食事も終わり、明日は休診日とあって俺とファウは晩酌をしながら
今日の出来事、明日の予定などを話し合っていた。
まあ、話すと言ってもファウが喋り、俺は相槌を打つだけだから
傍から見たらとても会話しているようには見えないだろうが…。
「…訳なんです。それでですね、ウェズさん」
「…ああ」
「明日にでも街に出て、…したいと思うんですけど」
「…ああ」
「ウェズさんはどう思いますか?」
「…ああ」
「ちょっとウェズさん!私の話、ちゃんと聞いているんですか!」
「ん、何だ、そんなに大きな声で言わずともよかろう。
…話ならちゃんと聞いていたぞ。明日街に出かけたいというのだろう」
いい感じに酒が回ってきたので、ついその感じを楽しんでいたのだが、
どうやらファウは何か大事な話をしていたようだな…。
「じゃあ、何の用事で街に行くか分かりますよね?」
しまった。さすがにそれは聞き逃していたな…。
「…………」
「やっぱり聞いていなかったじゃないですか〜」
「…すまん」
「もう、知りませんっ!ウェズさんなんて…」
「本当にすまん。俺が悪かった…」
「大体、いつもウェズさんは『…ああ』とか『…そうだな』とかしか返事しないし…」
…まずいな。酔っているファウを怒らせると、すぐには鎮まらないからな。
とにかく、ここはひたすら謝るしかないか…。
「ファウ、だから…」
「結局、私の気持ちなんてこれっぽっちも…」
やれやれ、人の話を聞かないのはどっちなんだか…。
怒り収まらぬ様子のファウを如何にしてなだめようか思案していると、
突然、家の戸を激しく叩く音が聴こえてきた。
「…ファウ、今何か聴こえなかったか?」
「なんですか〜?話を誤魔化そうとしたってそうはいきませんよ〜」
「だから、今戸を叩くような音がしたではないか」
「う〜、私には聴こえませんよ〜」
もう一度自分で確かめるように聞き耳を立てると、また戸を叩く音が聴こえてきた。
「いや、確かにそうだ。ちょっと様子を見てこよう」
「あ〜っ!逃げるなんて卑怯です〜!」
部屋を出て行こうとする俺に、ファウが後ろで何か喚いていたが気にしないでおこう…。
実際、こういう時は逃げるのが一番だしな。誰だか知らぬが突然の来訪者に感謝しておこう。
診察部屋を通り、待合室のある部屋に行くと、戸を叩く音と共に男の声が聞こえてきた。
「開けてくれ!病人なんだ!誰か居ないのか!」
こんな夜更けに何事かと思ったが、どうやら急患のようだな。
このハファザの街は人も多く賑わっているが、その分この街随一の薬師であるファウは
連日休まる暇も無いほど盛況、満員御礼という訳だ。
金を取ればさぞかし儲かるだろうに…と、今はそんなことを考えている場合ではなかったな。
俺が戸の錠を外し扉を開けると、外には背の高い男に肩を担がれて苦しそうに喘いでいる男と
その連れらしい男、合わせて三人の男が立っていた。
「あんた、この家の者か?」
連れの男が俺を見て、少し訝しげな様子で尋ねてきた。
「そうだが…どうやら、急病のようだな」
「ああ、先生は居るのか?居たら早くしてくれ、頼む!」
「分かった。すぐに呼んでくる。中に入って待ってろ」
俺はそう答えると、男たちを待合室へ通し、急いでファウの所へ戻った。
部屋に戻ると、ファウが少し神妙な顔をして俺を待っていた。
「…何かあったんですか?」
「病人だ。大人の男で、見た目に外傷は無かった。何やら胸を押さえて苦しそうだったが…」
俺の話を聞くと、ファウはすぐに椅子から立ち上がり整然と身を整えだした。
「分かりました。すぐに準備します。ウェズさんも、お手伝いをお願いしますね」
「…構わないが、ファウ、お前酒は大丈夫なのか?」
「目の前に病人がいるのに、そんなことで放ってはおけませんよ」
俺の問いに薬師としての顔で答えるファウ。その言葉が自嘲の類でないのは、俺にも分かった。
「そうか…そうだな、お前の言うとおりだ」
「それでは、私が患者さんの様子を診ている間に、
お湯を沸かして、一通りの器具を用意しておいて下さい」
「分かった。任せておけ」
「…それから、ウェズさん」
「何だ?」
「診察が終わったらさっきの続き、しますからね?」
「…分かった」
急患が入ったことでうやむやになったかと思ったが、どうやら甘かったようだ…。
ファウはそれだけ言うと、患者の待つ診察部屋へと向かっていった。
俺も急いで準備をすべく、早足で薬部屋に向かうことにする。
容器を出しお湯を沸かそうと、火を点けたその時、俺の耳にファウの悲鳴が飛び込んできた。
「きゃああぁぁぁっっ!!」
一体、何が起きたんだ?考えを纏める暇もなく俺はファウの元へと駆け出していた。
診察部屋へと駆け込むと、そこには病人として担ぎ込まれたはずの男がファウを後ろから羽交い絞め
にしている姿があった。
「い、いや!何をするんですか!?放して下さい!」
何とか男を振り解こうと身をよじるファウを、連れだった男がにやついた笑みを浮かべながら眺めていた。
「お前等!何をしている!ファウから手を離せ!」
俺は叫びながら、ファウを捕まえている男に殴り掛かろうとした。だが、俺は迂闊だったのだ…。
部屋の中にもう一人居る筈だった背の高い男がどこに居るのか、せめて確かめるべきだったのだ…。
気が付いたとき、俺は後頭部を激しく殴られ床に叩きつけられていた。
「きゃあっ!ウェズさんっ?!」
ファウが俺を呼ぶ声が聞こえた気がした。しかし、朦朧とした意識の中で俺は只、何が起こったのか
分からぬまま、俺を殴ったらしい背の高い男に縄で縛られるのを
他人事のように見つめていることしかできなかった…。