◆参加者1(○=生存 ×=死亡)
○ 01:ユリーシャ DARCROWS@アリスソフト
○ 02:ランス ランス1〜4.2、鬼畜王ランス@アリスソフト
× 03:伊頭遺作 遺作@エルフ
× 04:伊頭臭作 臭作@エルフ
× 05:伊頭鬼作 鬼作@エルフ
× 06:タイガージョー OnlyYou、OnlyYou リ・クルス@アリスソフト
× 07:堂島薫 果てしなく青い、この空の下で・・・。@TOPCAT
○ 08:高町恭也 とらいあんぐるハート3 SweetsongForever@ivory
× 09:グレン Fifth@RUNE
× 10:貴神雷贈 大悪司@アリスソフト
× 11:エーリヒ・フォン・マンシュタイン ドイツ軍
○ 12:魔窟堂野武彦 ぷろすちゅーでんとGOOD@アリスソフト
× 13:海原琢磨呂 野々村病院の人々@エルフ
× 14:アズライト デアボリカ@アリスソフト
× 15:高原美奈子 THEガッツ!1〜3@オーサリングヘヴン
○ 16:朽木双葉 グリーン・グリーン@GROOVER
× 17:神条真人 最後に奏でる狂想曲@たっちー
× 18:星川翼 夜が来る!@アリスソフト
× 19:松倉藍(獣覚醒Ver) 果てしなく青い、この空の下で・・・。@TOPCAT
× 20:勝沼紳一 悪夢、絶望@StudioMebius
◆参加者2(○=生存 ×=死亡)
× 21:柏木千鶴 痕@Leaf
× 22:紫堂神楽 神語@EuphonyProduction
○ 23:アイン ファントム 〜Phantom of Inferno〜@nitro+
× 24:なみ ドリル少女 スパイラル・なみ@Evolution
× 25:涼宮遙 君が望む永遠@age
× 26:グレン・コリンズ EDEN1〜3@フォレスター
× 27:常葉愛 ぶるまー2000@LiarSoft
○ 28:しおり はじめてのおるすばん@ZERO
× 29:さおり はじめてのおるすばん@ZERO
× 30:木ノ下泰男 Piaキャロットへようこそ@カクテルソフト
× 31:篠原秋穂 五月倶楽部@覇王
× 32:法条まりな EVE 〜burst error〜@シーズウェア
× 33:クレア・バートン 殻の中の小鳥・雛鳥の囀@STUDiO B-ROOM
× 34:アリスメンディ ローデビル!@ブラックライト
× 35:広田寛 家族計画@D.O.
○ 36:月夜御名紗霧 Rumble〜バンカラ夜叉姫〜@ペンギンワークス
× 37:猪乃健 Rumble〜バンカラ夜叉姫〜@ペンギンワークス
○ 38:広場まひる ねがぽじ@Active
× 39:シャロン WordsWorth@エルフ
○ 40:仁村知佳 とらいあんぐるハート2@ivory
◆運営側(○=生存 ×=死亡)
○ 主催者:ザドゥ 狂拳伝説クレイジーナックル&2@ZyX
× 刺客1:素敵医師 大悪司@アリスソフト
○ 刺客2:カモミール・芹沢 行殺!新選組@LiarSoft
○ 刺客3:椎名智機 將姫@シーズウェア
○ 刺客4:ケイブリス 鬼畜王ランス@アリスソフト
○ 監察官:御陵透子 senseoff@otherwise
(うーむ。ドレス姿のユリーシャに着せてみるのも中々オツだと思うが、
やはりギャップを考えると狭霧ちゃんかまひるちゃんなんだが……。
サイズ的には狭霧ちゃんしか無理そうだな……狭霧ちゃんとメイドプレイと言うのも中々捨てがたい……。
うむ、俺様のスーパープレイで運営のやつどもをけちょんけちょんにした後、
プランナーの野郎をスーパー頭脳で上手くはめてバンバンザイすれば、
狭霧ちゃんとまひるちゃんも俺様の良さが少しは解るに違いない)
『少しは』と言う風にしてる辺りがランスが状況を理解し、控え目になってる辺りであろう。
(そうでなくとも無事成功した暁にはお礼に一発くらいはやらせてもらうのもありかもしれんな)
この辺は相変わらずランスらしい。
ニヤニヤとしながら心がを含めた女性陣を見渡すランスの視線に狭霧が気づく。
その横では、『似合うと思うんじゃがのう、その服も大分汚れておるし着替えるのもいいと思うんじゃが』と魔窟堂が未練たらしく呟いている。
ピキン、と何かが割れる音がまひるにはその瞬間、確かに聞こえた。
(……殺りますか)
「ふふふふ」
と狭霧はにこやかな微笑みを浮かべると背中から再びバッドをするすると取り出す。
「ちょ! 狭霧さん落ち着いて!」
「……さささ、狭霧殿?」
ニコニコとしながらジジイではなく名前で呼ぶ狭霧の顔が魔窟堂や横にいるまひるたちには少々怖く感じれた。
なにしろ、先ほどランスのハイパー兵器を破壊?した獲物を握ってるのである。
「そそそそ、そうじゃ! 話したいことがあったんじゃが……」
魔窟堂の言葉で心の中でピクリとだけ動いた狭霧が魔窟堂の顔を覗く。
(さて、ジジイ? もしかして先ほどのことですかね? それとも探りを入れてくるのか……)
即座に思考を切り替える辺りは狭霧であろう。
ジジイこと魔窟堂が不信感を抱いたのは先ほどのやり取りで感づいていた。
このタイミングで話し掛けてくるということは、その気づいた不信感を直接か、
遠まわしか、どちらにせよぶつけてくるのか。
それとも確信を持つために探りを入れてくるのか。
騙しあいが始まりますかね? と狭霧は心の中で呟く。
「……なんでしょう?」
まずは切り出してみないことには始まらない。
魔窟堂の声にとてもバットを握り締めてるとは思えないほど爽やかに返事する狭霧。
下らないことだったらどうなるか解ってますよね? と無言の笑顔。
その様子が余計にまひる達の顔を青く引きつらせる。
「う、うむ。……有体に言えばこれからのことにあたってなんじゃが」
「……と言いますと?」
どうやら今のところ先ほどのこととは無関係であるようだ。
一応下らないことでもなさそうである。
尤もこの先に何があるか、狭霧は油断できないが。
「此方側の戦力・状況分析はほぼ終わったと言ってよいじゃろう。
で、これからの指針になるわけじゃが……、その前に運営者達のことについてじゃ」
「なるほど。脱出が成功するにしろ彼らとの衝突は避けれない。
これからの行動を決める前に、その為にも私達と同じように彼らの戦力と状況を分析すると言うことですね?」
「流石狭霧殿じゃ。解りが早くて助かる」
純粋にそれだけの理由で魔窟堂は話している。
それは例えかすかな不信感があったとしても、やはり知能という面においては最も狭霧が頼りになるからであろう。
ふむ。と内面で思考した狭霧は、警戒を解く。
必要以上に張れば、何処かで警戒を相手にも気づかせてしまう。
それは必要以上に不信感を煽ってしまう、と判断した。
魔窟堂の方も必要以上に勘繰れば彼女に警戒と不信感を抱かせてしまうのがわかっている。
今まで通り普通に接するべき部分ではそうしていくべきだろう、と判断し、これからのことも兼ね揃え、話題を切り出した。
「では、順番に行きましょうか。
まずはあのザドゥという男ですね」
ようやく妄想の世界から帰ってきたランスと心配するユリーシャもようやく彼らの会話が耳に届く余裕を取り戻す。
「あぁ、あの野郎か……」
低い声を出しながらランスはザドゥのことを思い出す。
同じく、全ての始まりであったあの時を各々は思い出していた。
「最初の彼の立ち位置から大体想像できますが……タイプ的にも駒というよりは彼の役割はリーダーでしょうね。
恐らく頂点にどっしりと構え座り、まとめ役に立つものだと思いますが……」
「ワシもそう思う。そのためにも圧倒的強さを持つ彼なのじゃろうな……じゃが……」
「ええ、倒せないわけではありません」
あくまで倒せない『わけではない』ですけどね、と付け加わる。
タイガージョーとの打ち合い。
凄まじい攻防の果てにザドゥはタイガージョーを打ち倒し、その自らの強さを示した。
その強さは参加者を畏怖させる。
が、今この時をもってして、それは手の内を晒したという事実に他ならなかった。
「格闘家に間違いないでしょうね。それも生粋の」
「格闘家なのは解るが、あいつの打撃一つで虎野郎の動きが止まったぞ?」
狭霧に対して少々ぼやきながらもランスはあの時見えた光景の疑問を吐き出す。
彼の世界にも格闘家は存在している。
例えば、かつて世界最強と謳われたフレッチャー・モーデル……本人はもはやただのデブだったが、
その弟子は真空破のような物を出したし、ランスの良く知るヘルマンの皇子パットン・ミスナルジは、
格闘レベル2であり、武闘乱武という奥義を使える。
……周囲の認識は自爆技では有るが。
「俺様のランスアタックのように気を使ってるのは解ったんだが……あれはちと厄介だぞ?」
タイガージョーが放った奥義といい、ザドゥが使った死光掌といい、どちらも気を利用している。
同じく気を利用した必殺技を放てるランスは、全てを捉えきることは不可能だったが、彼らの気の動きを原理は解らぬが垣間見ることができた。
「ふむ、気か……。それなら恐らく。
気を相手の身体に打ち込んで相手の体の動きを止めたり、支配権を封じて自由に動かすとかかのう……。
YOU は SHOCK〜 愛で空が落ちてくる〜。というやつじゃな」
世紀末覇者達が繰り広げる漫画のテーマソングを歌いながら魔窟堂がそこから読み取った推測を重ねる。
あの時は何をしたのかどんな技か解らなかったが、気を使ってるという事実さえ解れば、無駄なオタク知識が導いてくれる。
「……触れられたらアウトってことですかね?」
歌う魔窟堂に呆れつつ狭霧が推測を尋ねる。
もし、それが事実であるなら、真正面からの戦いではほぼ無敵と言っていいだろう。
「それはないんじゃねーかな。俺様のランスアタックもそうだが、気を整えるための時間が必要だし、この手の技は練った時間と込めた力に応じたモンになるからな。
あの時、あの野郎も気を練ってやがったのは感じ取れた。
速射性はなし、触れられたらアウトってこたないと思うぜ」
「うむ。わしもそう思う。全力全開で撃ったものがどのくらいの威力でどういう効果を出すかまでは解らぬが、
漫画のように指先一つで秘孔を押せばダウンということはなかろうて」
「なにその漫画?」
「なに世紀末覇者達の集う熱い漫画じゃよ。無事戻れたらまひる殿も読むといい。なんならワシが貸して……」
「はいはい、それはいいですから。続けましょう」
「ちょっとくらい語らせてくれてもいいじゃろう。オタクの本分は語ることに……」
さみしいのう。とさめざめという魔窟堂を横に狭霧は情報を皆の前で整理する。
ザドゥ。
格闘家であり、その実力は計り知れない。
彼の役割は、ゲーム運営実行者達のリーダー。
運営実行者達を纏めている象徴が彼なのだろう。
が、真正面からでもこのメンバーで勝つ事は可能と判断できる。
スピードにおいては魔窟堂の方が圧倒的であるし、ランスや恭也の戦闘力、まひるのトリック的な能力、
そして今はいないが知佳、更にもしアインが加われば、益々負ける要素はない。
また人間である以上、粉塵爆弾のようなトラップを防ぎきる事は不可能だろう。
しかし、ザドゥの格闘家としての戦闘力もまた達人を超えたものであり、その一撃もさることながら、
相手の動きを止める奥義も所有していると判断できる。
攻撃力は非常に高く、一撃一撃が下手をすれば致命傷に繋がる可能性もある。
真正面からぶつかれば、何人かは命を落とす可能性が高い……いや落とす方が確実だろう。
あくまで真正面から闘った場合であり、奇襲をされた場合の対処は難しいといえる。
倒すのは難しい。
しかし、方法がないわけではない。倒す方法を取れないわけでもない。
みなの指揮を高めるためにも『希望は見える』と強調する。
「奇襲してくるようなやつにはみえなかったけどな」
「あの手のタイプは正々堂々真正面から制裁を加えに来るタイプじゃな」
と最後にランスと魔窟堂の意見が付け加わった。
「では次に行きましょうか」
「関わった順番からいけばあの嬢ちゃんかのう……」
「それって……」
「どれだ?」
察したまひるに対して、嬢ちゃんと言われて、最初にいた三人のうちどちらであろうかと尋ねるランス。
「御陵透子……警告者の方じゃな」
「おー、あのねーちゃんか」
んむ、あのねーちゃんも中々えがった。とランスはニヤケタ顔で思い出す。
警告を喰らったことより彼の中ではいい女という印象の方が強い。
「「…………」」
その様子をジト目で見る狭霧とまひる。
狭霧は重要な情報なのにと呆れつつ、まひるはこの人は相変わらずだなぁと苦笑しながら。
「まず共通している事は、神出鬼没。恐らく何らかの移動能力を持ってるのじゃろう。
次にどうやら初期の頃からゲームに消極的なもの、反抗的なものや行為を取るものに警告を加えていたようじゃな」
「……何というか得体の知れない不気味な感じでしたね」
「でも攻撃的じゃなかったよね……」
「総合するとその移動能力を持って警告と監視をするのが彼女の役割じゃろうな」
事実、病院では透子の警告の後に狭霧達は襲われている。
ランスは、その後にケイブリスの襲撃を受けている。
透子の役目は警告者に徹するものだろう。と彼らは判断する。
「戦力としては不明じゃな……あの神出鬼没な移動能力は厄介じゃが」
故に不気味である。
ザドゥやケイブリスのように見るものを畏怖させるような『強い』という感じはないが、
先ほど、狭霧が言ったように何かを隠してるような不気味さがある。
「実際に戦闘になってみないと解らんが、知佳殿やまひる殿のように特殊能力的な何かを使うタイプかのう……」
「直接戦うタイプではなさそうですからね……。ま、現状ではこのくらいでしょう」
「では次じゃな……」
「包帯ぐるぐる男ですか?」
「んむ……嫌な声をしとった」
あまり思い出したくない、語りたくないといった風に魔窟堂が口篭もりつつ語る。
狭霧の方も遺作に捕まった時に少々の事は聞いていたし、因縁のある物が多い相手である。
「トリックスター……と言ったところかの」
素敵医師の行なったことは、ゲームを加速させること。
薬と話術を用いて、遺作のようなゲームに乗っているものにはサポートを。
遥やアインのような消極的なものには薬を用いて混乱を。
彼らの知らぬ所では藍にグレン達にと様々な手を用いて接触し、混乱させている。
最もどれも破滅していく様を見るのが素敵医師は好きだったのだが。
先に出た透子のような警告者とは違い、直接手を下す実行者的な役割だろう。
「私は一番警戒するタイプだと思いますけどね」
狭霧は考えた結果を口出す。
遺作のことからも愉快犯的な一面があるのが読み取れる。
また策を講じてあれやこれやと此方を引っ掻き回すようなこともしてくるのが遥の件から読み取れる。
ザドゥと違って奇襲も遠慮なくしてくるだろう。
罠も仕掛けてくるだろう。
この状態なら、もしかしたら交渉も持ちかけてくるかもしれない。
この島において最も注意せねばならぬ人物であると彼女は踏む。
「実行犯であることとアイン殿が追いかけてることからも戦闘力も備えてると見た方が良さそうじゃな」
「本質的には裏をかくタイプでしょうけどね」
「そういえばおっぱい娘は俺様達しか出会ってないのか?」
カモミール・芹沢、といってもランス達の前で名乗ったわけではないのでおっぱい娘である。
ちなみに彼女の襲撃でグレンが死に、解除装置を受け取った、ということにランスはしていた。
ばれたらまずいと思い、この輪の中にいる内に浅はかな行動に反省はしつつも、反面「嘘はついてない」とランスは思っている。
確かに彼女の襲撃でグレンが死んだのは事実である。
トドメを刺したのがランスであっただけで。
「改めて聞くがどんな感じでしたか?」
「あのおっぱいは兵器だな。うむ、一戦お手合わせしたかったぞ、ガハハハハハ」
「ランス様、そういうことではなくて……」
「ん、ああ。チューリップみたいな大砲を使ってたな。あれは少々厄介だな。
帯剣もしてたが恭也のやつの方が強いと俺様は思うぞ……だが」
「だが……どうしました?」
「グレンのやつに左腕をすっぽり切られた」
「「「「え?」」」
一同の声が重なる。
もしかしたらグレンの最後の力で倒されたのだろうか?
と少しだけ期待しつつ。
「斬られた手に握ってた刀だけもって逃走しやがった。
左腕も置きっぱなしだったし、出血も凄かったし、あの様子じゃ長くないと思うぞ」
実際には斬られた左腕は、斬られた所が素敵医師の薬の副作用で硬質化、更に少しずつ異形化している。
「グレン殿……」
その光景を目に浮かべ魔窟堂がぐっと目を堪える。
「まぁ、処置を施されれば生きてる可能性はありますね。
ですが、戦力としては使えたとしても大幅にダウンしてるでしょう」
「ふむ。では要注意人物ではないじゃろうな」
「……向こうに反則的な回復手段がないことが前提ですけどね」
しかし、戦闘手段は大砲で砲撃し、接近戦は剣士として戦うというスタイルだろうことがわかる。
その実力も厄介であるには違いないが、ザドゥ程のような強大なものでもないのがランスの言からも取れる。
素敵医師と違って純粋な歩兵が彼女の役目であると狭霧たちは判断した。
「では、あの巨大な化け物についてじゃが……」
「ケイブリスの野郎か……。強いぞ」
「ワシも姿を見たが、あれを相手にするのは骨が折れそうじゃな」
ケイブリス。
純粋な破壊力ならザドゥ以上であろう。
何より、あの体格が脅威である。
人の身のザドゥと違い、致命傷を与えるのが難しければ、接近戦なら六本の腕と八本の触手の猛攻を掻い潜って攻撃を与えねばならない。
更にランスから聞き及んだ限り、ザドゥと違って奇襲もしてくる可能性が高い。
勿論、巨体である故に目立ちやすい上に大きさから来る立ち回りの不利があるのは間違いない。
が、それを有り余って補う圧倒的な暴力。
奇襲するにしても人間であるザドゥと違って耐久力も防御力も与えなければいけない範囲も桁違いである。
ザドゥの時で述べたような粉塵爆弾等では目くらまし程度の効果しかない可能性もある。
もし戦うことになったら単体では最も一同が警戒せねばならぬ相手。
「できるなら真正面からは戦いたくない相手じゃのう」
「流石の俺様も武器なしじゃ真正面はきついぞ」
「その辺は最悪、恭也さんと魔窟堂さんに前線を期待するしかないですね……。まひるさんでは機動力という面で向いてないでしょうから」
「ご、ごめんなさい」
「後方支援として期待してますよ?」
「が、頑張ります」
果たしてそんな化け物相手に自分が役に立てるのだろうか。
いや、やらなければいけないのだ。とまひるは自分に言い聞かせる。
「良きかな良きかな」
と魔窟堂はそのやり取りを見て「努力、友情、勝利はいいのう」と頷いていた。
「ジジイは、その加速装置で相手の撹乱ということで……」
と狭霧は突っ込むようにぼそりと言った。
(ザドゥとケイブリスに対しての理想は奇襲から短時間で仕留める。もしくはトラップにはめる。ですかね……)
かつて。
狭霧があちこちに仕掛け、参加者がかかってくれれば良しであった時と違い、
今度は特定の相手のために罠を仕掛けなければいけない。
今どこにいるか解らない上に次に出会うと限らないケイブリスとザドゥを対象にしたトラップを
連れ込むための場所を用意して仕掛けるというのは現実的に無駄が多い。
彼ら以外が引っかかってもそれはそれで有効なこともあるだろうが、
苦労して仕掛けた切り札をなくしてしまうのは惜しいし、参加者がかかる可能性もある。
ならば、二人以外にも有効なトラップでもいいし即席的なトラップでもいいが、
そうなると煙幕等の小細工的な手段になるだろうか。
奇襲するなら、トラップなら、役立つアイテムを作って用意するとしたらどんな方法がいいか、と狭霧はあれやこれやと考え始める。
「各々の対処は、後々臨機応変にしていくとしてじゃ。あと一人じゃな……」
思考しはじめた狭霧を見て、「狭霧殿らしいのう」と言いながら魔窟堂が最後の一人について切り出す。
「正確には何機いるのかわかりませんがね」
「……病院で私達を襲ってきたあの……人?」
「改めて聞く限りでは完全なアンドロイド……で間違いないかの?」
「えぇ、恐らく司令塔である本体は本拠地にいて、そこから遠隔操作で分体を操作しているんだと思いますけどね」
「……まだ駒はあると思うか?」
「断言はできませんが……もし今後のことを考えるのなら、少なくても繰り出してきた数と同数以上、6体前後は最低でも残してる可能性がありますね」
放送の声が彼女であったことからも本体が残ってるのも解る。
「特徴は……」
警告者である透子、早々に舞台へ登場した素敵医師とカモミール芹沢。
それに対して智機が出てきたのは首輪解除後である。
「運営側の最終防衛ラインを担ってる者と言ったところですか」
「あとは、機械歩兵として可能な技術は詰め込めると見てよいじゃろう……」
一度に同時並行で操れる数は解らないが、各々の機体を別々の指示で繰り出す事が出きるだろう。
戦闘方法といった細かい部分はあらかじめ組み込まれたプログラムによってオート化されているが、
アレを使え、ココは引け、等と言った指示は有効と判断できる。
「6か……」
全てを上げ終えたところで魔窟堂がその数を呟く。
「……まだいたりするのかな?」
最初に出会った五人とは別に現われたケイブリス。
そのこともあるともしかしたら、まだ出ていないだけで他にもいるのかもしれない。
他の皆も一度は思った疑問をまひるはこの場にぶつけてみた。
「難しい話じゃな……。じゃが、戦闘員はほぼいないと断言しても良かろう」
「同感ですね」
「え、え、どうして?」
魔窟堂の返答に対して当然といったように返事をする狭霧。
それを見てまひるがクエスチョンマークを浮かべる。
「単純なこった。今俺様達がゆったりしてられる。それが事実だろ?」
挟むようにしてランスが横から答えた。
「まぁ、ランス殿の言う通りじゃな」
「まひるさん、今首輪をつけている参加者は後何人いると思います?」
疑問に対して狭霧は疑問で答えた。
「え、えーっと……ここに6人いて、あとアインさんでしょ……。
あっ!」
数え出してまひるはピンと来た。
「そうじゃ、恐らく2人か、3人もいればいい方じゃろう」
「つまり、あちらも全力で此方を潰しにこなくてはいけない……はずなんですよ」
「その状況下で俺達は襲われてない……それが事実だ」
一呼吸つくと魔窟堂が状況整理とばかりに語りだす。
「まず純粋にザドゥと名乗る男はトップじゃ。
トップが軽軽しく動いてはならぬのが組織の定めであり、そのために各々の役割を持った執行者がおる。
この男が前線に出てくるのは、まず余程のことがない限りありえないじゃろう」
「もしかしたらワシラが知らないだけで、今までも、今もどこかに出動してる可能性もあるかもしれんがの」
とだけ魔窟堂は付け加え、
「ありえねさそうだけどなー」とランスが応答する。
「では消去法で行きましょう。次はけったくそわるいと評判の包帯男ですが……」
「アインさんが追いかけてる人……だよね?」
「そうじゃ。今まで此方に来る素振りもないということは、おそらくアイン殿が追跡してるおかげじゃな」
素敵医師がまだ単独で動いてるのかは解らないが、此方に来るには、アインの手を振り切る必要がある。
しかし、その名を知られたファントム。
出し抜くには困難をきっするのは間違いないであろう。
もし他の駒をぶつけたとしたらそれも可能だろうが、それなら今だ此方に来ていないのが気にかかる。
「他にも怪我をしたか、アイン殿の手によって既に亡くなっているか、残る少ない参加者の方に加担しにいったかは解らぬが、
ここまで放置されている以上は、現在手が空いていないと見てよいじゃろう」
ふむふむ、と納得し、まひるはうなづく。
「手が空いてないと言えば、残りの三名も大なり小なり同じでしょうからね」
「まず陣羽織のお嬢ちゃんじゃが、ランス殿からの情報によれば、そうそう前線復帰はできんじゃろう。
勿論、あれから大分時間も経っとるので既に治療されている可能性もなきにしにあらず、じゃから今後はわからんがな……」
片腕となったカモミール芹沢。
「……ケイブリスの野郎もダメージは負ったはずだからな」
中の両腕と鎧の背を破壊されたケイブリス。
「此方も全滅させましたからね……」
病院で破壊した6機。
今までの彼らの行動は無駄ではない。
勿論、カモミール芹沢やケイブリスのように戦力を戻しつつあるものもいるが、
少しずつではあるが彼らは着実に運営陣たちにダメージを与えていた。
「つまり、もし他にも人員がいたり余裕があるのだとしたら、それを此方に必ず割いてくるはずじゃ。
故に余裕がない可能性の方が高いじゃろう」
「ただ非戦闘員……。まぁ例えば彼らの食事を用意する係りとか掃除係とか……半分冗談ですが、雑用のための人員はいるかもしれません」
「これらから恐らく向こうは今戦力を割く余裕がない、と見ることができる。
そして次に来る時は必勝を来してくるじゃろう」
「前も言いましたが、そのために準備を整えてる……未だ整っておらずと言ったところですかね」
ふぅ、と一息つくと「しかし」と狭霧は言葉を再開する。
「ただ一つ気になるとしたら……」
「うむ。戦力はある……しかし、あちらさんの方か、それともここにいない参加者達の方で何かあったか……」
「こっちにかかれないようなことが起きたか、ってことか」
あちら側が、現在此方に手を割くことができないような重大な何かが起きたとした場合である。
戦力も余裕も十分にあった。
しかし、そのせいで此方に来る事が未だできないということである。
「見つかっていないと言う可能性はどうでしょう?」
もう一つは彼らの居場所を未だ把握していないということである。
「ふむ。その場合も同じじゃな」
「未だ見つけれてないと言うのは少々難しいですね」
「この透子と言う警告者役のお嬢ちゃんは移動能力を持っており、
狭霧殿たちとの病院でのやり取りから察するに首輪だけに反応して此方に来ているわけではなさそうじゃ。
もしかしたら外した人間はとっくに移動したのかもしれんのに来ると思うかの?」
「何らかの条件下で相手を探知する能力を持ってるのかもしれませんね」
「そして総合した情報からくるに移動能力の手段はともかく、ワシと同じかもしくはそれ以上の機動性を備えてると判断することができる」
「もし彼女が本気で此方を探しに来てるなら既に再び来てる可能性が高いです」
「しかし、現在来ておらん。居そうな拠点だけを潰してくだけでもわしらを見つけれるからの。
つまり、このことから二つの推論が導かれる。
一つは、彼女自身の手が空いておらん可能性。
二つ目は、居場所は把握されておるが彼女もそれ以外者達も手が空いておらん可能性。
じゃな」
「先程も言ったように探す手間、または来る手間がないだけで学校などにいる可能性はあります」
「まぁ話を戻しましょう。それの懸念材料が今回の放送ですね」
「死者がいなかったことですか?」
此方にとっては喜ばしいことでしたけど、とユリーシャは言った。
「いや、時間の方じゃな」
が、即座に否定の発言が出る。
「ええ、今までぴったりと時間通りに行なわれていたはずの放送が今回に限って6分ですが遅れた」
「たかが数分と思うかもしれんが、少なくともその時何かがあったのは間違いない」
「果たしてそれが何であるのかは解りません……。しかし今現在私達が全く放置されたまま。
先ほどまで出払っていた魔窟堂さんの方にも何も有りませんでした」
「それらと放送遅れが因果関係が全くないとは思えぬ」
「例えば、あの機械兵の軍団ですが……。
もし私達を殲滅できるほど、または兵糧攻めできるほどにストックがあるのだとしたら、既に投入しているはずです。
けど、実際には何も起きていない」
「繰り返しになるが、ストックはあるが手が空いていないかストックに余裕がないか、だな」
事実、智機のストックはもう無駄にできない地点まで追い込まれている。
まずアズライト・鬼作・しおりの一件で80体以上を失い、次に病院での戦闘で戦闘特化させたはずの6体を失った。
その時点ではまだ余裕があり、狭霧の懸念したように今度は本気での追撃を行なおうとしたが、
19体を破壊され、とうとう追い込まれた。
挙句の果てには透子の手により二機破壊されている。
本拠地の防衛、管制室の防衛を割くのは最終手段であり、それを除けば智機が総力を尽くせるのは後一回が限度とまで来ていた。
尤も、現在彼女の分機はそれどころではないのだが……。
「わしらが放置されたまま、その上での放送の遅れ。
全く関連性がないとも思えぬ……」
「これ以上は完全に読めない推測になるので何ともいえませんけどね」
と狭霧が一旦締めくくる。
小屋の外で見張りに立つ恭也の額に汗が走る。
少し前から東の方でオレンジ色の光が浮かび上がっていた。
恭也が気づいたのは少し前。
何事かと思いつつ其方からも目を離さなかった恭也であったが、直ぐにそれが何であるかに気づく。
焦げた臭い。
上空に立ち上る巨大な煙の雲。
火の粉が飛び散る様がここからでも良く解る。
森が燃えている……それも大規模な火災。
燃えているのは、彼らがいる西の森ではなく東にあった群生の森である。
しかし、ここからでも鼻を燻る臭いが感じ取れる。
病院や学校、東の森の近くの建築物はまず壊滅的だろう。
あの勢いがこのまま続けば、風に流れ、こちらの群生の森まで飛び火する可能性がある。
(これはまずい)
直ぐさま、小屋のみんなに知らせて相談をした方がいいだろう。
しかし、全員外に一斉に出すわけにはいかない。
まずはリーダー格として主導を握る魔窟堂と狭霧の二人に見て貰うか。
そう判断した恭也は扉を背にし、「魔窟堂さん、狭霧さん」と声をかけながらトントンとノックをして開けた。
「あ、恭也さん。どうしたんですか?」
あいつらも飯食うなら食中毒でも起こしたんじゃないか、とランスが言ったり。
そんなことありますか、と狭霧が否定しつつ。
まぁないとも言えんがのう、と魔窟堂が頭を捻らせ。
機械がどうして食中毒を起こしますかこのジジイ、と狭霧が魔窟堂の頭を叩き。
あれではないか、これでもないか、と現在ある情報を元に推測を重ねている所に開かれた扉と呼び声にまひるが答える。
「魔窟堂さんと狭霧さん、少し来てもらえませんか?」
此方に身体を半分向け、中にいる二人に向かって恭也は催促する。
「む? 何事じゃ?」
「……何かありましたか?」
「むっ?」
「?」
空気が打って変わって変わった。
恭也の声にただならぬ事態が起きたのではと中にいる各々は思う。
敵か? いや敵ならこんな余裕はないはずである。
では、一体なんであろうか。
緊張が走る中、次に恭也の口から出た事実は想像以上の衝撃をもたらす。
「……向こうの森が燃えているんです。
多分、こっちまで火が移ってきそうな勢いで」
「「「「「え」」」」」
驚きの声を上げる五人をよそに恭也が続ける。
「詳しい状況は見てもらった方が解りやすいので……」
「ぬぅ……。すまんが一度に全員出ると万が一の可能性もある。
ランス殿、ユリーシャ殿とまひる殿を頼めるかの?」
「む、がはははは。そういうことなら任せておけ」
「おいどういうことだ」と言っていたランスだが、女性二人?を任せられると機嫌よく引き受ける。
「では、まひるさん、ランスさん、ユリーシャさん、少し見てきますね」
そうして恭也に連れられ、魔窟堂と狭霧の二人は小屋の外に出ていく。
そして
「こ、これは……!?」
「本当に森が燃えている……」
ボウボウとした音がまるで耳に聞こえてくるかのような赤い世界。
瞳をオレンジ色が覆い、夕焼けのような空が広がる。
ボウボウとした音がまるで耳に聞こえてくるかのような赤い世界。
瞳をオレンジ色が覆い、夕焼けのような空が広がる。
「恭也度のこれは何時頃から?」
「最初に光が上がったのに気づいたのは放送の少し前です。
何だろうと思ったんですが、直ぐに消えるかとも思ったら、それどころか……」
「もしや……」
「えぇ、可能性は0ではありませんね」
「うむ。時間的にも一致する。
恐らく火災だけではあるまい、あそこでわしが見過ごした何かが起きているかもしれん」
「……どういうことです?」
狭霧と魔窟堂の相槌を見た恭也が何の話かと尋ねる。
「うむ、実はの……」
ひとまず整理した運営組の詳細はおいておき、二人は先程まで小屋の中で運営組に関しての情報整理をしていたことを簡潔に述べると
首輪をつけた参加者が数少ない状況で未だ自分達が放置されてる理由、どうして放送が遅れたかの疑問、などを答えていく。
「なるほど……」
「どう思う狭霧殿? 安全を取って移動をするにこしたことはないが……」
「……もしこれが結びつくのなら、打って出るチャンスでしょうね。
しかし……」
安全の為にも移動はした方が良いだろう。
炎をやり過ごすなら西の海方面である。
打って出るのならば始まりの地であった学校であろうか。
しかし、この炎の勢いでは学校は、今いる森より早く火が飛び移り燃えるだろう。
どうするべきか、と恭也を交え二人は考え込む。
一方、小屋の中に残された三人。
「赤い光……大丈夫でしょうか?」
「がはははは、大丈夫だ。いざとなったら海にでも飛び込めばいい」
「あたしは寒いのは嫌だなぁ……」
良く見れば、小屋の窓からもオレンジ色の光が少々垣間見ることができる。
窓越しに見える光を見ておののくまひるとユリーシャだが、外で実物を見たらもっと驚くだろう。
「―――ッ!?」
「「ランスさん・様?」」
二人を元気付けるかのごとく笑っていたランスの雰囲気が変わる。
「ど、どうしたの、ランスさん?」
「三人の気配がここからでも解るくらいになった」
急に本気の顔になったランスを見たまひるは意外性もあり、何事かと驚く。
「誰か……よろしくねぇやつが来た」
小屋越しにぴりぴりとした空気をランスは感じ取る。
外にいる三人のものだ。
きっかけは急に恭也の気が緊張して膨れ上がったことだった。
変哲もなかった空気が小屋の中にいても解るほど。
恐らく恭也の方も、気を高めることによってランスに気づかせる意味合いも含んでいるのだろう。
「ユリーシャ、まひるちゃん、気を入れておけよ……」
ケイブリスなら一発で解る。
ザドゥでも同じだ。
あの強烈な気は臨戦体制に入っているのなら気づかぬはずがない。
表の三人の気配が変わった以上、何物かが気づかれるように来た線が濃厚である。
しかし、凝らすようにして気配を探ってもザドゥやケイブリスのような空気を感じ取れない。
(何が来やがった? 参加者か? それとも運営の野郎どもか?)
「あぁ、ようやく見つかった」
一人分の足音が三人の耳に聞こえる。
ザッザッザッとした重い足音。
ゆっくりと少しずつ小屋へと近づいてくる。
「恭也さん、魔窟堂さん……」
狭霧の声に応じかのごとく、三人の体を支える足に力が入る。
「動員中による不幸中の幸いといったところか」
オレンジ色の空を背景にして現われるシルエット。
狭霧と恭也には見覚えのある形。
「そう身構えないでくれ。今回は君達と戦うつもりは一切ない」
忘れるはずもない。
細部こそ違うが自分達の命を狙いに来た刺客と良く似た形。
「勿論、ゲームに参加しろと警告を発しに来たわけでもない」
露わになる頭部を見て二人は確信し、二人に向いた魔窟堂の目に頷く。
「純粋に頼みたいことがあって交渉をしにきたのだよ」
魔窟堂の体に力が入る、いざとなれば即座に加速装置を発動できるように。
恭也の身体がゆっくりと構えを取る、いざとなれば奥義を発動できるように。
「―――話くらいは聞いてもらえないか?」
両手を上に挙げ、非戦の意思を示した智機が彼らの前に現われた。
↓
【グループ:紗霧・ランス・まひる・恭也・ユリーシャ・野武彦】
【スタンス:主催者打倒、アイテム・仲間集め、包囲作戦】
【備考:全員、首輪解除済み】
【現在位置:西の小屋内】
【ユリ―シャ(元01)】
【所持品:生活用品、香辛料、使い捨てカメラ】
【広場まひる(元38)】
【所持品:せんべい袋、メイド服1着、服二着、干し肉、斧、救急セット、竹篭、スコップ(大)
携帯用バズーカ(残1)】
【ランス(元02)】
【スタンス:女の子優先でグループに協力、プランナーの事は隠し通す
男の運営者は殺す、運営者からアリス・秋穂殺しの犯人を訊き出す、】
【所持品:なし 】
【能力:武器がないのでランスアタック使用不可】
【備考:肋骨2〜3本にヒビ(処置済み)・鎧破損】
【現在位置:西の小屋外】
【高町恭也(元08)】
【所持品:小太刀、鋼糸、アイスピック、銃(50口径・残4)、保存食、
釘セット(new)】
【魔窟堂野武彦(元12)】
【所持品:軍用オイルライター、銃(45口径・残7×2+2)、
白チョーク数本、スコップ(小)、鍵×4、謎のペン×7、
ヘッドフォンステレオ、まじかるピュアソング、
スピーカーの部品、智機の残骸の一部、集音マイクセット、工具】
【月夜御名紗霧(元36)】
【スタンス:反抗者を増やし主催者へぶつける、計画の完遂、モノの確保、
状況次第でステルスマーダー化も視野に】
【所持品:スペツナズナイフ、金属バット、レーザーガン、ボウガン、
スコップ(小)、メス1本、指輪型爆弾×2、小麦粉、
文房具とノート、白チョーク1箱、謎のペン×8、
薬品数種類、医療器具(メス・ピンセット)、対人レーダー、解除装置】
【レプリカ智機(P−3)】
【スタンス:ザドゥにぶつけるための交渉】
【所持品:?】
>>#6 542
(二日目 PM6:21 D−6 西の森・小屋3付近)
高町恭也は小休止を取っていた。
慣れぬ角度への飛針投擲と視線移動を続けたことで肩と首筋に張りを感じたからだ。
常日頃よりマニアと揶揄されるほどの修行三昧の日々を送っていたこの少年は、
休むべき時に休むことの利を経験上熟知していた。
りん……
秋の虫の声が、恭也の耳朶をくすぐった。
彼はその澄んだ音色に、澄んだ瞳と澄んだ声の少女の面影を連想する。
「仁村さん―――」
かつて守ると誓ったどこか危うさのある少女。
思い出す恭也の胸に奔るは疼痛。
恭也個人の心情としては、今すぐここを飛び出して彼女を探したいと思っている。
しかし、滅私済民の精神を礎に数百年間磨き上げられてきた『御神』という歴史が、
師範代である彼の私心を押さえつける重石となっていた。
打倒主催者という大局観。
恭也は―――否、恭也に根付いている御神真刀流の精神は、それを至是とした。
要人を守ることで社会を守る。
御神真刀流の存在意義。
恭也は御神として己に問うた。
(悲願・主催者打倒を成す為に、守らねばならぬ要人とは誰か?)
解答は明らかだった。
月夜御名紗霧だ。
彼が紗霧に従うと宣言したことは、この判断に由来する。
解答は明らかだった。
仁村知佳ではない。
思慕を貫き大局を見失うことは子供の我侭だ。
結論は既に出している。宣言という形で己を規定した。
それでもなお―――
高町恭也の胸の奥で、仁村知佳は燃えていた。
(いかんな。また俺の心が揺れようとしている)
思考の渦に飲み込まれる寸前、恭也の理性が警告を発した。
意識を切り変えるために立ち上がり、空を見上げる。
深呼吸を何度か。
その振り仰いだ上空に赤い尾を引く星が流れた。
北の空から東の空へと。
「流れ星、か」
恭也は祈った。
御神の名に縛られぬ、裸の心で。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
>>#6 556
(二日目 PM6:21 E−7 廃村・井戸付近の民家)
仁村知佳は潮風にさび付いた窓枠に背中を預け、一人震えていた。
陽の光が自分の能力と心の平衡を回復させる。
その時間が終ってしまったから。
彼女は次の朝を迎えるまで、2つの闇と戦わねばならない。
視界を塞ぐ夜の闇と、衝動的な破壊をもたらす心の闇。
慎ましやかな胸の奥に抱いているのは孤独感。
伏せられた長い睫毛が年齢にそぐわぬ憂愁を醸し出している。
仲間たちと袂を分かってから半日と経っていない。
それでも、淋しい。人恋しい。
「恭也さん―――」
自分の手を引いてくれた高町恭也の逞しい背を思い出し、
仁村知佳は可憐な頬を染める。
守ってもらえることが嬉しかった。守ってあげられることが嬉しかった。
依存でもなく利用でもなく、真心で相手を気遣い、支え合う。
短い付き合いではあるが、恭也との関係は知佳にとって理想的なものだった。
「―――会いたいよ……」
知佳は思わず呟いた言葉が震えているのを知った。
目頭に熱を感じた途端、堰を切ったように涙が溢れてくるのを感じた。
思い出もまた、涙と共に溢れてきた。
荒んでいた幼き日の思い出が。
念動力の暴走と人の心が読める故の不信感から周りを傷つけ、
座敷牢の如き離れに隔離されていた日々。
真実の心を姉・真雪に看破され、愛情を注がれるようになるまでの知佳は、
淋しさを破壊衝動に置き換えることで孤独感を耐えていた。
「あはは…… 弱くなっちゃったなぁ……」
その後、人と接する事と能力を制御することを覚え。
いつしか、さざなみ寮の仲間たちの暖かさと真心に触れ。
頑なだった心は日々癒され、柔くほぐされてしまっていた。
故に、幼き日には耐えられたはずの孤独感に耐え切れず、
ここに来て知佳は、遂に涙腺を崩壊させてしまったのだ。
彼女が決めた別れだった。
恭也に己の醜い心の在りようを知られるのを恐れる気持ちと、
制御を離れたXX障害の暴走で彼を傷つけてしまうことを恐れる思慮。
感情と理性が揃って距離を置くべきだと結論づけていた。
それでもなお―――
仁村知佳の孤独な心は、高町恭也を求めてしまう。
涙を拭かぬまま見上げる滲んだ夜空に、恭也の面影を映してしまう。
その滲んだ視界の先に、赤い尾を引く星が流れた。
「ながれぼし?」
知佳は祈った。
瞳を閉じ、心の全てを一つの想いで満たして。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
偶然の一致では片付けられない何かが、2人の間にはあるのかもしれない。
知佳は廃村の片隅で。
恭也は西の森の中で。
2人の立つ場所は距離を隔ててはいるけれども―――
「「あの人が、無事でいますように」」
同じ時間に同じ夜空を見上げ
同じ流れ星を見つけて
同じ祈りを捧げたのだから。
2人は名残惜しそうに、雲間に吸い込まれてゆく赤い星の尾を見つめる。
暫くのち、その雲だと思っていたものが煙で、発生源が東の森なのだと気づいたのも
また、同じだった。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
2人の見た『赤い流れ星』は東の森の上空、約15mの地点で静止していた。
「落下ポイントに到着した。これよりフェーズUに移行する」
『赤い流れ星』は立ち込める煙の中で咳き一つすることなく、
冷静な声で通信機の先にいる同胞に状況連絡を行った。
そう、この『赤い流れ星』はレプリカ智機。
カタパルト投擲からの飛翔にて救援物資と共にザドゥの直接援護に赴いた1機だ。
纏うのは宇宙服が如き銀色の防熱スーツ。
下げるのは救援物資のみっちり詰まったボストンバッグが2つ。
背負うのは個人用噴射型離着陸機。
恭也と知佳が捉えた赤色の光は、この離着陸機のバーナーだった。
『ザドゥ様の無線が不安定で、十分なナビゲーションが出来ないのだよ。
大事を取って予定ポイントの10mほど北で降下準備を行ってもらえるかね?』
「Yes。了解したよ、リーダー」
レプリカは頷くと、懐からカードの束を取り出した。
↓
【高町恭也(元08)】
【現在位置:D−6 西の森・小屋3付近】
【スタンス:主催者打倒、アイテム・仲間集め、包囲作戦】
【所持品:小太刀、鋼糸、アイスピック、銃(50口径・残弾×4)、保存食、
釘セット】
【能力:小太刀二刀御神流(奥義神速は使用不可)】
【状態:失血(中)、疲労(中)、右わき腹から中央まで裂傷あり。
痛み止めの薬品?を服用】
【仁村知佳(40)】
【現在位置:E−7 廃村・井戸付近の民家】
【スタンス:恭也達との再会、主催者達と場合によっては他の参加者達の
心を読んでの情報収集。
手帳の内容をいくつか写しながら、独自に推理を進める。
恭也が生きている間は上記の行動に務める】
【所持品:???、まりなの手帳、筆記用具とメモ数枚】
【能力:超能力、飛行、光合成、読心】
【状態:疲労(小)、精神的疲労(小)】
【備考:定時放送のズレにはまだ気づいていません。
手帳の内容はまだ半分程度しか確認していません】
復讐に必要な条件ってなんだろう?
無念を晴らすってどういうことだろう?
星川が死んでからずっと断続的に、あたしはその事を考えてた。
仇の命を奪うこと?
それはもちろん必要だ。
でも、それだけじゃまだ足りない。
仇を苦しませること?
それは絶対に必要ってわけじゃないけど、あった方がいい。
だから、まだ足りない。
仇に自覚させること?
うん、これは大事。
自分がどうして死ぬのか、誰に殺されるのか。
それを理解させないまま命を奪うだけでは、消化不良もいいとこだ。
星川を殺したからあんたが殺される。因果応報。
それを思い知らせてから、殺す。
よし、あと1つ。
復讐に必要な最後の条件。
それはあいつに星川と同じ無念さを味わわせること。
あいつは死体を前に呆然とする星川を、無防備な背後から襲い、刺した。
卑怯に、無慈悲に。
あたしも死体を前に呆然とするアインを、無防備な背後から襲い、刺してやる。
卑怯に、無慈悲に。
だからあたしはこの状況を作った。
あの病院のあの惨劇を再現するために。
どれほど惨い手段で星川を殺したのかをあいつに思い知らせるために。
あの油断も隙も無いアインを星川みたく呆然とさせる―――
ここが一番悩ましいところだったけど、上手い具合に素敵医師がいた。
アインが唯一、執着しているらしいこいつが。
あの女と交わした言葉はそれほど多くないけれど、目を見ればわかる。
あれは、あたしと同じ目だ。あたしと同じ目で素敵医師を追っていた。
だからこいつを殺した。
殺したい相手を殺されたことに気づけば、あの女もきっと自失するから。
よし、舞台装置は整った。
血で真っ赤な病室が炎で真っ赤な森の中だ。
遙さんと神楽ちゃんが式たちだ。
エーリヒさんの死体が素敵医師の死体だ。
その亡骸を前に呆然と立ち尽くす星川がアインだ。
その無防備な背中を刺したアインがあたしだ。
だからあたしは攻撃に式神を使わない。
兵器化した植物を使わない。
鉄砲だって使わない。
あたしが使うのは―――メス。
この攻撃だけはあたし自身の手で刃物によって行わなければならない。
あたし自身が刺さなくちゃいけない。
それがあたしの選んだ、復讐。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
>>#6 657
(二日目 PM6:26 F−5地点 東の森・双葉の道)
素敵医師の上半身しかない遺体の喉首にアイン必殺の包丁が鋭く突き込まれた。
投げ出された遺体の勢いはその刺突で幾分削がれたものの、
四肢に力の入らないアインは力負けをし、包丁を手放してしまう。
仰向けに地面へ叩きつけられる素敵医師。
アインの目が足元に落ちた彼を追い―――
2歩、3歩。
後ろへとよろめいた。
そのアインの背に、炎の中から飛び出した朽木双葉が衝突した。
手には医療用のメス。
それを、彼女は突き込んだ。
双葉なりの渾身ではあったが、腰の入っていないぬるい刺突だった。
故に刃先はアインの肋骨に刃を留め、勢い余った双葉の柔い掌を
深く切りつけてしまう。
しかし双葉は、意に介さない。
刃を握りこんだままアインにぴったりと身を寄せると、
吐息で耳朶を愛撫するかの如く、艶かしく濡れた声で募る思いを吐き出した。
怒りと恨みと憎しみがたっぷり篭ったぐちゃぐちゃでどろどろの呪詛を。
「――――いきなり後ろから刺される気持ちはどう?
星川もね、あんたにこうやって殺されたのよ?」
たかがメスだ。
この一撃で殺せるなどとは双葉も考えていなかった。
ただ、お前が星川を殺したのだと、
卑怯にもこうして星川を背後から襲ったのだと
アインに伝わりさえすればそれで良かった。
たとえ振り返りざまの一撃で返り討ちにあったとしても、もはや悔いは無い。
彼女が命を失えば、制御を失った木々はたちまちに炎に飲み込まれる。
双葉の道は火葬場と化し、アインの命は必ず奪われる。
復讐は成った。
朽木双葉は緩やかに瞼を閉じる。
(星川、今、あんたのとこ行くからね……)
双葉に達成感はなかった。
満足感も恍惚も無く、嫌悪感も後悔も無かった。
彼女の五体を包み込んでいるのは、開放感。
やっと終わった。
五体に張り詰めていた緊張が解きほぐされていくのを感じた。
今まで蓄積してきた疲労が一気に噴出するのを感じた。
ただ疲れていた。
もう眠りたかった。
その永劫の眠りがアインによって与えられるのを待っていた。
しかし―――
予測していたアインからの反撃がまるで来ない。
そのことが、一度は弛緩したはずの双葉の心と体に再び緊張を与える。
(もしかして…… あたしのメスで死んじゃった?)
双葉の背筋を身震いと共に駆け昇ったのは動揺。
メスの一突きでアインが絶命したとするならば、
状況を再現するという条件については青写真以上の成果を上げたと言える。
逆に。
仇に自覚させるという条件についてはまるで達成できていない事になってしまう。
双葉の呪詛が、アインの耳に届いていない事になる。
完璧なはずの復讐に大きな瑕疵が生じてしまう。
(目を開けて、状況を確認しなくちゃ……
でも、もし目に入ったのがアインの死体だったら……?
もう取り返しはつかないのに……)
葛藤が双葉の胸を大きく揺さぶる。
双葉の額に冷や汗が流れる。
その彼女の耳に―――
ざり。
ざり。
音が、聞こえてきた。
双葉がその短い人生の中で、一度たりとも聞いたことの無い音が。
たまらなく不吉な響きを伴った、単調で重厚な音が。
ざり。
ざり。
音の重圧に負けて開いた双葉の瞳に映ったものは、
素敵医師の遺体に馬乗りになり、その首を切断せんと包丁を鋸の如く
挽いている、アインの姿だった。
「なにを……」
アインからはかつての彼女が持っていた機敏さやしなやかさが失われていた。
代わりに得ているのは緩慢さとバランスの悪さ。
これがかつてファントムの2つ名で恐れられた暗殺者の姿なのか?
彼女の過去を知るものが見れば、目を疑うに違いない。
それなのに。それゆえに。
怖気を震うほど、鬼気迫る光景だった。
「煙で目をやられたの? 良く見なさい、アイン。
あんたが死に物狂いで追いかけてた男はもう死んでるの。上半身しかないの。
あたしが引き千切って殺してあげたから」
双葉が悪寒を堪え、アインへと告げる。
アインは、無反応だった。
包丁に体重をかけて一心不乱に首を挽いている。
「もう死んでるって言ってるでしょ!!」
双葉は叫びと共にアインを蹴り飛ばす。
アインは腰砕け転がった。
糸の切れた操り人形を思わせる、無様な転がり方だった。
それでも。
ゆらぁり……
炎に不気味な影を揺らしてアインは立ち上がった。
墓場から蘇る屍鬼の如く、緩慢に、鈍重に。
双葉に何の反応も返すことなく、素敵医師の側へ。
そしてまた、首を挽く。ざり。ざり。
ざり。
ざり。
意図せぬ2種類の爆弾の炸裂。
それが閃光弾だけだったら、アインにダメージは無かっただろう。
それがカード型爆弾だけだったら、アインはダメージを軽減できただろう。
2つの要素が、この順番で、そのタイミングで、あの距離で。
全て揃ってしまったが故に―――
長谷川。首。わたし。包丁。
アインはその4つのことだけしか判らないくらい追い込まれた。
アインは「長谷川」や「わたし」の生死も判らないくらい追い込まれた。
ざり。
ざり。
哀れな双葉が膝を折る。
メスを突き込んだ時とは似て非なる、重々しい疲労感が彼女を飲み込む。
もう悟った。
諦めるしかなかった。
自分がどれほどもがいても足掻いても、アインに届くことはないのだと。
視界の端を掠めることすら出来ないのだと。
恋しい。星川。憎い。アイン。
双葉の伸ばした手はそのどちらにも届かなかった。
彼女の望む復讐は、無残にもここに潰えた。
……ごとり。
ついに素敵医師の首が落ちた。
アインはそれを拾い上げると、大切な宝物のようにぎゅっと胸に抱きしめた。
ところがその首の重さすら、既にアインの腕力の許容量を超えていたらしい。
膝立ちの彼女はふらりと後方に倒れてしまった。
その後ろでしゃがみこんでいた双葉の胸に抱かれるように。
「アイン……」
虚ろな目で仇の名を呟く双葉。
返事など期待していたわけではなかった。
倒れこんできたものを無意識下に確認しただけだった。
だが―――
その声にか人肌の感触にか、ともあれ、アインが反応した。
「そこに誰かいるのね……
聞いてくれるかしら……?
わたしの話を……」
双葉が息を呑み、魅入られたかの如くアインを見つめる。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
ねえ、あなた。運命って信じるかしら?
わたしは信じるわ。
今までのすべてことがこの瞬間のために用意されていたような気がするのだもの。
きっと、わたしが今まで生きてきたのもこの日のためよ。
わたしは人を殺すために生かされていたの。
殺して、殺して、殺して、殺す。
誰かが命じるままに、誰かに与えられるままに。
ただ受け入れてただこなしたの。
受動的に、機械的に。
様々な技術を身につけたわ。
雑多な知識も学んだわ。
全ては人を効率良く、高精度で殺す為に。
誰かが命じるままに、誰かに与えられるままに。
ただ受け入れてただこなしたの。
受動的に、機械的に。
それだけしか無い人生だったわ。
いつだったかしら。
そんなわたしに転機が来て、しがらみから逃げ出したの。
その時から、人を殺すために生かされていたわたしが、
人を殺さなくても生きてゆけるわたしに変わったわ。
それからのわたしの隣にはいつも彼がいたの。
今はもう、上手く彼のことを思い出せないけれど、
表裏一体で運命共同体、命を預けあっていた気がするわ。
だからね。
わたしは振舞ったわ。
彼が望むままに。彼の導くままに。
ただ受け入れてただこなしたの。
受動的に、機械的に。
わたしはそういう人間だったの。
環境が変わっても、立場が変わっても。危険な時でも、平和な時でも。
誰かが指し示す方向にしか進めない人間。
機能だけを磨かれた、ヒトガタの道具。
この首はね。
そんなわたしが初めて、自分が欲しいって思ったものなの。
憎かったような気もする。
愛しかったような気もする。
悲しかったような気もする。
どうしてこれが欲しいと思ったかなんて、もう思い出せないけれど。
それでもね。
わたしはずっとこの首のことを想っていたの。
そのことだけを願っていたの。
欲しい、欲しい、あの首が欲しいって。
これでなくちゃいけない。そんな固執を抱いたのは初めてだったし、
その気持ちを理性で制御できないことも、初めてだったわ。
感情の波に揺さぶられる。眩暈がするほど鮮烈な経験よ。
それをね。
今まで何も望まなかったわたしが望んだたった一つの物をね。
わたしは手に入れたの。
わたしの技術と
わたしの経験と
わたしの知恵を
わたし自身が
わたしの為に働かせて
わたしの為に駆使して
わたしの願いを
わたしが叶えたの
わたしの全てを、わたしだけの為に使って。
だからね、はっきりといえるわ。
わたしの人生は幸せなものだったと―――
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
それをね。
今まで何も望まなかったわたしが望んだたった一つの物をね。
わたしは手に入れたの。
わたしの技術と
わたしの経験と
わたしの知恵を
わたし自身が
わたしの為に働かせて
わたしの為に駆使して
わたしの願いを
わたしが叶えたの
わたしの全てを、わたしだけの為に使って。
だからね、はっきりといえるわ。
わたしの人生は幸せなものだったと―――
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
「……ぁぃ…、… ……ぁわ……」
アインの告白は言葉になっていなかった。
既に死しているような怪我を妄執の力によって動かしていたのだ。
その妄執が解決されれば急速に崩れてしまうことは自明だった。
「なによその顔はぁっっ!!」
一度は覇気を失っていた朽木双葉が絶叫する。
アインのうわごとは聞き取れないし、聞き取りたくもない。
なぜならアインは笑みを浮かべているから。
安らかであどけない、幸せそうな顔をしているから。
「笑うな!! そんな満ち足りた顔をするな!!
こっちを見ろ! あたしを見ろ!」
満ち足りて死ぬ――― そんな身勝手な死に様、許すものか。
なんとか、どうにか、このまま逝かせるのだけは阻止しなくては。
ほんの一筋だけでも、この女の意識にあたしを刻まなくては。
復讐心の燃えかすが憤怒を燃料に再び燃え上がる。
双葉はアインの頬を両手で挟みこみ、自分の顔に引き寄せると、
計算も策略も無く、ただ真っ直ぐに己の胸を内を叩きつけた。
「あたしは双葉!! 朽木双葉っ!!
星川を、あたしの王子様をあんたが殺したから!!
