526 :
521:2007/07/25(水) 22:02:42 ID:Lx6UMubK0
『最近、結構走りこんでるし、きっと………』
スイッチを押し、おそるおそる脚を乗せる。そして足元を……
『……』
一度降り、近くにあった未開封の洗剤を置いてみる。
『……よし、今度こそ……!!』
もう一度スイッチを押し、足元を見て……ヘナヘナと倒れ込む。
『な、なんで!さ、3kgも増え……「ワーワーワーワーワー!!!!!」
「何よ五月蝿いわね〜、顔真っ赤にして〜」
「ひ、酷いです!何もこんな皆のいる前で言わなくても!!」
「そうよね〜、夜だってあんなに必死に発電してるのに……」
「な、何言ってるんですか〜!?そんな事してません!!」
「ふ〜ん?そんな事って何か心当たりがあるのかにゃ〜?」
「う、うぅ……」
「毎晩毎晩、瑞穂ちゃんのあ〜んな姿やあ〜んな所を妄想して……ムフフ…」
バンッ!!と包丁で玉ねぎを思いっきり叩っ切る音が聞こえる。
「や、やめてください!なんで私をそんなに苛めるんですか!?それに話ズレてます!!
だいたいですね、私だって痩せようと気をつけて昨日だってヘルシー豆腐ハンバーグに……」
「それよ!!厨房のおばさん達が旅行に行って五日目!作ってくれるのはいいけど、
なんで毎日夕食が同じなのよ!?こんなんで怒らないでいられるかぁっ!!」
由佳里は料理は上手い。しかし……!
「毎日出るハンバーグ!!そして毎日買ってくる大量の挽き肉!!!
それに耐えてもう五日目よ!?もう見るのもいやじゃい!!!!」
527 :
521:2007/07/25(水) 22:06:12 ID:Lx6UMubK0
「違うじゃないですかぁっ!」
「どこがよっ!!」
「一子ちゃんっ!!」
「はいはい!お呼びですか〜?」
「私の今週のハンバーグの説明お願い!!」
上の階から天井をすり抜けて入ってきた一子ちゃんが得意のマシンガントークを繰り広げる。
「一日目はオーソドックスですがポピュラーで定評のある普通のハンバーグでした。
二日目は中に入ったトロ〜リとしたチーズがハンバーグとの絶妙のハーモニーを奏でるチーズバーグ。
一昨日は今が旬のトマトを内蔵し、ピーマンに詰め、更に野菜をトッピングした夏野菜ハンバーグ。
そして昨日のヘルシー豆腐ハンバーグ。これはハンバーグ本来の味を損なわないギリギリの配分で豆腐とひき肉を混ぜ、
尚且つ豆腐の食感まで楽しめしかもローカロリーな一品。今日のハンバーグは一風変わった味が楽しめる
牛、豚、鶏の絶妙なバランスにこだわったミックスハンバーグ!!そして明日のハンバーグはなんと秘伝の……」
「ふ・ざ・け・る・なー!!!ワレは何一子ちゃんに教えとんじゃいっ!!
というか予想はしてたけど明日もハンバーグかい!!」
「そんなに言うならご自分で作られてはどうでしょうか!?」
「ぐぅ……」
「あら、ぐぅの音は出るんですね」
「うぅ……まりやの方が男っぽいって……僕は本当は、本当はっ!」
「うるさい!というか瑞穂ちゃんっ!いつまで落ち込んでんのよ!!
ついでに私に喧嘩売ってない?……って、電話切れちゃうでしょ!!」
「や、やっぱり奏がとるのですよ」
トゥルル…ガチャ
「はい、こちらは聖應女学院宿舎なのですよ〜」
「え?あ。はい。そうなのですよ〜私が周防院奏なのですよ〜。え!?
お姉さまのお父様なのですか?あ、いえ、瑞穂に妹なんていたっけって?
わ、私はお姉さまの妹だったのですか〜!?」
528 :
521:2007/07/25(水) 22:08:13 ID:Lx6UMubK0
奏ちゃんらしいやりとりだな、って……
「と!父様!?」「へ!?瑞穂ちゃんのお父さん!?」
二人で声が裏返るところでの絶妙なシンクロ。
「は、はい!今変わりますですよ〜」
瑞穂ちゃんが電話を受け取り、私も耳を受話器に近づける。
『おぉ!!瑞穂か!元気にしてるか?』
「な、なんでこちらに?」
事情が事情だし、どうしても用がある時は携帯電話の方にかけることになっていたはずだけど。
『まりやちゃんもそこで聞いているかな?』
「うぐっ………は、はい、ご無沙汰してます」
『それで早速なんだが、寮の皆の予定が空いているのはいつかな?』
瑞穂ちゃんは皆の予定が書いてあるカレンダーに目を向ける。
「ええと、皆がお休みなのは明日と明後日と――」
『おぉ!調度良い!!瑞穂。明日皆を泊りがけで家に招待してはどうかな?』
「家に!?ちょっと父様何を考えてるの?」
瑞穂ちゃんが小声になる。
『いや、別に。お前の友人達を見たいと思ってな』
ちょっと待って。まさか、まさかねぇ?
「瑞穂ちゃん、ちょっと替わってくれる?」
529 :
521:2007/07/25(水) 22:10:08 ID:Lx6UMubK0
「ん?いいけど……父様、まりやに替わるね」
「おじさん。単刀直入に聞きますが、目当ては"宮小路"瑞穂ですね?」
『………何をわけのわからないことを…』
「瑞穂ちゃんをただ呼んでも、ここでいるようには振る舞ってくれないから、
私達。というよりも奏ちゃんと由佳里を一緒に……と。」
『…………』
「でも、そんなことしたらバレますよ……姓が鏑木だって。色々面倒じゃないですか?」
『その点は心配ない。既に鏑木家所有の家の一つを宮小路としてとりつくってある』
さすが鏑木グループ会長……やる規模が違う。
「はぁ……父様、そんなことをしても行きませんよ」
『瑞穂……聞いていたか………ならばこれしかないな』
「え?一体何を……」
次の瞬間、受話器のスピーカーが壊れんばかりの大音量で音が響く。
『明日と明後日、寮の皆を家に呼んだらどうかね?』
な〜るほど、よく考えてある。だからこっちにかけたのか。
「ちょっと父様!!そんな大きくしたら耳が…それに皆に聞こえて迷惑……はっ!!」
瑞穂ちゃんが後ろを見るとそこには眼を輝せ手を取り合った二人が……
「奏ちゃんっ!」「由佳里ちゃんっ!」
「で、でも!奏ちゃん、由佳里ちゃん……」
「「お姉さまは私たちが行くと迷惑(なの)ですか!?」」
「いや、そういうわけじゃないわ!全っ然大丈夫よ?」
「「じゃあっ!準備してきますね/のですよ〜!!」」
二人はやってることを投げ出して自分の部屋に戻っていった。
530 :
521:2007/07/25(水) 22:14:10 ID:Lx6UMubK0
「はぁ〜、……父様?」
「ん?迎えは明日の10時頃でいいか?」
飄々とした声が聞こえてくる。
瑞穂ちゃんの声のトーンが変わる。
「帰ったら覚えてなね……」
『………み、瑞穂すま――』
ガチャン!!
受話器が叩きつけられる音が聞こえ、瑞穂ちゃんが大きなため息つく。
瑞穂ちゃんが後ろを振り返るとそこには……
「お、おおお姉さま?」
「か、奏ちゃん!?」
怯えている奏ちゃんが……
「い、今の声は…それに、何かお姉さまの周りにな、何か……」
「あ、え?い、いやこれはね?」
「すいませんなのですよ〜!!私…私何も聞いていないのですよ〜!!」
タッタッタッタッタッ!!
「はぁ〜どうしよ……まりや?ってまりやまで……こっち見てよ……」
「それは今の?それとも行く事?」
「両方、かな……」
「ま、いいんじゃない?これでハンバーグ以外の物が食べられそうだし?」
「ちょっとまりや……真剣に考えてよ〜」
********************
531 :
521:2007/07/25(水) 23:14:06 ID:LFB5YdyT0
「奏ちゃん見て見て!!森がある!」
「由佳里ちゃん!こっちにはこんなに広い庭があるのですよ〜!!」
二人は荷物を置いてはしゃぎまわっている。
「ねぇ〜、まりやぁ………」
「あ〜もう、うるさい!!服が伸びる!!」
「ひんっ!」
さっきから瑞穂ちゃんが困った顔で私の服をクイクイと引っ張っては
「大丈夫かな!」、「大丈夫かなぁ〜?」と聞いてくる。
「だいたいね〜!こんなところでビクビクしないの!
