(苛々する、胸元がざわざわする、思考がぐちゃぐちゃになりそうになる)
(―――目の前の男が痛みに身を震わせたのが、
軽口を叩いて強がっているのが分かれば、余計にその気持ちが増していく―――、訳の分からない感情だ。
今まで感じたことのない激情の波が彼女の喉元まで押し寄せていたが、彼女はそれをどうにか喉で止めていた)
…………深いとか、深くないとか、大事だとか、大事じゃないとか
そういう問題ではありません。だれが助けろと頼みましたか、だれがそうしろと言いましたか?
(静かに。だが、やはり声が震えるのをどうにか押しとどめているようなそんな声)
(「何のために」――その言葉の続きがなんとなく想像できて、さらに喉元にある感情が膨らむ。
他人が傷つくことなど、本来そこまで気にすることではなくて、
生きさえしていればそこまでの何かを感じることなんて、
今までなかったはずだった――まあ、特別に思う人間が怪我をした場合を除いてだが――)
よくないもの、がっ……入っているかもしれない、ですから、
きちんと、何か清い水で洗い流してください――かような適当な処置、認めません。
(それでも、必死になって喉で膨らんでいるその感情が口を通って外に出ないように堪える)
(わざとらしいと感じられるそっけない物言いが、さらにじわじわ自分をいらつかせるのが分かった)
………、どう、したいですか?
(水鏡のタオルを剥ぎ取ろうと試みながらも、黒い瞳を犬に向ける)
(そうして尋ねるのだ。――これからさき、貴方はどうするのですか?と、「その犬自身」に)