◆参加者1(○=生存 ×=死亡)
○ 01:ユリーシャ DARCROWS@アリスソフト
○ 02:ランス ランス1〜4.2、鬼畜王ランス@アリスソフト
× 03:伊頭遺作 遺作@エルフ
× 04:伊頭臭作 臭作@エルフ
× 05:伊頭鬼作 鬼作@エルフ
× 06:タイガージョー OnlyYou、OnlyYou リ・クルス@アリスソフト
× 07:堂島薫 果てしなく青い、この空の下で・・・。@TOPCAT
○ 08:高町恭也 とらいあんぐるハート3 SweetsongForever@ivory
× 09:グレン Fifth@RUNE
× 10:貴神雷贈 大悪司@アリスソフト
× 11:エーリヒ・フォン・マンシュタイン ドイツ軍
○ 12:魔窟堂野武彦 ぷろすちゅーでんとGOOD@アリスソフト
× 13:海原琢磨呂 野々村病院の人々@エルフ
× 14:アズライト デアボリカ@アリスソフト
× 15:高原美奈子 THEガッツ!1〜3@オーサリングヘヴン
○ 16:朽木双葉 グリーン・グリーン@GROOVER
× 17:神条真人 最後に奏でる狂想曲@たっちー
× 18:星川翼 夜が来る!@アリスソフト
× 19:松倉藍(獣覚醒Ver)果てしなく青い、この空の下で・・・。@TOPCAT
× 20:勝沼紳一 悪夢、絶望@StudioMebius
◆参加者2(○=生存 ×=死亡)
× 21:柏木千鶴 痕@Leaf
× 22:紫堂神楽 神語@EuphonyProduction
○ 23:アイン ファントム 〜Phantom of Inferno〜@nitro+
× 24:なみ ドリル少女 スパイラル・なみ@Evolution
× 25:涼宮遙 君が望む永遠@age
× 26:グレン・コリンズ EDEN1〜3@フォレスター
× 27:常葉愛 ぶるまー2000@LiarSoft
○ 28:しおり はじめてのおるすばん@ZERO
× 29:さおり はじめてのおるすばん@ZERO
× 30:木ノ下泰男 Piaキャロットへようこそ@カクテルソフト
× 31:篠原秋穂 五月倶楽部@覇王
× 32:法条まりな EVE 〜burst error〜@シーズウェア
× 33:クレア・バートン 殻の中の小鳥・雛鳥の囀@STUDiO B-ROOM
× 34:アリスメンディ ローデビル!@ブラックライト
× 35:広田寛 家族計画@D.O.
○ 36:月夜御名紗霧 Rumble〜バンカラ夜叉姫〜@ペンギンワークス
× 37:猪乃健 Rumble〜バンカラ夜叉姫〜@ペンギンワークス
○ 38:広場まひる ねがぽじ@Active
× 39:シャロン WordsWorth@エルフ
○ 40:仁村知佳 とらいあんぐるハート2@ivory
◆運営側(○=生存 ×=死亡)
○ 主催者:ザドゥ 狂拳伝説クレイジーナックル&2@ZyX
○ 刺客1:素敵医師 大悪司@アリスソフト
○ 刺客2:カモミール・芹沢 行殺!新選組@LiarSoft
○ 刺客3:椎名智機 將姫@シーズウェア
○ 刺客4:ケイブリス 鬼畜王ランス@アリスソフト
○ 監察官:御陵透子 senseoff@otherwise
作品は今日中に上げます
即死回避
(二日目 PM4:01 西の森)
「あの……紗霧さん、これは何なのですか?」
西の森に入ってすぐのところで、道中に回収したバッグの一つに入っていた
色とりどりのマジックペンらしき物体を見ながら、小柄でやや幼い水色ショートへアの
少女――ユリーシャはおずおずと尋ねた。
紗霧と呼ばれた、長い黒髪を黒いリボンで束ねた少女――月夜御名紗霧は
手に持った棒状の物体をどこか不満げな様子で見つめる。
「もしかしてハズレなのかな?」
と、そう言ったのは気絶したままの茶色の髪をした西洋剣士風の青年ランスを、
時たま羽を生やした右の方へぐらつきながらここまで運んだ、赤毛のショートカットの
少年(外見は少女)広場まひるである。
彼は同じく道中で回収したある参加者に支給されなかったバッグも背負っている。
「これは多分、筆の一種ですよ。
もし、ただのペンなら役立てるのは難しいそうですけどね」
まひるの後に続いて歩くかすりの着物を着た老人と身体に包帯を巻いた
真面目そうな青年が、自分らと同じように足を止めたのを見て紗霧は言った。
「参加者の支給品かな?」
後ろを歩いていた青年、高町恭也はそう言ってそのペンを見る。
横にいる老人――魔窟堂野武彦の所持品、ヘッドフォンステレオ等のように
彼らの敵である、殺人ゲームの運営者に没収されなかった物品もあったことを
思い出しての意見だった。
「どちらなんでしょうね?
このバッグには他に道具は入ってありませんでしたしね」
と、紗霧は言ってペンを自分のバッグに仕舞って、また小屋を目指して歩き出す。
森に向かう道中、茂みに捨てられてあった参加者用のバッグに入っていたのは、
色とりどりのマジックペンらしきものが16本入ったペンケース。
ペンケースには18本入るスペースがあったが、入ってあったのは16本。
それを紗霧が目ざとく見つけて回収したのである。
「まぁ…調べるのは小屋に着いてからで良いじゃろ」
と、魔窟堂が言った。
「おもちゃの銃でも意外な物が仕組まれてたな」
と、恭也はポケットの中に忍ばせた鋼糸に触れながら、笑みを浮かべて紗霧に言った。
それにあいずちをうちながら、紗霧は今後のアイテム収集のことを考え始める。
(もう参加者の支給品には期待はできないでしょうね。
やはり『例のモノ』と、鍵の使用場所の特定を急がなくてはなりません)
「おっ?」
そんな紗霧を尻目にランスを担いだまひるが声をあげた。
背に担いだランスが身動きしたからだ。
目を開き始め、頭痛がするのか頭を押さえながらランスは目覚めた
(………なんで…俺は担がれてるんだ……?)
目覚めたランスの視界に入ったのは、地面から二メートル近い高さまで自分を
軽々と担いでいる見知らぬ赤毛の少女。
目覚めたランスに気づいたまひるがゆっくりとランスを地面に下ろしていく。
それに注目する10の視線。
ユリーシャが感激の声を上げるも、今のランスにはよく聞こえないし、よく見えない。
(……俺はどうしたんだ?…あのヤロウを殺ったのか……?)
と、ぼんやりと考える。
そして目をこすりながら周囲を見始めた。
「ランスさまっ!!」
「気が付いたようじゃの!」
ユリーシャと魔窟堂は、ほぼ同時に声を上げて、ランスのほうに駆け寄った。
(ユリーシャ……)
ランスはまとまらない思考で何とかその名を思い浮かべる。
そんな彼を周り囲む三人とは別に、紗霧と恭也は数メートル離れて観察する。
そして、ランスは周り囲む三人の姿を認め、言葉を発した。
「ユリーシャ…か……」
「はい……ランスさまのおかげで…こうして…」
安堵の息を漏らすランスに、ユリーシャはにかんだ笑顔で応えた。
(うんうん……恋人同士の再会…いつ見ても感動するシチュエーションじゃわい)
(姫さん良かった……)
そんな二人を見て魔窟堂とまひるは素直に感動する。
「…がはは…当然の結果だ……」
状況をよく把握出来てないものの、そうランスは返答する。
彼は再び周囲を見回し、ユリーシャに尋ねた。
「…ユリーシャ…ここはどこだ? それにこいつらは誰だ?」
「あ……ここは島の西の森の中です。
この方々に助けていただきました」
ユリーシャはやや慌てた様子でそれを伝えた。
その説明を聞いた途端、ランスの顔色が変わった。
「助けた…だと?」
「助けられたのはわしらも同じじゃよ、ランス殿
わしの名は魔窟堂野武彦。
我らは主催者打倒を目指して行動しておる。
お主さえ良ければ、ともに戦おう」
自らの首に手を当てながら、穏やかに魔窟堂は言った。
「おいっ、ユリーシャどういうことだ?
俺は…ケイブリスの野郎はどうなったんだ!?」
魔窟堂には目もくれず、半ば怒鳴るような感じでユリーシャに問う。
「そ、それは……」
「………」
「ランス殿、たいした怪我は負っておらんよ。
それにあの怪物はここには居らん。
じゃが、お嬢ちゃんが駆けつけてこなんだら、手遅れになる所じゃった」
「・・・・・・」
首輪を着けてない老人を一瞬、鬱陶しそうに見てからランスは言った。
「駆けつけただと?ユリーシャお前……」
「……ランスさま……」
(…この人)
ランスの言動にまひるの心に違和感が芽生える。
それは昨日、恭也がランスに感じてたのとほぼ同じもの。
紗霧と恭也もそれを察したのか警戒し始めた。
いまだ違和感に気づいてないのは魔窟堂くらいだ。
「ランス殿、悔しいのはわかるが…お嬢ちゃんを責めてはいかん」
「じじいは黙ってろ!俺は待っていろと……」
「・・・・・・・」
問うランスに対し、ユリーシャはただ黙って彼の目を見つめている。
「それに野郎の首輪を勝手に…」
たまりかねたまひるは、どういう意味?と言おうとした時。
ユリーシャは口を開いた。
「いろ…と…」
「…………」
まくし立てようとしたランスだったが、彼女の様子に黙り込む。
「………」
「……………」
しばしの沈黙の後、ユリーシャは言った。
「わた…私はランスさまに死んで欲しくありません……だから…だから…言いつ
けを破りました」
目を伏せ、だがしっかりとした様子でランスと対峙するユリーシャ。
「・・・・・・」
そんな彼女にランスは息を飲んだ。
一同は沈黙する。
そしてランスは彼なりに考え、深く息を吐いて言った。
「……でかしたぞ…ユリーシャ…」
「!」
彼女は顔を上げる。そしてランスは、
「心配かけちまって悪かったな…」と彼女に言ったのだった。
ランスが落ち着いたのを見て、魔窟堂らは改めて彼と交渉を始めた。
魔窟堂では有利に交渉を進められないと判断した紗霧は前に出て自己紹介をしようとした。
「私は魔窟堂さんのどう…」
ランスはいきなり右掌を前方に出し、どこか自慢げに彼女の台詞をさえぎった。
「言わなくていい、名前は知ってるぞ」
それを聞いて、紗霧は眉間にしわを寄せた。
彼女はゲーム中、自分の素性を他の参加者に極力、知られないようにしていたからだ。
「私は貴方の事は存じませんが?」
「俺様はこの島にいる女の子の名前は全部知ってるのだ」
と、言いつつ紗霧の顔を見つめる。
実はランスはゲーム開始前後、わずかな時間の内に例の教室にいた女性達の内
二人を観察していた。
その二人とはユリーシャと紗霧。
遠くに離れていてよく観察できなかったのと、ユリーシャが自分の前に出発した事もあって、
ランスは最初のターゲットを彼女に選んだのだ。
「…むっ、むむむむむっ!」
紗霧をはっきりと眼前で確認したランスは感嘆の呻き声をあげる。
そして、改めて紗霧を目の前にし、いつものように寸評を入れようととするが、
うまく言葉にできなかった。
ランスの紗霧に対しての評価は決して低い訳ではない。
むしろランスにとって出会った女性参加者の中では最高と言え、
どこがいいのかと問われると、細かく言うのがのがはばかれるくらいだ。
北条まりなの手帳から参加者情報を得た彼は、上機嫌に親指を立てて言った。
尚、当人と魔窟堂を除いた面々が彼の態度に呆れているのに彼は気づいていない。
「と、とにかく!双葉ちゃんグッドだ!!!」
「「「……………………?」」」
「?」
「……………」
「どうした?」
「「「「…………………」」」」
「私の名は月夜御名紗霧です」
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
―――人違いだった
* * *
白けた空気の中、まひるの提案で(なかば強引に)彼らは自己紹介を続けた。
恭也の番が回ってきた。
「この方が高町恭也さんです」
「……………」
「ん?」
ユリーシャの口からまひる達が紹介されてく中。ランスは恭也を見て声を上げた。
「お前は………………………昼の奴か?」
ランスはまだ痛む頭で恭也の事を思い出し、同時に知佳のことを思い出そうとする。
「・・・・・・?」
頭を書きながら恭也と会ったなら、訊きたい事もあるのも思いだそうとするが、思い出せない。
ちなみに恭也の名前を彼は覚えていない。
「ランスさま? お知り合いなのですか?」
「……………」
「……………」
ユリーシャの疑問を他所に対峙する二人。
ランスは恭也の治療痕と他のメンバーを一通り一瞥し、言った。
「おい、知佳ちゃんはどうした?」
「……ここには…いない」
「何?」
二人の間に軽い緊張が走った。
ピリピリし始めた空気を察したユリーシャは小声でまひるに尋ねる。
「あの…知佳さんって…どちらさまで…」
「えと…恭也さんの恋人だよ」
と、まひるも小声で返答した。
「え?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
今日の早朝までなら、恭也はまひるの発言に照れただろうが、今は状況が違う。
さらにランスの言葉は続いた。
「どこに行ったんだ?」
「…………」
頭を振る魔窟堂。
それを見ているのかいないのか、ランスは恭也の傷を再び見て言う。
「助けにいかんのか?」
「……っ」
恭也の予想だにしなかった、ほぼ反射的に出たランスの問い。
恭也が返答する前に、紗霧がランスに言った。
「その事も含めて、ランスさん貴方に訊きたい事があります」
ランスはゆっくりと振り向き、
「何だ?」と、答えた。
「ランスさん……単刀直入に言いますが、貴方は我々に協力できるんですか?」
と、表情も語気も穏やかに紗霧は言った。
ランスは紗霧と魔窟堂を見比べる。
「リーダーは誰だ?」
「まだ決めておりません」
一応、魔窟堂がリーダーである。
ランスの表情がわずかに変わり、口に出す言葉を考える前に、紗霧は更に続けた。
「ランスさん……貴方、今でも男性を邪魔者と思ってませんか」
と、恭也の顔を見て言った。
「………………っ」 当然だと、ランスは反射的に言いかけるもこらえる。
紗霧の問いには妙な迫力があったからだ。
あくまで穏やかに真摯に言った紗霧の問い。
紗霧の真意がつかめないランスはすぐに返答できなかった。
「・・・・・・・・・」
ランスはもしここで戦闘になったらと考える。
ユリーシャはランスの側にはなく、いつでもグループに囲まれる位置にいる。
彼女の支給品もいつのまにか紗霧の足元に移動している。
たとえ、ユリーシャを視野に入れずとも、魔窟堂相手に素手で勝てる相手では
ないとランスも直感で悟っっている。
何より、女の子と戦闘はしたくない。
今の彼に強行突破を選択肢に入れようがなかった。
ランスにとって自覚せざるを得ない、重大な人生の分岐点。
「………!」
魔窟堂が紗霧に何か言おうとするも、指を口に当ててまひるが静止する。
「・・・・・・!」
それを受けて、ショックを受けながらもなだめられた魔窟堂は引き下がる。
ランスの本質を前もって知っている恭也とユリーシャは未だ緊張した様子だ。
特にユリーシャは冷や汗をかいていた。
「……」
ランスは沈黙している。
その行為は問いに肯定したも同然に写る。
魔窟堂が引き下がった直後に紗霧は言った。
「出来る事なら残った参加者全員で対主催者に挑みたい所ですが、足並みが揃えず
我々の行動の妨げになると、どうしようもありません。
その場合、足並みを揃えたユリーシャさんの方がずっと大きな働きができるでしょうし、戦力は現状のままで十分です」
「・・・・・・・!!!」
「!!」
思わぬ言葉に目を見開き、ランスはユリーシャを見る。
ユリーシャは驚きに口を開けていた。
そして我に帰ると、紗霧に向かって叫んだ。
「紗霧さん! わ、私はランスさんと一緒でないと、皆さんと行動できませんっ!
ですから、ですからっ……」
と、自分のバッグから首輪解除装置をだそうとするが、手元にないので行動が空回りで終わる。
おろおろしているユリーシャを見ながらランスはこれまでの事を考えていた。
“参加者・運営者を問わず、女は全員犯して俺の女にし、男は皆殺しにする”
それはゲーム開始時のランスのスタンスだった。
彼はこれまで自由奔放に生きてきた。
自らの命を危険に晒した回数など数え切れない。
むしろそれに意を返さず、突っ込み、生還する。
それを可能とする実力も、自信も、悪運もあった。
だが、このゲームに至っては
女性参加者の大半を助けられず、彼について来た同行者二人も失った。
その上、ゲームの黒幕は自分の住む世界の神だった。
認めたくなかったが…彼はそういう自分をとても不甲斐なく感じていた。
かつて…この島に来る前にある国の兵隊に追われ続けた時以上に。
ランスは焦っていた。
「ユリーシャさん、さっきの私に対する彼の反応を見て、何とも思わなかったんですか?」
「……!」
ランスが黙ったままの会話は続き
相変わらず彼にとって、ユリーシャにとって不利な状況が続いている。
まひるがたまりかねて紗霧に何か言おうとしたのと、ランスが“一人で行動する”覚悟をした時
紗霧は恭也の方へ視線を写して言った。
「高町さん。 貴方にとって彼の力は必要ですか?」と。
ランスは内心、舌打ちをしながら恭也を見た。
それは昨日、恭也に戦闘を仕掛けてしまったからだ。
良い反応は見込めないだろうと思った。
恭也もランスを見る。
そして恭也は続けて紗霧・ユリーシャを見た。
彼はここにはいない知佳・自分の奥義を破った猪乃・今、バッグに仕舞っている小太刀の
元の持ち主の事を考えた。
「・・・・・・」
わずか十数秒のち、彼はその疑問に答えた。
「…俺は必要だと思う……」
「!!」
紗霧は少し考えたのち言う。
「理由は何ですか?」
恭也は過去の苦い記憶をあえて思い出しながら言った。
「間違いなく、今の俺より強いから」
「単純な戦力として必要だからですか?」
そんなの見てわかります、とでも言いたげに僅かに眉を歪めさせて紗霧は言う。
すぐさま恭也はランスの方を向いて
「ランス……」
「何だ?」
「ユリーシャさんとは最初から同行してるのか?」
「そうだ」
「もし、さっきまで戦っていた怪物がここに現れたらどうするんだ?」
「? 戦うに決まってるだろう」
「もし今、動けなくなったユリーシャさんと二人きりで、そいつと戦わなきゃならないなら
どうするんだ?」
「…………っ」
ランスは答えに詰まった。
彼は誰かをかばいながらの戦いが苦手だからだ。
自由奔放がゆえにうまく気を回せないのだ。 そんな彼を他の面々はじっと見詰めている。
それでもあえて彼はしぼりだすようにやけくそ気味に返答した。
「その時は二人でとことんあがいてやる…」
「そうか……」と答え、恭也は目を瞑った。
次に空を見上げて言う。
「この島で仁村さんと出会う前、俺はある人と同行してたんだ」
それは独白。
「?」
「……俺はある男と戦って、……攻撃を交わされた程度のことで負けを認めてしまった」
「? それでお前とそいつはどうなったんだ?」
恭也は続ける。
「無傷でその男に見逃してもらったよ。
でも、負けた事で落ち込んだ俺は、その人に愛想を尽かされたんだ」
「…情けない奴だな」
そう言うランスの表情に何故か嘲りの色はない。
「あの人は一人ででもあがこうとしていたと思う。
だけど、その人は数時間後に俺の知らない場所で命を落としてしまったんだ」
「…………」
場が更に静まった。恭也は息を大きく吐き、紗霧に言った。
「少なくとも、彼は俺と同じ理由で心を折られることはない。
この状況でとんでもない間違いはしないと俺は思う」
突如、風が吹き森を揺らした。
一同はそれに気づいてないかのように静まっている。
紗霧はため息をついて恭也に問う。
「高町さん……彼は貴方や魔窟堂さんを助けるようなことはしませんよ。
それでも宜しいのですか?」
「俺はみんなが良ければ彼と手を組んでもいいと思う。 油断できないけど」
と、苦笑しながら言った。
ユリーシャと魔窟堂が安堵のため息を漏らす。
「・・・・・・・・・」
ランスは何か考え込んでいた。
「それなら、仕方ありません。まひるさんは……」
「待て」
と、紗霧の質問をランスが遮る。
「おい、お前」
と、恭也の前にズカズカと歩み寄り、釣られて恭也も後方へと下がる。
そして、彼にだけ聞こえるような小声で質問した。
「その死んだ人ってのは女か?」
恭也は思わず釣られて小声で「ああ」と答える。
「そうか」
淡々としたランスの返事。 男だったとしても返事は同じだったろう。
胸の内は別として。
「何、言ってるんですか?」
と、不機嫌そうに紗霧も近づこうとする。それに構わず、ランスは小声で言った。
「その女の名前は何て言った?」
「う…………」
迷う恭也。だが、答えた。
「篠原秋穂さんだ」
二人の歩みがピタリと止まった。
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「?」
紗霧は怪訝そうに二人を見る。
「……そうか………」
顔を下げず、表情をあえて変えないまま、ランスはかろうじて、そう答えた。
「・・・・・・・・・・・」
彼はきびすを返し、そして紗霧の方へと向き合い、地面にドカッと座る。
「!?」
腕組みして、この場にいる全員に向けてランスは言った。
「言いなりにはならんが……お前らが良ければ協力してやる」と。
* * *
「まひるさんは?」
「う〜〜〜ん………」
まひるもさっきまでのランスの態度には嫌な違和感を多少なりとも感じていた。
だが、見捨てる見捨てないかとなると話は別だし、ユリーシャと恭也のことも
あり、ランスと一緒に行動するのに異論はない。
「あたしもいいよ。紗霧さんは?」
「条件付きでなら反対はしません」
「そ、それでは!」
喜びの声をユリーシャはあげる。
「条件については解っていると思いますが、質問は宜しいですか?」
「……手を出すなと言いたいんだろ?」
心底、残念そうにランスは答える。
「両方ともですよ?」
「わかってるって。しかぁし!その前に言いたい事がある」
「何でしょう?」
紗霧の持つ独特の迫力に身の危険を感じはじめたのかランスは、念を押すように紗霧に言った。
「あくまで協力はするが、言いなりにはならん。それでいいな?」
「…………随分と虫の良い話ですね。まあ良いでしょう。活躍を期待してますよ」
「あ、ああ、任しておけ」
彼にしては珍しく遠慮がちに返答した。
「魔窟堂さんも異論はありませんね?」
「うむ」
「み、皆様、有難うございます!」
ユリーシャは感謝の言葉を述べて、彼らにおじぎをしたのだった。
* * *
再び腰を上げ、会話しながら西の森の小屋へ向かおうとする一同。
ユリーシャはランスに駆け寄って言う
「ランスさま、さっき高町さんと、どのようなお話を?」
「お前には関係のないことだ」
その返事に少し残念そうな表情を浮かべるもユリーシャは引き下がった。
仮にも秋穂の同行者であった彼女に気を使っての彼なりの配慮。
根本的な解決には決してなりえないが、今のところふたりは少し幸せそうに見えた。
「……?」
何か、忘れている。
ケイブリスとの戦闘前に湧いた、ランスにとってささやかな疑問。
「ランス、朽木さんの事で話が……」
思い出した。
手帳に載ってた恭也に絡む情報を。
彼は言った。
その問いが再び、一同を混乱させる事態になることを知らないまま言った。
「お前、フィアッセって女と知り合いか?」
【グループ:紗霧・ランス・まひる・恭也・ユリーシャ・魔窟堂】
【現在位置:西の森】
【スタンス:主催者打倒、アイテム・仲間集め、西の小屋へ向かう】
【備考:全員、首輪解除済み】
秋穂に関連するランスと恭也の会話内容は他の4人は知らない】
【ユリ―シャ(元01)】
【スタンス:ランスを中心にグループに協力】
【所持品:ボウガン、スコップ(小)、メス1本、指輪型爆弾×2、小麦粉、
解除装置、白チョーク1箱…は紗霧に隠されてます】
【能力:勘が鋭い】
【備考:疲労(中)、紗霧に対して苦手意識】
【ランス(元02)】
【スタンス:女の子優先でグループに協力
男の運営者は殺す】
【所持品:なし 】
【能力:武器がないのでランスアタック使用不可】
【備考:肋骨2〜3本にヒビ(処置済み)・鎧破損・疲労(小)】
【高町恭也(元08)】
【スタンス:知佳の捜索と説得】
【所持品:小太刀、鋼糸、アイスピック、銃(50口径・残4)、鉄の杖、保存食】
【能力制限:神速使用不可】
【備考:失血で疲労(中)、右わき腹から中央まで裂傷あり。
痛み止めの薬品?を服用】
【魔窟堂野武彦(元12)】
【スタンス:運営者殲滅】
【所持品:レーザーガン、軍用オイルライター、白チョーク数本、スコップ(小)
ヘッドフォンステレオ、マジカルピュアソング、謎のペン16本】
【能力:気合で背景を変えれる。????。???】
【備考:ちょっと自信喪失中】
【月夜御名紗霧(元36)】
【スタンス:反抗者を増やし主催者へぶつける。 モノの確保】
【所持品:対人レーダー、銃(45口径・残7×2+2)、薬品数種類
スペツナズナイフ、金属バット、文房具とノート(雑貨屋で入手)、智機の残骸
の一部、 医療器具(メス・ピンセット)】
【能力:毒舌・隠匿】
【備考:隠しているけど疲労(中)、下腹部に多少の傷有】
【広場まひる(元38)】
【スタンス:智機以外の相手との戦闘はなるべく避ける。
グループが危険に晒されるなら、応戦する
島からの脱出方法を探る】
【所持品:せんべい袋、服3着、干し肉、斧、救急セット、竹篭、スコップ(大)
携帯用バズーカ(残1)、タイガージョーの支給バッグ(中身は不明)】
【能力:身体能力↑、????、怪力、爪、超嗅覚・感覚、片翼、衝撃波(練習中)使用】
【備考:疲労(小)】
痛いオナニ−スレ
鬼作が格好良かったことは覚えている
とりあえず復活おめ&続ききぼん
何か死にそう
今になって復活するとは思わなかったな
ま、がんばってくれ
ho
32 :
交叉(1):2005/08/01(月) 11:23:41 ID:ZbmCO8aN
(二日目 PM3:45 学校校庭)
ざりっ…、と地面を靴が蹴った音がした。
わずかに飛んだ土砂が土の盛りあがりにかかった。
二つの地面の盛り上がり――アズライトと鬼作の亡骸をしおりが埋葬して作った墓。
その墓の前でもう十分以上も突っ立ったまま沈黙している女性―――御陵透子は
地面を蹴った足の位置をそのままに空を見上げた。
空には輝く太陽と先程よりも多い雲が目に映る。
昨日までは確認できた、彼女の拠り所である『あの人』の姿は見えないままだ。
彼女の背後でぱきぱきっと、木の板が剥れるような音が聞こえた。
「……」
その音は校舎からした。
立て続けに同じような音が何度も校舎から響いた。
それが収まったと思いきや、次は異臭を放った煙が校舎の内側から噴き出し始めた。
仁村知佳と椎名智機は現在、校舎内で戦っている。
本来、交戦する前に透子が知佳に対して警告を行う予定だったが、透子自身どうしても確認したい ことがあったので、その為の寄り道をしていた。
その結果、智機が先走り。こういう事態になったのである。
「……」
今、知佳と智機のいずれかが斃れるのは透子にとっても望ましくないことだった。
だが、そのどちらの事態をも回避できる術を透子は持っている。
だから、透子は二人の戦闘には意を返さずにいたのだ。
透子は墓から目を離し、息をつくとポケットからロケットを取り出し、見つめ、
考えた。
33 :
交叉(2):2005/08/01(月) 11:25:48 ID:ZbmCO8aN
(あの時…)
病院内でまひると紗霧に対峙した際に、紗霧に投げつけられた薬品がロケットに
かかったのだろう。
金メッキのような安っぽい光沢を放つそれの一部分に褐色の染みのようなものが
ついていた。
この程度なら、透子にとって何の支障もない
だが、あの時に投げつけられたのが爆弾だったなら話は全く違っていただろう。
透子はぎゅっとロケットを握り締め、大事そうにポケットに入れた。
背後の校舎の内側から、動物が肉食獣に捕食される時のような肉と骨が
噛み砕かれるのに酷似した嫌な音が響き始める。
透子は諦めたようにため息をつくと、再び、足元の二人の墓を見つめた。
こうしている間に、とうとう校舎は風船がしぼむかのように崩れていく。
完全に校舎が崩壊した直後、透子は何かを探すように首だけを数回振った。
透子の眼差しは西の方角で止まった。
「……………?」
妙なものを発見し、あくまで無表情のまま、首をかしげた。
(変ね?)
透子はしばし考えた後、視線のみを二人の墓のほうへ向ける。
それから東の森と公園と先ほど見た空を思い浮かべながら、
彼女は校舎前から姿を消した。
34 :
交叉(3):2005/08/01(月) 11:32:34 ID:ZbmCO8aN
(二日目 PM3:52 病院付近)
かなり小柄な少女――仁村知佳は智機との戦闘後、石畳に両手をつき、
汗だくになりながら荒い息を吐いていた。
地面は生暖かく、自分の身体はそれ以上に熱く感じた。
校舎から公園までの瞬間移動。
それに失敗した直後、知佳はめまいをおこし倒れたのだ。
知佳を蝕む先天的な病気による発作。
彼女はそれを思い出しながら、身を震わせる。
そんな無防備な彼女だったが、それでも背には未だ虹色の不気味な翅が飛翔前の蜻蛉のごとく生えていた。
* * *
知佳はそのまま気絶することはなかった。
知佳には未だ、恭也に会う踏ん切りはついていない。
なのに、目には力強い輝きがともっていた。
知佳は、さっきの智機の態度から恭也達は無事だと考えていた。
(彼が死んだと言われちゃったら、絶望したとおもう)
と何度目かの安堵の息を吐く。
彼女は傍らの自分のバッグを手に持ちながら、自分の思いを胸に刻んだ。
(これ以上の心配をかけるわけにはいかない。
わたしはもう、この島に来る前のわたしに戻れないし、誰かに頼ることもできない)
はっきりしてきた頭に浮かぶのは耕介という青年の笑顔。
35 :
交叉(4):2005/08/01(月) 11:36:06 ID:ZbmCO8aN
(だけど、希望があれば……)
知佳はあえて脳裏から耕介の笑顔を消した。
そして苦い思いと共に恭也の笑顔を思い浮かべる。
(身を削られても戦える!!)
ようやく知佳は膝に左手につく。
がくがくと四肢が震えたが、それはすぐに収まっていく。
知佳は今、立ち上がろうとしていた。
36 :
交叉(5):2005/08/01(月) 11:43:04 ID:ZbmCO8aN
(二日目 PM4:00 東の森:最南部)
「消えた?」
あちこちの木がなぎ倒されている森の中。
透子はその惨状にはさほど注目しなかった。
彼女が確かめたかったのは、朽木双葉曰く『妖気』と呼んでいた思念体の行方だった。
「・・・」
透子には感じ取れる。
今でもそれは森のどこかに存在するのは間違いない。
その波動は場所の特定が困難なほど弱々しいものに変化しているけれど。
透子はゆっくりと歩き始めた。
「かれらは……」
と、どこともなく透子はつぶやいた。
いつもの彼女のようにどこか気の抜けたもの独り言ではない。
それは珍しくはっきりとした声色だった。
透子は少し顎を上げて考えた。
(あの思念体にこういった干渉ができるのは『かれら』か、ここにはいない、
『かれら』と同じような存在だけだったはず…)
透子は手を丸め、胸に当てて思い出す。
(だから…わたし達に与えられた『彼』の情報量は参加者の中で一番多かったのだろう)
「・・・・・・・・・・・・・・」
透子から見て、昨日ほど鮮明ではないものの、『あの人』を除けば、今でもさまざまな
思念は透子の目に見えるし、聞こえるし、感じ取ることはできる。
だが、どの感覚からしても、不鮮明で目視できる距離でなければ特定は困難だ。
なのに、あの『妖気』は透子が島の何処に居ても、はっきりと確認できるほど
力強いエネルギーを持っていた。
37 :
交叉(6):2005/08/01(月) 12:06:03 ID:ZbmCO8aN
「ふう…」
透子は息をついた。
そして、死んでいった参加者の中には彼女の同族に似た能力を持ちえる人物が
何人か存在していた事を思い出す。
(死亡した参加者は……)
―――透子のいた世界。
透子以外にも同族は複数存在する。
だが記憶を受け継ぐものはおらず、力のみを受け継いだ存在も極めてまれだ。
彼女はそういった転生体をある程度感じ取ることができる。
透子は殺人ゲーム開始直前に参加者の中から何人かそれを感じ取った。
無論、その潜在的異能者とやらは彼女の同族などではない。
だが、発現するであろう能力だけは似ていた。死んでから発動する能力。
透子は過去に何度死しても記憶を持って蘇ってきた。
その異能者らも場合によってはそれを可能にできるかも知れなかったのだ。
透子はそう考えてた。
(でも結局……何もできずに終わった)
透子は歩みを止めた。
(確認の必要さえなかったかもしれない)
結局、このゲームにおいて敗者は決して再起できないのだ。
それは『彼』さえも例外ではない。透子はようやく確信した。
この世界でも“死者は、自力で甦ることは決してできない”と。
それを覆すにはゲームの勝者になり、願いを叶えてもらうしかない。
透子がいくら望んでも手に入れらなかった、能力を持つ『かれら』に。
「……………」
透子はロケットを握り、諦めたように森の外の方へ身体を向けた。
「仁村知佳……」そう、参加者の一人の名を呟くと、透子の姿が徐々に消え始めた。
消える瞬間、透子は空を見上げ、太陽を見た。
(´∀`)そういえばいたね、こんな人
星川君の最後が印象的ですっかり忘れてたよ
39 :
交叉(7):2005/08/01(月) 12:23:42 ID:ZbmCO8aN
(二日目 PM4:00頃 ???)
―――ここも何処とでもない空間
“ざざーん……ざざーん…”
平穏な海のごとき波涛の音が木霊する。
新月の夜のごとく深い闇を金色の光が照らす。
波をたてているのは海水などではない、重油のように黒く重い液体。
それが空間いっぱいに広がり、時々蛇のようにのた打ち回りながら、渦を巻いている。
動くたびに何故か波しぶきのような音がする。
それは生物の内臓の脈動のようのたうちまわっていた。
渦の中心部の上空に浮かぶ、明かりの元も異形だった。
全身金色の六本足の蟹の様な容姿。
その顔は白いのっぺりとした仮面にふたつの無垢な赤い瞳をつけたよう。
その赤い双眸は空間を隔てているのに関わらず、島にいる運営者達を見ていた。
「無駄足だったな」
と、プランナーは東の森で物思いにふけっていた透子を遠くから見て淡々と呟く。
「あの手の能力で破壊されるようなゲームを我が実行に移す訳がなかろう」
プランナーはそう笑い、透子から視線を外して言葉を続けた。
「これであの者も本気を出さざるを得まい」、と。
40 :
交叉(8):2005/08/01(月) 12:29:39 ID:ZbmCO8aN
プランナーの主―――創造神ルドラサウムは見知らぬ異界からわざわざ島一つを
自らの世界の空間に転移させ、それを元にゲームの舞台となる平らな星を創り上げた。
それは彼でさえ、相当手間がかかる作業だった。
それでも退屈を紛らわせることが出来たし、仮に面白くなくても仮定で
楽しんだんだからいーやと考えてた。
まだ途中ではあるものの、舞台つくりも、ゲームも、かれらからして見れば
成功したといえる状況であった。
―――そして
「これからはもう面倒な事をする必要はなくなるなァ」
透子観察から数分後、そう誰ともなく呟いたプランナーの目が愉快そうに歪む。
ゲームの最中に発生したある現象を思い出しての喜悦。
そんな神を尻目に、首のない黒い獣の様な屍は渦に巻かれ漂っていたのだった。
41 :
交叉(9):2005/08/01(月) 12:37:02 ID:ZbmCO8aN
(二日目 PM4:15 学校へと続く道)
発作がおさまった知佳は学校跡を目指して歩いていたが、再び足を止めて、
地面を見つめた。
そこには変哲のない茶色い地面が広がるばかり。
(ない……)
知佳は運営者の本拠地は地下にあると思い、その出入り口になるような所を探そうとしていた。
「…………」
目視の途中、知佳はつい左手を見た。
一筋の切り傷。
たいした傷ではない。
そんなことで嘆いている場合じゃない。
そう、知佳は思った。
あの時、恭也を殺されたと思い込んだ知佳は、仇の琢磨呂を超能力で痛めつけてから殺害した。
そして自分はその行為を楽しんでしまっていたと思う。
知佳はそんな自分が嫌になって魔窟堂らの前から姿を消した。
でもこの力があれば上手くいくと思って、あのロボット達に戦いを挑んだ。
その結果、その度合いこそ異なるものの、知佳は琢磨呂が味わった絶望を多少なりとも味わう事になった。
左手の切り傷を見るだけでじわりとあの時の恐怖が蘇る。
知佳は思った、弱いものいじめをしてる時だけ強気でなんかいるのはとても嫌だと思う。
恭也さんはもっと酷い目にあってるのに。
そう自らを奮い立たせながら、知佳は思わず呟いた。
42 :
交叉(10):2005/08/01(月) 12:49:57 ID:ZbmCO8aN
「まゆお姉ちゃん……」
知佳の六歳年上の姉の名を。
知佳の姉、真雪は漫画家をやっている。
姉はある理想を胸に作品を書きつづけていた。
現実においてもそうであって欲しいその理想が知佳の心にも浮かぶ。
しかし湧き上がってきたのは罪悪感。
それは彼女の胸を刺した。
(もう…無理だよ……)
知佳はうなだれた。
たくさんの人が死に、自らは憂さ晴らしの為に人を殺してしまった。
そんな自分に幸福など訪れるはずがない。
そう心で泣きながら、知佳は前に進んだ。
この時、知佳は気づいていなかった。
二名の運営者が自分に接近していた事を……
* * *
「何でこいつの名前が載ってんだぁ?」
智機の命令で病院を後にしたケイブリスはなんとなく拾った手帳を読みながら言った。
載っていたのは既に死亡した魔人の名前。
ちなみにその魔人とは不仲だったりする。
名前が載っていた意味を求めようと他のページを見るが、彼にとっては意味不明な内容ばかりだった。
「ち……つまんねぇな」と、手帳を放り捨てる。
ケイブリスはこの近くに誰かいないかと考えた。
このまま、ただ本拠地に戻るのも面白くない。
そう思った彼は何かを見つけようと周囲を見渡し、気配を探った。
43 :
交叉(11):2005/08/01(月) 13:08:04 ID:ZbmCO8aN
「……!?」
ケイブリスは感じ取った。
今まで遭遇したことのない、未知かつ膨大なエネルギーを持つ生命体を。
そいつがすぐ近くに居る!
ケイブリスは口の端を歪ませ、前方を凝視した。
魔獣の視界の左端に、身をかがめた人間の少女が映った。
(人間か?)
気配を消し、数百メートル先にいる少女―――知佳の動向をケイブリスは探った。
* * *
知佳はマンホールにも似た蓋を発見していた。
(これ…何だろ)
蓋には鍵穴があった。
知佳は鍵を探そうとするが自分は持っていないことに気づき諦めた。
もし、この先に役立つものがあるならと考え込む。
出たのは今の自分になら蓋を破壊することができるという結論。
知佳は立ち上がった。
そして、ケイブリスの方を振り向いてしまったのである。
「・・・・・・・・・・・・・」
目の前にいるのは腕組みして笑う凶悪なモンスター。
「!!!」
魔獣を見た知佳は悲鳴をあげて、後ずさった。
44 :
交叉(12):2005/08/01(月) 13:19:24 ID:ZbmCO8aN
「オメェ……参加者か?」
ケイブリスは興味深そうに知佳を見つめつつ、ゆっくりと接近する。
震える足を叩いて静めながら、知佳は翅を広げた。
辺り一面を妖光が包む。
知佳の威嚇に全く怯むことなくケイブリスは身構えながら言った。
「俺様に逆らおうってんのか?」
そう不敵にケイブリスが笑うと、全ての触手が動き出した。
「・・・・・・・・・・」
ケイブリスの思考を読んでしまった知佳は顔を青ざめさせる。
魔獣は知佳を犯す気満々だった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
徐々に近づいてくる魔獣を前に知佳は一瞬、逃げようかと思った。
だが、逃げとおせても恭也たちに負担がかかるだけと自分で自分を何度も
叱咤した。
わずか数秒の葛藤の後、知佳は言った。
「負けない……!」
知佳の覚悟の声が戦闘開始の合図だった。
「……」
ケイブリスは無言で左腕を振った。
火の玉が発生し、それが知佳に迫る。
知佳は両脚に力を入れつつ、前方に念動力による障壁を発生させる。
濁ったガラスのような色をした障壁は火の玉を容易く破裂させ、
飛び散った火の粉さえも障壁に吸い込ませるように消し去った。
早速、攻撃に転じようと知佳は両手を握り締め、翅に力を集中させようとする。
しかし!
45 :
交叉(13):2005/08/01(月) 13:25:23 ID:ZbmCO8aN
「!?」
知佳の前方にすでに魔獣はおらず、その大きな足跡が染みのごとく目に入る。
知佳は必死に彼の姿を探す。
悪意は突如、咆哮とともに頭上から降り注ぐ。
「っ・・・!!」
音もなく空高く跳躍した魔獣は知佳の目前に降り立ったのだ。
ケイブリスは息をゆっくり吐きながら、左手で知佳を捕まえようと伸ばす。
知佳は身じろぎもせず、大きく息を吸った。
彼女の翅が前方にスライドした。
交叉した翅は赤紫の炎を吹き上げる。
「!」
ケイブリスの左手の前に赤紫のプラズマ球が発生す。
「くらえっ!!」
爆音!
プラズマ球が両者の間で爆ぜる。
衝撃で知佳は数十メートル吹っ飛ぶも、地面に当たる前に揚力を発生させて無事に
地面に降り立った。
ケイブリスは地面に長い足跡をつけながら、数メートル後ずさりするもこらえる。
知佳は飛行して距離を取り、怪物を睨む。
ケイブリスは左手で顔を隠したまま、沈黙している。
知佳は更に攻撃を加えようと身構える。
「!」
ケイブリスの状態を見た知佳はビクンッ、と痙攣したかのように身を震わせた。
46 :
交叉(14):2005/08/01(月) 13:41:32 ID:ZbmCO8aN
「そんな……」
知佳の攻撃をまともに受けた筈のケイブリスの左腕は多少の焦げを残したくらいで
ダメージらしいダメージを受けているように見えなかった。
「これで終わりじゃねえよな」
左腕を撫で付けながら、魔獣は少女を挑発する。
未知の力を持つ知佳に対して、ケイブリスはいつでも好きな部位に闘気を巡らせられるよう
に用心していたのだ。
今回は左腕に闘気を集中させ防御した。
ケイブリスが二歩前に進み出て、四本の腕と八本の触手を使い攻勢に出ようとする。
それに対して知佳は気合を入れて翅を大きく広げた。
「!?」
知佳は大きく口を開け、叫ぼうと息を吸い始めた。
翅は徐々に大きくなって、放出されるエネルギーもそれに伴い増大する。
それを見たケイブリスの顔から余裕が消え、腕と触手の力を抜いて身を屈め、
全身に闘気を張り巡らせ、向かい討つ!
―――全身全霊を込めた攻防!!
それが始まろうとした時、両者の背に震えが走った!
47 :
交叉(15):2005/08/01(月) 13:55:46 ID:ZbmCO8aN
戦闘態勢を解いた両者は互いの前方を凝視した。
―――二人の間には透子が立っていた。
表面上、いつものようにぼんやりと立っている様にしか見えない。
違いがあるとすれば今、彼女は左手でロケットを握り締めていることぐらいだ。
ただ…それだけの筈なのに、知佳とケイブリスの緊張は解けなかった。
「透子さん……」
「てめぇは……?」
かろうじて双方は声をあげた。
透子はケイブリスの方に顔を向けて抑揚のない声で言った。
「早く、学校跡に向かってください」
「ハァ…? 先にケンカ吹っかけて来たのはそいつだぜ」
とケイブリスは顎で知佳の方を指した。
透子は知佳の顔を数秒見つめると言った。
「ゲームが失敗恐れがあるのでお願いします」
そんな透子の説得をケイブリスはフンッと嘲るように鼻で笑う。
と、同時に八本の触手が透子を拘束しようと彼女に向かって伸びる!
「・・・・・・??」
いずれの触手も彼女に触れられず、地面にばらけた。
続けて、魔獣はこの手で捕獲しようと動こうとする。
「!!」
ケイブリスの身体は動かなかった。
自分の意思とは関係なしに動かせないでいた。
「………!?」
知佳も異変に気づく、自分も指一本動かせない状態にあることに。
透子は身じろぎせずに言った。
「このまま続ければゲームは失敗しますよ?」
ケイブリスは苛立ちを込めて言った。
「また、ルールってやつかよ!」
「はい」
ケイブリスはそう悪態をつきながら、得体の知れない女、透子を観察し始めた
48 :
交叉(16):2005/08/01(月) 14:06:22 ID:ZbmCO8aN
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「………」
「お前、誰だ?」
ケイブリスはかすれた声で言った。
両者の身体の自由は既に戻っている。
ケイブリスを少なからず畏怖させているのは原因は透子の放つ、正体不明の存在感だ。
「人間じゃあねえだろ……」
「………」
ケイブリスから見れば、透子は魔人化した人間よりも強そうに思えた。
「お願いします」
「・・・・・・」
再度の勧告。
仮に戦ったとして勝てるかどうか、全くわからない相手。
「何でだ?」
「・・・・・・・・・」
透子は知佳には聞こえないように、言葉を伝える。
(二人残すのか)
ケイブリスは細かい理由こそ分らなかったものの、最後に参加者二人を残す必要があるとだけは認識した。
ケイブリスは改めて、透子を見て言った。
「こいつを見逃せばいいんだろ」
ケイブリスは知佳の方に視線を向けた。
そして程なくしてケイブリスは、(何であんな奴があいつ【ザドゥ】に従ってるんだ)
と、心中で悪態をつきながら校舎跡の方に向かっていった。
49 :
交叉(17):2005/08/01(月) 14:15:38 ID:ZbmCO8aN
ケイブリスが去ったあと、知佳は地面に尻餅をついた。
そんな彼女の息はやや荒かった。
だけど発作で苦しみと比べれば全然、どうってことなかった。
「?」
前方には手帳が、すぐ身近にはあのマンホールがある。
早く動かなきゃと思い、立つ。
「!?」
透子は木を背にし、こちらをじっと見ている。
何か話したそうに見つめている
「透子さん……」
恭也と共に行動していた時に出会った監察官。
あの夜のとき、知佳は励ましの声を彼女にかけた。
それが透子の負担を和らげることが出来たらと思った。
しかし、変わってしまった今の自分は透子にどういう言葉をかければいいか知佳は悩んだ。
↓
↓
【仁村知佳(40)】
【現在位置:学校へと続く道】
【スタンス:恭也が生きている間は、単独で彼らの後方支援へ
主にアイテム探しや、透子以外の主催者への妨害】
【所持品:???】
【能力:超能力(破壊力上昇中・ただし制御はやや困難に)飛行、光合成】
【備考:疲労(小)】
【監察官:御陵透子】
【現在位置:学校へと続く道】
【スタンス:ルール違反者に対する警告・静止、偵察。戦闘はまだしない】
【所持品:契約のロケット】
【能力:中距離での意志感知と読心
瞬間移動、幽体化(連続使用は不可、ロケットの効果)
原因は不明だが能力制限あり、
瞬間移動はある程度の連続使用が可能。他にも特殊能力あり】
【備考:疲労(小)】
【主催者:ケイブリス(刺客4)】
【現在位置:学校跡付近】
【スタンス:反逆者の始末・ランス優先】
【所持品:なし】
【能力:魔法(威力弱)、触手など】
【備考:現在、学校跡へ移動中(帰還中)
左右真中の腕骨折・鎧の背中部分大破】
【追記:知佳と透子がいる場所の周辺には手帳とハリセンが落ちてます。
知佳:隠し拠点2も発見、蓋は力ずくでも破壊可能だったり】
>>26 【魔窟堂野武彦(元12)】
【スタンス:運営者殲滅】
【所持品:レーザーガン、軍用オイルライター、白チョーク数本、スコップ(小)
ヘッドフォンステレオ、マジカルピュアソング、謎のペン16本】
【能力:気合で背景を変えれる、????、???】
【備考:ちょっと自信喪失中】
【月夜御名紗霧(元36)】
【スタンス:反抗者を増やし主催者へぶつける。 モノの確保】
【所持品:対人レーダー、銃(45口径・残7×2+2)、薬品数種類
スペツナズナイフ、金属バット、文房具とノート(雑貨屋で入手)、智機の残骸
の一部、四本の鍵束、 医療器具(メス・ピンセット)】
【能力:毒舌・隠匿】
【備考:隠しているけど疲労(中)、下腹部に多少の傷有】
【広場まひる(元38)】
【スタンス:智機以外の相手との戦闘はなるべく避ける。
グループが危険に晒されるなら、応戦する
島からの脱出方法を探る】
【所持品:せんべい袋、服3着、干し肉、斧、救急セット、竹篭、スコップ(大)
携帯用バズーカ(残1)、タイガージョーの支給バッグ(中身は不明)】
【能力:身体能力↑、????、怪力、爪、超嗅覚・感覚、片翼、衝撃波(練習中)使用】
【備考:疲労(小)】
>>8-24 (二日目 4:15 西の森)
「・・・・・・・・・!」
ランスの口から出た名、フィアッセ。
「当たったか」
恭也にとっては知り合いどころか、姉弟同然の間柄である。
「……どうして…その人の名を知ってるんだ……!?」
「…俺様も直に聞いたわけじゃねえが……」
ランスはそう言いながら、自分の身の回りを探り始める。
「……?」
手帳がない。
バッグは……東の森に放置したままだ。
更に探すが、鍵束もない。
それは紗霧が失敬したからだ。
ハリセンは……どうでもいい。
「………」
自分の身の回りのチェックを終えたランスは言った。
「手帳、無かったか?」
「なんと!! まりな殿の!」
「ああ……」
手帳を無くした事に気づいたランスは探すよりも先に、“自分は人づてに手帳を
手に入れ、記載されてたその内容の一部を読んでその名を知った”と魔窟堂らに語った。
「人づてという事は…ランスさん、その人は主催者にやられたんですか?」
と、誰かを気遣う演技をしながら紗霧。
「………」
紗霧の問いにランスは考えてから言おうとする前に
「そうですか」
と紗霧は落胆する振りして先に断定口調で言った。
「……そのとおりだ、紗霧ちゃん」
と、ランスはそれあわせるように言ってしまった。
ちゃん付けされた紗霧は一瞬眉をひそめるが、別に不愉快っていうわけでもなかった
のか何も言わなかった。
もっとも、紗霧はランスが穏便なやり方で手帳を入手したとは露ほども思っていない。
あえてランスの都合の悪くない方へ会話を進めたのは、これ以上、会話が逸れる前に情報をスマートに集めたいからに過ぎない。
「なんと……グレン殿はやはり…!」
と、魔窟堂は怒りをにじませ、ぎり…と歯軋りをした。
「「「……………」」」
この会話の流れに対して、あえて口を挟まなかった他の三人は何を考えてたかというと…
(……………)
ユリーシャは半ば、思考停止状態だった。
ランスがグレン様を殺害したことがばれれば、彼自身の立場が危うくなるので
こういう展開はユリーシャにとっても都合がいいはずだった。
だが、ユリーシャは自分が騙されていないはずなのに、実は何となく騙されている気が
してならず、静かに困惑していた。
(…変。 でも今、突っ込んじゃいけないところなんだろーな…)
と、こちらはまひる。
(グレン!? でも彼は……即死だったはず。 嘘なのか?)
と、こちらは未だ、この島にグレンの名を持つ者が二人いた事実を知らない恭也。
もっとも彼は七番目に出発した参加者だったし、今日の昼の放送も気絶していた事なども
あって、気づかないのも無理はないのだが。
「グレン殿……まりな殿……おぬしらの仇はわし等が必ず…!」
と、自分の世界に入りこんで、意気込む魔窟堂。
ランスはそんな燃える老人を見て、思わず自分の頭をかいた。
「…優先しなければならないことがあるでしょう」
と、紗霧は魔窟堂を落ち着かせるようになだめてから、コホンと咳払いをしてから、他の四人に言った。
「色々と訊きたい事がありますが、先にランスさん『手帳』に関する情報提供をお願いします」
「ああ」
ランスは快く返事をして情報を話し始めた。
その内容とは、フィアッセを含めたランスの知らない人物数人の名前とそれに関する簡単な情報であった。
ランスの口から語られる、手帳のある二ページに記載された名前とは……
―――参加者にエントリーされる可能性有り
“高部絵里” “フィアッセ=クリステラ”
“レティシア” “八車文乃”
“綾小路 光” “天上 照” の六名。
* * *
「知ってる人の名前はないですね」
と、しゃがみこんで木の枝で六人の名前を書きながら紗霧は言った。
「私も心当たりが……他の皆さんは…」とユリーシャはまひる達に尋ねた。
「あたしの知ってる人はいないよ」
「俺も他の五人については知らない…」
「何だ?本当に知らないのか?」
「女の人の名前ばかりですね」
「男の名前などいちいち覚えてられんしな」
「「「…………」」」
ランスの暴言に、恭也はため息をつき、まひる・紗霧は怪訝そうに彼を見つめた。
「…ぐ……悪りぃ…。俺も二ページしか読んでないからなぁ…」
それに対してランスは気まずそうに言葉を吐いた。
「…レティシアさんにいたっては何故か外見的な記述もなく名前だけですしね」
「…ランスどの……わしもこの六人については知らんが、“綾小路 光”の関係者については心当たりがある」
「紫堂神楽さんのことですね」
「義理の姉って書いてたな」
「彼女も神楽殿と同じ力を持っておったんじゃろうか……」
魔窟堂は神楽に治療して貰った方の肩に触れた。そして……
「まりな殿……お主は一体何者だったんじゃ…」
と、遠くを見るような目で魔窟堂は言った。
六人の女性についての議論はこれ以上、進展しようがなかった。
六人の内、五人はすでに死亡した参加者の関係者だからだ。
「違う話をしませんか?」
「う〜む…」
「そうだな…朽木さんのこともあるし」
「………」
紗霧はしゃがみこんだまま、地面に書いた名前を見て考える。
(姓名だけではほとんど判断できませんね)
と、木の枝で文字を消そうとする。
「?」
が、ある名前を改めて見てそれを止めた。
(天上 照…)
見知らぬ名前。
いや、その名が彼女のいた世界にもある太陽神の名をもじったものというのはわかる。
ただ、彼女にとって不思議なのは、何故、会った事もない人の名前だけで強い興味を
抱きつつあるかだ。
紗霧は、魅入られたように、ただぼんやりとその名前を見続けた。
(……だとしたら……大げさな偽名ですね…それとも…これが言霊というものでしょうか…?)
