対象を智機に切り替える為に、
お前には最後まで生きる義務があるのだと、
透子は願望成就にかける冷徹な情熱を、開示したのである。
================================================================================
N−21:あなたは私に逆らえない。それを私は知っている。
N−21:あなたは誰とも争えない。それも私は知っている。
N−21:それは貴女の【自己保存】の欲求に拠るもの。
N−21:だから【自己保存】の枷を外すことは、私にとってマイナス評価。
================================================================================
自分に逆らう可能性をゼロにする為に。
独自に行動する可能性を封殺する為に。
透子は決して、智機に【こころ】を取り戻させない。
明確な宣言であった。
透子は、智機の予想より遥かに冷静で冷徹で容赦無かった。
智機は透子の理と決意を目の当たりにして交渉を断念した。
そしてまた。
智機が断念したのは、交渉のみでは無かった。
(私は、もう…… 人には、なれないのだね……)
支援
願望の成就すら、運に任せざるを得なかった。
こうなっては、もう、智機はシェルターから出ることは出来ぬ。
安全な地下室に土竜の如く引きこもり、
ただただ命を心配し、怯え続けることしかできない。
ザドゥが生還することを神に祈りつつ、
壁に向かって恨み言を呟き続けることしかできない。
(恨めしい…… この機械の本能が。
意のままに行動できぬは愚か、意すら意のままに発せぬとは)
それでも、そこまで追い詰めても。
まだ、追い詰め足りぬと言うのか。
「出して」
透子はシェルターに転移してきた。
項垂れる智機に手を伸ばしてきた。
「Dパーツ」
Dパーツ――― それは、智機に神が下賜した前報酬。
あらゆる機構と智機とを融合させることのできる、魔法科学の奇跡の結晶。
非力な女学生レベルの運動能力しか持たぬ智機を、
戦場の魔王レベルにすら引き上げることのできる、大逆転の至宝。
「このままじゃ」
「宝の持ち腐れ」
しえん
但し、オリジナル智機にそれは使用できぬ。
【自己保存】の本能で生き死にのかかった戦いに参加できぬ彼女には。
メインメモリに分機への指揮領域が固定確保されている彼女には。
【こころ】なき智機には。
決して、換装できぬのである。
故に、透子の発言と行動は。
全く正しい判断なのだと、智機の論理演算回路は解を返さざるを得なかった。
「……果し合いの役に立ててくれ給え」
その解に従って、透子に逆らわぬという本能に従って、智機は。
抵抗することなく。
嫌な顔すら作れぬままに。
己に残された最後の可能性・Dパーツを、透子に引き渡した。
「大事な体」
「労わって」
赤い魔法金属を両手で抱えて消えてゆく透子が、
無表情の智機に声をかけた。
それは思いやりとねぎらいの言葉であった。
言葉面だけを捉えるならば。
シークレットポイント、02。
スペシャルアイテム、02。
あらゆる天変地異から内部を守る地下シェルター。
智機はそこに、独りであった。
↓
シエン
(ルートC)
【現在位置:J−5地点 地下シェルター】
【グループ:ザドゥ・芹沢・透子】
【スタンス:待機潜伏、回復専念
@プレイヤーとの果たし合いに臨む】
【刺客:御陵透子(N−21)】
【スタンス: 願望成就の為、ルドラサウムを楽しませる
@果たし合いの円満開催の為、参加者にルールを守らせる】
【所持品:契約のロケット(破損)、スタンナックル、カスタムジンジャー、
グロック17(残弾17)、Dパーツ(←智機)】
【能力:記録/記憶を読む、
世界の読み替え:自身の転移、自身を【透子】だと認識させる(弱)】
【刺客:椎名智機】
【所持品:スタンナックル、改造セグウェイ、グロック17(残弾17)×2】
【スタンス:【自己保存】】
【タイトル:SPI-03:『木星のブルマー』〜初めにブルマーありき〜】
(ルートC:3日目 PM02:30 D−6 西の森外れ・小屋3)
この世に、有り得ないは有り得ない。
―――初めにブルマーありき
神がブルマーを元に天地創造した。
そんなけったいな世界が、確かにあった。
亡き常葉愛の出身世界の話である。
―――ブルマーは神と共にありき
―――ブルマーは神であった
月夜御名紗霧がUSBから発掘したアイテム管理ファイル。
その「木星のブルマー」の項は、天地創造の壮大な一節から始まっていた。
紗霧は目をこすり、再び読みかえす。
―――初めにブルマーありき
―――ブルマーは神と共にありき
―――ブルマーは神であった
「ええ、と……」
何度読み返しても、文面に変化は無かった。
「ユリーシャさん。ちょっとここの文章、音読していただけます?」
「初めにブルマー……」
「了解です。おっけーです。飲み込みましょう」
そこまでして、紗霧はようやく己の目に狂いが無かったことを認めた。
―――地球にブルマーをもたらしたブルマー星人
―――地球を包むブルマニウム粒子
「ユリーシャさん。ちょっとここの文章、音読していただけます?」
「地球にブルマー……」
「了解です。おっけーです。次行きましょう」
―――地球全土のブルマー化を目論む悪の集団「BB団 ビッグブルマー団」。
―――世界のブルマーバランスを監視する国際機構「MIB ブルマーの男たち」。
―――この影の二大組織が血眼で奪い合う「神のブルマー」。
「ユリーシャさん。ちょっとここの……」
「紗霧殿、戦うのじゃ、現実と」
―――「神のブルマー」とは古代の超兵器である。
―――存在が確認されているのは二着のみ。
―――「常葉愛」が装着する「月のブルマー」。
―――BB団のブルロイド「B」が装着する「木星のブルマー」。
「諦めがついたら、なんだか楽しくすらなって来ましたね」
「いい按配に頭が茹だった、なんとも胸躍る設定じゃな!」
「そうですか……? 恥を知らない世界だと思います」
それから10キロバイト少々。
木星のブルマーに関する、無駄に壮大な一通りの資料を読み終えた紗霧は、
目眩めく偏執的なくだらなさに心底辟易し、深い溜息をついた。
しかし、半信半疑ながらも、その秘めたる強大な力は、理解できた。
木星のブルマー。
それは、世界を滅ぼす破壊の力にもなり。
それは、世界を慈愛で満たす力にもなり。
神の隣に座る資格すら得ることができる。
この記載にもまた、偽りが無い。
古代に栄えた二大大陸文明を滅ぼしたブルマー裾入れ派と裾出し派の戦い―――
エンシェント・ブルマゲドン。
その始まりを担ったのが神のブルマーならば、
その終わりを担ったのも神のブルマーであった故に。
無論、参加者・常葉愛が装着していた「月のブルマー」の如く、
或いはアズライトやイズ・ホゥトリャの如く、
このアイテムもまた、金卵神によって何らかの制限は課されているであろう。
それでも、チートといえば、この上なきチートアイテムである。
と、そこまでは良かった。
問題は、テキストの最後に記されていた「適格者」の項目であった。
「……」
「……」
黙して瞳を交わす、紗霧とユリーシャに、
わざとらしい咳払いをしつつ、狼狽を隠せぬ野武彦。
「ううむ…… おほん、ごっほん」
全く残念なことながら。
神代より伝わる超兵器の神秘に触れる資格を、紗霧は有していなかった。
隣に座るユリーシャにしても、同様である。
だが、この居心地の悪い空気は、落胆による物では無い。
羞恥によるものであった。
―――純潔であること。
そうして、生存者を俯瞰してみれば。
仁村知佳とて、思いを寄せる異性と望まぬ契りを交わしているし、
童女しおりに至っては、生存者の誰よりも性経験が豊富であった。
又、主催者サイドに目を移しても。
カモミール芹沢は多情で鳴らした徒女(アダージョ)であるし、
椎名智機もレイプに近い強引な手管で処女を散らされている。
透子は【御陵透子】であった頃の肉体は全き乙女ではあったものの、
仮衣である椎名智機のレプリカは純潔を失った後の智機を基盤に作られている。
誰も彼も揃って非資格者であった。
「どうしたもんですかね……?」
「あの…… 恭也どのなんて、どうじゃろか?」
純潔とは、処女のみとは限らぬ。
童貞もまた一つの純潔であると、野武彦は考えたのである。
残念ながら恭也もまた、知佳を相手に資格を失っているのであるが、
そのことを知る者はここにいなかったし、
彼の言動のそこかしこに見られる初心さやお堅さから、
きっとそうなのであろうと、皆がなんとなく察していたのであった。
とは言え。
「想像させないでください、この倒錯ジジイ!」
「それを提案してしまうあなたの心根を軽蔑します」
言葉に誘発されて想像してしまった絵面の洒落にならなさに対して、
乙女たちは立腹し、野武彦を鋭く責めた。責め抜いた。
そうして数分。
冷や汗で下着が絞れるほどに塗れている野武彦の窮地を救ったのは、
ここのところ気の合うそぶりを見せ始めた、相方であった。
「あったよー!」
煤と灰に塗れた真っ白で真っ黒な顔ににっこりと笑顔を浮かべ、
その手に、サイドラインの入った小さな濃紺のブルマを握って。
もとい。
ビニール袋の中に入れて。
広場まひるの帰還である。
シークレットポイント、03。
東の森の木の一本に、小鳥の巣箱に偽装してあったそこは、
昨晩の火災で、消し炭になってしまっていた。
通常のアイテムであれば、巣箱と同じく燃え尽きていたであろう。
しかし、そこにあったのは神の手になるオーパーツ。
業火を物ともせず、焦げ付き一つつく事は無く。
輝きすら放ち、まひるの到着を待っていたのであった。
「「「居た!!」」」
まひるの華奢な体操着姿と、袋詰めの超兵器を見て、野武彦たちの心が一つになった。
「お? お? 声が揃っちゃうほどあたしの顔が見たかった?」
勘違いしたまひるが、笑顔全開でてとてとと野武彦に駆け寄る。
その脇から、ぬうと黒い影が手を伸ばした。
月夜御名紗霧である。
「とりあえずジジイは外に出てなさい。ここからは乙女会議です」
「うむ、心得た。後は任せたぞい、軍師殿。
というより、まひるちんが帰ってきたのじゃから、
わしは『神語の書』捜索に向かおうと思うのじゃが?」
「了承です。かのアイテムは最重要アイテム。
是非入手して頂きたい…… ところですが。
何分、崩落後の危険地帯です。
貴方の身の危険を押してまでの調査は不要です。
五体無事で帰ってきなさい、魔窟堂野武彦」
その判断は、野武彦を戦術の駒と見ての発言である。
理の天秤の軽重であり、決して優しさのみから出たものでは無い。
それでも。
その何%かの成分は、確かに紗霧なりの同胞意識から成っていた。
「その命、しかと受けたのじゃ!」
野武彦は奮い立つ。
紗霧に対する篠原秋穂殺害の疑いは、未だ頭の片隅にはある。
しかし、今は。
それよりも、圧倒的比重で。
紗霧への軍師としての信頼感と仲間意識が、勝っている。
「じっちゃん、気をつけてね!」
「いってらっしゃいませ」
「合点じゃ!」
野武彦は人差し指と中指を立てた左手を横に寝かせるとこめかみに当て、
ウインクを決めるや、ビッとその手を突き出した。
それは多分なにかのヒーローの決めポーズなのであろうが、
残念なことにまひる達にその意図は伝わらなかった。
「世代の違い、かの……」
寂しそうに背中を丸めて、野武彦が小屋を後にする。
カスタムジンジャーの軽快なモーター音が遠ざかっていった。
その音が完全に聞こえなくなったことを確認し、
隣室で眠る高町恭也の寝息を確認した上で、
紗霧は、猫撫で声で、まひるに話しかけた。
「さて…… 広場まひる」
「はひ?」
「あなたは、自分が女性であると主張していますね」
「残念ながら世間の風当たりは強いですが」
「世界があなたを否定しても、私は貴女を認めますよ。
あなたは女の子。貴方ではなく貴女。まちがいない」
「広場さんは女の子。だれより素敵な可愛い子」
紗霧の優しい囁きを、ユリーシャが補強する。
腹にイチモツ抱える者同士、意外と息の合うところを見せている。
しかし、腹芸に鈍感なまひるは、彼女らの含みに気付くことなく、
素直に嬉しくなって、調子に乗った。
「でへへぇ…… やっぱり? そう思っちゃいます?
