「シチュエーションに関してですが、これは大まかにいって精神的シチュエーションと行為的シチュエーション
に分けられます」
「図書館的な分類番号はあるかい?」
「もちろんありません。それから言うまでもないことですが、私が勝手に分類しています」
「だろうね」
「ところで精神と好意ってかぶってない?」
「好意じゃなく行為です。行う、為す」
「行うナスだって、ふふふ、田中君のエッチ」
「精神的シチュエーションというのは、主人公とヒロインの精神的な立場です。これがとても重要です」
「スルーしたね」
「ですが、文学である以上重要であることは自明です。たとえば主人公、あるいはヒロインの告白シーンは
いやがうえにも場を盛り上げます。一方で、行為的シチュエーションは純文学では大した重要性を持ちませんが
エロ本ではきわめて重要です」
「ねえ、行為って体位?」
さすがに声を潜めて久子が聞く。
「それも含めての行為です。たとえば、体位という言葉が出ましたので例にあげると、同じバックでもベッドの
上か、シャワールームか、鏡の前か、窓際かでまったく異なります」
「確かに。これはドキドキするね」
「ヒロインは堅い女、あるいは堅いイメージの女という話をしたときに、カタルシスだといいました。行為も同じ
です。『あ、こんな』とヒロインが思う行為で初めてヒロインが生きます。」
「確かに」
「チェックシート的に体位を変えていくだけではエロ本としては持ちません」
「AVじゃないからね。挿絵でも有ると違うかな」
「挿絵がつくのは月刊誌に掲載されているときくらいでしょうね。なんにせよ、それは僕が目指すものじゃないです」
「プロ目指してるの?」
「いえ、表現を追求したいんです」
「えらいね。あと、芸の肥やしとか言ってお姉さんを押し倒さなかったところもえらいわ。」
「やった人は居るそうですが」
「そうなの?と、驚くもんかい。趣味と実益ってやつだろ」
「川上宗薫先生は、取り付かれたように女性を口説いたといわれています」
コンビニで籠にワインボトルを3,4本放り込みながらも話は続く。
「実際には、精神的シチュエーションと行為的シチュエーションは切り離して考えにくいです」
「…相乗効果か」
「そうです。単体ではなんでもなくても、組み合わせると興奮が高まる。たとえば、コンビニの休憩室なんか
格好の場所です」
「見つかるかもしれない、という緊張感だね」
「そうです」
「『田中君、だめ、見つかっちゃうわ』ってやつだ」
「そうです。精神的なだけなら純文学です。好意的なだけなら教科書です。両方のシチュエーションがかみ合って
はじめてエロ本のシチュエーション足りうるのです」
レジで一郎が勘定を払っている間、横で久子は今にも笑い出しそうなのを必死でこらえていた。レジ裏の休憩室で
行われる密やかな愛戯でも創造しているのだろう。
「先に出てればいいじゃないですか。変な目で見られてましたよ。」
自動ドアを出て、一郎がなじる。
「いや、『田中君、だめ、笑っちゃうわ』って、妙に興奮して」
「まぁ、それです。ヒロインが羞恥に染まるというのがエロ本では重要な要素になります。精神的シチュエーションと
行為的シチュエーションの組み合わせは膨大ですら、結果としてエロ本のシチュエーションは膨大になります」
「羞恥に染まらないと、田中君の好みに合わないのはわかったよ。でも、さっきのサブヒロインみたいに王道
じゃないシチュってもあるんでしょ」
ありますよ。たとえば凌辱のジャンルがそれです。
水戸っち久しぶり。期待してるよ。
読みたいジャンル:ロリ
禁忌を犯す内容だからエロスの琴線に触れやすい。
猿でも書けると言えば書けるこれらのジャンルの投下に対して
サクラ某が躍起になって妨害していた所以でもあるわけだが。
規制がいつ始まってもおかしくない昨今、エロいのキボン。
豊田市の事件があったばかりなのに?
