……したところで。
「…いま」
口吻をほどいて。達也が囁きかけた。
「佐知子さんと、ひとつになれたら最高に気持ちいいだろうな」
「……あぁ……あ…え…?」
目の前の悦楽を掴みとることだけに意識を占められて、佐知子はうわの空に聞き返したが、
「こんなに熱くなってる佐知子さんの中に、僕のを入れたら。
死んじゃうくらい気持ちいいんだろうな、って」
もう一度、より露骨に繰り返した達也の言葉の意味を理解して、ギョッと目を見開いた。
「だ、ダメよっ、達也くん」
「わかってるよ」
怯えた声で掣肘する佐知子に、達也はうなずいて見せる。
「僕も、無理やりなんて、イヤだからね。佐知子さんの心の準備が出来るまでは我慢するよ」
年に似合わぬ物分りの良さを示して。それに、と笑って続けた。
「病室で、そこまでしちゃうのはマズいよね、さすがに」
「………………」
曖昧な表情になって。佐知子には、答えようもない。
まだ、達也と最終的な関係を結ぶ覚悟は決められずにいた。
これだけの痴態を演じておいて、いまさらとも言えるだろうが。
それでも、やはり、“最後の一線”を越えるかどうかは、佐知子にとって大問題だった。
それを踏み越えることで決定的に倫理や良識を犯すことになる…という恐れがある。
そんな理性の部分での恐れの感情は、当然のこととしてあって。
しかし。それとは別に、もっと強く大きな恐怖がある。
もっと、根源的な部分で感じる恐れが……。
「だから、いまは、こうして触れあうだけで満足しておくよ」
そう言って、達也は、緩めていた愛撫をまた激しくしていく。
「アッ…はぁ、ああ」
水を差された快感を掻き立てられて、佐知子はたやすく悩乱の中へと追い戻される。
だが、悦楽に浸された意識にも、最前の達也の言葉は刻みこまれてしまっていた。
“ひとつになれたら、最高に気持ちいいだろうな”
……握りしめた達也の肉根が、これまで以上の存在感で迫ってきて。
佐知子は薄く開いた眼で、それを盗み見た。
(……あぁ…)
圧倒的なまでの逞しさと、禍々しい姿形が眼を灼く。
その凄まじい迫力は、佐知子を怯えさせる。
そうなのだ。佐知子が、ここまで痴情の戯れに耽溺しながら、最後の一線を越えることを
逡巡する最大の理由は、達也の逞しすぎる肉体に対する恐怖のゆえなのだった。
(……こんなの…無理よ……)
出産経験のある年増女の言いぐさとしては可愛らしすぎる気もするが。
佐知子としては、まったく正直な思いなのだった。なにしろ、佐知子が過去に迎え入れたことが
ある亡夫と息子の男性は、達也とは比較にならないほど卑小だったから。
(……こんな……)
こんなに太くて長くて硬いモノに貫かれたら……肉体を破壊されてしまう、と
佐知子は本気で恐怖する。
だが。その一方で。
その巨大さに、ゴツゴツとした手触りに、灼鉄のような熱と硬さに、
ジンと痺れるものを身体の芯に感じてしまいもするのだ。
若く逞しい牡の精気に威圧されて、甘い屈従の心を喚起されそうになる。
そんな己の心を自覚すれば。もうひとつの、本当の恐れにも気づいてしまう。
単純な苦痛への怖気の先にある、より深甚なる、暗い闇のごとき恐怖。
こんな肉体を、迎えいれてしまったら……こんな牡に犯されてしまったら。
自分は、どうなってしまうのか?
(続)