ヴィルヘルム・ミカムラは、誰よりも魔法を愛していた。
これこそが、人類にとって必要不可欠なものであるのだと思い
長い時を生きながら、その研究に没頭した。
やがて近年になり、科学文明の発達により魔法は弱体化していった。
彼は自分の世界に失望し、新天地を求め動き出す。
魔法が栄え、誰もが魔法の恩恵で生きる世界を作る…彼は理想の実現のために動き出した。
そして計画の為に集まった、比良坂初音、ケルヴァンの2人の協力者。
ナナスが作成している異世界から勇者を召還する事のできる「イデヨン」。
その試運転の日、ヴィルヘルムの計画は実行に移された。
それぞれの思惑が錯綜する中、物語は動き始める。
「はぁ…」
「姉様、心配していらっしゃるだろうな」
奏子は初音がこの地にいることはまだ知らない、ただケルヴァンに
「悪いようにはしない、比良坂初音の無事を思うのならば、大人しくしていることだ」
と言われただけだ。
もちろん直感的に(姉様が何か良からぬことに巻きこまれている)とは思ったのだが…。
奏子はここに入るときのことを思い出していた。
「ここに…入るんですか?」
目の前に吊り下げられた巨大な鳥篭を見て奏子は首をかしげる。
「そうだ、私が開発したこの籠はあらゆる防御効果に優れている、これも君の安全のためだ」
「でもどうして、こんな形なんですか?
「これが1番効果的なのだ」
しかし奏子は疑いの目をケルヴァンに向ける、自分がいわば人質なのは理解できてるが、
この扱いは抵抗がある。
だが、ケルヴァンはそこで奏子にダメを押す。
「いやなら座敷牢にでも入るか?」
それは本当に人質扱いにしてやると言っているも同然だった。
「鳥籠でいいです…」
その時だった、いきなり目の前で光がスパークしたかと思うと、そこには見知らぬ誰かが立っていた。
獣のような耳が印象的な少女だ、だが、もの静かそうな外見には似合わない無骨なトンファーを、
両腕に装着しているあたり、やはり只者では無さそうだ。
「ここはどこですか?」
「え?」
いきなりの事態に対応に困る奏子だったが…そっと少女の目を見つめる。
(怖そうだけど、この人の目にはあいつらのような濁りは無いそれどころか…だったら)
何か思うところがあるのだろう、奏子はそっと籠の隙間から紅茶を差し出す。
「まずは…お話しませんか?」
「さて」
ここで時間は少し遡る。
ケルヴァンは冷たい瞳でカトラとスタリオンを見つめる。
「お前たちには懲罰が必要だな・・・恥さらしどもめ」
単純に戦って敗れたのならば咎めはしない、しかし敗れ方が問題だ、
こともあろうに女を手篭めにしようとして、返り討ちにあうとは!
ケルヴァンのようなタイプの男にとってそれは許しがたい破廉恥な行為に他ならなかった。
彼は必要とあればいくらでも非道な計略を実行できる男だったが、反面、
意味もなくそのような行為を行うような男では決してないのだから、まぁ善良で慈悲深いわけでもなかったが
「こっちに来い・・・」
二人の縛めを解いてやったケルヴァンは自分の後に続くように促すと部屋を退出していく。
恐る恐るその後に続く二人。
「俺たちどうなるんだ・・・」
小声で話すスタリオン。
「そりゃあ・・・殺されるんでやんすよ」
「冗談じゃねぇぞ、小娘の1人犯そうとしたくらいでなんで死刑にならなきゃならねんだよ!」
しかし血の匂いが刻一刻と強くなっている、これはヤバい。
「逃げるっきゃないでやんす」
小声で呟くカトラ
「逃げるって何処にだよ、それに逃げたところで・・・」
「いーい考えがあるんでやんすよ」
などと不穏な相談をしている2人にはまるで気がつかないケルヴァン、やがてとある部屋の前に到着する。
「とりあえずだ、この部屋をきれいに掃除してもらおうか、それから・・・」
ケルヴァンはそのまま振り帰らずに用件を淡々と話す、が返事が無い…。
振り向いたときには脱兎のごとく逃げ出す2人の姿が映っていたのであった。
「おい!本当に勝算があるんだろうな!!」
廊下をどたどたと走るスタリオンとカトラ
「この先に絶対入るなって言われてる部屋があるんでやんすよ、それと実はもう1つ〜」
「おう!そりゃ女囲ってるに決まってらぁな、よっしゃ!人質にしてここから脱出だ!!」
俄然元気になったスタリオンはカトラを置き去りに猛然とダッシュしていくのであった。
そして残されたケルヴァンだったが。
「あの、馬鹿どもが・・・」
出来るだけ穏便に事を済ませようと思っていたというのに・・・いかに歴然とした反抗の証拠があれど
それを防いだのがあくまでも彼の私兵たる神風では、やはり痛くも無い腹を探られかねない。
だから彼らにはその隠れ蓑になってもらう予定でもあった。
つまり神風の立てた手柄を、彼らの手柄として報告する。
そうすればあらぬ疑いを掛けられる可能性は格段に減るし、口止め料にもなる。
しかし実行司令官たるケルヴァンの命令に公然と背いたとなれば、その事情や彼自身の見解とは関係なく
処断せねば示しがつかない。
ここで引き下がれば舐められる。
つまり彼らは自分で自分たちを窮地に追い込んでしまったのだった。
「で・・・これは私が片付けるのか?」
ケルヴァンは部屋の惨状を見てため息をついた。
こともあろうにそこは彼の寝室だった…。
もちろん荷物は後で運び出すとして、それでも部屋は片付けなければ何があったのかと、
やはり痛くも無い腹を探られる。
神風に清掃などという芸当ができるとは思えないし、
どこの馬の骨とも知れぬ闇魔法学会の連中たちが大半を占める中で、本当に信頼できるわずかな部下たちには
それぞれ重要なポストを任せている、死体だけは片付けてもらってはいるが、
本来こんなことをやらせる余裕は無い。
数だけ多いメイドどもは口が軽すぎる、こんなところを見られれば数日後にはケルヴァン様は、
新種の病原菌を開発して世界を壊滅に導こうとしているなどと根も葉もないうわさが広まっていることだろう。
だから奴らに手柄という形で口止めをさせて、こっそりと後始末をさせようと考えていたのに・・・
ケルヴァンは改めて自分の寝室を見る、入り口のドアの前にはだれがやったか知らないが死体の跡が
白チョークで描かれており、床といい天井といい血痕が生々しく、しかも壁には大穴があいている。
「自分でやるしかないのか・・・」
と、そこで大分小声にはなっているが、未だに壁に突き刺さったままでぶつぶつと呟き続けるリニアの頭部を見る。
これまでも様々な失敗をしてきたし、多分これからもしていくのだろう…だが。
「お前を雇った以上の失敗はこれまでも無かったし、これからも無いだろうよ・・・」
(それにしても奴ら…まさかあの場所を知っているはずはあるまいな、行った先が深山奏子の部屋ならば
半殺しにして営倉入り程度で許してやれるが、あれを見られるようなことがあれば…)
「生かしてはおけんな…」
「ケルヴァン様!お耳に入れたき事が!」
「モノローグの最中にいきなり声をかけるな!こけるだろ!それにお前の持ち場はここではないぞ!」
いきなりの声に一瞬びくっとするケルヴァン。
「召喚装置の誤動作が発生、すでに1名がこの地におりたった模様」
ケルヴァンの配下はどなり声にも頭を下げず、事務的に用件を告げる。
「何?それは問題だな、で…場所は特定できるか?」
「ですからここです」
「何だと?」
そして…例の開かずの部屋の中では、
ティータイムの最中に突如として現れた馬面の男をみてきょとんとしている奏子と凶アリア…
そしてその姿をみるなり、
「ケルヴァン…あいつは…あいつは…ロリータ軍師だったのかぁっ!!」
全然わかっていないスタリオンだった。
「しかもこれが緑色の髪の振るいつきたくなるようないい女でやんしてねぇ」
そしてカトラは未だに追いついていなかった。
【スタリオン@ワーズ・ワース(エルフ) 鬼 状態○ 所持品なし】
【カトラ@ワーズ・ワース(エルフ) 鬼 状態○ 所持品なし】
【凶アリア@デアボリカ(アリスソフト) ? 状態○ 所持品:トンファー】
9 :
男三人:04/03/14 19:22 ID:yNpwj9kt
さて、ここで少し時間は遡る…
全体放送も終わりケルヴァンは自室で策を巡らせていた。
(あれを・・・試してみる頃合か)
ケルヴァンは、一つ策を弄する事にした。
ケルヴァンの隠し玉とも言える物を使って・・・
(あれの束縛に耐えうる強靭な精神力を持つ者はあまりいないだろうが・・・)
覇王となるべき者の精神力を試す試金石。
束縛に負けてしまえば墜ちるだけだが、束縛を跳ね除け完全にコントロールできたならば覇王の資格あり、という事になる。
(人とは目的の為には驚くほど強くなるからな、あの者達が適任だな)
候補者が多すぎた時の為の選定装置としての役割ではあったが、今となっては資質者をこちらに取り込むのは相当困難であるといえる。
初音、新撰組が派手に暴れたのでこれに関わった者達等は特に協力しない可能性が高い。
しかしケルヴァンにとってはそういった者の方が好都合である。
美希のようなしたたかな者もいいが、他人に従わず覇道を突き進むタイプの者も悪くない。
(候補者は大くて困る事はないのだからな・・・。それに下手な者に渡すよりはましというものだ。
上手くいけば初音を……番狂わせがある事を期待したいものだな)
「ずいぶん手馴れてるな…」
あっさり火を熾して見せた透に、麦兵衛は素直に感心する。
「これくらいできないと人としての楽しみを満喫できないよ」
脱出が失敗した時こそ表情が変わった物の、それ以外の時は常に無表情である。
こういう言葉を無表情に言われても反応に困るのだが…。
「どういう事だ?」
「すぐにわかるよ」
相変わらずのポーカーフェイスではあるが心なしか声は弾んでいるように聞こえる。
10 :
男三人:04/03/14 19:22 ID:yNpwj9kt
「あ、まひるさん。もう大丈夫なんですか?」
「うん、もうぜんぜん平気だよ」
まひるはガッツポーズを取り平気なのをアピールする。
「あ、キャンプファイヤーだ〜。う〜ん、あったか〜い」
「まひる。もっと暖かくなる方法があるけど知りたい?」
「え、本当?知りたい知りたい!」
「じゃあ脱ごうか」
「………」
「あう……なんていうかその透の事は嫌いじゃないけどその…あたしには決めたひとが……
いやそうじゃなくて。なんでそういう流れになるの」
「必然だから」
即答だよ、おい。
「ふふふ…覚悟を決めたまえ…」
「ぎゃー、イヤー!にじり寄って来ないで〜!そのあやしい手つきもやめて〜!」
やばいぞ、あたし。貞操の危機だぞ、早くこの場から逃げないと…
「やめんか〜!」
透が怒号と共に放物線を描いて空に舞った。
……なんか鈍い落下音がしたけど気にしない方がいいのかな。
「ハ、ハレンチな!ハヂをシレ!!」
ああ…麦兵衛君ありがとう。おかげであたしの貞操の危機は去りました。
「いいパンチだ、さすがだジョー」
化け物かこいつは。しかも台詞棒読みだし。あとジョーって誰…?
「透…いくらなんでもこの状況で悪ふざけが過ぎやしないか」
11 :
男三人:04/03/14 19:23 ID:yNpwj9kt
ああ、麦兵衛君がいてくれて本当によかった。これであたしは透の魔の手から解放されるんだね。
「別にふざけてるわけじゃないんだけどね…」
透は痛たなんていいながら立ち上がる。
「そもそもまひるが寒いのは服がまだ濡れているからだよ。だから脱いで乾かせば暖かくなる。何も間違った事はしていない」
そっか、さっきの頭痛で忘れてたけど、あたし達の服ってずぶ濡れなんだっけ。
「そういう事だから脱ごうか」
「だからなんでそうなるの」
まずい、なんとか流れを変えないといずれは貞操が奪われる。
「とは…いっても透。まひるさんは嫁入り前の女性だし…俺達は席をはずした方がいいんじゃないか…」
あれ?麦兵衛君顔が赤い。
いや、気持ちはうれしいけどあたしはもっと年上の方が好みというか……いや、だからそんな事言ってる場合じゃないってあたし。
「そうか、牧島は知らないのだったか。じゃあ既にまひるが嫁に行けない体だという事を教えてあげよう」
「と、透、貴様!まさか…嫁入り前の女性に…ハヂをシレ!」
麦兵衛君のフックをあっさりスウェーで避ける透。
「ふふふ、来るとわかってるなら避ける事などわけはない…それに心なしか手加減したように思えるけどね」
「そ、そんなことは断じてない!」
どう言っててもやっぱり男の子なんだねぇ…うんうん。
「じゃあ牧島も反対してないようだしさっさと脱いでしまおうか」
……和んでる場合じゃなかったね、再び貞操の危機が!
「よいではないかよいではないか」
「あ〜れ〜」
「……」
はっ!ついノッてしまった。麦兵衛君がやる気をなくしてる!
あたしの本心をアピールしなければ…
「いや〜助けて〜〜お〜か〜さ〜れ〜る〜」
「……なんか楽しそうだし静観した方がいいのか」
うを!逆効果だし!
12 :
男三人:04/03/14 19:24 ID:yNpwj9kt
「年貢の納め時だね」
「ひ〜ん、断固として嫌だって言ってるのに〜」
「では牧島にまひるの真実を見せてや」
キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン
「なんだ?」
「チャイム……こんな島で?」
ああ、天の神様ありがとう。なんか知らないけど助かりました。
「まひる、この放送をどう思う?」
背後で声が聞こえる中、透があたしに意見を振ってくる。
「あんまり好みのタイプの声じゃないなぁ…さすがにもう少し若い方が…いや、そうじゃなくて。
放送部として言わせてもらえれば、BGMくらいは使った方がいいよね、それに機材の調子が悪いのかな?響きが……」
『………』
あれ?二人してなんで黙ってるの?
「あはははは。ああ、ごめん、もう大丈夫そうだね」
透…その反応は一体……急に笑われてもわけわからないけれど……
でも……(もう大丈夫そうだね)。
気を使ってくれてたんだね。ありがとう……
声が止んだ、放送は終わりらしい。
あたしはまったく聞いてはいなかったけど、内容は透に聞けばいいか。
「うん、きっといい人だよ」
ズガッ!
透の秘伝の突っ込み(チョップ)が炸裂する。
13 :
男三人:04/03/14 19:25 ID:yNpwj9kt
「いひゃい…」
「牧島はどう思う」
まひるには(案の上)聞くだけ無駄だと判断した透は呻くまひるを無視して話を続ける。
結構本気で叩いたのでしばらくは復活しないだろう。
今のうちに方針を決めてしまった方がいい。
「一部の者の行き過ぎた行為か…」
「さすがに信用しろというのはね…」
明らかに初音は最初から不要な者は処分するように動いていた。
初音の所業を目の当たりにした彼らにそれを信用しろと言っても不可能である。
(しかし…中央にひかりさんがいる可能性があるのか)
「牧島」
「ん…?どうした?」
「あせっても仕方ないぞ」
(顔に出てたかな…)
確かにあせっても仕方がない。
透がいなければ今すぐにでも中央に向かっていたかもしれない。
「時に牧島…僕は変わりないか」
妙な事を聞くものだ…
「変わるも何もその微妙に間延びした声と無表情がどうやったら変わるんだ?」
「そうか…顔にでてないうちは大丈夫だな…」
(そういえば透も知り合いを殺されたんだったな…)
先程の透の言葉は互いに焦って先走るのを見張る役目としても、誰かと行動したいという意味だったのだろう。
「せめてあの女を倒せる力があればね…」
「ああ…せめて武器でもあればな…」
「力が欲しいか?」
14 :
男三人:04/03/14 19:27 ID:yNpwj9kt
突如した声に麦兵衛は声の方を見る。
「誰だ!?…白い鳩?」
透は無言で手に持っていた薬品を鳩に垂らした。
ボンッ!
小気味いい音と共に爆発が起きる。
「透…動物虐待はよくないよ」
「只の動物ならこんな事はしないんだけどね」
「いきなりご挨拶だな…」
鳩はなんとか薬品を回避したようで、体勢を立て直すと取り繕うように言った。
「平和の象徴が何か物騒な事を言ってるな、と思ってね」
「先制攻撃したのはそちらだろう…それに私なら比良坂初音を倒せる力を知っているのだ。欲しくはないかね…力を!」
「お前…なぜ初音と俺達の事を知っている?」
「私には人の未練、悲しみ…そういったものが聞こえるのだ。君達にも聞こえるだろう?殺された仲間の無念が!慟哭が!
悲しみが!…恨みが!!」
「恨み…」
「そうだ…私なら無念を…恨みを…晴らす方法を知っている…その力を…知っている」
「力…」
うわ言のように繰り返す言葉はもはや誰の声か定かではない。
「かかったな…」
ケルヴァンは自室で邪悪な笑みを浮かべていた。
(私とて初音の暗示程ではないにせよ、これくらいの事はできる。上村雅文は失敗したからな…今回こそは)
「さて…そろそろ最後の詰めだ」
「ここより南に建物がある…そこにある剣をとれ。それがお前達が初音を倒せる力…」
15 :
男三人:04/03/14 19:28 ID:yNpwj9kt
「力…倒す…初音を…」
「駄目だよ…透!麦兵衛君!」
突然それまで沈黙を保っていたまひるが叫んだ。
(何?なぜこいつはかかっていない?)
そう…ケルヴァンは知らなかった事ではあるが…まひるは人の話を聞かない性格だった。
それゆえ催眠が効果を発揮していないのだった。
「俺は…何を?」
「む…嵌められたね」
麦兵衛と透がケルヴァン(姿は鳩だが)を睨みつけた。
「くくく…まさかしくじるとはな…しかし覚えておくがいい。お前達が初音を倒す方法は私の言った力を手にするしかないという事を…」
それだけ言うと白い鳩は自らたき火の中に身を躍らせる。
鳩の残骸だけが残り、火は消えてしまった。
もっとも長話のおかげですっかり服は乾いているが。
「潔いというかなんというか」
「付き合いきれないね…しかし今回はまひるに助けられた」
「いやー、あたしが蟹さんと遊んでたらあんなんだもんびっくりしたよ〜」
麦兵衛と透は思わず笑ってしまう。
「行ってみるかい?」
一通り笑った後透は確認するように言う。
「さすがに罠にかかるつもりはないな…」
「うんうん。他の人達を探して協力すればなんとかなるって」
三人は改めて方針を確認した。
「じゃあ誰かに会える事を祈りながら適当に前進!」
まひるは元気よく一歩を踏み出した。
「そっちは海だよ、まひる」
【牧島麦兵衛@それは舞い散る桜のように(バジル)招 状態○ 所持品なし】
【遠葉透@ねがぽじ(Active)狩 状態○ 所持品 妖しい薬品】
【広場まひる(天使覚醒状態)@ねがぽじ(Active)招 状態◎ 所持品なし】
【全体放送後〜112話:「魔法じかけの人形」の前】
「はぁはぁ……」
不完全なアーヴィの姿のハタヤマは、森の中を走っていた。
「いたぞ!!」
「なんで、なんで……」
他の、もっと逃走に適したメタモル獣に変化すればいいものを
ハタヤマは、決して変化を解こうとしなかった。
「こっちだ!!」
追いかける複数の足音は、ケルヴァンの部下のもの。
ハタヤマとアーヴィは既に中央の結界付近に辿り着いていたのだ。
放送以降、中央結界付近に配備された警備兵。
たまたま近場を巡回していたケルヴァンの部下の一人が、
アーヴィの叫び声、魔法の音、鈍い音、ハタヤマの慟哭の叫び、
これらを耳に取り、様子を見に来た所から始まる。
そう、その部下はハタヤマがアーヴィに変化する決定的な瞬間を見てしまったのだ。
困惑した彼は、すぐさま部隊長へと。
部隊長は、ケルヴァンへと報告をした。
『捕獲しろ』
ケルヴァンの命と共に彼らは、ハタヤマを捕獲しようと追いかけた。
ハタヤマは当然のように逃げた。
その逃げる先が彼等の思惑とは知らずに。
「ケルヴァン様、計画通り目標を中央の方へと追い詰めています。
このままいけば、直ぐに霧の中に入りますので、其方で回収をお願いします」
部隊長らしい男が、使い魔を通してケルヴァンへと現状を報告する。
『解った、そのまま続けてくれ』
(ふふ、思わぬ獲物が舞込んできてくれたものだ。
これでヴィルヘルムに対する牽制もできる……ついているな)
ハタヤマの逃げる先に、目の前に霧が見える。
(やった!! あれなら姿を隠して逃げ切れる!!)
ハタヤマは、迷わず霧の中に突入していく。
「目標入りました!!」
ハタヤマを追っていた部下が部隊長へと連絡する。
「了解、後はお願いします」
『ご苦労、後は此方で捕獲する』
そのまま使い魔も霧の中、中央へと戻っていく。
「はぁはぁ……、逃げ切れたかな」
霧の中、自らを追いかけてくる人の気配が、声が、足音がなくなったのに安堵の息を漏らす。
馴れない人の身体で、走り続けたために疲労も相当身体に溜まっている。
「休まなきゃ……」
腰を卸そうとしたその瞬間。
ハタヤマの目の前が一変した。
「な、なにこれ……」
霧は晴れたのでなく、突如として全て消え去り、
目の前が晴れ渡った世界になる。
「隠れなきゃ!!」
咄嗟に彼は、近くに見えた建物へと身を隠そうと走る。
その時……。
ハタヤマの目の前に、巨大な機械人形が映る。
ケルヴァンの部下達よりもはやく、そう偶然にも闘神ユプシロンがその場にいたのだ。
「うう……」
蛇に睨まれた蛙のようにハタヤマの動きが麻痺する。
「魔力パターン、データ内の人物と一定……ハタヤマ・ヨシノリ」
「……!?
うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああぁあぁぁぁ!!!!!!!」
自らをハタヤマと呼ばれた事に、彼は罪の意識から狂い走り逃げようとする。
「目標の人物は逃走……。 止むをえない、捕獲する。
ティーゲル!!」
ユプシロンの手から魔法による光球がハタヤマに叩きつけられる。
「ぐわぁ!?」
彼は、そのまま建物へと叩きつけられる。
「そんな……」
そのまま彼の意識は闇に沈んだ。
『これは……』
辿り着いたケルヴァンの部下達と彼を通した使い魔。
彼等の見たものは、意識を失っても尚、アーヴィの姿のままであるハタヤマ。
そして、その後ろにそびえる巨大な鉄の塊……闘神ユプシロン。
(くそ!! せっかく策をこうしたのに後一歩と言う所でばれてしまったか!!)
使い魔の向こうでケルヴァンが舌打ちをする。
(どうする? 亡き者にして隠蔽できるような相手ではない……。
とにかく交渉してみるしかない)
使い魔が闘神ユプシロンの前に出る。
『ケルヴァンです……。
今回の捕獲作戦は、私の指揮によるもの。
できれば、このまま私にお任せして頂きたいのですが……』
やんわりと彼は、ユプシロンの向こうのヴィルヘルムへとコンタクトを取ろうと試みる。
「ノー。 マイマスターの命により、我は魔力資質者を確保し、
直に中央へ連れて行くことを命じられている。
ケルヴァン様の希望とあっても、その命に背く事は許されない」
(しまった、ヴィルヘルムが介していればまだ望みはあったのだが……)
「では、我は早速……」
『待てっ!!』
ユプシロンからヴィルヘルムの声が聞こえる。
(くっ!? こいつから情報が伝わってしまったか!!)
『ユプシロンよ、彼とは余が話す。
しばらく控えておれ』
「はっ!!」
『ご苦労だったな、ケルヴァン……』
『いえいえ、それより後の事は此方へお任せ頂きたいのですが……』
静かな二人の戦いが始まる。
『後は、余が対処する』
『そうはいきません、前に仰ったはずですよ。
これ以上、そのような行動を取られては示しがつかないと……』
『……………………』
ケルヴァンの牽制に対して、ヴィルヘルムは何らかの返答をしたようだ。
『なっ!? 宜しいのですか? それならば私としても願ったり叶ったり、望む所ですが……』
『構わん。 だがその代わり余の前に連れて来て欲しい』
『その約束に違いはないのですね?』
ケルヴァンは、用心深く確認を取る。
『勿論だ』
『解りました、ならば責任もって私がお連れしましょう。
ですが、約束を違えた時は……』
『解っている』
『では……』
『という事だ、ユプシロンよ、後は彼に任せ、引き続き任務に当たって欲しい』
「了解しました」
大きな腕でアーヴィとなったハタヤマを掴み、彼はケルヴァンの部下達へ引き渡す。
部下達が受け渡すと、ユプシロンは再び元の任務へと戻るのであった。
「ここは?」
暗い闇の中からハタヤマは意識を戻した。
さっきまで自分がいた場所とは違う。
当たりを見回すと、魔法陣にあやしげな水晶や器具の数々。
どうやら、何か特別な儀式を行なう部屋のようだ。
そして、彼はもう一つ見つけた。
部屋の奥に構えるヴィルヘルムの姿を……。
「よく中央まで来たな、ハタヤマよ」
奥から、ゆっくりとヴィルヘルムがハタヤマの元に近寄ってくる。
「あううあ……」
ここでようやく彼は今現在の自分の姿を、そして何があったかを思い出した。
アーヴィの姿に化けている事を、彼に知られたのを焦った。
そして、これ以上の事がばれるのも恐れた。
ユプシロンの時以上に彼は膠着し冷や汗を垂らした。
「その姿はどうした?」
穏やかな……、だが静かな怒りが込められている口調でヴィルヘルムはハタヤマに尋ねた。
「そ、その、これは……、いや、なんでもな……くはないんですが……」
この世の終わりのように、アーヴィであるハタヤマの顔が歪む。
「……一緒にいた娘はどうした?」
その言葉が彼の胸を突き刺した。
「あぁぁぁあああぁ……」
ハタヤマから、もはや言葉にすらならぬ音を口から発せられる。
一呼吸の間が置かれ……
「…………余が解らぬとでも思ったのかぁ!!」
ヴィルヘルムの口から、今までと打って変わった怒声が鳴り響く。
「貴様が気絶してる間に、とっくに頭の中は覗かせてもらったわ!!」
ガラガラと。
ハタヤマの中で決定的な何かが崩れていく音が聞こえた。
「貴様は、余の期待を悪い意味で裏切ってくれた!!
余の顔に恥を塗ったのだ!!」
ヴィルヘルムの怒りが、ハタヤマへとぶつけられる。
この時、彼自身無意識のうちに「悪い意味」と言ってしまっていた。
もしかしたら、心の奥底ではハタヤマが正義の光に目覚め成長するのも望んでいたのかもしれない。
だが、もうそんな事が来る日はないだろう。
それがまた彼の怒りに過剰に火をつけた一因ともなった。
「うるさい……」
ボソッ。
「……ん? 何か言いたい事があるのか?」
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!!!!!!!」
壊れた機械のように、ハタヤマが連呼し始める。
「殺す気なんてなかったんだ!!
ほんのちょっと魔が差しただけなんだ!!
なのに何で……、何でなんだぁぁぁぁぁああ!!!!」
「ふん、罪の意識に耐え切れなくなって壊れたか……。
だが、まぁそれもよかろう。
楽にしてやる……」
ヴィルヘルムがハタヤマの元へ近寄ろうとする。
「……なんだその目は?」
アーヴィとなったハタヤマの瞳がヴィルヘルムに鋭い眼光を浴びせる。
「何で僕達をこの地に召還したんですか?」
それは本来のハタヤマの目的。
「放送で言ったはずだ……」
特に気にかける様子もなくヴィルヘルムは、単調に答えた。
「本人の意思も関係なしに!?
あんたのやってる事だって、ぼくと何が違うっていうんだ!!
ただ自分の欲望の侭に、力がある事をいい事にやろうとしてるだけじゃないか!!
そんなあんたに説教をされる覚えも、期待をかけられる覚えもない!!」
爆発したヴィルヘルムに対するハタヤマの怒り。
「欲望などではない!!
余は常に全ての事を考えている!!
魔法溢れる素晴らしい世界、全ての物が魔法の恩恵を受ける世界!!
壮大な信念に基づくものだ!!」
「嫌がる人を無理矢理召還しておいて良く言う!!
……そうだ、そもそもあんたが召還しなければこんな事にはならなかったはずだ!!」
ハタヤマの人格が……どんどんと音をたてて崩れ、暗い闇へと染まっていく。
「何を言うか。 元の世界でも同じような事をしていたではないか。
その報いがようやく来ただけのこと。
余にその責任を押し付けると言うのはお門違い。
全ては貴様の心の弱さが引き起こしたモノ」
「うあああああああああああわぁああああああああ!!!!!!!!!!!!」
心の弱さ。
その言葉にハタヤマの精神は大きく衝撃を受ける。
「違う!! ぼくだって望んで毒を受けたわけじゃない!!
ぼくだけのせいじゃない!!
たまたまなんだ、偶然が重なり合ったんだ!!」
「違うな……、貴様は一時の誘惑に負けたのだ。
その結果が今ここにある。
現実を直視しろ!!」
「直視してる!!
だからぼくは罪を償う為にアーヴィちゃんになったんだ!!
ぼくの心の弱さが原因なんだ!!
それをぼくが抑えれれば、良かったんだ!!
だからぼくは罪を償っているんだ!!」
「罪を償うだと? それの何処が罪を償う事だというのだ……。
ただ貴様が自分を納得させる為だけに、誤魔化してるにしか過ぎん!!」
「うるさい!! あんたにはそれを言う資格はない!!
ぼくは償うんだ!! そうだ……アーヴィちゃんの為にも、
彼女の為にも、あんたを倒してこのアーヴィちゃんを元の世界帰すんだ!!」
以前、アイと戦った時とは比べ物にならない程の
憎悪による負の感情がハタヤマを包み込む……。
「うあぁあああぁあああああぁあ!!!!!!!」
どす黒い闇が、ハタヤマの身体を包み込む。
「メタモル魔法か!? だがこれは……!?」
黒い靄がやがてハタヤマの身体から内に入るように引いていく。
「ぬぅ……。 ばっ、バカな!!」
ハタヤマは……、完全なアーヴィとなっていた。
ただ優しく温和であった本物と違い、冷酷な魔女と言う形容詞が相応しい暗いイメージしか漂って来ない。
聖ではなく、別の人間に完全に化ける……。
ヴィルヘルムを倒す為に無意識の内により強い完全な姿を取ろうと思ったのか、
はたまた憎悪と苦しみと言う負の感情より生まれた現象なのか。
ハタヤマの心がメタモル魔法に影響を与えたのか、ありえない事態が起こっていた。
本来、メタモル魔法とは、種族に化ける事が可能な魔法であり、
この人物と言う特定の対象には化ける事ができないのだ。
聖は、純粋にハタヤマが人間になった姿だからできたのだ。
それ故にハタヤマがアーヴィに変化した時、それは不完全極まるものとなったのだ。
ヴィルヘルムとて、アークデーモンを強化した亜種に変化するのが限度であり、特定の人物には無理だ。
「くっ、こんなことがあり得ると言うのか!?」
長年生き続け、自らもメタモル魔法を極めたヴィルヘルムですら、見た事ない。
過去に前例のない特定の人物に変身すること。
「流石は余が目をつけただけの事はあるということか……」
「お前を倒して、ぼくは……いや、私は元の世界に帰る!!」
「止むをえん……、ここでは、場が狭すぎる。
屋上へ場を移すぞ、ついてこい!!」
光に包まれ、ヴィルヘルムは、要塞の屋上へとテレポートする。
「逃がさない!!」
対するハタヤマも彼の後を追い、窓から屋上へと飛び出る。
「来たか……」
テレポートした事により、一足早く屋上へとついたヴィルヘルム。
「殺す!!」
遅れて、窓から飛び上がってきたアーヴィのとなったハタヤマ。
「行くぞ!! メェタァモォル!!!!!!!!」
ミュラ達と戦った時の、悪魔と言うに相応しいアークデーモンの姿へとヴィルヘルムが変化する。
「さぁ、こいハタヤマ!!
貴様の全てを打ち砕いてやろうではないか!!」
「私は……、もうハタヤマじゃない!!」
ハタヤマの手から、ファイヤーレーザーが放たれる。
アーヴィが使っていたものだ。
いまや、ハタヤマは形だけならば、アーヴィと何ら変わりない。
「ぬお!? だがその程度の威力では余の魔法障壁を打ち破る事は不可能!!」
ヴィルヘルムの魔力の込められた右腕が振るわれ、ハタヤマの魔法を相殺する。
「まだまだ!! ライトニング!!」
「させるか、リフレクション!!」
ヴィルヘルムに向かって放たれた雷が、彼の目の前に浮かんだ透明な壁によって跳ね返される。
「ぐぅ!?」
自らの放った雷を食らい、アーヴィの服と身体に焼け焦げができる。
「所詮、偽りの姿よ!! 死ね!! ソニックインパクトォォォ!!」
ハタヤマが痛みから脱出する前に、ヴィルヘルムは追撃の魔法を放つ。
その時、アーヴィの身体からバリバリと電撃が溢れ出した。
「いかん!!」
アーヴィから、ヴィルヘルムへ向かって特大級の雷の塊が放たれた。
受けた雷を利用して体内電気、エレキ・バーストの威力を高めたのだ。
ヴィルヘルムの魔法をそのまま粉砕し、彼めがけて一直線に直撃した。
「ぐぅ!!」
咄嗟に防御魔法を張り、半減させたとはいえ、流石のヴィルヘルムもたじろいた。
「止めだ!! スターシュートだあああぁぁぁぁぁぁ!!!」
アーヴィの両手から……、ヴィルヘルムがヒーローに止めを刺したあの脅威の魔法が放たれる。
「ぬおおぉぉぉぉおおおおぉぉぉ!!!!!?????」
光の流星が、ヴィルヘルムを包み込む。
ありったけの魔力を今の一撃に注ぎ込み、力の続く限りハタヤマは打ちつづけた。
「はぁはぁ……、やった!?」
要塞の天上、足元の瓦礫が粉々に打ち砕け、そこには大きく穴が開いていた。
煙が舞い上がり、よく見えないとはいえ、そこにはヴィルヘルムの姿らしきものはない。
「やった!! やったんだ!! ぼくはやったんだ!!」
アーヴィとなった彼の顔に喜びの表情が見える。
「後は、この姿のまま帰るだけだ……。
そして、ぼくは罪を償うんだ……」
よろよろと歩きながら、ハタヤマはその場を去ろうとしたその時、
「残念だったな……」
殺したはず!? そう思った人物の声が後ろから聞こえてくる。
「あ、あ、あ、あ、……」
煙の中から、ヴィルヘルムがゆっくりと姿を現してくる。
「くそぉおおおお!!」
やけくそに残り少ない魔力で放てる魔法を叩きつづけるハタヤマ。
だが、ヴィルヘルムは平然と歩いてくる。
「く、くるな、あっちへ行けぇ!!」
少女の姿を偽った獣が死を恐怖して怯えている。
ヴィルヘルムの瞳にはそう映っていた。
「効かぬ……、効かぬのだよ」
目の前には、今まで受けた魔法のダメージが全く見えないヴィルヘルム。
今まで受けたダメージは、回復魔法により治療されていた。
迫り来る彼の恐怖に負けたハタヤマは腰が抜け尻をつきながら、姿がしぼんでいく。
魔力を使い果たし、アーヴィの姿を維持する事ができなくなったのだ。
「確かに素晴らしい力だ……。
余が目をつけただけはある」
「あう……」
元のハタヤマの前に立つヴィルヘルムが語り始めた。
「だが、所詮は自らの欲望の力、まやかしの物でしかない。
余のような何かのために、全てを掲げて使われているものではない。
貴様と余の決定的な力の質の違いはそこだ!!
現に貴様は、戦いの最中、彼女である事を捨て、自らを曝け出した!!」
どれだけ曲がっていようとも、間違っていようとも、
ヴィルヘルムの力は、紛れもなく魔法のために、それを人々のために、
彼の確固たる信念に基づかれた力、前へ進もうと言う希望の力。
ただ己の欲望から罪から逃げるためでしかなかったハタヤマの力では届かなかったのだ。
「終わりだ……」
ヴィルヘルムの手にゆっくりと魔力が込められる。
(殺される)
ハタヤマがそう思った時、彼は罪の意識に動かされ再び立ち上がろうとした。
「ぼくは、この姿で死ぬわけにはいかないんだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
再びメタモル魔法でアーヴィの姿へと変化をしようとする。
「この時を待っていたのだ!! その魔法封じてくれるわ!! レッド・カース!!」
魔力の込められた総帥の手より、呪韻が浮かび上がり、アーヴィの姿へなろうとするハタヤマにまとわりつく。
「そ、そんな、そんな、そんなぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ハタヤマの最後の力もむなしく、メタモル魔法は封じられ、彼は元の姿のままと言う現実を突きつけられた。
「ふん!!」
ヴィルヘルムのきつい一撃が元の姿になったハタヤマに浴びせられる。
「ぐぇ!!」
衝撃を受けたハタヤマは、そのまま意識を再び失う。
「ケルヴァン!!」
メタモル魔法を解いたヴィルヘルムが魔将の名を叫ぶ。
「お気づきでしたか……」
屋上の扉の向こうから、ケルヴァンがゆっくりと姿を現した。
「持っていけ……」
「ありがとうございます」
近寄り、気絶したハタヤマを受け取るケルヴァン。
「しかし、本当に宜しいのですか?
貴重な人材を私に直に頂けるなど……」
「殺す価値もない……それだけだ」
「解りませんね。
まぁ、私にとっては有り難い事でしかありません」
ぽつ、ぽつ。
上空から小雨が降り注いでくる。
「おっと、濡れるのは宜しくない。
それではお先に失礼させて頂きますよ……」
ハタヤマを抱え、先に要塞内へと戻っていくケルヴァン。
「雨か……」
まるでヴィルヘルムの心を物語っているように小雨が降り注ぐ。
少しの間、彼はそこへ立ち尽くした。
……小雨は申し訳ないようにほんの一時降り注いだと思うと直ぐに晴れてしまった。
「また当分、瞑想し続けなければな……」
テレポートを使わずに彼はゆっくりと歩いて元の部屋へと戻るのだった。
(代償か……)
余談だが、ちゃんと風邪ひかないように服を着替え、総帥の間にストーブが持ち込まれたという。
【ヴィルヘルム・ミカムラ:所持品なし、状態△ 鬼 行動方針:瞑想に耽る】
【ケルヴァン:所持品:ロングソード 状態○ 鬼】
【闘神ユプシロン:所持品:通信用水晶内蔵 状態○ 鬼 行動方針:中央の守護 備考:移動範囲が中央から結界維持装置付近まで】
【ハタヤマ・ヨシノリ@メタモルファンタジー(エスクード):所持品なし、状態×(気絶) 招】
訂正
>【ケルヴァン:所持品:ロングソード 状態○ 鬼】
状態を決めかねれないのでこのテンプレはなしとしてください。
ついでに感想はといいますと。
やはり一話で話を進めすぎ、だろうね。12スレは過去最長だし、全体的に唐突感が否めない。
それから、今回はヴィルVSハタヤマの論争が最も書きたいことだったんだろうけど……
第三者から見れば、嫌がる人を無理矢理召還して自分の都合を押し付けるヴィルも真性DQNだし、
自分の罪から目をそむけ、アーヴィーになりすまして逃避するハタヤマも真性ヘタレ。
だから、この二人がいくら論争しようとも、結局自分の悪いところを棚にあげて相手の悪いところを指摘しているようにしか見えないんだよね。
まあ、ヴィルの方が己の狂気に殉じているから勝利できた、というとちょっとかっこいいけど。
いつかヴィルを真っ向から否定してくれる奴が現れることを期待しよう。
「いてぇよ…痛てよぉ」
「人の話を聞かないからでやんすよ」
「うるせえ!性欲過多は馬族の宿命だってんだ!…いてててて」
カトラに支えられ、身体を引きずりながら泣き喚くスタリオン、その左腕はベコベコに折れ曲がっており
しかもどてっ腹にも深々した刺し傷があるのが分かる。
そう…彼は完膚なきまでに凶アリアに叩きのめされたのだった。
「あの…凶が…」
スタリオンはつい先ほどの惨劇を思い出す。
「おうおう、よくみりゃ凶じゃねーか」
スタリオンは凶アリアの耳を見てにやりと笑う。
「どこのデアボリカに飼われてんだぁ?ケルヴァンもいい趣味してやがるぜ」
凶アリアは動じない、その程度の罵倒は慣れっこだ、ただ。
「奏子さん…耳を塞いで下さい、こんな下賎な言葉を耳にしては心が穢れます」
と、挑発気味に注意を促しただけだ、その余裕の態度がスタリオンの心に火を注ぐ。
「かっこつけてんじゃねぇ!今からテメェらは俺にとっつかまって、犯されるんだよ」
犯される…その言葉を聞いて奏子の顔色が変わる。
凶アリアの顔もそれを見て険しくなる。
「おっ、やる気か?凶ごときにやられる俺様じゃねーぜ!!」
司令官の女を襲い、それを人質に取り脱出する、このいきあたりばったりながら大それた計画が
スタリオンからいつもの臆病さを忘れさせていた。
そこにようやくカトラが追いついてくる。
「おう、やっときたか…見ろ、ケルヴァンの奴め。凶なんぞ飼ってやがる」
しかし、凶アリアの顔を見てカトラは真っ青に(スケルトンがどうやって?)なって叫ぶのだった。
「そ、そいつはロードデアボリカの…あのアズライトの凶でヤンすよ!!」
ロードデアボリカ…神に匹敵する力を持つ世界でたった5人だけの最強魔族…
その中でも最強最悪と謳われるあのアズライトの僕…、しかし。
「うるせぇ!!アズライトが何だってんだ!!奴ァ女で身を持ち崩して何百年も行方不明って話だぜ!!」
ああ、とカトラは頭を抱える、興奮と緊張でスタリオンは完全にイッてしまっている。
いつもならロードデアボリカの言葉を聞いただけで、震えあがって土下座しているだろうに…。
そこにようやくカトラが追いついてくる。
「おう、やっときたか…見ろ、ケルヴァンの奴め。凶なんぞ飼ってやがる」
しかし、凶アリアの顔を見てカトラは真っ青に(スケルトンがどうやって?)なって叫ぶのだった。
「そ、そいつはロードデアボリカの…あのアズライトの凶でヤンすよ!!」
ロードデアボリカ…神に匹敵する力を持つ世界でたった5人だけの最強魔族…
その中でも最強最悪と謳われるあのアズライトの僕…、しかし。
「うるせぇ!!アズライトが何だってんだ!!奴ァ女で身を持ち崩して何百年も行方不明って話だぜ!!」
ああ、とカトラは頭を抱える、興奮と緊張でスタリオンは完全にイッてしまっている。
いつもならロードデアボリカの言葉を聞いただけで、震えあがって土下座しているだろうに…。
「ロードの僕ともなりゃ締りも格別だろうぜ…」
「もう知らないでやんすよ」
カトラは先に外に飛び出す。
「マスターの悪口を言いましたね…」
「奏子さん、今から私は彼らに罰を与えます、ですから私がいいと言うまで
後ろを向いて耳を塞ぎ、目を閉じておいてください」
耳を塞いだら、いいと言われてもわからないんじゃないかなぁと思いながらも奏子は言われたとおりにする。
「罰?罰だとぉ…じゃあ俺様はコイツでお前らを天国に…ぐぎゃぁぁぁぁぁぁぁ」
ズボンを下ろしながらのヒワイな言葉は、最後まで放たれることはなかった。
何故なら電光石火の一撃がスタリオン自慢の逸物をへし折ってしまっていたのだから。
「おおおおっおおおううう」
泣き叫びながらぶんぶんと両手を振りまわすスタリオン、しかし凶アリアはその左手を掴むと、
それをやすやすと叩き折る。
「あぎゃぎゃーっ!!」
下半身のそれとは違う痛みがまたスタリオンを苛む、しかしここまで痛いと却ってどれがどの痛みか
わからなくなるのだろう。
スタリオンは馬のパワーを十二分に生かした体当たりを凶アリアへと敢行する。
が、しかし
「あらら?」
その体当たりも凶アリアによって軽くいなされ、胴体を薙払われ、さらにそのパワーを利用されて
投げ飛ばされる、飛ばされた先には鳥籠があった、そして
「うわわわっ」
スタリオンが金網に触れた途端、青白い光が走りスタリオンの全身を貫き、そして彼を外へと弾き飛ばす。
弾き飛ばされた先にはカトラがいた、1度は逃げたもののやはり親友を見捨てては、置けなかったのである。
「わかったでやんすか…」
「ああ…」
ようやく正気に戻ったスタリオン、だがその背後に凶アリアが迫る。
「まだです…まだ終わっていません…」
「行くぞ!逃げるぞ…カトラァ」
スタリオンはカトラを抱え全力疾走で凶アリアから逃げ出す、本来とても動ける傷ではないのだが。
死の恐怖がクソ力を(それでも知れているが…)を呼び起こしていた。
そして、冒頭のシーンに戻る。
全てを使い果たしたスタリオンは痛い痛いと泣くだけのいつものヘタレに戻っていた。
「どうすんだよぉ…テメェのいい考えって奴に乗ったからこういう目にあったんだぞ」
「だから、人の話を最後まで聞かないのが悪いでやんす」
「人じゃねーだろ、テメェ骨だろうが」
「ともかくこの先に行けば…例のいい女がいるんでやんすから、もう少しの辛抱でやんすよ」
彼らの行く手には何が…
そしてその頃。
「遅かったか…しかし逃げられたのは痛いな」
ようやく到着したケルヴァンは自分の前に広がる広大な庭園を見て舌打ちする。
ここ中央要塞は外から中への侵入は限りなく不可能に近いが…中から外は限りなくだだ漏れに近い、
なにせその主であるヴィルヘルム=ミカムラ自身が、
「わが理想国家から脱走者など決してありえぬ、ありえぬ物に警戒して何とする」
と、自身満々に言い放っているのである。
その結果、たかだか2人合わせて18歳程度の子供にまでやすやすと逃げられる始末。
実際、リニアの失策が無ければ恭也たちも逃亡に成功していただろう。
「さて、君の処遇だが」
ケルヴァンは改めて凶アリアの姿を観察する。
(一筋縄での勧誘は無理か…凶では資質以前の問題だしな)
「私の望みは一つ、私の世界への帰還です、それ以前にここは何処で貴方がたは何なのですか?」
ケルヴァンが何か言おうとした機先を制して凶アリアが先に訪ねる。
「落ちつけ…今教えてやる」
「と、いう事だ、これでわかってくれたか?この世界と、そして君自身の立場も」
「理解は出来ましたが…」
そこで凶アリアはまずケルヴァンを睨みつける。
「貴方の、そしてここを包む空気は黒過ぎます、本来ならば貴方がたに協力なぞする気もありませんが」
「それ以外に帰還の道が無いのであるならば、そうせざるを得ないでしょうね」
「理解感謝する…色々面倒が多くてな、ここで一戦交える覚悟もあったが、そうならなくて良かった」
「ならば改めて頼もう…ここは残念ながらあのような下卑た輩も多い、私もそう頻繁に足は運べん」
「そこでだ、君自身の裁量で構わない、この娘の面倒を見てくれぬか?」
闇魔法学会の連中はただ魔法が使えるだけのごろつきが、大半を占めているといっても過言ではない。
そんな連中に、ここを嗅ぎつけられるとまた問題だ。
彼は深山奏子が比良坂初音に出会う直前に巻きこまれた災難についても知っていたし、
その境遇には彼といえども同情を禁じえなかった。
(己が欲望を満たす…ただそれだけで女を襲うなど獣の所業だな…)
だが、正直な分だけまだマシかもしれない、だとすれば自分は獣以下の存在かもしれん、
と、ケルヴァンは皮肉気に唇を歪める。
「わかりました…それならば、ただし」
凶アリアは納得したものの、ケルヴァンに釘をさすことは忘れなかった。
「私は私自身の意志で奏子さんを守る、これだけはお忘れなきよう」
ふぅーと廊下で一息つくケルヴァン、その隣には部下、仮にこいつをAとしよう、が控えている。
「もういいでしょうか?私も持ち場に戻らないと、あれ?ケルヴァン様、どちらに?」
「部屋の片付けだよ!!」
わかってるくせにとケルヴァンはAにどなりつける。
「あーあれですか、あちこち血まみれでその上壁に穴があいてしかも床といい壁といい矢が突き刺さりまくりで
まるでアラモの砦でしたねぇ」
「手伝うとか少しは殊勝な言葉が言えないのか…」
「いいんですか?手伝って…闇魔法学会の連中たち、まるで役立たずですよ…闇魔法というより
闇阿呆学会ですね、あれは」
そう言われると反論できない、事実口は悪いがAたちはよくやってくれているし、
彼らが持ち場を離れるとそれだけ、何か不測の事態が起こり得る可能性は増していくのだ。
「わかったよ…お前らの手伝いはいらん…」
うめくように呟くケルヴァンだった。
で、その頃
「奏子さん…もう耳を塞がなくてもいいですよ、奏子さん、かなこさん、かーなーこーさーん!!」
凶アリアは早速壁にぶち当たっていた。
【スタリオン@ワーズ・ワース(エルフ) 鬼 状態△ 所持品なし 行動方針 人質を取って脱出】
【カトラ@ワーズ・ワース(エルフ) 鬼 状態○ 所持品なし 行動方針 人質を取って脱出(緑色の髪の女?)】
【凶アリア@デアボリカ(アリスソフト) ? 状態○ 所持品:トンファー 行動方針 奏子の護衛】
35 :
165:04/03/15 23:11 ID:m1JkNFU/
あ、読み直したらメイドじゃない!
最近メイドがちょくちょくとでてきてるから勘違いした。
ケルヴァンハットトリックどころか…
追加補足:時間帯は「犬死にせし者達」の前です。
「美希さま! 美希さま大丈夫ですか!!」
メイドの呼びかけに、しかし美希は答えない。
階段の脇で嘔吐する美希のその目はうつろ。
苦悶の表情すら浮かべず、無表情のまま吐き続ける美希の姿は異常だった。
(なんとかしなくては――――!)
ケルヴァンにはすぐに部屋に戻るように、美希とメイドに命じた。
にもかかわらず、他の場所をうろついた挙句にあんな現場を見せてしまったのだ。
このことが上にばれてしまったら、どんな罰をうけることか。
おまけに今の出来事のせいだろうか、人が集まる音が階下から聞こえてくる。
この場にとどまるわけにはいかない。
美希を休ませるにしても、何か適当な場所を見つけないと。
(そういえばこの近くに末莉様の部屋が……)
食事の時にうひゃあと奇声をあげていた少女の顔を思い出す。
末莉の部屋に食事を運んだのは彼女だ。鍵もまた持っている。
迷っている暇はなかった。
メイドは嘔吐を続ける美希を励まし、引きずりながら末莉の部屋に向かった。
「末莉様、よろしいですか!?」
「ひゃ、ひゃい!!」
ノックもそこそこに押し入ってきた二人の女性に、末莉は素っ頓狂な声を上げて飛び上がった。
入ってきたうち、一人の方には見覚えがある。確か食事を運んできてくれたメイドさんだ。
そして、そのメイドに肩を貸す形で、無表情なままぐったりとした様子を見せるもう一人の女性をみて、再度末莉は驚いた。
「ど、どうしたんですか、その人!」
「この方は山辺美希様。貴方様と同じ、魔法の才能を見出されてこの中央へとお越しいただいた人です」
「わたしと同じ……?」
「申し訳ありません、末莉様。詳しい事情をご説明している時間がありません。
また貴方様に外部の様子を教えることも、禁じられております。
ですから、これはお願いになるのですが……美希様をこちらでかくまい、休ませてもらえないでしょうか?」
チラリと首をめぐらし、廊下側を焦った様子でメイドは伺う。
「この騒動が収まり、私がご不浄の後始末を終えてお迎えにあがるまででよろしいのですが……お願い致します」
「は、はい分かりました! お願い致されちゃいます!」
事情は飲み込めなかったが、末莉はコクコクとうなずいた。
メイドはそれを見て、ペコリとお辞儀をすると、
美希をその場において扉を施錠した後廊下をパタパタと駆けていった。
「わたしと同じって……あの、大丈夫ですか? えっと、美希さん……?」
返事はない。ただ美希はしゃがみこんだまま空ろな顔でブツブツと何かを呟いている。
「こ、こっちに横になってください! すぐ水とかもってきますから!」
なんとか美希を引きずりベッドに転がすと、今度は庇の水をコップについで、
「うひゃん!?」
絨毯に足を取られてずっこけて、
ばしゃん
お約束のように美希の顔面に水をぶちまけた。
「あ、あはは……すいません……」
顔が引きつる末莉。その前で、ゆっくりとベッドの上で起き上がる美希。
美希はぼんやりと部屋を見回した後。
「髪がわかめちゃん」
そう呟いて、再度ドサリとベッドに寝転がった。
「……あの、なぜにわかめちゃん?」
「あー……わかめちゃんにしてやるーとか霧ちん言ってたにゃあー」
「はぁ……」
「何回も言われたなぁ……たまには別のこと言えばいいじゃん、とか思ってたけど、
やっぱりあれ行動が固定化されてたんだろうなぁ……」
「え……と……電波さん?」
「うん、そう。電波伝播。だってわたしは群青学園放送部であります、サー」
「はぁ……」
「つーかぁ……」
寝転がったまま、美希はビシッと末莉を指差した。
「水ぶっかけやがったなこんちくしょう」
「な、なかった事になってない!?」
「ふっふっふ〜 そんなに世の中甘くないのだよ〜」
美希は再度起き上がると、ちょっと顔をしかめた。
「咽喉、変な味するや。水もらえないっすか?」
「あ、はい!」
今度はこぼさずに持ってこられた水を、ぐいと美希は煽ると、フウと息をついた。
「えーと、あなた誰かな?」
「私、河原末莉っていいます! えっと、美希さんですよね?」
「うん、そうだけど……っていうか、ここどこ? スキテキシュ(訳注:好敵手)どこいっちゃったかな?」
「ス、スキテキシュ? あのメイドさんの事ですか?」
「うん、そう。頑張れメイドさん。その名はステキシュ。ま、あんまり名無しなキャラ立てるのも微妙だけどね〜」
「そ、それは言っちゃダメな事です! 多分!!」
パタパタと何かを振り払うように末莉は手を振ると、コホンと咳払いをした。
「えーと。ステキシュさん? が美希さんを連れて、ここまで来たんです。
何か外で騒動があって、それが収まるまでここでかくまってほしいって」
「ふーん、そっか。うん、確かにそれ賢いね。私があれ見ちゃったってばれちゃうとちょっとまずいし」
「あれ……ってなんですか?」
「たいしたことじゃないから、ひみつ〜 てか、私もよくわかってないし。
で、かくまってっていわれたってことは、末莉ちゃんはケルヴァンさんの部下じゃないんだ?」
「はい。魔法の才能があるからって言われてここにつれてこられました。美希さんも同じなんですよね?」
「ん。まあ、そんな感じ」
しばらくの沈黙の後、末莉がおずおずと聞いた。
「あの、外で何があったんですか? 外、なにか騒がしいし」
「だから、たいしたことじゃないよ」
「でも、美希さんさっき変でしたよ……なんか普通じゃなかったし」
美希は末莉の方を向いて、ニッコリと笑った。
「疲れがたまってたんだよ。ほら、いろいろあったから」
その笑顔は雄弁に物語っていた。
これ以上聞くな、と。
だから末莉も黙るしかなく、しばらく沈黙が続いた。
しばらくして、美希がポツリとつぶやいた。
「まあ、お互いにラッキーだったよね」
「ラッキー?」
「魔力あって、ラッキーだったなぁって。末莉ちゃんも、大体の事情は聞かされたんでしょ?」
「それは、聞かされましたけど……でも……」
末莉は既に、和樹とケルヴァンから事の事情を二回にわたって聞かされていた。
「じゃあ、ラッキーだって思わなかった? なんか外は大変らしいけど、
こうやってわたしはベッドでぬくぬくゴロゴロしてられるんだし。ヒマヒマなのは勘弁してほしいけど」
「そ、そんな! それ、おかしいですよ!?」
「へ? なんで?」
「だ、だって! 人が死んでるですよ! それなのに……!!」
激昂する末莉に、美希はさめた視線を返した。
「ふーん……でもそれは私達に関係の無いことじゃない?」
「か、関係ないって!?」
「そんな間違った事言ってるかなぁ、私? 自分の命を大切にするのって、間違いじゃないよね。
誰か他人が危ない目にあっているからって、自分までそれに付き合って危ない目にあう必要ってあるのかな? ないよね?」
「それ、は」
一瞬言いよどむ末莉。
「それは……やっぱりおかしいです。だって……」
「だって?」
「だって……その……巻き込んでます、私。おにーさん、巻き込んでしまってます。
美希さんは誰かを巻き込んで無いんですか? それはどうなっちゃうんですか?」
ドクンと、一瞬だけ美希の心音が高くなった。
だがそれを無視して、美希はキョトンした表情を浮かべる。
「巻きこむって? 魔力のない人まで召還されちゃったのは私のせいじゃないよ?」
「ケルヴァンさんの話にあったじゃないですか……! 聞いて無いんですか?
召還された時にわたしたちは別の人を巻き込んでしまうって」
「あー……そうだっけ?」
「だ、だから私、許せないです! ヴィルヘルムさんって人だけじゃなくて、わたし自身も……!」
わたしが、わたしさえいなければ……!!
おにーさん、こんなところにくることなんて無かった筈なのに……!!」
「そっかー……残念だったね。巻き込んだのが大切な人で。私は一緒に召還された人、そんな大切な人でもなかったから全然OKだけど」
「え……でも……」
しばらく末莉は沈黙した後、ポツリと呟いた。
「それは……おかしくないですか?」
「ん? おかしい?」
「……だって、ケルヴァンさん言ってましたよね。召還された時に、魔力を持った人は他の人を巻き込んでしまう……」
ドクンと、もう一度、美希の心音が高くなる。
聞いてはいけない。この先を言わせてはならない。
美希の心の中の何かがそう、警告を送る。
「あはは……それ、さっきも聞いたよ、末莉ちゃん」
「……巻き込んでしまう理由は、元の世界に無理にとどまろうとして、他の人にしがみついてしまうからで……」
「なんかつまらない話になっちゃったね。って話ふったの私か、あはは、ごめんごめん」
「だから、しがみついてしまう人は……」
言わせるな。これから先は言わせては駄目だ。
今度はおそらく、嘔吐ではすまない――――
「末莉ちゃん!!」
鋭く名前を呼ばれて、末莉は顔を上げた。
「えっと……この話つまらないから、別の話しよ?」
「つまらないって……これ大事な話ですよ!」
「つまらない話だよ」
静かに有無を言わせぬ声で、美希は言う。
「というより、むかつく話かな」
「むかつく、ですか?」
「うん、むかつく〜」
ニッコリと、だけどどこか歪んだ表情で美希は笑った。
「むかつくよ、末莉ちゃん。だって末莉ちゃんの言う事、結局、全部奇麗事だもん」
「奇麗……事?」
「結局末莉ちゃんだって、安全なところでのんびりゴロゴロしてるもん。
自分だけ安全なところにいるのに、そんな奇麗事ばかりいうのって……なんか卑怯だよね?」
「あ……う……」
末莉の顔から色が失われていく。
それを見て、チクリと美希の胸を何かが刺した。
これは、自分を守るための、ただのやつあたりだ――――
だが、美希はその心の声を無視して、ドッサリとベッドに寝転がった。
「あーもう……なんだか眠くなってきちゃったよ〜」
「え……眠いんですか?」
「ステキシュが来たら起こしてね。おやすみ〜」
「そ、そんな……美希さん!?」
眠かったのは事実だった。
より正確にいうなら、心が外界との遮断を求めていた。
だから、末莉に構わずに美希の意識は闇に落ちた。
「本当にねちゃったんですか……」
末莉はつぶやくと、ふらつきながら立ち上がり、ヨロヨロとした足で鏡台の前に立った。
青白い顔が鏡台に映る。
「奇麗事、なんですか……? わたしの言ってることって」
『もう悪いことしちゃダメですからね!! っていうか! 私が和樹さんに悪いことさせません!!』
あの時は、自分の行動が正しいと思えた。
でもそれは、安全なところから発せられたただの奇麗事、偽善でしかないのだろうか。
誰も知らないことだ。末莉のあの行動が、フラワーズの片割れである霧を救った事など。
フラワーズのもう一人の片割れが、今末莉のベッドで寝ている美希である事など。
だから末莉は思ってしまう。
――――わたしがいたから、おにーさんを巻き込んでしまった。
――――わたしの言葉が、多分、今美希さんを傷つけた。
――――そして、わたしの偽善が、和樹さんを苦しめているかもしれない。
――――ワタシハ、キット、イラン子ナンダ――――
「く…………!!」
思わず漏れそうになる悲痛な叫びを、末莉は口を押さえて耐えた。
(ダメ……! こんなふうに考えちゃダメ……! 強くなるんだ、強くならなきゃ、わたし……!
おにーさんは、命を賭けてわたしを助けてくれたんだから……!!)
涙をこらえ、震えながら、末莉は鏡に映る己の姿を睨む。
(きっとあるはず……わたしにもできることがきっとあるはずだから……!
だから、考えなきゃ。今、わたしが、できることを……!!)
【山辺美希@CROSS†CHANNEL (招) 状態: ○(覚醒?) 装備:なし】
【河原末莉@家族計画 (招) 状態: ○ 装備:エテコウ】
「ちっくしょう……むかつくぜ、あのアマ……」
足音荒く山道を折りながら、忌々しげにランスは言葉を吐いた。
「糞が。なにが不満だってんだ。俺はお前の命を助けて、
おまけに俺のハイパーキャノンで気持ちよくさせてやろうと思ったんだぞ!」
手近の木に拳を叩きつける。
「破格の条件じゃねぇか!! 死ぬこたねぇだろうが!!」
「そう思うのでしたら、何故もっと堂々となさらないのか!!」
その頭上からの怒声と共に、ヒュンという矢風きり音がランスの耳を襲った。
「な……!?」
身を捩じらせ、辛うじて矢をかわす。ドっと矢が地面に突き刺さる。
「何の真似だ、テメェ!!」
そう叫んで、矢が飛んだ先を見る。
その視線の先には、木の上で弓を構えた女性が、鋭い視線でランスを睨んでいた。
「ほう? この程度の攻撃をかわせないほどには、腑抜けていませんでしたか。
安心しましたぞ、我が王よ」
「お前……五十六か」
「はい。お久しぶりです」
木から飛び降り、ランスの前で五十六はひざまずく。
それを見て、ランスは苛立たしげに舌打ちした。
「……俺が腑抜けているだと?」
「違いますか、ランス王? 山頂の出来事は私にも届いていた。正直失望しました。あれが私の仕える王なのか、と」
「黙れよ……」
「あの出来事が耳に届いたのは、私だけではありませんぞ?
おそらく今頃どこかでは別の人間が貴方のことを嘲笑しているでしょうな」
「黙れって言ってるのが聞こえねぇのか!! 俺の何が悪いんだよ!!」
「何も悪くはない!!」
怒鳴るランスに、五十六もまた怒鳴り返す。
「あ……?」
「何も悪くは無いのです。貴方は王だ。故に貴方のなさる事に悪いことなど何も無い」
「なんだと?」
「貴方はご自身のなさることに絶対の自信を持ち、自分の行動こそが正しいのだと常に信じることが出来るお方だ。
それこそが貴方の魅力であり、そして王としての風格だった。
……今はそれは失われているようですが」
「…………」
「貴方にももろい所があり、シィル殿を初めとした方々がそれを支えていたのは私にも分かっていました。
しかし、これほどにもろいとは……!?」
シィルの名に反応したのだろうか。ランスの手が伸び、五十六の襟を掴んで背後の木に叩きつけた。
「俺は二回、黙れっていったんだぜ?」
胸倉を掴んだまま、ランスは五十六に顔を近づける。
五十六の顔のすぐ前で、ニィっとランスは顔を歪ませ笑みを浮かべた。
「……そうだな、山の上じゃ犯りそこねちまったんだ。五十六、お前で楽しませてもらおうじゃねーか」
五十六は、ランスの視線を真っ向から受け止めた。
「それが貴方の望みとあらば」
「随分と往生際がいいな?」
「貴方は王で、私はその臣下だ。臣下が王の望みをかなえるのは当然のこと。ただし――」
スっと五十六は腕をランスの首に手を回す。
口付けをするかのような距離で、五十六はささやいた。
「その見返りに私は、貴方が王として生きることを、約束してもらう」
「…………」
「その誓約をなさいますか、ランス王?」
「五十六、お前……」
だが、ランスが五十六に答えるよりも早く、五十六はランスを押し倒した。
なにか鋭い衝撃波のようなものが、間一髪ランスと五十六の頭上をかけぬける。
「何奴……!!」
ランスと共に転がりながら、目に止らぬ早さで五十六は矢をつがい、放つ。
飛び放たれた矢は、長剣によって叩き落された。
「またもや奇襲は失敗ね」
「構わないさ、ミュラ。3対2だ。正攻法で問題ないぜ」
赤い鎧をまとった男と、髪を短くした長身の女性が、木々の間からスッと現れる。
「そうね。そちらの方が分かりやすいもの」
そして、彼らを挟んで反対側。小柄な体に似合わぬ戦斧を構えた女性がやはり音も無く現れた。
「挟み撃ちか……!!」
「チッ! お前ら、聞き耳たててやがったのかよ!」
歯噛みするランスと五十六。
その二人に三人のママトトの武将は冷たい目を向ける。
そのうちの一人が吐き捨てるように言った。
「ただでさえヒーローとシェンナが討たれて……その上で、あのような山の上の惨劇だものね。
頭に血が上るのは分かるけど、リック、ライセン、慎重に。
慎重に、確実に、仕留めるわよ」
【ランス@ランスシリーズ (鬼(但し下克上の野望あり)) 状態:○ 装備:リーザス聖剣】
【山本五十六@鬼畜王ランス (招) 状態:○ 装備:弓矢(弓残量16本)】
【ミュラ@ママトト (狩) 状態:○ 装備:長剣】
【ライセン@ママトト (狩) 状態:○ 装備:戦斧】
【リック@ママトト (狩) 状態:○ 装備:パイロード(長剣)】
49 :
満月の夜:04/03/16 23:06 ID:A6kKMBI5
ヴィルヘルムは自室に篭もり瞑想を続けていた。
ユプシロンの起動により取りあえずは外界の情報を手にいれることもできるが
ユプシロンの送ってくる情報以外にも外界の事を知る手段は存在する。
「また一つ……か」
魂の残留思念を読み取る力、それがケルヴァンの策略を見破ったからくりの正体である。
「これは…ハタヤマと一緒にいたあの少女か…余があやつを過大評価したせいで酷いことをした」
ヴィルヘルムにとて人の情くらいは存在する。
もっとも相手が魔法使いであり、なおかつ己の理想の邪魔にならない時にしか発揮されないが。
コンコン
ドアがノックされる音…
そういえば定時報告の時間だった事をヴィルヘルムは思い出す。
(この魂の思念を読むのは後回しでもよい…か)
彼女の身に何が起こったのは既に知っているのだ。
「HAHAHAHA!入って構わぬぞ」
「失礼致します。総帥閣下、ケルヴァン司令からの定時報告書です」
入って来たのは名も知らぬ兵士であった。
いつもならケルヴァンが直接持ってくるのだが…
「ケルヴァンはどうした?」
「はっ!御多忙につき私が代理を申しつけられました」
(ハタヤマにかかりきりなのか……それとも余と顔を合わせたくない理由でもあるのか…)
なにしろヴィルヘルムが部屋に閉じこもったのを不思議に思っていないわけがないのだ。
必ず自分で様子を探りにくると踏んでいたのだが。
ヴィルヘルムはまさかケルヴァンが部屋の掃除で忙殺されているとは夢にも思わない。
「まあよい…下がれ」
「はっ!…失礼します」
何事もなく兵士は退室して行った。
50 :
満月の夜:04/03/16 23:07 ID:A6kKMBI5
「先にこちらに目を通してみるか…」
目を通し始めてすぐにヴィルヘルムは報告書に見慣れない項目があるのに気付く。
『比良坂初音』
今までは存在していなかった項目だ。
本来ならばあって当然なのだが、ケルヴァンが意図的に情報を出していなかったのか、
それとも初音が上手く使い魔の目をくぐっていたのかはわからないが今までは報告書には存在していなかった。
「これが自分で持ってこなかった理由か…」
『比良坂初音…大十字九郎と交戦。これにより比良坂初音はネクロノミコンを手中に収める』
要約するとこんな感じであった。
さらにヴィルヘルムは別の資料を取り出しネクロノミコンの調査結果を参照する。
「まずいな…初音がネクロノミコンの力を手に入れたとなると…余の力を超える恐れがある」
ヴィルヘルムは少しの時間思案し、そして…
(仕方がない…こうなればネクロノミコンを初音から奪取するしかあるまい)
ケルヴァンに踊らされているようで少々気には触るが。
(しかし相手がネクロノミコンを手に入れた初音となるとユプシロン単体では少々厳しいか)
報告書を信じるのならば初音はかなりの手傷を負っているようだが、手負いの獅子程危険な者はいないのだ。
(やむを得んな…協力者を呼ぶか…)
ヴィルヘルムがこの世界を創造する時に声を掛けたのはケルヴァンと初音だけではない。
能力は申し分なくとも初期の不安定な世界では存在するには三人が限度であったために
緊急時の協力を取り付けるだけに至った者も存在した。
ヴィルヘルムはリストを取り出し、緊急時の協力を約束している者の一人に白羽の矢を立てる。
ユプシロンと二人掛りならば初音からネクロノミコンを奪取できるはずだ。
───イデヨン起動します。
51 :
満月の夜:04/03/16 23:08 ID:A6kKMBI5
(不安定な装置ではあるが…今回は暴走はなさそうだな)
唯一の懸念はクリアできたようだ。
(これで余の計画も滞りなく…なんだ!?)
