教室。
「え? 今時の女の娘が好きそうなもの? さくっち、誰かに貢ぐの?」
「こらこら。星崎よ。嫌らしい言い方するもんじゃありません。普段お世話になっている隣人
に、常日頃の恩返しをしたいだけです。かの人もおっしゃっているでしょう。汝の隣人を
愛しなさいと。それこそが、円満に日常生活を送るための心の潤滑油となるのです」
「あー。つまり。隣に住む女の娘の誕生日にプレゼントしたいけど、何を贈ったらいいか判らず
って? 普段女性に縁のない寂しい坊やとしては、是非とも意見を伺いたい、と」
「ち、ちちち、違いますっ。俗世とはかけ離れた生活を送っている高貴な人間として、ここは
庶民の忌憚ない意見を尊重しようという、この紳士の配慮が何故判らんっ。八重樫よ、おのれ
は先ず、慎みという言葉を覚えなさい。心の真と書いて、慎み。ああ、なんて、素晴らしき
かな日本語」
「ふーん。普段お世話になってる級友の誕生日は祝えなくても、お隣さんの誕生日は祝える
んだ?」
「これ。女。誤解を招くような発言をするでない。そもそも、おまえの誕生日の時には、知り
合ってすらいなかったはず……っていうか、星崎の誕生日いつよ?」
「新学期の前の日。さくっちとクレープ屋さんの前で会ったよ?」
「あのな。初対面の人間に誕生日プレゼントをあげる生き物が何処にいる? 寧ろ怖いわっ」
「や、去年、私も祝ってもらった記憶ないけど?」
「はっはっは。寝言いっちゃいけませんよ。八重樫さん。いくら奇妙奇天烈馬鹿二人の異名を
とる、この桜井舞人でも、同性の誕生日を祝うほど酔狂じゃなっ――はぐぅっ!」
「凄い。八重ちゃん。今、手の動き見えなかったよ」
「舞人。自業自得だな……」
「ぐ……。もういい。使えない女どもには用はない。やはり、ここは相楽先生の出番ですな。
いよっ、桜坂学園を代表するスケコマシっ。憎いよっ、色情狂っ!」
「おまえ……。人に訊くつもりないだろ?」
「いやいや。その女性に向ける情よ……もとい、情『熱』だけは、ある意味尊敬に値するぞ。
俺には、とても見習えない」
「……まあ、いいや。で、女性の喜びそうなものだっけ? そうだなあ、一般論で言うと、
質屋で高値で取引されるものなんかは、喜ぶ人は多いぞ」
「うわっ。やめてくれ。そんな恐ろしく生々しい情報は聞きたくない。第一、青葉ちゃんは、
そんな娘じゃない……と、思う、……かな?」
「……」「……」
「な、なんだね、きみたち、その眼は?」
「や、べつにー」
「ねぇ」
「なんか、死ぬほど腹立たしいんですが?」
「ま、それはともかく。女性に縁のない男って、女性に対して極度に幻想を抱いているか、あの
葡萄は酸っぱいに違いないっていう、両極端なタイプに分かれやすいから。舞人って、一見、
後者っぽいけど、一旦、惚れた女性にはとことんのめり込みそうな雰囲気漂ってるし。今の
うちから、ある種の警鐘を込めて、な」
「ばっ、根本的に前提部分がおかしいだろうっ! それに幻想のゲの字も抱いてないっつうの。
星崎が、いろんな男に同じブランド品貢がせて、一つだけ使ってあとは質屋に売っぱらって
小銭稼いでても全然驚かないし。八重樫が『や、私、寧ろ商品券でくれると嬉しいんだけど?
あ、現金でも全然いいし。ちなみに愛情のバロメータとして受け取るから』とかほざいて
ても、逆に納得するっていうのっ!」
「あー、ひっどーいっ! 私、そもそも、男の子にプレゼント貰ったことなんてないもん」
「ま、私は敢えて否定はしないけどね」
「え? 星崎さん、ヤローどもにプレゼント貰ったことないの?」
「私、八重ちゃんみたいに男の子にもてないもん」
「…………」
「おい、こら。話題が掏り替わりまくってますよ? っていうか、訊いた俺が馬鹿ですか?
