現実で立ったフラグを追いかけるスレ SaveData08
哀悼の意を表して、吉野家一直線氏に捧げます。
三年前のクリスマス・フラグです。
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Mと出会ったのはまだ春のはじめ、桜の舞い散るころでした。
彼女とはパーティー会場のバイトで知りあい、そのうちに電話
などでも話すようになりました。当時、俺には恋人がいません
でした。酷い失恋をしたあとだったので、あまりほしくもありま
せんでした。だからMとは自然に話ができ、けっこう打ちとけた
間柄になりました。下心がないと、うまくいくようです。
Mもまた恋人がいないと公言していました。
「いると思うの〜?」といった感じの口調で、今風(というか、当
時風)を気取った女でした。容姿はそれなりに綺麗でした。もっ
とも、着るものに金がかかっているのが見てとれ、それで幾分
上乗せして見えたのかも知れません。
夏になりました。俺はMのことを好きになっていました。彼女と
の間に、色気のある話題はほとんどのぼりませんでした。どこ
でも放映されているような映画や、誰でも読んでいるような小説
について、ときどき喫茶店で話したりするだけでした。もし、男女
で理想的な友情が成立するならば、こうしたものかも知れない
と思いました。けれども、そこに留まることはできませんでした。
ほうほう。それでそれで?
俺は、Mが何かを隠しているように思いました。それは、俺にばかり
ではなく、俺とMとに共通の友人(その頃にはできていました)に対し
ても、はじめて会った人に対しても、世間のすべてに向けて隠してい
るものがあるように思いました。その謎が、彼女の魅力をひきたてま
した。少なくとも、俺にとっては。
夏の終わりのある週末、俺はMを飲みに誘いました。ちょっと格好を
つけてビル最上階の多国籍バーを予約して、冗談ぽい感じで彼女
をエスコートしました。彼女はそこで、俺にあるアメリカ人兵士の話
をしてくれました。
そのアメリカ人兵士は、Mの通っていた大学に留学に来ていた人間
で、日本語に堪能で、がたいも良く、ハンサムで、決して女性にドア
ノブを握らせない――つまり自分で開いて女性を先に通す紳士だと
いうことでした。語学系のサークルでMと知り合い、Mは努力を重ね
てどうにか「妹としての地位」を手に入れることに成功したそうです。
そのアメリカ人兵士には自国にフィアンセがいて、その写真を彼女に
見せてくれたりしたそうです。結局、Mには指一本触れることなく、ア
メリカに帰って軍隊に入ったということです。
Mは、今でもその人のことが好きで、これからも好きだろうから、きっ
と誰ともつきあえない、と俺に言いました。
Mはきっと、俺の心が彼女に傾きつつあることに気付いていたのだと
思います。そうして釘を刺しておけば俺が動かない、と考えたのだと。
彼女はそうした、浅はかな考え方をする人でした。ちょうど、少女漫画
の登場人物が、どのような思考過程で人を好きになり、諦めていくの
か、それがそのまま現実に通用すると思っている節がありました。
「私は、今でもその人のことが好きで、これからも好きだろうから、きっ
と誰ともつきあえない」
しかし、そこで少しだけ彼女の心が見えました。それは言葉にすると
こういうものです。
1.でも本当は寂しいから、あなたには傍にいてほしい。
2.こんなに可哀相なあたしを見て、あなたはどう思う?