確かに規制は今日、明日始まってもおかしくない状況だけどね。
>>◆fDszcniTtk
おもしろい
…けど、エロ小説として面白いっていうより、同好の士が対象に向けた考えを述べている内容が面白いってだけだね。
まあ、それは枕だろうから、続きに期待。いや、枕の方がむしろ楽しみなんだけどね。
「凌辱って、エロ本の王道かと思ってたよ」
「そう言う見方もあるでしょうね。凌辱がわき道だってのは僕の趣味でしかありません。フランス書院では堂々たる
主流派です。ちなみにフランス書院のWEBサイトは www.france.co.jp なんですが、フランス政府は何も言わないん
ですかね」
「エロも文化だと思ってるのかも」
「眼中にないのが真実だと思いますが、フランスのアパルトメントでは窓を開けたままやってるそうですから、
当たらずとも遠からずかもしれません」
「田中君は羞恥心がないエロは嫌いなんだよね」
久子がニヤニヤしながら聞いてくる。
「不可欠じゃないですよ。陶酔感のあるセックスは羞恥心をまとう女性と同じくらいすばらしいものです。が、
その場合も羞恥心があるといっそうよいものになります」
「ふふん、その辺は知識なのかい、経験なのかい?」
図星だったのか、言いよどむ。
「僕の女性経験を聞き出したいのなら、もう少し親密になってからにしてほしいですね」
「ほほう、腕の中で聞けよって言うの?ちょっと考えさせてもらいたいね」
「そうしてください。話を変えますか?」
どうも話の腰を折られて熱が冷めたらしい。
「ええ?頼むよ続き聞かせて」
「はい。何の話でしたっけ」
「凌辱は王道かって話」
「そうでした。凌辱は出版数では堂々たる主流派ですよ。それには理由があります」
「男性側の願望でしょ?」
「そうです。ほとんどの男は、望む女性すべてを抱けるわけでは有りません。というか、ほとんどの男は、
望む女性のほとんどを抱けません。まったく抱けない人も居ます」
「その衝動の代替としてエロ本を読む」
「そうです。手の届かない女性、手を出してはいけない女性、拒む女性を力ずくで自分のものにする。そういう
願望を形にしたのが凌辱ジャンルです。」
エントランスに入ってからさすがに一郎は口をつぐんだ。夜に自分が住むワンルームマンションの前で強姦の
話をするなど、無神経にも程がある。
「チーズ切るから台所かしてね」
「いいですよ。ワインは赤白どちらから行きますか?」
「赤にしよう。酔いが回りきってから飲むのは白がいいよ。」
「わかりました。」
「あ、コップとって。洗うから」
コンビニにしてはなかなか気が利いていて、二次会のつまみには再びカマンベールチーズが登場することとなった。
「で、願望を満たすために凌辱を読むんだ」
「そうです。が、凌辱というジャンルは書くほうからすると精神的なシチュエーションが著しく狭まります。」
「女の意志は無視だもんね」
「尊重していたら凌辱ではないですからね。その結果、ヒロインの設定のうち主人公との精神的な関係はほぼ
意味がなくなってしまいます。」
「たとえば」
「幼馴染とか、ほのかな恋心とか、一目ぼれとか、母性愛とか、ツンデレとか」
「ツンデレもエロ本になるかい?いや、エロゲーになりうるのは知っているけどさ」
「知ってるんですね。エロ本にもなりますよ。むしろヒロインの機微を描けるという意味では恥ずかしいほど
エロが引き立ちます」
「なるほどね。ともかく、セックス前のヒロインが主人公をどう思っているかは無意味になるんだ」
「忌避している、見下しているという感情はスパイスになりえますが、それが効くのは行為に入ってからです。
文学的に考えれば、凌辱される前の女性がいろいろと考えること、募る不安は十分以上に描く対象足りえるので
すが、エロ本としてはほとんど無価値です『感じてはいけない』といった決意が表されれば十分です。もっとも
例外はいつも有ります。身代わりに抱かれるといった場合には、ヒロインの迷いを存分に楽しむこともできます」
「私が抱かれるからその子に手を出さないでっ」
久子がすっかりなりきってセリフを言う。
「抱かれる?抱いてくださいの間違いだろ」
「ネズミをいたぶるネコってわけね」
「言葉なぶりは凌辱劇の重要な要素です。ここが実は難しいところなんですよ」
「そうなの?」
