母親が他人に犯される作品 #2.2

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達也は誓約を守った。
佐知子への身体的な接触を“控える”という誓言を守って、この日の午前を過ごした。
そう、“控える”と達也は言ったのだ。“もう、しない”とは言わなかった。
ふたりきりの病室で、昨日までは頻繁に行っていた淫らな戯れの、回数を控える。
過激さを増して、危険な領域にまで踏みこんでいた行為の、程度を控える。
そういう心づもりであったことを、実践によって佐知子に知らせた。
午前中に、もう一度だけ、達也は佐知子の腕をとって引き寄せた。
無抵抗に、というよりは、ほとんど自分から倒れかかるように
達也の腕の中におさまった佐知子にキスして、身体に手を這わせた。
胸を、朝よりは強く長く揉みしだき、腰から尻を撫でまわした。
過剰なほどの反応を佐知子は示して、必死の勢いで達也の舌に吸いつき、
熱い身体を押しつけた。嬉しそうに撫でられる大きな臀を揺らした。
その熱烈さには、なんとか達也を誘いこもうとする意図が見え透いていたが。
しかし、達也の手は、佐知子の着衣を乱すこともなく、核心部分に近づくこともせずに、
疼く肉体の表面を撫でただけで離れた。
哀切なうめきを洩らして、やるまいと引き止める唇もふりほどかれて。
そして達也は、笑って言うのだった。
『これくらいは、いいよね』
まだ、しっかと達也の首に抱きついて、悲痛な眼で見つめる佐知子の表情には、
“これくらい”で終わられることこそ辛いのだ、という心がありありと映っていた。
『……達也く…ん…』
淫情に潤んだ声で名を呼ぶことで、察してくれと訴えた。佐知子には精一杯のアピール。
しかし達也は、首に巻きついた佐知子の腕を(そこにこもった抵抗の力にも気づかぬ素振りで)
優しく外すと、体を離してしまった。
佐知子には、いや増した肉体の苦しみだけが残されたのだった……。
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そんな残酷な振る舞いの後は、すぐに達也は平素の態度に戻った。
ベッドに身を起こした姿勢で、傍らの佐知子にあれこれと会話をしかけることで、
まったりとした時間を潰すという、いつも通りの過ごしかた。
しかし。当然ながら、対する佐知子のほうは、平常な状態ではいられなかった。
……この部屋で達也と過ごすようになって以来、佐知子が“平常な状態”で
いられたことのほうが、稀であるとも言えるが。
定位置である椅子に座って、表面上は達也との会話につきあいながら、
佐知子は一向に落ち着かぬ気ぶりをあらわにしていた。
すぐに、うわの空になり、沈思に入りこむ。
しきりに、椅子にすえた臀の位置を直した。
切ない色をたたえた眼で、ジッと達也を見つめた。
時折、なにか言いたげに唇が動いて。逡巡の末に、ため息だけを洩らすということを繰り返した。
何度か、些細な理由をつけては立ち上がって、ベッドへと近づいた。
急に、シーツを取りかえると言い出したのも、そのひとつだった。
その作業をする間、佐知子の体には滑稽なほどの緊張が滲んでいた。
いつものように、達也を寝かせたまま、シーツを替える作業に、やけに時間をかけて。
そして、これは無意識のことだったろうが。屈みこむときの腰つきには、
微かにだが明らかなシナを作っていた。
不器用で迂遠な、しかし佐知子なりには懸命な誘いかけ。
そうと気づいたから、達也はなにも手だしをしなかった。内心の嘲笑を穏やかな笑みに変えて、
佐知子を見守ってやった。
たっぷりと時間をかけて。それ以上どうにも引き伸ばせないとなって。
佐知子は、失望に顔を暗くして、外したシーツを手にベッドから離れた。
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……このように、佐知子には、もう自分がどれほど、その内心の焦燥や煩悶を
あからさまに態度にあらわしてしまっているか、顧る余裕もなくなっていた。
そして、その変調が、時間が経つほどに強まっていることも、明らかと見えた。
残酷な愉悦をかみしめながら、なにくわぬ顔で達也は観察を続けた。
ひとつ、達也の注意を引いたのは、佐知子が時おり、白衣の腰のポケットを気にする
ようすを見せることだった。手で押さえるようにして、ジッと視線をそこに向ける。
そっと達也の顔をうかがい、また手元に視線を戻す。
なんだ? と達也が怪しんだのは、そうする時の佐知子が、特に緊張の気配を強めるからだった。
真剣な表情で考えこんで。意を決したふうに、ポケットの中に指を差しこんで。
そこで迷って。結局、ふんぎりをつけられずに、嘆息とともに指を抜き出す。
そんなことを、達也の眼を隠れて(隠れているつもりで)、佐知子は何度も繰り返した。

                         (続)