1 :
名無しさん@初回限定 :
03/02/03 04:08 ID:8gLZ8cFQ
2 :
名無しさん@初回限定 :03/02/03 04:08 ID:8gLZ8cFQ
3 :
名無しさん@初回限定 :03/02/03 04:09 ID:8gLZ8cFQ
◆参加者(○=生存 ×=死亡) ○ 01:ユリーシャ DARCROWS@アリスソフト ○ 02:ランス ランス1〜4.2、鬼畜王ランス@アリスソフト ○ 03:伊頭遺作 遺作@エルフ × 04:伊頭臭作 臭作@エルフ ○ 05:伊頭鬼作 鬼作@エルフ × 06:タイガージョー OnlyYou、OnlyYou リ・クルス@アリスソフト × 07:堂島薫 果てしなく青い、この空の下で・・・。@TOPCAT ○ 08:高町恭也 とらいあんぐるハート3 SweetsongForever@ivory × 09:グレン Fifth@RUNE × 10:貴神雷贈 大悪司@アリスソフト × 11:エーリヒ・フォン・マンシュタイン ドイツ軍 ○ 12:魔窟堂野武彦 ぷろすちゅーでんとGOOD@アリスソフト ○ 13:海原琢磨呂 野々村病院の人々@エルフ ○ 14:アズライト デアボリカ@アリスソフト × 15:高原美奈子 THEガッツ!1〜3@オーサリングヘヴン ○ 16:朽木双葉 グリーン・グリーン@GROOVER × 17:神条真人 最後に奏でる狂想曲@たっちー × 18:星川翼 夜が来る!@アリスソフト × 19:松倉藍(獣覚醒Ver) 果てしなく青い、この空の下で・・・。@TOPCAT × 20:勝沼紳一 悪夢、絶望@StudioMebius
4 :
名無しさん@初回限定 :03/02/03 04:09 ID:8gLZ8cFQ
◆参加者(○=生存 ×=死亡) × 21:柏木千鶴 痕@Leaf × 22:紫堂神楽 神語@EuphonyProduction ○ 23:アイン ファントム 〜Phantom of Inferno〜@nitro+ × 24:なみ ドリル少女 スパイラル・なみ@Evolution × 25:涼宮遙 君が望む永遠@age ○ 26:グレン・コリンズ EDEN1〜3@フォレスター × 27:常葉愛 ぶるまー2000@LiarSoft ○ 28:しおり はじめてのおるすばん@ZERO × 29:さおり はじめてのおるすばん@ZERO × 30:木ノ下泰男 Piaキャロットへようこそ@カクテルソフト × 31:篠原秋穂 五月倶楽部@覇王 × 32:法条まりな EVE 〜burst error〜@シーズウェア × 33:クレア・バートン 殻の中の小鳥・雛鳥の囀@STUDiO B-ROOM × 34:アリスメンディ ローデビル!@ブラックライト × 35:広田寛 家族計画@D.O. ○ 36:月夜御名沙霧 Rumble〜バンカラ夜叉姫〜@ペンギンワークス × 37:猪乃健 Rumble〜バンカラ夜叉姫〜@ペンギンワークス ○ 38:広場まひる ねがぽじ@Active × 39:シャロン WordsWorth@エルフ ○ 40:仁村知佳 とらいあんぐるハート2@ivory
5 :
名無しさん@初回限定 :03/02/03 04:09 ID:8gLZ8cFQ
◆運営側(○=生存 ×=死亡) ○ 主催者:ザドゥ 狂拳伝説クレイジーナックル&2@ZyX ○ 刺客1:素敵医師 大悪司@アリスソフト ○ 刺客2:カモミール・芹沢 行殺? 新選組@LiarSoft ○ 刺客3:椎名智機 將姫@シーズウェア ○ 監察官:御陵透子 sense off@otherwise
理解出来ないのではなく,理解した上で,理解していないフリをするという行為が大嫌いだ,という話はしたと思います。知らなかったことは恥ではありませんが,知らないことを恥だとも思わないのは違います。
7 :
名無しさん@初回限定 :03/02/03 11:24 ID:u88I/I2L
test7
8 :
名無しさん@初回限定 :03/02/03 11:26 ID:G56uMDWo
http://www.media-0.com/user/gotosex/ モロ見えワッショイ!!
\\ モロ見えワッショイ!! //
+ + \\ モロ見えワッショイ!!/+
+
. + /■\ /■\ /■\ +
( ´∀`∩(´∀`∩)( ´ー`)
+ (( (つ ノ(つ 丿(つ つ )) +
ヽ ( ノ ( ノ ) ) )
(_)し' し(_) (_)_)
9 :
名無しさん@初回限定 :03/02/03 14:48 ID:VkBUSgmi
(第二日目AM05:47) 深い深い縦穴には日の光は届かない。 ゴゥンゴゥンと低く唸るようなモーター音が反響するなか、 カモミール=芹沢を乗せた昇降機は粗い岩肌を嘗めるように下っていく。 足もとから流れ出してくる墓地を思わせる黴たような匂いが彼女の鼻をついた。 やがて、軽い衝撃とともに昇降機は停止する。 急ごしらえの昇降機はイマイチ性能がよろしくなく、 きちんと「停止レバー」を引いておかないと、いろいろな不具合が起こるらしい。 銀色に塗装された無骨な鉄の棒の先にプラスティック製の赤い握りのついたレバーを引き上げた。 「よっし!」 昇降機があるため丸底フラスコの底の部分のように少し開けている昇降機乗り場、 その岩に囲まれた空間に降り立って、芹沢は気を引き締めた。 そして、羽織っている段だら模様の羽織の襟を正すと、 フラスコの底の部分に彫られた横穴の向こうの臨時会議室へと歩みを進めた。 短い暗がりを抜けると、ふたたび開けた空間に出た芹沢はそこにいる面々を見わたす。 壁際に設置された蝋燭が放つオレンジ色の光が部屋中を淡く照らし出すなか、 ザドゥ、素敵医師、椎名智機に御陵透子の四人の姿が浮かび上がる。 着座して待つ四人に今しがた帰還したカモミール=芹沢を含めて、大会を管理する五人がここに揃った。 彼らが火山中腹にある神社の地下の秘密基地に一堂に会するのはこれがはじめてのことである。
「7分の遅刻ですね、芹沢?」と眼鏡を押し上げながら智機は冷ややかに言い放った。 「アハハハハ、ゴメンね〜」 「・・・・・・任務に失敗した上に遅刻とは、いい身分ですね、カモミール=芹沢局長?」 「ム・・・・・・あたしが何の任務に失敗したっていうの」 智機の嫌味を笑って流そうとした芹沢だったが、「局長」の部分を強調されたことと、 次に続いた非常に人間くさい肩をすくめるジェスチュアを交えながらの嘆息にはカチンと来たようだ。 少し腹立たしげに言い返すと、白い頬をむくれさせた。 「26番グレン・コリンズ、31番法条まりな、両名からの首輪の解除キーの回収 あなたは丁度18:00にここをあとにし、18:30に両名と接触、 19:00にグレン・コリンズの逃走を許した」 理路整然と犯した失敗をあげ連ねられ、芹沢はうなだれる。 「・・・・・・ちゃんと、女のほうは始末したもん」と反論する声も弱々しい。 「問題はッ!」 どんと智機が机を叩いて声を荒げる。 「法条まりなを始末したかどうかではなく、解除キーを回収できたかどうかなのだ、芹沢」 芝居がかった声の抑揚が余計に芹沢を不愉快にさせたが、 確かに非は自分にある以上、言い返すこともできず、黙って足もとを見た。 「へケケケ、センセはぎっちりとオシゴトしたがよ、ヒィの、フゥの・・・」 指折り数える素敵医師を智機は鋭い視線でにらみつけ、芹沢は恨みがましい目で見た。 「ヒヘへ、怖い怖い」 どこを見ているのか、焦点の定まらない目で、素敵医師はもう一度薄気味悪く笑って黙った。 透子は黙ってそんな光景を見ていた。いや、本当に見ていたかどうかはすこぶる怪しい。 ただ、そちらに何となく顔を向けてはいた。 「栄養が胸にしかいっていない人間というものを、私ははじめてみました。 これは記録しておくことにしましょう」 乾いた声で笑うと、智機は既に言いたいことを言ったのか黙って目を閉じた。 「その辺にしておけ、椎名」 上座に座るザドゥは低く落ち着きのある声で椎名を制し、 「芹沢も席につけ」と促した。 すぐ左前の席に芹沢が座るのを見計らい、ザドゥはもう一度口を開いた。
「我々は仲間ではない、つい数時間前に顔をあわせたばかりだ」とそこで言葉を切って、ザドゥはそれぞれの顔を見る。 「が、我々には共通の目的がある」 彼は目を閉じ、クッションの悪い座席に深く身をもたせかける。 彼のまぶたの裏に愛しい女性の姿が一瞬浮かんで、すぐに消えた。 「すなわち、今回のこのゲームを無事に終了させること、 さらに言えばその先にあるそれぞれの願いを成就させることだ。 そのためには、各々の任務を着実に完遂せねばならない」 芹沢はくやしそうに唇を噛み、智機は相変わらず目を閉じたまま、口の端をゆがめた。 「だが、失敗することもある。召集されたものたちのなかにはなかなか厄介な連中も混じっているからな」 言いながら彼はゲーム開始直後に襲い掛かってきた虎の覆面をした男のことを思い出し、 他のものには見えぬようにして腹のあたりをまさぐった。 「だから、一時のこととはいえ、互いに助け合わねばならん。 それがひいては己の望みを成就することにつながる、以上だ。」 誰も動かなかった。 素敵医師は相変わらずの空ろな目で四人を見ていたし、透子は宙を眺めていた。 部屋を照らす燭台の灯が調度のほとんどない部屋に長い影を作っていた。 ノスタルジックなオレンジ色の灯が彼らを暗闇から際立てていた。 「では、椎名」と軽い溜息まじりにザドゥは呼びかけた。 はい、と答えて今まで考え深げに閉じていた目を開き、智機は現状説明を開始した。
「現在生き残っているのは、 1番ユリーシャ、2番ランス、3番伊頭遺作、5番伊頭鬼作、8番高町恭也 12番魔窟堂信彦、13番海原琢磨呂、14番アズライト、16番朽木双葉、23番アイン、 26番グレン・コリンズ、28番しおり、36番月夜御名紗霧、38番広場まひる、40番仁村知佳の15名、 第四回から現在までに死亡が確認されたのは、 15番高原美奈子、24番なみ、34番アリスメンディの3名です」 「・・・落ちているな」 「はい、開始当初に比べると死亡数は急激に下落しています。 何かしらの対策を講じますか、いくつか手段を講じてありますが・・・」 芹沢の対面、ザドゥの右前に座っている智機の眼鏡が光をはじいて光った。 何を考えているのか分からない瞳をそれが隠した。 「何か考えがあるようだな椎名、だがそれはもう少しとっておくとしよう。 何といってもまだゲームは始まったばかりだ」 しばらく考えたあとザドゥはそう言って、「傍観者どもを楽しませねばならないからな」と苦々しげにこぼした。 そうですね、と智機も特に食い下がるでもなく引き下がった。 「さて、それでは今回の定時放送だが・・・」 「は〜い!」 一同を見渡すザドゥの目に、芹沢が元気よく挙手したのが目に入った。 どうやら、他に立候補するものもいないようなので、 彼女にその役目を任せるとザドゥは次の議題に取り掛かることにした。
「御陵はこれまでどおり、違反者の検出とそちらへの警告を頼む。素敵医師、貴様は・・・」 何の反応も返さない御陵から包帯まみれで異臭を放つ男に目を転じる。 「センセはまだアイン嬢ちゃんの相手で忙しいがよ」 「たった一人の参加者に拘泥する必要はない、他の参加者にもあたってみろ」 「・・・へケケ、りょ〜かい」 そう言うと、素敵医師は席を立ち薄暗い出口の方へ向かった。 「まだ、話は終わっていないぞ」 センセにはもうお話しはないき、といって小馬鹿にしたように後ろ手に手のひらを振ると出口の洞窟の奥へ消えた。 「ザッちゃん」 眉をしかめて素敵医師を見送った彼に芹沢は声をかける。 「あたし、もう1度解除キーの回収にいきたい」 「できるんですか芹沢、あなたに?」 智機の揶揄に芹沢は柳眉を逆立てる。 「・・・いいだろう、芹沢。その件に関しては貴様に任せる。椎名は引き続き情報収集と分析を頼む、以上だ」 そう言って、立ち上がるとザドゥは黒いマントを翻して奥の部屋へと消えた。 芹沢は放送を行うため、智樹は情報を分析するため、それぞれの部屋へと向かった。 残された透子はしばらくの間だまって誰もいなくなった部屋の中でぼんやりとしていたが、 やがて蜃気楼が掻き消えるように中空に姿を消した。
暗い部屋の中、一人になったザドゥは痛み始めた脇腹のあたりに巻きつけたさらしを解き、もう一度撫でてみた。 ミミズがのたくるような蠕動運動をしている。 見た目にはなんともなってはいないが、 皮膚一枚下では薄い脂肪の層はおろか内臓から筋肉にいたるまで踊るようにうねりつづけている。 「30時間も立つのだぞ?さすがは・・・」 忌々しげに吐き捨てて、額に浮かんだ脂汗を拭う。 「噂に聞いた閃真流人応派、伊達ではないといったところか・・・」 完全に打ち抜かれる前に、死光掌を当てることが出来たから致命傷こそ避けえたものの、 30時間のあとにも依然として疼きつづける。 「タイガー・ジョー」 何か思うところがあるのか、すっと目を細めて呟いて、ザドゥは簡素なベッドの上に仰向けに倒れこむ。 しんと静まり返った部屋は湿った匂いがする。 脇腹はしつこく蠢いている。 そして、五回目の定時放送が始まった。
島中に芹沢ののん気な放送が響き渡る中、 横たわったままの主の動きに合わせて、金糸で縁取った漆黒のマントが大きく波打った。 「ウムゥ・・・」 うめきながら起き上がると、すぐ側のプレハブ小屋の壁に背を預け、 琢磨呂は被ったままの虎の仮面をはずした。 長く息を吐き出すと、彼は身体の筋や関節に異常がないか確かめ、 なんともないことが分かると状態をひねって、取り落とした拳銃を拾い上げた。 「今の放送、五回目のものだといっていたな・・・」 誰に言うでもなく、一人こぼすと茂みに隠しておいた彼のズックを回収しに立つ。 ズックに虎の仮面を放り込むと、衣服とズックとについていた砂を丁寧に払い落とす。 「フフフ・・・」 琢磨呂の顔が神経質そうに歪む。 高原美奈子は死んだのか、そう小さな声で言うと、彼は狂ったように笑い始めた。 彼の異様な笑い声を聞いてか、樹上の鳥たちが一斉に飛び立つ。 それでも彼の哄笑は止まらない。 真っ赤な口を大きく開き、左手で顔をおさえるようにして笑った。 右手は腹を抑えている。 顔と腹の筋肉が痙攣し始めても、まだ笑っていた。
笑いを堪えるみたいに、フゥと一息つき呼吸を整えたあとも、 なおも思い出しては小さく笑っていたが、ようやく琢麻呂は次の行動に移った。 ズックを担ぎ上げ、とりあえずプレハブ小屋にはいることにした。 「フム・・・カレーライスか・・・」 薄っぺらい木製のドアを開けると、 日本人の食欲を掻き立てずにはいないえも言われぬ芳醇な香りが漂ってきた。 頼りなげな蛍光灯の明かりがこもれて出している入り口を抜けると、 皿に白米とカレーをよそって、腰を下ろした。 「腹が減っては何とやらというからな・・・、ウム・・・なかなか・・・上手いではないか・・・」 日英同盟は1902年か、などと考えながら一皿を平らげる。 「ご馳走様でした。しかし、武士は食わねどなどというあたり、 我がことながら日本人の心性というのは面白いものだな、さて・・・」 数時間ぶりのまともな食事に腹を満たされた琢麻呂はさっそくズックから取り出した盗聴器のスイッチをひねる。 「気絶していた間にどれほど事態が進行したかを考えると・・・チッ、面倒だな。」 中身の残っているカレーからのカレーの匂いがそれでも彼を少し落ち着かせた。 やれやれ単純なものだ、と自嘲して琢麻呂は聞こえてくる声に耳を傾けた。
「・・・二人はよく眠っておるな。で、これからどうするかね、高町君?」 「はい、とりあえずもう少しこのまま仁村さんを休ませていただけないでしょうか? 彼女、いろいろあってかなり疲れていたみたいなんです。 森の中で随分休んだんですが、地べたよりもやはりベッドのほうが・・・女の子、ですし」 「フム、それはかまわんがの。 まひる殿も大層辛い目におうた、少し心身を休めることも必要じゃろう。 ただ、いつまでもこのままというわけにはいかんぞ?」 「はい、あと少しでかまいません」 「そうか、ならばゆっくりと休ませてあげなさい。・・・ときに高町君は大丈夫なのかね?」 「はい、俺なら・・・」 「フム、どうやら四人でいるらしいな。 ベッドと言っているところから見ると民家か、あるいは病院だろうが・・・。 それにしても厄介だな。魔窟堂野武彦に高町恭也、仁村知佳に広場まひるか・・・」 まるでアメリカンコミックスではないか、と吐き捨てて装置の周波数を変える。
「あいつら一体どこいったんだぁ〜」 伊頭鬼作の周波数からは、大きな一人ごとが聞こえてきた。 「フム、殺るならこいつからにしたいところだが・・・」 要注意人物の一人であるアズライトに周波数を合わせる。 「もう寒くない?」 「うん、おにーちゃんがこれを貸してくれたから、もう大丈夫だよ」 優しげなアズライトの声に続いて、嬉しそうなしおりの声が聞こえてくる。 「・・・どうやらよりを戻したらしいな・・・、まぁ、どのみちこんな人外の相手を使用とは思わんがね。 この二人と合流する前に伊頭鬼作を・・・位置的に少し難しいか?」 言いながら、次の周波数に切りかえる。 「これは、ファントムか・・・」 唸るような風の音に混じって、女の静かな息遣いだけが漏れ聞こえてくる。 「どうやらかなりの速度で走っているようだが・・・・・・化け物め」 忌々しげに言うと、グレン・コリンズの周波数へと切り替えた。
20 :
名探偵の静かな晩餐(5) :03/02/03 23:31 ID:8gLZ8cFQ
やがて、生き残った全ての参加者の現状を確認し終えた琢麻呂は、ターゲットを二組に絞った。 「ランスとか言うやつがいる組は危ない、となるとだ。 この【伊頭遺作・月夜御名紗霧】組、あるいは【朽木双葉】のいずれかになるわけだが・・・」 突然電波を受信できるようになった朽木双葉を盗聴したときの、男の声が気になる 半日ほど前に死んだ少年の声にそっくりだったからだ。 さらにランス達から聞いた情報を総合するに、どうやらこの少女は妙な技を使えるらしい。 「いっしょにいる相手もわからん、なぜふたたび傍受できるようになったかもわからん、 何よりもどんな力を持っているのかもわからんやつと戦うのは、阿呆のすることだな。ということは・・・」 琢麻呂はもう一度月夜御名紗霧の周波数をセットする。 「そこへ行けばいいんだな?」 「そうです」 かすかに聞こえる遺作の声に、月夜御名紗霧が凛と答える。 「そこへいけば、きっと上手くいくでしょう」 「食えないやつだな・・・」 これまでの彼女の言動を知る琢麻呂は、彼女の受け答えに自分と同じ匂いを感じた。 「非力である私がこの人外魔境で生き残るなら、 この女に知恵比べで勝てるくらい出なければいかん、ということになるかな?」 そう言って立ち上がる。 嘆息しながらも、彼はどこか楽しそうだった。
27 :
名無しさん@初回限定 :03/02/04 14:43 ID:9VD5bNXQ
フェミニズム=善行 フェミニスト=善人 フェミ=善 一般の人の認識はこの程度でしょう。 暴走したフェミニズムが社会の病気として日本を蝕んでいる事を 一般の人にはっきり理解してもらう為に。 フェミニズムでは無くフェミファシズム フェミニストでは無くフェミファシスト とはっきりと呼ぶべきだと思います。 フェミ=善の部分ばかりでは無い事を一般の人に広く理解してもらう為にも。
メンテ
保守 スレ汚しスマソ
保守
防波堤に打ちつける波がしぶいてはふたたび海へと向かう。 光の届かぬ朝焼けの陰で奇妙に澱む鉛色の海が、 あの男の目を思い出させた。 細い血管が幾筋も走る薄灰色の濁った目。 死んだ魚のような目が薄気味悪く笑っていた。 病院を抜け出したあと、私は自分のことを「センセ」と呼ぶあの包帯の男を探していた。 私はあてどもなく歩きながら、自分の中に浮かび上がった不思議な感覚に少し戸惑ってもいた。 復讐心。まだ、自分に復讐などという感傷じみた感情が残っていたことに驚いたからだ。 この異質な島で、異質な私はどうなってしまったのだろう。 思えば、あのとき私は遥のために涙を流したのだ。 久しくなかったまるで「普通の人間」のような自分の反応。 埋葬された死者が突然目覚めたような、そんな感覚だった。 朝日に白んだ足元から、背後に向かって影がくっきりと黒く伸びているのが見える。 うつむいたまま、石畳の上に揺らめく長い長い影を見つめる。 この「ゲーム」が始まってから、私は五人の人間を殺した。 彼らも誰かのために涙を流したのだろうか。
32 :
彷徨える亡霊 :03/02/09 02:28 ID:2NrPjfN7
歩きながら、私は私を異質なものに作り変えた男のことを思い出していた。 あの時はわからなかったが、彼もまた異質な人間の一人だったのだろう。 「アイン、武器には過去の記憶も美しい心も必要ない。分かるかね? ただただ人を殺すため、それだけのために研ぎ澄まされ、洗練される。 それゆえに彼らは美しい。彼らには何一つ無駄なところがないからだ。何一つだ」 そこで黙って、男はもの問いたげな目で私を見た。 色素の薄い目が、どんな感情もうつさない青い目がわたしを見ている。 男の視線と素肌に冷えた空気がまとわりつく。 私の顎に手を触れ、そのままその手を下に下ろしていく。 首筋をなで、鎖骨をなぞり、乳の丸みに指を這わせて、そのまま腹を軽く押した。 大方、腹筋の感触を確かめてでもいたのだろう。満足げに薄く笑った。 「アイン、お前にも過去の記憶や美しい心は必要ない。 お前も人を殺すため、ただそれだけのために研ぎ澄まされ、洗練された。 人の形でありながら、記憶や心を落とされた、虚ろな魂。・・・だから、お前は」 男はそこで言葉を切って、琥珀色に満たされたグラスを傾けた。 淡紅色の弱い光に照らされた私の身体を眺める男の目は、宝物を見つめる子供のように輝いていた。 「だから、お前はファントムなのだ。冷えた光を湛える刃のように、鋭く美しい亡霊なのだ、分かるな?」 私を作った男は楽しそうに語り、もう一度念を押すようにたずねた。 もう一度ブランデーをあおって、少し詩的に過ぎるな、といって愉快そうに首を振った。 町が見えてきた。 あそこにあの男はいるのだろうか?