3.だから強引に奪ってくれる人でないと、あたしはダメだと思う。
>534
正しい選択肢は1.でもあり、2.でもあり、3.でもありました。
けれども、俺は3.を選択しました。Mの凝り固まった感情を辛く思いました。
卑屈とは言えないまでも、いじけた少女そのものの彼女を、そのつまらない
場所から解放してやりたい、そう思いました。もっとも、Mの意固地さは、また
別の理由もありました。
それからしばらくして、Mは俺にはじめて身の上を語ってくれました。彼女は
テレビでCMをやっているような、中堅クラスの企業の社長の一人娘でした。
ミッション系の大学に通っていたし、服もぱっとしたものが多かったから金持
ちかもな、とは思っていたけれど、そんなレベルのお嬢だとは思ってもいなか
った俺はかなり驚きました。
彼女は俺に、そうした立場の苦しみを語りました。相手が打算をもって近づ
いてくるかどうかは問題ではない。彼女自身が、相手が打算をもって近づい
てきているのではないかと考えてしまうのが何より辛いのだと泣きながら言
いました。俺は彼女に惚れていたので、その苦しみを一緒になって感じました。
けれども彼女が俺に求めているものは、混じりけのない友情でした。
なるへそ
秋が過ぎ、冬が来ました。市の美術館にモネの絵が来たということだった
ので、Mを誘ってタンデムででかけました。
さんざん焦らされ、はぐらかされ、俺はまだ彼女に思いを伝えていません
でした。腹の中にはどろどろしたものが渦巻いていましたが、惚れている
のでどうしようもありませんでした。彼女は、結局こういう女でした。
「あたしが逃げると男は追ってくる。でも、あたしは誰にもつかまらない。
それがあたしの恋愛であって、好きになったあなたが悪いの」
Mは、会話の空気を自由に操るのに長けていました。たとえば俺が告白
するような流れになると、絶妙の切り返しでとんでもない方向に話題をも
っていってしまうのです。だから、不意打ちしかないと思いました。
今、思い出すと、あまりの恥ずかしさに笑ってしまうのですが、俺はその
日の美術館からの帰り、バイクのタンデムに彼女を乗せたまま、信号待
ちで彼女に告白しました。Mはしどろもどろになり、あろうことか、
「たまにはそうやって、誰かに告白されるのって、良いよね」
などと言ってくれましたが、内心の動揺が手に取るようにわかったので、
そこは俺のペースでした。近づくクリスマスを、一緒に過ごすことを約束
しました。
翌日、「Sちゃんたちも誘っておいたから」というMからの電話が入りました。
冬の予感がひしひしと……
Mさん手強いな・・
Sは、俺とMとの共通の友人の一人で、その彼氏もまた同じでした。ついでに
言えば、俺はMに対する苦しい胸の内を、よくSに聞いて貰っていたりしました。
だからその日も、Sに電話をしてクリスマスについて話し合うことにしました。
S「ついに告白したね。よく頑張ったじゃん」
俺「それで、この有様だよ。Sにも、迷惑かけた。やっぱ二人で過ごしたいだろ?」
S「いや、それは別に良いんだけどね。四人で、ってのも楽しいだろうし」
俺「うん、それは俺も楽しいとは思うんだけどね……」
S「問題は、そこだよね。どうする? 途中でいなくなる作戦もあり、だけど?」
俺「それはベタ過ぎるな」
S「ふふん、クリスマスくらい、古典でせめるのも良いと思うよ」
俺「……仕方ない。それでお願いしようか」
そしてイブ・イブがやってきて、またしてもMから、俺とSとに電話が入りました。
「両親に軟禁されて、明日はそっちに出られそうにない」
Mは近くのマンションに下宿していましたが、実家は100`ほど離れた場所に
ありました。
俺はまたしてもSの部屋の電話番号を押しました。
俺「なんて言うかさ、俺、やっぱ嫌われてるのかな?」
S「そんなことないと思うけど? わたしの見立てでは脈ありだし」
俺「それで、こんな仕打ちしてくれるわけ? ……本当に親に軟禁されてるとし
たら可哀相だから、素直に恨むこともできないのが辛い」
S「まあ、そこらへんがMちゃんのMちゃんたるゆえんだからね」
俺「さすがにこうなったら、一緒にクリスマス、ってわけにはいかないな。一人
で寂しく、『自分ケーキ』でも食べるさ」
S「まだ諦めないでよ。せっかく一年にいちどのクリスマスなんだよ? このチ
ャンス逃したら、きっと何かが変わっちゃて、うまくいかなくなると思うよ?」
俺「……何か、良い方法でもあるの?」
S「だからそれを考えるんだよ。まだ明日まで、時間はあるし。協力できること
なら、何でもするよ」
俺「――何が一番、Mの心を動かすか」
S「――それが問題だ」
【あなたの作戦をタイプして下さい】
※キーワード検索型のフラグ判定
「 |
| |
| |
| 」
実家に襲撃。
「いつまでも悲劇のヒロインぶっているな。
そんなんじゃいつまで経っても米兵の呪縛から逃れられないぞ。
一生そのままでいろ。
俺とおまえの友情はもうここまでだ。
もう冷めた。さよなら。」
と強がっておきながら、涙を流して帰宅し冬コミコピー本の原稿に着手。
実家に襲撃
「いつまで時間を止めてるつもりだ!!
時を止めて生き続けるってのは、生きながら死んでるのとおんなじだぞ!!
