法月編エンド
ここまで、か――。
法月自身もそう思っていたし、アリィに至ってはそれは確信だった。
警備隊の銃口が至近距離から狙いを定める。
その先にあるのは勿論――。
「な、んだと…っ」
アリィの表情が歪む。
「…どうしてここに?」
静かに法月が問う。
「いや、そりゃこっちの台詞ですって先生。
弱小レジスタンスの記念すべき決起行動の日に
連絡なんてくれるもんだからバレてんのかと思って
ビビっちゃいましたよ。いやあ、参った参った。」
全ての銃口は法月将臣を通り越してアリィ・ルルリアント・法月に向けられていた
何が起きている?
何処で間違った?
目深に被った帽子の鍔を指先で持ち上げて陽気そうに男が口を開く。
「まさか先生の口から「最愛の人」なんて単語が聞けるとはねえ。」
リーダー格らしいその男が法月の肩をバンバン叩きながら
朗らかにまくし立てる。
明らかに場にそぐわない。
こんな事があってはならない
アリィが呻くように呟いた。
「森田…賢一…っ!」
「あっ、お姉ちゃん?そっちはOK?」
奇襲は成功したといっていいだろう。
収容所の解放、囚人の救出、用意したトラックに分乗し、これより先はお互いの連絡を絶つ。
囚人のリストは樋口璃々子がデータバンクを破壊したとのことだ。
これによりもう正確なリストを作ることは困難だろう。
――計画は最終段階に近かった。
小刻みに揺れる車内の中、
もたれかかってくる女性の
肩を抱き沈黙を守っていた。
顔にかかった一筋の髪を指で掬った。
「…」
お互い、変わり果てたと思っていた。
それでもあの群集の中、一目でお互いを見つけた。
一瞬、逡巡したのは私だったか、彼女だったのか
だが次の瞬間には駆け出していた。
欠けた二つが一つに戻ろうとするのは当たり前のことなのだ。
抱きしめて抱きとめた。
済まない。と謝罪の言葉を繰り返した。
彼女はいいえ、いいえ。と私の謝罪の度にそれを打ち消す。
握った手はただただ温かかった。
抱いた肩が細い。繋いだ手は荒れていた。
それがなんだというのだろう。
髪に艶は薄く、血色も決していいとは言えなかった。
それがなんだというのだろう。
こんなに美しい女は後にも先も会うことはあるまいと
もう二度と失うまいと、
握る手に力を込めた。
宝物のようだ、と思った。
疲労と安堵から深い眠りに落ちた彼女を抱いている私の横に
森田がやってきた。
「その人が雑賀みぃなさん…」
「…そうだ。」
「綺麗なひとですね」
「…」
「俺のお母さん、ですよね。」
「…知っていたのか。」
「親父の残したメモリにネタ集のファイルがあったんですけど
それにしてはバイト数が異常だったんで開けてみたんですよ。」
「親父の手記でした。」
「…そうか。」
それは闘争と挫折の歴史。
何度も衝突し、時には殴り合い、笑いあい
共に道を歩み、袂を分かち
自らの手で死に追いやった男の年代記――。
全く、柄にもなく
ひとしきり三郎の思い出話に興じた後、切り出した
「これからの手筈は?」
「先生には一旦、国外に脱出していただきます。」
「最外郭からこの組織の指揮をお願いしたい。」
「お前は?」
「名前を変えて、ね。俺は表の世界に出ます。」
「誰かがやらなきゃいけない、この国に正面からぶつかって
どれだけ時間がかかってもいい、この国の――。」
あの日の誓いが静かに蘇る
――…変えてください
いいだろう、やってみせろ
この情けない父に代わって――、お前が
「ルールを、変えるんだ。」
「俺は地道に政治活動をしながら政財界に食い込みます。」
「……」
「それまで先生には反社会組織として俺が動きやすいように
現状に揺さぶりをかけ続けてもらいたいんです。」
「本当なら次期哲人候補の先生にやってもらう筈だったんですがね。」
「お前だけは…いや、お前くらいは安らかな日々を送らせてもいいかとも
思ったのだがな」
――我ながら、らしくもない事を、と思う。
「ああ、それは俺も思いました、ははは。」
「あんなに辛い思いしたじゃん、何度も泣いて、逃げ回って、死にかけて
でも死ねなくて、やっと手に入れたささやかな幸せにすがって
余生を静かに送ったってバチなんか絶対当たらないって」
213 :
支援:2007/04/08(日) 19:23:12 ID:eBUvV57y0
支援?
はははと乾いた笑いが車内に満ちて、消えていった。
「…けどね、無理だったんですよ」
「理想を貫いた男と、」
「親友を救う為にその意志を折った男と、」
「どんなに自分が傷ついても子守唄を歌い続けくれるような女に拾われて、名前をつけられて、
育てられた子供がそんな風に生きられるワケがないじゃないスか。」
「あっ、それとね。なっちゃんたちも手伝ってくれるって」
「一緒に世界を変えようって」
「だから俺は大丈夫なんですよ。」
「…そうか」
御伽噺。だと思う。法月自身が散々翻弄された現実という化け物が
これから彼に襲い掛かるのだ。
――だが、それでも
その可能性を信じずにはいられない
あの向日葵の少女達。
それに支えられたこの男の力を、その名を
森田賢一、樋口健を――。
夜明け前には港につけた。
ここまでは計画通りだが
追っ手はもうかかっているだろう
この慌しい波止場で密航船を見極めるのは困難だろうが
同時に時間がないのも変らない事実だ。
アリィ・ルルリアント・法月を相手に油断は禁物――、だ。
船員と打ち合わせをすませた森田が駆け寄ってきた
「ここでお別れです。」
「あ、健、ちゃん…」
みぃなさんがふらりと前に出て声をかけようとしたが
それを森田は制する。
行け。と
振り返らず今度こそ
まっすぐ掴んでくださいと
幸せになってください。と
これが子が親に出来るたった一度きりの孝行なのだと
その瞳が語る。
緩く頭を振った彼の口から
願いのような呟きが聞こえた。
「大丈夫。」
「生きていれば、いつかまた会えますよ。」
「…そうだな。」
顔をあげて私と視線を交わす
恐らく、もう会うことはないだろう。
これが最後、
だからこれは宣誓。
必ずやり遂げてみせるから
どこかで見ていてくださいと
それまで死ぬんじゃねえぞと
お互いに向けての誓いを今、交わそう。
「…先生、俺はね
胸を張ってあの向日葵畑を歩くんです。
堂々と太陽に向かうあの象徴に負けないように、
向き合えるように、だから――、」
「絶対に負けない」
その決意と裏腹なまでに晴れやかな笑顔に気圧された。
――ケンちゃんがだぁいすきなんですっ
暗く冷たい牢獄の中――、
特別高等人、法月将臣を前に一歩も退かなかった少女の面影が重なる
それは畏怖にも近く、
自分を超えるものを前にかける言葉など多分、もうないのだろう。
「…ああ、お前なら――。」
217 :
支援:2007/04/08(日) 19:40:26 ID:uy4A+xhA0
支援?!
水平線から朝陽が昇る。車輪の国の一日がまた始まる、
彼は去る、
太陽の光を背中一杯に浴びて堂々と。
そう、それはあの村の向日葵達のように。
やがて雑踏に紛れて消えたその背中を
眩しい、と思っていた。
それは法月将臣がたった一度だけ見せた父親の顔だったのかも知れない。
「ようやく一流、だな 健。」
end
以上です。またエロ入んなかったよほほーい。
支援ありがとうございました。