33 :
vv :03/02/09 06:16 ID:ZGwPyYeT
期待保守
(第二日目 AM07:00) 苛々と足を踏み鳴らしているもは面白くないことでもあったからだろう。 ひとしきり廃村の中を回って帰ってきた月夜御名紗霧は、古風な民家の門前に立つ遺作を見てそう思った。 遺作に忠誠を誓ってから数時間。 巧みな弁舌と類まれなる俳優の才とで、彼女は着実に遺作の信頼を勝ち得てきた。 「何かめぼしいものはありましたか?」 「いんや、使えそうなものはほとんど誰かが持っていってやがるな・・・ご丁寧にいくつか罠まで仕掛けてやがった」 「そうですか、それは残念です。それでどこにもお怪我はなかったのですか?」 頷く遺作は彼女の微妙なイントネーションには気づかなかったようだ。 紗霧は空を見上げて何とも言えないため息をついた。 目に入る軒先の庇は随分と古いものなのか、いたるところ隙間だらけで、 透ってくる朝の光に彼女は眩しそうに目を細める。 視線を下げると砂利の上を小鳥が跳ね回ってはその間にくちばしを差し込んでいる。 彼女の身体を太陽がじんわりと温め、心地よい風が髪を吹きながす。 ほつれる髪を手櫛で整えると、紗霧はズック鞄からパンを取り出し、少し口にした。 機械的に咀嚼しながら、ときおりあたりを見まわすフリをして遺作の様子を盗み見る。 遺作は小指で鼻をほじりながら、呆けたように座り込んでいた。 バカみたいに大きなあくびをすると、無遠慮な視線で彼女を眺め始め、目があうとニタッと笑った。 そして誰に言うでもなく、盛り上がってまいりました、とこぼすといやらしく顔をゆがめた。 横顔に痛いくらいの遺作の視線を感じながらも無視して、小鳥のいるあたりにちぎったパンを撒いてやる。 「オイ、紗霧」 「何でしょう?」 ぼんやりと小鳥の観察をしていた紗霧はパンを喉に詰まらせてむせ返った。大きな瞳にうっすらと涙を浮かべる。 蟲惑的な黒い瞳に浮かぶ涙が、一層遺作を興奮させたのか、 「股を開け、今すぐだ」と弾んだ声で言った。 しばらく目をぱちくりさせたあと、紗霧は胸元をさする手を止めてズックの中身に目をやる。 そして、彼女は少し眉をひそめた。
「・・・遺作様」 「ァア、何だ?」 紗霧がすぐに求めに応じなかったのが気に食わなかったのか、遺作の声は不機嫌そのものだった。 今にも噛み付かんばかりの表情で彼女をにらみつける。 「この紗霧、遺作様に可愛がっていただきたいのはやまやまなのですが・・・ 申し訳ありません、一人こちらに近づいてくるものがありますので・・・」 もう一度、ちらりとレーダーを納めてあるズックに目をやる。 「チッ、誰だ、そいつぁ?」 「残念ながら、このレーダーではそこまではわかりかねます。が、早急に何らかの手を打ちませんと・・・」 「お前のことだ、何か良い考えでもあるんだろうが?」 たった数時間の間に何があったのかと思わせるほど、遺作は彼女の作戦立案能力を買っていた。 人から蔑まれ、見下されて生きてきた遺作には、はじめこそ強制していたとはいえ、 その後のどちらかと言うと紗霧自身からの積極的な忠誠がひどく気持ちよかった。 あるいは、目の前に控えているのが、めったにお目にかかれないほどの美少女であったからかもしれない。 そんなことを分析しながら、縁側にふんぞり返る遺作に控えめに頷きかえすと、 紗霧は、僭越ながら、と前置きをして話し始めた。 「まず私が先行して囮になり対象の注意を引きつけます。 そして、対象が私に気づいた時点で私は遺作様に合図を送ります。 そこで満を持して遺作様に出てきていただき、不埒者を誅していただく、というのはいかがでしょう?」 取り立ててどうということもない囮作戦も、 紗霧の頭脳と忠とを信頼し始めた遺作には大層な妙案に聞こえたのだろうか、満足そうに何度も頷く。 紗霧もまた、最後の判断は委ねることで、遺作のちっぽけな自尊心をくすぐってやることを忘れない。 「よし、その作戦でいこうじゃねぇか」 案の定、気を良くした遺作は二つ返事で了承した。 「つまり・・・挟み撃ちだな?」 「そうなります」 機嫌よく頷いてた遺作は、了承したものの何か腑に落ちないところでもあったのか、頭をひねった。
「けどよ、それじゃぁお前が危ないんじゃねぇのか?」 「何をおっしゃいますか」 自分を凌辱した男に我が身を案じられるのは紗霧には屈辱でしかなかったが、そんな感情はおくびにも出さず、 気を取り直すように芝居がかった咳払いを一つすると、紗霧はとうとうたる申し開きを述べ始めた。 その申し開きもやはりどことなく芝居がかっていた。 「私の身を案じてくださいましたのに、とり乱してしまい申し訳ありません。 しかしながら遺作様、どうかこれだけは胸に留めておいていただきたいのです。 私のごとき小人の命を持って、遺作様のような丈夫のお命を救えるなど無上の喜び。 ましてやあなた様は私の主ではありませんか、主の御身の前には臣の身の軽きはまさに鴻毛ごとしです。 主の大儀のためには、臣は粉骨砕身、虎穴に入らずんば虎子を得ず、飛んで火に入る夏の虫、 あらゆる難事をすら厭うことはないでしょう」 私はこのように考えております、といって紗霧は静かに目を伏せて跪き、臣従の礼を示す。 「紗霧ぃ、お前ってやつは・・・、そこまで、俺のことを・・・」と遺作は言葉に詰まらせる。 片手で目のあたりを抑えているのは、心の汗を隠すためだろうか。 足もかすかに震えているように見える。 「遺作さんはよぉ、今まで何人も何人も女をモノにしてきたけどよぉ、紗霧ィ、おまえみたいに可愛いやつは初めてだ」 紗霧の言っていることをすべて理解できたわけではないがその気持ちは通じたのか、遺作はいたく心を打たれたようだ。 クシャクシャになった顔に張り付いているつぶらな、 けれども濁った彼の目にはいまやまごう事なき涙までもがうっすらと浮かんでいる。 「もう一つ、進言したいことがあるのですが・・・」 「何だ、言ってみろ」 まだ感動の余韻冷め遣らぬのか、鷹揚にうなずく遺作の耳に口を寄せると短く耳打ちした。 「そこまで考えてるとは、やっぱりお前はなかなか使えるじゃねぇか、えぇ?」 「お褒めに預かり恐悦至極でございます」 本当に嬉しそうに笑う遺作に、彼女はぺこりと頭を下げる。 垂れ下がる艶やかな黒髪を見て、ますますやに下がった笑いを浮かべる。 しかし、遺作は気づかなかった。 頭を下げている紗霧の顔もとても嬉しそうに笑っていたことに。
「さて、これでよし・・・と」 細かい打ち合わせのあと、遺作の目が届かないところまできて紗霧は大きく伸びをした。 ついに雌伏のときが終わろうとしていることを考えると、 彼女のあまり豊かとは言えない、けれども形の良い胸はいやがおうにも高鳴っていく。 性欲のことしか頭にない単純な遺作の考えを操作することなど、 幼少のみぎりから多くの大人を相手に立ち回ってきた彼女には造作もないことだった。 紗霧は遺作に嘘をついていた、 彼女がこれまでについてきた嘘を数え上げればきりがないが、その嘘は侵入者についてのことだった。 この村に侵入者がいるというのは本当のことだった。 しかし、先ほどズックの中を検めたとき、レーダーには侵入者を表す光点などどこにも映し出されていなかった。 侵入者の情報はレーダーから得たのではない。 先ほど一人で村の中をまわっていたときに、紗霧はその侵入者を見かけたのだ。 それは丁度自分と同じくらいの年かさの、灰色の柔らかそうな髪をした少女だった。 なぜかレーダーに映らないその少女は、手に何か長い筒状のものをもっていた。 紗霧はひと目でその少女が遺作の言っていたアインという少女だと目星をつけた。 ハンカチを取り出し、吹き出した額の汗をおさえる。
あのとき見かけた場所と、彼女が歩いていた方向とから考え合わせると、 ここで待っていればアインはまもなくやってくるだろう。 そこまで考えて、紗霧は地面に腰を下ろすと、日に焼けた民家の板塀に背を預けた。 「アインさん、早く来てくださいな」足をパタパタとやりながら、 足もとを跳ね回っている小鳥を愛でていると、 石畳の上を踏みしめるローファーの音が聞こえてきた。 一瞬、自分の足の音を聞かれたのではないかと思ったが、すぐにそんな考えは捨て、足音に耳を傾ける。 どうやら足音を消そうとしているようだが、何かに気をとられているのか、幾分散漫な消し方だった。 素人の紗霧でも注意していれば十分に聞き取れる。 やがて足音がすぐ側まで来たので顔を少しだけ覗かせてみると、いきなり額に硬いものを押し付けられた。 恐怖に体がかっと熱くなり、どっと汗が噴出すのがわかった。 黒く光るそれは、ショットガンの銃口だった。 そのとき紗霧は一瞬にして悟った。足音は消し損ねられていたのではなく、わざと聞こえるようにしていたのだ。 その証拠に、こうして間抜けな獲物が一人かかっているのだ、と。 そして目の前のおとなしそうな少女に少し戦慄を覚えた。
「何か用かしら?」 「初対面の人にいきなり銃を突きつけるなんて、いい度胸をしてますね?」と言いかけたがやめた。 大きく息を吸うと、彼女は自分を落ち着かせた。 上手く躍らせるためには、押すだけでなく時には引くことも必要だということを彼女は知っていた。 バカと鋏は使いよう。今、バカも鋏も彼女のすぐ側にいる、それも底抜けのバカと、鋭利に過ぎる鋏が。 互いに物言わず見つめ合う。 小鳥の鳴き声がやみ、やがて紗霧は口を開いた。 「単刀直入に申します」 この前口上自体が冗長ですけど、と思ったがこれも口には出さない。 「私を助けていただきたい」 神妙な顔でのたまった。
「そのまま、そのまま聞いてください。 もし、私が嘘をついていると思ったのなら、いつでも引き金を引いてくださってかまいません。」 「・・・・・・」 しばらくの逡巡のあとアインは銃口は突きつけたままで無言で頷いた。 礼をいうと、紗霧は自分が置かれた状況についての説明を開始した。 その説明は簡潔にして明瞭、まさに「説明」のお手本のような説明ではあったが、 そんな中に同情を引き出すニュアンスを巧妙に混入するあたりが彼女の侮れないところである。 もちろん、紗霧とて目の前の少女にそんなものが通用するとは思っていなかったが。 「私、あの男に脅されて仕方なく」といって説明を終えた。 紗霧はうつむいて身を震わせている。その手は白くなるほど固く握られていた。 「で、あなたはその男から逃れるための力を私に貸して欲しいのね?」 「ハイ、それに・・・」 紗霧はアインの表情をうかがった。 「その男は包帯まみれの男にあなたを殺す依頼を受けていると言っていました」 その言葉にアインの顔色がさっと変わった (ビンゴ!!) 目の前の少女がアインであるならば、素敵医師のことを出せば、必ず食いついてくると思っていたからだ。 「その男は、今どこに?」 冷静な彼女にしては珍しく上ずりそうな声を必死に抑えているのが、紗霧には手にとるようにわかった。 それだけに、切り札になりえるその情報の核心を自分が持っていないことが残念だった。 紗霧の無言から悟ったのか、アインは残念そうにすいと目を細めた。 「いいわ、手伝ってあげる」 紗霧はもう一度、心の中で喝采を上げた。
遠くに紗霧の合図を見て、遺作は茂みの奥からそろそろと出て、背を向けているアインに襲い掛かった。 両手に持ったメスが冷たく光る。 「!」 あらかじめどこから掛かってくるのかわかっているアインは造作もなくそれをよける。 必殺の一撃を避けられた遺作は舌打ちすると、 続けざまに胴を薙ぐように鋭い蹴りを放つ。 薬物の力で強化された遺作の反応に少し驚きながらも、 身を低くしてアインはそれかわす。 そして、通り過ぎた蹴りの風圧で揺れた髪がおさまらないうちに、 跳ね上がるようにして遺作の顎に掌底を叩き込む。 そのまま押し倒すように腕を突き出し、 よろけてかしいだ遺作の股間めがけて思い切りつま先をけりだすが、 体勢を立て直した遺作はそれをあっさりと片手で止めた。 「へっ、もらったぁ!!」 少し興奮気味に叫ぶと、 アインの白い喉元に向けてメスを閃かせる。 それをアインは首の皮一枚を鋭利な刃に裂かせつつ、 上体をスウェーバックさせ、 そのまま身体をひねって思い切り足を払う。 「クゥッ」 仰向けにどうと倒れた遺作が顔を上げようとすると、 硬いものにぐいと押し戻された。 「包帯まみれの男をどこで見かけたの?」 銃口で頭を押さえつけたままたずねるアインは、息一つ切らしてなかった。 「ヘッ、何のことだかわからねぇなぁ」 「そう」 息も切れ切れになりながら、この期におよんでいきがる遺作を見下ろすアインの目は冷たい。 躊躇なくスパスの引鉄を引いた。 それで終わりのはずだった。 が、遺作はなおも不敵に笑うと超人的な反射神経と跳躍力で跳ね起きた。 ためにいくつかの弾丸は乾いた地面にめり込み、何を逃れた遺作はそのまま走り去ってしまった。
「待って下さい。もう大丈夫です」 後を追おうとするアインに慌てて声をかける。 「そう」 立ち止まって少し考えた後、さっさと立ち去ろうとするアインに紗霧はもう一度声をかけた。 「ありがとうございました」 「うん」 ぺこりと頭を下げる紗霧に頷くと、アインは踵を返した。 「あの、私もご一緒させていただけませんか?」 「・・・ここからしばらく北に行ったところの病院に魔窟堂という老人がいるわ。 誰かと一緒にいたいなら、そこに行きなさい」 「ご老人ですか?」 「ええ・・・とても良い人よ」 そう言って陶器のように白い頬をさすりながら、何かを思い出したのだろうかどこか遠い目をする。 彼女の顔はそのとき初めて少しほころんだように見えた。 「あの、あなたのお名前を・・・」 ふたたび立ち去ろうとしたアインを呼び止める。 「ファントム・・・死に切れなかった地獄の亡霊よ」 答えたアインはもういつもの無表情なアインだった。 また何か思い出したのか、少し寂しそうな表情に見えたが、紗霧はそんなことは意に介さずに、 「いや、そんなセンスのない通り名みたいなのを聞いているのではなくて、 私はあなたのお名前をお聞きしているのです。 一般にファーストネームとファミリーネームとに分かれているアレです、おわかりですか? 中にはミドルネームを持っているレアな方もいますけどね」 しれっとそんなことを述べる。 「アインよ。他に名前はないわ」
点々と続く地面の上の赤い斑点を追って紗霧は歩く。 だんだんと大きくなっていく血の跡は、間違いなく指定した場所へと続いていた。 「おぉ、紗霧、何とかしてくれ、痛くてたまらねぇ」 周りに立ち並ぶ民家よりもひときわ小さな家の勝手口の前に遺作はいた。 勝手口の両脇にはどぎつい緑色の葉に混じってちらほらと小さな花を咲かせているかつて生垣だったものがある。 左手で腹を抑えてうずくまる遺作の頭の上に、その花が舞い落ちた。 「ッ・・・フフフッ」 頭から花が咲いたような形になっている遺作を見て、紗霧は堪えきれず笑い出した。 それは彼女に昔見たアニメのキャラクターを思い出させた。 「何がおかしい」 「いえいえ、こちらのことです。 それにしてもちゃーんと待ってたんですね、エライエライ。本当にバカと言うのは御しやすくてたいへん結構」 「てめぇ、舐めてやがるのか?」 「舐めるだなんて、とんでもない」 恫喝するような遺作の声を平然と流す紗霧は、大きな目をさらに大きく見開いてとても心外そうな顔をした。 「卑しくも人間の身でありながら、あなたのような生ゴミを舐めるだなんて、正気の沙汰じゃないですね」 「それがお前の正体ってわけか?」 遺作は歯を固く噛み合せた悪鬼のごとき形相で、苦々しげにはき捨てた。 「ご期待に添えましたかどうか・・・」といって紗霧はにっこり笑う。 「ヘッ、へへ、生ゴミとは言ってくれるじゃねぇか、ええ? その生ゴミに入れられて嬉しそうにアンアン言ってたくせによ。 俺が生ゴミなら、ぶちこまれたお前はさしずめゴミ箱ってとこか、なぁ?」 嘲笑うように遺作がそう言った瞬間、嬉しそうに笑っていた紗霧の顔からスゥッと笑顔が消えた。 彼女の整った顔から表情が消えると精緻な人形のようで、ぞっとするばかりに美しかった。 「へへへ、なんだぁ、怒ったのか何とか言ってみろよ?」 いい気になってせせら笑う遺作に、ふたたび笑いかけると紗霧は背中からするすると光るものを取り出した。
「なっ、金属バット、てめぇ、どっからそんなもんを?」 「そんなこと、あなたに答える必要があるでしょうか?」 笑顔で答えて、紗霧は遺作の左の鎖骨あたりをめがけて思い切りバットを振り下ろした。 「うぐぉ!!」 もんどりうって転げまわる遺作につかつかと歩み寄ると、 がら空きの背中にさらにもう一撃、骨の砕けるいやな音がした。 「やれやれ、まだ生きているんですか、まるでゴキブリですね。しつこい男は嫌われますよ。正直、辟易します」 腹には銃創、右腕は既になく、左鎖骨と背骨は骨折、どうしてまだ生きているのでしょう、などとぼやきながら、 ぐったりとした遺作を引きずるようにして紗霧は集合場所に決めていた民家の中に引きずり込む。 勝手口から中に入り、されるがままに畳の上を引きずられる遺作は足に何か引っかかりを感じた。 振り返ると空気の中に何かが細くチラチラと光っている。 「ピアノ線だと?」 何かに感づいたのか、あたりに視線をめぐらせた遺作は古びたタンスを認めて蒼ざめた。 「ああ、この家はさっき私が点検したのでご存知ないかもしれませんが、 この家にもたくさん罠が仕掛けてありますから」 「てめぇ、はなっからこいつをぉッッ!!」 「ご名答〜」と紗霧がうれしそうに叫ぶのが聞こえた瞬間、遺作の足の上にタンスが覆い被さってきた。 地響きにも似た振動とめきめきという木の割れるような音に続いて、 倒れた衝撃で舞い上がった夥しい量のほこりが部屋中に溢れかえった。 年季の入ったタンスには一体何が入っていたのか、相当な重さらしく、 遺作の足を押し潰し、畳を抜けて床にまでめり込んでいた。 「あら、気絶しないのですか?ハワードとか行ってたのはマジだったのですね」 紗霧は満足そうに遺作を見下ろしながら、育ちのよさをうかがわせるゆっくりとした口調で言った。 「ぱわーどだ」 「ポマード?」 「ぱわーどだ」 「ハイハイ、そんなに怒鳴らなくても聞こえてますよ。年寄りはむやみやたらと怒りっぽいからいやなんです。 まったく、年はとりたくないものです。それにしても、随分と余裕があるじゃないですか」 歯軋りが聞こえてきそうなくらい、強く歯噛みする遺作の頭をバットで小突きながら、 紗霧は大仰にぽんと手を叩いて見せた。