やだなーもー、いくらホントのこととは言え、照れちゃうなー」
「で、純潔ですか?」
「ぶうううっ!?」
紗霧の問いは突然跳ねた。
予想もしない方向に、恥ずかしくてならぬ内容に。
まひるは顔を真っ赤にして抗議する。
「不埒、不埒、極めて不埒っ!!
そーゆーデリケートな問題を尋ねるときは、オブラートに包むってゆーか……
てゆーか、そもそも何でそんなこと聞かれなくちゃいけないのさ!」
「理由はあります。ユリーシャさん、適格者の部分を」
「はい」
ユリーシャはモバイルPCの液晶画面をスクロールさせた。
そこには、木星のブルマーの兵器性能と適格者の条件が表示されていた。
―――ブルマー衝撃波
―――ブルマーミラージュ
―――ブルブレイド
―――ブルマーの輝き
「これなんていい意味で酷いですよ、大陸弾道ブルマー。
NK民主主義人民共和国世襲元首がテポドンミサイルを発射する!」
「なにそれ、ふざけてるの!?」
「それは履かなきゃわからない」
その後も、まひる、黙読することしばし。
読み終わると同時に、諦めたような溜息をついた。
「わかりましたか、大事なことなんです。
答えなさい。あなたのエッチ経験を赤裸々に」
「う…… わかるけど、わかるけどさあ!
だったら紗霧さんとユリーシャさんも言ってよ
あたし一人だけ告白なんて、そんなの恥ずかし過ぎ!」
「私が適格者だったら、いちいちあなたに聞きません」
「ランス様に…… 可愛がって頂いております……」
キレ気味に言い捨てる紗霧。
夢見る瞳で語るユリーシャ。
共に即断。
「ま、まあ…… ピュアであることに、誇りと劣等感をもってるけどさ……」
その勢いに、結局は正直に答えてしまうまひるであった。
「なら決定です。履きなさい」
「……そーくるよね、やっぱり」
可愛くぐずりながらも、まひるは装着に同意した。
どの道体操着。
レギンスからブルマーに履き替えること自体に、さほど抵抗感はなかった。
「履き替えたけど?」
「では、ブルーミングしてみましょう」
「ブルーミング?」
ユリーシャは黙って液晶画面の該当項目をスクロールさせる。
―――ブルーミングとは。
―――装着者の性的興奮を基準とする発汗や発熱、愛液によって、
―――ブルマの内部のムレムレ度を高めることである。
「……」
「……」
「……オカズが必要でしたら、パンチラまでなら協力しますよ?」
「やっぱりオトコのコって思ってんじゃん!!!」
↓
(ルートC)
【グループ:紗霧・ランス・まひる・恭也・ユリーシャ・野武彦】
【スタンス:主催者打倒、果し合いに臨む】
【備考:全員、首輪解除済み】
【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3】
【ユリ―シャ(元01)】
【スタンス:ランス次第】
【所持品:スペツナズナイフ、フラッシュ紙コップ】
【月夜御名紗霧(元36) with ナース服】
【スタンス:状況次第でステルスマーダー化も視野に】
【所持品:グロック17(残弾 16)、金属バット、ボウガン、対人レーダー、指輪型爆弾】
【備考:疲労(小)、下腹部に多少の傷、性行為嫌悪】
【広場まひる(元38) with 体操服 & 木星のブルマー】
【所持品:グロック17(残弾 16)、せんべい袋(残 13/45)】
※木星のブルマーは、まひるが適格かもしれません。
※適格ならばレベル1のブルマー技が使用できる筈ですが、
※ムレムレ度を上げることが至難です。
【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3 → C−4 隠し部屋】
【魔窟堂野武彦(元12)】
【所持品:454カスール(残弾 3)、鍵×2、簡易通信機・小、
軍用オイルライター、ヘッドフォンステレオ、まじかるピュアソング
カスタムジンジャー(←共有物)、斧(←共有物)】
【西の小屋内・グループ所持品】
[日用品]
スコップ・小、スコップ・大、工具、竹篭、救急セット、薬品・簡易医療器具
白チョーク1箱、文房具、生活用品、指輪型爆弾
[武器]
小太刀、鋼糸、アイスピック、斧×2、鉈×1、レーザーガン、メス
[機器]
モバイルPC、USBメモリ、プリンタ、分機解放スイッチ、解除装置、
簡易通信機・小、簡易通信機・大、簡易通信機素材(インカム等)一式×5、
カスタムジンジャー×2
[食料]
小麦粉、香辛料、干し肉、保存食
[その他]
手錠×2、メイド服、SPの鍵×4、謎のペン×15
【タイトル:SPI-04:『神語の書』〜あなたの知らない世界〜】
(ルートC:3日目 PM04:00 C−4 山中)
「思ったより大規模に崩れておるの…… くわばらくわばら」
ジンジャーを竜神社に乗り捨てて一時間余り。
魔窟堂野武彦は、敵の本拠地跡を発見した。
座標C−4。
島北西部に位置する山岳地帯。
地下に掘りぬかれていた基地は発破により支柱が破壊された為に崩落し、
山肌を巻き込んでクレーターの如く陥没していた。
底は見えず、砂埃は未だ治まっていない。
「なんとしても手に入れたい紙片なのじゃがなあ……
やはりこの崩落に巻き込まれてしもうたかのぅ」
スペシャルアイテム04『神語の書(一枚)』。
03『木星のブルマー』と同じく、USBメモリから読み取ったその効能とは。
―――世界を書き込んだ内容に改変する
御陵透子の【世界の読み替え】に等しいものであった。
否。記入者の任意に改変できるのであるから、それ以上であると言える。
その凄まじき効力ゆえに、たった一枚しか用意できないのであろう。
さて、そのアイテムの現在位置であるが。
野武彦の悪い予想を裏切らず、地盤崩落で地中深くに没していた。
ケイブリスでもいれば掘り起こしも出来ようが、
今の小屋組の力で、小屋組の装備で、それを入手することは、
残念ながら不可能であった。
「残念じゃが、単独では如何ともしがたいのぅ」
足場は不安定。
下に降りるルートも皆無。
その上、いつ二次崩落が発生してもおかしくないきな臭さを漂わせていた。
故に、野武彦はクレーターを降りることを諦めた。
しかし、神語の書の捜索を諦めたのかというと、そうではない。
日没までには、まだ一時間以上の時間がある。
C−4地区の捜索は始まったばかりである。
野武彦は更に山を歩く。
注意深く周囲の岩や地面に目を凝らして、人工物を探しながら。
ごろごろと礫岩が無造作に転がる斜面を、禿げ山を、登る。
「あれは……」
足早に傾斜を登った野武彦がたどり着いたのは、
岩肌をドーム状に開いた、オープンルームであった。
テラスの中央には、巨大な投擲機が鎮座していた。
主催者基地・カタパルト投擲施設である。
この施設のみが崩落を免れたのは、偶然ではない。
二つの理由によって、守られていた。
カタパルトそのものの重量や投擲にかかる運動エネルギーの負荷を考慮して、
足元に空洞が無く、地盤が強固で、基地から距離をやや隔てた位置に
この施設が配置されていたという、設計事情が理由の一つ。
もう一つの理由は、発破の実行犯・レプリカ智機P−22が、
カタパルト投擲にての脱出を安全に成すために、
この施設に影響を与えないよう計算し、爆弾・爆薬を設置したことである。
「シークレットポイントでは、なさそうじゃが……」
呟きとともに、野武彦は室内を調査する。
中心施設であるカタパルトは、磨耗により破損していた。
コンソールも無通電により電源が入らなかった。
その他機器もコンソールに同様であった。
ただ一台。
バッテリー残量があったことが幸いし、ノートPCのみが起動した。
「ふむ、収穫はこれだけかの」
その端末は、代行N−22が拠点崩落の直前まで使用していた端末であった。
管制室の情報集積サーバのミラーリング機であった。
野武彦に奪わせたUSBメモリのデータは、
この中のデータを厳選し、コピーをとったものであった。
つまりは。
N−22の選別から漏れたデータが、そこには眠っている。
N−22が選択的に除いたデータも、そこには眠っている。
その眠れるマシンを。
野武彦は、起こしてしまったのである。
野武彦の知らぬ智機世界のOSが、二十秒ほどで立ち上がる。
デスクトップには、幾つかのモニタリング情報へのショートカットが
整然と並べられていた。
その中に、一際目を引くフォルダがあった。
【死亡者情報】
ドクン。
その五文字を目にした瞬間、野武彦の心臓が跳ねた。
ドクン。
野武彦の額に、脂汗が流れる。
ドクン。
まるで酸欠の金魚の如く、口をせわしなく開閉している。
ドクン。
ちりり、ちりりと。
野武彦のこめかみが、鳴っている。
(知佳殿やアイン殿は生きているのか?)
