母親が他人に犯される作品 #2.2

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……今日も、佐知子は達也のそばにいる。
朝、出勤してから、午後も夕方に近づいた、この時間まで。
ほとんどの時間を、ふたりきりの病室で過ごしている。
静かに穏やかに、時間は過ぎていた。何事もなかったかのように。
達也も佐知子も、昨日のことは、一言も口にしなかった。
つい昨日、この部屋で起こったこと−達也が佐知子への恋慕を告白したことも、
佐知子が達也の若い欲望を、その手で処理したことも。
けっして話題にされることはなかった。
ベッドに横たわった達也と、その傍らに椅子を引いた佐知子。
達也が他愛もない会話をしかけ、佐知子が言葉すくなに答える。
そんなふうにして、ありあまる時間を消化していく。
昨日までと、なにも変わらぬような光景。まったりと。静かに。平穏に。
しかし。無論、それは表層だけだった。
ふたりが、前日のことを忘却しているわけがなかったから。
達也は、いつものように、あれこれと佐知子に話しかけながら。
時折、フッと言葉を途切れさせて、佐知子を見つめた。
昨日までなら、ここで、臆面もない賛美を口にして、
佐知子を赤面させているところだったが。
今日の達也は、なにも言葉にはせず、ただ、深い感情を湛えた眼で、
佐知子を見つめた。
佐知子の反応も、昨日までとは変わっていた。
なに? と何気ないフリを装って聞き返すこともなく、なにか話題を
持ち出して雰囲気を変えようともせず。
ただ佐知子は、気弱く眼を伏せて。頬に熱を感じながら、
達也の熱い視線に耐えていた。やがて、達也が表情を戻して、
新たな話題を口にするまで……。
592241:03/06/15 18:35
そんな奇妙な無言劇を、(表面的には)穏やかな会話の間に差し挟み、
何度か繰り返して。
その度に、息がつまるような重苦しさを、少しづつ沈殿させながら。
長い午前と長い午後が過ぎていった。
達也も、少しづつ口数が減っていって。ふたりきりの病室には
静寂の時間が増す。
静かさは、張りつめた室内の空気を、いっそう強調するようだった。
それに耐えかねたように、佐知子は何度か立ち上がって、窓を開閉したり、
カーテンを調節したりと、仔細なことに立ち動いたが。
なにか口実をつくって、部屋を出ていくことはしなかった。
落ち着かず、緊張して、なにかに怯えるような色を滲ませながら、
病室に、達也のそばに留まっていた。
……達也は、そんな佐知子をジックリと眺めて。そして、
「……たまには、外の空気が吸いたいな」
そう言ったのは、窓から望む空が赤く染まり始めた頃だった。

                (続)
593241:03/06/15 18:36
どもです。
ようやく、城攻めの開始ですかね。
でも、一気に本丸、とはいかないようです……。
ガンバリます。
手は出さずにいつまでも兵糧攻めキボンヌ
595241:03/06/16 16:23
「ゴメンね。我がまま言って」
達也が言った。
左に松葉杖を突き、右側を佐知子に支えられて、ゆっくりと階段を
上りながら。
「……いいのよ…」
短く、佐知子は答えた。どこか、上の空に。
達也の脇下に肩を入れるようにして、体を支えているのだが。
この体勢では、達也の言葉は、直接耳に吹きこまれるようなかたちになって、
佐知子の鼓動を速め、気をそぞろにさせるのだった。
「優しいね。佐知子さんは」
また、達也の声が、すぐ近くで響く。
佐知子は、意識して視線を下に向け、足元だけを見るようにした。
密着した肩や胸に、達也の体の重みがかかっている。
硬く、しなやかな肉体の感触。熱と匂い。若い男の。
意識するまいと思っても、どだい無理なことだった。この状況では。
逃れようもなく迫ってくる、若く逞しい男の肉体の特徴が、
佐知子を息苦しくさせる。不安な情動を喚起する。
「ひょっとしたら」
慎重にステップを踏みしめながら、達也が言った。
「今日からはもう、佐知子さん、来てくれないんじゃないかって。心配だったんだよね。
 昨日、あんな…」
「達也くん、そのことは、もう…」
この日はじめて昨日のことに言及しかける達也を、佐知子が制止する。
「佐知子さん、まだ怒ってるの?」
覗きこむようにする達也から、佐知子は顔を逸らして、
「そうじゃ、ないけど……私も軽率すぎたと反省しているの。
 だから、昨日のことは、もう忘れてちょうだい」
「僕が、佐知子さんに好きだっていったことも?」
「……そうよ…」
596241:03/06/16 16:23
「それが、佐知子さんの答えなの?」
達也の声が、冷たく無感情なものに変わる。
ハッと、佐知子が顔を上げたところで、階段が終わった。
達也は、表情を隠すように顔を背けて、佐知子から体を離した。
「それが、佐知子さんの気持ちなら……仕方ないよね」
顔を背けたまま、そう言って、鉄扉を押し開けた。
開いた扉の向こう、屋上へと、ひとり踏みこんでいく。
「達也く……」
咄嗟に呼び止めようとして。しかし、なんと言っていいのかわからずに。
佐知子は、無意識に、自分を抱くようにまわした腕で、
達也の重みと温もりを喪った肩のあたりをギュッと掴みしめて。
ようよう足を踏み出して、達也の後を追った。
陽はさらに傾いていた。屋上には、人気はなかった。
達也は器用に杖を操って、フェンス際へと進んだ。
高い金網越しに、夕方の街並みを見下ろす。
その数歩後ろに、佐知子は佇んだ。
「いい眺めだな。気持ちいいや」
ひとりごとみたいに呟いて。その後、達也はしばし沈黙した。
「…………」
佐知子は、やはり掛ける言葉を見つけられずに、不安そうに
達也の背を見るだけだった。
後悔に似た感情が、胸を締めつける。
馬鹿げたことだと思って、しかし、今さっきの自分の言葉を
打ち消してしまいたいという衝動を払うことができず。
「……あ、あの…」
その後に、どんな言葉を続けようとするのか、自分でもわからぬまま
佐知子が小さく震える声を吐き出した時。
ゆっくりと、達也が佐知子へと振り向いた。

               (続)