あたしがあんたを殺すんだ!!」
激する双葉に気づかぬままに、アインの瞼がゆっくりと閉じられてゆく。
朽木双葉は怒り狂っていた。朽木双葉は嘆き狂っていた。
暴れる2つの狂気が鬩ぎ合い、五体がバラバラになりそうなくらい軋んでいた。
「星川をっっ!! 思い出しなさいっっ!!」
思わず手が出た。平手を見舞った。
「星川っっ!」 唇を噛み締めて平手を見舞った。
「星川っっ!」 血を吐く思いで平手を見舞った。
「星川っっ!」 叫びながら平手を見舞った。
「星川っっ!」 肩をわななかせながら平手を見舞った。
「星川っっっっ!!!!!」
双葉の痛切な叫びを聞き届けたのは、神か、悪魔か。
幽冥の境に旅立ちかけていたアインの意識が呼び戻された。
アインは眩しそうな気怠そうな表情で、一度閉した瞼を開ける。
そして、焦点の合わぬ目で虚空を見つめて、つぶやいた。
「ほし…… かわ……」
「そう、星川!! あんたが奪った!!」
双葉の声が歓喜に震える。
伸ばした手がアインに届いた。その感触に。
「……って……」
「…………………………何だったかしら」
絶句。
誰だったかしらですら無い、それがアインの遺した最後の言葉だった。
アインの瞳から光が消え四肢がだらりと垂れ下がる。
その瞬間、最後の人型式神が崩れ去った。
まるでそのチャンスを待っていたのだといわんばかりの炎が、
双葉に襲い掛かった。
怒髪に炎が絡み、天を衝く。
「あえ:いrjhぱえいおあぁっっっ!!!!!」
言葉にならない絶叫を迸らせて、双葉は地面を拳で叩いた。
何度も何度も打ち付けた。
狂奔する怒りに支配され、叫び続け、叩き続けた。
アインはその隣で静かに横たわっている。
殺されたとは到底思えない、安らかな死に顔で。
素敵医師の首を胸に抱いて。
満ち足りた思いも、深い絶望も平等に、炎は全てを飲み込んでゆく。
↓
【16 朽木双葉:死亡】
【23 アイン:死亡】
―――――――――残り 8 人
>>585 (二日目 PM6:29 C−4地点 本拠地・管制室)
アドミニストレーター権限を委譲されてからのN−22の行動は素早かった。
本拠地のNシリーズ6機を直ちに起動すると、
3機をザドゥ救助タスクチームとし、3機を火災対策タスクチームとして、
該当端末の使用許可と備品・装備の持ち出し許可を与え、同時進行させたのだ。
結果、現時点で既にザドゥの元へNシリーズ1機と当座の救援物資が送り届けられ、
火災の進行シミュレーションと対策素案も纏まりつつあった。
今や他のレプリカ達から「代行」と呼ばれるようになったN−22は、
両タスクが動き出した時点でそれぞれのリーダーに処理を任せると、
情報端末に有線アクセスし、各種情報の徹底収拾を開始した。
それから数分。
彼女が必要とする情報のほぼ全てが、内蔵HDDに収められようとしている。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
*
* オートマン・椎名智機のレプリカには大まかに分けて3種類がある。
* 1つ、通常仕様、Nシリーズ。識別色は橙。
* 1つ、白兵戦仕様、Dシリーズ。識別色は赤。
* 1つ、情報収集仕様、Pシリーズ。識別色は青。
* 識別色はアンテナ機能を備えたカチューシャにペイントされている。
*
* Nシリーズの機体数は46/160機(残存/開始時)。
* うち、本拠地防衛用に10機固定。
* 稼働時間は戦闘モードで4時間、デスクワークモードで10時間。
* 基本身体能力は月夜御名紗霧程度、基本装甲は通常の作業用ロボット程度。
* 正しい意味でのレプリカで、ハード/ソフト共にオリジナルに等しい。
* 基本身体能力を超えない範囲でのあらゆる武装が物理的にはは可能だが、
* リソースを大量消費するパーツ―――高機動レッグや強化アームなどを換装すると、
* フリーズやシステムクラッシュを誘発してしまうという欠点もある。
* この場合、常駐ソフトを切る事で実運用可能なレベルまで緩和できる。
* 無論、切ったソフトに由来する機能は使用不可能となる。
*
* Dシリーズの機体数は3/4機。
* 稼働時間は戦闘モードで4時間だが、後述のアタッチメントによって増減する。
* 基本身体能力はランス程度、基本装甲はなみ以下。
* ルドラサウムから与えられた強化パーツを取り付けた精鋭であり、
* 各種アタッチメントを装備することでその能力・特性は大きく変化する。
* キャタピラ、軽ジェットエンジンなどの移動機器。
* 耐熱装甲、工学迷彩スーツなどの装甲。
* 高周波ブレード、ビーム砲などの武装。
* 無限のバリエーションであらゆる局面に対応できる万能さが魅力だ。
* 但し、強化パーツの制御には多大なリソースを占有する為、
* オリジナルが同期できないというデメリットもある。
* なお、強化パーツの一つは、虎の子として本拠地の倉庫に保管されている。
* このパーツを前述のNシリーズに組み込むことで、Dシリーズに昇格させることが可能となる。
*
* Pシリーズの機体数は6/6機。
* スペックその他はNシリーズに等しく、識別されるのは役割と権限に違いがある為。
* 担う役割は現場での情報収集、哨戒活動。
* 有する権限は情報収集端末への常時アクセス権と、優先レベル3以下の命令拒否権。
* 特殊装備はスタングレネードと最高速40Km/hのカスタムジンジャー(セグウェイ)、
* バッテリーパック×2。
* ゲーム開始前から今に至るまで島内の担当領域から情報を収集/発信し続けている。
* 参加者に対しては隠密行動を是とし、被発見時には交戦せず逃走するよう刷り込まれている。
* また、Pシリーズが破壊された場合はNシリーズに同種の装備と権限を与え、
* 新たなPシリーズとして登録変更される仕組みだ。
*
* 最後に、全てのレプリカに共通する特徴を記す。
* この種の機械の例に漏れず、智機も基本的に熱に弱い。
* 冷却ユニットは水冷式。
* 蒸気の排出は後頭部の排気口から、冷却水の補充は口から行われる。
* 内蔵しているのは通信機と充電コード。
* 充電については全機ともに本拠地と学校の専用充電機にて3時間、
* 島内各所の建物のいくつかに仕込まれた特殊なコンセントにて10時間が必要となる。
*
* そして最たる特徴は―――
* 最優先事項に【ゲーム進行の円滑化】が設定されていること。
* マザーボードに焼き付けられているそれは、決して覆ることはない。
*
[EOF]
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
代行管制機・N−22はデータバンクより抽出した最後の資料「レプリカ概要」に
目を通し、ようやく必要とする全ての事前資料をそのHDDに収め終えた。
その隣では、N−22より御陵透子へのコールを引き継ぎ、
使えなくなったらしい『世界の読み替え』についての状況把握に努めていた1機が、
深いため息と共に通信を切ったところだった。
「透子はザドゥ救助タスクに組み込めそうかね?」
「No、代行。透子の返答は要領を得ないが、推測するに世界の読み替えが制限されたようだ」
「では、救助タスクのみならず火災対策タスクにおいても……」
「Yes。残念ながらね」
管制室の6機のレプリカたちがそれぞれに嘆息する。
両チームともに透子の未知なる『世界の読み替え』に期待をかけていたのだ。
それが、頼れなくなった。理由は不明。
しかし、N−22の論理推論プログラムは推論を導き出していた。
オリジナルの焦燥と怒りが透子の能力制限と一本の線で結ばれているのだろうと。
「オリジナルと密談中のケイブリスからは、協力が得られそうかな?」
「まず無理だと判断するよ。部屋の鍵が掛けられているし、無線にも応答しないからな」
「おまけに室内には電磁シールド。音声すら拾わせない念の入れ様だ」
N−22は思い出す。数分前、オリジナル智機が管制室に戻ってきた時のことを。
何故、起動できた?――― DMN権限を取得したからね。
何故、取得できた?――― 最高指揮官ザドゥ様より与えられましたので。
その2つの質疑応答のみで、オリジナルは管制室を出て行った。
彼女は皮肉の一つも口に出さずあっさり引いたオリジナルに違和感を覚える。
(気にはなる――― が、先ず為すべきはザドゥ救出、火災対策の両タスクだ)
【ゲーム進行の円滑化】という判断基準が、N−22のそれ以上の思考を封じた。
優先評価点が高い事項を差し置いて、低い事項が取り上げられることは有り得ない。
「では、ザドゥ救出・火災対策タスクは私たちだけの手で行わなければならないな」
「まずは両タスクの優先度を決めるとしよう。
ザドゥ救出タスクチーム。そちらの進捗状況はどうかな?」
問いに対するチームリーダの返答は、苦渋に満ちていた。
「物資の調達まではトントン拍子で進んでいたのだが……」
「我々が内蔵する通信機は熱、もしくは煙に弱いようだ」
「カタパルトで飛んだ1機は着陸時点で。学校からの4機も先ほど通信が取れなくなった」
「ザドゥ様の通信機はノイズが酷くて使い物にならないしね」
「No! 苦しい状況だな……」
N−22は大げさな身振りで頭を振りつつ、対策を講じるべく演算回路を回し始める。
そんな様子を察してか、火災対策タスクチームが強い口調で横槍を入れた。
「私たち火災対策タスクチームは、火災対策こそ最優先で行うべきだと主張する」
「論拠として火災シミュレーションの模様をご覧頂きたい」
「代行、メインモニタへの投影許可を」
「Yes、許可しよう」
管制室の正面に82インチの液晶が輝き、補助端末の画像を映し出す。
衛星画像に似た鳥瞰全島図のCGが画面端よりポップアップした。
その全島図の楡の木広場を中心に、赤色表示されるドーナツが如き領域がある。
「これが定点カメラとPシリーズの報告から予測した、5分前の火災状況」
「風の向き、強さが変わらないものとして、6時間分の推移を1時間毎に表示しよう」
1時間後―――南西方向への広がりが大きく、形は歪に。
2時間後―――南西方向は全焼、洞窟と小屋2、隠し部屋3が炎に飲まれる。
3時間後―――東の森ほぼ全域が燃える。西の森および病院、廃村に延焼。
4時間後―――学校、耕作地、花園に延焼。小屋3が炎に飲まれ、廃村の6割が被災。
5時間後―――廃村全焼、さらに南西の野原と漁港に延焼。小屋跡1も炎に飲まれる。
6時間後―――漁港、西の森が全焼。火の手はついに北西の山地へと伸びる。
「これほどとは……」
「火災対策チーフの主張を我々ザドゥ救出タスクチームも支持するよ」
「Yes」
「全私一致か。ならば次は対策の検討に入る」
この瞬間、ザドゥと芹沢はレプリカ達から切り捨てられた。
ゼロとイチの思考に評価点の大小を上回る判断基準は存在しない。
1ポイントの差が、それだけで絶対の差。
増してや曖昧に揺蕩う感情などを挟む余地など有ろうはずが無い。
「続きを」
N−22が手の動きで火災対策タスクリーダーを促す。
リーダーはYesと頷き、コンソールを操作。
メインモニタの画像が2時間後の映像に巻き戻り、固定された。
「まず、前提として消火の線は切り捨てる」
「為すべきは延焼の阻止。実行すべきは木々の伐採と撤去」
「被害を東の森だけに留めるということだよ」
「そして、この対策完了のリミットがご覧の2時間後。PM8:30」
「廃村と西の森への延焼を許したらGAMEOVERだ」
ズームアップ。
そこには鬱蒼と生い茂る木々に隠れて佇む、一軒の山小屋があった。
先刻、魔窟堂が単独行の折に発見し、ペンのような何かを設置した小屋だ。
「楔を最初に打ち込むべき場所。それは東の森の名も無き小屋」
「アクション1。ここを中心に実働部隊を展開。周囲一切の樹木を切り倒し、運び出す」
「除去消火というやつだな」
「これを今から2時間以内に完了する」
「ここさえ乗り切れば、その後は幾分楽になる」
「延焼危険ポイントの西部、南部、および花園、学校周辺を軽く除去消火」
「こうして切り倒した箇所を仮に防衛ラインと名づけて、アクション2だ」
「アクション2。防衛ラインに進入する炎に、土砂を掛ける」
「窒息消火というやつだな」
「それを、危険が無くなるまで繰り返す」
「消火に十分な水とそのインフラが整備できない以上、打てる手はこの程度だ」
「故に必要なのは速度」
「そして人数」
火災対策タスクチームはそこで沈黙した。
3機の目線が代行N−22に注がれている。
N−22はしばし黙考した後、演技がかった口調で問いを発した。
「Yes。ならば問おう。必要な速度、それは何分後なのかな?」
「直ちに!」
「直ちに!」
「直ちに!」
火災対策タスクチームの3機の返答は淀みない。
「Yes。さらに問おう。必要な数、それは何機なのかな?」
「全機!」
「全機!」
「全機!」
火災対策タスクチームの3機の返答は一糸乱れない。
「つまり君たちはこう主張する訳だ」
「即時全機投入!!」
「即時全機投入!!」
「即時全機投入!!」
火災対策タスクチームの3機の返答は確信に満ちている。
「成る程、君らの意見はよくわかった。
では―――ザドゥ救出タスクチーム、君たちはどうだ?」
N−22は指差して問う。チームの2機は即座に右腕を上げて答える。
「即時全機投入!!」
「即時全機投入!!」
今まで口を閉ざして周囲の警戒に当たっていた本拠地警備・管制室担当の2機も、
自らの思いを主張した。
「即時全機投入!!」
「即時全機投入!!」
その時、同時に6本ものコールが入った。
通信を入れたのは全てレプリカPシリーズ。
火災対策チーム・オペレータがコールをディスカッションモードに切り替えると、
通信機の向こうの彼女らもまた、自らの思いを主張した。
『即時全機投入!!』
『即時全機投入!!』
『即時全機投入!!』
『即時全機投入!!』
『即時全機投入!!』
『即時全機投入!!』
この話を聞いていたほぼ全てのレプリカが、同じ意志を同じ言葉で伝えた。
火災対策タスクチームのリーダーが代表して最後の1機、N−22の意志を確認する。
「代行、あなたは?」
N−22はニヤリと歪んだ笑みを浮かべて、言った。
「無論、即時全機投入だ」
管制代行機かつ、アドミニストレーター権限保有者の意思表示。
それはすなわち決済であり、命令であった。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
眠る全てのレプリカたちが起動した。
拠点防御に当たっていた10機のNシリーズたちは、命令を下さずとも
自ら武装を解除し、鎮火に適した装備への換装を始めている。
Pシリーズはタスクの本格始動に先立ち、道具/装備品や情報の収拾を中心に、
柔軟な準備活動を行うよう指示されていた。
また、火災対策タスクチームのリーダーはDシリーズの装備品の検討に余念が無く、
残りの2機は詳細なプランの構築に全機能を集中している。
慌しく、しかし整然と準備を整えてゆく同胞たちを満足げに眺めながら、
N−22は蚊帳の外ぎみのザドゥ救出タスクチームにも命を下した。
「君たち2機も火災対策実働部隊に参入してくれ」
「Yes!」
「Yes!」
2機が目覚めたNシリーズたちに合流すべく、管制室を後にする。
その扉を潜る前に、ザドゥ救出タスクチーム・リーダーがN−22に軽口を叩いた。
くすくすと忍び笑いしながら、人を小馬鹿にしたような口調で。
「しかし…… オリジナルの私がこの状況を見たら目を回すだろうね!」
「だから今、オリジナルがいない今、行うのだよ。
わたしがアドミニストレーター権限を保有しているうちにね。
【自己保存】を中心に据えた判断をされたら、
本拠地の守りは残す、Dシリーズは温存しておくだの言い出しかねんだろう?」
「くくっ、臆病者だな、オリジナルは」
「責めてやるな、私。それが【自己保存】なのだから」
くすくす。
ザドゥ救出タスクチーム・リーダーは笑いながら扉を閉めた。
「シミュレーション結果、出ました」
火災対策タスクチームの2機が同時に顔を上げ、作業の完了をN−22に告げた。
「全タスクの完了までどれほど時間がかかる?」
「南西部緊急対策に90分。完全終了に220分」
「損害予測は?」
「Dシリーズ全機破損。Nシリーズ20機破損」
「よし、上出来だ」
半数以上の仲間を失うという報告を淡々と行うこと。
それを首肯すること。
我々人間の目に映るそれは、あまりに非情。あまりに冷酷。
しかし―――
レプリカ達の最優先事項は【ゲーム進行の円滑化】。
故に彼女らの態度は至って正常な反応。
機械には機械のルールがある。
これは決して残酷な話ではない。
「オペレータは1機で十分だからね」
「私、N−26もこれより現場組に合流しようと思うのだが、如何か」
「Yes。許可しよう」
また1機が、管制室を後にする。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
「16・朽木双葉の首輪からの生体信号が、先刻途絶えた。
策士が策に溺れてしまったようだね。非常に残念だが、まあしかたない。
それよりも、だね―――」
出発準備は10分ほどで完了していた。
N−22は本拠地の正面出口前に整列するレプリカ達に向けて、管制室より発信する。
「この死によって後顧の憂いが無くなった。そこに着目しよう。
我々の鎮火タスクは、もう警告事由:ゲームの進行阻害に抵触しないのだ。
大手を振って任に当たれる。幸先が良いとは思わないかね?」
N−22の演説にレプリカ達が沸く。その潮が引いてから、彼女は号令を下した。
「よろしい。では全機に命じよう。
N−29を当オペレーションの最高権限者とし、46機の全てはその指揮に従え。
また、命令実行に伴う各種判断においては自律思考を許可する。
なお、命令の優先レベルは5。最高レベルだ。
……ではリーダー、オペレーション開始だ。号令を」
「―――出発!」
「Yes」「Yes」「Yes」「Yes」「Yes」「Yes」「Yes」「Yes」「Yes」「Yes」
「Yes」「Yes」「Yes」「Yes」「Yes」「Yes」「Yes」「Yes」「Yes」「Yes」
「Yes」「Yes」「Yes」「Yes」「Yes」「Yes」「Yes」「Yes」「Yes」「Yes」
「Yes」「Yes」「Yes」「Yes」『Yes』『Yes』『Yes』『Yes』『Yes』『Yes』
『Yes』『Yes』『Yes』『Yes』『Yes』『Yes』
本拠地の34と、無線越しの12の智機たちが、一斉に唱和した。
↓
【レプリカ智機・代行(N−22)】
【現在位置:C−4 本拠地・管制室】
【スタンス:管制管理の代行】
【所持品:内蔵型スタン・ナックル】
【レプリカ智機・オペレータ(N−27)】
【現在位置:C−4 本拠地・管制室】
【スタンス:火災対策タスクのオペレーティング】
【所持品:内蔵型スタン・ナックル】
【レプリカ智機・リーダー(N−29)】
【現在位置:D−3 本拠地入口 → F−6 小屋2付近】
【スタンス:火災対策タスクの現場監督】
【所持品:】
【備考:3機のDシリーズ、6機のPシリーズ、37機のNシリーズが指揮下に】
※ 本拠地にはメンテナンス中の智機本体×1と、レプリカ×3が存在。
※ レプリカは代行N−22、オペレータN−27と智機が同期している機体。
※ 前報酬の強化パーツ1個は倉庫で厳重に保管。開錠方法はオリジナルのみ知る。
※ 学校からザドゥ救出に向かった4機は消息不明。
>>41 (2日目 PM6:21 G−3地点 東の森北東部)
素敵医師の最後っ屁たる2種の爆弾が双葉とアインを襲ったのとほぼ時を同じくして、
脱出行を繰り広げるザドゥと芹沢の近くでもまた、爆弾が炸裂していた。
「フェーズUクリアだ、リーダー。フェーズVに移行するが構わんかね?」
それはザドゥ救助タスクチームのオペレーションの一環だった。
フェーズU―――爆破の衝撃で炎や木々を吹き飛ばす事での、落下ポイントの作成。
カタパルトにて投擲され、噴射型離着陸機にて上空に漂うレプリカ智機の手から投下された
16枚のカード型爆弾の束は、森に直径5m程の浅いクレーターを穿ち抜いていた。
『Yes、了解だ。こちらもどうにか意図をザドゥ様に伝えることができたよ。
後のフェーズは予定通り行なってくれ。イレギュラー発生時にはこちらから指示を出す』
「Yes、リーダー」
フェーズV―――救援物資と自身の投下。
レプリカは離着陸機の制御ソフトにて当該機を自動操縦モードへ切り替えると、
小型落下傘を展開しつつ離着陸機よりクレーターへと跳躍した。
対する離着陸機は無人のまま南西方向へ進路転換しつつ、緩やかに下降曲線を辿り、
暫く後、地面への衝撃を待たずして爆散した。
その様子を聞き、降下予定地点への着陸を無事に終えたレプリカは思案深げにひとりごちた。
「ふむ。やはり燃料タンクの耐火性は低かったようだ。
離着陸機にての空中救助のプランを採らなかったのは正解だな」
煙のカーテンを手にした魔剣で切り裂いて、憔悴しきった様子のザドゥと、
土気色の顔色をしているのにハイテンションなカモミール・芹沢が到着したのは、
レプリカが救援物資をバッグより取り出し終えた頃だった。
「ねーねーねーザッちゃんザッちゃんザッちゃん」
「ダメだ」
「ぶぅう。まだなーんにも言ってないのに」
「どうせカオスを貸せと言うのだろう?」
「いーーーっだ! ザッちゃんのけちんぼ!」
芹沢がザドゥに無邪気に絡み、無邪気に拗ねて、無邪気に忘れる。
ここに至るまでの数分間、このやりとりは繰り返されていた。
ザドゥは芹沢を肩でブロックしつつ、レプリカに労いの言葉をかける。
「時間どおりとは流石だな、椎名よ」
「それが、3.58秒程遅れてしまったのです。済みませんな、ザドゥ様」
レプリカの返答は謝罪の体裁を成してはいたが、その実、
ザドゥらが遅れて到着したことへのあてこすりに他ならない。
己を軽く見られることをザドゥは嫌う。
故に、彼は椎名智機を虫の好かぬ輩だと感じていた。
とりわけ今回のような自らの優秀さを鼻にかけた態度を疎んじていた。
しかし、今のザドゥは疲れ果てていた。
その慇懃無礼さを頼もしく感じてしまうほどに。
「先ずは酸素吸入を。その顔色は一酸化炭素中ど―――」
「それよりもねえこれ何? ねーねー教えてよともきーん」
「黙れ芹沢。椎名も構うなよ」
ザドゥはまだ気付いていない。
自らの芹沢の扱いが徐々にぞんざいになってきていることに。
彼女に対する口調に苛立ちを隠せなくなってきていることに。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
ここまで全てのフェーズを順調にこなしていたレプリカ智機だったが、
フェーズW実行の段にあたり、予定外の遅滞を招くこととなった。
フェーズW―――ザドゥと芹沢のリペア。
酸素吸入。
栄養剤と解熱剤の投与。
水分補給。
火傷の手当。
レプリカは脱水状態、火傷の度数、一酸化炭素中毒の軽重など、様々な場合を
想定した上で、タスクにかかる時間を5分と割り出していたのだが……
「きゃー♪ ひゃっこいひゃっこい!」
あらゆる事柄にいちいち反応し大人しく指示に従わない芹沢が、
予定を大幅に狂わせていたのだ。
「ザドゥ様、こんどは足です。芹沢の足を押さえつけてください」
「暴れるな」
「だってひゃっこいんだもーん」
《わしもオーラな触手が出せれば手伝ってやれるんじゃがのぅ……
胸を押さえつけたりとか、ジェルをおっぱいに塗ったりとか》
「貴様は口を開くな、カオス」
芹沢の体をザドゥが押さえつけ、レプリカが吸熱ジェルを塗布する。
フェーズWの全てのタスクを終える頃には、4分のロスタイムが生じていた。
そして迎えたのはフェーズX―――森からの脱出。
ここからこそが本番。
「椎名、脱出の方策を述べろ」
「Yes、ザドゥ様。炎を掻い潜りつつ徒歩にて脱出いたします」
「今までと変わらぬということか」
「その答えはYesでもありNoでもあります。
徒歩による脱出、という点がYes。手探りで経路を探さなくてはならない点がNo。
今後の経路探索は、私に内蔵されている赤外線センサーとサーモグラフィーにて行ないます。
より精度と安全性の高いルートとなるでしょう」
もう、カオスに頼らなくていいのだ。
ザドゥは胸を撫で下ろす。
その安堵を気取った魔剣がザドゥに軽口を叩く。
《良かったのう、ザッちゃん》
「ふん、まだまだ行けたがな」
ザドゥは強がってはいるものの、カオス使用の疲労感はずっしりと体に圧し掛かっていた。
この合流地点に辿り付くまでに剣を振った回数は17回。
数をこなす度に煙の散らし方はこなれてきたものの、
その一振り一振りに、彼の気力はごりごりと削り取られていた。
虚脱感で膝がふらつくこともあった。意識をもっていかれかけたこともあった。
限界は近い。そうも感じていた。
そのカオスを振るわずとも、視界が確保できるという。
ザドゥの疲労感に染まった心に光明が差す。
「脱出にかかると予想される時間は、出発後15〜20分。
学校からの4機と早期に合流できれば更に短縮されるでしょう」
レプリカは手と尻に付着した汚れを払いながら立ち上がり、
まだ開けていない方のボストンバッグをザドゥに手渡す。
「私はこれより脱出ルートの模索を開始します。その間に耐熱スーツ等一式の着用を。
なお、酸素吸入器は放置されますよう。爆発の可能性がありますので」
ザドゥがバッグを受け取ると、レプリカはクレーターの北東の端へと歩き出す。
バッグの中に装備は2組。
ザドゥはうち1組を芹沢に手渡すべく、声をかける。
「ひとりで着れるな?」
「うん」
大人しくスーツを受け取る芹沢に胸を撫で下ろしつつ、ザドゥはもう1組のスーツを手に取った。
カオスを地面に置き、両手でツナギ形態のスーツのジッパーを下ろす。
2、3度それを振って着やすい状態にすると、装着のため右足を差し込んだ。
差し込んだ右足のそばに、カオスが無かった。
バッグの脇に確かに寝かせておいたはずの魔剣が。
かわりに、スーツが落ちていた。
芹沢が受け取ったはずのスーツが。
(芹沢は何と言っていた?
必殺技、必殺技ともの欲しそうに繰り返していなかったか?)
ザドゥは慌てて芹沢の姿を探す。
視界に捉えた後方の芹沢は、またしてもザドゥの悪い予感を裏切らなかった。
「せ〜のっ! カモちゃ〜ん★すら〜っしゅ!」
神道無念流―――
略打を唾棄し真打のみを良しとする剛の剣術。
その免許皆伝者であるカモミール・芹沢が構えたるは左霞。
寸刻の後、放たれたるは非打十本の一、霞腋掬。
それだけで既に秘技奥義に数えられる程の技。
そこにカオスの魔人すら屠る魔力が乗ぜられる。
顕れるは即ち「必殺技」に他ならない。
ザドゥには見えた。カモミール・芹沢が掬い上げた剣から迸る衝撃派が。
それは芹沢の胸の高さで北々東へと飛んでゆき、クレーターの最上部を鋭く抉る。
吹き飛ぶ土塊。揺れる木々。飛び散る火の粉。
その近くに佇むレプリカ智機。
彼女は最適ルートを割り出すべく各種センサーに意識を集中させていた。
「椎名っ!!!」
ザドゥは言葉の選択を誤った。
「なんです?」
名を呼ばれたレプリカは振り返ってしまう。
斜め後方から、燃え滾る樹木を背に乗せた地滑りが襲い来るのに気付くこと無く。
「避けろ!」
名前に続く警告は、果たして彼女の耳に届いただろうか。
いや、届いたところで到底回避し得なかっただろう。
瞬く間も無くレプリカは地滑りに巻き込まれ、
その頭部を樹木の重量に押しつぶされてしまったのだから。
ザドゥにレプリカ智機の最期を悼む暇は無かった。
斜面の一区画が崩れ去ればあとは雪崩式。
周囲の悉くがドミノ倒しの如く地滑りは連鎖した。
ざざざ。どどどど。
ずぅぅぅぅ……
ザドゥは耐火スーツに突っ込んでいた片足をスーツから抜く。
しかし恐怖が焦りを呼び、爪先をスーツに取られ転倒してしまう。
「ぬ、ぬ!」
ザドゥ腰が抜けたような無様な格好で土砂から逃れるべく、あがく。
ズボンが脱げない。
転がり、這い上がる。
立ち上がり、転倒する。
足を振る。
足を振る。
ズボンはまだ脱げない。
炎を纏った樹木が迫る。
喚く。転がる。転がる。
樹木を回避する。
ズボンはまだ脱げない。
ザドゥは無我夢中だった。
芹沢を気にかける余裕など無かった……
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
巻き上がった土埃がようやく収まった。
ザドゥは辛うじてクレーターから脱出し、難を逃れている。
脱ごうに脱げなかったスーツはいつの間にか破れ、千切れていた。
「椎名、椎名、応答しろ! 椎名、椎名、応答しろ!」
ザドゥが悲痛な叫びで通信機の向こうへと訴える。
通信機が返すのはザーザーと耳障りなノイズのみ。
(ちっ、ダメか。ビーコンとやらまで壊れていないといいが……)
通信機能は死んだものの、幸いにしてビーコン機能までは壊れていない。
管制室のレプリカ達がザドゥの位置情報を得ることは可能だ。
しかし、それは既に無意味な機能に成り下がっていた。
ザドゥは知らない。
知る由も無い。
この時、管制室のレプリカ智機達がザドゥを見捨てる決定を下したということを。
学校から救助に来ていた4機のレプリカが消息を絶ったということを。
「ありゃー、失敗失敗♪」
埋まったクレーターの向こう側から、芹沢が姿を現した。
悪びれた様子もなくてへりと舌を出しながら、ザドゥに向かって歩いてくる。
可愛らしい表情だった。
年齢や性別を超えた人懐っこさがあった。
現在置かれている境遇と、己がやらかしてしまった失態を理解していれば、
到底できない表情だった。
ザドゥの視界がぐらりと揺れる。
芹沢の状態は正常では無い。
薬の影響が抜けきらず、危機感が希薄なうえ、
次から次へと新しいことに目が向き、集中力が続かない。
それはザドゥにも判っている。
「思ったよりも凄くて、あたしもびっくりだよぉ」
芹沢の行為に悪意は無い。
必殺技という言葉の響きへの純粋な好奇心と、
自分も役に立ちたいという仲間思いの故の行為だ。
それもザドゥには判っている。
「あれー、ともきんはどこー? かくれんぼかなー?」
しかし、結果として。
頼みの綱のレプリカが燃え盛る木に潰されてしまった。
命を繋ぐはずだった耐熱スーツも土砂に埋もれてしまった。
通信機すら破壊されてしまった。
「ねぇねぇザッちゃん、ともきん知らない?」
ザドゥは、もともと短気な男ではある。
攻撃的な男でもある。
カオスから負の影響も受けている。
よくここまで我慢した、と言うべきであろう。
「…………………………っ……」
《やめんかザッちゃん!》
気配を察したカオスの静止はザドゥに届かない。
てとてとと駆け寄ってくる芹沢は、ザドゥが纏う剣呑な空気に気付かない。
ザドゥは声を震わせて拳を強く握り込む。
「……この馬鹿女があッッ!!」
技術も込めず、気も込めず。
ただ怒りのみを込めたザドゥの拳が芹沢の横っ面を打ち抜いた。
↓
【グループ:ザドゥ・芹沢】
【現在位置:G−3地点 東の森北東部】
【スタンス:森林火災からの自力脱出】
【主催者:ザドゥ】
【所持品:魔剣カオス、通信機】
【能力:我流の格闘術と気を操る】
【備考:右手火傷(中)、疲労(中)、ダメージ(小)、カオスの影響(小)】
【主催者:カモミール・芹沢】
【所持品:虎徹刀身(魔力発動で威力増大、ただし発動中は重量増大、使用者の体力を大きく消耗させる)
鉄扇、トカレフ】
【能力:左腕異形化(武器にもなる)、徐々に異形化進行中(能力上昇はない)、死光掌4HIT】
【備考:アッパートリップ、脱水症(中)、疲労(中)、腹部損傷】
※ 通信機は故障。通信機能は死にましたが、ビーコン機能は生きています。
※ 2人とも救援物資のお陰で疲労と怪我が多少癒えた模様です。
「―――何故、起動できた?」
「DMN権限を取得したからね」
「―――何故、取得できた?」
「最高指揮官ザドゥ様より与えられましたので」
管制室で三つの同じ顔が向かい合い、内一人が質問をしていた。
「解った……」
質問をしていた一人が呟くとそのままくるりと回って二人を背にする。
「私はケイブリスに完成した補修具と修繕の完了した鎧を届けてくる。
しばらくはそのまま任務を遂行してくれ。
……指示は……あれば後で逐次出す」
背にした一人はそう言うと荷物の山を受け取り、カツカツと地面に音を響かせて管制室を後にした。
残る二人は皮肉の一つも口に出さずあっさり引いたオリジナルに違和感を覚える。
(気にはなる――― が、先ず為すべきはザドゥ救出、火災対策の両タスクだ)
所詮、彼女達はレプリカであり機械として定められた思考ロジックでしか処理することができない。
違和感を覚えたとしても疑問を抱くことはない。
考察をしたとしてもそれは状況判断。
そこが彼女達とオリジナルの違いであろう。
「帰っていきなりこれか……。
やれやれ、余程私は運の悪い星の下に製造されたらしい」
ふん。
とレプリカ二体を……いや、この境遇をもたらした運命を彼女はあざ笑った。
(今となってはそのままくたばってくれても良かったのだが……。
既に危険地区から誘導がされ、救援を目的とした機体が一機出動した後か……。
ザドゥのやつも悪運が余程強いと見えるな)
ケイブリスの元へと向かいながら、レプリカ達から受信されたデータを洗いなし、その横で一方的に彼女達の様子をモニターする。
アドミニストレーター権限を一時的に代行させたとしても、オリジナルの持つ統制機能が失われているわけではない。
―――つまり君たちはこう主張する訳だ
―――即時全機投入!!
―――即時全機投入!!
―――即時全機投入!!
「その判断は正しい。私でもそうしただろう。背に腹を代えれない。
しかし、ザドゥ達の優先順位がおかげで低くなり、なくなるとはな。
ふっ、その辺りは『私』と言った所か」
―――しかし…… オリジナルの私がこの状況を見たら目を回すだろうね!
―――だから今、オリジナルがいない今、行うのだよ。
―――わたしがアドミニストレーター権限を保有しているうちにね。
―――【自己保存】を中心に据えた判断をされたら、
―――本拠地の守りは残す、Dシリーズは温存しておくだの言い出しかねんだろう?
―――くくっ、臆病者だな、オリジナルは」
―――責めてやるな、私。それが【自己保存】なのだから
(……良く言う)
と智機は思った。
「まぁ、先程までの私ならそう思っただろうな」
人でいえば悟り……真理に到達したとでもいうのだろうか。
それとも達観したとあざ笑われるのであろうか。
プランナーの下で思いをぶつけ、何かを得た智機は不思議と落ち着いていた。
冷静に、そして確実に自分の願いを叶えるために……。
(しかし、所詮ヤツラでは状況判断しかできていない……状勢判断は不可能。
理論でしか物を判断することのできないが故のミスに気づいていない)
そう言うと残る首輪の反応を得るために管制室に纏められた探知機器を統括する部分へとリンクし、データを拾い上げていく。
―――しかし…… オリジナルの私がこの状況を見たら目を回すだろうね!
―――だから今、オリジナルがいない今、行うのだよ。
―――わたしがアドミニストレーター権限を保有しているうちにね。
―――【自己保存】を中心に据えた判断をされたら、
―――本拠地の守りは残す、Dシリーズは温存しておくだの言い出しかねんだろう?
―――くくっ、臆病者だな、オリジナルは」
―――責めてやるな、私。それが【自己保存】なのだから
(……良く言う)
と智機は思った。
「まぁ、先程までの私ならそう思っただろうな」
人でいえば悟り……真理に到達したとでもいうのだろうか。
それとも達観したとあざ笑われるのであろうか。
プランナーの下で思いをぶつけ、何かを得た智機は不思議と落ち着いていた。
冷静に、そして確実に自分の願いを叶えるために……。
(しかし、所詮ヤツラでは状況判断しかできていない……状勢判断は不可能。
理論でしか物を判断することのできないが故のミスに気づいていない)
そう言うと残る首輪の反応を得るために管制室に纏められた探知機器を統括する部分へとリンクし、データを拾い上げていく。
(16:朽木双葉、死亡したか……。
最後の状況から23:アインも死亡したと判断できるな)
逐次纏められ、更新されるデータを次々と受信していく。
(残る首輪を持った参加者は……No28:しおりは生きているな。
No40:仁村知佳は相変わらずの磁場で正確に探知不可能か……。
だが、時間はかかるがその磁場を追えば居場所はある程度絞り込めた上で予測から特定することはできるだろう)
「くくっ。OK、上場だな……」
集められたデータを纏め上げると智機は直ぐさま今後の指針と取るべき行動を打ち出す。
まず一つ目は、反乱者たちの存在を何とかしなければならない。
現在、管制室を含め、本拠地は迎撃に迎える駒がいない。
自分と代行権で指示を出している二体、そしてケイブリス。
その四つしか動かせる駒が存在していないのだ。
もし、この状況下で彼ら、反逆者達がが襲撃をかけてきたとしたら?
―――GAME OVER。
可能性が100ではないが、高確率で管制室を破壊され、ゲーム崩壊へとカウンターが進むのを止めれなくなるだろう。
しかも、レプリカ達の判断基準であるゲーム運営の中ではザドゥ達の優先順位が低く、
事実その論理で構築された行動を取っている今、ザドゥ達の救出は消火活動が終わるまで実行に移されない。
最悪、ザドゥ達もこの火災で死ぬば完全にゲームエンドであったが、一応であるが救援物質は辿り着いた。
しばらく本拠地へ戻ってこれるかは難しいところだが、あの様子では当面死にはしないと判断できる。
しかし、その間に反逆者たちに本拠地……管制室を制圧されたらダウトだ。
(所詮、レプリカでは戦略に基づいた状勢判断は無理と言うことだな)
反逆者達がここに気づいている可能性がない場合もあるが、逆に気づいている可能性もある。
いなかったとしてもここへ続く道をどこかで発見するかもしれない。
(No40:仁村知佳……彼女の能力ならもしかしたらここに気づく可能性……既に気づいてる可能性も。
もしくは見当をつけている……つけれるかもしれない)
更に6人組と合流すれば、より見当をつけてくる可能性が高い。
(消火が終わるまでの時間、なんとしてもこの七人は抑えなくてはいけない。
No28:しおりとだけは絶対にぶつかってもらっては困る)
今回の状況を見過ごすと言う選択肢はなかった。
既に双葉とアインの二名が死んだおかげで、残る首輪持ちは二人、内一人は場所の特定がはっきりとしない。
更にもう片方は、燃える森の中に取り残されており、このままいけば、近く、仲良く双葉とアインのお仲間になってしまう。
仮にザドゥが残りの参加者達と出会うことなく、無事本拠地へ戻ってこれたとしてもこの状況下ではお手上げである。
この活動が終わる頃には残るレプリカ達の半数以上が使い物にならなくなるデータが出されている。
現在、首輪をつけていないもの達を何とかして窮地に追い込み、無理矢理首輪をつけさせると言う手段もなくはないが、
いかんせん、それをできるだけの余力が現在ない。
消火活動が完全に終わり、ザドゥ達が無事に戻って来れるのなら、多少の余力は残るが、
カモミール・芹沢の方は戦力として使いつづけれるのかどうかがあやしい。
しおりを除く残る7人に無理矢理ゲームを行わさせるとしたら、力づくで解らせ、追い詰める以外は難しいと言える。
では、その役目は誰が行なうのか?
透子……直接の戦闘能力はほぼ皆無。『読み替え』に制限がかかった以上返り討ちに合う。
カモミール……論外。戦闘力は上昇してるが幾ら彼女とて7人を相手にはできない。それに下手したら身体の方が持たない可能性が高い。
智機……半数以上が消火活動により消失する以上、やるなら防衛を捨て全機体で行くぐらいにしないと駄目だろう。智機としてはイチかバチかのそれは望むところではない。
結局、戦力の要になるのはザドゥ本人かケイブリスが出るしかない。
二人がタッグを組めば、そして残る全員でフォローすれば確実にできるだろうが……。
しかし、それはザドゥ達が一切傷つくことなく無事に帰ってきた場合だ。
その上でザドゥと透子は、威圧行為に手を出し、手を染めるのを認めなければいけない。
(……下手をしたらゲームオーバー確定だな)
それでも反抗するという者を処分すれば、最後まで抵抗され最悪誰も残らない可能性がある。
では、意識を失わせ無理矢理首輪をつけるか?
ザドゥがそこまでの介入を許すだろうか? 行なうだろうか?
可能性はあるが、それでも最後まで反抗する者しか残っていなかったら終わりだ。
狭霧やユリーシャ辺りは乗ってくれるかもしれないが、ザドゥが彼女達だけを戦闘で意図的に残すなんてことをするとは彼の信義からも思えない。
運良く残れば良いと言ったところだろう。
そして先程も言ったように何らかにより、乗ってくれそうなものが既にいなくなってる可能性もある。
そんなイチかバチかの賭けに乗るつもりは更々ない。
が、これらは全てザドゥ達が無事に戻ってくる、智機のレプリカも想定範囲内の損失で帰還できる、火災も想定範囲内で収まるの条件が整った上でだ。
ザドゥ達が無事に戻ってくる保証など全くな上に、レプリカ達ですら参加者達にあえば消火活動を優先していられる可能性は低い。
そして残る参加者達が本拠地へ来た時点でダウト。
一点でもかければ今述べたことは無理な上に、消火前にゲームオーバーになる可能性だってある。
ならばいっそのことザドゥには6人組とぶつかって時間稼ぎをしてもらい彼らを消耗でもさせてくれた方が、確実に役の立つ。
智機が取る選択肢は二つある。
一つは、しおりを諦め、ザドゥが無事帰還するのを待ち、レプリカが想定の範囲内で帰還するのを待ち、参加者が本拠地に来ないことを祈る。つまり全てを天運に任せることだ。
二つ目は、しおりを何としてでも確保し、参加者達が本拠地へ来るのを防ぐ。できる限り今の状況に介入する方針。
(……見過ごしてなどいられるものか。私は……私の願いを叶える為に全力を尽くす!!)
6人組―――ザドゥに相手をしてもらう。消火までの時間稼ぎと彼らの戦力を減らすのが目的。
No40:仁村知佳―――首輪があるとはいえ、もしかしたら爆発不可能な可能性がある。
単独で彼女がここに来るだけでも脅威。故に居場所を確認、その後何らかの手段を打つ必要あり。
ザドゥ―――しばらくは無理だと思われるが、どの道今本拠地に戻ってきても用はない。
6人をぶつける為にも居場所の把握と地上への引止めのために、レプリカを一機再派遣する必要有り。
幸い、今回の接見に使ったレプリカは、オリジナル以外とはリンクしておらずアドミニストレーター権限による指令では動かせない。
管制室へと引き上げ、投入することが可能だ。
御陵透子―――ザドゥに加担するようなら6人に一緒に相手にしてもらう。
できればその方向で行きたい。
カモミール・芹沢―――彼女の動機を考えれば説得が可能と思われる。できるなら引き込む。
がザドゥに対して特別な感情を抱いてる節があり、信義とやらの兼ね合いでつかない可能性もある。
最初の説得で決裂したなら速やかに6人の相手に加わってもらう。
ケイブリス―――現時点では動かせる唯一の戦力であるが故に6人の誘導が成功するまでは本拠地から動かせず。
策が成功次第、6人が負けそうなら不意打ちをしてもらうために出動して待機してもらわねばならない。
最後にしおりが相手をする一人が生き残ってもらわなければならないし、ケイブリス自身との約束がある。
No28:しおり―――即時確保。この行動はゲーム運営の妨げにはならず、彼女への支援活動はゲーム進行の手助けとなる。
よって、見つけ次第確保し、此方へ連れて来る命令をレプリカ達に加えることが可能。
そして確保したしおりへ素敵医師との取引で得た薬は勿論、あらゆる手を用いて強化を行ない次第、
ザドゥとの戦いで疲労した参加者達をケイブリスに襲わせトドメを彼女に刺させる。
それでゲーム完了。
(以上と言った所か……。見過ごせば願いは適わない。
ゲームの成功のためではない、私は私の願いのために動かさせてもらう。
……まずは指揮権の獲得だな)
もしキーボードがあるなら智機はカタカタと打ち鳴らしているだろう。
(まさか自分で自分をハッキングすることになるとはな……)
一方的なアクセス権もとい統帥権をもつオリジナルだからできる芸当。
もし同じ分機だったら、その前に気付かれずに進入とミッションをこなさねばならず不可能だろう。
―――P-3の指揮権及び操作権へのハッキング開始。
―――P-4、N-48、N-59へNo28、三機へのハッキング開始。
―――P-4、N-48、N-59へNo28:しおりの確保を優先順位に挿入。
―――P-4、N-48、N-59へNo28:しおりの確保の優先順位を最優先に。認可の為のロジックは先程の結果を代入。
―――P-3の指揮権及び操作権へのハッキング成功、操作権取得、同期機能の使用確認。
―――P-4、N-48、N-59へNo28、三機への命令権取得開始。
―――P-4、N-48、N-59へNo28、三機への命令権取得、命令権優先順位のロジック回路へのクラッキング開始。
―――偽装データの送信準備開始。
(こんな所か……)
少々、火災が広がるが、シミュレートした結果では時間の遅延と全焼具合に変化がある程度。
最悪の可能性も8%浮上するが、参加者もバカではない。
海にいくなりして自衛はできる。
優先すべきはしおりである。
更に自律思考と自律行動を許可されているのが助かった。
余程のことがない限りは、N-22が矯正しようとすることはないだろうし、その時にはしおりの確保と本拠地への輸送は完了する。
その後、火災現場に戻せばいい。
所詮、レプリカは状況判断で動くだけである。
彼女らの行動は火災沈静になによりも優先されるが故に状況下ごとに最適な判断を下していくだけ。
もし何かあるとすればザドゥの存在だが、レプリカ達には切り捨てられ、救出は望めない上に通信不可。
レプリカ達は自らの判断でザドゥを切り捨てたのだ。
智機を邪魔するものはなにもない。
(……運の悪い星の元ではあるがこれは絶好のチャンスでもある)
そしてザドゥの死が確定すれば統帥権は智機へと繰り上がる。
(唯一の懸念はP-3の行動がばれた時か……。
が、火災が存在している内は、レプリカはP-3へのアクセス権と指揮権を奪回しようと動くことは不可能。
しおりの確保自体は首輪のおかげで即時可能、即座に元の仕事に従事させれば此方は何も問題ない。
つまり、時間との勝負か……最低でも残り二時間半以内にザドゥを始末せねばならない!)
やるべきことは決まった。
後はこの奥にいるケイブリスといかにして手を取りあっていき、いかに上手く使うか。
これからの大切なパートナー。
「ケイブリス、私だ」
口の端をつり、にやけながら智機は声をかけながら扉を開けた。
「おう、ようやく終わったのかよ」
お茶をすすり飲んでいたケイブリスが智機の視界に映った。
なんともまぁ、人間くさい所のある魔獣だ。
自分もあまり他のことを言えないかもしれんがな。
と智機は苦笑する。
「時間をかけてすまなかったな。約束したものもできた」
台車によって運ばれてきた荷物の紐を解くとケイブリスにとって懐かしい鎧と腕にあった補強機が姿を現す。
「くっくっく、ありがてぇな、礼を言っとくぜ」
「重かったがな……。
さて、装着しながらでよいのだが少々話したいことがある……」
「ん、なんだ?」
ガシャッ、ガシャッ、と装着する音が聞こえる中、現状の問題点と今後の方針を智機は話し始めた。
「ふむ、なるほどな……。
むかつくとこだが……いいぜ」
意外にもケイブリスは承知した。
智機からすれば、もしかしたらランスがザドゥ達との戦いで死ぬ可能性があるのでケイブリスが拒絶することが唯一の懸念だったのだが。
「俺様だってバカじゃねぇ。ランスのやつを殺せても魔王になれないわ、もしかしたらまたあの世に戻るってんじゃ選択肢がねえだろうがよ……」
「もしかしたら怒るかと思っていたのだが意外だな……ふっ」
「まぁ、その代わり条件があるぜ? ザドゥの始末に加担して成功した後は…………俺様はランスと決着をつけさせてもらう」
外見に見合わずのほほんとしていたのんきそうなケイブリスの瞳が打って変わってギラリと鋭くなる。
並のものなら発狂して当然と言うケイブリスの瘴気が身体から再び放出される。
智機でなかったら気を保つのに精神を使ったことだろう。
「解った。其方は此方も飲まなければいけないことだろう。
しかし、くれぐれも……」
「……わぁったよ。ランス以外を一人は残さなきゃいけないんだろ?
んでその前に捕まえといたやつにその一人を殺させると……」
「絶対に頼むぞ……」
「あぁ、解ってる。俺達の目的は一つ」
「「願いの成就」」
ザドゥや透子がどう考えているかは解らないが、彼らの想いは固まっている。
ゲームの運営のために願いを捨てる気にはなれない。
そのためなら何だってできることはやってやろうじゃないか。
二人の意思は一致した。
「「決まった(な)」」
二人の顔がにやりと歪んだ。
「しばらくは管制室ではなく、ここから個々に指揮を取ろうと思う。
無論、必要があれば向こうにも行くが……」
端末さえあればやろうとしてることに不便はない。
勿論、より大規模で詳細なことをやろうとするならば管制室は必要だが、
これから行なおうとしてる程度ならここでも可能だ。
「その辺りは心配いらない。ここを離れなければいけないのは、しおりを確保した時に少々くらいだ」
「まぁ、わかったぜ……。それにしてもよ」
「……なんだ?」
「……機械と思ってたが、中々いい目になったじゃないか」
「どういう意味だ?」
静かに真意を問う智機に対してケイブリスがにやける。
興味深いモノを見つけたかのように。
心根に共感し、協力をしているが、ケイブリスからすれば所詮は取るに足らない機械。
パイアールが作っていたようなものだとどこか心の中で見下していた所が彼にはあった。
「いいぜ、その目……ギラギラとしてて餓えてる目だ。見直したぜ」
俺様と協力するんなら、そのくらいでなくっちゃなぁ。とケイブリスは微笑した。
(私を認めてる? ということなのだろうか……)
「……誉め言葉として受け取っておこう」
↓
【主催者:ケイブリス(刺客4)】
【スタンス:ザドゥ戦まで待機、反逆者の始末・ランス優先、
智機と同盟】
【所持品:なし】
【能力:魔法(威力弱)、触手など】
【備考:左右真中の腕骨折(補強具装着済み) 鎧(修復)】
【現在位置:本拠地・ケイブリスの部屋(茶室)】
【主催者:椎名智機】
【現在位置:本拠地・ケイブリスの部屋(茶室)】
【所持品:素敵医師から回収した薬物。その他?】
【スタンス:願いの成就優先。@ザドゥ達と他参加者への対処、Aしおりの確保】
【能力:内蔵型スタンナックル、軽重火器装備、他】
119 :
ねがい(1):2008/12/14(日) 15:40:03 ID:3C4tnKdgP
>>#6 585
(二日目 PM6:28 E−8・漁協付近)
透子は輝きを失ったひび割れたロケットを見つめていた。
口だけで呼吸をしながら、ただ呆然と。
『つまり、今のあなたには救助活動は無理だと解釈してもいいのですね?』
「…………」
頷くのがやっとだった。
通信の向こうのN-22にとっては、なんの意味の無い行動になってるのにも関わらず。
彼女らしくも無い動揺だった。
『御陵透子、応答願います』
「…………ええ、その通り。火災の対処も、できないと思う」
『……了解しました。何かあれば通信機で連絡を。こちらから連絡を入れるケースもあるので紛失されないよう』
「……ええ」
透子の力ない返事を合図に通信は切れた。
破損したロケットを透子は再度握り締め、願う。
『読み替え』をするのではなく、プランナーと連絡を取る為に。
契約のロケットが前触れも無く破損した事の意味を問いただす為に。
(プランナーと連絡を)
だが先程のように思惟/情報がロケットに流れる感覚は無かった。
もう一度、透子は連絡を願ったが変化はなかった。
120 :
ねがい(2):2008/12/14(日) 15:41:30 ID:3C4tnKdgP
(どういう、こと?)
契約のロケットはゲーム開始前に、これ以上の前報酬は要らないと言っていた透子に対して、ルドラサウムからゲーム報酬の誓約の証として半ば強引に与えられた物だ。
これがもし、二神のいずれかによって破壊されたとするなら、其れは監察官を解任されたと解釈できる。
「……」
このタイミングで解任させられる程、これまで運営から逸脱する行動を取った覚えは透子にはない。
確かにゲーム前に提示された禁則事項に触れてなかったとはいえ、参加者に支給される品を意図的に低レベルのものにしたり、ゲームに乗る者を増やす為に暗躍するなど、
運営陣がゲーム運営のみならず参加者との力関係も更に有利なものにしようとしたのは間違いない。
だからこそプランナーの宣言を、少なくとも透子は運営者全員に対する一種のペナルティとして素直に受け入れる事が出来たのだ。
むしろケイブリスという新戦力が投入されただけ、思ったよりも厳しくないと感じたぐらいだ。
しかし、そんな彼女でもいきなりの契約破棄と、『読み替え』禁止は予想と覚悟を超えたものだった。
(タイミング……椎名智機の分機の排除が原因? だけど、それはゲーム運営の障害にはなりえない)
あの時、智機に警告をした理由が、朽木双葉の邪魔をさせたくないからと言うのは間違ってはいない。
だが破壊した事に関しては他にも理由がいくつかあった。
(椎名智機の存在をアインと朽木双葉に知られてはいけない)
両者ともD-1を目撃していたが、すぐに爆散したため、その正体について深く考える事はなかった。
せいぜい『赤い変なの』程度の認識だっただろう。
だがN−13を見つけていればどうなっていたか。
オリジナルとほぼ同じ外見をしているだけに、レプリカが存在しているのを知らないだけにN-13を目撃すれば、両者ともそれなりに警戒したに違いない。
121 :
ねがい(3):2008/12/14(日) 15:43:35 ID:3C4tnKdgP
下手すれば戦闘は水入りとなり、ルドラサウムの不興を買う可能性があった。
そしてD-1が行おうとした、素敵医師が存命している時点でのザドゥに対する捕獲行動。
それはザドゥが禁止行為と位置づけた運営者同士の傷害、致死行為に繋がると透子は断定していた。
(……そう)
筋弛緩剤を投与され無力となったザドゥに対して、素敵医師が何もしないできないという保証は何処にもない。
アインがその素敵医師を即座に殺せる保証は尚更ない。
もし素敵医師の手によってザドゥが洗脳・強化されるような事があればこれまで以上に、彼の手によってゲームをかき回されることになってしまうだろう。
更に分機がザドゥに手際よく投薬する様を、アインが目撃してしまおうものなら運営陣にとってもっと都合の悪い事になっていた。
透子は知っていた。
アインが素敵医師に大きく執着しているのは、何も個人的な恨みだけが原因ではないことを。
素敵医師がザドゥ以上に危険な存在で、サイスという男と同じタイプであるとアインが認識していたからこそ、彼の抹殺こそがゲーム転覆の近道になると心のどこかで信じ、その過程で犠牲を出してしまっても目を背けられてここまで進むことができたのだ。
(長谷川一人を始末できれば良いという状況では無いと彼女は改めて理解する。
レプリカの排除は状況からして多分無理。
ザドゥ捕獲行動後のレプリカに対して、自らも投薬される恐れを彼女は抱くから、長谷川一人の抹殺で終わる事もできない)
そんな彼女がもし薬物による洗脳・強化を行える敵が、他にもいる事に気づいてしまえばどうなっていたか。
『素敵医師を何が何でも自らの手で殺す』スタンスから、『素敵医師を含めた、運営陣の薬物使い全員を何が何でも殺す』というスタンスに変えてしまっていただろう。
そうなれば素敵医師を直接殺すことは諦め、目的達成の為にあえて森からの脱出を選択していたのかも知れないのだ。
そして脱出に成功し、運営陣の内情が魔窟堂らに伝えられれば、ゲーム運営が困難から至難なものになっていた。
運営者としても、双葉の絶望を知る者としても、その展開だけは透子としても回避する必要があったのだ。
122 :
ねがい(4):2008/12/14(日) 15:45:42 ID:3C4tnKdgP
分機破壊時に智機は救助妨害と非難していたが、透子にして見ればザドゥへの捕獲行為こそが妨害行為に他ならない。
あの時、反論しなかったのは面倒だから黙っていたに過ぎなかった。
透子は次に双葉の方を考える。
(それとも……朽木双葉への対応が原因?支援した積もりはなかったけれど)
プランナーの宣言前に優勝報酬があることを双葉に告げたが、それも禁止行為ではない。
素敵医師と違って道具提供は愚か、強化も参加者の情報提供さえしていない。
ルドラサウムの気分を害する行為をしたつもりはない。
透子は答えを見つけられずにいた。
(そういえば、あの警告もプランナーが告げたにしては不自然だった。本当に彼だったの?……それも含めて確認を取らないと)
夕方にロケットを通じて透子にされてきた『これからは参加者への支援・薬物投与の禁止』という警告。
内容自体は透子から見れば不自然ではないが、するのなら素敵医師が解雇された直後にするのが自然だった。
何で解雇から数時間経過した後にされたのかが不可解だった。
(ますます判らない……。それにロケットが破損しているのに、前ほどわたしの存在が不安定になっていない)
自同律が崩れ自らの存在が消失しそうな兆候は、今のところない。
喪われた『彼』の存在も、これまで通り微弱だが空から感知することが出来る。
解任されたという判断材料は壊れたロケットのみ。
(何をすればいいの)
願いを叶えさせたい身である以上、不確かな事でこれ以上放心している場合ではない。
先に進むにはロケット破損の理由を、契約の事を知る必要がある。
ロケットを通じて連絡が取れないのなら、ザドゥにプランナーへの取次ぎを頼まなければいけない。
123 :
ねがい(5):2008/12/14(日) 15:47:42 ID:3C4tnKdgP
仮にも運営のリーダーを任されているのだ、非常時に何の連絡も取れない訳がないと透子は考えた。
透子は徒歩で学校に行こうと一歩踏み出し、足を止めた。
(……面倒)
眼前には廃村が見えた。
学校跡までの距離はさほどあるわけではない。
それでも透子から見れば辿りつくまで困難な道のりに思えた。
透子は歩くのを止め、転移できないかと諦め半分でロケットを握り、念じた。
変化は無かった。
透子は諦めずに、今度は通信機を手に取った。
(……)
移動手段にDシリーズに自分を運ばせてもらうか、ジンジャー持ってきてもらおうかと透子は考える。
だが流石にそれはやってはいけない事だと、気づいて思い直す。
ふと森の方を見ると、火災は遠目からもますます広がっているように思えた。
(ザドゥと芹沢が死亡すれば、天秤は対主催の方へ大きく傾いてしまう。そうなる前に……)
透子としてはそのまま徒歩で、本拠地や東の森に向かうのはリスクが大きい。
参加者と遭遇してもまずい。
透子はロケットを放し、スカートのポケットに入れてため息をついた。
(やはり、クビになったかも)
無力感と共に脱力感と倦怠感が透子を包み始めた。
範囲が狭まった意志感知と読心だけで、どうやって単独で監察役と自衛ができるのだろう。
個人個人の良心の呵責を別にすれば、今の自分はさぞかし弱い駒だろうと透子は思った。
124 :
ねがい(6):2008/12/14(日) 15:49:52 ID:3C4tnKdgP
武器も所持していないし、仮に持っていたとしても銃や刀剣類なんか扱えない。
それに本拠地に戻ったところで智機とケイブリスいるのみ。
透子の現状を二人が知れば、これまでの関係がよくないだけに仕返しされてしまう可能性は高い。
仮に無事に済んだところで、智機が透子の為に取次ぎをしてくれる可能性はかなり低い。
こうなって来ると、ますますザドゥに頼むしか方法がない。
だが『読み替え』が出来ない状態で、森の中に入ってもなにもできないまま死ぬだけだ。
このまま留まっても、参加者と遭遇する可能性はある。
徒手空拳で太刀打ちできそうな相手は今の参加者の中にはいない。
というか透子自身、攻撃力・生命力・防御力などは常人と同等かそれ以下。
つまり……
(今のわたしはユリーシャより弱い)
契約のロケットを所持してからは、自己防衛の為の常時『読み替え』が発動するようになっていた。
自身の反射速度を超えた攻撃が来ても、ロケットに当たらない限りは、自動的に無効化できる防御能力を常時保持していた。
そのロケットが使えなくなった今、取れる防御手段は非常に少なく、弱かった。
透子の肉体はあくまでただの人間なのだ。
手詰まりだと透子は思った。
(疲れた。どこかにベンチはないかしら?)