俺がお前の時計を動かしてやる」
と言って、実家から連れ去る
割と自分が今いる状況に近いのでいろいろと期待
なんか、今私の片思いしている人と似ていますね。
これからの参考にしたいので、待っています。
サンタに化け、Mの家へ。
「M〜、幸せを届けにきたぞー!! 俺のトナカイに乗ってください!」
と用意していたダンボール板で、M家前の坂を滑って去る。
Sはとりあえずクラッカーをぶっ放してみた。
547 :
545:02/11/29 02:12 ID:KAwnfhTa
>>544さん
おお、同士よ。
つらいですよねえ。まだ他につきあっている人がいるというのならともかく、吹っ切るにはあまりにも中途半端な状況というのは。
しかしなぜリアルはここまで辛くて鬱になるんだろうか、と。
君望やってた時はこれより鬱なことはないと思ってたが
あの比じゃないな、今の鬱度は
>>547 付き合ってる人がいるなら諦めもつくんだけどね、確かに
「めぞん一刻」や「Yesterdayを唄って」じゃないけど、
一度はこういう類の恋はあるもんだぜ・・・・(遠い目)
>531 ◆11TS.byHDM氏
ぐあぁぁ、一年前の俺を見ているようだ (;´д⊂)
∧||∧
( ⌒ ヽ 「私は、今でもSNOWのことが好きで、これからも好きだろうから、
∪ ノ きっと何も手にできない」
U U
∧_∧
< `ш´> 「いつまで時間を止めてるつもりだ!!
_φ___⊂) 時を止めて生き続けるってのは、生きながら死んでるのとおんなじだぞ!!
/旦/三/ /| 俺がお前の時計を動かしてやる。
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| | 動かし方は俺が知っている…俺に任せろ。」
| 桜花幼女 |/
さっさと他の女に移るのがフラグへの近道なんだろうけれど、そうもいかないんだよね。
とりあえず俺ならMの家(近所)を見に行く。プレゼントを持って。
で、Mがそこにいてマズーとか。
#過去に似たような事があったんよ。俺。
更に言うならその件が当時の彼女との別れる最終フラグに
なってしまった。
>531
またアンタに会えるとは思わなんだよ。懐かしいな。
あいかわらず綺麗な文章を書く。
Sの「ふふん、」に 惚 れ ま す た
初スレの1が来てるじゃん。今までなにやってたんだよ。
おれは未だにあの続き待ってるんだけど。
>557
あれは当の本人にバレそうになったので許して。
友情はまだつづいているんで、壊したくないのよ。
>558
両方読んでる香具師がいるとは思わなんだ。ここで書いてるのは
職人としてではないので、ネタとは疑わないでほしいなあ(何れに
せよ、俺の偏執的な性的嗜好が明るみに……)。
タイプ入力型シナリオ分岐の>541ですが、俺の辿ったルートのフラグ
成立に必要だったキーワードを列挙します。
【キーワード】
「実家」「サンタ」「バイク」
この3つが揃うことで、以下の物語のルートに入りました。
ちなみに、トゥルーエンドルートに入るためのキーワードが何であった
のか、今となっては分かりません。
【キーワード】
「実家」「サンタ」「バイク」
私めの貧相な想像力を働かせると
「実家」に「サンタ」の格好で押しかけ、「バイク」に乗せて逃げ去った
となりますが、如何ですか?
>541
S「サンタさんになって、プレゼントを届けにゆくというのはどうだろう?」
俺「またベタな」
S「あのね、クリスマスは一年のうちでたった一日、どんな恥ずかしいことをしても
許される日なんだよ? それくらいしなくっちゃ」
俺「しかし、実家に行ってプレゼント渡すだけじゃ、Mは眉毛も動かさないと思うが」
S「ここは思いきって、サンタさんの格好をしていくというのはどうかな?」
俺「そういうのは、あんたの彼氏にして貰ってくれ」
S「良いアイデアだと思うけどなあ」
俺「――バイクで行ってみようか」
S「あ、それ良いかもね。でも、あんまりわざとらしすぎるかも」
俺「わざとらしいのが良いんだろう? それに、バイクで行ったことは黙っているつ
もり。聞かれたらしぶしぶ答えるけど、聞かれなかったら答えない」
S「なるほど、考えが読めたぞ。そして、おりを見てわたしが『知らなかったの?』
みたいな感じで、聖夜に震えながら走った男の純情を伝えるわけだ」
俺「いつも悪いね」
S「なになに。それがわたしの喜びというものだからね」
Sタソいい娘だなあ(´Д⊂
564 :
546:02/11/29 21:57 ID:FpMtlgb7
惜しかった・・・・
肌が切れるように凍てついた夕暮れでした。俺は部屋にあるものの中で一番
厚いダウンコートを着、ライダーグローブの中に小さなカイロを入れ、愛機S
RVに跨って聖夜に華やぐ街に飛び出しました。
もうプレゼントは購入してありました。会ったばかりの頃にMが本屋で手にと
って綺麗と感想をもらしていた絵本です。そのとき、彼女はとても安らいだ目
をしていて、それが強く印象に残りました。金をかけたものを贈っても仕方が
ない。それならばと選んだひとつの賭けでした。Mは、もしかしたらあのあと、
もうこの本を買ってしまっているかも知れない。けれども、もしあの本屋で棚
に戻したままで、そしてもし俺と一緒にそれを見たことを覚えていてくれたら、
それはきっと良いプレゼントになると思ったのです。
市街地はどこもかしこも鮮やかなイルミネーションと手を繋ぐ恋人たちで溢れ
ていました。けれども俺は俺で、不思議に幸せな、楽しい気分でいました。Sの
言葉が妙にしっくりきました。一年でたった一日、どんな恥ずかしいことでも許
される日。その日に片思いの彼女に鉄のトナカイに乗って絵本を届けにゆく
というのは、何だかとても滑稽で、けれども決して間違いではないように感じら
れました。
おお、初スレの1さんじゃん!元気!?
