3人の少年はエロゲ屋前でピタリと足を止めた。
ここで足を止める前に、2件のエロゲ屋の前を、速度を緩めながら通過していた。
「大丈夫だ、バレないよ。ここに入ろう」
「そ、そうだね、制服脱いで私服に着替えたしね」
「バ、バカっ! そんなこと大声で言うな!」
「あ! ご、ごめ……」
「ったく…… って、うわぁ……! 店員、女だよ……」
生徒A(仮)がそう言って顔をしかめた。
「ええっ!? ど、どうしよう…… 別の店にする?」
普段からおどおどしている生徒B(仮)が余計おどおどし始める。
「関係ないよ、ここに入ろう」
普段から冷静な生徒C(仮)は、平気な顔をして店内へ足を踏み入れようとした。
「ちょ……!」
生徒Aが生徒Cの袖を掴んだ。
「なんだよ?」
「だから、ちょっと待って……」
普段は強気な生徒Aだが、ここ一番というときに踏ん切りがつかないのが悪い癖だ。
「もう、2件もスルーしたんだぞ。いい加減、時間がもったいない」
生徒Cはさらに足を踏み出そうとする。
「だから、店員が女なんだよ!」
「関係ない!」
「いや、女だよ? しかも、ちょっと天然っぽくて俺の好みだよっ」
「全然関係ない! つーか、見ただけでわかるのかよ!」
「あの……すいません、お客さん……」
生徒Aと生徒Cが店の入り口で騒いで、生徒Bがその脇でおろおろしていると、店員の女の子が怪訝な面持ちで近づいてきた。
「わわっ!? ど、どうしようっ、バ、バレ……」
「あ、あわてるなっ! 逆にあやしまれるだろっ! ま、まだ、バレてないっ!」
慌てる生徒Bと、慌ててそれを宥める生徒A。
「まあまあ、落ち着け…… すいません、ボクたち、ちょっとゲームを探して ──」
二人を尻目に生徒Cが平然とした顔でそう言いかけたとき、
「こぉーら〜!」
地の底から声が聞こえてきた。
「うわぁ!?」
「じ、地面から声がっ!?」
「だ、だれが地面ですかっ!」
正確には、その声は、地の底からではなく、みんなの腰のあたりから聞こえていた。
「せ、せんせい……」
声の持ち主はせんせいだった。
「はいは〜い、君たちぃ〜」
せんせいが、ふんぞり返って神妙な顔を作ろうとする。初めてできた妹にお姉さんぶってみせる女の子みたいだ。
「いくら自由行動時間だからって、こんなところに入っちゃ、だ・め・だ・ぞ」
最後の部分にセクシーなタメを作ろうとしたらしいが、舌足らず過ぎて、覚えたての言葉を確かめ確かめしゃべってる幼稚園児みたいだった。
「ここは18歳未満立ち入り…って、なにするんですかっ!?」
あれこれ言ってる間にせんせいのそばまで来ていた店員の女の子が、せんせいの手を掴んでいた。
「だめよ、お嬢ちゃん。ここは18歳未満立ち入り禁止なの」
女の子は、集団登校で下級生の手を引く上級生みたいにせんせいの手を引きながらそう言った。外に誘導するつもりらしい。
「わ、わたしは18歳未満じゃありませんっ! この子たいのせんせいですっ! ほ、ほらっ!」
そう言いながら、せんせいは肩から下げていたかわいいポーチから慌てて取り出したパスポートを開いて、店員の女の子に差し出した。
「えっ!? あ! あわわわわ、す、すいません、ちっこいもんだからてっきり……」
「ちっ、ちっこ……!? ちっこ………… うぅぅ……」
とても落ち込んだようだ。ますますちっこくなった。
「と、とにかくっ! 君たちはここに入っちゃだめでしょっ!」
八つ当たりしているようだ。ほっぺを真っ赤にしている。
「そ、そんなぁ……」
「いいじゃんかよぉ、旅行中くらい」
「修学旅行中だから駄目なんですっ!」
生徒Aとせんせいが言い争って、生徒Bが脇でおろおろしている中、生徒Cがポツリと言った。
「出よう」
「えっ? お、おい、エロゲ買うんじゃなかったのか?」
生徒Aが抗議するような目を生徒Cに向ける。
「もう、いいよ。せんせいにバレちゃったじゃんか」
生徒Cは、諦めたようなため息をつきながらそう言った。
「むむむ……」
「ね、ねえ、出ようよ……」
「そうそう、諦めが肝心」
「そ、そーよ〜。えっちなゲームは大人になってから」
「はあ……分かったよ……」
がっくり肩を落とす生徒A。
「ん。素直でよろしい。ほら、いーこ、いーこしてあげる」
