七瀬とろーま
七瀬と浪馬の主観が随時入れ替わります。
入れ替え時は【七瀬】と【浪馬】で示しておきます。
なお、()のなかはそれぞれの手前に書かれた人物の
主観に置き換えて読んでください。
【七瀬」】
ある11月の土曜日の夕方、河原にて。
七瀬「風が気持ちいいね。今日は秋らしく晴れているし」
ろーま「へぷちっ」
七瀬「あら?寒いの?執行部で淹れた紅茶を持ってきたから
一緒に飲みましょう」
ろーま「……」
七瀬「飲まないの?ダージリンの香りが嫌いなのかしら。
まぁいいわ。私はひとりで飲んでいるから」
ろーま「…」
七瀬「・・・」
後ろから何かが近づいてくる音。しかし七瀬は気がつかない。
七瀬「それにしてもあなたとこういう風に過ごすことになるなんて
ついこの間までは考えもしなかったわ。それが今では
こんな風に過ごす時間が何より大事。人を好きになるって
本当に素敵な事なのね」
【浪馬】
時間は若干戻って頼津学園キックボクシング同好会部室。
浪馬「さて、そろそろロードワークに出よう。河原まで行って戻るとするかな」
河原へ向かう浪馬。そこには…
浪馬(あれ、あそこにいるのは七瀬じゃないか?後ろから脅かして
やろうかな。ん、でも誰かと話しているみたいだぞ)
七瀬「それにしてもあなたとこういう風に過ごすことになるなんて
ついこの間までは考えもしなかったわ。それが今では
こんな風に過ごす時間が何より大事。人を好きになるって
本当に素敵な事なのね」
浪馬(なんだって…一体誰と話してるんだ?好きって言ってたよな。
相手は誰なんだ?でも流石にこの場で確かめるわけには
いかないし。とりあえずここは退散しなくっちゃダメだよな)
【七瀬】
七瀬「あら?誰かいたのかしら?ひょっとして聞かれちゃってたかな?
どうしよう、ろーま」
ろーま「ワン」
七瀬「ワン、じゃないよう。どうしよう、恥ずかしい」
【浪馬】
夜、浪馬の自宅にて。
浪馬(やっぱりあれ、男だよな。でもじゃあ何で俺とキスなんかしたんだ?
さっぱりわからにぞ。とりあえず七瀬に聞いてみなくちゃダメだよな。
七瀬の携帯は…)
【七瀬】
七瀬の自室。
七瀬(あ、浪馬君から電話だ。明日のデートのことかな?)
七瀬「あ、浪馬君。どうしたの?」
浪馬「七瀬に聞きたいことがあって。今日河原で誰かと話してたよな?
あれ、誰なんだ?それに好きって…」
七瀬「ちょ、ちょっと待って。その話、どのあたりから聞いてたの?」
七瀬(あれ浪馬君に聞かれちゃってたんだ。どうしよう)
浪馬「あなたと過ごすのが云々ってあたりからだけど、ひょっとして…」
七瀬(それにしても何か勘違いしてるみたいね。嫉妬してくれてるみたいだから
嬉しいような、浮気を疑われているみたいで腹立たしいような。このまま
あっさり教えちゃうのもつまらないわよね。疑った罰にちょっと焦って
もらおうかしら。上手くお芝居できるといいんだけど)
浪馬「なぁ、黙ってられるとわからないぜ」
七瀬「そうね、いずれ浪馬君にも紹介しなきゃいけないって思っていたし。悪いんだけど、
今から河原まで来てもらえるかな」
浪馬「…わかった」
ガチャ、電話が切られる。心なしか乱暴な切り方だった気がする。
七瀬(なんかちょっと話し方が変になっちゃった気がするわ。上手く行ったのかしら。
焦ってはいたみたいだけど…