堂々としてりゃバレないもんなのよ!!瑞穂ちゃん男な…ん……で…しょ……?」
言いながら振り返ると二人の荷物を取ろうとしていたのか、
私に怒られた瑞穂ちゃんが今にも泣き出しそうに眼を潤ませて下から上目遣いで私を見ている。
……ダメだ、この瑞穂ちゃん可愛すぎる。もういっそのこと襲っちゃうか。
「と、とにかく!!表札とかも変わってたし、荷物を中に運ぼう?」
「う、うん……そうだね。あれ?荷物が一つ多くない?」
二人で4つの荷物を肩と手に提げると、荷物が一つ余る。
「ああ、由佳里が二つ持ってきてたよ。う〜ん、ここは瑞穂ちゃんの家なわけだし……、
もしかしてアレ用のグッズを……!?さ〜てさて、中身は何かにゃ〜?」
「ま、まりやぁっ!僕一応男なんだけど……!それに勝手に人のものを弄るのは―――」
キャーッ!!
「今のはっ!?」
「奏ちゃんっ!?」
紫煙
533 :
521:2007/07/25(水) 23:19:17 ID:LFB5YdyT0
手に持った荷物を投げ捨て、肩に引っ掛かった荷物を外しながら悲鳴の上がった方へ走る。
「お姉さまっ!!」
由佳里が泣きじゃくりながら走ってきた。
「何があったの!?」
「うぐっ!こ、この先の森で奏ちゃんが風で飛んだリボンを追いかけて、
ひっく……崖から落ちちゃって……うわぁ〜んっ!!」
最早肩に提げているのを取るのすらもどかしい。
崖に着くと、まず高さに驚いた。崖は二段になっていて、かなり高い。
立ち入り禁止の看板やロープも近くにあるが、ロープは古くなり切れている。
ザッと辺りを見回すが、奏ちゃんを見つけることは出来なさそうだ。
この位置から見えないということは次の段差も落ちているということだろう。
「まりや!まりやは戻って助けを呼んで!」
「何言ってるの!?助けなら由佳里が行くわ!」
「この次の崖はもっと高くて不安定だったはず……まりやは女の子なんだし、危ないよ!!」
瑞穂ちゃんは肩にかけた荷物を投げ捨て、崖を滑り降りる。
私は一瞬戸惑い、瑞穂ちゃんが投げ捨てた鞄を手に取り、瑞穂ちゃんに続く。
「まりや!?」
「人手は多い方がいいでしょ?それに、何かあったほうがいいと思うけど?」
そういって私は二つの荷物を掲げる。
「もう!どっちにしろここまで来たら戻れないよ!?」
「とにかく、奏ちゃんを探しましょう?」
534 :
521:2007/07/25(水) 23:24:32 ID:LFB5YdyT0
二人で手分けして捜す。地面はかなり脆く、そこを辿っていけば見つけることは容易かった。
「瑞穂ちゃん!こっちよ!」
「いたの!?」
瑞穂ちゃんがこっちに走ってくる。でもそこは……!
「瑞穂ちゃんっ!そこ危ない!」
「え!?」
既に声をかけた時は遅く、脆い足場を踏み崩し瑞穂ちゃんの姿は私の視界から消えた。
下を見ると、瑞穂ちゃんは木の枝になんとか捕まっている。
「これに掴まって!」
私は荷物の一つを瑞穂ちゃんの方に下げる。
「早く!今引き上げるから!!」
「くっ…まりやごめん!……はは、これじゃ言ってることとやってることが逆だね……」
瑞穂ちゃんが掴まった時――――急に強い雨が降り出した。
「くっ……まりや、離して!そうしないとまりやも!!」
「いやよっ!!」
元々が脆かった大地は水分をたっぷりと含み、崩れ落ちる。
「きゃっ!!」
私の体が宙に浮き、瑞穂ちゃんが正面に現れる。それと同時に、瑞穂ちゃんを支えていた木が折れた。
何か、懐かしいような、そんな記憶が蘇り、思い出した記憶と同じように
私の体は瑞穂ちゃんに捉えられ、その時のように投げられ――――――なかった。
535 :
521:2007/07/25(水) 23:28:31 ID:LFB5YdyT0
そのまま、落ちていった。
体に激痛が走り、記憶が蘇る。幼い頃、瑞穂ちゃんをからかっていた時に一度だけ、
瑞穂ちゃんに反撃されたことがある。その時は瑞穂ちゃんが急に正面に現れ
体を捕まれたと思ったときには既に私の体は宙に浮いていた。
「ははは……あの頃はその後瑞穂ちゃんには近づくまいって自分に誓ったっけな……」
今回は投げられなかった、ということが意味することは……?
「瑞穂ちゃん!!」
振り返ると私をかばって背中から落ちた瑞穂ちゃんが肩から血を流しながら倒れていた。
「まりや……早く…奏ちゃんを……」
「何言ってんの!?瑞穂ちゃんだってすごいケガじゃない!!早く手当てをしないと…」
「奏ちゃんの方が先だよ……?」
「でも……」
「早く!!」
瑞穂ちゃんの眼は鋭く、決して拒絶することを許さない。
まるで、私が猛獣使いに窘められる猛獣の気分になったかのようだ。
「わ、わかった。動かないでね……すぐに戻るから!」
私は急いでさっきみた奏ちゃんの居る場所へと走る。
体がまだ痛むが、二人の傷よりは痛まない。
そう考えると不思議と痛みは気にならなかった。
「奏ちゃん!」
私は奏ちゃんに駆け寄ると、静かに横にした。
536 :
521:2007/07/25(水) 23:31:45 ID:LFB5YdyT0
「奏ちゃん!大丈夫!?」
「まりやお姉さま……?」
「自分の名前、言える?」
「奏です……周防院 奏なのですよ。」
「じゃあ、昨日の晩御飯なんだか覚えてる?」
「ふふふ……昨日もまりやお姉さまが嫌がって食べなかった、ハンバーグなのですよ……」
「ははは……そうだったわね」
意識は大丈夫みたい。よかった……後は何かで頭を冷やとかないと。
確か、あの鞄が何か冷たかったような気が……きっと、何か入ってるはずね。
さっきの場所に引き返し、荷物を探る。
「………、あった!!」
保冷剤の大きなカタマリがいくつかハンカチに包まれて入っていた。
「奏ちゃん、リボン、使ってもいい?」
「はい……」
さっきの保冷剤のカタマリを一つ取り出し、リボンでしっかりと後頭部に結びつける。
「後はどこか痛む所ある?」
「右足が……」
右足は赤く腫れ上がっている。この分だと折れているかもしれない。
残りの保冷剤を包まれていたハンカチでそのまま足に結びつける。
「じゃここで少し待って。瑞穂ちゃんのところへ行かなきゃ」
「瑞穂お姉さま!お姉さまは大丈夫なのですか!?私も行くのですよ!!」
「…………」
537 :
521:2007/07/25(水) 23:34:56 ID:LFB5YdyT0
瑞穂ちゃんがあんなケガをしているのを見れば、責任を感じるかも……
でも、ずっとこのままでもいられないか……
「わかったわ……じゃあ、行きましょ?」
奏ちゃんに肩を貸し、二人で瑞穂ちゃんの元に向かう。
「お、お姉さま!!」
「か、奏ちゃんっ!?待って!」
奏ちゃんは片足が使えないというのに私から飛び出していく。
「良かった、奏ちゃん。無事だったのね」
「よ、よくないのですよ〜、か、奏のせいで……」
「私はだいじょう――」
「大丈夫なわけないでしょ!!全く、何の考えなしに飛び込んでいって!!
足場にも注意しないし、自分もこんな酷いのにすぐ人を優先するし!!」
「でも……」
「でもじゃない!!」
「……うん、ごめん」
さっきの鋭い眼とは違い、いつもの優しい顔に戻っていた。
「全く、瑞穂ちゃんは奏ちゃんの事になると前が見えなくなるんだから!!」
そう言って私は自分の服の肩の部分を破って瑞穂ちゃんの肩に結びつける。
「まりや、ほんとにごめんね、まりやまで落ちちゃった……」
「いいの。こういうことはお互い様でしょ?」
「……うん、ありがと。じゃあとりあえず助けを呼びましょうか?」
538 :
521:2007/07/25(水) 23:37:15 ID:LFB5YdyT0
「お姉さま方〜!奏ちゃ〜ん!!」
「由佳里っ!!」
ここから姿を見ることは出来ないが、確かに声が聞こえる。
「皆無事ですか!?」
「奏ちゃんと瑞穂ちゃんがケガしてるわ!助けは!?」
「そ、それが……」
頼りない声が聞こえてくる。
そんな、二人はすぐに医者が必要なのに…!!