異変に気づいたまひるがそっと紗霧の前方に移動した。
「どうしたの紗霧さん」
「!」
まひるの声に紗霧は我に帰った。
「・・・・・・!!」
「あは…おどかしちゃった…ゴメン、ゴメン」
「・・・・・・」
紗霧はジト目でまひるを見ながら、立ち上がり
「…………」
少し躊躇したものの、地面に書いた名前を靴で揉み消してから言った。
「双葉さんの話をしましょうか」
↓
【グループ:紗霧・ランス・まひる・恭也・ユリーシャ・魔窟堂】
【現在位置:西の森】
【スタンス:主催者打倒、アイテム・仲間集め、西の小屋へ向かう】
【備考:全員、首輪解除済み】
【ユリ―シャ(元01)】
【スタンス:ランスを中心にグループに協力】
【所持品:ボウガン、スコップ(小)、メス1本、指輪型爆弾×2、小麦粉、
解除装置、白チョーク1箱…は紗霧に隠されてます】
【能力:勘が鋭い】
【備考:疲労(中)、紗霧に対して苦手意識】
【ランス(元02)】
【スタンス:女の子優先でグループに協力
男の運営者は殺す】
【所持品:なし 】
【能力:武器がないのでランスアタック使用不可】
【備考:肋骨2〜3本にヒビ(処置済み)・鎧破損・疲労(小)】
【高町恭也(元08)】
【スタンス:知佳の捜索と説得】
【所持品:小太刀、鋼糸、アイスピック、銃(50口径・残4)、鉄の杖、保存食】
【能力制限:神速使用不可】
【備考:失血で疲労(中)、右わき腹から中央まで裂傷あり。
痛み止めの薬品?を服用】
【魔窟堂野武彦(元12)】
【スタンス:運営者殲滅】
【所持品:レーザーガン、軍用オイルライター、白チョーク数本、スコップ(小)
ヘッドフォンステレオ、マジカルピュアソング、謎のペン16本】
【能力:気合で背景を変えれる、????、???】
【備考:ちょっと自信喪失中】
【月夜御名紗霧(元36)】
【スタンス:反抗者を増やし主催者へぶつける。 モノの確保】
【所持品:対人レーダー、銃(45口径・残7×2+2)、薬品数種類
スペツナズナイフ、金属バット、文房具とノート(雑貨屋で入手)、智機の残骸
の一部、四本の鍵束、 医療器具(メス・ピンセット)】
【能力:毒舌・隠匿】
【備考:隠しているけど疲労(中)、下腹部に多少の傷有】
【広場まひる(元38)】
【スタンス:智機以外の相手との戦闘はなるべく避ける。
グループが危険に晒されるなら、応戦する
島からの脱出方法を探る】
【所持品:せんべい袋、服3着、干し肉、斧、救急セット、竹篭、スコップ(大)
携帯用バズーカ(残1)、タイガージョーの支給バッグ(中身は不明)】
【能力:身体能力↑、????、怪力、爪、超嗅覚・感覚、片翼、衝撃波(練習中)使用】
【備考:疲労(小)】
(二日目 PM4:25 学校へと続く道)
「わたしの名前…知ってたのね」
銀杏の木にたたずむ透子は知佳に言った。
黄色く変わり始めた銀杏の葉は陽光に照らされ、透子と知佳の亜麻色の髪と
似た色彩を再現していた。
「……あ…あの人の…心を読んでしまったから…」
知佳は新校舎内で智機が心中で透子に悪態をついていた事を思い出しながら言った。
「そうなの」
「…そうなのって……」
「……」
透子の淡々として、どこかズレた反応。
だが、知佳には彼女から冷たさを感じなかった。
昨日、出会った時に透子は決して悪人ではないと思っていたから。
ケイブリスを追っ払ったこともあり、知佳は自分の緊張が幾分か和らいでいくのを感じていた。
「話はもういいの…?」
「……」
透子から返事はない。
「そっか……」
知佳は自分との立場との違いを思い出した。
あくまで透子は管理者の一人であり、それに反することは口に出せないのだと、知佳は思った。
だから、心を読めてしまう自分にそれを少しでも伝えたかったんだろうと解釈した。
ならせめて…と、知佳は透子にお礼の言葉が届くように念じた。
(さっきは……ありがとう…透子さん)
それはケイブリスを追っ払ってくれたことに関する感謝の念。
透子にも思惑があるかも知れないと解っていてもそれは知佳にとってもありがたかった。
後ろ髪を惹かれながら、この場を去ろうとした知佳に対して、いきなり透子は言った。
「優勝を望むなら…」
「……!!」
空気が変わったような気がした。
知佳は足を止めた。
「…このまま最後まで……」
透子の心の声は聞こえてこない。
知佳は右手をぎゅっと握り締めた。
「……単独行動を続けなさい」
「・・・・・・・・・」
殺人ゲームの強要。
それでも彼女の声には冷たさはなかった。知佳は小さく呟く。
「…できない……恭也さん達は…」
「……ゲームに戻りなさい」
透子の心の声は聞こえない。
「そんなことできないよっ!!」と、知佳は叫んだ。
知佳が思っている透子はそんな事を言うはずがない。
大切な人が失われる悲しみを知っているなら、こんな事を口に出して言うはずがない。
知佳は思いのたけをぶつけようとした。
「透子さん!あなたは……」
「わたしは“こんな事”を望んでしている」
「!!?」
“こんな事しちゃいけないよ”と言おうとした知佳はその返事にシ言葉を詰まらせた。
それに構わず、遠い目で透子は言い続けた。
「もう、諦めかけていた…」
「……だから…ってこんな事したって」
透子だけは他の運営者とは違う。
それを願って、知佳は透子にゲームの運営をやめてくれるよう説得しようとした。
「……」
説得の言葉が出なかった。
そんなことしたってその人は喜ばないよとも、間違ってるよとも、はっきりと心の中で
そう思う事さえできなかった。
もし恭也が命を落とせば、自分が自分でいられる自信がなかったからだ。
透子は知佳の心情を知ってた知らずか、自分に言い聞かせるようなやや強い口調で続けた。
「諦められない……わたしはこの大会の成功を願っている」
「・・・・・・!?」
偽りのない言葉。
「……っ」
はじかれたように、知佳は能力を行使しようとした。
「!?」
身体がまた動かない。
そして、いつのまにか知佳の身体からは妖光が消えていた。
知佳の心に透子の心の声が台詞と同調して聞こえ始めた。
『この仕事を終えた時、わたしの手で『あの人』を元に戻す事が出来るようになる』
知佳の心の鼓動が早まった。
「わたしが生まれた世界では『あの人』を元に戻す方法は…最初から存在しなかった…」
知佳の身体がカタカタと小刻みに震え始めた。
「だから…この仕事をやめることはできない」
「わたし……あなたとも……戦いたくない…」
しぼり出すように言った知佳の言葉。
それでも透子の様子は変わらず、断定するように言った。
「『あの人』を見捨てられないから」
知佳の耳に脳裏にその独白は響き渡った。
「……………そん…な」
透子の覚悟に知佳はそう言うのがやっとだった。
「…………」
僅かな振動と共に銀色の首輪型爆弾が透子の左手に現われた。
二人はそれに気を止めないように会話を続ける。
「もし、あなたが最後の一人になった時…」
「・・・・・・」
「叶える願いは…よく考えてから、口にした方がいいと思う」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
知佳は顔を伏せたまま、震えていた。
「どうして…どうして……わたしに話し掛けたの?」
「昨夜、あなたはわたしに心を閉ざさないでと伝えた」
「…………」
「言ってる意味がよく判らなかった。 けれど、印象に残った」
「………」
「だから、話がしたかった」
そう言った、透子の姿が徐々に薄らいでいく。
「昨晩、あなたはわたしに…“愛を知る人に、悪い人など居るはずがない”とも言った」
「…………」
「わたしは……」
透子は神から受け取ったロケットを握り締め、自らの能力が住んでいた世界に
どういう影響を与ええるかを思い出しながら、この島に来る前にその事を知った人が
どういう反応を自分にしたかを思い出しながら言った。
「……逆だと思う」
そう言い、透子は知佳の前からすっと姿を消した。
* * *
身体の自由は戻っていたが…
「・・・・・・・・・・・・」
知佳はしばし、茫然自失だった。
我に返ったのは、遠くから何かが噴出される音を聞いてからだった。
今の知佳にその音源を探す気はなかった。透子とも戦わなければならない現実。
思っている以上に自分が運営者に対して無力であったこと。
なのに、魔窟堂らの所に戻ろうとしない自分…。
無力である事を自覚したがゆえに、恭也にもしものことがあれば、ゲームに乗ってしまうかも知れない自分が怖かった。
一分後…
「……何か、しなきゃ…」
知佳はそう呟くと立ち上がり、目の前にある手帳を拾いに行こうと歩き始めた。
歩く少女の周囲には微弱だが電気が放電しているように、ぱちぱちと小さな音が鳴っている。
知佳の身体からは殺気と同じように虹色のオーラと翅が具現している。
それはさっきまで比べて色が黒ずんでいた。
↓
【仁村知佳(40)】
【現在位置:学校へと続く道】
【スタンス:恭也が生きている間は、単独で彼らの後方支援へ
主にアイテム探しや、主催者への妨害行為】
【所持品:???】
【能力:超能力(破壊力さらに上昇中・ただし制御は多少困難に)飛行、光合成】
【備考:疲労(小)、やや放心状態】
【監察官:御陵透子】
【現在位置:学校へと続く道→東の森:戦場付近】
【スタンス:ルール違反者に対する警告・束縛、偵察。戦闘はまだしない】
【所持品:契約のロケット、アイン用の首輪型爆弾】
【能力:中距離での意志感知と読心
瞬間移動、幽体化(連続使用は不可、ロケットの効果)
原因は不明だが能力制限あり、
瞬間移動はある程度の連続使用が可能。他にも特殊能力あり】
【備考:疲労(小)】
(二日目 PM5:00 本拠地・管制室)
辺り一面機械に包まれた部屋。
そこに大きな影が一つ招かれるようにして入ってきた。
「ありがとう、良く来てくれた」
そう言った彼女の前には巨大な影の主である魔獣が対峙していた。
しかめっ面で辺りを見回し、「ケッ」と言うと彼は用件を切り出した。
「俺様をわざわざ引き戻したんだ。それ相応の理由がなくちゃ納得しないぜ?」
魔獣ケイブリスの気がビリビリと場を振るわせる。
なるほど、気の弱い者が奴の姿を見れば発狂して止まないだろう。
機械である自分でさえ、場に漂う異質な気が体の表面から感じ取れて仕方がない。
所詮、解析能力から来る危険信号が反応を出しているものだ。そう理解はしているが、この魔獣の凶悪さは異常だ。
よくザドゥが易々と通したものだ。と思ったが、今ではその理由も良く解る。
通さざるを得なかったのだ。
戦えば自分とてタダではすまないと気づいたのだろう。
(これは予想以上に慎重に扱わねばいけないようだな……。特に機嫌に関しては……)
こんな奴に礼も何もない。
本来の智機の性格から考えれば、そう言いたい処だが、これから動いてもらいたい共謀者にもなるのだ。
奴が納得して『私のために』動いてもらうよう働きかけねば。
「では、まず主題から始めよう」
空中に高く持ち上げられた椅子の上から、見下すようにして智機はケイブリスへと語りかける。
「フン……」
その様子が酷く気に入らないケイブリス。それも智機の計算の内だ。
見た目とはいえ、このようにして奴との間に上下という差を作る。
こうする事で『私の方が上』という印象を無意識の内に与えつけるのだ。
頭の悪そうな魔獣だ。気にいらなさそうな顔はしているが、特に深くは考えていないのだろう。
交渉を有利に進める上での彼女なりの演出と言えた。
先のアズライトに対して持ちかけた時のように。
(その分、言葉の上では慎重に行かねばな……)
「単刀直入に言うぞ。“私と組まないか?”」
「ぁあ?」
不満げに漏らされたケイブリスの返答が部屋に響いた。
『何言ってるんだお前は?』とでもいいたげな声と顔をしている。
「組むも何も俺たちは……」
「まぁ、待て。今のはあくまでも主題だ。これからその訳を説明する」
パチリ。椅子の横にあるスイッチを押すと部屋にモニターが現われ光が映る。
「これを見て欲しい」
言われてモニターを見たケイブリスの目に映るのは五人の人物。
それぞれ細かく何やらデータが書かれているようだが……。
「んん〜。こりゃザドゥの奴……それにお前やあいつもいるじゃねぇか」
「その通り。これは、我々運営者五人のデータだ。そして今ここにいる新たに呼ばれたお前を含めて計六人となっている」
「だけどよ? こいつがどうしたってんだ? 見ない顔の奴もいるみたいだがよ」
「話の続きだ。モニターを見ながら聴いて欲しい」
モニターの方へとケイブリスが目を戻すのを確認すると智機は話を再開させる。
「我々運営者は、誰もが神と契約し、報奨の約束とともにこのゲームの運営に従事している」
智機が一区切りした所で、モニターに変化が訪れる。
具体的に言えば、人物の周りが色で分けられ、まるで勢力図かのように区分されたからだ。
「存じていると思うが、ザドゥをトップとし、我々はゲームを円滑に進めるための駒として配置されている。
それが我々の運営形態だ。だが……」
「だが……なんだ?」
「各々の求める運営形態と言うのが極端に違うのだ。
今、色で分けられた中、赤いのが消極派。青いのと緑が積極派と思ってもらえばいい」
それを言われたケイブリスは、モニターを凝視する。
確かにザドゥと透子は左側の赤く染められた中いた。
それに対するように智機が青色、そして名前の上に素敵医師とふられた長谷川均とカモミール・芹沢は緑色だった。
「ザドゥと透子の奴はテコでも動かないだろう。それこそゲームの崩壊の危機になるような事態でなくては動かない。
お前に首輪解除装置を奪取する命令を出した時点で、やっと動いたくらいだ」
「ほー……」
「だが、それもここまでだ。こうなった以上、今動いているのが収まれば、もうザドゥは動かないだろうな。
それに透子も期待できん……」
「あの女か……」
ここに来る途中、出会った少女の事をケイブリスは思い出す。
「あいつの能力は、運営に於いて必要と認められたもの以外、どうやら制限されているようだ。
能力と存在が相まって生半可な事では倒すのは不可能かもしれないが、それに対するように誰かを攻撃するという能力も欠けている」
「ふぅん……なるほどな」
「まぁ、話を戻そうか。この二人は参加者達がここに直接乗り込んできても静観を保つだろう。
おそらく、自分達に牙を向けられない限りはな」
再び椅子にあるスイッチを智機は押した。
すると画面が移り変わり、一つの動画が流れ始める。
「こいつはなんだ?」
いるのは一人の男、そして今ここにいる彼女の姿。
ケイブリスはそれを見入る。
「これは、以前校舎を襲ってきた参加者達とのやり取りを録画したものだ」
画面の中の男が少女の映し出されたモニターを眺めている。
その脇では同じくらいの年齢の幼い少女が大量の智機相手に奮戦している。
「おー、おー、あのちっこいの頑張るじゃねぇか」
『―――アズライトぉっ!!』
男が叫ぶ、少女が泣く。
そしてそれはアズライトと呼ばれた男の自爆で幕を閉じた。
「―――以上だ」
映像が終わるとモニターは元の勢力図に戻る。
「で、一通り見終わったが、こいつを見せた理由は?」
動画を見て抱いた疑問をケイブリスは、智機へと尋ねた。
「これだけの事があってもザドゥは動かなかった。
そしてあろう事か、この件に関して映像の通り対処した私を快く思わず咎めたよ」
「あぁ? 何言ってるんだ、こんなヤツラはボコボコのギタギタにするのが当然だろうが。
俺の眼から見てもお前が正しいぜ」
まるでガイの野郎みてぇだな。とケイブリスは思う。
鬱憤の溜まる千年を経験した自分にとって、手を出せないその気持ちは良くわかる。
「ありがとう。そう言って貰えると信じていた」
「で、青のヤツラが動かねぇのは解ったけどよ。
わざわざ違う色にしたんだ。この緑はお前と同じってわけじゃぁねぇよな?」
「その通りだ。同じ参加者へ積極的に介入していくスタンスこそ一緒だが、そこにある目的が違う」
モニターの一部分が光り焦点を浴びる男、長谷川均。
「私がやるのは、あくまでもゲームの運営を円滑にするための介入だ。“私の願いを叶えて貰うため”にな。
だが、彼は違う。無論、彼も願いを叶えて貰うために運営をしているのには違いない。
しかし、彼がゲームに介入する理由は異なる。」
「で?」
「介入したいから、面白そうだから。彼がゲームに手を出す理由はそれだけだ。
おかげで此方が命令しても、言う通りに動かない事もあった。
それどころか命令してない、余計な事までしだしたりもな……」
ちらりと智機がモニターの方を見る。
「その女がどうした?」
智機の見る先、同じく緑に囲まれた少女、カモミール・芹沢をケイブリスは指した。
「彼女もゲームを進めるべく、仕事を請け負って出動した。
しかし、長谷川均の手によって薬を投与され、彼のいいなり同然の廃人にされたよ」
「おいおい、仲間割れか?」
「今の我々も、おいそれと言える立場ではないと思うがな……。
まぁ、そうだ。奴は自分の好き勝手行動した挙句、同じ運営者にまで手をかけた。
これには、あのザドゥも切れた。素敵医師と呼ばれる奴はザドゥの命で運営者から外されたよ。
今、彼が席を外しているのも、長谷川均を処分するために動いているからだ」
「いないと思ったら、そう言うことか……」
「情勢は、極めてまずい事になっている。
仮にザドゥが長谷川均を処分し、カモミール・芹沢を助けたとしても、彼女はこのゲーム中はもう使い物にはならないだろうな。
そうなると残った運営者は、私を含めて四人しかいない。
しかもザドゥと透子は、参加者が直接襲い掛かってくるまで手を出そうとはしない。
例え拠点が襲撃されたとしても、ザドゥは私やお前に迎撃を命じ、参加者が彼の元に辿り着くまで椅子に座しているだけだろう。
透子の方は、私でもどうなるかは不明だが……制限されたこの状況でもある。迎撃の数として考えるのは止めた方がいいな」
「無茶苦茶な状態だな」
いくら俺でも解るぜ? とケイブリスは答えた。
しかし、彼の予想はそこまで。更に智機は直面している問題を続ける。
「まだ早い。これはあくまでもマシな状況の方だ。
もし出撃しているザドゥが、既に首輪を外している参加者に襲われでもして見ろ。
また首輪をつけていたとしても、爆発させる暇もなく、不意を突かれるケースもある。
奴が負傷、最悪死んだ場合、残った運営は、私と透子と貴様と言うことになる。
最悪、素敵医師達を残した状態でな」
「するってぇと……」
「その場合は、実質、私が権限を握ることになるのは間違いない。
だが透子が素直に言う事を聞くとは思えない。お前に好き勝手動いてもらわれても困る」
ポリポリと頬をケイブリスがかいた。流石の彼も過去の思い当たる節に気づく。
実際、何もなければ自分は好き勝手動くだろうなと安易に想像がついた。
「そこでだ。最悪のケースを想定した事も含め、私とお前で手を組みたいのだ。
我々の願いを叶える為にな……」
「クック……」
ケイブリスがニヤリと笑った。
「俺達の願いを叶える為な……気にいった。いいぜ組んでやろうじゃねえか、ただし条件がある」
「ランスの処遇か?」
「解ってるなら話は早い。奴の始末だけは俺がやる」
「ふむ、私も見返りなしとは言わない。それを呑もう。その状況に手を貸す事、折れた手の補強と鎧の修理、これでどうだ?」
「OK、俺はお前に力を貸す。それで手を打とうじゃねぇか」
「交渉は成立だな……」
「ところで具体的にこれからはどうするんだ?」
破損したケイブリスの鎧を智機が受け取り、修繕と補強をしている。
それと同時にケイブリスの身体データを収集し、彼の折れた腕を補佐するための機具の設計を創案していた。
「まずザドゥの方がどうなるかだな。
明確に我々が手を組んだ以上は、もう恐れるものは数少ない。
多少奴が文句を言おうとも、できる限り動いていくべきだろう」
今までは、思うように動きたくてもザドゥがいたせいで、動けなかった。
無視して動くと言う手もあったが、素敵医師とカモミール・芹沢という二つの駒が消えた以上、ザドゥとの衝突は避けたかった。
それにヘタして動けば、次は自分が粛清される可能性がある。
その結果、どちらかが勝ち、新たな覇権を握ったとしても、相応の被害がもたらされるだろう。
それで運営がお粗末になり、ゲームが崩壊したら本末転倒である。
だが、ケイブリスという協力者を得た今なら違う。
自分と彼の強力な戦闘力を合わせれば、ザドゥと透子が組したとしても恐れる必要はない。
今までは、衝突を避けるためお互いに譲歩しあっていた……いや、智機が不利であった状況が一変する。
ザドゥが生きているのならば、彼に対する抑止力としてケイブリスの効果は大きい。
最悪、ザドゥが形振り構わず我々に牙を向いたとしても、二人なら確実に勝てる算段を幾つか考案できる。
ザドゥとてそれが解る人物だ。此方が動いたとしても、そうそうは形振り構わずなんて自体にはならないとふめる。
ザドゥが負傷したり、死亡して身動きが取れなくなったのなら、二人が結束しているというのは大きい。
透子も無下に反抗したりはしないだろう。もし素敵医師達が残っている場合も色々と工作しやすくなる。
元々、今にいたるように素敵医師がやりすぎなければ、ザドゥが彼を明確に敵と定めなければ、彼と組むという選択肢も有り得た。
その気概が彼との取引に応じたスタンスでもある。
最も、今となっては彼に対する何とも言えない扱いづらさも解っている、それに何時後ろを取られるか解ったものではないので組む気にはなれないが。
それでも、ただ殺すのではなく、色々と工作しやすくなる。
もしもの時もケイブリスがいれば、始末する事は簡単だ。
対してケイブリスは非常に危険な存在だが、反応も予想しやすく、行動も率直で扱いやすい。
素敵医師のように途端におかしな事をしだしたりするような存在ではない。
扱いさえ間違わなければ、非常に強力な武器。それが奴に当てはまる。
ならば、扱いきる自信のある智機にとって、ケイブリスと組んだという事は、それだけ大きな利益を生み出す。
「当面の目的は、組んだという事で達成された事ではあるが……。
運営としては、反抗者をどうするか。それとゲームに乗る二人を残すという事だ」
「ああ、あいつもそんな事伝えてきたっけな……」
「望みとしては最適な人物がいたのだが……」
その一人は、反主催のグループの中核として動いていた。着々と戦力を整え、抗う準備を整えつつある。
願いを叶う事に拘っているはずの彼女が、今だそのように動いているのだ。
恐らく、本心は『主催に参加者をぶつけ、勝てば良し。負けても自分が優勝すれば良し』と考えているのであろうが。
問題は、撃退されたとはいえ、戦闘における警告効果はあったはずなのに。それでもまだスタンスを変えないという点だ。
最低、確実に運営者と相打ちにもっていく自信はあるのだろう。
とすると残っている参加者は、もう変心させでもしない限りは難しい。
しおりと戦わせる存在がどうしても欲しいのだが……。
候補のアインと双葉の方は、手を出す準備は万端だ。
後は時間の問題。
どちらかが生き残っているなら望みはある。その為にも手を出し、確保をするべく動いているが、あそこにはザドゥがいるのだ。
万が一の可能性を考えると、時間と運という難しい勝負にもなる。
もしかしたら、その間にしおりが変心してしまう可能性もある。
「どうにかして他も変心させる手段はないものか……」
「あー、そりゃ俺様の専門外だな。ワーグの野郎ならそう言うの得意なんだがよ」
「ワーグ? 少し話を聞かせてもらえないか?」
何気ないケイブリスの言葉に何かの活路を見出した智機は尋ねる。
「俺様の陣営にいた魔人でな。夢を操れるんだ」
ケイブリスは続ける。
ワーグという魔人は、人を眠らせ、夢の中に入ることで意識を操作し、洗脳する事が可能なのだという。
「夢、洗脳……」
「おお、何かいい案が浮かんだのか?」
「ああ……」
素敵医師との取引であった薬物を使う手も考えてあるが、それだと対象を確保、投与、洗脳と面倒だ。
だが、そのワーグと呼ばれるものなら、何のリスクもなく、相手を変える事ができるという。
(直接、プランナーの奴に掛け合ってみるか? その効果を持つモノでも何とか用意できれば……)
智機がケイブリスに言った台詞は、ハッタリだけではなかった。
そう。ルドラサウムとは別にプランナーは彼女にひっそりと接触していたのだ。
と言っても今まで何かして貰っていたわけでもない。
そうそう呼ぶな。と釘も刺されている。
だが、彼女は唯一プランナーと連絡できる手段を持つ者だった。
今までは呼んだ時のリスクを考えて、または運営のできぬ無能者という烙印を押されたくがないために呼ばなかったが、こうなった情勢なら話は別だ。
一度は話し掛けてみる価値はあるかもしれない。
(今回の件はルドラサウムの手によると見て間違いないな。プランナーの奴が単独で行なったなら、最初からワーグを我々に渡していたはずだ)
ルドラサウムと違い、彼は運営に酷く拘るのを彼女も知っていた。
だからこそ、自分と接触してきた事も。
「で、俺様はどうすればいい?」
考え込み、黙ってしまった智機にケイブリスが声をかける。
(期を見て交渉してみるか……。と言っても今の情勢ではあまり時間はないが……。
失敗したなら、此方で何とかその効果を出せる方法を試案してみよう)
「ん。あぁ、此方の作業が終わるまでは、じっとしていて欲しい。
今の内に身体を癒しておけ。その後、かなり動いてもらう事になるだろうからな」
「ッケ。解ったよ」
早く動きたい気持ちを抑え、ケイブリスは奥へと引き下がっていくとごろりと横になって寝た。
「さて。これから、やるべき事はいっぱいあるな」
↓
【主催者:椎名智機】
【所持武器:レプリカ智機(学校付近に10体待機、本拠地に40体待機
6体は島中を徘徊)
(本体と同じく内蔵型スタン・ナックルと軽・重火器多数所持)】
【スタンス:素敵医師の薬品の回収、アイン・双葉・しおりを利用・捕獲、ケイブリスと同盟・鎧修繕・腕の補強機具作成】
【能力:内蔵型スタンナックル、軽重火器装備、他】
【備考:楡の木広場付近にレプリカ一体と強化型一体を派遣】
【主催者:ケイブリス(刺客4)】
【スタンス:反逆者の始末・ランス優先、智機と同盟】
【所持品:なし】
【能力:魔法(威力弱)、触手など】
【備考:左右真中の腕骨折】
【現在位置:本拠地・管制室】
75 :
心の天秤(1):2005/08/09(火) 00:30:54 ID:Sh4YCbEh
(二日目 PM4:25 西の森)
「そうだ紗霧ちゃん、長い紫髪をしたナイチチ娘と会わなかったか?」
(なぬっ……ナイチチ!?)
双葉の所在を知りたがっていたランスの質問に対し、少年まひるは“ナイチチ”という単語にびくっと身体を震わせ反応した。
ランスはそれに気づき、まひるを見る。
「…………」
「………?」
「お前じゃないから、お前じゃないから」
と呆れ顔で手をひらひらさせて否定する。
「なんだよー」とまひるは非難の声を上げてるが、当然無視を決め込む。
紗霧はランス以上の呆れ顔でまひるを見てたが、それ以上取り合わずにランスに言った。
「ランスさんは双葉さんと私を間違えられましたが、彼女について他にも情報を?」
「手帳に載ってたんだ。 あいつの名前と外見の特徴欄に“長い紫髪の少女”ってな」
(言われてみれば……)
ユリーシャは反射的に紗霧の髪を見て納得した。
紗霧の黒髪は確かに紫がかっており、見方によってはそう見えないこともない。
「それと……バットって書かれていたなあ」
と、ランスは怪訝な顔で思い出しながら言った。
76 :
心の天秤(2):2005/08/09(火) 00:32:57 ID:Sh4YCbEh
「「バット?」」
その単語に反応したのは本日、その『バット』に関わったまひるとユリーシャ。
「どうした」
ランスの問いに対して、まひるは智機との戦闘を思い出したが、ちょっと怖くなったので「話を進めて」と促した。
紗霧はその単語にもまったく動じていなかった。
尚、現在、魔窟堂は確かめたいことがあると言って、少し離れた所に移動している。
「………。 その手帳には私達、参加者の情報も書かれていたと言う訳ですか」
「まあな。 俺様が確認したのはそいつだけだが」
紗霧は腕組してをしながら息をついて、話を続けた。
「私は会った事はありませんが、魔窟堂さんなら」
「俺も会ったんだ」
恭也は真剣な顔で口を挟む。
その様子にランスは何かを察しながら彼に言った。
「…お前もあいつに襲われたのか?」
「!!」
その問いに恭也は一瞬ショックで凍りつく。
だが、ある意味暴言とも取れるランスの発言に異を唱えることもなく返事を返す。
「……襲われたかどうかまでは、解らない……
でも、俺と仁村さんは……昨晩、星川翼と名乗る少年と出会ったんだ」
「!?」 「?」 「「!!?」」
77 :
心の天秤(3):2005/08/09(火) 00:34:28 ID:Sh4YCbEh
* * *
恭也の双葉に関する情報提供開始から、五分以上の時が流れた。
その間に東の森を目指して飛行していた智機を発見した魔窟堂も一同に会していた。
「………」
「・・・・・・」
自分が知る双葉に関する情報を伝え終わった恭也と魔窟堂は苦渋の表情で立ち尽くしている。
それとは別に他の4人は無言で何かを考えていた。
「まさか…まさか…このような事に……」
異変を伝えるつもりで、ここに戻ってきた魔窟堂の眉間には苦悩からくる皺が刻まれていく。
「………………」
まひるはいつになく真剣な表情で、誰もいない前方を見つめていた。
魔窟堂は飛行智機の情報を伝えた直後、恭也らから双葉とアインの事について尋ねられた。
魔窟堂はそれを渋ったが、紗霧に促された四人に問いつめられ、かなり深いところまで話さざるをえなくなった。
アインが星川翼を殺害した件を。
78 :
心の天秤(4):2005/08/09(火) 00:40:33 ID:Sh4YCbEh
「早朝、私達を襲撃してきたのは双葉さんでしたか」
「……どうして…どうしてなんだ」
平然としてる紗霧に対して、恭也はうわごとのように呟き、頭を押さえている。
そう言う恭也も双葉がゲームに乗った理由については大体の見当はついている。それを考えたくないがために疑問を口に出しているに過ぎない。
「今の星川ってのは当然、あいつの作った偽者だろうな」
一応、昨日の昼の放送で星川の名を知っていたランスは納得したように呟く。
「……恐らくは…双葉の式神じゃろう…」
先ほど、陰陽師の式神の事を思い出していた、魔窟堂はしぼり出すようにそう言った。
「し、式神ですか……」
ユリーシャは安堵と落胆が少し入り混じった表情で言う。
式神が何なのかは彼女にはさっぱりだったが。
―――星川翼
ゲーム開始前、ユリーシャに話し掛けてきた少年。
緊張感漂う教室内で、王子様と自称しつつ、気さくに話し掛けてきた彼の事をユリーシャは覚えていた。
既に死んでいたとかは、ここに来るまで考えもしなかったが。
星川は自己紹介をしながら、ユリーシャを元気付けようとしていたが、精神的に余裕がなかったユリーシャはまともに取り合わずにさっさと教室を出て、それっきりだったのだ。
「きっと…心細かったんだな…」
双葉を想い、そう呟く恭也を尻目に魔窟堂はまひるの方に視線を向けた。
「…………………」
星川殺害の件を知ったまひるはただ、ただ、無言でうつむいていた。
(やはり避けては通れぬ問題じゃったか…。 遙殿……タカ殿……)
死んでいった者を思い出しつつ、焦る魔窟堂。
何故なら、アインに関することで皆に伝えきって事件がまだあるからだ。
79 :
心の天秤(5):2005/08/09(火) 00:42:55 ID:Sh4YCbEh
―――アインによるタカさん殺害の件と、遙殺害の件
素敵医師が絡んだ遙の件はともかく、自らの意思で殺害したタカさんの件を伝えれば、グループのアインに対する心象は更に悪くなる。
特に魔窟堂にとってまひるの心が心配だった。
これまで魔窟堂としては、アインを仲間として迎えたかったのだが。
(お主とて悔しかった筈じゃろう……。 それでも…まだ『ファントム』としてのやり方を続けるのか……?)
魔窟堂はここにはいないアインに対して、心の中で叱責した。
魔窟堂の心の中には、いつしかアインに対して、“また同じような間違いを犯してしまうんじゃないか”という懸念と恐れが根付いていた。
それは、本人にとって自覚したくはなかったが、事実だった。
「・・・・・・・っ!」
魔窟堂は自分のそんな考えを慌てて頭から消して、タカさんの死の真相を話すにはまひるがそれに触れてからだと考え、沈黙を守っていた。
「それで、俺達はこれからナイチ…、双葉とアインに対してどうすればいいんだ?」
ランスは自らの考えを決めた上で紗霧に意見を求めた。
紗霧はそれを見透かしたように、彼等に対して言った。
「皆さんは朽木双葉さんとアインさんを我々の同士として加えたいですか?」
紗霧はランスの方を向き、彼もそれに答えた。
「双葉を加えるのは反対だ。いうか、ああいう奴は俺様のハイパー兵器で何とかしてやらんと、仲間に加えてなんて多分、言わないだろーな」
「ひねくれてますね」と、割とひねくれている紗霧が返す。
紗霧は“ハイパー兵器”が何なのかも疑問に思ったが、嫌な予感がしたのでそれは口にしなかった。
「それにあいつがアリスを殺したかも知れんのだ、それで俺の気が収まるか」
80 :
心の天秤(6):2005/08/09(火) 00:45:04 ID:Sh4YCbEh
「…………」
ランスの発現にわずかに表情を曇らせたユリーシャと、半ば吐き捨てるように言ったランスを見て、紗霧は少し考えてから言った。
「参加者の中には首輪の盗聴器と発信機の両方を所持していた者がいたのをご存知ですか?」
「なんだと?」
海原琢麿呂の事である。
もっとも、彼が所持していたのは盗聴器だけであり、発信機は紗霧がずっと所持しているのだが。
「その人はもう亡くなってますが、どうやらそれらを行使して次々と参加者に手をかけて行ったみたいなんです」
「……首輪にそんな仕掛けがあったのか?」
「ええ」
紗霧は貴方も気づいてなかったんですかと、言いたい気持ちをこらえて返事した。
「・・・・・・・」
ランスは思い出した。
今日の昼頃になるまで、自分の首輪が解除されてなかったことを。
それに気づく事で、あの時は大して気にも留めてなかったが、運営者が簡単に自分らを見つけられた理由が彼にも解ったのだった。
(グレンの奴……)
とランスは半ば呆れながら、今はなきグレン様に毒づいた。
「…アインさんは?」
ランスはすぐに答えた。
「俺様一人なら加えてやるところだが……無理に加えるのはやめた方がいいんじゃないか?」
ランスは仮にも一国の王である。
美人の武将なら多少性格に難があっても、配下に加えていったが、他の女の部下を殺害していくなら話は別である。
今回の場合は、アインによって他の女の子に危害を加えられるんじゃないかという危険を明確に提示されたが故の回答だった。
紗霧がアインと遭遇していた事を話していれば、別の回答が返ってきただろうが。
(話聞く限り、俺様のハイパー兵器をぶちこむ前に殺りかねないからなぁ…)
と思いながらランスは自分の結論を言った。
「敵として現われたら、捕獲できるなら戦う、できないなら逃げるでどうだ?」
「そうですか…。 そのどちらも適わなかった場合は、彼女らが戦闘不能になるまで戦闘を継続するってことで宜しいですね?」
紗霧のその問いにランスはうなづいたのだった。
81 :
心の天秤(7):2005/08/09(火) 00:47:45 ID:Sh4YCbEh
紗霧は次は恭也の方を向いた。
「俺は朽木さんとアインさん。 出来るなら両方とも迎えてやりたいと思う」
「…………」
「でも、説得してもだめだったら…」
と恭也はランスの方を見た。
「お前も俺の意見に賛成か?」
「敵として現われてからのくだりからな」
と恭也は言った。
「次は…」
紗霧は次にユリーシャの方を向いた。
「………」
ユリーシャは星川と自分が会った時の事を話そうと思ったが、それは紗霧が求める答えとは関係がなかったので、自分の率直な気持ちのみを口にした。
「私は双葉さんも……アインさんも怖い方だと思います…」
アインは言うまでもなく、双葉はランスを殺しかねない強敵と一時はそう感じていたがゆえのユリーシャの意見。
「……」
「ですが……皆さまがどうしてもとおっしゃるなら……」
と、そうユリーシャは言い、ランスと魔窟堂とまひるを見つめる。
「…」
紗霧は今度は魔窟堂の方を向いた。
「魔窟堂さんも両者説得、敵であればランスさんと同じ考えで宜しいですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
魔窟堂は悩んでいた、自分は結局、アインと双葉が最悪に近い状況に追い込まれるのをただ手をこまねいて見ていただけなのかと。
最悪、自分は絶望のあまり、現実逃避で不幸な自分に陶酔して、努力を無意識に怠っていたのではないかと。
「………」
だが、それでも自分に出来ることを最大限努力してするしかないと言い聞かせて、紗霧に答えを返した。
「ああ……構わんよ…」
(もし、再び遭えたなら己の全てをぶつけて諭すのみ!!)
と、魔窟堂は胸の内でそう叫んだ。
82 :
心の天秤(8):2005/08/09(火) 00:50:47 ID:Sh4YCbEh
「まひるさんは……」
「あたし……アインさんが星川君と双葉さんにやったことに対して、すごく腹が立ってる」
「!! ま、まひる殿」
覚悟していたとはいえ、その言葉に魔窟堂は少なからずショックを受けた。
紗霧を除く、他の三人は何事かと顔を見合わせた。
「…アインさんは加えない方針ですか?」
「あたしはランス意見には賛成だよ。 あたしはアインさんも双葉さんも受け入れたほうがいいと思ってるよ」
「……?」
「でもさ、それはものすごく難しいことじゃない?」
「……当然ですね」
まひるは手を自分の髪の結び目にやってから、言葉を続けた。
「あたしはアインさんに対して言いたいことがたくさんあるから、今すぐにでも…」
と、言いつつまひるは空を見上げた。
それに対して紗霧は胸の内を表に出さないように心がけながら言った。
「まさか……今すぐ、貴女はあの三白眼ロボを追って東の森に行くおつもりですか?」
東の森の中央部を目指して飛んだ飛行型智機。
それを見つけたからといって紗霧の当面の計画に変更などない。
魔窟堂対策を講じてる可能性があるし、透子とケイブリスがそこいる可能性が高いので、送り込みたくないのだ。
それに運営側が準備を整えていると思われる今だからこそ、ここにいる全員で休憩を取りたかった。
「…あたし一人ならそうしてると思う。 でも、みんながいるから…」
まひるは靴で土をいじりながら、大昔に知り合った友人達を思い出しながら言った。
「結局、貴女は何がやりたいんですか?」
苛々した様子で紗霧は言った。
「あたしがみんなに迷惑かけないで、アインさんと双葉さんを止めるってのは駄目」
と、申し訳無さそうに笑いながら言うまひる。
「不可能ですね」
と、きっぱり紗霧は言った。
それに魔窟堂らは反応するが、追求はしなかった。
正直言って魔窟堂とまひる以外の者にはそんな余裕は無いのがわかっていたからだ。
83 :
心の天秤(9):2005/08/09(火) 00:52:54 ID:Sh4YCbEh
最速でも、午後六時の放送が終わってからでないと動けそうにない。
「そっか…悔しいな……」
まひるは落胆した表情を見せず、笑顔で紗霧に言葉を返した。
「悔しいって何がですか……? アインさんのことですか?」
「紗霧さんは…ランスの意見に賛成でしょ?」
「……」
思わぬまひるの問いに紗霧は黙ってうなずく。
「このまま……言いたい事を言えずに会えなくなるなんて嫌だなって思っただけ」
「・・・・・・・・・。 私に何をしてほしいんです」
怒りも喜びも無い、淡々とした紗霧の問いにまひるはこう返した。
「紗霧さんがいなかったら、あたしはきっとあのメガネロボ軍団にやられてたと思う」
「………」
「あたし、そんなに強くないし、頭良くないけど、両方ともがんばるから…」
「・・・・・・・・・・・」
「…何か、あの二人を止めるのに、あたしがしてやれることって本当にないかな?」
「………………………………」
紗霧は考えた。そして…
「申し訳ありませんが、まひるさんには出来ることはありません。 ですが…」
と、紗霧は早口で言いつつ魔窟堂の方へ顔を向ける。
「むっ…わしか!!」
と、嬉々して魔窟堂は声を上げた。
「勘違いしないでください。 魔窟堂さんには………」
(二日目 PM4:45 西の森)
「気をつけてね…じっちゃん…」
と言って、しまったという感じでまひるは手に口を当てた。
つい、昔の知人のことを思い出して口に出してしまったからだ。
魔窟堂はそれに軽い違和感を覚えたものの、目を細めてやさしくまひるに語りかけた。
「そう、呼ばれるのも遠い昔の出来事のような気がするの…」
と、まひるの頭に手を置いた。
「くれぐれも東の森の深部に行かないで下さいね」
と、紗霧は釘を刺すのを忘れない。
「真のオタクを嘗めるでない」
と、魔窟堂は手に持った鍵束を懐にしまいこんで言った。
(充分嘗められそうな対象なんですが…)と、隠れオタクの紗霧が心中で毒づいた。
「さっさと行け、じじい」
と横柄に空気に蹴りを入れながらランスは魔窟堂に催促する。
「では行ってくるぞ!!」
と魔窟堂は自分に気合を入れて、加速装置を発動させて、東の森・西部方面を目指して走り去ったのだった。
* * *
「まひるさん、これから嫌というほど働いて頂きますからね」
「やさしくしてよ〜」
「・・・・・・」
紗霧は金属バットを取り出し、そんなまひるの頭を小突いた。
「……」
恭也はそんな二人を暖かく見守っている。
それとは対照的にランスとユリーシャはやや暗い雰囲気で思索していた。
(運営者の連中なら、秋穂やアリスを殺した奴が誰か知ってるよな)
(双葉さんと……アインさん……)
ランスは怒りに血をたぎらせ、ユリーシャは漠然とした不安を抱えて歩く。
紗霧は痛さに頭を抱えたまひるを余所に、チラっとユリーシャの方を見たのだった。
↓
【グループ:紗霧・ランス・まひる・恭也・ユリーシャ・】
【現在位置:西の森】
【スタンス:主催者打倒、アイテム・仲間集め、西の小屋へ向かう】
【備考:全員、首輪解除済み】
【ユリ―シャ(元01)】
【スタンス:ランスを中心にグループに協力】
【所持品:ボウガン、スコップ(小)、メス1本、指輪型爆弾×2、小麦粉、
解除装置、白チョーク1箱…は紗霧に隠されてます】
【能力:勘が鋭い】
【備考:疲労(中)、紗霧に対して苦手意識】
【ランス(元02)】
【スタンス:女の子優先でグループに協力
男の運営者は殺す、運営者からアリス・秋穂殺しの犯人を訊き出す】
【所持品:なし 】
【能力:武器がないのでランスアタック使用不可】
【備考:肋骨2〜3本にヒビ(処置済み)・鎧破損・疲労(小)】
【高町恭也(元08)】
【スタンス:知佳の捜索と説得】
【所持品:小太刀、鋼糸、アイスピック、銃(50口径・残4)、鉄の杖、保存食】
【能力制限:神速使用不可】
【備考:失血で疲労(中)、右わき腹から中央まで裂傷あり。
痛み止めの薬品?を服用】
【月夜御名紗霧(元36)】
【スタンス:反抗者を増やし主催者へぶつける、計画の完遂、モノの確保】
【所持品:対人レーダー、レーザーガン、薬品数種類、謎のペン8本
スペツナズナイフ、金属バット、文房具とノート(雑貨屋で入手)、智機の残骸
の一部、 医療器具(メス・ピンセット)】
【能力:毒舌・隠匿】
【備考:隠しているけど疲労(中)、下腹部に多少の傷有】
【広場まひる(元38)】
【スタンス:智機以外の相手との戦闘はなるべく避ける。
グループが危険に晒されるなら、応戦する
島からの脱出方法を探る】
【所持品:せんべい袋、服3着、干し肉、斧、救急セット、竹篭、スコップ(大)
携帯用バズーカ(残1)、タイガージョーの支給バッグ(中身は不明)】
【能力:身体能力↑、????、怪力、爪、超嗅覚・感覚、片翼、衝撃波(練習中)使用】
【備考:疲労(小)】
【グループ:魔窟堂野武彦(元12)】
【現在位置:西の森→東の森:西部】
【スタンス:運営者殲滅、ある施設の調査・その周囲に目印をつける
午後六時の放送前までに西の森に戻る】
【所持品:軍用オイルライター、銃(45口径・残7×2+2)、
白チョーク数本、スコップ(小)
ヘッドフォンステレオ、マジカルピュアソング、謎のペン8本】
【能力:気合で背景を変えれる、????、???】
【備考:首輪解除済み】
>>75-85 (二日目 PM5:18 東の森の小屋周辺)
「妙じゃな……」
魔窟堂は無数の枯れた葉をつけた樹木をしげしげと観察しながらそう小さく呟いた。
参加者及び運営者に対する、包囲作戦のための実行場所候補の下見を終えたばかりの
魔窟堂は、東の森を包んでいた空気が数時間前と大分、異なっていたのに気づいたのだ。
(枯れ始めておる…。 じゃが、これは……)
魔窟堂の記憶によれば、数時間前までは、比較的瑞々しい葉っぱを揺らしていたはずだ。
(まさか?知佳殿が、ここを通ったのか?)
魔窟堂は数時間前に、知佳の超能力が引き起こしたであろう現象を思い出したが、断定を
しようとして止めた。
(それなら、枯れるだけで収まるはずがあるまい)
現に木々が枯れ始めているだけで、この周辺で戦闘が行われた形跡はない。
「・・・・・・・・・・・・」
魔窟堂は恭也が倒れていた場所がある方角を見て、考えた。
アインと双葉、そして未だ戻ってこない知佳の事を。
「…………」
奥に進みたい衝動をこらえながら、魔窟堂は西の方角へと向きを変える。
(一刻も早く、その事を伝えねればな)
バッグの中に入れた、放送用スピーカーの残骸の重みを感じながら、ひとまず
やり終えた仕事の事を考えながら、彼は西の森を目指して走り出した。
(この鍵は果たして……運営者が用意したものじゃろうか?)
魔窟堂は懐に入れた鍵束の感触を意識しながら考える。
ランスを救出した際、応急処置ができる場所を探して見つけた鍵が掛かっていた妙な建物の事を。
(あの時は、身を隠すのに利用したが……。 まさか、ああいう仕掛けがしておったとはな)
あの時、その気になれば扉を壊して中に入ることもできたが、それはしなかった。
今度は一度中に入り、その中身を確かめてから、再び鍵をかけて外に出ることにした。
何故なら、中にあったそれは運営者でさえ把握しようがない仕掛けがされていて、
より大きなものを得るには仲間から意見を聞いた方がいいと判断したからだ。
(発信機の類は見当たらんかったが……これで何をするんじゃ?)
『ある施設』に入った後、魔窟堂は次に巧妙に隠されていたスピーカーを一つ破壊し、
その部品を持ち去った。
無論、破壊した直後に加速装置を使い、全力でその場から離れたのも忘れていない。
(あの小屋がこれから使えなくなるかもしれんが)
次に魔窟堂は東の森の小屋で、小屋そのものにチョークであるメッセージを書き、一本の謎のペンを目に付く場所に置いた。
この行動は紗霧発案の包囲作戦の準備の一部である。
ただし、行動時期は不確定だが。
小屋を中心に展開するのではなく、小屋の周囲をさらに取り囲む形で決行する予定。
魔窟堂はそのためにさっきまで周囲の地形を調べていたのだ。
(……まひる殿が抵抗もなく、作戦に賛成したのは意外だったの)
実行要員は六人全員。
掛かったのが、たとえケイブリスクラスの強敵であろうと柔軟に対応するためである。
それと瞬間移動ができる透子がいる以上、パーティー分断は禁忌と紗霧が判断したのもある。
あわよくば、対象をこの場で始末する事も視野に入れた布陣に、魔窟堂は反対者が出るかも
しれないと思ったが、まひるが『最初から殺すつもりじゃないんでしょ。だったらこれでもいいよ』と
言ったくらいでそれ以上、誰も反対しなかった。
(わしが一番、認識が甘かったかも知れんの)
と、魔窟堂は思わず苦笑する。
それから魔窟堂は周囲に誰かいないかを警戒しながら、更にスピードを上げようとした。
―――その時だった、地中から突き上げるような大きな揺れが起こったのは
それはゲーム開始から二度目の出来事だった
(二日目 PM5:25頃 ???)
辺り一面に広がる黒い渦。
その流れはやや緩やかになり、代わりにあちこちであぶくが浮かんでいた。
空間の中心部には相変わらず、プランナーが鎮座してるかのように浮遊していた。
「やはり……完全には安定してなかったか」
ランスが住んでいた世界のある生物の調整に手間取っていた時の頃を思い出しながらプランナーは淡々と呟いた。
プランナーは脚の一本を掻くように動かす。
プランナーの目の前に四つの光が点り、それらは円状に広がり、それぞれ島のある
建物を映し出していく。
「原因はこれとしか思えぬな」
さっきの地震は『島』周辺の空間の歪みが原因で起こったものだった。
ゲームの舞台である『島』から異界へと通じる神々が創った空間ゲートはも含めて全部で四ヶ所。
その内の一つがさっき魔窟堂が確認した建物と関連している。
そのゲートは他のとは独立しており、直に干渉しない限り異変が起こっても気づけないし、手も出せないのだ。
「舞台が崩壊する可能性など全く無いが…」
と、呟きながら先日ランスが召喚し、未だ所在が解らないフェリスの事を思い出す。
「何が現出するか確定できぬ以上、更なる対策を考えねばな」
プランナーはため息の代わりに、身体を僅かに揺らした。
* * *
(随分と長く揺れたの)
ようやく揺れが収まったのを見計らって、魔窟堂は西の森を目指して走り出した。
そして、彼はある疑問を胸に考える。
(これは本当に地震か……?)
神や『島』について北条まりなから聞かされてなかったためか、魔窟堂にはまだこの揺れが地殻変動から来たものではないという確信は持てなかった。
だが、彼はゲームに関わるもの全てが知りえない奥の手を持っていた。
だからこそ、先ほど確認した建物の用途を理解できたのだから。
↓
【魔窟堂野武彦(元12)】
【現在位置:西の森付近】
【スタンス:運営者殲滅、紗霧らと合流】
【所持品:軍用オイルライター、銃(45口径・残7×2+2)、
白チョーク数本、スコップ(小) 、スピーカーの部品
ヘッドフォンステレオ、マジカルピュアソング、謎のペン7本】
【能力:気合で背景を変えれる、????、???】
【備考:疲労(小)、首輪解除済み】
保守
ho
98 :
戦え!(1):2005/09/08(木) 00:41:57 ID:VF2Cd5LT0
(二日目 PM4:30 楡の木広場周辺)
蝙蝠に似た飛行物体六体。
その存在に気づいている者はいるのか、いないのか……
双葉の式神は、問答をする彼らの周りをくるくると観察していた。
大きくはないがはっきりとした声を式神が傍受した。
「お前は参加者と戦え」
主催者ザドゥは、アインの質問にこう返し、一歩踏み出した。
「「!」」
ただ、それだけなのに二人の少女――アインとしおりは彼の気迫に威圧される。
それでもアインの方は平静を装いながら、ゆっくりと臨戦態勢を取りながら言った。
「答えになってないわ」
早期から主催者打倒のスタンスを取っている彼女にしてみれば、ゲームに乗れなどと
いうのは見当違いのたわ言に過ぎない。
ザドゥはそんなアインに取り合わず、首を僅かに横に向けるとしおりに言った。
「この女は参加者だ。 そして、身を隠しているがこの近辺にも一人いる。
今の標的は二人。お前はもう一方の二人と戦う必要は無い」
「・・・・・・・・・」
しおりは半眼で、促されるようにザドゥの視線の先を見た。
銃剣で狙撃を試みようとしている金髪の長身の女、カモミール・芹沢と、その後ろの
茂みに隠れている素敵医師。
しおりは数歩、彼女らから後ずさって言った。
「どうして?」
「俺の相手だからだ」
99 :
戦え!(2):2005/09/08(木) 00:43:52 ID:VF2Cd5LT0
「!!!」
突然、ドンッという踏み込みの音を残し、ザドゥの姿がかき消えた。
アインは慌てて、左の死角を右目で補足しようとする。
遅れて他の者(楡の木に居る、双葉と式神星川を除いてだが)も目視で見つけようとする。
「「「「!!」」」」
突如、森の植物という植物から涼風と共に白い閃光が放たれた。
アインとしおりは軽く驚きながら、周囲を見やりそれぞれの刃物を握り締めた。
次にかちりと音がし、虫の羽音のような音がした。
いきなり金髪の男の姿が芹沢の前に立ちはだかった!
ザドゥだ。
「残念だったね!! ザっちゃん!!」
芹沢はザドゥの奇襲をものともせず、刃を彼に振り落とそうとする。
刀身は小刻みに震え、空気をも震わせる。
神特製の銃剣――虎徹の柄を回したからだ。
そして、それに対するように風が巻き起こる。
「狂乱脚!!」
ザドゥの気合を込めた蹴り技。
しかし、勢いは通常の回し蹴りと変わらず、むしろ虎徹の攻撃空間に触れ、
ザドゥの左足に浅い切り傷ができていく。
ところが、それは正確に芹沢の右手の甲に命中した!
ザドゥの左足と芹沢の握り締めた両手が鍔迫り合いのように押し合う。
「!」
数瞬のち弾かれたのは芹沢の右手と虎徹。
だが、妙に硬く長くなった芹沢の左手は虎徹を離していなかった。
蹴りが芹沢の前を通過した。
芹沢は後ろにのけぞりながらも、虎徹でザドゥを仕留めんと横になぎ払おうとした。
100 :
戦え!(3):2005/09/08(木) 00:45:50 ID:VF2Cd5LT0
「!!」
暴風のような轟音がした。
「・・・・」
次の瞬間、ザドゥは手を地面に仰向けに身を沈ませ、虎徹は上空を舞っていた。
虎徹が彼を斬りつける前に、目にも止まらぬスピードで虎徹を上の方に蹴り上げたのだ。
それは本来の狂乱脚――気力を大分消耗して放つ二段回し蹴りの応用だった。
「ち……」
芹沢はすぐさま懐に手をやり武器を取り出そうとした。
「………!?」
しかし、痛覚は無くとも衝撃で麻痺してしまった手はうまく武器を掴めない。
「・・・・・」
ザドゥは身を起こし、芹沢にタックルをした。
軽めだったが、虚を突かれた芹沢はたまらず転倒する。
彼は芹沢の右手を掴む。
「!」
瞬間、殺気を感じて、彼女ごと横へ飛ぶ。
連続して響く、軽い銃声音。
素敵医師の手には自動小銃が握られている。
次に芹沢の蹴りがザドゥを襲うが、彼は後方に飛んで避けた。
101 :
戦え!(4):2005/09/08(木) 00:47:46 ID:VF2Cd5LT0
アインとしおりはザドゥ等三人の戦いに入り込めないでいた。
何故なら、二人は互いを警戒していたからだ。
「(この子も……)」
アインはしおりも素人と見抜いていた。 だが、迂闊に動くことはしない。
人外の証である獣の様な両耳を認めて、しおりも異能力者と改めて判断したからだ。
戦うなら、異能力をある程度把握する必要がある。
その上、芹沢との小競り合いから判断するに、しおりに殺人を躊躇する様子はなかった。
気を抜けない相手なのは明白だ。
しおりもまた、主催者達との戦闘経験から、自分から不用意に仕掛けるのは不利に
なると判断して、アインに手を出せないでいた。
「(どうする……)」 《うーむ……》
カオスはしおりをしげしげと見つめ、考え込んでいる。
アインは小声で言った。
「知ってるの? あの子の事」
《似とるんだよなぁ……》
「?」 「?」
アインと少し遅れて、しおりは怪訝な顔をする。
しおりにはアインの声が聞こえたようだ。
「「!」」
銃声が響いた。 芹沢が懐から短銃を出し、発砲したからだ。
それはザドゥには命中せず、そこらの樹に穴を穿っただけだった。
彼は木々に身を隠し、素敵医師の左側に回り込みながら、
一定の距離を保ちつつ、彼等をけん制を続けていった。
102 :
戦え!(5):2005/09/08(木) 00:51:15 ID:VF2Cd5LT0
* * *
――数分が経過した。
カオスの発言以降、彼は考え込んだまま黙り、アインも無言で対峙し続けた。
しおりは蚊のなくような声で呟いているが、それはアインに問い掛けたものでは
なく、意味のないと思われる独り言だった。
いつの間にか、偵察用の式神もなく、森の燐光も止んでいた。
こう着状態に陥った二人を尻目に、ザドゥ等は尚も戦闘を続けている。
素敵医師がなにやら投擲し始めていたが、それも命中していないようだ。
戦闘の経過に伴い二人との距離がだんだんと離れていく。
「………」
まずいとアインは思った。
ザドゥの真意はアインには解らなかったが、素敵医師を標的としているのは解る。
本来、主催者同士が潰し合うのは反主催側にとって好機のはずだが、彼女は違う。
アインにとって、素敵医師殺害は自らの手で実行しなければ意味がない。
アインにしてみれば、他の者にそれを実行されることは、これまでの行動が総て
水泡に帰すことを意味するからだ。
アインは焦っていた。 目の前にはしおり。 不気味に沈黙を続ける双葉。
この二人の目を掻い潜らねば、到底、素敵医師に攻撃を仕掛けることさえ出来ない。
その反面、しおりはザドゥらが離れていく事に少なからず安堵を覚え始めているくらいだ。
アインはしおりを丸め込もうとも考えたが、それも実行できずにいた。
時折、妙な独り言を口にしているので、慎重に言葉を選ぶ必要あると考えているからだ。
その上、彼女から放たれる未知のプレッシャーは、アインの暗殺者としての本能を嫌と
いうほど刺激し続けている。
アインの闘争本能は、即座逃走か、隙を見て暗殺の二択を彼女に迫ってた。
103 :
戦え!(6):2005/09/08(木) 00:53:36 ID:VF2Cd5LT0
* * *
「!?」
素敵医師の悲鳴が聞こえた。 次に衝突音。
「・・・・・・・・!」
アインは魔剣を掴み、弾かれたようにザドゥらの元へ駆ける!
しおりもそれに反応し、アインを追いかける。
「!?」
物凄いスピードでしおりはすぐにアインに追いつき、併走する。
しおりは刀を持ってない方の手をアインに伸ばしてきた。
「・・・・・・っ」 「!?」
アインの身体から音もなく、陽炎のような『気』が噴出した。
しおりはそれに一瞬目を奪われる。
それと同時にアインに脳裏に音なき命令が聞こえた。
彼女はそれに逆らわなかった。
そして、『命令』に従い、アインはしおりとそう変わらない速度で、しおりの
背後に回りこんだ。
“邪魔者は消せ”という『命令』を実行するために。
その時だった……二人の前に五つの白い人影が音もなく降り立ったのは。
↓
【アイン(元23)】
【現在位置:楡の木広場付近】
【スタンス:素敵医師殺害】
【所持品:スパス12 、魔剣カオス、小型包丁4本、針数本
鉛筆、マッチ、包帯、手袋、ピアノ線】
【能力:カオス抜刀時、身体能力上昇(振るうたびに精神に負担)】
【備考:左眼失明、首輪解除済み、肉体・精神疲労(小)】
【しおり(28)】
【現在位置:楡の木広場付近】
【スタンス:しおり人格・参加者殺害(ただし慎重に)、さおり人格・隙あらば無差別に殺害】
【所持品:日本刀】
【能力:凶化・身体能力大幅に上昇、発火能力使用 、回復能力あり】
【備考:、首輪を装着中、多重人格=現在、しおり人格が主導】
【主催者:ザドゥ】
【現在位置:楡の木広場付近】
【スタンス:素敵医師への懲罰、参加者への不干渉、カモミール救出】
【所持品:マント、通信機】
【能力:我流の格闘術と気を操る、右手に中度の火傷あり】
【備考:なし】
【素敵医師(長谷川均)】
【現在位置:楡の木広場付近】
【スタンス:アインの鹵獲+???、朽木双葉と一応共闘】
【所持品:メス2本・専用メス8本、注射器数十本・薬品多数
小型自動小銃(弾数無数)、謎の黒い小型機械
カード型爆弾二枚、閃光弾一つ、防弾チョッキ、ヘルメット】
【能力:異常再生(限度あり)、擬似死】
【備考:独立勢力、主催者サイドから離脱】
【カモミール・芹沢】
【現在位置:素敵医師に同じ】
【スタンス;素敵医師の指示次第。 ザドゥとの戦闘を楽しむ】
【所持品:虎徹銃身(弾数無数、二発装填可)、虎徹刀身(魔力発動で威力増大、ただし発動中は重量増大、使用者の体力を大きく消耗させる)
鉄扇、トカレフ】
【能力:薬物により身体能力上昇、、左腕硬質化(武器にもなる)、徐々に異形化進行中(能力上昇はない)】
【備考:重度の麻薬中毒により正常な判断力無し。薬物の影響により腹部損傷】
【朽木双葉(16)】
【現在位置:楡の木広場】
【スタンス:アイン打倒、首輪の解除、素敵医師と一応共闘、???】
【所持品:呪符多数、薬草多数、自家製解毒剤1人分
ベレッタM92F(装填数15+1×3)、メス1本】
【能力:植物の交信と陰陽術と幻術、植物の兵器化
兵器化の乱用は肉体にダメージ、
自家製解毒剤服用により一時的に毒物に耐性】
【備考:双葉は能力制限の原因は首輪だと考えている、首輪装着
楡の木を中心に結界を発動】
【式神星川(双葉の式神)】
【現在位置:楡の木広場付近】
【スタンス:双葉の守護、???】
【所持品:植物兵器化用の呪符10枚】
【能力制限:幻術と植物との交信】
【備考:特になし】
【追記:アインVSしおり。
離れたところで、ザドゥVS素敵医師&カモミール芹沢。
楡の木のすぐ近くで双葉がアインに対し攻撃再開】
保守
ho
s
h
期待
また落ちそうだな。
どーでもいいけど、馬鹿が気がのった毎に立っては沈むを繰り返しすぎ。
保守
test
131 :
名無しさん@初回限定:2006/03/03(金) 19:31:56 ID:eTHiSaee0
削除依頼出したら通りそうだな
このスレ
もう半年更新無しか。
きついね。
せめてアインと素敵医師の因縁くらいは片付けたいな。
無能非才の新参者だが、今更ながらちょっと書いてみるわ。
期待してます。
続きとEDとEPは大体書けてるんだが、全部書ききる労力が……
やっぱり途中まででも書いた方がいいのかな?
途中まででもいいので投稿して欲しいと思ってみてたり。
正直今回はあまりに長きに渡って音沙汰なかったから完全に終わった思って諦めてたもの…。
あのー133氏じゃないですけど、続き投下してもいいですか?
>>135 狭霧チームの続き少々とEDとEP、それとラスト周辺なら……。
最後までの筋立てはできてるんだけど、書き上げると今までと同じくらい長くなりそうなんだよね(;´Д`)
>>138 今、調整しもって、ここ見てるんですけど。
とりあえず避難所行って、そこで話しませんか?