「あ、そうそう、それにしても、残念でしたねぇ?」 「何がだ」 「アインさんという方をお昼までに探し出さなければならないんでしょうに、 その足ではもう探しにはいけませんね?」 遺作は何のことかわからないという風に紗霧を見つめる。 無表情を装ってはいたが困惑した遺作の視線は紗霧をいたく喜ばせた。 「さっきの彼女、アインさんというらしいですよ?」 おまけに彼女はどんどんあなたから遠のいていきますしね、とはしゃぐみたいに付け足す。 「てっめぇぇぇ、何から何まで癇に障る野郎だなぁッ!」 「私は・・・野郎ではありません」 怒り狂って唾を撒き散らす遺作の視線をあっさりと無視して、 バットを振りあげると、ゴルフスイングの要領で遺作の頭を打ち抜いた。 「ま、どうせお昼には死ぬことですし、私がわざわざ手を下すまでもないでしょう。 はい、これ、末期の水です。私も武士の情けというものを見習ってみました。喉が乾いたら飲んでくださいな」 突っ伏したままの遺作にかまうことなくそう言うと、 ぎりぎり手がとどがないくらいのところに透明な液体の入った小ビンをおく。 「まぁ、お飲みになれたらの話ですけどね?」 気を失ったままの遺作に笑顔で告げ、紗霧はそこを立ち去った。
ところどころに草のはえ出てきている石畳を踏み鳴らしながら、彼女にしては珍しく鼻歌など歌っている。 道の両脇にはどれもこれも同じように見える民家がずらっと建ち並んでいる。 この道をまっすぐに行けば、アインの言っていた病院にたどりつく。 晴れて自由の身となった喜びに浸るのもつかの間、これからのことを考えるとけして心からは喜べない。 綺麗な形をした彼女の頭の中は、はやくも生還のための次の方策を練り始めていた。 しばらくして背後からおよそ人の発するものとは思えない、身の毛もよだつような絶叫が聞こえた。 「水と酸の識別も出来ないとは・・・、 あれだけ粗末ななおつむですとさぞかし悩みなく幸福な人生だったことでしょう。 まったく、うらやましい限りです。原生虫のような人生・・・私は真っ平ゴメンですけどね」 知っている方は知っているかと思うけれど、彼女はわりと完璧主義者なのだ。 「まぁ、乙女の貞操は高くつくってことです」 ポニーテールの上の黒いリボンが気持ちよさそうにひらひら揺れる。 北上しながら、彼女は今後の身の振り方を考えていた。 ↓
48 :
名無しさん@初回限定 :03/02/16 21:09 ID:TQk7P2vJ
【遺作】 【現在地:山道】 【スタンス:女は犯す、アイン殺害】 【所持品:なし】 【備考:右腕喪失、左鎖骨・背骨骨折、腹部に銃創、両足骨折、呼吸困難、身体能力↑ 第二日目AM12:00に禁断症状でショック死】 【月夜御名沙霧】 【現在地:同上】 【スタンス:???】 【所持品:レーダー、メス数本、薬品数種】 【アイン】 【現在地:村落付近】 【スタンス:素敵医師殺害】 【所持品:スパス12】 【備考:左眼失明、首輪解除済み】
49 :
名無しさん@初回限定 :03/02/16 21:32 ID:cEKlp+yR
(第二日目 AM07:30) うらびれた医院のドアは、それ相応にうらびれており、スチール製のドアノブはひやりと冷たい。 仁村さんが眠り始めてから、もう3時間ほどたった。 けして十分な睡眠時間とはいえないけれど、魔窟堂さんの言う通りあまりここに長居をしているわけにはいかない。 こうしている間にも、犠牲者は増えていくのだから。 それでも俺はできるだけ音を立てないようにノブを回す。 ドアの向こうの景色のなかで桃色が最初に目に入った。 健康そうな若々しい唇の桃色、ついでそこから色の波紋が広がる。 朝の太陽に暖められた部屋の中はじんわりと染入るようで、カーテンの白が風にはためき、 部屋を染め上げる光がリノリウムの床を柔らかく光らせる。 簡素な部屋のなかに、俺はほんのりと仁村さんの匂いを嗅いだ気がした。 実際には医療施設に独特なあの消毒液の匂いがするわけだが、 真っ白なシーツの上に横たわる彼女の寝顔を見ているとなぜかそんな気分になった。 薄い布地に包まるようにして眠る仁村さんの穏やかな寝息を聞きながら、俺はしばらく彼女を観察した。 しげしげと観察するのは失礼かとも思ったが、 彼女が起きているときには顔すらまともに見られないのだから仕方がない。 右脇を下にして眠る彼女は胸のあたりまで引き上げられたタオルケットから、そっと左手をのぞかせていた。 夏草を思わせるような、ほっそりとした手。指先にぬめ光る爪は綺麗に切りそろえられている。 右手を折り重なるようにその上に置き、小首を曲げてそれを眺める気色、小さな背中も少しゆるいカーブを描く。 膝も軽く曲げ、まるで胎児か赤ん坊のような寝方をしている彼女は ミルク色の頬をほんのりと薔薇色に染め、その上に一束ねの髪を垂れさせていた。
太陽は雲に覆われたのか、にわかに部屋のなかに影を落とす。 枕もとに置かれたガラス製の水差しのなかから光が消える。 そばに置かれた薬ビンは彼女のものだろうか、おさめられている色とりどりの薬もその色を褪せさせた。 あまり体の大きくない彼女は、その寝相のためベッドの多くの部分を余らせたままにしている。 ぽっかりと開いたその空間は、ほとんど俺のために空けられていたのではないかとさえ思える。 というのはおそらく俺の一方的な思い込みで、単純に俺が彼女の横で眠りたいと思っているだけなのだろう。 まだ、出会って一日しかたっていないのに、そんなことを考えるのは同じ町の人間の気安さからだろうか。 もしくは、見知らぬ土地に突然呼ばれ、殺し合いをせよと言われた異常な状況が、俺を蝕んでいるのかもしれない。 危機を共にした男女は結ばれやすいという話を何かで読んだ。 俺もそうなのだろうか。 そんなことを考えながら、ベッド脇まで来た俺はあらためて彼女の顔を眺めた。 よほど深い眠りらしく、俺がすぐ側に立っても彼女は目覚めなかった。 視線ははずさずにベッドのふちに手をかけて、膝立ちになる。 俺の目の高さに、穏やかに眠る彼女の顔がきた。 蕾のように軽く開かれたふっくらと形の良いあの桃色が、呼吸に合わせてふるふるとはかなく震えている。 彼女の薄いまぶたはまるで何かを待っているみたいに閉じあわされたままだ。 本当は、彼女はとっくに目を覚ましていて、俺をからかって遊んでいるだけなのではないか。 そんな考えがよぎるが、俺は蜜蜂が花の香に引き寄せられるように少し腰を浮かせて、 互いの吐息がかかるくらいのところまで顔を近づけてみる。 目の前にいる彼女の表情は変わらなかった。 太陽も相変わらず雲に隠れたままで、彼女のうえにも紗のような影を落としていた。 俺はその薄物の奥を覗きたくて、目を凝らす。
53 :
ひなたの桃色 :03/02/23 02:13 ID:NsFnE5gh
そのとき、シーツの端から少しだけ覗かせていた彼女の左腕がすっと伸ばされ、軽く押すように俺の肩に触れた。 一瞬、彼女が目覚めたのかと思ったが、どうやらそうではなさそうだ。 彼女の顔を見る。シーツの上に広がった髪は静かなままだ。 さすがに高鳴った心音はすぐには収まらず、落ち着こうと少し多めに息を吸った。 すると手を伸ばした拍子にはだけられたシーツのなかから、今度は濃い彼女の匂いが漂ってきた。 乳臭いというのとは違う、不思議に心の落ち着く匂いだった。 良い匂いだと俺は思った。 軽く、ごく軽く触れられた左腕はしなだれかかるように置かれたままだ。 そっと息づく唇もまだ開かれたままだ。 もっと近くで彼女を見たくて、もっと近くで彼女の匂いをかぎたくて、俺は彼女に顔を近づける。 強くなった彼女の匂いに、俺は眩暈に似た強烈な感覚を味わう。 目と鼻の先に彼女が眠っている。 俺は唾を飲んだ。不自然なくらいその音は大きく聞こえた。 いま目を覚ました彼女は驚くだろう。 ひょっとしたら、ものすごく怒るかもしれないし、悲しむかもしれない。でも、それでもかまわない。 俺は、単純に、彼女の唇を吸いたいと思った。 雲間から顔を覗かせる太陽はふたたび部屋の中を照らし出し、じんわりと暖めはじめた。 ベッドの上に体を起こした彼女は相変わらず頬を染めている。 「寝顔見られちゃったんですね、恥ずかしいな」と言って、彼女はシーツで顔の半分までを隠す。 結局、俺は何もしなかった。威張るほどのことじゃない、当たり前のことだ。 寝込みを襲うなんてことは、男のやることではない。没義道もいいところだ。 ましてや、俺と仁村さんは数時間前に会ったばかりなのだから。 けれど、あのとき突然の来訪者がなければ、そのことを魔窟堂さんが告げに来なければ、俺はどうしていただろう。 いま、この部屋のなかには俺のほかに四人の人間がいる。 魔窟堂さん、広場さん、仁村さん、そして居並ぶ俺たちの前に毅然と立つ来訪者。 黒い髪を黒いリボンで括った、目を瞠るばかりに端正な彼女は、凛と澄んだ声で名乗った。 月夜御名紗霧。 俺には、彼女が黒い魔女のように見えた。 ↓
期待保守
古ぼけた民家の戸をくぐった琢麿呂は、面白くなさそうに鼻を鳴らした。 コンクリートで固められた上がり口にはまだ乾ききっていない血痕が点々と黒く残されている。 ほこりっぽい部屋の奥には、彼の肩くらいの大きさのタンスが倒れており、薄い板床を抜いてめりこんでいた。 顎に手を当てて、フムと呟くと、彼は土足のままで上がりこんだ。 「逃げられた、か。まぁ、いいさ、オイ、起きたまえ」 行き倒れの人間よろしく足元に倒れている男の頭を遠慮なくつま先で軽くつつく。 「んぁ、あぁぁ、うぁぁ?」 男はびくりと身を震わせて首だけを起こすと、寝ぼけた目でしばらくあたりを見回した。 そばで見下ろす琢磨呂に気づくと必死に何かを伝えようとしたが、それは意味のある言葉にならなかった。 つばきを飛ばして訴える男の血走った目を見て、もう一度琢麿呂はつまらなさそうに鼻を鳴らした。 「足だけでなく、喉もやられたのか…まったく、哀れなものだ。 君にいくつか聞きたいことがある。イエスなら縦に、ノーなら首を横に振りたまえ、いいね?」 男の足を押し潰しているタンスをちらりと見やる。あれではもう立って歩くことも出来まい。 琢磨呂は何事もなかったかのように話を続けた。
「まず、君と一緒にいた女性はどこへ向かったか、知っているかね?」 ひとしきり騒いで落ち着いたのか、嘲り笑うように顔をゆがめると鼻を鳴らしてそっぽを向いた。 琢麿呂はあきれたように首をふると、懐から出した拳銃を男の額に突きつける。 「もう一度だけ、たずねよう。 君と一緒にいた女性はどこに行ったか、君は知っているかね?」 琢磨呂のゆっくりと噛んで含めるような質問にも男は黙ったままで、琢磨呂の顔を見てせせら笑った。 「やれやれ」と琢磨呂は大げさに肩をすくめて、 「どうしても答えないつもりかね、伊頭遺作君?」と不意に男の名を呼んだ。 遺作は自分の名前を呼ばれて一瞬虚を疲れたような顔をしたが、またすぐにニヤニヤと笑いはじめた。 つぶされた喉からもれ出るヒューヒューという笑い声が不気味に部屋の中に染み込んでいく。 だらしなく開かれた口からのぞく、ぎっしりと歯垢の詰まった歯が琢磨呂の嫌悪感をさそう。 彼はもう一度肩をすくめてため息をつくと、躊躇なく二度引鉄を引いた。 「私は彼女のほど育ちが良くないのでね」 脳漿が汚らしく足元に散らばるのを冷然と見下ろして、観客もいないのにおどけて見せる。 西部劇の主人公のように、銃口から立ち上る煙をひと吹きすると、琢麿呂は民家をあとにした。 ↓ 「3番 伊頭遺作 死亡」
「主催者を倒すのであれば…」 後ろから聞こえてくる3人のかしましい声を聞きながら、 魔窟堂は、医院での紗霧さんの言葉を思い出していた。彼女はこう言った。 「彼らはおそらく北の山のあたりに潜伏していると思われます。身を隠すためにも森を抜けていくのが良いかと…」 誰も反論するものがいないので、結局5人はこの紗霧さんの言に従う形になった。 他に手がかりもなく、主催者達がどこにいるかもわからない状況では、たとえ推測の域を出なくとも、 無闇に歩き回るよりはいくらかましだろうということで五人は森を歩いているのだが、 魔窟堂はどこかで間違いを犯しているような気がしてならなかった。
「フムゥ」と鼻から息を噴出し、魔窟堂はきれいに整えられた顎鬚をしごく。 「どうかなされましたか?」 隣を歩く紗霧さんが黒髪を風に流しながら、見上げてくる。前髪が彼女の上にこまやかな影を落としている。 「ん、いや、何でもないんだがのぅ…」 前を向いたまま、魔窟堂はなんとなく言葉を濁す。 紗霧さんは不思議そうに首を傾げたが、それを追求するようなことはしなかった。 黙り込むと、まひる達の声がふたたび魔窟堂の耳に飛び込んできた。 「そうじゃ、紗霧殿。紗霧殿の同じくらいの背丈で髪の短い制服を着た女の子を見なかったかの?」 「制服の女の子、ですか?」 見返す紗霧さんは少し考える素振りを見せて、やがてゆっくりと頭を横に振った。 「……いいえ、見なかったと思いますが・・・何かあったんですか?」 「いや、こっちのことじゃ……そうか、見なかったのならいいんじゃ、気にせんでくれ」 今はいないアインのことを考えながら、魔窟堂は隣を歩く紗霧さんのことを考え始めた。 しばらくの間、孫ほども年の離れた娘ととりとめもない話をしながら歩き続けるうちに、 魔窟堂は目の前の少女の聡明さに舌を巻きはじめていた。 以心伝心とはかくの如しと思わせるばかりに巧みに会話の機先を制し、 話の緩急や、語調の強弱などを自在に操り、言葉の端々から会話の核心をズバリとつく。 まるで、自分の言わんとしている事すら何もかもあらかじめ読み取られているかのようであった。 時々の刺のある言葉も、若さゆえの過ちと思えば良いように解釈できたし、 見識の広い彼女と話すこと自体が純粋に楽しくもあった。 彼女には天賦の才というものを垣間見せられた気分になった。天才は存在するのだ。 しかし、彼女の明晰な頭脳は聡さと賢しさの微妙な境界で揺れているようにも感じていた。
そんなことを考え考え歩くうち、 ふと話し声が聞こえなくなった事に気付いた魔窟堂は後の三人をかえりみた。 すると何か珍しいものでもあったのか、三人は寄り添うように立ち止まって茂みの奥の何かを見ている。 「どうしたんじゃ?」 少し声を張り上げて呼びかけると、まひるは静かにという風に口元に指を当てた。 思わず魔窟堂は、隣にいた紗霧さんと顔を見合わせた。 「どうしたんじゃ?」と傍まで来た魔窟堂は今度は声をひそめてたずねる。 茂みのほうをじっと見ていた恭也は、そのままの姿勢で茂みの奥を指差した。 薄暗い森の中、細かいところまでははっきりとは見ることが出来なかったが、指頭の先には紛れもなく人がいた。 が、その人の形をしたものは尋常の人というにはあまりに小さい。 「あれは・・・何でしょうか?」恭也は声を潜めて魔窟堂に耳打ちする。 魔窟堂はフムゥと言っただけで何とも答えなかったが、 「ホムンクルス・・・というわけではなさそうじゃな」とだけ言った。 「錬金術の子が和装というのは滑稽ですからね。一寸法師といったところですか」と受け、笑みを浮かべる紗霧さん。 「うむ、いずれにせよ…何らかの方法で生み出された使い魔のようなものであることには間違いないと思うが…」 「何かを探しているんでしょうか?」 誰ともなしに呟いた恭也の問いには、魔窟堂も紗霧さんも何とも答えなかった。 代わりに隣にいた知佳が答える。 「あの、ひょっとして、その方は森の中で怪我をして動けなくなって困ってるとかじゃないでしょうか?」
四人が一斉に知佳のほうを見た。 四つの視線は意想外の意見への驚嘆が三つに、 驚嘆交じりのひそかな軽侮が一つ、その内には絶滅寸前の天然記念物を見るような、哀れみも少なからず混じっている。 「わ、わたし何か変なこといいましたか?」 にわかに注目を浴びて、知佳は少し恥じ入る。 恥ずかしがる彼女を見る恭也の顔が心なしか少し緩んだように見える。 そんな光景に目を細める魔窟堂は若々しい彼らのうぶな反応を微笑ましく思う。 紗霧さんは何か考え事でもあるのか、さっさと目をそらすと 葉が重なり合う中から抜け出てくるわずかな木漏れ日を探すようにして、顔を上に向けた。 よく手入れされたポニーテールが重力に引かれてたらりと垂れ下がっている。 「…あれ?」 まひるが素っ頓狂な声をあげ、今度はそちらに四つの視線が集まる。 「どうしたんじゃ、まひるどの?」 「消えたんです、小人さん」と半ば呆然としたような口ぶり。 「消えたとはどういうことじゃ」 「いや、どういうことって言われても、消えたんです。こう、煙みたいにぷはぁっ、て」 言いながら大きく手を広げて、煙のジェスチュアをするまひる。 一行がまひるが指差すあたり――先程まで件の小人がいたあたり――に目をやると、なるほどもう何も無かった。 「嫌な予感がしますね」 紗霧さんが口を開いた。そして、私の嫌な予感はよく当たるんですよ、と付け加えた。
勝手のわからない森の中で、消えてしまった小人など探すわけにはいかず、2人と3人はふたたび歩き出した。 紗霧さんの言葉が効いたのか、恭也たちは寄り合うようにしている。 「いいなぁ、知佳ちゃんには高町君がいるんだもんねぇ。 あぁ、神さま神さま、もしものとき、あたしは誰を頼ったらよいのですかぁ〜」 まひるが手を大きく天に振り上げて、からかうように嘆いてみせる。そして、ちらと二人のほうに流し目を送る。 「ちっ、違いますよ、私と恭也さんはそんなんじゃないです。ね、ねぇ、恭也さん?」 「そ、そうですよ。全然、そんなんじゃないですから、俺たち!」 強く否定してしまったあとで、恭也は知佳の様子をうかがう。 そして同じくばつの悪い顔をしていた知佳と目が合うと二人は頬を染め、たがいに目をそらした。 「恭也さんに……、俺たち……かぁ。 いいなぁ…二人で見詰め合っちゃったりなんかして、いつかは、あたしも素敵な彼氏彼女の関係に・・・」 まひるの言葉に慌てた恭也と知佳は、ふたたび何か抗議を開始した。森は鬱蒼と続いている。 「何じゃ?」 三人の取りとめのない話を聞くともなしに聞いていた魔窟堂は突然感じた違和感に立ち止まった。 「わぷっ!ど、どうしたんですか魔窟堂さん?」 すぐ後ろを歩いていたまひるが、魔窟堂の背中にぶつかって鼻をさすっている。 魔窟堂の隣を歩いていた紗霧さんは、2・3歩進んだところで振りかえると 「嫌な予感、やっぱり当たりそうですね」と苦笑いを浮かべた。 「やはり気づいておったか」と魔窟堂も何故か少し嬉しそうに笑ったが、すぐに顔を引き締めた。 「え、え?」と何のことだかわからないという風に鼻の頭をこすりながらまひるは首をかしげる。 「鳥の声がやんでいますね」 恭也の出した助け舟にうなずくと、魔窟堂はしゃがみ込んで朝方の少し湿っぽい大地に耳を当てた。 不安そうに袖をつかむ知佳を安心させるように恭也は頷きかえしてやる。 紗霧さんは目を閉じ何か考え込んでいる。まひるは口元に手を当てて魔窟堂を見守っている。 魔窟堂は立ち上がり、叫んだ。 「これは…いかん、逃げろっ!!」 次の瞬間、地中から無数の木の根があふれ出るようにして飛び出してきた。