「雨でこの辺り一体の地盤が崩れて、こちら側からは無理みたいです!
反対側から向かってますけど……ここは木の間が狭くて、
近隣の森と繋がっていることもあるらしくて、
近くにいくまでに少なくとも丸一日はかかるって……どうしましょう!?」
さあ、どうする――――
このままここで助けを待つか。
でも一刻も早くこの二人は医者に見せなきゃ。
ならば……
「まりや、行こう。確かこの先に歩いて行けば公道があるはずよ。
そこに向かって歩けばきっと救助隊と合流できるはずよ」
「でも、奏は歩けないのですよ……」
奏ちゃんが申し訳なさそうに俯く。
「それは心配ないわ!ほら、よいしょっと」
「まりやお姉さま!」
539 :
521:2007/07/25(水) 23:42:12 ID:LFB5YdyT0
「私は大丈夫よ。瑞穂ちゃんがこんなになってまでかばってくれたからさ……」
「由佳里っ!私たちはあの大きな建物に向かって歩くわ!
救助隊にもそのことを伝えておいてくれる?」
「わかりました!気をつけてくださいよ!」
さて、後はひたすら歩くだけか……
「さ、行きましょうか?瑞穂ちゃん、奏ちゃん」
「そうね、行きましょ!」
「まりやお姉さま、お願いしますのですよ〜」
こうして、私たちはひたすら歩いた。
私が持ってきたバッグは由佳里のものだったらしく、
中に入っていたものは保冷剤以外は特に役に立ちそうもなかった。
「全く……由佳里の鞄ったらホンットに何も入っていないんだから……」
「ははは……でも保冷剤がなぜか入ってたんだし、良かったんじゃない?」
「まーね。でも私のだったら色々お菓子とかも入ってたのに〜!」
「そういえばさ、途中の崖までもう一つ持ってきてたみたいだけど、あれは誰のなんだろ?」
「さぁ?確か黄色だったような気がするけど……」
「あ、それは私のね、特に役に立ちそうな物入っていなかったし……結局一緒かぁ……」
「うぅ〜、お腹減ったなぁ〜」
「それはまりやが昨日の夕食ちゃんと食べないからだよ?」
「だってもうハンバーグ飽きたよ〜。ね?奏ちゃん?」
「う、う〜ん。で、でも……今日は違うものが食べれるのですよ!」
「まーね。それを目標にして歩きましょうか!
そういえばさ、なんかさっきから匂いしない?良い様な、悪い様な」
「そう?私は特に……奏ちゃんは?」
「とくに感じないのですよ〜?」
「う〜ん、落ちて鼻おかしくなったかな……」
「ははは。何それ?まりやったら……」
540 :
521:2007/07/25(水) 23:46:40 ID:LFB5YdyT0
>>532 支援ありがとうございます!
1レスずつ落とす前に見直すと結構直したい部分があるものですね。
で、見直しの最中に既に張った伏線を回収し忘れてるの思い出しました……orz
その辺は書き足して明日には投下したいと思います。
541 :
521:2007/07/26(木) 22:45:16 ID:8nBF6MBc0
こうやって私たちは少しずつ歩き進めていき、辺りは徐々に暗くなってきた。
「あ〜もう疲れた!!歩けん!!腹減った!!!」
「そうね……結構歩いたしここでいったん休みましょうか?」
「奏ちゃんも寝ちゃったみたいね?」
ガサガサッ!!
「もしかして救助隊!?」
「いや、まだここまで着くには早いわ……気をつけて!」
茂みの中から出てきたのは、一匹の熊!
「……っ!!」
瑞穂ちゃんが咄嗟に構える。
しかし、その熊は構えた瑞穂ちゃんには眼もくれず、私たちの方へ向かってくる。
「まりやっ!!」
「奏ちゃん起きて!!」
「ふぇ?……あれは何なのですか?熊!?熊なのですか!?」
「この……っ!!」
熊に背を向けてはいけない。背を向けるとやられてしまう。
私はゆっくりと後ろを確かめながら後ずさりする。
奏ちゃんだけでも逃がしたいが、足をケガしているのでそれも叶わない。
さぁ、どうする―――
そう考えた時、巨体の後ろから、瑞穂ちゃんが私たちと熊との間に入り込んだ。
「下がれっ!」
542 :
521:2007/07/26(木) 22:47:05 ID:8nBF6MBc0
「お姉さま、危険なのですよっ!」
「まりやっ!早く逃げて!!」
「でもっ……!」
「早く!!」
こっちを振り返った瑞穂ちゃんの眼は、さっきと同じ眼をしていた。
私はその眼に逆らえずに奏ちゃんを連れ森に逃げ込もうとする。
その時、熊が私たちを追うように動き出した。
瑞穂ちゃんの声のトーンが下がる。
「下がれっ!!!」
熊の動きが一瞬止まる。
その隙をみた瑞穂ちゃんが熊の懐に飛び込む。
そう、それは、私が幼い頃、そしてさっき見たのと同じ光景。
違うのは、私が第三者になっているということだけ。
「瑞穂ちゃんっ!!」「お姉さまっ!!」
「くっ…!!」
瑞穂ちゃんは肩の痛みに顔を歪め、熊を捉える。
そう、捉えられたら後は―――――投げられるだけ。
ドスンッ!!
巨体が地面に落ちる音が聞こえた。
その後に残るのは、投げられて気絶している熊と、
それを睨むような眼で見る瑞穂ちゃんと、
その瑞穂ちゃんを呆然とした眼で見る私と奏ちゃんだけ。
543 :
521:2007/07/26(木) 22:49:20 ID:8nBF6MBc0
「もう……流石にダメかも………」
瑞穂ちゃんは熊が動かないことを確認するとフラフラその場で倒れる。
「瑞穂ちゃん!」「お姉さま!」
二人で駆け寄る。
その時、走ったのと一緒に何かが落ちる音がした。
「全く!なんて無茶するのよっ!!」
「ひっく…!お、お姉さまに何かあったら…うぐ……、私……!」
「うん、でも―――」
「「でもじゃない(のですよ)っ!!!」」
「……うん…ごめん」
「でも、本当に無事で良かったのですよ……」
「でも、もう動けないかも……結構血流してるし、私もお腹、空いちゃったたかな?」
瑞穂ちゃんが笑って言う。
「もう!……あら?奏ちゃん足の取れちゃってるわね?」
「そう言われてみれば、足が軽いのですよ〜」
「あ、あれね?」
拾い上げると、ゴロン、と何やらラップに包まれた物が転がった。
「ありゃ?なんだこりゃ?」
そこに転がっているのは………
言葉に出せない私の代わりに、それを見た瑞穂ちゃんが代わりに口を開いた。
「ハン………バー……グ?」
544 :
521:2007/07/26(木) 22:54:08 ID:8nBF6MBc0
そう、それはまぎれもなくハンバーグである。
確か私の記憶が正しければ………昨日の夜出てた。
「あ……さっきのまりやの匂いって……コレ?」
「あ、なるほど」
考えてみれば奏ちゃんをおぶっていたのだから、
このハンバーグがちょうど私の顔の近くにあったわけだ。
「あ、もしかしてこれって……」
奏ちゃんが転がる保冷剤を指差す。
「ハンバーグを持ち歩くため?」
そういえばこれは由佳里の持ち物だっけか。
「もしかして、この熊さんが私たちを襲ってきたのも……」
三人の間に沈黙が走る。
「ふっ……ふふふっ!」「はははっ!!」「由佳里ったら……」
私たちは顔を見合わせ、一斉に笑い出した。
全く、こんなところまでハンバーグを持ってこようなんて由佳里らしいというか……
私たちはそこで一旦休むことにした。
奏ちゃんの頭につけている保冷剤のカタマリも開けてみれば凍らせて取っておいたのか、
中から一昨日やら三日前のやらのハンバーグやらが出てきた。
「私はずっとハンバーグを頭につけてたのですか!?」
「そういうことね……」
「な、なんだか複雑なのですよ……」
545 :
521:2007/07/26(木) 22:57:23 ID:8nBF6MBc0
瑞穂ちゃんと奏ちゃんが二人で笑いながらにハンバーグを食べながら話す。
「それにしても、食べ飽きたハンバーグと言っても、
持ってきてくれた由佳里ちゃんに感謝ね。奏ちゃんの頭も冷やせたし」
「本当に、由佳里ちゃんにも感謝なのですよ〜」
「あれ?まりやは食べないの?まりやもお腹空いたって言ってたじゃない」
「う〜ん、やっぱハンバーグは――」
ギュルギュルギュル………!!