それを、知ることができる。
それは、大きな収穫である。
だが、ここで得られる情報は。
得てしまう情報は。
決して、それだけに止まらぬ。
(ボウガンの出所は? 秋穂殿を殺したのは?)
野武彦の胸中の奥底に、ずっと眠らせていた思いが、
棚上げしていた疑念が、鎌首をもたげた。にゅるり。
(ここで、軍師殿が秋穂殿を殺しておらぬことを確認できれば。
わしの憂いは全て無くなる。
心底軍師殿を信じ、迷うことなくその指示に命を賭けられる)
月夜御名紗霧の作戦立案・指揮能力は、
巨凶ケイブリスを相手に完璧に証明された。
故に、小屋組はモチベーションが上がっている。
仲間意識が高まっている。
(……そうでなければ?)
恭也の疲弊。透子の監視。
決して順風満帆とは言えぬ現状ではある。
それでも、希望は胸にある。
団結力を以って難局にあたる覚悟がある。
(軍師殿が秋穂殿を殺したことが確認できてしまったら?
その時、わしはどうなる?
迷い無く軍師殿について行けるのか?)
その中心に、間違いなく紗霧がいる。
大小差異はあれど、誰もが紗霧の才に頼っている。
果たして、彼女に信を置けなくなったとき、
小屋組は連合としての形を保てるのか?
(ならば、知らぬままでよい。ままがよい。
疑念は奥底に沈めたまま、ただ眼前の戦いを戦えばよい。
これまでだってそうしてきたのじゃ。
これからも……)
これからもそうするだけ。
野武彦はそう己に言い聞かせようとした。
(これからも……)
しかし、出来なかった。
既に、禁断の果実に触れてしまった故に。
知ることができることを、知ってしまったが故に。
(……)
野武彦は硬直する人差し指をゆっくりと伸ばし。
タッチパッドで矢印ポインタを動かしてゆく。
己の吐く息で白く曇った瓶底眼鏡。
その奥にある瞳の色は、窺い知れぬ。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
「おおっ…… おおっ……」
魔窟堂野武彦が、慟哭していた。
あまりにも深い絶望に捕われて。
『若い命を無駄に散らせぬ為に、我ら老骨がこの身を擲とう』
あの夜の森での誓いを、野武彦は思い出す。
その神聖で熱い男の誓いが、汚されたように感じられていた。
【死亡者情報】
【プレイヤー動向】
これら管理資料の最終更新時間は、昨晩20時15分。
管制室の発破に伴うサーバ破壊の少し前の時間であった。
それでも、彼が欲していた情報の凡そは網羅されていた。
朽木双葉とアインが、既に死亡していること。
仁村知佳としおりが、未だ存命であろうこと。
保護対象と思われていたしおりは、ゲームに乗り、
一人と一機を殺害/破壊していたこと。
有用な情報は、それだけであった。
不要な情報は、他の全てであった。
月夜御名紗霧――― やはり、であった。
紗霧は二人殺していた。
しかし、野武彦の疑念とは関係のない殺人であった。
予想の埒外にある、予想をはるかに上回る殺人であった。
野武彦は北条まりなに聞いていたのである。
彼女の最初の同行者・木ノ下泰男が如何にして絶命したのかを。
村落の雑貨屋に仕掛けられた罠は、
明らかに無差別に命を狙った罠であったのだと。
そしてまた、首輪は罠師であった頃の紗霧の呟きを、何度か捉えていた。
その音声情報もまた、野武彦は耳にしたのである。
言葉少なに、しかし楽しげに。
紗霧は罠に掛かった哀れな獲物をこき下ろしていたのである。
ユリーシャ――― まさか、であった。
ユリーシャは仲間を手酷く裏切っていた。
アリスメンディと篠原秋穂を殺していた。
恐らくは嫉妬心と独占欲の為に。
相手の油断を突き、確固たる殺意を持って、手を下していた。
ランスに気取られぬよう、嘘に嘘を重ねて、隠蔽していた。
それをおくびにも出さずに、か弱い風を装って。
清楚な顔をして、優雅な物腰で。
彼女は、今もなお、ランスの脇に侍っている。
その擬態、あるいは本性。
なんと悍ましく、恐ろしいことであろうか!
ランス――― これほど、であった。
血の気が多く、唯我独尊な性格をしていることは分かっていた。
彼と合流したばかりの頃の恭也との遣り取りで、
人のひとりやふたりは殺しているであろうと予想はしていた。
それは事実であった。
ランスは2人のグレンを殺していた。
姓無きグレンは、仕方ない。
知佳を愛娘と勘違いして飼い殺そうとした狂人である。
その一刀両断っぷりはさて置き、応戦するのは理解できる。
だが…… もう一人のグレン。
コリンズ姓を持つ異形。
ゲームに乗るを良しとせず、島からの脱出を図っていた男。
この男を殺した事実を、野武彦は許せなかった。
対立の末、殺したのなら、しかたない。
誤解の末、殺したのなら、諦めもつく。
そうではなかった。
単に邪魔だから殺していた。
紗霧のみならず、ランス、ユリーシャもまた外道。
世界の悪意害意を、野武彦は一身に浴びてしまった。
それはまさに、パンドラの箱。
故に。伝承をなぞるかの如く。
箱の底に残る希望もまた、在った。
「だが、わしには、恭也殿がいる!」
恭也は見事に、男であった。日本男児であった。
ワープ番長との速度勝負に敗れ、一度は情けない姿を晒しもすれど。
彼の戦いは全て、他者を守るための戦いであった。
ただの一度とて、ゲームに乗ったことなどなかった。
野武彦が目を通した全ての管理資料が、それを裏付けていた。
「そう、ああいう益荒男は死んではならぬ!」
再び虚空に力説する。
そこに、広場まひるの名前が、無かった。
じっちゃん、まひるちん。
気安い仇名で呼び合うほどの仲となったにも関わらず。
支援
広場まひる――― そんな、であった。
まひるは、誰も殺してはおらぬ。
【死亡者情報】は、それを証してくれた。
しかし【プレイヤー動向】にて、懸念が発生した。
時は一日目の夜半。
突如、正気を失ったまひるが、同行者・堂島薫を捕食しようとしたという記録である。
幸いにして、駆けつけた高原美奈子の手によってまひるは正気を取り戻し、
事なきを得たのであるが。
その懸念を、もう一つの管理資料が裏付けた。
【参加者来歴】。
そこに、記載されていた。
この島に召還されるまでの、プレイヤーたちのプロフィールが。
ランスとは、リーザスなる国の王であること。
ユリーシャとは、カルネアなる国の第二王女であること。
紗霧とは、鋼鉄番長に仕える神鬼軍師であること。
恭也とは、学生にして御神流の若き師範であること。
そして、まひるとは。
学生にして、天使であった。
天使とは皮肉を利かせた蔑称に過ぎぬ。
その正体は、人に擬態し人を捕食する、人の天敵であった。
魔の者が、人に憧れ。
贖罪し、人の側に立つ。
それは、野武彦が大好きなファンタジー物の王道展開であるし、
実際彼には、人外の者に対するいわれ無き差別意識など皆無である。
誰よりも、まひるを受け入れる土壌と柔軟性を備えている。
であるのに。
今の野武彦は恐れと疑念を捨てきれぬ。
燃えるシチュエーションなどと受け入れられぬ。
人に擬態する。
この一節と、紗霧やユリーシャの化けっぷりに欺かれていた事実とが相まって。
信じてやりたくも、後ろめたくも。
いずれ正体を現すのではないか―――
飢餓感が限界に達したならば―――
そんな可能性が脳裏を掠めるばかりであった。
既にバッテリーは切れ、PCの液晶は黒く染まり。
その黒に近い闇夜が、カタパルトルームを満たしていた。
そこに、インカムから。
野武彦の心持ちとは真逆の、まひるの弾んだ声が、聞こえてきた。
『じっちゃん、しーきゅーしーきゅー、あいしーきゅー!』
野武彦は息を飲み、逡巡し、深呼吸をして。勉めて冷静な声を装って。
瞑目したまま、インカムの発話ボタンを握った。
「はいよ、どうしたんじゃ、まひるちん?」
『じっちゃん、やったよ! 世色癌で、恭也さん目覚めたよ!』
「おおう、そうかそうか! よかったのぅ、ほんによかった……」
齎された朗報に、野武彦が相好を崩す。
しえん
『じっちゃん遅いけど、何かトラブルでもあったりする?』
「連絡が遅うなって済まんの、まひるちん。
シークレットポイント探しに躍起になっておるうちに、
とっぷり日が暮れ、足下が見えんようになってしまっての。
幸い山小屋を見つけたので、朝までここに留まろうと思うのじゃよ」
『あたしがお迎えに行こっか?』
「いやいや心配には及ばぬよ。
……おっと、火種が燃え尽きそうじゃ。これにてご免!」
逃げも隠れもするが、嘘はつかぬの魔窟堂。
それは彼が自称する、お気に入りのキャッチフレーズ。
それが、今の野武彦は。
逃げて。
隠れて。
嘘もつく。
(じゃが、これは必要なウソじゃ…… 事実は秘さねばならぬのじゃ……)
今、彼らの顔を見てしまえば。
嫌悪感も、不信感も、必ず顔や態度に表れる。
それを隠し通せるほど、野武彦の神経は太くない。
果し合いの時は、明日。
ほぼ24時間後。
いまこの情報を、小屋の者たちに知られるわけにはいかぬ。
それは、不和しかもたらさぬ。
或いは、別離や破局すら招くやもしれぬ。
今は、この胸にしまっておくしかない。
シエン
それは、野武彦にも判っている。
判ってはいるのだが、割り切ることもまた出来ぬ。
苦悩。煩悶。後悔。逡巡。
負の渦流に、木切れ一つで巻き込まれている。
その荒波から逃れるために。
あるいは、荒波が細波に変わるまで。
野武彦には時間が必要なのである。
「エーリヒ殿……」
野武彦は縋る。面影に問う。