あ、あぁー!!ちょっと待って、浪馬君は来てくれるって言ってたけど、
もし本当に勘違いをして、来てくれなかったらどうしよう。このまま終わり、
なんてことになっちゃったら…ダメ、そんなのダメよ。落ち着いて高遠七瀬。
あなたは頼津学園学生自治会執行部副会長。落ち着けばいいアイデアが
浮かぶはずよ。まずは浪馬君の携帯に…って浪馬君携帯持ってないし。
あー焦っちゃだめ。まずは深呼吸。スー、ハー。そうだ、まだ家にいるかも
しれないわ。電話してみないと)
トゥルルルルルル…トゥルルルルルル…
七瀬(ダメだわ、出てくれない。河原に行かないと)
【浪馬】
電話終了後の自宅。
浪馬(七瀬が紹介したいって…そういうことだよな。とりあえず行ってみないと、だな)
自宅から河原へ向かう途中
浪馬(しかし出ては見たものの気が進まないな。追試なんかよりよっぽどきついな。
とはいえ、決着はきちんとしないとな)
【七瀬】
夜の河原。街灯もまばらで周りはあまりよく見えない。
七瀬「ハァ、ハァ、やっぱりまだ来てない。ひょっとして呆れてどこか行っちゃったのかな」
5分後
七瀬(まだ来てくれない。でも5分しか経ってないし)
10分後
七瀬(まだ…そうだ、ろーまを探しておかないと)
【浪馬】
七瀬に遅れること約15分。河原に到着。
浪馬(着いたけど七瀬は?)
七瀬「ろーまぁ〜。ろーまぁ〜。どこなの〜?」
浪馬「ちょっと七瀬、どうしたんだよ?そんなに呼ばなくったってもう来たよ」
七瀬「あ、浪馬君。どうしよう、ろーまがいないの」
浪馬「ちょっと待てよ七瀬。意味がわからないぞ。少し落ち着けって」
七瀬「う、うん。あそこにね、ろーまがいるはずなのに、いないの」
浪馬「あそこって…ダンボールがあるだけで」
七瀬「うん。ろーまの犬小屋。そこで飼ってたんだけど、いなくなっちゃってて」
浪馬「犬?七瀬が犬飼ってたのか?ここで?」
七瀬「うん。お願いだから浪馬君も探して」
浪馬「わかった。とりあえずその辺を探してみるよ」
七瀬「お願い」
10分後
浪馬「ったく、手こずらせがって。危うく夜の川へダイブするところだった」
七瀬「はい、浪馬君。コーヒー」
浪馬「ところで、何でコーヒーなんだ?七瀬だから紅茶かと思ったんだが」
七瀬「紅茶好きからすると缶の紅茶はね」
浪馬「ところで、紹介したいって言ってた人はどこにいるんだ?こんな状況で
七瀬を放っておくなんておかしいんじゃないか」
七瀬「ごめんなさい、そのことなんだけど、浪馬君が勘違いしているみたいだから
ちょっとからかってみようかと思って」
浪馬「ってことはそんな人はいない?」
七瀬「いないって訳じゃないのよ。紹介するまでもなく、もう会っちゃったけど」
浪馬「というと…」
七瀬「うん、ろーまのこと。私、紹介したいのが人だなんて言ってないよ」
浪馬「そーいえばそうだな。でもまだ聞きたいことがあるんだけど」
七瀬「その前に私からも言わせて。浪馬君、私がここで男の人と会ってると
思っていたでしょう。私はそんなこと、しないんだからね」
浪馬「う、ごめん」
七瀬「謝ったって許してあげない。執行部副会長として罰を与えます。
そこで目をつぶって裁きを待つように」
浪馬「ちょっと待てって、執行部は関係ないだろ」
七瀬「問答無用。覚悟なさい」
浪馬(ここで七瀬を怒らせてもしょうがない。仕方ない、おとなしく
叩かれておこう…ってえぇ!?)
