「もう一度いっとくけど、絶対に名前で呼ばないでよ。
『おい』とか『おーい』とか、そういうふうね。絶対に、忘れないこと」
プールサイドに上がりながら、私はカズくんの、スポーツマンらしく厚く張った胸をたたく。
「わかってるけど」
いかにも気鬱そうに、カズくんはため息をつく。
ここは市民プール。私と彼氏のカズくんは、夏休みを利用してここに遊びにきた。
実はここは、私たちの家から二つも隣りの市だ。
今日やることは今日限り。知ってる人には見られたくないから、あえてここまで足を伸ばした。
カズくんには悪いけど、私にはどうしてもやりたいことがあったのだ。
カズくんはトランクス型の海パン。
私は白地にオレンジの花柄を散らした、上下とも紐で結ぶタイプのビキニ姿だ。
そして、私は右の手首から先に包帯を巻いている。
これは右手が使えないことをアピールするためのただの見せかけだ。実際にケガをしてるわけじゃない。
女である私が男子更衣室で着替えるための理由づけに過ぎない。
現にさっきも男子の方で一緒に着替えてきた。
「それじゃ脱がせて」とか「ホックはめて」とか、カーテンで仕切られた更衣スペースで言うたび、
外の男の人たちに聞かれてるんだとドキドキした。
この市民プールには三種類のプールがある。
ちっちゃな子向けの足首ぐらいまでのものと、主に子どものための浅めのものと、やや深い大人向けのもの。
手をケガしている、と見せかけている私は、深いプールには入らない。
そもそも今日は泳ぎに来たわけではないのだ。
「カ〜ズくんっ!」
浅めのプールに腰の下あたりまで浸かって、ビーチボールを投げ上げる。
返ってきたボールを、バレーのトスの要領で打ち返す。
これなら手をケガしていても、やっていて不思議には見えないだろう。
しばらくラリーを続けたところで一度わざとボールを拾いそこねる。
そして取ろうとしたボールに手がすべったように見せかけ、水着のボトムの片側を支える蝶結びをスッとほどく。
「キャッ」と小さく悲鳴もあげて。
ボトムの前側だけをすばやく押さえる。一瞬遅れたら前も見られちゃう。すごい興奮。
「カズくん、早く来てっ! 水着の紐ほどけちゃった〜」
もう片方の紐は結ばれたままなので、後ろの布ははだけて水面にプカプカ浮いている。
おしりの大半は水面上に出ていて、横や後ろから私のおしりが丸見えなのは間違いない。
こんな明るい昼間に、たぶん日焼けあとまでくっきりと、私はおしりをさらしてるんだ。
まわりにいるのは小学生が多いけど、プールサイドからだって確実に見えてる。
「おれのほうが恥ずかしーよ」
顔を少し赤らめながら、ためいき混じりにカズくんは紐を結んでくれた。
大人用のプールでカズくんが泳いでいる。
それなりに人がいるから、まっすぐには泳げなくて、クロールだったのが平泳ぎになったり、
背泳ぎっぽく背面になってみたり、ゆったりとした犬かきで私に手をふったりしている。
私は休憩中だ。
壁にもたれて座り、あぐらをかくようにして、ビーチボールを脚のあいだに置いている。
刈り上げた髪を陽光に光らせながら、カズくんが水から上がってきた。
(よしっ。やるぞ)
心の中で気合を入れる。この瞬間のドキドキ感は最高だ。
まず、ほどきにくい右からボトムの紐をほどく。ボトムを包帯の右手で押さえつつ、左も同様にほどく。
「カ・ズ・くーんっ」
ボールの端からボトムの布を持ち上げチラッと見せる。
ボールをどかせば私のあそこは丸見えだ。
でもビーチボールは柄入りで、透けてるところは多くはない。安全な露出行為なのだ。
「頼むから、あんまりムチャしないでくれよ。おれ守りきれねーぞ」
聞かなかったふりをして、ボトムの布をしゃがみこんだ彼の手に押しつける。もう下半身は裸だ。
「これ、回したら見えちゃうかな……?」
いまや陰部を隠す唯一の砦となったビーチボールを手の中で転がす。
ときどき、ボール越しに私のヘアがうっすら見える。