140 :
共闘(1):2006/03/09(木) 20:26:56 ID:KwQQyZjW0
(二日目 PM4:35 楡の木付近)
――――やはり、聞き入れてもらえる筈が無かったのだ
彼はうつむき、洞の穴に背を向けた。
仲間達に助言を求め続けたが、返答はどれもほぼ一緒だった。
結界の支配下からはずされているゆえ、自立行動が出来る彼はさっき主から投げかけられた言葉を思い出し、考えた。
『あんたは……あんたは…やっぱり、あいつとは違う…………出てって!』
この場から逃げようという彼の提案に対し、強張った声で彼女からこう拒絶されるのは無理はなかった。
主の性格と立場を考えるならば、なおさら。
たとえ、主や自分達の力ではこの戦場にいる他の誰にも勝てないだろうという事実を告げたとしても。
罵倒された事に心を痛める暇さえ、彼にはない。
それでも彼は最善を尽くせる方法を残り少ない時間で考えなければならなかった。
時間が経てば経つほど、多くの仲間も枯れて失っていく中で。
最善が何であるのかさえ、それが出来るかどうか解らなくても。
彼はひたすら考え続けた。
141 :
共闘(2):2006/03/09(木) 20:27:43 ID:KwQQyZjW0
(二日目 PM4:40 楡の木広場)
タタタタタタタタタタッ……
素敵医師の持つ自動小銃の軽やかな発射音が聞こえた。
いくつもの銃弾は地面と樹木に次々と穴を穿ったが、当の標的のザドゥにはかすりもしなかった。
「(や〜っぱ…射撃はセンセにはむかんき)」
素敵医師はそう心でぼやきながらも、残弾を意識しながらザドゥを見失わないよう、間合いを取り続けた。
ダァンッ!!と芹沢の銃弾も発射される。
それも大きく外れた。
しびれを切らした芹沢は猛然とザドゥに向けてダッシュしようとした。
「ま、待つがよ!」
とっさの素敵医師の呼びかけに彼女は足を止め、とっさに距離を置く。
ザドゥも少し下がり、小さく舌打ちした。
「ひへ、ひへへひひ……」
超常能力であっても、高熱を伴わない物理攻撃なら素敵医師は警戒をしなかっただろう。
現にアインから至近距離のショットガンの射撃を受けても、短期間で蘇生するぐらいの耐久力を兼ねそろえている。
薬物で強化された芹沢も、それくらいでは即死しない。
麻薬中毒者を盾にしつつ、幾多もの死線をくぐってきた素敵医師にとって間合いのとり方は得意な方だ。
それに加え、銃を使用しているにも関わらず、ザドゥ相手だと双方膠着に持ち込むのがやっとだった。
142 :
共闘(3):2006/03/09(木) 20:30:29 ID:KwQQyZjW0
「きひひひひひひひひひひひひひ……」
素敵医師は鞄から素早く何かを取り出し、ザドゥに向けて投擲した。
「!」
バンッ!と音がして、放たれた3本の試験管が爆発する。
ザドゥはそれをマントでガードしつつ、それでも一定の距離を保つ。
「………………」
素敵医師はザドゥの狙いに気づいていた。
ゲーム開始直前にザドゥがタイガージョーに使用した奥義『死光掌』。
それを今、自分と芹沢に使用するつもりだと。
素敵医師は周りには隠しているが、気功も多少は扱える。
それゆえか死光掌を受けるのは、自分らにとっても拙いと直感で悟っていた。
143 :
共闘(4):2006/03/09(木) 20:31:28 ID:KwQQyZjW0
「…?」
足早に移動する彼の顔の横に、突如白い小さな物体が寄ってきた。
空を舞っていた双葉の式神だ。
式神の目がキョロっとザドゥのいる方向に向き、次に素敵医師の方に向いて双葉の声で語りかけた。
『どういうことよ?』
「ふふ双葉の嬢ちゃん……いい今、取り込み中がよ!」
ザドゥが間合いを詰めてきた。
「……………」
しばし無言で式神は素敵医師とザドゥを眺める。
そして、少ししてため息をつくかのようにら言った。
『まあ……いいわ…。 あんたの問題はあんた達で片付けて。
あたしはアイン相手で手一杯だから』
「……っ!? あああ……わかったが……わかったがよ…きへへへ…」
本音はアインをここに連れてきた上で、ザドゥとの戦いに加勢してほしかったのだが
今の状況で双葉を言いくるめる余裕は彼にはなかった。
式神はふいにザドゥの方を向く。
「「…………」」
式神はしばし黙ったまま式神はザドゥを見つめていたが、それ以上取り合わずにやがて楡の木に向けて飛び去っていった。
144 :
共闘(5):2006/03/09(木) 20:32:29 ID:KwQQyZjW0
(二日目 PM4:40 楡の木の洞)
双葉はおなかを片手で押さえながら、聞いていた。
小さなささやくような幼い少女のつぶやきを聴き続けていた。
『このおねえちゃん、首輪してないね…』
『それがどうかしたの?』
『鬼作おじさんが言ってた、助けにきてくれた人かもしれないよ?』
『信用できない』
『でもぉ……』
双葉は一人で会話する獣耳の少女しおりとアインを観察していた。
「(あの子、生き残ってたのね)」
双葉は先日の昼の放送を聞けなかった。
が、しおりとさおりの事をは覚えていた。
校舎内で、体操服姿の少女に宥められていた双子の少女は嫌でも目立つ。
双葉は思った。自分だけでは生き残るのは難しいかも知れない。
雰囲気からしてあの子は何らかの力を持っているのは想像に難くない。
双葉にしてみれば、しおりはあらゆる面で異様かつ、己の身の危険さえ感じさせる存在だったが、それでも素敵医師やランスらと比べれば、まだマシな存在に見えた。
うまく立ち回れば、協力し合えるかもしれないと思った。
片方の姉妹を失っている幼い少女を利用するという罪悪感を抑えながら、アインへの攻撃を再開すべく、術の詠唱を始めた。
手で押さえていた、おなかがキリリ…と痛んだ。
145 :
共闘(6):2006/03/09(木) 20:43:08 ID:KwQQyZjW0
●
「ぬ!?」
カカカカカカッ……と放たれたメス数本がザドゥのマントを木に縫い付けた。
彼の前方には『虎徹』が転がっている。
素敵医師は芹沢が虎徹を拾おうするのを妨害しようとした一瞬の隙を突いたのだ。
「もらったがよ!ザドゥの大将!!」
歓喜の入り混じった声色で素敵医師は巨大メスを持って踊りかかり、肉食獣の爪での攻撃のように振り下ろす。
それは、木ごと彼のマントを音もなく切り裂いた。
綺麗にスライスされた木片が地に落ち、マントの破片がいくつか素敵医師の前方を漂った。
「ひひひ…へぇきゃっきゃーーーーーー……?」
血はおろか、ザドゥの姿さえ見えない。
切り裂いたのはマントの一部分だけだった。
そして、標的は素敵医師の右後方に立っていた。
「いいいいいいいつの間に……かかかわり……み」
「格闘にかけては俺の蔵書は世界一だ!」
「そ…そそそ…それはちち…ぐばきゃーーーーーーー!!」
ザドゥのドロップキックが、振り向いた素敵医師を側頭部を直撃した。
ぐきっという音とともに、彼はふっとび、轟音を立てて木に衝突させた。
「(それは格闘違う、がよ……)」
めきめきと前方に木が倒れる音がした。
ザドゥはふん…と言い、次に芹沢の方を向き、気を充実させる。
芹沢の手には既に虎徹が握られている。
「来い!カモミール!!」
ケタケタと笑いながら、彼女は上段に振りかぶり刃を下ろす。
ザドゥはかろうじて交わし、技を放った。
『死光掌!』
白銀色の気を纏った拳が芹沢の下腹部を直撃した。
146 :
共闘(7):2006/03/09(木) 20:46:50 ID:KwQQyZjW0
ザドゥと芹沢。
しばしの沈黙。
「か、カモミール…」
すぐに体勢を整えた素敵医師はこれを見て、動揺する。
「これがどうかしたの?」
嘲りを含めた声だった。
同時に芹沢の斬撃がザドゥを襲った。
血がわずかに宙を舞った。
ザドゥの左腕がかすかに切れていた。
「どーやら、失敗したようがね…けきゃぎゃぎゃ」
笑う素敵医師は銃を構え、芹沢は銃剣を構えた。
奥義をくらった芹沢には表面上変化は見当たらない。
ザドゥは自らの怪我には目をくれず、間合いを取り始めた。
死光掌を使い、当て続けるために。
147 :
共闘(8):2006/03/09(木) 20:49:10 ID:KwQQyZjW0
●
(二日目 PM4:50 楡の木広場)
魔剣の数度の斬撃が白銀の人型式神を切り裂く。
切った箇所から青白い燐光が立ち上るが、何も無かったかのように徒歩ながらも高速度かつ威力のある物理法則を無視したような体当たり攻撃を式神は続ける。
「く……」
アインは身体の節々に痛みを感じながらも、目の前にいる五体の式神を見据える。
何度も何度も人の急所にあたる部位も切りつけた。
なのにまだ一体も倒しきれていない。
通り抜けようにも散発的に幻術や木々による、攻撃が飛んでくる。
ゆえにアインにとって気の解放もむやみにできないのだ。
《確実に消耗しとるはずじゃ》
カオスのアドバイスを聞き流しながら、アインは少し離れたところにある者を見すえて、思わず目を見張った。
しおりが首を押さえながら、立ち上がってきたのだ。
「(早すぎる)」
式神の妨害が入って、完全に首をへし折るまでは行かなかったが、それ相応のダメージをしおりは受けたはずだった。
短時間で立ち上がってくるはずがないとアインは判断していたのにだ。
「(わたしの認識もまだ、甘いわね)」
そうアインは自嘲した。
それを尻目に式神達は、一斉に後ろ向きでしおりの傍に移動した。
148 :
共闘(9):2006/03/09(木) 20:53:37 ID:KwQQyZjW0
「……?」
しおりは怪人の登場にとまどう。
式神はたどたどしくもこう告げた。
『キョウリョク、シヨウ』
そして、式神たちは再びアインへの攻撃を続けた。
アインは思わずしまったと毒づく。
しおりはしばし呆然としていたが、一回うなずいてアインの方へ駆けた。
アインはとっさに魔剣を通じて気を解放させ、応戦する。
その時、カオスはしおりを見て思った。
《……使徒…。 いや……魔人か?》
刀と剣とが激しく打ち合った。
《剣技は素人と大差なし……じゃが、こいつから感じるプレッシャー…》
炎が巻き起こった。
《儂が会った、魔人どもと比べても強い部類に入る…な。 》
アインの蹴りをしおりはなんとか避けた。
《誰が…進化させたんじゃ?》
↓
【アイン(元23)】
【現在位置:楡の木広場付近】
【スタンス:素敵医師殺害】
【所持品:スパス12 、魔剣カオス、小型包丁4本、針数本
鉛筆、マッチ、包帯、手袋、ピアノ線】
【能力:カオス抜刀時、身体能力上昇(振るうたびに精神に負担)】
【備考:左眼失明、首輪解除済み、肉体にダメージ少々、肉体・精神疲労(小)】
【しおり(28)】
【現在位置:楡の木広場付近】
【スタンス:しおり人格・参加者殺害(ただし慎重に)、とりあえず式神と共闘、さおり人格・隙あらば無差別に殺害、】
【所持品:日本刀】
【能力:凶化・身体能力大幅に上昇、発火能力使用 、回復能力あり】
【備考:首輪を装着中、多重人格=現在、しおり人格が主導
首に多少のダメージ】
【朽木双葉(16)】
【現在位置:楡の木広場】
【スタンス:アイン打倒、首輪の解除、素敵医師と一応共闘、しおりと共闘】
【所持品:呪符多数、薬草多数、自家製解毒剤1人分
ベレッタM92F(装填数15+1×3)、メス1本】
【能力:植物の交信と陰陽術と幻術、植物の兵器化
兵器化の乱用は肉体にダメージ、
自家製解毒剤服用により一時的に毒物に耐性】
【備考:双葉は能力制限の原因は首輪だと考えている、首輪装着
楡の木を中心に結界を発動、強化された式神五体を使役、
(それぞれダメージ中)】
【主催者:ザドゥ】
【現在位置:楡の木広場付近】
【スタンス:素敵医師への懲罰、参加者への不干渉、カモミール救出】
【所持品:ボロボロのマント、通信機】
【能力:我流の格闘術と気を操る、右手に中度の火傷あり、疲労(小)】
【備考:なし】
【素敵医師(長谷川均)】
【現在位置:楡の木広場付近】
【スタンス:アインの鹵獲+???、朽木双葉と一応共闘】
【所持品:メス2本・専用メス8本、注射器数十本・薬品多数
小型自動小銃(弾数無数)、謎の黒い小型機械
カード型爆弾二枚、閃光弾一つ、防弾チョッキ、ヘルメット】
【能力:異常再生(限度あり)、擬似死】
【備考:独立勢力、主催者サイドから離脱、疲労(小)】
【カモミール・芹沢】
【現在位置:素敵医師に同じ】
【スタンス;素敵医師の指示次第。 ザドゥとの戦闘を楽しむ】
【所持品:虎徹銃身(弾数無数、二発装填可)、虎徹刀身(魔力発動で威力増大、ただし発動中は重量増大、使用者の体力を大きく消耗させる)
鉄扇、トカレフ】
【能力:薬物により身体能力上昇、、左腕硬質化(武器にもなる)、徐々に異形化進行中(能力上昇はない)、やや体力回復、死光掌1HIT】
【備考:重度の麻薬中毒により正常な判断力無し。薬物の影響により腹部損傷】
【追記:アインVSしおり&双葉。 離れたところで、ザドゥVS素敵医師&カモミール芹沢】
151 :
名無しさん@初回限定:2006/03/09(木) 22:52:16 ID:oqtLNgJy0
へけ、へけけけ、よ、よう書いたがよ。
特別にセンセのオクスリ打ってやるき。
ここはどこかの下水道の中。
そこを徘徊する一人の男がいた。
当の男は環境の劣悪さに顔をしかめながら、自らの鞄の中身を確認した。
常用している薬は残り少なかった。
煙草もきらした様だ。
彼は今、かつて自分を追放した組織の構成員に追われている。
彼が麻薬の密売を組織に無断でまた始めたからだ。
その追っ手に麻薬を栽培していた自らの隠れ家を留守中に発見されてしまった。
既に地上には多くの追っ手が待ち構えている。
その内、ここも捜索されるだろう。
ボディガードのデカオという男ともはぐれたままで、これは面倒だと男は思った。
ここ最近、低品質の麻薬しか常用していないので、気分も良くないような気がした。。
痛覚などとっくの昔に消し去った筈なのにだ。
そもそも快楽と痛み止めのみが目的で麻薬を常習しているのではない。
男のもつ高い生命力は、昔に移植した特殊なガン細胞のようなもので成り立っている。
薬はその制御も兼ねているのだ。
このままでは、いつ細胞が暴走しだすか解らない。
とりあえず男にしては珍しく、薬抜きで自らの躰を維持できる方法を考えみた。
1.自らを異形化させる薬を使う。
これは駄目だ。
かつて、面白半分にシマント川に実験段階の薬品を垂れ流し、無数の人間を
怪物化させてみたことがあったが、すぐに追っ手がかかりほとんど実験データが得られなかった。
もう一度、同じ薬は作れまい。
他には……
2.移植している細胞を新しいのに取り替える。
3.『気力奪い』を応用して他人の気を自分の躰の制御にあてる。
4.神や霊を自らに降ろして、その力に期待する。
5.海外に行って、わざと未知の病気に感染してみる。
6.オオアナにいって放射能に汚染されてみる。
7.噂にあったナントカという博士の開発した次元ドアとやらを利用してみる……
男はろくでもない方法を次々と頭に思い浮かべる。
が、やがて仕方が無いという様子で鞄から薬を取り出し調合を始めた。
もう方法を実行に移す時間が無かったからだ。
断念せざるを得ない。
薬の調合を終えた男はその薬を注射器で自らに投与し、恍惚とした表情のまま自らの躰を見回してみた。
白衣と貞操帯を身に付け、異臭を放ち続けている全身火傷の包帯だらけの躰。
変形した頭部。
見慣れた躰は表面上、いつもと変化は無いように見える。
だが、男は自らの肉体の劣化が最近激しくなってきているのに気づいていた。
このままだと朽ち果てて死ぬのも時間の問題だろう。
それでも男に死の実感はあまり沸かなかった。
だが、未練はある。
もっと新薬の研究をしたい。
新たな快楽を得続けたいのもある。
それ以上に、損得抜きで自らの薬理学者としての探求をもっと続けたい欲求が一番強いのだ。
●
投与してから幾分か時間が過ぎた。
もう薬はほとんど残っていない。
地上に出るしかない、と男は思った。
また殺されるかもしれないが運がよければ、また蘇生し隙を見て薬物を奪えるかもしれない。
そう思った。
頭部の左がもごもご動く、脈動を始めたようだ。
男は急ぎ足で梯子を目指しながら、なんとなく自分が医者を目指したきっかけを思い出してみた。
●
将来の夢を持たなかった子供の頃、家の近くの海辺で漂着した屈強な異国の男性と出会ったのが夢を持つきっかけだった。
今はもう名前さえ忘れてしまったが、男は亡国の格闘家で、優秀な薬理学者でもあったのは覚えている。
その男の夢は不老不死を実現させる研究の完成だった。
彼はその学者の思想の一部と熱意に感銘を抱き、医者になることを志した。
残念ながら出会って数年後にその学者は癌で命を落としてしまった。
だが一応弟子でもあった彼は男から形見として、細胞増殖をコントロールできる特殊細胞のサンプルを手渡された。
男は自分と学者の成果を純粋に世の中の役に立てたいと強く思った。
サンプルは自分が医者になるまで大事に保管しておこうと決めた。
そのためには医師としての経験だけではなく、自分がその実験に適するくらいの強靭な肉体と精神を得るべく、暇を見つけたは鍛錬を重ねた。
そんな彼を周囲は応援してくれた。
現実は厳しかった。
薬剤師の免許を取ることはできたが、途中で疫病にかかり実験に耐えられると
思える程までは強い躰を得ることはほとんど不可能になってしまった。
それに加え、医師免許取得試験にも落ちてしまった。
金銭的にも余裕がなかった彼は自分の不運を嘆いた。
●
それから彼は薬売りとなった。
日々生活に追われ、研究を進める余裕は彼にはなかった。
夢は半ば諦めていた。
転機はあった。
ある日、彼の行きつけの風俗店のスタッフから誘われた。
モグリの医者にでもなってみないかと。
最初は拒否したが、夢を諦めきれなかった彼は渋々その誘いに乗っってしまった。
それから彼の環境が変わった。
大金が入るようになったし、コネもできた。
話術も巧みで社交家だった彼は多くの患者からも慕われた。
彼は趣味でも合った風俗店通いや、錠前集めもやめ、私財で一人で研究を始めた。
分かち合う同士もほしかったが、研究内容が内容だけにある程度安全に行えるまでそれを口外したくなかった。
手がかりを求め、これだと思った海外のオカルト本なども目を通した。
それらには神の器となる人間の事や、北方のある国の洗脳術の事などが書かれていたが、それらは彼が住んでいる所では、実在さえ立証されてないものだった。
だがそれは、あの学者から聞かされていた話の中にもあったので、彼は一応参考程度には目を通した。
彼はモグリの医者だったが、極力研究の実験に他人を使わなかったし、麻薬の開発や買売を避けていた。
なぜなら彼は自分の力で患者に感謝されるのが、何よりの喜びだと思っていたからだ。
後ろめたさはあったものの、彼の夢の半分はこの時達成されていた、
もう半分の夢の成就の願いを心に秘めながら、彼の充実した日々は過ぎていった。
ささやかながらも幸福な日々は終わりを告げた。
ある日、彼の祖国ニホンと大国ウィミィ間で戦争が始まったからだ。
彼は世の無常を悔しがりながらも、医師として当然の務めを果たそうと奮闘した。
こういう時、役に立てたかった研究はまだ実用段階に入っていなかった。
その事実が彼にとって一番堪えた。
●
開戦直後、彼は戦火に巻き込まれた。
全身火傷を負い、痛みにのた打ち回りながら生死の境をさ迷った。
そんな彼を救おうと多くの者が治療を試みた。
結果、なんとか彼の命は助かった。
モルヒネを大量投与し、痛みを消し去ったおかげで。
そして、彼の心にタブーは無くなった。
皮肉なことだった、モルヒネ中毒になったおかげで彼の能力は更に上がったのだから。
研究は進み、サンプルの細胞を自らの躰になじませることができるようになった。
彼は容姿と心を代償に、かりそめの蘇生能力を手に入れたのだ。
更に自制心を無くした彼は、日々その凶行の度合いを強めていった。
戦時中、妙な女が極秘で診察依頼をしてきたことがあった。
その赤毛の女に連れられた青髪の子供。
なんと、その子供は高い治癒能力を持つ血液をその身に宿していた。
以前の彼ならこれをきっかけに研究を完成間じかまで進歩させれたかもしれない。
だが、普通に治療してそのまま保護者に返してしまった。
何故なら、その時の彼は新しい麻薬の開発に余念が無く、興味が移らなかったからだ。
彼の研究はもう進まなかった。
そんな男の名は長谷川均。
男は戦時中から素敵医師と自ら名乗るようになった。
●
素敵医師は宙を見上げながら歩く。
そんな彼の脳裏に浮かぶのは白昼夢のような思い出。
それでも、かつての自分に感慨は沸かない。
残っているのは飽くなき探求心。
出口のない迷路をさ迷っている気分の中、それでも敢えて、出口にはなりえない薬を求め歩いた。
●
こつ…こつ…と軽やかな足音が聞こえたような気がした。
素敵医師はそれに気を止めなかった。
薬を手に入れるのが先決だからだ。
突如、周囲が完全な闇に包まれた。
彼がその異変に反応するよりも早く、目前に白い塊が出現する。
『それ』は白鯨に酷似していた。
●
「キミなら、そう言ってくれると思ってたよ」
創造神ルドラサウムからの誘いだった。
主に異世界人同士で行われる殺人ゲームの管理スタッフの一員としての。
成功報酬は永遠の命の授与。
前金として現状の改善。
素敵医師に断る理由などない。
むしろ、この状態でなくても、それは望むところだった。
詳しいゲームの説明はルドラサウムの部下からされるという。
素敵医師はすぐにでも、異世界に旅立っても良いと思ってさえいた。
「その前に、前払いをしておかなきゃねー」
彼らの目前に赤黒い球体が現れた。
●
飲み込んだ赤黒い球体はかすかに血の味がした。
神の言うとおりなら、これで自らの躰の崩壊を止めれるはずだ。
ルドラサウムから報酬と前払いの説明を受けた彼に突如、睡魔が忍びこんだ。
「そうそう……言い忘れたけどー」
素敵医師は、睡魔に襲われながらもどこかとぼけた感じの神の声を聞き逃さないように必死に耳を傾けた。
「キミの願いさー、もしかしたらゲーム中に叶うかも……」
素敵医師はかくんと口を開けた。
「……知れないよ〜。 これって、キミだけのサービスかな?キャハハハハハハハハ……」
ザドゥにとって耳障りなその笑い声は、素敵医師には心地良く聞こえた。
●
素敵医師がいなくなった異空間。
ルドラサウムはさっきまで彼がいた空間を見つめている。
その口元には楽しげな笑みが浮かんでいた。
●
(二日目 PM5:05)
バァン!!!
物凄い射撃音だった。
ザドゥの右2メートル弱離れた所を弾丸がすり抜ける。
ボンッ! ボッ……
掠めただけなのに虎徹の弾丸は、2本の木を破砕させた。
「大将! 逃げちゅうだけやか? へけけけけけ…きき」
ヘルメットを被った素敵医師の嘲りの声が木霊する。
「………………」
ザドゥは防戦一方だった。
芹沢の命中精度が上がってきて、近づけないのだ。
素敵医師はというと、弾込めどころか自らに注射までする余裕まで見せている。
何を思ったかザドゥは地面の草を拾い、両耳に詰め込んだ。
「(やむえん…!)」
ザドゥは覚悟を決め、気を噴出させ芹沢の元へ駆けた。
素敵医師が芹沢に注射をする前に、死光掌を決める必要が彼にはある。
芹沢は迷わず銃口をザドゥに向けた。
「おおおおおおおおおおおおぉぉぉっ!!」
「「!?」」
先に響き渡るはザドゥの怒号。
ズゥンっ!!
踏み込みとともにザドゥの気が更に膨れあがり、左右に動きながらスピードを上げて、目標へ駆ける。
自動小銃の弾丸がまたも数発むなしく地を穿つ。
虎徹は発射されない。
射撃か斬撃、どっちが確実に相手を屠れるのか見定めんがための沈黙だ。
芹沢が寄声を上げて、斜めに虎徹を振った。
それは遠くて当たらない、それどころか足をもつらせたかのように前めりに体制を崩した。
ザドゥは眉を潜ませるも、好機とばかり唯一直線へ駆ける。
「な〜に……やっとるが」
自動小銃はザドゥの方へ向いた。
拳を握り締める。 いち早く着いた。
「カモミール、避けるがよ!」
気の量から纏う気の量から死光掌を警戒した素敵医師が叫ぶ。 視界は主に大地からブーツと白い足へと変わった。
足の主は芹沢だ。
だが彼女はいつのまにか銃口をザドゥへ向けて構えていた。
「ひっかかったカナ?」
さっきはフェイク、壊れた笑顔の芹沢は引き金を引こうとする。
ザドゥは身を沈め、答えた。
「見え見えだな!」
芹沢に当てようとすれば間に合わなかったろう拳の行き先は―――
―――地面。
「狂昇拳!!」
ドボオォア!!
ザドゥと芹沢の立っていた地面が爆発した。
その現象はタイガージョーの『地竜鳴動撃』に似ていた。
本当に体勢を崩してしまった芹沢の手で銃弾は空へ放たれる。
轟音。次に自動小銃の発射音。 はずれ。
芹沢は視線をザドゥに向けようとする。
ずんっ!
指2本が芹沢の右腕の付け根に突き刺さる。
彼女の左手が開く。
そして反応するより先にザドゥの手が芹沢の左手を掴み、捻った。
ぽぐっ!と間接が外れ、虎徹が下に落ちる。
ザドゥは素早くそれを手に取り、芹沢に軽く蹴りを入れ、距離を取った。
「ななな……なんで大将がこの技、つ使えるんがよ…」
半ば呆然としたような素敵医師の問いに対し、ザドゥは虎徹をなにやら殴ったようなそぶりを見せた。
「……ち」
ザドゥは悔しそうに舌打ちして、それを地面に降ろした。
「あいつの技には及ばん。 だがこの場はこれで充分だ」
本来の狂昇拳は気を纏ったアッパー技だ。
これは死光掌と狂昇拳の応用技。
ヒントはタイガージョーの技からだが、即席だけあって殺傷力はなきに等しい上に、体力もそれなりに消費するシロモノだった。
「!?」
芹沢の鉄扇が振り降ろされる。
ザドゥは前転しながらそれを避け、虎徹を素敵医師へと投げる。
「!!」
弧を描きながら、こっちに向かってくる銃剣を素敵医師は跳躍してなんとか避けた。
「(ファントム達はまだ向こうか? しおり相手にここまで渡りあえるとはな……)」
「(ま〜だ……誰も殺られてないようがね……。)」
向こうで戦っている三人の参加者を少しばかり意識しながら、彼らは距離を置きつつ戦いを続けた。
↓
【主催者:ザドゥ】
【現在位置:楡の木広場付近】
【スタンス:素敵医師への懲罰、参加者への不干渉、カモミール救出】
【所持品:ボロボロのマント、通信機】
【能力:我流の格闘術と気を操る、右手に中度の火傷あり、疲労(小)】
【備考:なし】
【素敵医師(長谷川均)】
【現在位置:楡の木広場付近】
【スタンス:アインの鹵獲+???、朽木双葉と一応共闘】
朽木双葉と一応共闘】
【所持品:メス2本・専用メス8本、注射器数十本・薬品多数
小型自動小銃(弾数無数)、謎の黒い小型機械
カード型爆弾一枚、閃光弾一つ、防弾チョッキ、ヘルメット、鞄に切れ目】
【能力:異常再生(限度あり)、擬似死】
【備考:独立勢力、主催者サイドから離脱、疲労(小)】
【カモミール・芹沢】
【現在位置:素敵医師に同じ】
【スタンス;素敵医師の指示次第。 ザドゥとの戦闘を楽しむ】
【所持品:虎徹銃身(弾数無数、二発装填可)、虎徹刀身(魔力発動で威力増大、ただし発動中は重量増大、使用者の体力を大きく消耗させる) 鉄扇、トカレフ】
【能力:薬物により身体能力上昇、、左腕硬質化(武器にもなる)、徐々に異形化進行中(能力上昇はない)、死光掌1HIT】
【備考:重度の麻薬中毒により正常な判断力無し。薬物の影響により腹部損傷、虎徹未装備】
【追記:しおり(さおり)VS双葉。 離れたところで、ザドゥVS素敵医師&カモミール芹沢VSアイン、更に離れた位置に智機待機 現在PM5:10】
【主催者:ザドゥ】
【現在位置:楡の木広場付近】
【スタンス:素敵医師への懲罰、参加者への不干渉、カモミール救出】
【所持品:ボロボロのマント、通信機】
【能力:我流の格闘術と気を操る、右手に中度の火傷あり、疲労(小)】
【備考:なし】
【素敵医師(長谷川均)】
【現在位置:楡の木広場付近】
【スタンス:アインの鹵獲+???、朽木双葉と一応共闘】
朽木双葉と一応共闘】
【所持品:メス2本・専用メス8本、注射器数十本・薬品多数
小型自動小銃(弾数無数)、謎の黒い小型機械
カード型爆弾一枚、閃光弾一つ、防弾チョッキ、ヘルメット、鞄に切れ目】
【能力:異常再生(限度あり)、擬似死】
【備考:独立勢力、主催者サイドから離脱、疲労(小)】
【カモミール・芹沢】
【現在位置:素敵医師に同じ】
【スタンス;素敵医師の指示次第。 ザドゥとの戦闘を楽しむ】
【所持品:虎徹銃身(弾数無数、二発装填可)、虎徹刀身(魔力発動で威力増大、ただし発動中は重量増大、使用者の体力を大きく消耗させる) 鉄扇、トカレフ】
【能力:薬物により身体能力上昇、、左腕硬質化(武器にもなる)、徐々に異形化進行中(能力上昇はない)、死光掌1HIT】
【備考:重度の麻薬中毒により正常な判断力無し。薬物の影響により腹部損傷、虎徹未装備】
【追記:ザドゥVS素敵医師&カモミール芹沢 離れた場所でアインVSしおり&双葉 更に離れた位置に智機待機 現在PM5:10】
(二日目 PM4:55 楡の木広場付近)
「あっ………」
切りつけられた左肩から血が流れた。
しおりは痛みに隙を見せ、それを機にアインは魔剣の切っ先で相手を絶命させようとする。
「っ……」
が、式神の一体が音もなく拳を振り上げ、アインに高速で接近する。
アインは跳躍し拳を交わし、両手で頭部を掴まんとする。
「!?」
アインの両手は頭部をすり抜け、攻撃は空振りに終る。
アインは背から地面に落ちないよう、身体を捻らせ、音もなく着地する。
式神は向きはそのままに、再度体当たりを敢行せんとする、しおりもこっちに迫ってくる。
アインは魔剣を抜き放ち、後方へ大きく下がった。
アインは深く踏み込めないでいた。
しおり一人相手ならとうに仕留められていただろう。
双葉の式神相手だけなら、とうに楡の木まで接近できていただろう。
だが相手は二人だ。
しおりはアインから見ても、魔剣抜きで正面から戦ってはまず敵わないと判断させるだけの実力を持っている。
そして、双葉の式神達は人型をとっているのにも関わらず、障害物の多い森の中を、巧みに潜り抜けながら音の出ない車のような、速く重量感ある体当たり攻撃を繰り返して来ている。
格闘戦や白兵戦を挑んでくるのではなく、そのふりをした幻覚を被せた単純な攻撃。
対人戦に慣れきったアインにとって、これらの相手は少々やり難かった。
隠れようにも、上空視点、又は植物からの伝聞を通じて双葉は攻撃を仕掛けてくるのでそれは通じなかった。
集められるだけの気を使用し、かなり頑丈に作った急所のない石人形のような式神五体。
それは技量において自分とアインとでは、天と地ほどの差があると認識した上での双葉の判断だった。
「(このままでは…駄目ね)」
素敵医師の姿を見失ってから、大分時間が経っている。
アインは内心焦りながらも、いかにして突破口を開こうと考える。
彼女は手に持つ魔剣を意識する。
これまでアインは、気の解放を一瞬に留めていた。
だが、一瞬ではどちらか片方を斃す直前にもう片方に邪魔されてしまう。
これまでリスクの大きさを用心してきたが、それで身を滅ぼしては意味が無い。
アインは深呼吸をしながら、魔剣を強く握り締めた。
キュボッ……と、しおりは危険を察知し両手に火を点らせた。
「……………」
アインは内心軽く驚きながらも、気を解放させしおりに攻撃しようと身構える。
式神五体が一斉に四方に散り、しおりに遅れてアインにゆっくり接近し始める。
―――アインとしおりが同時に地面を蹴った。
まず片目に入ったのは二つの灯火。
「たあぁぁぁぁぁーーっ!!」
掛け声と一緒に右手の炎の勢いが若干増した。
アインはそれには動じず、ただ構えたままだ。
しおりはアインを殴りつけようとして、拳を振り上げ……
「……」
…て止め、とっさに左手の刀で足をなぎ払わんと地面を薙いだ。
フェイントだ。
だが、はなからそれを読んでいたアインは、ゆっくり数歩下がって攻撃をやり過ごす。
しおりの目が驚きで見開かれた。
直後、アインの気が解放される。
少し遅れて式神が一斉に発光し始め、アインに向けて殺到する。
アインはしおりを蹴飛ばし、距離を置く。
五体の式神の時間差攻撃がアインに迫る。
草が風に強く撫でられるような音がした。
それぞれの式神から光の粒がいくつか漏れて宙に浮く。
アインは厳しい表情で魔剣を構えていた。
「(まだ…よ)」
彼女は式神の全ての攻撃をなんとか交わした上で、それぞれ一回ずつ切り付けていたのだ。
しおりが立ち上がり、式神もこっちへ動き始めた。
「………………………………………」
アインは気の解放を止め、しばし待った。
そして式神達が、発光しながらこちらへ向かった。
しおりは巻き添えを食わない様、動きを止めたままだ。
「……?」
式神はアインには体当たりせず、それぞれがアインの周囲を回り始めた。
それぞれの式神がまた発光している。
アインはそれらを注意深く観察する。
そして程なくして気づいた、内一体が他と比べて光の量が少なく、動きが鈍いことに。
しおりが式神らの陣の近くまで歩み寄ってくる。
それを受けたかのようにアインは気を解放した。
式神が一斉に襲い掛かった。
「………!」
式神たちはさっきダメージを受けたためか、さっきと比べ隙がわずかに隙が多いようにアインには見えた。
そして、アインは双葉の行動パターンを思い出す。
「……」
先頭には『あの』式神がいた。
アインはその式神の真正面まで移動し、剣を構え、腰を沈める。
先頭の式神が迫る。
「……」
『!』
突然、アインは踵を返した。
一瞬、式神の動きが止まり、アインは真横に数歩移動する。
次の瞬間、アインと式神のほぼ同時にダッシュした。
スピードに勝ってるのは式神の方。
追いついてくる、敵に対しアインはあくまで冷静に唯走る。
式神はアインを轢かんと猛然と迫り、彼女の数センチ横を通り過ぎていった。
『!?』
アインは『あの式神』が罠だと見抜いていた。
だから、迎撃は避けて、式神の大雑把さを利用して攻撃を凌いだのだ。
式神はUターンしようといったん動きを止め、それを狙っていたアインはそれに飛び乗り、しおりを見る。
とっさにしおりが身構えるよりも、式神が回転を始めるよりも速く、地面に降り立ち接近する。
しおりは神経を集中させ、前方に炎を発生させ敵を灼かんとす。
「(まにあって!)」
小さな爆発が巻き起こる。
息をつく間もなく、しおりの耳に誰かが囁いた。
「隙が多いわ…」
発火の直前に気を解放したアインはしおりの後ろに回り込んでいた。
「―――――っ!」
しおりは必死に振り向きざまの攻撃を仕掛けようとした。
がこっ…
フェイントまじりのアインのアッパーが、しおりの顎にまともに決まった。
しおりの身体は宙を舞い、地面に叩きつけられた。
とどめを刺さんとアインは魔剣を突き立てようとする。
死への恐怖からか、しおりは意識をなんとか繋ぎ止めて、とっさに横に転がってそれを避ける。
次は踵が首を狙って降って来た。
しおりはそれを両手を交差してガードする。
みしっ…と、腕に激痛が走る。
アインが二撃目を加えんとしようとした時、式神がこれまでより強く発光しながら、近づいてきたのを確認する。
温かい風が吹いた様な気がした。
アインは踵を構わず落とす。
狙いは頭部。
しおりはこれも防ぐが、後頭部を打ちつけ集中力を乱される。
アインは尚も気を解放し続けている。
また踵を落とす。
今度は連続で。
しおりの両腕と頭から、血が流れた。
アインは冷めた眼差しで式神を見て。
それから片手で朦朧状態なしおりの手を掴んで、持ち上げ…
『!!?』
…猛スピードで突っ込んで来る式神の方へ投げつけた。
●
火柱が立ち昇り、進路を塞いだ。
『もっと、地面に!』
聞いた事のない女性の声に戸惑いながら、しおりは地面に手をかざし、発火能力を使い続ける。
アインはリスクから来る猛烈な眩暈をこらえながら、隙を見せないように彼女らを観察する。
「(考えたわね……)」
しおりを投げつけた時、式神からそれぞれ突風にも似た、気の奔流が発生した。
それらがクッションとなって、しおりを保護したのだ。
式神同士の追突を防ぐための対応策でもあるのだろうとアインは推測した。
その時、アインはしおりを追撃しようとしたが、偶然発火能力が地面に向かい、火柱が発生したため、思わず退いてしまったのだ。
「…………」
肩で息をしおりの脇を式神が固めている。
その前方には広範囲に渡る炎の壁が築かれていた。
火は式神の方にも少し行ってるが、燃え移る様子はない。
樹に燃え移らないように、指示通りに巧みに築かれている。
それは双葉の機転だった。
アインは淡々と魔剣を鞘に収めた。
『?』「?」
「……」
そして無言でショットガンを取り出し、構え、
『!』「!」
しおりに向けて、撃った。
式神がガードに入ろうとする。
時既に遅い…筈だった。
空気が凝固したような音がした。
散弾はしおりの周囲に届くと急激にスピードを落とし止ったようにスローになる。
そして、呆然とする間もなく弾丸を日本刀で次々と寸断し始めた。
『な……?』
《こ、これは!?》
アインは驚愕を僅かに顔に出しながら、とっさに距離を取った。
「(まだ特殊能力を持ってるの!?)」
アインがいた世界では決して起こりえない現象だ。
両断された弾丸が地面にぱらぱらと落ちた。
しおりは荒く息を吐きながら、こちらを睨み付けてくる。
「(少なくともわたしの攻撃は通じた。 なら…あれは銃弾のような飛び道具でのみ発動する能力)」
あくまで冷静に分析しようとアインは心を静めるよう努力する。
「(燃え移っていない樹を利用して切り込む)」
次にアインはそう考え、引き続きしおりを標的に攻撃を仕掛けた。
●
がっ…
式神が接触し、アインの身体が回転した。
転倒しそうなのを堪えながら、アインは楡の木の方を睨み付ける。
魔剣の力を持ってしても突破できない。
アインはその現状に苛立ちを募らせる。
それに対し、しおりと式神は慎重に間合いを取り続ける。
《嬢ちゃん……本当に大丈夫か?》
魔剣を使用すれば、服を焼かれる前に壁を突破できる。
だが、防御に回ったしおりを相手にしていれば、確実に火に巻かれる。
それに加え、何故かしおり自身が生み出した火炎は自身悪影響を受けた様子はない。
双方、対峙したまま時間が過ぎる。
疲労の色は明らかに出てきている。
森からはちらほらと白い燐光が発生し、それはほんの少しずつではあるが式神に吸収されていっている。
双方共、攻略の糸口が見つけられないまま、時間ばかりが過ぎようとしていた。
↓
【アイン(元23)】
【現在位置:楡の木広場付近】
【スタンス:素敵医師殺害】
【所持品:スパス12 、魔剣カオス、小型包丁4本、針数本
鉛筆、マッチ、包帯、手袋、ピアノ線】
【能力:カオス抜刀時、身体能力上昇(振るうたびに精神に負担)】
【備考:左眼失明、首輪解除済み、肉体にダメージ少々、肉体・精神疲労(中)】
【しおり(28)】
【現在位置:楡の木広場付近】
【スタンス:しおり人格・参加者殺害(ただし慎重に)、とりあえず式神と共闘、さおり人格・隙あらば無差別に殺害、】
【所持品:日本刀】
【能力:凶化・身体能力大幅に上昇、発火能力使用 、回復能力あり(低下中)】
【備考:首輪を装着中、多重人格=現在、さおり人格が主導
全身打撲で若干能力低下、ダメージ(中)疲労(中)】
【朽木双葉(16)】
【現在位置:楡の木広場】
【スタンス:アイン打倒、首輪の解除、素敵医師と一応共闘、しおりと共闘】
【所持品:呪符多数、薬草多数、自家製解毒剤1人分
ベレッタM92F(装填数15+1×3)、メス1本】
【能力:植物の交信と陰陽術と幻術、植物の兵器化
兵器化の乱用は肉体にダメージ、
自家製解毒剤服用により一時的に毒物に耐性】
【備考:双葉は能力制限の原因は首輪だと考えている、首輪装着
楡の木を中心に結界を発動、疲労(中)ダメージ(小)
強化された式神五体を使役、 (内二体ダメージ中、内三体ダメージ(大))】
【追記:アインVSしおり&双葉。 離れたところで、ザドゥVS素敵医師&カモミール芹沢VSアイン、更に離れた位置に智機待機 現時刻PM5:10】
【アイン(元23)】
【現在位置:楡の木広場付近】
【スタンス:素敵医師殺害】
【所持品:スパス12 、魔剣カオス、小型包丁4本、針数本
鉛筆、マッチ、包帯、手袋、ピアノ線】
【能力:カオス抜刀時、身体能力上昇(振るうたびに精神に負担)】
【備考:左眼失明、首輪解除済み、肉体にダメージ少々、肉体・精神疲労(中)】
【しおり(28)】
【現在位置:楡の木広場付近】
【スタンス:しおり人格・参加者殺害(ただし慎重に)、とりあえず式神と共闘、さおり人格・隙あらば無差別に殺害、】
【所持品:日本刀】
【能力:凶化・身体能力大幅に上昇、発火能力使用 、回復能力あり(低下中)】
【備考:首輪を装着中、多重人格=現在、しおり人格が主導
全身打撲で若干能力低下、ダメージ(中)疲労(中)】
【朽木双葉(16)】
【現在位置:楡の木広場】
【スタンス:アイン打倒、首輪の解除、素敵医師と一応共闘、しおりと共闘】
【所持品:呪符多数、薬草多数、自家製解毒剤1人分
ベレッタM92F(装填数15+1×3)、メス1本】
【能力:植物の交信と陰陽術と幻術、植物の兵器化
兵器化の乱用は肉体にダメージ、
自家製解毒剤服用により一時的に毒物に耐性】
【備考:双葉は能力制限の原因は首輪だと考えている、首輪装着
楡の木を中心に結界を発動、疲労(中)ダメージ(小)
強化された式神五体を使役、 (内二体ダメージ(中)、内三体ダメージ(大)】
【追記:アインVSしおり&双葉。 離れたところで、ザドゥVS素敵医師&カモミール芹沢。 更に離れた位置で智機待機 式神星川、楡の木付近で待機 現時刻PM5:10】
(二日目 5:10 楡の木周辺)
芹沢は脱臼した自らの左腕を掴み、強く引っ張った。
バチンッ…
脱臼した左腕はゴムのように伸び、間接が元通りになった。
「(あいつ!?)」
芹沢の異常な様子にザドゥの表情に軽い驚愕が浮かんだ。
次にその元凶である素敵医師を睨み付ける。
素敵医師は挑発交じりに顎をカクカクさせて、銃口を向ける。
ザドゥはとっさに木の陰に隠れ、移動しながらも注意深く素敵医師が持つ鞄に目を向けた。
素敵医師はすぐにそれに気づき、鞄を手で撫で付けながら明るい口調で言った。
「きひきひ、ふへへへ……大将…センセのオクスリが欲しいがか?」
「………」
「けんど、くれてやるわけにゃいかんが…よ!」
そう言いつつ、彼は金属片を取り出し攻撃の機会をうかがう。
ザドゥは銃以上にそれを警戒し、同時に芹沢を観察した。
芹沢は鉄扇と銃を手に持ちながら、放置されている虎徹にを拾う機会を伺っている様にザドゥには見えた。
双方攻撃しないまま一分の時が流れ、ザドゥが二人との距離を徐々に縮めていく。
「ならば…奪うまでだ」
ザドゥはそう宣言し、攻撃の構えを取る。
「あははははは……アハハハはハハハははははは」
それに対し、芹沢は左の手刀を構え、ザドゥの首に狙いをつけた。
素敵医師は格闘戦を始めようとする二人を見て、無言で歯を剥き出しにして笑みを浮かべた。
●
ギィィィンッ……
十数度目の魔剣と刀の鍔迫り合い。
またもや力負けしたしおりは投げ出され、尻餅をついた。
「……」
「……!」
しおりはすぐさま起き上がり、脇目も振らずに炎の壁の向こうに避難する。
「はあ……はあ……はぁ…はぁ…」
「…………」
また追撃できなかった。
炎の壁を越える自信がなかったからだ。。
式神が一斉に左の方向へじりじりと移動を始めた。
アインの死角、左側の方へと。
「(気づかれた……)」
アインはため息をつきながら、葉を踏み抜く微かな音を立てて、ためらいがちにゆっくり後退した。
それは彼女が仕方なく取った持久戦の構えだった。
『………』
それは双葉も望んでいたようだった。
式神はまた動きを止め、気の光を僅かずつ吸収し始めていく。
「(こんな事になるなんて…)」
しおりが式神の動きを真似て左側に歩いていくのを確認しながらそう心で呟く。
この戦闘を最後まで続ければ、主催者と戦うだけの力を残す事はできそうもない。
アインはそう確信しつつあった。
「……っ」
撤退を呼びかける声無き命令は、ますます強くアインの心身を揺さぶる。
撤退はできない。
素敵医師の存在に加え、双葉としおりが組んでしまっているからだ。
もし素敵医師・双葉・しおりの三人が組んでしまう事になれば、自分の力……もしかしたら魔窟堂の力を借りれたとしても手に負えなくなるかもしれない。
ザドゥの方も目的が定かではない。
アインは思った、彼がゲームに乗った参加者を支援する可能性もありえるのではないかと。
最低でも素敵医師の死亡確認と、しおりか双葉の戦闘力をある程度殺ぐ必要があり。
彼女はそう素早く判断した。
暗殺者としての本能と、それとは別の情のせめぎ合いが続き、アインの心身に負担がかかり続ける。
アインは焦燥に駆られながらも事態の打開に向け、色んな事を思い出して活用しようと考えた。
「(カオス?)」
アインはさっきから沈黙を続けている、魔剣を意識し始める。
そう言えば、黒い魔剣はしおりの事を何か知っているようだった。
彼の知識に賭けてみる事にしよう。
アインは防御の体勢を解かないまま、注意深く魔剣に問い掛け始めた。
●
洞の中の空気が生暖かく感じる。
「はぁ……はぁ…はぁ…」
双葉は息を整え、注意深く観察を続ける。
既に身体中、汗でびっしょりだった。
「(アイツ……次は何を?)」
双葉は注意深く式神をアインの近くに移動させようとする。
次の瞬間、ばさっ……!と音がして、一本の樹の葉が一斉に地面に落ちた。
「…………!」
しおりはびくっと身体を震わせたが、アインは身じろぎせず、顔をわずかに手に持った黒い剣の方に向けている。
ばさっ…とまた樹から多くの枝葉が落ちる。
一定の間隔を置きながら、次から次へと。
双葉はその現状に静かに目を伏せた。
「(あたしの、所為なんだ………)」
双葉は思った。 当然のことだと。
本来激しい動きをしない植物に戦わせ、あまつさえその生命エネルギーをかき集め、更なる戦闘に使う。
こんな事を繰り返せば、植物に大きな負担がかかるに決まっている。
どうしてここに至るまで、気づけなかったのか?
「若葉……」
彼女は自責の念に駆られ、思わず妹の名を呟いた。
「(会わせる顔ないかも…)」
双葉は顔を上げ、再度式神に神経を集中させる。
今、罪悪感に囚われてしまう訳にはいかない。
ここで立ち止まれば、アインと戦うことさえできなくなるから。
自らが悪いと思いながら、双葉は闘志を奮い立たせ、戦闘を続けた。
●
芹沢は大量の落ち葉を被りながら、虎徹を拾い上げる。
「く……!」
ザドゥが悔しそうな声を上げて、左右に激しく動きながら、芹沢の方に駆け寄った。
「たまやー」
芹沢は銃剣のトリガーを引こうとする。
「?」
引けなかった。 ザドゥが事前にトリガー部分がひん曲げていたからだ。彼の演技だった。
「(かかったな!)」
ザドゥは心中でほくそ笑みながら、身を沈ませ芹沢に体当たりをした。
「え…?」 芹沢は前方に転倒し、地に着いた瞬間、ザドゥは彼女の背後を取った。
たたたた……と素敵医師の自動小銃が火を噴く。 ザドゥは芹沢を抱きかかえて、寝転がる。
それから地面を転がりながら回避し、すぐさま落ち葉を巻き上げた。
「ぐっ……」
それと同時に芹沢の肘鉄を受け、ザドゥは呻き声をあげる。
彼はそれに構わず、気を全身に漲らせ、二歩下がって奥義を放った。
「死光掌!」
二発目の死光掌は芹沢の背骨に命中し、彼女の背から毛糸のくずにも似た形の気が溢れた。
バグっ…ドゴッ…
反撃は即座に行われれた。
芹沢の裏拳がザドゥの頬に命中し、続く芹沢の蹴りが倒れた彼を数センチ浮かばせる。
「アタシをナメてない?」
うめくザドゥに対して言った、その言葉はわずかに怒気を孕んでいた。
素敵医師はそれを聞き、曖昧な笑みを浮かべ。
起き上がったザドゥは無言で不適な笑みを浮かべた。
そんな彼の左手には虎徹が握られていた。
↓
183 :
名無しさん@初回限定:2006/03/30(木) 22:17:58 ID:fpWxpcu/0
どうでもいい。
だが、それがいい。
(二日目 5:15 楡の木周辺)
幼い少女の足元に微風で散らされた落ち葉が近づき、一瞬で燃え落ちた。
強風のごとき音をたてながら、薄いオレンジ色をした熱波は上へと立ち昇り続ける。
戦いの当事者たちの怒りを具現するかのような熱波の壁は、互いの敵の姿を歪ませて見せた。
幼い少女――しおりは肩で息をしながら前かがみの姿勢で、壁の向こうのアインを
睨み付ける。
その闘志の源は凶としての使命感だけではなく、内なるさおりの声によって膨れ上がった
敵意によって培われていた。
「カオス」
《ん?》
「あなた、あの娘を知ってるの?」
アインは小さな声で魔剣に問いかけた。
「素性は知らんな。じゃが、どういうタイプの……怪物かは心当たりがある」
「怪物?」
「正確にはそれに変化した奴じゃがな…」
『……』
飛空していた式神が、ゆっくりとアインの方に近寄って来た。
「…」アインはすぐにそれに気づき、無造作に剣を振り上げようとする。
「!」しおりはその動作を見、好機と見て突撃しようと刀を振り上げた。
「……」アインは攻撃を諦め、ゆっくり剣を下ろす。
しおりもそれを見て、刀をゆっくりと下ろして隙を伺い続ける。
式神は刃が届くか届かないかの位置で止まった。
アインの敵が攻撃してくる様子は、今はない。
それを認めたカオスの目が動いた。
《………。続けてええか?》
「……構わないわ」 アインはしばし迷ったものの、それに同意した。
《その前にだ、あの娘は参加者か?》
「間違いない筈よ。ゲーム開始時に見た時には、何かの力を持ってるようには見えなかったけれど」
《ゲームの途中からか……。…あいつはな…魔王が進化させる魔人、もしくは魔人が進化させる
使徒によう似とるんじゃ》
「魔人?使徒?」
《知らんのか?》
アインは僅かに頷いた。カオスはその反応にある確信を持ちつつも、言葉を続ける。
《そうだな……嬢ちゃんがこの島で見かけた者の中に、ピンクの髪の…美樹って名前の小柄な
女の子はおらんかったか?》
「…いなかったわ」
隙を見せない様、警戒しながらも両者は淡々と会話を続けていく。
『……』双葉は人型の式神を通じて、しおりの様子を見た。
「…………」 今のしおりには会話を盗み聞く余裕はなかった。
少々休んだくらいでは、疲労は消えない。
アインの強さに焦りつつ、ただ火の勢いを絶やさないよう、気をつけながらアインの動きを
見てるのがやっとの様子だった。
次は飛行型の式神がアインの方をじっと見た。
数秒後、式神の目が突然瞬きをした。それは双葉の心の動きと同調していた。
『(剣と会話をしてるの!?)』
●
かさり…と巨木の幹が又、剥がれ落ちた。
式神の星川はさっきから目を瞑って、徐々に朽ち果てていくその巨木に手を当てていた。
星川は顔を上げ、巨木に対して何かを呟く。
ザァ…と巨木から涼風が吹き、僅かな光がこぼれた。
星川は光を少しずつ吸収していく。
●
ぎゅばっ!! どずっ!
白銀色の気を纏った拳が芹沢の側頭部を掠めたのと、ブーツの踵がザドゥの腹に
食い込んだのは同時だった。
攻撃を受けた両者は一瞬身をびくんと震わせたものの、すぐさま戦闘態勢を整える。
ザドゥの額から汗が流れ落ち、髪を更に濡らす。芹沢は水を被ったかのように、汗を全身から飛び散らせた。
そして両者は互いの得物を構えながら接近し、攻撃を繰り返す。
がッ…がッ…がッ…ががんっ…… 。虎徹と鉄扇とが幾度もぶつかり合う音が続いた。
素敵医師は慎重に間合いを計って、銃口をザドゥに向けて、トリガーを引く。
カチッ…カチ…カチ…
「………」
弾切れだった。
素敵医師は弾丸を素早く充填し、少し考えてから、銃を鞄に仕舞った。
弾数は残り少なかった。それ以上無駄に消費するわけにはいかない。
それに加え、ザドゥのスピードが落ち、爆弾を当てて斃す事ができそうになって来たのも
そう判断した理由の一つだった。
ガギィーーン!
「グ……」 ザドゥは衝撃に押され、地面を擦りながら後退する。
「…素手の…方が強いじゃん………」
優位に立っているはずの芹沢は不満げに愚痴をこぼす。
ザドゥはそれに応えるかのように、すぐさま身を沈め攻撃態勢を取った。
その動きはさっきと比べて、明らかに遅かった。
芹沢もそれに習うかのように、身をかがめる。 そのスピードはさっきと変わらなかった。
ザドゥはローキックを、芹沢は飛び蹴りを同時に放った。
「遅いよ!」
ゴッ……、芹沢の飛び蹴りがザドゥの顎に命中する。
ザドゥは仰け反り、虎徹を手放してしまう。
「ウグッ…」
ザドゥは何とか踏みとどまるが、芹沢の追撃はまだ続く。
バっ……、と彼女は鉄扇を開いた。
露になった刃は、明らかにザドゥの首を狙っている。
「…!」
芹沢の右手が突如、ぶるぶると震え始めた。
「か、カモミール! ささ、下がるぜよ!」
素敵医師からの警告だった。
芹沢は口を尖らせつつも、それに従いザドゥから離れた。
ザドゥは自ら動き、更に距離を置いた。
「ほひ…ほひひひ……」
金属片を構えつつ、素敵医師は気の抜けたような笑い声をあげた。
「にゃははは……素っちゃん〜クスリきれはじめたみたい〜」
芹沢は少し困ったように苦笑しながら、震える片手をひらひらさせた。
「(も、もう時間切れがかっ!?)」
素敵医師にとっての状況は急激に悪化した。
投薬しようにも、自分と芹沢との距離は大分離れているし、仮に接近できたとしても
ザドゥの間合いに入るのは確実だ。
双葉に足止めを頼むもうにも、彼女はゲームに乗ったと智機から聞いていたのでザドゥ相手では
支援は期待できそうもない。
ザドゥを芹沢もろとも爆死させる手も考えたが、仮に相打ちに持ち込めたとしても
今度はしおり等の手から彼の身を守れる者がいなくなる。
仕方なく素敵医師は、少しでも状況を良くしようとザドゥに話を持ちかけた。
「大将……そろそろ、カモミールにおクスリやらんとまずいき……きへへ…」
「………」
ザドゥは答えず虎徹を拾い上げる。
「で、ほれほれ……禁断症状…おこっちゅうたら、大将もつつ、都合が悪いと思うきね…」「何故だ…?」
「センセのおクスリはき、効き目もばつぐんやき、じゃじゃが副作用もちくときついがよ」
「……………」
「へへへ、下手したら、カモミールはショック死してしまうが…。
ここ、ここは休戦して、カモミールをセンセのおクスリで……」
「………………」
「…………。けひゃひゃひゃ……もも、もしかして、た、大将はカモミールを
見捨てるっちゅうがか?」
素敵医師はくしゃみを堪えるかのような声色で言った。
ザドゥはその質問には答えなかった。
そして虎徹を持ったまま構え、またも気を練り始めた。
「む、無駄がよ。いくらショック療法やかか、躰のツボついたとこで、こんてーどでは
元には戻らんが……へきゃきゃきゃ……」
ザドゥは芹沢と素敵医師を交互に見る。
「それに…あん時のカモミールをざんじ助けるにぁ、これしか方法はなかったんじゃか」
ザドゥはそれを聞き、目を細めた。
「死んだら、ねね願いをかなえるちゅう事はできんが……センセはいいことを…」
「今の状態で本来の願いを口に出せるとは思えんがな」
「…………。へへ、へへへうへうへうへ……。大将……せ先日の放送の前をつごーよく
忘れとらんがか?」
「……」
「カモミールは、せせセンセのおクスリを欲しがってたがよ。
大将と違って、ここ心やさしいセンセは望みを叶えてあげたんやき。
ひひひ……非難されるのは心外ぜよ」
「………。俺の部下に幽幻という、貴様と同じ薬剤師がいたが……」
「………?」
「上に伺いも無しに、勝手に味方に投薬するような下品な奴では無かったな」
「……失礼なが……それは…ま、まるでセンセに品がないよーな言い方がね」
無数の糞尿垂れ流しのジャンキーを飼っていた男の言う台詞ではない。
「気付いてないのだな……。カモミールは半ば自暴自棄に陥っていたに過ぎん……
貴様はそんなカモミールをわざとこうしたのだ。自らの手駒欲しさにな……」
ザドゥの口元には嘲笑ともとれる笑みが浮ぶ。
「なな、何言ってるがっ!?せせ、センセの何処が下品がよっ」
素敵医師は思惑を見破られた上、侮辱され腹を立てて怒鳴る。
「素っちゃん〜、おクスリまだ〜」
「………。ザドゥの大将が邪魔であげることはできんき……」
「ザっちゃん邪魔しないでよ〜」
ザドゥはゆっくり歩きながら、素敵医師の鞄を見た。
素敵医師はその様子に気付き、まだ勝機は自分にあると確信する。
「あーあー、大将の読みは大体、当たりぜよ……。じじ、実はオクスリの副作用をおさえる薬も
ちゃ、ちゃんと用意してあるきね」
と、素敵医師は鞄から薬品の入った二本の注射器を取り出す。
「だだ、だがよ……センセがこれを捨てりゃあ…どう……」
ザドゥは素敵医師の虚言に取り合わず、芹沢の方へと駆けた。
立ちながら身体を痙攣させている芹沢を見つつ、先日のアインと遙の対決の報告を思い出す。
それから、この島に来る前の出来事も思い出した。
「………………っ!」
ギリッ……と、芹沢は震える身体を歯を食いしばってなんとか抑えた。
芹沢は凄絶とも言える笑みを浮かべ、ザドゥを迎え撃とうと地を蹴った。
素敵医師と芹沢の二重攻撃を凌ぎつつ、ザドゥはチャンスが来るのを待った。
●
熱波が空気を震わせ、飛び散ったわずかな炭が散る。
その中で魔剣は淡々と語り続けた。
《本来なら魔人は不死身でな。その上、自らの血を与える事で手下を増やす事ができるんじゃ》
「……そんな存在をゲームの参加者に加えるとは考え難いわ」
カオスの話によれば人間にとって魔人とは、カオスともう一方の武器か、高度な特殊魔法を
もってしか倒すことができない、非常に高い戦闘力を持つ存在だという。
無論、アインは魔法については何も知らないので、その辺は適当に相槌をうっていた。
『(吸血鬼……?まさか…ね)』
双葉は両者の会話を盗聴していた。口を挟みたい衝動に駆られたが、黙って聞く事にする。
《だろうな……。じゃが、あいつは使徒にしては強すぎるんじゃ。
元の素質が高かったようにも見えんし、武術や魔法の腕前も素人以下にしか感じんしな》
「………。似てるけど、別の存在ではないかしら?」
そう返答したアインだったが、そうだとしても疑問は消えそうもなかった。
力を与えるのが参加側にせよ、主催側にせよ、それができるのならゲームの進行を自らの
都合の良い様に進められるだろう。ゲーム企画者がそんな存在を許すのだろうか?
たとえ、手下を増やすごとに主の力が減じるとしてもだ。
《かもな……。現にあいつは儂の力抜きでもダメージを受けとるようだ》
しおりの能力に加点にならないだけマシだが、それでは攻略の糸口にはなり得ない。
アインはしおりの精神面から弱点を探ろうとした。
「魔人や使徒に変わった場合、当人が受ける代償は何?」
《……………》
カオスは返答に詰まる。
自分の知る限り、魔人や使徒そのものには欠点らしい欠点は見あたらなかったからだ。
「………」
アインは無言で構える。
向こうのしおりの呼吸が落ち着いてきて来たからだ。
《欠点と呼べるものかどうかは、解らんが…》
「早く言って…」
《奴等は主に対して、無条件で服従せねばならん》
「……他には?」
アインの表情が一瞬曇った。
《使徒の場合、主が行動不能……例え、死んだとしてもそれは続く》
「!。それで……それから、どういう行動を取るの?」
《自らの主を復活させようとする》
「……!。あなたの世界では死者を蘇らせる事ができるの?」
昂ぶった感情を必死に抑えながら、アインは言った。
《……ほとんど不可能だが、魔人だと多少、確率は上がるじゃろうな》
アインは気持ちを静めながら、しおりを注視した。
しおりはいつこちらに攻撃を仕掛けてきてもおかしくない様子だった。
だがこちらの会話の内容には未だ気付いていないようだった。
《使徒は殺されるとそれまでじゃが、魔人は倒されると魔血玉というもんを残す。
これには元の魔人の意識が残っておってな、それを消し去らん限り本当の意味では死なん。
もっとも身動きは取れんがな》
「…あなたがこの島にいた理由が解ったような気がする…」
カオスがいつからこの島にいたのかアインには知らない。
だがゲームの歯車に、魔人に類似する者が混ざっているのであれば、企画者が他の参加者に
何らかの救済措置を行うのはおかしくないとアインは思った。
仮に彼等がカオスを入手することがあったとしても、扱うこと自体にリスクが生じれば
そこに付け込む隙が出てくる可能性だってあると考えた。
《言っておくが……魔人や使徒も儂を扱えるからな。気をつけろよ》
それを聞いてアインは頷く。
《……。ところで、嬢ちゃんは儂とは別の世界に住んでるじゃろ?》
「……。その話は後にして」
唐突なカオスの質問に少し詰まりながら、アインはにべもなく言葉を返した。
カオスはやはりな、と思った。
彼は以前から幾度か、別世界の人間を見てきていた。
彼の住んでいた世界も、稀ではあるが別世界の生物が漂着して来る事があるのだ。
そもそも現魔王も、先代魔王の手によって召喚されてきた異世界の人間だったと聞いている。
だがカオスがその事実に気付いたのは、アインの自分への反応だけではない。
「!!」
しおりが刀を振りかぶり、熱波の壁を突っ切ってアインの方へ向かってくる。
その呼吸は整っていた。今度こそはと、しおりはアインに挑む。
アインも同時に気を解放していた。
《(日光も、あの違和感を感じてたんじゃろうか?)》
しおりの全力の斬撃を、アインは難なく受け止める。
火花が散って、地面に落ちる。
地面に落ちた其れは鉄粉。
また、刀の刃こぼれが増えた。
それに対し、魔剣は無傷のままだ。
数瞬、遅れて式神達もしおりに加勢しようと動く。
《(今、儂の体内を駆け巡っとる違和感……。今の使い手からも伝わってたんだろうか?)》
自分と同じ運命を辿って来た同胞と、現魔王と同じように異界から漂流してきた、ある青年を
思い浮かべながら、カオスは心で呟いた。
●
数本の注射器がザドゥ目掛けて飛ぶ。
ザドゥはマント翻らせ、何本かガードした。
「!」
ガードを掻い潜った一本の注射器が左腕に突き刺さっていた。
シリンダーが自動的に押し出され、薬物を体内に―――
「ふん」
―――注入される前にザドゥは気付き、注射器を手刀で破壊し事なきを得る。
「……」素敵医師はすぐさま、手に持った金属片をザドゥ目掛けて投げた!
キュボっ!!
金属片が破裂し、虚空に炎が発生する。
ザドゥがいた場所を中心に数メートルを業火が覆った。
閃光が辺りを包み、程なくして収まる。
「………」
爆発から十数メートル離れた所にザドゥがいた。
「はー…はー…」
呼吸こそ乱れているものの、彼は無傷だった。
「………!」素敵医師は思わず顔を引きつらせる。
「さっすが!こここここ…これでやられちゃ…つまんないよねねね」
呂律が回らなくなってきた芹沢が喝采をあげる。
「(そろそろだな……)」
呼吸を整えながら、ザドゥは構えた。
「!!」
素敵医師はこれをチャンスと見た。さっきのでザドゥと芹沢との距離は離れているからだ。
素敵医師は鞄から注射器数本と取り出した。
「カモミール!こっちに来るがよ!」
「!」
ザドゥはそれを見て、弾かれた様に走った。
ザドゥは虎徹を振りかぶった。
それに構わず芹沢の方へ走る素敵医師。
ザドゥは虎徹を投げた。
びゅん!がっ…… 。虎徹は素敵医師に命中したが、ダメージは無い。
その代わり体勢を崩し、動きは止まった。
ザドゥは脚に力を入れ、芹沢に向けて頭から飛び掛る。
注射器が芹沢に刺さる前に、押し倒す事に成功した。
芹沢が抵抗し、両者は地面をごろごろと転がる。
ザドゥは芹沢を立たせ、体当たりで距離を置き、気を練り始めた。
芹沢はザドゥに近づき、素手で殴りつけて来る。
ごっ…ごっ…がすっ…
ザドゥは抵抗せず、黙って耐える。
「!?」 素敵医師は迷った。ザドゥを殺すか、芹沢に薬物を投与するのかを。
ばがっ…!
