(248から、続く)
……家へと向かうタクシーの中。
裕樹はチラチラと隣に座った母の表情をうかがっていた。
佐知子は、窓の外に視線を固定して、不機嫌な横顔をこちらに向けている。
(……まずいなぁ)
母の本気の怒りを感じとって、裕樹はため息をつくと、自分も車外へと目をやった。
毎日通りなれた通学路の風景が流れ過ぎていく。
学校から越野家へは徒歩で20分ほどの距離だが、今日は佐知子の服装のことがあるので
タクシーを呼んだのだ。
夕方にしては混雑も少なく、車は順調に家へと近づいているのだが。
帰宅してからのことを思うと、裕樹は気が重かった。
相談室での、担任教諭との話し合いは、あの後すぐに終わった。
結局、煙草は“たまたま拾ったもの”であり、裕樹には何もお咎めはなし。
佐知子から追及されたイジメの件については、そのような問題は起こっていない
の一言で退けて、担任教師は勝手に話を収拾してしまったのだ。
無論、佐知子にすれば、まったく納得いかなかったが、
完全に逃げ腰になっている担任教師と、押し黙り続ける息子の態度に、
矛先をおさめるしかなかったのだった。
住宅街の一隅、ありふれた一戸建ての前に車は停まった。
先に降り立った裕樹は、その場で母を待つ。
支払いを済ませた佐知子が車を降りる時、白衣の裾が乱れて、
ムッチリとした太腿が、少しだけ覗いた。
佐知子は裕樹を無視するように、低い門扉を開けて玄関へと向かっていく。
裕樹は、慌てて後を追いながら、
「運転手が、ママのこと、ジロジロ見てたね」
「…………」
「やっぱり、看護婦の格好って、外だと目立つんだね」
なんとか母から反応と言葉を引き出そうと、裕樹なりに懸命だったのだが。
まあ、この場面には、あまり良いフリとは言えなかった。
ガチャリと、差込んだ鍵を乱暴にまわして、佐知子がふりむく。
「誰のせいだと思っているの!?」
「…っ!!」
滅多に聞かせぬ怒声に打たれて、裕樹は息をのんで硬直し。
そして、泣きそうに顔を歪めて、うなだれた。
「………………」
しばし、佐知子はキツく睨みつけていたが。
やがて、フウと深く嘆息して。
「……いいから。入りなさい」
表情と声を和らげて、そう言った。
「…うん」
ホッと、安堵の色を見せる裕樹。
佐知子は、開けた扉を押さえて、裕樹を中へと通しながら、
「……晩御飯の後で、ちゃんと話してもらうわよ。
全部、隠さずにママに聞かせるのよ」
「うん」
素直に、裕樹はうなずいた。