信じられなかった。
こんな惨めな自分。淫らな姿は。
暗闇の中に、ゆらりと白っぽく、男の姿が現れた。
それを見て長岡志保は、いつものポーズをとる。
地べたに寝そべらせた一糸まとわぬからだ。その股を、男に向けておとなしくひらく。
両手で、曲げた膝の裏を持ちあげて。
隣に寝ていた美しい少女、姫川琴音も、それに続く。やはり、一糸まとわぬすがたで。
性器と性器を堂々と男に晒す、卑猥なポーズ。
“お好きなほうから犯してください”という、無言の意思表示だ。
閉ざされた地下だというのに、なぜかここは、周囲を薄明るく視認できる。男には、暗闇の中、ふたつの秘裂が並んで見えているだろうか。
こんなことをおとなしくしている自分が、志保は、いまだに信じられない。
本来の自分なら、こんなこと、するわけがない。
でも、避けられないものなら……早くやって来て、早く過ぎ去ったほうがいいから……。
男は、両手を伸ばすと、ふたつの少女の性器を同時に指で触れた。
しばらくすりすりと乾いた襞(ひだ)をこする。飽くことなく、何分も、何十分でもだ。ふたつの肉襞に、熱い火を燈(とも)らせるまで。
これを、脚を支えたままじっと耐えるのは、女の子にとっては厳しい作業だ。
やがて襞は熱い熱に包まれ、その火照りとともに、それぞれの襞の上端からふたりの突起が、にゅっとあられもないすがたを見せる。ふたりが秘めていた卑猥なそれが、無造作につまみ、揉まれる。
「あン…」「はんっ!」
じらしていたわけではない。これが、ふたりが一番好きな手順なのだ。
充分愛撫された襞と、突起への衝撃とがあいまって、ちゅ……くちゅ……と、ふたつのまだ若い襞は濡れそぼち、絡み合い、乱れつつ、いやらしい声をあげはじめる。
(好き……)
目を閉じ、眉をしかめて、股の間の強い刺激に耐えながら、志保は思う。
(あたし、こうされてるの好き……)
憎しみしか感じない相手におもちゃにされ、牝として扱われることに、胸がうずく。屈辱が、絶望が、甘くむずがゆく胸をかきまわす。
(……駄目になっちゃった、あたし)
けして乱暴ではなく、女を狂わせるために甘く優しく動く、指。声を出すのも、もう我慢しなかった。琴音も、隣で可愛い声をあげているし……。
「もっと、してぇ……」
あの琴音が、そんな声を出している。
志保もさすがに軽く驚き、うっすら目を開けると、琴音は、開いた足を自分の両手でしっかり押さえて腰を突き出しながら、目を閉じて一心に股間のいたぶりを貪(むさぼ)っていた。はっきりとは見えないが、おそらく頬も真っ赤に染まっているだろう。
その声を聞いたふうもなく、男の指は、ふたつのそれを、くにくにと好きになぶり続けた。やがて、頃合い良しと見たか、手を離す。
志保、琴音、どちらの頬も、吐く息にも、もう熱がこもっている。
(どっちに、来るの……?)
男の大柄な裸体は、ゆっくりと、志保のほうにのしかかってきた。
(ああ……)
女の欲望で、少し裸身が震えた。
野卑ですえた、異性の体臭。でも、そんなものにももう、慣れてしまった。
むしろ、その匂いは自動的に性交の予感を志保の肉に感じさせ、いやしい欲望を腹の奥に発火させる。
(欲しい……!)
だが、男は急がない。
まぐわい合った回数など、もうどちらも覚えていないだろう。男は焦らない。志保の下の口にキスするように、自分の鈴口をちゅっ…とそれに軽く押し付けた。そのまま、くちづけを繰り返すように、触れ、離れて、また触れ、離れる。
志保はたまらない。
「ううン…うう…ン……!」
自分でもえっちだと思ってしまうような動きで白い腰をもじつかせると、思い切って、自分から……。
志保の密かな丸い口が、その薄い唇でひっつき、絡み付くように、貪欲に男のものの丸い頭を呑み込んでゆく。
「ふっ……ふっ……」
まだ美しい十代の腰を、冷静に、名も知らぬ男の腰に押し込んで、性器と性器を深く接合する。性交のため。快楽のために。
こんな身体に、こんな人間に、自分はされてしまった。
この地下に閉じ込められ、琴音とともに犯されぬいて。
服なんてもう、いつ着たのが最後だろうか。
嫌なのに。屈辱を感じるのに。そう、かつては……死ぬほど悔しかったはずなのに。
だが、避けられない行為を避けるのをやめた時。もういつだったかも忘れてしまったその時以来、志保は変わった。
心が受け入れると、肉体は、素直な快楽を運んできたから。
裸の腰に、男の裸の腰骨が密着する、完全に結合した時の感覚。
ぐじゅ、ぐじゅる、ぐじゅ……
自分のあそこが、恥ずかしい音を発している。
自分の腰が、暗闇の中、白く淫らにうねり舞う。濡れた口が、咥えた長い男性器を、呑み込み、吐き出すのを繰り返す。しごき、かつ、掘られるために。絶対他人には見せたくないいやらしいすがた。
「イイ……キモチィィ……あ、……あぁ、ああっ!……」
自分の口から、AVみたいなあの時の女の子の声が漏れている。……恥ずかし過ぎる。
匂いがしてきた。男のだけではない。自分が股から分泌している、生々しい匂いがだ。下半身から、立ち昇ってくる。
興奮する。そんなものにすら。
たとえば、浩之なんかにいまの自分のこんな様子を知られたら……そんな想像したら、死にたくなる。
隣にいる琴音には、とっくにすべてを見られ、知られてしまっているけれども……。
そう。初めてから今日までのすべてを。
そして逆もそうだ。琴音も、したこと、されたことを、すべて志保に見られてきた。
さらにもう、お互いただ見て知っているだけではない。相手のすべてを、直接、自分のからだでも……。
男はまず志保のほうに来て、野太い性器を志保の股間に咥え込ませぐいぐいと志保を犯しているが、しかし、琴音も無事で済んでいるわけではない。
そちらには、女がひとり、のしかかっている。
琴音が同性に犯されるということを、かつてどれだけ嫌悪し、抵抗したか──志保だけは知ってる。
しかし、いまや女の口づけを従順に受けとめ、飲まされた唾液をも目を閉じておとなしく体内に嚥下(えんげ)する琴音のすがたが、そこにある。
琴音を責めているその女も、裸体だ。
身体は琴音と変わらぬ小柄さ、年かっこうも同じぐらいに見える。なのに、どちらが主人で、どちらが奴隷なのかは、誰の目にもあきらかだった。
女は片手で琴音の小さな乳首をいじり回し、もう片方で琴音の頭部を押さえつけ、唇をむさぼっている。足と足を卑猥に絡め、腰を動かしているのは、女の性器同士を摩擦させ合っているのだろう。無抵抗の琴音の、小さな少女の身体を、今日も飽くまでむさぼり尽くすつもりだ。
志保も、女の手管は、身を持ってよく知っている。
知り尽した琴音の身体を、常のように淫蕩かつ意地悪い手つきで燃え上がらせ、まだ幼い身体にあの声を出させて。残酷に少しずつ、いつもの性獣へと変えてゆくのだろう。
隣人を観察している間にも、男の抽送は続いている。
人の肉が、自分の体内に割り入って動き続ける感覚。
慣れたいまは、性液が前後運動を助けているこの感覚を、女の麻薬だ、と志保は思っている。
たぶんまだ志保には早いだろう太さのものが、縦横自在に秘孔を掘りつくし、
単なる脚の間を、むず痒い快楽の塊にしてしまう。思わず熱で、震える。
「んぉ……んんっ……ぁはぁッ!……」
声をあげ、みずから尻を振ってむさぼってしまう。
こんな名も知らぬ男になど、許したくないのに。
秘所を他人に晒す恥ずかしさ、知りもしない男とセックスする恥ずかしさ、快感に乱れ狂う、人に見せたくないすがたをそいつや琴音に見られてしまう恥ずかしさ。
でも、その恥ずかしさすべてをいま、おとなしく受容して突かれている。
女が股を開くというえげつない言葉の意味が、いまの志保には、深く、実感できる。
しかも、男はまだまだ余裕だ。
ここまでは悠然とした抽送ペース。ここからいよいよ、動きに拍車がかかってくる。
「ぐっ……。うっうっうっうっうっ……」
ぱん、ぱん、ぱん、ぱん、ぱんと、肉が肉を叩く音がしてきた。
響くほどの音を立ててふたりが激しくセックスしていることが、周りにもまるわかりになってしまう。
恥が、さらに、胸の中をかきむしる快感の燃料になる。
男が志保の腰を持ち上げた。自然、志保の秘穴の上天井がごりごりと熱い肉でこすられる。
「そこぉ……そこ……! ……! …ん!ん!!んああ!!」
嬉しい衝撃に、思わず、本音が声になってしまう。
ぐいぐいぐい、と数十秒も強力にそこをこすられ続けて、唾液を口の端に零しながら今日は早くいけそう、と思った時、突然、それは終わった。
男がぬぼぉ、と男根を抜く。