「知佳ちゃんたち、どうしてるかな?」 まひるは膝に手を置き、息を整えながら魔窟堂のほうを見た。 みっしりと葉の茂る森の中にその息遣いだけが静かに聞こえる。 魔窟堂は腕を組んで大きく息を吐き出した。 「フム、高町君が一緒におるなら心配はないとは思うが・・・」 そして、ここ一日はため息ばかりついていることに気づいて苦笑いする。 木の根に襲われた場所からどれくらい走って逃げただろうか、 ようやく木の根の動きが収まるころには恭也と知佳の姿が見えなくなっていた。 「紗霧殿はどう思う?」 「あの時、二人は手をつないでいたようですからたぶんいっしょにいると思いますが、問題は・・・」 「問題は?」 歯切れの悪い二人の言葉に痺れを切らしたのか、先を促すようにまひるが問い返す。 魔窟堂は紗霧さんと顔を見合わせ、やがて魔窟堂が重々しく口を開いた。 「問題はじゃな、果たして敵さんがあれであきらめてくれたのかどうか、ということじゃ」 「あの偵察役の一寸法師がもっとたくさんいて、敵がどこにいても攻撃を仕掛けることが出来るとすれば・・・」 「そんな、それじゃぁ」 魔窟堂は顔を青ざめさせるまひるの肩に手を置く。 「なに、心配することもなかろう」 「魔窟堂さんのおっしゃるとおりです。心配していても、死ぬときは死にますし、死なないときは死にません。 運がよければ助かるでしょうし、なければそれまで。まぁ、なるようになるってことですね」 とは、さすがの紗霧さんも言わなかった。 ただ、黙って魔窟堂の言葉に頷く。 「これから・・・どうしよう?」 「まず、はぐれた2人と合流することが先決じゃが・・・」 魔窟堂は周りを見回す。うつむいていたまひるもあたりを見回す。 見渡すかぎりに重なる緑は奥も見通せないほどで、どこまでもどこまでも果てなく広がっている。 紗霧さんは小さくため息をついた。
あたりには心地よい匂いが漂っている。恭也がかいでいるのは知佳の匂いではない。 それは何かの花の匂いだろうか、甘いような透き通るような匂いが二人の鼻をくすぐる。 「とりあえず、魔窟堂さんたちを探しましょうか?」 「そう・・・ですね」 先ほどから知佳の返事は短く、どことなく硬い。 恭也は木の幹に押し付けていた後頭部を浮かせて彼女の顔色をうかがった。 知佳は伏し目がちにしていた目を潤ませて、顔の心持赤いように思える。また具合が悪くなったのだろうか。 視線を動かすことができず、恭也に気づいた知佳と目が合う。 同年代の女の子。 目の前の同年代のきれいな女の子に見つめられ、恭也は顔が熱くなるのを感じた。 「どうかしましたか、仁村さん?」 喉の渇きと、体のほてりを打ち消すように明るい声を出す。 「え、いえ、その、何でも、ないん・・・です、何でも」 慌てて目をそらすと知佳はうつむいてしまった。その頬の朱は先ほどよりも色味を増したように見える。 「そうですか」 恭也は両手を頭の後ろに敷いて、ふたたび木にもたれかかって空を見上げる。 しかし、空は見えない。仕方がないので木ばかりが生い茂る森を見る。 あたりにはまどろませるような甘い花の匂いがあいも変わらず立ち込めている。 そして体の熱も抜けなかった。
「俺が・・・」 「え?」 「いえ、もしも俺が敵であれだけの力があれば、そしてその気があるのならば・・・」 「はい」 「こんな中途半端な状態でほっぽり出したりはしないと・・・思うんです。何だろう、熱いな」 「だったら」と、知佳が慌てて立ち上がるとつくりの華奢なひざ小僧が目に付いた。 「休んでる場合じゃな・・・い・・・・・・きゃっ」 膝からくず折れるようにして、知佳が恭也の胸の中に倒れこむ。 「あ・・・、あ、あ、あの、ごめんなさい。その、すぐに退きますから。あ、あれ、おかしいな。本当にごめんなさい」 足に力が入らないのか、立ち上がろうとしてはへたり込む。もがく知佳はさらに恭也の胸に密着することになる。 恭也はあごの下にいる知佳のかたちの良い頭を見ながら、 花の蜜にも似た甘い匂いとともに、あの時かいだ知佳の匂いを思い切り吸い込む。 皮膚の下を流れる赤い血が、煮立ったかと思うほどに体が熱くなる。 正しくは、体の一部がたまらなく熱くなっている。 (ああ、気づくのが少し遅かったな) 恭也は抗えないものを感じながら、自分の迂闊さを呪った。敵の追撃は、すでに始まっていたのだ。
白い肌を桜色に染めた知佳と目が合った瞬間、恭也は彼女にキスをした。 知佳も待ちかねたかのように吸い付いてくる。舌を絡ませ、たがいに口腔をなぞる。 口を離すと二人の間に銀色の糸が引かれる。 恭也はそれを見て、もう一度知佳にキスをした。唇の感触をむさぼるようにたがいに吸いあう。 自分の着ていた服の上に知佳を横たわらせ、恥ずかしそうに顔を横に向けている彼女の服に手をかける。 「あ・・・」 下着をとると乳房がぷるんと小気味よくゆれた。 知佳は恥ずかしさに赤くなった顔を手で覆ってしまう。 「仁村さんのかわいい顔、もっとよく見せて」 自分でも何を言っているんだろうと思う。普段なら口にも出せないような言葉が、すらすらと出てくる。 「私、胸おおきくないから、恥ずかしい」 「そんなことない、かわいいよ」 「でもでも・・・大は小を・・・・・・あっ、んぅぅ」 知佳の言葉をさえぎるように、頂点に実を結んだ桃色の突起を口に含む。 やわらかい彼女の体の中で、そこは少し感触が違う。 「ふぁ・・・んっ・・・んっ・・・はぁぁぁぁぁぁ・・・」 可憐な桃色を唇ではさむようにすると彼女の肌があわ立つ。 そして、あわ立った肌を舌でなめ上げ、鎖骨をとおり喉をとおり、ふたたび濃厚なキスを交わす。 木漏れ日差す森が二人にまだらな光を落とす中、チュッ、チュッという淫靡な音が響く。 空いた手で回すように胸を愛撫すると、やわらかいうちに感じられるこりこりとした感覚が気持ちいい。 唇をはなし、胸に集中する。あまり豊かでない彼女の胸が手の中で自在に形を変える。 まだ熟しきらない、少し芯に硬さを残した胸を優しく、なでるように触る。 「恭也さん」 「なんだい?」 「もう一度、キス・・・してくれませんか?」 頷き、もう一度キスをする。三度目のキス。
そのまま、胸を愛撫していた手をするすると下ろし、まだつけたままのショーツの中に手を潜らせる。 「んふぅ・・・、だ・・・だめ、だめです、そこは・・・んっ、んっ、んんぅ」 知佳の弱々しい拒絶を唇でふさぎながら、下腹部に手を伸ばす。 唇から漏れ出てくる嬌声と、誰も触れたことのない彼女の花弁に触れていると考えると、ますます興奮してくる。 いやいやと小さく首を振る彼女の口に右手を差し込み、 ほっそりとした首筋に何度もキスをして、左手で彼女の淫裂に指を差し込む。 「んむぅっ・・・、はっ、はっ、はっ、んっむぅ、んぁぁあ、はぁ」 恭也の指に舌を絡めながら、知佳が声を震わせる。 高いソプラノを聞きながら、暖かい彼女の中を指でこすると、次から次へと蜜が滴り指に絡みついてくる。 とろけそうなくらい、彼女の中は熱く潤っていて、 下着ももう彼女が吐き出した愛液でべたべたで、手の甲に張り付いてくる。 「仁村さん、少し腰を浮かせて?」 「ふぇ?」 「腰、浮かせてくれる?」 こくんと、可愛らしく頷くと彼女は下着を取るのに協力した。もう拒絶の色は見えない。 とろんとした目で、何かを期待するように恭也のほうを見ている。 クチュッという水音がして、ショーツが取り去られる。 「私の変でしょう?」 泣きそうな声で言う知佳のそこはまるで幼い少女のようだった。 未発達なスリットがあるだけで、ほかには何も余計なものがない。 彼女は恥じているようだが、シンプルですばらしいと恭也は思う。 やわらかそうな彼女の秘裂は果汁を滴らせる果実のようで、恭也は何も言わずにそこに口をつけた。 「ああぁぁっ、だめっ、だめです、恭也さん。そこ、汚いですから、わたしっ・・・あぅ」 「汚くなんかないよ、仁村さんのここ、とてもきれいだ」 女の子の体はどこもやわらかく、どこもいい匂いがする。 あの甘い花の匂いもここからしていたのかもしれないな、などとぼやけた頭で考える。 「アン、ホン・・・トにっ、だめですってばぁ・・・んんん・・・あ、はぁっ・・・」 花弁の入り口についた突起を舌で転がすようにすると、彼女の声が1オクターブ高くなる。
恭也の勃起はもう耐えられないくらいに張り詰めていた。 息を荒げたままで不安そうに見上げてくる知佳にやさしく軽いキスをすると、ファスナーをおろす。 「うわっ・・・」 ばね仕掛けのように飛び出した肉の凶器を目にして、知佳は思わず感嘆の声をあげる。 「なんかすごいみたい…」 「いや、普通だと…思うけど?」 知佳の細い膝を押して股の間に体を入れる。 白いなだらかな肌がほんのりと桃色に染まった上に、汗がたまになって浮いている。 髪をなで、キスをしたままで彼女の淫裂に切っ先をあてがうと、いやらしい音を立てて中から溢れる愛液が陰茎を伝う。 スリットにそって肉棒を上下させ、先端に愛液をまぶすと 「いくよ?」と耳元でささやく。熱い吐息を吹きかけられて、知佳は身を震わせる。 「ッ・・・・・・・・・はい」 目をしっかりと瞑って頷く知佳のまぶたにキスをすると、恭也は一気に腰を前に突き出した。 「ッ!!」 「大丈夫?」 途中の抵抗は、知佳の純潔の証だろう。 恭也は痛みに震える知佳にぴたりと体をくっつけて、抱きしめる。 胸の下の柔らかな肉を通して、体をこわばらせる彼女の心音が伝わってくる。 彼女の体は燃えるように熱く、彼女の中は暖かかった。 じっとしていても、ひたひたと吸い付くように絡み付いてくる。 小さい彼女の体を抱きしめながらキスをして、恭也はその静かな快楽をむさぼる。 「あっ…」 知佳が甘い声はあげた。 「わたし…なんで、なんでぇ…はじめて、なのに…」 「どうしたの?」 熱くなるばかりの体をもてあまし、思い切り彼女を突き上げた衝動を必死に抑えながら、恭也はたずねる。 知佳は顔を真っ赤にして、淫蕩に潤ませた目で見上げてくる。 「恭也さぁん、体が熱いんです。気持ちよくしてください」 普段の知佳からは想像もつかない鼻にかかった甘い声、恭也に残った理性を砕くには十分だった。
自分のしでかしたことにため息をつきそうになるのをぐっとこらえて、恭也は隣に座る知佳の顔色を伺う。 「あ…」 同じく顔を上げた知佳と目が合い、すぐに二人は目をそらす。 知佳は抱えこんだ膝小僧に顔をうずめた。恭也はばつが悪そうに頭をかく。 二人の間に気まずいような、照れくさいような空気が漂う。 あのあと、恭也は何度となく射精した。 知佳がぐったりと動かなくなるころには、花の匂いは薄れていたが、 快楽に飲まれた二人には行為をやめることが出来なかった。 嫌がられているのだろうか、と恭也は思う。そして、多分そんなことはないだろうと思い直す。 けだるい体を休めるように二人は動かなかった。 「軽蔑しましたよね?」 「え?」 突然の知佳の言葉に恭也は驚いた。が、自分も同じようなことを考えていたことに思い出す。 「そんなこと…ないですよ。俺だって…。それにあれは敵の仕業だったんだから、仕方ないですよ」 「敵の仕業…、そうですよね。仕方ないですよね」 知佳はえへへと笑うと、膝小僧の上にあごを乗せて、軽くため息をついた。 一瞬、恭也は謝るべきかとも思ったが、それも失礼なことだと思いなおし、やめた。 では責任をとるべきなのだろうか。 責任。結婚。二人の子供、幸せな家庭。娘の反抗期、息子の成人式。 「もしも、敵が仕掛けてこなかったら、恭也さんは……」 「え?」 想像が二人の孫の誕生まで言ったところで、恭也はふたたび間抜けな声をあげた。 「すみません、聞いてませんでした」 「え?い、いいんです。なんでもないです!!」 両手をパタパタと振って慌てて打ち消す知佳を見て、恭也は胸のなかがじんと暖かくなる。 「とっても気持ちよかったよ」と恭也はそう言って知佳の髪をなでると、 「あ…」 はにかむ知佳にもう一度軽く口づけた。
69 :
花の香は…… :03/03/03 17:22 ID:UtYOBMc/
「若い者はお盛んで結構だな」 といいながら、こんなことを言うのは年よりくさかったかな、と笑う。 「高町恭也に仁村知佳、手強そうに思えた君たちをこんな形で始末できるとは思っていなかったよ」 少し小高くなったところから、 盗聴器から聞こえてくる恋人たちの甘ったるい会話を聞いているのは海原琢磨呂だった。 彼は立ち上げられたフロントサイト越しに仲むつまじい二人を覗き見て、口をゆがめた。 肩口には無骨な米軍製のロケット砲がその66口径の虚ろな瞳を若者たちに向けていた。 ↓
(第二日目 AM08:30) 彼らはようやく火の手が収まり、焦げた匂いを漂わせてくる森を南に迂回する道を選んだ。 「ねぇ、これからどうしようか、おにーちゃん?」 考え事をしていたアズライトはしおりの呼びかけに我に返った。 目をやると、しおりは眉を寄せ頬を赤くしている。どうやら怒っているらしい。 「おにーちゃん、さっきからず〜っと、レティシアさんのこと考えてるでしょう?」 「え、そんなことないよ。これから――そうだね、とりあえずは鬼作さんを探して…、 学校へ行って、鬼作さんの仲間の人に助けてもらうっていうのがいいと思う…けど…。あの、聞いてる、しおり?」 しおりは無言なまま寂しそうな目でアズライトのほうを見ている。 「しおり?」 「え、う、うん。聞いてたよ、学校でしょ?」 言ったきり、しおりは神妙な顔をして黙り込んでしまう。 アズライトも引きずられるように口を閉ざしてしまう。二人の間に奇妙な沈黙が横たわる。 とっさにごまかしたものの――そして、到底ごませたとは思えないが―― しおりの言ったとおりアズライトはレティシアのことを考えていた。 無意識のうちに、あるゆる所作の、あらゆる日常の隙間から染み込んでくる。 アズライトにとってレティシアとはそういう人であった。 意識しなくとも、いつでも彼は彼女のことを考えていた。 アズライトは様子を見るようにちらりと隣を歩く少女に視線を送った。 しおりは軽くため息をついて、首を横に振っていた。そして、しょんぼりと肩を落とす。 しおりとつないでいるアズライトの手は先ほどから痛いくらいに握られていて、彼女の手の爪は白くなっている。 「おにーちゃん……わたし…」 立ち止まり、うつむくしおり。 「わたし……」 つながれた手がかすかに震えている。 かける言葉が見つからず、アズライトは足を止めて、あとに続く彼女の言葉を待つ。 悲しそうな彼女を見て、ただそっと手を握り返して待っている。木の焦げた匂いが鼻についた。
71 :
秘密 :03/03/10 02:46 ID:RSQSbbI8
「ア〜ズ〜や〜ん!!」 そのとき、しおりの言葉をさえぎるようにして、向こうから叫びながら走る人影が現れた。 ぶんぶんと嬉しそうに手を振りながら、 情けない声をあげて走ってくる薄汚れたジャージに、毒々しいくらいに黄色い手ぬぐいをかけた男。 「あ、鬼作さん」 「ずいぶんとぉ…ハァハァ……探し、ましたよぉ・・・ハァハァ」 鬼作は二人の前まできてへたり込むと大きく息を吸った。 「あの、すみません、鬼作さん、僕、勝手に…」 「ごめんなさい、おじさん」 膝の上に両手をついて呼吸を整える鬼作に二人はそろって頭を下げる。 「おじっ…いえいえ…ハァ…、しおりさんとは…ハァハァ、 合流できたんでございますね…ハァハァ、それは、ようございました」 「あの、大丈夫ですか?」とアズライトが顔を覗き込む。 「ハァハァ…、なんの、これしき…大丈夫でございますよ」 「ぜんぜん大丈夫そうじゃないですよね?」 背伸びをしたしおりがおかしそうにアズライトに耳打ちする、アズライトも苦笑いを浮かべる。 鬼作は何事か楽しそうに話をする二人を怪訝な顔をすると、気を取り直すように明るい調子で言った。 「ささ、私めはもう大丈夫でございます。先を急ぎませんと」 鬼作に促されて、三人はふたたび歩き出した。 あの時二人を照らした太陽が今度は大地に三つの短い影を作る。 命綱である二人に合流できたことで安堵した鬼作は長々とした安堵の息を吐く。 手をつないで歩いていられるだけで嬉しいのか、しおりはニコニコと笑っている。 右手に広がる草原の向こうには磯が広がり、その向こうには青い海が静かに凪いでいる。 海は青、空も青、雲は白、果てなく続く草原は緑色。あたりまえの光景がどこまでも広がっている。 三人は三人それぞれの考えを抱いて夏草を渡る。 朝の涼しい風が彼らの肌をなぶって抜けていく。
72 :
秘密 :03/03/10 02:46 ID:RSQSbbI8
「合流したばかりですが、お二人はこれからどうするおつもりだったのでしょうか?」 肩にかけたズックの紐の位置を直しながら鬼作が尋ねると、 アズライトは先ほどしおりに言ったこととまったく同じ内容をもう一度繰り返した。 「ふむ、そうでございますな。おそらく、それがよろしいでしょうな。 ただ、そうしますと、もしこれから向かいます学校にあいつらがいた場合はいかがいたしましょう?」 「あいつら?」としおりがオウム返しにたずねる。 「主催者たち、とでも申しましょうか。あの時あの場所にいた五人のことでございます」 得心したのか頷くとしおりはアズライトのほうを見た。 その目は「どうするの?」と聞いているようだった。 「そのときは、僕が…戦います」 「あぁん?」 きっぱりとしたアズライトの言葉によほど驚いたのか、 鬼作は理解できないものを見るような顔でアズライトを見る。 「ですが、戦いは出来るだけ避けたいのではなかったのですか、アズライトさん?」 鬼作は一瞬崩れかけたポーカーフェイスを繕いながら、慎重に言葉を選んでたずねる。 「はい、たしかに僕は戦うのは嫌でした。誰も傷つけずに助かることが出来ればいいと思っていました。けど…」 「けど?」と言葉尻を拾う鬼作。 「戦うことでしか守れないものがあるのなら、僕は戦います」 しおりにやさしく微笑んで、アズライトはそう言いきった。 「おにーちゃん!」 ぱっと顔を輝かせると、しおりはアズライトに抱きついた。 「なんとすばらしい、まさに男子の鑑でございますな」 「そんな、僕なんて……」 「いやいやいや、何かを守るために戦う。 口にするのは簡単ではございますが、実践するとなるとなかなか難しいものでございます 敬すべき兄の命すら守ることの出来なかった私には、それだけの力のあるアズライトさんがうらやましい」 自嘲気味に笑う遺作を見て、忘れかけていた罪悪感が、アズライトの胸をチクリと刺した。 「おにーちゃん?」 しおりが心配そうにアズライトのほうを見上げている。 アズライトは少し疲れたような笑い顔を見せた。 遠くに村落が見えてきた。
73 :
秘密 :03/03/10 03:04 ID:RSQSbbI8