突然イデヨンの制御装置が異音を発し始める。
暴走を知らせる警告音である。
「また暴走か!おのれ停止を…!」
ヴィルヘルムが制御装置に近づいた瞬間──部屋は閃光に包まれた。
ヴィルヘルムが視力を失っていた時間は一分もなかった。
「ホワット…?一体何が起こったというのだ」
部屋にはなんの変化もない───いや、確かに変化はあった。
先程より部屋が薄暗いのだ。
「今はこの周辺は昼のはずだ!これは一体…」
慌てて窓から外を見る。
「何だというのだ…」
日の光はなくすっかり夜になっている。
そして───空には島を覆いつくさんばかりの巨大な満月があった。
「君が僕を呼んだのか」
不意にヴィルヘルムに声が掛けられる。
ヴィルヘルムの部屋よりさらに高い塔の頂───そこに声の主は居た。
自らの背丈よりも巨大な鎌を手に持ち、闇に同化するかのような黒装束。
結界内を一望できる塔の頂にその少女は悠然と佇んでいる。
「HAHAHA!そうとも!我が理想郷にようこそお嬢さん」
(見た目こそ幼いが…この魔力は素晴らしい!予定とは違うものの余と共に理想郷を作るにふさわしい人材…)
しかし少女は頭上の月を見上げながら
「理想郷……か。僕には関係ない事だね。僕に出来ることは…」
そこまで言って手に持っていた鎌を月に向かって一振りする。
52 :
満月の夜:04/03/16 23:08 ID:A6kKMBI5
「魂を無に還す事だけだ」
頭上の満月が欠けていく。
それはあたかも早送りで皆既月食を見ているようだった。
月が欠けていくのと共に次第に日の光が戻ってくる。
「これは君に返しておくよ、僕の用は終わった」
「これは…先程の死者の魂……なのか」
ヴィルヘルムの手の中にはアーヴィの魂だったものがある。
しかし残留思念や記憶と言った物は読み取る事ができない。
「他の魂も浄化させてもらったよ…君のやる事を邪魔はしないが僕の仕事はやらせてもらう」
「貴様…一体何者だ…」
「一般的には死神と呼ばれる存在…どうしても名前で呼びたいのならば……エアリオ…」
今更ながらの質問に少女は表情一つ変えずに答える。
気がつくと満月は消えうせ、先程通りの空が広がっていた。
ヴィルヘルムはその名を確認するように頷いてから
「そうか…我の理想を理解できぬ輩は全て死すが必定……死ねいエアリオ!スターシュートォォォォ!!」
ヴィルヘルムは不意打ちで魔法を放ち勝利を確信する。
しかし───
「僕を消す事なんて出来はしないよ…」
「なっ──」
魔法は全てエアリオの体を素通りし、塔の頂上部が破壊されただけであった。
「君、死ぬよ」
「戯言を…」
この少女が自分を殺すというのか?
まだ───死ぬわけにはいかないのだ。理想を実現するまでは…
「勘違いしているようだから教えてあげるけど…君を殺すのは君自身だよ」
「…どういうことだ?」
「わかっているはずだよ?君の体の変調は魔力の使いすぎによる一時的な副作用なんかじゃない…
長い間の魔力の反動に耐え切れず体に限界が来ただけだという事を。これ以上魔法を使えば命の保障はできないね」
「そうだとしても───余は理想を実現するまでは死なぬぞ…」
「ならばあがく事だよ…命ある限りいつかは訪れる宿命からね。結末は変わらないと思うけれど」
そう言ってエアリオは立ち上がった。
53 :
満月の夜:04/03/16 23:09 ID:A6kKMBI5
「僕の仲間がミスをしていたようだね…その後始末もしなくちゃいけない。僕は行くよ」
「ミス……だと?」
「……君達が地獄から呼び戻した連中の事さ。今度は確実に無に還さなくてはね」
そういうとエアリオはマントは翻し…元々存在しなかったのように消え去った。
残されたヴィルヘルムはしばらく微動だにしなかったが、突如静寂を破るように笑い出す。
「余が死ぬだと…?やってみるがいい死神よ…余は理想の実現の為なら死神であろうが捻じ伏せてみせる。
さしあたって今は初音からネクロノミコンを奪取せねばならん」
そう呟くと再び召喚の為自室に戻っていったのだった。
『報告書50ページ
重要:召喚装置の暴走により召喚された者あり。これにより召喚用魔力のストックが減少。
なお召喚された者は比較的協力的。詳細は追って報告』
「召喚できないだと…余は…余の理想はこの程度で潰える程やわなものではないぞ…」
【ヴィルヘルム・ミカムラ@メタモルファンタジー(エスクード)状態△ 所持品なし 鬼
スタンス:初音からネクロノミコンを奪取、自身は瞑想による体の負担軽減】
【エアリオ@忘レナ草(ユニゾンシフト)状態? 所持品 大鎌 招 スタンス:魂の浄化】
【時間:Wicked child の後】
備考:エアリオ
物理的干渉を行わない代わりに傷つける事ができない。
「あちゃぁ…ひでー怪我だな」
ドライは目の前の男、大十字九郎の状態を見て、思わず言葉を漏らす。
谷川で水筒に水を汲んでいたら、岩場に何かがひっかかってるのを見つけた、それでたぐり寄せてみたのだが、
「まさか人間とはねぇ」
ドライは改めて九郎の身体を見る…出血は収まっていたがあちこち穴だらけでその上身体は冷え切っている。
「こりゃあ死ぬな…」
だが、ドライには苦しむ人間の断末魔をにやにや笑いながら眺めるような趣味は無いし、
見捨てて先に進めるほど冷酷なわけでもない。
元々姉御肌なのでこういうシチュエーションだと放っておけないのだ。
もちろん敵には情容赦ないが、まだ敵と決まったわけではない。
「一応仕事だしなぁ…ったく」
とりあえず中央に連れこんで然るべき奴に判断してもらえばそれでいい、必要なら助かるだろうし、
不要ならばまぁそれまでの命だ、そこから先は知ったことじゃない。
ああくそ!助けるんじゃなかったぜ!といいつつも彼女は手早く応急処置を済ませ、然るべき筋に連絡を取る。
そしてまもなくドライの身体は光に包まれ、いずこかへと吸い寄せられるように飛んでいったのである。
「おい、ケルヴァンいるか?」
中央要塞内部、無事転送されたドライはケルヴァンの居場所を尋ねてまわる、
本来こんなことは他の連中に任せておくべきなのだが…。
「ケルヴァン?しらねーなあ、おーいみんな知ってるかぁ」
だらしなく制服を着崩した闇魔法学会の男がヤニ臭い息を吐きながら同僚たちに呼びかける。
一様に知らない、知るか、姉ちゃんお酌とかいう言葉が次々と返ってくる。
万事につけてこんな感じなので、まるで任せることが出来ない。
数だけ多い闇魔法学会の連中のほとんどがろくでなしだということは薄々気がついていたが
まさかこれほどだとは…ドライは溜息をつかずにいられない。
医務室のメイドたちは男の傷を見るなり、目を回して倒れてしまうし、その上ベッドはサボりどもに占領されている。
力ずくで追い出せば、後でメイドたちがそいつらにいじめられる事になるのが目に見えるのでそれも出来ず。
結局、ドライ自ら手当てをする嵌めになったのだ。
このまま地下牢に放り込むのも手といえば手だが、重傷者にする仕打ちとも思えない。
とにかくあんな連中に預ければ、後で何かあったとき、こちらの責任問題になりかねない。
さて、どうするか?と頭を抱えるドライの目の前を、その時、一人の少女が横切っていく。
獣のような長い耳が特徴の少女だ。
「おい!アンタ見かけねェ顔だが一体誰だ!」
「私はアリアと申します…ケルヴァンさんの招きを受けこの地に参りました」
その答えを聞いて頷くドライ、長い耳…もしかしたらと思って声をかけたが、ビンゴだったようだ。
「そうかそうか、じゃあお仲間ってことだな、あたしの自己紹介は後でするとして、一つ早速頼まれてくんねぇか」
そう言うなりドライは凶アリアの両手の中に九郎の身体を放り渡す。
「そいつをケルヴァンの奴に渡してほしいんだ、それじゃあな」
それだけを言うと、ドライはもう用は無いといわんばかりに、その場から去っていった。
そして後に残された凶アリアだが…
「一体今のは…ともかく奏子さんのお部屋にまずはお運びしましょう」
困惑を隠せないまま、九郎の身体を抱えて奏子の部屋へと戻るのだった。
【凶アリア@デアボリカ(アリスソフト) ? 状態○ 所持品:トンファー 行動方針 奏子の護衛】
【大十字九郎@斬魔大聖デモンベイン(ニトロプラス) 状: △ (意識不明・1通りの手当ては終了)
回転式拳銃(リボルバー)『イタクァ』、自動式拳銃(フルオート)『クトゥグア』、残り弾数不明(それぞれ13発、15発以下】
【ドライ @ファントム・オブ・インフェルノ (ニトロプラス) 状 ○ 所持品 ハードボーラx2 鬼、】
56 :
書生:04/03/17 01:27 ID:Ps4Yxs6I
偶然の見えざる手の書き手様、私の独断で失礼しますが、122話「その傷は深く」
と繋がっていないように見受けられます。
さすがにNGと言わざるを得ないかと思います。
改定で済むレベルではなさそうですし…
57 :
某書き手:04/03/17 01:30 ID:c6e1PFqm
霧がもう見つけていたんですな、失礼・・・
ということは明後日にでも、ドライvs九郎を書いてみます・・・
58 :
某書き手:04/03/17 01:32 ID:c6e1PFqm
もちろん無効扱いにして下さい。
別に続きを書かれても、もちろん結構です。
あーネタバレすんじゃなかったな
霧は目の前の男の状態を見て絶句する…
その傷は酷いなどというレベルではなかった、間違いなく三途の川の1歩手前状態だ。
動転しながらも、霧は男を川から引き上げる。
がちゃんと音がして、二つの拳銃が河原に落ちるが気にしない、水を含んで重くなった身体をずるずると引きずり
霧はようやく男を河原まで持っていくことが出来た。
しかし…これからどうすればいいのだ?
自分には医学の知識もないし、サバイバルの知識なんて物もないのだ?
ぼんやりと男のうめきをききながら、その場にへたり込む霧だったが、その時だった。
「おい!なにやってやがんだ!!」
振り向くとそこには金髪の少女が立っていた、
「そいつ殺すつもりか!こういう時はまず服を脱がせてでも、濡れた身体を乾かすのが先決なんだよ!!」
そう言うなり少女は、男の服を脱がせ始める。
初めての男の素肌に目をそむける霧、それを見た少女は呆れたような顔をしたが、矢継ぎ早に霧に命令する。
「ぐずぐずすんな!!早く枯れ枝集めて持って来い!」
こうして2人の献身的?な介護の甲斐があって、大十字九郎はまもなく意識を取り戻したのだった。
「それにしてもアンタもタフだねぇ」
コンビーフの缶を開けながら少女は九郎に笑いかける。
「鍛えてあるからな」
九郎も微笑ながら少女に応じる、一応危機は去ったとはいえまだ重傷であることには間違い無いにもかかわらず…。
たしかにこの男、タフネスには自信があるようだった。
「それじゃもう大丈夫だよな?」
少女は音も無く銃を引き抜くと、2人に向けて構える。
「立ちな、ちょっと付き合ってもらうぜ」
九郎は少女の正体を見てもまるで動じなかった、腰を抜かさんばかりの霧とは正反対に、
「アンタ…敵だったんだな、そういう気は薄々感じてはいたが…ええと」
「ああ…そういや名前まだ言ってなかったな、アタシの名はドライ」
「何で俺たちを助けた?」
「お人よしでねぇ…見捨てて後で後悔するのはいやだろ?、さて、とじゃあ立ちな」
ドライの言葉に苦笑する九郎。
「待て!俺は構わない…だがこの娘は逃がしてやってくれ」
九郎の顔をまじまじと見るドライ…少し考え込む。
「いいぜ…だが条件がある、アタシと勝負しな」
そんな…!と言いかけた霧の機先をドライが制する。
「フェアじゃないってか?だけどアタシなら2人まとめて殺れるぜ、だからチャンスをやろうって言っているんだ
自分じゃなく、あんたを逃がしてくれといったそいつの心意気に免じてな」
そう言い終わるとドライは九郎の方を見る。
「わかった…その勝負受けよう」
「このオルゴールが鳴り終わったときが勝負だ…」
ドライはコンビーフの缶を地面に置く。
「あの缶を先に撃ち落とした方が勝ちだ、アタシはペイント弾だからどっちが勝ったかは一目瞭然のはずだ、いいな」
頷く九郎、それを確認してドライは地面にオルゴールを置く。
賛美歌が軽やかなメロディに乗って流れる、それに合わせて2人は呼吸を整える、
まるでそこだけ時間が止まったかのような、荘厳な緊張感が周囲を包んでいく。
演奏が終わったとき、2人の手が電光のように閃く、そして…
「ああそうそう、あんた銃持ってたっけ?」
ドライの言葉にずっこける一同、
「人が銃抜くときに声をかけるなよ!!こけるだろうが!!大体最初に確かめろ!!」
「いやぁ、服脱がしたとき持ってなかったように思えたからさ、でどうなんだ?」
「もう拾ったよ…大体持ってなきゃ早撃ち勝負なんて受けないって」
「あ、そう、じゃあまたいくぜ」
ドライは仕切直しとばかりにまたオルゴ―ルのネジを巻き、地面に置く。
そしてまた賛美歌が鳴り響き、ついにその時が来た…。そして!!
バシュッ!
湿ったような破裂音がしたかと思うと、缶は赤い塗料に塗れていたのであった。
「アタシの…勝ちだな」
「惜しかったな…」
傷さえなければ…と言いかけて九郎は首を振る。
いや、例え五体満足であってもこの娘に早撃ちで勝つことは出来なかっただろう…それほど早かった。
九郎は愛用のリボルバーを眺めて苦笑する。
それを見て、ドライが顔色を変える。
「なあ?アンタ…そいつでアタシとやりあったのか」
九郎はただにやりと笑うだけだ、(本当はそろそろ話すのも苦しくなってきている)
「ふふ…はははははっ、そいつはすげェ、こんな馬鹿でかい銃でこのドライ様と早撃ち勝負だなんてなぁ」
ドライはバンバンと九郎の背中を笑いながら叩く。
「アンタ気に入ったぜ」
「気に入られたついでに…頼みがある」
九郎は霧を顎で示す。
「やっぱり…この子は…見逃してくれないか?」
「いいぜ…ハンデだ」
ドライは簡単に引き下がった。
同じ銃ならアンタが勝ってたかもしれねぇからな、と口の中でドライは呟くのだった。
何かを言いたそうな霧だったが、結局何も言わず九郎の言葉を待つ。
「奴らは…魔術師を求めている…そして俺の見た限り…君には素質は無いように思える…
もしそうなら…いけば必ず殺される、わかってくれ」
九郎はリボルバー式の拳銃を霧に手渡す。
「これを…君に…渡す、そしてアル・アジフって女の子に…これを見せるんだ…きっと…力になってくれる」
「九郎さん…」
九郎の身体ががくがくと小刻みに震えている。体力の限界が訪れたのだ。
「何やってんだ!早く逃げろ!その男の気持ちを無駄にするつもりか!!」
ドライが追い払うような仕草を見せる…霧はぐちゃぐちゃな気持ちのまま、
何か大切な伝言を託さなければならないのに、それが何なのかわからない…そんな気持ちで
せかされるように走った。
「で、やせ我慢していたってか…つくづく気に入ったよ」
ドライが呆れたように苦笑いする。
「あたり…前だ」
不敵に笑う九郎の顔はまさに蒼白だった。
「アタシの前で死ぬなよな…自分で殺したわけじゃないのに目の前で死なれるのはすげー迷惑なんだよ」
「努力…する…」
そしてまた九郎の意識は途切れた。
【大十字九郎@斬魔大聖デモンベイン(ニトロプラス) 状: △ (意識不明・1通りの手当ては終了)
自動式拳銃(フルオート)『クトゥグア』、残り弾数不明 (15発以下)】
【ドライ @ファントム・オブ・インフェルノ (ニトロプラス) 状 ○ 所持品 ハードボーラx2 鬼、】
【佐倉霧@CROSS†CHANEL(フライングシャイン) :狩 状態:△ 所持品:
ボウガン 矢の数は二本(撃ったら拾うので矢自体はなくならない、二発目を撃つ時には装填準備が必要)
回転式拳銃(リボルバー)『イタクァ』、残り弾数不明(13発以下) 】
63 :
某書き手:04/03/17 03:08 ID:c6e1PFqm
偶然の見えざる手はNGにしてください
これから改訂版投下します
と、いうわけで九郎を抱えて途中妨害も無く、中央に戻ったドライだったが、
「おい、ケルヴァンいるか?」
中央要塞内部、ドライはケルヴァンの居場所を尋ねてまわる、
本来こんなことは他の連中に任せておくべきなのだが…。
「ケルヴァン?しらねーなあ、おーいみんな知ってるかぁ」
だらしなく制服を着崩した闇魔法学会の男がヤニ臭い息を吐きながら同僚たちに呼びかける。
一様に知らない、知るか、姉ちゃんお酌とかいう言葉が次々と返ってくる。
万事につけてこんな感じなので、まるで任せることが出来ない。
数だけ多い闇魔法学会の連中のほとんどがろくでなしだということは薄々気がついていたが
まさかこれほどだとは…ドライは溜息をつかずにいられない。
医務室のメイドたちは男の傷を見るなり、目を回して倒れてしまうし、その上ベッドはサボりどもに占領されている。
力ずくで追い出せば、後でメイドたちがそいつらにいじめられる事になるのが目に見えるのでそれも出来ず。
結局、ドライ自ら手当てをする嵌めになったのだ。
このまま地下牢に放り込むのも手といえば手だが、重傷者にする仕打ちとも思えない。
とにかくあんな連中に預ければ、後で何かあったとき、こちらの責任問題になりかねない。
さて、どうするか?と頭を抱えるドライの目の前を、その時、一人の少女が横切っていく。
獣のような長い耳が特徴の少女だ。
「おい!アンタ見かけねェ顔だが一体誰だ!」
「私はアリアと申します…ケルヴァンさんの招きを受けこの地に参りました」
その答えを聞いて頷くドライ、長い耳…もしかしたらと思って声をかけたが、ビンゴだったようだ。
「そうかそうか、じゃあお仲間ってことだな、あたしの自己紹介は後でするとして、一つ早速頼まれてくんねぇか」
そう言うなりドライは凶アリアの両手の中に九郎の身体を放り渡す。
「そいつをケルヴァンの奴に渡してほしいんだ、それじゃあな」
それだけを言うと、ドライはもう用は無いといわんばかりに、その場から去っていった。
そして後に残された凶アリアだが…
「一体今のは…ともかく奏子さんのお部屋にまずはお運びしましょう」
困惑を隠せないまま、九郎の身体を抱えて奏子の部屋へと戻るのだった。
【凶アリア@デアボリカ(アリスソフト) ? 状態○ 所持品:トンファー 行動方針 奏子の護衛】
【大十字九郎@斬魔大聖デモンベイン(ニトロプラス) 状: △ (意識不明・1通りの手当ては終了)
回転式拳銃(リボルバー)『イタクァ』、自動式拳銃(フルオート)『クトゥグア』、残り弾数不明(それぞれ13発、15発以下】
【ドライ @ファントム・オブ・インフェルノ (ニトロプラス) 状 ○ 所持品 ハードボーラx2 鬼、】
>>7 と、そこで大分小声にはなっているが、未だに壁に突き刺さったままでぶつぶつと呟き続けるリニアの頭部を見る。
これまでも様々な失敗をしてきたし、多分これからもしていくのだろう…だが。
「お前を雇った以上の失敗はこれまでも無かったし、これからも無いだろうよ・・・」
この部分を削除お願いします。
ランスと五十六に対峙するは、リック、ミュラ。
そして逆側にはライセン。
どちらとも出方を伺い、そう簡単に前へ出ようとはしない。
「チッ、どうやら全て見越して俺達を狙ってるみたいだな」
三人から発せられる殺気を感じ取るランス。
「五十六、話は後だ。まずはこいつらを何とかするぞ。
お前はあっちのでっかい斧もったのを頼む」
「解りました……」
ランスと五十六が背中合わせに打ち合わせをする。
「しばらく抑えてくれりゃいい。その間に俺様がランスアタックであの野郎をしとめる。
そしてかわいこちゃんは両方ともGetよ、ガハハハハハハハハ!!」
「それでこそ我がランス王……頼みますよ」
五十六は弓を、ランスはリーザス聖剣を構える。
「どうするのリック?」
「この状況なら、敵は2:1、1:1を作り出すと思う。
3:2だとあっちは弓と剣だからな。そっちの方が不利になる。
「逆はライセンに任せるしかないわね」
「そうだ。だからこっちの俺たちが速攻でしとめないとダメだぜ」
「どうやらあの男の方がこっちに来るみたいね」
自分達の方を向いて構えたランスを見てミュラがリックにささやいた。
「弓使いか……いかにして距離を詰めるかだな」
こちらに向けて弓を構える五十六を見たライセンが呟く。
「頼むぞ、リック、ミュラ」
「大人しく降参すれば、かわいこちゃんは可愛がってやるぜ」
ガハハハと下品な笑い声をさせながら、ランスはミュラに言った。
「生憎だけど間に合ってるわ」
「そうか……ならきついお仕置きが必要だな!!」
距離がつまると同時にランスがミュラに向かって剣を繰り出す。
「おっと、俺を忘れてもらっちゃ困るぜ!」
すかさずミュラが後ろに下がり、後方からリックの長剣がランスの目の前に飛び出る。
「とっとっと。あぶねーじゃねーか!
男に用はねーんだ! 消えてもらおうか!」
パイロードを聖剣で撥ね退けるランス。
「くっ!! 結構力強いじゃないか!」
下がるリックに代わり、再びミュラが前へ出てランスと斬り合う。
遅れてリックも態勢を整えて、再び戦列に参加する。
「くそ!! こいつら結構強いじゃねーか。俺様が防戦一方だと!?」
リックとミュラの猛攻の前に受けにでるばかりで、ランスは中々最初のように攻めに出れない。
「こいつ、あんな最低野郎のくせに強い!!」
こちらの方が圧倒的に有利な状況であるのに、中々思うように剣を当てる事のできない二人。
(気のせいかしら、あの男、まるでリックの太刀筋が前もって解るような防ぎ方をしてる……)
まるで予知能力でもあるかのように、ランスはリックの剣が繰り出される前に的確な受けに出る。
(この太刀筋……見慣れてる気がする、誰の剣だったかな)
ランスの後方ではライセンと五十六が睨み合いを続けていた。
うかつに前へでれば五十六の矢が。
うかつに弓を放てばその隙を狙ってライセンが前に。
二人は互いにどちらから動くわけにも行かずに睨み合いを続けていた。
(私の疾風点破を相手が耐えれるかどうかが勝負の鍵!)
「しぶとい!! それなら!! ミュラ頼む!」
リックが少し下がり目に隊列を取る。
「!? わかったわ!」
すぐさまリックの言葉を理解したミュラが一歩前に出てランスの相手をする。
「何を企んでるか知らないが、チャンスだ!!」
今のうちにミュラを仕留めようとランスが前に出て攻撃に転じる。
「残念!!」
ランスが前に出た頃合を見計らって、ミュラは即座に斜め後ろへ下がる。
それと同時にミュラの後ろから、死角になっていた部分からリックが飛び出る。
「バイラ・ウェイ!!」
「なっ!? こいつの太刀筋、この剣、そしてこの技、思い出した!!」
あまりにもの速さに剣が赤い残像の軌跡を描くリックの超音速剣がランスに向かって発動された。
次の瞬間、ミュラの目には信じられない光景が映っていた。
「そんな……リックのバイラ・ウェイが……破られるなんて!!」
赤い残像が軌跡を描くはずの音速剣が――――破られたのだ。
リックがバイラ・ウェイの二振り目を放った時、軌道を読んだランスが力いっぱい弾いたのだ。
衝撃すぎる映像にリックもミュラも一瞬時が止まってしまった。
その隙を見逃すランスではない。
「俺様の勝ちだな!!」
ランスの握るリーザス聖剣に気が集まり始め輝きだす。
「リック!!」
ミュラとライセンが叫び、やっとリックは自分の必殺技が破られたのを認識した。
「まずいわ!!」
ミュラがリックを救おうと飛び出そうとするも間に合いそうにない。
「くたばれ!! ラァァァァァァンスアタァァァァァァァック!!」
すさまじい威力の一撃がリックに向かって繰り出される。
だがリックも常人を超えた反応ですかさずパイロードで受け止める。
「無駄だぁ!!」
ランスとリックの剣がぶつかり合った時、リックのパイロードにヒビが入った。
(まずい!! このままだと!?)
一瞬のうちに考えを決めると、すぐさまあがらうのを止めて力に押されるまま後方へと身を任せた。
「リック、大丈夫!?」
ミュラが弾き飛ばされたリックの元に駆け寄り声をかける。
「ああ、こいつのおかげで何とか無事だ」
多少衝撃の余波を食らったもののリックは事無きを得た。
「チッ、そのまま受け止めてくれれば良かったのによ。
だが、その剣じゃもう戦えないな?」
ランスの口元がニヤリと勝利を確信した笑みを浮かべる。
今のぶつかり合いに耐え切れなかったパイロードは根元から折れてしまっていた。
「それでもその剣じゃなかったらしとめれたんだけどな。
感謝するんだな。パイロードの丈夫さに」
「パイロードを知っている事といい、リックの太刀筋を読み、
なおかつバイラ・ウェイまで防いだ……あなた一体何者なの!?」
「簡単な事だ。パイロードを持ってその剣でバイラ・ウェイを使う一流の剣士が俺様の部下にいるからよ。
名はリックって言うんだけどな。リーザスの赤い死神とまで呼ばれている男だ」
「そんな!?」
ミュラが、ライセンが、リックが驚愕した。
今ここにいるリックと全く同じ剣を振るう剣士がいるというのだ。
しかも彼の部下で名も同じくリックという。
「さて、そろそろ観念してもらうぜ!!」
ゆっくりと二人に向かってランスが近づいてくる。
「ミュラ!! リック!!」
業を煮やしたライセンだが五十六の矢が立ちはばかり前へ出ようとする事ができない。
うかつに前へ出れば、弓矢の餌食となる。
「逃げるぞ!!」
叫ぶと同時にミュラの腕を引っ張り、リックは後方へ走り始める。
「ライセン、打ち合わせた場所で落ち合おう!」
リックの走り去る姿と響く言葉と共にライセンも走り始める。
「逃がすか!?」
五十六がライセンに向かって矢を放つ。
だが、ライセンは上手い具合に木を背中にして走っていくため、矢が虚しくも幹を刺す。
「くそ!! 待ちやがれ!!」
「お待ち下さいランス王!! 今ここで二手に別れては余計に奴等の思う壺。
ここはどちらかに絞った方が得策と思われます」
目の前の獲物に逃げられたランスが怒り狂って追いかけようとするのをなだめる五十六。
「むむむ、そうか。なら追いかけるなら一人になったいかつい斧持ったねーちゃんだな」
「はい、できれば合流される前に急いだ方がよろしいかと……」
「よし、ではさっそく追いかけるとするか!」
ランスはライセンの逃げた方へと足取りを向かわせる。
「ランス王」
後を追いついてくる五十六が彼の名を呼んだ。
「今は直ぐにとは言いません。ですが先ほどの答えもお忘れないで下さい」
「わかった……」
彼に似合わない真面目な表情をしてランスは五十六の問に答えるのだった。
【ランス@ランスシリーズ (鬼(但し下克上の野望あり)) 状態:○ 装備:リーザス聖剣】
【山本五十六@鬼畜王ランス (招) 状態:○ 装備:弓矢(弓残量16本)】
【ミュラ@ママトト (狩) 状態:○ 装備:長剣】
【ライセン@ママトト (狩) 状態:○ 装備:戦斧】
【リック@ママトト (狩) 状態:○】
幹に刺さった矢は回収しました。
ごめんなさい。
状態欄に『パ』イロードとあったので『パ』イロードと書いてしまったのですが
あれ?と思って検索しなおしたら『バ』イロードでした。
まとめサイトに載せるときにでも修正してください。
74 :
戦士として……:04/03/17 22:57 ID:rnE5q747
「……ここは?」
目を覚ました凛々子が鴉丸兄妹達の方を見て尋ねる。
「むっ!?」
何かを感じ取った羅喉が険しい表情で彼女の方を見つめる。
「あの、その、わ、私何か悪い事でもしましたか?」
羅喉の険しい表情に、思わず恐れをなしてしまう彼女だったが……。
「避けるんだ!!」
突然、凛々子の前に、羅喉が叫び飛び出す。
それと共に彼女の後ろの壁が突き破られ何かが飛び出してくる。
「はっ!!」
そのまま前方へ身を進め、羅喉は、飛び出して来た物体へと羅喉掌底を叩きつける。
「ギャン!!」
甲高い、犬の泣き声のような悲鳴をあげて、飛び出して来た生物は、吹き飛ばされて道に転がった。
「狼!? いや、人のような姿……、まさか人狼か!!」
見ると道に転がった生物は、羅喉の言う通りに狼の頭に鋭い爪と体毛、人に近い姿をした狼……人狼であった。
「こ、これは!?」
凛々子がその光景を見て驚きの声を上げる。
「お兄様、私も手伝います!!」
「この程度なら大丈夫だ。 雪、もしもの時に彼女を頼む!!」
雪に負担をかけたくまいという兄の気持ちである。
家の周りから漂う獣の殺気の数を羅喉は正確に把握する。
「1、2、3……、全部で三匹か!!」
先ほど打ちのめしたのを入れて全部で四匹。
「家の中にいるんだ!!」
横に座る凛々子へ向かって言うと、羅喉は家の外に飛び出た。
(私が囮になって引き付けねば!!)
そのまま空いた穴から家の外へ羅喉は飛び出る。
羅喉が家へ出た瞬間、屋根上から一匹の人狼が彼に向かって鋭い爪を掲げて飛び降りてきた。
「くっ!?」
身を捩じらせ、狼の爪を交わすと共に拳を振り上げ、一撃を浴びせる。
「ウギャウ!!」
突き上げを顎に食らった人狼は、そのまま上に打ち上げられ、鈍い音と共に地面に落ちた。
だが休む間もなく、今度は角の陰から二匹目が姿を現し、彼へ向かって飛び出してくる。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
羅喉は、両手に気を溜め、構えを取る。
「閃真流神応派奥義!! 飛 翔 天 極 波 !!!!」
両手に集まった気が波動となって放たれ、直撃した人狼の頭が消し飛ぶ。
身体のみとなった人狼は、血飛沫を上げて地面に横たわる。
「後一匹!!」
羅喉は、最後の殺気を放つ人狼の方へと振り向く。
「グゥゥゥゥ……」
三匹の仲間がやられた人狼は警戒するように構えを取った。
一方、家の中に残った雪と凛々子は……。
「これは一体……?」
突然の出来事の連続に凛々子の頭の中は混乱していた。
(私は、メッツァーと戦って破れて……、そして……、
捉えられ、戒められようと言う時、光に包まれて……)
そこからの記憶はなく、気づいたら彼女はここにいたのだ。
「多分、私達と同じだと思います」
混乱する凛々子を前にして、雪は、説明を始めた。
自分達が光に包まれて、この地へとワープした事。
そして、彷徨う内に光と共に上空から現われた凛々子を助け、今現在にいたる事を。
「私の名前は、鴉丸雪。
今私達のために戦ってくれている人は、私のお兄様です」
凛々子を落ち着かせるようにと、ニッコリと笑顔を向けて雪は、自己紹介をした。
「あ、はい。 私の名前は……」
そこで凛々子は詰ってしまった。
(私は、どっちなんだろう……。 私は、七瀬凛々子。
けど、今の私の姿は、力は、クイーングロリアの騎士、スイートリップ……)
「……どうしたんですか?」
言葉に詰ってしまった凛々子に、心配の言葉をかける雪。
(今の私はどっちなんだろう……)
一人の少女としての気持ちと、誇り高き戦士としての狭間に彼女は悩んだ。
「ふぅ」
最後の人狼を倒し終えた羅喉がため息をつく。
「さて、雪の所に戻るとするか……」
最後の一匹が、慎重に、粘ってきた為、元いた家から少し離れてしまっていた。
羅喉は、早足で家の方へと戻ろうとしたその時。
「きゃぁ!!」
雪のいる家の方から彼女の叫び声が聞こえた。
「まさか!?」
慌てて、羅喉は家へと駆ける。
雪が凛々子に言葉をかけた時、最初に倒された人狼が、
苦しみながらもゆっくりと立ち上がっていたのだ。
「しまった!! 仕留めきれてなかったのか!!」
羅喉の目にも立ち上がる人狼が見える。
「間に合うか!!」
持てる限りの力を振り絞って全力で駆ける羅喉。
だが、人狼は、穴の向こうに見える二人の少女を見つけると、
彼女達に向かって突進を繰り出した。
「雪ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
羅喉が叫んだ。
狼がまさに襲い掛かると言うその瞬間。
凛々子は、雪の傍に置かれてあったグスタフを咄嗟に掴んだ。
(戦わなければならない……、なら今の私は……、私は……!!)
「クレッセント・ハーケン!!」
リップの握るグスタフから、光の斬撃が放たれた。
斬撃は、そのまま人狼を真っ二つに切り裂く。
「凄い……」
それを見た雪が、驚きの声をあげる。
「これは……!?」
家の外から、羅喉の目にも人狼が真っ二つにされる姿が映った。
「大丈夫か!?」
家の中に入った羅喉は、即座に雪の無事を確認する。
「はい、この方が守ってくれました……」
「そうか……。 良かった二人とも無事で」
雪の頭を撫でると、羅喉はリップの方へと振り返る。
「ありがとう。 私の名は、鴉丸羅喉。
此方は、私の妹で雪と言う」
「お兄様、私はもう自己紹介しましたわ」
「む、そ、そうか……」
慎ましい二人を前にしてリップは口を開く。
「私の名前は……、クイーングロリアの騎士、スイート・リップです」
【鴉丸羅喉@OnlyYou-リ・クルス-(アリスソフト) 狩 状態○ 所持品:なし 行動目的:雪を護りぬく】
【鴉丸雪@OnlyYou-リ・クルス-(アリスソフト) 招 状態○ 所持品:なし 行動目的:兄についていく】
【七瀬凛々子(スイートリップ)@魔法戦士スイートナイツ(Triangle) 招 状態○(軽傷有り) 所持品:グレイブ】
激しい剣戟の音が森の中で聞こえる。
一人はその小柄な身体に似合わぬ大斧を操る少女、ライセン、そしてもう一人はいわずと知れた鬼畜王ランスだ。
しかし、戦いは終息を迎えようとしている、ライセンの力量ではランスには及ばない。
それに自分たちが知る最強の剣士であるリックの敗北も、ライセンの精神に微妙な影を落としていた。
そしてついにランスの刃が、ライセンの手から得物を払い落とす、さらに間髪入れずその切っ先が
ライセンの喉元に付きつけられた。
「がははは!勝負ありだな」
豪快に笑うランス、だがランスはそれ以上は何もいわず、ただひたすら油断なく剣を構えて、
微動だにしなかった、まるで誰かを待っているかのように。
そして…。
「ライセン!間に合わなかったか」
ようやくランスの待ち人である、ミュラとリックがその場に到着したのであった。
緊急事態に手をこまねくミュラら2人の足元に矢が突き立つ、ランスの背後では五十六が油断無く弓を構えていた。
(ここまでか…ここで終わりか…ナナス)
無念の表情の2人だったが…。
「落ちつけ、ここで決着をつけるつもりは無い、ただ武器は収めるんだ、いいな?」
「何をいまさら…あなたの言うことなんて信じないわよ!」
「イニシアチブはこっちが握っていることを忘れるなよ…」
暫しの沈黙の後、やがてミュラは静かに武器を収め、リックと2人後ろ手に両手を組んだ。
「で、どうするんだ?…さっきみたいにムリヤリ犯すのか?」
観念したような口調でリックが嘯く、だがランスはにやりと笑って首を横に振った。
「いや、お前らにはこのまま暴れまわっていてもらう」
「それはどういう…」
「俺様だって使い捨てはごめんなんだよ・・・俺様にとってやりやすい状況になるにはお前らのような奴らが
必要だからな」
「全てが終わって、それでお互い生きてたら・・・」
ミュラとライセンは身構える・・・。
「その時こそやらせろ・・・3Pじゃ」
まぁ、半ば予想できていたことだが・・・2人は呆れ顔で顔を見合わせた。
五十六との出会い、そして間髪入れぬ戦闘が、ランスにいつもの落ち着きと計算高さを取り戻させていた。
ここでこの女を倒すのは簡単だ、しかしそうなれば残った2人は自分1人を確実に標的として、
死ぬまでつけ狙うようになるだろう・・・それは非常にやりにくい事態といえる。
ならば、因果を含めた上で泳がせる方が得策と判断したのだ。
ここには彼が頼みとする仲間もいなかったし、
それに…やはりリックと生き写しの男を無下に殺したくはなかったのだ。
「もちろん只とは言わないぜ…命以外にもくれてやるものがある」
そう言ってランスはライセンに1枚の紙を握らせた上で彼らの元に返してやる。
「これは…地図?」
紙の内容を見て、ミュラたちは目を丸くする…たしかにそれは島の詳細な地図だった。
「私たちに暴れさせておいて漁夫の利を得ようってこと?」
「ああ…それに豚は太らせてからの方が美味いんだぜ」
ミュラにはこの男の魂胆が少しだけ読めたような気がした…つまり自分たちを散々暴れまわらせておいて、
そして時が来れば、そのまま尻馬に乗って反旗を翻すもよし、逆に自分たちの首を手土産に、
上層部に取り入るもよし、というところなのだろう…、気に食わないが、
それでも今はこの男の掌で踊るしかないのだ。
「例えば私たちが裏切って、アンタに叛意があると密告したらどうするのよ?」
その時はその時だよな、とランスはにやりと笑う。
「でもな、俺様には分かるんだ…お前らのような奴らが、アイツと仲良くできるはずがない」
「なにもかもお見通しって所みたいね」
「さて、と、ゆっくり後ろに下がるんだ…いいか…」
ランスの号令に合わせて、3人はゆっくりと後退していく……そして距離が開いたところで
ミュラたちは一気に加速し、一目散にその場を離れた。
ランスはミュラ達が見えなくなるのを確認してから、ふーと溜息をついて崩れるようにへたりこむ。
瞳を閉じれば未だに赤い死神の残像が浮かんで消えない。
「次戦えば・・・確実に俺様は負けるな」
圧倒していたように思えたが、実際は綱渡りの勝利だった…赤い死神と真剣勝負など命がいくつあっても足りない、
模擬戦ですら5回に一度、一本とれればいいほうだ、つまり次に勝つには、4回死ななければならない。
「ツキはまだ俺様にあり…か、で、これでいいのか?」
ランスは背後の五十六に背中越しに問いかける。
五十六の弓がミュラとリックだけではなく、自分にも向けられていたことをランスは悟っていたのだ。
「私はシィル殿やマリア殿のように貴方の手綱をうまく操ることは出来ない、だからこうさせていただく」
「何より貴方は貴方だけの命ではない、王とはそういう者だ・・・したがって王として生きるのならば、
貴方と、そして私が生き残るための最善の方法を取ってもらう・・・それがいやならば」
五十六は改めて弓をランスに向けて引き絞る。
「玉座を捨て、今ここで一個人として私と戦っていただく…答えを聞かせていただこうか?」
選択の余地はなかったが、本来ここで引き下がるようなランスではない…。
しかしこの男、決してわからず屋ではない、受け入れるかはともかく、むしろきちんと人の話は聞く男だ、
度量も狭くない。
「わかった・・・あいつら俺様がいないと何も出来ないからな、このまま女獲が島の酋長ってのも悪くはないが
しがらみは無視できないよな」
この豪胆な男の唯一の弱点は孤独に耐えられないということくらいかもしれない。
ともかくランスはひとまずハーレムの野望は捨て、そして五十六も最初から答えがわかっていたかのように
平然と弓を収めたのであった。
そしてママトト武将たちは、
「あいつの言うことは信じられるか?」
リックの言葉に応じるライセン。
「あれは誰にも従わない、飢狼の目をしていたわ・・・思惑はともかくあのヴィル何とかに、
大人しく仕えるような男じゃない」
ライセンの分析に頷くミュラ。
「それに敵の敵は味方って言うわ・・・あいつらが一枚岩じゃないってことが分かっただけでも収穫よ」
次いでミュラはリックの顔を見る…自慢の愛剣を折られてしまったのだ…明るく振舞ってはいるが、
その心中は察して余りある。
「ミュラが気にする事は無い…だが、もし次があれば…俺は絶対に勝つ!それだけだ」
その静かな態度になみなみならぬ決意が見て取れる、これなら大丈夫だ。
「さて、それじゃ精々暴れ回るとするか!!」
「あくまでも私たちの目的はナナスとアーヴィを見つけることよ、それを忘れちゃだめよ」
【ランス@ランスシリーズ (鬼(但し下克上の野望あり)) 状態:○ 装備:リーザス聖剣】
【山本五十六@鬼畜王ランス (招) 状態:○ 装備:弓矢(弓残量16本)】
【ミュラ@ママトト (狩) 状態:○ 装備:長剣】
【ライセン@ママトト (狩) 状態:○ 装備:戦斧】
【リック@ママトト (狩) 状態:○ 装備:なし】
(ママトトチーム、地図を入手)
――頬に、あごに、ゲンハの拳がめり込む。
続いて振り降ろされた鉄パイプだけは何とか防御した悠人だったが、戦いの状況は深刻なまでに劣勢だった。
(…まずい!)
あごにまともに食らったおかげで脳が揺さぶられ、足元がふらつく。
ゲンハほどの相手なら見逃すはずの無い、致命的な隙。
だが、ゲンハは攻めてこない。
距離を取り、鉄パイプでトントンと肩を叩きながら悠人が回復するのを待つ。
……完全に遊ばれている。
(くそっ!)
相変わらずの下卑た笑いが貼り付いた顔を睨み付ける。
肉体だけではなく精神までいたぶり、悠人が完全に戦意を失ったところで刈り取るつもりなのだ、この男は。
「ほれほれ、どうしたよナイト様ァ? もっとがんばらねぇと、お姫様は悪い魔法使いに取って食われちまうぜぇ?
周りに国民の皆さんがいねぇのは残念だが、ナイト様が見てる前での大レイプショー開幕ってなもんだァ!!
もっとも、テメェも見てえってんならそのまま倒れちまっていいけどな? ぎゃっははははははは!!!」
ギリッと奥歯を噛み締める。
(ちくしょう、ここまで力の差があるなんて)
目に掛かってきた汗を拭いつつ、ゲンハを睨む。
悠人は何度もゲンハの打撃を食らい、裂傷やあざになっている部分も一箇所二箇所ではない。
だが、ゲンハはといえばほとんどノーダメージだ。
何発か掠ってはいるものの、威力の乗った攻撃は全てかわされている。
掠った攻撃も、問題なしと見切った上でのことのようだ。
が、せりなを守りつつの戦闘とはいえ、実際はここまで圧倒されるほどの力量差はない。
確かに戦闘技術、経験ともにゲンハが上回っているが、悠人にも永遠神剣の力と、一年近くを戦士として生き培ってきた技量がある。
この一方的な展開の理由は、戦闘スタイルの違いと、なによりも覚悟の差にあった。
(まぁだ迷っていやがるな、このお坊ちゃんはよ)
ゲンハはつまらなそうに嘆息する。
戦闘開始時と変わらず、まるで攻撃にキレがない。
その上、攻撃と防御の切り替えに手間取っているらしく、ワンテンポ行動が遅れている。
(まったくよぉ、よくこんなんで生き残ってこれたもんだぜ)
最初の頃は結構楽しめるかと思ったゲンハだったが、肩透かしを食らった気分にされていた。
(…そろそろ飽きたな)
ゲンハとしてはもっと血沸き肉踊る戦いを楽しみたいのだ。
追い詰めれば本気を出すかと思ったが、見込み違いだったか。
「…いい加減本気出せや、兄ちゃん…でねぇと、次で全部決まっちまうぜぇ」
最後通告。
極端な前傾姿勢を取り、いつでも跳びかかれる構えを見せる。
もうせりなを狙って遊ぶのはやめ、本気で悠人個人を叩き潰すつもりだった。
(なんで…なんで動かないのよ! 私の身体!!)
せりなは自分の不甲斐なさに歯噛みしていた。
目の前では、自分を絶体絶命の窮地から救ってくれた青年――悠人が戦っている。
だが、状況はお世辞にも良いとは言えない。
相手がよほど強いのか、負けるのも時間の問題のように見える。
それでも悠人は逃げない。
自分を守ろうと戦っている。
なのに…
(動いてよ…お願いだからぁ!)
必死の願いも空しく、萎縮した身体はせりなの意思を無視し続けていた。
『来るぞ、契約者よ』
「わかってる!」
思わず声に出して返答した瞬間、眼前の敵意の塊が飛び込んできた。
「うぉらあぁぁぁぁっ!!」
左の二発、下からすくい上げる鉄パイプの一発。
前傾姿勢に警戒していた悠人は、何とかその全てを防ぎきる。
だがゲンハの攻撃は止まらない。
「まだまだいくぜえっ!!!」
止められた鉄パイプをそのまま手放し、両手での乱打に入る。
必死に防御するが、そう何発も止められない。
「くっ!?」
『焦るな契約者よ、一撃一撃は大したことはない。『誓い』を砕くという契約を忘れるな。
今度こそ本気で反撃するのだ。このようなところで果てるなど許さぬぞ!』
「…わかってんだよ、このバカ剣!!」
悪態と同時に、拳を食らいながらも無理やり『求め』を水平に振り回す。
バックステップでかわすゲンハ。
「うおおお!!」
振り切った勢いをそのまま遠心力に、一歩踏み込み今度は上段から振り下ろす連続攻撃。だが、
「本気出せっつってんだろうがああぁ!!」
それすら難なく半身でかわしたゲンハの肘がカウンターで顔面にヒットする。
額を切れ、血がしぶく。
思わず仰け反ったところに、返しの裏拳が炸裂。
「がっ!」
「ヒッ!?」
悠人の声と、血に思わず上げたせりなの悲鳴が重なる。
何とか転倒だけは避けたものの、たたらを踏んで数歩後退することとなった。
その間に、ゲンハは悠然と鉄パイプを拾い上げる。
「一体いつまでためらってるつもりだァ、あァン!? つまらねぇんだよ! もっと燃えさせやがれ!!」
言いながら大振りを繰り返し、悠人を追い詰めていく。
悠人は後退しながら『求め』で防御するが、攻撃に転じることが出来ない。
そして気づく。
(!…まずい、これ以上下がったら!!)
すぐ後ろにはせりながいる。
「姉ちゃんが心配かぁ? 安心しな、テメェが死ぬまで姉ちゃんには手ぇ出さねぇでいてやるよ」
攻撃を続けながらの、見透かしたようなその言葉に耳を疑う。
「ま、裏ァ返せばテメェが死んだら美味しくいただくってことだァ。
ご馳走が目の前にぶら下がってんだからなぁ、俺は本気でぶち殺しにいくぜぇ…
…テメェと姉ちゃんが可愛かったら…」
一瞬だけ攻撃に溜めを作る。そして――
「テメェも本気でぶち殺しに来やがれえぇぇっ!!!」
渾身の一撃が、とうとう悠人の防御を弾く。
「くあぁっ!?」
「終わりだあぁぁっ!!」
とどめの一撃を振りかぶった瞬間、
「動くな!!」
野太い男の声が響いた。
「――なんだ!?」
タイミングがタイミングだ。
さすがのゲンハも一瞬動きが止まる。
「このっ!!」
対照的に全く動きが止まらなかった悠人の剣が、ゲンハに襲い掛かる。
「ちっ!」
大きく後ろに飛びすさり、間合いを広げる。
(誰かいやがるのか!?)
聞いたことの無い声だ。
視線を巡らし、あたりを見回す。と、
「!…あのガキ!!」
船工場でお楽しみタイムを邪魔してくれた男がいる。
撒いたと思ったが、こんなところまで追ってきたのか。
だが、男はゲンハに見向きもせず、いきなり踵を返すと猛スピードで駆けて行ってしまった。
(…今の声の奴が追っ払ったってのか?)
(今の声…長崎さんだ!)
知った声だったからこそ、動きを止めることなく反撃に移れたのだ。
(今の声が無ければ…やられていたな)
『そうだな、未熟にもほどがある』
『求め』の言葉にも、今回は返す言葉が無い。
(ああ…全くだ…)
『……』
言い返してこない悠人に何を思ったのか、『求め』は一瞬沈黙した。
『…何にせよ、味方が来たのならば好機到来だ。この者を殺せ。マナを奪え、契約者よ』
(…結局、お前はそこに行き着くんだよなぁ)
内心で苦笑しながら呼吸を整え、戦いに備える。
そして、待ち人が大地を駆ける音が聞こえてきた。
(ここから…だな)
【高嶺悠人@永遠のアセリア(ザウス) 狩 状態△(打撲、裂傷多数) 所持品:永遠神剣第四位『求め』】
【ゲンハ@BALDR FORCE(戯画) 招 状態○ 所持品:鉄パイプ】
【春日せりな@あしたの雪之丞(エルフ) 招 状態△(軽いショック状態 外傷は無し) 所持品:なし】
【長崎旗男@大悪司(アリスソフト) 狩 状態○ 所持品:銃剣】
【友永和樹@”Hello,World”(ニトロプラス) 鬼 状態△(右腕欠損) 所持品:サバイバルナイフ 基本行動方針:魔力持ちの保護、魔力なしの駆除、末莉を守る】
「まったく……。オオサカのいざこざが終ったと思ったら、今度は訳の判らねぇ世界で、サムライとドンパチか。
どうしてこうも俺の周りは血なまぐさいのかねぇ……、なぁ、殺っちゃん?」
新撰組を退けた悪司は、森の中をさ迷い歩きながら、そんな事をボソリと呟いた。
それは絶対に届かない言葉、しかし悪司はそれを理解していながらも、思わず呟いてしまっていた。
加賀元子の死。
その原因である男、しかし悪司はその男の顔すら知らない。
ふと、向こうの世界に残してきた、数々の部下達の顔が頭のすみを過ぎる。
拳の師匠でもあり、最高の右腕でもあった大杉。
島本の知能には何度も助けられた。
死に場所を探していると言いながらも、最後まで一緒に戦った長崎。
姉として、そして大人として個人の責務を完璧に果たした神原夕子。
そして……岳画殺。
悪司の叔母にして、もっとも悪司の事を理解し、『最期』まで己自身を貫いた娘。
悪司は思う。
彼等のうち、一人でも傍にいれば、トコは救えたのではないか、と。
「……まぁ、こんな事を今更考えたってしゃーねーか」
悪司はその考えを振り払うかのように頭を振ると、二、三度、ポリポリと頭を掻く。
そうすると、一瞬だけ浮かんでいた憂いの表情は完全に消え去り、元の不敵な笑みを浮かべた、いつもの悪司の表情へと戻っていた。
そうこうしているうちに、悪司の前から森の木々が無くなった。
「……お、やっと森を抜けたか。……ん? あれは、街? 廃墟っぽいが、まぁ誰かが住んでるだろ。丁度いい、適当に飯でも頂きに行くとするか」
悪司はそう呟くと、目の前に広がる街に向かってその足を早めた。
「スイートリップ? 失礼だがそれは本名かね?」
羅喉は目の前の少女に思わず問い返した。
凛々子、リップは、多少迷っているような表情を浮かべながらも、その問い掛けに対し、力強く頷く事でその問いに答えた。
「はい。この姿でいる時の私は、スイートリップというのが本当の名前です。戦う為に、戦う事を恐れない戦士、それが私、スイートリップなんです」
「……成る程。戦いの為に、本来の自分を断ち切る。それは決して間違いでは無い。いや、すまなかった。戦士に尋ねるには本当に失礼な事を聞いてしまった」
そう言って頭を下げる羅喉に対し、リップは慌てて両手を振りながら、頭を上げてくれと頼み込む。
それを近くで眺めていた雪が、クスクスと面白そうに笑いながら、羅喉に向かって話し掛ける。
「お兄様。リップ様が困ってしまいますわ。ほら、頭を上げて……」
「しかしだな。戦士としての礼儀は取るべきものだと……」
そんな事をにこやかに微笑みながら言い合う二人の姿を見ていると、思わずリップの顔にも柔らかい微笑みが浮かび上がってくる。
そんな時だった。
「羅喉! 烏丸羅喉じゃねーか!」
悪司がその場に現れたのは。
「……山本、悪司?」
羅喉が悪司の名を呟く。
「お前、なんだってこんな所に……」
「それはこちらの台詞だ。何故貴様がこのような場所にいる?」
先ほどまでの団欒が嘘のようだ。
辺りに張り詰めた緊張が立ち込める。
かつて羅喉は、傭兵として悪司の下についていた。
お互いの事を分かり合えているという訳では無いが、二人とも相手の力量はよく理解していた。
「知らねぇ。気がついたら森の中に立っていた。お前は?」
「同じようなものだな。妙な奴等に襲われる事もあったが、まぁこのように何とかやっている」
「あんたも妙な奴に襲われたのか。奇遇だな、俺も襲われたぜ。聞いて驚くな、魔法使いにサムライだ」
「まぁ!」
「えっ!」
耳を澄ませながら二人の話を聞いていた雪とリップが、同時に驚きの声を上げる。
「あ? 何だ、このど派手なねーちゃんに、ちっちゃな嬢ちゃんは?」
「ああ。こちらの女性は、私も先ほど会ったばかりなのだが、名をスイートリップという。そして此方は……ああ、そういえば貴様には礼を言っておかねばならんな。此方が私の妹、烏丸雪。かつて貴様に傭兵として雇われた時の、『理由』だ」
羅喉はそう答えてから、雪の方を向く。
「雪。お前も礼を言っておきなさい。この男は決して誉められた人間ではないが、義理堅い。約束通り、お前の入院費用を払ってくれたのだからな」
「あ! 貴方が……! ありがとうございます」
「いや、俺も随分とあんたの兄貴には助けられたからな。助けられた分の報酬を支払ったまでだ。それはそうと、成る程……、羅喉、あんたが入れ込むのも無理はねぇな。雪、と言ったか? あんた、将来は美人になるぜ」
「……山本。妹に手を出せば……」
羅喉の身体から、殺気が放たれる。
心の弱い人間ならば、それだけで気絶してしまいそうなほどの殺気に、しかし悪司はニヤニヤと笑みを浮かべたその表情が変わる事も無かった。
「話は戻るけどよ。さっき、あんた達は何で俺の言葉で驚いたんだ?」
「……いえ、私達もお侍さんに襲われたのです……」
「私は、貴方の口から魔法使いという言葉が出たのが驚いて……。私も一応、魔法を使えるものですから」
悪司は、ハァ、と呆れたように呟くと、ポリポリと頭を掻いた。
「世界は狭いな……」
悪司は苦笑しながら、そんな事を呟いた。
「ふむ……。ところで山本。貴様は今一人しかいないのか? 誰か居るのなら、別に呼んでも構わんぞ?」
悪司の表情が固まる。
「ん? どうした?」
羅喉は悪司の雰囲気が微妙に変わった事に気がついた。
「……一人、居たんだけどな。死んじまったよ。もう一人はどっかにいっちまったしな」
一人は元子、もう一人は大空寺あゆ。
しかし二人はもう悪司の傍にはいない。
ニヤニヤと、しかしどこか自嘲的な笑みを浮かべながら悪司が呟く。
「そうか。して、誰が? 島本殿か? それともまさか大杉殿が……」
「トコだよ。山本元子、俺の妻だ」
その言葉を聞いた羅喉は思わず息を呑んだ。
「な、なんと……」
「もう誰も仲間を、家族を殺させねぇって決めていたんだがな……、あの時に」
あの時、その言葉を聞いた羅喉があの事件を思い出した。
「イハビーラの件か。岳画殺、惜しい者を亡くした……。尊い者の命が先に奪われ、残るのは下種ばかり……。この世というのは、無常なものだな……」
「勿論、やられたまま黙っていちゃ面子が立たねぇ。トコを殺した奴を見つけ出して、必ずこの手で始末する。……そこで、だ。烏丸羅喉、いきなりで何だがあんたに一つ頼みがある」
悪司がそれ以上先の言葉を告げる前に、羅喉がその言葉を続けた。
「私に仲間になれ、というのか……」
「……お兄様……」
雪が心配そうな表情を浮かべながら、羅喉の顔を見つめる。
「流石だな。話が早くて助かるぜ。んで、どうだ、この頼み、引き受けちゃくんねぇか? そしてまた暴れようぜ、あの時みたいによ?」
「あの時か……、ふふ、ふふふ……、そうだな……」
羅喉はそう呟いてから、笑う。
何かを思い出しているのか、それとも別の何かを思っているのか。
その表情から窺い知る事は出来ず、ただ羅喉は嗤い続けた。
「で、どうだ? 答えは」
羅喉は笑うのを止めると、悪司の顔を真正面から見て、はっきりと口にした。
「断る」
拒絶の言葉を。
「……へぇ。なんでだい? 良かったら理由を教えちゃくんねぇか?」
悪司の、いや、周りの空気が変わる。
重苦しい、まるで戦場の中に放り込まれたかのような感覚。
「今の貴様に手を貸して、私が得る物など何も無いと思ったからだ。私は腑抜けに用は無い」
「……腑抜け、だと?」
ニヤニヤとした笑みを浮かべながら、否、しかし目は笑っていないその表情を突きつけながら、悪司が訊ねる。
「大切な存在がいる。私もそれは同じだ。しかし、今の貴様からは何の覇気も感じられぬ。妻君を亡くしたからか、それとも岳画殺を引きずっているのか、それは判らぬ。が、今の貴様を見れば、その二人も私と同じ事を言っただろうよ」
しばらく二人の間に沈黙が漂う。
そして。
その沈黙を打ち破ったのは、肩をすくめ笑う悪司自身だった。
「……言ってくれるぜ、まったく」
「すまぬな。私にも守るべき者がいる。無駄な争いに巻き込ませたくは無いのだ」
そう言って、羅喉はチラリと雪の方へと視線を向ける。
「ああ、判ってるよ。個人的な復讐なんだ、それに手を貸せ、といきなり言われてもそりゃ難しいわな」
悪司はそう言って、羅喉に背を向ける。
「んじゃ、俺は行くぜ。あばよ」
「ああ、さらばだ」
悪司がそう言ってから数歩歩いたところで、ふとその足を止める。
「ああ、その前に……」
瞬間、悪司の姿が掻き消える。
「!?」
雪はその場にへたり込み、傍らにいたリップが息を呑む。
彼女達の目では悪司の姿を捕らえる事は出来なかった。
「……なんのつもりだ? 山本悪司」
「ヤクザの杯を断ったんだ。つまりそれは俺に喧嘩を売る、って事だろ? 少しばかりとはいえ、俺達の世界に足を突っ込んだんだ、そのくらいは判るよな?」
雪の眼前に迫る悪司の拳、それを受け止めた羅喉の掌。
向かい合う状況のまま、語り合う二人。
「大切な者を失う事の悲しみ、貴様にも良く判っている事だろう? 何故、このような事を行うのだ?」
「……判るからこそ、だよ」
悪司がその場から大きく後ろに跳ぶ。
それまで悪司が立っていた場所を、羅喉の蹴りがなぎ払っていた。
「羅喉さん、加勢を!」
リップが前に出ようとするが、羅喉はそれを片手で制す。
「貴公の力は強大だ。当たればこの私とて無事ではすまないだろう。だが、先ほどの攻撃には、躊躇いなのかは知らぬが若干のタイムラグが生じていた。
あの男を相手にするには、その僅かな時間とて致命傷になりえる。ここは私に任せてもらおう」
そう言って、羅喉は構える。
彼の扱う拳法、独特の構えだ。
対する悪司は、両の手をズボンのポケットに入れたままそれを抜こうとはしない。
「貴様、舐めている……訳では無かったな。そういえば、それが貴様の構えであったな」
「そういう事だ……行くぜ!」
悪司が羅喉に向かって突進する。
技法も戦略も、何もなくただ突っ込んでくる悪司に対し、しかし羅喉はその場から動こうとはしなかった。
「喰らえ!」
突進で勢いをつけた前蹴り。
「フッ……」
羅喉は焦る事無く、紙一重でそれを見切り、僅かに足を動かしただけで、悪司の蹴りを躱す。
空を切った蹴りはそのまま近くの壁へとぶつかり、それを完全に破壊する。
「チッ!」
悪司が舌打ちをする。
「あいかわらず、流石だな。まともに喰らえば命は無いだろう……」
羅喉は淡々と呟く。
「だが!」
今度は羅喉の身体が宙に舞う。
「当たらねばどうという事も無い!」
そのまま羅喉の鋭い蹴りが悪司に向かって襲い掛かる。
「ぐ、うぅぅぅぅ! あ、甘ぇぜ!」
両手をクロスさせ、悪司はそれを受け止める。
「な、何と!」
しかも受け止めるだけではなく、その蹴り足を掴み取ると、羅喉をそのまま近くの壁に向かって投げつける。
「くぅ!」
羅喉は飛ばされながらも、器用に空中で体勢を整え、地面の上へ着地する。
しかし、着地の瞬間の僅かな隙を悪司は見逃さなかった。
「今度こそ喰らいな!」
悪司の爆撃のような蹴りが今度こそ羅喉の身体に突き刺さる。
羅喉の身体がまるでボールのように吹き飛んだ。
そしてそのまま、壁に激突する。
「ぐはぁ!」
羅喉はそのまま地面に倒れこむ。
「その程度かよ! 烏丸羅喉!」
悪司が羅喉の姿を見て嗤う。
そして地面に唾を吐き捨てると、悪司はそのままゆっくりと羅喉に向かって歩みよる。
「ふ、ふふふ……」
悪司が後十数歩という所で、羅喉は突然笑い声を上げ始める。
「ああ? 何だ?」
「ふはははははははは! 楽しいぞ、山本悪司! やはり戦いとはこうでなければな!」
羅喉は、地面に倒れていた身体をゆっくりと起こし、そして立ち上がる。
「……効いていないのかよ。……いや、違うな。気の力、って奴か」
悪司は近づく足を止め、ポケットに突っ込んでいた両手を取り出した。
「力無き者は淘汰され、力ある者だけが跋扈する。先ほど腑抜けと言ったのは取り消そう。山本悪司、貴様は変わってない。あの時からずっと……な」
「はっ! 当たり前だ!」
羅喉のその言葉に対し、悪司は吐き捨てるように言葉を返す。
「次の一撃で勝負を決めようぞ」
「望むところだ」
悪司と羅喉、共に己が最大の奥義を繰り出す為に、独自の構えを取る。
羅喉は両の掌を相手に向け、両目を閉じて自身の力を高める。
悪司は腰の辺りに両腕を当てて、前かがみになると、その右手に力を込めた。
「行くぜ!」
「来い!」
共に叫ぶと、悪司は羅喉に向かって駆け出し、羅喉は両目を開きそれを向かい撃つ。
「大悪司っ!」
「閃真流神応派奥義!!」
そして、二人の身体が交差した。
「ど、どっちが勝ったの……?」
リップが、動きを止めた二人の姿を見て、思わず呟いた。
「ああ!」
雪が片方を指差して、叫び声を上げる。
「くぅ……!」
二人のうち、初めに動いたのは悪司の方だった。
片膝と両腕を地面について、苦しそうに息を吐いている。
「悪司、どうして寸前になって急所を外した?」
羅喉が微動だにせぬまま、言葉だけを口にする。
「外したんじゃねぇよ。あんたの攻撃が先に当たって、軌道が少し逸れちまった、それだけだ」
「成る程な」
羅喉が可笑しそうに笑う。
それは今までの嘲笑とは違う、心から面白いと感じた時に浮かび上がる笑みだった。
「そ、れで……、この威力か。……やはり世界を取ろうとする男は……違うな」
その言葉を言い終えると同時に、羅喉の身体が崩れ落ちる。
「お、お兄様!」
その姿を見て、雪が羅喉に向かって駆け出す。
心配そうな表情を浮かべながら羅喉の傍による雪の頭に手を載せると、羅喉は苦しげな、しかし優しさを携えた笑みを浮かべた。
「心配するな。この程度の傷、しばらく休めばどうにでもなる。それはそうと……山本悪司」
羅喉が悪司の方に顔を向ける。
「何だ? 烏丸羅喉」
悪司もその視線を受け、そのままお互いの視線が交じり合う。
「今回は引き分け、という事にしておこうと思うのだが」
「奇遇だな、俺もそう思っていたところだ」
そして同時に気を失った。
後に残されたリップと雪は、困ったような表情を浮かべながら、二人の姿を眺めつづけてた。
【鴉丸羅喉@OnlyYou-リ・クルス-(アリスソフト) 狩 状態△(少し疲れているだけ、致命傷ではない) 所持品:なし 行動目的:雪を護りぬく】
【鴉丸雪@OnlyYou-リ・クルス-(アリスソフト) 招 状態○ 所持品:なし 行動目的:兄についていく】
【七瀬凛々子(スイートリップ)@魔法戦士スイートナイツ(Triangle) 招 状態○(軽傷有り) 所持品:グレイブ】
【山本悪司 大悪司 アリスソフト △(額に傷、戦闘による疲労) なし 招 ランス(名前、顔は知らない)を追う】
補足
基本的にONLYYOUの羅喉ですが、時間軸的に
>雪生存(ONLY)>入院費用を稼ぐ為傭兵に(悪司)>悪司と別れる(悪司イハビーラED、妻元子)>雪の元へ(ONLYに戻る)
という感じで書きました。
97 :
冥府因縁:04/03/18 04:14 ID:70VnxQZr
しばし、時は遡る。いや、正確にはこの話の舞台に
時間は存在しない。時とは生者とその世界が謳歌する
モノであり、死者とその世界に在る時間など意味を成さぬ
単位だからだ。
延々と続く荒野、立ち並ぶは、白骨の腕の如き枝を寒風に晒す
枯れ木の列。冥府と呼ばれるこの地では大地に精気は無く、灰色の
暗き空に煌く太陽の光も無い。そして風音に混じり流れる激しい
金属のぶつかり合う音は既に数十、数百を数えていた。
「負ける……訳にはいかない。皆が待っている、もう一度あの場所に
帰れるなら……っ!」
身長を超える長さの黒鋼の刀―斬馬刀を少女が振るうたびに大地が
削られ、枯れ木が薙ぎ刈られる。しかしその必殺の刃も眼前の敵を
倒す事は適わない。眼前の敵、少女を追ってきた狩猟者は表情も変えずに
手にした大鎌で斬馬刀の斬撃を払いのける。生前についた彼女の額の
古傷が、幾度もの斬り合いで再び血を流す。だが相対する狩猟者は、
嵐の様な斬り合いでも、まったくの無傷だった。
狩猟者の名はエアリオ。冥府に死者を引き戻す為にその鎌を振るう死神である。
「あきらめなよ。死者が現世へ戻る事なんて許されない事なんだから」
冷たく突き放す言葉と共に振るわれた死神の大鎌は、無慈悲に少女を
切り裂いた。少女の願いと涙を刈り取り、浅葱のだんだら模様の羽織が
血に染まる。
「ゆーこちゃん……トシさん、そーじ…みんな……っ。ゴメン……」
98 :
冥府因縁:04/03/18 04:16 ID:70VnxQZr
沖田鈴音は遠い悲鳴を聞いた気がして振り向いた。現世に戻った身体は
以前の病に冒された体と違い、驚く程軽かった。眼前には自分達を冥府より
呼び戻し、新たな身体を与えた男、ケルヴァンが睥睨している。
冥府での眠りからケルヴァンの誘いに乗り、引き寄せる魔力に招かれ現世へと帰ってきた。
魔力でこじ開けられた召喚のゲートへと辿りつく為に、冥府で死者を管理する死神はその刀で
切り捨てた。世界の摂理を捻じ曲げる大逆、それも、全ては『誠』の旗の下に
再び戦う為にだ。勇子さんがいる、トシさんがいる。芹沢さんもいる。向こうでは
沙乃が難しい顔をしていた。
「戻れなかったのね」
微かに眉をひそめ、朱色の鞘を強く握り締めた。何より仲間といる事の好きだった彼女の
無念を想い、暗い炎が胸に宿る。そうだ、この身体なら何者でも斬り捨てて敵を討てるだろう。
眼前の召喚者が自己紹介を始めた。
「再び会えて光栄だ。私の名は魔将軍ケルヴァン……」
回想シーン
【エアリオ@忘レナ草(ユニゾンシフト)状態? 所持品 大鎌 招 スタンス:魂の浄化】
【藤堂平@行殺新選組ふれっしゅ 状態:死亡】
【沖田鈴音@行殺!新撰組 (鬼)状態; ○ 装備:日本刀】
【ケルヴァン@幻燐の姫将軍1・2(エウシュリー) 状態○ 所持品ロングソード 鬼】
この話はゲーム開始時以前の回想シーンです。エアリオ、沖田、ケルヴァンの状態等は現状に
反映されません。
暗く狭くジメっとした空間。
鉄の錆びた臭いの漂う場所。
要塞内にある牢屋である。
だだっ広い牢屋の数々の中に、一つだけぽつんと色違いな点のある牢があった。
「…………う、あう、え、う……」
そこから奇妙なうめき声が聞こえてくる。
「ぼくは……、ぼくは……、ぼくはぁあああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
叫び声と共にハタヤマは、意識を戻した。
「はぁはぁ……!?」
目覚めた彼は、くるくると辺りを見回す。
目の前には、鉄で囲われた柵があり、周りは丈夫な石の壁で囲われている。
どうやら、窓はないようだ……。
そして、彼は、次に自分の身を確認し、再び絶望の淵に連れ戻される。
「うわぁああぁあああぁ!!!!!」
一時の欲望に負けた事を、自分の考えが甘かった事を、
ヴィルヘルムと戦い負けた事を、そしてメタモル魔法を封じられた事を……。
ハタヤマは全てをコナゴナに打ち砕かれたのだ。
「うがあぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁ!!!!!」
狂いに身を任せて、魔法を放とうとするも使う事ができない。
ハタヤマの尻尾に付けられているリングが彼の魔力を封じているのだ。
何もできることなく、ただ一匹の狂った獣の咆哮が牢に響き渡っていた。
カツ、カツ、カツ、カツカツ…………。
咆哮の鳴り響く牢に誰かの靴音が鳴り響く。
「目は覚ましたか?」
牢屋への扉の前に辿り着いたケルヴァンが、見張りの門番に尋ねた。
尚、ロードヴァンイパイアは、地下の特別な所に管理されており、一階にあるここにはいない。
「はっ!! ですが、終始うめき続けております……」
入り口の門番の彼は、そう言うと中の見張りの友人が耳栓してますよと愚痴も付け加えた。
「そうか……、まぁ、計算通りだ。 では行ってくる」
「お気をつけて……」
分厚い扉の鍵を空け、ケルヴァンはゆっくりと牢屋の中へと入っていった。
「うぐあがああぁぁぁぁあああ!!!!!!!」
罪と全てを失った苦痛にハタヤマは、未だ叫び続けていた。
近づいてくる足音に気づく事もなく。
やがて、足音の主、ケルヴァンは、ハタヤマのいる牢の前でと止まり、彼の方を向いた。
そして、
「ふむ…………。 やぁ」
(我ながら似合わん事を今回は、よくやるな)
と心の中で苦笑しながら、笑顔でハタヤマに語りかける。
だが、当のハタヤマは、叫ぶばかりでそれに気づく様子がない。
「やれやれ……、ふん!」
気だるそうに、ケルヴァンは軽い電撃をハタヤマへと放つ。
「ウギャァ!!」
ぷすぷすと焦げを上げて、軽いショックと共に叫ぶのが止まった。
「こほん……。 気がついたかね?」
「あうえう……。 ここは?」
まだ心しっかりとここにあらずと言った虚ろな表情と口調ながらも、
ハタヤマは、ショックにより何とか正気を取り戻す。
「あ、なたは……?」
「失礼、私の名は、ケルヴァン。 ハタヤマ君、君の処遇を一任されたものだ」
「ぼくは……、殺されるんですか?」
「その方がいいのかね?」
内心、そんな事は絶対にさせないとケルヴァンは念を押した。
「罪を償う為にも、こんな悲劇を二度と起こさない為にも、ぼくは死ぬべきなのかもしれない」
「それは逃げてるだけじゃないのかね?」
「そうですよね……。 だからぼくは解らないんです。
生きて、罪を背負い償い生きるべきなのか、でもぼくは間違えてばかりで……。
もう何をしていいかすら解らないんです」
「ハタヤマ君、良く聞いて欲しい」
おそらくハタヤマが自分の話を聞いてくれるのは、ここを逃せばそうそうないだろう。
ほんの一時、正気に戻っている今を逃せば、そして今の境遇と状況を逃せば、
彼を完全に掌握するのは、難しくなるだろう。
ここが正念場だと、ケルヴァンは自らの持てる限りの話術を注ぎ始めた。
「人は……、いや、失礼、私も魔族で人ではなかったな」
焦らず、ゆっくりとケルヴァンは慎重に話を進める。
「いいかい? どんな者でも間違いを犯す時はある。
時には、それが取り返しのつかない事となることもあるのだ」
「それで、ぼくは……」
「まぁ、もう少し話を聞いててくれ。 過ちの元なんて人の数以上にある。
ハタヤマ君、君の場合は、何が原因だったのかね?」
知っているのを敢えて言わず、ケルヴァンはその答えをハタヤマに求めた。
「ぼくの……心の弱さが、原因です……」
ガタガタと振るえながら、またさっきに状態に戻りそうな様子でハタヤマは、答えた。
「それは違う」
ケルヴァンは、ハタヤマの答えをきっぱりと否定した。
「えっ!?」
思ってもいなかったケルヴァンの答えに、思わずハタヤマは動揺する。
「……同情ですか?」
「そうではない。 いいかい? 過ちを犯してしまったことはもはや仕方がないのだ。
ならば、過ぎた事に捕われるのではなく、如何にして前へ向くかと言う事ではないかね?」
「それは、罪を忘れろと言う事ですか……?」
ハタヤマが尋ね返す。
「違う。 君に足りなかったことだよ。
罪を認め、背負う、それだけではない。二度と同じ過ちが繰り返さないように償い努力する事だ」
「じゃぁ、ぼくは……」
「ハタヤマ君、君はさっき心の弱さが原因といったね」
「はい……」
「けど、それも違う。 誰しもがあって然るべき欲の範囲なのだ」
「ですが、ぼくはそれさえも抑える事も……」
「君の境遇は知っている。 そしてその欲望は誰しもが持って当然の範囲のものなのだ。
ならば、誰だって、そのような事を犯さないとも言い切れない。
そして、例え、なったとしても残念なケースになるとは限らない。
ハタヤマ君は、運が悪かったのだよ」
「結果は結果です……」
「先ほど私が言った言葉を思い出して欲しい。
犯してしまった罪は消えない。
ならば、二度と同じ過ちを繰り返さないように償い努力する事だ」
「それは……」
「もし、君がもっと強かったら……。
彼女を殺すことなく、コトを終えれるだけの力があったとしたら?