あ……なんで、もっと、とつい懇願しそうになりながら、抜かれた男のそれを見ると、べっとりと粘液に濡れて糸を引いている。
男はまだ出していないのだから、それはすべて、志保が感じて分泌した液だ。頬が熱くなるのがわかる。
男は、ぶらりと揺れる大きなものを掴むと、その先端を、志保の縦筋に押し付けて来た。
「……?」
くじゅ。
「あ!!」
男が、自分の先端の鈴口で、志保のクリトリスを挟み込んだ。
まるでクンニの時のようにクリトリスをそこで挟むと、くなくなと揺らす。
「はぁぁっ…!! う……!!」
電気が走る。それほどの刺激。
くなくなと揺らしながら男は、しだいしだいに大き過ぎはしない志保のそれを、鈴口の中に収めてゆく。志保のそれは、埋没してゆく。
「そ、そんなぁ…は……いやらしいっっ……」
クリトリスとペニスの、卑猥で熱い合体。志保の小さなそこが、淫らな熱の発生源になる。
「ひ…………!」
局所の刺激と、されていることの卑猥さを認識した脳とが、火花のように志保をスパークさせた。ちろちろ……と、尿を漏らしてしまう。
言葉も発さず、意志の疎通もできないのに、男たちは、相手を色に狂わせるこんなことを、様々に仕掛けてくる。
志保の失禁が雫ほどに治まると男は、ふたたび一物を志保に挿入する。
「……はッ!!」
強引な、一気の押し込みに、たまらず志保が息を吐き出す。
志保から迎え入れるのでは味わえない、一気に最奥の壁まで押しつぶされるような、強烈な感覚。
最高に、感じる。
快感に泣きそうになる。
腰をがっしりと両手で掴んで、男は今度こそ本気の抽送で志保の裸身を踊らせる。
「あぁ〜!!あぁ〜!!あぁ〜!!あぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
馬鹿みたいな声が出ているが、自分ではもう止められない。声を止めたら快感で死んでしまいそうな気さえする。
アソコが、脚の間が、熱い。
熱い。
痒い。
痺れる。
痛く、ない。
快楽の蜜壷だ。
自分の身体にそんなものが付いてるなんて、知らなかった。知っていたはずなのに、ほんとうの行為は、かつての想像と、まるで違っていたのだ。
「ひ……!あっひ……!くぅぅ!イイ、イイ、イイ──!!」
背骨を通って脳まで脈動して来る感覚を呼ぶ抽送を、興奮と快楽以外なんの意味も読み取れない声を出して、貪欲に志保は受け入れ続ける。
必死にお尻を小刻みに動かす。男が打ち込む度に。より深い抽送感を求めて。
ほんとうに、こんなみっともないすがたを人に見られたら、狂いそうだ。
でも、大丈夫。
隣の琴音はいま、視界をふさがれているから。
琴音の顔に、女が跨っている。
可愛い琴音の顔が、女の尻の下になって見えない。
ちゅる…ちゅぶっ……と、粘膜を吸い立てる下品な音が、ここまで響いている。琴音が、あの可憐な琴音の口が立てている音なのだ。
女は嬉しそうに尻を前後に揺らしている。窒息を心配してしまう光景だが、女は意になど介していない。自分の乳首ふたつを自分でつまみ、快楽に垂らしたよだれを舌で舐め取っている。
琴音もおなじようなすがただ。
女に座り込まれながらも、片手で自分のふくらみかけの乳房を撫で、もう片手は股間に挟み、みずからの陰裂をこすっている。
交接中このように志保と琴音に自慰をさせるのは、男たちの好むところだった。
琴音は、ここに閉じ込められるまで一度もしたことがなかったと言っていた。初めての自慰も、それから以降も、少女のオナニーはすべて他人の目の前でだ。もう、何度でも自分の手でいける。
男の手が、志保の腕をつかむ。やはり、股間に持って行かれる。
志保も、もはや迷いもなく自分の股間をいじり始める。
失ったさっきの鈴口の感触を埋めるように、自身の指で突起を激しくなぶり回す。慣れていないとできない、強い愛撫だ。
「くっ……、う──っ!!」
じゅくじゅくに濡れた粘液がほどよく指に絡んで、かなり、いいオナニーになった。
恥ずかしい。こんな自分死んじゃえ。
そう思う自分がいる。
その恥ずかしさや絶望感をも、股間から全身に走る快楽の材料にする、エロくてMな自分もいる。
性人形の境遇をあきらめ、受け入れた時から──なにが快楽に繋がるかを、禁断の味を、志保は、知ってしまった。琴音も、同じく。
自分たちをここから出られなくするような気のする、危険な蜜を。
犯して。
犯して。
犯して!
お尻を振りながら、指を往復させながら、心で叫ぶ。
この男女相手に言葉が通じるなら、自分はどんないやらしい懇願をしていただろうと思う。
男のどっしりとした太さと突き込みは、絶望が空っぽにした志保の心を、刹那だが、たしかに淫らに埋めてくれる。
指で掻きいじると、自分の肉体はいやらしくスパークして、この一瞬を価値あるものと脳に錯覚させる。
「あぁ…あぁ…イイ……すご…すご…すごいいぃ……」
眉根をきゅっと寄せて、裸で男と絡み合う少女は、快楽に耐える。
なんだか動物になってしまいそうだった。
それは嫌だ。
それは、嫌だった。
こんな孤独な地下の果てで、人間でなくなるなんて……恐ろしくてたまらない。
いやらしいことを頭で考えているうちはまだ、人間でいられる気がした。
クリトリスに続いて、おしりの穴にも指を伸ばし、こじ入れる。
「んっ……んっ……」
変態……。
お尻で感じる、変態。
でも、事実だ。もうそうなってしまったのは。
男に、女に、いやいや掘り尽されて。
もし無事に家に帰れたとしても、この性癖は一生そのままだろう。
ならいま、まして、自らを押しとどめる理由はない。
クリトリス。膣口。肛門。
股間三ヶ所が、同時に責められて。
志保は、股間を中心したセックスのマシーンのように、いまの自分を感じる。
かきなぐるようにぐりぐりといじって。ねじ入れるようにずりずりと突き込んで。擦り切れろと言わんばかりに、突き込まれて。
自分の名前も忘れそうな快感は、動きと高熱が、そうして運んで来てくれて。
そして。
「ふぁあぁぁっ……! はっ……! ふああああっっっっ……!!」
来る。
……………………………………。
来た。
女の限界が、股間から熱となって、来た。
ぶるぶると全身の痺れ。
高い熱と、現実感覚の喪失。
震え。
緊張。
そして、死の予感すら──
「……………………………………ッッッッッ!!」
声も出ない絶頂を、奈落に堕ちてゆく感覚とともに、味わう。
「…………………ッ!!…………………ッッッ!!」
がくん、がくんと、自分も大きく震えているはずだ。いつものその時の琴音のように。もう自分ではわからないけれど。
…………………。
……………………………………。
ぎゅっと自分のクリトリスを押しつぶしていた。
ぎゅっとおしりの穴に人差し指を突っ込んでいた。
すごい、力で。
それでようやく、一瞬の意識の切断が回復し、感覚が戻って来たのがわかった。
「…………はぁっっ………………」
はぁ、はぁ、はぁ……と、ようやく力を抜き、荒い息をつく。
ぱっ、あるいはぴちゃっ…と、胎内に水気が弾けたような微細な感覚。志保は、男も志保の絶頂に続いたこと、何百回目かの膣内射精をされたことを知った。
だが、もはやそんなことでは動じなくなっている。
荒い息を、整える。
隣の琴音は、可愛くお尻を左右に揺らしながら、やはり自涜(じとく)の最後の感覚に耐えていた。もう両手を脚の間に挟んで、かきむしるように急所をみずから刺激している。女も琴音の顔に乗ったまま、やはりおのれを刺激して悶えている。
すぐにがくんがくんと琴音の小さな裸体を絶頂の震えが支配した。震える脚が右に左に悶え開き、志保は、琴音が、自分同様両方を指で刺激していたのを確認した。
女は、最後は琴音の小さな舌に頼らずに、いたいけな少女の顔全体を使うように大きく尻を振った後、激しく、激しく、達した。前の三人が達した以上の場所へと。
そして──
決壊、した。
………………
しょおおお…………
小さな音がした。
琴音の、顔の上で起こっていることだ。
「!」
こういう時、窒息しないためにふたりに許されている選択肢はひとつ。
飲むしかない。
飲むしか、ない。
志保は琴音の苦痛を思いやって、視線を逸らせなかった。
かつては、不潔と一切の縁のないような清純なお嬢様然としていた少女の白い喉が、こく、こくっとリズムをとって動くのを、志保は見届け続けた。
やがてすべての放出を終えた後、ようやく女は琴音の顔から腰をあげた。
ぷはあっ…こほこほ、と、少女の口が、か弱い音をたてる。
「大……丈夫?」
「がふ……は、はい……」