咄嗟にお腹を手で覆い、三人で顔を合わせる。
「………聞いた?」
顔を赤らめながら二人がコクリと頷く。
たぶん、私の顔はもっと赤いに違いない。あぁ恥ずかしい……
「ほらね?まりやのお腹も美味しそうなものを目の前に我慢できないんだよ」
そう言いながら瑞穂ちゃんがハンバーグの一つを私に差し出す。
「で、でも――」
「でもじゃない!!」
突然の声と瑞穂ちゃんの厳しい顔に奏ちゃんと私は眼をキョトンとさせる。
瑞穂ちゃんの顔がにこやかに微笑む。
「……でしょ?まりやが一番疲れてるんだから、食べなきゃね?」
瑞穂ちゃんの手が私の口に迫る。
「はい、あーん♪」
546 :
521:2007/07/26(木) 23:01:46 ID:8nBF6MBc0
「や、やだ!恥ずかしいよっ!」
「あ〜ん♪」
「うぅ……」
瑞穂ちゃんは止めようとしない。
しかたなく白旗を揚げて口を開く。
モグモグ……ゴクリ
「どう?」
「………悪くはないかな」
「悪くはない?」
瑞穂ちゃんが睨む様に直接本心を引きずり出そうとする。
「……美味しい、かな?」
「かな?」
「……」
「………」
「……美味しい、です……」
瑞穂ちゃん、怖いよ。
奏ちゃんも、いつもなら恥ずかしがりながらも
「私も……あ〜ん♪ってしてもらっても……いいですか?」なんて言うのに、
今は小さくなってこっちを見ようともしない。というかなんか震えてる。
「まりやも由佳里ちゃんに感謝ね?」
……でも、確かに美味しかったかな、ハンバーグも。
寮に帰ったらまた今度作ってもらおうかな……なーんて。
自分でも気付かぬうちに笑みを浮かべていた。
それに気付いたのと、物音がガサゴソと聞こえるのはちょうど同じくらいだった。
547 :
521:2007/07/26(木) 23:05:06 ID:8nBF6MBc0
「「「あ……」」」
すっかり失念。熊は気絶させただけなんだっけ……
熊は体を起こし、頭を抱えている。
きっと、人間に投げられたのなんて初めてなんだろうな……お気の毒に。
「えぇ!?ちょっと!瑞穂ちゃん危ないって!!」
瑞穂ちゃんはスタスタと熊に近づいていく。
目の前に立ち、手に持つ物ゆっくりと切り株に置く。
「はい、どうぞ?」
そのまま瑞穂ちゃんはゆっくりと下がる。
熊は注意深く臭いをかんだ後、ハンバーグを食べ始めた。
「もう、人は襲っちゃダメよ?」
熊が食べ終え、瑞穂ちゃんに顔を向けた時、熊の動きが止まった。
それを確認した瑞穂ちゃんはゆっくりと熊の頭を撫でた。
「ほら、もう行きなさい?」
熊は後ずさりしながら恐るべき速さで森に消えていった。
「さ、結構休んだし、お腹もそれなりに溜まったし、もう行こうか?」
瑞穂ちゃんがそう言って私たちの方に振り向いた時、
私と奏ちゃんも抱き合ったまま震えて後ずさりした。
「み、瑞穂ちゃん………!」
「な、何かお姉さまから見えるのですよ〜!」
548 :
521:2007/07/26(木) 23:08:17 ID:8nBF6MBc0
それから救出隊と合流するまでの約2時間、
私たちは瑞穂ちゃんと5メートル以上の距離を開けながら歩いた。
「ね〜、まりや〜。こっち来てよ〜!」
「ヤダ!!絶対ヤダ!!」
「お、お姉さま、すいませんが、あまり止まらないでくれると嬉しいのですよ……」
「うぅ……二人とも酷いよぉ……」
そして、私たちは全員無事に帰ってくることができた。
これも瑞穂ちゃんと、由佳里のおかげかな……?
「ま、良かったわね。奏ちゃんも瑞穂ちゃんもそれほど大きなケガじゃなかったみたいだし」
「そうね、私は一ヶ月くらい右手上がんなくなっちゃったけど」
「奏もここで見てもらえてよかったのですよ〜」
「そうね、奏ちゃんだけ病院じゃかわいそうだものね」
「それにしても良かったです!私の荷物が役に立って!!」
「……そうね、なんか悔しいけど……」
「えへへ……って、悔しいってなんですか!?」
「そうだ、まりやはお礼言った?由佳里ちゃんに」
「わかってるわよ!……由佳里、ありがと。ハンバーグ……美味しかったわ。
だから、また今度作ってくれる?それと、出来れば私にも教えて欲しいかなぁ……なーんて」
「ほ、本当ですか!?良かったです!実は……」
「瑞穂〜!そろそろ夕飯にしよう、お腹空いただろう?」
「はい、父様。今行きますよ!……で、何?由佳里ちゃん?」
「い、いえ!ご飯にしましょう!!」
「そうね、瑞穂ちゃんにはさっきのお返しで食べさせてあげよっと♪」
「えぇ!い、いいよ、僕は―――」
「ダーメ。それに、み・ぎ・て。使えないでしょ?」
「あ………そっか」
「「あ、あの!!私も良ければお姉さまに(なのですよ)!!」」
「ははは……」
549 :
521:2007/07/26(木) 23:26:30 ID:8nBF6MBc0
「さて、僕は夕食前にちょっと行かなきゃね」
瑞穂ちゃんはそういっておじさんの部屋に向かった。
「父様?入りますよ?」
「おぉ、瑞穂か!今日は災難だったな……」
「えぇ。全く。ですが、そもそも私たちをここに呼んだからなんですよ?
そのことも含めてわかってます?……というか、覚悟は出来てる?父様?」
「ふんっ!言ってはなんだが、さすがに利き手を肩から負傷しているお前にやられるほどやわじゃないぞ?」
「……くっ!そうだった……」
「ほらほら、だから子供はとっとと寝なさい」
「父様、甘いよ……。こっちにはこの前寮にかけてきた電話を
録音してあるテープがあるんだ。それを楓さんに聞かせたらどうなるかな?」
「……テープもなにも、おまえの持ってきた荷物は今頃崖だろう」
「そ、そこまで……」
「ふふふ、子が親を越えるにはまだまだ早いのだっ!!」
ガサガサッ!!
「なんだ!?」「なに!?」
そこに現れたのは、一匹の熊。
「あ、今日の……口にくわえてるのは、僕の鞄?」
熊がその場に置く。
「ありがとう、届けてくれたんだね?父様、これでテープはこっちのものだよ?」
「ぐっ……」
「熊さん、ついでだから、ちょっとだけ、あのわ〜るい人をこらしめてくれる?」
「ま、まて!瑞穂〜っ!!!」
「さ!ご飯ご飯♪」
550 :
521:2007/07/26(木) 23:31:02 ID:8nBF6MBc0
そして、リビングに行った私たち、いや、三人は呆然とした。
そこに並ぶは………そう、ハンバーグ。
「な、なにこれ?」
うまく言いたいことが言えない。他の二人も同じだろう。
「何って、ハンバーグですよぉ♪今日のはなんとなんとなんと!!!
秘伝の自家製ソースを使用した煮込みハンバーグ、その名も……由佳里スペシャル!!」
ポカーン。たぶん私たち3人の状況を一番あらわせる言葉はコレ。
「いや〜、もうソースは三日前から煮込んじゃってましたし、良い肉も勿体無いですし、
お姉さま方と奏ちゃんが頑張っているから、その間私は皆が帰ってきたときにに
美味しいハンバーグを食べさせてあげよう!っていうことにしまして、
厨房を貸してもらったわけです♪まりやお姉さまも気に入ってくれたようですし♪」
「お、美味しそうね!食べましょうか!奏ちゃん?」
「そ、そうですね!お姉さま、食べましょう!」
「何が……」
「まりやお姉さま?どうしたのですか?」
「な〜にが『その名も……由佳里スペシャル!!』だ!!!ふざけるなぁ〜!!」
「え、えぇ!?」
「ハンバーグなんかもう食えるかぁっ!!!!」
「Hamburg Week」
Fin
551 :
521:2007/07/26(木) 23:33:58 ID:8nBF6MBc0
あとがき
さて、始めてSSというものに挑戦してみたわけなんですが……
予想以上に難しい!!この一言につきます!