確かに襲ってしまったと言う罪は、消えないだろう。
だが、今のような事態にはならなかったのではないかね?」
「……」
「君を打ちのめしたヴィルヘルム……、もし彼だったら彼女は悲劇に遇っただろうか?
いいや、彼ほどの力なら、何ら問題なく抑え付け、無事に済んでいただろうね」
「……」
ハタヤマにとって、ケルヴァンの言う事は尤もだった。
もし彼があの時、魔法を受けても全く平気なほど強かったら。
そして、彼女を楽々と抑えつけれたら。
彼女は死ぬ事はなかっただろう。
それでも彼女が怒る事は、避けれない必須の問題だ。
だが、それは、心を込めて、自分の状況を、苦しみを打ち明ければ、彼女は理解してくれる人だった。
そして、自分は、短いながらも、この島でそれだけの関係を築けていたと思っていた。
「ハタヤマ君、私は思う。
君は強くなるべきだ。 それこそが彼女への一番の償いではないのかね?」
「は……い・……」
この瞬間、ハタヤマは、完全にケルヴァンの思惑通りに考えを染めきられていた。
「ヴィルヘルムを見ろ。 彼はその強さを持ってして、自らの信念を貫こうとしているのだ。
過ちを償うだけではない。 何かをやろうとするには、それに見合った力が必要なのだ。
私は、君の一存を任された。 そして私はそんな君の力になりたい。
私の元で強くなろうではないか!!」
ケルヴァンは、拳を掲げる。
「ぼくは……強くなる。 そしてアーヴィちゃんを……」
「なりたければ、彼女の姿になればいいではないか。
それが君が罪を償う方法と選択した事なのだろう?
償いの方法に、人によって様々だ。 逃げてるかどうかは本人の気持ち次第だ。
なぜなら、償いと言う行為は、罪を悔いる証拠なのだから」
「お願いします……。 ぼくはあなたについていきます。
なぜなら、今のぼくにはあなたの言う事が正しいと思えるからです」
そしてハタヤマの意志は、ケルヴァンについていくことに固まった。
「嬉しいよ、ハタヤマ君。 では早速専用の部屋も用意しよう」
ケルヴァンは、牢を開け、ハタヤマを出すと、彼を引き連れていく。
(まずは第一段階成功と言った所か……)
【ケルヴァン:所持品:ロングソード 状態△(魔力消耗) 鬼】
【ハタヤマ・ヨシノリ@メタモルファンタジー(エスクード):所持品なし、状態△(疲労・傷は手当て済み) 招 行動方針:ケルヴァンに従う】
Wicked child〜満月の夜最中か少し前辺り。
(エラーなんかじゃない! エラーなんかじゃないんだ!!)
末莉クラスタを発端として、突如に暴走をはじめた各クラスタに押される形で、和樹はただがむしゃらに走る。
――――走るのをやめろ。この状態は危険だ。
状況認識クラスタはこの行動を非難している。
――――右腕が欠損している。今すぐ自分の状態を確認し、動作を最適化しろ。
自己診断クラスタはそう助言している。
――――今すぐ戻って、戦え。せめて銃は回収しろ。
任務クラスタはそう命令している。
だが、それでも和樹の足は止らない。止らず走り続け――――
右腕を欠損したことによってバランスが崩れたのだろうか。あろうことか和樹は転倒した。
「う……わっ!!」
ゴロゴロと地面を転がり、壁にぶつかり、ようやく彼は止った。
しばらくうずくまり、壁によりかかったまま和樹はそのまま制止し続け、
「何やってるんだ、僕は……任務を放棄して逃げ出したのか……?」
信じられないように、呟く。
いや、放り出したのは任務だけじゃない。
ゲンハに襲われていた少女達。彼らの事もまた和樹は放り出したのだ。
しかもただ放り出しただけじゃない。さっきまでの和樹は明らかに異常だった。
自分の身を最優先にするにしても、もっと適切な行動はとれるはずなのに。
「あ……ぐぅ!!」
右腕から走る激痛も、和樹の混乱に拍車をかけた。
何故激痛が走るのだ。身体の異常を知るために信号を送ると言うのなら納得できるが、
だからといってこんな苦悶を味わい、自然に顔を歪めることにどんな意味があるのか。
(戦闘用としては無駄な機能じゃないか! 僕はそういう目的の為に作られたロボットじゃないのか……!?)
少なくともケルヴァンはそう説明していた。お前は私が作ったロボットなのだから、その指令に従えと。
「このことを考えるのは後だ……まずは現状を把握、位置確認」
律儀に荒ぐ己の呼吸を抑えつけ、自分に対する命令をあえて口にすることでなんとか暴走を押さえ込もうとする。
「こんなに長い距離を走っていたのか。 これじゃ脚に疲労が出て転倒するのも無理ないな。
自己診断クラスタ起動。並びに、右腕の痛覚信号を軽減するよう擬態クラスタに要請」
一つ混乱の元が去って、和樹は息をつく。
「脚部の損傷は軽微。動作最適化による修復は可能――――深刻なのは、やはり右腕か」
もし中央に戻って末莉に会うことがあったら、きっと怯えさせてしまうだろうな、とかそんな考えが浮かぶ。
「駆動系チェック完了。続いて、各クラスタの自己診断及び統制を開始」
要するに、頭を冷やせということだが――――
(情報伝達が正常に行われていないクラスタが多数存在する……主記憶部にも欠損部分を確認だって!?)
つまり、失われている記憶があるということだ。それがこの混乱と暴走の原因なのか?
しかし、そんなことがありえるのか? 自分が起動したのはつい数十時間前のはずなのに。
自己診断クラスタは、修復プログラムの作成を要求。欠損部の修復の可能性を示唆したが、
状況判断クラスタはそれを否決した。今は、とにかく可能な限り自己を統制するべきだった。
――――やがて、和樹は一息ついた。暴走をなんとかしずませ、思考も先ほどまでと比べたらクリアになる。
周りを見回す。いつの間にか自分は廃墟まで来てしまったようだ。
「右腕と、銃をなくしてしまったな……今からでも回収できるといいんだけど」
そう呟き、立ち上がりかけた瞬間だった。
「――――!?」
状況認識クラスタの警告に従い、和樹は前に跳ぶ。
先ほどまで左腕があった箇所を、上から振り下ろされた白刃が通り過ぎた。
和樹は前転しながら左腕でサバイバルナイフを引き抜く。
ギィンと火花が散り、辛うじて和樹は襲撃者の第弐刃を受け止めることに成功した。
(クラスタを統制するのがもう少し遅かったら――――)
それを思うと、心胆が冷える。
「チッ、失敗か」
襲撃者は一度間合いを取ると、刀を構えたまま器用に方をすくめた。
「運が無いな坊主。初太刀を素直に食らえば、腕の一本ですませてやろうというのに、否――――」
男はニヤリと笑った。
「今からでも遅くは無いぞ? とりあえず俺も情報が欲しいのでな。
おとなしくしていれば命だけは助けてやるさ。少なくとも、今はな」
(僕を管理側の者と知っているのか?)
和樹はナイフを構えながら、思考をめぐらせる。
相手は魔力を持っていない。駆除対象者だ。
おそらく自分を生け捕りにすることで、情報を聞き出そうとしているのだろうが……
(だけど、なんで僕が管理側の者と分かったんだ?)
それ以上考えている余裕はなかった。
相手がさらなる斬撃を繰り出してきたからだ。
(まともには受けられない――――!)
獲物の強度が違いすぎる。辛うじて受け流すしかないが……
(技量も相手が上なのか!?)
三度、相手の斬撃をしのいで、和樹は認識せざるを得なかった。
和樹が片腕である事を除いても、純粋な剣技は襲撃者の方が上だ。
しのげた理由は、襲撃者が和樹を生け捕りにしようとしていることと、そして――――
「腰が引けてるな坊主。逃げの一手か?」
襲撃者は手を休め、嘲笑を浮かべた。
「見かけによらず力はあるようだが、それでは活かせんな。その戦い方では時間を稼ぐのが関の山。
それで逃げ切れるほど、この無影は甘く無いぜ?」
「く――――!」
相手の言うとおりだった。今、自分は勝負から逃げてるだけに過ぎない。
たが、今の自分の状態でこの相手、無影を倒せるのか?
状況認識クラスタが自分の勝利と、逃亡成功の確率を計算する。結果は――――
(こんなに低いのか――――?)
逃亡できる確率でさえ、5割をはるか下回る。
(そんな、じゃあここで僕は死ぬ……? 末莉さんにもう会えないのか?)
じわり、と何かが湧いてくる。
(まずい……このままじゃ……)
先ほどと同様のパニックが和樹を襲いはじめる。
「ふん。恐怖に囚われたか」
和樹の様子を見て、侮蔑に満ちた口調で、無影は呟いた。
「いっそ死ぬか、坊主? 何者かは知らねぇが、お前のような腰抜けでは持っている情報もたかがしれてるか」
その無影の言葉に、和樹の中の何かが反応した。かすれた声で、和樹は問う。
「僕が何者か知らないって……じゃあ、お前は僕が管理側の者だと言うことは知らないのか?」
「お前が管理側の者だと? ハハッ! やれやれ、お前の仲間とは何度か死合ったがな。
殊にあの真紅の鎧の大刀持ちは強敵だったが……これはまた随分と差があるもんだ」
無影はニヤニヤ笑う。
「楽な籤を引いたもんだぜ。喜べ坊主、お前は生かしてやるぞ?
もっとも、情報を吐きださせるために、死よりも辛い目にあうかもしれねぇがな」
だが、和樹はそれには答えず、さらに問うた。
「僕の素性を知らなかったんだな。なら、何故僕を襲った?」
「いやなに、休んでおればお前が通りかかったんでね。
見れば戦い、敗れ、何かから逃げてきた様子。そして俺は少しでも情報が欲しいわけだ。
そんなわけで、襲ったわけさ。何か情報が聞けるんじゃないか、とね」
「……それは襲撃して、人を傷つける理由にはならないんじゃないか?」
「おいおい、お前が凶悪な相手だったらどうする? まずは無力にして、優位に立ちたいというのが人情だろう?」
「僕が何も知らなかったらどうするつもりだ?」
「死体が一つ増えるだけさ。 いやなに、仏前で手を合わせるぐらいはしてやるさ」
「最後の質問だ」
和樹は静かな声で、言葉を吐いた。
「お前はこれからも、この行動を続けるつもりなのか?」
「だとしたらどうだっていうんだ? ひょっとして坊主……腰抜けなりに、頭にきちまったのかい?」
和樹は心中でその言葉を認めた。
――――そのとおりだ。僕は今、頭にきている。
死を恐れる気持ちはエラーではないと思う。
だが、この怒りもまたエラーではない。
二つの反する目的がジレンマを生み、右腕を失った時と同じようなパニックを誘発させようとする。
が……
(落ち着け……自分を抑制しろ。感情を持つ事と、感情的に行動することは違うことだ。
そう、おそらく僕は感情やジレンマを持つように設計されている。なら、それをうまく処理することができるはずだ)
震える手足を意志の力で押さえ込む。
(先ほどの失敗から学べ。この感情がエラーでないと主張するならば、それにふさわしい行動をとってみせろ。
――――それができないほど、僕は弱くないはずだ)
自分の事が分からない。自分が何者かも分からない。自分が何を失っているかも分からない。
どういう行動をすればいいのかも明確に定まらない。
それでも、和樹にも確信できた。
自分は決して弱くないと。
きっと強さを持っているはずだと。
――――なら、今その強さを取り戻せ。
動悸が治まった。和樹はゆっくりと口を開く。
「無影。僕は、お前を今ここで倒す」
答えて無影は一瞬意外そうな表情を見せたが、やがてニヤリと笑った。
「ハ! 上等だ!!」
廃墟の中で、剣戟が響いた。
【友永和樹@”Hello,World” (鬼) 状態△(右腕欠損) 所持品:サバイバルナイフ 基本行動方針:魔力持ちの保護、魔力なしの駆除、末莉を守る】
【無影@二重影 (狩) 状態:○(回復終了) 装備:日本刀(籠釣瓶妙法村正)】
【全体放送〜満月の夜の間】
玲二と沙乃は目の前にあるそれの中を釈然としない表情で歩いている。
何も無い山道、その中腹にいきなり○○商店街にようこそとアーチがかかっていたのだ。
まぁ、中に入ると、入り口付近に数軒のこじんまりした店があっただけで、
その先は草ぼうぼうの獣道が続いていたが。
2人はその店で補給を済ませると(幸いにも薬屋があった)
また先を急ぐ、と、今度は。
「コンビニか…」
草ぼうぼうの野原に、コンビニエンスストアがやはりこれも唐突に建っていたのだった。
その異様なロケーションに2人は思わず額に汗してしまったが、だが、同時に長年の勘か、
2人は敏感にそれ以外の…自分たちを取り巻く周囲の風景の微妙な不自然さに気がついた。
「沙乃…そこを動くな」
玲二はそう言って、身を低くすると這いずるように草むらの中に潜っていく。
果たして、草の中に周到に隠されたクレイモア地雷が見つかったのであった。
玲二は近寄ろうとする沙乃を手で制して、さらに注意深く周囲を観察する。
「なるほど…このロケーションで爆発の効果を確認しようと思うなら、やっぱりあそこしかないな」
50Mほど前方のコンビニを玲二は指差す。
「俺が裏口に回る…合図をしたらここの場所をそこから動かずに槍で弾いてくれ、頼んだ」
玲二は木陰に身体を隠しながら、コンビニへと急ぐ…沙乃も草むらに身を隠し、合図を待つ。
やがて建物の影に侵入した玲二が沙乃に向けて白いハンカチを振ってみせる。
沙乃は向きを慎重に確認すると、ゆっくりと草むらの中を走るテグスの付け根を槍の穂先で弾き落とした。
かくして、破裂音と同時に、数百個のボールベアリングが撒き散らされたのであった。
「俺が裏口に回る…合図をしたらここの場所をそこから動かずに槍で弾いてくれ、頼んだ」
玲二は木陰に身体を隠しながら、コンビニへと急ぐ…沙乃も草むらに身を隠し、合図を待つ。
やがて建物の影に侵入した玲二が沙乃に向けて白いハンカチを振ってみせる。
沙乃は向きを慎重に確認すると、ゆっくりと草むらの中を走るテグスの付け根を槍の穂先で弾き落とした。
かくして、破裂音と同時に、数百個のボールベアリングが撒き散らされたのであった。
「ふん、チョロイもんね」
爆発音を聞いて、コンビニのカウンターの中に潜んでいた鳳姉妹は顔をほころばせる、
この姉妹にとってはお互い以外は全て敵だ。
大切なのはお互いとそして行方不明の父親だけ、だからそれ以外の他人は邪魔者でしかない。
「ああ、全くだな」
ギョッとして振り向く双子の目の前に、裏口から入ってきた吾妻玲二が立っていたのであった。
コンビニのカウンターを挟んで、鳳姉妹と玲二&沙乃…見た目では鳳姉妹が非のうちどころのない美少女なのに対して
拳銃を構える玲二と槍を担いでいる沙乃…どちらが加害者なのかまるで分からない。
「あの…お腹が空いてたの、だから怖くなって私たち…それで」
「うわーんうわーん」
「今更泣かれても勘弁できないわよ!それに涙出てないじゃないの!!」
沙乃は呆れ顔で双子を見つめる、だが玲二はやけにシリアスな顔をしている。
お腹が空いていた…か?
玲二はごみ箱の中やその周囲に散乱する、まだ中身が入っている大量のスナック菓子を目ざとく見つけていた。
パッケージにはXXフィギュアつきと書かれている。
そして不意に思い出す、(ハンバーガーを山ほど食べるのが夢だったんだ)
そう言って目の前の山ほどのハンバーガーに満面の笑みを浮かべる少女の記憶を…。
たかがハンバーガーにそこまで喜ぶ子供もいれば…玲二はスナックの袋を握りつぶし、鳳姉妹を睨みつける。
この2人によって自分の大切な思い出を汚された、そんな気がしたのだ。
「そうか、なら望み通りたっぷりと食べさせてやる」
そう吐き捨てるように言うと玲二は食料品売り場に向かい、埃をかぶった陳列棚をがさがさとまさぐっていく。
「2年前のしめさば、これなんかいいな…それと年号が昭和時代の牛肉のたたきなんか熟成されていて、
きっと美味しいぞ」
玲二はそういった類の食品類を鳳姉妹の目の前に置く。
「さぁ食べろ、誰かの命を奪ってまでも食べたかった食事だろ、食べろ」
「ちょっと!やりすぎじゃないの!?」
「これでも上等だ…さぁ食べろ、それがいやなら」
玲二は姉妹に向けてコルトパイソンを構える。
「もう食事が永遠に必要ない世界に連れてってやる」
鳳姉妹は顔を見合わせると、やがて観念したかのように2年前のしめさばを口に運ぶのだった。
それからしばらくたって。
「1年と8ヵ月前の牛乳…もうチーズになってるなこりゃ」
粘液状のかつて牛乳だった何かを玲二はグラスに開ける。
「3年前のマヨネーズと混ぜれば、カッテージチーズみたいで美味しそうだろう」
異様な食事会は未だに続いていた。
「殺してやるわ…あんたたち2人とも必ず殺してやるんだからぁ!!」
本性を剥き出しにして泣き叫ぶ鳳姉妹。
「そうか…」
その瞳が冷たく光ったかと思うと、見えないほどの素早さで玲二はもう1度S&Wを抜き放ち、
2人の眉間に向けて構える。
「ならその時は本気で相手をしてやる、無駄口叩く暇があるならもっと食べろ」
玲二は容赦無く、双子の口に九ヶ月前のピーナツバターサンドをムリヤリつめこんでいく。
もはや沙乃は異様な光景に耐えられず、外に逃げ出してしまっている。
「大体、食料品店に潜んでおいて腹が減っていたなんて、そんな浅はかな理屈しか吐けないようじゃ
俺たちは倒せない」
確かにそういう所がまだまだ子供だなと、入り口でやり取りを聞いていた沙乃は思う。
用意周到な罠を張るまではいいが、それを見破られたときの臨機応変さが根本的に不足しているのだ。
とはいえ、新撰組十番隊組長とファントムを出しぬくことなど、至難の業なのだが。
やがてウーンと唸り声を上げてまずはあかねが、それからなおみがついに目を回してぶっ倒れてしまった。
玲二は目を回した鳳姉妹の枕もとに、胃腸薬を置いてやる。
「武士の情けだ…あばよ」
【吾妻玲二 ファントム・オブ・インフェルノ ニトロプラス 状 ○ S&W(残弾数不明) 狩 】
【原田沙乃 行殺!新撰組 ライアーソフト状 ○ 十文字槍 鬼(現在は狩) 】
(食料・医薬品等補給済)
【鳳姉妹@零式(アリスソフト) 持ち物 クレイモア地雷x2 プラスチック爆弾 AK47 状態 △ 狩】
(どちらか片方が招の可能性あり)
劇中、玲二がコルトパイソンを構える描写がありますが
S&Wの間違いです、申し訳有りません
だ、だ、だんっと資材を駆け上がる音が聞こえたかと思うと、一つの影がすぐ側にある資材の山の天辺に現れた。
その影はゲンハを視線に捉えるや否や、得物を腰溜めに構え、全力で突進をかける。
「ぬおおおおっ!!」
雄叫びが轟く。
古びた38式歩兵銃に取り付けられた銃剣が、一直線にゲンハに襲い掛かった。
「チィッ!?」
とっさに鉄パイプを構えて迎え撃つ。
――ギャリイィィ!
耳障りな音を立てて、鉄パイプと銃剣が火花を散らした。
得物を交差させたまま、二人は至近距離でにらみ合う。
(今の声の野郎か!)
「長崎さん!」
悠人の声に、その影――長崎旗男の視線が一瞬だけそちらを向く。
(甘ぇんだよ)
突然ゲンハの鉄パイプが引かれる。旗男の身体が前に泳ぐ。
「うるぁ!」
旗男の鼻っ柱にゲンハの頭突きが叩き込まれる。鼻が折れたらしく鈍い音がした。
ニヤリと笑みを浮かべかけたゲンハだったが、突如何かに気付いたように急に顔を引き締め、身を低くして飛びすさる。
「ぬ…」
旗男の短いうめきが漏れる。
銃剣の根元を逆手に持ち替え、一瞬前までゲンハの首があった位置を掻き切る態勢のまま彼の動きは止まっていた。
(ち、危ねぇったらねぇぜ…)
ゲンハは内心冷や汗をたらす。
銃剣は背後からだ、見えたわけじゃない。直感だけでかわした。
あと一秒飛びすさるのが遅れていたら、おそらく命はなかっただろう。
(俺じゃなけりゃ終わってたぜ…面白れぇ奴が出てきやがったな)
獰猛な笑みを浮かべて旗男をねめつける。
当の旗男は、何事もなかったように折れた鼻を捻って元に戻し、今度はゲンハから視線を外さぬまま悠人に声をかける。
「…無事か、高嶺」
「ん、まあ打ち身やら裂傷やらで身体節々痛いかな…あんまり無事じゃないけど…なんとか」
いつぞやの様におどけて答える悠人に、
「…そうか…なによりだ」
口元だけをわずかに笑みの形に引き上げた。
「…高嶺、この場は私に預けろ…。お前はその娘を連れて、行け」
得物を小脇に抱え、突撃態勢を取りつつそう続ける。
「いや、こいつ相当手強い。二人がかりで戦った方がいい」
「…ならば、なおさらだ。とにかく逃がしてこい。その後、戻ってくればいい…」
悠人は考える。
ゲンハはもうせりなは狙わないと言ったが、奴がその言葉を守るかどうかは別の話だ。
劣勢になったら、あっさりと覆して人質に取るかもしれない。
「…わかった。すぐに戻る、その間頼むよ」
言って、ゲンハを警戒しながらせりなを促し、背に背負う。
「なに逃げようとしてんだテメェ! この根性な…」
ゲンハのセリフの途中で旗男が突進をかける。最初の時と同じ、得物を腰溜めに構えて。
「ちっ! この馬鹿の一つ覚えが!!」
リーチはわずかにゲンハに分がある。突っ込んでくる旗男の顔面に向けて鉄パイプを振るう。
旗男は走りながら、とっさに身をかがめてヘルメットで受ける。
そして命中。ヘルメット越しとはいえ、強烈な衝撃が旗男を襲った。
だが止まらない。顔への攻撃だというのに瞬きすらせず、旗男は力の限りに銃剣を突き出す。
「なんだとっ!?」
「おおおお!!」
むりやり身体を捻って、襲い来る刃を避ける。
だがかわし切れず、服の一部とその下の皮膚が裂け、血がしぶいた。
「テメェ!!」
ゲンハの罵声が響く。
この世界に来て、初のダメージらしいダメージだ。
距離が少し開いた。旗男はまた銃剣を構えて突進する。
「ンの野郎があぁっ!!」
今度は顔面より下、胴体目掛けて鉄パイプをスクリューぎみに突き出す。
旗男はまた突進しつつも、グンと身をかがめる。
敵兵の銃弾を掻い潜って接近する為の、戦場の走法だ。
鉄パイプは肩口、というよりすでに背中と言っていい辺りをかすめ、衣服のみならずその下の肉まで抉り飛ばす。
だがそれでも止まらない。
剣先はあやまたず、ゲンハの心臓へと一直線に繰り出される。
(またかよ!)
止まらない為、どうしてもカウンターぎみに攻撃が飛んでくる。
二度目ともなればゲンハもある程度予期していたが、完全にはかわしきれずに二の腕に傷を負う。
(面白れぇ…!)
あらためて目の前の相手を見る。
技術は無い。剣技や体捌きなどは悠人とかいうガキの方が上だろう。
だが、この長崎という男には迷いが無い。
恐れない。怯まない。
命を奪うことに躊躇しない。命を奪われることに萎縮しない。
一撃一撃が、命を刈り取る凶器だ。
一つ一つの行動が、ゲンハの嗅ぎなれた匂いを運んでくる。
――死の、匂い。
ぶるっと身体が震えた。
恐怖からではない。歓喜の震えだ。
すでに悠人と女の姿は資材の山に遮られて見えないが、もうどうでもいい。
「いいぜ、いいぜぇ! 闘いってのはこうでなくっちゃなあぁっ!!!」
雄叫びを上げて、ゲンハは旗男に飛び掛かっていった。
【長崎旗男@大悪司(アリスソフト) 狩 状態△(鼻骨骨折、背中に裂傷あり) 所持品:銃剣】
【ゲンハ@BALDR FORCE(戯画) 招 状態△(裂傷あり) 所持品:鉄パイプ】
【高嶺悠人@永遠のアセリア(ザウス) 狩 状態△(打撲、裂傷多数) 所持品:永遠神剣第四位『求め』】
【春日せりな@あしたの雪之丞(エルフ) 招 状態△(軽いショック状態 外傷は無し) 所持品:なし】
「とりあえず、ここでいいか」
ゲンハから死角になる位置、資材の山を三つほど越えたところで、悠人は背負っていたせりなを降ろした。
座るのに手を貸そうかと思ったが、震えながらも自分の足で立っているのを見てやめる。
「ん…、ありがと。もう大丈夫みたい…」
「もう少し座って休んでた方がいい、終わったらまた来るから」
言って、二人が戦っている場所へと戻ろうとする。
「あ、ちょ、ちょっと待って!」
去ろうとする悠人を呼び止める。
「ん?」
振り向く悠人の姿をよく見る。
どこもかしこも傷だらけだ。服はほつれ、血がにじんでいるところも多々ある。
…自分のせいだ。
「ごめん…私、身体動かなくて、逃げれなくて、だから…」
だから、悠人はこんなにも苦戦した。こんなにも傷を負った。せりなを守りながら戦ったから。
彼女はそのことで自分を責めている。
そのことに気づいた悠人は、笑みを見せてせりなに答える。
「気にすんなって、俺も初めて戦闘に出た時は似たようなもんだった」
初陣の時を思い出す。
男の自分でさえビビっていたのだ。彼女が萎縮してしまうのも無理は無い。
なおかつ、自分が駆けつけた時には強姦されかけていたのだ。
正気を保っているだけでも賞賛物だと悠人は思う。
「それにこのくらいの怪我は日常茶飯事なんだよ、困ったことに」
苦笑しながら、そう話を続ける。
それに、ここまで苦戦したのはせりなの為だけじゃない。
根本的な原因は自分にあることを、悠人はわかっていた。
ふと、まじめな顔に戻って、こうも続ける。
「それと、俺たちが負けたと思ったら君は自力で逃げてくれ。森に入ればなんとかなるはずだ」
その言葉に、せりなは息を飲む。
あの男相手に敗北するということは、たぶん死を意味する。
その可能性も考えに入れた上で、悠人は逃げろと言っているのだ。
「…逃げないよ」
戻ろうとしていた悠人がまた振り向く。
「逃げないから、また戻ってきてくれないと私困っちゃうよ」
こんな返答が返ってくるとは思っていなかったのだろう。
あっけにとられた顔でせりなの顔を見る。
「…何言って…」
「それと、私は春日せりな。私立、鹿島学園二年。
明朗活発、天真爛漫、成績赤点と三拍子揃った無敵娘!
…このせりなさんが応援してるんだから、大丈夫、勝てるよ」
一気にそこまで言い切る。
悠人はあっけにとられたまましばらく固まっていたが、突然に吹き出し笑い出した。
「明朗とか天真…って、自分で言うかぁ? しかも最後のは揃ってない揃ってない!」
ひとしきり笑った後、
「しかし、さらりと重いこと言ってくれるな」
つまりは、自分を助けたかったら絶対に勝てということだ。
「わかったよ、努力はしてみる」
「努力だけじゃだーめ、絶対に勝つって今ここで約束!」
「…まじか? 確実でないこと約束したくないんだけどなぁ…
…いや、やっぱり勝てなかった場合のことは考えておきたい。
君の方こそ、俺たちが負けたら絶対に逃げるって約束……あ」
せりなのこめかみの辺りに、怒りマークが見える。
それとその握り拳はなんですか?
「あ、あの…?」
「な…、なー…、なーんだっていきなりヘタレるのよー!!」
どかーんとキレる。
「さっきの戦いん時、『大丈夫だ、必ず守る(低音)』って言ってたのはなんだったわけ!?
あれ聞いてちょっとときめいちゃった私がバカみたいじゃないのよー!!」
「い、いやまぁ、ちょっと…とにかく、落ち着け」
「これが落ち着いていられるかーっ!! ちょっといいなー、と思ってたらもー!
何で、肝心なトコで…あーもーむかつくー!
最後までキメてくれたっていいじゃないのよーっ!!」
言いたいこと言って、ぜーはーと肩で息をする。
「とにかく、悠人! …呼び捨てさせてもらうけど、いいわね!」
「……」
「返事!」
「はい!」
「勝ってまた戻る! オーケー!?」
「お、おーけー!」
「はい、そんじゃいってらっしゃい!!」
バシンと背中を叩いて送り出す。
「え、え? ええ?」
「早よ行く!」
「はい!」
元気よく返事"させられて"、悠人は戦場に駆け戻っていった。
「ふう」
キレて勢いだけで送り出してしまったが、そのおかげで震えも止まった。
怪我の功名とでも言おうか。
あんな約束をさせてしまったが、本当に大丈夫だろうか。
多分、大丈夫だ。さっきは負けてたけど、今度は自分という足手まといがいない。
「勝って…戻ってくるよね」
「さて、それはどうだろうね」
背後から男の声。
せりなが振り向く前に、後頭部に衝撃が走った。
「ま、子供の思う通りに事が運ぶほど、この世は甘くないって事だ」
気を失ったせりなを抱え、直人はニィッと笑った。
「拳銃に人質…か。出来すぎだな」
内心で苦笑し、ポケットの中のシグ・ザウエルの感触を確かめた。
…助けたの俺だよな? あれ? なんで?
悠人は割と混乱気味だった。
あっさり命令口調で送り出されたが、なんとなくデジャヴを感じてもいる。
せりなのあのノリが、誰かに似ている気がするのだ。
(…ああ、今日子だ)
そうだ、今日子もこの世界に来ているんだった。
光陰も一緒ならば今日子のことはあいつが守ってくれるはずだが、『因果』の反応が無いので確証は無い。
早いところ、探し出してやらなきゃいけない。
せりなも、この件が片付いたら多分同行することになるだろう。
(意外と、この世界でも守りたいもの増えてきたな)
守るには、まずここを切り抜けなきゃならない。
そのためには…
(…腹括るか)
人を、殺す覚悟を決める。
ためらうことで守れるのは、人殺しにならないという自分の心だ。
だが、それでは他の守りたい人たちを守ることができなくなるかもしれない。
それなら、自分の心くらい守れなくたっていい。
(そういえば…飯島さんはどうしたんだ?)
唐突にもう一人の同行者を思い出す。まだ旗男としか会っていない。
まさかとは思うが、付き合ってられんとばかりに別行動を取ったのだろうか?
(あの人なら…ありうるな…)
願わくば、どうか来ていますように。
悠人は期待する。自分の知る人物の登場を。
悠人は知らない。自分の知らない人物の登場を。
そして、舞台は整う。
【高嶺悠人@永遠のアセリア(ザウス) 狩 状態△(打撲、裂傷多数) 所持品:永遠神剣第四位『求め』】
【春日せりな@あしたの雪之丞(エルフ) 招 状態△(気絶) 所持品:なし】
【直人@悪夢(スタジオメビウス) 招 状態△(傷は多いが命に別状なし) 所持品:シグ・ザウエル】
悪司と羅喉が倒れてから、しばらく。
雪とリップは、人狼との戦いで破壊された民家とは別の一軒に二人を運ばんだ。
元あった家から持ってきた布団と、今来た家にあった布団に二人をそれぞれ寝かせながら。
「お兄様が羨ましい……」
「えっ?」
二人を寝かしつけた布団の横で、羅喉の顔を見ながら雪は呟いた。
「思うんです、私も普通の女の子だったら、、
お兄様と一緒に格闘技を習えたんじゃないかなって……」
「普通の女の子か……」
雪のぽつりと漏らした言葉にリップは、反応した。
「あ、リップ様、ごめんなさい。 そう言うわけじゃ……」
目の前にいる戦う騎士としての道を選んだ少女の事を思い出し、
今、自分のした発言は、彼女の気に障ったのかもしれないと雪は不安を抱く。
「あ、大丈夫よ。 気にしないで」
リップもまた、自分のふいに呟いた言葉が彼女に気遣いをかけたと思い、返答をする。
「私はね、思うの。 この力があるから困っている人を助ける事ができる。
自分だけに与えられた使命って言うのかな。
それができるって、とっても素晴らしい事だと思うわ」
「自分の力でできる事……、リップ様って凄いんですね……」
「ううん、そんな事はない。 私だって少女であるのには、変わりないわ。
けど、この姿でいる時は、この力を使う時は、戦士でいようって決めているだけ……」
自分の隣にいる少女は、自分に比べ、なんと力強く前向きに進んでいるのだろう。
雪の中に、リップへの憧れの感情が生まれ始める。
「私もリップ様のように強くなれますか?」
「大丈夫、雪さんなら、きっと強くなれますよ。
私のような騎士にまでなったらお兄さんが泣いちゃうかもしれないけどね」
にっこりとした笑顔で、リップは目の前にいる少女を勇気付ける。
あれから、しばらくの間、二人の話は弾んでいた。
「そう……。 大変だったのね」
「はい、怪我の功名ってやつです」
自分の力の事、そして元いた世界でそれを狙われていたこと。
兄が常に守り抜いてきてくれた事、そしてこの地にやってくる前の事を共に語り合っていたのだ。
対するリップも自分が元いた世界で戦っていた相手の事等を話していた。
そんな最中……。
「っつ……。 今何時だ?」
寝起きで頭が痛そうに、悪司が目を覚ます。
「ああ…………、夢だったら良かったんだけどな」
現状を、そして何を経験してきたのかを思い出したようだ。
「羅喉は、まだ起きてないのか?」
「ええ、隣のお布団の方で……」
悪司の問に対して、雪が答える。
「しゃーねぇな。 おい、いつまで寝てるんだ。
お前が寝てたら誰がじょうちゃん守るんだ」
ゆさゆさと羅喉の身体を揺さぶる悪司。
「……ん? なんだ悪司か」
「妹さんの方が良かったのか?」
「悪司様、お兄様は、私達を守るために連戦していて疲れも溜まっているんです……」
新撰組、人狼、そして悪司との喧嘩。
ここの所、羅喉は戦い続けであった。
「んなの俺だって同じだ」
悪司もまたアイと戦い、新撰組と戦い、そして羅喉と喧嘩したのだ。
だからこそ、それらの疲労から二人は長い事眠っていた。
「大分、長い事眠っていたみたいだな……、すまん」
自分達を運び、その間見ていてくれた二人の少女へと羅喉は礼を述べた。
「いえ、私も助けてもらいましたから……」
それに対し、リップも先の一件で忘れていた礼を述べる。
「さて……、これからどうするかな」
立ち上がり、肩をぶんぶん回しながら悪司は言う。
「仇を追うのか?」
「ああ……、けど情報が少なすぎるし、探すったって何すればいいか解らないしな。
っと、その前に羅喉、お前に一つ聞きたいことがあるんだ」
「なんだ?」
悪司の突然の問に、羅喉は?マークを示した。
「お前、何であの時、打ち合いに応じたんだ?
わざわざ俺と同じタイプの技を使わなくても……、ほら、えーっとあれだ。
はどーけんみたいなやつとかだったら、俺は負けてかもしれないぜ?」
悪司の必殺技、大悪司は単純明快な技である。
闘気を高め、一気に相手に詰めより、気を込めた拳で殴りつける。
単純だからこそ破るのが難しい。
「なぜ、わざわざ『天陣神舞』で迎え撃ったかか……」
対する羅喉の『天陣神舞』。
闘気を高め、拳にのせて連打する。
どちらも良くにた技である。
「おう」
「勝負だからだ」
「?」
今度は、悪司が顔に?マークを浮かべる。
「殺し合いではない、純粋にお前と私の勝負だったからこそ、
『天陣神舞』で、打ち合いに応じたのだ。
相手が最高の技で来る。 ならば、私も同じ系統の技で打ち合い、
お互いの技量をぶつけ合う、それが礼というものだ。
その結果、私とお前は、引き分けた。
そして私は、その結果に満足している。
もし、悪司、お前を殺すタメの手段を取っていたら、私はあの戦いに何ら価値を見出さないだろう」
「武人の誇りってやつか……。 俺には良くわからないが……。
でも嫌いじゃねぇ、むしろそういう所を気に入ってるぜ」
「ふっ、お前も相当なバカのようだな」
「……かもな」
そう言い、二人は、友として笑った。
「いいなぁ……」
そんな二人の様子を見て、雪が羨ましそうに言う。
「おう、何ならじょうちゃんも一度組に入ってみるか?」
「悪司、それは止めてくれ……」
「冗談だ、冗談」
この地において、悪司は、ほんの一時ではあるが、
わかめ組の時の雰囲気を感じる事ができた。
また鴉丸兄妹たちにしても久しく楽しい時を過ごせた。
「さて、そろそろ真面目に考えないとな……」
悪司の顔が、今までの表情とは打って変わり、キリッとしたものになる。
「まずは、お互いの情報交換から……、これが一番だろう」
同じく羅喉も真面目な表情へと切り替える。
「情報と言っても、私達は余り……、リップ様はまだ目覚めたばかりですし」
「ううむ……」
「結局、俺が一番情報がありそうなのかよ……」
はぁ……。と悪司はため息をついてしまう。
その時だ。
彼等の前に学校のチャイムの音が響き始める。
ヴィルヘルムによる放送が始まったのだ。
【鴉丸羅喉@OnlyYou-リ・クルス-(アリスソフト) 狩 状態○(ほぼ回復) 所持品:なし 行動目的:雪を護りぬく】
【鴉丸雪@OnlyYou-リ・クルス-(アリスソフト) 招 状態○ 所持品:なし 行動目的:兄についていく】
【七瀬凛々子(スイートリップ)@魔法戦士スイートナイツ(Triangle) 招 状態○(軽傷有り) 所持品:グレイブ】
【山本悪司 大悪司 アリスソフト ○(ほぼ回復) なし 招 ランス(名前、顔は知らない)を追う】
128 :
葉鍵信者:04/03/19 22:55 ID:t0T1nxFI
すまーん。
拳を極めし者の時間帯が不自然極まりない事が発覚してしまったので、
同じく武人の誇りと一緒に一旦NGで、その対策を行ないますわ@@;
「着いたぞ…今日子」
「うん…」
迷いがなかったと問われれば間違いなくあっただろう。
しかしそれ以上に今日子の気持ち…今日子の想いを大事にしたかった。
もう光陰の誓いは一方的な物ではないのだから、二人で居ればどんな困難でも乗り越えられる。
そう信じるしかない。
光陰が寄り添う中、今日子はゆっくりと高円寺沙由香の遺体に近づいて行く。
思った程遺体の損傷は激しくなかった。
誰がやったのか遺体の目は閉じられ手は合わせられている。
何も知らない人間が見たなら安らかに死んでいるようにも見えるだろう。
「でも…あたしは覚えてる」
そうだ───あの驚いたようなそれでいて苦しむような表情を、手に感じる生暖かい感触を──覚えてる。
名前は…よく覚えていない。
日本人の名前ではなかったような気もするが、あの時の今日子は空虚の束縛に耐えるのに
必死で相手の言った事なんて殆ど聞いてはいなかったのだ。
只──苦しんでいた今日子にやさしい言葉をかけて──助けようとしていたのにこんな目に会ってしまったのだ。
それだけは覚えている。
何も悪くない、悪い所か今日子を助けてくれようとしたのに、
ファンタズマゴリアで戦ってきたスピリット達のように、今日子を殺そうとしていたわけではないというのに…
「ごめんね……あたしにさえ出会わなかったら…こん…な……事……になん…か……」
何時の間にか涙が止まらなくなっていた。
光陰は無言で今日子を抱き寄せる。
「バカ……何…様……のつも……り……?」
「彼氏様だよ、これくらいしかしれやれない役立たずな、な」
「ぐすっ……そう…だった……ね…でも……違うか…もしれ…ない……」
「そうだな…こんな役立たずなの彼氏様じゃないな…」
「本当に……馬鹿…これくらい、じゃない…こんなに……してくれる、だよ…」
今日子は静かに光陰の胸の中で泣いていた。
「しかし本当にこんな適当でいいのか…」
結局海上を歩くわけにもいかず、棒を倒して行く方向を決定したのに一抹の不安を覚える麦兵衛。
「世の中はなるようにしかならないよ」
わかったような事を言っている透の前を元気に歩いているのはまひるだ。
「えへへ〜、砂浜に足跡がいっぱい〜」
「…まるで酔っ払いが歩いたみたいだ」
右にうろうろ、左にうろうろと歩いているまひるの足跡は千鳥足と呼ぶのにふさわしい。
「こういう状況だからね…心の自己防衛機能で普段通りにしようとしてるのさ。特にまひるは、ね…」
出会った時に聞いた話だと、初音に殺されたのはまひるの妹と親友だったと聞く。
なぜか透は親友の方に関しては「親友…どちらかというと…いや、やめておこう」と言って歯切れが悪い返答だったが。
「軍曹!9時の方向にあやしい建造物です!」
まひるが声を挙げる。
「よくもまああんな見えにくい位置にある建物を…」
もし全員が真っ直ぐ前方だけ見ていたら、絶対に見落としていただろう。
(もし…まひるさんがあれを計算してやってるのだとしたら…ありえないか)
麦兵衛は頭に浮かんだ突飛な考えを全力で振り払う。
「そういえば…図らずもあの場所から南に進んでいるね…」
透が思い出したかのように呟く。
「じゃあ…あれがそうなのか」
成る程、巧妙に隠されていて注意していなければ見つける事はまず不可能だろう。
「どうする?確かに一度はやめようとは言った物の、正直な所武器が欲しいのは確かだ」
「危ない人はあたしが全部やっつけちゃうから大丈夫だって!」
「確かにまひるはこの中じゃ一番強いけどね…
だからと言って僕達が無力というのはいざという時に致命傷になる恐れがある」
「でも武器を取りに行く行為が致命傷になるかもしれないしな…」
「そうだね、もとより今生きてるのが不思議なくらいだ。下手に危険を冒す事もないだろう…
もっとも他の人間を探すのが安全かと言えば決してそうではないけれども」
結局三人は再び歩き出す。
「大佐、大佐」
「まひる少尉、勝手に人を一度死んだことにしないでくれないか。で…今度は何かな?」
「俺には二度死んだことになってる気がするんだが…」
それに軍曹より少尉の方が階級は高い気がするのだが。
麦兵衛の突っ込みを無視してまひるは話を続ける。
「はっ!前方に怪しすぎる建物があります!」
そう言われ透と麦兵衛はまひるの指差す方向を凝視する。
「怪しいというか」
「単にぼろいだけだな」
むしろぼろぼろ過ぎて建物としての体裁すら保っていない。
「でも誰かいるっぽいよ」
「マジか」
まさかあの雨が降ってきたら素通りしてきそうな空間に誰か住んでいたり、隠れていたりするのだろうか。
麦兵衛には人がいるなどととても信じられないが。
「何にせよ…僕らには他に選択肢はない。そうだろ?」
「うんうん。行ってみないと始まらないって!」
ゴホン、と透がわざとらしい咳払いをする。
「よく言った少尉。目標に向かって突撃だ!」
「イエッサー!」
「こんな適当なので本当に大丈夫なのか…」
「ありがと…光陰。もう大丈夫だから…」
今日子が泣いていた時間は、涙が枯れるのではないかと思う程に長い時間であった。
「あたしはこの人の為に何ができるんだろう…」
どんなに悔いても、どんなに嘆いても、もう失った命は戻りはしない。
だから…せめてこの人がやろうとした事を、この人のやさしさを──
この人の想いを継ぐことが今の今日子にできる最大の償いに思えた。
「今日子…?」
長時間黙りきっている今日子を心配し、光陰が声を掛ける。
「ねえ、光陰」
答えた今日子の声に迷いはなかった。
「あたしね…この島の馬鹿げた連中を倒したい…それで戦いなんかに関係ない人達を守りたいの」
(きっとこの人でもそう言うと思うから)
それは今日子の想像に過ぎないが…それでもなぜかその考えが正しい気がした。
「お前の決めた事だ、好きにするといい。俺のやることはとっくの昔に決まってるからな」
「バカ、なにうれしそうな顔してるのよ」
「なんでだろうな?」
全く、こいつはいつもそうだ。
たまに真面目になったかと思えばすぐ軽くなる。
「待て、今日子…誰か来るぞ」
「中央からの刺客…?上等じゃない…あたし達の力ならなんとでもなるよ」
光陰と今日子は思わず警戒してしまう。
先の放送を信じるのなら人を襲っている自分達に刺客が派遣されてきてもなんの不思議でもないのだ。
「え〜と、ごめんください〜!」
声は聞こえるが声の主の姿は見えない。
(あたし達に対する刺客…じゃなさそうね)
(あれで刺客だったらいい根性してるけどな…)
光陰と今日子は声を潜めて話をする。
「人どころか鼠もいなさそうだぞ…」
先程とは声とはまた違う声。
「まるで秘密基地だね」
そしてなんだかやたら間延びした落ちつきのある声。
(三人…なんだか悪い人達じゃなさそうだね。こっちから行ってみる?)
(そうだな…変に隠れてて警戒させるのもなんだしな)
光陰は最初に聞こえた声の主に近づく。
「よう、あんたらも」
「きゃ〜!!」
「ガフッ!」
光陰は最後まで言葉を言えなかった。
「あれっ…人?」
「なん…で……いきな……り……殴られ…るん…だ?」
今日子が呆れた顔をしてるのが見える。
「因果で隠れてていきなり目の前に姿が現れたら誰でもびっくりするっての」
【碧光陰@永遠のアセリア(ザウス)招 状態○ 所持品 永遠神剣第六位『因果』】
【岬今日子@永遠のアセリア(ザウス)招 状態○ 所持品 永遠神剣第六位『空虚』(意識は無貌の神)】
【牧島麦兵衛@それは舞い散る桜のように(バジル)招 状態○ 所持品なし】
【遠葉透@ねがぽじ(Active)狩 状態○ 所持品 妖しい薬品】
【広場まひる(天使覚醒状態)@ねがぽじ(Active)招 状態◎ 所持品なし】
【満月の夜の前】
しまった…脱字があったか。
>>129、3行目
迷いがなかったと問われれば間違いなくあっただろう。
↓
迷いがなかったかと問われれば間違いなくあっただろう。
廃墟の中、剣戟の音が響く。
鋼と鋼がぶつかり、火花を散らす。
白刃がひらめき、風を切り裂く。
幾たびの打ち合いを経て、異形の侍と隻腕の機械人形の死闘は未だ決着を見せない。
両者の戦い方は、対照的だ。
「相変わらず守りばかりかよ!! 立派なのは口だけか!?」
挑発と共に攻勢に乗るのは無影。
「…………」
沈黙のまま守りを固めるのは和樹。
無影が一歩踏み込み刀を振るうならば、和樹は一歩引きナイフで斬撃を受け流す。
無影があえて間合いを取ろうとも、和樹は己からは間合いを縮めない。
故に攻守の役割は一度も入れ替わるまま、勝負は長引いていた。
(こいつ、何を考えてやがる?)
斬撃をくわえながら、無影は心中で舌打ちをする。
攻守の別がついてしまっているのは、無影の技量が理由ではない。和樹が決して攻撃には回らないからだ。
なるほど、確かにサバイバルナイフは、攻撃よりも守りに適した武器ではある。
仮に剣技が差があろうとも、守りに全力を尽くせばまんざらしのげなくも無い。 しばらくの間ならば、だ。
(だが、そいつはジリ貧だぜ? それが分からんほど愚かには見えんのだがな)
無影の日本刀は、籠釣瓶妙法村正の銘を持つ業物だ。対して和樹のナイフは、無銘の品。
それなりに良いものだろうが、武器の質を問われれば、圧倒的に無影の方に軍配が上がる。
受け流すことで辛うじてもたせてはいるが、既に和樹のナイフには細かい刃こぼれが目立つようになってきた。
「どうした? その獲物もそろそろ限度だぜ?」
再び無影は挑発する。
「…………」
だが、和樹は依然沈黙を守ったままだ。
ただ、鋼がぶつかり、擦りあう音が、廃墟の中で木霊するだけ。
相手にされぬ挑発ほど、空しいものもあるまい。無影は再び、心中で舌打ちした。
(チッ……追い詰めているのは俺のはずなのだがな)
一太刀ごとに相手を追い込んでいるという確信はある。
事実和樹のナイフは破損の度合いを増し、また和樹自身にも無影の刃が届きはじめていくつか浅い切り傷を作り始めていた。
にも関わらず、和樹は攻めない。ただ、守りに徹し、じっと耐え続ける。
相手の行動が恐怖にとらわれた者特有の時間稼ぎでないことぐらい、分かる。
相手がそんな者ならば、とうの昔に無影は勝利しているのだから。
(気に食わんな、この流れ)
無影とて剣の達人。見せ掛けの優位に慢心するほど愚かではない。
この流れは己ではなく、敵が作り出したもの。
故にこの先に待ち受けるのは恐らくは罠。
敵は真っ直ぐに無影を見つめ、観察している。 測っているのだ。自分を殺す、その機を。
(それに、この坊主。刀を合わせる度に、動きが良くなっていやがる)
片腕の動きに慣れをみせはじめているのか、それとも無影の刀術から何かを学んでいるのか。
それはあたかも―――
(俺を練習台と扱うのならば、それはひどい侮辱だぜ。坊主?)
だから、無影は覚悟を決めた。
いずれ顎の閉まる罠の前で突っ立っている趣味はない。
そこに罠があるというのなら、仕掛けはこちらから外してやる。その上でその罠を粉砕するのみ。
トン、と一歩大きく後ろに下がり、無影は間合いを開ける。
同時に、刀の戻す軌跡を通常よりほんのわずかだけ大きくした。
これは誘いだ。
―――さあ、お前が隠し持つその牙を、今すぐ俺に見せてみろ。
無影の誘いに釣られたのか、それともあえて乗ったのか。
無影の下がる動きに合わせて、
ダンっ、と初めて和樹が前に踏み込んだ。
「ハ―――アアアァァァッッ―――」
今まで沈黙を破り、裂ぱくの声が上がる。
踏み込みと同時に、ナイフが前に突き出され―――
(なに―――!?)
そのナイフが無影に届く前に、ナイフを持つ和樹の手首が降られた。
ヒュインッ
スナップの動きだけによる、至近距離からのナイフの投擲。
機械人形の道理を超えた力と反射神経にのみよって可能となる技。
ナイフは一筋の閃光と化し、無影に飛ぶ。
この距離で、この速度。回避できる道理など無い。
「ッア!!」
だが、無影とて道理などとうに超えた存在。
ありえない速度で刀が振るわれ、キィインィインっと甲高い音を立てて投擲されたナイフを叩き落とす。
だが、互いにこれだけの魔技を見せても、この一瞬の攻防は終わらない。
「―――アアアァァァッッ!!」
和樹の踏み込みの勢いはまだ生きている。
もっている唯一の武器すら捨てゴマにし、ただ一度と定め、作り出した攻撃の機。
ナイフを叩き落すために、振るわれた無影の刀の隙を縫って、
渾身の力を込めた左の正拳が、無影の顔面に向かって飛び―――
ミシャアッと、肉と骨がつぶれる音がして、
ニヤリ、と無影は笑った。
(いい攻撃だぜ。惜しかったな)
和樹の拳は無影の顔に届かなかった。その寸前で、無影の左腕によって防がれたのだ。
左腕はつぶされた。再生には時間が掛かるだろう。
だが、刀を握る右腕はまだ生きている。
(だが、俺の勝ちだ)
奴が拳を引くよりも早く、後ろに飛んで間合いを開けるよりも早く、この刀が振るわれる方が早い。
―――だが、それよりも早く、和樹は防がれた拳をチョキの形に変えて、
人差し指と中指を突き出し、無影の左腕ごしに首筋にトン、と触れて、
その指先から、紫電が散った。
「く……っ」
左腕の痺れに、和樹は思わず呻いた。
戦いが始まった時から左腕のコンデンサにチャージし続けていた電荷を一気に放出する。
左腕を即席のスタンガンがわりに使ったのだ。それなりに負担はかかる。
だが、相手は呻く程度ではすまないはずだ。皮膚が薄く、血管や神経の集中している首筋に電撃を食らったのだから。
「ぬぁぁぁぁぁっっ!?」
予期せぬ苦痛に無影は絶叫をあげる。だが、
(これで気絶しないのか!?)
驚く和樹の目の前で、絶叫をあげながらも無影は刀を振り上げ一閃を放つ。
横に飛んで、辛うじて和樹はその一閃を回避した。痺れる左腕を無理に動かし、地を走らせて叩き落されたナイフを掴む。
無影が刀を返し次の斬撃を振るう前に、がむしゃらに突き出されたナイフが、
無影の心臓に突き刺さった。
戦いが終わり、廃墟に静寂が戻る。しばらくたった後、和樹はつぶやいた。
「僕は……勝ったのか」
己の勝利が信じられない。いや、実際自分の勝利は幸運によるものだと思う。
和樹から情報を取り出すために、無影は、最初は相手を殺さぬよう手加減していた。
最初から本気で戦われていたら、片腕の戦い方に慣れる事も相手の剣技から学ぶ事もできないまま、和樹は斬られていただろう。
だが、その幸運を喜ぶ気にはなれなかった。
「僕は、ついに人を殺してしまったんだな……」
和樹なりに、覚悟を決めて戦った。だから後悔はない。
無影の行動はきっと多くの人間を傷つることになっただろう。彼に対する怒りはまだ胸に残っている。
だけど、どうしても思ってしまう。ついに僕は一線を越えたんだ、と。
だが、背後からの声がその事実を否定した。
「違うな。お前はまだその男を殺めてはいない。そうだろう? 不死の侍よ」
「な……!?」
慌てて振り返る和樹の視線の先。そこにはいつの間にか大剣を持った真紅の騎士が立っていた。
騎士は、和樹に一礼した。
「己の名はギーラッハ。今はケルヴァン殿の下についている者だ。友永和樹とは、お前で間違いないか?」
「そうですけど……」
突如現れた同僚に和樹は動揺する。が、なんとか頭を整理して質問した。
「何故僕の名前を? それに、僕がまだ殺していないというのは……?」
「己も騙されたのだがな……」
ギーラッハは躯と化したはずの無影に冷たい視線を向ける。
「たいした再生能力だ。いや、もはや不死の能力と言ってもよい。だが、貴様に次は無い。
その下らん死んだふりは止めるのならば、せめて末期の言葉は吐かせてやるぞ?」
しばらくの沈黙の後、躯は諦めたように笑った。
「よりによってこの時にお前がここに現れるとはな……やれやれ、運の無いときはこんなものか」
驚く和樹を尻目に、ギーラッハは首を振った。
「生憎と運は関係のない。己はケルヴァン殿の指令でここに来たのだ。苦戦しているこの男の援護に回れ。
間に合わなかった場合は、せめてお前に接触しろ、とな」
その言葉に、和樹はまたもや驚く。
(なんでだ? なんで僕が苦戦してるってケルヴァン様に分かるんだ?)
考えるまでもなく、答えが浮かび上がってきた。
(……僕は、監視されてるのか?)
辺りを見まわそうとする衝動を、辛うじて和樹は抑えると、ギーラッハの言葉に集中した。
「ケルヴァン殿からの通信を受けた己は、急ぎここに来たのだが……決着には間に合わなかったが、
それでも遅すぎるということは無かったようだな。せめて貴様に止めをさす役割ぐらいは果たせるようだ」
命はあるが未だ動く事の出来ない無影に対し、ギーラッハは大剣は振りかざす。
だが―――
『それは困るな。ギーラッハ、お前をそこに遣ったのは、何も和樹を救うためだけではないのだよ』
他ならぬケルヴァンからの通信がそれを止めた。
和樹、ギーラッハ、そして無影。
それぞれが驚く中で、ギーラッハの持つ通信機からケルヴァンの声が響く。
『和樹、ギーラッハ。ご苦労だった。お前ら二人はこの通信機を無影に渡してしばらく席を外せ。
ただし、すぐにここに駆けつけることのできる距離でな』
「……どういうことですか?」
押し殺した和樹の声に、ケルヴァンが答えた。
『分かっているだろう。 我ながら露骨に態度を示していると思うのだがな?
私はこの男に話がある。そして、お前達にその話を聞かれたくない。そういうことだ』
【友永和樹@”Hello,World” (鬼) 状態△(右腕欠損) 所持品:サバイバルナイフ(刃こぼれ等の破損) 動方針:魔力持ちの保護、魔力なしの駆除、末莉を守る】
【無影@二重影 (狩) 状態:×(心臓破壊により身動き不可。回復可能) 装備:日本刀(籠釣瓶妙法村正)】
【ギーラッハ@吸血殲鬼ヴェドゴニア(鬼) 状態:○ 装備:ビルドルヴ・フォーク(大剣)】
【ケルヴァン:幻燐の姫将軍 (鬼) 状態:△(魔力消耗) 所持品:ロングソード】
【『求めるもの。』の直後。Wicked child〜満月の夜最中か少し前辺り】
「ご、ごめんね…痛くない?平気?」
「大丈夫よ。こいつは丈夫なのだけが取り柄なんだから。ほら、まひるちゃんが心配してるでしょ!
あんたも心配かけてごめんなさいって謝んなさい!」
今日子は肘をもろに脇腹に叩き込んで気付けをしつつ光陰を促す。
「うぐっ…いや、心配かけて済まなかった、大丈夫だ。むしろこれ以上心配される方が俺にとって危険だ」
「こういぃん〜?あんたは丈夫だからもう少しくらいダメージを受けても平気よね〜?」
「いや、待て今日子!話せばわか…ぶべっ!」
スパーン!スパーン!スパーン!スパーン!スパーン!スパーン!スパーン!
ハリセンの音が小気味よく廃墟に響く。
夫婦漫才を繰り広げている二人を尻目に、麦兵衛は光陰が激突した壁を見る。
まるで漫画のように壁が人間型に凹んでいた。
「人間何かに秀でているのは素晴らしい事だね」
「透…いくらなんでも限度があるだろ…」
いくらなんでも普通は死ぬし。
(この娘大した魔力だ……この力を取り込めば我もこの世界の管理者共にもそうそう負けぬな)
それにいつまでもこの小さな器に閉じこもっているのも退屈だ。
そろそろ動くとしよう。
(所詮は戯れではあるが…よい退屈しのぎになるな。この世界はどれほど我を楽しませてくれるのか…楽しみだ)
「そうか…あんたらも大変なんだな…」
まひる、透、麦兵衛の事情を聞いた光陰は思わず溜息をついた。
(俺と今日子と……悠人と一緒かよ)
平穏な生活から突如異世界への召喚。
光陰達が経験した事と同じである。
決定的な違いは、力を与えられて戦う事を強制されているか、
そんなご都合主義な展開はなくただ無力なまま近しい者を亡くしていったか…。
(でもこいつら見てるとどっちがよかったのかなんてわからねぇな…)
戦いを望んでいなくてもまだ大事な者を守れた悠人、力がなかったばかりに何も出来ずに大事な者を失ったまひる達。
どっちがよかったなんてない。
只みんな今まで通りの平穏な生活があればそれでよかったのに。
「ねえ…光陰」
「ああ、分かってる」
今日子の言葉の全てを聞く必要はない。
今日子が何を言いたいのか全て理解できるから。
「まひるちゃん、あたし達でよかったらその…はつねって奴を倒すの手伝うよ」
「ありがたいが…その…」
「大丈夫。何が相手でもあたしは…あたし達は負けないから」
不安そうな麦兵衛の言葉を今日子は途中で遮る。
(生きてる人達だけでも守る…それしか今のあたしにはあの人のやさしさに報いる事ができないから…)
「そっかぁ…うんうん。みんなでこっから帰ろうね!」
「うん…そうだね…」
(あたしと光陰は…一緒には行けないと思うけれど。せめてこの子達だけは無事に日本に…)
(守れるのかな…?今まで他人の命を奪うことで生きてきた汝が)
(誰!?まさか空虚!?)
(我をあのような存在と同じにしてもらっては困る。我名はそう───)
目の前には今日子の手を握ってぶんぶん振り回しているまひるがいる。
空いている方の手が空虚を握る。
──駄目だ───やめて!
───もう誰も───殺したくない!
──この人達を───守るって───!
(───無貌の神)
「今日子ぉぉぉおおおおおおおおお!!」
ああ、あたしまた───。
「貴様ぁ!」
目の前には深々と剣を突き刺されているまひると、それを行った者の姿。
まひるの羽が段々縮んでいく。
まるで剣に吸い取られているかのように───
もちろん麦兵衛とて黙って見ている訳ではない。
「空虚!いつまで今日子を苦しめるんだ!」
だが真っ先に二人を引き離しにかかったのは光陰であった。
(何故だ?こいつはあの女の仲間じゃ──?)
光陰の剣をあっさりと女の方は避わした。
「まひる!しっかりしろ!」
見ればまひるの羽は姿形もなく消えうせている。
攻撃をあっさり避わした女は不気味な笑いを浮かべている。
(本当に───さっきまでの女と同一人物なのか?)
麦兵衛の心に浮かんだ疑問に答えるかのように、女は笑いを止めてゆっくりと口を開いた。
「我は空虚でも、もちろん岬今日子などという存在でもない。我の名は……無貌の神」
「無貌の神……だと?」
「そうだ…元を正せば汝等に原因があるのだぞ?我を受け入れ、我の力の全てを制御していた八雲辰人を殺した汝等に、な」
「剣の意識は…空虚はどうした?」
「消した。この剣程度の器では、我と他の意識が同時に存在する事などとても叶わぬのでな。
この体の持ち主の自我は今の行いに耐えかねて逃げ出したようだな。我がこの体、貰い受ける」
「そうか…安心したぜ。なら空虚さえ叩き壊せば今日子は戻ってくるんだからな!
透!、麦兵衛!お前らは手を出すなよ。因果…お前の望み通り空虚を砕いてやるよ!」
碧光陰は今まで抑えていた因果の破壊衝動───因果の持つ全ての力を解放した。
「砕けろ空虚!!」
光陰は因果の全ての力を乗せた攻撃を繰り出した。
速度、威力共に申し分ない、まさに必殺の一撃である。
しかし今日子───無貌の神は防御する様子もなく、空虚の先端を光陰の方に向ける。
「甘いわ!」
その瞬間、空虚から放たれた雷撃と因果がぶつかり合った。
その時牧島麦兵衛には吹き飛ばされる光陰、そして肩口を因果によって斬り裂かれる今日子の姿が見えた。
「今日子…戻って来い。ようやく……ようやくもう誰も殺さなくてもいいようになったんだぞ…」
光陰はゆっくりと体を起こしながら無貌の神に呼びかける。
しかし光陰の言葉は今日子の姿をした者には届いても岬今日子には届いていない。
「やるではないか…この場は一端退こう。だがいずれは汝等の魔力も貰い受けに来るぞ」
そう言葉を残し無貌の神はあっという間に視界から走り去った。
「まひる!しっかりしろ!」
普段は間延びした声しか出さない透もさすがに今だけは切羽詰まった声を出している。
「うん…あたしは……丈夫…だから……」
そう言っている間にも傷口からはとめどなく血が流れている。
「何もできないのかよ……」
魔法なんて物は麦兵衛は使えない。
そんな都合のいい力があったら誰も目の前で死なさずに済んだ。
「どけ…」
今まで微動だにしなかった光陰がまひるに近づいていく。
「貴様!貴様等のせいで…まひるさんは!」
「まだ…死んでない…」
「だからどうしたっ!このままじゃどの道…!」
麦兵衛は光陰の胸倉を掴み激晃する。
「くそっ!」
光陰を殴ってもまひるが助かるわけではない。
自分のしている事の無意味さを理解した麦兵衛は光陰を放した。
「因果…力を貸せ……」
光陰は麦兵衛のした事を気にした様子もなく剣を天に向かって構える。
「トラスケード!!」
辺り一帯に光の絨毯が現れる。
「まひるの傷が…塞がっていく…」
透が驚きの声を挙げる。
「お前なんで…」
「今日子に…あいつにもう人を殺させる訳には……いかねえからな」
光陰はそう言うとそのまま地面に倒れこんだ。
「情けないな……他人を助ける為にマナを分けて……自分が立てなくなるってのは…」
光陰はそのまま気を失った。
「まひるさんは…?」
「眠ったみたいだ…羽がないと、かさ張らなくていいね」
こんな時にまで冗談が言える透はすごいと思う。
「今日子さん…泣きそうな目をしてた。助けを求めるような……透、麦兵衛君……あの人は悪くないから……」
まひるは寝る前にこう言い残した。
しかし今の麦兵衛に何ができるのだろう?