自分の様に、揺れず、惑わず、落ち込まず。
己を貫き通す意志力に満ちた軍人に。
「あやつらに守るべき価値は、あるのか……?」
野武彦は天を仰ぎ、形見のライターを強く握り締めた。
↓
支援
(ルートC)
【現在位置:C−4 本拠地跡・カタパルトルーム】
【魔窟堂野武彦(元12)】
【スタンス:@一晩頭を冷やす。得た情報は墓場まで持ってゆく】
【所持品:454カスール(残弾 3)、鍵×2、簡易通信機・小、斧
軍用オイルライター、ヘッドフォンステレオ、まじかるピュアソング】
【備考:疲労(小)、紗霧、ランス、ユリーシャに不信感、まひるに恐怖感】
※ゲームの各種記録を知りました
※カスタムジンジャーは竜神社で充電中です
637 :
名無しさん@初回限定:2012/02/11(土) 22:56:08.63 ID:3YLXxzrA0
ランスが生き残ってることに驚き
いつ完結するんだろな
【タイトル:ひとであり/ひとでなし】
(ルートC・三日目 PM2:30 C−6 小屋1跡)
高町恭也の眠る小屋の正確な場所を、知佳は知らぬ。
西の森、浅く。
ランスからそう聞いたのみである。
その、西の森の浅いところに、煙が立ち昇っていた。
低空を飛行する知佳が向かうのは致し方なき事であろう。
「…………っ!?」
知佳は息を呑んだ。
小屋が破壊され尽くしていた故に。
そこに佇むのは一人の童女のみであった故に。
童女が胸に燃える骸骨を抱いていた故に。
凶-マガキ-しおりである。
知佳が着地した、その振動が最後の引き金となったのか、
しおりの腕の中の頭蓋骨が、灰と崩れた。
しおりは、泣きはらした腫れぼったい瞼で茫と立ち尽くし、
空を仰ぎ見るのみであった。
さおり。愛。シャロン。
しおりは恩人達の弔いを終えて、放心していた。
知佳がみとめた煙とは、この火葬の煙であった。
「……何をしていたの?」
言葉をかけられたことで訪問者の存在に気付いたしおりは、
緩慢な動作で知佳に向き直り、静かに告げた。
「おそうしき」
透明感溢れる、虚脱した眼差しを知佳に向け、
しおりは無防備に、言葉を重ねる。
「さおりちゃんと、愛お姉ちゃん、シャロンお姉ちゃん。
みんなしおりを守って死んじゃったから……」
その言葉に、知佳の警戒心が一段階引き下げられた。
挙げられた名に知り合いの名が無き故に。
落ち着いて周囲を見渡せば、崩れている小屋には埃も煙も立っておらず、
周囲は落ち着いた泥水と、その乾いた跡が散見され。
小屋の破壊は過去に行われたものであるのだと、伺い知れた。
(良かった…… 恭也さんの眠る小屋とは別の場所なんだ)
そうして、落ち着いた心持ちで、再度しおりに目をやって。
知佳はようやく気がついた。
眼前の童女に、見覚えがあることに。
ゲームの開始前に、肩を寄せ合って震えていた双子の童女であったことに。
こんな幼い子まで……
その思いがあったからこそ、目に留まっていた。
しかし、知佳の記憶にある童女とは、幾分様相が異なっていた。
鼠の耳が生えている。
鼠の髭が生えている。
鼠の尾が生えている。
支援
肉体改造か、魔術か。
いかな手管によってこの悲痛な変化が起こされたのか知佳は知らぬが、
それは心優しき少女の哀れ心を誘うに十分な変化であった。
故に、知佳は零した。
己の素直な心情を、極めて自然に。
「大丈夫。
どんな姿になっても、しおりちゃんはしおりちゃんだよ」
幼き頃。
知佳は己の異能故に、疎外感を強く感じていた。
鬼子として、座敷牢の如き離れに隔離されていた。
実の両親に。親族に。
恐れられ、疎まれて。
しかもそれらを全て読心して、知佳は生きてきたのである。
―――ひとでなし―――
それは知佳にとっての癒え切らぬ心の傷。
心をじくじくと蝕む悪意の溶剤。
故に、反射的に、しおりの変化を否定した。
それが相手にどんな効果を与えるのか、考慮せぬままに。
「しおりちゃんは、人間だよ!」
しおりの髭が、ピン、と立った。
しおりの耳が、ピク、と動いた。
「しおりは…… にんげん?」
抱きしめようと広げられた知佳の腕に、しおりは駆け寄らなかった。
それどころか知佳の意図とは真逆の、不機嫌で危険な気配を漂わせた。
しおりは、血の主人・アズライトを慕っている。
命を救ってもらったことを感謝している。
人ならざる存在と化したことを誇っている。
―――ひとであり―――
つまりは、禁句であった。
知佳は巧まずしてしおりの逆鱗に触れてしまったのである。
「そう、しおりちゃんはね。お姉ちゃんと同じ、人間なの」
優しい微笑で。理解者面をして。
知佳はしおりに慈雨を降り注ぐ。
しおりにとって、それら少女の挙動の全てが不快であった。
許せるものではなかった。
「ちがうもん!」
怒りの反論と共にしおりは大地を蹴り、低い弾道で跳躍。
ミサイルの勢いで、知佳に向かって。
対する知佳は、反応が一歩遅れた。
回避は間に合わなかった。
サイコバリアも間に合わなかった。
しおりの頭頂部が、知佳の鳩尾に着弾する。
知佳は数メートル吹き飛び、背を瓦礫にぶつけ。
転倒し、悶絶した。
「しおりは【まがき】だもん! にんげんじゃないもん!」
芋虫の如く転がる知佳を見下ろして、人差し指を突きつけて。
しおりは決意を表明する。
知佳へと宣戦を布告する。
「しおりは、ゆうしょうするんだから!
ゆうしょうして、マスターを生き返らせるんだから!」
漸く膝立ちとなった知佳が、えづきをこらえて向き直る。
向き直って、興奮に身を振るわせる童女の瞳を見やる。
しおりは知佳の視線を円らな瞳でまっすぐ睨み付けている。
その目線から、強い思いが伝わってくる。
【ぜったいぜったい、マスターを生き返らせるんだから!】
しおりの胸に燃えているのは、その一念のみであった。
優勝とはその願望成就の手段に過ぎぬのであると、知佳は解釈した。
ならば他の願望成就の方策を提示した上で、
その可能性の方が優勝よりも可能性が高いのであると納得させたならば、
説得し、味方に引き入れることも可能であると、知佳は判断した。
……してしまったのである。
「優勝なんてしなくてもいいの!
主催者をみんなでやっつけても、願いは叶うの!」
踏んだ。
知佳はまたしても、しおりの心の侵入しては成らぬ場所を、
そこに埋設してある地雷を、力強く踏み抜いてしまった。
しえん
「主催者を…… やっつける?」
「今、ザドゥたちは弱っている。力を合わせれば倒せるの!
優勝するなんて言わないで、お姉ちゃんと一緒に戦おう?」
ザドゥとは、今のしおりが知る唯一の生存者。
ほんの少しのふれあい。それでも。
ぶっきらぼうながらも、確かにしおりの孤独を癒してくれた、恩人。
行き詰まった彼女に優勝への思いを認識させてくれた男。
「ザドゥさんを倒す!?」
しおりは、口に出して知佳の提案を反芻する。
反芻しながら理解する。
この少女とは決して相容れないのであると。
この少女を生かしておくわけには行かないのであると。
「そう。だからお姉ちゃんと一緒に行こ?」
ああ、この慈悲深く、愛を一義に置く少女こそ、
幼きしおりにとって最良の守護者足り得るというのに。
心身の両面で、しおりを庇護できるというのに。
逆に、しおりという弱者の存在こそ。
目的を果たさんと修羅道に堕ちつつある知佳が、
本性である慈愛の精神を取り戻す契機になるというのに。
―――出会いが、遅すぎた。
シエン
「そんなのダメぇ!!」
再びのしおりの突撃に、今度は知佳のサイコバリアが間に合った。
しかし、重い。
相当の圧力として、バリアを歪ませている。
昨日の透子の体当たりの比ではない。
プロボクサーのストレート程度の威力は、十分に出ていた。
知佳はバリアの角度を変え、正面突破のしおりをいなす。
しおりは勢いのままつんのめり、知佳の後方にごろごろと転がった。
(ここは一旦引く!?)
知佳は逡巡する。
人で無いことを誇り、優勝を口にし、主催寄りの立場を匂わせる
危険な存在を放置して、果たして逃げ出しても良いものか?
この森のどこかに、身動きの取れぬ恭也が眠っているというのに。
「お姉ちゃんひどいよぅ……」
立ち上がり振り返った、泥まみれのしおりの顔を見て。
知佳の良心が、どうしようもなく、疼く。
こんな小さな子に、なんと酷いことをしているのであろうと、
後悔の念が湧き上がる。
「なんで避けるのぉ!?」
幼く庇護欲をそそられる外見に言動。
これには、惑わされる。
頭では危険な相手であると理解していても、
戦おうという意欲がごりごりと削られる。
支援
(それが、怖い……)
知佳は知己の顔を思い浮かべる。
人の良い野武彦やまひるであれば。
心優しい恭也であれば。
必ずや説得し、保護下に加えようとするであろう。
自分以上の逡巡や躊躇を見せてしまうであろう。
「こんどこそぉっ!!」
しおりが、再び突進してくる。
知佳はサイコバリアを前面に広げつつ、
しおりに処する結論を結んでゆく。
(もう、この手は穢れてる。だったら……)
人殺しの、それも子供殺しの十字架を、
心優しい彼らに背負わせる必要は無く。
(罪を重ねるのは私だけで十分なの!)
知佳もまた、覚悟を決めた。
決めたと同時に、行動していた。
「ぎっ!?」
テレキネシス。
ランスに叩き込むのを見送った引き絞ったそれを、
透子には決して放たなかった本気のそれを、
知佳はノーリアクションで、しおりのレバーにぶち込んだ。
この上なく明確な、反撃の狼煙であった。
しえん
なんということであろうか!