志保の胸をつかの間の安堵が包む。
だが、無惨なすがたになった少女に寄り添ってやることはできない。
琴音から腰を上げた女は、今度は志保の顔の上でその股間を広げ、腰を下ろして来た。
志保の上から離れた男は、琴音の小さな脚を押し開き、志保で濡れたままの肉の剛直で刺し貫く。
一度の絶頂で終わるようなことは、この地下では、ないのだ……。
* * *
藤田浩之と、神岸あかりが、付き合いはじめた。とってもめでたい。
そんなふうに思う長岡志保は、雪の温泉街を歩いていた。
冬休み、温泉街に来たのは、女子高生の間で温泉ブームだから。
しかも近場で済ませずに高校生の身で老舗温泉郷の道行きなんて、超渋。
ヒロ──浩之とあかりのスキーの誘いを断って来たのは、ふたりのお邪魔にならないように。
でも、じゃあ……。
他の友達を誘ったりもせず、たったひとりで来たのは。
数百キロもへだたった誰ひとり知った人のいない土地を選んだのは。
なぜなんだろ。
人通りもない雪降る街路を歩きながら、白い空を見上げながら。
ようやく、志保は気付いた。
自分もヒロのことを、好きだったんだってことが。
そんな時だったから、人寂しかったから、姫川琴音に声をかけたのかもしれない。
さっきから前を歩いていた人影が、なんだか、見覚えのある相手だってことに気が付いた。
思い出すと奇遇にも、おなじ学校の生徒だ。
学校の有名人。超能力美少女。(ていうか志保も積極的に有名にしたのだが)
一学年下の、姫川琴音だった。
こういう時と場所でもなかったら、声をかけたりはしなかったろう。こんな遠隔地で同じ学校の生
徒に会った物珍しさと嬉しさ半分、この噂の超能力少女との奇縁が、あとで話のネタになれば…
…という下心半分。志保は、駆け寄って背中に声をかけた。
「はい……?」
学校で見た時の印象と若干違って、琴音は逃げも避けもせず、多少おとなしくはあったけど、そ
れなりに普通に応対してきた。
「そっか、お正月の里帰りなんだ〜」
「はい。パパがここ出身で。ママは北海道の人なんです」
「両方雪国で大変ねえ」
「ふふ。そうですね……」
ほんの少しの時間を要しただけで、ふたりの間に、意外にいい空気が流れ出していた。
自分のホームグラウンドであることも、琴音の気をふだんより大きくしていたのかもしれない。そ
れに、話してみると実家のほうには同年代の子もおらず、大人ばかりの多少気詰まりな空気だっ
たらしい。志保のような同年代の相手と話せることが息抜きになったのだろう。相手が、もともと社
交的な志保でもあるし。
友達の作れない、学校という日常のテリトリーを離れ、別世界にいることで、琴音は少し、ふだん人には見せない素の顔を見せているようだった。
(あ……この子、けっこういい笑顔するんだ)
帰っても、この子のことネタにするのはやめようかな……。志保は、そう思いはじめていた。
「なんでこっち来たの?」
「……なんとなく、なんですけど……」
土地勘のある相手だと思っていっしょについて歩いていたが、実は琴音も、てきとうに散策していただけらしい。
「じゃ、戻りましょ」
「はい」
「でも、古い街らしいお〜っきなお屋敷とか、雪国の冬の山道とか、いろいろ見れて楽しいことは楽しかったわね」
「ふふ……はい」
なんとなく入った脇道──雪でそれ以上進めなくなった山道を下って、もとの街路に戻る。
「?」
その中途、ふと、志保は振り向いた。琴音が、立ち止まってなにかを見ていたからだ。
視線を追ってみる。
「洞窟?」
「…………ええ」
「なにか、気になるの?」
志保も覗き込んでみた。大きいが、なんのへんてつもない。
「はい、なんとなく……」
「……大丈夫ですか?」
「平気平気」
入ってみよう、と言い出したのは志保だった。好奇心。観光気分。
「こんなときに役立つのねー」
バッグから取り出した、長距離深夜バスで使うかと思って持って来た、父親のペンライト。でかすぎ、明るすぎでバス内では使えなかったのに。
「入ってみるとおっきいわね〜。観光スポットかなんかじゃないのかしら」
「看板とか、ありましたっけ?」
「雪で埋もれてたのかも」
「はい……」
* * *
…………。
絶望感が、ふたりを支配していた。
泣く琴音の肩を、志保は力を込めて抱く。
「大丈夫! きっと出口はあるわよ!」
「でも、でも、行き止まりからもう30分以上も戻ってます……」
おかしい。
あきらかに、おかしかった。
一本道の洞窟で出口を見失うなんて。30分も歩くほど、道行きが長かったはずもない。
……それに。
……またさっきのやつらが、出てきたら……。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ──────────っっっ!!」
振り向いた志保は、壁から青白い棒状のものが生え、琴音の髪をつかもうとしているのを、見てしまった。息を呑んだ。
人間の、腕だった。
ふたりは走って逃げた。志保も泣き叫びたかった。琴音が先に、そうしてさえいなければ。
「なっ、なんなのよここ! なんなのこれ──っ!!」
さっきも出た。あれは、絶対……生きてる人間の手なんかじゃない。
と、突然、まわりの空気感が変わる。
いきなり、開けた空間に出たようなのだ。
ライトを向けた先に浮かんだのは、人間の頭だった。
「嫌ぁぁぁぁぁっっっっ!!」
だがそれは、今度は亡者などではない。少なくとも肉体を持っている。
男と女の、ふたり組。
ライトが照らす先にちらちら見える、大柄な、若そうな男。
かなり小柄な、女。
ふたりとも全裸なのが異様だった。
幽鬼のように、ゆらりゆらりとこちらに向かって来る。
歯の根がかちかちと鳴った。
「にっにっ、逃げるのよ!」
志保は、反転して走り出した。
でも戻ってもあの手が待ち構えているだろう、という絶望とともに。
「ひぃぃぃぃぃぃぃ────────っっっ!!」
突然の悲鳴。
振り向くと、
「やめてぇぇぇっ!! 放してぇぇぇぇっ!!」
「琴音ちゃん!?」
琴音が、捕まっていた。男の手に腕をつかまれて。
逃げるのをやめた。奥歯をギリッと噛んで、走り戻る。
「はっ……はなせこの────っっ!!」
震えてろくに力も出せないのに、志保は、必死に琴音をつかんで引っ張った。
すると、まるで志保の手に対抗するように、床、壁、天井──あらゆるところから、無数の青白いものが伸びてきた。
人間の、腕が。
志保は失神した。
ぶつっぶつっと、自分の肉体が裂け、破壊される音がする。
「やめ、や、やめぇ……」
ぼろぼろと涙を流しながら、志保は破瓜される痛みに耐えた。
意識を取り戻した時には、すっ裸にされていた。
腰は素肌で地面と接し、裸の胸を洞窟の暗い空気が撫でていた。
琴音も同じく全裸で隣に横たわっている。意識はないようだ。
衣服も、荷物も、暗闇の中では、何処にあるのさえわからない。
臭い。男の体臭と息だ。
痛い。志保に入って来たのは、間違いなく男の熱いペニス……!
「イ、ヤ……ッ!!」
抵抗しようにも、動けなかった。
裸の両足は、レイプしている男に抱え込まれている。上半身も、女に押さえつけられていた。女の小柄な身体と、押さえつける力の強さが、まるで噛み合わない。大型機械に挟まれているみたいだ。死にそうな気分だった。
やだ。やだ。やだ!
恐い。恐い。恐い!
恐怖にすくんでいるうちに、男は、強引に根元まで沈めきった。
「がふっっ」
股間を垂れ落ちるのが一生に一度の出血なことすら、志保は混乱でまだ気付いていない。
腰を振られる。
激しい、激しい痛み。
まるで、刃物を股間に刺されているようだった。
「ひぃっ、ひぃっ、ひぃっ!」
もがくが、やはり動けない。
恐怖と痛みと幽霊と男と異臭と琴音と洞窟と雪道と温泉街と。
すべてが、まったく繋がらない。
脳ごと、男に揺さぶられているような。
ただ、脚を開いて裸で犯されている最中だという事実しかわからない。もう、目を閉じて殺されるような痛みに耐える以外、志保にはなにもできなかった。
なんの明かりもないはずなのに、洞窟の中は、白い人間の身体を視認できる。目が慣れたとは言え、どこかに光源があるのだろうか。
暗がりの中、目に映るものは、開いた自分の脚の間で男が腰を振り、その手前、自分の裸の双乳が揺れる、その光景だけ。
やがてぐいっ!と男が腰をめり込ませると、そのまま動きを止めた。
ふる、ふる、と少し身体を震わせる。
激痛とは別の感覚が腹の奥で広がった、そんな気がした。
もしかして──
(中で出されちゃった……ってこと?)