光陰の人間離れした力を持ってしても今日子を助ける事なんてできなかったのに。
(せめて……力があれば。何があってもみんなを守れる……そんな力が……)
光陰は気がついたらすぐにでも今日子を追うだろう。
今日子という女も助けを求めているとまひるは言った。
そしてひかりを助ける為にも力はいつかは必要になる。
だから───
「透……お前はまひるさんの傍に居てやれ。それで…どっかに隠れてろ。お前の友達の仇は俺が取るから…
お前はまひるさんを守るんだ」
「牧島…?お前まさか…!」
「いいな…男の約束だ。破ったらただじゃ置かないからな!」
麦兵衛は背後で聞こえる透の静止の声を振り切って来た方向に駆け出した。
(乗ってやるさ───罠だったとしても行かなきゃ、力を手に入れないと誰も守れないんだったら!)
「ふむ…さすがに辰人とは勝手が違うな」
思うように再生力が働かないのは器の差だろうか。
まあ、しばらく待てば受けた傷も治るだろう。
「魔力を集めてこの世界の結界を破壊する。ククク……管理者の顔が見物だな。これ以上の暇潰しはなかろうな」
そしてこの世界を監視しているはずの管理者の方を───空を見た。
「月も我を祝福しているか……あせらずにゆっくりと行くかな」
呟いた時には既に満月は欠け始め、世界はゆっくりと光を取り戻し始めていた。
【碧光陰@永遠のアセリア(ザウス)招 状態×(気絶) 所持品 永遠神剣第六位『因果』
スタンス:『空虚』を砕いて今日子を助ける】
【岬今日子(無貌の神)@永遠のアセリア(ザウス)招 状態○(左肩刀傷)所持品 永遠神剣第六位『空虚』(雷撃2発分の魔力)
スタンス:資質者を殺して魔力を集める。最終的には結界の破壊】
【牧島麦兵衛@それは舞い散る桜のように(バジル)招 状態○ 所持品なし スタンス:魔力武器を取りに行く】
【遠葉透@ねがぽじ(Active)狩 状態○ 所持品 妖しい薬品 スタンス:まひるを守る】
【広場まひる(天使の力喪失)@ねがぽじ(Active)招(今は狩?) 状態×(取りあえず死の危険はない)所持品なし】
【全体放送後〜満月の夜と同時刻】
『よいしょ よいしょ よいしょ、おこじょのハルは きょうも いっしょうけんめい
ちいさなからだで おおきなおかをのぼります よいしょ よいしょ よいしょ』
孝之くぅん…、木陰で遙は孝之に持たれかかり心配そうな、それでいて甘えるような仕草を見せる。
当の孝之は息を荒げて、がくがくと身体を震わせている。
未だ興奮覚めやらぬ孝之をなだめるように遙は首に手を回す…そして唇が重なる。
孝之の震えがようやく止まる、だが興奮の次には凄まじい後悔が押し寄せてくる。
「はるかぁ…俺、俺ぇ…」
遙はそんな孝之の背中を優しく撫でてやる。
「孝之君は悪くないよ…仕方なかったんだよ…それに、私すごく嬉しいんだよ…孝之君、私を選んで…くれたから」
遙は孝之のズボンを降ろすとそのまま孝之のものを口で愛撫しはじめる。
「はる…か?」
怪訝な表情の孝之に遙は咥えたままで微笑む。
「私のために水月を見捨てて…それに色々と危ないこともしてくれたんだから、これくらい…いいよ」
ぺちゃぺちゃと唾液と舌の絡み合う音が聞こえる。
その淫らな水音をBGMに、孝之は何かが違うと感じ始めていた…。
俺が求めていたのは本当にこんな結末だったのか?自分は正しいことをしたのか?
朝に遙を抱き、昼に水月を抱く…そんな暮らしを続けていても孝之の心はいつも違和感で満ちていた。
もう戻れない事を知っていながら、戻りたいと願う曖昧な気持ちを抱えたままで。
(俺は…遙を選んだという事実を自分で納得させたい、それだけだったのかもしれない
そのためだけに…俺は人を殺した…誰かを裏切って見捨てるほど遙を愛していると思いたい、
それだけのために)
俺はいつもそうだ、よりよい何かを求めて…ありもしない理想を求めて、それで結局こんな事にばかりなってしまう。
でも…これでいいわけがない、人が、人が死んでいるんだ…そして殺したのは俺なんだ。
「緊張しているんだね、全然おっきくならないよ…無理も無いよね」
遙は上目遣いで孝之の顔を見て、いたずらっぽく笑う。
「水月もこんなことしてくれた?」
ああ…やっぱり違う、こんなんじゃない。
「ずっと怖かったの…また孝之君、水月のところに戻ってしまうんじゃないかって、そう…思ってた」
遙はずっと言いたくても言えなかった言葉を口にしていた。
いくら自分でも、友情は不滅だなんてメルヘンの世界の住人のようなことを本気で考えてはいない。
もっとも、水月は今でも私がそんな女だと思ってるに違いないが。
つい先日も自分は最低だと思いながら、また水月を傷つけるような電話をしてしまった。
水月に自分の優位を見せつけるために、もう孝之は自分の物なのだと知らしめるために、
どんなに肌を重ねても、自分の知らない3年という時間を独占していた水月が…生きる屍ではなく生者として
孝之と共に歩んだ水月が怖かった…その絆が恐ろしかった。
でもそんな日々も、もう終わる…だって孝之君は私のために…。
「やっと…これで私、孝之君のほんとうのたからものになれたんだね」
で、そのころ初音の巣の中では。
「男ならばたくましく育てよ、女ならばやさしく、しかしむしろ男よりも誇り高く」
目の前のどう考えても自分より年下の少女の大仰な育児論を聞き流しながら、
水月はつい先日のことを思い出していた。
日が暮れて、日課であるハローワークから戻ってきた水月、つかれた身体を引きずるように服も着替えず
ベットに倒れこもうとした矢先に電話のベルが鳴る。
電話の相手は遙だった、久方振りの甘ったるい舌っ足らずな声が聞こえてきた。
「ねぇ、水月…今日はとってもいい事があったんだよ、私の絵本が出ることになったの!」
水月にいちばん最初に知らせたかったんだ」
「そ…そう、よかったわね」
どうしてわざわざこんな話を聞かせるのか?、かつて親友だった自分には良く分かっている、
涼宮遙がそういう女だと言う事を…、本気で私が喜んでくれると思っているのだ。
そして今でも親友だと、友情は不滅だなどとメルヘンの世界の住人のようなことを本気で考えているのだ。
「私ね、思うんだ…あの事故があったから、本気で夢に向かってがんばらなきゃって、
気持ちになれたんだと思う」
「みんなにたくさん辛い想いをさせてしまったけど、でもこれからは絵本を通じてその分
たくさんの人たちに少しでも幸せな気持ちを、誰かを思いやれるやさしい気持ちを分けてあげられたらって思うの」
「うん、遙ならきっと出来るよ」
どうしてだ…どうして私はこんな返事をしているのだろう?
自分は孝之のために夢を捨ててまで尽くした、それに関しては後悔はしていない、
それほどまでに孝之を愛していたし、今でも愛している。
なのに…どうしてこの女は全てを手に入れられる?何もしてないのに、ただ3年、眠り姫になっていただけなのに、
それだけで彼女は恋人と夢と両方を手に入れ、そして全てを捨てて愛を捧げた自分は、
全てを失ったのだ、不公平ではないか?
全てはあの事故が…あんなことさえなければまだ諦めがついたのに…。
それを…あの事故のおかげだと!!幸せな気持ちを分けてあげたいだと!!
是非とも分けていただきたいものだ、お前の声を聞いているだけでこんなに不幸な気持ちになってる
この私に!!
「水月?つかれてるの?、なんか声に元気が無いよ」
そんなに知りたいなら、今ここでぶちまけてやってもいい、私が疲れているのは、
毎日ハローワークに通っているためだけじゃない。
お前の愛する鳴海孝之に抱かれたからだと、今日は4回も楽しんで、そのうち1回は後ろの穴で、
「遙にはこんなことはさせられないからな、口ですらまだしてもらってないんだぜ」
と孝之がのたまっていたことも全て…だが、そんなことをしても虚しいだけだ。
孝之はもう戻らないのだから…ここで口を滑らせればもう本当に全てを失ってしまう…。
「それでね、孝之君もすかてんの正社員になったんだよ、何でもオーナーの娘さんが強く推薦してくれたおかげで
水月も早く仕事が見つかるといいね」
「なかなか厳しくってね、また水泳始めよーかなーっ、なんて♪てへっ」
「もしあれならいっしょにすかてんでバイトしない?」
もはや水月は遙の言葉など聞いてはいなかった、ただ嫉妬と条件反射と、
叶わない復讐心でかろうじて会話を成立させていた。
でもそんな日々も、もう終わる。
水月はうっとりと自分の腹を、愛する孝之の子が宿る腹を撫でさすり、それから、
胸ポケットの中からいつも肌身離さず持ち歩いている、あの指輪を…
あの日、孝之に買ってもらった、あの指輪を取り出すと、そっと、だがしっかりと左手の薬指に嵌めこんだ。
「もう…絶対に外さないんだから」
『ほんとうのたからものを みつけたハルは しんじています
いつかまた みんなで なかよくおひるねできることを ずっとしんじています』
【鳴海 孝之@君が望む永遠(age) 状態:○ (狩) コルトパイソン/弾数不明 マグナム銃/6発】
【涼宮 遙@君が望む永遠(age) 状態:△(右足銃弾貫通、治療ずみ) (招) 拳銃(種類不明)】
【アル・アジフ@斬魔大聖デモンベイン (ニトロプラス) 状:○ ネクロノミコン(自分自身) (招) 】
【速瀬 水月@君が望む永遠(age) 状態:○ (狩) スナイパーライフル(鬼側の武器を初音が持ってきた)】
【伊藤乃絵美 @With you〜見つめていたい(F&C) 状:○ (睡眠中) ナイフ 】
【比良坂初音@アトラク=ナクア(アリスソフト) 状態:○(睡眠中) (鬼) なし 】
【満月の夜の直前】
【伊藤乃絵美 @With you〜見つめていたい(F&C) 状:○(狩) (睡眠中) ナイフ 】
左腕に鈍い痛みを感じながらも、しっかりとした足取りで皇蓉子は歩みを進めていた。
向かう先は当然中央、目的はいわずと知れたヴィルヘルムの暗殺である。
(所詮は応急処置か…左腕は動かない物と考えた方がよさそうだな)
太めの木の枝を添え木として治療したものの平時の動きには程遠い動きしか左手はできない。
蓉子は足を進めながら先程の化け物を事を思い出す。
(先程は運良く倒せたが、次同じような怪物が現れたら生き残れるかどうか…)
右手のコルトガバメントがどれ程役に立つかはいささか不安ではある。
蓉子は大きく溜息をつく。
(私は隠密であって退魔士ではないのだがな…)
ヴィルヘルムという男が人間であるのならばまだそちらの方が幾分かやりやすい。
蓉子が中央を目指したのはそんな些細な理由からであった。
(そうだ…人間が相手の方がまだやりやすい)
蓉子は突然歩みを止めた。
「出てくるがいい…付回されるのは趣味ではない」
「命…お前がとちったんじゃねえのか?」
「ちょっと双厳!いくら私でもこんな時に…いや、確かに木の枝踏んじゃったけど……」
「ま、命は得物がでかすぎるからしょうがねえ事なんだがな」
随分と昔の着物を来ている三人組が茂みから姿を見せる。
「妙な趣味をしているな…その武器も刀等と私を侮辱しているのか?」
蓉子の声は既に怒気をはらんでいる。
「武士が刀以外の何で戦うってんだ?妖術でも使うってのか?」
禿頭の武士を名乗る男が、前に進みながらおどけた口調で言う。
「おい、十兵衛!」
「双厳、お前は周りを見てろ…所であんたに聞きたい事があるんだがな?」
「聞きたくば力ずくでやってみるのだな」
隠密たるものぺらぺらと自分の事を話すものではない。
「あんたみたいな女嫌いじゃないぜ…でもこっちも切羽詰ってるんでね!柳生十兵衛、行くぜ!」
(柳生……十兵衛だと?)
蓉子とてその名は知っている。
江戸時代初期の剣豪……蓉子の使う隠密術の流派において歴代で数本の指に入る程の使い手だ。
(おもしろい…)
あの男が柳生の名を騙っているのかそれとも過去の亡霊が甦ったのか…この目で確かめてやる。
十兵衛の武器は刀である。
当然のごとく接近しなければ相手を攻撃する事はできない。
対して蓉子の武器は銃。
リーチの差は圧倒的であった。
コルトを構えて男の心臓に照準する───男は真っ直ぐ突っ込んでくる。
あと一歩で刀が蓉子に届く距離になった時───引き金を引いた。
乾いた音が鳴り、男が倒れる。
「……」
「こんなものなのか…呆気ない。これで柳生の名を騙る等と…」
ふと蓉子はまだ敵はあと二人居ることを思い出す。
しかし明らかに様子がおかしい。
仲間がやられたというのに表情一つ変えていないのだ。
あまりの出来事に呆然としているのだと蓉子は解釈した。
(ならば…ひと思いに冥府に送ってやるか)
蓉子が妙な耳の飾り物をつけた女の方に照準し、引き金に指をかける。
「十兵衛、もう猿芝居はいいんじゃねえか?」
「そうだな…しかし鉄砲ってのはそこまで小型化できるもんなんだな…初めて見たぜ」
(なっ──)
確かに銃弾は命中したはずなのに…立ち上がった十兵衛は無傷であった。
「貴様も化け物か…」
「化け物呼ばわりは心外だぜ。ただ腕で受け止めただけさ」
そう言って十兵衛は左腕を振って見せる。
それで蓉子は初めて十兵衛が左腕を骨折している事に気付いた。
「鉄の板が仕込んであってな、ちょうどいい盾になるのさ」
「ちっ…」
蓉子が再びコルトの照準を十兵衛に向ける。
「距離を考えた方がいいぜ…!飛燕!」
蓉子が引き金を引く前に十兵衛の刀がコルトを叩き落した。
首筋に刀が当てられる。
「さて、じゃあ質問に答えて貰おうか」
「これ程の使い手、まさか本当に…柳生十兵衛だというのか?」
「偽者もいるかもしれねえが、柳生十兵衛って名前の人間の中では俺が一番強いと思うぜ」
「例え偽者だったとしても…いや、本物だと信じるしかないのだな」
先程十兵衛が使った飛燕は柳生の剣術の基本の技である。
それを見せられてなお疑う理由は蓉子にはない。
「私は水戸藩隠密、皇蓉子と申します。柳生十兵衛殿、私の知っている事をお話しましょう」
「つまりこの場所について持ってる情報量は俺達と大差ねえのかよ…」
双厳が苦虫を潰したような表情をする。
「私も先の放送で始めて知ったことばかりですので…」
「と、なると気になるのは、妙な建物と化け物、か」
十兵衛は蓉子の話にあった建物が気にかかっているようだ。
「早く戻りたいなら首領の所に行った方が早そうですけれど」
「こんな真似をしでかす奴がとても話し合いに応じるとは思えねえけどな」
「まずは外堀を埋めるか…それとも一気に片をつけるか」
「敵の首領をぶっ殺しても、帰る方法がわからねえんじゃ話にもならねえしな」
「まずは帰る方法を見つけるのが先ですか?」
「まず首領を締め上げて知らなかったら考える、でいいんじゃねえか?なんせこの島も常識が通用しそうにねえしな。
また、呪いだの妖術だのはできれば御免被りたいぜ」
「双厳、いくらなんでも強引すぎる気もするんだけど…」
「いや、命。双厳の言ってる事もあながち間違いじゃない」
珍しく十兵衛が双厳をフォローする。
「今回は情報がなさすぎる。それにあまり時間をかける訳にもいかないだろう。イルとスイの事もある」
「まあ、妖怪婆がいるからなんとかしてるかもしれねえけどな…。それでも確実じゃねえからな」
「……つうわけだ、蓉子。それでいいか?」
「はい。私も元の世界に戻りたいのはやまやまですから…」
「……いつの間にか絶対的な上下関係が形成されてるな」
「そうね…まあ未来の人間とか言われても信じられないのは確かだけど、確かにあの人の使うのは柳生の技だしね」
「双厳、命…言いたい事があるならはっきり言ったらいいだろうが」
目ざとく十兵衛がこそこそ話す二人を見咎めた。
「くっく…なんでもねえよ。さくっと首領を締め上げて、さくっと帰ろうぜ」
【双厳@二重影(ケロQ)状態○ 装備品 日本刀(九字兼定) 狩】
【柳生十兵衛@二重影(ケロQ)状態○ 装備品 日本刀(三池典太光世)左腕に鉄板 狩】
【命@二重影(ケロQ)状態○ 装備品 大筒 煙弾(2発) 通常弾(10発) 炸裂弾(3発) 狩】
【皇蓉子@ヤミと帽子と本の旅人(オービット)状態△(左腕骨折)
装備品 コルトガバメント(残弾4発)マガジン×3本 クナイ(本数不明) 招】
【行動方針 ヴィルヘルムを締め上げる】
【全体放送後〜満月の夜前】
「どうやら問題はないようだね。あの犬の化け物は建物の横で死んでいるようだし。
尤もあれが擬態でなければの話だけれど…」
ナナスがこの世界についての推論を述べた後、三人はそのまま北に向かって歩いていた。
忠介が「科学の心得がある者ならば配線は美しく、規則的にするものだ!」と主張したこともあり、
中央に結界があるならば結界装置は中央を囲むようにあると予想したからである。
その予想は外れてはいなかったようだ。
少し小高い丘にから見える、結界装置と思しき建物の横にはフェンリルの死体が転がっている。
「これは…罠の可能性があるね…」
「しかし虎穴に入らば虎児を得ず、とも言う。判断は君に任せようナナス君」
「私もナナスさんに任せるね…こういう事、よくわからないから」
良門は先程郁美が目覚めたので、再び郁美に意識を譲り渡し眠りに着いた。
よって今は郁美の人格が表に出ているのだった。
「そうだね…」
(もし罠であったなら間違いなく全員の命がなくなる…やはり避けるべきか)
「そうそう、ナナス君」
「なんだい?」
ナナスがこの場は退く、という決定を下す寸前に忠介から声が掛かる。
「もし僕の身を心配してくれているのなら心配無用だよ。失敗を恐れていては技術は進歩しない、
それと同様ある程度の危険を冒してでも状況を変えないと、いずれ僕らを取り巻く状況は詰んでしまうだろうからね」
(そうだ、このまま───いや、今敵と遭遇してもそれを退ける力は今の僕らにはない。
危険な賭けにはなるけれど行くしかない。手遅れになる前になんとかしなくちゃいけないんだ)
「じゃあまずは僕が」
「ナナス君、ここは僕が先に行こう。もしも、の事態が起こった時失ったのが君では誰にも代わりは勤まらないからね」
忠介はナナスの返事も聞かずに颯爽と坂を滑り降りて行った。
「私が寝てる間に何かあったんですか?」
「え、どうして?」
「だって…ナナスさんと忠介さん、とても仲が良いみたいですから…」
「そうかもしれないね…ママトトではどうしてもみんなとは、軍師と将という立場になってしまっていたから。
対等に話せる人は初めてなのかもしれないね」
ふと見ると建物の入り口で忠介が手を振っている。
問題はなかったようだ。
「郁美さん…行こう。アーヴィとミュラー達を見つけて、みんなでこの世界から脱出する為にも」
驚いた事に建物の中は無人であった。
あの巨大な犬がこの建物の番人で誰かが倒してそのまま放置したのだろう。
「成る程…これは結界装置のようですね……それも外部に働く類ではない。
むしろ装置の内側を守るため、やはり中央に結界があるね」
魔力の流れ、装置の構造を見ればそれらの装置が大体なんの働きをしているかくらいはナナスには容易にわかる。
「他の装置と同調してるかどうかを調べないといけないね…」
そういうとナナスは中央に陣取る巨大な装置と格闘を始める。
「機材とかパネルとか一杯…」
郁美は建物の内部を見てテレビで見た空港の管制室を思い出した。
尤もあの管制室はたくさんの人間によって管理されていて、
こんな機会類だけが無機質な音を奏でている空間ではなかった気がするけれど。
「ふむ……ふむ……なるほど。これはおもしろい」
忠介は先程から夢中で部屋の一角で何かを調べている。
(私は……足手纏いなのかな……ナナスさん見たいに何かに詳しくないし、忠介さん見たいに頭が良い訳でもない…)
役に立ってるのは厳密には郁美ではなく良門だ。
一介の学生である郁美では、今自分を取り巻く状況に対して何もできないのだ。
(私なんか居なかった方がよかったのも……なんでナナスさん達と一緒に居るんだろう)
「郁美君、こっちに来て少し手伝ってくれないか」
「あ、はい」
不意に忠介に呼ばれて郁美は忠介の傍に行く。
「少しこの画面を見ててくれないかな?画面のグラフに変化があったら教えてくれ」
そう言うと忠介は郁美の横でパネルを操作し始める。
「私は……ナナスさん達の役に立ってるんですかね…?」
なんとなく手持ち無沙汰で思わず呟きが漏れた。
「多分だがね…」
郁美は返答は期待していなかったのだが、意外にも忠介は返答してくれた。
「多分だが、僕が感じた事を言わせて貰えばナナス君は郁美君が居るから…
何の力もない人が傍に居るからまだ持ってるのだと思うよ」
「どういう……意味ですか?」
「どうやら…彼は責任感が強すぎるのだろうね、自分の作った機械が関係ない人を巻き込んで…
仲間ともはぐれて…彼は一人だったら責任の重さで潰れてしまうよ」
「でも…それなら私じゃなくても、別に忠介さんでもいいじゃないですか」
忠介はそれを聞いて苦笑する。
「郁美君、君は僕について認識不足なようだね。僕みたいに規格外の人間ではナナス君の傍にいても役に立たないんだよ」
(例えそうだとしても……それこそ私じゃなくっても…)
「そう、別に君である必要はどこにもないけれど」
どうやら郁美の思考回路は既にわかっているらしい。
郁美の思考を遮って忠介の言葉はなお続く。
「でも、今ナナス君の傍にいるのは郁美君で他の誰でもない。
ナナス君の心を支えているのは君の存在……ではないのかな」
詰まらない話だったね、と忠介は言葉を締めくくった。
「ありがとう……それと画面反応してますよ」
「ふむ、やはりか…ナナス君!少しいいかな?」
忠介はどうやら何も聞かなかった事にしてくれるらしい。
「うん、こっちも相談があるんだ」
ナナスがそう言いながら機械の下から這い出して来る。
(うん…良門に頼ってばかりじゃいけないしね。私にも出来ることがあるはずだから…)
「さっきの放送はこの施設を利用して行われた…?」
ナナスの言葉に忠介が頷く。
「音波の増幅装置……いわゆるアンプ、という奴だね。それに似た機械があったから間違いないと思うよ。
大体、中央から島全域に届くくらいの音を出したら中央にいる人間はみんな鼓膜が破けてしまうしね」
「でも…それがわかったからってどうしようもないんじゃ」
郁美が疑問を口にする。
「違うんだよ、郁美君。問題はわかったからどうする、ではなくなんでわかったか、という点にあるんだよ」
「…?」
「まだこの施設には放送の時に使った配線がそのままなんだ。だからわかったのさ。
これを利用すれば…僕達が逆に島全域に全体放送をやることができるのさ」
「じゃあナナスさんが言っていた施設全部の同時破壊も…?」
「ああ、不可能ではないね」
取りあえず希望は出てきた。
上手くいけばナナスの仲間達とも合流できる。
「それについても朗報があるんだ」
ナナスの方でもわかった事があるらしい。
「装置は別に同調しているわけじゃないみたいだ。確かに敵に対策を取られない為にも
一気に全部破壊してしまい所なんだけど、別に拘る必要はないよ。全部の装置さえ壊せば中央の結界は消滅する」
「確かにこちらにとって好都合…危険を冒した甲斐はあったね」
「それで忠介君、放送は今からでもできるのかい?」
「少し準備が必要だね。放送を聞いて殺到する敵への対策をしないといけないからね」
「うん、失敗するわけにはいかないからね…」
郁美の目にはもう迷いの色はない。
「では忘れないうちに取りあえずこれを渡して置こう。特に郁美君のは取り扱いに注意してくれ」
こうして反撃の狼煙は上げられた。
【ナナス@ママトト(アリスソフト)状態○ 所持品 強化皮膚の装甲 改造エアガン 招】
【小野郁美@Re-leaf(シーズウェア)状態○ 所持品 メッコール(飲むとあまりのまずさに気絶)強化皮膚の装甲 ハンマー 招】
【江ノ尾忠介@秋桜の空に(マロン)状態○ 所持品 液体の入った小瓶2個(うち1個は、塩酸で残りは半分)強化皮膚の装甲 招】
【現在位置:北の結界装置】
【目的:全体放送をやり返して、中央以外の人間を決起させる】
【全体放送後〜満月の夜と同時刻】
補足
表記変更 ミノタウロスの皮膚を貼り付けた服→強化皮膚の装甲
ナナス、郁美、忠介の所持している強化装甲は心臓等の急所だけに付けられています。
再び結界装置を弄ろうと中に戻っていくナナス横目に、忠介は周囲を見渡していた。
「ん、あれは…?」
遠くから妙な点の光が彼の瞳に移ると同時にそれは……。
「はやくここから離れるんだ!!」
光がほんの少し大きく見えると忠介はできる限りの声を張り上げた。
「忠介さん、何が?」
中に入ろうとしていたナナスが言葉を返す。
「いいから、はやく!!」
尋常ならざる忠介の表情にそくされ、ナナスも郁美も彼に従い、すぐさまその場を離れた。
忠介が気付いてから時間にしてその間、5秒程だっただろうか。
次の瞬間、光弾が彼らのいた地点を襲い、爆風を巻き起こした。
「うわぁぁ!!」
咄嗟に離れたとはいえ、直撃を免れただけで爆風の余波で三人は吹き飛ばされる。
「っつ…忠介さん、まさか?」
吹き飛ばされた時に少々頭をぶつけたのか、頭を抑えながらナナスが立ち上がる。
「そのまさかだね…」
「そうだ…こんな重要施設に守護兵がいないはずが…」
吹き上げられた土で身体が土埃まみれになりながらも、ナナスは光弾の向かってきた先を睨みつける。
「魔力反応は三つ…失敗したか」
離れた場所で、黒く聳える鉄の塊、ユプシロンがぼやいた。
「結界維持装置よりの危険信号…彼らは意図的に結界維持装置を破壊しようとしている。
またマスターへの反逆…」
無法備に外へ置いてある結界維持装置の建物。
当然の如く、情報にない侵入者が来れば、結界維持装置の本体である魔法球自らが中央へと危機を知らせる。
破壊された場合も然り。
中央防衛として、カスタマイズされたユプシロンも同じシステムで信号を受け取る事が可能だ。
「ならば…消去あるのみ!!」
ユプシロンは二弾目を放った。
「また来ます!!」
さっきよりも近く大きく見える光を前に郁美が叫んだ。
慌てて三人は草むらの中へと身を隠す。
「施設が壊れる事は考えていないって言うのか!?」
周りが2発目の魔法による爆発音で、拭き暴れる中、忠介が声を漏らした。
「いや、おそらく結界を維持するだけなら本体となる核さえあれば無事なんだと思う。
放送がここで行なわれなかったように遠くからでも制御できるシステムなんだろうね」
「なるほど…打ってつけの素晴らしいシステムだ」
ナナスの的確な返答に、科学者として思わずうんうんと頷いてしまう忠介であった。
「けど、どうしますか? このままここにいてもジリ貧ですよ?」
「遠距離からのアウトレンジ攻撃…敵は相当な魔法使いだ。
今のぼくたちじゃ、分が悪すぎる…」
「施設の中に入ると言うのはどうですか?」
郁美が二人へと案を持ちかける。
「いや、さっきも言ったように核さえ無事なら後は何が壊れてもいいんだと思う。
それにもし増援が来たらそれこそぼくらはお仕舞いだ」
「一旦、出直すか?」
「賭けだね…ぼくらが接触したせいで、放送の為の回路が外されたり、
警備が厳重になる可能性は高い…かといって今あがらうには戦力が…」
「じゃぁ、どうすれば…」
行き場なしといった、ナナスの答え。
「可能性はまだある。ここは見捨てよう」
「そうか、 まだ幾つかあるはずだね」
そう言うとナナスはてきぱきと説明を始めた。
装置は他にも幾つかあるはずである。
ならば、ここは捨てて敵がここに釘付けになっている間に、
残りを探しに行こうと言うものである。
「相手の目を誤魔化すんだ…」
その間に協力してくれる人が見つかればより計画も成功率が高まる。
「だけどいちかばちかの賭けだ。どうする?」
上手くいけばの話である。
道中での危険性がそれを上回る事の方が大きい。
また、これは時間との勝負でもある。
敵が全てに対策を施す前に行なわなければならない。
「けど、それでも全てへ対策を施そうと思ったら、数時間、最低でも2時間以上はかかると見ていいと思う。
放送が直ぐに行なわれなかったようにね…」
「決まりだね、このままいた方が危険極まりないよ。
音からして敵はどんどん近づいてきてる。 なら、すぐさま離れよう」
「私も異存ありません」
「ありがとう…」
将として、自分の作戦に従ってくれた二人に、ナナスは感謝した。
「まずは、中央から離れよう。
その後、迂回してここ周辺を大きく避け、他のを探すんだ」
そうと決まれば名将ナナスの指示ははやい。
颯爽と三人は施設を後にし、一時中央へから離れて行く。
三弾目を放った後、ユプシロンは建物付近へと既に近づいていた。
だが、まさにほんの少し前にナナス達はこの場から離れており、見つける事はできなかった。
辺りに、何も反応がないのを確かめると、彼は先ほど補足した反応が何処へいったのかを追い始める。
「三つの魔力反応…大きく中央外へと、北へ移動中、追跡可能範囲突破…」
奇しくも、中央から一旦離れて迂回すると言うナナスのとったコースが彼らに運を呼び寄せた。
もし、中央をぐるりと回る順路であったならば、ユプシロンにそのまま追跡され、
やがては、追いつかれていただろう。
「報告…結界維持装置を細工・破壊しようとした反逆者が北へ逃走」
ユプシロンは敢えてその情報をケルヴァンにも届く転送をした。
先に情報を送っておいたヴィルヘルムからの指令が届いたのだ。
範囲外は、彼の手駒に追跡してもらえばいいと…。
「……終了」
情報の送信が終わると、彼は、再び中央の方へと出戻っていく。
【ナナス@ママトト(アリスソフト)状態○(土埃まみれ) 所持品 強化皮膚の装甲 改造エアガン 招】
【小野郁美@Re-leaf(シーズウェア)状態○(同上) 所持品 メッコール(飲むとあまりのまずさに気絶)強化皮膚の装甲 ハンマー 招】
【江ノ尾忠介@秋桜の空に(マロン)状態○(同上) 所持品 液体の入った小瓶2個(うち1個は、塩酸で残りは半分)強化皮膚の装甲 招】
【闘神ユプシロン:所持品:通信用水晶内蔵 状態○ 鬼 行動方針:中央の守護 備考:移動範囲が中央から結界維持装置付近まで】
【満月の夜後】
「何をするさっ!このコスプレ痴女がっ!!」
突如現れたカレラに押し倒され、それでも悪態だけは忘れないあゆ。
「元気ねェ、あんたみたいな女のコってスキよ、だから」
カレラの尻尾がくくっ、と持ちあがる。
「死ぬ前に天国を見せてあげる」
そしてそのまま、一気にあゆを貫こうとした矢先だった…何故かカレラは急に興味をなくしたように
あゆから離れる。
「なあんだ…あんたも招かれた者だったのね」
あゆを犯す寸前、カレラはわずかながらあゆの身体を流れる魔力を感じ取ったのだった。
「で、放送はもう聞いたよね?」
一応確認を取るカレラ
「聞いたさ、誰が従うかっ!!」
「あ、そう、うーん、まぁ無理も無いか…でもまぁ言う事は聞いたほうがいいと思うな」
1度でも逆らったら、その瞬間から反逆者となり、狩りの対象としてもよいのだが、
カレラはそのル―ルをまだ知らなかった。
あくまでも彼女は勝手に協力しているに過ぎないからだ。
しかし今気がついた事だが、魔力はともかく目の前の娘、なかなか強い魂の持ち主であることは事実、
やはりここは逃がさずにその魂を奪いとるのもまた有りかもしれない。
何も殺すわけではない…その後の一生を抜け殻として過ごすだけだ。
「な…何さ」
カレラの怪しい視線に気がつき、じりじりと後ろに下がるあゆ。
だが、カレラの熱っぽい視線は急に冷めていく、何故ならあゆの魂が少しづつ輝きを失っていくのが
わかったからだ。
「おっかしいわねぇ?」
あゆを無視して考え込むカレラ、たしかにさっきまでは微弱とはいえ魔力を覆い隠すほどの、
強い魂の力を感じていたというのに…。
今のあゆの魂は、ごくごく普通の人間の者と変わりない。
だが、ありえない事ではない、カレラはまさかと思いつつあゆに質問する。
「ねぇ?あなたさっきまで誰かと一緒にいなかった?」
「あほかや?何でそんなこと痴女に話さんといかんのや」
カレラは無言で手に持った自然石を握って砕く。
「いたさ、たしかヤクザの親分やってるって言ってたさ…ってあのアホ逃げおったな〜〜〜」
待ちぼうけの末、悪司において行かれた事をようやく悟り、憤慨するあゆ。
その傍のカレラはカレラではぁはぁと息を荒げて、興奮を禁じえなかった…まさか…。
まだ確かめたわけではないが、ありえない話ではない。
カリスマ…。
ごくまれにこういう人間が現れる、常人を遥かに超える強き魂を持ち、己の言葉や行動で他者の魂に力を与え、
そして勇気を可能性を目覚めさせ、奮い立たせる者。
数世紀に1度現れるその者たちは、その全てが偉大なる王、または征服者として歴史に名を残している。
もっとも今はヤクザの親分でしかないようだが…そこが気がかりといえば気がかりだったが。
まあ、このウェイトレスの様子からいっても、まだその力は完全に目覚めていないのだろう。
(王の眠りは深い…といった感じかしら)
カレラは夢想する。
それほどの魂をもし入手できれば、今のような立場にもはや甘んずる必要性はどこにもない、
大魔王閣下より、爵位を賜り貴族となれるは確実であろうし、
そしてゆくゆくは領土を与えられ、魔王を名乗ることも決して不可能ではないだろう。
魔王カレラ、何と甘美な響きなのか…しかもそれが叶うかもしれないのだ。
あの小生意気なメルセデスを下足番としてこき使える日もそう遠くは無い。
「メルセデス?ここにまだ埃が残っているわよ、カ、カレラ様もうしわけありましぇ〜〜ん
ダメよ、罰として夕食は抜きにするからね、そんなぁカレラ様なにとぞお許しをカレラ様ぁ…
なんちって」
楽しい未来図を暫し妄想するカレラ、まぁヴィルヘルムやケルヴァンのとの絡みなど色々問題もあるが、
魂の力=魔力ではないので、実際に自分の目で確かめてみないとわからないが、
とはいえ、魂を奪っても文句程度で済むだろう。
むしろそんな御し難い者は、彼らの目的には障害にしかならないはずだ。
それに…こんな美味しい獲物を誰にも渡すつもりも教えるつもりも無い。
ふと、風に乗って話し声が聞こえてくるのカレラは耳にする。
お前の力なんて必要無いわだの、勝手な行動で我々の目的を崩壊させられては困るなどと、
険悪な言い争いが聞こえてくる。
言い争っているのはアイと歳江だ。
「あの2人苦手なのよね」
基本的にゆったり気ままにがモットーのカレラにとって、いつも何かに追い詰められているような
アイや歳江はもっとも苦手なタイプだったし、それは向こうも同じだろう。
とにかく、面倒に巻き込まれない間に退散することにしようか。
「それじゃあなたも今の間に逃げなさい、ご祝儀よ、って?」
もうすでにあゆの姿はどこにもなかった。
あゆはカレラが妄想している間にとっくに逃げおおせていたのだった。
【カレラ@VIPER-V6・GTR (鬼(招?)) 状態:○ 装備:媚薬】
【大空寺あゆ@君が望む永遠(招)状態:○ 装備:スチール製盆】
【アイ@魔法少女アイ(鬼)状態:△(腹部に一時的なダメージ) 装備:ロッド】
【沖田鈴音@行殺!新撰組 (鬼)状態; ○ 装備:日本刀】
【カモミール芹沢 @行殺!新撰組 (鬼)状態: ○ 装備:鉄扇】
【近藤勇子@行殺!新撰組(ライアーソフト) 鬼 状態○ 所持品 銃剣付きライフル】
【土方歳江@行殺!新撰組(ライアーソフト) 鬼 状態○ 所持品 日本刀】
169 :
死闘幕引:04/03/23 21:59 ID:Tm61ZiR4
突如、銃剣を突き出す長崎旗男の周囲に、オーラフォトンの光が展開した。
「今度は何だァ!?」
(…高嶺か)
突然の事態に声を上げるゲンハとは対照的に、旗男は冷静に判断する。
だが、次に起こった現象にはさすがに目を見張った。
突如として、旗男の内から湧き上がる闘志。そして、グンッと銃剣が軽くなるような錯覚。
それまでよりもさらに鋭く、剣先がゲンハに襲い掛かかった。
「ぬ!?」
「んなっ!?」
両者声を上げ、ゲンハはそれでもかわそうと身を捻る。が、
「がああぁぁっ!!」
右の頬からこめかみにかけて、銃剣の刃が一直線に切り裂いた。
それでも身を捻った勢いで、身体が泳いでしまっている旗男を蹴り飛ばす。
「ぐうっ!!」
態勢が不十分だった為にたまらず転倒するが、その脇を戻ってきた悠人が駆け抜ける。
「テメェ! 邪魔すんじゃねぇ、このガキ!」
(迷うなよ、俺!)
渾身の力で『求め』を振るう。
「…チッ!?」
その剣先のキレが以前と違うことに気付いたか、先ほどまでとは違い、ゲンハは大きく間合いを取って避ける。
(こいつ、吹っ切りやがったか!? チッ、よりによって厄介な時に…)
二人がかりはさすがに分が悪い。
頬から溢れる血をそのままに、鉄パイプを強く握り締める。
「だったら、とっととタイマンに戻しゃいいんだろうが!!」
目標は悠人。さっきのような雑な防御なら、それほど手間をかけずに打ち崩せる。
『反撃が来るぞ、契約者よ』
(ああ、わかってる)
完全に防御の構えを取って、悠人はゲンハを待ち受ける。
そして攻撃が、来た。
(落ち着け、攻撃の瞬間だけを見切って、防御だけすればいい!)
冷静に動きを観察し、手首から顔面への連撃、続く蹴りを防ぎきる。
170 :
死闘幕引:04/03/23 22:00 ID:Tm61ZiR4
一瞬だけゲンハに隙ができるが、攻撃には転じない。あくまでも防御に徹する。
さっきとは状況が違う。こちらは二人。防御集中でも、防ぎきれなくなる前に戦況は変化する。
(ちっ、こいつ亀になりやがった!)
舌打ちする暇もあらばこそ、起き上がった旗男の銃剣がゲンハに襲い掛かる。
その鋭さを増した切っ先に、たまらずゲンハは悠人への攻撃をあきらめ、後退する。
旗男が追う。一歩引いた位置に悠人が続く。
「…高嶺、何かしたな」
「ちょっとサポートを。攻撃任せていいかい?」
「…どのみち私にはそれしかできん。…一気に叩き潰すぞ」
「ああ!」
短い会話を交わし、ゲンハに突撃する。
「ぬおおお!!」
もう何度目になるのか、銃剣の一撃がゲンハの身体を掠める。
以前より明らかに速く重い攻撃に、ゲンハは防戦一方になっていく。
「…ッざけんじゃねえぇ!!」
いちかばちか、力任せにゲンハは鉄パイプを振るい、銃剣を弾く。
手放しこそしなかったものの、衝撃で大きく軌道が逸れた。
「おらあぁぁっ!!」
「長崎さん、下がれ!」
ゲンハの返しの一撃が繰り出される。『求め』を盾のごとく構えた悠人が旗男の前に出る。
そして響く激突音。
旗男の隙を突いたその一撃は、悠人の『求め』によって完全に止められていた。
「テ、テメェ!」
「ふっ!」
ゲンハの罵声に構わず、『求め』を捻って拮抗した力のベクトルを逸らしてやる。
ベクトルを逸らされ、鉄パイプが泳いだその瞬間、
「ぬおっ!!」
雄叫びと共に――態勢を立て直した旗男の一撃がゲンハの肩口を深々と切り裂いていた。
「ぎぃああぁぁぁっ!!!」
絶叫が轟く。
武器を逸らし、返しの一撃。狙っていたことをそのまま返され、ゲンハの表情が屈辱に歪む。
171 :
死闘幕引:04/03/23 22:02 ID:Tm61ZiR4
「おいおい、何だよ。押してるじゃないか」
飯島克己は物陰から戦場を伺いつつ呟いた。
「フン、これなら俺の出番はなさそうだな」
そううそぶくと、懐から煙草を取り出し、火をつけて一服し始めた。
「くっ…なんなんだテメェ! 仲間が来たとたんいきなり元気になりやがって!」
焦燥を浮かべ、後退しながらゲンハは毒づく。
(まじぃぜ、ジリ貧だ)
一人一人なら勝てるが、二人になったとたん、いきなり掛け算で強くなった。
命の削り合いは望むところだが、あくまでも自分が勝利することが大前提である。
(ちっ、ムカつくが…ここは逃げの一手か)
だが、どう逃げる?
背後はダメだ。下がるそばから一気に間合いを詰められて即座に攻撃が来る。今もだ。
また銃剣を鉄パイプでガードしつつ、さらに下がる。
(横でも変わんねぇだろ。なら…前しかねぇな)
決めた。次のチャンスで実行。そのまま森に入ってとんずらだ。
直人は…ガキじゃねぇんだからテメェで切り抜けてもらうか。
(…このままなら私達の勝利だ…だが)
目の前の男もそれはわかっているはず。必ず何か行動を起こす。
一撃必殺の反撃? いや、リスクが高すぎる。
ならば…逃走か。
…それが最も妥当だな。ならば、その瞬間を見極めろ。
敵を逃がすつもりなど、毛頭ない。
172 :
死闘幕引:04/03/23 22:03 ID:Tm61ZiR4
戦闘開始時から、旗男の攻撃は全く変わらない。突進から銃剣の刺突技が来る。
(ここしかねぇっ!!)
ゲンハは旗男の攻撃に合わせてダッシュをかける。
銃剣が先ほどと反対側の頬を抉り血がしぶく。だが、そんなことは気にしない。
ダッシュする先で、目標――悠人が防御の構えを取る。
(そう来ると思ったぜ!)
今回、ゲンハは攻撃する気など無い。
すれ違いざまに、悠人を旗男の方に突き飛ばし、その隙に逃走するつもりだった。だが…
「ぬうおおぉっ!!」
勢いのついた前傾姿勢から、旗男が無理やり腕を伸ばす。
その腕はゲンハの服の裾を掴み……、そして勢いに負け、離れる。
ズキン、と腕に痛みが走るが、それはゲンハの勢いを止めるには十分なもので――
「高嶺ええぇぇぇっ!!!」
旗男が吼える。
それに応え、オーラフォトンの輝きを纏いて『求め』が振りかぶられる。
ゲンハの顔が驚愕に歪む。
「終わりだああぁぁぁっ!!!」
悠人の咆哮。
そして、『求め』はゲンハの頭蓋目掛けて振り下ろされる。
「…クソがあぁぁっ!!」
ゲンハの怒号が轟く。その時…
(…!?)
悠人は叫ぶゲンハの向こうに視線を感じた。一瞬、そちらに意識を向けてしまう。
そして、悠人は見た。
資材の山。その影に佇む銃を持った男。そして、男の腕に抱えられた……
(せりな!?)
心が動揺する。剣先が勢いを失う。注意がそれる。それは、至近距離での致命的な、隙――
――ドジュッ
「………あ……?」
鈍い音と衝撃を身体の中から感じた。
173 :
死闘幕引:04/03/23 22:05 ID:Tm61ZiR4
『求め』からオーラフォトンの輝きが消える。
視線を下げる。
学生服を突き抜け、いびつに尖った鉄パイプの先が、腹部に深々と突き刺さっていた。
「…マジで死ぬかと思ったぜぇ…」
安堵のため息と共に、ゲンハの呟きがもれる。次いで、ニッと笑う。
「この甘ちゃんがあぁぁっ!!」
勢いよく鉄パイプを引き抜く。
堰き止められていた血が溢れ出す。
「ぐ…あ……」
走る激痛に耐え切れず、傷口を押さえたまま、悠人はその場に崩れ落ちた。
「高嶺ッ!」
状況を理解した旗男が声を上げる。
直後、銃声が響いた。
旗男の身体が弾けた様に揺れる。
「ぐっ…!?」
崩れ落ちそうになる身体を、銃剣を杖代わりになんとか支え、旗男は闖入者を睨みつける。
「お…のれ……」
旗男はその男――直人へ向けて歩き出す。……一歩、……二歩。再び銃声。
それで、旗男もついに倒れた。
せりなは二度目の銃声で目を覚ました。
(……ん)
何だろう? 今の音は。
目を開ける。ぼやけた視界が次第にはっきりしてくる。
人影が見える。
立っている男が一人、倒れている男が二人。その中の一人は…
(悠人!)
次いで自分の状況、銃を持った男に抱えられていることに気付く。
(また…私のせい…?)
174 :
死闘幕引:04/03/23 22:06 ID:Tm61ZiR4
「ずいぶん遅かったじゃねぇか、相棒」
「ククッ、真打ちは遅れて登場するものだぜ? ま、とりあえず、これで貸し借りなしだな」
「…テメェ、出るタイミング計ってたんじゃねぇだろうな?」
「まさか、今着いたばっかりさ」
直人とゲンハは酷薄な笑みを浮かべ、声を掛け合う。
「で、とどめはささなくていいのか?」
「それこそ、まさかだぜ。…なあ、兄ちゃんよぉ」
そう言ってゲンハは、ガッ、と倒れた悠人の頭に踵を乗せた。
旗男は朦朧としていた。視界も霞んでいる。
銃弾を喰らった位置が悪かったのか、力が入らない。
『…私は……ここで死ぬのだろうか……?』
それでも、死にゆく間際だからだろうか。思考だけはまだ鮮明であった。
『別に、かまわない…はずだ……私は、死を望んでいた……』
「テメェ、なかなか楽しませてくれたぜ。ま、ちぃっとオイタが過ぎたけどよ」
声と共に、何かを蹴り上げる音が聞こえる。
「…く……貴…様…」
『……高嶺……』
悠人は踏み付けられながらもゲンハを睨み付ける。
その目は、まだ反抗の意志を見せていた。
『…お前は、まだ戦うつもりなのか…高嶺…』
「あぁん? 何だァその目はよぉ…気に食わねぇぜ」
踵を回し、ぐりぐりと悠人の頭を地面に押し付ける。
「う…るさい…、俺は…死ぬわけには、いかないんだ…!」
それでも悠人の目の光はいささかも衰えない。
悠人の、何がなんでも生きるという意志が伝わってくる。
『……だが…私はもう…』
自分の身体だ。よく分かる。自分はもう、死に瀕している。だが…
――アンタは生き残った戦友の死を願うのかよ!
唐突に、悠人の言葉が思い起こされる。戦友達が死に、一人生き残った自分に叩き付けられた疑問詞。その答えは――
『…誰が願うものか…!』
自分は今、まぎれも無く悠人が生きることを願っている。戦友の死など、冗談ではない。
175 :
死闘幕引:04/03/23 22:07 ID:Tm61ZiR4
では、かつて共に戦った戦友達も、自分に生きることを託したのか。
今なら、それを信じることができる。
『なのに…私は今まで、お前達のところへ行くことばかり考えていた……!』
気付いたのが死の間際とは何たる皮肉か。だが、手後れではないはずだ。自分はまだ、生きている。
『お前達に、託されたかも知れん…この命、…無駄には散らせんぞ…!』
「僕は死にませんってか、残念だったなァ。無理だ、そりゃ」
鉄パイプを逆手に持ちかえる。狙うは、心臓。
「テメェはここで…、く・た・ば・り・なああぁぁぁっ!!!」
叫び、鉄パイプが振り上げられる。そして――
――ドシュッ
切っ先が人を貫く鈍い音が響く。
肉を穿つ感触が、確かな手応えとなって返ってきた。……長崎旗男の両手に。
「……」
時が止まったかのように、鉄パイプを振り上げた姿勢のまま、ゲンハは微動だにしない。
誰も、息すらも忘れたかのように動かぬ、静寂の時が訪れた。
やがて、無言のままゲンハの両目だけがぎょろりと自分の背後、旗男のいる位置をうかがう。
膝立ちのまま、いつもの態勢で構えられた銃剣の先が、ゲンハの背中へと、埋まっていた。
「――――っ、テンメエェーーーーーッ!!!」
弾かれたようにゲンハは銃剣を抜き出すと、旗男へ向けて鉄パイプを振り下ろす。
なす術も無く地面に倒れた旗男に、ゲンハはさらに追い討ちをかける。
「ふざけんな、テメェ! コラ! あぁ!? なんだってんだ! 大人しく死んでろ!!」
滅茶苦茶に喚き散らしつつ、何度も何度も鉄パイプを突き刺す。
その度に、人の体が破壊される音が聞こえ、血と肉が弾けた。
ゲンハの狂気に、せりなは逆に我を取り戻した。
あの兵隊さんは、こんな時でも自分にできることを精一杯やった。
だが、自分はどうか。足手まといになって、悠人達を窮地に追い込んだだけではないか。
(そんなのは、イヤ!)
思い切って自分の前に回されている手をぐいと上に持ち上げ、思い切り噛み付く。
176 :
死闘幕引:04/03/23 22:08 ID:Tm61ZiR4
「ぐあぁぁっ!?」
思わず拘束を緩めた直人を振り切って、せりなは駆け出した。
「くそっ…このアマァ!」
シグ・ザウエルの銃口ををせりなに向けるが、ゲンハが斜線上に重なる。
「…チッ!」
舌打ちして、直人はせりなの後を追った。
「悠人!」
勇気を振り絞って、半狂乱で旗男をめった打ちにしているゲンハの脇を通り過ぎると、せりなは悠人を担いで逃げようとする。
「大丈夫? 逃げるわよ」
「待ってくれ…なが…さきさん…が」
弱々しく話す悠人に、しかしせりなはかぶりを振ることしかできない。
「…ごめん」
そう言って、悠人を担いだまま歩き出す。
「…んぁあ? なぁに逃げてやがんだァ! ゴルァアァァッ!!」
さすがにゲンハが気付く。だが次の瞬間、
「チィッ!?」
第六感が危険を察知し、ゲンハは舌打ちして後ろに跳んだ。
一瞬前までゲンハのいた位置を風切り音が行き過ぎ、遅れた鉄パイプの先が切断される。
(躱されただと!?)
今の攻撃の主――飯島は信じられないというように表情を歪める。
単分子ワイヤーの先端は、鞭と同様に音速で飛来する。見て躱せるものではない。
それも完全に逆上している時を狙って放ったのだ。飯島にしてみれば、まさに必殺のタイミングであった。
(冗談じゃないぞ、なんなんだこいつは!?)
しかし、ゲンハも背中の傷のせいか着地に失敗し、よろけたところを直人に支えられている。
ならばもう一度と狙いを定めるが、その前に直人が銃口を向けてきた。
「くそッ!」
資材の影に飛び込むのと、銃声が轟くのがほぼ同時。狙いは二の次の牽制だったのか、銃弾は近くの鉄骨に弾かれた。
「ええい、くそっ! 失態だ!」
飯島は足元の吸い殻を見てそう毒づく。このせいで対応が遅れた。
あのアンドロイドを撃退したことで、油断してしまっていた。
「何をしている! こっちだ、ぐずぐずするな!!」
177 :
死闘幕引:04/03/23 22:09 ID:Tm61ZiR4
よたよたと歩くせりなを一喝する。せりなは一瞬びくっとしたものの、足を速めて飯島の方に向かってきた。
飯島は同時にワイヤーで直人を牽制する。だが、相手は銃だ。不利は否めない。
と、飯島は、あるものに目を留めた。資材の山を固定している、止め具。
直人は飛び出そうとするゲンハを抱えながら叱咤する。
「いいかげんにしろ、ゲンハ! お前ふらふらだろうが!」
「うるせえぇっ! あいつらぶっ殺さねぇと気がすまねえんだよ!!」
「ったく、これだけ元気なら内臓は無事っぽいな。悪運強すぎだぞお前!」
いつまで止めてればいいのかと頭を抱えたくなった時、突如としてすぐ目の前の資材の山を固定する止め具が弾け飛んだ。
支えを失った資材が崩れ落ちてくる。
海風が運んだ砂が積もっていたのか、盛大な砂煙が上がり、視界を覆いつくした。
「ちぃっ、下がるぞゲンハ!」
なおも飛び出そうとするゲンハを引きずり、必死に後退する。そして――
――やがて砂煙が晴れた時、悠人達三人の姿はどこにも無かった。
「………く…くっそがああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
ゲンハの咆哮が轟く。
直人は唯一つ残った人影に視線を移した。
その人影はうつ伏せに倒れたまま、ピクリとも動かない。
背中側は見るも無残にズタズタにされていたが、その顔は満足そうで、成すべき事を成した男の顔をしていた。
【ゲンハ@BALDR FORCE(戯画) 招 状態△(裂傷多数、背中に深い刺し傷) 所持品:鉄パイプ】
【直人@悪夢(スタジオメビウス) 招 状態△(傷は多いが命に別状なし) 所持品:シグ・ザウエル】
【高嶺悠人@永遠のアセリア(ザウス) 狩 状態×(腹部に深い刺し傷、打撲、裂傷多数 永遠神剣の力により安静状態なら数時間で△まで回復(歩ける程度)) 所持品:永遠神剣第四位『求め』】
【飯島克己@モエかん(ケロQ) 狩 状態○ 所持品:ワイヤー】
【春日せりな@あしたの雪之丞(エルフ) 招 状態○ 所持品:なし】
【長崎旗男@大悪司(アリスソフト) 狩 状態−(死亡) 所持品:なし】
178 :
死闘幕引:04/03/23 22:14 ID:Tm61ZiR4
【全体放送後まもなく】
「見知らぬ…天井だな?」
大十字九郎の最初の一言はこれだった、川に落ちて以来のことが何だかあわただしくって
まるで夢のようだ、なんか1回死んでしまったような気もしないでもないが、
多分今の俺は生きているんだろうなという実感だけはあった。
「お早いお目覚めですね、それにしてもドライさんの手当てが的確だったのもありますが、ずいぶんタフですね?」
凶アリアが無機質に九郎の顔を覗きこみ、そして無感動に感想めいた言葉を言う。
「せっかく死の世界から帰還して来たかもしれないのにそれは無いだろう」
「こういう話し方しかできないもので、申し訳ありません」
凶アリアが丁寧に頭を下げる。
「いや…いいよそれよりもあれは何だ?」
九郎は凶アリアの背後の鳥篭を視線で示す、中では深山奏子がきこきこと安楽椅子を揺らしている。
「彼女は客兼用人質らしいです…」
「人質ねぇ…まぁ外よりは安全だろうな」
九郎は包帯だらけの自分の身体を見て妙に納得する。
「たしかに外の世界は騒がしいようですし、いまさら巻きこまれるくらいならば、彼女を守る方が有意義でしょう
それにしてもここは何処だとか聞かないのですね?」
「まぁ察しはつくし…待遇もそれなりによさそうだからな、もっともここが地下牢とかなら騒いでるだろうな…
それから」
九郎はまた凶アリアの背後を視線で示す。
「鳥篭でも騒いでいたと思うぞ…」
ここで奏子がようやく九郎が起きたことに気がつき、またポットからお湯を注いで紅茶を作る。
そして本来そういうのはお前の仕事だろと、九郎は批判がましく凶アリアを見つめるのであった。
「そうか、姉様か…妖しい雰囲気だけれどもそういうのって少し憧れるな」
ティーカップを片手に談笑する3人、九郎は何とか奏子の信頼を得ることが出来たようだ。
率直でいてそれだけではなく気配りもちゃんと出来る男なので、基本的に誰とでも仲良く出来るのだ。
「素敵な人なんだろうな…」
「写真ありますけど、もし良ければ」
期待の眼差しで奏子から写真を受け取る九郎、しかし。
九郎はその後、写真を見たことを深く後悔することになる、あのまま何も知らなければ良かったのかもしれないと。
果たしてセーラー服を纏い、微笑むその美しい少女は…あの醜悪な蜘蛛…比良坂初音そのものだったのだ。
「これは…これが…君の姉様なのか?」
九郎の声は震え、その瞳は驚愕と怒りに充血している。
ただならぬ様子に奏子も何かを感じ取ったらしい。
「姉様を知ってるんですか!?」
「知っているも何も…」
ついさっき殺されかけたところだ…とは言えなかった、
何故ならば凶アリアが九郎の背中にトンファーを突きつけたのだ、それ以上は喋るなという無言の脅迫だった。
(そうか…今回の事に関して、彼女は何も知らないんだな)
「いいんです、姉様敵が多いから…」
九郎の様子に奏子は慣れた風に微笑む、こういう事は初めてではないのだろう。
「その姉様のことをお聞かせ願ってもよろしいでしょうか?」
九郎の代わりに凶アリアが奏子に質問する、彼女なりに気を利かせたつもりなのだろう。
奏子は少し迷ったような表情を見せるが、頷くとその出会いから順を追って初音との日々を
語り始めていった。
話が進むに連れて、彼女がこれまでも比良坂初音の首を狙う多くの敵の手により何度となく
危険な目に遭遇していたことや、それでも最後には必ず初音の手により救出されていることなどが
語られていった。
「でもそういうときの姉様は殊更私に厳しくあたるんです」
その傷だらけの体を手当てしようと触っただけで、足手纏いと罵倒されたことすらあるのだという。
「それでも私は姉様のお傍にいたいんです、奴隷でもいい、殺されたってかまわない!
もう人間の世界なんかどうでもいいのに…でも」
その思いを口にした途端、いつも初音は烈火のごとく怒り、しばらくの間会ってもくれないのだという。
「私の思いは姉様には届かない…私は姉様以外何も望んでいないのに」
奏子はしくしくと泣き出すが、九郎と凶アリアには初音の心中が痛いほど理解できた。
奏子に辛くあたるのは…それは彼女をもうこれ以上危険に晒したくないがゆえに、わざと突き放しているから。
そしていずれは彼女を人の世界に返さねばならないと、彼女の幸せは黄昏の世界ではなく
光溢れる場所にあるのだと考えてもいるのだろう。
しかしそれでも離れることが出来ないでいる…。
それはこの孤独な少女の一途な愛を痛いほど理解しており、初音もまた少女を深く愛しているからだということを。
落ちつくと奏子はまた途切れ途切れながらも話を続けていく、本来話を止めねばならぬ精神状態なのだが
2人とも微動だにできない。
そして、彼女の長い話は謎の敵によって初音が完膚無きまでに打ちのめされたことと
それから数日後、初音が旅に出ると言い残し彼女の前から姿を消したところで終わっていた。
「その敵ってのは誰なのですか?」
「わかりません…私はすぐに気を失ってしまったから、でも…あんなに無残なお姿の姉様を見るのは
初めてだったので…」
それ以上は彼らも詮索しなかった。
「姉様はどこでどうしているんでしょうか?私はまた姉様のご迷惑になってしまっているのでしょうか?」
涙混じりに2人に尋ねる奏子、
もちろん返事は無かった、気休めすら口に出来ない雰囲気だった。
うつむいたままの九郎が小声で呟く。
「アル…俺は…」
確かに比良坂初音の行ってきた行為は、人の世では決して許されない大罪ばかりだ、そういう部分も奏子は話した。
九郎の様子から隠しても無駄だと悟ったからだ。
彼女を善か悪かで判別すれば紛れも無い悪だし、それは邪神の性といっても良い。
だが、そんな彼女にも人と変わらぬ優しい心が、誰かを愛する心が宿っており、
そして彼女を一途に愛している者がいるのだ。
比良坂初音を討つことは、目の前の少女の一途な想いを、生きる希望を踏みにじることになるのだ。
知らなければよかった、何も知らなければあのまま敵として素直に憎むことができたというのに。
自分だってもしかするとアルを彼女の言う贄にされてしまっているかもしれないのだというのに。
それでも…。
「どうすればいいんだ…」
【凶アリア@デアボリカ(アリスソフト) ? 状態○ 所持品:トンファー 行動方針 奏子の護衛】
【大十字九郎@斬魔大聖デモンベイン(ニトロプラス) 状: △ 所持品 自動式拳銃(フルオート)『クトゥグア』、
残り弾数不明(15発以下 行動方針:苦悩中】
ここで奏子の気絶中の出来事をあえて書くこととさせていただく。
激しい嵐の中、校舎の屋上…全身を血に染め倒れ伏す初音、そして奏子はその相手、
銀髪の僧形の男の手に落ちてしまっていた。
「お願いよ、その娘にだけは手をださないで!!」
いつもの毅然とした態度とはまるで異なり、傷だらけの身体で這いつくばり、
なりふり構わず哀願する初音、それを見て僧はにやりと笑う。
「ほう…それほどまでにこの娘が愛しいか?、ならば態度で示してもらおうとするか」
初音はその言葉を聞き、まるで金縛りにあったかのように動けなかったが、
やがて姿勢を正すと、そのまま、跪き両手をついて頭を床につけたのだった。
「銀…お願い、かなこを放して」
「しろがね?しろがねだと…口の利き方がなっておらぬな」
銀と呼ばれた男は奏子の喉をギリギリと締め上げ、初音に無言の催促をする。
初音の唇が血が出るほど固く噛み締められるが、やがて、
「にいさま…お願い…いたします…どうかかなこを…」
「にいさま…くくくっ、兄様か、久々の響きよ、そうか、そこまで愛しておるとはな
あの日、人間なぞ全て滅べばいいとまで言い放ったお主が! 未練にもこの百年で、
人の心を思い出したか…くくく、ははっ、はっはっは」
銀はこれ以上愉快なことがあるかといわんばかりの笑いっぷりだった。
「よかろう、なればその命しばらく預けておいてやる、面白い座興がまた増えたわ、主はまだまだ強くなる
失望させるでないぞ」
そう言い残し、銀は去っていった。
そしてそれから数日後、初音は旅に出ると言い残し、奏子の前から姿を消したのだった。
終了
【時間:満月直前】
崩れ落ちたままの藍の肩でケンちゃんが呟くように語り掛ける。
「・・・何にもない普通の日常からいきなりこんなとこに放り出されて、普通の精神状態やったらおかしいですわ・・・。」
藍からは何も返って来ない。
「姉さんのやった事はそりゃあ良くないかもしれまへん。でも、そうなるべき条件っちゅうもんがここには山ほどありますわ・・・。」
森の中を、状況に合わない穏やかな風が吹き抜ける。
「姉さ――」
次に口を開きかけた時、急に藍が動いた。
「――!!」
藍が自らの額に銃口を押し付ける。
「うわああっ!?何してはりますのや!?」
慌ててケンちゃんが渾身の蹴りで銃口を天に向かせる。
乾いた発砲音が辺りに響いた。
「私はもう、生きていてはいけないんです!このまま恋ちゃんのところへいかせて下さいっ!!」
「何アホな事ゆうてまんのや!やめなはれ!!」
「いや!放して!!」
「うわわわっ!?」
銃にしがみついていたケンちゃんは、藍が銃を振ったと同時に近くの藪まで飛ばされた。
「恋ちゃん――今・・・」
「こないなとこで死んで誰が喜ばはりますのやーっ!!」
ケンちゃんの思いがけない絶叫で、引き金を引きかけた藍の身体が硬直する。
「姉さんがここで死んで、それを誰が悲しんでやれるんでっか・・・。ワテしかおらへんやないか・・・。」
うなだれる藍の側にゆっくりと近づいてくる。
「ワテだけなんて、そんなんあかん。もっと、悲しんでくれる人たちがぎょうさんおるでしょう・・・?」
「でも・・・私は・・・・・・」
「ここで死ぬのは簡単ですわ。でも、ここで死んで、この現実から逃げて!それが一体何になりますのやっ!!」
「あ・・・・・・」
「殺してまった人間の事、心から悔やんどるんやったら!その人の分まで生きて!生きて生きて生き抜いて!!それが懺悔っちゅーもんちゃいますかっ!?」
藍は何も言えず、ただ、泣いていた。
「もっと、落ち着いて・・・。強うなっておくんなはれ。全部終わって、元の世界帰って、悲しむのはそれからや・・・。」
ケンちゃんに諭されて藍の手から銃が落ちる。
「今は・・・泣いたらええ。でも、もう簡単に”死ぬ”なんて言わんといて下さい・・・。姉さんの姿、ここに痛いですわ・・・。」
小さな羽根先で自分の胸をパシパシと叩く。
しばらく経った。
「ケンちゃん・・・申し訳ございませんでした。もう、大丈夫ですわ・・・。」
そういって銃を拾い上げ、立ち上がる。
辺りはいつしか暗闇に閉ざされ、足元もなかなか確認できない。
「そうでっか。そしたらまた乗らせてもらいますさかい、今度は落とさんとって下さいね?こない急に暗なったらもう姉さんに追いつけまへん。」
「はい。」
肩にチョンと停まったケンちゃんに藍は告げる。
「やっぱり、私は一人で行けませんでした。・・・まだ、それほど強くありませんでした・・・。」
「・・・そしたらどうしますのん?」
「橘先輩に・・・会いに行きます。」
その瞳は弱いながらも正しく生きようとする決意が見えていた。
「でも、そりゃつまり――」
「ええ・・・。でも、自分の犯してしまった罪はしっかり受け止めます。恋ちゃんに・・・合わせる顔がありませんから。」
「・・・話すんでっか。うん、それがええ。そう考えられるっちゅうことはその相手は余程、信用出来る御方なんですな。」
「はい。少なくとも、私と違って・・・間違った事は致しませんわ・・・。」
ゆっくりと、約束の場所である丘に向かって歩き出す。
既に丘は目の前だった。
「恋ちゃんは・・・優しい子でした・・・。」
何気なく藍が話し始める。
ケンちゃんはそれを黙って聞いていた。
「屈託のない笑顔がとても素敵で・・・世間で言う”一流”の幼稚園にいた私にとっては眩し過ぎた気さえ致します・・・。」
藍の脳裏に”人形”のように過ごしていた幼少期が思い浮かぶ。
「決められた通りに進むしかなかったあの時、恋ちゃんがいてくれなかったら私は泥の温かさや、草の感触などといったものも知らなかったと思います。」
ふと立ち止まり、横の木の葉を手に取る。
その木の葉にポツリと涙が落ちた。
「姉さん・・・。」
「私・・・どうすれば・・・」
自分の数十倍の大きさのある人間。しかしその声は自分のそれよりもずっとか細かった。
「独りやない。助けを求めたらええ・・・。」
「はい・・・。」
ややもすると挫けてしまいそうな気持ちを堪えて藍は歩く。
と、その耳に何かが藪の中を走る音が聞こえた。
「しっ!動いたらあきまへん・・・。」
ケンちゃんがすかさず藍に忠告する。
「物音たてれば気付かれますわ。せやけど、逆に静かにしとったら向こうの音が聞こえますがな・・・。」
――「・・・て・・・ん!」
「あの声・・・橘先輩!?」
「今の声がそうなんでっか?何やらやばそうな雰囲気だったような・・・。」
「ケンちゃん!行きましょう!!」
「しっかりつかまってますんで、遠慮なく走ったって下さい!!」
何の問題もなく、次の一瞬でケンちゃんは振り落とされた。
「うわぁぁぁぁっ!?」
「ケンちゃん!?」
慌てて戻ってくる藍。
「も、申し訳おまへんが真面目に胸元よろしいか・・・?」
「仕方ありませんわね・・・。」
藍はケンちゃんを摘み上げると胸元に押し込む。
(おおっ・・・。ワテ今まさにイン・ザ・極楽・・・。)
有頂天のケンちゃんの携帯が鳴ったのはその時だった。
「はっ!こ、この音は7番目の・・・」
2コール以内に出なかった時の恐怖を思うとケンちゃんの羽先は通話ボタンを即座に押していた。
「お、おう。どないした?あ?ワテは・・・その、仕事中や。」
「ケンちゃん、行きます!」
走り出す藍。
「あっ!いや!!ちゃうねんちゃうねんっ!!誤解やぁぁぁっ!?」
「もうっ!行くと言っていますのに誰とお話してらっしゃるのですか!?」
「いやだからちゃうねんて!!ホンマちゃうねんって!!」
「それどころじゃないのですね・・・分かりました、もういいですっ!」
「お前を一番――いや!だからちょ――・・・切れてもうた・・・あかん、ワテもう終いや・・・。」
天音の声に急ぐ藍と、嫁の声に窮地のケンちゃん。そして事態は再び流転する・・・。
【鷺ノ宮 藍@Canvas〜セピア色のモチーフ〜(カクテルソフト)分類:招 状態:○(精神状態不安定) 装備:拳銃(種類不明)】
【ケンちゃん@ヤミと帽子と本の旅人(ORBIT)分類:? 状態:○ 装備:クセ毛アンテナ、嫁はんズ用携帯(13台)】
【満月の夜直後】
部分削除訂正。
>188「藍はケンちゃんを〜>189「ワテもう終いや・・・。」まで削除。
以降修正
天音の声に急ぐ藍と、嫁の声に窮地のケンちゃん。そして事態は再び流転する・・・。
↓
天音の声に急ぐ藍。そして事態は再び流転する・・・。
191 :
幕間:04/03/24 21:58 ID:iqDU4K9P
「……スイートリップ?」
目の前の少女は、確かにそう名乗った。
「あ、いや、失礼。 リップ殿と呼べばいいかな?」
一瞬、羅喉は、「それが本名?」という素直な気持ちが出てしまったのを慌てて言いつくろった。
「いえ、気にしないで下さい。 これは、私の戦士としての姿の名前で、
この姿でいる時の私は、クィーングロリアより授かった力を揮う騎士なんです」
リップは、当然の疑問に対して、素直に返答をする。
彼女自身も、普通の人が、突然そんな風に名乗られても、知らなければその反応で仕方ないと思ったからだ。
「それは非常に失礼な事をした。
戦士としての誇りある名であるのを、そして戦士としてのあなたの覚悟を露知らず……」
一瞬とはいえ、先ほどの自分の行為が『スイートリップ』と名乗った彼女の心境を、覚悟を侮辱したと、
羅喉は、リップへ対して頭を下げる。
頭を下げられたリップも、「だから、そんなに気にしないで下さい」と言いながら、
彼の誠実さに少し困ったような顔ではありながらも、はにかみながら彼に頭を上げてくれと頼んだ。
二人の様子を眺めていた雪もクスクスと笑っている。
「リップ様、私からも助けていただいて下さってありがとうございます」
誠実すぎる兄と純真なリップのやり取りに救済の手を差し伸べるように、
雪が先ほどの礼として、彼女に頭を下げた。
「あ、此方こそ、私を介抱していただいたみたいで……」
雪の返礼に対して、リップも頭を下げる。
自然と二人が頭を上げた頃、羅喉も気を取り直し、口を切り出す。
「その事なのだが……」
それから三人は、自分達がどういう風にこの地に招かれたかを述べ合った。
「では、やはりリップ様も光に包まれて気付いたら……」
「ええ、でも私の場合は、気絶してしまっていたから……。
後は、雪さん達の知っている通りです」
192 :
幕間:04/03/24 22:00 ID:iqDU4K9P
「ふむ、どうしたものか……」
共通していた事は、三人とも光に包まれ、気付いたらこの地にいたという事だけで、
現状を解決する為の手がかりは、特になにもない。
「鴉丸さん達を襲ったという四人組の侍さんと言うのは……?」
先程、鴉丸兄妹の話の中にちらりと出てきた襲撃者の事に関してリップが尋ねた。
「いや、それさえも、ただ私を狙ってきたと言うだけで何も解らないのだよ」
「羅喉さんを……、ですか?」
「そう、明らかに殺気が私だけに向けられていた。
そして、雪の方を狙う様子も、実際に狙われる事もなかった……」
今までの人生の中で、雪を狙う者達との間に何度死闘を繰り広げたかは解らない。
だが、羅喉を狙ってくる者と言うのは、武闘家として勝負を望む者が多く、
新撰組のような、彼特定を狙った殺し屋というのは出会ったことがなかった。
(風の噂で、勇一を国家組織が狙い始めたと言うのを耳にした事があったが……)
自分の場合もそれだろうか? と羅喉は、考えたが、直ぐさまにそれを却下した。
もしそうなら、わざわざ自分と雪を助けまいと思ったからだ。
彼等の反応は、自分達の身に何が起こったかを少なからず知っているようでもあった。
「これからどうしましょう?」
考え込んだ羅喉へと雪が今後の事を切り出した。
「動くべきか構えるべきか……」
今、彼等の手元には、何も情報がない。
(率先して動けば、情報も手に入り、それだけ現状を把握する事も可能だが……。
それだけ、危険度も増す。 ならば……)
「私は、しばらくここにいようと思う」
考えを決めた羅喉は、動くべきではないと提案した。
「まず第一に、動けば情報が手に入るが、襲撃者や人狼がいるような環境下でうかつに動くのは、
それだけ危険度も非常に大きい。
次に、これは感だが、私を狙ってきた襲撃者は、何らかの情報をもっていると見て間違いないと思う。
ならば、動いて探し回るより、それを待つのも一つの手だ」
最後に羅喉は、どうだろう? と付け加えた。
193 :
幕間:04/03/24 22:00 ID:iqDU4K9P
「私は、お兄様に従います……」
雪の返答は、当然のものだった。
「私も鴉丸さん達と一緒に行動しようと思います」
「そうか、それはありがたい」
リップの返答に羅喉は、再び頭を下げる。
「よして下さい。 この状況下です。 私も助けてもらいましたし、
もちつもたれつつですよ」
ニッコリと笑顔で、リップが再び頭を上げてくださいと手を振る。
グー。
その時、三人の間に大きなお腹の虫の音が鳴り響いた。
途端に顔を真っ赤にする雪とリップ。
「「あ……」」
二人の声がはもった。
雪も歩きっぱなしで大分体力を、リップもやってくる前からの消耗した体力から。
二人は、同時にお腹を鳴らした。
「ははは……、よし食料を調達してくるとするか。
リップ殿、その間、雪を任せてもいいだろうか?」
そう言うと羅喉は、立ち上がる。
「解りました。 すみません、羅喉さん……」
まだ少し恥ずかしさが残った赤い顔でリップは答えた。
「いや、此方こそすまない。 では行ってくる……」
立ち上がると羅喉は、表へと出て行った。
「さてと……」
何かないかと羅喉は、辺りを見回す。
194 :
幕間:04/03/24 22:01 ID:iqDU4K9P
「見た所、港町のようなのだから、魚を取る為の道具がありそうなものなのだが……、む?」
軽く周りを見た所で、彼は、何とか使えそうな道具を発見した。
「確かに魚は、釣れそうだが、これは……」
見つかった道具は、街並に似合った古い釣りざおと魚篭。
この二つを持っているとまるで、浦島太郎のようである……。
「贅沢は言えないか……」
手にとり、装着すると、羅喉は、本当に浦島太郎になった気がした。
「餌は、波止場の方で見つかるだろう……」
「リップ様、すみません」
雪もまた羅喉が出かけた後に、リップへと礼を述べていた。
「いえいえ、お互い様ですよ。
それより火を起しておきましょう」
先程の襲撃で消えてしまった囲炉裏の火に薪をくべ、
原始的な方法で、二人は火を起こす。
やがて、バチバチと音を立てて煙が上がり始める。
そのまま二人は、元いた世界の事とか、互いの共通認識を深め合った。
「同じような世界なんですね」
「ええ、私のいた世界では、世界が幾つかにわかれててますけどね」
「でも、私達のいた世界と余り変わりないみたいですね」
そう言うと雪は、自らの世界にもあやしげな人たちはいっぱいいたと話し始める。
しばらく……。
「これだけあれば上等だろう。 まさか本当に釣れるとはな……」
ポピュラーな魚を数匹吊り上げた羅喉は、魚篭と釣り竿を片手に二人の待つ家へと戻る。
その時だ。
彼の耳に、民家で待つ二人の耳に、聞きなれたチャイムの音が鳴り響いたのは……。
195 :
幕間:04/03/24 22:02 ID:iqDU4K9P
【鴉丸羅喉@OnlyYou-リ・クルス-(アリスソフト) 狩 状態○ 所持品:なし 行動目的:雪を護りぬく】
【鴉丸雪@OnlyYou-リ・クルス-(アリスソフト) 招 状態○ 所持品:なし 行動目的:兄についていく】
【七瀬凛々子(スイートリップ)@魔法戦士スイートナイツ(Triangle) 招 状態○(軽傷有り) 所持品:グレイブ】
【全体放送中】
補足:拳を極めし者の改訂部分の補足話です。
この後に拳を極めし者〜武人の誇りの改訂作を投下しますので、
これの続きは書かないで下さい。
「カリスマヤクザ、カリスマヤクザ〜っと」
絶景かな、ここは島の上空。
ふよふよと漂いつつ、眼下を見回しているのは悪魔カレラだ。
(嗚呼…本当にアタシの思ってる通りの人間だったら、アッチの方もすっごいんだろうなぁ…)
魂をいただく前に、ぜひとも味見しなければ。
あゆから聞いたヤクザの親分を探そうと空へ舞い上がったのはいいが、
この広い島からたった一人の人間を探し出すのはかなり骨だった。
それでもカレラは根気よく探し続けている。
しかしやがて…、根本的なことに気付いた。
「…どんな人間探せばいいんだっけ?」
そもそも名前や背格好どころか、性別すら知らないではないか。
「…ウェ…ウェ・イ・ト・レ・ス〜!」
勝手に逃げやがった憎いアンチクショウ。
あのウェイトレスに情報を聞かないといけない。でないと、しらみつぶしどころの話ではなくなる。
せめて性別と外見が分からないと、行く先々で直接人と対面していかなければいけなくなる。
…まぁ、性別はたぶん男だと思うが。
とりあえずあの女、次に会ったら犯す! そして詳細を聞く! そして犯す!