芹沢のハイキックがザドゥの左側頭部を強打する。
「………っ」
ぐらりと、ザドゥの身体が傾いた。
素敵医師は自分の欲求に従い、芹沢に注射することに決めた。
「オクスリがよっ!」
注射器をかざし近寄る素敵医師。
禁断症状に耐えていた芹沢は攻撃を止め、彼の方を振り向く。
ザドゥの手が大地を着いた。
注射針と芹沢との距離が縮まっていく。
ザドゥの拳はもう芹沢には直撃しそうにない。
素敵医師はニタリと笑いながら言った。
『生き物っちゅうのは、化学反応で成り立ってるが。いいくら大将が小細工したがて、センセ相手じゃムダがよ」
素敵医師からの挑発に構わず、ザドゥは奥義を放つ。
「死光掌!!」
注射針と芹沢の肌との距離数センチの所だった。
ザドゥの掌は素敵医師と芹沢の腕に命中し、気の奔流は二人の間を通り過ぎた。
「ウグッ……」
ザドゥから苦悶のうめきが漏れた。
「なな、何度やったちムダだとゆーのが……」
勝ち誇ったかのように素敵医師は声をあげ、注射器を芹沢に投与しようとする。
「!?」 腕を動かせない。
「な、なななっ…なな…」
それどころか彼は、身体さえ満足に動かせないでいた。
「はーはー……貴様にも効いたようだな」
ザドゥは自らの身体に鞭打ち、距離を置き、虎徹を拾う。それを地面に突き立てて、またも気を練り始めた。
「何したがっ!」
「……」
ザドゥは答えなかった。そんな余裕は無かったからだ。
「かか、カモミールの命がおよけなくないがかっ」
と言いつつ、素敵医師は目を動かし芹沢を見た。
「!?」
芹沢は座り込んでいた。
ところが素敵医師の予想とは逆に痙攣は少し治まっており、呼吸も弱くなってるような事はなかった。
ザドゥはそれを見て、思わず安堵の息を漏らしそうになった。
「こここ……こ答えるがよっ!」
自身が動けないのは、タイガージョーが食らった技を受けたからだというのは素敵医師にも理解できた。
だが芹沢の禁断症状が沈静化してる現象は理解できないでいた。
「…………」
死光掌を素敵医師に当ててから十数秒が経過した。
びくっ…びくんっと芹沢の身体が痙攣し始めた。
素敵医師の右腕も動き始めた。
それを険しい表情で見つめ、ザドゥは言い放つ。
「来い!!」
気はまだ練り切れていない。
麻痺が収まった素敵医師は注射器を両手で構え、宣言した。
「こーなったら、大将をセンセのおクスリの虜にしちゃる……」
飛び道具を使ったところで時間を与えるだけだ。
ならば、自らの再生能力に賭けつつ、相手の目標が芹沢であることを逆手に取って
攻めるまでだ。
「け、け、け、けぇ、けひゃぁぁぁああああああああっっ!!」
奇声を発しつつ、八本の注射器を武器に素敵医師は踊りかかった。
マントで注射針を防ぎつつ、ザドゥは攻撃を回避し続ける。
「………!」
その攻撃はザドゥの予想よりも正確で早かった。
奥義を放てるだけの気は防御しながらでも溜めることができる。
だが、今のザドゥに素敵医師を掻い潜れるだけの隙を見つけることは困難だった。
「へけけけけけけけけけ……さっきのの威勢はどうしたがかッ!?」
「っ……!」
いつまでも、防ぎきれるものではない。
狂撃掌を撃てば、攻撃ごと簡単に素敵医師に大ダメージを与えることができるかも知れない。
だが、今撃てば死光掌を使うのにまた気を溜める必要が出てくる。
それに素敵医師の見た目から察するに、ホラー映画に出てくるような不死身の怪物が
持つ特殊能力を持っていてもおかしくないとザドゥは判断していた。
ザドゥは素早く後方へ下がる。
それに素敵医師が追従し、注射器を突き出す。
「っ…!」 ザドゥの右腕に針が刺さった。
ザドゥは左手で虎徹の柄を強く握り締め、右腕を素早く振った。
針は皮膚と肉を切り裂き、抜けた。
ザドゥのミドルキックが飛び、素敵医師は後方に跳んで避けた。
ザドゥは両手で虎徹を下段に構える。
ダァンっ!と銃声が響いた。
「「!」」
弾丸はザドゥにも素敵医師にも当たらなかった。
芹沢がガクガク震えながら、闘志を漲らせながら銃をザドゥに向けて撃っていた。
「き、きへへへ、きひゃひゃひゃひゃっ……流石がよ!新撰組局長ォ!!」
芹沢は焦点の合わない目で、ただし切羽詰った表情で尚も銃弾を放とうと構えていた。
「かはっ…かはっ……アタシがやややっらないと…」
ザドゥはすぐさま下がりながら虎徹を地面に降ろした。
「そうがよっ。はは、はようしやせんとセンセと新撰組のみんなが死きしまうぜよ!」
素敵医師は芝居がかった様子で芹沢を鼓舞した。
ザドゥは一瞬の隙を突いて、素早く素敵医師の背後に回る。
「…!?」
素敵医師の首が180度回転し、にやけた顔でザドゥを見た。
ザドゥは死光掌の構えを取った。
もう銃弾を避ける自信はなかった。
芹沢は銃を構え、狙いを付け、大声で叫ぶ。
「あああああああ、アタシがやややらなきゃきゃ、みんながーーー……!!」
「くっ……」
ズゥンっ………
――――その時、大地が揺れた
●
アインはゆっくりとした足取りでしおりの方へ歩み寄る。
ズ…ズ…ズ……。しおりは左足を引きずりながら、後退する。
「(い、いたいよぅ……)さおりちゃん…しっかり…」
左アキレス腱を踏み砕かれた痛みに耐えながら、しおりはさおりを励ます。
その光景に表情を変えないまま、アインは近づく。
その身体は小刻みに震えていたが、カオス以外誰も気付かなかった。
式神達は二人の周囲を囲んでいる。
内一体は右肩から斜めへ亀裂が入っていた。
ふっと一瞬、アインの視界が真っ暗になる。
彼女は疲労を表に出さず、しおりに語りかけた。
「わたしは参加者じゃないわ…」
「?」いきなりなアインの発言にしおりは困惑した。
飛空型式神が二人に近づこうとする。
「あなたの目的がどちらにしろ、これ以上、わたしと戦うべきではない」
『な、何寝ぼけた言ってんのよっ!』
双葉の激昂した非難の声が飛ぶが、アインはそれを無視して言葉を続ける。
「…あなたは生きて、望みを適えたいのでしょう?」
『アンタ!あれだけの事をこの娘にしといて、よくも、ぬけぬけとっ!!』
「…………」しおりはアインを黙って見つめていた。
「…マスターに生き返ってもらうの……それで、さおりちゃんともいっしょに……いっしょに…」
「………………」
しおりは上目遣いに、たどたどしく自らの希望を口にした。
それを聞いたアインの目の光が一瞬、消えた。
「それで…それで…」
「………………。あなたは参加者を斃したいのね」
「! う、う……」
即座に返答しまうところだった。
だがその反応でアインには目的が解った。
『………!』 双葉もそれを察し、息を呑んだ。
「なら、わたしを殺せたとしても徒労に終わる。ゲームの外にいるから…」
『…!あんたも参加者でしょうが!あの娘を殺そうとしてたじゃない!!』「………」
しおりは何か言いたそうにアインを見た。
「その証拠にわたしは首輪を着けてない。わたしはあなたが攻撃してきたから反撃したまで。
…強いから手加減できなかった。ごめんなさい。」
そう言いつつ、アインは表情も声色も変えないまま、式神達を一瞥する。
「けれど彼らが参加者だと解った以上、あなたと戦い続ける理由は無い」
「え?」しおりは式神達を見た。
『ぐ…』式神達がぎぎぎ…という音と共に動き出す。
しおりはしばし迷い、言った。
「まって!……本当なの!?」
「本当よ…ただし彼らは本体じゃない。彼らを操っている首輪を着けた参加者が、ここの近くにいるはず」
『!』 式神が一斉に襲い掛かった。アインはそれらを避け続け、時折視線をしおりに向けた。
式神達の動きはさっきと比べ乱雑で今のアインにも容易に躱せた。
しおりが半ば呆然とそれを見守る。
やがて式神達の攻撃が止むと、すぐさまアインの近くへ移動した。
「じゃ、じゃあ、この人たちは…?」
「ゲームに乗った参加者があなたを利用してるんでしょうね」
『!! ち…、あたしはっ……!」
「だったら何故、声色を変えて協力を申し込んだのかしら? どうして自ら姿を現さないのかしら?」
『…………………………………』
双葉にはその理由を口に出せなかった。
ほぼ確実に殺されると予想できたから、姿を現せなかった。
彼女の意地がそれを口に出す事を許さないでいた。
この状況で運営者をも相手にする余裕がないから、真意を口に出せなかったのだ。
「……それにあなたの『マスター』は完全には死んでないかも知れない」
「え?」
「知らないようね。あなたのマスターは別の世界の住人でしょ?」
「ど、どうして知ってるの!?」
「わたしの目的の一つはゲームの調査。参加者は一部の例外を除いて、それぞれ別の世界を生きているわ。
常識は必ずしも通用しない。もう一度、その人を調べれば見なければ生死は判断できないわ」
「…………」
初めて病院で魔窟堂らと話した結果出た推測と、まりなの情報。
アインはそれらを合わして交渉の材料として使ったのだ。
「で、でも放送で…」
「主催者が本当の事を言うとは限らないわ」
『……この、うそつき…』かすれた声で双葉は言った。
アインは構える。
「!」しおりがはっと息をのんだ。
「この話を聞いても、まだわたしとの戦いを続けるのなら…」
震える手でしおりは刀を構える。
「わたしは最期まで、全力であなた達姉妹に抵抗する」
「…………!」
アインの気迫に押され、しおりは思わず唾を飲み込む。
『上等…じゃない』
「仮にわたしを殺せたとしても、直後に彼らが裏切ったらあなた達はどうするつもりかしら?」
「!?」
『!。あ、あたしは…そんなこと…』
「彼らはいくら傷ついても、それを操っている参加者は無傷のままよ。
あなたはそんな人を信用できるの?」
双葉の言葉を遮り、アインは続ける。
「…………」
「…それにもし、あなたがマスターを本当に想うのなら、よく考えなければ駄目」
アインは構えたまま、しおりの脇を見た。
「…………?」
「わたしはこの先に用があるの。おとなしく道を譲るなら、あなた達に危害を加えない。
譲らないのなら、あなたの願いはもう適えられない」
「で、でも…」しおりは迷った。
『…………』 式神達が動き始める。
「あなた一人の問題ではない筈よ。生き残らなければならないのでしょう?
それにわたしの方が上手く行けば、あなたの願いも早く適えられるかも知れないわ」
アインの身体から闘気がうっすらと湧き出る。
「(…………)」しおりは首を下げた。
「これで、最後」
その言葉と共に、アインは大地を蹴った。
式神達が走り出す。
しおりは顔を俯かせたまま動かない。
式神達の動きは乱雑なままだ。
「…!」「………」
アインがしおりの横を通り並んだ。
『!』 こぅっ…と式神が発光し、追跡スピードが上がった。
しおりの背後に控えてた式神二体が、アインへと向かう。
「!」『!』 しおりが動く。
「…」アインは気を完全には解放しなかった。
―――アインは式神の包囲網を抜けた
『…………え…?』
一体の式神が炎上していた。
しおりの目には惑いがあった。だが…
ざんっざんっざんっざんっざんっざん…
手に持った日本刀はもう一方の式神を無常に切り裂き続ける。
『…………!』バラバラにされた式神は白い炎をあげて消滅した。
炎上を続けていた式神が強く発光した。
包んでいた炎は掻き消え、式神が元の姿に戻る。
『はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…』
しおりは深呼吸した。
「ね、言ったとおりでしょ、楽になるって」
『さおり』はしおりに言った。
「さおりちゃん……。
これはあいつほど強くないから、きりぬけられるよ。
でも…でも……しょうがないよね…」
しおりは式神達を見て、おずおずと攻撃態勢をとった。
「(このままじゃ…さおりちゃん、もたなかったもん)」
互いに慎重に、対峙するしおりと四体の式神達。
時間は刻々と流れる。双葉はしおりに言った。
『あんた……きっと後でアイツに……殺される…よ…』
泣きそうな声だった。
「……………」
しおりはそれに対し、何も言わなかった。
●
「……」星川は自らの左手に持った棒状のものを見た。
それから自分の手を視認する。
安堵のため息をついた。
彼の顔色はあまり良くない。
彼は右手を自らの胸に突き立てた。
姿が揺らぎ、顔が苦痛に歪む。
右手は棒状の物体を掴んでいた。
●
ダァン!
ザドゥの頭上を弾丸が通り過ぎた。
「「「………!」」」
突然、起こった地震に彼等の足元はすくわれていた。
ザドゥを除いては。
彼は素敵医師に飛び掛かり、マントを顔に巻き付けた。
「っ………」
それから、マントの上から顔を掴み、横に回した。
めきめきめき……と、素敵医師の頚椎と気管音が破壊される音がした。
「…」ザドゥは素敵医師の首を一周させても、なお回し続ける。
時折肘鉄も入れた。音が少し小さくなっていく。
ごぽっ…とヘルメットの中で素敵医師は吐血した。
ザドゥは油断なく身体にも蹴りを打ち込みながら芹沢の様子を確認する。
「ふん……」
手を離し、地面に崩れ落ちる前に、念の為に素敵医師の右足に渾身の蹴りを入れる。
ばきッ…。骨が折れ、素敵医師は言葉もなく地面に倒れこんだ。
ザドゥは芹沢の方へ走った。
それから数十秒のち、意識を失った素敵医師の頭部から、赤い蒸気が立ち昇り始めた。
●
吐く息は荒い。だが走るスピードはまだ、落ちていない。
これなら、まだ主催者と戦える。
アインはそう実感しながら、楡の木に向かって走る。
《…………。気は生命力でもあるからな、使いすぎに気をつけろよ》
カオスの忠告に、アインは頷く。
《どうした…?》
アインは顔を青ざめさせていた。
カオスの問いにも答えられなかった。
「(……こんな手に引っかかるなんて…)」
どちらかといえば、切り抜けるわずかな隙を作るための方便で、
同士討ちにまで持ち込めるとは思ってはなかった。
「……!」 ふとアインの脳裏に数年前の出来事が浮んだ。
夜。
そこには二人の男がいた。
一人は自分を抱えながら嘲笑する、銃を持った銀髪の中年男だった。
デザートイーグルを手に持ち、自分達に向かって叫ぶ少年だった。
あの時、自分は玲二に仇をなすサイスを反射的に庇ってしまったのだ。
「っ……」アインは顔をしかめながら、頭からその光景を振り払おうとした。
「…………」何で、この状況で頭に浮かんだのか自分でも解らなかった。
《…油断するなよ》
アインは記憶を取り戻した直後の玲二とのやり取りを思い出す。
「(彼も記憶を取り戻す前から、こんな気分を味わってきたの?)」
身体の内部に冷たく重い何かが残留するような嫌な異物感。
アインはそれを消し去るべく、素敵医師への憎悪を呼び起こす。
「……」芥が焼却されるかのように徐々にソレが消えていくのを感じた。
アインは深いため息をついた。
相手が単独ならカオスの力抜きでも充分対処できる。しおりでもだ。
《…………》
アインは走った。
「………………」
苦肉の策だった。
●
真っ赤に染まった視界と朦朧とした意識。
素敵医師は被ったヘルメットを取り、芹沢の姿を探した。
がくんっ…ぶらぶら……
「……………」
首が背中の方へ折れ曲がり、意識が飛んで、彼はまた仰向けに倒れた。
一瞬だけだが、ザドゥが芹沢の背中に両手を当てている光景が見える。
素敵医師の首の回りには、ぶくぶくと高熱の泡が吹き出し続けていた。
「………」意識がはっきりとしてきた。
素敵医師は立ち上がった。折れた足も完全に治っていた。
ザドゥはそれに気付き、息を切らしながらもこちらを見据えた。
次に素敵医師は芹沢の姿を探した。
「………!?」
芹沢の姿を発見した素敵医師は目を見張った。
彼女は倒れていた。
だが痙攣は治まり、呼吸も規則正しく動いている。
有り得ない…と、素敵医師はもう一度、芹沢を見た。
「!?」なんと彼女の身体から、ザドゥのような気が湧き出ていた。
●
しおりの刀が式神を貫く。
それに笑みを浮かべていたさおりの顔が驚愕に歪む。
式神が発光し始めたのだ。
とっさに突き刺さった刀を抜こうとするが、抜けない。
式神は突如、駒のように回転し始める。
さおりは刀を掴んだままふんばるが、木に二回激突し、離してしまう。
刀を持った式神は動きを止め、ぶるぶると震えた。
その現象はさおりが再び動くよりも早く起こった。
ばきっ!と音がして刺さっていた日本刀が折れた。
切っ先が地面に落ちたのを見て、さおりはあの時のザドゥの言葉を思い出す。
『……ならば参加者を殺せ。その方が遥かに容易い。貴様の能力ならば
今残っている参加者の多くを屠る事ができる筈だ』
「うそつき……」さおりの拳に火が点る。
『ッ………』式神は動こうとするものの、急激に気を消費し動けない。
さおりは高速度で式神の懐に潜り込み、火炎拳を連打した。
『…』 式神は一瞬で炎上し、崩れ落ちた。
「うそつき、うそつき…」さおりは残る三体の式神を睨み付けた。
●
「……………」
地震が起こった直後、アインは急激な脱力感に襲われていた。
やむなく、走るのを止め、ゆっくり歩きながら調子を取り戻そうとした。
「……」様子を見たが、周囲にはまだ誰もいないようだ。
この地震は神が起したものなのだろうか?アインはそう疑問に思った。
《近いぞ》
言われて、アインは気配を消し、足音を消しながら慎重に歩く。
「………」さっきまでの脱力感は、ほぼ消えつつあった。
↓
【アイン(元23)】
【現在位置:楡の木広場付近】
【スタンス:素敵医師殺害】
【所持品:スパス12 、魔剣カオス、小型包丁4本、針数本
鉛筆、マッチ、包帯、手袋、ピアノ線】
【能力:カオス抜刀時、身体能力上昇(振るうたびに精神に負担)】
【備考:左眼失明、首輪解除済み、軽い幻覚、肉体にダメージ(中)、肉体・精神疲労(中)】
【しおり(28)】
【現在位置:楡の木広場付近】
【スタンス:しおり人格・参加者殺害、さおり人格・隙あらば無差別に殺害、双方とも慎重に行動】
【所持品:なし】
【能力:凶化・身体能力大幅に上昇、発火能力使用 、回復能力あり】
【備考:首輪を装着中、多重人格=現在、さおり人格が主導
全身打撲で能力低下、ダメージ(中)疲労(大)】
【朽木双葉(16)】
【現在位置:楡の木広場】
【スタンス:アイン打倒、首輪の解除、素敵医師と一応共闘】
【所持品:呪符10枚程度、薬草多数、自家製解毒剤1人分
ベレッタM92F(装填数15+1×3)、メス1本】
【能力:植物の交信と陰陽術と幻術、植物の兵器化
兵器化の乱用は肉体にダメージ、
自家製解毒剤服用により一時的に毒物に耐性】
【備考:双葉は能力制限の原因は首輪だと考えている、首輪装着
楡の木を中心に結界を発動、強化された式神三体を使役
疲労(大)、ダメージ(小)、士気低下
(内一体ダメージ(大)、内二体ダメージ(中))】
【式神星川(双葉の式神)】
【現在位置:楡の木付近→しおりのいる場所】
【スタンス:???】
【所持品:植物兵器化用の呪符10枚】
【能力制限:幻術と植物との交信】
【備考:幻術をメインに使う】
【主催者:ザドゥ】
【現在位置:楡の木広場付近】
【スタンス:素敵医師への懲罰、参加者への不干渉、カモミール救出】
【所持品:ボロボロのマント、通信機】
【能力:我流の格闘術と気を操る、右手に中度の火傷あり、疲労(大)、ダメージ(小)】
【備考:疲労により身体能力低下】
【素敵医師(長谷川均)】
【現在位置:楡の木広場付近】
【スタンス:アインの鹵獲+???、朽木双葉と一応共闘】
【所持品:メス2本・専用メス2本、注射器数十本・薬品多数
小型自動小銃(予備弾丸なし)、謎の黒い小型機械
カード型爆弾二枚、閃光弾一つ、防弾チョッキ】
【能力:異常再生(限度あり)、擬似死】
【備考:独立勢力、主催者サイドから離脱、疲労(小)
肉体ダメージ(小)】
【カモミール・芹沢】
【現在位置:ザドゥの近く】
【スタンス;???】
【所持品:虎徹(魔力発動で威力増大、ただし発動中は重量増大、使用者の体力を大きく消耗させる)
鉄扇、トカレフ】
【能力:左腕異形化(武器にもなる)、徐々に異形化進行中(能力上昇はない)、死光掌4HIT】
【備考:気絶。禁断症状沈静化。中度の脱水症状だが、一応戦闘可能。疲労(大)、薬物の影響により腹部損傷】
【追記:しおりVS双葉。 離れたところでザドゥVS素敵医師。少し離れてカモミール芹沢が気絶。
近くにアインが潜伏。式神星川移動中。更に離れた位置に智機待機 現在PM5:25頃】
(二日目 PM5:10 西の森)
魔窟堂が出発した後、五人は待ち合わせ場所より少し離れた所にいた。
「(靴跡から見て……一・二人以上の男性がここで休息を取っていた所でしょうか)」
焚き火の跡を木の枝で弄りながら、そう紗霧は推測した。
「この本は一体何だったのでしょうか?」
炭化した本を見て、ユリーシャ。
「恐らくハズレの支給品だったんでしょう」
「(廃村から持ち出す必要はないだろうしな)」
二人の会話に耳を傾けながら、恭也は斧の手入れをしているランスを見る。
「木の枝よりかマシだが……やっぱりランスアタックは使えねえな」
使用武器に不満げなランスに対して恭也は提案した。
「ナイフなら持ってるけど、使わないか?」
戦闘スタイルを変える事を決意したが故の恭也の判断だ。
「駄目だ。ナイフでは俺様の必殺技が使えん。 お前か、ジジイが持ってろ」
「ああ」
次に恭也はまひるの方を向いた。
「……」
まひるは手で後頭部を弄りながら、何かを思案していた様だった。
「……!」
彼は自分を見ている恭也に気づくと、単刀直入に言った。
「ねえ……あたし達が持ってた荷物どうなってんだろ?」
●
「現地に放置か、本拠地のどこかでしょうね」
「参ったな……」
恭也は修行中に所持していた、小太刀の事を思った。
あれは彼にとって大事な品なのだ。
「あたしの肉マン……」
「俺様の剣…」
「……」
召喚前から所持品がなかったユリーシャはただ黙ったままだ。
「(願いを言う前に…念入りに返却を求める必要がありますね)」
紗霧は鞄の中身(金属バット・トンカチ・教材・簡易スタンガン等)を思い出しながら、心中で呟いた。
「ん……心配するな、お前ら」
沈んだ空気に気づき、発破をかけるかのようにランスは言った。
「主催の金髪ムチムチねーちゃんが、刀を持ってた。
俺様の魅力で仲間にした後に、刀を借りて俺様が使う!
グッドだ! ガハハハハ…!」
楽天的なランスの発言にユリーシャと恭也思わず顔を見合わせてから苦笑いをし、まひるは何故か虚を突かれたようにキョトンとしている。
「…………」
紗霧はジト目で彼を見ながら思った。
「(そんなに上手く行く訳がないでしょ。
第一運営者を全滅させる以外、貴方が生き残る方法が無いのが解っておいでですか?)」
紗霧はランスの思惑通りに進める積もりはなかった。
ただ情報は必要なので芹沢の事を慎重に言葉を選びながら、紗霧は聞くことにした。
●
ランスは上機嫌に手に腰を当てて笑っている。
それを尻目に紗霧は芹沢の現状を推測した。
「(彼女は本拠地で治療されて動けないでいるか、用済みで殺されてる可能性が高いですね)」
考えを口に出さないのは、士気を下げたくなかったからだ。
ランスの発言を聞き、考えをまとめていたのは紗霧だけでは、なくまひるも同様だった。
「(この辺、タカさんとそっくりだなぁ……)」
ランスにタカさんと共通する部分を見出しての感想だった。
彼女と出会った時、まひるはゲームのスタンスについて言われた事を思い出す。
「(……ホントは運営者とも戦わない方がいいと思うけどね……)」
自分にだって願いを叶えたい気持ちはあった。だから、運営者の気持ちもわかる。
それと同時に彼は生き残ってる参加者の事を考えざるを得なかった。脱出の方法自体、自分では思い浮かべさえも出来ない。
仮にあったとして、同行者の気持ちを無視してまで願いを諦めろなんて彼には言えなかった。
だから、これまで脱出しようとは提案しなかったのだ。
けど、言わなきゃならないことは言うべきだと思い、彼は他の四人に言った。
「あたし達が家に帰るにはどうしたら、いいんだろ?」
「? そんなの決まっている。 主催のヤロウを殺せばいいのだ」
「帰してくれるの?」
「「「…?」」」
「何言ってる?」
どこか気まずい沈黙が流れた。そんな中、先に口を開いたのはユリーシャだった。
「も、もしかして……元の所へ帰るのに、その願いを言う必要があるのでは……」
少し空気が変わった。
そして、渋面でランスは言った。
「……それは、ありそうだな」
まひるは頷いた。
↓
【グループ:紗霧・ランス・まひる・恭也・ユリーシャ・】
【現在位置:西の森】
【スタンス:主催者打倒、アイテム・仲間集め、西の小屋へ向かう、魔窟堂を待つ、一応、脱出方法を考える】
【備考:全員、首輪解除済み】
【ユリ―シャ(元01)】
【スタンス:ランスを中心にグループに協力】
【所持品:ボウガン、スコップ(小)、メス1本、指輪型爆弾×2、小麦粉、
解除装置、白チョーク1箱…は紗霧に隠されてます】
【能力:勘が鋭い】
【備考:疲労(中)、紗霧に対して苦手意識】
【ランス(元02)】
【スタンス:女の子優先でグループに協力 、芹沢を探す
男の運営者は殺す、運営者からアリス・秋穂殺しの犯人を訊き出す】
【所持品:斧、棍棒もどきの杖2 】
【能力:大剣がないので、ランスアタック使用不可】
【備考:肋骨2〜3本にヒビ(処置済み)・鎧破損・疲労(小)】
【高町恭也(元08)】
【スタンス:知佳の捜索と説得、】
【所持品:小太刀、鋼糸、アイスピック、銃(50口径・残4)、鉄の杖、保存食】
【能力制限:神速使用不可】
【備考:失血で疲労(中)、右わき腹から中央まで裂傷あり。
痛み止めの薬品?を服用】
【月夜御名紗霧(元36)】
【スタンス:反抗者を増やし主催者へぶつける、計画の完遂、モノの確保】
【所持品:対人レーダー、レーザーガン、薬品数種類、謎のペン8本
スペツナズナイフ、金属バット、文房具とノート(雑貨屋で入手)、智機の残骸
の一部、 医療器具(メス・ピンセット)】
【能力:毒舌・隠匿】
【備考:隠しているけど疲労(中)、下腹部に多少の傷有】
【広場まひる(元38)】
【スタンス:智機以外の相手との戦闘はなるべく避ける。
グループが危険に晒されるなら、応戦する
島からの脱出方法を探る】
【所持品:せんべい袋、服3着、干し肉、救急セット、竹篭、スコップ(大)
携帯用バズーカ(残1)、タイガージョーの支給バッグ(中身は不明)】
【能力:身体能力↑、????、怪力、爪、超嗅覚・感覚、片翼、衝撃波(練習中)使用】
【備考:疲労(小)】
(二日目 PM5:20 東の森・楡の木広場)
ザドゥの脳裏にあの時の光景が蘇った。
目前にいる自分と同じ顔をした男―――シャドウが、拳に陰の気を集中させる。
その時、すでに死光掌を受けていたザドゥは感じたことの無い苦痛により身動きが取れなくなっていた。男の拳が迫った。
それを受けたのはザドゥではなく、首に鈴を着けた長髪の少女―――チャームだった。
その時、死に行くチャームを前にして、ザドゥは戦う事ができなかった。
「あ、あああ、おあ、あ、ああ………」
芹沢は口から留め止めもなく涎を垂らしながら、迫るザドゥに向けて、尚も銃弾を放とうとする。
「………が…あぁ…」
だが、彼女は身体の震えを押さえきれずに銃を落とし、地面の揺れにも耐え切れず、倒れこむ。
芹沢は顔をザドゥに向け、左腕を上げる。それに構わずザドゥは駆ける。
「?」かくんと、芹沢の左腕の間接がそれぞれ逆方向に曲がった。
「!?」 ザドゥが眉間にしわを寄せたと同時に、鞭のように左腕が伸び、ザドゥに迫った。
先端がザドゥの右肩を浅く裂く。だが、ザドゥはそのまま死光掌の構えを取る。
今のザドゥの構えは、あの時のシャドウと構えと同じ。
しかし、今使おうとしているその技の性質は決定的に違っている。
一撃必殺の暗殺拳と伝えられる『死光掌』は、古来から伝えられる妖怪の元と言われる『陰の気』を集中させ相手に叩き込むもの。
だが、それは死光掌を生み出した、神気流という武術の裏の奥義に過ぎない。
『死光掌』は本来あらゆる万物の源『気』の流れをコントロールする術。
その技の名に反し、医術においても度々使われてきたのだ。
ザドゥは神気流の名は知れど、その流派が死光掌を生み出した事実までは知らない。
素早く、芹沢の背後に回りこみ、両手の指先に純粋な気を集中させた。
「―――――――――――っ!」
芹沢は声なき絶叫をあげた。
今回、技の名をザドゥは叫ばなかった。
ザドゥの指拳が芹沢の秘孔を素早く突いていく。
それに伴い、ザドゥから立ち昇る気は徐々に芹沢の身体へと移っていった。
●
(二日目 PM5:22 本拠地・管制室)
機械に覆われたその部屋は薄暗く、蒸し暑かった。
常人がここに入り込めば、相当居心地が悪かったろう。
否、悪いどころではないかも知れない。
ぐらぐらと部屋全体が揺れている上に、そこには異形の怪物―――ケイブリスが居たのだから。
やがて揺れが収まったのを確認した後、巨大なソファに座っていたケイブリスが言った。
「飯はないか?」
「近くに黄色いドアがある。その先にある一番大きなドアが食料庫に通じている。
そこから適当に取っていけばいい。それと管がついてるパックがあるが、それは透子の食料だから持っていくなよ」
「おう」と返事をし、ケイブリスは立ち上がり、ふとモニターを見る。
そこにはランスの顔とデータが写しこまれている。
「…………」
さっきまでケイブリスは暇つぶしも兼ねて、ゲームの進行状況と、参加者のデータが記載されたモニターを見ていた。そこで少し、気になった事があるので智機に訊く。
「奴の一番下にずらっとある、数字は何だ?」
「?。あぁ…他の参加者と遭遇した場合の推定死亡確率だ」
「…………。ひゃくで満点なんだよな…?」
「そうだ。数字が多ければ奴の死亡率が高いということだ」
「この85ってのは…」
「既に死亡した、33クレア・バートンと遭遇した場合の死亡確率だな。99%以上の確率で毒殺だ」
「マジかよ……?」
そもそも、ケイブリスら魔人に毒はほとんど効かない。信じられないという表情で彼は呟く。
「ああ。それと、前もって言っておくが…」
「?」
「我々運営者がランスに手を出す分には、お前の望みどおりに動く。
だが、参加者が奴を手に掛ける分は、今はどうしようもないという事を理解しておいてくれ」
「………。あいつを殺れる奴がいるってのか?」
「今となっては可能性は低いがな。ゲーム運営の成功が我々の望みを適える方法である以上、迂闊に手は出せない。お前が奴を殺す前に勝手に死んでしまった場合は……暴れないでくれ」
「…………。とりあえず…OKって言っておくぜ…。で、更に85って数字がもうひとつあるが、なんだこりゃ?」
「既に死亡した34アリスメンディと同行し、クレアと遭遇した場合のケースだな」
台詞と共に、別枠でアリスのデータも映し出される。
「…この女悪魔も奴と同じように死ぬのかよっ?」
「あー…その可能性は高かったな」
「……。この女のくすりってなんだ…?」
「薬物調合にそれなりに長けていたという事実が信じられんのは無理は無いな……。
ま、大方酔っ払っていたんだろ」と、どうでもいい感じで呟く。
「……」
ケイブリスは怪訝な顔でモニターを見続けたが、少しして用を思い出し食料庫へと向かっていった。
「………」
二度目の地震が起こってから、智機は待ち続けている。
呼び出した透子から連絡が来るのを。
●
暗く狭いマンホールの下に其れはあった。
硬く閉ざされた木の扉が。
周囲の壁をよく調べれば、扉の向こうにある空間が狭いのが解るだろう。
扉には鍵穴がある。合う鍵があれば開けられる。
もしくは扉を破壊するだけの力があれば、向こうにあるものが何であるのか確かめられるかも知れない。
ただし向こうにあるものを使うには、扉だけを破壊しなければならない。
ここに最初に来た仁村知佳は、今の自分にはそれが出来ないと解っていたから、立ち去ったのだろう。
透子は扉の前で座り向こう側を凝視しつつ、そう推測していた。
「……」 地震が起こってから、ロケットが小刻みに振動している。
智機からの呼び出しなのは解っていた。
それを無視していたのは、時空の歪みの原因を突き止めたかったからだ。
透子が上を見上げる。
扉の前から彼女の姿が消え、校庭の真ん中へに姿を現す。
透子は崩れた校舎を見る。
「…」そこに隠されているものをまだ参加者が見つけていないのを確認し、透子は東の森へと転移した。
●
「………!」
素敵医師が立ち上がったのを見て、ザドゥは背後の芹沢を庇う様に移動し、身構える。
彼の疲労の色は濃い。
「あー…あー…あー……」
素敵医師は右の眼を大きく見開き、呻く。
首を横に振ると、固まった体液がパリパリと剥がれ落ちた。
捻れた首は元に戻っていた。
ザドゥと素敵医師はしばし見つめ合った。
「おお、おだねのようがね……たいしょぉ……」
先に口を開いたのは素敵医師だった。
「センセの薬が欲しかったががやないがか……?
かか、カモミールになな何をしたがよ?おらぁに教えてくれが……」
「…………。貴様のやり方は涼宮遙の件で知ってたからな」
「……?」
「死ぬんだろう?貴様に投与された薬品のおかげでカモミールが生きている以上、解毒などされればな…」
自分と芹沢に向けられる攻撃を警戒しつつ、ザドゥは淡々と答える。
「へ、へひへひ……まいったが…最初から…センセを信用しとらんだったがか……」
素敵医師は珍しく素直に嘘を認め、注射器を出して構える。
「ふん。貴様の言う通りだ」
「な、何がいうとーりか?」
「生物は科学反応で成り立っていると言ったな。その通りだ。
だからこそ薬物を警戒できたのだ」
「そそ、それとカモミールとなんの関係がる?」
「貴様は知っているか?気功の本来の使い方を」
「…………?………っ!?」
素敵医師は芹沢が中毒者にも関わらず武術を使えた事と、『気』の意味を思い出しハッとする。
「そ、そそそ、そこまで都合よく使えるわけが、ないぜよっ!」
素敵医師が居た世界にも気を身体の治療に使える者は存在していた。
だが、自分の薬物の副作用を中和できる方法は彼の知る限り存在しなかった。
「貴様が居た世界ではそうかもな…」
ザドゥが死光掌の本来の使用法を使う戦法を取った理由は5つ。
一つ目は、素敵医師のやり方を知っていたから。
二つ目は、今の芹沢が武術を扱えたことで、正気に戻れる目があると思った。
三つ目は、自らの知識に自信を持っていたこと。
四つ目は、昨日双葉がランスに掛けられた呪いを解いたという報告を受けていたこと。
呪いの力を陰の気と考えれば、陽の気をぶつける事で中和できるという推測だ。
五つ目は、タイガージョー相手に死光掌を成功させたことで、コントロールできる自信が生まれたこと。
これだけの材料が揃っていたから、ザドゥはこういう行動に出たのだ。
「……ま、ま、まだカモミールが正気にもんたと決まったわけじゃーないが……」
素敵医師は震える口調でザドゥに言う。彼は不安だった。
そして、同時に期待もしていた。
もし芹沢を正気に戻すことができるなら、彼が長年追い求めてきたものが目の前に存在することになる。
彼は警戒をしつつ、ザドゥに話を持ちかけた。
●
其処には二人の女性が横に並んで立っていた。
場所は主戦場となっている楡の木広場から多少離れた所だ。
風が吹く。
それは無数の木々を音をたてて揺らし、多くの枯れた葉と枝を地に落とし続けた。
「(そうか。仁村知佳は手をつけなかったんだな)」
《はい…》
透子は楡の木の方に目を向けながら言う。
《彼女らに対する警告は?》
「(必要ない。ザドゥが既に行っているはずだからな)」
智機は透子の能力を通じ、心で会話をしていた。
智機はグレーのフードと手袋を装着し、首輪と袋の中身を吟味している。
透子はそれを見て、微かに眉をひそめた。
「(オマエは他の参加者の捜索か、仁村知佳の監視を続行していろ)」
智機はそれに気を留めず、指示を出す。
透子は視線を改めて、智機の眼に合わせ伝える。
《忘れてました……伝言です。これからは参加者に対しての直の支援、及び運営者による薬物投与は禁止との事です》
「………。(解った……他には?)」
透子はしばし考えるそぶりを見せた。
だがそれ以上の反応は見せず、すっと姿を消した。
「(ゲームを成功させる気があるのか、あいつは?)」
●
素敵医師は両手を挙げた。
「何のつもりだ?」
「ふへ、へへへへへ……。降参やき……」
ザドゥは首を捻り、口元を皮肉げに歪めて言う。
「………。それは、俺におとなしく殺される覚悟ができたってことか?」
「ち、違うがよっ!か、カモミールはおとなしく渡すがっ。そその代わりにセンセを見逃して欲しいが」
「言いたい事はそれだけか?」
「待つがっ!たた、大将にとっても、ざん……すぐにここから離れられるのは、わわわりぃ話じゃーないがだろ?」
「…………」
「いつ参加者に狙われるか解らんき、こここはお互い離れるが賢明ぜよ」
「俺が参加者に遅れを取ると思うのか?」
「ひ……か、カモミールは遅れをとったきね…」
「………」
今の素敵医師の言葉に嘘偽りはない。芹沢が倒れ一人である今、彼を守れる者はいないからだ。
勝機が全く無い訳でもなく、この場で満たしたい欲もある。
だがアインやしおりの生死が不明である以上、不用意にリスクを背負いたく無いのも事実だった。
「センセが憎いなら、ちょ、ちょ懲罰は後にするのが得策ぜよ。せっかく助けたのが、ぱーになってしまうがよ」
「…………」
ザドゥが黙って聞いているのを脈ありと見た素敵医師は畳み掛けた。
確かに素敵医師は憎いが、ザドゥにとって芹沢の救助は懲罰以上に重要だ。
「そそそその内、すぽんさーからもセンセについて連絡が来ると思うが…。それまで見逃しとーせ」
「見逃すと、今後のゲーム運営に支障が出る」
「た、大将は主催者のリーダーやき、アインとぶっち…同じやり方ではいかんが……」
「……どういう意味だ?」
「へけけけ……ぶっちゅ……おなじやり方でいけば、たた大将も、カモミールも全員破滅すするがで?」
「…貴様が死ねばどちらも起こりえない事だ」
「………。しょうまっことそう、思うか?」
「何?」
素敵医師は皮肉げな笑みを浮かべた。
「大将は……ああああ、あの女が高原美奈子を殺したがを知っちゅうか?」
「………」
「どーやら……知らんようじゃ?」
「それがどうしたんだ?」
「知ーらんがなら話にならんがっ。大将も自己満でカモミールを殺さないよーに、気をつけるがとしか言えんきね」
「………」
芹沢を見る。呼吸は整ってはいるが、正気に戻れるか迄はまだ、解りそうもない。
「も、もしセンセと戦うがなら……」
素敵医師は黒い薬品が入った注射器を取り出す。
それに加え、彼の身体からは微量ながらも気が放つのがザドゥには見えた。
「…………」
素敵医師への敵意を込めた眼差しをそのままに、ザドゥはじりじりと芹沢の方へと後退を始めた。
「賢明がよ大将。せ、センセも下がらせて貰うが」
ザドゥの通信機から突如、小さなブザー音が鳴り始めた。
「!?」「(……この音量は)」
ザドゥが隙を見せてないのを確認し、素敵医師は恐る恐るそのまま立ち去ろうとした。
「………。どうやら互いに、都合よく物事は運ばんようだな」
「!」
その言葉を聞き、素敵医師は慌てて戦闘態勢を取る。
ザドゥも遅れて戦闘態勢を取った。
「…………」 実はザドゥは素敵医師と交戦する前、智機と連絡を取り合う直前に、直に透子から連絡を受けていた。
智機が撃退された事。首輪を外した参加者に対して注意して欲しいとの警告。
そして、自分の能力の及ぶ範囲内に参加者がいるなら、こうして支援するとの助言を。
「…………」
素敵医師は狙っていた。もし襲撃者が自分を狙うなら、そいつを。
ザドゥを狙うのなら、ザドゥを。自分の奥の手の餌食にする為に。
奥の手は素敵医師自身の身体に溜め込んだエネルギーを大きく消耗するので、普段は使わない。
だが、自らの目的に大きく近づけるなら使用することに躊躇いはなかった。
気力奪いの発展技―――『気力破壊』を使用するのに。
不意打ちの機会を逃した襲撃者―――アインは木々に隠れ、周囲を警戒し続けていた。
↓
智機は予想通りの反応をとった透子に呆れながら、次に薬品の入ったビンをじっと見つめる。
警告内容自体に不満はない。薬の用途は何も参加者を誘導するだけではないからだ。
「(ま、呼び出しに間に合っただけでも、今回は良しとするか)」
智機は透子に計画に必要な道具を持って来させようとしたが、それに応じたのは呼び出しから五分以上経ってからのことだった。
透子への苛立ちを覚えながら、智機は道具の確認作業を終え、巨木がある方角を見た。
「(下手すれば……共倒れになりかねんな。どうしたものか…)」
創造神がこの戦いに注目していることが確実である以上、不用意に手を出すわけにはいかない。
かと言って、参加者にバレないように素敵医師等だけに介入する器用な真似は
ここにいる戦力だけではできそうもなかった。
「(透子なら出来るだろうが……あの二人の能力を考えると、過信はできない)」
智機は双葉としおりの発言も注意深くチェックしていた。
「(ザドゥは性格上、『黒い剣』を放置しかねない。
後から回収してもいいが、仁村知佳や魔窟堂がここに来ないとも限らないしな)」
「……」思案する智機を他所に、強化体は前方の木の陰に隠れて待機している。
「(仁村知佳相手ならこいつで対処できるが、紗霧が他の参加者を率いてここに来れば、透子の力を借りない限りアウトだ)」
自らの分身でもある赤い機体を見ながら、智機は対策を考え続ける。
「(…紗霧の発信機はまもなく停止する筈。とりあえず奇襲狙いのセンが無くなった以上、来たとして次の放送から一時間後くらいか。
戦闘後、生き残った参加者がうまいこと分散してくれればいいのだが……)」
人質を取ろうかとも考えたが、それは無駄な思考だ。
唯一例外が認められていたアズライトを除いて、参加者に対して直に人質を取ったり、監禁したりすることは最初から禁止されている。
何故なら、それが許されると最初から二人以上拘束すればゲーム運営を簡単に進められるからだ。
「(早目にデータの継承と解放を行った方が良さそうだな)」
と、智機はまたも赤い機体を見る。
分身に向けたその眼差しは冷ややかだ。
「(流石に神鬼軍師も余裕がなくなったのか……)」
智機は口を歪ませ、空を見上げ苦笑しながら思った。
「(……はたまた、一方を切り捨てるのが得策と判断したかのどちらかだな)」
↓
【主催者:ザドゥ】
【現在位置:楡の木広場付近】
【スタンス:素敵医師への懲罰、参加者への不干渉、カモミール救出】
【所持品:ボロボロのマント、通信機】
【能力:我流の格闘術と気を操る、右手に中度の火傷あり、疲労(大)、ダメージ(小)】
【備考:疲労により若干身体能力低下】
【素敵医師(長谷川均)】
【現在位置:楡の木広場付近】
【スタンス:アイン・ザドゥ・仁村知佳への薬物投与、朽木双葉と一応共闘】
【所持品:メス2本・専用メス2本、注射器数十本・薬品多数
小型自動小銃(予備弾丸なし)、謎の黒い小型機械
カード型爆弾二枚、閃光弾一つ、防弾チョッキ】
【能力:異常再生(限度あり)、擬似死】
【備考:独立勢力、主催者サイドから離脱、疲労(小)
肉体ダメージ(小)】
【カモミール・芹沢】
【現在位置:素敵医師に同じ】
【スタンス;???】
【所持品:虎徹刀身(魔力発動で威力増大、ただし発動中は重量増大、使用者の体力を大きく消耗させる)
鉄扇、トカレフ】
【能力:左腕異形化(武器にもなる)、徐々に異形化進行中(能力上昇はない)、死光掌4HIT】
【備考:気絶。禁断症状沈静化。中度の脱水症状だが、一応戦闘可能。疲労(大)、薬物の影響により腹部損傷】
【主催者:椎名智機】
【所持品:レプリカ智機(学校付近に10体待機、本拠地に40体待機 、6体は島中を徘徊)
(本体と同じく内蔵型スタン・ナックルと軽・重火器多数所持)】
【スタンス:素敵医師の薬品の回収、アイン・双葉・しおりを利用・捕獲、ケイブリスと同盟・鎧修繕・腕の補強機具作成】
【能力:内蔵型スタンナックル、軽重火器装備、他】
【備考:楡の木広場付近にレプリカ一体と強化型一体を派遣】
【レプリカ智機】
【所持品:突撃銃二丁、ガス弾一個、ヒートブレイド、アタッシュケース
筋弛緩剤などの毒薬、注射3本、素敵医師の薬品の一部
変装用の服、アイン用の首輪爆弾、解除キー】
【レプリカ智機強化型(白兵タイプ)】
【武装:高周波ブレード二刀、車輪付、特殊装甲(冷火耐性、高防御)
内臓型ビーム砲】
【備考:レプリカは智機本体と同調、強化型は自動操縦 強化型は本拠地に後3体い
る】
【主催者:ケイブリス(刺客4)】
【スタンス:反逆者の始末・ランス優先、智機と同盟】
【所持品:なし】
【能力:魔法(威力弱)、触手など】
【備考:左右真中の腕骨折】
【現在位置:本拠地・管制室】
【監察官:御陵透子】
【現在位置:東の森:戦場付近→???】
【スタンス:ルール違反者に対する警告・束縛、偵察。ザドゥへの支援。戦闘はまだするつもりはない】
【所持品:契約のロケット、通信機】
【能力:中距離での意志感知と読心
瞬間移動、幽体化(連続使用は不可、ロケットの効果)
原因は不明だが能力制限あり、
瞬間移動はある程度の連続使用が可能。他にも特殊能力あり】
【備考:疲労(小)、ザドゥへの支援後、何処かへ移動】
【追記:しおりVS双葉。 離れたところでザドゥと素敵医師が。少し離れてカモミール芹沢が気絶。
その近くにアインが潜伏。式神星川移動中。更に離れた位置に智機待機 現在PM5:30】
がんばれー
保守
(一日目 PM5:30 東の森)
『さおり』は式神に跳ね飛ばされた。
そして背中を木に打ちつける。
まただ……
『さおり』は身体中に走る鈍い痛みの中、ぼんやりとそう思っていた。
三体の式神と、その上空を舞う十体もの白い蝙蝠のような式神が彼女の包囲を継続する。
『さおり』はすぐに人型式神を見据え、左手を上げようとした。
それを受けて一体の式神が猛スピードで突進する。
『さおり』気だるそうに息を吐き、避けるか迎撃するか迷う。
そして左手周辺の空気が微かに揺らぐ。
拳が空を切ったのと、人型式神の足元から飛び出した飛行型式神に腹部を殴打されたのは同時。
彼女は苦痛に腹を押さえ、数歩後ずさった。
空を舞っているのは偵察に使っていた式神だ。
巨漢型の式神と同じように、生命エネルギーを注ぎ強化したのだ。
これが夢だったら……いいのに…
憔悴しきった『さおり』の様子を見てしおりはそう思った。
私たち……地震がおこる前までは勝ってたはず
さおりちゃんがころんで、それからあの白いやつらがにげだして
やつらをおいかけて……それから……それから
258 :
敗北(2):2006/10/02(月) 03:27:22 ID:FTj6lru60
息を整える間もなく、『さおり』は後方に吹っ飛ばされる。
肉体の痛みを感じていないしおりは、どうにか考え続けた。
じゃまな枯れ葉にまぎれて、白いなにかがぶつかってきた
私たち……いっしゅん、気を失いそうになったけど…がんばって……たえて
そうしたら……やつらがいなくなって……
にげた先ににザドゥさんがいるかもしれないから、私たちは立ちどまったんだ
1分くらいやつらがこなかったから、もう……休みながらマスターのところに行こ、と言ったら
さおりちゃんがはっきりと私に言ったんだ
『そのまえに、この森……焼いちゃわない』って……
私はザドゥさんやあの女の人がいるからダメだよって言った
それからさおりちゃんは……
『さおり』は低い唸り声を上げた。
それから絶叫にも似た雄叫びをあげ、両腕に火をおこし、式神達に闇雲に攻撃しようとした。
彼女は気付けなかった。
腕に炎が発生していなかったことに。
自らの両腕を見て愕然とした直後だった。
拳が式神に当たったのと、小型の式神が彼女の顔面にめり込んだのは。
『さおり』はもんどりうって倒れ、式神達は距離を取る。
式神は全くダメージを受けていない。
炎を纏っていない攻撃は高速であるにも関わらず、とても弱かった。
糸が切れたかのように、少女の身体に疲労が圧し掛かった。
『さおり』はすぐには立ち上がれそうになかった。
それでも式神達は立ち上がるまで攻撃しなかった。
259 :
敗北(3):2006/10/02(月) 03:28:42 ID:FTj6lru60
……そんなんじゃダメってさおりちゃんは言った
それ言うとおもってた……
私はじさつこういだよって言った
そうしたら、さおりちゃんはあのふたりは強いから死ぬことはないってかえした
うそでしょ……ころすつもりでしょって私は言った……
そんなつもりはないって言った
うそ
でもさおりちゃんをかなしませたくないから、だまった
じゃあ、ころすのはあいつらだけにしようといった
さおりちゃんは少し考えて、あいつらのおやだまを殺してから、あそこにいこうと言った
私はそれでがまんしようとした、だってけんかしたくないもん
さおりちゃんは、こっそりかれた木に次々と火をつけ始めた
いっしょにわらってたら、あいつらがでてきて
白いこうもりが出てきて、それをころせなくて、また白い何かにぶつかって、ねむたくなって……
いつのまにかさおりちゃんがピンチになったんだ
あ……また、なぐられた…
ああ……どんどんザドゥさんからはなれていっちゃう……な
私たちつよくなれたのに、また弱くなっちゃったかな
…………私、これからどうすればいいのかなあ……
●
もうすぐ範囲外か……
双葉の式神は確実に『さおり』を双葉本体から遠ざけていた。
『さおり』が気力を振り絞って立ち上がり、疾走する。
それは彼女が出せる最高の速さだ。
双葉は全く動揺しなかった。
『さおり』は瞬時に式神達の背後に回り込む。
式神を破壊しようと拳を振り上げた瞬間、何体かの式神が地面に落下。
『さおり』はそれに気を取られたものの、攻撃を続行しようとする。
落下してない式神が彼女の死角から現れ、左肩に突き刺さった。
少女は悲鳴をあげ、炎はかき消えた。
もし双葉の視点が人型の式神からなら、動きについて来れなかっただろう。
視点は敵の攻撃が届かない上空に飛んでいる式神からだ。
背後に回り込もうが関係ない。
それに敵の姿をはっきり見ないですむので、いろんな意味で攻撃しやすいのだ。
261 :
敗北(5):2006/10/03(火) 05:57:34 ID:Iyz57yoh0
この子供がアイツだったら良かったのに
双葉は痛めつけている少女を見て心底そう思った。
共闘していた時点でさえ、技量そのものはアインと比べるまでもなく低かった。
双葉と比べてもかなりの開きがあった。
その証拠にちょっとしたフェイントにも何度も引っかかるし、手数も極端に少ない。
その上、アイン離脱後の時点でかなり疲弊していたのに加え、火力以外の能力が大分低下した。
今のしおりは双葉にして見れば、アインよりはるかに弱く感じる。
もっとも直に対面すれば、こちらの方が殺される可能性は高いだろうが、この条件下なら話は別だった。
262 :
敗北(6):2006/10/03(火) 05:58:15 ID:Iyz57yoh0
●
無理しすぎた所為か星川は意識を失っていた。
星川は覚醒するや否や、慌てて起き上がり音もなく駆けた。
『仲間』達の屍を乗り越えながら。
あの少女を探すために。
彼が今取っている行動は本来、与えられた役目を放棄しただけでなく
彼らの主を更なる危険に曝すという愚行と言える。
彼はその事にまだ気付いていなかった。
263 :
敗北(7):2006/10/03(火) 06:10:08 ID:Iyz57yoh0
つう……と双葉の肩の傷から血が流れる。
木の壁にもたれ、あぐらをかいている双葉はそれを感じた。
あの子に幻術を掛けたときからだ…
またあの痛みだ
……原因は薬なんかじゃなかった……
双葉は少し焦ったが、今の戦闘に影響を及ぼすほど慌てていない。
しおりに裏切られたショックからの虚脱感もほぼ消えていた。
『さおり』が引きつった顔でよろよろと後退して行くのが双葉には見えた。
双葉は式神達を動かし、容易く敵を包囲する。
このまま総攻撃を仕掛ければ、しおりをミンチ状にまで破壊して敵を葬ることができるだろう。
もしくはこのまま彼女を十数メートル後退させれば、結界の範囲外。
双葉が降伏を勧告し、少女がそれに従うなら簡単に校舎跡まで逃がせるだろう。
双葉はどちらを選択しようかと迷っていた。
同時に迷ってる時間もないと自覚している。
ここまで敵を追い詰めることができたのは
幻術で動きを止めた所を回復させる間も与えず、攻撃を続けたからだ。
回復させてしまえば、形勢を逆転されかねないのは既に解っている。
彼女はあくまで冷静だった。
双葉は森を焼き払おうとした時の『さおり』の形相を思い出してこう判断した。
264 :
敗北(8):2006/10/03(火) 06:25:18 ID:Iyz57yoh0
野放しなんかできない
飛行型の式神が『さおり』の横面を張り倒す。
よろついたところを今度は数体の式神が何度もつつく。
それを実行している術者の額から苦悩からくる汗が滴り落ちた。
標的は双葉自らが護ろうとし、共に助け合おうと情を注ごうとした相手だった。
頭を抱え、大きく息を吐こうとした標的の背中を式神が殴打した。
苦悶する少女の様子を双葉は目を逸らさずに見続けていた。
もう、どうでもいい……
あたしも、あの子も……
双葉はため息をつく。
最初は『さおり』を幻術で足止めして、その隙にアインと決着つけようと思った。
単独では勝ち目がないのを承知の上で、だ。
その前に星川の所在を確かめたかった。
そうしたら楡の木の近くにはいなかった。
その事に彼女は慌てた、次にアインや素敵医師の所在を確かめようとした。
その時、偶然にも見つけたのだ透子と智機を。
双葉は主催者が包囲していると判断し、そのことに恐怖した。
やけくそになった彼女は、二人に攻撃しようかと思った。
だが星川の所在確認が先だと自分に言い聞かせ、行動を控えた。
首輪を爆破されるかも、という恐怖心があったのもその要因だ。
透子が別の位置に転移したのを確認し、すぐに透子の周囲を確かめた。
265 :
敗北(9):2006/10/03(火) 06:30:37 ID:Iyz57yoh0
その近くにアイン達はいた。
ザドゥと明らかに疲弊し、芹沢が気絶している中、アインと素敵医師はまだ大丈夫そうに見えた。
素敵医師が生きていることに希望を見出し、すぐさま式神の集合地帯に意識を移した。
そして、その時見てしまったのだ。
歪んだ笑みで嬉しそうに森を燃やそうとするしおりの姿を。
彼女は自分の中で何かが切れたのを感じ、しおりに対してこう思った。
あの子は…………もう駄目だ……
むさい男相手だったら、こんな思いはしなかったな
双葉はそう自嘲し、『さおり』を痛め続ける。
まともな奴から見れば、あたしは悪人以外の何者でもないんだろうな
もっとも自分が善人だとは思ったことなんかないけど
むしろ、今ではロクデナシ以外の何者でもないけどね
それはそうだ……
恩人を……
好きな相手を……いや、好きだと思っていた相手を二度も裏切ったんだから
双葉はしおりと共闘する前のことを思いだす。
あの時、あいつはここから逃げようって言ってた
あたしはそれを聞くつもりははなからなかった
逃げ場所なんかないし、アイツに負けたくないからという理由で、あっさりあたしはあいつを拒絶した
……だから、傍にいなくなったのかな
……もう少し言葉を選べばよかった
266 :
敗北(10):2006/10/03(火) 06:32:28 ID:Iyz57yoh0
人型の式神がゆっくりと『さおり』を轢いていく。
骨が肉が次々と砕ける音が聞こえた気がした。
あの包帯男、やられたのかな……
轢いても尚、淡々と攻撃を続ける。
高い声が双葉の耳に入ったのは間もなくだった。
声の主は血まみれで所々に骨を露出させた、もはや原型を止めていない少女だった。
何を言ってるのか、双葉は聞き取ることができなかった。
気管が潰れてるいるのだろう。
ただ、何を伝えようとしてるのかは何となくわかった。
――――タスケテ
命乞いしているのは明らかだ。
懸命に同じ発音を少女は繰り返した。
常人なら下手すれば卒倒しかねない、その光景を前にしても、双葉は目を背けなかった。
自分が陰鬱になっていくのを感じながらも、どっちの人格と心でぼやく。
これまでどおり構えは解かず、用心深く準備する。
目の前の少女を観察する。
時間が経つにつれ、少女は言葉を話せるくらいに回復していく。
少女にとってそれまでの時間は長く感じただろう。
一体の式神がそっと近づいてきた。
少女から見たその式神は敵意はなく、自分へ手を差し伸べたように見えた。
耳に風のような音が木霊する中、其れにまぎれ初めて式神が柔かい声をだしたような気がした。
少女はおずおずと式神に抱きついた。
式神はそれを拒絶しなかった
身体中は痛かったが、少女は命拾いできたと安堵した。
身体全体が徐々に回復していく。
部位の中で回復が特に早かったのは左手だった。
その治癒スピードはこれまでで一番速かった。
少女は突如痙攣にも似た身震いをした。
何かを押さえ込むように、歯を食いしばる。
抱きつかれた式神はそれには無反応だった。
震えと苦悶が消え、少女は口元を歪める。
『さおり』になった。
268 :
敗北(12):2006/10/03(火) 19:11:10 ID:Iyz57yoh0
こいつがほんたいだ
ね、しおりちゃん
これまでとおり、こうすればかんたんにころせるんだよ
今なら鉄をも溶かす業火を再び生み出せる。
少女は左手を動かし、抱きついてた式神を狩らんとする。
少女に攻撃を忘れさせるほどの激痛が背中に走ったのは、その時だった。
『さおり』の背には、いつのまにか三体の小型の式神が張り付いていた。
また幻術を掛けられていたのだ。
少女が言葉を紡ぐ前に、双葉は告げた。
『本当に残念よ』
無感情だが、それはさおりの心にも染み渡る声だった。
式神達はそのまま躊躇いもなく、『さおり』の背骨を噛み砕いた。
想像を絶する苦痛の中、恐怖を感じる間もなく自らが急速に消滅していくのを感じながら、
『さおり』は自分達の敗北を悟った。
269 :
敗北(13):2006/10/03(火) 19:12:53 ID:Iyz57yoh0
●
そろそろ放送かな……
双葉はぼんやりとそう考えながら、耳を済ませた。
二人以上の人間が近づいてくるのが解った。
素敵医師の甲高い声と、何やら叫んでいるアインの声だ。
もうすぐか……と双葉は思った。
双葉はそれぞれの手を首輪と肩の傷に当てた。
じんわりと後悔と未練が彼女の心を満たした。
心の中でさえ、その全てを単語で表し切れそうもない。
彼女は厳めしい顔をした男の姿をあえてを思い出した。
それは以前から反発していた彼女の父親だ。
「こんな人間のまま終わるんだったら、もう少し言う事、訊けばよかったかな……」
そう自嘲し、式神の方に意識を移す。
背骨を砕かれたしおりが見えた。
血を流し、瞳孔を開き、弱弱しく痙攣しながらも、まだ生きている。
だが、もう傷が急速に回復していく様子はなかった。
270 :
敗北(14):2006/10/03(火) 19:53:13 ID:Iyz57yoh0
双葉はこれからのことを考えた。
間もなくあたしはあの包帯男と組んでアイツと戦うことになる
だけど……
それを自覚したのはしおりに裏切られた時か、本物の星川が殺された時だったのか。
その時期は今となってはどうでもいいと考えたかった。
再びアインと戦い、しおりに勝った今、はっきりとその事を認める決心がついた。
あたしが望む形であいつに勝つ事はできない
別にランスほどの修羅場を潜っていた訳でもなく、魔窟堂ほど長生きしてるわけでもない。
未来をはっきり予知できる異能力者でもない。
ただ……理屈抜きで双葉の心がそれを告げていたのだ。
彼女は今ここで泣き喚きたかった。
だが、それを我慢し勤めて平静を装っていた。
双葉はしおりを見て、二人の人間を思い出しつつ、自問した。
271 :
敗北(15):2006/10/03(火) 19:55:34 ID:Iyz57yoh0
アイツほど憎いわけじゃないのに……
なんであたしはこの子を一思いに殺さなかったんだろう
双子を守ろうとしているように見えた、既に死んだ名も知らない少女のためか。
本物の星川の志を継ぎたかったからか。
ギリギリまでしおりの人間性に期待してたのか。
双葉にはもう解らなかった。
なら何でこの子を守ろうとしたんだろ
それに続く言葉はすんなりと浮かんだ。
そうだ、あたしは命を賭けてでも誰かを守りたかったんだ
その上でアインを思い切り後悔させたかったんだ
双葉は深いため息とともにゆっくりと立ち上がった。
彼女の眼はまだしおりを見据えている。
火をつけようとしたとき、あたしはあの子にやめてと言った
ちょっとだけ黙ってたけど、嘲るような嫌な笑い顔を見せて
そして、こっちに向かって……
手遅れだとは思っても見なかった
手を組めるなら一人でも生き残らせてやりたかった
あれじゃ、自滅するのが落ちだ
あんな状態でも時間が経てば動き出すかもしれない
あたしにはどうする事も出来ない
そうして双葉に沸き起こるのは更なる自己嫌悪だった。
272 :
敗北(16):2006/10/03(火) 19:57:17 ID:Iyz57yoh0
言い訳よね……
反主催の今後のために殺すなんて動機は要らない
……手を掛ける理由なんて、こんなのでいい
『アンタはあたしの復讐の邪魔になるのよ』
式神を通じて、しおりに言い放った。
しおりからは何の反応もなかったし、意識があっても喋る力もなかっただろう。
双葉はうなだれ、自らの言葉を心に刻む。
……アイツ等と戦って、死のう
もう、この戦いに生き残った後の事など考えたくはなかった。
本物の星川を生き返らせたかったが、あんな神が相手では望み薄だと言い聞かせた。
反主催に助けて貰うというムシのいい未来を思い浮かべたくなかった。
勝利によって自信を持ち、またゲームに乗るのはもっと嫌だった。
それは心の片隅で今も願っている願望だと思うから、なお更だ。
自らの命と憎しみをもって、アインに復讐するのみだ。
273 :
敗北(17):2006/10/03(火) 19:58:59 ID:Iyz57yoh0
人型式神の一体が徐々に後ろ倒しに前方を浮かし、
ゆっくりしおりに近づいてくる。
空いてる空間はスイカ一個分以上。
式神は車で言うウイリーにも似た態勢まま、しおりの頭を踏み砕かんとしていた。
頭を砕き、その中身を地面に擦りこませるために。
そして、双葉は告げた。
『だから死んで』
誰かが叫んだ。
枯死しつつある森がざわめいたように感じた。
双葉はハッとし、思わず声の主を探した。
『星川』
執行者のすぐそばには式神の星川が居た。
そして、瀕死のしおりを、血のついた式神達を悲しげに見つめていた。
それは定時放送まであと10分の出来事。
↓
【朽木双葉(16)】 【現在位置:楡の木の洞】
【スタンス:素敵医師と一応共闘、アイン打倒、可能なら主催者に特攻
自己嫌悪、星川と会話してからしおりに止めを刺すつもり】
【所持品:呪符7枚程度、薬草多数、自家製解毒剤1人分
ベレッタM92F(装填数15+1×3)、メス1本】
【能力:植物の交信と陰陽術と幻術、植物の兵器化
兵器化の乱用は肉体にダメージ、
自家製解毒剤服用により一時的に毒物に耐性】
【備考:双葉は能力制限の原因は首輪だと考えている、首輪装着
楡の木を中心に結界を発動、強化された式神三体に加え、
偵察型の式神10体も攻撃可能
疲労(中)、ダメージ(小)、(内一体ダメージ(大)、内二体ダメージ(中))】
【式神星川(双葉の式神)】 【現在位置:楡の木付近、しおりが倒れている場所】
【スタンス:???、双葉と会話】 【所持品:植物兵器化用の呪符10枚】
【能力制限:幻術と植物との交信】 【備考:疲労(小)、幻術をメインに使う】
【しおり(28)】 【現在位置:楡の木広場付近】
【スタンス:????、さおりちゃんやマスターに会いたい】
【所持品:なし】
【能力:凶化、発火能力使用 、
大幅に低下したが回復能力あり、肉体の重要部位の回復も可能】
【備考:首輪を装着中、全身に多大なダメージを受け瀕死の重傷
気絶、歩行可能になるには最低三時間の安静が必要
戦闘可能までには同じくらいの時間が必要、多重人格消失】
【現在、PM5:50】
275 :
狭霧の願い:2006/10/06(金) 01:58:54 ID:r6/ZHZbz0
「狭霧さんはどんな願い事をするの?」
ふいにまひるがそんな事を言い出した。
彼女には似つかわしくない内容、と思った狭霧は返答に詰まった。
他の誰よりもまひるは欲望からかけ離れた存在に思っていたから。
「……そうですね」
そんな小屋の中。対極に位置する場所では、時たま「ぐが」とイビキを出しながらランスが寝ている。
気絶した後とはいえ、あれだけ睡眠をとったのに彼はまた寝ている。
その横には今にも壊れそうといった感じのユリーシャがランスの胸元に頭を寄せて寝ている。
彼女もまた溜まっていた心労と疲労が、落ち着いて押し寄せてきたのだろう。
その向こうでユリーシャ(さん)は解るけどねぇ?という顔を狭霧とまひるはしていた。
「俺様はしばらく休む、任せた」
西の小屋につくなり、そういうと彼は寝入ってしまった。
余程、ケイブリスとの戦いで疲れていたのか、それとも生来からそんな感じなのか。
主に狭霧が突っ込もうとする暇すらなく、ランスは横にぐてんとなってしまった。
「仕方ありませんね」
その様子を見た恭也はやれやれと行った感じで扉の前に立つ。
(彼が駄目な以上、順当に行って見張りは俺かな)
「いいの? 恭也さんも……」
申し訳なさそうにまひるが恭也へ尋ねる。
「俺も大分休ませて貰ったから大丈夫」
「でも……」
ランスに比べて薬を使い休んだとはいえ、元あった怪我の度合いは恭也の方が上である。
「大丈夫、見張りって言っても扉の前に突っ立ってる訳じゃない。
ちゃんと死角になってる所で気配を消しつつ周りに注意を払うから」
それに彼を除けば俺が一番見張りに適してる。そう一言付け加えて恭也は外へと出て行った。
「大丈夫ですよ。もう少しすればボケジジ……いえ魔窟堂さんも帰ってきますから」
それでも心配そうにしているまひるを狭霧が諭した。
彼女の言葉でようやくまひるも下がり、ゆっくりとだが腰を卸した。
276 :
狭霧の願い:2006/10/06(金) 02:00:03 ID:r6/ZHZbz0
それから間を置いた後での出来事である。
(私の願い……)
狭霧は考える。
第一目標はこんな場所から生きて生還する事。
だが、それは運営陣達を倒せれば狭霧以外の誰かが勝手に願ってくれるだろう。
魔窟堂やまひるなら、間違いなくそうするはずである。
では、純粋に願いとなるとどうか?