阿保ですか? ミジンコですか? ゾウリムシってわけですか? そうだよ。やっぱりもっと
本人と外見年齢が近い人に訊くべきだったんだ」
「ああ。うそうそ。いじけないでよ、さくっち。マジレスさせてもらうとね、女の娘だったら、
クレープとか喜ぶよ? きっと」
「あー。そういえば。『機甲戦奴カーストン』の新しいDVDが出たんだっけ?」
「……おのれは、なにが言いたい、八重樫?」
「まーまー。落ち着けって。女性といえば、何はさて置き、お洒落でしょ。お洒落といえば服。
しかも、お洒落の真髄といえば、普段目に入らない部分に気を使うことだろ? やっぱ、
ベージュとかじゃ味気ないし」
「……おまえも、にやけ顔でなにが言いたい、山彦よ? っていうか、もういいです。勘弁して
ください。ほんと」
図書室。
「という訳で、貴方だけが頼りです。里見先輩」
「え、えっと。なにが、という訳なのか、よく判らないけど。うん、後輩が困ってるんだもん。
できるだけの協力はさせてもらうよ」
「へぇー。あんたが、女の娘にプレゼント、ねぇ。明日、雹でも降らなきゃいいけど」
「あ。これは、すみません。気の回らない人間で。ひかり姐さんの古傷に触れちゃいました?
男 か ら の プ レ ゼ ン ト」
「ぐっ……。あんた、挑発だけは一人前ね。的外れなのに、恐ろしく腹が立つわね」
「まぁまぁ。ひかり。桜井くんが、折角相談しに来てくれたんだし。茶化さないで応えてあげ
ようよ。えっと、年下の女の娘なんだよね。うーん。ルイス・キャロルなんてどうかな?
普段本を読む娘だったら、もうとっくに読んじゃってるかもしれないけど?」
「えー。あの、ロリ……ゴホッ、じゃなくて、童話作家の? それは、寧ろ、里見先輩に合う
ような。先輩がそのおっさんと同時代に生きていたら、書かれた作品は間違いなく『不思議
の国のこだま』でしたね」
「え? やだ。もう、桜井くん、からかわないでよー」
「いえいえ、間違いなく――って、いたたた、なんですか、姐さん?」
「(……桜井、なんで、あんたにそんな知識があるのよ?)」
「(……なにをおっしゃいます。メガネ部長。本の虫と呼ばれた桜井舞人ですよ? 決して、
この間読んだ『知って得せず! なぜなに雑学知識1500』に載ってたなんてことない
ですよ?)」
「(……なるほど。そんなところね。でも、その逸話は俗説に近いものよ。それに、ドジスンの
本業は、数学者。中途半端な知識をひけらかさないことね。まあ、純粋なあの娘は、あんた
の言葉の裏の意味に気づいてないようだけど)」
「ひかり?」
「ううん。なんでもないわ。あ、それより、私のお勧めを挙げとくなら。そうねえ……」
「あ。気持ちは非常にありがたいですが、姐さん御愛用の青龍刀なら、流石に受け取れませ
んよ? 畏れ多くて、とてもとても。ねえ? 姐さんの故郷と違って、ここ法治国家ですし」
「…………#」
放課後。
「せんぱい、せんぱい。水臭いじゃないですかもう。青葉ちゃんへのプレゼントで悩んでいら
したのなら、どうしてこの雪村に、いの一番に相談してくれないんですか? 困ったときの
雪村小町。貴方のお傍に雪村小町。おはようからおやすみまで。雪村小町、雪村小町にどうぞ
清き一票を――って、ああっ、違います違います。もう、せんぱい、か弱き乙女になんてこと
言わせるんですか。駄目ですよ。上手いこと乗せて雪村を選挙に出馬させようとしても。
そして、行く行くは自分が一国の宰相にって、目論んでるわけですね。そんな。そのとき、
政府専用機から降りるタラップの上、民衆に熱く迎えられるせんぱいの横でにこやかに微笑み
立っているのは、おまえしかいないんだ――なんて熱く将来像を語られたら、雪村、一生