「凌辱劇にはいくつか重要な要素があります。まず、本来手を出せない女性を自由にできるということ、つぎに
抵抗する女性がいつか感じてしまうということ、そしてそう言う女性をなぶることです」
「凌辱自体がなぶり物なんだけどね」
「なんですが、言葉でなぶることで、ヒロインに今の立場のみじめさを嫌というほど思い知らせる効果があります」
「でもさー、女の立場で言うと泣き叫ぶよ。多分。」
「実際そうだと思いますよ。凌辱劇といっても、エロ本になりうるのはほぼ完全な虚構です。凌辱される女性が泣き
叫ばない、暴れない、じっと男のやることを耐えている」
「いやー、これもご都合主義だね」
「そのご都合主義を成立させるための下ごしらえが、凌辱劇の重要なポイントです。」
「さっきの身代わりとか」
「はい。身代わりを女性が自分から言い出さざるを得ないような状況を作ることで、抵抗できなくしてしまうのです」
「なるほど」
「そのほかにも、事前に親切にしてやって信頼を勝ち取り、抱いてから凌辱であることをあかす手もあります。」
「手がこんでいるね。」
「綺羅光の『凌辱女学園』がそれです。ヒロインの母親をだまして抱いた後、彼女に媚薬を打ってへろへろにし、
目隠しのまま彼女が忌み嫌う教師に抱かせるんです」
「いや、ディープだ」
「目隠しの間はクスリの効果もあって、男が交代しても愉悦の言葉を吐きながら恥らうんです。それが目隠しを
とられた途端に地獄絵図です。それまでの自分の言動すべてが一気に自分自身をなぶりつくします。それから、
あえてばれやすい場所で凌辱することもあります。」
「かえって声をあげられない」
「そうです。社会的立場のある人ほど、恥ずかしい場面を見られることを拒みます。トイレってのは定番ですね。
デパートの更衣室ってのもあります。」
「痴漢もそうだね」
「シチュエーション的にはそうです。ところが痴漢は凌辱物の下ごしらえとして成立しにくいんです。」
「なんで?」
「痴漢に会った女性は駅を降りて逃げればいい」
「あ」
「凌辱劇で痴漢が効果をあげるのは、導入の静かにさせる場面ではなく、いったん落として逃げられなくなって
からのなぶりのフェーズです」
「奥が深い」
「なぶりの話をする前に、凌辱劇のもうひとつのパターンを挙げましょう。バイオレンスです。」
「定番な気がするけど」
「ところが、エロ本に関してはいまいちなんですよ。男が大きな声を張り上げる、女が泣き叫ぶ。男が挿入する、
女が泣き叫ぶ。男がピストン運動を行う、女が泣き叫ぶ、男が射精する。女が泣き崩れる」
「いやだなぁ。シチュエーションがというか、読書家の末席を汚す者としても、そんなのは読みたくないよ。」
「バイオレンスな凌辱が成立するのは、バイオレンス小説の中だけです。エロ小説の場合純粋なバイオレンスじゃ
だめだ」
心なしか、一郎の背筋が伸び、ぐっと力の入った調子でしゃべっている。やくざ映画を見た後の男のようだ。
「どんな風に不純にすればいいの?」
「まず泣き叫ばないようにすること。仕込みですね。バイオレンスの場合人質が有効です。」
「まぁ、バイオレンスだからね」
「で、エロの主軸はやはり最初は耐えていたヒロインが声をあげ始めるというスジです」
「ほかとおんなじじゃない」
「バイオレンス・エロの場合、男の柄が悪いですね。『おらぁ、お高くとまってんじゃねーよ』『ひゃはは、
こいつ濡れてるぜ。さっきまでの威勢はどうした』ってところでしょうか」
「口だけバイオレンス!」
久子が笑う。
「本当にがんがん暴力をふるうと、読者が引きますんで。そう言うわけで、バイオレンスの凌辱劇は、あまり
バイオレンスなものにしてはいけません。ただし、ストーリーは楽です。」
「暴力は不条理だからね」
「そうです。銀行強盗に失敗した凶悪犯が、銃を持ったまま女子高に逃げ込む。鉄板です。」
「酒池肉林だ」
「肉林です。あとは時間をたっぷりとる方法と場所を押える方法だけ考えればいい。」
「場所?」
「たとえば教室で生徒を前に女教師を犯すというのは、そそりそうに感じます。でもそうでもない。」
「そうでもないかな?」
「そうでもないですね。じっくりといたぶるにしちゃ、集中できないんです。生徒が泣いたり、『先生』と
声をあげるとリズムが悪いでしょ。だから、どこかに移動して一人一人なぶるほうがいい。」
「生徒をなかせなきゃいいじゃん」