いえ、その。ど、どうかお忘れください。
(危うく平常心を失いかけて、口調を崩さないよう心を砕く)
(身長や相手言葉遣い、幻術のこともあり丁寧な言葉のままだが)
(精神的な立ち位置からしても、タメ口をきこうとは思えなかった)
(三年生であってくれたら、大人な先輩にからかわれたと言い訳しよう)
小さい丸い、金色の、鈴――大分古く、赤い、紐の。
"私"にとっては、たいせつな……もの。
(大事な部分だけ抜き出して、抑揚や間合いも真似つつ繰り返す)
("私"は今は鏡なのだ。像の主と同じ動きをすればよりなりきれる)
(が、何かにつっかえたかように途中でつるが引けなくなった)
(頭痛を起こさない程度に軽く探ってみるものの、お芋は出てきそうにない)
(何か強いショックでもあったのか。それとも人為的な封がしてあるのか)
(いずれにせよ、探し物に必要ないなら今は時間をかけることではないが)
……おやー、では一緒に行きましょう。
これ以上濡れることはないですからー。
(仕事が終わったとわかるなり鏡は融けて、元の間延びした口調が顔を出す)
(幻術師から自称じぇんとるまんへと戻った少年は、傘と共に女性の後を追いつつ)
(視線が己から切れたことを確認すると、思案顔をして彼女の後頭部を見つめた)
(不必要な記憶を覗くことはなかったが、蓋をされた記憶があるという事実を暴いてしまった)
(申し訳なく思いつつも、心配になってついつい視線を固定したまま考察を始めてしまう)
(あれがトラウマから来る記憶の封印なら、階層が浅くはないか)
(何かのきっかけに思い出して、苦しまないと良いのだけれど)
(逆に人為的なものなら、かなり力のある術者によるものではないか)
(本人の意に反して頭の中を弄られたりしていないと良いが……)
(異能を使ったことは伏せているわけだし、お節介だとわかっているので)
(それ以上踏み込むことはしなかったが心配には変わりなかった)
(雨がしたたってくる前に、彼の傘がついてきてくれる。
心の中にあるもやもや――前から、昔のことが思い出せないのはあったけれど、
それを今みたいに深く意識したことはなかった。でも、べつに、それを思いだせなくたって――)
(昔の自分については、≪当主≫との記憶だけ、あればいい)
(彼の巧みな口上とその異能のおかげで思いだせたとは露知らず、
心の中でそんなことを想いながら、重たい髪をかきあげつつ、ベンチを覗き込む)
(転がっていた、小さい鈴。泥だらけになってしまっているけれど、間違いない)
………あり、ました……っ。
(思わず、似合わずに語尾が跳ねあがってしまった。
それほどまでに大切なはずなのに、どうして、自分は覚えていないのだろう)
(そう思ったが、今は見つかったことへの安堵、そうして――)
ありがとう、ございます。
……貴方の言葉を聞いていたら、すんなり、思い出せて。
凄いの、ですね――こう、なんと申せばよいのでしょう……カウンセラー向き、でしょうか?
(大切そうに鈴を握りしめながら、僅かにその顔に微笑を浮かべる。
この温和な彼がいてくれたからこそ、見つかったのだろうとこの女は思っていた)
ああでも、さっきの口説き上手も含めて、全体的に口が上手い、と称すべきやも。
(だから、そんな言葉を真顔で首をかしげながら吐きだしてみせた。
悪戯っぽい色を瞳に宿したまま……歪んだ感謝表現である)
どーいたしまして、良かったですねん。鈴もきっと喜んでますよ。
泥が詰まってるといけないのでよかったら見ましょうかー?
(以前招いた車椅子の女の子や、先日共闘した銀髪の少女が相手ならば)
(美人の持ち主の手に戻ってとでもさらりと頭につけていたのだろうけれども)
(大人っぽい雰囲気を持つ彼女に言えるような慣れは、このオタクにはなかった)
(要するに、可愛いがれる相手限定の口上である)
い、いえいえいえいえ!? ほんとにそんな、口説く……なん、て。
(それだけにからかわれると、ぜんまい仕掛けの玩具のようにばたばたと手を振った)
(片手が傘で塞がっていなかったら、もっと大きなリアクションをしていたところだろう)
は、ははははは。そそれよりお身体のほーは大丈夫ですか?
いやー正ちゃん……カウンセラーでは風邪は治せませんからー。
(なんとかかんとか、口にすべき話題に持っていって被害拡大を防ごうと画策する)
(次は放り出されているカバンのことや、竹刀袋あたりに話題を振って……)
(夢中になっていて、そろそろ気づいてもよさそうな異形の気配は察知できそうにない)
そうだ! 自己紹介を忘れていましたねー。
同じ高校、みたいですね。二年の御木本正太郎と言います。
(さあさあ荷物を取りにいきましょう、なんて誘いつつもう一度方向転換)
(こういう場合は、とにかく色々振って興味の対象を分散させるに限る)
【すみません、そろそろ疲れが出てくるかもしれないのですが】
【あと数往復で〆または凍結ということでも良いでしょうか?】
【今はまだまだ大丈夫なのですが、念のために】
いえ、もう十全です。
これ以上に紳士な方の手を煩わせますれば、私も流石と心が痛みます。
(ぐっしょりと濡れた制服の胸元に手を当てて、首を振ってみせる。
本気か冗談か分からぬような素振りだったが、
濡れ犬状態なので少し格好はついていないといえば、ついていないかもしれない)
私の方は、大丈夫です。
スカート、ちょっと搾れそうな感じですけれど……家もそう遠くありませぬし
――嬉しい言葉をいただけて、つい、舞いあがってしまっているのやもしれません。
(こてん、と首をかしげてみせてから……「なんて、冗談です」と付け加えた。
まるで玩具のように動く彼の動きが面白くって、どうにもこの女のツボを刺激したらしい)
御木本、正太郎さん、ですね。
(彼の誘導されるままに向かい、鞄と竹刀袋を手に持つ。一応、濡れにくい場所に置いたので被害は少ない)
高等部三年、媛名葵と申します。 以後、お見知りおきを。
(そうして、自分のカバンから折りたたみ傘を取り出すとさして)
……お付き合いいただいたうえに、先ほどまでずっと、傘に入れて頂いて。
流石はじぇんとるまん、です――いいえ、本当に、助かりました、ありがとうございます。
(しっかりと頭を下げて一礼する。
この女にとって、その鈴にも、彼の優しさにもそれだけの――否、それ以上の価値があった)
同じ学校なら、今度お会いしますれば、お礼は必ず。
……考えておいて、くださいませ。
(それに、まるで彼と話していてもう一人の自分と対峙したように思えた、あの感覚。
思いすごしなら構わない――そう、きっとただの、優しいカウンセラー向きな青年だ)
私、帰るのあっち、なのですよ。お帰り、どちらですか?
【っと、ご無理、させませんでしたか?
私の方はすっかりと御木本さんわーるどを堪能させていただきましたので、
貴方に他にやり残しがなければ、私は貴方のレスを見てこれか次かで、にさせていただきたく思います】
【もし、もうお疲れがでてきたようなら、置きでも構いません。
私もどうせ、今週はあまり時間がとれませぬし、あと1,2レスくらいなら明日以降でも十全、ですから】
そうですかー、淑女さんがそう仰るならば。
(二枚目や紳士と自己紹介することのある御木本であるが、あくまでそれは自称)
(他者から認めてもらえば、わかりやすく喜んで調子に乗ってしまうきらいがある)
(ずぶ濡れの相手を長く話しこんで引き止めるのは、できれば避けたいところだ)
っ!? あ、あは、ちょっとでもあったまっていただけたなら幸いです。ええ。
おお一人でも大丈夫ですか? 遠くないようでしたら、送り、ます、けれどもー。
(何より、こうも弄られてはこちらのほうが頬やら耳やら赤くなってしまう)
(不用意に賛辞を送って、相手も自分も照れてしまったことなら何度かあったが)
(こうして、どういう話題を出してもからかわれるというのは最近ずっとなかったことだ)
(この女性の癖らしき、首をかしげてのからかいが始まると全身がくすぐったくなる)
媛名先輩ですかー。こちらこそ、よろしくですよー
(黒髪でその言葉遣いで剣道部なんて、大和撫子な方と知り合えて嬉しいです)
(画面越しならば確実にそう言っていただろう。そしてヒロインの反応を想像するのだ)
(しかし、現実にはこんなカウンター使いもいるのである。御木本は深く心に刻み付けた)
お役に立てて何よりです。
(僕としても、先輩と相合傘なんて嬉しいですよー)
(と普段よく回る口をなんとかかんとか制御する)
(とりあえず、先輩で良かった。これで自分に言い訳できる)
(この人は僕より長く生きているのだ。成熟しているのだ。大人なのだ)
(ちょっと遊ばれても仕方ない……そう思わないと確実に黒歴史に入る)
これくらいならお安い御用ですよー。
でも、先輩とまた会えるなら嬉しいですねん。
……ああ、反対側ですねー。でも、僕の家も少し歩くだけなので。
(再会したいというのは本音だけれども、傾向と対策を練らないとまた笑われそうだ)
(そのことに夢中になるあまり、彼女が夜の世界での戦闘経験も遥かに多いことだとか)
(そんな相手に気づきの機会を与えてしまったことはまるっと気づいていない御木本であった)
【いえー、早めにとレスさせていただきまして。紛らわしかったようならばすみません】
【では、僕はキリが良さそうなのでこのレスで。楽しんでいただけたようなら幸いです】
【何度もお待たせしてしまい、書き出しやら場所についてもすみませんでした】
【楽しいロールと温かいお気遣い、ありがとうございました】
【折角綺麗なので、貴方ので、と……。
ごめんなさいっ、私がその「早め」を見過ごしていて……(顔を覆った)
ですけれど、どちらにしろもう〆かなーと思っていたので、私としては十全に重畳、でした】
【こちらこそ、とっても楽しませていただきました。
場所はお互い様なうえ、貴方の言うほど待つなんて感覚もありませんでしたよ?