ネタを思いついて、プロットを作って、そこに肉付けして……と、工程がかかるうえ、
文章が短く纏められないorz 書き進めると、あれもこれも、ってなって、量が増える一方でした。
そもそも、このネタは最初に思いついたネタの冒頭部に4,5レスくらいでいれようとした物なのですが、
全然1レスに収まらず、さらにあれも、これもとなってここまで肥大化してしまいました……
とにかく!!なにが言いたいかと言いますと!!
自分で書いてみて、改めて職人さんGJ!ってことです。
ここまで含めて、拙い文ですが、読んでくれた方は、
暇であれば感想や指摘をしてくれるとありがたいです。
ありがとうございました。
521さん、乙です。
なんか、読んでてハンバーグお腹一杯w
ネタ思いついてもそのあとの肉付けが大変なんだよねー
電波受信してる間はどんどん筆?が進むけど。
セリフだけの部分がちょっと読みにくいかもしれない。
キャラの描写を混ぜて行間入れると良いかもです。
またつぎのSS待ってマース。
ちょっとマクドナルド買って来ます。
>>521 乙華麗。
はじめに、まりやは「あたし」ですな。
作品ができたら、まずはそれを何度も何度も読み直して、
ひたすらに間違いや表現を修正する作業を繰り返すといいと思います。
特に「違和感」を消す作業は重要です。
この違和感っていうのが読み手にとってはクセモノで、チクチクするくらいならまだいいのですが、
違和感が溜まっていくと読み手の「読みたい気持ち」というものを阻害してしまい、
ひいてはスルーという憂き目を被ることになりかねません。
書くのに慣れないうちは、完成までの時間以上に修正する時間を取るくらいでもいいと思います。
書き物は書いただけ、読んだだけ上手くなるので頑張ってください。
次作をお待ちしてます。
そろそろスレも埋まってきたので、埋めも兼ねて投下します。
前回書いたコンビニ物と平行して書いたもので、こちらはバカ要素が
少なめです。
『敗者は誰?』
1月のある日、昼休みに御門まりやが生徒会室に飛び込んできた。
「ちょっと、貴子さんいらっしゃるかしら」
「あっ、御門まりや…先輩…」
この学院でもっとも、この部屋に似つかわしくない人物の出現に驚く君枝はじめ生徒会の面々。
「会長でしたら奥にいらっしゃいます」
「そう、通るわよ」
君枝たちの返事を確かめることも無くズンズンと奥の部屋に入っていく。
「ちょっと、貴子!」
一番奥の机で書類を見ている貴子に声を掛けるまりや。
「…何ですか、まりやさん。さっきから大声で…不調法ですわよ」
「はいはい、あたしは根ががさつですから。それより貴子、ちょっと聞きたいことがあるんだけど…」
「何ですか?手短にお願いしますわ」
「食堂のパン、何?あのバリエーションの無さは!3種類しか無いじゃないの!」
「………何かと思えば…呆れましたわ。そんなことをわざわざ云いに来るとは」
「そんなこととは何よ。昼食を楽しみにしてる者にとっては、選べる数が少ないことは大問題でしょ」
「そう云われましても生徒会の管轄ではありませんし。あと2週間ほど我慢してくださいな。
食堂の改修が終わるまでのことですから」
恵泉女学院の食堂は先週から改修工事のため、3週間閉鎖されている。勿論、調理場もクローズ。
ただし、飲食用の場所として一部分のテーブルと飲み物、あとパンの販売は続けられていた。
「あと2週間も侘しい昼食をしろっていうの!?」
生徒たちはこの間、弁当持参かパンを購入するしか選択肢がない。
「ええ。それが嫌ならお弁当を持参してください」
「いやよ」
恵泉の生徒たちのほとんどが裕福な家庭の子女なので学院側は昼食についての経済的な負担はほとんど考慮していない。
どれほど豪華な弁当を持参しようが購入しようが、一向に関知しない。
しかし、その分、荷物が増えるからと嫌がる生徒もたまにいる。
このまりやのように。
「じゃあ、我慢してくださいな。そもそも私は今、それどころでは無いのですから」
貴子はそういうと話は終わったとばかりに、手元の書類に目を落とした。
「こらー、勝手に話を終わらすなあ!・・・って何かあったの?」
書類を睨んでいる貴子が眉間にしわ寄せて、自分の頭をこんこんと叩き始めたのを見て、まりやが尋ねた。
「・・・貴女にお話しても仕方ありませんわよ」
「まあまあ、3人寄ればなんとやらって云うじゃない。ふたりだけど。ダメもとで云ってみそ」
好奇心まるだしの顔。明らかに面白がっている。
「暇つぶしのネタを提供するつもりは有りませんが…ま、いいでしょう。
まりやさん、貴女、学食でパンを食べていらっしゃったのですよね」
「うん」
「その時、周りの生徒たちは何を食べていらっしゃったか覚えてらっしゃいますか?」
まりやは頭をひねって思い出してみた。
「ええと、お弁当とパンかな」
「他には?」
「・・・んーと、ワッフルみたいなのを食べてた子もいたかな」
「それです」
貴子はピッと指差した。
「ワッフルなんてどこに売ってるんですの?」
「えっと、近所のコンビニの前の移動ワッフル屋さんね」
「就学時間内の許可の無い校外への外出は禁止です。もちろん買い喰いもです」
どこの学校でもあるように、恵泉の校則でも昼休みの外出は禁止されている。
そして、購買部、学食でほとんどの物が揃うのでこれまで違反するものはほとんどいなかった。
稀に、コンビニに買い物に行く者がいたがその程度のことは大目に見てきていた。
そもそもこのお嬢様学校は綱紀取締りが緩やかな上、大らかであった。
「なに今更云ってんのよ」
「多少のことでしたら多めに見ましょう。ですが、まりやさん。
現在、どれだけの生徒がワッフルをお昼に食べているか判りますか?」
「…そう云えばかなり、多かったような…」
「ええ、10人や20人ではききません。信頼できる調査によりますと現在の我が校のお弁当の持参率は約90%、
残り10%の70人前後がパン購入者です。この人数がそのまま買い喰いにつながるようでしたら昼休みに校門に
見張りを置かなくてはなりません。先生方の耳に入るようになれば、生徒会を飛び越して学校からの指導という
屈辱的なことにもなるでしょう」
貴子は顔を赤くして、拳をぶるぶると震わせた。
「なるほど。あんたはそれを何とかしたいと頭を悩ませているわけね」
「まったく、当学院の生徒ともあろうものが昼休みに抜け出し、買い喰いなどと…」
「あたしはその子達の気持ちがわかるわよ」
「何ですって!」
貴子がキッとまりやを睨む。それに対し、まりやはまあまあと抑えるようなしぐさをして宥めた。
「貴子、いいこと。そもそも何でその子達が、わざわざ外出してまでワッフルを買いに行くのか考えて見なさいよ」
「……何故ですの?」
「魅力があるからよ」
「?」
「外出してでも、校則違反してでもそれが良いと思わせる魅力があるから買いに行くのよ」
「……」
「ということは、裏を返せば今の学食に買い喰いをさせない魅力が無いと云うことでもあるわね」
「つまり、生徒たちに学食で買わせるようにすれば…」
「そう。買い喰いはなくなるわ」
「なるほど。でもまりやさん。そうはおっしゃっても、現在、食堂は閉鎖中でワッフルはおろか、ご飯を炊くことすら出来ませんわよ」
「チッチッチ」
まりやは人差し指を振って否定する。
「なにも、厨房で作れと云ってるんじゃないわよ。パンの種類を増やせばいいのよ」
「なにやら最初云っていたことに戻りましたわね」
「なにも焼きたてのワッフルと同じものを用意する必要は無いわよ。そこそこ魅力的なパンを食堂に並べれば、
わざわざ遠くまで買いに行く生徒もいなくなるわよ」
「しかしそう上手くいくでしょうか?」
貴子が懐疑的な表情で尋ねる。
「今、パンの仕入れを担当してるのは誰?」
「えっと、食堂が休みの間は購買部が代行してますわね」
「それがいかーん!食堂が再開するまでのつなぎだということでやる気が無さ過ぎる!なに、あの種類!
