裏雑談スレ@葱板#5〜革命と闘争と〜

このエントリーをはてなブックマークに追加
71
                ――――――

とっさに目の前の現実に戻された。
……彼女はいなかった。

周囲の通行人たちの視線が一点に向いていた。
その先に、駆け出していく彼女の後ろ姿を見つけた。

彼女は、駅の屋上のコンコースへと続く階段を登っていく。
あそこは俺たちが初めて出会った場所だ。

彼女はそこから飛び降りようとしている。そう直感した。
さっきまでの俺が、そうするように彼女に言ったのだろう。

俺が追おうとした時、またささやきが聞こえ始めた。

(追うなよ。めったにないショーだろう
 あの高さならたぶん死にはしない。ガキが流れるのは確実だがな)

足が動かない。
全身が悪意に支配されているのか。

(ガキが流れれば、あの女はまたお前の奴隷に戻るはずだ。
 今度は完全に堕ちる。
 一生、お前に自信を与え続ける玩具でありつづけるだろう)

いやだ!
これ以上、彼女を泣かせたくない。
声を振りきって、俺は駆け出した。

間に合わない。
彼女は何かに憑かれているように、コンコースの端から、
遥か真下のコンクリートの歩道へ、ふらふらと半身を乗り出している。
泣いているのだろう。
彼女から、きらきらと輝くものが歩道に落ちて行くのがわかった。


いや、まだ間に合うかもしれない。
俺はコンコースへの階段の脇をすり抜け、真下の歩道へ向かう。
今までの人生で最も速く走っていた。

脳内の悪意はまだ何かささやいている。
俺を引きとめようとしている。

彼女の体が落下した。
まっさかさまに落ちて行く彼女。

この時、世界はスローモーションで見えた。
走るのが苦しい。
ほんの数秒のことなのに、永遠のように苦しくなった。
声はなおも俺を引きとめる。

負けたくない。
このまま声に負けたら、彼女の笑顔は二度と見られない。そう思った。