少しも気にすることなんて、ですっ。ふふ、すっごく、たのしいばかりでした。
私こそ、ご迷惑を。次の機会までにはもっと精進していようと思いますので、
気がむいたらまた遊んでやってください――それでは、誠に感謝を。おやすみなさい、御木本さん。(一礼)】
【スレッドお借りいたしました。こちらからは、お返ししておきます】
【いえいえ、わかりにくい書き方でした。気をつけないと】
【いやーでも先輩のどじっこ属性は萌え(】
【ああ、本当にいつもお気遣いありがとうございます】
【……しかし本文ではまるっといじられる正ちゃんでした】
【良いのです、美少女にお楽しみいただけたのでしたらー!】
【こちらこそまた機会があれば、ぜひともお相手させてください】
【おやすみなさい、媛名先輩。こちらこそ感謝感謝です】
【それではこちらからもスレッドをお返ししますー】
【島田 六花 ◆Rikka6HNi6さんとのロールにお借りします。】
>>405 はいっ、間違いない、のですっ。
(六花の突然の行動に、少女は一瞬戸惑いを見せていたけれど)
(光の逃げた先を見てすぐにその意図に気付いたのか、頷いてくれた)
絶対に、逃がさないのですっ。
(右手にシャベル、左手には少女の小さな手)
(急速に光を失ってゆく回廊をひたすらに走る)
(滑るように先を行く『それ』は小さく、今にも見失ってしまいそうで)
……は、ふ……だいじょぶ、ですか……?
あっちこっち、引っぱってしまって、申しわけない、の、ですっ……
(ともに走る彼女を気遣うけれど、それでも速度を緩めるわけにはゆかなかった)
『ぐぁおぉぉぉぉぉ……!』
(絶えることなく吠え続けるあの影の様子を伺えば)
……あぁッ!あれも追っかけてくる、のですか……!
(追いかけっこは六花たちと白い光だけではなかった)
なん、で、こう……!
(影の移動速度はさほど速くなさそうとはいえ、何が起きるか分からないのだ)
(――そして、どれだけ走ったのか。『それ』がゆく回廊の先に見えたものは)
……は……か、階、段……?
(傾斜は緩やかながら、終わりの見えない階段だった)
【スレをお借りします】
【では、今日もよろしくお願いします(ぺこり)】
(手を繋ぎ、走る、走る、走る。)
(窮地に立ちながらも、汗ばんできた自分の手のひらが、少し恥ずかしくて)
(もそもそと動かしては、自分もその『なにか』を見ようと、目を凝らしてみるものの)
(その光は、少女の言うとおり、本当に小さくて些細なものなのか、自分にはなかなか見つけられず。)
(大人しく、手を繋いで少女についていくしかなくて)
……っ、は……はぁ…っ
(次第に、息が上がってくる。)
(その瞬間、ほんの少しの違和感に気が付く。)
(触れる手のひらは温かくて柔らかくて、少女そのものだったけれど、その本質から伝わってくるもの。)
(ただ、それに意識を集中させ異能を発動させるほど、余裕も無く。)
(そして、特に興味も無かった。)
(あの男のように、わかりやすくメカニカルな義手ならともかく、本当に僅かな些細な違和感だったから。)
――――っ?
(少女の叫び声で我に返り、振り返る。)
(あの巨大な影が、こちらへ向かって移動し始めていて)
……はぁ…はぁ………
かい、だ……
(弾む息をおさえながら、ゆるやかな上昇線を描く、階段を見上げる。)
…ど、どこまで、続いているんですの……?
その…『なにか』は、これを登っていきましたの?
(問いかけ、再び背後を振り返る。)
……どちらにせよ、登るしかなさそうですわよね。
(ゆっくりとではあるが、確実に追いかけてくる巨大な影を見て、また前方の階段を見上げ)
(少女と繋いだ手を、きゅっと強く握り返す。)
【こちらこそ、よろしくお願いいたします。】
【あと、六花さんの体についてですが…】
【あくまでも、わたしが出来ることは「機械を読み取る」で、霊力は無いですので】
【人間ではないけれど、機械でもない六花さんの体については】
【なんとなく違和感を感じた程度で、本質については何も気が付いてはいませんし】
【改めて、じっくり腰をすえて読み取りなおしても、気が付きません。】
(直に触れあう少女の手は、六花とは比べ物にならないほど暖かかった)
(数日前に、卯月ひのわに触れた時も感じた。これが、本物の『女の子の手』なのだ)
(右手の血はだいぶ乾き、今見れば、きっと「泥だらけ」のはずだ)
(何度だって思い知らされる。思い出してしまっては、苦しい)
……はぁっ、は……
(持久力にはいくらかのアドバンテージがある六花でも、少し息が上がり始める)
(ましてや、彼女はもっと辛いかもしれない)
……あのっ、走るの、辛かったら。
おんぶでも、なんでもしますからっ……とにかく、いっしょに。
(言ってはみたけれど、彼女はきっと断るのだろう)
(そう思うけれど、彼女が六花から何かを読み取ろうと思索しているのを察する余裕は、なかった)
はいっ……それは、間違いない、の、です……たぶん。
(微妙に矛盾した回答を吐きつつ、途方もない階段の見えない果てを見上げる)
見えなく、なっちゃった……
(とうとう、見失ってしまった。けれど、ここまで一本道のうえに、遮蔽物もほとんどない)
(この先にいると考えるのが自然だろう)
……ほんとうに、もう、うんざりなのです。
ぜーったいに、見つけたらこてんぱん、なのですッ。
(六花の手を力を込めた少女にひとつ頷いて、階段へと踏み出した)
(緩やかな階段でも、終わりが見えなければ心理的な負担も大きい)
――っ、また、いた……!
(それでもめげることをしないのは、ともに『それ』を追う少女の存在と)
(挑発するかのように姿を見せる、『それ』自身だった)
【能力については了解しています】
【好きに判断していただいて構いませんので】
お…おんぶっ!?
(ビックリした。)
(―おそらく―同年代であろう少女に、「おんぶします」なんて、言われたのは)
(さすがに小柄とは言え、生まれて初めてのこと。)
あ…いや……いい、いいですわ。
は……走れますもの。
(この愛らしい顔をした少女におんぶされた自分を、ちらりと想像してみては、首を横に振って)
(恥ずかしいなんて一言では、言い表わせない程の恥ずかしさに襲われ)
(先ほど感じた違和感なんてものは、吹き飛んでしまった。)
(些か、げんなりした表情を見せて、階段を見上げ)
そうですわね。
もう、見つけたら、こてんぱんのぐっしゃぐしゃの、ぎったんぎったんにっ!!
(階段へと踏み出す少女に向かって、少し冗談めかして言い放ち、にこっと笑う。)
(先の見えない回廊、階段、追いかけてくる巨大な影。)
(手を取って、先導しようとしている少女を見ていると、心に何か重たいものを抱えているように見えて)
(大丈夫、平気だから。)
(なんていう言葉なんかよりも、自分を始終心配している少女の心を和ませるのには、一番効果的な気がしたから)
え…どれ?どこですの?
(少女の言葉に、きょろきょろと階段の前方を見やると)
(確かに、『なにか』ちかっと小さな光を放ちながら、滑るように移動をしているものが視界に入る。)
見え…ましたわっ
あれ――捕まえればいいのかしら?
銃で狙っても、いいけれど……潰れてしまいそうですわ、小さすぎて。
……で、すよね。あは。
(当然のように返ってきた辞退の言葉に、声だけで笑う)
(彼女どころか、自分より頭ひとつ大きい男性をおぶったこともあるけれど)
(あのときとは状況も違うのだ。それに彼は『変なひと』だったし)
……そ。そう、なのです。ぎったんぎったん、なのですっ。
(この西洋人形のように愛らしい少女のグロスに彩られた唇から、そんな過激な言葉が出ることに)
(わずかに面喰らったけれど、それもまた頼もしく)
(そして、きっと彼女は勇気づけようとしてくれているのだろうと)
(まだ六花に優しくしてくれるひとがいることを思うと、複雑な気持ちになる)
はい、あの、白いの……
捕まえればいいのか、倒せば、いいのか。分かりません、けれど。
(どちらにせよ、わざと六花たちに追わせようとしているあの挙動)
罠が、あるかもしれないのです。
それでも……追っかけるしか、ないのです。
(呟いて、光を見据える)
……って、あんな小さいの、狙えるのですか?
