勝手にファウウェズ補完。てきとーに書いたので稚拙さはご容赦ください。
(前提:本編とはちがい、二人の旅立ちが一年後になったと仮定しています)
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『もうひとつの終着』
荒涼とした屋敷の広間に、二人の足音だけが虚ろに響いた。
「……誰も、いないな」
「そうですね……」
俺の後ろでファウは身を震わせた。冷気が濃い。
こんな雰囲気は以前にも感じたことがある。あのギモコダンの街で訪れた貴族の屋敷だ。
あそこで出会った不思議な二人の女のことが、ふと思い出された。
「あっ」
ファウは声をあげると、広間の奥へと小走りに走っていった。
あわててそれを追う俺。
「どうした?」
ファウは、広間の一番奥まったところに置かれた立派な椅子のそばでしゃがんでいた。
俺が声をかけると、ファウはゆっくりと俺のほうに手をさしだした。その手のひらの上には、輝く一粒の赤い、石。
間違いない。それはファウが持つ石、俺たちがここまでやってきた所以となった石と同じものだった。
何かを訴えかけるような目で俺を見つめるファウ。その体ははためにわかるほど震えていた。
俺はさしだされた手をそっと両手で包むと、ファウを立ち上がらせた。
「やはり、ここにルタがいるのか」
「…………」
俺とファウは、西の彼方、ドゥムジの峰の向こうにいるというルタを求めて、砂地を抜け、大河を渡り、山を越えてここまでやってきた。ギモコダンの女戦士が言ったことが本当だとすれば、
ファウが幼い頃に出会い、石をもらったその女こそが、すべてを知るルタであるはずだった。
だが、この屋敷には何の気配もない。
赤い石の謎も、ファウが持つという癒しの力の秘密も、教えてくれる者の姿はなかった。
ふぁさっという軽い衣擦れの音を立てて、ファウが椅子のかたわらにある段に座り込んだ。
俺もそれにならって彼女のそばに腰を下ろす。
途方に暮れ、思い詰めた様子のファウに、俺はかけられる何の言葉も持たず、ただ、安心させようと肩を抱き寄せることしかできなかった。
それからどのくらいの時が過ぎただろうか。数刻? あるいはほんの半刻ばかりだったのかもしれない。
カツン。
鋭く床を叩く靴音が響き、俺はびくりと身をふるわせて、反射的に剣の柄に手をやった。
そんな俺の動きに、どうやら夢うつつにまどろんでいたらしいファウも、顔をあげた。
「ご、ごめんなさい。ウェズさん。私、眠っちゃったみたいで」
「いや、いい。それより、音を立てるな」
「え?え?」
まだよく状況が飲み込めていないファウをしり目に、俺はゆっくりと立ち上がると、ファウを守れる位置に体をずらすと、柄に手をかけたまま、大声で呼ばった。
「誰かいるのか!」
ルタかもしれない。そう思いながら、反応を待つ。靴音はぴたりとやんだまま、静寂が辺りを包んだ。
ファウは両手で自分の口をふさいだまま、じっとしているようだ。
カツン。
再び靴音。すると、外の回廊に続く広間の入り口に、長身の人影が現れた。
逆光のせいではっきりと見目かたちはわからないが、体の線からすると、どうやら女らしい。
そして、俺を恐れるふうもなく、そのまま広間の中へと歩を進めてきた。
剣をぎゅっと握り、緊張を走らせる俺の体。だが、それを打ち破るかのように、凛とした声が女の口から発せられた。
「剣をおろしなさい。私はあなたたちの敵ではないわ」
そう言われて、はいそうですかと剣をおさめるわけはないが、なぜか俺はあらがえない威圧感に圧倒されて、ゆっくりと剣をおろしてしまった。
側壁の窓から差し込む光のおかげで、女の姿がようやくはっきりとわかった。軽めの旅装に身を包み、長い髪を後ろで束ねた若い女だった。特に何か武器を持っているようには見えない。
だが、その全身から発散される表現しがたい威厳に俺は圧倒され、ようやく一言だけつむぎだした。
「……おまえは何者だ?」
ルタか?と問う前に、かたわらで凍り付いたようになっていたファウが突然立ち上がった。
「あ、あの、私たち、ここへルタさんを探しに来たんです! な、何かご存じありませんか? 何でもいいんです。どうしても、どうしてもルタさんに会わなきゃいけないんです!」
何かを吐き出すかのように一気にまくしたてると、ファウは食い入るように女の顔を見つめた。
女は一瞬、驚いた顔をしたが、すぐにもとの静かな、それでいて逆らえぬ雰囲気を持った表情に戻った。しかし俺には、そこにかすかな悲しみの色が見えたように思えた。
「ルタはもういないわ」
そっとつぶやくように女はそう言った。はっと身をこわばらせるファウ。その顔色は蒼白だ。
「そ、そんな……」
今にも倒れそうなファウの肩にそっと手を載せると、俺はいまだ素性もわからない女に向かって言った。
「ルタを知っているのか?」
女はかすかにうなづく。
「それじゃ、お願いだ。ルタがどこに行ったのか、いや、今どこにいるのか教えてくれないか。俺たちは彼女に会うためにここまでやってきたんだ」
「そうです。私、どうしても聞きたいことがあって! この赤い石のこととか、私の力のこととか、ぜんぶ、全部聞きたくて! だからお願いします。ルタさんに会わせてください!」
