「どうして、そうなるのさ?」
達也は問い返した。冷ややかな口調と表情を“選択”して。
それは、ここまで佐知子に対しては、けっして見せなかった顔で。
佐知子は、また、ビクリとひるむようすを見せながらも、
「そうとしか考えられないもの。そんな企みでもなければ、私のことなんかを」
対抗するように声を張ったが。
「私の、ことなんかを……」
自分の言葉に、強い悲しみの感情がこみあげてきて、
尻すぼみに言葉を途切れさせてしまう。
しばし、重苦しい沈黙がとざした。
昂ぶりに頬を染めて。佐知子は眼を伏せて立ち竦んでいる。
その場に佇んでいる、その姿こそが、佐知子の本心の表れだと、達也は見抜いた。
達也の告白に惑乱させられ、巧みに誘導されて、破廉恥な行いをしてしまった。
その流れを、“騙された”と(実は正しく)解釈して。達也を詰って。
しかし、達也の傍に留まる佐知子は、つまりは釈明を求めている。
自分の決めつけを否定してもらいたがっているのだ、と正確に見抜いた達也は。
「佐知子さん」
落ち着いた、穏やかな声で呼びかけた。佐知子の望む言葉をくれてやるために。
「僕は、佐知子さんが好きだよ。それは本当の気持ち」
「…………」
佐知子は、さらに俯く角度を深くして、力なくかぶりを横にふった。何度も。
達也は続けた。
「そして、好きだから、佐知子さんに欲望を感じる。抱きしめたい、
キスしたいって思ってしまう。……その先のことだって、ね」
「…………」
「佐知子さんに、あんなことをしてもらって。本当に、気持ちよかった。
もう死んでもいいって思うくらいに。こんなに気持ちよかったのは、はじめて」
「…………」
「それは、佐知子さんだから。はじめて本気で好きになったひとだから」
「…………」
「それで……つい、欲張りになってしまったと思う。もっともっとって。
佐知子さんにイヤな思いをさせてしまったかもしれない。それは、謝るよ」
「…………」
「でも。僕も男だから。佐知子さんを好きだっていう気持ちと、佐知子さんが
欲しいっていう欲望を、わけることはできない。
それは、いけないことなのかな?」
「……おかしい…わ……そんなの……」
消え入るような声で、佐知子が呟いた。
その面は、さらに上気して。双眸は潤んでいる。
「……私、なんかを……」
「信じてもらえないの? 僕の気持ち」
「……信じられない、わ……」
頑なな言葉は、しかし微妙な響きを帯びて。
“信じたい”という、佐知子自身まだ認めていない本音を見え隠れさせていた。
「いいよ。いつかは佐知子さんに信じさせてみせるから」
「もう……その話はやめましょう、達也くん」
懇願するように。いまさらな言葉を口にする佐知子。
(なーにが、やめましょうだよ。散々、歯の浮くようなセリフ言わせといて、
キッチリ最後まで聞いといてよ。満足したか? 俺のキモチを確認できてよ)
毒づきながら眺める達也の前で、怒りの色を消した佐知子は、
急に居たたまれなくなったようすを見せて。
わざとらしく時計を確認して、
「私、詰め所に戻る時間だから。なにかあったら、コールして」
言い訳がましく、そう言い残して。そそくさと部屋を出ていこうとする。
「なるべく早く帰ってきてね」
背にかけた達也の言葉にも答えることなく、逃げるように出ていった。
「……やれやれ」
呆れたように、ひとりごちて。
「化粧を落としたこと、どう言い訳する気かね?」
心配……するわけもなく。部下のナースたちの前でうろたえて、
しどろもどろに言い繕う佐知子の姿を思い浮かべて、笑う。
「そろそろ、楽にしてやっか。充分、楽しんだしな」
ニンマリと口の端を歪めた。
(続)