(あんな、掌よりも小さそうな的を狙うことが、彼女には可能なのか)
(ひたすら、感心するしかない)
(1段50センチほどの、やや奥ゆきの広い階段を、六花と少女はひたすらに駆けてゆく)
(少しずつ、距離は縮まっているように感じた)
(ぎったんぎったん、と自分の台詞を、少々ビックリしたような顔で返してくれる。)
(しかし、見れば見るほど、可愛らしい顔をしている。)
(くるくると大きな瞳、柔らかな輪郭。)
(手足もすらりとしていて、背が高いわけでもなく、低いわけでもなく)
(なんというか、全体のバランスが良くて、年頃の可愛らしい女の子そのものの姿に)
(こんな状況に置かれながらも、思わず羨望の眼差しを送ってしまう。)
罠…ね。
(まるで挑発するように、現れては消え。見失ったと焦らせては、また現れ。)
(ちらちらと、白く小さな輝きを見せ付けては、階段を滑っていく。)
確かに、わざとらしいですわよねぇ……
でも、虎穴に入らずんば…なんて、言葉もあるぐらいですもの。
あたって砕けろ、ですわ。
(たったっ、と、リズム良く階段を駆け上がっていく二人の足音。)
(幅広の段のせいか、少々階段としては登り辛いけれど)
(緩やかな傾斜のおかげで、普通の階段よりかは幾分楽で)
ん…?狙えますわよ。
この大型銃だと、ちょっと難しいかも、ですけれど
もう一丁の方なら、まずまず狙える範囲内、ですわ。
まぁ…慣れ、ですわね。
(前方に小さな光。後方に闇色の影。)
(輝く硝子の、長い長い―――)
(うんざりするほどの、永遠とも思えてくる、追いかけっこも、一緒に走る人がいるのならば、まぁまぁ悪くない。)
(なんて足がふらつき始めた自身への慰めを考えながら、ひたすら右足左足と、順序良く進めていく。)
……っ、あ
(一瞬、集中力が途切れた。)
(足が縺れて、かくん、と階段を踏み外す。)
(このままでは、少女を巻き込んでしまうと、繋いだ手の力を緩める。)
はい、どう考えても、なにかある感じ、なのです。
(今も、壁面を垂直に上って、くるりと回って見せた)
(ただ逃げるだけなら、逃げればいい)
(そもそも。こんなところに、六花たちを閉じ込める必要などないのだ)
当たって……ん、砕けるのは、あっちなのです。
(ナチュラルに、攻撃的な発言を返した)
そ、そう、なのですか……
(銃というのは、物語の世界だって扱いに難しいものとされている)
(実際に触ったことはないが、腕力で抑え込めば反動というものはどうにかなるかもしれないけれど)
(慣れ、とはいってもあんな小さいものを狙えるなんて、到底思えなかった)
(彼女は、すでに3種もの銃を使い分けていた)
(それだけ、撃ち「慣れ」ているのだろう)
(縮まれど追いつけない、彼我の距離に苛立ちを覚えてきた頃)
…………っ。
(くんっ、と腕が軽く後方へ引っぱられた)
(そして、それは一瞬。反応できたときには、六花の左手から彼女の掌の感触は失われていた)
――――――ッ!!
(全身の血の気が引いた)
(振り向くと、少女の身体が後方へと傾いている)
(フリルも華やかなワンピースの裾が、ふわりと揺れた)
あ……!
(喉から、引き攣ったような声が漏れる)
(彼女が。彼女を。助けなければ。)
(その思考が形になるより早く、六花の手は彼女へと伸ばされて)
だめ……!
(掴もうとする、指先が触れた)
……っぷ。
(思わず、吹きだしてしまう。)
(当たって砕けるのは、あっち、なんて。そんな攻撃的な台詞を、可愛らしくさらりと言ってのける様子を見て)
…あなたって、面白いですわよね。
あぁ…もちろん、褒めていますのよ?
(いいかげん麻痺していたけれど、それでも走り詰めの足には疲労が溜まっていた。)
(そして、単調な景色の階段を、ただひたすら登り続ける。)
(油断は命取りだけれど、集中力が途切れても、仕方の無い状況だった。)
………っ
(少女の驚いた顔が振り返る。)
(伸ばされた、しなやかな腕。)
(一瞬だけ、恐怖に歪んだ顔を見せたが、すぐに安心させるように、微笑に変えて)
(指先が触れたが、それを、トン、と弾き返す。)
(手放された銃が硝子の床に落ちて、その美しく滑らかな面を罅割れさせ)
(両腕で頭を庇い、そのまま4、5段ほど転げ落ちて)
った……ぁ
(緩やかな傾斜のおかげで、転んだダメージは殆ど無く)
(起き上がり見上げれば、その目の前には巨大な影が立ちはだかっていた。)
(息を飲み、それでもホルスターからP7を取り出して)
(すぐさま、少女の方を振り向いて、叫びをあげる。)
―――大丈夫、気にしないで!
あなたは、あれを追いかけて。
わたしも、すぐに―――!
(ゆらりと、些か緩慢な動きで、振り上げられる闇色の両腕。)
(先ほどまでの影達とは比べ物にならない大きさ、どこまで効くかは解からなかったが)
(立ち上がり、狙いを定めて、引き金を引く。)
(――触れた、はずだったのだ。だから、頬笑みを見せたのだと、思った)
(――――なのに)
……あ……ッ。
(先に聞こえたのは、鋼の塊が鏡を砕く、無機質な音)
(続けて、とさりと。ヒトが落ちたにしてはあまりに軽い衝突音が、聞こえた)
(そのまま、彼女はごろごろと階段を数段転げ落ちた)
(声にならなかった)
(少女はすぐに上半身を起こしたけれど、それそころではなかった)
(あの影が、すぐそこに、迫って――)
やっ……!
(慌てて駆け寄ろうとするが、少女はそれを制するように声を上げた)
(「あれを追いかけて」。自分を置いて、六花に先に行けと、そう言った)
でも、でも……
(また、誰かを置いて、逃げろと言うのか)
(その相手は、六花の守るべきヒトだというのに)
(少女が構えるのは、掌に収まりそうな小型の拳銃)
(彼女は、凛と顔を上げているのに、自分は。)
――――――――!
絶対、追いついて!!
(それだけ叫んで、彼女に背を向けた)
『おぉぉおぉぉぉぉ…………』
(ぱぁん、と銃声が谺した)
(腕を撃ち抜かれても、振り下ろされる速度がわずかに緩むだけ)
(さらにその後ろから、崩壊が迫る――)
(こちらを見下ろす少女の顔が、悲痛な眼差しで見つめてきて)
(もごもごと、何かを呟きながら、戸惑いの表情を浮かべていたが)
(それでも、自分を信用してくれたのか、絶対追いついて、と強く言い残して、背中を見せて走り出す。)
(ただ、それを悠長に見送っている暇は無い。)
(巨大な影の右腕(そもそも腕なのだろうか?)に、弾丸を撃ち込む。)
(その強大な腕は変わらずに振り下ろされるが、わずかに出来た揺らぎの隙間と緩んだ速度を見逃さず)
(咄嗟に体を左側の壁に押し付けて)
(靡くリボンが、闇を掠める。)
(艶めく赤いリボンが闇色の腕に引っかかり、引きちぎれ)
(結われていた金色の髪が、はらりと背中に落ちる。)
(そしてそのまま、その両腕が硝子の地面へとリボン諸共叩きつけられて)
(もう…お気に入りのリボンだったのに。なんて、少し考えながら)
(身を翻して、階段を駆け上り始める。)
(すぐ真後ろには、暗闇の姿が、再び腕を振り上げる仕草を見せながら、追いかけてくる。)
(15メートルばかり離されただろうか、少女の懸命に走る背中が見える。)
(自分が追いつくことを信じて、走り続けるその姿に、応えなければならないと)
(そのためには、まずはこの影に捕まるわけにはいかない。)
(思いっきりダッシュして、変わらず緩やかな動きの影を少し引き離し)
(走りながら、ウエストに縫い付けられた白いクマのぬいぐるみを引き毟る。)
(これだけ離れれば、あの少女は射程外だろう。自分は…なんとか、なるに違いない。)
(ピンを引き抜き、影の僅か後方に投げつける。)
(同時に大きく息を吸い込み止めて、跳躍し、壁に体を張り付け、地面へ伏せる。)
(巨大な炸裂音と共に、大量の硝子の破片が降り注くなか)
(髪がほどけていて、丁度良かったかも…なんて、ポニーテールのむき出しのうなじを思っていた。)
【でかぶつ影が、これで消えるか、しばし遅れてふたたび追いかけてくるか】
【はたまた、違う手を打ってくるか、は】
【六花さんにお任せいたいます。】
(『あなたが■■な■■■に■■られる■■、■■■■■■■■、■■■■■■、何も■■したら■■』)
(走りながらふと、ノイズのように意識に浮かび上がった、言葉の断片)
(これは、なんだろう)
(――――『あのとき』の、記憶――――?)
(それはまた、ノイズのように一瞬で消えてしまった)
(それに、今考えるべきものではない)
……はぁっ、くっ……!
(どこまでも続く、同じ景色。しかし六花の目が捉えるのは、あの光だけ)
『キキキキキキキッ!』
(金属が軋むような音が聞こえた。これが、あの光の鳴き声か)
(まるで六花を嘲笑うかのようで、ひどく不快だった)
(しかし、これはその声が届くほどに、近づけた証)
(彼女とはどれくらい離れてしまっているのだろう。不安になるも、振り返るのが怖い)
(それで光をまた見失うのも、振り返った先に彼女がいないかもしれないのも)
(その時だった)
…………ッ!?