招かれた者だろうと構やしない。バレなきゃ良し!
実際は、自分が妄想していたのが悪いのだが、それは完全に棚上げするカレラだった。
さて、今後の方針を決めたはいいが、手間は全く変わらない。
会ってから時間もかなり過ぎている為、ウェイトレスも移動してしまっているだろう。
それに第一、どこで会ったのかカレラ自身が覚えていなかった。
結局、しらみつぶしだ。
「あ〜もう、かったるくなってきたわ。仕事なんてやってらんない!
てきと〜にぶらついて、てきと〜に人と接触してれば、そのうち当たるわよ」
しかも、もう招かれし者の保護とかじゃなく、自分好みの者を拉致ってくことに決める。
それがたまたま招かれし者なら良し(連れてく前に味見はするが)。
そうでなくとも、「間違えちった、てへ」で済ますつもりだ。
どちらにしろ済まないような気もするが、ヤケモードに入ったカレラはその辺深く考えていない。
自分の快楽に生きて何が悪いか、こらー。
「大体、中央にはいい男が少なすぎなのよ!」
ランスは意外とヘタレだったし。
ギーラッハのオジサマは、いい線いってるけど絶対ノッてこないだろうし。というか、なんか怖いし。
馬とか骨とかは論外だし、ケルヴァンの旦那にはきっぱり断られちゃったし。
「…やっぱロリコンなのかしら、あの軍師様」
自分の豊満な胸をむにむにと揉みしだきながら、ぶつくさと言葉を漏らす。
あの双子といい、美少年(味見予定)が連れてきた娘といい、の〜てんきそうな娘といい、ケルヴァン関係はナイムネばっかりだ。
(んっふっふ〜♪ そのうち、あの娘達にも手ぇ出しちゃおっかな〜?)
未成熟な肢体に性の手ほどきを施す様を想像して、カレラは「キャー」と身をくねらせた。
さてさて、そうこうしている内に、もう夕日が沈みかける時間になった。
火を起こしている者達がいるのか、島のあちこちに光が灯る。
「ありがたいわね〜、何にも目印が無いと疲れるのよね、目が」
とりあえず手近な光に向かって、カレラは降下していった。
(さってと、いい男や可愛い女の子はいないかしら?)
できるだけ自分好みの人物にしようと、目を皿にして物色する。
「んん〜?」
焚き火を囲んでいるそのグループは、男一人、女二人の三人組だ。
カレラが目を留めたのはその中の男だった。
高度を調節して近づいていく。
「あ〜ら〜、いい男みっけ」
ランスとはまた別のタイプだが十分美形の部類に入るマスク、ギーラッハほどではないにしろ恵まれた体躯。
それは赤い鎧をその身に纏った金色の髪の偉丈夫。
ママトト最強を誇る剣豪、リックであった。
「どう見てもヤクザじゃないわよね…。ま、いっか。ふふ〜ん、この人に決定〜♪」
カレラはぺろりと唇を舐めると、さらに三人に近づいていった。
「はい、ライセン」
「ん」
程よく焼けたウサギ肉を二串持ったミュラは、片方をライセンに手渡し、もう片方をリックに差し出す。
「はい、リック」
リックは反応しない。
難しい顔をして、ランスから受け取った地図を熱心に見ている。
「リック」
もう一度呼びかける。
それでようやくリックは、差し出されている串に気づいた。
「あ…サンキュ、ミュラ」
串を受け取り、かぶりつく。
ミュラはしばしその様子を見ていたが、やがて自分も焚き火であぶっていた串を取り、食べ始めた。
(…やはり代わりの剣が必要だ。どこか調達できるような場所はないのか?)
少年時代より今まで、常に自分と共にあった真紅の愛剣。
それが折れてしまったことは少なからずショックだったが、落ち込んでいるわけにはいかない。
と、リックはその可能性がありそうな場所を発見した。
「…ミュラ、ライセン、俺はこの武器庫に行ってみたいと思うんだが」
言って、地図上の一点を指差し、二人に見せる。
そこはまさに、ミュラ達が襲撃をかけたあの武器庫であった。
「そこ、たぶん私達が前に襲撃したところよ」
「本当か」
「ええ、どんな武器が置いてあったかなんて見てないけど。でも、たぶん…」
その先はリックにも分かった。
一度襲撃を受けているとなれば…
「警戒が厳重になっているか、重要なものは根こそぎ持ち出されて半ば放棄状態か…ね」
そうライセンが言葉を繋ぐ。
「だが、今は剣が一本あればいい。行ってみる価値はあると思う」
リックの言葉に二人は頷いた。
確かに、後者であってもただの剣くらいなら残っていそうなものだ。
なんなら、武器庫を守っている兵士から取り上げてもいい。
とにかく、このグループで最強の力を持つリックが丸腰であるという状態を何とかするのが先決だ。
「よし、じゃあ腹ごしらえを済ませたら、さっそく行くとするか」
言って、リックはウサギ肉にかぶりついた。
「……」
スッと、おもむろにライセンが立ち上がり、武器を持って森の中に分け入っていく。
「?…どこにいくんだ? ライセン」
「お花摘み」
さすがにその隠語は分かった。
「…すまん」
リックに話しかけられたことなどなかったかのように、すたすたとライセンは視界から消えていってしまう。
「…デリカシーないよ、リック」
「だからすまんって…」
「そこで謝っちゃうところも、まるきりデリカシー皆無だよねぇ」
ママトトでは要塞ごと攻め入る戦しかしていないので、こんな野宿の経験はあまりない。
思わず声をかけてしまったのも仕方がないといえるのだが。
「まったく、アンタは剣ばっかりにかまけてるから、そういうところでダメ人間ぶりが出てくるのよ」
「なんだと、お転婆が高じて武将にまでなっちまったミュラには言われたくないぞ」
「私はいいのよ、私は私にできることでナナスの力になるって決めたんだから。
それがたまたま武将として戦うことだっただけ。それに他のこともおろそかにはしてないわよ?
炊事、洗濯、掃除に裁縫、それにお子ちゃま達の面倒見と、女の仕事は一通りこなせるしね」
「…お子ちゃま達って…アーヴィが聞いたら怒るぞ。大将は笑ってすますだろうが」
「その二人だなんて言ってないけどね。リックはそう思っちゃったわけだ。チクッてやろ」
「ぐ!」
軽口の応酬を始める。
イデヨンの暴走からこちら、色々な事が起こりすぎた。
その大半は辛い出来事。ともすれば、気持ちが沈みがちになりかねない。
だが自分達にはやらねばならないことがある。
気持ちが沈んだままでは、冷静な判断も出来ない。いつもの自分達でなければならない。
二人とも無意識下でそれがわかっているからこそ、ここで無理にでも明るく振舞おうとしていた。
…だが、そんな二人の心など理解していない存在もここにはいたわけで。
「ふ〜ん、随分仲がいいわねあの二人」
カレラはつまらなそうにそう漏らす。
遠いので会話の内容まではわからないが、楽しそうにしているのはわかった。
「さっそく誘惑したいとこではあるけど…邪魔よねぇ、あの女」
女を見る。
軽装鎧に身を包み、腰に長剣を下げている。
女にしては背も高く、強気に話しているその顔は意志の強さを感じさせる。
ぶっちゃけ、強そうに見えるわけで。
「こりゃあ勝てないわねぇ」
一対一ならわからない。
カレラも天使相手に大立ち回りを演じたこともあり、腕っ節にはそれなりに自信がある。
だが、今はあの男と一緒だ。
なんとなくだが、彼には一対一でさえ全く勝てる気がしない。
「そういう荒事は、ランスあたりの担当よね」
そのランスと彼らが既に交戦しているなど、カレラには知る由もない。
「う〜ん、『将を淫とすればまず駒を射よ』…とも言うわよねぇ」
音は合っている。
ともかく、一人離れた女のことを考える。
「あの子も結構可愛いのよね、ちっちゃくて。…今回はあの子にしちゃおっかな」
そう考えると、カレラは単独行動を取った女の後を追って飛んだ。
つけられている。
ライセンがそれに気付いた時には、既に二人がいる場所から随分と離れた場所まで来てしまっていた。
(…持ってきてよかった)
ぐ、と戦斧を握り直す。
「いるんでしょ、誰だか知らないけれど出てきたらどう?」
(もっとも、十中八九敵でしょうけどね…)
近くの大木の裏まで接近していたカレラは、ぎくりと身を振るわせた。
(あっちゃ〜…ひょっとしてこの子もかなり出来る?)
小柄でおとなしそうだったので、組し易いと思ったのだが、間違いだったのだろうか。
(どうしようかしら?)
ここで命を張るのも馬鹿馬鹿しいが、ここまで来といて手ぶらで逃げ帰るのも何かしゃくだ。
だが、ライセンは迷う暇を与えてはくれない。
「…出てこないつもり? なら、こっちからいくわよ」
言うなり、正確にカレラが潜んでいる大木に向かってダッシュをかける。
(来ちゃったし…しょうがない、やるしかないかしらね!)
迷っていたカレラも覚悟を決めた。
大木の陰から躍り出るとライセンに飛びかか…
「はあああっ!!」
「うわ!?」
すでに目の前まで来ていたライセンの戦斧を間一髪で避ける。
「ちょ、ちょっと待!」
「ふんっ!!」
間を置かず、再び戦斧の一撃が見舞う。
今度は肌をかすり、少しだけ血が流れる。
(やっぱり逃げよう!)
覚悟、あっさり霧散。
飛び上がり、空へ退避しようと試みる。
「…逃がさない!」
ライセンは一気に間合いを詰め、飛び上がったカレラに三度戦斧を振るう。
だが、カレラの必死の跳躍が功を奏したか、今度もまた皮一枚をかする程度のダメージに終わった。
が――、
――パリン
何か硬いものが割れた音がした。
「へ?」
「なに!?」
同時に、戦斧がかすったあたりからガラス片と透明な液体が降り注ぐ。
そして、その真下にはライセンがいた。
攻撃の為に見上げるかたちになっていた為、その液体はライセンの顔にまともにかかった。
「うあっ!?」
突然のことに、ライセンは思わず口の中に入ってきた液体を少し飲み込んでしまう。
目にまで入ったのか、必死に目元を拭う。
(こここれは、チャンス!?)
勝機を見て取ったカレラは重力に任せて降下すると、ライセンの首筋に手刀を見舞う。
「がはっ!!」
完全にノーガードの状態で決まった。
それでもライセンは倒れず、戦斧を持ったまま後退する。
だが、その足取りはふらふらと頼りない。
(く…身体が…熱い)
意識が恍惚感に飲まれかけ、四肢から力が抜けていく。
息が荒い。激しい運動をした為ではない。もっと別の、悩ましい吐息が漏れる。
元娼婦であるライセンには、自分が被った液体が何なのか想像がついてしまった。
(強力な…即効性の媚薬)
ライセンの目に、相手が追い討ちをかけようと突っ込んでくるのが見える。
だが、弛緩した身体はもう戦斧を振るうこともできず…
(…ナナス…)
その思考を最後に、腹部に走った衝撃によってライセンの意識は閉じられた。
「勝った…」
脱力したライセンを抱えながらカレラは呟く。
「死ぬかと思ったわよ…まったく」
勝てたのは本当に偶然だ。戦いは本来自分の領域じゃない。
割れた媚薬の容器を確認する。大半が使い物にならなくなっていた。
「残り一回分ってとこかしら。まぁ…必要経費だったわよね…」
五回分くらいの量が一気に無くなったわけだが、これが割れなければ勝てなかった。
「……ライセン!」
森の向こうから、草を掻き分ける音と男女の声とが聞こえてくる。
こちらの異変に気が付いて、ミュラとリックがやって来たのだ。
(あらあら、長居は無用ね)
カレラはライセンが落ちないようにしっかり抱えると、暗くなり始めた空へと飛び立った。
「じゃあねぇ、縁があったらまた会いましょう、お・に・い・さ・ん♪」
中央要塞へ向けて水平飛行に移る。
「それはそうと、この子は…招かれざる者みたいね」
魔力がないのはすぐにわかった。
中央には必要ない人材だということになる。
「ま、いいけどね」
えっちしてから魂をいただくだけ。保護対象じゃないから気兼ねなくできる。
で、その後はどうしよう?
と、カレラはあることに気が付いた。
カレラはライセンを後ろから抱えているわけで、手のひらはライセンの胸の辺りをつかんでいることになる。
抱えた手をむにむにと動かしてみる。
…ナイムネだ。
「よし、ケルヴァンの旦那にあげようかしらね」
ロリコンならきっと喜んでくれるはずだ。
失礼な決断をすると、カレラは一路中央要塞へと、飛ぶ速度を上げた。
【カレラ@VIPER-V6・GTR(ソニア) 鬼?招?(その場の気分次第) 状態○ 所持品:媚薬(残り1回分)】
【ライセン@ママトト(アリスソフト) 狩 状態×(気絶 媚薬効果あり) 所持品:なし】
【ミュラ@ママトト(アリスソフト) 狩 状態○ 所持品:長剣】
【リック@ママトト(アリスソフト) 狩 状態○ 所持品:なし】
【全体放送〜満月の夜の間】
【備考:戦斧は戦闘場所に落ちています】
>「スイートリップ? 失礼だがそれは本名かね?」
(省略)
> 悪司がその場に現れたのは。
を。
「ううむ……」
放送を聞き終えた後、民家へ戻った羅喉。
そして、焼き魚を食べながら、彼らはこの後について考えた。
現時点での彼等の中の考えは、ほぼ固まっていた。
やはり、この場に留まり続けた方が良いと言う事である。
その行動の根源は、先と同じく中央に行くにしても下手に動くより、
相手が出向いてきた時に交渉した方が安全だろうと言うことである。
そんな時だった。
「羅喉! 烏丸羅喉じゃねーか!」
戸を開けて悪司がその場に現れたのは。
以上に差し替えで。
最後の段落部分。
「ううむ……」
「結局、俺が一番情報がありそうなのかよ……」
と悪司はため息をついてしまうのだった。
【鴉丸羅喉@OnlyYou-リ・クルス-(アリスソフト) 狩 状態○(ほぼ回復) 所持品:なし 行動目的:雪を護りぬく】
【鴉丸雪@OnlyYou-リ・クルス-(アリスソフト) 招 状態○ 所持品:なし 行動目的:兄についていく】
【七瀬凛々子(スイートリップ)@魔法戦士スイートナイツ(Triangle) 招 状態○(軽傷有り) 所持品:グレイブ】
【山本悪司 大悪司 アリスソフト ○(ほぼ回復) なし 招 ランス(名前、顔は知らない)を追う】
に差し替えで。
あまり騒々しいのは好みじゃない。
女だってぎゃーぎゃー喚くような奴よりは知的な方がよっぽどいい。
馴染みの店にしてもどちらかと言えば落ち着いた雰囲気の店だし、家だって潮騒の音が響く立地のいい場所に立ってる。
助手に言うと都会の隙間だとか、商売に不向きな辺鄙な場所などと風情がない言葉が返ってくるので絶対に口にはしないが。
今だって外は静かに雨音だけが聞こえる、俺の嗜好に完全に一致する状況なのになぜこうも居心地が悪いのだろう?
(当然と言えば当然なんだけどな)
数時間前に知り合ったばかりの二人の少女はそれぞれ特有の雰囲気を醸し出している。
その発する雰囲気が混ざり合って俺にとって微妙に居心地が悪い空間を形成しているのだ。
この状況を打開するためにまずは現在の状況を分析してみよう。
まずは片方の少女───エレンと名乗った方だ。
この少女からどのような特有の雰囲気が出てるかと言うと、まず傍らに銃を置いてある。
………食事中なのにも関わらずだ。
人間びっくりショーのように、銃を箸代わりにして飯を食ってくれるのかと思ったら普通にレーションを食っている。
期待はずれだ。
それからこのエレンは終始無表情だ。
よく思い返して見ると感情を表に出した事があったような気もするのだが、例外として置いておく。
どれくらい無表情なのかと言えば、そうだな……
「小次郎、いくら見つめても銃は食べられないわよ」
こんな台詞を表情一つ変えないで言えるくらい無表情だ。
「食べれる時食べる、休める時に休んで置かないと持たないわよ。あなたなら言われなくても分かっていると思うけど」
そう言ってなぜ目を背ける?
「プリンくらい早く食べれば何も言わないのだけれどね」
「ほう。最近の携帯食にはデザートまでついてるのか」
お、無表情が崩れたぞ。
若干呆れてように見えるのは錯覚じゃないな、うむ。
「何馬鹿な事言ってるの。彼女くらい素直に渡された物を食べればいいのにって言ってるのよ」
そう言ってエレンは再び俺から目を背けた……訳ではなく視線の先にもう一人の少女───プリンが居た。
プリン───そう名づけたのは俺なのだが、この名前は借り物だ。
元来この名前を名乗っていた人物も相当独特の雰囲気を発していたし、
俺は仕事柄変人……というか一風変わった人物と関わる事が多いのだがこいつは間違いなく今までトップクラスに変だ。
まず服装が妙だ。
まるで平安時代の人間みたいな服を着てやがる。
それでいて本人は全く気にしてる様子はないんだから、もしかしたら俺やエレンとは異なる時代の人間なのかもしれない。
「いや………まさかな」
「……?」
思わず声に出してしまった。
まあ、特に問題はあるまい。
大体こいつは話かけてもまともに反応が返ってくる方が珍しい。
どうせこっちの考えてる事なんて分かるわけはない。
……俺の方もこいつの考えてる事なんかわかりゃしないけど。
しかし…考えている事が全く解らないというのは困るな。
少し反応パターンを調べてみるか。
「…………」
「…………」
「…………」
これが世に言う子供にどう話しかけたらいいのか分からない父親の心境か……
ちなみに解説しておくと三番目の噴出しはエレンの分だ。
それにしても人と話していくらの商売やってる俺をここまで手こずらせるとはやはりこの餓鬼只者じゃねえ。
「さっきから何をやりたいのか知らないけれど、早く食べてくれないかしら?今後の話もあるのだし」
エレンの奴…いつの間にか地図を広げて何か計算をしてやがる。
取りあえず今はプリンの方に集中だ。
まずは常套句から行くか…
「飯は美味いか?」
プリンはゆっくり咀嚼しながら頷く。
反応は上々。
しかし軍用のレーションが美味いって今まで何食ってやがったんだ、こいつは……
「………赤くないのは美味しい」
飢え……行き倒れ…………食糧難………………死体……………………………共食い…………
考えなければいいのに、最悪の想像が脳裏を駆け巡る。
………普段食ってる物については詮索しない方が精神衛生上よさそうだ。
(食欲がなくならない中に俺も食っちまった方が良さそうだな…)
「意外に大きい島ね」
地図と歩いてきた距離を計算し終えたエレンの口から出たのはそんなそっけない言葉であった。
「そりゃ選ばれし者の王国を作るんだからある程度は広くないと困るだろうよ」
憮然とした顔で小次郎が答える。
「そうね…それにしても玲二はどこにいるのかしらね…」
まず玲二ならば自分と同じように必要な物を補充するだろう。
エレン達の前に誰かがこの廃墟となった街を物色した形跡はなかった。
(玲二は銃を持っていたわね)
武器はあるならば食料と医療品を補充しにかかるはずである。
エレンは無言で地図を見つめる。
この街、そして武器庫。
どうやら自分達が襲った武器庫とは別にもう一つあるらしい。
それから…
「ここ以外には商店街、港、それと武器庫が二つ、さて、どれかな…」
いつの間にかすぐ傍に来ていた小次郎が呟いた。
「ああ、俺が言うまでもなかったな」
複雑な顔をしているエレンを見て、小次郎がばつが悪そうに言う。
「構わないわ。私一人だと見落とす事もあるかもしれないし」
もっとも滅多な事ではエレンはこういった生存確率に直結するような事実を見落としたりはしないのだが。
「じゃあもう一つ」
しかし小次郎の方はエレンの言葉を聞くと再び口を開いた。
「彼が中央にいるっていう可能性も否定できないぜ」
「玲二が中央に与する、と?」
エレンの声にはなんとも言えない凄みがあった。
彼を侮辱するな、と言わんばかりの迫力である。
しかし小次郎とて伊達に日陰の世界で生きてきた訳ではない。
エレンの殺意すら感じられる程の迫力にも全く動じない。
「……そういう意味じゃない。お前の相棒なら腕が相当立つんだろうし、ひょっとしたら一人で黒幕を始末しに行ってる可能性もある」
「ありえないわ」
エレンは小次郎の主張をきっぱりと否定した。
確かに要人暗殺は彼らファントムの得意技であるが、
あくまでも内通者がおり確実に仕留められる状況でのみファントムは暗殺を実行に移す。
それに逃走経路の調べすらついていないはずだ。
逃走経路の確保が出来ていない計画など、暗殺ではなく自爆テロと呼ぶ方がふさわしい。
「只でさえ成功率の低い計画になるわ。玲二なら私との合流を最優先にするはずよ」
「それもそうか……どの道件の彼を探すにしてもまずはこの雨が止むのを待たないといけないんだけどな」
ふと見るとプリンはすっかり眠ってしまっている。
「なんでったってこいつはこんなにマイペースなんだろうなぁ…」
小次郎は本日何度かの溜息をつく。
「休むべき時には休む……変に気張っていざという時に動けないよりはましよ。それと……」
エレンは小次郎の顔が正面になるように体の向きを変える。
「私の反応から玲二の信用を測る事は二度としないで」
そう言ってプリンの横に座り目を閉じる。
「おやすみの挨拶にしては迫力がありすぎだな……まあ、玲二って奴が信用できるかどうかは実際会ってから判断するさ」
エレンの言を借りるなら今は休む時だ。
この静寂も雨が降り止むまでの一時の休息にすぎないのだから。
【天城小次郎@EVE〜burst error(シーズウェア) 狩 状態△(右腕負傷) 所持品 食料 水 医薬品 地図 通信機】
【エレン@ファントムオブインフェルノ(ニトロプラス)招 状態○ 所持品 ベレッタM92Fx2 ナイフ】
【名無しの少女(プリン)@銀色(ねこねこソフト)? 状態△片足の腱が切れている(絶対に治らない) 所持品 赤い糸の髪留め】
【時間:全体放送直後】
「玲二、さっきのは正直感心しないよ。何もあそこまでしなくてもいいじゃない」
沙乃の非難に、玲二はバツの悪そうな顔を見せる。
「すまない…だけど、あいつらには我慢できなかったんだ」
あの双子の姉妹は、玲二の琴線に触れてしまった。
やり過ぎたと反省はしているが、罰を与えたことに後悔はしていない。
「もっと自制できるように気を付けるさ。この状況じゃ、命取りにもなりかねないしな」
「うん、頼んだよ? これでも結構玲二のこと、頼りにしてるんだからさ」
傍目には子供にしか見えない沙乃に諭されるような形になり、玲二は苦笑した。
道なき道を三人の男女が歩いていた。
「む…止まれ、鎧衣、鑑」
先頭を歩く御剣冥夜は、前方を見据え、後続の友人二人を制する。
「ど、どうしたの? 御剣さん」
真ん中の鑑純夏が声を上げる。
「二十四時間営業店がある」
「え?」
「何? どうしたの?」
殿を務めていた鎧衣尊人が前に出てくる。
そして、冥夜の指し示す方を見て絶句した。
「コンビニだ」
「何でこんなところに?」
他に何の建造物も無い場所で、ぽつんと一軒だけ佇むコンビニエンスストア。
今まで異常な光景は何度か目にしてきたが、それだけに馴染みのある建物が一軒だけというのは、さらに異常に見えた。
「まさか…あの『蹴る番』とやらが言っていた『現れたモノ』とは、これのことでは!?」
「…それはないと思うよ」
尊人は、いつものナチュラルボケにつっこみを入れると、
「とにかく、行ってみようよ。食べ物や飲み物が手に入るかもしれない」
二人を促してコンビニへと近づいていった。
「女の子が倒れてる!?」
開口一番、コンビニを覗き込んだ尊人は声を上げた。
その声を皮切りに、弾かれたように三人は中に入り、気を失っている鳳姉妹に駆け寄る。
壬姫の死が思い起こされる。最悪の状況が三人の脳裏に浮かんだ。
「こ、これは…」
三人はその惨状を見て…
「…ドカ食い?」
首をかしげた。
辺りに散らばる、おびただしい数の食料品の袋や容器。
その中に、二人の幼い少女が倒れ伏してうんうん唸っている。
「この者達、よほど空腹だったのだろうな」
気を失うほどに物を食べた経験のない冥夜には、二人の苦しみは想像することしかできない。
と、容器を片づけようとしていた純夏が絶望的な声を上げた。
「大変! これ消費期限が昭和よ!!」
「な、なんだってー!」
驚いた尊人が他の容器を手に取る。
「本当だ…。これも、これもだいぶ前に期限切れになってる!」
「なんということだ…。くっ、我等がもう少し早く辿り着いてさえいれば…!」
無念の表情で歯噛みする。
「あ…でもちゃんと胃腸薬は用意してるのね」
「おそらく、解毒する暇もなく倒れたのだろう…無念だ」
「…解毒…?」
「だが、まだ遅くはあるまい。鎧衣、コップに水を持て!」
棚に陳列されていた、猫さんプリントのマグカップを掲げて冥夜はのたまった。
幸いにも水道は生きていた。
何とか鳳姉妹を起こした三人は、姉妹に胃腸薬を飲ませて一息つかせる。
無論、二人ともトイレに駆け込んだ後ではあったが。
「あ、ありがとう。お姉ちゃん、お兄ちゃん」
礼を言う姉妹に三人は笑顔を見せる。
「怖いお兄ちゃんが来て、殺すって脅かされたの」
「それで、古い食べ物を無理矢理食べさせられて…」
だが、次のこの言葉に緊張した面持ちになった。
「そう、怖かったね」
純夏が二人の頭を撫でる。
「しかし、そうするとまだその者が近くにいるかもしれぬな。
私が辺りを見てこよう」
冥夜は気を引き締めると、愛刀を手に出口へと向かう。
その背中に、尊人が声をかける。
「待って、僕が行くよ」
「…鎧衣」
「女の子にそんな危険なことさせられないよ。
武も、こんな時のために僕をこっちにしたんだと思う」
尊人のその言葉と覚悟に、冥夜は一瞬頷きかけたが、かぶりを振ってその申し出を断った。
「いや、すまないがやはり私が行こう。
もし、その男がまだ近くにいたとしたら、最悪の場合戦いになる。
鎧衣はここで皆を守っていてくれ」
「けど……うん、わかったよ。それは任せて」
戦闘力という点で言えば、尊人は冥夜に遥かに及ばない。
だから冥夜の判断の方が正しいのだろう。
(だけど、武はこっちを僕に任せたんだ。二人は僕が守らなきゃいけないのに…)
それができない無力さが恨めしい。
(強く…なりたい)
「お姉ちゃん、怖いお兄ちゃんは裏の方に行ったみたいなの。そっちを探してみて」
「裏だな、承知」
冥夜は姉妹の言葉に頷くと、用心しながらコンビニの裏手へと向かう。
「大丈夫かな、御剣さん…」
見送る者達の顔には、別々の表情が浮かんでいた。
二人の顔には不安と心配、もう二人の顔には笑みが。
(見たところ、誰もいないようだが…)
注意深く辺りを観察しながら冥夜は歩を進める。
と、
「お姉ちゃーん」
後ろから声が掛かる。
見ると、コンビニ裏のスタッフルームと思われる窓から、双子の片割れがこちらを見ていた。
(そういえば勝手口から出ることもできたな)
うっかり失念していた。
「お姉ちゃん、もっと右。そっちに誰かいた!」
「なに!?」
あわてて振り向くが、誰もいない。
「もっと向こう。木の影!」
野原の向こうに、まばらに木が生えている。
(あそこか? …皆で逃げるか…いや、後を着けられたら面倒なことになる)
ここでケリを着けることに決める。
いつでも抜刀できるように構えると、冥夜はじりじりとそちらへ向かって移動し始めた。
「誰かいたの?」
「う、うん。お姉ちゃんがやっつけに行ってるよ」
声を聞いてスタッフルームにやって来た純夏と尊人に、鳳なおみはあわてた様子で答える。
純夏と尊人は窓まで行き、外を見た。
「…僕達も銃を出しておいた方がいいかもね」
「えっ、でも…」
純夏はためらうが、尊人はさらに言葉を続ける。
「当てなくてもいいんだ。相手を脅かすだけでも十分援護になるよ」
「…うん」
渋々と純夏が銃を出した時…、破裂音が辺りに響きわたった。
冥夜は確かにこのメンバーの中では戦闘力に秀でていた。
それゆえ、戦闘を見越して尊人の提案を断り、冥夜自身が出てきたわけだが、その判断は結果的に間違いだった。
もしも、出てきていたのが尊人ならば。
幼い頃から、冒険家の父に連れられて世界各地を回っていた尊人ならば。
その豊富な知識と経験から、事前に『それ』を発見できたかもしれない。
いや、判断ミスというならば、無条件で双子を信用してしまったこと自体が致命的なミスだったのだ。
そして、足元で鳴る破裂音を、冥夜は聞いた。
「なっ…」
その一言の余韻さえ消え去らぬまま。
冥夜の体は、撃ち出された数百発のボールベアリングによって、ズタズタに引き裂かれていた。
「御剣さん!」
「やった!」
純夏となおみが同時に声を上げる。
声すら出なかった尊人は、そのなおみの言葉に思わず振り返る。
(やった、だって!?)
そして尊人は見る。
部屋の入り口まで移動していたなおみと、その隣のあかねの手に、銃が構えられていた。
とたんに、なおみの銃が火を噴く。
「うわあっ!」
「きゃあぁっ!」
身を縮めて悲鳴を上げるが、3点バーストで放たれた銃弾は当たらず、壁と天井にめり込んだだけだった。
撃ったなおみも反動に耐えられず、後方にひっくり返っている。
「なおみ!」
「う、うわあああああ!!」
今度はあかねと尊人の声が同時に上がる。
恐慌状態に陥った尊人は、そばの机にあった電卓やリモコンなどを手当たり次第に投げつける。
そのうちの一つが、あかねの額に当たった。
「ぎゃ!」
短い悲鳴を残してあかねは昏倒した。
同時に、投げられるものが底をつく。
なおみが起き上がる。
純夏は銃を持ったまま、壁を背にしてその場にへたりこんでいた。
事態を理解したのか、歯の根がガチガチと鳴っている。
「う〜、次は外さないんだから」
言いながら、銃のセレクターを下げてセミオートに切り替える。
無邪気なその顔が、今は悪鬼羅刹に見える。
「た、たけ…る…ちゃ……」
死を目前にし、涙をぼろぼろと零しながら、純夏は幼馴染に助けを求める。
だが、その声で尊人は我に返った。
(武! そうだよ、僕が守らなくちゃいけないんじゃないか!)
冥夜は守れなかった。だが、純夏はまだ守れる場所にいる。
「死んで!」
銃口が純夏に向けられる。
純夏が息を呑んで硬直する。
――ガァン!
銃声が響いた。
放たれた銃弾は、今度は確実に肉をえぐった。
純夏、ではない。とっさに純夏に覆いかぶさった尊人の左肩をえぐる。
「う…」
痛みに耐え、尊人は純夏の手からハンドガンをむしり取った。
そして、
「うあああああああああああああ!!!」
ガン!ガン!ガン!ガン!ガン!ガン!ガン!ガン!ガン!ガン!ガン!ガン!―――
全弾撃ちつくし、それでもなおトリガーを引き……気が付いた時には、なおみの体は仰向けに倒れ、ビクビクと痙攣していた。
だがそれもやがて、ごぶっと口から血を吐き出し、全く動かなくなる。
その顔は愕然とした表情のまま硬直し、額と胸に穴が開いていた。
(まも…れた…?)
純夏を見ると、すでに気を失っていた。
ほとんど密着している状態なので、吐息が直に感じられる。
(生きてる…。たける、僕…守ったよ…)
安堵し、肩の激痛から逃れるように、尊人もまた気を失った。
「くそっ、遅かったか」
地雷の破裂音を聞いた玲二と沙乃が戻ってきたのは、全てが終わった後だった。
コンビニ内には血臭が充満し、血溜まりの中に双子が倒れている。
(あの時、情けなんかかけなければ!)
すぐそこで見た死体。
男か女かすら判別できないほど、ぼろぼろになったその姿を思い起こす。
間接的に自分が殺したようなものだ。
(すまない)
心の中で犠牲者の冥福を祈る。
「玲二、こっちの二人は生きてるよ!」
「本当か!」
絶望の中の一筋の光明だ。
壁際に倒れている純夏と尊人を、二人で担ぎ出す。
どう見ても学生だ。
自分達のような戦いに生きる者ではない。平和な世界に生きるべき者達だ。
「目覚めた時、こんな光景を見せるわけにはいかないな…とにかく運ぼう」
「わかった」
そして二人はそれぞれ一人づつを担ぎ上げ、その場を立ち去った。
双子の片割れ、鳳あかねは生きているということに気付かずに。
【鑑 純夏 マブラヴ age 状態 ×(気絶)持ち物 なし 狩】
【鎧衣 尊人 マブラヴ age 状態 ×(気絶 左肩に銃創) 持ち物 ハンドガン2丁 装填数 20発と0発 狩】
【吾妻玲二 ファントム・オブ・インフェルノ ニトロプラス 状 ○ S&W(残弾数不明) 狩 】
【原田沙乃 行殺!新撰組 ライアーソフト状 ○ 十文字槍 鬼(現在は狩) 】
(食料・医薬品等補給済)
【鳳あかね@零式(アリスソフト) 状態 ×(気絶) 持ち物 クレイモア地雷x1 プラスチック爆弾 AK47 狩?招?】
【御剣 冥夜 マブラヴ age 状態 死亡】
【鳳なおみ@零式(アリスソフト) 状態 死亡】
【全体放送〜満月の夜 153話「もったいないオバケの逆襲」以後】
220 :
葉鍵信者:04/03/30 22:18 ID:yS0L8FKK
守ったもの、守れなかったもの
作者本人よりの審議要請により、一時無効扱いとします。
後は、まとめサイトのルール準拠。
221 :
新入社員:04/04/01 01:24 ID:ykig6nAq
ナイフを染める血をいかにして片手でぬぐうか思案して、結局和樹は口にハンカチを挟み刃を滑らせた。
鈍く光る刃を、刃毀れを検分するかのように様々な角度から見つめ、
(多分、あれかな)
そう、口の中でつぶやく。
刃に写って見えるのは、一羽の鴉。
廃墟に鴉といえば絵になる光景かもしれないが、先ほどまでここで死闘が行なわれていたのである。
漲る殺気と響く剣戟の音を意に介さず、鴉が逃げずにとどまるというのは不自然な話しであった。
十中八九、あれが監視者。
魔術の知識を持ち合わせていないため断言はできないが、おそらくはケルヴァンの使い魔だろうと、和樹は推測した。
(でもなぜ、急に監視が強くなったんだろう……?)
ナイフを鞘におさめながら、和樹は首をかしげた。
和樹もある程度までは周囲に気を配りながら行動している。
佐倉霧を見逃した時は、誰にも見られてなかったのかと特に注意したし、
その後もゲンハ達を探すために、周りの状況には気をつけていた。
そのときまでには、このような尾行までは行なわれていなかったはず。
(やっぱり腕が切断された後、僕が混乱していたときに監視がついたんだろうけど……でも、それが原因なのか?)
ありえなくは無いと思う。確かに先刻までの和樹は異常だった。
だが、他に原因が無いとも言い切れない。
(とにかく、これからはもっと注意して行動する必要があるな)
尾行を振り切ることはおそらく可能だろう。
だが、それは後ろ暗いことがあるということを証明するも同然だ。
故に、しばらくは、尾行がついていることに気付いていないふりをする必要がある。
末莉は、和樹が守りたいと思っている人は、今中央にいるのだから―――
そういう考えを自然としてしまう事に、もはや和樹は驚かなかった。最優先事項は既に決定されている。
222 :
新入社員:04/04/01 01:25 ID:ykig6nAq
だが―――
鋭い目で、和樹は先ほどまで死闘を演じていた方を見る。
あそこで、通信機を介して無影とケルヴァンは談合している。
聞かれたくない、とケルヴァンは言っていたが、談合の内容は推測できた。
ギリ……
故に、和樹は歯を食いしばり、手近の壁に拳を叩きつける衝動を抑える必要があった。
『さて、と。まずは自己紹介をさせてもらおう。私の名はケルヴァン。
お前が戦ったあの二人の直属の上官と考えてもらっていい』
耳につけられた通信機から流れる声に、無影は可能な限り不機嫌な声で返答した。
「そのお偉いさんが、俺に何のようだ?」
『よい機嫌とはいえぬようだな。まあ、無理も無い。
二度にわたり戦いに負け、その不死能力も我らに知られてしまったのだからな』
フフ、と冷笑する気配が通信機から流れてくる。
『無頼を装っていても、ずいぶんと追い込まれたものだと気落ちしているのではないか?
付け加えて言わせて貰うなら、あの二人。確かに手練だが、決して我が陣営内で最強というわけではないぞ?』
「チッ……」
無影は舌打ちする。ケルヴァンの言うことは本当なのだろう。十兵衛を弄ぶような化け物もいると、話に聞いている。
「それで? 言いたい事はただの自慢か?」
『いや、これは失礼。まずは現状を認識して欲しかったのでね。
では、単刀直入に言おう。無影、私の下につく気はないか?』
その言葉は無影も予想していたことであった。この状況では阿呆でも分かることだ。
だが、解せぬこともある。
「何故俺だ? 状況から察するに、俺にある程度狙いを絞っていたようだが?」
『条件が整っているからさ。
人斬りを厭わぬ性格、取り引きのできる冷静さ、腕は立つが制御しきれぬほどではないその力量、
そして何より、こちらの記録上お前はもう既に死んだ人間だ』
223 :
新入社員:04/04/01 01:26 ID:ykig6nAq
それを聞き、無影は皮肉気に笑った。
「……この俺に影となって働けと?」
『その通りだ。その名に反する役柄で申し訳ないがな』
ケルヴァンもまた少し笑うと、より細かい話を始めた。
ギーラッハは傍らの少年をチラリと見た。
どちらかと言えば小柄。純朴そうで女性的な顔立ち。
だが、今はその要旨に似合わぬ鋭い目で、彼は何かを必死にこらえているように見える。
いや、何かではない。少年が抑えているものは、ギーラッハにははっきりと分かる。
それは、ずっと長い間ギーラッハ自身が抑えているものだから。
怒りだ。この少年はそれを必死に抑えている。
ギーラッハは静かに口を開いた。
「浮かぬ顔だな」
少しためらうそぶりを見せて、和樹は答えた。
「……恐らくケルヴァン様は、あの人を配下に加えるつもりです」
「そうだろうな。それが気に入らぬ、というのか」
「……ギーラッハさんはどうですか?」
「己には関係のないことだ」
和樹は一瞬目を見開いたが、すぐに目を伏せ、押し殺した声を出した。
「無影、あの人はためらいもなく殺します。力のある人も、ない人も。
だから僕は戦った。なのに……」
「何故、己がそういう者でないと思う? 生憎と己もまた羅刹の道を行くものだぞ?」
「……僕の勘違いかもしれません。だけど、僕にはギーラッハさんが怒っているように見える。違いますか?」
224 :
新入社員:04/04/01 01:29 ID:ykig6nAq
感情を隠しきれぬのははお互い様、ということか。だが、ギーラッハはそれを認めるわけにはいかなかった。
「悪いがそれは貴様の勘違いだ」
少しためらってから付け加える。
「ケルヴァン殿の計らいで、己の主君を中央に保護してもらっているのでな。
主君の身のためならば、このギーラッハ悪鬼にも羅刹にもなろうぞ」
和樹は少し驚いた様子を見せたが、やがて真剣な目で問うた。
「その人が……あなたの主が、それを望まなかったとしてもですか?」
その問いは、はるか昔にギーラッハが悩み、そして答えを出したものだった。
「己はかつて、主の命と誇り、どちらを守るべきか選択を迫られた。
己は、主の命を選んだ。それが己の答えだ」
「…………それは、正しい選択なんですか?」
「万人にとって正しい選択ではないのかも知れぬ。貴様にとってはまた別の選択があるのかもしれぬな。
だが、これは何百年の時を経て出した己の答えだ。間違っていると言いたいのならば、
己のその時間を否定する覚悟を決めて言うことだ」
ギーラッハの静かで厳しい言葉に、和樹は目を伏せ、頭を下げた。
「すいません。僕は礼を失した事を言いました」
頭を下げる和樹に、ギーラッハもまた会釈すると無影のいる方向へ目を向けた。
「しかし、解せんな。なぜ、あの男が選ばれたのだ?」
「たぶんですけど、あの人はギーラッハさんの手によって死んだと記録されているからです。だから、影で動きやすい」
和樹の言葉にギーラッハは首をかしげる。
「ぬ……つまり、なんだ?」
「ケルヴァン様独自の手下が欲しいということです。
僕もそういう立場だったけれど、僕の場合はもう総帥に身元が分かってしまったようですし。
魔力がないということも好都合だ。いざと言う時、総帥の方へ裏切られる心配がないわけだから」
「むぅ……そうか……」
225 :
新入社員:04/04/01 01:32 ID:ykig6nAq
どうやら、この少年は怒りの中にあっても、策謀に対して考えを巡らせることができるらしい。
この手のことにうといギーラッハにはない資質である。
「しかし……それはつまり、ケルヴァン殿には総帥に離反する心算があるということか!?」
「離反とまでは分からないけれど……でも、そうですね。僕もこれはかなり強気な行動のように思える」
少し考えた後、和樹は付け加えた。
「中央で何かあったのかもしれません。総帥に何かあったのか……
あるいは、ケルヴァン様が総帥に対する何かの切り札を手に入れたとか」
「なるほど、あんたらも一枚岩ではないということか」
『そういうことだ。総帥の目的と私の目的は違う。
総帥の目的が達成された時は、お前は死ぬしかない。魔力を持っていないからな。
しかし、私の目的が達成されたときには―――』
「元の世界に帰れる、ねぇ……本当だろうな?」
『私の興味は覇王を見出すことだ。その一人さえ手中に収めれば、後は用が無いのでな』
「ふん……それで、お前にはその総帥を倒せる自身があると?」
その無影の問いに、ケルヴァンはため息をついた。
『覇王を見出すことが、私の目的といっただろう? 私が倒しては意味が無いのだよ。
総帥を倒す実力を持てずして何が覇王か。
逆説的に言えば、総帥が最強である限り私の願いは成就せず、また離反もしない
付け加えるのなら、私の目的は、総帥も半ば知っていることだ。
あの方は自分の力に絶対の自信を持っておられる。
常に自分が最強だと信じているからこそ、私を配下にしておられるのだ』
「ちょっと待て。ならば、お前の御眼鏡に適う奴がいなかったのなら」
『私は総帥の下についたたままだ。お前のことは切り捨てざるをえんな。
だが、安心しろ。この話を持ち出すのは、私の計画にある程度のめどがついたが故だ』
226 :
新入社員:04/04/01 01:33 ID:ykig6nAq
(だといいがな……)
無影は心中でつぶやいた。
「俺が裏切ることは考えんのか?」
『それを防ぐためにこうやって話をしているのだがな?』
「まあ、そうだろうな……」
実のところ無影に選択肢は、現時点ではない。
心臓の再生は終わったが、それでも体力は激減してしまっている。
今、和樹とギーラッハをけしかけられたら、逃げることすら不可能だ。
ケルヴァンが事細かに説明しているのは、後の裏切りを防ぐためだ。
裏切りが無影にとって無益であることだと、理を持って諭している。
そして、おそらくケルヴァンの言うことに嘘はないだろう、と無影は思った。
無論、隠し事はあるはずだ。
だが、嘘はついていない。この男は都合の悪いことも包み隠さず話している。
相手によっては下手に嘘をつくよりも、嘘偽り無く話したほうが、長期的な信頼が得られる。
そのことをケルヴァンはわきまえているし、そういう判断は無影にとって不快ではなかった。
「能力が知られた今では、管理側に反するのは不利にすぎる。
さりとて俺に魔力がない以上、総帥とやらとは相容れぬ、か。確かに道は一つか」
無影はため息混じりに言った。
「で、俺は何をすればいい?」
『さしあたっては、非魔力保有者の駆除だ。不確定要素を排除し、ゲームをある程度進めたいのでね』
「それと、俺と他の召還者を結託できぬようにするためか?」
『さあ、どうかな……?
魔力保有者の保護は考えなくていい。お前を堂々と中央に来させるわけにはいかないのでな。
魔力保有者は捨て置き、まずは駆除のことだけ考えろ』
「殺し専門か。それはありがたいぜ」
『ギーラッハと和樹は私個人の兵だが、基本的に他の管理側の人間とは接触するな。
お前は正規の兵ではないのでね。基本的に行動は単独。影として動け』
227 :
新入社員:04/04/01 01:33 ID:ykig6nAq
「この俺に、影ね」
無影は再度皮肉に笑う。次いで、表情を引き締めた。
「こちらからも条件がある。双厳という男がいるんだがな。こいつは殺すな。生け捕りにしろ」
その言葉に、ケルヴァンは少しの間沈黙した。
『約束はできんな……申し訳ないが。全ての兵にそのように命令することはできん。目立ちすぎるのでね』
「……そうか」
落胆はしなかった。この場合、安請け合いされた方が無影は警戒しただろう。
「やむをえんな。ならば、俺自身の手で生け捕りにした場合は?」
『総帥の目から隠れるような牢ならば用意しよう』
「それで手を打つしかないか……いざという時は、兵を貸してくれるんだろうな?」
『都合がつけばな。約束はできん』
「…………」
無影は思案した。
双厳の居場所はいつでも知ることができる。
また、双厳達とは仮初とはいえ協力の約束を取り付けている。あるいは油断ぐらいは誘えるかもしれぬが―――
(体力が回復せんことには、とらぬ狸の皮算用すらできんな)
無影はヨロヨロと立ち上がった。
「委細承知した。以後はあんたの下で働かせてもらう」
『そうか……ならばこのすぐ近くに武器庫がある。まずはそこに行き、通信機等の装備を受け取れ。
ギーラッハと和樹に案内してもらうといい。奴らにも話をつけておこう。それから―――』
声が低くなる。
『いうまでも無いが、監視はつける。下手なことはするなよ?』
「委細承知した、といったぜ?」
無影が飄々と答えると、ならばよかろう、とケルヴァンは言い通信は切れた。
228 :
新入社員:04/04/01 01:34 ID:ykig6nAq
(ふん……まあ、やむをえんか)
今は様子見。体力の回復が優先だ。仕事をしろというのなら、簡単な獲物を二、三狩って、顔色をうかがうしかあるまい。
この流れが面白いか、といわれれば否である。無影とて矜持はあるのだ。
だが、情報を得たのは事実。管理側の人間として動くなら、さらに情報は手に入るだろう。
それに、楽しみが無いというわけではない。
ギーラッハと和樹。己を倒した二人のもとへ歩きながら、無影は陽気に声をかけた。
「話はついてると思うが、同僚という関係になったわけだ。一つ宜しく頼むぜ、お前ら―――いや、これは失礼」
ニヤリと口元を歪ませ、無影は笑う。
「宜しく頼むぜ、先輩方?」
ギーラッハの食いしばった犬歯、和樹の握り締められた左拳こそ、見て愉快だった。
【友永和樹@"Hello,World" (鬼) 状態△(右腕欠損) 所持品:サバイバルナイフ(刃こぼれ等の破損) 行動方針:魔力持ちの保護、魔力なしの駆除、末莉を守る】
【無影@二重影 (狩) 状態:×(心臓破壊により身動きかなりの制限。回復可能) 装備:日本刀(籠釣瓶妙法村正) 行動方針:魔力なしの駆除】
【ギーラッハ@吸血殲鬼ヴェドゴニア(鬼) 状態:○ 装備:ビルドルヴ・フォーク(大剣)】
【ケルヴァン:幻燐の姫将軍 (鬼) 状態:△(魔力消耗) 所持品:ロングソード】
【『求めるもの。』の直後。Wicked child〜満月の少し前辺り】
229 :
新入社員:04/04/01 01:56 ID:ykig6nAq
失礼しました。
>>224の4行目、
「ケルヴァン殿の計らいで、己の主君を中央に保護してもらっているのでな。」
↓
「己の主君を探し出し、中央に保護してもらうよう、ケルヴァン殿に計らってもらっているのでな。」
に変えてください。
「とりあえず、そこに寝かせろ。服を脱がせる」
「え、ええ!?」
「…何を考えてる。傷を見るんだ、傷を」
飯島克己は呆れたように目の前の女――春日せりなを見る。
倒れた高嶺悠人を連れて、彼らは丸太小屋へと戻ってきていた。
「ん? いや、ちょっと待て。その前にこいつを敷く」
壁際の棚にシュラフを見つけた飯島は、せりなを止めてそれを手に取る。
積もった埃や砂を適当に払うと、広げて床に敷いた。
その上に、せりなは注意深く悠人を降ろす。
悠人は気を失っていた。
顔色は悪く死んでいるようにも見えるが、かすかに上下する胸が、彼がまだ生きていることを雄弁に主張していた。
飯島は手際良く悠人の服を脱がすと、腹部の傷を確認する。
「…やはりな」
傷口の血液は凝固し、出血は既に止まっていた。
あの出血が、この短時間で自然に止まるとは考えられない。
明らかに、何らかの外的要因が関わっている。
(神剣とやらの回復能力…、ガセじゃなかったようだな)
なら、意外と早くこいつは動けるようになるかもしれない。
「とりあえずは、良しだな」
その言葉に、せりなが激昂する。
「な、何が『良し』なのよ! 大丈夫なわけないじゃない!」
「やかましい、喚くな。こいつは大丈夫なんだよ」
言って、棚まで歩き、そこにあった手桶をせりなに放る。
「文句ばかり並べてないで、水でも汲んで身体拭いてやれ。誰のせいで死にかけたんだ? こいつは」
飯島の容赦のない言葉がせりなに突き刺さる。
せりなは一瞬涙を浮かべかけたが、泣くところを見せたくないのか手桶を持って外に飛び出していった。
(しかし…まいったな…)
飯島は思う。
(長崎を失い、高嶺は重傷…まぁこいつは自業自得だが。おまけに俺は顔を見られた。
それで得たものといえば、無用の敵意と小娘一人か。…割に合わなすぎだな)
その割に合わないことに、何でここまで付き合っているのかと自問する。
二人が倒された時点で、自分一人撤退する選択肢もあった。
(まぁ…詫びと義理だな…)
自分も油断していた部分があったのは確かだ。
それに、まがりなりにも仲間であり、最後の最後まで戦友を救おうとした旗男への義理。
「…くそっ、神崎や高嶺の影響か? 俺も丸くなったもんだ」
不愉快になってきたので思考を打ち切り、今後のことを考える。
(あのアフロ野郎も重傷を負っている。追って来るとは考えにくいな)
さすがの飯島も、グリフォン、アンドロイド、あの二人組との連戦で疲れていた。
とにかく、ここまで二人とも連れてきてしまったのだ。
見捨てて単独行動を取るよりも、高嶺が回復するまでここにいる方がいいかもしれない。
こいつにはまだまだ戦力になってもらわなきゃならん。
問題は足手まといの小娘だが…、まぁそれは後で考えよう。
(ここなら横になれる場所も水もある。食料は…ないこともない、か)
鳥肉か獣肉かは知らないが、でかいのが近くに転がっているはずだ。
(できれば遠慮したいところだが、他に食うものなんてないしな)
と考えたところで、グリフォンは何を食っていたのだろうと思い当たる。
おそらく小型の野生動物だろうが、それでは…、この小屋が破壊されているのはなぜだ?
傷は真新しい。最初に自分達が来る少し前にやったのだろう。
そしてここには人がいたような後はない。
獣が、三大欲求以外の理由で、手間をかけるようなことをするだろうか。
「…まさかな」
自分の推測に半信半疑ながらも、飯島は破壊されている個所の付近を調べる。
すると、角の床がはめ板になっているのに気付いた。
それを外し、床下を覗き込む。そこには、油紙で包まれ密閉された壷が二つ。
「はっは! ビンゴだ、笑えてくるな!」
開けると、それはそれぞれ干し肉と干した果実の入った壷だった。
「ナイス保存食だ。ここを使っていた奴に感謝だな」
グリフォンはこれを狙って小屋を破壊していたのだろう。そこに自分達が来た為、上空で待ち構えたに違いない。
グリフォンの優れた嗅覚にも感謝だ。
とにかく、これで食料の心配も無くなったわけだ。
(フン、なかなかいい物件だぜ)
干し果実を齧りながら、飯島はしばらくここに居座ることに決めた。
水を汲んだせりなが戻ってきた。
涙を隠す為に顔を洗ってきたのか、前髪が少し濡れている。
「おう、お帰り」
「水、汲んできたけど…タオルってある?」
先ほどと打って変わって、やけに機嫌のいい飯島に眉をひそめながら問う。
「いや、そんなものは無い」
「じゃあ、どうすれば…」
「それは自分で考えろ。俺は少しやることがあるから外に出てるぞ。
…そうだ、いいものが見つかった。お前も食っておけ」
保存食の入った壷を、寝ている悠人の前に置く。
「あ、ありがとう…ええと…」
「飯島だ。飯島克巳」
「あ、はい、私は春日せりな…です」
「いきなり敬語になるな、タメ口で構わん。じゃあな」
そう言って、飯島は小屋を出た。
手前に広場、裏手に川、その周りは全て森というのが、この小屋の周囲の状況だ。
(川はどうにもならんとして、仕掛けるなら広場と森の境目だな)
飯島は、見当をつけた辺りの下草同士を結い合わせて輪っかを作り、その前に小石を積み上げていく。
侵入者発見用のトラップ。
この輪っかに躓いた侵入者が小石を蹴飛ばし、音が鳴るという寸法だ。
多少、小屋から離れているが、飯島は聞き取れる自信があった。
明るい間は子供騙しにしかならないが、暗くなれば効果が見込めるだろう。
本当はワイヤートラップでも仕掛けたいところだが、一本しかないワイヤーをこんなところで消費するわけにはいかなかった。
「しかし…全体をカバーしようとすると重労働だな。後で小娘にも手伝わせるか」
一人そう呟くと、飯島は二つ目のトラップ製作に取り掛かった。
飯島の言う通り、小屋にはタオルになりそうなものは無かった。
「…どうしよう」
悠人を見る。
相変わらず血の気が失せた顔に、脂汗が浮いている。
(……よし!)
せりなは意を決すると、制服の肩口から袖を一気に引き裂こうとして…失敗した。
根本的に膂力が足りない。
代わりに、ゲンハに引き裂かれた胸元の部分が引っ張られ、さらに引き裂かれる。
(……うぅ)
一瞬情けない顔をするが、仕方無しに、ほぼ完全に用を成さなくなったその部分を注意深く引き裂く。
それをタオル代わりに、せりなは悠人の身体を拭き始めた。
片方の胸が露出してしまっているが、下着は着けているので良しとする。
(大体、私のせいだもん。こんなことで落ち込んでられないよ…)
自分を助ける為に、あの兵隊さんは死に、悠人は死にかけている。
(死なないで…まだお礼も言ってないんだよ…)
飯島は大丈夫だと言ったが、せりなは不安で仕方が無い。
今でさえ、せりなの肩には重すぎる十字架なのだ。
ここで悠人まで死んでしまったらと考えると、胸が張り裂けそうになる。
(お願い…、死なないで…)
必死に祈りつつ、せりなは悠人の傍らで涙をこぼした。
【飯島克己@モエかん(ケロQ) 狩 状態○ 所持品:ワイヤー】
【春日せりな@あしたの雪之丞(エルフ) 招 状態○ 所持品:保存食の壷×2】
【高嶺悠人@永遠のアセリア(ザウス) 狩 状態×(気絶 腹部に深い刺し傷、打撲、裂傷多数 永遠神剣の力により安静状態なら数時間で△まで回復(歩ける程度)) 所持品:永遠神剣第四位『求め』】
【『死闘幕引』後〜『満月の夜』前】
235 :
遭遇戦:04/04/03 14:55 ID:B/9P6YKd
「ううう…お腹空いたな」
ななかはへろへろと力無く歩きながら呟く、あれから島中走り回った行為でお腹ペコペコ状態だったのだ。
と、そこに美味しそうな匂いが漂ってくる。
「食べ物の…ニホヒ…」
正常な判断など望むべくも無くななかはふらふらと匂いに釣られていくのだった。
薪の爆ぜる音と、香ばしい香りが周囲に漂う。
双厳ら一行はやや遅めの食事タイムに入ろうとしていた。
焚き火の周りには串に刺さった岩魚がずらりと並べられている。
命が待ちきれないといった様子でくんくんと鼻を鳴らす。
そんな食事時だった、がさがさと目の前の茂みが揺れたかと思えば、
紫づくめの少女が、いきなり倒れこむように現れたのであった。
「走り回り過ぎてお腹が空いて…もうダメ」
「あーおいしかった」
ななかと名乗る紫づくめの少女は結局全員の岩魚をすっかり平らげてしまった。
いいかげんにしろよという目で一同はその様子を見つめていたのだが、本当に飢えて今にも死にそうな感じだったので
あえて言わないで置いた、それに満腹したときに見せた笑顔に少し癒されたそんな気持ちもしたので。
「仕方が無いな…いくぞ十兵衛」
そして双厳は十兵衛と蓉子を伴い、また谷川へと魚を採りに出かけるのであった。
渓流の魚は総じて敏感だ、1度漁をした場所ではもうその日は何も採れないと思ったほうがいい
したがって3人はますます上流へと遡っていかねばならなかった。
そして中間地点まで来たときだった、気恥ずかしそうに蓉子が言う。
「あの…ご不浄です…すぐに戻りますけど」
「そんなもん川ですりゃいいだろ」
「いいの…でしょうか?」
236 :
遭遇戦:04/04/03 14:56 ID:B/9P6YKd
さらさらと渓流が音を立てて流れている、その清らかな流れに目を移す双厳
「ダメだ!!ダメダメ!」
双厳より先に十兵衛が慌てて答える。
蓉子はふっ、と微笑むと、2人に一礼して茂みの奥へと消えていき。
それを待つことなく双厳らはさらに上流へと向かうのであった。
「ほう…」
ようやく辿りついたポイントで手製の竹槍を持ち、次々と魚を突き刺していく十兵衛と双厳、
そしてそこからやや離れた場所で、それを値踏みするかのように見つめる一人の男がいた。
紅の騎士、ギーラッハである。
「排除対象を発見した…だが手出し無用に願おう…」
ギーラッハはおそらく自分とそれほど離れた位置にはいないであろう和樹に、
それだけを伝えて通信機のスイッチを切る。
やはり彼は戦いを尊ぶ騎士である、せっかくの強敵との邂逅を邪魔されたくはなかったのだ。
やがて水煙で霞んだ岸に佇む巨体は、漁に熱中していた双厳らにもはっきりと見て取れるようになっていた。
「これは…とんでもない大魚が引っ掛かったようだな」
先ほどから誰かに見られているような気配はあったが、これは桁が違う。
ずいと進み出るギーラッハにまずは十兵衛が声をかける。
「あんた、あの放送の奴の仲間なんだろう?」
ギーラッハは無言で頷く。
「生憎だが俺たちは従うつもりは毛頭ない、伝えといてくれ」
ギーラッハはそれを受けて今度は満足げに笑う。
「よかろう、ならば己と戦ってもらう…だが断っておく、己は今機嫌がすこぶる悪い…」
あれから理由をつけて何とか武器庫への案内からは解放されたものの、
無影との一件はギーラッハの気分をひどく害していた、この嫌な気分を払拭するには
やはり強き敵との戦い以外に無い。
そして、目の前の2人の剣客はそれにふさわしい相手と思われた。
「さあどちらからだ?同時でも一向に構わんぞ」
237 :
遭遇戦:04/04/03 14:57 ID:B/9P6YKd
そのころ、下流では命とななかが他愛ない話をしていた。
2人とも同世代で明るい性格だったのが幸いしすぐに仲良くなることが出来たのだった。
だが、ななかの言葉でその様相は一変してしまった。
「敵を探しているの…比良坂初音って言う」
「比良坂初音!?」
ななかの口からの意外な言葉に命も表情を一変させる。
「知っているの!?、ねぇどこで!?いつ!?教えてよ、ねぇってば」
ななかは命の胸倉をつかみ、夢中で揺さぶる。
「ちゃんと…教えるから…手ぇ離して」
ななかの馬鹿力で揺さぶられた命は、苦しい息の中でようやく呟くのだった。
「そう…そんな奴なんだ」
命の話を聞き終わったななかは歯軋りをしながら、うつむいてしまう。
名乗りをあげた上で弄ぶように相手をいたぶる、そんな奴が沙由香という美味しい標的を目をして
あんなにあっさりと殺すだろうか、ありえない。
沙由香は正面から何ら警戒・抵抗することなく一撃で刺し貫かれ絶命していた。
文字通りの不意打ちである。
それは彼女が語る、比良坂初音の戦い方や言動とは大きく異なっていた。
(じゃあ誰が…誰がお姉さまを殺したっていうのよ)
だが…もはやななかにとってそんなことはどうでもよくなってきていた。
(もう、いちいち探すのもめんどくさいな)
ねぇ?どしたの
苛立たしく爪を噛む仕草を続けるななかを心配げに覗き込む命、そしてその時だった。
ななかの二の腕が突如、命の身体を斬り裂いたのだった。
238 :
遭遇戦:04/04/03 14:58 ID:B/9P6YKd
「どう…して」
何とか身をよじって致命傷は避けた命だったが、その背中はざっくりと裂けてしまっている。
「いやーもう面倒くさいから、全員殺しちゃおっかなーって」
「大体お姉さまのいない世界なんて価値なんてないし、お姉さまが死んでどうしてあんたたちが生きているのかも
不公平な話だよね」
ななかはあっけらかんとした笑顔で恐ろしい言葉を口にする。
「何勝手なこと言ってるのよ!!」
そのあまりにも理不尽な言い草に、憤慨する命。
「そっかなー、そうかもね、でもせめてごはんのお礼に痛くしないように殺してあげるね」
ななかの瞳が冷たく光り、そしてその爪が大きく振りかぶられる…命は悲鳴を上げた。
「!!」
下流から聞こえてきた微かな悲鳴に、顔を見合わせる双厳と十兵衛
命の身に何かが起こったのだ、踵を返し沢を下ろうとする2人、だが、この騎士を何とかしなければ…。
と、ここで十兵衛がずいと双厳をかばうように進み出る、それはこの場は俺が引きうけたという、
意志表示に他ならなかった。
「行け!!」
十兵衛の言葉に躊躇する双厳、この目の前のバテレン騎士は桁が違う…、
十兵衛一人置いて行くわけにはいかない。
「俺には柳生仕込みの裏芸がある、表芸しかできないお前よりは出し抜ける可能性がまだ高い」
239 :
遭遇戦:04/04/03 14:59 ID:B/9P6YKd
「しかし!!」
だが双厳は十兵衛の選択が恐らくは正しいのだということを感づいてはいた。
(確かに…正面から戦うことしかできない俺よりは、お前に任せた方がいいかもしれんな)
「蓉子に出会ったら俺のことは教えるな、一緒に命の元に急ぐんだ」
双厳は頷き、その場から離脱し命の元へと向かった。
そしてギーラッハと対峙する十兵衛、十兵衛の腹積もりは決まっていた、できる限り時間を稼いだ後
一発勝負で離脱し援護に向かう、この矛盾した命題をこなせるのは双厳には無理だ、
自分以外にはいない。と…しかし
(なんだかヤバイ予感がするな…)
十兵衛の胸中を不安がよぎる、それは今までどんな強敵と戦ったときとも違う
得体の知れぬものだった、そして十兵衛はそれが何なのかを悟りつつあった。
(俺の死に場所は…下手すりゃここか…だがな)
「柳生が真髄!とくと御露じろ!!」
十兵衛は己に言い聞かすように吠えた。
だが、彼は知らなかった…夜族の時間がすぐそこに迫っていたことを。
240 :
遭遇戦:04/04/03 15:05 ID:B/9P6YKd
時間:満月数分前
【ギーラッハ@吸血殲鬼ヴェドゴニア(鬼) 状態:○ 装備:ビルドルヴ・フォーク(大剣)】
(夜になれば吸血鬼としてのフルパワーを発揮可能)
【双厳@二重影(ケロQ)状態○ 装備品 日本刀(九字兼定) 狩】
【柳生十兵衛@二重影(ケロQ)状態○ 装備品 日本刀(三池典太光世)左腕に鉄板 狩】
【命@二重影(ケロQ)状態△ 装備品 大筒 煙弾(2発) 通常弾(10発) 炸裂弾(3発) 狩】
【皇蓉子@ヤミと帽子と本の旅人(オービット)状態△(左腕骨折)
装備品 コルトガバメント(残弾4発)マガジン×3本 クナイ(本数不明) 招】
(行動目的 ヴィルヘルムを締め上げる)
【FM77/ななか@超昂天使エスカレイヤー(アリスソフト)狩 状態○ 所持品?】
(行動目的・全てに対して復讐)
【友永和樹@"Hello,World" (鬼) 状態△(右腕欠損) 所持品:サバイバルナイフ(刃こぼれ等の破損) 行動方針:魔力持ちの保護、魔力なしの駆除、末莉を守る】
(作中には出て来ていませんが、近くにはいます)
全力で森の中を走り続ける。
先程から何度か後方を確認しているがあの女が追ってくる気配はない。
(とは言っても念の為もう少し距離を置いた方がいいわね)
アイを追うのはあきらめたようだが、ある程度離れないと鉢合わせる危険がある。
もう少し走ったら休もう、腹部からの鈍い痛みに顔をしかめながらそう思った矢先の事だった。
(誰かいる…!?)