「そうだ、しおり。さっき、何か言いかけてたよね?」 誰もいない廃村に敷かれた石の上を歩きながら、アズライトは思い出したように口を開いた。 「え?」 「ほら、鬼作さんと合流する前に…」 「あ、ああ。あれね…、あれはぁ…」 「何のことでございますか?」 「なななな、何でもない、何でもないの、ねぇ、おにーちゃん?」 「え、あ、うん。何でもないです」 しおりの剣幕におされてアズライトは思わず頷く。 「二人だけの秘密というわけですか。よろしいですなぁ、お若い方は…」 しみじみとつぶやく鬼作は、 アズライトがデアボリカで自分の何倍もの歳を経ているということを失念しているらしい。 お邪魔してはいけませんな、といって少し離れて歩く。 アズライトがすまなそうに頭を下げると、遺作は笑って答え、見えないよう顔をそむけてから舌打ちした。 「あのね、おにーちゃん」 「うん」 「あの、恥ずかしいから…今は言えないけれど、きっと、いつか、ちゃ〜んとお話しますから…」 「うん、待ってる」 肩をたたいて安心させようかと思ったが、一本しかない手はずっとしおりとつながれたままになっている。 アズライトは小さな暖かい手を、優しく握った。 「それまでは、二人だけの秘密だね?」とアズライトは女の子のように小首をかしげる。 「あ……、はい!」 しおりは嬉しそうに笑って手を握りかえした。 民家がまばらになり、村を端から端まで貫く大きな道は、もうまもなく途切れようとしていた。 ↓
74 :
vv :03/03/10 15:09 ID:1yPk9aHz
>73 (第二日目 AM09:00) 「あの時は気づきませんでしたが、これはなかなかの年代ものですなぁ」 最後尾を歩く鬼作が、あたりに首をめぐらしながら場違いに間延びした声をあげた。 人影のない廃村を抜けたあとほどなくして見えてきた暗い校舎の中をアズライト達は歩いていた。 入り口のいくつかをのぞけば、窓という窓には目張りが施されており、 日の光が届かぬようになった廊下の暗がりにぼんやりと浮かぶ木の柱や壁は所々ひどく傷んでささくれていた。 教室と廊下とをへだてる窓枠に残された申し訳程度にガラスの隙間には 黒と黄の段だら模様も不吉な蜘蛛が大きな巣を張っているのが見える。 「ここにはもう誰もいないのかな?」 アズライトは前を見たままで、誰に言うともなしにこぼす。 「やだ、変なこと言わないで、おにーちゃん」と言ってしおりがぴたりと寄り添ってくる。 アズライトはその声を久しぶりに聞いた気がした。 暗がりを恐れているのか、校舎に入ってからの口数はずいぶんと減っていた。 ごめんと謝りながら、アズライトは廊下の暗闇に耳を済ませてみる。 長々と続く廊下の向こうにはやはり誰もいないのか、何の音も聞こえてこない。 鬼作の懸念は杞憂に終わったようだ。 「ねぇ、おにーちゃん。わたしたち、帰れるのかな?」 ポツリとこぼれでた言葉がじんわりとアズライトの中に染み込んでいく しおりは、わたしたち、の部分に微妙なアクセントをつけていた。 「帰れるよ、きっと。どうしてそんなことを聞くの?」 アズライトはわけがわからず、目をしばたたかせる。 「うん」といったきり何も言わず、しおりは自分のつま先を見つめて歩く。 しおりの言葉を反芻しながら、アズライトはもう一度「どうして?」とたずねた。 静かな校舎に床のきしむ音が残響する。 「だって、わたしがいたところには、おにーちゃんみたいな人はいなかったんです」
76 :
暗がりに光るもの :03/03/17 02:54 ID:SBYyPOwv
「僕みたいな人?」 しおりの言いたいことをつかみかねてしおりのほうを見ると、それまでうつむいていた彼女と目が合った。 彼女のしっとりとした目は、自分で答えを見つけてほしいといっているように見えた。 彼女の言わんとするところを捕らえようと頭を働かせながら、 アズライトはつい数時間前にもこういう光景があったなと軽い既視感を覚える。 続く沈黙に、目を閉じたしおりはふたたび歩き出し、 「デアボリカ」とだけ言った。 アズライトの視界がぐらぐらとゆれた。 小さな、けれども、はっきりとした声だった。 彼女はこう言ったのだ、「わたしの世界にデアボリカはいない」と。 アズライトの視界はまだゆれている。 レティシアのところへ帰る。アズライトはただそれだけを考えていた。 しおりは違う。デアボリカであるアズライトにはそれが痛いほどわかる。 凶となったしおりはアズライトともにあることだけを考えていたはずだ。 「それ…は……」 「それは?」 振り向かず、間を置かず、今度はしおりが繰り返す。それは別離を意味する。 アズライトは言いよどんだ。もとより答えられるはずなどない。 帰えることが出来たところで同じ世界に帰ることが出来る確証などどこにもない。 が、それを言ってしまうのはあまりに残酷で、あまりに無責任なことに思えた。 しおりは答えを待っている。答うべきアズライトは答えを持っていない。 うなだれる彼には薄暗い闇がありがたかった。闇はいつでも多くのものを覆い隠してくれる。 「しおり、僕は…」 「ウ〜ソ!!」 「え?」 「ウソです。ウソ、いまの冗談です。えへへ、本気にしちゃいましたか、おにーちゃん?」 振り向いたしおりは楽しそうで、先ほどまでの暗い調子は微塵も見せない。 「あたしとおにーちゃんは、うんめーの赤い糸で結ばれてるの。 だからぁ、ずっと、ず〜っと、一緒。でしょ、ね?」 手のひらを口に当て、しおりはころころと笑う声が聞こえる。 アズライトが立っているところからはしおりの表情は窺えない。 ただ目張りの隙間からこぼれてくる光が彼女の頬を伝うものをかすかに照らしていた。
77 :
:03/03/17 02:54 ID:oItNvlHK
保守
ホシュ
入りこんでくるかすかな光がしおりの髪と細い手を淡黄色に光らせている。 堪えきれず溢れ出てくる涙を見せまいと何度も何度も両手で必死にぬぐいながら、 彼女は何度も「ごめんなさい」と謝った。 泣きじゃくり謝りつづける彼女を見て、これは決定的な瞬間なんだとアズライトは悟った。 覚悟は言葉にしなければ、誰にも伝えることが出来ない。 「僕…僕、は……」 言いよどむばかりで言葉にならず、やがて雫がうっすらと埃の積もった床を叩いたとき、 しおりは「ごめんね、おにーちゃん」と言ってにこりと笑うと、そのまま走り出してしまった。 困ったように眉を寄せた痛々しい笑顔だった。 先ほどまで握られていた手から急速にあたたかさが逃げていく気がした。 追うべきだ、追わなければならない、とそう彼は判断した。しかし彼は、追えない、とそう結論した。 アズライトは自問する。嘘でも「ずっと一緒にいられるよ」と言うべきだったのだろうか、と。 彼女の消えた暗がりを見ながらそんなことを考えていたとき、 彼は鬼作の姿が見えないことにようやく気が付いた。 一人になってからあらためて眺めてみると、後先の見えない廊下はひどく長々しい。 彼はこの廊下で月を見上げたことを思い出した。 あの時はまだ窓に目張りは施されておらず、 外には空を領するようにしてひどく青白い月が病的な光を投げかけていた。 うなだれる彼は、自分のことを信用できなかった。 肝心のときに、肝心の言葉を与えることが出来ないで、果たして彼女を守り抜くことができるのか。 彼にはもうよくわからなくなっていた。いなくなった鬼作のことも気にかかる。 それでも一瞬の逡巡のあと、彼は奥へと一歩足を伸ばした。 すると床がギシリと鳴いた。一足進めば、あとは自然に歩を進めることが出来た。
奥へと進むうち、聞き覚えのある声で放送が始まった。 「まもなく王子様の到着だ、プリンセス」 「だんまりか、それもいいだろう」 「フフ、感動で声も出ないかな?」 「それとも痛みで動くことが出来ないのかな?」 「私としても手荒な真似はしたくなかったのだが、君の態度はお世辞にも協力的とはいえなかったからね」 手荒な真似、という言葉にアズライトは思わず走り出した。 この放送がしおりについてのものなのだという、漠然とした確信が彼にはあった。 彼の焦りに関係なく、放送は続く。 「体温・心拍数ともに上昇中」 「過度の興奮は生体に悪影響を及ぼす。落ち着きたまえよ、プリンセス?」 「それは酷というものだ、愛するものの姿に興奮できるのは人の特権」 「フフ、そうだ。人の特権。だが、人にあらざるものであったなら?」 ノイズのチリチリする音に混じって、くすくすという笑い声が聞こえてくる。 アズライトにはそれが同じ声をしたもの同士の会話に聞こえた。
「曰く、犯人は現場に戻る」一人がそう言った。 「あまり論理的ではないな」もう一人がそう答えた。 「何より、彼は犯人ではない」 「帰納的推論は確率論に過ぎない」 「論より証拠、つねに事実は小説より奇なり、だ」 「それは人のイマジネーションの欠如・不足に由来する」 「イマジネーションの産物は常に現実より発しながら、もはやその残滓すらとどめていない」 「現実以外の比較項目を持たないにもかかわらず、人には現実のほかによりどころとするものがない」 「フフ、同語反復。それは悲劇だな」 「違うね、喜劇さ」 「どうして?」 「ゴドーを待つのさ」 「ああ、そうか」 またクスクスという忍び笑いが聞こえてきた。 アズライトには何が面白いのか、まったくわからなかった。 かび臭い匂いをかぎながら、廊下を一気に走り抜ける。 それほど長くはないはずなのに、廊下は途切れることなくどこまでも続いているように思われた。 「見えたっ!!」 最初の部屋のドアを勢いよく空けると、「ほら、ゴドーの到着だ」 その声はスピーカーからではなく、直接聞こえてきた。
部屋に入ったアズライトは二つのものを目にした。 ひとつは放送の声と同様、まったく同じ顔、まったく同じ背格好をした五人の女。彼女らはみな白衣を着ていた。 もう一つは、背中を丸め、腹を抑えてうずくまるしおりだった。 よく見ると、しおりの赤いワンピースのその部分は周りの赤よりもいっそう濃くなっているようだった。 「心配ない、弾は抜けている」 アズライトの疑問を察したのか、白衣の女の一人が行った。 「…しおりに何をしたんですか?」 「なにね。まるでがら空きだから撃たせてもらったんだ。フフ、痴話喧嘩でもしたのかな?でも少し迂闊だ」 「こちらもまさか、あたるとはおもわなかったがね」 至極あたりまえのことを話すように彼女らの表情は一切変わらなかった。 しおりは意識を失っているのか、なだらかな肩が規則正しく上下している。 赤い血だまりが少しずつ広がっていく。凶とはいえ、血を失いすぎるのはよくない。 そんなアズライトの焦りを見透かしたかのように白衣の女はさらに話を続けた。 「私は椎名智機、今大会開始時にお目にかかったことがあるのだが覚えているかな?」 「ちなみに隣にいる私も、その隣にいる私も、椎名だ」 「それにしても、よもやゴドーがのこのこと出てくるとはな、フフ、脚本が台無しだ」 「失礼だぞ、彼はゴドーではない」 「そう、彼はゴドーではない」 「彼は登録番号第14号、アズライトだ」 「知っているよ」 「そうだろうな」 今度は彼女らは笑っていなかった。彼女らはつまらなさそうな顔をしていた。
「…しおりを返してください。」 「残念ながらそれは出来ないな、ゴドー」 教室のなかの空気がぴんと張り詰める。 鼻を鳴らすと、智機は慌てる風も見せず軽く眼鏡を押し上げた。 「まぁ待て、アズライト君、見せたいものがある」 しおりの右側に立っていた智機がアズライトを制すると、同時に残りの四人も一斉に同じ仕草をした。 最初に手を上げた智機は白衣のポケットからリモコンのようなものを取り出し操作すると、 「これを見てもらえるかな?」といってモニターを指した。 何度か画面の中の映像が何度か切り替わり、 砂嵐のように荒れた画面のなかにぼんやりと白いものがうごめいているのが映し出された。 「これは…」と言ったきり、アズライトは口篭もる。 やがて鮮明になった画面には、ズボンを膝のあたりまでズリ下げて女にのしかかっている鬼作が映っていた。 「そう、君のお仲間だ」 「そして私だ」 たしかに鬼作の相手の女は目の前にいる女と寸分たがわぬ格好をしている。 ただ一つ違うのは、鬼作が吐き出した精で女の肌は闇の中でも分かるくらいにてらてらとぬめ光っていた。 「やれやれ、モニター越しにも臭ってきそうだな」 「機械仕掛けのダッチワイフにあれほど興奮できるとは、人間というのは滑稽だな」 「だが、当の本人は大真面目だ、彼は本能に忠実だけさ」 「フフ、だからこそいっそう滑稽だ」 「笑うなよ、敵が見ている」 「笑ってやらねば、道化があまりに哀れだろう?」五人はまたクスクスと笑った。
智機はモニターの中の情交に目を向けたまま、話しはじめた。 「アズライト君、君は本来このゲームに参加しようと考えていたはずだね?」 「そう、それをこの男がそそのかした。そうだろう?」隣の智機が言葉を継ぐ。 「彼はこう言った。この島から逃げよう。手段はある」 「だが、それはウソだ。その証拠に隣の部屋に通信機などなかったはずだ」 「彼には何の手段もありはしない」 「逃げることなんて出来やしない」 「君は選ばれたんだ」 「そう、選ばれた」 「最強の駒」 「少し当てが外れたようだがね」 「だが、思わぬおまけつきだ。あながちはずれでもない」 そう言って、五人は失われたアズライトの左手としおりを交互に見てクスクスと笑った。 「私は別に君を責めているわけではない」 「誰しもが間違いを犯しながら生きている」 「ただ、騙され上手な君にチャンスを上げようと思ってね」 「そう、もう一度このゲームに戻るチャンスだ」 「チャンスは常に君の周りに生じる。生かすも殺すも君次第だ」 「まぁ、チャンスに気づくことこそがもっとも難しいんだがね」 十の瞳がまたクスクスと笑った。
「さて」 一体の智機がモニターの中の鬼作を指差し、意味ありげに白衣のポケットに腕を突っ込んだ。 「今から、彼を殺す。彼は反逆者だ」 「正確には、その教唆だが」 「さらに言うならば、それは教唆ですらなかった。道化は逃げる気などなかった」 「だが、この際それは関係ない」 「そう、関係がない」 「重要なのはかの道化が君らに反逆する意思を与えたということだ」 「そうだろう、ゴドー?」 「君は彼にそそのかされた」 「だから処刑は実行されねばならない」 「そのあと、君の意思を確認したい」 「つまり、君にふたたび殺戮への道を開こうということだ」 「そのために、君には一つやってもらいたいことがある」 「そう、ゴドーにはプリンセスを殺してもらう」 最後の言葉に、アズライトははじかれたように顔を上げた。 一人は真っ直ぐにアズライトの眼を見ている。残りの四人は倒れたしおりを見ている。 いずれにせよ、目の前に並ぶものたちの表情はやはり変わらない。暗がりに言葉は淡々とつづられる。 「まずは反逆者の処刑から行う。それまでそこでゆっくりと考えておいてくれたまえ」 口々に話していた五人の智機はそこでようやく黙った。嫌な沈黙がわだかまる。 我に返ったアズライトが口を開こうとすると、ふたたび智機の一人が話し始めた。 「公開処刑、人間が考案した祝祭のなかでも私はこれが一番好きだな」 有無を言わせぬ口調でそう言って彼女がすいと目を細めると、 血のように赤い瞳の中を幾筋もの光が流れていく。 アズライトにはその光の行く末がどこなのか、見当もつかなかった。 光はこの島に配置された智機たちをつないでいた。 「やってくれ…ああ、かまわない。役者はそろった」
「It's showtime!」 ひときわ大きな声で、しかし抑揚のない声で一人が祝祭の開始を叫ぶ。 「反逆者には死を!」「反逆者には死を!」「反逆者には死を!」「反逆者には死を!」「反逆者には死を!」 「反逆者には死を!」「反逆者には死を!」「反逆者には死を!」「反逆者には死を!」「反逆者には死を!」 「反逆者には死を!」「反逆者には死を!」「反逆者には死を!」「反逆者には死を!」「反逆者には死を!」 「反逆者には死を!」「反逆者には死を!」「反逆者には死を!」「反逆者には死を!」「反逆者には死を!」 「反逆者には死を!」「反逆者には死を!」「反逆者には死を!」「反逆者には死を!」「反逆者には死を!」 「反逆者には死を!」「反逆者には死を!」「反逆者には死を!」「反逆者には死を!」「反逆者には死を!」 低く唸る読経のような智機たちの声が不気味に空気を震わせる。 目眩がするような、吐き気のするような嫌な反響が部屋中に溢れ返る。 心なしか、部屋が伸び縮みしているようにすら感じられる。 「鬼作さん、ごめんなさいっ!」 アズライトは鬼作を残してきたことを後悔したが、次の瞬間迷いを振り切るように目を見開くと、 虚空に向かって話す智機に向かって地を蹴る。 タタン、という軽快な音にわずかに遅れて智機の前に姿をあらわしたとき、 残された右腕は既に闇色に節くれだった力持つそれに変じていた。 ゼロ距離でアズライトの腕が振られる。
派手な音を立てて、触れた部分がこなごなに砕け、破片が木造校舎の壁に深々と突き刺さる。 一体が一瞬のうちに破壊されても、残りの四人は動こうとさえしなかった。 まるで、何もなかったかのように話を続ける。 「やはり、彼は最後まで戦うつもりらしい」 「当然だろう、彼には力がある」 「彼の力なら私を五人始末するくらいわけない」 「フフ、五人なら……」 言い終わる前に、アズライトの腕に触れ智機の首はあっけなく胴を離れた。 続けざまに二体、三体と智機を破壊してゆく。 「ひどいな」 最後に残った一人が、天を仰いで大げさに嘆いてみせるのにもかまわずに、 アズライトの右腕は躊躇なく智機の腹を深々と刺し貫く。 まるで生きた人間のように数度体を痙攣させると、智機の目から光が消えた。 手を抜き取ると、ゴトリという大きな音を立てて智機の体が床に落ちた。 大きく深呼吸して、息を整える。床には五つの智機だったものが横たわっている。
先ほどまでいやに饒舌だったもののなれの果てを見下ろしながら、アズライトは正直やや拍子抜けしていた。 彼らはあまりに手ごたえがなさ過ぎた。 「しおり、大丈夫………………え?」 振り向いたアズライトの目に信じがたいものが映った。 それは今しがた倒したはずの智機だった。それも一人や二人ではない。 十人よりももっと多く、今も教室の奥の倉庫のようなところから出てくる。 「彼女、台詞の途中だったのにな?」 先頭を歩いていた智機が同意を求めるかのように肩をすくめ、眉を寄せた。 その間にもどんどん智機は増えていく。アズライトは戦慄した。 「だが、気にしないでくれたまえ問題はない。裏切り者の道化は死んだ」 先頭の智機がふたたび口を開いた。 「あっけないものだ」 「ゴドー、君も見てみるがいい」 言われるままにそちらを見ると、床に突っ伏す鬼作がモニターに映っていた。 手足の間接が奇妙な方向によじれ、首も背骨も引き攣れるようにねじれている。 隣に立つ一糸まとわぬ智機がそれを見下ろしていた。 「そん…な」 膝をついて呆然とするアズライトの耳に智機の冷たい声が響く。 だらしなく開かれた口に深いしわの刻まれた苦悶の表情を浮かべて、鬼作は事切れていた。 喉が渇いて、焼けるようにひりつく。 「死は不意に訪れる」いつしか隣にやって来た智機が耳元で優しくささやく。 「反抗は、もう終わりかな、ゴドー?」 アズライトは動けなかった。彼の目は鬼作の遺体を映し出すモニターにくぎ付けにされていた。 「ならば、ゴドー。あとはプリンセスを始末してくれないか?」 「君の、その手で」 「今すぐ、ここで」 「だって、君のあまりにも繊細で脆弱な心では誰も守れやしない」 「道化も」 「プリンセスも」 「ゴドー、君自身も」 「そして、愛しい愛しいレティシアも…」 その名を聞いても、アズライトは黙ってモニターを見ていた。