他に考えようがなかった。
死の恐怖の中に、初めて“犯された”という屈辱が一滴落ちて来る。目を閉じると、涙が零れ溢れた。唇が、震えていた。
ぶっちゅっ……と下品な音をたて、激痛とともに、男のものが自分から抜かれた。
「いやっ、いやぁっ!」
!? 琴音の、声……。
濡れた目を開けると、琴音がいままさに、ふたり目の犠牲者になろうとしていた。いつのまにか意識もはっきり取り戻している。おそらく、志保のされたことすべてを見ていたはずだ。
志保は、もがく琴音になんとか近づこうと、痺れてしまった下半身を引き摺るように動いた。なんとかしたい。たとえ、なんともしようがなくとも……!が、冷たい手にすごい力で右腕をつかまれ、前進を止められる。
振り向くと、床から生えた腕に、右腕を掴まれていた。
温かい液体が股間を濡らす。
震え、尿を漏らしながら、志保はあきらめざるを得なかった。
まだいまなら何もされていない少女の、わずか30センチ手前で。
「いや! いや! いやぁぁ!!」
それでも、ぶるぶるとおこりにかかったように震える、もう片手を伸ばすと、琴音は、必死にそれをつかんできた。志保にできた、唯一のことだった。
物理的に入るわけない、と志保が思うほど小さな腰に、無慈悲な大きさの男のものが、強引に押し込まれる。
「ああッ! ああぁぁ──────っっ!!」
琴音の小さな手が、すごい力で志保の手を握り、締めつける。
男性器全部が琴音の股間に消え、志保はその残酷さと、女性の肉体の驚異に息を呑む。いましがた自分がされたばかりなのに。
そして、ぱん、ぱんと乾いた肉の音が響き、琴音の悲鳴が響いた。
悲鳴。肉の音。悲鳴。肉。そして流れ出る血。
おそらく十数分が経ち──そしてそれは、止まった。ということは、琴音も、体内の奥の奥まで汚されたということだ。
繋いだ志保の手の先ですべては行われ、終わった。
ふたりの隷従と凌辱の永い時間の、はじまりだった。
その後志保と琴音は、衣類一枚まとうことも許されずに、犯され続けた。
犯されぬいた。
男たちが絶頂に絶頂を重ねたあと、しばし解放されることもある。たいていは、疲労でそのまま意識が失せる。
そうして何回も何十回も……何百回も……意識を失い、起き、犯されを繰り返した。
膂力(りょりょく)が違い過ぎた。女の子ふたりでは、抵抗などできもしないほど。
組み敷かれるまま、貫かれ、体奥をこすられて、子宮に向けて射精を受ける。
こんなこと繰り返されたらやばいとわかっているのに、受け続けるしかない。現にふたりのうち女のほうの腹は、膨れていた。
恐怖と不安と無力感。屈辱感。
自由にされるわずかな時間、ふたりは一糸まとわぬまま手を携え、暗闇の中、必死に脱出の方法を探り、動き回った。そしてすべては徒労に終わった。
やはり、どこまで行っても出口はなかった。
あの亡霊たちに脅かされ、男と女ふたりの暴力を受け、引き摺られて凌辱の閨(ねや)に連れ戻され、また犯される繰り返し。
たっぷりと、体奥に精液を受ける。
志保はここが、地上から人間を誘い込み、性交させ、子供を孕ませるための異世界なのではと思っている。
あの亡霊たちが、そのために作った、異世界なのだ。
まず、琴音の超能力が、ここに来て以来いっさい発現しなくなったらしい。
さらに、ろくに食べも飲みもしていないのに、飢えも死にもしていない。有り得ないことだった。
月日の経過は志保たちの肉体にももう、あらわれ始めているのに。
意識を失っている間になにか含まされているのかもしれないが、志保たちにはわからない。唯一口にさせられるものといえば、自分以外の三人の、あらゆる体液だけだった。
目的は受胎らしいが、ただ作業のように種付けを受けるだけではない。
意志のないように見えるふたりも、いやらしいこと、恥ずかしいことを様々に志保と琴音に施して悶え狂わせるのには貪欲だった。
ふたりが泣きたくなることに、そのための卑猥な道具も、数多く地下には揃えられていた。
かつてはもっと多くの女性がここに捕らえられ、泣き叫び、責め続けられていたのだ……きっと。
その目的通り、志保は、突かれ、突かれ、突かれ続けることで、名も知らぬ男に女の悦びを発現させらてしまった。志保だけではない、琴音もだ。
自分の脚の間に何が付いているのか、それがなんのために付いているのか、熱で震えながらふたりは毎日思い知らされる。
恐ろしい膂力に、もし逆らったらどんな目に遭うか考えたくもないほどのそれに、ふたりは屈し、日々従順化してゆく。
臭い性器を口の中にも迎え入れた。性器と言ったって、小便をする器官だ。その汚辱と屈辱感が、しかし性の快楽の中で、しだいに倒錯した興奮にすり替わる。
いまでは、獣のようにうめきながら顔を揺り動かしてしごき、発射をごくごくと飲むふたりのすがたがある。
睾丸を片方ずつふたりで含まされ、顔と顔で竿を挟んでこすり、絶頂まで導かされたこともあった。そのたび精液が顔に飛び散り、また、自分の愛液を、指で頬にこすりつけられる。
昂ぶっている時は、それを舌で舐め取り、あるいは、狂ったようにみずから手で塗り広げてしまう。
初めての時と同じぐらい泣き叫びながら、尻も犯された。
指でも、器具でも、ペニスでも。
現在ではみずからの指で中をかいても感じてしまうほどに開発されてしまった。琴音と、相手の穴に互いに指を入れ合ったこともある。
さまざまな卑猥な行為。
クンニリングス。
シックスナイン。
アヌス舐め。
そして、琴音との、強制レズ。
陵辱者たちふたりは見ているだけ、志保、琴音ふたりだけで行わされるこの行為が、他のどの行為よりも、辛かった。
ふたりして、ここまで堕(お)ちた、ともっとも思い知らされる。
何度身体を離しても許されず、とうとう初めて互いを互いの手で絶頂に導いたあと、ふたりは掴まり合って号泣した。
志保を、琴音を、性に狂わせ、いずれ人間としての意志まで磨耗させ切る。それがきっと、亡霊たちのもうひとつの目的なのだろう。
そしてそうなった時こそ、自分たちも、あの男と女のようにただまじわり、孕むだけの性の人形になってしまうに違いない。……恐ろしくて、たまらない。
これでまだ自殺も発狂もしないでいられるのは、志保にとっては、琴音がいるから──ただそれだけだった。
自分以上に怯え、震える者がいれば、かえって人は冷静になる。自分よりか弱い者がいれば、守ってやりたいというそれに対する保護者の視線も生じる。そして、この子より先に参ってはいけない、と思う。
志保は、責めから解放されている時、身体の状態が許す限り、琴音に話し掛けた。
琴音も、志保の言葉によく応えた。
なにがいまの自分を繋ぎ止めているか、よくわかっているのだろう。
ふたりで、数え切れないほどの話をした。
抱き合いながら。
あるいは、裸体を仰向けにして、見えない天井を手を繋いで見上げながら。
最初は、この場所について、あいつらについて、脱出の方法について、語り合った。そして最後にいつも、「必ず助かるから」と結んだ。
脱出に何度も失敗し、ひとつひとつ可能性と希望が断たれてゆく中、その絶望を忘れるように、しだいに、地上の話、身の回りの細々としたこと、ふたりにとってできるだけ楽しい話題が、増えてゆく。
琴音の話。
函館の生まれ。絵が好き。動物は、犬も猫もなんでも好き。特に、イルカが好き。水族館のプールで、小学生の琴音が落とした帽子をイルカが拾って届けてくれたという奇跡のような話は、琴音の一番の思い出で、志保にもおおいに受けた。
志保は志保で話題には事欠かない。学校の教師や生徒のあらぬ噂を、ああでもないこうでもないと話す。琴音は、笑ったり、驚いたり。あまりに素直に志保の話を信じてしまうので、志保のほうがちょっとフォローを入れるはめになりがちだった。
はじめは、笑うんだろうかこの子、と疑問に思うほど恐怖と緊張で固かった琴音だったが、ある時一度笑いを取り戻したら、それからは、この閉ざされた洞窟の中でも何度も可愛い笑い声を聞かせてくれるようになった。
この地で数少ない、志保に温もりを取り戻させる音だった。
お互いたったひとりしか話し相手のいない長い閉鎖生活で、そうして無数の話題を投げ合った。
もうたぶん、一番の親友より、親よりも、たくさんのことを相手に喋ったろう。楽しいことばかりではなく。
時には絶望が感情を昂ぶらせ、声を荒げさせた。時には、泣き叫んだ……。
琴音だけではない。志保もだ。
それで年下の胸に抱かれて慰められたこともある。
おろおろとして、自分も泣きながら、でも一生懸命自分の頭を抱き続けてくれた小さな年下の少女。その腕の感触を感じると、さすがに志保の荒れも長くは続かなかった。
ある時、少しずつ、琴音は、自分の特異能力の話をしだした。