(ごぅん、と轟音が響く。同時に、爆風と破砕音もわずかに届く)
(何が、爆発したのか。彼女の得物か、あるいは――)
(吹き飛ばされた影は、全身を千々に引き裂かれた)
『……ぐぉ……ぉ……』
(弱弱しくも唸りを上げて、ちぎれた身体を再構成しようとするも)
『…………ぉ……』
(自らが起こした崩壊によって、濁った色の硝子の破片とともに、闇に飲まれた)
【おっきいの、制圧完了、なのです】
【横スクロールから逃げ切ってください…?】
(硝子の雨が落ち着くのを待って、むくりと体を起こす。)
……っつ。
(幸いにも、手榴弾の破片には当たらずに、大きな怪我は無かった。)
(しかし、頭を庇っていた手の甲には、爆風で飛ばされた、いくつかの硝子の破片が刺さっていて)
(とりあえず、両手を軽く振って、細かい破片を飛ばしながら、あまり触れないようにして)
(振り返り、影を姿を確認する。)
(あたり一面には、散らばった硝子の破片に、まるで海岸にたどり着いたタールのように)
(黒い影の残骸のようなものが、僅かにこびりついていて)
(その殆どが、崩壊している濁った硝子の闇に飲み込まれていた。)
(初めて見るタイプのものだけに、完全に安心は出来ないものの、ひとまずは安堵の溜息。)
(そして、まだまだ予断の許さない、崩落の危機に、ふるっと体を小さく震わせて)
(フリルやレースの隙間から、ふわりと肩にかかる髪の間から、パラパラと硝子の輝きを零しながら)
(幾つもの硝子の破片が刺さった傷からは、血がにじみ始めても)
(P7のグリップを、ぐっと握り締めて、再び階段を駆け上り始める。)
(崩落に巻き込まれないために、でもあるけれど)
(今は何よりも、悲痛な表情で背中を見せて駆け出した、あの少女に、笑顔を届けたくて)
(爆発の後、あの影の咆哮が聞こえなくなった)
(彼女が、アレを倒したのだろうか)
(しかし、崩落の音は未だ止まず。やはりあの光をどうにかせねばならないのだと拳を握り締める)
はあ、は……ッ……
(呼吸もだいぶ辛くなってきた。もう、どれだけ走ったかも分からない)
(それでも、あともう少し。もう少しで、届くのだ)
『キキッ!』『シシシシッ』
(相変わらず挑発するような声で鳴き続ける光の主)
(蚤か何かのように、階段を跳ね回る)
このッ……!
(絶対に、捕まえてやる)
(捕まえて、『こてんぱんのぐっしゃぐしゃの、ぎったんぎったんに』してやるのだ)
(シャベルを振りかざし、前方の地面に叩きつける)
(ぐしゃりと鏡が割れ、砕けて飛び散った破片が六花の怒りの表情を様々な角度から映す)
(――こんなひどい顔、誰にも見せられない)
(しかし構わず、砕けた地面を飛び越える)
『キキキキキャキャキャッ!』
(ひときわ甲高い声が、ひどく近くから聞こえた)
――――――え?
(そこに、足がつくはずだった)
(しかし、そこには何も“なかった”)
(階段の、その段だけがすっぽりと抜け落ちたかのように“なく”)
(――あぁ、これが罠か)
(そう気付いたときには、もう遅かった)
(――――だが)
くッ……!
(身体が完全に落ち込む前に、シャベルを振り上げて)
(寸でのところで鏡の床に先端を突き立てた)
はぁっ…はぁっ……
(苦しげに短い呼吸をしながら、小さな背中をまっすぐ視界に捕らえ、走り続ける。)
(体育の授業だって、こんなに長距離を走った事は無い。)
(こんなダッシュでこの長距離。もしかして、もうそろそろ街の外へ出てしまったのでは、なんて思いながら)
(小さな背中との距離が、じわじわと縮まりつつある。)
(何を言っているのかは、まだ遠くて全く解からなかったが)
(なにやら声を発しながら、しゃべるを振り上げ、地面に打ち付けていた。)
はぁ…っ……っく、けほ…っ
(喉の奥で呼吸が引っかかって、咽る。)
(涙が滲み、目を擦ろうとして、自分の手が硝子まみれなのに、気が付いて)
(ぎゅっと目を閉じて涙を振り切って、そしてまた瞳を開くと)
(なにか、甲高い耳障りな音が聞こえた。)
――――?
(ずっと追い続けていた、小さな背中が、視界からストンと消えた。)
そんな…ばかな……っ!?
(あと、もう数メートルだったのに。)
(あとちょっとで、あの娘を安心させてあげられたのに)
(心臓が破裂しそうになるのもかまわずに、その背中が見えていた場所まで急ぐ)
(前方に、あの小さな光が見える。)
(小馬鹿にしたような動きで、くるくると回っている。)
……っく、馬鹿にして……なんなの、もう……っ
(苛立ちに任せて、その姿を銃で狙おうとしたとき、足元に気が付く)
(ぽっかりと空いた暗闇。)
―――、……あなた…っ
(名前を呼ぼうとして、初めて、お互いに名前を知らないことに気が付いた。)
(目の前の光を、見失うかもしれないけれど、そしたら、また二人で追いかけて探せばいいだけのこと)
(床にしゃがみこみ、シャベルが抜け落ちないように膝でおさえて暗闇に手を差し伸べる。)
……追いつきました、わよ?
(まずは、にっこりと、少女に届けたかった笑顔を見せて)
(迂闊にも、程があった)
(こうして挑発して、疲弊させて。何かの罠だとも、気付いていたはずなのに)
(こんな、子供だましもいいところの古典的なトラップに、引っかかるなんて)
ぐっ……!
(片手懸垂にしても、ただの鉄棒なら造作もないことだが、今にも傾きそうなシャベルでは具合が悪すぎる)
『キキキ、キキッ!』
(上からは楽しげな声が、耳触りに響く)
(下は――見てはいけない。底なし沼でも、そこに『何か』があったとしても)
(どうせ六花にとってはろくなものではないのだ)
(シャベルの柄を固く握り締めた手に力を込めると、ぐらりと傾きかける)
あ…………!
(唯一の支えであるこれが抜け落ちたら、一巻の終わりだ)
(恐怖に目を見開いた、その時)
(シャベルの傾きは、ほんのわずかなところで止まった)
(そして、鈴を鳴らすような、声)
……あ……
(笑顔の少女が、そこにいた)
(髪や服は乱れ、酒やわずかながら出血もあるようだ)
(赤いリボンでひとつに結わえられていた髪は、いつの間にか下ろされていて)
(肩のあたりをさらりと流れ落ちた)
……よ、かっ……
(自分が助かったことより先に、彼女が無事だったことに)
(そして、彼女の笑顔が見られたことに安堵する)
ふ……んッ。
(差しのべられた彼女の手を取って、どうにか身体を引き上げ)
……は、ふ……ありがとう、ございます。
(這い上がって、彼女へのお礼と、ひとつ息を吐いて――)
アレ。今ここで。仕留めるのです。
(散らばる硝子片を魔力で浮き上がらせると、『それ』へ向けて一斉に放った)
(見開いた瞳が、ゆるりと溶けるように安堵の色に染まる。)
(追いついてよかった、間に合ってよかったと。)
(自身の無事よりも、この健気な少女を安心させてやれたこと)
(そして、少女の落下に間に合ったこと)
(きゅっと握り締めると、柔らかな指先が握り返してくること)
(何もかもが嬉しくて)
(少女を引き上げるのに、力を入れた指先に引っ張られ、手の甲の傷が引き攣れても)
(不思議と、痛みは感じなかった。)
いいえ、どういたしまして。
(暗闇の隙間から帰還した少女が吐いたのは、自分へのお礼と、小さな息を一つ)
(そして、あれを仕留める、と。強い意志で言い放った少女に、こくんと頷いて)
(周りに飛び散った硝子の破片たちが、きらきらと光を反射させる。)
(何事かと、見渡すと、それはあっというまに浮き上がって)
―――っ
(新手の出現かと、一瞬たじろいで)
(少女の様子を見て、それが、少女の能力の一つであることに気がつき)
(ほぅ…と、小さく感嘆の吐息を漏らす。)
(目の前の、愛らしい少女からは想像も出来ないような力強さで)
(硝子の破片たちは、その一点へ集中して)
(もし何かがあれば、すぐに援護できるように、と)
(グリップを握り締め、P7の銃口を、硝子の行く末に向けた。)
あ……
(六花を引き上げてくれた彼女の手に、傷があるのに気付く)
(ヒトの傷はふつうすぐには治らないし、治っても傷が残るかもしれないのだ)
(こんな、綺麗な手に。六花は唇をかむ)
(いっぱい走って疲れた。怖い思いもたくさんした)
(忘れたくはないけれど思い出したくない記憶まで、引きずり出された)
(彼女に、怪我をさせた)
(ふらりと立ち上がる。大股で、落とし穴を超える)
(シャベルで鏡面を叩き割ると、その破片全てを『それ』へと飛ばす)
――――ぎったぎた。
(六花にしては、ドスの利いた声で――つまるところ、六花はキレていた)
(すばしこく光は跳ねまわる。けれど、何か仕掛けてくるわけではない)
(あの影も出してこないのは、もう時間切れなのか、魔力切れなのか)
もう、なにも、できないの。
(六花はすぅ、と目を細めて呟く)
――――壊れろ。
(一層弾の密度を上げて、打ち込む)
『キィィッ!!』
(そのひとつが、とうとう光を撃ち抜いた)
(がっつり、といった感じで、大股で硝子の隙間の闇を越えていく少女。)
(手に持ったシャベルを、乱暴に地面に叩きつけ、がしゃん、と硝子の割れる音をさせて)
………ひっ
(不覚にも、少し怯んでしまった。)
(サイトに捕らえていたはずの、小さな光から目を放して)
(通常なら、それは絶対にしてはならない油断なのに)
(それでも、愛らしい少女から発せられた、ドスの効いた声は、思わずその少女を見つめてしまうに充分すぎて)
そ…そうね、ぎったぎた………
(ひょっとして、この純粋そうな少女に、自分が悪い言葉を教えてしまったのではと)
(少しだけ、ほんの少しだけ――あのちかちかと光る小さな光よりかは、少し大きめに後悔した。)
(激しく射ち込まれる硝子の破片たちの威力は、凄まじいもので)
(それでも、あの光も負けておらずに、素早い動きでそれらをかわしていく)
(銃を持った右腕を掲げて、ブレないように肘を左手で支える。)
(ゆらゆらと揺れる光を、再びサイトに捕らえて)
(一撃を、与えようとした瞬間)
(少女の冷たい呟きが聞こえて)
(沢山の光の粒が、小さな光に襲い掛かり、その眩しさと動きの素晴しさに、目を見張った。)
すご……っ
(なんだろう、念動力の類だろうか。)
(素晴しいと思った)
(刹那――小さな、あの耳障りな音が、悲鳴を上げる。)
や…やった、…の?
