道は、エムゥが住み暮らす教会へと続いていた。谷の奥の奥、岩壁の洞窟に
煉瓦積みの建物を付随させたその教会。始祖の人物が、異教だと迫害を受けた
のち辿り着き、しかしやはり理想を求め洞窟でただ1人祈り始めた場所。エムゥの
ようにその教えに感銘を受けこの暗く不便な谷に住み始める人々も少なからず
いた。
エムゥは母にも、そうなって欲しいと願っている。始祖から数えて3代目で
あるという今の教師 デトバは、母を温かく迎えてくれるはずだ、と。村に
辿り着いたとたん倒れ気を失ったエムゥを保護したのは彼の妻 ダマイであり、
なんの見返りも求めずここに住むのを許したのはデトバだった。自分の他にも
同じように救われた人々を幾人か見ているエムゥは母に、ここでしばらく自分と
一緒に暮らし、心安らいだのちこの谷の村の教えを自分と共に故郷に広めて
欲しかった。
教会の扉。ここもまた朽ちた板切れを組み合わせただけの粗末な扉だった。
エムゥはその扉を、ゆっくりとノックする。
「……あの、申し訳ありません」
そう呼びかけ、しばらく中の様子をうかがう。母がここにいるかどうか確か
ではないが、村の中心であるこの場所に母の事を知らせるだけでもエムゥには
意味があった。
「なにか」
扉が少し開く。そこから顔を出したのは、デトバの下に仕える男 ザッラ。
デトバの教えを文字に記す仕事と共に、ボディーガードのような事もしている。
「エムゥか……どうした?」
「あ、あの、ザッラさま。こちらに、その、女性が……」
しっかりと母の事を尋ねようとした時、ザッラの顔が扉の向こうに引っ込んだ。