「……ん…」
オズオズとした指が秘肉に触れると、佐知子は艶めいた声を洩らして、
くびれ腰をしなわせた。
息子のペニスを握りしめた佐知子の手も、緩やかな動きを再開して、
相互愛撫のかたちとなる。
裕樹は、また母の乳房に吸いついていく。
女の部分を愛撫する手指の動きは、いまだたどたどしくて、
佐知子の性感をくすぐるほどの効果しかない。
そして、逸る幼い欲望は、それさえも長くは続けることが出来なかった。
「マ、ママッ、僕、もう……」
潤んだ眼で、切羽つまった声で裕樹が訴える。
佐知子はうなずいて、枕元の小物入れから、コンドームを取り出すと、
慎重な手つきで、すぐにも爆ぜてしまいそうな裕樹のペニスに被せる。
裕樹が慌しく身を起こして、佐知子の両肢の間に体を入れる。
「……来て、裕樹」
爛熟の肉体を開いて、美母が息子を誘う。
「ママッ」
裕樹が細い腰を進めて、握りしめたものの先端を母の女へと押しつける。
ヌルリ、と。母と子の体がひとつになる。
「アアッ、ママ、ママッ」
「…ああ……裕樹…」
泣くように快美を告げて、裕樹は柔らかな母の胸にしがみつく。
佐知子は、さらに深く迎えいれようとするかのように、ギュッと裕樹の体を
抱きしめる。
佐知子の逞しいほどの太腿が、裕樹の細腰を挟みこんで。
裕樹の青い牡の器官は、完全に佐知子の体内に没している。
だが、肉体を繋げてしまえば、もう母子の情事は終焉に近づいているのだった。
今夜もまた、裕樹はせわしなく腰を数回ふって、
「アッ、アアアッ」
か弱い悲鳴を上げて、呆気なく欲望を遂げてしまう。
「……ン…」
佐知子は、目を閉じて、その刹那の感覚を噛み締める。
そして、グッタリと脱力した裕樹を胸に抱きとめて、
荒い呼吸に波打つ背中を、なだめるように撫でた。
あまりに性急で、他愛ない行為。
しかし、佐知子に不満はない。充分に満足を感じてもいる。
もともと、佐知子にとってはセックスとは、そういうものだった。
裕樹の父親―死別した夫との営みも、似たようなものであったから
(さすがに、これよりは落ち着いたものだったが)。
元来、自分は肉体的な欲求は薄いたちなのだろう、と佐知子は思う。
性の営みにおいても、求めるのは精神的な充足であるのだ。
そして、そんな自分だからこそ。
血を分けた我が子との相姦という行為にも、さほどの抵抗もなく
入りこんでしまったのではないかと。
思い返しても、自分でも不思議なほどに、禁忌を犯すことへの躊躇いがなかった。
きっかけは、偶然に裕樹のオナニーの現場に踏みこんでしまったことだった。
うろたえる息子を宥めすかして、“この子も、そんな年になったのか”という感慨を
胸に沸かせた佐知子は、ごく自然に、幼いなりに欲望を漲らせたペニスを、
手であやしていたのだった。
以来、そんな戯れが習慣となり、手ではなく体で裕樹の欲望を受け止めるように
なるまで、そう時間は要さなかった。
思春期の旺盛な欲求を抱えて苦しむ息子を癒してやること。
それは母親としての務めであり、代償に受け取る喜びも、あくまでも母親としてのものだ。
だから、自分は平静なままに、息子との秘密を持っていられるのだろうと思う。
もし、裕樹との交わりが、肉体的な快楽をもたらすものであったら。
それを続けることに、もっと背徳を感じてしまうのではないだろうか。
だから、これでいい。このままで、いい…。
……と、いささか迂遠な思考は、日頃、佐知子の意識の底に沈殿しているもので。
いまは、事後の余韻の中でボンヤリと思い浮かべただけのこと。
しかし、このままトロトロと夢にたゆたうわけにもいかないのだ。
佐知子は、のしかかった裕樹の軽い体をそっと押しやって、結合を解いた。
ニュルン、と抜け出た裕樹のペニスは、すでに萎縮していて、白い精を溜めたゴムが
外れそうになっている。これだから、いつまでも繋がってはいられないのだ。
起き上がった佐知子は、枕元からティッシュを数枚とって、裕樹の後始末をする。
仰向けに転がった裕樹は、まだ荒い息をつきながら、母のするがままに任せていたが。
佐知子の作業が終わった頃には、もう半ば眠りの中に沈みこんでいた。
「……もう」
呆れたように笑った佐知子だが、今日は疲れたのだろうと理解する。
ただ、縮んでスッポリ皮を被った、裕樹の“オチンチン”を、
チョイチョイと指先で突付いてみた。
「…うーん…」
「……フフ…」
ムズがるような声を洩らして、モジモジと腰をよじる裕樹に、もう一度笑って。
上掛けを引き寄せて、身を横たえる。
「……ママ…?」
一瞬、眠りの中から戻った裕樹が、薄目を開く。
「いいのよ。眠りなさい」
「…うん…おやすみ…」