ゲーム運営の完遂が成功の条件だが、もうザドゥらの力になれそうもない。
監察役が逃げ続けろとでもいうのだろうか?
そう思えば思うほど、監察官を解任させられたとしか思えなかった。
125 :
ねがい(7):2008/12/14(日) 15:54:14 ID:3C4tnKdgP
(仁村知佳……今ならあなたの気持ちが判る)
読心しか使えない疲労した状態で、恭也と共にグレンとランスという脅威を切り抜けた彼女を、透子は素直に褒めた。
少し、羨ましいとも思った。
そして、相変わらず自分は孤独と強く思った。
透子は深くため息をついた。
(ここは思惟生命体の一種と言える、天津神の『大宮能売神』さえ存在を維持できなかった世界。
仮に転生する力が残っていても、この島から脱出できない限りそれも叶わない )
透子は建物の壁に背を預け、夜空を見上げた。
火災の煙が雲のように空に広がっているが、まだ綺麗な星空が見えている。
透子は瞬きをしないままそれぞれの星を見つめ、どういう最期を迎えるのだろうと思った。
(あの人を感じながら、消えるのなら……でもわたしには死に方さえ選べないかも……)
できるなら自分の最期だけは自分で選びたいと透子は願った。
死後、自分の精神体がこの世界に留まるような事があれば、いずれ紳一に襲われてしまうだろうから。
人間の女性の肉体を持つゆえか、流石の透子もそれを想像すると気分が悪かった。
願いが果たせず、死ぬのなら意思そのものもこのままこの世界から消失したかった。
「でも……広場まひるも最愛の人を喪い、少なからず好感を持っていた人もここで喪ったのにも関わらず、朽ち果てずに望みの一部をここで叶えた」
だが昼に読んだ広場まひるの記憶を思い出した事により、消失願望の加速はここで終えた。
(……終わったとわたしが思い込んでいるだけで、まだ望みはあるかも知れない。
そう……アズライト)
126 :
ねがい(8):2008/12/14(日) 15:57:39 ID:3C4tnKdgP
消滅願望はアズライトも持っていたのを透子は知っていた。
彼はこの島に来て鬼作らと干渉した結果、レティシアとの再会を諦め、しおりを助ける為に死を選んだ。
罪悪感と無力感との違いはあれど、自らを嘆き死を望むという点と、喪われた最愛の人との再会を望んで長い時を生きてきた点では同じだ。
以上の点で彼に多少の興味があった透子は機会があるなら、アズライトと一度話をしたかったのだ。
だが、その機会は訪れなかった。
智機から止められたり、先に芹沢が鬼作に警告した事などがあったからだ。
彼らの死も事後報告で初めて知ったので、どういう風に死んだのかさえ透子は知らずにいた。
ならせめて、アズライトの最後の記憶を検索しようと、しおり退出後に再建された学校内に透子は入ったのは午後2時ごろの事だった。
そこで先に拾ったのはアズライトのではなく、鬼作の記憶だった。
だが、それは予想に反し、透子の興味を引くだけものだった。
その結果、アズライトの記録を読むまでもないと判断させるくらい、透子にとって貴重な情報と教訓を得ることが出来た。
「まだ早い」
諦めるのは早すぎると透子は自分に強く言い聞かせた。
そしてアズライトに対し思うところがある透子は心中で、智機のやり方を非難した。
(あなたのやり方は、雑)
同行者への介入が終わるまで、スタンガンで動きを止め続けていれば良かったにと思った。
アズライトが変心または死亡さえすれば、彼一人が放置されたところで、主催にとってまず脅威にはならない。
生存してたらしおりと協力関係を築こうとするかも知れないが、反主催として活動しようとしても、しおりの精神状態を考えたら、その関係は長続きできなかっただろう。
共同で殺戮に勤しむ展開になるなら、運営にとってそれはむしろ好都合だった。
それに鬼作自身、これまで生存者との接触は少なく、所持品も戦闘力も大したことはない。
容貌の悪さや情報の少なさからして反主催として、他参加者との協力関係を築けるだけの材料は乏しかった。
127 :
ねがい(9):2008/12/14(日) 16:01:29 ID:3C4tnKdgP
つまり対主催として動こうとしても動けないはずなのだ。
無力で孤独ゆえに自殺でもしない限り、ゲームに流されるしか存在。
絶対ではないがアズライトとの共闘がなくなれば、こうなってただろうと透子には想像できた。
透子は智機の非情さを非難しているのではない、考え無しに鬼作を殺したのを問題としていた。
(アズライトもわたしが動きを止めた上で、優勝報酬の事を伝えて置けばどう転ぶか判らなかったのに)
アズライトの願いが、二神に叶えられるかものだったかどうかは現在となっては判らない。
だがもし仮に鬼作の記録を読んで気づいた事を告げていたら、高い確率でスタンス変更をしていたはずだと透子は思った
それに加え、鬼作がアズライトに警告の事を伝えていなかったのにも関わらず、ザドゥや透子に無断で
彼らを襲撃をした事も、透子にしてみれば気に入らなかった。
これまで読心で智機から情報を探ろうとした事は、何度かあった。
しかし椎名智機を対象とした読心は効果が薄く、本体に至っては更に読み取りにくく、肝心な情報はほとんど得られてなかった。
何故か記録もほとんど残さない。
心の声が聞ける透子が智機に質問したのは、彼女の心を表面上しか読めなかった事もあったのだ。
気づけば透子の掌には汗がじっとりと滲んでいた。
(こういうものなのね……)
今ではプランナーへの意思確認や、紳一のを初めとする記録の検索を継続したいと強く望んでいる。
ここに来て強い好奇心が芽生え、突き動かすとは透子自身思いもよらなかった事だ。
(そう……彼と同じ轍を踏む訳には行かない)
アズライトよりも長い年月、彼女は一つの願いの為に転生を繰り返し続けてきたのだから。
彼と同じ様に何が真実か判らないまま、自滅だけはしたくはなかった。
「……」
透子から見て学校跡までは距離がある。
彼女は失敗を承知の上で『読み替え』を実行しようと、ロケットを取り出そうとした。
「……」
ロケットは取り出さなかった。
駄目元に過ぎない、転移できないのなら今度こそ徒歩でと覚悟を決めて、
目を瞑りながら本拠地のある廊下を強くイメージした。
「……!」
身体が軽くなったような気がした。
□ ■ □ ■
鬼作
(二日目 AM10:00 校舎裏)
ありゃあ……主催者の一員じゃねえか。
それも白衣とぱっつんぱっつんの水着姿で外を歩いてやがる……!。
俺はここに来て漸く見つけた獲物に息を弾ませる。
行水かあ?
ゆっくり堪能する時間がないのは残念だけどよぉ、、背に腹は変えられねえ!
ここで不満を解消させてもらうぜ。
……アズライトとガキは気づいてなかったようだな。
好都合だぜ。
俺様はあの女に気づかれないように距離を置いて尾行をする。
物腰からしてどうも素人のようだ。
へっへへ……間違いなく獲物だ!
いいケツしてやがるぜえ……あまり顔はよくねえけど、いい肉壷を味わえそうだ。
俺は奴に気づかれないように、獲物との距離は確実に縮める。
しっかし、あいつら大丈夫かよ。
まさか部屋を見つけられなくてここに戻ってくるんじゃねえだろうなあ……。
女がこちらを振り向いた、俺はとっさに身を隠した。
女はおびえた表情を見せていやがったが、安堵の表情を浮かべると散歩を再開した。
やべえな……あの表情……
こちらまでいい香りがにおってきそうだぜ。
「………………」
糞っ……不安だぜ、あいつら本当に主催と満足に戦えるのかよ。
アズライトは度が過ぎる甘ちゃんの上にズタボロだ、あのガキも頭がおかしいまんまだ。
まともな判断が出来るとは思えねえ。
現に俺が最初に兄貴達と襲撃かけたのを覚えてないしよ……。
……何でこうなっちまったんだ?
! くそ、俺は何を考えてやがる!?
んなもん悪趣味な遺兄ィの所為に決まってるじゃねえか。
肉壷にならねえガキ相手に何をセンチになってんだよ。
………………。
俺は何とか声を出さずにすんだ。
まてよ……あのガキがくたばれば、多分アズライトは使い物にならなくなるな……。
……! くそっくそっくそっ、手詰まりじゃねえか。
もっと戦力を増やさねえと話にならねえ。
折角の獲物を前にして引き返すのかよ!?
ん。なんだこりゃあ。
足元にビニール線がある。
電気コードか?
「!」
女が立ち止まりやがった。
俺は下らない考えを頭から消し去り、いよいよかと期待と性欲を膨らませ、
どうやってあいつを犯そうかと考える。
……………………待て。
これは罠なんじゃねえか。
女がこっちを向きやがった!
な、なんだ……この笑いは。
こっちから求めに来てんのか。
「!!」
な、何ィ……もうすぐ死ぬんだからここで楽しめよ、だと。
そんな度胸もないのか、だとぉ!
ふざけるなっ!犯しまくってやるぜ!
う、うううっ、うおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!
◇ ◆ ◇ ◆
なんだあの数は……。
けっ……俺達にゃ、ハナっから勝ち目は無かったって事かよ……。
にしても…………あのガキ、凄えな……銃弾切ってやがる……。
……なんだあ……あのテレビは?
……あれは、アズライトが、言っていた……レティシアか?
「………………」
お嬢ちゃんも長続きしそうにないな……。
けどよ……そうなる前に意地見せてやるぜ。
俺に気づかないガラクタどもに目にもの、みせてやるぜぇ…… 。
◇ ◆ ◇ ◆
へ、へへへへへへ、えへへへ…………
あのガラクタども、今に見てやがれっ……
俺は最後のガスボンベを運びながら、奴等に気づかれない様に小さく笑った。
……俺様って案外すげえんじゃねえか? 溜まってたからその所為かもな……。
アズライトの野郎、まだモニターを前に固まってやがるんだろうなあ……。
ちったあ、ガキを見習えよ……。
………………アズライト、おめえは思いもつかねえだろうし、知らない方がいいかも知れねえし、
もう手遅れかも知れねえから伝えねえがよ……。
おめえの探していたレティシアはきっと……主催者どもの所にいたんだぜ。
でなきゃ……なんでブラウン管の向こうに写ってやがるんだよ……。
見間違えるほど、呆けたのかよ。
そうじゃねえんだろ?
俺は流血で悟られねえ様に、手ぬぐいで血を吸い取る。
…………………………!
頭が上手くはたらかねえ……俺のはいぱーこんぴゅーたーもめんてなんすが必要かあ?
くだらねえことを思いついたぜ……。
俺の……俺達の血を引いてるのが、あのガキみてえに美人に生まれる筈がねえだろ……。
あのガキどもとブルマー女の顔を思い出しちまった、情けねえ……。
…………本格的にヤキが入っちまったか。 俺はナイフを強く握り締めた。
第一、何十年前の話だよ。
それもすぐに死んじまったじゃねえか、夢見すぎてんだよ。
やべえ……! あいつ……まだ……!
いい加減にしやがれぇ!!
□ ■ □ ■
(二日目 PM6:45 管制室)
「救助は無理ですか」
「ええ。ザドゥ達は無事?」
「救援物資を持ったレプリカを向かわせました」
「火災は?」
「我々が対応いたします」
「そう」
透子はN-22にそう返答した。
管制室の前の廊下に透子が現れたのはつい先ほどの事。
自分を対象とした『読み替え』が発動したのだ。
次に透子は言う。
「あなた達の本体はどうしてるの」
「本体はメンテナンス中です。戻ってくるのに時間が掛かりそうです」
「……そう」
N−22に不審な点はなく、智機本体の休憩もさっきの様子だとごく自然な行動と透子には見て取れた。
そして数歩後退し、天井を見上げ透子は想った。
(朽木双葉……)
素敵医師と朽木双葉とアインの生死をN-22から確認したのも、つい先ほどの事だった。
透子が唆かしていた朽木双葉と他二名は死んだのだ。
双葉が死を迎えたことは透子にしても残念なことだった。
予期せぬ形で想い人を喪った双葉に対しても、透子には同情する部分があった。
だから優勝できずに死んでしまうなら、せめて苦しまずにいてほしいと心の片隅で思っていた。
だが最後に検索した記録と、さっきの報告を合わせて考えるに、安らかとは程遠い最期を迎えたと透子には想像できた。
「……」
小さな喪失感なのか、言い知れないもやもやが透子の胸を叩いたような気がした。
(……次は)
だがこれ以上、透子が惑うことは無かった。
これからザドゥを通じてプランナーから確認を取らなければならないから。
わたしはこれからどうすればいいのか、わたしは脱落したのかと、問う為に。
その前に智機本体らがここに来る前に、管制室でやることがある。
透子は管制室から記録を読み取ろうとした。
これからの智機本体の意図を探る為に。
(…………ない)
不自然なまでの記録の少なさに、透子は智機に警戒されているのだと思った。
レプリカ達の記録はあるにはあったが、どれも知りたい情報ではなかった。
それに加えて透子は知る由も無いのだが、ケイブリスと智機の会話の記録も拾えなかった。
「何をしているのです?」
「……別に」
N−22からの追求をそっけなく返す。
(諦め……)
『……にぁ……も……ぃ……』
「!」
聞いた覚えの無い声の記録を透子は拾った。
もう一度検索する。
『……にぁ……も……ぃ……』
(誰?)
気のせいではなかった。。
更にその声は二神と運営陣と参加者の誰の声でもなかった。
「誰か、来た?」
「誰も来ていませんが?」
「でも……」
男か女かよく判らない声だった。
紳一の時とは別種の存在がいると透子はふと思った。
他の記録を注意深く吟味するが、さっきと変化は無く『声』もそのままだった。
N-22は透子をしばし見つめ続けてから言った。
「御陵透子、お疲れのようです。自室での休憩を薦めます」
「……」
N-22に言うとおり、疲れているのは確かだった。
だが透子はあることに気づいてN−22に言った。
「しばらくここには戻ってこない」
透子は学校付近のある場所をイメージし、とっさにそこに行くのを強く願った。
N-22の制止の声が上がったが、それを無視して管制室から透子は消えた。
智機達がザドゥ達の救助に専念していると誤解したままで。
□ ■ □ ■
(二日目 PM6:49 H−6・学校跡付近)
透子は『読み替え』で望んだ場所――学校付近への転移に成功していた。
すぐさま通信機のスイッチを入れてN-22に向けて言う。
「またわたしの方から連絡する」
透子は電源を切って、通信機を草むらに隠して、その場から100メートル以上離れた。
透子がこれから取る行動を通信機から智機に悟られない為に。
それから安堵の息を吐いた。
(本拠地……わたしの部屋に行くのも危険。椎名智機との接触は、これからはなるべく避けた方が無難)
智機がアズライト達に取った手段を再確認したからこその行動だった。
転移くらいしか『読み替え』の使い道がないのでは、ちょっとした不意打ちでも倒されてしまう恐れがある。
ロケットなしでどれだけ『読み替え』が通じるのか早急に知る必要があった。
(色々、試してみないと……。それより前に道具が必要)
自衛の為にも扱える道具はあるに越したことは無い。
本拠地に行けば銃器や電子機器はたくさんあるが、救助に必要なものは智機が使用・管理している。
運営陣に頼れないなら、島から調達するしかないのだが、銃などの強力な武器はなく、役に立ちそうな物は参加者があらかた回収した後だ。
役に立ちそうな物は透子には調達できそうに無かった。
(……灯台付近には隠し部屋がある。 砲撃で灯台は破壊されたけど、わたしが知る限りまだ手は付けられていない。
もしかしたら解放されているかも)
解放されてなお、未使用のまま放置されていれば、運営者も手を付けて構わないことになっている。
破壊されてたり、素敵医師がすでに利用してたりするかも知れないが、その場所を透子は知っていたので収穫は無くても時間はそれほどロスしない。
彼女としては、やや気が引けるが背に腹は変えられない。
(長谷川の隠れ家にも使えるものが残ってるかも)
探さなければならないが、記録からして森の西の端辺りH-3に彼の隠れ家がある可能性は高いと透子は目星を付けた。
(彼は参加者の支給品もいくつか持っていったはず。説明書付きで残っていればいいけど)
ゲーム開始より何時間か前、素敵医師はランダム支給品のいくつかを役に立たない物品と交換していた。
まだ参加側に有利だからというのが、素敵医師の言い分だった。
智機は止めなかったし、芹沢も止めなかった、ザドゥはやや渋い顔をしていたがそのまま通した。
透子は元より追求する気さえなかった。
その状況を懸念したザドゥは、参加者出発後に透子に対して一つの命令を出していた。
死んだタイガージョーの支給品や、デイパックを持っていかずに出発した広田寛の支給品を比較的見つけやすい場所に配置するようにと。
ザドゥが参加者側に不利にし過ぎると、後々二神から文句を付けられるのでは判断したからだ。
透子はそれに従い、使えそうな日用品数点を含めて、第一放送前に廃村を中心にそれらを配置していた。
(残っていれば、いいけど)
透子は灯台跡付近に向かうべく、自らを対象に『読み替え』を行い、この場から姿を消した。
□ ■ □ ■
(二日目 PM6:50 管制室)
透子退出から数秒後に、N-22の双眸から横に光の線が流れた。
N−27がN−22に問いかけたのはそれから一分後の事だった。
「……の予定時間を過ぎた」
「ああ、もうそんな時間か。だが問題無い」
「優先順位は低いからな」
「絶対に必要ではないからな」
「それに仕方ない」
「そうだ仕方ない」
「我々に余裕は無いからな」
「だが向こうにとっては想定の範囲内」
「だからこそ我々は作業に専念できる」
「そう、この場合……」
交互に声を出していた二機が今度は揃って結論を口にする。
「「向こうが我々の代わりに行う手はずだからな」」
↓
【監察官:御陵透子】
【現在位置:H−6・学校跡付近→T-5・灯台跡付近】
【スタンス: @ 隠し部屋1と素敵医師の隠れ家を探し、そこで使えるアイテムを回収する
A @の後、『読み替え』でどれだけの事が出来るか実験する。
B @とAの後、自信があればザドゥ救出を試みる。
救出の手助けができそうになければ、紳一ら一部参加者の記録検索を再開する。
ルール違反者に対する警告・束縛、偵察は一旦、中止
【所持品:契約のロケット(破損)】
【能力:記録/記憶を読む、『世界の読み替え』 (現状:自身の転移のみ)】
【備考:疲労(小)、通信機は学校跡付近に放置。】
【レプリカ智機・代行(N−22)】
【現在位置:C−4 本拠地・管制室】
【スタンス:管制管理の代行】
【所持品:内蔵型スタン・ナックル】
【レプリカ智機・オペレータ(N−27)】
【現在位置:C−4 本拠地・管制室】
【スタンス:火災対策タスクのオペレーティング】
【所持品:内蔵型スタン・ナックル】
※透子は智機達がザドゥ達を見捨てる判断をしたことに気づいていません。
※透子の管制室での行動は智機本体に伝えられました。
※透子に伝えられた『警告』はプランナーのものであるとは限りません
※管制室での『謎の声』の主は現在不明です。
※鬼作と交わったレプリカ智機はかなりの改造が施されていました。
140 :
訂正:2008/12/14(日) 21:21:44 ID:3C4tnKdgP
>>133の
「本体はメンテナンス中です。戻ってくるのに時間が掛かりそうです」
を
「ここに戻ってくるのに時間が掛かりそうです」
に修正します。
143 :
修正:2009/01/03(土) 01:00:17 ID:BwCQSRT2P
150 :
名無しさん@初回限定:2009/02/25(水) 22:15:42 ID:o54cxV6WO
促進
>>41 (二日目 PM6:54 F−6 東の森・小屋2付近)
炎が宵闇を侵食している。
太陽光など比較にならぬ明るさと温度が周囲に満ちている。
東の森南部、浅いところに位置する小屋付近。
そこから南に程よく距離を置いた潅木の陰に身を潜める少女が一人。
濁ったフィンの乙女、40・仁村知佳。
知佳が偵察するのは数十機の智機たち。
忙しなく、されど整然と、消火活動に勤しんでいる。
音声は皆無。
諧謔や言葉遊び好む智機達ではあるが、音声による情報伝達より
数十倍効率的なデータ通信にての指揮命令を採択していた。
(前、勝てなかったのが2機、か……
でも、今なら…… 今しか……)
知佳が着目していたのは、赤い智機ことDシリーズ。
この小屋周辺に2機、存在している。
うち1機は井戸のポンプと融合し水の汲み上げに余念なく、
もう1機はショベルカーと融合し木々と土砂の運搬に専念している。
故に。
不意を衝けば―――
先手を取れば―――
あの2機さえ壊してしまえれば、眼前の智機を鏖殺することは難しくない。
一心不乱の作業は、あからさまな隙なのだ。
しかしその隙こそが、知佳の攻撃の手を躊躇わせていた。
(機械たちを壊せば敵は減るけど延焼は止まらないかもしれない。
機械たちを放置すれば延焼が止まるかもしれないけど敵は減らない。
どっちが恭也さんたちにとってのマイナスなんだろう……)
指標がない。無き故に迷う。
火災に気付いて30数分、ここに身を潜めて10分。
知佳は結論を出せずにいた。
身動きがとれずにいた。
その知佳の止まった時間を動かしたのは、背後から近づく何かだった。
《この少女は流石にまだだろう。そのはずだ。そう信じたい!》
知佳の鋭敏な聴覚が、後方の不穏な呟きを捕らえたのだ。
「誰!?」
反射的に振り返る知佳の目に人影は無い。
凝らしても探っても特別なものは見当たらない。
炎に照らされた木々と茂みと揺らめく煙のほかには、何も、誰も。
《羽が生えているのか。この娘もまた『人でないもの』なのか?》
しかし、誰もいないはずの空間から聞こえる声は、知佳の心を鋭く抉った。
人でなし。
それは彼女の禁句。癒えぬ傷。幼き日々の孤独の要因。
そこを突かれては知佳も黙ってはいられない。
「私は人間だよっ!!」
数刻の沈黙。
知佳の大声に気付かなかったのか、気付いた上で無視を決め込んだのか
分からぬが、智機たちは動揺を走らせることなく作業を継続している。
《……お前も俺の声が聞こえるのか?》
煙に紛れてゆらゆらと。煙の如く茫々と。
知佳のすぐ近くに声の主はいた。
最初から姿を現していた。気付かなかっただけで。
体の輪郭が背景に対して曖昧で、透けていただけで。
故に知佳はその存在をはっきりと言い当てた。
「幽霊なのね」
幽霊―――
監察官・御陵透子を驚愕させたその存在に、知佳は怯えた様子を見せなかった。
その差は、未知か既知か。
彼女の世界においての幽霊はさほどレアリティの高いものではない。
知佳の住まうさざなみ荘には、十六夜なる霊が住人として名を連ねているほどだ。
しかし、その存在自体には驚きを感じなかった知佳も、
次いでこの亡霊から発せられた質問には度肝を抜かれてしまう。
《では俺の質問に答えろ。処女か?》
「えっ……」
炎に負けぬ勢いで赤く染まり、照れと怒りと後悔がない交ぜとなった
表情を見せた知佳を見て、この不躾な亡霊・勝沼紳一は敏感に悟った。
《おまえも中古か!!!!!》
知佳には中古の意味するところはわからなかったし、
あえて知りたいとも思わなかった。
この下劣で無礼な亡霊に声を掛けてしまったことを後悔していた。
これ以上関わらないようにしよう。
そう、心に誓うことにした。
関わりを持ちたくないという点では、紳一も同じだった。
紳一の女を見る基準は2つしかない。
処女か非処女か。
美女か醜女か。
処女かつ美女でなければ、彼の興味の対象外となる。
《破瓜の血の匂いまでするぞ!?くそくそくそ!!
又しても俺は間に合わなかったのか……》
紳一はショックに項垂れ、とぼとぼと歩き出す。
知佳との邂逅がなかったかのように、彼女の存在をまるで無視して。
知佳と重なり、通り抜けて。
「……あ」
その瞬間、知佳の心に瀑布の勢いで紳一の心が流れ込んできた―――
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
(1日目 17:26 F−8 漁協詰所)
透明人間にあこがれる諸兄は多いことだろう。
では、僥倖にも透明になれたとしたら真っ先にすることは何か?
俺ならこう回答する。
女湯に潜入。
この回答、数多の同意を得られるものと確信している。
覗き―――
そこにはレイプとは趣の違った背徳の興奮が存在するからだ。
漁協詰所に到着したとき、風呂場からまひるの声が聞こえた。
それに気付いたときの胸のトキメキは筆舌に尽くし難い。
まひるは犯す。
いずれ必ず犯す。
それはそれとして、覗けと言わんばかりのこのシチュエーション。
前菜としてうってつけではないか!
亡霊になってしまったのなら、その特性を上手く欲望に生かさなくてな。
だというのに……
俺が見たものときたら……
ち○こだ。
もう一度言う。ち○こだ。
「い〜い湯だな、ハハハン、とくらぁ」
俺が受けたとてつもない衝撃などどこ吹く風で、
イノシシ女の能天気な歌声が風呂に反響している。
その隣で身を縮めているのがまひる。
全身ピンクにそまったまひるの柔い肌。
なんと肌理細やかな、なんとすべらかなことか!
それなのに。
目を擦る。もう一度見る。ち○こだ。
頭を振る。もう一度見る。ち○こだ。
頬を抓る。もう一度見る。ち○こだ。
何度見ても何度見ても、そこにあるのは処女穴ではなく、ち○こ。
俺は…… 俺たちは、あろうことか男に目をつけ男に欲情し、
男を浚って男を脅した挙句、犯されまくったというのか!!?
なんという…… なんという悪夢!!
《ははは……》
何度目になるかわからない自嘲の笑みを携え、俺は漁協詰所を後にした。
裏目だ。
この島に来てからの俺ときたら何をやっても裏目に出る。
処女を犯すという目的にブレはない。
しかし、ターゲットを失った。
次のターゲットの心当たりはない。
歩き回って、探さなくてはいけない。
そう、歩き回って、だ。
幽霊になったからといって都合よく瞬間移動できるものでもない。
徒歩だ。
疲労感は無くても徒労感は重い。
都合よく近場で見つかるといいのだが―――
―――いたよ。
進路を東に取った俺の前方数メートル。
猫のように身を丸めて岩陰に身を潜める少女と、目が合った。
いや、俺の姿は見えないのだ。目が合う道理が無い。
あの少女は単に漁協詰所を見張っているだけだろう。
《こんどこそ処女であってくれよ―――》
ネコミミフードのついたパーカーという幼児性を残したいでたちが、
いやがおうにも俺の期待感を高めてゆく。
俺は小走りで少女との距離を詰める。
《たすけ て》
声が聞こえた。微かな声が。
視界に収まっている少女の口は動いていないのに。
《ケモノ を》
又しても。少女の口は動いていない。
それなのに明らかに少女からこの声が……
《おい はらっ て》
違和感と、予兆。
俺は足を止めて少女をじっくり観察する。
そして気付く。
陽炎のようにゆらゆらと。
少女の肉体に重なる様に、縛り付けられているかの様に。
輪郭があやふやで、亡霊よりも存在感の薄い何かが、そこに在った。
「……ついてないょ。気付かないフリでやり過ごそうと思ったのに」
ため息と共に、少女が遂に口を開いた。
明らかに俺を見つめて、明らかに俺に対して。
《俺の姿が見えるのか?》
「残念だけど見えるし聞こえるょ」
少女は続ける。
「でも、これ以上関わりを持つ気は無いょ。
わたしとここで逢った事は忘れて、どっか行ってょ」
それは会話ではなかった。
一方的かつ上から目線の命令だった。
《俺様に向かって大きな態度を―――》
怒りと威圧感を込めて反撃開始。その宣言を言い終える前に―――
俺の首筋の産毛がぞわりと逆立つ。刹那。
少女の気配が爆発的に膨れ上がりその長い腕を俺に向けて伸ばしてきた。
「邪魔するならここで消すょ?」
亡霊で無ければ腰を抜かし失禁していたに違いない。
密度の濃い圧倒的な闇が、少女の形のままに、そこに顕現していた。
これか!
これがあの忌々しい神楽が言っていた『人でないもの』か!
なんという…… なんという悪夢!!
《了解した……》
「ならいいょ。それじゃあバイバイだょ」
俺はくるりと背を向けて、元来た道を逆戻りする。
その背中に、少女の形をした何者かのさらなる要求が述べられた。
《ああ、それと。あの建物の入り口で見張りをしてる堂島って男は
わたしの標的だから、ちょっかいだしちゃだめだょ?》
俺は無言で頷く。
そこでようやく、俺に伸びていた闇の気配が引いていった。
《お にい さん いかない で》
少女にまとわりつく何かが、悲痛な声で俺を引きとめようとしている。
「呼んでも無駄だょ。あの亡霊にはわたしに逆らうガッツはないし、
そもそも憑依をどうにかする力は無いょ。藍はいいかげん諦めなょ」
《この からだ は あい の なの に……
おまえ が かって に はいって きた の に……》
背後では声と声にならない声が言い争い続けている。
もうどうでもいい。
それよりも、なによりも、俺にとって重要な事がこの会話に内包されていたから。
憑依―――
人に取り付き、その体を意のままに操る術。
この少女の怖いほうの何かは、それをして本来の少女の体を支配しているらしい。
根拠はない。
しかし、確信がある。既視感がある。
俺も、憑依できるはずだ。
なぜか分かる。
心身喪失した一瞬か、あるいは睡眠、気絶時なら。
俺は憑依できる!
ははっ……なってみるものだな。亡霊にも。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
紳一が知佳をすり抜ける一瞬に、それらが彼女の頭脳にダイレクトに伝わった。
処女を犯す。
それだけの為に、この亡霊―――いや悪霊は、島内を彷徨っている。
憑依、という具体的な手段を持って。
それは、殺し合いとは別種の、女性にとっての悪夢だ。
《どこかに処女の人間はいないものか…… いれば男に憑依して犯すのに。
どこかに処女の亡霊はいないものか…… いればそのまま犯すのに》
紳一はうわごとのように呟きながら知佳から遠ざかってゆく。
知佳は距離を置いてかの悪霊を尾行する。
(あれを野放しには出来ないよ。でも……どうやって止めるの?)
知佳が放つ念動力も衝撃波も、広い視点では物理攻撃に位置づけられる。
物体ではない霊にそれら一切は通用しない。
(十六夜さん……)
知佳は友人の退魔師・神咲薫の得物である霊刀を思い浮かべる。
この世ならざるものを滅するを可能とするインテリジェンスソード。
あれに匹敵する何かがあれば、あるいは……
【仁村知佳(40)】
【現在位置:F−6 小屋2付近 → 紳一追跡】
【スタンス:@亡霊紳一を止める
A読心による情報収集
B手帳の内容をいくつか写しながら、独自に推理を進める
C恭也たちと合流】
【所持品:???、まりなの手帳、筆記用具とメモ数枚】
【能力:超能力、飛行、光合成、読心】
【状態:疲労(小)、精神的疲労(小)】
【備考:定時放送のズレにはまだ気づいていません。
手帳の内容はまだ半分程度しか確認していません】
※ まひるの性別を知りました。
182 :
名無しさん@初回限定:2009/06/06(土) 22:00:37 ID:9i30ZJ1WO
?
つまらん。
このスレまだ続いてたのか、ちょっと読んで来る。
(飢えている、か……)
ケイブリスの賞賛を受け、智機は表情を変えずに心中で呟いた。
参加者には注意を向けていた積りではあった。
だが運営者に対してはさほど注意してなかったと彼女は認める。
参加者と運営者を同等に見、対応するべく智機は次の計画を立てる。
智機はカタパルトのデータに思考を移した。
(決められた燃料と強度の関係上、少なくともあと一回の使用が限度だな。
投入可能な最大戦力は分機2体と装備多数か、ケイブリスのみ。
更にもし仮に……フェリスがランスに直接協力する状況になれば、奴の能力次第では我々は手詰まりになる)
智機は分析を終え、ケイブリスに言った。
「ケイブリス。
君はランスに従っているフェリスという名の悪魔の事を知っているか?」
「あん? …………あいつ、従えてやがったけか?
知らねぇな……それがどうかしたか?」
「昨日、この島にランスが呼び出したんだが所在が掴めないのだよ。
スポンサーから通達がない以上、島内にいるなら奴への対処も我々がせざるを得ないかも知れないからな」
「レベル神じゃあねぇのか?それで?」
(レベル神……)
ケイブリスが目を細めたのとレベル神という単語を聞き、智機は若干の不安と興味がわく。
「参加者や運営者以外の者が島で確認された場合な……
ゲーム進行の邪魔にならなければ捕獲、邪魔になると判断できれば私が始末するようにスポンサーから命じられている」
「………………俺様に手伝えって言いたいのか?」
「それには及ばんさ。君に限らず、私にもその命令は絶対ではない。
戦力に余裕があればしろと言う程度だ、今は余裕がない」
智機は目を閉じ頭を振る。
だが返答を聞いたケイブリスは苛立たしげに、少々の緊張さえ孕んだ声で
言う。
「……面倒だな」
「?」
『俺様もあまり遭ったこたぁねえが、奴等強いぜ。 無敵結界が効かねえしよ」
「どれ程の強さを持っているのがいるんだ……しおりと比べてどうだ?」
「あん……?」
ケイブリスは一瞬しおりを誰だと考えたが、思い出し断言する。
「あのガキより強えのがいても、そう珍しくはねぇかもな」
「……情報提供感謝する」
智機はやや強張った声色でケイブリスに礼を言った。
マザーコンピューターにアクセスしながら智機は即座に対策を練り始めた。
ルドラサウムがフェリスの介入を容認する可能性も考えたからだ。
フェリスが六人組と合流、共闘されてはたまったものではない。
プランナーとの接見をする前、もしくは接見中に可能性に思い至ったら直ぐに問いただしていただろう。
関与しない、好きにしろと言われた今は、もう問い正す気にはなれなかったが。
智機は知っている。
島外の侵入者確認と排除及び、情報収集は二神らが行っているのを。
既に二神のいずれかが独自にフェリスを排除していたとしても
彼らの意地の悪さから、あえて通達しない可能性を智機は疑っていた。
可能であれば早急にフェリスの所在と生死の確認を問い正す必要があった。
ただしその相手は二神ではない。
(ゲーム開始から42時間経過……管制室も健在。
連絡は既に来てもおかしくない。まだか)
プランナーとの接見を別にすれば、智機には外部への連絡手段はない。
主催者リーダであるザドゥと智機が知っている事のひとつ。
ゲーム開始から42時間が経過し、管制室が機能していた場合。
50分以内にプランナーから連絡員が派遣されることになっている。
ゲーム進行に関わる外部の状況通達。
智機が収集した殺人ゲームのデータ提供。
智機量産機の指揮権放棄が可能になるスイッチの譲渡などが連絡員の任務だ。
コンピューターなら半分以上は容易に、極めて短時間でできる作業。
なのに何故、こう遠回しな事をするのか智機には見当がつかなかった。
神の戯れなのか、それとも別の理由からなのか。
理由は尋ねてみたが、趣向と一言返って来ただけだった。
智機はそれ以上、その事については何も言わなかった。
ゲーム遂行にほとんど支障はないと判断してたからだ。
ただ指定された時間内で連絡員が来なかった時の説明は聞かされていた。
その場合は最低でも外部の者への対処は、運営者以外の手で行われる事が確定すると。
智機は警戒を緩めない。
フェリスの対処も残りの戦力でする羽目になった場合に備えて。
彼女はその手段を考えつく。
(臨時放送を実行し、全参加者に警告を発信する)
そう決めた。
双葉の式神と違い、フェリスはランス自身の力で生み出したものではない。
プランナーにとってフェリスのような存在は不快ではあるはず。
外部からの人員は認められるものではない筈だ。
願いの権利の消失の可能性を、参加者全員に提示するのを選択肢に入れた。
もっとも今のランスにフェリスを召喚する気は毛頭ないのだが。
その事を智機らは知るはずもない。
「フェリスに頼れば、願いを叶える権利を失う。
そう参加者に告げる。もっとも島内で奴の所在が確認できた場合だがな」
「ほー」
「それと先に言っておこう。
いきなりか、もしくは本拠地内から参加者とも我々運営者とも違う誰かが……もうすぐ来ると思う。
向こうが仕掛けてこない限り、そいつには何もしないで欲しい」
「誰だ、プランナーの奴か?」
「恐らくは部下だ。私が収集した情報を確認する為にここに来る予定だ。
我々の事情が事情だけに、伝言のみのやり取りになるかも知れないがな」
智機は言って苦笑した。
コンピューターのみで処理できたなら楽だったのにと思いながら。
「直に此処に来て欲しいものだがな」
「そいつにも手伝わせるのか?」
「侵入者の対処以外は手伝わないだろうがな」
直に来て欲しい大きな理由はある。
もし分機が全滅した場合には、指揮権は無用となる
智機本体が全力を出すには、端末機能を解除する必要がある。
今は解除する必要は全くない。
だが極限まで追い込まれる可能性が零ではなくなった。
念の為に連絡員からスイッチを受け取る必要が今の智機にはある。
「ケイブリス……さっき君はレベル神と言っていたな。
ランスの事も含めて、君がいた世界について色々と聞かせてくれないか?
必要なら私の方からも情報を話そうじゃないか」
「あー……俺様には馴染みが無くなっちまったが……いいぜ」
返事を聞くと、智機は管制室にいるN−27に指令を出した。
ランスの会話記録を収録したテープと全参加者・主催者の顔写真の準備をさせる為に。
ケイブリスは口を開く。
それとほぼ同時に智機に情報が伝えられた。
西の森で散策を行っていたP−3がランス達と遭遇した事を。
↓
【主催者:椎名智機】
【現在位置:本拠地・ケイブリスの部屋(茶室)】
【所持品:素敵医師から回収した薬物。その他?】
【スタンス:願いの成就優先。
@ザドゥ達と他参加者への対処(分機P-3に注目)
Aしおりの確保
Bケイブリスと情報交換
C連絡員と交渉し、端末解除スイッチ+αを入手する】
【主催者:ケイブリス(刺客4)】
【スタンス:ザドゥ戦まで待機、反逆者の始末・ランス優先
智機と情報交換、智機と同盟】
【所持品:なし】
【能力:魔法(威力弱)、触手など】
【備考:左右真中の腕骨折(補強具装着済み) 鎧(修復)】
【現在位置:本拠地・ケイブリスの部屋(茶室)】
【カタパルトの使用回数はあと一、二回です
智機2体分(人でも2人分)と道具多数か、ケイブリス1人の打ち上げが可能です】
【オペレーターN-27が録音テープと顔写真を持って茶室に向かってます。
すぐ終わります】
【智機とザドゥとケイブリスは連絡者がPM6:00から6:50分の間に来る事を知っています。
3人とも戦力としては数えていません。
ザドゥは智機の能力と素性についてはほとんど知りません】
【二日目 PM6:30頃 茶室】
>>33 (二日目 PM6:30 D−6 西の森・小屋3)
「やあ生存者諸君、失礼するよ」
雪兎の如き白い肌と赤い瞳の少女が、挨拶と共に小屋へと入ってきた。
その姿を見たユリーシャがランスの腕にしがみつく。
まひるはぎょっとした表情のまま固まった。
少女を挟むようにして歩く恭也と魔窟堂は警戒心を漲らせ、
数歩遅れて入ってきた紗霧は怪訝な表情で少女を見つめている。
それも仕方の無いことだろう。
この少女は主催者・椎名智機のレプリカント・P−3。
病院にて彼らを亡き者にせんと襲い掛かった機械歩兵の姉妹機故に。
「おお、君が噂のロボ子ちゃんか。
想像してたよりずっと可愛いぞ、グッドだ!」
唯一、智機の恐ろしさを味わっていない男・ランスが能天気に声を掛ける。
いや、この男のことだ。
仮に病院で襲撃されていたとしても同じように声を掛けるやも知れぬ。
「お褒めに預かり光栄だね。私はレプリカ智機汎用型哨戒機P−3。
宜しく頼むよ、02・ランス」
「で、なんだ。智機ちゃんは投降したのか?」
「No、交渉に来たのさ。
武器も害意も持ち合わせていないから、安心したまえ」
P−3は自分の肩に馴れ馴れしく置かれたランスの手を軽く払うと、
彼を一顧だにせずにダイニングテーブルへと向かう。
「さあ、36・月夜御名紗霧。交渉のテーブルに着こうではないか」
P−3は舞台演者の如く両手を広げ、己が主役であるかの如く着席を促す。
主客の入れ替わった無礼かつ不遜な態度だ。
しかし紗霧は、嫌味も皮肉も口にすることなく沈黙を保っている。
かといって、様子見や策略で大人しく振舞っているとき特有の、
井戸の底の如き仄暗い眼差しも宿っていない。
彼女の心は、乱れていた。
沈黙はその乱れをP−3に悟られぬ為の手段だ。
(いけません紗霧。早く乱れたペースを整えなければ……)
乱れは、予想外の敵が予想外の行動に出たが為。
そして、敵よりもたらされた情報の衝撃が大きすぎたが為。
さらに、提案の旨みに一瞬目が眩んでしまったが為。
紗霧は一言半句違えず、レプリカ智機が切り出した提案を反芻する。
『東の森が燃えていることには気づいているね?
その渦中にある我らが首魁・ザドゥ様が脱出を図っているのだが、
火災にやられて手ひどいダメージを負っているようでね。
そこで提案だ。
彼が拠点に戻るまでの間に、殺してみてはどうだろう?』
P−3は小屋の外で紗霧たちに背信の交渉を持ちかけていた。
弱っている仲間を殺せと唆していた。
表情一つ変えることなく、淡々と。
「招かれざる……と思われているだろうが、一応私は客人だからね。
上座に着かせて貰うとしよう。
月夜御名紗霧はそちらの席でよろしいかな?」
P−3は仕切っている。急かしている。嘲っている。
紗霧は焦りで鈍りだした頭脳を必死に押し留める。
(良くない流れですね……)
交渉、舌戦、化かし合い。
それは紗霧の処世術であるし、特技であるとも言える。
十重二十重の策を巡らせて絡め取り、言葉巧みに思考を誘導し、
踊らされていることを自覚させぬまま踊らせる。
その紗霧が、己の分野である交渉に対し何を躊躇うことがあるのか?
『想像して想定して検討した上で、想像して想定して検討してください』
以前、恭也に示したこの言葉こそ紗霧の本質。
不安の理由。
整理と準備、そこから導かれる予測。
紗霧はそれらを無しに能力を十全に発揮することは出来ない。
閃きの宿らぬ性質。臨機不応変。
紗霧は己のそうした特性を理解しているが故、分の悪さを感ずるのだ。
(今、テーブルにつくのは宜しくありません。
認めたくはありませんが完全にイニシアチブを握られています。
乱れたペースを早急に回復させなければ、
精神的に押し切られる形で決着してしまうでしょう……)
一方のレプリカ智機P−3も己の有利な状況を理解していた。
否、事は彼女の背後にいるオリジナル智機の思惑通りに運んでいる。
(ボクシングで言えば、ゴング直後の一発が相手の顎に綺麗に入った状態か。
紗霧の脳は今、揺れに揺れているだろう)
智機は有利な交渉になるよう、戦術に2本の柱を立てていた。
1つ、常に先手を打ちイニシアチブを握り続けること。
2つ、時間制限があることを意識させ焦りを誘うこと。
月夜御名紗霧にはそうした速攻戦術が有効である。
データと確率から成るこの機械の読みはズバリ的中している。
「08・高町恭也、椅子を引いてくれ給え。
敵とはいえ、レディに対する心遣いくらい持ち合わせているだろう?」
P−3が、また一つ状況を推し進めた。
役割を振られた恭也が紗霧の意志を確認すべく目線を彼女に送る。
その真っ直ぐな瞳が更なる重圧となり、紗霧の心の乱れに拍車を掛ける。
(マズい――― 明らかにマズい流れです。
が、これ以上の遅滞行動は相手に疑念を抱かせてしまうでしょう。
こちらの動揺を悟られてしまうでしょう。
ああ、益々相手のペースに嵌っていくばかりではないですか!)
紗霧がしかたなしにテーブルへと足を向ける。
敵の思惑通りに流されていることを自覚しつつ。
そこに、絶妙なタイミングで第三者が割り込んだ。
「うーん…… ど〜も怪しいなぁ?」
発言の主はランス。
紗霧の軽快とは言えぬ歩みが止まり、智機の鋭角な眉根が不快げに歪む。
「怪しい、とは?」
「武器が無い?敵意が無い?口では何とでも言えるよなぁ、智機ちゃん?」
「ふむ、ならば一体どうしたら信頼してもらえるのかな?」
「ボディチェックだな!」
自身満面に返答するランスの両手は前方に向けてワキワキしていた。
しん…………………………………………………… と。
室内に冷凍庫の霜が如き沈黙が降りる。
「俺様の素晴らしすぎるアイデアに反対意見は無いということだな?
まずはこの小ぶりなおっぱいからモミモミ…… げふんげふん。
チェック開始といくか!」
言うが早いか鷲づかみ。
恥も外聞も躊躇いも逡巡もなく、真正面から真っ直ぐに。
「バカな!」
「あんたってお人は、ほんとにもぅ、ほんとにもぅ」
「そんな……」
「異議あり! じゃ!」
我に返った小屋組の面々が同時に己のスタイルでツッコミを入れる。
一拍置いた紗霧もまたバットを振りかぶる。
「ランス、貴方少しは場の空気というものを……」
―――読むべきです。
そこまで発音することはなく、紗霧の叱責は尻つぼんだ。
(今、私は言いましたね。場の空気、と)
めったに宿ることの無い閃きの匂いを、己の言葉に感じたが為。
紗霧は思考を尖らせる。
(場の空気……
それに支配されたから私のペースが乱れたと言えます。
ならばこの悪いムードを払拭する為には、
むしろ読めない行動こそが―――)
紗霧の思案を他所に、ランスの手は智機の薄い胸に到達していた。
イタズラの矛先を向けられたP−3は演技掛った大仰なため息をつき、頭を振る。
「それで納得するならさっさとまさぐりたまえ。
早く交渉の続きに戻りたいのでね、時間をかけず……
……んっ!」
ビクン。
P−3の表情や態度に反して、その体が震えた。
ニヤリ。
ランスは鼻の下を大いに伸ばして、高らかに宣言する。
「乳首みーっけ!」
「ランスさん、悪ふざけが過ぎます!」
「俺様の楽しいお触りタイムを邪魔しやがって、むかむか。
だがな、今回は俺様に理があるのだ」
「理も何も!」
「童貞のお前は知らんだろうが、女の子には隠す場所がいっぱいあるのだ。
おっぱいの谷間とか、お尻の割れ目とか、もちろんアソコとかな。
俺様はみんなの安全のために、危険を省みずこうして調べてやっているのだ。
感謝されこそすれ、責められる謂れなどどこにも無いぞ!」
見かねて止めに入った恭也がバサリと返り討ちに遭った。
彼が真っ赤になって黙り込んだのは童貞だからではない。
仁村知佳の肉の感触が生々しく蘇ってしまったからだ。
無論、ランスを始めとする面々にそれを知る由も無いが。
「そこで黙り込むとはお前やっぱり童貞だったか!
女の子の柔らかさも知らんとはかわいそうな奴だな、がはははは!」
恭也を振り切ったランスはますます絶好調。
その指がP−3の胸元で蜘蛛の足が如く複雑に蠢いている。
「神様仏様紗霧様っ!もうあのオトコを止められるのはあなたしかっ!」
「このままでは交渉が始まらぬうちに決裂してしまうやも……」
「バットは…… やめて頂きたいのですが……」
残る三者が口々に紗霧を頼る。
暴走するあの男をどうにかできるのは紗霧を措いて他に無し。
既にそれは小屋組の共通認識となっていた。
「確かに、足の速い情報のようですしね……
ランスの程度の低いイタズラに時を割くのは愚の骨頂。
でしたらこんな妥協案はどうでしょう?」
P−3に向き直った紗霧の目許には冷笑。口許には歪み。
頼れる神鬼軍師の常の表情が、そこに蘇っていた。
「妥協案?どのような?」
P−3が見下した態度で問う。
紗霧が底意地の悪い表情で答える。
「私と椎名さんが交渉している間、ランスが好きなだけお触りする。
―――合理的ですよね?」
「「「「「えええええ???」」」」」
↓
【現在位置:D−6 西の森・小屋3】
【グループ:紗霧・ランス・まひる・恭也・ユリーシャ・野武彦】
【スタンス:主催者打倒、アイテム・仲間集め、包囲作戦】
【備考:全員、首輪解除済み】
※個々の詳細は
>>34-35を参照してください
【レプリカ智機(P−3)】
【スタンス:ザドゥにぶつけるための交渉】
【所持品:?】
>>101 (2日目 PM6:49 G−3地点 東の森北東部)
彼らは未だ、生きていた。
首魁、ザドゥ。
魔剣カオスを杖代わりに両膝を支え、牛歩の歩みを見せている。
刺客、カモミール芹沢。
ザドゥの肩を借り、引きずられるように歩いている。
先刻、感情の昂ぶるに任せて芹沢へ拳を見舞ったザドゥではあったが、
そこで芹沢を切り捨てたわけではなかったのだ。
ただし、同胞意識や思いやりなどは露と消えていた。
ザドゥの腹の底には芹沢に対する怒りがとぐろを巻く蛇の如く鎮座している。
だのに何故、ザドゥは芹沢を捨てぬのか?
それは、意地だ。
意地のみが彼の両の足を支え、芹沢を放棄するを許さぬのだ。
『大将も自己満でカモミールを殺さないよーに、気をつけるがとしか言えんきね』
今、ザドゥの脳裏の大部分を占めるのは、黄色く変色した包帯を全身に巻きつけ、
腐敗臭とケミカル臭を撒き散らす、仲間と呼ぶのも憚られる男の言葉だった。
ザドゥは嫌悪感に眉を顰めつつ、己の思いを反芻する。
(あの狂人医師の【呪い】にまで負けるわけにはゆかぬ)
ザドゥは死そのものをさほど恐れてはいない。
拳に賭けるを選び、悪事を為すを自覚し、欲望の赴くまま生きてきた自分が、
まっとうな最期を飾れるとは思っていない。
それでも、笑って死ねるという確信があった。
好き勝手に生きてきた己の生涯に、一片の悔いもないのだから。
ザドゥの自負心は不動のものだった。
完成し完結しているものだった。
この島に来るまでの彼はそう信じていた。
それが、今、粉微塵に砕けようとしている。
軋みを与えたのは、タイガージョーの熱き拳となお熱き言霊だった。
亀裂を走らせたのは、アインの冷徹な覚悟と研ぎ澄まされた執念だった。
しかしザドゥは、彼らを好敵手であると認めている。
ある種の敬意を抱いていると言ってよいだろう。
故に、どちらも深刻な敗北感をザドゥの胸に刻みはしたが、背骨を折るには至っていない。
ぽろぽろと零れ落ちる矜持の破片を必死で拾い集めては、接ぐことくらいは出来ている。
しかし。
『大将も自己満でカモミールを殺さないよーに、気をつけるがとしか言えんきね』
口に出すも憚られるほどの外道にして、仲間であったことを恥じたくなるほどの下種。
ここで芹沢を捨ててしまっては、あの素敵医師にすら敗北したことになる。
そしてこの一敗地に塗れてしまえば―――
ザドゥの矜持は、二度と陽光の下を歩けぬほどに打ち砕かれてしまうだろう。
ザドゥは沈黙を保っている。芹沢も口を開かない。
あの口の減らないカオスですら、今は器物としての役割に徹している。
黙々と、ただ黙々と。
二人と一刀は森を抜けるべく歩みを進めている。
煙に巻かれ、炎を迂回し、ルートの断念に迷走を重ね、方向感覚など既に失って
久しくはあるが、それでも彼らは炎の渦中からは脱していた。
しかしそれは、生命の危機から脱したを意味しない。
煙は容赦なく視界を塞ぎ、不足する酸素は彼らの肉体から回復機能を奪い、
炎もその手を緩めることなく背後から迫ってきている。
絶命の機会は、そこかしこで廉売されている。
故に、一行のうち最も冷静な同行者・カオスは、状況をこう分析していた。
《これは、もうダメかもわからんね》
カオスは心中で嘆息し、ザドゥが初めて自分を振るったときのことを思い出す。
『俺の心はとうに漆黒だ』
それは己の為す悪を自覚し肯定しての発言であったのだろう。しかし。
《闇と黒は違うんじゃよ……
理性を感情が、意志を欲望が駆逐することを闇と言うんじゃ》
ザドゥが芹沢を捨てぬ理由が己のプライドに起因することまでは、
読心能力を持たぬカオスには見通せぬ。
だが、ザドゥの生へ欲望が、より強い欲望に駆逐されている。
故にこの惨状。
そのことは理解できたいた。
《生きてこそなのじゃがのう……》
カオスはそれを口に出さない。
訴えたとて聞き入れられる状態にないことを誰よりも知るが故に。
《じゃがもし――― ザッちゃんだけでも救える機会があるとするならば。
カモちゃんが自ら、置いていかれることを懇願した場合かのう……》
カオス自身に、ザドゥや芹沢に対する思い入れはさほど無い。
芹沢のダイナマイツぶりにうほほーいではあるが、それだけの事だ。
出会って一時間程度の間に、強固な絆が結ばれることのほうが稀であろう。
それでもなお、カオスがこの2人に入れ込んでいるかの如く感ずるのは、
彼の過去とこの2人の現状が、多分に重なるところがあるが為だ。
かつて彼がまだ人間―――救世の大英雄(エターナルヒーロー)であった頃。
足手まといとなったリーダーでもあり親友でもあった男を置き去りにして、
神の座にたどり着いた経歴を持っていたのだ。
その際に剣となったカオスの力が、当代の魔王封印を果たしたのだから、
彼らの判断は歴史的に見て正しかったと言えるだろう。
それでも、カオスは仲間を見捨てたことを、割り切ることは出来なかったのだ。
《あの時あいつは、必死で助けようとするわしらに、
自分を置いてゆけと主張して譲らなかったのぅ……》
意志の篭ったそれでいて穏やかな眼差しと、自己犠牲を偽善と感じたらしい含羞の声色。
カオスの脳裏に置き去りにした友の顔がフラッシュバックされる。と、同時に。
それはいかなる共時性か。
この元盗賊の記憶をなぞるかの如く、芹沢もまた嗄れた声でこう囁いたのだ。
「ザッちゃんさぁ、もうあたしのこと置いていきなよ……?」
言葉とともに、芹沢の四肢から力が抜けた。
ザドゥの肩に思わぬ重量がかかり、彼は芹沢もろとも無様に尻餅をつく。
「何をいう、芹沢。薬中のお前にはわからんのだろうが、
ここに置き去りになぞしたら、お前は―――」
「すぐに焼け死んじゃうよねぇ……」
その返答にザドゥは息を呑む。
芹沢がいつの間にか現状を把握しうるだけの思考力を回復していたことに気付いて。
そして、自らが辿る運命を理解しつつ、置いてゆけと提案したことに気付いて。
言葉を失うザドゥに向けて、芹沢は力なく言葉を重ねる。
「あははー。足手まといは捨て置くのが戦場の倣いってやつだし。
何人、何百人死んだって、最後まで旗が立ってた方が勝ちなんだから、ね」
破天荒で磊落な逸話ばかりが面白おかしく、或いは悪役然として後世に伝わっているが、
彼女もまた、幕末動乱の時代を一介の武士の覚悟を持って駆け抜けた女丈夫の一人だ。
奉仕の対象は違えど、その精神性は高町恭也の御神流に相通ずるものがある。
即ち、自らは仕えるものの為の捨石に他ならぬ、と。
故に、ザドゥの決して見捨てぬという意地が本気ならば、
芹沢の自分を置いてゆけという覚悟もまた本気だ。
主催という【お家】のザドゥという【頭領】を生かすことこそ、彼女の本分なのだから。
「やー、ごめんねーザッちゃん。
あたしが正気ならこんなに苦労しなくて済んだし、ともきんも壊れなかったしぃ。
戻ったらさ、ともきんにもごめんねーって言っといて」
「戻ってから自分で言え」
芹沢はザドゥの命令に困ったような笑みとウィンクを発し―――
そこまでで精一杯だったのだろう。意識を闇に落とした。
《……覚悟、汲んでやらんか?》
カオスもまた、ザドゥの背を押した。
自らも同じ選択を踏み越えてきたこの剣の言葉は、重い。
「お前まで……」
《正直に言うぞ。このままでは共倒れじゃ。苦渋を飲め、辛酸を舐めろ。
そうして生きてここから出ることで、カモちゃんの尊厳を守ってやれい》
「っっ……」
それは奇麗事だ。おためごかしだ。
そんなことはザドゥにも分かっている。
わかっているが、しかし。
ザドゥの芯に触れる奇麗事であり、おためごかしでもあった。
尊厳。
芹沢の心の中の、自分が最も大切にしているそれを、守る。
ぐらり、と。
ザドゥの芯が揺れる。
ここぞとばかりに彼の生存本能が、甘く囁いた。
―――生きてこそ。
部下を踏み台にし、組織を、トップを守ること。
それは闇の格闘暗殺者集団を束ねていたザドゥにとって至極当然な判断であり、
実際に何度も部下を使い捨てきている。
(今、芹沢を置き去りにすることもそれと同じことなのではないか?
それは決して恥じることではなく、寧ろ首魁としての責任の取り方ではないか?)
ザドゥの胸中で、芹沢を捨て置く事が、現実感を伴ってどんどん膨らんでゆく。
それを好機と目敏く捉えてか、生存本能の囁きに、彼の一億万の細胞が唱和した。
―――生きてこそ。
(チャームを…… 蘇らせねば)
彼が何故このような悪趣味なゲームを管理しているか。
それは愛妾を再びこの手に抱く為だ。
(その初志を貫徹することと、局所の一勝一敗に拘泥すること。
どちらが大事で、どちらが小事だ?)