やがて市街地を抜け去り、自動車の排気音だけが響く暗い街道を、知っている
クリスマス・ソングを大声で歌いながら走りました。寒さがじわじわと体に浸みこ
んでくるのが分かりました。そのうちに体の芯まで、凍ったように冷たくなりました。
何を馬鹿なことをやっているんだろうなという思いと、こういうクリスマスも悪くな
いよなという思いが入りまじって、もうすっかり暗くなった聖夜の闇を駆けました。
こごえながらMのいる街にたどり着きました。はじめて来た街に特有の拒絶感
はなぜかありませんでした。夜七時。目についたラーメン屋に転がりこみ、生き
返るような思いで熱いラーメンをすすりながら、丁寧に包装してもらった絵本が
あるのを確かめたりしました。
人心地つき、腹ごしらえも済み、意を決して彼女の携帯に電話をかけました。
M「はあ〜い、こんばんは〜、メリー・クリスマス・イブ!」
彼女の声は酔っぱらったときのそれで、背後からは数人の女の子たちのはしゃ
ぎ声が聞こえました。
俺「なに、友達といるの?」
M「そうで〜す。軟禁なんて、やってられっか! って、飛び出して来ちゃいまし
た〜」
俺「……えっと、つまり、今は○○(←俺たちの街の名)にいるわけ?」
M「ぴんぽ〜ん大正解〜」
ぴんぽ〜ん大正解〜…ぴんぽ〜ん大正解〜…ぴんぽ〜ん大正解〜。
1.無言で電話を切って北を目指す。
2.「あのさ…俺、今△△(←今、俺のいる街)にいるんだけど」
3.「今からプレゼント届けにいっていい?」
すげーオチだ! >まだオチはついてないけど。
100キロ…バイクで…冬…まだ彼女でもない女のために…
あんた偉いよ ・゚・(ノД`)
これが噂に高い初1のフラグ立てか…。凄まじいものだ。
1.はすれ違う気がするので3.かな。
俺なら3で、到着予定時刻を告げておくのだが…
車なんでバイク乗りの辛さが判らなくてスマン。
冬の往復200キロは、冬コミに始発到着→開場まで一般で待機、
に比べてどれくらい厳しいのでしょうか?