少し前方に人の気配がする。
まさか先程の女に先回りされたのだろうか?
咄嗟にロッドを構えながらもこのまま引き返えそうかと思案する。
しかし意に反して脳裏には秋俊の顔が浮かぶ。
(そうだった…私がやらないと秋俊が…)
敵前逃亡などしたらその瞬間に秋俊に害が及ぶ可能性だってある。
それくらい平気であのケルヴァンという男はやるだろう。
いずれ隙を見つけて始末したい所ではあるが、アイに対してはケルヴァンも警戒しており全く隙が見当たらない。
いっそのことあの女を中央まで誘い出してケルヴァンに隙ができるのを待ってみるのもいいかもしれない。
アイを先回りしていたという事は不意をついても大した効果は望めないだろう。
(でもこの場合は…都合がいい)
軽く仕掛けて後は中央に向かって走れば向こうは勝手に付いてくる。
中央に数だけは多い雑兵ではあの女は止められない。
余程腕の立つ人物か、上手くいけばケルヴァン自身を誘い出せるかもしれない。
中央襲撃の混乱に乗じてケルヴァンを殺す……
穴だらけな上、大雑把過ぎな計画だが他の機会を待つ程の忍耐力はアイには残っていなかった。
(こんなバカらしい事…いつまでもやってられない)
「大した傷ではなかったのが幸いか…」
歳江は悪司との戦闘で負った傷の程度を確認していた。
芹沢達とも間も無く合流できるだろう。
自身の傷の程度を確認すると、次は木にもたれかかって休んでいる勇子の様子を確認する。
「大丈夫か、勇子」
「うん、まともに頭に食らって少しくらっと来ちゃっただけだから…」
そうかと言い歳江は周りの警戒を始める。
「そう言えば歳江ちゃん、あの人となんか話してなかった?」
ゆっくり立ち上がりながら勇子は問いかける。
(あの人…山本悪司の事か)
勇子には二人の会話は聞こえていなかったのだろう。
『だがよ、できればトコに似たお前には死んで欲しくねえかな』
(戯言だ…惑わされるな…敵であれば斬るだけ。私に他に道があるわけがない)
勇子の顔を今一度確認する。
(そうだ──我等は修羅に生きると決めたのだ)
「やっぱりなんかあったの?話しづらい事なら無理には聞かないけど…」
沈黙に耐えかねた勇子の方から口を開く。
「…いや、何もなかった。二、三戯言を言われただけだ」
「気にしてないならいいけど…」
勇子は腑に落ちないと言いたげな顔をしているがそれ以上は何も言わなかった。
(付き合いが長いのも考えものだな)
歳江は心の中で苦笑する。
「勇子」
「何?」
歳江が話してくれる気になったのだと思ったのか笑顔で答える。
「次は…不覚を取るわけにはいかんぞ。あの男…山本悪司を必ず討つ!」
勇子は一瞬寂しげな表情を浮かべた後
「そうだね…新撰組の実力を見せないとね」
局長としての顔──厳しい表情に変わったのだった。
「やっぱり山登りは団体行動した方がよかったのかもしれないわねぇ」
鈴音は芹沢の言葉の意味が解らず頭に疑問符を浮かべる。
芹沢は鈴音の疑問に気付かず喋り続ける。
「勇さんもちょっとぼけた所があると思ってたけど山で遭難する程とはね〜」
「さすがにそれは……確かにないとは言い切れませんけど。またあの男に遭遇して撤退したっていう方が余程説得力がありますよ」
鈴音の言う『あの男』とは鴉丸羅喉の事である。
四人全員で当たっても歯が立たなかった程の強敵。
武器すら持たない素手の男一人に負けたというのは新撰組に取って大きな汚点である。
「ああ、結構いい男だったんだけどね〜。ガード固そうだし、あまつさえ排除対象だし困ったもんよね」
……もっとも新撰組の中でも負けた事を気に止めてない人物もいるようだが。
「私以外の前でそんな事言ったらどうなっても知りませんよ…」
「鈴音ちゃんだから言うのよ〜。特に歳江ちゃんのうるさい事と言ったら……ありゃ?」
芹沢が言葉を途中で止めて合流地点の方を凝視する。
釣られて鈴音も勇子達が居るはずの方向を向いて……
「この声は…喧嘩ですかね」
「歳江ちゃんの声と…もう片方には聞き覚えないわねぇ。大事になってなければいいけど」
芹沢と鈴音は駆け出した。
「一体何の真似だ!貴様、返答次第では只では置かんぞ!」
「歳江ちゃん少し落ち着いて…」
突然襲い掛かって来たアイの攻撃をかろうじて受け止めた歳江は、今にもアイに斬りかかりそうな剣幕である。
「反乱者と間違えた。さっきから言ってるでしょう」
相対するアイの方はまともに取り合う気はないようだ。
その態度が更に歳江の神経を逆撫でする。
「確認もせずにいきなり斬りかかって来ておいて間違えた、だと…!?」
「歳江ちゃん落ち着いてよ…同士討ちなんて馬鹿みたいな真似やめようよ」
勇子が居なければとっくの昔にアイと歳江は死闘を繰り広げているだろう。
しかし残念ながらこの場で平和的な解決方法を望んでいるのは勇子だけであった。
「同士…あなた達と私が味方同士という事?くだらない…あなた達みたいな狂信者と一緒にして欲しくない」
その時、歳江の心の片隅で効いていた抑えが完全に切れた。
「勇子、離せ。この女は我々を馬鹿にした…この場で斬り捨ててやる!」
「出来るのならやってみれば?群れなかったら何も出来ない癖に」
「思慮の足りないお前のような奴の行動が我々の目的を崩壊させるのだ!
ケルヴァン殿に取っても我等さえ居れば事足りるのだ。お前の力など最早必要ない!」
そう言うや歳江はアイに斬りかかる。
「真っ直ぐ突っ込んでくるだけ…馬鹿の一つ覚え」
アイが歳江に手を突き出し精神を集中する。
「死んで」
歳江の刀が振られるのとアイの魔法が発動するのは同時。
そして歳江が刀を止めるのとアイが魔法の発動を止めるのも同時であった。
「私を殺したいんじゃなかったの?」
「お前こそ我々の敵ではなかったのか?」
歳江の刀はあと数ミリでアイの首に達する所で、アイの魔法の照準は歳江の心臓に定められたまま停止している。
「歳江ちゃんは血の気が多いわねぇ」
「仮にも同士なんですから…味方同士争うのはやめにしましょうよ」
鈴音の刀がアイの首筋に、芹沢の鉄扇が歳江の首筋へと当てられている。
「互いに今言った事は忘れて……仲良くしようとは言わないけど争うのはやめよう。ね?」
勇子は助かったといわんばかりの顔をしながら歳江とアイに向けて言う。
「お前を殺してやりたい気持ちはまだあるが…こんな事で勇子と言い争う方が馬鹿らしい」
「私は元々どうでもいいし」
アイの早とちりから始まった争いはこのようにして幕を閉じた。
「どうも素手で戦う人達って人間離れしたのが多いみたいね」
勇子と歳江の戦った相手の事を聞いた芹沢の第一声がそれであった。
「人間とはとても呼べないようなのも居るけどね」
ちゃっかりその場に居座っているアイがボソリと呟く。
その言葉に新撰組の面々は怪訝な目をしたがアイはそれ以上の事を話そうとはしなかった。
「話す気がないならまあいい。時に芹沢さん、相談があるんだが」
「ん、何かな?」
歳江はこれでもかと言わんばかりのしかめ面をすると
「非情に不本意ではあるが、あれを使おうと思う」
不本意の部分をことさらに強調して言った。
歳江の言ってる物がわからないアイが怪訝な顔する。
「あれ、って…カモちゃん砲使ってもいいの!?」
芹沢が目を輝かせながら歳江に聞き返す。
「無駄に被害が大きくなるからできれば封印して置きたかったのだが、これからの事を考えるとそうも言ってられん」
「だから歳江ちゃんと合流した時に持って行こうっていったのに〜」
「芹沢さんにあれを持たせるとろくな事になった試しがないでしょう!」
怒鳴った後、歳江は一度深呼吸をしてから勇子の方を振り向く。
「構わんな?勇子」
「うん、さすがに贅沢言ってる場合じゃないからね」
勇子の言葉に歳江が頷く。
「それでは一度全員で──」
「じゃあ取ってくるね。あ、さすがに一人だと不安だからこの子連れて行くね」
歳江に最後まで言わせずに芹沢はアイの首根っこを捕まえて駆け出して行く。
「ちょ…!私はあなたと一緒に行く気なんて……」
アイの抵抗する声がドップラー効果を残しながら歳江達に聞こえた。
あっという間に芹沢と憐れな従者は、視界から消え去った。
「……なんであの人はこうも勝手なのだ!」
歳江の頭には馬鹿は死んでも治らないという単語が浮かんだが、なんとか口には出さずに済んだ。
「歳江ちゃんと居ると息が詰まるわ〜」
5分程走り続けもう追って来ないだろうと判断したのか、芹沢は徒歩に切り替える。
「…そろそろ離してくれないかしら」
「逃げずに一緒に来てくれるならいいわよ」
本来ならば一緒に行く義理などないのだがアイにしては珍しく打算が働く。
(中央に戻るいい口実になるわね。それに軽いとはいえ傷も負っている事だし──損はない)
「一緒に行くから離して」
「素直な子は大好きよ」
(どうもこの女には緊張感が欠けているようね)
本当に戦いに身を置く者なのかどうか疑わしい。
アイの考えている事など全く解せずに芹沢は一方的に話し続ける。
「歳江ちゃんが居ると摘み食いも出来ないからね〜。そういえばさっき連れて行った子達はどうなったのかな」
「なんで私を連れてきたのかが分からないのだけど」
あのうるさい女と別行動したいだけなら何も自分を無理矢理連れてくる必要もなかったのに。
「付き人って一度欲しかったのよね。あなただったのはちょうど手の届く範囲に居たから、かな」
「そう」
アイは呆れつつも内心この変な女に感謝するのだった。
(取りあえず少しの間は面倒な事からは解放されそうね)
【アイ@魔法少女アイ(color) 鬼 状態:△(腹部に一時的なダメージ) 装備:ロッド】
【スタンス:面倒だけどそれなりに仕事はやる。隙があったらケルヴァン殺す】
【カモミール芹沢 @行殺!新撰組 (ライアーソフト)鬼 状態: ○ 装備:鉄扇】
【スタンス:中央で男の摘み食いでもしようかな〜。カモちゃん砲を取ってきて暴れるぞ〜】
【沖田鈴音@行殺!新撰組(ライアーソフト) 鬼 状態○ 装備:日本刀】
【近藤勇子@行殺!新撰組(ライアーソフト) 鬼 状態○ 装備 銃剣付きライフル】
【土方歳江@行殺!新撰組(ライアーソフト) 鬼 状態○ 装備 日本刀】
【時間:満月の夜直前】
――ザアッ
風が吹き、木々の葉ずれの音が大きくなる。
(いいかげん、髪伸びてきたな)
顔に掛かってきた髪を直しながら、空を見上げた吾妻玲二の目に、森の中から飛翔する影が映った。
「…人?」
その呟きに、隣を歩いていた原田沙乃も空を見上げる。
一瞬後、その目が真ん丸に見開かれた。
「玲二、未来では人って空飛べるようになったの?」
「そんなわけあるか」
「…だよねぇ」
だが、二人が見たのは間違いなく人影だ。
遠めだが、どうも誰かが誰かを抱えて飛んで行ったように見える。
「でも、私達が召還された中央要塞になら、いてもおかしくないかな」
地獄から死人を召還するような者がいるところだ。
空を飛べる者くらい、いそうな気がする。
「ということは、今のは魔力保持者が中央に連れて行かれるところだったかもしれないのか」
抱えられていた人物の顔までは判別できなかったが…
(エレンじゃ、ないよな…?)
そう簡単にエレンが捕まるとは思えない。
だが、芽生えた不安は玲二の心を大きく波打たせる。
(…いけない、落ち着け。揺れるな。心を平静に保て)
暗殺者としてエレンに教わったことだ。
さっきのコンビニの時のような醜態は見せるな。
吾妻玲二ではなく、ファントムとしての自分を呼び起こす。
生き残り、エレンと再会する為に。最善の行動を取捨選択する為に。
「行ってみよう。誰かがいれば、今より事態の進展はあるはずだ」
同じ境遇の者なら手を組めるかもしれない。中央の者なら倒して情報を聞き出し、場合によっては…殺すまでだ。
辿り着いたその場所で、ミュラとリックはしばし立ち尽くす。
そこには、もう誰の姿もなかった。
ただ、争った形跡だけが残されていた。
踏み荒らされた地面、散らばる何かの破片、そして――ライセンの、戦斧。
「――くそっ!」
ダンッと、リックが木の幹に拳を叩きつける。
奥歯を噛み締める音を、隣にいるミュラは聞いた。
(俺は…一体何をやってるんだ!!)
ナナス、アーヴィとはぐれ、シェンナ、ヒーローを失い、今またライセンを連れ去られた。
ママトト最強を謳われながらも、自分は誰一人守れていない。
ランスとの戦闘もそうだ。奴が野心家でなければ、ミュラだって奴の餌食にされていた。
コンッと、リックの頭に軽い衝撃がぶつかる。
「なっ?」
ミュラが軽く握った拳を下ろすのが見えた。そのまま深くため息をつく。
「リック、アンタちょっと背負いすぎよ。
ナナス達の事はリックの責任じゃないし、私達は自分の身は自分で守るのが当然だわ。
何でもかんでも自分のせいにするんじゃないの」
半眼でリックを見ながらそう言う。
そして戦斧を拾い上げると、受け取れというようにリックに差し出す。
「連れ去られたのなら、ライセンは生きているわ。殺す気だったら、ここで殺しているはず。
だったら、私達の手で助け出せばいいだけの話よ」
リックは、しばしあっけにとられたような顔をしていたが、
「……ああ、ミュラの言う通りだな」
言って、戦斧を受け取った。
使い慣れない武器ではあるが、リックの膂力なら苦もなく自由に振り回せる。
(代わりの剣を手に入れるまで、使わせてもらうぞ。ライセン)
その後、二人は周囲の地面を調べたが、逃走の形跡は見つからなかった。
「…どっちに行ったのか、これじゃわからないわね」
ミュラがぼやく。
二人とも、サバイバル技術に長けている訳ではない。
足跡の追跡など、出来ようはずもなかった。
もっとも、追跡技術を習得している者がいたとしても、今回は全くの無駄なのだが。
「それはそうと、ミュラ…何で俺の考えてることが分かったんだ?」
先ほどのミュラの指摘は完全に的を射ていた。
あれで幾分気が楽になり、冷静さを取り戻すことが出来たわけだが、リックにはそれが不思議だった。
「あのね、一体何年来の付き合いになると思ってんのよ?」
呆れたようにミュラはリックを見る。
「…十…何年くらい、か?」
「それだけ一緒にいれば分かるようにもなるわよ。そうでなくても、アンタ顔に出やすいしね」
そんなものなのかとリックは思う。
自分はそんなに的確にミュラの考えを読めたりはしないのだが。
「…悪いな、さっきは。正直言って、気分的に助かった」
「何わざわざお礼言ってんのよ、おっかしいなぁ」
ミュラは苦笑しつつ答える。
(まぁ、アンタが先にテンパってくれるから、かえって冷静に抑え役に回れるんだけどね)
ミュラとて、敵と自分の双方に煮えくり返る気持ちはあるのだ。
だが、二人ともが冷静さを失うわけにはいかないだけだ。
(待ってなよ、ナナス、アーヴィ、ライセン…必ず見つけ出してあげるからね)
リックに気付かれぬよう、ミュラは強く拳を握り締めた。
「…どうだ? 沙乃」
「二人とも知らない人だよ。多分、召還された側だと思う」
「よし、接触するぞ」
「あたしだって、中央の全員を知ってるわけじゃないんだからね。油断しちゃ駄目だよ」
「わかってる」
玲二と沙乃は、隠れていた茂みから出て、ミュラとリックの前に姿を現す。
「…何者だ!?」
リックが戦斧を油断なく構え、言葉を発する。
「怪しい者じゃない。少し話をしたいだけだ」
玲二は、敵意がないことを示すように、両手を前に掲げて話す。
(お互い初対面だ。中央の者でないなら、いきなり戦闘になるなんてことはないと願いたいな)
そう思いながら。
確かに初対面だ。お互い、相手のことは何も知らない――はずだった。
だが、ミュラは知っていた。
沙乃が身に着けている浅葱色の羽織が、武器庫で戦った女の物と同じであることを。
【吾妻玲二@ファントム・オブ・インフェルノ(ニトロプラス) 狩 状態○ 所持品:S&W(残弾数不明)】
【原田沙乃@行殺!新撰組(ライアーソフト) 鬼(現在は狩) 状態○ 所持品:十文字槍 食料・医薬品等】
【ミュラ@ママトト(アリスソフト) 狩 状態○ 所持品:長剣 地図】
【リック@ママトト(アリスソフト) 狩 状態○ 所持品:戦斧】
【『もったいないオバケの逆襲』後&『悪魔と娼婦と』直後】
放送前 ケルヴァンと尊人達の行動
「ここでしばらく待っていてもらいたい。粗末な場所で悪いとは思うが、疲れた身体を休ませる事く
らいならば可能だろう」
ケルヴァンが尊人達を案内した先は、森の中にひっそりと佇む、質素の造りの建物だった。
「ここは中央から島内へ、或いは、島内から中央に向かう者達が、時折立ち寄って身体を休める為に
、立ち寄る場所だ、おい、そこの!」
ケルヴァンはその建物の前に立つ鎧を着込んだ警備兵に声を掛ける。
「……! ハッ、何か!」
警備兵は敬礼しながらケルヴァンの声に答える。
「この者達は私が向かい入れた客人だ。部屋に案内しろ。丁重にもてなせよ?」
「ハ、了解しました。では、こちらへ……」
尊人達は警備兵に連れられ、建物の中へと入っていく。
その姿が消え、ケルヴァン一人となったその場所で、彼は一人ほくそ笑む。
「これで、不確定要素とはいえ、力となり得そうな存在を、奴に気がつかれずに、一つ、手に入れる
事が出来たか……。さあ、他にも力となりそうなものを探しに行くとしようか……、ふふふ……」
ケルヴァンは、そう呟くと同時に、その姿も闇の中へと消えていった。
放送後 ケルヴァンに導かれた部屋の中で
「ねぇ皆、さっきの放送をどう思う?」
尊人が、与えられた部屋の中で、その場にいる者達の顔を見つめながら問う。
「あのハイテンションな人が何か色々言ってた奴?」
「うん」
尊人が純夏の言葉に頷く。
「私はあのような行為、判らぬでもない。己が信念を貫く為に、出来うる限りの事をする、私もそう
してタケルの元へやってきたのだからな」
冥夜の顔には苦笑が浮かび、そこで言葉が途切れる。
しかし、すぐにその表情は真剣なものへと変わる。
「だが、その信念が他者の命を奪うものとなると話は別だ。あの放送を行った人物は、人を人とは考えていないだろう、いや、おそらく人を区別しているのだろう。上に立つ者はそのような考えを持ってはいけない、私はそう学んだからな」
冥夜が憤慨しながらそう呟く。
帝王学を幼い頃から学んできた冥夜。
だからこそ、間違えを行っている『王』を許してはおけないのだろう。
尊人は力無き笑顔を浮かべながらそれを制する。
「うん。僕もあの放送からは嫌な印象を受けたよ。それに、僕達、魔法なんて使える?」
尊人の言葉に二人はそろって首を振る。
「僕も同じ。という事は、あの放送の人が言った『望まないモノ』、なんだろうね、僕達は」
「でもどうするの? 私達を呼んだ人が、私達の事をいらないって言ったら……。私達が元の世界に戻る事なんて」
純夏がそこまで言った時、訪問者を告げるノックの音が、部屋の扉の外側から聞こえてきた。
「どうぞー」
尊人が、少々間の抜けた声でそれに答える。
「失礼する」
入ってきたのは、ケルヴァンだった。
「悪いな。少々個人的な事で手間取り、このような時間となってしまった」
「あ、いえ……、そんな頭を下げなくても……」
純夏がオロオロしながらケルヴァンに声を掛けようとすると、それを冥夜が引き止めた。
「貴様の事は、まだ信用していない。頭を下げるのは、私達が信用するに足る話をしてからにするのだな」
「ふふ、これは手厳しい。ならば、これを見て、貴方達に判断してもらおうか」
ケルヴァンは不敵に笑いながらその頭を上げる。
同時に懐から一枚の羊皮紙を取り出した。
「これは……、この島の、地図?」
尊人がボソリと呟く。
それを聞いたケルヴァンが心の中で呟く。
(ほぅ……。平和ボケしている奴等だと思っていたが、中々……。私をそう簡単に信用しないのにも驚いたが、この地図を見て、一目で理解できるとはな……)
ケルヴァンが取り出した地図は、一般的に普及されているものとは違う。戦略を立てるという事を重視した、軍専用のものだった。
冥夜の立ち振る舞いと、尊人の能力。
(子供だと思い、甘く見ない方がよさそうだな。……だが)
視線をチラリと一瞬だけ純夏の方に向ける。
(例外もいるようだがな)
「それで……、この地図がどうしたんです?」
尊人がケルヴァンに尋ねると、彼は「おお」と呟いて、彼の方へと目を向けた。
「この地図を読み取れる者がいるのなら、話は早い。まず、私達が現在いる場所はここだ」
ケルヴァンが地図の一点を指差した。
「ここが中央、そしてここが中央と島を隔てる結界が張られている境界線だ」
「そんなに離れてないんだね……」
純夏がそんな事をつぶやくが、ケルヴァンはその声を無視するように話を続ける。
「まあ、それはとりあえず今は関係ない。次にここ、この場所だ」
そういって、別の場所へと指を動かす。
「この地図は上側が北、でいいんですよね? という事は……」
「判るのか、鎧衣?」
冥夜が尋ねると、尊人はコクリと頷いた。
「この場所は……、僕達が一番初めにいた場所だと思う。ただ、縮尺の関係を考えると、そこから、プラマイ一キロくらいの範囲なんだろうけど……」
ケルヴァンがその言葉を聞くと、その両手を打ち鳴らした。
「素晴らしい。その通り、この場所に私が見る限りでは強大な力を持ったものが眠っていたのだよ」
「その、力を持つもの、って一体なんなんですか?」
純夏の問いに、今度はケルヴァンも無視せずにその問いに答える。
「鋼鉄の巨人……。私が見ても、それを扱う事が出来なかったが、貴公達ならば……」
「ちょっとまって」
ケルヴァンの言葉を遮ったのは、それまで地図をじっと眺めていた尊人の言葉だった。
「貴方が扱えないものを、どうして僕達が扱えると思ったんですか? 僕達の世界に、少なくとも鉄で出来た巨人なんてありませんでしたよ」
「ふむ……。その問いに答える前に、この島の簡単な理から話しておこう。
この島には『召喚者』と呼ばれる魔力を持った者達と、それに引きずられるようにして力を持たない貴公等のような者達が呼び出される。ここまでは放送も流れた事だし、聡明なる君達ならば、理解している事だろう」
尊人達は揃って頷いた。
「同時に彼等が持ち歩いていたもの、例えば服なども同時に召喚されるのだよ。そして……、君達のいた世界に『関連する何か』も同時に呼び出される」
「関連?」
「例えば剣、例えば銃。貴公達もここに来る前に武器庫、いや既に破壊されてはいたが……、そこに寄っただろう? そこに置いてあった武器なども、我々がその理を理解していたが故に手に入れられたものなのだ」
ケルヴァンがそこまで言ったその時だった。
「何だ? 空が……」
冥夜が窓の外の異変に気がつく。
「始まったか……。すまん、話はまだ途中だが、後は百聞は一見にしかず、という事で勘弁してもらいたい。このタイミングでないと、拙いのだ」
「拙いって何が!」
純夏が叫ぶように尋ねると、一瞬だけケルヴァンがその冷酷な本性をちらつかせながら。
「決まっているだろう? その鋼鉄の巨人の下へ君達を招待してやろう、というのだ」
そう呟いた。
その後、彼は振り向きもせずにこの部屋から立ち去った。
「尊人……、どうする? タケルが言った通り、今はお前が私達のリーダーだ。だから、決断してくれ」
冥夜がはっきりとその言葉を告げる。
「皆……」
尊人は純夏、冥夜の顔を見回してから、そして大きく頷いた。
「あの人に、ついて行こう」
来た道を、数時間掛けて戻る。
ケルヴァンというこの島の支配者の一人がいる事と、先ほどの建物でゆっくりと身体を休めた結果、
かつて同じ道を歩いた時よりは、比較的早く目的の場所へとついた。
(壬姫ちゃん……)
球瀬が死んだ場所を過ぎる時、三人の心に重い感情が圧し掛かる。
「何をしている、早くしろ」
しかし、感傷に浸っている時間など、三人に残されてはいなかった。
「この森を抜けた所にある。準備はいいか?」
ケルヴァンが三人に向かって話しかける。
「準備?」
怪訝な表情のまま、尊人が尋ねると、ケルヴァンは「なに、心の準備だよ」と言って、またその足を早めた。
(そう、心の準備だ。もし貴公達がアレを動かす事が出来なければ……)
力の無い者には死、あるのみ。
ケルヴァンが望むモノは覇王。
そして、その覇王に付き従い、命を賭ける強き存在。
其の最終目的の為に、ケルヴァンは今、ここにいる。
そうしていると、四人はその森が開けた所に出る。
「ここだ。そしてあれが……」
ケルヴァンが、道の先を指差し、三人の表情を伺った。
(どうやら……、当たりだったようだな)
そして内心でほくそ笑む。
「あれは……」
「ああ、あれは……」
「あれって……」
そして、三人が一斉に叫ぶ。
『バ、バルジャーノン!?』
その声が、辺りに木霊した。
バルジャーノン、かつて、武達が元いた世界で流行っていた、対戦アクションゲームに出てくる機体の総称である。
赤、青、紫……、様々な機種の中から自分にあった一体を選び、複雑な操縦をこなして、銃や剣を使い敵を倒す。
武と尊人は、元の世界でも例外では無く、暇があれば、小遣いが無くなるまで遊んでいた。
冥夜や純夏達も、そんな彼等に連れられて、何度か遊んだ事もある。
それが。
「なんだってこんな所に……」
尊人が感動を隠せない声でそんな事を呟いた。
「少々形が違うが……、色は我等が使っていたものと同じものもあるな」
彼等の前に佇む機体は、四種。
紫色、青色、白、そして銀。
「これ、武にみせたら、きっと喜ぶだろうなぁ……」
尊人がまだ興奮冷め切らぬ表情のままそんな事を呟いた。
「どうやら、貴公達の知る武器のようだな、それは」
ケルヴァンが近づいてくる。
「鎧衣、と言ったか? そのように感動などしておらずに、乗ってみたらどうだ?」
その言葉を聞いて驚いたように、ケルヴァンの顔を見る。
「乗る……。僕が、バルジャーノンに?」
そう呟きながら、尊人はフラフラとした足取りでその機体に近づいていく。
機体をグルリと一周し、乗り込む為のハッチを見つけると、尊人は、その機体の上へ器用に上っていき、そのハッチを開ける。
「う、わぁ……。少し違う部分もあるけど、ほとんどゲームと一緒だ……。うん、これなら!」
冥夜と純夏は、尊人の姿を不安げな表情で見つめている。
二人の不安と、一人の期待。
その視線を受けながら。
「バルジャーノン、機動!」
鋼鉄の巨人が立ち上がる。
「これだ……。この重厚さ、この威圧感……。これこそまさに騎士。覇王に付き従う騎士、そのものだ!」
初めは小声で、やがて興奮を抑えきれないようにだんだんとケルヴァンの声が大きくなっていく。
ケルヴァンは考える。
有能なる部下と、常にその者を信頼する仲間。
その上に立つ者、そして、こちら側で調査した結果『魔力』を持つと思われる白銀武、という存在。
蜘蛛とネクロノミコンの所持者、二人と相対し、生き延びたという話も聞いている。
ただの人の身でありながら。
それは幸運というには、あまりにかけ離れ、またそれを幸運と呼ぶのなら、それはまさに力、天運。
(それが……、そのような存在がこの力を手に入れたら? その仲間がこの力を手に入れたら?)
それこそ、まさに自分が探していた存在、そのものではないか。
彼等には、この後伝えよう、白銀武の居場所を。
そして、我が前に連れてくるがいい。
ハタヤマ、白銀武、そして、この島に彷徨う力を持つ者達を私が取り込んだ時。
(ヴィルヘルム! その時は、私が貴公の代わりになって差し上げよう……!)
【鑑 純夏 マブラヴ age 状態 ○ 持ち物 なし 狩】
【鎧衣 尊人 マブラヴ age 状態 ○ 持ち物 ハンドガン2丁 装填数 20発と0発(バルジャーノン搭乗) 狩】
【御剣 冥夜 マブラヴ age 状態 ○ 持ち物 刀 狩】
【ケルヴァン:所持品:ロングソード 地図 状態△(魔力消耗) 鬼】
時間 放送前〜求めるものは、の後まで
補足
バルジャーノンの種類は、紫、青、白、銀、の四種、尊人が乗ったのは紫です。
武装について
青のみブレード。後はカッターナイフ(プログレッシブナイフのようなものw、換装可能)
銃は、その場に一緒に召喚されたものとする。(換装できるが、現在位置でないと不可、種類は、小さい方とほぼ同等としてかまいません(サブマシンガン、マグナム、ハンドガン、ライフル、等))
バーニア点火で多少の飛行は可能、移動方法の基本は歩きと、バーニアジャンプの繰り返し。
んで、これが一番大事な事だと思いますが……
とりあえず、結界が張られている間は、中央に行く事が出来ない、という事にしておいてください。
同時に、結界を守る塔、にも、『傍にも結界が張られているから、近寄れない』と。
運用方法は、結界外、ようするに島内のみ、或いは最終決戦、および、説得力のある運用……、のみとしてください。
戦力について
乗り手に依存という事で。
武、尊人、孝之はAクラス、綾峰、水月はB、冥夜はC+、遙、純夏はC、という感じでしょうか。
Aは、人外キャラとでも対等か、場合によって、押したり押されたり。
Bは、人外には負け、人+とほぼ同等(アイとか悪司、新撰組など)
Cは動かせるのがやっと。鳳姉妹と対等……?(姉妹の武装による)(一般人相手なら大体勝てる、つか踏める)
C+は動かせるのがやっと、という操縦技能はCとほぼ同じですが、剣術という特殊技能が操者にあるので、それを考慮して、Bクラスの者とでも多少は戦える、というくらいを想定しています。
という感じです。
……こんくらいで、大体能力値、及びハンディはいいでしょうか?
疑問があれば、相談によって詰めていければ幸いでふ(´・ω・`)
ステータス部訂正
【鑑 純夏 マブラヴ age 状 ○持ち物 ハンドガン(あの後貰った) 装填数 20発 狩】
【鎧衣 尊人 マブラヴ age 状 ○持ち物 ハンドガン 装填数 20発 狩】
でふ。
スレ汚しすんまそんでした(´・ω・`)
時は再び放送後へと移る。
村落の合間を黒い影が走り抜ける。
その影、銀髪黒衣の少女は名をモーラと言った。
(さっきの金髪の娘、確かこっちの方へ逃げていた筈だけど……?)
彼女は急いでいた。理由は他でもない、先刻の放送である。
今までの単純な『狩猟』とは異なる『懐柔』。
これにより、少なからずこの島における勢力図は変わりつつあった。
故に、モーラは今まで以上に迅速に行動する必要があったのである。
その目的は―――
『……おらぁ!』
「……!?」
一軒の家から声が聞こえてきたのは、その時であった。
彼女が彼と遭遇して初めて取った行動は、股間への突き蹴りだった。
「おらぁ!」
「ッ!?」
かろうじて局部への直撃を避け、腿でその蹴りを受け止める男。
「……随分な挨拶じゃねえか、大空寺」
「人をほっぽらかしといて何言っとんじゃ、ぼけぇ!
こっちとら危うく貞操と命一辺に無くす所だったさ!」
大空寺あゆは、そう怒鳴りつつ更に蹴りの連打を打ち込む。
「そうっ、言う、なってっ、俺だって、色々あったんだから、よっ!」
その蹴りをあしらいつつ山本悪司は答えた。
「「「……………」」」
その光景を、悪司の後ろに座る三人―――鴉丸羅喉、鴉丸雪、七瀬凛々子―――は半ば呆然と見つめている。
「……だあっ!」
やがて、あゆは息が切れたのか蹴りを止めると畳の上に座り込んだ。
「ぜー……ぜー……ぜー……ね、猫の……うんこ、踏めえ……ぜー……ぜー……」
だが、まだ怒りが収まらないのか激しい息切れの合間にも罵詈を含める事を忘れない。
「悪司……その娘は?」
ようやく羅喉が問いかける。
「あー、まあ、何だ」
「……こ、このアホの監視役さ」
言葉を捜す悪司より先に、あゆが答えた。
5分後。
「(コポポポ)……どうぞ」
「ありがと……(ゴクッ)……全く、何考えてるさアホッ!
彼女の死体埋めるってんで離れて待ってたらそのままどっか行くわ、
空飛ぶ角生えた怪力の痴女は現れるわ、変な放送は流れるわ!
んで人が命からがら逃げて、ぶっ壊れた家からの足跡追ってアンタの声が聞こえた
と思ったら何こんなトコでねーちゃん二人はべらせてグダグダやってるさ!?」
雪から差し出されたお茶を飲んで口を湿らせると、あゆは一息で怒鳴りつけた。
「はべ……」
リップが軽く赤面する。
「だーから、俺も大変だったんだって。変な侍ねーちゃんズに襲われてよぉ」
笑いながらの返事。反省の色は全く無い。
「うが〜〜っ! ちっとは反省せいやぼけぇ!……(むにゅっ)ひゃっ!?
ひゃひふふんひゃ、ふぁほぉっ!」
更に文句を続けようとするあゆの頬を、突然悪司はつまんだ。
「ま、こうやって生きて会えたんだからその事はここまでにしようぜ。
……考える事は一杯あるんだからよ(ぱっちん)」
「痛―――ッ!いっぺん死ねや、こんちくしょうが!」
「……大空寺……だったか?もう少し言葉使いは丁寧な方が良いと思うぞ」
「大きなお世話さ! ……フン、ま、このくらいにしとくさ。
改めて自己紹介させてもらうさ、アタシは大空寺あゆ。コイツの復讐を見届けて、
そんでこの島を脱出するのが目的さ」
「(何だか凄いペースの人が来ちゃったなぁ……)」
リップは内心そう思いつつも頭を下げた。
「よっし、そんじゃもう一回考えるか……議題は『これからどうする?』だ」
悪司は膝をぱちりと打つと身を乗り出した。
それに応じるように、その場の空気が変わる。
「……選択肢は大きく分けて二つ。首謀者の傘下に加わるか、徹底抗戦か……だな」
羅喉が目を閉じたまま言った。
「前者は論外さ!」
すかさずあゆが拳を畳に打ちつける。
「大体、たった今までアタシ等を殺そうとしてた連中の言う事なんざ信用できないさ。
……アタシは独りでも戦うさ」
「私も……傘下に加わるのは反対です」
続けてリップが言う。
「なるほどね……羅喉、お前は?」
「リップがいなければ、雪は死んでいた……許す訳にはいかん」
「了解だ。雪は……聞くまでもねぇか」
「お兄様がそう言われるのならば、私も共に」
迷いを感じさせない返答。
「んだよ、全員殺る気かよ……これじゃ反対はできねぇなぁ」
悪司は頭を掻きつつ言った。
「よく言うさ。最初から独りでも戦う気だったんだろが」
「まあな」
悪戯っぽい笑み。だが、それもすぐに真顔に戻る。
「しっかし……問題はどうやって反抗するかだよなあ……」
「そんなの決まってるさ、相手の本拠は分かってるんだから正面から……」
「……は無理だな」
「あんですと?」
首を向けるあゆに羅喉は一息ついて続ける。
「放送を良く聞いていなかったのか?敵の本拠に当たる建物には結界が貼られている。
おそらく、その結界がある限り外部からの破壊は不可能だろう」
「だ、だったら中に潜入すればいいさ! 味方のふりすれば簡単……」
「それも無理だ」
「あ、あんですと〜?」
「……だから聞いていなかったのか? 確かに奴等の味方は普通に入る事ができる。
しかし、その際には―――本当かどうかは分からぬが―――その人物が敵意を
持っているかどうかを見抜かれるらしい。
口先で寝返ると言った所で誤魔化せるものではない」
「魔法ねえ……ウチの組にも魔法使いってのが何人かいたからウソとも思えねえが……」
悪司はそう呟きつつ目線を上に向けた。
そのままごろりと仰向けに寝転がる。
その姿勢のまま、悪司は静かに言った。
「……『あんた』はどう思うんだ?」
「ッ!?」
その時、初めて三人の少女は悪司の視線の先に立つ人物に気がついた。
巨大なスレッジ・ハンマーを片手に立つ、黒衣の童女。
「だ、誰ですか!?」
「落ち着け、リップ」
動揺し立ち上がろうとするリップを羅喉が制す。
「こやつは敵では無いようだ。少なくとも……今は」
「……そう思う?」
何故か挑発的に答える童女。
「ああ」
それに答えたのは悪司だった。
「そりゃ分かるさ、こんだけ隙見せてやってて殺気を出さねえんだからな」「光栄ね」
「ま、上がりな。雪! お茶もう一杯煎れてやってくれ」
「薄目でお願いするわ。ニホンのお茶の苦味、あんまり慣れてないの」
「……だってよ。さて、そんじゃお茶が来たら聴かせてもらうぜ。
アンタはこん中じゃ一番色々知ってそうだからな」
「……ええ」
モーラと名乗る童女の語った内容は決して量こそ多くは無かったが、判断材料としては十二分であった。
顎に手を当て、考え込む悪司。
「四つの結界塔……」
「ええ、私が戦った娘はそう言っていたわ」
「で、その結界塔ってのの場所は?」
「それは聞く余裕は無かったわ。でも、おそらく東西南北の四方に存在しているはずよ」
「それを潰せば……でもちょっと待てよ、俺が元子を埋めた辺りからこの島一帯は
見渡せたが、そんな塔無かったぜ?」
「別の手段で隠れているのかもしれないわね」
「……雲を掴むみてえな話だな」
「そう。だから……もっと正確な情報を知る必要がある」
横からあゆが口を挟む。
「情報収集って、誰か敵でもとっ捕まえんの?」
その質問に、モーラは無表情に答えた。
「いいえ、潜入するの……中央に」
「あんですと!? あんた、さっきの放送良く聴いて……」
「……何か策があるというのだな?」
「カラス兄! 何でアタシの時と全く反応が違うさ!?」
「カラス兄……」
「あゆ、少し口閉じてな……で、どうすんだ?分かってると思うが、力技じゃあの中には入れないぜ」
「ええ、だから……貴方達に一度、本当に敵になってもらうわ」
「な!?」
絶句するあゆ。しかし、悪司は面白そうに微笑んでいる。
「……なるほどな」
「……リスクの高い話だ」
羅喉もモーラの言わんとする所が分かったらしい。
対して、あゆは頭に疑問符を浮かべたまま不機嫌そうにモーラを見つめている。
「だから、どういう事さ?」
「ええ、つまり……」
「……催眠術?」
「記憶操作と言った方が近いかもしれないけど……つまり、貴方達の今持っている敵意を一時的に
意識から完全に消して結界に入るの。相手の敵意感知の術が具体的にどんな物か分からないから
断言はできないけど、対象の感情や思考を調べるものであれば問題無いと思うわ」
「できんの、そんな事?」
「経験はあるわ」
「そんで、結界塔やら建物の構造やらの情報を手に入れてから外に出て、
結界塔を改めて破壊してから結界が消えた中央を総攻撃……ってワケか」
「そう」
「その敵意感知ってのが、催眠とかまで見抜くタイプだったらどうなるさ?」
「その時点で失敗、敵が来る前に撤退するしか無いわね」
「中で敵だってバレたら、どうなるんですか?」
「そこで終わりね」
「中から出る事ができなくなったら?」
「その時も終わり」
「成功確率は?」
「二割以下」
「二割……」
「……」
「……酷い話さ」
「フン……」
「ま、大甘でその位だろうな」
眉一つ動かさず語るモーラ。
うつむく雪。
息を呑み、拳を握り締めるリップ。
不機嫌そうに天井を見るあゆ。
目を閉じ、腕を組んだままの羅喉。
そして、全く平時と変わらない雰囲気で頭をポリポリ掻く悪司。
「……その話、乗ったぜ」
【鴉丸羅喉@OnlyYou-リ・クルス-(アリスソフト) 狩 状態○(ほぼ回復) 所持品:なし 行動目的:雪を護りぬく】
【鴉丸雪@OnlyYou-リ・クルス-(アリスソフト) 招 状態○ 所持品:なし 行動目的:兄についていく】
【七瀬凛々子(スイートリップ)@魔法戦士スイートナイツ(Triangle) 招 状態○(軽傷有り) 所持品:グレイブ】
【山本悪司 大悪司 アリスソフト ○(ほぼ回復) なし 招 ランス(名前、顔は知らない)を追う】
【大空寺あゆ@君が望む永遠(招)状態:○ 装備:スチール製盆】
【モーラ@ヴェドゴニア(招)状態:○(腹部ダメージは完全に再生) 装備:巨大ハンマー】
二つの人影が、岸壁の傍にある大岩に腰掛けているのが見える。
白銀武、綾峰慧、その二人だ。
榊千鶴の遺体は、九朗の足取りを掴めなくなった時から数時間ほどを使って、森の中の地面に埋葬した。
埋葬といっても、遺体が入りきるほどの穴を作れるほどの道具は無く、自然に出来た人の身体が入りきるほど広い穴に千鶴を寝かせ、
そこに拾ってきた落ち葉や枯れ枝、それに柔らかく手でもすくえるような土を被せ、道端に転がっていた大き目の石を、その土の上に載せて墓石の代わりにしただけだ。
穴を掘るなどの時間は使わなかったので、それほど時間は掛からなかった。
出来上がったものはお世辞にも良く出来ているとは言えず、一生懸命毎日を過ごしていた榊千鶴という少女の墓としては、
およそ似つかわしくないものとなっていた。
『白銀君! ちゃんと勉強しなくちゃ……』
二人はその前に立ち手を合わせてから、何処かで見た外国の映画のように、綾峰の持つハンドガンの弾を一度だけ、空に向けて撃つ。
乾いた音が辺りに響くと、二人はまた黙祷を捧げる。
やがて黙祷が終わり、二人がまた九朗を見失った岸壁に戻ってくるまでの間。
そして崖の前に来てからも、彼等は未だに口を開こうとせず、また涙を見せる事も無かった。
『綾峰さん! あなたっていう人は……』
呆れたように、あるいは怒りを表情に走らせながら、何度も自分と、綾峰と口論をしていた少女はもういない。
綾峰の表情は無い、別の人間が見てもいつもと変わらぬように見えただろう。
しかしその内心は、彼女にしか判らない。
『私はこの学校のラクロス部を絶対に強くしてみせるから!』
そう言っていた彼女の遺言すら聞けず、彼女はこの世を去っていった。
彼女を思い出しているのか、または別の理由からなのか。
二人は岩の上に座り、それきり動かぬままに、ただ時間のみが過ぎ去っていった。
「白銀」
その長い静寂の時間を破ったものは、綾峰の口から紡ぎだされた。
まるで己に語りかけるような口調だったので、武は最初、自分の名が呼ばれたという事に気がつかなかったが、
自分の事だと気づくと、しばらく呆けた表情を浮かべてから、ようやく綾峰の方へその顔を向ける。
「ん。何だ?」
「もう、行こう……?」
綾峰がそうボソリと呟くと、武は自嘲的な笑みを浮かべながら言葉を返す。
その言葉を聞いて、武が嗤う。
「行くってどこへ? 大十字の奴はどこかに行っちまった。俺等の先輩達もいなくなっていた。
誰が委員長を殺したのか判らない、俺達がこの先どこへ行けばいいかも判らない。
それとも、尊人ん所に戻るか? 大十字は殺せなかったし、タマの仇は取れなかった。しかも委員長は殺されました、そう言いながらさ」
「白銀、止めて」
はっきりとした非難の口調で綾峰がそう告げると、武は「悪い」と呟き、そしてまた静寂が訪れた。
『武さん!』
仲間の死、というものがまた繰り返された。
それまでは自分達の身に降りかかる信じられない出来事の為に、考える事が出来なかった、珠瀬壬姫という少女との思い出。
『フ、フォォォォォォ!』
誰とでも打ち解ける明るさ、そして優しさを持っていた少女は、事あるごとにその個性的な仲間達の緩衝材となっていた少女。
彼女は弓を子供の頃から続け、しかし上がり症故に大会ではいい成績を残せなかった。
『いつか私は、この弓でお父さんに認めてもらいたい、力になってあげたい』
その願いを受け、武も時間があれば彼女の練習を見てやっていたりもした。
武達は知らない。
その優しさ故に、彼女は悪鬼の手によって殺された事を。
それを知らない武は、また、千鶴を殺してしまったという責を背負ってしまった武は。
いつしかこんな事を考えるようになっていた。
「力が、欲しい……」
「え?」
武の微かな呟きに綾峰が反応し、怪訝な顔を向ける。
「俺が強ければ、タマは死ななかった。タマが死ななきゃ、ここに来る事は無かったんだから、委員長も死ぬ事なんて無かったんだ」
「白銀、それは違……」
「違わない!」
綾峰の言葉を大声で叫ぶ事で打ち消し、そして言葉を続ける。
「俺の目の前で死んだんだぞ? この腕の中でタマは……。委員長は俺の判断で殺しちまったようなもんだ。
俺に力があれば、タマが襲われる前に、襲っていた奴を倒せたかもしれない。俺に力があれば、委員長だって、お前と一緒に……、大十字を俺一人で追っていればこんな事にはならなかった!」
或いは、それは事実かもしれない。
自虐の混じった強引な論理、しかし聡い綾峰は、その言葉に納得する自分もいる事に気がついていた。
助けられたかもしれない。
もう戻る事が無い、しかしもしかしたらありえたかもしれない現実。
だから、綾峰は、一言だけポツリと呟いた。
「それは、私も同じ……。私に力があれば、二人が死ぬ事も無かった」
「あ、やみね……」
そう呟き、二人の元にまた静寂が訪れる。
自分の心に、背負った責任の重さ故に、二人はすぐには気がつかなかった。
傾いていたとはいえ、まだ日が昇っているはずの時間だというのに、辺りが薄暗くなり始めている事に。
空には太陽の代わりに、うっすらと光る満月が昇っていた事に。
しばらくして二人はその異常に気がつく。
そして、それを見た白銀武は立ち上がると、大声で叫んだのだった。
「この世界はっ! 一体何なんだってんだよっ!」
と。
しかし、武が叫ぶ事で、この世界に何らかの影響を与える訳も無く。
武は、ただひたすらに己が小ささを嘆くのだった。
【白銀 武 マブラヴ age ○ サブマシンガン (後、約一分十秒ほど撃てる) 招 目的:九朗を追う>見失い、どうすればいいか判らない】
【綾峰 慧 マブラヴ age ○ 弓 矢残り7本、ハンドガン 13発 狩 目的:九朗を追う>見失い、どうすればいいか判らない 】
時間経過 「強者の賭け、弱者の過ち」後から、「満月の夜」開始まで
>>259 中央要塞・正門前
そこに三人の男女が立っていた。
妙に露出の高いセーラー服状の衣服を纏った黒髪の少女。
その少女より更に小柄な、金色のツインテールを揺らすウェイトレス。
そして、素肌に上着だけを着込んだ筋肉質の男。
「邪魔するぜ!」
三人の内、男が大声で門の中に向って言う。
―――返事は無い。
「……そんじゃ、行くか」
後方の二人を一瞥し、男は歩き出した。
小さく頷き、二人の少女も歩き出す。
男、山本悪司はその足音を確認しつつ小さく呟いた。
「早いとこ面倒済ませて、帰らせてもらわねえとなあ……」
ここで時間は30分ほど戻る。
村落、一軒の民家。
6人の男女が車座で座っていた。
「……もう一度確認するわよ。この作戦、自分で提案しておいて何だけど……
お世辞にも成功確率は高いとは言えないわ。一度潜入してからの連絡・バックアップは
ほぼ不可能。一度内部で正体がバレてしまったら生還は絶望的……それでもする?」
銀髪黒衣の童女、モーラが正面に座る山本悪司に問う。
「だが、今の俺達にできる作戦としちゃあ一番期待できる作戦……だろ?」
それに視線を逸らす事無く、悪司は間髪入れず返答する。
逆に目を伏せつつ、申し訳なさそうに頷くモーラ。
「だったら迷う事はねえやな。早速やってもらえるかい?」
「ちょい待ち!」
だが、それを制したのはモーラの右に座る大空寺あゆであった。
「何だよ、大空寺」
「何だよじゃないさ! 大将のアンタがわざわざ行く事は無いでしょーが。
……ここはアタシが行くさ」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
「……何でみんな黙り込むさ」
「ええっと、その……」
「お前が行ってもなぁ……」
言いよどむ鴉丸雪と、頭を掻く悪司。
「あ、あんですとー!? こちとらデカい屋敷で隠れたりするのには慣れっこさ!
……それにアンタみたいな大男がウロウロしてるより、アタシみたいな子が歩き回ってる方が
まだ警戒されない筈さ」
「一理あるわね」
激昂するあゆの発言を肯定したのはモーラである。
悪司のように強力な力を持つ人物の場合、仮に潜入できたとしてもその人物が本当に
恭順しているか確証が得られるまで監視される可能性が高い。
その意味においては、あゆのような一般人の方が比較的自由に動き回れるのは事実だろう。
しばしの沈黙の後、悪司は諦めたようにため息をついた。
「わーったよ、お前も一緒に来な」
「……『も』?」
「俺は引っ込んでる気はねえって事さ」
「あんですとー!? アンタ、アタシが言ってる事全然分かってないじゃないさ!」
「俺が大将だってんなら、それこそ行かないワケにゃいかねえだろうが。
それに……上手くすれば、アイツの情報も掴めるかもしれねえしな」
「………」
一瞬、ほんの一瞬だが悪司の目に殺意がゆらめくのをあゆは見逃さなかった。
『アイツ』―――言うまでもなく、加賀元子を死に追い込んだ『ランス』という男の事だ。
「……………分かったわよ」
これ以上何を言っても悪司の決意が揺らがないであろう事を悟り、あゆは渋々了承した。
「あ、あの……」
別の一方からおずおずと手が上がった。
魔法戦士スイートリップこと、七瀬凛々子である。
「私も……行かせてもらえませんか?」
「おいおい、アンタにまで大空寺のかんの虫が移ったか?」
「かんの虫って何さ!?」
「いえ、その……もし本当に結界が魔法によるものであれば、役に立てると思います。
魔法については、多少ですけど知識はありますから」
「そりゃ確かに有難いけどよ……命の保証は無いんだぜ?」
「……承知の上です」
強い意思を込めた瞳で悪司を見る。
「ったく……ってワケで三人だ、モーラ」
こくりとモーラは頷いた。続けて悪司は先ほどから沈黙を保ったままの鴉丸羅喉に向き直る。
「羅喉、雪……後の事、頼まれてくれるかい?」
「仲間の結集……か」
「分かってるなら話は早えや」
そして数点の事項の確認があり、作戦の概要は決定した。
まずチームは二つに分かれる。
・中央潜入チーム
(☆山本 悪司 ・大空寺 あゆ ・七瀬 凛々子)
・外部戦力集結チーム
(☆鴉丸 羅喉 ・鴉丸 雪 ・モーラ)
まず全体で中央付近に移動。
悪司ら三人に一時的な記憶操作を施し、中央に向わせる。
ここで失敗した場合即座に全員撤退。成功した場合は鴉丸チームは撤収し、この民家を
拠点として反抗者の結集を計る。
悪司チームの帰還リミットは状況開始から三十六時間後とする。
もしそれまでに帰還しなかった場合、本作戦は失敗したものとして再度結界塔の捜索、破壊案を模索する。
内部での情報収集法等は現場の判断とする。
(「要するにいきあたりばったりって事ね」あゆ談)
「……ってなトコか。何か質問は?」
場を見まわす悪司に、一同は黙って頷き返す。
「よし、そんじゃ始めるか……デカい博打をよ」
そして一行は出立し、中央要塞正面に来たのである。
「……上手くいくでしょうか」
その遥か数百m後方の草むらに、羅喉達三人はいた。
雪が不安そうに言う。
「上手くいったらご喝采……って所ね。今歩き始めたわ」
悪司達の動きを観察しつつ、モーラが答えた。
常人ならば到底確認不可能な距離である。だが、彼女にはまるで目の前の出来事のように
写っているようであった。
モーラの視線の彼方の三人が、ゆっくりと門に向かい―――
「!!」
―――普通に先へ進む。
一見何でも無い光景。しかしそれは結界を無事通過した事を意味していた。
「……成功よ」
安堵のため息がモーラの口から漏れる。
「あとは悪司達次第……か。ならば、我々は我々の仕事をせねばな」
同様に草むらに身を隠していた羅喉も立ち上がった。
「そうね……少しでも戦力を集結させないと」
モーラもそう言いつつ立ち上がり、雪を促す。
「(決着を着けるまで死ぬでないぞ……悪司)」
最後に中央要塞の方角を見つめ、羅喉は歩き出した。
ぱちん!
「……っとと」
「……あれ?」
「……ふぅ」
三人の意識を取り戻したのは、凛々子の拍手だった。
「何とか上手くいったみたいですね……」
彼女にのみ、モーラは二重催眠を掛けていた。
『あの門を越えると、手を叩きたくなる』という内容の催眠である。
無論、これが記憶操作の解除キーだったわけだ。
「まずは第一段階成功……ここからが大変だぜ。
大空寺、七瀬、言葉には十分気をつけろよ。俺達は……」
「……ヴィルヘルムってのの言葉を信じて、この世界から抜け出す為に協力を考えてる」
「そして、反抗の意思は全く無い……ですね」
「そういうこった……行くぜ」
歩調を変える事無く悪司は言うと、そのまま内部へと進んでゆく。
「お〜〜〜……」
悪司は思わず声をあげた。
外側からでもその内部の広さは十分想像できたが、改めて中に入るとその大きさに改めて驚かされる。
悪司達がいるのは中庭のようだが、実に戦車が十数台入るくらいのスペースは軽くあるだろう。
だが、今のこの場所は恐ろしく閑散としていた。
少し先にある城―――おそらくあれが本殿なのだろう―――までの空間にいるのは
悪司達だけのようであった。
「……誰もいないってのも変だわね」
そう言いつつ、あゆはキョロキョロと周囲を見回した。
右を見る。
誰もいない。
一回正面に向き直って左を見る。
誰もいない。
再び正面を見る。
「ん?」
違和感。
上を見る―――
「な!?」
次の瞬間、三人の目の前には一人の女が文字通り『降り立って』いた。
「たっだいま〜〜〜♪ ……って、あれ?」
そこで初めて気がついたのか、一行に顔を向ける女。
「あ―――」
あゆの口から声が漏れる。
「あ―――」
女の方も、一行を見て声を上げる。
「ああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!?」
「あ――――――――――――――――――――――――ッ!?」
『『さっきの変態痴女(ウェイトレス)!?』』
豊満な体に申し訳程度のレオタード、そして角と尻尾。
小脇に一人の少女を抱えた女悪魔・カレラは驚いた表情であゆと顔を見合わせた。
【鴉丸羅喉@OnlyYou-リ・クルス-(アリスソフト) 狩 状態○(ほぼ回復)
所持品:なし 行動目的:雪を護りぬく・戦力集結】
【鴉丸雪@OnlyYou-リ・クルス-(アリスソフト) 招 状態○ 所持品:なし 行動目的:兄についていく】
【モーラ@ヴェドゴニア(招)状態:○(腹部ダメージは完全に再生) 装備:巨大ハンマー】
【七瀬凛々子(スイートリップ)@魔法戦士スイートナイツ(Triangle) 招 状態○(軽傷有り)
所持品:グレイブ 行動目的:敵本拠の捜査】
【山本悪司 大悪司 アリスソフト ○(ほぼ回復) なし 招
行動目的:ランス(名前、顔は知らない)を追う・本拠の捜査】
【大空寺あゆ@君が望む永遠(招)状態:○ 装備:スチール製盆
行動目的:敵本拠の捜査】
カレラ@VIPER-V6・GTR(ソニア) 鬼?招?(その場の気分次第) 状態○ 所持品:媚薬(残り1回分)】
【ライセン@ママトト(アリスソフト) 狩 状態×(気絶 媚薬効果あり) 所持品:なし】
「いきなり夜になっちゃった時はどうなる事かと思ったけど……」
芹沢はそう呟きながら空を見上げる。
そこには満月が煌々と輝いていた。
日が落ちきるほどの時間は経っていないというのに。
芹沢とアイが土方達と別れてから数時間、目的の場所まであと少し、という所まで来ていた。
「もうすぐ中央、頑張っていきましょう。ね、アイちゃん?」
「……」
芹沢が気楽な口調でアイの名前を呼ぶ。
しかしアイは無言、その言葉に応対する気もないようだ。
(本当、愛想の無い娘よねぇ〜。そういうとこは歳江ちゃんに似てるかもしれないけど……)
芹沢が心の中でそんな事を考えながら歩いていた時、とうのアイは別の考えに気を向けていた。
(面倒くさい……)
しばらくは面倒くさい事から開放される、そう考えていたアイの目に飛び込んできた一組の男女。
満月の夜という特殊な状況によって、辺りは暗くなっている。
身体能力はともかく、視力などは常人とほぼ変わらない芹沢はまだ気づいていないようだった。
さきほどから視力を魔力で増強していたアイだからこそ、その人影に気がつく事が出来たのだろう。
無意識に腹を押さえる。
(まだ少し痛む……。けど、あいつらが聞いた話の通り、普通の人間という事ならこれでもいける……か?)
そう考えたアイは、芹沢を呼び止めた。
「ねぇ」
「ん? どうしたの?」
声に引き止められて芹沢が振り返る。
「少し……、十分くらいの用事が出来た。すぐ戻る、けど、先に行っていてもいいから」
「え、あ、ちょっと!」
芹沢の引き止める声に答えぬまま、アイの姿は暗闇の中へと消えていった。
「あーもー……ん? そういえば……」
芹沢が何か思い立ったのか、ニヤリと口元に笑みを浮かべる。
「あの娘、さっきからお腹気にしてたもんねぇ〜。成る程成る程、そういう事で照れるところもあるんだ〜。なんだ、結構可愛い所もあるんじゃない」
一人納得して、傍にあった倒れた樹木の上に腰掛ける。
「しょーがない。少し待ってあげるとしますかね〜」
芹沢はその場で一人、アイの帰りを待つ事にした。
「白銀、本当にこっちでいいの?」
「いや、多分大丈夫だと……思う……けど」
そう答える武の声もどこか弱々しい。
二人は今、深い森の中にいた。
混乱した頭が冷静になるにつれ、現状を理解し始めた二人は、やはり別の仲間と合流した方がいいと考え、
元来た道を戻ろうとしていた。
しかし。
「白銀。ここ、前にも通った」
「あ、あれ? そうだったか……?」
サバイバル経験など無い二人である、おまけに辺りが暗く、道も良く見えない。
熟練した人間でも迷うかもしれない深く暗い森の中を、そんな素人の二人が歩いていた。
それは。
「あーもー! 綾峰! とりあえずここで休むぞ!」
「……白銀、逆ギレ良くない」
迷って当然、という所であろうか。
武と綾峰は仕方なく森が開けている場所まで行くと、そこに座り込む。
そこは森の中にある花畑といった風情だろうか、それが昼間ならば、あるいは仲間達がいれば、ピクニックとしてでも楽しめただろう。
見晴らしは良く、その場所だけは森というよりは、草原といった方がいいかもしれない、そんな場所だった。
「本当、おかしいよな……。ほら、身体は疲れているのに、腹はあんまり減ってない」
「でも私。やきそばパン、食べたいけど?」
そんな綾峰の言葉に、武は思わず苦笑する。
「お前だけだ。……いや、やっぱ俺も食いたいな、やきそばパン」
元の世界を想い、武は思わずそんな事をつぶやいた。
「やきそばパンは世界標準。白銀もこれで信者」
「信者かよ!」
武一人の笑い声が辺りに響く。
対する綾峰はやはり無表情。
いや、あるいはここに珠瀬がいればこう言ったかもしれない。
『慧ちゃん、嬉しそうだね』
と。
しかし、今この場に珠瀬の姿は無く、武がひとしきり笑い終えると、その場にはまた沈黙が訪れる。
寂しさと悲しさが入り混じった静寂。
二人は乗り越えた訳ではなかった、ただ、忘れたかったのだ。
そう、この静寂を破れるならば、何が起きてもいい、そう考えるほどに。
その願いが叶ったのか。
草を踏む足音と共に。
そこに一人の少女、アイの姿が現れた。
(ケルヴァンが言っていた、中央に確保される前に確保するべき人物、白銀武……、とその仲間)
アイが行く所にその男がいるかもしれない。
大人ではなく、子供、自分と同じくらいの少年だ、とケルヴァンは言っていた。
アイは二人の服装に目を向ける。
(見た事は無いけど、あれは学校の制服? という事は……)
「ねぇ、貴方。もしかして、白銀武……?」
突然現れた少女が何者かも判らぬまま、己の名を呼ばれた武は、目をシロクロさせながら、一度だけコクリと頷いた。
「そう……」
アイは一言、そう呟くと一歩、その場から足を踏み出した。
(なぁ、綾峰。お前、あの娘が誰か知っているか?)
武が小声で綾峰に話しかける。
綾峰はアイに向けていた視線を、一瞬だけ武の方へ向け、そして一言。
(白銀の女たらし……)
(違うわ! つか、お前も知らない、俺も知らない。って事は……)
「なぁ、あんた。もしかしてドライとか土方、って奴の知り合いか?」
土方、という名前を聞くと、アイの足が一瞬だけ止まる。
「そんな女、知らない」
そしてそう呟くと、アイはまた歩みを進める。
(知ってるな)
(知ってるね……)
二人はそう確信する。
(でも、どうする? あまりあいつらと仲は良くなさそうだけど……)
(私がやってみる。白銀はそこで見てて)
「?」
アイが怪訝な表情を浮かべて綾峰の姿に目を向ける。
アイと同じように一歩、綾峰が足を踏み出したのだ。
「……」
武は息を呑んで、二人の姿を見守っている。
「……」
「……」
無言で向かい合うアイと綾峰。
(あ、綾峰……)
二人は足を止めたまま動かない。
「……」
「……」
(あ、綾峰……?)
「……」
「……」
しばらく向かい合っていたが、綾峰はそのまま何もする事無く、武の元へと戻ってきた。
(説得失敗。あいつが誰かっていうのも判らなかった)
(お前何も話してねぇだろ!)
(……何と!)
