「もうひとつ、サラリーマン官能小説は、ヒロインの種類を多くできるのも特徴です。」
「種類?」
「今風に言えば属性ですね。たとえば、年上、年下、同年代。上司、部下、得意先。セールスウーマン、
アシスタント、受付嬢、秘書、出張先で知り合った女性、通勤電車で密着した女子校生。独身、人妻、
未亡人」
「ほほう、こりゃバラエティに富んでるね。」
「そうです。他のジャンルでも幾分幅を持たすことはできますが、サラリーマン官能小説の場合、圧倒的に
女性の種類が多くなります。王妃様なんてのを除くと、ほぼ制限は有りません。これが社長官能小説だったり
すると、通勤電車で女子校生と密着ってのはつらいです」
「確かにね。社長なら車で通勤しろと。」
「そのとおり!貧乏な社長なんか引っ込め」
一郎にもかなりワインがまわってきた。
「でもさ、無理なヒロインもあるんじゃない?スチュワーデスとか」
「無理目なだけです。神田の古本屋で見つけたエロ本は、行きずりのスチュワーデスとのアバンチュールでしたよ」
「行きずりって便利だな」
「便利です。しかし、行きずりは行きずりで仕込みが大変なんです。」
「どんなふうに?」
「それは後で説明しますが、まずはヒロインの種類…属性について続けましょう」
「うん、うん」
久子もすっかり話しに引き込まれてニコニコしている。
「先ほど、ヒロインの年、職務、職種、婚姻状態などを挙げましたが、これらすべてが組み合わせ可能ではあり
ません。」
「たとえば?」
「サラリーマン官能小説に年上処女未亡人女子校生は出てきませんね。」
「んなめちゃめちゃなヒロイン、どんな話にも出てこないよ!」
久子が爆笑する。
「そうでもありません、ジャンルを変えると幾分可能性が出てきます。」
「またぁ」
久子は半信半疑だ。
連投支援カキコ
「嘘じゃないです。『処女未亡人』という作品があります。『人妻女子高生』もあります。」
「幼な妻だね」
「違います。ヒロインは20代後半です。分け合って女子高に通っているんです」
「セーラー服で?」
「そう。で、教師に迫られて『やめてください。夫が居るんです』って」
「ひゃひゃひゃ」
久子がひっくり返って笑う。慌てて一郎がコップを取り上げた。
「こぼさないでくださいよ」
「ごめんごめん」
「いやぁ、改めて文学ってすごいって思ったよ。文学少女でよかった。人間の発想は自由だね。」
「限度がないですね。」
「ほかにどんなのが考えられるかな」
「『金髪上司』なんてのはありでしょうね」
「外資かな?」
「外資ですね。取引先の秘書でもいいんですが、いきなり金髪美人と仲良くなるのは難しい」
「そうか。上司ならゆっくり落とせると」
「そうです」
「じゃぁさ、女子高チャイナ服ってのはどう?」
「うーん、難しそうですね」
「なんで?金髪もチャイナ服も似たようなもんじゃん」
「確かに、絵にすると同じなんですが、文章にするとだめなんですよ。」
「ちょっとまった。あ、そうか。金髪は外国人だっていうことだが、チャイナ服じゃコスプレか」
「そうです。まぁ、そういうシチュエーションでかけないこともないと思いますが、文字で書くからチャイナ服
萌えってのは難しいですね」
「特に神の視点では難しいね」
「そうです。」
「だんだんわかってきたぞ。で、ヒロインの種類というか、属性には定型性があるの?」
「ありますよ。ヒロインは、堅いこと。これは鉄板です。」
「お堅い女性を落とすのが楽しいんだ」
「そうです。これは無理だろうという女性。あるいは、これは穢れない誰もが思う少女。そういう女性が男の腕に
落ちていくカタルシスがいいんです」
「それは田中君の性的嗜好じゃないのかい」
「そうですよ」
「自分の好みで作品を書くのかい」
「ジャーナリストじゃないですから。トルストイが無理してラノベ書かなかったからって、誰も批判してないでしょ」
「君はトルストイじゃないけどね。まぁいいや」
「嗜好の話はおいておくとして、実際に描かれる女性は堅くないこともあります。」
「そうなの?鉄板はどこいった?」
「鉄板は王道の話です。特にサラリーマン官能小説の場合、複数ヒロインが普通です。」
「一穴主義じゃないんだね」
「どこでそんな言葉を覚えたんですか!」
「てへへ」
「ヒロインが一人というサラリーマン官能小説もありますが、それは短編です。長編は必ず複数ヒロインが次々
主人公の手の中に落ちます」
「ふんふん」
「で、くどいてる時間がないから女性は割と簡単に体を開くのですが、それでも、堅い女性だというイメージは
重要なんです。」
「カタルシスのため?」
「そうです。」
「ふーん」
「どうしました?」
「反例を考えているの」
「ありますよ?」
「どんな?」
「70年代のように性がそれほどオープンじゃなかった頃には、オープンな女性がヒロインの話もたくさんあったようです。」
「なるほど。現実が堅すぎるから、ヒロインの存在自体がカタルシスになりうるんだ」