主催者たちがゲームの最終決戦と想定していた戦いが、
条件を満たさぬままに、開始されてしまったのである。
「ふ………………」
凶と化したとは言え、臓器は臓器である。
肝臓とは急所である。
故に、しおりは悶絶した。
視界の外、意識の外から襲い掛かった未知の衝撃に、
しおりはお嬢様座りで、へたり込んだ。
「ふぇ……………」
そして、泣いた。あっけなく。
泣いて攻撃の手を止めた。
「……ぇえっ……」
恐ろしいほどの身体能力はあれど、やはり子供。
知佳は、そう安堵した。
その安堵が間違いであったと知佳が気づくのに、
時間はさほどかからなかった。
「ふえええええん! いたいよーーー!!」
シエン
散った涙が赤く染まっていた。
周囲の気温がにわかに高まった。
しおりの涙は炎となり。
その身を包む盾と化し。
脅威として牙を剥く。
泣いたら負け。
その法則はしおりには通用しない。
泣いてからが、本番なのである。
「!!」
警戒し身構える知佳の眼前で、
無警戒に泣きじゃくるしおりの炎密度は増してゆく。
そうして、しおりの全身が炎に包まれて。
前哨戦は終わり、本戦が幕を上げた。
「おねえちゃんなんかああ!! しんじゃえぇぇ!! しんじゃえぇぇ!!」
金切り声を上げて、しおりが知佳へと突撃する。
イジメられっ子が泣いて、キれて、踊りかかる。
ぐるぐると腕を回して、ウェイトの乗らぬ拳を打ち付けんとする。
そこかしこの公園で見られる普遍的な光景だ。
今のしおりも、ただ、それだけだ。
違うのは、しおりの全身が炎に包まれていること。
パンチは並の格闘家程度の威力があること。
拳は瞬時に皮膚を焼く温度を伴なっていること。
支援
しえん
その三点が加点されれば、微笑ましい行為はがらりとその態を変える。
明らかな威力となり、命の危機にまで及ぶことになる。
しかし知佳は冷静だった。
昨晩の連戦に、鍛え上げられた彼女の精神に動揺は現れず、
炎の異能に怯えることなく、冷静に対処できていた。
「またぁっ!?」
炎の脅威が有れども、無けれども。
結局、知佳にとってことは同じであった。
サイコバリアでしおりの突撃を防ぎ、
バリアに角度をつけることでいなす。
いなした背中に念動波をぶつける。
やるべきことは、それだけである。
「あぐうっ!!」
なぜならば。
しおりには、工夫がない。
しおりには、戦術がない。
それを責めるのも酷な話ではある。
凶としての卓越した異能と身体能力を得たところで、
その元になっているのは、平和な現代日本に住まう、
はにかみやで内気でおしとやかな童女でしかなき故に。
「ああっ、もうっ!!」
シエン
それでも、宣戦を布告してしまった以上。
優勝を目指してゆく以上。
闘争相手に手加減や目こぼしなどがある筈も無く。
一定以上の能力を持つ相手にとっては、
しおりなどは体のいいカモでしかない。
「なんでっ! あたらないのっ!!」
廃屋という名のコロシアムに、観客は存在せずとも。
知佳とは、マタドールであった。
しおりは、闘牛であった。
華麗に捌くサイコバリアこそ真っ赤なムレタで、
無駄なく投じるテレキネシスこそジャベリンで、
優雅なステップはダンスマカブルであった。
「痛ぁぁい!!」
「酷いよー!!」
「やめてぇ!!」
それもはや、闘争などではない。
儀式である。
祭典である。
勝負の形を模した、生贄のショーでしかない。
誰の目にも勝敗の趨勢が明らかであるにも関わらず。
愚鈍な牛の幼い思考能力では、そんな当たり前の現状認識すら不可能であり。
唯ひたすらに、滑稽なほど、突撃を繰り返すのみであった。
支援
しえん
(なんで…… なんでまだ立ち上がるの?)
何度、何十度とテレキネシスを叩き込んでも、
しおりの闘志は衰えず、突撃の手も緩まらぬ。
全身を纏う炎は度ごとに充実していく。
それでも、戦局自体に変わりない。
決して千日手に陥ったわけではない。
しおりの体力は徐々に磨り減っては来ている。
凶とて決して、不死ではないのである。
十分後か、一時間後かは判らねど。
ただ、反復するだけで。
機械的に処理するだけで。
いつかはしおりは倒れ伏し。
勝利の女神は知佳に微笑む。
その、知佳の反復の手が、はたと止まった。
(あれは……!?)
風に流された紅涙によるものなのか、
吹き飛ばされたしおりが接触したものなのか。
煙が、昇っていた。
小屋に程近い枯れ木が、燃え始めていた。
シエン
知佳はその炎から連想する。
(昨晩の、あの森林火災は……!)
連想は瞬時に解答に辿り着き、推論まで飛躍した。
(ここはどこ? ……森の中。また火災になる?
この森に、どこかの小屋に、恭也さんがいるのに?
恭也さんは動けないのに?)
「いけない!」
咄嗟の行動であった。
知佳は上半身を捻り、湾曲する念動波を燃える枯れ木の背からぶつけ、
破裂した井戸ポンプが生じさせた小屋跡の水溜りへと、吹き飛ばした。
死の舞踏が、ステップを逸した。
しおりに策は無い。
相も変わらずバカの一つ覚えの突進を繰り返しているのみである。
しかしその突進が、知佳が消火に念動を集中させた間隙を突いて。
否。隙を突こうとする意識すら無かったにも関わらず。
バリアを介さぬ知佳の柔い脇腹に衝突したのである。
血まみれの闘牛の角が、マタドールに突き刺さったのである。
「あああっ!!?」
灼熱を脇の下で感じた瞬間、サイコバリアが再発動し、
しおりは大きく側方へ弾かれた。
一秒にも満たぬ接触。
その接触が、呼び水となった。
先刻、知佳が民家から調達した上半身の着衣。
ブラウス。サマーセーター。
共に化学繊維によって織られたものであり。
化学繊維とは、燃えるより先に、溶けるのである。
「うぐっ!!」
沸騰したコーヒーの色と温度を持ったタールが、
スライムの如く知佳の体にべとりと張り付く。
肌の焦げる音。皮膚の溶ける臭い。
体の左側面から発生した熱源は、着衣を伝染し、溶かし、
溶岩流の如くその範囲を広げてゆく。
「えいえいーーっ!!」
しおりの再突撃を、知佳は転がってかわした。
さらに、二転、三転。
ごろごろと転がりながら、崩落建材に皮膚を切り裂かれながら、
知佳は、ぬた場の如き泥まみれの水溜りに、身を投じる。
煙はさほど上がらなかったが、知佳の着衣の融解伝染は収まった。
収まったがしかし、タールと泥が、知佳の脂肪や筋肉と溶け合っていた。
漸く追いついた痛みに知佳は顔をゆがめつつも、
しかし、冷静さは失っていなかった。
エンジェルブレス展開。
垂直飛翔。
高度五メートルで停止。
警戒待機。
支援
しえん
しおりは上空の知佳に掴み掛からんと、幾度も跳躍する。
しかし、三メートル弱の高さが身体能力の限界であった。
それでも、何度も、諦めることなく。
真下の泥土から、愚直に垂直跳びを繰り返している。
知佳は待っていた。痛みと悪臭に耐えて待っていた。
しおりが泣き止み、紅涙が霧消する時を。
周囲の木々に燃え移る可能性がゼロになる時を。
その時をこうして、安全地帯で待った後に―――
(―――この子を、森から引っ張り出す)
恭也が目覚めることなく横たわるこの西の森にての、
火災の再来だけは避けねばならない。
知佳がなにより優先しているのは、それであった。
眼下の童女を屠るのは、その後でよい。
別の、もっと安全な場所で行うのがよい。
知佳は適度にしおりに意識を向けつつ、その誘導先と殺害方法を検討する。
「ずるいずるいぃ〜〜っ!!」
さすがに届かぬことを悟ったのか、
しおりが地団駄を踏んで、悔しさを露わにしていた。
その目にはもう、光るものはなかった。
纏う炎の揺らめきも、陽炎と消えていた。
状況を確認して、知佳はすかさず声をかける。
それを断られることを見越しての、偽りの講和を。
「しおりちゃん、戦うの止めにしない? このままばいばいしよ、ね?」
「そんなのダメだよ。しおりは優勝しなくちゃいけないんだから」
シエン
支援
更に知佳は餌を撒く。
しおりに有利を感じさせ、追跡させる為の弱気なセリフを。
「じゃあ…… お姉ちゃん、逃げるね。もう疲れちゃったから」
「なんで逃げるのぉ!? しおりにやっつけられてよぅ!!」
知佳は身を翻し、偽装逃亡を開始する。
届きそうで届かない、ギリギリの高度と速度を維持しながら。
しおりは着いてくる。凶の機動力で。
獣相が表す如く、鼠のすばしこさで。
読心などを使わずとも、幼くちょっぴりトロい童女の思考を
誘導することは、知佳にとって容易いことであった。
(これでいい……)
知佳は痛みに身を震わせつつも、高度を維持。
しおりが追跡可能な速度を保ちつつ、舵を南へと取った。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
(ルートC・三日目 PM3:00 A−6 海岸線)
しおりの耳朶を撫で摩るのは、潮騒。
しおりの鼻腔をくすぐるのは、磯の香。
島の果てが、大海原が、近づいていた。
しえん
森を脱し、道路上を西にひた走り十分余り。
しおりは未だ、知佳に追いつけないでいる。
走っても走っても、目の前を飛んでいる知佳の背中に届かない。
それでも、しおりは追い続けた。
小さな胸いっぱいに、確信を持って。
(勝てる! あのお姉ちゃんに!)
