優勝者最萌トーナメント対策・支援スレ

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「はじめてのぶどうがり 〜ぶどうふみふみ♪〜」

 数十分の後。お皿の上のぶどうが大方無くなるころに、双子はそれなりに満足した
ようだった。双子の唾液とぶどうの汁で、いい加減痺れたようになった口をぬぐって
いると、不意に澄んだ鐘の音が響いてきた。カランッカラ〜ンという、カウ・ベルの様
な音だ。
 「皆さ〜ん! 『ぶどう踏み』がはじまりますよーっ!」
 農園の人の声が遠くから聞こえてきた。
 すかさず、双子が反応する。僕も疲れちゃったので(休憩に来てどうして疲れるの
か、とても納得いかないが)、「ぶどう踏み」を見物することにした。
 休憩所近くの建物をぐるっと回り込んだ。そこは、広い中庭のようになっていた。
 手入れされた芝地に、こちらは観賞用のぶどう棚が作られている。芝地の周りに、
ススキやアキノキリンソウが茂って揺れていた。建物の側にある花壇には、白と黄
の小ぶりなキクが一面に咲きこぼれて香っている。
 ぶどう棚の近くに大きな「ぶどう踏み」用の桶が三つ据えてあった。ワインの仕込
に使う奴だ。最近はここのようなぶどうの産地で、イベントとしても実施されている。
僕も以前、どこかで見たことがあった。周りには観光客やこの近くの人だろうか、既
にパラパラと人が集まっていた。桶の傍らには、ヨーロッパの民族衣装を思わせる
コスチュームを身に着けた「ぶどう踏み娘」らしい女性たちと、農園の人が準備を
している。その脇に固まっている子供連れは、後で「ぶどう踏み」に挑戦する人たち
だろう。
 ゆうなちゃんと まいなちゃんは、「ぶどう踏み」ははじめて見るようだ。わくわくした
面持ちで、見物の輪に加わる。
 間もなく、軽快なアコーディオンの曲が流れ出し、それに合わせて桶に立った女性
がステップも軽く、「ぶどう踏み」を披露し始めた。
 どこかヨーロッパの村のダンスを見ているような、楽しげな広場にぶどうを踏む音
とぶどうの濃い芳香が満ち溢れる。
 いつの間にか、ゆうなちゃんと まいなちゃんも、曲に合わせて手拍子を打ったり
していた。聞いたばかりの「ぶどう踏みの歌」を、うろ覚えに口ずさんだりもしている。
 「わぁ〜。あの人たち楽しそうね、お兄ちゃん」
 「ふぇぇ。あのお洋服、かわいいね、おにいちゃん」
 二人の笑顔に、僕もにっこりと応える。すると、近くに居た初老の男性がよく通る
声で話しかけてきた。
 「わっはっはっ、楽しいかい、お譲ちゃんたち?」
 「「ええ! とぉーっても♪」」
 双子は満面の笑みで答える。
 「そりゃあ嬉しいね! じゃあ、一つやってみるかね?」
 「え? やらせてくれるの?」
 「えへへ〜! ゆうな、あのお洋服、着たいなぁ」
 「いいともさ。おお〜い、かあさんや、このお嬢ちゃんたちもやってくれるとさ!」
 男性の声に応えて、向こうで話し込んでいた小太りの小母さんがやってくる。小母
さんは、素朴な笑顔で双子を招くと、自分の孫を抱きかかえるように二人の背中を
包んで建物のほうへと連れて行った。
 どうやらここの農園主さんたちだったようだ。聞いてみると、この後にお客さんが
参加する「ぶどう踏み」の時間になるのだが、今日はまだ定員に空きがあったので
声をかけてくれたらしい。ラッキーだったかな。
 他のお客さんたちの「ぶどう踏み」を眺めながら、農園主さんと世間話をしている
と、ふいに後ろから声がかかった。