不幸ばかり巻き起こす力。しかも制御できない力。
それで離れていった友人たち。冷たい家庭。孤独。
なのに肝心ないま、うんともすんとも言わなくなってしまったその能力への憤り。
そして、自分の特異さからくるかつての孤独のなか、胸のうちでひとり思っていたたくさんの言葉を、初めて琴音は他人に、志保に、吐き出すように告白していった。志保はただ黙って年下の少女の言葉をすべて聞き届け、胸に抱いてやった。
志保のほうは、腐れ縁の仲間の話をしていた。
ちょうど男女ふたりずつ、藤田浩之と佐藤雅史、神岸あかりと自分の、四人の話。
出逢い。バカ騒ぎ。ふだんの遊び。
失敗。細々(こまごま)とした性格観察。くだらない、雑多なエピソード。
そして、それを聞いていた琴音は最後に、こう言った。
「志保さん。ヒロさんのこと、好きだったんですね」
志保は何も言っていなかったのに。琴音の指摘に志保は、一瞬、息が詰まった。
「……そう。そうだったのよね」
だが、こんな場所で、このうえ、琴音相手に隠しごとする意味なんてない。
むしろ話したくなっている自分に、志保は気付いた。
「自分にこーんなウェットなことが起きるなんて、考えもしなかったから、気付いた時はびっくりしたわねー。でもね……うん。そう。……好きだったんだ、と、思うわ……」
ヤバい。ふっとこんな風にヒロのことを回想したら、なんだか感情が決壊しそうな気配が匂ってきた。少しムリして明るく続ける。
「あるのねー。好きになっちゃいけないのに、人を好きになるなんてこと。終わったあとに、自分の“好き”に気が付くなんてこと。ドラマみたい?」
……でもなんだか、その匂い、琴音には気付かれていたような気がする。
「志保さんが優しいから、そうなったんです。わたし、わかります」
肩を寄せ、琴音は頭を志保に預けてきた。暖かい。
地上だったら、こんなこと言われたら混ぜっ返していたろう。
「……もっとホメて」
でも、そんな余裕はもうなくて。
相手を肯定する言葉は、人の心を暖めてくれるから、素直に、受け取った……。
* * *
びちゃっ、びちっと汚らしい音をたてて、志保の顔を、噴出する男の精液が叩く。
30分ほども亀頭を舐め続けた成果がようやく出て、やっと、男は志保を解放した。
今日は先に済んでいた琴音が志保に這い寄って来て、白濁で汚れた顔を舐め清めてくれる。舌に乗った粘液を、琴音が呑み込む。志保の唇付近を汚した液を舐め、吸えば、自然に志保とキスする形に近くなった。
「ぷ、は……」
「ゴメンね……ありがとう」
「いつものお礼です」
くすっと琴音は笑い、志保に抱き着いた。
少女の肌は、心地よかった。
凌辱を目的としないふれあいは、これほど気持ちを優しく溶かすのに。
志保より背の低い琴音は、志保の胸に顔を埋めるのが好きだった。
やがて、志保の乳首を口に含み出す。
志保は、優しく髪を撫でてやる。
一時期壊れそうだった琴音に以前、お母さんに甘えるように、戯れにさせた行為だった。しかし、ふたりの予想を越えて行為は安寧をそれぞれに与え、以後、琴音は自然にこれを繰り返している。
志保も、不思議に気分がいいのだ。まるで、年に似合わない大きな赤ちゃんを持ったような、優しい気持ちになる。
無言で甘え続ける琴音に、志保は言った。
「気ぃ使わないでいいよ……? あたしなら、もう大丈夫。今日は、話せるぐらいには体力残ってるから。昨日の続き、話しましょ?」
「はい……」
脱出等、現実的な話題は、もう出ない。
ひたすら地上で楽しかったことを、たったふたりの人間同士で話し合うのが、彼女らに残された最後の娯楽だった。
気休めだった。
「ありがとうございます、すみません、志保さん」
「最後まで舐めてたあたしより元気ないよ? どうすんのよ……」
笑い合うふたり。
「函館時代の話だったっけ。そうそう、次までに美味しいお店思い出しておいてってあたしが注文してたのよね。北海道だし」
「ええ……。でも、住んでた頃はわたしも小さかったし、あんまり食べ歩いたりしなくて、名店とかよく知らないんです。すみません」
「な〜んだ。雑誌でチェックしてるあたしのほうが詳しかったりして」
「そうかもしれませんね。すみません……」
志保は右手を伸ばすと、琴音の小さな鼻をつまんだ。
「こら。今日はすみませんが多いじゃない? 駄目駄目。後ろ向きは」
「んん…………」
困った顔の琴音。
「でも…………」
「でも、何よ」
そのまま、琴音は無言になってしまった。
何も言いたくないんじゃない、何か、言い出したくて……黙ってしまったんだ。
長くなった付き合いでそれがわかるようになった志保は、琴音の言葉を待っていた。
「志保さん。ありがとうございます。すみません」
「なによう」
「わたしひとりだったら、もうとっくに死んでたと思いますから。いつも、わたしをかばってくれて。見守ってくれて。わたしの身代わりになってひどい目にあったりして」
「ちょっとちょっと? なんだか最後の別れみたいなこと言わないでよ」
「ほんとにそうなる前にこういうことは言っておかなきゃ、って思ったんです」
「琴音……」
「ほんとに感謝してます。ここに閉じ込められてたったひとつ、志保さんと会えたことだけが、嬉しくて……。言えるうちにもっとたくさん、“ありがとう”と“すみません”を言っておきたくて」
そんなこと言われると、胸が潰れそうになる。
「きっと、こんなふうに出会わなくても、地上でお付き合いしていても、わたし、志保さんのこと、好きになってたような気がします……」
琴音が漂わせる終わりの雰囲気だけが、志保の胸を押しつぶそうとしているのではなかった。
“ごめんなさい”を言わなきゃいけないのは、自分のほうなのだ。
「ばか」
「すみません」
「琴音のばーか」
「…………」
きっと困っている琴音に向けて、志保は言った。
「あたしが悪いのよ」
胸の中に、たしかにまだ生きている体温を感じながら言った。
「あ…あたし…が……悪いのょ……」
言葉が、あっという間にぐずぐずに崩れていった。
最大の後悔が、けして忘れられない過ちが、志保を震えさせた。
「あたしが、あたしがあの日、好奇心で、洞窟入ったりしな……きゃ……!」
決壊すると、涙ってのは、止まらないものだった。
「違います志保さん! 違うんです! 自分のせいだなんて思わないでください!」
「ごめ……ごめんな……さい……!」
「たぶん……、ここに誘い込まれたのは……、わたしのせいなんです!」
「……?」
ぶるぶると震えていた。胸の中の琴音の身体が。初めてのことを告白する緊張に、震えていた。
「わ、わたし……長い間、なんで自分があんな能力を持って、こんなふうに生まれて来たのか、わかりませんでした……。でも、ここに入って、最初に亡霊たちに言われた言葉を、はっきり覚えています」
「あ、あいつらの声が聞こえるの!?」
「ごくまれにです……。こ、こう言ってました……。“お か え り”って」
「………………」
「そしたら私、ぴんときました。欠けてたパズルが埋まるように、直感が動いたんです。ああ、私、ここと深い関係あるんだ、それが、わたしが変な能力を持って生まれて来た遠い原因なんだって……」
「………………」
「亡霊たちは、由縁のあるわたしが欲しかった。あいつらの子供を産ませるために。志保さんはきっと、それに巻き込まれただけなんです……!」
そう言って、琴音は、とうとう鳴咽し始めた。肩を震わせ。
だが、志保はむしろ、琴音がそんな罪悪感をずっとひとり抱いて、秘密にしていたことを心苦しく思って、苦悩していたことのほうを、痛ましく思った。
こんなにか弱くて。華奢で。優しいのに。
たったふたりの人間としてこの地下で暮らした、おそらくは数ヶ月間。
それは、琴音がとてもいい子だということを、志保が知る時間でもあった。
地上で適当な噂を流してネタにしていたことを激しく後悔させるほどに。
そして、その愛しい少女が、壊されていく様を無抵抗でみつめ続けなければいけない時間でもあったのだ。
こんな子が、すべての希望をもう、奪い去られてしまったなんて。
琴音の、不自然に脹らんだおなかをさすってやりながら、そう思った。
自分の、身を動かすのがおっくうになってきた、脹らんだおなかを気にしながら、思った。
鳴咽しながらたくさんの“ありがとう”“すみません”、そして最後の秘密を明かしてくれた少女に、自分は、何を返してあげられるんだろう。
すべての希望が失われた状況の時、人間は、なにができるんだろう。してあげられる、どんなことが残っているんだろう。
志保は悩んだ。
そして、やがて静かに琴音に顔を上げさせて、こう言った。
「あのね。琴音」
「…………?」
「逃がしても、助けてもあげられなくてごめん。あたしに力がなくて」