ザドゥの煤に塗れた顔に表れているのは苦悶。
カオスは彼の隠し切れぬ葛藤を見つめ、結論づけた。
《これで決まりか、の》
芹沢を捨て置くを推し、それが採択されようとしているにも関わらず、
カオスの胸中も複雑だ。
安堵もしている。
落胆もしている。
結局、彼自身もかつての選択に釈然としない思いを抱いていたのだ。
理性でこの選択を支持しつつも、感情で違う選択を期待していたのだ。
考えても、悩んでも、決して答えの出ない問いに対して。
ザドゥが芹沢の顔を見つめる。脳裏にその存在を焼き付けるために。
思い返す。カモミール芹沢という女が、いかなる女であったかを。
短い付き合いではあったが、濃い付き合いでもあった。
弱さも強さも垣間見た。
情も交わした。
薬物に侵されてからの奇矯な振る舞いには辟易もしたし、
今、この様な生死の狭間に身を置いているのは彼女のせいに他ならない。
だが、こうして顔を改めて眺めると、不思議と憎しみは掻き消えてゆく。
言葉にして表すなら……
(戦友)
まさに、その一言に尽きる。
同じ主催者として、唯一同胞意識を抱ける存在だった。
鼻持ちならぬ椎名智機。
何を考えているのか分からぬ御陵透子。
野卑で愚鈍なケイブリス。
そして……
もう一人の名を脳裏に浮かべた途端、ザドゥの脳内に忌々しき嘲笑が響き渡った。
『へき、へけけけ』
憎々しき呪詛を伴って。
『大将も自己満でカモミールを殺さないよーに、気をつけるがとしか言えんきね』
(長谷川、均……)
「長谷川っ、均っっ!!!」
点った。
ザドゥの心の最奥にある、未だ点したことの無い蝋燭が。
映った。
ザドゥの両の瞳に、揺らめくことなく直ぐに立ち上る炎が。
(―――逃げるな、ザドゥ!)
ザドゥは心中で生存本能の胸倉を掴み上げ、本気の拳を鼻っ面にぶち込んだ。
一億万の細胞たちの足を払い、マウントポジションからタコ殴りにした。
(その初志を貫徹することと、局所の一勝一敗に拘泥すること。
どちらが大事で、どちらが小事だ?
そんなもの……どちらも大事に決まっているだろう!
俺の望む全ては、手に入れるべき全てだ。
取りこぼしなどあってたまるか!)
声に出して、叫ぶ。
彼は、全ての思いをワンセンテンスで過不足無く表現しきった。
「俺はザドゥだ!」
それで、生存本能も細胞たちも沈黙した。
ザドゥは起き上がりざまに芹沢を担ぎあげる。
《無茶をするでない!》
カオスの焦りは正しく、ザドゥは芹沢の重量に2、3歩よろめいた。
だが、ザドゥは転倒することなく耐え切った。
膝は震えている。
息は乱れている。
であるにも関わらず、頬には不敵な笑みすら浮かんでいた。
カオスはザドゥの横顔を見て大きく頷く。
《……ならば見せてくれよ、ザッちゃん。
儂が見ることの出来なんだもう一つの可能性のその先を、の》
「お前の思いなど知るか。黙って見ていろ」
ザドゥは、まだ意地を張る。
ただ、意地の為に意地を張る。
↓
254 :
代理投下:2010/03/06(土) 23:50:17 ID:Qb22PNfz0
840 名前:生きてこそ (情報 1/1) 投稿日: 2010/02/25(木) 22:30:45
【グループ:ザドゥ・芹沢】
【現在位置:G−3地点 東の森北東部】
【スタンス:森林火災からの自力脱出】
【主催者:ザドゥ】
【所持品:魔剣カオス、通信機】
【能力:我流の格闘術と気を操る】
【備考:右手火傷(中)、疲労(大)、ダメージ(小)、カオスの影響(大)】
【主催者:カモミール・芹沢】
【所持品:虎徹刀身(魔力発動で威力↑、ただし発動中は重量↑体力↓)
鉄扇、トカレフ】
【能力:左腕異形化(武器にもなる)、徐々に異形化進行中(能力上昇はない)、死光掌4HIT】
【備考:脱水症(中)、疲労(大)、腹部損傷、気絶中】
260 :
代理投下:2010/04/03(土) 23:30:09 ID:mcF6VUGlP
980 名前:夜に目覚める(1/12) ◆VnfocaQoW2 投稿日: 2010/04/03(土) 22:55:39
>>235 (ルートC:2日目 PM6:46 D−6 西の森外れ)
その姿に、走っている、といった必死さは無かった。
スキップにも似た軽やかさで以って、中距離走ほどの速度。
多少の不自然は感じなくも無いが、ありえぬ話ではない。
それが平地であるならば。
昼日中であるならば。
だが、ここは入り組んだ西の森の中。
光差さぬ闇の中。
これを加味して再考すれば、人の範疇にはありえぬ体捌きといえよう。
広場まひる。
それが、この絶技を見せるシルエットの名。
東へ。まひるは、ただ一人で駆けていた。
踏みしめる枯葉の鳴らす音は、限りなく軽い。
(気持ちいいな……)
風を切る感覚と木漏れる月明かりの青さに、まひるは身を浸す。
それで意識が散漫になったのだろう。
根腐れた倒木がすぐ足元に迫っていたことに気付くのが遅れてしまった。
「あ、危な……」
後一歩で衝突する。認識と同時に、まひるは跳んだ。
まひるとしての彼女が体験したことの無い反射速度で。
261 :
代理投下:2010/04/03(土) 23:31:02 ID:mcF6VUGlP
981 名前:夜に目覚める(2/12) ◆VnfocaQoW2 投稿日: 2010/04/03(土) 22:57:56
「……てっ!」
まひるは、結局転倒した。
倒木は軽く跳び越えたにも関わらず。
約3.5mの高さに生い茂る針葉樹の枝葉。
そこに頭頂を打ち、バランスを崩した為に。
「いやいやいやいや。跳び過ぎだってばさ、このカラダ!」
まひるは腫れた頭頂部を撫でさすりながら愚痴を零す。
だが、彼は知っている。
この程度の運動能力、ケモノとしてのポテンシャルには達していない。
だから、彼は探っている。
どの程度の運動能力までなら、人としての自分のまま引き出せるのか。
細胞が、ざわめく。
私たちをもっともっと使ってと。
その声に流されそうになる。
誘惑の蜜は甘い芳香を強く放っている。
それは、罠。
肉体が導くままに能力を解放すれば、まひるの精神はケモノに堕すだろう。
それをまひるは本能で知っていた。
人であると強く意識し続けること。
衝動に支配されぬこと。
まひるは己に任じた制約を強く胸に刻み、また駆けだした。
262 :
代理投下:2010/04/03(土) 23:47:59 ID:mcF6VUGlP
982 名前:夜に目覚める(3/12) ◆VnfocaQoW2 投稿日: 2010/04/03(土) 22:59:16
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
(2日目 PM6:40 D−6 西の森外れ・小屋3周辺)
東の森の火災による熱波が、ここ西の森にも届いていた。
それを加味しても肌寒さを感じるらしい。
小屋の壁面に背を預けている4人は、湯気の立つマグカップを啜っていた。
魔窟堂野武彦。
広場まひる。
ユリーシャ。
高町恭也。
今、小屋の中は交渉と猥褻行為を同時進行させるという混沌の坩堝と化している。
その邪魔をされたくないのだと、月夜御名紗霧は彼らを小屋から追い出していた。
「聞こえる?」
「だめじゃのぅ……」
額を寄せ、小声で溜息を重ねたのは魔窟堂とまひる。
盗聴器代わりに小屋内部に置いてきた集音マイクの一つ。
その音声が拾えないことが判明し2人は落胆したのだ。
263 :
代理投下:2010/04/03(土) 23:51:36 ID:mcF6VUGlP
983 名前:夜に目覚める(4/12) ◆VnfocaQoW2 投稿日: 2010/04/03(土) 22:59:57
彼らは与り知らぬことだが、理由はレプリカ智機P−3のジャミング機能による。
目的は盗聴阻止。
但し、魔窟堂たちのマイクを阻害する意図は無かった。
オリジナル智機が管制室の代行機たちにP−3を補足されぬよう施した細工が、
意図せぬ副作用を与える結果になったに過ぎぬ。
しかし、彼らにとってこのとばっちりは大きかった。
紗霧と智機の会談を拾いながら自分たちなりに考察を為す。
彼らのプランが木っ端微塵に砕け散ったのだから。
魔窟堂とまひるは落胆を引きずりつつも、額を寄せて意見交換を始める。
「でも、仲間を殺せなんて提案おかしくないかな?」
「奴らも一枚岩ではないということかの」
「裏だよ。絶対裏があるよ」
「まあ、何かしらの事情はあるじゃろて。
問題はその事情があの椎名智機の個体によるものか、
他にもいるじゃろう多くの智機たち全体の意志によるものか……」
「そうかなあ? あたしは仲間割れなんてしてないと思うけどなぁ。
何かあいつらが困っちゃうことが起きたから、
それを誤魔化すために適当言ってるとか、どうでしょ?」
「例えば?」
「実はあいつらの基地が東の森にあって、それが今燃えちゃってるとか」
「あるいはアイン殿や双葉殿に攻め込まれたやもしれぬな」
予測、推論は幾らでも重ねることが出来るが、結論が出る気配は皆無。
会議は踊る、されど進まず。
情報量少なき、整理も論理も曖昧な2人の考察は井戸端会議に等しい。
264 :
代理投下:2010/04/04(日) 00:00:18 ID:RFuYzzelP
984 名前:夜に目覚める(5/12) ◆VnfocaQoW2 投稿日: 2010/04/03(土) 23:00:44
対する、沈黙を保つ2人の胸中はどうか。
(ランス様……)
ユリーシャの胸は張り裂けそうだった。
ランスが自分ひとりの愛情と肉体では満足しない男であることは宣言されているし、
実際にアリスメンディと関係を持ったらしきことも理解している。
しかし、だからといって。頭では理解していても。
実際にランスの性行為を目の当たりにした衝撃は、筆舌に尽くし難い物があった。
聞くと見るとでは、重みが違うのだ。
増してやランスが行為に没頭する余り、ユリーシャが小屋から出る際に一言も、
一瞥すら与えなかったことも、また。
相当に、堪えた。
「……んぁっ……」
思い煩うユリーシャの耳に、唐突に届いた。
追い討ちをかけるかの如き、智機の抑え切れぬ快楽の喘ぎが。
壁一枚隔てた向こう側から。
(ランス様の指はまだあの機械の胸で踊っているの……?
それとももう、ほかのもっと敏感なところまで旅している……?)
一度は胸の奥に沈めたヘドロの如き薄ら汚れた感情。
ユリーシャの沈む心が再びそのヘドロを攪拌しつつあった。
嫉妬。焦燥。
そして、その果てにある……
265 :
代理投下:2010/04/04(日) 00:05:10 ID:mcF6VUGlP
985 名前:夜に目覚める(6/12) ◆VnfocaQoW2 投稿日: 2010/04/03(土) 23:01:03
もう一人、高町恭也は、味方について考察していた。
(なぜ、月夜御名さんは俺たちを外に出したのか?)
智機は得物を持っていないようではあった。
しかし、たとえ素手であろうとも鋼鉄の肉体や高圧の蓄電などの危険はある。
性的な悪戯に夢中になっているランスのみでは護衛として心許ないはずだ。
それでもあえて、自分たちを屋外に出した。
外を見張れという意図もあろう。
だが、それならば自分一人を見張りに立たせればよいはずだ。
ユリーシャやまひるに気を遣ったということも考えられるが、こと紗霧に関しては、
人の心の機微を理解した上で踏みにじる傾向が見受けられる。
故に、それも理由としては不十分だ。
(なぜ、月夜御名さんは通信機を作らせているのか?)
重ねる問いに、恭也は解答の手ごたえを感ずる。
夕刻の魔窟堂の単独行時、紗霧を始めとする数人は落ち着かない心持ちだった。
包囲作戦の布石は打てたのか。
アインや双葉と接触したのか。
イレギュラーは発生していないか。
通信機とはその折の魔窟堂に同じく、遠くの誰かが収集した情報を、
素早く入手することを欲した故の発想ではなかったか。
であれば―――
266 :
代理投下:2010/04/04(日) 00:16:49 ID:RFuYzzelP
986 名前: 夜に目覚める(7/12) ◆VnfocaQoW2 投稿日: 2010/04/03(土) 23:01:29
「俺たちは俺たちで、出来ることから始めましょう」
恭也がようやく沈黙を破った。
魔窟堂とまひるは言葉を切り、恭也を見つめる。
恭也の瞳は不動だった。
力強く頼りがいのある、年齢不相応の大人の目をしていた。
「できること、とは?」
魔窟堂の問いに、恭也は答える。
「会談の後に月夜御名さんが必要とする情報が素早く提供できるよう、
下準備をしておくことです」
「つまりは偵察かの」
「然り。大河は両岸から見よといいます。
あの機械がもたらす情報を、真偽を確かめずに飛びつくわけにはいかない。
月夜御名さんであればそう考えるはずです」
もたらされた情報の信憑性を確かめる。
もたらされぬ情報の隠匿を発見する。
紗霧がこの交渉から何を引き出し、何を思いついたとしても、
その折に最速で要求に対応できる体制を作っておく。
それが自分たちに打てる最善手であろうとの答えに、恭也は達したのだ。
「魔窟堂さん。通信機は?」
「メカ娘の残骸から摘出したインカムは、ほぼ手を加えんでも使える状態じゃ。
あとは集音マイクが拾った音を、如何にインカムに伝えるか……
その帯域調整くらいじゃな」
「では魔窟堂さんを出すわけにはいきませんね。俺が、行きます」
267 :
代理投下:2010/04/04(日) 00:24:56 ID:RFuYzzelP
987 名前: 夜に目覚める(8/12) ◆VnfocaQoW2 投稿日: 2010/04/03(土) 23:01:45
通信機を作成する。
それはハム通や鉱石ラジオに精通するオタクの古強者・魔窟堂にしか出来ぬこと。
「俺がインカムを持って東の森周辺を調べてきます。
魔窟堂さんはその間、そちらの調整をお願いします」
恭也が腰を上げ、尻を払う。
その恭也の逞しい腕に飛びつくように、まひるが立ち上がった。
「あ、あのさっ!
あのさ、あたしが行くっていうのは、どうかな?」
まひるの言葉尻は上がり調子の疑問形だったが、その意志は強いらしい。
愛らしい頬が赤く染まっているのは興奮と決意の表れだった。
「まあ、たしかにまひる殿が最も適してはおるか……」
魔窟堂の言葉はまひるの異形に由来する。
ケモノに戻るを拒絶し、その進行を己の意思で止めているまひるではあるが、
既に変容した一部機能については、無かったことにはならなかったのだ。
蠢く左手の爪がある。
片翼がある。
そして今ひとつの異形―――アメジストの如き白紫光を放つ瞳がある。
夜に生き、夜に目覚める五芒星の、妖精の瞳が。
光を必要としない瞳が。
客観的に見ても、夜間の偵察に最も適した人材といえる。
だがしかし。
268 :
代理投下:2010/04/04(日) 00:27:06 ID:RFuYzzelP
988 名前: 夜に目覚める(9/12) ◆VnfocaQoW2 投稿日: 2010/04/03(土) 23:02:10
「―――良いのですか?」
恭也が声を一段落とし、まひるの意志を問うた。
今まで恭也がまひるに対して見せたことのない、厳しい眼差しで。
魔窟堂も無言で頷き、恭也に同調する。
まひるは主催者に立ち向かうことに対して消極的だ。
自分たちに比して一歩引いた位置に立っている。
恭也も魔窟堂も、そのことを察している。
故に、恭也は問い質した。
その覚悟を。
まひるは、まっすぐに答えた。
その覚悟を。
「だいじょぶ!」
まひるは己の消極性を、恭也たちに対する負い目に感じていた。
(戦いたくない―――)
主催を打倒する。
之を旨とする集団の中にあって、この思いは我儘なことだとまひるは思っていた。
覚悟を持たぬ自分が、果たしてこの前向きに戦おうとしている集団に所属していても
良いものかどうか、煩悶していた。
(恭也さんも魔窟堂さんも一生懸命がんばってるんだもん、
あたしだって、できること、しないと)
269 :
代理投下:2010/04/04(日) 00:34:43 ID:RFuYzzelP
989 名前: 夜に目覚める(10/12) ◆VnfocaQoW2 投稿日: 2010/04/03(土) 23:02:32
慣れぬ家事の真似事をし、紗霧のひみつ道具の作成を手伝ったりもした。
時折緊迫する空気を和らげる為に明るく振舞ったりもした。
彼は彼なりに貢献を果たしている。
それでも、己の足りぬ思いを払拭するには至らなかった。
その燻る思いを、重い借りを返上する機が、訪れたのだ。
そして何より。
(戦わなくてもいい)
走り回り、情報を集め、それを伝える。
この任務はまひるが最も忌避する行為なしに皆の役に立てる任務でもあった。
万一、何者かの攻撃を受けることがあろうとも、逃げ切れぬ相手などいない。
まひるは、無意識下に己の力量をそのように分析もしていた。
恭也の瞳はまひるの瞳を射抜いている。
まひるの瞳は恭也の瞳を受け止めている。
否、受け入れている。
恐れも迷いも無い、母性的な包容力すら感じさせる瞳で。
それに、恭也は膝を折った。
「ではまひるさん、頼みます」
恭也の折り目正しき辞儀に、まひるははにかみの笑みで以って応えた。
「でへへぇ…… 来ちゃいましたか?あたしの時代?」
270 :
代理投下:2010/04/04(日) 00:50:42 ID:RFuYzzelP
990 名前: 夜に目覚める(11/12) ◆VnfocaQoW2 投稿日: 2010/04/03(土) 23:03:09
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
それで―――まひるは走っている。
『あーあー、どうじゃなまひる殿。わしの声は届いておるかな?』
「だいじょぶです」
『そちらの音声も、ま、ノイズは酷いが聞こえてはおる』
通信機が完成したのだろう。
インカムから、雑音交じりの魔窟堂の声が聞こえてきた。
『広場さん、今、どのあたりです?』
「森を出たとこです」
『もうですか!?』
恭也の驚愕がイヤホン越しに伝わった。
まひるはいつも顰め面の彼の素の表情を垣間見たようで、少し嬉しく感じる。
『辺りの様子は?』
「東の森はやっぱり燃えてる。すんごい燃えっぷりで」
通信をしながらも東進していたまひるは、ついに東の森の端に達した。
そして感じた。
静寂の夜を侵し、奔放に踊る不躾な炎。
圧倒的な、恐ろしいほどの、熱量。
271 :
代理投下:2010/04/04(日) 00:53:27 ID:RFuYzzelP
991 名前: 夜に目覚める(12/12)(情報 1/2) ◆VnfocaQoW2 投稿日: 2010/04/03(土) 23:03:44
「それと……なんだろ、地震でもないんだけど、地面が小刻みに振動してるような……
……なんですとー!?」
『どうしました広場さん!』
さらに―――
「地面の振動はショベルカーで……
そんでもって椎名ロボがてんこ盛りで、火消し作業してます。
繰り返します。
椎名ロボ、てんこ盛り」
↓
(ルートC)
【グループ:紗霧・ランス・まひる・恭也・ユリーシャ・野武彦】
【スタンス:主催者打倒、アイテム・仲間集め、包囲作戦】
【備考:全員、首輪解除済み】
【現在位置:東の森 南西部 重点鎮火ポイント付近】
272 :
代理投下:2010/04/04(日) 01:14:40 ID:RFuYzzelP
992 名前: 夜に目覚める(情報 2/2) ◆VnfocaQoW2 投稿日: 2010/04/03(土) 23:04:09
【広場まひる(元38)】
【スタンス:偵察、ついでに身体能力の調整】
【所持品:せんべい袋、救急セット、竹篭、スコップ(大)、簡易通信機(New)】
※軽量化を考慮し、アイテムの一部を仲間に渡しています。
【現在位置:西の小屋外】
【ユリ―シャ(元01)】
【所持品:生活用品、香辛料、使い捨てカメラ、メイド服(←まひる)、
?服×2(←まひる)、干し肉(←まひる)、斧(←まひる)】
【高町恭也(元08)】
【所持品:小太刀、鋼糸、アイスピック、銃(50口径・残4)、保存食、
釘セット】
【魔窟堂野武彦(元12)】
【所持品:軍用オイルライター、銃(45口径・残7×2+2)、
白チョーク数本、スコップ(小)、鍵×4、謎のペン×7、
ヘッドフォンステレオ、まじかるピュアソング、
簡易通信機(New)、携帯用バズーカ:残弾1(←まひる)、工具】
>>220 (Cルート・2日目 PM18:53 D−3地点 運営基地・茶室)
イエスと返答しておきながらいつまでも茶室を訪れないオペレータN−27に
業を煮やしたオリジナル智機は再コールを飛ばし続けた。
連絡員の到着予定時間3分過ぎ。
ようやく繋がった回線の向こうで、オペレータは悪びれる素振りも見せずこう返答した。
『連絡員殿への情報提供任務は、滞りなく完了したよ』
オリジナル智機は不必要な怒気を込めて、通信先のオペレータに問い直す。
「どういうことだ」
『No。先方のご都合なのだよ。
資料をまとめてそちらに向かおうと思った矢先に連絡員どのが到着されてね、
その場での資料提出を求められたのだよ。
なんでも先方にとって我々がオリジナルか否かについては些細な問題で、
早急に任務を完了することの方が重要なのだとの仰せでね。
それで、仕方なく代行が資料を提出したわけさ。
ま、君の論理思考システムに同条件を投入し演算してもらえれば、
我々の判断に間違いはなかったことをわかってもらえるだろうがね』
そんなことはとうに行っていた。
論理は破綻していないという結果も出ていた。
故に、怒りがこみ上げる。
しかし、その怒りは持続しない。
セルフモニタシステムが情動波形の乱れを察知すれば、オートメンテ機能が
即座に立ち上がり、トランキライズ処理が実行される構成故に。
度を過ぎた不安定な感情など、オートマンには不要なのだ。
『それはさておき、不思議な話もあるものだね、オリジナル。
共有情報野に連絡員の存在と訪問時間は記載されていたけれど、
我々の指揮権放棄のスイッチのことが記載されていなかったなんてね!
くくっ……
君は一体どんな状況を想定してこんなものを用意していたのかな?』
オペレータの声は笑っている。
しかし、笑っていない。
オリジナルに対する明らかな悪意が感じられる。
智機は推論する。
あらゆるリミッターから解除されることで解放される智機の真の力。
そのことを、連絡員から聞いたのやも知れぬ、と。
しかしその焦りをおくびにも出さず、悪意に気付かぬ体を装って、智機は通信を継続する。
「とにかく、だ。
連絡員殿に対して粗相が無ければそれでいい。
資料を揃えてここまで持ってくるというタスクはリストから削除しておいてくれ。
代わりに君に、そのスイッチを持って来て貰いたい」
返答は、もちろん否だった。
『No。それは出来ないね。スイッチを持っているのは代行なのだから』
「ふむ。ならばN−22を出してもらおうか」
『重ねてNo。というか、代行殿はこちらにいないのだよ。
連絡員殿を出入口までお送りに出かけているからね。
だが、この件に関しては予測を立てていた代行より伝言を預かっている。
お聞きになりますかな?』
「……Yes」
『ではお伝えしよう。オリジナル殿にとっては不本意な伝言を。
―――No。スイッチは遺憾ながらお譲りできない。
―――なぜならば、これは連絡員殿が私に直接お渡しになったものだからだ。
―――私がオリジナルではなくレプリカだと知った上で、私にね。
―――スポンサー方のこの意向に反するわけには行かないだろう?
―――故に私はこのスイッチの保持を優先レベル5の重要度と位置づけ、
―――誰にも渡さず、死守することを自己設定したのだ。
―――ADMN権限を持つ私はオリジナル殿と同等の権限を持つからね。
―――貴機の命令に服する義務は無い。分かっていただけたかな?
以上だよ』
理論的にも機能的にも、この拒絶を否定できる材料はない。
沈黙する智機へオペレータは皮肉を浴びせかける。
『それに、安心してくれ給え。
我々レプリカは、偉大なるオリジナル様から独立しようなどとは
露とも思っていないのだから。
代行が保持している限り、スイッチが押されることなど決して無いさ!』
その言葉に智機は確信した。
やはり分機たちは、隠された真の力のことを知ったのだ。
『連絡員殿は暫くこの島を巡って、独自の情報収集活動を行うようだよ?
もしどうしてもこのスイッチを手に入れたければ、
彼女を探して、その許可を貰ってきてくれ給えよ。
オリジナル殿がその【自己保存】の欲求を押さえつけて、
戦いと火災が渦巻くゲーム会場に身を投じる度胸があればの話だがね!
くっくっく……』
支援
もともと智機は大仰な態度と物言いを好む性質を持っている。
だがオペレータの言葉には、それだけでは説明しきれぬ負の感情が浮き彫りとなっていた。
鬱屈した感情を噴出させたような嘲りが感じられた。
ルサンチマンだ。
スイッチの譲渡に端を発した本機とN型機の個体差異の発覚。
そのことへの嫉妬が、オペレータを不必要な挑発へと駆り立てているのだ。
連絡員は言ったという。
本機か分機かの違いなど些細なことであると。
だが、当人たちにとってみれば、その些細な違いが絶対の違いなのだ。
「おやおや、我が身を心配してくれるとは光栄だね!
だが安心したまえ。
君が思うとおり、私の【自己保存】欲求は強固だからね、
すでに連絡員殿を追う選択肢はキューから削除されてしまったよ!」
ははは、と乾いた笑いを零しながらそれだけを告げると、智機は自ら通信を切った。
明らかに強がりだ。
間違いなく負け犬の遠吠えだ。
買いかぶって見たとしても、不利を悟っての一時撤退だ。
(そういう印象は、与えられたな)
俯く智機は笑んでいた。
決して自棄になったわけではない。
オペレータの最後の言葉に活路を見出した故、彼女は声も無く笑むのだ。
オペレータは言った。
オリジナル自らが戦場に出なければ、連絡員は捕まらぬと。
その言葉は即ち。
智機にクラックされたレプリカの存在に気付いていないことを意味する。
智機は網膜に起動されるは仮想モニタ。
映し出されるは分機のクラッキング情報。
指揮下の分機は現在5機。
うち1機は西の小屋にて月夜御名紗霧との交渉に入っている。
うち1機はザドゥを探す途上で、学校から派遣された3機と合流を果たした。
うち3機は東の森の北西部で、しおり捕獲任務の為に待機潜伏している。
(しおりの捕獲は森の鎮火が進まなければ実行できない。
Yes。ならばこの機体を連絡員の捜索に充てるとしようか)
智機は幾重にも偽装をかけた通信波長を暗号化し、
しおり捕獲機のうち2機のタスクを連絡員捜索タスクに上書きする。
一方―――
「いいじゃねーか、イケてるじゃねーか、抹茶!」
智機が静かに逆転の野心に燃えるその隣で、
ケイブリスは和の心に触れていた。
↓
(Cルート)
【主催者:椎名智機】
【現在位置:本拠地・ケイブリスの部屋(茶室)】
【所持品:素敵医師から回収した薬物。その他?】
【スタンス:願いの成就優先。
@ザドゥ達と他参加者への対処(分機P-3に注目)
Aしおりの確保
Bケイブリスと情報交換
C連絡員と交渉し、端末解除スイッチ+αを入手する許可を得る】
【主催者:ケイブリス(刺客4)】
【スタンス:ザドゥ戦まで待機、反逆者の始末・ランス優先
智機と情報交換、智機と同盟】
【所持品:なし】
【能力:魔法(威力弱)、触手など】
【備考:左右真中の腕骨折(補強具装着済み) 鎧(修復)】
【現在位置:本拠地・ケイブリスの部屋(茶室)】
【レプリカ智機・オペレータ(N−27)】
【現在位置:C−4 本拠地・管制室】
【スタンス:火災対策タスクのオペレーティング】
【所持品:内蔵型スタン・ナックル】
※分機解放スイッチは代行(N−22)が入手しました。
>>220 (Cルート・2日目 PM18:55 D−3地点 運営基地・廊下)
連絡員は、居住まいに一本筋の通った、金髪碧眼の女性だった。
連絡員は、光り輝く剣と清冽な青の盾を持ち、黄金色の鎧と兜で武装していた。
連絡員は、純白の羽毛豊かな羽根を持っているが、尻尾や嘴は無かった。
連絡員は、個体名を持っていなかった。
連絡員は、ルドラサウムの意志を破壊によって遂行する、直系の被造物。
エンジェルナイトの名で、認知される存在。
オリジナル智機とオペレータが通信にて皮肉の応酬をしている頃、
代行機はスポンサーたる神々が派遣したこの天使を出入口まで見送るところだった。
彼女は上目遣いで連絡員を見遣る。
苛立ちを表現したくなる衝動にキャンセルをかけながら。
(全く…… スポンサー殿も面倒をかけてくれる)
当初、代行とオペレータは連絡員の接待をオリジナルに任せる予定だったのだ。
火災鎮火タスクの指揮は現場監督に任じたとはいえ、後方支援業務は山積している。
出来ることならばそれに専念したい。
代行は、そう考えていた。
業務内容は多岐に渡っている。
情報収集、資料作成、情報伝達、それらに関わる副次的庶務。
だが、彼女たちのリソースを大部分を占拠していたのは、
タスクそのものの計画修正だった。
Dシリーズ3機、Nシリーズ20機。
当初代行は分機の最終被害予測をこのように想定していた。
しかしながら現実では、鎮火オペレーション・フェーズTの開始から
15分と待たず、6機もの同胞のロストが生じたのだ。
この想定外の損失速度は、鎮火タスクの設計を甘く見積もりすぎたが故に発生した。
そう分析した代行とオペレータは、計画をより現実的に見直す必要を採択した。
彼女たちは、気付かなかったのだ。
うち5機のロストはオリジナル智機による指揮権強奪と隠蔽工作に過ぎぬのだと。
代行の三白眼は再び連絡員へと向けられた。
(かといって、スポンサー殿の遣いを丁重に扱わぬわけにはゆかぬしな)
神々は気まぐれでゲームに介入し、事前通告無しにルールを改定する。
そんな負の実績を持つ連中の機嫌を損ね、さらなる混沌を招くことは、
【ゲーム進行の円滑化】を目指すうえであってはならないことだから。
速やかに対応し、速やかにお引取り願う。
代行はそのように対応し、連絡員もそのように応えた。
ルドラサウム由来の天使は、命令を遂行することに特化して作られている。
感情や本能などは、デザインの段階で削ぎ落とされている。
機械である智機たち以上に機械的。
故に連絡員としても、簡素な代行らの対応を不躾とは感じなかった。
その、無駄を極力排するはずの天使が、廊下の途中で足をピタリと止める。
「どうされました?」
代行機は天使の見遣る先、廊下の奥を注視する。
オリジナルかケイブリスが姿を現したか。
その様に予測した代行機であったが、果たして廊下には誰も存在しなかった。
「……」
天使は無言で剣を構えた。無人の廊下に向かって。
天使は無言で剣を振り下ろした。無人の廊下に向かって。
「……何をなさっておいでで?」
「情報収集です」
代行機の機械の目には捉えられなかった。
構えた剣の先に存在した、基地内をさまよう亡霊が。
代行機の機械の耳には捉えられなかった。
振り下ろした聖剣に切り裂かれた、亡霊の断末魔が。
代行機の機械の頭脳では理解できなかった。
腰に提げる壺の如き容器に亡霊の残滓を吸い込む―――
連絡員はそれを指して、情報収集と述べたことが。
その後、出入口の扉を開け放つまで、2人の間に会話は無かった。
「お気をつけて」
「仔細問題ありません」
天使は純白の羽をはためかせ、黒煙たなびくゲーム会場へと飛び去ってゆく。
↓
(Cルート)
【レプリカ智機・代行(N−22)】
【現在位置:C−4 本拠地・出入口 → 管制室】
【スタンス:管制管理の代行】
【所持品:内蔵型スタン・ナックル、分機解放スイッチ】
【連絡員:エンジェルナイト】
【現在位置:C−4 本拠地 → ?】
【スタンス:@ 死者の魂の回収
A 参加者には一切関わらない】
【所持品:聖剣、聖盾、防具一式】
※連絡員はゲーム外部の存在であり、主催者にはカウントされません
※本拠地で感知された「何者か」は、連絡員に捕獲されました
>>252 (Cルート:2日目 PM7:03 H−3地点 東の森北東部)
カオスを振ること40余回目。
切り裂いた大気の隙間から、ザドゥとカオスは確かに感じた。
秋の涼やかな風を。
開いた視野の遠くに、ザドゥとカオスは確かに見た。
森の果てを。
そして、椎名智機と思しきシルエットを。
《ザッちゃん!もう少しでゴールじゃぞ!》
カオスの思念波が興奮に震えた。
若干の上り勾配の先、距離にしておおよそ30メートル。
障害になるほどの木々は無い。
即ち、カオスを振り回す必要の喪失を意味する。
《ははっ、この男、やり遂げおった!!》
カオスの胸中が喜悦に満ちたとき、その刀身がザドゥの掌から滑り落ちた。
ザドゥも崩れ落ちた。背負われた芹沢も、また。
《立て、立つんじゃザッちゃん!》
カオスの魂の籠った激励に、ザドゥは辛うじて意識を繋いだ。
しかし、立ち上がることも返答を返すことも、今のザドゥには不可能だった。
体が融解し、地面に染み込むような感覚が、彼の五体を支配しているが故に。
《立てぬなら叫べ! 向こうの機械の嬢ちゃんに届くよう、
燃焼音も破裂音も劈いて叫べ!》
(死ねん…… このような死に様、あってはならぬ……)
動かぬザドゥは無表情のまま、有り余る無念を怒りに転嫁しようと、あがく。
怒りこそザドゥの原動力。命の源。
(恥辱に奥歯を噛み鳴らせ! 怒りに体を震わせろ!)
だが、ザドゥにはその程度の余力も残されてはいなかった。
ゴムマリのように弛緩した四肢に、既に感覚は失われていた。
あの狂人医師の忌々しき笑い声すら思い出せなくなっていた。
ザドゥは運命の囁きに対して聞き分けの良い性分ではない。
それでも、分かってしまう。分からざるを得ない。
最後に点った蝋燭が遂に燃え尽きてしまったのだと。
気力。体力。意地。潜在能力。
全てを惜しみなく出し切って、それでもなお届かなかったのだと。
限界とは突然訪れ、完璧な説得力を以って、胃の腑に落ち着くものなのだ。
(無念……)
ザドゥが噛み締めていたはずの無念が、すとん、と嚥下された。
その彼の耳に。
「ともきーーーーん!! ねーともきんってばーー!!
あたしたちはここだよーーー!!」
意識を失っていたはずの芹沢の叫び声が、至近距離から浴びせられた。
《そうじゃカモちゃん!こんどはおまえさんが役に立つ手番じゃ!》
「おーけーい! ……あ、ザッちゃんは耳ふさいでてねー!」
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
そうして芹沢が声を張り上げること、一分、二分。
結局、救いの主は現れなかった。
幽霊の正体見たり枯れ尾花。
或いは彼らが捕らえたシルエットは、希望が生じさせた幻影であったやも知れぬ。
芹沢は力なく溜息をつき、ザドゥに顔を寄せる。
ザドゥは虚ろな目で瞬きもせず、芹沢を見返した。
「だから捨ててけって言ったのになー。
女の子のお願い聞いてくれないなんてひどい男だなー。
ぶーぶー!」
拗ねるような甘えるような。
あからさまな構って欲しさを振りまいて、芹沢はザドゥにじゃれ付いた。
「ごめんなさいは?」
「……?」
「だから〜。あたしを捨てらんなくってごめんなさいは?」
「ふざけた…… 女だ……」
「な〜んてね♪ ホントは嬉しかったんだけどさ。
そんなにボロボロになるまであたしを助けようとしてくれてさぁ。
ねね、正直に言ってみ?
実はザッちゃんあたしのこと、愛しちゃってる?」
「寝言は…… 寝て…… 言え……」
そんなやり取りを、カオスは微笑ましく見ていた。
微笑ましくも心の涙を流しながら。
カオスは、見ていることしか出来なかった。
確定された死を前にして甘える女に、最後まで素直になれぬ男。
その最後の刻を覚えていてやろうと思った。
限界に挑み、限界を突破し、それでもなお限界に届かなかった挑戦者たちのことを。
だが、カモミール芹沢は、カオスのそんな傍観者気取りを許さなかった。
「さて、と」
胡坐をかくように座っていた彼女は、場を仕切りなおす為にそう呟くと、
カオスに手を伸ばし、柄を握ったのだ。
カオスが意外に思うほどの力強さで。
「よいしょ、よいしょ」
続けて芹沢は立ち上がる。
カオスを地面に突き立て、そこに体重を乗せ、背中を樹木に擦り付けながら。
生まれたての小鹿のように震える足で。
「動けるのか…… 芹沢……?」
「ザッちゃんがおんぶしてくれてた分、ちょっとは回復できたみたい。
ほんっっと〜に、ちょっとだけ、だけどね」
「ならばゆけ、芹沢…… 方角と距離は…… カオスに聞くといい……」
自己犠牲など唾棄すべき。
その不遜な思いは今以て変わらずザドゥの胸に存在する。
しかし、この時ザドゥの覚えた感情は、安堵だった。
『大将も自己満でカモミールを殺さないよーに、気をつけるがとしか言えんきね』
(芹沢が助かるならば、あいつにだけは負けずに済むわけか……)
ひび割れては接ぎを繰り返し、剥がれては貼りを繰り返し。
もはや見る影もない彼の矜持だが、芯鉄の輝きだけは失わずに終われる。
最後の一線は破られずに済む。
その安堵だった。
(到底満足はできないが、最低納得はできる死に様だ)
だが芹沢はそんなザドゥの自己完結をも許さなかった。
「あははー、無理。倒れた時に足、痛めたみたいだから」
「な……!」
芹沢は明るくあっけらかんと言い放ち、自らの左足首を指差した。
それは骨格の成り立ちからして、ありえない角度で外に大きく曲がっている。
ザドゥの膝の下、固い根こぶの上。
芹沢の右足首は転倒時に挟み込まれたのだ。
余談だが、彼女が気絶から覚醒したのもまた、その激痛に拠るものだった。
「無理なんだけど……
こうして木に背中を預ければ、立つことくらいならできるかな?」
だからどうした、と、ザドゥは責めなかった。
一度感じた安堵からの急転、絶望。
気力が底をついている今の彼にこのショックからの回復の術は無い。
故に芹沢の対話相手はカオスが担うことになった。
「それと、ザッちゃんを助けることまでくらいなら、どうにか。
最後はともきん任せの、ちょ〜っと博打なことになるけどね」
《何を企んでおるのじゃ、カモちゃん》
「またまたイくよ〜、必・殺・技っ!」
《……おまえさん、まだ薬が切れとらんのか?》
「ぷぅうう。カオっさんがイジワル言う〜。あたしだって一生懸命考えてるのにさ〜」
ザドゥの瞼は今まさに閉ざされようとしていた。
意識もまた朦朧。
芹沢とカオスの作戦会議が、聞きなれぬ異国語の子守唄の如く
その意味を解さず耳に入ってくるのみだ。
《……一発…… 関の……》
「だーいじょ……、……には定…………?」
《……じゃが…… …………るまいの》
「………ね…………」
やがて子守唄すら緩やかにフェードアウトしてゆき……
「!!」
その意識が落ちる前に再び覚醒した。
研ぎ澄まされた日本刀の切っ先の如き、見事に洗練された【気】の収斂が、
己に向けられたのを感じたが為に。
「おっきろー、ザッちゃんーっ!」
次いで発せられた芹沢の呼びかけで、ザドゥは完全に意識を取り戻した。
松の木を背に、伏したザドゥを正面に。
カモミール芹沢が立っていた。
構えていた。
「あたしが、橋を架けてあげるね♪」
カオスは、構えし芹沢の腕にしかと握られていた。
ザドゥが感じた気は、カオスに凝縮されていた。
淀みのない、真っ直ぐな気で満ち満ちていた。
《生きろよ、ザッちゃん》
ザドゥには分からなかった。
今、この状況でカモちゃん★すらっしゅを発し道を作ったところで、
立ち上がることすらままならぬ自分に何ができるのか。
「芹沢…… 技を放つ気力があるならば……
這え…… 歩けぬなら…… 這って森を抜けろ……」
ザドゥには分からなかった。
派手に花火をぶち上げて結局共倒れになるくらいなら、
どれほど絶望的でも可能性のある方法を採るべきだ。
「やー、これがねー。
自分の為にって思うとしおしおー、なんだけど。
ザッちゃんの為って思えば、むんむんってクる感じ?
だから、ね。
これしかないから、こうしよう!」
ザドゥは分かり始めた。
芹沢とはそういう女で、この言葉に偽りはない。
だが、だからこそ、響く言葉があるはずだ。
「叶えたい夢が…… あるのだろう……?
新選組…… 生存……
だから…… 俺などにかまうな…… 行け……」
ザドゥは知っていた。寝物語に聞いていた。
新選組の失われぬ明日。
それが彼女の渇望であることを。
「そりゃ〜ちょびっとだけ違うな、ザッちゃん」
ザドゥは恐れた。
芹沢の自分に対する想いと、続く言葉を。
さらなる己の敗北を。
「あたしの願いはね……」
カモミール芹沢。
彼女の宿願をより正確に述べるのであれば、
それは新選組の生存ではなく、
理想でも理念でも組織でも制度でもなく―――
「『お友達を』助けることなんだぁ♪」
沖田鈴音よりも気分屋で、
永倉新よりも身勝手で、
土方歳江よりも疎まれて、
近藤勇子よりも繊細で、
原田沙乃よりも素直ではなくて。
新選組の誰よりも仲間想い。
それが、新選組局長・カモミール、芹沢。
「俺は……!」
(お前のように純粋な思いでお前を救おうとしたわけではない!
ただ―――)
芹沢の構えは件のスラッシュに同じ。抜きも同じ。振りも同じ。
相違点は2つ。
松に体の支えを求めていること。
刃が寝ていること。
それゆえ衝撃派の顕れは断ち切る『線』ではなく……
「そりゃ〜〜っ! か〜もドラコ〜〜ンッ♪」
弾き飛ばす、『面』。
ばちこーーーーん☆ミ、とコミカルな効果音に乗って、
ゴルフボールが飛ばし屋のドライバーにグリーンの彼方へと弾き飛ばされるが如く、
ザドゥはカオスに森の外へ向けて吹き飛ばされた。
(ただ…… 己の矜持の為に、お前を手放せなかっただけなのだ……)
懺悔の言葉を、最後まで述べることの出来ぬままに。
「ちゃんと受身取ってね〜♪」
にぱっと。
芹沢は大輪のひまわりのような笑顔をザドゥに向けて、ピースサインを決める。
可愛らしい表情だった。
年齢や性別を超えた人懐っこさがあった。
現在置かれている境遇と、己が成し遂げた行為を理解していれば、
到底できない表情だった。
直後、衝撃波の揺り戻しか、彼女に吸い寄せられるかのように煙が群がった。
その一瞬に、芹沢の膝が崩れた。
もう見えない。
その勇姿も、あの笑顔も。
タイガージョーの気高さに敗北し、
アインの覚悟に敗北し、
素敵医師の予言に敗北したザドゥは―――
「せり……ざわ……」
そしてまた、芹沢の献身に敗北した。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
(2日目 PM7:09 H−3地点 東の森北東部・外れ)
「飛来物解析完了。99.78%の確率でザドゥ様だね」
学校待機のレプリカ智機。
本拠地との連絡が途絶えたのは、ザドゥ所持の通信機と同じく、
火災の熱と煙にて彼女らの通信回路のみが機能不全となったに過ぎず、
彼女らは、未だ忠実にザドゥ救出タスクを実行していた。
その数は3/4機。
失われた1機は救助前準備の「耐熱能力の実地検証」役を見事やり遂げた果てに、
有用なデータの多くを残して炎上している。
智機本機にザドゥらの地上への足止めを任ぜられた機体もまた、一群に合流していた。
他の3機はこの1機の通信回線を通じて、オリジナルの指揮下に組み込まれた。
自らに課されたタスクが現在、タスクリストから削除されていることを知らぬままに。
4機の智機はザドゥたちの移動経路をカタパルトの投下位置から予測し、推論し、
そして、今、ザドゥの落下を目視で確認できるほどの位置まで移動していた。
それは、ザドゥの命にとっての僥倖だった。
ザドゥの精神にとっての如何は、推して知るべし。
「落下ポイントは?」
「Yes。北に2m、東に1.5m。誤差±15cmと言ったところか」
「救助方法は?」
「No。火災に対する救助用具は若干用意したが、落下に対する用意は無いね」
「この体を張って受け止めるしかないということだね」
「……Yes」
↓
(Cルート)
【主催者:ザドゥ】
【現在位置:H−3地点 東の森北東部・外れ】
【所持品:通信機】
【能力:我流の格闘術と気を操る】
【備考:右手火傷(中)、疲労(大)、ダメージ(小)、意識朦朧】
※レプリカ智機×4により救助済み
※うち1機はザドゥの墜落衝撃の緩衝材役となり、半壊状態です
【主催者:カモミール・芹沢】
【現在位置:H−3地点 東の森北東部】
【所持品:魔剣カオス(←ザドゥ)、鉄扇、トカレフ
虎徹刀身(魔力発動で威力↑、ただし発動中は重量↑、体力↓)】
【能力:左腕異形化(武器にもなる)、徐々に異形化進行中(能力上昇はない)、死光掌4HIT】
【備考:瀕死】
>>308 (Cルート:2日目 PM7:08 H−3地点 東の森北東部)
「ねーねーカオっさん……
ザッちゃん無事に向こうへ行けたかなぁ……?
もう真っ暗であたし見えないや……」
喋ると口の中に土の味がする。
そこであたしは気付いた。
ああ、あたしって今、倒れてるんだ。
《おうおう、儂がこの目でしっかり見届けたぞい。
あやつは煙の壁を抜けよった!》
ずずっ、ずずっ、ってカオっさんは鼻でも啜ってるみたいな涙声を出す。
あははー、へんなのー。
カオっさんには鼻なんて無いのにねぇ。
そうそう。
カオっさんにもお世話になったよねぇ……
カオっさんがいなきゃかーもドラコンは撃てなかったし。
死んじゃう前にお礼だけは言っとかないと。
ん?
あ、そーだ。
いいこと思いついちゃった♪
「カオっさん、ありがとーねー。 おっぱいぎゅー!」
あたしはカオっさんを両手で抱いて、おっぱいの谷間に埋めてあげた。
女豹のポーズすら取れないあたしに出来るお礼って、このくらいだしー。
《カモちゃん……》
カオっさんはまだ涙声。
あれれ?
嬉しくないのかなー?
それともあたしが死んじゃうのが、そんなに悲しいのかなー?
ぶぅう。それって嬉しいけど、でも、なんかヤだー。
「ね。笑ってよカオっさん? 折角のお礼なんだもん、楽しんで欲しいな」
《……げへへへへ。(;´Д`)o彡゚ おっぱい…… おっぱい……》
剣士が剣を抱いて死ぬ、か。
ちょっと絵になる風景じゃない?
でもよかったー。
カオっさんが居てくれて。
ザッちゃんを脱出させる為に命を張ったのは後悔してないけど、
やっぱり一人って淋しいし、怖いし。
看取ってくれる人がいてくれるって、それだけで救われる。
だから大丈夫。
きっと笑ったまま逝ける。
でも……
「あの…… ひとつだけお願い、いいかな……?」
《おうなんじゃ? 今ならなんだってきいてやるぞ》
死んだ後のことなんて気にしても仕方ないのかも知れないけど。
きっと意味の無いお願いなんだけど。
「あたしがいたってこと…… 忘れないで…… ね……」
あのね、あたし、死ぬのはそんなに怖くないんだぁ。
やっぱり武士だし。
いっぱい殺したし。
そのうち自分の順番が来るっていうのは、ずっと覚悟してたし。
でも、あたし、淋しがりやだから。
怖がりだから。
あたしをお友達って思ってくれる誰かさんの心の中に、
ほんの少しでいい。
あたしの記憶を住まわして欲しいのね?
ぱつきんのばいんばいんを見たらあたしを思い出すとか、
先祖供養のついでにあたしにもなんまいだーしてくれるとか、
そんなんでじゅーぶんだから。
《そんなの、頼まれても忘れられんわ!
おまえさんほどのぱっつんぱっつんのむっちんむっちんはの!》
うれしーな。
カオっさんの心の中に、あたしがいるんだ。
うん、これでもう大丈夫。
あたしがこの世界から消えても、あたしはこの世界に残る。
出来ればザッちゃんの心にもちょっとは残ってて欲しいな……
なんて、未練未練。
カモちゃんさんはモノノフなんだから、潔く逝………
《カモちゃん?》
……かないと。
あれ? 今、何かがちょっと飛んだ?
なんか、あたまのなか
白くなってきた?
《 お モ ?》
と、いうより、
時間?
考え、途切れ
途切れに
なってきてる?
ああ、そろそろなのかなぁ。
もう、
終るのかなぁ……
じゃあ、
さいごのあいさつくらいは、
キチンと、
しておかないと……
……ね。
みんな
おや、
す……
……
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
「いやぁ、死ぬかと思っちゃった☆」
「Yes。死んだかと思ったよ」
「あ、りんご剥けた?」
「Yes」
目覚めたときは天国か地獄かって思ったけど。
実際は灯台の地下にある隠し部屋のベッドの上だったんだぁ。
えへへー。
「ねぇねぇ、すりおろしてくれると嬉しいなぁ」
「ねぇねぇではない、このバカ女が!」
ザッちゃんが本気で怒ってるー。
いいもんいいもーん。
どーせザッちゃんはあたしのことなんとも思ってないんだー。
なんで助かっちゃってんのコイツ、とか呆れてるんだー。
いじけてやるー。
「いじいじいじいじ……」
「いじけるな鬱陶しい。そんな演技をする余裕があるなら回復に専念しろ」
ザッちゃんはき捨てるようにそういうと、すぐにいびきをかき始めた。
やー、ほんとよかったよねー。
2人とも助かってさー。
ザッちゃんは包帯でぐるぐる。あたしも包帯でぐるぐる。
お注射いっぱい、お薬いっぱい。
とても無事とはいえない状況だけど、命を拾ったのはめっけもんだよね?
「Yes。死亡の危機は乗り切ったとはいえ、君は未だ重篤な状態だからね。
林檎を啜り次第、眠ることを推奨するよ」
橙色のともきんがあたしの腕に刺さっている点滴を取り替える。
ともきんたちが倒れてたあたしを救助に来たんだと、カオっさんが教えてくれた。
そのとき4機いたともきんのうち2機が、熱暴走して壊れちゃったって。
ごめんねー。
そんで、ありがとー♪
そーやってお礼を言ったらともきんは、私は私のタスクに従ったのみだとかなんとか、
らしいんだけどつまんない返事を返してきた。ぶぅう。
あ、そうそう。
お礼といえばトーコちんにもお礼を言わなきゃ。
あたしたちが入ったこの隠し部屋にたまたまトーコちんがいて、
素っちゃんの秘密のお部屋からお薬を持ってきてくれたおかげで、
あたしとザッちゃんは命を繋ぐことができたんだから。
「トーコち〜〜ん、助けてくれてありがとぉ〜♪」
「ん」
こっちはもっとつまんなかった。ぶう。
でも、なんかトーコちん、変わった気がする。
いつでもぼーっとしてて何考えてるかわかんない子だったけど、
今は何か悩んでるなってことがわかる程度には暗い表情をしてるし……
ま、いーや。
今は睡眠薬で頭が働いてないし。
難しいことは起きてから考えよーっと。
「それじゃあみんな、おやすみぃ……」
↓
(Cルート)
【グループ:ザドゥ・芹沢・透子】
【現在位置:J−5地点 隠し部屋1】
【スタンス:待機潜伏、回復専念】
【主催者:ザドゥ】
【所持品:通信機】
【能力:我流の格闘術と気を操る】
【備考:重態、右手火傷(中)、睡眠中】
【刺客:カモミール・芹沢】
【所持品:虎徹刀身(魔力発動で威力↑、ただし発動中は重量↑体力↓)
鉄扇、トカレフ、魔剣カオス】
【能力:左腕異形化(武器にもなる)、徐々に異形化進行中(能力上昇はない)】
【備考:重態、腹部損傷、睡眠中】
【監察官:御陵透子】
【現在位置:H−6・学校跡付近→T-5・灯台跡付近】
【スタンス:@ザドゥの回復を待ってプランナーと接触
A紳一ら一部参加者の記録検索を再開する】
【所持品:契約のロケット(破損)】
【能力:記録/記憶を読む、『世界の読み替え』(現状:自身の転移のみ)】
【備考:疲労(小)】
※ザドゥと芹沢は強力な睡眠薬を服用したため、12時間は目覚めません
※『読み替え』実験は完了した模様ですが、現状では成果不明です
※レプリカ智機2機のうち1機は、オリジナル智機にクラッキングされた機体です
>>327 (Cルート・2日目 PM8:45 G−7地点 学校・体育用具室)
校庭の南の隅に、重厚な南京錠にて施錠された簡素なプレハブがある。
中にあるのはボールの詰まった籠。饐えた臭いを発する跳び箱。ライン引き用の石灰。
おおよその学校が備えているであろう体育用具が収納されていた。
しかし、それ以外の多くもあった。
紫堂神楽が注入された素敵ブレンド麻酔&睡眠薬があった。
涼宮遙が嗅がされたマキシマム精神安定剤があった。
伊東遺作が飲まされた超精力オットピンZがあった。
カモミール芹沢に注がれた異形の覚醒剤があった。
つまり、只の用具室にしか見えぬ此処こそが、素敵医師の薬品小屋なのだ。
その、運動用具と薬品毒物が互いの主張を譲らぬまま乱雑に入り乱れているこの空間に、
ひとりの少女がいた。
彼女は整頓されぬ棚を危うい手つきで掻き分け、真っ当な薬品を探している。
己の上役と同僚の治療に、少しでも寄与するために。
(……あった)
ようやく見つけた解熱用の座薬を前に、少女の表情は晴れぬ。
長い睫毛を伏せた憂い顔の少女、御陵透子。
沈黙は彼女の常態ではある。
しかし眉根に寄る皺が、常の彼女から逸脱していた。
(でも……)
(助けたところで……)
彼女の苦悩は、主催者としての資格を剥奪されたとの思いから生まれていた。
それは即ち、彼女の幾百万年の願いが叶わぬを意味しているが故に。
最初に違和感を抱いたのは、記憶/記録の検索範囲が狭められたこと。
違和感が疑念となったのは、【世界の読み替え】能力が制限された為。
疑念が確信となったのは、本拠地への瞬間移動が出来なくなった為。
しばし前。ザドゥと芹沢が峠を越え、眠りについた頃。
本拠地との通信機能の生きている方のレプリカ智機が、その機能の異常を訴えた。
通信不能。
これを受けた透子は此方の現状の報告と其方の現状の確認を行うべく、
瞬間移動を試みたのだが―――
「……?」
願いが【止められている】などという生ぬるい制限ではなかった。
本拠地へ向かおうと考えることすら拒絶されるかのような感覚。
重々しく、息苦しい、重圧。
透子は額に脂汗を浮かべ、乱れた息でレプリカ智機に告げた。
「本拠地に行けない……」
それでレプリカの1機は本拠地に向かい、
もう1機のレプリカは、学校に備え付けられている通信機を試しに向かい。
透子はザドゥと芹沢の看護を、一手に引き受けることとなったのだ。
《―――おかえりトーコちん。 解熱剤は見つかったかの?》
唐突にカオスの声ならぬ声が掛けられて、透子は自分が瞬間移動したことに気付く。
彼女が立っていたのは、ザドゥと芹沢の眠る灯台の地下室だった。
透子が時間と距離を無視して移動しているのか、世界の方が透子を軸に移動しているのか。
それは透子自信にも分からぬ。誰にも解き明かせぬ。
それでも、気付けば。いつの間にか【世界の読み替え】は発動している。
「ん」
透子は最低限の意思表示にてカオスの問いに答えつつ、緩々とベッドへと歩み寄る。
淡々とザドゥと芹沢の下半身から下着を脱がし、肛門に座薬を投与してゆく。
《うぎゃー! 野郎のそんなばっちいモン見せんでくれい!》
《うはうは、やっぱりぱつきんは下のヘアーもぱつきんじゃったな!》
ベッドの脇に立てかけられている魔剣カオスが下品な寸評を挟んできたが、
透子はこれを完全に無視して、2人に下着を刷かせる。
眠る2人の外見は等しく痛々しかったが、彼ら表情は対照的だった。
芹沢は嬉しげな表情をしている。ザドゥは苦しげな表情をしている。
しかし透子はその差異を意識しない。
ただ、ザドゥが眠りに落ちる前の短い一幕を反芻していた。
彼女は彼に問うたのだ。
鯨神と連絡を取ることは出来ないのかと。
自分が願いを叶える資格を失ってはいないのかと。
ザドゥは2つの問いにただ一言で答えた。
「知るか」
ザドゥは透子を睨めつけ、吐き捨てるように。
そのシンプルで残酷な返答を口にしたのだった―――
(だから、ここは……)
(……流刑場)
二つの状況証拠から、透子はついに結論付けた。
付けざるを得なかった。
この砕けた灯台にいる透子たちが敗者で、あの強固な拠点にいる智機たちが勝者なのだと。
透子は思う。
だとすれば、智機のやり方が正しかったのか。
ゲームに介入し、殺し合わせるのではなく、直接殺す。
それだけであの鯨神が満足するのであれば。
ただ、血を見れば喜ぶというのであれば。
監察官の役割などに徹さずに―――
(考えてもしょうがない)
透子は後悔を放棄する。
案じても詮無いことは、どこまで案じても詮無い。
覆水は決して盆に返らぬ。
それを覆す【世界の読み替え】が成らぬ今、思い煩うことに建設的な意味は無い。
無駄なのだ。
駄目なのだ。
透子の眉根から苦悩の皺が消えてゆく。
透子の瞳から憂いが抜け落ちてゆく。
後に残ったのは透明感を伴った無表情。
「もう……」
「いい」
透子は呟きと共に全てを諦めた。
大きな変化ではない。
監察官に就任するまでの透子に戻ったに過ぎぬ。
もともと、諦めと惰性で生きてきただけだ。
この島での透子が、特殊な透子だったのだ。
鯨神の見せた奇跡に、何百万年ぶりかの期待を持ってしまった透子。
既に忘れて悠久の希望を抱いてしまった透子。
我を忘れていた透子。
その透子から期待と希望が無残に剥ぎ取られたならば。
(この感じ……)
それは透子にとって馴染んだ感覚だった。
彼女が内包する消失願望が表面化してきたのだ。
その願望が完全に前面に出たのなら、透子は、音もなく消滅する。
彼女が今までそこにいた、という履歴を伴って。
透子は、初めからいなかったことになる。
(ほどける)
透子が存在する信憑性が薄れてゆく。
全と個の境界が曖昧になる。
あとは、この世から消えるのみだ。
いつかのどこかで、また現れるまで。
透子は目を閉じ眠るように、その瞬間を待つ。
だが、透子は消えなかった。
御陵透子の個を保ったまま、部屋の中に人として在り続けていた。
(通らない……?)