(一応は、まだ警戒態勢で、銃を構えサイトを覗き込んだまま、少女に問いかける。)
(ぱたぱた、と紫がかった血飛沫が鏡の床を汚す)
…………つーかまーえた。
(どこか底冷えのするような声で、六花は床にへばりついた『それ』を拾い上げた)
(硝子片を埋め込んで腹から血を流し、ぴくぴくと痙攣しているのは)
(小さな鏡の断片をアルマジロのように背に纏った、小さなネズミのような異形だった)
……せめて、うさぎさんだったら、良かったですのに。
(それで、彼女がアリスで、六花が――こんな、ジャージ姿の人形に相応しい役はないか)
はい、たぶん、やったのです。まだ、生きてます、けれど――
(異形を持ったまま、振り返って――彼女の構えた銃口が、六花のほう――)
(――正確には、六花の持った異形に向けられているのに、過剰に反応してしまった)
――ひっ。
(思わず、手を離してしまう。そして、べちゃりと1メートルほどの高さから墜落させられた異形は)
(とうとうぴくりとも動かなくなった)
(――ぴしり)
(ぴしりぴしり。ぱき)
…………?
(回廊のあちこちから、ガラスが罅割れる音が響き始める)
(最初は小さな罅割れだったのが、広がり、繋がり)
(やがて、まだ光を残していた鏡すべてが蜘蛛の巣のような亀裂に覆われて)
あっ……!
(ぱぁん、と、すべてが弾けた)
(銃身の向こうで、床に手を伸ばし、何か小さなものを拾い上げる少女の姿が見えた。)
(握りこんだ白い指の間からは、異形の血だろうか)
(たらたらと、怪しげな色合いの体液が流れ落ちて)
(なんとなく、ぞくりと背筋を凍らせてしまい、銃口を下ろすことをすっかりと失念して)
(振り向いた少女が、小さく悲鳴をあげる。)
(その驚きの原因が、自分が向ける銃であると気がつき、慌ててその手を降ろすものの)
(もう手遅れで、少女は怯えているのか、先程よりも顔色が少し青ざめて見え)
(若干過剰な気もしなくも無かったが、そもそも一般人からすると、銃が同じ空間にあるだけでも、異常事態で)
(少女の過剰な反応も、致し方ないと思い、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。)
(少女の手から、キラキラと光る背の小さな異形が零れ落ち、べちゃっと床で音を立てる。)
―――っ?
(その直後、硝子の割れる乾いた音が、壁面から地面から頭上から)
(あらゆる方向から、響き始めて)
(沢山の亀裂、二人の立ちすくむ姿が、幾重にも映って)
……っきゃ
(小さく悲鳴をあげて、身を竦ませる。)
(それでも「しまった、わたしのデザートイーグル、どこへ行ってしまったのだろう」)
(なんて、余裕なことを思いながら。)
(放り出されたのは、真っ暗な空間)
(あるのは、六花と彼女と、無数の鏡の欠片)
(もう、鏡はほとんど濁ってしまったものと思っていたけれど)
(六花たちの周りをくるくると回りながら落ちてゆくそれらは、無色透明な光を放っていた)
――――きれい。
(手を伸ばすと、指先に触れたやや大きめの破片が六花の姿を映す)
(そこには怒りの色の消えた、いつもの薄ぼんやりとした表情があった)
んっ…………
(そして、少女のほうへと手を差し伸べる)
(それは右手で、彼女がハンカチを巻いてくれた手だった)
(もう少しで届くかというところで――ぐんっ、と下方向に重力がかかった)
――――痛ッ。
(落ちた。したたかに、腰を打ちつけた)
い、たぁ……あ、れ?
(頭を振って顔を上げると、そこは最初の路地裏だった)
も、どれた……?
(ぽかん、とした顔で、とりあえず愛用の得物の所在を確かめる)
(不思議な空間だった。)
(真っ暗闇なのに、たくさんの鏡の破片が、どこの光を反射しているのか、きらきら光って)
(その向こうには、あの愛らしい顔をした少女が、自分と同じように、きらきらと輝く様子を見つめながら、ふわふわ浮いている。)
(自分達が落ちているのか上昇しているのか、わからないまま)
(少女と同じように、鏡の破片を見つめつつ、ぼんやりと過ごして)
(少女が、ハンカチの巻かれた手をこちらに伸ばしてきた。)
(それに応えて手を伸ばし、ふと気が付く。)
((破片を受けて傷ついた手は、依然血が滲んだままだったけれど)
(刺さったままの硝子の細かな破片が、すぅ…と、溶けるように消えていく。)
…あ、あなたの……な……
(名前は…と、問いかけようとして、手が触れ合う直前――)
(がくん、と、全身に衝撃が走る。)
――――っ!!
(まるで、遊園地の落下遊具に乗ったときのように、体に急降下の重力がかかる。)
(みるみるうちに、小さくなっていく少女の姿。)
名前――は――っ!?
(懸命に声を張り上げるが、その姿は、遠く小さく)
(どすん、と、どこかに落ちた。)
…い……ったぁいっ
もう、どうして今日は、こんなによく、落ちる日なんじゃーっ
(不平不満をたらたら垂れ流しながら、周りをきょろきょろと確認する。)
(そこはどうやら、もとの路地裏の様子で)
(手に持っていたP7はそのままだったので、慌ててホルスターに仕舞いこみ)
(崩落の闇に飲まれてしまった、デザートイーグルはどこにもその姿が見えず)
(やっぱり、あの崩落から逃げて正解だったな。と考えながら、少女の姿を探す。)
【そろそろ〆、かな。】
【落ちた場所は、お互いスタート地点で。】
【そこが同じ場所でも、違う場所でも、どちらでも六花さんの面白いと思ったほうで】
(少女の手は、傷を受けて血に汚れていた)
(そして、顔を見ると――何か、喋っているようだった。けれど)
――ん、聞こえない、のです……
(声が聞こえないほど、離れてはいないはずだ。現に、こうして触れ合えるほど、近いのに)
(そして、再度放り出された路地裏に、少女の姿はなかった)
あれ、あれ……?