『彼』への未練があるわけではない。
だが、横にいる『彼女』を不幸にしてまで得たいものか?
それはすなわち心弄くられた『彼』もまた不幸にすることだ。
彼女にとってはその事の方が心を痛く締め付ける。
(しいて叶うなら、平行世界の一つ、『私』が選ばれた世界への転移……でしょうか)
創設とも一瞬思ったが、結局それは心を弄くった『彼』と何ら変わりない予定調和、ただの自己満足の玩具である。
彼女自身が勝ち得たと結果なくしては、彼女は満足しない。
だが……。
(いくら同じ自分とはいえ功労を横取りするのはどうなのでしょうかね)
普段やこの状況下では彼女はそれを厭わないとしても。
それだけは何か侵してはいけないモノとして彼女の心につっかえた。
(もう一つはやり直し……私の可能性を最大限に活かして見ること)
が、それも先を知っている出来レースである。
誰でも次にくる馬が解っていたら、その馬券を買い占める。
一体、それは前二つと何が違うのだろうか?
そしてもう一つ。
『もし、それでも選ばれなかったとしたら?』
出来レースに乗って負けたとしたら?
大量に馬券を買い込んだ者が破産していくように。その時、狭霧という人格もまた完全に打ち崩れる。
(どれもこれもぱっとしませんね……)
願いが叶うなら叶うに越した事は無い。
生き延び、そして願いも叶えて貰う。
そう考えてあれから行動してきた。
277 :
狭霧の願い:2006/10/06(金) 02:01:10 ID:r6/ZHZbz0
しかし。今この場においてまひるに問い掛けられると、自分でも意志が曖昧なのに気づく。
それなら、それでこの場ははぐらかして適当に返そう。
そう思って狭霧は言葉を続けた。
「私の願いは……」
「……あたしはね。もし本当に願いが叶うなら、みんなの願いを叶えてあげて欲しい」
狭霧が答えようとした瞬間、まひるが先に口開いた。
「運営の人達も、願いが叶うって言うので集められたんだと思う。
どんなに悪い人たちでも叶えたい願いが、譲れない思いがあっていいなりになったんじゃないかと思う。
でなきゃ、悪人だってこんなのの運営になろうなんて思うはずないしね……」
(それは、本当に気が狂ってる人の場合は話が別ですけどね……)
その考えは口に出さず、狭霧はまひるの言葉を黙って聞く。
「あたし達と同じように参加させられた人たちも、運営の人たちも、みんな帰れて、みんな願いが叶えれたらきっと素敵だと思う」
「それは……理想論だと思いますね」
まひるの想いに対し、それだけは間違ってる、と狭霧は応える。
「うん、解ってる。でもね、もしそうなれたら……こんな今だけど、みんなそんな事忘れて幸せになれると思うんだ。
あたしもアインさんをまだ許せない……。けどそれだって参加してなかったら、そんな事もなかった。
知り合う事もなかったと思うけどね」
(何処までも甘いのか……それとも……)
狭霧は考える。
目の前の少女?は、言っている事だけを見れば甘い世間知らずのお嬢ちゃん?である。
だが、その実は異形の化け物。
今までのまひるの様子と話を聞く限りでは、彼女は極普通の世界で極普通の学園生活を送ってきた身に違いない。
そんな彼女が異能力と異形の姿を持っていると言う事は、どういう事だろうか?
狭霧にはソレが解らなかった。
気づかず過ごしてきた?
いや、まひるの様子から、少なくとも彼女?がこのような身であるという事は気づいていたようだ。
それでも普通の生活を送ってきたのだろうという異常。
きっと狭霧では経験した事も内容な、想像もできないような事を経験してきたのかもしれない。
278 :
狭霧の願い:2006/10/06(金) 02:46:33 ID:r6/ZHZbz0
平穏の大切さを知り望む人間と言うのは、須くして頭に御花が咲いている人か……決して人には言えぬ物を見た、抱えた、知った者のみかだ。
だとしたら、彼女は自分などより非常に心の強い存在だ。
まるで目の前の自分がチンケな存在にされてしまう程に。
狭霧は悩む。
今までは気にも止めなかった事がまひるの質問をきっかけに、持ち前の思考能力の高さを活かして考えもしなかった……いや考えようとしなかった事が次々と浮かんでくる。
直接聞くべきか?
だが、さしもの狭霧もその一歩を踏み出せずいた。
聞いた瞬間、今までの自分の行動が、考えが全て否定されてしまいそうな気がして。
(私は何を考えて……しているんでしょうか?
……いいえ、運営者を倒せるメドはあっても確実ではないんです。
何を甘い考えを……願いはあくまでも倒せた時の事……今はそんな事よりも当初の生き残る目的を……)
自分の考えを言い終えたまひるは狭霧の願いを聞くまでもなく満足そうにしている。
「俺様の願いはこんな下らない事考えたヤツラの首だな」
まひるが自分の思いを言って満足していると思った矢先、寝ていたはずのランスが答えた。
「あら、起きたんですか?」
助けの船。とばかりに狭霧は遮られていた口を解放してランスへと向けた。
「深寝入りする前に、そんな会話されちゃな。ユリーシャはまだ寝てるが……」
そういうとランスは未だ自分の胸に寄りかかって寝ているユリーシャ優しくそっとずらすと体をおき上げて喋りつづけた。
「決まってんだろ。こんな糞くだらない事考えて実行したやつらをギャフンと言わせてやらなきゃ後味が悪いだろ?」
「まさか、素直に『お前の首をよこせ』とでも言うつもりでも?」
まるで夢物語のようなランスの願いに狭霧が呆れたように言う。
「そこはほれ。おとぎ話にあるように上手く逆手に取ったり、裏技を使ったりしてだな……」
279 :
狭霧の願い:2006/10/06(金) 02:49:03 ID:r6/ZHZbz0
「で、その考えはあるんですか?」
「むむ……? それはこのハイパー美形な俺様の手にかかればそのうちだな……」
「はいはい、解りました。ですがあなたの事ならハーレムでも注文するかと思いましたけどね」
「そんなもの、この俺様の手にかかれば簡単に築けるものだからな。願う必要なんかない」
本当はそれも欲しい。と言うのは止めてランスは強気を張る。
それに。そこまで言ってイメージを落とし、その願いのせいで信用をされなくなっては……とも思ったのかもしれない。
今更、ランスのイメージが向上するわけではないが、それでも最低限の信頼の部分は回避しようとしたのだろう。
(願いか……あの野郎が素直に叶える訳ないしな)
強気を張るランスが心の中で呟いた。
この場で唯一、ランスはプランナーがどういう存在かを知っている。
かつて盗賊カオス、剣士日光、神官カフェ、賢者ホ・ラガはブリティッシュを置き、プランナーと出会い、願いを聞いてもらった。
その結末を知るランスは、はなからプランナーが素直に願いを叶えると思っていない。
心の中で呟いたのは、彼らにこの事を聞かせる訳にはいかない、という彼なりの心がけだった。
ユリーシャにですら話していないプランナーの在り様は、下手をしたら彼女達の心を挫いてしまう可能性もある。
願いが思ったように叶わないなら……より酷い目にあうくらいなら……。
ここまできて、そんな考えでゲームに乗られても困る。
ランスに似合わず、彼らをそこそこ信頼はしているもの、万が一という事もある。
(こいつは俺様の心の中だけにしまっとかなきゃいけねえな。
だからこそ、何とかして裏をかかなきゃいけねえんだ)
いつになくランスは真剣に考えていた。
その様子をみた狭霧は
「で、元気になったのなら恭也さんの代わりに……」
とその言葉を言い終える前に
「ぐがー」
加速装置を使ったのかのごとく、ランスは再び寝入ってしまった。
普段とかけ離れた真面目な思考の後は、ぐっすり眠れるらしい。
280 :
狭霧の願い:2006/10/08(日) 01:35:14 ID:Qfj+470y0
加速装置を使ったのかのごとく、ランスは再び寝入ってしまった。
普段とかけ離れた真面目な思考の後は、ぐっすり眠れるらしい。
「現金な人だよねぇ……」
その様子を見たまひるが苦笑いをする。
やがて各々が移動の休息を取るかの如く静かになる。
もう少しすれば魔窟堂も帰ってくる。
その間も狭霧は、一人考えつづけた。
(そう、今は生き延びる事を……)
頭の中に浮かぶ己の小ささを必死に振り払うと狭霧は自分を落ち着かせるように言い聞かせる。
それでも、狭霧の心の中に浮かんだモノは片隅に残りつづけた。
【グループ:紗霧・ランス・まひる・恭也・ユリーシャ・】
【現在位置:西の森】
【スタンス:主催者打倒、アイテム・仲間集め、西の小屋へ向かう】
【備考:全員、首輪解除済み】
【ユリ―シャ(元01)】
【スタンス:ランスを中心にグループに協力】
【所持品:ボウガン、スコップ(小)、メス1本、指輪型爆弾×2、小麦粉、
解除装置、白チョーク1箱…は紗霧に隠されてます】
【能力:勘が鋭い】
【備考:疲労(小)、紗霧に対して苦手意識】
281 :
狭霧の願い:2006/10/08(日) 01:36:13 ID:Qfj+470y0
【ランス(元02)】
【スタンス:女の子優先でグループに協力、プランナーの事は隠し通す
男の運営者は殺す、運営者からアリス・秋穂殺しの犯人を訊き出す、】
【所持品:なし 】
【能力:武器がないのでランスアタック使用不可】
【備考:肋骨2〜3本にヒビ(処置済み)・鎧破損】
【高町恭也(元08)】
【スタンス:知佳の捜索と説得】
【所持品:小太刀、鋼糸、アイスピック、銃(50口径・残4)、鉄の杖、保存食】
【能力制限:神速使用不可】
【備考:失血で疲労(中)、右わき腹から中央まで裂傷あり。
痛み止めの薬品?を服用】
【月夜御名紗霧(元36)】
【スタンス:反抗者を増やし主催者へぶつける、計画の完遂、モノの確保】
【所持品:対人レーダー、レーザーガン、薬品数種類、謎のペン8本
スペツナズナイフ、金属バット、文房具とノート(雑貨屋で入手)、智機の残骸
の一部、 医療器具(メス・ピンセット)】
【能力:毒舌・隠匿】
【備考:疲労(小)、下腹部に多少の傷有、意思に揺らぎ有り】
【広場まひる(元38)】
【スタンス:智機以外の相手との戦闘はなるべく避ける。
グループが危険に晒されるなら、応戦する
島からの脱出方法を探る】
【所持品:せんべい袋、服3着、干し肉、斧、救急セット、竹篭、スコップ(大)
携帯用バズーカ(残1)、タイガージョーの支給バッグ(中身は不明)】
【能力:身体能力↑、????、怪力、爪、超嗅覚・感覚、片翼、衝撃波(練習中)使用】
【備考:疲労(小)】
(二日目 PM5:30頃 西の小屋)
286 :
名無しさん@初回限定:2006/11/18(土) 14:27:02 ID:F77UJJIaO
間を置かずたたかいなさい
もうちょいで終わりそうなのに終わらないジレンマ
297 :
名無しさん@初回限定:2007/02/11(日) 09:21:08 ID:hp4hiRQj0
まとめサイトもかなり前から休止中だし
新しくwikiでまとめてはどうかな?
298 :
名無しさん@初回限定:2007/02/13(火) 23:28:35 ID:I3ocIlnd0
重複
320 :
名無しさん@初回限定:2007/07/26(木) 01:46:26 ID:BIz3abkt0
もう削除依頼出せよ
仕方ねえ、こうなったら大昔SS書いてた杵柄で俺が書くぜ。
おお、期待してるよ
345 :
名無しさん@初回限定:2008/02/21(木) 04:30:29 ID:IUXO0zJI0
347 :
名無しさん@初回限定:2008/03/09(日) 01:50:59 ID:LhX55TFC0
北畠蝶子(女郎蜘蛛)お願いします
364 :
名無しさん@初回限定:2008/07/12(土) 13:49:58 ID:BBpP3Zb5O
有名エロゲブランドからキャラを一人ずつ抽出して闘わせる
セックスフレンドの早瀬美奈お願いします
御陵透子には潜在的な自滅願望がある。
無為な時間を長時間過ごすと、自同律を失い消えてしまう。
尤も、消えてしまうのは人間という肉の器のみであり、
思惟生命体としての彼女の思惟/情報は失われることはない。
あるとき、ふと、新たな肉の器を纏った彼女がこの世に現れる。
神の如き能力『世界の読み替え』を行使する彼女もまた、
大局的な観点に於いては輪廻の内に身を置く存在故。
何かに興味を持つこと。
それが無為な時間を無くすコツなのだと
かつての透子の保護者・青砥は彼女に繰り返し繰り返し教示した。
そういうものだと言われたので、
そういうものかと受け入れて、
そういう生活を反復してきたこの『透子』の肉の器は、
なるほど、確かに今までの転生体より格段に長持ちしているようだ。
それをプランナーたちは十分承知していた。
透子が自同律を失わぬよう、ある仕掛けを施していた。
思惟生命体だった時分の最愛のパートナーの記憶/記録の断片を、
この作られた島にばら撒いたのだ。
透子がそれを検索している間は、彼女は自同律を失なわない。
彼女はその意図に見事に嵌っている。
嵌められていることに気づいてはいる。
それでもなお乗っている。
過剰なほどに。
今現在においても。
双葉vsしおりの壮絶な最終局面に立ち会っているにも関わらず、
彼女はそれに目もくれず、記憶/記録の検索を行っているのだから。
>273
(二日目 PM5:50 東の森・楡の木広場)
『おち○ちんがすごかったから』『エネミー・ゼロだ!!』
(アリスメンディはここでランスと出会い、
猪乃健はここで高町恭也と攻防を繰り広げた。
どちらも面白味のある記憶。……でも、今は邪魔なだけ。
捜し求めているものじゃない)
透子の思いに砂粒の如くまぶされた焦りと苛立ちは、
思念の検索範囲が狭くなっていることに起因する。
おかげで透子は自ら動き回らなくてはならなくなった。
それに伴い、参加者との接触も主催者との会話も増加した。
ゆえに、いやがおうにも検索時間が削られる。
あるいはこの状況に透子を追い込むことこそが、
検索範囲制限の理由なのかもしれない。
「一息に決めればもう終わっていたものを……
なぜトドメを刺さずに姿を現したのでしょうかね、朽木双葉は。
全く、人間というのは不合理です」
レプリカ智機の無駄口が透子の検索の邪魔をする。
「そう」
透子はそっけなく答え、目も合わせない。
ゲームに乗った2人がゲームに添って戦っている。それだけの事。
感動も無い。感傷も無い。興味も無い。
透子は焦点の合わぬ双眸をさらに現実からシフトさせ、
夕闇に染まりつつある空の検索を再開した。
また、2つの思念が透子の網にかかった。
『はんっ! そんなもん、餞別代りにくれてやるよ!』
『素晴らしい。この少女もまた―――処女のようだ』
(篠原秋穂はここで落ち込む高町恭也と決別し、
勝沼紳一はここで眠る朽木双葉に劣情を抱いた。
ふぅ。ここに来てから外ればかり引く)
透子はしばし瞑目し、疲労感の溜まった両の瞼を揉む。
揉みながら意識した。違和感。
今の記録はどこかおかしい。
透子は通信機の向こうの智機本体に向けて情報の提供を要請。
レスポンスは即座だった。
「椎名智機。勝沼紳一の移動経路を教えて。スタート地点から」
『学校から南下、南の海岸線伝いに漁具倉庫へ。
同地点で神条真人と合流してのち、同地点と漁港を往復。
最後は南の磯にて月夜御名紗霧に敗北死』
「勝沼紳一の次のセリフを全文検索して。
『この少女もまた―――処女のようだ』」
『ヒット数ゼロ。あいまい検索もゼロ。
しかし参加者に興味を持つとは、透子、貴方にしては珍しい』
珍しく透子から話題を振られて嬉しかったのか、智機が話題を振り返す。
透子は無視。聞くべき事は聞き終えた故。
透子に興味を抱かれていない智機では、キャッチボールは成り立たたぬ。
(やっぱりそう。私の記憶は正しかった。
彼は朽木双葉と出会っていない。東の森に立ち入ったことも。
この記憶は―――)
「―――存在自体がありえない」
紳一は最後まで首輪を解除しなかった。
ゆえに、智機が彼の行動を拾い漏らすはずがない。
その完璧なはずの記録の、この遺漏情報は一体なんなのか。
御陵透子の胸に異物感が宿り、彼女はそれを幻視する。
目の前に上手く隠蔽された陥穽。
透子の存在を、参加理由を、
ことによっては、それら全ての根源を揺るがすような、
重く、暗い、不吉な陥穽を。
透子は息を呑む。
両の指の数に満たぬ歩みで忽ち暗い顎に飲み込まれる。
決して落ちてはならない。
しかしまた、覗かなくてはならない。
底にある物を見極めずただ避けてしまえば、
いずれ先に訪れる決定的な何かの存在を見落としてしまう。
それは、監察官としての義務感によるものか、
透子個人としての直観によるものか、
あるいはその両方が渾然一体となったものが、
彼女に警告を発していた。
ここがターニング・ポイント。
透子が向きを変えた。
途端、それが合図になったかのように……
背後からしおりの泣き声が聞こえてきた。
双葉の動揺が感じられた。
式神星川が走る気配がした。
レプリカ智機の警戒レベルが上昇した。
だが透子は気にしない。気にならない。
既に目的を持ったが故に。
夢遊病者の如き安定感を欠く足取りで、戦場に背を向ける。
勝沼紳一の足取りを洗いなおすために。
智機の機械の耳目ではこの陥穽は捉えられない。
(わたしがやるしかない)
レプリカ智機が透子に向けて何か喚いていた。
職務を放棄するなという内容を、小難しく、皮肉を込めて。
透子は無視。
なぜならこれは職務放棄ではないから。
それが証拠に、契約のロケットは沈黙を保っている。
彼女の行為は監察官としての役目を逸脱していない。
―――今のところは、だが。
↓
【監察官:御陵透子】
【現在位置:楡の木広場 → 村落西部・衣装小屋(紳一の死体)】
【スタンス:@ 紳一の記憶検索
A ルール違反者に対する警告・束縛、偵察】
【所持品:契約のロケット、通信機】
【能力:中距離での意志感知と読心
瞬間移動、幽体化(連続使用は不可、ロケットの効果)
原因は不明だが能力制限あり、
瞬間移動はある程度の連続使用が可能。他にも特殊能力あり】
【備考:疲労(小)、必要が生じれば自動的に監察業務へ戻る】
>273
(二日目 PM5:50 東の森・楡の木広場)
朽木双葉が式神星川に意識を向けた。
その死刑執行のロスタイムに、しおりは意識を取り戻した。
しおりは祈る気持ちで妹を呼んだ。
わたしの意識と一緒に戻ってきたかもしれない。
そんな甘い期待を胸に。
「さおりちゃん……」
痛みもある。死も間近に感じられる。
しかし、そんなものの恐怖はしおりにとって些細なもの。
最も恐ろしいことは。しおりが震えているのは。
頭上に迫った式神の重量感溢れる足裏に拠るものではない。
さおりの返事が、ないこと。
―――やはりさおりは、失われたのだ。
「さおりちゃん……」
しおりとさおりはいつもいっしょだった。
お留守番するのも一緒だったし、
初めてのエッチの相手も一緒だったし、
さらに言えば3Pだった。
結婚式もその相手も、一緒にしようと笑顔で誓い合った。
「さおりちゃん……」
愛情を受けて育った子供は孤独に耐えられない。
人生経験の少ない子供は深い悲しみに処する方法を知らない。
なす術の無くなった子供は―――
「ひとりにしないでぇ!!」
もう、泣くことしかできない。
慟哭。続いて地響きを伴った倒壊音。
式神星川に気を取られていた朽木双葉がしおりを振り返る。
「ふぇぇぇえええん!!」
しおりはただ泣いていた。
全身全霊を以って涙を流し、出し惜しみ無い力で声を張り上げていた。
そこまではよかった。
ここからがいけなかった。
彼女にトドメを刺すべく待機していたはずの人型式神の足はこげ落ち、
その体が炎に蹂躙されていた。
しおりの涙は火の粉となり、火の粉は周囲に撒き散らされ。
彼女を守るように全身を炎が包んでいた。
耐火性能に優れているのか、それすら凶の特性なのか、
しおりの首に嵌っている首輪や衣服に引火する様子は無い。
これは、甘えんぼの姉を守るべくしっかり者の妹が残した、
最期の置き土産なのか。
或いは、攻撃的な妹の精神が失われたために、
泣き虫の姉の精神に凶の力が一本化された故の特性変化か。
風に乗った紅涙が呆然とする双葉に降り注ぐ。
駆けつけた式神星川が双葉に飛びつき、その禍を妨げる。
涙を流して攻撃の手を止める。
それは全世界共通の敗北宣言。
それなのに。
その涙こそがイージスの盾。
いまやしおりの周囲に漂う紅涙が充ち、
既に結界と呼んでいいほどの密度を誇っていた。
朽木双葉は式神星川の腕の中で悟る。
またしても敵にトドメを刺す機会を失したのだと。
「双葉ちゃん逃げよう、今度こそ」
式神星川は放心する双葉の手を握り、森からの脱出を図る。
また拒絶されるかもしれぬと内心怯えていた彼であったが、
意外にも双葉は手を引かれるままに任せていた。
式神星川の胸中に甘い疼きが満ちる。
(ボクの思いが、通じたんだ―――)
そんな式神星川には残酷な話ではあるが、
手を引かれながらも双葉の心はここに在らずだった。
自分の内面だけを見ていた。
(ホント甘いな、あたし。
トドメの前に星川と話をしようなんて。
星川の悲しい顔の理由を知りたいなんて。
それ自体が既に結論先延ばしのいいわけで。
あの子を殺すことからの逃げじゃない)
溜まりに溜まった鬱屈は、風船のようにはちきれる物。
我慢強ければ我慢強いほどその爆発は威力を増す。
我慢の許容量と爆発エネルギーの火薬量は等号で結ばれる関係。
朽木双葉はこの島での悲劇と悲しみと屈辱に、
歯を食いしばって耐えてきた。
耐え抜いてきた。
泣き喚くなんて恥ずかしいことだけはしてこなかった。
悩みに悩んで、理性を諦めず、溜め込み続けていた。
故に―――彼女の胸は限界寸前まで張り詰めていた。
(あーあ。あたしってどこまでもハンパだなぁ……
星川のように善人にもなりきれなくて。
素敵医師のように悪人にもなりきれなくて。
アインのように冷徹にもなりきれなくて。
ランスのように自分勝手にもなりきれなくて。
ああ、そうか。なんだ、結局……)
「自分のこと嫌いなんだ、あたし」
この呟きが最後の一吹き。
風船は忽ちに破裂した。
朽木双葉の視界が開けた。
能力に制限がかかっていることも、その制限が首輪によって
もたらされているという疑念も、一気に氷解した。
双葉は、気づいたのだ。
全ては自分の思い込み。
悪いことの原因を自分ではない何かに預けたかっただけ。
だが、自分が嫌いだと、自分が悪いと認めてしまえば―――
自分を嫌いにならない為の「いいわけ」の縛めは、全て解ける。
自己否定。
それによって生まれる開放は、確かにある。
しかし、否定した自己を肯定できるよう研鑽を重ねなければ
それはただの自暴自棄。
まっしぐらに転がり落ちるだけ。
(そうと判ればあとは簡単。
嫌いな自分を守る必要なんて、ない)
もう、双葉は止まらない。
駆け込み乗車した破滅行き特急列車のドアは閉ざされた。
(嫌いな自分を捨てるのはいい。清々する。
でも、こんなゲームを強いた主催者の連中も嫌い。
星川を殺したアインなんて大ッ嫌い!
そんな嫌いなヤツらが、あたしが死んでも生きてるなんて許せない。
纏めてこの世から消してやる)
双葉の瞳に剣呑なゆらめき。
特大級の自暴自棄が、最大級の無理心中を決意させた。
双葉が式神星川の手を払った。
彼はきょとん、とした目で双葉を見つめる。
見つめて凍りつく。
双葉が今まで見せたことの無い表情だったから。
あまりにも無気力であまりにも力なく、
それでいて幽鬼のように恐ろしい顔だったから。
「星川、いままでありがとうね」
「どうしたの双葉ちゃん、そんないまさら改まっちゃって」
「式神としての機能を抑えてまで、星川を演じているあんたは、
式神のクセにあたしの意志に反抗するあんたは、
星川を一生懸命演じてるあんたは…… もういらないから。
幻術の性能を限界まで使用できるただの式神が欲しいから」
「ふ、たば、ちゃ……」
「だから―――バイバイ、星川」
双葉は唇を式神星川に重ねた。
乾いた唇だった。
味などしなかった。
式神星川は、しおりの誰はばかること無い泣き声を聞きながら
急速に薄れてゆく意識の中で思った。
(僕がすべきことは……
双葉ちゃんを外敵から守ることでも、逃げることでもなく―――
泣きたいだけ泣かせてあげることだった。
素直に感情を吐き出させてあげて、
気持ちの澱を溶かしてあげることだった。
こうなる、前に―――)
その式神の『星川』としての最後の思考は、後悔だった。
唇が離れた。
あとに残るは物言わぬ意志持たぬただのヒトガタ。
双葉の命令のみを忠実にこなす。それだけの。
「いい? 目標は、この広場にいる全ての主催者とアイン。
彼らが炎をに気づかないように術をかけなさい。かけ続けなさい。
あんたが壊れるまで」
「全式集合。あんたたちは燃え尽きるその瞬間まで、
火災と外敵から私を守ること」
しおりは泣き続けている。紅涙は散り続けている。
木々が発する信号は、苦悶、驚愕、恐怖。
燃えたくない。
助けて。
それらの感情が暴風雨のように双葉に降り注ぐ。
朽木双葉はその叫びに耳を貸さない。
それどころか、森そのものに勅を下した。
全ての臣民よ殉死せよ、と。
「今からこの周辺を燃やし尽くすから、
ありったけの水分を式神たちに託しなさい。
それで、さっさと乾燥してさっさと燃えて。
まずは広場を塞ぐように、周りの木から燃えること」
深い悲しみを激しい嫌悪に反転させ、
愛する者の幻影のカタチを自ら壊し、
迷いと明日を捨てた朽木双葉は―――
「みんな道連れにしてやる」
もう、泣くことすらできない。
↓
【朽木双葉(16)】
【現在位置:楡の木広場外れ】
【スタンス:火災による無理心中遂行】
【所持品:呪符7枚程度、薬草多数、自家製解毒剤1人分
ベレッタM92F(装填数15+1×3)、メス1本】
【能力:植物の交信と陰陽術と幻術、植物の兵器化
兵器化の乱用は肉体にダメージ、
自家製解毒剤服用により一時的に毒物に耐性】
【備考:元・星川 幻術に集中。持続時間(耐火)=15分程度
式神たち 双葉を保護。持続時間(耐火)=1時間未満】
【しおり(28)】
【現在位置:楡の木広場付近】
【スタンス:さおりちゃんやマスターに会いたい】
【所持品:なし】
【能力:凶化、発火能力使用(含む紅涙)、
大幅に低下したが回復能力あり、肉体の重要部位の回復も可能】
【備考:首輪を装着中、全身に多大なダメージを受け瀕死の重傷
泣き疲れるまで泣き、その後しばらくは熟睡
歩行可能になるには最低三時間の安静が必要
戦闘可能までには同じくらいの時間が必要、多重人格消失】
式神星川―――人格消失
続きキター!!
>389
(二日目 PM5:58 本拠地・管制室)
しおりを中心として発生した炎は、
いまやその周囲に燃え広がり、
すでに森林火災と呼んでもよい広がりを見せている。
生木を燃やす煙はもうもうと立ち込め、
しおりからやや距離をおいて対峙/潜伏しているもう一組にも
その長い腕をのばしつつある。
しかし―――ザドゥも、アインも、素敵医師も。
視線、聴覚、嗅覚、その他全ての感覚を研ぎ澄まし、
互いの挙動にのみその全てを注いでいる。
まもなく我が身を炎が飲み込んでしまうというのにも関わらず。
なんという集中力。
なんという胆力。
死をも恐れぬ、これが達人同士の凌ぎ合いか。
余人の目にはそうも映ろう。
だが機械の無機質な眼差しだけは、真っ直ぐに朽木双葉を捉えていた。
本拠地、管制室。
椎名智機は、同期中のN−13(レプリカ汎用機体13号)を通じて、
状況を分析していた。
今、室内には彼女一人。
同僚にして同盟者ケイブリスは別室にて食事中。
「Yes! Yes! Yes!
朽木双葉、ピンチをチャンスに変えるその創意と機転、
実に見事です。天晴れです」
智機の喝采は状況を正しく見極めた故。
幻術は機械の眼までは欺けぬ。
ザドゥたちは火災を認識の外に追いやっているのでは無い。
火災を認識できないだけだ。
認識されぬまま広場にいる全員を焼き殺す。
双葉渾身の一策。
「いつまでここに留まる気なのだ、朽木双葉。
憎きアインの死に目を見たいと思う気持ちは理解するが、
そろそろ撤退されては如何かな」
そう、智機は分かっていない。
肝心なことが分かっていない。
双葉のこの策が単にアインを仕留める策などではなく、
周り全てを巻き込んだ無理心中なのだということが。
人間になることを切望し、その為の観察と研究に余念の無い智機だが、
自らを放棄する「やけくそ」な状況は想像できない。
なぜなら智機は―――
このオリジナル智機は、【自己保存】を最優先事項として
プログラムされた機体故に。
「しかし――― ふむん。 これは少々やりすぎか。
対象がアインだけなら問題ないが、
主催者たちすら焼死してしまう危険性がある。
おお、なんというアンビバレンツ!
ゲームに乗りつつ主催者に反抗しているなどとは」
今後起こりうる問題に対処すべく、
智機は火災と幻術に連なる大小三千を超える状況をシミュレート。
論理演算機構が判断基準関数に各種条件群を放り込む。
結論は即座にD−01(白兵戦仕様レプリカ)に無線で伝えられた。
「智機、ザドゥと芹沢の身柄の確保/保護を。
火災に関する情報は全て【気づかないことにされる】ようだから、
説得は困難。実力行使にて遂行されたし。
なお、あなたの自己保存は慮外におきなさい」
レプリカ達の最優先事項は【ゲーム進行の円滑化】。
故に智機のこの命令は破綻していない。
機械には機械のルールがある。
これは決して残酷な話ではない。
『Yes、了解した、智機。しかし任務達成は困難を極める。
なぜならザドゥが本気で抵抗した場合、わたしが破壊されるからだ。
だから提案しよう。N−13の持つ筋弛緩剤を譲渡するという提案を』
「Yes、了解した、智機。いまそちらに向かおう」
通信終了。智機が同期するN−13がD−01の位置情報を検索。
補足する前に視界がブラックアウトした。
同期エラー。リンク強制解除。
智機の意識はオリジナル智機に強制送還。
回復した視野に管制室の見慣れたモニタ群が飛び込んだ。
火災の余波でN−13のカメラがやられた。
最初に智機が思ったのがそれだった。
しかし、直ぐに気付いた。
視野だけの問題なら同期エラーは起こりえない。
まさかという思いを乗せ、智機はN−13へ回線確認信号を飛ばす。
> ping 212.182.2x.125
直ぐに初回試行の結果が返る。
> Request timed out.
メッセージは相手との連絡が規定時間内に行なえなかったと告げている。
> Request timed out.
回線や処理速度の関係で1度や2度、タイムアウトになることはある。
> Request timed out.
しかし、4度全てがそうだとすると、真っ先に疑うべきは―――
> Request timed out.
送信先が破壊された、という事だ。
> Packets: Sent = 4, Received = 0, Lost = 4 (100% loss)
智機は混乱した。
「Why!? Why!? Why!?
このありえない破壊はいったい何故起こった?」
智機の情動発生器が激しく振幅。
基準値を大きく上回り、冷却要請イベントが発生。
即座にトランキライズ処理が実行され、
情動波形が正常値に戻る。
混乱から回復した智機は、D−01に無線を飛ばす。
―――返答なし。
まさか、という思いでD−01にPingを飛ばす。
―――応答なし。
押し寄せる不安をトランキライズ処理で緩和。
言い知れぬ恐怖もトランキライズ処理で緩和。
熱暴走を防ぐべく、水冷ユニットを起動。
後頭部に開いた2本の排気口より蒸気が排出された。
「……2機ロストの原因はあとで探ろう。
今、最も問題にすべきは楡の木広場周辺の様子が
全く把握できないこと。
この件から処理してゆこうか」
智機は学校に待機しているNシリーズのうち4機を起動。
自動行動にて楡の木広場へ派遣しようと、
コンソールに手をかけ――― 手を止めた。
侵入者の存在に気づいたから。
未起動のモニタに映る座した智機。
その後ろに陽炎の如くゆらりと立ち昇るは幽玄の美。
御陵透子。
「警告対象:管理者03、椎名智機」
「警告事由:ゲーム管理の阻害」
「朽木双葉の策略に手を出してはならない」
「でないと」
「……死ぬことになる」
沈黙、いくばくか。
透子に気づかれぬようこっそりと排気/吸気を整えた智機が、
皮肉を以ってこう応えた。
冴えたやり方のつもりだった。
「Yes、Yes、御陵透子。
君がそんなジョークを言うなんて驚きだ。
しかし些かブラックに過ぎる。
さらに些かタイミングが悪い。
今のわたしは現状の把握だけで手一杯なのだから」
しかし、智機は気づいていない。
モニタに映る己の頬が醜く引きつっていることを。
モニタに映る己の足が小刻みに震えていることを。
つまり、智機は気づいていた。
この警告は本物だ。
「わたしは冗談は言わない」
透子の口調には篭る僅かな不機嫌の響きは、
この島にきて初めて自主的に動き出した矢先に、
警告に駆り出されたが為。
智機は言葉を紡ぐ。
結論は分かっている。恐ろしい結論は。足場を崩す結論は。
だが、それを受け入れるための時間が欲しい。
トランキライザでは癒せぬ混乱を鎮める為の時間が。
みっともなくあがく為の時間が。
「Wait、Wait、Wait。 待ってくれ御陵透子。
君の言いたいことはきっとこうだ。
警告の理由は以下の通りだ。
朽木双葉の策略を妨げようとしたから――― 正解かな?」
「正解」
「さらに質問しよう。 そして自ら答えよう。
わたしの分身たるかわいいN−13とD−01。
いたいけな彼女たちをどうにかしたのは誰だ?
君だね?」
「ぴんぽん」
ただし、透子自体にもN−13とD−01が
どうなったのかはわからない。
透子の『世界の読み替え』は彼女の思いに自動的に反応し、
どう読み替わるかは彼女にも予測不可能だから。
いずれ、項を割いて語られることもあるだろうが、
現状は以下の説明に留めておく。
―――――――――――――――――――――――――――――――
* 透子の「双葉の邪魔を許さない」という思いが、
* 契約のロケットを通じてプランナーに許可され、
* 結果、許されない存在であるところの2機が爆散した。
―――――――――――――――――――――――――――――――
透子の瞳は動かない。透子の瞳は瞬かない。
ただまっすぐ智機の瞳を見ている。
より正確には、智機を目で縛り付けている。
「ならばその行為は性急に過ぎた。
あるいは独断が過ぎると言うべきか」
「それで?」
智機は今置かれている状況・心境を辞書検索。
検索結果は古いことわざ。
蛇に睨まれた蛙。
即座に検索を後悔。メモリから削除。
「わたしの行為はね、御陵透子。
確かに副次的にアインに影響を与えるかもしれないが
わたしの演算回路が算出した最適解なのですよ」
「だから?」
健気にも言葉を返す智機。
一言発するたびにトランキライズを複数回使用。
「同胞たるザドゥと芹沢を助けることこそ、
今後のゲームの進行に必要……
なのでは…… ないのか。
ないのですね?」
「そう」
智機はあがき終えた。
直感ではとうの昔に出し終えていた結論をようやく飲み込んだ。
「主催者の命は、ゲームの進行を妨げてまでして
守るものではないのですね?
『上』は、そう考えているのですね?」
透子の返答は無情だった。
「最初からそういってる」
「あなたは理解が遅い」
(結論としては…… つまり、そう。
わたしの認識している立場は誤りだった。
主催者が参加者の上に君臨しているという、誤り。
ひとつ上の立場から盤面を俯瞰してみれば―――
主催者は主催者という名の駒。
参加者は参加者という名の駒。
我も彼も。全てが。
ゲームの駒に過ぎない)
警戒レベルを3段階上げた智機の自己保存欲求が、
関係各プログラムに生存戦略の練り直しを要求する。
時刻はPM18:00を回っていた。
↓
【主催者:椎名智機】
【現在位置:本拠地・管制室】
【所持品:レプリカ智機(学校付近に10体待機、本拠地に40体待機 、6体は島中を徘徊)
(本体と同じく内蔵型スタン・ナックルと軽・重火器多数所持)】
【スタンス:ゲームに関わる認識の再構築】
【能力:内蔵型スタンナックル、軽重火器装備、他】
【監察官:御陵透子】
【現在位置:本拠地・管制室】
【スタンス:@ ルール違反者に対する警告・束縛、偵察
A 紳一の記憶検索】
【所持品:契約のロケット、通信機】
【能力:中距離での意志感知と読心
瞬間移動、幽体化(連続使用は不可、ロケットの効果)
原因は不明だが能力制限あり、
瞬間移動はある程度の連続使用が可能。他にも特殊能力あり】
【備考:疲労(小)、必要が無くなれば自主的に紳一の記憶検索を再開】
―――レプリカ智機N−13 爆散
―――レプリカ智機白兵タイプD−01 爆散
SFキター!!
>233
(二日目 PM5:52 東の森・楡の木広場)
わたしの仇の名は長谷川というらしい。
ザドゥとの対話からそれが知れたわ。
ザドゥはわたしにゲームを続けさせたい。
だから無茶な攻撃はしてこない。
結論。 ザドゥに手は出さない。
狙うは長谷川ただ一人。
わたしと長谷川の距離は25m。
わたしとザドゥの距離は35m。
ザドゥと長谷川の距離は20m。
わたしとザドゥの長谷川への距離差、5m。
その5mの距離を詰める何か―――
それは、第三者の介入かもしれない。
無線からのコールかもしれない。
ザドゥの集中力が寸断される何か。
その何がが起きる瞬間を、ただ待つだけ。
起きた瞬間、ただ走るだけ。
一直線に、長谷川に向けて。
カオスは置いてゆく。
スパス12も。包丁2本も。その他雑用品も。
体は軽ければ軽いほどいい。武器は包丁があればいい。
5mの壁を1mmでも縮めれば、
わたしの方がザドゥより先に素敵医師に到達する可能性が
1mm分高くなる。
飛び出したら一直線。
ただ一撃。
狙い済まして―――
この包丁で喉首を切り裂く。
異能の参加者は幾らでもいる。強者も然り。
だが―――
この長時間の膠着状態にひとかけらの隙も見せず、
潜伏位置すら特定させぬ技術を持つものなど、
あの女以外にいるものか。
アイン。 ファントム・オブ・インフェルノ。
ファントムの接近を告げる警告音が鳴ってから
どれほどの刻が経ったのか?
確かめたい気持ちはある。
しかし、悠長に時計を見ている余裕などない。
腕を上げる。目線を切る。
ファントムがアクションを起こすには、
それだけの隙で十分だ。
疾風の如き動きで稲妻の如き速攻を見せるだろう。
ファントムの狙いは長谷川。
俺の狙いも長谷川。
長谷川の狙いはよくわからない部分もあるが、
広く捉えて「生存」だろう。
故に、最もしてはならぬこと。
俺とファントムが衝突すること。
その間に長谷川は逃げることになる。
あるいは漁夫の利を狙われる。
ファントムよ。
お前の戦歴、分析力なら、
同じ結論に達すると信じるぞ。
さて―――あとは号砲だ。
このいやがおうにも高められた緊張感を
鋭く打ち砕く何かを待つだけだ。
PM5:58。
三つ巴の膠着戦に陥っているアイン、ザドゥ、素敵医師。
彼らを頂点とする三角領域に無遠慮に進入するものがいた。
キュラキュラ。
軽快な車輪音を響かせているのはレプリカ智機D−01。
彼女はオリジナル智機の指令により、新たなタスクを
実行せんと、僚機N−13に接触を求め――
PM5:59
御陵透子の『読み替え』により爆散した。
大音響を響かせて。
ド ゥ オ ォ ォ ォ ン !!
D−01に最も近かったのはザドゥだった。
「ちっ!」
彼は忌々しげに舌打ちし、飛来するD−01の破片を回避。
すぐさま周囲の確認。
広場の東外れの茂みから飛び出した軽やかな影を補足した。アイン。
彼女は一直線に素敵医師めがけて疾走していた。
その無駄の無い走り、無駄のないフォルムは、喩えるなら豹。
その彼女が、常に視界に捕らえていた素敵医師から
僅かに目線を切り、ザドゥを見やった。
ザドゥもまた素敵医師めがけての爆走を開始していた。
大地を蹴りつけ、反発力で以って前進するその突進性、喩えるなら黒犀。
ふたりの目線が重なる。
言葉よりも雄弁に伝わるものがあった。
(信じていたぞ、ファントム。 おまえであればその結論に達すると)
(信じていたわ、ザドゥ。 あなたはわたしに手を出さないと)
ともに素敵医師に執着し、ともに素敵医師の手を知る者として、
まず、なにより先んじて彼の動きを封じることは必然だった。
(だが――― 奴を粛清するのは俺の役目!)
(でも――― あいつの命はわたしの物よ!)
この勝負は素敵医師を旗に見立てたビーチフラッグ。
先に彼の下にたどり着いた者が、
彼に先制攻撃する機会を売ることが出来る。
先制の気力破壊を片方にぶつけリタイヤさせ、
残るもう一方と1vs1の構図を作ったうえで、
対決と逃走、より生存確率の高いほうを選択する。
それが素敵医師の青写真。
しかし、現実はどうか。
(ふたり同時やかっ!?)
右前方の草地からザドゥが。左前方の茂みからアインが。
それぞれ同時に駆け出して来たではないか。
素敵医師をめがけて。
(ど、どど、どっちにすればええが!?)
2人の発する気配はどちらも兇悪。
ともに競争相手に先んじての一撃必殺を狙っている。
右のザドゥの気力を破壊すれば、次の瞬間、
アインの包丁が素敵医師の喉首を掻っ切るだろう。
左のアインの気力を破壊すれば、次の瞬間、
ザドゥの拳が素敵医師の顔面を破壊するだろう。
逃げ出せばより最悪だ。
集中を欠いた気力破壊は素敵医師の中で暴発し、
彼を身動き取れぬほどの虚脱へと誘うだろう。
その後に彼を待つ運命は語るまでも無い。
つまり―――袋小路。デッドエンド。
素敵医師の立てた戦略は、対象2人の分析の時点で誤りだった。
彼に対する執着を甘く見ていた。
(2…… いや、3mの遅れか……
智機爆散の折、破片を回避した結果がこの距離か)
ザドゥの額を流れ落ちる汗、一滴、二滴。 それは敗北の予感。
たかが3m。 されど3m。
3mとは、ザドゥが素敵医師の下にたどり着く前に、
アインが彼に致命的な一撃を与えるに十分な時間を与える距離。
しかしザドゥは諦めぬ。 誇り高き故、諦めぬ。
「ごおおおおおお!!!」
唸りよ、エネルギーとなれ。 細胞よ、奮い立て。
ザドゥは叫び声とともにそう念じた。体温が上昇したのが感じられた。
だが、それだけだ。
空しくも距離はさらに開いている。
すでに4mにもなろうか。
ゴールまであと10mを切った。
ハプニングでも起きなければ、この距離は絶望的な距離差。
(長谷川、いまこそ……!!)
vsザドゥの勝ちがほぼ確定したアインが包丁を逆手に構えた。
その動きになんらかの無理があったのか―――
「あ……」
彼女は呟きを残し転倒した。
転倒したアインはすぐさま立ち上がり、
まるで立ちくらみでも起こしたように再び崩れた。
うう、と嗚咽を漏らしながら。
なぜか顔色をバラのように赤くして。
「かーっはっはっ、けひゃひゃひゃひゃ!!」
素敵医師は狂喜した。哄笑した。
倒れ方を見ても顔色を見ても、アインの体調は崩れている。
いかような神の悪戯か。
めぐりめぐって結果としては、素敵医師の計画にどおりに
軌道が修正されていた。
「ごおおおおお!!」
腕に腕に気を込めながら駆け寄るザドゥが、
伏したアインの位置を、遂に越えた。
その顔が瞳が真っ赤に染まっているのは怒りゆえか。
迎え撃つは冷静さを取り戻した素敵医師。
まっすぐにザドゥを見つめ、迎撃の準備を完了。
(気力破壊の射程2mまで、あと……
100cm…… 50cm…… 0cm!!)
素敵医師は勝利の雄たけびの如く、技の名を叫んだ。
「気… 力… 破… 」「おっはよー♪」「壊っっっ!?」
D−01の号砲で動いたのは3人ではなかった。
4人目がいた。
素敵医師の眼前に突如現れた金髪碧眼の女。
カモミール・芹沢。
30分という時間は気絶からの目覚めには十分だった。
芹沢の腹部には鈍痛。喉には乾き。
肉体的にはかなり弱っているにもかかわらず、
しかし、目覚めはさわやかだった。
なぜだか楽しいから。
なぜだか気持ちいいから。
ザドゥが体を張って治療に当たったものの、
残念ながらまだ、薬の影響が抜けきってはいない。
自由意志で思考はできる。
自由意志で行動もできる。
しかし、過剰な多幸感とまばゆい色彩感覚だけは、
未だ深く彼女を蝕んでいた。
アッパー系と呼ばれるクスリの効果に類似する。
もともとハイテンションな女にそれがキマる。
じっとしていられるはずがない。
だから、彼女は元気に目覚めの挨拶をした。
一番初めに目に入った、お薬をくれたいい人に。
「おっはよー♪」
にぱっとひまわりのような笑みが突如現れ、
気力破壊の射出に失敗した素敵医師は……
「なんちゃー!? ……ひべっ!!」
当然の如く暴発した。
渦に飲み込まれるかの如く消失する素敵医師の気力。
素敵医師はへにゃりと座り込む。
「せんせ、元気ないなぁ? あははははー。
もっかいいくよー? おっはよー♪」
芹沢が素敵医師を覗き込んでにぱにぱ笑う。
肩をつかんでがくがく揺する。
素敵医師は無抵抗で無反応。
これが気力破壊の効果。
彼は暫くの間、立つことも物を持つこともできないだろう。
しかし、拳に気を込めたはずのザドゥは、
素敵医師のもとに現れなかった。
今が憎き素敵医師を屠る絶好の機であるにも関わらず。
「あれー? ザッちゃんだー。 あははははー。
おっはよー♪
……どーしたのかなー? 元気ないぞー?」
ザドゥは素敵医師の2m手前で膝をついていた。
激しいめまいと頭痛に襲われ、動けないでいた。
それはアインと同じ症状に見えた。
現場よりやや南に離れた木陰。
式神たちが身を寄せるシェルターの奥で、
一部始終を観察していた朽木双葉が、
歌うような口ぶりでひとりごちた。
「アイン、苦しい? 気持ち悪い?
あんたらは気づいていないけどね、
それ、一酸化炭素中毒ね」
中毒にかかっているのはアインとザドゥだけではない。
素敵医師も、芹沢も。それと気づかず等しく煙を吸っている。
アインとザドゥの症状が重いのは、全力疾走したが故。
「このままでも確実にみんな死ぬ。
……でも、アイン。あんただけは。
そんなに簡単な死は与えない」
暗い笑みを浮かべる双葉のその貌、鬼女か、悪魔か。
↓
【現在位置:東の森・楡の木広場東部】
【備考:火災に気づかない幻覚作用中】
【主催者:ザドゥ】
【スタンス:素敵医師への懲罰、参加者への不干渉、カモミール救出】
【所持品:ボロボロのマント、通信機】
【能力:我流の格闘術と気を操る、右手に中度の火傷あり、疲労(大)、ダメージ(小)】
【備考:軽度の一酸化炭素中毒】
【素敵医師(長谷川均)】
【スタンス:アイン・ザドゥ・仁村知佳への薬物投与、朽木双葉と一応共闘】
【所持品:メス2本・専用メス2本、注射器数十本・薬品多数、小型自動小銃(予備弾丸なし)、
謎の黒い小型機械、カード型爆弾二枚、閃光弾一つ、防弾チョッキ】
【能力:異常再生(限度あり)、擬似死】
【備考:独立勢力、主催者サイドから離脱、疲労(小)、肉体ダメージ(小)
行動不能(気力ゼロ)】
【カモミール・芹沢】
【スタンス;???】
【所持品:虎徹刀身(魔力発動で威力増大、ただし発動中は重量増大、使用者の体力を大きく消耗させる)
鉄扇、トカレフ】
【能力:左腕異形化(武器にもなる)、徐々に異形化進行中(能力上昇はない)、死光掌4HIT】
【備考:アッパートリップ。禁断症状沈静化。中度の脱水症状だが、一応戦闘可能。
疲労(大)、薬物の影響により腹部損傷】
【アイン(元23)】
【スタンス:素敵医師殺害】
【所持品:スパス12 、魔剣カオス、小型包丁4本、針数本
鉛筆、マッチ、包帯、手袋、ピアノ線】
【能力:カオス抜刀時、身体能力上昇(振るうたびに精神に負担)】
【備考:軽度の一酸化炭素中毒、左眼失明、首輪解除済み、軽い幻覚、
肉体にダメージ(中)、肉体・精神疲労(中)】
【朽木双葉(16)】
【現在位置:東の森・楡の木広場東部】
【スタンス:火災による無理心中遂行】
【所持品:呪符7枚程度、薬草多数、自家製解毒剤1人分
ベレッタM92F(装填数15+1×3)、メス1本】
【能力:植物の交信と陰陽術と幻術、植物の兵器化
兵器化の乱用は肉体にダメージ、
自家製解毒剤服用により一時的に毒物に耐性】
【備考:元・星川 幻術に集中。持続時間(耐火)=01分程度
式神たち 双葉を保護。持続時間(耐火)=45分程度】
短距離走キター!!
パスはrowa
今から投下するのは、一年程前に誰もいないしもういっそこのEDだけ投下して締めくくるかと思って書いたものです。
しかし、流石に躊躇われていたのですが、続きもきたようなのでせっかくですのでこの機会に嘘EDとして投下しようと思い立ちました。
スレ汚しであったらならば申し訳ない。
爆発と炎、そして壊れた機械に囲まれていた部屋に眩いほどの光が刺す。
光が一帯に行き渡るとともに、辺り一面、明るい光に包まれた世界へと変質していく。
その中にぽつんと一人佇む少女の姿。
腕に自分と同じ年頃の少女の亡骸を抱えた彼女の顔は、ずっと下を向き、この場所と対照的に暗く落ちていた。
酷く痛々しく、そして弱々しく。
<<おめでとう、君が優勝者だ>>
ただ、ただ、白い光の世界に声が響いた。
それはこのゲームがようやく終わったことを彼女へと告げるモノ。
長い道程をはて、ソレは下向く彼女の前へようやく姿を現した。
<<いやぁ、まさかボクらが用意した運営まで倒し、更に優勝するなんて僕にも全く予想できなかったよ>>
声の主は、全長1kmはあろうかというクジラの姿を模した光の塊―――このゲームの主謀者ルドラサウム。
思いもかけぬゲームの終了にルドラサウムの胸ははちきれんばかりの喜びに溢れていた。
ルドラサウムの側にはプランナーが彼にかしずくように在る。
<<さぁ、約束だ! 君の願いを叶えてあげよう!!>>
それは約束された甘い餌。
運営陣を倒したものにもたらされる褒美。
だが、それを聞いても少女は、まだ下を向き、抱える死体をずっと見つめていた。
<嬢ちゃん……>
腰に括りつけられた一振りの大剣が心あらずな持ち主の少女へと話し掛ける。
「……」
だが、それでも彼女は反応しない。
今、彼女の頭の中あるのは、利用していたはずの人々の姿。
『……もってけ』
魔獣の死骸の側に横たわる青年は彼女の足元に剣を投げた。
宙に舞った剣から<酷いぞい!>という声が発せられる。
『何そんな顔してんだ? 超絶美形スーパーランス様とはいえ、ケイブリスの野郎のせいで少し疲れた。
お前らは俺様が休んだ後、追いつくまでにむかつくヤツラをぶったおしておけよ。
本当ならこの俺様が直々に成敗する所なのだが、お前らにその権利を譲ってやる。
さぁ、とっとと行って、俺様の到着を出迎える準備をせんか』
何言ってるんですか。そんな状態のあなたを置いていけるわけには……。
そう言おうとした少女達の肩を老人が叩く。
その老人の悲痛を堪え目を瞑り、首を小さく横に振る動作を見た少女達は言葉を言うのを止めた。
『約束、忘れるなよ。帰った暁にゃ……』
『えぇ、勿論』
『へっ、ひぃひぃ言わせてやるからな』
そう応えた彼を後にし先へと進んだ。
『そんなものは虚しいだけじゃ!!』
『だが、それでも!! もはやこの私はこの道を進むのみ!』
目の前にあるのは圧倒的力を備えた漢。
一団の前に立ち憚る最大の壁。
心技体、全てを揃えた漢へ対するのは一人の老兵。
―――否、彼もまた漢。
しかし、実力の差は歴然としていた。
スピードでこそ上回るが―――それだけ。
意を決めた彼は、
『老兵は去るのみじゃよ……。のぅ、エーリヒ?』
そうして爆発と共に消えていった。
『……見事だった』
残る気を振り絞って動けば、死ぬ前にまだ数分は戦える。
そうすればゲーム完遂として助け出される可能性もあった。
『彼の死を無駄にするな。行け』
だが、空虚に満ちた心の彼は老兵の守り通したモノを黙って見送る事にした。
『もう一度お前とやりあうのも悪くない……。なぁ? タイガージョー』
『それでも私は彼と共にいれるなら後悔しません』
何もない空間。
暗い闇の中に包まれた場所で、少女は愛する相手を抱き締め、相対するもう一人の少女へと言い放った。
『例え、死んだとしても……二人一緒にいれるなら。私達のやってきたことが無駄じゃないって思うから』
そうして、少女と少年は闇の中に沈んでいく。
その光景を見届けた少女もまたゆっくりと消えていった。
『―――ッ!?』
その小さい影の動きは速く、そして鋭かった。
影―――いや、幼き少女が一手振るうごとにそこには炎が燃え盛る。
ここに来て、幼い少女は彼らの難関として立ちはばかった。
『やりなさい!!』
幼い少女が後ろから破戒締めにされる。
少女を押さえつけた女が、自分ごと刺せ、とそれができる少女へ目を向けて声を挙げる。
『ごめんなさい』
本当に小さく呟き、身体を震わせ、少女はその手で二人を貫いた。
『最後の警告だ。殺しあえ』
周りを囲むのは、警告を発した者と同じ姿形をした機械兵。
長い道程を越えてきた少女は悩んだ。
叶えたい願いがある。
そのためにここまできた。
連れは間違いなく、自分の為に、と喜んで自分に刺されるだろう。
そういう性格だ。
―――だけれども。そんな彼女が報えぬ世の中でどうするのだ?
最後の最後でその考えが彼女を突き動かした。
彼女は剣を持ち、無機質の少女へと飛びかかろうとする。
―――中枢さえ破壊してしまえば!!
