……長く濃厚な口吻に溺れこむうちに。
佐知子の体勢は崩れて、もはや仰向けに倒れた状態になっていた。
しかし、佐知子は、そんな変化を気にかける余裕もなく。
その量感に満ちた肢体に圧し掛かかって、執拗に口をねぶってくる達也の肩に
しがみついて。夢中で激しい行為に応えていた。
その眉宇は、うっとりと広がって。
閉じた眼元や、火照った頬を艶かしい桃色に染めて。
吹き広げた鼻孔から、火のような息をついて。
互いの唾に濡れて、ヌメ輝く肉厚の紅唇を、達也のそれへと押しつけ、
自分からも舌を挿しいれて、達也の口腔を味わっている。
(……フン。お手軽だぜ、まったく)
口舌の技巧を緩めることなく、佐知子の昂ぶりを煽り続けながら、
達也は薄く開いた眼で、冷徹に観察していた。
なんだかんだと言いながら、チョイと吸ってやれば、途端に溶け崩れて
発情のさまをあらわにしがみついてくる年上の女を嘲笑う。
また、ドロリと大量の唾を流しこんでやる。佐知子は嬉しげに鼻を鳴らして、嚥下した。
細かな汗をかいた白い喉が波打つ。
汗は、佐知子の鼻頭や額にも滲んでいた。シーツの上に乱れて、ナース・キャップの
ズレた黒髪も、ジットリと汗をはらんで、強い香を放っている。
発情した牝の匂いだと、達也は知っている。
それも、熟れた肉体に、タップリと欲望をためこんだ雌ブタの臭いだ。
熟れきって、渇いて、餓えて。しかし、それを自覚していない。
気づいていないのは、お粗末なセックスしか経験していないからだ。
本当の性の悦びを知らないから、貞淑ヅラが出来る。本人も、そう思いこんでいるが。
この手の“淑女”こそ、見知らぬ快楽を教えられれば、狂う。
爛熟したまま捨て置かれた肉体は、乾いたスポンジか旱魃の大地のようなもので。
一滴の快楽は、あっという間に沁みこんで。そうして、はじめて己の渇きに気づいて。
その後は、いままでそんな世界を知らずに過ごしてしまったことの恨みを晴らそうとするかのごとく、
際限もなく快楽を求め、色情に狂っていく。
……だから、熟れた年増女は、それもお堅いタイプの女ほど、チョロい。
とは、経験から導かれた達也の認識である。
狙ってオトせなかった女も、自分にコマされて従属しなかった女も、過去にはいないから、
達也としては、己の結論を疑う余地もない。
わけても。
もっとも新たな獲物である佐知子は、その典型だと思えた。
いくら、達也の超絶技巧とはいえ、たかがキスだけで、この乱れよう。
それは、達也の思惑以上に靡いてしまった佐知子の心のせいでもあろうが。
なにより、貧弱なセックスしか知らず、快楽に慣れていないことが原因だろう。
なにしろ、最初は舌のからめかたひとつ知らなかったのだ。
度重ねた“レッスン”で、どうにかサマになってきたが。
まったく、死んだ亭主とやらは、いったいなにをしていたのかと、達也は呆れたものだった。
(つくづく、俺と出逢えてよかったなあ、佐知子)
倣岸な述懐は、実はマジメに、そう思っている。
経緯はどうあれ、ヤラれた女は自分に感謝するようになるんだから……と。
これまた、達也の経験上では、ひとつの例外もない事実だから、タチが悪いが。
(……さて、と)
ボチボチ、“レッスン”を次に進めてやろうと考える。
じっくりと佐知子を追いこんでいくのは、最初からの予定通りだが。
どうにも、佐知子の反応がいちいち楽しくて。ついつい時間をかけすぎてしまう。
達也は、佐知子の頬にあてていた手を滑らせて。
隆く盛り上がって、呼吸につれて荒く上下している豊かな胸乳を、そっと掴んだ。
「フッ、アアッ」
佐知子は、ビクッと背を逸らして。達也の口の中に、快感の声を吐いて。
それから、愕然と両眼を見開いて、乳房に被せられた達也の手を掴んだ。
「……だ、ダメよっ、達也くん!」
口吻をふり解いて、引き攣った声を張り上げた。胸から達也の手を引き剥がす。
「少しだけ」
甘えるように達也は言って、払われた手を、すぐに佐知子の胸へと戻していく。
「ダメっ!」
胸を肘で庇いながら、佐知子は身をよじった。
しかし、起き上がろうとした動きは、首にまわった達也の腕に阻まれて、
「や、やめて、達也くん、こんな……んんっ」
怯えた声で制止を叫んだ口は、強引に塞がれてしまう。
捕まった舌を強烈に吸われ、ギュッと乳房を握りしめられた。
「ーーーーッ!?」
口腔と胸乳、ふたつの個所から走る電撃のような刺激に、佐知子は顎を反らして、
くぐもった悲鳴に喉を震わせる。
その叫びさえ吸いとって、達也の口舌は、なおも仮借ない攻撃を続ける。
その一方で、乳房にかかった手のほうは、力を緩めて、柔らかな肉房を
白衣の上から優しく撫でさするような動きに変わった。
「……フ……ム……ンンッ…」
たちまち、佐知子の脳髄は痺れて、眼を開いていることさえ出来なくなる。
苦悶するように眉根を寄せても、鼻から洩れる息はどうしようもない昂ぶりを切なく告げて。
乳房を弄う達也の手にかけた指にも、抵抗の力は伝わらずに。
ただ、こらえきれぬ感覚を訴えるかのように、達也の手の甲に爪をたてるだけ。
(続)