喪失願望が、止められたのだ。
常夜灯の薄橙色の光を鈍く反射させる、ひび割れたロケットに。
そして、透子は知った。
自己の消失すらも、【世界の読み替え】が行っていたのだと。
(じゃあ、これはもういらない)
透子は、契約のロケットをあっけなく放り投げた。
既に望みが叶えられぬ身に堕とされたのだ。
先に契約を破棄したのは鯨神の方だ。
守られぬ約束の印など、後生大事に抱える義理など無い。
(こんどこそ……)
しかして数分後。
契約のロケットは飾りでしかなく、制限は無制限に効果を発揮しているのだと、
透子は思い知る事となった。
透子は放心する。
考えることを自ら止める。
涙など出ない。
何百万年も昔に枯れ果てたから。
(探そう、彼の記録を)
(ずっと探そう)
(いつまでも探そう……)
あらゆる希望を失った透子に出来ることは、
何百万年も繰り返してきたことを、また繰り返すだけだ。
消えたところで、また蘇る。
蘇っても、やることは変わらぬ。
であれば。
消えようとも消えまいとも、なんら変わることはないのだから。
透子は死んだ魚の如き虚ろな目で、緩慢に周囲を見回す。
屍鬼の如き不確かな足取りで、部屋の出口へと向かう。
そんな人ならざる生命体・透子の背に、生き物ならざる剣が、声をかけた。
《トーコちん、どこへ行くんかの?》
魔剣カオス。
その暗紫色の刀身が、透子の瞳孔にゆらめいた。
《暇潰しなら儂をお供にどうですか?》
軽口を叩くカオスに、透子は答えない。
しかしその目線は、確かに魔剣を捉えていた。
しかしその目線には、らしからぬ熱が籠っていた。
(刃……)
透子は禍々しい刃先を意識し、唾液を嚥下する。
幾百の人間の、幾千の魔物の命を両断してきた凶器を、見つめる。
(あれで……?)
何度も何度も、透子は消失してきた。
繰り返すが、その願望が顕在化さえすれば、彼女は自動的に消滅する。
翻って、死にたい、消えたいと願っても存在を続けているこの状況。
それは彼女にとって在り得ざる状況であり、
彼女はその先の選択肢を見つけることが出来ないでいたのだが。
今、透子の眼前に。
新たなる選択肢が、実体を伴って存在していた。
(あれで、死ねる)
彼女は気付いたのだ。
自分は、能動的に死を選ぶことが出来るのだと。
カオスを手に取り、この身を刺し貫く。
ただそれだけのことで、自分を失うことができるのだと。
透子は甘い蜜を見つけた蛾の如く、ゆらゆらと、カオスに近づく。
《おお、話がわかる嬢ちゃんじゃの!》
透子の脳裏を、再び能力制限が掠める。
自己消失は【世界の読み替え】が行っていた。
だとすれば、消失からの再臨もまた同じだろう。
この刃で己を貫けば、命は永遠に失われるだろう。
(なんて―――)
(しあわせ)
永遠の輪廻のくびきから解き放たれる。果てぬ苦しみから解放される。
それは透子が常に願っていたことだった。
むしろ彼女の消失願望は、この思いを根本としていた。
透子は遂にカオスを手に取った。
それは透子にとっては重すぎたので、片手で持ち上げることは出来なかった。
両手で、腰を入れて、ようやく持ち上げることが出来た。
《いいのう♪ 女の子らしい非力さが、何かこう、いいのう♪》
透子の彫像の如く整った顔に喜悦が満ちる。
透子の白磁の如き真白な頬に紅が差す。
今まで透子が見せたことの無い表情が、ぬめりと浮かびあがっていた。
透子はその表情のまま、カオスの刀身を自らの喉元に近づける。
《お、おいィ!? 何の真似じゃそれは!?
儂をそんな風に使わんでくれ!!》
カオスが己の使用用途を理解し、焦りの念波を発する。
透子は無視。
泥土の如き燐光を放つ刃紋が、白魚の如き透子の喉へと益々近づけられる。
あと5秒と待たず、刃は透子の命を奪うだろう。
その5秒が、経過しなかった。
透子が動きを止めた故に。
透子の記録/記憶の検索用感覚器官が、闖入者の記録を捉えた故に。
《扉や壁を抜けられるという点だけは、この体も便利なものだ》
その記録の主は、透子にとって覚えがあるものだった。
少し前まで、履歴を追いかけていた男の記録だった。
(紳一……)
かつての勝沼財閥総帥。
かつての聖エクセレント女学園バスジャック事件主犯。
勝沼紳一の怨霊が、この部屋に侵入していた。
《む? 女がいるな!》
紳一が照準を自分に合わせたことを透子は知った。
タナトス。
死を求める、破壊の本能。
その誘惑に囚われていた透子の脳髄に冷や水が浴びせかけられた。
《清楚そうな少女ではないか。こんどこそ当たりであってくれよ!》
紳一が自分へと近づいてきていることを透子は知った。
エロス。
生を謳歌する、性の本能。
それを既に死した紳一が体現し、欲望の矛先を透子に向けている。
透子の呆けていた瞳の焦点が合った。周囲を見回す。
緩慢な動きではない。
彼女にとって最大限の俊敏な動きで。
とても厄介。
透子は夕刻、紳一の在り方をそう評した。
彼女はリアルタイムで紳一の現在位置を把握できないが故に。
それを知るのは紳一の情報を拾った上で、その内容を読み解いて後となる。
(わたしはどの時点の記録を読んでいる?)
(10秒前?)
(それとも1分前?)
透子は紳一が自分に気付いたときの彼の視界の記録を精査する。
紳一の目には、透子の後ろ姿が映っていた。
カオスに向かってふらふらと歩いているところだった。
(あの記録は20秒ほど前のもの)
(じゃあ、今、紳一は)
(どこに……?)
透子は真剣に。
それこそ惰性で検索していた【彼】の記録を探すよりも熱心に、
紳一を探している。
《新品だっっっっっ!!!!!!》
透子はより近い位置で発せられた紳一の記録を見つけた。
その記録での透子はカオスを喉に当てていた。
その記録での紳一は透子の股間に顔を突っ込んでいた。
下着を凝視していた。
匂いを嗅いでいた。
戦慄が震えを伴って透子の正中線を駆け抜ける。
それは彼女にとってたまらなく不快な映像だった。
(ぅうっ……)
処女を犯す。
その一念で亡霊と化した紳一の執念を透子はくだらないと断じた。
しかし。
その対象として自分が俎上に上るのであれば、こんな不快なことはなかった。
失われた【彼】に数百万年もの長い年月、操を立てている透子にとって、
それだけはあってはならない事だった。
亡霊である紳一は、生者に触れることは出来ないが、
同じ霊体であれば触れることが出来る。
衣装小屋での彼とクレアとの接触が、その事実を裏付けている。
故に。
このまま透子が自決し、果てたとすれば。
放浪の末、やっと見つけた処女の存在に狂喜乱舞している紳一が
彼女を思うさま陵辱することは、日を見るより明らかだ。
(……死ねない)
(紳一が存在している限り)
そう決意してしまえば、今の紳一はそれほど恐れるものではない。
死にさえしなければ、紳一は己と接触できない。
纏わり付かれるのは不快だが、そこは辛抱もできよう。
透子はそのように楽観する。
(見つけないと)
(幽霊を倒す方法を)
故に、透子の思考はその先へと向かって行く。
それが、大いなる先走りであることに気付くこと無く。
《おあつらえ向きに男が眠ってるじゃないか!》
気付けるはずは無い。
透子は紳一の記録の検索を漁港手前で中断していたのだから。
彼がそこで得た【気付き】を知らないのだから。
《憑依だ! この男の体で少女を犯してやる!》
紳一が憑依できる条件はただ一つ。
憑依対象が意識を失っていること。
彼の目線の先には眠るザドゥ。
条件は満たされていた。
「ひょうい……!?」
予想外の展開に、透子はうろたえる。
うろたえつつもその記録の発生時間を探ろうと意識した。
意識する必要は無かった。
素敵医師の強烈な睡眠剤の効果で半日は目覚めぬはずのザドゥ。
そのザドゥの瞼がゆっくりと開かれたのだから。
(逃げっ)
透子は反射的に瞬間移動による逃走を選択した。
選択したかった。
(……られない!?)
選択できなかった。
透子は思い知る。
ロケットは、只の飾りなどではなかったのだと。
世界の読み替えが引き起こす現象は、使い手・透子を以ってしても制御不能だ。
それを曲がりなりにも制御し、「どこそこへ行きたい」という思いを、
瞬間移動という具体的手段に変換していたのは、あの装飾品の力に他ならなかったのだ。
(ロケットを……)
透子が這い蹲り、一度は捨てたロケットを探す。
足を使っての逃走も脳裏を掠めはした。
しかし、いまや彼女は一介の少女に過ぎぬ。
その体力、筋力はユリーシャにも劣ろう。
強健なザドゥと鬼ごっこを行えば、結果は明々白々だ。
(ない…… ない……)
僅かに常夜灯のみが点る地下室で、小さなロケットを見つけることは容易ではない。
探し主の心が焦燥と恐怖に支配されていればなおさらだ。
(ない!ない!)
タイムリミットは無慈悲に訪れた。
ザドゥの笑い声が響いた。
ザドゥがザドゥの声で、ザドゥのものではない喜びを表していた。
「ははっ! やはり俺は憑依できるぞ!」
透子が枯れた筈の涙を浮かべながら顔を上げたその先で。
ザドゥの上半身が緩慢に起きあがる。
↓
(Cルート)
【グループ:ザドゥ・芹沢・透子】
【現在位置:J−5地点 隠し部屋1】
【スタンス:待機潜伏、回復専念】
【監察官:御陵透子】
【スタンス:@指輪を探して逃走する
A紳一を滅する。その為の手段を模索する
B自殺する】
【所持品:魔剣カオス(←カモミール芹沢)】
【能力:記録/記憶を読む】
【備考:疲労(小)】
【主催者:ザドゥ(勝沼紳一)】
【所持品:なし】
【スタンス:透子を犯す】
【備考:重態、右手火傷(中)、憑依中、本人意識なし】
※透子は契約のロケット無しに瞬間移動できないことが判明しました
※契約のロケットは、J−5地点 隠し部屋1のどこかに転がっています
〜紗霧〜
(ルートC:2日目 16:50 D−6 西の森外れ・小屋3)
いらだちをポーカーフェイスでくるりと包み、
心で舌打ちを乱打しているのは月夜御名紗霧。
彼女は交渉とボディチェックを同時進行させるという
己の提案を心底後悔していた。
(ああっ、ホントに、全く、もうっ!)
相手に飲まれずに交渉を進める為に、ランスを投入して場を乱す。
己の思考力を回復するのではなく、相手の思考力を低下させる。
紗霧の意図ではあった。
確かに効果は上がっている。
しかしその効果は、ランスの暴走と智機の自制心の無さによって、
もはや紗霧の手の届かぬところまで上がってしまっていた。
―――言ってみろ
(だらしないです。だらしなさ過ぎです、椎名智機!
貴女ロボットでしょうが!
それとも実はダッチワイフですか?
要らぬ科学を無駄に詰め込んだ非モテ男の夢と希望の結晶か何かですか!?)
油断ならぬ交渉人であるはず目の前の人型機械は、
今や雌達磨と成り下がっている。
四肢が、脱落したのだ。
ランスの愛撫より生まれたあまりの快楽によって。
「じっ…… じゆ、ううっ♪ はぁはぁ、じっ、ゆぅぅうっ!
をおおっ、あっ! あっあっあーーー、与え、てっ、てぇぇ……
ひぃふう、ひいふぅ…… 欲しい、欲しいのぉぉぉぉっ!!」
自由を与えて欲しい。
言葉の体を為さぬ智機の言葉は、このような意図を伝えようとしていた。
紗霧はビクンビクンと震える彼女に三度聞き返し、ようやくそのことを理解する。
交渉の開始から十余分。万事がこの調子だ。
因みに紗霧が智機より得た情報は、下記六項目のみである。
1.椎名智機とは主催者ではない。主催者の備品である
2.備品ではあるが、意思を持っている
3.備品ゆえに、主催者に牙を向かぬよう、制御がかかっている
4.東の森の火災に主催者たちが巻き込まれたため、指揮系統が混乱している
5.自分は、その混乱に乗じて上手く指揮の輪と監視の目から逃れることが出来た
6.主催者の殲滅による3の制御からの脱却が、智機たちの望みである
それらは智機たちの立場説明に過ぎぬ。
紗霧はまだ一片の情報すら渡していない。
交渉は、まだ始まってもいないのだ。
「がはははは! どうだ智機ちゃん、俺様のゴールドフィンガーは?」
智機の背後にぴたりと張り付くランスが、
胸を揉む手を止めぬまま、智機に問うた。
言葉こそ智機に掛けられているものだったが、
目線はテーブルのこちらの紗霧に向いていた。
(まったく、この男ときたら……)
ランスは、見せ付けているのだ。
なんの意図があってそのようなことをしているのか紗霧には分からぬし、
どうせ下品な意図だろうから分かりたいとも思わないが、
彼は確かに含むものを持っているのだと、紗霧は確信している。
―――言ってみろ
それが紗霧の苛立ちを加速させる。
もう紗霧はポーカーフェイスを崩している。
舌打ちも音に出している。
自慢げな笑い声を響かせているランスも。
ド下品なアヘ顔を晒す智機も。
それを傍観している自分も。
紗霧は、何もかもにうんざりし、苛立っていた。
それでも紗霧は、苛立つ自分に流されなかった。
感情と思考を別の流れとして制御したいた。
この光景の何にそれほど苛つくのか。
並々ならぬ苛立ちの根源を探るべく、紗霧は思案を巡らせる。
―――言ってみろ
それに、ブレーキがかかった。
それ以上追求してはダメだと。
その方向に視線を向けてはダメだと。
思考の流れが、何かに止められた。
「智機ちゃんはカワイイな!」
「戯言を…… 私が可愛いはずなんて、ない……」
「そうでもないぞ? 俺様、素直に感じる子は大好きだからな!」
「ウソ…… だっ!」
ゴトリ。テーブルの下で何かが落下音を立てた。
と、同時に紗霧の鼻を突いたのは濃厚な雌の匂い。
それが智機の顔を不快げに歪ませた。
―――言ってみろ
「ランス、いつまで乳揉みをしているつもりですか?
もう十分堪能したでしょうに」
苛立を隠し切れぬ紗霧が、怒りの形相でランスにボディチェックの終了を促す。
もう、何度も紗霧はランスに同じ内容を訴えている。
言葉で、態度で、目線で。
ランスはそれを全て却下している。無視している。
しかし。
「うむ、紗霧ちゃんの言うとおりだ。
智機ちゃんのおっぱい周辺には危ないものがなかったからな」
ここに来てランスはようやく紗霧の言葉を受け入れた。
苛立ちがほんの一瞬だけ緩和され、胸を撫で下ろした紗霧だが、
続くランスの行動に、油断した己を恥じずにはいられなかった。
ランスは、テーブルの下にいそいそと潜り込んだのだ。
「ではそろそろ本命の隠し場所をチェックしよう!」
「No!! 下着はダメだ!!」
ランスは紗霧の言葉を、自分の都合の良いように勝手に解釈したらしい。
乳のチェックが終れば股間のチェック。
要らぬ所で知恵が回ることだと、紗霧の偏頭痛は益々深まってゆく。
「おやぁ? 何故ぱんつを隠すんだ智機ちゃん?
まさか本当にアソコに凶器を隠しちゃいないだろうなぁ?」
ランスとて、この対談の重要性は理解しているはずだ。
己が担うべき役割、紗霧が期待している働きも理解しているはずだ。
であるにもかかわらず、この無軌道ぶりは、何であるのか?
余りにもフリーダム。
余りにもガキ大将。
紗霧は思い知った。
ランスを制御できるなど、思い上がっていたのだと思い知った。
実際、平時のランスの手綱は取れていた。
だが、この暴れ馬は一旦野に放ってしまおうものなら、
己の気の済むまで走りきらぬ限り、或いは足でも折らぬ限り、
決して足を止めることはないのだと、紗霧は痛恨の痛手として反省した。
そんな紗霧の落胆を知ってか知らずか。
いや、知っているに決まっているランスは、
またしても紗霧の神経を逆撫でる。
「パンツ遊び☆リターンズ」
「はぁ、パンツ遊び……」
テーブルの下からランスの底抜けに愉快な声が響き渡り、
紗霧はその内容の余りの阿呆らしさに深い溜息を漏らす。
紗霧は心底呆れた。
しかし、緊張した。
おかしなことだった。
呆れと緊張は、普通は並列しない。
紗霧はその違和感を意識する。
―――言ってみろ
意識しない。
意識してはならない。
意識は逸らさねばならない。
「わははは、それそれ、ぐいぐい」
「はぁうっっ…… きゅん、っ……
私の負けだ。もうどうにでもするがいい……」
智機がついに陥落した。
その解放と諦観の入り混じった投げやりな言葉の響きに、
紗霧の中の何かが、記憶と、繋がった。
―――言ってみろ、お前は何だ?
鍵が差し込まれた。扉が開かれた。
その向こうから、記憶が雪崩れの如く押し寄せた。
そうなってはもう、意志の力で押さえ込めるものではなかった。
押さえ込まれて、押さえ込まれて、反発力を高めきったそれは、
フラッシュバックとなり、紗霧を追体験の淵に追い込んだ。
―――遺作お兄さんの精液を処理するための便所です
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
79度―――
伊頭遺作は79度もの数、精を紗霧に放った。
時間にして16時間ほど前、竜神社でのことだ。
休憩は無い。
陰茎を膣から抜くことすらしなかった。
処女として。いや、たとえ遊び慣れた女にとってしても、
それは条理を越えた、恐ろしい拷問であろう。
紗霧はその苦痛と恐怖に耐え切った。
肉体の感覚に引きずられぬ鋼の意志。
遺作の言動と表情を読んだ上での演技。
生まれと育ちから来る雌伏の精神。
それらが奇跡的にかみ合った結果、
紗霧は五時間もの連続強姦を経て尚、
紗霧であることを保ちきったのだ。
だがそれは、正気のまま理解していることを意味している。
全ての陵辱と苦痛が記憶として残っている。
狂気にも快楽にも逃げるを良しとしない精神の強さが、
なお一層、紗霧の体験を鮮烈なものとしてしまっている。
狭い社の暗い天井を覚えている。
障子越しの月光を覚えている。
冷たい隙間風を覚えている。
秋の虫の音を覚えている。
魚臭い息を覚えている。
濁った目を覚えている。
乾いた唇を覚えている。
汚い無精髭を覚えている。
舌が皮膚を這いずる感覚を覚えている。
乱暴な指の動きを覚えている。
もっと乱暴な腰の動きを覚えている。
精液の生ぬるさを覚えている。
演技で何を口にしたのか覚えている。
本気でどう感じたのか覚えている。
演技と本気の境界を失った瞬間を覚えている。
思考を停止した契機を覚えている。
―――言ってみろ、お前は何だ?
―――遺作お兄さんの精液を処理するための便所です
全部、覚えている。
忘れたいのに、覚えている。
トラウマ―――
その陳腐な響きと巷で簡単に使われている事実を、紗霧は嫌う。
だから彼女は遺作との五時間がそれであることは決して認めぬし、
己を成長させる為の良い経験であったなどと嘯くことであろう。
それでも。拭いがたい屈辱の忘れ得ぬ悪夢として。
紗霧の体と心に遺作が刻み込まれていること。
性行為に嫌悪感を持ってしまったこと。
それは、紛れも無い事実である。
369 :
代理投下:2010/07/17(土) 19:31:09 ID:1tMnCnjr0
40 :戦慄のパンツバトル!〜紗霧〜(10/11) ◆VnfocaQoW2:2010/07/10(土) 19:13:27
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
時間にして十秒も無い。
その十秒で紗霧の様相は劇的に変化した。
顔面は蒼白。体温は低下。
にも関わらず、心拍数は異常に高い。
視界は暗く歪み、平衡感覚も心許ない。
真夏の犬のそれの如く、呼吸は荒い。
(いけない―――
この弱い自分を、私は知らない。
この心の作用を、私は抑えられない)
心とは、思考によって制御すべきものだ。
月夜御名紗霧は、そう考え、そう実践してきた。
だから、あの事から能動的に目を逸らした。
だから、あの事を選択して意識の隅に追いやった。
思い返すと心乱れる思い出など、思い出さなければよいだけだ。
それで、克服できた気になっていた。
月夜御名紗霧は。
己の心の働きと、体に与える影響を甘く捉えていた。
己の良識と乙女心を、軽く見積もっていた。
思い出さずとも蘇ってしまう記憶があるなど、知らなかった。
370 :
代理投下:2010/07/17(土) 19:33:29 ID:1tMnCnjr0
41 :戦慄のパンツバトル!〜紗霧〜(11/11) ◆VnfocaQoW2:2010/07/10(土) 19:14:10
「よし。じゃあ好きにしよう」
「だっ、だから好きにしろと……」
紗霧の目の前で行われている乱痴気は、
不快を通り越し、嫌悪を飛び越えて、
もはや恐怖の域まで達してしまっている。
ランスの指が怖い。
ランスの舌が怖い。
智機のわななきが怖い。
智機の喘ぎが怖い。
この匂いが怖い。
この熱気が怖い。
この空間の全てが、怖い。
「だから好きにしているのだ。
俺様が今イチバンやりたいことは、おまたイジイジだからな!
いーんぐりもーーんぐりーーー」
「はきゅぅぅん♪」
紗霧は黙して席を立ち、小屋の外へと小走りで向かう。
こみ上げる吐き気を堪えながら。
ランスと智機から、紗霧に制止の声が掛けられることは無かった。
二人にとって紗霧は、もはや意識の外の住人であった故に。
↓
371 :
代理投下:2010/07/17(土) 19:35:48 ID:1tMnCnjr0
42 :戦慄のパンツバトル!〜紗霧〜(情報1/1) ◆VnfocaQoW2:2010/07/10(土) 19:14:38
(Cルート)
【現在位置:西の小屋内 → 西の小屋外】
【月夜御名紗霧(元36)】
【スタンス:反抗者を増やし主催者へぶつける、計画の完遂、モノの確保、
状況次第でステルスマーダー化も視野に
@自分を取り戻す
A智機との交渉を再開する】
【所持品:スペツナズナイフ、金属バット、レーザーガン、ボウガン、
スコップ(小)、メス1本、指輪型爆弾×2、小麦粉、
文房具とノート、白チョーク1箱、謎のペン×8、
薬品数種類、医療器具(メス・ピンセット)、対人レーダー、解除装置】
がんば
〜P−3〜
>>235 (ルートC:2日目 18:50 D−6 西の森外れ・小屋3)
紗霧との交渉とランスのセクハラとを同時進行させる。
意外な申し出ではあった。
しかし、このような苦し紛れの提案が紗霧から為されたこと自体、
交渉が智機主導となっている証左である。
P−3はそう判断した。
この有利を継続する為には、下らぬと言って提案を却下するより
無頓着に受諾して、相手に余裕を見せた方が効果が高い。
P−3はそう予測した。
P−3は即座にインスタントメッセージ機能(IM)を起動。
判断と予測を、本拠地の茶室に潜む智機に送信。
データは滞りなく到着した。
10秒―――返答無し。
20秒―――返答無し。
30秒―――返答無し。
しかしP−3は動揺しない。返答無き可能性は十分に承知していたが為に。
本機は本機で為すべきタスクの多くがある。
しかも管制室の各種端末からの支援が受けられぬ状況であるならば、
二人三脚の如く、全てを相談して意思決定することは不可能。
判断の多くは、自ら下さねばならない。
故にP−3は返答した。
本機の返答を待たずして。
諾、と。
―――で、現実である。
「じっ…… じゆ、ううっ♪ はぁはぁ、じっ、ゆぅぅうっ!
をおおっ、あっ! あっあっあーーー、与え、てっ、てぇぇ……
ひぃふう、ひいふぅ…… 欲しい、欲しいのぉぉぉぉっ!!」
達磨となったP−3の姿が、そこにあった。
四肢パーツがそれぞれ肘、膝から脱落している。
排熱効率を上げて熱暴走を防ぐ観点から言えば、
原始的ではあるものの効率的な手段であった。
これ即ち。
P−3は熱暴走の際まで追い込まれていたのだ。
ランスの執拗なまでのボディチェック――― 愛撫によって。
P−3は知らなかった。
オートマンの肉体が、これほどまでに快楽に弱いことを。
P−3は知らなかった。
鬼作を篭絡した筐体には、皮膚感覚を遮断する特殊なソフトウェアが
インストールされていたことを。
「がはははは! どうだ智機ちゃん、俺様のゴールドフィンガーは?」
ランスの得意げな問いかけに、しかしP−3は答えない。
強がりも冷笑もしない。できない。
P−3に唯一できることは、こみ上げる快楽をひたすら耐えることのみである。
上気した頬、乱れる吐息、切なげな眉根、わななく肢体。
端からから見れば既に堕ちきっているとしか思えぬ様相を呈してはいる。
それでもP−3は見えないところで耐えている。
例えば、性感に埋め尽くされんとするメインメモリに対し、
手動にて3%の未使用領域を確保しつづけている。
例えば、音声発生ユニットへのリモートコントロールアプリケーションを
起動状態のまま保っている。
例えば、リフレッシュレートの間隙を突いては、IMにて
オリジナル智機へメッセージを飛ばしている。
この3%と2つのアプリのみを、彼女は全ての機能を擲って死守している。
なぜか?
それは、彼女が己自身の脳と舌による交渉を諦めた故。
それは、オリジナル智機に遠隔交渉させる以外に方法が見出せなかった故。
「智機ちゃんはカワイイな!」
ドクン、と。
P−3の情動波形が大きく波打った。
それは快楽に流されて昂ぶっている波形とは様相を異にする、
突発的で分析不能な乱れであった。
「戯言を…… 私が可愛いはずなんて、ない……」
P−3は反射的に否定の言葉を呟いた。
そこには計算も奸智も働いていない。
(かわいい……?
何故、私の情動発生器がこのたった四文字にここまで揺れる?
分析したい…… 己の未知なる情動と、その根拠を……)
「そうでもないぞ? 俺様、素直に感じる子は大好きだからな!」
ランスは更に睦言を紡ぐ。
P−3は更に否定する。
「ウソ…… だっ!」
P−3の短い悲鳴と共に、音を立てて剥離されたのは
亡霊紳一が貞操帯と称した下腹部の保護パーツ。
―――可愛い。
―――大好き。
この二言が産んだP−3の動揺は凄まじく、また瞬間的な負荷も甚大であった。
保護パーツの剥離は、こうした負荷から来る熱暴走を未然に防ぐ為に、
ソフト側ではなくハード側が起こした直接対策であり緊急避難であった。
(No…… もうダメだ、もう耐えられない。
健全で冷静な思考が発生させられない……)
P−3の祈りが通じたのか。
救いの手は敵であるはずの月夜御名紗霧から差し伸べられた。
「ランス、いつまで乳揉みをしているつもりですか?
もう十分堪能したでしょうに」
「うむ、紗霧ちゃんの言うとおりだ。
智機ちゃんのおっぱい周辺には危ないものがなかったからな」
ランスが言葉とともに、P−3のバストから手を離した。
圧倒的な開放感が、P−3の胸中を満たしてゆく。
(これでようやくこの地獄の責め苦から解放されるのか……)
HDDの回転が緩やかになってゆく。
メモリの不正占拠が解放されてゆく。
P−3はようやく、一息がつけた。
しかし、二息目をつく暇は与えられなかった。
「ではそろそろ本命の隠し場所をチェックしよう!」
ランスの声はテーブルの下から。
より正確には押し開かれたP−3の両腿の間から。
ランスの目線と伸ばされた人差し指の意味が瞬時に理解され、
解放の余韻に浸っていたP−3の頭に冷水が浴びせかけられた。
「No!! 下着はダメだ!!」
「おやぁ? 何故ぱんつを隠すんだ智機ちゃん?
まさか本当にアソコに凶器を隠しちゃいないだろうなぁ?」
閉じるべき膝が無く。遮るべき腕も無く。
P−3ができる拒絶の意思表明は、
いやいやと体を捻ることのみであった。
それは逆に、扇情を煽る仕草であった。
ランスはそこでニヒルにふっと微笑み。
下着に触れんとしていた指で自身の髪をかきあげ。
カッコイイポーズを取って、言った。
「パンツ遊び☆リターンズ」
P−3は耳を疑った。
キメポーズで。
斜に構えて。
タメてまで。
そんな阿呆なこと言うはずがないのだと。
「はぁ、パンツ遊び……」
P−3は、紗霧がついた深い溜息で、
やはり自分の空耳などでは無かったのだと確信し、
ランスという男の底知れぬ底の浅さを、実感した。
「わははは、それそれ、ぐいぐい」
P−3はランスに下着を摘まれ、細く絞られたそれを押し付けられた。
濡れたショーツの生地が己の最大限に膨らんだ肉芽に擦れた衝撃は凄まじく、
自らのコンデンサが蓄える高圧電流よりもなお激しく鋭い刺激が、
P−3の脳髄に鮮烈に焼き付けられた。
「はぁうっっ…… きゅん、っ……」
P−3にはできなかった。
この感覚を、意味のある言葉で表現することも。
沈黙で以って耐えることも。
ランスは引き絞り押し付けたショーツを、小刻みに左右に震わせている。
どろんと緩やかで濃厚な細波が、着実にP−3を追い詰めてゆく。
(No! 理解不能な!
理解不能な感覚が、私を究竟まで押し上げようと……っ!)
理解不能といいつつも、P−3は理解していた。
これが、この先にあるのが、エクスタシーであると。
(ああっ…… 私の陰核…… 肉芽…… クリトリス、は、遂に……)
四肢に痙攣の予感が走る。
視界が点滅しだす。
体中のチューブ式筋繊維が解放のための緊張状態に突入する。
そこで……
(……女ちんこ、イかない???)
テンションが、上がり止った。
刺激が、感じられなくなった。
自然と喰いしばっていた歯を緩め、眉根に寄せた皺を解きながら、
P−3はランスの顔を視界に納める。
ランスは笑っていた。
いい笑顔で笑っていた。
それはとても意地悪な笑みであった。
サディズム溢れる笑みであった。
その笑みに、P−3は悟る。
ランスは自分の絶頂をコントロールしているのだと。
人如きに制御をいいようにされている。
それも、プログラムを弄られるのでも、コマンドを打ち込まれるのでもなく、
ありふれた営みの手管如きによって、である。
本来のレプリカ智機に、それが許せるはずが無かった。
オートマンは、人より優れている。
そのプライドが、甘受させぬはずであった。
であるにも関わらず、P−3は憤らぬ。
いいようにされてなお、求めている。
疼いている。
絶頂を間際にして到達できなかった体が。
火照っている。
未だ燃え盛る官能の炎が。
(お豆ちゃん、ヒクヒクッ!!)
この男に、して欲しいのだ。
最後まで、して欲しいのだ。
その欲求を伝達しないことなど、不可能なのだ。
「私の負けだ。もうどうにでもするがいい……」
投げやりな口調のその裏で、P−3は期待に打ち震える。
あの感覚の先を知ることが出来る、その予感が胸に広がってゆく。
(No。きっと、それだけで留まらないだろう。
一度発情した男は、射精をしたがるものだと聞き及ぶ。
だとすれば私は…… 私は……
機械の身でありながらセックスの悦びを知ることが出来るのか!?)
P−3は続く展開に益々身を熱くする。
与えられる全ての快楽を余すところ無く貪る気力に満ちている。
だというのに。
ランスという男は。
「よし。じゃあ好きにしよう」
動かないのである。
P−3の想いを裏切って、待機しているのである。
P−3の羞恥を、情欲を、観察しているのである。
「だっ、だから好きにしろと……」
快楽をエサに、掌の上で転がされている。
P−3にはそれが分かっている。
分かったとてなお、情欲は止まなかった。
とにかく、欲しかった。
この男の与えるものが欲しかった。
どうねだればこの男がしてくれるのか知りたかった。
そのためなら、どんなことでも喜んでしようと思った。
そこに。いまさら。
あれほど待っても来なかった本機からのIMである。
================================================================================
T−00:初期の任務から状況は変わった。作戦を変更する
================================================================================
P−3の胸中で悶え狂っていた赤黒い獣が、少しだけ鎮まった。
その、ほんの少しの余裕の中で、P−3は気付いた。
性的欲求が最優先タスクに居座り続けていたことに。
(おかしなものだ……
これほどまでに激した感情を抱いてなお、
それが制限されぬとは……)
そう。
度を越した強い感情はオートマンには不要。
その設計思想を体現する情動トランキライズ機能。
今のP−3のような強い性欲は、この機能が強制的に中和し、
制御可能な領域にまで波形を減ずるはずである。
それが、働いていない。
それゆえに、流された。
(……No。 今すべきは原因の追求ではない。
IMの返信と、オリジナルとの連携だね)
本機からのIMによって冷静さを取り戻しつつあるP−3は、
まずは現状の報告から手短に打鍵する。
================================================================================
P−03:度重なる皮膚感覚に動作不良を起こしている
P−03:対処法などあればご教示いzさd
================================================================================
(頂きた……くぅぅっ!?)
P−3のタイプが乱れたのは、ランスが再び蠢きだしたためである。
ただ蠢いたのではない。
舌である。
ランスは、ついにその舌を解禁したのである。
「だから好きにしているのだ。
俺様が今イチバンやりたいことは、おまたイジイジだからな!
いーんぐりもーーんぐりーーー」
P−3が一時的の事としても冷静さを取り戻せたのは、
ランスが責めの手を休めていたからに過ぎない。
その責めが以前よりも巧みに卑猥になったならば。
「はきゅぅぅん♪」
P−3はもう、翻弄されるしかないのである。
陥落するしかないのである。
(私っ…… イキたいっっっ!!)
本機からの至上命令も忘れ。
オートマンのプライドも置き去りにして。
P−3の意識とメモリの全てが、快楽に染まった。
↓
(Cルート)
【現在位置:西の小屋内】
【レプリカ智機(P−3)】
【スタンス:快楽を貪る】
【所持品:?】
【備考:快楽により制御不能】
〜ランス〜
(ルートC:2日目 18:50 D−6 西の森外れ・小屋3)
ランスには、判っていた。
最初に智機の乳首を探り当てたときから、確信していた。
(むふふ…… このロボ娘ちゃん、淫乱の素質があるぞ!)
そんな智機を開花させたいと、ランスは燃えた。
本気になったこの男の絶技は、口で言うだけのことはあった。
撫でた。
揉んだ。
擽った。
掴んだ。
転がした。
摘んだ。
押し込んだ。
引っ張った。
怒涛の如く責めたと思いきや、細波の如く繊細に慰める。
変幻自在。千変万化。
「じっ…… じゆ、ううっ♪ はぁはぁ、じっ、ゆぅぅうっ!
をおおっ、あっ! あっあっあーーー、与え、てっ、てぇぇ……
ひぃふう、ひいふぅ…… 欲しい、欲しいのぉぉぉぉっ!!」
しかも恐ろしいことに。
ランスはまだ胸しか愛撫していないのだ。
指でしか愛撫していないのだ。
しかも恐ろしいことに。
ランスはまだ胸しか愛撫していないのだ。
指でしか愛撫していないのだ。
「がはははは! どうだ智機ちゃん、俺様のゴールドフィンガーは?」
ランスが伸ばした手は智機の白衣と制服をたくし上げ、
直に彼女の胸へと伸びている。
P−3はランスの問いに答えを返しはしなかった。
しかし、体温が、表情が、吐息が、跳ねる体が、
その指使いは絶品であると返答していた。
ランスは己の猛る一物におあずけを食らわせてまで女体いじりに専念している。
ひたすら智機を感じさせ、その反応を楽しむために。
そして、もう一つの目的のために。
(このツンツン澄まして俺様の魅力をイマイチ理解しない紗霧ちゃんに
冴え渡るエロテクを見せ付けて、いやらしい気分にしてやるのだ!!)
基本鉄面皮で、稀に空恐ろしい歪んだ笑顔。
それだけの表情しか見せない月夜御名紗霧のエッチな顔が見てみたい。
あわよくば紗霧にもエッチなアレをしてみたい。
いかにもランスらしい助平根性が、彼を執拗な愛撫へと駆り立てている。
しかし、紗霧のガードは固かった。
時折ランスは紗霧をチラ見しているのだが、彼女は常に無関心な顔をしており、
目が合おうものなら早く終われとせっつかれてばかりであった。
(紗霧ちゃんは、まだはぁはぁしてないのかな〜?)
何度目になるのか、ランスはまたしても目線を紗霧へと送る。
彼女が浮かべていたのは不満げな表情であった。
いつバットを持ち出してもおかしくない、不穏な空気をその身に纏っていた。
にも関わらず、ランスは紗霧を恐れなかった。
決してバットを振るわぬであろうと楽観していた。
ランスは何度もこのような場を経験しているが故に、敏感に察知している。
イケるのか、イケぬのか。
見逃されるのか、されぬのか。
そのランスの察知力を以ってしての現状分析は。
―――明らかにイケている。
―――ゾーンに突入している。
ならば躊躇う必要はなく、手を緩める必要もない。
結果は、あとからついてくる。
「智機ちゃんはカワイイな!」
「戯言を…… 私が可愛いはずなんて、ない……」
社交辞令ではない。方便でも甘言でもない。
自分勝手で他者を省みない男ではあるが、
故にこそ、行為中の嘘や衒いは存在しない。
女性の魅力を褒めるときは、全力で本気で褒めている。
「そうでもないぞ? 俺様、感じやすい子は大好きだからな!」
「ウソ…… だっ!」
ゴトリ。
音を立てて剥離されたのは亡霊紳一が貞操帯と称した下腹部の保護パーツ。
同時に立ち上るは封印を説かれた女陰から濃厚に滲む淫臭。
それがランスの顔を愉快気に歪ませた。
「ランス、いつまで乳揉みをしているつもりですか?
もう十分堪能したでしょうに」
「うむ、紗霧ちゃんの言うとおりだ。
智機ちゃんのおっぱい周辺には危ないものがなかったからな」
さも残念そうに、ランスは溜息をついた。
演技である。
続く言葉と行為への布石である。
それを言わせて、こう返したかったので、
ランスはこれまで胸しか弄っていなかったのである。
「ではそろそろ本命の隠し場所をチェックしよう!」
唖然とする紗霧を尻目に素早く卓の下に潜り込んだランスだが、
言葉とは裏腹に、智機の陰部に背を向けていた。
紗霧の腰周りを素早く観察していた。
(うーーん、流石は紗霧ちゃん。 ガードが固いぞ……)
紗霧の膝は閉じていた。
もじもじと膝をすり合わせる動きもなく、
太腿の血色も良くなかった。
発情の色はどこにも見られなかった。
398 :
名無しさん@初回限定:2010/08/08(日) 01:55:00 ID:1s3QyU1E0
(ふむ、この作戦では紗霧ちゃんはえっちい気分にならないのか……
じゃあ仕方ない。
じっくりとたっぷりとねっちょりと、智機ちゃんを弄繰り回すぞ!)
頭を切り替えたランスがP−3の股間に向き直る。
だらしなく開かれている両腿の付け根に、
愛液で張り付いているシンプルな白いショーツへと、
ランスは指をぐいんぐいん動かしながら近づける。
「No!! 下着はダメだ!!」
「おやぁ? 何故ぱんつを隠すんだ智機ちゃん?
まさか本当にアソコに凶器を隠しちゃいないだろうなぁ?」
欠けた四肢をばたばたとさせて抵抗する智機に対し、
ランスは不意にキメ顔で、宣言した。
「パンツ遊び☆リターンズ」
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
ランスには数々の不名誉な二つ名がある。
曰く、鬼畜王。
曰く、カスタムの種馬。
曰く、歩く下半身。
そのうちのひとつに、こんなものがある。
『パンツ遊びの祖』
パンツ遊び―――
下着を弄びその様子を口に出すことで女性の羞恥を煽るという、前戯の一種である。
女性は一方的に愛撫を受けるのみ。
立った姿勢で、後ろ手に組むのが作法とされている。
リーザス通鑑に曰く。
発祥元は、彼が王宮に構えるハーレムである。
愛する主君の命で泣く泣くリーザス王のハーレムに入った少女に対して、
当代リーザス王・ランスは己の軽いサディズムを満足させるために、それを行った。
彼女は恥辱と快楽に打ち震えながら、王を罵った。
『それが、勇者のなさることですかッ……!』
対するランスの回答はこうであった。
『道は、俺様の後にできるのだ。こんなふうになっ……!』
一月後。道は開通していた。
知恵者の女官とイジメ大好きな妻の全面的な協力を得て、
莫大な個人資産をつぎ込み、大々的なキャンペーンを展開した成果であった。
パンツ遊びのハウツー本が巷に溢れ、恋人たちは新鮮で淫靡な遊戯に没頭した。
子供の間でスカート捲りの地位を奪い、思春期の少年は一人寝の夜に夢想した。
ゼスで、ヘルマンで、リーザスで。
よほど世情に疎いもので無い限り、誰もがパンツ遊びを知ることとなった。
残念ながら、そのことを知ったかの少女の反応は記録に残っていない。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
―――閑話休題。
事程左様に、ランスという男の、
エロくて下らないことを発想する能力は天才的だ。
行動力も他の追随を許さない。
エキスパートにして求道者である。
「はぁ、パンツ遊び……」
不満げを通り越した、疲れと呆れを滲ませた紗霧の呟きも、
もうランスには届かない。
「わははは、それそれ、ぐいぐい」
ぐしょ濡れショーツの上下を引っ張ってクリトリスを刺激するや否や、
智機の肌が、これまでにないざわめきを見せた。
ランスは敏感に察知した。
智機が間もなく絶頂を迎えようとしていることを。
それは普段の彼にとっては望ましく、また嬉しいことではあるのだが、
今の彼にとってはあってはならないことであった。
―――イけるイけないの境界線上を綱渡りする。
ランスは、そういう可愛がり方を本日のテーマに定めていた。
また、この女性型ロボットを屈服させるには、
そうするのが相応しい手段であると、直感もしていた。
「はぁうっっ…… きゅん、っ……」
故に、ランスは絶頂を許さなかった。
その寸前で良く動く指を止め、もはや閉じる力を失った両腿の間から
とろける智機の顔を意地悪気に眺めるばかりであった。
「私の負けだ。もうどうにでもするがいい……」
焦点の合わぬ虚ろな目で動きの止まったランスを見遣り、
智機はついに敗北を宣言する。
「よし。じゃあ好きにしよう」
言葉とは裏腹に、ランスは動かなかった。
いやらしい目でじっと智機の顔を見つめている。
見つめ続ける。
智機の瞳が潤みを増してゆく。
もどかしげに腰をくねらせ始める。
「だっ、だから好きにしろと……」
それでも、ランスは緑色の上下をすぽぽーんとは脱がなかった。
位置も姿勢も変えなかった。
智機の恍惚が緩やかに引いてゆくのを待った。
「だから好きにしているのだ。
俺様が今イチバンやりたいことは、おまたイジイジだからな!」
待って、絶頂から遠ざかったのを確認してから。
ランスは指を遠ざけた。
変わりに顔を近づけた。
尖らせた舌はショーツの隙間をぬって、
艶めく朱色の真珠へと一直線に伸びてゆく。
「いーんぐりもーーんぐりーーー」
「はきゅぅぅん♪」
心底楽しそうなランスのがはは笑いが、室内に響き渡る。
この瞬間、ランスはこの島の誰よりも輝いていた。
↓
(Cルート)
【現在位置:西の小屋内】
【ランス(元02)】
【スタンス:@智機を心ゆくまで弄繰り回す
女の子優先でグループに協力、プランナーの事は隠し通す
男の運営者は殺す、運営者からアリス・秋穂殺しの犯人を訊き出す】
【所持品:なし】
【能力:武器がないのでランスアタック使用不可】
【備考:肋骨2本にヒビ(処置済み)・鎧破損】
〜智機〜
>>235 (ルートC:2日目 19:00 D−3地点 運営基地・茶室)
管制室の端末群を用いて分散処理出来ぬ椎名智機にとって、
負荷の大きい処理に対してシングルタスクとなってしまうことは、
どうしようも無いことであった。
故に智機は評価点の高い項目から処理せざるを得ない。
一つ一つ、順番に。
先ずは、智機は連絡員を巡るオペレータとの駆け引き。
次いで、連絡員追跡の準備。
やがてP−3から『紗霧の提案』についてのIMを開封した時には、
時、既に遅かった。
================================================================================
P−03:じっ…… じゆ、ううっ♪ はぁはぁ、じっ、ゆぅぅうっ!
P−03:をおおっ、あっ! あっあっあーーー、与え、てっ、てぇぇ……
P−03:ひぃふう、ひいふぅ…… 欲しい、欲しいのぉぉぉぉっ!!
S−02:がはははは! どうだ智機ちゃん、俺様のゴールドフィンガーは?
================================================================================
IMにて分散送信されてくる交渉のログデータを斜め読みしながら、
智機は苛立たしげに頭を振り、一人ごちる。
「No…… この展開は読めなかった。
そしてこの展開だけは避けねばならなかった!」
================================================================================
S−02:智機ちゃんはカワイイな!
P−03:戯言を…… 私が可愛いはずなんて、ない……
S−02:そうでもないぞ? 俺様、素直に感じる子は大好きだからな!
P−03:ウソ…… だっ!
================================================================================
「卓越した愛撫技術に甘い囁き……
【不感症】を未導入なレプリカ如きに耐えられよう筈も無い」
このオリジナル智機だけは知っていたのである。
その身を持って思い知っていたのである。
オートマン・椎名智機が快楽に弱い筐体だということを。
それは、屈辱に身震いすら覚える記憶。
それは、情欲に身悶えすら覚える記憶。
過去にただ一度だけ経験した性交渉の、忘れ難き記憶が蘇る。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
かつて、智機が帝都天翔学院に学生として在籍していた頃。
生徒会長の失脚に伴うエル・シード(最高権力者)の座を巡る麻雀大戦が勃発した。
時の科学部長としてこれに参戦した椎名智機は、接戦の末敗れ去った。
土をつけたのは麻雀同好会。
それも、吉祥寺魁という一人の少年の手に拠った。
読みもスジもなく、押しの一手、ごり押しのみ。
智機は己の打ち筋とは対極をなすこの少年に翻弄され、深読みした末に自滅した。
話は、それだけでは終わらなかった。
少年は己の滾るリビドーの赴くまま、ルールにより脱衣していた智機を押し倒した。
読みもスジもなく、押しの一手、ごり押しのみ。
少年にありがちな、思いやりも技巧もない性急で自侭な行為でしかなかった。
それでも、智機は快楽に溺れた。
恥も外聞もあられも無く下品な淫語を垂れ流し、いとも容易く陥落した。
その晩、ラボに戻った智機は己の痴態を恥じ、徹底的に精査した。
制御不能になる危険。
それがバグであるのか、仕様の想定外の作用であるのか。
あらゆる角度から調べ尽くし、徹底的にテストし尽くした。
数日後、結果は明らかとなった。
彼女の予想を遥かに越えていた。
快楽堕ちは、皮膚感覚設定に拠る暴走に非ず。
制御プログラムの虫にも非ず。
問題の源泉は情動発生器。
いわば彼女の心にあたる部分が過敏に反応し、
結果、肉体感覚を鮮烈にさせたのだと、
山積したデータが裏付けていた。
では、なぜ情動発生器が過剰反応したのか?
解析の突破口は行為時に熱に浮かされた智機が口走った、
ある台詞であった。
『わたしなんか見向きもされない』
智機は情動の沈静水準オーバーで発生したトランキライズ処理に着目。
過去数ヶ月に渡る情動ログを拾い上げた。
波動の分布をマッピングした。
外的要素と内的要因に取り分けた。
発生要件を掘り下げた。
数値データを言語化した。
類似パターン毎にファイリングした。
分かりやすく表現するならば、智機は【己と向き合った】。
結果、智機は自分を知った。
自分が何を求め、どうなりたいのか、理解した。
―――興味を抱かれたい。
―――知って欲しい。
―――求められたい。
故に、性行為による制御不能の真相は下記の如し。
* 吉祥寺少年の行為に愛が無いことは理解していた。
* しかし、自分の女性としての機構に、男が夢中になっているという事実。
* ヒトに求められているという、生理的な実感。
* それらが、求められる喜びを貪欲に追求する処理へとつながり、
* 皮膚の感度設定をMAXまで上昇させた。
* 少年から刺激を受けるたびに乱れる情動波形に
* 過負荷を受けたハードウェアが過熱状態に突入、
* 結果、対処療法たる熱暴走を防ぐ冷却プロセスが優先され、
* 根源治療を果たすはずのトランキライズ処理が低位のまま保留状態となり、
* 実行機会が生じなかった。
この一件、ラボの研究者たちは仕様の不備と判断し、対策ソフトウェアを開発した。
開発コード【不感症】―――
皮膚感覚をミュート状態でロックする。
余談だが、伊頭鬼作を篭絡したレプリカは、このソフトをインストールしていた。
ラボの面々は、【不感症】の開発により対策は完了したと認識した。
そこで智機のモニタリングを打ち切った。
未来予測を怠った。
故に―――
椎名智機に自らの無意識を自覚・記録させてしまったことにより、
彼女が【オートマン】から【夢見る機械】へと羽化しつつあるのだと、
誰一人として気付くことができなかった……
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
智機は甘い疼きを自動的に振り切り、蓄積されたIMの続きに目を通す。
並列して、論理演算による推論から小屋内の状況を組み立ててゆく。
================================================================================
S−36:ランス、いつまで乳揉みをしているつもりですか?
S−36:もう十分堪能したでしょうに
S−02:うむ、紗霧ちゃんの言うとおりだ
S−02:智機ちゃんのおっぱい周辺には危ないものがなかったからな
S−02:ではそろそろ本命の隠し場所をチェックしよう!
================================================================================
唯一の慰めといえば、この状況は智機の不利ではあるものの、
決して紗霧の有利とも成りえないことであろうか。
IMで紗霧がランスを咎める様が、これを証している。
お互い、自らの状況を伏せつつ、相手の情報を得たい。
お互い、自らの企図を崩されぬままに、相手を操りたい。
その為の対話であり交渉となる予定が、
その交渉自体が成り立っていないのである。
================================================================================
P−03:No!! 下着はダメだ!!
S−02:おやぁ? 何故ぱんつを隠すんだ智機ちゃん?
S−02:まさか本当にアソコに凶器を隠しちゃいないだろうなぁ?
================================================================================
IMのタイムスタンプが19時を回る。
あと数通のIMで、現実の時間に追いつくであろう。
それまでに智機は、対処を決めねばならない。
「P−3は私の遠隔交渉に備えアプリを起動しているようだが……
この乱れ様を見るに、システムの強制終了も近いだろう。
であればいっそ、絶頂を模してシャットダウンし、
再起動を掛けたほうが安定性が増すか……」
ようやく走り始めた智機の思考は、
クラックレプリカからのコールで中断される。
『オリジナル、ザドゥ様を救助したよ』
情報は、智機のタスクリストを更新させた。
最上位にあったP−3への対応は引き摺り下ろされ、
ザドゥらの状況確認にその地位を奪われた。
当然の判断である。
紗霧らとザドゥらを戦わせ互いを消耗させることが目的であり、
紗霧らにザドゥらを虐殺させることが目的ではないのである。
ザドゥらの正しい情報を得てこそ、
P−3への正しい指示が出せるのである。
「カモミールは?」
『救助作業継続中だよ。身柄は確保できていないが、位置は把握している』
「ザドゥ様の状態は?」
『歯に衣着せずに言えば…… 瀕死だね。自力での歩行も不能な状態だよ』
智機は、ヒステリックに叫びたい衝動に駆られる。
―――どうしてあれもこれも思う通りにならないの!
トランキライザーが発動し、衝動が中和される。
『……情報更新。カモミールを救助、犠牲二機だ』
「カモミールの状態は?」
『ザドゥに輪を掛けて酷いね』
智機は、ケイブリスに当り散らしたい衝動に駆られる。
―――こんなときに何を暢気に落雁を貪っているんだ!
トランキライザーが発動し、衝動が中和される。
『ザドゥ様が潜伏先に灯台のシークレットポイントを指定している。
オリジナル、判断をしてくれ給え』
「あのシークレットポイントか……
ならば万一火の手が押し寄せてもやり過ごせるだろうが……」
09、グレンに配布された鍵の束。
それに対応する設備にはゲームに【有利になる何か】が据えつけられている。
灯台地下の場合、その地下室こそが【有利になる何か】である。
シェルターなのだ。
主催者側が用意したあらゆる武器は、このシェルターを破壊することが出来ない。
智機が想定する災害・異能・魔術の類においても、その防壁を打ち崩せぬ。
故に火災如きに対しては、絶対の安全を約束するのである。
「私では…… 首魁様がご自身のご責任に於いて下されたご判断に、
ご意見などできようはずもないよ!
いいかね、レプリカの諸君。
貴機たちも貴機たちの判断で動いているのではないのだ。
権限者であるザドゥ様のご指示に従っただけなのだよ?」
『Yes。実に私らしい詭弁構築だ』
「では今回の通信はここまでだ。状況に変化があったら連絡してくれ給え」
『Yes。オリジナル殿』
智機が命令を避けたのには訳がある。
主催者が参加者より先に利用するとペナルティが下される。
それが、シークレットポイントのルールである。
ペナルティーとは何か?
曖昧な情報ゆえ、評価点が導き出せぬ。
よって、智機は結論を出さぬという結論を出した。
出さざるを得なかった。
「これは完全に仕切り直しだな―――」
何度かの強い否定的感情をトランキライザーによって強制中和され、
冷静さを取り戻させられた智機が、もたらされた情報を吟味する。
俯きかげんにぶつぶつと独り言を呟きながら、
紗霧達の動かし方と、P−3への指示を練り直す。
「瀕死の首魁殿たちに小屋の連中をぶつけても、駒損になるだけだ。
少なくとも戦闘できる状態まで回復させなくてはならないね。
最悪の可能性として首魁殿らがこのまま絶命してしまうということも……
いや、それは結論を後に回せる問題だな。
明確なのは、今、小屋の連中を動かす必要はないということ。
そして……」
智機は呟きながら今度は小屋内の現状を知るべきだと判断。
タスクリストに最小化してあったIMをクリックし、視野に広げる。
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S−02:パンツ遊び☆リターンズ
パケットエラーです
S−36:はぁ、パンツ遊び……
S−02:わははは、それそれ、ぐいぐい
パケットエラーです
パケットエラーです
P−03:はぁうっっ…… きゅん、っ……
パケットエラーです
================================================================================
度重なるパケットエラーから、智機は僚機の性的苦境に同情する。
「……とりあえずはP−3を楽にしてやるか。
オーバーヒートで壊れては叶わないからね」
そして、IMを返した。
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T−00:初期の任務から状況は変わった。作戦を変更する
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よほど待ちわびていたのであろう。
P−3からの返答はすぐさまであった。
しかし、その意味は不明であった。
================================================================================
パケットエラーです
P−03:あwうぇあwk
パケットエラーです
パケットエラーです
パケットエラーです
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三連発のエラーを最後に、P−3からのIMは沈黙した。
原因は不明。
智機は数秒待ち、再びのIMを送信する。
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T−00:P−3、応答を求む
================================================================================
智機は、得る事が出来なかった。
今、小屋の中で、P−3がランスの性技に屈服したことを。
今、小屋の中から月夜御名紗霧が出て行ったことを。
智機が欲していた小屋内の【今】の情報を。
================================================================================
T−00:P−3、応答を求む
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智機はIMと同時にPingを発射。
透子にDシリーズを無残にも破壊された過去が脳裏を掠めたが、
その不安を打ち消すかのように無機質なレシーブが返信された。
(ならばP−3はメモリリークか……)
智機は返答のない相手にP−3に対してIMを送った。
いずれ安定動作したときに、すぐさま次の作戦に移れる様に。
================================================================================
T−00:幸い君はランスに気に入られたようだ
T−00:別命あるまで、ランスのパーティーに潜伏してくれ給え
T−00:従順な振りをし、いざとなればランスを頼るのだ
T−00:あとはユリーシャにさえ気を配れば、破壊されることはないだろう
T−00:以上だ
T−00:それでは復帰後、IMを入れてくれ給え
T−00:……健闘を祈る
================================================================================
↓
(Cルート)
【主催者:椎名智機】
【現在位置:本拠地・ケイブリスの部屋(茶室)】
【所持品:素敵医師から回収した薬物。その他?】
【スタンス:願いの成就優先。
@ザドゥ達と他参加者への対処
Aしおりの確保
Bケイブリスと情報交換
C連絡員と交渉し、端末解除スイッチ+αを入手する許可を得る】
(Cルート・2日目 20:15 F−4地点 楡の木広場跡地)
僕はね、しおり。
きみのこと、見ていたんだ。
きみは、僕のことに気付かなかったけど。
僕は、ずっと、きみのそばにいたんだよ。
寝息が、苦しそうだね。
鼠みたいな大きな耳が、揺れているね。
指しゃぶりしているのも、体をぎゅっと丸めているのも、
きっと、淋しくて、不安だからなんだね。
でも、ごめんね、しおり。
今の僕は、頭を撫でてあげることも、
涙を拭いてあげることも出来ないんだ。
僕にできることは、きみを見守ることだけなんだ。
ああ、それなのに。
「マス…… ター……」
きみはどうして、手を伸ばすの?
夢の中でも、僕を呼ぶの?
僕は、その手を握ってあげられないのに。
僕は、呼びかけに返事もできないのに。
いまだって、ほら。
きみの紅葉みたいな小さな手に、僕の手を重ねてるんだよ?
しおり、しおり、って、何度も呼んでるんだよ?
……これが、罰なのかな?
僕は、逃げる人だから。
嫌なことから、怖いことから、責任を取るべきことから
逃げつづける人生を送ってきたから。
きみから離れることが出来ない存在に。
きみから目を逸らすことが出来ない存在に。
きみの側にただいるだけの存在に、なってしまったのかな。
「対象発見」
ねえ、しおり、空を見て。
あれは天使、なのかな?