体をすりよせて、母の温もりに安堵した裕樹が、本当に眠りに落ちるのを見守ってから、
佐知子も目を閉じた。
……だが、すぐには眠りはやってこなかった。
なにか……息苦しさを感じて。佐知子は、何度か深く大きな呼吸を試みる。
最近、裕樹との行為のあとは、いつもこうだった。
その原因について、佐知子は深く考えない。これも情事の余韻だろうと、
簡単に受け止めている。そうとしか、佐知子には考えようもない。
そして、しばしの煩悶の末、日中の勤務の疲れによって、佐知子はようやく眠りにつくのだった。
翌朝。
いつものように登校した裕樹だが、妙に肩に力が入っていたりする。
それは、裕樹なりの決意と覚悟の表れであった。
裕樹の背を押すのは、母から受け取った想いだ。
『今度は、ママも黙っちゃいないんだから』
『相手が誰だろうと、関係ない』
昨夜、母が見せてくれた、真剣な怒り。
……ちょっと、泣きそうになるくらい嬉しかった。
ママだけは、なにがあろうと自分の味方でいてくれるのだ、と。
しかし、だからこそ、母には、これ以上の心配をかけたくはない。
自分自身で、対処していかなくてはならない……。
(……いつまでも、ママに守られてばかりじゃ……
僕もママを守れるようにならなきゃ……)
裕樹にとって、幼い頃から崇拝の対象であり続けた、優しくて綺麗なママ。
性徴期を迎えて、性的な欲望が母に向かったのも
裕樹にとっては、ごく当たり前のなりゆきで。
(そして、ママはそれに応えてくれた……)
昨夜も味わった、母の柔らかな肉体の感触を思い出して、
裕樹は体が熱くなるのを感じた。
相姦の関係が出来てから、裕樹の母への傾倒は深まるばかりだった。
このままの母との生活が続くこと、それだけが裕樹の願いだ。
(……そのためにも、もっと強くならなくちゃな)
彼なりに真剣に、裕樹は誓っていたのである。
そして、そんな裕樹の決意は、さっそく試されることとなった。
「やあやあ、コシノくん」
教室の前で、裕樹を呼びとめた、ふざけた声。
高本だった。目の前に立って、裕樹を見下ろす。
頭ひとつ以上も裕樹よりは大きいから、見下ろすという表現に誇張はない。
長身にみあったガッシリとした肉づき、不精ヒゲを生やしたイカツイ顔だちと、
とにかく中学生には見えない。
高本は、ニヤニヤと笑いながら、裕樹に掌を差し出す。
「……なに?」
「なに、じゃねえよ。昨日、預けたろうが。俺のタバコ」
「……没収されたよ。見てただろ?」
「没収だあ? そりゃあねえや、まだほとんど残ってたのによ」
「……………」
「越野、おまえ預かっておいて、そりゃあ無責任じゃないの?
どうしてくれるのよ」
昨日までの裕樹なら、弁償するといって金を差し出して、
とっとと終わりにしているところだったが。
「…知らないよ」
「……ああ?」
「あ、預けたって、無理やり押しつけただけじゃないか」
目を合わせることは出来なかったが、とにかくも裕樹は、そう言ってのけた。
周囲に居合わせた生徒たちが、息をのむ気配があった。
「なに、越野。それ、なんかのネタ?」
ヘラヘラとした高本の口調に、物騒な成分が混ざる。
「あんまり、面白くねえなあ、それ」
ズイと、身を乗り出してくる高本。
裕樹は、グッと拳を握りしめて、その場に踏みとどまった。
(殴られたって)
だが、その時、
「おいっ、高本」
後ろから掛けられた声に、ひとまず裕樹は救われる。
現れたのは、高本と同じく、宇崎達也の取り巻きの市村という生徒だった。
「あ、市やん、ちょっと聞いてよ。こいつ、越野がさあ」
「んなことは、どうでもいい」
急ぎ足に近づいてきた市村は、高本の言葉を遮って、
「達也が入院したってさ」
「えっ? 宇崎クンが?」
意外な報せに、本当に裕樹のことなど、どうでもよくなる。
「なんで? 昨日は元気だったじゃん?」
「なんか怪我したらしい。今さっき、ケータイに連絡入った」
「マジで?」
「俺、今から様子見にいくけど」
「あ、いくいく、俺も!」
素早く話をまとめて、始業前だということにもお構いなく、
無論、裕樹のことなど完全にうっちゃって、高本と市村は去っていった。
それを、茫然と見送った裕樹。
「越野、やるなあ」
「見直したぜ」
あたりにたむろしていた連中に、そんな声を掛けられて、我にかえった。
「別に……どうってことないよ」
務めてクールに返して、自分の席についた裕樹だったが、
どうにも口元が緩んでしまう。
まあ、結果的に、宇崎達也の負傷・入院というニュースに救われたかたちではあったが。
とにかくも、高本の脅しに屈することなく、自分の意志を通したのだ。
(……よしっ!)