私は妙に興奮して、
「見たかったら、ボール持ち上げて」
なんて挑発してしまう。
「勘弁してくれ」
とボトムをひそかに返してくれる彼に、私はここで触ってほしいという疼きをおぼえながら、
「カズくん。好き」
とつぶやくのだった。
「おい。あれ、ほんとにやるのか?」
もう帰り時なのか、男子更衣室にはたくさんの人がいて、カズくんは怖気づいたのかもしれない。
でも私は、腕をとって更衣室内に強引に連れ込んだ。
当然やるのだ。これが今日のクライマックス。
最高の瞬間を目前にして私は震えた。
着替え用の狭いスペースに入りカーテンを閉める。
まず私の水着を脱がしてもらい、「着替えは? 私の服はどこ?」と問う。
ロッカーに寄らず直接更衣スペースに入ったんだから、着替えがないのは当然だ。
もちろんこれはシナリオの一部。努めて心を落ち着けつつ、私は声を荒らげる。
「えっ、ロッカーの中? 何してんの! 先に持ってきといてよ! 私もう裸なんだから、ほら、早く持ってきて!」
更衣室のカーテンをザッと開け、カズくんを押し出す。
そして更衣室の入り口に腕を組んで立つ。胸を持ち上げて強調する。
「ほら、早くして!」
たくさんの男の人が、私を見てるのがわかる。何も着てない、裸の、生まれたままの姿の私を。
「わっ、なにあれ」
「うわ、はだかじゃん」
「すげぇ、いーな、エロいわー」
腕で持ち上げた、ほどほどの大きさの胸。肉づきの薄いおなか。きゅっと上がったおしり。
髪からたれた拭き残しの滴が肌をつたい、きれいに整えたヘアにしみこむ。
足を開いて立ってるから、もしかしたらその下の割れ目まで見えてるかも――。
カズくんから視線をそらせない。じっと見てないと足がガクガク震えそう。
頭に血が上って、ドックン、ドックンと、こめかみで拍動が響く。
見られてるんだ。私の、裸を、全部、見られてるんだ――。
ロッカーからカバンを出すカズくんの動きがやけにゆっくりと見える。
そのすぐ手前のおじさんの視線が私のからだに向いてるのがわかる。
すぐ近くの男の子が顔を真っ赤にしてチラチラ見てるのも視界の端に映っている。
「あれだろ。露出狂ってやつ」
「胸やわらかそー。さわりてーな」
二人分の荷物を持ってカズくんが戻ってくる。
ちょっと怒っているような顔をして、目をそらしつつ、中に入るよう手で促す。
カズくんの後について私も入ろうとした。それでシナリオは終わりのはずだった。
けれど。
振り返りカーテン内へ戻ろうとしたとき、緊張でこわばっていたためか、足をすべらせてしまった。
「きゃっ!」
前のめりに倒れ、かろうじて膝と腕をついて頭をかばう。
「わっ、ちょっあれ!」
「マジかよ。丸見えじゃん!」
その声にハッと状況をとらえる。
私が今とっている姿態は、更衣スペース側に腕をつき、人のいる更衣室の側に膝を開いて腰を上げた、いわゆる後背位のもの。
「あぁ……」
後ろから、見られてるんだ、私。
頭の中が真っ白になる。あそこだけが視線にさらされて熱い。からだじゅうの熱があそこだけに集まる。
ヒクッと私のあそこが身をよじる。
いやらしい液がもれだして、ひとすじ腿をつたうのを感じた。
「おい!」
突然両腋を抱えあげられ、背後でシャッとカーテンの閉まる音がする。
「大丈夫か? マジで転んだみたいだったけど、ケガしてないか?」
「え……」
ボーッとした意識で私はカズくんの顔を見た。
心配そうで必死な顔。男の子っぽい頼れる顔。
「だいじょーぶだよ……ありがと……」
熱っぽい裸の肌をすり寄せ、私はカズくんの厚い胸にしばらくからだをあずけていた。
ワンピース一枚だけをまとってプールを後にする。
からだがうずうずしてるので、もう下着はなし。
照れ隠しにか先に歩いていくカズくんに追いつき、二の腕にすがりつく。
そして、ワンピース越しに乳首をこすりつけ、
「今日は協力ほんとにありがと」
耳もとでささやく。
「うちに帰ったらいっぱいしよーね……」
(終)