智機は力なくうなだれるアズライトの顎に手をかけるとを部屋の片隅のモニターのほうに向かせた。 彼はまるで糸が切れた人形のように、なされるまま身を任せていた。 「守りたかったんだろう、彼女を?」 アズライトの耳元で機械仕掛けの声帯が、やさしく空気を震わせる。 アズライトは夢見るようにとろんとした表情で、映し出されているものを見つめる。 鬼作が死んでしまったことも、智機が増えていたことも忘れてしまったように、食い入るように画面を見つめる。 「レティ…シア…」 そこにはレティシアが映されていた。 何気ない日常の風景、彼が置かれた今の状況から最も遠い風景の中、 死んだはずのレティシアがそこに生きて微笑んでいた。 アズライトはモニターのほうへと夢遊病者のようにふらふらと歩き出す。 「不毛だな」と哀れむように智機が言った。 だが、その声はもうアズライトには届いていなかった。彼はただ一歩モニターに歩み寄る。 「死者に魂を引かれたものよ」と別の智樹が言うと、アズライトはさらにもう一歩、歩み寄る。 「君は本当に生きているのか?」もう一歩。 「君は死後の世界に生きているのではないか?」また一歩、きしりと床が鳴る。 「生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ」アズライトの足は止まらない。 「To be, or not to be, that is question.」 「フフ、理解できないな。だが、だからこそ面白い」 ついにアズライトはモニターの前にやってきた。 モニターにすがりつくようにかじりつくアズライトの背中に嘲笑を投げつけると、 智機の忠実に再現された肉色の唇のあわえから淡紅色の口腔がのぞく。 「さよならだ、デアボリカ」 智機は手にしていた銃口をアズライトの頭部に合わせた。
「やらせないッ!!」 叫び声のあとに金属同士がかち合う鋭い音がして、智機の腕が拳銃を握り締めたまま床に落ちた。 智機は切られた腕と血の流れない切り口を見たあと、少し唇を緩めた。 「もう動けるのか、おもしろい。そうでなくては、な」 視線の先にはしおりが立っていた。 アズライトを守るように刃を構えているしおりに、智機はサディスティックな笑み浮かべる。 どこから現れたのか、いつの間にか部屋の中は智機でいっぱいになっていた。 数十は下らないだろう智機がぐるりとしおりを囲む。 「さぁ、どこまで耐えられるかな?」 言い終わると同時に、数体の智機が一斉にしおりに踊りかかった。 戦士としての智機は堅い以外には取り柄のない凡庸な能力で、 凶となり力を得たしおりの敵ではなかった。が、数があまりに多かった。 「火が使えないからってぇぇぇぇっ!」 叫びながら、発射された弾丸をかわすと足を薙ぎ一体を行動不能にする。 噴出した硝煙と慣れないマズルフラッシュに手を焼きながらも、 息つく間もなく同時に三体の拳が突き出されるのをうまく体をひねって避けきる。 しおりは発火能力を使わずに戦っていた。木造校舎を燃やすのはマイナス要素が多すぎると判断していた。 ときおり、アズライトの背中に視線を送りながら、一体、また一体と切り捨てていく。 巧みに攻撃をかわし、足の踏み場もないほどに行動不能となった智機を増やしていったが、 あとからあとから湧き出てくる数のプレッシャーに徐々に押し込まれ、 ついにしおりは壁を背にして戦わざるを得なくなった。 「逃げ場がなくなったな。どうするプリンセス、王子様はビデオの鑑賞中でお忙しいぞ?」 しおりは萎えそうになる両の足を励ましながらなおも刃を振りつづけたが、 息をついた一瞬の隙をつかれ足を払われ、体勢を崩したところに一斉に銃弾が打ち込まれる。 「きゃぁッ!」 「さすがにかわしきれなかったかな?」 自分のふくらはぎに走る赤い線を一瞥すると、しおりはその場で跳ね起き智機達に切っ先を向ける。 切っ先は震えていた。
93 :
Menschliches, Allzumenschliches :03/04/01 20:00 ID:LTuD4nIK
「怖いのかい?だが良い目だ」 「戦う戦士の目だ、あそこにいる腑抜けより、よほど良い目をしている」 「おにーちゃんの悪口…言わないで」 アズライトのほうを顎でしゃくった智機が一刀のもとに切り伏せられた。 が、しおりには切りつけるだけが精一杯だった。 再びバランスを崩すと、数十の重厚から、続けざまに数十の弾丸が放たれる。 「アァァァァァァァァァァァァァァァッッ!」 「どうした、動きが鈍っているぞ?」 はじきそこねた弾が左肩を貫く。熱い鉛弾の感覚にしおりは絶叫をあげた。 溢れ出し、彼女の肌の上を流れた赤い血が床に小さな水溜りを作る。 その間にも、次々と智機はその数を増していき、いつしか教室全体を埋め尽くしていた。 それでもアズライトは動かなかった。暗がりの中、モニターから放たれる光が彼の顔を怪しく光らせている。 部屋にはもうもうと硝煙の煙が立ち込め、金属がぶつかり合う音がひっきりなしに続く。 「もう…だめ」 つかみかかろうと繰り出され智機の腕を切り落とすと、 ついにしおりは日本刀を杖代わりにして片膝をついた。 撃たれた左腕はだらりと垂れている。 「79体か、意外とがんばったじゃないか、プリンセス?」 「ああ、赤いやつまであと一体だった」 「けれど、もう終わりだ」 「首輪を爆破しても良いが、君に敬意を表して……」 そういうと動けなくなったしおりの頭を蹴りつけ、ぐったりとなった彼女の細い首を締めはじめた。 機械仕掛けの万力のような力で締め上げられ、しおりの口から途切れがちに息が漏れる。 首の骨のきしむ嫌な音がした。 何とか逃れようと腕や足をばたつかせるが、消耗しきった体では智機を退けられない。 血の気が引いて青ざめていくしおりをみて、智機の瞳が喜色に揺れた。
「…30秒経過、そろそろかな?」 しおりの手足は力なく垂れ下がり、青ざめていた顔もいまや土気色に変わりつつあった。 八重垣のごとくに二人を囲む智機達は、みな一様にうすら笑みを浮かべている。 アズライトはレティシアのほうを見ている。 奇妙に喉を鳴らして何かにこらえるように震えていたしおり首から 不意に力が抜けようとしたとき、空を切る鋭い音がした。 間を置かず続いてカシャンというガラスが割れるときのような乾いた音が聞こえた。 「何だ?」 音のしたほうに無数の智機達のほか人影はなく、 ブラウン管が砕けたモニターからナイフの柄が覗いている。 しおりは智機の力が緩んだ一瞬の隙を見逃さず、渾身の力で智機の顔を蹴りつけて何とか逃れる。 「チッ!!」 智機は舌打ちし、しおりに銃口を向ける。 軸をずらして銃口を避けるとしおりは智機の真っ直ぐに懐に飛び込む。 一瞬、二人の視線がかち合う。 照準を修正する智機。 それよりもわずかに早く動いたしおり。 真っ直ぐに跳ね上げるように切っ先を振りぬくと、智機の手首が腕を離れた。 間髪いれず、しおりはさらに返す刃を走らせ、その胴を真横一文字に切り裂いた。 わずかの間に一体を始末すると、額に浮かんだ汗をぬぐって、しおりは思い出したように咳き込み始める。 彼女はどうと倒れた智機の向こう側に、見知った顔を見つけた。
「ケホッ、ケホッ…、ぉじ…さん、生きてたんだ」 涙でゆがんで見えるが、戸口に倒れこんで不敵な笑みを浮かべているは紛れもなく鬼作だった。 立つことは出来ないのか、そのままの姿勢でぐっと親指を立てた。 「まだ生きていたのか、道化が」 智機は割れたモニターと鬼作とを交互に見比べたあと、白けたような声で言った。 鬼作に向けなおされた銃口はせわしなく揺れている。 「なんだぁ、おまえ等出歯亀してたのかぁ? ――まぁ、いいさ、その件に関しちゃぁ、俺も似たようなもんだからなぁ。 そうさ、あのあと、おまえさんと同じ顔したあの女をいかせまくってやったのさ、 そりゃぁもうたぁっぷりとなぁ。へっ、そこまでは見てなかったのか? 最後は自分から腰を振りまくって、馬乗りでお変わり連発だぁ。 アヘアヘアヘアへ、すごかったんだぜぇ。ちょっと緩かったがなぁ、ヘッ」 威勢良くまくし立てる鬼作は、語気こそ強いが体は痛みのためか小刻みに震え、 ねっとりとした脂汗が額を光らせていた。 照星がいっせいに鬼作の眉間に合わせられる。 「おっとぉ、俺を撃つのか? へっ、残念ながら俺はもう長くねぇから、そりゃぁ、かまわねぇけどよぉ。 だけどよぉ、そんときゃ、おまえたちも道連れだぁ」 鬼作が押し出してきたものを見て、智機の眉がぴくりと跳ね上がる。 どうやってここまで運んできたのか、人の背丈ほどもあるそれは数本のガスボンベだった。 「俺は意外とすばしっこいぜ。 そいつが火を吹くより早く、こいつを盾にするかもなぁ… 何ならいっちょ試してみるか?」
ためらう智機達にかまうことなく、鬼作はアズライトのほうを見て舌打ちし、 首を横に振り、長いため息をついた。 「おい、アズライトぉっ!!」 教室を震わせるほどの怒号にアズライトの肩がわずかに動く。 「まったくよぉ、とことん使えねぇ男だなぁ、てめぇはよぉ。 やれ、戦いたくはないだ、やれ、凶は造りたくないだぁ、腕は失う、挙句の果てに今度は引きこもりかぁ? いちいち俺様に逆らうような真似しやがって、一体、いつまでブッ壊れたテレビなんぞ見てやがるつもりだぁっ! いいかぁ、てめぇに覚悟があるんなら。こんなかにゃガス…、燃える空気が入ってる。 じょーちゃんが火をかけて、おまえがそいつでブスリとやりゃぁ……、ドカン、だ」 おまえが何考えてんのかなんぞ関係ねぇ! 俺がやれっていったんだぁ。黙ってやりゃいいんだ。 このまま死んじまったら、切ねぇだろうがよぉ。せめてこいつらを道連れにしなくっちゃだろうがぁ!」 それでも動かないアズライトの背中に、たたきつけるように怒鳴りつける。 「そうすりゃぁ…ガキンチョは助けられるだろうが?」 打って変わって、柔らかな声。 そこまで言ったとき眉間に弾丸が突き刺さり、鬼作はそのまま前のめりに倒れた。 今度こそ、彼は二度と動かなかった。 そして、それを合図にするかのように、しおりはふたたび智機達と刃を交え始めた。 アズライトはそれでもまだ呆けたような顔で、闇に閃く白刃と閃光とが入り乱れるのを眺めていた。 頭の中では暗いもやと鬼作の言葉がぐるぐると回っていた。
そのとき、さっと教室の中に一条の光が差し込んだ。 緩慢な動きでそちらに顔を向くと、 どうやらしおりが刎ね飛ばした智機の首が窓の目張りをつき破ったらしく、そこから光が入ってきている。 アズライトはその穴から外を見た。 青い空は見えなかった。白い雲も見えなかった。 ただ、そこからは輝く太陽が見えた。 穴いっぱいに広がる太陽のまばゆい炎の輪郭がくっきりと見えた。 暗い教室の中、アズライトにだけ見えた圧倒的な太陽は、彼を飲み込まんばかりに照らしていた。 膝立ちの、神に祈るような姿勢で太陽をじっと見ていると、 肉体を焼き尽くされ、灰になり、風に吹かれ、後には何も残らない、そんな幻想が浮かぶ。 太陽から目を離さずに、アズライトはすっと背伸びするように立ち上がる。 彼の背中では太陽が何もかもを焼き尽くさんばかりに燃えている。 重苦しい暗がりのなかに彼の白っぽい輪郭を鮮やかに浮かび上がる。 彼が一歩踏み出すと、日に照らされたほこりが火の粉のごとく舞い上がる。 部屋中が彼を見る。 時間が止まったみたいに静まり返る部屋の中を一人静かに音もなく歩む。 しおりに群がる智機たちは気圧されたのか後じさりする。 海渡るモーセように居並ぶ智機たちの間を抜け、壁にもたれかかるしおりを抱き起こす。 その目はいつもよりやさしい。
「しおり」 「おにーちゃん!」 名を呼ばれ、髪をなでられ、抱きとめている人の顔を見て、甘えるように首に両手を回し、頬をすり寄せた。 しばらくそうするうち、何も言わないでいるのに違和感を覚えたのか、 しおりは不安げにアズライトの顔を見上げた。 「どうしたのおにーちゃん、どうして何も言わないの?」 しおりはアズライトの深い青をたたえた瞳の中に、炎がちらつくのを見た気がした。 彼女には、それでアズライトの考えていることがわかった。 浮かべている穏やかな表情とは裏腹の決断を下していることも、何となくわかってしまった。 わかったから、涙が滲み出す。 「ウソ…でしょ?そんなの、ウソ。おにーちゃん、ウソだって言ってください。 だって、でないと、わたし、一人だけなんて絶対にイヤなんです、ずっとおにーちゃんと一緒がいい! まだあのことだってお話ししてないし、それにおにーちゃん、 しおりのこと守ってくれるって言ったじゃないないですか、 守ってくれるって、言った…のに… それに、それに……なのにどうして…どうして、こんなのひどいです…」 目にいっぱいに涙をため、声を詰まらせながら、しおりはアズライトの胸を叩く。 胸を叩かせながら、アズライトは髪を撫でてやる。 柔らかい髪の感触を指先に刻み込むように、滑らせるように、梳くように撫でる。 「短い間だったけど、僕はしおりのこと大事に思ってる。 ただ生きるより、もっと大事なこと、もっと大切なことをしおりには教えてもらったから。 本当はみんなが助かればいいんだけれど、それが出来ないのなら助けられる人は助かるほうがいい。 僕には力がある。 みんなを助けるには少し足りないけれど、しおり一人を助けるくらいはできる力が。だから…、ね」
青い目はしおりの顔をじっと見て、残された片手をしおりの頬にあてると、 次の瞬間、しおりのおでこにそっと口づけた。触れるだけの、軽い口づけ。 「しおり……僕にしおりを守らせて?」 「おにー…ちゃん……ずるいよ」 どこかあきらめたような、すねるような口調でこぼす。 「ごめんね、でも…」 欠けるべきふさわしい言葉を捜したけれど、アズライトはやはりそれを思いつかなかった。 かわりに、僕はもう十分に長生きしたから、笑って、残された右腕でしおりを強く抱きしめた。 肩に顎を乗せたままでしおりもつられて笑った。 「レティシアさんは?」 アズライトは壊れたモニターのほうを見ると、いいんだと言うように首を振った。 そっか、とだけ言って身を離すとしおりはアズライトの前にすっと立つ。 何か言いたそうにしていたが、何も言わず潤んで赤くなった目をぬぐった。 その手をそのまま振りぬくと、はじかれた涙の粒が宙を舞い、 無数の小さな花のような炎が暗闇にそれをきらきらと光らせた。 舞い散った火花は火となり、暗闇を火照らせ、静かに教室を焼き始める。 しおりはアズライトの手を両手で握った。アズライトもそれをそっと握り返してやる。 小さな手を通じてとくん、とくんと言う静かな脈動を感じながら、 アズライトは目の前の潤んだ双の瞳に声をかけそうになったが、 「いきなさい」とただ一言、彼は手の力を緩めた。 いつまでもうつむいたまま動こうとしないしおりに背を向けると、 アズライトは部屋を埋め尽くしている智機達に向き直った。 しばらくの間に智機はふたたび溢れ返らんばかりに増えていた。 「おにーちゃんが、レティシアさんに逢えるのなら」 背後から聞こえる声は舌足らずで、静かで、よくとおる声で、 「きっと、もう一度おにーちゃんに逢えるよね」 少し上ずった涙声だった。 アズライトは振り向かず、そうだね、と言った。
走り去っていくしおりの足音を背中に聞きながら、アズライトは大きく息をついた。 しおりが遠ざかっていくにつれ、部屋に満ちていた智機の数はどんどんと減っていき、 足音が消えるころにはたった一人が残っているばかりであった。 逃げ出すそぶりのないアズライトのために、スペアボディを無駄にするのはよろしくないと判断したのだろう。 智機はもう攻撃すら仕掛けてこなかった。 そんなことをせずとも、彼自身が勝手に自らに手を下すつもりだということが判っているのに違いない。 ときおり木の爆ぜる音がする。 湿気た校舎はうまく燃えないのか、 暗い部屋の隅で篝火のような火が少し燃えているだけでそれ以上大きくはならなかった。 差し込んでくる光を間にはさみ、彼らは黙って対峙していた。 柔らかなビロードのような光にへだてられた二人の距離は近くて遠い。 黙りこくる二人に火の音だけが聞こえる。 ふたたび木の爆ぜる音がする。沈黙を破ったのは智機だった。 「ゴド−、君のやっていることはナンセンスだ。」 「……」 「君だけなら逃げることも出来た」 「そう…ですね。そうだと思います」 まるで質問されることがわかっていたかのような、 それでいて自分の答えをもう一度確認するような口ぶりだった。 「まったく馬鹿げたことだ。解しかねる。なぜ、そんなことをする? われわれと違って有機体はバックアップが取れないだろう? 哀れみか?それとも小娘に懸想でもしたのか?」 「どうしてかな」
少し考えるようにして首をめぐらせると、 窓にぽっかりと開いた穴から差し込んでくる光が誇らしげに闇を切り裂いている。 真っ黒な画用紙に引かれた一条の白のごとき光は 広がるほどに虹の七色へと分かれ、揺らめきながら輝いている。 「太陽がとてもきれいだから…」 言いながら、自分でも判ったような判らないような答えだと苦笑した。 ただ、アズライトにはそれが正しいことのように思えた。 腕組みをしてせせら笑う智機の目は相変わらず冷たく平板であったが、 その奥にわずかばかり興味がちらついているように見えた。 「誰かが言ったな」と言って智機は意味ありげに眼鏡を押し上げる。 「人間的、あまりに人間的」 二人の問答は穏やかに進み、穏やかに幕を閉じた。 その間、二人は一歩もその場から動かず、互いを見ていた。 あるいはその背後にある何かを見ていたのかもしれない。 光は彼らの間を真っ直ぐに透っている。 「もう、いいかな」 誰に言うでもなく呟いて、鬼作のほうへと歩み寄る。 「僕もすぐに行きますから」 アズライトは倒れて動かなくなった鬼作にすまなそうに微笑むと、 開いたままになったまぶたをそっと閉じてやり、 傍に転がっているガスボンベに迷うことなく真っ直ぐにナイフをつきたてた。 亀裂から青い炎が狂ったように彼に吹き付ける。 一瞬にして首輪に火がまわる 暗闇と静寂は破られ、光と轟音とが世界を領す。 光が溢れ、瞳を焼き尽くす。 「レティシアッ・・・」 閃光のなかに浮かんだいとしい人の顔は、――やさしく笑っていた。
102 :
Der grosser Mittag :03/04/07 20:20 ID:0W+5cgGU