「…………志保さん」
「でも、あたしがさ、琴音にしてあげられる最後のこと、みつかった」
志保は、少女の濡れた瞳をみつめ続けた。
「あたしこのあとずっと、琴音に世界一優しくしてあげる。できること全部聞いて、あたしにできることは全部してあげる。動いて、喋れる間は、24時間、ずっと世界一琴音に優しくしていてあげる。そして」
「…………」
「絶対、琴音より先に死なない。こんな暗闇に、たったひとりで残したりなんて絶対しない」
「志保さん……」
「世界で一番いま惨めで、世界で一番いま力もなにもない自分がしてやれること……これしかないかな」
前髪がきれいな瞳にかぶさってるから、指で除けてやる。
「でも、こんなところで、世界一自分に優しくしてくれる人ができたんだから、ほんのちょっと、喜んでね」
「はい。はい……っ。嬉しい……嬉しいです! わたしも、わたしも世界一、志保さんに優しくします。絶対、こんな所に志保さんをひとりにしません…!」
「ああ……じゃ、どっちも死ねなくなっちゃうじゃない」
「はい」
涙で見る影も無いきれいな顔に、ようやく笑顔がひとかけら、戻ってきた。
「大好きです志保さん……。ここに閉じ込められて、たったひとつ、でも、人生で一番いいことがありました。志保さんが、私の好きな人です」
「うん。私も、琴音が好き。大好き……」
震えながら、お互いの命を暗闇の中で確かめるように、ふたりは唇を寄せた。
触れ合ったのは、皮膚と皮膚じゃなく、愛情と愛情だ。
優しく揉み合うように、長い、長い間唇をすり付け合って離れ、熱のこもった眼差しでふたりはみつめ合った。
「あの……初めてのキスです」
琴音の声。
「あ! そ、その……! わたしのほうから誰かにした、まともなキスはってことです」
クスっと笑う志保。
「言い訳なんか、しなくてもいいのよ。カウントしなくていいキスなんて、カウントしなくていいのよう。あたしも、初めてのキス……。琴音とが、初めてのキス」
「志保さん……嬉しい……」
ちゅっ、ちゅっと、ひと触れごとに交わされる確かな愛情を確認するように、ふたりは口づけを繰り返した。
「君が前の彼氏としたキスの回数なんて 俺が三日でぬいてやるぜ」
「……なんですか?それ」
今度は琴音がクスッと笑う。
「なんかで前見たのよ、そんなセリフか、タイトルかなにか」
「あの……じゃ……」
「なに?」
「さっそくわがまま言って……いいですか?」
「あは。なになに?」
琴音は、頬を熱くして視線をそらした。
「は、恥ずかしい……」
顔を志保の肩に埋める。
「好きな人にして欲しいこと、全部して欲しいんです……」
琴音の、憧れと、愛と、欲望と。
この地下で植え付けられなければ、欲望は、そして愛も存在していなかったのかもしれない。
でも、違う。
断じて、違う。
この地下でなにをされようが、どう変えられていようが。
(自分たちが望んでいるなら、それは、自分たちが選んだことよ)
志保は、そう思う。
「オッケー……。世界一、優しくね」
「私のこと、好きだっていっぱい言いながら、キスして、……欲しいんです」
「うん」
顔を寄せた志保に、もうひとつ注文。
「あの、いっかい、顎を指で支えて、大人っぽくキスしてください……。ド、ドラマとか見て、その、好きな人に言葉を囁かれながら、そんなふうに一度されてみたくって……」
「か〜わいい」
琴音、真っ赤だ。
優しく、琴音の小さな顎に指を添えてやる。
「琴音。好きよ……」
「志保さん、私も好き……」
女の子ふたりの、唇が重なる。
「好き。好き」
「ああん……」
また口づけ。もういっぽうの手で、柔らかい髪をかき撫でてやりながら。
舌と舌とが、誰にも見えない場所で触れ合う。貪り合うようにではなく、優しく、先と先が撫で合うように。
「愛してるよ……」
「あっ、愛して……ます」
そう言ってまた、お互いの唇を、地球上でお互いだけのものにする。
柔らかく丸っこい相手の舌の感触が、自分の舌先に心地よい。我を失わず、相手の舌に与える感触をひとつひとつ確かめながらディープキスをする。相手の先端の周囲でくるくる回し、上、下と互いに舌の位置を入れ替えながら、口唇愛撫を交える。
離れた時、ついと伸びた唾液の線を、いっしょに見た。
「琴音……呑んであげる」
琴音の顔を上にして、唇を合わせる。
少し、琴音にためらいの気配を感じたが、しかし。
口の中に、愛しい液体が移し込まれる。琴音が志保の喉を通り過ぎて、体内に滑り落ちてゆく。
味はないのに、愛情のこもったそれは、美味しいとたしかに感じる。
「志保さんのも欲しい」
頭の上下を入れ替えて、今度は、自分が口の中のものを流し込む。
琴音の細い喉がこくっと動いた。
琴音の喉から胸、お腹に自分が滑り落ち、きっとそれは、体内で琴音の血と肉の一部になるのだろう。
その光景を想像していたのか、目を閉じて体内の感触を確かめていた琴音が、一瞬身体をぶるっと震わせた。
ふたりの欲望が昂進したところで、行為を次の段階にすすめる。
いまだ滑らかさを保つ若すぎる琴音の肌、いちばん柔らかいその乳房に、指を滑らせる。
(気持ちよくしてあげる……)
そう思いながら、すりすりと薄い柔肉を揉み押し、時折乳首を指先で弾く。ぷるんと、その度に小さな乳首が震える。
「うっ…ん…」
琴音はこういう鼻にかかった甘い声が、いちばん可愛い。
「ごめんなさい、まだ、ふくらみかけですよね私……。小さくて……」
「なんか男に言うセリフみたいねえ」
クスクスと、志保の笑い声。
「謝ることない。あたし他のおっぱいなんて知らないわよ。琴音のおっぱいが好きなのよ」
爪の先を乳房の皮膚に滑らせるようにして、乳首に、口づけも開始する。
「うっ……ううっ……」
身をよじらせはじめる琴音。すごく反応は過敏だ。人に触られたことなんて、ここに来るまで一度もなかったろうし。
「し、志保さんのおっぱいも私、さわりたい……」
許可を待たずに琴音の細い指が伸びる。もう遠慮する仲でもない。
「はい。いまならおっきいのがふたつ、余ってるわよん」
快感で潤んだまなざしのまま、琴音が微笑む。
高校生ながら、琴音の手にはおさまり切らない大きさの志保の乳房。えっちな、脂肪の実り。
ふわふわのそれに指を埋め、滑らせ、揉み。時折乳首も、琴音らしく丁寧に愛撫する。
お互いに、自分の乳房を抱えて突き出し、乳首と乳首をこすり合せもした。
「感じるぅ……」
乳首が弱い、志保は。
「なんか……すごいえっち……」
琴音も、呟きながら、その刺激に、時々身体をびくりとさせる。
志保が体重を乗せると、琴音の乳房は、志保の柔らかな肉の大きさに圧倒され、狭間を浮きつ沈みするように、見え、隠れた。
脚を絡め、汗の浮いてきた裸体を絡めながら、また口づけをする。今度は、舌も深く深く絡め。
そして琴音の股間に手を伸ばす。
琴音を、いかせてあげたい。
(あたしにも、おなじものが付いてるんだよねえ)
そんなことを唐突に思った。
「……男じゃなくて、ごめんね」
今度は、琴音の言う番だった。
「志保さんだから、して欲しいんです」
志保の腕に合わせて脚を開き、腰の位置をずらす。
こんなに素直に「して欲しい」ことを表現されてしまったら、優しく、いじめてしまうしかない。
指が、もうしわけていどのまばらで薄い繁みを過ぎ、小さな割れ目に潜り込む。
琴音のツボをつく動きで、クリトリスを、触りまくる。
こんなところに来なきゃ、こんなこと一生、覚えなかっただろうけど。
「あん、あん、あぁぁぁん……」
琴音は、可愛く胸の前で腕を折りたたみ、拳を丸めて、開いた脚をもがかせる。
「ことね……」
「気持ち……、気持ちいいですっ」
薄く唇を吸いながら志保のほどこす摩擦は、琴音をよがらせ、昂ぶらせる。
「気持ちいい。気持ちいいよう」
頬を朱に染め、きゅっと眉根を寄せながら苦痛に耐えるようなこの顔は、苦痛ではない、快感に感じまくっている時の琴音の顔。
(そうだ。口でされるのも好きだよね、琴音……)
汗で頬にひっついてきた自分の髪を寄せると、志保は身体を下ろしていく。むんと薫る少女の股間に顔寄せ、匂う粘液に濡れた割れ目に接地する。
舐める。
「ひゃうっ!」
吸う。
「ひゃううっ!」
初期と比べあきらかに肥大したクリトリスを(自分もおなじだが)、飴のように軽く、咥え、しゃぶる。繰り返すと、狂ったように琴音は乱れる。
「あふっっ! ああっっ! ひっっっ!」
十回舐めしゃぶるごとぐらいに、琴音のソコの温度が上がっていくような気が、はっきりとする。もう、こんなにも熱い。
「あの志保さんっ! 志保さんっ」
呼びかけに顔を上げると、琴音は快楽に悶えながら、上から両手をこちらに差し伸べていた。志保は、了解する。