冬のバイクって時点でもう死ぬる。
☆ チン マチクタビレタ〜
マチクタビレタ〜
☆ チン 〃 Λ_Λ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
ヽ ___\(\・∀・) < ねぇねぇまだなの?早く早く〜
\_/⊂ ⊂_ ) \_____________
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ /|
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| |
| 長野りんご. |/
>567
当初の予定からすれば、当然に3.を選択するはずでした。けれども、そのときの
俺は、ただ笑うしかなかった。そう、凄い落ちがついた。どうせなら、完全にピエロ
になりきってみたいと思った。
2.を選択しました。
俺「あのさ…俺、今△△(←今、俺のいる街)にいるんだけど」
M「え? なんでそんなとこにいるの?」
俺「きみにプレゼント届けに来たに決まってるじゃん」
M「…………」
俺「ついでに言えば、バイクで来た。すげえ寒くて、死にそうだった。誇張でもなん
でもなく」
M「……なんで?」
俺「じゃあ、電車に揺られて、プレゼント渡しに行って、きみ受けとってくれた?」
M「……風邪、引いちゃうよ」
俺「引いてもいい。これからきみの所にプレゼント届けにゆくから。それじゃ」
電話を切ると、夜の冷たい大気が押し寄せてきました。けれども、言いたいことを
言ってしまったので、気持ちはとてもすっきりしていました。SRVのエンジンをかけ、
空冷の熱をたしかめてから、再び闇の中に走り出しました。
来た道よりも大きな声で歌を歌いながら走りました。途中の信号待ちで、何やら白い
ものが舞っているのに気付きました。雪でした。ああホワイト・クリスマスだ。
「We're dreaming to have a White Christmas...」
情緒も何もない大声で、うろ覚えのホワイト・クリスマスを歌いました。どうにかハンド
ルを握っている両手以外、冷えきった体にほとんど感覚はありませんでした。震えは
一時間くらいで治まりました。冷たさに慣れきってしまった体は、震えさえしないという
ことを知りました。Mのマンションにたどり着いて携帯を鳴らすと、彼女はすぐに階段
を降りてきました。
M「……寒そうだね」
俺「寒いよ」
M「上がって、あたたまってく?」
俺「いいよ。邪魔しちゃ悪いし」
そう言って俺は鞄からプレゼントを取り出し、Mに手渡しました。
M「今、あけてみていい?」
俺「ダメ」
M「あなたのことは、とても好き。でも、つきあえない」
俺「……」
M「Lちゃん、て知ってるでしょ? あなたのこと、好きなんだって。相談されちゃった」
思ってもいない名が出て、もう言葉もありませんでした。Lは、Mの大学の友人で、
俺は三回ほど会ったことがありました。大人しく目立たない子で、飲み会の席で
沈んでいることが多かったので、俺は持ち前のサービス精神を発揮してもり立て
たりしていたことも事実です。しかし恋愛対象として見られていたなんて想像もし
ていなかった。
恋愛の相談をされたから、俺とはつきあえない。いかにもMが考えそうなことです。
彼女は半分は逃げるための口実として、けれども残りの半分は心の底からそう思
っていたのです。Lに相談されたから、俺とはつきあえない。
俺「それなら、その問題がなければ、俺とつきあってくれるってことだよね?」
M「それは! ……」
俺「すごく幸せなクリスマスになったよ。だって、今夜、きみからはじめて『好き』っ
て言葉を聞けたから」
M「……それは嘘じゃないよ」
俺「だから最高のクリスマスになった。ありがとう。それじゃ」
そう口に出してしまうと、本当にそう感じられました。滅茶苦茶なことばかりだった
けれど、今夜は俺にとって、最高のクリスマスになった。
暗い部屋に戻ると日付が変わっていました。携帯に不在着信のメッセージがあり、
Sからの「メリー・クリスマス。つごうが悪くなければ、どうだったか教えてね」という
クリスマス・メッセージでした。シャワーも浴びずにベッドに倒れこみ、生涯で最も
長かったクリスマス・イブは終わりました。
物語はそれからもつづきますが、俺の選んだルートは正しいものではなかった
ようです。結局、つきあっているのかつきあっていないのか分からない曖昧な状
態のまま、二回セックスをして終わりました。
彼女は両親から、結婚するまでセックスをしてはいけないと教えられていました。
洗脳に近い強靱さで、絶対の禁忌として戒められていました。けれどもその教え
に、感情では逆らっていました。そして、そこに俺がいたわけです。
それからMは普通の女になったようです。俺を振ってから半年くらいして、新しい
恋人ができたと手紙をくれました。その手紙はしばらく机の中にしまっておきまし
たが、いつのまにかなくなっていました。
俺は、Mの膜を破るために利用された道具のようなものでした。それは肉体的な
意味と、精神的な意味においてです。そして道具として利用されることで、俺の中
からもまた何かが消えてしまったような気がします。それが何かは分かりません。
正直、良い思い出ではありませんでした。けれども最近になって、良い思い出に
なりました。Mがどこで何をしていても、彼女は生きていて、息をしていて、そして
そんな彼女が存在している理由のひとつに、俺という人間がいたのだということを
皮膚感覚として理解できたから。格好つけるわけではないけれど、それでいいと
思うのです。
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吉野家一直線氏に贈ります。白血病で死んだ若い女性の手記からの引用です。
「この痛みがつづいている限りわたしは生きていられる。
なぜなら、痛みを感じているということは、わたしが生きているという証拠だから」