 「「お、おにいちゃん…」」
 双子の声に振り返ったぼくは、思わず目を瞠った。
 「どう? まいなたち、に、似合うかな?」
 「ふぇ…」
 かすかにほっぺたを赤らめる ゆうなちゃんと まいなちゃん。二人は「ぶどう踏み娘」
が着ていたものをそのまま小さくした、お揃いの服を着ていた。
 真っ白な、少し膨らんだ袖付きのブラウス。黒地に刺繍の入ったベスト。赤ワイン色
のゆったりと厚手のスカート。そして、まいなちゃんの長い髪もくるくると纏め上げられ、
二人の頭には綺麗な色のスカーフが巻かれている。
 「ほ、ほんとに…、ゆうなちゃんと まいなちゃん?」
 か、かわぇえええっ! 来てよかった! それは、少し古びていたが、あつらえた様に
二人に似合っている。
 「ほっほぅ…、こ、こりゃ…」
 農園主さんが、僕の横で驚きの声を上げる。この服は、自分の娘たちが小さい頃に
着たものだ、ということだ。二人を着替えさせてくれた小母さんも後ろでニコニコしてい
る。子供の面影を、二人の姿に重ねているのだろうか。
 上機嫌の農園主夫婦に手を引かれて、はにかんだままの双子が桶の傍らに導かれ
ていく。素足になって、消毒液を入れたらしい小さめの桶で脚を洗う。更に澄んだ水で
ていねいに消毒液もすすぎ落としていた。衛生には気を遣ってるみたいだな。感心。
 双子の、乳白色の細い脚が、揃って「ぶどう踏み」の大桶に差し入れられる。
 「ふえっ!?」
 「きゃっ♪」
 はじめての感触に、二人は小さく歓声を上げた。
 双子がゆっくりと桶の真ん中に足を下ろす。
 「えへ」
 「んに」
 胸元で手を取り合ったまま、双子はお互いの顔を見てにへらっと笑った。
 合図の声とともに再び音楽が流れはじめる。
 「えいっ、えいっ」
 「んしょ、んしょ…あれ?」
 曲のリズムに合わせて足踏みしていた双子だが、なかなかうまくぶどうを潰せない
らしい。………軽すぎたんだ、二人とも。
 「んにぃ…えーいっ、ひゃん!」
 思いっきり足を踏み下ろした ゆうなちゃんが、素っ頓狂な悲鳴を上げる。あ。もし
かして、ゆうなちゃん…、嵌ってる。
 「お、おにいちゃん!」
 僕は慌てて二人の桶に駆けつけた。中に落ち込まないように、桶の縁に手をつき、
もう一方の腕でゆうなちゃんの腰を掴んで引っ張る。
 ずぽっ!
 「ふえっ!」
 足が抜けた拍子にバランスを崩した ゆうなちゃんが、低くしていた僕の頭にしがみ
ついた。うわ、ちょ、ちょっと。
 「ううーん、ぶどうが滑って、まいなたち うまく潰せないよ…。そうだ! お兄ちゃん、
 そのままにしててね」
 そう言うと、まいなちゃんまで僕の頭をしっかりと抱きしめた。…、前が見えない…。
 「うんー。これなら ゆうなも、足、はまったりしないよう」
 二人は、両側から僕の頭をそれぞれのお腹に押し付けるように抱きとめ、それを
支えにして元気に「ぶどう踏み」を再開する。…動けない。
 「えいっ、えいっ♪」
 ぐっちょぐっちょ、ぷちゅっ!
 「んしょ、んしょ♪」
 ぬっちょずりゅ〜、ぴちょん!
 その光景に、周りの人々から喝采が起こった。おい、僕の立場はいったい…。
 と、演奏されていた曲までが別のものに変わり、更にテンポ感のある旋律と、おど
けた歌が場を盛り上げた。
 ♪ だんなだんな 見てくだせぇ♪ ♪ おらの娘っこ 村一番の器量よし♪…。
 双子が元気にぶどうを踏む桶の周りで、賑やかな時間が流れていった。
 ………。 こ、腰が、痺れてきた。     (まだつづくw)