コッペパン、アンパン、タマゴサンドの三種類だけなんてなめてるとしかいい様ないわね」
「そうは云っても、まりやさん。購買部だって売れ残ったら損失を出すわけですし品数を絞るのは仕方ないのでは?」
「だ〜か〜ら〜生徒会が仕入れを受け継ぎなさい」
「……はい?」
きょとんとする貴子にまりやが指を突きつける。
「購買部が本腰でパンを仕入れられないというのなら、生徒会がやればいいのよ。売れるパンを選んで仕入れ、売る。
生徒喜ぶ、買い喰い無くなり貴子喜ぶ!一石二鳥じゃない!」
「そそんなこと云われても、仕入れだなんてそんなこととても…」
「ふっふっふ、あたしが一肌脱いであげるから。まあ、パンのチョイスはあたしに任せておきなさい。貴子たち生徒会は
仕入れの段取りと会計から仕入れのためのタネ銭を融通してくれればいいわよ」
「ちょっとちょっと」
あせる貴子。
「決して損はさせないから!あたしにお任せなさいって!」
絶好のカモを見つけたような表情で、まりやの顔は満開の笑顔だった。
・
・
・
2日後の昼休み。
学食のパン売り場は大勢の生徒たちで溢れていた。
販売されているパンの種類は15種類。
まりやがカタログを見て選び抜いた人気のパンたちだった。
「スティックロールをくださいな」
「私はツナサンドを」
「和風ゴールデンバーガーを!」
押し合いへし合いの混雑。とてもお嬢様学校とは思えない風景。
離れたところからそれを見ているまりやと貴子。
「どうよ」
「お見事ですわ。本日はワッフルを食べている生徒はひとりもいませんわね」
「ふっふ〜ん。云ったとおりでしょ。ある程度学食で満足させてやれば、誰が好き好んで外出して買いに行くなんて事するもんですか」
勝ち誇った顔のまりや。
一方、その頃、コンビニ前の移動ワッフル屋さんは・・・
「おかしいな。いつもなら恵泉の生徒さんが買いに来るのに、今日は来ないな?明日はちょっと移動してみるか」
次の日の昼休み。
食堂の入り口で棒立ちになっているまりやと貴子。
食堂で昼食をとっている生徒たちの大勢がワッフルを食べていた。
「・・・まりやさん、一体何事ですの?」
「移動ワッフル屋が校門近くに来て営業してるみたいね」
「なんですって!くっ、すぐに抗議して他所へ行ってもらいますわ」
そう云ってすぐにでも飛び出そうとする貴子をまりやが引き止める。
「無駄よ。学校前の路上はウチの敷地じゃないし、仮に移動したとしても近所でまた営業されたら同じことよ」
「しかし、このままでは…」
「仕方ないわね。やりたくは無かったけど…当分、昼休み校門に見張りを立てましょ」
「えっ、ですがそれでは、先生方の注目を集めてしまうことになりますわ」
「だから、生徒会や風紀委員の名前を出さずにするのよ」
「なんで僕がこんなことを…」
ぶつぶつ小声で愚痴を云いつつ、昼休み、瑞穂が校門前にひとりで立っていた。
昨日の放課後、まりやと貴子が連れ立って瑞穂のもとへやって来て、昼休みの校門の見張りを頼んできたのだった。
瑞穂としても事情を知ってしまうと見過ごしにはしづらく、また、まりやだけでなく貴子からも頼まれると否とは云いづらかった。
校門の外、道の向こう側にはワッフル屋のワゴン車が見えている。
何人かが校門の方に歩いてきたが、校門の前に立っている瑞穂の姿を見るとそのまま回れ右をして戻っていってしまう。
たまにそのまま、校門の外へ向かおうとする生徒もいたが、瑞穂が、
「いけませんわね」
と声をかけてニコリと微笑みかけると、皆、赤い顔をしてしどろもどろになりながら、校舎に引き返してしまった。
その様子を遠くから見つめているまりやと貴子。
「よっしゃ!作戦は大成功ね」
「お姉さまには本当に申し訳ありませんわ」
「なあに、2週間だけのことだし。学院の模範となるエルダーとしての立場からも、買い喰い取り締まりは見逃せないことなんだし。
さ、アタシらはパンを売ることに専念しましょ。ガンガン売るわよ〜」
次の日、食堂ではワッフルを食べている生徒が多数いた。
呆然と立ちすくむまりやと貴子。
「何故…」
君枝を呼んですぐに調べさせる。
程なく理由が判明した。
「判りました。ワッフル屋が移動して、裏門の学院の柵側で営業しています」
生徒は学院の敷地から出ることなく、柵越しにワッフルを購入していた。
「んん〜、ワッフル屋め、小細工を〜」
地団太踏んで悔しがるまりや。
「まりやさん。どうするのです、なんだか余計に悪化したようですけど」
現在の弁当持参率は85%になっていた。
そこに瑞穂がやって来た。
「まりやさん。どう、パンは売れてるかしら」
食堂の中を覗いてぎょっとする瑞穂。
「なに?これ」
「ええい、この役立たずがあ!」
「ちょっと、まりやさん。お姉さまの責任ではありませんわよ。強いて云えば貴女の作戦の甘さですわよ」
貴子に窘められて、まりやはギリギリと爪を噛んだ。
「こうなったらあたしも本気でいくわよ。貴子、総力戦よ」
「えっ?」
またまた次の昼休みの食堂。
全校生徒の憧れのお姉さま3人、瑞穂、紫苑、貴子がパンを食べている。
その姿を遠巻きに見ている大勢の生徒たち。
「ハムサンドがとても美味しいですわね」
「紫苑さん、このクリームコロッケパンも美味しいですよ」
「卵パンもコーヒーに良く合いますわよ、お姉さま」
3人が美味しそうにパンを食べているのを見て、パン売り場に群がる生徒たち。
その光景を見て、まりやがほくそえむ。
「安直だけど、大駒の威力は絶大ね。最初ッからこうすりゃ良かったわ」
一方、その頃ワッフル屋は・・・
「おかしいなあ、またお客さんが来なくなったな。ちょっと調べてみるか…」
・
・
・
その週の日曜日。
ひとりで買い物に出かけるため、校門を出たまりやにひとりの男が声を掛けてきた。
「すいません。あなたが御門さんですか?」
見かけない男の姿に咄嗟に身構えるまりや。
そんな警戒したまりやの姿を見て、男は慌てて名刺を取り出した。
『移動ワッフルのお店 夢々オーナー Q村T雄』
「ああ、いつも学校前に出してるワッフル屋さんですか」
「はい、そうです。じつはお願いがございまして…話を聞いていただけますでしょうか」
その男性はまりやを近所の喫茶店に案内すると、そこで自分たちの販売に力を貸してくれるように頼んだ。
「そうは云ってもね〜、パンの販売は生徒会がやってることだし」
「いいえ、私共も色々と調べさせていただきました。現在の食堂のパン販売は御門さんが指揮を執っておられること、
パンの売り上げを飛躍的に伸ばしたことも知っております。是非、そのお力を!」
「でもね〜、あたしは恵泉の生徒だし…」
そう云って横を向くまりや。
「もし、お力を貸していただけましたらお礼と致しまして、売り上げの10%ほどを」
その言葉にまりやがぴくりと反応する。
「ででも・・・い今更、生徒会を裏切ってまで・・・ね?」
まりやのその態度に脈ありと感じたのか、男性は更に意気込んで話を続けた。
「その他、さらに、今後私の店のワッフルはいつでも無料で食べて頂いて結構です」
「えっ、タダ!?」
「はい」
う〜んと考え込むまりや。やがて、
「そのタダのところだけど、あたし以外に寮生3人も入れてもらえるかしら。だったらOKなんだけど」
「おおっ!わかりました。OKしましょう!」
「じゃあ、商談成立ね」
男性と握手を交わしてしまったまりやだった。
月曜日、午前中に生徒会室を訪れたまりやは、
「あたし、ちょっと忙しくなってきたからパン販売から抜けるわね。ここまで来たらあんた達だけで十分でしょ」
そう云って、一方的に離脱してしまった。
呆気にとられた貴子だったが、確かにここまでくればまりやの力はもう必要ないと考えて、特に引き止めることもしなかった。
そして、昼休み。先週と同じく、瑞穂、紫苑、貴子の3人組が食堂にやって来て見た光景は・・・
「ななななんですのぉぉ、これはぁぁ!!」
大勢の生徒たちがワッフルを食べている光景だった。
しかも、ワッフルだけに留まらず、シュークリームを食べている生徒も多数いる。