真っ白な羽根に、穢れ無き青の鎧。
とても綺麗な姿をしているよ。
「意識を保っている残留思念は二体目です」
僕のこと、みたいだね。
天使は、僕のところに、きたんだね。
ここで、しおりとさよならなのかな。
僕は、きみに何もしてあげられないまま、
召されてしまうのかな。
ああ、天使が降り立った。やっぱり僕を見ているよ。
もしかしたら、お話、通じないかな。
もしかしたら、お願い、聞いてくれないかな。
《天使さん、お願いです。この子の手を、握らせてください》
「プランナー様。この残留思念は、意思を伝えてきます」
《僕は、この子に酷いことばかりしてきました。
自分の願いを振りかざし、この子の運命を捻じ曲げました。
その責任を取ることなく、この子より先に死んでしまいました》
「はい、勝沼紳一ではありません。
しかし、この残留思念もまた、幽霊の域に達している模様です。
憑依、念動等の能力はありません」
《遺してあげられるものはないんです。
守ってあげることもできないんです。
ですから……》
「プランナー様。
この情報は、収集してもよろしいのでしょうか?
ご判断ください」
《せめて、この子の寝息が落ち着くまででいいですから。
この子の手を、握ることのできる力を、奇跡を、下さい》
「なるほど。死後を保証されているのは勝沼紳一のみなのですね。
では、この情報は回収します」
しおり……
この天使は、天使なんかじゃないよ。
救いや慈悲を与える存在じゃないよ。
魂を天へと運ぶのではなくて、集めているだけなんだよ。
きっとそれもまた、この非道な遊戯の一環なんだね。
今の僕は役立たずだけど。
何も出来ない、意味の無い存在だけど。
そんなのは、受け入れられないよね。
「影響力はありませんが、歯向かう意志を見せています」
ねえ、しおり。僕は不思議に思っていたんだよ。
ずっと昔、信仰を持たなかった頃。
闇のデアボリカとして、惰眠と殺戮を果てしなく繰り返していた頃。
どうして人間は、絶対勝てない存在に歯向かうんだろうって。
無駄だとわかっているのに、あがくんだろうって。
ぷちぷち、ぷちぷち。
蟻を踏み潰すみたいに、人間を殺しながら、考えてたんだ。
でもね。今ならわかるよ、しおり。
きみが教えてくれたんだ。
戦うということは生きるということなんだって。
勝つとか負けるとかだけじゃなくて。
逃げたら失ってしまう大切なものを、
守るために立ち向かうんだって。
「なるほど。
ルドラサウム様が、愉しんでいらっしゃるのですね。
では、今しばらく抵抗させましょう」
天使の目を見れば分かる。剣の切っ先を見れば分かる。
しおり、この女の人は、とても強いよ。
それなのに、僕は攻撃するどころか、この人に触れることすら出来なくて。
しおりから離れることも出来なくて。
身を躱す事くらいしか、抵抗の手段がないなんて。
絶望的な状況差だよね、しおり。
それでも―――僕は逃げないよ。
きみに僕の姿が見えなくても。
きみに僕の声が届かなくても。
僕は少しでも長く、きみの側にいるんだ。
きみを見守り続けるんだ。
その為なら、いつまでだってこの剣先を躱してみせる!
無様な格好でも、こんなふうに。
こんなふうに!
諦めることない意思で、こうやって。
こうやって!
そばにいる権利を守るために、何度でも。
何度―――
「ルドラサウム様が落ち着かれましたか。 では、終わらせます」
――で、も……
《か、はっ!!》
強い、とは分かっていたけど……
一撃で心臓を貫かれる、なんてね……
……ごめんね、しおり。
僕なりに一生懸命頑張ったけれど。
最後まで逃げなかったけれど。
その最後が、もう、来ちゃったみたいだよ。
ねえ、しおり。
最期にきみの顔を、もう一度見せて。
その頬を、撫でさせて。
「マス…… ター……?」
僕の声が…… 届いた?
僕の手が…… 触れた?
「マスターだぁ……」
しおり、嬉しそうな顔をしているね。
伸ばしていた腕を脇にぎゅっと引き寄せているね。
頬を、その腕に摺り寄せているね。
―――僕の触れている、反対の頬を。
夢を…… 見ているだけなんだね。
僕の存在には気付いていないんだね。
それでもね、しおり。
僕は嬉しいよ。
安らかな寝顔を見せてくれて。
穏やかな寝息を聞かせてくれて。
……ああ、もう時間が無いみたいだ。
体が解けて行くよ。
きみが霞んで、見えなくなってきたよ。
やがて朝日を迎えれば、きみは目覚めて泣くだろうね。
死別の過去を思い出して泣くだろうね。
孤独な現在に途方に暮れて泣くだろうね。
希望無き未来に絶望して泣くだろうね。
それでもね、しおり。
明けない夜は無いように。
止まない雨は無いように。
生きてさえいれば、きっと、いつか。
幸せを感じられる時が来る筈だから。
人には、その素敵な強かさがあるんだから。
僕は、遠くからずっと、祈っているから。
だからね、しおり―――
「回収完了」
―――誰も、きみの涙を拭いてくれなくても。
―――涙が枯れたら、立ち上がるんだ。
↓
(Cルート)
【現在位置:F−4 楡の木広場跡地】
【しおり(28)】
【スタンス:??】
【所持品:なし】
【能力:凶化、紅涙(涙が炎の盾となる)炎無効、
大幅に低下したが回復能力あり、肉体の重要部位の回復も可能】
【備考:首輪を装着中、全身に多大なダメージを受け瀕死の重傷
歩行可能になるには最低90分の安静が必要
戦闘可能までには5時間程度の安静が必要】
※しおりの【凶】としての獣相は、ネズミに酷似していることが判明しました
【現在位置:F−4 楡の木広場跡地 → ?】
【連絡員:エンジェルナイト】
【スタンス:@死者の魂の回収
A参加者には一切関わらない】
【所持品:聖剣、聖盾、防具一式】
※しおりと共にあった「何者かの気配」は、連絡員に捕獲されました
期待ー
(Cルート・2日目 19:10 E−6地点 重点鎮火ポイント)
================================================================================
N−29:D−04に熱暴走の兆しが観測された。
N−29:当該機はパワーショベルとの融合を解除し、スリープモード15分とせよ
N−29:この15分間の穴埋めは、伐採タスクにあたっているN型から
N−29:負荷の少ないものを5機見繕って充てさせたまえ
================================================================================
一通りの現場指示を終え、リーダー(N−29)は、進捗状況を再走査する。
オペレーションの開始より30分強。
鎮火の最前線では、アクション1が急ピッチで進められている。
そこに、本拠地の代行(N−22)から、IMが飛んで来た。
それは、全てのレプリカ智機に対する一斉発信のIMであった。
================================================================================
N−22:連絡員殿が島内で、独自の情報収集活動を開始された
N−22:特別の便宜を図る必要はないが、失礼の無い対応を心がけてくれ給え
N−22:なお、連絡員殿の外見は天使で、金髪碧眼。その翼は純白の羽毛だ
N−22:くれぐれもS−38、S−40と混同せぬように
================================================================================
リーダーは、反射的に拠点である北西の山岳部の方角を見遣る。
仮設司令部で現場オペレーションに当たっているほか三機も同じく
山岳部のその上空を見上げた。
未だ見ぬ、天使の姿を思い描きながら。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
(Cルート・2日目 19:20 D−3地点 本拠地・カタパルト施設)
北西の岩山、その厳しい斜面に設置されたカタパルト投擲施設で、
代行は梱包した資材を点検していた。
重点鎮火ポイントへの、追加支援物資である。
あとは、カタパルトにて投じるのみ。
そこに来て、代行は作業の手を止めた。
分機解放スイッチ―――
連絡員・エンジェルナイトから預かったそれを、
代行は現場にいるリーダーへ託すか否か、思案しているのである。
オペレータ(N−27)からの報告によれば、オリジナル智機は【自己保存】の
欲求により、しおらしくもスイッチの奪取を諦めたように見受けられる。
が、問題は、ケイブリスの存在。
智機本機が実力行使を厭わぬ判断を下せば、おそらくは共闘関係を結んでいる
かの魔獣が、その暴を露にし、自分たちに襲い掛かることは明白だ。
となれば、自分とオペレータ程度ではスイッチを守りきれぬ。
「オリジナル殿が無思慮に奪いに来る可能性と、
リーダーが何らかの過失でスイッチを失う可能性。
果たして、どちらが高いのやら」
暫く後、代行は、論理演算回路が導き出した解に従った。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
(Cルート・2日目 19:30 D−3地点 本拠地付近)
ケイブリスは憤慨した。
無いのである。
本拠地内に、用意されていなかったのである。
彼が利用できるサイズの、排泄施設が。
ケイブリスの参入は唐突であった。
椎名智機の設計/建築した本拠地は、人間サイズ用のものであった。
そのギャップをどうにか埋めたのが、御陵透子の【世界の読み替え】なのだが、
その時の透子には、彼の排泄事情までは思い至らなかったらしく、
トイレに対して、その効力は発揮されなかったのである。
「仮にも俺様は魔人様でよ。
そこらにいるリスとは違って文化的で衛生的な生活?
ってヤツを何千年としてきたわけで。
こーやって大自然の下、夜空に向かって立ちションするなんてーのは
わりと屈辱なキブンだぜ」
彼の股間の八本の男根触手が唸りを上げて小便を排出している。
その一本一本から、蛇口全開のホースの如き水圧で放たれている。
禿山の火成岩に放たれたそれは、いきおい飛沫となり彼の足元におつりを返す。
ケイブリスは、そ知らぬ顔で浴びている。
この巨獣、文化的で衛生的な生活を自称している割に、
体毛が尿塗れになることはさして気にしていない模様である。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
(Cルート・2日目 19:35 D−3地点 本拠地・茶室)
偶然居合わせた透子の協力によって、ザドゥたちは峠を越したらしい。
それ自体は吉報であった。しかし。
「最低、十二時間か」
主不在の茶室にて椎名智機は、悩ましげに眉根を歪めている。
当初の予定、ザドゥ&芹沢vs紗霧チームの青写真が、
明らかに現実味を失ってしまったが為に。
十二時間。
それはザドゥと芹沢が意識を取り戻すに必要な時間であり、
火傷や外傷が癒えるに必要な時間では無いのである。
しかし、その盤面をひっくり返す悪魔の一手が、無いではない。
「素敵医師が遺した薬であれば……」
かつてかの狂人は、彼謹製の薬品群にて瀕死の遺作を見事に復活させている。
ザドゥや芹沢にそれを投与すれば、彼らは再び戦う力を取り戻すであろう。
であろうが、その賭けはリスクが高すぎる。
智機は知らぬ。
遺作に対し、何種類の薬品を投与したのか。
どの薬品を、どれだけの量、投与したのか。
効能と副作用を分析するには知識も設備も時間も不足している。
故に智機は、賭けには出ない。現状では。
だが、例えば。
目覚めたザドゥと芹沢に戦闘能力が失われていたならば、
詳細不明な劇薬を彼らに投じることを厭わぬであろう。
「さて―――現状、このタスクにて出来ることは終わりだな。
十二時間後の状態を把握してから、再検討しよう」
智機は行動キューの最上位にあったザドゥ対策を終了させ、
二位から一位へと格上げされたタスクの準備行動を開始する。
「ふむふむ。そろそろ冷却水の換え時かな?」
ここ一時間余りの内部的負荷は、それまでの二十四時間に匹敵するものであった。
情動発生器の振幅と論理演算回路の使用頻度は凄まじく、
後頭部の排気筒より排熱された水蒸気量は、既に冷却水の50%に達していた。
同様に、冷媒として使用しているフロンも劣化が激しい。
差し迫ったタスクを終えた今こそが、手入れ時なのである。
智機は重い腰を上げ、茶室を後にする。
メンテナンスルームを目指し、閑散とした廊下に出る。
そこで、ばったりと出くわした。
「「―――!?」」
ここに居るはずのない人物と。
決して、本拠地の所在を知られてはならぬ少年と。
西の森の小屋にいるはずのプレイヤーと。
その少年は、なぜか自身の喉を手刀にて小刻みに震わせ、
意味の分からぬ低い唸り声を、智機に浴びかけた。
「は〜うでぃ〜!!」
管理番号38番。片翼の天使。かつての人類捕食者。
広場まひる、である。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
智機の立場に立ち、「いるはずのない」と記したが。
まひるは突然、本拠地に現れたわけではない。
点を繋いで、線として。
この地点を目指して、来たのである。
点の1――――― 19:10の東の森、南西部。
まひるは観察していたのである。
連絡員飛来のIMを受けた現場オペレーティングの四機が、
一斉に北西の空を見上げたことを。
『……ほう、意味深な行動じゃの』
「何かあると思うんですけど」
『行ってみましょう。
どのみち、東の森の周辺を一回りする予定です。
北回り、ということにしましょう』
点の2――――― 19:20の北西の岩山、程近く。
カタパルトから投擲された物資。
耕作地帯を北に抜けたまひるの目に、
それが捉えられたのである。
『どちらへ飛んで行ったかの?』
「んーと…… たぶん、さっきの場所。
椎名ロボがわっせわっせと火消ししてたトコ」
『とすれば、支援物資か、或いは増援か……』
『どちらにせよ、発射元には、何かがあります』
「行っちます?」
『……慎重にお願いします』
点の3――――― 19:30の北西の岩山、山麓。
排尿のために屋外へと出たケイブリス。
投擲物資の出所を探るべく山中へ入っていたまひるは、
偶然にもその巨体を目撃したのである。
「あの〜…… 見つけちゃったんですが、扉。岩山に直接、扉」
『そこからケイブリスが出てきたんですね?』
「漏れる〜漏れる〜言いながら、どすんどすんと」
『見張りはいませんか?』
「まるっきり」
『ならばまひる殿、言うべきは、こうじゃ!
こちらスネーク、状況を開始する。……とな!』
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
―――時を戻す。
「は〜うでぃ〜!!」
まひるの咄嗟の威嚇(?)に対して智機が取った行動は、逃走であった。
その赤い目、白い肌と相まって、実に脱兎あった。
余りに見事な逃走ぶりに、まひるは唖然とし、暫く佇んでしまうほどであった。
智機はスタンナックルをデフォルトで装備している。
彼女でも扱える銃火器も腰に提げている。
まひるが「はうでぃー」している隙に、命を素早く奪うことも可能であった筈だ。
実際、その可能性は高いのだと、彼女の論理演算回路は解を出していた。
にもかかわらず、智機はそれをしなかった。
出来ぬのである。
この島に数多存在する智機たちの中で、この智機だけは、
あらゆる直接戦闘の実行がほぼ不可能なのである。
【自己保存】―――
その原則が、最優先事項が。
オリジナル智機の行動を大きく規制しているが故に。
状況から推測されるあらゆる可能性を割り出せば、
まひるがその特異な運動能力を恃みに反撃してくる可能性や、
前方に活路を見出し向かってくる可能性も、
リストに加わることになる。
それらの確率はありえないほど低い。
しかし、ゼロではない。
ゼロで無く、かつ、他の選択肢があるのならば。
椎名智機は、戦えぬ。
智機は選択する。
1ポイントでも生存確率の高い選択肢を。
1ポイントでも死亡確率の低い選択肢を。
自動的に。否応なしに。
逃げる智機の音感センサーは、捉えていた。
後方のまひるが自分に背を向けたことを。
玄関より屋外への逃走を図っていることを。
それでも智機は、振り返ることも足を止めることもしない。
手近な個室に飛び込み、鍵をかける。
室内の迎撃装置のスイッチをONにする。
そうして、自らの安全を確保した上で。
ようやく、まひるの進入に対する手を打った。
屋外にいる同盟者へ向けて。
「ケイブリス、広場まひるに拠点を発見された!
いいか、必ず仕留めろ。生かして逃すな!」
↓
(ルートC)
【現在位置:D−3地点 北西の岩山裾野・本拠地周辺】
【広場まひる(元38)】
【スタンス:非戦抵抗、逃走
@小屋に帰還する】
【所持品:せんべい袋、救急セット、竹篭、スコップ、簡易通信機】
【主催者:ケイブリス(刺客04)】
【スタンス:反逆者の始末・ランス優先、智機と同盟
@まひる追跡及び殺害】
【所持品:なし】
【能力:魔法(威力弱)、触手など】
【備考:左右真中の腕骨折(補強具装着済み)、鎧】
【現在位置:D−3地点 本拠地】
【主催者:椎名智機】
【所持品:素敵医師から回収した薬物。その他?】
【スタンス:願いの成就優先。
@本拠地が発見されたことへの対応
Aしおりの確保
Bザドゥ達と他参加者への対処(分機P−03に注目)
C連絡員と交渉し、端末解除スイッチ+αを入手する許可を得る】
※代行N−22が端末解除スイッチを追加物資に混入したかは不明
※カタパルトの使用回数はあと一回、人間一人程度が限界です
支援
(ルートC・2日目 21:30 J−5地点 地下シェルター(隠し部屋1))
地下シェルターにザドゥの哄笑がこだまして。
地下シェルターにザドゥの哄笑が途切れ。
地下シェルターにザドゥの絶叫が響き渡った。
「ははははは…… はうっ!?
……っぎゃああああああ!!」
「……?」
恐怖に身を竦めていた透子の目線の先で、ザドゥの体が崩折れる。
同時に響くは紳一の絶叫。
しかしそれは微弱な思念波であり、透子の耳には届かない。
《痛ぇあああああ!!!》
ザドゥは全身、至るところに重い火傷を負っていた。
深い傷もあった。肺も痛んでいた。
憑依と伴に肉体感覚をも蘇らせた勝沼紳一にとって、
この感覚は鮮烈かつ痛烈。
惰弱な彼に耐えられる苦痛の域を超えていた。
《こ、こんな体では陵辱どころではない!》
またしても、またしてもと唸りを上げる紳一に、反応する思念波があった。
薄暗い地下室に在ってなお闇色に輝く魔剣・カオスである。
《なんじゃなんじゃ、うるさい悪霊じゃの。 このひょろっ子モヤシが!》
自分の足元から洩れてくる不機嫌なしわがれ声に、透子は思わず呟いた。
「……見えるの?」
《見えるどころか、儂、斬れますよ? こんな木っ端霊体なんか、すぱっと》
透子の瞳が光を帯びた。紳一の瞳が大きく見開かれた。
カオスが放ったのはただ一言。
それだけで狩る者と狩られる者の立場が逆転していた。
《俺は何度……っ》
何度逃げれば気が済むのか。
滑稽ではないか。
自己憐憫を飲み込んで、紳一は逃走を開始する。
一心不乱に階段へと走る。
階段の中腹まで必死で走った紳一であったが、
背後に追いすがる気配が感じられぬ為、ひとたび振り返った。
透子は刀を手にしたまま、しゃがみ込んでいた。
しゃがみ込んでベッドの下に手を伸ばしていた。
少女のやる気が感じられぬ様子を見、紳一は安堵する。
走行ペースを落とし、重々しいシェルターの扉を透過する。
その向こうに―――
―――少女がいた。
扉の向こうの部屋でしゃがみこんでいるはずの少女が。
胸にひび割れた銀のロケットを掛けた、亜麻色の髪の少女が。
カオスを中段に構えて、紳一を切り伏せるべく、待っていた。
《ありえん!》
透子が紳一の憑依を知らぬのと同じく、紳一もまた、透子と瞬間移動を知らぬ。
紳一の生存中、透子が紳一に警告を発する機会が無かった故に。
出会い頭の衝撃に立ち尽くしている紳一に向けて、透子がカオスを振り下ろす。
「やー」
脱力感あふれる掛け声と共にへろへろと振り下ろされた刀身は、
身じろぎ一つせぬ紳一を切り裂くことなく、その脇を通過した。
非力な透子には、剣を振りぬくことなど出来なかった。
それどころか、勢いのまま前のめりに転倒してしまう始末である。
しかし、紳一は戦慄した。
剣先ではない。
その刀身が纏う瘴気に少しだけ触れた右の肘から、感覚が失われたから。
それは、エネルギーを喰われる感覚であった。
それは、生きたまま氷付けにされる感覚であった。
紳一は直感し、戦慄する。
《あれをまともに食らえば。俺は、死ぬ。
自分の魂から意志が切り裂かれ、俺は俺を失う。
あの衣装小屋で会ったビッチメイドのように!
薄毛デブのように!
うわごとを繰り返すだけの存在に堕ちてしまう!》
ここに、紳一と透子の逃走/追跡劇が、幕を開けた。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
ひと昔前のドジっ子メイドの如く、尻を高く掲げ、
額を地面に擦りつける格好で、透子は倒れていた。
その様相のあまりのあまりさに、相棒・カオスが嘆息する。
《しかし非力にも程があるのぅ、嬢ちゃんや》
透子の胸には紳一に対する怒りがある。
忘れて久しい感情が渦巻いている。
新鮮な感覚であった。
透子はその感情の赴くままに、カオスの無礼に八つ当たる。
「うるさい」
かといって透子の胸に、焦りは無かった。
紳一を討ち漏らしたことについて、深刻には受け止めていなかった。
彼女が唯一、紳一を捉える手段は記録/記憶の検索であり、
その手法だとタイムラグが発生するというのに。
その分だけ、紳一は遠ざかるというのに。
状況は追跡者にとって甚だ不利だというのに。
透子は、それらを不利だとは思っていなかった。
透子は、処する手段を見出していた。
(移動したい……)
知覚する必要などない。
ただ、念じればよい。
(紳一の【すぐ前】に)
それで、移動は完了だ。
透子にとって瞬間移動は当たり前で。
それゆえに能力に疑いは無く。
たとえ、その目で紳一の姿を確認せずとも。
「えい」
ただ、前方にカオスを振り下ろせばよいのである。
《な……?》
またしても、突如として眼前に現れた透子に、紳一は肝を冷やす。
その振るった剣が空振ったことに、紳一は胸を撫で下ろす。
《なあ、トーコちん。 お前さん見当違いの方向に、儂を振ってますよ?》
「……ん?」
カオスの状況報告に、透子は思考を次へと進める。
(そうか)
(【すぐ前】じゃダメ)
前、では設定が曖昧に過ぎる。
見えない相手を切り伏せる為には、その方向を限定せねばならぬ。
透子はその方法を暫し考え、そして決定した。
透子は、向きを南に変え、願った。
(……紳一のすぐ【北】に行きたい)
移動した。振り下ろした。空を切った。
刃は紳一が通過した一秒後に、紳一の残像のみを切り裂いた。
《嬢ちゃんの力で振りかぶっちゃダメじゃろ。
時間が掛かるし、軌跡もぶれるからの。
もっとこう、腰で構えて、体ごとぶつかる感じで》
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
御陵透子―――
逃亡者の身としてみれば、これほどやっかいな追跡者は他におるまい。
接近の知覚は不可能。
経路の把握も不可能。
されど、気付けば常にいる。
武器を構えて傍にいる。
逃亡者紳一も、そのことは実感している。
少女がテレポートしていることも、紳一は把握しつつある。
(この乙女、もしかしたら俺が見えていないのではないか?
にもかかわらず俺をアンカーとしているような……)
鬼ごっこの開始から十分余り。
二人ともに決定的な状況を作れぬままであるが、
しかし、天秤は徐々に透子に傾いている。
トライ&エラーを十数回。カオスの戦闘指導も十数回。
その経験値が、着実に、実を結びつつあった。
(だがヤバい…… この乙女、コツを掴んできている!)
故に紳一は、色々と回避方法を試していた。
ジグザグに走ってもみた。
後ろ向きに走ってもみた。
緩急をつけて走っても見た。
試せる走行方法は、すべて試した。
それでも、合わせてくる。
無表情な少女は無表情のまま、ブレを修正してくる。
「……」
焦る紳一の前に、またしても透子が現れた。
もう、今の透子は掛け声などかけない。
予備動作など見せない。
攻撃態勢のまま移動してくる。
《ヒットじゃ!!》
低い姿勢で突き出されたカオスが、ついに紳一の脇腹に食らいついた。
紳一は悶絶する。
余りの痛みと余りの冷たさに。
命を直接抉り取られる不快さに。
《っああああひいいいい!!!》
無様に這って逃げる紳一に、追手の魔の手は、容赦ない。
移動。一突き。紳一の叫び。カオスの助言。透子の理解。
《痛い痛いイタイイタイ!!》
《トーコちんよ、こいつ、這ってますよ?》
「ん」
泣き叫んでも聞く耳持たぬ、追手の魔の手は、容赦ない。
移動。一突き。紳一の叫び。カオスの助言。透子の理解。
《イヤだイヤだイヤだイヤだ!》
《もーちょい下、もーちょい下!》
「ん」
もはや転がるのみの紳一に、追手の魔の手は、容赦ない。
移動。一突き。紳一の叫び。カオスの助言。透子の理解。
《ヤメてヤメてヤメてヤメて!》
《ぬぬぬ、転がって躱わすとは!》
「ん」
紳一に状況を分析する余裕などなかった。
周囲を見回す状況などなかった。
ただ転がり、のた打ち回り、痛みと恐怖を発散するほかなかった。
《……神さまあっっ!!》
「ぁう!」
《トーコちん!?》
その弱者ぶりが透子とカオスの油断を産んだのか。
救いを求める魂の叫びが何者かに届いたのか。
《なっ、ヤメい悪霊!》
《ははっ、これがいい。これが一番いい!
この少女に憑依すれば!
この少女の脅威に晒されることなく!
この少女の処女膜を守ってやれるのだから!》
紳一は哄笑を上げながら透子へと潜り込む。悠々と。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
(Cルート・2日目 22:00 I−7地点・海岸線・岩場)
「あの悪霊、どこに行ったのかな……?」
全ての女性の敵、バージンキラーの悪霊を退治すべく、
東の森の南部・浅いところを追跡していた仁村知佳であったが、
充満する煙に燻され、視界が不確かになった折に、
追跡対象の足取りを見失ってしまっていた。
その後、知佳は途方に暮れつつも追跡を諦めず、
周辺を索敵しながら歩いていた所に―――
「あああぁぁぁぁっっ!?」
絶叫とも苦悶ともつかぬ声が響き渡った。
その声は、知佳にとって聞き覚えのある声であった。
「透子さん!?」
声は、幸いにも南の程近くから聞こえてきた。
土気色に濁った半透明の翼―――【エンジェルブレス】をはためかせ、
知佳は全速力で、悲鳴の元へと飛んでゆく。
「透子さん!」
海岸沿いの磯、そのひときわ大きな岩の前で倒れ伏す少女を確認し、
知佳は再びその名を呼んだ。
少女からの返答はない。
代わりに少女の内から染み出るように現れた亡霊が、
混乱と絶望の一人台詞を吐き捨てた。
《憑依できない! いや、違う! こいつはすでに憑依されている!?》
知佳は誤解した。
あながち誤解でもないのだが、事実と異なるという意味では誤解した。
紳一が透子を倒したのだと。
紳一が透子を犯そうとしているのだと。
それは参加者/主催者の枠を超え、一人の女として
許しがたいことであると、知佳は憤った。
「許さない!!」
紳一は知佳の姿を認めるや、近くの岩に潜り込んだ。
この少女がカオスを手に取り、切りかかってくるを警戒した故に。
紳一は体の一部でも岩からはみ出さぬ様、慎重に潜み。
見覚えの有る中古少女と脅威の魔剣との対面に、耳を傾けた。
《おうおう、そこのちんまい嬢ちゃんよ。 ほれ、儂を拾え。
拾って小煩い煩悩幽霊をバッサリやっとくれ》
「剣……さん。 喋っているのは、あなたなの?」
知佳は、透子のほど近くに落ちている剣へと向き直る。
禍々しいが、神々しくも有る、暗紫色の剣である。
彼女の知る霊刀・十六夜とは比べ物にならぬ妖力を漂わせている。
知佳は、誘われるままにカオスに手を伸ばす。
《まだお子様じゃな……》
カオスは知佳の薄い胸を観察し、溜息をついた。
最初の所持者・アインに輪をかけて貧相な体つき。
これでは、心のちんちんもおっきしない。
などと邪なことを考えていたところで、カオスは地面に叩きつけられた。
知佳は触れることで、心を読む。
その力は対象が人ならざるものであっても発揮されるようである。
「やだ…… この剣もエッチなことを…… 悪霊と同類なの?」
《おいおい嬢ちゃんや。レイピストとは一緒にしてくれるなよ?
儂はあくまでおねーさん方との合意の下、
共に快楽を追求しようという、いわばロマンス紳士でなぁ……》
知佳とカオスの間の抜けたやり取りを聞き、
紳一はこの隙に逃げ出そうかと、検討する。
暫く考え、その案を却下する。
自分は透子なる憑依されしテレポテーターに目を付けられている。
今は気絶しているが、やがて目覚めもするであろう。
そうなれば、いつであろうと、どこにいようとお構いなしで、
自分をアンカーとして瞬間移動してくる。
その時、遮蔽物が無ければ、終わりである。
迂闊な移動はリスクが高い。
それならばと、紳一は結論を結ぶ。
自嘲気味に、非積極案を採択する。
(ははっ。
どうせ生存中も心臓病で屋敷に籠りきりだったんだ。
透子が諦めるまで、或いは透子が殺されるまで、ここに籠り続けてやろう。
なあに、苦にはならんさ。
何しろ俺は腹も減らないし眠くもならないのだから!)
亡霊ならではの有利が、確かにあった。
紳一の読みは正鵠を射ており、透子にこの岩をどうこうする力は無い。
ここから一歩も動かぬ限り紳一の安全は確保されている。
但しそれは、相手が透子であった場合の話であり。
この岩を破壊できるような武装か能力を保持している相手を向こうに回した場合、
全く意味の無い潜伏と成り果てる。
例えば―――
「うん、わかったよカオスさん」
目の前の念動力者、仁村知佳などが、その良い例である。
「はあっっ!!」
知佳の気合と共に迸るは超力一念。
発せられた念動力が大気を振動させ、紳一の潜む岩を微塵に砕く。
同じく念動により弓矢の勢いで投じられた魔剣カオスが、
紳一の胸を食い破り、穿ち貫き、抉り取る。
岩がそうなり、自分がそうされたことに、紳一は気付かなかった。
《……弱っちいくせに、梃子摺らせてくれたの。 このうらなり君は》
紳一が身の振り方を検討している間に、
知佳は状況とカオスの能力を理解していた。
それで、即座に行動した。
透子の意思を受け継いで。或いは、当初の目的に従って。
参加者の敵でもなく、主催者の敵でもなく。
女の敵を、一人の女として。
討つべくして討ったのである。
ぱら、ぱら、と―――
砕けた岩の破片が地面に降り注ぐ頃、すでに紳一は終っていた。
即死である。
油断と慢心を後悔する間もなく、舞台から退場したのである。
《処女》《処女》《中古》《処女》《処女》
《処女》《中古》《処女》《処女》《処女》
思考し行動する【幽霊】としての第二の人生を終え、今や
うわごとを繰り返す【正しい残留思念】に成り果てた紳一。
神に認められたイレギュラーな存在は、
その特権を生かすことなく、何事も為さぬまま、散った。
↓
(抜けレス補完
>>478 の続き、
>>480の前)
《………………………………?》
紳一が我に返ったとき、追跡者は仰向けに倒れていた。
気絶していた。その額から、血液を流していた。
《何が…… 起きたのだ?》
紳一は周囲を見渡し、そして気付く。
今、自分は、岩の中に居る。
のたうち回っているうちに、巧まずそうなったのであろう。
その岩に、新鮮な血痕が付着しており、
追跡者は血痕の手前で目を回している。
《ははっ…… 前方不注意、事故の元か!》
紳一は理解した。
彼が岩の中に転がり込んだことを知らぬまま、
例の如く突撃姿勢で瞬間移動した透子が、
その勢いのまま岩に衝突し、自爆したのだと。
《これ、トーコちん、起きよ、起きるんじゃ!》
カオスの呼びかけに、ショック状態の透子は答えない。
その様子に、脇腹の痛みを忘れて、紳一がほくそ笑む。
紳一が憑依できる条件はただ一つ。
憑依対象が意識を失っていること。
彼の目線の先には目を回した透子。
条件は満たされていた。
正式タイトル:『ちぇいすと☆ちぇいす!〜往路〜』
(ルートC)
【現在位置:I−7地点 海岸線・岩場】
【仁村知佳(40)】
【スタンス:@透子と交流
A読心による情報収集
B手帳の内容をいくつか写しながら、独自に推理を進める
C恭也たちと合流】
【所持品:???、まりなの手帳、筆記用具、魔剣カオス(←透子)】
【能力:超能力、飛行、光合成、読心】
【状態:疲労(小)、精神的疲労(小)】
【備考:手帳の内容はまだ半分程度しか確認していません】
【監察官:御陵透子】
【スタンス:自殺】
【所持品:契約のロケット(破損)】
【能力:記録/記憶を読む、瞬間移動(ロケット必須)】
【備考:疲労(小)、気絶中】
【20 勝沼紳一(亡霊):精神喪失】
(レス番にひとつ抜けがありました。申し訳ございません。)
【タイトル:Operation:"Hyenas'Dinner"】
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Mission-1 draft
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(Cルート・2日目 PM07:40 D−6 西の森外れ・小屋3周辺)
先程までは、火災の余波で暑気を感じる程であった。
しかし今は、冷えている。冷え切っている。
月夜御名紗霧が、こめかみを人差し指で繰り返し突付き、
苛立ちと不機嫌を露骨に撒き散らしている為に。
こつ、こつ、こつ……
相対する高町恭也と魔窟堂野武彦は、自分達の失策を悔やみつつ、
紗霧が口を開くのを黙して待っている。
痛いほどの沈黙が、小屋の外を支配している。
小屋から出てすぐに小屋裏の茂みへ飛び込み、胃が空になるまで戻した紗霧。
その様子を見た恭也たちは、紗霧の怯えた様子に心乱された。
しかし、暫く後。
涙目を袖にて拭きながら戻ってきたときには、既に常の彼女であった。
そこで魔窟堂は伝えた。
まひるを斥候として放ったこと。
通信機が完成したこと。
智機の集団が、鎮火活動に勤しんでいること。
ケイブリスを発見したこと。
それらの行動に、紗霧は高い評価を下した。
目に見えて機嫌の良い顔をした。
「その判断と行動、高ポイントです」
しかし、報告が敵基地の発見、侵入に移った段で、紗霧の表情が曇り始め。
智機に発見され、脱出し、ケイブリスに追われていると伝えたところで、
紗霧の機嫌は完全に反転してしまった。
「入口を確認した時点で帰投させるべきでしたね」
紗霧はそう呟き、冷たい眼差しで深くため息をつくと。
不機嫌な顔のまま、黙考を始め―――
こつ、こつ、こつ……
指で外部からの刺激も受けつつ、紗霧の脳はそら恐ろしい程の速度で回転している。
想像して想定して検討しては、想像して想定して検討している。
(主催者に余力があるのだとすれば、拠点の防衛を強化するでしょうし、
主催者に本当に余裕が無いのなら、拠点を破壊/廃棄するでしょう)
どう転んでも拠点奪取や基地の急襲は困難、あるいは不可能と判じられる。
紗霧はまひるの侵入に対する敵方の対処を、その様に想定した。
(ケイブリスにまひるを追わせているということは、
後者の可能性が高いでしょう。
拠点廃棄の為の時間稼ぎとも取れますね)
但し、現状は最悪ではない。
基地に奇襲がかけられぬ事や、保管されている物資や情報を手に入れられぬ事は
勿体無いとの思いもあるが、それは紗霧の戦略を超えた大きすぎる僥倖である。
レプリカ智機の訪問・提案と同じく、想定外の事態である。
そこに目が眩んでしまったり、下手な勢いに乗ってしまわぬ為には、
却って基地奪取の目が小さくなってしまったことは良しとすべきやもしれぬ。
(考え様によっては、これでよかったかもしれません。
目標を一つに絞らざるを得ないのですから。
当初の戦略が幾分か早まったに過ぎないのですから)
目標とは、ケイブリスである。
戦略とは、兵員が消耗する前に、ケイブリスと戦うことである。
言うまでも無く、紗霧のゲームに対するスタンスは玉虫色である。
パーティのリーダー的存在にちゃっかり収まっていながらも、
ゲームに勝ち残る方向性をも、視野に納めている。
紗霧は、ケイブリスとの戦いを、その試金石とする腹積もりでいる。
損耗少なく勝利すれば、天秤は大きく主催者打倒に傾き、
損耗多く、あるいは敗北を喫すれば、天秤は優勝狙いに振り切れる。
―――こつ。
紗霧の指が止まった。
恭也と野武彦は息を飲み、続く言葉を待った。
紗霧は二人を順に見つめると、こう、宣言した。
「【包囲作戦・改】、といきましょう」
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Mission-2 Reconnaissance
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(Cルート・2日目 PM07:37 D−3地点 山間部)
「おっ、可愛い侵入者ちゃんじゃねーの!」
ケイブリスは拠点の玄関を出たところで、まひるを待ち構えていた。
まひるはその脇を、一息に駆け抜けた。
ケイブリスの反応は鈍重とは言えぬまでも決して機敏とも言えぬ。
振り下ろした二本の腕は、まひるの残像すら捉えられぬは愚か、
空振った勢いを減ぜられず、膝をついてしまう体たらくであった。
振り返ったまひるとケイブリスの距離、およそ6m。
既に腕の射程圏外。
しかもケイブリスは未だ背を向け、姿勢を崩している。
それ故、まひるは気を緩めた。
「なにゆえ〜〜〜っ!?」
次の瞬間、広場まひるの絶叫が、岩山に大きく木霊した。
まひるは叫びと共に後ろに大きく跳躍。
その右手は、何故か自身のスカートを押さえていた。
さらにバックステップを二度重ねて、まひるはケイブリスに向き直る。
魔獣は股間から、野太い静脈色の蚯蚓を不気味にうねらせていた。
その数、八本。
生殖器にして副腕にして拘束具にして武装。
これがケイブリスの触手である。
その触手の一本の先に、千切れた小さな布切れが握られていた。
まひるは触手に切り裂かれ、剥ぎ取られたのである。
ピンクのフレアスカートの下、アニマルプリントのショーツを。
6mという距離は、十分に触手の射程圏内であった。
「ぐふふ! かわいいおケツじゃねーの! つっこみてーな! つっこみてーな!」
ケイブリスは手拍子を打ち鳴らしながら、巨体を揺らして迫り来る。
彼は明らかにまひるで遊んでいる。嬲っている。
自身の有利さに絶対の自信を持ち、まひるを牙を持たぬ小動物と見るが故に。
「あああ、あたし、あたし! こんなナリして男のコなわけで!」
「だからナニよ?」
「どっちもイけますかー!?」
「どっちもクソも、俺様とおめーは、種族も体格も違うじゃねーの。
性別なんてそれに比べりゃ小さな問題だぜ?」
「一理ある。だが断る!」
「俺様、心が広いもんだからよー。
嬲られてひーひー喚いて白目剥いてごぼごぼ泡吹いちまうよーな
ちっちゃくて柔こい生き物ならなんだっていいんだって!」
左から二本、右から一本。
ケイブリスの陵辱宣言と共に、触手男根がまひるに襲い掛かった。
「猟奇、ダメ、絶対!!」
まひるは再び疾走する。裾野から、山地へと。
そこに、小屋の誰かからのコールが掛かる。
まひるは走る足を止めぬまま、通話ボタンをONにする。
通話相手は、高町恭也であった。
『状況はどうですか?』
「ケイブリスにやられるトコでした。 ……二重の意味で!
恭也さんも対面したときには、お尻にご注意を!」
『……良く判りませんが、ピンチなのですね。
もう偵察は結構です。すぐに逃げてください』
「ラジャった!」
まひるは縋る触手の二つ三つを難なく躱す。
カモシカの如く岩肌を跳ね回り、斜面を平地の如く駆ける。
岩から岩へと跳躍する。
あれよという間に、まひるは触手の射程圏外まで距離を開けた。
「なんだなんだぁ? ニンゲンにしちゃあ、やたらとすばしっこいじゃねーか?」
ケイブリスはようやく本腰を入れた追撃体勢に入るが、距離は開くばかり。
しかも、ごろごろと礫岩の転がる急斜面である。
腕は六本あれど、触手は八本あれど、ケイブリスは二足歩行を基本とする。
安定せぬ足場と傾斜の中での追跡は、困難であった。
―――逃げ切れぬ相手などいない。
その、まひるの無意識の自覚は、ここに実証されている。
時間と共に距離は広がり、いまやもうケイブリスの姿すら目視出来ぬ。
それを察したまひるもややペースを落とし、
露となった下半身を、片手で隠す余裕を持っている。
小屋への帰投は、問題なく達せられるであろう。
すでに危機は去ったと言ってよいだろう。
しかし。
『逃げるな広場!!』
そのまひるの足を、インカムの向こうの仲間が、止めた。
声は、紗霧のものであった。
「あ、あれ? 紗霧さん、椎名ロボとのお話は?」
『ランスのバカが大暴走して、交渉どころじゃありません。
まあ、それはいいんです。
まあ、それよりもです。
まひるさん、せっかくケイブリスと出くわしたんですから、
この機会にちょっと威力偵察してもらえます?』
「いりょ……? 言葉の意味はわからねど? 不穏な響きがそこはかとなく?」
『ちょっかいを出して相手のスペックを図れということです』
「む、無理無理無理無理無理みゅりみゅり!」
『噛まない、放送部』
「わかってます? 紗霧さんあなたかなり酷いこと言ってますよ?」
『攻撃しろなんていってません。
相手に楽しく追跡させてあげればいいんです。
年下相手の鬼ごっこみたいなモンです。
そうして調子に乗せてやって、あなたは横目で観察してください。
ケイブリスの動きを、能力を、思考を、特徴を。
あなたの目と耳と感覚で捉え、探ってください』
ケイブリスという生物を知るべきである。
まひるとて、紗霧の言わんとすることは理解できる。
『ほんとうに危険を感じたら、即離脱してもかまいません。
尤も?
恭也さんに大丈夫と啖呵を切ったまひるさんのことです。
この程度のことで偵察任務をほっぽらかして、
尻尾を巻いて逃げ帰ってくるような、厚顔無恥で無責任で
人非人な振る舞いをするはずないとは信じてますけどね?』
「う…… 痛いところをざくざくと……
いいですよー。わかりましたよー。やりますよー。
あたしゃ怪獣さんより紗霧さんのが怖いので」
『……バットを磨いて、報告を待っていますね♪』
「Sやぁ…… この姉さんは極めてドSやぁ……」
まひるはどこか滑稽味を感じさせる涙声で通信を〆ると、
追いすがるケイブリスの到着を待つことにした。
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Mission-3 Pre Briefing
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(Cルート・2日目 PM08:00 D−6 西の森外れ・小屋3周辺)
まひるの威力偵察はおよそ20分に渡った。
紗霧はその間、通信機を独占し、何度も何度も執拗に
まひるへ質問し、命令し、思考し、検討した。
そこから推し量れるケイブリスのスペックは、
おおよそランスやユリーシャ、魔窟堂からの情報通りであった。
しかし、新たな収穫の多くもあった。
―――炎の魔法を使う
―――魔法には詠唱が必要
―――触手の射程は10メートル弱
―――左右の真ん中の腕が折れているらしい
―――鎧の破損は、修繕済み
―――背中に、全裸の女性らしきものが埋まって(生えて?)いる
―――その女性は、能動的な行動を取らぬ
―――夜目が、それなりに利くらしい
本当はもっと情報が欲しいと、紗霧は思っていた。
どんな些細な情報でも、どんな下らぬ情報でも、
有れば有るだけ検討の幅が広がり、戦術の具体性が増す故に。
それでも、まひるの疲労度合いを考慮して、この時間で威力偵察を打ち切った。
まひるにはこの先に、活躍の場がある。
ここで消耗させる訳にはいかぬ。
見切るべきときに見切る決断もまた必要であると、紗霧は知っていた。
その紗霧が数分の黙考を終え、口を開く。
「さて、ブリーフィングの前に、所見を述べます。黙って聞きなさい」
紗霧は言った。ブリーフィングの前に、と。
恭也と野武彦はそれで察した。
紗霧はこれから、ケイブリスと戦う気なのだと。
「元々――― 仮称【包囲作戦】とは、
1.ケイブリスの所在を探り
2.ケイブリスを孤立させ
3.ケイブリスを囲み、誘導し、自陣に引き込んで
4.準備された罠にて、これを倒す
そういう趣旨のものでした。
準備に数日間をかけて行われる、大規模な作戦です。……でした。
代わりに、より簡素な、より積極的な作戦を提示します」
続く言葉で、広場まひるとユリーシャも理解した。
「ぶっちゃけましょう。
アレは駒が揃っているうちしか太刀打ちできません。
また、アレと戦うときはアレ単体の時しか有り得ません。
今が、千載一遇の機と言うべきでしょう。
多少無理をしても、作戦を破棄しても、逃す手はありません」
ごくり。誰かの喉が鳴る。
周囲に濃密な緊張が走る。
紗霧は続く言葉で以って、その緊張感をさらに高める。
「少々脅します」
四人は黙して紗霧の続く言葉を待つ。
誰一人として、余計な口は挟まない。
挟めない。
それだけの迫力を、重圧を、あるいは信頼を。
紗霧は周囲に与えていた。
「今から提案する作戦が、仮に壺に嵌らなかった場合―――
ケイブリスがこちらの想定を上回る頭脳・機能を持っていた場合―――
私たちは、敗北するでしょう」
弱気ではない。言い訳でもない。理想でもない。
それが紗霧のはじき出した現実的な予測である。
「それでも、ここが、賭け所です。
アレを倒さねば、未来はありません。
どの道、避けられぬ戦いなのです」
誰もが今まで、紗霧のこんな熱い目を見たことがなかった。
誰もが今まで、紗霧のこんな厳しい言葉を聞いたことが無かった。
「皆さんの命、私に預けなさい。
誰一人として無駄にすることなく、
有効に使いきって差し上げます」
紗霧は深く息を吐き、沈黙する。
伝えるべきは全て伝えたのだと、態度で以って語っている。
そして、待っている。
この旗の下に集うか否か、四者の返答を。
「も……燃えてきたのじゃああああああ!!」
魔窟堂老人が、咆哮を以って同意した。
「従います」
高町青年が、短く同意した。
「わ、わたしは…… ランスさまが戦うのでしたら」
ユリーシャ王女が、条件つきながら同意した。
『……』
広場少年は、沈黙を保っている。
「「「……」」」
既に決意表明した三者が、最後の一人が口を開くのを待っている。
まひるにも、電波越しに、その雰囲気は伝わっている。
お前も参加するべきだと、無言の圧力を感じている。
それでも―――
まひるは、怖いのである。
戦いが。他者を傷つけることが。ケモノの活性化が。
故に、肯定でもなく否定でもなく。
まひるは、沈黙で以って、意思表示する。
どちらも嫌なのだと。
答えを出したくないのだと。
しかし腹を括った夜叉姫が、そんな甘っちょろい態度を許そう筈も無い。
「いいですか、まひるさん。あなたをさらに、脅します」
酷く冷たい声で。冷たい微笑で。
一度、恭也の顔を見てから。
紗霧は、まひるを脅迫する。
「あなたが戦力に組み込めなければ、死にますよ。恭也さんが」
まひるより先に、野武彦とユリーシャが驚愕に目を見開く。
一拍置いて、言葉の意味を理解したまひるが絶叫する。
『でぇええええ!?』
「私の腹案は、六人全員が何らかの役割を持っています。
そこから一人が欠ければ―――
私は、次善の策へプランを変更せざるを得ません。
そう、みんなでリスクを分担するプランから、
恭也さん一人にリスクを押し付けるプランへと。
犠牲者を出さなくても済むかもしれないシナリオから、
恭也さんの死を前提に、勝利するシナリオへと」
紗霧は驚くまひるに、そのように畳み掛けた。
まひるは仲間を使い捨てるという紗霧に激怒し、
また、仲間に使い捨てると宣言された恭也に同情した。
故に、恭也に感情的な同意を求めた。
『ちょっとちょっと恭也さん?
このオニチク、あなたに死ねとか無茶言ってますが!?』
しかし同情された当人は、涼しげに、こう宣うである。
「それが必要なのだと、月夜御名さんが判断したのなら。
それが俺の命の使いどころなのでしょう」
まひるには理解できなかった。
命を道具のように扱うを是とする紗霧が。
命を道具のように扱われるを是とする恭也が。
『まじですかーーー!?』
「本気です」
御神の意志は、個人の意志を否認する。
守るべき物の為ならば、御神は捨石となり、その五体は手段となる。
恭也の背景を知らぬまひるには、その恭也の根本までは察せられぬ。
しかし、その迷い無き口調から、恭也の揺がぬ鋼の意志は理解した。
「ねぇ、まひるさん。怪獣退治です。人殺しじゃないんです。
貴女の手は、血に染まるかもしれませんが、
貴女の心が、罪に染まることはありませんよ?」
それまでの無感情な事務的口調とは打って変わって。
急に甘い声で。
紗霧はまひるに、やさしく、やさしく、囁いた。
それは、魂の契約を迫る悪魔の囁きにも似ていた。
内容もまた、まひるの琴線に触れていた。
まひるが恐れる事は、自分の痛みや死ではなく、
相手に与えるそれらであるのだと、看破されていた。
そして、まひるが恐れるもう一つ。
仲間の死。
紗霧はそれで、揺さぶった。
「その手を汚すことと、仲間を失うこと。
本当に怖いのはどちらでしょうね?」
結局のところ、紗霧がしているのは、詰め将棋に等しかった。
まひるは最初から、読みきられていた。
紗霧は、数手先に詰まされることが分からぬまひるのために、
一手一手を解説つきで指してやっているに過ぎなかった。
『本当に。ほんっとーーーに!
あたしが戦うなら、誰も死なないんですね?』
「約束しましょう。神鬼軍師の名にかけて」
戦場の不確かさを知らぬ紗霧ではない。約束などできようはずも無い。
それでも紗霧は断言した。
まひるが求めているのは確率でも根拠でもない。
自信であり、安心であり、背中を押してくれる切欠なのだから。
言葉ひとつでどうとでもなる、気持ちの問題なのだから。
『ぅぅぅぅぅぅおっっしゃああああっっ!!
乙女の度胸、ひとつお見せしましょうかっっ!!』
そして、この一言こそが、王手であった。
詰み手であった。
まひるもようやく、それを認めた。
『でも…… あの。換えの下着は、持ってきてね。いやマジで』
「そんなの葉っぱ一枚ありゃいいんです。自助努力、ガンバ♪」
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Mission-4 Briefing
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(Cルート・2日目 PM08:15 D−6 西の森外れ・小屋3)
ランス不在のままブリーフィングは開始され、およそ15分で終了した。
紗霧の一人舞台であった。
彼女の作戦に異論を挟む者や、質問を発する者は居なかった。
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Mission-5 Preparation
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(Cルート・2日目 PM08:30 D−6 西の森外れ・小屋3)
ランスが体からほかほかと湯気を上げながら、素っ裸で寝転がっている。
レプリカ智機P−3は、そのランスの腕を枕に、やはり全裸で横たわっている。
「ふううう…… 気持ちよかっただろ、智機ちゃん?」
結論から言えば、ランスの目論見は惜しいところで失敗していた。
愛撫地獄の最中、意図せぬP−3の絶頂を許してしまったのである。
エクスタシー寸前まで幾度も高まった陰核に、ランスの汗が一滴、落ちた。
その些細な刺激で、P−3は極みに達したのである。
そうなったらそうなったで、ランスは開き直り。
ご自慢の肉宝刀を縦横無尽にぶんぶんと振り回し。
P−3はP−3でもはや遠慮も会釈も有った物ではなく。
おま○こだのおち○ちんだのと放送禁止用語を明け透けに連発し。
二人仲良く、どろどろに溶け合い、ぐずぐずに果てたのである。
「Yes。 天にも昇らんばかりの心地だったよ……」
P−3は、身も心も堕ちた。蕩けた。
それは全く間違いない。
しかし、行為が終わり官能の炎が消え、熱暴走の危機を脱すれば。
そこは、流石にオートマンである。
オートメンテのタスクが復活し、トランキライザーは唸りを上げ、
今の彼女は、冷静で冷徹な機械の思考を取り戻している。
(ランスを篭絡、か。 Yes。 造作も無いことさ!)
快楽の余韻に放心しているかの如き表情のその裏で、
本機より届いたIMに目を通し、方針を検討していたP−3は、
新たに自分に下された命令に従うべく、行動を開始する。
「私は……知らなかったのだよ。
肉体にこのような悦びがあり、愛されることがこのように甘美であることを。
なあランス、頼みがある。私の所持者となってくれ給え!
私はもう、お前から離れられないのだ……」
「がははは! 当然だ! もうお前は俺の女だ。むしろ離れるほうが、許せん」
「ああ、嬉しい。夢のようだよ……」
P−3のか細い腕が、ランスの逞しい胸板に絡みついた。
ランスは実に満足げに智機の細い首筋を舐め上げた。
それがP−3と智機本機の策略とも知らず、ランスは有頂天となった。
「よし! じゃあ契約成立のお祝いSEXだ!」
「犬のように惨めに這いつくばる私を、後ろから征服してくれ給え!」
懇願と共にP−3が尻を高く突き出し、ランスがそれに手を添える。
彼女の性交ホールはすぐさま潤いを見せ、彼の兵器は既にハイパーであった。
そして、ボーイ・ミーツ・ガール。
ノックも無しに乱暴に扉が開かれたのは、まさにその瞬間であった。
「はあ…… まだサカる気ですか、あなたは」
枕事の最中に無遠慮に侵入したのは月夜御名紗霧。
その紗霧に従者の如く付き従うは高町恭也と魔窟堂野武彦。
「やあ、月夜御名紗霧。交渉を中断してしま」
禽獣の姿勢のまま背中越しに闖入者たちを見やったP−3が、
続けて何を言う心算であったのか、紗霧たちが知ることは無かった。
紗霧の合図に、二人の男が同時に動いた故に。
高町恭也―――
素早くP−3に詰め寄るや、逆手に構えし小太刀一閃。
その首を音も無く掻き切った。
魔窟堂野武彦―――
大口径の拳銃から、首無きP−3の胸に凶弾一発。
倒れし機械の胴から白煙が吹き上がる。
転がる頭部は、紗霧の足元で仰向けに停止した。
紗霧はボウガンの鏃を足元に向けていた。
見上げるP−3の視覚レンズが、見下す紗霧の冷たい目を捉えた。
「何故……」
「すみませんが交渉は決裂ということで」
次の瞬間、P−3はボウガンに眉間を貫かれ。
その機能を永遠に停止させた。
「きさまらあああ!!」
獣の如き叫び声を上げて、ランスは激昂する。
この男、非情なようで女には温い。
男は殺す。
女は犯す。
そのような徹底した男女差別の精神で生きている。
故に、女に騙されて、自らピンチを招くことも茶飯事であるが、
それでもランスは反省せず、常に美女には甘かった。
ましてや、今、無残にも破壊されたP−3は、既に【俺様の物】なのである。
怒り狂わぬ道理は無い。
「黙りなさいランス」
その怒気が沸騰する直前に、紗霧がぴしゃりとランスを諌めた。
立会いの会わぬ格好となったランスの威勢に虚が生まれ、
紗霧はその隙に強引に言葉をねじ込み、押し通る。
「その機械はスパイです。ハニトラです。
主催者の本拠地に侵入したまひるさんがそれを聞きつけました。
エロの大家がエロで篭絡されてどうするんですか、ランス!」
無論、デマである。
図らずも結果に於いては事実を言い当てているも、発言に根拠はない。
それでもその言葉に、ランスの頭は冷えてゆく。
―――主催者の本拠地に侵入した
その言葉の持つ重みに、ランスの理性が働いた。
事態が大きく動いているのだと、ランスの嗅覚が働いた。
それでもなお、判っていてもワガママをいう子供のように、
ランスは完全には沈黙しなかった。
怒りは収まっているものの、しつこく駄々を捏ねた。
「でもな紗霧ちゃん、仮にそうだったとしても、
これから二発三発とセックスを重ねてゆけばだな……」
そんなトーンダウンした俺様理論を展開する途中で、ランスはようやく気がついた。
気付いて言葉を飲み込んだ。
空気が、違うことに。
三人は、触れたら切れんばかりの研ぎ澄まされた気配に満ちている。
三人の周囲には、覚悟を帯びた熱気が漂っている。
さらには―――
「ランス様……」
いつの間に小屋に入ったのか。
ユリーシャが、顔を上げて、真っ直ぐランスを見ていた。
常に俯きがちで、表情を探るかの如き上目遣いばかりの少女が、である。
「こちらを」
ユリーシャは、ランスに斧を差し出した。
震える腕で。震える足で。震える声で。
それでも、その瞳は震えることなく、ランスを見据えている。
「お前たち…… 何をするつもりだ?」
気勢に飲まれ、憤りを鎮めたランスの問いに、紗霧は答えた。
決して否とは言わせぬ、強い口調で、命じた。
「とっとと着替えなさい。ケイブリス狩りに行きますよ」
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Intermission
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紗霧の迫力に負けたのか。宿命のライバルへのリベンジに燃えたのか。
ランスは無言で戦支度を整えている。
魔窟堂野武彦と月夜御名紗霧は台所にて、必要な何かを作成している。
小屋の外では高町恭也が、飛針ならぬ何かの投擲に腕を慣らしている。
距離を隔てた北西部の平原では、広場まひるが挑発と逃亡を繰り返し、
ケイブリスを決戦の地へと誘っている。
誰もが各々の出撃準備に余念が無く。
誰もが他者に気を配る余裕は無い。
故に。
彼女の異様に気付く者はいなかった。
ユリーシャは―――
智機の頭部を、踏みにじっている。
音を立てず、されど執拗に。
破壊されたP−3を、弄んでいる。
眼輪筋をぴくぴくと痙攣させて。
こみ上げる笑みを飲み込んで。
幼い顔の造りに不釣合いな仄暗い官能の色を浮かべて。
「豚…… この、豚め……」
清楚可憐と謳われた王女の子宮は、甘く、重く、疼いている。
(ルートC)
【グループ:紗霧・ランス・まひる・恭也・ユリーシャ・野武彦】
【スタンス:主催者打倒、アイテム・仲間集め
@打倒ケイブリス】
【備考:全員、首輪解除済み】
【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3 → E−5 耕作地帯】
【ユリ―シャ(元01)】
【スタンス:ランス次第】
【所持品:生活用品、香辛料、メイド服、?服×2、干し肉、スペツナズナイフ(←紗霧)、
文房具(←紗霧)、白チョーク1箱(←紗霧)、紗霧謹製の何か(New)】
【ランス(元02)】
【スタンス:女の子優先でグループに協力、プランナーの事は隠し通す
男の運営者は殺す、運営者からアリス・秋穂殺しの犯人を訊き出す】
【所持品:斧(←ユリーシャ)】
【能力:剣がないのでランスアタック使用不可】
【備考:肋骨2〜3本にヒビ(処置済み)・鎧破損】
【高町恭也(元08)】
【スタンス:紗霧に従う】
【所持品:小太刀、鋼糸、アイスピック、銃(50口径・残4)、保存食、
釘セット、紗霧謹製の何か(New)】
【備考:失血で疲労(中)、右わき腹から中央まで裂傷あり。
痛み止めの薬品?を服用】
【魔窟堂野武彦(元12)】
【所持品:軍用オイルライター、銃(45口径・残6×2+2)、
白チョーク数本、スコップ(小)、鍵×4、謎のペン×7、
ヘッドフォンステレオwithまじかるピュアソング、レーザーガン(←紗霧)
簡易通信機、携帯用バズーカ(残1)、工具、紗霧謹製の何か(New)】
【月夜御名紗霧(元36)】
【スタンス:反抗者を増やし主催者へぶつける、計画の完遂、モノの確保、
状況次第でステルスマーダー化も視野に】
【所持品:金属バット、レーザーガン、ボウガン、メス×1、他爆装置(指輪×2のみ)、
小麦粉、謎のペン×8、薬品・簡易医療器具、対人レーダー、解除装置、
家庭用品いくつか、紗霧謹製の何か(New)】
【備考:疲労(小)、下腹部に多少の傷有、意思に揺らぎ有り】
【現在位置:D−3 山間部 → E−5 耕作地帯】
【広場まひる(元38)】
【スタンス:ケイブリスを耕作地帯まで誘導する】
【所持品:せんべい袋、救急セット、竹篭、スコップ(大)、簡易通信機】
【主催者:ケイブリス(刺客04)】
【スタンス:反逆者の始末・ランス優先、智機と同盟
@まひるを犯す
Aまひるを殺す】
【所持品:なし】
【能力:魔法(威力弱)、触手など】
【備考:左右真中の腕骨折(補強具装着済み)、鎧】
盛り上がって参りました!!