(きょろきょろと見回しても、立ち上がって周囲を歩いてみても、あの金色の髪を見つけることはできなかった)
(まさか、彼女だけ戻れなかった、ということはあるまい)
(もともと離れた場所から来て、六花同様にスタート地点に戻されたのだろう)
――名前、聞けなかった、な。
(そう。名前を聞きたかったのだ)
(もう、ヒトには関わりたくないと。二度と関われないと――その資格はないと)
(そう思い込んで、この半年を過ごしてきた)
(けれど、ヒトに尽くすゴーレムたる六花は、どうしたってヒトに関わらずにはいられないのだ)
……きっとまた、会えるよね。
(ひとつ頷くと、少し晴れやかな気分になって、六花はその場を後にしたのだった)
【お待たせいたしました】
【こちらはこれで〆、です】
【了解です。】
【わたしのほうは大丈夫ですので、ゆっくりと〆を書いておきます。】
【もしよろしければ、時間も時間ですので、もうお休みなってくださいね。】
【最後の確認は、また今夜にでもしていただければ。】
【せっかくのお休みが急なことで潰れてしまった上に、こんな時間までお付き合いいただいてしまって】
【申し訳ございませんと同時に、すごく楽しくて、ありがとうございます、なのですわ。】
【あぅ、ありがとうございます…】
【手際も悪く、ずるずるひっぱってしまったのに最後までお付き合いいただけて】
【とても、うれしかったのです】
【次の機会には、ちゃんとお名前が聞きたいです】
【では、お先に休ませていただきます】
【数日に渡って遊んでくださり、ありがとうございました(ぺこり)】
【おやすみなさいませ、良い夢を(もう一度、ぺこり)】
……居ない…
(あの少女は、いったいなんだったんだろう。)
(まさか、あの少女も含めての、あの現象だったのだろうか。)
(もしも、少女込みの現象であれば、なんと気の利いた異形なのだろうか、なんて思って)
(いや、そんな筈は無い、と。首をぷるぷると横に振ると、長い髪の毛がふわふわと揺れる。)
(失ったものは、お気に入りの赤いリボンと、初めて持ち出してみたデザートイーグル、手榴弾1個に弾丸数発。)
(得たものは、握った手の、少しだけひんやりとした柔らかさ)
(笑顔、困った顔、怒った顔。自分の事を、信じてくれた暖かさ)
(すべてきっと、現実のもの。)
……名前、知りたかったな。
(立ち上がり、ぽふぽふとスカートの埃を払い落とす。)
(くるりと回ってみて、全身を確認。)
(手の傷は残っているけれど、あんなに沢山あった硝子は、もう一片も無く)
う…ん……
(とか声を漏らしつつ、解けた髪を撫でつけて、くるくると指先に絡め取って)
きっと、同じ空の下に―――
(バイオリンケースを、ぱんぱんと軽く叩いて、夜空を見上げる。)
(秋の匂いが混じる夜風が、頬を撫でる。)
また、会えるよね。
(保障は無かったけれど、なぜか不思議と確信していて)
(誰に見せるでもなく微笑んで、くるりと踵を返し、路地裏を抜け)
(いつもの、普段どおりの帰路へと、その足を進めた。)
【以上で、〆です。】
【こちらこそ、数日に渡ってお付き合い感謝、なのですわ。】
【六花さんの出してくださる舞台が、本当に楽しくて、ついお任せしっぱなしで。】
【楽しく遊ばせていただきました。】
【また今度、名乗りあえる日を楽しみにしつつ…おやすみなさいませ。】
【スレをお返しいたします。ありがとうございました。】
【紅裂拓兎 ◆upSAKE287cさんとのロールに、お借りいたします。】
【では、書き出しますので、少々お待ちくださいませ。】
【ロールに使用します】
【書き出しを待っている】
【そして業務連絡】
【ああ、悪い。スレ立てに失敗した】
(見上げる空は、すっかり秋の気配。)
(まだまだ日中の陽射しはきついものの、確実に感じる、季節の移り変わり。)
……ふぁ…ーぁ……っ
(両腕をあげて、気持ちよさそうに伸びをしながら、行儀悪く大欠伸をする少女。)
(誰に見られるでもない、人気の無い昼下がりの体育館裏。)
(すっかりと油断した様子で、コンクリート階段の一番下段に腰掛けて)
(制服のスカート裾から見えるペチコートのレース、そこから生える足を、地面に投げ出して)
(行儀が悪い、極致の姿。)
ーぁ……っ…は…ぁ……
(そして、欠伸と繋がるように、大きな溜息。)
……ふ…にゅ……
(バンザイをするように高く掲げて、欠伸でぷるぷると震えていた両腕を、今度はぺたんと降ろして)
(欠伸で涙目になった視線を、しぱしぱさせつつ、モコモコとした羊雲を見上げる。)
(暇を見つけては、ここに通うようになって、どのくらい経っただろう。)
(少なくとも、2学期になってからの昼休みは、毎日々お弁当を持ってきては、ここで広げ)
(嫌いなおかずに悪態をつきながら、フォークで小突いて)
(脇に置いたバイオリンケースを眺めて、色の薄れていく草木を眺め、高くなっていく空を眺め)
(この間、銀色の髪の可愛らしい少女との出会いもあったりしたけれど)
(概ね、同じ退屈な日々。)
―――あれ…あの雲、なんて言いましたっけ?
ハムスター…ヤギ…ウサギ………モルモット……ネコ?
(一つ一つ口に出して言ってみるものの、どれもしっくり来ない。)
【それでは、こんな感じで】
【よろしくお願いいたしますわ。】
【次スレ、出来ましたわ。】
【わたしも作れなかったら、どうしようかと思いました。】
【良かったです。】
好きに使うスレinオリキャラ板5
http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/erochara2/1252755436/
(これは夢だと思いつつ夢を見る事がある)
(それは明晰夢と呼ばれるものだ。今、紅裂拓兎はそれを見ている)
(それは、金髪碧眼の少女と料理を作っている夢だった)
(何度言っても独創的な解釈をする彼女にチョップを叩きこむ)
(恨めしそうに見上げてくる彼女に、大事なことを二度も三度も教え込む)
(出来あがった合作料理は酷い出来で、それを二人で食べた)
(それは、そんな夢だった)
(目が覚めると、午前中の授業がちょうど終わっていた)
(机に突っ伏して寝ていた紅裂拓兎は、ごきごきと首を鳴らしつつ、席を立つ)
(熾烈な争奪戦が終わった後の購買へ赴いて、残っていた惣菜のパンと飲み物を購入する)
(屋上に出ようかと思ったが、今日は久しぶりに体育館裏へと行くことにした)
(夏も終わり、涼しげになってきた気温を感じつつ体育館裏へと赴くと、そこに見知った顔がいた)
(出会える予感がしていた、なんて言うと嘘になるけれど、いつか会える気はしていた)
よぉ、久遠ちゃん。
久し振りだぁな。元気してた?
(「久遠ゆりか」日本育ちのロシア人。綺麗な金色の髪と蒼い瞳は深く異国の血を感じさせる)
(北欧の少女は妖精のように愛らしいと伝え聞くが、彼女を見れば誰でも納得するだろう)
(もっともそれが事実なら、もうひとつの噂も高確率で真実だろう。民族的遺伝とは恐ろしいものだ)
んー?なんか夏休み前と違う感じがするな。
どうした久遠ちゃん。一夏の経験でも積んで、大人の階段を登った?
(いつもの場所に腰を下ろして、ふと違和感を感じる)
(けれど、その原因がわからなくて、もう一度横目で久遠ゆりかをじーっと観察する)
【こちらこそよろしく】
【っと、そっちの件もありがとう。】
(ぼんやりと、空を見上げていたところで、突然降って来た声。)
(嘘だと思いつつも、自分は、それをここで待っていたのではないかと、思い直して)
(ゆっくりと、見上げていた顔を下ろして、声のするほうに視線を向ける。)
(一番会いたかった――― 一番、会いたくなかった。)
(赤い髪に、どこかふざけたような軽いような笑顔を浮かべる、その姿に、小さく溜息。)
(目を細め、視線を地面に移動させる。)
(唇を、きゅっと噛み締めて、右手でバイオリンケースの口金に触れ)
(そして、その蓋を開けることを止めて、そのまま右手はスライドさせ、膝の上に乗せる。)
紅裂、先輩……
(困ったような嬉しいような、そんな気持ちのままに表情を作って)
(バイオリンケースを持って立ち上がり、紅裂の隣に座りなおす。)
なんですの?その…一夏の経験って……
(少しだけ、唇に笑顔を作って、眉を顰める。)
(視線を紅裂の方に向けると、こちらを伺うような観察するような視線に)
(今度は、自分の視線のやり場を失って、宙を泳がせる。)
大人の階段の意味、まったくわからないのですけれど…
もし、感じが違うとすれば……今日は、髪を結んでいないから、ですわ。
いい男っていうのは、レディーの髪型が変わったら、目ざとく見つけて褒めるものですわよ。
……先輩、モテないでしょ?
(今度会えたら、話したいことがあった、聞きたいこともあった。)
(でも、口を付いて出るのは、くだらない憎まれ口でしか無かった。)
彼氏が出来たとか、失恋したとか。
勢いで大事なものを喪失したとか、そんなノリで。
(一夏の経験とは何かと聞かれて、思いつくものを列挙する)
(彼女がどんな経験をしていようが構わないのだが、それにしても違和感が拭えない)
(嬉しさと困惑が入り混じったような、以前の久遠ゆりかが見せなかった表情が)
(外見的要素とは違った意味での違和感を、彼に抱かせたのだろう)
・・・・・?
ああ、そうか。なんか違うと思ったんだ。
(こちらの視線を感じると、向こう視線が泳ぐ。これも前にはなかった気がする)
(いつもの無邪気さ、奔放さがなりを潜めている。外見的な違いなどそれに比べれば)
(些細なことだ。蕾だった花が開花する寸前のような微細な変化だが、気になった)
(何となく、彼女の頭を軽く撫ででやった)
コラそこ、思った事を口に出さない慎み深さは身に付けてないのか?