自分の身体を回すと、琴音の顔をまたいだ。これで自分の性器も丸見えのはずだ。
琴音も、志保を愛したいのだろう。女同士のシックスナインの形にしてあげた。
「あ……あの……違うんです」
「え?」
「その……し、志保さんの、顔を見ながら、していたくて……」
なんだ。これは、志保の勘違いだった。
「ご……ゴメン」
頬が赤くなる。
「いえ……すみません」
興奮にちょっとエアポケットが空いて、笑い声になる。
離れてゆく志保の下半身。
「あ、ちょっと待ってください」
琴音は志保の両腿を抱えると、そのあわいに顔を潜り込ませ、志保の下の口にちゅっと口づけた。不意打ちだったので、衝撃と快感が、倍。
「ひゃう」
……ごめんなさいの口づけ? 可愛いね、琴音。志保の返礼は、そんなメッセージ込みで。
離れ際に、同じように琴音の下の口にちゅっと口づける。
「んふっ」
互いに股間にそんな火を燈してからまた、顔を向き合わせ、キスする。
相手の舌に乗って、自分の味がよくわかる。
片手で、相手の背中をぎゅっと抱き、もう片手で、相手の股間を小刻みにこすり合う。
「ん……ん……ん」
「んん……ん……っ。ん」
時折口を離し、瞳と瞳をみつめあう。
好きな人をみつめる幸せ。みつめられている、幸せ。
その相手が、自分の恥ずかしいところを触って気持ちよくしてくれている。
燃える。
快感が、愛情が。
暖かい肉の温もりと、すべらかな少女の肌の感触と。愛情をダイレクトに繋げる、瞳と瞳、唇と唇。そして、相手に施される股間の快楽。
すべてが幸せで、すべてが心地よくて、女同士でしか味わえない快楽を、誰にも見られずに志保と琴音は貪り合い続ける。
ずっとこれをし続けていたい。
一瞬、ふたりともそう思ってしまうほどの幸せだったのに。
──からん
──から、からん……
そんな音が、はっとふたりを夢から覚まし、現実に帰らせた。
乾いた音をたて、目の前に転がって来たものは、卑猥な筒状の器具。
その後ろには、ふたりにそれを投げやった男のすがたがあった。
琴音をかき抱いて、男を睨みつける。
これ以上ない幸福と陶酔の時間を突然引き裂いた、凌辱者。
ぼうっと立っているだけだが、転がしてきた淫具はあきらかに意思表示、ふたりへの指示だ。
ふたりだけの甘い時間は、終わり。自分の前で、自分の指示した行為で、交わり、狂えという命令だ。
逆らえば、暴力が待つ。ふたりにその選択肢は与えられていない。
「ちくしょう……」
志保は唇を噛んだ。
結ばれたふたりの思いまで、踏みにじられるようで。
淫具は、双方に男根を模した首の付いた、女同士用のもの。
サイズが、小さい。前用ではない。
後ろ──肛門用、だ。
志保、琴音は何度も使わされている。
せっかくいたわりと愛情を込めて全身で愛し合っていた行為を中断し、尻と尻で合体して滑稽に交われ、との強要。
「くっ……!」
なんて理不尽。しかも、抗うことはけして許されない、この現実。
叫び出したくなる気持ちを、しかしかろうじて喉で呑み込んだのは、腕の中で顔を歪めて男をみつめている琴音に気付いたからだった。
自分がいまなにをしなきゃいけないのか、それを思い出したからだった。
ふたりで、約束したことを。
「やだ……」
琴音が泣きそうだ。
「ふつうに、したい……。志保さんと、ふつうにHしたいのに……っ」
琴音に、愛する女の子にこんな顔、させちゃいけない。
「お尻なんて、いやぁっ」
「琴音。あたしにされるんだと思って」
「え……」
琴音が顔を上げて志保を見た。
すかさず唇を唇で埋めたあと、言った。
「あいつに強制されたとか、そういうことはカンケイないの。あたしが、いま琴音としたくなったのよ」
「志保さん……」
「ね。そう思えば、なにを強制されたって。苦しくない。辛くないよ」
「あ……」
「最初が強制だって、でも、『自分たちでそれを選んだ』と思うのよ。あいつらには、目論見通りにしてやったとか好きに思わせておけばいい。けど、あたしは、もうあいつらカンケイなしに『琴音とあたしがまずしたいんだ』って思うから。本気で」
琴音は、志保の視線に釘付けになっている。
「あたし、琴音とアレ使いたい」
「は、はい……」
「あたしが、愛情こめて、優しく琴音のお尻をいじめてあげる……」
「はい……」
琴音の小さなお尻に、優しく手を這わす。
「琴音が、可愛いお尻を責められて気持ちよくなるところ、見たいよ。見せて、お願い……」
「はい。志保さん」
琴音は、理解の色を瞳に湛えて、志保に答えた。
「私も、して欲しいと思います。志保さんと、お尻でしたいです」
「グッドアンサー」
どんなひどい状況でも、ふたりに必要なのは笑顔だ。特に、琴音に必要なのは。
ぴちゃぴちゃと、口で相手の部位を潤す音。
琴音の開かれた股に、志保がしゃぶりついていた。
「はぁぁん……」
微妙な個所を舌と唇で愛される、震えるような不思議な感覚。
(ちゃんと、濡らしておいてあげないとね……)
汚いなんてもう思わない。むしろ、同性のそんな場所を口で愛撫している自分に興奮する。
感触は、ほんとうにもうひとつの口。誰にも見せたことのなかった、琴音の可愛いおちょぼ口だ。特有の味はする。それも愛する少女のものだと思って、受け止める。
くにくにと前の淫裂もこすって、その粘液も、すぼまりに移植する。副産物として、快い刺激に琴音の尻が揺れる。
「よし……」
身体を起こした志保は淫具を取ろうとしたが、琴音に静止された。
「私も志保さんに、します……。ちゃんと濡らしましょう」
「いいわよう」
「好きな人なら、したいから……」
肯いて、志保は脚を開く。身を起こした志保の脚の間に、琴音が顔を潜らせた。
「ひっ」
ぞくう、と、志保のそこはいまだに独特の刺激を背骨に送って来る。
温かい小さな濡れた感触が、一生懸命そこを愛してくれているのがわかった。
「琴音……」
肛門まで愛情込めて愛撫してくれるような相手がみつかったら、その子を、絶対手放しちゃいけない。志保は、胸が熱くなった。
琴音は、唾液が垂れ落ちるほどたっぷりそこを濡らしてから、そこを解放してくれた。尻たぶに力を入れ、抜き、してみると、志保の腿を琴音の唾液が伝った。
志保は、自分の尻を離れた琴音の顎を指で掴むと、顔を寄せる。
「あ……」
キス。
また違った場所の自分の味を、お互い、確認しながら。
「琴音となら、平気。地球上で、琴音ひとりとだけなら」
「私もです」
そんなようすを暗がりから、男は黙って観察している。
だがもう、ふたりの目にはそんなものは入っていない。
「ふっ……うっ……んんあぁ!」
あえて、太い中指を、志保は琴音の肛門に沈めてゆく。マジックのように、指が見る見る琴音の小さなお尻の中に消えてゆく。前用より細いとはいえ、器具を入れる前に慣らしておかないといけない。
ゆっくり、前後させる。右、左、とわずかな角度ずつから、ひねってもみる。
とにかく、琴音が痛くならないように。
「もっと強くしても平気です……」
「ほんと?」
「あいつらにもう、さんざんされましたから」
「そうね。お互いにね」
珍しい琴音のふてたような言い様がおかしい。
琴音を愛撫しながら、今度は、自分が琴音の指を受け入れる。
「んんっ……んっ……じょうず……」
琴音の指がそんなところに入っていると思うだけで、愛しい。奇妙で、かゆくて、熱くて、そして愛しい。
互いに肛門に指を入れ合ったふたりが、あらためてみつめ合う。
出逢ったあの日は、ふたりでこんなことしてるなんて、想像もできなかった。
(そりゃそうだよね。誰も想像なんかしない。でも)
経緯はどうあれ、いまはふたりが望んでしていることだ。
指を前後させ、ねじ回し、どちらも楽々と二本を呑み込めることを確認しながら、キスし合う。
いよいよ淫具を使う時だ。
いつ頃作られたのか、年代すらもわからない、それ。志保と琴音も、もう何度も何度も、強制的に使わされてはいる。自分たちの恥液が、染み付いていそうだ。
両首のうち微妙に片方が太いので、志保はいつもそちらをみずからに挿入していた。いわば、自分側。
今日もそちらを尻に埋めようとして、ふと思い直した。
「琴音……。もしOKなら、今日は琴音に太いほうを入れていい?」
思いつめたような表情で、琴音に問い掛ける。
「た、たぶん……。でも、どうしてですか?」
「いつもあたしに入ってるのを、琴音に受け入れて欲しいの」
「それで、いつも私に入ってるほうを、志保さんが……?」
「うん」
琴音はむしろ、喜んだ。
「ぜひ、そうしてください……」
志保は尻たぶを左手で広げると、琴音の尻の奥の奥までしゃぶり尽した丸首を、ゆっくりと沈めてゆく。
「あ、う……」
少しずつ、肛門括約筋を緩め、挿入し、を繰り返し、太く長い淫具を自分に沈めてゆく。