『ごめんね、狭霧さん……』
その声と共に少女の―――狭霧の意識は闇に沈んだ。
『……私が必ず守るから!!』
翼を広げ、両手の爪を前へと突き出し、天使の姿をした少女は一人駆けていった。
<<まぁ、ゆっくり考えるといいよ。なんたってプランナーじゃなくてボクが願いを叶えてあげるなんて、君が初めてだからね>>
狭霧の瞳にふつふつと光が灯り始める。
ザドゥとしおりは失ったものの為に戦っていた。
智機の心を聞いた時、少なからずだが共感できた。
彼らもまた狭霧と同じく、いや参加者と同じくこのふざけたクジラに運命を翻弄された者たち。
「……力を」
<<ん、なんだい?>>
「あなた達を倒せる力を私に!!」
<じょ、嬢ちゃん!? そりゃ>
かつてその身に覚えのあるカオスが、まずい、と言おうとした。
だが、それよりも狭霧は、このクジラ達に対する怒りが隠せないでいた。
―――お前を殺す為の力をくれ―――
そんな酔狂な願いをかなえるバカなどいない。
一蹴されて、殺されるのがオチと狭霧は覚悟も決めていた。
―――だがそれでも。
ランス、魔窟堂、知佳、恭也、アイン、そしてまひる。
彼らを残して願いだけ叶えて貰うという選択肢に吐き気がさした。
そんな事をするくらいなら、自分もまた魂となり彼らと同じクジラの元へ帰るのもいい。
短くも長い試練を超えてきた。
今の狭霧の心は決まっていた。
<<いいよ。叶えてあげる>>
巨大なクジラの尻尾が振られる。
狭霧からすれば「まさか」と思う驚愕の行動。
カオスからすれば「まずい」と思う絶望の行動。
プランナーは目を丸くし、ただその主の様子を見ていた。
ルドラサウムにしてみれば、ただの気まぐれだった。
自分を倒せる可能性を持った力を与え、この少女がその後どう動くかを楽しみに出来ると思っただけの末。
バカ正直に自分に向かってきても、尻尾の一振りで存在を消せる。
逃走して、第二のラサウムになれば、無限の時の中での楽しみがまた一つ増える。
つまり、ルドラサウムは彼女をラサウムや三超神と同じ存在へと作り変えたのだ。
「……」
<<じょ、嬢ちゃん?>>
自分の体が……いや、自分という存在が別物へと変わったのを狭霧は認識していた。
それと共にもたらされる力と言う名の知識を理解する。
(力は永遠の八神よりは下でしょうか……)
なるほど、人の意識を持つ玩具に作り変えられたのか。
ラサウムと違い、それは大いにルドラサウムの好奇心の対象となるのだろう。
もたらされた力と知識は狭霧に冷酷な事実を突きつける。
<<で、願いはかなえたよ、どうするんだい?>>
ニヤニヤとしたクジラの声が響く。
ギリギリと狭霧の歯がきしむ音がルドラサウムには聞こえるようで愉快だった。
<<いけよ>>
声が響いた。
今はないはずの声が狭霧とカオスに。
「確かに倒せる力……」
そういうと狭霧は手に持つカオスを握り締めた。
そして、渾身の力を篭めて助走する。
(んー、やっぱりこの程度だったか。期待したぼくがバカだったかな)
ルドラサウムは思った。
せっかくだ。最後の夢を見させ、直前でかき消した時の彼女はどんな顔をするだろうか、どんな感情をするだろうか。
それさえなければ、今ならばまだルドラサウムの勝ちだったに違いない。
「…………ならば!! 足りなければ奪えばいい!!」
カオスに全力の力を篭めると狭霧は跳躍した。
―――プランナーの方へと。
突然の出来事にプランナーはほんの一瞬だが思考が停止する。
ルドラサウムも驚いているのか動きが止まっている。
ハッ、としてプランナーは思考を取り戻す。
何を慌てることがあろうか。
所詮はあの程度の力、主たるルドラサウムでなくても受けたところで何があろうか。
―――瞬間
破裂音が辺りに響き渡った。
<<なっ!?>>
カオスに叩きつけられてはじけ飛ぶ前にプランナーが発した一言がまだ空間に残っているような気がした。
アリエナイ。
何故、自分が破裂するのだ。
朦朧とした意識の中で叫ぶプランナーだが時既に遅し、四散したプランナーは狭霧へと全て注がれていく。
―――何が起こっているんだ?
ルドラサウムの頭の中は真っ白になっていた。
如何に力を与えたとはいえ、そのままでは三超神に傷をつけれるほどのものでもなかったはずだ。
永遠の八神と三超神とはそれだけの差がある。
なにしろ子と親の関係なのだから。
あの剣のせいか?
そう思ったが、あれもまたプランナーが作り出した魔王と魔人を斬るための剣。
複合したとしてもそこまでの力を発揮するとは到底思えない。
では、何故?
ルドラサウムが思考に陥ってる間にも狭霧はプランナーを吸収し終える。
「行きましょうか」
淡々とした声で狭霧は呟いた。
<<あぁ、こいつで御終いじゃな>>
呟きにカオスが答える。
―――そして
「「「「「「これで終わり(だ)!!!!」」」」」」
無数の叫び声が起きた。
その声で、ようやく我に返ったルドラサウムは気づいた。
自分の体から幾つもの魂が抜け出していたことに。
そして今、その魂の群れが狭霧のところにあるのを。
それだけではない。
ルドラサウムから次々と魂が抜けていき狭霧へと向かっている。
<<一体何が!?>>
ルドラサウムは叫んだ。
既に狭霧の力はプランナーを吸収し、膨れ上がっている。
それだけではない、無数の力強い魂を取り込んだことでまだまだ膨れ上がる。
しかも、魂の流出は滞ることなく、それはルドラサウムの力の減少と狭霧の力が彼に迫りつつあることを意味している。
しかし、その間にも一歩一歩と狭霧は近づいてくる。
<<ここまでですね>>
狭霧の背後に男の姿が浮かぶ。
確かあれは、アズライトと言っただろうか。
ロードデアポリカであり、本来の純粋な力なら参加者全員を相手にしても優勝できたはずのもの。
元の世界でなら魔王にだって、いやもしかしたら力だけなら三超神に負けぬはずのものを持っていたはずのもの。
しかし、何故、その彼があそこにいる?
このゲームで死した彼は己に取り込まれたはずだ。
そう……取り込まれたはず?
<<へっへ、俺様の作戦大成功ってところだな>>
今度は柄の悪い男だ。
三つの同じ顔がいたことをルドラサウムは良く覚えている。
<<よー、クジラちゃんよ。よくも今まで俺様達を弄んでくれたな>>
愛用のタオルをぱんぱんと肩にかけながら……といっても幻影の姿であるが、鬼作が続ける。
<<何が起きたか解らないって顔してやがるな。
冥土の土産だ。説明してやるぜ。
おめえに取り込まれたおかげで俺達は魂だけの存在として残されてるんだと気づくことが出来た。
なまじ、優勝者の願いを叶えるために俺達を初期化とかいうやつをせずに意識を残したまま、保存してたのが悪かったな>>
そうだ。
優勝したものの中には、死者の復活を願うものもいる。
その時のために参加者や運営と運営を餌にした魂を保存しておいたはずだ。
……はずだ?
そこまで言ってルドラサウムはようやく真相に気づいた。
彼らの魂がごそっと自分から抜け出していることに。
そして彼らの魂で作られた穴から、彼らの魂を道標にして他の魂も狭霧に流れ込んでいることに。
<<弱い魂や初期化して意思のない魂だったらこいつはできなかった。
けどもここにはアズやんっつー、強力無比でしかも初期化されてない魂が存在していた。後は解るな?>>
アズライトがルドラサウムからこのゲームに『参加させられたもの達』の魂をまとめ、狭霧の元に加わる。
しかし、それはアズライトだけではできなかった。
狭霧という彼らを引き付ける受け入れ先があったからこそできたこと。
その他大勢の強く特殊な力を持つ存在があったからこそ。
それなくしては、抜け出すことも受け入れられることもできなかっただろう。
そうして力を得た狭霧によってプランナーは倒されたのだ。
<<う、うわあああぁぁああ゛あぁああああぁああああぁああ゛ああ!!!!!!!!???????>>
ルドラサウムは恐怖した
彼を支配するのは、自らの存在が死ぬ、消えるという恐怖。
生まれて初めて味わうこの感情はルドラサウムの思考を全て奪いさった。
<<苦難を乗り越え良くやった、少女よ。今こそ正義の鉄槌を振るう時!!>>
虎のマスクを被った男が狭霧の横に浮かび上がる。
<<我らの心技体全てを受け取れ!!>>
<<行くぞ、タイガージョー!!>>
<<あぁ!!>>
タイガージョーの隣にはザドゥが構えている。
たった一度といえど拳と拳で己の信念をぶつけ合った二人は長年の友のように息を合わせた。
「……力が増幅していくのがわかる」
気を練りこむことによって、狭霧は魂の力が何倍にも引き出されるのを感じた。
紛れもないタイガージョーとザドゥの力だ。
<<来るな、来るな、来るな、来るな、来るな、来るな、来るな、来るな、来るな、来るなぁぁあああぁぁぁぁあ!!!!!!!>>
狂乱し怯えた子供のように、ただひたすらがむしゃらに尻尾を狭霧へと叩きつけようとルドラサウムは暴れる。
しかし、虚しくも当らない。
体が中から溢れ打ち出される光も何の意味ももたない。
狭霧の体がほんの一瞬ぶれたかと思うと全てすり抜けるかのようにしてかわされる。
<<やれやれ、まるで子供だな>>
<<ま、悪役の最後はこんなもんじゃろうて>>
小太刀を構えた童顔の青年、ぼけた行動ばかり取って苦労させたジジイ。
どちらも神速の移動を誇る二人だ。
<<行こう、狭霧さん>>
浮かび上がった少女がカオスに手を取る。
羽だけが背中に生えた彼女の姿はまさに天使と見まごう程の輝きを放っているようだった。
「……ええ!!」
二人でカオスを握り締め、走り、思いっきり振り上げ、
そして
<<バカなバカなバカなバカなバカなバカなバカなバカな……>>
「あなたは私達を甘く見すぎた!!」
<<……バガナ゛ァァァ゛ァァァアア゛>>
―――跳んだ
<<最後を決めるのは俺様の技だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!>>
――――――ランス・アタァァァァァァァック!!!!
とここまでで昔書き上げた試作EDは終わりとなります。
お付き合いありがとうございました。
この後にルドラサウム爆死後のエピローグがありますが、それはまたの機会にお見せできたらと思います。
かなりはしょっているので?と思う点が多いかと思いますが、元々の動機が
>>420、タイトルも偽エンディングですのでお許し下さい。
真面目にダイジェストにした部分とそれ以外の部分、自分の中でのここまでの道程にはユリーシャが殺害の件がバレて暴走して最後はランスに許して貰いながら息を引き取るとか
アインに負けて死んでいく双葉とか色々あるわけですが、それらを真面目に書き上げるとした場合、
「やっべー、一人じゃ月刊連載の分量に換算しても数年で終わればいい方だ」という計算から断念して生まれたものでもあります。
本当はもっと最後の魂が語りかけてくるシーンで色んなキャラ出したかったとかありますが、元々の動機が(ry
>>ID:ZoYReH950さん
>>ID:3nIDWIO0Pさん
まさかこんな時間にリアルタイムで支援を貰えるとは思いませんでした。
ありがとうございます。
何分、社会身分が変化したことでリアルタイムで参加できた過去と違い
昔のように執筆にさける時間が毎日のように取れません
今後は、引き受けれるパートがあれば、一ヶ月ペースになりそうですが良ければ書きたいとは思います。
最後にもう一度。
お付き合いありがとうございました。
おっはよー♪(
>>403-414)に過去作との矛盾がありました。
箇所は
>>403。
以下修正稿にての読み替えをお願いいたします。
すみませんでした。
>233
(二日目 PM5:52 東の森・楡の木広場)
あえて極論するならば―――
狙撃も襲撃も、決め手になるのは事前の位置取り。
だから、この位置は成功ね。
これ以上距離を詰めるとザドゥに察知されるから。
けれど、この位置は失敗ね。
長谷川に逃亡の可能性を残す距離が開いているから。
>>280 (二日目 PM5:45 西の小屋付近)
高町恭也が、構えている。
強い西日に目を細めること無く、前方の糸杉と向き合っている。
気配は絶っている。
周囲の警戒も怠らない。
哨戒任務の残余の意識のみを割り当て、高町恭也は構えている。
体は半身。腰は中腰。
前方に伸びたる左腕は正対する相手を制するかの如く広げられ、
後方に流れたる右腕は正対する相手に秘するかの如く握られる。
この構えこそ御神流・飛針投擲の基本形。
しかし、飛針暗器の類の術理を多少なりとも修めた者であれば、
彼の構えが基本から大きく逸脱していると看破できよう。
奇異なるは射角。
左掌の制する仰角は50度以上。目線は糸杉の頂点付近。
仮に恭也が流派の基本に従っているとするならば、
想定される身長は6mに迫ろうか。
地上最大の生物と考えられるアフリカ象ですら
肩高4mを超える個体は稀であるというのに。
有り得ない。
―――いや、有り得るのだ。
「魔人ケイブリス」
恭也が仮想敵として糸杉に重ね見ているのは異形の怪物故に。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
「俺はサポート役に徹したいと思います」
魔窟堂が単独行に飛び出して暫く後、
高町恭也は思案に耽る月夜御名紗霧にそう持ちかけた。
口調にも表情にも迷いは皆無。
それは相談ではなく、既に結論であった。
「何故そのような結論に至ったのですか?」
問う紗霧の声はひそやかにして冷静。
上目遣いの眼差しが恭也の真意を探りにかかっている。
否、恭也を測ろうとしている。
「理由はいくつかあります。
怪我の影響で近接・高速戦闘能力が落ちていること。
飛針や鋼糸による牽制・捕縛術を修めていること。
広場さんやランスさんの方が攻撃役として俺より相応しいこと。
でも、なにより大きな理由は―――
魔人ケイブリスの存在です。
明確な役割分担を持って力を合わせなければ奴には勝てない。
そう思ったからです」
身長は俺様の3倍以上。
腕と触手がいっぱい。
パワーも凄い。
ランス語るところのその種の規格を持つ生物は、
恭也や紗霧の世界に於いては液晶の向こう側に
虚構としてしか存在しない。
しかし、打倒主催者を目指すならば。
現実として立ちはだかるその虚像との戦いは避けては通れぬ。
争ってなお勝たねばならぬ。
ならば、いかに戦うか。いかに勝つか。
恭也は剣士の視点で攻め手受け手を検討した。
紗霧は軍師の視点で作戦立案を繰り返した。
ともに結論は同じだった。
即ち、単独で事は成し得ぬ、と。
「私も思っていました。
かの魔人とやらに対抗するには連携と計画が必要だと」
にやり。我が意を得たりと紗霧が笑う。
この少女は笑んだ時ほど陰が濃い。
目的意識では一致を見た二人ではあったが、
紗霧の諮問はこれだけでは終わらなかった。
「で。それを何故、私に告げたのですか?」
紗霧は言外に匂わせる。
あなたは私に信を置いていないのではないか、と。
対する恭也は匂いを嗅ぎ取った上でなお、虚心坦懐。
「お見通しの通りです。俺は月夜御名さんを信用していない。
いや、ちょっと違うな。
あなたという人間が俺程度では把握できないから、
信じるか信じないかを決められないというのが本音です」
あけすけな不信宣言に紗霧の柳眉が神経質に震えたが、
かまわず恭也は言葉を続ける。
「でも、月夜御名さんという才能を信じることはできます。
広場さんの力を十分に引き出すことや
ランスさんを御することができるのはあなたしかいない。
そう信じています」
ランスを仲間として迎え入れると決意した事が契機であったか。
恭也は本来の持ち合わせていたはずの
老成した精神性と冷静な判断力を取り戻しつつある。
「だから俺は今後の戦い、月夜御名さんの指揮に従います。
あなたが主催者打倒の旗を振り続ける限り。
俺があなたに話を持ちかけたのは、そういう理由からです」
「いざという時あなたを盾に、あるいは囮にする戦術を
取るかもしれませんが、それでも?」
紗霧の質問は既に諮問を超えてただの意地悪と化していた。
悟りにも似た落ち着きを見せだした恭也を頼もしく感じる一方、
その余裕がなんとなしに許せない。
そんな落ち着かない気分を解消させる冗談のつもりだった。
少しでも恭也の表情が翳ったり焦ったりすればそれで満足だった。
「それが御神です」
しかし恭也は誇りを持ってそう答えた。
守るべきものを守る為、地下百尺の捨石たれ。
それは御神流の理念。
恭也の信念。
「え…… ええ。よくわかりました」
言い切られた紗霧は唖然とするしかなかった。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
高町恭也が、構えている。
月夜御名紗霧の言葉を胸に抱いて、構えている。
『規格外のサイズに対するイメージを固めておいてください。
5m超の巨体の一歩はいかほどか。薙ぎ払う腕の範囲はどれほどか。
想像して想定して検討した上で、想像して想定して検討してください。
いざケイブリスと対面したときに淀みなく動けるように』
ふ、と一呼吸。膝が深く沈み、右腕が鞭の如く撓った。
放たれたるは二弾の飛礫。
瞬く間を置いて、引いた左腕の手首の返しにより疾るは第三のつぶて。
鋭く空気を引き裂く三弾は、いずれも高速度・高高度。
恭也は強くイメージする。
ケイブリス、その巨体。その息遣い。その重圧感。
礫の一、狙いは眉間――― 左腕の一に払われる。
礫の二、狙いは左目――― 左腕の二に払われる。
この防御二挙動によりケイブリスの姿勢はわずかに左傾。
ケイブリスの意識と視野の外から襲い掛かる本命の礫の三が、
無防備な右目を鋭く抉る。
創意を試行すること二十幾度。
初めて恭也はイメージ通りの挙動を得ることができた。
(―――成った!)
人を制する御神の術理を元にした、
人ならぬ巨凶を制する術理が、今、
高町恭也の手によって生まれようとしてる。
↓
【高町恭也(元08)】
【スタンス:知佳の捜索と説得】
【所持品:小太刀、鋼糸、アイスピック、銃(50口径・残4)、鉄の杖、保存食】
【能力制限:神速使用不可】
【備考:失血で疲労(中)、右わき腹から中央まで裂傷あり。
痛み止めの薬品?を服用】
>>91 (二日目 PM5:57 西の森)
うぉおおおお、エーリヒ殿ぉっっ!!
わしはバカじゃあ!!
ボケナスじゃあ!!
アンポンタンのクルクルパーのオタンチンパレオロガスじゃあ!!
今!!
今になってようやく思い出したんじゃ!!
それに気づいたときには思い出せなかったくせに!!
もうすぐ小屋に帰り着こうというこのタイミングで!!
くぅぅぅぅっ…… わしは…… わしは……
ホンモノのボケジジイじゃあ!!
万が一この心配が的中して、万が一小屋で悲劇が起きておったなら。
わしはまたしても遅れてきた男になってしまうのか?
それともわし自身が不幸を運ぶ男なのか?
うぉぉぉぉおおお!!
叱ってくれ、エーリヒ殿!!
貴軍の憲兵隊に拷問させた上で懲罰部隊送りにして、
非人道的な肉体労働に勤しむわしに
遠慮なくワニ革のムチを振るってくれぇぇぇ!!
さあ、速く!!
遠慮なく!!
この尻に!! 尻に!! 尻に!!
尻にぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!
ひっひっふぅ…… ひっひっふぅ……
いや、取り乱してすまんかったの、エーリヒ殿。
吐血系の背景を引っ込めるから、ちょっと待ってもらえんかの?
……よっこらせ、と。
のぅ、エーリヒ殿。
わしが「忘れていたこと」と「気づけなかったこと」は、
小屋で待っておる仲間たちには話せんことなのじゃ。
かといって今の状態でみんなと顔を合わせるのもマズい。
ほれ、わしは逃げも隠れもするが嘘はつかんの魔窟堂じゃろ?
脂汗ダラダラの顔と疑念グリグリの眼差しの理由を問い質されたら
たやすく口を割ってしまうじゃろうからな。
貴殿はわしの心の永遠のリーダーにして
頼りがいのあるナイス軍人じゃからな。
すまんがわしの心が落ち着くまで、わしの考えが纏まるまで、
相談相手になってもらえんかの?
それでは、まず―――
わしが「忘れていたこと」から聞いてくれんか。
昨晩、わしが一人で東の森北部を探索しておったときにの。
妙齢の女性の死体を発見したのじゃよ。
悔しそうな表情で虚空を見つめている死体をのう。
あのときはそれが誰とも知れなんだが、今ならわかるわい。
恭也殿が言っていたタイトスカートとストッキング。
ランス殿が言っていた意思の強そうなくっきりした眉。
あれは、篠原秋穂殿じゃ。
秋穂殿はな、矢に貫かれておったのよ。
背後から胸に貫通してな。
そりゃあ惨いありさまじゃった。
だから、わしは誓ったのじゃよ。
仲間たちに、今後出会う人に、こう警告しようとな。
『弓矢を持つ者に気をつけろ』
そう、これがわしの「忘れていたこと」。
エーリヒ殿。
次はわしが「気づけなかったこと」じゃ。
わしがこの単独行に出たのはな、
紗霧殿が立案したある「包囲作戦」の布石を打つためじゃ。
作戦の詳細は割愛するが……
その際に紗霧殿と所持品の交換をしたのじゃよ。
わしのレーザーガンとペン8本を紗霧殿に。
紗霧殿の45口径銃と四本の鍵束をわしに。
45口径の反動に耐え切るのは紗霧殿には無理じゃでの。
この交換はわしも道理じゃと思っておる。
じゃが、その時わしはみてしまったのじゃよ。
紗霧殿のバッグの口から覗くあるモノを。
台座と翼と弦からなる機構の武器を。
ボウガン――― 弩弓を、の。
そう、これがわしの「気づけなかったこと」。
最初にアホみたいに取り乱したのはな。
忘れていたことを思い出し、
気づけなかったことが蘇り、
その二つが結びついてしまったからなのじゃ。
『気をつけるべき弓矢を持つものが、守るべき仲間の中にいた』
これが普通の弓じゃったら疑うこともなかったじゃろう。
人ひとりの胸を貫通させる弓勢など、女子の臂力では出せぬからの。
じゃが、得物がボウガンとなると、ちと話は違う。
アレは女子供でも十分な貫通力が出せるよう設計されておるでの。
いやいやいやいや。
じゃからといってな、エーリヒ殿。
ただちに紗霧殿が秋穂殿殺害犯だと言いたい訳ではないのじゃ。
彼女には収集癖があるようじゃし、皆の荷物を纏めている節もある。
たぶんボウガンは、わしの見ておらんどこかのタイミングで
拾ったのじゃろて。
たぶん。
たぶん……
そう、「たぶん」なんじゃ!!
わしは「たぶん」「じゃろう」と思っておる!!
をおおおお!! エーリヒ殿ぉぉ!!
わしはなんとあさましい人間なのじゃあ!!
目的を同じくする仲間を信じきれんのじゃあ!!
紗霧殿は頭がいい。
紗霧殿は弁が立つ。
紗霧殿は決断力がある。
今回の単独行にしてもそうじゃ。
わしは最初アイン殿らを捜索に行こうと思っておったのじゃ。
それが紗霧殿に呼び止められて、なんやかやと諭されて……
いつのまにか丸め込まれて彼女の作戦に従って動いておった。
そう、紗霧殿はいつだって「いつのまにか」じゃ。
いつのまにか合流していて、
いつのまにか溶け込んで、
いつのまにか場を仕切り、
いつのまにか主導権を握っておる。
そのくせ、思い返してみれば―――
わしらは彼女のことを殆ど知らん。
この島でわしらと合流するまでにどう過ごしてきたのか、
彼女自身が語らなかったからの。
今にして思えば自分のことを聞かれぬよう、
それとなく誘導されていた気もするわい。
彼女がもし擬態する殺人者で、わしらを屠る機を伺っておるとしたら……
最後の最後で裏切ってゲームに優勝する気なら……
既にわしらは彼女の掌の上なのかのぅ?
―――ん?
待て待てヘル野武彦?
さっきから貴公は紗霧殿の見えない部分を疑念で埋めておらぬか、と?
「たぶん拾った」から「たぶん殺した」に思考が移っておらぬか、と?
おぉ、ナイス助言じゃエーリヒ殿!
この魔窟堂野武彦、きれいさっぱり目が覚めたわい!!
そうじゃの。
「忘れていたこと」と「気づけなかったこと」を、
無理やり一つに結び付けるのはちと早計に過ぎておったの。
事実と推理を混同させては真実にたどり着けぬものじゃしな。
まずは紗霧殿を知り、ボウガンの出所を知る。
そこから始めるのが正道じゃろて。
そして、こういう状況となってしまった以上、
秋穂殿の死に様については口を閉ざしておかねばの。
わしが先ほど受けた衝撃が、
秋穂殿と縁の深いランス殿や恭也どのを直撃したら、
血を見るだけでは済まない事態になりかねん。
―――む。
もう西の小屋が見えてきおった。
今まで付き合ってくれて礼を言うぞ、エーリヒ殿。
貴殿の厳しくも深みのある眼差しの記憶があればこそ、
こうして恐慌と混乱を抜け出すことができたのじゃ。
ほれ、見てくれ、エーリヒ殿。
彼らが今のわしの大事な仲間たちじゃ。
心に傷持つ者もいる。
脛に傷持つ者もいる。
それでもの。
皆が皆、それぞれに、眩いばかりの生命力と可能性に満ち溢れておる。
わしらが守るべきと誓った未来ある若人たちなのじゃよ。
恭也殿が玄関前でわしを出迎えておる。
窓からはまひる殿が笑顔で手を振っておる。
紗霧殿がその後ろで醒めた流し目をくれておる。
なんと、ランス殿とユリーシャ殿も出てきたか。
ならばよし。
今のところはこれでよし。
万が一わしの疑念が当たっているのだとしても、
今は皆が無事でいることを素直に喜ぼう。
……それでよいじゃろ? エーリヒ殿。
↓
【グループ:紗霧・ランス・まひる・恭也・ユリーシャ・野武彦】
【現在位置:西の小屋】
【スタンス:主催者打倒、アイテム・仲間集め、包囲作戦】
【備考:全員、首輪解除済み】
【魔窟堂野武彦(元12)】
【スタンス:@ グループのスタンスに同じ
A ボウガンの出所をこっそり探る】
【所持品:軍用オイルライター、銃(45口径・残7×2+2)、
白チョーク数本、スコップ(小) 、スピーカーの部品、四本の鍵束、
ヘッドフォンステレオ、まじかるピュアソング、謎のペン7本】
【能力:気合で背景を変えれる、????、???】
【備考:疲労(小)、首輪解除済み】
>>280 (二日目 PM5:45 西の小屋内)
恭也が独自に訓練を行っている最中、まひるも形は大分違えど主催への対応を考えていた。
彼らとの戦闘を回避できるならしたいが、その手段とヒントは未だ得られそうにない。
だから主催者を初め、誰かを倒さざるを得ない状況になった場合における対抗手段を模索する。
かつて高原美奈子が言った、
『守るとか逃げるとか、そーゆーことを考えちまう時点で、
すでにお前もこの糞ゲームに乗っちまってるんだよ、まひる。』
という言葉をかみ締め、戦闘回避を諦め無い気持ちを消さないように、それでも心の隅に置いて、思考を進める。
恭也に知佳を助ける事ができるといった以上、多少なりとも重荷を自らも背負う手伝いが必要だから。
これまではっきりと姿を確認した主催者は三人。
姿を眼鏡をかけた機械人形群と、お下げの儚げな少女と、マッチョな……金髪ロン毛男。
3人を含め智機とケイブリスの予想戦力と、戦闘力未だ遭遇していない主催の事も考慮に入れる。
思い浮かんだのは仲間の扱う武器でも無く、爪でもなく、荒れ果てた病院と森林と海辺。
どれもこの島に存在する風景だった。
物騒な思考に少々、心に引っかかりを感じつつも戦術を練り続ける。
これは仮に単独行動状態になった際の対抗手段。
広場まひるという名を与えられる前の時代、戦闘前によくやってたこと。
「ふあ……」
火災の映像が脳裏に浮かんだのを、却下と心で呟き打ち消した直後、緊張と疲れからなのか
まひるは思わずあくびをした。
「「…………」」
向こうにいるランスとユリーシャはまだ仮眠を続けてるようだ。
魔窟堂も戻ってくる気配は無い。紗霧は恭也に呼ばれ小屋の外に出たままだ。
「きついなあ……」
現代日本と過去の時代のギャップに頭を痛めながら、思案を一旦打ち切りまひるは気を落ち着かせるために窓に手をかけた。
窓を開けると涼やかな風が屋内に流れ込んで来た。
木々の隙間からは夕日の暁光が流れる。
まひるは側に置いている地図を手に取ると、それを再び覗き込みこう小さく呟いた。
「ここって地図に載ってる小屋じゃないよね」
今、一行が滞在している小屋は参加者に支給された地図に描かれていない。
現状、地図に描かれている小屋は、生存している参加者中しおりを除いて確認していなかった。
まひるは地図の載っていない建造物の存在を疑問に思った。
だが主催者の基地の位置が記載されてない事を思い出し、ひとまずその疑問を頭から打ち消した。
「行って見ようかな?」
魔窟堂が戻って来たら、地図に載ってある小屋の探索を提案しようかなと思った。
不意の襲撃等に備え森内の様子を少し把握したかったし、好奇心もあった。
もっとも多かれ少なかれ危険な場所なのはわかっているので、反対されればおとなくしく引き下がるつもりだ。
まひるは何気に天井を見上げる。
見えたのは新しくもないがそれほど古くも見えない白い壁。それを照らす夕日。
日照りの色彩を見てまひるの気持ちは少し沈んだ。
もうすぐ放送だろうか?
「…………」
昼の放送時における参加者の生死も心配だが
死んだ参加者の遺族のその後も、まひるにとっては心配だった。
この島が正真正銘の孤島でなければ、遺族に行方と死を伝える事ができたかも知れないのにと思う。
タカさんにはお姉さんがいたけど……と思った時、気配を感じ、まひるはゆっくりと振り向いた。
「……まひるさん?」
寝起きのユリーシャだった。
「どうしたの?」
「いえ……何をなさってるのかと」
ユリーシャは遠慮がちに尋ねた。
「んー……この地図の事」
地図を片手でばたつかせながら、間延びして応える。
「気になる事があったのですか?」
「そうそう。 この小屋って地図に載ってないよね」
意見を求められ、少し嬉しそうに地図を見せる。
ユリーシャはその返答に眉を潜めたが、彼女にも思い当たる節があったようでこくりと頷いた。
「主催もこの小屋の事を知らないのでしょうか?」
「それだったら、ちょっとラッキーかもね」
その言葉を皮切りに2人は地図にある施設についての議論を始めた。
記載されてる小屋の探索も彼女に提案したが、6人が出揃ってからって事で結論が出た。
「姫さんはどこの国に住んでるの? あたしはねー……」
議論がが他愛のない世間話に移行する。
まひるは学校での出来事を主に、ユリーシャは祖国にいる侍女の事や、収穫祭の事を話題に出した。
「あの、まひるさん……話題を変えて悪いのですが、お聞きになっても構いませんか?」
「どうしたの?」
互いに少し緊張しつつ彼女は尋ねた。
「ランスさまと恭也さんは何をお話になっていたのでしょうか?」
「……」
返答に困った。
先に思い浮かんだのはあの時、彼女がランスに尋ねた時に「お前には関係のない事だ」とにべも無く返したところ。
ランスと恭也の会話の一部始終は、魔窟堂らと同じくまひるもすべて聞き取れていた。
秋穂と言う人物名を交えたランスと恭也の会話は短くも重く、悲しい空気が流れていたのも感じ取れていた。
「……どう答えていいのかわからない」
「え?」
「あの時、ランスは姫さんと……多分、恭也さんも気遣ってたみたいだから言いにくいや」
「私と……あの人をですか?」
思わぬ返答にユリーシャは戸惑い、それを遮るようにまひるは言葉を続けた。
「それにあたし、これまで2人の間に何があったかわからないから」
「……それは」
ユリーシャは何とか問いただそうとするが、何かに気づいたのか顔少し俯かせた。
「……私は恭也さんの事、訊かされてませんでした」
「何で教えてくれなかったんだろね」
まひるは両目を閉じ、困ったように呟き、ユリーシャも曖昧に笑いながら返す。
「私は知らない方が宜しいのでしょうか……」
「ランスから先に話してくれるのが良いと思うんだけどね」
「……………………」
ユリーシャはしばし考え込んだ。 そして、まひるに目を向け言った。
「……それでも、少しだけでもお教えいただけませんか?」
「いいの? ランスは……」
「…………」
ユリーシャの不安を表現するかのように彼女の両手が硬く握られた。
手に汗をにじみ出しながらユリーシャは言った。
「ランスさんからの口から……いつかお聴きします」
「そっか」
まひるはそう言い微笑んだ。
ユリーシャはそれに会釈で返すと、脱力したように息を吐いた。
そして開いた窓を見る。陽の赤みが濃くなったように思えた。
まひるは歩み寄り、ユリーシャの背をぽんと叩いた。
「?」
「彼氏を起こしに行きなよ」
ユリーシャは戸惑ったが、その言葉の意味に気づき「ええ」と微笑みながら
仮眠を取ってるランスの方に行った。
ほぼ同時に紗霧が戻って来るのを気配で感じた。
まひるは窓から身を乗り出し、風景を眺めながらふと思った。
ランスとも話してみようかな、と
↓
【グループ:紗霧・ランス・まひる・恭也・ユリーシャ・野武彦】
【現在位置:西の小屋】
【スタンス:主催者打倒、アイテム・仲間集め、包囲作戦】
【備考:全員、首輪解除済み】
【ユリ―シャ(元01)】
【スタンス:ランスを中心にグループに協力】
【所持品:ボウガン、スコップ(小)、メス1本、指輪型爆弾×2、小麦粉、
解除装置、白チョーク1箱…は紗霧に隠されてます】
【能力:勘が鋭い】
【備考:疲労(小)、紗霧に対して苦手意識】
【広場まひる(元38)】
【スタンス:智機以外の相手との戦闘はなるべく避ける。
グループが危険に晒されるなら、応戦する
島からの脱出方法を探る、機会があれば西の森を更に探索してみる】
【所持品:せんべい袋、服3着、干し肉、斧、救急セット、竹篭、スコップ(大)
携帯用バズーカ(残1)、タイガージョーの支給バッグ(中身は不明)】
【能力:身体能力↑、????、怪力、爪、超嗅覚・感覚、片翼、衝撃波(練習中)使用】
【備考:疲労(小)】
『頭が痛い』
もし生身の肉体を持つものならば発せられたであろう言葉の示すものに智機は襲われていた。
(違う。所詮、これは行き場のない答えの出ない複雑な演算処理によるもの!!)
椅子を掴む手に力が込められ、ギリギリと機械が軋むような音が聞こえる。
(No.16朽木双葉、No27しおりの確保はこれで不可能!! ザドゥに至ってももはや今からでは此方からは間に合わん!!
素敵医師もカモミール芹沢もどうすればいいというのだ!!)
己の目論見が完全に潰され、智機はやり場のない怒りに襲われていた。
(おのれ、おのれ、おのれ、おのれ、おのれ、おのれ、おのれ!!)
口惜しい。
今、彼女を支配している『感情』は紛れもなく『怒り』であった。
(透子のやつめ!!)
忌々しく、思考の中で智機は先の会話をリピートした。
『主催者の命は、ゲームの進行を妨げてまでして
守るものではないのですね?』
『最初からそういってる』
―――ゲームの進行を妨げてまでして主催者の命を助ける理由がない。
確かに、彼女の言わんとする理は適っていた。
ゲームの進行とは別のところで運営陣同士の派閥争いが起きようが、
その結果殺害が起きようが、ゲームの進行さえ遂行されれば良いというのだ。
ザドゥが素敵医師を制裁しようとしても透子が止めようとしないのはそういうことだ。
参加者が参加者を殺すために広範囲にわたる攻撃を行なった際、近くにいた運営者が死ぬことになっても助けてはいけない。
それは近寄った運営者が悪いのであり、運営者を助けようとし、そのためにゲームの妨害をしてはならない。
つまり、その場にいる運営者の自業自得なのである。
(そんなことは解りきってる!! だが!)
尤も、それは先刻までの話だ。
既に運営者も舞台に引き上げられてる以上、降りかかる火の粉を払わねばどうすると言うのだ。
この後に及んで、素敵意思、ザドゥ、カモミール芹沢ら運営陣の巻き込みも狙いに含まれていたとしても。
双葉がアインを殺そうとしている意思がある以上、そちらが優先されるべき。
と言うのである。
双葉の行為は、確実に巻き込みを狙っている。
森の中にいる彼女が彼ら運営陣を気づかぬはずはないのだ。
しかし、その意図が明らかに見えていたとしても、それは智機のサイドからすれば確定の弁が取れているわけではないのだ。
即ち、透子はそれをもってして過剰な介入と警告を発した。
あくまで彼女は、
「仲たがいを起こし、このような結末を引き起こした運営が無能であったのであり、それは『上』の命令規定から外れたものではない。
よって、『上』の意思の元である」
と宣言しているのだ。
チェスの駒は決まった動きしかしてはいけないというのである。
それ以外が許されるはずがない。
しかし、智機はプランナーへの連絡権を与えられている。
プランナーとしても出来る限りゲームは成功させたいという意思があると彼女は思っている。
では、
―――主催者がゲームの進行を手助けするのは是非か。
先の智機の真の意図は此方だ。
素敵医師の介入が実力行使で止められなかったのは『ゲーム内を引っ掻き回すこと』ではあっても『ゲームの進行を妨げる』に抵触しなかったからだろう。
彼は、徹底的に参加者同士が争う為の混沌とした場を提供する道化師を演じつづけた。
参加者同士の殺し合いを煽るという結果の方が副産物と言えど、素敵医師の行動はその結果を生み出している。
つまり、ゲームの遂行を妨害しない行為は、先の運営陣同士の仲違いも、進行を加速させる行為も、許されるのだ。
度重なる警告に従わない首輪を外した反乱者を殺すのも、参加者の確保も、許されるのである。
―――はずなのである。
透子が智機の真の意図に気づいていないとは考えにくい。
仮に気づいてないのだとしても、それは言葉の警告で事足りた筈だ。
分機の破壊まで行なうのは、過剰な行為ではないだろうか。
つまり、気づいてないのだとしたら、運営者同士の仲違いだ。
己の力を誇示し、智機の力を削ごうとしているのであり、お互いに牽制しあっていた状態を崩すと明言しているに他ならない。
ならば、智機サイドによるルールに乗っ取っての透子への攻撃も許すと彼女は誘っているのかもしれない。
気づいているのだとしたら……。
反乱者への処遇を行なう間、参加者達を保護するのは一時的とはいえ、参加者同士のゲーム進行を妨げることであり、妨害に抵触するというのか。
だが、それが阻害になるのなら、かつて素敵医師も散々似たようなことをしている。
しかし、今は違う。
反乱者達が運営者を倒してしまい、反乱者達と参加者達が残りどちらが勝とうと『上』が新たに提示した達成条件はクリアされる。
参加者が自滅し、反乱者が残り運営者達と戦おうとも許可されるのだ。
つまりそれは……
―――ゲームの終了が運営者による反乱者の始末の場合は、運営陣に課せられた条約は達成されない。
ギリッ!!
智機の椅子を掴む力が一段と強くなった。
例えば、今は怪しいが狭霧や、かつて存在していた鬼作のような、主催者にぶつけて自分は生き延びるというスタンスの人間の起こした結果なら問題はない。
しかし、純粋に反乱者達が残り、仮に運営側が始末に成功したら、それは契約の条件であったゲームの成功ではない=願いは叶えられない。
これでは、ザドゥが何と言おうと最初から素敵医師のように積極的に介入すれば良かったのだろうか。
いや、過ぎたことを思考しても仕方がなかった。
では、もはや運営者達は運に身を任せるしかないということを透子は言っているのか。
だとしたら、これでは何のための契約だったか解らない。
透子の願いとは運次第で「適えばいいや」という気軽なものなのか。
彼女は諦めた気持ちでいるというのか。
(もはや猶予はない……)
透子の意図は測れない。
彼女に問い掛けたとしても返ってくることはないだろう。
(やるしかないか……)
ケイブリスとの会話で浮かんだ案、それがあってもギリギリまで粘ってきた。
無能者という烙印を押されたくないが故に。
しかし、問い掛けることが無謀だとしても己の願いに関わる譲れない一線である。
答えが解っていようとも賭けるしかない。
『上』が契約をどう捉えているのかを確かめるためにも。
『上』のゲームを成功させたいという意思は何であるのかを。
このゲームの真の形を確信させるためにも。
―――プランナーへの接見を。
【主催者:椎名智機】
【現在位置:本拠地・管制室】
【所持品:レプリカ智機(学校付近に10体待機、本拠地に40体待機 、6体は島中を徘徊)
(本体と同じく内蔵型スタン・ナックルと軽・重火器多数所持)】
【スタンス:ゲームに関わる認識の再構築】
【能力:内蔵型スタンナックル、軽重火器装備、他】
>>479のタイトルは
歪な盤上の歪な駒(3) に変更しておいて下さい。
〜カオス〜
(二日目 PM5:58 東の森・楡の木広場)
切っ先を地面に突き立てられた一本の剣があった。
その剣――黒い魔剣カオスは現在の己の境遇を嘆いていた。
現所持者であるアインに置いていかれたのが原因ではない。
原因は自らに起こった変化によるものだった。
<ぐっ……心のちんちんが出んのう……>
彼は剣の形から別の形状へと変化する能力は持っていない。
その代わりに、彼曰く心のちんちん――オーラーの触手のようなものを発現させることが可能であった。
いつもならそれを駆使して、ある程度の自律行動を行えるはずだった。
だが、ここに来てからはまったく発現できそうになかった。
これだけ時間と集中を持ってしても出せる気配はない。
ここに来てようやく、一旦諦めた方が良いとカオスは苦渋の判断をし、意識をこの場の戦闘の分析に切り替えた。
背後から流れる黒煙をものともせず、茂みの向こうに聳え立つ巨木に目を向け考えた。
彼はとうにこの周囲の異変に気づいていた。
動じないのは彼が無機生命体たるインテリジェンスソードである為。
毒はもとより、鉄を溶かす高温を持ってしても彼に影響を及ばさない。
<…………!>
アインと離れる前と比べ、変化がある事をカオスは察知した。
巨木からは生命エネルギーによる威圧が、茂みの向こうからは強者達によって放たれる緊張が、背後からは熱が、
地面からはかすかな違和感がそれぞれ感じられる。
かすかな違和感。 それこそがこの戦場に加えられた新たな要素。
儂以外に気づいた奴はいるか?
アイン達はいつ動く?
カオスはそう思いつつも巨木に再度目を向けた。
(…………動かないのではなく、動けないのか?)
発火元はあの幼女だろうが、以前巨木から感じられる威圧感からしておそらく女術者は健在。
だが火と煙をこのまま放置すれば、半ば枯れた木々を中心に燃え広がり、
発火元の人外の幼女はともかく、強くても人であるアイン達は命の危険に曝される。
この威圧感がこれまで通り、何らかの術の発動によるものなら、用途は足止めか?
<しかし……>
確かに女術者の目的はアイン殺害であり、手段として火と煙を用いる戦法は悪くはない。
だが、それだと腑に落ちない。
さっきまでの戦い方を見る限り、あの術者は手段を選ばないタイプではなかった。
それに加え自身は隠れて戦っている。己の命も捨てる気もなかったようにも思えた。
下手すれば、自身と第三者も巻き添えにしてしまう戦法、さっきまでとはどこか様子が違う。
いくら術で己をガードしても、森林火災が広がりきれば、術の媒体元であろう巨木は燃え落ち、離脱は困難だ。
その上、力を振るい続けて1時間以上は経っている、エネルギーも著しく消費した筈だ。
(あれを懐柔できたとは思えん……殺った後か)
アインが言っていた、『相手は…素人だから…』発言をを考える。
戦闘の未経験者が殺した事にショックを受け精神に変調をきたすことはありえる事だ。
まあ、彼の知り合いにはそういった情緒の持ち主はむしろ少数派のような気がするが、理解できないこともない。
もしそれが原因で、巻き添えを食らわせる覚悟で行動すると決めたなら、カオスが出す結論は一つ。
<……壊れたか>
幼女と術者の共闘が崩壊した際のアインを含めた三者の様子をカオスは思い出す。
術者は泣いてるように叫んでいた、
幼女は狂気を更に色濃くして笑っていた。
アインは――あの時はらしくもないと思ったが、落ち込んでいるように見えた。
もしアインがあの時、自身の取った行動を後悔していたとしたら。
<……こりゃあ、まずいな>
長年、武器として惨劇を引き起こす道具として存在し続けていた彼に、アインの冷徹な行動を非難するつもりはない。
術者――双葉に同情・共感する部分は多少はあるが、使い手がアインで、その相手が双葉である以上、武器として扱われるのみだ。
それでもカオスはここまでアインと渡り合う双葉に興味が増していた。
助命は無理だとしても、一目本体と対面するくらいはしてみたかった。
だが、その双葉は目的達成の為なら、己の命や主義さえも厭わなくなった。
アインの方も自身のコントロールがますますできなくなり始めている。
互いの自暴自棄が無自覚ならともかく、自覚しつつやってるなら、尚更厄介だ。
そしてカオスがこれまで見てきたこの手の復讐劇の結末は大抵、双方破滅。
<勿体無いのう……>
カオスはため息をつくかのように目を閉じ、地面からの発せられる違和感を感じとりつつも、向こうを注視し続けた。
〜ルドラサウム〜
《キャハッ、キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ……》
ここは無数の鈍く輝く『門』が散らばる異空間。
どこか歪な子供のような笑い声が木霊している。
球状のモニターの一つに写っているのは、先ほど透子によって爆破された真紅の機械人形の残骸。
白鯨の姿をした声の主、ルドラサウムは紅い双眸をソレに向けて笑い続けていた。
ひぃひぃ……と笑いを噛み殺しながら、ようやく言葉を発する。
《駄目じゃないかぁ、智機くん。ザドゥくんや双葉ちゃんのお邪魔をしちゃ。
途中までいい線突いてたけど、終わってからにしておくべきだったよねっ。 きゃはははははは!》
この創造神があの場の智機に対して期待してたのは、乱入した他の参加者との対応や、
ザドゥらの戦闘後における生存者への対処であり、それ以外はまったく期待していなかった。
現に乱入してきた時は、戦闘そのものを水入りにされる懸念を懐いたほどだ。
もし透子がフォロー?しなければ、戦闘後プランナーを呼んでたかも知れない。
彼はようやく笑いを止め、楡の木広場の方に更に注目した。
『門』を通して流れていく思念に更に充実感を覚える。
《凶のしおりちゃん除いて全滅って展開かな? それでもいいけど、ちょっともったいないかなあ?》
そんな彼の言葉とは裏腹に、その声色に不満はまったく含まれていない。
あくまで面白おかしく成り行きを見るまでだ。
向こうで苦しみあえぎ始めたザドゥとアインを見て口元を歪ませ、
彼はゲームのイレギュラーの一つであった式神星川の事を考えた。
《『彼』も死んだらここに来るのかな?》
双葉によって自我を喪失させられる少し前、苦しみながら身体の中から木の枝を数本出して、
何か呟きながらそれを地面に埋めていたのを彼は思い出す。
何がしたかったのか彼でさえ見当がつかなかったが、どちらにせよその内それも火に焼かれ消えるだろう。
とりあえず、今は気にしないことにし、視点を火災の中心部であるしおりに視点を移す。
《凶化はできたとしても、大した事はないと思ってたよ。がんばるねえー》
先程と違い、純粋な悲しみの感情しか流れて来ないがこれも悪くない。
それを味わいながら、彼はアズライトら既に死亡した参加者の事を思い、考える。
彼は『門』の視点を変更し、上空から見下げた延焼中の東の森が見えた。
それをしばし凝視し、そしてある事を再確認した。
彼の目線がやや上を向いた。
《……まだ、来てないね》
彼の白い巨体がわずかに身じろぎした。
これから先の未来の為に必要と感じ、次に舞台の生存者の大まかな動向と性格を分析する。
自らが長く楽しむ為に考える。
《やっぱり後でしちゃうと締まりがないかな?》
終了後におけるゲームの後始末は、何もプランナーだけが行うことではない。
創造神である彼も多かれ少なかれ、作業に携わらなければいけない。
彼の『世界』でもそう珍しくない現象が、この舞台にも発生した以上は。
その作業は仮に『終了後に参加者ごと島を破壊』しても、いずれやらなければならない作業だ。
このままだとゲームの結果次第で、願いを叶えさせてやる事ができない者が出てくる。
それはそれで楽しめそうではある。
だが、それ以上にゲームの黒幕相手に叶えさせて貰わざるを得ない願いを持ってしまった
参加者の運命を操る方が面白そうだと判断した。
《ゲームの勝者には、望み通りの褒美をやらなくちゃね》
愉しげな色を滲ませた彼の右目は、ある『門』の一つに向けられた。
そして、、また視線を楡の木広場に戻した。
すべては広場での戦闘が終わってからだ。
《恭也くんは残るかな♪ 案外、しおりちゃんが独り生き残るかな?》
歌うように楽しげに歪な考えを口に出す。
現在、広場での戦いは膠着している。またいつ動き出すか解らない状況だ。
その間に彼は方法を考える。時刻はまもなく午後六時。
六時になったのとほぼ同時に案が閃き、彼は言った。
《そうだ》
↓
>>482の時間・場所表記の
(二日目 PM5:58 東の森・楡の木広場) を
(二日目 PM5:58 東の森・楡の木広場付近)に訂正します。
>414
(二日目 PM6:06 東の森・楡の木広場西部外れ)
枯死しつつあった森に、火の手は早い。
朽木双葉が人を捨て修羅へと堕ちたその場所―――
広場西部付近のごく浅い場所は、既に炎の禍が過ぎ去った後であった。
炭の黒と灰の白しか存在せぬモノトーンの世界。
草木の全てが崩れ落ち、均されているそこにただ一つ、
力強く屹立する姿があった。
煙を燻らせるその影は、朽木双葉が身勝手に使い捨てた仮初の命。
かつて星川と呼ばれた式神の残骸。
あるいは成れの果て。
芯の芯まで燃やし尽くされた彼が崩れることなく形を残すのは
地を確かに踏みしめる両の足で、埋めた何かを守る為か。
胸の前で固く組まれた両の手で、遠くの何かへ祈る為か。
それとも燃え尽きた今もなお、
星川としての双葉への想いをそこに留めている為か。
隅々まで炭化し、細かいひび割れを無数に走らせる彼の顔からは
もうその理由を読み取ることはできない。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
(PM6:07 本拠地・管制室)
コールが乱れ飛んでいる。
哨戒機Pシリーズのうち東の森近辺にいた2機からは
火災状況の報告とその対応の相談が、
残りのPシリーズ4機からは放送の遅れへの問い合わせが、
オリジナルが目覚めさせたものの命令を与えぬまま放置している
学校待機のNシリーズ4機からは行動指示の請求が、
間断なく管制室の通信制御端末に電波を浴びせかけている。
しかし、それら全てに回線を繋ぐことなく、椎名智機は
情報管理端末から第7ピリオドの概略情報を吸い上げていた。
(よくもまぁ、これほどの問題を残したまま謁見などに行けたものだ。
しかも状況情報の一切を持たない私を代行者とするなど……
自己保存欲求とはかくも非論理的な思考ルーチンを生んでしまうものなのか、
それとも情動発生器の制御装置に変調をきたしているのか……)
なぜなら、この智機は目覚めたばかりの機体ゆえ。
どのコールに対応するにも、状況の把握が必須ゆえ。
彼女はスリープモードにあった40機のNシリーズの1機、N−22。
プランナーへの謁見を決意したオリジナル智機が、
その間の管制管理の代行を任せる為に急遽起動させた機体。
(Yes。とりあえず今ピリオドの死者情報は把握できた。
タスクは山積しているがまずは放送だ。7分も遅れているのだから……)
N−22が全島放送用のマイクミキサーを上げた。
「これより、第七回放送を行う。死者は無い。以上」
(この放送の遅れは主催側にアクシデントが発生したのだと、
参加者どもに宣言してやったに等しいと思っていたが……
そうか、御陵透子に放送が定時に流れたのだと読み替えさせればいいだけか)
バックグラウンドでの情報吸い上げを終えたN−22は、
人物ファイルから引き出した未だ見ぬ同僚の特異能力を利用する方針を決定。
彼女がすんなりとこちらの要求を呑むのかはわからないが、
この件に関しては他に手の打ちようがないのもまた事実。
よってN−22のタスクスケジューラから放送に関する対応が削除され、
次なる優先課題であるデータの解析にプロセスが移行した。
精査すべきは東の森での戦闘及び火災の状況。
しおりの紅涙。双葉の幻術。智機の判断。レプリカの爆散。透子の警告。
重要度の高い情報を抽出し、それらをキーに再走査。
―――N−22の情動波形が大いに乱れる。
目覚めて3分、放送して1分。
N−22は楡の木広場を中心とした事態の深刻さをようやく認識した。
(ザドゥらの安否も気遣わしいところだが、
火災の進行具合によっては全島焼失の危惧すら視野に入る。
これではゲームの進行どころではない)
そして、N−22のこの危惧は高い現実性を帯びていた。
朽木双葉の強引かつ大量の能力行使による東の森の木々の枯死が、
結果として延焼速度を大きく早めてしまっているが為に。
(火災への最も効率的な対処方法も、やはり透子の『読み替え』だな。
それ自体はわざわざわたしが指示しなくても透子が勝手にやるだろうが……
問題は読み替えるタイミングだ。
事後のフォローに走ることになるのは私たちNシリーズだろうからな。
今のうちに彼女と計画のすり合わせを行っておくべきだろう)
N−22が透子にコールをかけるべく通信端末コンソールに手を伸ばす。
その手が打鍵する前に、ザドゥからのコールが飛び込んだ。
『椎名! 何が起きた!? 辺り一面が火の海だ。
状況の報告……ではない! 救助だ! 至急救助を寄越せ!』
彼らしくない切羽詰った声が、幻術から醒めたことを伝えていた。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
(PM6:08 東の森・楡の木広場西部外れ)
広場の草地を舐めるように這いずる炎は
すでに東の森の主、楡の巨木を蹂躙していた。
双葉のゆりかごだったその巨木は既に殆どの水分を失っていた。
故に瞬く間に炎を纏い、
故に瞬く間に倒壊した。
その振動で、式神は散った。
散って、舞った。
一瞬で全てが解けて風に溶けた。
儚くも美しい漆黒の花火が如く。
―――第7ピリオドに死者は無い。
↓
【備考:火災に気づかない幻覚解除】
【レプリカ智機・N−22】
【現在位置:本拠地・管制室】
【スタンス:管制管理の代行】
【所持品:内蔵型スタン・ナックル】
※式神星川が埋めた「何か」は燃えずに済んだようです。
※楡の木広場西部付近の「足跡」の場所に埋まっています。
>>414 (二日目 PM6:08 東の森・楡の木広場方部)
最初にそれに気づいたのは素敵医師だった。
「あひーあひーひあああああああ!!」
激しい頭痛に体が慣れ始めたザドゥが彼の狼狽ぶりを見て訝しむ。
(なぜ長谷川は俺やアインではなく、頭上を見て怯えているのだ?)
解答は一挙動で得られた。
素敵医師に倣い上空を見上げたザドゥの眼前に、
真っ赤で巨大な質量が迫っていた。
「芹沢、こっちだ!」
ザドゥはぺしぺしと自分の額を叩いている芹沢の腰を抱き、横っ飛び。
直後、彼らが先ほどまでいた位置に楡の巨木が倒れてきた。
ずぅぅぅん!!
内臓まで響く地響き。接地時の風圧はさながら台風の如し。
誰もが堪らず目を閉じる。
突風が去った。
目を開けた。
彼らを取り巻く世界が劇的に変化していた。
嗅覚を支配するのは煙と煤の刺激臭。
触覚を支配するのは肌を焦げ付かせるかの如き熱気。
聴覚を支配するのは木々と炎とが奏でる破裂音。
味覚を支配するのは込み上げる吐き気の酸味。
そして、視覚を支配するのは倒壊した楡の巨木から立ち昇る炎の赤。
さながら、あちらとこちらを隔てる炎の壁。
「あはははは! ざ・きゃんぷふぁいやー♪」
はしゃぐ芹沢を片手で抱え込み、ザドゥは周囲を見回す。
少し離れた地点でアインがえずいている。素敵医師の存在は確認できない。
白煙に遮られて視界は不明瞭であるが、
どうやら楡の木広場をぐるりと炎が囲っているように見受けられる。
(いつの間に……?)
ザドゥは管制室にコールをかける。
その手が震えているのは一酸化炭素中毒によるものか、
あるいは流石の彼にとってもこの状況が恐怖に値するためか。
「椎名! 何が起きた!? 辺り一面が火の海だ。
状況の報告……ではない! 救助だ! 至急救助を寄越せ!」
『確約しかねます』
対する無線の向こうからの返答は簡潔にして非情。
ザドゥは思わず頭を振る。
流麗なサンディブロンドの髪に付着していた煤が辺りに散った。
『ザドゥ様、勘違いしないで頂きたい。
朽木双葉の幻術は解けたようだし、わたしとしても救助を出したい。
しかし、わたしは管制管理の代行権しか持たないレプリカです。
他のわたしたちを起動したり指示を与えたりすることが出来るのは
アドミニストレーター権限を有するオリジナル智機ただ一機。
透子とケイブリスに救助依頼をかけてはみようと思いますが……』
「お前では話にならん。本体を出せ」
『No。現在オリジナルは誰にも連絡が取れない状況となっています』
「どういうことだ?」
『お察し下さい…… としか申し上げられません』
プランナーと智機が裏でつながっていることは当人たち以外誰も知らぬ。
故に、智機の歯切れの悪い返答からザドゥが思い浮かべたのは哄笑する巨大な鯨。
それは勘違いだが、これ以上の追求が不可能な相手である点では勘違いとも言い切れぬ。
どのみちザドゥが選べる対応は沈黙しかないのだから。
ザドゥは改めて周囲を見渡す。広場の西から火の手が迫っていた。
彼が思考のために費やせる時間が、刻一刻と削られてゆく。
(自力脱出しかないのか……)
脱出は可能だ。ザドゥはそう判断している。
特に根拠も計算も無いが、彼の尊大な自負心は揺ぎ無い。
ただし、腕の中できゃらきゃらと笑っている芹沢のことを考えなければ。
故に、ザドゥは救助要請を諦めぬ。
(椎名と俺の立場…… 代行…… オリジナルの不在……
指揮命令系統…… アドミニストレーター権限……
俺の権限!!)
辛抱強く思考を転がすザドゥに、ひらめきが宿った。
既に猶予はない。
おそらく通信に時間をかけられるのはこれが最後だろう。
焦りも苛立ちも恐怖も飲み込んで、ザドゥは代行レプリカに問う。
「アドミニストレーター権限、と言ったな。
首魁である俺がそれを与えることは可能だな?」
『そのようなルールはありません。が、それを否定するルールもまた然り。
緊急避難の概念から考察するに、
本来のアドミニストレーター・オリジナル智機が不在の今、
代行者として権限の一時委譲を受けることは可能であると解釈します』
「わかった。権限など幾らでもくれてやる。救助を寄越せ。至急だ」
『Yes。権限の一時委譲を確認。至急救助プロセスを構築、実行します』
答えたレプリカの声が、喜びに震えているように感じられた。
ザドゥは己の見通しに誤まりが無かったことに胸を撫で下ろす。
『今、学校待機の4機のわたしをそちらに救助に向かわせました。
また、救助物資を持たせた1機をカタパルトより射出すべく準備を進めます』
「どのくらいかかる?」
『カタパルト射出については10分以内にて。
この10分だけ、なんとか自助努力にて命を繋いで頂きたい。
その通信機はビーコン機能もついています。
それが壊れない限り、こちらがそちらをロストする心配はありません』
「わかった。―――頼んだぞ、椎名」
『……最善を尽くしましょう』
通信は切れた。条件は明確になった。あとは行動だ。
ザドゥの胸に気力が満ちる。
胃液を吐けるだけ吐き、ようやく落ち着きを取り戻したアインへ
ザドゥが厚い掌を差し伸べた。
同じ素敵医師を追った者として相通じるものを感じたからだろうか。
彼の表情にらしくない気遣いが見て取れる。
「ファントム、立てるか?」
しかしアインは手を取ることなく、嗚咽に枯れた声でこう告げた。
「忠告するわ。むしろ立たないほうがいい。煙は高いところに昇るものだから」
ザドゥはアインの忠告に従い腰を落とす。
煙の量が少ないのか視界が広がり、呼吸も幾分楽になった。
「10分で救助が来るが、ここでは5分と保つまい。
風上になんとか活路を見出して、火の手を掻い潜りながら待つことになる。
ついて来い。脱出までの間は保護してやる」
「あなたはもう、長谷川を追わないのね?」
「長谷川が楡の木の下敷きになった今、追うも追わぬもなかろうよ」
「下敷きに? 憶測で物を言ってはいけないわ。
わたしは見たの。
楡の木が接地する瞬間、あの男が向こう側へ転がったのを」
「そうだとしても、だ。
長谷川とてこの炎の中、風下に身を置いていては助からんだろう。
懲罰の必要は無くなった」
そう。風は強く吹いていた。
北東から南西へ。
炎の壁のこちらからあちらへ。
ザドゥの見通しは正しい。
アインが見た光景が願望からくる幻影ではなく事実だったとしても、
気力破壊暴発の後遺症に身の自由を奪われている素敵医師が、
今後数分のうちに焼死することは明白だ。
だというのに。それがわかっていてもなお、アインはこう告げた。
「それは間違いないでしょう。でも―――
私が追いつくまで生きていてくれれば、それでいい」
呼吸が止まった。視線が交錯した。
アインの体がしなやかに後方へと跳ね、ザドゥの伸ばした腕が空を切った。
あくまでも素敵医師を追うのだと、アインの行動は語っていた。
おまえを助けたいのだと、ザドゥの行動は語っていた。
追跡のその先に待つは身の破滅なのだと、2人は悟っていた。
「―――お前に願いはないのか?
涼宮遙を、よみがえらせなくても?」
その問いは単にアインの思いを問うているだけではない。
復讐に頑なになっているアインに別の目的意識を与えたいだけではない。
愛妾チャームを蘇らせるという彼自身の渇望―――
アインの態度が、その自らの根本を否定しているかの如く感じられたから。
故に、彼は問うたのだ。
短い言葉に、ゲームに賭けた己の全ての思いを乗せて。
「高みから見下ろす者の何を信じるの?