淑女なら、もう少しモテない先輩に気を使うもんだぞ。
(頭を撫でていた手を手刀の形に変形させて、夢の中でしていたように)
(軽くチョップを食らわせる。この男なりの親愛の表現であり、スキンシップのひとつだ)
(近所の子供たち相手に、こんなことをした事もあった)
523 :
名無しさん@ピンキー:2009/09/12(土) 21:32:51 ID:ttcM50Tm
。
そんな、ノリって……
(少し呆れたように、息を吐く。)
だから…彼氏とか、要らないし。したがって、失恋も無し。
大事なものは……あー、頭のリボンを失くしましたわ。
あー…あと……
(少しだけ、口に出すのを躊躇って、周りを少し見渡し、誰も無いのを確認し)
……デザートイーグル…どこかに、落とした…
(ぽそり、と、物騒なことを呟いてみる。)
(落としたというか、異空間だか亜空間だかに、飲み込まれて)
(あの晩、帰還した場所もくまなく探した。)
(けれど、どうしても見つからず…行方不明になってしまったのだった。)
………っ
(不意に、頭に触れる感触がして、ビクッと肩を竦める。)
…あっ
(すぐに気が付いて小さく声を漏らし、表情を取り繕って、にっこりと笑い返す。)
(一瞬、感じたのは、恥ずかしさと―――恐怖。)
……った!
ちょ…なんですの、いきなりっ!!
(冗談交じり、大げさすぎるぐらい、痛そうな顔を作って、紅裂を睨みつけ)
(そして、クスッと、これもまた大げさすぎるほどに、悪戯っぽい笑みを浮かべ)
…あらー?聞こえまして?先輩、すっごいですわっ
人の心を読む力を、お持ちですのね。
(サラリと言ってのけ、一呼吸。)
(一変して、真面目な顔で、紅裂をじっと見つめて)
…先輩。
先輩って…その………えっと…
………本当に、モテないんですの?
(…………言いたい事は、これとも違う。)
(―――先輩は――本当に、人を――人間を―――)
(どうでもいい話をしながら、頭の中は、ひとつの事でいっぱいだった。)
リボンくらい、また買えばいいだろ。
それともアレか?大事な思い出が詰まってたりするのか?
・・・デザートイーグルって、あの自動拳銃でマグナム弾を七発くらい打てるゴツイのだっけ?
(リボンならまだわかるが、それと大型の自動拳銃を同列に語る感性は理解できない)
(そもそもからして、この小さな少女が拳銃を握っている理由すら、彼は知らない)
(他の人間に対するのと同様に、そこまで踏み込む気はなかったからだ)
(少なくとも、以前の彼ならば)
(撫でた手にやや過剰な反応が手から伝わってくる)
(年相応に、異性との接触に照れたのか。或いは他の意図があったのか)
(その表情は渾然としていて、読みとるのが難しい)
可愛い後輩に対する、愛のない鞭だぁね。
(いつも通りの、夏休み前にもあったような、いつも通りの会話)
(その素直な喜怒哀楽の表現は、彼が好ましいと感じたいつもの彼女のそれだった)
モテモテならこんな場所に来てないさ。
今頃素敵な彼女と素敵な高校生活エンジョイしてるっての。
(じっと見つめてくる真剣な顔は、いつもの彼女とは違った)
(違う。こんな会話は本意ではない。聞きたい事は別にあるのだと、訴えているかのようだった)
それで、何か聞きたい事でもあるのか?美味しいオムライスの作り方なら、まず卵を溶かす時に
牛乳とバターを入れるとふんわりと・・・そんな話じゃないか。
どうした?俺に質問があるならドシドシどうぞ。但し勉強の相談には乗れないなぁ。
(当然、こんな話をしたいわけではないのだろうと感じつつ、冗談めかした言葉で空気を緩和させつつ)
(同時に探りを入れ、彼女の言葉を引き出そうとする。出来れば力になってあげたいと、思ったからだ)
思い出……
(そういえば、あのリボンは、父が買ってくれたものだった。)
(でも、その事を抜きにしても、お気に入りのもので)
(あれから、何度かアクセサリーショップや手芸店などに赴いては、リボンや髪留めを物色していたけれど)
(気に入ったものは見つからずに)
リボンくらい…って、言いましても。あれ、お気に入りだったんですのよ?
あのリボン以上に、気に入るものが見つかるまでは、このままで過ごすことにいたしますわ。
それにほら…
(肩を覆い、背中まで垂れる金色の髪を、顔の左右に、ばさっとさせて俯き)
……………これって、居眠りしてても、バレないと思いません?
(また、ばさっと背中に髪を戻して、顔を上げ笑う。)
ん…12.7ミリで、50口径AE弾使用。
秒速約420メートル、威力はAK47のライフルに匹敵、ですわ。
(淡々と、まるで数学の公式でも答えるかのように、銃のスペックを説明していく。)
なんだかよく解からない、鏡の間みたいな場所で…闇に飲まれて…
見つからないのですわ。
あと、1弾、入っていますのに……
可愛い後輩には、愛のある接し方をしてくださいませ?
(拗ねたように目を細めて、むぅ…と、わざとらしく唇を尖らせて見せる。)
高校生活をエンジョイする、紅裂先輩………なんか、キモ…ッ
(眉を寄せ呟いて、一呼吸後にペロっと舌を出して見せたりしてみる。)
オムライス!オムライスなんて、大好物ですわよ。
んー…なるほどなるほど。
牛乳とバター…牛乳…500ミリリットルぐらい入れたら、さらに美味しくなりますわよね。きっと。
(なぜか根拠の無い自信で、ふふんと、得意げな様子を見せたりもした。)
(これでなんとか、普通の、今までの、夏休み前に、何も知らなかった頃の会話に、戻れた。)
(なんとなく、そんな気がした時―――)
………っ
――質問。……それは…
(言いかけて、口を噤む。唇を噛んで、あの男の言ったことを思い出す。)
(お前は、普段どおりに接していろ、と。もし、何か喋ったら―――)
な、なんでも、ありませんわ。
………本当に…なんでもないの。
(最後の一言は、なぜか、涙が零れそうになった。)
まーあ、そっちの方が大人っぽく見える・・・気もするし。
・・・ああ、それもそうだね、居眠りには最適だよね・・・・
って、寝るな。
(寝ぼけた事を言う後輩にポカリとまたチョップをする)
(最も、誰を気にする事もなく平然と居眠りしている彼の言うべき台詞でもない)
・・・この拳銃マニアめ。
(ぽつりと呟いて、彼女の体験した事に耳を傾ける)
あらら。またまた面倒な事に巻き込まれたみたいだぁね。
なんつーか・・・この街の夜は危険が一杯だぁな。
あんまりうろうろしちゃ駄目だぞ?わかった?
(彼女が何を求めているかは知らず、だから止めろとは言わない)
(誰にも侵されざる理由を抱えて夜を徘徊しているのは、彼女だけではない)
(だから、軽い忠告をするだけに留めておく)
よし馬鹿弟子。
お前には一晩かけて料理の基礎を叩きこんでやろう。
ちなみにこれは愛のある鞭だから悪しからず。
(けしからんことを言う少女にもう二発ほどチョップを叩きこむ)
(段々「遠慮」という単語が彼女に対して消えつつある前兆だった)
(紅裂拓兎にとって「久遠ゆりか」は定義のできない対象だったが、それでも)
(「大事な存在」になりつつあることは否定できない。それ故の遠慮の無さだった)
(だから、そんな顔をして言われても、引き下がれるはずもない)
あのな、久遠ちゃん。そんなこと言われてはいそうですかって納得するわけないだろ?
まーあ、俺じゃあ頼りにならないかも知れないけどさ。けど・・・
(あの日に――あの少年との戦いを契機に今までの自分を見つめ直して、それを壊し)
(新しい自分を作ろうと思った。それで何かが償われるなんて都合のいいことは考えてはいないが)
(それでも、新しい自分はもう少しだけ他人に対して関わる人間でありたいと思った)
(だから・・・)
けどさ、まーあ・・・久遠ちゃんは俺にとって大事な後輩だし。
だから、その、俺に出来る事があったら遠慮なく言えって。
(その細く小さな手を取って、きゅっと軽く握る。我ながら恥ずかしい台詞だった)
(こんな事をシラフで出来る人間がいるとしたら、相当の変態だろう)
(それでも、まるで泣きそうな顔をしている彼女を力づける言葉が、他に思いつけなかった)
でしょっ?
(得意げな顔をしたところで、また頭上にチョップが降ってくる。)
った!!………また、チョップした。
(恨めしげな視線で見上げて、自分の手で頭を撫でる。)
あほなったら、どうしますの?
ったく、もぉ……先輩、責任とってくれますの?
……別に、マニアじゃないもん。
(軽く、言い聞かせるようにする紅裂を見て、ぷいとそっぽを向き)
また、そんなПа……父親みたいな、ことを言う……
先輩って、オヤジ臭い、とか言われません?
(そういう類の心配をされて、悪い気になるはずがない。)
(心配をしてくれているという事は、その心配の分だけは、大事に思われているということ。)
(そう思って解釈しているからこそ、照れ隠しに、また悪態めいたことを口の中で、もごもごと呟く。)
ば、ばかじゃないも……った、いたっ!
(2発連続でくらったチョップに、涙目になって再び睨みつける。)
(それもまた、先輩と後輩という立場の、じゃれあいだと、解かっていたから)
(遠慮無しに、思いっきり睨みつけてやってみたりもする。)
(心のどこかで、いつまでもこの時間は続かない、と感じながら―――)
頼りにならないなんて!!
