「……こんな」
低く押し殺した声で、佐知子が言った。
「こんなことを、させるために……あんなことを言ったのね」
「え? なに、どういうこと?」
こんな、あんな、じゃ解らないといったふうに。
しかし、その達也の反応は、いっそう佐知子の怒りを刺激したらしかった。
「こんな、いやらしいことをさせるために、あんな調子のいいことを
言ったのでしょう!? 最初から、それが目的だったんだわ」
声を荒げて、キメつけた。
「ちょっ、落ち着いてよ、佐知子さん。調子のいいことって?」
「……朝、達也くんが言ってたことよ…」
「朝、って、佐知子さんに好きだって言ったこと?」
「……そうよ…」
ボソリと呟いて。佐知子は、あらためて恥辱の感情を掻き立てらたのか、
「い、いきなり、おかしなことを言い出すと思えば、こんな」
声を高くして、口早にまくしたてた。
「……ふうん……」
スッと達也から表情が消えて。
真っ向から見つめる眼が、佐知子をたじろがせた。
「つまり。最初から、その“いやらしいこと”をさせることだけが目的で。
好きだって言ったのも、そのための方便だったって。
そう言いたいの? 佐知子さんは」
「だ、だって…」
そんなふうに問い返されれば、自分が、殊更に悪意的な解釈をしているようにも
思われて。微かに責める色を湛えた達也の視線が、胸に痛かったけれど。
しかし、この時の佐知子は、自分でも理解できない激情に衝き動かされていて。
「だって、そうとしか…それくらいしか、考えようがないじゃないの!」
ヒステリックな叫びを、達也にぶつけてしまうのだった。
(続)