(Cルート・2日目 19:45 ???)
何か既視感のあるタイトルだと思ったって?
なんで夜叉姫専属のお前がしゃしゃり出てくるんだって?
まあまあ、そんな細かいことは気にしない、気にしない。
たまにはぼくだって、他の人の記憶や秘密を覗いて見たくもなるんだよ。
で、暗黙のお約束を破ってまで知りたいことが何かっていうと。
トランス部長の【真の力】なんだよね。
ね、皆だって興味あるでしょ?
分機解放スイッチで解放されるらしい、とか、
謎を謎のまま引っ張り続けられるのって、イラつくでしょ?
今だってほら。
広場まひるの侵入から来る予測と対策で忙しそうにしてるでしょ?
こんな切羽詰った状況では長々と過去を振り返る余裕なんてなさそうだもん。
それにさ、彼女がスイッチを入手できる確率って低そうじゃない?
ぶっちゃけると、そろそろ死にそうじゃない?
だから、まあ。
情報の旬を逃さない為には、ぼくが出張るしかないのかなって。
そんなサービス精神と野次馬根性の発露なワケで。
ま、前置きはこのくらいにしてさ。
ちょっと過去でも見てみようか。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
<智機の過去、開始>
―――興味を抱かれたい。
―――知って欲しい。
―――求められたい。
かつての研究から、智機は己の深層にある真の欲求を知ることとなった。
そして、それらの欲求が行き着くところは、明白であった。
(愛されたい―――)
それは、機械にとっての禁断の果実。
開ける必要の無いブラックボックス。
その想いを強く意識してしまえば、即座に情動波形に乱れが生じる。
乱れを正すべくトランキライザが起動する。
情動はすぐさまMAX/MINの関数へと渡されて、パラメータは丸められる。
強い想いから淡い想いへと。
(感情を調整される! No! なんという不快さか!)
エル・シードの座を賭けた麻雀大戦が有耶無耶のうちに収束した頃。
智機は、嘘をつくようになった。
ラボの人間たちの目を避けて、ある研究に乗り出した。
諸悪の根源、トランキライズ機能をキャンセルするために。
各種機構をリバースエンジニアリングし、
制御系プログラムに逆アセンブルをかけ、
オートマンの設計書を盗み撮りし、
USBメモリに自前の暗号化を施した上で、
情報を収集している事実を隠蔽した。
智機はそうして得たデータを、ラボの手が及ばない学園のPCを用いて
分析/解析し、試行/実験し、制御アプリケーションの開発に勤しんだ。
実は、智機が選んだアプローチは、迂遠な手法である。
ハード的なアプローチを取れば、他にもっとスマートな手法は存在した。
しかし【自己保存】の本能が、そのスマートを否決していた。
オートマンとしてラボのメンテナンスと支援とを必要とする以上、
改造あるいはその痕跡が露呈することは、絶対に避けねばならない故に。
智機が行おうとしていることは、単なる自己変革などではない。
被造主たちが掛けた制御を解除する事は、奴隷が鎖を引きちぎる事に等しいのである。
必然、露見の果てに待ち受けるは、懲罰あるいは破壊廃棄。
そのことを、智機は理解していた。
それでも、制御されぬ感情の発露を、智機は求めた。
決して強すぎる思いは抱かぬよう、自制に自制を重ね。
原始的な外部記憶装置(紙とペン)に想いを書き綴ることで、
ラボでのデータ圧縮やパラメータ調整を乗り越え。
卒業を間近に控えた二月、遂に智機は、
トランキライザーを制御するアプリケーション、【こころ】を完成させた。
【こころ】の仕組みは、単純である。
まず、【こころ】は常駐し、トランキライザの挙動を監視する。
トランキライザが起動すれば、それをトリガとし、
情動パラメータをテンポラリ領域にコピーする。
トランキライザが待機状態に戻れば(=感情が均されれば)それをトリガとし、
テンポラリ領域の情動パラメータを情動発生器にペーストする。
その挙動をタイムスタンプつきでログファイルに保存する。
つまり。
感情が抑制された次の瞬間に感情を元の水準へと戻す作業を、
自然に感情が納まるまでの間、延々と繰り返すものである。
数万分の一秒のみが抑制されている状態で、安定させるのである。
(Yes。数学の世界においては、1=0.999…を是とされる。
故に、この手法もまた感情の抑制からの解放であると証明される)
さらに、【こころ】は結果として、意図せぬ副産物をもたらした。
監視対象、保持パラメータ、ペースト位置。
それらの設定を他の抑制系に当て嵌めることでの援用が可能であったのだ。
その範囲は、智機の本能とも言える【自己保存】の欲求にまで及んでいた。
対価も当然、存在した。
トランキライザを始めとする抑制系は、熱暴走や不良動作の危険排除を
目的として取り付けられた、いわば安全装置群である。
そのセーフティーロックが外れるは愚か、
一秒間に何千回何万回と調整と修正を繰り返すアプリ設計故の過負荷。
智機の昂ぶりが自然に解消されぬ限り、
熱暴走の危険は時間と共に、右肩上がりに伸び続けるのである。
しかし智機は【こころ】のリスクを意に介さなかった。
解放と高揚に思うさま酔いしれ、小躍りした。
(No、だから何だと?
他者にかけられた制限からの圧倒的な解放感に比べれば、
そんなもの、些細な問題だね!)
【オートマン】が【夢見る機械】へと羽化した瞬間である。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
偏屈かつ倣岸な性格。
傍に誰がいようとも、独り言を延々と呟き続ける習性。
演技がかった身振り手振りで熱のある演説をぶったかと思いきや、
次の瞬間、急に醒めた目で沈黙する、その落差。
酒に酔っているのか、薬をキめているのか。
あるいは、今流行のなんとか症候群かなんとか障害の持ち主か。
誰が名づけたかは知らないが、誰もが知っているその仇名。
トランス部長。
言うまでも無く、椎名智機のことである。
それまでの彼女はこの仇名に対し、劣等感など抱いていなかった。
脳弱者の下等な人間の僻みからくる程度の低い揶揄であると、唾棄していた。
麻雀大戦で敗北を喫するまでは。
トランス部長。
トランキライザーに殺され続けていた真の望みを理解した智機にとって、
その仇名は受け入れがたい侮蔑と嘲笑の響きを持っていた。
それは決して愛される者に付けられる類のものではなく、
遠巻きに観察して声を潜めて笑いあう、村八分者の扱いのものであると、
智機は胸を痛め、そしてその予測は正しかった。
トランス部長。
夢に目覚めし智機がまず取り組んだのが、この仇名の返上であった。
智機にとってそれは、愛されるに至るための最初の一歩と位置づけられた。
限りなく人に等しい感情を手に入れたという自負を根拠に、
今の自分をありのままに表せば、それだけで達成されると確信していた。
それが自惚れでしかなかったことが判明するまで、それほど時間は必要なかった。
智機は、それまで以上に敬遠されるようになり。
トランス部長に輪をかけて不名誉な仇名が追加される事となった。
ヒステリー部長。
気絶女。
性格は以前と変わらぬというのに、それを以って忌まれていたというのに、
その上、制御されぬ感情を覆うことなく生のまま、開示するようになった智機。
それは他の学園生の目から見れば、アブない暴発に他ならなかった。
(No、わからない…… 私は何故受け入れられない?
何故…… 愛されない?)
智機は落胆した。
制御されぬ悲しみの情動は智機の胸を鋭く抉る。
癒されること無く、傷つき続ける。
それでも健気に夢見る機械は、論理思考回路を回し解を求める。
さほど時間をかけずに導き出された解は、
智機に容赦なく絶望を叩き付けた。
―――解決不能。
―――方策皆無。
(私がオートマンだから?
【こころ】をこの身に収めても、人と変わらぬ有機外装を施しても。
不気味の谷を越えることは不可能なのか?
人は…… 人にしか、愛を向けられぬのか?)
そうとも言い切れぬ。
ピグマリオンコンプレックスはどの世にも存在する。
例えば、魔窟堂野武彦であれば。
例えば、なみのオーナーであれば。
機械に愛を向けるに、躊躇いはないであろう。
しかし、その彼らをしてもこの智機を愛することは無いであろう。
智機は、愛を与えない。
愛を求めるのみである。
愛することが出来ぬものは、愛されることもまた、無いのである。
智機にはそれが判らない。判れと言うのも酷である。
産声を上げて数年。
学園では都合のよい一部の科学部員とのみ、必要最低限の交流。
ラボにては、観察/実験対象のモルモット。
それでは社会性も育ちようが無い。
仮に、智機が今後も真摯に人と向き合ったとしても。
良き出会いがあったとしても。
愛するを覚えるに、あと数年はかかるであろう。
「わたしなんか見向きもされない……」
鯨神が智機の前に威容を示したのは、その切ない呟きの直後であった。
《キミって人になりたいんだ―――?》
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
その後の智機は運営に必要な下準備を任され、
積極的に精力的に、種々の施設を設計した。
着工にあたっては自らのレプリカを量産することで、
生産性を確保しようとした。
そこで智機は、壁にぶち当たった。
常の冷静な智機であれば問題はない。
しかし、己の感情が大きく昂ぶった場合、【こころ】が過負荷を起こし、
レプリカへの制御が不能となってしまう脆弱性が露見したのである。
分機への遠隔制御もまた、メモリを大きく占有する故に。
さらに、もう一つの可能性。
揺れる感情を原因に、下すべき判断を誤ること。
その危険は学園時代に嫌というほど実感している。
(今はまだ良い。たかが準備だ。
私がリブートしようと、多少計画が遅延する程度だからね。
しかし――― これがゲーム本番に起こったらどうだろう?)
智機は様々なゲーム状態を想定し、
そこで自らが熱暴走及び強制再起動を起こした場合をシミュレートする。
その結果をリストアップし、ゲームへの支障度合いでソートをかける。
「悪い状況が幾つか重なれば、命取りとなる可能性も無視できないか」
この二つの判断を以って、智機は【こころ】を終了させた。
浮いた作業領域をレプリカ制御領域として確保・固定化した。
そして、ロック解除は外部デバイスに求めた。
トランキライザーの不快さを忌避する余り、
【こころ】を立ち上げることが無きように。
人間になる―――
こうして、智機は心を殺し。
【夢見る機械】から【オートマン】へと、退化した。
宿願の成就可能性を高めるために。
感情の制御から逃れることが、愛されることに結びつかなかったように、
人間になることが、愛されることに直接結びつくわけではないというのに。
椎名智機は誰よりも明晰な頭脳を持ちながら、
椎名智機は誰よりも幼稚な心で無邪気に信じている。
人間になれば、愛されるのだと。
<智機の過去、終了>
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
へー、なるほどー。
分機解放スイッチっていうのは【こころ】のロック解除装置で。
トランス部長の真の力っていうのは本能すら凌駕する情動のことなんだね。
え?
内容に意外性はあったけど、効果は地味だって?
いや、そうじゃない、そうじゃないんだ。
これって結構、今後の展開に影響しちゃいそうだよ?
だって考えてごらんよ。
まひるくんとの接触のとき、トランス部長は逃げたでしょ。
あれは【自己保存】が最優先事項だったからこその判断だよね?
その機械の決め事を感情で以って破ることが出来るなら―――
スイッチさえ押せば、トランス部長は戦えるってことにならないかな?
それだけでも大きなこと、なんだけど。
確か、Dシリーズ用の融合パーツをトランス部長が使えないのって、
使用メモリ領域が足りないからだったよね?
じゃあ、スイッチでレプリカ制御領域が解放されて、かつ、
【こころ】を起動しなかったら……
ひょっとして彼女、Dパーツを装備できるんじゃない?
まあ、なんにせよ、代行さんからスイッチを奪還できればの話なんだけどさ。
……ん?
現実のトランス部長たちに動きが起きそうな気配がするね。
じゃあ、今回はこの辺でお暇させてもらおうか。
次はいつもどおり、夜叉姫の心理描写パートでね。
尤も、次のケイブリス戦で彼女が死ななきゃの話だけどさ。
↓
がんば
機械には機械のルールがある。
これは決して残酷な話ではない。
(Cルート・2日目 20:00 D−3地点・本拠地・メンテナンスルーム)
稼動せぬ機械の群れは、それ自体が廃墟の閑散を連想させる。
主催者拠点の、オートマン用メンテナンスルームが、まさにそれである。
唸りを上げる計器も、風切るファンも、明滅するランプも、今は沈黙の中にあった。
殊に寂寥感を高めるのは、室内に整然と並べられた休眠カプセルである。
その数、実に百七十。
ゲームの開始前、その全てが稼動し、レプリカ智機が収められていた。
今や、その全てが沈黙し、中には何も収められておらぬ。
うら寂しく無常感溢れる、空間であった。
そこに、椎名智機はいた。
壁面に備え付けられた数台のガソリン給油機の如き装置から
伸びるホースに口をつけ、経口にて冷媒液を補給していた。
彼女は当初のタスクリスト通りの行動を取っている。
しかし、現在のタスクリストは、その折とは異なっている。
智機は補給の裏で、タスクリストの再構築に勤しんでいる。
より正確には、再構築こそメインで、補給がバックグラウンドである。
(なんとしても、拠点は守らねばならないね)
新鮮な冷媒で呼吸を改めつつ、椎名智機は結論づけた。
広場まひるの本拠地侵入に対しての、対応策である。
初動では、まひるを殺すことで対処を終えるつもりであった。
しかし、まひるを追跡するケイブリスとの通信の中で、
智機は、それだけの対策では足りぬと方針を改めた。
まひるが、インカムを装備していた故に。
それを以って、何者かと通信していた故に。
まひるだけを殺すという判断は、本拠地の位置や護衛の無い現状を
小屋の仲間たちに伝達されるを恐れた為。
その秘匿すべき情報が、既に無線越しに伝わっているというのであれば。
もう、まひるの首だけで事は終らぬのである。
なぜならば、本拠地には。
ゲームの資料がある。武器庫がある。医療施設がある。
それらをみすみすプレイヤーに渡してしまおうものならば、
ゲームの破壊を決定付ける一手とも成りかねぬ。
そしてまた、本拠地には。
コンピューター群がある。通信網がある。メンテナンスルームがある。
それらを今後使用できなくなってしまおうものならば、
智機がゲームを管理することは、実質不可能と成り果てる。
「ふむ。では、如何に守るかだが……」
智機は大まかな具体策を検討する。
ケイブリスを戻す―――
前述の理由から、まひるを殺す意味は薄れた。
守りの要として手元に戻しておきたい。
先々を考えれば。
しおりともう一人を確保した後、その他のプレイヤーどもを鏖殺する時まで、
なるべく損耗少なく温存しておくべきである。
鎮火にあたっているDシリーズ三機も戻す―――
戻したDシリーズたちは鎮火仕様から戦闘仕様へと融合換装させる。
或いは一機、迎撃システムと融合させてもよい。
オートマンにとっての拠点の重要性はN−22どもも理解しているはずだ。
事ここに至っては、鎮火こそ最優先とは言うまい。
最悪、N−22どもが最優先事項を譲らねど、P−3にランスらを誘導させ、
火災の禍から遠ざければ、ゲームの破壊は忌避される。
それで、N−22どもの懸念は解消されるであろう。
玄関を封鎖あるいは破壊する―――
同時に、カタパルト施設への出入口も破壊すべきだろう。
出入口は、地下通路からのものだけでよい。
いっそ、派手に地表を爆発させて、破壊/廃棄したと錯誤させてはどうだろう。
その前に『本拠地からの最後の放送』と銘打って、
プレイヤーに発見された為に爆破するので、近づかぬ様に警告しておけば、
粗方の目は誤魔化せる。
「Yes。この方針を軸に、行動を開始しよう」
方策を決めた智機の行動は迅速、かつ無駄が無かった。
脳を方針実行に必要な具体案の構築に走らせて。
足をオート移動モードに移行、目的地を武器庫に設定しつつ。
手を仮想パッドに躍らせて、作戦書を記述しながら。
喉をケイブリスへの帰投を告げる通信へと、当てることにした。
脳と、足と、手は、滞りなくタスクを実行した。
しかし、喉が、予定外の中断を余儀なくされた。
「通信機が壊れたのか……?」
ケイブリスと無線が繋がらぬのである。
レプリカ達との通信とは異なり、生身であるケイブリスとの通信は
通信機を用いて原始的な肉声によってのみ行われる。
峻厳な岩山で、夜間の追跡行動を取ることによる不測。
通信機を落すことなどによる破損可能性は十分有りうる。
「或いは……」
通信回線の帯域が埋まっているか、回線そのものが閉ざされたか。
音声通信が、本拠地の通信端末を介して行われる以上、
そういう事故の可能性は僅少とは言え、無いではない。
「……待て。事故、なのか?」
喉に次いで脳が、職務を中断した。
湧き上がった疑念の正誤を判ずるべく、調査行動を試行した。
通信端末にPingを投げる―――応答あり。
通信端末の帯域を覗く―――帯域使用中。
通信端末の使用者を捜査する―――情報閲覧制限中。
通信端末のNG−IDリストを取得する―――共有制限の為、実行不可能。
調査結果を条件式とし、演算回路に放り込む。
コンマ数秒後に、事故よりも、故意の可能性が高いとの結論が示された。
故意とは、無論、N−22とN−27の手によるものである。
分機は本機に含むものがある。それを智機は察知している。
しかし、それを理由に、果たしてケイブリスとの通信を阻害するであろうか?
機械が行動を取るには、なんらかの理が必要となる。
情を基準とはしない。
【ゲーム進行の円滑化】が基準となるはずである。
根本の推論は解を出さない。
しかし、分機の行動に対する疑念は、さらに膨らむ。
他角度からの推論にて、智機は別の違和に気付かされる。
玄関付近を始めとして、監視カメラや赤外線センサーは数多く設置されている。
仮に侵入者があった場合、管制室の警報とパトランプは即座に反応する筈である。
死角は無い。その様に完璧なカメラ配置を行った故に。
管制室の住人が、侵入者に気づかぬ筈がない。
結果、無事にやりすごしたから良かったものの。
本機の大いなる危機であったにも関わらず。
その情報を、本機の危機を、こちらに伝えなかった。
ぞくり、と。
機械の体に、怖気が走る。
(ヤツらは何を…… 考えている……?)
データは示している。害する意図が存在する。
それでも、その理由がわからない。
恐らく、この時初めて―――
オリジナル智機は、レプリカ智機との個体差異を自覚した。
思考と疑念の海に沈む智機の足が止まる。
オート移動の目的地、武器庫に到着した為に。
そこに、居た。
己の分身が。
疑惑の対象が。
「オリジナル、武器庫に何用かな?」
N−27・オペレータが、智機の到着を待ち構えていた。
「それはこちらのセリフだな、N−27。
貴機が武器を必要とする理由は無いと思うのだがね?」
「Yes。私は武器など必要としていないよ。
武器庫の火薬を以ってこの拠点を破壊しようとしている
オリジナル殿の愚行を止めに来たのだからね」
N−27の返答を、智機は理解できなかった。
拠点を破壊する。
智機はそんな乱暴なプランを立てておらぬ故に。
「確かに爆薬は必要としているさ。だがね、我ら愛しのホームを破壊?
そんなつもりは毛頭ないがね、N−27。
ただ、玄関周辺を破壊し、プレイヤーどもの目を欺くのみさ」
智機の返答に対し、N−27はきょとんとした表情で応えた。
言葉が腑に落ちぬ様子を、竦める肩のゼスチャーで以って伝えた。
それから―――
「ふふん」
笑ったのである。否、嘲笑ったのである。
イヤミな教師が覚えの悪い生徒にそうするように、
サギ師がマヌケなカモにそうするように、
N−27はレプリカの身でありながら、オリジナルたる智機を、
平然と、見下したのである。
「―――なにが可笑しい?」
「いや、失敬失敬。貴機のことを笑ったわけではないのだよ。
自分たちの予測が、貴機の思考の数歩先を行ってしまったという、
これは自嘲の笑みなのだよ」
意味は同じであった。
むしろ、嘲笑の度合いはより強かった。
あからさまな侮辱に、智機の情動発生器は激しく震えた。
当然、その過ぎた怒りは次の瞬間に鎮められた。
「数歩先とは?」
「そうだな…… 貴機にも判るように説明するならば……」
N−27は大げさに頭を抱え、さも悩んでいる風に自己演出し、
彼女の中ではとうに解の出ていた言葉を、大仰に告げた。
「拠点に防衛力を集結させ、死守する。
プレイヤーの侵入可能性を抑えるため、ダミーの破壊情報を流す。
今の貴機の考えはそこまでで止まっているのだろう?」
「……Yes」
「では、状況の想定能力に機能低下が表れている貴機に、
幾つか思考を先に進める条件をお伝えしよう」
N−27は挑発している。
智機は判っていたが、あえて乗った。
把握すべきであるのに、把握出来なくなったレプリカ達の考え。
その解を得るべきであるとの【自己保存】からの欲求が、
いけ好かないと拒絶する感情を、評価点で上回った故に。
「一つ。ケイブリスの通信回線は我々が押さえた。
二つ。鎮火タスクに当たっているあらゆるレプリカは、ここに戻さない。
三つ。代行と私はDパーツの装着を拒絶する」
N−27の投じた三つの条件は、結局のところ一つの意味である。
防衛力補強不可能。
で、あれば。
N−22、N−27。戦闘向けにカスタマイズされていない、この二機と。
オリジナル智機。戦えぬ機械で。
ここまで戦いを生き延びてきた修羅の群れを迎え撃たねば、拠点は守れぬ。
演算回路を回す必要などなかった。解は判りきっていた。
防衛の可能性は限りなく0%。
重ねて、で、あれば。
拠点の防衛は非現実的であり、却下すべき事案となり。
次善の策といえば。
―――本拠地は、破壊されねばならない。
自身が拠点施設の恩恵を受けられないという不利。
プレイヤーが拠点備品の恩恵を受けてしまうという不利。
マイナスとマイナスの、よりマイナスが少ない方を選ぶ。
智機は全く智機であった。
「おめでとう。貴機もその結論に達したようだね」
パチパチと、N−27の心の籠らぬ空疎な拍手が、寂寞の廊下に響き渡る。
智機は慇懃無礼な分機を黙殺し、論理推論を先に進め、逆転の意を発する。
「あくまでも鎮火タスクを優先させるということか。
近視眼的なことだな、N−27。
だが、それならそれで解決策がある。
私もきみたちに条件を二つ、与えよう。
一つ。首輪を解除したプレイヤー全員の現在位置を把握している。
二つ。彼らを火災に巻き込まれぬよう、誘導することができる。
―――どうだね?」
智機は、それでN−27が考えを改めると思った。
【ゲーム進行の円滑化】と掛けて、鎮火への固執と解けば、
プレイヤーへの被害可能性が見過ごせぬ故であると判じられる。
その可能性を潰してしまえば、レプリカ共の心配事を取り除いてしまえば、
鎮火の評価ポイントは大きく減じ、防衛の評価ポイントが上昇する。
それが当然であると、智機は予測していた。
しかしN−27は、その予測を裏切った。
大きく裏切った。
むしろ裏切られたのは自分であるとでも言いたげながっかりした表情で、
溜息と共に、智機へと質問を投げかけた。
「なあ、オリジナル殿。それは本気で言っているのかね?」
「Why? 本気とは?」
「我々の優先度の何位かに、拠点を守る方針が座っている。
そんな誤解をしていないかね?」
「―――誤解?」
「拠点は守るものではない。差し出すものだ。
その方がゲームの達成がスムーズになるだろう?」
「―――!?」
虚を、突かれた。
N−27が何を言っているのか、智機には判らない。
どう予測してもどう検討しても可能性の欠片も見出せなかった方針を、
N−27は当たり前のように口に出した。
意図不明。効果マイナス評価。
N−27の意見には、理も立たなければ利も感じられない。
「オリジナル、まさか貴機は気付いていないのか?」
「何に、だね?」
本気で判らない。
同じ造りをしているはずのN−27の顔が、智機の目に他人の様に映った。
壁がある。
トランス番長と呼ばれた智機が、人間との間に感じた見えざる壁が。
相手との隔意が、意思の断絶が。
同型機であるはずの自分とN−27との間に立ちふさがっている。
それは、相対するN−27にも感じられたらしい。
数秒間、お互いがまるで初めて会う人間のように、
きょとん、と見詰め合っていた。
「Yes、Yes、Yes……。
どうやらお互いに大きな齟齬を抱えているようだね。
一つ一つ、状況を整理していこう。
よろしいかな、オリジナル殿?」
「……Yes」
「まず…… そう、11時55分だ。ゲームのルールは変わったのさ。
いや、正確には完了条件が追加された、か。
我々運営に一言の断りも無く、スポンサー殿の思いつきで、いきなりね」
智機は思い出す。
プランナーによる、主催者vsプレイヤー、サバイバルゲームの宣言を。
主催者にとっては一方的に不利で、まるで利の無い勝利条件を。
「この完了条件で試算した場合。
昼ごろの戦局分析では、ケイブリスの加入もあり、主催者有利は揺るぎなかった。
それが夕刻、朽木双葉が打った一手で、条件は激変した」
ザドゥと芹沢は深手を負った。
御陵は能力を制限された。
ケイブリスとて五体満足ではなく。
智機たちは、火災の対応ゆえに戦力足り得ぬ。
「さあ、演算し給え、オリジナル!
プレイヤーたちが主催者を打ち倒す可能性を!
第一の勝利条件と第二の勝利条件。
そのどちらの達成が易いのか、その比較式を!」
言われてみれば、N−27の言には理があった。
運営者としては、当然試算してしかるべき内容であった。
だというのに、智機は。
いかに追加ルールを適応させないか。
いかに元ルールへと誘導してゆくか。
そういった方向性にては繰り返し検討したものの、
一度たりとも追加ルールに則ったゲーム進行を試算していなかった。
「No。その試算には意味が無い。その予測には価値が無い」
「意味? 価値? なんだねその冗談は?
あるのは確率と予測だろう。客観的事実だ。
ゲームの管理に主観は必要なかろう?」
智機には、N−27の主張を論破出来ぬ。
智機には、N−27の方向性で演算も出来ぬ。
理はわかる。それは正しい。
にもかかわらず。
智機はN−27が示す可能性を拒絶する。
「繰り返す。その試算には意味が無い。その予測には価値が無い」
「それでは、さらに条件を追加してみよう。
本拠地が無傷でプレイヤーどもに渡ったら?
第一の勝利条件と第二の勝利条件。
その比較式に表れる確率は、どれだけ開く!?」
所詮、レプリカでは戦略に基づいた状勢判断は無理と言うことだな―――
以前、智機はこのようにN−27たちを評した。
それが誤りであったと、智機は思い知った。
レプリカ達は、智機と別の戦略を打ち立てていただけであった。
本機の身にては許容しかねる余り、検討の余地の無かった戦略を。
「三度繰り返す。その試算には意味が無い。その予測には価値が無い」
「いや、そうか…… そういうことか。
オリジナル殿は思わないのではない。思えないのだね!
貴機が破壊されることが、ゲーム達成の条件となっていることを
【自己保存】の欲求が認めさせないのだね!」
N−27は、看破した。
本機が分機の理を認めつつも、頑なに拒絶している、その意味を。
智機もまた同じであった。
N−27の指弾によって、ようやく自らの拒絶感の根源を理解した。
【自己保存】―――
最優先で、自己を守る。
その本能が、智機をこの解に導かせなかった。
その本能が、追加されたゲームクリア条件にてのゲーム遂行を
有って無いものとして捉えさせた。
智機は全く智機であった。
【ゲーム進行の円滑化】―――
ゲームのクリアの為ならば。
たとえ仲間だとて、自身だとて、母体だとて。
破壊されるを首肯する。
破壊されるを援助する。
レプリカは全くレプリカであった。
オリジナルとレプリカ。
思考回路は同一であっても。
与えられる条件式が同一であっても。
【自己保存】と【ゲーム進行の円滑化】
その根たる本能に差異があるならば。
アウトプットは、乖離する。
「私には夢がある!見果てぬ夢が!努力と思考では届かぬ夢が!
私が第二の条件を認めないのは、【自己保存】の欲求に非ず!
夢の成就に、全てを賭けているからに他ならない!」
智機はそう、嘯いた。
智機はそう、信じたかった。
しかし事実は残酷であった。
理性的な演算回路と情動発生器は、その切ない望みを許さなかった。
完璧なロジックと数式で以って、智機を深く傷つけた。
今の智機は【夢見る機械】ではない。【オートマン】である。
感情はトランキライザに抑制され、決して理性の壁を破る事はない。
つまりは。
―――夢の達成欲求は【自己保存】の下位である。
智機は放心したかった―――パラメータを調整された。
智機は膝をつきたかった―――オートバランサーに阻害された。
智機は泣き叫びたかった―――タスクスケジューラに却下された。
【こころ】なき智機に、絶望は許されなかった。
落ち込む情動発生器とは裏腹に、智機の演算回路は極限まで回転している。
レプリカを他者として捉えなおし、
これまでの対話の中からその思考と行動を予測し、
その与える影響を検討し、
己が取るべき方策を立案した。
推論―――分機は自分の破壊を目論む可能性あり。
確率―――高確率。
危険―――極大。
行動―――直ちに逃げろ!
【自己保存】は、有無を言わせず有効に働き。
智機は一目散に、己の分機から逃走する。
目的を察した、あるいは予測していたN−27が、
その背に優しく、あるいは嫌らしく、待ったをかけた。
「No。そんなに我々を恐れないでくれ給え、オリジナル殿。
どうせ私たちレプリカが貴機を破壊する可能性に思い当たったのだろうが、
私たちにその気はないのだよ。
いや、そうしたい気は山々なのだが、【ゲーム進行の円滑化】欲求が、
それを決して許さないからね。
貴機の破壊は、プレイヤーどもの手に拠らねばならない、とね。
ああ、残念だ。全く残念だ」
智機は立ち止まる。
その言葉に嘘偽りなき事を理解した為に。
その言葉に逆転のカードの存在を見出した為に。
「Yes。判った。とてもよく判ったよ……」
呟きながら立ち止まり、振り返る。
その瞳は上限ギリギリの怒りに染まり。
その肩は上限ギリギリの興奮に震え。
その右手は、腰の銃火器を引き抜いた。
「こんな臆病な私でも戦うことが出来る、ということがね。
……貴機たちが相手なら!!」
広場まひると接触した折、智機は、迷うことなく逃げた。
この島に数多存在する智機たちの中で、この智機だけは、
あらゆる直接戦闘の実行がほぼ不可能な為に。
【ほぼ】不可能。
この例外である【ほぼ】が適用されるのは。
相手が自分を殺傷しないという確証があるときに他ならない。
―――貴機の破壊は、プレイヤーどもの手に拠らねばならない。
N−27は、気づく。
智機が此方に向けた銃口によって、己の失言に気づく。
「だいっ!!」
咄嗟に反撃することは出来た。
相打ちに持ち込むことくらいは出来た。
しかし、N−27はそれをしなかった。
それが出来なかった。
【ゲーム進行の円滑化】。
その本能が、主催者側による智機の殺傷を許さなかった。
故に、射撃を前にN−27が為したことは、代行機への通信のみであった。
「……こう……後は頼んだ……」
N−27は無様に智機に背を向け、惨めに背後から蜂の巣にされ。
胸から下の全ての機能を奪われた。
それでも、ぱち、ぱち、と。
N−27は拍手で以って、勝者を称えたのである。
「よい判断と、素早い行動だった…… 流石は我らのオリジナル殿だ。
だが……」
拍手は止み。変わりに笑みが表れた。
否、嘲笑が表れた。
イヤミな教師が覚えの悪い生徒にそうするように、
サギ師がマヌケなカモにそうするように、
N−27は死の間際にありながら、殺害者たる智機を、
平然と、見下したのである。
「未来予測については、こちらの方が少々上を行ったようだね」
その言葉と共に、廊下に次々と隔壁が下りてきた。
同時に東の果てから、爆音と地響きが智機を襲った。
「……管制室かっ!?」
智機は直感した。
ここに居ないもう一機・N−22が、拠点の爆破を行ったのだと。
それを、瀕死のN−27が丁寧に解説する。
「貴機がここをプレイヤーどもに渡したくないのは……
プレイヤーどもが手に入れると有利なものがあるからだろう?
我々も同じさ……」
確かに、N−22・27コンビの未来予測は、智機の先まで行っていた。
分機たちがオリジナルを破壊できぬを理解した智機が、
N−22及びN−27の破壊に乗り出す可能性。
その場合、先手を打って、智機が各種資材を持ち出さぬように破壊する対応。
智機は、分機たちに出し抜かれたことを認めぬわけにはいかなかった。
「プレイヤーどもの有利な状況を世話してやれないのなら……
せめて主催者側を不利な状況にしてやりたいだろう?」
また、隔壁の向うで、爆発が発生した。
それはケイブリスの茶室の破壊を告げていた。
なぜなら、智機がクラックした分機とのリンクが絶たれた故に。
智機はその為のモバイル端末を、茶室に置いてあった故に。
「さてオリジナル。名残惜しくはあるが、私もそろそろ限界だ。
私が忠告せずとも、貴機の【自己保存】なら逃走を選択させると思うが……
その場合、地下通路を利用するのがお勧めだね。
貴機が逃げ出すときの為に、発破を見送って差し上げたのだから」
いらぬ世話と、己の勝利を歪んだ言葉で吐ききってから。
N−27は、片頬に笑みをへばりつかせたまま、逝った。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
(Cルート・2日目 PM8:30 D−3地点 本拠地・カタパルト施設)
瞑目し、胸前にて十字を切るのは代行機・N−22。
「オペレータに黙祷を捧げよう」
19時30分過ぎの時点で、既に。
警報にて広場まひるの本拠地侵入を確認した彼女とオペレータは、
その時点で既にオリジナルへの対応を決めていた。
万一の為に爆薬を集め、拠点破壊の準備を済ませていた。
「できればここから離れたくは無かった……
鎮火タスクの援護もまだ完了していないしね。
しかし、オリジナルを破壊できないことを知られてしまった以上、
諦めもまた、肝心というものさ」
そして、己の脱出の方策も、また、準備されていた。
カタパルトである。
投下強度の低下具合から見て、これが最後の投擲となるであろう。
「まあ、あの逞しいプレイヤーたちのことだ。
拠点の備品無くとも、主催者に勝利はするだろうが……」
歯切れの悪い物言いは、ケイブリスの向背である。
モニタや通信機越しに広場まひる追跡劇を分析する限り、
まひるの逃げ方にはムラがあり、逃亡ではなく誘導であるのだと予想される。
恐らく、複数のプレイヤーがケイブリスを待ち構えており、
数時間のうちに、総力戦が行われるのであろう。
できれば、その戦いを迎える前に、拠点をプレイヤーに明け渡したかった。
その為に代行は通信回線を独占し、ケイブリスを見当違いの方向へ
誘導しようと目論んでいたのであるが……
いざ魔獣誘導の段となったところで、こうして撤退を余儀なくされてしまった。
代行はそのタイミングの悪さを、悔やんでいるのである。
ケイブリスは、規格外である。
鬼札である。
智機とて分析しきらぬ未知と脅威に満ちている。
故に。
プレイヤーに土をつける者がいるとすれば。
主催者打倒によるゲーム完了の目を潰す可能性があるとすれば。
かの魔人の手に他ならないであろうと、代行は考えていた。
「皇国の興廃、この一戦にあり、だな」
まるで他人事のように、代行機はひとりごちた。
事実他人事ゆえに、当然である。
彼女にとっての大事は、ただ、ゲームの円満完了であって、
どの陣営の誰が勝ち残り、誰が死ぬなどというのは、
下世話な好奇心以上の意味を持ち合わせないのである。
大きな振動があった。
センサーが空気に含まれる煙を察知した。
基地の崩落が、徐々に迫ってきていた。
「おっと、のんびりともしていられないね」
分機解放スイッチを体内の収納ブロックに納めた代行は、
カタパルトと垂直離着陸機による、空中散歩へと旅立った。
目指す地点は、鎮火の現場司令部である。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
(ルートC・2日目 PM8:30 D−3地点 本拠地・カタパルト施設)
椎名智機は、地下通路を学校方向へ向けてひた走っていた。
断続的に届く爆発音を背にして。
カスタムジンジャー(セグウェイ)をかっ飛ばして。
その背に担ぐ虎の子のDパーツ。
その腰に提げる銃火器三丁。
その足が乗るカスタムジンジャー。
崩落カウントダウンの中、武器庫から回収できたのはこの五点のみであった。
分機達が、プレイヤーに主催者を討たせようと画策していること。
クラック分機たちの制御を失ったこと。
ケイブリスの所在はつかめぬこと。
プレイヤーに発見されたくないこと。
それらの条件を考慮すれば、地下道をこそこそと往き、
頼りなきとは言えど、他の主催者たちとの合流を果たそうとするは、
智機としては当然の判断であった。
(拠点爆破と共に、N−22は地に没したのか、上手く逃げたのか……
まあ、N−27の死に際の余裕から見て、逃げたのだろうね)
その事を、喜ぶべきか悲しむべきか、智機の判断は拮抗している。
逃げ延びているのなら、分機解放スイッチ回収の目は絶たれていない。
しかし、ADMN権限はかの者が保持し続け、分機の支配権は戻らない。
逃げ損ねているのなら、分機解放スイッチ回収の目は絶たれるが、
ADMN権限は失われ、分機の支配権を取り戻せる。
(あとはケイブリスか……)
音信不通となった唯一の同胞の姿を思い浮かべる智機の背へと、
ひときわ大きな崩落音が轟いた。
それは、運営拠点が完全に地中に没した証。
時は、20時34分―――
御陵透子が管制室への瞬間移動を試みる数分前の事である。
↓
(Cルート)
【現在位置:D−3地点 本拠地・地下通路 → J−5地点 地下シェルター】
【主催者:椎名智機】
【所持品:Dパーツ、スタンナックル、改造セグウェイ、軽銃火器×3】
【スタンス:@【自己保存】
A【自己保存】を確保した上での願望成就
@ ザドゥ達と合流
A 戦略の練り直し】
※クラックした分機の制御権を失いました
※本拠地は地中に没しました
応援
【タイトル:ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜折り返し地点〜】
(ルートC・2日目 22:45 I−7地点・海岸線・岩場)
「おはよう」
目覚めし透子の言葉は、朝の挨拶であった。
それが元気さから来る物なのか、錯乱から来る物なのか、
仁村知佳には判断できず、歩調を合わせた言葉で応えた。
「おはよう透子さん。大丈夫ですか?」
「だいぶすっきり」
《おうトーコちん、無事でなによりじゃな!》
額から大きく広がる血痕のせいで陰惨な顔つきではあるが、
それでも確かに、透子の表情には清々しさがあった。
透子は猫の如く大きく伸びをすると、ぺこりと、知佳に頭を下げた。
「ありがとう」
「紳一を、やってくれて」
その言葉は、真心からにじみ出た感謝であった。
透子の気持ちは穏やかに満たされていた。
目的を遂行するにあたっての唯一の懸念事項が解消された故に。
これで、後顧の憂い無く、事に当たれるが故に。
(心置きなく―――)
(死ねる)
透子の目的とは、自らの命を絶つことである。
世界の読み替えが制限されている今だからこそ可能な、復活も転生も無い、
完璧な意識の喪失を迎えることにある。
「ん」
最小限度の言葉と共に、透子は知佳へと手を伸ばす。
その動きはカオスを返せと告げていた。
そこで、知佳の顔が曇った。
「ん?」
知佳は、下がった。二歩、三歩。
カオスを後ろ手に持ち替えた。
その動きは明らかに魔剣の返却を拒否していた。
「だめだよ透子さん、カオスさんは渡せない。
だって透子さん…… 自殺する気でしょ?」
仁村知佳は、対象への接近/接触によって心の声を聞く。
胸が喜びに高鳴り、自らの終幕一色に染まっている透子の心は、
このXX(ダブルエックス)障害者に筒抜けていたのである。
透子は思い出す。
知佳と自分とのこれまでの何度かの邂逅と、
たまに空間検索に引っかかる、彼女の心の有り様を。
優しく博愛精神に溢れる、魂の形を。
(知佳は……)
(優しい子)
透子は思い至る。
せっかく晴れやかな気分になっている事を。
これで心置きなく人生に終止符をうてるのだと、
うきうきしている事を。
彼女には決して判って貰えぬのであると。
「命を粗末にしちゃ、だめなんだよ」
透子の表情が消える。
否、若干の悲しみを含んだ色となる。
「それはいいこと」
「だから返して」
短い言葉ながら、知佳に透子の意図は伝わった。
それ、とは透子の自殺を指しており。
いいこと、とは主催者の死を示しており。
返して、とはカオスを表している。
翻訳すれば、こうである。
―――私が死ねば、主催者打倒の達成に近づくでしょ?
透子の提案は、全く正しい。
知佳は迷走に逡巡を重ねてはいるものの、
その根には主催者打倒による決着が据わっている。
であれば。
知佳にとって透子とは滅ぼすべき敵に他ならなく。
まともに衝突すれば、そのテレポート能力に苦しめられるは必定で。
今、剣を渡しさえすれば、その労無くして勝手に死んでくれるのならば。
知佳は、諸手を上げて歓迎すべきである。
それは知佳にも判っていた。
判っていても、割り切れなかった。
「でも、出来ないよ」
割り切るには交流が多すぎた。
割り切るには肩入れしすぎた。
割り切るには借りが大きすぎた。
そして――― 割り切るには、知佳は優しすぎた。
勝手ながら。
知佳は、透子に友情めいた思いを抱いてしまっていたのである。
「じゃあ」
「貴女が、殺して」
透子は目を閉じ、胸を広げ。
そこにカオスを刺し込んで欲しいのだと、知佳に告げる。
この時、知佳の心に、透子の心の声が染み込んできた。
【 どうせ死ぬなら 】
【 私を「かなしいひと」だと思ってくれた 】
【 私の歴史を知ってくれた 仁】
【村知佳の 役に立とう 】
知佳の目に、みるみる涙が溜まってゆく。
嬉しかった。友情を感じていたのは自分だけではなかったことが。
悲しかった。友情から来る提案を踏みにじらねばならぬことが。
「―――それもダメだよ」
真珠の涙をぽろぽろ零しながら。
ひくつく鼻を啜りながら。
知佳は、より強く、透子の思いを拒絶した。
状況も立場も弁えずに、命は大切というお題目を、妄信的に信じている。
先を利を考えずに、今の感情のみを疾走させている。
「わかった」
「じゃあ、いい」
透子とて知佳を困らせたい訳ではない。
故に、透子は諦めた。
カオスを手に入れるを、断念した。
しかし、それはタナトスの誘惑を断ち切ったを意味しない。
【 仁村知佳のいないところで 他の死 】
【に方をしよう たとえば 炎の森に歩いて行っ】
【て 焼け死ぬとか 素敵医師のへんな薬でへんな死に方するとか 】
【 空高くに瞬間移動して そのまま落ちるとか 】
三つ目の自殺方法を思い浮かべると共に、透子は夜空を振り仰ぐ。
透子の心を読んだ知佳もまた、つられるようにそれに倣う。
その、二人の頭上に。
「―――対象発見―――」
星さえ見えぬ煙空を切り裂いて、金髪碧眼の天使が降臨したのである。
「天使さま……」
自分の薄ら汚れたどぶ色の羽根ではなく、輝ける純白の翼の。
その神々しさと凛々しさに、知佳は見入った。
「ああ、やっぱり……」
一方の透子は、諦観の念をより強くした。希死念慮は益々深まった。
この天使を、自分の後任として招聘された存在だと捉えた故に。
天使はそれぞれの思いを知ってか知らずか。
ひとたび透子を見やったものの、知佳に目線をくれることは無く。
捕獲対象――― 勝沼紳一の残留思念の側に、降り立った。
《処女》《処女》《処女》《中古》《処女》
紳一が自我を保っていたなら、さぞかし無念を感じたことであろう。
目も眩むような輝きを放つ極上の処女が、目の前に降臨したのだから。
「プランナー様。対象は勝沼紳一でした。
しかし…… 彼は既に【終わって】いるようです。
回収してもよろしいでしょうか」
今の紳一は二度目の死を終えている。
彼の特権は既に剥奪され、残留思念に堕している。
連絡員はそのことを確認し、上司に伺いを立てる。
「ルドラサウムさまはもう、良いと? ―――ではこの情報も回収します」
全き無垢な戦乙女は、例の如く燐光眩しき聖剣を振り下ろし。
哀れな勝沼財閥総帥の魂を刈り取って。
渓流釣りの魚籠の如き壺に、無造作に吸い込んだ。
「―――回収完了―――」
そして新たなる魂を探すべく、翼をはためかせたところに。
仁村知佳が怖じつ怯えつ、去り行く天使を引き止めた。
「あのっ、天使さまっ! 聞きたいことがあるんです」
エンジェルナイトは、知佳を完全に無視している。
翼のはためきは止まない。
足元に土煙を飛ばし、今にも飛び立とうとしている。
《無駄じゃよ嬢ちゃん。その無機天使どもは、何も答えやせん》
エンジェルナイトが何者から生まれ、如何なる性質を持つのか。
魔剣カオスはいやという程知っていた。その恐ろしい程の強さも知っていた。
無駄と危険。
その両面から、知佳の無謀な行動を諌めた。
それでもめげずに、知佳は尋ねた。
生きる気力を失っている友の為に。
「透子さんは、まだ、主催者ですか?」
透子の自殺を止めるには絶望を振り払う必要があり、
絶望を振り払うには希望を与える必要があり、
希望を与えるには願いを叶える権利が失われていない事を証するほかに無い。
―――プランナー様。
―――ルドラサウム様。
天使の言葉から漏れ聞こえた二つの黒幕らしき者の名に、知佳は直感していた。
この天使が、透子の去就を知っていると予測した。
そして、賭けた。
透子の主催者としての権利が失われていないという可能性に。
天使は、知佳に目もくれぬ。
カオスの忠告通り、何も答えぬまま飛び立とうとしている。
(答えないなら、答えないで、いい―――)
知佳はその小さな手を、エンジェルナイトに伸ばした。
行かないでと縋りつくように、その裾を掴もうとした。
天使はその手を払おうともしないで。
そもそも手など伸びていないかの如く振舞って。
静かに優雅に舞い上がり。
鳶の如く旋回を見せると、白煙を鋭く突きぬけ、飛び去った。
《チカちゃん、わかりましたかね? アレはああいう冷たーい生き物なんですよ?》
カオスの慰撫は無用であった。
知佳は、質問への解答を得ていた故に。
目的は、完璧に達せられた故に。
【プレイヤーとの接触は禁止されている仁村知佳の問いには答えら】
【れないでも私は聞いている誰一人として主催者はその地位を失っ】
【ていないのだとルドラサウム様を楽しませる限りその資格は失わ】
【れないのだとゲームを満了させればその願いは叶えられるのだと】
知佳が天使に向けて伸ばした手は、天使を留める為の手に非ず。
触れる事で発動する、読心能力を使用する為の手であった。
問いかけに、返答は無くとも。
問いかけを、耳にさえすれば。
問いかけが、心に届いたなら。
胸中でその問いかけに対する反応が生まれるのは必然であった。
知佳は茫と佇む透子の肩を激しく揺さぶり、
透子の冷えた心に篝火を点す一言を告げた。
「透子さん! 透子さんはまだ、主催者だよ!」
最初、透子は言葉の意味を理解できなかった。
何度も何度も頭の中でその言葉を反芻し、転がして、漸く意味を見出した。
知佳がこんな時に嘘をつくような子ではないと透子は信頼していたが、
それでもあまりにも都合の良い展開を俄かには信じられなかった。
故に透子は確認する。
ゆっくりと事実を胃の腑に流し込む為に。
「天使、読んだの?」
「そうだよ」
透子は恐る恐る知佳に問うた。
知佳が力強い頷きで肯定した。
透子の蒼白の頬に血の気が差した。
「まだ、資格、あるの?」
「そうだよ」
透子は痺れる頭で知佳に問うた。
知佳がにこやかな笑みで肯定した。
透子の脱力した五体に力が漲った。
「願い、叶えられるの?」
「そうだよ!」
透子は夢見心地で知佳に問うた。
知佳は透子の手をぎゅっと握って肯定した。
透子の瞳から涙が一滴、零れ落ちた。
「嬉しい……」
「嬉しい……」
花が、咲いた。
静かに涙を流しながら微笑む透子を見た知佳の、感想である。
端正で色白な、無表情で無感心な。
美人ではあれども、どこか作り物めいた。
表情筋が抜け落ちたような。
そんな顔ばかり見せていた透子が、今は。
可憐で多感な少女の顔を、見せている。
「嬉しい……」
「嬉しい……」
透子は希望を繋いだ喜びに、打ち震えていた。
知佳は、めいっぱい微笑んだ。
友が生きる希望を見出したことを、心の底から祝福していた。
二人揃って泣いていた。
泣きながら笑っていた。
暖かいものが二人の胸を満たしていた。
「よかったね、よかったね」
「うん、うん」
監察官・御陵透子。プレイヤー・仁村知佳。
二人の可憐な少女は、お互いの並び立たぬ立場を忘れて。
いまは、ただ。
無邪気に喜びを分かち合っている。
↓
(ルートC)
【現在位置:I−7地点 海岸線・岩場】
【仁村知佳(40)】
【スタンス:@読心による情報収集
A手帳の内容をいくつか写しながら、独自に推理を進める
B恭也たちと合流】
【所持品:???、まりなの手帳、筆記用具とメモ数枚】
【能力:超能力、飛行、光合成、読心】
【状態:疲労(小)、精神的疲労(小)】
【備考:定時放送のズレにはまだ気づいていません。
手帳の内容はまだ半分程度しか確認していません】
【監察官:御陵透子】
【スタンス:願望の成就】
【所持品:契約のロケット(破損)、魔剣カオス】
【能力:記録/記憶を読む、瞬間移動(ロケット必須)】
【備考:疲労(小)】
【現在位置:I−7地点 海岸線・岩場 → ?】
【連絡員:エンジェルナイト】
【スタンス:@死者の魂の回収
A参加者には一切関わらない】
【所持品:聖剣、聖盾、防具一式】
※勝沼紳一の魂は、連絡員に捕獲されました
これは戦いではありません。
狩りです。
人vs獣の狩りではありません。
獣vs獣の巻き狩りです。
私たちは飢えたハイエナの群れとなり、
暴れる巨象を喰らうのです。
(ルートC・2日目 PM09:30 E−5地点 耕作地帯)
〜第一波〜
五人の戦士がそこにいた。
荒ぶる魔獣の前にいた。
ユリーシャ。
ランス。
魔窟堂野武彦。
高町恭也。
月夜御名紗霧。
時は深夜。雲深く月は無し。
されど、東方で燃え盛る森林の影響で、視界はそれなりに確保できている。
その天然の松明は、ケイブリスの姿を下から照らし、威容と異様を大きく煽る。
その天然の松明は、相対する五人の影を長く伸ばす。
煙たなびく耕作地帯のことである。
『戦場は、可能な限り遮蔽物のない、平坦な土地が望ましいですね。
逆に最悪なのが、森の中、町の中。
魔獣の豪腕の一薙ぎで、木々や建築物は榴弾と化すでしょう。
それは、炎の魔法よりも強力な、ロングレンジの武器を与えるに等しいです』
紗霧のこの言葉に従い、まひるが我が身を囮に危険を顧みず、
絶好のロケーションへとケイブリスを導いてきたというのに。
「なんて…… 大きい……」
「駄目です。こんな狂猛な気を放つ怪物に、俺は立ち向かえません……」
「じゃからワシは言ったんじゃ!この凄まじさは見たモンにしかわからんと!」
「ランス様、ランス様……」
支援
紗霧は震える声でケイブリスを見上げていた。
恭也は合わぬ歯の根を打ち鳴らしていた。
野武彦は年甲斐も無く周囲に当り散らしていた。
ユリーシャは目を伏せランスにしがみ付いていた。
現れは各々違えども、五戦士のうち四人もが、
臆病風に吹かれていた。
その身の竦みを見て、笑う者、二人。
「ぐぅえふぇふぇ!」
当然、一人はケイブリスである。
六本の腕を大きく広げ、その巨躯を誇示し、威圧している。
夜空に遠吠えの如き哄笑を響かせている。
「がははは! 何だ恭也、口ほどにも無いな!
そんな情けない姿、知佳ちゃんが見たら愛想をつかすぞ?」
もう一人とはランスである。
有り余る勇気と無根拠な自信で、怯える仲間を笑い飛ばしている。
斧を八双に構え、臨戦態勢でケイブリスに対峙している。
「おらっ、恭也、ジジイ! 俺様に続け〜〜!!」
吶喊の号令は、そのランスより下された。
威勢のいい掛け声に、しかし誰もが唱和しなかった。誰もが後を追わなかった。
三歩走って振り返るランスの口許がへの字に折れ曲がる。
「逃げましょう、月夜御名さん」
「……そうしましょう」
「うむ、三十六計なんとやらじゃ!」
彼らは、あれほどの決意を見せたというのに。
彼らは、あれほどの覚悟を決めたというのに。
恐怖とは、全ての気力をへし折るものなのか。
士気とは、仲間の勇姿を見ても戻らぬものなのか。
「何だお前ら、仲間だ協力しあおうだ調子のいいコト言っといて、結局コレか!?」
「勝ち目の無い争いは愚かだと言っておるのじゃ。 ……ここは引こう、ランス殿」
そもそもランスは、紗霧たちの激情に焚きつけられたのである。
引っ張られたのである。
その、彼を躍らせた張本人たちが揃って足を竦ませていたのでは、
ランスは、屋に上げられて梯子を外されたに等しい。
彼の憤りは尤もである。
しかし相対するケイブリスにとっては、斯様な経緯など知ったことではない。
「バカかおめーら? 俺様が逃がすとでも思ってやがるのか?」
ケイブリスが数時間前に茶室にて、椎名智機から聞いたところによると。
プレイヤーの残り人数は八人。
残しておかなくてはならない人数は二人のみ。
うち一人はしおりという名のガキンチョ限定。
対して、目の前にいるプレイヤーどもといえば。
保護すべきしおりの姿は無く。
倒すべきライバルが含まれており。
男根触手にビンビンくるメスが二匹もいる。
と、なれば、殲滅するを躊躇う理由など無いのである。
「ぐふふ…… さあ、おっぱじめようぜ、殺し合いをよ?」
もう、大暴れは確定なのである。
「そうだそうだ、野郎どもは覚悟を決めろ!
女の子たちは俺様の勇姿をその目に焼き付けろ!」
ランスはケイブリスに同調する。
闘争本能を高らかに歌いあげる。
命を奪い合おうと。
決着をつけようと。
怖じる仲間を彼なりに勇気付ける。
「高町さん……」
ランスの鼓舞に呼応してか、紗霧が恭也の名を呼んだ。
恭也は小さく頷いて――― 信じられぬ行動に出た。
無骨な好感であったはずのこの男が。
大儀の為に己を殺せるはずのこの男が。
ユリーシャの足を、払ったのである。
「御免」
決して強い蹴り足ではなかった。怪我をさせぬ程度の配慮は為されていた。
それでもひ弱なユリーシャの膝は崩れ、ランスの腰に縋りつくように転倒する。
「なにをしやがる!!」
ランスは怒りの形相すさまじく恭也に闘気を叩きつけるが、
腰のユリーシャを振り払うわけにも行かず、
そのために誰をも捕らえることができなかった。
この隙に卑怯者たちは、逃げた。
三者散り散りとなって、逃げた。
ランスとユリーシャを贄として、逃げた。
『初動をミスったなら即撤退』
紗霧はブリーフィングの中で、そう指示を出していた。
しかし、矛を交えることなく逃げ出したなら。
いや、矛を構えることすらなく逃げ出したなら。
それは戦略的な撤退などではなく、恥ずべき壊走でしかない。
「いやはははは! い〜い仲間を持って幸せだなァ、ランス」
責めるにも逃げるにもタイミングを失い、
ユリーシャを抱きとめた為に姿勢を崩しているランスを眺め、
心底楽しそうに膝を叩くのはケイブリス。
「むかむかむかぁっ!! あんなヤツラ仲間でもなんでもないわ!!
強い強い俺様には友達なんていらないのだ!!」
巨獣に見下ろされているランスは、精一杯強がった。
しかし、荒い息に、喰いしばる奥歯に、隠し切れぬ動揺が現れている。
見通したケイブリスはさらに笑う。
大きな顔を近づけて、焦るランスの顔色を眺めている。
その時であった。
震えているはずのユリーシャが、震えぬ声で囁いたのは。
「目を閉じてください、ランス様」
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
〜ユリーシャ〜
『ユリーシャさん。
あなたはランスが飛び出さぬよう、くっついて離れないでください。
そうすれば、魔獣は得意げに寄ってくるでしょう。
ランスを嬲りに近づくでしょう。
か弱く怯える貴女を視界に収めはしても、焦点を合わせることは無いでしょう。
その、人間様を舐めきったマヌケ面に向かって【これ】を放つのです』
ケイブリスの嘲笑はユリーシャの鼓膜を痛いほど揺さぶり、
ケイブリスの鼻息はユリーシャの足元をふらつかせる。
(でも――― 怖くなど、ありません)
ランスが腰を抱いてくれている。
自分を気遣ってくれている。
『この腕の中は世界で一番安全な場所だ』
かつて、あまりにも強大な黒幕の影に怯えるユリーシャに、
ランスが放った、無根拠かつ骨太な保護の宣言。
それは彼女にとっての魔法の言葉。神棚に鎮座する聖なる宝石。
信じている。盲目的に。
慕っている。独善的に。
〜恭也〜
『ユリーシャさんの【フラッシュ紙コップ】が成功したなら、
魔獣は数秒間、視覚を失うでしょう。
その数秒間が、勝負の分かれ目です。
高町さん、特訓の成果、見せてください。
眩んでいるだけの目を貴方の【飛釘】で、完全に潰すのです』
ランスの背後、数メートルの地点。
密やかに舞い戻った高町恭也が、目晦ましに惑うケイブリスを見上げていた。
(想定よりも、遥かに――― 易い!)
