最萌えブランドトーナメント、ライアー支援のSS投下いく。
以下は設定。
登場人物
ニキ・バルトレッティ 引きこもりで、喋るのがとても苦手な少女。
杏里・アンリエット 「レズの王子様」。ニキの恋人で一学年先輩。性別は女。
シチュエーション
杏里の卒業式(つまりふたりの別れ)を間近に控えて。
別れの儀式は、血の鮮やかさを湛えた赤ワインの口移しから――始まる。
最愛の恋人の熱く柔らかな口唇に吐息を覆いつくされ、少女――ニキ・バルトレッティは、
いっさいの緊張と懊悩さえもおのれの身体から脱け出していくのを感じていた。
いつだってそうなのだ。きつく杏里の腕に抱かれ、その体熱を全身で感じとりながら頬に鼻を
すりよせているときにだけ、捨て猫をおもわせるこの引きこもりの銀髪の美少女にささやかな至福が
もたらされる。
(わたし、杏里のこと、好きだったんです。――知っていた?)
もちろん、杏里は知っているに決まってる。
だがそれでも、胸の中で問い掛けずにはいられないのだ。杏里を想うたびに、心臓を鷲づかみに
される甘く痛切な鼓動が高鳴ってしまうのだから。
フレンチ・キスの舌をからめた濃厚な接吻に導かれて、唾液まじりのとろりとむせかえるような
ワインの芳香が咽喉の奥、流し込まれてゆく。酔いしれたようにニキはもうなにひとつ考えられない。
考えたくもない――卒業で離ればなれになる身のことなど。
ベッドカバーが汗ばむ季節は夏、七月――ニキの年上の恋人である杏里・アンリエットの卒業が
迫った、ハイスクールの白昼の七月。
クーラーはつけていない。シャワーは浴びていない。大海原を見下ろす窓は開け放ったまま、潮風と
ぎらつく太陽が部屋に射しこむにまかせている。一糸まとわぬ素裸をさらし、陽の当たる部屋で野に
棲む獣のように、求めあいたいのだ。
言葉をもたない、必要としない獣たちのように――
(ちゃんと言えなかったこと、すごく後悔してたんです。知っていた?)
(誰にも渡したくないって、今でも思っているんです。
……知っていた?)
それは、恋仲なのだから知っていたはちがいない。
だが問題は、「どこまで」知っていたかという点だろう。言葉に言い尽くせない想いのたけを、どこ
まで恋人は汲み取ってくれていたのか。
「…………、杏里」
むきだしの肌理(きめ)こまかな脚で、まるで母にすがりつく幼な児さながらに杏里の腰をしめあげ、
そして喘ぎをおしころしてささやいた。かすれたわななき声は酔いしれて芳醇な葡萄の香りを潮風に散らす。
脇腹をたまらなく愛撫してくる口唇をとめ、何事かと尋ねかえしてくる杏里に向かって、ニキは弱々しく
微笑んだ。
「だれよりも……」
そこで言いよどむ。単なる無口、という以上にひととの会話を苦手とするニキなのだ。たとえ相手が
恋人であっても――それとも、恋人だからこそ。
だれよりも、あなたが大好きです……杏里。
あなたよりもいとしい、大切な、この心を捧げてるひとなんて、昔の想い出のなかにもいません。
そしていま、わたし以上にあなたに恋焦がれてる人だって、この地上にひとりもいません。あなたの
たくさんの恋人のなかにだって、ぜったいに。
……生まれてはじめて抱きしめてくれたひとが、肌と心の熱さを教えてくれたひとが、あなただったんです。
――などというせりふを百万言かさねたところで、それでなにが変わっていたというのだろう。なにを
この手につかめたというのだろう。
ほんとうに求めるものは、言葉ではなにひとつ手に入れられなかったろう――杏里が他の恋人たちを
振り切ってじぶんだけを欲してくれるという奇蹟も、時の流れをとめてふたりきり、永遠の学園生活の
サナトリウムにたゆたっている夢想も。
おのれのちっぽけな後悔も独占欲も、すべては大洋を吹きぬける海風の前にあまりに卑小で無力きわまり
なく、そして、
――苦酸っぱく、そしてわずかに甘くもある、夢の終演がいま、目の前に迫っている。
「……だれよりも、だれにでも、杏里は優しいひとだから……
だから、わたしにさよならを教えてくれることができないの……」
その言葉に、ひどく面食らったように最愛の恋人、杏里は美しい青みがかった瞳を見開き、ややあって
ミュージカルの舞台さながらに華麗な言葉の花束をなげかけてきた。――雄弁で、そしてそれに見合うだけの
誠実さもかねそなえた恋人、杏里。当たり前の世間話さえできない自分とはあまりにちがうその気性に、
ニキは恋したのかもしれない。
「もう……なぐさめてくれなくていいんです……好きだから」
そしてたぶん、ずっと好きでいられるから――ニキは内心ひとりごちる。影と光がいつも背中合わせに
寄り添っているように、わたしたちがこのままの魂でいられるかぎり、たとえこれから一生逢えなくても――。
目許を静かにうるませて、ニキははにかんだ。
なおも言いつのる杏里の頬を掌で包み、ふたたびくちづけを交わす。深く押しつけたままの口唇が震え、
声にならない言葉をつむいだ。
(じゃあ……さよなら。もう逢えないけど。……これは知ってたでしょ?)