この小さな一歩をスタートにしようと、裕樹は思いを新たにした。
教室内には、宇崎の入院の情報が伝聞式に広がって話題になっていた。
あまり、同情や心配をする雰囲気はなかった。少数の宇崎シンパの女子が大袈裟に騒いで
いるのが、周囲からは浮いていた。
無論、裕樹もクラスの多数派と同じ心情であった。
直接、なにかされたことはないが…というより、まともに会話したこともないが、
宇崎に対して、好意を抱く理由は、ひとつもない。
悪いようだが…これで、しばらく宇崎が休むなら、せいせいするとまで思ってしまう。
(……高本も市村も、慌てちゃってさ)
ボスの一大事に、すわとばかりに馳せ参じていった奴等のことを思い出して、哂う。
この朝、裕樹は、さまざまな理由で愉快だった。
いけすかない同級生を見舞ったアクシデント。
その“他人事”が、裕樹にとっても大きな運命の分れ目であることなど、
この時点では知るよしもなかったから……。
そして、同じ頃。
出勤した佐知子もまた、そうとは知らぬうちに、運命の岐路に近づいていたのだった。
夜勤の看護婦との引継ぎで、
「…特別室に?」
昨夜、担ぎこまれた急患が特別病室に入ったという報告に、佐知子は眉を寄せた。
年若な部下が手渡したカルテに、素早く目を通していく。
一分の隙もなく制服を着こなし、キリリと引き締めた表情でカルテを読む姿には、
熟練のナースとしての貫禄が漂う。ここでの佐知子の肩書きは主任看護婦。
婦長や院長からも全幅の信頼を受けて、現場を取り仕切る立場であった。
……この、理知的な美貌に気品さえ感じさせる女性が、昨夜も
息子との禁断の情事をもっていたなどとは、誰も想像も出来ないだろう。
「……左足の骨折と、右腕の挫傷…?」
習慣的に、まず症状記録を目に入れて、これなら特別病室を使うほどのこともないのでは?
と訝しく思った佐知子だったが。
患者の氏名を確認して、その疑問は氷解した。
「宇崎…達也?」
「そうなんです」
越野主任の驚きの、本当の理由は知らないまま、若い看護婦はしきりにうなずいた。
「もう、昨夜はちょっとした騒ぎで……治療には、院長先生もわざわざ立会われましたし。
それで、看護は越野主任におまかせするようにって、婦長が…」
「そう……了解したわ」
引継ぎを終えた佐知子は、ナース・ルームを出て、特別病室へと向かった。
その名の通りの部屋。若い看護婦たちの間では、“スウィート・ルーム”という
符牒で呼ばれているというのが、その性質を表しているだろう。
この市内最大規模の私立病院の、経営方針を物語ってもいる。
その部分では、いまだに佐知子は抵抗を感じるのだが。高い給与という恩恵に
あずかっているから、文句を言える立場でもない。
エレベーターで五階へ。フロアは静かである。
一般の病室は、二〜四階にあるから、この階には患者や付き添い人の姿はない。
特別病室の最大のウリは、部屋の広さや贅沢な設備より、この隔絶性にあるのかもしれない。
過去に入室していた患者も、社会的な地位のあるものばかりであった。
宇崎達也は、これまでで最年少の患者だろう。
(……宇崎達也か。こういうのも“噂をすれば影”って言うのかしら?)
人気のない廊下を歩みながら、佐知子はにひとりごちた。
息子の裕樹から、その存在を教えられたのが、つい昨晩なのだ。
あまり、良い印象は持てない伝聞であったが。
無論、“それはそれ”だ。看護婦としての務めとは全く関係のないことだと、
わざわざ自分に言い聞かせるまでもなく、佐知子の中で分別はついている。
病室の前に立つ。プレートの氏名を確かめながら、ドアをノック。
はい、と、室内から落ち着いた応え。
「失礼します」
……その邂逅が齎すものを、今は知るはずもなく。
佐知子は、静かにドアを開けて、入室した。