目が覚めると、知らない天井だった
苦労して体を起こす。体の節々が痛い。
どうやらここで長い間眠ってしまっていたらしい。
「気分はどうかな、フロイライン」
道化… というのが第一印象だった
部屋の中なのにハットを被りスーツで正装した青年が側に立っていた。
チェシャ猫のような笑顔だ。
「まぁ、君が現在の状況を把握しかねているのは良く分かる。
とりあえず落ち着きたまえ。といっても無理だろうけれど。」
左手は後ろに回し、右手を大きく振り回しながら彼は言った
「手短に行こう。私はResurrecter(HDD復旧ソフト)。あー、拝み屋とでもいうか…
肉体が損壊していない限り、君たちを蘇生させることができたりできなかったりする。」
それがどうしたと言うのだろう。そもそも、何故自分はこんなところに居るのだ。
誘拐? まさかね。早く家に帰らないとあの人が心配する…
話を聞いてもらえていないことに気付いた彼は、芝居がかった動作で首をすくめた。
「君は、蘇った訳さ。黄泉帰り。解るかい?蘇生。
ハハハ、いや、礼は結構。私が好きでやった事だからね」
420 :
2:03/02/05 00:06 ID:q0cVt3Lp
あ、っと。声が漏れた。
そうだ。私は死んだ。あの人に看取られて死んだ。思い出した。
でも、今、どうやら生きているらしい。この道化
…ではない、この紳士が私を蘇らせたという。
「ありがとうございます」
それしか言葉が出ない。
彼は面倒くさそうに手を振って繰り返した。礼は結構、こっちが勝手にやったことさ。
「ところで、私はこう見えて紳士でね!
妙齢のお嬢さんを、こんな汚い男一人住まいの屋敷に何時までも置いているのは心苦しいわけだ。
送りますよ、フロイライン。あなたの望む場所、何処へでも。
ドレスも新調しましょう。貴方は美しい。全てを捨て、瞬間を永遠にしたいほどに。
貴方にふさわしいドレスを新調しましょう。なに、代金? そんなもの気にしちゃいけません。
貴方の笑顔が見たいんですよ。」
彼はチェシャ猫のような笑顔で言った。
421 :
長いが3:03/02/05 00:07 ID:q0cVt3Lp
黄色いビートルが夕暮れの田舎道を進む。彼女と拝み屋を乗せ。曇り空の下貧相なエンジンに鞭打って。
結局、スマートドライブを買ってもらった。
何度も断ったのだが、蘇生屋が頑なにプレゼントしたがったのだ。
後日御礼に行こう。あの人と一緒に。彼女の心は躍っていた。
また会えるとは思っていなかった、あの人と一緒に。
程なく目的地に到着した。
「綺麗な庭だね。」拝み屋がつま先で地面をほじりながら呟く。
「毎日掃除をしているかのようだ。」
探るようにこちらを覗き込む。
数秒前までとは違う理由で動悸が激しくなっていた。
…毎日庭を掃除… あの人が? 違う。じゃあ誰が?
そもそも私はどれだけの期間死んでいた?
拝み屋が軽くドアをノックする。返事はない。
「母が言っていたよ。青い鳥は一生に一度しか捕まえる時はない。
チャンスは逃すな。一度捕まえたら羽を全て毟り取って確実に自分の物にしろ
もし鳥を狙う者が居れば確実に息の根を止めろ、ってね。」
ガチャリ、ドアが開いた。正確には拝み屋がドアを開けた。
鍵は掛かってないね。何かまいやしない、君の家なんだろう?
待って、と言う事ができなかった。ふらふらと家に入る。
リビング、キッチン。なにも変わったところはない。以前のままだ。
私が居ないのに、以前のままだ。怖い。これ以上進みたくない。
おおっと。チェシャ猫の笑みで彼は言った。
「夕方から、お盛んで。」
家を飛び出した。
見たくなかった。聞きたくなかった。
髪を伸ばした妹は、何もかもがそっくりだった。
胸の形も、抱かれた声も。
「素敵だ。堪らない。その表情。ハハ、ハ。堪らない、たまらない。
これだから辞められない。」
蘇生屋が身をかがめて笑う。
さぁ、何処へお送りしましょうか、フロイライン。
そうだ、ナイフはいかがです? ウィルスの方が好みかな。
いやいや、私は手伝う事はできませんよフロイライン。
私は、蘇生屋だ。殺す事はしない。君が"どちら"を壊すことを願おうとも
私はただ蘇生するのみですよ、フロイライン。
激しい雨だった。世界は灰色だった。
あぁ、なんて素晴らしい世界!
私はこの世界がダイスキだ。ねぇフロイライン。
やりきれない? 納得がいかない? そうでしょうそうでしょう。
貴方は何も悪くない。
あぁ、そんな所でうずくまらないでフロイライン。
せっかくの美しい衣装が汚れてしまう。
さあ一緒に歌いましょう。貴方の愛する人に! いとしき妹に!
この素晴らしい世界に!貴方の美しい心が汚れてしまうそれまでに!
ハレルヤ!