それは知佳が、ふらふらと飛行しているから。
それは知佳が、はあはあと肩で息をしているから。
左上半身を灼熱のタールに蹂躙されたダメージが、明らかであるから。
故に、しおりは確信するのである。
今すぐには捕まえられなくても、追い続けさえすれば、
いずれ知佳は力尽き、地に落ちるのだと。
「っっ…… 頭がくらくらする……」
確かに与えたダメージは大きい。
しかし知佳が見せている醜態は、聞かせている弱音は、罠である。
他の生存者であれば、すぐに感づくであろう猿芝居である。
しかししおりは、そんなあからさまな誘いに気付けない。
年相応な人を疑うを知らぬ純真さが、未だに残っている故に。
「もう限界、近いかも……」
「まてまて〜〜!」
知佳は緩やかに高度を下げながら不安定に飛び続け。
しおりはペースを落とすことなく安定して追い続け。
整然と並んだ松の防砂林を抜け。
緩やかに傾斜する砂浜に達すると。
その向こうには、一面の水平線が眩しく煌いていた。
一瞬、潮風が強く吹く。
その風圧に負けたのか、知佳の背中の羽根が、消滅した。
と同時に膝から波打ち際に落下して。
そのまま、前のめりに転倒した。
力尽きた―――
少なくともしおりの目にはそう映った。
凶の尻尾が、ピンと立つ。
「どっかーーーん!!」
これまでの突撃で、最も勢いのある、最も威力の高い突撃であった。
まともに食らえば内臓は破裂され、背骨すら粉砕されるやも知れぬ、
恐ろしき野獣のヘッドバッドであった。
しかし、飛び掛った知佳の背面には、
既にサイコバリアが張り巡らされていた。
知佳の背で、しおりが弾む。
地面に対し斜め35度程に張られたそれは、
しおりの進行ベクトルを斜め上方に変化させ。
人、ひとり分ほど空中に浮いた時点で。
「ばいばい、しおりちゃん」
バリアを展開したまま、知佳の体も宙に浮いた。
知佳の背にはどす汚れた羽根が力強く鳴動している。
その羽根を見て、漸くしおりは気付いた。
疲労の余り羽根を維持する力が失われたのではなく。
知佳の意志によって羽根を引っ込めていただけなのだと。
つまりは、ハメられたのだと。
シエン
支援
その気付きも後悔も、次の瞬間に受けた衝撃で全て吹き飛んだ。
サイコバリアを前方に展開したままでの、知佳の下方からの突撃。
その一撃でしおりの軽い体は更に浮き上がり、半回転。
それだけでしおりは、天地左右の認識がシェイクされてしまった。
そこからは、もう。
それまでの鬱憤を晴らすが如き、知佳の空中コンボであった。
知佳はがつがつと、制御を失うしおりを弾き。
弾き。
弾き。
弾き飛ばした先は、浜辺から100メートル以上は離れた
沖合いであった。
「わぷっ!!」
空中乱舞で目を回していたしおりは海に落下し、沈み込んだ。
塩水をしこたま飲み込んだ。
目を回す。
足が付かない。
その事実が、しおりの恐慌を産んだ。
水面へ。海上へ。しおりは酸素を求め、もがく。
(いきを…… いきをしないと!)
海面は見えている。
すぐそこに見えている。
あと一かきで、届く位置である。
しかし、どれほど手でかいても、
足で蹴っても、首を伸ばしても。
その数十センチが、縮まらぬ。
しえん
(何で? 何ですすめないの!?)
そんなしおりの足掻きを、彼女が沈む海の上空低くから、
感情の篭らぬ目で見つめるのは仁村知佳。
眉間に寄せられた縦皺は、水面に向かって伸ばす両腕は、
特に集中して念動力を発揮している証である。
しかし、念動の特徴たるシャボンの泡の如き空気のうねりは、
知佳の周囲数十メートルの宙空のどこにも、見当たらぬ。
なぜならば。
知佳渾身の念動力は、海中に発動している故にである。
サイコバリア。
それを、知佳は発動させている。
四方、三メートルの正方形。
彼女の身を守るべく展開される場合に比して、凡そ倍のサイズであった。
呼吸をせんとがむしゃらにもがくしおりの浮上を阻止する為に。
防壁としてではなく、落し蓋として応用している。
海に沈め続けて、溺死させる―――
これこそが。
仁村知佳が計じた、しおりの殺害方法であった。
知佳も、非情な作戦であることは理解している。
水死とは、数ある死の中でも有数の苦しみを誇るのだと、
何かの本で目にした覚えもある。
それを、年端も行かぬ子供に用いている。
非道どころか、外道の所業である。
手を下している知佳自身が、誰よりもそう思っている。
シエン
「それでも私は、確実性を取る」
知佳は罪の意識に飲み込まれそうになる己に言い聞かせる。
してはならぬこと。油断と逡巡。
その為には。心に隙を産まぬ為には。
「心を閉ざせばいい。感受性を殺せばいい。
目的を達する為の、機械になればいい」
じゅうじゅうと音を立て、海水が蒸気を立て始めた。
おそらくは、しおりが再び紅涙を撒き散らしている。
円らな瞳から、涙をぽろぽろと零している。
それほど、苦しいのであろう。
それほど、恐ろしいのであろう。
「……」
知佳は、涙を流さない。
知佳は、耳を塞がない。
研究員が試験管を見つめる眼差しで。
サイコバリアの手を緩めず、意識を切らさず。
しおりが決して浮上せぬように、意識を凝らして。
凶の命を、削り続ける。
支援
しえん
五分――― 水蒸気は止まるところを知らない。
十分――― しおりはもがき、苦しみ続けている。
十五分―― 知佳は、無表情のまま、じっと水面を見つめている。
二十分―― やがて、水蒸気は少しずつ勢いを減じ。
二十五分― ついに、水面は静かに凪いで。
三十分―― 知佳がサイコバリアを取り除いても。
三十五分― しおりは、浮かび上がって来なかった。
シエン
知佳は無表情のまま、それでも蒼白な顔色で、ノロノロと島へと戻って行く。
疲労感の凝縮されたしわがれた声色で、戦闘の終了を確認しつつ。
「おわ…… った……」
純白であった背中の羽根は、どす黒く穢れていた。
烏の塗れ羽の如き光沢などない。
凝固した血液の如き乾ききった黒であった。
―――しおりちゃんはね。お姉ちゃんと同じ、人間なの―――
知佳は思い出していた。
自分が今しがた殺害を終えた童女に対して吐いた台詞を。
「ふふ……」
表情を失っていた知佳の口角に、笑みが宿った。
それは自嘲なのか、心の均衡を失いつつある前駆症状なのか。
「『人間だよ』、か。 私なんかが、よくそんなこと言えたよね」
不確かな羽ばたきで、砂浜を横切ったところで、
知佳は一度だけしおりの沈む海を振り返り。
「しおりちゃん。やっぱりしおりちゃんは、人間だよ。
ひとでなしなのは、お姉ちゃんの方だもの……」
ぽそりと、呟いて。
防砂林の向こうへと、姿を消した。
シエン
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
(ルートC・三日目 PM4:00 A−6 海底)
凶の性能とは、血の主の位と作成の方法、および
ベースとなった生物の能力との乗算によって決定される。
血の主の位とは、二種類。
最上位の五人、ロード・デアボリカ。その下位の貴族階級、24デアボリカ。
作成の方法もまた、二種類。
血を吸って作られたものが、上級。爪を刺して作られたものが、下級。
凶しおりは、確かに知能身体供に未発達な童女から成っている。
その点においての力不足は否めない。
しかし、血の主は最上位のロードたる闇のアズライトであり。
しかも必要以上に血を啜られた固体である。
こと、生命力に関しては。
人間の感覚からすれば、殆ど不老不死であると言っても差し支えない。
例え、自発呼吸が止まっていたとしても。
肺胞に海水が充満していたとしても。
命が失われるには、至っていない。
しかし、回復力を発揮できるほどの余裕も無い。
明け方まで灰かぶりのシンデレラとして眠っていた童女は。
夕闇迫る今、海底に潜む人魚姫として、静かに眠っている。
均衡した仮死状態のまま、ただ、沈んでいる。
↓
支援
【現在位置:A−6 砂浜 → D−6 西の森外れ・小屋3】
【仁村知佳(40)】
【スタンス:@小屋組に合流し、恭也に世色癌を飲ませる
A手持ちの情報を小屋組に伝える
B手帳の内容をいくつか写しながら、独自に推理を進める】
【所持品:世色癌×2、テレポストーン×2、まりなの手帳、筆記用具とメモ数枚】
【能力:超能力、飛行、光合成、読心】
【状態:疲労(大)、脇腹銃創(小)、右胸部裂傷(中)、左上半身火傷(大)】
【備考:手帳の内容はまだ半分程度しか確認していません】
【現在位置:A−6 海底】
【しおり(28)】
【スタンス:優勝マーダー
@ザドゥに会う】
【所持品:なし】
【能力:凶化、紅涙(涙が炎となる)、炎無効、
大幅に低下したが回復能力あり、肉体の重要部位の回復も可能】
【備考:獣相・鼠、両拳骨折(中)、疲労(大)、仮死状態
※このまま海底に沈んでいては回復できません
※自力脱出できる体力はありません】
(ルートC・3日目 PM2:00 J−5地点 灯台跡)
細胞が死んでいる箇所があるとしよう。
この死亡範囲が狭ければ、この表皮の下に健康な血流が確保されていれば、
新陳代謝は、正常に行われる。
しかし、この死亡範囲が広ければ、この表皮の下の血流が阻害されていれば、
手を加えてやらぬ限り、新陳代謝は行われぬ。
肉体機能は再生せぬし、下手をすれば腐食が周囲に広がってしまう。
これ即ち【死点】である。
その死点に、練った生の気をぶつける。
死をより強い生で駆逐する。
新陳代謝の強制促進。
これが生の気による治療の、おおまかな原理である。
いかにもザドゥらしい、乱暴で直裁な手法であると言えよう。
きっかけは、気による治療中に起こった小さな事故であった。
気を練るのは、基本的に神闕にて生じ、丹田にて増幅させる。
中心点に呼吸による攪拌を加え、血流で以って生命力を煥発させる。
生じた気を、経絡を通じて腰から胸、胸から腕、腕から掌へと流す。
その、腕から掌への経絡移動のプロセスの何処かで、
流れていたはずのザドゥの【生の気】が、変質したのである。
(ぬ!?)
それは、ザドゥが経験したことの無い、どす黒い気であった。
戦闘時に、破壊の意志を込めて生み出す【死の気】ともまた違った。
【死の気】が、爆裂する熱と勢いを持つものとするならば、
ここに生じた気とは、閉塞した冷たさと停滞を伴うものであった。
しえん
(これは良くない。己の体に当てては成らぬ。直ちに排出せねば!)