せんぱいに憑いて行くしかなくなっちゃうじゃないですか。あれ? ひょっとしてそれって
夫婦よりも固く結ばれた絆ですか? きゃ。いけませんいけません。まだ早すぎますよ。
先ずは、隗より始めよ。清く正しく交換日記から。あ、今時の若者さんたちは、メール交換
からですよね。というわけで、はいこれ、雪村のメールアドレスです。ああ、せんぱいの
アドレスは、既にしら……白雪にように美しい少女が風の便りで教えてくれましたので。
ご心配なく」
「……あー。取敢えず、おまえのボケにはツッコミなしの沙汰としておくとして。何故、
おまえがそれを知っている?」
「え? せんぱいと雪村の絆が、一週間後の御飯粒よりも固いってことですか?」
「…………」
「きゃうんっ! いたたたた。すみませんすみません。そうですよね。せんぱいが青葉ちゃん
へのプレゼントで悩んでいることですよね。はぅ」
「で?」
「もう、いやですね、せんぱい。せんぱいの顔にしっかり書いてあるじゃないですか。この
雪村を侮ってもらっては困りますよ。青葉ちゃんになに上げたらいのか判らなくて、クラス
メートの相談するも、これだから女性に縁のない坊やは、って鼻で笑われ。でこぼこコンビの
先輩方に相談したら、親身になってくれるも、それ自分の誕生日に贈ったらどうすか?
つーか、密かに狙って言ってる? 的な応えしか返ってこなかった、っていう顔してますよ?
ええ、雪村には判ります」
「…………なあ。おまえ、今日の休み時間何処にいた? 勿論、全部の」
「はい? 変なこと訊きますね? 雪村、普段は慎ましい人間ですので、あんまり出歩いたり
せず、ずっと教室にいますけど? 慎ましい。いい言葉ですよね。心に真と書いて慎ましい。
日本語って素晴らしいですよね。そう思いません? せんぱい」
「…………」
「そんなことよりです。せんぱい。僭越ながら、雪村のお勧めを述べさせていただくとですね。
雪村、先日美味しい紅茶を入手できるお店を発見してしまいまして。これが、もう、青葉
ちゃんのイメージにぴったり。あ。なんでしたら、雪村がお供させていただきますので。
え? おまえには苦労かける? そんな。それは言わない約束ですよ、おっとさん。さあ。
善は急げといいますし、早速参りましょう。あ。来年の雪村の誕生日のことなら気になさら
ないでください。捺印の一つでもいただければ、雪村それだけで幸せですので」
「……きょ、今日は、な、なんだ、その。具合悪そうだな、雪村。……アンテナの角度とか」
明くる夜。
「おう。青葉。やけにご機嫌じゃないか? 何か良いことあったんか?」
「えへへ。うん。今日、おにいちゃんたちに誕生日祝ってもらっちゃった。おまけにプレゼント
までもらっちゃったんだよ」
「ほー。あの兄ちゃんも粋なことするねぇ。で、なに貰ったんだ?」
「うん。これ。あのね。なんとかカーストン? っていうアニメに登場する、『不思議の国の
アリス』をこよなく愛し、青龍刀を振り回すヒロインがつけてる、クレープを象った
アクセサリなんだって。よく判らないけど、すごく可愛いよ」
「あん? よく判らんが、あの兄ちゃんらしいといえば、らしいな。でそっちは?」
「あ。うん。こっちもおにいちゃんから貰ったんだけど。『恐怖怪人ストオカア』が、お勧めの
紅茶だって」
「なんだそりゃ? それも、その何とかストンにでてくるのか?」
「うーん。そうなのかな? あ、おねえちゃんから貰ったティーポットがあるから、それで
お父さんにも淹れてあげるね」
「おれぁ、どっちかっつうと、そういうハイカラなのより、日本茶のが好きなんだけどな」
「あはは。もう、お父さん、好き嫌いしたら駄目だよー」
そんな話。