俺たち二人の悲鳴のような問いを前にしても、女は動じた様子もなかった。ただ、その目に悲しみの色がいくぶん濃くなったようだった。そして、再び同じ答えを返した。今度はもっと強く。
「ルタはいない。もう、どこにもいないの。だから……あなたたちの旅も、ここで終わりなのよ」
「どこにもいないとは、どういうことだ? もしや……」
死んだのか、という答えを飲み込んで、ファウのほうを見やる。肩においた手にはやはり震えが伝わってきていた。女は俺の心を読んだかのように、そっとうなづくと言った。
「そう、ルタは死んだわ」
今度こそ、雷に打たれたかのように、ファウは俺のそばで床によろよろとへたりこんでしまった。俺はあわててひざをつき、彼女の肩を抱く。
ファウの手から、さっき拾った赤い石がころりと転がり出て、床に硬い音を響かせた。女ははっとしたようにその石を見ると、静かにそれを拾い上げた。
「ここにあったのね……」
女のつぶやきを耳にしたファウは、顔を上げた。無意識にか、左手は胸の石をぎゅっとつかんでいる。
「その石が何なのか知っているんですか?」
「ええ、知っているわ。…………そう、あなたも眷属なの」
ファウの石に気づいたらしい女は、静かに言う。その答えを聞いてファウは言いつのる。
「教えてください! 石のこと、そして私の“癒しの力”のことを。お願いです!」
「そう、あなた、“癒しの者”なのね……?」
「え…?癒しの者?」
女は一瞬目をふせると、淡々とした調子で続けた。
「その赤い石には、何の力もないの。力を持つのはあなた自身なのよ……でも」
「でも?何なのだ?」
俺はたまらず口を出す。ファウは手が白くなるほど胸の石をにぎりしめている。
「……その力は、あなた自身を犠牲とする力。使えば、あなたは命を失うでしょう。そして、あなたの一番大切な人だけを救うことができる……」
「ど、どういうことですか?」
とまどいを隠せないファウ。俺も彼女の言っていることがよくわからなかった。
だが、“癒しの力”とやらを使えば、ファウは死んでしまうらしいことは理解できた。
「時が来れば……わかるでしょう」
「時?」
「これがあなたの求めていた答よ。癒しの者。ここが終着。これ以上進んでも、何も見つかりはしないわ」
はじめてほほえみを浮かべた女はそうファウに告げた。
「東にお帰りなさい。あなた、いえ、あなたたちの道はそこへ伸びているはず……」
茫然とする俺たちの前に、女はゆっくりと進んできた。俺は思い出したかのように剣を持ち上げようとする。だが、女の視線を受けると、その意気は不思議に萎えてしまった。
女は魂が抜けてしまったようなファウの前にひざまづいた。
「さあ、渡して」
「え?」
「石を渡して。それは、あなたのくびきだったもの。でも、もうルタはいない……いなくなってしまった。だから、あなたにとって、その石は無価値なものなの」
ぼうっとした様子で女の顔を見ていたファウは、にぎりしめている手に目を落とすと、それをゆっくりと開いた。中には金色の留め具にはめられた赤い小さな丸い石。わずかに広間を照らす光にきらきらと輝いていた。
「さあ」
女が優しくうながすと、ファウは石が留め具ごと女の指に移るのを、何かに魅入られたような目で見送った。女はにこりと笑うと、ファウの手をとり、立ち上がらせた。
魔法にかかったように身じろぎもできなかった俺は、このときになってようやく口を開いた。
「……あんたは、何者なんだ?」
「私…? 私は石切……」
「イスナ?」
「そう。時を渡り、見守る者」
「あんたの言うことは、どれもよくわからないことばかりだ」
「ふふ、よく言われるわ」
女は、二つの赤い石を腰の小袋におさめると、来たときと同じように、静かにきびすを返した。
「それじゃ、ね。幸せにお暮らしなさい。それがルタの望みでもあったのだから……」
最後にそう言うと、女は広間の入り口の外へと消えていった。再び静寂が落ちる。
ファウは身じろぎもしない。その視線が今はもう何もなくなった胸元へと落ちる。
「ウェズさん……」
「ん?」
「赤い石……なくなっちゃいましたね」
「そうだな」
「……」
「……なあファウ」
「え、何ですか。ウェズさん」
「帰ろうか、ハファザへ」
「……」
「……」
「はい、帰りましょう。ハファザへ」
そう言うと、ファウはこの屋敷に来てはじめて笑った。そして、俺たちは手を取り合い、広間を出て行った。
* * * *
ドゥムジの峰へと海岸沿いの道を歩く二人の姿を見ながら、イスナは海風に吹かれていた。
しばし物思いにふけっていた彼女の気を散らしたのは、背後からかけられた少女の声だった。
「イスナさん、待った?」
イスナが振り返ると、そこには金髪をおかっぱにした少女が、少し息を切らせながら、旅装のマントをまとって立っていた。その瞳は好奇心できらきらと輝いている。それはかつてルタと呼ばれ、今はただのラッテとなった悲運の少女だった。
そして、イスナと同じ宿命を銀糸によって背負った者。だが、今はそんなことを知るよしもなく、無邪気に笑っている。
「ううん、そんなことないわ。準備はできた?」
「うん、もちろん」
「そう、それじゃ行きましょうか」
「うん!で、行き先は?」
「そうね……」
イスナは少し考えると、水平線の彼方を見晴るかしながら、こう言った。
「海を……」
「うみ?」
「海を越えて、新しい地へ……」
それが、二人の長き悠久の旅の始まりだった。