直感に従い、ザドゥは得体の知れぬ気が駆け上る左腕を、
治療の為に押し当てていた右腿から外し、地面へと押し付けた。
親指の付け根には、地面ならぬ野草の柔らかく、瑞々しき感触。
その生命を感じさせる感触が気の放出と共に、失われた。
かさりと乾いた感触に、取って変わられた。
腕を上げたザドゥがそこに見たものは、枯れ、萎れた野草であった。
(なんだ…… この顕れは?)
知らぬ気の、知らぬ効能に、ザドゥの脳髄は揺さぶられる。
揺さぶられつつも、当代一流のグラップラーの嗅覚は反応した。
この変質の、効能が意味するところの本質を嗅ぎ分けた。
(草を枯らし、血の巡りを止める気……
この気こそ、【死の気】の名に相応しい有り様ではないのか?)
死光掌、狂昇拳を始めとする、【死の気】を込めた攻撃。
それらの顕れは、単純に表現するならば、爆発である。
放出を強烈な衝撃と変ずるのである。
相手に破壊を、突き詰めれば死を与えるエネルギー。
故にザドゥは、その師匠は、数多の拳法家は、それを【死の気】と断じた。
仮に、この気を雑草に放出したならば。
葉が千切れ飛び、吹き飛ぶという顕れとなる。
決して、草を枯らすことは無い。
気を用いた格闘術で闇世界の頂点に立った程の男である。
それほどの男ですら、知らぬ事象であった。
彼の知る【気】の常識ではありえぬ状況であった。
シエン
(知るべきだ。突き詰めるべきだ。この気を。新たな可能性を)
ザドゥはトレースする。
今の異様な気の流れ、そのプロセスを。
深呼吸。肺。酸素。心臓。血流。廻りて、神闕。
リンパ。気の練磨。発生。増幅。落して、丹田。
回転。螺旋。揚力。増幅。一呼吸。気の完成。
経絡。上昇。再び、神闕。
神闕。経絡。檀中。胸。
檀中。経絡。天突。鎖骨。
(うむ、ここまでは常と変わらぬ。
この先だ…… この先のどこかで、変質したのだ)
天突。経絡。大椎。肩。
大椎。経絡。臑会。二の腕。
臑会。死点。変質。天井。肘。
(!?)
変質の際を、ザドゥは捉えた。
始点は、死点と化した経絡であった。
ザドゥが治療を見送っていた、二の腕の重度の火傷。
そこに隣接する血流が滞り、死点が拡大。
経絡の一部にまで侵食を開始していた。
それに気付かずに気を流した故に変質が生じたのである。
(死点と化した経絡だと!?)
支援
その驚愕に、ザドゥは流している気のコントロールを失った。
気が、死点と化した経路で膨らみ、停滞する。
渋滞となった【変質した気】―――【死の気】に、後続の【生の気】が衝突する。
そこに産まれたものは、均衡であった。
均衡であり、鮮烈な輝きを発する更なる【未知の気】の発生でもあった。
その均衡の中には、正も負も存在しなかった。
それら全てを飲み込んで余り有る混沌が、確かにあった。
(ぬ!?)
次の瞬間、刹那の混沌は弾けて消えた。
生の気も死の気も、腕の死点から消え失せた。
それは常の治療の結果である、生の死に対する勝利ではなかった。
治療の失敗を示す、死の生に対する勝利でもなかった。
生と死が、陽と陰が。
完璧に均衡した上での、対消滅であった。
(見た…… 俺は、知った! 【気】の最果てを!)
ザドゥは興奮に打ち震える。
大発見であった。
気を用いた格闘術で頂点とされていた到達点のさらに上がある事への、
その手段を偶発的ではあれ、己が独自に見出したことへの、興奮であった。
気の発祥。
易の宇宙生成論、周易繋辞上伝に曰く。
しえん
『易有太極。 ―――易に太極あり
是生兩儀。 ―――これ両儀を生じ
兩儀生四象。 ――両儀は四象を生じ
四象生八卦。 ――四象は八卦を生ず
八卦定吉凶。 ――八卦は吉凶を定め
吉凶生大業。 ――吉凶は大業を生ず 』
分裂に分裂を重ね、あらゆる存在が生じているが。
源流を遡上すれば、全ては究極の一に辿り着く。
世界の成り立ちを簡潔に示す啓示である。
ザドゥは、死光掌こそ、太極であると思っていた。
気の極みであるのだから、唯一絶対なのであると盲信していた。
その勘違いに、今、ザドゥは気付いたのである。
(そして、はっきりと判った。
死光掌とは【太極】に位置する奥義などではない。
陰陽二極の一、【太陽】の極みに過ぎぬ!)
生の気――― 両儀の陽。正。□。
死の気――― 両儀の陰。負。■。
根元の太極から万物を象徴する八卦に至る中間の過程として表れる、根源の嫡子たち。
ザドゥを始めとする気功師たちの長きに渡る不明の根源は、ここにあった。
その両儀の陽を、□を、親たる太極であると誤解していた。
一段下の存在を、最上位であると妄信していた。
故に、彼らの思う陰陽二極もまた、一段下がる。
両儀ではなく、四象。
□より生ずる□□と□■。
■より生ずる■□と■■。
シエン
支援
その、□□を【生の気】と呼び。
その、□■を【死の気】と呼んでいた。
そこが根本的に違った。
(そもそも、健勝なる【生の体】から【死の気】を生み出せる訳が無かったのだ。
生命から生じる気は全て生。両義の陽。
両義の陽から分け出ずる【再生】と【破壊】の顕れに過ぎぬ)
ザドゥは、壊死の始まった瀕死の経絡から生ずる真の陰の気、■。
或いは、陰から生ずる陰の陰、■■の存在を知って、
己の、先人たちの思い違いに、気付いたのである。
死にかけた体であったからこそ産まれた偶然によって、
数多の先人が到達し得なかった気功の更なる深遠に、足を踏み入れたのである。
(……つまりは死光掌など、通過点ということか)
死光掌―――
この究極奥義はその名とは裏腹に、生の極みであった。
□□と□■を交錯させる、□でしかなかった。
(で、あるならば、だ)
理論で言えば、死光掌に対を成す陰の奥義も為せるはずである。
陰の極みも、またある筈である。
しかし、ザドゥはそこに想いを寄せなかった。
さらなる向こうを見据えていた。
死光掌を超える究極の一。
ザドゥが目指すべきは、そこであった。
(両儀の更なる根―――【太極】)
しえん
ザドゥは、探る。
気の流れを丹念にトレースする。
陰の気を生む為ではない。
陰の気を生んだ上でそこに陽の気を衝突させ、極の気を生む為にである。
試行、幾十度。
錯誤、幾十度。
そしてついに。
ザドゥは再び腕の経絡にて、混沌を生じさせることに成功する。
(やはり、均衡するのだ。
陰と陽は。
生と死は。
単に反目しあうのみではないのだ。
エネルギーが等しい時、均衡して。
そして―――)
ザドゥは確かに見た。
偶発的に起きた初回とは違い、始まりから終わりまでを内観できた。
故に直視できた。
生と死が入り混じり、食み合い、溶け合った混沌の気を。
始原の気を。
そして、その気の色とは。
(―――蒼い)
それは、蒼の光。
忌々しき鯨神と同じ光。
ルドラサウムが、何で出来た、どんな存在の神であるのか。
ザドゥは身震いと共に気付く。
しかしその震えは、恐怖から来るものでは、ない。
(この力は…… 届く)
震えとは、武者震いであった。
この力は、決して届かぬ筈の鯨神に届く力であると。
蚊の一刺しなどではなく、鼻血の一つも吹かせることの出来る力であると。
一筋の光明を見出した故の振戦であった。
(いや、これを極めれば。
人の身にありながら、神を殴り倒すことすら……)
ザドゥの興奮が気の均衡を崩し、蒼の気は霧消した。
太極は元通りの両儀に分かたれ、さらには四象にまで分かたれた。
実勢は陽の陽、四象の□□に軍配が上がり、経穴の死点は消滅。
気の流れが正常なものとなってしまう。
エネルギー量。ベクトル。出力。
根源の気とは、その全てが完璧に陰陽一対と成らねば保てぬ、繊細な力であった。
繊細にして絶大な力であった。
(ち、なんとも気難しいじゃじゃ馬よ)
ザドゥは、内観する。
死点と化した経穴・経絡を四肢の隅々まで探す。
しかし、無かった。
表皮に近い部分に、アウターマッスルに、死点はいくらでもあるが、
気を巡らせるべき経穴・経絡周辺は元々生命活動が活発であることも手伝って、
あきれるほどに健常であった。
シエン
「ふん、無ければ作るしかなかろう」
ザドゥはそう呟くと、全く無造作に。
ストローでも折るかの如く、無頓着に。
己の左薬指を、折った。
折った上で、捏ね繰り回した。
骨折箇所を中心に死点はすぐさま広がり、
ザドゥの口許には笑みが浮かんだ。
(よし。
これでコントロールしやすい位置に死点を確保できた。
あとは訓練あるのみだ)
武器もなく、防具もなく、魔術もなく、神秘も無く。
ただ己の肉体にて戦う者として。
拳者として。
人の肉体の極みに。
生命の神秘の根源に。
ザドゥの手は、届かんとしている。
↓
支援
【グループ:ザドゥ・芹沢・透子】
【スタンス:待機潜伏、回復専念
@プレイヤーとの果たし合いに臨む】
【主催者:ザドゥ】
【スタンス:ステルス対黒幕
@陰陽合一を為す訓練を行う
Aプレイヤーを叩き伏せ、優勝者をでっちあげる
B芹沢の願いを叶えさせる
C願望の授与式にてルドラサウムを殴る】
【所持品:なし】
【能力:我流の格闘術と気を操る】
【備考:体力消耗(大)、全身火傷(中)、左薬指骨折】
(ルートC・三日目 PM4:00 A−6 海底)
仁村知佳去りし後も、しおりは浮かび上がらぬ。
肺と言わず、胃と言わず。
臓器に余すところ無く海水を溜め込んでしまった彼女は、
その比重により、浮かび上がることは無い。
仮に、浮かんでくる機会があるとするならば。
体内で腐敗によるガスが発生するまで待たねばならぬ。
即ち、死なねば、浮かぬ。
その、しおりが沈む海域に、突然。
爆弾でも投下したかの如き波飛沫が巻き起こった。