武の突っ込みに対し、綾峰の顔に驚愕の表情が浮かび上がる。
そうこうしているうちに、アイは武達のすぐ傍までへとやってきた。
「白銀武。私と一緒に来なさい」
「俺が? 何で?」
疑問を投げかけても、アイはまったく表情を崩さないまま言葉を続ける。
「来れば判る」
「話になんねぇな」
その時、綾峰の叫びが辺りに響く。
「白銀っ!」
同時に武の身体に衝撃。
綾峰に突き飛ばされた武は、綾峰の身体と共に数メートルほど吹っ飛ばされた。
「綾峰、お前いきなり……!」
文句を言おうと綾峰の方へと視線を向ける。
外傷は無く、呼吸をしっかりしているが、綾峰慧は気絶していた。
「綾峰、綾峰っ! しっかりしろ!」
武が呼びかけても、綾峰は低く唸るような声を上げるだけで、目を覚まさない。
「おい! 綾峰に何をしたって……!?」
アイに向かって言葉を告げようとした時、武の目に飛び込んできたのは、雷光を纏った一振りのロッド。
綾峰はおそらく、その電撃を受けて気絶したのだろう。
「私は貴方と話をするつもりなんてない。貴方が従わないのなら、気絶させて連れて行くだけ。抵抗するだけ痛い思いをするよ?」
アイはその槍にも見えるような長いロッドをまるで手足のように振り回しながら、一歩、また一歩と武の下へと近づいてくる。
そこには、先ほどまでの緩い気配は無かった。
あるのは敵意、そして殺気。
初めて感じるその気配に、武の身体に震えが走る。
(俺は……、びびっているのか? あんな、年も離れてないような女の子相手に……)
大十字九朗は、武の事を敵として見ていなかった。
狩る者として追いかけていた時の武に恐怖など起きようも無く。
また逆にマギウスと化してからの九朗とはあまりに力の差がありすぎて、恐怖すら感じる余裕が無かったのだ。
ドライ達は警戒こそしていたにせよ、敵意は無かった。
初音は、それが例え敵だとしても、一部を除き殺意など起こさない。
そこにあるのは、象が蟻を踏み潰すがごとく、ただただ捕食する者としての余裕、それのみだ。
しかし、目の前の少女は違う。
アイと武、二人は年こそ離れていないように見えていても、片方は幾多の『ゆらぎ』との戦いを生き抜いてきた戦士。
もう一人はつい先ほどまで平和な世界にいた学生。
その差は歴然としていた。
「痛みは感じない。一瞬だから我慢して?」
アイの口調に変化は無い。
しかしその視線は、武が何を仕掛けようとも対処できる、そんな余裕に満ち溢れている。
そして同時に、牙を向けるならば死を、という戦士の覇気も覗かせていた。
(怖い、怖い、怖い、怖い怖い怖い……)
この世界に来て初めて感じた、恐怖という名の絶望。
足はすくみ、己の意思で動かす事すらままならない。
「それじゃあ……」
アイはロッドを振り上げる。
武は恐怖のあまり、アイの姿から目をそらした。
そんな武の視界に、一瞬だけ飛び込んできた一人の少女の身体。
地面に力なく横たわる、綾峰慧、の姿が。
「くっ!」
振り下ろされるロッドと、武が地面を転がるようにその身体を動かしたのはほぼ同時だった。
バチバチと火花を上げ、振り下ろされた部分の地面が黒く焼き焦げる。
「抵抗は無意味。白銀武。貴方は私には勝てない、絶対に」
しりもちをついたような体勢のまま、しかし武は不敵に笑う。
「どうかな? 俺ってやる時は結構やるぜ?」
もう武の身体に震えは無い。
その場に立ち上がると、服についた土をパンパンと払いながら、アイと向き合う。
「ありがとよ。おかげで色んな意味で決心がついた」
(気配が変わった?)
アイは武の雰囲気が変わった事に気がつく。
「決心?」
「ああ、俺は……」
(俺が弱かったから、人が、仲間が死んじまった……)
武の脳裏に二人の仲間の姿が思い浮かびあがる。
(決心つけた所で、俺の弱さは変わらない……)
己の手で息を引き取った珠瀬の感触、己の手で地面に埋めた時のその感覚。
(だけど、あんな思いはもうたくさんだ……!)
チラリと綾峰の方に目を向ける。
武を守って、その身体に傷を受け、今もまだ地に伏せている少女。
(そういえば、『あいつ』は人を殺さない、なんて言っていたな。……だけど、俺は!)
壮絶とも思えるような笑みを浮かべたまま、武はアイに向かって言葉を告げた。
「俺はもう、絶対に! 俺の『仲間』を殺させない! たとえ……」
そう言って武は、背に掛けていた銃をその手に取った。
「俺がこの手を汚してでも!」
悲しき決心をその胸にして。
【白銀 武 マブラヴ age ○ サブマシンガン (後、約一分十秒ほど撃てる) 招 目的:九朗を追う>仲間を守る】
【綾峰 慧 マブラヴ age ○ 弓 矢残り7本、ハンドガン 13発 狩 目的:九朗を追う>とりあえず、仲間と合流】
【アイ@魔法少女アイ(color) 鬼 状態:△(腹部に一時的なダメージ) 装備:ロッド】
【スタンス:面倒だけどそれなりに仕事はやる。隙があったらケルヴァン殺す】
【カモミール芹沢 @行殺!新撰組 (ライアーソフト)鬼 状態: ○ 装備:鉄扇】
【スタンス:中央で男の摘み食いでもしようかな〜。カモちゃん砲を取ってきて暴れるぞ〜+あの娘の○○が終わるまで待ってよーっと】
満月の夜開始〜最中
あ、ステータス訂正です。
【綾峰 慧 マブラヴ age ×(電撃によって気絶、目が覚めれば○) 弓 矢残り7本、ハンドガン 13発 狩 目的:九朗を追う>とりあえず、仲間と合流】
突如として浮かび上がった満月が照らす中央要塞。
その中央回廊の綺麗に磨かれた石畳に、4つの足音が響いていた。
―――そして、足音とは関係無い音も。
すりすりすりすり
「………ぜえ、ぜえ」
むにむにむにむに
「……………(真っ赤)」
ぐにぐにぐにぐに
「……なあ悪魔のねーちゃんよお……」
「もう、『悪魔のねーちゃん』なんて他人行儀な呼び方しないでよぉ♥
カ・レ・ラ・ちゃん♥ って教えたでしょ?(すりすりすり)」
山本悪司の腕にその巨乳を押し付けつつ、カレラは甘えた声で言った。
その背後を息を切らしつつ歩く大空寺あゆが怒声をあげる。
「うが〜〜〜っ! カレラでもカブレラでもいいさ! 問題はッ!
何でアンタが捕まえてきた娘をアタシが背負ってるのかって事さ!」
先程までカレラが抱えていた少女、ライセンは彼女の背中で寝息を立てていた。
しかし意識を失っていながらもその顔は紅潮し、体は熱を帯びている。
「酷いわねェ……命の恩人を捕まえてそれは無いんじゃない?
あの時見逃してあげたんだから、そのくらいして当然よ。
……それに、今は仲間同志なんだからお互い助け合わないと♪
悪司だってそう思うでしょ?(すりすり)」
あゆの抗議をあっさりと流し、カレラは更に悪司に体全体を擦り付ける。
「(今はこのカモネギ逃す訳にはいかないしね)」
実際、悪司の肌に触れる事でカレラは自分の推測に確信を強めていた。
交わっている訳でもないのに、悪司の体からはこれでもかと言わんばかりの生命力が
滲み出ている。
「(こんなのとガンガンヤっちゃったら……ふふっ♪)」
想像するだけで体が疼く。
と、その時あゆの隣を歩く少女が口を開いた。
「あ、あの……私達は、どちらに向ってるんですか?」
流石にここまで露骨なアプローチを見るのは初めてなのだろう。ライセンとは別の意味で
顔を赤らめつつ、七瀬凛々子が尋ねる。
「ん?」
そちらにカレラの意識が行った瞬間、つい、と悪司がカレラの腕から抜け出した。
「あん、悪司ぃ……」
「ちっとおあずけだ、カレラ。歩きにくくってしょうがねえや」
これが純情な少年などであれば(様々な所が)固くなっている所であるが、悪司の様子には
平時と何ら変わる所は無い。
「で、俺達をどこへ案内するってんだ?」
「えっとね、一応この城で一番偉い人っていうのがヴィルヘルムって魔法使いなんだけど、
用心してんのかあんまり人前に出てこないのよ。
そんで、現場担当って言うか……彼の代行で全体の指揮を採ってるのがケルヴァンって
将軍様なの。まあ、悪司達はあの結界を通過できたんだから問題無いとは思うけど……
とりあえず報告しないと色々うるさいのよね〜」
「他にも仲間ってのは結構いるのかい?」
「まあね。渋くてカッコいいんだけど堅物のギーラッハのおじさまとか、可愛い和樹君とか、
骨とか、馬とか、メイドの女の子とか」
「骨?」
「実物を見れば分かるわ。あ、悪司と似た感じの仲間もいるよ。ランスって……」
「!?」
瞬間、悪司の表情が強張った。同時に体から殺気が滲み出る。
その違和感にけげんな顔をするカレラ。
「悪司……?」
「わっ……とっとっ!?」
刹那、あゆはわざとバランスを崩して悪司の上着の裾を掴んだ。
「なっ!?……お、おいおい大丈夫かよ?」
「だ、大丈夫さ」
出掛かっていた殺気を何とか収め、悪司はあゆを助け起こした。
悪司とあゆの視線が一瞬だけ交錯し、お互いの意志を送り合う。
「(アンタこそ何やってるさ! 殺気を出すなや、ボケ!)」
「(分かってるって、もうしねえよ)」
再びカレラに向き直り、歩きながら話す。
「悪い、俺と似た奴ってんで驚いちまった」
「ううん、別に外見が似てるってワケじゃないんだけど、雰囲気がちょっとね。
今はまだ出掛けてるみたいだけど、帰って来たら会ってみればいいんじゃない?
気が合うかも」
「そうだな……早く会いたいもんだ」
表面上は楽しみのような顔をしつつ、悪司は答えた。
やがて、一行は豪奢な鉄扉の前に着いた。
「(ゴンゴン)ケルヴァン〜! 外から協力したいって人が来たけどー!?」
…………。
「……本当にここなの?」
「そうなんだけど……変ね?」
小首をかしげるカレラ。
「入るわよ〜……」
小さくいいつつ扉を押し開ける。
「あれ?」
果たして執務室には誰もいなかった。
ケルヴァン用の大机を見るとペンと紙束(ご丁寧に今時羊皮紙)が置かれており、その横には、
『現在、所用により外出中。用件のある者は名前と用件内容を記入し置かれたし
ケルヴァン・ソリード 』
という小さな札が立っている。
「留守……みたいですね」
「将軍ってワリには無責任なヤツだわね」
「おかしいわね〜、今までこんなの無かったんだけど……書いとく?」
「いや、帰って来たらどのみち直接会うんだし、その時でいいや」
カレラの問いに、悪司は手を振って答えた。
実際、悪司達にとってこれは都合のいい展開であった。
管理者に目をかけられる以前ならば、より自由に動けるからである。
と、机の傍にいたカレラがぴょんと悪司の傍らに戻ってきた。再び太い腕にその体を絡ませ、
甘えた声で悪司に言う。
「ねえ悪司、それじゃそれまでアタシの部屋……ね♥」
「ちょ、ちょっと待つさ! アタシ等とこの子はどうなるさ!?」
慌ててあゆが抗議する。しかし、それにはカレラはあっさりと答えた。
「ああ、ここを出て右に行ってすぐの横道の突き当たりがケルヴァンのお抱えメイドの
控え室なの。そこのベッドに置いてきてくれる? その後は……ここに来る途中に
あった左に入る横道があったでしょ? あの辺が招待者用の個室になってるから、
空き室を適当に選んで名札を書いてくれれば勝手に入ってくれてていいわ」
「……って事らしいぜ? 俺はちょっくらこいつと一緒に行ってくるわ」
悪司もそれに続いて言う。
あゆはしばらく不機嫌そうに悪司の顔を見ていたが、舌打ちを一つすると二人に背を向けた。
「チッ……好きにするさ! 凛々子、行くわよ」
「えっ? あっ、はい!」
多少戸惑いながらも凛々子がそれに続く。
あとには、悪司とカレラのみ残された。
「さて、それじゃアタシの部屋へご招待……ってね」
「先に言っておくけどよお、カレラ……俺はそう簡単には食えねえぜ?」
不敵に笑う悪司。カレラはそれに同じ位の不敵さを込めた笑みを返す。
「まだ若い子牛も悪くないけど……食べ応えがあるのが好きなの、アタシ♥」
そのまま顔を近づけ、唇を重ねる。
舌はカレラの方から入れてきた。負けじと悪司も舌を尖らせ、攻めてくるカレラの舌を迎撃する。
たっぷり一分近くそうしていただろうか。
先に唇を離したのも、やはりカレラだった。
「……これは味見」
「メインディッシュはこんなモンじゃねえぜ?」
口内の交じり合った唾液を飲み込みつつ、悪司は心の中で呟いた。
「(吐き出してもらうぜ、お前の知ってるモン全てをな……)」
「……あれで良かったんですか?」
部屋を出てから、凛々子は小声で言った。
「……あそこで文句言っても、アイツはアタシ等を追い出したさ」
悪司の持つ恋人の仇への執念は、最初に会った時の彼の姿からあゆはこれ以上無い程知っていた。
おそらくさっきの歩きながらの会話の時でも、あの男はあゆが止めなければその場でどんな
手段を使ってでもランスの事を知ろうとしていただろう。
幸い、どういう訳かは分からないがカレラは悪司に好意を持っている。
それならばあの場は悪司に任せる事が、最良の選択とあゆにも思われたのである。
「さてと、そんじゃアタシはこの子を置いてから行くさ。リンリン、アンタは先に適当な
部屋選んで休んどいて」
「リンリン?」
「凛々子って微妙に呼びにくいさ。だからリンリン」
「は、はぁ……でも、大丈夫ですか?」
「大丈夫さ、この子見た目通り軽いし、すぐ戻るから」
「……分かりました。それじゃ、先に行ってますね」
「頼んだわよ」
小走りに去って行く凛々子を確認すると、あゆも控え室に向って歩き出した。
「……にしてもこの子、風邪でも引いてんのかしらね……?」
ライセン―――あゆは名前すら教えられずに押し付けられたのだが―――の体温は更に
上がっているようだった。後頭部や耳に吹きかかる吐息も熱っぽく、どことなくあゆに
むず痒さを感じさせる。
控え室は、それ程離れた距離には無かった。先程の扉とは対照的な簡素な木製の扉が二人を迎える。
鍵はかかっていなかった。
「誰かいる? 人預かって……」
そして、人もいなかった。
大き目のベッド、箪笥、机、椅子、ティーポット……整然と整えられたインテリアだけである。
「ったく、主人も主人ならメイドもメイドだわね」
まさかかつてこの部屋にいたメイドが既に死んでいるとは思わず、あゆは呟いた。
「とりあえず、寝かせないとね……」
家具に背中のライセンがぶつからないよう気を使いつつ、あゆはベッドに近づいた。
背中をベッドに向け、ゆっくりとライセンを降ろす。
「ン……」
その時、ライセンの眼が微かに開いた。
「大丈夫?」
あゆは声をかけつつライセンの姿勢を横に直す。
「アタシは大空寺あゆ、アンタは?」
「……………」
ライセンは答えない。
ただ、熱く潤んだ瞳であゆの方をじっと見ているだけである。
「……あー」
何となく反応に困り、あゆは額に手を当てて次の言葉を捜す。だが、
「!?」
一瞬の出来事であった。
覚醒したばかりのライセンは信じられない速度であゆの利き手を取ってベッドに引っ張り、
同時に自分の体をするりと回転させ彼女を組み伏せたのである。
「な……ムグッ!?」
驚きの声を上げようとしたあゆの唇を、ライセンの熱し切った唇が塞ぐ。
それは『接吻』と言うより『貪る』と言った方がふさわしい口付けであった。
愛情ではなく、相手の快感を引き出すでもない、ただ己の欲望を満たそうとする動き。
その左手はあゆの右腕の付け根を抑え彼女の反抗を不可能にしており、右手は自分の
スカートの中に潜り込み、服の上からでも分かる程に激しく動いている。
「……ッ!」
あまりの事に混乱で動きが止まっていたあゆであったが、その頭を激しく動かしてライセンの唇から逃れる。
「アッ、アンタ何する……ッ!」
だが、その怒鳴り声も再び途中で止まる。
先程まで自らの秘所を弄っていたライセンの右手があゆの胸に伸び、彼女の着るシャツを
一気に引く。
一列に並んだボタンは一瞬の抵抗の後に弾け飛び、あゆの小振りな乳房と白いブラが露となった。
「(なんて力……!)」
相変わらず右腕に置かれたライセンの左手はぴくりとも動かない。
「(じょ、冗談じゃないさ!)うが〜〜〜ッ!」
更に力を込めるあゆ。だが、やはり彼女の左手は動かない。
「………」
その時、あゆはライセンの口が先程からしきりに何かを呟いている事に気がついた。
「(……ゴメン、ナサイ……?)」
彼女は、そう言い続けていた。
股間をあゆの腿に擦り付け、蕩け切った表情であゆの胸を舐めまわしつつ、
彼女は、謝罪していた。
「ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ……」
唾液まみれの乳房に、熱を持った液体が一粒落ちる。
もう一粒、もう一粒、もう一粒……その瞳から流れ続ける。
彼女は泣きながら、謝罪の言葉を口にし続けながら、
彼女は、あゆを犯していた。
一方、凛々子は
「……どうしよう」
―――迷っていた。
「やっぱり扉が無いからって、さっきの横道に入ったのが失敗だったかなぁ……?」
どうやらこの辺は要塞の中でも『外れ』に当る辺りのようであった。
「誰かいればいいんだけど……」
不安そうに周囲を見まわしつつ、とりあえず先へ進む。
「え……?」
少し先の部屋から、声が聞こえた。
おそらくは談笑しているのであろう、女性の声。
「良かった……」
凛々子は安堵のため息をつくと、その部屋に近づこうと一足踏み出した。
……………。
ふと、部屋からの談笑が止んだ。
「?」
同時に部屋の扉がゆっくりと開き、一人の少女が姿を表す。
「(……子供!?)」
「……奏子さんに何が御用ですか?」
尖った耳を持つ『凶』の少女、アリアが警戒を込めた目で凛々子を見つめていた。
【山本悪司 @大悪司 (アリスソフト) 招 ○(ほぼ回復) なし
行動目的:ランス(名前、顔は知らない)を追う・本拠の捜査】
【カレラ@VIPER-V6・GTR(ソニア) 鬼?招?(その場の気分次第) 状態○ 所持品:媚薬(残り1回分)】
【大空寺あゆ@君が望む永遠(age) 招 状態:○ 装備:スチール製盆 行動目的:敵本拠の捜査】
【ライセン@ママトト(アリスソフト) 狩 状態△(媚薬により発情中) 所持品:なし】
【七瀬凛々子(スイートリップ)@魔法戦士スイートナイツ(Triangle) 招 状態○(軽傷有り)
所持品:グレイブ 行動目的:敵本拠の捜査】
【凶アリア@デアボリカ(アリスソフト) ? 状態○ 所持品:トンファー 行動方針 奏子の護衛】
剣が空を切り合う。
その音が辺りに響き渡る。
時たま刃物のぶつかり合う高い音を交えながら、
二人のいるフィールドは、すさまじい剣気がぶつかり合ってた。
「ぬん!」
ギーラッハの大剣が十兵衛の横を、正確にはいた場所を捉える。
大剣を振るった後というのは、大概動きが大きくなり、その後に一瞬隙ができる。
「はぁっ!!」
その隙を狙い、十兵衛は刀をギーラッハの首へと振る。
「せい!!」
「ちぃっ!?」
大剣を振り下ろした直後とは思えない速度で、ギーラッハはビルドフォークで剣を受け流す。
「ふふ……、己とここまで互角に渡り合えるものがまだいたとは……」
剣を振るいながら、ギーラッハが十兵衛へと語りかける。
「互角だと? 冗談はよしてくれよ。
そんなでっかい斬馬刀みたいなのを振り回して、俺と同じ速さの何処が互角なんだかな」
大剣を十兵衛と渡り合うほどの速度で揮いつづけている。
それだけでも脅威の力と言えるのに、それによる疲労感は十兵衛より激しいはずなのに、
目の前のギーラッハにその様子はない。
むしろ、命をかけたギリギリのやり取りの中で、十兵衛の方が疲労が浮かんでいた。
(くそっ!! どうやってこいつから離脱する?)
何とかやり過ごす手はないか、と十兵衛は、打ち合いながらも必死に考える。
ふと彼はある事に気付いた。
段々と辺りが暗くなってきている事に。
それもすさまじい速度で……。
(日が沈んでいる? だがなんだこの異様な落ち方は?
このままだと、後数分で夜になる……、それだ!)
夜になるのを準じて、一撃の勝負に出る。
そして、逃走。
彼の考えは決まった
(ならば、後少し耐えればいいだけの事!)
一流の剣士が二人。
ぐんぐんと落ちていく夕日を受けて切り合う。
(もう少し、もう少しだ!)
日が落ちきり、辺りが闇に包まれたその瞬間を狙うため、
十兵衛は打ち合いに応じつづける。
決して相手にその策を気取られてはいけない。
だが十兵衛の心の中に何かくすぶるものがある。
彼の剣士としての感によるものなのか、
それとも目の前の剣士から発せられるものなのかは、十兵衛には解らなかった。
それが彼の策にえも知れぬ不安の影をぽつんと落とす。
しかし、今の状況で、彼にそれよりより他の選択肢は浮かばなかった。
いや、浮かべる事が不可能だったと言うべきだろう。
(……どちらにせよ成功させねば意味がない)
迷いを振り切る。
そして……。
完全に日が落ちた。
(今だ!! ……………っ!?)
勝負に出ようとした十兵衛の動きが固まる。
ゾクッとした感じた事のない威圧を感じたからだ。
「すまんな……」
ギーラッハが静かに呟いた。
(まずい!?)
十兵衛の剣士としての感が、目の前にいる男を危険だと訴えている。
全身に死の恐怖が浴びかかる。
「ふんっ!!」
剣に力をこめるとギーラッハは、今までよりも遥かにはやい速度で剣を上に持ち上げ、そして振り下ろす。
その一撃は、あの無影を仕留めた必殺技だ、それも全開となった力で揮われる。
死の恐怖からか……、十兵衛にはその動作が酷くゆっくりに見えた。
そして、剣士としての感が、動けと身体へと命令した。
「良くぞかわした」
剣士として、夜になったからといいギーラッハは彼に手加減をする気はなかった。
それが相手への礼であると考えているからだ。
そして、本気で放った一撃を十兵衛は避けた。
ギーラッハの中には、驚きよりも高揚感が湧き上がる。
先程まで十兵衛の後ろにあった木が後ろへと続けて倒れる。
「はぁはぁ……」
木が倒れるのと同時に、彼の頬からツーと血の雫が流れ落ちた。
(くそっ!! 夜に栄える類いのやつかよ。
それでも日中であの強さ……、そして……)
「行くぞ!!」
ギーラッハがすさまじい速度で十兵衛に詰め寄り大剣を降ろす。
対する十兵衛も何とか刀を構えを取ろうとする。
(ダメだ!!)
此方が構えきる余裕すら与えてくれない。
ギーラッハのすさまじい一振りが十兵衛の刀ごと彼を後ろに叩きつける。
「がはぁっ!?」
衝撃が十兵衛の身体全体に走る。
(今のは、叩きつける質の太刀で救われた感じだな……。
もし斬るためだったら……)
「手加減はしない……、それが己の礼儀だからだ」
「その…割りには、突き飛ばした…だけだったぞ?」
息を途切れ途切れさせながら、十兵衛が喋る。
(今の俺の剣であいつ退け、離脱する事はできるのか?
……いや、無理だな)
「双厳、すまん」
ぽつりと呟くと十兵衛は、刀を鞘に戻す。
「観念……、いや失礼したな」
鞘に戻された刀を握る手は離されていない。
「東洋に伝わる技……、居合か」
十兵衛のたぎる闘気がギーラッハにも伝わってくる。
(帰るためと幕府のタメに無影とも手を組んだ。
それなのに情けない話だが、今の俺にできるのはもうこの可能性しかない。
だが、刺し違えてでもこいつは倒す!!)
静寂が二人を包む。
十兵衛は文字通り一撃に全てをかけために居合を選んだ。
この最も単純な剣にかけることにしたのである。
「…………ふっ、良かろう」
ギーラッハが十兵衛を切り抜くか。
それとも間合いに入ったギーラッハを十兵衛が先に斬る事ができるか。
「その勝負、受けて立つ!!」
ギーラッハが構え、そして一歩一歩近づいていく……。
自らが飛び掛ることのできる最低の位置へと。
「勝負!!」
ギーラッハが一直線に飛んだ。
「今この瞬間に全てをかける!!」
まだ間合いではないと言うのに十兵衛は刀を抜きかかった。
「なっ!?」
まだ届く範囲ではない、と思っていた地点からの十兵衛の居合斬り。
このままギーラッハが近づいたとしても2〜3Mは余裕がある。
「ぬん!!」
だが彼はこれに反応した。
十兵衛が完全に抜き終える前に、時間にしていえば一秒もない刹那で、彼も空間を切断する太刀を放った。
ザシュ!!
森に肉が鋭く切れる音が響く。
そして、空中に二本の腕が舞う。
一つは、十兵衛の左腕だ。
……そしてもう一つは、ギーラッハの右腕。
「見事!!」
右肩から溢れる血を抑えながら、ギーラッハが口開いた。
「まさか、本当にできるものがいたとはな……、横一文字。
確かこの名だったかな?」
居合を極めた者は、居合の時の切っ先から、その音速を超えた速度で鎌居達を起こす事が出来ると言う。
その剣は、4〜5m離れた物さえ切り裂く、文字通り真空波の居合……横一文字。
同じく左肩を抑える十兵衛へ、向かってギーラッハが感嘆の言葉をかける。
「……次やれと言われてもできるかはわからん。
言葉通りいちかばちかで出来るのを祈っただけだ」
「なるほどな……、死と隣り合わせの極限状態だからこそ繰り出せたと言うわけか。
だが、それでも十分賞賛に値する」
ギーラッハの右肩から流れ出る血が大分収まる。
しかし、対する十兵衛は幾ら優れた剣客であっても、人の身。
彼の意識は、その激痛と血を急激に失った事による貧血に耐える事は出来なかった。
十兵衛の身体は、そのままどさりと地に倒れ伏せる。
「意識を失ったか……」
このまま放っておけば、目の前の剣士は死ぬ。
「許せ……」
好敵手へと向かい、ギーラッハは礼をすると、
地に落ちた自らの右腕を拾い、右肩へとあてる。
すると吸血鬼の治癒能力が付け根の接合を開始する。
「そいつの処置は俺に任せてくれないかね?」
ギーラッハの後ろの木の陰から、彼を不機嫌にさせた張本人が現れる。
「貴様はまだ完全には……、そうか貴様にとって何が破壊されても……」
「そう言うことだ、今の俺の身体は粘土みたいなもんだ。
脳を貫かれても死ぬ事はねぇ。
くっつく為に力を消耗するだけだ。
流石にあんときは、大きく痛手を受けたおかげで、
修復に力を取られ、動きに制限があったけどな。
治ってしまえば、先輩と一緒よ」
半実体化し、無敵ではなくなったとはいえ、無影の身体は中々都合のいいものだ。
幽体であるために、ギーラッハやモーラと違い、心臓などの臓器……特に脳の意味があまりない。
いや、破壊されれば大きくダメージを食うが、
脳が破壊されても、霊体である彼には考えをする事も身体を動かせる事も出来る。
頭を失ったヒーローに近い。
霊的な部分である心臓は、幽体であっても半実体化している今、
他の個所に比べ大きくダメージを受けるが、
他の部位より修復に大きく力を削がれる事で済む。
先の和樹との時も、電撃を食らってもダメージは受けるが、
血が流れてるわけではないので、それが動きが止まる原因にはならない。
その点でも、人体構造を利用した攻撃の作用が効かないのは、既に有利であると言える。
また『心臓』が破壊されたからではなく、
心臓が『破壊された』から力を取られ動けなくなったのだ。
それには、ギーラッハもその不死者っぷりを誉めた。
その通り、幽体と幽体を再び繋ぎ、復元するには彼の力を消耗する。
接合する為の力がなくなるほど消耗し続ければ、再生できず死が待っている。
初音などに比べたら格段に落ちる戦闘力であるため、過信はできない。
現にギーラッハとの戦いの時でも、大きく切り離された幽体を、
更に時間をかけてから接合した為に、力を酷く消耗した。
だが、原理は違うとはいえ、非常にギーラッハやモーラと似た能力である。
彼らもまた再生をすれば、力を使い消耗する。
何度も繰り返せば、やがては再生に回す力もなくなる。
唯一違うのは、脳や心臓を破壊されても無影は死ぬ事はないと言う点だけだ。
ギーラッハは、この自分と似て否なる不死者の登場を快く思わない。
決して彼の性格と相容れるものではないからだ。
「だが、何故ここが解った?」
「言ったろ? 双厳の居場所は解るってな。
それより俺はそいつに借りがあるんでね。
それに手を組み合った中でもある」
「……助けると言うのか?」
「さぁ? 結果は後になってみないと解らないさ」
ギーラッハの怒りが込み上げてくるのが無影には解る。
「おいおい、そんな目くじら立てないでくれよ。
いざと言う時は、ちゃんと責任は取るからよ」
「……貴様の仲間と言う事で今回は、譲ろう。
だが次はないと思え」
右腕の接合を終えると、ギーラッハはその場を後にする。
「へいへい……、次はねぇ」
怒気を発しながら、去りゆくギーラッハを無影は眺めるのだった。
【ギーラッハ@吸血殲鬼ヴェドゴニア(鬼) 状態:△(右腕は完全に接合するまでは力入らず) 装備:ビルドルヴ・フォーク(大剣)】
【柳生十兵衛@二重影(ケロQ)状態×(左腕欠損、出血) 装備品 日本刀(三池典太光世)左腕に鉄板 狩】
【無影@二重影 (狩) 状態:△(心臓再生完了、力消耗気味) 装備:日本刀(籠釣瓶妙法村正) 行動方針:魔力なしの駆除】
改訂前あげてしまった。
>また『心臓』が破壊されたからではなく、
>心臓が『破壊された』から力を取られ動けなくなったのだ。
を
>心臓が破壊された時、修復に大きく力を取られて動けなくなった。
>だが、やがては復元して動けるようになるというのはサバイバル下において強い利点である。
追記
時間:満月最中から直後。
307 :
死の接吻:04/04/11 02:01 ID:Hhb7Ui5v
「こんなところに女いるのかぁ」
本来誰も近寄らない敷地の隅の植込み、そのさらに片隅に縮こまるように隠れるカトラとスタリオン
「数日前だったでやんすかねぇ、つい飲み過ぎてしまって」
カトラは数日前の出来事を思い出す、トイレを探し千鳥足で庭をさまようカトラ、
何時の間にか迷子になってしまっていた…、仕方が無いなと立ちションに及ぼうとしたその時だった。
ケルヴァンを先頭に数人が何かを抱えてこちらにやってくる、とっさに隠れるカトラ
ケルヴァンらはカトラには気がつかず、そのまま空間に向かい手をかざし何事かを呟く
と、空間に何やら紋章のようなものが現れ、そして彼らはその中に消えていったのだった。
「なるほどなぁ、しかしおめぇ、骨なのにトイレに行くんだな」
「そういうところに感心されても…」
「それより女!女が出てこねぇぞ!!」
カトラをせかすスタリオン…
「そいつらが抱えていたケースの中に入っていたんでやんすよ」
とカトラが言った時、いきなり空間が開きそこから一人の男が姿を現したのだった。
世の中には巡り合わせというものが存在する。
このロードヴァンパイアの監視を任かされていたのは3人、これを仮にB・C・Dとする。
いずれもケルヴァン選りすぐりの優秀な部下でもある。
「じゃ、メシ買いに行ってくるから、ええとCがオムライスでDがステーキ丼だったか」
天然パーマの剣士、部下Bは仲間の弁当を買いに外に出る様子だ。
「オムライスのソースはデミグラスでたのむぞい」
いかにも魔法使いな老人、部下CはBに付け加える。
「Bさん時間厳守ですよ…いくら昼でも何が起こるか分かりませんから」
ちょっと神経質そうな白衣の青年、部下Dが注意を促す。
「わかってるって!」
こうしてBは結界から要塞内部の食堂へと弁当を買いに出たのであった、
そしてその一部始終はしっかりとカトラとスタリオン両名に見られてしまっていた。
308 :
死の接吻:04/04/11 02:02 ID:Hhb7Ui5v
天然パーマの剣士、部下Bは仲間の弁当を買いに外に出る様子だ。
「オムライスのソースはデミグラスでたのむぞい」
いかにも魔法使いな老人、部下CはBに付け加える。
「Bさん時間厳守ですよ…いくら昼でも何が起こるか分かりませんから」
ちょっと神経質そうな白衣の青年、部下Dが注意を促す。
「わかってるって!」
こうしてBは結界から要塞内部の食堂へと弁当を買いに出たのであった、
そしてその一部始終はしっかりとカトラとスタリオン両名に見られてしまっていた。
「おい見たか…とりあえずあの野郎を締め上げてだな」
「ダメでやんすよ…Bはかなり腕が立つって評判でやんすよ」
血気にはやるスタリオンを止めるカトラ。
「とにかくこの辺りだったよな」
紋章が現れた地点に移動するカトラとスタリオン…手探りで調べるが空を切るばかりだ。
しかしその時だった。
「やっぱりタコライスにしてもらおうかのう」
Bを追ってCがひょいと結界の外に顔を覗かしたのだ、そしてそれはまさに彼らの目の前だった。
間髪いれずスタリオンのパンチがCのみぞおちに突き刺さった、馬の馬鹿力でパンチを食らえば一溜まりもない。
「タコス!!」
そう一声叫ぶとCはばったりと倒れ伏す、しかも彼の身体の一部がまだ結界内部にあったために、
結界は閉じられず、出入りが自由に出来る状態になってしまっていた。
そしてカトラとスタリオンはCの身体をひきずりながら中に入っていったのだった。
「だれ…」
Cの後を追ってきたDもスタリオンのパンチをまともに受けてしまい、そのまま廊下に倒れてしまう。
そして2人は無人の廊下を進んでいく、と目の前に大広間が広がっている、床全体に巨大な魔方陣が描かれていた。
魔方陣の中央、そこに安置された透明なケースの中に緑の髪の毛の美女が横たわっていた。
「あの野郎!こんないい女囲ってやがったか…いいね、いいねぇ」
スタリオンはホクホク顔で魔方陣の中へと入っていく。
「やめろ…それはお前らが手を出していいものなどでは…」
脳震盪で朦朧状態のDがスタリオンの足にしがみついて抑止しようとするが、簡単に蹴り飛ばされてしまう。
309 :
死の接吻:04/04/11 02:03 ID:Hhb7Ui5v
「こいつを盾にしてこっから脱出だぜ、とその前に」
「まずは味見だぜ」
スタリオンはケースを開こうとするが開かない、見ると拘束用の呪符が所々に張りつけてある。
「用心が行き届いているでやんすね」
「んなことに感心してどうなるんだ、とにかくこのままでも持ち運びは出来るだろうぜ」
スタリオンはケースを抱えて、そのまま魔方陣の外へと足を向けた。
そしてその頃、壁の大穴を塞ごうと作業中のケルヴァンの目に信じられない光景が飛びこんできた。
「夜!ということは不味い!!」
清掃を中断して慌てて廊下に飛び出すケルヴァン。
この中央に関してだけは一切の自然現象がコントロールされている、例えば外が大雨だろうと中央は常に快晴だ。
そして夜が来る事もそのプログラムを書き換えない限り、本来ありえないのだ。
しかし…実際沈むはずの無い太陽がみるみる地平線の彼方へと消え去ろうとしている。
そして夜はいうまでも無く闇の眷族の時間だった。
(私が行くまで大人しく眠っていろよ、ロードヴァンパイア)
そのころ。
片腕が使えないスタリオン一人では無理なので、カトラがケースの後ろ半分をよいせっと担ぐ
その時だった、呪符が次々と剥がれ落ちていく、そして中に安置されていた美女がゆっくりと目を開け、
ケースが開け放たれる、その半裸に近い薄布を纏った美しい立ち姿に2人は暫し息を呑んだ。
「おい…おれは犯るぞ、こんないい女逃がす道理はねぇよな」
スタリオンは片腕で起用にズボンを脱いでいく、それを見ても美女は動じようとはしない。
「へっへへ、今俺の自慢のコイツで天国見せてやっからよ、待ってな」
スタリオンの軽口は聞こえていないのだろうか?美女はのろのろとスタリオンに近づいていく。
「待ちきれないってか…積極的だねぇ」
美女はそのままスタリオンの肩を抱くように手を伸ばす、そして…。
その美女は、ロードヴァンパイア、リァノーンはいきなりスタリオンの喉にその牙を突きたてたのだった。
いきなりのそれに悲鳴を上げる事もできず、ぱくぱくと口を開閉させるスタリオン…やがて終わったのだろうか
リァノーンはスタリオンの身体から離れ、ふらりと外へと向かっていった。
310 :
死の接吻:04/04/11 02:06 ID:Hhb7Ui5v
「大丈夫でやんすかぁ」
返事が無い…カトラはリァノーンには構わずスタリオンを介抱してやろうとするが、その身体にさわった途端、
慌てて手を引っ込める…熱い、まるで焼けた火箸のようだ。
そしてばちばちと何やらスタリオンの身体から異様な音が聞こえる。
「あつぃ…あちぃよ…ううう…うわぁぁぁぁぁぁぁ」
変化は劇的だった…叫びにならない叫びを上げ、スタリオンの身体が変質していく、
人間を遥かに上回る魔族の肉体とヴァンパイアヴィルスの結合、それは最悪の組み合わせだった。
結果…彼は一気に最終段階までをも通りぬけ、いわゆるキメラヴァンプとなってしまったのだった。
「ぐるるるう」
今やスタリオンはかろうじて馬だと分かる、それくらいの変わり果てた姿になってしまっていた。
そして身体だけではなく心までも異形に蝕まれてしまったようだ。
「やめる…やめるでやんす…ぎゃあああ」
異形の姿と化したスタリオンの手によりカトラの肩骨が握りつぶされる。
ぐるるとスタリオンの口から唸り声が漏れる、そして端には馬にはあまりにも不似合いな牙が生えている。
それをもって彼はためらうことなく、親友カトラの喉に噛みついたのだった。
バキバキと自分の身体が砕け、崩れていくのが分かる…自分は死ぬのだ。
だが、それでもカトラはスタリオンを親友を恨みはしなかった、狂気に侵かされた親友の目に光る涙を、
カトラは見逃してはなかったからだ。
「最後まで…世話ぁ…やかせるでやんす…ねぇ」
見納めとばかりに変わり果てた親友の姿を、カトラはしっかりと目に焼き付ける。
(いつかあの世で出会えたら、またバカ一杯やれるといいでやんすね)
そしてカトラは…死んだ。
311 :
死の接吻:04/04/11 02:07 ID:Hhb7Ui5v
「遅かったか…」
惨劇の残りカスを一瞥して目をそらすケルヴァンと部下BとC、Bの手には弁当が、
ケルヴァンの手には気を失ったリァノーンが抱えられている、そしてその足元では。
「俺…俺…おれぇ」
暫しの間正気を取り戻したのだろう…変わり果てた姿のスタリオンが、カトラの残骸をかき集めながら呟く。
「何も言うな…」
悲痛な表情のケルヴァン、こいつらは確かにバカでスケベで役立たずだったが…
それでもこんな最後は余りにも惨過ぎる。
くげげ…と一声吠えるとまたスタリオンが苦しみ始め、その身体が変質していく。
もう長くは無い…魔族の肉体とヴァンパイアウィルスとが激しく競合し、拒絶反応を起こしているのだ。
ケルヴァンは仕方ないと呟き、右手に魔力をこめる、
「どうする?このままでも生きてはいけるようにしてやることもできるが…」
スタリオンは頭をケルヴァンの方へと傾ける、それは殺してくれという意志表示に他ならなかった。
「そうか…ならば友の元へ行くがよい」
泣きながら頷くスタリオン、その涙は死への恐怖か、生きる苦しみか?
それとも親友への懺悔かは分からなかったが・・・。
ともかく、その刹那、彼の頭はケルヴァンの放った魔力弾によって、粉々に吹き飛ばされていた。
「報告ッ!カトラ・スタリオン両名は脱走者を発見し交戦、殲滅するも名誉の戦死を遂げた!
繰り返す!カトラ・スタリオン両名は脱走者を発見し交戦、殲滅するも名誉の戦死を遂げた!
分かったな…」
厳粛に頷くB・C・D
(せめてもの餞だ…)
「ロードヴァンパイアの管理及びデータ収集をより厳密に行え、下級とはいえ魔族の血をその身に取りこんだのだ
何があっても不思議ではないぞ…」
312 :
死の接吻:04/04/11 02:11 ID:Hhb7Ui5v
【ケルヴァン:幻燐の姫将軍@エウシュリー (鬼) 状態:△(魔力消耗) 所持品:ロングソード】
【リァノーン:吸血殲鬼ヴェドゴニア@ニトロプラス (?) 状態:△(睡眠中) 所持品:なし】
【カトラ・スタリオン:死亡】
【満月直後】
313 :
葉鍵信者:04/04/11 22:48 ID:hupT8kQQ
『死の接吻』
一時預かりで審議となります。
理由は、議論スレ>584とこれからの書き手BBSをご参照下さい。
ピンッと、空気が張り詰める音が聞こえたような気がした。
「!」
「…!」
「…ミュラ!?」
玲二と沙乃の足が止まり、リックが声を上げる。
沙乃を見たミュラが、ほんの一瞬だけ漏らした殺気。
それを、ここに集った者達は、一人の例外もなく敏感に感じ取っていた。
(…うかつだわ)
突如現れた、武器庫で交戦した女と同じ服を身に着けた少女に、完全には自分の心を制御できなかった。
相手はその少女と若い男の二人組。
二人とも、今は警戒した視線をこちらに向けている。明らかに気付かれた。
騙し討ちをしてくるなら、あえて騙された振りをして隙を突くこともできたが…
(…いいわ。どのみち、敵なら倒すだけよ)
鞘から剣を抜き、戦闘態勢に入る。
「気を付けて、リック。あいつら、ヴィル何とかの手先よ」
「何でわかるんだ?」
「以前、あの女と同じ服装の相手と戦ったのよ。さっき話した武器庫を守っていたわ」
その言葉にリックの眼光が鋭くなる。
「なるほどな。なら、ライセンの居場所も知ってるかもな…」
膨れ上がる殺気。
「とっとと倒して、色々と吐かせてやる!」
言うなり、ダッシュをかける。玲二に向かって。
死神と呼ばれるに相応しい闘気が、玲二に叩きつけられた。
「待って! 沙乃達は…」
「駄目だ、沙乃! あいつら本気だぞ!」
赤い鎧の男が、斧を構えて自分に向かってくる。
(何でこうなるんだよ!)
今の会話は聞こえていた。
相手は間違いなく新撰組と交戦したのだろう。
つまり、沙乃の見立て通りに召還された側だということだ。
315 :
大義に掲げし十文字槍:04/04/12 01:38 ID:0cYjAazy
置かれた状況は同じ。本当なら手を取り合える相手のはずだが、今は話して聞いてくれるような雰囲気ではなくなった。
(運命ってのは、ままならないもんだな…)
逡巡はここまで。
考えるより、目の前の状況に対応しろ。
はっきりと分かる。相手は自分を殺すつもりだ。
話を聞く人間は一人いればいいということか。
(仕方がないか…決裂だ)
顔から表情の消えた玲二の手に、魔法のようにS&Wが現れた。
「!」
リックの顔に警戒の色が浮かぶ。
(何だ? ありゃ)
とてつもない速さで、男は懐から取り出した『何か』を自分に向ける。
――ゾクッ
得体の知れない悪寒が背筋を走りぬけた瞬間――
――ガァン!
轟く銃声。
同時に、硬いもの同士が叩きつけられる音。
「「なっ!?」」
男達の声が重なる。
(止めた!?)
(何だ、今の衝撃は!?)
リックがとっさに顔前に掲げた戦斧で、飛来した銃弾を弾いたのだ。
「くっ…」
リックは一瞬たたらを踏むが、すぐに立て直して再び玲二に迫る。
(弾道を見切ってかわすならともかく、止めるか!)
判断が甘かった。
沙乃からは、ここには色々な世界から人が召還されていると聞いている。
いかにも剣と魔法のファンタジーといった相手の出で立ちから、拳銃など知らないと踏んで、一発だけで決めるつもりだったのだ。
確実を期すならニ連射が基本だが、残弾を気にしたのがいけなかった。
「沙乃、気をつけろ!」
女の方が沙乃に向かって迫るのを確認して声を上げる。
同時に、相手二人が射線上に重なるように側面にダッシュ。
(次は決める)
手加減して何とかなる相手じゃない。
三連射。頭部と胸、腹を狙う。万一外しても女に当たればいい。
リックは未知の攻撃に内心焦っていた。
戦士としての勘だけで先ほどは止めたが、そう何度も出来るとは思えない。
(今のがもう一度来たら、止められないか)
そうなったら、ここでも敗北することになる。
(許されないよな、そんなことは!)
誰よりも自分が許さない。
ミュラには、気にするなと諭されたが、やはり戦いに敗北して仲間を危険に晒すなどあってはならない。
「させるかよ!」
叫び、奮起する。
距離を離すつもりか、相手が走り出す。接近するまでに、一、二回はあの攻撃が来ると予想。
(…止めてやる。何度だろうと!)
その後は自分の間合いだ。全力で相手を屠るのみ。
(ここだ)
玲二の目に殺意のみが宿る。
(来るか!)
リックの闘気がその殺意を迎え撃つ。
玲二の腕が上がり、S&Wの銃口がリックに向けられようとした、その時――
――ガシャン
玲二の目に、沙乃が手にした槍を投げ捨てる光景が映った。
「沙乃!?」
とっさに銃口をミュラの方へと向けるが、
「玲二、ダメ!!」
沙乃の叫びが響き、玲二を制する。
その隙に、走り寄ったミュラの剣が沙乃の首筋に当てられた。
「リックも、止まって!」
ミュラが叫ぶ。
「ミュラ…?」
その声に、リックもまた動きを止めた。
「…どういうつもり?」
沙乃の首筋に剣を当てたまま、ミュラは沙乃へ問いかける。
沙乃は真っ直ぐミュラの目を見返し、毅然とした態度でこう言った。
「戦う理由がないから。話を聞いて欲しいの」
お互いその状況を保ったまま、ミュラとリックは沙乃の話を聞いた。
――この世界のこと。
――召還者であるヴィルヘルムのことと、その目的のこと。
――自分が元・中央側の人間であること。
――新撰組のこと。
ミュラが剣を収め、次いでリックが戦斧を下ろす。
それを確認して、玲二も銃を懐に収めた。
「…そういうこと…、話は分かったわ」
ミュラは、ため息と共にそう漏らす。
「ありがとう、沙乃の話を信じてくれて」
「まだ、完全に信じたわけじゃないわよ」
「今はそれでもいいよ。これからの沙乃達を見て判断して」
先ほどの凛々しい態度とは一変して、嬉しそうに沙乃は微笑む。
(…大した娘ね)
ああは言ったが、ミュラはこの少女は信じられると思っていた。
人を見る目はあるつもりだ。
話している時の、あの澄み切った、迷いのない目。
嘘を言っている目ではなかった。
(そのまま斬り捨てられる危険もあったというのに…)
自らの信念に命を懸ける覚悟を、この娘は持っているのだ。
人斬りと呼ばれてはいても、振るった理由は大義の為というその槍。
その大義を見失った新撰組を止める為に戦う沙乃にとって、ミュラ達と戦うことは自分の存在意義を覆すことに等しいのだ。
(信念を持っている者は、強いものね)
信じよう。この娘を。
「じゃあ、今度はこちらの事情を話す番かしら」
そう言って、ミュラは自分達のことを話し始めた――。
――数分後。
「――じゃ、総合するわよ」
ミュラが一同を見回す。
「これから一緒に行動し、互いの目的の為に協力する。
まずは武器庫に行って、リックの剣と玲二の弾薬を補給する。…で、いいのね?」
リック、沙乃、玲二がそれぞれ頷く。
それを見て、ミュラはニッと笑みを見せた。
「オーケイ、それじゃよろしくね。沙乃、玲二」
【吾妻玲二@ファントム・オブ・インフェルノ(ニトロプラス) 狩 状態○ 所持品:S&W(残弾数不明)】
【原田沙乃@行殺!新撰組(ライアーソフト) 鬼(現在は狩) 状態○ 所持品:十文字槍 食料・医薬品等】
【ミュラ@ママトト(アリスソフト) 狩 状態○ 所持品:長剣 地図】
【リック@ママトト(アリスソフト) 狩 状態○ 所持品:戦斧】
【『死神と亡霊が出会う瞬間』後 〜 『満月の夜』前】
(あいつの武器は、あの杖一つ……。だけど、あの電撃はやばい。食らったらひとたまりも無いな……)
油断無く視線をアイに向けながら、武が思考する。
(こっちはというと、マシンガンに拳銃。俺は弓は扱えないから論外として……。普通なら、これだけありゃ喧嘩に負けるなんてありえないんだけどな……)
広場の中に座り込んだ時に置いた銃器を手に取りながら、武は昔のようにも感じられる、つい先ほどまでの戦いを思い出していた。
これらの武装を手にした武と綾峰、二人ががりで襲い掛かり、そして敗北。
(いや……)
武は自嘲する。
あれは敗北などではない、ただ情けを受けただけだ。
下手をすれば、自分どころか綾峰まで犠牲にしていたかもしれない。
あの戦いで負けたのは、あの男が変身したとかそういう問題ではない。
おそらく変身などしなくとも、あの男が本気を出した時点で、武達は負け、そして命を失っていただろう。
(だけど、こいつは……)
目の前の少女に視線を向ける。
少女は余裕の表れなのか、それとも武の考えが変わるのを待っているのかは判らないが、視線をこちらに向けたまま動かない。
(少なくとも……、あいつより弱い!)
大十字九朗との戦い。
圧倒的な敗北だが、それでも武に一つの経験を与えていた。
自分と力量が離れて過ぎている人間と相対した時、弱者はその実力を測る事が出来ないという事を。
武が目の前の少女から受ける印象。
それは、目の前の少女は少なくとも自分より強い、という事だった。
しかしその認識は同時に武が推し量れる力量なのだ、という事だ。
この少女の身のこなし、そして立ち振る舞い、一つ一つに油断が無い。
洗練されているとはいえないが、その少女を例えるなら静かに、しかし荒ぶる雷光。
しかし、同時に武は思い出す。
身近な所に一人、目の前の少女とは正反対の人間がいたという事に。
(冥夜、お前がいてくれて助かったぜ……)
武は心の中で感謝を述べる。
アイを上のように例えるならば、冥夜は激しく燃える蒼き炎。
身近で彼女を見てきたから良く判る。
目の前の少女、アイと、少なくとも体術だけを考えるならば、冥夜もひけを取らないだろう。
ならば。
「どうにかなる……」
武がポツリと呟いた言葉はアイの耳にも聞こえたのだろう。
一歩、足を踏み出しながら、アイが口を開いた。
「どうにかなる? そんな事はありえない。貴方は私には……」
「勝てねぇんだろ? まともに戦えば負けるって事ぐらい判ってるさ! 俺はついさっき教わった!」
武はアイの言葉を遮るようにそう叫ぶと。
「……なっ!」
一目散にその場から逃げ出した。
(何を、考えている……?)
アイは、未だ傍に倒れている綾峰に視線を向ける。
(女を残して逃げる。白銀武という男はその程度の奴なの……?)
武が逃げ去った方向に視線を向ける。
魔力で視力を強化しても、武の姿は見当たらない。
アイは綾峰の傍まで近づき、手にしたロッドをその顔に向けた。
「出てきなさい! 出ないとこの女が、どうなっても……」
アイが叫んだその時だ。
「何!? ……クッ!」
アイは飛んできた銃弾を、スレスレで避けた。
銃弾はそのまま地面を削りとって、後方へ飛んでゆく。
気づいてはいなかった、今避けられたのは完璧な偶然。
「白銀武っ! 貴様!」
アイは銃弾が飛んできた方向に向かって魔力弾を放つ。
しかしもう既にその場から動いていたのか、魔力弾が飛んだ先に、武の姿は見当たらなかった。
「……森に隠れて飛び道具で牽制……。作戦としては安易ながらも効果的……」
アイが静かに呟く。
暗い森の中、己が武の姿を見つけられないように、武も己の姿を見つけにくい。
そう考えた上での小声での呟き。
「! 今度はこっちか……!」
しかし、その考えを嘲笑うかのように、もう一つの銃弾がアイの傍を掠めながら通り過ぎる。
(……そういう事か……)
何故、武は自分の事を狙えるのか、事は単純。
今、アイと綾峰がいる場所は、深い森に囲まれた大広間のような場所。
木々の中にいる武よりも、狙いをつけやすいのは当然、という事だろう。
何より、森の木々を素早く移動する事での全方向からの攻撃にアイは対処しなければならず、逆に武は目視しているアイの動向だけに注意していればいいのだ。
(いい作戦。やはりゆらぎとは違うか……)
ゆらぎ、アイが元の世界で戦い続けていた化け物達。
よほどの上位種でない限り、その思考は欲望に忠実。
戦いにおいても作戦などなく、直感で動く者達だ。
(だけど……)
アイは静かに己の身を、武と同じように森の中へと隠す。
(こうすれば、条件は同じ……。いや、暗視が効く分こっちの方が有利。さぁ、どうするの……?)
ゆらぎと戦う時は戦士ではなく殺戮者として無慈悲に戦うアイも、非力な人間が作戦を使い、己が力を超えようとする様を見ていると、戦士としての心が騒ぐのだろう。
自分では気づいてはいないが、今、アイの顔には笑みが浮かんでいた。
「第一段階、成功か……」
アイの姿が森の中へと消えて、武はほっと胸をなでおろした。
「あんな危険な奴を、気絶してる綾峰の傍に置いておくわけにゃいかないからな……」
武が森の中へと逃げた本当の理由、それは綾峰の傍から、一刻も早くアイを遠ざけたい、という思考によるものだった。
事実、武がいなくなった瞬間に、アイは綾峰の顔に向かって電撃の走るロッドを向けた。
女の顔を傷つける事を厭わない、それはそのまま、アイという少女が自分達を無傷で捕らえようとは思っていない証拠だ。
「あいつを森の中におびき出した。さて、次は……」
まるで将棋を指すかのように、己の思考を回転させて次の一手を考える。
そんな武の元に訪れた、魔力弾の一撃。
「うおっ! もうきやがった……!」
運よく狙いは外れ、弾はそのまますぐ傍の木を破壊する。
その威力を見て、武の表情が青ざめる。
「……こんなの食らったら……死ぬ。あの女、何が一緒について来いだ。殺す気まんまんじゃねーか……」
武の考えは、半分当たり、そして半分は外れている。
アイが武達を連れ帰ろうとしているのは本当の事で、アイ自身に殺す気は無い。
ただ。
彼女は手加減が出来なかった。
「くそっ! まだ考えが纏まってないっていうのに……」
武は弾の飛んできた方向に向けて、銃弾を放つ。
しかしその弾は木々に遮られ、思うように進んでいかない。
「同じ条件だと、俺が不利……か」
武はそう考えるなり、また森の奥へと駆け出していく。
「ともかく今は逃げるしかない!」
そんな事を呟きながら。
「……何故逃げる?」
アイは武の考えを読みきれずに、少々混乱していた。
息も少し上がっている、武の持つ銃弾を避ける為に気を削いでいたからだろうか。
「あの男の武器は、さっきから五月蝿い小さな拳銃と、肩に担いでいた大きな銃……」
そう考えながらも、アイは魔力をロッドに溜めて、前方を必死に走っている武に向けて、弾を放つ。
しかし、未着弾。
「それにしても、何故当たらない……? 今のは本気で当てようとしたというのに……」
武は足を滑らせながら、目の前の木々を避けているだけなのに。
アイが弾を撃つと、武の体制が崩れ、あるいは予想もしていない動きを行って回避している。
「あいつ、一体何者なの……?」
アイは気がついていない。
武が足を滑らせる回数よりも、己の身体がバランスを崩す方が多い、という事に。
武の足は、多少の休息を取った事も重なったのか、思いの他速かったという事。
初めのやりとりのせいで、アイの頭に血が上ってしまった事。
それによる、魔力弾の撃ち過ぎと、常にロッドに電撃を蓄えていた事による魔力使用の蓄積。
何より、元々受けていた腹の傷、そして連戦に次ぐ連戦。
アイの体力はもう既に限界だったのだ。
「弾が飛んでこなくなった?」
武がそんな事を考えながら、大きな木の影に隠れて、アイの方へと視線を向ける。
アイは、武の目から見てもへばっているように見える。
「そろそろ頃合……か?」
武は、走る足を、綾峰の待つ広場へと向ける。
そこで決着をつける、心の中でそう決心して。
「……観念……したの?」
息も絶え絶えに、アイが武の前までやってくる。
綾峰は既に気がついていたのか、半身だけ起こしながら、目の前でこれから起こる戦いを静かに眺めていた。
「あんたこそ。そんなにバテバテで大丈夫なのかよ? 家に帰るなら今のうちだぜ?」
「甘くみないで。疲れていても、貴方よりは強いから」
アイの言うとおりだろう。
その表情には疲労が色濃く表れてはいるが、まだその目は死んでいない。
「先に言っておく。もし貴方がもう一度逃げるなら、その時は……」
チラリと綾峰の方へ視線を向ける。
視線を受けても綾峰の表情は変わらなかったが、武、綾峰、両人ともその視線の意味する事は理解していた。
もう一度武が逃げれば、連れて行くのは綾峰を連れて行く、あるいはもっと最悪な事になるかもしれないよ、と。
「もう逃げねぇよ。俺は今まで逃げていたんだ。あのアルとかいう女の子が言うとおり、自分の頭で何も考えず、流れに身を任せて、ただそれだけだった」
武はそう呟きながら、下唇をかみ締める、そこから一筋の血が流れ出す。
「そのせいで、仇は討てず、しかも新しい犠牲も出ちまった……。それでここでさらに俺が綾峰を見捨てて逃げたら……。俺、人間失格だろ?」
アイは無言でその話を聞いている。
それはいつもの沈黙ではなく、最後の一瞬の為、今はただひたすら体力を回復させているためだ。
「どうだ? 少しは体力回復したか?」
「……待っていたの?」
武は苦笑しながらも頷く。
「俺は……、誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。弱音だから笑ってもいいぜ?」
「守りたい人を守る、それは絶対に間違っていない。……私もそう思うから」
武は、初めてといっていいだろう、アイの本音を聞いて、一瞬驚き、そしてこれから戦う相手に向けるものとは思えないほど、すっきりとした笑みを浮かべた。
「あんたも……? いや、もうそんなのはいいやな」
「ええ。私が勝てば、貴方達を連れて行く、私の目的の為に。あなたが勝てば、おそらく私は死ぬ。でもそれも、貴方も私も望んだ事だから」
「ああ、恨まねぇよ」
アイは静かにロッドを構える。
武はその両手に、サブマシンガンと拳銃をそれぞれ手にする。
「それじゃ……」
アイが呟く。
「レディー……」
武が呟く。
『GO!』
まず動いたのは、武の両腕だった。
拳銃とサブマシンガンの全弾発射。
火花が散り、砂煙が舞う。
「クッ、うぅ……、うわぁぁぁ!」
アイの叫び声が聞こえると共に、銃撃音にかき消されていく。
アイは避けようとしなかった。
「な、何で!」
引き金に指を置きながら、しかし武は砂埃の中にいるアイに向かって問いかける。
避けて欲しかった訳ではない。
ただ、アイが避けるそぶりすらしなかった事、その理由を問いただす為。
しかし、この状況で武の問いに答えるものはいない。
カチャ、カチャ。
引き金を引く指が空回りする、弾が全て尽きたのだ。
同時に砂埃が収まり始める。
「……避ける必要が無かったから」
「!?」
砂埃の中から聞こえてきた声。
「貴方の持つ銃、全てを避けて、貴方にロッドの電撃を当てるのは無理。だから、私は、少し、本気を出した。それだけ……」
息も絶え絶えにそう言い放つアイは、しかし身体の方はまったくといっていいほど無傷だった。
「……は、ははっ!」
武は笑い始める。
「……どうしたの?」
「いや、同じだと思ってな、あいつと」
砂埃と共に現れた、無傷の身体。
武は砂埃が納まって、アイの全身が見えた時に理解した。
「考えて考えて、ようやく正面衝突までもっていけた、と思ったんだけどな……」
アイの全身から漂う威圧感。
姿はさほど変わったようには見えない、しかし気配は明らかに変わっている。
「翼竜装填。私が『ゆらぎ』と呼ばれる者と戦う時だけに取る形態」
「翼竜……?」
アイの姿が元に戻る。
「本気を出さなかった訳じゃない。あなたはゆらぎじゃないから。人間だから。私も人として戦った」
「人として……か。十分、あんたは人、超えてるよ」
アイはその台詞を聞くと、少々顔を赤らめながら俯いた。
そして呟く。
「あ、ありがとう……」
(誉めたわけじゃなかったんだけどな)
武はポリポリと頭を掻いてから、観念したようにその場にどかりと座り込んだ。
「俺の負けだ。弾は無い、綾峰もまだ動けないみたいだ。煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
「じゃあ……、焼く」
アイがポツリと呟くと、手に持っていたロッドにまた電撃が走り始める。
「や、焼くの……? 痛くしないでくれ、てのは無理そうだな……」
武が怯んだように呟くが、アイはその言葉には答えず、一歩、また一歩と武に近づいていく。
武は、目を瞑って、訪れるであろう痛みに耐える用意をする。
その時だ。
二人の耳に、少年とも少女とも聞き取れるような声が届いたのは。
『武〜! やっと見つけた〜! ちょっと危ないからそこどいてー!』
間の抜けた声と共に振り下ろされる二メートルほどの大剣。
アイと武の間の地面が大きく削れる。
「なっ!? こいつは……?」
アイはその場から飛びのくように離れた。
風圧によって、武の身体も転がるように退いた。
「……バルジャー……ノン?」
地面に逆さまになって倒れながらも、武は間の抜けたような声で呟く。
彼等の目の前には、白銀に輝く巨大な剣を掲げた機械仕掛けの人影が現れていた。
【白銀 武 マブラヴ age ○ サブマシンガン、ハンドガン、共に残弾0 招 目的:九朗を追う>仲間を守る】
【綾峰 慧 マブラヴ age ○ 弓 矢残り7本 狩 目的:九朗を追う>とりあえず、仲間と合流】
【アイ@魔法少女アイ(color) 鬼 状態:△(腹部に一時的なダメージ)+疲労 装備:ロッド】
【鎧衣 尊人 マブラヴ age 状 ○持ち物 (バルジャーノン騎乗、装備はソードのみ)ハンドガン 装填数 20発 狩】
満月後、決意を胸に、の続き
先刻の襲撃からかなりの時間が経っていた。
途中、急に夜になったこともあり、私達はそろそろ歩き出さなくてはならなかった。
しかしその間、ずっと気分が悪い・・・。
胸の奥がドロドロした感情で溢れてくる。
「百合奈先輩、大丈夫ですか?顔色が良くないですよ・・・。急に暗くなるし・・・。」
何だろう?やけにこの顔に不快感を感じる・・・。
「百合奈先輩?」
そうだ・・・この人、大輔さんに愛されてるんだ・・・。
沸々とドス黒い感情が上がってくる。
(違うっ!)
「どうしたんですか!?」
いきなり頭を振った私を気にかけてくれる橘さん。
(これは・・・さっきの爪の、せい・・・?)
よく分からない。でも、一つだけ分かったことがある。
――この感情には・・・逆らえない。
「はい。やっぱり二人が持っていてください。」
「え?」
「いいよぉ・・・。」
小さな双子姉妹にもらったキャンディーを半分ずつ返す。
身体の中に違和感を感じた。
ふわりとしたような、微妙な高揚感。
・・・時間がない。
意識が”何か”に侵食されてくる。
「百合奈先輩!」
「お姉ちゃん!?」
口々にかけてくる言葉がやけに遠く感じる。
「呪い・・・が・・・」
(あの子さえいなければ・・・大輔さんは、私の呪いを祓ってくれたのに・・・!)
違う!そんな事、私は望んでいない!
「呪い?」
私は思わず聞き返してしまった。
「い・・・や・・・・・・!」
何かに抗うように自分の身体を抱きすくめる百合奈先輩。
と、突然立ち上がり、藪の中に駆け出していく。
「百合奈先輩!!」
私は小さな二人の事すら忘れて追いかけた。
森の中に草木を掻き分ける音と息づかいが響く。
「待って!百合奈先輩!!」
想像していた以上に速く、更に急に夜の帳が下りてしまった暗い周囲もあり、数分後には視界から消えてしまった。
「はぁ・・・はぁ・・・っ。」
直線的に走ってきただけなのに、現在位置が分からなくなっていた。
「百合奈・・・先輩?」
少し離れたところからゆうなちゃんとまいなちゃんの声が聞こえる。
「ゆうなちゃーん!まいなちゃーん!こっちだよぉーっ!!」
忘れていたことを恥じながら二人を呼ぶ。
刹那――。
「ぐっ――かはっ!?」
何者かに私は背後から押し倒され、馬乗りになられて首を締め付けられた。
(い、息が――!)
「貴女さえいなければ大輔さんは私の呪いを祓ってくれたのにっ!貴女さえいなければっ!!」
「百合――奈、せん、ぱ・・・い?」
何がなんだか解らなかった。
「どう・・・し、て・・・」
「私には、大輔さんしかいなかった!貴女と違って、私は誰にも愛されなかった!!」
より一層、締め付ける力が強くなる。
これは、百合奈先輩の力じゃない・・・。
(さっきの・・・あの、人の・・・?)
目に映る世界が徐々にブラックアウトしてくる。
――天音・・・・・・生き、るんだ・・・
――生きて・・・戻るんだ・・・。みんなのところ、に・・・。
――「生きて・・・くれ・・・俺の、分まで、幸せに――。」
(生きなきゃ!まだこんなところで死ねないもん!!)
「やめてぇぇっ!!」
大輔ちゃんの力も重なったのか、身体を跳ね上げると百合奈先輩は後方に突き飛ばされていた。
「その力で・・・私を・・・」
「先輩!?」
自分の中の”何か”と戦っている・・・。
私はすぐにそれを感じた。
「私を――殺して下さい・・・。」
「そんなこと出来ません!しっかりして!!」
「殺せ・・・殺せばいいのよ!あの子たちの大事な人を殺した、あの時と同じようにっ!!」
「え・・・っ?」
――身体が、硬直した。
ついさっきまで聞いていた、その声。
ドクン・・・ドクン・・・
鼓動が早まる。
ゆっくりと振り返ると、そこにはやはり予想していた光景があった・・・。
「おねえちゃんが・・・・・・殺した・・・?」
自分の言っている事と状況が理解出来ないままに呆然と立ち尽くすゆうなちゃんが、そこにいた。
「ゆうな・・・ちゃん・・・。」
「おねえちゃんが、お兄ちゃんを、殺したの?」
「・・・・・・。」
「ウソ・・・だよね?おねえちゃん、そんなことしないよね・・・?」
「私・・・は・・・」
唇が乾いて言葉が出ない。
「ようやく追いつい――」
まいなちゃんが現れ、この状況に息を呑む。
「信じてた・・・信じてたのにっ!!」
その大きな瞳から幾筋もの涙がこぼれ落ちる。
「またお兄ちゃんに逢える事も・・・・・・お姉ちゃんの事も信じてたのにっ!!」
何も言い返せず、その言葉は私の胸に深く突き刺さった。
「返して!返してよっ!!私たちのお兄ちゃん返してよぉぉっ!!」
泣き叫びながら私の胸を叩くゆうなちゃんの小さな手は、どんな刃物や銃よりも、遥かに痛かった。
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・・・・。」
私はただ、謝るしかなかった。
「そう・・・いう事・・・。」
まいなちゃんがジリジリと後ずさりしながら言う。
「お兄ちゃんを殺して・・・今度は、私たちなんでしょ・・・・・・。」
「違う!そんな――」
「ゆうなちゃん!行くよ!!その人から離れて!!」
「えっ?あ・・・」
戸惑うゆうなちゃんと百合奈先輩が倒れたのはほぼ同時だった。
「百合奈先輩!」
「ゆうなちゃん!早く!!」
私は先輩を優先して抱きかかえる。
「百合奈先輩!しっかりしてください!!」
「わ・・・たしは・・・酷い事を・・・。」
思い切り首を振った。
「そんな事ないです・・・いずれそうなるはずでしたから・・・。」
「それ、だけではない・・・です・・・。橘さん、私から・・・離れて・・・。また、攻撃を・・・」
まだ、百合奈先輩は戦い続けているんだ・・・。
「わかった。ゆうなちゃん、あたしは行くからねっ!?」
泣き顔のまま、まいなちゃんが林の奥に消える。
「まいなちゃん!!」
「橘さん、追って・・・!私は・・・いいですから・・・。」
「でも!」
「あの方の想いを・・・無駄にしてはいけません・・・よ・・・。」
「はい・・・。ゆうなちゃん・・・」
私が振り向くと、ゆうなちゃんはまいなちゃんと行く事はせず、そこにいた。
「・・・。」
返事こそしてくれなかったが、百合奈先輩の隣に来てくれた。
「・・・ありがとう。」
「待って!まいなちゃん!」
子供の足と私の足ではいくら私が運動音痴とはいえすぐに捕まえることが出来る。
「いや!放してっ!!」
「確かに私はあなた達の大事な人を殺した。でも、そうしなければ私たちは死んでた!」
「そうしなくたって他に方法が――」
「彼は完全に常軌を逸して――普通の状態じゃなかった。そんな人間に襲われて、私たちもどうしようもなかったの・・・。」
「・・・。」
まいなちゃんは抵抗を止め、その場に立ち尽くす。
「何で・・・助けるの?お兄ちゃんがいなかったら、私たちは生きる望みがないわ・・・。」
私はまいなちゃんの瞳を正面から見据えた。
「二人を守る事が、私に出来る、唯一の償いだから・・・。」
「だから、お願い。お兄ちゃんのあなたたちへの想いを、代わりに遂げさせて・・・。」
【橘 天音@Canvas〜セピア色のモチーフ〜(カクテルソフト)分類:招 状態:○ 装備:キャンディー 】
【君影 百合奈@Canvas〜セピア色のモチーフ〜(カクテルソフト)分類:狩 状態:×(赤い爪) 装備:なし】
【朝倉ゆうな@はじめてのおいしゃさん(ZERO)分類:招 状態:○ 装備:キャンディー】
【朝倉まいな@はじめてのおいしゃさん(ZERO)分類:招 状態:○ 装備:キャンディー】
行動指針
【橘 天音:島からの脱出(元の世界に戻る)、朝倉姉妹の保護】
【君影 百合奈:呪縛から逃れたい】
【朝倉ゆうな:島からの脱出(元の世界に戻る)】
【朝倉まいな:島からの脱出(元の世界に戻る)】
【満月直後・「運命の分岐点」と同時刻】
>>271-279 を以下に差し替え。
霧、である。
本来ついぞ雨も降っておらず、また湿気勝ちでもないこの島においてここまで霧が立つ事は無い。
しかしその場に立ち込め視界を濁らせるそれは紛れも無く霧であった。
霧の森の中―――
そこに、甲冑を着込んだ一人の兵が立っていた。
彼に名は無い。あったとしても、それはこの物語には縁は無い。
何故、このような何も無い場所に一人の兵がぽつねんと立っているのか、何を護っているのか。
それは後に語る事としよう。
問題は、その兵に歩み寄ろうとしている三人の男女であった。
妙に露出の高いセーラー服状の衣服を纏った黒髪の少女。
その少女より更に小柄な、金色のツインテールを揺らすウェイトレス。
そして、素肌に上着だけを着込んだ筋肉質の男。
「……中央ってのはここかい?」
三人の内の男が軽い口調で兵に話しかける。
「……………」
兵は答えない。只鉄兜の下から警戒を込めた瞳で一行を見ているだけである。
つい、と彼の握る槍の先が男に向いた。
「おいおい、待ってくれって。俺達はアンタにとっちゃ味方の筈だぜ?」
無言の誰何に男がおどけたように手を振る。
「アンタ達のさっきの放送で、こっちに着いた方が帰れそうだと思ったから来たのさ。
それともそんなヤツにまで喧嘩売るのが仕事だっての?」
「……お願いします、私達を仲間にしてくれませんか?」
男の言葉を引き継いだのはその背後に立つウェイトレスであった。
更に続いてウェイトレスの横に立つ少女が頼む。
「……………」
槍が上方に向き直り、兵がくるりと一行に背を向けた。
そのまま一瞥もせずにゆっくりと森の奥へ進んで行く。
「……ついてこい、って事だわね」
「さて、そんじゃ行くか」
男―――山本悪司は小さく呟くと兵の後を追った。
「早いトコ面倒事を終わらせて、とっとと帰らせてもらわねえとなぁ……」
ここで時間は二時間程戻る。
村落、一軒の民家。
6人の男女が車座で座っていた。
「……もう一度確認するわよ。この作戦、自分で提案しておいて何だけど……
お世辞にも成功確率は高いとは言えないわ。一度潜入してからの連絡・バックアップは
ほぼ不可能。一度内部で正体がバレてしまったら生還は絶望的……それでもする?」
銀髪黒衣の童女、モーラが正面に座る山本悪司に問う。
「だが、今の俺達にできる作戦としちゃあ一番期待できる作戦……だろ?」
それに視線を逸らす事無く、悪司は間髪入れず返答する。
逆に目を伏せつつ、申し訳なさそうに頷くモーラ。
「だったら迷う事はねえやな。早速やってもらえるかい?」
「ちょい待ち!」
だが、それを制したのはモーラの右に座る大空寺あゆであった。
「何だよ、大空寺」
「何だよじゃないさ! 大将のアンタがわざわざ行く事は無いでしょーが。
……ここはアタシが行くさ」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
「……何でみんな黙り込むさ」
「ええっと、その……」
「お前が行ってもなぁ……」
言いよどむ鴉丸雪と、頭を掻く悪司。
「あ、あんですとー!? こちとらデカい屋敷で隠れたりするのには慣れっこさ!