七瀬「んっ」
浪馬(えぇ?キ、キス?それにしても長いな)
七瀬「っ。どう?苦しかった?」
浪馬「いや、どっちかというと気持ちよかった」
七瀬「バカっ」
浪馬「でもとりあえずこれで七瀬があの時言ってたことの謎も解けたかな」
七瀬「もうっ。そのことは言わないの」
浪馬「ハハハ。しかし、あの犬はいつから飼い始めたんだ?なんで名前が
浪馬になったかは、身をもって理解させてもらったけど」
七瀬「浪馬、じゃなくてろーま、よ。飼い始めたのは、駅前で変な人たちに
絡まれていたのを浪馬君に助けてもらったことがあったでしょ。
あの次の日に考え事をしながら河原を歩いていたら捨てられているのを
見つけて、構ってあげたらなついちゃって。その時からこの調子
だったんだけどね」
浪馬「なるほど」
七瀬「ねぇ浪馬君、さっき私が言ってたこと聞いてたのなら、私の気持ちは
わかってるよね。浪馬君は…」
浪馬「俺も、七瀬のこと好きだよ」
七瀬「よかったー。ちょっと意地悪してみようと思ってあんなことを言ったけど
もしそのせいで来てくれなかったらってすごく不安だったから」
浪馬「俺だって七瀬に彼氏がいたら、と思ってすごく焦ったんだぜ」
七瀬「そう…だったんだ」
浪馬「だからここまで来るのもかなり時間かかっちゃったし」
七瀬「こっちのろーまもトラブルメーカーってことね。ふふふ。でも、その
おかげでお互いの気持ちも確かめられたんだし、ろーま様々、かな」
浪馬(うーん、こうして笑ってる七瀬はすごくかわいいぞ。そうだ、さっきの
仕返しをしてしまおう)
浪馬「なぁ七瀬」
七瀬「どうし… !?」
浪馬(やっぱりあわててるぞ。これは上手くいったかな)
七瀬「ろ、浪馬君、いきなりキスするなんて反則よ」
浪馬「じゃあさっきの七瀬は退場どころか永久追放にでもなるんじゃないか」
七瀬「ふーん、浪馬君は私を永久追放しちゃっても平気なんだ」
浪馬「そんなわけないだろ。七瀬が反則だ、なんて言うから、ちょっと
言ってみただけだって」
七瀬「それならいいんだけど。ね、ねぇ浪馬君」
浪馬「ん?どうしたもう一度キスしたい、とか?」
七瀬「う、うん。今日は2回とも突然だったし」
浪馬「そうだな」
七瀬「浪馬君」
浪馬「七瀬」
浪馬(ん、足元に何か…)
チー
浪馬「うわぁぁぁぁぁ」
七瀬「ちょ、どうしたの、浪馬君?」
浪馬「ろーまがおしっこひっかけて逃げた…」
七瀬「えぇー。こらっ。ろーま、待ちなさい」
ろーま「きゅーん」
七瀬「きゅーん、じゃないわよ。ダメじゃない、そんなことしちゃ」
浪馬「ひょっとしてこいつ、俺に嫉妬したのかな」
七瀬「え?」
浪馬「いや、なんとなくそう思っただけなんだけどさ」
七瀬「そうなの、ろーま?」
ろーま「ワン」
浪馬「やけに力強いワンだな。こりゃーホントに俺たちが言ってること
わかってるのかもしれないぞ」
七瀬「そうみたいね」
浪馬「残念ながら、キスはお預けか」
七瀬「いいじゃない。これからずーっと一緒なんだから数え切れないくらい
何度でもキスしましょう」
浪馬「…いやー、何とも情熱的。男冥利に尽きますな」
七瀬「な、何で急に老けたようなしゃべり方になるのよ」
七瀬(それにしても、私なんて大胆なこと言っちゃったんだろう。口に出す
つもりなんてなかったのに)
浪馬「しかし、これは明日の植物園行きは中止かな」
七瀬「え、どうして?」
浪馬「そんな不安そうな顔するなって。ただ、こいつと遊んでやったほうが
いいんじゃないかと思ってね」
七瀬「あぁ、そういうことね。そうね、それがいいわ」
浪馬「じゃあ明日はここに9時ってことで」
七瀬「うん」
浪馬「ところでこいつはどうする?七瀬のうちでは飼えないんだろ」