波濤の中心には、大きく揺れる一艘の小型船舶。
キャビンに茫と佇むは、かつてN−21と呼ばれていた椎名智機の分機。
思惟簒奪者・御陵透子。
今や透子とは船であり、船とは透子であり。
二つの機械に個の別は無く、透子の論理集積回路を元に
完全に一つの機械生命体として機能していた。
Dパーツ―――
あらゆる機構と智機ボディとを融合させる、
神の前報酬の最後の一つを、使用しているのである。
「ん、実験成功」
御陵透子が行った実験とは。
Dパーツで融合した上でのテレポートが可能か否か、であった。
自身と、自身の手で持ち運べるもの。
それが、これまでの能力の限界であった。
しえん
その壁を、Dパーツにて打ち破れるのではないか。
融合したものが、【自身】と判断されるのであれば、可能であるはず。
透子は一体化している漁船ごとのテレポートを、
しおりの沈む海域の上空2メートルの位置に設定し、
見事これを成し遂げたのである。
そして、もう一つの実験もまた。
船上で年甲斐も無く無邪気にはしゃぐ仲間の存在が、成功を証していた。
「おぉ!? これがトーコちんの瞬間移動か〜、すごいねぇ〜ふしぎだねぇ〜」
両手に投網を握った、カモミール芹沢である。
透子のテレポート能力では、人は運べぬ。
自身の手に余る荷物も運べぬ。
しかし、Dパーツで融合した機構が自身だと認識されたのであれば、
その機構に乗り込んでいる人や物資もまた、
自身の力にて持ち運べているのだと認識される筈である。
透子はそう推論し、そしてその推論は正しかった。
(これで、果し合いに於ける私の戦法の幅が広がった。
そして、私たちの勝利の確率も大幅に上昇するはず)
二つの実験の成功に、魂を振るわせることはなく。
十数度にまで傾く甲板にも次々と押し寄せる高波にも顔色一つ変えず。
透子は実験の先にある戦術に、思いをシフトさせてゆく。
その黙考は、数秒で遮られた。
手に持つ投網をぐるんぐるんと振り回す芹沢の言葉によって。
「トーコちーん、ぼーっとしてないでしおりちゃんの居場所を特定してよー。
早くしないと死んじゃうかもなんでしょ?」
シエン
そう。テレポートに関する実験とは透子個人の目的でしかなく。
主催者としての彼女たちの目的とは、瀕死のしおりの救助と確保なのである。
「んー……」
透子は芹沢の要請に従い、漁船との融合を解除。
変わりに無線室にある魚群探知機と融合し、周辺海域にソナーを放った。
反応は、漁船の直下であった。
「網すろー」
「はいはーい♪」
「うえいと10秒」
「おぅけぇー♪」
軽いノリで投網を楽しむ芹沢を尻目に、透子は再び漁船と融合。
ディーゼルエンジンを起動し、ぽんぽんと数メートル前進した。
「お、手応えあった。揚げるね、トーコちん」
《あー、そもそも、水揚げとは芸妓遊女が初めて客と寝所を共にすることを……》
「いやらしいのは、のー」
暇を持て余して付いて来たカオスの懲りない猥談を尻目に、
芹沢はえっさーほいさーと掛け声高らかに投網を地蔵背負いに引き上げる。
はたして彼女の手応え通り、網の底には身を丸めたしおりが掛かっていた。
引き上げた網を開き、しおりは甲板に鮪の如く水揚げされる。
「息してないねぇ…… ひょっとして、間に合わなかった?」
「のー、弱いけど心拍はある。仮死状態」
「じゃあ人工呼吸かな?」
《行けいカモちゃん! 波間に百合の花を咲かせてみせい!》
支援
しえん
なにやら考え事をしつつ呆けている透子を尻目に、
芹沢はしおりを仰向かせ、蘇生行動を開始した。
幕末動乱の時代に血で血を洗う抗争に明け暮れていた芹沢にとって、
心臓マッサージも人工呼吸も、手馴れたものであった。
しかし。
心圧迫の一押し目で、しおりは、口から海水を吹き出した。
十度押して、十度吹き出した。
人工呼吸の為に口をつけても、同じであった。
しおりが飲み込んでしまった海水とは、比喩的表現などではなく、
字義通りの意味で、五臓六腑に染み渡っていた。
常人であれば紛れもない土左衛門状態。
もはや心肺蘇生法でどうこうできる段階では無かったのである。
「……どーしよートーコちん?」
そのことを悟った芹沢が、不安を隠さぬ揺れる眼差しで透子に次なる手を問うた。
それを受けて、透子は。
まるで変わらぬ飄々とした口調で、選手交替を宣言した。
「わたしに任せる」
短くも力強い断言に、芹沢が安堵を憶えたのは束の間に過ぎなかった。
言葉と共に透子が懐から取り出したのが、銃器であった故に。
その筒先が、動かぬしおりに定められた故に。
「ちょ、何するのトーコちん!」
ぱん、
ぱん、
ぱん。
シエン
グロック17の軽快な銃声、三連発。
穿たれのは、しおりの両の肺腑と胃袋であった。
吹き出した鮮血がカモミールの頬を赤く染めた。
透子の表情は、変わらずの無表情であった。
「助けにきたんでしょお!?」
芹沢は、びくんびくんと小刻みに痙攣するしおりと、
波に揺られるに任せゆらゆらと体を揺らしている透子の間に飛び込んで、
しおりをその身で庇うかのごとく、仁王立った。
威嚇の表情で透子を睨み付ける。
透子は少し困ったように眉根を寄せると、短く二言だけ語った。
同時に、カチューシャから伸びる触覚の先が一度だけ点滅した。
「解説員」
「かもん」
自らが装着していたインカムを取り外し、うーうー唸る芹沢に手渡す。
警戒しつつも芹沢はこれを受け取る。
それから数秒。
通信は、遠方の夢見られぬ機械・椎名智機からのものであった。
『Wait、Wait、Wait。
そう短絡的に物事を捉えてはいけないな、カモミール芹沢。
透子様はなにもしおりを害する意図で撃ったのではないのだよ。
むしろこれは救急救命行為であるのだから』
「えぇ〜〜〜〜?」
胡乱げな表情で芹沢は痙攣するしおりを見やる。
三箇所の銃創からは血液が噴き出していた。
しかし、その色は通常の血液と比して随分と薄かった。
支援
しえん
『つまりは、だ。
溺れ、沈んでいたしおりの体内には海水がたっぷりと溜まっており、
これが生命機能を停止させていたのだよ。
ならば、元凶である海水を排水してやるしか方策はなく、
手っ取り早い手段が銃撃だったと言うことだね』
「そうかもだけどぉ〜、ぶ〜ぶ〜!」
智機の解説を、芹沢は理解した。
理解はすれども得心は行かなかった。
故にブーイングとなって表れた。
かわいそう、なのである。
痛そう、なのである。
芹沢とは誠に情緒的な感性を有した、母性溢れる女性なのであり。
効率と確率を理詰めで選択する透子や智機の知性とは、
折り合いがつかないこともままあるのであった。
しかし。
「ううん……」
今回の処方に関しては、透子の判断は正しかった。
芹沢の人工呼吸や心臓マッサージではピクリとも動かなかったしおりが、
呻き声を上げたのである。
顔にもうっすらと赤みが差し、自発呼吸も開始されたのである。
「えふっ…… けふっ……」
「……ね?」
「ね、って、ね、ってさぁ…… 息を吹き返したんだし、いいけどさぁ……」
シエン
芹沢はやはり気持ちのどこかが納得行かぬことを態度にて表しているが。
情に惑わず、適切な処置を施せる。
その機械ならではの強みに、軍配は上がっており。
そのことを、己たちの正しさを主張せずにおられぬのが、
椎名智機なるオートマンの浅はかさである。
『カモミール芹沢、君の不満は実に理不尽だね。知性の不足を露呈している。
いいかね良く聞き給え。しおりとはヒトではない。凶という別種の生物なのだよ?
我々オートマンの論理思考回路は、その点を考慮して銃撃を選択したのさ。
そもそも貴女という人間は……』
なおもねちねと芹沢を見下す発言を連ねる智機に対し、
透子が取った行動は、インカムの電源オフであった。
「くどい」
透子の短い感想と同時に。
現れた時と同じく、何の前触れも無く、漁船は掻き消えた。
揺れる波紋のみを置き去りに、しおりをその背に乗せて。
↓
(Cルート)
【現在位置:A−6 海上 → J−5 地下シェルター付近 海上】
【グループ:ザドゥ・芹沢・透子】
【スタンス:待機潜伏、回復専念
@プレイヤーとの果たし合いに臨む
Aしおりの保護】
【監察官:御陵透子(N−21) with 小型船舶】
【スタンス:願望成就の為、ルドラサウムを楽しませる
@しおりの治療
A果たし合いの円満開催の為、参加者にルールを守らせる】
【所持品:契約のロケット(破損)、スタンナックル、カスタムジンシャー、
グロック17(残弾14)、Dパーツ】
【能力:記録/記憶を読む、
世界の読み替え:自身の転移、自身を【透子】だと認識させる(弱)】
【刺客:カモミール・芹沢】
【スタンス:@ザドゥに従う(ステルス対黒幕とは知らない)
Aしおりの治療】
【所持品:虎徹刀身(魔力発動で威力↑、ただし発動中は重量↑体力↓)
魔剣カオス】
【能力:左腕異形化(武器にもなる)】
【備考:体力消耗(大)、腹部損傷、左足首骨折(固定済み)、全身火傷(中)】
【しおり(28)】
【スタンス:優勝マーダー
@ザドゥに会う】
【所持品:なし】
【能力:凶化、紅涙(涙が炎となる)、炎無効、
大幅に低下したが回復能力あり、肉体の重要部位の回復も可能】
【備考:獣相・鼠、意識不明、両拳骨折(中)、水溺(大)、両肺及び胃に銃創(中)
※戦闘可能まで24時間ほどの休息を必要とします(素敵薬品込み)】
【現在位置:J−5 地下シェルター】
【刺客:椎名智機】
【所持品:スタンナックル、カスタムジンシャー、グロック17(残弾17)×2】
【スタンス:@【自己保存】】