恐ろしい勢いで、思考が組み立てられていく。人として間違っているだとか正しいとか。そういう事を置き去りにして、私の思考は進んでいく。
「ふ、ふふっ」
口から笑いが漏れた。
ああ。いける。これならいける。
組織にとっての利という筋が通り、彼も生かす事が出来る。確定的ではないが……合歓との信頼関係を木っ端微塵に砕いたとしても、
その一点においてのみは、合歓の協力を得る事が出来る。何とかなる公算は高い。
後は、そう。私と合歓との戦いだ。
正々堂々と戦おうじゃないか。
お前は消え行く事が決まっているから彼の傍にいるべきではないし、私は加害者であるから、彼が私を許さない。
私もお前も、時間がない。彼と触れ合い、愛し合える事など、未来永劫この機会を置いて他にないはずだろう?
◆◆◆
概ね……私の目論見通りだったはずだ。
人殺しゲームは滞りなく行われた。計画実行の具体的な予定日が最後まで決まらなかったのに、
よりにもよって皆で見る事を約束した、流星群が来るその日が選ばれたのは本当に業腹だったが。
勿論、私と彼女の賭けも成立した。人殺しゲームの顛末どのような形であれ、最後はそのように持っていくつもりだった。
真中合歓か、高遠恵輔のいずれかが死にかかった時点で、チャンスを与えてやる。そういう名目で開錠ゲームに引き込む予定だったから。
……安藤都子を、助けられなかったのは残念だ。
人殺しゲームに出口は存在しないが、開錠ゲームにはあったのに。
開錠ゲームの生き残りには、記憶操作の信頼性を実証するサンプルとして、外での世界に解放してやる手筈が整っていたのに。
ゲームを降りれば死亡。そのようにルールが定められてしまっていたから……。
見世物として面白くなければ、上は興味がないのだろう。開錠者と鍵穴が進行を拒否してしまっては、興醒めだ。だから、そのようになった。
まあ、私自身が対等なプレイヤーとして参加する事は、見世物としての面白さを釣り上げる材料にはなったはずだ。
あの天才児が狂犬に犯される―――そんな状況を奴らは見たかったはずだ。
最後の防壁、保険として葵菜月も参加する事を条件に、開錠ゲーム実行の準備は通った。
一点だけ。事前には全く予想の付かなかった事がある。彼が鍵穴に誰を選ぶか、という事だ。
合歓に「叶を選んで」と言えとアドバイスしたのは私だ。そうする事で、合歓か私を選ぶ可能性はかなり高くなったと……思う。
そうして、彼は目論見通りに、或いは予想以上の成果として、鍵穴に私を選んでくれた。
全てが偽りだったかもしれない。恋人同士のそれとは違った、歪んだ形だったかもしれない。
でも、それでも。
それでも彼と身体を重ねた時間は……夢のようだった。彼の心に触れた事が。彼が私を求めてくれた事が。
だから、か。あの優しさが。情熱が。私に向けられた物ではなかったと、目を覚ました彼が私から逃げていくのを見て、解ってしまった。
きっと彼は合歓への愛を、相手を間違えたまま私にぶつけていただけなのだと。
本当に……私は愚かで滑稽だ。
後が辛くなるだけなのに、もうとっくに負けていた勝負にベットして、全てを望みのままにしておきながら、全てを無くした。
だから未練など欠片も残さぬよう、徹底的に「本当の私」を彼に見せつけてやった。
グチャグチャに彼の尊厳を踏み躙ってやった。彼が相手を間違えていたなんて信じたくなくて、何度も何度も確認までしたのだから。
それなのに「ありがとう」だなんて。
あんな事さえ言わなければ、あいつがもっと利口なら、私だって安泰だったのに。
本当に、全く。
友達だから、合歓とは正々堂々と戦ってやった。
友達だから、約束を守ってやった。
私は、私が本当の私を見せない事で、友達に嘘を吐き続けてきたから。
だからせめて、友達と約束した事は守るという事だけは絶対だって決めていたんだ。
……噂では……葵菜月に戦闘技術を学んでいるらしいが、三年経っても私を捕捉できないでいる。
本当に、あいつ。あいつは、思い通りにならなくて苛々する。
お願いだから。
早く来い。
だって、さっきから、やけに昔の光景が頭をちらつく。
過去の記憶から助かる方法を検索すると言う、人間の生存本能に基づく機能。
これが―――所謂走馬灯というものだろう。
まあ、記憶の検索をしてみても始まらない。腸をアスファルトにぶちまけて転がっている私を助けるには、
私が元いた組織ぐらいの医療技術がなければ無理だ。
……寒い。手足の感覚がない。これは……いよいよもって駄目だろう。
………。
私がこのまま消えてしまっても。
合歓と、会って。
合歓を、守って。
あの子はきっと、一人きりで震えて、いるから。
記憶を、戻すのは無理、でも、あいつなら。
また、新しい思い出を。
私の知らない、星を……二人で……。
それは、やっぱり、悔しい、けどさ。
一緒に、星を、見れる私に、なり、たかったけど、さ。
だからせめて……私にまた、友達に嘘を吐くような真似を、約束を破るような真似を、させないで……。
……足音が近付いてくる。
それは……。ああ……。三年経ったけど、一目でわかった。
見間違ったり、するものか。
間に合ったんだ。あ、はは、は。
前よりずっと、精悍になってる?
は、ははっ。死ぬのが、惜しくなった、かな。
「最悪……だわ」
口を開けば出てくるのは悪態だった。
全く……幼馴染の、可愛い可愛い叶ちゃんだった時の方が……素直に、自分の本音を言えた、なんて、皮肉、過ぎる。
何で組織を裏切った……のかなんて、今更、どうでも良いことを……聞かれた。
言えるわけもない。本当の事なんて、絶対教えてやるものか。
彼の手が……私の目蓋に触れたのを感じる。
ああ。うん。……暖かくて、優しい。昔の、ままだ。
これなら、良いかな。うん。全部、もう良いや。
後は、任せたから―――お願いね。
約束、守ったよ。