「琴音が入ってくるみたい……っ」
「志保さぁん……!」
少しぐらい痛くても苦しくても、琴音がずっと抱いていてくれるから、平気だ。
「あう……あ……は……」
初めての時はびっくりして泣いたほどの長さを尻の奥に消して、志保は、脱力した。
「志保さん、来て……」
琴音が、不格好なぐらい脚を開いて、志保を待つ。あられもないといえばこれ以上ないほどのポーズなのだが、でも、琴音のような可愛い少女にそんな待ち方をされて、心が蕩(とろ)けないわけがない。
「琴音……!」
最後の自制心を働かせて、強姦同然の強引な挿入を思いとどまると、志保は両手で琴音の尻たぶを開いて、自分の肛門から突き出したもので、そこに狙いを定める。
「ああ……いつも、志保さんに入ってるほうのが……」
琴音も、自分の尻に淫具が消えてゆくのを、まじまじとみつめている。
「志保さんに、犯されてるみたい……」
志保よりひとまわりは小さい尻が淫具を呑み込んでゆくすがたは、一種凄絶ですらある。しかし、挿入は順調だった。あまりの刺激に耐えられないのか、時折びくっ!と肛門が淫具を強い力で挟み込む、抵抗はそのぐらいだ。
そうしてゆっくり時間をかけて。
声を掛け合い、協力し、乳房への愛撫や、無数のキスを交えながら。
ふたりの少女は、みずからの意志で、尻と尻とを完全に繋げた。
「琴音……やったよ……」
「はいっ……。あう、気持ちいい……」
すでにアナル行為の快楽をおぼえたふたりだ。互いに挿入し合ったそこは、ただならぬ快楽をじわりと滲ませ、熱の坩堝(るつぼ)と化しつつあった。
「熱いよ……」
「はい……。お。お尻あつい……」
くい、くい。と志保が動かし出したのにつれて、琴音も、呼応するように尻を微かに振り出す。淫具を中心に。
ふっ、ふっ、ふっ……息が、リズム良く口から吐かれる。
同じリズムで二対の乳房が揺れる。
「あう……あぁ……」
「ん……んッ」
動かし続けている限り、そこのむずがゆく重い快感は止まらなくて。
もっと。もっと。
そんななにかわからない激情が、ふと胸に込み上げる。
動きに、ねじりや、さらなる力が加わる。尻と尻とを、押し付け合う。
しだいに激しくなってゆく動きにも、開発されたふたりの尻たぶはよく応えてくれる。
より大きな快楽と悦びを琴音に与えたくて、志保は懸命に淫具を食い絞め、もっと強い動き、深い運動を淫具に与えようとする。肛門に、意識を集中する。
琴音も時折尻を下げたりして角度を付け、志保の肛奥の意外な場所に刺激をくれたりする。
その度志保の奥は、じん、と甘く痺れる。
一本の淫具を真ん中にして、裸体を揺り動かし、局地的でアブノーマルな快楽に没頭するふたりの少女。あきらかに異常で、また、どこかけなげな情景だった。
「ああ、あう……、ん、は、う」
「志っ、あ、あ、ああ……志保さんんん……!」
だんだん高揚してくるその特殊個所の熱に、ふたりはしだいに夢中になっていった。さまざまなことを、忘れ去って。
ぐい、ぐいと強く押し込み、ねじ込む。尻肉と尻肉とが食い絞め合うほど深く結合し、乱れるうち、ついにはふたりの尻たぶと尻たぶが、触れた。
「あう……!?」
どれほどの力を込めどういう体勢で押し付け合えばそうなるのか、いまの熱狂が過ぎたらたぶん再現しようとしてもできないだろう。でも確かにいま、ふたりのもっとも過敏な部分は、互いに触れ合っていた。
口づけ合っていた。
「ひ…………!」
「志保さん! 志保さん。志保さん。志保さぁんっ!」
くり、くりっと尻を互い違いに回し合う。
「あああ……!」
「ううっ、志保さんっっ!!」
刺激に脳が溶けるようだ。唾液が顎を伝い、喉を下りていって、汗と混じる。いつしかそれほど、尻で燃えあがっていた。
琴音が手を差し伸べている。
「志保さんん……。来てっ!」
逆方向に寝そべって尻をくっつけ、ひじで身体を支えて動き合っていたふたり。顔を合わせるには、正上位のポジションにならねばならない。
志保は、少し淫具を尻から出すと、出て来た真ん中の部分を、関節部に従って折った。二個所が折れ曲がって固定され、繋がったふたりに正上位を可能とする。誰がいつ作ったのかもわからないが、こんなところにばかり、凝っている。
「琴音……」
「志保さんっ」
そしてふたりはふたたび抱き合い、口づけ合うことができた。互いのアヌスに火が付いているのが、さっきまでとの違いだ。
もはや突き込むように激しく互いに舌を入れ合いながら、息を切らして口を離し、潤んだ目でみつめあう。相手の息が頬に熱い。興奮で、どっちも少し、狂っているかのようだ。
「琴音、それじゃ、お尻でいかせるよ」
「いかせて……っ」
身を起こすと、全身に残った力を込め、尻を振りたてる。たぶん、男の腰の動かしかたそっくりだ。
琴音も脚を志保の腰にまとわりつかせて、女らしく一心にそれを受け止める。汗で髪が貼り付いた顔を、右に、左に振りながら快楽に耐える。
肛門で食い絞めても、淫具の動きは志保には完全に連動はしない。ずれがある。腰を上下させるたび、淫具は志保をも突き、蕩けるような刺激を加える。
「ああぁぁ……っ!」
「あ! あ! あ! あ!」
女の子ふたりの悲鳴のような快美の声が木霊する。
飛び散る汗。
振り乱される髪。
ぱんぱんぱんぱん、と、打ち合う肉の音すら、たつ。
「琴音っっ!!」
「志、志保さんっっっ!!」
ごりごりと太い器具に内部をこすられるけれど、それが熱いのだ。気持ちいいのだ。こんなところで感じてしまう女の子が変態なら、変態でいい。そんな侮蔑と引き換えにできないと思うほど、身は、心は、快楽に震えているし、それに……。
ふたりなら、恐くない。
誰に強制されようと、いま目の前にいるのは愛しい相手だけ。彼女が、自分の異常な快楽を認めて、応えてくれているのだから。
膣のとは違う重い快楽が、やがてせつないほどの熱とかゆみをその局部にもたらして、クライマックスが近づくのがわかる。
「ああ! 琴音! もうすぐ! もうすぐ!」
「志保さん私もっ! あうっ! きゃ!」
熱でぼける視界の中、琴音の顔が快楽に振り乱れている。動けなくなってしまいそうだけど、でも、義務感から最後まで腰の抽送はあきらめない。
この子のため。
自分に課した、ふたりだけの約束のために。
「琴音〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
「あ、あっ! し、し、ほぉぉ、さんっ…………っっ!!」
ぶるぶるぶるぶるぶる……!!
お尻で繋がったふたつの裸体が、震える。
最高の熱が、同時に、ふたりを走り抜けたのだ……。
「ああ…。ああ…。ああ…」
「お尻で。お尻でぇ……」
背骨にまで、連続して何本も快楽の芯が走りぬけてゆく感じがする。
鳴咽のあとのようなひきつった声を出し、荒い息を吐きながら、ふたりは身体を重ねてその余韻に浸った。
ふたりの絶息を見届けて満足したのか、男が近づいてくる。女も、暗闇からすがたを現した。
こんなふたりを、また犯すつもりなのだろう……。
でも、気付いていてなお、志保は、琴音しか見ていなかった。
「……優しかった? あたし」
「……最高でした。さいこうに……」
吸い付いてくる少女の愛の口づけは、志保だけのものだ。
「ね。これからも、もっと……いろんな、ことを、させられるかもしれない、けど。けど……。全部、あたしと琴音がしたくてしてることよ。そう思えば、辛くないよ。きっと、まだまだ生きていけるよ」
「ありがとう……」
胸の中に、琴音の頭が飛び込んでくる。
「ありがとう志保さん。好きです。大好きぃ……」
「あたしも好きよ……」
少女を励ましながら、でも、志保の思いは、ほんとうは現実的だった。
(さようなら、ヒロ。たぶん、もう会えない。あかりにも)
琴音が志保の胸で癒されるだけではない。琴音の温もりもまた、志保の絶望で冷えた心を、癒してくれる。
(でもね、こんなとこで、あたし、世界一好きになった相手をみつけたよ?)
背後の陵辱者が近づく足音が近づいても、志保はただ、琴音を抱き続けた。
(何もかも奪い去られたとしても、決して奪い取れないものを心の中にみつけたら、あとはそいつから何を奪い取れるのかな?)
志保には、わからなかった。
* * *
「……ここなんだな?」
「はい」
その頃。
入り口ひとつ見当たらないが、たしかにあの日ふたりが入った洞窟のあった場所で、数人の人影が会話を交わしていた。
志保が行方不明になって以来、必死にその行方を捜し続けていた、藤田浩之、神岸あかりたち。彼らだった。
ついに、地下の彼女らを、みつけ、救うことのできる人物を探し出して、いまここに立っているのだ。
このことを志保たちが知るのは、まだ、後のことである……。
終