慌てて、生徒会室に駆け戻り貴子は、君枝に再び調査させた。
そして程なく、原因が判明した。
その頃、ワッフル屋では・・・
「さあ、何でも好きなのを買って頂戴!隣ではシュークリームも売ってるわよ。両方一緒に買ってくれればオマケもあるわよ!」
今日はいつものワッフル屋のワゴン車の隣にシュークリーム店のワゴン車もやってきていた。
そして前の通り柵越しの販売、その柵の前でまりやが群がる生徒たちに声をかけていた。
「メニューが多ければ、集客力が上がるのはワッフルでも同じ。ここでシュークリーム店を持ってくれば、
スイーツ大好きな女の子たちまっしぐらって訳よ」
しかもさらに、まりやはワッフルとシュークリームを両方買ってくれた人には、瑞穂、紫苑、貴子のいずれかの写真が入っている
お楽しみ袋をおまけに付けるというサービスを採った。
これが更に、集客に弾みをつけた。
生徒会室では、君枝が以上の調査報告を貴子たちに行っていた。
「ちなみに現在の弁当持参率は80%、残り20%のほとんどがワッフルとシュークリームを持って
食堂や教室で写真を眺めながら食べています」
がっくりと床に膝をつき、うな垂れる瑞穂と貴子。
「・・・まりやってば…」
「まりやさん…貴女という人は…貴女という人は…」
ただひとり、紫苑だけは純粋に驚いた風に目を丸くしていた。
「さすがはまりやさん。敵に回すと恐ろしい方ですわね」
「紫苑さん、なんて呑気な…」
「でも、なぜまりやさんはワッフル屋さんに行ってしまわれたのでしょうか?」
「どうせ何か報酬を持ちかけられたのに違いありませんわ」
貴子の言葉に瑞穂も頷く。
「私もそうだと思います。面白そうだとかワッフル食べ放題とかそんなことだと思いますよ」
さすがに貴子も瑞穂もまりやの性格を熟知している。
「ああ、どうしたらいいのでしょうか…以前より激しく状況が悪化してしまいましたわ。
…そもそもまりやさんにパン販売を任せてしまったのが失敗だったのですわ」
頭を抱えて激しく落ち込む貴子。そんな貴子の様子を見て、紫苑が微笑みながら声をかける。
「貴子さん、でしたらこちらも応援を頼みましょう。まりやさんの理由がそういうことでしたら遠慮する必要はありませんし」
「えっ、応援?」
紫苑は貴子と瑞穂を連れて教室に戻った。
「いあ・いあ・はすたー」
そして、目の前にはこの人物。
「あたしを召喚したのは貴方達かしら」
「・・・って圭さんですか!?」
「なんだか話が見えないのだけど、とても不満そうね、瑞穂っち」
「ふふふ、すいません。圭さん。少しお力をお借りしたいのです」
紫苑が圭に事のあらましを説明する。
「なるほど、あたしに御門まりやの尻拭いをして欲しいというわけね」
「はい」
にっこり笑って、肯定する紫苑。
そんな紫苑の態度にちょっと、目を見張った圭は腕を組んで、う〜んと考え始めた。
そこに美智子が現れた。
「圭さん、面白そうですね」
「あら、美智子、聞いてたの?」
「ええ、せっかく紫苑さまたちが頼ってきてくださったのに断るのはもったいないのでは?」
「美智子さん、もったいないって?」
瑞穂がややあせりながら尋ねた。
「あら、せっかく瑞穂さん、紫苑さま、貴子さんのやんごとなき3人の方々にまとめて恩を売るチャンスなのに、
この機会を逃す手はないのではありませんか?」
かなり俗なことを云う美智子。
「なんだか、まりやさんが云いそうなせりふですね」
瑞穂が冷や汗をたらしながらつぶやいた。
「いいでしょ。あの娘の気まぐれにも、ここらで釘を刺しときましょうか」
美智子の台詞を聞いて、どうやら圭も乗り気になってくれたようだ。
その様子を不安げに見守る貴子と瑞穂。
「お、お姉さま、なんだか怖い気がするのですが」
「ええ、私もなんだか…」
その晩、寮にて、
「まりや、なんてことしてくれたの」
「ん〜、だって仕方ないじゃん。あの人たち、生活かかってるんだし〜」
「こっちも迷惑を蒙った人がいっぱいいるんだよ。生徒会の人とか、購買部の人とか」
「貴子でしょ〜。別にいいわよ、気にしなくても」
瑞穂の言葉にもまったく悪びれた様子を見せないまりや。
「いい加減にしなさい、まりや。そうそういつも自分の思い通りになると思ったら大間違いよ」
「ほほう、なにやら云ってくれちゃってるけど、貴子と瑞穂ちゃんが組んだところでどうだっていうのかしら〜」
「あんまり甘く見ると痛い目を見るわよ」
「ふふん、面白いじゃない」
「どうあっても謝る気は無いみたいね」
「当然。逆に面白くなってきたわよ。是非あたしをへこまして見せて欲しいわね」
完全に頭に乗っているまりや。その相手を見下したような態度に、瑞穂もちょっとムッとなった。
「……判った。僕としても出来るだけまりやを助けてあげたかったんだけど、本人がそう云うならもういい」
なんだか意味深なことを云って席を立つ瑞穂。しかし今や完全に調子に乗ってしまっているまりやには、
これを怪しむいつもの鋭い勘の冴えが無い。
「ま、せいぜいがんばって頂戴。期待してるわよ〜」
「・・・・・・・・・」
圭曰く、
「まりやは俳優の使い方を間違えている。役者は動かしてこそ本領を発揮するのよ」
圭は貴子と紫苑に、放課後、演技指導を行なった。
営業スマイル、接客態度、接客トークなどなど…。
翌日の昼休み、食堂の一角でパンを売っているのは紫苑と貴子だった。
「卵蒸しパンとチョココロネで220円です。80円のお返しですよ」
紫苑が女生徒が差し出した手を、そっと取り、その手のひらに優しくお釣りを置いた。
きゃああぁぁ〜〜
沸きあがる歓声。
紫苑と貴子がパンを買いに来た生徒一人一人に丁寧に接客、スキンシップを取りながら販売してくれる。
たちまち長蛇の列が売り場に出来た。
「会長〜会長〜」
君枝も並んだ。生徒会の役員たちも並んだ。
クラス単位でまとめ買いをしてくれた人には、エプロン姿の瑞穂が配達をするサービスも行った。
憧れのお姉さまがエプロン姿でパンを配達してくれる、その姿を見たいが為、弁当持参の生徒も飛びついて多くの教室で、
パンのまとめ買いがあった。
「現在、全校生徒数の30%はパン購入をしています」
約210人がパンを購入している計算になる。
仕入れたパンは種類を問わず、全て売り切れ。瑞穂たち3人は大喜びしている。
しかし、圭は表情を崩さない。
「まだ決定的ではないわね」
美智子が寄ってきて、圭になにやら話しかけている。それに対して圭がうんうんと頷いている。
「そうね。お願いするわ、美智子」
一方、まりやは、
「拙いわね」
かなり焦っていた。
まさか、瑞穂たちが自分たちの人気を武器にしてくるとは思わなかった。
そういうことは、どちらかといえば、まりやの専売であった。これまでは。
販売アドバイザーとして大見得きってシュークリーム屋さんまで引っ張り込んだ手前、失敗なんて恥ずかしくて出来ない。
なにより、ぼーっとした瑞穂と頭ガチガチの貴子に負けるなど、プライドが許さない。
「仕方ない。ちょっと汚い手を使わせてもらうわよ…あたしを本気にさせたことを後悔しなさい」
くっくっくと不気味に笑ったまりやは、その日の夕方、ひとり電算室のパソコンでなにやら作業に没頭していた。
しかし、まりやはこの時点で、自分の相手が『瑞穂・貴子・紫苑』では無く『圭・美智子』に変わっていたことに気付いていなかった。
翌日、学院内のネット掲示板に瑞穂の誹謗中傷が大量に書かれているのが発見され、ひと騒動が起きていた。
内容は、瑞穂の性格は実はカマトトであるというものや根暗陰険であるというものから、
パン屋は実は瑞穂が小遣い稼ぎに粗利を掠め取っているというものまで多様な内容で書かれていた。
これを読んだ生徒たちは、内容に反発し、一斉に瑞穂のもとに押しかけた。
(お姉さま、こんな中傷を気にしてはいけません)
(私たちは、こんなものを信じてはおりません)
(このようなことを書いた人物、その人こそきっと陰険なのですわ)
押しかけた生徒たちは口々に、瑞穂に声援を送り掲示板の内容を非難している。
ネット掲示板に中傷を書き込まれたことによって、逆にパン販売はこの日、飛躍的に支持率をアップさせた。