「おにーちゃぁぁぁぁぁん」 炎がうずたかく伸び上がり、校舎は火炎のなかに飲まれ、崩れ落ちていった。 柔らかな下草の上にしおりは座り込んでしまった。 四肢が萎えたみたいに力が入らず、動けなかった。 「こんなのない、こんなの… 私だけ生きてても、意味ない。意味ないんだよ、おにーちゃん」 嗚咽は風に吹かれてゆく。 「もうたくさん、もう…たくさん」 膝をかかえて泣きはじめたしおりは太陽が南の空をとおりすぎるまで泣きつづけた。 「5番 伊頭鬼作 死亡」 「14番 アズライト 死亡」 …………………………………………………………………………残り13人 ↓
鬼作かっけぇぇぇぇぇ
>69 (第二日目 AM10:00) 恭也たちを捜しつつ、神社への道を行くまひるの顔を、 木の葉の間を通り抜けてきた光がちらちらとまだらに照らす。 ふと顔をあげると、少し前を行く魔窟堂の背中と その隣を歩く紗霧サンのきれいなポニーテールがゆらゆらと揺れているのが見えた。 それを眺めながら、まひるはほうとため息をつく。 (自称)女のまひるの目から見ても、紗霧サンはきれいな人だった。 透けるように白い肌に、つややかな黒髪がよく映える。 スタイルだってとても格好がよい。 胸はそんなに大きくはないみたいに見えるが、 着やせするタイプかもしれないし、何よりも自分よりは確実に大きい。 それに自分もあれくらい黒いニーソックスが似合うようになれればよいとまひるは思う。 まひるはもう一度、ほうとため息をついた。 彼の周りにも色々な女の子がいたが、これだけの落差を目の当たりにすると、 一口に女性といっても色々あるのだということが、 知識としてではなく、実感できた気がした。 同じ女でも、つい半日ほど前まで一緒にいた人と、 目の前の紗霧サンとではあまりに違う。 まひるはうなだれ、病院脇の四つの土の盛り上がりを思い出す。 一番右端の一番新しい盛り上がりには、亡くなってしまったオタカさんの遺骸を埋めた。
105 :
まひると紗霧サン :03/04/13 22:42 ID:Cmddeoax
「ありがとうございました。魔窟堂さん」 まひるは先行する魔窟堂に突然声をかけた。 「何じゃ、急に?」と歩みを止め、振り返る魔窟堂。 紗霧サンも何のことだか判らずに怪訝な顔をしている。 「あの、オタカさんの…」 魔窟堂野武彦は、ああ、と頷いた。 「きちんとした墓標も作ってやれればよかったんじゃが…」 「いえ、こんなときですし…それは、仕方がないです」 うつむくまひるの顔にさっと影がさす。 背中に揺れる片羽も心なしか力をなくしているように見える。 「あ、ごめんなさい、暗くなっちゃいましたね、にはは」 から笑いが空しく響くのを感じながら、まひるはふたたび歩き始める。 つられるように魔窟堂たちも歩き出す。 先ほどまで楽しげに話していた魔窟堂も、いまは少し居心地が悪そうにしている。 「広場さんは…」とそれまで黙っていた紗霧サンが話し掛けた。 「え?」 突然話し掛けられて、まひるは間抜けな顔をして聞き返す。 「広場さんはどんな学校に通っていらっしゃったんですか?」 「ァ……あ、あたしのことはまひるでいいです。 それで、あたしの学校はですねぇ…」 今度は慌てて応える。 紗霧サンは穏やかな笑顔で、まひるの話す一言一言に一々頷き返してくれる。 まひるには、そういって話し掛けてくれる紗霧サンが、まるで天使か聖母のように見えた。 ↓
106 :
名無しさん@初回限定 :03/04/16 19:23 ID:kdbWJKJl
107 :
山崎 渉 :03/04/20 04:23 ID:VMBXZWug
∧_∧ ( ^^ )< ぬるぽ(^^)
108 :
森の中 :03/04/21 23:16 ID:vR95EcYM
(第二日目 AM10:00) ランスを先頭に、ユリーシャ、グレン・コリンズの順番で、三人は森の中を歩いている。 朝の森は清々しく、すこし湿ったようなにおいを胸に吸い込みながら、彼らは双葉を探していた。 「あの、ランス様?」 「……何だ?」 くいっとマントを引っぱられて振り返ったランスは苛立たしげで、明らかに不機嫌そうな顔をしている。 ユリーシャは思わず言葉を飲み込み、怒鳴られるのではないかと小さく身をすくめてしまう。 ランスは小さな声で苛立たしげに「えぇい」というと、 もう一度、今度は少し声をやわらかく、「何だ?」といった。 浮かべられた精一杯のつくり笑顔は引きつっている。 「ぁ、はい、その……言いにくいんですが、この道、さっきも通りませんでしたか?」 ユリーシャは傍の木に刻まれた刀傷を指差して小首をかしげた。 「ガハハハハ、そんなことはない。いいか、天才である俺様を信じろ、いいな、わかったな?」 「いや、私の記憶によれば、この道を通るのはこれで五度目だな」 と最後尾を歩くグレン・コリンズが受けあった瞬間、引きつっていたランスの笑みがぴたりと止まった。 「ダァァァァァァァ、あのナマイキナイチチ娘はどこにいるのだ! ぜんっぜん見つからんではないか!いったい俺様に何べん同じ場所を回らせれば気がすむのだ。 許さん、許さん、絶対に許さぁぁぁぁぁん。見つけたらただじゃおかん。俺様のハイパー兵器でオシオキだ!!」 「フゥ、まったく、この広い森の中から、たった一人の人間を探そうというのがそもそもナンセンスなのだ。 普通、多少なりとも思考能力を持つものならば、もっとスマートなやり方を選ぶ」 グレンはだだっこのように手足をじたばたさせるランスを鼻で笑った。 「ム、何だ貴様、天才である俺様のやり方に文句をつけるのか?」とランスがにらむと、 「フン、天災の間違いではないのか?」などと、日本ローカルなギャグでやり返す。
109 :
森の中 :03/04/21 23:16 ID:vR95EcYM
「何だと?」 「フン、私は思ったままを言ったまでだが?それに、一々腹を立てるのは図星をつかれた証拠だな」 「…きっさまぁ、そこを動くなよ!」 得意げに口角を上げるグレン・コリンズに向かって、 ランスはいつの間に抜き放ったのか、両手に握ったバスタードソードを躊躇なく振り下ろす。 轟音をあげて空を切り裂く切っ先が、グレンの銀色の髪に命中せんとしたまさにそのとき、 グレン・コリンズは軟体動物さながらのニョロリンといった感じの動きで、間一髪のところで斬撃を交わした。 「ムカッ、動くなといっただろうが!」 「フハハハハハ、動くなといわれてじっとしている馬鹿がいるとでも思っているのかね、天災児くん?」 ランスを小ばかにするように「くん」の部分をやたらとのばして発音したグレンは、 ぴゅーっという擬音を残して、少し前片の茂みに飛び込み姿を消してしまった。 「ムカムカムカ」 「あ、あのランス様?」 剣を握るランスの手には太い血管が浮かび上がり、わなわなと振るえている。 「待てっ、待たんか!待たなければ、殺す!」 「ア、ランス様、待ってください」 剣をぶんぶんと振り回しながら走り出したランスを、ユリーシャは慌てて追いかけた。
110 :
森の中 :03/04/21 23:16 ID:vR95EcYM
「フハハハ、行った…か。」 ランスとユリーシャが通り過ぎていくのを見ながら、グレン・コリンズはほくそえんだ。 彼は人目につきにくい茂みに身を隠し、追いすがる二人をやり過ごしたのだ。 「やれやれ、馬鹿のレベルに合わせるというのも存外疲れるものだ。 …どれ、次はうしろから近づいて驚かしてやるか。それにしても……嗚呼、 サービス精神に溢れる私はいま確実に輝いているのではなかろうか?」 「どこも光ってなどいませんが」 「ふっ、そんなはずない、目をこすってもう一度見直してみたまえ。 かねてより私は背後にかすかな後光が見えるといわれたもの。 まぁ、全宇宙の支配者たる私だ、後光の十や二十、射していてあたりまえというもの、ナハ、ナハ、ナハハハハ」 「…やはりどこも光ってはいませんが」 「むぅ、なんと哀れな…おそらく君には人を見る目がないのだな。 この偉大な私の偉大さがわからないとは…まったく、嘆かわしいことこの上ない」 「……」 「…そもそも君は………」 そのときようやく、グレンは自分が誰と話しているのか、という至極あたりまえの疑問に行き当たった。 振り返ると、目の前に見知らぬ女性がふよふよと、まるで陽炎のようにたたずんでいる。 「ウワタタタタタッ、き、君は誰だ?気配を消して背後に立つなど、ものすごく失礼ではないかっ!!」 「私は御陵透子。あなたに警告に来ました」 うろたえて、わけのわからないことを口走るグレン・コリンズの動きが「警告」の一言にぴたりと止まった。 そして、ゆっくりと目の前にいるどこか儚げな女性を見すえた。 「…君は、ただの人間ではないな?」。 「…あなたの持っているその装置はルール違反です」 質問をさらりと流されて、グレンは幾分鼻白んだようだ。 ぷいっと顔をそむけると、すねたように唇を突き出した。 「フン…、そちらで勝手に決めたルールなど知ったことか、私がルールブックだということを理解したまえ」 「ルール違反は、ルール違反です。今すぐそれを破壊してください」 「嫌だといったら?どうするかね、私を殺すかね?」
111 :
森の中 :03/04/21 23:19 ID:vR95EcYM
「来ますよ?」 透子はぼそりと言った。 グレンは透子を見返す、まるで掻き立てられた不安感を打ち消すように。 目の前の女の表情は変わらない。 ぼんやりとした目で、グレンの背後を見透かすような遠い眼をしている。 その目は黒く、どろりとした濃厚な液体がうねっているようで、何か、ひどく不吉な感じがした。 「何が…くるのかね?恐怖の大王でも降ってくるのかね? フッ、フフン、だとしたら一度お目にかかりたいものだ。そうとも、望むところだ。是非見てみたいものだ。 フハ、フハ、フハハハハハハハハハハハハハ」 のけぞって馬鹿笑いするグレン・コリンズ。透子は微動だにしない。 と、そのとき耳を聾するような爆発音がして、彼の顎先を何かがものすごい速度で通過していった。 「ぬぉう、な、な、何だ!?」 「ありゃ!?外れちゃった、しっぱい、しっぱぁ〜い♪」 尻餅をついたグレンの視線の先、茂みをがさがさと揺らして御気楽な声とともに現れたのは、金髪の女。 軽くウェーブのかかった髪に、少し垂れ気味の目は薄い青色、 短めのスカートのすそからのぞく雪のように白く、滑らかな肉付きのよい太もも、 そして何よりも歩くたび、胸元の豊満なバストがやわらかそうにふるふると震えるのが目に付く。 「その声は、貴様…」 身構えるグレン・コリンズはこの女の声に覚えがあった。
112 :
森の中 :03/04/21 23:19 ID:vR95EcYM
どことなく不真面目なものを感じさせる、いまグレンの目の前で話し続けている女は… 「おとなしくその装置渡してくんない?でないと…」 この女は…この女は… 「でないと、あのおねーさんみたいに死ぬことになるよ?いやでしょ?」 「貴様ァ!貴様が、ミス法条をやったのか!!」 「……そうだよ」 詰め寄るグレンの顔を見て、芹沢の顔に一瞬翳りがさす。 ただ、それも一瞬のことですぐにもとの穏やかで人をくったような笑みに戻る。 「さ、装置を返して」 にらみつけるグレンの視線を、芹沢は真正面から受け止め、まるで悪びれるところがない。 あくまで平然とした態度を崩さない芹沢にグレンは歯噛みし、自分の体温が上がるのを感じた。 「フッ」 「?」 「フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」 先ほどまでとは一転して、突然高笑いを始めたグレンを芹沢は不信そうに見やる。 「フハハハハハ、馬鹿め、渡せと言われて素直に渡すような馬鹿がどこにいるものか! これはミス法条と私との愛の結晶だ、断じて貴様などに渡すわけにはいかん!」 ぬらぬらと塗れ光る触手を、びしっと突きつけて高らかに宣言する。 「そっかぁ〜、愛の結晶なら仕方ないね」 肩をすくめると芹沢は、はぁ〜〜〜、と長いため息をつき、そして真剣な目で、 「絶対に、奪うよ?」と言った。 「フフン、出来るかな、貴様に?」 対峙する二人の間に瞬時の緊張が走る。 次の瞬間、白い残像を残して芹沢の右手が腰に刺された刀へと動く。 チャキッ、軽快な金属音がして曇りない刃が滑るように鞘を走る。 幾人もの血を吸ってきた、業物の切っ先がまがまがしく朝の光をはじき返す。 刀身が鞘を離れようとした瞬間を見計らって、グレンは芹沢の顔面めがけて思い切り何かを投げつけた。 咄嗟に斬り落とそうとした芹沢の切っ先は過たず飛来するものの中心を通って見事真っ二つに切り裂く。
113 :
森の中 :03/04/21 23:23 ID:vR95EcYM
と、その瞬間! 「…ッ、しまった!!」 芹沢は慌てて目を閉じようとしたが、もう遅い。 二つに割れたスタン・グレネードのあわえから放たれる強い光が、彼女の目に焼きついた。 「くぅっ」目を閉じ、目を殺す光から顔をそむける芹沢。 そして、そのときグレンは勝利を確信していた。 「フハハハハハ、素晴らしい。やはり神だ。私は神に違いない。 ありとあらゆる逆境、降りかかる艱難辛苦を潜り抜け、見よ! 私、グレン・コリンズは今、また一つの困難を克服し、一つの輝かしい勝利にたどり着かんとしている!! これが!これが、選ばれたものの証でなくてなんであろうか? 勝負は、初めからついていたのだ!君が私のもとへ現れた時点で、既に!!」 朝の森に響き渡るグレンの笑い声に、芹沢の顔が目に見えて青くなる。 「そっちは、ひょっとして…」 「フフフ、そう、そのとおり。 怖いかね?怖いだろう?こいつの威力は持ち主である君が一番よく知っているものな? かなりの年代ものだが、人間の一人や二人、こいつにかかれば木っ端微塵だ。 この至近距離で満足に目も見えず、さぁ、避けきれるかな?」 そう言って、グレンは少し離れた場所に置き去りにされていた「カモちゃん砲」を叩いた。 「フフフ、形勢逆転、だな」 「クゥッ」 絞り出すような声をあげて、芹沢は声のするほうに顔を向けた。 束を握る手は小刻みに震えている。グレンは機嫌よく話しつづける。 「さて…君はミス法条を手にかけた。私はそれを許すことは出来ない。 だが、同時に私はきわめて心の広い大人物でもある。そこで、投降するなら、命だけは助けてやろう。 さぁ、もう諦めて武器を捨てたまえ。無益な殺生は私の好むところではない。でなければ…」 もう一度、コンコンと威嚇するようにカモちゃん砲を叩く。
114 :
森の中 :03/04/21 23:24 ID:vR95EcYM
「う〜ん、残念だけど、それは出来ないんだよねぇ〜♪」 しばしの沈黙のあとの彼女の答えは、状況とは不釣合いな、あまりにさっぱりとしたものだった。 「そうか」 「うん、あたしにもそれなりに背負ってるものがあるし、覚悟だってある。 投降しろっていわれて、ハイそうですかってわけには、いかないよ。それに…」 芹沢の言葉じりは、静かな朝の森に吸い込まれていく。 あくまで穏やかな彼女の目に、グレンはを見た気がした。 死んだままの目を閉じ、虎徹を正眼に構える。その様には一部の乱れとてない。 「もののふの魂、ブシドーという奴か…」 「そんな高級なものじゃないよ、あたしのは」 「投降はしないのだな?そうか、では残念だがここで……」 触手がするすると動き、砲口が芹沢のほうを向く。 芹沢の白い喉がこくりと上下する。 「ガハハハハハハハハハハハハ、見つけたぞグレェェン!」 「な!?」 引き金を引こうとしたグレンの前に、ガサァッ、という木の葉の揺れる音とともに目の前に踊り出てきたのは 聞き覚えのある声と見覚えのある男だった。 「なっ、馬鹿ッ、きさまっ、こんなときにっ!!」 「ガハハハハ、問答無用、くらえ、ラーーーーーーーーーーーーンス、アタァァァァァァァァクッ!!」 バキャァッ、………ドッゴォォォォン………… 「チッ、よけたか。まぁいい、次はしとめるぞ、そこを動くなよ、ガハハハハハハ」 「……ランス、君という男は本当に、ほ・ん・とー・に・馬鹿だな」 爆発炎上する「カモちゃん砲」を見ながら、グレンは心底呆れかえったような顔で首を振り、長く長く息を吐き出した。 ↓
>114 「そーら喰らえッ、もういっちょ、ラーーーーーーンス、アタァァァァァァァァクッッ!!」 燃えるカモちゃん砲を背後にしたグレンの白い視線にも動ずることなく、 ふたたびランスは猛然と必殺のランス・アタックを仕掛ける。 が、グレン・コリンズは妖しくも素早い動きで間一髪身をかわす。 「チッ、すばしこい奴だ。次ははずさん」 「次ははずさん、ではない。オイ、貴様ッ、よく見ろ。今は仲間割れをしている場合ではない!」 剣を構えなおすランスに怒鳴る。 「ガハハハハ、俺様は誰の指図も受けん・・・・・・・・・・・・ん?」 「・・・やっと気づいたか」 不意に動きを止めたランスの視線の先には突然の闖入者といさかいに毒気を抜かれたような芹沢がいる。 「おい、女」 「ん、あたし?」 それまで突然始まった寸劇にやや呆気にとられていた芹沢が、自分を指差す。 「そう、お前だ」 「何?」 「俺様はランス。見てのとおりの美形で天才、そのうえ最強なナイスガイだ」 「ン・・・、それで?」 「お前のそのでかい乳を見ていたら、こんなになってしまった。責任をとれ」 とランスは服の上からでもそれとわかる、盛り上がった股間を指差した。 「責任?」 「だから、お前のそのおっぱいで俺様のハイパー兵器をはさんでだなぁ・・・」 「あ、な〜るほど、そういうことかぁ!」 合点がいったのか、芹沢はぽんと手を叩いく。 「そうだ、お前のせいでこうなったのだから、お前には何とかする義務がある」 「そっか、あたしのせいなんだ。だったら何とかしなくちゃだね〜」 「そうだ、お前のせいだ。ガハハハハ」 「そっかぁ〜。あたしのせいなんだ〜。あはははは」 二人は楽しそうに笑って、笑って、笑いつづけた。
と、ランスの笑いがぴたりと止まった。 「オイ・・・、早くしろ!俺様のハイパー兵器はもう大変なことになっているぞ?」 ランスは苛立ちを隠そうともしない。 「ん〜、何とかしたいのは山々なんだけど、この人がねぇ〜」と、芹沢はじと目でグレンを見る。 「フッ、何を馬鹿な!ランス、この女は敵だ。さっさと追い払いたまえ」 「関係ない」 「そうだ、関係ない・・・・・・って、何だと?」 「俺様には関係ない、身内の男より敵の女だ」 俺は男だ、というのと同じくらいの確信をもって、ランスは言い切った。 その表情には迷いのようなものは一切ない。グレンに向けられた切っ先も、さっきまでのような遊びがない。 「なっ・・・・・・、貴様正気か?」 答える代わりにランスの口元がにやりと笑い、チャキッという音がして剣が握りなおされる。 「ガハハハハ、俺様のために死ねぇ!」 叫ぶと、ランスはグレンに飛び掛った。 ブンッ! ビュンッ! ヒュッヒュッ! ブンッ!! シュッ! ランスの太刀筋は一見無茶苦茶なようでいて、的確に急所めがけて降りぬかれている。 「安心しろ、一撃で楽にしてやる」 「うわっと、貴様ッ、どうやらっ、・・・うォ・・・、本気っ、らしいな」 「俺様はいつでも本気だ」 「・・・やるぞ?」 連続して繰り出された斬撃をすんでのところでかわしきり、 少し距離をとって対峙するグレンの声のトーンが変わった。それは先ほどまでのお茶らけた調子ではない。 彼の手と思しき触手の先には、首輪の解除装置が握られている。 「覚えているかね、ランス?これは君の首輪を爆破することも出来る。 私には君が切りかかるよりも早く、君を殺すことが出来る。 勝ち目はない。無駄なことはやめたまえ」 「フン、その前にお前を殺してそいつを奪う。天才である俺様には簡単なことだ」 一旦動きを止めたランスだったが、ふたたび構えを取る。 「出来るかな?」 グレンの問いに、もうランスは答えなかった。 ふたたび全身にまがまがしい殺気を漲らせて、 狩りをする獅子のように飛びかかるタイミングをうかがっている。