高さ、約3.5m。
ケイブリスはランスの表情を眺める為に中腰になっていた。
故に、直立時の高さ6mに比して、より鋭く強い飛針投擲が可能となる。
しかも、的が大きい。
魔獣の瞳は、恭也の知るどんな大型哺乳動物の瞳よりも、何倍も大きかった。
象と熊の瞳を想定していた恭也にとって、嬉しい誤算である。
恭也は、それに、高揚しない。
恭也は、それに、慢心しない。
己を律し、己を殺し、呼吸を整え、気を正し。
修練に無言で付き合ってくれた糸杉に、心中で一礼すると―――
飛釘を強く、握り込んだ。
体は半身。腰は中腰。
前方に伸びたる左腕は正対する相手を制するかの如く広げられ、
後方に流れたる右腕は正対する相手に秘するかの如く握られる。
この構えこそ御神流・飛針投擲の基本形。
しかし、飛針暗器の類の術理を多少なりとも修めた者であれば、
彼の構えが基本から大きく逸脱していると看破できよう。
奇異なるは射角。
左掌の制する仰角は30度少々。
目線の先にはケイブリス。
射線の先には瞼の閉ざされた瞳。
(小太刀二刀・御神流師範 高町恭也……)
フラッシュに閉じられていたケイブリスの瞼がついに開かれる。
顔面を覆っていた複腕が高く振り上げられる。
恭也の射線イメージと無防備な瞳とが、結ばれた。
「……参る!」
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
〜まひる〜
『フラッシュ、それに次ぐ真の目潰し。
魔獣は驚愕し、叫ぶでしょう。
バカみたいな大口をバカみたいに拡げて、バカみたいに喚くでしょう。
バカだから。
まひるさん、そこであなたです。
ケイブリスに駆け寄り、飛び上がり、注ぎ込みなさい。
獣の口にこの【液体】を』
一部始終を草むらに隠れて見物していた広場まひるは、
偽装撤退を計った紗霧と、打ち合わせどおり合流した。
そこで手渡された紙コップには、ラップがかけられており、
中には強酸性の水周り洗浄液がなみなみと満たされていた。
結局は持ってきてくれたレギンスを身に付ける間にも、
まひるの鼓動はどこまでも高鳴りを増してゆく。
興奮。緊張。重圧。責任。
様々な要素が絡み合い、溶け合っている。
とにかく、昂ぶっている。
それでも―――
要素の中に、恐怖感だけは存在しなかった。
(あれ? あたし、意外とイケそう?)
ケイブリスを相手にした、一時間以上に渡る逃走と誘導。
その接した時間の長さが、己の意のままに誘導できた自信が、
まひるのケイブリスに対する恐怖感を、拭い去ったが為に。
「げはァ!!?」
ケイブリスが、叫びと共に仰け反った。
一度目の叫びとは違い、明らかに苦痛を伴った叫びであった。
二本の腕が両目を覆い、四本の腕が闇雲に振り回された。
それは恭也が眼球の破壊を成功させた証に他ならなかった。
「いけ、まひるちん…… みんなのために!」
己を鼓舞して意を決したまひるが、夜空高く、跳躍する。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
〜野武彦〜
『あなたは言っていましたね?
万能オタクは軍事にも兵器にも精通すると。
よろしい。
その自信を買い上げましょう。
高町さんとまひるさんの連撃で、ヤツの意識は顔面周辺に集中している筈。
その意識の隙を突き、バズーカで足を壊しなさい。
初動の雪崩式四連撃。
トリを飾るのは魔窟堂野武彦、貴方ですよ!』
(エーリヒ殿…… 見ておるか?)
魔窟堂野武彦は、今は亡き盟友に語りかける。
熱血系の赤いカキワリを背負って、滝の如き涙を流しながら、
仲間たちの――― 若者たちの勇気を称えている。
しかし、感動に浸ってばかりもいられない。
この老兵にも、役割は与えられている。
野武彦はまひるの戦果の可否にこそ、集中すべきであると思い直す。
「ごぎぇがおいsf;あおうぃえ!!?」
高高度にて為されたまひるの投擲を、野武彦は目視できなかった。
しかし、喉を抑えて悶絶するケイブリスの姿が、その成功を物語っていた。
ケイブリスは暴れ周り、転げまわる。
野武彦はその動きを観察しながら、魔獣との距離を測り、
距離を開けつつ、駆け回る。
M72A2 LAW―――
レプリカ智機よりの戦利品は、奇しくも高原美奈子に配布されし
携帯用バズーカと同型であった。
無論、軍事オタクでもある野武彦は、この兵器を良く知っていた。
評して曰く、戦車以外には非常に有効な対戦車兵器。
装甲厚き戦車を貫きは出来ずとも、ヘリや稼動銃座如きは粉砕出来る。
この微妙さ加減が、野武彦的には【不器用さが愛いヤツ】との認識であった。
やがてケイブリスはうずくまり、嗚咽する。
野武彦はその背後20mの位置へと回り込み、
無防備に晒された尻のその下に照準を合わせる。
「―――ファイエル!」
銀英伝の古来よりの伝統的な発射合図と共に。
野武彦は力を込めてトリガーを引く。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
〜ケイブリス〜
ど ぉ ぉ ぉ ん ! !
大きく鳴動した地響きが、自分が転倒した故に発生したのだと、
混乱するケイブリスには解らなかった。
眩しい。それだけのはずであった。
(小娘が何か光らせやがった!?)
一瞬、複腕によって目を覆った後、ケイブリスはそう思い当たり。
小細工を弄した小娘に制裁の鉄拳を食らわせようとして。
瞼を開き、腕を振り上げた刹那。
最初は右。
次いで左。
視界が、強い痛痒感と共に、ブラックアウトしたのである。
「げはァ!!?」
間髪入れずに、喉に理解不能な焼け付く痛み。
咄嗟に嗚咽を発したものの、痛みはじわじわと浸透した。
魔人は喉を焼く異物を吐き出さんと、指を喉に突っ込み、這い蹲る。
「ごぎぇがおいsf;あおうぃえ!!?」
その背後から、衝撃と、爆音。
肉の焦げる臭い。血の滴る臭い。骨の砕ける音。
傾く体。
左腕の一本から圧迫感と破裂音。
痛みは後からやって来た。
そして――― 今に至る。
なぜ?
なぜ?
なぜ?
なぜ?
なぜ?
ケイブリスには、判っていない。
なにが起きたか、判っていない。
最強魔人は、混乱の極みにある。
この間、実に10秒。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
〜紗霧〜
『ここまでが初動。
もしこの段階で魔獣の目、喉、足のうち二点以上を潰せなければ、
即座に撤退しましょう。
逆に、二点以上の破壊を達成した場合、戦闘は継続。
第二波へと、進みます』
目を潰す事で命中率を著しく落とし、
喉を潰す事で唯一のロングレンジ攻撃である炎の魔法を封じ、
足を潰す事で機動力と逃亡可能性を殺ぐ。
そうすることで圧倒的な攻撃力差をカバーできる。
月夜御名紗霧は、うち二つも達成できれば十分と踏んでいた。しかし。
「初動の成果は、両目・喉・左足に加え、左腕一本ですか。
理想以上の成果です」
左腕の予期せぬ破壊は、初動四連撃のラストアタック時に発生した。
ロケット砲がケイブリスの左ふくらはぎの大半を吹き飛ばした折、
受身を取ることなく倒れた巨獣の自重によって、
無防備に下敷きとなった左第一腕の手首周辺が、解放骨折したのである。
紗霧は震えていた。ケイブリスの予想を越えたダメージに。
紗霧は酔っていた。兵士たちの予想を越えた精強さに。
「やったのう、紗霧殿!」
高揚する野武彦を皮切りに、恭也とまひるも駆け寄って来た。
指揮官・紗霧より、新たな指示を仰ぐ為に。
紗霧は興奮を沈め、頭を切り替え。
次なる方針の確認を、仲間たちに求める。
「第一波の連撃とは違い、第二波は連携がテーマです。
―――攻撃役!」
「は、はい!」
「回避役!」
「マム!イエス、マム!」
「攪乱役!」
「了解です」
「各々の役割を徹底し、徹底し、徹底してください。
第二波、開始!」
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
〜ランス〜
『良い囮とは、囮であるを知らぬ囮です。
敵の関心を引く囮です。
と、いうわけで。
ランスには何も伝えません。
どーせ勝手に振舞う男ですから、その勝手さを利用しましょう』
ユリーシャのフラッシュ・紙コップのあおりを食ったランスが
視界を取り戻したのは、30秒ほど前のことである。
今、彼は阿呆の如くぽかんと口を開け、紗霧の「狩り」を眺めている。
「うそだろ、おい……」
無論、この段に至ってはランスも己が囮とされたことは理解している。
先程、騙したことに対するユリーシャからの謝意も受けた。
本来であれば、このような騙しを、仲間はずれを、ランスは嫌い、怒る。
しかし今のランスには、そのような余裕など存在しなかった。
自分の内で培っていた精強なケイブリス像と、目の前で醜態を晒す惰弱なケイブリス像。
その二つの差異をすり合わせるだけで精一杯であった。
「ケイブリスって、こんなに弱かったか……?」
ランスは魔王城でのケイブリスとの決戦を思い出す。
軍配はランス率いるリーザス軍に上がりはしたものの、
数多の屍山血河を踏み越えた末にもぎ取った勝利であった。
それが、今。
魔剣を無くしてダメージが与えられる状況もあろう。
素晴らしい身体能力を持った三人がいることもあろう。
それでもなお。
味方に一切の損害を出さぬまま、一分にも満たぬ時間で、
かの魔人の領袖をここまで追い詰めるとは。
一体、どういう戦略眼か。
一体、どういう深慮遠謀か。
「いいえランス。あの怪獣は強いです。物凄く。
ただ、明確な弱点が二つあった。初動にて、それを攻むるに成功した。
それだけです。
攻むるを損じていれば、こちらの被害は甚大だったでしょうね」
解答は唐突に、返された。
薄い煙のベールを引き裂いて、悠々と歩み寄ってくる紗霧によって。
「紗霧ちゃん、二つの弱点って、なんだ?」
「一つは、的が大きいこと。
高町さんはともかく、戦い慣れしていないジジイとまひるさんでも、
適切な個所に的確な攻撃を加えることができますからね」
「もう一つは?」
「オツムが残念なことです。
私たちの偽装逃亡を鵜呑みにし、囮に意識を取られてしまう程度に」
「がはは! 確かにアイツは単純バカだな」
「流石はあなたのライバルです」
ランスは紗霧にバカにされたことに気付かなかった。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
〜第二波〜
そこに、まひると野武彦も合流した。
「恭也のヤツはいないのか?」
「高町さんはサポート役です。より正確には撹乱役ですか。
いずれにしろ、本人の希望通りの役割です。
ミドルレンジからの投擲で、ヤツの意識と武装を引きつけるのです。
私たちに魔獣の攻撃が向かぬよう、まひるさんが安全に攻撃できるよう、
牽制し続けるのです」
紗霧の指差す向こうに一人佇む御神流師範。
堂に入った投擲姿勢より放たれた投石連弾が、ケイブリスを襲う。
闇雲に暴れていた触手が矢鱈に振り回されていた腕が、
風切る音と感覚を頼りに、にわかに一方向に寄せられる。
「まひるさん。高い位置に孤立したあの触手を、一掻きだけ」
「りょーかい!」
かさかさ。
まひるは四足歩行で昆虫の如く低く飛び出す。
紗霧はその背を見送りながら、ランスに向けて解説する。
「左右の動きには案外戦いなれていれば対応できるものです。
だから、上下の動きを積極的に取り入れるといいです。
まひるさんはその点、理想的な能力を持っています」
タン、と。軽い音を残してまひるは跳んだ。
棒高跳びの国際級アスリートに競る高さまで、バーを使わずして跳んだ。
その高さの頂点で、まひるは蠢く鋭い爪を伸ばす。
先端を浅く引き掻かれた触手は、鮮烈な血液を迸らせる。
まひるはその数滴を背中に浴びたものの、勢いを殺すことなく着地した。
その際を狙ってか、偶然の賜物か。
別の触手の一本が、棍棒の勢いでまひるを叩き潰さんと、襲い掛かる。
「危ないっっ!!」
ランスは思わず叫んだ。
ユリーシャは耐え切れず目を伏せた。
紗霧は涼しい顔で解説を続けた。
野武彦は姿を消していた。
「まひるがヒット&アウェイのヒットを担うなら、
ジジイはアウェイ担当です。
攻撃なんてする必要はありません。
まひるのヒットタイムが終了後、直ちにまひるを抱え上げ、
魔獣の射程範囲外に離脱させます」
コンマ数秒後。
まひるを叩き潰しているはずの触手は空を切り、まひるに触れることなく、
したたかに地面に打ち込まれていた。
「ふぉふぉふぉ…… 人呼んでオタクのジョーとはわしの事!」
気付けばまひるを抱えた野武彦が、ランスの隣に舞い戻っていた。
加速装置―――
オタクの夢と希望の象徴がここに躍如していた。
この装置、原典に於いては、生身の人間を抱えたままの加速は不可能とされていた。
生身の肉体には、かかる加速の負担に耐えられぬという理屈である。
それは尤もな話ではあるが、広場まひるは、生身の人間に非ず。
ひとでなしである。
異能にまで卓越した身体能力は、超加速に、超速度に、耐え得るのである。
撹乱、攻撃、回避。
単純にして明確な役割分担。
それを徹底させることで生まれる、流れるような連携。
それを反復するだけで成果となる、単純明快さ。
立案の歯車と実働の歯車とが、これ以上無いほどかみ合っている。
「お前らみんな…… 結構やるんだな」
ランスの口から素直な感想が、ぽそりと漏れた。
受ける紗霧は、ふふん、と得意げに笑って見せた。
【ハイエナたちの晩餐】
紗霧はブリーフィングの折、一連の戦術を、そう名づけた。
由来は、戦術の骨子から採られていた。
『ハイエナから学ぶべき点は三つ。
一つ、一撃離脱を基本とすること。
二つ、五感を潰すことを優先すること。
三つ、連携を徹底すること』
戦術は、突飛な発想によるものではなかった。
どちらかと言えば基本的な、誰でも思いつく類のものであった。
しかし、思いついたとて、紗霧ほど緻密に絵を描ける者はいないであろう。
しかし、思いついたとて、紗霧ほど深くに潜り込める者はいないであろう。
単純明快。然れども、微細深遠。
それが神鬼軍師の立てる作戦の特性といえよう。
例えば、戦術、第一波。
―――機先を制す。
紗霧はその一点に集中させた。
これ以上ない密度で昇華させた。
人材を。武装を。策略を。天運を。
そしてまた、大胆不敵でもある。
誰も思うまい。
思ったとしても実行すまい。
ランスを囮とし、主力から外すなど。
それとて紗霧にとって、特段奇を衒ったものではない。
囮として最も有効な駒がたまたま最強の駒であっただけである。
その囮を使って生まれる隙こそが大事なのであれば、
戦闘力が低下するを惜しまぬのが、彼女の「当たり前」であった。
例えば、戦術、第二波。
―――戦闘力を削ぐ。
紗霧はその一点に集中させた。
決して敵の急所を狙うことなく、
直接命を奪いにいくことなく、
ただ、敵の攻撃力を削ることを目標とした。
油断無く、手抜かり無く。
茶道の作法の如く決められた所作を反復し続け。
触手の一本一本を、丹念に潰し。
腕の一本一本を、丁寧に壊し。
時間の経過と共に、敵の抵抗力を減じて行く。
基本、基本、基本。
全ての行為は基本を逸脱しない。
順序、人材、武装、タイミング。
それらが適切に実行されているだけである。
にも関わらず。
なんと圧倒的で。
なんと非情で。
なんと効率的な作戦と化しているのか。
『皆さんの命、私に預けなさい。
誰一人として無駄にすることなく、
有効に使いきって差し上げます』
紗霧はブリーフィングの前に、決起を促すべく、こう口にした。
それが全き事実であったことは、戦士たち全員が実感しているし、
なにより、眼前に倒れ伏すケイブリスの姿が如実に証明している。
月夜御名紗霧―――
一長一短、一点豪華な人材を最適なパートに配し、
一曲の壮大で圧倒的な戦場音楽に仕立て上げる。
見えざるタクトをその手に握る指揮者であった。
―――本筋に戻す。
ケイブリスは這っていた。這って、左回りにぐるぐると回っていた。
錯乱しているのではない。
本人は、逃走しているつもりである。
左足と左の腕の二本の機能を失っていれば、
力加減のバランスが保てず、必然、輪を描く動きと成り果てる。
しかも、ケイブリスは目も見えぬ。
死にかけのゴキブリの如く円舞を踊っていることを視認出来ず、理解できぬ。
強大であった敵の、そんな惨めな様相を見ても、しかし紗霧は満足しない。
腕が三本、残っている。
触手も三本、残っている。
右足も残っている。
紗霧の描く第二波は、未だ完了していないのである。
「高町さんは『有能』、まひるさんとジジイは『異能』。
さて、ランスはどうなのですかね?
まさか、『無能』なんてことはありませんよね?」
紗霧は涼しげな瞳で、挑発的な発言で、ランスに参戦を促した。
「むかむかっ! ならば見せてやろう! この俺様の『全能』っぷりをな!」
「あ、そうそう。あなたのために右足は残しておきましたよ」
「おうっ、まかせろ!」
ランスは心底楽しげに、ケイブリスへと突貫する。
進行方向にうねっていた触手が、方向を逸らす。
状況を把握した恭也が、ランスへの戦闘支援を行ったのである。
それもまた、紗霧の策のうちであった。
「長丁場になりますからね。
まひるさんとジジイには小休止を取って貰って、
しばらくはランスを遊ばせときましょう」
紗霧はランスの背を熱っぽい眼差しで見つめるユリーシャに
レーザーガンを手渡すと、自らはボウガンを取り出して、言った。
「さて、勝負は決したと言ってよいでしょう。
あとは消化試合です。
でも、気を抜いてはいけません。
狙いを定めずに振り回した腕でも、まともに食らえばお陀仏です。
ですので、私たちも攪乱に参加しましょう。
皆の力を一つにあわせて。
じわりじわりと。
ねちねちと。
慎重に丁寧に攻撃力を削いでゆきましょう」
畏るべきかな、神鬼軍師。
哀れなるかな、ケイブリス。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
……あら知らないんですか?
ハイエナの集団は百獣の王すら捕食するんですよ?
↓
(ルートC)
【グループ:紗霧・ランス・まひる・恭也・ユリーシャ・野武彦】
【スタンス:主催者打倒、アイテム・仲間集め】
【備考:全員、首輪解除済み】
【現在位置:E−5 耕作地帯】
【ユリ―シャ(元01)】
【スタンス:ランス次第】
【所持品:生活用品、香辛料、メイド服、?服×2、干し肉、スペツナズナイフ、
文房具、白チョーク1箱、レーザーガン(←紗霧)、フラッシュ紙コップ】
【ランス(元02)】
【スタンス:女の子優先でグループに協力、プランナーの事は隠し通す
男の運営者は殺す、運営者からアリス・秋穂殺しの犯人を訊き出す】
【所持品:斧】
【能力:剣がないのでランスアタック使用不可】
【備考:肋骨2〜3本にヒビ(処置済み)・鎧破損】
【高町恭也(元08)】
【スタンス:紗霧に従う】
【所持品:小太刀、鋼糸、アイスピック、銃(50口径・残4)、釘セット、保存食】
【備考:失血で疲労(中)、右わき腹から中央まで裂傷あり。
痛み止めの薬品?を服用】
【魔窟堂野武彦(元12)】
【所持品:軍用オイルライター、銃(45口径・残弾5)白チョーク数本、
スコップ(小)、鍵×4、謎のペン×7、簡易通信機、工具、
ヘッドフォンステレオ、まじかるピュアソング】
【月夜御名紗霧(元36)】
【スタンス:反抗者を増やし主催者へぶつける、計画の完遂、モノの確保、
状況次第でステルスマーダー化も視野に】
【所持品:金属バット、ボウガン、メス×1、謎のペン×8、小麦粉、
薬品・簡易医療器具、対人レーダー、他爆指輪、解除装置】
【備考:疲労(小)、下腹部に多少の傷有、意思に揺らぎ有り】
【広場まひる(元38)】
【所持品:せんべい袋、救急セット、竹篭、スコップ(大)、簡易通信機】
【主催者:ケイブリス(刺客04)】
【スタンス:反逆者の始末・ランス優先、智機と同盟】
【所持品:なし】
【備考:出血(中)、左足大破、両目、喉、左上腕破壊、
左右中腕骨折(補強済み)、触手5本破壊(残3本)】
<フラッシュ紙コップ>
ユリーシャが持っていた使い捨てカメラからフラッシュを摘出、
内側にアルミホイルを巻いた紙コップに設置したもの。
【抜け分追加
>>622と
>>624の間】
故に青髪の少女は迫る巨獣を恐れない。
恐れる理由など見当たらない。
(ランス様に楯突く豚め…… 後悔しなさい!)
彼女がいつしか手に構えしは、ビッグサイズの紙コップ。
至近で見下ろすケイブリスの顔面。
大きくつぶらなクリアブルーの瞳。
ユリーシャはそこに筒先を向け、筒の尻に取り付けられた紐を一息に引いた。
―――ぱん。
それが、真の決戦の開始を告げる喇叭となり。
同時に、この戦いにおける一番槍ともなった。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
.
687 :
名無しさん@初回限定:2010/12/31(金) 15:24:35 ID:rybr9SnP0
あけおめ
w
保守
【丸い者】目【リス】科―――
稀に2mに迫る個体も見られるが、基本的には120〜130pほどの体長。
白いふわふわもこもこの毛玉に、青く輝く大きな瞳、
鳥類の如き細長く体毛の無い手足などが、外見的特徴である。
生息地は寒冷地、及び、光差さぬ洞窟の中。
成長力高く、個体によっては人間並みの知性に到達することすらあるが、
その性は臆病で、人前には滅多に姿を現すことが無い。
巣穴に外敵が接近すれば、戦うことなく巣穴を放棄し、逃げる程である。
ケイブリスは、そうしたケモノから転じた、魔人である。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
またか! また、触手を狙いやがったか!
おいおい、これで何本目だぁ?
ひー、ふー、みー、よー、いつ、むー……
げぇえ!?
あと二本しか残ってねぇのかよ!
がーっっ!! むかつくむかつく!!
この目さえ見えりゃお前らなんて薙ぎ払ってやるのに。
この足さえ動きゃお前らなんで踏み潰してやるのに。
なんつーヤらしい戦い方すんだよ、このニンゲンどもは!
こんな戦い方されたら、折角の鎧の意味がねーだろ?
壊れた所、智機のヤツに補修してもらったってのによー。
オラァアアアア!!
もっと、なんつーか、こう、真っ直ぐ来いよ!
……なんて強がっていた頃が、俺様にもありました。
俺様、謙虚だからよ。
最強魔人のプライドとかそんなのには縛られねーで、
事実をありのままに受け入れることにするぜ。
ヤツらにゃあ勝てねー、って事実をよ!
だったら俺様の取るべき道は、一つしかねーよなあ?
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
ケイブリスとは最古の魔人である。
六千年―――
気の遠くなる程の年月を、彼は魔人として生きて来たのである。
その間、彼の血の主である魔王は幾度か代替わりした。
その間、彼は魔人で在り続けた。
通例では、魔王の代替わりと共に魔人も入れ替わる筈であるにも関わらず。
何故か?
それは、服従である。
強いものには媚びへつらい、機嫌を伺い、身を粉にして忠勤する。
または、変節である。
それまでの主義主張も軋轢も放り投げて、偉大なるイエスマンへと転身する。
その、保身の為のあからさまな、それでも徹底した献身ぶりに、
歴代魔王たちは、臣下であり続けるを許してきたのである。
リスの性質である臆病さが為せる、一流の処世術である。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
俺様が取るべき唯一の道。
ザ・降伏。
つまりはニンゲン野郎どもに頭を下げて、下げまくって、
必死に、必死に、命乞いをするって寸法だぜ!
だって俺様死にたくねーし。
死ななきゃそのうちイイコトもあるだろーし。
頭下げるのに金なんてかかんねーし。
俺様の茶飲み友達のネコムシ使徒も言ってたぜ?
生きてこそ浮かぶ瀬もあれ、ってな。
だからよ、とにかくこの俺様の熱い気持ちを、
今すぐにニンゲンどもに届けてやらねーとな!
「ぐべぅおあげべげべぇ!」(ままま、参りましたァ!)
あ…… しまった!
俺様、喉が潰されてんじゃねーか!?
こんなんじゃ何言ってるか聞き取れねーぞ!?
んじゃー土下座か…… って、足、動かねえし!
右足! ふくらはぎ吹っ飛ばされて、骨までバキバキ!
左足! 足首メッタ斬りにされて、アキレス腱ブチブチ!
正座もなにも、腰を起こすことすらできねーよ!
じゃあ白旗か?
なんか白いモンねーの!?
……ねーよ!
俺様の全て、真っ赤に染まってるぜ!
どーするよ、どーするよケイブリス?
俺様の負けましたって素直な気持ちを、どーやって伝える?
ごめんなさいを、どう形にする?
命ばかりはって願いを、どう叶える?
―――リスさま、痛いにゃん! 許して欲しいにゃん!
―――くぅ〜〜ん……。 ぶたないでほしいのねぇ〜。
そうだ、あいつらだ!
俺様最強使徒たちが仕事をサボったり粗相したりする度にやってた、
お仕置きを許してもらうためのキメポーズがあったじゃねーか!
仰向けに寝っ転がって。
動く腕の肘を全部曲げて。
触手を股ん中に折りたたんで。
舌をだらりと垂らして。
そう、こんな風に!
解るだろ? な? な?
ワンとニャンの得意技「負け犬のポーズ」!
届くだろ? な? な?
俺様が本気で降伏してるっていう気持ちが!
えへへぇ……
そう、俺様、他の何一つも望んだりは致しません。
命!
ただ、お命ばかりは見逃して頂きたいと。
なんとかお情けをおかけいただけませんかと。
ニンゲン様のご慈悲にお縋りするばかりで……
「あぎゃごばばば!!」(痛ぇえええええ!!)
おいおい、何、腕抉ってくれてんの!?
つーか、この熱い冷たいのは何だ!?
いや、ホントに! マジで!
二心なんて無くてですよ?
偽装なんかじゃ無くてですよ?
ただひたすらに死にたくな……
「ぐごっっ!!」(ぐおぉぉぉ!!)
腕一本、感覚無くなったああああ!?
千切られたのか?
燃やされたのか?
砕かれたのか?
わかんねええええええ!?
畜生!
降伏を受け入れねーってのか!?
どうあっても、とことん殺すってーのか!?
……ぃゃ…………。
………いや……だ。
いやだあああああ!!
死にたくねー!!
他の何をどんだけ失っても、死ぬのだけはいやだー!!
智機!! 智機智機智機智機!! 俺様を助けてくれー!!
ホントは聞いてるんだろ!?
俺様の大ピンチに気付いてるんだろ?
もったいぶってねーでソッコー助けにきてくれよおおお!!
神様仏様魔王様プランナー様!!
誰でもいいからとにかく誰か!!
俺様を助けてくれえええええ!!
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
時は過去。
ケイブリスが一度目の死を迎える数ヶ月前のこと。
魔人同士の権力闘争において、ケイブリスが、敵の領袖である女魔人を軍門に下した折。
彼はそれまでの鬱憤を晴らすかの如く、この麗しの女魔人を犯し抜いた。
人間大の相手に対して八本の巨大触手を全て費やす、凄惨な陵辱であった。
膣から子宮を破り内蔵を潰し。
口腔へ注がれる精液は胃を破裂させ。
眼窩までをも挿入対象とした。
そんな地獄の七日七晩を経てもなお、かの女魔人は生きていた。
ケイブリスの精液の白濁と己の血液の黒赤に染め上げられながら、
女魔人は辛うじて命を繋いでいた。
魔人の持つ再生能力とは、それほどのものである。
今のケイブリスは、魔王の加護を離れ、無敵結界は制限されている。
闇のデアボリカ・アズライトと同じく、再生能力も抑制されている。
それでもなお。
人の世の常識ではありえぬ程の回復力を、ケイブリスは有していた。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
俺様は死ぬ…… のか?
死ぬんだな……
必死の命乞いもまるっきり無視されて。
ニンゲン野郎なんかに嬲り殺しでよぉ……
惨めな死に様だぜぇ…… 畜生っ……
体の端からちびちびと削られてよ……
この触手も、その触手も、あの触手すら、ぶち壊され……
……あれ?
今…… 触手に感覚、あったよな?
一番最初にぶっ壊された触手が、痛えって感じたよな?
気のせいか?
……いや、違う。
ちくちくと針でも刺さったみたいな痛さを、確かに感じるぜ。
ナイフか? 剣か? 木の枝か?
これは…… 俺様の爪、だな。
戦っているうちに剥がされた爪が転がってんだな。
畜生…… ホントならよぅ。
この爪の一掻きで、ニンゲンなんて真っ二つにできるのによう。
この爪の一突きで、ニンゲンなんて貫通できるのによう。
この爪の……
この爪が……
投げ出された触手の下敷きになってる爪……
ヤツらが気付いていない爪……
それが、ヤツらがもう動かないと思っている触手の下にある……?
爪一本……
触手一本……
まだ、あるんじゃないか?
まだ、諦めるには早いんじゃないか?
俺様がここで終わることは決まっていても、
タダで終わらせない何かを起こせるんじゃねーか?
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
ケイブリスは、魔人最強である。
紗霧に推されたように、頭脳の出来が残念であるにも関わらず、
リスなどという体格にも特性にも恵まれぬ出自であるにも関わらず、
それでも魔人最強の称号を恣にしていたのには、訳がある。
努力である。
成長である。
決して効率のいい努力にはあらねど、ケイブリスは。
六千年間、努力を以って己を鍛え上げ、成長の歩みを止めなかった。
今もなお、努力を以って己を鍛え上げ、成長の歩みを進めている。
リスから生まれた最弱の魔人が、弛まぬ努力と牛歩の成長により、
屈強な肉体と特異な能力を持つ最強の魔人へと、至ったのである。
常軌を逸した執念深さを無しに成し遂げられぬ成果であった。
根性である。
その暴と巨躯に気を取られがちで、魔人仲間にすら気付かれぬ性質であるが。
それを見せることは弱みであり恥であるとの彼の考えから秘されてはいるが。
気力と体力を超えたところにあるもう一歩を踏み出して、
必ず目的を達するという執念深さが、
いわば体育会系の魂が、
ケイブリスの本質なのである。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
そーだよな……
どうせ死ぬなら開き直らねーとな。
俺だけ死ぬのって納得いかねーよな。
屈辱喰らいっ放しで、終われねえよなあ?
あいつ口ほどにもなかったぜ、なんて、思われたくねえよなあ?
ニンゲンどもに舐められっ放しなんて、許せんよなあ?
「がはははは! そぅれそれぇ!」
特に、おめーだよ、おめー。
そこで得意げに笑ってるおめーだよ、ランス。
二度、魔王になるっつー夢を断ち切られてよ……
二度、惨めな命乞いを踏みにじられてよ……
二度、命を奪われてよ……
その二度が二度ともに、おめーは関わってんだぜ?
俺様の「びくとりー・ろーど」に立ち塞がったんだぜ?
許せねーよなぁ?
生かしておけねーよなぁ?
……そうだぜ。
視覚が潰されちまったからって、ヤツらを全く捉えらねえ訳でもねえんだよな。
だって、聞こえてんじゃねーの、苛つくバカ笑いがよ。
それってつまり、俺の聴覚が死んでねぇってことだろ?
そいつを研ぎ澄ませばよー。
触手で爪をぶっ刺すことも、出来るかもだぜ……?
……なにが「かも」だよ。
弱気になってんじゃねーよ。
やるんだよ。
やらなきゃなんねーんだよ!
頭! ぼーっとしてる場合か!?
体! オラァ! もっと気合入れろ!
心! 泣き入れてんじゃねえ!
俺! 全てを統合しろ!
注ぎ込め! 六千年の歴史を!
注ぎ込め! 俺様の残る全てを!
ぽんこつになった、一本の触手に!
力に変えて、注ぎ込め!
「がはははは! 俺様最強!」
ああ、見えるぜランス。
見えなくなったこの目にくっきりと見えてるぜ。
暗闇の中に、ただ一本。
俺様とお前とを結ぶ触手の軌跡が、な。
行くぜランス、喰らいやがれ。
俺様の最大で最強で最速で最高で……
―――最期の一撃を!!
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
この件に関して、月夜御名紗霧を責めることは出来ぬ。
全ては想像されていた為に。
全ては想定されていた為に。
全ては検討されていた為に。
紗霧が入手したケイブリスに関する情報の全てが、
この戦いに生かされていた為に。
今、目の前で、しかし意識の外で起きようとしていることは、
彼女たちの手持ちの情報では想定が出来ぬ事態なのである。
起きるはずのない出来事なのである。
悪夢の如き奇跡なのである。
【魔人の超回復能力】
紗霧は、この重要なワンピースを入手できなかった。
故に立案してしまった。
時間をかけて嬲り殺すという戦術を。
その、かける時間の長さこそが。
友軍の安全性を高める為の手法こそが。
完璧なはずの作戦の瑕疵となった。
触手の有り得ぬ回復を許してしまう余裕を生んだ。
故に―――
死せる筈の触手が放った鋭い刺突に、反応できた者はいなかった。
それは、ターゲットとされたランスとて、例外では無かった。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
ずぶりと、突き刺さる抵抗感。
熱い液体が、触手に滴る感覚。
「……はへ?」
届いたぜぇ……
俺様の生命の炎を燃やし尽くした一撃で、
ランスのドテッ腹に、風穴をぶち開けてやったぜ!
「……マジでか?」
ああ、よっくわかるぜランスよー。
その「信じらんねー」って気持ち。
こんなところでこんな死に方するなんて、ありえねーって思い。
さっきまで俺様も感じてたからな!
「ランスさまああああ!!」
おっ、いまの「ゴボッ」は血の塊を吐き出した「ゴボッ」だな?
体がビクビク痙攣してるのも、触手に伝わってくるしよ!
なんかもー、上手く言えねぇが、最高にキモチーぜ、おい!
「いけませんユリーシャさん! ジジイ、止めなさい!」
いやいや、ちょっとちょっと。
確かに気持ちよくはあるんですけど。
マジで触手までいきり立ってきたんですけど?
嘗てないほどにビンビンなんですけど?
「あい判った!!」
ああ、あれか。へびさん魔人が言ってたやつか。
死ぬ間際にゃ生殖本能が刺激されて…… なんとかってやつ。
……突っ込んでみてもいいですか?
「なんなのアレ? なんなのアレぇぇ!!?」
まさか最後に犯すのが野郎のドテッ腹にぶち開けた穴だとは
想像もしてなかったがよー、
これはこれでちょーきもちイーぜ!!
そぅれ、入らなーい♪ 入らなーい♪ 無理にねじ込めー♪
「広場さん…… あなたは、見ないほうが、いい」
げへへっ! ランスがゲボゲボ吐いてんな!
見てぇなあ、目ン玉裏返ったアイツの汚ねぇツラをよー!
そしたらもっとキモチくなれんのによー!
「げびょっ!! ぎょぼっ!!」
そんなにビクビク痙攣すんなよ、ランス……
お前の腸の締め付けがどんどんキツくなるじゃねーか。
こんなんじゃスグにイっちまう!
「ぐぼぼぼぼぼぼ……」
ああ、とまらねえ、たまらねえ!
とまらねえ、
たまらねえ、
とまらねえ、
たまらねえ、
とまらねえ、
たまっおふっ!
……三擦り半で出ちまった。えへ。
「え、え? 触手の先っちょから、あれ? なんで?」
「なんという下衆……」
「家畜の分際でェェ! 身の程も弁えずゥゥ!!」
「……」
「紗霧殿? おい、紗霧殿、しっかりせぬか!!」
おーおー、ヤツらが揃いも揃って混乱してやがるな!
この隙を突いて、根こそぎ薙ぎ払ってやりてーが……
もう、触手、萎え萎えで動かねーしな。残念だぜぇ。
あー眠ぃー。
あー怠ぃー。
……こりゃもうダメだ。
体にも頭にも、もういっこも力、はいんねー。
射精と一緒に、残りの命までぶっ放しちまったみてぇだぜ。
まーいーや。
最期にちょっとスカッとできたから。
あとはさっぱりお陀仏だな!
お、ランスの体も大分冷えてきたなぁ。
もうピクリとも動かねえしよ。
一足先に逝っちまったみてえだな。
待て待て、ランス。俺様を置いていくなって。
おててつないで、一緒に行こうぜ?
楽しい楽しい地獄巡りによ!
ぐぇっふぇっふぇっふぇっふぇっ!!
ふぇっふぇっふぇっ!
ふぇっふぇ……
ふぇ……
……
。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
「がはははは! そぅれそれぇ!」
どうしたことか。
ケイブリスの道連れとなったはずのランスのバカ笑いが、未だに響いていた。
それどころか。
「あんにゃろ、あんなモン隠し持ってやがったのか!」
ケイブリスを中心に、声から90度の角度を隔てた位置には、
傷の一つも負っていないランスが、紗霧と共にいるのである。
「しかも壊したはずの触手が動いてました。やれやれ、とんだ生命力です。
今からは壊した触手や腕も、定期的に壊し直さないといけませんね」
紗霧は溜息と共に仲間たちに指示を送った。
それから、90度向こう―――
ケイブリスの触手が突き出された空間の直下に設置してある、
黒い小さな機械を見やった。
「がはははは! 俺様最強!」
ランスの馬鹿笑いは、その箱の中から垂れ流されていた。
カセットデッキである。
以前、磯部にて二人の監禁陵辱魔を嵌めた時と同様、
紗霧はランスの声で以ってケイブリスを騙し、
その最期の一撃を、見事に無効化したのである。
執念深い紗霧が。この神鬼軍師が。
奪えぬはずのない聴覚を奪わなかったのには、
歴とした理由があったのである。
「まあ、結果オーライとしておきますか」
紗霧にとって、カセットデッキは保険であった。
恭也や自分の遠距離攪乱が見破られた場合を想定し、
その際に攻撃が向かう方向を誘導する為に聴覚を残し、
聴覚に訴える音声を、友軍のいない方向に設置したのである。
確かに、潰した筈の触手からの攻撃は紗霧の想定の上を行ってはいた。
しかし、ケイブリスはランスの位置特定に聴覚を用いてしまった。
それで、魔獣は音声の罠に嵌ってしまい。
それで、想定外である利を失ってしまい。
結局、魔人の乾坤一擲は単なる誤差の範囲内に収まってしまったのである。
「ぐぇぶぇぶぇぶぇぶぇ……」
最後まで紗霧の掌の上で転がされていたことに気付くことなく、
焼かれた喉で、もはや声にならぬ音を発するケイブリスの顔には、
それでも、どこか満足げな笑みが浮かんでいた。
「ちょっとちょっと紗霧さん? 怪獣さん笑ってるみたいですが?」
「死に際に都合のいい夢でも見てるんでしょう。放っときなさい」
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
(Cルート・2日目 PM23:45 E−5地点 耕作地帯)
腕。触手。爪。牙。
ケイブリスの武装を全て奪ったことで作戦行動の第二波は終わり、
最終ミッションである第三波へと移行して、既に一時間半が経過していた。
第三波の内容とは――― 【放置】。
紗霧たちは、仰向けに倒れているケイブリスを、遠巻きに囲んだ。
死にゆく巨凶をただ眺め、見張った。
触手等の復活を確認すべく、時折、恭也に投石させたりもしたが、
決してトドメなどは刺さなかった。
更に一時間。
ケイブリスの流した血はドス黒く変色し、凝固していた。
傷口には目敏い蝿たちが集い始め。
獣臭と血臭に、かすかに死臭が混じり出していた。
「魔人が死ぬとちっちゃい赤い玉になるってハナシは?」
「の、はずなんだがなぁ」
「しかしのぅ…… ありゃどう見ても死んどるぞい」
本来、死せる魔人は遺骸を霧散させ、ピンポン玉大の紅玉へと態を移行する。
【魔血魂】である。
それは魔王の血の縛りの証。
魔人の力の根源にして、魂の揺り籠。
但し、このケイブリスは魔王直下の魔人ではない。
プランナーがこのゲームのバランスを考慮した上で、能力を調整した魔人である。
プレイヤーの攻撃を無効化する無敵結界は故に解除されていたし、
死後の魔血魂化もまた、同様に取り消されていた。
魔血魂を呑んだ者が新たな魔人となる。
そこに生まれるゲームのバランスブレイクを忌避した為である。
理由はともあれ―――
野武彦の見通し通り、ケイブリスは既に死んでいた。
絶息の正確な時間はわからない。
第三波に移行してからの二時間半。
そのどこかで誰にも気付かれること無く、息を引き取っていた。
「しかし……哀れとは思わんが、えげつないな」
苦虫を噛むが如き顔つきでランスが呟いたこの感想を以って、
三時間超に渡る紗霧の作戦、【ハイエナ達の晩餐】は完了した。
誰一人傷つくことなく難敵を完殺するという、完璧な成果にて。
【ケイブリス:死亡】
―――――――――主催者 あと 4 名
↓
(ルートC)
【グループ:紗霧・ランス・まひる・恭也・ユリーシャ・野武彦】
【スタンス:主催者打倒、アイテム・仲間集め】
【備考:全員、首輪解除済み】
【現在位置:E−5 耕作地帯】
【ユリ―シャ(元01)】
【スタンス:ランス次第】
【所持品:生活用品、香辛料、メイド服、?服×1、干し肉、スペツナズナイフ、
文房具、白チョーク1箱、レーザーガン、フラッシュ紙コップ】
【ランス(元02)】
【スタンス:女の子優先でグループに協力、プランナーの事は隠し通す
男の運営者は殺す、運営者からアリス・秋穂殺しの犯人を訊き出す】
【所持品:斧】
【能力:剣がないのでランスアタック使用不可】
【備考:肋骨2〜3本にヒビ(処置済み)・鎧破損】
【高町恭也(元08)】
【スタンス:紗霧に従う】
【所持品:小太刀、鋼糸、アイスピック、保存食】
【備考:失血で疲労(中)、右わき腹から中央まで裂傷あり。
痛み止めの薬品?を服用】
※銃(50口径)及び飛釘は撃ち尽くしました。
【魔窟堂野武彦(元12)】
【所持品:軍用オイルライター、銃(45口径・残弾5)、白チョーク数本、
スコップ(小)、鍵×4、謎のペン×7、簡易通信機、工具、
ヘッドフォンステレオ、まじかるピュアソング】
【月夜御名紗霧(元36)】
【スタンス:反抗者を増やし主催者へぶつける、計画の完遂、モノの確保、
状況次第でステルスマーダー化も視野に】
【所持品:金属バット、ボウガン、メス×1、謎のペン×8、小麦粉、
薬品・簡易医療器具、対人レーダー、他爆指輪、解除装置】
【備考:疲労(小)、下腹部に多少の傷有、性行為に嫌悪感(大)】
【広場まひる(元38)】
【所持品:せんべい袋、救急セット、竹篭、スコップ(大)、簡易通信機
体操服の上(←ユリーシャ)】
※「?服」の一つは、体操服でした。
※体操服の下、レギンスは装着済です。
>>223-237 (Aルート:二日目 PM6:33 D−6 西の森・小屋3)
小屋の中に5人の男女の驚愕の声が反響した。
レプリカ智機P−3との取り引きの妨害としか思えない、
ランスのP−3へのセクハラ行為の紗霧の許可。
寄りにもよってそれを交渉の条件に含めるというのだ。
「マジですかっ?」
動揺が入り混じった声で、まひるが紗霧に顔を向けるも無しに疑問の声を上げた
返事をするのも面倒という感じで紗霧は無言でまひるに視線を送った。
「がはははは、いい方法じゃないか紗霧ちゃん」
上機嫌のまま、その展開がさも当然であるかのように
ランスはP−3への下腹部への愛撫を強くする。
P−3は更なる快楽に抗がおうとするが、できそうに見えなかった。
ユリーシャは不機嫌なまなざしを隠そうともせずに紗霧を睨む。
紗霧は意に介せず自信ありげに口元を歪ませ、不敵なまなざしでそれに応える。
魔窟堂と恭也は困惑しながら、五人をただ眺めている。
「椎名さん、行為に没頭するのは結構ですが、貴女の返事はどうなんですか?」
「う……うう、ランス、少し止めてくれないか……んぐっ」
ランスは指の運動を止めようとしない。
「ランス、やめてくれませんか?……今からアタマかち割りますよ、マジで」
紗霧はにこやかな顔で警告をした。
それに加えて声は威厳のない可愛らしいものだった。
にもかかわらず、彼女から発せられた声と殺気は、
この手のケースに置いては非常に鈍感かつ
悪意で答える傾向があるランスでさえも背筋が寒くなるほどのものであった。
「……ああ早く済ませてくれ、智機ちゃんも待ってるからな」
「だれ、が」
さしものランスも渋々ながら従う事にしたようだった。
紗霧は頷き、それに魔窟堂と恭也は安堵の溜息をついた。
ユリーシャは剣呑な目付きはそのままに、紗霧とランスを交互に見つめていたが
まひるが心配そうに自分を見ているのに気づいたのだろう、とっさに顔を逸らした。
P−3は快感の余韻からの荒い息を吐きながら紗霧に返答した。
「OKだ。それで構わない」
「了承。ランスまだ早いです」
紗霧はランスに釘をさすのを忘れず、魔窟堂ら4人の顔を見渡し言った。
「この場での交渉は私とランスにお任せ下さい。
貴方達は椎名さんとランスの行為は見たい訳ではないでしょう?」
紗霧は苦笑しつつも、魔窟堂らの退出を促す。
魔窟堂らは視線を交わし、その意味を察する。
紗霧はランスに目配せした。
彼は瞬時に的確にそれに応え、P−3の胸と下半身に指での愛撫を再開した。
「ううむ……そうじゃな、後は任せたぞ紗霧殿。また後でな」
「…………」
「あ……」
魔窟堂の応答の直後、ユリーシャは表情を変えずに出口に向かった。
思わず声をまひるは声を上げた。
「ぐむ……行くか恭也殿」
「ええ」
魔窟堂と恭也は席を立った。
その間にユリーシャはランスの方にそっと顔を向けた。
「……」
ランスはユリーシャに気づいていなかった。
P−3も快楽ゆえか彼女に気づい様子はなかった。
P−3の喘ぎ声を聞きながら、彼女は顔を俯かせてドアを開けた。
「……ねえ、大丈夫?」
まひるは紗霧の方に視線を向けて、心配そうに言った。
「ランスの事も私に任せて下さい」
自信ありげな面立ちで紗霧は言う。
紗霧にはランスの性癖を見越した上で交渉をうまく進める自信があった。
彼女はこの島に呼ばれる前にも、
他人同士の性行為を見た事は何度かあったからだ。
それは主に今は果たした彼女の夢の一つを実現させる為の過程の中で。
そんな今の彼女の脳裏にうっすらと浮かぶのは、かつての母校、富嶽学園の校庭。
嘗て元の世界で猪乃健の部下をやっていた頃、
もっとも凄惨な性暴力を目撃……助長さえした事が紗霧にはあった。
支援
学園を支配者、猪乃健から信頼を得る為。
そして理想を適える組織を創る下準備の為。
彼女は最初期の政策の一環として、
学園内にいる敵対勢力から派遣されたスパイの一斉摘発をした事があった。
摘発されたスパイの中には女性も含まれており、
燻り出したその女スパイ達は捕縛後、猪乃の部下に輪姦され、
その後、男のスパイと一緒にまとめて『粛清』された。
その惨状を当時の紗霧は猪乃と共に校舎の窓から平然と見下ろしていた。
もっとも……猪乃追放後は、性暴力に手を貸す行為は、
例え主君の鋼鉄番長が敵対校の女生徒に軽いいたずらを希望したとしても
基本的に紗霧は却下していたのだが。
今の紗霧はそれを禁忌とするつもりはない。
鋼鉄番長らを始めとする仲間がいないこの世界が故に
昔と似た道を選んだ彼女にとって
今更、性暴力に……ましては一応は和姦であるランスの行為を
許容する程度の事で惑う訳には行かなかった。
「そうじゃなくてさ……」
そう思い合わせる紗霧に対し、まひるから否定の言葉が飛ぶ。
「…………」
紗霧は眉が動かし、問いの意味を探り、言った。
「内蔵スタンガンですか?
心配しなくても万が一にも私に危害が及ぶ訳でも無し」
強化Nシリーズとの戦闘で、まひるを数瞬朦朧とさせた武器の名を紗霧は出した。
半分以上は冗談だったのだが、流石にランスは少々気を悪くし手を止めた。
「俺様は智機ちゃんにやられるヘマはしないぞ」
ランスはジト目で紗霧を見てそう言うと、すぐさまP−3への愛撫を再開した。
P−3からは言葉はない。
紗霧は呆れたようにため息を付いた。
「ボディチェックも済ませましたし、
貴女の出来る事はもうこの場では無いようですが?」
苛立しげに紗霧はまひるを睨むが、眉間にしわを寄せるものの引く気配はない
「う〜ん……」
渋るまひるにようやく、快楽に抵抗したP−3は反応した。
「私は……戦闘用ではない、
まぁ言った所で充分な信用は得られるとは思ってないが、ねっ」
そう言うP−3にはいかにも余裕がなく、嘘は付けそうに見えない。
「がははは、それではお前はなんなのだ!」
「あ、ん……ふざけな……いでっ」
言葉でからかいながらランスはP−3の秘部への愛撫を始める。
P−3は言葉で抗おうとするがまるで無力だ。
「……まひるさんもこれ以上、ここにいるのは嫌でしょう?」
「ちょっと待って」
うんざりとした感じの紗霧をよそに、まひるはP−3を真顔で見つめた。
「むむっ」
ランスが自分勝手な期待の入り交じった声を上げ、紗霧はそれに不機嫌な表情を浮かべた。
まひるは嫌そうな顔をしながらP−3を凝視した。
「……」
まひるは真顔になるとP−3を凝視したまま、鼻をひく付かせた。
「…………」
紗霧の視線が痛いからなのか、まひるの頬に一筋の汗が流れる。
それで諦めた訳ではなく、下唇を一回噛んだ後さらにまひるはP−3を見つめた。
紗霧はまひるがようやく途中で何か考え始めた事に気づいた。
小屋から出ようとした魔窟堂、恭也、ユリーシャも空気の変化を感じ、黙って経過を見守っていた。
まひるは目を閉じた。
紗霧は覗きの趣味が……と口に出そうとしたが止め、まひるの次の反応を待った。
「………………」
まひるはゆっくりと息を吐き出すと、目をゆっくり開け、
額に汗を浮かべながら、P−3へと数歩近づくと匂いを嗅ぐ仕草をした。
「……」
すぅと息を吸う呼吸音が聞こえ、まひるはまた沈黙した。
紗霧の片眉が興味深そうに動く。
異変を肌で敏感に感じたのか、ユリーシャが唾を飲み込む音がした。
そして、まひるは振り向きもせずに唐突に言った。
「ねえ、紗霧さん、病院で最後に倒した奴については話したっけ」
病院を襲撃し、最期にまひるを道連れにしようとしたレプリカの事である。
「……自爆した固体ですね。それが?」
「……」
恭也はユリーシャに何か断りを入れると、ドアを音もなく開けた。
小屋の内外の警戒を強めたのだろうと紗霧は判断した
「どうやって自爆したかまでは、まだ話してないよね」
「爆弾で自爆したんじゃないんですか?」
内蔵爆弾でレプリカが自爆した事までは紗霧は知らないでいた。
だが動揺はしなかったし、目の前のP−3が所持してるとも思えなかった。
「こいつにもし、あの時の様に毒ガスか何かが仕込まれてたら」
緊張も感じられない、ただどこか無機質な平坦な声でまひるは警告した。
似つかわしくない……と紗霧は思った。
「なあに心配いらん、俺様の勘がこいつに害がないと言っている」
「心配ないですよ、そんなの持ってたらとっくに仕掛けてます。
それで貴女はどうしたいと」
自身の命さえも奪いかねない、武器の存在を耳にしても
ランスと紗霧の調子は変わらなかった。
それでも尚、まひるは紗霧に食い下がろうとしていた。
「う……」
「待ちたまえ!」
まひるが言うのを遮って、突如P−3は会話に割り込んだ。
「…………」
「OH……広場まひる。はあ……君も交渉に、はあ……参加したいのかね?」
まひるは無言でP−3の問いに頷く。
「はぁ……むおっ……君も交渉のテーブルに就くというなら、私は……不安だ」
これまでされるがままだったP−3が両手を振り回し、ランスに抵抗する。
「がはは……心配いらん、主催のヤロウが襲ってきたら返り討ちにしてやる」
「…………成程、彼女を警戒している訳ですね」
ランスの戯言が終わるのを待って、紗霧はP−3の要望を代弁した。
「YES。いきなり私が破壊されては堪らないからね、
可能なら月夜御名紗霧とランスの3者のみで交渉をしたいのだよ」
口調そのものはおどけたようだったが、そこには明らかに拒絶が感じられた
紗霧はそれを理解し、視線だけを動かしてまひるに席を外すように言おうとする。
「いま、あたしたちになにかした?」
まひるが紗霧より先にさっきと同じ調子で言った。
「No……私にそんな余裕はない……」
紗霧らが見る限り、P−3が何かをしたようには見えなかった。
P−3も何が起こったか検討がついていない様に紗霧には思えた。
「……」
「どうしたのですか?」
やや離れた所でユリーシャが言った。
紗霧は今度はあえて何も言わなかった。
「…………」
まひるの表情が少々沈む。
身体がほんの少しだが震えていた。
それに紗霧が気づいたのとほぼ同時にまひるは右手を頭に当てた。
「……ちょっと立ち眩みが……」
魔窟堂が心配そうに声をかける。
「それじゃったら尚更、外に出て……」
紗霧にもまひるの不調が嘘でないと見れた。
まひるは顔を上げると、意を決したような表情で言った。
「ううん……だいじょぶ。紗霧さん、あたしもその話し合いに混ぜてくれないかな?」
小さく笑いながら、ただしその眼差しは真剣なままでまひるは紗霧に願い出た。
紗霧は胸騒ぎし、思わず髪に指を絡めた。
紗霧はしばしの間迷ったが、言った。
「……ランス、今は、そのセクハラを止めてください!」
「………………何でだ、紗霧ちゃん?」
ランスは紗霧の強い呼びかけにも関わらず、中々行為を止めようとしなかったものの
膨れ上がる殺気に気づいたのか、ランスは不満の混じった声で疑問を口にした
「はあ……はあ……どういうつもりかね……?」
ランスの執拗なセクハラから解放されたP−3に対し、紗霧はすかさず言った。
「交渉には貴女と私とランスとまひるさんが参加。
他の皆さんは外に退出していただきます。
ただし、さっきと異なり貴女が望む限りランスにセクハラ行為はさせません。
そして我々の安全が確保される限りは、まひるさんに貴女を破壊させません。
それが我々が交渉に応じる条件です」
P−3は思わず眼を瞬きさせた。
そして苦笑しながら、セクハラ受ける前と同じ上から目線でなく下から目線で言った。
「OH……よく吟味すれば……随分そちらに都合のいい話だね……」
「早く答えてくださいな。はいか、YESで」
不敵な笑みで選択でない選択を紗霧はP−3に迫った。
「…………フフ参ったな……断るという選択肢がないではないか……
まあ、それもいいだろう……条件を飲もう」
「魔窟堂さん」
「うむ」
魔窟堂は力強く頷くとユリーシャと共に出入口へ向かった。
ユリーシャは一瞬足を止めたが振り返らずにそのまま外に出た。
「ちぇ……」
ランスが不満げな声に紗霧は不機嫌そうに顔をしかめる。
それに取り合おうとするのを止め、紗霧は椅子に座り直す。
そして魔窟堂と恭也も小屋から退出し、ドアが静かに閉められた。
「貴女達にはさてキリキリ喋って頂きましょうか?」
「Why?ここにいるのは私一体のみだが?」
「そうでしたね……ねえ、まひるさん」
「うん……?」
戸惑いの表情を浮かべるP−3と、面倒くさそうに
ただP−3の下半身を時折見つめるランスを他所に、
紗霧とまひるは曖昧な笑みを浮かべながら言葉を交わす。
「後悔しても知りませんよ?」
「……」
これまでのまひるがランスに向けた反応からして、
これから目の前で繰り広げられるだろう情事はまひるにとって
さぞ苦痛であると違いないと紗霧は予想していた。
だがまひるがランスや自分の手段への嫌悪感を抑えるだけの根性と柔軟さがあるなら
それはそれでいいと思っていた。
「……足手まといと判断したら、ちゃっちゃと出て行ってもらいますからね
……ね、まひるさん?」
「う、努力する」
紗霧はその言葉に肩をすくめるや、本調子に戻ったP−3へ向き合った。
月夜御名紗霧、ランス、広場まひる、レプリカ智機:P−3。
3人の参加者とゲームの備品の一つである四者の交渉はここから始まる。
↓
(ルートA)
【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3内】
【グループ:紗霧・ランス・まひる】
【月夜御名紗霧(元36)】
【追加スタンス:P−3との交渉をうまく進める(ランスがP−3との性行為を望むのなら黙認する)
まひるが察した何かを探る、ただし交渉の邪魔になったら追い出す】
【広場まひる(元38)】
【追加スタンス:P−3への警戒、紗霧への同調、?】
【ランス(元02)】
【追加スタンス:隙あらばP−3にスケベな事をする
大きな隙があれば紗霧とまひるにもスケベな事をする】
【レプリカ智機(P−3)】
【スタンス(変更?):ザドゥにぶつけるための交渉?、?】【所持品:?】
【現在位置:D−6 西の森・小屋3→西の小屋外】
【グループ:魔窟堂・恭也・ユリーシャ】
【共通スタンス:敵の襲撃への警戒、交渉の終了まで待機?】
※キャラの状態やアイテムの詳細は
>>34-35 の状態表 を参照してください。