この日の弁当持参率は60%だったにも関わらず、全校生徒の85%がパンを購入した。
仕入れはいつもの量では間に合わず、近所のパン屋に電話して、売れ残りのコッペパンまで買い占めたのだが、
それらも全て売切れてしまった。
明日も恐らく、今日と同じくらいの数になるだろうと予想し、600個仕入れる段取りをつけた。
「かなりの利益が出ています」
君枝の報告を受けて、明日からはアルバイトの売り子を食堂再開までの間雇って、販売することにした。
瑞穂たち3人だけでは到底手が足りなかった。
「負けたの…?あたし…」
呆然とするまりや。
この日、ワッフルの売り上げはゼロ。シュークリームの売り上げもゼロ。
パンでお腹を膨らました生徒たちは、いくら甘い物は別腹だといっても、食べることは出来なかった。
本日、売るつもりで大量に作って用意していた、ワッフルとシュークリームは丸々と売れ残ってしまい、大損。
がっくりしたワッフル屋は、まりやとの契約を打ち切ってしまい、明日からは来ないと明言してしまった。
「なんで…なんでこうなっちゃったの…」
そもそも、前の日にネットにパンについて批判とワッフル屋の宣伝を書き込んだのはまりやだった。
パンとワッフルの値段の格差、味について数行書き込み、ワッフルのほうが良いと持ち上げた。
そして、本日、ワッフルを買ってくれた生徒には、秘蔵の瑞穂パンチラ写真をオマケでつけることを、
由佳里や後輩を数人使って宣伝する予定だったのだ。
それがどういう訳か、今日、誹謗記事に変わっていて、しかも学院中はパン屋応援ムード一色。
こんな状態で、ワッフル売込みなどしようものなら、掲示板書き込みは自分たちだと云われてしまいそうで、
とても云い出せなかった。
結局、まりやは最後まで圭と美智子の存在に気付かず終いで、夕暮れの誰もいない3-Bの教室で、
真っ白に燃え尽きてしまっているのだった。
ワッフル屋には呆れられてしまうし、由佳里たちには口止め料として秘蔵コレクションの一部を渡した。
大損害、散々な目にあった。
そして、隣の3-Aの教室では、瑞穂、紫苑、貴子、圭、美智子が集まっていた。
「決着は着いたようね」
圭の言葉に瑞穂が首をかしげて尋ねた。
「あの掲示板、一体誰が書き込んだのでしょうか?まさか、まりやが?」
「いいえ、私です」
美智子がいつものニコニコした笑顔で答えた。
「ええ!?美智子さんが!?」
「昨日の夕方に、まりやさんが電算教室のパソコンを使って書き込みをしているのを発見したんです。
内容はワッフルの宣伝でしたけど、さすがはまりやさん、絶妙な煽り文句でした。なので書き直させていただきました」
「書き直すって…」
「裏掲示板の管理者は生徒会ですから」
瑞穂は貴子の顔を見た。貴子が頷く。
「ええ。昨日の夕方に美智子さんから云われまして、まりやさんが書き込んだページを丸ごと削除して全く同じフォームの
ページと差し替えました」
「そ、そこに非難や中傷を書き込んだのですか?」
瑞穂の背筋に冷や汗が流れた。
「ええ。おかげで支持がこちらに一気に傾きましたわ。」
事もなげに答える美智子。
「ま、美智子に勝てる人をあたしは知らないわね」
圭がぼそりと云うのに、圭が笑顔のまま、
「あら、圭さんには勝てませんわ」
と答え返した。
「やはり圭さんに応援をお願いして大正解でしたわね」
嬉しそうな紫苑の声を瑞穂は寒気を感じながら聞いていた。
(ダメだ!この人たちを敵に回してはダメだ)
貴子も同じようなことを考えていたらしく、瑞穂と貴子は恐ろしそうに目を合わせるのだった。
〜えぴろーぐ〜
朝、瑞穂が教室に入ると美智子が挨拶をしてきた。
「おはようございます。瑞穂さんにちょっとお願いがあるんですけど」
「何でしょうか?」
「実は本日、放課後にお買い物に付き合っていただきたいのです」
意外な言葉に、瑞穂が少々驚く。
「え!?美智子さんの買い物に私がですか?」
「ええ。いけませんか?」
「いえ、ダメではありませんが、何故私なんですか?圭さんは?」
「まあ、うふふふ」
瑞穂の慌てた様子に、美智子が笑った。
「申し訳ありませんがこれはデートの誘いではありませんよ。瑞穂さんのほかにも紫苑さまや貴子さんにも一緒に
行って頂きますの」
「どういうことでしょう?」
「さる人から頼まれまして…」
「???」
「その人は、何でも最近、手痛い失敗をしてしまって大事なコレクションを大量に失ってしまったそうなんです」
「そのコレクションってまさか…」
「で、その補充がしたいという事で、今日の帰りに色々な洋服を着たお三方の写真を取りたいそうです」
「・・・・・・まりやですか?」
美智子は微笑を浮かべながら頷いた。
「やっぱりまりやさんはさすがですね。独自の情報網と行動力で直ぐに私の所にいらっしゃいましたの。
私も多少、まりやさんに悪いことをしたと思ってましたし」
そう云って美智子は劇場チケットを2枚取り出した。
「劇団シキのペアチケットも頂いてしまいましたの。瑞穂さん、今回の件で貸しがあった筈ですわね。
よろしくお願いいたしますね」
その言葉に、ガックリと膝をつく瑞穂。もとより瑞穂に断る術などあるわけも無い。
(こ、怖い…み、みんな怖いよ)
どうやら今回、真に負けたのはまりやではないらしい。
そう思い朝から深く落ち込む瑞穂だった。
Fin
私の好きな『あの人』が今回も黒い活躍をしてしまいました。
私の書くものに『あの人』が出ることが多いです…。
お粗末さまでした。
>>571 GJお疲れ様です〜
美智子さん黒いよ美智子さん
>>572 GJ&次スレありがとうございます! それでは……
, ' ´ ⌒V/'' 一_-、
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/ / / / i ヽヽ ヽ. \
/ i i ./ / .ハ i i i .i ヽ`、 ゙ 、
. l / i iイハi i i i iリi i i i ヽヽ i
l/ i i斗ェ士Iト;/ //__iリ i i ハ ',
l バ| 〈.{゚:::::i}゙ レノ/,ィメミト i i i.l.l i
l i ハ i.辷ソ " .{:::ソ〉i / .レ .| i
l i ハ ヽ::::: _ ' :::゙"/ / レノノi.l
l i i ト ヽ \ _ , イ イ ハノノ 埋めますよ
. l i i i 「`゙''ー゙r"T// i/ i i
l__i_, 斗‐へ ___ ィL/`ー- i_i iヽ
/ } } <´ ∧+.ト、`ヽ } } ヽi ヽ
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/ V´ | , イ ハヽ、 ハ`' く '、ヽ
. / / ノイ/ .H ヽ ヽ,〉 ヽ ヽ \
〈 i ムr-i^'|ウレ イへi i .〉 \
. \ ト、:::::::::::::::::::i「o]i|::::::::::::::...ノ .人 ヽ
/ に_ >'i. `' -----┴┴-----イ < イ ヽ \
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. / V i iハ ,iハ .i i ヽヽ ヽ
/ ⌒ヽ〈 i i i .ト、 ii { ー イ iヽ ヽヽ ヽ
| V i i 〉ヽ、 | i i .i iヽ ヽ ヽ
.\ 「>、i/ \ ー ― イハ i i } i ヽ ヽヽ
/ /へ レ' 〉、_,, --、_ー / i i .i i i ヽ ヽヽ
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そして最後はやっぱり
−−−−−−−−−− 再開 −−−−−−−−−−
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そして
−−−−−−−−−− 終了 −−−−−−−−−−−