「がんばれ〜」 芹沢の間の抜けた茶々が入った瞬間! 二人の視線が鋭く突き刺すように交わる。 「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」 地を蹴り、突きかかるランス。 応えるようにグレンは謹製の首輪解除装置「グレン・ジェイルクラッシャーG4」をランスに向ける。 ランスはためらいなく真っ直ぐに走りこんでくる。その剣先がギラリと光る。 「チィィィィッ、この愚か者め!!」 グレンは苦々しげに舌打ちすると、ランスの首下に向けて装置のボタンを押し込んだ。 と、そのとき、グレンの視界からふっとランスが消えた。 「バカめ!俺様がそんなものにやられるか。もらったぁ!!」 声はグレンの頭上から聞こえてきた。切っ先は真っ直ぐにグレンの頭に向けられている。 「馬鹿は、貴様だ!!」 言うが早いか、グレン・コリンズはまるで予測していたかのような動きでランスの斬撃をかわすと、 一散に先ほどまで解除装置を向けていたほうに走り出した。 「このわたしが何も考えずに貴様にGJG4をむけたとでも思っているのか? フッ、違うな。天才の行為の先には常にッ、複数の目的と無限の意味とがあることを、知るがいい!!」 先ほどまでランスが立ちふさがっていた方向に走りこんだグレンが叫ぶ。 「フフフフフ、わからないといった顔をしているな、わたしの後ろには何が見えるかね? そう、大戦中に帝国が作った88o砲だ。君のせいで少し焦げてしまったがね、まぁ、使い道はあるさ。 そしてぇ、見るがいいッ、 この現人神グレン・コリンズ・マキシマムver2.0誕生のまさにその瞬間をッッ!!」 誇大妄想のキ○ガイすれすれの尊大で舌を噛み切らんばかりのものすごい勢いでそう叫ぶと、 グレンの触手がクルクルと巻きつくように対空砲にからみつき、本当に取り込み始めた。 「人の作り出したものは、すべからく人に還らねばならん。すなわち、機械との融合! 見ろ、ランスゥ、わたしは今、ここで、このときに、人間をぉ、人間を超えるぞぉぉぉ!! むぁぁさにっ、グレンッ・クォリンズゥ・ムァァァァキシマムゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!」 ひときわ大きな声で叫ぶと、かっと目を見開いた。
「後世の神学者連はわたしのことを、 神グレン・コリンズもしくはグレン・コリンズ・ザ・オーバーヒューマンと呼ぶことであろう」 先ほどまでとは対照的な、溢れんばかりの自信が見え隠れする静かな口調。 体つきも先ほどより二周り以上大きくなり、高みからランスの頭を見下ろしている。 いまや88o砲との融合を果たした彼の足元をのたうつよう触手はしなやかでありながら、 瘤のような塊があるその表面は金属を思わせる鈍い光沢に包まれていた。 可塑性の強い金属のような肉体を手に入れた彼は、 さらに異様なことに額から溶けかけの砲身がにょっきりと突き出させていた。 「どうかね、ランス君。生まれ変わったグレン・コリンズの美しい肉体は?」 「フン、銀色になったところで貴様ごときが俺様に勝てるわけがなかろう、身のほどを知れ!」 ランスは相変わらず強気の姿勢を崩さず、一笑に付した。 「試してみるかね、と言いたいところだが・・・わたしの敵は君ではない」 彼がぐりんと首をひねると、砲身も一緒にぐりんと動く。 ぴしりと金属質な触手が大地を叩き、鎌首をもたげるようにすっと持ち上がる。 「わたしの敵は・・・君だぁ!!」 猛烈な勢いで繰り出された触手の先には芹沢が立っている。 節くれだった金属触手が彼女の頬のすぐ傍を通って、背後の木に当たった。 彼女のブロンドが風圧に揺れ、木は弾けるように砕け散った。 「今のはわざと外した。そして次は外さない・・・。 やるとなったからには容赦はしない。 君には悪いが、死んでもらうぞ。わたしにはまだやることがあるのでな!」 「ッ!」 芹沢は咄嗟に懐から取り出した鉄扇を広げると第一撃を防ぐ。 鈍い激突音がして、衝撃に芹沢の体がわずかに持ち上がる。 「なんって、パワー・・・」 何とか触手をそらして着地すると、圧倒的なパワーに思わず顔をしかめた。 「そらそらぁ、触手は一本だけではないんだぞ?」 ひしゃげた扇を投げつけて、腰に刺していた日本刀を抜き放ち、ふたたびグレンに対する。 「言ったでしょ、あたしだって、まだ死ねない!」
「フハ、フハハハハァ、ムダムダムダァァ!!」 グレンは軽い金属音を立てて扇を払いとばすと、今度は数本の触手を一時に芹沢に向かわせる。 「こんな所でぇっ!!」 「さぁて、どこまで防ぎきれるかな?」 「アァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!!!!」 芹沢は裂帛の気合とともに刃を振るい、波状に攻め寄る触手を次々とはじき散らす。 右に、左に叩き落された触手は土中に深々とめり込んで自由になる触手の数がどんどん減っていく。 「ウヌゥ!」思わぬ劣勢にグレンはうめき声を上げる。 「ヤァァァァッ!」 はじき落とし、めり込んだ触手の一本にひらりと飛び乗ると、 芹沢は一気にその根本、グレン・コリンズの本体へと走り出す。 「チィ!」 舌打ちをして、触手を引き抜くとその勢いで芹沢を払いのけようとする。 が、わずかに早く芹沢は不安定にうねる金属の表面を強く蹴りつけて、宙に飛んだ。 日本刀はすでに大上段に振りかぶられている。刃は輝き、だんだら模様が風にはためく。 「覚悟ォッ!」 ズンッ!! 「なっ!!」
驚きの声をあげた芹沢の顔から一気に血の気が引く。 彼女の二の腕から先が、すっぱりと消えていた。 「フフフフフ、驚いたかね?」 地面に突き刺さった刀を握る自分の腕先を見つめる芹沢にかまわず、グレンは話を続ける。 「驚いただろう?フフフ、触手には関節がない。だからこそ、このような動きも可能なのだ まぁ、ブーメランと同じような軌道で君の腕を落としたわけだ、わかるかね?」 倒れた芹沢の目の前に、今しがた彼女の腕を背後から切り落とした鮮血したたる触手をちらつかせた。 グレンは愉快そうに喉を鳴らすと彼女の足首に巻きつかせて宙吊りにした。 触手を妖しく光らせてる暗い色をした血は 彼女の白い太ももを伝ってまくれ返っただんだら模様を染め、 左袖のだんだら模様は切断された左腕から流れ落ちる血で朱に染めていく。 「残念だったな?ただ、神である私のほうが1枚上手だっただけのこと、気に病むことはない。 なに、苦しまぬよう楽にしてやる。安らかに眠りたまえ」 勝ち誇った笑みを浮かべるグレン・コリンズ。 「残念だったね〜」 腕からおびただしい量の血をたらしながら、なおも芹沢は不敵に笑う。 青ざめた顔のに反して、強く輝くその目はどこか遠くを、グレンの後ろを見ていた。 「何か面白いものでも見えるのかね?」とあざけるグレンに、 芹沢は「あんたの未来が」と答えて、なおも楽しそうに目を細めた。
「フン」とグレンが振り返ろうとしたとき、 「ガハハハハ、隙だらけだぞ、グレン」聞き覚えのある声がした。 「なっ、貴様はっ!」既視感に軽いめまいを覚えながら、グレンは叫んだ。 「ラーーーーーーーーーンス、アタァァァァァァァァァァクッ!!」 叫びながら、ランスが飛び込んできた。 グレンは慌てて触手で防御しようとするが、 振り下ろされた剣は金属と化した触手すらやすやすと切り落としながら グレンの脳天めがけて降ってくる。 「ぬぅぅぅっ!」 グレンは何とか首を動かし刃を避ける。 が、代わりに袈裟斬りに致命となる一撃を刻みつけられた。 「ランスゥっ、君という奴は・・・まったく、度し難いなっ!!」 グレンは憎悪に燃える目でランスを一瞥すると、残っている触手すべてでランスを襲わせる。 ランスは剣をおろすと、その必要もないとばかりに何の構えもなくそこに棒立ちになった。 つかみかかろうとする触手は目に見えてスピードダウンしており、 ランスに到達するはるか手前で一瞬強く収縮し、弛緩して、そして力なく地に垂れた。 同時に、吊り下げられていた芹沢も地べたに落ちる。 「ガハハハハ、言っただろうが、銀色になったくらいで俺様には勝てんと」 倒れたグレンの触手を踏みつけながら、ランスは胸をそらして大笑いした。 芹沢は血痕だけを点々と残していつの間にか姿を消していた。
「待ちたまえっ!」 グレンは倒れた自分に止めを刺すのももどかしげに芹沢を追おうとするランスを呼び止めた。 「あぁん?」 「待ちたまえ、ランス・・・君。ひとつ・・・君に面白い話をしてあげようじゃないか」 生気のない目をしたグレンの弱々しい声の中に混じる真剣みを感じたのか、 ランスは追う足を止め、めんどくさそうに振り返った。 「ある女の話だ」 「ほぅ?」 少し興が乗ったのか聞き返すランスに、グレンはすばやく解除装置を押しあてると、 ゴトリという音とともに首輪が落ちた。 「これは何の真似だ?」 ランスは転がった首輪を見ながら怪訝な、本当に何がなんだかわからないといった顔をした。 「遺言だよ」 「・・・女の話ではなかったのか?」 「フッ、そうだったな。何を隠そう、 その女に頼まれたからこそわたしはこの装置を作りもしたし、 ここで貴様の剣に倒れることになったのだ。後悔はしていないがね。 彼女は参加者のすべてを救出し、その上で今回のことについて調べるつもりだった。 ・・・ここに彼女が残した手帳がある。受け取ってくれたまえ」 グレンは持っていた手帳といっしょに鍵束やスタン・グレネードやらも一緒に手渡す。
123 :
鬼畜王ランス :03/04/28 02:04 ID:MVghGue6
「装置の扱い方はユリーシャ君に教えてある。 彼女は少し・・・いや、かなり思い込みの強く、いきすぎたところがあるが、根は素直なよい子だろう。 まぁ、大事にしてやりたまえ」 ランスは眉をしかめ、理解不可能なものを見るような険しい表情で装置を受け取った。 どちらも黙り込んでしまい、しばらく沈黙が続く。 「いい女だったのか?」 「ん?」 静寂を破ったランスの質問を聞き取れなかったのか、グレンはたずね返す。 「その女はいい女だったのかと聞いている」 ランスは押し付けられた解除装置を見たまま視線を動かさずにもう一度たずねた。 「ああ」とグレンは遠い眼をして空を眺め、 少し誇らしげに「とびきりいい女だった」と答えた。 「そうか・・・、話はそれだけか?」 「それだけだ。ありがとう。さ、もう行きたまえ」 ランスは手の中の解除装置と生気のないグレンとを交互に見たあと、 しばらくして立ち上がり、派手な音を立てて枯葉を踏み鳴らし木立の中へと消えた。 その背中を見送ったグレンは、彼の人生と同じくらい長いため息をついた。 「ミス法条・・・、すまないがわたしはもう君との約束は果たせそうにない。 目もだんだんと霞んできたし、な。あとのことは、あるいはあの男が・・・・・・ フ、まぁ、あまり期待はしないで待っていてくれたまえ。もっとも・・・」 彼の目には気持ちのよい青空と流れていく白い雲が映っている。 「わたしもすぐに・・・そこで君と待つことになりそうだが・・・ね」 と言って笑うとグレン・コリンズは静かに目を閉じた。 「26番 グレン・コリンズ 死亡」 …………………………………………………………………………残り11人 ↓
124 :
名無しさん@初回限定 :03/04/28 18:25 ID:kh8uT4eb
125 :
動画直リン :03/04/28 18:35 ID:ENeQz9UZ
126 :
タケツ :03/04/29 00:44 ID:qIWDtjm8
それではこれからみなさんに、ちょっと殺し合いをやってもらいます。
127 :
楽園 :03/05/05 13:49 ID:ljrXhgHZ
>121 (第二日目 AM11:00) ハァハァ・・・ 木立にまぎれて女の苦しげな息遣いが聞こえる。 獣道に点々と続く女の足跡には例外なく小さな血だまりができている。 密に茂っていた青や緑の樹木が歩を進めるにつれ、漸う粗になっていく。 やがて女は森を抜け、森と草原との境に立って、ため息交じりに「トン」と楡の木に背を預けた。 「あ〜あ・・・、ミスっちゃった・・・なぁ」 カモミール・芹沢は眉をひそめて、苦笑いした。 木漏れ日に照る顔はすっかり蒼ざめ、額にはじっとりとした脂汗が浮いている。 足元に落ちる血はどんどんとその真っ赤なしみを広げていく。 芹沢は「ハァ」と、もう一度ため息をついて、無くなってしまった自分の左腕を眺めた。 とりあえず、羽織を脱いで傷口に巻きつけておいたが、 浅葱と白のだんだら模様はおろか、背に染め抜いた誠の一字さえあっという間に鮮血に隠れてしまった。 今ではもう元々の色を見つけることすら難しい。 「ここを突っ切れば・・・」 開けた空を見ながら苦しげに息を吐く。が、その顔にはやはり笑みが浮かんでいる。 芹沢は久しぶりに空を見た気がした。その青がいやに透明できれいだった。 その下には幾筋も立ち並んだ畝が朝日に照らされ、白んでいる。 さらに向こうには背後の森に対するがごとくにそびえる山がある。 三度笠を置いたみたいなその山には木が一本も生えておらず、 その赤茶けた山肌も霞がかかったようで心持ちぼやけて見える。 芹沢は痛む腕に顔をしかめながらも、しばらくその光景に魅入られていた。
128 :
楽園 :03/05/05 13:50 ID:ljrXhgHZ
「ま…不二には負けるね〜」 芹沢は上京の際に遠く眺めた富士山を思い出して口角をつり上げた。 同時に、連れ立って歩いていた三人の旅仲間のことも思い出した。 彼女は一歩一歩と都に向かう道すがら、ずっと三人の後姿を観察していた。 やさしい目じりをした人のおっとりとした言を、目つきの鋭い人がにべもなく切って捨てる。 もう一人の眼鏡の少女がそれを楽しそうに見ている。 芹沢は少し離れたところから彼女らの表情を目で追っていた。 わいわいと楽しそうだ。 彼女の視線には強烈な憧憬と劣等感とがない交ぜになっていた。 いつもアウトサイダーであったカモミール・芹沢には、いつだって彼女らがうらやましかった。 やがて彼女ら一行は都に至り、紆余曲折のすえ、壬生に屯所を構えることになる。 新撰組。数人の同志からなる狼に擬せられた剣客集団。 芹沢はその局長になった。心が震えた。ようやく彼女に帰る場所ができた。 「まだ…終われないよね〜」 大きく息を吐き出して肩をそびやかすが、 言葉とは裏腹に太い楡の木にもたれかかったまま、ずるずると座り込む。 腕から流れる血は止まらない。 羽織から染み出し、滴り落ちては小さな血だまりを作り、 さらに滴らせては小さな血だまりは大きな血だまりへとかぎりなく合わさっていく。 すっかり血の気が失われた顔面は蝋のように白くで、唇も紫色になっている。 まぶたが力なく、まどろむようにゆっくりと落ちていく。 投げ出された手足はだらんと力なく垂れ下がり、 呼吸はずいぶんと弱々しく、その回数も目に見えて減ってしまった。 「あ〜、カモミール?」
129 :
楽園 :03/05/05 13:50 ID:ljrXhgHZ
「んん〜?」 芹沢はけだるげに返事をする。 一応返事はしたものの、振り返らなくてもその臭いで誰が立っているのかは容易に知れた。 ゆっくりとした動きで振り返ると、やはりそこには素敵医師の姿がおぼろに見えた。 「ヘケ、へケケ、怪我したがか、カモミール?」 素敵医師の言葉はもう、芹沢の耳にはうまく入っていなかった。 「ケケ、ザドゥの大将がゆーちょったが、助け合いは大事大事やき…へケケ 心配せんでいいがよ、おんしはセンセがぎっちり助けたるき」 へらへらと笑いながら、素敵医師は薄汚れた白衣から数本のアンプルを取り出すと、 内容液を注射器に吸わせる。 死人のよう顔色の芹沢は安らかな表情で目を閉じ、楽しげにニコニコと笑っている。 「たのし〜夢でも見てるがか?ケケ、目覚めても夢見心地やき安心しとーせ」 芹沢の左腕のつけ根あたりに針をつきたてると、肌に小さな血の玉がぷくりと浮かぶ。 奇妙に青みがかった内容液がみるみるうちに体内に注ぎ込まれていく。 「へケケ、人口の楽園へようこそ」 自分の言葉がいたく気に入ったのか、素敵医師は嬉しそうに手足をばたばたさせた。 間もなく芹沢の頬には少しずつ赤みが戻り、 血のしたたりもそれにあわせて間隔が長くなっていった。 やがて、彼女は目を覚まし、糸の切れた人形のようなゆっくりとした動きで素敵医師のほうに顔を向けた。 目はどろりと濁って焦点が合わない。表情も何か呆けたようでしまりが無い。 「ヘケケ、イ〜イ表情がやき、カモミール。 おなごしはこがいな表情が一番ええき、ケケ」 包帯で巻かれた素敵医師の手が芹沢の紅潮した頬に触れる。 「ぁ……」
130 :
楽園 :
03/05/05 13:50 ID:ljrXhgHZ 「芹沢、センセが分かるがか?分からんがか?ま、どっちでもかまわんき」 プスッ 「へケケ、もう一本おまけがやき、感謝しとーせ、芹沢。 センセのお薬は即効性やき、もっともっとええ感じになってきたがか?」 「ぁ…、あ……」 「おーお、そがいによだれたらして…、へケケ、気持ちええがか? 芹沢、おらぁが言うことよーく聞きとおせ。 センセはあるおなごしに命を狙われとるがよ、アイン、ちゅう嬢ちゃんやが、これがなかなかのヤリテやき。 センセ、ほとほと手ぇ焼いちゅうがよ」 彼は「ケケ、同じようなこと、センセ前にも言った気がするがよ」と続けて首を激しく左右に振った。 「そいで、芹沢にはその嬢ちゃんの相手して欲しいがよ」 「相手?」芹沢は小首をかしげる。 「へケケ、したらセンセ、芹沢にもっとオクスリをプレゼントしちゅうがよ。どうなが、素敵がやろ?」 「オク…スリ…?」 「今より、気持ちよぉ〜くなれるがよ、けけ」 「ウン〜…」 子供のようにこっくりと頷くと、芹沢は何かに誘われるような足取りで歩き始めた。 素敵医師はそれを見ながら満足そうに目を細め、真っ赤な口腔を覗かせてにんまりと笑った。 その間も彼の眼球はいっかな落ち着きを見せず、絶え間なく動きつづけている。 「ぷふー、センセのためにぎっちりガンバルがよ、新撰組局長殿!へケ、ヘケケケケ」 素敵医師はゆらゆらと体を左右に揺らしながら青空に響き渡るような笑い声を上げ、その場を後にした。 ↓