……激発は唐突であり、さほど深く大きなものではなかった。
だから、佐知子の意識の空白も、短い時間だったのだが。
「……ハ……ア……あぁ…」
自失から戻っても、佐知子には、なにが起こったのか解らなかった。
胸先から強烈な刺激が貫いた刹那、意識が白光に包まれた。
覚えているのは、それだけだった。
「……あ……わ、たし……」
呆然と呟いて。頼りなく揺れる眼が、達也をとらえる。
達也は、佐知子の汗を含んで乱れた髪を、優しく手で梳いて、
「……佐知子さん、軽くイッちゃったんだね」
労わるように、そう言った。
「……イッちゃ…た……?」
達也の言葉を鸚鵡がえしにして。
数拍おいて、ようやく佐知子の胸に理解がわいた。
(……あれ…が……?)
“イく”という現象、性的絶頂に達したということなのか、と。
初めて垣間見た忘我の境地を、呆然と思い出す。
「うれしいよ。僕の手で気持ちよくなってくれて」
微笑をたたえて、そんなことを囁きかけながら。
(……ま、刺激が強すぎてショートしちまったってとこだな)
その裏の冷静な観察で、そう断じる達也だった。
佐知子自身よりも、はるかに正確に、彼女の肉体に起こったことを把握している。
つまりは、佐知子の感度の良さと、そのくせ快感への耐性がないことからの
暴発であったのだと見抜いている。
まだ呆然としている佐知子を見れば、あの程度のアクメさえ、
これまで知らずにいたことは明白で。
記念すべき最初の絶頂としては、あまりに呆気なかったと思うが。
(まあ、この先、イヤってほど味あわせてやるわけだからな)
それも、こんな浅く弱いものとは比べものにならないキツいヤツを。
とにかく、これでまたひとつ、達也のゲームは終わりに近づいたわけであり。
それには、チョット惜しいような気持ちもあるが。
佐知子の見せる肉の感受性の強さ、乳責めだけでイッてしまうほどの官能の脆さは、
ゲームが終了したあとへの期待を、いやがおうにも高めてくれる。
この熟れきった感度のいい肉体が、本格的な攻めを受けて、どこまでトチ狂うのやら…と、
淫猥な期待に胸を疼かせながら。
しかし、達也は、今日はここまで、と自制を働かせる。すぐそこまで迫ったゲームの結末を、
思い描いた通りの完全勝利で飾るために。
……達也の手が触れて、いまだ虚脱して横たわっていた佐知子は我にかえった。
これ以上…? と一瞬怯えたが。
達也が、佐知子の鳩尾付近にわだかまったブラを引き上げようとしているのに気づいた。
どうやら、約束通りにこれで終わりにするつもりらしいと理解して。
「…い、いいのよ……自分で…」
慌てて達也を止めて、力の入らない腕をついて、重たい体を起こした。
ズリ落ちたブラと、もろ肌脱ぎになっている白衣に、あらためてそんな放埓な姿を晒していた
自分に気づいて恥じ入りながら、達也に背を向けるようにして、手早く着衣を直していく。
さんざん苛まれた巨大な乳房を掬い上げて、ブラのカップに収める……
そんな所作に、いかにも情事のあとといった生々しさが滲むようで
達也はひそかに笑った。笑いながら、佐知子の背姿に漂う新鮮な色香を楽しむ。
ホックを留めるために両腕を背後にまわした時に浮き上がった肩甲骨の表情も、奇妙に艶かしかった。
気が急くのか、手元がおぼつかないのか、なかなかホックを留められずにいる佐知子に
手を貸してやる。
「……ありがとう……」
「どういたしまして。僕が外したんだしね」
「………………」
小さな呟きに冗談っぽく返しても、佐知子はあちらを向いたままで、俯く角度を深くする。
いつ外されたのかも覚えていない自分を恥じていたのかもしれない。
白衣に両肩を入れて。胸のボタンを留めながら、
「……恥ずかしい…」
ポツリと、佐知子は洩らした。声には涙が滲んでいた。
「どうして? 恥ずかしがるようなことなんか、なにもないじゃない」
心得ていた達也は、佐知子を背後から抱きすくめながら訊いた。
佐知子は抵抗しなかったが、肩越しに覗きこむようにする達也からは顔を背けて、
「……だって……あんな…」
「感じてる佐知子さん、とっても可愛かったよ」
「いやっ…」
「それに。僕だから、あんなに感じてくれたんでしょ? そう言ったよね。
うれしいよ」
「………………」
達也の手が佐知子の顎にかかって、そっと向き直らせた。
佐知子は眼を閉じて、達也の唇を受けいれた。
軽めのキスをかわしながら、達也は、佐知子の状態をうかがう。
腕の中、抱きしめた身体は、まだ高い熱を孕んで。
女の臭いが強く鼻をつく。汗と女蜜が混ざりあった、サカリ雌の臭いが。
(こりゃ、パンツはグッショリだな)
この後の、佐知子の行動が、ハッキリと予測できる。
もう少し気持ちが落ち着いたところで。股座の濡れに気づいて。
気づかれまいと必死に取り繕いながら、なにか口実を作って部屋を出ていくまでが。
(…で、トイレなり更衣室なりに駆けこんで。クッサいマン汁に汚れたパンツを見て愕然ってか)
まったく、眼に浮かぶようだと思った。
(……替えのパンツ、持ってんのかね?)
(続)