SS投稿スレッド@エロネギ板 #3

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134colors支援?SS1/4
―ゆらぎが望む永遠―(前編)


「孝之君……私、不安なの。ねえ……手を握っててくれる?」

 深夜の病室。
 遙の弱々しい声。空調の音にすら掻き消されそうな、か細い声。

「ああ」

 孝之は小さく頷いて、その手を握りしめた。
 乾いて骨ばった指の感触に改めて心の中で驚く。
 それを表情に出すまいと、強く奥歯を噛み締めて笑顔を作る。
 少しでも力を入れたらそのまま折れてしまいそうだ。
 あの頃のふくよかな掌の柔らかさはどこにも無い。
 ……これが現実。三年の長すぎる眠りは遙から何もかも奪ってしまった。

「私……私……」
 
 遙は目を泳がせながら何か必死に言おうとしている。
 握った手に僅かながら力が込められるのを孝之は感じた。
 まるで溺れた子供が激流に飲まれまいと、必死に何かにしがみつこうとする
かのように。

「何か、おかしいの……でもね……それが何なのか解らないの……」

 記憶の混乱はまだ続いていた。今をあの事故の数日後と認識している遙。
 しかし、少しずつ現実との乖離に気が付き始めているのは確かだ……

「大丈夫……大丈夫だから、今はゆっくりおやすみ」

「でも……」

「大丈夫」

 孝之は何度も"大丈夫"と繰り返しながら、身を乗り出してきた遙を再び横に
寝かせた。
 掛け布団を肩までかけて、ゆっくりとその長く伸びた髪を撫でさする。
  ……大丈夫なんかじゃない。
 こんな見え透いた嘘をどれだけ積み上げていけばいいのだろうか。 
 暗闇を灯火もつけずに疾走する一台の車。
 いつか崖から落ちる時が来る。そしてそれは遠い未来の話ではない。
 その日の事を考えると孝之の心は曇る。
135colors支援?SS2/4:02/04/04 00:16 ID:gVxECgwI
 心の中に様々な光景が浮かんでは消えていく。
 傷心の日々を一緒に過ごしてくれた水月の顔。
 事故の前の、明るかった茜ちゃんの笑顔。
 自分を気遣ってくれた遙の両親の背中。

 あまりにも重い決断の時が迫っていた。
"今はあれから三年が過ぎている。そして俺は今、水月と付き合っている。"

 どうしても言えないその台詞。
 言えば何もかもが楽になるのだろうか……

「ねえ……あのおまじない覚えてる?」

「え?」

 知らぬ間に目をつぶって考え込んでいた孝之は遙の声に驚く。

「おまじない……忘れちゃった?」

「え、も、勿論……覚えてるよ」

「……嬉しい」

 遙の顔に笑みが浮かんだ。
 懐かしい笑顔。あの頃はこんな笑顔を毎日、それが当然の事であるかの
ように見ていたのに……
 そう考えながらも、孝之はじっと見つめてくる遙から目を逸らしてしまう。
 今の自分はあの頃とは違う。
 二人の変わらぬ愛を誓うおまじないなんて……
 甘い思い出の一つ一つが、今では自分を縛り付ける重い鎖となっている。

 どうしてこうなってしまったのか。
 遙への想いも、水月への想いも嘘ではないのに。 
 どちらかは明日にでも、醜い嘘となって汚れてしまうのだ。

 どうして。
 どうして俺がこんな。
 ギ……
 どうして……

 ギ……
 
 孝之はその時、不思議な音を聴いた。
 錆びた歯車が無理やり回転を始めたような音を。
 心の中の淀んだ部分に水滴が落ちたようにその音は波紋となり広がっていく。
 自分の一部が勝手に叫び声を上げているように……耳ではなく、頭の中に
直接響いている。
 孝之にはその音が何故か心地の良く聞こえた。
136colors支援?SS3/4:02/04/04 00:17 ID:gVxECgwI
  ギ……

「どうしたの?」

 虚空を見つめたまま固まっている孝之に、遙が声をかける。

「いや……なんでもないよ」

 まるで他人事のように孝之は生返事をした。
 音が頭の中で段々と大きくなっていた。
 今では割れ鐘のように激しく頭蓋の中で響いている。

 ……何だ? 何なんだ?
 