……それにアンタみたいな大男がウロウロしてるより、アタシみたいな子が歩き回ってる方が
まだ警戒されない筈さ」
「一理あるわね」
激昂するあゆの発言を肯定したのはモーラである。
悪司のように強力な力を持つ人物の場合、仮に潜入できたとしてもその人物が本当に
恭順しているか確証が得られるまで監視される可能性が高い。
その意味においては、あゆのような一般人の方が比較的自由に動き回れるのは事実だろう。
しばしの沈黙の後、悪司は諦めたようにため息をついた。
「わーったよ、お前も一緒に来な」
「……『も』?」
「俺は引っ込んでる気はねえって事さ」
「あんですとー!? アンタ、アタシが言ってる事全然分かってないじゃないさ!」
「俺が大将だってんなら、それこそ行かないワケにゃいかねえだろうが。
それに……上手くすれば、アイツの情報も掴めるかもしれねえしな」
「………」
一瞬、ほんの一瞬だが悪司の目に殺意がゆらめくのをあゆは見逃さなかった。
『アイツ』―――言うまでもなく、加賀元子を死に追い込んだ『ランス』という男の事だ。
「……………分かったわよ」
これ以上何を言っても悪司の決意が揺らがないであろう事を悟り、あゆは渋々了承した。
「あ、あの……」
別の一方からおずおずと手が上がった。
魔法戦士スイートリップこと、七瀬凛々子である。
「私も……行かせてもらえませんか?」
「おいおい、アンタにまで大空寺のかんの虫が移ったか?」
「かんの虫って何さ!?」
「いえ、その……もし本当に結界が魔法によるものであれば、役に立てると思います。
魔法については、多少ですけど知識はありますから」
「そりゃ確かに有難いけどよ……命の保証は無いんだぜ?」
「……承知の上です」
強い意思を込めた瞳で悪司を見る。
「ったく……ってワケで三人だ、モーラ」
こくりとモーラは頷いた。続けて悪司は先ほどから沈黙を保ったままの鴉丸羅喉に向き直る。
「羅喉、雪……後の事、頼まれてくれるかい?」
「仲間の結集……か」
「分かってるなら話は早えや」
そして数点の事項の確認があり、作戦の概要は決定した。
まずチームは二つに分かれる。
・中央潜入チーム
(☆山本 悪司 ・大空寺 あゆ ・七瀬 凛々子)
・外部戦力集結チーム
(☆鴉丸 羅喉 ・鴉丸 雪 ・モーラ)
まず全体で中央付近に移動。
悪司ら三人に一時的な記憶操作を施し、中央に向わせる。
ここで失敗した場合即座に全員撤退。成功した場合は鴉丸チームは撤収し、この民家を
拠点として反抗者の結集を計る。
悪司チームの帰還リミットは状況開始から三十六時間後とする。
もしそれまでに帰還しなかった場合、本作戦は失敗したものとして再度結界塔の捜索、破壊案を模索する。
内部での情報収集法等は現場の判断とする。
(「要するにいきあたりばったりって事ね」あゆ談)
「……ってなトコか。何か質問は?」
場を見まわす悪司に、あゆが手を挙げた。
「どした、大空寺?」
「いや、水を差すみたいで悪いけどさ……中央ってドコさ?」
「そりゃお前……」
……………。
…………。
………。
……。
…。
人差し指を立てた状態で、悪司はたっぷり数十秒硬直し―――
「……どこだ?」
困ったように顎に手を当てた。
「ア……」
拳を握り締め、肩を震わせ、
「アホかあぁぁぁぁッ!!」
あゆは周囲を考えない大声で怒鳴りつけた。
「アンタ何処行くのか全く知らないクセにカッコつけてるんじゃないさ!」
「そう怒るなよ……ま、『中央』ってんだから島の真ん中に行けばいいんじゃねえか?」
「そう簡単ではないわ」
呆れたようにため息をつき、モーラが説明する。
「中央の結界は、それが結界である事自体に気付かれないよう巧みに偽装されている。
……ここにいる人の何人かは既に『中央』を通過した事はあるはずよ」
「おいおい、そんじゃどうやって探すんだよ?」
「ある程度の目処は付いているわ。悪司、丘から島を見た時に妙に霧の濃い部分が無かった?」
「言われてみれば……何かあったな」
「おそらくはその一帯……とりあえずその付近にまで移動しましょう。
そこで貴方達に催眠を施して、私達は離れるわ」
「細部のナビゲートはどうするんですか?」
別の質問を発したのは凛々子である。
「結界は魔法に拠るものだから、多少なりとも魔術を齧った事があるなら違和感を感じると思う。
それに……さっきの放送を聞いた人間を案内する為に、おそらくその近辺に案内役を用意していると予測されるわ。
そうでなければ、放送した事そのものが無意味になるから」
「なるほどな……他には何かあるかい?」
再度場を見回す悪司、今度は一同共に頷き返す。
「よし、そんじゃ始めるか……デカい博打をよ」
不敵な笑みが、悪司の頬に浮かんだ。
「……上手くいくでしょうか」
悪司達のその遥か数百m後方の草むらに、羅喉達三人はいた。
雪が不安そうに言う。
「上手くいったらご喝采……って所ね。今歩き始めたわ」
悪司達の動きを観察しつつ、モーラが答えた。
常人ならば到底確認不可能な距離である。だが、彼女にはまるで目の前の出来事のように
写っているようであった。
モーラの視線の彼方の三人が、ゆっくりと霧の中奥へ向かい―――
「!!」
―――消えた。
「……成功よ。おそらくは」
安堵のため息がモーラの口から漏れる。
「あとは悪司達次第……か。ならば、我々は我々の仕事をせねばな」
同様に草むらに身を隠していた羅喉も立ち上がった。
「そうね……少しでも戦力を集結させないと」
モーラもそう言いつつ立ち上がり、雪を促す。
「(決着を着けるまで死ぬでないぞ……悪司)」
最後に中央要塞の方角を見つめ、羅喉は歩き出した。
ぱちん!
「……っとと」
「……あれ?」
「……ふぅ」
三人の意識を取り戻したのは、凛々子の拍手だった。
「何とか上手くいったみたいですね……」
彼女にのみ、モーラは二重催眠を掛けていた。
『霧を抜けると、手を叩きたくなる』という内容の催眠である。
無論、これが記憶操作の解除キーだったわけだ。
ふと見れば、先程まで悪司達を先導していた兵は何時の間にやら消えていた。
新たな来客を迎えるため、再び持ち場に戻ったのかもしれない。
「まずは第一段階成功……ここからが大変だぜ。
大空寺、七瀬、言葉には十分気をつけろよ。俺達は……」
「……ヴィルヘルムってのの言葉を信じて、この世界から抜け出す為に協力を考えてる」
「そして、反抗の意思は全く無い……ですね」
「そういうこった……行くぜ」
歩調を変える事無く悪司は言うと、そのまま内部へと進んでゆく。
「お〜〜〜……」
悪司は思わず声をあげた。
外側からでもその内部の広さは十分想像できたが、改めて中に入るとその大きさに改めて驚かされる。
悪司達がいるのは中庭のようだが、実に戦車が十数台入るくらいのスペースは軽くあるだろう。
だが、今のこの場所は恐ろしく閑散としていた。
少し先にある城―――おそらくあれが本殿なのだろう―――までの空間にいるのは
悪司達だけのようであった。
「……誰もいないってのも変だわね」
そう言いつつ、あゆはキョロキョロと周囲を見回した。
右を見る。
誰もいない。
一回正面に向き直って左を見る。
誰もいない。
再び正面を見る。
「ん?」
違和感。
上を見る―――
「な!?」
次の瞬間、三人の目の前には一人の女が文字通り『降り立って』いた。
「たっだいま〜〜〜♪ ……って、あれ?」
そこで初めて気がついたのか、一行に顔を向ける女。
「あ―――」
あゆの口から声が漏れる。
「あ―――」
女の方も、一行を見て声を上げる。
「ああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!?」
「あ――――――――――――――――――――――――ッ!?」
『『さっきの変態痴女(ウェイトレス)!?』』
豊満な体に申し訳程度のレオタード、そして角と尻尾。
小脇に一人の少女を抱えた女悪魔・カレラは驚いた表情であゆと顔を見合わせた。
【鴉丸羅喉@OnlyYou-リ・クルス-(アリスソフト) 狩 状態○(ほぼ回復) 所持品:なし
行動目的:雪を護りぬく・戦力集結】
【鴉丸雪@OnlyYou-リ・クルス-(アリスソフト) 招 状態○ 所持品:なし 行動目的:兄についていく】
【モーラ@ヴェドゴニア(招)状態:○(腹部ダメージは完全に再生) 装備:巨大ハンマー】
【七瀬凛々子(スイートリップ)@魔法戦士スイートナイツ(Triangle) 招 状態○(軽傷有り)
所持品:グレイブ 行動目的:敵本拠の捜査】
【山本悪司 大悪司 アリスソフト ○(ほぼ回復) なし 招
行動目的:ランス(名前、顔は知らない)を追う・本拠の捜査】
【大空寺あゆ@君が望む永遠(招)状態:○ 装備:スチール製盆 行動目的:敵本拠の捜査】
カレラ@VIPER-V6・GTR(ソニア) 鬼?招?(その場の気分次第) 状態○ 所持品:媚薬(残り1回分)】
【ライセン@ママトト(アリスソフト) 狩 状態×(気絶 媚薬効果あり) 所持品:なし】
347 :
存在証明:04/04/14 00:35 ID:gYSHk9Ey
「あまり気が進まないわね」
エレンが地面を見て呟く。
地面は雨のせいでやわらかくなっており足跡がくっきり残っている。
これではどんな素人でも容易にエレン達を追跡できてしまう。
「かといって地面が乾くまで待つ訳にもいかないだろうが」
プリンを背中に乗せた小次郎が毒づく。
雨が上がった後、小次郎達は即座に行動を開始した。
目的は玲二が居そうな場所の探索である。
まずは一番近い建物から探索する事にしたのではあるが、地面がぬかるんでいるせいで思うように歩く事が出来ずその足取りは重かった。
「そういえば小次郎。食事の後に何かしていたようだけど?」
「ああ、今プリンが持ってる」
エレンが怪訝な顔をしてプリンを見る。
「双眼鏡…よく見つけたわね」
プリンはエレンの視線にも気付かずに双眼鏡を夢中で覗き込んでいる。
これは小次郎が考え付いたプリンにもできる仕事だった。
「まあ、あまり効果は期待できないけどな」
つまりはないよりまし、と言った感じでやらせているのだろう。
「まあ、これ以外にもいろいろ持って来たんだがな」
そう言って小次郎は随分と膨れ上がったバッグを掲げる。
「あまり無駄な物を持っていると移動に差し支えるわ」
エレンは厳しい顔をして言う。
「邪魔になるようだったらその辺に捨てておくさ。実際何が必要になるか分からないからな」
そう言うと小次郎は再び歩き出す。
エレンはその様子を見て溜息をついた。
(どうも掴み所がない男ね)
「おっきな犬…」
348 :
存在証明:04/04/14 00:36 ID:gYSHk9Ey
目的地まで後数分という距離まで来て、プリンが双眼鏡を覗きながら呟く。
「さすがに理想を唱える総帥様は一味違うな。このだだっ広い島に番犬なんか飼ってるのか。俺にも見せてくれ」
そう言って小次郎はプリンから双眼鏡を奪い取り、覗き見る。
プリンが拗ねるような表情を見せたが無視する。
「やっぱり基本に沿ってドーベルマンなのかね。……成る程、確かにでかいな」
小次郎はそう言って、双眼鏡を覗き込んだ格好のまま固まってしまう。
「どうしたの?番犬くらい私が排除できるわ」
そう言ったエレンに小次郎は頭を振って双眼鏡を手渡す。
「いくらなんでもあれは規格外だぞ…」
呟く小次郎を横目に双眼鏡を覗き込んだエレンが見た物は、付近の木に匹敵するほどの大きさを持った『犬』であった。
「あれが魔力とやらの力なのかもね」
そう言うとエレンは小次郎に双眼鏡を突き返す。
「番犬がいる所を見るとどうやら敵の重要施設らしいわね。小次郎とプリンはここで待機しておいて」
そう言うとエレンは建物の──番犬の方に駈けて行く。
「っていきなり突撃するか!?」
小次郎の叫びを無視してエレンは遠ざかって行った。
「全く……一人で突っ込むなよ。おい、プリン、通信機をいじるな」
プリンは双眼鏡を取られた腹いせとばかりに小次郎が腰にぶら下げていた通信機をいじくり回している。
「周波数の所をいじるんじゃない…蔵女から通信があっても聞こえないだろうが」
そう言ってプリンから通信機を取り上げた時だった。
『それは困るな。ギーラッハ、お前をそこに遣ったのは、何も和樹を救うためだけではないのだよ』
通信機から声がした。
小次郎は周波数を確認する。
(蔵女からの通信じゃない。プリンがいじって偶然敵の使ってる周波数に繋がりやがったか)
小次郎は、バッグを漁りテープレコーダーを取り出す。
(一応録音しておくか……なんかの役に立つかもしれない)
録音ボタンを押し、余計な声が入らないように小声でプリンに話しかける。
349 :
存在証明:04/04/14 00:37 ID:gYSHk9Ey
「全く……大した運の持ち主だよ、お前は」
エレンは両手に銃を持った体勢のまま、建物に向かって走り続ける。
──ウオォォォォォォン!
どうやら相手もエレンを敵だと認めたらしい。
(生き物である限り急所は存在する……そこを狙えば倒せるはず)
エレンはベレッタを両手を構え、その場に静止。
そして地面の微かな揺れを感じながらその時を待つ。
足に感じる揺れが段々強くなる。
次の瞬間、唐突に揺れが完全に治まる。
(止まった!?いや違う!)
エレンの周囲から太陽の光が瞬時にして消え、影を落とす。
エレンの射程外ギリギリで跳躍した番犬は、エレンをその質量で持って押し潰そうとしているのだ。
(この体勢では頭部の破壊は不可能──でも!)
エレンは体を屈めるのと同時に前方に走り出す。
番犬の体と地面の間を滑るようにすり抜け、間一髪で圧死を免れる。
──ウォォォォォン!
番犬は再度咆哮するとエレンに飛び掛ろうとして──今度は微動だにしなかった。
「雨でぬかるんだ地面に足が埋まるなんて、それこそあなたの飼い主でも予想できなかったでしょうね」
エレンは地面という鎖に繋がれた番犬を見て呟いた。
350 :
存在証明:04/04/14 00:39 ID:gYSHk9Ey
「このままという訳にもいかないわね」
足がほぼ全て地面に埋まり、全長が約半分程になった番犬を見ながら呟く。
ベレッタで番犬の全ての足を撃ち抜き、頭部を一撃で破壊できなかった場合、
もしかすると足を引き抜いて反撃してくる可能性を絶つ。
番犬は戦う武器を失って、なお荒れ狂っている。
(まるで狂戦士ね)
戦う事しか、主の命令に忠実である事でしかない存在。
かつてのエレンも目の前に居る獣と大差なかった。
エレンは憐れみを込めた目で番犬を一瞥すると頭部に照準を定める。
「よう、終わったみたいだな」
エレンの後ろから小次郎とプリンが姿を現す。
「小次郎…私は待つように言ったはずだけど?」
一端銃を下ろし、小次郎にきつい口調で詰め寄る。
「そういう訳にも行かなくなってな。海側の方でなんか光りやがった」
「誰か交戦中なの?」
「さあね……ただいろんな場所でドンパチやってるみたいだからな。あの放送の後かなり物騒な状況になってるのは間違いない」
エレンは不思議そうな表情を浮かべる。
「どうしてそんな事が分かるの?」
小次郎は無言でテープレコーダーを突き出す。
「これを聞けばわかるさ」
「そう…取りあえず先に邪魔者を片付けてしまいましょうか」
そう言いながら再び番犬にベレッタの照準を定めようとしたが、射線上に何時の間にかプリンが居た。
「プリン。少し下がってちょうだい」
プリンはエレンの言葉が聞こえていないかのように呆然とその場に立ち尽くしている。
エレンは溜息をついてプリンの横に並ぶ。
「……この犬さん死ぬの?」
「そうなるわね」
一瞬答えるべきか迷ったが、黙っていてもすぐに結果は分かるのだ。
351 :
存在証明:04/04/14 00:41 ID:gYSHk9Ey
「生かしておいても危険なだけ。それに私がやらなくてもいずれ誰かやるわ」
そう言って頭部に狙いを定める。
「犬さん…生きてた証……あるのかな……」
「死んだ者の事を誰かが覚えている事を生きた証と言うのなら、分からないわね。
私は人では無いものにそう言った感情は持たないから」
エレンとしてはプリンにも分かりやすいように答えたつもりだ。
「せめて遺言でも残してくれればそれが生きてた証になるのかもしれんが、そいつは人じゃねえからなぁ」
小次郎の言葉を聞いて、プリンの表情に影が差す。
(私は知りたい……生きた証がどんな物か……)
「プリン……?」
淡い光がプリンから発せられ周囲を包んでゆく。
「こりゃどうなってんだ…」
小次郎の声が響く中、一段と光は強くなり周囲を飲み込んだ。
光が消えた時には、いつの間にか世界には夜の帳が落ち、空には満月が存在を誇示していた。
「一体なんだったんだ?」
小次郎がプリンをしげしげと見ながら聞くが
「…?」
「どうやら自分でもわかっていないようね」
エレンが溜息とつく。
「お……俺は一体…?」
この時の彼らにとって最大の異変はプリンから発せられた光でもなく、突然世界が闇に包まれた事ですらなく……
先程まで目の前に存在していた巨大な番犬が人間に摩り替わっている事であった。
「なあ……俺…助かるのか…?」
先程までエレン達に純粋な殺意だけを向けていた巨大な獣は存在していない。
352 :
存在証明:04/04/14 00:42 ID:gYSHk9Ey
そこにいるのは、己に迫り来る死という名の獣から必死に逃れようとする一人の人間だった。
苦痛に呻く男の状態を見てエレンは無言で首を振った。
(でもどういう事…?私の撃った箇所ではここまではひどい状態にはならないはず…)
エレンの顔に浮かんだ疑問にその場に居た誰も気付くことなく。
「はは……やっぱりあんな男に付いていったのが…間違いだった」
男の目に後悔の色が浮かぶ。
「あんな男…お前らが崇める魔法教の教祖様の事か?」
小次郎の質問に男は頷く。
「この計画のずっと……前から仲間だっ…た俺達をあっさり…捨て駒に……化け物に変…えやがった」
男の声が途切れ途切れになりつつある。
「あなたの今の状態は魔術の反動という事?」
エレンは先程抱いた疑問を男にぶつける。
「多分……たの…む…俺の他にも…騙されて……いる奴らが…居るそいつらの……目を覚まして…やって……くれ」
男の瞳から光が失われていく。
「…分かった。って待て!この建物はなんなんだ!?」
男は小次郎の言葉を聞くと顔を歪める。
「…あ…りが……とう」
それが男の最後の言葉になった。
「彼、あなたの最後の方の言葉聞こえてなかった見たいね。建物については私達で調べてみないとね」
エレンがそう言って溜息をつく。
「…そうだな」
小次郎は上の空でエレンに答えながら男の最後の顔を思い出す。
(笑って死んでいけるってのは、幸せなんだろうか…)
もう一度だけ名も知らぬ男の顔を見ておこうと思い、振り返る。
プリンが食い入るように男を見つめていた。
「生きた証…残せたの?」
プリン自身、答えを期待してはいなかっただろう。
しかし小次郎は言わずには居れなかった。
353 :
存在証明:04/04/14 00:44 ID:gYSHk9Ey
「何か残せたとしても、死んだら終わりだ。どいつもこいつも勝手だよ…」
そう言って最後にもう一度だけ男の顔を見る。
(どいつもこいつも…残った人間の気持ちなんて考えやしねぇ…)
気持ちを切り替えるように、手に持ったカセットレコーダーの録音スイッチをオフにし、空を仰ぐ。
満月はその役目を終えたかのように消え失せ、先程と何一つ変わらぬ青空が広がっていた。
【エレン@ファントムオブインフェルノ(ニトロプラス)招 状態○ 装備品 ベレッタM92Fx2 ナイフ】
【天城小次郎@EVE〜burst error(シーズウェア)狩 状態○(右腕が多少痛む) 装備品 食料 水 医薬品 地図 通信機
カセットレコーダー(無影とケルヴァンの会話及び魔道学会員Bとの会話録音)】
【プリン(名無しの少女)@銀色(ねこねこソフト)? 状態△(片足の腱が切れている) 装備品 赤い糸の髪留め 双眼鏡】
【魔獣枠】
【フェンリルB(魔導学会員B) 状態死亡 装備品なし】
【場所:西の結界装置】
【雨に謳う譚詩曲後〜新入社員〜満月の夜後】
この丘を登れば、武器庫が見える。
ミュラたち一行は、草原をてくてくと言葉も少なめに歩いていた。
会話が途切れてもうどれくらいだろうか?
「アンタ無理してるでしょ?」
「俺は別に…」
沙乃の言葉に首をかしげる玲二。
「沙乃が言っているのはそういう無理じゃないわよ、迷って…いるんでしょ」
「俺は迷ってなんか…」
「アンタの目を見てればわかんのよ、アンタの目は脱走前のサンナンさんとかの目と同じだわ」
山南敬介…新撰組総長という立場にありながら、只の殺人集団と成り果てた新撰組に疑問と疲れを感じ、
脱走を試み、粛正された男の名前を口にしていた。
(僕は君たちのようにはなれない…なるつもりもない)
甘い、と沙乃は思う…だが沙乃はそんな山南が好きだった、しかし優しすぎるが故に彼は何も出来なかった。
だからこそ彼と同じような優しさを持つ玲二には、彼のようになって欲しくは、
優しさに引きずられて生き方を見失って欲しくはなかった。
「それにね、出会ってからのアンタの行動はホントに強い人間の、迷いを抱いていない人間のやる行動じゃないわよ」
玲二は歩みを止める…その顔は狼狽を隠していなかった。
「これから先、迷いを抱いている人間に戦う資格は無いわ、見苦しいのよ、そういうの」
沙乃は槍の穂先で地面に線を引いていく。
「ここから先に進むのなら、迷いは捨ててちょうだい」
「おいおい」
ごまかすような笑顔で、軽くラインを超えようとした玲二だが…。
沙乃の十文字槍に後ろずさらざるを得なかった。
「軽々しく決めていいの?今のアンタは間違い無く士道不覚悟だかんね」
「認めることから始めなさいよ…怖いんでしょう」
「俺は怖くなんか」
「そういう怖いじゃないのはアンタも分かってるでしょうがっ!!アンタは戦うのが怖いわけでも
死ぬのが怖いわけでもないでしょ!!、戦いたい自分が1番怖いんでしょうがっ!
沙乃を舐めてんじゃないわよっ!」
戦いたい自分が恐ろしい…その言葉は図星を突いていた。
そして玲二は否応無く、これまでの自分を思い出さざるを得なかった。
サイスを討ち、インフェルノの追撃をひとまず交わしてからのそれなりに平和な日々。
それはようやく彼に人としての安らぎを与えてくれていた、しかしそれと同時に、
未だに自分の中の目覚めた本能が、かつて亡霊と呼ばれたそいつが、
吾妻玲二に戦え戦えと囁きつづける。
それは抗い難い誘惑でもあり、また忌み嫌うべき禁忌でもあった。
ようやく手に入れた吾妻玲二としての安らかな日々を手放したくない一方で、
彼はまたツヴァイとしての自分に懐かしさを…渇望を覚えはじめていたのだ。
だからこそ彼はより一層、恋人を守ることに固執した、恋人には銃の手入れすらさせなかった。
それが免罪符になるのならば、そして何時の間にか彼は明るく世話焼きなように見えて
その実、空虚な人間へとなりつつあった。
そう、自分は戦いに倦み疲れて尚、戦いを忘れられぬ日々を、エレンを守るという名目でごまかしていただけ、
そしてそれは当のエレン本人も気がついていたのだろう、きっと。
つまり、守るつもりで守られていたのは自分だったのだ。
あのコンビニでの出来事もそうだ、本来ならば殺すべきなのだ、それでも出来なかった。
(俺は彼女らを殺さなくってもいい逃げ道を心の何処かで探していたんだ…殺さなくても、戦わなくてもいい理由を)
血に染まった自分を、戦いに生きなければ決して満たされない自分を否定したくて、だから理由を探していただけだ。
だが、逃げて逃げて、逃げた先に何がある?もう戻ることなど叶わない。
力を得てしまった者は、その力からは、それを行使すべき状況からは逃れることは叶わないのだ。
決断の時なのかもしれない…このまま吾妻玲二でもなければツヴァイでもないまま、
中途半端に、だが楽に生きるのか…それとも。
(俺の心の業を認めるのか…)
それは受け入れ難い、恐怖にも似た感情だった。
自分の心の闇を、渇望を認めるのはそれほどまでに恐怖だった、その闇に身を委ねたとき
自分はどうなって仕舞うのだろう?またあの頃のようにただ疑問も持たず、
機械のように人を殺める、哀れな亡霊へと戻ってしまうのだろうか?
玲二の表情がこわばっていく、沙乃が溜息をつく…。
(ダメだったみたいね)
行きましょ、と声を掛けようとした矢先だった、不意にミュラが微笑を浮かべて玲二の前に立つ。
「レイジ君?だっけ、君がが何を心配してるのかはもしかしたら見当違いかもしれないけど…
分かるような気がするの…それでね」
ミュラはそっと玲二の手を包むように握る。
「心に何か一つ、はっきりと刻むものがあれば何も心配はいらない、例えその手が血に染まっても
あるんでしょ?だから、君は必ず戻れるはずよ」
玲二はその手の温もりと、そしてその瞳の光を見て直感する。
この人もきっと多くの生命を奪ってきている、だからその言葉には上辺だけではない重みがあった。
ミュラの心に刻むもの、それはナナスたちといつか勝ち取る、戦争の無い平和な世界、
そしてその日が何時か必ずくることを信じて、彼女は血みどろの戦いに身を投じ続ける。
玲二の心には?
(俺はエレンを守ると誓った…だけど)
(思い出せ、それだけじゃない、それだけじゃなかったはずだ?)
玲二はあのモーテルでの一夜を思い出していた。
(あれは自分の運命を切り開くための誓いでもあったはず、なのに俺は何をしていた?)
(俺は自分の運命から逃げていただけだったんじゃないのか?しかもエレンを口実にして!)
それから沈黙が周囲を支配する、だが玲二の心の中では凄まじい葛藤が繰り広げられているのだろう。
やがて。
「結局…吾妻玲二も、ツヴァイも全部含めて俺なんだ」
だったら。
彼は戻れぬ定めに抗う決意を固めた。
(エレン、俺はもう1度だけファントムに戻るよ…これが今度こそ最後だ、そして無事に帰れたら
今度こそ本当の意味で君を守ってみせる、だから)
玲二はゆっくりと、しかししっかりと沙乃の引いたラインを踏み越えた。
それは彼が吾妻玲二からツヴァイに戻るためのスタートラインでもあった。
だが、もう彼の瞳に恐れは無かった。
この丘を登れば武器庫が見える。
【吾妻玲二@ファントム・オブ・インフェルノ(ニトロプラス) 狩 状態○ 所持品:S&W(残弾数不明)】
【原田沙乃@行殺!新撰組(ライアーソフト) 鬼(現在は狩) 状態○ 所持品:十文字槍 食料・医薬品等】
【ミュラ@ママトト(アリスソフト) 狩 状態○ 所持品:長剣 地図】
【リック@ママトト(アリスソフト) 狩 状態○ 所持品:戦斧】
(『満月の夜』〜『機神立つ』の間です)
359 :
存在証明:04/04/14 08:41 ID:gYSHk9Ey
訂正
>>350 ベレッタで番犬の全ての足を撃ち抜き、頭部を一撃で破壊できなかった場合、
もしかすると足を引き抜いて反撃してくる可能性を絶つ。
↓
エレンは即死させる事が出来なかった場合の事を考え、ベレッタで全ての足を撃ち抜いておく。
番犬の武器を封じるとベレッタの照準を頭部にあわせた。
「そんなに動いたら楽に殺して上げれないよ?」
あっけらかんとした口調で、ななかは命へと凶悪な爪を繰り出していた。
「……ねぇ、ちょっと本気なの?」
説得を試みながら、命は爪を交わしつづける。
柳生の者として、鍛えてきた体術が彼女の役に立つ。
ななかのスピードはすさまじいが、避けるだけなら何とかなりそうだ。
だが、ざっくりと裂かれた背中が痛みを増していく。
このまま続ければ、間違いなく命は追い詰められ殺される。
(何とかこの大筒を放つ機会があれば……)
しかし目の前には、休むことなくななかの爪が幾度も振り下ろされる。
「あっ!?」
命が後ろへ下がろうとしたその瞬間、彼女の足が木の根につまずいた。
「よしよし、これで楽にしてあげるね!」
彼女が倒れると同時にななかの爪が振り上げられる。
(十兵衛様……双厳!!)
振り上げられた爪を見た命は死を意識した。
パァン!!
一発の銃声が森に響いた。
「あぐぅぅ……!?」
命の目に右肩を抑えるななかの姿が映る。
「大丈夫か!?」
ななかを挟んで命の対面の木々の間で蓉子が銃を構えていた。
「忘れてた、親切な仲間が他にもいたよね」
右肩を抑えながら、蓉子を睨みつけるななか。
(今なら!!)
蓉子の作ってくれた隙を利用して、命は大筒を構えた。
「!? させない!!」
気付いたななかが咄嗟に彼女へ向けて再び爪を振り上げる。
「こっちを忘れてもらっては困る!!」
ななかが命へと意識を戻すと同時に蓉子が再び銃を撃った。
「ぐっ……、この!!」
背中に銃弾を受け、一瞬ひるむななか。
「点火!!」
その一瞬の隙をついて、大筒から通常弾が放たれた。
「うあああぁぁぁぁぁっぁぁぁ!!」
ななかの腹が拳大に大きく焼け爛れる。
肉の焦げた臭いが辺りに漂った。
常人よりも強力なボディだからこそ死なずに済んだのだ。
「あんただけでもォォォォォォ!!」
激痛に耐えながらななかが腕を振り上げる。
「くそ!!」
蓉子が続けて銃撃を2発背中に入れるも、ななかの動きは止まらなかった。
腹に受けた痛みが勝っていたのだ。
カーン!!
振り上げられたななかの腕が一本の刀によって押しとめられる。
「またせたな……」
命の後ろから双厳の手が伸びていた。
ななかは、手を引き後方へ下がり距離を取るも、後ろには蓉子が銃を構えており、
真正面には、大筒を持った命と双厳がいる。
「どういう状況下は解らんが……、敵であるなら容赦はしない」
刀を構えて双厳が前へ出る。
「ううう……」
3:1、しかも自分は大きくダメージを受けている。
「ん? なんだ?」
ふと双厳を含め、四人はここでやっと気付いた。
日が急速に落ちていた事を。
「なっ!?」
「覚えてなさい!! 絶対にあんた達は後で殺してやるから!!」
あっというまに目の前に広がる暗闇。
それに乗じて、ななかが走り去っていく。
「逃げたか……?」
闇に乗じて、襲われるかもしれない。
そう感じた三人は、再び日が戻るまで気を解く事はなかった。
【双厳@二重影(ケロQ)状態○ 装備品 日本刀(九字兼定) 狩】
【命@二重影(ケロQ)状態△(背中に裂き傷、疲労) 装備品 大筒 煙弾(2発) 通常弾(9発) 炸裂弾(3発) 狩】
【皇蓉子@ヤミと帽子と本の旅人(オービット)状態△(左腕骨折)
装備品 コルトガバメント(残弾16発)マガジン×2本 クナイ(本数不明) 招】
(行動目的 ヴィルヘルムを締め上げる)
【FM77/ななか@超昂天使エスカレイヤー(アリスソフト)狩 状態△(背中に銃痕、腹に火傷とダメージ) 所持品?】
(行動目的・全てに対して復讐)
「はぁはぁ……」
闇に乗じて、その場を脱出したななかは走っていた。
「見てなさい、絶対にみんな殺してやるんだから!!」
やがて、日が戻った時、ななかの目の前に片腕の男が現れた。
「追っ手!? いやでもあいつらとは違う気がする……」
ななかは、距離をおおいて様子を伺う。
「僕は君に危害を加えるつもりはない。 話を聞いてくれないかな?」
男は……、和樹はそうしてななかに話し始めた。
・…………
それから和樹は、交渉に入った。
ななかも手傷を負っていた為に、彼の話を聞いて様子をみようとしていた。
「ふ〜ん……、つまりあなた達に従えば犯人も解るってこと?」
「うん。
放送の通り、召還された人たちの中には、強い人の魂を取る危険分子がいるみたいなんだ。
多分、君のお姉さんも……」
「なるほどね……、じゃぁ比良坂初音は絶対に違うんだ?」
「彼女の性格上、絶対に有り得ないと思う。 中央の人間である僕が保証する」
「じゃぁ、あなた達と手を組めば、お姉さまの復讐もできるってわけね」
「それに君の安全は、僕が保証する。 だから……」
「わかったわ……」
そう言うとななかがにっこりとした笑顔で和樹の傍に近づいてくる。
「良かった。 それじゃ、僕と一緒に、……が!?」
ななかの爪が和樹の腹に突き刺さる。
「もう決めてるの。 この島にいる人は全部殺すってね。
だからあなたも殺す。
でもありがとう、あなたのおかげで大分情報が手に入った」
(しまった!! くそ!!)
不幸にも和樹は、ななかが命を襲うシーンを見ていなかった。
そしてななかが少女であった事が油断を誘い、災いした。
彼が捉えたのは、闇に乗じて走っていた彼女の姿。
もし、彼女がどんな人物であるかを知っていれば、無影のように仕留めにかかっていただろう。
(腹部損傷・……、損傷率60%突破。
でも僕はこのままじゃ死ねない!! こいつを野放しにしちゃダメだ!!)
「あら、アンドロイドだったのね……。
通りでこれで死なないはず」
「ぐが……」
和樹が悶える。
「でもこれでオシマイよ!!」
そしてななかは、もう片方の腕を和樹に向かって振り上げた。
「っ!?」
彼女が腕を動かそうとした時、それより早く和樹がサバイバルナイフを彼女の胸に突き立てた。
「この程度じゃ私は……あぁぁぁあああああぁぁぁぁ!?」
和樹から大量の電気が、電撃となって彼女の身体へ送り込まれる。
腹から、腕を通してナイフから……、持てる電力の全てを振り絞って和樹は、電撃を浴びせつづける。
「……あ、あんた、し、心中するつもり!?」
「君のような人を平気で殺せる殺戮者を野放しにする事はできない!!」
「……じょ、冗談でしょ。
私はまだ死ぬつもりは!!」
ななかは、腕を引き抜こうとする。
だが、ナイフを手放した和樹が彼女の腕を掴み離さない。
「は、離してよ!!
ああぁぁぁあああぁぁぁぁああああ!!!!!!」
「!?」
離せないと見たななかは、もう一方の腕を和樹へと振り上げる。
(ダメか……!?)
ボン、と音がしたと思うと、ななかの全身が発火し始める。
とうとう彼女の身体が耐熱の臨界点を超えたのだ。
「そんな……、お姉さま……」
和樹は、燃え尽きる彼女の腕を離した。
するとそのまま彼女は後ろへ倒れ崩れていく。
唯一、和樹の腹に突き刺さっていた爪だけを残して、ななかの身体は灰と消えていった。
「勝った……」
和樹は後味が悪かった。
確かに彼女は、殺戮者だった。
しかし、その要因は大切な人を殺されたからと言っていた。
もしかしたら、このように狂うことなく、
もしかしたら、再び正しい道へと戻れたのかもしれない。
だが、極限の状態で、和樹に選べる選択肢は一つしかなかった。
彼女を殺すか死ぬか。
末莉のために、和樹は死ぬわけにはいかなかった。
そして、彼が取った選択肢の結果が今ここにある。
(損傷率75%……行動不能、内部電力も残り少ない……。
このままいけば、間違いなく僕は死ぬ……。
あれ、僕は機械だ……、死ぬというのはおかしい。
メモリーさえ無事なら、修理できるはずなのに……)
「大分てこずったようだな」
「その声は……、ギーラッハさん」
倒れた和樹の傍に、十兵衛と闘い終えたギーラッハが姿を現した。
「悔やんでいるのか? 人を殺した事を?」
「……使命を果たしただけです」
「例え後悔したとしても、自分の選んだ道を信じた道を歩みぬくのが己の信義だ」
「…………」
「ふっ、その様子では動けんだろう。
ケルヴァン殿の元へ運べば良いかな?」
「ええ、修理して貰わないと無理ですね……、すみません」
「なに、気にするな。 己も少々休息が必要なのでな」
左腕で和樹を担ぎ上げるギーラッハ。
「右腕、使えないんですか?」
「強敵だった……。 その結果だ、誇りに思う」
敢えて、和樹は結末を聞かなかった。
語るギーラッハの顔を見て、聞かない方が良いだろうと判断したからだ。
彼もまた苦悩してるのだと和樹は、思った。
「この機にしばらくゆっくりと考える事だな」
和樹にそう呟くと、ギーラッハは彼を運び中央へと向かっていった。
【ギーラッハ@吸血殲鬼ヴェドゴニア(鬼) 状態:△(右腕は完全に接合するまでは力入らず) 装備:ビルドルヴ・フォーク(大剣)】
【友永和樹@"Hello,World" (鬼) 状態×(右腕欠損、腹部破損、行動不能)】
【FM77/ななか@超昂天使エスカレイヤー(アリスソフト)死亡】
突き動かされし慟哭
【遭遇戦〜満月】
生きる意味
【満月後、武士達の晩夏後〜】です。
『武〜、大丈夫?』
スピーカーのようなものがついているのか、くぐもった声が目の前の巨体から響いてくる。
「み、みこっ!? それ、なっ、バル……!?」
尊人なのか、それは何なんだ、バルジャーノン?
そう尋ねようとした武だが、しかし混乱のせいか口が回らないようだ。
『危なかったねぇ……。でももう大丈夫だから!』
ギギィ、と金属のこすれるような音を立てながら、巨体、バルジャーノンがアイの方へと向き直る。
『集音マイクのボリュームを全開にして探していたら、凄い音がしてまさかと思ったけど……。無事だったみたいで安心したよ』
「お、おい! その乗ってる奴何なんだよ!」
『あいつが敵だね? すぐに追い払うから!』
尊人は話を聞いているのか聞いていないのか、武の呼びかけに対していまいち微妙な応対をする。
「尊人、返事をしろよ! おい、ちょっと! 話を聞けぇ!」
武の叫びに、しかし尊人はもう返事を返さなかった。
変わりに手に持ったソードを掲げ、アイの動向に注視するかのように、バルジャーノンの『目』を向けている。
尊人が返事をしないのは声が聞こえていないわけではない、ただ話を聞いていないだけだ。
対するアイは、その光景を静かに見つめ続けていた。
時は少し遡る。
機体を操縦できる事が判ってから、一度尊人は機体の中から降りていた。
今はケルヴァンと今後の行動について話あっている。
「このあたりだ。少し前に私の元に届いた連絡では、白銀武はこの辺りにいる」
ケルヴァンが地図を広げながら、その中の一部分を指差した。
「現在位置と白銀の場所に印をつけていこう。機神の操者よ、これを持って仲間を助けにいくがいい」
「いいの?」
尊人の問いにケルヴァンが頷きで答える。
「このような地図などいくらでもある。徒歩ならば時間は掛かる距離だろうとも、その機神ならばそう時間はかかるまい。
さぁ、もう行け。私は白銀とその機神が戻るまでこの場で待っている、彼女達の事は任せてもらおうか」
尊人は一瞬冥夜達に目を向ける。
彼女もそれに気がついたのか、一度だけ大きく頷いた。
「……うん、判ったよ。それじゃ行ってくる!」
そうして尊人は、まるで学校に行くような返事をしながら、もう一度機神、バルジャーノンの中へ乗り込んだ。
「ブーストスイッチは……、ここか。よし!」
尊人がそのスイッチに手をかけると同時に、背中のノズルから火花と、突風が吹き出し始める。
「おお!」
ケルヴァンが思わず感嘆の呟きを漏らす。
冥夜、純夏はその光景を黙って見守っている。
三人の瞳が見守る中、バルジャーノンは空へと消えていった。
そして舞台は戻る
(……これは)
アイは心の中で呟く。
そして、目の前の巨体は今まで戦った人外の人間達に勝るとも劣らない、そんな事も考えていた。
(このままじゃ駄目ね……。仕方が無い、解いちゃったけどもう一度!)
アイは手に持っているロッドを目の前に掲げる。
「な、なんだ?」
武のそんな呟きを漏らしたのも無理は無い。
ロッドは触れてもいないというのに、空中に浮いたまま止まっていた。
アイが瞳を閉じる、同時にロッドに光の粒が集まってゆく。
「翼竜!」
アイが叫ぶと同時に、その瞳も開く。
「装填!」
光の粒がアイの身体を包み込んでいく。
そしてアイの身体が、服が、変化していった。
「これが……、変身か」
武がそう呟いた時、同時にアイの変身も完了した。
先ほどと同じプレッシャー、人という存在スレスレに立っていた者が、人という殻を破った存在。
「……」
アイがバルジャーノンに対して、睨み付けるような鋭い眼光を叩きつける。
バルジャーノンは、それを真正面から受け止める。
しばしの沈黙、そして。
「……行くよ?」
先に動いたのはアイだった。
先ほどまで纏っていた電撃は無い、しかし振るうたびに光の粒子が零れ落ちるロッドをバルジャーノンに向けながら、その巨体に向かって走っていく。
「やらせない!」
尊人が操縦レバーを動かす。
複雑な操作を、しかしバルジャーノンは的確に反映する。
二メートル以上はありそうな大剣と、アイの身の丈よりも小さいロッドが。
『いっけぇー!』
「くぅ……!」
火花を散らしてぶつかりあう。
一瞬の交差、そして。
「グッ!」
吹き飛ばされたのはアイの方だった。
しかしアイは吹き飛ばされながらも体制を整える。
ロッドの方に傷は無い、おそらくアイがロッドに与えた強化の魔力が功を奏したのだろう。
(真っ向からの力勝負はやはり不利か……。今の攻撃も何度も受けていたら危ない……。なら!」
「ん? 何だろう……、かみなり?」
尊人がアイの姿を見て呟く。
アイはロッドを片手に持ち、何事かを呟いている。
尊人は彼女が何をしようとしているのか理解できずに、一瞬その動きが止まった。
「尊人!」
その光景を見ていた武が叫び声を上げる。
「避けろ! 早く動け!」
「えっ、何!?」
武の叫びと同時に尊人が急いでレバーを動かす。
しかしそれは一瞬だけ遅かった。
「いかづちよ!」
アイがロッドを地面に突き立てる。
同時にその先端から地面を這うような雷の鞭がバルジャーノンに向かって襲い掛かっていく。
「う、うわぁぁぁ……!」
恐慌に落ちたかのような尊人の声が辺りに響く。
鞭は機体に絡みつきながら、電撃をそのボディに与え続ける。
鉄のような機体のボディが、プスプスと煙を上げ始めてくる。
「尊人! 空だ、空に行け!」
「そ、空……?」
絶縁処理がされているのか、中の人間にまでは電撃が届かないようだ。
混乱したまま、ただ武の声に従うようにバーニアを使い、空へと逃げ出す。
「チッ……!」
アイが武の方に視線を向けて、小さく舌打ちをする。
武が声を掛けなければ、あるいは脱出方法を乗り手に教える事が無ければ。
アイの魔法があの機体を逃す事は無かっただろう。
「尊人! 降りてきて俺と代われ! それには俺が乗る!」
空中に飛ぶバルジャーノンに向けて言葉を続ける。
先ほど言っていた集音マイクの音量を変えていなかったのだろう、空の上にいる尊人にもその声が聞こえていた。
「武に……?」
武の狙いはこうだ。
アイの戦い方、そして実戦経験という意味で、尊人よりも自分が戦った方がいい、そんな判断。
そしてもう一つ。
「お前の使用機体はっ! 射撃重視だろ! ソードだけしか武器が無いなら、俺の方が向いている!」
つまりはそういう事だ。
尊人は機体が置かれていた場所から銃器を手にしないまま、武の元へと飛び去った。
故に武装はソードのみ、それは先ほどからの光景を見ているだけだった武にも理解できたのだろう。
『……判った!』
尊人の乗る機体が武の元に降り立つと、そのまま方膝を地面に立てて態勢を取る。
そしてハッチが開き、中から尊人が現れると、武に向かって叫んだ。
「武! ここから中に……!」
「判ったぁ!」
武も機体に向けて走り出す。
「……させない」
しかし、それを阻止しようとアイも武に向けて走る。
その速さはやはり人外。
機体をよじ登るのに手間取っている武と、今にも襲い掛かってくるかというアイ。
このままでは、アイの方が一足早く、武の元へ到達するだろう。
「武の元には行かせない!」
先に地面に降り立った尊人がアイの進行を阻止しようとするが、アイが軽く腕を一振りするだけで、小柄な尊人の身体が吹き飛んだ。
「邪魔しないで!」
アイの手が武に向かう。
「う、ぁぁぁ!」
そして叫び声が上がる。
叫び声を上げたのは。
「あ、綾峰! 助かった!」
アイの方だった、阻止したのは痺れがとけたのだろう、弓を掲げた綾峰慧。
完全な不意打ちだったのだろう、直撃こそ避けられたものの、アイはバランスを崩し、機体の上から転げ落ちた。
「よし!」
武がハッチを占めて、その中で雄たけびをあげる。
「動かし方はゲーム開始と同じ。操縦方法はゲーム内容と同じ、か。なんて機体だよ、これは!」
アイは受身を取り、既に機体から離れている。
(……頃合、か)
手の内が判らないうちにあの機体を破壊するべきだった。
絶対的な体力差のあるアイとバルジャーノン。
既に疲労困憊であるアイと、ソードのみとはいえ、尋常でない出力と、さらに先ほどまでアイを苦戦させていた男が機体に乗り込んだという事実。
アイは、身を翻し、森の奥へと消えていった。
「さぁ、第二ラウンドの始ま……り……。……逃げるなよ……」
どこか悔しそうに武が呟く。
武の準備が済んだ時、その場からはもうアイの姿は消え去っていた。
「……待っていたの?」
アイが芹沢の待つ元へと戻る。
「遅かったねぇ。ずいぶんとすっきりとした表情になって」
何処か嬉しそうな、しかし悪戯を思いついたかのような笑みを浮かべながら、芹沢が声を掛ける。
「すっきり……? うん、そうかもしれない」
狩る者、としてではなく、戦士として戦った充実感。
仲間を守る為に戦いを決意した男と、愛すべき男を戦場に呼び込まない為に戦い続ける女、その親近感故か。
「あらあらあらあら……」
にやぁ、と芹沢はどこか嫌らしそうな笑みを浮かべる。
「どうしたの?」
「いやぁ、羨ましいなって……。私もすっきりしたいなぁ、なんてね」
アイが一人で納得している芹沢を見て、困惑の表情を浮かべる。
「まぁ、ともかくもうすぐ中央、頑張っていきましょう」
アイが別れる前と同じ言葉をもう一度口にする。
それに対して、アイは。
「……そうね……」
一言だけポツリと返事を返した。
それを聞いてニヤニヤした笑いをさらに強くした芹沢と、その様子を見て怪訝そうな表情を浮かべるアイ。
そんな二人は、また先ほどまでと同じように、中央に向けてその歩みを進めていくのだった。
「あれ? そういえば、アイちゃん。何か服が汚れていない?」
「……」
しかし、アイが芹沢の軽口に対してまともに返事を返したのは、先ほどの一言のみだった事は、言うまでも無いだろう。
【白銀 武 マブラヴ age ○ サブマシンガン、ハンドガン、共に残弾0 (バルジャーノン騎乗、装備はソードのみ)招 目的:九朗を追う>仲間を守る】
【綾峰 慧 マブラヴ age ○ 弓 矢残り7本 狩 目的:九朗を追う>とりあえず、仲間と合流】
【アイ@魔法少女アイ(color) 鬼 状態:△(腹部に一時的なダメージ)+疲労 装備:ロッド 白銀組捕獲>中央へ】
【鎧衣 尊人 マブラヴ age 状 ○持ち物 ハンドガン 装填数 20発 狩】
【カモミール芹沢 @行殺!新撰組 (ライアーソフト)鬼 状態: ○ 装備:鉄扇】
【スタンス:中央で男の摘み食いでもしようかな〜。カモちゃん砲を取ってきて暴れるぞ〜+あの娘の○○が終わったし中央に行こう、ニヤ(・∀・)ニヤ】
【鑑 純夏 マブラヴ age 状 ○持ち物 ハンドガン(あの後貰った) 装填数 20発 狩】
【御剣 冥夜 マブラヴ age 状態 ○ 持ち物 刀 狩】
【ケルヴァン:所持品:ロングソード 地図 状態△(魔力消耗) 鬼】
時間 遅れてきたモノ、の続き。
時間的には、決意を胸に、から十数分から数十分、という所。
補足。
矢は拾いました>描写抜き
なので、数は変わらず…
375 :
情報戦:04/04/15 22:06 ID:3lUBGLO7
「ふむ、戻ってくるまでの間、お茶でも飲むかね?」
施設に残った二人にケルヴァンがお茶を進める。
「すみません、色々気遣ってもらって……」
純夏が彼の誘いを受ける。
「其方はいるかね?」
当初から彼のこの一連の行動の裏には、きっと何かがあると冥夜は踏んでいる。
少し間を空けて、彼女も返答をする。
「……かたじけない」
(少なくとも今敢えて敵対する理由はないだろう)
二人の返答を聞き終えると、
ケルヴァンは、奥へ行くと警備兵用のSETを持ち出してきた。
「すまんな……、このような場所には中央と違ってそれようの使いのものはいないのだ」
コポコポとカップへお湯を注ぐと、二人へ手渡す。
「遅くとも一時間もすれば帰ってこれる距離だろう、安心したまえ」
椅子に腰掛けるとカップに口をつけ、三人は、紅茶を飲み下す。
「でも、こんな施設よく目立ちませんね……」
一息ついて純夏が話し掛けた。
「ああ、中央の結果とまではいかないが、気付きにくくする術はかけてあるのでね。
人が道端に落ちてるただの小石を気にかけないのと同じように
この施設を気に止めないようにする術だ」
「い、石コロ帽子みたいですね……」
「それが何かは知らないが、まぁそんなところだ。
と言っても術に精通したものやかかりにくいものも当然いるのでね。
それに余り術の効果を大きくしても、今度は内部のものにも気付かれる可能性が高くなる。
だから警備の兵もそれなりにいるわけだよ」
「はぁ……」
冥夜は、理解できていたが、難しい話を聞いた純夏は、さっぱりという顔を示していた。
376 :
情報戦:04/04/15 22:07 ID:3lUBGLO7
「ケルヴァン様!!」
奥から警備兵の一人が彼の元に駆け寄ってきた。
「なんだ?」
「あなた様の使い魔がきておるのですが……」
ケルヴァンが情報収集に使っている伝言に通信役ともなるおなじみの使い魔である。
「ふむ……、失礼、そう言うわけだ。 ちょっと席を外させてもらう」
そのまま彼は、席を経ち使い魔の待つ個室へと向かった。
外のものを追い払うと個室で使い魔から彼は火急の情報を受け取る。
(む、北の結界装置に襲撃者有り。
それをユプシロンが撃退との事だが……。
鑑識の結果が妙だな。 壊すのではなく、何かを弄っていたようだとあるが……、まさか!?)
調査をした彼の配下の者からの報告によると壊そうとした後は何もなく。
なぜか、後付けされた放送用の機器が弄られた痕跡があるという事である。
智将であるケルヴァンの頭に嫌な考えがよぎる。
(だが、そんな事ができそうな者がいるだろうか……、いや確定しているので二人いる!!)
彼の頭にまっすぐに浮かんだ人物はナナス。
そして科学の道に詳しい技術者としての腕も高い江ノ尾忠介。
他にも現在動いているイレギュラーな数人の中にも可能なものがいるかもしれない。
(まずい!! 起こった時刻は、私が移動していた時。
既に一時間は確実に経っているではないか!!
くっ、中央にいれば早々に対応できたものを……、いや後悔するのは後だ、対策を立てねば)
ナナス達が何をやろうとしたのか、寄せられた情報だけでほぼ判断したケルヴァンもまた智将といって差し支えないだろう。
(まてよ……、あれは音ではなく魔力による放送だ。
それを何とか逆手に取れないだろうか……、そうだ、そう言う方法があるか!!
クックックック……、それならば此方にもやりようがある)
持ち前の機転のよさで彼は直ぐに考えを決めた。
377 :
情報戦:04/04/15 22:08 ID:3lUBGLO7
(放送を行なった場合、中央からジャミングが自動的にかかるようにし、
魔力資質者以外にしか聞こえないようにする。
この方法ならば、感知するセンサーは中央のものであるから外部から阻害される事も気付かれる事もないはない。
恐らく大混乱が予想されるだろうな……。
この状況下で、魔力資質者以外に聞こえるということ!!
それは罠としかとれなくなる自殺行為となる。
後は、一網打尽にしてやればよい)
我ながら名案だと考えながら、ケルヴァンは続けて思念波で渡される情報を読む。
(中央に従うものが来ただと?
まさかあの放送でヴィルヘルムに従う者が本当にいたとは……。
だが、まぁ彼のような奇人が現にいるのだ。
類は友を呼ぶと言う事もあるしな……、なに、山本悪司!?)
勿論、悪司の身に何が起こったかの情報は前に届いている。
(他のものは、これといって反逆する要因もそのような行為を取った前例がないから有りえるかもしれん。
だが、こいつはどう考えてもよく中央に入れたなとしか思えんな。
意外に軟弱な男だったのだろうか? 危険因子は即排除したい所だが、
前回、少々やりすぎて一辺に三人を消してしまったからな。
これ以上迂闊な行動に出ると私の身が危なくなる。
現状では、彼への監視はきつくするくらいしかできんな)
ケルヴァンから配下への伝令を受け取ると、使い魔は再び元の仕事に戻るため後をした。
しかし、九郎は、中央に来て直ぐに奏子の部屋にいったため、
他のものが知る事がなく、情報が隠れされてしまっていた。
ドライが担いでいた時も、横から見れば仲間の負傷者を回収くらいにしか見えなかったのだから。
「おっと、少し時間がかかりすぎたな。
彼女達の所に戻るとするか……」
378 :
情報戦:04/04/15 22:09 ID:3lUBGLO7
【鑑 純夏 マブラヴ age 状態 ○ 持ち物 なし 狩】
【御剣 冥夜 マブラヴ age 状態 ○ 持ち物 刀 狩】
【ケルヴァン:所持品:ロングソード 地図 状態△(魔力消耗気味) 鬼】
ケルヴァンは細工と神風の件から大分経ってるのである程度回復したと見て気味にしました。
【機神立つ〜始まり、終わる】
「こんなところに女いるのかぁ」
本来誰も近寄らない敷地の隅の植込み、そのさらに片隅に縮こまるように隠れるカトラとスタリオン
「数日前だったでやんすかねぇ、つい飲み過ぎてしまって」
カトラは数日前の出来事を思い出す、トイレを探し千鳥足で庭をさまようカトラ、
何時の間にか迷子になってしまっていた…、仕方が無いなと立ちションに及ぼうとしたその時だった。
ケルヴァンを先頭に数人が何かを抱えてこちらにやってくる、とっさに隠れるカトラ
ケルヴァンらはカトラには気がつかず、そのまま空間に向かい手をかざし何事かを呟く
と、空間に何やら紋章のようなものが現れ、そして彼らはその中に消えていったのだった。
「なるほどなぁ、しかしおめぇ、骨なのにトイレに行くんだな」
「そういうところに感心されても…」
「それより女!女が出てこねぇぞ!!」
カトラをせかすスタリオン…
「そいつらが抱えていたケースの中に入っていたんでやんすよ」
とカトラが言った時、いきなり空間が開きそこから一人の男が姿を現したのだった。
世の中には巡り合わせというものが存在する。
このロードヴァンパイアの監視を任かされていたのは3人、ドレッドへアの大男とヒゲをたくわえた魔法使い
それから白衣の青年だ。
いずれもケルヴァン選りすぐりの優秀な部下でもある。
「会議の時間だな…」
リーダーであるドレッドヘアはひとまず外に出る様子だ。
「占いだと悪い卦が出ておる、今日は欠席させてもらってはどうかのう?」
ヒゲはドレッドへアに尋ねる。
「おっしゃる事も最もですが…闇魔法学会に任せているわけにはいきませんから」
白衣がヒゲに向かって反論する、このままではケルヴァンの負担が増大するばかりだ、
したがって彼の部下たちは自主的にミーティングを開き、状況を報告、検討し合う事で
少しでも彼の負担を減らそうと対策を考えているのだ。
闇魔法学会…その実体はヴィルヘルムが魔法さえ使えればその経歴・人格等は一切不問という
方針の元にスカウトした連中だ、したがってそのマンパワーは知れたものだ。
まぁ魔法のみに絶対の価値を置き、それ以外の価値観を一切認めないと評判のヴィルヘルムには、
所詮その程度の連中しか尻尾を振ってくれないのかもしれないのだろう。
それはそれで哀れな奴だなと彼らは思った。
「あくまでも噂だが…ヴィルヘルムの究極の目的は魔法を使えない民をすべて地上から根絶やしに
することらしい、そうなればまずはお前だな」
ドレッドヘアは白衣に向かって悪戯っぽく笑う。
「そんな奴の片棒は担ぐなと皆忠告したんですけどね…」
「ま、ここまで来た以上俺らはケルヴァン様のタメに最後まで働くまでよ、じゃあ行ってくるぜ」
こうしてドレッドヘアは結界から要塞内部の会議室へと向かったのであった、
そしてその一部始終はしっかりとカトラとスタリオン両名に見られてしまっていた。
「おい見たか…とりあえずあの野郎を締め上げてだな」
「ダメでやんすよ…あのチリチリ頭はかなり腕が立つって評判でやんすよ」
血気にはやるスタリンを止めるカトラ。
「とにかくこの辺りだったよな」
紋章が現れた地点に移動するカトラとスタリオン…手探りで調べるが空を切るばかりだ。
しかしその時だった。
「待ってくれ、忘れ物だぞい」
ドレッドヘアを追ってヒゲがひょいと結界の外に顔を覗かしたのだ、そしてそれはまさに彼らの目の前だった。
間髪いれずスタリオンのパンチがヒゲのみぞおちに突き刺さった、馬の馬鹿力でパンチを食らえば一溜まりもない。
「くえ」
そう一声うめくとヒゲはばったりと倒れ伏す、しかも彼の身体の一部がまだ結界内部にあったために、
結界は閉じられず、出入りが自由に出来る状態になってしまっていた。
そしてカトラとスタリオンはヒゲの身体をひきずりながら中に入っていったのだった。
「だれ…」
ヒゲの後を追ってきた白衣もスタリオンのパンチをまともに受けてしまい、そのまま廊下に倒れてしまう。
そして2人は無人の廊下を進んでいく、と目の前に大広間が広がっている、床全体に巨大な魔方陣が描かれていた。
魔方陣の中央、そこに安置された透明なケースの中に緑の髪の毛の美女が横たわっていた。
「あの野郎!こんないい女囲ってやがったか…いいね、いいねぇ」
スタリオンはホクホク顔で魔方陣の中へと入っていく。
「やめてください…それは君らが手を出していいものなどでは…」
脳震盪で朦朧状態の白衣がスタリオンの足にしがみついて抑止しようとするが、簡単に蹴り飛ばされてしまう。
「こいつを盾にしてこっから脱出だぜ、とその前に」
「まずは味見だぜ」
スタリオンはケースを開こうとするが開かない、見ると拘束用の呪符が所々に張りつけてある。
「用心が行き届いているでやんすね」
「んなことに感心してどうなるんだ、とにかく剥がすぞ」
片腕が使えないにも関わらずスタリオンは呪符を次々と剥がしていく、
そして中に安置されていた美女がゆっくりと目を開け、ケースが開け放たれる、
その半裸に近い薄布を纏った美しい立ち姿に2人は暫し息を呑んだ。
「おい…おれは犯るぞ、こんないい女逃がす道理はねぇよな」
スタリオンは片腕で起用にズボンを脱いでいく、それを見ても美女は動じようとはしない。
「へっへへ、今俺の自慢のコイツで天国見せてやっからよ、待ってな」
スタリオンの軽口は聞こえていないのだろうか?美女はのろのろとスタリオンに近づいていく。
「待ちきれないってか…積極的だねぇ」
美女はそのままスタリオンの肩を抱くように手を伸ばす、そして…。
その美女は、ロードヴァンパイア、リァノーンはいきなりスタリオンの喉にその牙を突きたてたのだった。
いきなりのそれに悲鳴を上げる事もできず、ぱくぱくと口を開閉させるスタリオン…やがて終わったのだろうか
リァノーンはスタリオンの身体から離れ、ふらりと外へと向かっていった。
「大丈夫でやんすかぁ」
返事が無い…カトラはリァノーンには構わずスタリオンを介抱してやろうとするが、その身体にさわった途端、
慌てて手を引っ込める…熱い、まるで焼けた火箸のようだ。
そしてばちばちと何やらスタリオンの身体から異様な音が聞こえる。
「あつぃ…あちぃよ…ううう…うわぁぁぁぁぁぁぁ」
変化は劇的だった…叫びにならない叫びを上げ、スタリオンの身体が変質していく、
人間を遥かに上回る魔族の肉体とヴァンパイアヴィルスの結合、それは最悪の組み合わせだった。
結果…彼は一気に最終段階までをも通りぬけ、いわゆるキメラヴァンプとなってしまったのだった。
「ぐるるるう」
今やスタリオンはかろうじて馬だと分かる、それくらいの変わり果てた姿になってしまっていた。
そして身体だけではなく心までも異形に蝕まれてしまったようだ。
「やめる…やめるでやんす…ぎゃあああ」
異形の姿と化したスタリオンの手によりカトラの肩骨が握りつぶされる。
ぐるるとスタリオンの口から唸り声が漏れる、そして端には馬にはあまりにも不似合いな牙が生えている。
それをもって彼はためらうことなく、親友カトラの喉に噛みついたのだった。
バキバキと自分の身体が砕け、崩れていくのが分かる…自分は死ぬのだ。
だが、それでもカトラはスタリオンを親友を恨みはしなかった、狂気に侵かされた親友の目に光る涙を、
カトラは見逃してはなかったからだ。
「最後まで…世話ぁ…やかせるでやんす…ねぇ」
見納めとばかりに変わり果てた親友の姿を、カトラはしっかりと目に焼き付ける。
「それでも…あっしらダチで……やんすから、恨んだりはしないでやんすよ」
(いつかあの世で出会えたら、またバカ一杯やれるといいでやんすね)
そしてカトラは…死んだ。
「なんちゅうことだ…」
惨劇の残りカスを一瞥して目をそらすドレッドヘアとヒゲ、彼は忘れ物を取りに戻ってきたのだ。
それにいきなり満月になったのも、対策は十二分に立てているとはいえ気がかりだった。
案の定結界に入ると、おそらく途中でまた昼に戻りそのため力尽きたのだろう、
リァノーンが出口寸前で倒れ伏していた。
そして今、ドレッドヘアの手には気を失ったリァノーンが抱えられている、その足元では。
「俺…俺…おれぇ」
ようやく正気を取り戻したのだろう…変わり果てた姿のスタリオンが、カトラの残骸をかき集めながら呟く。
「何も言うな…」
悲痛な表情のドレッドヘア、こいつらは確かにバカでスケベで闇魔法学会の連中以下の役立たずだったが…
だが、愉快な奴らだったと、友達として出会えたならばいい付き合いが出来ただろうと自信を持って言える。
だからこんな最後は余りにも惨過ぎるように思えた。
くげげ…と一声吠えるとまたスタリオンが苦しみ始め、またその身体が変質していく。
もう長くは無い…魔族の肉体とヴァンパイアウィルスとが激しく競合し、拒絶反応を起こしているのだ。
「兄ちゃん…頼みがあんだけど…よ、聞いてくれねぇか」
「言えよ…」
「死なせて…くれ」
「待てよ!俺がケルヴァン様に頼んでやる!!このままでも生きていけるようにしてやることもできる!!」
だがスタリオンはかすかにしかしはっきりと首を横に振った。
「ありがとよ、でもダチ殺してまで俺一人生きるわけにはいかねぇよ」
泣きながら頼むスタリオン、その涙は死への恐怖か、生きる苦しみか?
それとも親友への懺悔かは分からなかったが・・・。
「無理するな…」
ドレッドヘアはスタリオンが…いやスタリオンだった何かの身体が死への恐怖に震えているのを
見逃してはいなかった。
「ああ、だから…死なせてくれ」
「俺には出来ない…だが外に出ればすぐにお前の身体は灰になる、その代わりものすごく苦しいぞ」
「あんがとよ、へへカトラよお、最後まで迷惑かけっぱなしでホントに悪かったな」
それを聞き、カトラの残骸を抱えたまま外へ出るスタリオン。
威勢のいい言葉と裏腹に、その足はがくがくと震えている、しかしそれでも彼は歩みを止めようとはしなかった。
結界をあけるべきか否か白衣は迷っていたが、ドレッドヘアが彼に代わり無言で結界を開けてやる。
そして陽光を浴びてスタリオンの身体が燃えるように灰になっていく、
全身を灼かれる苦痛にのたうつスタリオン…しかしそれでも彼はまるで早く己の身体を焼き尽くせといわんばかりに
太陽に向かって立ちはだかる。
「これ…ぐれぇ、これしきで…カトラの野郎に申し訳がたたねぇよ」
親友の苦しみの分だけ、彼もまた苦しもうとしていた、彼が死ぬ他に罪を償う方法はそれしか思いつかなかったのだ。
「またあの世でも迷惑かけちまうけどよ…俺ァお前がいないとやっぱダメなんだよ」
物言わぬ残骸に語りかけるスタリオン。
「俺たちマブダチで名コンビ…だもんな」
そしてスタリオンの身体は骨まで残さず灰になったのであった。
「ケルヴァン様に報告を…」
白衣が慌てて通信機へと向かう。
「ダメださっきから繋がらん、軽挙はあの人の悪い癖だからな、だから俺らが必要なんだ」
「とにかくだ、俺たちの役目はあくまでもこのロードヴァンパイアの監視とデータ収集だ、
そこんとこを忘れるなよ、とまずはさし当たって」
ドレッドヘアはロッカーから掃除道具を取り出す。
「一切の痕跡を残すな、ここであったことはケルヴァン様以外には口外するな」
【カトラ・スタリオン 死亡】
(満月〜機神立つの間の時間に発生)