せんせいは、「しゃがんで、しゃがんで」という風に掌をパタパタさせたが、みんな突っ立ったままだった。
「はい、いーこ、いー……〜〜って、手が届かない〜!」
生徒Cは頬をポリポリ掻いていた。生徒Aは黙って俯いていた。生徒Bはどうしたらいいか分からなくておろおろしていた。
「も〜、みんな照れ屋さんなんだからぁ〜……」
そう言ってせんせいはぷぅと唇を尖らせた。
「まー、いっか…… さ、出ましょ」
「はーい」「は、はい」「……はい」
「あ、せんせいは店の人にお騒がせしたこと謝っておくから、君たちは先に出て自由行動に戻ってね」
「はーい、了解」
生徒Cは、おどおどした様子の生徒Bとがっくり肩を落とした生徒Aを引き連れて店を出て行った。
その様子を見ながら、せんせいは誰にも聞こえないくらい小さな声でポツリとつぶやいた。
「そーよ、えっちなゲームは大人になってからなんだから……」
そして、ハッと思い出したように店員の方を振り返ると、
「あっ、あのっ、お騒がせしてすみませんでした」
そう言いながら、ペコペコと頭を下げ始めた。
「あ、いえいえ、お構いなく」
天然っぽい店員さんは微笑みながらそう答えた。
「……さて、完全に行っちゃったかな?」
生徒たちが店を出て数分が経過していた。
なぜか未だに店の隅っこにいたせんせいは、入り口にささっと駆け寄ると、ひょいと首を出して周りにきょろきょろ目を配り、ほっと息をついた。
「行っちゃった……よね? うん、行っちゃった、行っちゃった、えへへ〜」
せんせいは満面の笑みを浮かべたかと思うと、
「さて……」
一転して緊張した面持ちになってレジに向かった。
「あ、あのっ……!」
「はい? あら、せんせい、先ほどはどうも」
「あ、こちらこそ、どうも……って、そうじゃなくてっ……あの、あの…えっと……よ、予約……電話で予約したものですがっ!」
「へ? あ、ああ、予約されてたんですか?」
「は、はい……」
「それでは、予約番号をお願いします」
「あ、はい、『1212番』です」
「はい、『1212』ですね。お名前は?」
「あ、はい、まき……わぁっ! じゃないっ! 本名言っちゃ駄…わあぁっ! ち、違いますっ! 今のは実在の人物とは関係ありませんっ! ええと、えーっと……い、『和泉』って名前で予約しましたっ!」
「はい、和泉さんですね」
「そ、そうです、和泉です」
「ご予約のタイトルは、『ぼくらはみんな恋をするものは恋をするからしょうがない!! 18禁版LV2』でよろしかっ ──」
「わああぁぁっ!? 大きな声で言わないでくださいっっ!」
せんせいが顔を真っ赤にして慌てる。
「あっ!? あわわ、す、すいません、せんせいっ!」
店員さんも真っ赤になってしまった。
「あああ、あの、おいくらですか」
「あわわわわ、は、はい、ろ、ろくしぇんきゅうひゃく……」
そうやって、二人して真っ赤になってわたわたしながらも、なんとか会計を終えた。
「どうもすみませんでした〜。こちら、商品になります。あ、ご迷惑かけたので、おまけディスク入れちゃいました」
店員がすまなさそうな苦笑いを浮かべながら袋を差し出す。
「あ、ありがと〜。えへ〜」
せんせいは、心底うれしそうな顔で手を伸ばす。
そして、せんせいが商品を受け取った瞬間、その声は聞こえた。
「へー、せんせいが好きなのは美少年系かあ」
生徒Aの声だった。
「えっ?」
「ショタって奴だな」
今度は生徒Cの声だ。
「えっ? えっ?」
「でも、けっこうハードっぽい……」
そして、これは生徒Bの声……
「えっ? えっ? ええっ!?」
「あ、どうも、せんせい」
「……」
「俺たちがいないかきょろきょろしてたでしょ? 上から見てたよ」
「………」
「じ、実は、外に出てすぐの階段のところに隠れてて……」
「…………」
「ボクたちだけ先に帰すから変だと思ってたんだけど」
「……………」
「それしても、せんせいって……なあ」
「ねえ」
「うん……」
生徒たちはお互いに顔を見合わせ頷きあってから、同時に言った。
「エロゲ買うんだね」
「………………うぅ……うぅゅぅぅ…………うわああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーん!」