 ギギ……
 その疑問に答えるかのように一段と大きな音が鳴った。
 孝之の周りの空気が大きく歪む。
 まるで世界が一枚のシーツになったように、周囲の光景がたわむ。
 その歪んだ皺の部分から、細い透明な糸のような物が溢れ出して孝之に絡み
付いてくる。後から後から無数の糸が垂れ落ちてくる。
 まるで蚯蚓のようにブルブル震える糸。
 体を這いまわりながら孝之の頭の中にどんどんと入っていく。
 あまりに非現実的な光景。
しかし孝之はぼんやりとその一部始終をじっと見つめていた。
 
 ――声が出なかった。出せなかった。

 音が鳴る度、頭の中に絡みついた糸が弦楽器の奏でるトレモロのように細かく
震える。
 そして共振した糸から発せられるのは、抑揚の無い無数の言葉だった。
 
 オマエ
 イゴコチ。イイ

 クラエ
 クライツクセ

 オマエ タダシイ
 スベテ クイツクセ
 オカシツクセ
 スナオニ

 単語の一つ一つが孝之の心を溶かしていく。

 ――弱い自分を肯定してくれる甘い言葉。
 ――自分の欲求を満たしくれる気持の良い言葉。

 そうだ。水月も遙も……茜も皆……
 ソウダ
 俺のものにしてシマエバ
 いいんじゃないカ?
 クライツクセバ

「……孝之君?」

「そうだ。オマじないをしようよ。ねえハルカ」

「……うん」
137colors支援?SS4/4:02/04/04 00:18 ID:gVxECgwI
 その時、既に孝之の心は無数の糸に絡め取られていた。
 孝之を乗っ取った糸――"ゆらぎ"は目の前の少女に次の目標を定める。
 ゆっくりと"ゆらぎ"は遙の手を握った。
 遙は安心したように目を閉じて。おまじないの最初の一節を切り出した。

「夜空に星が輝くように」

「ヨゾラにホシが輝くようニ」

「溶けた心は離れない」

「トケ……トケタ」

「え?……どうしたの孝之君」

 呂律の回らない孝之の言葉を聴いて、遙は目を開けた。
 握った孝之の手を見る。
 孝之の手には縦に無数の裂け目が出来ていた。手はあっという間に形を崩し
ながら無数の触手に分かれ、遙の指の股に絡みついてきた。

「――!!」

 遙は声にならない悲鳴をあげる。朦朧としたままの意識ではとっさの回避行
動をとる事が出来なかった。
一呼吸あってから慌てて"孝之の手"だったものから自分の指を離そうとする
が、その時すでに触手は遙の肘にまで達していた。

「なにこれっ……嫌っ……孝之君!!!」

 遙は泣きながら"手"の向こうの孝之に助けを求めた。
 椅子に座ったままぐったりとうな垂れた孝之は全く反応しない。
 しかしその頭部。その髪の毛だけが意思を持ったように無秩序に蠢いていた。

「なんなの……これ……た、助けて……」
 
 遙はベッドから逃げようと腰を動かした。しかし萎えた足は全く言う事を
聞いてくれない。

「いやああ……」

 呆然としながら、パジャマの右手の袖から中に入り込もうとしているその触手
を振り払おうとする。
 数え切れないほどの細かい間節に分かれた触手は今も"指"の形と色を残して
いる。その先には赤黒い爪が生えている。尖った先端は粘着質の液を出しなが
ら遙の肌を探っている。

「あっ」

 バランスを崩した遙がベッドから転がり落ちる。
 それと同時に、バンッ――という鈍い破裂音が室内に響いた。
  完全に孝之の体の輪郭が崩れた音だった。引き千切れた孝之の服から溢れ出
した数千本の髪の毛と指が、助けを求めようと開けた遙の口に一斉に絡みつき、
入り込んでいく……


続く。
138colors支援?:02/04/04 00:19 ID:gVxECgwI
ああ前半だけじゃ全然colors支援になってないし。
君望スキーの皆さん。遙スキーの皆さんすいませんすいません。
孝之スキー……はまあ別にいいかな。

後編ではようやくcolors支援SSになるかと思います。今日の夕方までにはupします。
アイたんがヘタレ主人公をギタギタにします……多分。
エロ方面はあまり期待しないでください。