アリが人に何を求めるの?」
返答は冷めていた。ザドゥは否定された。
アインはさらに追い討ちをかけるかの如く言葉を紡ぐ。
「……あなたは信じているのね。
対等でもなく利害関係の一致でもない約束を。
破棄することが相手の不利益とならない契約を。
わたしには出来ないことだけど、そういう生き方も幸せだとは思うわ」
小娘に己を否定されるは愚か、哀れみすらかけられた。
傲慢とも思えるプライドの高さを誇るザドゥが黙っていられるはずがない。
はずがないが、しかし。
彼が取った行動は、眉間に深いしわを寄せ、沈黙を保つことに留まった。
それほど激しくザドゥの芯は激しく揺さぶられていた。
問いを発した本人が、問われていた。
(恃むは己のみ。それは本来俺が言うべき台詞ではないか?)
自問の渦中にあるザドゥへ、アインの回答は結ばれてゆく。
「それでも、そうね―――
もし、何かを願わなくてはならないのだとしたら。
願いは、こう」
一呼吸。そして射抜くような視線をザドゥに向けて。
「―――わたしの邪魔をするな」
声量は少量。声質は穏やか。
しかしその声には、百戦錬磨のザドゥを震え上がらせるだけの迫力、
あるいは覚悟が備わっていた。
もう交わす言葉は無い。
低い姿勢のまま、アインが駆ける。広場中央へと向けて。
足元に低く燃え盛る草々を気にもとめず。
炎の壁を迂回して、あくまで素敵医師を仕留めるべく。
「ふぁいやー♪ ふぁいやー♪」
ザドゥは童女の如くはしゃいでいるカモミールの手を引く。
アインに背を向け、北東方向へと。
素敵医師の懲罰を諦め、己の命を守るべく。
胸に去来するはアインへの圧倒的な敗北感。
(ファントム――― おまえはこの森で命を落とすだろう。
しかし、必ずその思いを遂げるだろう)
↓
【グループ:ザドゥ・芹沢】
【現在位置:東の森・楡の木広場東部 → 北東方向】
【スタンス:炎から逃げつつ救助を待つ】
【主催者:ザドゥ】
【所持品:ボロボロのマント、通信機】
【能力:我流の格闘術と気を操る、右手に中度の火傷あり、疲労(大)、ダメージ(小)】
【備考:軽度の一酸化炭素中毒】
【カモミール・芹沢】
【所持品:虎徹刀身(魔力発動で威力増大、ただし発動中は重量増大、使用者の体力を大きく消耗させる)
鉄扇、トカレフ】
【能力:左腕異形化(武器にもなる)、徐々に異形化進行中(能力上昇はない)、死光掌4HIT】
【備考:アッパートリップ。禁断症状沈静化。中度の脱水症状だが、一応戦闘可能。
疲労(大)、薬物の影響により腹部損傷】
※ カタパルトによる救助は10分後、学校からの救助は到着時間未定
【アイン(元23)】
【スタンス:素敵医師殺害】
【所持品:小型包丁2本】
【備考:軽度の一酸化炭素中毒、左眼失明、首輪解除済み、
肉体にダメージ(中)、肉体・精神疲労(中)】
※ 魔剣カオスは楡の木広場北東部外れに放置
※ アインの他の放置アイテムは焼失
【素敵医師:生死不明】
カツンと音が暗い空間の中で幾重にも響いた。
管制室から遥か下。
一つの影が光を灯して動き出した。
音の主は、智機……の分体の一つ。
しかし、その智機は他とは少し違う。
メインと何ら変わりない瞳。
分体特有の機械的な器質とは違った少々人間臭い光りが目に宿っている。
何故なら……メインたる智機の思考は今この時この機体にあるからだ。
(この奥にいる……)
彼女の前に門がある。
ルドラサウム達が待ち受けている空間へと繋がる入り口。
ゲームのために、島のためにある四つの門の内の一つ。
この先に彼らが存在する空間ある。
その空間を介して智機らはこの島に連れて来られた。
しかし、今智機が潜ろうとしている門は、それとは違う。
この四つの門の内の一つであるこれは、他の三つとも少々違った。
元々『見る』という視聴者のフェイズに移行したルドラサウムが覗いていない場所。
プランナーの管理において智機のみの知り得るゲートだった。
(ここをくぐれば後には退けない……!!)
管制室には智機のメイン意識が抜けた本体が今も尚作業を行なっているだろう。
彼女はメインを門の手前に用意した謁見用の分機へと一時的に移してここにいる。
代行権を同じく分機であるN-22に渡し、彼女の本機は先の件による演算思考の繰り返しによる回路の過剰な負荷、
その他諸々の理由をつけ、必要のない小メンテナンスを行っている。
ルドラサウムからすれば、覗いたとしても智機はメンテナンスのために小停止しているとしか見えなかった。
ルドラサウムは舞台を見る時に配役の思考までは読まない癖がある。
よほど意識し、意図して覗く時以外は、ぷちぷちを見て楽しんでるだけなのだ。
それは彼の大陸の時からの癖であるとプランナーから伝え聞いていた。
だからこそ、智機の中にある感情をルドラサウムは気づいていないだろう。
この先はルドラサウムが覗いていない空間。
そして、この先にいるプランナーはルドラサウムとは違う。
意を決して門の奥に足を踏み込んだ。
「くっ!?」
眩い光がセンサーを覆い尽くす。
強烈な光は映し出す映像を白い世界へと導いた。
<<良く来た……>>
ずっしりとした声が智機のセンサーに、空間に響き渡る。
<<歓迎しよう……>>
光が少しずつ弱まっていく。
不思議なクリスタルのようなものに囲まれた空間。
光が明けると智機の目の前に黄色く輝く巨体が浮かび上がる。
<<さて……何のようだ?>>
彼こそが三超神が一人にして、このゲームのメインクリエイター。
―――プランナーである。
「……お聞きしたいことがあって参りました」
傅く。
本心ではバカバカしいと判断しながらも、相手もそのくらい見破っているだろうと判定しながらも
雇用主であるプランナーへと智機は雇用者としての構えを取りつつ音声を出した。
<<……何をだ?>>
ばかばかしい、と智機は思った。
プランナーはルドラサウムと違って今この目の前の自分が何を演算しているかくらい読む性格だ。
そうでなくても当たりをつけているはずだった。
「ご確認したいことが一点……」
<<ほう……?>>
「つい先程、私の分体が二体“破壊されました”。
あれは、プランナー様かルドラサウム様、どちらかの手によるものなのでしょうか?」
ピクリ。
プランナーの顔が一瞬動いた。
ここに来るまでの間に智機はアレはどちらかの二神が行なったに違いないと予見していた。
智機といえど透子の能力を全て把握してるわけではない。
しかし、それでもあの爆発は歪なものに見えた。
まず、超能力……ひとえに言っても念動力、発火能力、電磁波、様々なものがあるがどれも該当する形跡がなかった。
念動力で対象を破壊したり、空間を爆発させる時は、大きな力……不自然な磁場等が計測できる。
機体に何か大きな力がかかった節はなし、熱源の発生もなし、電磁気の狂いもなし。
では、逆操作による自爆ないし暴走だろうか。
それもありえなかった。
もし逆操作を起こされたなら記録が残るはずである。
飛び散ったチップからはそのような記録は一切残っていなかった。
その他にも考え得る能力を幾つもシミュレートした。
しかし、どれもが当てはまらなかった。
記録を何度も計測しても何の痕跡もない。
機体でも空間でもない、歪な爆発。
まるで存在の否定。
こんなことができるのは、二神を置いて他にあろうか。
<<……そうだ>>
プランナーは認めた。
ここで嘘を言う必要性も透子への義理も彼にはない。
「……やり過ぎではないでしょうか?」
智機の言わんとしてることは、これにより運営側の貴重な戦力を欠けたということ。
他にやりようがあったのではないか、ということ。
そしてもう一つは……自分のスタンスと行動はそれだけに値するものなのかということ。
<<解った……説明しよう>>
智機の思惑を理解したプランナーは透子の能力に関して説明を始めた。
彼女の『読み替え』について。
そしてプランナー自身は、智機のことについて特段思ったわけでもなく、彼女の能力に対して『許可』を与えたに過ぎない、と。
智機は黙って聞いていた。
「私は……『願い』という代価の元に契約を結び、代償として持てる労力を全身でつぎ込んでいるつもりです」
プランナーの説明を聞き終えた智機がぽつぽつと切り出し始めた。
「……貴方様方の盤上を進行する駒であることも重々に承知しています」
所詮、己も盤上の駒の一つでしかない。
精々クィーンでしかなかったのだ。
今までの思い上がっていた智機からすれば、とても想像できない認識。
「ですが、今回、定められた動きを果たしても『願い』が叶うという可能性が見えなくなりました」
―――ゲームの終了が運営者による反乱者の始末の場合は、運営陣に課せられた条約は達成されていない。
「だからこそ問います……私達は……いや、私は何をすれば良いのですか!?」
<<………>>
智機の叫びをじっと見つめるプランナー。
「駒……そう、私は駒の一つでしかない。 しかし、それでも私は意思を持っている。叶えたい願いがある。
そのための契約であったはずです。
……それがもはや既に叶わないと言うのであるならば、私は何のために存在しているのでしょうか!?
ボーンであった参加者達は昇格し、もはや自由に動ける! しかしキングである我々は枷が増えた!
それでもゲームを成功させるためならば、私は全力を持って尽くす!
何故なら、これにすがる以外に願いは叶わないのだから!
しかし、あなたは今言った! 何事を思ったわけでもなく、ただルール通り透子の要請を許諾しただけだと!
願いがもはや叶う段階でないなら、運営をする意味はないはずだ!
今一度、教えていただきたい! このゲームの有り方を! 我々の役目を!」
無謀なことだった。
この暴言で智機は消されてもおかしくない。
しかし、願いの叶わない以上は、彼女は存在価値を見出せなかった。
―――怒り。
透子の時とは比べ物にならない怒りが智機を支配していた。
プランナーからすれば何気ない一言、しかしそれが智機の臨界点を超えさせた。
何のために尽くしてきたのだ。
プランナーは運営に拘るのではなかったのか。
既に願いが叶わないなら、運営をする意味もない。
対して参加者は何を目的にしてもいい、枷が外された存在である。
希望を携えた参加者と崖っぷちに立たされた自分。
戦力と言う差はある。
しかし、目的と言う道は参加者達に広く与えられている。
黙って死ねと言うのならば、これで消されてもいい。
溜まった感情をぶつけ終えた智機をプランナーは見つづけた。
じろりとした彼の黄色い巨体が智機を上から見下ろす。
その瞳には何を考えているのだろうか。
<<主を楽しませることだ……>>
少しの沈黙の後、プランナーは口開いた。
<<主を楽しませること、それ以外に何の目的も理由もない……。
お前も、ザドゥも、素敵医師も、透子も、参加者も……そして私も>>
「ならば!」
これ以上、運営をする意味はあるのか?
と智機が続けようとする。
しかし、
<<好きにするといい>>
遮って放たれたプランナーの言葉は智機にとって意外なものだった。
<<お前のやりたいように、望むように、『ゲームを成功させればいい』。
それが契約を果たすことだ>>
「それは……」
<<今後は、『許可』は行なわない。お前がどのような行動に移ろうと役目を果たしているのならば好きにするがいい。
私は『お前達』に今後『干渉』しない……>>
「では……!?」
プランナーに問い返そうとする智機のセンサーが再び眩い光に包まれた。
「くっ……!? お待ち下さい!?」
<<覚えておけ、お前達の役目はルドラサウムを楽しませることだ。精一杯もがけ。
それが何よりのルドラサウムの楽しみになるだろう>>
そう言い残し、プランナーの姿は消えた。
「…………」
光が過ぎ去った時、智機は門の向こう側にいた。
扉は閉じられている。
「はは……はははははははっはははは!!!!!!!!」
誰もいない。『誰も』見てない。
智機は声を上げて笑った。
「やってやろうではないか! 役目を守れというのなら守ってやる!」
彼女は気づかない。
その思考が、段々と人に近くなりつつあるのを。
「私の持てる力全てを以ってして! このゲームを成功させよう!」
↓
>>414 (二日目 PM6:08 東の森・楡の木広場方部)
最初にそれに気づいたのは素敵医師だった。
「あひーあひーひあああああああ!!」
頭上に猛烈な勢いで振り下ろされる真っ赤で巨大な質量に。
気力尽き果てし素敵医師は指先一つとて動かせぬ。
即ち彼にとっての楡の巨木は、決して避け得ぬ死の実像。
(シシしし死ヌのは嫌がよ!! 助けとおせ! 誰かっっっ!!?)
間近に迫る巨木の恐怖に目を閉じ祈る素敵医師。
その瞼の裏に目眩くは薄ら汚れた人生走馬灯。
苦悩がくるくる。転落がゆらゆら。
罪業と快楽と汚濁と狂気が、ドドメ色の灯りに照らされる。
(―――こんなモン見とる場合じゃないがよ!?)
往生際の悪いこの男が、黄泉路の送りを拒否する。
その時感じた、強烈な衝撃。その時失われた、天地の認識。
ずぅぅぅん!!
すぐ脇から発生した内臓まで響く地響き。そして突風。
突風が去った。
目を開けた。
彼を取り巻く世界が劇的に変化していた。
「……地獄、やか?」
素敵医師が呆けた口調でつぶやく。
彼の周囲は熱気と煙と炎とで満ちていた。
ここが地獄だとするならば、それは焦熱地獄か。
「地獄、ね。確かにあんたに相応しい場所だけど……
残念、ここはまだ森の中。
あんたは生きてるの。あたしの式が助けたから」
素敵医師に語りかけながら近づいて来たのは朽木双葉。
こんな状況下にありながら、心もち声が弾んでいる。
焦りも恐怖も感じられない。
その様子から素敵医師は直感的に悟った。
「こ、こん火事ば…… 双葉の嬢ちゃんの仕込みがか?」
「火事自体は偶然だけどね。
あんたたちがそれに気づかなかったのはあたしの幻術」
双葉がようやく素敵医師の視界に入った。
その姿を見て彼はなるほどこれは用意周到だと感心する。
双葉の左右に侍るは大きな人型式神。
彼らは肩を組み、背を曲げ、双葉を炎と熱気から守っている。
そして口元には小型の式神。
遠目にもわかる十分に潤んだ式神は、双葉の渇きを癒し、
また、煙や煤を吸い込むのを防ぐフィルターになっているようだ。
さらに周囲を飛び回る数体の飛行型式神は、
火の粉や爆ぜる木の枝を、その身を以って防いでいる。
「それにしてもあんたの救助は高くついたわ」
双葉が指差す先には楡の巨木と炎の壁。
その倒木の下に、潰れて焼け焦げた飛行型式神が翼のみを見せていた。
戯れに結んだ協力依頼がこんなところで生きてくる―――
素敵医師は己の悪運の強さを噛み締める。
「あんた、楡の木に気づいたのに逃げようとしなかったじゃない?
仕方ないからアレを使ってあんたを弾き飛ばしたんだけど、
腰でも抜かしてたの?」
「へけ、へけけ。お恥ずかしい話じゃけど、
センセは気力が尽きて動けんようになってしもたがよ」
「えー、ならあんたを式で運ばなきゃいけないってこと?
勘弁してよね。
こういう環境で式をコントロールするのって大変なんだからさ」
文句を垂れながらも双葉に素敵医師を放置するつもりは無いようだ。
左側の人型式神が空いている左肩に素敵医師を担ぎ、さらに風下へと、
広場の南西の外れへと移動する。
「どこに向かってるがか?」
「最終ステージ」
進む先に、道があった。
広場をぐるりと囲む炎の結界に穿たれた亀裂。
燃え残っている潅木の緑が眼に鮮やかに飛び込む。
それは、双葉が森の木々に鞭をうち剣をふるい作らせた、
アインを誘い込むための専用通路。
式神の肩に揺られながら、素敵医師は知恵を巡らせる。
身動きが全く取れない自分がひとまずこの煉獄から生き延びる為には、
朽木双葉を言葉のみで操る必要がある。
その双葉が何故自分を助けたのかといえば―――
(センセを囮にアインの嬢ちゃんば仕留める為。
じゃけん、双葉の嬢ちゃんはセンセをそこで使い捨てても、
ふところばちくとも痛まんち。それがこじゃんとマズかよ。
なにか双葉の嬢ちゃんに捨てられんよーな方法は……)
そして、素敵医師が他人を篭絡する手段と言えば決まりきっていた。
(おクスリをぶっこむしかなか)
バカの一つ覚えとの謗りもあろう。
しかし、今回の方策は今までとは一味違った。
(ただし、ただし―――
今回に限っては副作用の無い、効能の高い、
つまらないおクスリをお勧めするのがええがよ。
センセがアインの嬢ちゃんへの囮以外にも役に立つことを、
どうにかして双葉の嬢ちゃんに判って貰わんと、
センセ、こんどこそオシマイじゃき)
邪道の医師が正道の医療でアピールをかける。
しかし、そこに改心があるわけではない。
あるのはただ打算のみ。
双葉の道はL字構造だった。
その行き止まりの袋小路に素敵医師は乱雑に下ろされた。
並んで腰を下ろした双葉に彼はプッシュを開始する。
ここぞ好機と言わんばかりに。
「双葉の嬢ちゃん、その顔色はなんちゃー?
そんな疲れた顔ばしちょったら折角のお美人系のお顔が台無しがよ」
「うるさいなぁ。疲れてるんだから疲れた顔に決まってるでしょ」
「そう、それ! センセ、仲間の疲労と健康状態を気にしてるがよ。
な、ちくとセンセのウエストポーチを開けとおせ。
ぎっちり効く栄養剤が入ってるがよ」
会話は、自然な流れだった。
双葉はウエストポーチに手を伸ばすだろう。
素敵医師はそう思っていた。
しかし、双葉はそれ以前の意外なところに食って掛かった。
「はぁ? 仲間? 何言ってるの?
あんたはあたしの部下。そうでしょう?」
確かに以前、そのような約束を交わした。
煩わしさは感じるが、まあいい。
序列を気にする相手には謙って尽くせばよい。
素敵医師はそう思っていた。
「けひゃひゃひゃ、忘れちょらんよ。言葉の綾じゃき許しとおせ、な?」
「部下である以上は私の指示に従う事。あんたはそれを呑んだわね?」
双葉が続けたのは更なる約束の確認。
こういう手合いはとことん肯定してやらないといけない。
逆に全ての確認に淀みなく肯定すれば、強い信用を得られるはず。
素敵医師はそう思っていた。
「お手だってちんちんだってやって見せるが」
「そう? なら早速命令してみようかしら?」
双葉の目に点る喜悦の色。
なんだ、もう受け入れられたのか。
素敵医師はそう思っていた。
「センセに出来ることならなんだって!」
「んー…… それじゃあ……」
調子のいい返答に、双葉が笑顔を向ける。
所詮小娘、ちょろいものだ。
素敵医師はそう思っていた。
故に―――
双葉の最初の命令が最後の命令でもあることに気づけなかった。
「死になさい」
処刑は即座に行われた。
人型式神の一体が素敵医師を羽交い絞めにし、
もう一体が腰を押さえつけた。
人型式神の一体が素敵医師を上方に持ち上げ、
もう一体が下方にひっぱった。
全てが瞬間で、全力だった。
「へけ?」
みちちちち…… ぱん。
素敵医師は腰から2つに引きちぎられた。
「へべべべべ!!」
上半身からは大量の血液が零れ落ちる。
下半身からは大量の血液が吹き上がる。
5秒と待たずに出血量が致死量を超えた。
「セ、センセ、まっぷたつがよ!!!?」
神に与えられた異常再生力の影響は凄まじい。
両の切断面から伸びる血管が、神経が、背骨が、内臓が。
千切れた先のパーツを探し、結合しようと蠢いた。
うねうね。にょろにょろ。
うねうね。にょろにょろ。
「ちょ、なにそれ。キモい。
なんかくっ付いたら復活でもしそうだから、
下半身は捨てといて」
忠実な飛行型式神がくちばしに下半身をくわえ、引きずる。
引きずって燃え盛る炎の中に放り込んだ。
「センセの下半身!! センセの下半身!!」
炎の中に横たわり、微動だにしない下半身。
炎の中で踊り、あくまで接続先を探そうとゆらめく臓器。
この時点で、希代の道化師の死亡は確定した。
素敵医師もまた、オリジナル智機と同じ思い違いをしていた。
双葉はアインを殺して生き延びようとしているのだと。
生き汚いこの男には思いも寄らなかった。
双葉が選んだのが無理心中なのだと。
つまり、最初から双葉に素敵医師を生かす気は無かったのだ。
彼を助けたのではなく、運んだだけなのだ。
殺害の痕跡にアインが気づかない場所で安全に殺す為に。
生存への期待を繋いだ分、素敵医師にとって事実ははより無残だった。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
結果から述べると、素敵医師は12分後に絶命した。
通常の人間であれば胴を引きちぎられた時に即死していたであろう。
意志の強さと温度条件などが整っていても1分と意識は保つまい。
しかし、素敵医師にそのような安楽な死は与えられなかった。
神から贈られた異常再生力。
それが彼の死を徒に先延ばししていた。
故に確定している死を、死に等しい痛みを友に待ち続けることになった。
また、痛みに遠くなる意識をも異常再生力が引き戻すため、
素敵医師は絶命の間際まで正気を保っていた。
最初の1分の間、彼は死にたくないと思っていた。
2分めには既に、早く死にたいと願うようになっていた。
3分経つ頃には双葉にトドメを刺して欲しいと懇願していた。
しかしその懇願は声にならず、双葉に届くことはなかった。
その後の8分間もがき続け
その後の8分間苦しみ続け
その後の8分間死を望み続け
12分を迎えて蘇った2度目の走馬灯は
最後まで彼の記憶を映し、回った。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
血の匂いは熱に飛んだ。
血の色も灰に飲まれた。
処刑場は炎に没した。
完全な証拠隠滅がここに成った。
偵察に放っていた飛行型式神が、アインの接近を伝える。
L字構造からI字構造に短縮された双葉の道。
朽木双葉はその突き当たりにある茂みの中に、素敵医師の上半身を隠す。
少しだけ、ほんの少しだけ包帯をほどいて。
わざとらしくない程度に、しかし、それに気づかれる程度に。
「ようやく追い詰めた憎い憎い憎いカタキが、
既に殺された後だと気付いた時に、
あんたはどんな顔を見せてくれるかな?」
朽木双葉は、身を潜める。
素敵医師の死体を隠した茂みの脇の、炎の中に身を潜める。
胸を躍らせて、身を潜める。
最後の招待客の到着を、今か今かと待ちわびながら。
形ある破滅・朽木双葉の影が炎に揺らめく。
↓
【朽木双葉(16)】
【現在位置:東の森・双葉の道】
【スタンス:火災による無理心中遂行】
【所持品:呪符7枚程度、薬草多数、自家製解毒剤1人分
ベレッタM92F(装填数15+1×3)、メス1本、薬品多数
カード型爆弾二枚、閃光弾一つ】
【能力:植物の交信と陰陽術と幻術、植物の兵器化
兵器化の乱用は肉体にダメージ、
自家製解毒剤服用により一時的に毒物に耐性】
【備考:式神たち 双葉を保護。持続時間(耐火)=20分程度】
素敵医師(長谷川均)死亡――――
主催者 あと4名
>>532 × 主催者 あと4名
○ 主催者 あと5名
>>466 (二日目 PM6:09 西の小屋)
やあ、久しぶりだね、みんな。
また会えて嬉しいよ。
―――おっと、ぼくのキモチなんてどうでもいいか。
皆が知りたいのは小屋組の様子だもんね。
小屋の中はね、さっきの放送でちょっとしたフィーバー状態なんだ。
だって、死者がゼロなのは7回目の放送にして初めてだもの。
知佳ちゃんとかアインちゃんとかの安否も気になってたしね。
おや?
そんな中で一人、難しい顔をして考え込んでいる人がいるね。
なんだか醒めた目で喜ぶ仲間たちを見下してるしさ……
ずっとこのロワを読んでくれてた皆なら、これが誰だか判るよね?
そう、彼女はバンカラ夜叉姫・月夜御名紗霧。二つ名を神鬼軍師。
彼女は何を面白くないって感じてるんだろう?
ちょっと様子を見てみようか。
<紗霧の思考>
はぁ…… 皆さんお人のよろしいことで。
死者が出なかったことを喜ぶなとは言いませんよ。
風が主催者打倒に方向に吹き始めたのだと、私も感じていますし。
でも、もうすこし、こう、考えることがあるでしょうに。
例えば――― 放送が7分も遅れた事について。
一日四回、六時間ごとの定時放送、と宣言されているんですよ。
その遅れの理由が気にならないんですか?
主催者側になんらかのトラブルがあったとは考えられませんか?
シンプルに過ぎる放送にも逆に取り繕いが感じられますよね。
もしかしたら彼らに楔を打ち込むチャンスなのかも知れないんですよ?
それの可能性を調査・追求しようとは思わないのですか?
例えば――― 今の放送の声について。
あの声、病院で戦ったあのロボットの声でしたよ?
戦って完全に破壊したはずのロボットの。
そりゃ、複数のロボットを破壊した実績はありますよ。
あの時いなかったランスやジジイも合流していますよ。
私がわざわざ指揮しなくても、あの程度の連中、いくらでも撃退できるでしょうね。
でも、もしあと100機いたらどうするんですか?
そいつらが一斉に攻撃してきたら?
あるいはこの小屋を取り囲んで兵糧攻めをしてきたら?
そうなったらもう、私の策略をもってしても「詰み」なんですよ。
その程度のことに気づきもしないくせに、
よく主催者打倒なんて恥ずかしげも無く囀れるものですね!
ギャンブルに喩えてみましょうか?
こちらは場慣れぬカモ。
あちらは場慣れたディーラー。
こちらの手札の殆どはオープン。
あちらの手札の殆どはクローズ。
こちらのチップは底が見えている。
あちらのチップは天井が見えていない。
数少ないこちらのクローズな手札を切り札に、
あちらのクローズされた手札をどうにか読み解いて、
こちらの少ないチップの賭け処を絞って、
少しずつあちらのチップを崩してゆく……
主催者を倒す戦いとは、そういう戦いなんですよ?
それだというのに、もう……
なんでこうも思考の反射速度が日の光を浴びる前の変温動物並みにすっとろいんですか?
あなたがたはカメなんですか?
ドジでノロマが売りなんですか?
爬虫綱で主竜形下綱でカメ目なのですね?
そんなあなたがたは学名Testudinesなのです!!
はぁ…… いいですよ、もう。
結局、作戦立案やら下準備やら権謀術数やらの種々雑多は私の仕事なんですね、ここでも。
もう、あなたがたに自律思考してもらおうなんて高望みはやめにします。
私が刻むリズムに合わせてアホみたいに踊ってて下さい。
それが一番効率いいですから。
だからせめて、私の提示する策くらいは完璧に飲み込んで従順に従って下さいね。
それすらできないというのでしたら、私、勝ち残り方向に軌道修正しますよ?
言っておきますけど、私にとってはそっちのほうが簡単なんですからね。
その為の策だって10策以上用意できてるんですよ。
そこのところ、わかってます?
……なんでしょう。
なにかこう、背筋がぞわりとしたような?
<紗霧の思考、中断>
「なんですかジジイ。人の顔をじろじろと…… 惚れましたか?」
「……ぴーぴーぷー♪ ぴーぴーぷー♪」
「半端に上手い口笛でごまかしてるんじゃありません」
「うう…… その…… おぬしの荷物を見ておったのじゃよ」
「荷物を?」
「わしが持ち帰ったスピーカーとまひる殿の集音マイクセットだけでは
通信機を作るには少々部品が足りぬようでの。
紗霧殿はなにやら方々でモノを拾い集めておるようじゃし、
他に部品を調達できそうなものを持っておらんかと思ったのじゃ」
「それならそうとさっさと言いなさい、このウスノロジジイ。
確か女性型ロボットの残骸が…… このへんに……(がさごそ)」
「(じーっ……)」
「女の子のカバンの中を覗くもんじゃありません。このセクハラジジイ」
「セクハラとは失敬な! わしは既に三次元からの解脱を果たした……」
「なんだかこの部屋暑いですね。スカートの内に熱が篭っていけません。(ちらっ)」
「おおっ!」
「……どの口が解脱などと抜かしますか」
「違う! これは孔明のワナじゃ!」
「選択肢をあげましょう。
このロボットの部品で思い切り殴られるか(ガツン!)、
思い切り投げつけられるか(ドカッ!)。
どちらにします?」
「あうあう…… せめて選択してから攻撃してくれい……」
「ご心配なく。体験版です。さ、それを返しなさい。そして選びなさい」
「こ、これが壊れては本末転倒じゃでの。わしが預かっておくのじゃ。
よーし、頑張って分解するぞい!」
「ちっ。逃げたかジジイ」
<紗霧の思考、再開>
ジジイ、甘いですね。
誤魔化しは及第点あげてもいい出来でしたけど、最後にホッとした顔をしたから台無しです。
単独行から戻ってからのぎこちない態度も気にかかってましたが、ようやく確信が持てました。
ズバリ、私に不信感を抱きましたね?
まあ、疑われるのなんて慣れっこです。
疑われてから意識を逸らすのも、疑いを信用に変えるのも慣れっこです。
人の顔色と呼吸を読んで泳ぎ続けた私ですから、もう習性として染み付いてます。
ジジイの疑念も「何を気にしているか」さえ把握できればなんとかなるでしょう。
広場まひるとランスはなんとでもなるでしょう。
ユリーシャもランスさえ抑えておけば問題無いでしょう。
ただ…… 高町恭也。
ああいうタイプは初めてです。
初めて会った頃は単に生真面目でナイーブな体育会系かと思ってましたが、
どうもそれだけではない奥深さと安定感を見せ始めています。
―――俺は月夜御名さんを信用していない―――
―――でも、月夜御名さんという才能を信じることはできます―――
なんですか、その空前絶後のばっさり感は?
私個人のことなんてどうでもいいっていう風にも取れますよ?
それってちょっと失礼じゃないですか?
逆に猛烈に信用させたくなったんですけど?
……なんだか感情的になってしまいましたね。
頭を冷やす為にこの小屋で見つけたアイテムでも吟味しましょうか。
さて―――
使い捨てカメラと香辛料、日用品。これはユリーシャに持たせましょう。
戦力として勘定できないんです。
せめて荷物持ちくらいはやってもらわないと。
でも、失ってもそれほど惜しくない物しか持たせられませんね。
次、人死にが出るとしたらまずこの子でしょうから。
釘セットは恭也さんに渡しましょう。
飛針とやらは釘のような形状とのことですから、代用品として使えるはずです。
工具一式は…… 既にジジイに渡してましたね。
あとは…………
…………
……
<紗霧の思考、終了>
あれれ、意外にも夜叉姫は対主催も視野に入れているんだね。
てっきりステルス100%だと思ってたよ。
それにしてもパーティーにとっての彼女の存在は難しいところだよね……
敵に回しても味方につけても厄介なのは間違いないけど、
このパーティーを集団としてまとめられそうなのって彼女しかいないしね。
恭也くんの判断はけっこう良いトコ突いてると思うよ。
おや?
まひるくんがきゃあきゃあ言ってるね。
ああ、なるほど。
目覚めたランスくんが、スラックスを突き破らんばかりの朝勃ちを、
まひるくんとユリーシャちゃんに誇示してるからなんだ。
がはは、と高笑いしながらね。
いいのかな、そんな下品なバカをやっても。
夜叉姫はそういうの嫌がるよ?
しかも思考中は静かにしてたいタイプだし。
あーあ。
ランスくん調子に乗って、夜叉姫に向けて突き出しちゃったよ。
ほら、彼女が不機嫌な顔して後ろ手にバットを握ったよ?
まあ、フルスイングしてもランスくんは死なないと思うけど……
同じ男としてバットにバットを叩きつけるのは勘弁してあげて欲しいな。
……ダメ?
「目障りです」
「ぅぎゃぁぁああああああァ!!」
↓
【グループ:紗霧・ランス・まひる・恭也・ユリーシャ・野武彦】
【現在位置:西の小屋】
【スタンス:主催者打倒、アイテム・仲間集め、包囲作戦】
【備考:全員、首輪解除済み】
【ユリ―シャ(元01)】
【所持品:生活用品(new)、香辛料(new)、使い捨てカメラ(new)】
【高町恭也(元08)】
【所持品:小太刀、鋼糸、アイスピック、銃(50口径・残4)、保存食、
釘セット(new)】
【魔窟堂野武彦(元12)】
【所持品:軍用オイルライター、銃(45口径・残7×2+2)、
白チョーク数本、スコップ(小)、鍵×4、謎のペン×7、
ヘッドフォンステレオ、まじかるピュアソング、
スピーカーの部品、智機の残骸の一部、集音マイクセット、工具(new)】
【月夜御名紗霧(元36)】
【スタンス:反抗者を増やし主催者へぶつける、計画の完遂、モノの確保、
状況次第でステルスマーダー化も視野に】
【所持品:スペツナズナイフ、金属バット、レーザーガン、ボウガン、
スコップ(小)、メス1本、指輪型爆弾×2、小麦粉、
文房具とノート、白チョーク1箱、謎のペン×8、
薬品数種類、医療器具(メス・ピンセット)、対人レーダー、解除装置】
【広場まひる(元38)】
【所持品:せんべい袋、服3着、干し肉、斧、救急セット、竹篭、スコップ(大)
携帯用バズーカ(残1)】
※ タイガージョーの支給品は集音マイクセットでした
※ 魔窟堂はスピーカーの部品、智機の残骸の一部、集音マイクセットの
改造・組み合わせで、通信機的なモノが作れないかと検討中
(二日目 PM4:40 学校へと続く道)
気分が悪い……。
今の気持ちを主張してるみたいに、わたしの内からいやな風が吹いている……。
暴走した力が電気のようにはじけ、地面を削る。
「どうして……」
つぶやいたのは、あの人の名前が載ってた戸惑いからなのか、わたしの異変に対する疑問からなのか……。
問いに誰も応えないまま、舞い上がった土砂は力に吹かれ、わたしが巻き起こす風に飲み込まれる。
暴走だ。
平静になり能力を制御しようとするけど、この時に限って殺し合いを強要された時、
恭也さんを傷つけた人を殺した時、透子さんに拒絶された時のようにいやな事ばかり思い出していってしまう。
突然、ばぢっ……って音がした。
制御できない力が手帳をはじいたからだ。
「! うう……ううっ」
それはだめ……!
わたしは意識を手放さないように、けんめいに歯を食いしばった。
その風はわたしの背中で展開された翼が起こしてる。
いつものような鳥の羽の形じゃなく、毒々しい黒ずんだ蜻蛉の翅のような翼が。
わたしは手帳やバッグが風に巻き込まれないように懸命に身をよじる。
焦りと疲れがわたしの意識を徐々に奪っていく……。
「まゆお姉ちゃん!」
わたしはお姉ちゃん名を呼んだ。
ひねくれていた頃からわたしを助けてくれたおねえちゃんの事を。
いやな考えが入り込まない余地を心につくらないためにも。
頭の中をいっぱいにお姉ちゃんの事で埋め尽くす。
かなり後ろめたいけど、今はいっしょうけんめいに……!。
「ん、んんん……うううううううううっ……」
目をつむり、両手をかたく握りながらわたしは力の制御に神経を集中させ続けた。
□ ■ □ ■
(二日目 PM6:06 廃村・井戸付近の民家)
目を開けたら、そこには見慣れない天井があった。
全身に疲れを感じながら、わたしはただその天井を見つめ続けた。
程なくしてサイレンの音が聞こえた。
わたしはこの家まで来るまでのことを思い出してつぶやいた。
「わたし……いつの間にか寝ちゃったんだ」
あの音なんだろう?
わたしは目を瞬きさせながら、頭を振った。
「……!」
現状を理解したわたしの胸を不安と恐怖が覆いつくした。
恭也さんの顔が頭をよぎり、わたしはきゅっと眼をつぶり、放送を待った。
『これより、第七回放送を行う。死者は無い。以上』
内容は唐突で簡単だった。
その朗報に不安が消え、安堵がじわじわとわたしの心を満たしていく。
よかった……。
いまのわたしにはそう思うのがやっとだった。
閉じた目から涙がちょっとこぼれた。
□ ■ □ ■
今、わたしがやらなきゃいけないことは……頭の中の整理だ。
……暴走しかける前、透子さんと別れたあとに、わたしは近くの『蓋』の先を確かめようと蓋を開けた。
開けた下には通路があって、おの先には扉があった。
鍵が掛かっていたので、上へ引き返し、それからあの手帳を読んだ。
それがわたしの力が暴走しかけたきっかけだった。
いくつか暴走の痕跡を残しながら、まゆお姉ちゃんやリスティのことを思い出しながら
わたし自身を落ち着かせて、かろうじておさえることができた。
ようやく荷物を持てる様になった時にはわたしはへとへとに疲れていた。
そして、気がついたらこの家の前にいた。
わたしは整理を一旦終えると、部屋を見渡した。
幸い、部屋は荒れていなかった。
疲れはまだ残ってるけど、たいしたことない。
次に窓のほうを見る、まだ日は暮れてない。
次に首を左の方へ向けると、そこには表紙が少し焦げてる一冊の手帳があった。
あの後何気に拾った、北条まりなって名前の人と思わしき手帳。
先日、放送で呼ばれてしまった名前……。
わたしは手帳を見つめつつ、手に取り開いた。
とくんとくんと、わたしの心の鼓動が早くなった。
―――――――――――――――――――――――――――――――
―――情報提供者による参加候補者達(今大会不参加)
神崎愁、鳴海孝之、天城小次郎、沢村司、遠場透、槙原耕介
加えて、高部絵里、フィアッセ=クリステラ、レティシア、八車文乃、綾小路 光、天上 照
―――――――――――――――――――――――――――――――
わたしの目はひとつの名前にふたたび釘付けになった。
――槙原耕介
わたしたちの住むさざなみ荘の管理人であり、わたし達にとって大事な人。
殺し合いが始まったあの時、わたしがこの島から逃げ出そうとしたのは、
わたしの知ってる人が参加者にいなかったからだ。
恭也さん達がいたから、今は逃げきれなくてよかったとおもってる。
「……」
さっき確認したとき、女の人らしき参加者候補の情報は前のページにあった。
まりなさんが勤めていた組織の情報のと、情報提供者の“レイ”って
名乗った人のとで項目が分別されている。
まりなさん達が提供者の情報を確認した場合には、確認済とチェックが入れられてた。
例えば提供者から知らされたフィアッセさんて人の事は、まりなさんが直に確認をしているみたいだった。
恭也さんとも知り合いみたい。
それだけにちょっと興味でたけど、今は“槙原耕介”がわたしの知ってるおにーちゃんかどうか
確認するのが先とわたし自身に言い聞かせる。
力を暴走させないように意識しながら、わたしは覚悟を決めて手帳を読み続けた。
□ ■ □ ■
わたしは手で目をこすりながら、手帳から目をはなす。
途中から小さな字でびっしり書かれているので読みにくくなっちゃってる。
わたしは深呼吸をしながら、ひとつの事に結論をつけた。
……少なくても、その手帳に書かれていた“槙原耕介”って人は、わたしの知ってるおにーちゃんとは違う。
年齢、背の高さ、などはわたしの知ってる限りのおにーちゃんと同じ。
データを取った時期もあの夏の日とほぼ同じらしい。
だけど、さざなみ荘の管理人じゃないし、性格もわたしの知ってるのとは違う。
愛お姉ちゃんの事も少し書かれてた。
けどその人もわたしの知ってる人とちょっと違っていた。
何より出身地や現住所の欄に、海鳴市の事がまったく書かれていなかったのがおかしかった。
「……………………」
すべてうそだと思えば簡単で楽そうだった。
けれど、この島で起こってることを考えれば全てがうそだと思えなかった。
わたしは混乱した頭を落ち着かせようと深呼吸をし、その直後にある単語が頭にうかんだ。
――平行世界
……たしかにこの島には色んな異世界にいたとしか思えない人が多くいる。
だけどもし、よく似た……よく確かめないとわからないくらいに似通った世界がどこかに存在するなら……。
まりなさんがいた世界に、また違うおにーちゃんやわたしがいてもおかしくない……と思う。
全参加候補者の名前欄の中には、この殺し合いの放送で告げられたのもいくつかあった。
もし……本来参加させられたのはわたしじゃなく、別の世界わたしたちだったなら……。
この殺し合いに勘違いで連れさられたなら……。
「!!」
もしかしたら恭也さんも……!
わたしは慌てて別のページをめくった。
そのページにはまりなさんの仲間の前に何度か現れ、レイって名乗った人の事が書かれていた。
彼自身の情報は乏しく、わたしと同じ超能力者らしいって事と、外見くらいしか書かれてなかった。
名前の上に赤く、要注意人物と書かれていたけど、これだけじゃ怪しいってくらいしか判断できない。
これだけじゃ何でわたしたちが選ばれたのか……恭也さん達がわたしのいた世界の人かどうか分からない。
「!」
わたしは心が乱れてるのを悟って、暴走の危険に気づいて思わず振り返った。
「はあ……はあ……」
暴走の兆候はない。
高まる動悸を意識しながら、今度は参加させられた人のページを探して別のページをめくった。
木ノ下泰男・日本・夏
法条まりな・日本・春
高橋美奈子・日本・夏
涼宮 遙・日本・夏
伊頭遺作・日本・夏―――
何人か放送で聞いた名が載ってる。でも先のページをめくる。
首輪を解除できるかも知れない人のリストも載ってたけど、後回し。
「!?」
――高町恭也
これは。
わたしは恭也さんの――別人かもしれないけど、彼の項目を読み始めた。
□ ■ □ ■
「………………」
恭也さんも違ってた。
風芽丘に通ってなかったから。
手帳を閉じてわたしはベッドに寝転がる。
わたしの胸に不安とわずかな安堵が胸を満たした。
つかれた……。 全部読んだ上で、情報を整理するだけでも時間がかかりそう。
それがすんでも、まだわたしがほしい情報は少ない。
「うん……」
怖いけどやっぱり、恭也さん達と会わなきゃいけない。
それと、あまりやりたくないけど……主催者からも情報を集めなきゃいけない。
こんなことは、こことまりなさんの世界だけで行われてるかも知れないけど……。
手帳の内容が嘘かもしれないけど、まりなさんの世界での殺し合いが違うものかもしれないけど……。
ここで殺し合いが行われてるのは間違いない。
それに始めに主催の人が言ってた『私の部下にしてやろう』って言葉が今になって気に掛かる。
すでに何度も殺し合いの大会が開かれてるなら、これからも行われ続けるなら、ほうっておけない。
もしかしたらわたしのいた世界でも行われてるかもしれないから。
……いつ、さざなみ荘のみんながこんなことに巻き込まれるかわからないから。
何も、この殺し合いの元凶が別の殺し合いのと同じとは限らないから。
わたしは手帳をかたく握り締める。
もし紛失しちゃったらいけない、必要な分はメモしよう。
わたしは筆記具を探しに部屋の中を見渡し始めた。
□ ■ □ ■
すぐにメモ用紙と鉛筆を見つけたわたしは、窓の方を見る。
もうすぐ日が沈そう。
疲れを取るために、光合成をしようとわたしは出入り口の前に立ち、ノブを握りしめる。
「……」
些細だけど、ちょっと気になることを思い出した。
まりなさんがいた世界の恭也さんってわたしよりも年下だったんだ。
↓
【仁村知佳(40)】
【現在位置:廃村・井戸付近の民家】
【スタンス:恭也達との再会、主催者達と場合によっては他の参加者達の
心を読んでの情報収集。
手帳の内容をいくつか写しながら、独自に推理を進める。
恭也が生きている間は上記の行動に務める】
【所持品:???、まりなの手帳、筆記用具とメモ数枚】
【能力:超能力、飛行、光合成、読心】
【状態:疲労(小)、、精神的疲労(小)】
【備考:知佳は東の森火災や定時放送のズレにはまだ気づいていません。
手帳の内容はまだ半分程度しか確認していません】
>>224 (二日目 PM6:10 本拠地・茶室)
主催者の基地はそれなりに広い。
地上にある病院や学校と比べてもかなり広い。
それぞれ、主催者達の個室、管制室、集会室、食糧庫、武器庫、参加者の所持品保管庫、
書斎、トレーニングルームなど、大小多くの部屋や通路があり未だ使われてない部屋も多い。
その部屋のひとつ――休憩室兼茶室は現在、ケイブリスの個室として使われている。
新規加入者である彼には個室は用意されてなかったからだった。
当の彼はそこでまだ食事を取っていた。
ズズズ……。
茶をすする。
ケイブリスは目を閉じ、香りを愉しみつつ、茶の味を存分に味わう。
――美味え。
茶飲み友達であった某執事には及ばないがなかなかだ。
丁寧な事に茶釜のそぐ側には入れ方まで張り紙で説明されている。
自分に合った座布団と湯飲みがない不満はあったが、そんな不満はすぐに吹き飛んだ。
次に巨大なスプーンを自分の脇に置いてあった、食糧庫から持ってきた冷えた鍋の中に入れる。
その中身を口に運ぶ。味わいながら、飲み込む。
……これも美味え……
デザート代わりのバニラアイスクリームも上出来。
誰が準備したか知らねぇが気が利くじゃねえかとケイブリスは感嘆した。
彼は満足そうに目を細め、もう一度茶をすすり中身を空にした。
彼は湯のみ代わりの壷を脇に置いて仰向けに寝転がった。
何枚もの畳が体重で揺れた。
何度か、げぷっ……とゲップをしている内に、心地よい睡魔が彼に訪れようとする。
「あ〜、あいつらぶち殺してーなー……」
欠伸を交えつつ、彼は身体を伸ばし眠りに付こうとする。
――動いてもらうことになるかも知れんから
次の連絡が来るまで寝ないでここで待機してほしい
「あん?」
が、食事中にスピーカーを通じて智機から一言、言われたのを思い出してむくっと身を起こした。
「……あいつ何してんだ?」
ケイブリスは怪訝に思った。もっとも何をしてるか確かめる気はない。
鎧の修繕も、ランスを探すのも、今は智機に頼る他ない。
何よりケイブリス自身、ゲームの成功条件や透子の存在がある以上
うかつに動かない方がいいと本能レベルで理解しているからだ。
「ち、しょうがねえな」
ケイブリスはそう呟くと、彼は部屋に備え付けられたスピーカーを見る。
部屋の外の音はほぼ聞こえない、防音仕様の個室。
あんな妙な所にいるよか、ここの方がずっとマシだよなと彼は思った。
□ ■ □ ■
ケイブリスがこの島に来る前、プランナーの誘いに乗ったその直後にそれは訪れた。。
彼は気を失い、気が付けば彼はあたり一面黒い部屋にいた。
身体は動かせる。頭も腕も脚も触手も揃っている。
怪我も治っている。声も出せる。
身動きの取れない、赤い球体――魔血魂の状態から無事復活できたのを直ぐ理解した。
しかし喜びは一瞬。戸惑いが心の多くを占めた。
地面はあるが、どこが上か下かよく解らない、周囲は黒なのにどこか明るいという妙な空間だった。
質問するより前に、神はしばらくここで待てといってすぐに去っていった。
姿が見えなくなってから散々文句を言ったが、仕方なく身の回りを確認。
乏しいが足元に食料があった。とりあえず言われた通りに待つことにした。
彼の感覚で1時間は経ったが何の連絡もない。
プランナーを呼んでみたが、返事はなかった。
諦めずに何度も呼びかけた。 それはすぐに怒鳴り声に変わったが、それでも返事はなかった。
彼は怒鳴りちらしながら空間内を歩き、走り、そして暴れた。
時間感覚にして1時間暴れたが、それでも景色は変わらず、神は現れなかった。
彼は息を荒げながら、諦め、拗ねて、そしてふて寝した。
目が覚めた。
景色は変わらず、それに失望する。半分寝ながら飯を食い、また寝た。
それを2回繰り返した時、周りが光に包まれたのを感じ、目を大きく開けるとプランナーが目の前に現れていた。
そして、告げた。
<<仕事だ>>
□ ■ □ ■
「俺様はどれくらい待たされたんだ?」
3日は待たされたような気がする。
この島に来た直後は、むしろ安堵の方が勝ってたのでどちらかと言えば機嫌は良かった。
魔血魂の状態で待たされたならまだしも……あの空間の事を思い出してるとちょっと腹が立って来た。
暴れたいが、当り散らす相手はいないし怪我とお茶の葉のこともある。
なんとか自制しつつ、触手を伸ばして……ではなく、折れてない方の手を動かして茶を入れる作業を始める。
「あー腹立つぜ。でも、あいつも同じ目にあってんだろうな」
ケイブリスは口元に嘲りの笑みを浮かべて言った。
“レイ"
ケイブリスと同じ魔人で、かつては敵として戦った。
返り討ちにしてから数十年後、今度はある人間を人質に取り、奴を駒として使い、そして人間に敗れ、倒された。
まりなの手帳で大きく要注意人物と振られていた、情報提供者なる男と同じ名前の魔人。
ランスを逃がしてしまった後、ケイブリスは何気にその手帳を拾い読んだ。
手帳に書かれていた外見的特徴が知ってるのと一致してた為、ケイブリスはその男を同一人物とみなした。
文面からもこき使われてる(だろう)ことは容易に想像できただけに、それが愉快だった。
だからこそ復活してた(だろう)ことにそれほど腹は立たたなかったのだ。
(まあ、ここにはいねえだろうがな)
智機から運営陣の事について説明された時、その中にはレイは含まれてはいなかった。
それを受けてケイブリスは単純にいないと判断したのも大きかった。
共に仕事でもしない限りは大して思うこともない。
とりあえず頭の中から消すことにした。
ケイブリスはフンッと鼻息を立てると壷にお茶の葉を入れ、こぽこぽとお湯を注ぐ。
(どうせならもっと役に立つ奴を復活させろよな……)
魔獣は苛立ちに紛らわせるように歯を噛み締め、茶飲み友達や片思いの相手の姿を脳裏に浮かべていく。
ランスに対する憎悪をも募らせながら。
(……終わったら、言ってやるか)
この仕事を成功させ、魔王となったなら今度は知人の復活を神に依頼してみようかと考える。
魔王となった己を誇示した時の彼女らの反応が楽しみだ。
成功した先の未来を想像すればするほど心が躍り、やる気がみなぎる。
ケイブリスは壷を手で掴み、一度臭いを嗅ぎ、茶の湯を一気に飲み干した。
↓
【主催者:ケイブリス(刺客4)】
【スタンス:智機からの連絡を待つ、反逆者の始末・ランス優先、
智機と同盟】
【所持品:なし】
【能力:魔法(威力弱)、触手など】
【備考:左右真中の腕骨折】
【現在位置:本拠地・ケイブリスの部屋(茶室)】
>>400 (二日目 PM6:23 E−8・漁協付近)
夕陽が遠く水平線へと溶け、宵月が薄ぼんやりと浮かび上がる。
その月の化生の如きなま白い少女が、集落から漁協詰所へと歩みを進めていた。
彼女は監察官・御陵透子。
楡の木広場にて検索網に掛かった勝沼紳一の有り得ぬ記録に違和感を覚え、
その理由を探るべく、彼の足跡を辿っている。
(わたしの直感も当てにならない)
(これ以上の追跡に意味なんてないかも)
ここまで追跡してきた紳一の記録は、透子の常識を揺さぶるに十分なものだった。
しかし、その彼が行ってきたことや今後行うと予想できることは、
ゲームの進行にはなんら影響はないと、透子は考えていた。
(それに…… この男はくだらなすぎる)
(―――頭痛い)
透子はうんざりした表情でため息をつく。
無表情・無感動で以って知られる透子からこれほどの反応を引き出すとは、
ある意味、紳一は快挙を達成したといえよう。
(それでもここまで来たのだし)
(漁協詰所での記録までは読んでおこう)
透子は歩きながら、拾い集めた紳一の記録を思い出す。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
(一日目 PM4:18 D-8地点・衣装小屋付近)
前後の記憶ははっきりしない。
気付けば俺は真人と一緒に走っていた。
磯で転倒したとき足元から広がった黄緑色のガスに包まれたこと。
それが記憶にある最後の情景。
おそらくあれは毒ガスで、俺は一旦そこで気絶したのだろう。
その時点から、集落の入り口までの記憶が欠落している。
まあいい。
詳細は腰を落ち着けてから真人に聞こう。
それにしても宙に浮いているかと思えるほど体が軽い。
心臓の痛みも息苦しさも無い。
逆に真人はかなり不調のようだ。
俺があいつのペースに合わせて速度を落とさなくてはならないのだから、
よほどあの毒ガスを吸い込んでしまったのだな。
《追ってくる気配は無いな。適当な民家に入ってお前の怪我を手当てをしよう》
「……」
《真人、聞こえないのか?》
「……」
返答はなく、真人の足も止まらない。
どうやら返事をする余裕もないらしい。
それとも、鼓膜がやられたのか?
俺は時折咳き込みながらやや後方を走っている真人に目線を送る。
その時、俺は初めて気づいた。
真人が小柄な男を背負っていることに。
ああ、なるほどな。
幾ら俺が絶好調とはいえ、走りでお前に先行するなんておかしな話だと思っていた。
しかし、なぜ背負っているんだ?
女を運ぶなら判るが、そんな男を助けてやる義理や余裕はないだろう。
それとも、俺の途切れた記憶の中のどこかで、
その男を助けなくてはならない事情が発生したのか?
必勝はちまきなぞを巻いている妖しげな男を助けねばならない事情が。
ん?
必勝はちまき……
!!
待て。
待て待て待て待て。
ソレは無い。
流石にソレは無いだろう。
見覚えのあるスーツだ。見覚えのあるパンツだ。見覚えのある革靴だ。
全てオーダーメイドだ。俺が身に着けているはずのものだ。
だからといって、そんな。
幾らなんでも、お前が背負っているソレが俺だなどと……
だとしたらお前の隣を走っている俺はなんなのだ!?
まるで俺は―――
《亡霊、みたいじゃないか》
どのくらい立ち尽くしていたのだろう。
気付けば真人を見失っていた。
俺はあいつを求めて手当たり次第に集落の家々を覗いて回った。
ドアノブに触れられないことが判ったとき「まさか」と思った。
扉を通り抜けられることが判ったとき「もしや」と思った。
そして横たわる自分の肉体を発見したとき―――
俺は「やはり」と思わざるを得なかった。
《ふ、ふははははははははははははははははは……》
笑うしかなかった。
あまりに惨めで滑稽な死に様だったから。
だってそうだろう?
俺はまだこの島でまだ一枚の処女膜すら破っていない!
あっちからもこっちからも処女の匂いが漂ってくるというのに!
ははっ…… つまりはそういうことか。
処女を犯すことなく絶命した俺の絶望が未練となり、
成仏できずに亡霊と化したのだな。
ならば為すべきは明白だ。
死してなお犯す。
少女を犯さなければ、死んでいる甲斐も無いというものだ。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
つまり有り得ない記録とは死後の記録。
つまり辿るべき足跡とは亡霊の足跡。
その予想を超えるイレギュラーな存在のあり方は透子に衝撃を与えた。
しかし。
(くだらない)
透子は紳一の執着の源を思い出して思わずそう呟いた。
(でも、とても厄介)
透子は、亡霊そのものを見ることはできない。
感じることも話すことも出来ない。
なぜなら彼女が行使できる能力は、記録の検索/閲覧。
生者の残した思いを読み取るが如く、亡霊の発した思いを読み取ったに過ぎない。
例えば目の前に紳一の亡霊がいるとして、その存在に透子が気づくのは、
周辺の空間検索をして紳一の情報を拾った上で、その内容を読み解いて後となる。
故に分単位のタイムラグが発生してしまうのだ。
しかも、明確な位置は捉えられない。
それを指して透子は厄介だと判ずるのだ。
そしてまた、このゲームの全ての記録を司る椎名智機にも紳一は捉えられない。
集音マイクにも赤外線カメラにもサーモグラフィにも引っかかることは無い。
それは紳一が己が亡霊だと認識してから5分後に、
ほかならぬ智機自身の手によって証明されていた。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
かちゃり。ドアノブか静かに回転し、ゆっくりと玄関が開いた。
「こちらP−4。現在地、D-8地点・衣装小屋1F」
現れたのは白衣に身を包んだ眼鏡の少女だった。
ボリュームたっぷりの硬質な銀髪は寸分の狂い無く切り揃えられている。
一瞬、彼女と目が合ったように感じられて身じろぎしたが、
彼女は俺の存在に気づくことなく遺体のそばまで寄ってきた。
そうか。俺の姿は見えないのか。
「これより、ナンバー20:勝沼紳一の遺体検分と記録を開始する」
少女は白衣のポケットから取り出した医療器具を用いて遺体を調べ始めた。
独り言をぶつぶつと呟く様は、トランス状態に陥っているかのようだ。
俺はしばし彼女を観察することに決めた。
彼女の後頭部からは排気口のような2本の筒が出ている。
青い手袋を両腕に嵌めているのかと思っていたが、あれは自前の腕だ。
そして首筋と指先の関節部分を曲げたとき、僅かに走る亀裂のようなライン。
この少女、もしやロボットか?
―――まあいい。人か機械かの違いなど些細なこと。
問題は処女か非処女か。
この一点に尽きる。
俺はしゃがみ込んでいる彼女の正面にポジションを移し、
警戒心なく開かれた両膝の付け根に目を凝らす。
そこには金属の光沢を持った下着が装着されていた。
《貞操帯…… だとっ!?》
俺はあまりのショックに思わず声を上げてしまった。
気づかれたか!?
慌てて少女を見やるが、彼女は俺の焦りなどどこ吹く風で検分を続けている。
そうか。声も聞こえないのか。
真人からの返事がなかったのも、そういうことだったのか。
しかし…… 貞操帯か。それはいい。
すなわち導き出される真実は2つ。
1つ この少女ロボットはセックスが出来る。
2つ この少女ロボットは処女である。
ははは、これは洒落が効いている。
アイアンメイデンをファントムペニスでレイプとはな!
「それにしてもこの男、期待はずれもいいところだ。
聖エクセレント女学院バスジャック事件の主犯という経歴から、
もうすこし活躍してくれるものと思っていたのだが……」
検分を終えたらしい少女はまたぶつぶつと独り言。
俺ほどの男を前に随分勝手なことを言っているが、それがいい。
生意気な女を恥と苦痛と快感で堕とすことこそが至高の悦楽なのだから。
《ならば今こそ期待に応えよう!》
リビドー、装填完了。剛直、レディーセット。
俺は両腕を広げ、がばりと彼女を抱きすくめた!
―――すかっ。
俺をすり抜けたことに気づきもせず、少女ロボットは小屋を出て行った。
まあ、そうだろう。
姿が見えないしな。
声も聞こえないしな。
壁抜けができるしな。
触れることが出来ぬのも、また必然だ。
しかし、しかしだ!
少女を犯す為に亡霊となった俺だ。
例外的に少女くらい触れるはずだと思うだろう!
少なくとも剛直だけなら突っ込めると期待するだろう!
だというのに…… なんという……
なんという絶望!!
ただひたすら少女を犯す為だけに亡霊と化したというのに、
その本願を亡霊ゆえに成就できぬとは!!
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(やっぱりくだらない)
透子は軽い眩暈を覚え、目を瞑る。
(くだらないけど……)
(この在り方は、未知)
透子思うところの「この在り方」とは、以下のようなものを指す。
・思考する
・移動する
・感情がある
・性欲がある
・陰茎が勃起する
それらは透子の知る幽霊という存在にはありえない特徴だ。
透子が認識する幽霊とは、すなわち―――
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あまりの絶望に滂沱たる涙を流し頭上を振り仰ぐ俺の耳に、声が届いた。
微かな、微かな、声が。
《ただいま、フォスター》
女の声だ。鈴を転がすような、清楚で上品な声だ。
その声だけで美少女なのだと確信が持てる、美しい声だ。
だが―――それがなんだと?
いかに美少女とて、犯すことのできない俺には意味のないことだ。
いや、目の前のご馳走に手をつけることができないのなら、
いっそご馳走に気づかないほうが幸せなのに。
《ただいま、フォスター》
だというのに俺ときたら……
なぜ、息を殺して声を捉えようとしている?
なぜ、耳を凝らして位置を探ろうとしている?
なぜ、導かれるように階段を上ろうとしている?
心に赤々と燃えているのは処女だけだ。
頭の中を埋め尽くすのは強姦だけだ。
理性では押さえが利かぬ、これは業か本能か。
無駄であっても無意味であっても、傷つく結果になるとわかりきっていても、
俺は禁断の青い果実を追い求めてしまうのだな。
虹の橋を渡らんと荒野を行く孤独な旅人のように。
《留守中ご迷惑を……》
果たして2Fで俺の到着を待っていたのは、メイド服の少女だった。
印象的なのは、情熱的な長い赤髪に憂いを含んだ顔立ち。
ゆらゆらと輪郭が安定せず、半透明に透ける体。
足許に倒れているのは心臓と思しき位置に僅かな血痕を残す少女の死体。
俺が死んでから初めて出会う亡霊だった。
俺の唇の端が再び吊り上がる。
生身の人間には触れられなかった。
しかし、亡霊同士ならどうだ?
俺は恐る恐る手を伸ばし、メイド少女の肩を軽く叩く。
おお、やったぞ!
俺の手が少女の肩に触れている!
《君はそれなりに楽に逝けたようだな》
《留守中ご迷惑を……》
《1Fに俺の死体があるのだが、笑えるぞ?》
《ただいま、フォスター》
この焦点の合わぬ目…… 成り立たぬ会話…… 繰り返されるうわごと……
まるで2回目の陵辱を加えた少女のようだな。
殺されるのも犯されるのも同じ絶望だということか。
残念だ。
正気の少女が陵辱で壊れていく様が楽しいのだが、この際贅沢は言うまい。
まあ、手間をかけずに犯せるというメリットもあるしな。
《まずは顔に似合わぬそのけしからん乳から味わわせてもらおうか》
ああ、なんという胸のやわらかさよ!
普段なら鬱陶しい衣服の繊維の感触すら今は心地良い。
俺は少女の胸に顔を埋め、その青い香りを存分に吸い込む。
《ただいま、フォスター》
少女はこの期に及んでなお、錯乱したままうわごとを繰り返している。
それはいい。想定内だ。
しかし、俺の鼻腔がとらえた香りが想定外だった。
まさか、この女……
俺は重いエプロンドレスのスカートをめくり上げ、
その下のペチコートもめくり上げ、
レースの意匠がまぶしい下着に鼻先を潜り込ませた。
そして、臭いを嗅ぐ。
祈る思いで。
《頼む、俺の思い違いであってくれ……》
俺の危惧は正しく、現実は非情だった。
俺は再び絶望した。
中 古 女 だ !