七瀬「うん、お母さんはいいんだけど、お父さんが…浪馬君は?」
浪馬「うちで飼えないことはないんだけど…こいつは鍵かけておいても
とんでもないところから逃げ出しそうだからな。そうなって廃材
置き場に紛れ込んで大騒ぎに、という光景が目に浮かぶよ」
七瀬「やっぱり暫くはここに居てもらうしかないみたいね」
浪馬「そうだな。でもお互いがちゃんと世話してあげれば大丈夫だろう」
七瀬「そうね」
浪馬「さて、寒くなってきたし、そろそろ帰るか。って、七瀬何だよその格好
めちゃめちゃ寒そうじゃないか」
七瀬「あわてて家から出てきちゃったから…」
浪馬「俺のコート貸すから着て帰れよ。風邪ひいたら大変だ」
七瀬「でも、それだと浪馬君が」
浪馬「心配ご無用。俺はそんなにやわじゃないから。人の好意は素直に
受けるもんだぜ」
七瀬「わかったわ。ありがとう。ちゃんと明日返すから」
浪馬「おう、それじゃあまた明日」
七瀬「うん。おやすみなさい」
浪馬「おやすみ」
【七瀬】
帰宅途中。
七瀬(必死だったから、言われるまで気がつかなかったけど私の格好、
どう考えても11月の夜に外に出て行くようなものじゃないわよね。
かなり冷えちゃった。浪馬君にコートを借りられて良かった。
風邪を引いてデートできないなんて嫌だもの)
七瀬(それにしても男の人のコートって大きいのね。でもすごくあったかい。
浪馬君と一緒に居るみたい。このコートなら二人でくるまれそう。
ってなに考えてるの私。少し前ならこんな破廉恥な事を言う人が居たら
すごく軽蔑していたのに…誰かを好きになるとみんなこういう気持ちに
なっているのかな)
七瀬(でも、誤解したまま変なことになっちゃわなくてほんとに良かった。
それだけじゃなく、お互いの気持ちも確かめられたし。そう考えると
ろーまは恋のキューピッドなのかな。天使って言うには少しやんちゃ
過ぎるかもしれないけど。ふふふ。ありがとうね、ろーま)
七瀬(いけない、もううちの近くまで来ちゃった。コートを脱いでおかなくっちゃ。
お母さんに見つかったら何を言われるかわからないし。玄関のあたりには
誰も居ないわよね。よし!)
七瀬ママ「ナナちゃん。どこに行ってたの?」
七瀬「お、お母さん。ちょっとその辺に散歩に…」
ママ「こんな時間に?部屋にコートを置いて?」
七瀬(もう、こういうところは変に鋭いんだから)
七瀬「部屋で勉強してから、外の冷たい空気に当たって気分転換をしようと思って」
ママ「浪馬君に会っていた、と」
七瀬「!!」
ママ「ふふふ、後ろに隠してるつもりなのかもしれないけど、コートの袖が
尻尾みたいに垂れてるわよ」
七瀬「あ、あのこれは」
ママ「いいわよ、私もこうやって夜抜け出してよくパパと会っていたし。懐かしい
わぁ。でもね、ナナちゃん、ナナちゃんは女の子なんだから、そこのところは
きちっと考えてね」
七瀬「はい。ごめんなさいお母さん」
ママ「うん。それじゃあお部屋に戻りなさい」
七瀬「はい。おやすみなさい」
ママ「おやすみなさい」
七瀬自室にて。
七瀬(はー、もう何もかもお見通しだったのね。やっぱりまだお母さんには
勝てないな。私ももっと精進しないと。あ、もうこんな時間。
デートなんだし早く寝ないとダメよね。浪馬君のコートを掛けて…そうだ、
これを着て寝たら、浪馬君の夢、見られるかな。でも皺になっちゃうし
明日返すなんて無理よね。ああ、でもクリーニングに出すからって言えば
大丈夫かな?うん、大丈夫。多分、きっと。ごめんね、浪馬君のコート。
私、夢の中でも浪馬君に会いたいんだもの。今夜だけ許してください。
さぁ、そうと決めたらもう寝ないとね)
七瀬「おやすみなさい、浪馬君。大好きだよ」