(いきなり、声を張り上げる。)
(頼りにならないはずは無い。今まで、何度、紅裂のことを頼りになると思ったことか)
(なにがなんでも、そこは否定させて頂きたいと)
(首を、この上なく激しく左右に振って、じゃれあいとは違う睨み顔を見せてみる。)
(柄でもない台詞を吐かれ、きゅっと手を握られる。)
(目を見開き、唇は半開き、眉は幾分かハの字に垂れ下がって、一瞬、時が止まってしまった。)
――――っひ!?
(そして、再び動き出す。)
(人種的な肌の色の白さから、顔全体が茹でた蛸のように真っ赤になって)
(握られた手を振りほどき、力の限りつき飛ばそうと手を伸ばす。)
安心しろ、キミは間違いなくアホの子だ。
オブラートに包んで言うと、アフォの子だ。
だからこれ以上アホになっても今と大差がない。よかったな。
(余りと言えば酷い台詞だったが、普段からこの男がどんな風にこの少女を)
(見ていたのかを、これ以上なく明瞭に察せられる台詞だった)
どっかの誰かさんが子供染みたことしなけりゃ、な。
俺だってこんな説教臭いこと言わずに済むんだけど、よ。
まーあ、止めろとは言わないさ。それだけはな。
(彼女を心配しているのは間違いない。けれど、その心配の根底にあるのは)
(「彼女が居なくなったら寂しいだろうな」という利己的な考えと心情である)
(結局、自己愛だけが増長した子供の考えなんて、そんなものである)
(純粋で綺麗な部分が存在しないエゴで、彼女の理由を止めるわけにはいかない)
(チョップ二連打に対して抗議をして睨んだかと思えば、声を張り上げる)
(そんなことはないと、頼りにしているのだと、彼女が言っているようにも感じる)
(毎度のことながら、自分の気持ちに素直な子であった。大人になってもこの素直さは)
(無くさないでほしいと、それこそ父親のような気持ちでぼんやりと思う)
(そして――素面では言いたくない台詞に対して真っ赤になった彼女は・・・・・・)
っと、すまんすまん。
(罠から逃れようとする獣みたいに暴れる彼女の手を解放してやる)
(それにしても傑作な表情だった。眼が見開かれ、眉はハの字に垂れ下がって、硬直していた)
(・・・あんな愛の告白染みた台詞を言われ、手を握られればそうなっても無理はないだろうが)
あー、落ち着け。ブレイクブレイク。
夏の陽気に当てられて妙なこと口走った気がするが素直に流すのが大人の態度だ。
オーケー。俺たちは愛と正義の使徒で世界を平和に・・・いやまて。今のノーカウント。
(むしろお前が落ち付けと言われそうな台詞を捲し立てて、はっと正気に戻る)
(うーと唸り、がりがりと前髪を掻き毟って、気持ちを落ちつけようとする)
・・・あのさ。俺、今までキミがどんな理由で、どんな気持ちで戦ってたのか知らないし
知るつもりもなかった。その理由を知っても、多分協力できないことはわかってたし。
けどさ、少しくらいなら手助けできるかなって、そんな風に思って・・・それだけなんだ。
(それは「隙屋量子」の件に関しても同様だった。彼女の目的を知っていても、それに対して)
(直接的な協力ができるわけでもなく、そして同じ道を共に行く事もできないと確信していた)
(否――確信ではなく、当然だった。自分にも目指すモノと進む道があるのだから)
(それでも、他の道が見えた気がした。もしかしたら、と)
(それは中途半端で傍迷惑な道だと、媛名葵にも非難されたが、それでも欲したのだ)
(誰かと関わってそれを手助けするような、まるで善人のような、正義のヒーローのような道を)
紅裂先輩に、残念なお知らせです。
(神妙な面持で、見つめて)
せっかく、オブラートに包んで頂いたのですが…
ちっともっ!これっぽっちもっ!!1ミリたりともっ!!!
マイルドになっていませんわ。
(はぁ…と、大きく溜息。)
別に、子供染みてなんか……
よしんば、子供染みていたとしても、それが気になるのは、先輩のオヤジ臭さ由縁。
どーせ、わたしの他にも、そんなこと言ってるんでしょ…
(そんな姿を見たわけでもなかったが、紅裂の普段の軽さから、なんとなくそんな思い込みで)
(最後の台詞は、小さく、呟くようにして、拗ねるような口調になって零す。)
(そんな自分の態度は、ちょっと子供っぽいな。と、思いながら)
す、すすすなっ、すなおに、なな、流すっ!!どしゃーって!!滝のよぉーにっ
そそ、そうよ、ねっ、おおぅっ、お、おとなっ、ですものぉっ
(紅裂が、ますますもってよくわからない台詞を捲くし立てていて)
(それに釣られるように、焦った口調で、負けじとよく解からないことを返答し)
(真っ赤な顔のまま、こくこくと、何度も何度も頷く。)
………?
(一瞬、まるで普通の少年のように見えた。)
(いつも軽薄で、ふわふわしてて、掴みどころ無くて、心が読めなくて、読めそうで)
(紫が言ったことも、最初は到底信じられなかったけれど、よくよく考えてみれば)
(彼は、どこか、普通と、違う。と。)
(納得してしまう点が、あまりにも多すぎる。)
(信じられなかったのではなかったのだ。信じたくなかっただけなのだ、と。)
(それが、その紅裂が、まるで普通の少年のように、心配する表情を浮かべたり、何故か焦ったような様子になったり)
(一夏を越えて何かが変わったのは、彼の方ではないのかと)
―――手助けなんて……
(もう遅い。――――と、口を付いて出そうだったけれど、それは飲み込んで)
いつも、先輩には助けていただいてますわ。
今までだってじゅうぶん、頼りになる、大切な先輩ですもの、ね?
(首を傾げて微笑む顔を見せる。柔らかな、拒絶の顔を――)
(神妙な顔で吐かれた、怒りに満ちた台詞)
(これはこれで効果があったようだ。悪い意味で)
あ、酷いな。人の親切心を無碍にするとは。
俺たちは支え合って生きているんだぜ。
まーあ、俺の人間関係に関して語るのはまた後日としてだ。
(拗ねたように語る彼女は、外見通りに幼い)
(彼女の表情はくるくるくるくると騙し絵のように変化する)
(真赤になって慌てふためき、次に向けられたのは笑顔と明確な拒絶だった)
・・・まったく、しょうがない子だ。
ああ、最初に会った晩も虎のバケモノに追われてたっけ。
本当に困った子だ。そんなキミを放置しておけるはずもない。
(欲したのは誰かと関わって、一人一人と繋がって手助けするような道)
(最も、誰かを助けることが出来たとしても、今までのことが帳消しになるはずもない)
(贖罪などしない。断罪をしてくれる少年は既に存在する)
(新たに欲した道もまた自己中心的で身勝手な道であることは、間違いない)
(けれど、それがどうしたというのか。元より自分は悪人。利己的に生きて何が悪いのか)
キミがいなくなったら、多分俺は寂しくなると思う。
多分、泣いたりしないとは思うけど・・・
それでも、キミのことで寂しい気分になるのは嫌なんだよ。
(だから告げるのは自分の偽らない心情。他に言える事もない)
(これもまた自分のエゴを押しつける行為だと思ったが止められない)
(何処まで行っても、自分は自分のエゴを捨てられないのだど、内心自嘲する)
【そろそろ容量が一杯かな?】
先輩の、人間関係……
(なんとなく、思い込みで発してしまった言葉だったが)
(よく考えてみれば、紅裂が誰かと接しているのを、直接見たことが無くて)
(あの、可愛らしくも悲痛な瞳を持った中学生の後輩とは、面識があることぐらいしか知らず)
(己の考えの無さの発言に、さすがに少し反省したのか、少しだけ項垂れた。)
………?
(困ったような、そして少し訝しく思いながら、自分のことを『キミ』と呼ぶ紅裂を見た。)
(軽薄で、いつもふざけたような紅裂も、きっと本当の彼だけれど)
(けれど、今、目の前に居る少年も、間違いなく紅裂の心の一部であるのだろう、と)
(あまり鮮明な写真ではなかったけれど、きっと美しくも残酷な笑顔で、夜を歩いている姿も、)
(きっと、あの写真で見た彼も、本当の紅裂の一部。)
(彼を構成するものは、なんと複雑なのだろう―――)
わたしが、いなくなったら?寂しい?
(どういう表情を見せていいか解からずに、無表情で俯いて、繰り返す。)
わたしだって……
(くっ、と、唇を噛み、息を吸い込んで)
――わたしだって、先輩がいなくなったら、寂しい。
だけどいつか、先輩は、わたしの前から居なくなる…かも、しれなくて。
わたしは、それを止めることができなくて。
先輩のことを、認めることもできなくて。
わたしは――、わたしは、何も出来ない子供で―――っ
(自分でも、泣いていないのが、不思議だった。)
―――っ
(口走ったことに息を飲み、小さく深呼吸して)
………ご、ごめんなさい。意味、わかんないですわよね。
(顔をあげ、これ以上、自分に聞いてくれるなとばかり、笑顔を向けて)
ね、先輩。今度、あの…甘いの――なんでしたっけ?
なんとかミルクと、オムライス。一緒に作って食べましょう。
わたしと約束、してくれます?
(右手の小指を立てて、紅裂の目の前に差し出した。)