こんな清楚な声と外見をしているというのに、なんという裏切り!!
ふざけるなこの糞ビッチめ!!
一瞬感じてしまったときめきを返せ!!
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(ほんとうにくだらない)
透子は頭痛すら覚え、眉間を揉み解す。
閉じた瞼のその裏で、クレアの霊体を思い返す。
(あれが普通)
そう、透子の認識する亡霊とはこのメイド服の少女クレアの如きものだった。
死を迎えた現場から動くこと無き残留思念。
死の瞬間に抱いた思いを何度も繰り返し、
記録空間にひたすらばら撒き、
ばら撒いた分だけ己を消費し、
やがて輪廻の流れに飲み込まれてゆく。
空間検索者・透子にとっては、屑データで空間を圧迫する鬱陶しい存在。
透子の世界に於いての霊とはそうしたもの。
決して能動的に行動したり新たな思念を発生させられる存在ではないのだ。
その常識を、紳一が覆した。
透子にとってはあまりにもくだらない執着によって。
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キッチンには見苦しいデブの亡霊がいた。
この男も存在が希薄で、うわごとを繰り返していた。
《エネミー》《これは毒?》《エネミー》
俺はなんとなしに理解する。これが普通なのだ。俺が特殊なのだ。
はは…… なんとも皮肉な話だ。
生きている間、心臓病で不自由な生活を送っていた俺が、
死んでしまえば誰よりも健常だというのだから。
よし、状況は飲み込めた。
メイドの裏切りには絶望したが、殺し上等のこの島ならば、
他にも死んだ少女にはこと欠かないだろうしな。
俺の欲望を満たすことはいくらでもできそうだ。
そうだ。
昼間真人とともに攫ったあの少女……
まひるといったか。
あの娘のところへ行こう。
俺たちへの逆レイプの後、あの連中はウチに帰るといって、
漁港方面へと向かったはずだ。
あの辺りの建物を虱潰せば見つかるだろう。
どうせ俺は誰にも気づかれないんだ。
まひるをストーキングしてやる。
まひるが誰かに殺されるまで尾行してやる。
そして殺されて亡霊になったら……
ははっ。
その時こそ犯して犯して犯しまくってやるぞ!
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(くだらない)
(ほんとうにくだらない)
何度目かの溜息をつく透子が漁協詰所を視界に捉えたその時、
管制室のレプリカ智機・N−22からコールが入った。
『御陵透子、聞こえますか』
「聞こえる」
『ザドゥ様と芹沢の救助に協力していただきたい』
「まだ懲りないの?」
『状況が変わりました。
現在朽木双葉の幻術は解け、ザドゥ様から救助要請が入っています。
また2人は戦線から離脱し参加者3名とは距離があります』
透子とて強い望みを持ちゲームの成功を願う者。
彼女なりに現状が主催者対参加者の構図へと書き換わりだしたと理解しているし、
ザドゥ、芹沢の2人を欠いては益々天秤が参加者に傾くことも理解している。
今、智機から入った状況の変化が事実ならば、協力するに吝かでない。
「……やってみる」
透子は強く願う。
具体的な手段などは考えない。
現出する変化は世界とロケットが勝手に決めることだから。
(ザドゥと芹沢が無事に森から脱出できるように―――)
透子が感じる世界の読み替え。
それは感覚的なもので理屈では説明しづらいが、彼女は「通る」と表現している。
透子がルドラサウムから与えられた契約のロケット。
世界の読み替えを行うとき、ここを彼女の願い―――
彼女の感覚では思惟/情報が通ってゆく感じがするのだ。
透子の胸に、その「通った」感じがしなかった。
(願いの強さが足りないのかも)
透子はさらに念じる。
念じるがしかし、一向に通る感じがしない。
感じるとすればそれは「止められている」感覚。
『なんの変化も捉えられませんが……』
N−22の声に篭る不安の響きは、透子の不安が伝染した故か。
透子は胸に垂らした契約のロケットに指を伸ばす。
人差し指がロケットに触れた。
途端、透子の象牙細工の如き肌からさらに血の気が引き、白磁の如き肌となった。
「……読み替えは出来ない」
『どういうことです?』
「だって」
透子が持ち上げたロケットはひび割れ、色を失っていた。
↓
【監察官:御陵透子】
【現在位置:F−8・漁協詰所付近】
【スタンス:@ 紳一(亡霊)の記憶検索
A ルール違反者に対する警告・束縛、偵察】
【所持品:契約のロケット(破損)、通信機】
【能力:記録/記憶を読む】
【備考:疲労(小)】
※ 世界の読み替えに大きく制限が掛かった模様。現時点では詳細不明。
※ 記録/記憶を読む力は、世界の読み替え由来の能力ではありません。
※ 智機の下着はパーツの一種で、貞操帯ではありません。念の為。
『今一度、教えていただきたい! このゲームの有り方を! 我々の役目を!』
「役目か……」
静けさを取り戻した空間にぽつんと浮かび続けているプランナーに先程の来訪者の言葉が思い起こされていた。
機械と思えぬ強い意思を持った目が頭の中に浮かび上がる。
『……私達は……いや、私は何をすれば良いのですか!?』
「そんなことは解りきってることだ……。唯一つ我が主プランナーを喜ばせるだけ」
初めはなんだっただろう。
気づけば自分とハーモニットとローベンパーンがいた。
命じられた役割は唯一つ、ルドラサウムを楽しませる。
逆らえばその存在は抹消。
ただそれだけを永遠に行ない、これからも行ないつづける為の道具。
理不尽……と思ったことがなかったわけでもない。
見てて面白くない。
飽きた。
たったそれだけの気まぐれで何度世界をリセットし、三人で構築しなおしたか解らない。
思い望んだものとかけ離れ、自身らの判断でリセットしたこともあったが、時にはルドラサウムの気まぐれでリセットを止められ続けさせられたこともある。
トロスと呼ばれる魔王を作った。
彼に従うべき七人の魔人を作った。
やがて魔人の一人が力をつけ、トロスを倒した。
故にリセットした。
才能限界値を取り入れた。
魔人が魔王に従うべく、魔人は魔王が作り出す存在にし血の盟約を作った。
魔王の起源は1000年とした。
臆病なスラルが他の生物達に脅かされて頼みにきたので無敵属性を与えた。
その結果、スラルは500年で死んだ。
スラルが消滅したので新たにナイチサを任命した。
ところがナイチサがあまりにも人類を殺しすぎたためにルドラサウムが飽き掛けた。
対抗策として生物の死滅数に応じて力を増し、神にすら対抗できる勇者を作った。
結果、魔王を倒せるまで力の上がった勇者との戦いでナイチサは、何とか勇者を倒すものの致命傷を負い、寿命が縮まった。
次の魔王はナイチサに任命されたジルだった。
ジルはナイチサの件を反省し、人間牧場を作ることで勇者の力があがらないよう人間の数を維持しつづけた。
やがてエターナルヒーローと呼ばれる人間たちが謁見に来た。
彼らの願いを面白いように叶えてやった。
魔剣カオス、聖刀日光、これで人類にも多少の希望と反抗の目ができた。
次の魔王はジルの愛人であり、先のエターナルヒーローであるカオスの使い手であったガイだった。
二重人格の隙をつかれ、ジルに無理矢理魔人にされたガイはジルが寿命の延命を図るとカオスを用いてジルを斬り、封印した。
その時の返り血で彼は魔王になった。
こともあろうにガイは人間領に不干渉を決め込んだ。
思い望んだものとかけ離れたのでリセットしようとしたが、人間同士が争いをはじめルドラサウムが喜んでいたので取りやめた。
聖魔戦争による魔人と人間の戦いはルドラサウムを大いに喜ばせた。
やがてガイも寿命が来た。
次の魔王はガイが異世界から呼寄せた人間の少女だった。
人間の少女は魔王に覚醒するのを嫌がり、逃走した。
これにより魔人達が真っ二つに分かれ、魔人同士の戦争が起き、プランナーのレールと違うもののまたルドラサウムを楽しませた。
その折、人間に一人の王が誕生した。
その王は今までとは桁外れのスピードで戦争を行い、次々と人間の国を統一していった。
ルドラサウムはその様子を見て今までにないほど喜んでいた。
人間の国を統一し終えたと思うと今度は魔人達に戦争を仕掛けた。
ルドラサウムは更に喜んだ。
そして予想を覆し、魔人の領土すら統一してしまった。
その後、無理な統一がたたり、各国は再びばらばらになりつつある。
ルドラサウムは喜んで彼の参加を望んだ。
「敷かれたレールか……」
どれだけ色々なものを講じたか解らない。
その度に自分が作り出し任命したものたちに覆された。
トロスを殺した魔人。
無敵を欲しがったスラル。
メインプレイヤーを全滅させかけたナイチサ。
勇者を無効化させたジル。
魔王率いる魔人と魔物が人間を蹂躙する構図を打ち破ったガイ。
魔王不在とはいえ、あろうことか魔人領すら支配下に置いた人間の王。
彼の思い望んだ構図の通りに世界が動いていったことなど殆どない。
常に何時も彼らはプランナー達の思惑とかけ離れた行動を取り続ける。
与えられた役目にもがきつづけ、抵抗し、束縛から離れて行く。
「結局何をしても常に同じと言うわけだな……」
反乱する参加者達
願いを叶えることに躍起になる運営者達
結局今までと同じなのだ、とプランナーは思った。
違う存在があるとすれば……
「我々か……」
何をしてもルドラサウムのためだけに存在する三超神である己。
何があろうとルドラサウムのためだけに動く己。
己らだけが常に違う。
(何を考えることがある。
そうやってずっと過ごしてきたではないか。
弄ることを楽しく思わなければやっていけなかった。
……やっていけなかった?
違う、楽しんでいたのだ。
そうしなければ……)
「下らないな……」
そこまで考えるとプランナーは思考を止めた。
「何が楽しくなければか……。
己はただそれだけ。ルドラサウムを楽しませるためだけの存在。
楽しくある必要などない」
―――では、何故勇者に自分すら倒せる可能性を与えたのだ。
もし自分が楽しんでおらず、ルドラサウムに翻弄されることを良しとしていなかったとしたら。
『今後は、『許可』は行なわない。お前がどのような行動に移ろうと役目を果たしているのならば好きにするがいい。
私は『お前達』に今後『干渉』しない……』
「……だからこんなことを言ったわけではない」
不公平な肩入れは箱庭のバランスを崩してしまう。
それがプランナーの気質であり、敷くレールだからだ。
『……やり過ぎではないでしょうか?』
智機の言い分が最もであり、そう思ったから不公平を止めただけではないか。
<<んー、いいね、いいね。盛り上がってきたよ>>
鏡を介して島を覗いているルドラサウム。
<<爆発になったおかげで反乱してるぷちぷちにも大分目が出てきたね。
ザドゥもあの様子じゃただではすまなさそうだし……。
機能停止だったら、あの後で即座に救助が可能だったのにねぇ。
もしかしたら願いを叶える場が回ってくるかな?
そしたらどんな風に叶えてやろう?
素直に叶えてやろうかな、それともひねくれてやろうかな。
楽しみだな>>
<<ルドラサウム様……>>
ルドラサウムの前にプランナーが現われる。
全長2kmを超えるルドラサウムの前にはプランナーの巨体と言えど、赤子以下にすら過ぎない。
普段、ルドラサウムの前では、我侭な彼の楽しみの一環としてため口を使っているプランナーだが、このゲームにおいては主に対してと敬語を用いていた。
<<あ、プランナー。どう? さっきの爆発で反乱の成功する目も大きくなったし、楽しみが増えそうで良かったよ>>
機能停止じゃなくて爆発ってところが域だね。
と無邪気にプランナーに対してルドラサウムは言った。
ランダムな結果ではあるが、解りきりながらもルドラサウムはそれを喜んでいる。
(結局、そうなのか……)
自分が幾ら構築しようとルドラサウムの楽しみなど彼の気分次第。
―――なんだやはり同じではないか。
―――似てると思ったからか。
下らない、とプランナーは再びその理論を頭から払いさり、本来の目的へと切り替える。
<<そのことで一つ申し上げたい旨が有り参りました>>
<<ん? なに?>>
<<やはり先程の爆発は少々やりすぎではなかったかと思いまして……>>
<<良いよ。おかげで盛り上がりそうだからね>>
<<いえ、そうではなく。彼女にだけ手を貸すのはやはり不公平であるべきかと……>>
<<硬いなぁ、プランナーは……。別に良いじゃないか>>
<<それに許可し続けるのは、ゲームバランスの崩壊を招いて面白くもないかと……>>
今後、彼女の許可を許しつづけていたら、引き起こされる方法がランダムであるとはいえ、
反乱者や運営内部のゴタゴタがある以上、使う機会、透子が使わざるを得ない場は何度も巡ってくるだろう。
そこで使われつづけてはつまらないものになる可能性が高い。
そのようにプランナーは進言した。
<<んー、まぁ、確かにそうなんだけど……>>
透子の性格からそうそう使うことはないともルドラサウムは思うが、プランナーの言うことも一理ある。
今はであって、なってからでは遅いだろうし、いちいちあれは許可してこれは許可しないとプランナーが判断を介入するのも
解りきったツマラナイ結果しかもたらさないだろう。
それに基本的な運営はプランナーに任せてるのだ。
せっかくの面白い舞台を潰すようなことならいざ知らず、彼は自分を楽しませる為の存在なのだ。
彼は面白くするために奔走しているのだ。
以前のように面白くて見つづけたいから続行させたい、というわけでもない。
彼なりの考え合ってのものだから別に良いだろう。
<<まぁいいか。別に彼女の『読み替え』自体は前報酬じゃなくて、この世界において許してただけだしね>>
<<ありがとうございます>>
(通ったか……。所詮、ルドラサウムにしてみれば面白くなれば何とでも良いのであろうからな……)
<<用件はそれだけかな?>>
<<はい。ありがとうございました。
それでは、私の方は備えなければならないので……>>
<<ああ、そうそう。
何人か魂がこっちに来てないんだ。知ってるかもしれないけど後で確認をしといてね>>
<<御意に……。
……では失礼させていただきます>>
プランナーがルドラサウムのいた場所から消え去っていく。
<<さぁて、話してる間にどうなったかな、と……>>
先程まで彼がいたことなど何事もなかったかのようにルドラサウムは再び島を覗き始めた。
(これでいいのだ……)
彼の場所へと戻ったプランナーもまた島を見出した。
これで箱庭の中の人物達は、正しく平等になっただろう。
後は各々の既に所有してるものだけ。
果たして箱庭の中の人物達はどう動くのだろうか。
また予想外のことをしでかしてくれるのだろうか。
(さぁ、何を見せてくれるのだ。お前は……)
↓
物が燃えるということは一種の化学反応だ。
ある一定の温度に達すると、酸素が物体と連続して結合し続ける。
これを「燃焼」という。
故にいかに温度が高かろうと隣で火柱が立っていようと、
酸素さえなければ燃焼の要素が満たせず、燃えることは有り得ない。
これを今回の森林火災に当てはめて、導き出される解答は次の如し。
足元の草があまり燃えない楡の木広場は既に酸欠状態にある。
ザドゥが早々に広場を放棄し、風上へと移動したのはこの判断による。
全く正しい。
それが、通常の科学の範疇にある火事ならば。
結論を述べよう。
ベストの選択は救援物資が届くまでその場で待機すること。
なぜならこの火災は尋常の火災ではなく、
朽木双葉とその下僕たる木々が命を削って炎の流れを制御していたから。
少なくとも双葉が絶命するまでは、楡の木広場の酸素が尽きることはない。
故に、風上に向かうというザドゥの判断は誤りだ。
それが致命的なものか否か、今はまだわからない。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
>>505 (二日目 PM6:12 G−4地点 楡の木広場・北東外れ)
楡の木広場、北東の外れ。
ザドゥは森林の手前で立ち尽くし、次の一歩を踏み出せずにいた。
風上にゆけばなんとかなる。その思いが吹き飛んでいた。
ザドゥの歩みを阻むは煙。
尋常の数倍ではない。異常を数倍した量と密度で煙が満ちている。
密集する木々が各々に煙を上げ、それが枝葉に絡んで滞留するからだ。
視界の確保は事実上不可能。5歩先の炎すら目視できない。
ばさりばさり。ザドゥはマントを大きく振るう。
左右に何度も繰り返し、繰り返し。
それは火の粉を払う為ではなく、煙を払う試みだ。
煙が散った。
散った煙が周囲の煙を呼んだ。
視界を占めるのは変わらぬ白煙。
試みは失敗に終わった。
ザドゥは煙を視線で殺せとばかりに睨めつける。
(立ち止まるは後退するに等しい。迷っていても埒が開かぬ。
視界が確保できぬなら、他の四感を駆使するまで!)
打つ手を失ったザドゥは森林への突撃を決意する。
即断即決。躊躇は害悪。
ザドゥのその気質、吉と出るか凶と出るか。
「よし、行くぞ芹沢!」
―――返答がない。
嫌な予感を胸にザドゥが振り返る。
後ろに待機していたはずの芹沢が、姿を消していた。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
「わったしをよーぶのはだぁれっかなっ♪
わったしをよーぶのはどぉこっかなっ♪」
誰かに呼ばれている。
ふとそのように感じたカモミール・芹沢は、ザドゥに動くなと命じられたことを
瞬時に忘れて、呼ばれたと思しき方向へと進んでいる。
姿勢は四つん這い。そのことについてはザドゥの言いつけを守っている。
《……おーい…… こじゃあ……》
また聞こえた。それは前方の炎の中からの声だった。
芹沢にとって聞き覚えのない声だった。
しわがれた老人のような、或いは煙草で喉が焼けたような。
どちらかというと不快な声質の。
「あれぇ? だーれもいないんだけどぉ?」
芹沢は大げさにきょろきょろと頭を振って周囲を確認。
人影は無い。
あるのはただ、禍々しい暗紫の刀身を炎に晒す一本の剣。
柄に施された目のような装飾がぎょろりと動いて、視線が芹沢の胸に固定された。
《わぁ〜おぅ♪ ダイナマイツ!》
親父臭い下品な野次を上げたのはその剣―――魔剣カオス。
彼は軽量化を図ったアインによってこの場所に捨てられていた。
《もうちょっと胸を突き出して。肘でこう、おっぱいを持ち上げるように!》
「んー、こう?」
《うほほほーい! 女豹のポーズ完成じゃ!
アインの嬢ちゃんみたいなスレンダーボディも悪かないが、
やっぱり女はぱっつんぱっつんのむっちんむっちんが一番じゃのう!》
「あはは、えっちな刀さんだねぇ」
《おうともエッチじゃわい。エッチが全てじゃわい。
だからもっとエッチに、そのまま尻を左右に振ってくれぃ!》
「がおー、がおー♪」
《この……ねえ、ぷりんって。お尻がぷりんぷりんってなってますよ?
ああああっ、心のちんちんを今すぐ出したい!挟みたい!擦りたい!》
そのやりとりは場末のキャバクラが如し。
生死が一瞬で交錯する火災の只中にあって信じられぬ程の能天気さを晒している。
しかし、それもむべなるかな。
未だ芹沢を蝕み続けるクスリは彼女を過剰に過ぎる多幸間で包み込んでいた。
彼女はこの状況を危機だと認識できないのだ。
「でねぇ、刀さん。どうしてあたしを呼んだのかな? おっぱいが見たかっただけ?」
《そうそう、儂、誰かに拾ってもらおうと呼びかけておったんじゃ。
のぅねーちゃん、儂を拾ってみませんか? 意外とお役にたちますよ?》
「おっけー♪」
芹沢は快諾すると即座に左腕を伸ばし、炎に巻かれるカオスを躊躇い無く掴む。
彼女はかなりの熱さを覚悟していた。
感覚がすこぶる鈍い異形の腕ならば耐えられるかな、と思っていた。
しかし、掴んだその柄は、ひんやりと心地よい温度を掌に伝えてきた。
「冷たくてきもちーね♪」
《このカオス、火災程度ではびくともせんのじゃよ。
じゃからね、ねーちゃん。
儂をそのぷりんぷりんの胸に、こうぎゅーっと挟み込んでくれんかの。
火照った体をひんやり冷まして気持ちいいこと請け合いですよ?》
「うんいーよー。ぎゅーーっ!」
《げへへへへ。おっぱい!おっぱい!》
芹沢の抱擁に、正確にはその胸の感触にカオスの両眼がだらしなく歪む。
ザドゥが声を頼りに芹沢を発見したのはその時だった。
「何をしている芹沢!!」
ザドゥが怒りの形相で芹沢ににじり寄る。
芹沢は振り返ってにぱっと笑い、ぶんぶんと勢いよく手を振った。
「あははー、ザッちゃん、やほー♪」
「やほーではない! あれほど俺から離れるなと……」
《まあまあザッちゃんとやら、そう憤るでない》
芹沢の胸に抱かれた刀剣から聞こえる声に一瞬身を固くしたザドゥだが、
その剣が性欲丸出しの目線を芹沢の胸に向けていることに呆れ、
ほぼ反射的にそれを叩き落した。
彼は芹沢の手を強引に取ると、目線も合わせずに早口で告げる。
「ややこしい荷物を増やすな。行くぞ。もう離れるなよ」
《ああっ、捨てないで捨てないで!
この火災から脱出したいのじゃろ。ならば儂が役立つ…… かもよ?》
「役に立つ、と?」
ザドゥは足を止めカオスを見やり、続きを促す。
《状況もおまえさんの精神も切羽詰っとるようじゃし、要点だけ言うぞ。
儂を振れば闘気が疾る。闘気はすなわち剣風を生む。周囲の煙を払える程度にはな》
「ほう」
視界の確保。それは今のザドゥが最も欲している事。
《但し、儂を振るえば振るうほど、その心は闇に飲まれやすうなる。
気をしっかり持ち、心を穏やかに振るうんですよ?》
「闇に飲まれる? それがどうした」
ザドゥはカオスの忠告を鼻で笑う。
笑いながら一度捨てたその剣を拾い上げて、言った。
「俺の心はとうに漆黒だ」
ザドゥはカオスを左手に握り、刃を寝かせて右肩に担ぐ。
煙に覆われた森林を向き、膝を落とす。
瞑目。深呼吸。―――瞠目。
「しっ!」
口腔より迸る気合一閃。その豪腕より放たれたるは横薙ぎ。
巻き上がる剣風が煙を鋭く切り裂いた。
わずか3mほど。
「……ふん。この程度か」
《あー……済まん。威力はな、剣士としての資質に比例するんじゃ》
カオスの世界において、各種技能は単純化されレベルという単位で表される。
その格付けにザドゥを当てはめるなら、格闘レベルは伝説級の3にすら達しようか。
しかし、物事には得手不得手がある。
《わしの見立てによると、ザッちゃんの剣レベルは0の素人級じゃな。
逆にねーちゃんの剣レベルはギリギリ2の達人級かの。
上手くすれば必殺技なんかが出せちゃいますよ?》
「はいはーい! あたしがやりまーす! ひっさーつ!」
「ダメだ!」
「びぇぇぇん! ザッちゃんが怒ったぁ!」
「今のおまえはな、芹沢……」
ザドゥはそこで口を閉ざした。
今の芹沢に余力は無い。体力も、気力も、判断力も。
そこに来て精神を消耗するこの剣を持たせることは自殺行為だ。
噛んで含めるように諭したとて今の芹沢には理解できまい。
《……女をかばうか。男じゃな、ザッちゃん》
「女ではない。部下だ」
斜に構えた笑みを一つ。
ザドゥはカオスを擦り上げる。
↓
【グループ:ザドゥ・芹沢】
【現在位置:G−4地点 楡の木広場北東外れ → 東の森北東部】
【スタンス:炎から逃げつつ救助を待つ】
【主催者:ザドゥ】
【所持品:ボロボロのマント、通信機、魔剣カオス(new)】
【能力:我流の格闘術と気を操る】
【備考:軽度の一酸化炭素中毒、右手に中度の火傷あり、疲労(大)、ダメージ(小)】
【カモミール・芹沢】
【所持品:虎徹刀身(魔力発動で威力増大、ただし発動中は重量増大、使用者の体力を大きく消耗させる)
鉄扇、トカレフ】
【能力:左腕異形化(武器にもなる)、徐々に異形化進行中(能力上昇はない)、死光掌4HIT】
【備考:アッパートリップ、脱水症(中)、疲労(大)、腹部損傷】
※ カタパルトによる救助は7分後、学校からの救助は到着時間未定
614 :
無題(1):2008/11/19(水) 22:09:49 ID:C9quFtxXP
>>505 (二日目 PM6:13 東の森・双葉への道)
広場中央には長谷川の姿はなかった。
辺りは炎と煙に囲まれ、巨木の近くにいたであろう、双葉の姿を確認する事もできない。
「た……」
さっきから耳鳴りがする。巨木が倒れた時からだ。
わたしはそれに構わずに追跡を続行するため、即座に広場の外周を観察した。
「そこね」
一ヶ所だけ火が途切れてる箇所があるのを見つけた。
罠の可能性も考えて、わたしは他に抜け道がないかどうか観察する。
……今度は見当たらない。長谷川はあそこから逃げたんだろうか?
ドズンッ!
「!」
その直後、背後に大きな物体が落ちる音がした。
燃え盛る音と熱風が一層強くなったような気がした。
耳鳴りもいっそう強くなった。
わたしは他に道はないと悟り、抜け道の入り口まで走った。
「え……」
615 :
無題(2):2008/11/19(水) 22:11:17 ID:C9quFtxXP
目の前が急に暗くなった。
わたしは急停止し、不安を打ち払うように視線を下にして目を何度も瞬かせた。
徐々に視界が元に戻り、それから地面を凝視すると火に照らされた枯れ草がはっきり確認できる。
幸いにも視覚障害に陥った訳ではなさそうだ。
これもカオス使用の副作用だろうか?
わたしは前を見つめつつ、姿勢を低くしながらゆっくりと走る。
この道もわたしを誘い出すためのものだろうか?
……別にそれで構わない。
いくら翻弄されようと最後に奴をこの手で始末さえできれば、それでいい。
だから追いついて仕留め、確実に殺せたかどうか確認する。
病院で撃った時、猛獣でさえ殺せる攻撃を当てたのにも関わらず奴は生きていたから。
その後、おそらくわたしは火災から逃げる時間と余力を失い命を失う事になる。
それでもいい。
……キーーーーーーーーン…………
うるさい。
わたしは耳鳴りを打ち消すように頭を振った。
双葉の生死は確認できてない。
彼女の扱うまやかしを警戒し、眼前の道自体が幻でないかどうか凝視する。
経験上は安全……それ以上は判断の材料もないのは確かだけど、行くしかない。
最悪、無駄死を覚悟でその道にゆっくりと足を踏み入れる。
進むんで行くと、両端には遠目ながらも燃え移っていない木や草がところどころ確認できる。
わたしは姿勢を屈め、ゆっくり前進していく。
うっとうしい耳鳴りは未だに続いている。
戦闘に支障がなければいいけど……。片目失明はもとより、胃とわき腹も痛む。
力を出し切れるだろうか……アインである以上命を失う事に恐れはない。
けれど……。
616 :
無題(3):2008/11/19(水) 22:12:49 ID:C9quFtxXP
2人がかりだったとはいえ、あのザドゥと長時間渡り合ったほどの相手、簡単にはいかない。
「…………」
ぱちっ……ぱちぱちぱちっ、バキばき……
突然、両脇の樹が爆ぜて火の粉が舞った。
舞った火の粉は燃えてない木々にいくつか飛ぶ。
駄目ね……急がないと。
わずかに歩幅を広く、わずかに歩調を速めながら進む。
耳鳴りに連動するように、後方から熱風が流れる音が聞こえた。
「!?」
足元に異物感。何が?
そしていきなり目の前に黒い塊が倒れてきて、音を立てて地面を叩いた。
ドンッ!!
遅れた!
大木の欠片が砕け、周囲に飛び交い、わたしは腕で防御しながら全速力で迂回する。
着火すぐ横には火が上がっていたが、数センチぎりぎりの距離で通り過ぎる。
息を止め一気に前進した。
距離を置いてから、一瞬だけ振り向き、後方から火の手が来ないのを確認。
息継ぎをしさらに前進する。
「はぁ……はぁ……ごほっごほっ……」
火の粉はわたしに移らなかったが、ちょっと煙を吸いこんでしまった。
617 :
無題(4):2008/11/19(水) 22:14:44 ID:C9quFtxXP
わたしはすすを吐き出そうと何度も咳をした。
胃と肺がきりきり痛む。
そんな状態でも耳鳴りはして、さすがに困った。
わたしは咳をし終え、ゆっくりと追跡を再開した。
……火が広がるのが早すぎるような気がする。
あの子供が放火して回らない限り、ここまで早くはならないはずだ。
双葉が再度言いくるめたのだろうか?
彼女の性格上考えにくいが、可能性はゼロではない。
この先に長谷川とあの子供と双葉が生きて、わたしを待っているならそれは。
「地獄ね」
…………こんな陳腐な台詞は自らの不幸を嘆いて言ったわけじゃない。
口にしなきゃよかった。
わたしが苦しみ死んだところで、この島でも現実でも悪い方向での大きな変化はないに違いない。
玲二に心配をかけてしまうかも知れないのが心残りだけど。
この火災にしたって、これから先、わたしと長谷川以外で死ぬのは一人も出ないかも知れないのに……。
「……っ」
腕が突然痛み出し、わたしは小さく声をあげた。
右目で左腕を見る。
服の裾が燃えていた。
「!?」
火を消そうと、身を屈み左腕を地面に擦り付けた。
あの時、着火していた。
そんな、気づけなかった?
618 :
無題(5):2008/11/19(水) 22:15:45 ID:C9quFtxXP
懸命に火を消そうとする。
火はすぐに消えた。
「……」
わたしは呆然としつつも、おぼつかない足取りながら進む。
吐いた息が冷たく澱んだもののような気がした。
焼けた裾の布を払う。
見ると左腕に火傷があった。
少し痛むが動きに支障がない軽度のものと判断できた。
だけど、わたしは少しも安心なんかできなかった。
こんな……こんなミスをするなんて……。
動悸が高まって、冷や汗が流れ落ちる。
戦闘や訓練で傷を負ったことは幾らでもある。
けど、こんなつまらない事で怪我をしたことは記憶のある限りない。
こつんと、つま先が何かにぶつかった。
はっとして足元を見ると、それはまたも石だった。
……頭が痛く、暑いのに何か寒くなってきた。
それに伴い耳鳴りも強くなった。足も重くなったような気がした。
「わたしは……」
思わず出てしまった呟きは力なかった。
わたしは落ち着きを取り戻そうと、心を静めようと自身をコントロールしようとした。
それより前に――目の前が突然真っ暗になった。
619 :
無題(6):2008/11/19(水) 22:17:46 ID:C9quFtxXP
□ ■ □ ■
――今日、ここを出る。
目に広がるのは薄暗く、古びた木の板で作られた部屋。
そこは昨日までの居場所だった。
物心が付く前、わたしはここに連れて来られたという。
故郷から攫われ、ここに売られたのだ。
でもそれほど自分を不幸と思ったことはない。
聞いた話だと、わたしの故郷と思わしき国は飢饉や暴力に見舞われて、
多くの住民は明日とも知れない日々をすごしているようだったから。
この町の外にしたって頼るものなく生きようとするのには、かなりの苦労が必要。
何度も町の外を見ていただけに解る。
積極的に奪う側になるか、奪われ尽くされるかのどちらかの道を、選択せざるを得ない暴力の世界が待ってるに違いない。
いつの日だったか、憂さ払しにわたしを虐めに来た女の子を返討ちにした時でさえ、
後のその子の非難と恨みのこもった眼差しは結構応えた。
そんな不毛な道を選ぶくらいなら、まだここにいた方がいい。
……あまりいいところとは言えないけれど、ここでいい。
何だかんだで勉強させてくれたし、結構気遣ってくれたのが解ってたから。
……けど、それも今日で終わり。
わたしを引き取りに、あの銀髪の陽気な人が迎えに来る。
数日前、わたしを養女にしたいと申し出にきたどこかの国の富豪。
店の人が身元を確認した限りでは、大丈夫そうとのことだった。
引き取り先が外国の特殊部隊とかだったらどうしようかと思ってただけに安心した。
わたしは左の薬指を見る、料理を作ってる時にちょっと切っちゃたんで包帯を巻いてある。
620 :
無題(7):2008/11/19(水) 22:19:51 ID:C9quFtxXP
こんなのじゃ先が思いやられるな。
あのおじさん……ちょっと胡散臭そうなのが不安だったけど、こんな理由で拒んでも仕方ない。
おばあさん達には大金が手に入り、わたしがいなくなった分だけ食い扶持が減る。
何より周りに疎外感を味あわせなくてすむのなら、これでいい。
……寂しいけど。
わたしは感慨に浸りつつ部屋を凝視する。
薄汚く辛気臭いなんの魅力もない部屋。
たまにお香が炊かれなかったら、部屋変えを頼んだかもしれない。
けど、それはもう過ぎたことだ。
わたしは口元に笑みを浮かべた。
ガタガタと窓が揺れる音が聞こえた。強い風が吹いているのだろうか?
もし心地よい風に煽られながらここを発てるなら、わたしにとってそれは幸先のいいことだ。
空が晴れてるなら、なおいい。
ここはいい所とはとても『外』では言えないけれど、それでもわたしの人生の大半をすごした場所。
今日、この日だけは良い所だったとひとりで思いたい。
来る事はもうないけれど、ここを発つ今日という日は忘れない。
わたしの夢。
いつの日かわたしが――。
622 :
無題(8):2008/11/19(水) 22:21:45 ID:C9quFtxXP
□ ■ □ ■
目の前には地面。
わたしはとっさに両脚に力を入れて強く地面を踏みしめ、前倒しになるのを防いだ。
息を荒く吐き、ゆっくりと顔を上げる。
見えるのは相変わらずの灼熱地獄の中にいることを確認させられる現実だった。
やや上方を見た。煙が他の場所より明らかに薄くなっていた。
わたしはそれをチャンスだと思い、歩行スピードをちょっとだけ上げた。
先には燃え残ってる木や草が認められる。
耳鳴りは続いていたが、さっきよりは小さくうるさいと感じられない。
「…………」
吹雪。枯れた草。動物の鳴き声。車の中。薄汚い部屋。長い髪。よく聞く声。
空腹。お香。古びた窓。怪我した子供。こちらを睨む子供。銀髪の中年男。
一瞬、気を失った時見えたこれらの映像は白昼夢か、双葉のまやかしか、カオス使用の後遺症だったんだろう。
気にしてはいけない。
わたしの心は奴を殺す事で占められなければならないから。
なぜならどれも身に覚えはあるけど、あやふやで気の所為にできるものだから。
現に、わたしに迷いは……。
「え……」
意に反して足は止まった。
気を取り直し走ろうとした、走れずに歩くのみだった。
「なんで……?」
耳鳴りがまた強くなった、それに頭が痛く、いえ何か鮮明に……。
624 :
無題(9):2008/11/19(水) 22:23:12 ID:C9quFtxXP
脳裏にさっき見た映像のようなものがゆっくりと順に浮かんでいく。
一巡りすると、耳鳴りがまた小さくなり、映像は浮かばなくなった。
もう一度、思い出そうとした。
一瞬だけ、銀髪の男の映像が出たがすぐ消えた。
反射的に空を見た。
目に入ったのは炎と黒煙。
好みじゃない。
また思い浮かべようとする、鮮明じゃないけどぼんやりと何かが浮かんだ。
しかし、浮かぶのはここまで、それ以上深くそれらを知ることはできそうになかった。
銀髪の男が何者であったか以外は。
「走馬灯? わたしがそんなものを見るとはね……」
わたしは鼻で笑う、誤魔化すように。
走馬灯ならこれまで記憶にあったものが浮かんでくるはずなのに浮かばなかった。
夢にしては心を引き付けられる映像いや、記憶。
あの銀髪の男がかつてのマスターと同一で、
その映像に別の懐かしさが混ざった感情を懐いたという事は……。
何よりそれらを心の奥底で否定できないのは何故か。
「死と地獄を受け入れる覚悟はしていたつもりだったけど、これはないわね」
わたしの声は震えていた。
長谷川らに事前に薬を打たれていたからだろうか?
一酸化炭素中毒の所為だからだろうか?
カオスを使った後遺症だからだろうか?
理由はいい。
断片的にしか蘇ってない記憶を、マスターに消された記憶を取り戻す事ができるなら。
だけど、それは……!
626 :
無題(10):2008/11/19(水) 22:39:09 ID:ks3hR5Lp0
「ごめんなさい玲二」
わたしは同じ苦しみを味わっていた、ここにはいない彼の名を呼んだ。
もしわたしが今この道程を歩んでいなければ、生き残って――主催者を倒した上で
彼の元に帰る可能性が残っていたなら、互いにとって最高の喜びを分かち合うことができたに違いない。
でも、それはもう選び取る事はできそうにない。
何故なら、道はひとつしかないから。
でも、それも。
わたしは右腕の火傷を見る。
「……わたしはできるの」
長谷川に倒されてしまえば、わたしにとって最悪な結果が訪れる。
薬に打たれて、奴の欲望を叶えるだけの人形にされてしまう。
ファントムより醜く悪い存在に変えられてしまう。
今の確実に弱くなったかも知れないわたしに奴を殺すことができるの?
わたしは右手を持ち上げ、拳を音もなく額に叩き付けた。
「…………何を弱気な事を言ってるのかしらね」
痛みとともに、不安が霧散していくのを感じる。
このゲームの趣旨に反する事、自体が非常に無謀なもの。
首輪を付けられてた時点で、神のような存在に命を握られてる時点で何を。
「……」
先ほどザドゥに対して願いを拒否する事をわたしは示した。
彼らの上に立つ者は少しも信用できなかったし、長谷川を殺せれば良かったとさえ思ってたから。
だけどもし願いを叶えられる力が、自称プランナー達以外にも利用することが可能だったなら。
627 :
無題(11):2008/11/19(水) 22:40:27 ID:ks3hR5Lp0
蘇生とまではいかなくても、何らかの形でこれまでの償いが出来るなら。
たとえ償える可能性がゼロに等しくても。玲二の身に起こったような希望がここにもあるなら……。
魔窟堂のように他の主催者や自称神に全力で立ち向かってこそ、意味を見出せる結果を出せるかも知れない。
考え込むわたしの耳に、ごぉっとどこかで炎が強くなった音が聞こえた。
わたしは深くため息をついて、言った。
「でも、どうしようもないわ」
長谷川は主催の中の駒の一つに過ぎない。
奴相手でさえわたしは翻弄され続けた。そんな高望みはもうできない。
例え、すぐに殺せたにしてもこの火の中、自身が生き残れる手段は思いつかない。
失った記憶を戻す時間も、多分ない。
だから、叶わないだろう希望はもう考えないことにした。
ただ今は持ってる力を最大限に使う為に感情を殺し、殺意で心を満たす。
わたしはまっすぐ前を見つめて、今度こそ迷わず先を進んだ。
【アイン(元23)】
【スタンス:確実に素敵医師殺害、双葉としおりを警戒(だが素敵医師殺害を最優先)】
【所持品:小型包丁2本】
【備考:軽度の一酸化炭素中毒、左眼失明、首輪解除済み、 肉体にダメージ(中)
肉体・精神疲労(中)、左腕上腕部に軽度の火傷、行動に支障がない程度の記憶混濁】
629 :
修正:2008/11/25(火) 21:55:43 ID:5hIFOGokP
>>213 >>232 >>415 >>532における
素敵医師及び朽木双葉の所持品の修正
>カード型爆弾二枚→カード型爆弾一枚
本スレ
>>25 の状態表で
>秋穂に関連するランスと恭也の会話内容は他の4人は知らない
との記述がありましたので
>>473の文章の
>ランスと恭也の会話の一部始終は、魔窟堂らと同じくまひるもすべて聞き取れていた。
>秋穂と言う人物名を交えたランスと恭也の会話は短くも重く、悲しい空気が流れていたのも感じ取れていた。
を、
ランスと恭也のあのやり取りの後、魔窟堂が恭也に聞いた事により大体のなりゆきは魔窟堂に伝わっていた。
まひるはその会話を聞き取っていた。
秋穂と言う人物名を交えた恭也の語気は短くも重く、そのゆえ不用意に返答するのはためらわれた。
に修正変更いたします。
☆ チン
☆ チン 〃 ∧_∧ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
ヽ ___\(\・∀・)< 続きまだー?
\_/⊂ ⊂_)_ \_______
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄/|
|  ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄:| :|
| .|/
>>530 (二日目 PM6:21 F−5地点 東の森・双葉の道)
気怠い……
眠い……
頭が全然働かない……
炎の中に潜めば熱気が倦怠感を覚ましてくれるかと思ったけど、
そんなに上手くはいかないみたい……
そりゃそうよね。
陰陽術の使い過ぎであたしの精神力はすっからかん。
逆さに振っても埃も出ない。
気を失ってない今の状況の方がどうかしてる。
《どうでもいいや》
《もう寝ちゃお?》
あたしの心の中でリフレインする誘惑の声。
今眠ったらきっと目覚めることなく焼け死ねる。
死ぬことは怖くない。
てゆーか死にたい。
むしろ死ぬべき。
心の底からそう思ってる。
でも、あたしがここで全てを投げ出したら、星川の無念の行き所はどうなるの?
あたしにしかいないんだ。あいつのことを想っている人間は。
あたしにしかできないんだ。あいつの仇を討つことは。
眠る前に、気絶する前に、死ぬ前に。それだけは果たさなくちゃダメだ。
迷いと躊躇だらけの半端なあたしだけど、あいつへの想いだけは貫き通したいもん。
だから、折れるな。
負けるな、あたし。
誘惑なんかに屈するな。
思い出せ。
あの病室を。
思い出せ。
思い出せ。
丁寧に丹念に思い出せ。
一挙一動逃さず思い出せ。
希望が絶望に塗り変わった出来事を。
思い出せ。
思い出せ。
胸を詰まらせながら思い出せ。
慟哭を飲み込んで思い出せ。
星川の死の瞬間を。
心の痛みで、目を覚ませ。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
(一日目 AM11:35 E−6地点 病院)
「その『目貫』という能力で君は双葉殿の首輪を破壊したというわけか…」
エーリヒさんの言葉に感嘆のため息を漏らす2人の女の子。
ちっちゃくて肌の白い巫女ちゃん・神楽と、
柔らかそうで幸薄そうなお姉さん・遙。
2人はまるで英雄でも見るみたいな眼差しで、星川を見つめてる。
ふふん。
あたしの彼氏は凄いでしょ?
だって、あいつは王子様。あたしの大事な王子様。
サイコーなヤツに決まってんじゃない!
「では…では、私たちにお力添えいただけませんでしょうか?」
「もちろん♪」
でもね。
あいつったらあたしの熱い視線に気づきもしないで、
軽薄なノリで神楽ちゃんの手を握ったり、
爽やかな笑顔を遙さんに向けたりするんだ。
「な〜に鼻の下伸ばしてんのよ」
「…やきもちはみっともないよ、双葉ちゃん?」
「誰がっ!」
どうしてあいつってばあたしにキ…… キス…… したくせに、
他の女の子にええカッコしたり、気のあるそぶりを見せるわけ?
好きなコがいるならそのコのことしか目に入らないもんじゃないの?
少なくともあたしは…… そうだよ?
「取り込んでいるところ申し訳ないが善は急げという、
早速だが星川君、まずは私からお願いできるかな?」
「OK」
張りのある渋い声が星川に目貫の使用を促した。
星川がわたしの手からアイスピックを持ってゆく。
手を伸ばしたあいつの唇が、こう動いてた。
ご め ん ね ♪
そして、軽くウインク。あたしにだけ伝わるように。
ちっちゃな2人だけの秘密。
やだ、もう。ドキドキするじゃない。
今のあたしの顔、絶対真っ赤だ。
こんなに照れた顔、みんなに見せらんないよ。
「少し顎をあげてもらえますか?…OK、行きますよ」
でも、星川の声が聞こえてくると目で追っちゃうの。
そしたらさ、いつものチャラい態度じゃなくて、真剣な声と顔つきをしてたんだ。
あたしの胸がきゅんってなる。
―――カッコいい。
あたしって意地っ張りだし、素直じゃないし、あいつの前じゃ絶対言えないけどね。
心の中ではずっと思ってるんだよ?
出会ったときからずっと、ね。
あんたは王子様。
大事な大事なあたしの王子様。
だから絶対上手くいく。
エーリヒさんや魔窟堂さんや他のみんなの首輪を解除して、
力を合わせて主催者たちをやっつけて、それぞれの故郷に帰るんだ。
だって、あいつは王子様。だから、あたしはお姫様。
そんなふたりのおはなしだから、最後はきっとハッピーエンド。
そうしていつまでも幸せに暮らしましたとさ。めで―――
パ ァ ン ! ! !
―――たし、めでたし。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
って、思ってたところだったのに。
「…ぁ………」
悪い予感なんて全然なかったのに。
「どうして……」
どうしてエーリヒさんが血まみれで倒れちゃったの?
どうして遙さんまで倒れたの?
どうして神楽ちゃんが悲痛な顔をしてるの?
どうして…… 星川が血に染まってるの……
だって、あいつは王子様だよ?
こんなことになるわけないじゃない?
これじゃまるで、星川がエーリヒさんを殺しちゃったみたいじゃない!
時間が止まってた。
動いているのはエーリヒさんの首から溢れ出す鮮血だけ。
「待ってください、この人は……」
時間を動かしたのは神楽ちゃんの切羽詰った声。
待ってって…… 誰に向かって?
声のするほうに目をやる。
「チッ!」
部屋に入ってきたのは、天パでセーラー服の女のコ。
神楽ちゃんとそのコが重なって。
神楽ちゃんが倒れて。
そのコは倒れる神楽ちゃんを振り返りもしないで。
足を止めなくて。
……星川に向かってる?
あれ? 今、キラッて。
あの子の手の中で光ったのは……
星川っ、後ろに女のコ!
女の子があんたの背中にキラって光る腕を伸ばしてる!
「……まずは、一人」
まずはひとり?
何が? 何を? 神楽ちゃんと合わせて2人じゃないの?
ちょ、ちょっと待ってよ。思考が追いつかないから。
てゆーか星川、なにひっくり返ってんの?
小柄なコに背中を軽く叩かれたくらいでだらしなくない?
「え…?」
あのコの手の光るモノが今は光ってない。
神楽ちゃんとぶつかった後で光ってたアレが、星川とぶつかったら光らなくなった。
赤く濡れてる。
どういうこと? あの赤いのってエーリヒさんの血と同じ色じゃない?
それじゃあ……
「星川ッ!?」
うそ…… やだ…… だって、あいつは王子様でしょ?
こんなあっけなく…… ありえないでしょ!!
ねえ、めでたしめでたしは!? いつまでも幸せに暮らしましたは!?
あのコ、爬虫類みたいな目でこっち見て……
来た!! あたしだ!! あたしも!?
敵…… 星川……
血…… ナイフ……
神楽…… 老人の亡骸……
ゲーム…… ゲーム……
ゲーム……
……………………殺人ゲーム!!
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
何度思い出しても色あせない。
何度思い出しても吐き気がこみ上げる。
何度思い出しても…… あの女が許せない。
見開いた視界が赤く染まってた。
炎の赤じゃない。鮮血の赤に。あの病室の赤に。
―――来た。
辛い思い出から、ぽたりぽたりと滴り落ちて来た。
ドス黒い殺意の凝縮液が。
半紙に垂らした墨汁が染み込んで広がるように、
あたしの意識に殺意が染み込んで広がってゆく。
殺意はじわじわと染め上げる。
眠気を、疲労を、倦怠感を、黒く、黒く、ひたすら黒く。
うん。
もう大丈夫。もう目は醒めた。
恨みは最高の気付け薬。
諦めへと誘う声は聞こえない。
星川、ゴメン。もうちょっとだけ待っててね。
あんたの無念は、あたしが絶対晴らしてあげるから。
↓
【現在位置:F−5地点 東の森・双葉の道】
【朽木双葉(16)】
【スタンス:火災による無理心中遂行】
【所持品:呪符×7、薬草多数、自家製解毒剤×1、メス×1、
ベレッタM92F(装填数15+1×3)、カード型爆弾×1、閃光弾×1】
【備考:疲労(大)、式神たち 双葉を保護。持続時間(耐火)=8分程度】
>>627 (二日目 PM6:23 F−5地点 東の森・双葉の道)
アインは歩いていた。
双葉の道の奥へ奥へと、まっすぐに、ひたすらに。
横幅は約4m。
広場とは桁違いの音が、熱が、煙が、左右から間断なくアインを苛んだ。
それでも。
僅かな視覚。僅かな聴覚。僅かな嗅覚。
アインはその全てを研ぎ澄ませて、ここに辿り着いた。
彼女を悩ませていた頭痛と吐き気は、いつの間にか収まっていた。
しかし、それは決して回復を意味しているわけではない。
意志の力が肉体を凌駕したわけでもない。
頭痛や吐き気などのサインを脳に伝える余裕が無くなって、
彼女の全細胞全神経が生命を繋ぐことのみに注力しているからだ。
単に生命力が尽きようとしているだけだ。
例えば仮にこの奥に素敵医師がいなかったとして、
道を引き返し広場に戻るだけの体力は、もう彼女には無い。
それでも、彼女は進む。
確信しているからだ。
素敵医師はこの奥にいると。
かさり。ちいさなちいさな音。
ごうごうと唸る炎の音にかき消される前に、アインの耳がその異質な音を拾った。
それはこの道の最奥、10m程前方にある茂みの中から聞こえてきた。
アインは無言で包丁を握り締める。
>>642 (二日目 PM6:19 F−5地点 東の森・双葉の道)
双葉は潜んでいた。
素敵医師の死体が隠されている茂みのすぐ脇の、炎の中に。
また一体、式神が燃え尽きた。
既に10体以上を炎の犠牲としている。
そのうえ。
森の木々。素敵医師。式神星川。
双葉はそれら全てを生贄に捧げ、アインをここまで導いた。
彼女を今、最も責め苛んでいるのは精神的な疲労感だった。
精神の集中を要する木々や式の使役を広範囲・長時間行ってきたことで
限界を超えた脳が、休眠を求めて意識を落としに掛かっているのだ。
自暴自棄と復讐心が油を注ぎはしたが、それも蝋燭の最後の揺らめきのようなもの。
そのことを彼女は自覚していた。
例えば仮にアインがここから引き返したとして、
アインを追って広場に戻るだけの精神力は、もう彼女には無い。
それでも、彼女は潜む。
確信しているからだ。
アインは決して引き返さないと。
ゆらり。炎に照らされて伸びる影。
もうもうと立ち込める煙のカーテンの向こうに、双葉はアインの姿を捉えた。
仇が、目測で10m程前方から近づいてくる。
双葉は心の中でカウントダウンを開始した。
閃光と轟音が2人を襲ったのは、その時だった。
アインは瞬時に理解した。
この種の閃光と轟音を発するものは、スタングレネードと呼ばれる兵器であることを。
理解したがしかし、対処は出来なかった。
出来るはずがなかった。
100万カンデラの閃光と、170デシベルの爆音。
それを身近に受ければあらゆる人間は機能停止に陥るが故に。
どれほどの修練を積み、警戒していたとしても、最低で2秒間は麻痺してしまう。
アインはその稀有な修練を積み、警戒心を持っている人間だ。
麻痺状態はデータを裏付けるが如く2秒で解けた。
しかし、その2秒が致命的だった。
閃光弾の炸裂よりコンマ数秒後、更なる爆発が発生したのだ。
アインに襲い掛かったのは爆風。
そしてその風に飛ばされた炎と木の破片と土塊。
全てが灼熱の温度を伴い、アインに撃ち付けられた。
アインの麻痺が解けたのは、それらの猛威になす術も無く倒れ伏した後だった。
双葉は何が起こったのか判らなかった。
何処から、如何して閃光と爆音が発生したか判らぬままに意識を失い、くず折れた。
主を守ることを厳命されている式神たちとて、
意識の外から浴びせかけられた衝撃から双葉を守ることは出来なかった。
閃光弾の炸裂よりコンマ数秒後、更なる爆発が発生した。
双葉たちに襲い掛かったのは爆風。
そしてその風に飛ばされた炎と木の破片と土塊。
全てが灼熱の温度を伴い、双葉たちに撃ち付けられた。
爆発の地点は左側の人型式神の脇で、直撃を食らったのもこの式神だった。
衝撃の予兆を感じた刹那、この式神は双葉に背を向け仁王立ち、その身を双葉の盾とした。
決して怯まず、決して恐れず。
全身に燃土を浴び終えて後、膝をつき、前のめりに倒れ、その機能を終えた。
それでもなお防ぎきれなかった拳大の焼け石が、双葉の左二の腕に喰らい付いていた。
石は狂猛に皮膚を破り、肉を燃やし、脂肪を溶かし、骨を砕いた。
双葉の意識は、その痛みと衝撃によって取り戻された。
閃光と轟音の発生源は1発の閃光弾。
爆発の発生源は1枚のカード型爆弾。
それらは双葉が素敵医師の遺体から回収した道具の一部。
用途がわからなかった双葉は自らの荷物と共に放置していた。
兵器の知識が皆無の双葉にはそれが爆弾であると理解できなかった。
それが、引火点を越えて爆発したのだ。
つまり、一連の出来事は双葉の策略ではない。
アインの先制攻撃でもない。
無知が産んだ、偶発的な事故だった。
アインが立ち上がった。
体の前面のいたるところが焼け爛れている。
木片が右の肺に突き刺さっている。
左腕は出血すること夥しい。
頬の皮がべろりと剥けている。
肋骨5本と右足の腓骨が折れている。
それでもなお立ち上がる事が出来るのは、人体の神秘か、女の執念か。
怪我の状況を確かめることも。
さらなる罠や攻撃への警戒も。
今の爆発がなぜ起きたのかも。
自分に残された時間さえも。
意識が朦朧な今のアインの頭にはよぎらない。
取り戻した遠い昔の記憶も。
ファントムという二つ名も。
かつて愛した少年の面影も。
涼宮遙への憧れすらも。
全て爆風と散弾の衝撃に吹き飛ばされた。
双葉は動かなかった。
未曾有の痛みが双葉を襲っている。
生肉が焼け、脂肪が溶ける異臭が漂っている。
それが他ならぬ自分の腕から煙と共に立ち上っている。
常人であれば泣き喚きのた打ち回るであろう惨状だが、
それでも双葉は微動だにしなかった。
悲鳴の一つも上げなかった。
眉間に深い皺を寄せ、歯を食いしばって耐えていた。
右に侍る式神も動かなかった。
この式神は双葉に覆いかぶさることで炎から守ろうとしたが、
それを察した双葉に動くなと命じられていた。
ほんの数m先に、アインがいる。
自分の悲鳴が耳に届くかもしれない。
式神の動きが目に止まるかもしれない。
そうなったら逃げるかもしれない。
それだけは避けねばならなかった。
痛みや熱ごときに負けるわけにはいかなかった。
ガラクタに成り果て、終わりが間近に迫るアインの肉体に留まったのは、
たった4つの妄執の欠片。
長谷川。
首。
わたし。
包丁。
ただその4つの単語が、アインの命を繋いでいる。
ただその4つの単語が、アインの足を前へ前へと進めている。
双葉の喰いしばった奥歯が遂に砕けた。
こみ上げる悲鳴を飲み込ませるのは、どろどろと渦巻くたった4つの妄執の欠片。
星川。
恋しい。
アイン。
憎い。
ただその4つの単語が、双葉に痛みを耐え忍ばせる。
ただその4つの単語が、双葉を炎の中に縛り付けている。
見つけたわ、長谷川。
アインが呟いた。
来たわね、アイン。
双葉が囁いた。
アインが茂みまであと3歩の距離に達したとき、茂みの揺れがピタリと止んだ。
―――来る。
直感したアインが包丁を腹部に対して直角に構る。
―――行け。
飛行型式神に命じつつ双葉がポケットから何かを取り出す。
直後、素敵医師が茂みからアイン目掛けて飛び出した。
その下半身は無い。無論、命も無い。
素敵医師と共に茂みの中に潜み、枝葉を揺らしていた飛行型式神が
双葉の命に従い、彼の遺体をアインに向けて弾き飛ばしたのだ。
アインが素敵医師に向けて包丁を突き出す。
双葉がアイン目掛けて炎の中から飛び出す。
研ぎ澄まされた妄執と熟成された妄執が、噛み合わぬまま重なった。
↓
【現在位置:F−5地点 東の森・双葉の道】
【アイン(元23)】
【スタンス:確実に素敵医師殺害】
【所持品:小型包丁2本】
【備考:重態】
【朽木双葉(16)】
【スタンス:火災による無理心中遂行】
【所持品:呪符7枚程度、薬草多数、自家製解毒剤1人分
ベレッタM92F(装填数15+1×3)、メス1本】
【備考:左腕喪失、ダメージ(大)、疲労(大)、
式神たち 双葉を保護。持続時間(耐火)=3分程度】
>>646 ×(二日目 PM6:19 F−5地点 東の森・双葉の道)
○(二日目 PM6:23 F−5地点 東の森・双葉の道)
661 :
修正:2008/12/03(水) 02:49:07 ID:/p5n26r6P
>>535-544 (二日目 PM6:12 西の小屋)
「駄目です」
地図に載っている小屋に行きたいというまひるの提案は、紗霧によってあっさり却下された。
何でと、言いたげなな一行を目の前にして、紗霧は両目をつむりながら疑問に答える。
「此処に行った所で良くて誰もいないか、悪ければあのロボットが待機してる可能性があります。
もし主催が私達の居場所を把握していない場合は、向こうに好機を与えることになってしまうんですよ?」
「うーん……」
予想通りの返答ではあったが、叱られてるようで何か居心地が悪かった。
少々ではあるがまひるの表情には落胆の混ざった困惑が浮かんでいた。
「何か在るとしても参加者の死体でしょうね。彼らの支給品も使い物にならないものになっているか、
持ち去られてるかの何れかでしょうし」
と紗霧は言う、心の中で迂闊な参加者のと付け加えて。
狭い建物かつ森の中にある最初から所在の知れた小屋など、殺人鬼にとって格好の狩場になりかねない。
「死体あるなら、その人を弔ってやりたいんだけど」
「……首輪の事を忘れてませんか?」
紗霧は自らの首を親指で指した。
「あの首輪は解除されても、向こう側に色々と解るものなのですか?」
「其処までは解りません。ですが用心に越した事はありません」
対人レーダーを使用すれば、確認は可能かもしれない。
だが、これくらいのことで機能停止のリスクを背負ってまで、レーダーを使いたくなかった。
実際は解除後に首輪の探知機能等は機能しないのだが、それを知る時間と道具は彼女らにはなかった。
その事を知っていたら、紗霧は首輪を罠の材料等に活用していたことだろう。
「う〜ん…………じゃ、諦める」
渋々まひるが返答したのを受けて紗霧は視線を外そうとする。
が、がさごそと物音がまひるの方から聞こえたので再びそちらの方に目を向けた。
「………………何ですかそれは?」
「あたしもこれ見た時はそう思ったよ」
「それって……」
まひるはそれの両端を掴んで全体像をみんなに見せていた。
ユリーシャとランスはそれを――それと同じものをよく目にしていた。
「まひる殿……何を……」
魔窟堂も結構目にしている、その為か心なしか声色は弾んでいた。
紗霧は半眼でしばし考え込み、彼女なりにややドスを利かせたつもりで言う。
「本題はこれですか? で、貴女はこれを何処から手に入れたんですか?」
「病院」
表情だけはにこやかに、内心では機嫌悪い時にやばかったかなと後悔しながらまひるは返答した。
「何で病院にこれがあるんですか? 変な趣味をお持ちの方が使ってたとでも言うつもりですか?」
「まったくの新品みたい」
言って、臭いを嗅ぐジェスチャーをするまひる。
「支給品かな?」
恭也が言う。これまでに一行は死んだ参加者のデイパック――支給品一式を2つ回収している。
その一つだと彼は考えたのだ。
「ロッカーに入ってたよ。なぜか」
「そんな得体の知れないものは捨てて下さい」
「紗霧殿、捨てなくても良いのではないか?」
魔窟堂が諭すように言った。おイタをした子供をやんわりと叱り付ける親の様に。
紗霧はしばし返答に詰まったが、その発言の意図に気づき困惑は怒りに変わった。
まひるはその様子に不吉さを感じて、思わず後ずさった。
魔窟堂は熱いまなざしで紗霧の目を見つめ続けている。
そして、さっきまで悶絶していたランスは力ない声で、だがはっきりと言った。
「まひるちゃん……サイズはいくつだ……」
「え、え、えと、あたしでもちょっと大きいくらいかな、かな?」
動転しながらまひるは何とか答えた。
「そうか……」
ランスはゆっくり息を吐き出すと、ユリーシャの一瞥してから『アレ』を視線を移して言った。
「残念だ」
「! お、そんな趣味?」
「特にこだわってねーが、中々いいデザインしてるし、いい素材使ってそうだし着てくれると嬉しいけどなー」
ユリーシャはランスの妙に自信溢れる台詞を聞いて苦笑いした。
いつか私は似た服を着せられてしまうんでしょうか?と思いながら。
請われたら多分承諾してしまうだろうが、だからといって出自が出自だけに着るのは抵抗感があった。
彼女の実家にいる芋好きの褐色肌の侍女の事を思い出しつつも、あの紗霧と魔窟堂を見続ける。
「着ませんよ」紗霧は不機嫌な声で言う。
それを訊いた魔窟堂の表情が落胆に沈んだ。
紗霧の眉間にしわが刻まれる。
未だに『それ』を両手に持ったままのまひるを見ながら恭也は思った。
(何でお手伝いさんの……メイドさんの服があったんだろう)
さっきメイド服を着た知佳の姿を想像し、笑みを浮かべてしまった己をちょっと恥じた。
「まさかと思いますが……その服、アインさんにも薦めるのではないでしょうね」
「……………………」
(その手もあったか!)
紗霧は沈黙を肯定と受け取り言った。
「見限られたいんですか、ジジイ」
「さ、紗霧殿!どうしたんじゃ? おぬしやけに短気じゃぞ!」
自らの片手を背中に回した紗霧に対し、身の危険をますます感じた魔窟堂が叫ぶ。
メイド服とデイパックを恭也に預け、たまりかねたまひるが2人の間に入ったことで事態は何とか収拾しそうだった。
↓
【広場まひる(元38)】の所持品、服3着の内一つは最高品質(防具にあらず)のメイド服でした。