その夜。
寝巻姿で母の寝室の前に立って、裕樹はしばし逡巡した。
就寝の時間になって、母の部屋を訪れる理由など決まっている。
ただ前回の情事から、三日しか経っていないことが、裕樹を躊躇わせるのだ。
相姦の関係がはじまって半年あまり。最近では、母との秘事は、
週一回というペースに落ち着いている。特にはっきりとした
取り決めがあるわけではないが。だからこそ、自然に出来上がった安定を
乱すことには抵抗があった。
だが、裕樹は意を決して、ドアを叩いた。
あえて今夜来たのにも、裕樹なりの理由はあったから。
「……ママ」
佐知子は、いつものようにローブ姿で鏡台に向かって、洗い髪を梳かしていた。
鏡越しに、部屋に入ってきた裕樹を見て、少し驚いた顔でふりかえった。
やはり、今夜の来訪は予期していなかったようだ。
「ママ、いいかな?」
いつもどおりの言葉で、許しを求める裕樹。
「…………いいわよ」
わずかに間を空けて、佐知子は答えて、立ち上がった。
ホッと緊張をといて、裕樹は急いた動きで脱ぎ始めた。
明かりを落として、白く豊満な裸身をベッドに横たえて。
裕樹を胸に抱き寄せながら、
「……どうしたの?」
と、佐知子が訊いたのは、やはり常より短い間隔で求めてきた裕樹が
意外だったからだろう。
さっそく、母の柔らかな肉房に吸いついていた裕樹は、一旦、口を離して。
「……ママ、ちょっと様子が変だったから…」
「変? ママが?」
「うん。なんだか、ボーッとしちゃってて。しょっちゅう考えこんでるし。
ここ、二、三日、そんな感じじゃない?」
「……そうだったかしら?」
「そうだよ。だから僕、疲れてるのかな、とか。なにか悩みがあるのかなって」
「……それで、心配して? 来てくれたの?」
「……う、うん…」
佐知子の声が柔らかさを増して、胸元の裕樹の顔を覗きこむようにする。
裕樹は気恥ずかしそうに眼を伏せた。
「ありがとう……裕樹が優しい子で、ママ、嬉しいわ…」
裕樹を抱いた佐知子の腕に力がこもる。
深い安堵が裕樹を包む。そうすると、今度は拗ねたような言葉が口をつく。
「ホント、最近のママ、調子がおかしいよ。僕が話しかけても聞いてないことが
多いしさ。夕食の時は、お互いにその日あったことを話そうって決めたの、
ママじゃないか。なのにさ」
結局、その愚痴めいた言葉にこそ、本音があらわれている。
つまりは裕樹は、最近の母が、どこか心ここにあらずといった感じで、
自分に意識を向けてくれていないようすなのが、甚だ不満であり不安であったのだ。
「ごめんね」
素直に佐知子は謝った。
実際、裕樹には悪いことをしてしまったという反省がある。
駄々をこねているだけ、とも言える裕樹の言葉も不快ではなかった。
(だって……まだ子供だもの、この子は……彼とは違う……)
だから、甘えるばかりでも仕方ない……。
佐知子は、宥めるように髪を撫でて、“甘えるばかり”の息子を受け入れる。いつものように。
“仕方ない”などと呟いた、自分の心の変化には気づかぬまま。
「いま……仕事で、いろいろ考えなきゃならないことがあって」
「そうなんだ」
曖昧に過ぎる佐知子の説明にも、簡単に納得する裕樹。
職場では重責を担う母であり、大変な仕事なのだとは理解しているから。
「大変なんだね。あまり無理はしないで」
労いにも心配にも嘘はない。心からの言葉だったが。
一方で、“ちゃんと僕を見て”という訴えは果たされていたので、
いま裕樹の意識の半ばは、掴みしめた母の乳房に奪われている。
こんなところも子供だ…と、佐知子は苦笑しながら、
「疲れたママを、慰めてくれる?」
冗談めかして、息子を促した。
「う、うん」
即座にうなずいて、裕樹は豊かな乳房の先端にカブりつく。
「フフ……」
馴染みの、ジンワリとした、もどかしい快感を味わいながら、
佐知子は、息子の華奢な腕を撫でていた手を下腹部へとすべらせた。
すでに、ピンピンに屹立して、佐知子の太腿を小突いていたペニスを握りしめる。
夢中で乳房を吸いたてながら、裕樹が快美にフンフンと鼻を鳴らす。
「……………」
いつもどおりの戯れ…のはずだったが。
裕樹の未熟なペニスに絡む佐知子の指の動きは、いつもの、じゃらし、
くすぐるようなタッチとは違っていた。
握りしめたものの大きさ、かたち、量感を計るような手指の動きになっている。
「……マ、ママッ?」
ギュッと、強く握られて、裕樹が悲鳴のような声を上げて、母の顔を見上げた。
「……………」
佐知子は、わずかに細めるようにした、焦点のボヤけた眼を宙に向けていた。
なにか…記憶を呼び起こしているような表情。
そして、もう一度、すっぽりと掌に収まった小さなペニスを握りしめた。
「マ、ママ、僕、もうっ」
いつにない強い愛撫(?)に、たちまち切羽つまった裕樹が泣くような声を洩らす。
佐知子は、二、三度瞬いて、ハッキリとさせた眼を、悶えている裕樹に向けた。
「もう我慢できない?」
「う、うん」
「そう」
妙に冷静な声で佐知子は言って、身体を起こした。
枕元からコンドームを取り出すと、手早く、裕樹に装着する。
「いいわ、いらっしゃい」
再び仰臥して、ムッチリとした両の太腿を広げて、息子へと身体を開いた。
「ママッ!」
裕樹には、母の微妙な違いも、常より簡略化された手順にも、こだわる余裕はなく。
精一杯に勃起させて、はや先走りにヌラつくオチンチンを握りしめて、
柔らかな肉の上へと乗りかかっていく……。
……やがて、というほどもない、ほんの十数分ほど後。
いつも以上に短く呆気ない情交を終えて。
満足した裕樹は、すでに眠っている。佐知子の腕の中。
その幸福そうな寝顔を、佐知子は眺めている。
それはいつもどうりの、母子の絵図。
「……………」
だが、佐知子の顔には、いつもの慈母の微笑は浮かんでいなかった。
いつものように、我が子の欲望を受け止め、満たしてやれたことへの充足感はある。
あるけれども……それはとても弱く小さいものだった。
代わりに、やるせないような息苦しさがあった。最近の裕樹との情事の後に
決まって感じていたものだが……今夜はこれまでにないほど強かった。
ふと、切なげな溜息が洩れた。裕樹が寝ついてから、すでに何度目かの。
横臥の姿勢で、上掛けを高く盛り上げた腰がモゾモゾと蠢く。
裕樹を抱いていなければ、寝返りを繰り返しているところだ。
それでも、寝つけるとは思えないけれど……。
一向に訪れない眠気に、目を瞑るだけ無駄な気がして。
佐知子は、まんじりともせずに、時計の音と裕樹の寝息を聞いていた。
(続)