母親が他人に犯される作品 #2.2

このエントリーをはてなブックマークに追加
613241
「確かに、佐知子さんは年上の女性だ。僕からしたら」
親子ほどの年の差を、それだけで片づけて、
「年上の、すごく綺麗で、とても優しい女のひと。
 それが、僕にとっての佐知子さんだ。
 そんなひとに惹かれてしまうことが、そんなにおかしなことかな?」
「………………」
達也の言葉には、少しも迷いがなく。その眼はあまりにも真っ直ぐで。
佐知子を呪縛して、言葉を失わせる。
危険だ、と。佐知子の意識のすみで、理性や常識が叫んでいる。
このまま、達也の言葉に耳を傾けてしまうことは。
「……年上っていっても……限度が、あるわ……」
どうにか、声を絞り出した。
「限度って? 誰が決めるの、そんなこと。
 年の差がいくつまでならよくて、いくつからはダメなのさ」
「そんなの……常識的に……」
「だから、誰が決める常識なのさ? 世間一般とか、社会的にってこと?
 知ったこっちゃないよ、そんなの」
一言で、達也は斬り捨てる
「……乱暴よ……達也くん……」
弱い呟きには、反論というほどの力はなかった。
達也の乱暴な強引な言葉が、とても心地よく胸に響いてしまう。
自分を縛りつけるもの、立場だとか良識だとか、こだわりやしがらみが、
ひたすら純粋な想いによって、引き剥かれていく。
これを……畏れていたのだ、と佐知子は知った。
こうなることが怖くて。しかし、本気で避けようとしていただろうか?
この時に辿りつく前に、逃げようはあったのではないか?
本当は……恐れながら、待っていたのではないか?
614241:03/06/18 17:27
「……佐知子さんが」
達也は続けた。
いまはもう、神の裁きを待つようなか弱い風情で、彼の前に立ち尽くす
佐知子へと向けて。
「僕のことを、子供としてしか見れないというなら。
 佐知子さんにとって、僕が、あくまでも息子の同級生で、担当の患者でしかなくて。
 どうしても、ひとりの男として見ることが出来ないっていうなら。
 それだったら、どうしようもない。僕も、諦めるしかない。
 僕と佐知子さんの年齢差が問題になるのは、その場合だけさ」
落ち着いた声で。また一歩、佐知子を追いこんでいく。
「どうなの? 佐知子さんには、僕は子供でしかないの?
 僕を、男だとは感じてくれないの?」
「………………」
佐知子は答えられない。
達也が、まだ中学生で、息子の裕樹と同い年であるという事実。
達也と共にある時に、それを意識することは、ほとんどなかった。
達也は、佐知子がこれまでに出会ったどんな男よりも、大人で。
度量が大きくて。不可解で。魅力的で。
……逞しい肉体を持っていて。
達也は、まぎれもなく“男”だった。佐知子にとって。
佐知子が、これまで生きてきた中で、最も強く“男”を感じる存在だった。
そんな己の意識を、あらためて確認させられて。
だから、佐知子は、達也の問いに答えることが出来なかった。
615241:03/06/18 17:28
ふいに、達也が動き出した。
杖を突いて、ゆっくりと佐知子へと歩み寄ってくる。
「……あ…」
佐知子の顔に怯えが浮かんで。
しかし、足は竦んで。達也に駆け寄って補助することも、踝を返して
逃げ出すことも出来ないまま。
ただ、夕暮れを背景に近づいてくる達也の姿を見つめていた。
やがて、達也が佐知子の眼前に立ちはだかる。
とても近くに立って、静かな深い眼で、佐知子を見下ろした。
「……僕は」
茫然と見上げる佐知子に、静かな声で語りかける。
「佐知子さんも、少しは、僕のこと、好きになってくれてるかなって。
 思っていたんだけど。自惚れかな?」
「……それ…は……でも……」
視線を逸らすことも出来ないまま。意味のない言葉だけが洩れた。
「だって、佐知子さん、今日も僕のところへ来てくれたじゃない。
 僕の想いを知ったうえで、それでも来てくれた」
「……それ…は……」
ああ、そうなのだ、と。自分の心の謎を解かれてしまって。
諦めにも似た納得の感情が佐知子の胸を満たした。
困惑して、疑って、しかし、自分は達也から離れようとしなかった。
真実、彼を拒みたければ、どうとでも方法はあったはずなのに。
「……で、でもね、達也くん」
残った、最後の理性が、最後の抵抗を試みる。はなから打ち消されることを
期待しているような、儚い抵抗を。
「常識とか体裁とか、そんなつまらないモノに用はないよ」
はたして、達也は一蹴してのける。佐知子の望むとおりに。
616241:03/06/18 17:28
「知りたいのは、佐知子さんの気持ちだよ。本当の、ね」
「……私、は……」
「佐知子さんは、僕のこと、きらい?」
「……きらいじゃ、ないわ……」
断崖。踵が宙に浮いているのを、佐知子は感じる。
「うれしいよ」
達也が微笑む。
「でも、それだけじゃたりないんだ」
達也の手が、佐知子の肩にかかって、そっと引き寄せる。
かたちばかりの抵抗も、佐知子は示さずに。
ただ、潤んだ眼を達也に向けていた。
地を踏んでいるのは、もうつま先だけ。危ういバランスを
保ち続けることなど不可能なのだと、気づかされて。
「ねえ?」
達也が促す。
「……達也くんを……」
泣くような声を絞り出した。
「……達也くんを……子供だなんて、思ったことは……ない、わ……」
今ごろ、達也の先の問いに答えることで、心の真実を告げた。
それが、佐知子には精一杯のことで。
しかし、達也は正確に、その意を受け止めて。
「ありがとう」
本当に嬉しそうに、微笑んだ。
(……ああ……とうとう……)
認めてしまった、と。佐知子は、取り返しのつかないことを、してしまった
という恐れと悔恨を感じて。
しかし、まぎれもない解放の感覚もあって。
開かれた心を急速に満たしていったのは、やはり喜びだった。
新しい恋を得た“女”としての。
617241:03/06/18 17:29
「好きだよ。佐知子さん」
達也の囁きが、佐知子の酔いを強める。
彼は……いつでも、本当に大事そうに、宝物を扱うように、
自分の名前を呼んでくれる……“佐知子さん”と。
「……達也くん…」
自分の声は、どんなふうに聞こえているのだろうか? 彼の耳に。
いま、自分は、どんな顔を彼に向けているのだろうか? おかしくないだろうか。
……急に、居たたまれないような恥ずかしさを感じて、俯く佐知子。
だが、頤に添えられた達也の手が、そっと仰のかせる。
「達也、く…?」
ゆっくりと、達也の顔が近づいてきて、佐知子は呼吸を止めた。
顎にかかった達也の手の力は弱かった。
振り払うことも、迫る達也から顔を背けることも、容易いことだったのに。
しかし、佐知子は、そうしなかった。
佐知子は、ただ呆然として、達也の顔が接近するのを許して。
そして、唇が重なる寸前に、そっと両眼を閉じたのだった……。

残光に照らされる屋上。
ふたつの影は、ひとつになって。長い間、離れようとしなかった

                  (続)